Speculative Design Genealogical Study スペキュラティヴ・デザインの系譜 March 2019
Daijiro Mizuno Lab Faculty of Environment and Information Studies Keio University 慶應義塾大学 環境情報学部 水野大二郎研究会
序論: 本稿はアンソニー・ダンによって提示されたデザイン概念であ る「スペキュラティヴ・デザイン」に関する系譜的研究である。 スペキュラティヴ・デザインは未来的/仮想的シナリオに基づ く人工物の生成と、それを通じた未来および現在の問題思索を 試みるものであり、デザインの新興領域として近年認知度が高 まっている。研究領域としては誕生間もないスペキュラティヴ・ デザインであるが、その歴史的布石と捉え得るいくつかの芸術 運動や組織はすでに 1900 年初頭から存在し、現在では関連類 似する複数の概念や術語が勃興している。そこで本稿は、スペ キュラティヴ・デザインに関する系譜的研究から、関連する概 念および領域との体系的な布置を目的とする。まず 1 章にて 1900 年初頭以降の先史スペキュラティヴ・デザインとして捉 え得る世界各地の急進的な芸術運動を概観する。続く 2 章で本 稿の中心をなすスペキュラティヴ・デザインの具体的な歴史的 系譜を通覧し、スペキュラティヴ・デザインとクリティカルデ ザインとの術語的整理を検討する。そして 3 章ではスペキュラ ティヴ・デザインと近接性の高い他領域での研究および実践を 概説し 4 章にて総括を行う。
のダダイズムの画家やロシア構成主義や建築など幅広い分野に影 響を与えることとなった。 ロシア・アヴァンギャルド ロシア・アヴァンギャルドは 1910 年代から 1930 年代初頭に 発展したロシアにおける前衛芸術運動の総称であり、前述し た未来派やキュビスム、ネオ・プリミティヴィスムと高い関連 性がある。第一次世界大戦前のロシアの芸術シーンは基本的に はヨーロッパで展開されていた芸術運動の後追いだったが、ロ シア革命をきっかけにプロパガンダ・アートと結びつくなど政 治的な性質を帯びた独自の展開がなされていった。その後も 『Golden Fleece』などの雑誌を舞台に映画、演劇、造形芸術、 文学において実験的な実践が展開され、ロシア構成主義とシュ プレマティズムの確立に影響を与えていった。 イタリア・ラディカルデザイン ラディカルデザインは 1950 年代後半から 60 年代にかけてイ タリアで発展したコンセプチュアルデザインの流れを受け継ぐ 芸術運動である。この頃の挑発的なデザイン文化は、工業的で 金銭主義的な役割に不満を持っていたデザイナーたちの産物で ある。彼らは既成品を組み合わせ独特な家具を作り出すことで、 プロダクトデザインに実用的な機能を超えた詩的な側面を見出 し、消費や功利主義への疑問を投げかけた。
1: スペキュラティヴ・デザインの歴史的背景
アンチデザイン 時期を同じくしてイギリスとオーストリアで出現し、イタリア
急進的芸術・デザイン運動
でも発展を遂げたのがアンチデザインである。1900 年代初頭
本稿において、1900 年代初頭から続く急進的芸術・デザイン運動は、
からデザインを支えてきた近代主義的な理念に幻滅した人々
作品を通じた批評としてのデザインを打ち出すスペキュラティヴ・デ
が、アーキグラムやスーパースタジオなどのグループを結成し
ザインの礎石として捉えられる。そこで、 ここでは1999年アンソニー・
ていったのだった。彼らは 60 年代後半には停滞してしまって
ダンの『Hertzian Tales』によってクリティカルデザインという言葉が
いたモダニズムを打破しようと、デザインによる知的な会話の
提唱されるまでの主要な急進的芸術・デザイン運動をまとめる。こ
機会提供を試みた。この運動により、問題解決のためのデザイ
れを通じ批評としてのデザインの史実的文脈を明らかにし、新興領
ンではなく積極的で批判的な会話を促すためのデザインが確立
域としてのスペキュラティヴ・デザインのより正確な認識を試みる。
された。彼らに共通していたのはデザインを会話と政治的抵抗 のための手段とする視点であり、作品の多くがチープで実験的
未来派
な技術を用いた実用性のないものだった。
未来派とは、1909 年にフィガロ紙上で発表されたイタリアの詩人 フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティによる芸術思想文書『未
ジャーマン・ニューデザイン
来派宣言』に端を発する芸術運動である。産業革命以降にイタリ
一方ドイツでは 1980 年代にジャーマン・ニューデザインが誕
アに訪れた急速な都市化や伝統文化と労働者階級への反発を背景
生した。Unikat Design とも呼ばれるこの運動の特徴は、機能
に生まれた彼の機械文明や混乱やスピードというダイナミズムに
主義的デザインから脱し、日用品や廃棄物を組み合わせた作り
対する称賛は、 芸術家だけでなく文学家や音楽家までをも魅了した。
デザインによる対話を促した点にある。
1920 年にはファシズムの政治運動と結びつき自然消滅したが、後
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オランダ・ドローグデザイン
ティカルデザインは無批判的に技術を迎合する社会を背景に、
オランダでは 90 年代前半にデザイン評論家のレニー・ラマカー
従来の肯定的なデザイン(affirmative design)の対義語として
スとプロダクトデザイナーのハイス・バッカーを筆頭とした集
批判的思想を醸成するデザインとして示された。一方スペキュ
団、ドローグが誕生し、デザインアカデミー・アイントホーフェ
ラティヴ・デザインは、2001 年ダンとフィオナ・レイビーに
ンの学生らも参加していた。反権威主義的側面を抱えたドロー
よる『Design Noir: The Secret Life of Electronic Objects』にて
グはプロパガンダアートと類似する性質を持っていた。しかし、
その語が初出され、技術のみならず生命倫理や社会問題など広
彼らの作品は伝統的デザインの流れを汲んでおり、遊び心を持
く様々な未来像を批判的思考するためのデザイン運動として示
ちつつも伝統的で整合性のある形式を成している。ドローグは
された (Dunne and Raby, 2013) 。従ってスペキュラティヴ・デ
捨てられた家具を組み合わせて作られたものなど、消費のあり
ザインは後述するデザイン・フィクションや SFプロトタイピン
方を批評的に追求した作品などが知られている。
グなどの近接領域と異なり、 その明確な定義や手法は存在しない。 しかしこうしたスペキュラティヴ・デザイン特有のゆらぎは、
2:スペキュラティヴ・デザインの歴史的系譜 前章で概観した通り、主流表現に対するオルタナティヴを提示 する急進的な芸術・デザイン運動は 1900 年代初頭から存在し ている。一方でスペキュラティヴ・デザインの直接的な基礎と なる「クリティカルデザイン」という語が登場するのは 19971999 年である。スペキュラティヴ・デザインを捉えるならば、 いかに既存の急進的芸術・デザイン運動から区別し、それらの 更新、批判的継承として位置付けるべきかが問われる。そこで 本章では、多くの議論や挑戦がなされてきた過去 20 年間を概 観し、スペキュラティヴ・デザイン登場の史実とその定義をめ ぐる関連術語の変遷に関する整理を行う。そしてスペキュラ ティヴ・デザインに関する表現形式とテーマ、それぞれに焦点 を当てた系譜整理を行う。スペキュラティヴ・デザインがもつ 実践との不可分性という特徴を鑑み、論文、書籍以外の作品、 デザイン活動、展示までを広くその対象とする。
