Design by People Keio University SFC Daijiro Mizuno Lab.
Design by People 水野大二郎、廣瀬花衣、須佐和希、木許宏美、川合日菜子
0. 序論 本研究は障がい者就労支援における新たな製品・制度設計として、当事者の工賃をデジタル工 作機械の利活用を通して向上させること、ウェブサービスを利活用して障がい者の社会的認知を向 上させること、そして職員・当事者が過度の負担なく生きがいややりがい、そして新しい仕事を自ら 創出できるよう支援することを目的とした広義の実践的デザイン研究(Research Through Design) である。そして本研究は、障がい者とその関係者のみならず、できる限り多くの人が自分の能力に 適合した働き方や生きがいを検討することにその広義の研究目的を位置付けている。 本論は福祉施設おけるデジタル工作機械の導入に伴う個別固有の新しい働き方の設計手法に注 目すべく、 1. マルチステークホルダとの協働による設計プロセスにおけるデザイナーの役割とは何か 2. クライアントワーク主体の仕事から、主体性を伴う創作への変容はいかに設計可能か の 2 点を明らかにするため、デザイン方法論の歴史的変遷をふまえつつ、2 つの施設での協働事例 を元にユーザーの主体的な参加を前提とした新たなデザイン方法論の提言を試みるものである。
1. 研究背景:デザイン方法論の歴史的変遷 本章では続く第 2 章、第 3 章で述べる 2 つの福祉施設での包括的ケーススタディ、そしてユーザー の主体的な参加を前提とした新たなデザイン方法論の提言を試みる最終章へと論を展開させていく ことに先立ち、それらにつながるコンテクスト理解としてのデザイン方法論の歴史的変遷を記述する。 多くの利害関係者の包括を前提としたユーザー参加型の方法論は「参加すること」それ自体が 価値を持ち、しばしその行為そのものが重要であると誤解釈される傾向にある。たしかにそのよう な側面で語られることがふさわしい文脈があることも事実だが、ここではデザイン行為におけるユー ザーとの「協働(共同)」がデザインの行為にもたらす意味合いとそれらが立ち現れるに至った経
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緯にフォーカスを当て、それぞれの時代を Design for People、Design with People、Design by People の 3 軸に区切りながら紐解きたい。 Design for People | エルゴノミクス デザイン方法論の歴史を紐解く上でまずはじめに語るべきは 1962 年にイギリスで開催され た The Conference on Systematic and Intuitive Method in Engineering, Industrial Design, Archtecture and Communications(通称:The Conference on Design Methods)であろう。 本カンファレンスは工業化にともなう大量生産・大量消費をきっかけに、資本とデザインが整理され ないまま複雑に絡まり合い、物的環境が急速に拡大していった社会的背景から、デザイン行為やデ ザインにおける思考過程のモデル化と系統化を目的に開催された。参加者のジョン・クリストファー・ ジョーンズ(John Christopher Jones) 、クリストファー・アレグサンダー(Christopher Alexander) らは 60 年代当時、デザイン問題の最適化がこそが解決において重要な要素であり、 「分析、統合、 評価」のフレームワークに沿わせることですべての問題は科学的に説明しうるものであると定義づけ た。[Rowe,1986] この工業化社会において、その具体的な設計手法を提唱したのがヘンリー・ドレイファス(Henry Dreyfuss) である。 ドレイファスは 1960 年に発表した The Measure of Man において架空の 「ジョー」 と「ジョセフィン」という男女の身体寸法を提示することで人間が機械に合わせるのではなく、機械 を人間に合わせる手法としての「エルゴノミクス」を提唱し。 [Dreyfuss,1960] ここでのユーザーの位置付けは完成したデザイン成果物への被験者としての関わりであり、当時の デザイナーはそれらの設計手法やテスト方法を採択することによって「ユーザーのための(Design for People)」デザインを成し遂げようとしたと位置付けられる。過去に多くの企業から生み出されて きた商業的なデザインやイノベーションにおいても、ユーザーのニーズや使いやすさ、といったあい まいな要素を科学的に評価できる点で、エルゴノミクスなどの設計手法は製品をつくるという名目に おいて、有効的であったといえるだろう。 Design with People | 参加型デザイン、インクルーシブデザイン しかし、科学的に評価可能だとされた 60 年代の「初期デザイン方法論」は 70 年代にホルスト・リッ テル(Holst Rittel)が主張した「第二世代デザイン方法論」によって払拭される。リッテルはデザ
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インの対象となる現実世界の問題はより複雑であり唯一無二の最適解(optimal solution)など存 在しない「意地悪な問題(Wicked Problems) 」であると定義づけ、利害関係者間の議論に基づく 参加型設計プロセスこそが重要であるがゆえに、デザイナーはユーザー参加を促す意味での助産師 や教師として振舞うべきであると主張した。 [Rittel,1972] また、 同時期にスカンジナビア半島で労働者が経営者に対する労働環境の調整を図る方法論として 「参加型デザイン」が立ち現れたことからも明らかなように、70 年代のリッテルによるデザインの製 品開発のみならず、政治的な意思決定の場においても、ユーザーがプロセスに参加することで、よ り多様な意見を包括しながら開発を進める設計方法の検討が多方面で顕著化してきた。 ここで重要なのは従来のデザイナー主導であったプロセス内にユーザーによる関わりしろが与えられ、 「ユーザーとともに(Design with People) 」デザイン行為をすることこそが、複雑な現実世界の問 題を解く上で有効であるとする考え方である。 さらに、このデザインプロセスにユーザーを包括的に巻き込んでいく方法論として学術的な分野 から台頭してきたのがインクルーシブデザインである。1994 年にロジャー・コールマン(Roger Coleman)によって提唱され、1999 年にロイヤルカレッジ・オブ ・アート(英国王立芸術学院)に 設立されたヘレンハムリン・リサーチセンター(現ヘレンハムリンセンターフォーデザイン)から組織 的な活動として始まったインクルーシブデザインは、現在ではその対象を製品のみならずサービスや コミュニティなど多岐に広げ、設計プロセスに多くの人々を包括することによる実践が医療現場、福 祉現場など様々な現場で行われている。しばしユニバーサルデザインとも混同されがちではあるが、 後者はロナルド・メイス(Ronald Mace)が提起する 7 原則[Mace,1985]1 を前提に、デザイン されたものに対して事後的にその概念を当てはめているという点で「ユーザーとともに」というより はむしろ「ユーザーのための」設計方法としてここでは区別しておきたい。
1. ロナルド・メイスが提起するユニバーサルデザイン 7 原則 Equitable Use(誰でも公平に使えること) Flexibility in Use(使う上での自由度が高いこと) Simple and Intuitive(使いかたが簡単で、直感的に理解できること) Perceptible Information(使用する上で必要な情報がすぐに見つかること) Tolerance for Error(ミスや危険につながらないこと) Low Physical Effort(身体への負担が軽く、楽に使えること) Size and Space for Approach and Use(接近したり利用するために十分な大きさと広さが確保されていること)
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インクルーシブデザインにおいてユーザーはデザイナーと共に設計プロセスに参画することでコ・ デザイナーとして関わりしろを拡張し、従来の一部的な被験者としての役割のみならずプロセス全体 に関与する共同者として認識されるようになった。とはいえ「インクルーシブデザインにおいてはユー ザがもたらすのはあくまでも気づきのリードであって、ユーザがいきなりデザイナーの代わりを務め ようというわけではない。 」 [塩瀬 ,2011]と塩瀬が示唆するように、インクルーシブデザインの主語 はあくまでもデザイナーであり、ユーザーは協働者としてデザインプロセスに関わるにとどまっている、 とも言い表すことができるだろう。 Design by People | メタデザイン、オープンデザイン ここまでユーザーの「ために」出発し、科学的な設計手法に基づいて検討されたエルゴノミクス デザイン。そして 70 年代の初期デザイン方法論の行き詰まりを背景にユーザーが「ともに」プロセ スに参加するに至った参加型デザイン、インクルーシブデザインへの変遷について述べた。本節では さらにインターネットの普及に伴ってユーザーの包括からユーザー自身による主体的なデザイン行為 への参加が顕在化していった推移について記述したい。 2013 年に開催されたジュリア・カセム(Julia Cassim)による Fab Lab Tel Aviv でのワークショッ プ 2 は、インターネットおよびデジタルファブリケーション機材によってユーザが内発的な動機からデ ザイン設計を実践した好例だろう。本ワークショップは「拡張した身体」をテーマに、手足が切断さ れた人や、その他動作に困難がある人をデザインパートナーとして迎え入れ、その他様々な分野の 専門家とともに身体の機能拡張をもたらすアイディア創出を目的に開催された。ワークショップで生 まれたレーザースキャニングと 3D プリンティングを用いてカスタマイズするフットウェアシステムは、 シンプルな生産方法でありながらも矯正器具のカスタマイズを可能にし、デジタルファブリケーショ ンは障がいを抱えるユーザーを問題解決の当事者へ押し上げつつも、さらにより多くの人をデザイ
2. ジュリア・カセムによる Fab Lab Tel Aviv でのワークショップ “Extended Body” http://fabacademy.org/archives/2014/labs/fablab_israel/Design%20for%20the%20extreme%20for%20the%20 non%20extreme.html(2017 年 11 月 18 日アクセス)
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ナーとして迎え入れる状況を構築した。ここで明らかになったのは「オープンデザイン」の文脈を背 景に、 デザイン行為がもはやデザイナーと呼ばれる特別な階層よる限定された行為ではなく「普通の」 人々によるデザイン(Design by people)へとその主体を移行させていった点である。 また、それらの移行に伴い、職能としてのデザイナーもまた役割の更新を迫られていることについ ても言及しておこう。ジョス・デ・ムル(Jos de Mul)が「今こそデザイナーは自分自身の活動をリ デザインするべきである。デザイナーはデータベースデザイナー、メタデザイナーとしてこれらの多様 な人々に対して心理的な動機付けを含めた調停を行いながら、未熟なユーザでもデザインができるよ うな、扱いやすい制度支援環境のデザインを行うべきである。」 (Jos de Mul,2013)と指摘している ことからも推測できるように、今後デザインは製品のみならず、制度の設計に関しても検討する必要 があるとすれば、デザイナーはユーザーの動機付け、データ生成のためのサービス、生成されたデー タ利活用のための制度、ものづくりにおけるコミュニュケーションに至るまで、物質と情報、企業とユー ザー、ユーザー同士など利害関係者をつなぐメタな存在としてその役割を担うべきなのではないか。 ドミニク・チェンもまた「インターネット上のフリーソフトウェアやオープンソースといったいわゆる非 市場の共同体のなかで育成されてきた「共有」や「自由」といった概念から、今後は社会関係に 本質的な変化をもたらす企業や人材を作らねばならない。 」 [ドミニク , 2011]と述べているように、 新しいユーザー像の台頭に並行してそれらを包括する存在としてのデザイナーが今求められているの ではないか。 これからの Design by People - collective dreaming | 未来を描く共同型デザイン 最後に、すでにはじまりつつあるユーザーによる主体的参加、あるいはユーザーのデザイナー化 が今後の社会にどのような影響をもたらし、そこからどのような未来を描くことができるのか、その 展望と指針を述べて本章の結びとする。 リズ・サンダース(Liz Sanders)は具体的な 2044 年という未来シナリオの中で「全ての人はデ ザイナーであり、デザインとは様々なステイクホルダーと協働をしながら遂行すべき行為である。 」と 述べ、これらのデザイン行為に付随する「ふつうの人の創造性」こそが我々自身が思い描く集合的 な未来の具現化(collective dreaming)を可能にするための重要な要素であると主張している。 この点で、デザイナーをユーザーがアイディアを生み出したり、表現をする際に手助けする存在とし ての「ツールメーカー」と位置付け、ユーザーの動機づけや、クリエイティビティーを加速させる役 Design by People
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割を未来のデザイナー像として明らかにしている。 [Liz,2014] 次章から続く福祉の現場における「ユーザーによる(Design by People) 」実践では以上のデザ イン方法論の変遷を踏まえ、参加型デザインにおける設計対象が、製品のみならずその状況構築や 人々の関わり方にまで及ぶのではないかという仮説のもと、対象を「極端なユーザー(障がい者)」 としつつも、彼らの就労支援・雇用創出の検討・分析から未来のユーザー主体参加型社会にむけ た指針となる問題の発見や提案、合意形成に至るプロセス(制度設計、製品設計)プロトタイピン グなど、社会科学的手法の応用を明らかにする。
