オヴニー・パリの新聞
毎月1日発行
創設四百年
自然史博物館。





「王の植物標本( Herbier du Roi)」と標本館からの大進化ギャラリーの眺め。 Vue de la Grande Galerie de l’Évolution depuis l’herbier national ©MNHN Agnès Iatzoura herbier national
迎えて から倍以上に拡張される。収集さ れた新しいものや動物をじっくりと 観察し、描き、分類する博物学の 基盤を作り、薬草園を〈欧州をリー ドする自然科学の殿堂〉へと発展 させた。ビュフォンが『博物誌』 を刊行しはじめた2年後にはディド ロとダランベールの『百科全書』 の出版 がはじまった。時代は知識 熱に浮かされていたようだ。 フランス革命後、薬草園は「国 立自然史博物館」となって再出発 する。動物園、大温室、博物館 などが 造られ今 の形に近 づく。今 日も植物園で子どもたちが 遊び、 最先端の 研究者たちとすれ違う。 知を共有する場であることは400年 前も今も変わらない。(集)









©
▲ 1636年の王立薬草園。
Culture des plantes médicinales à Paris (1636)



▲ 国王ルイ13世の主治医のひとりギィ・ド・ラ・ ブロスが請願し、国王が創設を許可する勅令を 出した。王の筆頭主治医ジャン・エロアールは、 王立薬草園の初代園長に。
◀︎ 動物園の人気オラウータン、ネネット。50歳の バースデーケーキを前に(2019年)。ニコラ・フィ リベール監督のドキュメンタリーの主人公にもなり、 ベルリン映画祭で上映されたスターです。

① 大進化ギャラリー Grande Galerie de l’Évolution
自然史博物館探索。
創設400年を機に、地図を片手に自然史博 物館を探索することにした。が、そもそも自然 史博物館(MNHN)とは何なのか...。植物園 敷地内にあるいくつものギャラリーとよばれる 博物館、動物園、温室、図書館など一般に 開かれた 場所と、研究機関、大学 など全体 がMNHNとよばれる。 さらに、MNHNは、 フランス国内にある自然博物館のネットワーク でもある。パリ市内では人類博物館、パリ動 物園(ヴァンセンヌの森)、ヴェルサイユ 樹木 園、南仏アヴィニョン近くの昆虫学者ファーブ ルの 研究室と家と庭、ブルターニュにもカキ
や 魚の 養殖研究のために設置された 世界最
古の海洋生物研究所・博物館「マリナリウム」 がある。クロマニョン人が1868年に初めて発 見された南西地方ドルドーニュ県 のパトー岩 陰遺跡、ジェルス県のサンサン遺跡なども含 まれる。
植物園やギャラリーを歩きながら説明のパ ネルを読 んでいると、一本 の木、石、建物、 剥製のひとつひとつに、歴史と、それらのもの を知ろうとする人たちの 情熱と物語があった。
おもしろいことが 多くて書ききれないのが 残念 だが、いくつか選んでみた。

② 古生物と比較解剖ギャラリー
Galerie de Paléontologie et d’Anatomie comparée 1898年開館。恐竜、哺乳類、無脊椎動物の化石、地球上の植物標本 などが自然界の歴史の変遷をたどれるように展示されている。全長80 メートルの大ホールにならぶ約4300種もの骨格標本が来館者を迎える。 大窓から差し込む自然光に照らされた数々の大型骨格標本たちの光景は 実に壮観だ。なかでも、1768年に絶滅したステラーカイギュウや1961 年に絶滅したフクロオオカミ、シーラカンス、ルイ14世の象、ルイ15世 のサイなどは見逃せない。続く古生物学フロアには316体の完全な骨格 をふくむ、実に2000点以上の化石が展示されている。さらにバルコニー にも5000点以上の化石が並ぶ。(現在は閉館中)。
始まりは1635年、国王の収蔵庫に集められた「自然界のめずらしいものコレクション」。その 後コレクションは膨れ上がり、一時は300万点を超える標本が展示されたという。今日の博物 館は1994年ポール・シュメトフにより改修、再オープンされたもの。7000点ほどの高精度な 剥製や標本は生き生きとしており、4階にわたって生き物の進化の過程を教えてくれる。海洋 生物、陸上動物、人類の誕生とその影響、自然保護へと続き、多角的に自然史を学び、考え させられる構成となっている。2階のアフリカゾウを先頭に進むサバンナの動物たちの一群は 圧巻だ。また、「絶滅危惧種と絶滅種の展示室」にある剥製の技術と知恵を駆使して作られた2 体のドードーの標本は見応え抜群だ。