一部から従来の急進的芸術・デザイン運動における方法論や語 彙を無批判に受け入れているという捉え方もされている。マッ ト・マルパス(Matt Malpass)はグードルン・ショルツ(Gudrun Scholz)による急進的芸術・デザイン運動で使用された手法の 3 類型(Context Transfer、Cut Up、Hybrids)を紹介した上で、 これらが一部のスペキュラティヴ・デザイン実践において無自 覚的に援用されている現状を指摘した(Malpass, 2012) 。また、 スペキュラティヴ・デザインをこれまでの主流デザインと比べ て相対的に理解する取り組みは、先述の『Hertzian Tales』で もダン本人によって行われている。ダンによるとクリティカル デザインは技術的・商業的に駆動される既存プロダクトデザイ ンの外部に位置付けられ、それは議論を刺激することを目的と した調査媒体としてのプロダクトデザインであるという。そし てダンはこの説明を補強するためこれまでデザインの主流とさ れた肯定的デザイン(affirmative design)の3つの要素を反転 させ、批評的デザイン(critical design)の相対的理解を説明し ている(Dunne, 1999) 。
2.1 スペキュラティヴ・デザインの歴史と定義 ここではまず、主流デザインに対して新興領域として立ち現れ たスペキュラティヴ・デザインの歴史的変遷を概観し、登場す るいくつかの重要関連術語および概念の整理を行う。 現在スペキュラティヴ・デザインに関連する学術的デザイン研 究の文献では一部、スペキュラティヴ・デザインとクリティカ ルデザインを併せ、SCD(Speculative and Critical Design)と 総称することがある。しかし歴史的変遷を整理する視座にお いて、共にアンソニー・ダンが提唱したこの両術語間にはい くらかの差異が認められる。術語そのものの登場という文脈 では、まず 1999 年に出版された『Hertzian Tales: Electronic
(fig.1)ダンによるクリティカルデザインの 3 要素(Made by Author)
Products, Aesthetic Experience, and Critical Design』にて最初 にクリティカルデザインという語が登場する。当時このクリ Speculative Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab
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1) 脱最適化(Post-optimal)⇔ 最適化(Optimal)
ティヴ・デザインを定義、分類する例も存在する。
クリティカルデザインは大量生産社会における機能主義の洗練 によってすでに最適な性能レベルが達成された実用的、技術的
例えば、マット・マルパスは多数の作品例を挙げながら、実践
機能を追求しない。むしろ人工物の使用に伴う審美的、感覚的
におけるスペキュラティヴ・デザイン領域内の傾向について言
な領域に挑戦すべきである。つまり単純な実用機能の最適化で
及している。マルパスはクリティカルデザインが従来の問題解
はなく、これまで顧みられなかった条件に目を向けさせること
決型デザインに対するオルタナティヴを示す以上、その実践は
を目的とする。
既存のデザインディシプリンの周縁に位置付けられるべきだと 述べ、クリティカルデザインの意味を「デザインの内側に向か
2) 超実用性(Para-functionality)⇔ 実用性(Functionality)
う動き」と「デザインの限界を押し拡げ外側へ向かう動き」の
脱最適化(Post-optimal)の概念に基づき、一般的に定義される
2 種類の戦略に大別した。前者は大量生産を前提にした既存の
実用的な機能だけでなく、人工物とのインタラクションに付随
デザインディシプリンに関わる問題に対する批判を行うための
して惹起される感情や審美的体験をも機能性の定義に含める。
戦略であり、後者は今までデザインが対象としなかった科学・ 文化・社会的な領域と積極的に結びつくことで、これらの領域
3) 不便性(User-unfriendliness)⇔ 利便性(User-friendliness)
の変化が人々に与える影響をデザインを通じて探索することを
1,2 で言及したユーザの使用に伴う審美的体験を意識させるた
目的とした戦略である(Malpass, 2012) 。
めに、最適化されたインタラクションではなく、解釈を要請す るような不自然で不親切なインタラクションを設計する。 例えば『Hertzian Tales』で紹介される作品の1つであるファ ラデーチェアは電磁波から避難するための家具として設計され ており、この存在を通して、不可視ゆえに日常では意識されな い電磁波で溢れかえった生活環境に目を向けさせる。ゆえに ファラデーチェアは家具の実用性を超えて、電子機器が日常生 活に浸透し始めた当時における電磁波との関係性を再考させる 機能を果たす。こうした機能のために要請される、通常の家具 と全く異なるインタラクションは「ユーザの解釈」を促してい る。従ってダンのこの説明に基づけば、クリティカルデザイン およびスペキュラティヴ・デザインは批判的思考を誘引するた めのデザインであることがわかる。 (fig.3)マルパスによるクリティカルデザインの大局的布置 Malpass, M.(2012).‘Contextualising Critical Design: Towards a Taxonomy of Critical Practice in Product Design’ [Diagram]. Retrieved from https://core.ac.uk/download/ pdf/18419931.pdf
マルパスはこのように批評的デザインの大局的なマッピングを 行なった上で多様な実践の傾向に基づき、その批評としてのデ ザインのアプローチ手法を以下の三つに精緻化している。 1) アソシエイティブデザイン (fig.2)ファラデーチェア Evans, S.(2009).‘Growth‘n Tow – A Study in Process’[Photograph]. Retrieved from https://waltercicack.wordpress.com/portfolio/growth-n-tow/
既存のデザインディシプリン批判を中心とし、伝統的デザイン オブジェクトや価値観を再考する手段として行われる。またそ の性質上、馴染み深いデザインオブジェクトを使用するなど、
また、スペキュラティヴ・デザインの実践が多数制作されてい
急進的芸術・デザイン運動の直系として位置づけられ得る。
る近年では、それらから帰納的に傾向を読み取りスペキュラ
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2) スペキュラティヴ・デザイン
起こりそう(Probable)な未来だけではなく、不可能ではない
社会科学研究を用いて、新興技術が未来の社会や文化に対して
起こりうる(Possible)未来までを探索し議論の俎上に乗せる
及ぼす影響を探索するために行われる。従って一般的に未来志
ことで、我々にとって望ましい(Preferable)未来を再考する
向型と捉えることができ、一般的な鑑賞者にとって馴染みの薄
手段として未来志向型の思索の有用性を定義している(Dunne
い専門領域の先進的知見に基づくため、シナリオなどによる補
and Raby, 2014) 。
