Theoria animi 穏やかに人となりて

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THEORIA ANIMI

穏人の生まれた日

Memen / ASURAWILL

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kokoronorikutu

穏やかに人となりて 目次 シン.................................................................. 2 ムジナ .............................................................. 6 子犬 .............................................................. 30 運命 .............................................................. 41 サンゴウ .......................................................... 73 結び ............................................................. 107

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シン

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いつのころにか、シンという名の意思が存在した。 誰に生み出されたのかも、何のために生まれたのか も 己自身でわからぬままに。

シンはひとつの願いを抱き生まれていた。 それ は言葉にするには漠然としたもので あるがままをあ るがままに そう願う誰かの思いに応え生まれてきた のかと己を探ったりもした。 WORDS WOODS 2004

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古事記の時代に、そのように唱え一国を治めた 者が人としていた。 シンはその者が己の生みだし 手かと探りをいれてみたが、答えを得られぬままに ほどなく 東洋のその小さな一国は大陸より渡来し た民族の手で葬られ そうしてシンは己の願いを果 たせぬ世となってゆく様を見つつも まだ力なくただ 黙って大地に起こる様を眺めるしかなかった。 WORDS WOODS 2004

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何千回かの昼が過ぎ、夜が明け、シンは一個 の人に出会う。 その者はシンの存在に気づき、声 をかけ、そうして施しを与えてゆく。 それを受けシン は、やがて人としての様相を備えていったのであっ た。

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ムジナ

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「やめろ！やめろー！」

畑の中に散乱した武装兵たちの粗相に、ムジ ナは激しく抵抗した。他の村人達は遠巻きに眺め ているだけで一言も発しようとしないでいる。そうこ うしているうちに、武装した兵たちは作物を足で更 にと、粉砕しあたりにまき散らしていった。

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「それがどういうことなのかわかっているのか？！ お前らが足蹴にしている作物は、いずれお前達の 腹に収まるかもしれないものなんだぞ！」

「馬鹿いうな。なにも畑がここだけとは限らないだ ろうが。」

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「わはは。そんな本当のこと言っちゃ、この小僧 が余計にカッカするぞ。」

「お前も馬鹿か？それが面白くてやってるんだろ うが。」

元はといえばムジナの姉を目当てにこの村へと やってきた流れ者の一味である。それを一旦は追

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い返したものの、どこをどう取り入ったのか地方の豪 族であるアダタラ氏に取り入り、その立場を利用し ての嫌がらせに来たこともムジナにはわかっていた。 しかし生来の真っ向さが災いしたというのだろう。

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ついに切れたムジナは、手にした農耕器具をふ りかざし、一団の長らしき長身で鼻のでかい男へと 挑みかかった。

カッツンと、音が鳴り響いた。

バシャっと、何か液体のこぼれる音が続く。

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遠巻きに眺めていた村人は我先にと己が家に 走り出していた。

どこか遠くで、ピーと鳴く鳶の声が聞こえたようだ と、ムジナは思った。

崩れ落ちるさなかにふと見上げた空の青さと、そ の後に目に飛び込んでくる深い緑の山影。

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ムジナはそこに何か人影を見たような気がした。

「白い・・・なんだあれは？」

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「ひーひひ！やっちまったなぁお前。どうするよこの 始末は。」

兵のひとりが、赤く濡れそぼった刀剣を手にして いる背の高い男に向って言った。

「埋めちまえ。そうすりゃこの畑も少しはマシにな って、かえって感謝されるこったろうよ。」

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男たちの下卑た笑い声が、青い空に響いていっ た。

ムジナは、消えゆく意識の中で男たちの声をどこ か遠くに聞きながら、またそれとは別の声へと耳を 傾けていた。

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なぜ、こんな奴らがのさばるんだ。なぜ、力ずくで なんでも言いなりにしようとするんだ。そんなの絶対 に間違っているだろう。

なぜ挑発してまで、こちらから掛かってゆくように 仕向ける。力ずくでくるなら最初から力を奮えばい

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いだろう。小賢しい連中め。村のみんなが掛かって きたら前と同じになるとわかって、せこい連中だ。

