科学・技術・イノベーション アウトルック2023

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OECDとは 経済協力開発機構(OECD)は、グローバル化に伴う経済・ 社会・環境面の課題に対し、各国政府が協力して取り組むユニ ークな国際機関である。同時に、コーポレート・ガバナンスや 情報経済、高齢化の課題といった新たな進展や懸念を、各国政 府が理解し対応できるよう支援する最前線の場でもある。OECD は、各国政府による政策実例の比較や 、共通の課題に対する解 決策の追求、優れた実践例の特定、国内及び国際的な政策調整 の取組を可能にする環境を提供している。

OECD/CSTPとは 科学技術政策委員会(CSTP) は、科学・技術・イノベーショ ン(STI)政策分野における OECD 加盟国及びパートナー間の協 力を促進する議論を行っている。CSTPは、成長や、雇用創出、 持続可能な開発、ウェルビーイングの向上、知識のフロンティ アの進展といった経済・社会・科学の成果に貢献することを目 的としている。特に、STI政策と他の政府政策との統合を重視し ている。

「科学・技術・イノベーション アウトルック2023」全体版(英語のみ) は、以下のURLから入手可能である。

https://doi.org/10.1787/0b55736e-en

本書及び本書に含まれる統計データや地図は、いかなる領土の地位や主権、国際的な国境 や境界の画定、領土、都市、地域の名称を損なうものではない。イスラエルの統計データ は、イスラエルの関連当局から提供されたものであり、同当局の責任の下にある。OECDに よるこのようなデータの使用は、ゴラン高原、東エルサレム、ヨルダン川西岸におけるイス ラエル入植地の国際法上の地位を損なうものではない。この著作物の利用は、デジタル版・ 印刷物を問わず、https://www.oecd.org/termsandconditions に記載されている利用規約が 適用される。

© OECD 2023

ハイライト

「経済協力開発機構(OECD)科学・技術・イノベーション アウトルック 2023」(以下「STI Outlook 2023」という。)は、OECD 諸国及び主要パートナー経済圏における科学・技術・イノベーション

(STI)政策の重要な傾向を分析するシリーズの最新版である。本レポートでは、STI 政策におけるリス

ク、不確実性、回復力(レジリエンス)等の懸念をかき立てる気候変動や地政学的緊張の高まりといっ た長期的傾向のほか、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行をはじめとした短期的な混 乱にも焦点を当てている。

COVID-19 の世界的流行が示すとおり、社会的な大きな変化に対してレジリエンスと適応力を構築す るために STI は必要不可欠である。しかし、STI がその役割を効果的に果たすことができるのは、既知の リスクと未知の不確実性に対応できるだけの十分な備えがある場合に限られる。十分に備えるために は、研究開発、人材及びインフラへの長期的な投資が必要となるが、それだけでは十分とはいえない。 危機的状況に迅速に対処するために結集する関係者間の「通常時」からの強固な結びつきや、新たなリ スクとその対応を特定・モニタリング・評価するための強力な「戦略的知性(strategic intelligence)」

という能力も必要となる。

新たな危機や社会的な課題を認識し、それらに対応し、そしてそれらから回復を図るために STI シス

テムを結集することは、時には、現状からの大きな変化をもたらすことになる。なぜなら、STI システム

のレジリエンスや新たな危機及び課題対応との関係性、市民の日常生活を改善するためには、関係者・ 制度・実践の各段階においてかつてない試行的な形態が必要となるためである。これは、特に気候変動 に関する喫緊の課題と大いに関係があるエネルギー、農業食糧(アグリフード)、輸送(モビリティ) といった分野において顕著な傾向があり、社会技術システム全体での変革が必要となる。STI システムは これらの変革において不可欠な役割を担っており、政府は STI 政策において、より野心的に、かつ、よ り緊急性を持って行動しなければならない。そして、イノベーションと新市場の創出を可能にするとと もに、既存の化石燃料ベースのシステムを疑問視し、低炭素技術がブレークスルーを起こすための機会 を生み出す政策のポートフォリオを設計する必要がある。そのためには、低炭素技術のイノベーショ ン・サイクルを加速することに資するためには、投資の増大とともに、ミッション指向型イノベーショ ン政策などを通じて、STI における明確な方向性を打ち出す必要がある。