足を必要とする。 3) クリティカルデザイン 現在の時間軸においてデザインオブジェクトが持つ社会的、文 化的、倫理的な意味合いを探索し、浮かび上がらせるために行 われる。一般的にユーザの注意を集めるために、過激で悲観的 なオルタナティヴを提示する。 また現在に批評の時間軸を置くためのオルタナティヴの提示 という点では、ジェームス・オージャー(James Auger)が提 唱した「Alternative Presents」が挙げられる。この概念では未 来を思索する「Speculative Future」に対して、過去のある時 点から分岐したあり得たかもしれない現在を思索する(Auger, 2010) 。この代表的な事例としては、サシャ・ポーフレップの ゴールデン研究所が挙げられる。ここでは 1981 年アメリカ大 統領選でロナルド・レーガンの代わりにジミー・カーターが当 選した世界が描かれ、発電所化した高速道路などのエネルギー 政策提案を通じて、技術や環境は独立した純粋物ではなく、政 治や個人との緊密な相互作用の関係にあることを提起している。
(fig.5)ダン & レイビーによる Possible Futures の概念図 Dunne, A., and Raby, F.(2014). Speculative Everything: Design, Fiction, and Social Dreaming. Cambridge: MIT Press. Retrived from http://adrianomescia.com/design-thinking-andspeculative-design/
近年ではこれらの代表的なスペキュラティヴ・デザインの手 法を再解釈する動きも存在する。ポール・コールトン(Paul Coulton)らはスペキュラティヴ・デザインにおける表現メディ アとしてのゲームの有用性について言及し、Possible Future に おいて現在(Present)は暗黙的に共有された視座として描か れているが、これは適切でないとしている。我々の現在や未来 に対する認識は個々人の過去の経験に基づくものであるため、 個々の現実それぞれがオルタナティヴであり、そこからさらに 個々の未来が存在するとしている。それゆえに、デザイナーか らユーザにまたがる複数の現実を許容するアーティファクトの 必要性を指摘している(Coulton et al, 2016) 。 (fig.4)オージャーによる Alternative Presents と Speculative Futures の概念図 Auger, J. (2010). ‘Alternative Presents and Speculative Futures: Designing fictions through the extrapolation and evasion of product lineages’[Diagram]. Retrieved from http:// researchonline.rca.ac.uk/1093/
一方、マルパスによって未来志向と定義されたスペキュラティ ヴ・デザインの観点では、Possible Future という関連概念が存 在する。これはオージャーが提示した Speculative Future にお ける未来志向型の思索の機能をより詳細に検討したものであ り、ダン & レイビーによって提唱された。線的に予測できる Speculative Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab
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切り離され、批評的デザインとしての機能不全に陥ることを懸 念し、文脈を強制的に発生させる装置としてシナリオを鑑賞者 に付与することを提唱した。そしてここから、仮想世界や代替 世界の文脈に位置付けられたアーティファクトを有効に提示す る手法として映像の形態が広く受け入れられた。 また展示空間自体を捉え直す動きも強まっていく。デザイ ン実践を通じた学術研究を分類したイルポ・コスキネンら は展示を「ショールーム型」という一種の研究形式としてリ フレーミングし、クリティカルデザイン、ないしはスペキュ ラティヴ・デザインをその中の具体的な手法に位置付けた (fig.6)コールトンらによる概念図 Coulton, P., Burnett, D., and Gradinar, A.(2016).‘Games as Speculative Design: Allowing Players to Consider Alternate Presents and Plausible Futures’[Diagram]. Retrieved from https://www.researchgate.net/publication/301286491_Games_as_Speculative_Design_ Allowing_Players_to_Consider_Alternate_Presents_and_Plausible_Futures
(Koskinen et al, 2011) 。こうしたコスキネンらによる取り組
以上、ここではスペキュラティヴ・デザイン登場の史実とその
提示方法の多様化を押し進めた。先駆的な事例として 2010
定義を巡る変遷について概観した。スペキュラティヴ・デザ
年 EASST(European Association for the Study of Science and
インは提唱者ダンによって従来の肯定的デザイン(Affirmative
Technology)にて開催されたフォーラム「Speculation, Design,
Design)と相対化させながら説明がなされた。しかしスペキュ
Public and Participatory Technoscience: Possibilities and Critical
ラティヴ・デザインではデザイン運動としてのレジリエンスを
Perspectives」ではデザイナーと社会科学者が技術開発に関す
護持するための絶対的な定義付けや手法論の展開が避けられた
る議論を交わしている。
みは、スペキュラティヴ・デザインのアーティファクトに学 術的知見の創出という新たな意味を付与したとともに、その
ために、様々な議論が紛糾し、現在もその途上にあるとまとめ られる。そのなかでも本稿では多くの実践事例から傾向を見出
議論環境の物理的な拡張に加え、情報空間を利用する動きも存
し、スペキュラティヴ・デザインの定義を試みたマルパスの論
在する。2014 年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催
旨を素地に、スペキュラティヴ・デザインおよびクリティカル
された「Design and Violence」では、キュレーターを招いて作
デザインに関連する重要術語の紹介を行った。
品を紹介させた上で、オンラインで公開討論を行なった。この ように、従来のスペキュラティヴ・デザインのギャラリー内に
2.2 アーティファクトの提示方法に関する変遷
閉じた議論環境への挑戦も進んでいる。こうした動きの前線と
スペキュラティヴ・デザインは先述の通りその中心的機能とし
して挙げられるのが、メアリー・フラナガンの提唱するクリティ
て、対象となる問題に関する議論を促進させることが挙げられ
カル・プレイである。ゲームというメディアをスペキュラティ
る。これにあたりスペキュラティヴ・デザイン領域では、より
ヴ・デザインにおいて用いるこの取り組みの背景には、従来の
議論を活性化させ、ユーザを参加しやすくするためにアーティ
スペキュラティヴ・デザインのアーティファクトが一方的な世
ファクト提示方法の工夫がなされていった。ここでは、急進的
界観の提示に終始しているという指摘が存在する(Coulton et
芸術・デザイン運動で見られたオブジェクトの単純な展示や雑
al, 2016) 。こうした指摘ととも示されたフラナガンのクリティ
誌媒体から今日にいたるまでの具体的な変遷をまとめる。
カル・プレイはプレイヤーが自由に探索し、時にはつくりかえ ることも可能であるという点において、より深いインタラク
