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Snow

Alpine

VOLUME TWO

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残されたもの 42 ページ

木そのものは話す ことも、自己に ついて書き残すこと もできない。だから 私たちがそれに重要 性を与えなければ ならない。木々は つねに私たち人間 よりも、高く、大きく、 長く立ちはだかる 存在だけれども。 ツリーライン 8 ページ

前の見開き:スプレー・シェイパーとして知られるワジ、最新作の 「ヒゲから最初に」を披露。北海道 G A R R E T T G R O V E

構想と大胆さと バランスを重視する クライミング自体が、 技術的な解決策と 逆の方向へ動く。 氷上の人生 64 ページ


既存の課題や グレードにとらわれず、 自分自身の感性で ラインを見出して トライする面白さ がある。

Sportswear

Activism

NOVEMBER 2018

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17日の夜になってもサーモンが 来なければ、森を抜けて 暗闇のなかに立ち、耳を澄ます。 川が教えてくれること 86 ページ

好きなように 70 ページ

ブルース・ヒルを偲んで 90 ページ


ツリーライン 木々は私たちの最長寿の仲間です。彼らは時間の流れを記録し、根を通してメッセージを発信し、 日陰や避難所や積雪を支えるなどの手段を通じて、地域社会を形成しながらある種の安全と、 自由を与えてくれます。 『Treeline(ツリーライン)』はそんな木々についての新しい映画で、日本、 ブリティッシュ・コロンビア、ネバダの3 つの素晴らしい森で過ごす、山を愛する人びとを紹介します。 本誌には 『Treeline』の製作現場からの手記や写真のいくつかを掲載。 上映ツアーは今秋パタゴニアのストアで開催されます。

木々は人間の存在と結びついている。信仰を通じて、戦 時には私たちが守るべきものを象徴して、期待と希望を分 かち合う。私たちの歴史に根を下ろし、その伝説的な物語 は世界中に存在する。たとえばインドのゴータマ・ブッダの 菩提樹の下では、シッダールタ王子が悟りに達してブッダと なったと言い伝えられている。オレゴン州ポートランドにあ るウィッシング・ツリーというセイヨウトチノキには、地元の 住民や旅行者の願いが書かれた紙が、やがて風雨で散り散 りになってしまうまで枝に結ばれている。爆心地からたった 3 キロメートルのところにあった庭で広島の原爆を生き延び たヒロシマ・サバイバーは、世界最古の盆栽のひとつでもあ る。ジュリア・バタフライ・ヒルが 1997 年から738 日間を 樹上で過ごし、パシフィック・ランバー・カンパニーによる * 伐採から守った沿岸性レッドウッドはルナと呼ばれている。

しかし木そのものは話すことも、自己について書き残すこ ともできない。だから私たちがそれに重要性を与えなけれ ばならない。木々はつねに私たち人間よりも、高く、大きく、 長く立ちはだかる存在だけれども。樹皮で覆われ、節くれ

立ち、地中深くに根づいた彼らが私たちの仲間であると気 づくだけで、必然的に謙虚さが生まれる。 冬に森を旅すると、木々の住処や社会を通り抜けながら、 私たちは彼らの生活や生態系にみずからを織り込む。だが 私たちは自分の物語は語っても、彼らの物語はあまり語ら ない。私たちと木々の共通点は何か。彼らの存在を認識す るだけでいいのだろうか。そのような意思表示だけで、この 森の一族と共生していると、いえるのだろうか。 木々のあいだをスキーやスノーボードで滑るのは、高山の 積雪状態が不安定になる冬の時期には救いであり、純粋な 喜びである。午後 3 時半に日が暮れる12 月にパウダーを楽 しみながら、1日中フードをかぶってカバノキやトウヒ、ス ギやマツのなかを抜け、ジャンプするためのピローを見つけ ては歓声を上げる。森は目がくらむほど開放的な遊び場に も、同時に安全な避難所にもなり得る。森を滑るとき、私 たちはつかの間の機会を得る。木々は私たちにどう影響し、 冬を愛する私たちの生活についての考えをどう改めるか気 づかせてくれるための。

BY モーリー・ベイカー

左:「Y」の中か、それとも「X」の上か? ニセコを離れ、秘密のスポットで遊ぶアレックス・ヨーダー。北海道 前の見開き:日本の公用地に生える多くの木々は、若木の頃から非常によく手入れが施され、 複雑に枝をからませるこのマツのように、独特の美観を作り上げる。山形県 写真すべて:G A R R E T T G R O V E

* 出典: 『Wise Trees』Diane Cook/Len Jenshel 著(2017, Abrams, New York)

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地元で育った 語り B Y リア・エヴァンス

私はブリティッシュ・コロンビア州ロスランド

たら飽きると思う人もいるでしょう。でも地元の

で、ツリースキーをしながら育ちました。まだ

森を旅していると、森の隅々まで満ちている活力

ずっと若かったころ、タホから来ていた女の子と

に目が覚めるようです。苔は垂れ下がり、巨大な

一緒にスキーをしていて、森で彼女を見失ったこ

スギの幹は木漏れ日に銀色に照らされ、まるで

とがありました。彼女と合流できたとき、 「地元

内側から輝いているよう。新しい発見が毎日あり

では、森のなかでなんてあまりスキーしないから」

ます。

と言われた私は、スキーってこういうものじゃな いの?と思いました。私にとっては森は安全な場 所です。

昨冬レベルストークでは4か月ほど雪が降り つづき、そのおかげで普段はさほど積雪のない、

上:ブリティッシュ・コロンビア州レベルストークから近い、 マウント・マクファーソンの滑降ライン「ウーム」の底で、 スギの「母樹」に歩み寄るリア・エヴァンス。森林生態学者 のスザンヌ・シマードによると、母樹は周辺の森に栄養分を 送り、木々のネットワーク全体の回復力を向上させるという。 左:スギの老齢樹のあいだをターンしながら巧みなポーズを 決めるエヴァンス。樹齢 120 〜 250 年というこれらの老木の なかでスキーをすることは、積雪の標高が上がりつづける ブリティッシュ・コロンビアでは稀になっている。

スギが群生する低地でも、スキーができました。

世界中の素晴らしい土地でスキーをするとい

スギの老齢樹は低地に生えているため、通常は

う幸運に恵まれている私ですが、地元のレベルス

山に登るときに通り過ぎるだけ。雪が低地に降っ

トーク周辺の山々(モナシーズやセルカーク)に

たとしても、木々の周辺の雪はすぐに解けてしま

は新たに私をつなぎとめ、地に根を下ろさせる何

うか、あるいは枝葉が茂っているので、スキーが

か特別なものを感じます。同じ場所に行きつづけ

できるほど降り積もることはありません。

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でも昨年の冬は特別でした。この賢い老齢樹

木を植えたら、それが育つ様子を観察したい

たちのあいだを縫うように、シールを貼ったス

と思うでしょう。そしてその木と一体感をもちた

キーで登りながら、そして滑り降りながら、私た

いと。老齢樹は私が植えたわけではありません

ちは彼らと対話することができました。彼らはス

が、彼らとは家族であると感じます。彼らは私自

キーのリズムに美しいパターンを添えてくれます。

身の歴史、そして私がどこから来たのかを思い出

老齢樹のまわりには何も育たないので、流れるよ

させてくれる存在なのです。ブリティッシュ・コ

うなダンスのごとくスキーができる空間がありま

ロンビアで暮らすスキーヤーの生活では、山の

す。力強い演説のなかの巧みな間のように、こ

なかで多くの時間を過ごし、木々とつながること

れらのスギの側を滑ると内省する瞬間が与えられ、

ができますが、だからといって自動的に彼らを理

そしてまた現実に呼び戻されます。ターンの合間

解することができるわけではありません。木々は

に木々を発見する時間があるのです。

人間の保護を必要としていると思います。彼らの 存在を真から理解したい人を。木々と一緒にいる と、故郷に帰ったように感じる人を。

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リア・エヴァンス

パタゴニア・スキー・アンバサダーのエヴァンスは、 裏山でピローに突っ込んだり、女性のためのフ リースキーキャンプを指導したり、シール登高中 友人たちにおやつを作っていないときは、ダンス フロアで踊っているか、地元の木を崇拝している。


上:「完璧なコンディションの『ベグビー・ショルダー』から 道路まで何日も滑った」と語るエヴァンス。「私が 1 シーズン に経験したなかでは一貫して最高の雪だったと思う」 ブリティッシュ・コロンビア州レベルストーク 左: 「ベグビー・ショルダー」を何度か滑ったあと、木材運搬車 やスノーモービルを積んだトラック、町へ戻る他のスキーヤー たちと通りをシェアしながら車へと戻る 3 〜 4 キロメートルを 歩行中。ブリティッシュ・コロンビア州レベルストーク 左ページ:ブリティッシュ・コロンビア州レベルストーク から近い内陸部の温帯雨林で、過去に伐採された区域を 通過しながら、切り株と新しい木々の間を滑るエヴァンス。 スギの老齢樹の多くはチェーンソーの攻撃に耐えた傷跡を 残し、生き延びるものは少ない。

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芯となるもの 語り B Y 玉井太朗

北海道のニセコを滑るということは、木々のあ

とだと考えている。たとえば速く滑る、あるいは

いだを滑るということだ。その樹種はダケカンバ

勝つために滑るのであれば、素材に糸目はつけ

という、バーチ系の固いよじれ曲がった木。横に

ないだろう。この世にはさまざまな素材があるが、

不規則に手を広げた広葉樹で、その枝ぶりと不

木の乗り心地に勝るものはない。木は僕たちの

規則な配列がライダーの個性を引き出してくれる。

生活に不可欠な身近なもの。だから色々な木を

この森は決して急とはいえないテレインで、それ

芯材として使用し、乗り心地の違いを楽しむこと

はたとえば、自由自在にカーブの弧を変えられる

ができる。木を使う以上、無駄なものは作らない。

テールボトムやサイドカーブのデザイン、そしてコ

僕は使い捨てのボードなど作りたくはない。

ンケーブ地形でのトランジションへのアプローチ をスムーズにするのに必要なノーズロッカーなど、 僕のブランドである Gentemstick(ゲンテンス ティック)のボードデザインにも大きく影響した。

僕がいま、いちばん気に入っている芯材が採れ る森がある。森のなかを渓流が貫き、美しい朱 点が見事なアマゴという魚が泳いでいる。その 森に、一般の立ち入りが制限されている特別な

ほかにもさまざまなアイデアが生まれ出てきた

場所がある。徳川家康が各地に次から次へと城

が、僕は滑りの究極の目的は自然と同化するこ

を建てた時代に大量のヒノキが必要となり、その

左:「どの森にもその森を治める強い木がある」と語る 玉井太朗。「たとえその木を見つけ出さなくても、その存在は 感じることができる。出逢うべくして出逢ったときは、ただ 無言で見守ってくれているということを受け入れる」 右:日本固有種のスギがそびえ立ち、戸隠神社へとつづく この杉並木の参道には、東京からも樹木愛好家が訪れ、 そこを歩きながら自然への敬意を払いつつ、守護を祈願する。 長野県

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上:鳥居の先の神社で儀式を行う神主。鳥居は人間の世界と神の世界の境を示す。北海道 右:羊蹄山の山麓で自然のクォーターパイプを利用する玉井。北海道

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僕は滑りの究極の目的は 自然と同化することだと 考えている。

ために皆伐された場所だ。だが大切に管理され

のきの里」の上松町の皆さんのご好意で、その

玉井太朗

てきたその森には、大規模な伐採直後から、樹

間伐材のなかでも縦に継ぎ目がなく、コブも節

齢 300 年の木が集まった。そこはまた、2000

もない、贅沢なストレートな材をまるまる使わせ

年の歴史を誇る伊勢神宮の式年遷宮(20 年に一

ていただいている。ヒノキの継ぎ目のない美し

度建て替えられる儀式)に使われる特別なヒノキ

い一枚板の芯 材により、木々のあいだを滑ると

の森でもある。僕の使用するヒノキはこうした地

きに素晴らしい乗り心地を味わうことができる。

域で伐採される若い木だ。ヒノキはある程度若

Gentemstick のボードが体現するのは、僕が自

スノーサーフィンの開拓者として知られている玉井 の、自然と調和する生き方に注ぐ情熱は、彼が 東京の喧騒から山や海へと逃避していた子供時 代からのもの。現在は家族とともにニセコに暮ら し、近くの山や森で雪のうねりを感じながら瞑想 している。

