OECD Economic Survey of Japan 2021: Executive Summary - Japanese version

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OECD Economic Surveys JAPAN

OECD 経済審査報告書

日本 主な結論 2021 年12月

DECEMBER 2021

• 新型コロナウイルス感染拡大は成長を鈍化させた

• マクロ経済政策は迅速かつ力強く対応した

• 長期的な持続可能性を確保する

• デジタル・トランスフォーメーションは経済を力強く押し上げる

主要な事実

新型コロナウイルス感染拡大を乗り越える

• 新型コロナウイルス感染症の感染率が国際的に低いにも関わらず、複数の感染の波により医療セクターが非常に逼迫した。

• 経済は徐々に回復しているが、依然として弱く、更なる感染拡大によるショックにさらされる可能性がある。政府の緊急的な支援で は、企業支援のために債務保証が多く利用された。

• インフレ率は低下に転じ、再び上昇したが、物価安定目標を下回る状況が続いている。

• 長期化する低金利の状況と人口動態の変動を背景に、外貨調達や地域銀行にも関連するいくつかの金融リスクがみられ ている。

長期的な財政の持続可能性の確保

• 粗政府債務残高は前例のないレベルに高まっている。改善策を取らなければ、財政政策は長期的に持続することが困難となる。

長期的な環境の持続可能性の確保

• 気候変動目標は挑戦的であり、温室効果ガス排出量の削減や炭素回収・貯留に貢献する技術の開発に対する大規模な投資や政府 支援が必要となる。多くの分野で様々な試験的な取組が実行されている。提案されている排出削減を可能にする手段のいくつかは 未だに費用効率が十分ではない。

• エネルギーシステムは未だに強く分断されており、再生可能エネルギーによる電力供給の拡大を制限している。

生産性と労働供給の飛躍的な向上

• 人口変動の影響により、新たに就業参加する者が減少していくことが見込まれる。労働市場改革は女性や高齢者の労働参加や就業 を増加させてきたが、感染拡大によって多くの職が失われた。デジタル化は新たな技能を必要としており、高齢者や非熟練労働者が その技能を得るには支援が必要となる。

• 生産性の向上は総じて精彩に欠く。新規企業の参入や生産性が低い企業(小規模な企業に多い)の退出も比較的に少なく、事業活 動の活発性(ビジネス・ダイナミズム)は弱い。ICT技術や無形資産への補完的な投資の多くは大企業に集中している。

デジタル・トランスフォーメーションの最大限の推進・活用

• 政府におけるデジタル技術の利用は十分に進展しておらず、感染拡大下での公的サ ビス提供におけるデジタル技術の利用に苦心 した。政府のデータベースは現状では分散しており連結が困難である。

• ICTやデジタル技術への投資は弱く、特に小規模企業やサ ビス分野において顕著である。起業の動きは弱く、女性の起業家の数は 少ない。

• 教育現場で習得できる技能は、必ずしも経済の需要に合ったものではない。

• STEM課程を履修する女性が比較的少ない。

• 多くの就業者が所属企業の提供する訓練を受けられない状況であり、デジタル化による職務内容の変化への対応に困難を伴うと考 えられる。

2 . OECD 経済審査報告書 日本 - 主な結論

OECD 経済審査報告書 日本 - 主な結論 .

主要な提言

新型コロナウイルス感染拡大を乗り越える

• 引き続き、ワクチン接種を促進するとともに、感染症拡大に対応できるよう医療セクターへの支援をするべきである。

• 引き続き、長期的な経済成長に資するような需要を喚起する構造改革につながる支援に重点化するべきである。

• インフレ率が物価安定目標を下回っている間、現行の緩和的な金融政策スタンスを維持し、経済の回復を支えるべきであ る。

• 金融監督当局は流動性及び資金調達のリスクに関して引き続き警戒するべきである。

長期的な財政の持続可能性の確保

• 基礎的財政収支の黒字化を実現するための包括的な財政健全化計画を策定し、財政の持続可能性を確保すべきである。

• 経済が回復した後、定期的かつ小幅ずつ消費税率を更に引上げることを含め、徐々に歳入の増加を図るべきである。

長期的な環境の持続可能性の確保

• エネルギーの構成の変更や温室効果ガス排出ネットゼロ目標に必要な投資を含む、具体的で実現可能なタイムテーブルを持った排 出削減計画を作成すべきである。

• 投資や規制を含む幅広い戦略の一環として、社会・経済に与える影響を考慮しながら、炭素税、排出量取引や炭素クレジット取引市 場などの市場メカニズムを用いた手法を更に活用するべきである。