まず、スペキュラティヴ・デザインでよく見られるアーティファ
ション性を備えたメディアであるといえる(Flanagan, 2010) 。
クト提示法として、オブジェクト単体ではなく、それが使用さ れるシナリオや映像とともに展示する方法がある。この源流と
以上、ここではスペキュラティヴ・デザインにおけるアーティ
しては 1996 年の「Monitor as Material」が挙げられ、先述の
ファクト提示方法の変遷と議論環境の変化について概観した。
アンソニー・ダンがウィリアム・ゲイバーとともに行った最初
当初ギャラリー内での提示方法を模索していたスペキュラティ
期のスペキュラティヴ・デザイン実践である「The Pillow」が
ヴ・デザインは、学術知見の創造という意味を付与されたこと
展示された(Gaver and Dunne, 1997) 。その際、ダンらはギャ
で科学フォーラムなどへと議論を物理的に開いていった。また
ラリーにおいてアーティファクトが日常生活の文脈から完全に
一方ではオンライン討議のように、議論をヴァーチャル空間へ
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と拡張していく動きも見られ、この先端として双方向的な探索
が展示された。こうしたダンの、すなわちクリティカルデザイ
を許す仮想世界そのものの構築としてゲーミフィケーションを
ンの初期作品においては、奇妙なオブジェクトのデザインを通
採用したクリティカル・プレイが注目されている。
して人と電磁波の関係性が探索されている。この背景には電子 機器が家庭にまで浸透し、生活空間に電磁波が氾濫し始めたと
2.3 探索対象とするテーマの変遷
いう、不可視だが巨大な時代変化が存在する。こうした未知の
スペキュラティヴ・デザインが現在の社会や主流デザインに対
技術に対して我々がいかに関係をとり結ぶことができるのか
するオルタナティヴを探索する以上、社会情勢の変化に伴っ
を、具体的なデザインオブジェクトとのインタラクションを通
て議論の俎上に乗せるべき対象も変わっていく。ここではスペ
じて意識させたといえる。この社会状況の急激な変化、特に不
キュラティヴ・デザインの主要なテーマの変遷とその背景とな
可視性を伴った変化はこれ以後のスペキュラティヴ・デザイン
る社会情勢や技術革新を概観する。
のテーマ選定に通底していく。
まず、実践と緊密に結びついたスペキュラティヴ・デザインに おいて、テーマの変遷について述べるにあたり、同時代的な問 題意識を共有したデザイナーの実践を総覧できる展覧会を軸と した参照を行う。
(fig.8) Walker Art Center.(2003) .‘Strangely Familiar: Design and Everyday Life’[Photograph]. Retrieved from https://walkerart.org/calendar/2003/strangely-familiar-design-and-everyday-life
ダンの初期作品は 1999 年に ICA で開催された「Stealing Beauty」 や「Lost and Found: Critical Voices in New British Design」などにお いても展示された。2000 年代に入り、ダンはスペキュラティヴ・ デザインにおける多様な実践例の紹介へ移行する。この背景には、 パオラ・アントネッリによるダン & レイビーへの注目に端を 発する、MoMAでの集中的な展覧会の企画が存在する。この皮 切りとなる 2005 年「SAFE: Design Takes on Risk」は、2001 年の同時多発テロに代表される、社会に潜伏する不可視の恐怖を とりあげた。ここでは緊急事態、情報の可視化、安全をテーマと して 300 以上のプロダクトやプロトタイプが展示された。
(fig.7)スペキュラティヴ・デザイン関連展覧会年表(Made by Author)
先述した 1996 年の「Monitor as Material」でのゲイバー & ダ ンによる「The Pillow」の展示に始まり、 2003 年にウォーカー・ アート・センターで開催された「Strategy Familiar:Design and Everyday Life」にはダン & レイビーによる「Placebo Project」 Speculative Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab
(fig.9)MoMA.(2005).‘SAFE: Design Takes On Risk’[Photograph]. Retrieved from https:// www.moma.org/calendar/exhibitions/106?
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こうして活発化したスペキュラティヴ・デザインの実践紹介は、
するエネルギー問題を背景としたバイオテクノロジー発展のあ
各地で展覧会開催の機運を高めた。2007 年にはジュネーヴで
りうる姿を提示している。近年では 2014 年に、合成生物学と
「AC/DC Art contemporain Design contemporain」が開催された。
デザインをテーマにした「Synthetic Aesthetics」が開催された。
ここでは勃興するスペキュラティヴ・デザイン領域の活動を受 け、芸術とデザインの境界線を再定義することが目指された。
(fig.12)(Dunne, A., and Raby, F.(2004).‘IS THIS YOUR FUTURE?’[Photograph]. Retrieved from http://www.dunneandraby.co.uk/content/projects/68/0) (fig.10)MAC VAL.(2008).‘AC/DC Art contemporain Design contemporain’[Photograph]. Retrieved from http://doc.macval.fr/Default/doc/SYRACUSE/28639/ac-dc-art-contemporaindesign-contemporain
これら実践の総決算として位置付けるべき「Design and the Elastic Mind」が 2008 年、 MoMA で開催された。ここでは科学・
同年ベルギーの現代美術ギャラリー Z33 では「DESIGNING
社会の急速な変化によって我々の倫理や認識が変成する社会状
CRITICAL DESIGN」が開催された。ダン & レイビーを含む 3
況において、デザイナーの役割はこれら不可視の技術を人々が
組のスペキュラティヴ・デザインの実践者を招聘し、各デザイ
理解可能な体験へと翻訳することへとシフトすべきだと述べら
ナーの個展の集合をコンセプトに、それぞれの作品の系譜を概
れる。Elastic Mind とはすなわち、絶えざる変化にさらされる
観するものとなった。
今日において、暗黙化した前提を常に相対化し続けるしなやか な認識能力を意味し、この形成においてスペキュラティヴ・デ ザインの有用性を指摘した。
(fig.11)Z33.(2007).‘Nr. 15 DESIGNING CRITICAL DESIGN’[Photograph]. Retrieved from http://archief.z33.be/en/projects/nr-15-designing-critical-design
(fig.13)MoMA.(2008).‘Design and the Elastic Mind’[Photograph]. Retrieved fro https:// www.moma.org/calendar/exhibitions/58?