③ 鉱物と地質学のギャラリー
Galerie de Géologie et de Minéralogie
▲ 昆虫学者のアントワーヌ・ギゲさん。MNHN の助教授でスズメバチの専門家。でなかでも植 物に虫こぶをつくるタマバチ科の研究をしていま す。京都府立大学とトゥールの大学のパートナー シップのもと、博士学位を授与されました。 ▲ 園長を50年務めたビュフォン。
国王の薬庫には薬効があるとされた鉱物が収蔵されており、18世 紀以降、それらは収集・研究の対象となると同時に、展示もされる ようになった。貴重な岩石や鉱物、結晶、宝石、隕石が多数ならぶ。 なかでも20数点におよぶ巨大な結晶が集められた空間は一際目を引く 存在だ。これほどの大きさに至るまでに費やされた、何百万年、あるい は何千年という時の流れに思いを馳せずにはいられない。あいにく昨夏、 自然史博物館はサイバー攻撃にあい、秋にはこの建物から金塊が5つ盗ま れた。犯人はお縄となったが歴史と科学的価値のある金塊の一部が溶か されてしまった!


日本には何人も 研究のパートナー がいますよ!

▲ 43 rue Buffonには昆虫学図書館
や関連の授業の講堂がある建物。 入口のカウンターに虫を持っていくと ジルさんが判別をしてくれるそうだ。こ のところ持ち込まれるのが多いのは床 ジラミだとか。
◀︎ ルイ15世は、フランス 国王として初めて金羊毛 騎士団のメンバーとなった。 ブルーのダイヤをあしらっ た勲章は世界で最も美し いジュエリーと言われたが 1792年に盗まれた。近年 発見されたデッサンをもと に再現された。鉱物ギャ ラリーで展示。
◉ Muséum nationa l d’Histoire naturelle 57 rue Cuvier (入口は多数)5e 植物園は冬は08h-17h15 。夏は-19h45 。入場無料。 各ギャラリーの開館時間や入場料はサイトで: www.jardindesplantesdeparis.fr/fr
























植物園の名木
植物園の名木
名木は、桜の白妙だけじゃない!
名木は、桜の白妙だけじゃない!


▶︎ Cabinet de curiosités du Baron Joseph Bonnier de La Mosson ジョゼフ・ボニエ・ド・ラ・モソン男爵はパ リのアパルトマンを改造しキャビネ・ド・キュ リオジテ(珍奇陳列室)を作った。1フロア 全体を使って剥製、物理学や解剖の道具、 天文時計、鉱物などを並べた陳列室は欧 州他国からも見学に来るほど有名に。男 爵が早死にし、1745年、家具と蒐集品が 競売に出たのを一部 、陳列棚ごと買った のがビュフォンだった。中央図書室の1階 (RdC)、一般が利用できる閲覧室でみら れる。