い木の方がしなやかさが残っていて、スノーボー

然と森の声に耳を傾けて築いてきた哲学だ。

ドの芯材としては有力なのだ。この森のある「ひ

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不法侵入 語り B Y ギャレット・グローブ

ロサンゼルスからラスベガスを通り抜け、アメ

2 日目は吹雪いてしまった。3 日目にはインド

リカで最も孤独なハイウェイをネバダ州イーリー

から帰国したばかりのカーストン・オリバーが合

へと向かっていた。ネバダの高地に位置するグ

流したが、その日の1,500 メートルの登りの途中

レート・ベイスン国立公園に広がるブリストル

でひどく体調を崩し、ノンストップで嘔吐と下痢

コーン・パインの森でのスキーと撮影の旅のため

を繰り返した(インドの旅仲間がすでにコレラの

だった。その 8 日目が終わるころには体調を崩し

診断を受けていたので、彼もそうではないかと思

て疲れ果て、収穫はなく、やや動揺しながら退散

われる)。ジョーダンと僕はブリストルコーンを目

することになるのだが。

指して登りつづけ、数時間何もせずに木々を眺め

初日、 海 抜ゼロの 土 地 からやって 来 た 映 像 作家のジョーダン・マンリーと僕は、高山病に

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て立っていた。寒く、風も強く、すべてが霜で覆 われていた。

なったと信じ込んでいた。イーリーの町の標高は

この地 域のブリストルコーン・パインは 樹 齢

2,000 メートル近くあり、3,553 メートルのマウ

1000 年から 3000 年にもなり、彼らの生 涯で

ント・ワシントンの山頂までハイクアップしてブ

起きたはずの出来事について考えると目からウロ

リストルコーンを見つけたときの僕らの体調は最

コが落ちる気分だ。彼らは数千年にわたって佇ん

悪だった。だがこの不調は、これらの木々が育

できたその山で、たかだか過去 150 年のあいだ

つ厳しい気候に体の調子を整えて慣れさせるため

にその下に広がる谷に移住してきた人間と、そし

の、一時的なものだと考えていた。僕らはその後

てその人間たちが鉱物の採掘をはじめた様子を

スキーで下山し、惨めな状態で床に就いた。

辛抱強く見てきたのだ。数十年でそうした坑道は

上:マウント・ワシントンの山頂に立ち、眼下に広がる牧場や 風力発電所、乾燥した砂漠を見渡すカーストン・オリバー。 ネバダ州 右:グローブ、マンリー、オリバーの 3 人が「オールド・ フレンド」と呼んで崇拝したこの 2 〜 3 メートルのブリストル コーンは、周囲に他の木々もなく吹きさらしであることから 傷だらけで、その根のほとんどは地表に露出している。


左ページ(上下とも):この 2 日前は完全に茶色だった森 の地面に、急速に移動する嵐がもたらした適度な雪により、 冬期にはめったに探検されないグレート・ベイスン国立公園 へと撮影隊がスキーで潜入することができた。ネバダ州 ホワイト・パイン郡 左:ブリストルコーンの呪いか、それともコレラか? 旅の最終日にも謎の病魔と闘いつづけたオリバーは 脱水症状になり、40 分おきに休憩するか、嘔吐や下痢を 繰りかえさねばならなかった。

廃れ、いまでは風力原動機が、忘れ去られてい

ンと僕が患っていたのはおそらく高山病ではな

ギャレット・グローブ

たその平らな地形に広がっている。

く、イーリーで開店していた数少ないレストラン

太平洋岸北西部出身のグローブは、インスタグ ラムのアカウントをもたない世界でも稀な写真家 のひとり。その代わり、彼の作品はスケート雑誌 から『The New Yorker』までさまざまな媒体に 登場するが、真のワシントン州民の誰もがそうで あるように、雪に覆われた山々の姿をとらえるこ とに根差しつづけている。ここに掲載の写真は、 映画『Treeline』を補佐しながらグローブが撮影 したもの。

あの森にいると、時間の流れが変わった気が した。早くなったのか遅くなったのかはわからな い。わかっていたのは、僕らは彼らの領域にい たということ。僕らが腰を下ろしていた場所から 眼下に何キロも広がる谷には、セージやセイヨウ ネズがまばらに散らばっていた。一面茶色の、乾 いた風景。ブリストルコーンと一緒に山上にいる と、人間の社会や「知識」から切り離された不変 の世界から、悟りを開いた目で見ているような感 覚だった。 そうしてただ座って眺めていた数時間、僕は 冬にこの木々の隣に立ったことがある人間はどれ くらいいるのだろうかと考えた。3 月はもちろん、 実際はどの時期であっても容易に来ることのでき る場所ではない。この森は荒野の真っただ中に ある。木々はどうやって生き延びるのだろう。こ こに土はなく、岩だらけだ。何に根を下ろしてい るのだろう。どこから栄養を取っているのだろう。 ここには穏やかな季節などない。残酷なまでに 暑くて乾燥しているか、雪や風をともなって極度 に寒いかのどちらかだ。 打ちのめされた僕らの小隊は、4 日間で 12 個 のトイレットペーパーを使い果たした。ジョーダ

のどこかでもらった食あたりだろう。インドの病 魔と何日も闘いつづけたカーストンの、雪の上に 横たわった顔は白く、唇は青かった。皆何とか 頑張りつづけようとしたが、やがて感じはじめて いた。僕らはそこにいるべきではない、スキーの 撮影をすべきではない、と。人間、とくにスキー ヤーは、ブリストルコーンの風景のなかではどう にも異物のように写ってしまう。僕たちの物語を これらの木々に押しつけるのは気が進まなかっ た。そこで僕らは終わりにした。そこにいた 8 日 間で僕が撮った良いスキーのショットは、たった の1枚だった。 僕がスピリチュアルな人間でないのは明らか だ。けれども1本のブリストルコーン・パインの 写真を撮った瞬間、ひどく動揺したのを覚えて いる。その夜眠れずにいた僕は、あの木が僕ら に去れと言っていたような気がした。そして同じ メッセージが、夢のなかでも繰りかえされた。い まその写真を見ても、その夢の記憶は鮮明によ みがえる。そこはいつでもものすごく静かで、ま るで現実の世界のことのようで、ブリストルコー ン以外何も存在しない。薮も他の木々も、野生 動物も、スキーヤーも。

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事実に根差す 樹木が直面する課題は、私たち人間が直面する それと多くの場合同じであり、オゾン層破壊や 森林伐採の影響、急速な気候温暖化などはその 数例でしかありません。菌類のネットワークを通じて 木々が意思疎通できることを20 年前に発見した、 カナダの生態学者スザンヌ・シマードのような人びと からこの無言の仲間について学ぶにつれて、彼らが 私たちを助けるように、私たちも彼らを助けること ができるようになります。 編纂:クリス・カッサー

2 億年 「現存する最古の樹種」である ギンコビロバ(別名イチョウ)の歴史。

8 メートル 樹木が成長する以前の地球の化石記録 に基づいた、ある種の菌類が到達する ことができた高さ。

46 センチメートル この深さにほとんどの樹根が存在する のは、そこが成長に最も適した条件を 備えているからです。


11 キロメートル ひとつまみの土に含まれている菌糸体の長さ。菌糸体とは 菌類のフリーウェイのような、管状の菌糸の集合体のことで、 これが樹根にからまることで木々が互いに必要なものを伝え、 栄養分や警戒の信号を送ることが可能になります。 こうした菌糸の管は、どれも人間のまつ毛1本の 10 分の1の幅しかありません。

11トン

ブリティッシュ・コロンビアのクートニー南部にあるような 温帯雨林 1 ヘクタールにつき、毎年大気から除去される 二酸化炭素の量。山火事の影響により、ブリティッシュ・ コロンビアの森林はもはや例年通りに炭素を隔離する その役割が果たせなくなっています。

50 パーセント 半数の樹木の根は通常深さ15 センチメートルの 表土で成長し、深さの不足は横方向に 広がることで補います。

378.5 リットルの水 オークの大木 1本が、1日で摂取する量。 セコイアの大木は1日に1,893リットルの 水を摂取することもあります。

80 パーセント

木の栄養分が、その地下に存在する (菌類を含む、根や微生物の) 群落へと送られる割合。

850 人の命 アメリカ合衆国だけで毎年、大気汚染とそれにまつわる 疾患を削減する都市樹林によって救われる人の数。 それは総額 68 億ドルの医療費が節約されて いることも意味します。

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本の母樹 それは、1つの森の何百本もの 幼木とつながっていることもあります。

過去に伐採が行われたここ羊蹄山の麓では、次世代のマツの若木が 雪の上に頭を伸ばしている。北海道 G A R R E T T G R O V E


Garrett Grove

ニセコの小さな町の外にある、誰もいないこの温泉宿が 証明するように、2017 〜 18 年の冬は過去十数年間で 最も積雪の多いシーズンのひとつだった。この日の朝、 地元の伝説的なスノーサーファーである玉井太朗は近隣の お気に入りのバックカントリーエリアへ車で出かける前に、 自宅の屋根に限界まで積もった雪を下ろすことに費やした。 GARRE T T GROVE


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SNOW

リサイクルに夢中 パタゴニアはスノー業界にリサイクル素材への移行という挑戦を投げかける 以前に、私たち自身の考え方を変えなければなりませんでした。 衣料品が及ぼす影響を減らす方法はたくさんあ

油ベースの素材を、毎分何メートルという速度で

りますが、それをリサイクル素材で作ることほど

織り上げていました。かなり気分の悪くなる光景

重要なことはありません。そうすることで素材が

です」ウィットマイアはそこで、もっとできること

埋立地行きとなることを防ぎ、悪天候に対応する

があると気づきました。だから私たちは今シーズ

ナイロンやポリエステル(パタゴニア製品を含め、

ン、パウスレイヤーのリサイクル素材の基準をス

皆様が着たことのあるあらゆるスキー/スノー

ノー製品のコレクション全体に広げることにした

ボード用ジャケットに使用されている素材)など

のです。

の原料となる石油の需要を削減するからです。皮 肉にも、私たちがバージン素材以外の代替品に ついて検討するときはいつでも、基本的にイチか らやり直さねばなりませんでした。

この過程で失敗があったことに、疑いの余地 はありません。スキーエッジやクランポンとの接 触で起こりやすい損傷を想定し、生地に小さな 切り込みを入れてさまざまな強度を試す引裂試

問題は科学的なことではなく、 「リサイクルさ

験機にかけると、私たちの希望よりも、たやす

れた代替素材には健全な需要が存在する」と、パ

く裂けてしまう素材もありました。あるいはベル

タゴニアのパートナーたちを説得しなければなら

クロテープのザラザラした面を激しく擦りつける

ないところにありました。しかもその機能性には

摩耗試験機にかけると、ボロボロになってしまう

一切の妥協は許しません。 「スノー業界はリサイ

素材もありました。私たちがリサイクル素材で作

クル素材に対して懐疑的な固定観念にとらわれて

るスノー用シェルはどれも、バージン素材で作ら

いたので、私たちは長いあいだやってみようとも

れたものと同じ耐久性を備えていなければならず、

思いませんでした」と言うのは、パタゴニアのシ

そうでなければ世には送り出しません。

ニア素材開発者であるパーシャ・ウィットマイア。 おおらかでありながら断固としたウィットマイア は、他人の考えを変えようとするときには重宝す る性質の持ち主です。いざそれを試してみたとき、 彼は消費財廃棄物から作られた素材を扱うのは さほど難しいことではないと気づきました。彼が 開発に貢献した新しいパウスレイヤー・ジャケッ トは100%リサイクルされた表面素材のゴアテッ クス・プロ・ファブリクス(この種では初)を使用 し、昨年市場に登場して以来、バックカントリー スキーヤー/スノーボーダーのお気に入りとなっ ています。しかし、それはほんの1 製品の、非常 に特殊なジャケットに限られたことでした。 「本当にパンチを食らったように感じたのは、 世界でも最大級のテキスタイル生産地を訪れたと きでした」と、ウィットマイアは語ります。 「たっ た1か所の工場で、何千もの紡績機が、新しい石

今秋のパタゴニアのスノー製品は、人気のパウ ダー・ボウル・ジャケットを含む 77%がリサイク ル素材を使用しながら、こうしたテストに合格し ました。これにより、より多くのペットボトルや ナイロンが廃棄物という流れから救われ、私たち が製造するスノー製品に再利用されたことになり ます。いまや、かつてはゴミとされていたこのよ うな素材が豊富に入手できるようになり、業界を 変える可能性が訪れています。私たちはまた、他 のブランドもリサイクル素材を使いはじめてくれ ることを願っています。 「アイデアがたしかなものならば」と、ウィット マイアはつづけます。 「それを実現することはで きます。道が私たちのために切り開かれているこ とは稀ですが、私たちはよろこんでそれを切り開 きます」

雪のスウェルでサーフィンをするアレックス・ヨーダー。北海道 G A R R E T T G R O V E

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SNOW


「機能性のテクノロジーは頂点に 達しています。現時点での真の 革新とは、環境に害を与えない 製品を作るということです」 パーシャ・ウィットマイア シニア素材開発者