さらに不可視の技術の認識も変化を遂げる。合成生物学の進展 に伴い、遺伝子組み換えに代表される倫理的議論がヨーロッパ
こうした技術とデザインの新たな関係性は継続的に実践を通し
を中心として紛糾した。Genohype とも総称されるこれら技術
て検討され、2009 年にはダン & レイビーのキュレーションに
的・倫理的変革を受け、スペキュラティヴ・デザインはテーマ
よってダブリンのサイエンスギャラリーで「What if...」が開催
とする新興技術領域にバイオテクノロジーを含め始める。例え
された。この展示は、バイオテクノロジーを主軸とした新興技
ばダン & レイビーは 2004 年にロンドンのサイエンス・ミュー
術に潜在するありうる未来を示す 29 のプロジェクトから構成
ジアムで開催された「Is This Your Future?」において、深刻化
され、科学技術雑誌「New Scientist」でとりあげられるなど、 科学技術領域においても注目を集めた。
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「Design and the Elastic Mind」の続編として位置付けられる 2011年 「Talk to Me: Design and the Communication Between People and Objects」では人とモノの対話に焦点が当てられた。 これには IoT の実現などが大きな背景として存在し、先述の 「DESIGNING CRITICAL DESIGN」で制作が開始されたダン & レイビーによる 「Technological Dreams Series: No.1, Robots」 も注目を集めた。この作品では人間の援助や配慮を必要とする ロボットを通して、家庭における人とロボットの関係性を問 い直している。こうした IoT の日常生活における在り方の模索 は、グレアム・ハーマンが提唱した現代哲学運動の一つである オブジェクト指向存在論を援用しながら現在も更新されている (Lindley, 2017) 。
(fig.15)Dunne, A., and Raby, F.(2012).‘United Micro Kingdom’[Diagram]. Retrieved from http://unitedmicrokingdoms.org
その一端として、2014 年から V&A Museum で開始された蒐 集プロジェクト「Rapid Response Collecting」が指摘できる。 これは急速な社会、政治、経済的変化の証拠あるいは結節点と しての役割を持つオブジェクトを、我々の世界に対する理解を 補助するものとして位置付け、評価する試みである。 また、社会情勢の結節点としてのデザインオブジェクトを通 じて未来を思索する試みとしては、MIT メディアラボによって 2015 年に行われた「Knotty Objects」が挙げられる。ここでは (fig.14)Dunne, A., and Raby, F. (2004). ‘TECHNOLOGICAL DREAMS SERIES: NO.1, ROBOTS’[Photograph]. Retrieved from http://www.dunneandraby.co.uk/content/ projects/10/0
こうした中で形成されていった、技術革新を翻訳し問い直すス ペキュラティヴ・デザインの役割自体に対し、ダン & レイビー はより客観的な視点から批評を試みている。すなわち、いかな る技術を受容・発展させるか、という社会的な選択の根本に存 在するイデオロギーや社会基盤をテーマとしたのである。この 背景には、激化する環境・社会問題への対策が 2000 年代後半 以降、デザイン領域において注目を集めた結果、技術の受容・ 発展が問題解決の要であるという認識が広まり、スペキュラ ティヴ・デザインがその促進剤として消費される懸念が強まっ たことが挙げられる。この取り組みは 2013 年の作品「United Micro Kingdom」に結実する。この中でダン & レイビーは未来 のイギリスの社会形態とそこで採用されるテクノロジーをポリ ティカル・コンパスの 4 類型に基づいてデザインし、政治的思
我々の日常生活に密接しながらも、情報、バイオテクノロジー、 政治、コミュニケーション、持続可能性といった様々な領域へ と接続するオブジェクトとして「レンガ」 「ビットコイン」 「ス テーキ」 「携帯電話」が例示され、これらが示唆しうる未来に 関して議論が催された。 以上、スペキュラティヴ・デザインが探索対象とするテーマの 変遷について展覧会を軸として概観した。インタラクションデ ザイン隆盛の契機ともなった、日常生活への電子機器の浸透を 皮切りに、スペキュラティヴ・デザインは常に新興の科学技術 が我々にもたらす社会的、政治的、感覚的影響を探索してきた。 また近年では、技術発達の根本に存在するイデオロギーや社会 システムまでを対象とする動きや、驚異的な速度で低価格化が 進み、一般生活へ浸透し始めているバイオテクノロジーへの関 心が顕著であるといえる。
想形態と技術発展の関係性を指摘した。こうして単純な技術と の関係性だけでなく、複雑に絡み合った技術、政治、思想状況 を探索し表現するものとしてのデザインの役割が前景化する。
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3: スペキュラティヴ・デザインに類似する
ジョセフ・リンドリー(Joseph Lindley)は曖昧なデザイン・フィ
概念とその差異
業領域にまで幅広くリーチしうるデザイン・フィクションの有
クション領域に対し独自に開発した概念を導入することで、商 用性を素描している。リンドリーらはデザイン・フィクション
スペキュラティヴ・デザインおよびクリティカルデザインは両者
の基本的な概念を継承しつつ、そのデザイン領域における機能
の明確な定義づけが存在しないため、その差異を絶対的に明示す
をより明確化するために以下の 3 段階に分割して説明を行なっ
ることはできない。しかし先述したとおり、従来のデザイン(肯
ている(Lindley and Coulton, 2015) 。
定的デザイン)と比較することでその立ち位置を説明したアンソ ニー・ダンや複数の事例の傾向分析からスペキュラティヴ・デザ
デザイン・フィクションは
インとクリティカルデザインを分類したマルパスのように、勃興
1)物語世界を創出する
する近接領域や諸概念を整理することは、スペキュラティヴ・デ
2)物語世界内にプロトタイプを有する
ザインの相対的理解を促進する。そこで本章では、 スペキュラティ
3)以上は議論環境創出のために行われる
ヴ・デザインおよびクリティカルデザインに類似する他の概念や 領域をまとめる。
ここで特徴的なのは 3 番目の定義である。スターリングが Diegetic Prototypes の機能を不信の停止に置いていたのに対し、
3.1 デザイン・フィクション
リンドリーらはこの不信の停止によって到達しうる理想的な議
デザイン・フィクションは SF 作家ブルース・スターリングによっ
論環境の構築までを含めることを提案している。すなわち、議
て 2005 年の著書『Shaping Things』にて提唱された概念であり、
論創出のためのデザインというスペキュラティヴ・デザインと
デザインの領域においては 2009 年『Interactions』の小特集「The