STI においては国際協力が必要不可欠であるにも関わらず、重要な新興技術に関する戦略的な競争状態 を含む地政学的緊張の高まりは、国際協力を困難にすると考えられる。各国が技術優位性を保とうと自 国の技術を保護し、他国への依存度を下げようとする政策を強化していることは、統合されたグローバ ル・バリュー・チェーンや過去 30 年間以上にわたって築き上げられた深く広範な国際的科学協力関係を 混乱に陥れる可能性がある。そして、技術開発と研究における「共有された価値観」が強調されるにつ れ、こうした展開は STI 活動の「デカップリング」に繋がる可能性がある。折しも、気候変動に代表さ

れる地球規模課題が、国際的 STI 協力に支えられたグローバルな解決策を必要としている時にあってな おさらである。多国間主義にとって大きな試練は、戦略的競争力の強化と気候変動のようなグローバル な課題への対応の必要性とを両立させることであろう。

これらを総合すれば、気候変動のような地球規模課題に取り組み、今後生じうる社会的な大きな変化 に対してレジリエンスを構築するにあたり、政府がツールと能力をより良く整備できるようになるため

に、STI 政策においてより一層の緊急性、願望、そして準備が強く求められていることが分かる。

科学・技術・イノベーションは持続可能

性への移行に不可欠

低炭素のイノベーションを加速させなければ、2050 年までに温室効果ガスの排出量正味ゼロ(ネ ットゼロ)を達成することは不可能である。エネルギー、農業食糧、輸送などの分野における持続可 能なシステムへの移行(トランジッション)は、実現可能な技術の開発と実装次第である。CO2 ネ ットゼロ社会へ移行するため、充分な規模感とペースで対応するためには、イノベーション・チェー ン全体にわたって相当なレベルの投資が必要となる。この投資には、ネットゼロの達成が市場からま だ乖離のある技術に依存することから、研究開発(R&D)への投資が含まれることとなる。エネルギ 及び環境の研究開発に対する公的投資は近年増加しているが(図 1)、イノベーションがネットゼ ロ目標の達成に資するペースを維持するには、さらに公的投資の増大を加速させていく必要がある。

エネルギー及び環境

健康医療科学 政府全体の研究開発予算

単位:米ドル(不変価格(Constant price)(実質値)、購買力平価、指数2018年=100)

出典:OECD 研究開発統計(2022 年 9 月)、最新の OECD 指標については OECD Main Science and Technology Indicators Database, http://oe.cd/msti を参照(2022 年 11 月 27 日アクセス)

1. 政府の研究開発予算の推移(
2016~21 年)
90 95 100 105 110 115 120 125 130 2016 2017 2018 2019 2020 2021

COVID-19 の世界的流行による景気後退期にも研究開発投資は活発

ここ数年における最も顕著な混乱である COVID-19 の世界的流行とロシアによるウクライナ侵攻は、 STI を含む広範囲に連鎖的影響を及ぼした。コロナ禍において、研究開発支出の伸びは鈍化したもの の、それでも OECD 圏内では研究開発支出の増加傾向は続いた。世界的な不況が研究開発支出額の 減少に結びつかなかったのは初めてのことである。これは、研究開発への投資がコロナ禍への対応に 不可欠であったことを反映している。2021 年のデータは、その前年に研究開発支出額が減少した多 くの国々で研究開発支出額が回復したこと(図 2)に伴い、OECD の研究開発費の成長率がコロナ禍 前の水準に回復したことを示している。

図 2. 総国内研究開発支出額の増加(2019-20 年及び 2020-21 年)

2019-20

不変価格(Constant price)(実質値)での増加率

2020-21

フランス ドイツ EU(27) 日本 OECD イタリア 米国 韓国 中国

出典:OECD 研究開発統計(2023 年 2 月)、最新の指標については OECD Main Science and Technology Indicators, http://oe.cd/msti を参照。

今後に目を向けると、経済成長率の低下に加え、1980 年代以降で最も高いインフレ率が見込まれ ており、STI 支出額に悪影響が及ぶ可能性がある。STI への投資が解決策を見出す中心となっていた

コロナ禍時とは異なり、現在の景気後退に伴い、研究開発支出額が減少する可能性がある。一方、景 気後退による研究開発支出額の圧迫は、直近で打ち出された野心的な産業政策によって相殺される可 能性もある。これらの産業政策には研究開発投資が盛り込まれていることが多いためである。また、 ロシアによるウクライナ侵攻は、多くの OECD 諸国において、今後数年間、防衛研究開発への支出 額を増加させることとなると予想される。