パウダー・ボウル・ジャケット 滑降の合間に体が冷えるのを防ぐ、頑丈で長持ちする防水性 /透湿性/防風性ジャケットです。丈夫ながらもすっきりとし たスタイルで、執拗な嵐の中にいるときは、重要な快適さと 温かさを提供。表面素材にリサイクル・ポリエステル100% を使用した新しい 2 層構造のゴアテックス・ファブリクスを 採用し、湿雪や凍雨を弾くDWR(耐久性撥水)加工が、悪天 候に対する防御をさらに固めます。

製品の詳細 2 通りの方法で調整可能なフードはヘルメットの着用に対応し、 高めの襟とつばを備え、冷たい吹雪の中でも首と顔を保護 調節可能なパウダースカートは、雪しぶきや冷気の浸入を防止 (ウェビングのループでパタゴニアのスノー製品のパンツに 取り付け可能) ポケットは前腕にスキーパス用が1つ、胸に1つ、内側に 2 つ、 ハンドウォーマーが 2 つ付き、パックを携帯しない日の必需品 を収納 内蔵されている RECCOリフレクターは、雪崩の中で着用者の 捜索を可能にする信号を反射(雪崩ビーコンの代用となるもの ではありません)

ウィメンズ・パウダー・ボウル・ジャケット ¥51,840(税込) I 31408 I XS-XL I レギュラー・フィット I 814 g (28.7 oz) メンズはウェブサイトでご覧ください

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SNOW

「今シーズンのパウスレイヤーに対する アプローチは簡素化と洗練。目的の ない余分な生地を取り除くことで、 ジャケットの重量と、スノー製品 ライン全体に使用する素材を減らす ことにつながりました」 エリック・ウォリス スノー製品ライン・マネージャー

パウスレイヤー・ジャケット パタゴニアのスノー用ジャケットの中で最も軽量でコンパク トに収納可能なパウスレイヤー・ジャケットを、バックカント リー・ツアリングのために最適化しました。変わりやすい状況 下で激しい運動をともなう日々に、パタゴニアのスノー製品で 最高レベルの悪天候対応型プロテクションを提供します。3 層 構造ゴアテックス・プロ・ファブリクスは表面が100%リサイ クルされた素材で、防水性/透湿性/防風性プロテクション の頂点を極め、さらに DWR(耐久性撥水)加工が耐久性を高 めながら、ぐずついた天候下で水分の浸透を防止します。

製品の詳細 深い雪の中で体を守る、やや長めの裾を備えた洗練されたフィット ピットジッパーは登高を繰り返す際も熱をすばやく発散。 山岳ガイドによってデザインされたチェストポケットは、バック カントリーでの必需品を収納 2 通りの方法で調整可能なつば付きのフードは、ヘルメットの着用 に対応し、視界を確保。コヒーシブ・システムを採用したフードと 裾の埋め込み式のコードロックは、パーツのブラつきを解消 調節可能なパウダースカートは、雪しぶきや冷気の浸入を防止 (ウェビングのループでパタゴニアのスノー製品のパンツに 取り付け可能) 内蔵されている RECCOリフレクターは、雪崩の中で着用者の 捜索を可能にする信号を反射(雪崩ビーコンの代用となるものでは ありません)

メンズ・パウスレイヤー・ジャケット ¥89,640(税込) I 30305 I XS-XL I レギュラー・フィット I 547 g (19.3 oz) ウィメンズはウェブサイトでご覧ください

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SNOW

同調して 伸縮性と通気性に非常に優れ、 驚くほど広範囲の気温と状況に 対応するこのコンビは、併用しても 個別に着用しても完全に機能。 ナノエア・ライト・フーディ 対応範囲の広いミッドレイヤーとして製品テスターのお気 に入りとなったナノエア・ライトは、最も激しい運動を要 する山のアスリートとその目標のために作られました。従 来のナノエアと同じように動きを妨げない伸縮性を提供し ながら、インサレーションの使用量を 3 分の 2 に抑えるこ とで通気性が 75%向上。軽量ながら丈夫なリップストッ プ・ナイロン100%のシェルと平織りの裏地はいずれも DWR(耐久性撥水)加工済みで、メカニカル・ストレッチ 織りによる優れた伸縮性と抜群の通気性を発揮。保温性 を提供する革新的な 40 グラム・フルレンジ・インサレー ションも伸縮性を備えています。

製品の詳細 すばやいベンチレーションと容易なレイヤリングが可能ながら、 腕と腹部はすっきりとした着心地の、長めのフロントジッパー とフードを備えた無駄のないプルオーバーのシルエット 摩擦の要因となる肩と背中の縫い目をなくし、快適さと伸縮性 を促進するよう技巧を凝らしたカット エラスティックの縁取りを施して伸縮性を備えた、シンプルで 温かいフード 左胸の外側にジッパー式ポケット付き レイヤリングしてもかさばらないよう仕上げたバリアブル・ コンディションズ・カフスには、水を吸収しにくく摩耗に強い ストレッチ織り素材を、慎重に選んで採用

メンズ・ナノエア・ライト・フーディ ¥34,020(税込) I 84280 I XS-XXL I スリム・フィット I 309 g (10.9 oz)


キャプリーン・エア・フーディ キャプリーン・エアはパタゴニアの製造史上、最も先進 的なベースレイヤーです。他のどのベースレイヤー製品 よりも幅広い範囲で温かさと快適さを提供し、濡れても 保温性と速乾性を備え、連日着用しても防臭効果を発揮。 ニュージーランド産のメリノウール 51%とキャプリーン・ リサイクル・ポリエステル 49%の通気性に優れた混紡素 材は、ソフトで軽やかな肌触りで、体の動きに合わせて 自然に伸縮します。

製品の詳細 肌触りがソフトで体の動きに合わせて伸縮する素材 ウェア全体に縫い目のない 3-D 構造を採用することで、摩擦 の要因を解消するとともに生地の無駄もほぼ皆無 襟が高めで縫い目のないフードは、保温性を高める立体形状 仕上げ ソフトで伸縮性を備えたエラスティックを袖口と裾に編み 込み、長期の使用において弾力性と快適さを向上 男女それぞれに異なる質感のニットを採用し、保温性と 通気性を同時に実現 高品質のメリノウールとキャプリーン・リサイクル・ポリエ ステルを混紡し、保温性を高めると同時に吸湿発散性と 耐久性と速乾性とのバランスも向上

ウィメンズ・キャプリーン・エア・フーディ ¥19,980(税込) I 36505 I XXS-XL I スリム・フィット I 164 g (5.8 oz) メンズはウェブサイトでご覧ください


写真:G A R R E T T G R O V E

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SNOW

ディセンジョニスト・パック 32L パタゴニアのアルパイン用パック「アセンジョニスト」のスキー/ス ノーボード用バージョンです。容量 32リットルという中型のディセ ンジョニストは、バックカントリー・ツアリングを目的として作られ たパックで、登高では身軽に動けるデザインながら、壮大な滑降に 対応するためのアバランチギアを収納するスペースも設けています。

ディセンジョニスト・パック 32L ¥22,140(税込) I 48170 I S/M, L/XL I 1,040 g (2 lbs 4.7 oz) 40L はウェブサイトでご覧ください

本物:リアの私物であるこのディセンジョニスト・パックとスキー ツアリングの必需品すべては、シール登高する彼女とともに、 ブリティッシュ・コロンビア全土のトレース上で毎日のように 使われています。 34


パッキングの実例 ロジャーズ・パスでのスキーツアリング ブリティッシュ・コロンビア州 レベルストーク レベルストークのバックカントリーでの日帰りスキー ツアリングは、のんびりしたものから、あとにならない と笑えないような過酷なものまでさまざま。だから 私はパックにはいつも基本的なギアと、不本意にも 帰路でヘッドランプが必要となる日のための、 たくさんの手作りのおやつを詰め込むの。 リア・エヴァンス パタゴニア・スキー・アンバサダー

メインコンパートメント 緊急時に備えて、マイクロ・パフ、大きなミトン、小さく丸められる帽子、 ファーストエイド・キット(いちばんよく使う靴擦れ対策も)、使い捨て カイロ、ダクトテープ、タンポンなどを。

上部のジッパー式ポケット 私がいつも持っていくのはヘッドランプ、シール ワックス、リップバーム、サンスクリーン、 トイレットペッパーで、再利用している餅の包装

フロントポケット ここは、ショベルとプローブ、そしてときどきスキー

パックに入れていく(これは防水性だから)。 ロジャーズまでツアリングする日は、公園の 入場パスもたいていこのポケットに入れるわ。

シールを入れるくらいで、ごく最小限にしておく。 そうすれば、ものすごく湿った雪の上を歩いたあとも、 パックの中にある他の物がびしょ濡れになることは ないから。

サイドジッパーからアクセス 1リットルのウォーターボトル(電解質を含んだ飲み物入り)と お弁当は、メインコンパートメントのアクセスしやすいところに。 だいたい冷蔵庫にある夕食の残りを持っていく(お気に入りは ジャムとパルメザンチーズのラップサンド)。

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修理のアート 着るものが環境へ与える影響を削減する最善の 方法は、着つづけること。そしてときに、それらは ささやかな愛が必要になる。

お客様や仲間たちによって着古されたウェアを修理するのが大 好きな私たちは、2015 年からずっと「デリア」で全米をめぐって きました。私たちの初代の Worn Wear 衣料品修理トラックであ る「デリア」は、バイオディーゼルを燃料とし、サンフランシスコ在 住のアーティスト、ジェイ・ネルソンが設計/建造しました。デリ アは修理の専門家を町々に連れていき、ブランドにかかわらず、お 客様のウェアを無料で修理します。その名を授けてくれたリノの 修理センターで働く親愛なる社員と同じように、デリアは Worn Wear の愛と善意のシンボルとなっています。 次に、デリアの崇高な弟として生まれた「アンクル・デイヴ」をご 紹介しましょう。同じくネルソンがデザインしたこのトレーラーは、 「デイヴおじさん」の愛称で呼ばれていたデイヴ・ウィルキンにち なんで名づけられました。デイヴおじさんがパタゴニア創業者のイ ヴォン・シュイナードとグランド・ティトンで出会ったのは1960 年 代のこと。イヴォンの招きにより、1970 年代初期から季節的に パタゴニア本社で働きはじめました。2017 年にこの世を去るまで、 彼は愛を込めてパタゴニアの敷地の手入れをしてくれました。 いつもだったら、すべてを自身で手がけるネルソンですが、アン クル・デイヴにはまったく別のやり方を選びました。他のアーティ ストにさまざまなパーツを作ってくれるよう呼びかけ、それらをひ とつにまとめて組み立てたのです。新しい技術を学ばなければなら なかったこともあり、彼はこれを忘れられない経験だったと思って います。80 歳の金属板加工の達人ジョン・グレッグソンは、ネル ソンと彼のアシスタントに銅板の屋根の作り方を教え、それはいま トレーラーの上に鎮座しています。 アンクル・デイヴのドアは、ミル・バレー市内の橋として使われ ていたレッドウッドの老齢樹を再利用したものです。壁の断熱材は、 気候を役立てるやり方に重点的に取り組む〈ファイバーシェッド〉と いうテキスタイルの地域団体が回収したウールで、内装は〈ヒュー ストン・テキスタイル〉のオーガニックコットン・キャンバスを木製 の枠に張り、こけら板には持続可能なイースタン・レッドシダー(エ ンピツビャクシン)を使用しています。 アンクル・デイヴとデリア。どちらの車もパタゴニアの願い、私 たち皆が製造し、購入し、所有するモノとの関係を変え、すでに 所有しているモノに対してより多くの幸せを見つけるという、パタ ゴニアの願いを象徴しています。

すべては鉛筆と紙からはじまる。やがて「アンクル・デイヴ」となるべきトレーラー のために、アーティストのジェイ・ネルソンが描いた最初のスケッチ。後部車輪には 太極(陰陽)のシンボルが付いている。


ふたたびツアーに出る北米の Worn Wear のチー ムは、2019 年 1月と 2 月にアメリカ東海岸で 修 理を予定。ツアー停留地では、良質のユーズドの パタゴニア製品を売買したり、お手持ちの製品を 自分で修理する方法を習ったり、自分のウェアと のロマンスやコミットメントについて語る人びとの ストーリーを読むなどしていただけます。

上:デイヴおじさん本人の姿。デイヴ・ウィルキンは体を動かす 仕事が大好きで、ベンチュラにあるパタゴニア本社の敷地の 手入れに勤しんだ。彼は世話していた花を踏みつぶす人に ブツブツ言うことはあっても、無害の人びとに対してはつねに 笑顔や会話を絶やさなかった。  TIM DAVIS 左:修理技術者たちが雪道を切り開けなくとも、アンクル・デイヴ なら。2018 年のWorn Wear「遊び時間を延長」ツアー初期に 次の目的地へと移動中。  KERN DUCOTE

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残されたもの インドのニルカンタ峰への最初の挑戦で敗退した 3人の仲間たちは、 山での人生の恐ろしくも美しい二面性を克服し、受け入れるため、そこへ戻った。