同一の目的を設定しつつ、Diegetic Prototypes を通した不信の
Importance of Constraints」のカバーストーリーとして掲載され、
停止が仮想的な提案に対する真に迫った議論を可能にしうる、
注目を集めた。スターリングによれば、デザイン・フィクション
という点においてデザイン・フィクションの有用性を提示した。
とは「架空の物語世界に属する人工物(diegetic prototypes)を
同時にデザイン・フィクションは、出自である SF 小説と
適切に用いることで、未来の変化に関する凝り固まった思い込み
の境界線が曖昧である、というスペキュラティヴ・デザ
を一時的に留保してみる」という実践である(Bosch, 2012) 。
インと同一構造の問題を持つ。これに対しリンドリーは、 Operationalizing design fictionという概念を導入し、デザイ
この意味でデザイン・フィクションはスペキュラティヴ・デザ
ン・フィクションの 3 類型を示した(Lindley, 2015) 。
インと限りなく近い意味をなす語であるということがわかる。 しかし同時にデザイン・フィクションはスペキュラティヴ・デ
1)Intentional design fiction
ザインのような批評性を必ずしも含まない点においていくらか
デザイン・フィクションとして計画、制作された人工物
の差異が認められる。しかし一方で、両語が同一の意味で扱わ
2)Incidental design fiction
れるケースも少なくない。実際に 2013 年 MIT メディアラボ内
デザイン・フィクションとして解釈可能な人工物
に設立された Design Fiction group では「Design Fiction」の名称
3)Vapor fiction
を持ちながら新興技術を中心とした社会的、文化的、倫理的議
市場調査のために生成される仮想的な人工物
論のためのデザインプロポーザルの生成が行われており、デザ イン・フィクションがスペキュラティヴ・デザインと限りなく
ここで、デザイン・フィクションとして計画されていない人工
同一の意味で用いられることがわかる。
物に対してデザイン・フィクション的機能を読み取るための 手法として、Anticipatory Ethnography の概念を導入している
またデザイン・フィクションはスペキュラティヴ・デザインに
(Lindley et al, 2014) 。これは不信の停止による物語世界への没
対し、比較的方法論や手法の整理が進んでいるが、一般的には
入を利用し、エスノグラフィー手法を援用して物語世界を探索、
次節で詳述するサイエンスフィクション・プロトタイピングの
調査する提案である。リンドリーは Anticipatory Ethnography
ようなビジネス領域における展開が知られるのみとなっている。
によって幅広いアーティファクトを対象とした文脈調査が可能
そこで本節ではデザイン・フィクション領域に留まりつつ、そ
になることが、デザイン・フィクションの商業領域における有
の方法論的精緻化を行う事例について紹介する。
用性に繋がると主張する。この背景には、プロトタイピングと
Speculative Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab
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実用化のサイクルが加速する昨今における、綿密な検討を重ね
学研究とデザインリサーチの統合、体系化を担う概念としてデ
ることの困難さや市場での効果測定の価値の低下が存在する。
ザイン・フィクションを位置付けた。またその実行手法として、
すなわちこうした現状において、プロトタイプ単体ではなくそ
実体化を前提とした体系的プロセスに基づく未来世界の探索と
の背後に潜在する可能世界までをシミュレートしうるという意
その過程の記述を提案している。
味でデザイン・フィクションの概念は効果的だともいえる。以 上のようにリンドリーは、アーティファクトとしてのデザイ
グランドが指摘したように、デザイン・フィクションにおける
ン・フィクションの定義を SF 作品やプロトタイピングにまで
ありうる世界の具現化に対する関心は、工学分野におけるプロ
あえて開き、その上でそれらを効果的に利用するための手法と
トタイピングと類似関係にあるといえる。またリンドリーが指
して、調査方法としてのデザイン・フィクションともいうべき
摘したように、中立的な性質を持つ未来像を導出するデザイン・
Anticipatory Ethnography を提示するという変則的な体系化を行
フィクションはスペキュラティヴ・デザインと異なり、商業領
なっている。しかし Anticipatory Ethnography の具体的な方法
域における有用性が大きい。このように、デザイン・フィクショ
に関して、リンドリーはアーティファクトを鑑賞して洞察を書
ン概念に基づくありうる未来世界の探索は、HCI をはじめとす
き出すといった単純なものを提案するに留まっているため、そ
る工学領域においても注目を集めている。中でも、未来指向型
の手法的精緻化が十分に検討されているとは言い難い。
のプロトタイピングの効果的な実行と評価に関する手法的整理 を行なった例として、ACM SIGCHI で発表された「Evaluation
一方、サイモン・グランド(Simon Grand)らはデザインリサー
of Prototypes and the Problem of Possible Futures」 (Salovaara
チの系譜的、体系的整理の上にデザイン・フィクションを位置
et al, 2017)を紹介する。ここでは未来指向型のプロトタイピ
付ける試みを行なっている(Grand and Wiedmer, 2010) 。グラ
ングを 3 段階のフェーズに分けて説明している。
ンドは系譜整理の結果、デザインリサーチを「世界がどうなっ ているか」 (the world as it is)ではなく「世界がどうなりうるか」 (the world as it could be)を明らかにする点において、デザイ
1) envisioning ありうる未来のヴィジョンを思索する
ン独自の知を形成する研究形態であるとした。そしてこの観点
2) concretisation
に基づきデザインリサーチを再体系化するための象徴的概念と
想起した未来世界に存在するオブジェクトをプロトタイプとし
して、ありうる世界の可能性を探索し具現化するデザイン手法
て具現化する
たるデザイン・フィクションを挙げ、デザインリサーチの先端
3) projection
に布置することを提案している。同時にグランドは、複雑化す
プロトタイプの使用を通じて再び未来を思索し、プロトタイプ
る社会において科学的な研究形態そのものが多義化、多領域化
の妥当性を評価する
していることを指摘する。その上で、 実験を通じた具体化を伴っ て固有の世界の把握法を提示するものとして、科学研究とデザ インの共鳴関係を示した。このように、科学研究との関係性を 再定義しながらデザインリサーチを体系化するためのキーファ クターとしてデザイン・フィクションを位置付けている。そし て、デザイン・フィクションにおけるありうる世界の探索を念 頭に置いたデザインリサーチ実践のための手法まとめ(Method Toolbox)を提案している。 1) ありうる未来世界の創造と具体化