革にはより明確な STI 活動の方向性が必要

低炭素技術のイノベーション・サイクルを短縮するためには、政府は大規模な投資を行うだけでな く、STI 活動においてより明確な方向性を示す必要がある。このような支援の大部分は、エネルギー や輸送等の分野を通じて行われると考えられ、また、STI 政策は、イノベーション・チェーンにおけ る様々な「死の谷(valley of death)」に対応するため、政府の他の部門との調整が必要となる。こ の方向性は、ミッション指向型イノベーション政策(MOIP)(図 3)を含む政府横断的な産業政策 の利用が拡大していることと一致する。MOIP では、政府は他組織(特に企業)と連携して、限られ た資源をどこに集中させるかという STI 政策の選択を明確に行うことが求められる。

ハイライト  5
-8 -6 -4 -2 0 2 4 6 8 10 12

図 3. ミッション指向型イノベーション政策及びネットゼロ・ミッションの俯瞰図

温室効果ガス排出量削減のため、システマチックな政策に取り組む国が増加

注:例えば、アイルランドは現在 2 つの MOIP 施策を実施しており、合計 4 つのミッションが含まれている。

MOIP 施策一覧とそのネットゼロ・ミッションについては、 https://www.oecd.org/sti/inno/Online%20list%20of%20NZ%20missions.pdf を参照。

OECD は、MOIP を「定められた期間内で、社会的課題に関連する明確な目標に対処するため、 STI を結集すべく特別に調整された政策及び規制措置の調整されたパッケージ」と定義している。こ れは、研究から実証、社会実装まで、イノベーション・チェーンの様々な段階にまたがり、サプラ イ・プッシュ型とデマンド・プル型の両方の手法を取ることを特徴とし、様々な政策分野、部門、学 問分野にわたる。

ミッションは、個々には独立している STI 政策を改善するものであるが、現状では変革的な変化を 実現するには至っていない。初期段階の見通しによれば、ミッションが意図するとおりに広範な影響 を与えるには、STI 政策以外の政策領域に対するに十分な規模と範疇が不足していると考えられる。

課題は、依然、これらのイニシアチブを、効果的な調整プラットフォームから、幅広い関係者を結集 し調整する統合された政策枠組みに移行させることにある。そのためには、かなりの政治的な支援と、 行政内におけるインセンティブ構造や実践面での適応が必要となる。

近年、MOIP は政策的に大きな注目を集めているが、STI に対する政府支出額に占める割合はまだ 小さい。また、政府支援の多くは、例えば、企業に対して研究開発の遂行を奨励するための租税優遇 措置などの広範な手段の利用を通じてのものになっており、非指向的(non-directed)なままである。 政府が用いる政策手段のポートフォリオは様々であり、研究開発租税優遇措置をより多く活用してい

ハイライト  6
る政府もある(図 4)。

図 4. 企業の研究開発に対する政府の直接的資金配分及び政府税制支援

対 GDP 比(パーセンテージ)(2006 年及び 2020 年)

企業研究開発支出額のうち直接的資金配分 企業研究開発支出額に対する税制支援 企業研究開発支出額に対する地方等の税制支援 2006年合計(地方等の税制支援を除く)

注:中国、スペイン、米国については、地方等(中央政府レベル未満)の税制支援に関するデータは利用可能で ない。研究開発支出額に対する政府の租税優遇措置額の推計に関する一般的及び国別の注記については http://www.oecd.org/sti/rd-tax-stats-gtard-ts-notes.pdf を参照。

出典:OECD R&D Tax Incentives Database, http://oe.cd/rdtax, 2023 年 1 月 研究開発租税優遇措置に関しては、市場に近いポテンシャルのある研究開発活動を奨励するのに 層適しているという認識が一般的になっている。これとは対照的に、直接的資金配分のような政策手 段は、より長期的でリスクの高い研究開発を支援したり、公共財を生み出すこと、スピルオーバーが 特に高い可能性のある特定の分野を対象とすることに適している。どちらのタイプの施策も企業の研 究開発に有益な支援を提供するが、気候変動のような重要な社会的課題に対処する緊急性が高まって いるため、より明示的なアプローチの必要性が指摘されている。それにも関わらず、この 20 年間、 直接的な支援手段から、研究開発租税優遇措置への大きなシフトが起きている。OECD 諸国全体では、 企業の研究開発に対する政府支援全体のうち、研究開発租税優遇措置は、2006 年は 36%であったの に対し、2019 年は約 60%を占める(図 5)。各国政府は、企業の研究開発支援に係るポリシー・ミ ックスを再検討し、ネットゼロ達成に向けた方向性に対して適切かどうかを評価する必要がある。