『そんな連中になぜ真正面から向うのだ？おま えの方が考えが足りぬのだろう』

知るか！そんなこと！俺はただ頭にきたから打 ちかかっただけだ。

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『それでは変わらんな、連中と』

なんだと！

『どれ、任せてみろ』

次の瞬間、笑いながらムジナを埋めようとしてい た男の手が、体から離れ空を飛んでいた。

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青い空に白の雲がすうっと線を引き、そこになだ らかな曲線を描いて、赤の放物線が描かれてゆ く。

「なんだ？！」

長身の男がそうと口にするまでの間に、彼の仲 間たちはひとり、またひとりと、体のあちらこちらを無

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造作に空へと撒き散らし、そうして畑へとまんべん なく広がっていった。

「なんだ？なんなんだおめえは？！」

男の前に、先ほど男がつけた切り傷から血を流 し、左右の手を手首まで真っ赤に染めた、ムジナ

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が立っていた。その目を見たときに男は戦慄を覚え た。

…この野郎、なにか憑きやがった…

ムジナの目はつい先ほどまでの男と寸分変わら ぬ、冷酷で目の前に対峙したモノを物としか思わ

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ない非情さで満ちていた。そしてその表情は、うっ すらと冷淡に微笑んでいるようにも見える。

…ついてねえ日だ。しかもこんなど田舎でか…

覚悟して次の瞬間を待つ男の鼻先に、ムジナ の手が伸びる。

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ふたりの目と目が合わさった瞬間に、男はふと目 の前にいるムジナの姉を思い出していた。

･･･遠くから眺めただけで追い出されたが、あり ゃ、いい女だったな･･･

サクッと、男は何かが刺さるのを感じた。

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『この野郎、こんな時に俺の姉さんを思い浮か べやがって。ゆるせねえ！』

『やめろ！ムジナ。』

男の左肩に指先が、第二関節まで刺さってい た。

『こいつはこの先も使える。殺すな。』

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『うるせえ！俺の姉さんを汚す奴は誰であれ容 赦はしねえ！！』

『やはり貴様は･･･馬鹿だ。』

そう言葉を残して、ムジナの中からその何かは 抜けた。

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手は男の左肩に入り込み、心の臓へとたどり着 こうとしていた。

『わざわざ手を貸してやったというのに、見込み 違いか』

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そうムジナに聞こえたかと思うやいなや、ムジナは 再び力なく後方へと倒れ、男の肩口から自然と手 が抜けてゆく。

あたりには人気もなく、家々から伺いに出る顔 ひとつない。

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畑には散乱した人の一部が散らばり、その中央 にまともな姿の、動かない二つの人影が細々と息 をしていた。

『それでも無いよりはましと考えるか』

『悩みどころではあるな』

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ムジナと、そして左肩からの出血で気が遠くなる 男にだけ、その声が響いていた。

『ここらで手をうつか・・・』

どこかでピーと鳶が鳴いている。

それ以外は音も無い、静かな山村の、ある晴 れた日の昼下がりであった。

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子犬

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その日は朝から日差しが暖かく、そして風に香る ように野の花の匂いがさらりと立ち込めていた。

生成りの生地に身を包んだシンは、一旦洞窟 から外へ出ると大きく伸びをし、そして朝焼けの空 を、腕組みしながらじっと眺めた。

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洞窟の奥ではムジナとサンゴウが大いびきをかい て寝入っている。

「もう季節が三度も巡ったのか。体を持つという のは時間の流れがゆったりとして、いいものだな。」

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ぼつり、誰にともなくシンが呟いた。その表情はこ こ数日のできごとに鬼の形相を成してきたそぶりな ど微塵も感じさせずに、ただただ穏やかに見える。

シンの足元にいつの間に来たのか、一匹の子犬 が擦り寄っていた。茶色の短い毛並みには、所々 血痕がこびりついている。右の耳は誰にやられたの

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か、噛み千切られた跡が見えた。それでも足は四 本ともあり、足に擦り付ける頭には力強ささえ感じ られる。

「なんだおまえ、どこから来た？山犬の子か？ど れ…」

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シンは言いながら子犬の頭に手を寄せると、そっ とその頭を撫ではじめた。ムジナが起きてこの様子 を見たならば、ありえぬことと驚いてまたわけのわか らぬ囃したてをしたことだろう。

子犬は気持ちよさそうに頭を撫でられていた。

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橙色の朝焼けが次第にその色を薄れさせてゆ き、あたりはだんだんと秋晴れの景色を明るく映り だしてゆく。