それはニルカンタ峰南西壁での 3 日目。登頂を狙う日で、

くなり、遮るもののない標高 6,100 メートル地点で激しい

私がリードする番だった。私は頭上にそびえ立つ約 200

雷をともなう嵐に取り囲まれた私たちは、体に電気ショッ

メートルの壁「キャッスル」を見つめながら、岩の急斜面

クを感じ、撤退を余儀なくされた。その後も登攀は悪天候

と雪面をすり抜けた。約 1,200 メートル下の谷底には、川

に中断され、ふたたび岩壁に足を踏み入れることはできな

が網目のように流れていた。左側はのっぺりとした垂直の

かった。

岩壁に塞がれていて、ロープ 1本分の長さだけ右側にトラ バースしていくと、ルートの弱点を見つけた。長い氷のラ ンネルがいったん視界から消え、オーバーハングした岩に 懸かる細い氷柱の下でふたたび姿を現す。薄い空気にあえ ぎながら、夫のジェイソン・トンプソンとパートナーのシャ ンテル・アストルガをビレイする。午後の太陽が照りつけ、 不安が頭を駆けめぐる。このラインが行き止まりだったら どうするのか。反対側でもっと時間をかけて探すべきだっ たのではないか。私はシャンテルにギアのかかったラック を渡すと、ありふれた励ましの言葉をかけた。シャンテル はランネルを登りはじめた。 この 2 年間、私は来る日も来る日もニルカンタのことを 考えていた。友人のキャロ・ノースとジェイソンと 3 人でイ ンドのガルワール・ヒマラヤの聖地、バドリナートのすぐ 南にある、この人里離れた谷をはじめて訪れたのは 2015 年。美しく威圧的な南西壁、雪と氷に覆われたそのまった く手のつけられていない 1,400 メートルの花崗岩壁の登攀 を狙った。しかし西稜で高度順化をしている最中に空が暗

私の人生はクライミングに動かされている。ルート上で 過ごす長い1日や頂上での束の間、そして空の下で震えな がら太陽が昇るのを待つ夜さえもが大好きだ。クライミン グは自己中心的な欲望だが、たんなる肉体的な行動では なく、また登頂だけが目的というわけでもない。それは アートだ。挑戦的な状況と素晴らしい壮大な場所で、信頼 する大切な仲間と一緒に未知を受け入れる。私たちはそう した体験を持ち帰り、さらに次の場所へと運んでいく。 ロープがピンと張り、私は 現実に戻された。シャンテ ルは見えないが、上にいた。ジェイソンと私が登っていく と、 「行けるわ!」と叫ぶシャンテルの声が聞こえ、壁にこ だまして消えていった。私は叫び返すと、スピードを上げ た。シャンテルは急な花崗岩を少しずつ登ってから氷柱に 乗りうつり、そして最後の核心を越えていった。私たちは 実感した。ついに、ニルカンタの山頂にたどり着くことが できる、と。太陽が暗闇に沈んでいく。私たちは「キャッ スル」の上でばら色の輝きのなかに立ち、波のように押し 寄せる満足感にしばし浸った。

BY アン・ギルバート・チェイス

左:前進ベースキャンプへのアプローチは上部の大きなセラックによって脅かされた。太陽と崩落する氷を避けようと、夜明けよりもずっと前に出発した。 比較的安全な場所にたどり着くため、シャンテルと私はこのクレバスだらけのエリアをできるだけ速く動きつづけた。 前の見開き:2 日目、傾斜がきつくなりはじめてすぐに、この壮観な WI4 のピッチを発見。よく食い込む氷と素晴らしい岩で形成され、 これが永遠につづくことを願った。この美しい山で、どんな岩壁にあってもクラシックとなるようなこのセクションを登ることができて幸運だった。 写真すべて:J A S O N T H O M P S O N

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上:初日に 12 時間登りつづけたあとに見つけたビバーク地。 平らな場所を掘り出すには時間がかかったが、かなりイイ感じに 仕上がった。まだ日の光があったのでしばしの休憩を楽しみ、 天候をチェックしながら落ち着いた。このような大登攀では めずらしい瞬間。 左:毎晩毎朝、私は気圧と天候を観察して記録した。それは外部 からの予報よりも微細な天候の変化に気づかせてくれ、その時点 で何が起こっているかについて、より良い考えを与えてくれた。 右:翌日登頂できるということを実感した瞬間。核心のピッチを 登り終え、容易なセクションで私がシャンテルのロープをたぐり 寄せていると、陽光が薄れはじめた。ひどい吹きさらしの尾根に ビバークする場所を作らなければならなかったけど、興奮して いた私たちにはまったく気にならなかった。

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不思議なもので、私たちは 明らかに無意味な夢を 追いながら、はるか遠くでの 冒険に心を奪われている。 そして戻ってくると、待って いてくれた仲間たちとの つながりが、よりいっそう 深くなる。

その 36 時間後に私たちは登頂し、それから

く愛し合う、快活なカップルだった。元気かどう

ベースキャンプに下降して帰路についた。疲れて

か声を聞くためだけに電話をかけてきたり、手紙

はいたが、深い感謝の念に満ち、仲間や愛する

を書いてくれたり、手作りのプレゼントをくれた

人たちと喜びを分かち合うのが待ちきれなかっ

りする友人で、この遠征に出発する前も 2 人は私

た。不思議なもので、私たちは明らかに無意味な

たちの家に立ち寄って旅の無事を祈ってくれ、一

夢を追いながら、はるか遠くでの冒険に心を奪

緒に食事をして過ごした。その夜の帰り際、ヘ

われている。そして戻ってくると、待っていてくれ

イデンはジェイソンとシャンテルと私に、スロベ

た仲間たちとのつながりが、よりいっそう深くな

ニアの友人が彼のために作ったピトンを1つずつ

る。デリーで、私たちは夜遅くまで祝った。だが

くれた。私たちはその 1つを幸運のお守りとして

その翌朝メッセージの呼び出し音で目を覚ました。

ルートに持っていった。そうした優しさがあり、

メッセージを読んだ私たちは、言いようのない喪

誰もがこうなりたいと願うような 2 人だった。彼

失感に襲われた。

らの世代きっての山岳アスリートでもあったが、

故郷のモンタナではその前日、親友のヘイデ ン・ケネディとインジ・パーキンスが思い立って スキーツアリングに出かけた。ヘイデンは 27 歳、 インジは 23 歳で、若いながらも経験豊富で、深

みずからが注目を浴びるよりも、いつも他の人の ことを気遣った。その年齢には過酷すぎたかも しれない感情的な苦しみや喪失に耐え、2 人は ともに人生を築きはじめていた。インジは学位を

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取得している最中で、ヘイデンはレストランで働 いていた。彼らは車中生活を何年も送ったあと、 ボーズマンで 1年の借家契約をしたばかりで、い つかパン屋をはじめるという夢も抱いていた。そ の日のスキーツアリングで、彼らは雪崩に巻き 込まれた。そしてその夜には、2 人とも亡き人と なった。 私たちは打ちのめされ、泣きながら異国の道々 を虚ろに歩きまわり、大切な友がなぜこんなにも 突然いなくなってしまったのかを理解しようとし た。それを山が私たちに与えてくれる自由と切り 離すことができないとき、このような損失感はど うすれば理解することができるのだろうか。私た ちは失った友人の光を灯しつづけようとした。や り終えたばかりの登攀はもはやどうでもよかった。 重要なのは残されたもの。私たちは一緒にいる。 そして一緒に故郷に帰る。

アン・ギルバート・チェイス

この 登 攀 後、チームは新ルートを「オブスキュ アード・パーセプション」と命名した。ギルバー ト・チェイスはパタゴニアのクライミング・アンバ サダーで、モンタナ州ボーズマンに暮らす。

右:山頂までわずか数百メートルのところに、やっと平らな ビバーク地を発見したときは予定よりも遅く、私たちは疲れ果てて いた。そこは北側でとても寒く、強い風が雪の上に荒々しい線を 刻み出していた。それほどの高所で寝た経験は私たちの誰にも なく、睡眠はほとんど取れなかったが、少なくとも平らだった おかげで静穏な夜空の下で体を休めることはできた。

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厳しい贈り物 天候はすべてを複雑に、そして豊かにする。

僕がトップアウトするころには雪が降りはじめ、あたり は暗くなる。ロープがつづくかぎり進み、できるだけ平ら な場所を見つけて穴を掘り、膝を抱えて座る。 「登ってこ い!」と何度も叫ぶが、強風にかき消されてパートナーたち には聞こえない。僕はひたすら待つ。下で彼らが、ロープ に体重をかけて登りはじめていいものかと悩み、決断まで に1時間近くが過ぎる。その間にも僕のジャケットには雪 が積もっていく。心配すべき状況なのだろうが、あまりの 苦境の不条理に、不意に笑いがこみ上げる。ようやくエ ルマンノが現れ、そのすぐあとにアレッサンドロがつづく。 頂上まで数メートル歩くにつれて、天候はさらに悪化する。 何も見えない。僕たちは真夜中、普通であれば避けるよう な天候の下、パタゴニアの険しい尖峰の頂にいる。岩壁の くぼみに座り、湯を沸かし、夜明けを待つ。ようやく夜が 明けると、雲が晴れ、これまで目にしたなかでも最高に美 しい景色に迎えられる。清々しい朝の光が四方八方に輝き、 新雪をかぶった周囲の峰々に反射する。 当然ながら、どちらかといえば僕たちは悪天候を避ける。 だが、絶え間ない突風や容赦ない横殴りの雨といったパタ ゴニアの名高い気象条件は、ずいぶん長いこと、ここで意 味するところの成功をもたらす枠組みを築くようになって きた。山が提示する挑戦はたいていの場合は表面どおりの 意味でなく、天候のプリズムを通さなければならないとい うことだ。 1970 年代後期のパタゴニアで登攀していたジム・ブリッ ドウェルは、 「好天はサハラ砂漠の水ほどに貴重で稀有で ある」と書いている。瞬時に変わる天候、長引く嵐、残忍 な風などを描写し、クライマーにとっての「大胆さと愚かさ

BY ロランド・ガリボッティ

左:薄情な白状。花崗岩のわずかなエッジと小さな氷の塊だけを使って、 アグハ・スタンダルトの「エグゾセ」の最初のピッチが、ランナウトと 霧氷に彩られたイカしたものであることを認識するクリス・ミュッツェル。 アルゼンチン領パタゴニア AU S T I N S I A DA K 前の見開き:アグハ・ギヨメの山頂でピーター・ドゥーセットのロープを もてあそぶ風。猛烈な天候が同意語とも言えるパタゴニアに、もしそれが なかったとしたら、私たちはこの場所に対して同じ感情を抱くことができる だろうか? B E R N D Z E U G S W E T T E R

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の境界はカミソリの刃ほどに薄く」、また「パタゴ

悪天候がなかったら、これらの峰々は文字ど

ニアではおそらくその差異さえない」と言ってい

おり「バラバラになる」ことも忘れてはいけない。

る。さらに「拳銃に弾丸を 4 つ装填したロシアン

気候変動のせいで、ことさら暖かく乾いた夏は落

ルーレットのゲームをしているようなものだ」と

石が深刻な問題で、チャルテン山塊の大部分は

なぞらえた。それよりも前の 1952 年、リオネ

立ち入り不可能となる。岩表面の永久凍土層を

ル・テレイも、それまでに遭遇したどんな状況よ

維持して山頂の剥離を防いでくれるのは氷と低温

りも危険で、 「ひどい強風が、登攀を死ぬほど危

なのだ。

ういものにする」という同様の見解を示していた。

僕は子 供のころから、この場所のあらゆる状

暴風はアプローチ中の 体を地面に殴り倒し、

態に魅了されてきた。パタゴニアでの 2 度目のビ

登攀を支配し、そして非常に意外な形で周辺環

バークは 15 歳のとき、アグハ・ギヨメの上だっ

境を作り上げる。重力に逆らって地面と平行に、

た。下降中に荒れ狂う嵐に見舞われた僕とパー

風下に向かって育つ木があり、とりわけ強い突

トナーは、暴風にロープのうちの1本を奪われて

風の最中には爆発のような騒音を聞くこともある。

しまい、あと 4 回の懸垂下降で氷河にたどり着く

峰々の稜線や尖鋒の周辺に大気が吸い上げられ

という地点で夜を迎え、そこにとどまることを決

る音で、音速の壁を破る点まで大気を加速させる、

めた。雪は夜通し降りつづいたが、朝には運よく

ベンチュリ効果のひとつだ。さらにはグレッグ・

風がやんで安全圏に降り立つことができた。バラ

クラウチが「パタゴニアのオルガン」と適切に名

クラバのあご部分にぶら下がったつららがどれほ

づけた、調子はずれの教会のオルガンのような拍

ど自慢だったか、いまでも覚えている。それは遭

動音も聞こえる。

遇した厳しい状況のシンボルであり、過酷な悪天

だが「悪」がなければ、パタゴニアを類い稀な 場所にする「良」もない。たとえば風と水分がな ければ、山頂や尾根の風上側や風に面した岩壁

暴風は登攀を支配し、 そして非常に意外な形で 周辺環境を作り上げる。

候を耐え抜いた勲章のようなものだった。努力も むなしく、そのつららはベースキャンプまでの長 い道のりで解けてしまったが。

にエビの尻尾ができることもなく、それはあたり

その後年数を重ね、自分の弱さを自覚し、また

一帯が雲にすっぽりと包み込まれて、強風が非常

予想外の逆境に魅せられることもなくなるにつれ

に冷たい雲粒を氷点下の表面に吹きつけてでき

て、可能なかぎり悪天候を避ける術を身につけた。

る巨大な層となり、たいていどの局面もオーバー

空が晴れたら山に入り、雲行きが怪しくなったら

ハングになっている。エビの尻尾の登攀はとりわ

勢いを増す前に撤退する。それでも悪天候は、僕

け恐ろしい。綿菓子のような脆さのため、登るだ

たちのあらゆる回避作戦に対して、山での体験を

けでなく、十分なプロテクションを取ることさえ

より意義深いものにするために欠くことのできな

難しい。

い埋め合わせを与えてくれる。向こう側に友だち がいなければ、シーソーは成り立たないのだ。

ロランド・ガリボッティ

ガリボッティは 1987 年、15 歳のときにはじめ てチャルテン山塊のアグハ・ギヨメを登 攀した。 2005 年以来、毎夏をチャルテンで過ごしている 彼は、このエリアのクライミングガイド本の著者 でもある。