2.case study:よし介工芸館 本章では、水野研究室がオープンデザイン、インクルーシブデザインの実践として 2014 年から今に 至るまで行ってきた活動を述べる。研究を実践するにあたりエイブルアート・ジャパンより「よし介 工芸館」を紹介いただいた。よし介工芸館は藤沢市にある社会福祉施設であり、本館を含め 3 つ の施設を所有し、計 60 名を対象とした生活介護事業を展開している。利用者一人一人の個性を尊 重した支援を目指しながら、製品の制作や作品展の開催等を通して社会参加と自己実現の推進を実 現する、という目的を掲げている。施設の利用者は、月曜から金曜にかけ午前と午後に 90 分程度、 はたおり、絵画、木版画、軽作業の他、運動プログラム等のレクリエーションを実施している。 フィールドリサーチ 多様な創作活動が行われるよし介工芸館にて研究を実践するにあたり、まずはその全体像を把握す るべく、職員によるガイドツアー(工芸館/エクル)の後、2014 年 6 月から各施設のデザイン・エ スノグラフィを実施した。以下その内容を具体的に記述する。 - リサーチ1:参与観察 - デザインフィールド:よし介工芸館 1F / 2F 1F(テキスタイル工房)/ 2F(階段、展示スペース、食堂、版画工房) 日時:2014 年 6 月 2 日 15:40–16:40
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職員と利用者に許可を取ったのち写真撮影を行った[fig.1] 。職員に利用者の作品を紹介してもらう と、職員は利用者の作品の発想の元になった絵本の存在まで理解していた。そこで作品制作プロセ スにおける職員と利用者の交流をリサーチするべく、参与観察(フィールドノート)と非構造化イン タビューを実施した。 - リサーチ2:参与観察(フィールドノート)/非構造化インタビュー - デザインフィールド:エクル 日時:2014 年 6 月 4 日 13:25–15:00 / 6 月 5 日 13:20–14:30 インタビュー対象:エクルスタッフ(女性)1名、利用者4名 参与観察において、作品題材や手法で悩む利用者に職員が積極的に話しかけ、モチーフや制作の 方法を提供する場面が多々見受けられた。 [fig.2]後のインタビューでは、職員は利用者の好みや 個性を生かすような題材を提供し、利用者が自走して制作に取り組める環境を構築していることがわ かった。これによって職員が利用者の作品制作に重要な役割を果たしていることが明らかとなったた め、制作プロセスの具体的事例を職員の視点から把握すべく、作品の意味を問う自由記述式の簡 易アンケート[fig.3]を合計 6 名の職員(エクル 1 名、版画工房 2 名、機織り工房 3 名)に配布し、 その上で 6 月 12 日と 13 日に分けて、アンケートの振り返りも兼ねたインタビューを行った。 - リサーチ3:アンケート/非構造化インタビュー - 日時:2014 年 6 月 12 日- 13 日 アンケート・インタビュー対象:職員6名(エクル 1名、版画工房2名、機織り工房3名) アンケートの結果、4 つのことがわかった。第一に職員は利用者の制作プロセスを準備、制作、完 成するまで完全に寄り添いつつ制作プロセス全体を調整する存在であり、その成果が利用者の親族 にも伝わるよう丁寧に配慮していることが明らかとなった。第二に職人は制作に使用する道具を工夫 し、身体的あるいは知的障がいがある利用者にとって難しい工程でも作品の完成度と利用者の満足 度が高くなるよう調整していることが解った。第三に、 モチーフの選定において職員が提供するモチー
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fig.1 2014 年 6 月 2 日 よし介工芸館 施設内撮影
fig.2 制作中の利用者に積極的に話しかける職員
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fig.3 事前に回答していただいたアンケート。この回答を元にインタビューを行った。
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フを利用する人と絶対に使わない人がいることがおり、後者の場合は障害の程度にかかわらず利用 者の「描きたい」意思が強く反映されていることが明らかとなった。そして日帰り旅行等のレクリエー ションや他の利用者の作品に即興的に反応する「影響される人」 (反応的・受動的態度)と、自分 の過去から現在まで、一貫した興味の対象がモチーフ選定に「影響する人」(持続的・能動的態度) がいることもリサーチを通して明らかとなった。身体知的障がいがあったとしても人は「自分で決め、 制作する」ことに価値があると感じる一方、自分の感性に基づくものづくりを始めるためのきっかけ は能動的な自己省察に留まらない。むしろきっかけとは多くの場合、外部からの影響によって反応 的に「状況依存的に、その都度発見される」ものでもあると解釈することが可能であろう。以上を 要約すると調整役としての職員が親族に活動成果報告としてものづくりのものがたりを生成すること、 制作工程を各利用者のスキルや想いに併せてものづくりを最適化すること、そして作家としての利用 者が状況依存的にモチーフを選定すること。以上の 3 点を前提に、創造性の連鎖を可能にする効 果的な作品の公開と販売を通して職員、 利用者、 購入者それぞれにとっての 「ものづくりのものがたり」 をデザインする必要性が明らかとなった。 ものづくりプロセスの分析 実践 1– 派生型ものづくりのためのワークショップ 日時:2014 年 6 月 15 日、6 月 22 日 「ものづくりのものがたり」をデザインするにあたり「デザイン支援環境としてのものがたり」3 を 明らかにする必要があった。本研究では特に利用者の動機付けを行う「ものがたり」がどのような 価値を生成しているのかを知るために、派生的ものづくりワークショップを開催した。4 結果としての べ 15 名へ向けて 2 回開催された派生的ものづくりワークショップではよし介工芸館の利用者が制作
3. デザイン支援環境の研究者である中小路久美代によると、デザイン支援環境とはデザイン解を提供するのではなく、 解を構築していくための空間をさす。そして、解を構築するための情報空間のデザインを検討するためには 1. ソーシャ ルな創造性を支援し、2. 利用する価値のデータベースを構築し、3. 利用者に参加してもらうための動機づけを行い、 4. ロングテール型の創造性も支援することの 4 つを検討することが必要であると述べている。
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した原画に基づき様々なテキスタイル柄が提案された。 [fig.4] [fig.5]ワークショップ成果の省察と して参加者には以下の 5 つの点に関する「ふりかえりシート」の自由記述を依頼した。 参加者の自己省察記述を分析してみると、キットを使って作品を作る際にはまず「原画の色や形 状、 ものがたり性などの面白さを価値とした」という記述が最も多く、13 人に同様の記述が見られた。 さらに、8 人に「原画の色の鮮やかさや形状などの元の特徴を引き継ごうとした」という主旨の記述 が見られ、3 人が「過去に自分が見たことのあるものに似せようとした」 ことも明らかとなった。さらに、 7 人が「原画を崩さずに使いたかった」と記述した一方、自分と原作者、色と形、抽象的な部分と 幾何学的な部分、手と機械など「原画の一部と異なる要素を融合させてみたかった」という内容の 記述も 7 名に上った。さらに、デジタル工作機械が制限として働き、時間的制約、色調、寸法など によって元々表現したかったデザインとは異なる結果になったことを指摘した参加者が 12 名に上り、 工作機械による表現と意図とする表現に差異が存在していることが明らかとなった。最後に、原画を ソフトウェアを用いて改変することについては「原画を引き継いでもらいたい」と考える参加者が 6 名いるのに対し「サイズ、色彩、素材、コンピュータによるデータ加工などの要素を残してもらいたい」 と考える参加者が6名いることが明らかとなった。2 回のワークショップ開催により、参加者自身によ る省察を通して原画や既視の作品をベースにする保守的な考え方と、オリジナリティを追求する進歩 的な考え方が均衡していること、派生を生み出す行為自体よりも原画に備わる「ものがたり」の面 白さを拡張することに重きをおいていること、そして制作されたデジタルデータによって多様な表現 が可能となったことを継承してもらいたいことなどが明らかとなった。反応的ものづくりの「ものがた り」とは、原画を理解する手がかりであると同時にインスピレーション源でもある。生み出された作 品の群が今後デジタルデータとしても存在するならば、デザイン支援環境としてのデジタル工作機械 とデータベースとはどのような意味を持つのだろうか。中小路は、1. スキルや知識がどれだけつくか (デザインスキル)、2. 環境の利用と非利用で行動がどのように変化するか(デザインプラクティス)、
4. デジタル・ファブリケーション環境を前提に、ファブリックプリンタやデジタル刺繍ミシンの利活用を参加者に促 し、制作工程や完成データをコモンズとして記録した。またインタビューに登場した利用者の作品をお借りし、現物 の作品とそれにまつわるフィールドノートとインタビューも見返しつつ参加者には「反応的」なものづくりの工程を 自己省察して記述してもらった。
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fig.4 ソフトウェアをつかって作成されたパターンデータと刺繍ミシンを用いて布に刺繍をほどこした
fig.5 複製によって生成されたパターンデータとファブリックプリンターでスカーフを作成した
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3. 新しい方法による成果物と従来の方法による成果物がどのように異なるか(デザインアーティファ クト) と 3 つの異なる評価軸に基づいた目標がデザイン支援環境にあるとし、 その上で支援環境が「ど れだけデザインを支援できたか」評価することに終始するのを避け、デザイン支援環境の本質的な 機能を議論の対象とすべきであるとする。この意味において本ワークショップは「定量的」な支援 環境評価ではなく、「定性的」な支援環境評価としての「ものがたり」の本質的な機能について検 討することの必要性を示すことはできた。よし介工芸館の職員が調整、翻訳、支援、報告など多様 な役割を果たすように、デザイン支援環境のデザイン要素を検討することが必要であり、それらの要 素はすべて「ものづくりのものがたり」を促進するために存在する。 「ものづくりのものがたり」によっ て動機づけられた作家は集団制作性を帯びた派生的ものづくりを担い、それによって新しいものづく りの生態系が誕生する。これらの可能性は、本研究において引き続きワークショップ成果等の実践 例と共に検討される必要があるだろう。 実践 2– よしすけバンダナ 以上に述べた「ものづくりのものがたり」が、インスピレーションの連鎖を発生させる派生的なもの づくりを醸成することを踏まえ、作家の作品を 2 つの画像編集ソフトウェアによって反復的に改変す ることによるパターンデザインの生成を行った。 [fig.6] [fig.7] 実践 3– よしすけツールキット オープンデザイン環境により他者の創作したデザインが多く共有されるようになると「完成」に関 わる概念は希薄化し、人工物の価値は「完成度」から「自由度」へと変化するということが指摘さ れている。[久保田 ,2010]ここで言う自由度の高いプロダクトとは、既製品を購入して使用する「商 品」というよりはむしろ、各個人が個別固有の感性に基づいて創作を行えるよう支援するような「つ くりかけ」のプロダクトであると考えられる。近年では、廃棄物や未使用の既にある商品を自分の 趣向に基づいて改変することで有効に利活用するためのアップサイクル・マテリアルがドローグデザ インなどによって開発され注目を浴びている。そこで、今まで述べてきたように、個人の創造性が派 生する集団的ものづくりを醸成するためには、誰が、どうやってつくったのかに関する「ものづくり のものがたり」を可視化することが重要なのではないかということを踏まえ、 「よしすけツールキット」 を制作した。本ツールキットはよし介工芸館に所属する作家の原画をパーツ化したアイロンピースで、 これらのピースは好きな布やものにアイロン接着できる。ユーザーはピース化された原画のかけらを
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fig.6 processing をつかって作成された柄をガーメントプリンターでバンダナにプリントした パターン 1
fig.7 processing をつかって作成された柄をガーメントプリンターでバンダナにプリントした パターン 2
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自由に並べながら二次創作を行い、オリジナルの作品を作る。パーツの生産にはファブの使用を前 提に、小型かつ安価であることから福祉施設における使用可能性を今後検討できるのではないかと いう仮説のもと、カッティングプロッターを利活用した。 次に、制作したツールキットを使って、元となった作品の「ものがたり」が第三者の手によってど のように派生し、新たな価値を生成するのかを明らかにするために、よし介工芸館のスタッフとスタッ フの友人に簡単な指示書とともにキットのプロトタイプを手渡し、身近な衣料品や生活品のアップサ イクルに使用してもらった。 [fig.8]本実践では、ツールキットの成果物を簡単な「振り返りシート」 を使って作品制作プロセス評価を行った。 [fig.9]振り返りシートにおいてユーザに質問した項目は、 1. ツールキットのポジティブな点 2. ツールキットのネガティブな点 3. ツールキットを使って作りたい もの 4. 作品のどこからインスピレーションを得たかという 4 点である。各質問への回答は以下のよ うになった。 A|ツールキットのポジティブな点 – 9 人中 4 人が「置く」ことや「並べる」といった簡単な行為に よって自分でものを作れる楽しさについて言及していた。他にも、「重ねたり話して形を置くと思わぬ 絵になった」といったコメントからわかるように、自分の想定外の形が現れた時に楽しさを感じるよ うであった。 B|ツールキットのネガティブな点 – 9 人中 5 人が、アイロンやシートの使い方に対する不安につい て述べている。他 4 人は、アイロンプリントシートの色や形のバリエーションがもっと多いと良いと の意見をだしている。 C|ツールキットを使って作りたいもの – タオル、 靴下 (穴の補修) 、 シャツ、 帽子、 T シャツ、バッグと言っ た衣料品の回答が多くを占めた。穴の補修に使用したいと言ったアップサイクルを目的とした感想も 見られた。 D|作品のどこからインスピレーションを得たか – 各々のインスピレーション源は様々であった。 「ジ グソーパズルみたいなところ」と言ったようにツールのモジュール的な機能によって着想を得たユー ザや、 「図形、色、形から連想を行った」といったオリジナルの作品の情報を重視するユーザも見ら れた。 これらの回答を元に作品制作プロセスの分析で重視されたのが、作品の創造性が派生してゆく段 階における意味づけのプロセスである。これはスチュワート・ホール(Stuart Hall)がカルチュラ ル・スタディーズにおいて注目した「エンコーディング/デコーディング」モデル 5 である。エンコー ディングとは、文字通り「発話」 、つまり、これは三角形である、といったことが鼻や口であるという