眼下に広がる平野には、所々に水田の様相を 成しつつあり、黄金色の穂波が色めいている。

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青い空には鰯雲が、なだらかな形状で皆頭を 揃えて、西の空へと泳ぎ去ろうとしているようにも見 えた。

「さて、いよいよ始まるか。盛大なみものだな。」

子犬に片手をあずけながら、シンはそう呟く。

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この地での最初の難関に、これから立ち向かお うとしているのだった。

「バカ二匹め、はぐれるなよ。」

普段は、代わりなどいくらでもいるとそう言いつづ けてきたムジナとサンゴウに、これから立ち向かう難 題を前につい本音を漏らしてしまうシンであった。

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子犬は必死にその手に噛み付いている。

振りほどこうともせずに飽きるのを待つ間、シンの 胸中には一抹の不安が陰となってよぎった。

「いかんな、わずかばかりでも囚われれば気後れ する。そうであれば不安は形を成す。」

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ひとり言が多いと思ったのか、シンはそう言うと、 まだじゃれつく子犬の鼻先をパチンと軽く小突き、そ してまた大きく伸びを繰り返した。

くうんと鳴く子犬はそのままその場にしゃがみこむ と、自らの毛づくろいをはじめ、そしてあたりはただた だ静かな、秋の朝へと変貌してゆくのであった。

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運命

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ムジナの弔いを終え、サンゴウにあとの世話を任 せると告げて立ち去ったシンは、ものごとをいつもど おりに捕らえることができぬ様子で、ふらふらと山へ 分け入っていた。

藪の中、道なき道を歩いてゆく。

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指先は木々に阻まれ、血が幾条にも流れ出し ていた。

腕や足からも、顔からも。

鳶の鳴き声が聞こえた後から、野鳥の鳴き声が ピタリと止んだ気配がした。

すると、どこからか獣の気配が漂ってくる。

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ガサガサといくつも、音が並んで追いかけてくるよ うだった。

空気は冷やかで空々しくあり、陽光は刺しつけ るように強く、景色はどこか遠くの風景に見え、踏 み込む地面は時に行く手を阻み、背には追われる 感触が纏わりつく･･･

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やがてシンは、山の中腹へとたどり着いた。

大きな湖だった。

湖の対岸にアサマ型の大きな山が見える。山 頂部を白い雪で包み、なだらかで大きな山裾を広 げていた。

「なぜ奴はあそこで死ぬ必要があったというのだ」

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怒りに任せてシンはそう言い捨てた。

「さだめだと言うのならばその釈明をしろ。なぜ奴 を連れてゆく。奴にはまだまだ経験が必要だった。 まだまだ俺の元で学ぶ必要があった。なのになぜ、 貴様等はいつも気まぐれで勝手なのだ」

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湖畔に話しかけているのか、あるいはその向こう の山々へと吐き捨てているのか。

「この世に無駄なものなど何もないのだ。俺には 奴も必要なものであったのだ。それをなぜ、あんな 些細なできごとで、あの馬鹿はあれでは二度と俺 の役にはたたぬではないか。これからもまだまだこき

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使おうと考えてあれもこれもと計画をしてあったのに、 なぜこんなことで頓挫させられねばならぬ」

「奴の姉になんと説明すればいいのだ」

「釈明をしろ、今すぐに、ここでだ」

途端にあたりの景色が一変し、夜が訪れた。陽 光は姿を消して星明りが瞬いている。足元にあっ

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た地面は不確かな空間へとすりかわり、その下方 に先ほどまでの湖が全貌を現していた。目の前に は大きな山があり、その向こうには海が見えた。

「サンゴウのように俺は安易に納得などしない。 貴様らが勝手に連れ去っただけのことなのだから、 今すぐに返せ。ムジナはまだ連れてはいかせぬ。そ

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のために一旦あの場所へと器を隠した。さあ、これ だけの手間をかけたのだからとっとと言うとおりにして もらおうか」

景色の変化にも気づかぬほどに、シンは己の思 いをあからさま広げていった。まるでそうすることで本

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当にムジナが生き返ると、そう思っているかのよう に。

生き物たちの寝息が、あたりに静かに満ちる頃、 シンはまだそこに立ち、返るはずもない返事を待ち つづけていた。もう何時間が過ぎたのだろうか。ある いは何日も過ぎているのだろうか。そのことを問いか