左:製品テスターになりたいって本気? アンカーにつながり、 ブーツの紐を緩め、ロープを防寒具代わりにして座り、 持参したすべてのウェア(おそろいのパーカの試作品含む)を レイヤリングして、フィッツロイの山頂までわずか 200 メートル の地点でビバーク。不快になること間違いなしの夜、できる 準備はすべて整えたアン・ギルバート・チェイスとマイカ・ バーハルト。アルゼンチン領パタゴニア P E T E R D O U C E T T E 次の見開き:天気予報では快晴だったのに。雲が晴れることを 願いつつ待ったクライマーたちのチーム数隊は、それどころか 視界の悪い状況で進むことがいかに困難であるかを痛感 させられることとなった。アルゼンチン領パタゴニア  JASON THOMPSON

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ALPINE

勝負に挑む ときに マイクロ・パフ・ストーム・ジャケット 革新的なマイクロ・パフ・フーディを、超軽量ながら防水性を備えたアルパ イン用のアウターシェルで包んだのが、新製品マイクロ・パフ・ストーム・ ジャケット。羽のように軽くて携帯時にもスペースを取らないにもかかわ らず、猛風や凍雨や横殴りのみぞれなど、最悪の天候からも体を守ります。 未来を感じさせる、ダウンのような化繊のプルマフィル・インサレーション が熱を閉じ込める一方で、丈夫な H2No パフォーマンス・スタンダード採 用の防風性/防水性/透湿性シェルが、外界からの襲撃を阻止します。

製品の詳細 H2No パフォーマンス・スタンダードを採用した超軽量な 2 層構造の防水性/ 透湿性シェル素材は DWR(耐久性撥水)加工済みで、厳しい天候を遮断 画期的なプルマフィル・インサレーションはダウンの作りを模倣しながら、 濡れても保温性を維持。この連続した化繊インサレーション素材は、ダウンの 保温性とコンパクト性と肌触りを、湿った天候下での弱点なしに実現 技巧を凝らしたパターンと縫い目のない肩のデザインにより、重量と摩擦の 要因を削減 アルパイン用ヘルメットの着用に対応するフードはシングルプルのコードロック・ システムで調節でき、あらゆる種類のクライミング用ヘルメットをかぶって いても、いなくても、頭の上にぴったりとフィットさせることが可能 ツーウェイ・フロントジッパーにより、ビレイデバイスにアクセスが可能 防水性ジッパー式ハンドウォーマーポケットは収納力が高く、通気性に優れた メッシュ付きでベンチレーションにも貢献 内側の 2 つのストレッチメッシュ製ポケットは、手袋やその他のかさばる物の 収納に便利。雪まみれの手袋やゴーグルを入れてもジャケットが濡れないよう、 ポケットには水分を吸収しにくい素材を使用 体に沿ってフィットする、伸縮性を備えた内側のミニ・スノースカートはすきま風 を、共布のテープ留めの袖口は冷気を遮断 ビレイ用パーカとして使用するためにやや大きめのサイズ

メンズ・マイクロ・パフ・ストーム・ジャケット ¥68,040(税込) I 84130 I XS-XXL I レギュラー・フィット I 530 g (18.7 oz)

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ALPINE


外見はタフながら、 内面はソフト ガルヴァナイズド・ジャケット 高山の最も険しい 状 況で比 類ない伸縮性と通 気

撥水)加工済みで、頑固な雨もあざ笑います。内側

性とプロテクションを提供しながら悪天候を軽く

のジャージーニットの裏打ちは、吸湿発散性を発

あしらうのが、このガルヴァナイズド・ジャケット。

揮して驚くような快適さを保ち、余分な熱を発散

多くの熟練アルピニストたちのように外見は鉄の

するピットジッパーを新たに加えて、肩と背中の縫

ごとくタフですが、内面はソフトで温かいという性

い目を解消するよう技巧を凝らしたパターンは摩

質です。しなやかながら頑 丈な H2No パフォーマ

擦の要因をなくしました。驚くべき伸縮性とスリ

ンス・スタンダード採用の 3 層構造ストレッチ織り

ム・フィットにより、アックスを頭上に振りかざす

ポリエステル/ポリウレタン素材は DWR(耐久性

ときもハーネスの下に快適にとどまります。

製品の詳細 伸縮性に優れた 3 層構造のポリエステル/ポリウレタン

水分の浸入を防ぐポリウレタン・コーティング加工済み

素材は自由な動きと抜群の防水性プロテクションを

のツーウェイ・ピットジッパーは優れたベンチレーション

提供。ソフトなジャージーニットの裏打ちは吸湿発散性

を提供

を発揮

コヒーシブ・システムを採用した裾の埋め込み式の

オプティマル・ビジビリティ・フードは、コヒーシブ・

コードロックは片手ですばやく調節可能。袖口は最小限

システムを採用したシングルプルの埋め込み式のコード

に抑えたテープ留めで、質感を備えたポリウレタンの

ロックで調節でき、あらゆる種類のヘルメットに、

見返しは、ツールを振る際にも袖を固定しながら、

あるいは何もかぶらなくても、ぴったりと着用可能

手袋の上にもしっかりとフィット

フロント中央のジッパーは内側にストームフラップを

内蔵されている RECCOリフレクターは、雪崩の中で

備え、肌を擦らないジッパーガレージ付き

着用者の捜索を可能にする信号を反射(雪崩ビーコンの

高めに配置した 2 つのハンドウォーマーポケットは ハーネスやバックパックのベルトのじゃまにならず、 左胸の外側にもポケットが1つ付き、いずれも水分の

代用となるものではありません) 新たに再デザインされたガルヴァナイズド・パンツ (ウェブサイト参照)との組み合わせが理想的

浸入を防ぐジッパー式

メンズ・ガルヴァナイズド・ジャケット ¥52,920(税込) I 83146 I XS-XXL I スリム・フィット I

527 g (18.6 oz) ウィメンズはウェブサイトでご覧ください

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ALPINE


骨まで凍みる寒い日々に フィッツロイ・ダウン・パーカ 凍りつくようなビレイや震えが止まらないビバー

めるハイロフトのチューブを施し、ツーウェイ・フ

ク、あるいは1月の当然の寒さなど、アルピニスト

ロントジッパーの内側のドラフトチューブはすきま

におなじみ の風 物 詩にはフィッツロイ・ダウン・

風の侵入を遮断します。高めに配置した 2 つのハ

パーカが遠征レベルのロフトと保温性をお届けし

ンドウォーマーポケットと左胸外側のポケットには

ます。温かさを逃がさないアドバンスト・グロー

ビスロン・ジッパーとジッパーガレージを付け、そ

バル・トレーサブル・ダウンを包むのは、雪や水

の開口部もインサレーション入りで、すきま風と

分を弾くDWR(耐久性撥水)加工済みのナイロン

は 無 縁。2 つ のストレッチメッシュの内ポケット

100%製シェルで、キルトの縫い目を貫通させな

は、かさばる手袋も収納できる大きさです。内側

い完全バッフル構造が、冷域を解消して保温効果

に伸縮性を備えた縁取りを施した袖口はソフトで

を高めます。ヘルメットの着用に対応するシングル

かさばらず、まくり上げやすく、しかも前腕を締め

プルのフードの内側には、首の後ろに熱を閉じ込

つけません。

製品の詳細 800 フィルパワー・アドバンスト・グローバル・トレーサブル・ダウン(強制給餌 や生きたまま羽毛採取が行われたものでない鳥から供給されたことが、親農場 から被服縫製工場まで追跡され保証されている、NSF インターナショナルの認証 済みグースダウン)を使用 軽量ながら丈夫なパーテックス・クアンタム・ナイロン100%素材は、水分を弾く DWR(耐久性撥水)加工済み 伸縮性を備えたかさばらない袖口はまくり上げやすくてじゃまにもならず、腕への あたりもソフト 2 か所で調節可能なコードロック付きの裾は、しっかりとカバーする長めの ドロップテイルが温かさを閉じ込める 付属のスタッフサックに本体を収納可能

メンズ・フィッツロイ・ダウン・パーカ ¥61,560(税込) I 84571 I XS-XL I レギュラー・フィット I 632 g (22.3 oz) ウィメンズはウェブサイトでご覧ください

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写真:J A S O N T H O M P S O N

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ALPINE

アセンジョニスト・パック 30L 身軽にすばやく登るアルパインクライミングのためにデザインされた、非 常に多用途に使えるバックパックです。本体と一体型の非対称のスピン ドリフトカラーは大きく開くので中身を詰めやすく、ひと引きで瞬時に閉 じられます。肘を振ってもあたらない独自のデザインで、人間工学に基 づくショルダーストラップ(ロードリフター付き)が胴の形に沿って快適に フィットします。必要最小限のヒップベルトとかさばらないチェストスト ラップは荷重の均等な配分を助け、外側のデイジーチェーンにはロープ やヘルメットやパッドを取り付けることも可能。素材は軽量ながら頑丈な 5.5 オンス・210 デニール・コーデュラ・ナイロン 86%/ポリエステル 14%で、ポリウレタン・コーティング加工済み。サイズは S/M と L/XL の 2 種類をご用意しています。

アセンジョニスト・パック 30L ¥21,600(税込) I 47997 I S/M, L/XL I 670 g (1 lb 7.6 oz) 40L はウェブサイトでご覧ください

本物:アン・ギルバート・チェイスの私物であるこのアセンジョニスト・ パックとギアのすべては、ニルカンタを登頂してボーズマンに帰るまで 彼女とともに旅しました。 62


パッキングの実例 ニルカンタ峰南西壁でのアルパインクライミング インド、ガルワール ニルカンタの登頂成功のため、最小限の必需品だけを持参。 ギアや物資をルートの基部へ運ぶのは、そのルート自体と 同じくらい困難だったから。

デイジーチェーンとループ パックの側面にストラップを取り付ける と、ビバーク時まで小型のフォーム製 スリーピングパッドがそこにぴったりと

アン・ギルバート・チェイス パタゴニア・クライミング・アンバサダー

収まってくれます。

雨蓋のポケット 雨蓋の上部はヘッドランプ、GPS、サンスクリーン、 予備のエナジージェルやバーなど、パンツのポケット には入りきらないこまごました必需品用に確保。

メインコンパートメント 登攀までのアプローチ中は、30リットルの パックはロープ、ギア一式、飲料水、バーナー などでいっぱい。でも荷重が均等に配分される から、登りはじめる前に肩が疲れているという こともありません。

頑 丈なホールループ 長いアルパインルートではホールループの

寝袋とテントはパックの底に詰め、グレード

出番は多く、アンカーから吊るせば背中が

VII・ダウン・パーカは寒い早朝のビレイでも

休まり、パック内の食べ物や飲み物も

すぐ着られるよう、いちばん上に入れました。

簡単に取り出せます。

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氷上の人生 パタゴニアの創業者である人物を作り上げ、 その彼が最も熟練したスポーツ。