(fig.16)Control と Staging の概念図 Salovaara, A., Oulasvirta, A., Jacucci, G. (2017) . ‘Evaluation of Prototypes and the Problem of Possible Futures’ [Diagram]. Retrieved from https://dl.acm.org/citation. cfm?id=3025453.3025658
2) ありうる未来世界の実体化 3) 異なる視点とアプローチの多様性 4) 実験(実践)課程の表現、視覚化、記録
こうして整理された各段階において、不確定な未来を可能な
5) 実験系(体系的プロセス)を通じた所産としての実験(実践)
限り適切に取り扱い可能とするための操作を計 8 個提案して
以上のようにグランドは、領域越境化する知の現状における科
Control は未来を制御可能なものにするための操作であり、不
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おり、これらは大きく Control と Staging に分類される。まず 確定要素の排除や視野の限定を含む。一方の Staging は、未来 10
(fig.17)Control と Staging の詳細手法一覧 Salovaara, A., Oulasvirta, A., Jacucci, G. (2017) . ‘Evaluation of Prototypes and the Problem of Possible Futures’ [Diagram]. Retrieved from https://dl.acm.org/citation.cfm?id=3025453.3025658
を具現化させたプロトタイプが現在の環境下で活性に振る舞う
3.2 サイエンスフィクション・プロトタイピング
よう調整を施す操作を指す。これには想定する未来世界を再現
サイエンスフィクション・プロトタイピング(以下 SF プロト
した実験空間や被験者へのリードユーザの雇用が含まれる。
タイピング)は先述のデザイン・フィクションの具体的な応用
これらの操作の組み合わせによって、不確実な未来を指向する
事例としてとりわけビジネスの世界で広く認知される製品開発
プロトタイプを安定的に取り扱うことが可能になった。一方、
手法である。インテルでフューチャリスト(未来学者)として
未確定の未来における評価や効果測定の困難さに関してサロ
働いていたブライアン・デイビッドジョンソンによって考案さ
ヴァーラらは「Margins of Tolerace」なる概念を導入している。
れたこの手法では、SF 小説、映画、マンガの形態で未来を提
これは未来予測の正確性ではなく、不確定に変動しうる未来に
示し、現在進行形の技術や製品が社会や個人に与えうる影響を
おける誤差を許容するような予測の強靭性を評価基準とする提
反復的に考察することを目指す(Johnson, 2009) 。SF プロト
案である。このように、未来志向のプロトタイプを安定的に扱
タイピングの実践は大きく以下の 5 段階の構成で行われる。
いながらその予測の靭性、多様性において評価を行うという一 連の手法的整備がなされた。しかし、これは工学領域における
1)Pick Your Science and Build Your World
近い未来を指向するプロトタイプにおいて有用な手法であり、
科学を選び、世界をつくる
デザイン・フィクションのように長い時間軸を設定する思索に
2)Identify the Scientific Inflection Point
おいて十分な妥当性を備えたものだとは言い難い。
科学の変化点を明確にする 3)Consider ramifications of the Science on People
以上、デザイン・フィクションに関する概念的整理と手法開発
科学が人々に及ぼす影響を考える
に関する取り組みを概説した。デザイン・フィクションは、あ
4)Identify the Human Inflection Point
りうる世界を探索するというスペキュラティヴ・デザインと類
人間の変化点を明確にする
似する性質を持ちながらも、批評性やプロダクト的なアウト
5)Reflect on what Did We Learn?
プットを必要条件としない点において差異が認められる。また
我々は何を学んだか振り返る
その特性から商業領域、工学領域における未来指向型プロトタ イピングや、ビジネス領域における未来シナリオの素描への利
作成されるシナリオは通常、科学者やエンジニア、ビジネス・
用が活発化しているといえる。
社会科学などの専門家らによってつくられていくが、専門家の 創造性を刺激するためにその生成プロセスに小説家や子供、映
Speculative Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab
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像作家などを巻き込む場合も多く存在する。また、SF プロト
の 3 つに分類される。
タイピングはしばしば未来を正しく予測するための手法として 捉えられがちだが、本来の目的は未来を正確に予測することで
第 1 の直観主義論理型には先述したカーンやシェルの実践に代
はなく、あくまで創造的な未来を考案することにある。以上を
表されるシナリオ・プランニングが当てはまる。このアプロー
踏まえ SF プロトタイピングはデザイン・フィクションといく
チの特徴はシナリオ作成に数学的アルゴリズムを使用しない定
らかの関連性がありながら、具体的な手法の有無やシナリオの
性的アプローチである。直観主義論理派のシナリオ・プランニ
目的においてスペキュラティヴ・デザインとの明確な差異があ
ングではシナリオ作成チームのメンバーが持ち合わせる統計
ることがわかる。
情報や知識をもとに未来の環境変化要因(ドライビングフォー ス)を列挙し、それぞれの重要性かつ不確実性の高さを話し合
3.3 シナリオ・プランニング
い、それに従ってシナリオを作成する。従ってシナリオは目的
シナリオ・プランニングは第二次世界大戦下のアメリカにおい
によって探索的、規範的どちらにもなりうる。
て、その軍事戦略策定を担ったランド研究所の未来学者ハーマ ン・カーンらによって考案された手法である。この手法では仮
第 2 の PMT 型は直観主義論理型とは対照的に、T.J. ゴードン
想的な未来の外部環境をシナリオとして書き出し、メンタルモ
(T.J. Gordon)によって完成された定量的な予測手法「クロス・
デルを形成することで、有効な戦略的意思決定の実現を試みる
インパクト・マトリックス法」を用いた確率論に基づくシナリ
ものである(Kahn,1967) 。大戦終結後カーンら著名な未来学
オの生成を行う。そこで生成されたシナリオはいかなるものも
者によってロイヤル・ダッチ・シェルのエネルギー事業の経営
探索的なものとして解釈され、シュミレーションとしての意味
戦略策定に応用されたことで世間に広く認知がされるようにな
合いを持つ。
り、以降経営実務世界での応用事例や経営学を中心とした学術 研究が多数行われている。従ってシナリオ・プランニングもま
第 3 のアプローチであるフランス型はガストン・ベルジェ
た絶対的な定義は存在せず、作成されるシナリオの特性やその
(Gaston Berger)に代表されるフランス人未来学者によって確