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けようとする輩はここにはいない。いるのはただ虚を 睨み立つシンと、穏やかに寝息をたてる万物のみ であった。

「応えを」

シンは時折思い出したようにそう呟き、そしてま た黙りこむ。

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誰からも応えはない。

「ムジナは、真直ぐにものを言う素直な奴だった。 相手が誰であれ怖気づくこともなく、思ったままをそ のまま言う。おかげで何度となくいらぬ問題を起こし はしたが、おかげでいくつかの難問があっさりと片付 いたこともある」

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「いる時はたいして重要だとは思っていなかった。 どこにでもああいった直情的なものはいるのだろうし、 またこれといって秀でた能力があるわけではなかった ので、それほど気にもかけずにいた。むしろ奴は俺を 唯一無二と決め付け、何事につけても己で決める ということをしなくなっていったのだから、それが無性 に癇に障った。なぜ己の考えをもっと煮詰めぬうち -

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に俺に任そうとするのだ。そこまでの度量は俺には ない。だがそうとも言えぬ！」

「サンゴウとつるみ、女を追いかけては帰ってきて 泣く。相手の女が嫌だといえばその言葉を真に受 けて、また泣く。力づくでものにしてこいとサンゴウか ら言われても、姉に教わったことだから自分は絶対

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にそんなことはしないと真顔で言う。馬鹿な小僧な んだよ、奴は。だからこそまだまだ生きて、現実を見 据える経験を必要としているのだ。まだまだ次へと 進むべきではない。」

「とはいえもう一度最初からやり直す必要がある ほどの馬鹿ではない。はじめに出会った時から変わ

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らないところといえば、あの姉思いの思い込みぐらい だ。それ以外はなかなかよく成長してきたと思う。

弓の腕も上達したのだし、行動も無謀なものは だんだんと失せていった。もう一度最初からはじめ るほどには愚かではないのだ。」

「応えろ！」

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すうっと飲み込まれるようにシンの言葉が夜空へ と溶けてゆく。あたりの穏やかさが返ってシンの感情 を逆撫でしていった。

「貴様らのしたことなのになぜ応えぬ！それとも 預かり知らぬことだとでも言うのか？！」

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爆発した怒りも、先ほどの言葉とともにあたりの 穏やかさへと吸い込まれ、四散してゆく。

そうしてまた、時が流れた。

しかし夜は一向に明ける気配がない。

「ムジナ・・・」

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シンの呟きにふと、あたりの空気がそよいだような 気がした。

「お前はどうなのだ。もう戻るのは嫌なのか？」

穏やかであった気配が、少しざわめきだしてい る。

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「考えてみれば俺も勝手なことを言っている。お 前の意向はどうなのだ？それともまた俺任せなの か？」

満天の星空から、星の瞬きが揺れたかと思うと、 その光は集約されてひとりの人影を形作る。

シンの目の前に、ムジナの姿が現れた。

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「お前がもう嫌だというのなら、しょうがない。納 得してやる」

幻想かといぶかり、シンはムジナの影に目線を 差す。まやかしならば消え去れと言わんばかりに、 強く。

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ムジナは視線を足元へと落とし、何事かを考え ているようだった。その変わりない優柔不断さにまた、 シンは冷やかな己の言葉をかけ、己の憂さを晴ら そうとした。

「考えたところで答えはでぬ。どう感じているのか を己に問え。お前はもう一度元に戻って、更にこの

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先を行きたいと願うのか？それとももうこれで良いと 感じているのか？」

ムジナの影がその言葉に反応して、顔をあげ た。

「行くか？やめるか？二度は聞かんぞ」

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行く！

そう答えが、聞こえた。あたりの静寂に混じりな がらも強く。

遠く空に朝日が昇り始めていた。

「よし。」

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シンはそう答え、ようやっと全身に入りすぎていた 力をほどいた。肩や腕が痙攣するほどに込められて いた緊張が、解けてゆく。