私は生涯を通して、数多くのアウトドアスポー

を改良または再デザインし終えていた。すぐに

ツに真剣に関わってきた。登山、テレマークス

新型のクランポン、アイスアックス、アイスハン

キー、スピアフィッシング、カヤック、サーフィ

マー、アイススクリューなどのアイスクライミング

ン、フライフィッシングなど、いずれにも熱中し

用ギアに取りかかった。

て熟達度が 75 パーセントほどに達すると、次 のアクティビティに移り進んだ。アルピニズムに おいても、ビッグウォール、クラッククライミング、 あるいは高峰への遠征といった特定のスタイルに 一時期専念した。十分なレベルに達するまで、で も完璧にマスターはしない。残りの 25 パーセン トは、過度な専門化であり、努力の価値はない ように思えた。

私は、自身が「情熱的」に取り組むいくつかの スポーツにおいて、その黄金時代に関与する幸 運に恵まれた。新しい技術や道具が毎日のよう に発明されるとき、どのようなスポーツにおいて も初期の進化に関わることができるというのは、 つねに面白いものだ。そしてはじめるスポーツが 非常に未発達の段階である場合、道具の改良は たやすい。

それでも最も熟練したのは、雪山と氷壁でのク ライミングで、片足をベルグラ(岩を覆う薄い氷) に、もう片足を雪に置くといった、ミックスクライ ミングがいちばん好きだ。1966 年以来 20 年あ まり夏も冬も、すべての大陸の雪山に登っていた。 私がはじめたころはアイスクライミングの道具は 未発達で、地方ごとに異なっているばかりか、実 際、クライミングをする国ごとに違っていた。 技術も未熟で、フラットフッティングを効かせ るか、前爪だけを使うフロントポイントで登るか の 2 つがあるだけだった。しかも互いに相手の 技術に価値を認めようとしない。片方の技術だ けでも登れるが、それが効率的とは言いがたい し、おもしろさも半減してしまう。言ってみれば、 ダンスをひとつしか知らないようなものだ。踊っ ている途中で音楽が変わると、ステップが調和 しない。

顔にマスクを付けてはじめて水中に潜ったのは 13 歳のとき、1951年のカリフォルニア州ラ・ ホヤ・コーブでのこと。それ以降、私はイセエビ やアワビを採るためにもっと深くフリーダイビン グできるようにと、高校の数学の授業中も息を止 める練習をした。寒さを防ぐため、軍放出品の ウール製ジャンプスーツを着た。ウェイトベルト の代わりとして、溶解した車のバッテリーから出 た鉛を軍用弾薬帯に詰め込んだ。 「安全」のため の留め金はドア用の蝶番で作った。 1954 年にはじめてサーフィンを学んだときは、 自分のサーフボードをバルサ材で作り、体を温か く保つためにウールのセーターを着た。1970 年代初期にカリフォルニアのシエラとコロラドの ロッキーでテレマークスキーが復興したときは、 サイドカットのないありふれたクロスカントリー 用スキーで滑りはじめ、それから徐々に技術と道

アルプス山脈やスコットランドのベン・ネヴィ スでの冬季登攀から戻ったときは、学んだテク ニックと湧き出るギアの改良案に興奮し、頭がク ラクラするほどだった。シュイナード・イクイッ プメントでパートナーだったトム・フロストと私 は、すでにほとんどのロッククライミング用ギア

具が進化して、現在、人びとは最も過酷な状況下 でも「フリーヒール」できるようになった。 優れた道具の発明により、氷を登ることも容 易になり疲労も軽減するため、ギアに悩まされる ことなく登攀そのものに集中できるようになった。

B Y イヴォン・シュイナード

上:ホイットニー・ポータルの近くで氷を登るイヴォン・ シュイナード。1960 年代後期に彼は、クランポンを氷に フラットに効かせるというアイスクライミングのフランス流 テクニックをアメリカにもたらすとともに、同国でこの スポーツを発展させるための道具を開発した。 カリフォルニア州イースタン・シエラ T O M F R O S T 左:ケニア山のダイアモンド・クーロアールの初登にて。 ケニア T O M F R O S T


しかしクライミングにおいてさえ、技術開発は代

た 40 年前に比べてほんのわずかにまで縮小して

償をともなう。

いる。これらの小さな氷原はサーモンが泳ぐ川に

私はギアのデザインや革新を手がけてきたが、 新たな技術を退けることは人間に進歩の追求を 制御させる第一歩だと、つねに信じてきた。でき るからといって、必ずしもやるべきではない。構 想と大胆さとバランスを重視するクライミング自 体が、技術的な解決策と逆の方向へ動く。アイス

夏中冷たい水を提供する。遡河性魚にとってはす でに川の水温が高すぎる夏もあり、さらに大規模 な皆伐と不手際な漁場管理が重なり、サーモン の長期的な未来は暗い。私が今年釣り三昧の 2 週間を過ごしたときも、スチールヘッドはたった 3 匹しか釣れなかった。

クライミング用の新しい道具を開発しながら、私

地球温暖化の直接の影響によるものであろう

はギアへの依存を削減する新たな技術を生み出

となかろうと、これらは私の個人的な気候変動

すことを重視した。自己の限界を押し広げるべ

の体験だ。みずからの行動により、みずからの

く、傾斜がきつく脆い氷を掻くのにアイスアック

住処である地球の気候を変えているという見解

ス1本だけを使い、もう1本はピッチあるいは

には、気候変動に関する政府間パネルの報告と

ルートを登り終えるまでホルスターにぶら下げた

して、世界中の科学者が同意している。そして私

ままにしておいた。道具の使用をできるだけ控え、

たちはまた別の大量絶滅も引き起こしている。調

より高度な技術を利用するという技術的逆転の

査してきた 4 種に1種の哺乳類、8 種に1種の鳥

発想だった。私は何が未発達であるかをより鋭

類、両生類全種の 3 分の1、植物全種の 70 パー

く観察し、その内部から沸き上がるものによって、

セントが絶滅の危機に瀕しているのだ。 (2015

この絶妙にバランスがとられたきわを渡るという

年に気候に関する複数の研究をまとめたコネチ

報酬を得ることができた。 「手段の簡素化と限界

カット大学のマーク・アーバンは、 「もし我々が現

の向上こそがゴールである」と端的にまとめたの

在の軌道を修正しないのなら、気候変動は地球

は、ヘンリー・デイヴィッド・ソローだという。こ

上の全生物の 6 種に1種を脅かす」と結論づけて

の 2 つは必ず同時に発生する。

いる。)自然界の大型動物である私たちも、その

これまでに私が体験した氷雪登攀を振りかえ ると、その多くはもはや存在しないことに気づく。

例外にはならない。 そもそも私たちをこの混乱に引き込んでいるの

ワイオミングのグランド・ティトンのブラック・ア

は人間中心の思考であり、そして人間中心の理論

イス・クーロアールは消滅し、アルプスのアイガー

によれば、技術を変えさえすれば地球温暖化を

やマッターホルンの北壁を彷彿とさせるクラシッ

逆転できるという。まるでオーストリアのピッツ

クな高山の北壁は、夏場はあまりに危険でいま

タール氷河のゲレンデを救うために毛布をかぶせ

や登攀不可能だ。北壁を支えていた割れ目のな

ようというような、無駄な話だ。地球のオーバー

かの氷は解けてなくなり、いまではひんぱんに落

ヒートを解決するためには、開発国に暮らす私た

石が起きている。

ちが消費の削減と、 「適切な技術」を使っての賢

1958 年にカナディアン・ロッキーではじめ てクライミングをしたとき、コロンビア・アイス フィールドはバンフとジャスパーのあいだを走る 道路(当時は未舗装)に届くほど広がっていた。

明な消費に努めることからはじめられなければな らない。自然保護活動家のデイヴィッド・ブラウ ワーが主張したように「方向転換をして、一歩踏 み出す」ことが必要な場合もあるのだ。

いまは舌端まで徒歩 30 分。近くのマウント・ア

いまの私を形づくった氷瀑、雪のクーロアー

サバスカ北壁の昔ながらのアイスクライミングの

ル、氷河は、一様に解けている。そして私はおそ

ルートは解け去ってしまった。

らく、最後の偉大なるサーモンやホッキョクグマ、

私はいまやクライミングをすることはほとん どなく、とくに好きなのはスチールヘッドやサー モンを釣るフライフィッシングだ。スチールヘッ ドが泳ぐ川へ向かうフライトの途中、ブリティッ シュ・コロンビアのコースト山脈上空から見える 複数の小氷河の面積は、私がはじめてそこを登っ

これまでに私が体験した 氷雪登攀を振りかえると、 その多くはもはや存在しない ことに気づく。

そして自由に流れる冷たい川の証人となるだろう。 私の禅思想家的な部分が言う。私がこれまでに やった登攀、育てたビジネス、釣ってリリースし た魚などの価値は、その行為のなかにあったと。 そして唯一たしかなのは、変化することだけなの だということに、私は納得する。

出典:Some Stories: Adventures from the Edge of Business and Sport(2019 年発売 予定)。このエッセイの別版は『Planet Ice: A Climate for Change』James Martin 著 (Braided River, 2009)に掲載。 スコットランドで「ヘルズ・ラム」を登るダグ・トンプキンス。 私が撮った中では最高の写真。美術の先生マリンダは、丸い 形のつながりが大切なのだと言う。  Y V O N C H O U I N A R D


シュイナード製ハンマー第 7 弾の青焼き。頭が重めで、1968 年の 4 つ歯のデザインが再導入されている。


好きなように 語り B Y 横山「ジャンボ」勝丘

2018 年 1月から 2 月にかけて、横山家 ── 僕、妻の千裕、 長男の葉(5 歳)、次男の幹(3 歳)── は長期のクライミング トリップに出かけた。行き先はアルゼンチンのパタゴニア。滞 在はフィッツロイ山群のお膝元であるエル・チャルテン。僕 にとっては 6 度目のパタゴニアだ。僕が世界一美しいと思う フィッツロイ山群のスカイライン上には、最高のプロジェクト がたくさん眠っている。アルパインクライマーである僕は、そ のために飽きもせずここに通っているのだけれど、家族でこの 場所を訪れることになった最初のきっかけは、僕が愛してやま ないフィッツロイ山群のスカイラインを子どもたちに見せたい、 というものだった。街の裏手にはワールドクラスのボルダリン グエリアやスポーツクライミングの岩場があり、山の天気が悪 くてもクライミングができる。地球の裏側から 2 日以上かけて 家族で訪れるだけの価値のある場所だ。 僕が山に入る合間は、家族でアルパインボルダリングに出 かけた。キャンプしながら、そのあたりに無数に転がる石ころ を、自由に登る。 「好きなように」というのがポイントで、既存 の課題やグレードにとらわれず、自分自身の感性でラインを見 出してトライする面白さがある。子どもたちにとっては石ころだ けではなく、周囲を流れる川も、たわわに実る木の実も、すべ てが遊び道具。雄大なフィッツロイを眺めて、絵描き気取りで 絵を描くことだってできる。山のなかで 6 泊し、テントをもたず、 岩陰でのビバークもした。彼らにとってはそれも大それた体験 だっただろう。 今回の経験が子どもたちのこれからの成長にどういう形で寄 与していくのか、まるで未知数だけど、彼らの未来には自由な 世界が無限に広がっていて、そこから何をどのように選択する かも自分次第で自由なのだと気づく、ひとつのきっかけになっ てくれたらと願う。

右:ラグナ・カプリへのアプローチ途中、帽子を飛ばされないように押さえる 葉とジャンボ、そして同行していた伊藤佳美。名物の風なくしてパタゴニアは あり得ない。 次の見開き:ラグナ・カプリでのキャンプの初夜、その宿泊施設に異議を 申し立てる 3 歳の幹。 写真すべて:M A S A Z U M I S AT O

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今回の経験が、何を どのように選択するかも 自分次第で自由なのだと 気づく、ひとつのきっかけ になってくれたらと願う。


上:エル・チャルテンの街の裏手にある小さな岩場 ベスチョ・ウォールでトップロープクライミングに 興じる幹。クライミングの喜びがつづくのは、 グレードや「意義」に囚われずに自然と野心が 生まれるときだ、とジャンボは言う。それは子供も 大人も同じ。 右:「クラッシュパッド」には 1 つ以上の意味がある。 ピエドラス・ブランカスへの遠征後、千裕の肩車で 昼寝をする幹。 右ページ:ピエドラス・ブランカスからの帰り道での 最後の川渡りは、パパにとっては小さな一歩だが、 葉にとっては偉大な飛躍。 次の見開き:フィッツロイのスカイラインの色彩を ちょっとだけ写生する葉と幹と伊藤佳美。空白の 時間は山での 1 日をすぐにいっぱいにしてしまう。