図 5. 企業の研究開発に対する政府政策支援方策の推移

2000 年-2020 年の OECD 内における企業の研究開発に対する政府の資金配分 GDP で正規化し、2007 年=100)

企業研究開発支出額のうちの直接的資金配分 政府研究開発租税優遇措置額

注:研究開発 支出額 に対する政府税額控除 額 (GTARD) の推計に関する一般的 及 び国別の注記は、 http://www.oecd.org/sti/rd-tax-stats-gtard-ts-notes.pdf を参照。

出典:OECD R&D Tax Incentives Database, http://oe.cd/rdtax, 2023 年 1 月, OECD R&D statistics, 2022 年 9 月。

ハイライト  7
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.45 0.5 %
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 0 50 100 150 200 250
政府研究開発予算割当額 企業研究開発支出額 2007=100

より明確な指向性を見据え、更に広範な STI 政策の変革の必要性へ

STI 活動において、より大きな投資とより明確な指向性が必要である一方、持続可能な社会への移 行に貢献する「目的に適う(fit-for-purpose)」ものであることを確実にするためには、STI システム とそれを支える STI 政策再検討とが合致している必要がある。低炭素技術のイノベーション・サイク ルを加速することに資するためには、現在一般的に用いられているものとは全く異なる STI 政策の枠 組みや実施策を必要とするかもしれない。イノベーションと新市場の創出を可能にするとともに、適 切な移行を促進しながら既存の化石燃料ベースのシステムに異議を唱え、また、ブレークスルーを起 こす低炭素技術の機会を生み出すよう、ポリシー・ミックスを設計する必要がある。変革は、研究・ イノベーション資金配分、様々な調整メカニズム、STI のインプットとアウトプットの評価方法を含 む、STI 政策とガバナンスのあらゆる側面に及ぶこととなる。また、生産と消費の両方を対象とする よう、供給側と需要側への介入を対象とする必要がある。「STI Outlook 2023」では、このような再 検討が必要な STI 政策のチェックリスト(図6)を紹介している。

図 6. 持続可能な社会への移行を促進するための STI 政策の主要課題

出典: OECD S&T Policy 2025 プロジェクト・サイト https://www.oecd.org/sti/inno/stpolicy2025/(2022 年 11 月 15 日にアクセス)

コロナ禍に対する STI の対応は、持続可能な社会への移行に向けた教訓を提供 コロナ禍に対する世界規模での STI の対応は、持続可能な社会へのトランジッションに重要な教訓 を与えるものであった。例えば、コロナ禍での様々な関係者間の新たな協力関係は STI 対応の成功に 不可欠であった。この協力関係を長期的に強化するためには、学術に関する文化、仕組み、インセン ティブ、報酬システムを大きく変える必要があるかもしれない。研究業績評価、市民参画(パブリッ ク・エンゲージメント)、学際的研究などにおいて必要とされる変化の多くはすでに進行中であるが、 科学システムに埋め込まれた慣性によって、必要な規模とペースではまだ取り入れられていない。複 雑なグローバルな課題や危機に対処するためには、より広範な成果や解決策を生み出すことが喫緊に 求められており、そのためには、科学において他の社会的利害関係者との関与が促進されるよう、よ り根本的な変化が必要となる。

コロナ禍で見られた世界共通の特徴として、力強い多国間主義及び国際的な連帯が求められたこと が挙げられる。一方で、実際の対応の状況はまちまちで、国際協力を通じて迅速に対応可能なことが あると示されつつも、特にワクチンや治療薬の国際的な普及が不均一であるなど、その限界も示され た。ワクチンを巡るナショナリズムと友好的な外交が対立するという構図は、他の危機(特に気候変 動)への対応においても同様に国際協力と国際競争という力学を特徴づけるものと考えられる。この ような力学は、STI がグローバルな危機対応に寄与し得る上での方策を今後も特徴づけ続けよう。