④ Cèdre du Liban
④ Cèdre du Liban
1734年にベルナール・ド・ジュシューが植えたフランス最古のレバノ ン杉。温暖化で希少になったため国際自然保護連合(IUCN)は絶滅 の「危急」レベルに指定。
1734年にベルナール・ド・ジュシューが植えたフランス最古のレバノ ン杉。温暖化で希少になったため国際自然保護連合(IUCN)は絶滅 の「危急」レベルに指定。
国立自然史博物館(MNHN)中央図書館館長で、400 周年特別展のキュレーターでもあるアリス・ルメールさ んに話を聞いた。
右)Pistachier
右)Pistachier
植物学者ジョゼフ・ピトン・ド・トゥルヌフォールが 1702年にギリシャから持ち帰った種から生えたピスタチオの木。こ の木を観察しながらセバスチャン・ヴァイヤン(1669-1722)は木に もオスメスがあることを実証。
植物学者ジョゼフ・ピトン・ド・トゥルヌフォールが 1702年にギリシャから持ち帰った種から生えたピスタチオの木。こ の木を観察しながらセバスチャン・ヴァイヤン(1669-1722)は木に もオスメスがあることを実証。
⑤ ビュフォンのグロリエット
Place Monge
Gloriette de Buffon 「ラビラント(迷路)」と呼ばれる小高い丘の頂にある鉄製の 優雅な東屋が「グロリエット」。ビュフォンはブルゴーニュの自 宅に製鉄所を設けていたので、そこで製鉄し、建築家エドム・ ヴェルニケのデザインで鍵師クロード=ヴァンサン・ミルが製 作。パリにある鉄製モニュメントでは最古!金・銀・銅・鉄・ すず・鉛・水銀と7つの金属を使い、太陽・月と5の星を象徴 している。天球儀と風向計があり、作られた頃は昼の鐘が 鳴ったという。
ベンチに思いを刻む。
Parrainage des bancs du Jardin des Plantes 植物園のベンチには、小さなプレートがついている。「マ マン、海でくつろぐ時のように、このベンチで休憩し てね。テレーズ」、「パリの空気を吸うと魂が保たれる」 (v・ユゴー『レ・ミゼラブル』の一節)。植物園にある 一定の金額を寄付すると、好きなフレーズやメッ セージ(最大40字4行)がプレートに刻まれ10年間 ベンチにつけられる、ベンチ養子縁組制度。
寄付希望者は、contact.donateurs@mnhn.fr まで。

⑥ 動物園 La Ménagerie


◀︎ イザベルさんは、 自然史博物館の剥 製作家4人のうちの ひとり。動物園で息 を引き取った動物に あらたな命を与える かのような作業。 作ったばかりのレッ サーパンダの剥製と。

▲ 植物画家のルドゥテのバラ。
«Les Roses» PierreJoseph Redouté, publié 1817-24
400周年の特別展はどのようなものですか? 「秋に始まる400周年の展覧会のテーマは〈自然史 博物館のアーティストたち〉。図書館の所蔵品を通して、 自然科学の世界では、観察し描くという行為自体が自 然史の〈知〉を築いてきたことに光をあてる展覧会です。 MNHNには自然科学を専門とする画家も常駐してきま したが、フランス革命後、研究者のためのデッサン講 座が設けられました。最も有名なのがピエール=ジョゼ フ・ルドゥテです。植物画家として広く活躍する一方、 MNHNで絵を教えました。科学画家のほかにもドラク ロア、ドゥアニエ・ルソー、動物の彫刻で有名なフランソ ワ・ポンポンらもインスピレーションを得るため、 MNHNに通いました。そういった作品も展示します」。 MNHN図書館の今日の役割は? 「400年前から、研究者や学生に資料を提供しつつ、 彼らの研究成果を発表するという双方向の働きをして います。そうした研究成果の蓄積で図書館は豊かに なってきました。今も収集、研究、知識の普及の役割 を担っていますが、17世紀と異なるのは収集の緊急性。 多くの種が絶滅の危機に瀕し、時間との競争になって いるからです。そういった背景から今日では、気候や 生物多様性に関して状況を評価、分析し、政府や国際 機関などへの提言も行うようになりました」。



