Participatory Design Genealogical Studies

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Participatory Design Genealogical Study 参加型デザインの系譜 March 2019

Daijiro Mizuno Lab Faculty of Environment and Information Studies Keio University 慶應義塾大学 環境情報学部 水野大二郎研究会


序論:Participatory Design の概要 Participatory Design(以下、PD)とは、デザインプロセスに非 専門家であるユーザをはじめとした多様な利害関係者を巻き込 むデザイン手法である。プロダクトや建築などの形を伴うデザイ ンから形を持たないサービスや組織のデザイン、ひいては社会と 人間の相互作用まで、様々な分野で応用実践例が認められる。 PD は 70 年代にスカンディナビアで勃興した労働組合と経営 層の間の政治的な関係調整を目指す研究として始まり、コン ピュータシステム開発への発展、欧米を中心とした HCI 分野と の融合、さらに医療、サービス分野などへと広がった。ユーザ 参加の度合いや関わり方には様々あり、 「参加」という言葉だ けで確実な射程を定義することは困難である。だが、ユーザ参 加の意義は単に優れたデザインをもたらすことに限らず、利害 関係者を包括することで専門家が見逃していた視点をデザイン プロセスに取り込み、より多様な視点からデザインを検討する ことにある。それが故に PD が広く応用されるに至ったと考え るのが妥当であろう。 以上を背景に、本論は PD の変遷をまとめ、その意義的系 譜をたどることを目的とする。まず PD の前身となる SocioTechnical Systems 研究(以下 STS 研究)を 1950 年代から遡 り、70 年代に民主主義、平等主義を目指してはじまった北欧型 PD、そして 80 年代を中心に花開いた IT、HCI 分野における北 米型 PD への接続を明らかにする。さらに 2000 年以降、複雑 化する社会に対応するための新しいユーザ参加の方法として誕 生した Co-design について述べる。最後に、参加の方法がより 多様化するにつれてデザイナーやユーザの役割が変容しつつあ る状況に触れ、今後期待されるユーザ参加の展開を俯瞰した上 で本論の結びとする。

1950 年代に技術が社会の様々な場面に浸透していくにつれて、 技術がもたらす社会への影響と関係調整が要請されるようになっ た。そんな中で、社会と技術は相互に影響し合うものであり、切 り離して考えるべきではないという観点で生まれたのが 1951 年、タヴィストック人間関係研究所の実践にはじまる STS 研究 である。本研究所における STS 研究は、イギリス・ダラムの炭 鉱に生産性の向上を目的として導入された技術システムが労働者 のチームワークと作業プロセスを断片化し、生産性や安全性、労 働者の労働意欲の低下問題の打開策に関する研究が端緒である。 Paola Maio が「新しい技術の導入によってもたらされる問題は 技術そのものではなく、それをとりまく関係者や社会技術的問 題に起因するものが多い」 (Maio,2014)と指摘するように、現 場や職場に新しい技術を導入する際には、経営者の視点からみる 生産性の向上のみならず、労働者の視点からみる組織全体の1) 組織の質、2)労働生活の質、 3)労働関係の質(Amelsvoort, 2000)を満たすことが重要である。社会システムと技術システ ムのどちらか一方の結果を推し進めるのではなく、互いに肯定的 な結果をもたらすようデザインすることを Steven Appelbaum は Joint Optimization(Appelbaum,1997)とし、技術システムの介在 が前提となった社会においては、両者の関係を調整するための方 法論がさらに重要性を増すと指摘している。 以上のような観点から生産効率性や収益率向上と労働者の満足度 やチームの円滑なコミュニケーションを同時に達成するために は、従来の専門家によるトップダウン型意思決定から、労働者自 身の意見が反映可能なユーザ「参加」による意思決定が求めら れるようになった。こうして STS 研究成果は Socio-Technical Theory や Socio-Technical Approach としてまとめられ、1970 年代に北欧で勃興する PD に大きな影響を与えることとなる。 -

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1. Socio Technical System デザインプロセスにおけるユーザ「参加」は、社会的闘争の調整 を試みる実践から生まれた。新しい技術の導入や大規模な組織改 革を推進する過程で発生する諸問題を、多数の利害関係者の理解 を得ながら合意形成へと繋げる姿勢が「参加」というキーワード に結びつくことになる。

