国際演劇年鑑2021 ― 世界の舞台芸術を知る (Theatre Yearbook 2021 ― Theatre Abroad)

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Foreword

はじめに

公 益 社 団 法 人 国 際 演 劇 協 会日本センターは、ユネスコ( 国 連 教 育 科 学 文 化 機 関 )傘 下の NGOです。世 界 約 90の国や地 域のナショナル・センター、職 能 団 体とつながるネットワーク「 International Theatre Institute( I TI )」の一員です。 ユネスコ憲 章の前 文には、 「 戦 争は人の心の中で生まれるものであり、人の心の 中に平 和のとりでを築かなければならない」と書かれています。当センターの定 款 その目的を「ユネスコ憲 章の趣旨に基づき、各 国 相 互の理 解を深め、 第 3 条には、 広く演 劇 舞 踊の創 造と交 流を促 進することで、我が国の文 化の発 展と平 和の実 現に寄与することを目的とする」と定めています。

昨 年 来のコロナ禍は世 界に大きな打 撃を与えましたが、各 国が精 一 杯 工 夫し、 舞 台 芸 術 活 動に挑 戦している姿をIC T( 情 報 通 信 技 術 ) を通じて知ることができ ました。世 界の舞 台 人 / 観 客が、 アートへの参 加を求めているのです。演 劇や舞 踊の創 作 、鑑 賞は、人が時 間と空 間を共 有し人 間と社 会について考えることを促 します。舞 台 芸 術が人々に果たす役割が変わることはないでしょう。

当センターは、1972年 以 来『 国 際 演 劇 年 鑑 』 ( Theatre Yearbook )を継 続し て発 行し1997年からは 2 分 冊とし、 「 Theatre in Japan」 ( 英 語 版 )を海 外 向け に、 「 Theatre Abroad」 (日本 語 版 ) を日本の読 者 向けに編 集しています。平 成 23 ( 2011)年 度からは、文 化 庁「 次 代の文 化を担う新 進 芸 術 家 育 成 事 業 」として、 委託を受けて実 施しています。


また、同 事 業において、国 際 的な演 劇 交 流 促 進のための調 査・研 究 活 動とし て、世 界の優れた戯 曲を紹 介するリーディング公 演を2009年 以 来 継 続していま す。今 年 度は「 紛 争地域から生まれた演劇」シリーズの 12回目( 12年目) として、 イ スラエルの作 家による作品を日本初訳し紹介しました。

舞台芸術を通して世界と日本のつながりを保ち、文化の発展と平和の実現を図 るための活 動 基 盤として当年鑑を広く活用していただくことを願っています。

今 後とも、当センターの活 動に対して、皆 様からのご支 援・ご協力を賜りますよう お願い申し上げます。

2021年 3月27日 ワールド・シアター・デイを記念して

国際演劇協会( I TI /UNESCO) 日本センター 会長

永井多恵子


目 次 ワールド・シアター・デイ メッセージ ヘレン・ ミレン

007

世界の舞台芸術を知る 2019/20 アジア・アフリカ 中国 オンライン演劇の模索と劇場の再開/田村 容子

014

中国・香港

022

台湾

030

韓国

038

ヤオ リーチュン

水の如く揺るぎなく/姚 立群

ソンゴン

新型コロナウィルス感染症がもたらした演劇的課題/李 星坤

パキスタン

049

チュン ピンキュン

未曽有の二つの脅威に演劇はどう応えるか/張 秉權

女性の地位向上のための演劇/シーマー・ケルマーニー

エジプト それでもなお演劇は語る/ムハンマド・ハミース

058

南北アメリカ・オセアニア 069

カナダ

078

アメリカ パンデミックが浮き彫りにした「壁」、 「対話」の要求とその不可能性/外岡 尚美

088

チリ 再会する日まで/カルメン・ロメロ・ケロ

新たな創造の可能性に向かって/神崎 舞

ヨーロッパ オーストラリア

097

難民家族の壮大な叙事詩/佐和田 敬司

イギリス パンデミックとBLMに連動して/本橋 哲也

106

ドイツ/オーストリア/スイス 逆境の極みで試される想像/創造力 ―あたらしい時空間と距離を前提にした演劇制作の試み/萩原 健

116 126

フランス コロナ禍の絶望と希望のなかで問い直される演劇の公共性/藤井 慎太郎 イタリア 「COVID-19以後」に演劇の役割が見直される?/山ノ内 春彦

138 146

156

スペイン

俳優の肉体が舞台上にあるとき、 ないとき/田尻 陽一

ポーランド 新型コロナウイルスの影響とオンライン活動、 #MeToo・カトリックそして女性/岩田 美保 168

とき

ハンガリー 戦乱の刻―パンデミック、 劇場政策と#MeToo、 演劇・映画芸術大学自治問題/トムパ・アンドレア 179

スウェーデン コロナ禍のスウェーデン演劇界 ―困難な状況に立ち向かう人々に拍手を―/小牧 游 188

ロシア 急速に活性化したデジタル革命、 不透明な劇場の「再起動」/篠崎 直也


シアター・トピックス 2020

〈座談会〉 コロナ禍の先へ 大劇場の模索と未来への展望 ―松竹、 東宝、 劇団四季のトップに聞く/ 安孫子 正、 池田 篤郎、 吉田 智誉樹(司会:永井 多惠子) 198 100年前のスペインかぜと同時代演劇/後藤 隆基

220

統覚の複数性―ダムタイプの方へ/内野 儀

232

〈追悼・別役実〉ベケットの影響のもとに―別役実とピンター、 ストッパード―/谷岡 健彦

242

〈資料〉翻訳出版・海外公演された別役実作品/編集部編

特集

250

紛争地域から生まれた演劇 12

リーディングの域を超えた本息の上演/河野 孝

能・狂言

262

日本の舞台芸術を知る 2020

変わるもの・変わらぬもの/小田 幸子

274

歌舞伎 コロナ禍による休演と再開/矢内 賢二

284

文楽 コロナの時代の文楽/亀岡 典子 ミュージカル

大豊作は消えたけれど/萩尾 瞳

でも、 再び幕は上がる/山口 宏子 現代演劇 コロナ禍で閉ざされた劇場。 児童青少年演劇

291

子どもたちと出会うために/太田 昭

日本舞踊 日本舞踊の未来に―内省の時/平野 英俊

308 319

328

全力で対応/うらわ まこと 336 バレエ コロナ禍のもと、 コンテンポラリーダンス・舞踏 コロナ危機に強まるエンゲージメント、 身体に回帰する世界/堤 広志 346 テレビドラマ コロナ禍でのメッセージ/中町 綾子 編集後記 世界の国際演劇協会センター

372

365

358

299


《凡例》 • 「世界の舞台芸術を知る」では、主に前年の公演シーズン (10月~翌年9月)の舞台 芸術の動向について報告します。 • 「日本の舞台芸術を知る」 「シアター・ トピックス」では、前年の1月から12月の舞台芸 術の動向について報告します。 • 姓名の表記順については、個人の属する国・地域の慣習に従って記載しています。ただ し、著者プロフィールでの姓名表記は、姓を持たない個人の場合などを除いて、 〈 姓, 名〉 としています。 • 外国語の人名、作品名、劇場名などのあとには、原則として、丸括弧で原語の表記を付 記しています。ただし、原語がキリル文字やアラビア文字、漢字圏以外のアジア諸国の 文字などの場合は、便宜上、 ラテンアルファベットに翻字して記載しています。 • 外国語の人名、作品名、劇場名などの表記は、 それぞれのことばの日本語化の程度を 考慮しつつ、慣用の形を尊重しています。慣用が熟していないものは、新聞社・放送局 等の用字用語集等に使用されている規則を参考に、原音を日本語音に置き換えてい ます。 • 作品名、劇場名などの固有名詞については、 オフィシャルな和訳/英訳がある場合は それを採用し、 そうでない場合は新規訳出したものを掲載しています。


3.27

World Theatre Day ワールド・シアター・デイ 世 界 の 舞 台 人 が 舞 台 芸 術を通して平 和を願い、 演 劇 へ の 思いを共 有 する日《ワールド・シアター・デイ》は、

7

国 際 演 劇 協 会( I T I )フィンランドセンターの 提 案 から出 発し、 1 9 6 1 年に I T I 本 部によって創 設されました。 3 月2 7日は、I T I が 1 9 5 4 年 から主 催し、 歌 舞 伎 や 京 劇 、ベルリナー・アンサンブルやモスクワ芸 術 座など、 世 界 各 国 の 演 劇を紹 介してきた国 際 的な舞 台 芸 術フェスティバルの 先 駆け 「シアター・オブ・ネイションズ」 ( T h é â t r e d e s N a t i o n s=諸 国 民 演 劇 祭 )の 1 9 6 2 年 開 催 初日に当たります 。 以 来 、毎 年 3 月2 7日には、各 地 の I T I ナショナル・センターをはじめとする 世 界 の 舞 台 芸 術 関 連 団 体によって記 念イベントが 開 催され 、 多くの 演 劇 活 動 が 行われています 。 その中 心になるものの 一 つが パリのユネスコ本 部 でとり行われるセレモニーで、 1 9 6 2 年 のジャン・コクトーをはじめ、アーサー・ミラー、 ローレンス・オリヴィエ 、 ピーター・ブルック、ウジェーヌ・イヨネスコ、 アリアーヌ・ムヌーシュキン、ジョン・マルコヴィッチ、 ダリオ・フォなど、 I T I によって招 聘された舞 台 人 が 、世 界に向けてメッセージを発 信しています 。 世界の舞台芸術を知る

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World Theatre Day Message ワールド・シアター・デイ メッセージ

Helen Mirren

ヘレン・ミレン(イギリス)

撮影:Trevor Leighton

ライブパフォーマンスにとって受 難 の 日々が 続き、元 来 不 安 定なアーティスト 8

や 裏 方 の みなさんが 奮闘しています。 これまで の 日々 の 不 安が 、コロナ禍をウィットと勇 気 で 乗り越えることに つ ながっているのだと思 います。 舞 台 芸 術 に 携 わる人々 のものを生 み 出 す 想 像 力 は 、早くも、新しい 環 境 の 中で、独 創 的で、楽しくて、心 震えるコミュニケーションに 姿を変えています。 もちろんこれはインターネットのおか げ でもあります。 この 惑 星 に 生まれてからずっと、人 類 は互 い に 物 語を伝え合 い 続けてきまし た。人 類が 存 在する限り、舞台芸術という美しい 文 化 は生き続けます。 作 家 、美 術 家 、ダ ンサ ー 、シンガ ー 、俳 優 、音 楽 家 、演 出 家 。彼らの 創 作 へ の 執 念 は 、決して窒 息しません。近 い 将 来また 花 開きます。私 たち世 界 中 の 人々 の 新しい 共 通 認識 の 上 に、新しいエネルギーを持って。 その 日が 待ち遠しい!


Helen Mirren

ヘレン・ミレン

俳優。演劇、映画、テレビなど、国際的に多方面で活躍。力強く多彩な演技が高く評価さ れており、映画『クイーン(Queen)』での2007年のアカデミー賞、ゴールデン・グローブ 賞をはじめ受賞多数。2003年には英国勲章「デイム(Dame)」の称号を得た。 ナショナル・ユース・シアター(ロンドン)『アントニーとクレオパトラ』のクレオパ トラ役で初舞台。マンチェスターでの再演の後、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー (RSC)に参加。4年後、方向性を変えてピーター・ブルックの主宰する国際演劇研究セン ター(CIRT : Centre de Recherche Théâtral、パリ)のアフリカおよびアメリカ・ツアーに 参加した。 その後は活動の幅を広げ、ウエストエンド、フリンジ、RSC、ナショナルシアター(NT) などに出演。ブロードウェイでは、95年に『村のひと月(A Month in the Country)』でト ニー賞にノミネートされたほか、『死の舞踏(Dance of Death)』でイアン・マッケランの 相手役を務めた。 次いでドンマー・ウェアハウス( Don m a r Wa re hou s e )での『地獄のオルフェ (Orpheus Descending )』(2001)とNTでの『喪服の似合うエレクトラ(Mourning

Becomes Electra)』(2004)ではオリヴィエ賞最優秀女優賞にノミネートされた。 2009年にはニコラス・ハイトナー演出『フェードル』でNTに再登場。同劇場選りすぐり の作品を世界の映画館で配信する「NTライブ」の記念すべき第一弾でもある。

2013年には、ウエストエンドで『ザ・オーディエンス(The Audience)』に出演。エリ ザベス女王役を演じた(作:ピーター・モーガン[Peter Morgan]、演出:スティーヴン・ ダルドリー[Stephen Daldry])。映画『クイーン』のエリザベス女王役でアカデミー賞 を受賞した後での同役とあって話題になり、オリヴィエ賞とWhat's On Stage Award最優 秀女優賞を受賞。2015年2月にはニューヨークのジェラール・シェーンフェルド・シアター (Gerald Schoenfeld Theatre)で上演され、トニー賞最優秀女優賞を受賞した。 *

ヘレン・ミレン氏の舞台、映画、テレビへの出演情報の詳細、慈善事業や経歴については、以下、オフィシャルホーム ページをご参照ください。 www.helenmirren.com

(翻訳:後藤絢子)

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9


〈ワールド・シアター・デイメッセージ歴代発信者〉 1962 ジャン・コクトー

(詩人・小説家・劇作家/フランス)

1963 アーサー・ミラー

(劇作家/アメリカ)

1964 ローレンス・オリヴィエ

(俳優/イギリス)

1964 ジャン=ルイ・バロー

(俳優・演出家/フランス)

1965 匿名のメッセージ

10

1966 ルネ・マウ

(ユネスコ第 5 代事務局長/フランス)

1967 ヘレーネ・ヴァイゲル

(俳優・ベルリナー・アンサンブル創立者/東ドイツ)

1968 ミゲル・アンヘル・アストゥリアス

(小説家/グアテマラ)

1969 ピーター・ブルック

(演出家/イギリス)

1970 ドミートリイ・ショスタコーヴィチ

(作曲家/ソビエト連邦)

1971 パブロ・ネルーダ

(詩人/チリ)

1972 モーリス・ベジャール

(振付家/フランス)

1973 ルキノ・ヴィスコンティ

(映画監督/イタリア)

1974 リチャード・バートン

(俳優/イギリス)

1975 エレン・スチュワート

(ラ・ママ実験劇場創立者・プロデューサー/アメリカ)

1976 ウジェーヌ・イヨネスコ

(劇作家/フランス)

1977 ラドゥ・ベリガン

(俳優/ルーマニア)

1978 ナショナル・センターからのメッセージ 1979 ナショナル・センターからのメッセージ 1980 ヤヌシュ・ヴァルミンスキ

(俳優/ポーランド)

1981 ナショナル・センターからのメッセージ 1982 ラーシュ・アフ・マルムボリ

(指揮者/スウェーデン)

1983 アマドゥ・マハタール・ムボウ

(ユネスコ第 6 代事務局長/セネガル)

1984 ミハイル・ツァレフ

(俳優・演出家/ロシア)

1985 アンドレ=ルイ・ペリネッティ

(演出家・ITI事務局長/フランス)

1986 ウォーレ・ショインカ

(詩人・劇作家/ナイジェリア)

1987 アントニオ・ガラ

(詩人・劇作家・小説家/スペイン)

1988 ピーター・ブルック

(演出家/イギリス)

1989 マーティン・エスリン

(演劇批評家/イギリス)

1990 キリール・ラヴロフ

(俳優/ロシア)

1991 フェデリコ・マヨール

(ユネスコ第 7 代事務局長/スペイン)

1992 ジョルジュ・ラヴェリ

(演出家/フランス)


1992 アルトゥーロ・ウスラール=ピエトリ

(小説家・作家・政治家/ベネズエラ)

1993 エドワード・オールビー

(劇作家/アメリカ)

1994 ヴァーツラフ・ハヴェル

(劇作家・チェコ共和国初代大統領/チェコ)

1995 ウンベルト・オルシーニ

(演出家・劇作家/ベネズエラ)

1996 サーダッラー・ワッヌース

(劇作家/シリア)

1997 キム・ジョンオク

(演出家・劇団自由創立者/韓国)

1998 ユネスコ創設50周年記念メッセージ 1999 ヴィグディス・フィンボガドゥティル

(アイスランド第 4 代大統領/アイスランド)

2000 ミシェル・トランブレ

(劇作家・小説家/カナダ)

2001 ヤコボス・カンバネリス

(詩人・小説家・劇作家/ギリシャ)

2002 ギリシュ・カルナド

(劇作家・俳優・映画監督/インド)

2003 タンクレート・ドルスト

(劇作家/ドイツ)

2004 ファティア・エル・アサル

(劇作家/エジプト)

2005 アリアーヌ・ムヌーシュキン

(演出家・太陽劇団創立者/フランス)

2006 ビクトル・ウーゴ・ラスコン・バンダ

(劇作家/メキシコ)

2007 シェイク・スルタン・ビン・モハメッド・アル=カシミ(シャルジャ首長・歴史家・劇作家/アラブ首長国連邦) 2008 ロベール・ルパージュ

(演出家・劇作家・俳優/カナダ)

2009 アウグスト・ボアール

(演出家・作家/ブラジル)

2010 ジュディ・デンチ

(俳優/イギリス)

2011 ジェシカ・A・カアゥワ

(劇作家・俳優・演出家/ウガンダ)

2012 ジョン・マルコヴィッチ

(俳優/アメリカ)

2013 ダリオ・フォ

(劇作家・演出家・俳優/イタリア)

2014 ブレット・ベイリー

(劇作家・演出家・デザイナー・ インスタレーションアーティスト/南アフリカ)

2015 クシシュトフ・ヴァルリコフスキ

(演出家/ポーランド)

2016 アナトーリー・ワシーリエフ

(演出家/ロシア)

2017 イザベル・ユペール

(俳優/フランス)

2018 ウェレウェレ・リキン

(マルチアーティスト/コートジボワール)

マヤ・ズビブ

(演出家、パフォーマー、劇作家、ズゥカック 劇団共同創設者/レバノン)

ラム・ゴパール・バジャージ

(演出家、舞台・映画俳優、教育者/インド)

サイモン・マクバーニー

(俳優、劇作家、脚本家、演出家/イギリス)

サビーナ・ベルマン 2019 カルロス・セルドラン 2020 シャーヒド・ナディーム

(劇作家・ジャーナリスト/メキシコ) (演出家、劇作家、演劇教育者、大学教授/キューバ) (劇作家/パキスタン)

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11



世界の舞台芸術を知る 2019/20


CHINA

ASIA and AFRICA

オンライン演劇『等待戈多2.0』 写真提供:薪伝実験劇団

[中国] 14

オンライン 演 劇 の 模 索と 劇場の再開 田村 容子 ウージェンシアターフェスティバル

第七回烏鎮戯劇節

2020年 7 月、第 八 回 烏 鎮 戯 劇 節が 2021年に開 催を延 期するこ せっこう

とが発 表された。 このフェスティバルは、毎 年 11月に浙 江 省の北 部に ある烏 鎮で行なわれており、2020 年は 11月 5 日から15日までの開 催 が予 定されていた。今 回は、2019 年 10月25日から11月 3 日にかけて 行なわれた、第七回の様子を報告したい。

2019 年は十日間の日程で、13 の国と地 域から28 演目が参 加し、 「 青 年 競 演 」のコンクールには 18 組が集まった。招 待 作 品としては、 ラ イ ション チュワン

同フェスティバルの発 起 人および常 任 芸 術 監 督を務める頼 声 川 ヤオヤオドンバー

( Stan Lai)の新 作『 幺 幺 洞 捌( One One Zero Eight)』 ( 頼 声川


作・演 出 )が、台 湾の「 表 演 工 作 坊( Performance Workshop)」と 上 海の「 上 劇 場( Theatre Above)」によって、10月 29日に上 演され た。1984 年より 「 表 演 工 作 坊 」を創 設し、中国 語 圏の演 劇を牽引し てきた頼 声川は、2015年より自身の専 属 劇 場である「 上 劇 場 」の芸 術 総 監も務めており、中国 大 陸の俳 優とも共 同 制 作を行なっている。 こ う こう

『 幺 幺 洞 捌 』は、2019年 6 月 15日初 演の作 品で、上 海の虹 口 地 区 ニー ニー

を舞 台に、中国の女 優 倪 妮 が現 代の女 性 作 家と日中戦 争 期の女 スパイの二 役を演じる。両 者が時 空を超えてつながる物 語であり、 タ イトルは作 戦の暗 号を意味する。 日本からは、 「マームとジプシー」の『てんとてんを、 むすぶせん。か らなる、立 体 。 そのなかに、つまっている、 いくつもの。 ことなった、世 界 。 および、 ひかりについて。』 ( 藤 田 貴 大 作・演 出 )が、10月25日から27 日にかけて上 演を行なった。

15

また、2019 年の話 題 作として、 「 蛇 槃 兔 劇 場( Snake & Rabbit

Co. )」による『 従 清 晨到午夜( From Morning to Midnight)』 (ゲ チェン ミ ン

オルク・カイザー作 、陳 明 ハオ

昊 演 出 )をあげることが できるだろう。11月 1 日か ら 3 日にかけて 、深 夜 1 時 30 分に開 演し、上 演 時 間が 290 分という本 作 は 、その 上 演 形 態 の み ならず、 「自滅 」をテーマ とした 内 容 が 観 客 の 支 持を得 た 。演 出 の 陳 明 昊は、 「中国国家話劇院 ( National Theatre of

頼声川作・演出『幺幺洞捌』 ( 表演工作坊/上劇場) 撮影:Shanshan Ding

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CHINA

ASIA and AFRICA

China)」に所 属する俳 優で、同フェスティバル発 起 人・芸 術 総 監の モン ジン フイ

孟 京 輝 演 出 作 品に数 多く出 演してきた。 「 蛇 槃 兔 劇 場 」は、2014 年に陳 明 昊が中央 戯 劇 学 院の同 級 生と創 設した演 劇 団 体で、今 作によって孟 京 輝の影 響を吸 収しながらも、新 境 地を開 拓したと評 価された。 オンライン演劇『等待戈多2.0』

2020 年 上 半 期 の中 国 演 劇 は 、COVID- 19の 感 染 拡 大によ り、劇 場における上 演はほぼ 休 止 状 況に陥った。 この未 曾 有の事 態を前にして、上 演の可 能 性を模 索した演 劇 人の一 人に、 「薪伝 ワ ン チョン

実 験 劇 団( Théatre du Rêve Expérimental)」の演 出 家 王 翀 がい る。2020 年 4 月 5・6 日、 「 薪 伝 実 験 劇 団 」はオンライン演 劇『 等 待 16

戈 多 2.0(ゴドーを待ちながら2.0)』 (サミュエル・ベケット作 、王 翀 構 成・演 出 ) を発 表した。同 作は、1 日目に第 一 幕 、2 日目に第 二 幕を オンライン配信し、第一幕の同時接続数は 19万アクセスに達した。 だいどう

登 場 人 物のエストラゴンとヴラジーミルは、北 京と大 同に分かれて

『等待戈多2.0』 より、李嘉龍(リージアロン)演じるヴラジーミル (役名は弗弗[フーフー]) 写真提供:薪伝実験劇団


隔 離 生 活を送る夫 婦に設 定され、パソコンの画 面 上で会 話を交わ す二 人のやりとりに、 セールスマン風のポッツォとラッキーがそれぞれ の場 所からオンラインで加わる。 ラッキー役に武 漢 出身の俳 優を起 用しており、第 二 幕において、原 作では「 盲になっている」ポッツォが 病 床に就くのとは対 照 的に、 ラッキーは隔 離 部 屋から外に出て、武 漢の夜 景の中を車で疾 走する。 このころ、現 実の状 況としては、武 漢 市の都 市 封 鎖が解 除される直 前の時 期であった。光り輝く街の こう かく ろう

シンボル・黄 鶴 楼と、 マスクを放り投げるラッキーが映し出されるパソ コンの画 面を眺めながら、劇 中の世 界と画 面の向こう側 、 そして自ら の日常が交 差する瞬 間を味わった観 客が、多 数いたのではないか と思われる場 面である。 また、同 作において、人 物の話すセリフは基 本 的に原 作に従っ ているものの、特 殊な状 況 下でのオンライン演 劇という形 式によって、

17

新たな効 果が生まれていた。たとえば 、 ヴラジーミルのつぶやく、 「わ たしは眠ってたんだろうか、他 人が苦しんでいるあいだに? 今でも 眠ってるんだろうか? あす、 目がさめたとき、 きょうのことをどう思うだ ろう?」 ( 引用はサミュエル・ベケット作 、安 堂 信 也・高 橋 康 也 訳『ゴ ドーを待ちながら』白 水 社 、2013 年 、186 頁 ) といった言 葉は、不 穏な隔 離 生 活を送る人びとにとって、切 実な共 感を呼び 起こすも のであっただろう。同 作は、 「 不 条 理 演 劇 」として知られる名 作を、

COVID- 19のさなかに上 演することによって、むしろ現 実 世 界の混 沌がそれに近 接していることを表 出して見せた点が、秀 逸な試みで あった。 「可有可無(あってもなくてもいい)」演劇とオンラインフォーラム 『 等 待 戈 多 2 . 0 』の後 、2020 年 4 月 20日に、王 翀は「 線 上 戯 劇 宣言(オンライン演劇宣言)」を中国の SNSであるWeChat上に公開 世界の舞台芸術を知る

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CHINA

ASIA and AFRICA

した。 この宣 言に、次のような一 節がある。 「あらゆる職 業の中で、疫 病によってもっとも早く閉じられたのが演 劇であり、最 後に門を開けるのも演 劇である。演 劇はあってもなくても いい。飲 食業はとめられない、製造業はとめられない、音 楽はとめられ ない、Netflixはとめられないが、ただ演 劇だけがあってもなくてもいい。 疫 病が起こり、演劇人はやっと知ったのだ、演 劇はあってもなくてもい い、 と。実際には、演劇はとうにあってもなくてもいいものだったのだ」 劇 場が閉ざされ、 ネット上には過 去の上 演の録 画 映 像があふれ、 演 劇が「 可 有 可 無(あってもなくてもいい)」と見なされる状 況が出 現したことが、 この宣 言の背 景となっている。宣 言では、 オンライン演 劇は疫 病の時 期の便 宜 的な手 段では断じてなく、新たな公 共の場 であるオンラインにおいて、演 劇 人はゼロから始めねばならない、 と述 18

べられる。 こうした問 題 意 識は、2020 年 7 月から 8 月にかけて、 オンラ イン上でしばしば 開 催された演 劇 人 同 士の座 談 会においても討 論 の対 象となった。 たとえば 、2020 年 7 月 6 日および 15日には、台 北とパリで活 動す

リン レン ジョン

リ ウ シャオ イ ー

る林 人 中( River Lin)、 シンガポールの劉 暁 義 、北 京の王 翀によ る「 錯 話( Trialogue)」と題されたオンラインフォーラムが配 信され た。林 人 中は台 北 出 身の芸 術 家で、2017年より「 台 北 表 演 芸 術 中心( Taipei Performing Arts Center)」で「 亜当計 画( ADAM

Project)」を主宰し、アジア太平洋地域におけるビジュアルアート、パ フォーマンスアートの芸 術 家の交 流の場を提 供している。 また劉 暁 義は中 国 出身でシンガポールに渡り、「 実 践 劇 場( The Theatre

Practice)」や、自身が芸 術 総 監を務める「 避 難 階 段( Emergency Stairs)」で活動する俳優、脚本家、演出家である。 このフォーラムでは、3 人の演 劇 人がそれぞれの現 状や今 後の創 作についてオンライン上で意 見 交 換を行ない、7 月 15日の第 二 回に


は 40 名ほどの聴 衆が同 時 接 続していた。聴 衆は中 国 大 陸のみな らず、中 国 語 圏の各 地 域から参 加していたようである。6 月 30日に、 「 香 港 国 家 安 全 維 持 法( 略 称 、国 安 法 )」が施 行されたということ もあり、話 題は演 劇に対する検 閲や、 それに対する芸 術 家自身の自 己検 閲にも及んだ。聴 衆からは、チャットの形 式で、 「 国 安 法 」が香 港 演 劇に与える影 響をどう考えるか、 という質 問が投げかけられる一 幕もあった。現 状では、 この問 題について、中 国 語 圏の異なる地 域 で活 動する演 劇 人が、正 面から対 話することは難しいようである。彼 らがオンラインフォーラムという公 開の場に集まったことにより、 この問 題が COVID- 19以 上に対 応の難しいものであることが浮き彫りに なったようにも見えた。 劇場の再開

19

2020 年 9 月より、中 国 国 内の劇 場は徐々に上 演を再 開してい る。大 劇 場では、北 京の「 国 家 大 劇 院( National Centre for the

Performing Arts)」は 9 月 30日から10月 8 日の国 慶 節( 10月 1 日、建 国 記 念日)および中秋 節( 旧 暦 8 月 15日、2020年は 10月 1 日 で国 慶 節と重なった)の大 型 連 休 期 間に合わせ 、中 国 共 産 党の ファン ジ ー ミ ン

革 命 英 雄を讃えるオペラ『 方 志 敏 』や音 楽 会「 我 愛 你 ,中 国(わ が愛する中 国 )」など、建 国を祝う演目を取りそろえた。後 者には、

COVID- 19のために尽力した医 療 関 係 者に敬 意を捧げる「 奔 跑 的 勇 士( 走る勇 士 )」、 「 武 漢 2020」といった交 響 楽 作 品が含まれ ている。 そのほか、 「北京人民芸術劇院( Beijing People's Art Theatre)」 バー ジ ン

ツァオ ユー

では、10月 15日より巴 金 の小 説にもとづき、劇 作 家の曹 禺 が脚 本を リー リ ウ イー

書いた『 家 』を、李 六 乙が演 出した。 これは曹 禺 生 誕 110 周 年 記 念 の演目であり、2011年 初 演 作の 9 年ぶりの再 演である。93 歳の名 世界の舞台芸術を知る

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CHINA

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オペラ 『方志敏』 ( 写真は2015年初演時のもの) ©国家大劇院

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ラン ティエン イ エ

ミ ー ティエ ゾ ン

ル ー ファン

優 、藍 天 野をはじめとし、米 鉄 増 、盧 芳など同 劇 院の各 世 代を代 表する俳優が一堂に会したことも話題となった。 シ ア イエン

2020年はまた、劇 作 家・夏 衍 の生 誕 120周 年にもあたる。 「上海 話 劇 芸 術中心( Shanhai Dramatic Arts Centre)」は、夏 衍の代 ワ ン シアオディー

表 作『 上 海 屋 檐 下( 上 海の屋 根の下 )』を、王 筱 頔 の演 出で 10月

23日より上 演した。10月のチケットはすべて完 売したため、11月 1 日 に追 加 公 演も行なわれた。 伝 統 劇 に目を 向 けると、2 0 2 0 年 8 月 2 9・3 0日に 、 「上海京 劇 院( Shanghai Jingju Theatre Company)」と「 上 海 崑 劇 団 ( Shanghai Kunqu Opera Troupe)」が、 「 2020 京 崑 聯 合 研 修 発 表 公 演 」を行なっていることが注目に値する。 これは、京 劇の名 優・ チェン シャオ ユ ン

イエン チ ン グ ー

ジー

陳 少 雲 や厳 慶 谷 が崑 劇の青 年 俳 優を指 導し、崑 劇の名 優・計

ジェン ホワ

リアン グ ー イ ン

鎮 華 や梁 谷 音 が京 劇の青 年 俳 優を指 導した研 修の成 果を、 それ

ぞれの青 年 俳 優らが発 表するものである。劇 場が再 開するまでの間 、


往 年の名 優が自身の芸を伝 承することに力を注いだという点に、上 海京 劇・崑 劇 界の活 気を感じることのできる公演である。

2020 年 上 半 期は、すべての演 劇 人にとって、演 劇の上 演につい て思 索し、研 鑽を積む時 間が与えられた期 間であったともいえる。劇 場が再 開し、すでに日常が回 復しつつあるように見える中 国の演 劇 界において、 この期 間に試みられたオンライン演 劇の経 験や、国 内 の統 制を強める中国 政 府の方 針が、下 半 期 以 降の創 作にどのよう な形で影 響を及ぼすのか、表 面 上にすぐにはあらわれない問 題もあ ることに留 意しながら、見ていく必要があるだろう。

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崑劇の青年俳優・譚笑(タンシャオ、右) に『海周過関』の 海周役を指導する厳慶谷(左) 写真提供:厳慶谷

崑劇の青年俳優・張偉偉(ジャンウェイウェイ、後方) に『徐策跑城』 の徐策役を指導する陳少雲(手前) 写真提供:厳慶谷

たむら・ようこ 1975年生まれ。北海道大学大学院文学研究院准教授。専門は中国近現代演劇。 著書に 『男旦(おんながた) とモダンガール―二〇世紀中国における京劇の現代化』 (中国文庫)、共著書に『ゆれるおっぱい、ふくらむおっぱい―乳房の図像と記憶 』 (岩波書店)、共訳書に『日本80後劇作家選』 ( 台北:書林出版有限公司) など。

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六四舞台『May 35th』舞台バージョン (2019) 撮影:Cheung Chi Wai

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[中国・香港]

未曽有の二つの脅威に 演 劇 はどう応 えるか チュン ピン キュン

張 秉權

香 港 演 劇 界はこの数か月、 かつてない困 難に直 面してきた。新 型 コロナウイルスの感 染 拡 大を受けて、香 港の劇 場は世 界の他 地 域 と同 様 、長 期 間にわたる閉 鎖による痛 手を被っている。 さらに悪いこ とに、民主 化 運 動を引き起こし、香 港 社 会に深 刻な打 撃を与えた根 本 原 因は、 いまだ適 切に処 理されていない。前 例のない二つの新し い脅 威が、演 劇 人たちに新しい道を探せと迫っている。 どう生き延び るか、 いかに創るか…… 。


感染流行への応答 他の都 市と同 様 、香 港でも多 様なオンラインパフォーマンスの形 が生まれている。初 期にはまず、高い評 価を受けた過 去 作 品の映 像をウェブ上で公 開するカンパニーが現れ、やがてオンライン上でラ イブパフォーマンスを発 信するカンパニーが出てきた。最 小 限のしつ らえのシンプルなリーディング公 演から、演 技や動きに演 出のついた リーディング公 演 、 さらに、稽 古を積み重ねた本 格 的な公 演 ― モ ンタージュ手 法やオンラインならではの視 聴 者 参 加 型まで、 さまざま な取り組みが行われた。 カメラワークや映 像 編 集によって、映 画に近 く、 また映 像 作 品としての魅力を備えた演 劇 作 品が現れたのである。 これらの作 品は視 聴 者の参 加を首 尾よく実 現 、演 劇 上 演における ナラティブ

語りを進 化ないし変 化させた感すらある。 どの作 品を観ても、 アーティ ストたちがこの困 難の渦 中にありながら、実 験 精 神をかかげて全力

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で新しい可 能 性を探 求していることがわかる。 オンラインパフォーマンスの進 化は、評 論 家たちへ「 映 画と演 劇の 違いはなにか」という問いを突き付けることにもなった。同 時 性あるい は「いま、 ここにいること」という演 劇の原 則は、はたして揺るがぬもの であろうか。 オンラインパフォーマンスの形 態を、単にポストモダンにお ける脱中心 化の次のフェイズと捉えるべきであろうか。つまり、創 造の 場で中核を担う演 劇 的 職 能がいっそう弱まり、代わりに映 像 業 界の カメラマンや助 監 督への依 存が強まって、観 客 / 視 聴 者も、注 意 散 漫でだらだらとスクリーンに向かうようになると考えるべきなのか。 それと も、 オンラインパフォーマンスの持ついわば「 癒し」の効 果を、舞 台 芸 術の発展形として受けとめ、精神的ダメージを受けがちなロックダウン (都 市 封 鎖 )下に必要なものとして受け入れるのか。 言うまでもなく、 オンラインパフォーマンスの革 新について論じるなら ば、評 論 家は第 一 線のアーティストたちと足 並みをそろえて時 宜を得 世界の舞台芸術を知る

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た美 学の手法を開発するべきである。 数多のオンライン作品中、特筆したいのは香港演芸学院( HKAPA-

Hong Kong Academy for Performing Arts )が手がけた参 加型ミ ) See You Zoom 』 ニ・エスノシアター(*1『 だ。視 聴 者からの反 響も大

きかった。 これは、応 用 演 劇の若 手プラクティショナー( 実 践 家 )4 人のコロナ禍のありのままの日常を見せる作 品だ。視 聴 者は作 品の 途中で任 意に 2 人の登 場 人 物を選び、彼らがソーシャル・ディスタン シング( 社 会 的 距 離 ) を保ちながら、 どのように生 活しているのかを目 撃する。隔 離を余 儀なくされた彼らの日々の不 安にも相 対することに なる。視 聴 者は、意 見や感 想のみならず、 アーティストへのアドバイス を送ることで作 品に文 字 通り「 参 加 」する。 このようなフィードバック は、 アーティストの心 境に、確 実に影 響を与えていた。人 間 味あふれ 24

るあたたかな雰 囲 気の作 品 。 アーティストたちには今 後も、 オンライン ならではのさまざまな実験的参加型演劇に挑んでほしい。 社会問題 演 劇 人は現 実 社 会に対してたいてい鋭 敏に反 応する。直 接 的 な手 法であれ、暗 喩 的であれ、演 劇で社 会 問 題にアプローチする アーティストは少なくない。香 港に政 治 的 分 断が生じて、市民が簡 単 に( 正 確には、 あまりに単 純に) 「 黄 色( 反 政 府 )か青( 親 政 府 )か」 に分 類されたとき、 ソーシャルメディアでは多くの人が「自分と同じ色 に属する意 見 」ばかりをフォローして、 いわゆる「エコーチェンバー現 (*2 )が広く浸 透した。 象」 明 確な社 会 的メッセージを打ち出す演 劇

に参 加するのは、多かれ少なかれこれに似ている。 いずれも「 私は孤 立していない」と表 明する行 為である。上 演 空 間において時 間を共 有することで、集 団の中に発 生する感 情は、 ソーシャルメディア以 上 に強力なエコーチェンバー現 象を生む。 カーテンコールの際 、客 席


から政 治 的なスローガンが飛ぶ公 演もあった。 このような感 情の共 有はまさに演 劇の機 能であり、 この機 能があるからこそ、演 劇は見る 人を勇気づけるし、傷つき、弱った心を慰められるのだ。 この機能をさ らに深め、 メッセージが観る者の思 考をより強く喚 起するよう探 求す る作 品 、 より繊 細にメッセージを扱おうとする作品も登 場した。 そのなかで最も重 要な作 品が、六 四 舞 台( Stage 64)の『 May

35th( 5 月35日)』だ。 このタイトルは、1989年に天安門事件が起こっ た日付「 6 月 4 日」の 婉 曲 的な表 現 で、悲劇から30年の節目にあたる昨年 ( 2019 年 )初 演され 、 その 後 一 度 再 演された。 そして今 年( 2020年 )はコロ ナ下で新たにオンラインバージョンが制 作された。 クラウドファンディングにより一

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定期間、 ウェブ 配 信が可 能となり、世 界中から膨大なアクセス数を獲得した。 本 作は、天 安 門 事 件で息 子を亡く し、30年の間 沈 黙を強いられてきた老 夫 婦を描く。二 人はせめて一 生に一 度、 この特 別な年に、勇 気を奮い起こ して行 動しようと決 心する。30 年の節 目だからというだけではない。二 人はと もに重い病を患う身で、残された時 間 がもうないと考えていたのだ 。若くして 逝った最 愛の息 子に弔 意を示すため、 二 人は天 安 門 広 場へ行く計 画を立て る。 しかし、政 治 的に体 制 順 応 的な親 戚の一 人が、 この微 妙な時 期に権力

六四舞台『May 35th』 オンラインバージョン (2020) 写真提供:六四舞台

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に挑 戦 的とみられるようなことはすべきでないと言って邪 魔に入る。 ラ ストでは、公 安が二 人の家のドアを叩き、二 人の計 画が潰えることが 示される。 ところが、昨 年 舞 台で上 演されたものでは、老 夫 婦のうち夫だけ は広 場にたどり着く。彼の追 悼の意に応えて、何 十 人もの学 生たち が亡 霊として姿を現し、複 雑な感 情や叶わぬ願 望を口々に叫ぶ。今 年のオンラインバージョンでは、老 夫 婦が二 人とも、息 子の追 悼のた め広 場に足を踏み入れる。 ラストシーンは天 安 門の映 像を投 影した 白い簡易テントの中で演じられた。装 置を見れば 、 そこが稽 古 場で あり、作 品 世 界と現 実が別 物ではないことがすぐわかる。群 衆の叫 こんこう

び声のノイズと、 ガスマスクを装 着して走る人々の映 像の混 淆 は、群 衆を散らす警 察 権力の到 来を暗 示する。 その映 像がぼやけることで、 26

過 去の北 京と、過 去の北 京と同じことの起きている現 在の香 港のモ ンタージュが立ち現れる。 社会的公正を求めて 前 項 で 記した 社 会 問 題に応える作 品とは 別に、より広 いテー マを慎 重に選んだ 作 品もあった。観る者を深い思 考 へと促 すこう いった作 品から、 ここでは、 『 The Path Together( 路 、一 起 走 )』 と 『 Testimony( 山下的證詞)』の 2 作を紹 介したい。 香 港 展 能 芸 術 会( ADA-Arts for the Disabled Association of

Hong Kong )の『 The Path Together 』は、身体 障がい者によるパ フォーマンスで、演 劇 的 所 作による同 時 通 訳 者たちが舞 台 上にいる のが特 徴だ。彼らは作 品に溶け込み、障がいを持つ俳 優と協 働し、 通 訳 機 能を兼ねたサブ俳 優 的な役 割を果たす。観 客は、 その通 訳 者の所 作の美しさに魅了され、すべてが融 和する場の美 的 価 値に 気づかされる。


香港展能芸術会『The Path Together』 撮影:Jack Li

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天台製作『Testimony』 写真提供:天台製作

『 Testimony』は、香港のマイノリティ、南アジア系住民の抱える問題 を見すえたドキュメンタリー演 劇で、製 作は社 会 包 摂 的な演 劇を手 がける天 台 製 作( Rooftop Productions)。南アジア系の人々は何 世代にもわたって香港に住んでおり、すでに香港市民と認められてい 世界の舞台芸術を知る

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るが、民族 的マイノリティである彼らはいまだ本 来の社 会 的 平 等を享 受できていない。充 分な稽 古がなされ、美 術も演 技もすばらしい。真 の完 成というにふさわしい、入念かつ力強く練り上げられた作 品だ。 事 実 、私たちの町には、人 種 的あるいは身体 的なマイノリティが存 在し、社会的に軽んじられている。民主的な社会というものは、すべて の市 民が対 等に扱われる土 壌にうちたてられねばならず、 「他者」 の声は公 正に聴き届けられなければならない。 それゆえ、 このような 作 品は社 会 、文 化 両 面に本 質 的に意 義があり、 しかるべく評 価され るべきである。実 際 、 『 Testimony 』は 2019年 、国 際 演 劇 評 論 家 協 会( AICT/IATC)香 港センターの「 今 年の作 品 賞 」と「 最 優 秀 舞 台 美 術賞」を受賞した。 タイ クン

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大 館( 2018 年に旧セントラル警 察 署 内の警 察 署と刑 務 所を改 装して誕生した文化施設)製作の『 The ÉLAN Lost Child Project ( 動 戲・童 迷 香 港 藝 術 計 劃 )』についても触れておきたい。芸 術 監 督のオリヴィア・ヤン( Olivia Yan、甄 詠 蓓 )が、 フィジカルシアターの 巨 匠デイヴィッド・グラス ( David Glass) とともに、 この不 確 実 性と恐 怖の時 代をさまよう人々、 とりわけ若 者や子どもに心を痛めて企 画し たものである。当プロジェクトのモットーは「アートをするとき、私たち プレイ

は問 題を解 決するのではない、問 題を扱うのだ」。ぜひここに記して おきたい。 香 港 演 芸 学 院は、演 技 、演 出 、劇 作に加え、 ドラマトゥルク、 ミュー ジカル、応 用 演 劇の 3 つの専 攻コースを2022/ 23 年 度までに順 次 開 設 予 定である。卒 業 生たちは、演 劇 界の良いポストを得るだけで はなく、バランス感 覚と教 養と知 性をもって演 劇の環 境づくりに貢 献 してくれるだろうか。たとえばドラマトゥルク科の出身者は、文 化 的に


意義 深い作 品を創ることに貢献できるだろうか。 将 来 、彼らが卒 業するころになってもなお、 この暗 雲は垂れ込めた ままであろうか。学 生たちにはぜひとも、 どのような逆 境のさなかにあっ ても輝く光を創る力を手に入れてほしい。私の想像はふくらむ。

〔編集部注〕 *1 エスノシアター(ethnotheatre):応用演劇(アプライドシアター)の一つ。フィールド ワークやインタビューなどで収集した個人の実際の体験を演劇という形で提示し、社 会の抱える課題に向き合うもの。 *2 エコーチェンバー現象:同質の興味や関心、社会的立場、意見や思想を持つ者たちが ソーシャルメディア等を通じて共感しあい、同質の情報ばかりを収集して共感の度合い を強め、多様な考え方を受け入れられなくなる現象。

Cheung, Ping Kuen 国際演劇評論家協会 (IACT/AICT) 香港センター理事、 シアタープラクティショナー、 アプライドシアター・エデュケーター、演劇評論家。香港演芸学院 (HKAPA) リベラル アーツ科科長 (2003~15年) 、第 6 回国際演劇教育協会 (IDEA) 世界大会 (香港、 2007年) 共同ディレクター。

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(翻 訳:後 藤 絢 子 )

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再一次拒絶長大劇団・移行期正義促進委員会共催『明白歌』 撮影:唐健哲

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[台湾]

水 の 如く揺 るぎ なく ヤオ リーチュン

姚 立群

活況を呈した2019年から暗黒時代へ 台 湾では、新 型コロナウィルス ( COVID- 19)の感 染 拡 大を受け て、2020 年 3 月 19日から外 国 人の入 国が禁 止され、台 湾 人にも外 国から帰 国した際は 14日間の自宅 隔 離が義 務づけられた。台 湾 国 内では都 市 封 鎖(ロックダウン)のような特 定 地 域の隔 離 措 置こそ 実 施されていないが、 この日から全 世 界に対して国 境が「 封 鎖 」さ れ、厳 重な対 策 措 置が実 施されたため、人の流れと物 流は一 定の 制 限を受けることになった。3 月 25日付けの文 化 部(日本の文 部 科


学 省に相当)の告 示では、中央 感 染 症 指 揮センター( 新 型コロナウ イルス対 策 本 部 )が、 「 屋 内なら100 人 、屋 外なら500 人 」を超える 集 会 活 動は停 止 、文 化 部 所 管の劇 場 施 設では屋 内での上 演は 原 則 的に停 止か延 期するという新しい提 言を出した。判 断の指 標と なる台 北 都 市 圏の劇 場はしばらくの間 、完 全に休 館し、台 湾 演 劇 界の暗 黒 時 代の幕開けのようだった。

2019 年の年 越し前 、誰がこのような局 面を想 像しただろうか。こ の年 、注目の的であった台 北 舞 台 芸 術センター( 臺 北 表 演 藝 術中 心、TPAC:Taipei Performing Arts Center)はまだ完 工しておらず、 クーリンチェ小 劇 場( 牯 嶺 街 小 劇 場 、Guling Street Avant-Garde

Theatre) も2018年から改 修 閉 館中だったとはいえ、台 湾 全 土の劇 場は不 均 衡な市 場メカニズムのもと、異 常なまでに繁 栄していた。各 地の公 立 劇 場の多くは文 化 部の重 要なプロジェクトとして支 援を受

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け、特に近 年 、箱 物 行 政によってつくられ、活用されることなく放 置さ れた「 蚊 子 館 」 (「 蚊の家 」の意 )状 態からやっと脱したいくつかの 劇 場は、積 極 的に公 演や文 化 普 及 活 動を行って活 気を帯び、地 域の文 化 的イメージづくりに貢献しているところだった。 国 家 舞 台 芸 術センター( 國 家 表 演 藝 術中心 、NPAC:National

Performing Arts Center)直 轄の三 大 劇 場は、わずかな貸 館 公 演の枠 以 外は、大 小 規 模の異なる企 画を次々と行い、国 内 外の 作 品を買い取ったり、制 作 委 託をしていた。2018 年はじめには、文 化 部が、空 軍 総司令 部だった場 所で 10 年 計 画のプロジェクト「 台 湾 現 代 文 化 実 験 場( 臺 灣 當 代 文 化 實 驗 場 、C- L AB:Taiwan

Contemporary Culture Lab)」を開 始した。大 規 模なプロジェクト や個 人・団 体のアーティスト・イン・レジデンスによって、 この地 区に 1 年 365日、 日常 的にアーティスティックなイメージをつくりあげる計 画だ。 世界の舞台芸術を知る

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また、大 型の美 術 館が舞 台 芸 術の新たな購 入 先となり、パフォーマ ンス・アート、 ダンス、実 験 音 楽 、サウンド・アートなど、生で演じるもの はすべて欠かせないプロジェクトとなっている。 さらに、 シンガポール出 身のタン・フクエン( 鄧 富 権 、Tang Fu Kuen)の台 北 芸 術 祭( 台 北 チョウ リ ン チ ー

グ オ リャンティン

藝 術 節 、Taipei Arts Festival)、新 鋭の周 伶 芝と郭 亮 廷 の台 南 芸 術祭(台南藝術節、Tainan Arts Festival)、台北芸術祭のキュレー コ ン イ ー ウェイ

ターだった耿 一 偉 が桃 園 市のために立ち上げたアイアン・ローズ・ フェスティバル(桃園鐵 玫瑰藝術節、Taoyuan Iron Rose Festival) など、 いくつかの都 市 型 芸 術 祭ではキュレーターがそれぞれ優れた アプローチで現代的な舞台芸術の饗宴を提 供している。

2019 年 が 好 調 だったので 、公 的 機 関 や 舞 台 芸 術 団 体 は 翌 2020年も楽 観 的に捉えて企 画を立てたが、2020 年に入った途 端 、 32

盛 大に燃えあがるはずのプロジェクトが COVID-19によりなす術もな くなるとは、予想だにしなかった。 舞 台 芸 術 界が再び光を見 出したのは、台 湾 国 内で感 染 封じ込 めが功を奏した 5 月頃のことだった。文 化 施 設の使用に関する対 策 や出 入 国 境 制 限の効 果が明らかに現れたのだ。中 央当局の救 済 措 置で一 息つき、人 材を残すことができた団 体も少なくない。 その結 果、屋内外のイベントが動き始め、劇場内では厳しい感染防止対策 のもと一つひとつ上 演 活 動が行われるようになり、国 際 交 流のイベン トはほとんどがネットを介したオンライン・イベントに取って代わられた。

9 月以 降は上 半 期に延 期された公 演と新たな公 演が入り混じって 公 演 活 動が爆 発 的に行われ、上 半 期の死んだような静 寂とは強 烈 な対比をなして、 さながら2019 年に戻ったようだった。 公的支援と歴史の再検証 資 源の「 全 体 的 計 画と分 配 」は台 湾の文 化ガバナンスにおいて


重 要な手 法だ。政 府は、計 画・調 整した資 源を運 用するためのイン ターフェイスの構 築も主 導し、 それぞれの段 階で公 的 部 門や民 間 組 織などへ分 配する。1980 年 代に展 開された「 文 化 建 設 」政 策は

2000 年 以 後 、重 層 的に加 速し強 固になった。舞 台 芸 術 界は互い に協力し共 同 製 作をするようになった。 この政 府 主 導による産 官 学 が連 携した「 文 化 建 設 」政 策は、40 年 後の今日ではさらに上の段 階へと進 化し、 いわゆる「 文 化カバナンス」の評 価とフィードバックを 行なっている。文 化カバナンスの概 念は、文 化や教 育に関 連する部 門から、経 済 、労 働 、科 学 技 術 、農 林 業など、他の行 政 分 野にも浸 透してきている。文 化と芸 術のエネルギーを自分たちのミッションに注 ぎ込むために資 金の分 配を行うようになり、宣 伝 、普 及 活 動 、研 究 開 発の観 点から政 策を推 進し、 「 公 共 」をアピールするために、半 分の労力で倍の成 果を得ようとしている。 この「 公 共 」をアピールす