ハイライト  8

地政学的緊張が STI 政策の「安全保障化 」の進展に寄与

技術的優位性は、長年、OECD 諸国の経済的繁栄と安全保障を支えている。優位性を持つことは、 必然的に戦略的競争相手から技術を一定程度保護することを含むが、今日の技術イノベーションが相 互依存的かつ多国籍的な性質を併せ持つことにより、その対応は複雑化している。多くの技術は起源 がさまざまな上、多数の国々からの所有者・利用者・利害関係者が存在する他の技術にも大きく依存 している。また、その多くは(民生と軍事の)デュアルユースの可能性を持っている。

中国は、技術フロンティアでイノベーションを実現するための必須能力を蓄積 国力を増している中国は、国際的なバリュー・チェーンでステップアップを図り、中所得国の罠か ら抜け出すために、技術の獲得と開発を急務としている。過去数十年にわたり、強大な技術力を蓄積 してきた中国は、5G などの分野では既にマーケット・リーダーであり、その他の分野でも最先端を 走っている。また、太陽光発電、風力タービン、電気自動車用電池など、持続可能な社会への移行に 不可欠な技術分野でのイノベーションも加速している。これらの成功は、研究開発支出額(図 7)と 研究者(図 8)の大幅な増加に支えられており、中国が技術的フロンティアでイノベーションを実現 するためのクリティカル・マスを提供している。

図 7. 総国内研究開発支出額(GERD)(選択された経済地域対象、2000-21 年)

単位:10 億米ドル(購買力平価(PPP)不変価格(実質値))

出典:OECD 研究開発統計(2023 年 2 月)、最新の指標については、OECD Main Science and Technology Indicators, http://oe.cd/msti を参照(2023 年 2 月 8 日アクセス)。

図 8. 部門別研究開発支出額と常時雇用(専従換算(FTE))研究者総数の推移

単位:10 億米ドル(2015 年購買力平価(PPP)ベース)及び 1000 人(FTE)

注:2020 年の研究開発支出額データは、米国は暫定値、中国と EU27 は推定値。米国の 2020 年研究者データ は、2019 年に対応する。

出典:OECD 研究開発統計(2022 年 9 月)。最新の OECD 指標については、OECD Main Science and Technology Indicators Database, http://oe.cd/msti を参照。

中国の研究開発支出額と研究開発従事者の増加は、科学出版物の量と引用インパクトの増大に繋が っている。図 9 によると、中国は 2020 年に EU や米国よりも多くの科学出版物を産出していたこと がわかる。また 2020 年には、より引用度の高い科学出版物も産出している。さらに、世界5大特許

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中国 ドイツ EU(27
フランス 日本 韓国 米国 0 100 200 300 400 500 600 700 800 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 中国
ドイツ EU(27) フランス 日本 韓国 米国 企業研究開発支出額(BERD) 政府研究開発支出額(GERD) 高等教育研究開発支出額(HERD) 全研究者数(FTE)(右軸)

庁(IP5)のパテント・ファミリー(注:優先権によって直接、間接的に結びつけられた 2 か国以上 への特許出願の束)は、1998~2000 年にはわずか 1%だったものが、2017~19 年には 13%を占め、

この 20 年間でより高度な技術力を蓄積してきたことを示している(図 10)。

図 9. 科学出版物の量と引用インパクトの傾向(選択された経済地域対象)

量:科学出版物数(左軸) 引用インパクト:被引用トップ 10%科学出版物数(右軸)

科学出版物数 引用インパクト

注:査読付き科学出版物は、世界中の科学者の研究成果を伝えるものである。他の著者による続いて起こる引用 は、科学界自体による利用により示されるように、研究成果の質に関する間接的だが客観的な情報源となる。引 用は、査読付き雑誌に発表する可能性が低い発明者や実務家による科学情報の利用を考慮に入れていないなどの 制約はあるものの、単なる出版数に対して質を考慮する一つの方法である。高等教育部門の文脈では、その関連 性はより高いものと考えることができる。科学的卓越性の指標は、ある単位の科学的成果のうち、それぞれの科 学分野で最も引用された 10%の論文に含まれる量(%)を示す(https://www.oecd.org/sti/inno/BibliometricsCompendium.pdf を 参照)。

出典: Scopus Custom Data, Elsevier, Version 6.2022, September 2022 に基づき OECD が算出。

図 10. 選択された国々及び他地域における世界5大特許庁パテント・ファミリーの分布 世界5大特許庁パテント・ファミリーのうち、異なる国や地域に由来するものが全体を構成する割合

注:データは、世界5大特許庁(IP5)内で申請された特許出願のファミリーを、出願人の所在地に応じて、最 も早い出願日ごとに示したものである。

出典:OECD, STI Micro-data Lab:Intellectual Property Database, http://oe.cd/ipstats (2023 年 2 月 9 日アクセス ).