やがて山から降りサンゴウの元へと帰ったシンの 傍らには、一匹の山犬が彼を守るようについてきて いた。

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サンゴウはその様子を見て、驚きもせずたずね る。

「そいつはこの馬鹿の代わりですか？」

「いいや、こいつは帰ってきたムジナだ」

「なるほど。言われてみれば良く似た顔つきだ」

そう言われてはじめて山犬が吠えた。 -

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「この野郎、まだ昔のことを根にもってやがる。や っぱこいつは間違いなく馬鹿のムジナですね」

「これで貴様も取って返してムジナの姉とねんご ろになろうなどと思うまい」

「なるほど、それは考えてもみなかった。言われて みれば確かにその手もありましたね。

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けれどこいつがいては、なるほど、確かにそんなこ とをしようものなら前よりも勝手が悪い。」

「なんだ貴様、犬が怖いのか？」

「いやそうでなくて。これまで以上に言葉が通じ ないのかと思うと、今から少し気が重いだけです。 まあ、それほど変わりはないか。」

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馬鹿笑いするサンゴウに、飛び掛る山犬のムジ ナ。その様子を見て失った寂しさを紛らわせ、シン は微笑んだ。積んだ土に向ってその微笑を投げ、 そして声に出さずに一言を告げる。

「まただな、ムジナ。どこかで会おう」

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見上げた空はにはもう春の色合いが強く出てい た。霞のかかったような青さの下で、広い平野が南 からの風を心待ちにしているようにも見える。遠く群 生する木々の枝葉には、ポツリポツリと白っぽい色 合いがまぎれて見える。

また、どこか遠くで鳶が鳴いた。

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シンにはその音が追悼にも思えたのだが、気を 取り直し言いきかせるように言葉に出す。

「ムジナ！サンゴウ！ゆくぞ」

声をかけられたふたりはあっさりと喧嘩を終いにし、 シンの後をついて歩き出すのだった。

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サンゴウ

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もはや他に手だては無いと、シンは覚悟した。

「サンゴウ、そいつから離れろ」

そいつと呼びかけるシンの顔を虚ろに眺めながら、 サンゴウはしかし乾いた舌先で力なく言った。

「いやですよ。こいつはそんな名前じゃないんで すから」

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骨と皮だけになった手が力なくだが、しっかりと山 犬の首をなでつける。山犬もまた力なくサンゴウの 隣にうずくまっている。

「そいつはただの犬だ！ムジナなんかじゃね え！」

「馬鹿言っちゃいけねえ。

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シンさんあんた腹が減って気が立ってるんだ。

こいつはあのムジナとは違うかもしれないけど、 間違いなくムジナですよ。あんたがそう名付けて連 れてきたんじゃねえですか」

洞窟の行き止まりはこれでもかというくらいに乾 いていて、入り口の方から日差しの名残だろう熱

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波と光がうっすら届いている。その薄暗がりの中で、 もう何日食べるものを口にしていないのだろう、ガリ ガリに痩せて目と鼻だけが際立つサンゴウと、毛皮 ごしにも骨と皮だけとなっているムジナが、息も絶え 絶えに暑さをしのいでいた。

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洞窟の入り口近くに立っていた人影が、暑さも 気にならぬといった風情で歩いてくる。それでもしか し衣の下に見える肌には肋骨が浮き上がって見え た。

「サンゴウ、変な情に流されるな。食わなきゃ死 ぬぞ貴様は！」

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乾いた唇にはがれた皮膚を浮かべて、シンが言 う。

「そんなこと言ったってここら辺は飢饉なんだ。ど うしようも無いこと言ってもはじまらない。」

「だからそいつから手を離せと言っているんだ！」

「そればっかりは勘弁です。」

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怒りの形相でシンはサンゴウを睨みつけるのだが、 逆光になってサンゴウからはその表情がうかがえな い。いやそれ以前にもはや光すら捉えられなくなっ ているのではないかと、シンはサンゴウの瞳に浮かぶ 開きかけた瞳孔に目をとめ、更にきつい声を張り上 げた。

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「いい加減にしろ！そこまで言うのならもう一々 貴様に断りはせん！」

言い終えるかいなや、シンはサンゴウへと近寄り ムジナに手を伸ばす。その手をバシッと振り払うサン ゴウの瞳にはかつて見た冷酷さが宿っていた。

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「よしてください。いくらあんたでもこればっかりは 力ずくでも止めますよ。」