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ミ ン バイ グ ー

るための取り組みの中から 『 明 白 歌( White Clear Song )』 という作 品が誕生した。

2019 年 、再 拒 劇 団( 再 一 次 拒 絶 長 大 劇 團 、Against Again Troupe) と行 政 院( 内 閣 )傘 下の二 級 独 立 機 関で、権 威 主 義 的な 国民 党 統 治 下で行われた人 権 侵 害の真 相 究 明などを目指す「 移 行 期 正 義 促 進 委員会 」の共 催により 『 明白歌 』プロジェクトが展 開 された。劇 団はかつて白 色テロ事 件( 中 国 国 民 党 政 府による反 体 制 派の弾 圧 )が起こった現 場を訪れ、書 簡 、 自白調 書 、遺 書 、裁 判 記 録など白 色テロ政 治の資 料と歴 史の口 述 記 録を集め、4 名の ニエン グ ー

俳 優が台 湾 語などの言 語で、唸 歌(日本の詩 吟に似た語りと歌の 伝 統 芸 能 )、 ブルース、語りなど事 実や事 件をありのままに描く叙 事 的 手 法と、現 代 演 劇の形 式を結びつけ、 さまざまな場 所での公 演に 適した作 品につくり上げた。白色テロの重 大 事 件が起きた 7 か所を 世界の舞台芸術を知る

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巡って行われた公 演は、被 害 者や家 族 、一 般の観 客から拍 手と喝 采で迎えられ、作 品は芸 術 界で権 威のある第 18 回 台 新 芸 術 賞の 年 度 大賞を獲得した。 『 明 白 歌 』の創 作と公 演までのプロセスは、公 的 支 援の下 、知 識 人のフィールドワークと「 旅 回りの一 座 」的な手 法が 結びつき、委 託 制 作を成し遂げた。主な政 治 的テーマである「 移 行 期の正 義 ( transitional justice)」が前 提にあることは必 然だ。だが、我々は、 芸 術に関わる変 容が起こったのをこのプロジェクトの中に見ることが ホアン ス ー ノ ン

リン シン イー

できた。受 賞 後 、作・演 出の黄 思 農とプロデユーサーの林 欣 怡 は、 「 放 浪し移 動する中で、歌 唱や言 説 、 『オーラル・ヒストリー 』 という 口承 文 化は、 「 他 者 」の体 験を「ここ」にもたらした。 それは最も古い 民 俗 芸 能の表 現であり、我々はまた、今 回の経 験をこの古 来の芸 34

能の技 術を知る体験としても捉えたい」と書いている。 シュアン シュ ユエン

同じ時 期 、苦 難 の 歴 史を描いた『 双 姝 怨( The Children ’s ワン モー リン

Hour)』の公 演もあった。演 出 家の王 墨 林 が人力飛 行 劇 団( Mr. Wing Theatre Company)の招きに再 度 応じたもので、2007年に演 出した同 名 作 品の再 演と称しているが、実 際はまったく新しい作 品に なっている。原 作 は 演 出 王墨林演出『双妹怨』 撮影:許斌

家 が 敬 愛 するリリアン・ヘ ルマンの『 子 供 の 時 間 』 で、初 演では主 人 公の二 人を上 海と台 湾の異なる 時 空 間に置き、二 人の女 性の心 情を対 比させたが、 今 回の上 演では、1946年 から1947年にかけての台


わん

湾の政 治 的 主 権が転 換する激 動の状 況 下で、台 湾 人の春 子と湾 せい

生(日本 統 治 下の台 湾で生まれた日本 人 )の芳 子が、交 差する時 代 、歴 史の裂け目、 フェミニズムへの目覚め、運 命の試 練にどのように 対 峙するかが描かれている。12年の時を経て、王 墨 林の演 出 手 法 はさらに洗 練され、 その構 成力は、 より緻 密に歴 史 的 資 料に切り込ん でいる。例えば、劇中、 リリアン・ヘルマンが「 報 告 者 」という設 定で舞 台 全 体の状 況を凝 視し、身をもって体 験したマッカーシズムの迫 害 の体 験を訴える。歴 史の共 時 性(シンクロニシティー) を借りた手 法で、 アメリカと当 時 白 色テロが蔓 延していた台 湾 、 それに日本や中 国 大 陸を描いた。王 墨 林はまた、異なる演 劇 教 育を受けた 3 人の女 優と の共 同 作 業によって、俳 優に「 形 」を彫 刻するように演じることを求め、 演 技を「 抑 制 」するという概 念を具 体 的かつ明 瞭に提 示した。 『双 姝 怨 』はこの年の 12月に発 表された第 21 回「 国 家 文 芸 賞 」演 劇 部

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門で受賞し、 この賞にふさわしい王墨林の代表作となった。 新たな身体表現の創出 過 去 1 ~ 2 年の台 湾のパフォーミング・アーツ界の軌 跡を考える と、長 期にわたる構 造 的 問 題があるとはいえ、あらゆるところで創 意 がほとばしり、目も眩まんばかりだ。振り返って見れば 、 グループであ れ、個 人のアーティストであれ、美 学についての思 索に没 頭し、志を 同じくする者たちに呼びかけて訓 練 方 法を開 発するという、稀に見る できごとがあった。 ジェン チ ー チュン

台 湾 小 劇 場 界を代 表する一 人である鄭 志 忠 が演 出した、2020 年 台 北フリンジ・フェスティバル( 臺 北 藝 穗 節 、Ta ipei Fri nge

Festival)の『 Play 』 ( 原 作はサミュエル・ベケットの『 芝 居 』) も二 度 目の 上 演 だった 。初 演 は 台 湾 の 劇 団 TA L 演 劇 実 験 室( TA L: 世界の舞台芸術を知る

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Theatre Actors Lab)が、東 京の d- 倉 庫 で開 催されたフェスティバル「 現 代 作 家 シリーズ 」に参 加した際に演 出したもの で、プレ公 演はクーリンチェ小 劇 場で行 われた。 この一 幕 劇では、男 一 人と女 二 人が壺から頭だけを出し、顔に投 射され た照 明の光が、彼らに話をするよう導く。

70年 以 上 前に建 設された煙 草 工 場をリ ノベ ーションした 文 化 施 設「 松 山 文 創 園 区( SSCC:Songshan Cultural and 鄭志忠演出『Play』 撮影:許斌

Creative Park)」の屋 外のバッロク式 庭 園( 巴 洛 克 花 園 、Baroque Garden)で

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行われた公 演で、鄭は、登 場 人 物を男二 人と女 一 人に変え、原 作 にある「 骨 壺 」は使わず、3 年 間の訓 練を行った俳 優たちに、舞 台 上の決められた範 囲をひたすら歩かせた。一 見したところ、 日常 的な トレーニングの延 長 線 上にあるように見えるのだが、規 律に基づい た緩 慢で長 時 間にわたる移 動を通して、 それぞれの俳 優の身体か ら異なる表 現が見えてくる。 このベケットの戯 曲では、 セリフと身体の 関 係を切り離すという戦 略があり、俳 優に極 限 状 態で大 量のセリフ を吐き出させることによって、 より集 中した身体と声を提 示した。 この 作 品は、俳 優の身体を借りて「 真 実 」を徹 底 的に露わにする。公 演 後にはいくつかの良い批 評と分 析を得ることもでき、道 半ばの鄭 志 忠の仕 事は未来に向かって続いてゆくだろう。 もう一 例 、瓦 旦・督 喜( Watan Tusi)を挙げておきたい。瓦 旦・督 喜は花 蓮 県の先 住 民 族であるタロコ族のアーティストで、2012年に さまざまな部 族で構 成されるTAI 身体 劇 場( Tai Body Theater) を


設 立し、花 蓮 県から借り受けたトタン小 屋で身 体 言 語の模 索を行っている。彼が「コンテンポ ラリーダンス」を創 作したプロセスは、2 年 間の フィールドワークを基 礎としている。足と土 地の 関 係を探 究し、60を超える足の動きを記 録した 「 脚 譜 」を作 成 、一 つひとつの創 作を通して、 脱 構 築し、再 構 築し、新しい身 体とダンスの形 式を生み出している。 瓦旦・督喜が 2019年 11月に台南芸術祭に招 ダオイン

かれて発 表した『 道 隠( The Veiled Ways)』で は、自らの民 族だけでなく、すべての先 住 民 族

瓦旦・督喜演出・振付『道隠』 撮影:Ken Wang

の伝 統 文 化への眼 差しと考 察が見られた。先 住 民 族の文 学や音 楽 、先 住 民 族がおかれた現 状 、環 境 問 題にま

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で考 察はおよび、身体のエネルギーを高める要 素を導き出し、先 住 民 族の知 恵を明 確に説 明する作 品だった。 「すべての流れはそれ ぞれの道を持っている。水の道を奪ってはいけない。人の心は水のよ うに澄みきって、決して揺るいではいけない」。 この部 落の長 老の言 葉、 それは現 代にも通じ、我々が大切にするべき宝ではないだろうか。 Yao, Lee-chun 1965年台湾生まれ。演出家、 プロデューサー、 フェスティバル・ディレクター、映画研 究 家 、キュレーター。20 07/ 20 0 8年のシーズンより身体 気 象 館( Body Phase Studio) とクーリンチェ小劇場のディレクターを務める。演劇以外にも、パフォーマン ス・アート、 コンピューター・ミュージック、実験映画、障がい者による/障がい者のた めの舞台芸術の企画・プロデューサーとして長く活動している。台湾と他のアジア、 ヨーロッパ諸国のアーティストとの交流にも力を入れており、 マカオ芸術祭(Macao Arts Festival)のアートコンサルタントも務めた。2018~2019年、ARTWAVE-台 湾国際芸術ネットワーク (ARTWAVE Taiwan International Arts Network) の共同 キュレーターを務めていた。

(翻 訳:延 江アキコ)

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『ヘンゼルとグレーテル』 写真提供:劇団白首狂夫(ペクスガンブ)

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[韓国]

新 型コロ ナ ウィル ス 感 染 症 が もたらし た 演 劇 的 課 題 イ

ソンゴン

李 星坤

2020年はまさに新 型コロナウィルス感 染 症( 以 下 、コロナ)にすべ てが飲み込まれた 1 年だった。 もちろん韓 国だけでなく、全 世 界で。 「コロナ以 前と以 後 」という言 葉が 生まれるほど、 その変 化は衝 撃 的だ。 ウイルスのない日常への回 帰を期 待するのはどうやら無 理そ うだ。今や私たちはウイルスとの共 存を模 索する新しい日常 、すなわ ち「ニューノーマル時 代 」について思 考を巡らせなければならない。 ネットワークを形 成したり、社 会 的 関 係を構 築する方 法も変わりつつ


ある。 ソーシャル・ディスタンシングが日常 化し、非 接 触と非 対 面という 「 新しいマナーの誕 生 」が予 告されている。 「 非 対 面 」を意 味する 造語「アンタクト ( untact )」も今では一般名詞として定 着した。 演劇とリスクマネジメント 慣 例 上 、韓 国 演 劇は打 撃を受けざるを得なかった。ほとんど政 府 の助 成 金に頼って制 作される韓 国 演 劇の場 合 、1 年の公 演は 2 月 末から 3 月初めに本 格 的に幕を開ける。前 年 度の 12月から 1 ~ 2 月に主な助 成 金の申請と交 付が行われるためだ。 しかし残 念ながら、 冬の間 準 備してきた公 演がぽつりぽつりと顔を出しはじめた 2 月 23 日、韓 国 政 府の感 染 症に対する危 機 警 報が「 警 戒 」から最 高レベ ルの「深刻」に引き上げられ、すべてが変わった。政府の方針に従わ なければならない国立劇場や公共劇場は、直ちに打撃を受けた。

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国 立 劇 場と国 立 劇 団の公 演はすぐに中 止となり、 ソウル文 化 財 ナム サン

団が 運 営する南 山 芸 術センター・ドラマセンター( Namsan Arts

Center)は 2 月 24日から 6 月 23日まで約 4 ヶ月休 館となった。私が 関 係している韓日演 劇 交 流 協 議 会が主 催した第 9 回 現 代日本 戯 曲 朗 読 公 演は 2 月 21日から23日まで南 山 芸 術センター・ドラマセン ターで開 催されたが、最 終日の 2 月 23日に危 機 警 報が「 深 刻 」に 引き上げられ、幸いにもぎりぎりで全日程を終了した。翌日からこの劇 場は閉 鎖された(*1 )。 とりわけ今 年 開 館 70 周年を迎え、大々的な記 念 行 事と公 演を準 備していた国 立 劇 場と国 立 劇 団は、すべての日 程を無 期 延 期にするか中 止せざるを得なかった。代 表 的な民 間の ドゥ サン

制 作 劇 場である斗 山アートセンター( Doosan Arts Center ) も3 ~

セ ジョン

4 月はまるまる公 演が中 止された。韓 国で最も規 模が大きい世 宗

文化 会 館( Sejong Center for the Performing Arts ) も事情は同じ だった。 ソウル市が運 営するこの劇 場では、 ソウル市 芸 術 団に所 属 世界の舞台芸術を知る

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するソウル市 劇 団( Seoul Metropolitan Theatre)が活 動している。 ソウル市劇団も 4 月と5 月に予定されていた 3 本の企画公演を中止 した。劇 団 運 営の力量を高く評 価され、劇 団 長を 5 年 間 務めた演 キム・グァンボ

出 家の金 光 甫が 5 月末で退 任した。通 常 劇 団 長の任 期は 3 年だ が、 それをさらに 2 年 間 延 長している。本 来 、彼の演 出 作を上 演して 有 終の美を飾るはずだったが、 コロナ禍による中止でそれがかなわな かったのが惜しまれる。 こうした状 況の中でも、一 部ではいち早くコロナ禍に対 処しようとす る動きがあった。 コロナ以 降 、新たに注目されはじめた公 演の動 画 配 信である。 まだスタート段 階のため、可 能 性や方 法についてのさ まざまな見 解や意 見があるが、 コロナ禍が公 演の映 像 化 事 業と動 画 配 信 論 争と実 施の火 付け役になったことだけは間 違いない。 ソー 40

シャル・ディスタンシングの措 置が強 化されて公 共 劇 場が閉 鎖され、 こうした動きが加 速した。YouTubeチャンネルの「 The Shows Must

Go On」やナショナル・シアター・ライブ( 以 下 、NT Live[*2 ])な ど、海 外の代 表 的な事 例や他ジャンルを除き、韓 国の演 劇ジャンル に限っても、Naver TV( 韓 国 最 大 手のインターネット企 業 NAVER が運 営するストリーミング、 ライブ動 画 配 信サービス)、芸 術の殿 堂 ( Seoul Arts Centre- SAC)による動 画 配 信サービス「 SAC ON

SCREEN」 ( 後に詳 述 )、 そして国 立 劇 場の「いちばん近い国 立 劇 (*3 )はもちろん、 場」 世 宗 文 化 会 館などの国 公 立の公 演 団 体や劇

場も公 演の動 画 配 信を始めた。問 題は、 「 SAC ON SCREEN」を 除くと大 部 分が動 画 配 信 用に制 作されたものでなく、劇 場の記 録 用 映 像だったことだ。 クオリティや満 足 度の面で劣ると言わざるを得 ない。


公演の動画配信をめぐる議論 これとともに、2020年 上 半 期の韓 国 演 劇 界の話 題は、 もっぱら公 演の動 画 配 信だった。公 演の動 画 配 信についての考え方や反 応 はさまざまだ。 いくつか紹 介したい。 まず、動 画 配 信の産 業 的 可 能 性 に注目する意 見がある。 よく例に出されたのは、 『オペラ座の怪 人 』

25周 年 記 念 公 演の無 料 動 画 配 信の再 生 数が 48時 間で 1,000万 を超え、音 楽グループ BTS( 防 弾 少 年 団 )の動 画 配 信コンサートと

SMエンターテインメントが立ち上げた「 Beyond LIVE」を全 世 界の 視 聴 者が有 料で鑑 賞した例などである。 なかでもBTS のオンラインコ ンサートは 2日間で 500 億ウォンの売 上を記 録したという記 事がさま ざまなメディアで報 道された。問 題は有 料コンテンツ化の成 功 例が、 すでに世 界 的な名 声を得た大 型ミュージカルや大 衆 音 楽に限られ ているという事 実だ。 しかしながら、公 演 会 場 以 上の臨 場 感と躍 動

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感を伝えることができるコンテンツなら、演 劇 界にも勝 算はあるという 展 望もある。課 題は、零 細な公 演 団 体が、通 常の舞 台 公 演 制 作 費 を上 回る莫 大な動 画 配 信 費用をどう賄うのか、 そして観 客のニーズ を満 足させる映 像コンテンツを制 作するために、舞 台 演 出とは異な る制 作 環 境をどう整 備するかだが、果たしてそこに現 実 性があるの か疑 問だ。 国民の芸 術 鑑 賞の機 会 拡 大など、対 国民サービスに価 値を置く 意 見もある。福 祉レベルからのアプローチだ。芸 術の公 共 的 価 値の 実 現という名 分も掲げている。上 述の芸 術の殿 堂による映 像 化 事 業「 SAC ON SCREEN」が代 表 的だ。 コロナ禍とは別に、 このプロ ジェクトは 2013 年 11月、地 方の文 化 芸 術 会 館や主 要 都 市 5 ヶ所 の映 画 館で、芸 術の殿 堂の土 曜コンサートを実 況中継したのが始 まりだ。つまり、 アーカイブ用に制 作した映 像 物とはまったく異なったも のだ。 これは宝くじ基 金や文 化 芸 術 委員会 基 金が推 進する事 業な 世界の舞台芸術を知る

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ので、当 初から無 料サービスを念 頭に置いていた。他の国 公 立 団 体も、負けてはならじと先を争って公 演の動 画 配 信に参 入した。 この ように動 画 配 信には利 点もあるが、同 時に副 作用を憂 慮する声もあ る。著 作 権 者の権 利 保 護やコロナ禍 以 降の事 業 推 進についての ロードマップの不 在 、 そして「 動 画 配 信 = 無 料 」という先 入 観を植え つけてしまい、チケットを購 入して公 演を見る購 買 意 欲を低 下させる ため、観 客開拓にマイナスの影響を与える、 などだ。 公 演の動 画 配 信に強い懐 疑を示す反 応もある。主に「 現 場 」の 演 劇 関 係 者を中心に否 定 的な世 論が形 成されているのだ。例えば 「 無 料に慣らされてしまった観 客が劇 場に来るだろうか? ( 劇 場 公 演と動 画 配 信という)二 元 化された市 場 構 造の中で、低 価 格で 提 供される有 料 動 画 配 信に観 客が 集 中し、結 局は舞 台 芸 術 市 42

場の縮 小を招くのではないか」という懸 念や「 映 像コンテンツによる 収 益が、作り手であるアーティストたちに直 結するのかという疑 問 」 (*4 ) などである。 「

2014 年に英 国のイングリッシュ・ツアーリング・オペ

ラ ( English Touring Opera)が、動 画 配 信でオペラを鑑 賞した後 、 観 客が実 際に劇 場に足を運ぶかどうかについて調 査した結 果 、動 画 配 信で公 演を見た観 客の 85% が劇 場に行く気はないと答えた」 (*5 ) という調査結果もこれを裏付けている。

ソウル演劇祭で盛り返す コロナ禍で萎 縮していた演 劇 界が盛り返すきっかけとなったのは、 第 41回ソウル演 劇 祭( Seoul Theater Festival )だった。5 月 2 日か テ ハン ノ

ら30日までの約 1 ヶ月、8 本の作 品が大 学 路 一 帯の 6 つの劇 場で 一 斉に幕を開けた。徹 底した防 疫と客 席を半 数に減らすなどのソー シャル・ディスタンシング対 策を取ったため、観 客は通 常よりずっと少 なかった。 にもかかわらず、大きなリスクを抱えた演劇祭が無事に幕を


閉じたことは、韓国演劇界にとって一種カタルシスに近い経験だった。 創 作 劇と翻 訳 劇はそれぞれ 4 本ずつとバランスを保っていたが、 作 品の性 格はもちろん参 加 劇 団や年 齢も多 様だった。偶 然の一 致 かもしれないが、 「 在日」と関 連のある作 品が 2 作も上 演されたことも チョン・ウィシン

興 味 深かった。在日韓 国 人 劇 作 家の鄭 義 信の戯曲を劇 団 秀 が上 演した『 大 空の虹を見ると私の心は躍る』 と、在日コリアンの暮らしを 題 材にした劇 団シルハンの『ほんまラビヘ?』 ( 関 西 弁の「ほんま」、 ラ トビア語の「 labi」、韓 国 語の「 해(へ)」をつなげた造 語で、 「 本当 に好きなの?」という意 味 )。 『 大 空の~ 』は閉 館を間 近にした古い 映 画 館を舞 台に、三 代の家 族 史を静かに描いた舞 台 。韓 国 上 演 に合わせて脚 色をほどこした繊 細な手 腕も目を引き、今 回のソウル 演劇 祭で大 賞を受賞した。 今 年は韓 国が日本から独 立して 75 周 年を迎える年であり、昨 年

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は日本の植 民 地 支 配に抵 抗して起こった三・一 運 動の 100 周 年 鄭義信作『大空の虹を見ると私の心は躍る』 写真提供:劇団秀

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だった。 そのためか 、昨 年に続き今 年も日本に関 連のあるテーマを 扱った作 品が多かった。前 号(『 国 際 演 劇 年 鑑 2020』)でも少し書 ビン フア

いたが、昨 年 2019 年には国 立 劇 団で上 演を予 定していた『 氷 花 』 イム・ソンギュ

が、作 家 林 仙 圭の親日問 題で中止になった例もあり、前 述した南山 ユ・チジン

芸 術センター・ドラマセンターを建てた柳 致 眞の親日論争もいまだ渦 中である。 クォンリチャンジョン

今 年 で 5 回 目を迎える「 権 利 長 戦フェスティバル 」のテーマも 「 2020 親日探 求 」だった。韓日間の貿易問 題が発 端となった葛 藤 が「 反日」や「 歴 史の見 直し」という問 題に火をつけ、熱い論 争を呼 ジュン セ ン

んだ。7 月 1 日、劇 団 矢 印の『 俊 生 』を皮 切りに 2 ヶ月間で 10 作 品 が上 演された。若い世 代らしく、新しい形 式 美を通して演 劇 的な面 白さを追 求したという肯 定 的な評 価がある一 方 、ほとんどの作 品が、 44

男性と女 性 、既 得 権を握る世 代と若 者 世 代 、保 守と進 歩など、典 型 的な二 分法から脱け出していないという批 判もあった。 ソウル演 劇 祭をきっかけに、休 館していた劇 場が少しずつ再 開し はじめたと思いきや、8 月 15日に保 守 団 体が主 催した大 規 模な集 会によって感 染 者 数が急 増し、再び危 機に見 舞われた。劇 場で観 客を迎える計画で、順調に準備が進められていた「 2020ソウル国 際 公 演 芸 術 祭( Seoul Performing Arts Festival-SPAF)」が全 面 的 なオンライン開 催に切り替わり、大きな被 害を受けた。 フェスティバル 期 間も当初 10月 8 日から31日までだったが、11月 12日から11月 29日 までに延 期 、縮 小された。 にもかかわらず、今 回のフェスティバルでは 有 意 義な試みもいくつかあった。 ひとつは 、世 界 的な振 付 師ジェローム · ベル( Jérôme Bel )の 『 Gala- ガラ』の演 出と制 作がリアルタイムの画 像 伝 送システムに よって行われた。 コロナとは関 係なく、2019年 夏 、 ジェローム・ベルは 「ノーフライト」、つまり飛 行 機に乗ってツアーはしないと宣 言したか


らだ。 また、韓 国のクリエイティブ・ヴァキ( Creative VaQi) とドイツのレ ジデンツテアター( Residenztheater)が共 同 制 作する 『ボーダーライ ン( Borderline)』は、両 国の俳 優が約 1 万 kmの距離を隔てて、お 互いの空間で同時に進行する演技を撮影する計画だ。 コロナ禍でや むを得ず公演の映像化の試みが早まったが、今回のソウル国際公演 芸術祭の動画配信がひとつのモデルになるのではないかと思う。 再びコロナ、そしてコロナ世代と演劇 「ウイルスは万 人に平 等だが、感 染の対 象は平 等ではない」。誰も が伝 染 病にかかるかもしれないが、所 得や職 業によって、 それがもた らす結 果はまったく違うという意 味だ。防 疫のために「 No! 3 密( 密 閉・密 接・密 集 )」が強 調されるが、3 密にさらされるのは、主に社 会 的 弱 者たちだ。 「 感 染 症ほど政 治 的な現 象はない」という言 葉を否

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定する人はいないだろう。 こうした不 平 等を目の当たりにし、国 民は 再び資本主義経済や政治について言及することが多くなった。演劇 も同 様だ。 ペ クス ガン ブ

今 年の 4 月、7 月に上 演された劇 団 白 首 狂 夫 の『 ヘンゼルとグ

『ヘンゼルとグレーテル』 写真提供:劇団白首狂夫 世界の舞台芸術を知る

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レーテル』、劇 団パートナーの『オフィス』 も、新自由 主 義 時 代の資 本と労 働の問 題について個 性 的なアプローチを試みた作 品であ る。劇 団 白 首 狂 夫の『 ヘンゼルとグレーテル』は童 話の構 造を借り て韓 国 社 会の労 働と搾 取 、 そして 20 ~ 30 代の若 者たちの現 実を 隠 喩 的に表 現した。青 年の失 業 問 題や宅 配 労 働 者 、学習誌 労 働 者( 家 庭 訪 問 型の各 種 講 師 )や若い労 働 者の死をエピソード形 式 で描いている。実 体が分からない相 手との恐ろしい戦いを、森の中 に捨てられた 13人の「ヘンゼルとグレーテル」たちが次々と消えてい く恐 怖 感として表 現した。新自由 主 義 時 代を生きる若い世 代にとっ て、資 本 主義が作動するシステムは恐怖の感 覚として表 現される。 スタイルやカラーはまったく違うが、劇 団パートナーの『オフィス』 も 作り手の問 題 意 識は『 ヘンゼルとグレーテル』に通じるものがある。 46

社内報制作会社で働く 「下請け」フリーランスの労働者たちが生存 のために必 死になる姿を通して、新自由 主 義 社 会が強いる労 働 問 題の核 心に触れているからだ。食うか食われるか、新自由 主 義の食

『オフィス』 写真提供:劇団パートナー


物 連 鎖の真っ只中に追いやられた世 代の人 物たち― ある者は 財 閥 企 業の側で、ある者は零 細 下 請 会 社の代 弁 者として、 またあ る者はその小さな食 物 連 鎖の内 部を不 安な状 態で転々としながら、 生 存を模 索する― が舞 台に登 場する。劇 団の作り手たちも劇 中 人 物たちと同 様に30 代 後 半から40 代 前 半の中 年が主 軸となって いる。 いわゆる「キンキン(=挟まれた)世 代 」、民 主 化 運 動を経 験し た 50代と若 者 世 代に挟まれ、大 学 卒 業 頃に1997 年の IMF 経 済 危 機を経 験した世 代だ。一時は「 X世代」と呼ばれ、脱 権 威 的で個 人 主 義 的 、感 覚 的で消 費 志 向 的な特 徴を持った世 代と言われた。作 り手たちはもちろん、 この作 品に登 場する人 物たちも同じ世 代に設 定 されている。 韓 国の世 代 区 分 法はいろいろある。386・486世 代のように、 コン ピュータの仕 様に喩えたり、X・Y世 代のようにアルファベットで区 分す ることもある。時には IMF 世 代やミレニアル世 代 、N

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放 世 代(*6 )のよ

うに、大きな社 会 的 事 件や時 代の節目を基 準に区 分する。 どれも特 定の時・空 間 的 経 験を共 有する集 団に対して任 意 的かつ便 宜 的 に付けた呼び名だろう。 にもかかわらず、 これらが韓 国 社 会の矛 盾 や現 実を窺い知るキーワードになることは明らかだ。資 本 主 義 経 済 や政治が再び見直されているコロナ時代に、 この過酷な時代を経験 した「コロナ世 代 」もまもなく登 場するだろう。彼らは、 コロナによって 生まれたこの奇 怪な時 代をどのように記 憶し、 どんな演 劇を作り出す のか、 たいへん気になるところだ。

〔著者注〕 *1 この限られた誌面では紹介できなくて残念だが、南山芸術センター・ドラマセンターは 1962年、劇作家の柳致眞(ユ・チジン)がロックフェラー財団の後援を受けて国有地 に建てた公共劇場だ。しかし「常識では考えられない」手続きを経て、学校法人東浪芸 術院に所有権が移転された。ソウル文化財団は毎年10億ウォンの賃貸料を支払って、

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ドラマセンターを南山芸術センターという名称で運営してきたが、東浪芸術院から突然 賃貸契約の終了を通知され、2020年12月末をもって閉館しなければならない状況に 置かれている。ドラマセンターの公共性を回復するための演劇人の戦いも今年の主な 話題の一つだった。 *2 英国のNT Liveは成功事例として挙げられるが、観客が劇場に足を運ばなければなら ないという点が限界と指摘されている。 *3 国立劇場では「いちばん近い国立劇場」で観客サービスとして『覇王別姫』 『沈清歌』 を無料動画配信した。 *4 オム・ヒョニ「新しいメディアと演劇―『ポスト・コロナ時代の公演芸術』についての 愉快な想像?」 (『演劇評論』97号[ソウル:韓国演劇評論家協会、2020年]22頁) *5 チャン・ジヨン「コロナ19で加速化する公演のデジタル流通」 (『ダンスWeb雑誌』 13号、2020年 6月(http://koreadance.kr/board/board _view.php?view_ id=19&board_name=literature&page=)閲覧日:2020年10月15日 *6 恋愛、結婚、出産、就職、マイホームなど、すべてをあきらめて生きる世代。

Lee, Seung-gon

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演劇評論家、韓国芸術総合学校演劇院演劇学科教授。同校卒業後、大阪大学文 学研究科で博士号を取得。韓日演劇交流協議会副会長。2005年、若き評論家賞 受賞。論文に「ゼロ世代演劇の系譜学的特徴とゲーム的リアリズム」 「在日コリアン 劇団研究」ほか多数。

( 翻 訳:石川樹 里 )


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『女性の真友』中央が筆者

[パキスタン]

女性の地位向上のための演劇 シーマー・ケルマーニー パキスタンでは、2019年から2020年にかけて、宗 派 間 抗 争やジェ ンダーに基づく暴力( GBV: Gender-based Violence)事 件の増 加 がみられるが、同 時にジェンダー差 別に反 対する声も高まりをみせて いる。 世界の舞台芸術を知る

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このような状 況の中で、社 会を映す鏡たる演 劇 人たちが、宗 教 的 寛 容さや過 激 派の暴力、GBVなどの問 題に関 連した作 品を制 作し ていることは至極当然だが、 それだけにとどまらない。 封 建 的・家 父 長 的な家 族 構 造が崩 壊の瀬 戸 際にある現 在 、演 劇は古い価 値 観への反 発や不 満を表 現する手 段としてその本 分を 発 揮している。演 劇は、不 快 感や怒り、最 終 的には反 抗と抵 抗を表 現するための一般的な手法になったとも言える。 本 稿では、筆 者 の 主 宰 するカンパニー 、テヘリーケ・ニスワーン ( Tehrik- e- Niswan)の活 動と作 品を通して、パキスタンの演 劇の 伝 統の中で、演 劇がいかにして上 記の役 割を果たすようになって いったかを伝えたい。 50

ここで紹介する作品中、女性の役割やアイデンティティは、戯曲によ くみられるような母 、娘 、妹 、妻 、恋 人といった性 別に基づく役 割とい うよりも、社 会の一員として活 躍する、価 値ある一 個の人 間が持つも のとして描かれており、作品のほとんどは、従来用いられてきたモチー フに新しいイメージを与えることで、反 抗や抵 抗 、 フェミニズムの精 神 を伝えることができるという考えに基づいて創 作されている。 「テヘリーケ・ニスワーン」はウルドゥー語で「 女 性たちの社 会・政 治 的運動」を意味し、1979 年に結成された。現在活動を続けているパ フォーミングアーツ・グループとしては国 内で最も古く、パキスタン最 大の都 市 、 カラーチー(パキスタン南 部スィンド州の州 都 )を拠 点に している。 このカンパニーの作 品のほとんどは、確 固とした政 治 的・社 会 的 意 識のもとに書かれている。平 和と寛 容のメッセージを伝え、宗 教 的 原 理 主 義・反 啓 蒙 主 義・過 激 主 義の問 題に対する意 識を高め、 よ


り深いレベルで 持 続 可 能な社 会 改 革を確 実なものにするための ツールとして創 作されている。 本 稿では、女 性中心の作 品を紹 介する。主 人 公の女 性たちはい ずれも、単なる被 害 者ではない。平 等 、正 義 、愛 、美 、寛 容 、調 和に 満ちた社 会を作りたいと願って生きるサバイバーだ。 『私の中にあなたがいる』 まず最初に『 私の中にあなたがいる ( Mujh Mae Tou Moujood)』 を紹 介したい。 この戯 曲は、亜 大 陸 、特にパキスタン南 部スィンド州のスーフィー (イスラーム神 秘 主 義 者 )たちをめぐる戯 曲だ。宗 教 的 寛 容さによっ て立つ精 神 的・神 秘 的 思 想を、彼らが舞 踊 、音 楽 、詩といかに融 合 させたか、 そしてこのような行いにより、支 配 者 層から、彼らがいかに

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体 制を破 壊する者として標的にされてきたかを描いている。 この特 別な作 品は、 スーフィズムの詩をうたう偉 大な歌 手 、バガッ ト・カーンワル・ラーム( Bhagat Kanwar Ram)をモデルにしている。 彼はただ、すべての宗 教は一つだと説いたがために、1939 年に宗 教的 過 激 派により暗 殺された。 その名からも察しがつく通り、彼はヒンドゥー教 徒で、詩を朗 誦する 時には足 首に鈴をつけて踊り、歌った。 そしてその歌はみな、 ヒューマ ニズムとすべての宗 教の一 体 性について説く様々な詩 人の作 品で あった。 彼は宗 教に基 づく差 別を受け入れなかった。なぜなら、権 力を 握っていた人々(イギリス人 )が、宗 教によって人々を分 断・分 割して 支配していることが鼻 持ちならなかったからだ。 本 作は、愛と憧れと死についての神 秘 的で刺 激 的な物 語だ。伝 統 的な語りの手 法を取り入れて、生 演 奏 、詩 、 ダンス、対 話により有 世界の舞台芸術を知る

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『私の中にあなたがいる』

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名な神 秘主義者の弟子となった女性を描く。 作中、彼 女の師への信 心としての愛は、 しだいに心身的な愛 欲へ と変わっていく。彼 女は師の歌とダンスにすっかり魅了され、彼の理 想と教えにつき従うが、当局は彼の芸 能を反 動 的・破 壊 的とみなし て逮 捕する。 しかし彼は譲 歩しない。彼 女は師の足 跡をたどり、師と 同 様 、家父長制の暴力や宗教的差別に妥 協しないことを決 意する。 彼 女は長 年 苦しみ、不 幸な結 婚を余 儀なくされるが、最 終 的には 自分の情 熱に従い、歌とダンスの道に戻ることを選ぶ。 しかし、家 父 長 制の保 守 的な社 会は彼 女の個としての自由を赦 さない。彼 女は聖 者 廟の境 内で、神に捧げる愛の歌をうたい踊って いる最中に自分の父 親に殺されてしまう。 ここで語られるのは、家 族が親 族や部 族の名 誉の名のもとに女 性 を殺し、殺人者が無罪放免になる、 いわゆる「 名 誉 殺 人 」のことだ。 悲 劇 的な結 末にもかかわらず、 この劇は、信 念や信 仰 、性 別の違


いによらず、人間性と万人への愛を信じる人々への宗教的暴力は決 して成 功しないという、前 向きで希 望に満ちた意 思 表 明で締めくくら れる。 この劇では、 スィンド州のさまざまなスーフィー聖 者や詩 人たちの詩 が使われており、種々の宗教・宗派や民族がゆるやかに融合・共存す るスィンド州ならではの多様性と芸能のアンサンブルが生まれている。 私は彼です 。 (私は神と合一しています ) 彼は私です 。 (神は私自身と合 一しています ) 私と彼と彼女は分けられません ( 私も、他 者も、す べて神と合 一しています)

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私たちは一 つです 、そしてただ一 人です! ( 私たちはただ一 つ 、神の中にあるのです) ―『 私の中にあなたがいる』より

思 想や利 害などの葛 藤のある社 会では、真の芸 術にその葛 藤や 衰 退が反 映されるものだ。つまり、演 劇は世 界が変わりやすいもので あると示すとともに、世 界を変える力になるのだ。 ベルトルト・ブレヒトも、 「私たちの演劇は、理解の震 撼を促し、現 実 を変えることの喜びの中で人々の思 考を訓 練するものでなくてはなら ない」と言っている。 次に、パキスタン社会の葛藤と衰退を反映し、女性主人公の生活 と行 動を通してこの衰 退を変える方 向 性を示 唆して観 客の心に印 象を深く刻みつけた『 女性の真友 』 と 『 9 か月と2 年 』 を紹介する。

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『女性の真友』 『 女 性の真 友( Sachi Saathi Aurat Ki)』は、3 人の若い女 性た ちの実 話に基づいている。3 人はそれぞれに宗 教 等 、異なる背 景を 持っているが、 ともに慣習によって家族や社 会から抑 圧を受けている。 この劇では、 インド、パキスタン、 アフガニスタン、バングラデシュ、 イラ ろうこう

ンなどの地 域で女 性が直 面している直 腸 瘻 孔 の問 題も紹 介される。 この病 気は、経 済 的な事 情によって産 科 医 療が整っていなかったり、 女 性の命が重要視されていない地域で多くみられる病 気だ。 主 人 公マールヴィーの姉は、出 産中に赤ん坊が死に直 腸 瘻 孔を 患う。助 産師の訓練不足が、出産時の合 併 症を処 理できないという 事 態を招いていた。 54

マールヴィーは、姉の付き添いで市 立 病 院に行き、助 産 師 養 成 コースの存 在を知る。彼 女は助 産 師になることを決 意するが、村の 人々から反対に遭い、家族とともに村を離れることを余儀なくされる。 しかし彼 女は勉 強を続け、 自分と同じように社 会から攻 撃されるな どの困 難に直 面しながら助 産 師を目指す女 性たちと出 会う。彼 女た ちは共にコースを修め、他の女 性たちの命を救うため、プロの助 産 師になる。 パキスタンの妊 産 婦 死 亡 率は高く、30 分に 1 人が死 亡していると も言われている。 このような事 情を考えても、困 難な状 況のもと助 産 師になるべくもがく若い女性たちの物語は、ぜひとも語られるべきだ。 マールヴィーとその友 人たちの心の痛みや喪 失 感 、怒り、熱 情は、 助 産 師として女 性たちや母 親 、新 生 児の命を救い、 この舞 台 上で 語られて本懐を遂げ、昇華される。


この作 品は、女 性たちが自分の人 生に希 望を持つことを後 押しし、 社 会が女 性の命 、教 育 、経 済 的自立 、充 足 感 、創 造のよろこびを満 たすことの重 要 性に目を向けることを促すために制 作したもので、上 演のたびにスタンディングオベーションを受けている。 なお、 タイトルにある「 友( Saathi)」は「 仲 間 、相 棒 、伴 侶 」を意 味 し、 『 女 性の真 友 』 とは、女 性の命を救い守るための真の相 棒は女 性の助 産 師だということでもある。 『 9 か月と 2 年』 妊 娠と健 康に関する戯 曲をもう一つ紹 介したい。 『 9 か月と 2 年 ( Nau Maheenay Aur Dou Saal)』である。 創 意に富み、詩 的で叙 情 的な本 作は、 コロスを伴い、妊 婦にとっ

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ての 9 ヶ月と新 生 児にとっての誕 生からの 2 年 間がいかに大 切かを 伝えるものだ。9 か月と 2 年 間 、あわせて千日におよぶ期 間は子ども の将 来の健 康 状 態を決 定する。たとえば 、 この時 期に母 子が安 全 な水を飲めず 、十 分な栄 養を摂れないと、後々、子 供 が 母 親になるときに弊 害が出ることもある。 コロスは歌を通じて、女 性に避 妊という選 択 肢を 与える。この 作 品 で 歌を 使ったのは 賢 明 だった 。 妊 娠にともなう健 康 状 態 について話すことは、パキ スタン社 会 では 大きなタ

『 9か月と2 年』

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ブーとされているが、 この作 品では、台 詞ではなく歌を使うことで、エ ンターテインメントのなかにメッセージを込めることに成 功したのだ。 詩や音 楽は、観る人に政 治 的 、社 会 的な影 響を与える。作中、 コ ロスは女 性の直面する抑圧や絶望を歌う。 洪水や飢饉のとき、家人が生計を立てるため村を離れなければな らず、 そのあいだに地 主から性 暴力を受けた話など、女 性たちの物 語が客 席の集 合 的 想 像力を刺 激する。観 衆は女 性たちと向き合い、 耳を傾け、彼女たちの寄る辺なさとそれゆえに受ける抑圧、抑圧に対 する抵 抗について学ぶことになる。 最 後に、紛 争 地 域 、戦 闘 地 域に生きる女 性たちを描いた『 私たち 56

は戦 争の棄民( We Are the Dispossessed of War)』 を紹介したい。 インドとの紛 争で一 人 残されたカシュミールの女 性たちが、愛する人 たちの写 真を掲げ、怒りと恨み、反 抗と抵 抗のうちに苦 難と抑 圧の 詩を詠じるものだ。

『私たちは戦争の棄民』


本 稿で紹 介した四 作はすべて、観 客の心に平 等と公 正について の思 考という遺 産を残すため、 フェミニストの視 点から作られたもの であり、同 時に創 造 的なフェミニストによる、あらゆるレベルの家 父 長 制に対する抵 抗そのものでもある。 これは草の根 運 動としての演 劇で あり、政 治 的 演 劇であり、社 会 変 革のための触 媒である。私たちの 演劇は、パキスタンにおける女性の地位向上のための演 劇である。 ( 2020年 10月) Sheema, Kermani 1951年生まれ。パキスタン・カラーチー市在住。テヘリーケ・ニスワーン主宰。演劇人 であり、同時に文化、女性の権利、平和活動を主軸とする社会運動家でもある。イン ド古典舞踊家、振付師、舞踊師匠、俳優、演出家。テレビドラマへの出演も多数。舞 台芸術の分野における改革運動の先鋭でもある。国内外での受賞多数。共編書に Akhtar Hameed Khan Memorial Book Award 2015を受賞した“Gender, Politics and Performance in South Asia”(Oxford University Press,2015) と “Centre Stage:Gender, Politics, and Performance in South Asia”(Women Unlimited, 2016) がある。

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(翻 訳:村山和 之 )

写真提供:Tehrik-e-Niswan

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アフマド・ムスタファー作・演出『 6 つ星の結婚』 (「エジプトの劇作家」 イニシアティブ助成、舞台芸 術劇場製作) 撮影:Abdullah Dawistashi

[エジプト] 58

そ れ でもな お 演 劇 は 語 る ムハンマド・ハミース

エジプト演劇の歴史 エジプトには古 来より様々なパフォーミング・アーツが存 在し、例え ば( 古 典 )人 形 劇 、大 道 芸 、影 絵 芝 居などは、 ファーティマ朝( 10 ~

12世 紀 )、あるいはアイユーブ朝( 12 ~ 13 世 紀 )の時 代までさかの ぼる。一 方 、西 洋 式の舞 台 芸 術が始まった時 期は、おそらくナポレオ ンのエジプト遠 征( 1798 ~ 1801)の頃である。軍 幹 部が兵 士の娯 楽として演劇を望み、エジプト人がこの種の芸術に目を向ける契機と なった。 こうして19 世 紀 後 半から、 ヤアクーブ・サンヌーア( Yaqub Sanu)、 サリーム・ナッカーシュ( Salim an-Na qqash) と伯 父のマールーン・


ナッカーシュ( Marun an-Naqqash )兄 弟 、アブー・ハリール・カッ バーニー( Abu Khalil Qabbani)や彼らの仲間たちによって、エジプ トに初めて “ 舞 台 芸 術”が出現したのである。 以 来 、19 世 紀から今日にいたるまで、様々な段 階を経て多 様な 演 劇 的 パフォーマンスが行われてきた。代 表 的な演 劇 人にサラー マ・ヒガーズィー ( Salama Hegazi) 、サイイド・ダルウィーシュ( Sayed

Darwish) 、アズィーズ・イード( Aziz Eid)、ナギーブ・リーハーニー ( Naguib el- R ihani )、アリー・カッサール( A li al- Kassar)、ザ キー・トゥライマート ( Zaki Tulaimat)、ユースフ・ワフビー( Youssef

Wahbi)、カラム・ムターウィア( Karam Mutawia )、サアド・アルダ シュ( Saad Ardash )、アブドゥル・ムヌイム・マドゥブーリー( Abdel

Moneim Madbouly)、 フアード・ムハンディス ( Fouad el-Mohandes)

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らがいる。彼らのような先 駆 的な演 出 家や俳 優たちの多くは、エジプ トだけでなく数 多のアラブ諸国の演劇の発展に貢献してきた。 最 初に発 展したのは商 業 演 劇で、悲 劇 、喜 劇 、 ミュージカル、移 動 演 劇など、様々な公 演が行われた。国が主 催するのは、1869 年 ヘディーウ

にイスマーイール副 王が建てたカイロ・オペラハウス( Cairo Opera

House)の公 演に限 定されていた。 1945 年 設 立の人 民 大 学( People's University)が 1965 年に 民 衆 文 化 局( Mass Culture Authority)に改 称されると、舞 台 芸 術 劇 場( The Artistic House of the Theater)、文 化 創 造センター ( Creativity Centers )、大 学と並び、演 劇における国の役 割が明 確に現れるようになった。 時が 経 つにつれ 、商 業 演 劇は喜 劇が 主 流となり、時 折ミュージ カルが流 行した。公 共 劇 場は喜 劇 、悲 劇 、 ミュージカル、実 験 演 劇 、 世界の舞台芸術を知る

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人 形 劇など、 あらゆる方向性を打ち出した。

1990 ~ 2000 年 代は、公 共 劇 場の作 品と商 業 演 劇を含むあら ゆるレベルのエジプト演 劇にとり、特に豊かな20 年であったと言える だろう。国がカイロ国 際 実 験 演 劇 祭( Cairo International Festival

for Contemporary & Experimental Theatre)、エジプト演 劇 祭 ( National Egyptian Theater Festival )など主 要なフェスティバル を始めたのと機を同じくして、初 期の独 立 系 演 劇が興った。二つの 演 劇 祭は、国 内 、中東・北アフリカ地 域 、 そして国 際レベルにおいて、 力強い演劇運動を生み出したのである。 独 立 系 演 劇 人たちの精力的な活 動により、特に2011 年 1 月の革 命 以 降 、エジプトの様々な地 域で独 立 系フェスティバルが開 催され るようになった。 60

現在のエジプト演劇 2020年 、世 界の他の国々と同じように、エジプト演 劇は(当然なが ら)新 型コロナウイルスによる深刻な危機にさらされた。 演 劇の営みは本 質 的にインタラクティブであり、観 客を必 要とする。 アーティストは自身の芸 術を提 示し、観 衆から即 時に報 酬または罰 を得る。愛すべき千の頭の怪 物なくして、我々は一 体どう芝 居をすれ ばいいのだろうか。 コロナ危 機 以 前 、演 劇 活 動は以 下のチャネルで継 続 的に行われ ていた。 Ⅰ. 公共劇場 (1)舞台芸術劇場(The Artistic House of the Theater) 演 劇に特 化した、国の最も重 要な制 作 母 体で、国 内 最 大の文 化


予 算がついている。 カイロやアレクサンドリアなど複 数の劇 場で演 劇 作 品を上 演している。以 前は正 則アラビア語(フスハー) を用いる悲 劇作 品に偏っていた。 外 国のテキストを原作とする作品には以下が挙げられる。

•イスラーム・イマーム( Isla m Ima m )演 出『 楽 天 主 義 者( The Optimist)』 ( 原 案:ヴォルテール『カンディード』) •アーディル・ハッサ ーン( Adel Ha ssa n )演 出『 愛 の 四 十 の 掟 ( Forty Rules of Love)』 ( 原 案:エリフ・シャファク[ Elif Shafak ] の同 名 小 説 )

• ハマーダ・シューシャ( H a m a d a S h o u s h a )演 出『 待 つこと ( Waiting)』 ( 原 案:ベケット 『ゴドーを待ちながら』)

•ガマール・ヤークート ( Gamal Yaqout)演 出『 貴 婦 人の浴 室( The

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Lady's Bath )』 ( 原 案:ブラニスラヴ・ストロティエフ[ Branislav Strotiev/ブルガリア人作家] 『ローマ浴場[ Roman Bathhouse]』)。 また以 下の作 品は民間伝承を原案としている。

•ムハンマド・イブラーヒーム( Muhammad Ibrahim)演出『 恋人たち の手 紙( The Lovers' Letters)』

•ナーセル・アブドゥル・ムヌイム( Nasser Abdel Moneim)演出『 襟飾 りとブレスレット ( The Collar and the Bracelet)』 また、民 話に基 づく人 形 劇の代 表 作の一 つ『 大いなる夜( The

Big Night)』や次のような民族 主 義 的な性 格を帯びた作 品も上 演 された。

•アースィム・ナガーティー( Assem Nagaty)演 出『わが国の人びとよ 世界の舞台芸術を知る

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永 遠に( Long Live My Country's People)』

•ムハンマド・フーリー( Mohamed el-Khouly)演 出『 越 境と勝 利 ( Crossing and Triumph)』。 以上は例に過ぎず、公演作品は枚挙にいとまがない。 これらに加え て子ども向けの演劇も多く上演されている。 公 演の言 語は正 則 語(フスハー ) も口 語(アーンミーヤ) もあり、 ジャンルは悲 劇から喜 劇まで様々であった。今 年は喜 劇 的な方 向 が特に強く、 なかには集 客と利 益を優 先した笑 劇(ファルス)に近い ような作品もあった。 おそらくこれ は 、同 名テレビ 番 組 でも知られる「 エジプト劇 場 62

( Masrah Masr)」シリーズなどの商 業 演 劇が経 済 的な成 功を収 めたことにより、公 共 劇 場も同じ方 向を向いたものと考えられる。ユー モア好きで知られるエジプトの観 客を引き付けるコメディの力を否 定 することはできない。 新 型コロナウイルスの影 響で演 劇 公 演が中 止になったとき、舞 台 芸 術 劇 場は公 演の録 画 映 像をソーシャルメディアで配 信することで、 この難局を乗り越えようとした。 しかしアーカイブ映 像の配 信は期 待していたほど観 客 数を得られ なかった。 そもそも配 信目的で作られた映 像でなかったこと、 またソー シャルメディアに情 報が氾 濫する中 、効 果 的な広 報がなされなかっ たことが理由だろう。 そこで文 化 省は、 ソーシャルメディア配 信に相 応しい公 演を制 作 する新しいイニシアティブを打ち出したが、 この準 備中に政 府の新 型 コロナウイルス対 策 指 針が変わり、指 針に沿った観 客 動 員が可 能


になった。 そのため、実 際に観 客を入れた状 態で公 演と撮 影が行わ れ、映 像はソーシャルメディア上で公開された。 一 連の取り組みで最も意 義 深いのは、 「エジプトの劇 作 家( The