ハイライト  11
0 10 20 30 40 50 60 70 80 0 100 200 300 400 500 600 700 A. 中国 Thousand 0 10 20 30 40 50 60 70 80 0 100 200 300 400 500 600 700 B. EU (27) Thousand Thousand 0 10 20 30 40 50 60 70 80 0 100 200 300 400 500 600 700 C. 米国 Thousand Thousand Thousand

中国の STI 優位は OECD 経済圏との強い結びつきからの恩恵

高度・中高度研究開発集約型経済活動における中間製品の主要輸入国のここ数十年の変化は、諸国 がグローバル・バリュー・チェーンの中で相互の結びつきを強めていることを示している。21 世紀 初頭、米国は高度・中高度研究開発集約型経済活動の中間製品の最大の輸入国であり、日本が最も重 要な供給国であった。それから 20 年、中国はそのような中間製品の最大の輸入国(かつ輸出国)に なっている。また、中国は、近隣経済地域(日本、韓国、台湾)への主要な供給国であるとともに、 米国へはメキシコに次いで 2 番目に大きな供給国となっている(図 11)。

図 11. 高度・ 中高 度 研究開発集約型経済活動における中間製品のフロー

(選択された経済地域対象)

輸入の流れ、単位:米ドル現在価格

注) 高度 ・ 中高 度 研究開発集約型経済活動における中間製品の定義は 、次を 参照 https://www.oecdilibrary.org/science-and-technology/oecd-taxonomy-of-economic-activities-based-on-r-d-intensity_5jlv73sqqp8ren。これらの製品には、全経済活動国際標準産業分類,第 4 版(ISIC 4)の以下の産業部門の製品が含まれる: D20 化学品及び化学製品、D21 基礎医薬品及び医薬調合品、D26 コンピュータ、電子製品及び光学製品、D252 武器及び弾薬、D27 電気機器、D28 機械及び装置(他に分類されない)、D29 自動車、トレーラ及びセミトレ ーラ、D302A9 鉄道機器及び鉄道輸送機器(他に分類されない)、D303 航空機及び宇宙船並びに関連機械、 D304 軍事戦闘車両、D325 医療及び歯科用機器・備品。右図 B における韓国の 2021 年データは、2020 年に対 応するものである。この輸入フローの選択は、2021 年の高度及び中高度の研究開発集約型経済活動における中 間製品の世界輸入の 20 %を占める。

出典:OECD, 2023[17](2023 年 2 月 6 日アクセス)

近年の中国の科学力の目覚ましい成長は、OECD 諸国との強力な研究上の繋がりからも恩恵を受け ている。科学は、グローバルな知識共有(knowledge commons)に依存しており、科学出版物の約 5 分の 1 は国際共著である。科学出版物に基づく協働に関するデータ(国際共著文書の全数カウントを 用いて算出)は、中国と米国の間の国際共同研究が過去数十年にわたり急速に拡大したことを示して いる。実際、2017 年から 19 年にかけて、米国にとって中国との共著は、英国との共著よりも多くな っている。

各国が戦略的自律性を高めることで、STI 連携が弱まる可能性

自由市場経済にとって、中国の優位は 3 つの主要な懸念事項を提起している。それは、(i)将来の 経済競争力と国の安全保障を支えることが期待される重要技術における競争の激化、(ii)中国と自

由市場経済の価値観・利益の乖離や既存の国際ルールに基づく秩序への挑戦、(iii)技術サプライ・

ハイライト  12
A. 2000 B. 2021

チェーンの相互依存による脆弱性の認識の高まりである。このような懸念から、技術リーダーたちは、 技術サプライ・チェーンの脆弱性を軽減し、人工知能のような重要技術でリードしようとする中国の 野心を牽制するために、技術主権と戦略的自律性の向上を求めている。