2. 北欧型 Participatory Design 2.1. 北欧型 PD の背景 前章では 1950 年代を境に社会と技術、双方にとっての肯定的 な結果を設計するためにユーザ参加が指摘されはじめたことに ついて述べた。本章ではデザイン方法論として参加の意義が確 立された北欧での PD 勃興について述べる。 1970 年代、スカンディナビア半島を中心とした北欧では社会

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的階級差が著しく、経営者と労働者間に大きな乖離があった。

3)労働に影響が発生しうる意思決定の際に、参加する権利を

職場に新しく導入される技術システムやその運用に関する決定

労働者に与えることで職場の民主化を高めることができる

権は経営者が握っており、技術による生産性の向上が優先され た結果、労働者の立場は次第に揺るがされていった。さらに当

の 3 つが言及されており(Bjùrn,1977) 、中でも3)の意思決定

時スカンディナビアではマルクス主義に基づきつつも民主的に

の際に参加する権利を労働者に与えることが北欧型の PD の特

労働者の権限を認める思想が広まっており、社会的不平等と思

徴だとされる。

想的風潮を背景に 70 年代には働き方の調整を求める労働運動 が数多く発生していた。

-

そこで、労働運動の解決策として援用されたのが社会技術的問

2.2 北欧型 Participatory Design 実践例とアプローチの展開

題の調整に関する STS 研究である。当初、労働の現場に技術シ

具体的には、北欧型 PDはKristen Nygaard が1972 年に行っ

ステムを導入すべきか否かの二択の議論がなされていた状況下

たノルウェーの鉄メタル労働組合における実践、The Norwegian

で、労働者との政治的な対話を促すことによって民主主義的か

Iron and Metal Workers Union Project にはじまるとされる。コン

つ平等主義的な方法で問題解決を図ろうとしたのが北欧型 PD

ピュータシステムを労働環境に導入する際、地域組合との協働

のはじまりである。

を行った本実践はその後、スウェーデンの「Demos」プロジェ クトやデンマークでの「DUE」プロジェクトなどに展開した。

スカンディナビアのデザイナー達は労働者とのパートナーシッ プを形成することを目的に、政治的な対話の場を設置するため

Scandinavian First Generationとも分類されるこれら1970年代

のゲームやツール開発に精力的に取り組んだ。そしてツールを

の PD は、 「技術システムがもたらす社会影響の検討、意思決定

開発するにあたり、労働者の現状や希望を理解するためにアク

プロセスに労働者が参加する」こと(co-determination:共同決定)

ションリサーチを取り入れ、平等主義的なデザイン方法論の確

が導入されたことが特徴である。導入される技術システムの働

立に向けて尽力した。アクションリサーチとは Kurt Lewin が

きや、その影響範囲を検討する際に労働者との政治的な対話を

1946 年に提唱した定性的調査法で、現実問題の解決、または

介入させようとしたのである。

目標となる望ましい状態に向けて改革していくことを目指し、 研究者が対象について働きかける関係を持ちながら対象者に対

続く Second Generation と呼ばれる 1980 年代のスカンディア

する研究(実践)を同時に行う方法(秋田、 市川、 2001)である。

ンビアの PD ではノルウェーの「UTOPIA」プロジェクトが草

こうして STS 研究に立脚したアクションリサーチの応用などを

分け的存在である。1981 年にストックホルム工科大学、オー

前提としてスカンディナビアのデザイナーによって独自にまとめ

フス大学の研究者、スウェーデンの労働者生活センター、タイ

られた手法は、Scandinavian Approach と名付けられた。

ポグラファーからなるチームで行われた本プロジェクトは新聞 の品質向上、そして新聞社で働く労働者のスキル向上支援のた

Scandivavian Approachとは、以下の要素にその価値を置いている:

めのコンピュータシステム開発が目指された。

(Judith, 2003) 重要なのは、コンピュータシステムの開発段階において実際に 1)民主化のために努力する

システムを使用する労働者が開発プロセスに参加したことにあ

2)デザインすることや未来を想像することに価値をおき、明

る。あらかじめ使用者の声を設計プロセスに反映することで本

示的な議論を行う

当に必要で、使いやすいものがデザインできるとする思想がこ

3)闘争や対立がデザインにおけるリソースとなる

の背景にはある。結果として「UTOPIA」プロジェクトは First Generation の労働環境の調整や組織、政治的な調整から派生し

そしてプロセスにユーザ(労働者)を参加させる動機として:

て、HCI 分野でも PD が有用であることを証明する転換的プロ ジェクトとなった。また、 「UTOPIA」のチームメンバーが労働

1)システムの構築に関する知見を向上させることができる

者の参加を促す上で実施したワークショップ、プロトタイプ、

2)人々が現実的な予想を膨らませ、変化に対する抵抗を減ら

ツールキット作成は PD がその後デザイン方法論として体系化

すことができる

される上で重要な布石となった。

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以上、70 〜 80 年代の Scandinavian Approach の変遷より明ら

回答する方法であり、開発組織内で使いやすい、継続的な改善

かな点は、政治的な調整役としての PD が、ユーザ参加と切り

を図る際に、数的な変動情報は有用であるという理由から多く

離されていたコンピュータシステム開発においても有用である

採用された。 (Shackel,1991) 1980 年代のパーソナルコンピュー

とみなされ、 「政治から技術システム開発へのシフト」が起き

タ民主化の流れの中でユーザビリティ向上への検討は急務とさ

たことにある、といえるだろう。

れた。こうした潮流の中、ユーザビリティに定義を与えたもの が ISO 規格であった。1991 年に規格化されたものを ISO 9126

「UTOPIA」 プ ロ ジ ェ ク ト を 中 心 に ま と め 上 げ ら れ た

系、1999 年のものを ISO 9241-11 系と呼称する。

Scandinavian Approach はその後 Collective Resource Approach (Bjerkne,1987)や Cooperative Designなど細かな分岐を見出

このように当初は定量的かつ限定的なデータに基づくユーザビ

しながら HCI 分野でのデザイン方法論の発展に影響を与えた。

リティの測定が一般的だったが、以後はより多数の利害関係者

さらに 1985 年の Computers and Democracy conference in

を前提とした HCD ヘと拡張してゆく。2000 年代に突入する

Aarhus、1988 年の CSCW (Computer Supported Cooperative

と、品質特性だけではなくユーザの経験をより重要視したユー

Work) conference in Portland, Oregon、1990年のParticipatory

ザ・エクスペリエンスという概念が提唱される。 (Norman,2004)

Design Conference 発足にも大きく影響を与えたといわれる。

ユーザビリティの向上を数的に達成するのではなく、ユーザの 体験に着目し、体験という定性データから評価が決定づけられ

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るという視点から生まれたユーザエクスペリエンスは、ユーザ を注意深く観察することによって定性的な気づきを得ることを

3. 北米型 Participatory Design 3.1 ユーザ中心設計 ユーザ中心設計(以下、UCD)は 1960 年代を起点に人間工学 の分野から勃興したデザイン方法論である。1963 年にアメリ カ空軍による軍事利用から始まったコンピュータの Graphical User Interface(GUI) は Ivan Sutherland の「Sketchpad」 や Douglas Engelbart の「oN-Line System」 (NLS)等の GUI シス テムに展開し、 その系譜の中で「人間に配慮した」インタフェー スの設計である Human Computer Interaction(HCI)分野を生 み出した。人間に配慮したインタフェースの実現を目指して始 まった HCI 研究ではあったが、初期のアプローチは作業効率や 作業効率測定が重要視されるあまり、人間がシステムの一部の 設計要件として組み込まれるような危険性を孕んでいた。 (黒須、 2010) この状況に対し、 「人間としての」ユーザの使いやすさ(ユー ザビリティ) に焦点をあてた設計理念が 1986 年、 ドナルド・ノー マンや Brian Shackel が発表した UCD である。ノーマンは認知 科学の知見から、そして英国の Shackel は人間工学的な知見か ら当該分野の形成に貢献した。 初期のユーザビリティ評価方法として一般的だったのはユーザ ビリティ・マトリックスを利用した定量的な方法である。 (平沢、 2003)ユーザビリティ・マトリックスとは適度な測定方法を検 討した上で基準値を設定し、ユーザがそれに基づいて定量的に Participatory Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