Egyptian Author)」イニシアティブだろう。 この助 成の枠 組は、エジ プトの作 家を支 援し、戯 曲を世に出すことをバックアップするもので、 アフマド・ムスタファー( Ahmad Mustafa)作・演出の『 6 つ星の結婚 ( Six Stars Marriage)』やアフマド・アスカル( Ahmad Askar)作 、サ イード・カービール( Said Qabil)演 出による 『 夜が去り ( The Night

is Gone)』が上 演された。 (2)民衆文化局(Mass Culture Authority)の演劇活動 民 衆 文 化 局は全 国の文 化 館( Cultural Palaces)および文 化の 63

アフマド・アスカル作、サイード・カービール演出『 夜が去り』 (「エジプトの劇作家」イニシアティブ助 成、舞台芸術劇場製作) 写真:エジプト文化省公式ホームページより

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家 (Cultural Houses)で、以 下 二つのチャネルを通して優れた舞 台 芸 術を表 彰する活動を行っている。 (1) 文 化施設総局(The General Authority for Cultural Palaces) 主 催している演 劇コンクールは全 国の文 化 館で予 選を行い、 優秀な作品が全国大会に進む。全国大会の入賞作品は、 エジプ ト演 劇祭コンクール部門の参加権を得る。 総 局に登 録している劇 団はコロナ危 機 以 前に公 演を行ってい たが、地 方 予 選の結 果は未だ発 表されていない。 コンクールは終 了しておらず、継続に関する公式声明は出ていない。 (2)演劇クラブ(Theater Clubs)

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演 劇クラブは 、経 験 の 浅い演 出 家が 文 化 館 や 文 化 の 家で演 劇の実践を積む場である。 演 出 家が発 表する作 品は 2 段 階で選 考され、作 品のクオリティに よっては入 賞 作の中からエジプト 演 劇 祭への参 加が認められる場 合がある。 また優 秀な演 出 家に選 ばれる と、文 化 省 公 認の演 出 家 資 格が 得られる。 しかし、今 年は新 型コロナウイル 民衆文化局の公演のひとつであるラーミー・ナーディル演出 『マラソン』 (アンフーシー文化館[アレクサンドリア]) 写真手前は著者 撮影: Muhammad Abdul Galil

スのためコンクールは開 催されて おらず 、今 後 縮 小された 形で 行


われることが予想される。 (3)文化創造センター(Creativity Centers) 文 化 創 造 センター は 、元 文 化 大 臣 ファー ル ーク・ホスニ ー ( Farouq Hosni)の時 代に、遺 跡の保 護とその文 化 利 用を目的に 設立された。 潤 沢な資 金を持 つ 文 化 振 興 基 金( Cultural Development

Fund)の下 部 組 織として、多くの文 化 活 動を行ってきた。同 基 金は エジプト演 劇 祭やカイロ国 際 実 験 演 劇 祭など主 要フェスティバルの 筆 頭スポンサーだが、近 年の観 光セクターの危 機により予 算が大 幅に削 減され 、単 独で公 演を制 作することが難しくなった。ハナー ギル芸 術センター( Hanager Arts Center) とカイロ文 化 創 造セン ター演 劇スタジオ ( Cairo Creativity Center Theater Studio)の共

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同 制 作で、文 化 振 興 基 金が管 轄するタズ王 子 宮 殿で上 演された ハーニー・アフィーフィー( Hany Afifi)演出『 恋人たちのこと ( About

Lovers)』のように、他 団 体との共 同 公 演しか行われなくなったので ある。 今 年の文 化 創 造センターの演 劇 活 動は新 型コロナウイルスに大 きな影 響を受けた。 (4)大学演劇

26 の公 立 大 学の劇 団が競い合う大 学 演 劇は、エジプトの芸 術 に多くの新しい要 素をもたらす重 要な流れの一つであるが、今 年は 新 型コロナウイルスに活動が妨げられた。 Ⅱ. 独立系演劇 一月革 命 直 後の活 発な期 間に比べると公 演 数は大 幅に減 少し 世界の舞台芸術を知る

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たものの、一 部の独 立 系 劇 団は、国 際 交 流 基 金 、 ゲーテ・インスティ トゥート、 アレクサンドリア図 書 館 、 カイロ・アメリカン大 学などの助 成 機 関から制作資金を得て公演を行った。 例えばアレクサンドリア図 書 館は、独 立 系の演出家の作 品に対し 毎 年 助 成を行っている。今 年はコロナ危 機のため助 成 作 品 決 定 後 に助 成 金の支 給が停 止されたが、劇 場の営 業が再 開されると助 成 活 動も再開された。 ラーミー・ナーディル( Ramy Nader)がタウフィーク・ハキーム(*) ( Tawfiq al-Hakim、1898-1987)の戯曲を演出した『この世は笑い 話( The World is a Farce)』など、 アレクサンドリア図 書 館の舞 台で 複 数の公演が実施された。 もう一つの例として、 カイロ・アメリカン大 学は、様々な芸 術ワーク 66

ショップや、第 1 回カイロ国 際 大 学 演 劇 会 議( Cairo International

Symposium for University Theatre)の主 催 、独 立 系 演 劇 公 演な ど、多くの演 劇 活 動を行っている。サブリーン・フサーミー( Sabrine

el- Hossamy)演 出『 私の心( Albi)』、パスカル・ランべール( Pascal Rambert)作・演出『 愛のおわり ( Love's End)』などが上演された。 カイロ・アメリカン大 学の活 動は、他の民 間 団 体や文 化センター 同 様 、コロナ 危 機 の た め に2020年 3月末に停 止 し、現在も再開されていない ( 2020 年 10月時点)。 Ⅲ. 商業演劇 一月革 命 後の政 治 的 混 乱により近 年は危 機に瀕し、 商 業 演 劇 のアーティストは タウフィーク・ハキーム作、 ラーミー・ナーディル演出『この世は笑い話』 (アレクサン ドリア図書館独立系劇団助成) 撮影:Muhammad Abdul Galil


独 立 系 演 劇に転 向したが、 メディア露出に成 功し社 会 現 象となった 前 述の「エジプト劇 場 」シリーズで高い人 気を取り戻し、人 気 俳 優 を多 数 輩 出した。彼らの人 気は芸 術 的力量ではなく、表 面 的で下 品なコメディによって大衆を笑わせる能力にあると私は考えている。 しかし、彼らの人 気を映 画やテレビのプロデューサーが利 用し、 ス ターの演 劇 離れが進んでしまい、商 業 演 劇は新たな危 機に直 面し ているようである。 Ⅳ. フェスティバル 以 前 は 多くの 演 劇 祭 があったが 、現 在 は 競 争 力を取り戻した カイロ国 際 実 験 演 劇 祭 、 シャルム・エル・シェイク国 際 青 年 演 劇 祭 ( Sharm El-Sheikh International Theater Festival for Youth)、エ ジプト演 劇 祭の三つが国 主 催のフェスティバルである。独 立 系 演 劇

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祭には、 ノーファンド国 際 演 劇 祭( International Theater Without

Fund Festival)がある。 以 上のうち、今 年はコロナのため、 カイロ国 際 実 験 演 劇 祭 以 外は 開 催されなかった。同 演 劇 祭は 9 月に第 27回が開 催され、三つの 部門で以 下の作 品が入賞した。 1.ロックダウン演劇

• 最 優 秀 作 品:マーク・アントニー・ドブソン( Ma rk A ntony Dobson)演出『 Liv Die x Vukallective 』 (南アフリカ) • 優 秀 作 品:Collectif ROTAS 2020『 ROTAS 2020』 (ドイツ、 フランス、 スイス、 スペイン、 ブラジル、 インド、エジプト) 2.映像演劇

• 最 優 秀 作 品:ウサーマ・ハラール( Osama Halal)演 出『 庭の 世界の舞台芸術を知る

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反対側 (The Other Side of the Garden) 』 (シリア、 レバノン) チャオ ミャオ

ら せつ

• 優 秀 作 品:趙 淼( Zhao Miao)演 出『 羅 刹 の 国( Loucha Land)』 (中国) 3.ライブ演劇(2020年はエジプトの作品のみ)

• 最 優 秀 作 品:イブラーヒーム・アシュラフ( Ibrahim Ashraf )演 出 、エジプト芸 術アカデミー( Academy of Arts)制 作『 バラと 王冠( The Rose and the Crown)』

• 優 秀 作 品:ラアバ劇 団( El La'aba Theater Troupe) 『 名 声へ の鍵( The Key to Fame)』 以上が、新型コロナウイルスの流行のなかでも多くの作品が上演さ 68

れた今シーズンのエジプト演劇に関する私のささやかな報告である。

〔編集部注〕 *

本稿では人物名に定冠詞のal-等が入るもののカタカナ表記を原則として省略した。 なおタウフィーク・ハキームは「タウフィーク・アル・ハキーム」の名義で日本での翻訳 出版がある。

Mohamed Khamis 1976年生まれ。エジプト出身。詩人、俳優(演劇・テレビ・映画)、演出家、批評家。 自身が旗揚げした複数の独立系劇団での活動の他、公立・独立系問わず様々な劇 団や文化機関と協働。雑誌や演劇祭にて多数の批評記事、映像を発表している。

( 翻 訳:渡 辺 真 帆 )


ソウルペッパー・シアター 『ブラザーズ・サイズ』 撮影:Cylla von Tiedemann 左からDaren A. Herbert、Marcel Stewart、Mazin Elsadig

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[カナダ]

新 た な 創 造 の 可 能 性 に 向 かって 神崎 舞

2020年は、世 界 的に猛 威を振るったコロナウイルスが、演 劇 界にも 暗い影を落とした。 カナダでも 3 月中旬には劇 場が閉 鎖され、 モントリ オールのフェスティバル・ トランスアメリーク ( Festival TransAmériques)、 シャーロットタウン・フェスティバル( Charlottetown Festival)、 スト ラットフォード・フェスティバル( Stratford Festival)、エドモントン・イ ンターナショナル・フリンジ・シアター・フェスティバル( Edmonton

International Fringe Theatre Festival)、 さらにバンクーバーのバー 世界の舞台芸術を知る

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ド・オン・ザ・ビーチ( Bard on the Beach)など、各 地の夏を彩る演 劇 フェスティバルも軒並み中止された。 感 染 拡 大 防 止 のためには 、 「 3 密 」の 回 避 が 不 可 欠 であり、 「ソーシャル・ディスタンス」が求められる事 態は、同じ空 間に集まり、 他の観 客と時 間の共 有を必 要とする演 劇そのものの成 立を困 難に した。 いつになれば 感 染 拡 大 前の状 況に戻れるのか見 通しが立た ず、長 期 化するという最悪の事態も視野に入れなければならない。 あ まりに多くの不確定要素が演劇人を苦しめた。 カナダを代 表するサーカス集 団シルク・ドゥ・ソレイユ( Cirque du

Soleil)が経 営 破 綻し、95パーセントの従 業員を解 雇したことは、衝 撃 的なニュースとなった。国 内 外におけるツアー公 演に加え、 ラスベ ガスの常 設 劇 場での上 演などで、言 葉の壁を越えて華々しく活 躍し 70

てきたカンパニーが、 これほどまでに短 期 間で経 営 危 機に陥るとは、 誰が想 像できたであろうか。 同じく国際的に活躍し、 シルク・ドゥ・ソレイユ作品の『 TOTEM 』や 『 KÀ 』の演 出を手 掛けたことでも知られるケベック州 出身の演 出 家 ロベール・ルパージュ ( Robert Lepage) も大きな打 撃を受けた。彼の 代表作である 『 太田川七つの流れ( Les sept branches de la rivière

Ota)』 (日本 公 演のタイトルは『 HIROSHIMA 太 田 川 七つの流 れ 』)はケベックシティでの公 演を皮 切りに、モスクワやロンドンで再 演され、2020年 7 月には東 京でも上 演されることが決まっていた。東 京オリンピック開 催と同じ時 期に上 演されることで意 義 深いものにな るはずであったが、 その計 画はオリンピックとともに絶たれてしまった。 『 太 田 川 七つの流れ 』以 外にも、新 潟 県 佐 渡 島を拠 点に活 動す る太 鼓 芸 能 集 団の鼓 童と共 同 製 作した『 NOVA 』が、神 奈川や大 阪、 さらに熊 本など、全 国 9 カ所で上 演されることになっていたが、 こ ちらも中止となった。


追い打ちをかけるかのように、新たに 建 設した劇 場が休 館となった。 ルパー ジュは 創 造 の 拠 点を今なおケベック シティに置き、2019 年 8 月下 旬に、 ル・ ディアマン( Le Diamant) という名のパ フォーミング・アーツ・センターを開 館し た。600 席を有する劇 場に、 オフィスや ミーティング・スペース、 そしてレストラン が併 設されたこの立 派な施 設は、 さま ざまな作 品の上 演のみならず、新たな 創造の拠点として大いに期待されてい たが 、 コロナ禍において、わずか 半 年 で休館せざるを得なくなった。 連 邦 政 府が 、アーティストを含む労 働 者に 1 ヶ月に 2 千カナダドルを最 大

71 ロベール・ルパージュ演出『太田川七つの流れ』 撮影:Elias Djemil Matassov

4 ヶ月支 給するというカナダ緊 急 対 応 給 付 金や、雇 用 主に対して最 大で賃 金 の 75 パーセントが 助 成されるカナ ダ賃 金 助 成 制 度を設けたことなどによ り、多くの 演 劇 関 係 者 は 何とか 急 場 を凌いだ。 しかしながら、助 成 金をいつ までも当てにすることはできない。 それ ぞれの劇 場や劇 団は、積 極 的に寄 付 いち る

ル・ディアマン

撮影:Stephane Groleau

を募ると同 時に、一 縷 の 望 みを見 出 すかのように、 さまざまな取り組みを行ってきた。たとえば 、劇 作 家の ニック・グリーン( Nick Green)は「ソーシャル・ディスタンシング・フェ スティバル( Social Distancing Festival )」と名づけたコミュニティ・サ 世界の舞台芸術を知る

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イトを創 設し、公 演を中止せざるを得なくなった国 内 外の演 劇やダン ス、 さらにオペラなどの作 品を紹 介する画 期 的な場を提 供した。他に も、 オンラインを活 用した上 演や、観 客との交 流を図るイベントも増 加 の傾 向にある。中でも、バンクーバー・イースト・カルチュラル・センター ( Vancouver East Cultural Centre)を前身とするザ・カルチ( The

Cultch)は、上 演を予 定していたシアター・リプレイスメント ( Theatre Replacement)の『マイン( MINE )』をオンラインで配 信した。母と息 子の葛 藤という普 遍 的なテーマで、奇しくも、 マインクラフトというビデ オゲームを題 材にしていたことから、映 像での配 信に少なからず親 和 性をもたらした。 シアター・リプレイスメントを主 宰するマイコ・ヤマモ ト ( Maiko Yamamoto) とジェイムズ・ロング( James Long )は、2019 年 度に栄えあるシミノヴィッチ賞( Siminovitch Prize) を受 賞したこと 72

でも知られている。

シアター・リプレイスメント/ザ・カルチ『マイン』 撮影:Tim Matheson


この他にも、同じくバンクーバーのアーツ・クラブ・シアター・カンパ ニー( Arts Club Theatre Company)では、複 数の上 演 予 定 作 品 を中止あるいは延 期せざるを得なくなったが、舞 台 芸 術の存 続をか けて、 さまざまな試みを行ってきた。教 育やコミュニティにおけるアウト リーチ活 動において20の臨 時 常 勤 職を作り、仕 事を失ったアーティ ストを雇ったことは画 期 的であった。 また、寄 付を募るイべントの一 環 として、 「 間 隔を空けよう! ( Spaced Out! )」と名 付けたリーディング 公 演を行った。 この公 演には、2 通りの観 劇 方 法が示された。 ひと つは、実 際に劇 場で観 劇する方 法 、 そしてもうひとつはライブ配 信さ れる映 像を自宅などで視 聴する方 法である。前 者の場 合 、 ブリティッ シュ・コロンビア州の規 定に従い、観 客 数を50人と限 定し、混 雑を避 けるため時 間 差での入 場を徹 底させると同 時に、チケットも入 場 時 間ごとに分けて販 売した。劇 場の消 毒はもちろんのこと、観 客が手を

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消 毒する場 所を設け、無 料の手 作りマスクを配 布し、 イベント名の通 り観 客には間 隔を空けて客 席に座ることを求めた。後 者のライブ配 信も質が高く、複 数のカメラから舞 台を捉え、 クローズアップを効 果 的に用いて、舞 台の臨場感を演出していた。 ストラットフォードで毎 年 開 催されているストラットフォード・フェスティ バルも、2020年 度に上 演を予 定していたすべての作 品の上 演を延 期することになった。今 年は、4 つの常 設 劇 場のうち、創 設 者の名を 冠したトム・パターソン劇 場( Tom Patterson Theatre )がリニューア ル・オープンされる予 定であったが、 こちらも日の目を見るのは、来 年 以 降となる。上 演が叶わない間は、過 去の上 演をDVD化した 12作 品を「 Stratfest@ Home」と題して、期 間 限 定で無 料 配 信した。俳 優や演 出 家などが作 品にまつわるエピソードを紹 介する動 画も併せ て配 信することで、観 客が作 品への理 解をさらに深める工 夫がなさ れていた。65以 上の国から100万 人 以 上が視 聴したことから、 「ステ 世界の舞台芸術を知る

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イ・ホーム」中の観 客を楽しませたことは間 違いない。 このような過 去 の作 品 上 演に加え、黒 人や先 住民アーティストたちが Zoomで議 論 する様 子をライブ配 信したイベントも開 催された。 その背 景には、 「ブ ラック・ライブズ・マター( Black Lives Matter、黒 人の命は大 事 )」 運 動がある。 アメリカで黒 人のジョージ・フロイドが白 人の警 察 官に よって殺されたことに端を発したこの運 動は、 カナダでも広がりを見 せ、先 住 民や、あらゆる有 色 人 種に対する差 別 問 題にも波 及した。 多くの劇 場や劇 団が声 明を発 表すると同 時に、人 種 差 別が今なお は び こ

蔓 延る世の中において、改めてこの問 題に取り組む必 要 性を訴えた。 ストラットフォード・フェスティバルでのライブ配 信には、多くのコメントが チャット機 能を通して視 聴 者から寄せられ、 アーティストと観 客の双 方を繋ぐ役割を果たした。 74

このような 動 向 において 、 トロントのソウルペッパ ー・シアター ( Soulpepper Theatre )が 制 作した『 ブラザ ーズ・サイズ( The

Brothers Size)』が、 ドラ・メイヴァー・ムーア賞( Dora Mavor Moore Awards)の一 般 演 劇 部 門における最 優 秀 賞をはじめ、5 冠の賞 を受 賞したことは 特 筆 すべきである。 ドラ・メイヴァー・ムーア賞と は、前 年 度にトロントで上 演された演 劇やダンス、 さらにオペラの作 品の中で、最も優れたものに与えられる賞である。 『ブラザーズ・サ イズ 』は、 トニー賞にもノミネートされたアメリカの劇 作 家タレル・アル ヴィン・マクレイニー( Tarell Alvin McCraney)によるもので、演 出 は、 トロントを拠 点に活 動する黒 人の劇 団オブジディアン・シアター ( Obsidian Theatre)の芸 術 監 督でもあるムンビ・ティンディエブワ・オ トゥ ( Mumbi Tindyebwa Otu)が務めた。 ルイジアナ州を舞 台にし たこの作 品の登 場 人 物は、黒 人の兄 弟と、 その弟が収 監 中に知り 合った男の計 3 人である。 カナダが多民族 国 家を標 榜し、 さまざまな 人 種 的・民 族 的 差 異のある人々が共 存している国であることと、 「ブ


アリー・シアター/タッチストーン・シアター 『インヘリタンス―進む道を選ぶ経験―』 撮影:David Cooper 左からDaniel Arnold、Darrell Dennis、Medina Hahn

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ラック・ライブズ・マター」の動きを鑑みると、 この作 品の受 賞は意 義 深い出来 事であったといえる。 また近 年 、演 劇を含む先 住民 文 化に対する関 心が以 前にも増し て高まりを見せているが、 とりわけ 2019年 度は、 オタワにあるナショナ ル・アーツ・センター( National Arts Centre)が先 住民演 劇 部 門の 最 初のシーズンを始める記 念すべき年であった。 また、バンクーバー で上 演された『インヘリタンス― 進む道を選ぶ経 験 ―( Inheritance:

A Pick-the-Path Experience)』が、ジェシー・リチャードソン演 劇 賞 ( Jessie Richardson Theatre Awards)を受 賞したことも注目に値 する。 この作 品は、バンクーバーを拠 点に活 動を続けているアリー・ シアター( Alley Theatre ) とタッチストーン・シアター( Touchstone

Theatre )により共 同で制 作され、3 月にアネックス・シアター( Annex Theatre )で上 演された。ある夫 婦が、妻の父 親が所 有する田 舎の 世界の舞台芸術を知る

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広 大な屋 敷を訪れると、父の姿はなく、代わりにそこに住んでいる先 住 民の男性と出 会うところから物 語が展 開していくのだが、何よりそ の上 演 方 法が興 味 深い。上 演が始まると物 語はしばしば休 止し、 そ の都 度スクリーン上には登 場 人 物が次に取る行 動など、 いくつかの 選 択 肢が映し出される。観 客は、舞 台が始まる前に渡されたリモコ ンで、 それらの選 択 肢の中からひとつを選ぶ。すると、 その場で観 客 の回 答が集 計され、最も多く選 択されたものに従って、 その後の物 語が進んで行くのだ。観 客の選ぶ回 答は上 演ごとに異なるので、上 演の一 回 性が強 調された演 出となっている。合 計で 50ものバリエー ションがある本 作は、観 客 参 加の重 要 性を改めて認 識させる作 品と なっている。 このような実 験 的な作 品を、再び劇 場で多くの観 客と共 有できる日が待ち遠しい。 76

コロナという未 曾 有の出 来 事により、 カナダ演 劇は今 、最 大の危 機に直 面している。技 術の進 歩により、生の舞 台を映 像 化してライブ 配 信することで、演 劇の一 回 性を保ちつつ、公 演を持 続させる試み が積 極 的になされている。 アーツ・クラブ・シアター・カンパニーは、秋 からの公 演 3 作 品も、映 像 配 信および観 客 人 数に制 限を設けな がら上 演する予 定である。 また、モントリオールのテアトロ・デュ・ヌー ヴォー・モンド ( Théâtre du Nouveau Monde)は、 ケベック州 政 府に よる 2 度目の劇 場 閉 鎖を余 儀なくされたことにより、10月からは映 像 配 信のみを行っている。上 演をそのまま映 像 化することは、3 次 元の ものを 2 次 元にすることである。 それは「いま・ここ」という演 劇の醍 醐 味を味わうことを困 難にする。 しかし同 時に、世 界中からのアクセスを 可 能にするため、新たな観 客 層の開 拓に繋がっているともいえる。 ま た、 これまで以 上に「いま・ここ」で上 演されるという演 劇の特 異 性を 考える契機を与え、演劇人のコミュニティをより強固に結びつけている ようにも思われる。


さらに新たな表現の萌芽も見られる。ザ・カルチは、秋からのシーズ ンをライブ 配 信のみで行うことを発 表し、映 像 配 信ならではの創 造 の可 能 性を探る試みにも挑 戦している。 また、 カナダ演 劇の上 演を 目的に設 立されたトロントのタラゴン・シアター( Tarragon Theatre) は、 「タラゴン・アコースティック( Tarragon Acoustic)」と題し、古 典 から現 代の作 品に至る18作 品の音 声のみを配 信している。演 劇は 視覚 芸 術であるが、同時に良質な作品であれば、聴 覚にも力強く訴 えかけることを改めて実 感できる。 タラゴン・シアターと同じくトロントで 活 動を続けているファクトリー・シアター( Factory Theatre) も、 「サテ ライト・シーズン― 軌 道 上のカナダの物 語 ―( The Satellite Season:

Canadian Stories in Orbit)」と題し、新たなシーズンをすべて無 料 でデジタル配 信することを発 表した。 その中には、 カナダで最も注目さ れている劇 作 家のひとりであるデイヴィッド・イー( David Yee)の、 オン

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ラインで上 演するために作られた世 界 初 演 作 品や、新たなオーディ オ・シリーズも含まれている。 コロナウイルスの感 染 拡 大は、演 劇に壊 滅 的な被 害をもたらした が、 このことが演 劇の新しい表 現の誕 生と、 さらなる発 展に繋がること を期 待したい。 かんざき・まい 同志社大学グローバル地域文化学部助教。博士(文学)。主な研究領域はカナダ の舞台芸術。論文「ロベール・ルパージュ演出『カナタ』の上演をめぐる論争の意義」 (『 演劇学論集 』70号、2020年)、共著『 総合研究カナダ』 ( 関西学院大学出版 会、2020年) など。

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リチャード・ネルソン作・演出『日々のささいな瞬間』 撮影:Jason Ardizzone-West

[アメリカ] 78

パン デミックが 浮き 彫りにし た「 壁 」 、 「 対 話 」の 要 求とそ の 不 可 能 性 外岡 尚美 演 劇は「ライブ」の芸 術である。俳 優の存 在と息 遣いを感じ、刻々 と変 化する舞 台の時 間を他の観 客と共 有する。隣の客 席からの息 を呑む気配を感じ、舞台上の一点に観客全体の注意が集中してい き結 末へと向かう一 瞬 一 瞬を体 感する、 その演 劇 的 体 験がすべて

2020 年 3 月に失われたと感じられた。ブロードウェイの劇 場は 3 月 12日に閉 鎖され、51,000 人 以 上の俳 優や舞 台 監 督が加 入する労 働 組 合「 俳 優 公 正 協 会( Actors' Equity Association)」は 4 月24 日以 降 、全 組 合員に対 面のオーディションやリハーサル、公 演への 参 加を禁じ、劇 場 再 開のための四つの原 則を示したうえで、 その原


則に適 合しない公 演への組 合員の出 演を禁じた。感 染 症が制 御さ れ、感 染 者が速やかに隔 離される体 制があり、 オーディションから公 演まで感 染 症 対 策がなされ、協 会 、組 合員、公 演 関 係 者すべてが 協力して感 染 症 対 策が行われること、 という原 則である。8 月にはマ サチューセッツ州 最 西 部のバークシャー郡に位 置する 2 劇 場が感 染 者 数および厳しい感 染 対 策について協 会の基 準を満たして、初 めて観 客 数 限 定のうえで、野 外 公 演『ゴッドスペル( Godspell)』 と 屋 外テントでの公 演『ハリー・クラーク( Harry Clarke)』 を成 功させ た。 この 2 公 演は、おそらくチケットを買って劇 場にくる観 客の前で組 合員が舞 台に立つ初めての公 演だった。都 市 部においてはいまだ に劇 場は再 開されず、 ブロードウェイも2021年 5 月 30日まで閉 鎖が 決まっている。 一 方でオンラインでの演 劇の試みには 3 月から目をみはるものが

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ある。3 月 17日には早くも「 24 時 間 劇( The 24 Hour Plays)」が、 「ヴァイラル・モノローグ( Viral Monologues)」と題された 20 本の短 いモノローグ劇を配 信した。1995年に設 立された「 24 時 間 劇 」は、 劇 作 家 、俳 優などのチームを集め 24 時 間 以 内に作 品をつくって公 演するニューヨークのプロデュース集 団 。 「ヴァイラル・モノローグ」の 場 合 、劇 作 家が決められた俳 優のために午 後 6 時から翌 朝 9 時ま での間に短い劇を書き、俳 優は 9 時から 6 時までの間にそれを演じ 撮 影し、6 時から15 分おきに各モノローグが配 信されるという構 成で、 同 様のストリーミングは 24日、31日と合わせて 3 ラウンド、60 本の新 作 劇が配 信された。限られた時 間のなかで、 アーティスト同 士の「 出 会い」が火 花を散らす、瞬 発力が必 要な創 作だが、現 在「ヴァイラ ル・モノローグ」はすでに20ラウンドを数えている。 わずか数分からせいぜい10 分ほどのモノローグは概ねスマートフォ ンで撮 影され、 インスタグラム、 フェイスブック、YouTubeで視 聴 可 能 世界の舞台芸術を知る

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な手 軽さに加えて、画 面 内の人 物との「 近さ」の感 覚 、 そして変 化 する社 会と「 同 時 進 行 」する演 劇として、 「 今 」を生きる観 客 / 視 聴 者に「ささる」演 劇 体 験を作り得た。たとえばスティーヴン・アドリー・ ガーガス ( Stephen Adly Guirgis)の『 L.A. ヨガ・マザーファッカーズ ( L.A. Yoga Motherfuckers)』では、極 度なストレスに苦しむ男が、 「バーニー(・サンダース)が勝てるかどうかわからない」と言ったば かりにヨガのクラスから追い出され、 アメリカ人がジャムと一 緒に食べ ることの多い「ピーナツ・バターがジャムなしを悼むように」 「シヴィリ ティ ( 社 会 的 礼 儀 )のない現 代 社 会 」を悼む。奇 想 天 外な比 喩と誇 張 、口 汚い悪 口をとりまぜて男の怒りはエスカレートするが、疎 外 感 や閉 塞 感がにじんでくる。4 分 15秒ほどの抱 腹 絶 倒のモノローグで、 「トランプが好き」と言ったわけでもないのに追い出されたエピソード 80

に、対 話の成り立たなくなった社 会での人々の敵 対 的 孤 立 状 態が 見えてくる。男を演じたアンド レ・ロヨ ( Andre Royo)は怒 りと滑 稽さと孤 立 感を同 時 に醸し出し、車の運 転 席に 座る彼に向けていきなり投 げつけられるヨガ・マットは、 敵 対 性が目に見えると同 時 に 演 劇 的 驚きの 瞬 間とも なって、凝 縮した劇 的 体 験 スティーヴン・アドリー・ガーガス作『L.A. ヨガ・マザーファッカーズ』

を作り出した。

他にインタビューを基にしたドキュメンタリー 演 劇を得 意とする ジェシカ・ブランクとエリック・ジェンセン( Jessica Blank and Erik

Jensen)の『インヴィンシブル( Invincible)』、 リザ・ジェシー・ピーター


ソン ( Liza Jessie Peterson)の『 本当に知りたいの? ( Do You Really

Want to Know? )』などをあげておきたい。 『インヴィンシブル 』は ニューヨークの若い看 護 師とのインタビューが基で、感 染 症 病 棟で の危 険な職 務につく看 護 師が、悲しみと怒りを表しながら、人は自分 が倒れるまでは「インヴィンシブル( 無 敵 )」だと思っている、 「お互い をもっと大 切に」 「もっと愛する」ことを学ばなければ 、 と語るが、 その 言 葉は素 直に胸を打つ。 『 本当に知りたいの?』は、Zoomで同 僚と 会 話する黒 人 女 性が、黒 人に対する暴力や殺 人について静かに語 るうちに、 「どのように沈 黙によって加 担してきたのか」、変 化を起こす ために「どんな行 動を起こすのか」と、 自分自身に問いかけるべきだと 伝えるが、 それは「 善意の」人々への強 烈なメッセージとなっている。 ソロ・パフォーマンスはオンライン上での公 演に適 合しやすいよう だ。2011 年からソロ・パフォーマンスをプロデュースしてきた「オール

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フォーワン・シアター( All For One Theater )」は、2 、3 分 程 度の ショートショート・ソロ・パフォーマンスを配 信 。9 月にはトレイシー・ソー ン( Trac y Thorne )作・ 出 演 、70 分 の『 ジャック は優しかった( Jack Was

K i nd )』を配 信した 。最 高 裁 判 事 ジャックの 妻 の 語りは 、権 力 の 濫 用と 暴 力に「 沈 黙によって加 担 」する白 人 女 性を描い た。同じ 9 月、 イライザ・ベン ト ( Eliza Bent)が、 「オー ルフォーワン・シアター」で のショートショートを発 展さ

トレイシー・ソーン作・出演『ジャックは優しかった』 撮影:Bella Lewis

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せた『カレン、 って私言ったんだけど ( Karen, I Said)』 を配信。ベント が二 人のカレンとカーリーンの 3 役を演じた。前 半はインスタグラムで、 友 達のカレン( Karen)がヴェジタリアンのラザーニャを頼んだのに ミート・ラザーニャを届けたと言って、非白人の配 達員を前に警 察に 電 話をしたというストーリーがもう一 人のカレン( Karyn)によって語ら れる。 その後 視 点と形 式が変わって今 度はカレン( Karen)が Zoom のチャットで言い訳を語り、 そして最 後にカーリーン( Karin)が主 催 する、Zoomによる「 反 人 種 差 別 、人 種の癒し、歴 史 的マクロな不 公 正 」についての「 意 識 覚 醒 」 ミーティングとなる。 「白人の特 権 」を批 判する意 識の高いグループだが、サイドバーのコメントに道 徳 的 価 値 観の表 現やら言 葉 遣いへの批 判やらが重なっていくにつれ、 ミー ティングはカオス状 態となる。 日常レベルの人 種 差 別と 『 L. A. ヨガ 』 82

で描かれたようなリベラルな対 話のカオス状 況がここでも風 刺されて いる。 日常レベルの人 種 差 別と沈 黙による差 別への加 担は今 年の主 要な主 題だ 。 より作り込んだ Zoom 演 劇では、 リチャード・ネルソン ( Richard Nelson)作・演 出の「アップル・ファミリー( The Apple

Family)」劇の三 部 作がある。伝 統 的なリアリズム形 式の家 族 劇だ が 、Zoomを通じて会 話 す る家 族の劇になっている。ネ ルソンはニューヨーク州ライ ンベックに住 むアップル 家 の中 年の 4 人 兄 妹を2010 年 から描 いてきた 。オバマ 大 統 領の民 主 党が 大 敗し た中 間 選 挙(『 あの 希 望と イライザ・ベント作・出演『カレン、 って私言ったんだけど』

変 革とやら[ That Hopey


Changey Thing ]』2010)、9 . 11の 10 周 年(『 甘く悲しく[ Sweet and Sad ]』2011)や 2012年の大 統 領 選(『ごめんなさい[ Sorry]』 2012 )、ケネディ大 統 領 暗 殺 50 周 年(『 いつもの 歌[ R eg u la r Singing ]』2013 ) といった、時 代を画する出 来 事と同じ日に舞 台を 設 定し、家 族がダイニング・テーブルを囲んで様々な会 話を交わす。 それぞれが強い主 張をするわけでも、意 見を戦わすわけでもない。身 の回りの何 気ない出 来 事を語りながら、起こっていることを理 解しよう とする。

Zoomでの「アップル・ファミリー」三 部 作では、4 月配 信の『 何に ついて話そう? ( What Do We Need to Talk About)』で、同じ町 に住みながら会えない一 家のとまどいが描かれ、7 月の『そして私た ちは外に出て( And So We Come Forth)』では、 ロックダウンはゆ るんでも「ブラック・ライブズ・マター 」の運 動とパンデミックは同 時

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進 行の日々が描かれた。 そして 9 月の第 3 作目『日々のささいな瞬 間 ( Incidental Moments of the Day)』は、パンデミックによる孤 立と 人 種 差 別 問 題を中産 階 級の善 意の白人 一 家がどう理 解するのか、 とまどいと寂 寥 感をとらえる傑 作となった。教 師のバーバラは、 「自分 は人 種 差 別 主 義 者だと思われるんだろうか」と生まれて初めて不 安 に思い始めた同 僚の話をする。世 界が「 小さくなっている」とバーバ ラは感じる。かつては自分が「 偉 大な人 類の一 部 」と感じられたの に、今は「これはあなたの、 これは私の」という境 界 線があって、越え てはならない壁になっているという。 それぞれが囲い込まれた Zoom の画 面自体が、自己隔 離の壁と、越えられない人 種の壁のように見 える。 もちろん自分自身を「 偉 大な人 類の一 部 」と捉えることを可 能に したのは、 「 白 人の特 権 」、つまり白 人の価 値 観を人 類の価 値 観と 同 一 視し、非白人をカウントしないで生きることが可 能だった時 代の 産 物だったのだが、バーバラは戸 惑うばかりでそれに気づくことはな 世界の舞台芸術を知る

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いようだ。 「 24 時 間 劇 」の『 本当に知りたいの?』が呼びかけたいの は、 「 気づかない」ことで人 種 差 別と暴力に加 担してきた、バーバラ のような普通の人々だろう。 とはいえバーバラの戸 惑いが、理 解できるものとして感じられてく るのも確かだ。悪 意もなく、当 然のこととして受け止めてきた世 界の あり方や自分の生き方 、 ひいては自分という存 在のあり方自体が間 違っていたと突 然 突きつけられているのだから。 しかも「アップル・ファ ミリー」の兄 妹は離 婚や子 供の死 、退 職 、生 活の立て直しなど、 そ れぞれが喪 失や悲しみの経 験を抱えて日々の「ささいな瞬 間 」を大 切に生きている人々だ。Zoomから退 出する前に、バーバラと末の ジェーンがそれぞれ相 手を抱きしめるように腕を前に合わせ「ぎゅっ」 と声に出す姿 、画 面に残されたバーバラがたった一 人の生 活に向 84

かうその表 情が伝えるのは、人が生きていくことの寂 寥 感だ。社 会の 大きな変化のなかで、 いまさら新しい生き方も世界を変革することもで きない人が、身近な人々とZoom 越しにつながることによってかろうじ て心を暖めて、明日への一 歩を踏み出そうとする。差 別 的 社 会にお いて日常的に命の危険に晒される人々がいるなかで、 「アップル・ファ ミリー 」の悲しみは、 しょせん安 全 圏にいる白 人 中 産 階 級の悲しみ であるかもしれない。 けれどその生きる悲しみはやはり胸を打つ。通 常 はニューヨークのパブリック・シアター( The Public Theater)で上 演 される「アップル・ファミリー」劇であるが、ネット配 信されたため、第

リチャード・ネルソン作・演出『日々のささいな瞬間』 撮影:Jason Ardizzone-West

1 作では 8 万 人 、第 2 作 までだけでも世 界 30カ国 以 上 計 10万 人を超える 人々が視 聴した。 振り返ってみると、演 劇 表 現 のメディア自 体 はパ


ンデミックによって変わらざるを得なかったが、今シーズンは前 半から 「 壁 」や「 境 界 線 」、 そして「 対 話 」の要 求とその不 可 能 性とが絶え ず喚 起されていた。 まず 2019 年のトニー賞ベスト・ミュージカルを含 む 8 部 門を受 賞した『 ハデスタウン( Hadestown)』。 オルフェウスと エウリュディケの物 語を、 ニューオーリンズのジャズジョイント (クラブ) 風の地 上と鋳 造 工 場のような地 下との往 還で描く。飢 餓から逃れる ため地 下へ向かうエウリュディケ、地 下 世 界の「自由と引き換えのセ キュリティ」、 そしてハデスが歌う「なぜ我々は壁を作るのか」、壁の向 こう側の敵=貧 困を防ぐためだ、 というナンバーは、神 話の世 界を現 実世 界へと引き寄せる。 「 気づかないこと」と「 沈 黙による加 担 」もまた、劇 的に表 現されて いた。2019年 11月にアトランティック・シアター( Atlantic Theatre)で 上 演されたスティーヴン・アドリー・ガーガスの『ハーフウェイ・ビッチズ

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は天 国に行く ( Halfway Bitches Go Straight to Heaven)』。ハー フウェイ・ハウス ( 犯 罪 歴や身体 的・精 神 的 障 害のある人が社 会 復 帰するためのスキルを学ぶ施設)に住む文字通り境界線上の、人種 も多 様な女 性たちの人 間 模 様を18人もの大キャストで描いた。 イラ ク戦 争からの帰 還 兵は「 本当の女 性でもない」のに施 設の恩 恵を 受けているトランスジェンダー女 性を罵 倒し、ナイフを振り回し、入 浴 しない肥 満の女 性を「 臭い」と打ちのめす。 アルコールや麻 薬にこっ そり戻りながらもいたわりあう女 性たちの日常は、ハウスの閉 鎖によっ て断ち切られ、行き場のない帰 還 兵が、 ひとり観 客にむかって「 小 銭 を?」と物 乞いの手を差し出す結 末は、観 客の無 関 心な日常に突 然 異物が侵 入してくるような衝撃をもたらした。 同 様の異 物 感は 12月からプレヴュー 公 演のイヴォ・ヴァン・ホー ヴェ ( Ivo Van Hove)演 出による 『ウェスト・サイド・ストーリー( West

Side Story)』にも。背 景に巨 大なニューヨークのストリート映 像 、舞 世界の舞台芸術を知る

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台のキャラクターやダンスのライブ映 像と録 画 映 像がプロジェクトさ れ、舞 台 前 方で役を生きるトニーとマリアら少 年たちが極 小の存 在 に見える。悲 恋の物 語は、極 小の存 在たちがそのエネルギーを爆 発 させながらも巨 大なストリートに押しつぶされる物 語に見えてくる。亡く なった若 者たちも含めて全員が舞 台 前 方に進み出て立ち止まり、観 客を睨みつける結 末は、 この暴力の責 任はどこにあるのかという問い を観 客に突きつけるようだった。 さらに「 対 話 」について。プレイライツ・ホライズン( Play wrights

Horizons)では、9 月から11月、ウィル・アーベリー( Will Arbery) 作 の『フォース・ターニングの 英 雄たち( Heroes of the Fourth

Turning )』で、キリスト教 保 守 派という、 リベラルから見た境 界 線の 「 向こう側 」を描いた。 フォース・ターニング( 第 4 の節目) とはウィリ 86

アム・ストラウスとニール・ハウによるアメリカ史の世 代 論による、危 機 の時 代である。 ワイオミングのカトリック系 大 学を卒 業 後 数 年 、指 導

ウィル・アーベリー作『フォース・ターニングの英雄たち』 撮影:Joan Marcus


教 授の学 長 就 任 祝いに集まった 4 人の若 者たち。人 工 妊 娠 中 絶 は殺 人 、LGBTはクリスチャンの子 供と家 族への脅 威 、 トランプ大 統 領は「 我々を救う」 「マスメディアの粘 土から作られたゴーレム」、危 機を打 開する戦 争( 文 化 戦 争か本当の戦 争か) も間 近 、 といった議 論は、極 端な保 守 派のパロディのようだ。 しかし彼らの優しさや、受け た教育と実際の生活とがぶつかるがゆえの葛藤や不安も描かれるこ とによって、 リベラルな観 客は「 向こう側 」の意 見と思 考を、賛 成はし ないまでも理 解する。 「 競 合する二つの事 実を同じ場 所に置いてみ たらどうだ」と一 人が問いかけるが、 それはこの劇の問いかけでもある。 本 作は 2020年ピューリッツァー賞の候補作となった。 劇 場 の 舞 台からYouTube 上まで、先 鋭な問いかけは続けられ ている。苦 境を脱した後 、おそらくは劇 場での舞 台 公 演とネット配 信 の 公 演とが 共 存 する状 況が 生まれるのではないだろうか 。3 月

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には『 蜘 蛛 女のキス ( Kiss of the Spider Woman)』や『マスター・ クラス( Master Class)』で知られる劇 作 家のテレンス・マクナリー ( Terrence McNally, 1938- 2020)が新 型コロナウィルスの感 染 症で亡くなり、5 月には『ノーマル・ハート ( The Normal Heart)』や

AIDS 危 機において1980 年 代と90 年 代に過 激なキャンペーンを率 いて政府の AIDS政策転換を促したことで知られるラリー・クレイマー ( Larry Kramer, 1935- 2020)が肺 炎で亡くなった。AIDS の時 代 を闘い抜いた 2 人の死は、AIDS の時 代と新 型コロナウィルスによる パンデミックの時 代の皮肉な相似を喚起するようだ。 とのおか・なおみ 青山学院大学教授。演劇学Ph.D. アメリカ演劇専攻。著書に『境界を越えるアメリ カ演劇』 ( 共編著、 ミネルヴァ書房)、 『たのしく読める英米演劇』 ( 共編著、 ミネルヴァ 書房)、 『 戦争・詩的想像力・倫理 』 ( 共編著、水声社)他。訳書にイヴ・セジウィック 『クローゼットの認識論』 ( 青土社)他。

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ホセ・ビダル振付『浮上』 © Fundación Teatro a Mil

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[チリ]

再 会 す る日まで カルメン・ロメロ・ケロ

チリの演劇は常に社会発展の推移とともにあった。労働運動が生 まれることとなった硝 石 工 場での演 劇 、教 養のある中流 階 級 層の大 学 演 劇 、都 市周縁 部における民衆 演 劇 、強 制 収 容 所における憩い の場としての演 劇 、独 裁 政 権 時の抵 抗としての演 劇 、 そして21世 紀 初 頭の演劇の脱構築。

16 年 続いた 軍 事 独 裁 政 権 ののち、チリが 民 主 主 義を復 興さ せてまもなく、1994 年に誕 生したのが 、現 在 サンティアゴ・ア・ミル ( Santiago a Mil) と呼ばれる国 際 演 劇フェスティバルだ。演 劇を通


しての出 会いを、世 界の開 放 、民 主 的 対 話 、社 会のための芸 術の 復 権を試みる場にしようと目指した 3 つの劇 団とひとつの制 作 会 社 が推し進めたもので、芸 術が体 験させてくれる未 知の領 域をリスクを 冒してまでも切 望する市 民と、 ようやく勝ち得た自由の清々しさをもっ て、 フェスティバルの規模は大きくなり、反響を呼ぶようになった。 フェスティバルの第 1 回目の開 催から27 年が経 過したが、サンティ アゴとチリのいくつかの都 市で演 劇の月と化した 1 月は、今でも期 待の膨らむ月として知られている。 この 30 年 弱の間 、1,100万 以 上 の人々を動員し、著 名なアーティストやマエストロ (巨匠) と呼ばれる 人々、同 時 代の舞 台 芸 術に専 心する何百もの国 内 外のカンパニー を紹 介してきた。 ここ 2 年 間は目まぐるしく過ぎていった。2019 年は、 「 抵 抗 」をフェ

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スティバルの芸 術 的 提 言の中心に据えて、1 月がスタートした。私た ちは声 明で次のような訴えを発 表した。社 会の均 質 化や個 別 化に 抵 抗し、領 土 、規 律 、感 情の限 界に反 発し、空 間を開 放し、多 様 性 、 あらゆる声 、文 化やビジョンを結びつけるための舞 台 芸 術の集 団 的 儀 式を回 復させること。当 時すでに、社 会 、 ひいては芸 術 界は、政 治・経 済エリートへの不 信 感を露わにし、新自由 主 義モデルや貧 富 の差が広がり続ける運命にあることへの絶望感を表明していた。 平 等を求めるフェミニズム運 動や市民運 動が再 興するなか、私た ちは現 代 芸 術における女 性の重 要な役 割を可 視 化することにプロ グラムの焦 点を当てた。様々な言 語の交 差を超 越した、実 験 的で、 他のミクロ政 治 的な視 点を浮き彫りにすることを恐れない彼 女たちの 作 品を通して、 それぞれの文 脈と対 話し、本 質 的な問 題に寄 与して いる彼 女たちの功 績を認めようとしたのだ。 歴 史 的に、女 性は芸 術の公の物 語の中で二 次 的な役 割に追 世界の舞台芸術を知る

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いやられ、作 者 、芸 術 家としての活 躍が不 可 視 化されてきた。 しか し、 フェスティバルが 始まって以 来 、あらゆる役 割 、あらゆる職 務に たずさわる女 性の参 加があり、 とりわけ、2019 年には、パワーアップ されたキュレーションによって世 界 中から次にあげるような素 晴らし いな創り手たちが集った。 シー・シー・ポップ( She She Pop)、劇 団 ピエル・デ・ラバ( Piel de Lava)、 ダダ・マシロ ( Dada Masilo)、 シャ ンタラ・シヴァリンガッパ( Shantala Shivalingappa)、 ドロテ・ムニャ ネーザ( Dorothée Munyaneza)、 マヌエラ・インファンテ( Manuela

Infante)、 ソフィー・カル( Sophie Calle)などだ。

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マヌエラ・インファンテ作・演出『植物状態(Estado Vegetal)』 撮影:Isabel Ortiz

数カ月後 、 フェミニズム運 動の一 環として、 そして 2019 年 10月の 「暴動(大規模デモ)」の反響が織り交ざった形で、 グループ「ラス・ テシス ( Las Tesis)」の活 動が頭角を現した。最 近では、 アメリカの雑 誌「タイム」が選ぶ 2020 年の「 世 界で最も影 響力のある100人 」に 選ばれたこのグループは、家 父 長 制に疑 問を投げかけ、男女 平 等


を推 進 する真の賛 歌『 あ なたのいく道にいる性 暴 力者( Un violador en tu

camino)』のパフォーマン スで一 躍 世 界 的に知られ るようになった。SNSで情

ラス・テシス 『あなたのいく道にいる性暴力者』 © Fundación Teatro a Mil

報が徐々に拡 散していくと、 そのパフォーマンスは世 界 各 地で様々な女 性 団 体によって行なわれ た。 いまという時 代に典 型 的なのは、 このフェミニズム賛 歌が劇 作 品 の一 部として生まれ、当初は上 演という形での発 表もなかったのが、 後に2020 年のサンティアゴ・ア・ミル国 際 演 劇フェスティバルで上 演 される運びとなったことだ。 91 南 半 球で新 型コロナウイルスの最 初のケースが現れたのは 2020 年 3 月のことで、1 月はまだ深 刻 化していなかった。 しかし、年々激し さを増してきた大 規 模な社 会 的 暴 動が、2019 年 10月 18日の地 下 鉄 料 金の値 上がりをきっかけに一 気に爆 発したのだ。 その結 果 、政 治 経 済の均 衡を崩すこととなった新自由 主 義 的 政 策に満 足してい た一 部の富 裕 層の安 寧を揺るがし、一 方で、 その時まで集 団 的なも のを忌み嫌い、消 費 三 昧の生 活リズムに没 頭していたかに見えた 市民を目覚めさせた。今 回の市民によるデモは都 市を麻 痺させ、結 果的に文 化 的 空 間の閉鎖をもたらした。 現 実は劇 場に持ち込まれるフィクションを超え、毎 週 金 曜日におこ なわれる抗 議デモはダンス、歌 、音 楽 、パフォーマンスの芸 術 表 現の 舞 台となった。壁はアートで埋め尽くされ、文 化 的エコシステムのな かの大 多 数が社 会 運 動に参 画している。2020 年のフェスティバル では、 その過 程を直 感 的にとらえ、時 代 感 覚の一 面として「 行 動する 世界の舞台芸術を知る

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力」というスローガンを掲げた。様々な文 化 活 動は、全 国に波 及して いる多 種 多 様なデモなどが原 因で中止となっていたが、行 動を起こ す必 要があった。 フェスティバルを継 続しないことなどあり得ず、私た ちは社 会における文化の力を主張する必 要 性に駆られていたのだ。 このような理 由から、キュレーションの中 心の一つとなったのが、 「 創 造の工 場( la fábrica de creación)」という名のもとに置かれ た協 同 企 画で、 レミ・ポニファシオ ( Lemi Ponifasio)の『 死への愛 ( Love to Death)』、 アントゥ・ロメロ・ヌネス ( Antú Romero Nunes) の『 魔 笛( La Flauta Mágica )』、 リサンドロ・ロドリゲス( Lisandro

Rodríguez)の『 人 間の条 件( La Condición Humana )』、ダニ エル・ベロネッセ( Daniel Veronese 、ベロネーセとも)の『 不 快な 男 た ちと の 短 い 出 会 い( E n c u e n t r o s

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Breves con hombres repu lsivos )』、ホセ・ ビダル( José Vidal)の 『 浮 上( Emerger)』、 セヴリーヌ・シャヴリエ ( Séverine Chavrier) しゅ ろ

の『 野 生 の 棕 櫚( Las

Palmeras Salvajes)』な ど、国 内 外のアーティス リサンドロ・ロドリゲス作・演出『人間の条件』 撮影:Dominga Sotomayor

トの交流を促した。

芸 術と社 会との対 話は急を要し、回 避できないものとなった。移民、 ジェンダー 、性に関する抵 抗 運 動 、政 治 、先 住 民といった、扱いづ らいと思われる問 題について熟 考を重ね、議 論し、 このような疑 問に