• 地域間連系線の容量の拡大のための投資を増やし、再生可能エネルギーによる電力供給の増大に資するように地域の電力供給網 を整備すべきである。

生産性と労働供給の飛躍的な向上

• 労働供給を更に高めるための対策を講じるべきである。

• 女性の労働参加を更に押し上げるため、保育サ ビスの提供を改善するとともに、同一労働同一賃金や柔軟な勤務形態を含む「働 き方改革」を引き続き推進するべきである。

• 定年年齢の引上げもしくは廃止を引き続き進めるべきである。

• 生産性の向上を促す研究開発、投資、教育・訓練に的を絞った歳出を増やすべきである。

• 労働力不足に直面する中小企業の合併や事業分割・譲渡を促し、生存能力のある企業への経営資源の統合を推進すべきである。

デジタル・トランスフォーメーションの最大限の推進・活用

• ベース・レジストリを開発し、政府内のデータベースの連結を進めるべきである。

• デジタル化をより有効に活用するための規制や個人情報の課題について取り組むべきである。

• 民間部門の専門性を活用するなどして、公共部門での電子サ ビス提供、サ ビス指向性や費用効率の向上を図るべきである。

• 無形資産の割合が高い企業に対する資金供給手段を引き続き発展させるべきである。

• 起業家の育成や起業資金の提供を拡大し、特に女性の活用を推進するべきである。

• STEM分野について、その履修がより魅力的になるよう、改革するべきである。

• 教員が授業でICTを活用できるように訓練や支援を提供すべきである。

• メンタープログラムなどを通じて、STEM課程の女性の履修を推進するべきである。

• 引き続き、企業に対して、年功序列制度の改革と中途採用の推進を働きかけるべきである。

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新型コロナウイルス感染拡大は成長を鈍化さ せた

新型コロナウイルス感染拡大は経済に大きな影響を及ぼし、著しく経済活動を低下させた。経 済はマクロ経済政策や感染症対策の進展により回復しつつある。

感染症を完全に制御することは困難であることが判明した。政府

は感染拡大の波に応じて行動制限等を講じ、行動変容を通じて 比較的低い感染率を維持することができた。しかし、一部地域で

は医療サ ビスへの負荷が多大なものになった。ワクチン接種は

他国と比べて遅く開始されたが、年央には接種ペースが著しく上 昇した。

生産活動は低下し、回復は比較的緩やかなものであった。衛

生面での制限から2020年春には消費や投資が控えられ、経

済活動が急速に低下した。政府の支援と経済活動の再開に より部分的な回復がみられたものの、感染拡大防止の困難さ

から、2021年前半の成長は抑えられた(図 1)。雇用は急速に 縮小し、低い賃金上昇は家計所得を押し下げた。

経済成長は勢いを取り戻しつつある。感染状況の改善とワク チン接種率の上昇により、経済は力強さを取り戻すことが見 込まれる(表 1)。賃金の伸びが弱い状況で、民間消費の伸び は依然として抑制的になると見込まれる。輸出は主要な貿易 相手国の回復に伴って回復し、この傾向は続くものと考えら れる。工業生産の回復と、政府による支援により、設備投資は 上昇していくものと見込まれる。経済活動の弱い回復と一時 的な下押し圧力により、物価上昇率は暫く目標を下回り続け ると考えられる。

輸出は力強く回復している

出典: OECD経済見通しデータベース(EO110)

リスクは依然として大きい。ワクチン接種は進展しているが、 新しい変異株との闘いに負ければ、新たに緊急事態宣言が発 出され、経済回復が遅れることとなる。特に、学校や大学に就 学している若者が就職難に直面するような場合には、「後遺症 効果」を悪化させることになるだろう。

出典: OECD経済見通しデータベース(EO110)

4 .
OECD 経済審査報告書 日本 - 主な結論
図 1. 回復は比較的弱いものとなっている
表 1.
2020 2021 2022 2023 国内総生産 - 4.6 1.8 3.4 1.1 民間消費支出 - 5.8 1.3 4.2 1.7 総固定資本形成 - 4.2 - 0.6 4.4 1.9 輸出 -11.7 11.3 4.3 3.4 輸入 - 7.3 6.0 4.9 2.6 失業率 2.8 2.8 2.6 2.4 消費者物価指数 0.0 - 0.2 0.8 0.8 経常収支 (% of GDP) 2.9 3.2 2.5 2.5 一般政府収支 (% of GDP) - 9.5 - 6.4 - 6.9 - 3.1