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fig.8 ユーザーはそれぞれの「ものがたり」をつむぎながらパーツを並べていることが明らかとなった
fig.9 ワークショップ内で作成された作品の分析
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意味づけであるが、他方デコーディングとはこれらの三角形や鼻、口が発話者(作者)の意図とは 別になされる解釈を指す。エンコーディング/デコーディングのリテレーションプロセスを見ることで、 作品制作者固有の意味づけを明らかにした。イテレーションプロセスの分析を通して、ツールキット を使って作られた成果物の殆どで、制作者がパーツの意味を自分なりに解釈し、作品制作の中で新 たな「ものがたり」を派生させていることが分かった。施設の作家が描いた女性アナウンサーの似 顔絵にある顔の目や鼻といったパーツを分解し、福笑いのように使うことができるツールキットでは、 職員の小学生の娘がキットの鼻のパーツを角として独自に解釈し、オリジナルの怪獣を作っていた。 また、猫の形を雲や草原と解釈して新たにタオルを作成している人もいた 。今回の分析を通して、 ツー ルキットを介して元の作品にあった「ものがたり」を第三者が継承し、新たに派生させていくプロセ スが明らかになった。 実践 4 – よしすけカードゲーム 前稿で述べた、「ものづくりのものがたり」が、インスピレーションの連鎖を発生される派 生的なものづくりを醸成することを踏まえ、施設で描かれた絵の背後にある「ものがたり」 が第三者の語りによってどのように解釈され、新たに派生していくのかを明らかにするカー ドゲームを作成した。[fig.10] 実践 5 – ワークショップ、展覧会 ツールキットから生まれた作品の展覧会とツールキット:福笑いトートバッグとカードゲームを体験 するユーザ参加型ワークショップを 2015 年 7 月に慶應 SFC の学園祭で開催した。大学近郊の地 域住民を中心に、小学生から高齢者といった幅広い年齢層の人の参加が見られたが、展覧会とワー
5. スチュアート・ホール ”Encoding / Decoding” http://www.hu.mtu.edu/~jdslack/readings/CSReadings/Hall_Encoding-n-Decoding.pdf(2017 年 11 月 2 日アクセス)
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クショップの二つを合わせた合計参加人数は、約 100 名であり、ワークショップの参加人数は、福 笑いトートバッグで 20 人、カードゲームで 21 人であった。展覧会は 1800 × 900mm のパネルを 使用し 4 人の作家をフィーチャーしたうえで、作品、制作風景、スタッフの関与、作家の道具などを 掲示した。[fig.11]またそれに基づいて、ツールキットのプロトタイプによって生まれた派生作品を 紹介した。ツールキットを使用したワークショップは「福笑いトートバッグワークショップ」と名称し、 あらかじめ作品の柄がプリントされたトートバックに福笑いと同じルールで顔のパーツのアイロンプリ ントシートをアイロンで圧着し、自分の好きな顔を描くトートバッグを作る内容とした。参加者には学 生や地域住民だけではなくよし介工芸館の利用者もおり、障がいのある作家同士の派生的ものづく りも確認することができた。ワークショップの結果、12 点の派生作品が制作された。カードゲーム のワークショップにおいては、 ユーザが「魔法使いの隠れ家に迷い込んだ」 「真夏の夜の心中」など、 自分なりのストーリーをカードの絵から考えて発表することで、様々なものがたりを絵から派生させ ていた。 ここまでファブ機材を用いた様々な商品の作成、検証を行ってきたが、小型かつ安価なファブ機材 「カッティングプロッター」を用いた施設内生産が見込めること。また「つくりかけのプロダクト」と いう商品形態はオープンデザインの文脈に非常によく馴染み、ユーザーからユーザーへの派生的な デザインや、ものづくりのものがたりの生成が見込める、といった理由から、 「よしすけツールキット」 の販売に至るまでのプロセス設計こそが、障害者の賃金向上を前提としたデジタル工作機器の応用、 および新しい就労形態の方法を探る有効的な手段となるのではないかという結論に至った。本キット は作業工程にファブを組み合わせることによって、今までは原画としてしか存在しなかった作品がデー タの世界に持ち込まれ、商品としての出口が広がるほか新たな働き方や関わり方において長期的か つ、バラエティーに富んだビジネスモデルを可能にする。施設との話し合いの結果、商品化にあたっ てよし介工芸館に所属する 4 人の作家の原画を元に 4 種類のツールキットを作成することを決定事 項とし、最終的にこの「よしすけツールキット」の実践が「ファブ機材を用いた障害者の新しい就労 のモデルケース」となることを目指した。 次節ではツールキットの販売に至るまでの商品開発と、それに伴う生産方法設計の様子を記述す る。
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fig.10 よしすけカードゲーム
fig.11 第 24 回慶應義塾大学七夕祭にて行われた展示発表
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よし介ツールキットの導入に伴う働き方・制度の見直し 実践 1 – 作家権利契約の検討 今回よしすけツールキットを販売するにあたっては、作品の商品化、販売から賃金の向上や、作 家の知名度の向上を期待するためには施設と作家間の権利契約の内容が法的に有効なものである か、また実績報告や支払いに関する合意形成が図れているか、その確認が不可欠である。一度権 利の問題について検討する必要があるとして 2016 年 1 月 27 日に弁護士の水野祐氏をお招きし、よ し介工芸館で第 1 回法律に関する検討会を行った。その結果、水野弁護士より施設に現存する「著 作権ガイドライン」 [fig.12]が障害者支援法の改正のタイミングである平成 15 年に作成された以来、 一度も見直しがされておらず、ガイドラインとして法的拘束力を果たすには不十分であるとのご指摘 を受けた。この指摘をきっかけに施設と作家間の具体的な関係の再定義を図るため、弁護士による 職員へのヒアリングと、合意形成を通して新ガイドラインの作成が行われることになった。既存のガ イドラインは全 4 項構成で、第 1 項が「著作権とその譲渡について」 、第 2 項が「売上金の配当に ついて」 、第 3 項が「作品の改変・処分について」、第 4 項が「作品利用に関する同意形成」に関 する内容となっている。これをふまえ、以下項目ごとの合意形成の過程とその改正点を述べる。 第 1 項の「著作権とその譲渡」に関してはそもそも著作権とは作品が生まれた時点に発生するも のであり、その作品を第三者が改変する場合は著作者またはその代理人の承諾を得るか、作品の 譲渡権を得ておく必要がある。しかし既存のガイドライン本文では「所有」という言葉でもって「譲 渡」の権利を得るような書き方がなされており、実際施設側が二次利用に展開するために必要な権 利を得ていなかったことが明らかになった。そこで出されたのが施設側が「譲渡権」の代わりに「利 用権」 を得ておけばよいのではないかという提案である。 「譲渡権」 を得るという手段も考えられるが、 譲渡に近い形でできるだけ扱いやすい、作品の幅広い「利用権(新ガイドライン本文内では「利用 者作品の公開または製品化その他これに類する目的のために、地域または期間の限定なく、無償で 複製し、翻案し、展示し、公衆送信し、又はその他利用する権利」としている)」を得ることが作家 個人に尊厳を残せるという点でも適切ではないかという結論に至り、新ガイドラインの第 2 から 4 項 目にその旨が明記された。 次に第 2 項の「売上金の配当」に関してだが、既存ガイドラインでは施設で全ての売り上げを一 括回収したのち作家の所属年数によって分配されるよう記されている。ただこの方法では人気の作
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fig.12 平成 15 年度作成 よし介工芸館 旧利用規約(出典 よし介工芸館規則集)
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家が出た場合でも個人あたりの配当賃金には反映されにくいという問題が生じてしまう。実際によし 介工芸館もこのような配当の方法には以前から疑問を抱いており、これを機によい改善策を得たい との姿勢をみせた。この点において商品販売の際に従来と同様に「施設名」での売り出しにするの か、個別の事務的なコストがかかることは承知で「作家個人名」での売り出しにするのか、今一度 施設内で売り出す主体の検討が必要となった。そこで検討会中に弁護士から施設職員へヒアリング を行ったところ、コストがかかることは承知でも作家個人との契約を結ぶことによって作家のさらな る創作意欲の創発につなげたいとの意見があがり、新ガイドライン第 6 項には「作家個人」との契 約が成立するような文言が書き加えられた。第 3 項の「作品の改変・処分」については、まずはじ めに改変のレベルをどこに設定するかということが議論の対象となった。ここでの改変とは施設によ る変更に加えて、後々「よしすけツールキット」を購入した消費者や、オープンソース化されたデー タをダウンロードしたユーザーによる改変も含まれることになるのだが、議論を進める中でみえてき たのはよし介工芸館は積極的に第三者による改変を望んでおり、あえて人に委ねることによって生ま れるものづくりの派生に期待をしているということだった。これを踏まえて改変規制の緩和が必要と なり、結果として新ガイドラインの第 2 項から第 4 項に採択された幅広い「利用権」でもって規制の 緩和が適用されることが決定した。また新ガイドラインの第 1 項で「利用者作品」に関する定義が なされ、それぞれの作品に対して施設は「所有権」を保有し、加えて利用者作品の定義からはずれ るものは施設の判断によって自由に処分ができる旨が新ガイドラインの第 7 項に執筆された。 以上の改変をふまえ 2016 年 5 月 6 日に行われた第 2 回法律に関する検討会で弁護士と施設職 員との最終的な確認が行われたのち、5 月 16 日に「新著作権ガイドライン」 [fig.13]が完成した。 この適切に作家の権利を扱うための制度基盤は弁護士と施設職員とのヒアリングと合意形成なしに は成しえなかっただろう。なお本ガイドラインは他施設での使用も可能となっており、施設ごとに必 要な項目を追記すれば法的な効力を発揮する。またオープンデザインの文脈を踏んで、今後本ガイ ドラインそのものを権利契約に関する雛形としてオープン化することを検討している。 実践 2 –「よし介ツールキット」生産方法の検討 施設内で商品の生産をはじめるにあたって、福祉の現場にファブ機材を導入することが職員と利 用者にとってどんな新しい働き方につながるのか。また、それらの生産作業が単なる「作業」では なく「やりがいを感じることのできる仕事」として成立するためにはどのような生産方法の設計が必 要なのか検討するため、2015 年 10 月 28 日によし介工芸館の施設職員 6 人との合意形成型ワーク
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fig.13 平成 26 年度作成 よし介工芸館 新利用規約
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ショップを行った。 [fig.14] 本ワークショップを開催するにあたって、事前に職員には「作業工程チェックシート」 [fig.15]の 記入を依頼した。結果として、「原画からソフトウェアを用いてカットデータをつくる作業ができる職 員が一人しかいない」、「商品としてのクオリティーはどのように担保されるべきなのか具体的にわか らない」、「一般の人に商品の価値を理解してもらえるのか不安」 、 「EC サイトなどの新しい場で販売 するイメージがわかない」、 「データやレシピの公開はどの範囲までを指しているのかわからない」 、 「そ もそもオープンデザインやプラットフォーム、レシピといった言葉の意味がよく理解できていない」と いったマイナス点が明らかになった。一方で「ファブ機材の使用レクチャー、材料の指定、データ の準備があれば職員が主体となってファブを用いた商品作りをやってみたい」との意見や、 「梱包 の作業に利用者の関わりしろを設計できるのではないか」といったプラスの意見も数多く上がった。 [fig.16]以上の結果をふまえて A | レシピやオープンソースといった「生産に関わる言葉の概念の再確認」 B | 商品となるデータの作成やファブ機材を操作するための「職員のソフトウェアスキル向上」 C | 商品のクオリティーを保証しつつ、 障がいのある利用者が参加できる「検品方式の検討とパッケー ジの形態・デザインの工夫」 D | EC サイトへの登録などを含む「新しい場での販売のサポート」 E | 作家の著作権を考慮した上で「CC ライセンスを用いた適切なオープン度合いの設定」 の以上 5 点を、今後生産方法を設計していく上で重点的に検討すべきであることが明らかになった。 商品の試作 商品を試作するにあたり、検証した 5 つの検討事項を念頭に置きつつ、よし介工芸館と協働を進 めていった。以下、A から E の項目をどのようなプロセスで協働しながら解決していったのか述べる。 A | レシピやオープンソースといった「生産に関わる言葉の概念の再確認」に関しては、 「ものづく りプロセスの分析—実践 1」で使用した「作業工程チェックシート」の中で職員が理解しきれていな かった概念を洗い出し、具体的な他の実践例などをあげつつ、それを説明する形で対応した。 B | 商品となるデータの作成やファブ機材を操作するための「職員のソフトウェアスキル向上」に関 しては、生産工程におけるソフトウェアの使用方法をまとめた pdf 資料を作成し、2016 年 4 月 27 日に施設内でカッティングプロッターの使い方講習会を行った。実際の施設環境下で機材を動かし てみることによって、職員の操作に対する不安が払拭され、少なくとも 2 人の職員が単独で機材操 作できるようになった。