心を開いていくことは、チリやラテンアメリカ出身者のクリエーションの 中で明らかに重 要な部 分となり、2020年のフェスティバルを形 作って いった。 「ラス・テシス」の提 示したパフォーマンスを受けて、偶 発 的に起こ る不 測の出 来 事と演 劇 的 体 験を批 判 的に考 察する演 劇が後に続 いた。劇 団キンブン( KIMVN Teatro) とパウラ・ゴンサレス ( Paula

González)による実 際の証 言に基づいた作 品『トレワ― 国 民 国 家 あるいは裏 切りの亡 霊( Trewa. Estado-Nación o el espectro de

una traición)』はマプチェ族に対する暴力を糾 弾した。エルネスト・ オレジャーナ( Ernesto Orellana)は自身の演 出で、性 的 多 様 性の アクティビストとともにパフォカンフェレンス(*) 『 あまりに多くの性 的自由 はテロリストを生むだろう ( Demasiada libertad sexual les convertirá

en terroristas)』をつくった。著 名な劇 作 家で演 出 家であるギジェ

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ルモ・カルデロン( Guillermo Calderón、ギレルモとも)の『ドラゴン ( Dragón )』は 社 会におけるアーティストの 役 割を皮 肉と批 判を 持って探 求している。 また、 フェスティバルの一 環として、劇 場や文 化 センターを開 放し、私たちが築きたい国について話しあい、考えるた めのタウンホールの役割を果たす場に変えた。

劇団キンブン、パウラ・ゴンサレス作・演出『トレワ―国民国家あるいは裏切りの亡霊』 撮影:Danilo Espinoza Guerra

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エルネスト・オレジャーナ作・演出『あまりに多くの性的自由はテロリストを生むだろう』 撮影:Andrés Valenzuela

94 大 規 模デモに誘 発された熱 狂 や 恐 怖からパンデミックの 時 代 へと移 行し、新 型コロナウイルスの到 来のせいで、私たちは長い期 間 、外 出の自粛を強いられ、自宅に閉じ込められた生 活を送ってき た。チリでは最 初に閉 鎖されたのが文 化 関 連 部 門で、再 開されるの もきっと最 後になるだろう。当 局は「 外 出 禁 止 令 」 ( 独 裁 政 権 下に 知られた強 制 措 置 ) といった規 制 措 置をとり、衛 生 上の緊 急 事 態を きっかけに社 会 運 動は沈 静 化し、創 作を助 成する文 化 政 策や競 争 的 資 金モデルがないために芸 術 文 化セクターの経 済・労 働 条 件が不 安 定になった結 果 、 アーティストたちは生き残りのドラマを肌 で感じてきた。

2020年 10月現在、劇場での生の公演はまだないが、いくつかのカ ンパニーは自分たちの活 動を続け、存 続する方 法を模 索し、作 品を デジタル化したり、 オンライン配 信 向けに制 作している。私たちはアー


ティストや観 客のためにteatroamil.tvというプラットフォームを整 備し て配 信を開 始し、国 内 外のグループやフェスティバルと連 携して、月 平 均 8 ,000件から90,000件のアクセス数を集め、 さらに新たな視 聴 者を獲 得しつつ、新たな地 域へのリーチを拡 大している。芸 術セク ターは困 難な状 況に適 応して生き抜くしなやかさ、 レジリエンスが特 徴だが、今日デジタルの世 界にいることは、必 須というよりも一つの選 択肢だ。 というのも、 それ自体が困窮した経済状況の解決にはなって いないからだ。一 方で、 インターネットへのアクセス環 境が脆 弱な地 域 、階 層にはデジタル格 差が生じており、 オンライン上の文 化コンテ ンツにアクセスする手 段のない観 客に届けるにはどうすればよいのか、 という課 題にも直 面している。 このパンデミックの期 間は、先 述の市 民の大 規 模デモと2020 年

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10月25日に実 施される国民 投 票の間に位 置していた。国民 投 票は、 1980年 以 来 現 行で( 後に諸 処 変 更がなされたが)独 裁 政 権 時 代 に施行された憲法の改正 を求めるもので、同じ市 民 の声を反 映したものだ。今 日チリは、未 解 決のまま放 置されていた独 裁 政 権 後 のしがらみに決 定 的に終 止 符を打つため、 さらには 文 化を市 民 生 活 の 基 本 的 権 利として含めるため、 尊 厳と正 義と連 帯のある 共 存を再 定 義するという、 希 望の時を迎えている。

ギジェルモ・カルデロン作・演出『ドラゴン』 撮影:Eugenia Paz

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国民の権 利 意 識は常に変 化のエンジンだ。 それぞれの場 所で繰 り返されている実 践としてのフェミニストのデモや大 規 模デモを含め、 街 頭の声は届いたのだ。 それはチリ演 劇の多くにみられる倫 理 的・ 美 学 的 特 徴であり、人 類と歴 史に関する重 要な問 題に対する抵 抗 と主 張の叫びと化す。 現 在の目標は、サンティアゴ・ア・ミル 2021での人々の再 会を実 現 させることだ。対 面とオンラインを混 交させたフェスティバルとなる予 定 で、世 界中からアーティストが集まることで、 これまでと同 様 、境 界 線・ 国 境は消 滅するだろう。私たちは、生のアートが失われることに反 発 し、人 類の人 間 性が喪 失してしまうことに抵 抗する。だからこそ、 フェ スティバルを継続させるのだ。

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[編集部注] パ フォカンフェレンス(perfoconferencia)=パフォーマティヴ・カンファレ ンスとは、アカデミックなプレゼンテーションと、パフォーマンスや演劇の要 素とを結びあわせたレクチャーやカンファレンスを指す。レクチャー・パフォー マンス(lectures-performance)とも呼ばれる。テーマはアカデミックな手法 と演劇的手法の双方から展開され、議論の内容同様、演出が重要な要素にな る。舞台芸術と学術分野で言うところの「日常のパフォーマンス(everyday performances)」との境界に存在するものと考えられている。

Romero Quero, Carmen テアトロ・ア・ミル財団の総合ディレクターであり、毎年世界の質の高い舞台芸術を 紹介するサンティアゴ・ア・ミル国際演劇フェスティバル(1994年~)の創設者。長 年にわたり、現代アートや舞台芸術を社会や人々の生活に重要なものとすることを 目的としたプロジェクトを中心に活動してきた。ラテンアメリカにおけるネットワーク作 りのリーダーとして、 また、 インパクトの高い文化プロジェクトの戦略コンサルタントとし て、人々の生活や都市の変革に影響を与えてきた。テアトロ・ア・ミル財団の活動を 通じて、チリの舞台芸術の国際化、国内の芸術創造の支援、観客の育成、優れた 舞台芸術に触れる機会の格差是正に尽力している。

( 翻 訳:仮 屋 浩 子 )


ベルボア劇場『カウンティング&クラッキング』 左からVaishnavi Suryaprakash、 Jay Emmanuel 撮影:Brett Boardman

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[オーストラリア]

難民家族の壮大な叙事詩 佐和田 敬司 新 型コロナウイルスは無 数の公 演を中 止に追い込んだ。同 時に、 政 治の芸 術への消 極 性 、教 育 研 究 分 野での逆 風など、新 型コロナ はこれまでオーストラリア演劇がよって立っていた基盤が揺らいでいる ことも露わにした。 まずコロナ前 夜の重 要な作 品を紹 介し、次にコロ ナのもたらしたインパクトを紹介する。 『カウンティング&クラッキング(Counting and Cracking)』 ベルボア劇 場( Belvoir Theatre)によって、2019年のシドニー・フェ 世界の舞台芸術を知る

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AUSTRALIA

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スティバル( Sydney Festival ) とアデレード・フェスティバル( Adelaide

Festival )で初演され、コロナ前夜に最も話 題を集めた作 品である。 2004年のシドニー。今 時のオージーの若 者であるシドはスリランカ 系だが、彼と故 国とのつながりは、母ラドハと祖 母 以 外には途 絶えて いる。やがて過 去と現 在が交 錯しはじめ、舞 台は 1957年 、 スリランカ ( 当 時の国 名はセイロン)の首 都コロンボへ。二つの言 語 、 タミル語 とシンハラ語のどちらか一つを公 用 語としようとする政 治 的な動きが 渦 巻く。 タミル人の有力者であるラドハの祖 父は、 シンハラ語のみを 公 用 語にしようとする政 治 家に激しく反 発 。 タミルとシンハラの対 立 は、ついに1983年に内 戦へと発 展する。 ラドハと結 婚したシルーは、 反 政 府 勢力「タミル・イーラム解 放のトラ」に身を投じたまま行 方 不 明に。 ラドハの祖 父は憔 悴したまま亡くなり、 ラドハは子 供を宿したま 98

まオーストラリアへ渡る。場 面は再び 2004 年のシドニー。 ラドハの前 に行 方 知れずだった夫のシルーが現れ、再 会した家 族は抱 擁する。 そして彼らが振り返れば 、鉄 柵の向こうには、たくさんの難 民たちの 姿がある。

16人の役 者が 50 人 近くの登 場 人 物を演じ、上 演 時 間は 3 時 間 におよぶ。大 人 数の俳 優による規 模の大きな上 演は、例えばラドハ の娘 時 代 、 コロンボの家での華やいだ時を表 現する際などに効 果 を上げている。娘たちがスリランカの伝 統 的な衣 装に身を包んで踊り、 演 奏される民 族 楽 器の音 色も美しい。 キャストは南アジア系オースト ラリア人が多く、主 人 公ラドハは「 現 在( 2004 年 )」の役をスリランカ 系、娘時代をインド系オーストラリア人俳優が演じている。舞台上でタ ミル語が話される場 面では、物 語が進 行する場から外れたところに いる役 者が入れ替わり立ち替わり、英語の訳を付け足す。 一方、内戦のシーンは、 ラドハの屋敷に、刻一刻と情勢を告げるた くさんの電 話が家 人からかかって来ることで、事 態がどんどん深 刻さ


を増す様 子が表 現される。台 本と演出が見 事にかみ合って、緊 迫し た場面を創出していた。 作 者の S・シャクシドハラン( S. Shakthidharan)は、1983 年に始 まった内 戦でスリランカを離れたタミルの子 孫である。自分の家 族の 歴 史を知るために、4 年 間で数百の親 類たちに話を聞き、戯曲に集 約したという。 「これはオーストラリアの物語だ。 ただし、我々が『オース トラリアの物 語はこうだ 』 と思っていたものとは違うが」と、演 出のイー マン・フラック( Eamon Flack )は語る。多 文 化 社 会オーストラリアに 暮らす様々な背 景を持った人々の物 語を、国民はまだまだ知らない。 難民が自らの口で語ることで、彼らの物 語にはじめて血 肉が通い、 ま た故国への思いが、観る人の胸に迫る。 この作 品は、ヘルプマン賞( Helpmann Awards)の 7 部門を獲得 し、 シドニー演 劇 賞( Sydney Theatre Awards)など主 要な演 劇 賞を

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受 賞した。 また、戯 曲としてもヴィクトリア州 首 相 文 学 賞( Victorian

Premier' s Literar y Awards)、ニック・エンライト戯 曲 賞( Nick Enright Prize for Playwriting )などを受賞し、 きわめて高い評価を 得た。 『ブラッキー·ブラッキー·ブラウン(Blackie Blackie Brown)』 シドニー・シアターカンパニー( Sydney Theatre Company)により モルトハウス劇 場( Malthouse Theatre)で上 演された、先 住民劇 作 家ナキア・ルイ ( Nakkiah Lui)の新 作である。先 住 民 女 性 考 古 学 者ブラックは、頭 骨を掘り起こす。 それはかつて虐 殺された先 住民の 骨であった。彼 女はスーパーヒーロー、 ブラッキー・ブラッキー・ブラウ ンに変身。虐 殺をおこなった白人の子 孫たちを、復 讐のために次々 と殺 害していく (その中にはオーストラリアのモリソン首 相やアメリカの トランプ大 統 領も含まれる)。 そして「ラスボス」である白人の政 治 家 世界の舞台芸術を知る

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スミスとの、最 後の対 決が繰り広げられる。戦 闘シーンは「ヘタウマ」 風のアニメーションで表 現され、戯 画 的な雰 囲 気が高まる。出 演 者 は二 人だけで、次々に殺される白人の役すべてを一 人の役 者が演 じるのも、チープさをより強調する。 作 品 冒 頭に、 「これは和 解の物 語ではない。 これは贖 罪の物 語 でもない。 これは真 実の物 語だ」という文 字が力強く映し出される。 「 和 解と贖 罪 」という90 年 代 以 来の先 住 民 演 劇のテーマを真っ向 から否 定し、荒 唐 無 稽な物 語の中で主 人 公のブラッキーが切 実に、 現 在の先 住民の置かれた立 場を代 弁する。作 者のナキア・ルイが、 これまでシットコムなどさまざまな様 式の芝 居で試みてきた「いまの先 住民を演 劇で語るには?」という問いが、 ここでも力強く示されている。 和 解や贖 罪では先 住民の置かれた状 況が改 善しない、 という苛 立 100

クイーンズランド・シアター/グリフィン・シアターカン パニー『シティ・オブ・ゴールド』脚本・主演のMeyne Wyatt 撮影:Stephen Henry

ちが伝わってくる。 『シティ·オブ·ゴールド(City of Gold)』 先 住 民であり人 気 俳 優のメイン・ワイアッ ト ( Meyne Wyatt)が戯 曲を書き、 クイーン ズランド・シアター( Queensland Theatre ) とグリフィン・シアターカンパニー( Griffin

Theatre Company )が上 演した作 品である。 ワイアットが演じる主 人 公ブライスは先 住 民の俳 優だが、白 人 監 督の「 本 物らしさ」 にこだわる演 出にげんなりしている。故 郷カ ルグーリーから父の訃 報が届き、彼は帰 郷 する。活 動 家の姉や兄 弟たちは、 カルグー リーで人種差別にさらされている。 ブライスの怒りは、二 幕 冒 頭の 10 分にわ


たる一 人 台 詞で爆 発する。彼の役 者 人 生に求められてきた「 本 物 ののし

のアボリジニらしさ」への苛 立ち、故 郷の町への怒りが、激しい罵りの かた ず

言 葉とともに発せられる。我々観 客は圧 倒され、目の前の彼を固 唾 を呑んで見 守るしかない。最 後にブライスは、白人 警 官に射 殺されて しまう。 会 場のステイブルズ劇 場( Stables Theatre )は超 狭 小であるが、 美 術は細 部にこだわる。一 方で、 「マジック・リアリズム」としか説 明で きない雰囲気が、舞台上に現出する。バランスを欠いているようにも見 える台 本 。不 釣り合いに長い一 人 台 詞と、 リアリズムの台 詞 劇 的 対 話。 それら未消化な部分が、逆に、鮮烈な観劇体験を与えてくれる。 メイン・ワイアットのカリスマ性が遺 憾なく発 揮された舞 台であり、先 住民演 劇 人の才 能がまた一つ花 開いたと言える。 グリーンルーム賞 ( Green Room Awards )では、本 作でワイアットが最 優 秀 主 演 男

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優賞に選ばれた。

クイーンズランド・シアター/グリフィン・シアターカンパニー 『シティ・オブ・ゴールド』 左:Shari Sebbens、右:Christopher Stollery 撮影:Brett Boardman

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新型コロナのオーストラリア演劇への影響 オーストラリア連 邦 政 府は 6 月に、芸 術・映 画・エンターテイメント 分 野へ 2 億 5,000万オーストラリアドルの支 援を公 表したが、10月の 時 点でまだ配 分されていない。 また、解 雇になった雇 用 者を支 援す る連 邦 政 府のプログラムも、演 劇 人の多くはフリーランスのため受 給 資 格がなく、支 援を受けられたのは半 分に満たない。 このように、 「演 劇や芸 術に関しての政 治 的リーダーシップが現 政 権には欠けてい る」と、演劇界は危機感を募らせている。 各州政府もそれぞれ芸術文化部門への支援をおこなっている。西 オーストラリア州 政 府は、州の芸 術 文 化 支 援の一 部として1,500万 オーストラリアドルを、今 後 公 演 中 止となった場 合のリスクに対する 支 援 金として充てると発 表した。 この政 策は高く評 価され、連 邦 政 102

府や他 州もこれに続くべきだという声が上がっている。 政府から大きな助成を受けている大規模劇団も、厳しい情勢に置 かれている。 シドニー・シアターカンパニーは、就 業 時 間を減らすこと でスタッフの解 雇を回 避しつつ、政 府の支 援を待っている。500人 以 上のアーティストとスタッフを雇用するメルボルン・シアターカンパニー ( Melbourne Theatre Company) も、2020年シーズンの全 公 演の キャンセルによってチケット収入がなくなり、危機に瀕している。 さらに深 刻なのが、演 劇 系の大 学をめぐる状 況である。 コロナによ る収 入 減で大 学の専 攻が次々廃 止される中で、演 劇 界に貢 献をし てきたモナッシュ大 学( Monash University)の演 劇・パフォーマンス センター廃 止のニュースは、 グリフィン・シアターカンパニー芸 術 監 督 デクラン・グリーン( Declan Greene)が指 摘するとおり、演 劇 界に衝 撃を与えている。 このような大 学における演 劇の教 育 研 究の衰 退は、 すぐれた高 等 教 育に支えられてきた豪 州 演 劇の将 来に深 刻なダ メージを与える可能性がある。


オンライン上の試み 多くの劇 団が、 ライブや録 画によるパフォーマンスをオンラインで公 開してきたが、演 劇 人たちの雇 用と、観 客と劇 団のつながりを維 持 しようという思いが原 動 力になっているものが多かった。 そんな中で 野 心 的な試みとして挙げられるのが、 『デカメロン2.0( Decameron

2.0)』だ。サウスオーストラリア州 立 劇 団( State Theatre Company South Australia) とアクトナウ・シアター( ActNow Theatre)は、州 政 府のコロナ対 策 助 成を得て、 『デカメロン2.0 』を 7 月から10 週にわ たってオンラインで公開。同州の 10人の劇作家による、 コロナのインパ クトを受けた 100 の物 語を、 それぞれ一 人 芝 居で演じる。劇 団は「コ ロナを受けて演 劇 人によって作られた、おそらく世 界で最 大の新 作 うた

だ」と謳っている。 上 記 以 外にも、主 要な劇 団の多くは、 オーストラリア戯 曲などの

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リーディングをライブ 配 信した。メルボルン・シアターカンパニーは、

サウスオーストラリア州立劇団/アクトナウ・シアター 『デカメロン 2 . 0 』収録風景 撮影:Laura Franklin

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ネッド・ケリー( Ned Kelly[ 英 雄 的 盗 賊 ])、ネリー・メルバ( Nellie

Melba[ 世界的オペラ歌手])、マイルズ・フランクリン( Miles Franklin [ 小 説 家 ])、 ロバート・メンジーズ( Robert Menzies[ 元オーストラリ ア首 相 ]) ら豪 州 史 上の著 名 人のスピーチや手 記を俳 優たちが音 読し、 オンラインで公開した。 演劇再開へ向けて 本 稿 執 筆 時の 2020 年 10月現 在もメルボルンのロックダウンが解 除されない状 況にあるが、 それ以 外の都 市では劇 場が再 開している。 オーストラリアで最 初に演 劇 公 演が再 開されたのはアデレードで、 7 月には小 劇 場の公 演が開 始 、9 月 4 日には、大 規 模 改 修を終えて 再 開 場したハーマジェスティーズ劇 場( Her Majesty's Theatre)で 104

公演が開始された。 シドニー・シアターカンパニーは 9 月 21日から、 アンガス・セリーニ ( Angus Cerini)の新 作 戯 曲『ウォナンガッタ( Wonnangatta)』の 上 演を、 ロスリン・パッカー劇 場( Roslyn Packer Theatre)で開 始し た。1910 年 代に奥 地の農 場で実 際に起きた殺 人 事 件をモチーフ にした物 語である。ハリウッド映 画でも活 躍するスター俳 優ヒューゴ・ ウィービング( Hugo Weaving ) と、映 画 監 督としても知られる先 住民 俳 優ウェイン・ブレア( Wayne Blair) という人 気 者の二 人 芝 居で、劇 評も高 評 価となり、久々に演 劇 界に明るい話 題を提 供した。 シドニー のもう一つの主 要 劇 団ベルボア劇 場も、 ヴァージニア・ウルフの作 品 で 9 月10日から上演を再開した。 クイーンズランド・シアター は 、デヴィッド・メガリティ ( David

Megarrity)の新 作『 休日( The Holidays)』で 11月に上 演を再 開す る。 メルボルンのモルトハウス劇 場は、2020 年の上 演 予 定 作 品をす べてキャンセルした。 しかし、10月に上 演 予 定だった作 家クリストス・


ツィオルカス ( Christos Tsiolkas)が自身の小 説を翻 案した『ローデッ ド ( Loaded)』について、 オーディオドラマ化してオンライン上 演すると いう試みをおこなう。 芸 術 祭では、 ダーウィン・フェスティバル( Darwin Festival )が 8 月 から開 催された。 このフェスティバルはパンデミック以 来 、国 内 主 要 都 市で行われる最 初の大イベントだった。毎 年 2 月・3 月に行われ るアデレード・フェスティバルは、2020 年は記 念すべき60 周 年にあ たったが、パンデミックの影 響が最 小 限で済み、二つの公 演をキャ ンセルしただけで実 施された。2021 年は、客 席 数を半 分に減らすこ とによる予 算 減と予 想される渡 航 規 制のため、海 外からの参 加を減 らした上で開 催することになっている。一 方メルボルン・フェスティバル ( Melbourne Festival )は、2020 年 8 月のフェスティバルを翌 年に 延 期している。

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さわだ・けいじ 早稲田大学教授、翻訳家(湯浅芳子賞受賞)。著書に『現代演劇と文化の混淆』、 『オーストラリア先住民とパフォーマンス』、 『 演劇学のキーワーズ』 ( 共編著)、 『キー ワードで読む オペラ/音楽劇研究ハンドブック』 ( 共編著) ほか。最近の翻訳上演 に『ジャック・チャールズvs王冠』 ( 字幕/ふじのくに⇄せかい演劇祭)、 『ジャスパー・ ジョーンズ』 ( 名取事務所) など。

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UK

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EUROPE

デクラン・ ドネラン演出『冬物語』 (チーク・バイ・ジャウル) オーランド・ジェームズのレオンティーズとナ タリー・ラドモール=カークのハーマイオニ ©Johan Persson

[イギリス]

パン デミックと B L M に 連 動し て 本橋 哲也 はじめに 今 年は世 界 的にCOVID- 19ウィルスによる感 染 症の影 響で、英 国のほとんどの劇 場が閉 鎖されたので、小 稿も例 年とは違った「 回 顧 」となる。評 者自身、英 国の劇 場でほとんど観 劇できなかったので、 個 別の舞 台 批 評よりも全 般 的な社 会 状 況と演 劇との関わりが中心 となる。最 初に感 染 症と演 劇に関する歴史的考察、次に2020 年の 英 国における演 劇 状 況 、 そして最 後に危 機に際して演 劇がどんな可 能 性を胚胎しうるかを考えたい。


パンデミック、演劇、新自由主義 歴 史 上「パンデミック」と呼ばれる世 界 的な感 染 症の流 行を引き 起こし、 その性 格を決 定してきたのは、 ウイルスや病 原 菌の形 態では なく人 間 社 会の変 容であり、 またパンデミックの結 果として人 間 社 会 も変 容してきた。 このことはパンデミックと演 劇 史との関わりについて も示 唆を与える。 イギリスやスペインにおけるルネサンス演 劇の発 達と 浸 透は、未曽有の規 模と速 度で起きた都 市 化と人口移 動による疫 病の定 期 的 蔓 延と密 接な関 係があるし、江 戸 期の民 衆 演 劇に対 する徳 川幕 府の恐れと統 制も「 悪 場 所 」と呼ばれた歓 楽 地での疫 病 発 生へのパラノイアであり、19世 紀ヨーロッパにおけるリアリズム演 劇の展 開は、労 働 者 階 級や異 人 種がもたらす伝 染 病への妄 想 的 な反 動とも見なされる。20 世 紀のエイズの流 行が、 ゲイやレズビアン 演 劇の興 隆をもたらしたことも忘れてはならないだろう。感 染 症はつ

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ねに他 者の統 制と征 服の欲 望とともにあり、今 回の新 型コロナウイル ス感 染 症の最 大の社 会 的 要 因も20 世 紀 終わりから世 界を席 巻し はじめた新自由 主 義 的 資 本 主 義の進 展である。国 家 権力は感 染 症を理 由として、周 縁 化された他 者( 近 代 世 界で芸 術 家はその代 表と見なされてきた)を囲い込む努力を続けてきたが、今 回も国 家 権力はこの感 染 症の主たる要 因が自らの権力基 盤である新自由主 義 的グローバリゼーションであるにもかかわらず、演 劇をはじめとする 芸 術 産 業をわかりやすい標 的とし、パンデミックを奇 貨として劇 場を 閉鎖し、反 体 制 的な文化活動の停滞を目論んだのである。 新自由主 義とは世 界の隅々にまで浸 透した「 経 済 効 率 化 」のこと であり、芸 術 、教 育 、福 祉 、介 護 、労 働 者 保 護といった「 儲からない 分 野 」への支 出を縮 減する。人の身体や精 神と同 様 、社 会や共 同 ヴ

体も脆く傷つきやすい存 在であり、 それを保 護するためには、効 率 性 の観 点からは「 冗 長 」で「 余 計 」と見なされる遊びや溜めが必 要で 世界の舞台芸術を知る

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ある。1980 年 代 以 降 、猛 威を振るってきた新自由 主 義は、 そうした 社 会 的身体の免 疫力を侵 食してきた。深 刻なのは、 そのような新自 由主 義 的 傾 向が何らかの権 威による強 制よりも、 「自粛 」や「 合 意 」 によって浸 透していくことだ。すべてのものの経 済 化という自由 民 主 ホモ・エコノミクス

主 義から市場民主主義への転換、すなわち経 済 的 媒 体の支 配が、 ホモ・ポリティクス

私たちが本 来 持っているはずの政 治 的 主 体としての潜 勢力を破 壊 してしまうのである。 2020年の英国劇壇の危機 パンデミック状 況 下で教 育 研 究 機 関から政 治 機 構 、 スポーツから 演 劇まであらゆる集 会がリモート化される中で、英 国の劇 場も閉 鎖 を余 儀なくされ、現 在に至るまで全 面 的 再 開の見 通しは立っておら 108

ず、軒 並みオンライン配 信に頼らざるを得なくなった。 「 残 酷 演 劇 」の 主 唱 者であり 「ペスト」としての演 劇を提 起したアントナン・アルトーが 言ったように、演 劇は「 人 間たちを駆り立てて自分たちにあるがまま の姿を見させ、仮 面を剝ぎとり、嘘や、無 気力や、下 劣さや、偽 善を 暴く」 (『 演 劇とその分身 』鈴 木 創 士 訳 、河出文 庫 、2019 年 、47 頁 )。 演 劇とは三 次 元 空 間の向こうに四 次 元の「 亡 霊=分身」を幻 視す る集 合 的な営みであって、仮 面の下の真 実を想 像させ、感 染するこ とにより距 離 化=異 化(ディスタンシング) を可 能とするのだ。 しかし今 回のパンデミックは「ペスト」としての演 劇の仮 装 能力を領 有し、 その 「 残 酷 」な異 化 効 果は文 字 通り「 安 全な距 離 」によって無 効 化さ れてしまった。 英 国では感 染 症 拡 大に対する初 動の遅さが指 摘され 、3 月初 めになって英 国 政 府は危 機を認め、3 月 16日から飲 食 店 や劇 場 等の閉 鎖への要 請が出されたが、サッカー観 戦のような密 集イベン トへの規 制が遅れたために感 染 者 数の爆 発 的 拡 大を招いた。3


ロ ッ ク ダ ウ ン

月 23日には法 的 拘 束力のある全 面 的な活 動 封 鎖が始まり、劇 場も 閉 鎖された。英 国 劇 壇の経 済 的 状 況を概 観すると、劇 場 閉 鎖によ る損 失は興 行 収 入だけでも12 億ポンドを越えると言われる (『 英 国 議 会 報 告 書 』2020 年 7 月 23日)。救 済 策として、文 化 省の管 轄す る「アーツ・カウンシル・イングランド」から 1 億 6000万ポンドの支 援 金( 団 体に 1 億 4000万ポンド、個 人に 2000万ポンド、一 人 当たり 最 大 2500ポンド)が支 出された。 また財 務 省から舞 台 芸 術 関 係 者 個 人に対し、自営 業 者 支 援 策として賃 金の 8 割が月額 2500ポンド を上 限に10月末まで支 給された。 アーツ・カウンシルの支 援 対 象に なっていないウェストエンドの商 業 劇 場やシェイクスピア・グローブ座 などには、7 月 5 日にジョンソン首 相が「 劇 場や美 術 館は国 家にとっ て心 臓の鼓 動である」と述べて、芸 術 文 化 救 済 資 金として約 15 億

7000万ポンドの支 援金が発表された。

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劇 壇が機 能するためには、経 済 的 支 援だけでは不 十 分であり、 劇 場 、俳 優 、 スタッフ、観 客 、共 同 体を含めた場における知の集 積と 活 動の継 続が不 可 欠である。 そのための方 策として、劇 場 閉 鎖中に は多くの劇 団がオンラインで過 去の演目や新 作を配 信した。 いくつか 例をあげる。 まず 数 多くの 旧 作を配 信したロンドンのナショナル・シアター ( Na t ion a l The a t r e )からローレン・ハンスベリー( L or r a i ne

Hansberry )作『 白 人たち( Les Blancs )』 ( 演 出:ヤエル・ファー バー[ Yaël Farber ]、ナショナル・オリヴィエ劇 場[ Oliver, National

Theatre]、2016 年 )。ハンスベリーはアフリカ系アメリカ人として初 めてニューヨークのブロードウェイで作 品が上 演された劇 作 家で、

1965 年に34 歳で亡くなった。遺 作の『 白人たち』は、南アフリカを思 わせる国の独 立への苦 闘と黒 人のアイデンティティをめぐる苦 悩を、 アフリカ大 陸の風 景 、音 楽 、ダンスを交えて綴る。白 人 宣 教 師と地 世界の舞台芸術を知る

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元 住 民の相 互 依 存と裏 切りを含んだ交 渉 過 程が描かれるが、 この 作 品 成 立の時 代 背 景を考えれば 、 アメリカ合 州 国における黒 人た ちの市 民 権 獲 得 運 動の歴 史 的 意 義は植 民 地の歴 史 文 脈で明ら かだ。後で言 及するBLM 運 動との関 連でも、今 回のオンラインによる 「 再 演 」はきわめて時宜にかなったものだ。

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ロレーン・ハンスベリー作、 ヤエル・ファーバー演出『白人たち』 (ナショナル・シアター) ダニー・サパニのツェンベ ©Johan Persson / ArenaPAL

次 に 、斬 新 な 解 釈 で 定 評 のある劇 団 チ ーク・バイ・ジャウル ( Cheek by Jowl )によるシェイクスピアの『 冬 物 語 』 ( 演 出:デクラ ン・ドネラン[ Declan Donnellan ]、バービカン劇 場[ Barbican ]、

2017年 )。現 代の中 産 階 級 家 庭を舞 台とし、 レオンティーズ(オーラ ンド・ジェームズ[ Orlando James ]) とポリクシニーズ(エドワード・ セイヤー[ Edward Sayer ])のあいだに同 性 愛 的な関 係が示 唆さ れ 、前 者 の 妻 ハーマイオニへの 嫉 妬は異 性 愛と同 性 愛とを対 立 項としてしか把 握できない家 父 長 制 度のパラノイアと示 唆される。 レ オンティーズの息 子マミリアス (トム・カウト [ Tom Cawte ]) も従 順な


息 子どころか、精 神 的な病を抱えた自己中 心 的な「 小レオンティー ズ」で、 ときに狂 気の笑いと共に舞 台 上を転げまわる。男たちは大 なり小なり偏 執 狂 的で、 レオンティーズの嫉 妬はその小さな現れに 過ぎない。 この上 演は、ハーマイオニ(ナタリー・ラドモール=カーク [ Natalie Radmall= Quirke ]) とポーライナ(ジョイ・リチャードソン [ Joy Richardson ])の友 情を核とする女 同 士の絆が、 どのようにそ うした家 父 長 制 度の病を癒すことができるのか、 その可 能 性と限 界 を描くのだ。 次にデヴィッド・アイルランド( David Ireland)作の『 サイプラス通 り ( Cyprus Avenue)』( 演 出:ヴィッキー・フェザーストーン[ Vicky

Featherstone ]、 ロイヤル・コート劇 場[ Royal Court ]、2016年 ) 。主 ロイヤリスト

人 公は、北アイルランドのプロテスタント英 国 派であるエリック(ス ティーブン・リー[ Stephen Rea ])で、排 外 的な信 条からカトリックを

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恐れる強 迫 観 念のあまり、娘が産んだ 5 ヶ月の赤 子をジェリー・アダ ムズ( 北アイルランドのカトリックを政 党として代 表するシン・フェイン党 の指 導 者 )だと言い張る。彼の言 動は観 客の笑いを誘うが、次 第に その偏 執 性はエリック自身にも抑えられないものとなり、赤 子だけでな く娘と妻の殺 害を招く。言 動が常 軌を逸してパロディを超えていれば いるほど、エリックはむしろ 冷 静になり、結 果として起 きる惨 劇が狂 気というより

デヴィッド・アイルランド作、 ヴィッキー・フェザーストーン演出『サイプラス通り』 (ロイヤル・コート劇場) ウンミ・モサクの療法士とスティーブン・リーのエリック ©Helen Murray / ArenaPAL

正 気そのものの 殺 人とし て、突 然の衝 撃を観 客に 与える。 ここにあるのは宗 教 的・人 種 的 差 別 感 情 が、個人の心理を支配す るという力学の表 明だ。 い 世界の舞台芸術を知る

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まだに人 種や階 級による暴力が蔓 延する2020 年 、 この舞 台の映 像 に悪 夢の再現を見た者も多いのではなかろうか? 評 者もロックダウン中に多 数の舞 台 芸 術をインターネットで観るこ とができた。一 方で見 逃していた舞 台の録 画を観ることができたり、 実 際に観た舞 台を再 鑑 賞できる有 難さを覚えながら、他 方で空しさ を感じざるを得なかったのも事 実だ。 オンライン配 信は私たちの観 劇 体 験を根 本から変えてしまった事 件かもしれない。 しかし舞 台の映 像 記 録を観て文 章を綴ることは演 劇 批 評と言えるのだろうか? 記 録 としては役に立つかもしれないが、 インターネットで演 劇 情 報を収 集 して披 瀝することと同じでは? オンラインの舞 台 記 録には場の強 度 が欠けているのだから、 それを書く言 葉にも強 度が欠 如するのでは? 112

たとえば 昨 年の拙 稿でも取り上げたニコラス・ハイトナー( Nicholas

Hytner )演 出によるシェイクスピアの『 夏の夜の夢 』 (ロンドン・ブリッ ジ劇 場[ Bridge Theatre ])は、プロムナード形 式による観 客 参 加 により華 麗な祝 祭 感 覚とジェンダー 秩 序 の 撹 乱を体 感させた舞 台だったが、 それを今 年 二 次 元 映 像で観ると、劇 場での一 体 感は 追 体 験できなかった。身体 経 験によって場が拓かれる演 劇という営 みは、やはり現 場でないと実 現しないのだろうか? それこそが「 翻 訳 (translation) 」という言 葉の原 義でもある原 作 者の意 図を超える 「 裏 切り」の報 酬なのかもしれない。 オンライン配 信によって扉は開か れても、 その扉の向こうに足を踏み入れなければ演劇体験という場は 作られない。扉がたくさん開かれること自体は多様性という観点からも 歓迎すべきだが、 そこにやはり演劇にしか可能でない「第四の次元」 に潜んでいる「 亡 霊 的 存 在=分身」 (アルトー)が見えてこなければ、 「自分たちにあるがままの姿を見させ」る「ペスト」としての演 劇の存 在 意 義はない。パンデミック状 況 下でも、 その場に私たち自身の潜 勢


力を誘引する演劇の力能が試されているのである。 そうした文 脈で、 オンライン配 信 演 劇の最 後の例として、 ロイヤル・ コート劇 場で、5 月 8 日から10月 15日まで 24 時 間 連 続して配 信され ていたヘスター・チリングワース ( Hester Chillingworth )のビデオ・ インスタレーション『 世 話する人 / 気をつける人( Caretaker )』を取 り上げよう。同 名の芝 居にはハロルド・ピンターの、都 市における経 済 的・文 化 的 格 差をめぐる闘 争を言 語 的 暴 力で如 実にえぐる演 劇の潜 在 的 破 壊力を示す名 作があるが、チリングワースの考 案に よる映 像は、何もない空 間 、 ロイヤル・コートのジャーウッド地 下 劇 場

( Jerwood Theatre Downstairs) の舞 台を二 階 席のカメラから映し 続ける。ただし舞 台 上に「 何もない」わけではなく、 そこには演 劇の痕 跡が残されており、つまり最 後まで予 定された公 演を行うことができ ずに 3 月16日に休演となったE・V・クロウ ( E.V. Crowe )作の『 靴をな

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くした女( Shoe Lady)』のセットであるコンベヤー・ベルトが置かれて いる。 その上 演ができなくなった時 間 的および空 間 的な空 白を引き 裂くように、 ときどき拡 声 器から言 葉が発せられる。 これは劇 場という 人が密 集した空 間を演 劇 体 験で自明のものと考えていた私たちに、 反 省と思 考を迫る奇 妙で不 気 味 、退 屈かつ刺 激 的な時 間だ。つま り劇 場 は 、人 間 が 社 会 的な存 在 であること、他 者と交 渉 せざるを 得 ず 一 人では生きていけない ヴ ァ ル ネ ラ ブ ル

「 傷 つきやすい」動 物で あること、 「 世 話し世 話さ れる」何かであることを教 えてくれる場 なのだ 。拡 声 器 から発 せられた 、 こ

ヘスター・チリングワースのビデオ・インスタレーション『世話する人/気をつける人』

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んな言 葉が心に残る―「あなたという人が求められているとき、 こう いう存 在の仕 方もあなたにはできるはず。気をつけてね。 ( You have

this way of showing up when you're needed. Take care.)」 BLM運動と英国演劇 今 年の演 劇 状 況を回 顧するには、感 染 症の影 響とともに、BLM ( Black Lives Matter/ 黒 人の命を軽んじてはならない)運 動の 世 界 的 広がりを概 観することが不 可 欠である。 その例として、 ここで もロイヤル・コート劇 場を取り上げよう。5 月 25日にアメリカ合 州 国の ミネソタ州ミネアポリスで、警 察 官のデレク・ショーヴィンによって、20 ドルの偽 造 紙 幣を使ったとの容 疑で手 錠をかけられて拘 束された ジョージ・フロイド氏が、8 分 46秒ものあいだ後 頸 部を膝 頭で強く圧 114

迫された結 果 、殺 害された。 その模 様を録 画した映 像がソーシャル・ メディアによって流され、抗 議は同 地だけでなく世 界中で BLM 運 動 を再 燃させていった。 ロイヤル・コート劇 場もこの運 動に連 動して、6 月23日に「 反 差 別 ― 反 省と行 動 」と題した長 文のメッセージを発 信し、反 差 別のための変 革の責 任と使 命を担う英 国 演 劇 界は、 ま ず自身が組 織として人 種 主 義 的であることを認 知せねばならないと 言 明する。組 織 的 人 種 主 義は、意 識 的か無 意 識 的かにかかわら ず、公 的・私 的 機 関の政 策や文 化に存 在し、個々人の偏 見を強 化 するからだ。 こうした人 種 主 義を生み出したのは英 国の帝 国 主 義と 産 業 革 命による白人 至 上 主 義であって、演 劇 活 動も共 犯を免れな い。声 明では具 体 的 方 策として、劇 場のような生 産 組 織において黒 人の指 導 者と制 作スタッフを増やすこと、人 種 主 義の犠 牲となった 人々の証言を演劇化することで偏見や差 別を解 消する一 助とするこ と、劇 場 外のメディアや批 評 家の偏 見についても批 判することが挙 げられている。人 種 主 義とそれを育んだ植 民 地と産 業 革 命の遺 産


の解 体が演 劇の主 要な目的であるべきで、 そのために有 色 人 種の 芸術 家たちへの支 援を惜しまないとされるのである。 ロイヤル・コート劇場の試みは一例に過ぎないが、2020 年のパンデ クライシス

ミックによる英 国 劇 壇の危 機を、演 劇 本 来の使 命と可 能 性へと拓く、 ク

まさに重 要で批 判 的なイニシアティブと言えるのではないだろうか。 もとはし・てつや 東京経済大学教員。専攻はカルチュラル・スタディーズ。著書に『 宮城聰の演劇世 界』 ( 塚本知佳との共著、青弓社)、 『 ディズニー・プリンセスの行方 』 (ナカニシヤ出 版)、 『 深読みミュージカル』 ( 青土社)、 『 思想としてのシェイクスピア』 ( 河出ブック ス)、 『カルチュラル・スタディーズへの招待』 ( 大修館書店)、 『 ポストコロニアリズム』 (岩波新書) など。

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岡田利規作・演出『The Vacuum Cleaner』 (ミュンヒナー・カンマーシュピーレ)©Julian Baumann

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[ドイツ/オーストリア/スイス]

逆 境 の 極 み で 試 され る 想 像 / 創 造 力 ― あ たらし い 時 空 間と距 離 を 前 提 にし た 演 劇 制 作 の 試 み

萩原 健

2019年 秋から一 年 間の演 劇 界の様 相が、新 型コロナウイルス感 染 拡 大の波の到 来を境にまったく異なることは、 あらゆる国でほぼ同 様だったと思われる。 ドイツ語圏の場合、変化の節目は 3 月初めだっ た。本 稿は以 下 、 あえてこの時 点から書き起こし、 それよりも前の出来 事は適 宜振り返る構成としたい。


コロナ禍の到来と劇場閉鎖、公演録画の配信開始 ドイツでは、2 月のベルリン国 際 映 画 祭 ― コロナ禍が到 来する 前の最 後の大 規 模イヴェントのひとつ― が閉 幕して間もなく、新 型コロナウイルスの感 染 拡 大が深 刻 化した。3 月上 旬 、連 邦 政 府は 全 国のイヴェント中止を呼び掛け、各 劇 場は入 場 定員の制 限を、 そ して閉 鎖を余 儀なくされた。ベルリン市( 州 相当)の劇 場の場 合 、当 座 、4 月19日まで閉 鎖されることになった。連 邦 政 府 文 化・メディア担 当相のモニカ・グリュッタース ( Monika Grütters)による、 「 文 化は良 き時 代においてのみ享 受される贅 沢 品などではない」という発 言が 広く知られたのはこの 3 月上旬である。 同月中 旬には学 校 閉 鎖と国 境 管 理が 始まり、追って食 料 品 店 や薬 局 等を除く店 舗が 閉 鎖されていった。 テアータートレッフェン ( Theatertreffen、ベルリン演 劇 祭 )が中 止を決 定したのはこの時

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期だ 。同 祭は、例 年 5 月、 ドイツ語 圏の各 劇 場で前 年に上 演され た演 出 作 品から注目作 10 本を選び、ベルリンで一 挙に上 演するド イツ語 圏 随 一の演 劇 祭で、今 回は、 ミュンヒナー・カンマーシュピー レ( Münchner Kammerspiele)が岡 田 利 規に作・演 出を委 嘱した 三つ目の作 品で、 ひきこもりを主 題にした『 The Vacuum Cleaner 』 ( 2019 年 12月初 演 )が選 出されていた。非 西 洋 圏の出 身 者が手 がけた作 品の選 出は極めて異 例だっただけに、中 止の報は、筆 者 を含む多くの人々にとって無念の極みだった。 そして 3 月下 旬 、公 共 空 間の滞 在や集 会に関する人 数 制 限が 始まり、外 出自体が不自由になったのと並 行して、主な劇 場が過 去 の公 演 録 画の配 信を開 始した。なかでも注目されたのがベルリン のシャウビューネ( Schaubühne)で、1970 年 代に世 界 的な反 響を 呼んだ、ペーター・シュタイン( Peter Stein)やクラウス=ミヒャエル・グ リューバー( Klaus Michael Grüber)の演出作 品の公 演 録 画が配 世界の舞台芸術を知る

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信された。あるいはミュンヒナー・カンマーシュピーレは、大 小 三つの 付 設 劇場〈 Kammer 1/2/3 〉に即して、特設サイト 〈 Kammer 4 〉を 「 a virtual playhouse 」 として設け、 近作を含む公演録画を配信した。 オンラインでの多様な活動の展開 そのさなか、上 述のテアータートレッフェンの関 係 者は、次の大き な決 断を下した。5 月初 旬の開 催 時 期はそのままに、全プログラムを オンラインで実 施することを決 定したのである。 この方 針のもと、選 出 されていた 10作品のうち、6 作品の配信が実 現した。 印 象 的だったのは、同 祭でいわばスローガンに用いられ 、ディレ クターのイヴォンヌ・ビューデンヘルツァー( Yvonne Büdenhölzer) が 開 会 宣 言でも引 用した 文 だ 。 これは、上 記 6 作 品 のうちのひと 118

つで、 リミニ・プロトコル( Rimini Protokoll )のヘルガルト・ハウク ( Helgard Haug )が構 成・演 出した『チンチラくそったれ、何だ何だ ( Chinchilla Arschloch, waswas)』からの、次の一節だった。 私たちにはある計画があって、申し合わせのいろいろがあります。ここに は、すべてが別のものになるかもしれないということも含まれます。 (Wir haben einen Plan, es gibt Verabredungen: Diese beinhalten, dass auch alles anders werden kann.)