相互の国際的な技術依存を軽減するため、中国、EU、米国は、近年、国内の STI 能力を強化する イニシアチブを導入している。コロナ禍からの回復を図る投資も相まって、安全保障上の懸念と経済 再生やグリーン・トランジションの推進とを組み合わせた、技術を中核とする産業政策がますます 般的になっている。これは、半導体分野で最も顕著であるが、他の技術分野にも及んでいる。また、 同志国(Like-minded countries)は、技術の開発・ガバナンス・普及に関する協力を強化するために、 技術提携を形成しつつある。まとめると、これらのイニシアチブは、図 12 に示すように、技術主権 と戦略的自律性を強化するための 3 種類の政策介入、すなわち保護、推進、計画・予測に相当する。 貿易、外交、防衛、産業といった政策領域がこれらの政策展開の多くを牽引している一方で、STI 担 当の省や資金配分機関が中心的な役割を果たすことは比較的少ない。

図 12. 技術の戦略的自律性を強化するための 3

各国が技術優位性を保とうと自国の技術を保護し、他国への依存度を下げようとする政策努力によ り、統合されたグローバル・バリュー・チェーンや過去 30 年以上にわたって築き上げられた深く広 範な国際的な科学の繋がりを分裂させかねない状況を招く。こうした兆候が既に出ている。例えば、 中国と米国の科学者の共著は近年減少しており、これはコロナ禍による渡航制限や、中国の学生や学 者の海外渡航を制限するビザの拒否が原因だと言われている(図 13)。2020 年に始まり 2021 年に 加速したこの減少のほとんどは、米中の二国間研究協力の大部分を占める工学と自然科学の分野で顕 著である(図 14)。一方、生命・保健科学や社会科学、人文学など他の研究分野での共同研究は、 同期間中、増加し続けている。これらのパターンからは、戦略的競争下で重要な研究分野において、 二国間協力から米中が離脱するという初期の兆候があるといえる。同時に、医学や環境科学など、戦 略的競争がそれほど顕著でない他の分野での二国間協力は、今後も増加し続けることを示唆している 可能性がある。

ハイライト  13
種類の政策介入

図 13. 科学出版物における二国間協力強度の推移(1996 年~2021 年)

China-United Kingdom

EU (27)-United Kingdom

China-EU (27)

United States-China

EU (27)-United States

注:2 つの経済地域間の二国間協力強度の指標は、両方の経済地域にある所属機関内の著者による科学出版物数 (全数カウント)を、2 者の経済地域それぞれの出版物数(全数カウント)の積の平方根で割ることで算出され る。したがって、この指標は、出版物の成果について正規化されている。出版物とは、すべての引用可能な出版 物、すなわち論文、総説、会議予稿のことである。

出典:Scopus Custom Data, Elsevier, Version 6.2022, February 2023 に基づき OECD が算出。

図 14. 米中の共同研究トップ 15 分野

A. 米中の共同研究による共著論文数(2018 年) B 2018 年に比しての共同研究分野の割合変化 材料科学

注:中国と米国の共同研究は、両国間の共著出版物の数(全数カウント)で定義される。出版物とは、論文、総 説、会議予稿など、引用可能なすべての出版物を指す。図のトップ 15 分野は、2018 年に 2,000 件以上(全数カ ウント)の米中共著出版物が記録された分野である。左図 A は、2018 年の共著論文件数を絶対値で示したもの である。右図 B は、各年の対前年度共著論文件数の変化を、2018 年に対する割合で示したものである。

ハイライト  14
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0.12 0.14 0.16 0.18 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021
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出典: Scopus Custom Data, Elsevier, Version 6.2022, February 2023 に基づき OECD が算出。