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fig.14 実際に想定されうるパッケージなどを触りながら職員の率直な意見をヒアリングした
fig.16 チェックシートとヒアリングから得た作業工程のポジティブ/ネガティブの要素を可視化した
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fig.15 本シートは今後、各工程を設計する上で発生するであろう問題の所在発見とその解決策の 検討につながるインサイトを得ることを目的とした。またすごろく形式を採択することによってファ ブ機材のし導入で複雑化する商品の出口を可視化するために作成された。
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C | 商品のクオリティーを保証しつつ、 障がいのある利用者が参加できる「検品方式の検討とパッケー ジの形態・デザインの工夫」という点に関しては、施設内で商品の生産が完結することを目標に、パー ツを包み込む封筒の形態を提案した。生産工程はカッティングプロッターによって出力した紙を折り 込むだけのシンプルな設計になっており、障がいがあっても負担なく商品を完成できるような生産モ デルとなっている。[fig.17]また、この生産モデルをよし介工芸館に提案した後、職員が自主的に 利用者による生産作業を助けるための「自助具」を作成してくださった。 [fig.18]ビジュアルデザイ ンに関してもデザイナーによる一方的な提示ではなく、終始施設との対話を通したデザインを進めて いった。具体的には週次のミーティングごとに複数のプロトタイプを作成し、そこにフィードバックを いただくサイクルを回した。それにより施設側の重要視する意味性を汲み取ったデザインを形にする ことができ、事実本商品に採用されたテーマカラーはスタッフの作家さんに対する想い、イメージを 元に選定されている。このように当初は研究会からの提案が多く見られたが商品形態が具体的にな るにつれて施設側からも多数の意見が出るようになった。以上のような商品制作の協働を踏まえ明ら かとなったのはプロトタイプを中心に議論することの重要性である。プロトタイプが中心にあること により具体的な意見が出し易くなり、制作過程も共有しながら更新しながらできた。要約すれば、プ ロトタイプを中心に議論することで研究側と施設側がともに「つくりながらつくり」 「作り方をつくる」 ことが可能になった。 D | EC サイトへの登録などを含む「新しい場での販売のサポート」に関しては、EC サイトにおける 登録方法や収益構造を説明することで対応した。 最後に、E | 作家の著作権を考慮した上で「CC ライセンスを用いた適切なオープン度合いの設定」 の検討に関しては、弁護士らとの協働が求められた。そもそも「よしすけツールキット」は作りかけ のプロダクトという形態をとることによって購入者が「ものづくりのものがたり」を創造しながら二次 創作をすることを期待する。しかし絵の作家の存在がありながら、このようなオープンデザインを誘 発するようなツールキット型の商品の設計をするためには作家の著作権はどこまで担保されるべきな のか、法律的な取り決めをしなくてはならない。つまり商品化して販売するためには、改変や派生の 際に、原画作家の権利がどう扱われるべきか、あるいはどこまで継承されるべきなのか商品に記載 する必要がある。そこで今回クリエイティブコモンズライセンス 6 を用いた原画作家の権利に対する オープンの度合いの設計を試みることとなった。クリエイティブコモンズライセンスとはテキスト、音 楽、写真、映像などの作者が、自分の作品について「この条件さえ守れば自分の作品を自由に使っ てよい」ということをわかりやすいマークによって意思表示するもので、自分の作品をより使っても らえる機会を増やすための考え方とライセンスツールである。CC ライセンスを利用することで作者 は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で
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fig.17 施設内生産を可能にするためにパッケージはカッティングプロッターで作成できる封筒型を 採用した
fig.18 設 計した生 産工程にあわせて、職員が作成した「自助具」をつかってパッケージの組み立 て作業をする利用者
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再配布やリミックスなどをすることが可能になる。作品を利用(再配布やリミックス作品の公開、実 演等)するための条件は 4 種類あり、権利者はこれらの条件を組み合わせてできる全 6 種類のライ センスの中から自分の作品をどのように流通させたいかを考え、必要に応じて適切な組み合わせの ライセンスを選ぶことになる。本商品の適用ライセンスの決定およびその運用には水野祐弁護士と、 クリエイティブコモンズジャパンの渡辺智暁氏、慶應義塾大学 SFC 研究所所員の川本大功氏にご協 力をいただいた。 2015 年 11 月 15 日に渡辺氏と行ったライセンスに関する検討会では、はじめに商品のどの部分、 あるいはどの状態に権利が発生しうるのかという議論が行われた。この場合ジグソーパズルピース のようにパーツ一つ一つには権利は発生しないと考えられ、発生するとすれば「パッケージに梱包 されている状態」がそれにあたるのではないかという見解をいただいた。また、その状態を示すた めに、パッケージや挿入される別紙に原画のコピーを載せておくといった配慮が必要ではないかと のご指摘を受けた。次に権利が発生しうる状況についてだが、ツールキットを使って作成したもの を「外部に公開するシーン」がそれにあたるとし、この場合には CC ライセンスを用いて所属施設 や作家の名前をクレジットとして明記することを規定すべきであるとの意見をいただいた。以上をふ まえ、ライセンスに CC-BY-NC を採択することになった。これは表示—非営利を表すライセンスで、 原作者のクレジット(氏名、作品タイトルなど)を表示し、かつ非営利目的であることを主な条件に、 改変したり再配布したりすることができるライセンスである。 またこの CC ライセンスを前提に、法的な文書でどのようにこの商品を使うべきなのかを提示す る「商品利用規約」の作成を行った。[fig.19]さらに、2016 年 5 月 6 日の第二回検討会では、ど うしても難しい文書にならざるを得ない「商品利用規約」の解説書という位置付けで「利用規約 Q&A」も同時に作成することが決定した。 [fig.20]ここで重要なのは、法律に関する知識がない人
6.CC ライセンスとはインターネット時代のための新しい著作権ルールで、作品を公開する作者が「この条件を守 6 ば 私の作品を自由に使って構いません。」という意思表示をするためのツール。 CC ライセンスを利用することで、作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライ センス条件の範囲内で再配布やリミックスなどをすることができる。https://creativecommons.jp/licenses/(2017 年 11 月 18 日アクセス)
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fig.19 よしすけツールキット利用規約よりページ 1
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fig.20 利用規約 Q& A よりページ 1
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にも伝わるようにわかりやすい言葉で伝える、つまり言葉のデザインである。この商品で使用する上 で「気をつけなければならなことがある」ということにまず気がついてもらうこと、そして「どうやっ て気をつければいいのか」、その内容を理解してもらうためにはリーガルデザインに加えて、伝え方 のデザインにも気を配る必要があるはずだ。 今後オープンデザインが広まるにつれ、一般人に対しても製造物に関する責任が発生しうる状況が 生まれ 7 そのための適切なパブリックドメインなどを使いこなすことのできるリーガルデザインスキル が求められているが、本実践を通して、一般の人が設計し、そして理解するためのリーガルデザイン のための設計環境はまだまだ不十分であることが分かった。その点でツールキットに添付する利用 規約や Q&A にはその伝え方、魅せ方のデザインを今後さらに検討していく必要があるだろう。 以上をもって、オープンの度合いの設計と、その運用方法の設計が完了し、適切に作家の著作権 を守りつつ、ユーザーによる二次創作を促すことで作家の知名度を向上させたい、というツールキッ トの当初の目的を達成することができた。 [fig.21]
fig.21 プロトタイプを重ね完成したツールキットは 4 人の作家のテーマカラーが用いられている。 7. 例えば、ネットで公開されている他人の作品をコピー、加工する際に著作権侵害に当たらないかどうかの判断や作 成した製造物が他人に被害に与えることで製造物責任法に当たらないかどうかを注意する必要がある
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商品の販売 実践 1– EC サイトでの販売 よし介工芸館における一連の活動の目的には、施設の利用者の賃金を向上させることも含まれて いる。以下では、制作した商品を販売し収益を上げるために取り組んだ活動について述べる。まず 当初の販売ルートにはハンドメイド EC サイトを選択した。その理由は二つあり、第一にこれまでは 周辺地域に限定されていた販売ルートをインターネットを介し拡大できること、第二に注文に応じて 柔軟に生産数を調整できるため損失が抑えられるということがある。またハンドメイド EC サイトの中 でも手数料が安かった minne を最初の販売ルートとして決定した。販売ルートが決まり次第、ツー ルキット一個あたりの材料費を考慮し価格帯を決め、サイト上に載せる説明文などを職員と相談しな がら決定した。こうして販売に必要なコンテンツを揃えることができたため、次に実際に運用する上 で生じる問題を明らかにするために大学と施設間で注文を受けてから配送するまでの一連のプロセ スをテストした。このプロセステストの中で明らかになったのは、顔の見えない購入者に対して、注 文確認や発送の連絡をこまめにすることが販売者としての信頼性を構築する上で重要ということであ る。この要件を達成するための整備として、よし介工芸館内で EC サイト担当者の設置や毎朝の打 ち合わせ時に注文確認をするという日課の導入、また担当者不在の場合でも別スタッフが早急な対 応ができるように、購入者へのメッセージをテンプレート化するなどの対策を講じた。 [fig.22] こうして商品を EC サイトで販売することができたが、販売ページへのアクセスが伸びず収益が上が らないという問題が生じた。minne 上には 240 万点以上の商品があり、単に販売するだけでは売 り上げにつながらない。そこで次に取り組んだのはアクセス数を伸ばし収益を上げるプロモーション の仕方である。まず行ったのはよし介工芸館に Facebook 等のソーシャルアカウントを作成してもら い、そこを通じて商品に関する記事を投稿していくやり方である。しかし facebook 利用のためには、 よし介工芸館属している社会法人藤沢育成会からの承認を得ないといけないということがわかった。 投稿のたびに承認を得るの難しく、自主的な web 媒体による情報発信の断念し広報戦略の再検討 が求められた。そこで次に取り組んだのはワークショップ開催を介した他企業による広報である。 実践 2– ワークショップを通じた広報・販売 ワークショップの開催に伴い他企業に宣伝してもらうことは自主的な情報発信に当たらず育成会の 許可は必要ないため、ワークショップなどを開催しているお店を通じて間接的に広報してもらうこと
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に決定した。ワークショップの実施によるメリットはお店による広報に留まらない。ワークショップは 参加費から収益を上げられるだけでなく、体験を通じて商品を知ってもらうため、ワークショップ後 の口コミ効果なども期待できる。またワークショップ内で参加者がつくったモノやアイディアから職員 がさらなる商品へのアイディアや消費者のニーズを汲み取ることも可能である。 以上の理由よりワークショップを通じた広報に取り組んだ。まずは運用に伴う一連のプロセスを確 認するために 2017 年度の慶應義塾大学七夕祭にてワークショップを実施した。その際に、ワーク ショップ内で生まれた作品に関する著作権周りの制度設計の課題が明らかになった。ワークショップ 参加者が広報媒体になるという点でも、作家の権利守りつつ広報に活用するやり方を検討して行くこ とが必要になる。そのため、cc ライセンスを加味しつつ完成した作品を SNS にシェアしてくれた参 加者に特典を渡す、割引するといった仕掛けをつくった。これによって著作者の権利を守りながらも 参加者自体が広報媒体となってインターネット上での連鎖的な広報が展開されることを期待する。 今後は、ワークショップの開催を募集しているお店にて実施する予定である。その際は、既存の 作家によるパーツと組み合わせて 参加者自らがデザインしたシルエットをカットできるファブ体験型 ワークショップの開催など、ツールキットを利用した様々なワークショップが展開できる。現状は研 究室主体でワークショップの依頼や内容の展開などを行っているが、これらはワークショップのアイ ディア出しも含めて施設スタッフが主体的に行えるようになるのが理想である。主体的なワークショッ プ設計を職員自身ができようになるために、1. 水野研究室が外部との窓口になりつつも連絡の cc に職員を入れることでワークショップ開催までのプロセスを共有する、2. ワークショップ企画書の書 き方の how to 共有、3. ワークショップ当日のタイムラインの切り方の how to 共有、4. ワークショッ プ内で参加者の創造性や満足度を向上させるためのワークショップツールを職員が場合に応じて開 発できるスキルの底上げなどを実施する必要がある。 [fig23] ここまで、水野大二郎研究室が実際に商品を販売し収益を上げるために取り組んだ内容を述べた。 これから取り組んでいく内容は二つあり、第一に他企業の広報や参加者の口コミによって商品の認 知度を高めつつ著作者の権利が守られるような制度設計を検討すること、第二にワークショップを施 設主体で運用できるように研究会のワークショップ運用に必要なナレッジを共有していくことである。 商品を制作しただけでは状況を変えたことにならず、今後もよし介工芸館における利用者の賃金の 向上に向けて広報や運用方法などを検討して行く必要があるだろう。