1663年にルイ15世がヴェルサイユ宮殿に設けた動物園は革命期になると民衆から敵視され、パリの植 物園に移動させることを考えた。その時のパリ植物園の園長は小説『ポールとヴィルジニー』で知られる ベルナルダン・ド・サン=ピエール(1737-1814)。植物学者でもあり、1792年に植物園の園長に就い た(政変により1年のみ)。ほかにもオルレアン公の動物園と、路上での動物の見せ物が禁止されたばかり のパリの動物たちを迎えてパリの植物園内に動物園が創られた。現存する動物園のなかでは世界2番目 に古い。19世紀には熊の館、ロトンド館、キジ館、爬虫類館、鳥館、20世紀に入アール・デコ様式の爬 虫類・両生類館(ヴィヴァリウム)猿館、獣館などが建造された。それらの建築物すべてが歴史的建造物 に指定されている。
⑥ 動物園 La Ménagerie 1663年にルイ15世がヴェルサイユ宮殿に設けた動物園は革命期になると民衆から敵視され、パリの植 物園に移動させることを考えた。その時のパリ植物園の園長は小説『ポールとヴィルジニー』で知られる ベルナルダン・ド・サン=ピエール(1737-1814)。植物学者でもあり、1792年に植物園の園長に就い た(政変により1年のみ)。ほかにもオルレアン公の動物園と、路上での動物の見せ物が禁止されたばかり のパリの動物たちを迎えてパリの植物園内に動物園が創られた。現存する動物園のなかでは世界2番目 に古い。19世紀には熊の館、ロトンド館、キジ館、爬虫類館、鳥館、20世紀に入アール・デコ様式の爬 虫類・両生類館(ヴィヴァリウム)猿館、獣館などが建造された。それらの建築物すべてが歴史的建造物 に指定されている。

◀︎ ルイ15世に贈られたサイは、1769年インドから6ヵ月の船 旅でロリアン港に着き、特注で荷車を作ってヴェルサイユの 動物園へと運ばれた。重さゆえ荷車が壊れるなどして3ヵ月を 要した。ヴェルサイユへはビュフォンも何度も足を運び、『動 物誌』にサイに関する記事を書いた。死後、パリの自然史博 物館で剥製にされ現在は大進化ギャラリーに陳列されている (3F)。骨は古生物・比較解剖学ギャラリーに。



春には昆虫観察のアトリエ、また、MNHNの歴史や 自然科学者たちについて知る機会がありそうだ。植物 園では、王妃マリー=アントワネットや皇妃ウジェニー のために花の絵を描いた「花のラファエロ」こと前出ル ドゥテ、ニコラ・ロベールらの作品を思わせる花壇が楽 しめ、夏には料理や植物療法に使われる植物が見られ るというから、そちらも乞うご期待。

植物学ギャラリーには顕花植物と隠花植物の研究室や、世界最 大といわれる800万点の植物標本が集められた標本館がある(非 公開)。歴史的なものでは、哲学者ジャン=ジャック・ルソー (1712-78)が買ったギアナの植物494種の標本がある。ルソー は晩年15年間ほど標本を集め作っていた。ルソーが自分で作っ た標本はスイスにある。















Far aux pruneaux
Far aux pruneaux
ブルターニュ地方名物のお菓子、ファールにはプリュノーが入る。
ブルターニュ地方名物のお菓子、ファールにはプリュノーが入る。

6人〜8人分:プリュノー350g、ラム酒大さじ5杯、水(紅茶) 大さじ3杯 / ファールのタネ:卵6個、砂糖250g、小麦粉 250g、牛乳1リットル。塩小さじ半杯、あったらバニラビーン ズ1本。
プリュノーをボウルにとり、香りづけにラム酒大さじ5杯、 そしてふっくらさせるために水(あるいは紅茶)大さじ3杯
を加えて混ぜ合わせる。ときどき混ぜ合わせながら2時間 くらいおいておくことにする。2時間たったところで、プリュ ノーをパソワールにあけて水気をしっかり切ることにしよう。 オーブンの目盛りを200度に合わせ、ファン機能にして 点火する。