ヘルガルト・ハウク構成・演出『チンチラくそったれ、何だ何だ』© Robert Schittko


2019年 4月初 演の同 作は、チックや汚 言 症を主な症 状とするトゥ レット障 害を抱えた三 人の主な出 演 者が、各自、自分について諧 謔 豊かに語っていく内 容で、上 記の文は、上 演の予 想のつかなさを 指したものである。同じく予 想 外なことに、 この文は、 テアータートレッ フェンそのものの想 定 外の展開を象徴するものとなったのだった。 同 作のほか、配 信された 6 作 品のなかでは特に、ボーフム劇 場 ( Schauspielhaus Bochum)制 作の、 ヨーハン・ズィーモンス ( Johan

Simons)が演 出した『 ハムレット ( Hamlet)』が注目された。装 置や 音楽、 そして各 登 場 人 物を演じる俳 優の、 ジェンダーや肌の色 、 ひ いては言 語に関する、従 来の一 般 的な理 解を強 烈に揺さぶる演 出 作 品で、ハムレット役のザンドラ・ヒュラー( Sandra Hüller)は、追っ テアーター・ホイテ

て、 「 今日の演 劇( Theater heute)」誌( 以 下「 Th」誌 )が選ぶ年 4

4

4

間 最 優 秀 女 優 賞( Schauspielerin des Jahres) も受 賞した( 性 別

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で分かれていた俳 優 賞の廃 止を 8 月に発 表したベルリン国 際 映 画 祭に倣って、 「 Th」誌も遅かれ早かれ、賞の名を再 考するかもし れない )。また 先 に 触 れ た『 The Va c uu m

Cleaner 』も配 信 が 実 現した作 品のひとつで、 この 配 信 版 は 先 述 の 〈 Kammer 4 〉での場 合と異なり、舞 台 全 体 を映 すロングショットと 特定の俳優(たち) をク ロースアップするショッ ト、2 画 面を同 時に映 す工夫があった。

ヨーハン・ズィーモンス演出『ハムレット』 (ボーフム劇場)© JU Bochum

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テアータートレッフェンが 閉 幕 すると、同 様にオンラインでの 開 催を決めていたウィーン芸 術 週 間( Wiener Festwochen )が 、例 年と同じ 5 月後 半からの 約 1 か月間 、 「 芸 術 週 間 2020 再 設 定 ( Festwochen 2020 reframed)」という表 題でプログラムを展 開 した(なお 同 祭は感 染 拡 大の落ち着きを待って、8 月末 、 ウィーン 市 内 各 会 場での公 演による開 催を実 現させた)。主に行われたの は、発 表 予 定だったアーティストたちによる、作 品 素 材の公 開であ る。 たとえばハイナー・ゲッベルス ( Heiner Goebbels)の『 Everything

that happened and would happen 』やウースター・グループ( The Wooster Group)のブレヒト原 作『 母( The Mother)』の場 合 、制 作 プロセスを映した動 画 、あるいは上 演に使われる予 定だった動 画の 抜 粋を観ることができた。 あるいは岡 田 利 規 作・演出/ 金 氏 徹 平 美 120

術『 消しゴム山( Eraser Mountain)』の場合では、 テクストの抜粋や 画像が提供された。 そしてこうした動きと並 行して、実 際 の 舞 台ではなくオンラインを 発 表の場とする、いわゆるオンライン演 劇の制 作が始まった。早くか ら動いた劇 場のひとつがスイスのチューリヒ劇 場( Schauspielhaus

Zürich )で 、3 月末 、芸 術 監 督ニコラス・シュテーマン( Nicolas Stemann )の 演 出でワーク・イン・プログレス作 品『コロナ受 難 劇 ( Corona- Passionsspiel )』の制 作が開 始され 、一 場が仕 上げら れるごとに配 信が 行われた( 感 染 拡 大の勢いが 弱まった 6 月末 、 実 際 の 舞 台での 公 演 が 実 現 )。あるいは 4 月、ベルリン・ドイツ座 ( Deutsches Theater)は、所 属 俳 優たちによるボッカチオ『デカメ ロン』朗 読シリーズを配 信した。14世 紀のペスト流 行 時に蟄 居した 人々の語りから構 成される原 作に即して、 〈ステイホーム〉の状 況に あった俳優たちはいわば、 その語り手たちを体 現し、演じていた。 より手の込んだオンライン演 劇の例としては、遠 隔 会 議システム


の特 徴や機 能を活 用したリアルタイム公 演の数々がある( 以 下い ずれも 4 月)。 カフカの未 完の小 説『 城 』に基 づくライプツィヒ劇 場 ( Schauspiel Leipzig )の『 k. 』は、遠 隔 会 議システムで用いられる ヴァーチャル背 景がときに不 完 全になることを逆 手に取り、 これを演 出で活用し、通 常の時 空 間と不 条 理の時 空 間が入り混じるとも言う べきカフカの作 品 世 界を巧みに表 現した。 ウィーンのアーティスト・グ ループ、 ネスターファル( Nesterval)による 『クライスキー・テスト ( Der

Kreisky-Test)』は、一 家 族 史とオーストリアの歴 史を重ね合わせて 探っていくもので、 その探 究の深さとカメラワークから、一 種の没 入 型 演 劇とも言い表せた。 あるいはミュンヒナー・カンマーシュピーレは、

2018年 4 月に同 劇 場で上 演された岡 田 利 規 作・演出『 NO SEX 』 のオンライン版を制 作し、上記の〈 Kammer 4 〉で配信した。 またこの関 連では、趣は大きく異なるが、神 里 雄 大( 岡 崎 藝 術 座 )

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の仕 事にも触れたい。ブラウンシュヴァイクで 7 月に開かれたフェス ティヴァル・テアーターフォルメン( Festival Theaterformen)で、一 部 の国 外アーティストは渡 航 規 制で来 独できず、同 祭はハイブリッド 開 催となり、生 の 公 演と オンライン公 演 が 行 われ た 。神 里 の 場 合 は 後 者 で、泡盛を主題にした作品 『カオカオクラブ( KHAO

KHAO CLUB)』が同 祭 のウェブ サイト上 に 音 声 作 品として発 表された(マ レーシアのアーティスト、 マーク・テ[ Mark Teh ] と の共 同 制 作 )。

『k.』 (ライプツィヒ劇場)©Konny Keller

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さまざまな感染拡大防止策をとった/前提にした公演再開 以 上のようなオンライン演 劇が制 作された一 方で、6 月、感 染 拡 大の勢いが弱まってくると、各自治 体の規 制が緩 和されていき、一 部の劇 場は舞 台の再 開に向けて動き始めた。 とはいえ元の状 態 に一 気には戻 せず 、たとえば ベルリーナ・アンサンブル( Berliner

Ensemble)は間引かれた客 席を準 備した。あるいは、同 劇 場から徒 歩 圏 内のドイツ座は、劇 場 前の広 場を活 用し、野 外 劇として、 カミュ の小 説に基づく 『 ペスト ( Die Pest)』を 6 月半ばに上 演した(アンド ラーシュ・デメテル[ András Dömötör]演 出 )。同 作は今シーズン のレパートリーのひとつで、奇しくもコロナ禍が到 来する前の 2019年

11月に初 演されていた。 またこの公 演はベルリーナ・アンサンブルと 連 携した企 画でもあった。同 公 演の上 演 時 間 前にあたる時 間 帯で、 122

ベルリーナ・アンサンブルは 6 月後 半 、劇 場 脇の広 場に仮 設の野 外 劇 場〈中庭 劇 場( Hof-Theater)〉を設 営し、 レパートリー作 品からの 抜 粋ほか、短時間の公演を行っていた。 劇 場 が自由にできる場 所を使った 屋 外 公 演ということでは、同 じベルリンのドイツ・オペ ラ座( Deut sche Oper

Berlin)も注目される。同 じ 6 月 、同 劇 場 は 敷 地 内 の 駐 車 場を使 い 、本 来 の 作 品 の 短 縮 版とし て『 パーキングデッキ 上 のライン の 黄 金( D a s

R heingold auf dem Pa r k d e c k )』を 上 演し た。 そして屋 外 公 演の極 ベルリーナ・アンサンブルの間引かれた客席

© Moritz Haase


めつけとしては 、7 月のミュンヒナー・ カンマーシュピーレによる『 Opening

Ceremony』を挙げたい。同 劇 場が岡 田 利 規に作・演 出を委ね、 ミュンへン のオリンピック・スタジアムで一日だけ

ベルリーナ・アンサンブルの野外劇場〈中庭劇場〉 © Moritz Haase/Stefanie Reinsperger

上 演したもので、 「 Th」誌の〈 年 間 最 優 秀 劇 場 〉を再 受 賞した同 劇 場の、芸 術 監 督マティアス・リーリエン タール( Matthias Lilienthal)の任 期 最 終シーズンの花 道を飾る上 演だった。 その 後は次 の 段 階として、屋 内での、種々の工 夫を凝らした公 演 が 各 劇 場で 行われるようになってきた 。好 例 は 7 月下 旬 、シュ トゥットガルト劇 場( Schauspielhaus Stuttgart )が 上 演した、 シュ テファン・ケーギ( Stefan Kaegi /リミニ・プロトコル)構 成・演 出の

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『 1 名のためのブラックボックス・ファントムシアター ( Black Box

Phantomtheater für 1 Person)』だ。ほぼ閉 鎖中の劇 場をいわば 主人公として、 その内部を、 ヘッドフォンをつけた来場客がひとりで巡る オーディオ・ツアーで、2013年の初 演から世 界 各 都 市で上 演されて いる先行作『リモートX( Remote X)』のコンセプトが応用されている。 別 の 注 目 作 は 、2020/ 21年 の 新シーズンを迎えた 9 月 、独 英 混 成グループのゴブ・スクワッド( Gob Squad )がフランクフルトの 公 立 劇 場キュンストラーハウス・ムーゾントゥルム( Künstlerhaus

Mousonturm)で上 演した『 Show Me A Good Time 』だ 。まさ にコロナ禍を扱った 同 作では 、出 演 者も観 客も一 部オンラインの 空 間にいて、実 際の会 場では実にユニークな美 術がお目見えした ( 過 去に来日もしたアーティスト・グループのラウムラボア・ベルリン [ Raumlabor Berlin]による)。大 空 間 中 央のアクティング・エリア を二 階 分の高さの壁が丸く囲み、 その壁にはたくさんの大きな穴が 世界の舞台芸術を知る

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GERMANY/AUSTRIA /SWITZERLAND

EUROPE

岡田利規作・演出『Opening Ceremony』 (ミュンヒナー・カンマーシュピーレ)© Julian Baumann

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チーズの断 面のように開き、穴の後ろには数 人までが入れる個 室が 設けられ、 これでソーシャル・ディスタンスを確保しようという意図だった (ちなみに紙 幅の都 合で詳 述できないが、 このキュンストラーハウス・ ムーゾントゥルムは、本 稿の対 象 期 間中 2 シーズンにわたり、演 出 家 の高山明[ Port B]およびドラマトゥルクの林 立 騎と協 働 作 業を展 開 し、2019年 11月に『ヴァーグナー・プロジェクト ニュルンベルクのマ イスタージンガー

ヒップホップ・スクール( Wagner Project – Die

Meistersinger von Nürnberg. A School of Hip-Hop)』を、20年 9 月に『 ヘルダーリン・ヘテロトピア( Hölderlin Heterotopia)』を実 現 させている)。 以 上のように、 コロナ禍そのもの、 また生の上 演への制 約の数々は 実に苛 立たしいが、反 面 、あたらしい時 空 間と距 離を前 提にした演 劇 制 作の試みの数々は非 常に刺 激 的だ。 また通 常の公 演も徐々に 増え始めている観がある ( 象 徴 的なのは 2020 年 8 月、短 期 間で小


規 模になったとはいえ、100周年を迎えたザルツブルク・フェスティヴァ ル[ Salzburger Festspiele/ザルツブルク音 楽 祭 ]が実 際の会 場で の開 催にこぎつけたことだ)。ただこうした動きも再び休 止を余 儀なく されるかもしれない。10月半ばの本 稿 脱 稿 時 、欧 州 各 国で、感 染 再 拡大(の兆し)から予 断を許さない状況が続いている。 なお本 稿が報 告 対 象とする期 間中に世を去った主な演 劇 人とし て、ベルリーナ・アンサンブルや 同じベルリンのフォルクスビューネ ( Vol k sbü h ne )で 活 躍した 俳 優 のフォルカー・シュペングラー ( Volker Spengler、2020年 2 月)や、彼と同じく演出家・映画監督の ライナー=ヴェルナー・ファスビンダー( Rainer Werner Fassbinder) と 多く協 働 作 業をした俳 優のイルム・ヘルマン( Irm Hermann、5 月)、 戯曲『 神の代理人( Der Stellvertreter)』 ( 1963)で知られる劇作家 のロルフ・ホーホフート ( Rolf Hochhuth、同 前 )が挙げられる。筆 者

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が把 握している限り、新型コロナウイルス感染症によるものではない。 はぎわら・けん 明治大学国際日本学部教授。専門は現代ドイツの演劇・パフォーマンスおよび関連 する日本の演劇・パフォーマンス。著書に 『 演出家ピスカートアの仕事 ( 』 2017年、森 話社) 、共訳にフィッシャー=リヒテ 『パフォーマンスの美学』 ( 2009年、論創社) ほか。

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FRANCE

EUROPE

イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出、 イザベル・ユペール主演『ガラスの動物園』 撮影:Jan Versweyveld

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[フランス]

コロ ナ 禍 の 絶 望と希 望 の な か で 問 い 直 され る 演 劇 の 公 共 性 藤井 慎太郎 フランス演 劇の 2019/2020年シーズンは、相 変わらず収まらないテ ロ事 件やジレ・ジョーヌ ( 黄 色いヴェスト)の抗 議 運 動に引き続き、年 金 制 度 改 革( 特 殊な年 金 制 度を持つパリ・オペラ座とコメディ=フラ ンセーズに関 係する)に反 対する労 働 者の抗 議 運 動に揺るがされ ながら始まった。だが、 シーズン後 半には、 コロナ禍によってそれ以 前 の記 憶が吹き飛んでしまうほどの衝 撃と危 機にさらされることになっ た。本 稿では、 まずはコロナ禍 以 前のシーズンを振り返った後 、 コロ


ナ禍が演 劇に与える影響と演劇界や文化省の応答を詳 述したい。 パリの国立劇場 パリ・オペラ座( Opéra national de Paris)の支配 人が、 コロナ禍と 経 営 危 機を受けて当初の予 定を数か月繰り上げ、2020 年 9 月から ステファン・リスネール( Stéphane Lissner)からアレクサンダー・ネーフ ( Alexander Neef )に交 代したことを除けば 、 ディレクターの顔ぶれ に大きな変 化はなかった。 コメディ=フランセーズ( Comédie- Française)では、エリック・リュ フ( Éric Ruf )総 支 配 人 の 下 、映 画 監 督アルノー・デプレシャン ( Arnaud Desplechin)の演 出による 『 エンジェルズ・イン・アメリカ ( Angels in America)』、 イヴォ・ヴァン・ホーヴェ( Ivo Van Hove) 演 出『 エレクトラ/オレステス ( Électre / Oreste)』などが注目され

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た。 オデオン国 立 劇 場( Théâtre national de l'Odéon)では、今 年も ステファン・ブランシュヴェーグ( Stéphane Braunschweig )の下 、 ケ イティ・ミッチェル( Katie Mitchell )演出『オーランドー( Orlando)』、 クリスティアヌ・ジャタイ ( Christiane Jatahy、 ジャタヒとも)演 出『あふ れ出る現 在 私たちのオデュッセイアII( Le Présent qui déborde -

notre Odyssée II)』 (再演)、 ヴァン・ホーヴェ演出、 イザベル・ユペー ル( Isabelle Huppert)主 演『ガラスの動 物 園( La Ménagerie de

verre)』など話 題 作が並んだ。 『 あふれ出る現 在 』 と 『ガラスの動 物 園 』は順に2020 年 5 月にSPAC 、2020 年 9 月に新 国 立 劇 場で来日 公演が予定されていたがいずれも中止された。国立劇場ラ・コリーヌ ( La Colline, théâtre national )では、 アンヘリカ・リデル( Angélica

Liddell、アンジェリカとも)の『 父( Padre)』と『 母( Madre)』の 2 作 品 、劇 場 監 督ワジディ・ムワワド ( Wajdi Mouawad、 ムアワッドとも)の 『 姉 妹( Sœurs)』などが上 演された。 シャイヨー国 立 劇 場( Théâtre 世界の舞台芸術を知る

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FRANCE

EUROPE

ダミアン・ジャレ振付、名和晃平 舞台美術『VESSEL』 撮影:Yoshikazu Inoue

national de Chaillot)は、ディディエ・デシャン( Didier Deschamps) 128

の下、 フィリップ・ドゥクフレ( Philippe Decouflé)、 クリスティアン・リゾー ( Christian Rizzo)、 ダミアン・ジャレと名 和 晃 平( Damien Jalet &

Kohei Nawa)らのダンス作 品を中心に据えつつ、ポーランドの演 出 家クシシュトフ・ヴァルリコフスキ( Krzysztof Warlikowski)の演 劇 作 品もプログラムしている。 市立劇場およびパリ近郊の公共劇場 女 性 演 出 家ジュリー・ドゥリケ( Julie Deliquet )がジェラール・ フィリップ 劇 場( TGP : Théâtre Gérard Philipe)のディレクターに 就 任 することが 発 表された( 3 月 2 日)。 クロエ・ダベール( Chloé

Dabert、コメディ・ドゥ・ランス[ Comédie de Reims ]、2019 年 1 月 ~)、 ミュリエル・マイエット=オルツ( Muriel Mayette- Holtz 、 ニース 国 立 劇 場[ Théâtre national de Nice ]、2019 年 11月~)に続く女 性の要 職への起 用となる。ナンテール=アマンディエ劇 場( Théâtre

Nanterre-Amandiers)で先 鋭 的なプログラムを組み続けてきたフィ


リップ・ケーヌ ( Philippe Quesne)は、地 元 市 長との険 悪な関 係か ら任 期を全うせずに 2020 年 末で退くことを明らかにしていたが、太 陽 劇 団( Théâtre du Soleil )出身の俳 優・演 出 家クリストフ・ローク ( Christophe Rauck)がその後を継ぐことになった( 8 月28日発 表 )。 パリ市 立 劇 場( Théâtre de la Ville de Paris)は、 シャトレ広 場の 主 劇 場の改 修 工 事がいまだに完了せず、2019 年もアベス地 区にあ る第 二 劇 場 、借り上げているエスパス・カルダン、 さらにそのほかの 提 携 劇 場での展 開を強いられた。2008 年から劇 場 監 督を務める エマニュエル・ドゥマルシー=モタ( Emmanuel Demarcy- Mota)の ほか、 アクラム・カーン( Akram Khan)、 ヨアン・ブルジョワ( Yoann

Bourgeois)、 ロバート・ウィルソン ( Robert Wilson)、モアメド・エル・カ ティブ( Mohamed El Khatib) ら、著 名アーティストの作品が並んだ。 129 フェスティヴァル

2019 年のフェスティヴァル・ドートンヌ( Festival d' Automne à Paris、 ドゥマルシー=モタが 2011 年からディレクターを兼 務 )には、生 誕 10 0 周 年・没 後 10 周 年を迎えたマース・カニンガム( Merc e

Cunningham)と現 代パフォーマンス・アートを代 表するラ・リボット ( La Ribot)のポートレート特 集が組まれた。 ミロ・ラウ ( Milo Rau)、

tg STAN、 ロメオ・カステルッチ( Romeo Castellucci)、 リミニ・プロトコ ル( Rimini Protokoll)、 ジゼル・ヴィエンヌ ( Gisèle Vienne)、 ジェ ローム・ベル( Jérôme Bel) ら、例年通り垂涎のラインナップとなった。 オリヴィエ・ピィ ( Olivier Py)体 制のアヴィニョン演 劇 祭( Festival

d' Avignon)では、2020 年はアンヘリカ・リデルの新 作の世 界 初 演 (ミロ・ラウが創 始した『 演 劇 史[ Histoire(s) du théâtre ]』 シリーズ の第 3 作 )などが予 定されていたが、4 月上 旬に中 止が決 定され、 オンラインに移 行した( 同 時 期にモンペリエ、エクサン=プロヴァンス 世界の舞台芸術を知る

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FRANCE

EUROPE

などほかの夏の舞 台 芸 術 祭もすべて中 止が発 表された)。規 模を 縮 小しつつ 10月 23 ~ 31日に開 催することで完 全な中止は免れ、伊 か お り

藤 郁 女と笈 田ヨシによる 『 綾の鼓( Le Tambour de soie – Un nô

moderne)』の上 演は、10月末からの2度目のロックダウンの直 前に 実 現した。

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伊藤郁女、笈田ヨシ演出・振付・出演『綾の鼓』 撮影:Gabriel Wong

演劇界の応答( 1 ) 感染拡大から最初のロックダウン、劇場閉鎖へ

2 月から徐々に進 行していた感 染 拡 大は、3 月になると感 染 爆 発というべき様 相を呈し、政 府は矢 継ぎ早の対 応を迫られた。3 月

4 日に 5,000 人 以 上 、9 日に 1,000 人 以 上 、13日に 100 人 以 上 の 集 会が禁 止され、ついに 3 月 15日には必 需 品 以 外の全 店 舗の営 業が禁 止され( 17日からは外 出も禁 止 )、劇 場も例 外なく閉 鎖され た。以 後 、劇 場はオンサイトではなくオンラインで観 客とのつながりを 保 つことを余 儀なくされた。日替わりで作 品 映 像 やその 他 の 動 画


を配 信したコメディ=フランセーズを除いては、作 品 映 像を一 定 期 間 、無 料 公 開する劇 場が多かった。現 代 演 劇ネット ( www.theatre-

contemporain.net)によれば、春のロックダウン期 間中には、フランス を拠 点とするアーティストによる100 以 上の作 品が無 料で全 編をオン ライン視 聴することができた。劇 場・劇 団のウェブサイト、YouTube や

Vimeoがその舞 台となったが、ARTEやフランス 3 などのテレビ局も 配 信に力を入れた。上 演の記 録のアーカイヴとその公 開は、後に作 品が残らない舞 台 芸 術の継 承にとって重 要な問 題であり、 ( 期 間を 限 定した公 開でなく)常 時 公 開がなされるようなプラットフォームの 構 築に期 待したい。パリ市 立 劇 場(「 詩による診 察( Consultations

poétiques)」シリーズ)や国 立 劇 場ラ・コリーヌ(「 耳のくぼみに( Au creux de l'oreille)」)では、 インターネット時代に「あえて」電話回線 を用いて、1 対 1 のプライヴェート性の強い「 上 演 」の試みを展 開し

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たことも特 筆されよう。 演劇界の応答( 2 ) 劇場再開後 パリで劇 場の再 開が認められた 6 月 15日まで、劇 場の閉 鎖は 3 か月に及んだ。 しかもその時 点ではシーズン末まで数 週 間しか残さ れておらず、収 容 率 削 減によって採 算が悪 化することもあって、9 月 まで再 開しないことを選 択した劇 場も多かった。 そんななか、 いち早く 活 動を再 開したのはパリ市 立 劇 場である。同 劇 場は、6 月 22日16 よ

時から24日深 夜まで、 「市立劇場の夜ごもり ( La Veillée du Théâtre

de la Ville)」と題されたイヴェントを開 催し、 ドゥマルシー=モタによ る 『 言 葉を守る ( Tenir paroles)』 (「 詩による診 察 」シリーズに基づ く)や『イヨネスコ・スイート ( Ionesco Suite)』 ( 2013 年 初 演 )などの 複 数 作 品をエスパス・カルダンにて連 続 上 演した( 22・23日はオー ルナイト、すべて入 場 無 料 )。6 月 27・28日には、 「アルベール・カミュ 世界の舞台芸術を知る

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EUROPE

の週 末( Un week-end Albert Camus)」と銘 打って、2020 年に没 後 60 年を迎えたカミュの複 数 作 品が上 演された(これも入 場 無 料 )。 秋からのシーズンは最 初の 10 演目の入 場 料 金を20 ユーロ均 一とす ることも発 表した。国 立 劇 場ラ・コリーヌは、2020 年 7 月 7 ~ 18日に ムワワドの初 期 代 表 作『リトラル( Littoral )』 を15 ユーロの均 一 料 金 ( 高 校 生以下無料)で上演している。 夏のフェスティヴァルもことごとく中 止されたなか 、舞 台 芸 術 界は

9 月からの本 格 再 開に期 待を託し、資 源を集中させたわけだが、プ ログラムの正 式 発 表や予 約 開 始は 8 月下 旬まで遅れた。 その上に 感 染 拡 大 第 2 波は止まらず、9 月の再 開から 2 か月足らずで、10月

30日から再 閉 鎖に追い込まれた。シェンゲン協 定 域 内の人の自由 な往 来は 6 月 15日に再 開されたが、欧 州 域 外へ/からの国 境を超 132

えた移 動は秋になっても大きく制 限されたままであり、人 間の往 来を 伴う国 際 交 流もまたほぼ全 面 的に止まってしまっている。 いつ往 来が ( 不 )自由になるか分からないなか、国 際 事 業を計 画することもままな らない状態が続く。 そんななか、パリ市は主に屋 外 空 間を活 用し、無 料 / 格 安 料 金 にて「 特 別な夏( Un été particulier)」という一 風 変わったフェスティ ヴァルを 7 月 6 日から 9 月 15日まで開 催した。市 立 劇 場はその一 環 で「 連 帯の夏( Été solidaire)」と題して、 ドゥマルシー=モタらによる ファミリー 向けの 5 作 品をプログラムに組み( 10 ユーロ均 一 、14 才 未 満と医 療 従 事 者は無 料 )、 さらにラザール( Lazare)の作 品やア ヴィニョン・オフ ( Festival Off d' Avignon)で上 演 予 定だった 8 作 品なども上 演した( 入 場 無 料 )。 フェスティヴァル・ドートンヌの「 開 幕 の週 末( Week-end d'ouverture)」 ( 9月5・6日) も、 グウェナエル・モ ラン ( Gwenaël Morin)の演出作 品『 Uneo uplusi eurstragé dies 』 ( 朝 6 時 30 分 開 演 、上 演 時 間 5 時 間 、作 品タイトルは「 Une ou


フェスティヴァル・ ドートンヌ「 開幕の週末 」プログラムのグウェナエル・モラン演出『 Uneo uplusi eurstragé dies』 撮影:Martin Argyroglo

plusieurs tragédies(ひとつないし複 数の悲 劇 )」の単 語の区 切りを

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変えたもの) をはじめ、すべての作品・イヴェントが無料であった。 スイス国 境 沿いにあるアヌシーのボンリュー 国 立 舞 台( Bonlieu

Scène nationale)では、7 月18・19日にアルプスの山々を借 景とする 大自然の中で「 大いなる散 歩( Grande Balade)」なる催しを開 催し、 フィリップ・ドゥクフレ、 ヨアン・ブルジョワ、 ( 2020 年 12月に奇 跡 的に 来日公 演を果たした) フランソワ・シェニョー( François Chaignaud)、 カミーユ・ボワテル( Camille Boitel) ら、現 代サーカスとダンス、音 楽 のアーティスト100 名が顔をそろえ、2 万 3,000 人の観 客を集めた(こ れもまた無料であった)。 文化省の応答

未曾有の文化支援

フランス文 化 省が実 施した広 範な調 査の結 果によれば( 7 月 6 日 発 表 )、観 光や外 食 産 業と並んで、文 化がコロナ危 機の最も深 刻 な影 響を受ける領 域であることが改めて裏 付けられた。 「 再 封 鎖は 世界の舞台芸術を知る

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FRANCE

EUROPE

ボンリュー国立舞台(アヌシー) 「 大いなる散歩」 撮影:Marc Domage

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ない」という前 提の下で 2020 年の文 化セクター全 体では、前 年 売 上 高 892 億ユーロ ( 約 10.7 兆 円 、1 ユーロ=120 円 、以 下 同 様 )の

25%に相当する223 億ユーロ( 約 2.7 兆 円 )の損 失が見 込まれるが、 そのなかでも、映画や音楽のようにストリーミングによる代 替がまずあり えず、現 実の空 間における集 客に依 存する舞 台 芸 術が最も大きな 損 失( 72%減 ) を被る。秋 以 降の再 閉 鎖によって痛 手がさらに大きく なることは確実である。 このような未 曾 有の事 態に、政 府による文 化 支 援もまた未 曾 有の 規 模に達している。政 府は、企 業 組 織の資 金 繰りを支 援し、倒 産・ 失 業を何としても防ぐ姿 勢を明らかにし、全 産 業を対 象として(かつ 観 光 、飲 食 、文 化など特に打 撃の大きい業 種に手 厚く)、大 型の緊 急 経 済 対 策を打ち出した。 そこには連 帯 基 金 、部 分 的 失 業( 一 時 帰 休 )制 度 、融 資 保 証 、租 税・社 会 保 障負担 金の支 払 猶 予・減 免 などが含まれる。文 化 省によれば 、6 月の時 点で文 化に対する政 府 支 援は総 額 50 億ユーロ( 約 6,000 億 円 )を超えるが、 その大 半の


33 億ユーロ( 約 3,960 億円)はこうした政 府の全 産 業 向け支 援によ るものである ( 7 月 1 日発表)。 封 鎖が敷かれた翌日の 3 月 18日には、文 化 省は第 一 弾 緊 急 支 援 策( 2,200万ユーロ、約 26 億 円 )を発 表したが、 それも含めて封 鎖 期 間 中に民 間 企 業 支 援( 6,600万ユーロ)や国 立 文 化 施 設の 資 金 繰り支 援( 1,300万ユーロ)、 フェスティヴァル基 金( 1,000万 ユーロ)など9,200万ユーロ ( 約 110 億 円 )が、劇 場・ホールの入 場 料 収 入 減 少 補 填( 5,000万ユーロ)など8,400万ユーロ ( 約 101 億 円 )が秋 以 降に、舞 台 芸 術と視 覚 芸 術に投じられるという ( 10月 7 日発 表 資 料 )。 さらに 5 月 6 日のマクロン大 統 領の演 説において、 ア ンテルミタン( 舞 台 芸 術 、視 聴 覚の領 域のフリーランス芸 術 家・技 術 者のうち、一 定の条 件を満たした者 )の失 業 手当の受 給 期 間を

2021 年 8 月末まで延長する方針が示された(必要となる 9 億 5,000

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万ユーロ、約 1,140 億円は失業保険全体で賄われる)。 延 期されていた地 方 議 会 選 挙の第 2 回 投 票( 6 月 28日)の直 後 、7 月 3 日に内 閣 改 造が行われ、文 化 大 臣がフランク・リエステー ル( Franck Riester)からロズリーヌ・バシュロ ( Roselyne Bachelot-

Narquin)に交 代した。バシュロの誠 実な人 柄 、率 直な物 言い、芸 術 界に寄り添う姿 勢は総じて好 意 的に受けとめられている。新 内 閣 の下 、総 額 1,000 億ユーロ ( 約 12兆円)の復 興 計 画( 8 割は 2021・

2022 年の 2 か年 、2 割は 2025 年までの 5 か年に執 行 )が発 表され たが( 9 月 3 日)、 その 2 %に相 当する20 億ユーロ ( 約 2,400 億 円 ) が文 化に、 さらにそのうち 4 億 3200万ユーロ ( 約 518 億 円 )が舞 台 芸 術に投じられる。9 月末に発 表された通 常の文 化 予 算 案は 36 億

3,100万ユーロ( 約 4,357 億円) となり、4.8%増という近 年まれに見る 高い伸びを見せた。教 育・人 材 育 成を含まない舞 台 芸 術 関 連 予 算 は、2.3% 増となる 7 億 2,740万ユーロ ( 約 873 億 円 )であり、6 ~ 7 世界の舞台芸術を知る

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FRANCE

EUROPE

割が 2021 年に執 行されると思われる復 興 計 画からの支 出と合わせ るとかなり手 厚くなっているが、再 閉 鎖に伴って損 失は増 大しており、 今 後の見通しが明るいとはまったくいえない。 演劇の公共性を再考する機会 コロナ禍において、 これまで自明 視されてきた「 劇 場に行ける」とい う単 純な事 実の意 味が問い直された。 オンライン配 信が一 般 化した ときに気づかされるのだが、自宅から個 人として参 加する際の、必 然 的にプライヴェート性が強まる受 容の環 境と態 度と考え合わせても、 劇 場とはそもそもがほかの観 客の存 在を前 提とした公 共 的( public) な場である。だが、劇 場が真の意 味でみんなに開かれた「 公 共の 広 場( place publique)」となるには、地 理 的 距 離 、心 理 的 距 離 、障 136

碍の有 無 、入 場 料 金の高 騰など、様々な障 壁がいまだそれを妨げ ている。 そうした認 識が、劇 場 閉 鎖と収 容 率 削 減によって入 場 料 収 入が落ちこむにもかかわらず、多くの劇 場が値 下げや無 料 化を打ち 出し、観 客の多 様 性の維 持・拡 大に努めた背 景にあるだろう。 それ は、 いかなる意 味において演 劇が公 共のものであるのか、 あらためて 問い直すことでもあったと思う。多 額の公 的 資 金の投 入が、公 共の 利 益( 文 化の民 主 化 ) を犠 牲にした私 的 利 益の増 大につながって はならないのだ。#MeToo や Black Lives Matter の運 動にも影 響さ れて、演 劇という公 共 空 間にもこれまで以 上に公 平 性や公 正 性 、多 様 性が求められている。 これまで文 化 省自身が劇 場・劇 団に経 営 の合 理 化・効 率 化を求め、経 営 手 法における「 民 営 化 」を促して きたのだが、 これがフランス現 代 演 劇の原 点である「 公 共サーヴィス ( s er v i ce p ublic ) としての演 劇 」 (ジャン・ヴィラール)への回 帰を 意 味するのであれば、 それは歓迎すべき変 化であるように思われる。 コロナ禍によってフランスの舞 台 芸 術 界はかつてない深 刻な危 機


に直 面したが 、大 規 模な公 的 資 金の投 入と関 係 者の努 力によっ て、致 命 傷を負うことは免れたように見える。 ならば、 いかにして2020 年を単に「 失われた 1 年 」に終わらせずに、 その中 断と休 止を創 造 的に生かすことができるのか、芸 術 的な挑 戦を続けることができるか、 演劇 人の想 像力と実現力がこれから問われようとしている。 ふじい・しんたろう 早稲田大学文学学術院教授(演劇学、文化政策学)。主な著作に、共同責任編集 Alternatives théâtrales , numéro hors-série, « Scène contemporaine Théâtre/Public , no.198, « Scènes françaises, scènes japonaise », 2018、 japonaises : allers-retours», 2010、監修書『ポストドラマ時代の創造力』 (白水 社・2014年)、共編著書『芸術と環境―劇場制度・国際交流・文化政策』 ( 論創社・ 2012年)、 『 演劇学のキーワーズ』 ( ぺりかん社・2007年)、共訳書『 演劇学の教科 書』 ( 国書刊行会・2009年)、戯曲翻訳にワジディ・ムワワド作『 炎 アンサンディ』 (シアタートラム・2014/2017年、小田島雄志・翻訳戯曲賞受賞)、 『 岸 リトラル』 (同・2018年) など。

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ITALY

EUROPE

『テイレシアスとの会話』 で、 ギリシャ彫刻の映像の前で語るアンドレア・カミッレーリ

[イタリア]

「 C O V I D -19 以 後 」 に 演 劇 の 役 割 が 見 直 され る? 山ノ内 春彦 138 コロナウイルスが猛 威を振るい始めた 2 月以 降 、 それ以 前とはまっ たく違った世 界に住んでいるように感じるのは、 イタリアだけではない だろう。 この記 事では「 COVID- 19以 後 」に焦 点を合わせるとはい え、 その前に「 COVID- 19以 前 」の 2019 年におけるイタリア演 劇を ざっと要 約しておこう。花 屋の店 先で花を選ぶかのような、気 楽な気 分が懐かしい。 ユビュ賞( Premio Ubu )の 特 徴は洗 練された演 劇 通 の 趣 味 だが、2019 年の最 優 秀 公 演にはマッシモ・ポポリツィオ( Massimo

Popolizio)が演 出・主 演したイプセンの『 民 衆の敵( Un nemico del popolo)』 と、 アントニオ・ラテッラ ( Antonio Latella)演 出の、 トル クァート・タッソー( Torquato Tasso)の牧 歌 劇『アミンタ ( Aminta)』 が選ばれた。 ポポリツィオの師のルカ・ロンコーニ( Luca Ronconi)は原 作への 「 信 仰 」とも呼べるような、徹 底した敬 意から出 発し、原 作が「 言お


うとしていること」が現 代の観 客に感じられるように演出するのを信 条 としたが、 ポポリツィオはこの姿 勢を継 承する。 ラテッラはヴェネツィア・ ビエンナーレの演 劇 部 門の芸 術 監 督で、彼が教 鞭をふるった「ビ エンナーレ演 劇 大 学( Biennale College Teatro)」で学んだ若い演 出 家やパフォーマー達の作 品を 9 月後 半のヴェネツィアで 28 演目も 発表させた。 『 国 際 演 劇 年 鑑 2019』のレポートで扱えなかった時 期に世を去っ た、 アンドレア・カミッレーリ ( Andrea Camilleri)についてどうしても言 及したい。 カミッレーリは国立演劇アカデミー( Accademia nazionale

d'arte drammatica)に創立当初から関わってきた。オラツィオ・コスタ ( Orazio Costa)がフランスのジャック・コポー( Jacques Copeau) ら の演 劇 理 論からインスピレーションを得て、友 人たちを集めて演 劇

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学校を立ち上げた時以来だ。 アカデミーの生 徒たちの公 演に著 者が彼の演 出を補 佐して身体 表 現を担当した機 会に、彼がウィスキーのグラスを手に、 タバコを立 て続けに喫いながら、 アカデミー創 立の頃の思い出を、 「 若 者たちの 無 茶な実 験 」として語っていたのは、彼の「 権 威になろうとしない」 心 性を感じさせ、貴 重な教えを得たと感じたものだ。彼が終 始 手 放 さなかったウイスキーとタバコは、 「あれだけ飲んでも喫っても体を壊 さない、人 間 離れした人」だったのでは、 と印象に残っている。

1994 年からモンタルバーノ刑 事を主 役とした推 理 小 説を発 表 し、 それがテレビ・シリーズとなって、 カミッレーリはイタリアで最も人 気 のある作 家となった。94 歳になったあたりから視力を失うと「目が見 えなくなったおかげで、物 事がよく見える」と語り、2019 年のシチリア 州シラクーサでの古 代ギリシャ演 劇 祭( Festival del Teatro Greco

di Siracusa)には、彼自身を盲目の予言者テイレシアスに重ねながら、 世界の舞台芸術を知る

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『テイレシアスとの会話( Conversazione su Tiresia)』 を作・独演した。 ギリシャ人が 植 民したネアポリスに残った野 外 劇 場は古 代ギリ シャで建 造されたものとしては最 大 規 模 。死ぬ前に故 郷のシチリア に帰り、愛する古 代ギリシャの遺 跡の中に帰って、彼は地 上 世 界へ の「さようなら」を送ったのだった。 テイレシアスは疫 病についての不 吉な予 言をしたが、彼は人 生を夢と詩と芸 術と神 話で膨らます、 「永 遠の青 年」の生き方を貫徹して。 さて、年が明けるとヴェネト州、 ロンバルディア州で新型コロナウイル スの犠 牲 者が続 出し、3 月 9 日にはテレビでジュゼッペ・コンテ首 相 がロックダウンを宣 言 。都 市や州の間での移 動の禁 止 、生 産・営 業 活 動のほぼ 全 面 的な中止 、 スポーツ・映 画・演 劇など人が集まる場 140

所の活 動や集 会も禁 止された。 コロナウイルスの報 道が連 続テレビ ドラマのように、人々の関 心を奪って占めることになったが、劇 作 家の ステファノ・マッシーニ( Stefano Massini)は素 早く日刊 紙にエッセイ を寄 稿して「まったく新しい時 代が始まる」と予 見し、読 者を暗に激 励した。 マッシーニといえば 、彼の戯 曲をロンコーニが演 出した『リー マン・トリロジー( The Lehman Trilogy)』で 2008年にリーマン・ブラ ザーズ投 資銀行の財政破綻から世界的な金 融 危 機が誘 発された その内 幕を描き、本 作がミラノのピッコロ劇 場( Piccolo Teatro)でロ ングランを果たしたのを契 機に、 ロンコーニの後を継いで彼がピッコ ロ劇 場の芸 術 顧 問となった。45 歳 、 テレビの情 報 番 組でも毎 週さま ざまなテーマについて視 聴 者に語りかけ、若いインテリのオピニオン・ リーダーとなりつつある。 「 演 劇の役割」の一つは、 ピーター・ブルック ( Peter Brook)が「 神 聖 演 劇 」と定 義したように、集まった人々がかつての部 族 社 会での


「 集 合 的 儀 式 」のように、共 有する価 値 観と「 神 聖なるもの」への 感覚を体 験することだと思う。 このような意味での「演 劇の使 命 」は、 例えばカトリック教 会の神 父たちが、 ミサと説 教を通じて果たそうと試 みる。 しかし教 会を拠り所とする人々は減 少する一 方で、今日ではテ レビが説 教 壇に成り代わったと言われる。が、 この「 危 機の時 代 」に、 テレビなどのメディアは、 「 集 合 的 儀 式 」で国民の気 持ちを繋げる使 命を果たしているのだろうか? ロックダウンの日々に、例えばイギリスやアメリカの一 部の都 市で、 毎 晩 7 時に人々が 通りやバルコニーに立って、医 療 関 係 者 への 感 謝を拍 手で表したのは、 まさに感 動 的な「 集 合 的 儀 式 」だった。 ローマに住む著 者の近 所でも、時々若 者が屋 上やバルコニーにアン プを出して楽 器を弾いたり歌ったりし、周りのバルコニーから人々が それに唱 和し、通りからはこれを見 上げて手を振るなどのハプニング

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が起こっていた。 こうして居 合わせた人と人とが笑 顔を交わし、挨 拶 を交わし、暖かい思い出を夜のベッドまで抱えて行くのだった。 さて 5 月 18日に「ロックダウンの段 階 的 解 除 」として、バーやレスト ランの営 業の再 開が許されると、ダ・ヴィンチが設 計したミラノの運 河ナヴィリオ界隈には若者たちが群れ集まって、 かつてのようにアペリ ティフを飲んだりしてブラつき、多くはマスクをつけていないなどとメディ アが批 判する騒 動となったが、 「ナヴィリオでのアペリティフ」こそ彼ら にとっての「 集 合 的儀式」だったのだろう。 劇 場がダメなら野 外でと、 スポレートの芸 術 祭( Festival dei Due

Mondi)などが野 外 公 演でプログラムを組んだ。毎 年 6 月下 旬から 7 月上 旬に開 催されていたのを今 年は 8 月末に遅らせ、期 間を10日 間に縮めながらも。著 者はオーケストラとダンスのイベントに出 演した ため、 スポレートで数日を過ごすことができたが、 トラットリアの主 人と 世界の舞台芸術を知る

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話をしたら、 ウンブリア州ではウイルスの犠 牲 者が極めて少なかったり、政 府が国 内でのバ カンスに給 付 金を出したりしたので、 「この夏 は普 段の 3 倍も客が入っている」と喜んでい た。確かに町は観 光 気 分 、 フェスティバル気 分に溢れていたのに驚かされた。 ちなみに今 年の芸 術 祭の演 劇 作 品としてはエンマ・ダン テ ( Emma Dante)がギリシャ悲 劇を脚 色・演 出した『 伝令( I Messaggeri)』が注目された。 スポレートのドウオーモ広場に、距離をとって配置され た観客席 撮影:Roberto Lori

これも仕 事 中に取 材したことだが、 「 吹き替 えの魅 力フェスティバル( Genova Dubbing

Glamour Festival)」がジェノヴァ市で催され、著 者は俳 優・声 優の 142

ためのワークショップを担当した。 イタリアでは吹き替えの歴 史はファ シズム時 代に「イタリア語を守ろう」とした政 策に遡り、 イタリア映 画 が斜 陽 化しても、 「 外 国 映 画は吹き替えてイタリア語で見る」伝 統 が強い。 そこで声 優を目指す若 者を対 象に、吹き替えのコンテストや ワークショップを結びつけた催しがそこここで行われる。 この機 会にジェノヴァで仕 入れた情 報だが、 リグーリア州ではロッ クダウンの時 期に国 立ジェノヴァ市 劇 場( Teatro Nazionale di

Genova)が「 巡 回する劇 場( TIR - Teatro in Rivoluzione)」とい うプロジェクトを立ち上げ、 「 演 劇トラック」をオーガナイズして、8 月 から 9 月にかけての約 1 ヶ月の間に州の各 地を回って 19 公 演を無 料で見せた。 その演目としては、 まずギリシャ古 典を得 意とするエリザ ベッタ・ポッツィ ( Elisabetta Pozzi)が大 戦 期のギリシャ詩 人ヤニス・ リッツォス ( Ghiannis Ritsos)の一 人 芝 居『 ヘレネ( Elena)』で、 トロ すす

イ戦 争のきっかけとなったヘレネとなり、 ウィスキーを啜りつつ昔を回 顧する。 また、 ラウラ・マリノーニ( Laura Marinoni)が体を張って演じ


るのはジョヴァンニ・テストーリ ( Giovanni

Testori)の『マクマホン通りのジルダ( La Gilda del Mac Mahon)』。テストーリはフ ランコ・パレンティ ( Franco Parenti) らと劇

組み立て舞台を積んで街を走るトラック 出典:https://twitter.com/Infoegio/ status/1286569440868478976?s=20

団を結成して、 ミラノがイタリア演劇のメッカ となるのに貢 献したが、戦 争 直 後のミラノ の周辺 地 域 、 ダメな男に尽くす娼 婦をネオ リアリズムの手 法で描き出す。 このシリアスな 2 作の他には、今 活 躍中 の知 的なコメディアンが顔を揃え、積 極 的 でエネルギッシュ、陽 気だが 才 気あふれ る雰 囲 気をばらまいたのは、不 安 過 剰で 神 経 質な空 気を破ろうとする試 みとして 当たっていたようだ。パオロ・ロッシ( Paolo

トラックの前に組み上げた仮説舞台 出典:https://twitter.com/Leonardo_IT/ status/1286617800962985986?s=20

Rossi)はコメディア・デラルテの現 代 版を 目指しており、 『 パンか自由か。顔を上げろ( Pane o libertà. Su la

testa)』でダリオ・フォ( Dario Fo) との出 会いを回 想したりしながら、 陽 気なコントと音 楽とで「 免 疫システムを強 化するのだ」と観 客を励 ます。 ヴァレンティーナ・ロドヴィーニ( Valentina Lodovini)はフォと その夫 人フランカ・ラーメ ( Franca Rame)が書いた一 人 芝 居『 家と ベッドと教 会だけで( Tutta casa, letto e chiesa)』で、 フェミニスト革 命 以 前の女 性が「 家 庭とベッドと教 会で」生きていた時 代を皮 肉り、 新型コロナウイルスで自宅待機となった女性の現状と重ねる。 フォとラーメ夫 妻といえば 、権力を揶 揄・批 判することに命をかけ、 ダリオがミラノの市 長 選 挙に立 候 補したり、 フランカが上 院 議員を務 めるくらい、彼らの政 治への関 心は本 気だった。 その影 響を受けた コメディアン、ベッペ・グリッロ ( Beppe Grillo )はインターネットを活用 世界の舞台芸術を知る

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した政 党「 五つ星 運 動 」を、2018年の選 挙で上・下 両 院で第 一 党 に導いた。だが権力に着くやいなや五つ星 運 動もベッペ・グリッロも 批 判に晒される立 場となり、 イタリア政 治の濁 水をどれだけ浄 化でき たか、 その詳しい分 析はとても著 者の手には負えない。権力につかな かったダリオ・フォは、社 会 風 刺を演 劇の重 要な役 割と見る人々から 神 格 化される傾向にある。 リグーリア州の「 演 劇トラック」の「 知 的なコメディアン」としてもう 一人、 レッラ・コスタ ( Lella Costa)が選んだのは、 フランカ・ヴァレーリ ( Franca Valeri)作の一 人 芝 居『ソクラテスの未 亡 人( La vedova

Socrate)』。通りで夫に水をぶっかけたとか、悪 妻の代 名 詞とされて いるクサンティッペの言い分を聞いてみようというもの。 ヴァレーリとい えば「 趣 味のいい」 「 知 的な」 「コメディアン」の典 型として舞 台に 144

映 画に活 躍し、100歳の誕 生日を迎えて間もなく、8 月 9 日に亡くなっ たのには、メディアが追 悼と回 顧を惜しまなかった。 その経 歴を振り 返って敬 意を評したい。 フランカは 1920 年 、 ミラノのユダヤ系の家 庭に生まれ、ナチスがミ ラノを占領した 43 年には、父が身 分 証 明 書を偽 造して、一 家でミ ラノを去って強 制 収 容を免れた。芸 名のヴァレーリは堀 口 大 学の 名 訳で日本でも親しまれたフランス詩 人 、ポール・ヴァレリー( Paul

Valéry)に因んだもの。夫となったヴィットリオ・カプリオーリ ( Vittorio Caprioli)、後に映 画 監 督として多 数のイタリア喜 劇を送り出した ルチアーノ・サルチェ( Luciano Salce) らと「せむし座( Teatro dei

Gobbi)」を立ち上げ、 「 令 嬢スノッブ」や「スノッブ夫 人 」など、上 品 を鼻にかけた役 柄で右に出る者のない立 場を確 立した。私のような いや

外 国 人が見ても、彼 女の「スノッブ」さには厭らしさがなく、背 景に教 養と自己制 御が漂う。2020年のダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞( David


得意なタイプを演じるフランカ・ヴァレーリ

di Donatello)は彼女に「生涯貢献賞」を贈って敬意を評したが、 そ の 4 ヶ月後、 イタリア中の演劇ファンの喝采に送られて地上舞台を降 りたのだった。 145

6 月 3 日、 ロックダウンは解 除されて州 外への移 動も許され、 イタリ アはマスクと距 離を保ちながらもすべての経 済 活 動を再 開 。9 月半 ばには学校の門も開かれ始めた。遅れを取り戻し借金を返そうと、通 りには朝から肘を擦り合わせるように車が群れる。人々は危 機 感と 慎 重さが混じり合った日々を生きながら、 これまでの文 化と慣習を見 直すような演 劇を待 望しているのではないだろうか? やまのうち・はるひこ 芸名:Hal Yamanouchi。東京外国語大学英米科卒。ロンドンで活動した後、1975 年からイタリアに定住。自作自演の「マイムダンス」の公演から始まり、演劇では俳優 として、オペラでは振付兼マイムとしてイタリアを代表する演出家に協力。ローマ国 立演劇アカデミーなどで身体表現を、各地の演劇組織のために俳優や声優のため のワークショップを指導。

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ミゲル・デル・アルコ演出『リチャード三世』 (カミカゼ劇場) 撮影:Vanessa Rábade

[スペイン]

俳優の肉体が 舞 台 上 に あ るとき 、な いとき 田尻 陽一

2019年下半期には27本の舞台を見たが、次の 5 本を取り上げる。


2019年下半期の舞台 『リチャード 三 世』 まずカミカゼ 劇 場( Te a t r o K a m i k a z e )の『リチャード三 世 ( Richardo III )』を取り上げる。 いままで観た『リチャード三 世 』のな かで、 この舞 台は「 我々が舞 台で観てみたい人 間の悪 事とは何か」 という演 劇 的 興 味を示してくれたという点で最 高の出 来だった。遥 か昔のシェイクスピアの時 代の、遥か向こうのイギリスでの話ではなく、 平 気でフェイクニュースを流す現 代の世 界において、権力を巡る妬 ひが

み、僻 み、貪 欲 、腐 敗 、欺 瞞 、裏 切り、冷 酷 、 そして殺 人といった社 会 的に不 健 全なものが舞 台 上にテンポよく展 開されていく。殺 人という のは現 代の日本の政 治に無 縁とは言い切れない。権力維 持のため に人を自殺に追い込むことすらやってのけるのだから。 幕が開くと大きな椅 子が舞 台 中 央にデンと据えられている。照 明

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もうまい。 こうして権力が舞 台 上に表 現される。 しかし、 スマホを片 手 に自動 小 銃を握ったイスラエル・エレハルデ( Israel Elejalde)が登 場し、マイクを通してがなり立てる懇 願 、言い訳 、嘘 、へつらい、詭 弁 、開き直り、毒 舌 、罵 詈 雑 言に我々の神 経はマヒしていく。最 後に 「 馬を」と懇 願しようがもう馬はいないという結 末をわれわれ観 客は 知っていても、 リチャード三 世の野 心にわれわれは共 鳴していく。舞 台を成 功に導いた 要 素は二 つある。一 つは演 出 のミゲル・デル・ アルコ( Miguel del Arco) と共 同で脚 本を作ったアントニオ・ロハノ ( Antonio Rojano)の脚 本力である。 リズム感のある迫力満 点のセ リフだった。 もう一つは主 演のイスラエル・エレハルデがさらけ出した 演 技である。完 璧であった。肉 体 化した権力を舞 台に乗せたカミカ ゼ 劇 場の『リチャード三 世 』は、 ロマンチックコメディとしてシェイクス ピアの作 品を上 演することが多い日本に紹 介したい暴力的な舞 台 だった。 ( パボン劇 場[ Teatro Pavón ]、10月12日観劇 ) 世界の舞台芸術を知る

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『壊れたおもちゃ』 作 者のカロリーナ・ロマン ( Calorina Román)はアルゼンチン人だ が、女 優 、劇 作 家 、演 出 家としてずっとスペインで活 躍している。 『壊 れたおもちゃ ( Juguetes Rotos)』のテーマは主 人 公マリオのセリフに あった。 「 僕は自分を女だと思ったことはない。 そうじゃなくって、女で ありたいと思っていた」。 そうなると、 タイトルの「壊れたおもちゃ」の「お もちゃ」とは男の肉 体を意 味することになる。 「 僕の中にある女がこの 町で花 開くかもしれない」と田 舎からバルセロナに出てきたマリオは同 郷のドリンと会う。 ドリンはパリに行きキャバレーのニューハーフショー で踊っていたが、 いまはバルセロナに戻り、女 性として性を売っていた。 マリオの世 話を焼きながらドリンはエイズで死んでいく。秘かに女 装す ることで自己表 現していたマリオは男に恋をし、 自分の性 指 向を自覚 148

する。父 親が亡くなったと電 話で聞いて、 マリオは女になる決 心をす る。父 親とはフランコと同 義 語なのだろう。 しかし、 この作 品をフランコ 政 権 末 期のトランスジェンダーたちの苦 悩を舞 台 化した回 想 録と片 付けるわけにはいかない。 たしかに今では LGBTの権 利は多 少 社 会 的に認められだしては いるが 、日本では当 然 の人 権として法 的に認 知されているわけでは ない。50年ほど前はどう だったのかを検証し、 い ま我 々はどう立ち向 か うべきか 考えてみる必 要があるだろう。 マリオの 「この 檻に閉じ込 めら れたハトではなく、自由 カロリーナ・ロマン作・演出『壊れたおもちゃ』 撮影:Bárbara Sánchez Palomero


に空を飛び回りたい」というセリフを受けて舞 台 全 面をハト小 屋の檻 にした装 置のアレシオ・メロニ( Alessio Meloni)、檻の陰 影を巧みに 利用した照 明のダビッ・ピカソ ( David Picazo)の仕 事にも称 賛の拍 手を送りたい。 役 者としてはマリオの従 弟 、マリオの叔 父 、同 郷のドリンの 3 役を 演じたキケ・グアサ( Kike Guaza)の、特にニューハーフのドリンとし て踊った完 璧な演 技に感 服した。芝 居がはねて、2020 年 9 月から 国 立ドラマセンター ( Centro Dramático Nacional) の芸 術 監 督に 就 任するアルフレッド・サンソル( Alfredo Sanzol) ( 彼の『月の世 界 で[ En la luna ]』は 2020年 9 月に東 京 演 劇アンサンブルが上 演す る予 定だったが、 コロナの影 響で公 演が中止になってしまった) と劇 場のバルで話していると、 『 壊れたおもちゃ』のプロデューサー、 ファ ビアン・オヘダ( Fabián Ojeda)が出てきた。久しぶりに会った。2016

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年 、五 反 田 団の前 田司 郎の芝 居をスペインの役 者でやってみよう という企 画で開 催したワークショップでお 世 話になったお 礼をファ ビアンに言っていると、化 粧を落としたキケが楽 屋からバルに出てき た。舞 台で想 像していたような若い役 者ではなかった。 しかし彼の演 技は 2019年 度のマックス最 優 秀 演 技 賞( Max como mejor actor

protagonista)にノミネートされ、2020年には俳 優 連 盟 賞 ( Premios de la Unión de Actores)を受賞している。 このコロナ禍のなかでも本 作は11月だけでカディス (アンダルシア州)、パルラ (マドリード州)、 アリ カンテ (バレンシア州 ) と公 演を続けている。 日本でも演 劇 祭に招 聘し て欲しい作品だ。 ( エスパニョール劇場[ Teatro Español ]マルガリー タ・シルグ小ホール[ Sala de Margarita Xirgu]、10月 8 日観 劇 ) 『人影、王様専用の部屋から聞こえてきた声』 プラド美 術 館の第 39 室で演 劇が上 演された。 ヴァン・ローが描い 世界の舞台芸術を知る

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た「フェリペ 5 世の家 族 」が展 示されている部 屋だ。プラド美 術 館 は 2019 年で開 館 200 周 年を迎えた。 それを記 念し、開 館 当 時 、王 族の休 憩 室だった部 屋が復 元され、 この部 屋にはブルボン家のス ペインというテーマのもと、 フェリペ 5 世( 1683~ 1746)からフェルナン ド 7 世( 1784~ 1833) までの王 族たちの肖像 画を中 心に展 示され てる。 『 人 影 、王 様 専用の部 屋から聞こえてきた声( Sombra, voces

para una estancia privada)』の作 者は『 国 際 演 劇 年 鑑 2019』で 取り上げた『 砂の下のバル( Un bar bajo la arena)』 を書いたホセ・ ラモン・フェルナンデス( José Ramón