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fig.22 EC サイトを介した販売のサービスブループリント
fig.23 ワークショップを介したツールキット販売のサービスブループリント
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まとめ 以上が、水野研究室とよし介工芸館による 3 年間の活動の記録である。施設でのフィールドリサー チに始まり、プロトタイプの開発、生産体制および契約の整備、商品の試作、販売、そして広報など、 その活動は段階を得ながらも多岐にわたっている。ここで改めて、本論の主題を振り返ってみたい。 主題の一つ目は、マルチステークホルダとの協働による設計プロセスにおけるデザイナーの役割を 明らかにすることであった。これまでの活動をみれば分かる通り、本研究に関わるステークホルダー は、コンサルタントとクライアント(あるいはユーザー)といったシンプルな関係図で表されるもので はない。例えばよし介工芸館の職員は、 利用者の制作プロセス全般を手伝う「支援者」でありながら、 親族らに作品のものがたりを丁寧に説明する「伝達者」の役割も担っている。また利用者にもモチー フに影響される人とされない人に分けられる。よし介工芸館自体は社会福祉法人である藤沢育英会 に属し、自主的な広報にはそこからの許可が毎度必要になる。このようにステークホルダーが増え るほど合意形成のプロセスは複雑化し、従来型の一方通行的なデザイン提案では合意が得られない という問題が生じる。そのため我々は、一回で全てのステークホルダーから合意を得れるような「偉 大な提案」は避け、まずは明らかになっている目の前の問題に複数の解決案を出し、それに対する ステイクホルダーのフィードバックを踏まえ再び解決策を提案し、状況分析と合意形成を同時に徐々 に行なっていくような、漸進的(インクリメンタル)なデザインプロセスを採用した。そしてそのプロ セスによって明らかとなったのは、マルチステークホルダーが発言しやすいような状況を設計し、そ の発言を取りまとめることこそが、マルチステークホルダーとの協働に必要な、デザイナーの新たな 役割であるということだ。例えば商品の生産工程の検討段階においては、各生産工程を一覧できる ようにビジュアライズされたすごろく形式の作業工程チェックシートを使い、職員が生産工程を具体 的にイメージし不安点をコメントしやすいように設計した。また商品の施策においては、作成したプ ロトタイプを全て施設に持ち込み、それぞれの特徴を述べた後に、どのプロトタイプが最適化を職 員と共に議論した。プロトタイプが中心にあることにより、パッケージに載せたい内容や表現の方向 性に関して具体的な意見が出た。プロダクトデザイン、あるいはグラフィックデザインといったスキル は、マルチステークホルダーから意見を引き出せるようなプロトタイプやリサーチツールの制作のた めに使われた。そうすることにより各ステークホルダーから詳細な意見を引き出し、問題の諸条件を 早い段階で明らかにすることができた。 またこれらプロセスは、第二の主題であるクライアントワーク主体の仕事から主体性を伴う創作へ の設計にも有効に働いたと言える。例えば生産モデルの検討段階においては、商品のプロトタイプ
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を中心に議論することで、シールを貼るという行為が利用者にとって難しいという課題が解り、次の ミーティングにて施設側が自主的に自助具を作成していただいた。各ステークホルダーから詳細な 意見を引き出すという行為は、結果的に当事者意識を産むことができ、主体的に活動することを促 すことにつながる。 以上より、よし介工芸館での活動において、マルチステークホルダーが発言しやすいような状況 を設計し、その発言を取りまとめることこそが、マルチステークホルダーとの協働に必要な、デザイナー の新たな役割であり、またクライアントワーク主体の仕事から主体性を伴う創作への設計にも有効に 働いたということがわかった。
3.case study:工房まる 本章では、本年度から新しく実施した福岡県にある「工房まる」という福祉施設にて行ったフィー ルドワーク活動について述べる。本調査の趣旨としては昨年度までに「よし介工芸館」において実 施されている小商いモデルを踏まえた「遠隔ものづくり」の本格指導に向けた次なる展開先の観察 というところにあった。「遠隔ものづくり」とは全国の施設にファブ機材を導入し、1 施設 1 ファブ環 境という状況の中で作品のデータを介した施設間の相互的なものづくりを通して長期的なビジネスモ デルを検討する事であり。最終的にはその活動を通じて作られた作品のデータが蓄積されるような プラットフォームを作成する事によって、これらが共通の資源としての利用される環境の構築を目指し ている。 工房まる 工房まるは 1997 年 4 月に無認可の福祉作業場として開所し、2007 年に運営母体を NPO 法人化、 無認可から地域活動支援センターⅡ型として運営を開始した。2008 年には障害者自律支援法に基づ いて、障害福祉サービス事業「生活介護」と「生活訓練」という2つの機能をもった多機能型事業 所としての移行を行い、現在に至る。施設は計 3 カ所で「野間のアトリエ」 「三宅のアトリエ」 「野 方のアトリエ」と呼称されており、野間は 20 名、野方は 10 名 、三宅は 10 名の利用者を対象に「生 活介護」「生活訓練」という2つの事業を行う多機能型事業所事業を展開している。施設では作品 制作を通じて「その人らしさ」が表れてくることを「自立」と考え、 人や社会との関わりの中での「自 立」を目指し活動を行うという事が目的となっている。 「そのひとらしさ」というのはたとえ活動が出
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来なかったとしても、個性が生かされる表現を創意工夫のもと見つけていく事で発見される。例えば、 施設で作られている「billiy’s(ビリーズ) 」というブローチは利用者が紙を破りその形のユニークさ を生かせるように木材をカットし商品化した例としてあげられるが、このように商品化を積極的に行っ ており「野間のアトリエ」においては作品を販売するための窓口としてのブースを設けている。 基本的に利用者は月曜から金曜の間木工、絵画、陶芸を中心とした制作活動と食事などの日常 的な活動、またスポーツ大会などのレクリエーション活動等を利用者自身が過ごしている施設におい て行っている。 「野間のアトリエ」においては木工、絵画、陶芸活動が行われている。また本部機 能を備えており、職員の方々のためのオフィスがある。 「三宅の家」では絵画に特化した制作活動、 また「野方のアトリエ」において主に絵画の制作が行われている。また、野方は他の 2 施設とは地 理的に離れた場所にあるため、施設の利用者は野方の近辺に住まわれている方が多くを占める。 工房まるとの共同研究を前提に、全体像の把握のため、各施設のデザイン・エスノグラフィーを 実施した。具体的には 2016 年度から計 2 回にわたって、福岡を訪れ参与観察を行った。第 1 回の 調査目的は、主に施設の全体像の把握であり、第 2 回は第 1 回目の調査結果を踏まえ、まるの現 状としての分析結果の共有、ファブ機材を利用したワークショップの開催、本研究会と工房まるとの 関わり方の提案として「遠隔ものづくり」の企画趣旨の説明を行った。 第 1 回工房まる調査 - リサーチ1:写真撮影 - デザインフィールド:工房まる 野間のアトリエ(1F) 1F(木工の部屋 / 絵画の部屋 / 陶芸の部屋) 日時:2016 年 8 月 24 日 -26 日 職員および利用者の方々に許可を取ったのち写真撮影を行った。各部屋を撮影していく過程で職 員に利用者の作品を紹介してもらった。また、調査の際にはフィールドノートを用いた観察を行った。 そこで、次に職員と利用者がどのように交流しながら作品を制作するのかをリサーチするべく、参与 観察(フィールドノート)および非構造化インタビューを実施した。
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- リサーチ2:インタビュー - デザインフィールド:工房まる 野間のアトリエ 日時:2016 年 8 月 24 日 -8 月 28 日 インタビュー対象:工房まる職員(男性)1 名 インタビュー調査は 3 日間にわたり実施された。1 日目は水野大二郎研究会がすでにインクルー シブデザインのプロジェクトとして遂行している「よしすけツールキット」の説明を行ったのち、工房 まるの概要について施設長を務める職員の方にお話を伺った。主に通常業務のタイムスケジュール、 現在工房まるが商品化を行っている作品制作活動について、経営思想や作品の著作権の所在など に関して、インタビューを行った。工房まるは、陶芸や木工の作品制作が安定している事に対して絵 画の商品化については依然として模索中であることや、利用者への提案によって遂行するものづくり ではなく本人のできる事や興味のある事をベースにスタッフが支えるといったサポート体制の元作品 が完成していること、福祉という文脈から離れたところでも一つの商品としての十分なクオリティーを 担保できるようなものづくりを目指していること、 他にも工房まるの目玉商品ともなっている 「billiy’s (ビ リーズ)」が生まれた経緯や、著作権や工賃に関する話も伺う事が出来た。 3 日目は、よしすけツールキットを参考事例として紹介し、将来的に遠隔ものづくりが web サービ スを通して実装されたシナリオを共有したのち、そのサービスフローの実演を水野大二郎研究会の メンバーが行った。このサービスシナリオの提案は、工房まるで作られた作品を線データ化しそのデー タを WEB 上のプラットフォームに上げていくことで起こる作品の世の中への広がりを職員に実感して もらい、このサービスが未来で実現されたなら工房まるにとってどのような可能性が開けるのか、ま たそれに伴って発生する諸問題についてのディスカッションを行うためのたたき台としての機能をもつ ものである。よりリアリティのある事柄としてサービスシナリオを伝えるために実演の際には工房まる が所有していた cameo を実際に使用した。サービスの実演を通して、一般ユーザーをサービスに巻 き込む事の難しさ、線データ化する事によって生まれる著作権の問題、cameo 以外のコラボレーショ ンの幅について議論が交わされ、最終的にまとまったアイディアとしては初期の段階でサービスのター ゲットを企業などの専門家に設定し、BtoB 向けのサービスとして拡大していき、だんだんと BtoC と いう形にするという形に収束した。
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工房まるの現状分析 工房まるの現状分析のプロセスについて 工房まるとの遠隔ものづくりのための連携に向けて、2016 年 8 月に行われた工房まるへのデザイ ン・エスノグラフィから得たデータ(実施されたインタビュー、撮影した写真、フィールドノート)に 関して工房まるの現状(リソース・困りごと)を知る事を目的として作品の制作における過程、環境 におけるリソースや困りごとに関する事柄に焦点を当て分析を行った。工房まるへのデジタルファブ リケーションツールの導入やものづくりにおける連携を前提とした際に特に重要性な視点であると考 えている。具体的には、写真分析とインタビュー分析の二種類の分析を行なった。 写真分析の具体的なプロセスとしては、撮影した写真をカード化しそれぞれのカードに野間、三宅、 野方の区別がつくように記載を行った。カードを机に並べ、写真から読み取る事ができる「事実」 に関しての記述をメンバーが同時にポストイットを利用しておこなった。ここでは、参与観察に実際 に参加していたメンバーが不足している情報を補足するためにファシリテーターを担った。続いて、 写真から抽出された「事実」を元に「気づき・解釈」を記述した。これは事実から読み取る事がで きる事を分析者が解釈し記述するフェーズである。この「気づき・解釈」に関するポストイットを「制 作過程における困り事、問題点」と「まるの持っている資源(人・材料・成果物・イベント・性質 など)」の 2 点を意識しながらグルーピングを行い、 さらにそのグループごとにタイトルを作成する「概 念化」にあたる「示唆」出しの作業を行った。また、インタビュー分析ではインタビュー時に録音さ れた音声データを元に、全文を文字データに変換し、分析を行うメンバー内で共有した。データ化さ れたインタビューの文字データに関して、事実を黄色いハイライトで示し、該当箇所を印刷し切り抜 いたのちにカード化し、 「気づきの概念化」として、並び変えながらグルーピングを行った。 分析手法については、東京大学 i school などで実践的に行われているビジネス・エスノグラフィー、 質的調査法、グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)における写真分析やインタビュー分析 の方法に基づき設計を行なった。以下は本研究における写真分析のプロセスを図化したものである。 [fig.24][fig.25]
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fig.24 写真分析の手法を記した図。1 枚の写真から事実、気づきと概念、へと派生させ、ポストイッ トの色を変えながら提案や問題提起につなげる
fig.25 写真分析の具体例