にも書いたことがあるけれど、ブルターニュに滞在して いてうれしいことの つは、ほとんどのパン屋にファー ルというお菓子がおいてあることだ。ファールはフランの一種で、 中にプリュノー pruneauxとよばれる干しプルーンや干しブドウ、 ときにはリンゴなどが入っている。材料も容易に手に入るし、つ くり方も簡単そのものなので、ぼくは二カ月に一回くらいはつくっ ているかもしれない。プリュノーは、スーパーで種ぬきのもの pruneaux dénoyautésを買ってくると、ずいぶんと手間がはぶ けるだろう。
書いたことがあるけれど、ブルターニュに滞在して いてうれしいことの つは、ほとんどのパン屋にファー ルというお菓子がおいてあることだ。ファールはフランの一種で、 中にプリュノー pruneauxとよばれる干しプルーンや干しブドウ、 ときにはリンゴなどが入っている。材料も容易に手に入るし、つ くり方も簡単そのものなので、ぼくは二カ月に一回くらいはつくっ ているかもしれない。プリュノーは、スーパーで種ぬきのもの pruneaux dénoyautésを買ってくると、ずいぶんと手間がはぶ けるだろう。
30分 でフランス料理 ③

カモのもも肉を、その脂で長時間煮込んだ
コンフィ・ド・カナールの缶詰(4本入りで25ユー ロ前後)は、ビストロでもつかわれているくら いに便利な食品だ。付け合わせは白インゲン というのが定番だが、これもすでに煮込まれ たものが缶詰であるので30分以内でごちそう がつくれてしまう!
ここでファールのタネを用意する。大きめのボウルに卵 を割り入れ、泡立て器で丁寧にほぐし、砂糖と塩少々を 混ぜ入れる。小麦粉はパソワールにあけてゆするようにし てふるいにかける。泡立て器でだまができないように勢い よく混ぜ合わせるのだが、かなりの力仕事だ。均一にな めらかになったら、牛乳を少しづつ混ぜ入れていく。あっ たらバニラビーンズ1本分の種を加えれば、さらに香りが よくなる。
横22cm縦28cm高さ7cmくらいの型にファールのタネを流し 入れ、プリュノーを均等になるように散らし、熱くなっているオー ブンに入れる。10分たったら170度に温度を下げ、1時間前後焼 いていくことにしよう。写真のようにしっかりと焼き色がついたら オーブンから出す。熱々よりは少し冷めたくらいがおいしい。干 しブドウ入りのファールもつくり方はまったく同じです。このファー ル、デザートでもいいのだけれど、紅茶といっしょにおやつとい うのがベストだと思う。(真)
るのだが、脂を大さじ2杯、別にとっておく。
ふたをしてごく弱火にかける。
白インゲンはトマト風味の缶詰にしたのだ が、少々風味にかける。そこで別の鍋に、とっ ておいた鴨の脂をとり、おろしたニンニク4片 を入れ、弱火にかける。ニンニクのいい匂い がたったら、缶詰の白インゲンを加え、コショ ウをひき入れ、ふたをしてやはり弱火で温め なおす。栄養のバランスをかんがえて、この 間にグリーンサラダを用意しよう。
*調理時間は30 分を切って28分でした。 コンフィ・ド・カナール
鴨のもも肉も熱々、そして白インゲンも熱々 になっている。鴨のもも肉はこわれやすいの で慎重にとり出し、それぞれの皿に。白イン ゲンを添え、みじんに切ったパセリを散らす。 コンフィならではの柔らかなもも肉のうまさは 抜群だ。友人たちを招いたときに出しても、 ちっともはずかしくない一品だ。(真)
鴨のもも肉の缶詰をあけ、脂ごと鍋にあけ
F OODEX (1992 )





WWW.FOODEX-GROUP.EU
WWW.FOODEX-GROUP.EU


干しプルーンpruneauxは、南西部、 ガロンヌ川に沿った町アジャンを中心 に栽培されている。その甘酸っぱい風 味は、ウサギ、豚、七面鳥などの肉 と相性がよいし、モロッコでは、子羊 の肉といっしょに煮込んでタジン(蒸し 煮)にする。料理につかうときは、薄 めの紅茶に数時間ひたしてからの方が ふっくらとしておいしくなる。デザート としては、プディングや今回のファー ルに欠かせないし、フルーツサラダに 入れたり、アーモンドのあんこpâte d’amandesをはさめば、可愛いつま み菓子になる。パーティーではベーコ ンで巻いてオーブンで焼いたものがよ く出てくる。











