その言葉の鬼気を感じて、シンも鬼の形相とな ってゆく。

「言ってもわからんのだから仕方あるまい。貴様 に今死なれては困るのだ。」

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「俺がですか？あんたは自分が助かりたいからこ いつを食おうって言ってるんじゃないんですか。」

「馬鹿なことを。それならばとうの昔に貴様らなど 見捨ててこの地を離れているわ。言いがかりもはな はだしい。」

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鬼気迫る睨み合いのままふたりとも動こうとしな い。

「あんた本当に人間じゃないのか？前のムジナ が生きていた時妙なことを言っていたが、あんたが あの時奴に憑いたモンなのか？」

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kokoronorikutu

「そんなことは今はどうでもいい！とにかくそいつを こちらに引き渡せ！」

シンの手がまた山犬に伸びる。その手をまた力 強くバシッとサンゴウが振り払う。

「なぜそんなにまでしてこの犬を！」

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

シンがサンゴウの襟を両手で掴むと、サンゴウの 瞳にわずかばかり光が宿った。

「あんたが何を思ってそうしようとしているのかま ではわかりませんが、このムジナまで見殺しにしたら たぶんあんたは立ち直れないでしょう。

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

それにどうせこいつを食ったところで、俺ぁもうそん なには長くないですから。」

「何を勝手に決めつける！生きられないとはな んだ！誰が立ち直れないだと！」

襟を掴む手に更に力をこめて、シンは叫ぶように 続ける。

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

「手前勝手に決め付けるのはかまわんが、せめ て最後まで抗え！出ていない結果を見ずに判断 するな！食えばまた元気になるだろう、そう思って 食わなければ食われるほうも浮かばれぬ！」

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

「そういうところが、良いところなんですけどもねえ。 そんなのだから化け物かもしれないと思いつつここま でついて来たんですよ。

前のムジナもきっとそうでしょうよ。だからあんなこ とになっても、きっとあんたを恨んでなんかいません て。」

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kokoronorikutu

「今はそういう話しをしているのではない！貴様 が生きるか死ぬかの話をしているのだ！」

「だからそれはもう結果が出ているんですって。」

「馬鹿を言うな！貴様はまだこうして話ができる ではないか！諦めるな！」

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kokoronorikutu

「ですから、こうやって話しているのはあなたが頭 で思い描いている幻なんですって。」

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kokoronorikutu

妙に落ち着いた声で、サンゴウは淡々と、先ほ どまでの鬼気をいつの間にか消し去って、話を続け た。

「もうここへきて何週間になったと思っているんで すか、シンさん。しっかりしてくださいよ。

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俺ぁもこいつも、もうとうの昔に息なんかしちゃい ない。それを認めようとしないあんただから、いつま でたってもこんなところにいやがる。」

「とっとと、先へ進んでくださいよ。ここまでなかな か楽しかったです。俺は一足先に前のムジナを探 しに行って、見つけたらあいつの姉を嫁にして幸せ

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に暮らしますや。このムジナもすみませんが一緒に 連れて行きますから」

そう言い終えるか終えないかの間に、シンの手か らサンゴウの息遣いが消えていった。驚きを隠せな いシンはその隣にいる山犬へと目を凝らすと、確か に息をしてはいない。

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kokoronorikutu

「まだわからないんですかい？俺らはもうここには いません。あんたのせいじゃありませんよ、こりゃしょ うがないことなんですから。」

「なぜだ、なぜこんなことが」

「あんたがいつまでも現実を受け入れないから、 こんな珍しいことにもなったのかもしれませんね。ま

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あ、俺ぁもこんなのははじめてだし、ひょっとしたらみ んな死んだとしても誰かの思いが強ければこんなこ とよくあるのかもしれませんがね。

どっちにしたって俺ぁにもこんなのははじめてだ」

「おい！サンゴウ！逝くな、こんなことぐらいで」

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「無理を言っちゃいけませんな。人間食わなきゃ 死ぬ。それが確かめられたと言うことで俺ぁけっこう 満足してるんですがね。

それ以外のことはあんたのおかげでよほど沢山、 経験してきましたから、満足ですや。」

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その言葉を最後に、目の前にいるものはかきき えていた。

こぼれる涙のままに、シンはその場で膝をつき、 そして数日前のできごとをありありと思い出していっ た。

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穴を掘った、乾いた大地に。

広く大きな穴だった。

この洞窟からそう遠くない村で、飢饉だと言うか らなんとかしようと頑張り、深く広い穴を掘った。

水が出ないかと闇雲に掘り進めるうちに、ひとり、 またひとりと、村の人間は手伝いに来なくなった。

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それでも掘り進めるうちに、わずかに湿気を帯び た層が出た。