マクロ経済政策は経済を下支えしており、今後、経済が感染症の影響から回復すれば、支援策 はより対象を絞ったものとしつつ、縮小されていくであろう。

財政政策は堅実に対応してきた。感染拡大により影響を受けた世 帯や企業に対して、雇用調整助成金、中小企業への給付金や実質 無利子・無担保融資などの様々な施策で支援をした。これらの施 策は、感染症の拡大を抑えつつ、失業率を低い水準に抑え、企業の 大規模な倒産を成功裏に防いだ。また、2021年秋に新政権が発足 してから、成長と分配に重点を置いた新しい経済対策が策定され た。しかし、これらの施策により2020年の財政赤字は拡大し、債務 残高はこれまでにない高い水準にまで押し上げられた(図 2) 。経 済が勢いを取り戻すにつれ、財政政策は、内需を支えながらも、生 産性を高め、環境面の目標に合致するような施策に焦点を絞った ものとなっていくだろう。

図 2. 財政政策は堅実に対応した 一般政府の財政収支と粗債務残高

金融政策は支援的であった。日本銀行は、金融政策が支援的であ ることを確保すべく迅速に対応し、金融市場を安定させ貸出を支 援するために豊富な流動性を供給した。感染拡大の影響や、一過 性の価格低下や政府補助金により、消費者物価指数上昇率はマ イナスに転じ、その後ほぼゼロパーセント程度まで上昇した。イン フレ率は徐々に上昇していくと考えられるが、先行きを見通せる 範囲内では物価目標を下回ったままであると見込まれる。このよ うな状況下で、緩和的な金融政策が続く見込みである。

金融の脆弱性は主に構造的な要因による。感染拡大下において、 銀行貸出は、企業の運転資金の需要拡大に伴い、急速に増加し た。銀行部門は十分な自己資本を有しており、更なるショックにも 耐えられると考えられる。感染拡大に伴う貸出の一部は政府支援 策にも支えられている。しかし、地域銀行の収益力は近年弱まり、 厳しい経営環境となっている。地域銀行の再編・統合に向けた取 組は、金融部門全体の強靱性を高めるだろう。

出典: OECD経済見通しデータベース(EO110)

INTRODUCTION 5 OECD 経済審査報告書 日本 - 主な結論 5
マクロ経済政策は迅速かつ力強く対応した

長期的な持続可能性を確保する

財政健全化と構造改革の組み合わせが、長期的な持続可能性の確保に必要となる。生産性向 上の促進、労働参加の更なる上昇、政府歳出の効率化の実現により、今世紀半ばまでに、政府 債務残高をより制御可能な水準に下げることができる。

財政健全化はその道筋から一旦離れた。基礎的財政収支の 赤字は安定的に下がっていたが、直近で財政が悪化した。経 済が回復した後に、長期的な財政の持続可能性のために更な る行動が必要となるだろう。

社会保障支出や医療・介護などの高齢化に関連する支出は 上昇し続けている。公債等残高対GDP比は、対策を講じなけ れば2050年までに更に上昇すると考えられる。消費税や炭素 税を徐々に引き上げることによる歳入増といった財政健全化 に向けた取組は、債務を中期的に安定化させるが、背景にあ

る歳出の増加圧力により債務の水準は再び増加に転じること になるだろう。

これまでの労働市場改革は着実に就業者を増加させており、 高齢化による労働力人口の縮小の影響を上回る成果を上げ てきた。しかし、感染拡大はこの進展を後退させた。労働者の 就業を維持するための支援は後遺症効果を縮小させることが 見込まれる。労働市場の二重構造を解消することで、雇用とウ ェルビーイングが改善されると考えられる。予定されている年 金制度改革はこの改善の一助になりうる。配偶者の年金や健 康保険への加入への阻害要因を減少させることで、労働供給 も上昇することが見込まれる。

企業部門の生産性は停滞しており、特にサ ビス分野や中小 企業において顕著である。事業活動の活発性(ビジネス・ダイ ナミズム)は、新規企業の参入や成長、そして生産性の低い企

業の退出が促進されることにより、生産性の向上を促すもの であるが、他国に比較して弱いのが現状である。中小企業へ

の支援や個人事業主の破産ルールの在り方が、生産性向上 への障害となっている。

環境政策目標はより意欲的なものとなった。日本政府は2050 年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする目標、そし て2030年の中間的な削減目標を表明した。これらの目標を達 成することは挑戦的である。電力供給における再生可能エネ ルギーは、他国に比べて割合が低く、地域における送電網の 統合が限定的であるため供給が制限されている。水素やアン モニア、炭素回収・貯留などの革新的な技術による貢献も期 待できるが、これらの技術は初期の段階であり、相対的に高価 である。今までのところ、市場メカニズムを用いた手法の利用 は限定的である。炭素税は課されているが、税率は相応に低 い。その一方で、エネルギー価格は相対的に高い。