12/25付リベラシオン紙「怒れる牛たち」
農民は喜びを露わにした。これにより、EU委
が協定の仮執行をする可能性はあるものの、欧
州議会による協定批准は1年半延期される可能
性が出てきた。
EUとメルスコール(ブラジル、アルゼンチン、 パラグアイ、ウルグアイ)の間の自由貿易協定
は関税が90%以上撤廃されるため、EUは自動
車、機械、ワイン・蒸留酒などの南米への輸出 が、南米は肉、砂糖、米、大豆などのEUへ向
けての輸出がしやすくなる。仏、伊、ベルギー、 ポーランドなどの農家は、EUの衛生・環境基 準を守らない安価な農産物が入ってきて打撃を
15歳未満のSNS利用禁止法案、 国民議会で可決。

大統領も禁止の意向をビデオ でアピール。
欧州連合(EU)と南米南部共同市場(メル コスール)の間で1月17日に調印された自由貿易 協定に関して、欧州議会は21日、同協定がEU の諸条約に適合するか否かの判断を欧州司法 裁判所に求めることを賛成334票、反対324票 の僅差で可決。議会前に集まった欧州各国の オーストラリアが昨年 末、16歳未満のSNS利 用禁止法を施行したこ とが話題になったが、 フランスでも大統領の 強い要望を受け、15歳 未満のSNS使用を禁止 する法案が国会で審議 されている。この法案 は与党「再生党」のロー ル・ミレール議員により 国民議会に提出され、1 月26日に賛成130票、 反対21票で可決された。原案では、プラットフォー ムが15歳未満のアカウントを拒否する義務を定め ていたが、それはEU規則の権限とする国務院の 反対で「15歳未満はアカウントを持てない」と変更。 15歳未満のアカウントは違法となりプラットフォー ムは削除を余儀なくされることが期待される。禁 止の対象はTiktok, Instagram, Snapchat, Xな どになりそう。同法案は高校における生徒の携帯 電話の使用禁止も盛り込んだ。各校が校則により 使用できる場所などを定める。政府は今年9月か らの適用を目指して上院での審議も加速し、3月 末までに成立させたい意向だ。
受けると反対の声が根強い。20日は欧州の農民 およそ5500人がストラスブールに集まって抗議 運動を展開。フォン デア ライエンEU委員長
はそれに先立つ7日、農民の怒りを鎮めるため にEUの農業支援資金のうち450億€を前倒しで 使用するよう加盟国政府に促した。仏政府も同
日、EUで使用禁止のマンコゼブなど5種の 殺
菌剤や除草剤を使用したアボカドなどの農産物
フランス科学者、ミイラから アンリ4世の声を再現。
パリ郊外のフォッシュ病院、ヴェルサイユ=サン カンタン大学、パリ音声学音韻学研究所の研究者 らが1月17日、仏国王アンリ4世(1553‐1610) の声を、ミイラ化した頭部から再生したと明らかに した。パリ北郊外のサンドニ大聖堂に良好な状態 で保存されていた頭部の喉頭や共鳴空洞を医用 画像や3Dモデリングを使って再構築し、王の声に 近いであろうものを再現することに成功した。現 時点では母音だけだが、将来的にはその声に文章 を読ませることも可能になるというから、アンリ4 世が出身地のベアルン地方の訛りと17世紀の発音 法でナントの勅令を読み上げるのを聞くこともでき るようになりそうだ。ア ンリ4世の頭部は、仏革 命時にサンドニ大聖堂の 墓所から掘り起こされて 民衆の目にさらされたあ とに共同墓地に捨てら れ、1817年にルイ18世 の命で掘り起こされて再 びサンドニ大聖堂に安置 されたという数奇な運命 をたどった。
マクロン夫人男性説は米国にも伝わり、陰謀論 者のポッドキャスター、キャンディス・オーウェン ズ氏が2024年3月以来« Becoming Brigitte » というタイトルの一連のビデオを発信。マクロン 夫妻は再三の削除要求を無視されたため、同年7 月に提訴。起訴されるかどうか注目したい。 農民の
右が、法医学者で考古人類学者 のフィリップ・シャルリエ氏。 背景にアンリ4世。

