研究論文:論説 研究論文 :
デザイン学研究執筆要領に関する検討 設計理念の進化とその表現型としての人工物 ―執筆要領改正 (3)
Instructions for Contributors the Bulletin JSSD Evolution of Design Ideas and to Artifacts as TheirofPhenotype ―Study of the Regional Museum (3) ● 千葉花子 ● 松井実
千葉大学大学院 千葉大学大学院
● 小野健太 千葉太郎 ● 千葉大学 千葉大学
Matsui Minoru Chiba Hanako Graduate School of Graduate School of Chiba ChibaUniversity University
● 渡邉誠 筑波太郎 ● 千葉大学 筑波大学
Ono Kenta Chiba Taro Chiba University Chiba University
Watanabe Makoto Tsukuba Taro Chiba University of Tsukuba University
Evolutionary Design, Extended Phenotype, Memetics ● Key words: words:Characteristic Analysis, Management, Regional Museum ● Key 要旨
進化理論の適用範囲は生物にとどまらない.本稿は文化進化
1. はじめに 人工物の設計が辿る変化を論じるにあたって,ダーウィン的
の議論を基盤に,設計の進化について論じる.設計は 2 つに大
な進化の理論を適用しようとする試みはあっても少ない.近
別される.一方は理念で,機能に関するアイディアや情報である.
年,進化理論が生物にとどまらず文化,倫理,心理,量子,果
他方は設計理念に基づいて開発された製品などである.本稿は,
ては宇宙まで,あらゆるものの変化を説明する強力なツールと
前者の設計理念は進化するが,後者の人工物は進化の主体では
して認識され,進化心理学,宇宙進化学といった独自の研究プ
ないことを示す.設計理念とその発露としての人工物の関係は, 生物学における遺伝子型と表現型の関係に似ている.表現型と は,腕や目,行動などをさし,遺伝子型はその原因となる遺伝 子の構成をさす.表現型は,生物の製作するものをさすことが ある.たとえば鳥の巣やビーバーが製作するダムなどで,「延長 された表現型」とよばれる.人工物は設計の表現型ではあるが, 人間の延長された表現型ではない.人工物は文化的遺伝子の発 露であって,人間の遺伝子の発露ではない.もしそうであれば, 人工物の良し悪しによってその製作者の遺伝子が繁栄するか否 かが影響されなければならないからだ.進化理論は,とらえが たい複雑な現象である設計を理解するには非常に有用である.
ログラムを発展させているのに比して[注 1][注 2],デザイ ン学における進化理論は,ふさわしい注目を得ていないといえ る.なぜなら,進化理論の創始者であるダーウィン自身が「種 の起源」で生物の進化の事例と人工物の進化の事例を類型とし て評価しているのをはじめとして,生物学的な進化はしばしば 人工物の設計と照らし合わせて説明・議論されるほどに設計の 諸問題と進化理論の提供する知見の適合性が高いと認識されて いるからである.そのため本稿では既に一定の成果を挙げ議論 が成熟している他の進化的な研究プログラムを参照しつつ,デ ザイン学の分野において進化理論を基盤として議論する際に特 に問題となるアイディアと人工物の関係について主に論じるこ とにする.
Summary Evolutionary theory is applicable in design as well as biol-
ションで用いられたり,新商品の開発を説明する際に安易に用
ogy. In this paper, we discuss evolutionary design based on
いられる.「進化しつづける掃除機」とか「退化した車のデザ
cultural evolution theories. Design comprises of two parts:
イン」,「企業の遺伝子」「前モデルからの正統進化」といった
one is ideas on function, and the other is artefacts devel-
用法は,18 世紀的用法であるか混同されていると Langrish は
oped based on such ideas. We argue that design ideas do
指摘する[注 3].このような捉え方の問題は,掃除機や企業
evolve, whilst artefacts are not the unit of natural selection.
が「進歩」しているという前提にもとづいている点である.社
The relationship between design ideas and their resulting
会科学においてもしばしば,進化はあらゆるタイプの進歩や向
artefacts are analogous to genotype and phenotype in biological research. Phenotype is what living object looks like, such as arms eyes, and behaviours. Phenotype sometimes refer to the production of living organisms, such as bird's nest and beaver's dam. These so-called 'extended phenotypes' do not include artefacts which are the phenotypes of cultural genes. If they were, the fitness of the artefacts should have affected the prosperity of the manufacturers and the designers of the artefacts.
工業デザインの分野では,進化という言葉は製品のプロモー
上をさして用いられる用語である.これらは,暗闇で長年生息 してきた結果失われたモグラの視力のような退化も進化である と捉える「非進歩的」な生物学的な進化とのアナロジーにはほ とんど耐えない.本稿では,このような「進化とはよりよくなっ ていくことである」というポピュラーな理解ではなく,生物学 的な進化理論の知見にもとづいて設計における進化について考 察する.具体的には,設計のアイディアが人工物に落とし込ま れる道筋とその関係性について進化の文脈で説明する.本稿の 主張は,人工物は淘汰の単位ではない[注 1][注 3]が,設 計は進化するため[注 4][注 5],人工物もまたその影響を直