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03

SPORTSWEAR


両面を見る ウーリー・フリース・リバーシブル・ジャケット 温かいリサイクル・ウール混紡フリースを片面に、悪天候に対応するしなや かで軽量なシェルをもう片面に使用したウーリー・フリース・リバーシブル・ ジャケットは、どちらの面を着ても体を快適に保ちます。フリースはリサイ クル・ウール/リサイクル・コットン/リサイクル・ナイロンから作られ、幅 広い状況で保温性と耐摩耗性を提供。反対側は DWR(耐久性撥水)加工 済みのリップストップ・リサイクル・ポリエステル100%で、裏地として着 用すれば、吸湿発散性を発揮しながらレイヤリングもスムーズで快適。裏 返せば軽量なシェルとして、風を遮り水分を弾きます。

素 材のストーリー リサイクル・ウール 私たちはウェアやギアを製造するためにたくさんの素材を使 用していますが、ウールやポリエステルを含むそのすべては、環境に何らかの影響 を与えます。ウールの生産には羊を放牧するための広大な土地が必要であり、ポリ エステルの使用は石油産業への依存を意味します。本来なら、そこから離脱しな ければいけないときであるにもかかわらず。 パタゴニアのウーリー・フリース・コレクションが示すのは、石油ベースの素材 から天然素材やリサイクル素材への転換です。この製造過程にはウールの衣類と同 じくらい古い方法が含まれています。たとえばウールの再利用の実践には何百年 もの歴史があり、ボロボロになるまで着古されたウールのセーターは切り刻まれて 毛布に再生されていました。一方リサイクルされたウール繊維をポリエステル繊維 とブレンドするのは新しい工程であり、その結果生まれたソフトで温かい混紡素材 が湿っぽい状況でも保温性を発揮することに、私たちは満足しています。 パタゴニアの初期のフリースのデザインを思い起こさせるウーリー・フリース・コ レクションはソフトな着心地ながら頑丈で、決して流行に左右されないクラシック なスタイルという、いまも変わらぬ基準を満たしています。

メンズ・ウーリー・フリース・リバーシブル・ジャケット ¥31,320(税込) I 26925 I XXS-XXL I レギュラー・フィット I 530 g (18.7 oz) 全コレクションはウェブサイトでご覧ください

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03

SPORTSWEAR

影響は低く、 快適さは高く ハイロフト・ダウン・フーディ 抜群の快適さと温かさを、軽量でコンパクトに収納可能なクラシックなデ ザインで実現しました。しなやかなリサイクル・ポリエステル100%のリッ プストップ・シェルに、600 フィルパワー・リサイクル・ダウン(ダウン製 品から再生されたダックダウンとグースダウン)のインサレーションを施し たこのソフトなジャケットは、調節可能でかさばらないフードとドロップテ イルの裾が保温性をさらに高めます。滑らかなミニリップストップ・ポリエ ステルの裏地はレイヤリングがスムーズで、伸縮性を備えたシンプルな袖 口が冷気を遮断。裾のドローコードはフロントポケットの内側から絞ること ができます。

素 材のストーリー リサイクル・ダウン クッション、寝具、その他の再販売不可能な中古製品から回 収された、600 フィルパワーまたは 700 フィルパワーのグースダウンとダックダ ウンを組み合わせたのがパタゴニアのリサイクル・ダウン。低刺激性で、バージン・ ダウンと変わらない優れた機能を発揮します。 ヨーロッパにはすでに再生ダウン/フェザーの市場がありましたが、パタゴニア の基準を満たすパートナーを見つけるまでには時間がかかりました。しかしその努 力は報われ、私たちとパートナーを組む回収業者と処理業者はどちらも家族経営 で、妥協のない品質と機能性における価値観を共有しています。 高品質のリサイクル・ダウンの供給量はすでに増えています。他の衣料品会社が 私たちの道につづけば、さらに多くの国でダウンのリサイクルを促進させることに なると期待しています。それはまた廃棄物を減らし、リサイクルの流れの発展を助 けてその価値を高めることにもつながります。

メンズ・ハイロフト・ダウン・フーディ ¥38,880(税込) I 84902 I XS-XXL I レギュラー・フィット I 530 g (18.7 oz)

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03

SPORTSWEAR

ARTISAN - Extend bottom for bleed.


繊細で、やわらかく、 希少な、リサイクル 素材 リサイクル・カシミア・セーター より繊細で軽量ながら、他のほとんどの獣毛よりも保温性に優れたカシミ アは、やわらかくて通気性に優れた、レイヤリングに理想的な繊維。パタ ゴニアのリサイクル・カシミア製品は、フォーマルからカジュアルまで幅広 い場面と状況で多用途に使えます。

素 材のストーリー リサイクル・カシミア 天然の保温効果を備えた贅沢なカシミアの毛が、極上のや わらかな肌触りをお届けします。しかしバージン・カシミアの需要はモンゴルの草 原地帯の砂漠化と関係があります。その土地が対応できる以上のカシミアヤギが 飼育されていることが要因です。 そこで私たちは、この希少な繊維を製品ラインに使用する機会を、バージン・カ シミアよりも生態系への影響をより低く抑える機会ととらえました。パタゴニアの リサイクル・カシミアは、ヨーロッパ(おもにイタリア)の衣料品工場から供給され たカシミアの端切れを原料としています。可能なかぎり最高の品質を保つため、慎 重に分類および選別し、色分けします。それらを切り刻んで耐久性を高めるために ウールを 5%混紡した繊維が、リサイクル・カシミア製品として編み上げられます。

ウィメンズ・リサイクル・カシミア・カーディガン ¥34,560(税込) I 50725 I XS-XL I スリム・フィット

ウィメンズ・リサイクル・カシミア・クルー ¥28,080(税込) I 50720 I XS-XL I レギュラー・フィット

ウィメンズ・リサイクル・カシミア・フーディ ¥37,800(税込) I 50730 I XS-XL I スリム・フィット

メンズ・リサイクル・カシミア・1/4 ジップ・セーター ¥34,560(税込) I 50600 I XS-XXL I レギュラー・フィット

メンズ・リサイクル・カシミア・クルーネック・セーター ¥28,080(税込) I 50525 I XS-XXL I レギュラー・フィット

次の見開き:ユーコンでオオカミの撮影を目的とした遠征からデズディアッシュ・レイクに 戻り、「ルーク・スカイウォーカー」という名前の、もっと人慣れたイヌ科の動物と温かい 寝袋の中で寄り添うエヴァ・ケアンズ・ロック。カナダ、セントイライアス山麓  P E T E R M AT H E R

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04

ACTIVISM

「原生景勝河川法」50周年記念

川が教えて くれること どの年も 9 月17 日正午からの 24 時間以内に、スプ

ここで暮らしはじめた最初の年からマッケンジーを

リング・チヌークサーモン(春に遡上して秋に産卵する

よく知っていた、とは言えない。あるとき泳いで川の

キングサーモン)の群れが私の自宅前の砂利州にやって

横断を試みて、その流れの強さを読み誤って、溺れそ

来る。メスは産卵床を掘り、オスは卵を受精させ、そし

うになったことがある。またあるときは、サーモンの

てどちらも息絶える。私はこの行事を 48 年連続で、オ

産卵床で成魚の背骨に歯を立てていたブラックベアに

レゴン州西部のマッケンジー・リバーの中流域で見守っ

注意しなければならなかったこともある。私はこの石

てきた。毎年私が待っているのは、サーモンが運んで

だらけの川床を上流、または下流へと、昼夜を問わず

くれる安心感だ。世界中のそこここで、仮想的にも現

歩くことが習慣になり、トレッキングポールで体を支え、

実的にも先行きが怪しいにもかかわらず、この魚たち

滑る足場を一歩一歩たしかめることを覚えた。そして

は遡上をつづける。17 日の夜になってもサーモンが来

握ったポールが水で弓の弦のように振動し、腿に強く押

なければ、森を抜けて暗闇のなかに立ち、耳を澄ます。

し寄せることも。叩きつける豪雨が高みから押し寄せ

この川のほとんどの音は知っており、ひしめくサーモン

ては窪みを満たし、川面が変化する様子を見せつけら

が尾びれで水面を破る、その独特な音を聞き違えるこ

れたこともある。私はたんにその現象に慣れるだけで

とはない。その音が聞こえれば、少なくともあと 3 年

なく、詳しく理解するようになった。ビーバーがハンの

はこの特定の群れは安泰だとわかる。もしその音が聞

木を巣の裏の逆流に落としたり、オオアオサギが浅瀬

こえなければ、寝返りを打ちながら眠れない一夜を過

で魚を射止めたり、カワウソが突進してカットスロート

ごし、翌朝いちばんに様子を見にいく。

トラウトをつかまえたりするのを観察した。スミレミド

サーモンはどんなときでもやって来る。数時間以上 待たされたことはこれまでもない。 誠実さ、不変さ、強さ、高潔さについて私が知るこ との大半は、この川から学んだ。同じようにそれらの 対極にある無能さ、無責任さ、拘束については、マッ ケンジー・リバーの支流であるブルー・リバーのダムの 上を歩きながら、そして別の支流のサウス・フォークの クーガー・ダムの上に立って学んだ。ダムの上から貯水 池をじっと見つめると、見えるのは貯水池の静けさだ け。そこに自由はない。

リツバメは大量羽化した虫をめがけて急降下し、カワ ガラスは滝を飛び抜ける能力があるということを学ん だ。夕暮れどきにエルクが川を泳ぎわたる姿も眺めた。 しかしそれでもまだ川を知り尽くしているとは言えない。 それから数年にわたって私がマッケンジーへの興味 を示しつづけると、川はさまざまな姿を見せてくれる ようになった。私は川に対して、まるで人に対するよ うな感情を抱くようになった。川にはあらゆる動物が もつ繊細な感性や気分があることも学んだ。やがて私 は、奇妙なことに、川が自分の一部となったとわかっ

BY バリー・ロペス

根気強く興味を示せば、川はさまざまな姿を見せてくれる。 ウィラメット国有林を渾々と流れるマッケンジー・リバー。オレゴン州 C H R I S T I A N H E E B

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た。長旅で家を離れていると川が恋しくなっ

山脈北斜面にあるユトゥコック・リバーで野

ス、ヒメホテイランなどが咲きはじめると、自

た。まるで親友が恋しくなるように。

営をした。目的は浸食された川岸の洞穴に生

分自身にも変化があることに気づく。長年こ

息するオオカミの群れを観察することだった。

こで暮らし、マッケンジー・リバーの水位の高

アラスカ州魚類鳥獣部で働くオオカミ生物学

低、冬の色相、シノリガモ、流木の停滞、空

者の友人ボブ・スティーブンソンと私は、洞穴

中のプランクトン(夏に川面上で風船のように

から 500 メートルほど離れた対岸にテントを

風に漂う何万匹ものクモ)など、知らないこと

張った。そこで過ごした1週間は、私たちを

が少なくなると同時に、この川がなければ私

運んでくれたパイロット以外の誰にも会わな

という人間は不完全であることがわかる。ミ

かったばかりか、人工物らしきものは一切目に

サゴが川を叩く音を聞き、私のすぐ横でカワア

しなかった。テントからほんの 20 メートル先

イサが水面から 30 センチ上を時速 100 キロ

では、ツンドラ性のグリズリーベアがジリスの

近くで飛び過ぎるのを見たり、吹き寄せる風

巣穴を根こそぎにした。オオカミが獲物を捕ら

がブラックコットンウッドの葉を揺さぶるのを

える様子は、毎日観察することができた。シ

耳にすると、私はふたたび完全な状態になる。

私が最初に強く心を惹かれた川は、ジャク ソンホールを蛇行しながら流れるスネーク・リ バーだった。1965 年の夏、私はワイオミング 州のティトン原生地域へ馬で人や荷物を運ぶ、 パッカーの仕事をした。暇な日の午後は、川 の躍動感を味わいたくて、ラフティングの雑役 係を買って出た。それ以来アイダホ州のサーモ ン・リバーのミドルフォーク、グランドキャニ オンを抜けるコロラド・リバー、アラスカ州の ユーコン・リバー上流、ユタ州のグリーン・リ バー、あるいはさらに畏敬に値する川でのラ フティングで経験を積んだ。また途切れない 急流という点では、私の経験上おそらく最も 野生的な川であるペルーのウルバンバや、い