一定の成果。
の輸入を禁じる政令を発布し、EU閣僚理事会
で同協定には反対票を投じた。 フランスでは結節性皮膚炎(ランピースキン
病)にかかった牛の群れ全体を殺処分する政
府の措置に対して、12月半ばから農業従事者 の抗議運動が始まっていた。このウイルス性感
染症は、皮膚にしこりができて体重減少や乳量
低下が起きるが人には感染せず、畜産物も安全 とされている。ただし感染力が強いため、仏政
府は1頭でも感染が確認されると群れ全頭を殺 処分する厳しい対応を実施。感染が確認され た群れの数は1月5日時点で全国117に上る。ワ
クチン接種も進んだが、免疫が確立される前に
感染牛が出るケースもあった。農業団体は高速
道路や製油所への道を封鎖したり、地方行政 機関の建物前に家畜の糞尿やタイヤを投棄する 抗議運動を、年末年始のほぼ1 ヵ月間、全国で 展開した。
こうした抗議運動の高まりを受けて、ジュヌ ヴァール仏農業相は9日、損害を受けた農家へ
マクロン夫人に対する

「マクロン夫人は実は男性」という説をネット上 に拡散し、夫人を誹謗中傷した罪で41~65歳の フランス人10人が4~8ヵ月の禁固刑などを言い 渡された。有罪判決を受けたのはIT技術者、作家、 教師、銀行ブローカーなどさまざまな職業の人で、 夫人は男性という噂を悪意のある言葉で拡散した り、24歳年下のマクロン大統領との関係を「小児 性愛」と揶揄した。被告10人のうち8人は執行猶 予付の4~8ヵ月の禁固刑、昨年10月の公判に 欠席した被告1人には執行猶予なしの6ヵ月が言い 渡された。マクロン夫人は裁判に出席しなかったが、 娘のティフェーヌさんが本人や家族の精神的苦痛 について法廷で証言した。
の支援資金を倍増して2200万€にすると発表。 また、ブドウの木の引き抜き(減反)への支援金、 農家への社会保険料の軽減など合わせて3億€ 規模の農業支援策を約束した。それでも11日に は31県で55件の抗議運動が行われ、2400人と トラクター約1000台が参加し、抗議運動は鎮 火せず、13日にはルコルニュ首相も農業用水、 オオカミによる家畜被害の問題など緊急課題に 対応する農業法案を2月末までにジュヌヴァール 農業相に用意させると約束した。各農業団体は、 農業用貯水池の建設許可を取りやすくしたり、 大規模畜産飼育場の建設を容易にするよう規 制緩和を盛り込んだデュプロン法の施行を求め て抗議運動を継続する方針だ。 2月21日~3月1日にパリで開催される農業見 本市には、感染を恐れる農民の意向を受けて 牛は参加しない。各地方から多様な牛が見本市 に集まるのは1964年の見本市発足以来の伝統 で、入場者に人気もある。今年は牛のいない寂 しい見本市になりそうだ。(し)
64万5000人/65万1000人
INSEE(フランス国立統計経済研究所)によ れば、2025年の出産は64万5000人、死亡 は65万1000人と第二次世界大戦後初めて 死亡数が出産数を上回った。死亡数が1.5% 増えているのは、戦後のベビーブーマー世代 が高齢に達しているのが主な理由だという。フ ランスの人口は2025年末で6880万人に。
[ ことば ] mot
「きのう、彼(マクロン大統領)が 格好いい眼鏡をしているのを見たが、 なにがあったんだ?タフな男を 演じていたんだな」
21日、トランプ米大統領は、スイスのダヴォ スでの世界経済フォーラム(WEF)で、結膜 炎のためサングラスをかけて演説したマクロン 仏大統領をからかった。マクロン氏が、トラン プ氏が世界各国に呼びかけている国際紛争 解決を目的とする「平和評議会」参加を 、ノル ウェーと並んで真っ先にことわったり、米国の グリーンランド領有に反対する姿勢を示すため にフランス兵を送ったりと、トランプ氏の逆鱗 にふれたための発言か。


















