6
OECD 経済審査報告書 日本 - 主な結論

デジタル・トランスフォーメーションを推進することは、生産性の向上を促すとともに、財政の持 続可能性の確保にもつながる。日本はデジタル関連のインフラや能力を有しており、デジタル化 による利益を享受しやすい状況にあるが、補完的な投資も必要である。

物理的なインフラは整っており、能力は高い。加えて、企業はデ

ジタル技術の世界的なリーダーであり、能力の国際比較では、 日本の学生は上位に位置している。しかしながら、感染が拡大 する中、世帯、企業及び政府がデジタル技術の活用に苦心する といった弱さが露見された。補完的な投資が、デジタル化の力 を最大限に活用することにつながると考えられる。

基盤は整っているが、政府部門のデジタルツールの利用は限 定的である。政府はデジタル関連の技術やツールを発展させ てきた。しかし、行政サ ビスのデジタルによる利用は比較的 低い水準のままである。紙や押印への依存が根強く残っている (図 3).。中央政府においてデジタル庁を設置するという最近の 取組は、他の政府部門における推進力となるだろう。

図 3. デジタル政府の利用は限定的である

インターネットで公的機関のウェブサイトに電子申請書を提出した個 人の割合(2019年)

デジタル化は公的サービスの提供を大きく改善する。デジタ ルツールの試験的運用や適用度合いの地域差から、デジタ ル化により医療、介護、交通や公共事業などの政府支出を効 率化できることが示されている。デジタルの情報や技術を活 用することで、より個別最適化されたサ ビスの提供や取引 費用の著しい低減をもたらすことができる。

民間部門におけるデジタル化は様々な様相を呈している。い くつかの産業分野、特に製造業では、世界的に見てもデジタ ル化は最も進んでいるが、一方で、事業分野によって大きな 差があり、サ ビス分野や小規模な企業ほど基盤が整備さ れていない。

ICT分野への補完的な投資及び無形資産への投資は十分で はない。新しい技術を最大限に有効活用するためのICT技術 への投資や無形資産への投資は一部に集中している。ビジ ネス・ダイナミズムが弱いことにより、新しい技術や経営手法 の広がりが遅れている。

デジタル化は必要とされる技能を変化させている。学校シス テムは多くの領域でよく機能しているが、デジタル関連技能 は比較的低い。学校において新しい技術を教育課程に組み 込むための投資や訓練が十分ではなかった。大学レベルで は、科学・技術・工学・数学の分野(STEM)を履修する学生の 割合が相対的に低く、特に女性の割合の低さが顕著である。

激変の時代において、労働者の再訓練がより重要になってく

出典: OECD, ICT Access and Usage by Households and Individuals database.

る。非標準的労働者の割合が増えていく中で、訓練の需要を 満たすことはより困難になっている。政府による社会人の訓 練継続への支援と同時に中途採用における労働市場の流動 性が高まることで、個人の訓練への投資意欲の上昇につなが ると考えられる。

INTRODUCTION 7 OECD 経済審査報告書 日本 - 主な結論 7
デジタル・トランスフォーメーションは経済を力 強く押し上げる

OECD 経済審査報告書 日本

新型コロナウイルス感染拡大は経済に大きな影響を及ぼし、著しく経済活動を低下させた。行動制限等により消費 と投資が抑制され、経済活動は落ち込んだ。雇用のつながりが弱い労働者や世帯がより強く影響を受ける傾向にあ った。しかし、堅実な政府支援と経済の再開により部分的な回復はみられた。マクロ経済政策とワクチン接種の進展 に伴い成長は勢いを取り戻しつつある。感染拡大の影響から財政健全化はその道筋から一旦離れ、政府の債務は更 に増加した。人口動態の逆風と意欲的な環境政策目標の達成に向けたコスト増加圧力の中、長期的な財政の持続 可能性を確保するためには、財政健全化と構造改革を組み合わせる必要がある。デジタル・トランスフォーメーショ ンを推進することは生産性の向上を促すとともに財政の持続可能性の確保にもつながる。日本はデジタル関連のイ ンフラや能力を有しており、デジタル化の利益を享受しやすい状況にあるが、補完的な投資も必要である。新しい技 術の広がりと無形資産への投資を推進するための政策が必要である。また、必要とされる技能が変動する中で、需 要に合致した必要な教育や訓練を提供するための政策も求められる。

特集:新型コロナ危機の経験を踏まえたデジタライゼーションの最大限の推進・活用

© Vincent Koen (Cover page)

© Shutterstock/CAPTAINHOOK (p.4)

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oe.cd/japan

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