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工房まるの現状分析のまとめ まとめは図表と文章を用いて行っている。図表化については現場で実際におこなった記述を網羅 的に表し、関係性がわかるようにカテゴリーごとに分類している。文章化においては、該当箇所に 数種類の括弧を利用しながら分析全体をを俯瞰できるような構成となっている。いずれのまとめも、 福島哲夫 編『臨床現場で役立つ質的研究――臨床心理学の卒論・修論から投稿論文まで』新曜社、 2016 年において採用されている方法を参考として、括弧を用いて区別する。 写真分析 ------括弧の対応 【】問題提起・示唆 『』気づき 「」事実 ------写真分析において、概念として【障害によって作業量に波があるので、どう仕事を誰にふるのか課題】 【スタッフ・利用者のお互いの齟齬をなくすための工夫】が抽出された。 【障害によって作業量に 波があるので、どう仕事を誰にふるのかという課題】を構成する気づきとしては『決められたライム ラインの中でどれだけ仕事をこなすかという課題』 『販売 ” 成果 ” が目視できる空間がないという現状』 『販売スペースに買いに来るひとがいない』がある。 【スタッフ・利用者のお互いの齟齬をなくすた めの工夫】を構成する気づきとしては主に『工房まるのスタッフが持っている特殊スキルについて』 『特 定の作家がいなくなったら作品の生産がとまる危険性をはらんでいること』 『スタッフの生産工程もま た、属人的でありマニュアル化されていないということ』 『個人に合わせるツールを変えるなど幅広 いものづくりに対応しようとする姿勢』『イベントや公式キャラキャンペーンの実施など、商品としても のもの以外のきっかけとなるまるの存在認知の向上を狙っている』 『販売成果が確認出来る場が存在 していない』といった事があげられた。 『工房まるのスタッフが持っている特殊スキルについて』は、 「知人を通じて情報のやり取りが行わ れたり、イベントの企画が始まったり」など、 「外部からの仕事を持ってくる営業スキルの高さ」や、 「障害の種類に合わせて自助具を作成し、利用者さんのサポートを行う」など利用者のニーズをく み取り、道具などの形で提案している事がその背景にある。また作品のストーリーを重要視したいと
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いう思いから、 「大量の利用者作品の利用機会の最適化を行っている」 、 「福祉業界出身ではないス タッフならではの着眼点を生かし、やる気のない利用者からやる気を引き出す策を提案していること」 などもあげられる。以上の事を踏まえても明らかなのが『スタッフの生産工程が属人的でありマニュ アル化されていないということ』とである。実際にとある職員が抜けてしまい工房まるで提供されて いた MARU IN LIFE というサービスが停止してしまう事態が過去に起こったりもしていた。また、 『特 定の作家がいなくなった場合に作品の生産が止まる危険性』は、 「障害者らしい絵を描く事にしてい る」と語る達観した利用者さんの存在からもわかるように、 とくに『絵画においては作家性が高く』 『利 用者のスキルも属人的である』事が明らかになった。他にも【イベントや公式キャラキャンペーンの 実施など、商品としてものもの以外のきっかけとなるまるの存在認知の向上を狙っている】という事 に関しては利用者さんがつくった、「工房まるのオリジナルキャラクターのピーナッツくんというキャラ クターを活用してグッズ作成や販売などを行っている」など、販促や認知度の向上についても積極 性を読み取る事ができる。 [fig.26] インタビュー 1 日目 + フィールドノートの分析 ------【】気づき・解釈 「」事実 ------インタビュー分析からは【利用者自身の内側から出てくるモノに期待している・引っ張りだして商品 にできたらよい】 【問題解決としてのスタッフによるアシストがあってもよいのではないか】 【お金を 払う消費者を念頭にした販売戦略が甘い】【ある種マーケットリサーチのようなもの×現場のスキル を組み合わせることでアイディエーションしやすくなるのではないか。 】 【つくる側の視点 + 買う側の 視点(買いたいと思う)の両方が必要】【外部イベントでは良き理解者が必要】【消費者も作家も ” ストーリー ” に関心があり、付加価値となるストーリーのうまい支え方を模索することは売上にも影 響するのでは】 【利用者の作家推進はクリエイティブ業務でそれには一般業務以外で行う必要がある】 【仕事依頼への内容は合わせられるけど作風は変則的】【自己の魅せ方を達観している利用者もい る(自己管理が可) 】【 (芸能人の奔放さをクライアントへ合わせる役目的な)マネージャーが必要】 と言った示唆が抽出された。【利用者自身の内側から出てくるモノに期待している・引っ張りだして 商品にできたらよい】というのは「つくりながらできることをみながら考える。時間がかかる、観察 が必要、計画のないものづくりが現状行なわれている」という事実から、 また【問題解決としてのスタッ
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fig.26 写真分析における全概念と気づきと事実
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フによるアシストがあってもよいのではないか】も同様に、 「利用者に一任しているために起こる非 効率的なものづくり」が事実としてある。 【お金を払う消費者を念頭にした販売戦略が甘い】という のは、 「端切れや余った木材やダンボール箱の切れ端などを利用するために、いざ商品化するとなっ た時に商品として成立しにくい品が出来上がってしまう」という事、 【ある種マーケットリサーチのよう なもの×現場のスキルを組み合わせることでアイディエーションしやすくなるのではないか。 】 【つくる 側の視点 + 買う側の視点(買いたいと思う)の両方が必要】はできた作品を中心に販促を行うため、 いわゆる「ニーズの探究といったものが抜け落ちているという現状」からの気づきである。他にも【外 部イベントでは良き理解者が必要】に関しては「外部でのイベントを行う際、工房まるの魅力を最大 限に生かすためには福祉の文脈がわかっている人々とともに再現不可能を反映させる企画が必要な のではないか」という事、また【消費者も作家も ” ストーリー ” に関心があり、付加価値となるストー リーのうまい支え方を模索することは売上にも影響するのでは】とは「ストーリーの面白さに関して より工夫を加える事が可能なのではないか」という事実を元に抽出された。 【利用者の作家推進は クリエイティブ業務でそれには一般業務以外で行う必要がある】は「作品制作に伴うスタッフの負担 という観点」また、 【仕事依頼への内容は合わせられるけど作風は変則的】 【自己の魅せ方を達観し ている利用者もいる(自己管理が可) 】 【 (芸能人の奔放さをクライアントへ合わせる役目的な)マネー ジャーが必要】というのは、いずれも「制作の段階から商品化を意識したある程度のアシストがスタッ フによってなされてもいいのではないか」という事実に基づいた気づきである。[fig.27][fig.28] インタビュ- 3 日目の分析 ------【】気づき・解釈 「」事実 ------【利用者さんの収入について><スタッフの業務上のなやみ】 【お客さんの声回収フィードバック戦略】 【福祉需要の横のつながり】 【作品制作を補助する体制】 【作品・商品の権利保護】 【営業戦略】 【広 報戦略】【販売戦略】 【商品化戦略】の 10 つほどの気づきのうあ解釈が抽出された。 【利用者の収入について】 は、 「現状としてみんなに一律でお金が入るシステムを持っているという事」 、 「作品の売り上げと各作家の人気度が比例している」 という事。 【スタッフの業務上のなやみ】 としては、 「スタッフのデジファブに対する専門性の低さ」や「通常業務と追加業務の兼ね合いについて検討 の余地がある」という事。【お客さんの声回収フィードバック戦略】とは、 「工房まるがすでに取り組 んでいる販売戦略」として、 「消費者と購買後に繋がれるしくみ作り」という事を指している。 【福祉
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fig.27 インタビュー 1 日目の分析における気づきの概念化と気づき その1
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fig.28 インタビュー 1 日目の分析における気づきの概念化と気づき その 2
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需要の横のつながり】は「同業者との連携を行っている」ということ【作品・商品の権利保護】は「利 用者さんが作成した作品の権利の管理や作品のアーカイブに関する事」で【営業戦略】は「人的ネッ トワークによって仕事が生み出されている」こと、 「作品を可視化して広く公表する事で作品が生まれ やすいような環境を作り出している」ということなどが主にあげられる。 【広報戦略】は「利用者さん を作家としての売り出している」事、 「福祉業界の既存の企画と比較した時の新規性」がある事。 【販 売戦略】では、「作品の持つストーリー性に重点を置いている」事、 「福祉を言い訳にしない商品ク オリティが求められる」という事を受け入れていることなどが言える。 【商品化戦略】においては「作 家のモチベーションの維持の必要性」や、 「商品にしやすい作品とそうでない作品がある事」が読み 取れた。[fig.30] 工房まるの現状とは(よし介工芸館との比較を通して) 以上の現状分析から明らかになった事柄を 2017 年夏に予定されていた工房まるの視察に向けて 整理するために、過去に調査を行なっていたよし介工芸館についても同様に整理を行い、一つの表 の形にまとめた。比較項目として、資源、環境、広報 / 販促という大きく3 つの項目の下に小項目 として、スタッフや材料や道具、制作環境や作品保存、販売物、広報・販売物や認知チャネル、販 売チャネル、収益、広報コンセプト、施設戦略を設けた。まとめは以下の図である。 [fig.31] 工房まるのよし介工芸館との主な違いとしては、福祉業界出身の職員率の低さ、制作している作品 のカテゴリの違い、職員が主導するのではなく出来るだけ利用者主体で作品制作全般を行うという 制作スタイル、また SNS の活用についても工房まるの方が積極的に利用している事などが挙げられ る。 また、距離的に東京から遠くにある施設でも、福祉×ファブを実現する仕組みの整理として、作品 制作から商品化し販売するという一連の流れに関して「利用者・スタッフのパワーバランス」 、 「デジ タルとアナログのバランス」、「クリエイティブに行なわれているか業務的に行なわれているか」 、 「戦 略と戦術のどちらを重視しているのか」の 4 つに関するダイアグラムを作成した。制作プロセスの一 連の流れを時系列順に 1)何をができるのか探る、 2)何で作るのか決める、 3)何の道具や素材を使っ て作るのか決める、4)作る、5)売れるものを考える、6)売れるものを作る、7)伝え方を考える、8) 売る、の 8 つの段階に分け二軸どちらのウエイトがあるかを可視化したダイアグラムをよし介工芸館 と工房まるの両方について作成した。
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fig.29 インタビュー 3 日目の分析における気づきの概念化と気づき
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fig.30 よし介工芸館と工房まるの項目別現状比較
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工房まるは「作品に関しての利用者・職員の作品制作におけるバランス」について、利用者が主 軸となって作品細作が行なわれている事が分かった。職員はサポートに徹し、利用者の興味のある 事やできる事を重要視して、作品制作を行なっており、その中から様々な気づきや問題点が明らか になった。1)何をができるのか探るフェーズにおいては、各々の好きなように手を動かしてもらうた め、放置するとくすぶる期間が長くなってしまう利用者もいる場合がある。また 2)何で作るのか決め るフェーズにおいては、は利用者の個性に任せ、モチーフ選定もスタッフは口出しをしないようにし ている。3)何の道具や素材を使って作るのか決めるにおいては、職員によるそれぞれの困りごとを 解決するための自助具ツールの作成を行っている。 [fig.31] 続いて、制作過程においてデジタルとアナログはどのような形で介入してきているのかという「デ ジタルとアナログのバランス」については、利用者の中に PC を使ってのトレース作業ができる人が いるため、作品の制作過程そのものにデジタル技術が関与しているという特徴をもつ。他にも職員に よる SNS の活用が積極的にデジタル技術を利用していると言える。しかし、現状大半の作業はアナ ログで行っているため作業の効率化と言った点ではデジタル技術が介入できる余地は残されている。 特にデジタル技術の介入が見られる具体的な制作工程は、3)何の道具や素材を使って作るのか決 める、4)作るのフェーズである。また、7)伝え方を考える 8)売る、というフェーズでも、販売促 進のための SNS の利用が挙げられる。 [fig.32] 製品の制作プロセスが「クリエイティブに行なわれているか業務的に行なわれているか」は、作 品を制作している時と商品として販売促進を行っている時で二分された。作品を制作している時には クリエイティブに工程をこなしている一方で、販売促進はより事務的に業務をこなしている。よし介工 芸館との比較を通じて明らかになった違いは、7)伝え方を考える際に、職員のコミュニケーション スキルを用いる点や、展示の開催などを通じている点であった。 [fig.33] 最後に「戦略的か戦術的か」という点に関しては、利用者の「やりたい」や「作りたい」を実践 してもらう事を通じて作品制作を行っていくため、制作に関しては基本戦略的であるといえるが、道 具の選定など部分的に職員が介入する際には戦略的にこなしている事が分かった。特に、3)何の 道具や素材を使って作るのか決める、1)何をができるのか探るのフェーズでは記録保管のため施設 内にあるスキャナーに収まるサイズの画用紙に描いてもらうなどがそれに該当する。また、7)伝え 方を考えるのフェーズにおいてもイベントや展示、作品のストーリーを伝える工夫を行ったり販売先 の検討についても戦略的に行っている。[fig.34]
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fig.31 工房まるの現状分析をする上でよし介工芸館と 4 つの項目で 作 業 工程を 8 つの軸に切り、 10 段階の比較を行った。
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fig.32 このダイアグラム作成によってそれぞれの施設の強みや不足部分が可視化された。