作成方法は様々である。従ってシナリオ・プランニングをスペ
立されたシナリオ・プランニングアプローチである。このアプ
キュラティヴ・デザインやクリティカルデザインと単純に比較
ローチでは理想的な未来像をシナリオとして生成することで現
検討することは難しい。そこでここではまずムハンマド・アメー
在取り組むべき行動を明らかにするものであり、従ってこのア
ルらが提唱するシナリオ・プランニングのアプローチ区分およ
プローチで生成されるシナリオは基本的に規範的な性質を帯び
びシナリオ性質区分を中心に参照し、スペキュラティヴ・デザ
る(Amer et al., 2013) 。
インとの比較検討を行う。 以上の通りシナリオ・プランニングはスペキュラティヴ・デザ アメールらによるとシナリオ・プランニングによって生成され
インと未来の問題に関して共通の姿勢を持っている。またシナ
るシナリオの性質は大きく
リオ・プランニングはスペキュラティヴ・デザインと比較し、 その歴史性および社会での認知が高く、多くの知見が蓄積され
1) 探索的シナリオ(exploratory scenario)
ている。しかしながら実際にシナリオ・プランニングの知見を
2) 規範的シナリオ(normative scenario)
スペキュラティヴ・デザインおよびクリティカルデザインの領 域に明確に接合させ検討する研究や実践は現状ないと想定され
の 2 つに分類される。前者はスペキュラティヴ・デザインに
る。シナリオ・プランニングの系譜学的整理を通し、スペキュ
おける「Possible Future」のようにあり得る未来を探索する
ラティヴ・デザインにはデザインや建築、工学などの従来の領
ためのシナリオであり、後者は「Alternative Presents」を
域を越境した知見の整理や発見の可能性が確認できた。
明らかにするための望ましい未来を規定するシナリオである (Heiden, 1981) 。そしてそのデザインアプローチは 1) 直感主義論理型(Intuitive logics school) 2) PMT 型(Probablistic modified trends school) 3) フランス型(French school - La prospective)
Speculative Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab
12
(fig.18)スペキュラティヴ・デザインおよび近接概念の 3 次元マッピング(Made by Author)
4: 総括 本章では本稿の目的としたスペキュラティヴ・デザインに関 する系譜的研究、そして関連する概念や領域の体系的な布置 を行った総括を行う。スペキュラティヴ・デザインは 1900 年 以降の急進的芸術・デザイン運動を布石として、2000 年周辺 に技術を無批判的に迎合する社会を背景に、肯定的デザイン (affirmative design)と対比、相対化されて説明されたデザイ ン姿勢である。 スペキュラティヴ・デザインはしばし歴史的系譜が極めて近い クリティカルデザインと併せて SCD と総称される場合もある
スペキュラティヴ・デザイン、クリティカルデザインそれぞれ の批評の対象とする時間の設定やシナリオ像において差異が存 在することが整理された。 また前章ではスペキュラティヴ・デザインに類似する概念およ び手法としてデザイン・フィクション、SF プロトタイピング、 シナリオ・プランニングを紹介し、スペキュラティヴ・デザイ ンを理解するために援用しうるいくつかの知見を示した。 そこで本章はここまでの総括として、シナリオ・プランニング で蓄積された知見を主に援用し、スペキュラティヴ・デザイン の相対的な理解を深めるための先のダイアグラムを作成した。
が、マルパスによるスペキュラティヴ・デザインの理解体系を 借りると、批評的デザインにおけるアソシエイティブデザイン、 Speculative Design Genealogical Study 2019, Keio University Daijiro Mizuno Lab
13
X 軸に手法特性
Bibliography
Y 軸にシナリオ特性
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Z 軸にアプローチする時間
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を設定したこのダイアグラムでは、マルパスが説明したアソシ シエティブデザインおよびクリティカルデザインは何らかの代 替的な方向性に移行することを提示される動きであるため、純
Archer, B.(1968),‘The Structure of Design Processes’, Thesis, London:Royal College of Art.
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Design Network Conference on Design Fiction Negotiating Futures. Basel,
置づけられる。
Switzerland, 42-57.
しかしスペキュラティヴ・デザインは、演繹型手法に先行させ
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て、批評的な未来探思索を目指すものであるため、第 4 象限に 位置づけられ、マルパスによる批評的デザイン実践に関する相
Auger, J.(2012). Why Robot? Speculative Design, the Domestication of
対的な位置づけを俯瞰視がこのダイアグラムで可能になる。ま
Technology and the Considered Future PhD Diss. London: Royal College of
た確率論を応用し、帰納法的に未来思索を試みる PMT 型のシ ナリオ・プランニングと比較することで、スペキュラティヴ・ デザインは多様なステークホルダーの関与を可能にする余白を
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Bosch, T. (2012). Sci-Fi Writer Bruce Sterling Explains the intriguing New
は具体的なアクションプランの提示まで近づける規範的シナリ
Concept of Design Fiction. Slate.
オと対極的な思索姿勢であるため、今後いかにして探索的なシ ナリオが伴うスペキュラティヴ・デザインを実行可能なスケー
Available at: http://www.slate. com/blogs/future_tense/2012/03/02/ bruce_sterling_on_design_ fictions_.html
ルにできるのかについては疑問が残る。この疑問については今
Buchanan, R. (1992). Wicked problems in design thinking’, Design
後の実践を中心としたデザイン研究や政府および企業での実例
Issues, Vol.8, No.2, USA, The MIT Press.
を観察されたい。
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