目的としている。 (黒須、2010) 3.2 ユーザを観察によって理解する 米国の Xerox PARC(PARC)研究所は HCI 研究とユーザ中心 設計研究を両輪で進めていた組織として名高い。Xerox PARC 研究所は 1970 年に米国の Xerox によってカリフォルニアに設 立されたコンピュータサイエンスの新技術開発のための研究施 設であり、アラン・ケイなど業界を代表する多くの人材が在籍 していたことでも知られている。 当時、ユーザ中心設計研究の促進のため PARC に着任した文化 人類学者のルーシー・サッチマンは、PARC の優秀な研究員た ちがコピー機を前にして誤った操作を繰り返している様子を観 察によって明らかにし、著作『プランと状況的行為』内でこの コピー機の事例を参照しながら UCD のアプローチとしてエス ノグラフィが有用であることを示した。 「観察」によってユーザの状況を明らかにするという方法はデザ イン思考にも応用が見られる。米国のコンサルティングファー ム IDEO の創設者、そしてデザイン思考を提唱したことで知ら れるのティム・ブラウンとデビッド・ケリーはデザインプロ セスの初期段階においてエスノグラフィや参与観察法などが有 用であると述べているが、具体的にはデザイン思考にこのアプ ローチを持ち込んだのはジェーン・フルトン・スーリで、著書

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『Thoughtless Acts?: Observations on Intuitive Design(邦題:考

型 UCD ではユーザは出来上がったシステムに対し、ユーザビ

えなしのデザイン?) 』においてその重要性が示されている。

リティを評価する被験者的存在であり評価データとしては定量 的なものが好まれたが、北欧型 PD の合流によりシステム開発

-

の段階からの開発プロセスへのユーザ参画が志向され、作業中 の感情や経験などの定性的なデータが評価の指標において有用

3.3 PD と UCD

であることが示された。つまり、UCD ではデザイナーがユー

Xerox PARC 研究所に話を戻すと、1981 年に研究所のメン

ザの「ために」設計していたが、ユーザと「ともに」設計する

バーを中心としてコンピュータと人間のより望ましいあり方

事に軸足が移されたともいえる。この開発プロセスにユーザ巻

について考えるグループ、Computer Professionals for Social

き込む動きは、のちの Co-design に繋がる重要な要素となる。

Responsibility (CPSR) が発足した。CPSR は「テクノロジーに よって生活者の生活の質の向上を目指す」といったマニフェス

-

トを掲げ、コンピュータ技術を兵器利用の脅威ではなく生産的 で安全なものとして安全な社会を育むために使う方法を検討し た。また彼らは北欧型 PD に強い関心を寄せ、1990 年にシア トルで開催された第 1 回 Participatory Design Conferenece の 協賛をし、北欧型 PD を北米に誘致したことで知られる。当時 の UCD 理念に依拠する北米のデザイン方法に対する新たな見 解として持ち込まれた北欧型 PD は北米の研究者に多大な影響 を与え、新たにシステム開発者とユーザの「協力」の視点を補 いながら HCI 分野におけるユーザビリティ向上、コンピュータ システム開発に特化した北米型 PD が形作られた。つまり、 ユー ザをただの 「テストのための存在」 として位置付けるのではなく、 ユーザはシステムの開発プロセスにも参画し、ユーザビリティ を確保するために発言する存在となること。また、プロダクト 開発においてユーザ自身もプロトタイプの作成者としてプロセ スに参画する事が理想とされる北米型の PD はこのタイミング で誕生したと振り返ることができる。 (Schuler&Namioka ,1993) この時期あたりから定性的データがユーザ評価の対象として注 目され始めた。コンピュータシステムを使用する作業環境下で の経験や会話などのデータにこそ開発者が学ぶヒント、ユーザ ビリティ向上の鍵があると見なされ、ユーザの行動全体の文脈 を俯瞰することで、ユーザのニーズにあったフレームワークの 設計の指針が発見できるとされた。 (Greenbaum,1993) また、北米に北欧型 PD の手法を取り入れる利点は生産性、品 質の向上と産業民主主義達成の両立という点にもある。ユーザ と共にプロトタイプ作成をし、コンピュータシステムの設計を 行うことによって改善に必要な作業をあらかじめカットする ことができ、デザイン全体の効率性の向上に繋がる。またコン ピュータの設計を通じて社会における政治的闘争にも関与する 事となり、産業民主主義に関わるための場としても機能する。 以上、北米型 UCD と PD の合流について述べた。従来の北米