Fernández)。登 場 人 物はファリネッリ ( 1705 ~ 82 、フェリペ 5 世に招 かれ て 20 年 以 上 マドリードで 活 躍したイ 150

タリア人 のカストラート歌 手 )、フェリ ペ 5 世 、マリア・イサベル・デ・ブラガン サ ( 1797~ 1818 、 フェルナンド 7 世の

2 番目の 妻 。王 室 が 所 有している絵 画を展 示する今のプラド美 術 館を構 想した)、 ゴヤ、 それにビセンテ・ロペス ( 1772~ 1850、新 古 典 主 義の画 家 。 ゴヤの肖像 画は有 名 )の 5 人 。彼らの 口を通してプラド美 術 館の歴 史が解 説されていく。歴 史 的 秘 話を紐 解く面 白さというべきか、 さすが記録を舞台化 する劇作家ホセ・ラモン・フェルナンデス の本 領が発 揮された作 品だった。 (プ ラド美術館第 39 室 、10月11日観 劇 ) ホセ・ラモン・フェルナンデス作『人影、王様専用の部屋から聞こ えてきた声』 撮影:Jorge Sierra


『島』 『 国 際 演 劇 年 鑑 2015 』で取り上げた『 風に切りつけられて( Las

heridas del viento)』の作 者フアン・カルロス・ルビオ( Juan Carlos R u b i o )の 新 作『 島( L a I s l a )』をイベリア 舞 台 芸 術 見 本 市 ( Muestra Ibérica de Artes Escénicas)で観ることができた。見 本 市 についてはあとで述べるとして、 『 風に切りつけられて』がゲイの話で あったのに対し、 この『 島 』はレズビアンカップルの話 。舞 台が始まる と年 上のアダが「 昔々、ずっと昔 、 どのくらい昔かって言われても分か らないぐらい昔」と一人で語り始める。海底火山でできた小さな島、 フ ンガ・トンガの話だ。 それでタイトルが「 島 」なのかと思ったが、 「どこへ 行くの? ちょっと待って」というセリフから、 アダが誰かに語り掛けて いるのだと分かる。あとになって15 歳 年 下のラウラと合 意のもと、 アダ が精 子バンクから提 供を受けて誕 生した子 供サムエルに向かって

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語っていたことが分かる。 しかしラウラが登 場すると、二 人の会 話はと げとげしくなる。二 人の会 話からサムエルが 8 階の窓から転 落して亡

フアン・カルロス・ルビオ作・演出『島』 撮影:Gerardo Sanz 世界の舞台芸術を知る

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くなったことが分かる。二 人の間に一つの小さな「 島 」ができたことで 二 人の仲にひびが入り、疎 遠になったのだ。 「 二 人で子 供を作った のが間 違いだったのよ。二 人っきりだけでよかったのよ」というセリフと、 ラウラの最 初の語り「 小さな島の突 然の誕 生は喜びでもありました が、太 平 洋の荒 波に洗われ、島はほんの数ヵ月しか海から顔を出し ていませんでした」というセリフが重なってくる。入り組んだ戯 曲 構 造 と二 人の女 優( 二 人の役 者の実 年 齢の差は役の設 定と同じぐらい だった)ヘマ・マタランス( Gema Matarranz) とマルタ・メヒーアス ( Marta Megías)の口角泡を飛ばす言い争いが見 事であった。 「す べて嘘 、苦 痛を除いてはね」など、 セリフも美しい。 『島』 というタイトル は翻 訳する時に再 考したい。 (カセレス大 劇 場[ Gran Teatro de

Cáceres ]、10月20日観劇) 152 『肝っ玉おっ母とその子供たち』 この『 年 鑑 』で何 度も取り上げたエルネスト・カバリェロ ( Ernesto

Caballero)が国 立ドラマセンターの芸 術 監 督の任 期 切れで、 この 『 肝っ玉おっ母とその子供たち ( Madre coraje y sus hijos)』が彼の 最 後の演 出になるということ、 これもまたこの『 年 鑑 』で何 度も取り上 げた女 優ブランカ・ポルティーリョ ( Blanca Portillo)が肝っ玉をやると いうことで観に行った。男勝りの彼 女の演 技はさすがだったが、何よ りも国 立 劇 場は金を持っているなと思わせる舞 台 装 置と照 明だった。 肝っ玉おっ母の娘が亡くなった時 、床 面から彼 女の死 体に照 明が 当たる。 それはうっとりするほど美しかったが、ただそのためだけに舞 台の上に50 c m ほど高いもう一 枚の舞 台を作った。羨ましいほど贅 沢な舞台だった。(マリア・ゲレロ劇場[ Teatro María Guerrero]、10 月 5 日観劇 )


エルネスト・カバリェロ演出『肝っ玉おっ母とその子供たち』 撮影:marcos Gpunto

イベリア舞台芸術見本市

2019 年11月 19日から21日までエストレマドゥーラ州 政 府が主 催す るイベリア舞 台 芸 術 見 本 市に参 加するためカセレスに向かった。古

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都カセレスには観 光で何度も訪れたことがあるが、 これほど文 化 施 設 が整っているとは思ってもみなかった。 カセレスは州 都ではないが、演 劇 学 校まであった。エストレマドゥーラ州 政 府が主 催する演 劇 見 本 市は、州の演 劇 文 化を促 進 、育 成すると同 時に文 化 産 業として州 外に舞 台を輸 出する目的があるのだろう。 この見 本 市では 20 本の 舞 台を観たが、 そのうちエストレマドゥーラ州で活 躍する劇 団は 10 、 残りの 10 は州 外からの招 聘 劇 団であった。 その一つが先 程 述べた 『 島 』だった。 見 本 市のプログラムは、朝 9 時からエストレマドゥーラ州で活 躍す る劇 団の制 作 者たちと面 談することから始まる。各 面 談は 20 分 、 日 本で上 演したいと面 談にやってきた制 作 者は 3 日間で 15 人もいた。 面 談が終わると11時から昼 食まで舞 台を 2 本 、昼 食 後は夕食までに

2 本 、夕食 後は真 夜 中の 0 時まで 2 本の舞 台を見る。3 日間 、スケ ジュールがびっしり詰まっているプログラムは老 体にはこたえた。 しか 世界の舞台芸術を知る

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し、バス 2 台で移 動する集 団が 3 日間でカセレスに落とすホテル代 、 食 事 代などの諸 経 費が GoToトラベルならぬ GoToシアターともいえる 経 済 効果を生むことは想像できるだろう。 コロナ禍の演劇

3 月 14日に警 戒 事 態 宣 言を出すとスペイン政 府は 13日に発 表し たが 、ボクはその前日、国 立オペラ劇 場のテアトロ・レアル( Teatro

Real)からのメールで知った。初日を 3 月17日に迎えるフランチェスコ・ コルセッリ ( Francesco Corselli、1705~ 78) のオペラ『スキュロス島 のアキレス ( Aquiles en Esciros)』は、初日を無 観 客で上 演し、 テレ ビ中 継で配 信する。19日から27日までの 7 公 演はすべて中 止すると いう内 容だった。 日本で緊 急 事 態 宣 言が東 京 、神 奈 川 、埼 玉 、千 154

葉 、大 阪 、兵 庫 、福 岡の 7 都 府 県に出されたのが 4 月 7 日、全 国 に広げられたのが 4 月 16日だったから、 テアトロ・レアルからメールを 受け取った 3 月 12日の夜 、警 戒 事 態 宣 言が演 劇 界にどういう影 響 を及ぼすのかピンと来なかった。 ちょうどアルマグロ国 際 古 典 演 劇 祭 ( Festival Internacional de Teatro Clásico de Almagro)、 オルメ ド古 典 演 劇 祭( Festival de Olmedo Clásico) と装 置の製 作につい て協 議 中であったし、 フライトの予 約やホテルの手 配などをしている 最中だったので、何かどえらいことが起こるかもしれないと思っただけ だった。ついでスペイン全 国のイベントが中止されたことを知り、 さらに スペインに小 包を郵 送しようと郵 便 局へ行ったら、 スペインへの郵 便 物はすべて引き受けられないと断られた。 日本で緊 急 事 態 宣 言が出 されて日本公演もできないばかりか渡航禁止となり、 スペイン公演もな くなった。 スペインの警 戒 事 態 宣 言は 6 月 21日に終了したが 、6 月 1 日か ら各自治 州は感 染 状 況によってフェーズ 1 から 3 まで色 分けされ


た。演 劇の規 制についてだけ報 告すると、 フェーズ 1 の州では観 客 は定員の 1 / 3 以 下 、ただし屋 内の場 合は最 大 30 人 、屋 外は最 大

200 人 、プログラムの配 布 禁 止 。フェーズ 2 の州では観 客は 1 / 3 以 下、 ただし屋 内は最 大 50 人 、屋 外は最 大 400 人 。 フェーズ 3 の州で は観 客は定員の 1 / 2 以 下 、ただし屋 内は最 大 80 人 、屋 外は最 大

800 人となっている。6 月といえば 2020 年 前 半 期の演 劇シーズンが 終了する月だ。劇 場の扉が開くことはなかった。各 地の演 劇 祭は外 国からの劇 団を招 聘せず、州 内の劇 団を中 心に、観 客も制 限して 行われた。 「このような状 況 下では、出 演 料を外 国の劇 団ではなく、 困 窮している国 内の劇 団に渡したい、分かってくれるよな」とアルマ グロ国 際 古 典 演 劇 祭の委員長からかかってきた電 話は忘れられな い。小 規 模の演 劇 祭は中止となった。2020年 後 半はどうなるのだろ うか。再び警 戒 事 態 宣 言が 10月 25日から11月 9 日まで発 令されて

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いる。 きっと延 長されるだろう。 ( 2020 年 10月記) たじり・よういち 1943年生まれ。関西外国語大学名誉教授。 『 現代スペイン演劇選集 』全 3 巻(カ モミール社)、 『 21世紀のスペイン演劇』第 1 巻(水声社)、 『セルバンテス戯曲全集』 (水声社) を出版。スペイン演劇を専門に上演する劇団クセックACTを創設し、主に 名古屋で活動。アルマグロ国際古典演劇祭などでの公演のほか、 マドリードの国立 ドラマセンターなどでも上演してきた。

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コーネル・ムンドルッツォ演出『私というパズル』 ( TR劇場) 撮影:Natalia Kabanow

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[ポーランド]

新 型コロ ナ ウ イル ス の 影 響と オンライン 活 動 、 # MeToo・カトリック そし て 女 性 岩田 美保 「 今 、大 事なのは何を信 心しているかじゃない。必 要なのは他 者へ の思いやりなんです」─ 窓 枠に縁 取られた青い空 。SNSに公 開さ れた天 窓の写 真には、 「この十日間 眺め続けた景 色 」だとコメントさ れていた。

2020 年 10月、女 優マヤ・オスタシェフスカ( Maja Ostaszewska) は、家 族 中が高 熱と全身の痛みに苛まれる中 、新 型コロナウイルス


陽性の結果とその患者登録を連絡する一本のメー ル以 外 、なんの手 当も受けられず自宅 待 機になっ ていたと自身のフェイスブックで吐 露した。 「 隔 離も あと数日。幸い、 うちは周りの人がみんな手 助けして くれたおかげで生き延びることができたんです。誰に も助けを求められず、生 死をさまよっているかもしれ ない人のことや、命のリスクを背負ってまで患 者の ために戦っている医 療 関 係 者のことを、 どうかみな さん、思いやってください」 ( 10月 20日の Facebook

コロナ下の風景ーマヤ・オスタシェフスカ宅の 天窓(本人撮影、10/20付フェイスブックより)

より)。ポーランドを代 表する女 優がワルシャワ映 画 祭にも、 オルガ・トカルチュクのノーベル文学賞受賞1周年記念行事 にも、 ノヴィ・テアトル( Nowy Teatr)の『モラルの不 安の映 画( Kina

moralnego niepokoju)』公 演や話 題だったワルシャワのオフ・テアト

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ル( OCH Teatr)の『 堕 天 使( Upad łe Anio ł y)』公 演にも姿を見せ なかったのはこのせいだった。

2020 年、COVID -19 の感染拡大は世界史に残る大きな転換点 となった。 イタリアやドイツで急 速に感 染が拡 大し、ポーランドでも第 一 波の予 兆が見られた 3 月 11日、学 校も劇 場も含んだ文 化 団 体の 全 国 一 斉 休 業の決 断が下された。 ポーランド政 府は 14日に国 内 大 流 行 警 報 、20日には国 内 大 流 行 発 生 状 態を宣 言 。国 境をまたぐ移 動 全 般が禁じられ、ほとんどの商 業 活 動が中 止となった。早めの対 策が比 較 的 功を奏したところで、 ポーランドは夏 期 休 暇に入り、9 月 には感 染の危 険 性を地 域ごとに色 分けし、対 策を指 示する仕 組み が整った。 それに従い、劇 場も公 演 活 動を再 開 。たとえば 警 戒 区 域 のイエローゾーンは、 ホールの収 容 人 数の 25%まで入 場 可 能といっ た具 合である。 しかし、中規 模 以 下の劇 場が多いため、客 席が 20人 世界の舞台芸術を知る

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にも満たないところもあった。衛 生 上の申し送りで多くの企 画が延 期 、 中止されている。 特に私 営の劇 団の状 況は厳しい。有 名な映 画 女 優クリスティナ・ ヤンダ( Krystyna Janda)主 宰のテアトル・ポロニア( Teatr Polonia) とオフ・テアトルはチケットの売り上げが収 入の 90%を占め、定 員の

50%の観 客 数がなければ 経 営が成り立たない。公 共 交 通 機 関の 乗 車 率や、結 婚 式や宗 教 行 事への参 加 者 数 制 限が緩やかなのに 比べ、文化催事に対する制限が厳しすぎるという声も上がった。 政 府は、文 化 政 策を担う省 庁をポーランド文 化・国 家 遺 産・ス ポーツ省に再 編 成し、副 首 相のグリンスキが同 省の大 臣を兼ねるこ とになった。困 窮を訴える団 体も個 人も、 それぞれに国のコロナ対 策 文 化 支 援 特 別 予 算 4 億ズウォティ ( 約 114 億 円 )による救 済に望み 158

を託している。 演劇界・オンラインの試み とはいえ、大きな環 境の変 化に演 劇 関 係 者がただ落 胆ばかりして いたわけではない。たとえば 、 オンラインを使った発 信である。劇 場に よっては、緊 急 閉 鎖の 2 週 間 後には配 信を始めた。俳 優や評 論 家 のトークに始まり、 ワークショップ、公 演など環 境を整えながら徐々に 可 能 性を広げていった。 他になすすべなしと始まったオンライン活 用だったが、思わぬ効 用 ももたらしている。 それは物 理 的な距 離の克 服である。演 劇の強い ポーランドといえども、劇 場は大 都 市に集中しており、地 方 在 住 者の 観 劇は容易ではない。 それが、 オンライン企 画によって誰でもどこから でも参 加が可 能になる。現 実の劇 場では考えられなかった 1 万 人と いう単 位の観 客 数を記 録する配 信も出てきた。今まで一 度も生の舞 台を観たことがない視 聴 者も多く、演 劇 関 係 者は、 これをきっかけに


一 般 上 演 再 開 時には新しい観 客 層が期 待できるのではないかと望 みをつなぐ。 ワルシャワの TR 劇 場( TR Warszawa)は、パヴェウ・アルトハメル ( Pawe ł Althamer) とアグネシカ・オルステン( Agnieszka Olsten)の 発 案で、感 染 予 防に配 慮した、観 客および地 域 住 民 参 加 型の屋 外演 劇『ブルドノの森の婚 礼( Wesele na Bródnie)』 を企 画 。 ワーク ショップを 6 月、公 演を 9 月に敢行した。 また、劇 場に高 度なオンライン環 境を整 備 。 「ストリーミング TR 」と 名 付けた配 信チャンネルを既 存の二つのホールに次ぐ第 三のホー ルとして位 置づけた。かつて劇 場 存 続の危 機に「 劇 場を買おう」と 市民に呼びかけたこともあるTRは、今 回も公の援 助を待たず、観 客 とより密な関 係 性を構 築して一 緒に舞 台と映 画の間に新しいジャン ルを創り出すことを目指すという。公 演のオンライン視 聴にとどまらず、

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文 化 教 育が至らずに観 劇そのものに不 安を感じ、劇 場にさえ近づこ うとしなかった人々の取り込みも目論んでいる。

パヴェウ・アルトハメルとアグネシカ・オルステン発案『ブルドノの森の婚礼』 ( TR劇場) 撮影:Anna Tomczyńska

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うち

ワルシャワのノヴィ・テアトルの『 家 。芸 術 家 博 物 館( D o m .

Muzeum Artysty)』は、 ステイホーム期間中に舞台関連アーティスト の知られざる日常を訪ねる映像企画。 その中でもおもしろかったのは、 著 名な演 出 家クリスティアン・ルパ( Krystian Lupa)編の『 家日記

2020( Dziennnik domowy 2020)』だった。 冒頭の 7 分 、朝の寝 室でただもっそりと動く毛 布と独り言のような つぶやき。ベッドからの風 景は特に目を引くような絵でもなく、無 造 作 に置かれたカメラが非日常に違いないひとときを、 日常の視 点で描 いていく。ベッドでおもむろに取り出されたユングの『 赤の書 』。陽の 差しこむショパン通り沿いの窓を見れば 、3 ヶ月前の 4 月、青白い警 光 灯が緊 張 感を煽った夜が思い出される。向かいの建 物の入口に は、全身防 護 服の人々と救 急 車 、パトカー、消 防 車が物々しく集まっ 160

ていたのだった。 テレビのニュース音 声と話し声が微かに聞こえ、張 り詰めた空 気が蘇る。 かと思えば、玄 関 前でマスク姿のパートナーの ピョトルが、 ニューヨークから届いたピカソの小 包を念 入りに消 毒して いる。 その様 子に話しかけるルパの心 配げな声は、寝 室のシーン同 様 、個 人の脆 弱さを晒している。壁にはニューヨークのピカソに並ん で、バルテュスの銅 版 画「アントナン・アルトー」の肖像が飾られてい る。昔 、 よくわからずにフラ ンス人 からもらって、紛 失 騒ぎにもなったのだとルパ は語る。磨かれた原 版 の アルトーの顔には、 スマホ を掲げて覗き込むルパの 姿が映り込んだ。2020 年 の 7 月 、ルパが自 宅を記 録したこの 映 像で 、本 人

『家。芸術博物館』企画クリスティアン・ルパ編『家日記 2020』 (ノヴィ・テアトル資料写真)


がカメラの正 面に現れることは最 後までない。 まるで綴られたもののよ うに淡々と静かに続けられるつぶやきはシュールで、ユーモアと深い 思 索が感じられる。数々の名 作を生み続けるルパの内 面を探 検する ような作 品だった。 そのほか、戯曲においてもラシェフスキ記 念 演 劇 研 究 所( Instytut

Teatralny im. Z. Raszewskiego)が 、文 化 庁 演 劇 支 援 危 機 対 策 企 画「ネット文 化( Kultura w sieci )」として、 「 パンデミック戯 曲 ― ソーシャルディスタンス時 代の手 記 」というテーマを打ち出 し、ヤロスワフ・ヤクボフスキ( Jaros ł aw Jakubowski)の『 H 』、 アント ニ・ヴィンフ ( Antoni Winch)の『むずかり ( Marudek)』、 マレク・コ ハン( Marek Kochan)の『ブエノスアイレスのパロマ( Paloma na

Buenos Aires)』という書き下ろし戯 曲 3 作をラジオドラマの形で配

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信 。前 代 未 聞の 2020年 春のロックダウン期 間におかれた芸 術 家の 経 験や考え、意 識を形にしようとした。 #MeToo・カトリック・女性 夏 休み明けの 2020 年 10月以降、 ポーランドでは新 型コロナウイル ス感 染 第2波が爆 発 的に拡 大し、窮 状に陥っている。 しかし、同 時に もう一つ、記 録に残るであろう重 大な事 件が進 行している。 それは女 性の人 権をめぐる戦いだ。

2015 年に右 翼 政 党「 法と正 義 」による民族 的カトリック政 権が成 立して以 来 、ポーランドの政 策は大きく方 向 転 換をし、たびたび全 国 的な反 対 運 動が起こった。特に人 工 中 絶 禁 止の法 改 正には全 国で大きな抗 議 運 動が起こっていた。 それを黙らせるため、 この 10月、 政 権は新 型コロナウイルス感 染 防 止による集 会 規 制という状 況を 悪 用し、憲 法 裁 判 所 裁 判 官 任 命 権を濫 用して中絶 法 改 正を認め 世界の舞台芸術を知る

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させたのだ。 その結 果 、爆 発 的な感 染 拡 大のさなかにもかかわらず、 「 女 性の戦い」と名 付けられた抗 議 運 動は、政 治 的 信 条の枠を超 え、全 国民を巻き込む騒 動になっている。 デモ取 材の記 者が逮 捕さ れたり、抵 抗 運 動の情 報をコピーしネットに流しただけで捕まった未 成 年も出るなど、人 権を度 外 視した当局の強 行 姿 勢に対 立は一 層 激しさを増している。 このような社 会 的ストレスはもちろん演 劇 界にも反 映されていた。 女 性の戦いといえば 、新 型コロナ前に世 界 的に盛り上がりを見せた

# MeToo 運 動である。 ここでは二つの事 例を紹 介しよう。ポーランド での # MeTooは、かつて聖 職 者に性 的 虐 待を受けた子どもたちと、 劇 団という職 場でパワハラを受けてきた女 性たちを勇 気づけることに なった。 162 『#たぶん私じゃない(#chybanieja)』

2 019 年 春 、ワルシャワの「ヨハネ・パウロ 2 世 の 考えセンター ( Centrum My ś li Jana Paw ł a II)」主 催の「 新たな公 現( Nowe

Epifanie)」フェスティヴァルで、パヴェウ・パシーニ( Pawe ł Passini) 演 出の『 # たぶん私じゃない( # chybanieja )』が上 演された(ジェ シュフ市・マスカ劇場[ Teatr Maska w Rzeszowie ]製 作 )。 これは、近 年カトリック世 界を揺るがした、故マルシアル・マシエル 司祭による児 童 性 的 虐 待スキャンダルを取り上げたものだ。 カトリック 信 者を動 揺させたのは、暴かれたマシエル司祭の非 行はもちろんだ が、 ローマ・カトリック教 会と故ヨハネ・パウロ 2 世が果たしてマシエル 司祭の犯 罪を知らなかったのかどうかという問 題だった。 この作 品でマシエル司 祭の実の娘と若い神 父の目を通して描か れたのは、保 身に走り真 実を見ようとしない教 会と、教 会自体が信 者を裏 切るユダになっているという厳しい告 発だった。作 品のタイト


ルは 、最 後 の 晩 餐で 、弟 子の中に裏 切る者がいる と話 すイエスに「 た ぶん 私じゃないですよね」と弟 子 が 答える場 面 から取ら れている。 「 # 」はもちろん

パヴェウ・パシーニ演出『#たぶん私じゃない』 (マスカ劇場) 撮影:Jerzy Dowgiałło

# MeTooにかけているの だろう。真 摯な信 者であればあるほど辛い深 刻な問 題が浮き彫りに なった。 ジェシュフ市 市 長は、保 守 派 層の取り込みを狙ってか 、制 作 時 からマスカ劇 場に「 宗 教への冒 涜だ」と圧 力をかけ、初 演を拒もう とした。 しかしワルシャワのフェスティヴァルでの 上 演は大きな話 題 を呼び、市 長の妨 害はより広く世 論を騒がせることとなった。ポーラ

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ンド国 内での聖 職 者による児 童への性 的 虐 待を告 発する、 シェケ ルスキ( Siekielscy)兄 弟 監 督のドキュメンタリー映 画『 誰にも言うな ( Tylko nie mów nikomu)』が折しも同時期に公開され、 #MeToo 運 動もあいまって信 心 深いポーランド人に強い衝 撃と深い内 省をも たらした。 虚飾の城、劇団ガルジェニツェ もう一つは、1990 年 代に脚 光を浴び、 2000 年 以 降は国 際 的に も有 名になって養 成 組 織も作り、国中に巨 大ビルボード広 告を出す など手 広く活 動していた劇 団ガルジェニツェ ( Gardzienice)のスキャ ンダルだ。

2020 年 10月、全 国 紙ヴィボルチャ新 聞は一 人 の 女 優 の 告 発 を実 名 入りで掲 載した 。グロトフスキの 弟 子を自負するワンマンな 主 宰 者で演 出 家のヴオジミェシュ・スタニェフスキ( W ł odzimierz 世界の舞台芸術を知る

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Staniewski)によるパワハラである。すると、 「 長 年にわたって劇 団 内 でパワハラとセクハラが続いていた」、 「みな知っていたが口に出せ なかった」との訴えが次々と出てきて、 ポーランド演 劇 界の #MeToo と呼ばれることになった。 ワルシャワ国立演劇大学はスタニェフスキの講義を中止。 ポーラン ド演 劇 研 究 協 会も調 査 開 始を表 明し、検 察も事 件 捜 査を始めた。 ガルジェニツェは辺 鄙な小さな村に数 人の劇 団員が移 住することに 始まり、地 方に取 材し共 同 生 活の中で創 作 活 動を続け、観 客たち は作 品を観に都 会から遠 征してくるという独 特の活 動 形 態を貫いて 成 功を手にした。 しかし、主 人はいつの間にか権 威 主 義に走って原 点を見 失っていたというわけだ。 スタニェフスキ本 人は、告 発が自身 を貶め、価 値ある劇 団の実 績と名 誉を辱めるものであると反 論し、 い 164

まだに何が悪かったのか理 解していないようだ。 しかしながら、声をあ げる勇 気とそれで状 況を変えられるかもしれないことを知った弱 者た ちの連 帯は、 そう簡単に崩せないだろう。 かつてポーランドは女 性で保つと聞いた。 日本から来た私は、 あら ゆる分 野で男性と同 等に活 躍し、家 庭も支えているポーランド人 女 性の力強さに感銘を受けた。 しかし彼女らを取り巻く環境はいたって 厳しい。

2019 年にノーベル文学賞に輝いたポーランドの女 性 作 家オルガ・ トカルチュクは、 「未来」 「平等」 「創作」 「 優しさ」をテーマに掲げ、 文 学に限らず、様々な女 性の才 能や暮らし、人 権 、 そして動物愛護 などについて国 際 的に議 論を広げ、生きていくエネルギーを一つにま とめていきたいと、基 金を立ち上げた。理 念が右 翼 政 権から煙たが られその道は容易ではないが、早 速 、10 代の才 能ある女 性に向け た奨 学 金の給 付や、40 歳 以 上の女 性 脚 本 家 対 象のレジデンス制


度などを進めている。基金の活動拠点であるヴロツワフ市の旧カルポ ヴィチ邸 披 露 会では、演 劇 大 学のパフォーマンスが発 表されるなど、 今後の活 発な活 動を予感させた。 『私というパズル』 最 後に、女 性の深い苦 悩を描いて 2019 年 度 最 高の評 価(「 神 曲」フェスティヴァルグランプリ他 ) を受けた TR 劇 場の作 品を紹 介し たい。演 出 家コーネル・ムンドルッツォ ( Kornél Mundruczó) と脚 本 家のカタ・ヴェーベル( Kata Wéber)のハンガリー人ペアによる 『 私と いうパズル( Cz ą stki kobiety)』 ( 2018年 12月初 演 )である。彼らは かつて、 「死」を巡る哲学的思考を軽妙さの中に織り込んだ『こうもり ( Nietoperz)』 を発 表し好評を博した( TR 劇場 2012 年 初 演 )。 『 私というパズル』の第 1 幕は、 スウェーデン人の夫とともに自宅で

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コーネル・ムンドルッツォ演出『私というパズル』 ( TR劇場)撮影:Natalia Kabanow

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の出 産を望んだ 主 人 公マヤ(ユスティナ・ヴァシレフスカ[ Justyna

Wasilewska ])のアパート。舞 台のスクリーン裏で演じられる代 理の 助 産 婦とマヤの出 産に臨むシーンを、観 客はライブ映 像で見 守る。 手に取るように描き出されるマヤの不 安 、緊 張 、激 痛 、出 産 。 そして 死 産と分かった時の慟哭。客席に強い衝 撃が走った。 第 2 幕は、 その 1 年 半 後を描く。 マヤの母 親は、病 院での検 査 結 果に自らの死を覚 悟し、家 族の和 解を図ろうと娘たちを家に呼ぶが、 そうとは知らない姉 妹 夫 婦は互いに牽 制し合う。教 条 的なカトリック に嵌っている妹 夫 婦と、死 産の補 償 訴 訟を持ちかけてくるやり手の いとこ。子どもを亡くした悲しみを心にしまい込み、平 静という鎧を纏っ たマヤは、夫とも距離ができていて、二人を気 遣う家 族との微 妙な隔 たりは緊 張 感を増すばかりだ。家 族の歴 史の中に深く秘められたさ 166

まざまな回 想と傷 跡 。母と子 、姉 妹の軋 轢 。 そして生まれ出ずるはず の者の死は、 その祖 母に迫る死と観 客の中で重なり合う。姉 妹の華 麗なリボン回し、古い部 屋に飾られた野 鳥の剥 製にも死が投 影され ているようだった。 いつまでも癒えない心の痛みを抱えた一 人の女 性 の、 自分を取り戻そうとする姿が、姉 妹の軽 妙なやりとりから浮かび上 がる。 日常の中の普 遍 的な幸せと悲しみ、慈しみ、 そして生と死を深 く考えさせられた。 ロックダウン第 2 週の 2020 年 3 月 21日、 『 私というパズル 』の舞 台 映 像は TR 劇 場オンライン企 画「ステイホーム、劇 場から出るな ( Zosta ń w domu, nie wychod ź z teatru)」第1弾として配信され、 約1万 人が観 劇した。2020年 12月にはストリーミングTRで舞 台から のライブ配信が始まる。 また、 この TR 劇 場の舞 台を元に映 画 化された『 私というパズル ( Pieces of a Woman)』 (ムンドルッツォ監 督 、M・スコセッシ製 作 、 カナダ・米 国 共 同 )は、2020 年 9 月ヴェネチア国 際 映 画 祭コンペ


ティションに参加。主演 B・カービーが主演女優賞を受賞 した。2021年 1 月よりネットフリックスで公開予定である。

10月 24日、ワルシャワの目抜き通りに数 万 人のマスク 姿の群 衆が「 散 歩 」に出た。当局による取り締まりを避け るために、人々が使い出した「 散 歩 」という手 段はすっか り定 着している。 あの天 窓の写 真から数日後のこの日、 マ

療養後に「 女の戦い」のシンボル「 赤 い稲妻」 を衣装につけて舞台復帰した マヤ・オスタシェフスカ( 本 人 撮 影 、 10/28付フェイスブックより)

ヤ・オスタシェフスカは颯 爽と群 衆の前に現れ、女性の自由を叫んで いた。 「女の権利! 選 択の自由!」。 ワルシャワの寒 空の下 、 ポーラ ンド人 女 性の戦いは続いている。 いわた・みほ

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1985年京都府立大学卒業。1986年ポーランド・ヤギエロン大学留学。ポーランド 文学部などで文学、演劇を学ぶ。通訳・翻訳の傍ら、自らパフォーマンス活動を展開 し、現代演劇・美術批評にも関わる。ポーランド・クラクフ市在住。

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SZFEの抗議活動「私たちの大学自治のために立ち上がろう」 撮影:Zoltan Szarka

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[ハンガリー] と き

戦乱の刻

― パン デミック、 劇 場 政 策と#M e T o o、 演 劇・映 画 芸 術 大 学 自 治 問 題 トムパ・アンドレア もはや戦 時である…… 今シーズン( 2019/ 20)のハンガリー演 劇 界を一 言で表すならこれに尽きる。 こんなシーズンは 70年 間なかった。

1949年の体制転換以来安定しているとされてきた我が国の演劇界 を、パンデミックと国の劇場政策の危機が震撼させている。損失はい まだ把 握されておらず、ハンガリー演 劇 界には数 十 年にわたり影 響 が及ぶだろう。


パンデミック パンデミックは、 どの国でも似たような「地滑り」現象を引き起こして いるが、経 済力があり、芸 術の支 援に真 剣に取り組む国の政 府ほど、 仕 事を失ったパフォーミング・アーツ関 係 者たちに何らかの支 援を 行っている。 ただ、EU加盟国の間でもその対応は大 変 異なっている。 自治 体や国の運 営するハンガリーの公 立 劇 場は、国の方 針に従 い、3 月には劇 場を閉 鎖 、初 夏には制 限を緩 和し、秋には再 開する ことができた。 しかし、私 営の劇 場( 助 成 金と入 場 料 収 入によって運 営する「 独 立 系 」の劇 場と入 場 料 収 入のみによって運 営する「 個 人 経 営 」の劇 場 )にとって今 回のパンデミックは深 刻な打 撃となった。 これらの団 体には財 政を支える母体がないからである。 対策として、独立系パフォーミング・アーツ連盟( FESZ-Független

Előadó-művészeti Szövetség )は会員を支 援するために、寄 付を募

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り始めた。 またハンガリー 政 府は 10 億フォリント ( 2020 年 10月末の レートで約 3 億 3 千 万 円 )規 模の基 金を創 設し、過 去の実 績は問 わず、先々課 題を引き受けることを条 件に、 アーティストたちに申請を 呼びかけた。 しかし審査をするのは、官や民間組織とつながった文化 戦 略 機 関(*1 )であり、 そのトップはおおよそ今の政 府に従 順な人々 である。支 援 金はアーティスト1 人あたり30万フォリント ( 約 10万 円 ) であり、2 か月弱 分の生 活 費に相当するが、 これを得るためにはアー ティストたちはなにがしかの課 題を引き受けなければならない。つまり 純然たる給付金とは言えない。

2020年 秋シーズンは始まったものの、現 在の感 染 拡 大 状 況は春 より深 刻である。各 劇 場は、責 任をもって真 摯な対 応を行うにあたり、 深 刻な倫 理 的ジレンマに直 面している。上 演は許 可されたが、感 染 者 数は増え続けており、 コロナ対 策 費としてかさむ経 費については 財 源がなく、 自前で対 応しなければならない。観 客は不 安をかかえな 世界の舞台芸術を知る

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がらも劇 場に足を運んでいる。演 劇の一 専 門 家として、 また一 個 人と して、現 況にあっては劇 場を再 度 閉 鎖すべきというのが筆 者の意 見 である。政 府の意 向とは異なる現 実 的な対 応なのだが、 それでは劇 場の存続が危ぶまれてしまう。 春の劇 場 閉 鎖 期 間 中 、各 劇 場の対 応には、 それぞれの劇 場が 共に働く仲 間や働き方 、 コミュニケーションのとり方 、劇 場の美 学や 使 命に対して、 いかに革 新 的な考え方を持っているかが反 映された。 過 去 公 演の動 画 公 開というオーソドックスな方 法からオンライン空 間 での革 新 的な試みまで、多彩な芸術活動が出現した。 全国統一選挙とデモの影響 劇 場 政策の領域では、二つの転換点があった。 170

2019 年 秋にハンガリーでは地 方自治 体の全 国 統 一 選 挙が 行 われ、地 方 都 市の多くと首 都ブダペストで野 党であるリベラル勢力 が勝 利した。流 出した文 書によれば、政 府はこれまで自治 体 管 轄で あった劇 場を人 材 省(*2 )と地 方自治 体の共 同 管 轄に移 行すること を企 図 、 リベラル勢力への牽 制となるこの政 策が施 行された。 これに より、自治 体が単 独で劇 場 運 営を望む場 合 、中 央からの助 成を得 ずに劇 場を維持しなければならないことになった。 そのためブダペストは多くの劇 場を手 放さざるをえなくなった。市が 単 独で管 理するのは 5 つの劇 場(カトナ・ヨージェフ劇 場[ Katona

József Színház ]、ラドノーティ・ミクローシュ劇 場[ Radnóti Miklós Színhá z ]、エルケーニ・イシュトヴァーン劇 場[ Örkény Ist vá n Színház ]、 トラフォー[ Trafó(*3 )]、 サバド・テール[ Szabad Tér(*4 )]) にとどまり、 その他のほとんどの劇 場は人 材 省と市による共 同 運 営と なった。 これは、各 劇 場のトップ任 命に際して人 材 省が大きな発 言 権を得


ること、すなわち、現 政 権に従 順な人 間がトップとなることを意 味する。 各劇 場に割り振られる予算も変わってくるだろう。人材 省との共 同 経 営となる劇 場には潤 沢な予 算がつく一 方 、野 党の強い自治 体が単 独で劇 場を運 営するのは今まで以上に困難となりかねない。

2019年 12月、ブダペストで大 規 模な演 劇 関 係 者のデモが行われ、 政 治 的 影 響力からの文 化の独 立を要 求した。 ブダペストのいくつか の劇 場と数 多くの独 立 系 劇 団がこのデモを組 織した。 これほどの規 模での演 劇 関 係 者のデモは、ハンガリーでは今までなかった。 しかし、 デモの実りは微々たるものだった。すなわち、 これも漏 洩 情 報によるも のだが、政 府が国 内 唯 一の政 府から独 立した公 的 財 源である国 民文 化 基 金( Nemzeti Kulturális Alap)廃 止について、撤 回の意 向を示していることくらいである。

171

このデモは、#MeToo 問 題との深い関 連があった。 きっかけは、 カト ナ・ヨージェフ劇 場での演 出 家から女 優への不 適 切な行 為だ。権 力者たちはその後さらなる告 発を促し、 「ハラスメントが起きている」 という烙 印が 数々の劇 場や関 係 者に刻まれていった。 その中には 後 述の演 劇・映 画 芸 術 大 学( SZFE - Színház- és Filmmű vészeti (*5 ) Egyetem ) も含まれていた。事 件 の 政 治 利 用は悪 弊 の 浄 化 みそぎ

( 禊 )にも議 論にもつなが らず、ただハンガリーでの

# MeToo 運 動 の 急 速な 終 息をもたらした。被 害 者 が立ち上がれば 、所 属 劇 場そのものを危 機に巻き 込 み 、政 治 的 圧 力にさら すことになってしまう。 その

演劇関係者による大規模デモ (2019年12月) 撮影:Horváth Judit

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恐怖感から、ハラスメントについて口を閉ざす傾向がより一層強まるこ ととなる。 カトナ・ヨージェフ劇 場 芸 術 監 督マーテー・ガーボル( Máté

Gábor)は、 「このようなことで今 騒ぎまわるのは割に合わない、口をつ ぐむべきだ」と表 明した。 この姿 勢は、多くの演 劇 関 係 者のさらなる 反 発を引き起こした。 このような状 況 下 、昨シーズン中 唯 一 の 救いと呼 べるものは 、 ヴィーグ劇 場( Víg Színház)芸 術 監 督エセニ・エニケー( Eszenyi

Enikő)の更 迭だった。多 数の劇 場 職員から強 引な手 法と職 権 濫 用が告発された結果である。 だが、当人が謝罪することはなかった。 SZFE自治問題 172

さて、 シーズン中の 最も劇 的な出 来 事は、150 年 の 歴 史をもつ

SZFEに対して政 府が攻 撃を始めたことである。SZFEは 2020 年 9 月 1 日より財 団 運 営 方 式による私 立 大 学へと改 組された。学 生たち は何 度もデモを組 織し、抗 議 声 明を出した。複 数の教員が職を辞し、 公 開 文や意 見 表 明が氾 濫し、新 指 導 部を中に入れるまいと校 舎は 占拠された。 「 問 題 」の源は、大 学に対する政 治 的 攻 撃であり、 それ は大学自治 活 動に破 綻をもたらした。 財 団 理 事 長のヴィドニャーンスキ・ア ティッラ( Vidnyánszky Attila)は、抗 う

議 する人々を教 員たちに操られた 烏 ごう

合 の衆 、ギャングだと決めつけ、大 規 模 で 国 際 的な影 の 権 力とそのネット ワーク(ヴィドニャーンスキに言わせれ ば、 そこに筆 者も属しているそうだ )が 新 体 制に対 抗していると公の場で発 SZFE占拠

撮影:Mate Fuchs


言した。 「烏合の衆」という言葉を使うことで、学生を意志も思考力も ない子どものようなものと断 定する。ただ指 示に従い、思うがままに操 られる学 生に自立 性はなく、 自治などありえないというわけだ。 そしてお そらくまさにその種の学 生を、発 言 者であるヴィドニャーンスキは望ん でいるのだ。 文化機関の上層部交代は、2010 年以来、複雑かつ抜本的な形 で進められてきた。大学上層部の交代にもその時が来たのである。

SZFE の「 運 営モデル変 更 」は、 どのような美 名で呼ばれようとも 私に言わせれば 弱 肉 強 食にほかならず、驚 嘆すべき迅 速さでわず か 2 か月の間に遂 行された。本 来ともに討 論すべき大 学 上 層 部は 蚊 帳の外 、当 事 者 抜きで決 定されたのである。 どうやらこれこそがコ ミュニケーションを円 滑に促 進する方 法 、 いわゆる「コミュニケーショ ン・ストラテジー( CS )」の鑑なのだろう。 しかし、 こんにちの CSというの

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はかくも議 論と裏 付けのない主 張や会 見 、 「 一 方 的な強い意 志 表 明」の寄せ集めなのか。

SZFE 崩 壊への決 定 的な第 一 歩となったのは、法に則って選ば (*6 )の任 命 不 履 行 れた新 学 長 、 ウポル・ラースロー( Upor László)

だった。担当大 臣は、2019 年 12月初めの大 学 役員会の議 決 報 告 を受けたにもかかわらず、任命を拒否したのである。 一 体ウポル・ラースローの学 長 立 候 補に何の問 題があったのか。 その人 格について適 切に議 論されたことはなく、巷では討 議や説 明 などの裏 付けのない非 難ばかりが飛び交っている。候 補 者の審 査に も視 点というものがあるが、 それには提 出された長い論 文を読み、討 議する作 業が必 要であろう。 ドラマトゥルクであり翻 訳 家である彼が、 要件を満たしていると認められつつ、 なぜ学長となれないのか。 そこに は旧態 依 然とした考え方が見て取れる。今日の進 歩 的な芸 術 系 大 世界の舞台芸術を知る

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学は、理 論と実 践とか、芸 術と非 芸 術といったことがらをヒエラルキー として順 序 付けるのではなく、総 合 的に捉えて活 用する。 ところが新 財 団は、大 学 役員に発 言 権こそ与えるものの、決 定 権は与えない。 こ うして大学は自治を失った。 学 生たちの抵 抗は広 範 囲の社 会 的 連 帯と同 時に大きな不 安を 引き起こした。大 学の占拠 、連 帯を示す身振り、 そして妥 協を許さぬ 態 度は、政治がいかに芸術教育の自治を壊 滅 的 状 況に追い込み、 配 下に収めようとしているかをしらせたのだ。 運 営 財 団のトップにつく人々はみな現 政 権に従 順である。財 団 理 事 長ヴィドニャーンスキ・アティッラは、国 立 劇 場(*7 )総 裁であるだけ でなく、 グロテスクなほど国 家 的 権 威を積み上げており、SZFE のライ バルとも言えるカポシュヴァール大 学( Kaposvári Egyetem)芸 術 学 174

部 演 劇科長でもある。 大 学自治のための戦いに共 感し、注 視している筆 者のような者に とって、 このシーズンで最も心を動かされた「 舞 台 」は、学 生たちが たい まつ

組 織した抗 議 活 動 、 デモ、人 間の鎖 、松 明リレーであった。彼らは 芸 術という手 段・道 具を用いて抵 抗し、自治を訴えたのである。たと えば校 舎の 2 階では演 劇 界の有 志が監 視 役を担い( 筆 者も含む)、 玄 関 上のひさしに立ち、ふさわしくない者たちが校 舎 内へ入らないよ う大 学の「 警 備 」を行った。人 間の鎖には 2 万 人が参 加し、大 学 から国 会 議 事 堂へ SZFE自治 宣 言を届けた。松 明リレーでは大 学 で火を灯した松 明を掲げながら、延べ 1,500キロメートルを100人 以 上の走 者で大 学のある 5 つの町へと表 明 文を届けた。大 学 役員の 任 期 切れの日に夜を徹して強 行された抗 議 集 会 、大 学 校 歌 斉 唱 、 その他 巨 大 人 形を使ったものから教員の送 別 式まで、 さまざまなパ フォーマンスが行われた。


SZFE の一 連の出 来 事は、国 際 的にはピーター・ブルックやケイ ト・ブランシェットらから大きな共 鳴を得た一 方で、国 内では何の影 響も見られなかった。直 近では EU議 会が双 方に対 話を呼びかけて いる―そう、 まだ完全な敗北ではない。 ハラース・ペーテル賞 春の劇場閉鎖を挟んだシーズン2019/20 は、 なんとも短いものだっ た。意 義 深い公 演はあったものの、あまりに短いシーズンだったため、 評 論 家による表 彰も、ハラース・ペーテル賞( Halász Péter-díj、2018 年創設) と、革 新 的なダンスに対して贈られるラーバーン・ルドルフ賞 ( Lábán Rudolf-díj )に限られた。 以 下にハラース・ペーテル賞を受賞した 6 作品を簡 略に紹 介する。 175

1 . 派 手なパーティ・シーンで観る者を圧 倒 する、エルケーニ・イ シュトヴァーン劇 場の『ケルテース通りのシェクスピア洗 車 場

エルケーニ・イシュトヴァーン劇場『ケルテース通りのシェクスピア洗車場』 撮影:Horváth Judit

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( Kertész utcai Shaxpeare-mosó )』。 シェイクスピアの原 作に 忠 実でありながら、大 胆な現 代 化を試み、エキサイティングな作 品として評価された。

2 . ハムヴァシュ・ベーラ( Hamvas Béla)の超 大 作 同 名 小 説を舞 台 化した、独 立 系 劇 団カーケッテー( K 2 Színház)の『カーニ バル( Karnevál)』。俳 優の卓 越した台 詞 術により、眼 前に山 や教 会までもがあらわれるような、上 演 時 間 9 時 間に及ぶ大 作 に仕上がった。

3 . ソン バトヘイに あるメシェボ ルト人 形 劇 団( M e s e b o l t Bábszínház)はホームレスに扮した役 者たちによる即 興 的な劇 176

中劇の形で、 オスカー・ワイルド原作の『 幸福な王子( A boldog

herceg )』を上 演した。演 出のイェレシュ・アンドラーシュ( Jeles András)は人 間の悲しみや苦 難に寄り添う持ち味をみせた。 4 . 若 手クリエイター、ショムロー・ダーヴィド( Somló David) とヴァ シュ・イムレ( Vass Imre)の二 人がヴァシュのアパートで上 演し た『 我が家( IITTHHOONN )』。観 客は紅 茶とピーナッツを 提 供され、 スリッパを履かされる。やがて観 客は、 このアパートと 二人の若者についてすべてを知ることになる。

5 . カードゲーム( 引いたカードに書かれた指 示に従って行 動す るもの)のルールに沿って進 行するチェルネ・クラーラ ( Cserne

Klára)構 成・コンセプトによる『 石・石・石( KŐ-KŐ-KŐ)』。無 力感をいだいている昨 今の若 者たちに自由の感 覚を与えるよう な、演劇の可能性を生かしたものとして評 価された。


6 . 映 像 作 家イゴル&イヴァン・ブハロフ( Igor és Ivan Buharov)の 『 永 遠の意 思 領 域の調 律( Örök szándékmezö hanglás、英 題:Eternal Intentionfield Tuning)』はシュールリアリスティック な手 法で薬 物 依 存を描き、あらゆる閉 鎖 的な完 結 性への拒 絶を示すパフォーマンス・インスタレーション。 トラフォーで上 演 。 国 際 的に活 躍する彼らの才能が改めて高く評 価された。

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イゴル&イヴァン・ブハロフによる 『永遠の意思領域の調律』 撮影:Mathias Voelzke

〔編集部注〕 *1 文化戦略機関(kultúrstratégiai intézmények):国家予算を財源とする17の文化施 設・組織。 *2 人材省(EMMI-Emberi Erőforrások Minisztériuma): 2010年に国民人材省 Nemzeti Erőforrások Minisztériuma(略称Nefmi)として教育文化省・厚生省・社 会労働省などが統合されて設立され、2012年に名称が変更された。 *3 トラフォー:ブダペスト19区にある前衛・現代アートのための施設。演劇、ダンス、視 覚芸術、音楽などさまざまなジャンルの活動の場となっている。Trafóは変電所・変圧 器を意味するtranszformátorの略語。第2次世界大戦後使用されずに放置されていた 変電所施設にフランスのアーティスト集団Art-Clocheのアーティストたちが1か月滞 在、活動したことに端を発し、1989年に現在の施設として整備、活動が始まった。正 式名称 Trafó Kortárs Művészetek Háza (トラフォー現代芸術館)。

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*4 サバド・テール:マルギット島野外劇場とブダ地区のヴァーロシュマヨル野外劇場を運 営する非営利法人。 *5 SZFE:ブダペストの高等教育機関の一つであり、演劇、映画、テレビの出演者・ス タッフを養成する。1865年に設立された演劇教室(Színészeti Tanoda)から国立俳 優学校、舞台芸術アカデミー(単科大学扱い)を経て2000年に芸術総合大学とな る。 *6 ウポル・ラースロー:1957年生まれ、ドラマトゥルク、翻訳家としてハンガリー各地の 劇場で活躍。1989年からSZFEで教鞭を執る。2017年より同大学副学長。 *7 国立劇場(Nemzeti Színház): 2002年に完成した劇場。それ以前に国立劇場として 活動し、同年にペシュト・ハンガリー劇場(Pesti Magyar Színház)と改名された組 織とは別に、新たに設立された。

Tompa, Andrea

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1971年生まれ。ハンガリーの作家、演劇評論家、研究者(ハンガリー・東欧の同時 代演劇)。月刊誌「シーンハーズ(Színház)」 (「芝居・劇場・演劇 」の意、szinhaz. net)の元編集長で、現在も協力関係にある。ハンガリー演劇評論家協会元会長を 経て、現在、バベシュ・ボヤイ大学(ルーマニア、 クルジ・ナポカ) の研究者。小説作品 に、 『 死刑執行人の家(A hóhér háza/The Hangman's House)』 ( 2010)、 『 首か らつま先まで( Fejtől s lábtól)』 ( 2013)、 『 血の掟( Omerta)』 ( 2017)、 『家 (Haza)』 ( 2020) がある。

( 翻 訳:森 本 覚 )


スザンヌ・オステン演出『アマルフィの女侯爵』 撮影:Sara P Borgström

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[スウェーデン]

コロ ナ 禍 の スウェー デン 演 劇 界 ― 困 難 な 状 況 に 立 ち 向 かう人 々 に 拍 手 を ― 小牧 游

本当に思いもかけないことが起こるものだ。戦 争が起こる時は国 内 外でのいざこざといったような予 兆があるが、今 回のコロナウイルスに よるパンデミックは、本当に突 然やって来た。かつて昔 、ペストが世 界 中で大 流 行して、大 勢の人が死んだと聞いた。 それと同じようなこと が起こっている。現 実とは思えない時があるが、TVのニュースを見る と本当に身近に起こっていることに気 付き、身震いする。 この報 告は、本 来 2019年 秋のシーズンから2020年 秋シーズン開 世界の舞台芸術を知る

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広場に立っているコロナ対策の広告塔― 「責任をもって距離を取ってくれてありがとう」

幕までのスウェーデン演 劇 界に関してなのだが、何 といっても2020 年 3 月以 降の世 界 的なコロナ・パン デミックのせいで、演 劇 界も大きな打 撃を受けた。 ス ウェーデンは世 界の中でもコロナに対しては独自の 路線を取ったので、やはりそのことが報告の中心にな ることをお許し願いたい。 スウェーデンのコロナ対策と日本との比較 すでに多くの方がご存 知のように、 スウェーデンは このコロナ・パンデミックという人 類 未 踏の災 害に対 して、他 国とは違う方 策を取った。 それはロックダウ ンしなかったこと。 ロックダウンすることによる経 済 面 や健 康 面への効 果と副 作用のバランスを考 慮して、

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ロックダウンには副 作 用こそあれ、大きな効 果はない とした。小・中 学 校 、および保 育 所・幼 稚 園の閉 鎖 についても議 論されたが、子 供が教 育を受ける権 利が重 視され、閉 鎖されなかった。 そして当局の指 示は最 初から以 下のように具 体 的 なものだった。 ・手をよく洗う。 ・少しでも症 状があれば 病 院へは行かず、自宅 待 機し、1177( 医 療 相談窓口)に電話で報告、相談する。 ・70歳 以上は他人との接触を避ける。 ・50人 以上が集まることは禁止。 ・出来るだけ在宅勤務をする。 ・小 、中学 校は休 校しない。高 校 、大 学 生は自宅でのオンライン授 業( 8 月末の新 学 期からは高 校 生も登 校しているが、大 学 生は


まだオンライン授業を継続中)。 ・高 齢 者 住 宅 又は施 設への訪 問は禁 止( 禁 止は 9 月末までで、

10月からは解 除された)。 日本もロックダウンしなかった国なので、多くの類 似 点を見 出すこ とが出 来る。例えば 、手を洗うとか、不 要 不 急の外 出は避けるなどは、 どちらも同じ。 しかも両 国とも、要 請・勧 告であって、強 制ではない。両 国民とも、 オーソリティーからの指 示に良く従い、 アメリカやインドのよう に膨 大な数の感 染 者や死 者を出してはいない。米ジョンズ・ホプキ ンス大 学が発 表している世 界の感 染 者 数の順 位 表では、 スウェー デンは 44 位 、 日本は 47位とほぼ 同 位 。ただ 死 者 数はスウェーデン

5910、日本 1650( 10月 15日現 在 )となっていて、死 者 数をその国の 総 人口数に比べると、 いかに日本の自主 管 理がうまくいっているかが

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分かる。ただ「 両 国ともオーソリティーからの指 示に良く従い」と書い たが、 その従い方には、大きな違いがあるように思う。 まず日本には比較的手を洗う習慣がある。 日本では風邪を引くとす ぐにマスクをするが、 それは他 人に移さないため。つまり日本では、 そも そも感 染 拡 大を防 止する社 会 常 識というものが存 在している。 そこに 各自治 体や政 府の指 示が加わるという 体制で感 染 拡 大を防いでいる。 一方、 スウェーデンでは、他 人に移す のを避けるという考えは無く、 いかに自分 を守るかの考え。マスクに関する当 局の 考えも、マスクをしても感 染 予 防にはなら ないので、する意 味がない。 それよりも他 人との距 離を保つことの方が重 要で、 マ スクをすることで安 心して他 人と近 づき

バスターミナルの指示版―「人との距離を保ちましょう」

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すぎるのは危 険である、 というものなので、 マスクをしている人はほとん ど見かけない。 そして一 番 大きな違いは、 スウェーデンではこのような パンデミックに関しては、政 府が責 任を持つのではなく、公 衆 衛 生局 ( Folkhälsomyndigheten) という行 政 機 関が担当する。 スウェーデ ンでコロナによる初めての死 者が出たのは 3 月 11日だが、 それ以 前 から、毎日午 後 2 時に公 衆 衛 生 局の記 者 会 見が行われ、 その様 子 は TVで同 時中継された。 この記 者 会 見は夏 休みに入る 6 月中旬ま で毎日行われたが、 それ以 降は週に 2 回 、火 曜日と木 曜日になり、今 も同 時中継されている。 またこの会 見には、公 衆 衛 生 局と社 会 庁( Socialstyrelsen=医 療 保 険や社 会 扶 助 等の社 会 保 障・社 会 福 祉 制 度を管 轄するス ウェーデンの行 政 機 関 。社 会 省の下に置かれ 、具 体 的な行 政 管 182

理を行う)、 それにMSBと称される危 機 管 理 庁( Myndigheten för

samhällsskydd och beredskap)の 3 機 関から、 それぞれ代 表が参 加する。 この 公 衆 衛 生 局 の 国 家 疫 学 者であるアンデシュ・テグネル氏 ( Anders Tegnell )は国 民の信 頼も支 持も高く、今や人 気の的に なっている。彼は 1995年のザイールでのエボラ出 血 熱の感 染 爆 発 時に、 スウェーデンの専 門 家チームの一員として赴いた経 験があり、 ザイールで彼がまず最 初にしたことは、村々に緊 急 事 態を告げるた めの自 転 車 の 発 注 だっ 公衆衛生局の記者会見の模様 ――TV4のニュース画面より、中央がアンデシュ・テグネル

たそうだ 。 日本との大きな 違 いは 、スウェーデン国 民 が 公 的 機 関 に 対して 高 い 信 頼 や 尊 敬 の 念を 持っていること。 さらに「自 由な意 志 」を尊 重する長


い伝 統を持っていること。 その根 底には、政 府 、行 政との関 係が支 配 と被 支 配ではなく、自分の仲 間が政 治を司っているという信 念が根 付いているからに他ならない。 演劇界への影響とスウェーデン政府の反応 ではこのコロナで 、舞 台 はどのくらい影 響を受けたのだろうか?