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fig.33
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fig.34
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現状分析を踏まえたまるへの提案 分析結果から得られた工房まるの現状を大きく3 つの項目に分類した。 1)作品から商品へと変換するアイデアを生み出すスタッフの時間・技術がない。2)利用者、スタッ フ共に人依存型の体制になっている。3)「何を思って」消費者が購入し、 「どう使って」いるのかを 知りたい。である。それぞれの現状に対し解決策を検討するためのアイディエーションを行い、提案 という形にまとめた。 1. 作品から商品へと変換するアイデアを生み出すスタッフの時間・技術がない 利用者が好きなもの、やりたい事をやってもらうというスタンスを取っているため、どうしても商品 化にしづらいものが完成してしまい、解決策が未だに考案されていないという事。職員は基本的に通 常業務を遂行しているため、一般業務以外の時間を使って利用者の作家推進や商品化などについて 行なわなければならないが、現状では時間の捻出は厳しいという点。また、cameo を持っているの に、活用していないなど職員のデジタルファブリケーションへの専門性がない点が現状としてあげら れていた。 この現状に対し、ガイドラインやチュートリアルを通した cameo やイラレを用いた人材育成プログ ラムという解決策を考えた。具体的なプランは、ファブ技術を用いたものづくりの流れを体験しても らえるような福祉×ファブに関するワークショップの開催を行ったのち、cameo やイラレのチュートリ アル動画を配信し、実践的なスキル取得を目指す。また、同じくデジファブ技術を活用しているよし 介工芸館との連携により定期的な報告会を開催しファブ技術の向上や同業者同士の悩みの共有の場 の創出を行うと言ったアイディアがでた。 2. 利用者、スタッフ共に人依存型の体制になっている 生産工程のにおいて個人の専門性による分業の形態を取っているため、スキルが人依存になって しまっている。つまり、特定の利用者がいなくなった場合同時にその商品の生産も止まってしまうとい う危険性をはらんでいる。また、職員に関しても同様であり、マニュアルとして、全体にスキルが共 有されていない状態で業務を担っていた職員が抜けてしまうとそのサービスや窓口も同時に消失して しまうという現状があった。 このように全体を通して属人的になってしまっている作品制作過程に対し、超一点モノのデータ化 による汎用性の担保と作業分業制度の導入というアイディアを考えた。まずは作品のベクターデータ 化を行う事で複製や転用を可能にする。またこの作業は同時に作品のアーカイブの機能も持つ。デー
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タ化に際したパス化の作業は、既にまるの利用者の中に PC を使った線画を描いている方の存在な どもあり、利用者も巻き込みスタッフとの半学半教という体制で推進する事ができる。また、データ 化した作品の商品展開に関しては、水野研究会の学生がアイディエーション手法の共有などを通して をサポートしながら行う事を想定している。 3.「何を思って」消費者が購入し、 「どう使って」いるのかを知りたい 現状、どんな人がどんな用途でまるの商品を購入しているのかを知る術がないため、まるの商品 を必要としてくれているターゲット層が不明瞭である。ある意味、マーケットリサーチが足りていない 状態で商品を生産している状態とも言えるという現状がある。 この状況に対しては、買う側の視点を職員が把握する事で商品の制作段階からより戦略的にサ ポートする必要がある。そこで、買った人が使用方法、感想を伝えられる返信はがきの役割の SNS や買った人同士が繋がることができる SNS を開設するなどによって、購入者の動向や感想などが継 続的にフィードバックされるような仕組みの導入といったアイディアが考えられた。特に instagram といった既存の SNS をうまく活用し、タグによる拡散や商品認知も高めつつ、商品の利用者の交
fig.35 作業する時間を中心に書かれた時計制作のためのガイドブック
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fig36 billiy’s(ビリーズ)の端材をいかに活用するか試行錯誤の過程で生まれたものたち
fig37 陶器の皿を作る上で均等に粘土を伸ばすことを容易にするためにつくられた自助具。棒の先 に布を巻きつけている。
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流の場としても機能する事を期待している。 以上の現状分析と新規提案の共有を工房まるに対して、2017 年 9 月 19 日 -9 月 21 日に行われ た第 2 回参与観察にて行った。3 日間の滞在期間中のスケジュールとしては午前中は 3 日間かけて 「野間のアトリエ」 「野方のアトリエ」 「三宅のアトリエ」への参与観察、各午後にワークショップ形 式で研究の共有 / 実践 / 議論を行うためのワークショップを行った。ワークショップに関しては 1 日 目は分析の共有と提案、2 日目は実際の機材を用いたファブ体験、3 日目は振り返りと共同研究の 提案といった流れであった。 第 2 回工房まるリサーチ - リサーチ 1:写真撮影 - デザインフィールド:工房まる 野間の家(1F) 1F(木工の部屋 / 絵画の部屋 / 陶芸の部屋) 日時:2017 年 9 月 19 日 13:30~ 利用者及び職員の方に許可を頂いたのちに、写真撮影を中心に木工のと陶芸を中心に午後の活 動の様子について参与観察を行った。木工部屋では、工房まるの主力商品であるねこ形のキーホル ダーの作品概要と在庫について、オリジナル時計の制作過程における工夫と現状についての説明を 伺った。オリジナル時計は、制作の手順が誰でも時計を簡単に作れるように、ガイドブックが作成さ れていた。制作にかかる時間を記載する事で、作業の区切りがつけにくい利用者が作業をスムーズ に進める事ができるようにしていたことが非常に興味深かった。 [fig.35]また、工房まるの商品であ る billiy’s(ビリーズ)を制作する際に余ってしまう端材を活用するために、糸ノコが得意な利用者 が端材を綺麗にカットしそれ貼り合わせてをタイル状の作品にリデザインして活用するまでの制作の 試行錯誤の過程を共有していただいた。[fig36]工房で出た廃材を新しい作品として有効活用しよ うという試みはよし介工芸館でも多く話題に上るため、今後の福祉の現場でのものづくりで検討され るべき一つのトピックとなりうるだろう。 。陶芸部屋では、卵焼きを乗せるためのお皿やマドラーや蕎 麦猪口などの制作を観察した。粘土を扱いやすいように工夫された自助具が多数見受けられ、利用 者はそれら器具を使って制作を行っていた。 [fig37]また、毎日どのくらいの作品を制作するかとい
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うすごろく式の目標個数の管理シートの上に作品を並べながら制作を行うなど、スタッフによる楽し みながら作品を作る状況を可能にしたツール開発が随所に見られた。 - ワークショップ 1:工房まるについて分析結果の共有 - 場所:工房まる 野間のアトリエ(1F 木工の部屋) 日時:2017 年 9 月 19 日 16:30~ 参加者:工房まる職員(5 名) 春学期に水野研究会が行った分析の共有とそれに付随した提案を工房まるの職員に対して行っ た。最初に、本研究会が継続的に取り組んでいるよし介工芸館との共同研究によって開発されたよ し介ツールキットについて紹介を行ってから、分析結果の共有を行い、それに対してフィードバック や意見交換を行った。 主なフィードバックとしては cameo の利用について、作る材料も機材も揃っているが、形が決まって いない偶然のものとの相性がよくないのではないのかといった点から、今まであまり利用に踏み切 れなかったという事や、カットに時間がかかるため手切りという手段を選択していた事、また、もの づくり以外の販促も仕事一部として考えていくことや商品認知のため SNS の活用に対しても、現状 はやりたくてもどうやっていいのかわからないといった悩みを踏まえ、今後さらに検討していきたいと いった意見を伺うことができた。 [fig38] - リサーチ 2:写真撮影 - デザインフィールド:工房まる 三宅のアトリエ、野方のアトリエ 1F(木工の部屋 / 絵画の部屋 / 陶芸の部屋) 日時:2017 年 9 月 19 日 10:30 主に写真撮影と利用者や職員との会話を通した調査を中心に行った。 三宅のアトリエでは主に絵画の制作が行われており、こちらを利用している人の多くは個展を開 いたり、カレンダーの挿絵を描くといったデザインを各々の仕事として作品制作を行っている。また、 各個人がデスクを持っているといった、作品制作に集中できる環境が整っている。絵画作品が保存
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fig.38 工房まるについての分析結果をビジュアル化した資料 (fig30-fig34) を用いて共有した
fig.39 デジタルの特徴である複製、縮小/拡大機能をつかってパターンデータをつくる職員
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されているファイルを拝見する事ができたため、今後、線データ化などのデジタルとの組み合わせを 行う上でどのようにそれらと結び付けられるかといった観点で作品群の記録を行った。 午後は、野間のアトリエと三宅のアトリエから少し離れたところにある野方のアトリエへの参与観 察を行った。野方のアトリエは野間のアトリエから車で 40 分ほどの距離にあり、周辺に暮らしてい る人々が通っている。アトリエ内では絵画の制作が主に行われており、洋間と和室があり利用者は それぞれ好きな場所を利用して制作を行なっている。 - ワークショップ2:ファブ×福祉新しいものづくりの提案ワークショップ - カッティングプロッターの活 用を通じて - 日時:2017 年 9 月 20 日
fig.40 フリーソフトを使って画像トレースをする利用者。パスの連続で描かれた線画はファブ機材 を活用する上で素材となるベクターデータにもなりうる
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本ワークショップは工房まるの利用者であるけいすけさんの絵を原画とし、ファブ技術を使ってア イロンパーツの制作を通じ、実際にデジタル工作機械に触れ、利用する事で工房まるにて作られる 商品のさらなる展開を考えるきっかけを作ることを目的とした。利用機材は工房まるが以前から所有 していた silhouetteCAMEO で、水野大二郎研究会が前年度までに構築したよし介ツールキットを 作る際の作業工程に則ってタイムラインを設計した。 具体的には、スキャンしたデータの線データ化を photoshop と illustrator を用いて行い、保存形 式を変えて、silhouetteCAMEO 上で、CAMEO の刃や素材のカットの調節を行い実際にパーツの 切り出しまで行った。水野研究会のメンバーは終始プレゼンテーション形式でお手本を示しつつ、職 員のサポートに入るという形で関わった。 [fig.39] - リサーチ 3:写真撮影 - デザインフィールド:工房まる 野間のアトリエの家(1F) 1F(絵画の部屋) 日時:2017 年 9 月 21 日 12:30 初日にできなかった、野間のアトリエの絵画の部屋について写真撮影とスタッフの方の案内と利 用者さんとの会話を通じた観察を行った。絵画の部屋ではあるが、PC を利用して線画を書いている 利用者の方や[fig.40]小説や漫画を書いている人に実際に作品を見せてもらった。 中には福岡市の博物館の表紙に採用されているものや、全体の共有のスペースとは別に集中して作 品制作に取り組みたい人に向けた個人で作業できるスペースもあった。中には仕事(絵画制作)と 遊び(その他の事)を分け、場所によってやる事を規定している利用者の方もいた。 - ワークショップ3:2日間の振り返りと共同研究の提案 工房まるにおける今後のものづくりの可能性 - 商品開発アイディエーションを通じて立ち上がるオリ ジナルブランド - 日時:2017 年 9 月 21 日 16:30 ワークショップの内容としては、商品開発プロセスにおけるアイディア創出方法のレクチャーと実 践、意見交換、今後水野研究会と工房まるはどのような形で関わっていくかについての提案を行った。
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fig.41 アイディア創出のための強制発想法を用いたワークショップの様子
fig42 強制発想法で思いつくままにポストイットでアイディアを書き出したのち、そのアイディアを思 いついた経緯や商品の面白さなどを全体で共有した
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水野研究会メンバーが行った新規商品アイディアを参考資料として提示し、商品開発のプロセスに関 する知見の共有を行った。 具体的には強制発想法をもちいた、工房まるのリソース(作品)とファブ機材が持っている機能の 掛け算から新規商品アイディアを考案するという一連のプロセスを開示し、この方法に習って工房ま るのスタッフと共同で異なる機材に関するアイディア出しを行った。 [fig.41]レクチャーでは実際に 利用者さんのスキルなどを日々の業務を通じて把握しているスタッフならではの視点からのアイディア が数多く創出された。 [fig.42] 以上の 3 日間の視察を経て、半期を大きなくくりとして共同研究という形で連携を行っていく運び となった。現段階で予定されているのはアイディエーションのフェーズから機材のオンライン講習によ るレクチャー、最終的には商品開発までとなっている。 最後に、2016 年度から始まった工房まるへの調査、分析、共同ワークショップを経た活動のまと めを、本論の主題として掲げられているマルチステークホルダとの協働による設計プロセスにおける デザイナーの役割とは何か、クライアントワーク主体の仕事から主体性を伴う創作への変容はいか に設計できるのか、という観点から行う。 まず、マルチステークホルダーとの協働におけるデザイナーの役割としてあげられる活動は、工房 まるの現状を理解するためのエスノグラフィーの実施と分析結果をもとに具体的な連帯の議論のたた き台としての「提案書」の作成をおこない、3 日間のワークショップ内で利用したことであろう。 「提 案書」の構成内容としては「工房まるの分析結果と問題に対する提案」 「よし介ツールキットの作り 方とその構成について」「共同研究の連携に向けての具体的な提案」に関する事柄を文書やプレゼ ンテーションという形でまとめた。上記の「提案書」を工房まるとの共同ワークショップの中で使用 したことで生まれた効果は、議論の活発化を促し、工房まるが実際に直面している商品販売におけ る問題点などが明らかになった事、福祉×ファブの実践をすでに実現しているよし介工芸館の取り組 みを紹介する事で「もしも工房まるでやるのであれば…」といった、工房まるを主語としたアイディ アが出てきた事などがあげられる。更に、 最終日に開催されたアイディエーションの手法を扱ったワー クショップにおいては、アイディアを創出する手法の紹介という形の「提案書」を用いる事で属人的 なスキルとしてプロセスが不明瞭だった工房まるにおけるアイディア出しの手続き化の一助となるきっ かけ作りを行った。以上のように「提案書」は工房まるがファブ技術の意義を理解し、導入を検討 するプロセスにおける合意形成のツールとしての役割を持ち、 デザイナーはその「提案書」を作成し、 議論の場を設計する役割をになったと言える。