OECD 諸国は戦略的競争において慎重な対応が必要

地政学的緊張が不確実性を生む一方で、過度にリスクを回避するような政策は、非常に破壊的でコ ストのかかる可能性のある、突発的かつ大規模な知的撤退を誘発しかねない。例えば、国際研究協力 に関する OECD 諸国の政策課題は、複雑な地政学的環境の中で、研究者が自らの利益を守り、かつ 自らの価値観を守る一方で、強固で原則に基づいた学術上の関与を継続できるようにすることである。 技術のサプライ・チェーンについては、OECD 諸国はケースバイケースで脆弱性リスクを見極めるべ きである。重要な技術にはさまざまなデュアルユースの可能性があり、それを利用する能力も国によ って異なる。このような違いは、不確実性により従来のリスクベースの分析が不可能な場合には、入 手可能な最善のエビデンスや将来を見据えた分析によるリスクマネジメント・アセスメントに基づき、 対象を絞った政策アプローチを実施する必要性を明らかにしている。また、関係する政策分野が多岐 にわたるため、政府全体のアプローチの重要性も浮き彫りになっている。

ハイライト  15

適切なテクノロジー・ガバナンスにより

、テクノロジーから最良の結果を引き出 すことが可能

新興技術は、必要とされる変革や危機への対応に極めて重要な役割を果たすことができるが、急速 な技術変化は、社会的混乱、不平等、安全保障や人権の危機など、個人・社会・環境に対して負の結 果やリスクをもたらす可能性がある。民主主義社会は、民主主義、人権、持続可能性、開放性、責任、 安全保障、レジリエンスといった「共有された価値観」をテクノロジーに組み込むべきであると主張 するようになっているが、これをどのように達成すべきか、という疑問は残っている。

一つでさまざまな場面に対応する万能なアプローチは存在しないが、新興技術のガバナンスのため の一般的かつ予見的な枠組みは、国レベル及び国際レベルで有用である可能性がある。広範な予見的 なガバナンスメカニズムは、前に進む道を示すものである。イノベーション・プロセスの上流で働く これらのメカニズムは、ガバナンスにおいて、排他的に技術のリスクをマネジメントすることから、 資金提供者、研究者、イノベーター、市民社会といった利害関係者をイノベーション・プロセスに関 与させ、適宜状況に対応することが可能なガバナンスの解決策を共同開発することにシフトさせよう というものである。

イノベーション・プロセスの上流設計の原則と手段を使用することで、適切な移行と価値に基づく 技術の実現を図りながら、技術開発の推進とスケールアップの必要性のバランスを図ることが可能と なる。「STI Outlook 2023」は、新興技術ガバナンスの発展を導くため、技術開発のプロセスにより 意図的に価値観を組み込むのに役立つよう、(i)価値観、(

される 3 層の枠組みを提案している(図 15)。

ii)設計基準、(iii)政策手段から構成

設計基準とそれに付随する政策手段は、以下の通りである。

• 予測:特定の技術の方向性を予測することが困難なことは広く知られており、不可能でさえ ある。しかし、起こりうる技術開発の可能性を検討することは必要であり、政策オプション を創出しうるものである。将来を見据えた技術アセスメントは、潜在的な利益と損害の分析 や新興技術の方向性の土台となる重要な価値観の表出に依存すると同時に、それを支えるも のとなる。

• 包摂性及び提携:イノベーションのプロセスに参加する人々の多様性を豊かにすることは、 より社会的に関連がある科学技術を創造することにつながる。(イノベーション・プロセス の)上流への社会的関与は、新興技術のガバナンスに民主的な要素をもたらし、技術開発を 支え導くべき価値観についての討議を可能にするものである。

• 適応性:新興技術は予期せぬ結果をもたらし、有害な事象や結果が発生する可能性があるた め、ガバナンスシステムは、レジリエンスを構築し、かつ適切性を維持するために、適応性 (適宜状況に対応する能力)を有するものでなければならない。原則、標準、ガイドライン、 実践規範を含む共同開発された非法的規範(ソフトロー)メカニズムは、技術に対する規範 的スタンスを設定し、ガバナンスシステムに適応性と機動性を与えることとなる。

図 15. 新興技術ガバナンスのための枠組みの要素

政策手段

ハイライト  17

「STI Outlook 2023」の構成

「STI Outlook 2023」は 6 章から構成されている(図 16)。最初の 3 章は、STI 政策 に影響を与える主要な動向、すなわち、グローバルな危機、戦略的競争、ネットゼロへ の移行を概観するため、幅広い指標を活用している。続く 3 章は、OECD 科学技術政策 委員会(CSTP)とその作業部会が実施した分析に基づくものである。COVID-19 の世界 的流行に対する科学の対応、ネットゼロ達成のためのミッション指向型イノベーション 政策、新興技術の予件的ガバナンスを取り上げている。

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