2020年 1 月から 8 月末までの間にキャンセルされたプロダクションは、 すでに初日を開けていたにも拘らず公 演中止になったもの、初日を迎 えることができなかったもの、演 劇 、 オペラを含めて、 スウェーデン全 土 で、76プロダクションに上った。 また博 物 館も閉 鎖された。 それに対し て、 スウェーデン政 府はどのような対策を執ったか? 政 府は、 まず 3 月に 10 億クローネ( 約 120 億 円 )を、 スポーツと 文 化 関 係に援 助 金として拠 出すると発 表した。 さらに 5 月に 5 億ク

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ローネ ( 約 60 億 円) を文 化 関 係のアーツカウンシル( Kulturrådet)、 芸 術 助 成 委 員 会( Konstnärsnämnden )、映 画 協 会( Svenska

Filminstitutet)、スウェーデン作家基金( Sveriges författarfond)の 各 団 体に、 コロナによってキャンセルになったイベントやプロダクション の損 失 補 填として援 助すると発 表した。 この内 、劇 場 関 係 者が補 助 金申請を行う二つの団 体 、 アーツカウンシルと芸 術 助 成 委員会には、 それぞれ 3 億 7 千 万クローネ( 約 44 億 円 ) と 7 千 万クローネ( 約 8 億円)の計 4 億 4 千万クローネ (約 52 億円)。 そして 8 月には追 加 援 助として 25 億クローネ( 約 300 億 円 )をス ポーツと文 化に計 上すると発 表 。 その他に中 心となる博 物 館4館 ( 北 方 民 族 博 物 館 、野 外 博 物 館スカンセン、国 立 科 学 技 術 博 物 館 、仕 事 博 物 館 )へは 2 千 5 百万クローネ ( 約 3 億円) を、 その他の

4 館( 国 立 博 物 館 、国 立 歴 史 博 物 館 、現 代 美 術 館 、自然 歴 史 博 物 館 )には今 期 秋の特 別 予 算として 2 千 8 百万クローネ (約 3 億 3 世界の舞台芸術を知る

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千 万円) を援 助する。以 上の膨 大な補 助 金の数 字を見ただけでも、 この国の政 府が、文 化やスポーツが、国 民にとって、 またそこで働く 人々にとって、 どれほど大 切なものなのかを理 解しているのか、 よく分 かる。 見逃した作品

2019年秋から春にかけてのシーズンに、話題に上ったプロダクショ ンがいくつかあった。特に興 味 深く、チケットも買ってあったが、残 念 ながらコロナのせいで公 演がキャンセルされ、見ることが出 来なかっ た二つの作品について述べておきたい。 その一つは、 オレブロ県 立 劇 場( Örebro länsteater。2020 年か ら名 前が変わってオレブロ劇 場[ Örebro Teater ] となった)のプロ 184

ダクションで、エドワード・オールビー( Edward Albee)のかの名 作 『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない( Vem är rädd för Virginia

Woolf ? )』。オレブロはストックホルムから西へ 200キロ、車で 2 時 間 程、 イェルマレン ( Hjälmaren) と呼ばれる湖に面した、人口 15万 人の スウェーデンでは 6 番目の都 市である。 この街の歴 史は古く、13世 紀に遡る。2 時 間かけてこのプロダクションを観に行こうと思った理 由は、演出家とそのキャスト。演出は 2018年からオレブロ劇 場の芸 術 監 督に就 任しているリッカルド・レークアンデル( Rikard Lekander)。 彼は以 前から、 マルメ ( Malmö)やイエーテボリ ( Göteborg )などあち らこちらの地 方 劇 場で演 出をしていて、 その好 評 判を聞き及んでい たので、実 際 演 出をした舞 台を観たかった。 また今 回のキャストは ジョージ役にヤコブ・エークルンド( Jakob Eklund)、マーサ役にカ タリーナ・エーベルロヴ( Katarina Ewerlöf ) という顔ぶれだから、 こ れは観ずにはいられないとチケットを購 入した。ヤコブ・エークルンド は、以 前は王 立ドラマ劇 場( Kunglida Dramatiska Teatern 。 ドラ


マーテンという)やストックホ ルム市 立 劇 場( Stockholms

stadsteater)で主 演もしてい た 力 量 のあるハンサムな 俳 優で 、最 近 は TVのハードな 刑 事シリーズに主 演していて、 舞 台 はイエ ーテボリ市 立 劇 場( Göteborgs Stadsteater) で活 躍していると聞いていた。 久々の彼の舞台、 しかもジョー ジ 役 である。一 方 のカタリー ナ・エーベルロヴも、 ストックホ ルム市 立 劇 場で 大 活 躍して いた女 優 。 いまでも毎 年クリス

リッカルド・レークアンデル演出『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』 撮影:Mats Bäcker

マスには 1999 年 制 作の彼 女 の主 演 映 画『 サンタは子 供たち皆んなのパパ( Tomten är far till

alla barnen)』が繰り返し上 映されている。久しぶりにこの素 晴らしい 二 人の俳 優を、舞 台での白熱したぶつかり合いを楽しみにして購 入 したチケットだったが、あっけなく公 演がキャンセルされてしまった。 オ レブロ劇 場の予 告フィルムを見ると、 ぞくぞくするくらい迫力のある舞 台で、観 劇できずに残 念 。 でも来 年 再 演の予 定があるとのことなので、 次 回は見 逃すまい。 もう一つキャンセルになって、残 念というより腹 立たしいのは、 スザ ンヌ・オステン( Suzanne Osten)演 出のドラマーテンでの新 作 。16世 紀の初めイタリアで起きた事 実を基にしたイギリスのジョン・ウェブス ター( John Webster)の戯 曲『アマルフィの女 侯 爵( Furstinnan av

Amalfi)』で、17世 紀 初 頭の女 性への脅 迫とその抵 抗 、 また権力闘 世界の舞台芸術を知る

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争や暴力、階 級とは、家 族とは、名 誉とはを描いた悲 劇 。2 月29日に 初日を開けたこのプロダクションも、わずか 8 回の公 演 後キャンセル され、筆 者も購 入 済のチケット代は返 金して貰ったけれど、再 演 予 定はないので、残 念を通り越して腹 立たしいことこの上ない。上 演 時 間 3 時 間 半を30 分のダイジェストにして 9 月末まではオンラインで観 ることが出 来たが、やはり舞 台とは大 違い。新 鋭のデザイナー、 アン ナ・ヘイモヴスカ ( Anna Heymowska)の 17世紀を彷彿とさせる素晴 らしい衣 装もだが、何と言っても実 際の俳 優の演 技を見ることが出来 ないのだから。批 評は以 下のように素 晴らしいものばかり。 「 権力と闘 争を素 晴らしく様 式 化した劇 場でのお祭 」 「 役 者は皆 、驚くほど芸 達 者 。役 者 同 士の会 話もモノローグも感 銘を与える」 「この芝 居は、 歌とダンスと演技による輝く詩の真珠」 「広大無辺の体験。 スザンヌ・ 186

オステンは彼 女自身の深い重みのある宝 箱をこのプロダクションに注 ぎこんだ」。 これらの好批評を読むと、 ますます悔しい想いが募る。 スウェーデンの今

9 月になって、感 染 者 数も下 火になったので、50人 以 上の集 会 禁 止を500人に拡大するという政府の動きがあったのだが、9 月中旬に ストックホルム( Stockholm)やウプサラ ( Uppsala)で若 者の感 染 者 が増えたので、今はまだ 50人 以 上の集 会は禁 止になっている。当局 は引き続き、人々に手の衛 生 管 理を行い、可 能であれば 在 宅 勤 務 をして、他 人との距 離を取ることを繰り返し指 示している。 もし職 場に 出かけた場 合は、勤 務 後はまっすぐに帰 宅することや、70 歳 以 上の 人の自己隔離も継続して勧めている。 劇場は秋のシーズンを迎えて、10月に初日を予定していたプロダク ションが次々に幕を開けている。ただし、観 客 数が制 限されているの で、チケットはすぐに売り切れている状 態 。 いかに人々が演 劇やオペ


ラを待ち望んでいたか、想 像に余りある。先の見えないコロナ禍でも、 人々は前を見つめ、 マスクもせずに、毎日の生 活を楽しもうとしている。 今回のパンデミックは長期戦になることが予想されたために、 ロックダ ウンすることは、経 済 的にも国 民の精 神 衛 生 上 的にも長 期 間の継 続は難しいとしたスウェーデン公 衆 衛 生局の判 断に、筆 者は喝 采を 送りたい。 こまき・ゆう ストリンドベリに惹かれて、1981年に行われた「ストリンドベリフェスティバル」時にスト ックホルムを訪れて以来、 スウェーデンの虜に。1994年、2001年文化庁派遣在外 研修員。ストックホルム在住、元ストックホルム日本人会会長、劇団民藝所属俳優。

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ネットプログラム「BDTデジタル」 写真提供:ボリショイ・ ドラマ劇場

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[ロシア]

急 速 に 活 性 化し た デジタル 革 命 、 不透明な劇場の 「再起動」 篠崎 直也 世 界 中で猛 威を振るっている新 型コロナウイルスはロシアの演 劇 界も一 変させた。国 内 各 地の劇 場が上 演 活 動の中止を強いられる 中、毎 年 春に開 催されている「 黄 金のマスク」フェスティバルは延 期 を決 定し、本 稿 執 筆 後の 11月上 旬に各 賞の受 賞 結 果が明らかに なる予 定だ。批 評 家たちもこの現 状を前にして今シーズンの総 括に あたって戸惑いを見せている。 それでも「 黄 金のマスク」賞にノミネートされた演 出 家たちの名


前を見 渡すと、 ドミトリー・ヴォルコストレロフ ( Dmitry Volkostrelov)、 マラート・ガツァロフ( Marat Gatsalov)、ユーリー・クヴャトコフス キー( Yur y Kv yatkovsky)、チモフェイ・クリャービン( Timofey

Kulyabin)、ボリス ・パヴロヴィチ( Boris Pavlovich)といった近 年 台 頭してきた 30 代 後 半から40 代 前 半の演 出 家たちの名 前が目立 ち、既に演 劇 界の中 心で彼らが一 定の評 価を得ていることが確 認 できる。 その中でも、 ヴォルコストレロフは 2 月にモスクワ・メイエルホリ ドセンター( Meyerhold Theatre Centre, Moscow)の芸 術 監 督 に就 任し、 さらなる注目を集める存 在に躍り出た。 さらに、世 代は上 記の演 出 家たちよりも上だが 、新たなロシアを象 徴 する劇 作 家の 一 人であるイワン・ヴィリパエフ( Ivan Vyrypaev)の作 品を初 期の 頃から演 出してきたヴィクトル・リジャコフ ( Viktor Ryzhakov、1960 年 生まれ)がモスクワ・ソヴレメンニク劇 場( Sovremennik Theatre,

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Moscow)を率いることが 1 月に発 表された。両 者に共 通するのは普 段はアンダーグラウンドシーンでの活 動を基 盤にしながらも、国 立の 大 劇 場に度々招 聘されて演 出を手 掛けてきた点である。主に彼ら を積 極 的に登用したのはペテルブルグのアレクサンドリンスキー劇 場 ( Alexandrinsky Theatre, St.Petersburg )やボリショイ・ドラマ劇 場 ( Bolshoi Drama Theatre, St.Petersburg )であり、 それぞれの劇 場 を取りまとめるヴァレリー・フォーキン( Varely Fokin)やアンドレイ・モ グーチー( Andrey Moguchy)に端を発するロシア演 劇 界の改 革の 波はさらに広がりを見せている。 コロナ 以 前 のトピックスから特 筆 すべきはノヴォシビルスク・ク ラースヌイ・ファケル劇 場( Krasny Fakel [ Red Torch ]Theatre,

Novosibirsk ) 『 三 人 姉妹 』 (チモフェイ・クリャービン演出、2015 年 ) の来日公 演だろう ( 2019年 10月 18~ 20日、東 京 芸 術 劇 場 。来日時 世界の舞台芸術を知る

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チモフェイ・クリャービン演出『三人姉妹』 写真提供:クラースヌイ・ファケル劇場

の劇 場 名は英 語 表 記を元にしてレッドトーチ・シアターだった)。俳 190

優が台 詞を喋らず、手 話を演 出に取り入れたこの作 品では、登 場 人 物たちが無 音で対 話するその傍らで様々な生 活 音や音 楽が観 客の注 意を逸らし、字 幕も出ているため観 客の聴 覚と視 覚は極 限ま で研ぎ澄まされる。 ロシアの現 代 戯 曲 上 演がなかなか日本で紹 介さ れないことは残 念ではあるが、 『 三 人 姉 妹 』はロシアの観 客の多くが 台 詞を覚えているチェーホフ戯曲だからこそ、特 殊な演 出においても 俳 優の表 情や舞 台 上の出 来 事に集中できる。 もっとも、 クリャービン の演 出ではいつも古 典の世 界と現 代が融 合していて、第 三 幕の火 事の場 面では暗 闇の中で俳 優たちの用いるスマートフォンがわずか な灯りを舞 台にもたらす。 ろうあ者を演じる俳 優たちの表 現は見 事 で、手 話を取り入れることでチェーホフ作 品の大きなテーマであるコ ミュニケーションの困 難さに対する新たな視 点を示してくれた。 これ はペテルブルグでボリス・パヴロヴィチが主宰する上演空間「アパート ( Kvartira)」のプロジェクトにおいて自閉 症 患 者と共に戯 曲を読む 試みの中で得られた発見にも通じる。


古 典 作 品を現 代 的に解 釈した作 品としては、 コンスタンチン・ボ ゴモロフ( Konstantin Bogomolov)がペテルブルグの小 劇 場で 披 露した 2 本 の 新 作が目を引いた。ルースカヤ・アントレプリーザ 劇 場( Russkaya Antrepriza Theatre, St. Petersburg )ではソ連 時 代の映 画 化 作 品(レオニード・ガイダイ監 督 )で広く知られてい るブルガーコフの『イワン・ワシーリエヴィチ 』を原 作にした『オデッ セイ1936( Odyssey 1936 )』を上 演 。マールイ・ドラマ劇 場の看 板 俳 優で現 在はアレクサンドリンスキー 劇 場に所 属 するピョートル・ セマク( Pyotr Semak) とボリショイ・ドラマ劇 場のアナトリー・ペトロフ ( Anatoly Petrov)を客 演に迎えて、 デヴィッド・リンチの映 画を思わ せる赤いカーテンの部 屋の中で時 空を超えたコメディショーが展 開 された。一 方 、 プリユート・コメディアンタ( 喜 劇 俳 優の憩いの場 )劇 場( Priyut Komedianta, St.Petersburg)におけるドストエフスキーの

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『 罪と罰 』の舞 台はミッドセンチュリーのモダニズム風の一 室 。若い ソーニャ役をボリショイ・ドラマ劇 場から迎えた 64 歳のマリーナ・イグ ナトワ ( Marina Ignatova)が演じ、主 人 公ラスコーリニコフの母 親 役 を若 手 女 優が担うちぐは ぐな配 役で 、実 年 齢より も人 物が持つ性 格をそこ に 反 映させ た 。 どちらの 作 品も原 作のエピソード や登 場 人 物の数が極 限 まで 削ぎ 落とされ 、俳 優 の動 作を最 小 限にしてほ ぼ 台 詞だけで進 行する。 特に『 罪と罰 』では原 作 の 血 生 臭さを一 切 抜き

コンスタンチン・ボゴモロフ演出『罪と罰』 写真提供:プリュート・コメディアンタ劇場

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取ってファルスとして仕 上げ、批 評 家たちからの絶 大な評 価を得た。 その大 胆に再 構 築されたボゴモロフの世 界は彼の綿 密な編 集 眼 の賜 物であり、大 劇 場でスキャンダルを巻き起こしたミニマリズム的な 手 法は小劇場の濃密な空間でこそ生きるのかもしれない。 今 季 創 設 100 周 年を迎えたペテルブルグのボリショイ・ドラマ劇 場( BDT )は 、創 設 当 時 BDTに関わったアレクサンドル・ベヌア ( Alexandre Benois)など「 芸 術の世 界 」派の芸 術 家たちに捧げ た建 築プロジェクト「ベニア板の劇 場( Plywood Theatre)」を発 表し、 ドラマ劇 場における表 現の新たな可 能 性を試みた。2 月には 「 BDT 現 代 美 術プログラム」の企 画として、 イリヤ・カバコフ( Ilya

Kabakov) との共 作やエルミタージュ美 術 館での個 展などロシアと縁 が深いベルギーの現 代 美 術 作 家ヤン・ファーブル( Jan Fabre) を招 192

き、劇 場 内における作 品 展 示と、ベニア板の劇 場を使った一 人 芝 居『 夜の作 家( The Night Writer)』 を上 演 。 ロシア・アヴァンギャル ドの美 術 家エル・リシツキー( El Lissitzky)の幾 何 学 構 成 絵 画から インスピレーションを受けたというベニア板の劇 場は、巨 大な劇 場 内 の一角に、2 階の客 席へ繋がる形で赤い三角形の小 部 屋がベニア 板で組み立てられた。大 劇 場をあえて大 劇 場として用いないこの舞 台は、前 衛を目指した BDT 初 期の精 神を美 術への注目によって表 すという芸 術 監 督 モグー 建築プロジェクト 「ベニヤ板の劇場」 写真提供:ボリショイ・ ドラマ劇場

チーの志 向が色 濃く反 映 したものである。舞 台で戯 曲を俳 優が演じることだけ が演 劇や劇 場の真 髄では ないというこのアプローチ は後 述するデジタルプログ ラムにも繋がっていく。


3 月中 旬 、新 型コロナウイルスの感 染を国 境 封 鎖などでそれまで 抑えることに成 功していたロシアも欧 州におけるパンデミックの影 響か ら逃れることはできず、劇 場には一 斉に上 演 活 動の禁 止が通 達さ れた。 その後の自粛 期 間 中に大きな話 題を集めたのは昨 年の『 国 際 演 劇 年 鑑 』で報 告した演 出 家キリル・セレブレンニコフ( Kirill

Serebrennikov)の国 家 予 算 横 領 疑 惑を巡る裁 判だった。彼の 劇 団「 第 7 スタジオ( Seventh Studio)」に交 付された助 成 金が 上 演ではなく私 的に流 用された疑いによりセレブレンニコフは自宅 軟 禁 状 態にあったが、裁 判を前にしてアレクサンドル・カリャーギン ( Alexandr Kalyagin)やレフ・ドージン( Lev Dodin) といった重 鎮 を筆 頭に演 劇 界から擁 護の声が相 次いだ。 カンヌ映 画 祭に出 品し た監 督 作『 LETO( 夏 )』が今 年日本でも公 開されたように、映 画 監 督でもあるセレブレンニコフの国 際 的な知 名 度は年々高まり、彼

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の活 動に対する政 府の検 閲という政 治 的な疑 惑も孕んでいることか らこの裁 判は国 外からも高い関 心が寄せられた。結 果は禁 固 3 年 、 執 行 猶 予 付きの有 罪 判 決 。裁 判は今 後も続く可 能 性があるが、 こ の時に広がった連 帯は閉 塞した自粛 生 活を送る演 劇 人たちに活力 を与えてくれた。 上 演 活 動 停 止を余 儀なくされるや否や、多くの劇 場がファンのた めに瞬 時に用 意したのは過 去の上 演 映 像の無 料 配 信だった。 ロ シア国 内 限 定 や 有 料 のものもあったが 、大 部 分 は 無 料で 、演 劇 専 門 サイトでは西 欧 の 劇 場 の 配 信 情 報も含め毎日 10 本 以 上 の 上 演プログラムが掲 載され、全てを見ることは不 可 能なほどであっ た。プスコフ市で毎 年 開 催されているプーシキン演 劇フェスティバ ル( Pushkin Theatre Festival, Pskov)は過去の参 加 作 品の映 像 のみで開 催を決 定し、 アンドリー・ジョルダク( Andriy Zholdak)演 出の『タラス・ブーリバ( Taras Bulba)』 ( 2000年 )のような未だに演 世界の舞台芸術を知る

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劇 関 係 者の間で語り継がれている衝 撃 作の貴 重な記 録を見る機 会が得られたことはコロナ禍の思わぬ恩 恵である。 その他にも各 劇 場の俳 優たちが物 語や詩の朗 読 、歌 、質 問コーナーなどの動 画に 出 演し、数 多くの企 画によって決して演 劇の火が潰えないことを示し て見せた。ただし、 こうしたインターネット上の活 動は積 極 的に行って いる劇 場とそうでない劇 場がはっきり分かれており、以 前から意 識 的 に取り組んでいたかどうか、 そのための人 材が劇 場にいるかどうかが 差となっているようだ。 オンラインで最も充 実した活 動を見 せたのはペテルブルグのボリ ショイ・ドラマ劇 場だった。すぐさまネットプラグラム「 BDTデジタル」 を立ち上げ、俳 優たちによる朝の体 操から始まり、芸 術 監 督モグー チーと演 劇 大 生たちの公 開 試 験 、様々なテーマのディスカッション、 194

Zoomを用いてのオンライン芝 居 、今日の歌 、朗 読 劇 、過 去のオリジ ナル映 画の配 信 、 ビデオゲーム「マインクラフト」で作 成した『 桜の 園 』の上 演など企 画は多 岐に渡る。 アウトサイダーとして演 劇 界を外 側から見つめ続けてきたモグーチーならではの柔 軟な姿 勢が時 宜 を得て瞬く間に具 現 化された形だ。 急 速に活 性 化した 演 劇 界 の「デジタル革 命 」は、2015 年から 毎 年 夏にペテルブルグで 開 催されている非 劇 場 空 間 が 中 心 の 現 代アートフェスティバル「トーチカ・ドストゥパ( Tochka Dostupa

C ont e mp or a r y A r t s ネットプログラム「BDTデジタル」 写真提供:ボリショイ・ ドラマ劇場

Festival )」 (ロシア語で 「アクセス・ポイント」を意 味 する)が 牽 引 役として 注目されることにも繋がっ た。今 後は同フェスティバ ルが取り上げてきた野 外


オンライン作品『ダモイ』 写真提供:ノヴォシビルスク国立劇場「スタールイ・ ドーム」

でのパフォーマンスや、参 加 者がイヤホンで 指 示を聞きながら街を練り歩くエクスカーショ ン型 のイベント、 オンラインによる芝 居といっ た新しい形 の「 演 劇 」が 増 加 することが 予 想される。 これまでこうした活 動は私 設の小 劇 場 やアート集 団によるものが 中 心であっ たが 、 ノヴォシビルスクの国 立 劇 場「スター ルイ・ドーム」( Stary Dom [ Old House]

Drama Theatre, Novosibirsk)は、同 地 出 身の伝 説 的ロック歌 手ヤンカ・ディアギレワ ( Yanka Dyagileva )の伝 記 的な作 品『ダ モイ ( Domoj )』 (「 家へ、故 郷へ」の意 )を 完 全にオンライン用として作り、観 客はスマー

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トフォンで QRコードを読み込めばどこにいて も鑑 賞することができた。BDTやアレクサンドリンスキー劇 場 、 ゴーゴ リ・センター、エレクトロテアトル・スタニスラフスキーなどもテクノロジー への関 心は高く、国 立の大 劇 場でもデジタル革 命への取り組みは 拡大するだろう。 ただし、劇 場における上 演そのものが淘 汰される可 能 性について はほとんどの演 劇 人が否 定している。 ロシアの多くの劇 場は公 立の 劇 場であるため、公 務員として俳 優や劇 場スタッフの生 活はこの間 も保 障された。当 然 劇 場の収 入は減っており今 後への不 安は尽き ないが、文 化 省は「 劇 場は社 会に必 要 不 可 欠なもの」として各 劇 場の予 算の 6 割を国が負 担 すると発 表 。モグーチーは「これまで 我々は常に追われるように新 作を上 演する必 要に迫られていた。今 は立ち止まる良い機 会」とやや呑気に事態を受け止めている。 一 方で問 題なのはスポンサー収 入を期 待するしかない私 設の小 世界の舞台芸術を知る

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劇 団である。特にペテルブルグではこの 5 年ほどの間に小 劇 団が急 増し、市 内の各 地に新たにできたアートスペースやカフェなどでアン ダーグラウンドシーンが盛り上がっていたが、 このままでは存 続できな いとして連名で政府に資金援助を求め、予 断を許さない状 況だ。 公表されているデータによれば、 ロシアはコロナの感染者が多い国 として世 界のトップ 5 に入り続けている。 しかし、経 済 活 動を止めるわ けにはいかないため、政 府は段 階 的に制 限を緩 和し、劇 場も観 客を 通 常の 50%まで、60 歳 以 上は入 場 禁 止としながら秋からの新シー ズンが開 幕した。 ところが、 いくつかの劇 場 内では俳 優やスタッフにク ラスターが発 生し、再び活 動 休 止に追い込まれている。劇 場の「 再 起 動 」は容易ではなさそうである。 演 劇 専 門 誌「テアトル( Teatr)」の編 集 長で批 評 家のマリーナ・ 196

ダヴィドワ ( Marina Davidova)はヨーロッパで評 価された「トーチカ・ ドストゥパ」を認めながらも、 「ネット上の演 劇は生の劇 場よりも退 屈 」 として、停 滞と感じていた直 近の 20年 間が「 実は豊かな時 代であっ たことに気 付かされた」と結んでいる。生の舞 台の感 触を思い出さ せてくれる数 多くの過 去の上 演 映 像と、増え続けるオンライン上の創 作 。後 者は演 劇 界のスタンダードになり得るのか、劇 場での上 演と デジタル演 劇の共 存は可 能か。未曽有のパンデミックによって突 然 やって来た新しい時代の行く末はまだ誰にも分からない。 しのざき・なおや 大阪大学大学院博士後期課程修了。言語文化学Ph.D、 ロシア演劇専攻。 20世 紀初頭のロシア・アヴァンギャルド期と、ペレストロイカ以降から現在までのロシア演 劇を主な研究対象としている。1999年から通算して4年間の留学生活を過ごしたサ ンクト・ペテルブルグでは劇場通いの日々を送り、 ロシアでの観劇本数は1,000本を 超えた。著書に『ペテルブルグ舞台芸術の魅力』 ( 共著、東洋書店、2008年) があ る。現在は大阪大学、同志社大学非常勤講師。


シアター・トピックス 2020


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左から、東宝・池田篤郎、松竹・安孫子正、劇団四季・吉田智誉樹

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[シアター・トピックス]

〈 座 談 会 〉コロナ 禍の先へ

大劇場の模索と 未来への展望 ― 松 竹、東 宝、劇 団 四 季のトップに聞く 安孫子 正(松竹株式会社 代表取締役副社長)

池田 篤郎(東宝株式会社 常務取締役演劇担当) 吉田 智誉樹(劇団四季 代表取締役社長) 司会:永井

多惠子(世田谷パブリックシアター館長、国際演劇協会日本センター会長)

開催日:2020年11月19日 (東京・国際文化会館)


新 型コロナウイルス感 染 症の流 行により、世 界が大きな打 撃を被った2020年 。 先 の 見えない 状 況 の 中 、演 劇 人 たちは 数 々 の 決 断を迫られ 、舞 台 芸 術 の 存 続 と未 来 に 向 け た 模 索 が 続 けられ て い る。今 回 は 、大 劇 場を 運 営し 、数 多くの 俳 優・スタッフを抱える松 竹 、東 宝 、劇 団 四 季 のトップに語って いただいた。公 演 中 止 や 再 開をめぐる決 断 、リモートによる試み、分 野を超えた舞 台 人を繋ぐ ネットワークの 結 成 や 行 政 へ の 働きかけ 、そして「 演 劇とは 何 か 」という本 質 的な問いにいたるまで、熱のこもった議 論が繰り広げられた。

その時、劇場は? 中止、補償、公演再開への苦闘 永井

今日はお忙しいところ、お集まりいただき誠にありがとうございます。 コロナ禍

は舞 台 芸 術にとって、本当に未 曾 有の惨 事でした。 まさにいま、第 三 波が到 来して いると言われていますが……池田さんのところも大変ですね。 池田

ええ。東 宝ではスタッフ・キャストの PCR 検 査を定 期 的に行っているのです

が、先日私どもの公 演の出 演 者に一 人 、陽 性 者が出てしまいまして。夜の部の開 演 直 前だったのですが、中止にさせていただきました。 こういう世の中ですから、何 かが起きることは覚 悟の上で上 演に臨むわけですが、実 際に目の前で起こると対 応には苦慮しますね。

歌舞伎座「八月花形歌舞伎」公演での消毒作業、客席でのボードを用いた注意喚起

©松竹株式会社

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今 回の資 料として「スペインかぜの記 録 」という記 事(『 東 京 人 』2020 年 12月 号 掲 載 。本 誌 P.220に改 稿 転 載 )をいただきましたが、100 年 前にスペインかぜが 流行したときと同じ感覚を共有できることが残念でもあり、舞台人というのはつねにこ ういう苦労を背負いながら生きてきたんだなと感動もいたしました。 永井

生身の人 間がつくる舞 台 芸 術のつらさですね。世 田 谷パブリックシアター

は公 共 劇 場ということもあり、早めに閉 館が決まりました。 『 お勢 、断 行 』 という作 品 が 2 月28日の初日直 前に中止となり、 アーティストたちが涙を流しているのを見て本 当につらいなと感じたことを思い出します。 まず、 コロナ感 染 拡 大 下での初 期 対 応や、公 演 再 開に向けた動きについてうか がいたいと思うのですが、歌 舞 伎 座は驚くほど厳 密な調 整をして 8 月から公 演を 再開していらっしゃいますね。 安孫子 200

歌 舞 伎 座の 3 月公 演は、幾 度か延 期をさせていただきましたが、結 局

すべての公 演を中止せざるをえませんでした。松 竹ではさまざまな演 劇を手がけて いますが、特に歌 舞 伎 興 行に関しては俳 優さんもスタッフの方たちも大 勢 、一 手に 抱えていますので、一日も早く再 開したいと考えていました。 とはいえ、全員が社員と いうわけではなく、個 人 事 業 主の方もいらっしゃるので、松 竹の中だけですべてを決 めるわけにはいかない。 しかし、歌 舞 伎 興 行がないと彼らの生 業が立たない。 それに、 ご存じのとおり、歌 舞 伎は俳 優・スタッフにもお客 様にも、 ご高 齢の方が多いので、 お客 様の安 全 、俳 優・スタッフの安 全 、 そして従 業員の安 全の問 題がクリアできな ければ興行するわけにはいきません。

あびこ・ただし 1948年生まれ。1963年、中学3年生のときに初めて観た歌舞伎 の面白さに魅了され、以後歌舞伎を観続ける。1975年、 日本大学 大学院芸術学研究科を修了後、松竹株式会社に入社。1978年 から歌舞伎の制作・宣伝に携わり、現在に至る。1999年取締役 就任。2004年に専務取締役、演劇本部長として松竹の歌舞伎 事業およびすべての演劇事業を統括する。2014年取締役副社 長、2019年代表取締役副社長に就任。


思 慮 に 思 慮を重 ねた 結 果 、5 月に緊 急 事 態 宣 言 が 解 除された 後 、8 月 の 歌 舞 伎 座 公 演 から再 開を決 めました 。歌 舞 伎 座の場 合 、通 常も演目は

3 か月前に決まれば 大 丈

八月花形歌舞伎『与話情浮名横櫛』 ( 8月1日~26日・歌舞伎座) ©松竹株式会社 左から坂東彌十郎、松本幸四郎、中村児太郎

夫ですので、 まあそこは何とかなると。 それに、8 月は例 年 若 手の俳 優さん中心の公 演ですから、比較 的 年配のお客様が少ないことも幸いしたんでございます。 公 演 再 開に向けて、国 立 国 際 医 療 研 究センターの大 曲 貴 夫 先 生という感 染 症の専門家に、楽屋から舞台裏、客席まですべてをお見せしてご指導いただき、 で きる限りの対 策を考えました。換 気の徹 底と「 密 」を避けること、 そして「 同じ場 所に 長くいない」ことが重 要ですので、幕間なしの 4 部制という公演としたわけです。 本 来は、幕 間のロビーでのおしゃべりや食 堂でのお食 事 、売 店でのお買い物も すべて、歌 舞 伎の楽しみのうちだと思いますが、感 染リスクを考えてそれらを一つず つ排 除していきました。お客 様には 1 時 間 以 内のお芝 居を観ていただいたらすぐ お帰りいただき、大 急ぎで客 席 、 ロビーの消 毒を行って、次のお客 様をお迎えする。 永井 安孫子

総入れ替えの完ぺきな対応にはびっくりいたしました。 俳 優・スタッフが大 勢いるので、総 入れ替えが物 理 的に可 能だったとい

うことですね。一日に入れ込みが 4 度ございまして、1 部が終わったら俳 優さんに大 急ぎで楽 屋を出ていただき、総 動員で換 気 、消 毒をして、検 温 等を済ませた 2 部 の俳 優さんに入っていただくと。本当は余 裕をもって楽 屋 入りしていただきたいけれ ど、安 全を損なうリスクを少しでも排 除した結 果 、今日まで続いているという状 況で すね。 永井

後 世に残る事 例だと思います。劇 団 四 季さんもたくさんの興 行を抱えてい

らっしゃって、3 月時点は大変だったと思いますが、 いかがでしたか。 吉田

コロナ禍が現 実のものとなった初 期の頃 、自分に一 種の「 正 常 性バイア 世界の舞台芸術を知る

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ス」が働いていたのだと思います。 「こんな状 況が長く続くはずはない」と考えようと していました。 しかし、次 第に現 実が見えてくると、 これはとてつもなく大きな社 会の危 機だと思うようになりました。 そして劇 団 内で話し合い、舞 台については無 理をして 上 演せず、 「 国や自治 体からの自粛 要 請を遵 守しよう」と取り決めた。4 月 7 日に は 7 都 府 県で緊 急 事 態 宣 言が出され、事 態が更に深 刻 化したことを受けて、劇 団そのものを急 遽 、 「セミ・ロックダウン」することにしました。いま振り返ってみれば 、 一番不 安を抱えていた時期だと思います。 長 期 的なステイホームになってしまった訳ですが、我々が注力すべきポイントは、 俳 優たちのコンディションの維 持と、彼らが精 神 的に病まないようにサポートすること だと思いました。四 季の俳 優は個 人 事 業 主なので、通 常は出 演と報 酬が紐づい ています。舞 台はなくなってしまいましたが、今 回は超 法 規 的に、 ステイホーム中も相 応のギャラを払いました。 また、 オンラインでのレッスンを実 施して、 コンディションとモ 202

チベーションの維 持をはかりました。 そして 5 月末 、緊 急 事 態 宣 言が全 国で解 除され、6 月頭からようやく皆が稽 古 場に来ることができるようになりました。 その時 点で再 開に向けて動き出した公 演は、 各 地でロングラン中だった作 品が 5 本と、開 幕 直 前にステイホームとなり、初日が 延 びていた『 マンマ・ミー ア!』横 浜 公 演 の 計 6 本 でした 。長く休 みましたの で、再 開には十 分な稽 古 が必 要です。四 季には大 きな稽 古 場 が 3 カ所 あり ますが、6 本のカンパニー が 入り乱 れて稽 古をする と、万が一 感 染 者が出た 場 合 、すべての公 演に影 響が出てしまう。 そこで、感 劇団四季『マンマ・ミーア!』 ( 7月14日~8月23日・ KAAT 神奈川芸術劇場〈ホール〉) 撮影:樋口隆宏


いけだ・あつお 1960年生まれ。82年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。 在学中に友人の紹介で観劇した宝塚歌劇をきっかけに、東宝ミ ュージカルをはじめとする演劇作品を鑑賞するようになり、 その製 作を志して東宝株式会社に入社。森繁久彌主演の『 屋根の上 のヴァイオリン弾き』他の舞台監督研修後、営業係として旧東 京宝塚劇場で大地真央、麻実れいなどのトップスターの退団公 演を経 験 。その 後 制 作 室 長 、企 画 室 長 、演 劇 部 長を経て、 2013年取締役演劇担当、20年より常務取締役演劇担当。

染 制 御 学の先 生に相 談し、6 本のカンパニーをそれぞれ半 分に分けて、前 半の組 がまず稽 古 場を使い、前 半の組が劇 場に移ったら後 半の組が使う、 というふうにし ました。 これらのグループは、劇 団の中でも外でも一 切 交わらないよう、完 全に分 離 しました。 『マンマ・ミーア!』には二 組の出 演 者がおりました。 それぞれ、交 互に出 演する予 定だったのです。 この A 組 、B 組の稽 古も完 全に分けました。 これがあとで功を奏す ることになりましたね。開 幕 直 後に、 まだ稽 古を続けていた B 組から一 人 陽 性 者が 出たのです。念のため、既に出 演していた A 組にもPCR 検 査を受けさせて、全員 の陰 性を確 認してから再開しました。都合、2 日間の休 演だけで済んだのです。 とにかく、初めての体 験で、未 知のことが多いです。一つの事 態を乗り越える度 に多くの「 学び」があり、 ようやく今日につながっているという実 感ですね。 永井 吉田

ご苦 闘がしのばれます。 しかし、やはり興行的には大 打 撃ですよね。 我 々には 公 演 以 外 の 収 入 がほとんどありません。通 常 の 公 演 数 は 年

3,000 回くらいですけれど、およそ半 分 、約 1,600 回が中 止になりました。今 期の赤 字は確 定していますし、経営的には大きな打撃を受けています。 池田

熟 慮を重ねた上での公 演 再 開について、お二 方のお話は大 変 勉 強にな

ります。私 共は松 竹さん、四 季さんとちょっと違いまして、毎 回 、寄り合い所 帯のプロ デュース公 演というかたちをとっていますので、 また違うドラマが生まれていたかなと 思います。 端を発したのが 2 月 26日の大 規 模イベントの自粛 要 請で、 ちょうど、 日本 演 劇 興 世界の舞台芸術を知る

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行 協 会の会 議で安 孫 子 副 社 長とご一 緒したときですね。我々も政 府の要 請に従 い、 まずは 3 月 10日まで公 演自粛を決 定しました。 ところが、 この期 間が刻み刻み で延びていくんですよね。吉 田さんのお話のとおり、現 場は大 変に疲 弊していきま す。初日前には当然 通し稽 古がありますが、 ひどい例になりますと、延びた初日、 さら に延びた初日の分と何 度も通し稽 古をした挙 句 、中止になるといった事 態が起こる。 キャストもスタッフも悲 鳴をあげていまして、 メンタリティやモチベーションの維 持が非 常に難しくなってくる。 とにかく、 キャストたちを見るのが非 常につらい日々でしたね。 この間に、我々の公 演も19タイトルが中止になりました。公 演 回 数でいうと、主 催 公 演 507 回 、旅 公 演 約 150 回と、相当な数が消えていった。 この手でつくりだしたも のが、重 機で踏みにじられ、音を立てて壊れていくような、 そんな思いを繰り返してい ました。当初は日にちで区 切って中止を決 定していきましたが、後々になるとタイトル 全 部 、たとえば『エリザベート』は 4 月から 8 月まで、すべて中止にせざるをえなかっ 204

た。状 況は一 進 一 退を繰り返しましたが、7 月末に公 演を再 開したときのキャストの 顔とお客 様のお顔は、今 後いつまでも心に残る 1 シーンになるだろうなと思います。 永 井 『ジャージー・ボーイズ イン コンサート』が帝 国 劇 場で、続いて『 SHOW-

ISMS 』がシアタークリエで上演されましたね。 池田

どちらも、公演中止

になった 作 品を距 離 のと りやすいコンサート形 式に 再 編 成したもので、初日が 開くまでにも薄 氷を踏むよ うな状 況 がありました 。お 客 様には、劇 場での会 話 はお 控えいただくようあら かじめお願いし、皆 様がそ れを守ってくださったので すが 、開 演 前の静けさは、 帝国劇場『ジャージー・ボーイズ イン コンサート』 ( 7月18日~8月5日) ©東宝演劇部


過去に経験したことがない ものでしたね 。 それは「 公 演を守る」というお気 持ち で 客 席に足を運んでくだ さったことの 証 左でもあり、 「 特 殊な環 境の中でオー

シアタークリエ 『SHOW-ISMS』 ( 7月20日~8月4日) ©東宝演劇部

プニングを迎えるのだ 」と、 我々もあらためて覚悟を決めた。 そんな初日でした。 永井

世 田 谷パブリックシアターも、幸い 7 月11日に公 演を再 開することができまし

た。三好十郎の未発表の戯曲で栗山民也さん演出の『 殺意 ストリップショウ』 とい う作 品を、一 人 芝 居ですのでやってみようと上 演に突 貫したところ、お客 様が非 常 に喜んでくださったのを思い出します。 205 「緊急事態舞台芸術ネットワーク」の発足 永井

コロナ禍の危 機 的 状 況を受けて、5 月 14日に「 緊 急 事 態 舞 台 芸 術ネット

ワーク」が発 足しました。舞 台 芸 術 関 係 者がジャンルや職 種を問わず、横 断 的に スクラムを組んで、政 府に向かって声をあげた。個々の団 体が政 治 家に要 望を出 したことはあると思いますが、演 劇 人がこれだけ横のつながりをもって行 動したのは ジェイ ロッドライブ

初めてではないでしょうか。だからこそ、J- L ODlive 補 助 金(コンテンツグローバル 需 要 創 出 促 進 事 業 費 補 助 金 )など、 まとまった額の支 援が得られたのではないか。 世田 谷パブリックシアターも公共劇場として参加させていただきましたが、 この経 験 は今 後 非 常に参 考になるし、 いざというときに機 能するんじゃないかと感じています。 吉田さんと池 田さんは、 その世話人を務めていらっしゃいますね。 吉田

はい。 「 緊 急 事 態 舞 台 芸 術ネットワーク」は、池 田さんと私 、 そして野 田 秀

樹さんの 3 人が代 表 世 話 人を務めています。 これまで日本の演 劇 界には、大 小の 団 体が横 断 的に加 盟しているような組 織は存 在していませんでしたが、今 回は本 当に未 曾 有の事 態で、個々の団 体ごとに対 応していたのではとても解 決しない。政 世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021


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府や自治 体など向き合う組 織も数 多いし、課 題は山 積しています。 そこで、演 劇の 仕事に携わる者 同 士が手を取り合って、 ともに闘っていくことを選 択したわけです。 今 回の対 応を通して感じることですが、政 府はコロナ禍に見 舞われた舞 台 芸 術 界を真 剣に助けようとしてくださっている印 象を持っています。たとえば J-LOD live は、2 月以降に公演を延期・中止した事業者に対する補助金で、海外にダイジェス ト映 像などを発 信することを前 提に、公 演 制 作 費 用などの 2 分の 1 を一 定の条 件 で補助する制 度です。額も大きいですし、 いままではなかったスキームだと思います。 実は一 昨日、緊 急 事 態 舞 台 芸 術ネットワークの代 表 世 話 人として菅 義 偉 総 理にお目にかかってきました。J-LOD live の予 算は約 800 億 円で、使用率は現 在

50 % ほどなのですが、事 情があってまだ助 成申請できていない団 体もありますので、 本 格 的に始 動すると来 年の春までにはなくなってしまう可 能 性があります。 とはいえ、 今 年で演 劇 界が元に戻るとはとても思えず、来 年も非 常に厳しい年になるはずです 206

から、第 三 次 補 正 予 算で積み増しを計 上していただけるよう陳 情してまいりました。 まだ軽々しいことはいえませんが、総理にもご理解いただいたと思います。 永井

ご理 解いただくのは難しいのかなと思っていましたが、手ごたえをお感じに

なったのなら何よりです。支援を続けてほしいという声、 そして難解な申請書を書ける スタッフがいないとなかな か補 助 金を取るのが難し いという声もよく耳にします。 吉田

申 請に労 力が 必

要なのは課 題の一つかも しれません。J- LOD liveは、 日本のコンテンツを海 外に 紹 介するための予 算です から、海 外 向けの動 画 等 を作 成して配 信する必 要 があります。用 意すべき書 シアタークリエ 『TOHO MUSICAL LAB.』 ( 7月11日配信) ©東宝演劇部 2つの短編オリジナルミュージカルをライブ配信のみで上演


よしだ・ちよき 1964年生まれ。高校で演劇部に在籍し、劇団四季の作品にも数多く触 れるようになる。1987年、慶應義塾大学文学部卒業後、四季株式会社 (劇団四季)に入社。おもに広報営業関連セクションを担当し、東京、札 幌、名古屋、大阪、福岡など各地の広報業務を担う。2004年に執行役 員広宣部長、2008年には取締役広報宣伝担当に就任。2014年に代 表取締役に就任し、現在に至る。

類も数 多いです。必要な仕事がたくさんありますね。 永井

緊 急 事 態 舞 台 芸 術ネットワークの中には「 助っ人センター」があって、補

助 金申請についての個 別 相 談をZoomで受け付ける、 といった支 援を行っていま すね。 ああいったきめ細かな仕事は、高く評価されるべきだと思います。 吉田

大 事な仕 事ですね。経 済 産 業 省の J-LOD liveは事 業 者 向け、文 化 庁の

継 続 支 援 事 業は個 人 向けで、バランスよくフォローしていただきたいです。舞 台 芸 術は、政 府の要 請に応じていち早く自粛を行った業 界ですから、団 体 、個 人の両 方に適 切な支 援 策を求めたいです。 安孫 子

今 回 生まれたネットワークのしくみは、数々の劇 場で公 演を再 開するにあ

たって、大きな後ろ盾になったことはまごうことなき事 実です。 これまで、演 劇 界にはこ のような接 点がほとんどなかった。 この道 筋をつけてくださった皆さんにも、国に対し ても感 謝したい。演 劇の団 体はそれぞれ性 格がまったく違いますので、今 後も等しく 支 援を受けられるシステムをどうつくっていくか、考えていくことが大 事かなと思います。 永井

日本の文 化・芸 術 予 算は、国 家 予 算の 0.1%ほどで、 ヨーロッパのレベル

と比べるとひとけた違いますよね。 これを機 会に、芸 術に「 金は出すけど口は出さな い」ような、平 等で成熟した援助の道筋がつくられるといいですね。 池田

劇 場は、 ひとつの経 済 圏を形 作っています。俳 優さんやスタッフがいて、音

響や照 明の会 社があって、 シャワーのようにお金が行き渡るしくみができている。 で すから、我々が倒れるとその先はまったく干 上がってしまいます。我々は苦しかろうが なんだろうが、 ランニングを続けていかなくちゃならない。 しかし、 コロナの不 安がぬぐえない世の中で、今 後 我々の念 願である100 % 客 世界の舞台芸術を知る