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また、クライアントワーク主体の仕事から主体性を伴う創作への変容はいかに設計できるのか、と いう点についても同様に、第 2 回工房まるへの視察で開催された 3 日間に渡るワークショップにそ の成果を見ることができる。 工房まるに参与観察の分析結果の共有のみを行うのではなく、3 日間に渡って徐々に職員が参画 するかかわりしろを増やしていくようなワークショップの設計を行なった。具体的には初日には現状 分析の共有とディスカッション、2 日目には実践としてのファブ機材(カッティングプロッターの利用) 、 3 日目には両日を踏まえたアイディエーションワークショップと具体的な連携の提案という構成であ り、3 日目においては、すでに具体的な商品のアイディア出しをスタッフが主体的に行う状況が創出 された。結果として、連携する事の決定以外にもスタッフの主体性を 3 日間という時間をかけて徐々 に引き出すことに成功した点が本ワークショップ開催のもっとも重要視されるべく効果であると言え、 その具体的なプロセスや構成要素が、人々の主体性を伴う創作への変容の設計の方法に対する成 果と言えるのではないだろうか。 また、今後の展望として「デザイナー」としての水野研究会が制作プロセスから離脱したのち、そ のプロセスと共に工房まるが主体的にファブリケーションツールの活用を通じた作品、商品制作を継 続して行っていけるような、持続的なシステムの設計を行っていくことが必要である。つまり、モチベー ション管理や福祉における新しい働き方の検討を主体的かつ持続的に施設スタッフが行える状況を 構築するための連携方法(具体的なレクチャーの内容など)を模索し、その形を共同によって明ら かにする事や連携の仕方として、通常業務を圧迫しないような連携体制の検討の必要があるため、 そのような観点から研究を遂行していく。
4. 結論と今後の展望 本章では 2 章の神奈川県よし介工芸館、3 章の福岡県工房まるでの 2 つの協働をふまえ、本論 の目的であった 1. マルチステークホルダとの協働による設計プロセスにおけるデザイナーの役割と は何か。2. クライアントワーク主体の仕事から、 主体性を伴う創作への変容はいかに設計できるのか。 以上 2 点について考察を試みたのち、今後の展望を述べる。
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fig.43 よし介工芸館のステークホルダーマップ
fig.44 工房まるのステークホルダーマップ
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結論 はじめに、どちらの実践にも共通して述べられるのは、複数の利害関係者が個別に抱える問題を 加味しつつ、その間を取りまとめる存在としてのデザイナーが求められた点であろう。よし介工芸館、 工房まる、 それぞれの利害関係者を整理してみると[fig43] [fig44]仕事をする主体としての利用者、 スタッフという位置付けがありながらも、ある側面では職員や利用者家族が仕事を「支援する」立 場として利用者にはたらきかける状況が発生していること。さらに、それぞれの関係者の役割や日々 の業務に加え、臨機応変に外部の関係者を巻き込みながら与える、与えられる関係性が複雑に絡 みあっていることから推測できるように、特定の関係者への決め打ちの解決策が状況の更新に直結 しないことはすでに初期参与観察の時点で明らかであった。つまり、この複雑な状況において我々 デザイナーがすべきはデザイナー主体による洗練された最適解を導き出すのではなく、仕事を作って いくプロセスのなかで施設内で誰が、どのように関わることで持続可能なビジネスモデルを構築して いくことが可能か、施設にすでに内在しているスキルや機材、コスト面など多面的な考察を含めた 検討をユーザーの参加を仰ぎながら検討していくことであった。 デザインの対象がこのような複雑な状況に向けられていることはすでに 70 年代にリッテルの Wicked Problem において言及されているが、インターネットや技術の台頭によって人やモノがつな がり、拡張を続けながら生成的に状況が複雑化していること、さらにそれらを取り巻く人々の役割や 属性が明確に定言できなくなってきている今日の社会を振り返れば、かつてリッテルが想像していた よりもはるかに状況は複雑になっているといえるだろう。 このような複雑さを増した問題をドナルド・ノーマン(Donald Norman)はそもそも物事の本質 や解決策を明確にとらえることが不可能な ”X” と名付け、その解決方法については著書 DesignX で 「複雑な問題を解決するためには問題を小さな単位に分割すること、そして漸進的に多様な利害関 係者と合意形成を図っていくことが重要である」と述べている。ここでノーマンがキーワードとしてあ げている「漸進的」という言葉について建築家の藤村龍至は「1. 現状の政策を肯定(修正・変更)し、 2. その問題点を一挙に解決しようとせず(漸近的解決)3. 実現可能ないくつかの選択肢から最適な ものを選択(限定合理的な選択)すること」と定義しているが、あえてここに期待されうる結果を付 け加えるならば、それは最小単位の合意形成を積み重ねていくことによってデザイナーとユーザー間 の意志のずれを生じさせることなく、最終的な満足度が担保される状況だといえるだろう。
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その点で、よし介工芸館で行った「作業工程チェックシート」の実施はデジタルものづくりにおけ る生産工程を細分化し、議論のたたき台としたことで、不安点を確実に潰しながら、解決方法やそ の手段を検討する上で有効に機能したといえるではないか。チェックシートを実施するにあたっては 事前に行った参与観察や派生型ものづくりワークショップも的確な議論の導入や、問題の文節を考 える上で重要な示唆になったといえる。 以上のことより複雑な問題に立ち向かう、あるいは立ち向かわざるを得ないデザイナーの役割と は問題を常にメタな視点で観察し、解決に向けた指針を参与観察やユーザーとのプロトタイプの試 作から模索し(あくまでもデザイナーができることは指針の模索であり、完全に捉えきることは問題 の性質上不可能なのだが)、それらを咀嚼しやすい最小単位に分解したうえで、ユーザーとの議論 の場を設計することであるといえるのではないか。 問題の分節化からユーザーとの議論を持ちかけるに至るプロセスは、工房まるでの 3 日間にわた る「提案型ワークショップ」で得られた職員の能動的なものづくりへの姿勢からも明らかなようにク ライアントワーク主体の仕事から、主体性を伴う創作へとシフトするうえでも同様に重要であるはず だ。議論の場を共にすることは、 単にそこで得られた声が問題解決策の一部となるだけではなく、 ユー ザー自身の動機付けを促し、 「利害関係者が自らの意志でデザインに「参加せざるをえない」状況、 「参 加したい」状況」 [水野 ,2014] 、ひいては持続可能なビジネスモデルの構築を可能にするだろう。 展望 本研究は 2014 年から始まり、2017 年に至るまでの 3 年間、施設の職員や利用者の主体性を結 びつけた持続可能な働き方の構築を目指してきた。今後はそれらをより広く、持続的な強度を増し た状況として全国展開させていくことを目指して職員の働き方の設計に重視したリサーチとその実践 を行っていく。デジタルファブリケーションを伴う「新しい仕事」と通常の「福祉業務」との折り合 いの融合と住み分け、商品を実際に売り出す際のビジネスモデルのデザインがその対象となる。 奈良県「たんぽぽの家」や香川県生活支援センター「サンサン」などすでに仕事と業務の両立 を成功させている全国施設への参与観察を行い、それら仕組みの分析からよし介工芸館や工房まる、 新規の遠隔ものづくりの連携において必要な要素を明らかにしていくと共に、引き続き今日の複雑な 状況に対するマルチステークホルダを包括したデザイン設計論の考察を進めていきたい。
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5.Abstract The aim of this study is to lead persons with disabilities to improve their wages through the effective usage of digital machine tools, to promote social recognition on disabled people by internet service, to make helping staff and people concerned more stress-free and fulfilled with their work, and to support creating jobs by themselves. These are the new systems in the aspect of Research Through Design. To explore the process of designing new ways of employment due to the digital fabrication technologies edge into welfare facilities, the main text shows 1. The role of the designers in the co-designing process among multi-stakeholders 2. Examine how client centered work can be transferred to proactive creative activities. To clarify these two points above, based on the historical transition of the design research, we examined the potential of introducing the user initiative participatory design method by development the “Yoshisuke Tool Kit” with Yoshisuke Art Center in Kanagawa and the practice of “distant fabrication” with Maru Art Center in Fukuoka. To create a successful co-working model in the complex multi-stakeholders relationships, we first conducted a participant observation. Then we built a consensus by sharing tools and a place for discussions step by step. The progressive process of designing that we came up with, not designer lead design but the methods “Design with People” or “Design by People” underlies, has a potential to give user independence and motivation from designers sustainably. This research set the target at “Extreme minority users”, people with impairments. Though, these ideas can be effectively expanded to majority from a perspective of suggestions and problem finding through the ideas of user centered participatory environment we got from the investing of the innovative employment creation. From now on, we are going to conduct a research on existing vocational aid centers which have already brought the combination of daily work and achieving new business model successfully in Japan. Through these act we are going to focus more on designing the facility staff’s “Ways of work” and strengthen the sustainability of these systems.
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6. 参考資料・参考文献リスト
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