ロハヤブサ、ユキホオジロ、ハマヒバリ、トウ ゾクカモメが巣のなかにいるのも見た。ある 夜には、30 頭ほどのカリブーが私たちの目前

野生の川で啓蒙的で驚異的な体験をした多 くの人のほうが、私よりも奔放で感動的なス トーリーを語ることができるだろう。けれども

川のように生きている存在を選び、自身とその他の生命の未来を 守るという立場を明確にすることはできる。 かなる川マニアでさえ馴染みがないオニックス

で川を走って渡っていった。跳ね上がる大量

私は信じずにはいられない。川という特別な

など、はるか彼方の川のいくつかも訪れた。

の水しぶきが白夜の太陽に照らし出され、無

存在が見せてくれるさまざまな表情への愛は、

数のダイアモンドのように輝いた。

そこにいる瞬間も過去の体験を思い出すとき

オニックス川は南極大陸最大の川で、南半

そのボブが亡くなった昨年、フェアバンク

ら永久凍湖であるバンダ湖へと数か月間だけ

スで彼の追悼式が開かれた。かつて同じ部署

流れる。私は一度その湖畔にあるニュージー

に勤めていた生物学者の知人に久しぶりに会

ランドのバンダ基地で 1週間を過ごしたこと

うと、いまではユトゥコック・リバーにはラフ

がある。川の北岸を歩きながら、カヤックが

ティングを運営する業者がいて、定期的に川

あったらと、そこにいるあいだずっと切望して

下りができるようになっていると教えてくれた。

いた。川幅は 10 メートルもなく、深さは 30

それはたしかに野生の川であり、冒険家に忘

河川保護はやっとはじまったばかりだ。米国

センチほどで、流れは平坦だ。オニックスを少

れられない体験をもたらしてくれ、その川下り

議会はいまから 50 年前の1968 年、 「原生景

しでも体験すると、 「野生の川」の広義を把握

を機に河川保護の活動家となる人もいる。し

勝河川法(Wild and Scenic Rivers Act)」

できる。その呼称には、ウルバンバのように

かしながら私の見解では、ユトゥコックは私た

を通過させた。この法令は 8 河川を開発から

ラフティングがほぼ不可能な激流も、手つか

ちが野営をした 40 年前と比べると、もはやそ

保護するもので、アイダホ州のクリアウォー

ずながらも穏やかなオニックスも含まれる。

れほど野生ではなくなった。当時そこは見渡

ター・リバーのミドルフォーク、ミズーリ州の

すかぎり、動物たちだけのものだった。

イレブン・ポイント・リバー、カリフォルニア州

私 が 魅了され ながら時 間を 過ごしたラフ

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も、誰もが平等に分かち合うものだと。そして、

球の夏季にライト谷のライト・ロウワー氷河か

ティングができる野生の川のなかには、私の

旅からここマッケンジーの川岸に戻ってくる

人生数十年のあいだに、無名同然から人気の

と、私はいつもふたたび1人の人間に戻ったよ

目的地と化した種類の川もある。1979 年の

うな気がする。春になり、川岸地帯にエンレ

北方の夏、私はアラスカ州西部のブルックス

イソウ、キスミレ、シンティリス・レニフォルミ

言うまでもなく、第 6 次大量絶滅期にいる私 たちの誰もが、川と運命をともにする。そして 河川保護についてようやく考えはじめたという ことが、人類の歴史上いかに遅いかという事 実を痛感する。

のフェザー・リバーのミドルフォークなどが含 まれる。1988 年、その他 27 河川が徐々に 法令に組み込まれると、オレゴン州で一括法 案が通過し、マッケンジー・リバーを含む 40 河川が加えられた。どの川にも「原生(wild)」


脅威にさらされ減少しつづけるスプリング・チヌークサーモンは、水そのものと同じように川からは切り離せない存在であり、 マッケンジー・リバーの健康状態だけでなく、やがては私たち自身の運命をも予兆する。  M O R G A N B O N D

「景勝(scenic)」「行楽(recreational)」の

がここで暮らしていた証拠で、道具のなかには

の未来を守るという立場を明確にすることは

特定流域が設けられ、異なる厳しさの管理基

カラプヤ族やモララ族以前のものもある。そ

できる。暗雲が広がる空の下で、仲間や家族

準が適用された。現在、全米 40 州内で 208

うした先住民部族は夏になるとマッケンジー

と一緒に過ごすのに、それは良い場所だ。

河川(全長 20,508 キロメートル)が原生景勝

の上流へ、ブラックベリー、サーモンベリー、

河川の指定を受けて保護されている。これは

ハックルベリー、エルダーベリー、オソベリー、

全国の川の長さの総計の 0.25 パーセント以下

シンブルベリーといった豊富な小果実を摘む

という微々たる数字ではあるものの、年々地

ために移動した(それらすべてはいまも、地元

球上の活力源に対するこの種の理解は深まり、

住民やその他のための主要な収穫物だ)。

〈マッケンジー・リバー・トラスト〉など多くの 土地信託が生まれ、擁護者や保護者の数も増 えている。

2018 年 9 月17 日、私は川岸でサーモンを 待つ。浅瀬の水面に誇らしく突き出すサーモ ンの尾びれが太陽の光に輝くのを眺める。夕 暮れの空気にサーモンの匂いを嗅ぎ、オスが ひしめき合ってメスに群がる様子を見る。そし

今日マッケンジー・リバーの住民のほとんど

てこの考えに集中する。もしも私がサーモン

は、何重もの必要な規制を設けて悪漢から川

が遡上しつづけられるように手を貸さなけれ

自体を守ることに加えて、この川と関わる地域

ば、私自身に残される日々も限られるのだと。

長い年月を経て、私はマッケンジーについ

社会全体を活性化して保護することを目指して

ての明白な情報からあまり知られていない雑

いる。この川は人類が現れる以前から生きて

学までを学ぶようになった。たとえば、事実

いるということ、また川が私たちにもたらして

上ユージーンの全市民に飲料水を提供するこ

くれる野生はいまも触れたり関わったりするこ

の川に対して、州および連邦政府の関係機関

とができ、そして子供たちの世代に与えられる

が協働で、ブルトラウトの保護と上流のサウ

ものであるということを、関心を抱くすべての

ス・フォークのスプリング・チヌークサーモン

人が理解できるようにと。私たちはいま、政

の遡上を復元したことはよく知られている。一

治的にも社会的にも環境的にも激変し、脅威

方、私が川岸地帯で見つけた黒曜石の道具に

の高まる時代に生きている。しかし川のように

ついて知る人は多くない。これは太古に人間

生きている存在を選び、自身とその他の生命

バリー・ロペス

ロペスは全 米図書 賞受賞作『Arctic Dreams』 をはじめ、複数のフィクションおよびノンフィク ション作品の著者。 『Harper’ s』や『Outside』な ど多数の雑誌に定期的に寄稿し、現在は自叙伝 を執筆中。

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ブルース・ヒル 1946年生─2017年没 私の父が切った木や釣った魚の話をしないで、彼が救った森や 川の話をすることはできません。 私の最も古い記憶のなかには、機械油にまみれ、おがくずを 髭にまぶし、ディーゼルと切ったばかりの木のにおいに包まれた 父の姿があります。 父と母は1969 年にサンフランシスコで出会い、ほどなくアラ スカ州ケチカンに引っ越すと、パルプ工場で 5 年間働きました。 私は父が怪物級のシトカスプルース(ベイトウヒ)の老齢樹につい て話していたことを覚えています。巨大な帯鋸で 4 つに切らなけ れば粉砕機に入らなかったと。 やがて両親はブリティッシュ・コロンビア北部に 50 エーカー の土地を購入しました。そこで私と妹は生まれ育ち、父は小さな 製材所と伐採業を営みました。田舎に住むことを選んだのは、両 親が自然に囲まれた親密な地域社会で私たちを育てることを望 んだからでした。週末は釣り、ハイキング、水泳、キャンプ、狩 猟、セーリング、そして野球の試合などで予定がいっぱいでした。 彼らは親しい友人たちと「ダートロード・ブギーバンド」という名 のバンドを結成。金曜の夜にジャムセッションをしたり地元のダ ンス会で演奏したりしました。父はベースを、母はキーボードを 担当。よい時代でした。 けれども父は木を切る仕事に疲れ、そして母はミュージシャン や音楽教員として活躍できるもう少し大きな地域に移りたいと考 えはじめました。そして子供たちにも、もっと機会を与えたいと。 そこから西のテラスという山間の町に引っ越す約1年前、父は 数人の友人たちとブリティッシュ・コロンビア沿岸へセーリング に行きました。その途中の圧倒されるほど美しいキトロープ・リ

BY アーロン&ジュリア・ヒル 数日間のブレインストーミング(集団でアイデアを出し合う会議)を開くときは、 いつも感動的に美しい場所を選んだブルース。そのような環境に囲まれること は、それを守るための闘いがいかに重要であるかを強調する絶好の機会となる ことを知っていたからである。この写真は、コウェサス・リバー河口域で会議を 進める彼の姿。ブリティッシュ・コロンビア州 S T E V E P E R I H


バーで、彼らは材木搬出道のためのテープを張っ

父の明晰な思考、先見、そして誰にも止められ

ている作業員に出くわし、のちにそこが地球上に

ない情熱は、その闘いのひとつひとつで彼が使

残されている未伐採の、最大の温帯雨林流域で

う超能力でした。それは木こりや漁師としての経

あることを知りました。この太古からの原生林は、

歴も。労働者や先住民の共同体の苦境の実態を

氷河を冠った花崗岩の山々とともに、エメラルド

把握していないなどと、彼を非難する対抗者はど

グリーンの水からそびえ立っていました。イヴォ

こにもいませんでした。父が多様な人びとを団結

ン・シュイナードはこの壮観を、 「ヨセミテの端か

させることができたのは、そして家族のためにき

ら端までを 6 倍にしたような規模」だと描写しま

れいな水と十分な魚や動物を願うのは、木こりも

した。父は先住民族のハイスラ・ネーションやそ

漁師も先住民も環境保護活動家も同じだという

の他たくさんの同盟と団結して、キトロープを保

ことを、腹の底から理解していたからです。そし

護するキャンペーンに全力で取り組みました。彼

て彼はまた知っていました。そうしたすべての人

らは勝利を収めました。

びとが一丸となって闘えば、勝つことができると

そのときダムが決壊しました。こわいほど実質

アーロン・ヒルは、ブリティッシュ・コロンビア 州ビクトリアを拠点とする〈Watershed Watch Salmon Society〉の事務局長。 ジュリア・ヒルは、ブリティッシュ・コロンビア 州テラスを拠点とする〈SkeenaWild Conservation Trust〉の運営マネージャー。

いうことも。

的な環境保護活動家となった父は、生涯最後の

極端な党派政治による敵意の増加、ソーシャル

27年間をその取り組みに捧げました。釣りガイド

メディアのエコーチェンバー現象、民主主義の腐

として働きながら、キトロープを守るために、そ

敗などを目撃していた晩年の父は、いかなる市民

してスキーナ・リバーでの野生のスチールヘッド

も同朋とみなして共通の土台を見つけること、つ

とサーモンの乱獲を食い止めるために、闘いまし

まり故郷を守るために一丸となることが、これま

た。やがて父は魚を殺して生計を立てることも辞

で以上に重要だという主張を断固として崩しませ

め、フルタイムの環境保護闘士となりました。そ

んでした。父はよくこう言いました。 「これはお前

のころから、ブリティッシュ・コロンビア北西部

だけの問題じゃない」 彼はそれが私たち皆の問

におけるあらゆる主要な環境保護運動の勝利に、

題であることを示してくれたのです。そしてもし

彼の指紋が検出されるようになりました。魚の養

私たちがその教えに忠実に生きつづければ、良

殖場の禁止、スキーナ源流での炭層メタン採掘の

い結果は必ず生まれるでしょう。

阻止、ノーザン・ゲートウェイ・パイプラインの打 破などは、そのほんの数例でしかありません。

左:キタマット・ビレッジの波止場でダグラス海峡へ向かう 準備を整える、ブルースと彼の共謀者ジェラルド・エイモス。 この 2 人組は古いウォール社製の船「サンクレスト」号に 乗って同地方のあちこちに出現し、悪党たちが環境に対して 企てる違法の計画に大打撃をもたらした。ブリティッシュ・ コロンビア州 S T E V E P E R I H 左ページ:美しい曲折を連ねる壮大なスキーナ・リバーの一部。 ブリティッシュ・コロンビア州 C A R R C L I F T O N 次の見開き: 「キトロープ・リバーは非常に美しいと同時に 厳しい場所でもある。猛威を振るい、人間の全能力をあっと いう間に微塵化し、あらゆる計画を変え、あらゆる船を沈め、 ヘリコプターを吹き飛ばし、キャンプ場を水浸しにし、傲慢を 一瞬で押し流す」と語る写真家のサム・ビービー。「ブルース・ ヒルよ、永遠に。キトロープよ、永遠に。キトロープの人びとよ、 永遠に」ブリティッシュ・コロンビア州キトロープ・リバー  SAM BEEBE


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表紙:長続きするものも、終わり あるものも、完璧なものもない。 侘び寂びの瞬間に深く浸るニセコの ローカル、「ワジ」こと輪島秀彦。 北海道 G A R R E T T G R O V E

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WORN WEAR 着るものは、それを着る人を反映する。 今冬登場する新しい Worn Wear 修理トレーラーの「アンクル・デイヴ」 は、皆様のご愛用のウェアが活躍 しつづけ、新品を買う必要をなくす お手伝いをします。着るものを 長持ちさせることは、環境のために できる最善策のひとつです。

写真:K E R N D U C O T E

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パタゴニア NOVEMBER Journal 2018   

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