犬のムジナがその部分を嬉しそうに舐めた。

サンゴウがもう少し掘れば何とかなるかもしれま せんねと言った。

村の人間がまた手伝いに来るようになった。 WORDS WOODS 2004 100 -

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そして

水は出ないまま、サンゴウが倒れ

ムジナもまたそれにならうように倒れた。

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シンは別の場所に僅かな穴を掘り、ふたりを弔 った。

その間に、村には水が出た。

それを見届けてシンはこの洞窟へと訪れ

そして数日間を過ごした。

「サンゴウ･･･すまない。」 WORDS WOODS 2004 102 -

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『何をですかい？謝られるようなことなどなんもあ りませんぜ』

「嘘をつけ。貴様は本当は取って返して、ムジナ の姉と添い遂げたかったのであろうが」

『それは俺ぁの領分ですから、あんたが気にする こっちゃありませんて』

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「それでも、すまん」

『へいへい。気のすむように』

そうして暫くの間、シンは壁に背をつけて座り込 んでいた。

外はまだ暑さが厳しく、出てゆく気力もわいてこ ない。 WORDS WOODS 2004 104 -

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「俺はただの化け物なのかもしれんな。」

そう呟くと、膝を抱える力が抜けてゆくような気 がした。

「やり方を考えてもこれでは埒があかん。誰かに 学ぶ必要があるのかもしれぬ。」

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再び力を込めて膝を抱えると、シンは声を殺し て泣き出していた。

鳶の鳴き声はこの地には聞こえないでいる。

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結び

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降る雨に打たれながら

積もる雪に身をさらし

日差しの下でカラカラに乾いて

落ち葉を踏みしめる WORDS WOODS 2004 108 -

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そうして

時は流れた

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いつしかシンもその借物の肉体を朽ち果てさせ

気がついたときには

森となっていた

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多くの命に囲まれて

生まれ、育ち、食べて食べられ

繰り返す命の連鎖を何も感じないままに

何千回かの夜が来た WORDS WOODS 2004 111 -

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THEORIA ANIMI

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森となったシンの心にはそれでもまだかつての後 悔だけが根強く残っていた

何度となく繰り返される生き死にを繰り返し目 の前で見せ付けられても

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かつての３体の生命を己の采配から失わせてし まったことに

いや

そうとなっても恨み言ひとつ残さず

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目の前から消え去っていったできごとに

囚われていた

やがて森がその命を終えたのち

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THEORIA ANIMI

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シンは再び人の身となる決心をした

いくら考えても何を見て学ぼうとも

人となる以外に今己におきているどうしようもな い心の迷いは

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

晴れないと気がついたからだ

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そうして彼は人の夫婦の元へと

その求める要請に割り込んで一個の受精卵へ ともぐりこんでいった

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

女は夫を求めながら、その内に生まれくる魂を 欲していた

男は妻をいだきながら、彼女と共に守り息づく 己の分身を欲していた

WORDS WOODS 2004 118 -

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

そこへ割り込んだシンは、それではすまぬと思っ たのか

本来くるはずの魂へとはたらきかけ

そうして人の子として

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

双子のひとりとして産声をあげた

時はかつてからどれほどの螺旋を描いたのだろう か

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

変わりなく空には鳶がゆったりと舞い、雲が流れ てゆく

人の世は荒れ果てて、誰かしら末世だのとのた まい念仏が巷に流れるころ

ひとつの肉体を分けあった二つの魂が WORDS WOODS 2004 121 -

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

互いの運命を自らの思うままに描き線をひいて ゆく

穏やかに人となりて、太古の意思から生まれた 兄と

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

求めに導かれ精を受けた弟の

ふたつの軌跡

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

季節の移ろいのように確かでしかしあやふやな 人としての学びがはじまる。

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THEORIA ANIMI

kokoronorikutu

おわり WORDS WOODS 2004 125 -

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穏やかに人となりて

著作： Memen Ders 写真： HITOSHI KATSUMATA 編集： COCOROZASI.NET

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