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4. Co-design 4.1. 参加するデザインから、共創するデザインへ ここまで北欧型、北米型 PD の変遷を述べ、政治的な合意形成 のための参加や HCI 分野におけるユーザビリティ向上のための ユーザ参加の手法を辿ってきた。本章では 2000 年以降の複雑 な社会に対応するために、ユーザがむしろ提案する主体として デザインプロセスに参加することに意義を見出した Co-design について触れたい。 Co-designとはユーザが Co-designer(共創デザイナー)とし てデザインプロセスに参加し、デザイナーや専門家と共に創る デザイン手法である。ユーザは自身の感情や経験に基づく考え をデザイナーに共有する「自身の経験の専門家」 (experts of their experience)として振舞うことが要請されるため、設計 や評価段階のみならず、アイディエーション段階にまで参加の 幅が拡張されたことが Co-design の特徴である。 アイディエーション段階への参加を促す Co-design の思 想を振り返ると、その源流は 1971 年に行われた「Design Research Society Conference」でのナイジェル・クロスの発言 に遡る。クロスは「Design Participation」で「私たちは意思決 定の際の参加のみならず、アイディア生成に置いても参加する ことが可能になった」 (Cross,1972)と述べ、開発や評価の段 階のみならずその前段階であるアイディエーション段階への参 加を促すことが、より持続可能な社会を形成する上で重要であ ると述べた。また本発表の中でクロスはアイディアの生成から 関わる参加の有り様がすぐに変容することは考えにくいとしな がらも、来世紀(21 世紀)にはその方法が革新的に変わるだ ろうと指摘し、新たな参加の意義を 70 年代の時点で先見的に 見出していた。 4


クロスの予想通り 2000 年代以降、社会が複雑性を増すにつれ

ンするようになると述べ、集団によるデザイン(diffuse design)

UCD の限界が指摘され、新たなユーザ参加の手法が求められ

と専門家によるデザイン(expert desgin)の 2 つに分類した。

るようになった。かつての最終成果物を前提とした「xx のデザ

そしてソーシャル・イノベーションをもたらすためにはそれら

イン(design of xx) 」はユーザのニーズを引き出すための「xx

が歩み寄って連合を組む(design coalition)状態が望ましいと

のためのデザイン(design for xx) 」へとシフトし、その流れに

し、従来の問題解決(Problem solving)のデザインから意味生

対応すべく Interaction design や Service design などと並んで

成(Sense making)のデザイン領域が勃興していることにも触

生まれたのが Co-design である。

れながら、問題解決/意味生成、集団によるデザイン/専門的 デザインの 4 つの要素が融合していくことで新しいアイディア

そもそも Co-design はモノやサービスの価値を決める際に、

の生成や持続可能な社会が実現できると結論づけている。

プロダクト中心および企業中心の視点からパーソナライズされ た消費者の視点へと移行させていくことに意義を見出したビジ

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ネス・マーケティング分野から起出した方法論である。 ビジネス・ マーケティング分野に Co-design の概念を広く知らしめた C.

4.2 Co-design がもたらす役割の変容と PD の展望

K. Prahalad と Venkat Ramaswamy は 2004 年、著書『The

サンダースらとマンジーニの両者に共通するのは Co-design を

Future of Competition: Co-Creating Unique Value with

実現する上でデザイナーやユーザに新しい役割を見出している

Customers』内で今後、企業は消費者(ユーザ)とともに共同

という点である。かつて受け身だったユーザはアイディア創出、

で価値を創造していくことによって、人々のニーズに応える新

コンセプト作成に強く働きかける存在としてデザインプロセス

しい価値を生み出すことができるとしている。

に参加するようになり、デザイナーはユーザの創造性を刺激し、 表現することを助けるような「ツールの開発者(Toolmaker) 」 、

また、Co-design 研究の第一人者である Elizabeth Sanders と Pieter Jan Stappers は全てのユーザに創造性が備わって

「議論の調整役(Facilitator) 」として職能を発揮することが望ま しいと指摘している。

いることを前提としながら、これらの創造性を集団的に取りま とめることによって持続可能な未来が実現できるとしている。

さらに、Sanders らは 2014 年に発表した「From Designing

彼らは複雑な社会を持続可能な方向に進めていくためにはそも

to Co-Designing to Collective Dreaming: Three Slices

そも「何をデザインすべきか」 、 「何をデザインしないべきか」

in Time」(Sanders and Stappers, 2014)内で 1984 年、

といった探索的な行為が重要であるとし、この探索的なデザイ

2014 年、2044 年の 3 つの時代区分からデザインの目的やユー

ンの前段階(図1を参照)にこそユーザの創造性が有用だと指

ザ、デザイナー像を考察し、その概要を次頁、図 2 にまとめた。

摘している。 (Sanders and Stappers, 2008) Sanders ら は 2044 年 ご ろ PD は「Collective Dreaming( 集 団的夢想) 」に発展していくだろうと予測している。Collective Dreaming は Co-design や PD をはじめとするユーザ参加のデザ インに未来志向型のデザインの文脈が融合したアプローチ、す なわち一般市民が主体となって集合的に未来をデザインするア プローチである。Speculative Design を代表とする未来志向型 デザインは主に専門家主導で「ありうる」未来の人工物やシナ (図 1)fuzzy front end のユーザ介入に意義を見出す Co-design の設計プロセス 『Sanders, E. and Stappers, J., "Co-creation and the new landscapes of design』(Sanders and Stappers, 2014)

リオの作成を通じて未来を議論するアプローチであるが、ここ にユーザ参加のデザインが流入することによってより「好まし い」未来が描き出されることが期待される。つまり、図2から も明らかなように 2014 年、これまでユーザと「ともに」行わ

Co-design とソーシャル・イノベーションの関係について Ezio Manzini は『Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation』 (Manzini, 2015)内で、複雑かつ急速に変化する社会では誰もがデザイ Participatory Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab

れてきた参加のデザイン(Design WITH users)は 2044 年に一 般市民「による」 (Design BY People)行為へと変化し、デザイ ンは今後、集団的な(Collective)行為に移り変わっていくとい うこと、そして共創は未来の夢想(Dreaming)にまで拡張する

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(図 2)1984 年、2014 年、2044 年のデザイン 「From Designing to Co-Designing to Collective Dreaming: Three Slices in Time」(Sanders and Stappers, 2014)より再作成

ことでより持続可能で好ましい未来がデザインできるといった

舞い、未来を集団的に夢想する「Collective Dreaming」が予測

推測が Collective Dreaming という新たなユーザ(一般市民)参

されていることについて述べた。

加のアプローチとして予見されている。 総括として流れをまとめると、かつて民主的な合意形成やユー さらにサンダースらはこの 2044 年の Collective Dreaming を実

ザビリティのための参加(Design FOR People)は、複雑な社

現するにあたって、ユーザは「未来を提案するデザイナー」 、そ

会に立ち向かうための共創(Design WITH People)へと推移し、

して専門家としてのデザイナーは彼らの行為を支援する「メタ

さらに今後未来志向型デザインとの接続も合間ってユーザ自身

デザイナー」として役割をさらに変容させていく必要があると

がデザイナーと同様の振る舞いをするようになる状態(Design

述べ、これまでのデザイナー、ユーザの役割を根本的に刷新し、

BY People)へと拡張されると推測されているといえるだろう。

新たな振る舞いが生まれる状況に期待を寄せている。

とはいえサンダースが Collective Dreaming の時代を 2044 年と 予測しているように、ユーザがデザイナーとなりうる Design

-

BY People の状況は今日の時点では未だノウハウも方法論とし ての体系化も不十分である。2044 年に向けて、これからの時

5. 結論

代に呼応する PD の実現に向けて、今後新しいデザイナーの出 現や参加を促す状況の構築がなされることに期待したい。

本論は 1950 年代からはじまる STS 研究、北欧型 PD、北米型 PD、そしてより複雑な社会をユーザと共に乗り越えようとする 方法論として Co-design の台頭に至る PD の変遷を述べた。そ

して今後、PD の展開としてユーザ自身がデザイナーとして振

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ウェブ HCD 特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構 https://www.hcdnet.org/hcd/column/hcd.html ( アクセス日 2018 年 11 月 19 日 ) U-Site 黒須教授のユーザ工学講義 https://u-site.jp/lecture/20110329 ( アクセス日 2018 年 11 月 29 日 ) パロアルト研究所の考える 人間中心イノベーションとテクノロ ジー中心イノベーションの融合 https://www.fxli.co.jp/wp-content/uploads/2014/12/ede11eda4 c36039fc7d5f29acbbb2cda.pdf ( アクセス日 2018 年 11 月 29 日 )

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