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席 開 放がかなったとしても、お客 様の足はそう簡 単に戻らないと思います。特に我々 の作 品を下 支えしていた学 校 等 、団 体のお客 様は、当分 観 劇を控えていかれるで しょう。収 入がなくなれば制 作できない。 そういうとき、J-LOD live の支えは本当にあ りがたい。来 年 度も支 援が継続されることを期待しています。 永井

四 季さんは浅 利 慶 太さんの時 代から、政 治 家さんとの交 渉を大 切にして

こられました。演 劇 界 全 体としては政 治とは距 離をとる歴 史がありましたが、 それは、 経営者として現 実 的に必要なことだとお考えになっていたからなんですね。 吉田

浅 利は、自分は政 界に近いと思われているが、目的は演 劇の振 興のため

だけだと常々言っていました。私たち弟 子にも、浅 利の遺 産ともいえる人 間 関 係が 残されていますが、 そのスタンスは守っていきたいと思います。 せりふで飛沫はどれだけ飛ぶか?― 実証実験と劇場の感染対策 208

永井

ところで、四 季さんでは劇 場での飛 沫の飛び方について、科 学 的な実 証 プラス

実 験をされていましたね。NHKの『クローズアップ現 代+』 ( 2020年 7 月28日放 送 「劇団 四 季 終わりなき苦闘~密着 再開の舞台裏~」)で拝 見しました。 吉 田 『クローズアップ現 代+』の取 材 班が、緊 急 事 態 宣 言が出てから我々が公 演を再 開するまでの 2 か月間 、ずっと取 材をしてくれました。 その中で、発 話する俳 優の唾 液 飛 沫が飛 散する可能性がある距離を算出するために、可 視 化 実 験をや ることになったのです。 こうした実 験では通 常 、塵を極力減らした「クリーンルーム」 を使うのですが、実 際に劇 場でやってみようということになり、劇 団にあるだけの空 気 清 浄 機を何 十 台も並べて、塵を可 能な限り取り除いた上で実 験しました。 その ながい・たえこ 世 田 谷パブリックシアター館 長 、国 際 演 劇 協 会日本センター会 長、演劇ジャーナリスト。1980年からNHKで解説委員として活躍、 NHK初の女性局長、副会長を歴任。1997年、世田谷パブリッシ アター館長就任後はピーター・ブルック、サイモン・マクバーニーな ど世界水準の演劇公演を招請し、 『 エレファント・バニッシュ』 『春 琴』 をはじめ数多くの海外公演を実施。公共文化施設の長として 世界と日本、地域をつなぐ活動を推進している。


結 果 、舞 台 上で発 話する俳 優の飛 沫がどう飛ぶのかがわかりました。 これは、 この 番組の取 材がなければわからなかったことですね。 永井

飛 沫の飛 距 離がクリアになったことで、劇 場の感 染 対 策がしやすくなりまし

たよね。 吉田

公 演 再 開 当 初は、一つおきに空 席を設けた「 市 松 模 様 」での販 売が義

務 付けられていたのですが、実はあれにはあまり意 味がないこともわかりました。最も 重 要なのは、お客 様 全員がマスクを着用しているか否かです。放 送はされませんで したが、 マスクをした観 客が客 席に座って、一 人がくしゃみをするという実 験をしまし た。 その結 果 、 マスクさえしていれば、可 視 化できる飛 沫が隣の席まで飛ぶことはほ とんどありませんでした。 安孫子

歌舞伎は花道がありますのでね。本来なら花道でせりふをしゃべるシーン

を舞 台 上でやってもらったりと、 いろいろ演 出を変えて対 応しています。実 験で具 体 的な結 果を出していただいたから、対応を考えやすくなりました。

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吉 田 『クローズアップ現 代+』の放 送されなかったテープの中には、我々の試 行 錯誤と、 「 学び」を得るまでのプロセスが克明に録画されているはずです。今 後のた めの大 切な記 録として、NHKさんには保存をお願いしたいですね。 リモート、ICT時代の舞台芸術 永井

リモートによる演 劇 的な実 験も、数 多く行われました。非 常に華々しくデ

ビューを飾られたのが、6 月 27日から配 信 上 演された( 松 本 )幸 四 郎さんによる ずぅ む

「 図 夢 歌 舞 伎『 忠 臣 蔵 』」ですね。 それともう一つ感 心したのが、NHK『にっぽん の芸 能 』 とコラボレーションした日本 舞 踊プロジェクトです( 7 月 3 日放 送「 踊れ、今 こそ~ 幸 四 郎と舞 踊 家

47人の挑 戦 ~」)。 リモー トで 47人 の 舞 踊 家と 『夢 追う子 』という舞 踊 作 品 を制 作したほか 、2 分 程 世界の舞台芸術を知る

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度の振 付「 幸 四 郎と踊ろ う」を公 開され 、全 国から 動 画を募られましたね。子 どもやアマチュア、 さまざま な人が自宅で踊る動 画を 図夢歌舞伎『忠臣蔵』 ( 6月27日~配信) ©松竹株式会社 左から大星由良之助、塩冶判官(共に松本幸四郎)

見て、ああ、みんな踊りた いんだ、体で表 現したいん だなということがよくわかり ました。あれは幸 四 郎さん 独自の発 想なんですか。 安孫子

彼はもともと、舞

台に新 技 術を取り入れる ことには 熱 心 で 、松 竹 の

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若い 社 員と相 談しながら 図夢歌舞伎『忠臣蔵』 切腹する塩谷判官(松本幸四郎) ©松竹株式会社

取り組んでいました。実は これまで 、舞 台 作 品 の 配 信自体 、 まったく進んでい

なかったのです。今 回の試みによって、配信の道が開かれました。 先ほど池 田さんがおっしゃったとおり、3 月の時 点では、公 演を延 期するといって は中止 、 さらに延 期するといっては中止になるということが何 度も続きました。俳 優さ んたちの疲 弊もすごかったけれど、お客 様にとっても、前 売りを買ってくださったのに キャンセルということが何 度も続いてしまった。 これではあまりにも申し訳ない。お客 様 に何かお返しをしなくてはと俳 優さんも我々も思いました。 そこで、無 観 客で 3 月公 演の舞 台を撮 影し、 それを無 料で配 信させていただいたんです。 この試みで、高い 壁を一 気に越えました。5 月末には、YouTube チャンネル「 歌 舞 伎ましょう」を開 設 して、俳 優さんたちがトークショーをやるようになったり、 「 図 夢 歌 舞 伎 」をつくった りね。今 、俳 優さんたちが皆 、舞 台で演じる機 会を失ってこもっているけれど、 この


間に映 像を通じて発 信していくことで、少しでも歌 舞 伎というものに関 心を寄せて いただかなくてはと、皆が考えるようになったのです。 永井

ふだん劇 場に来ない人に歌 舞 伎を紹 介する機 会にもなりましたし、映 像な

らではの面白さの発見にもつながったのではないでしょうか。 安孫子

ええ。つらい時 期でしたけれど、映 像への既 成 概 念ががらっと変わったこ

とだけはよかったなと思います。

12月 4 日から、 『 滝 沢 歌 舞 伎 ZERO 2020 The Movie 』が全 国の松 竹 系 映 画 館で上 映されるのですが、 これもコロナ禍があったからこそ生まれた作 品です。 『滝 沢 歌 舞 伎 ZERO 2020 』は、 もともと 7 、8 月に新 橋 演 舞 場で上 演される予 定だっ たのですが、中 止になってしまい、演 出の滝 沢( 秀 明 )さんも頭を抱えていて。チ ケットの払い戻しはしなくてはいけないし、俳 優さんは表 現の場を失ってしまう。 そこ で、7 月に 2 週 間ほどかけて、演 舞 場に何 台ものカメラを入れて舞 台を撮 影し、映 像 作 品として完 成させました。無 観 客なので、 さまざまな演出を加えることができ、演 劇とも映 画ともつかない新しい表 現になったと思います。10月初 旬から新 橋 演 舞 場 と、名 古 屋 御 園 座さん、京 都 南 座で先 行ロードショーを行いましたが、チケットは即 日完 売になりました。松 竹の映 像 制 作 部 門と営 業 部 門が協力して、 これまでにない 興行のかたちをつくることができました。 永井

リモートによる新たな可能性が生まれたのですね。東宝さんはいかがですか。

池田

最 近でこそ、 ライブビューイングなど映 像 化された舞 台が身近になってきまし

たが、長らく、演 劇 人は皆、舞台と映像は相容れないものだと考えてきたのではない でしょうか。我々もこの状 況 下で、 いくつもの作 品の映 像 化に取り組みまして、配 信 は新しいお客 様の創 造のために、非 常に役 立つものだと実 感しました。公 演 再 開 直 後に上 演したコンサート形 式の作 品は、 ちょうど約 2 時 間の尺に収まりましたし、 映像としても切り取りやすく、配信にふさわしいものに仕上がったと思います。お客様 にもご好 評いただいて、多くの視聴を集めました。 ただ、海 外 作 品の場 合 、権 利の問 題で映 像 化が難しいという大きな課 題があり ます。我々はこれまで、 ブロードウェイやウエストエンドの背中を見ながら作 品づくりを 世界の舞台芸術を知る

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してきましたが、現 在は残 念ながらどちらも活 動を休 止しています。海 外の「 背 中 」 が見えない今 、映 像 化もしやすいオリジナル作 品にますます力を入れなくてはならな いと感じています。 永井

配 信のみならず、地 方や海 外との打ち合わせにも、 リモートは便 利ですよね。

池田

海 外の演 出 家や振 付 家が渡 航できなくなっていますからね。 いま、 ブロード

ウェイには仕 事のない方がたくさんいますので、ふだんなら手の届かない著 名なダ ンサーの方々が、協力して振り写し用の DVDをつくってくださったりしているんです。 その映 像をもとにこちらで稽 古をして、振 付 家がリモートでダメ出しをする、 といった 方 法でリハーサルを進めました。 リモートはリアルな演 出や振 付にはかなわないとい う限界も見えてきましたけれど、助けになる面はたしかにありますね。

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永井

四 季さんも映 像 配信をなさっていますよね。

吉田

池 田さんがおっしゃるとおり、海 外 作 品は映 像 化が難しいので、自分たち

でライツをコントロールできるオリジナル作 品を創 作する必 要があると思っています。 我々も遅ればせながら、今月末に新 作オリジナルミュージカル『ロボット・イン・ザ・ ガーデン』を初めてライブ配 信します。 リモートでの稽 古も、 この作 品で初めて経 験 しました。 ロボットのパペットが出てくる作品なんですが。 永井

拝 見しました。 かわいいですね、 あのロボット (笑 )。

吉田

あれは、 イギリスのデザイナーに作 成を依 頼したんです。来日して操 作 方 法

を指 導していただくはずだったんですが、 それができなくなってしまった。すべてがリ モート稽 古になりました。稽 古 用に、本 物にそっくりな小さなパペットを作ってくれて、

劇団四季『ロボット・イン・ザ・ガーデン』 リモートでの稽古の様子


画 面 越しに「 手はこうやっ て上げるんだよ!」というふ うに 教えてくれまして 。相 当苦労はしましたが、 こうい う方 法もあるんだということ はわかりました。 永井

今 回 は 、公 演 の

劇団四季『ロボット・イン・ザ・ガーデン』 ( 10月3日~・自由劇場) 撮影:阿部章仁

中 止 や 延 期で 突 然 空 白 期 間ができました。新しいクリエイションについて考えたり、実 験したりする時 間が生 まれたのは、 ありがたかったかなと思います。 吉田

そうですね。 それにしても、 ロンドンやニューヨークの状 況は深 刻です。劇 場

の再 開は 2021 年の秋まで無理だろうと、演劇関係の友 人たちは皆 言っています。 永井

秋までですか。

吉田

たとえ夏に活 動できる状 況になっても、稽 古も必 要ですし、装 置も稼 働でき

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るかどうかを点 検しなければなりません。公 演 再 開には、 かなりの時 間が必 要になる のではないでしょうか。 安孫子

MET(メトロポリタン歌 劇 場 ) も、2021年の 9 月末までは休 業だという決

断を、2020年 9 月末の時点でされていましたね。 吉田

先日、 『オペラ座の怪 人 』を新しい劇 場でオープンしたところ、 アンドリュー・

ロイド=ウェバーから、熱 量のある感 謝のメールが届きました。彼らも相当ストレスを 感じていると思います。 コロナ禍の先へ― 今後の舞台芸術の可能性 永井

今 回のコロナ禍をとおして、 日本の舞 台 芸 術をめぐる課 題について、 あらた

めて見えてきたこともあるのではないかと思います。皆様はどうお感じになりますか。 池田

演 劇が「 不 要 不 急 」という言 葉でくくられてしまったことがショックでしたけれ

ど、逆にそこにとどまらないものだということも、主 張できたんじゃないかという気がして 世界の舞台芸術を知る

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います。 先日、プロ野 球を観る 機 会がありまして、観 客の 少 ない 中 での 試 合 で 打 球 音 が 球 場 中に 響き渡 『ナイツ・テイル』in シンフォニックコンサート (8月10日~22日) ©東宝演劇部 左から井上芳雄、堂本光一

る。打った瞬 間に、素 人の 私ですら「ホームランだ!」

と直 感でわかるんです。 ああいう感 覚は、現 場でないと絶 対に味わえない。 ライブで あることは何 物にも代えがたい、負けないものなんだと認 識をあらたにしました。 「不 急」かといわれれば議論はあるかもしれませんが、 「不要 」ではまったくない。 政 治 的に見れば、残 念ながら舞 台 芸 術はこれまで文 化のセンターにはいなかっ たと思います。でも、長いステイホームの期 間を経て公 演にいらしてくださったお客 214

様の顔を見て、 ライブの演 劇がどれだけ人の心を癒すものか実 感できました。 コロ ナ禍があったからこそ、演 劇の力が世の中で注目され、 これは決して「 不 要 」では ないと皆さんが気づいてくださったのではないかと思います。 「緊急事態舞台芸術 ネットワーク」という演 劇 人どうしの横のネットワークができ、あらためて公に対して、 我々の立 場を主 張することができた。 それは非常に意義のあることだったかなと。 永井

歴 史 的にみると、おそらく古 代までは、芸 能 文 化の地 位は国 家 的に大き

かったけれど、 その後 長い間 、舞 台 芸 術は社 会の中 心には位 置していなかったと 思います。江 戸 時 代には能が武 家の式 楽と認 識されたりはしていますけれど、庶民 に人 気のあった歌 舞 伎は、政 治 的には隅に追いやられていた。 そういうDNA が今 もずっと続いている気がします。音 楽もダンスも演 劇も、生きていくうえでなくてはなら ないものです。 この機 会に、 このことをあらためて確 認して、演 劇を日本 社 会の中に 定着させたいなと思いますね。 世 田 谷 区は 9 月から、世 田 谷 区 内の劇 場・劇 団・劇 団員などを支 援するクラウ ドファンディングを始めたのですが、四 季さんは早い段 階でクラウドファンディングを されましたね。


吉田

6 月にクラウドファンディングを実 施しました。これを決 断した理 由は、 もち

ろん我々自身の資 金 需 要ためでもあるんですが、演 劇 界 全 体が困 窮していること を、ふだんお芝 居を観ない方々にもわかっていただく必 要があると思ったからです。 我々はそれなりに知 名 度のある大 手の団 体だと思いますが、 それですら大 変な事 態に陥っている。 そのことを知っていただくことで、演 劇 業 界 全 体が置かれている苦 境を社 会に対してアナウンスするという意 味が大きかったですね。実 際 、多くの方が ご支 援をくださいました。大変感謝しています。 永井

子どもの頃に、四 季のミュージカルを楽しんだお客 様はたくさんいると思いま

す。 その方々が大 人になってもずっと観に来るようになれば 、演 劇 全 体の位 置づけ も変わるかもしれませんね。 吉田

今 回ご寄 付をくださった方の中にも、我々のファミリーミュージカルを観て

育った方がたくさんいると思います。 コロナ禍 以 前には、小 学 6 年 生に無 料で、学 校の行 事としてファミリーミュージカルを見せる「こころの劇 場 」という活 動をやって おりましたが、 このような状 況なので、現 在はお休みしています。 コロナの収 束 後に は、必ず復 活しようと思っています。 永井

歌舞伎座も、早くお客様で満員にできるとよいですね。歌舞伎座は、お芝居

を観る場であり、一つの社 交 場でもあるというところが、欧 米のオペラ劇 場と似てい るところがあると思います。 安孫子

我々は昔から、演 劇は生 活に必 要なものだと思ってきたわけです。今 回

のコロナ禍で、 ご高 齢のお客 様が戻ってきてくださるかどうか心 配していたけれど、 本当にお好きな方たちは歌 舞 伎 座が開いたとたん「 待ちに待った」という感じで来 てくださった。やっぱり必 需 品なんだと、今つくづく感じています。 これまで私たちは、団 体のお客 様の動員を想 定して興 行の規 模を考えてきまし た。今 回のことで、団 体のお客 様が一 挙に減 少してしまうとなるとどこまでできるのか。 我々が今までやってきたことも間 違いではないけれど、 こういうときこそ大 切なのは、 芝 居に思いを寄せてくれるお客 様をどれだけ増やせるかということです。四 季さんは おそらく、意 識してそういうお客 様を育ててこられた。尊 敬しつつ、 そのことをあらため 世界の舞台芸術を知る

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て痛切に感じています。

4 部 制は劇 場の負 担も大きいので、歌 舞 伎 座はお正月から 3 部 制にと考えて います。 いつの日か 100 % のお客 様を迎えることを目指して、少しずつシミュレーショ ンを立てています。2020年の 2 、3 月から様々なことを経 験してきましたが、 この冬を どう乗り切るか。来 年は転んでもただでは起きないぞと、皆さん思っていらっしゃるん じゃないでしょうか。 永井

いま、再び感 染 拡 大でいやな状 況になってきていますけれど、 ここで安 全 管

理をしっかりつつクリエイションにも力を入れ、踏ん張らないといけないですね。歌 舞 伎 座さんも、 リモートを活 用されたり、 ( 坂 東 )玉 三 郎さんが生と映 像をミックスした 舞台表 現をされるなど、 このところ新しい試みをなさっていますよね。 安 孫 子 (中村 )吉 右 衛 門さんが、長いステイホームの時 期に何か作 品づくりをし いちの た に ふたば ぐ ん き

たいとおっしゃって。 『 一谷 嫩 軍記 』 をもとに、熊 谷と敦 盛の話をご自分で脚 本 化し すまのうら

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て『 須 磨浦 』 という作品にまとめ、観世能楽堂をお借りして素で演じ、8 月末に配信 したんです。能、浄瑠璃、歌舞伎の様式を融合させたような新しい作品になりました。 幸 四 郎さんの「 図 夢 歌 舞 伎『 忠 臣 蔵 』」も、技 術 的に不 都 合なこともいろいろあ りましたけれど、 オンライン上で祖 父である初 代( 松 本 )白鸚さんと初めて共 演でき たわけです。 そういうピンチをチャンスに生かしながら新しいものをつくっていくことが、 こういう時 期だからこそ一層大事なのではないかと思いますね。 永井

お二 人にも、 コロナ禍の経 験を踏まえ、 これからの夢についてお話しいただ

けますか。 池田

今後、 ますますリモートは定 着していくと思います。 その効 用も、定 着する理

由もよくわかるんですが、一 方で、何か箱に閉じ込められたような窮 屈さを感じます。 同じ会 議でも、 リモートだと雑 音が聞こえてこない。現 場で誰が何に困っているとか、 誰に文 句があるというようなことが、上の人には伝わりづらい面があります。私自身、 「 閉じた社 会 」が実 現してしまうのではないかという危 惧をもっています。 しかし、 そ んなときこそライブの出番ではないでしょうか。 劇 場では、隣には自分と同じお客 様がいて、舞 台の上では演 者が演 技をしてい


中村吉右衛門 配信特別公演『須磨浦』 ( 8月29日配信・観世能楽堂) 撮影:鍋島徳恭

©松竹株式会社

る。生身の人 間 同 士がつくりだす熱 量や温かさは、今の ICT 化した世の中にいち ばん欠けているものだと思います。 ですから、今 後もお客 様に、温かく熱のあるものを お届けするというのが理想です。 一 方で、矛 盾した言い方ですけれど、劇 場に来られないお客 様のために映 像や ヴァーチャルも、活 用せざるをえません。 その場 合 、人 間の想 像力を刺 激して生の 舞 台を想 起させるような作 品をつくることも可 能ではないかと思います。 「ライブ」を 基本に、 さまざまな方 向性が考えられる。 先ほど安 孫 子さんがおっしゃったように、我々も団 体のお客 様に頼ってきた面が ありますが、今 後は、演 劇は生 活に必 要という気 持ちのはっきりしたお客 様をどんど ん増やしていきたいと思います。 いわゆるシアターゴーアーのお客 様で客 席が構 成 され、舞 台と客 席の間に熱い交流が生まれる。 そんな劇 場を夢 見ております。 吉田

コロナ禍に遭 遇し、 「 演 劇とはいったいなんだろう」という疑 問と改めて向き

合う日々を送っています。演 劇の「 一 丁目一 番 地 」は何なのか。 オンライン配 信や 映 像 、会 議 用ソフトを使った演 劇が研 究されてはいますが、 それが完 全な演 劇の 代替 手 段になるとはどう考えても思えない。新しい可能 性は感じますが、 あくまでも生 の舞 台がベースにあって、 それを補 完する役 割を担うものだと思います。池 田さん がおっしゃったとおり、演 劇の強みは「 生 」です。 そして「 生 」とは何かといえば 、演 者と観 客が同じ時 間 、場 所を共 有する同 時 性であり、同じ作 品を上 演しても、同じ 世界の舞台芸術を知る

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舞 台は二 度とないという一 回 性なのだと思います。 この同 時 性 、一 回 性を、実 際の 舞台以 外の方 法で補える手段が、 いくら考えても見つからないんですね。 となると我々は、演 劇の「 生の熱 量 」というものを、大 事にしていくしかないんじゃ ないか。劇 場に皆が集えるようになる時 代までなんとか生き延びて、 コロナ以 前の状 態を一 刻も早く取り戻す以 外に方 法がないような気がするんです。 コロナ禍の生 活 は非人 間 的ですよね。変な話ですが、 「早く人間に戻りたい」ということです( 笑 )。 とはいえ、 目の前に迫る経 営 上の問 題や、観 客や俳 優 、 スタッフの健 康を守るこ とには全力で対 応していかなければなりません。新しいマネタイズの施 策にも積 極 的に取り組み、感 染 対 策と観 客 動員の両 立を図り、何とかして収 束まで生き延び る。 そしていつの日か、人間に戻れたことを心から喜びたいと思います( 笑 )。 永井

良い芝 居 、良いミュージカルを観ると、本当に幸 福 感で一 杯になりますね。 そ

の熱 量を伝え続けるべく、お三 方には今 後とも頑 張っていただきたいと思います。本 218

日は、本当にありがとうございました。 * 座 談 会 開 催 後の 11月下 旬 、 コロナ感 染 者 数が急 速に増 加し、2021 年 1 月には

11都 府 県に再び緊 急 事 態 宣 言が出された。対 象 地 域でのイベントには人 数の上 限が設けられ、開 催 時 間は午 後 8 時までに短 縮するよう求められている。 この事 態 を受け、政 府は演 劇やコンサートなどのイベントを中 止した主 催 者に対し、会 場の キャンセルやチケット払い戻しなどにかかる費 用を、1 公 演ごとに2,500万 円まで補 助する新たな支 援 策を導 入する方 針を固めた。公 演を自由に打てない厳しい状 況であることに変わりはないが、緊 急 事 態 舞 台 芸 術ネットワークをはじめとする演 劇 人の行 政への働きかけが功を奏したといえる。 公 演のあり方は、今 後も状 況に応じて変 化していくに違いない。1 月17日には新 橋 演 舞 場での「 初 春 海 老 蔵 歌 舞 伎 」千 穐 楽が、歌 舞 伎 本 興 行では史 上 初とな るオンライン生 配 信されるなど、新しい試みは続いている。


とはいえ、本 座 談 会で語られた、舞 台 芸 術の本 質は「 生 」であること、時 間と空 間と熱を共 有してこそ演 劇であるという考え方は、 ジャンルや立 場を越え、すべての 演劇 人に共 通する思いであることは間違いない。

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(構成・文:坂口香 野 / 撮 影:石 澤 知 絵 子 )

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スペインかぜ感染予防のためのポスター。流行が収束した1922年3月に発行された報告書、内務 省衛生局編纂『流行性感冒』に掲載された。 提供:厚生労働省健康局情報管理室

[シアター・トピックス]

10 0 年 前 の ス ペ イン か ぜと 同時代演劇 後藤 隆基

2020 年 2 月26日、政 府から「 新 型コロナウイルス感 染 拡 大を防ぐ ためのイベントの開催自粛要請」の方針が発表され、数多くのイベン トや舞 台 公 演 、展 覧 会 等が中止や延 期という苦 渋の決 断を余 儀な くされた。4 月 7 日の特 別 措 置 法に基づく緊 急 事 態 宣 言 発 出 後は 中止や延 期が前 提となり、数か月にわたって文 化 活 動はほとんど機 能を停 止した。歴 史をふり返っても例のない、文 字どおり未 曾 有の


事 態である。5 月25日に全 国で緊 急 事 態 宣 言が解 除され、舞 台 芸 術 界でも再 開の動きがはじまった。12月現 在にいたるまで、細 心の 対 策をとりながら劇 場の扉は開かれているが、幕 内での感 染 者を伝 えるニュースも途 絶えることがない。 まだまだ先の見 通せない状 況は 続いている。 新 型コロナウイルス感 染 症をめぐる事 態のなかで、 しばしば 話 題 に上るのが、約 100 年 前 、1918 年から1920 年にかけて世 界 的に猛 威を振るったスペイン・インフルエンザ― いわゆる「スペインかぜ」 である。世 界 人口の 3 ~ 5 %にあたる5,000万 人 以 上が犠 牲となり、 第 一 次 世 界 大 戦 終 結の遠 因にもなったこの病は、1918( 大 正 7 ) 年以降、 日本でも「 流 行 性 感冒」などと呼ばれて流 行し、当時の人 口 5,500万人のうち約半数が罹患、1 %近くが亡くなったという。1923 ( 大 正 12)年に発 生した関 東 大 震 災による死 者が約 10万 人だか

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ら、 その 5 倍 以 上の犠牲者を出した勘定になる。

20 世紀初めに世界を襲ったパンデミックについては、歴史人口学 あきら

者の速 水 融による 『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ

人 類とウ

イルスの第 一 次 世 界 戦 争 』 ( 藤 原 書 店 、2006 年 )が日本でもっとも 詳しい研究書だが、同書の刊行までまとまった研究はなかった。新型 コロナウイルス感 染 症の流 行 下に読みなおされた書 物のひとつであ り、本稿のスペインかぜに関する記述も同書に負うところが大きい。 しかし、 スペインかぜ流 行 下の文 化がいかなる状 況にあったかは、 あまり知られていない。過 去を参 照するひとつの窓として、 ここに100 ひもと

年 前の記 憶を繙く所 以である。 3 年にわたり流行を繰り返したスペインかぜ ひと たば

作 家の岸 田 國 士が「 風 邪 一 束 」という文 章を1929( 昭 和 4 )年

1 月 3 日付『 時 事 新報 』に寄せている。 世界の舞台芸術を知る

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「かの流 行 性 感冒といふ曲 者は、近 時 、 「スペインかぜ」なる怪しく かざ

も美しい名を翳して文 明 国の都 市を襲ひ、あつと云ふ間に、幾 多の 母や、夫や、愛 人や、子 供や、女中の命を奪つて行つた。同じ死 神 コ

でも虎 列 剌 や、黒 死 病と違ひ、 インフルエンザといへば、 なんとなく、 そ はく さ

かす

の手は、細く白く、薄 紗を透して幽 かな宝 石の光りをさへ感ぜしめる ではないか」 流 行から約 10 年 後 、岸 田は「 風 邪 」という「 年 久しくその名を聞き、 かつ

常に身辺にそれらしいものゝ影を見ながら、未だ嘗 てその正 体をしか と捉へることの出 来ないもの」について所 感を述べながら、 スペインか ぜの脅 威を綴る。詩 的な筆 致がむしろ得 体の知れない病の恐 怖を あらわしている。 速水融の前掲書によれば、 スペインかぜは大きく分けて 3 回、 日本 を襲った。

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第 1 波は「 春の先 触れ」と呼ばれる

1918 年 5 月から 7 月までとされる。高熱 で寝 込む者は何 人かいたものの、死 者はほぼ 出なかったという。5 月の大 相 撲 夏 場 所は罹 患した力 士の休 場 す も う

が 多かったために「 角 力 風 邪 」ともい われた。 ウイルスの伝 播において、変 異 の準備期間とされる。 夏を生きのびたウイルスは一 変し、 秋から冬にかけて流 行の第 2 波が起 こった。1918年 10月から翌 年 5 月頃ま での「 前 流 行 」と呼ばれる時 期がそれ マスクの着用を推奨するポスター (内務省衛生局編纂『 流 行性感冒』掲載) 提供:厚生労働省健康局情報管理室

にあたり、26万 6,000 人が犠 牲になっ た。 とくに 1918 年 11月は被 害が 甚 大


で、学 校の休 校 措 置がとられ、交 通や通 信 環 境にも障 害が生じた。 死 者は翌 年 1 月に集中し、火葬場が大混雑になるほどであった。 第 3 波は、1919( 大 正 8 )年 12月から翌 年 5 月頃まで。死 者は 18 万 7,000 人 。 これを「 後 流 行 」と呼ぶ。 「 前 流 行 」では、致 死 率は低 かったものの多 数の罹 患 者が出たため、死 者 数も多かった。一 方 「 後 流 行 」の罹 患 者は少なかったが、5 %が死 亡している。つまり、 致死 率が高かったということになる。 夏には一 度 落ち着きをみせるも、秋や冬から翌 春に復 活 、 というパ ターンでウイルスは変 異し、流 行をくり返していく。大きな三つの波の あとも収 束までは時 間を要し、 スペインかぜは長らく日本に居 座り続 けたのである。 明治座公演稽古中の島村抱月の死

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このパンデミックで命を落とした著 名 人は少なくないが、 よく知られ ているのが、文 芸 評論家で劇作家、演出家の島村抱月だろう。 ちょうど第 2 波の兆しがあらわれはじめた 1918 年 10月下 旬 。抱月 率いる芸 術 座は、11月の明 治 座 公 演を控え、舞 台 稽 古の真っ最中 だった。 そんな折 、看 板 女 優の松 井 須 磨 子が感 染 。当 時 、妻 子や 社 会 的 地 位を捨てて須 磨 子と同 棲していた抱月も、看 病するなか で感染してしまう。 明 治 座での稽 古に立ち会っていた秋 田 雨 雀も同じタイミングで罹 患し、 日記に自身の病 状や抱月、須 磨 子のことを書いている (『 秋 田 雨雀日記 』第 1 巻 、未来社)。

10月 23日、雨 雀は抱月をはじめ芸 術 座の座員らと稽 古 後の盃を 共にしており、数日後に発 症の記 述がある。 「 風 邪 。ひじょうな発 熱! 苦しい。身 体が 痛んでしかたがない」 ( 26日) 世界の舞台芸術を知る

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「風邪。 ますますいけない。全 身が 痛む。発 熱 。 ( 流 行 性 感 冒 )」 ( 27日) もしも稽 古 場や酒 席で感 染したとすれば、抱月や須 磨 子も同 様の 感 染 経 路ではなかったか。 雨 雀は軽症だったのだろう。 まもなく快 癒し、抱月らを見 舞っている。 「すこし心 臓が弱いので、島 村 先 生は呼 吸 困 難を感じていられる 由だ。医 者を呼んで診てもらったそうだ。須 磨 子はかなりよくなったよ うだ」 ( 30日) 翌日も、抱月の病 状が「かなり悪いので明 治 座へはゆかれないよ うだ」と記している。 徐々に回 復した須 磨 子は舞 台 稽 古に復 帰 。 しかし、抱月は発 症 から約 1 週 間 後の 11月 5 日、肺 炎を併 発し、午 前 2 時 過ぎ、泉 下の 224

人となってしまった。明 治 座の舞 台 稽 古が未 明までかかったため稽 古 場に危 篤の報が 入った。須 磨 子をはじめ、座 員は誰も間に合わず、最 期を看 取ったのは主 治 医と看 護 師だけであった。抱月の師 、坪 内 逍 遙 は「 島 村 滝 太 郎 病 死す 子の風 邪を介 抱中発 病

先月三 十 一日

すま

にわか

昨 夜 俄ニ心 臓 麻 痺を

起して逝けりといふ!」とその日の日記に書いている (『 未刊・逍遥資料集 一 』逍 遥 協 会 )。 主 宰 者の抱月逝 去 後 、明 治 座は予 定から 1 日 遅れで初日の幕を開けた。須 磨 子は以 降も舞 台 に立ち続けたが、翌 年 1 月 5 日、有 楽 座での公 演 中に、抱月のあとを追って縊 死を遂げる。 この事 件 が、抱月の死を人びとの記 憶にとどめてきた一 因 書斎の島村抱月 (1871~1918)。東京専門学校 (現・早稲田大学)文科卒業。英独に留学後、師 の坪内逍 遙と文 芸 協 会 設 立 。1913年に松 井 須磨子と芸術座を結成(日本近代文学館蔵)

でもあったにちがいない。 抱月と同 時 期に罹 患した芥 川龍 之 介は、友 人


らへの 書 簡 にスペインか ぜで 寝 込んでいると記し すす きだ きゅう きん

ており、薄 田 泣 菫 宛ての 書 簡では、抱月についても ふれられている (『 芥 川 龍 之介 全 集 』第 18 巻 、岩波

1918年11月7日、牛込の芸術倶楽部で行われた島村抱月の告別式。松井須磨 子、中村吉蔵、脚本部員、技芸員らが参列した (日本近代文学館蔵)

書店 )。 「インフルエンザは御用心なさい。 なつたらちよいとでも無 理をしちや たちまち

駄目ですよ。忽 猛 烈にぶり返します。私も起きて一 回 原 稿を書いたん でひどい目にあつたのです。島 村さんもさうだらうと思つてゐます。昨 日床をあげました」 ( 11月 9 日付) なお、芥 川は翌 年 2 月に再 度 罹 患し、3 月に実 父をスペインかぜ で亡くした。

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抱月の死を、 スペインかぜが文 壇に与えた大 損 失と悼む歌 人の 与謝野晶子が、11月10日付『 横浜貿易新聞 』に「感冒の床から」な る一 文を寄せている。 これが新 型コロナウイルス感 染 症 流 行 下にイン ターネット上で話 題を呼んだことは記憶に新しい。 与 謝 野 晶 子は、自身の子が学 校で感 染し、家 庭 内にひろがった いち

と記す。 さらに「 政 府はなぜ 逸 早くこの危 険を防 止する為に、大 呉 服 店 、学 校 、興 業 物 、大 工 場 、大 展 覧 会 等 、多くの人 間の密 集す る場 所の一 時 的 休 業を命じなかつたのでせうか。 そのくせ警 視 庁の 衛 生 係は新 聞を介して、成るべく此 際 多 人 数の集まる場 所へ行か ぬがよいと警 告し、学 校 医もまた同 様の事を子 供 達に注 意して居る のです」と、政 府の対 応に憤りを隠せない。11人の子をもつ母 親の 切実な声であり、社 会に向けた警鐘でもあった。

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宝塚少女歌劇団でも感染者が続出 抱月の死から時 計の針を戻し、演 劇 界における早い段 階の感 染 事例をみてみよう。1914( 大正 3 )年に設立された宝塚少女歌劇団 ( 現・宝塚歌劇団)で、 それは起こった。 第 1 波の時 期にあたる1918 年 5 月下 旬から 6 月初 旬 、東 京 見 物も兼ねた巡 業の折 、宝 塚 少 女 歌 劇 団はスペインかぜに遭 遇した。 うめ も

と りく へい

歌 劇 団の指 導にあたっていた舞 踊 家の楳 茂 都 陸 平 は、5 月 29日 の出来 事を、 こんなふうに記している。 「 着 京当日〔 5 月 22日〕から気 味の悪い流 行 感冒の噂を耳にして ゐたが今日になつて団 員の三 四 名に襲 来した、今 買 物に行くとか いつて衣 服を着 替へ袴を附けてゐた筑 波〔 峯 子 〕君が数 分の間 に四 十 度の発 熱をやると松山〔 浪 子 〕君がおつきあひをして苦しむ、 226

楽 手の二 三 名が倒れる、一 時 一 寸 騒いだが幸に医 師の往 診 等 手 当の早かつた為めか間も無く回 復する」 (「 東 京 見 学 旅 行 記 」 『歌 劇 』第 1 号、 1918 年 8 月) 帝 国 劇 場での試 演 会や各 地での興 行もあったこの道 中は大 過 なく終えたものの、機 関 誌『 歌 劇 』巻 末に毎 号 載っている「 宝 塚 少 女 歌 劇 養 成 会日誌 」をみると、歌 劇 団 内で感 染 者が続 出していた くだり

様 子がわかる。 たとえば、1918 年 10月25日の条 。 ママ

「 世 界 的の流 行 寒 冒は歌 劇 団にも襲ふて雲 井〔 浪 子 〕、大 江〔 文 あま つ

子 〕、天 津〔乙女 〕、天 野〔 香 久 子 〕、関 守〔 須 磨 子 〕、和 田〔 久 子 〕、 宇 治〔 朝 子 〕等 順々に休 養 、役 割に大 番 狂わせを起す」 (『 歌 劇 』 第 3 号、 1919 年 1 月) トップクラスの団員が次々に感 染して、急 遽 代 役を立てるなど現 場は混 乱に陥った。 そんな中 、宝 塚 病 院に入 院していた宇 治 朝 子 が肺 炎となり、11月 5 日、母 親に看 取られて他 界してしまう。 もともと心 臓が弱かったようだが、発 症からわずか 10日余で 18 歳の少 女はそ


の未 来を奪われたのである。 翌 年になっても歌 劇 団 内での流 行は収まらない。一 度 罹 患した 者が再び感 染して入 院することもしばしば 。感 染 者が出るたびに演 目を変 更したり、代 役を立てたりしながらも公演じたいは続けられた。

5 月の帝 国 劇 場 公 演 時にも罹 患 者が出た。第 1 期 生で男 役ス ター第 1 号の高 峰 妙 子が喉の痛みで声が出ないと訴える。 しかし、 作 曲 家で音 楽 教 師の金 光 子は「 歌 手の心 中はよく解つてはゐる けれども、咽 喉がつぶれやうと、血をはこうと、今日は自分の倒れる迄 、 演らねばならぬと、云つて聞かせる」。高 峰は、涙をこらえて化 粧をす る。金 光 子もその様 子をみながら「 心の中で泣いた」という (金光子 「歌 劇 団 修 学 旅 行日記」 『 歌劇 』第 5 号、 1919 年 8 月)。 幕が開く。高 峰の独 唱の場 面を教 師の原 田 潤による独 唱や合 唱 に変 更して乗りきった。終 演 後すぐに高 峰は病 院へ行くが、 そう簡 単

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には快 癒せず、原 田や他の団員も立て続けに体 調を崩す事 態に苦 慮している ( 同 前 )。 以 降も 『 歌 劇 』の「 宝 塚 少 女 歌 劇 養 成 会日誌 」には、 スペインか ぜ関 連の記 述が散 見するが、1920 年に入ると、流 行の波が収 束に 向かうのと歩 調を合わせるように姿を消していく。 帝国劇場、歌舞伎座であいつぐ休演 スペインかぜの流 行 下にも、劇 場は平 時と変わらず扉を開けてい た。 しかし、たとえば宝 塚 少 女 歌 劇 団も舞 台に立った帝 国 劇 場では、 大 道 具スタッフの半 数 以 上が風 邪で倒れたために幕 間が延びたと いう新 聞 記 事(『 読 売 新 聞 』1918年 11月 5 日)があり、楽 屋 裏で感 染がひろがっていた可能性も否めない。 帝 国 劇 場の座 頭 格であった、歌 舞 伎 役 者の六 代目尾 上 梅 幸 は、1918年の暮れからスペインかぜに罹り、高 熱のため初 春 興 行の 世界の舞台芸術を知る

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稽 古に出られない状 態が続いた。主 治 医の勧めもあって梅 幸は休 演を決 断し、出 演 予 定だった演目は代 役を立てて急 場をしのいだ ほう らい そ

(『 東 京 朝日新 聞 』1919 年 1 月 3 日)。二 番目狂 言の『 蓬 莱 曾 我 』 そ がの ま ん こ う

で曾 我 満 江を勤めることになった女 優の初 瀬 浪 子は自分も罹 患し ていたが、梅 幸の代 役は名 誉と、病をおして舞 台に立っている (『 読 売 新 聞 』同月 5 日)。 梅 幸が病 床に臥していたのと同じ時 期 、十 一 代目片岡 仁 左 衛 門 も妻とともに年 末から高 熱の枕を並べ、歌 舞 伎 座の初 春 興 行の初 日を延 期する羽目になった(『 読売新聞 』同 前 )。

2 月、仁左衛門は避寒のため歌舞伎座を休演。予後の経過を案 じたのかもしれない。梅 幸はその後も体 調がすぐれず、横 浜に転 地 療 養するも肺 炎を併 発し、容 体は芳しくなかった(『 読 売 新 聞 』同 年 228

2 月 11日)。歌 舞 伎 座の 2 月興 行に参 加を予 定していたが断 念せ ざるをえず、本復まで時間がかかった。 みぎ た のぶ ひこ

1920 年には、帝 国 劇 場の脚 本 主 任だった劇 作 家の右 田 寅 彦

が感 染ののち肺 炎を併 発 、1 月 8 日に入 院したが、11日に命を落と す。右 田 家も一 家 全員が感 染していたという。一 人が罹 患すると家 庭 内にひろがる感染力の強さがうかがえる。 奨励されたマスクの着用と患者の隔離 しょう け つ

内 務 省 衛 生 局 編 纂の『 流 行 性 感冒 』によれば 、猖 獗 のやまない

1920 年 初め、感 染 拡 大 防 止 措 置として、マスクの使用や患 者の隔 離 、状 況に応じたイベントの見 合わせや学 校 閉 鎖などが奨 励されて いる。劇 場や寄 席 、活 動 写 真 館 等については「 流 行 時には入 場 者 の『マスク』使 用を奨 励し衛 生 施 設を一 層 厳 密にし状 況に依り興 行を見 合はすこと」と呼びかけていた( 結 局 、劇 場や活 動 写 真 館が 閉まることはなかった)。


飛沫感染の危険を伝える新聞記事(『東京朝日新聞』1918年10月25日朝刊)

マスクは飛 沫 感 染を防 ぐために必 要 不 可 欠であ り、当 時 の 状 況を伝える 象徴 的なアイテムであった。 「 患 者に近 寄るな

などの飛 沫から伝 染

が西 班 牙 風 邪の絶 頂 」 (『 東 京 朝日新 聞 』1918 年 10月25日) 流行が起こって以来、 こ うした 見 出しが 幾 度も紙 上に登 場し、1920 年 1 月11日付の『 東 京 朝日新 聞 』には「この恐ろ しき死 亡 率を見よ/ 流 感の恐 怖 時 代 襲 来す/ 咳 一つ出ても外 出

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するな」といった激烈な見出しのあとに「風邪除けマスクを忘れるな」 「 一 刻も早く予 防 注 射をせよ」と注 意 喚 起がなされている。同 年 2 月 8 日付『 読 売 新 聞 』には「 昨 今の流 感 患 者が全 国で百 六 十 万 はげ

/五日間の死亡者四万七千人/目下烈しいのは大阪と宮城」とい う見 出しの下 、都 下の流 行は下 火になりつつあるも、全 国 的な感 染 状況は一 層 拡 大している事態を伝えている。 その時分、鵠沼に住んでいた画家の岸田劉生は、1920 年 1 月17 日に上 京した際の様子をこんなふうに記している。 マ ス ク

「 流 行 感冒をおそれて、 うがい口 掩の用意して行く。藤 沢あたりにも 口 掩したる人あり。東 京は先日上 京の時は百人に一 人 位なりしが、 今日はも早二十人に一人半位のあてにて口掩したり。物々しき感す」 (『 摘 録 劉 生日記 』岩波文庫) てる きち

劉 生 上 京の用 向きのひとつは、実 業 家でコレクターの芝 川 照 吉

を訪ねることだった。劉 生にとって最 初のパトロンである芝川も、大 事 世界の舞台芸術を知る

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はなかったものの、 スペインかぜに臥せっていた。劉生の目に映ったま ちの風 景が、 マスクをしている人の数によって「 物々し」さを醸し出し ていく変 化は、2020 年春の光景と重なるようにも思える。 そんな世相を反映した小説に、菊池寛の「マスク」 (『 改造 』1920 年 9 月) という短 篇がある。友 人の芥川龍 之 介が二 度 罹 患し、辞 世 の句を詠むほどの重 症に陥ったこともあってか、心 臓が弱かった菊 池 寛は非 常にナーバスになっていた。小 説には、感 染が死に直 結す ると怯える主人公の心情や、当時のまちの様子が活写されている。 菊 池 寛自身を投 影していると思しい主 人 公は、極力外 出を控え、 朝夕のうがいを欠かさず、やむをえぬ外 出 時はガーゼを詰めたマス クを着 用 。 日々の新 聞に載る死 者 数の増 減に一 喜 一 憂する。春へ 向かうにつれてスペインかぜの脅 威が衰えつつあるなか、マスク姿 230

の人も減ったが、自分はつけ続ける。 しかし、第 3 波の収 束 時 期とさ れる 5 月半ば 、初 夏の日差しに照らされるとマスクをする気が薄れて いった― 。菊 池 寛の素 描を、先に引いた岸 田 劉 生の観 察と比べ

スペインかぜ第3波の猛威を報じる新聞記事(『東京朝日新聞』1920年1月11日朝刊)


ることで、数か月のあいだに起こったまちの変 化が浮 かびあがるような気がする。 流 行の大きな三つの波がひとまず去ったあとも影 響は残った。1922( 大 正 11 )年 1 月、罹 患した十 五 代目市 村 羽 左 衛 門が、高 熱とひどい咳をおして新 富座に出演したのも一例だろう。医師は休演を勧め たが、縁起のいい初芝居だからと、羽左衛門は舞台 に立ち続けたという (『 東京朝日新聞 』1 月 8 日)。

「咳エチケット」の重要性を訴えるポスター (内務省衛生局編纂『流行性感冒』掲載) 提供:厚生労働省健康局情報管理室

こうした記 録は、 まだまだ掘り起こせるにちがいない。 しかし、 この稿 を書くにあたって、 スペインかぜ流 行 下の文 化 状 況に関するまとまっ た資 料は見いだせなかった。 そうした観 点からも、今日の新 型コロナ ウイルス感 染 症にかかわる状 況を多 方 面から記 録する意 義はきわめ

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て大きい。

[付記] 本 稿は、都市出版株式会社発行『東京人』2020年12月号掲載の拙稿「スペイン かぜの記録。」を改稿したものである。引用文中のルビ・傍点・圏点は適宜略記、 ひそか 〔 〕は引用者による注記。通読の便に鑑み、私に句読点を付した箇所もある。

ごとう・りゅうき 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教。1981年静岡県生まれ。立教大学大 学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。専門は近現代 日本演劇・文学・文化。著書に『 高安月郊研究― 明治期京阪演劇の革新者 』ほ か。演劇博物館オンライン展示「失われた公演―コロナ禍と演劇の記録/記憶」 の企画を担当。

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『2020』 撮影:福永一夫

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[シアター・トピックス]

統覚の複数性 ― ダ ムタイプ の 方 へ 内野 儀 それは懐かしくも新 鮮でもある奇 妙な感 覚だった。既 視 感があり ながら、あるいはまた、単なる映 像でありながら、 〈いま、 ここ〉でこれ ほどまでに多 数の感 覚や思 考が 喚 起されることは、かなり久しぶり だったからだろうか。2020 年 3 月に上 演される予 定だったが、新 型 コロナウイルスの感 染 拡 大の影 響で上 演中止になったダムタイプの 『 2020 』 という新 作の映 像 上 映である。 それは、上 演 予 定の 3 月に いわゆる無観客の劇場で収録されたものを編 集した「 記 録 映 像 」と


して、2020 年 10月 16 ~ 18日に本 来の上 演 場 所である京 都ローム シアターのサウスホールで上映されたものだった(*1 )。

1984 年に結 成されたダムタイプはゆるやかなアーティスト・コレク ティヴで、現 代 美 術の文 脈でも頻 繁に参 照される存 在である。結 成

35 周 年にあたる2019 年には、東 京 都 現 代 美 術 館「ダムタイプ|ア クション+リフレクション」 ( 2019 年 11月16日~ 2020 年 2 月16日) とい う展 覧 会が開 催された。 この展 覧 会では、大 量の文 字 資 料とともに、 映 像 資 料やインスタレーション作 品も展 示され、大がかりなレトロスペ クティヴと呼べるものになっていた。 そこで改めて認 識したのは、 ダムタイプとして劇 場で上 演された作 (*2 ) 品 ―『 Dumb Type 1984 2019』 では「パフォーマンス」として

分 類される― は 2002年に初 演された『 Voyage 』が最 後だったと いうことである(*3 )。 したがって、 それから18 年を経て、 『 2020 』が上

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演されたことになる。 ダムタイプといっても、所 属メンバーはかなり流 動 的で、 それぞれに個 人のアーティストとしての仕 事も多い。ただ、 それ 以 上に重 要なことは, よく知られたダムタイプの創 作 方 法 、つまり、完 全に民 主 的な話し合いのなかで合 意 形 成をして作 品を作るという 方法である。 とかく観 客は、 どういうプロセスを経て作られていても、完 成した作 品の〈 強 度 〉以 外の評 価 軸をもてないので、集 団を集 団たらしめる には、暴力的でありうる権力構 造の必 要 性を、無自覚に前 提してし まう。つまり、 ひとつの固 有 名に回 収 可 能な〈 作 家 性 〉がもたらす〈 強 度 〉を期 待するのである。 その〈 常 識 〉を破ったのがダムタイプだった。 民主的な集団創造は「絵に描いた餅」になりがちだが、 ダムタイプは そこを譲らないのだ。 そのこともあって、今 回の『 2020 』のようなかなり 複 雑な集 団 的 合 意が必 要なパフォーマンス作 品が、18 年 間の長い 空白期を経ても、 なお作られ得たという事 実そのものを、 わたしたちは、 世界の舞台芸術を知る

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強い驚嘆の念をもって受けとめるべきだと思う。 このような言わずもがなの話を書いているのは、 『 2020 』における 統 覚の複 数 性こそが主 題 化されるべきだと考えているからである。 ひ 0

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とりの〈 作 家 性 〉に回 収され得ないが、だからといって、 〈 強 度 〉が拡 散してしまう類いの〈 複 数 性 〉の正 反 対にある、統 覚の複 数 性 であ 0

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る。たしかに、 この作 品のクレジットには、 『 2020 』にかかわったダムタ イプのメンバー 18 名の氏 名が、役 割などの記 載なしであいうえお順 に並んでいるだけだ。 そのそれぞれがそれぞれに貢 献することで、達 成され醸 成されて時 間とともに開 示される統 合 的でありながら複 数 的な上 演の全体性である。 『 2020』は 7 つの場面(「ダムタイプ《 2020》解説」ではチャプター 234

と呼ばれている(*4 ))から構 成される。舞 台 上には四角い穴が中央 にあいており ( 場 面によって、照 明の効 果でその穴は円形に見えるこ ともある)、背 後に白いスクリーン。 ときに、中央の穴と相 似 形に見える 正 方 形に近い黒のスクリーンが 1 つあるいは 3 つ掲げられ、 そこにさ

『2020』 撮影:福永一夫


まざまな映 像が投 影される。 それは海 図であったり、監 視カメラの映 像であったりする。 あるいはまた、舞 台 上で起きているアクションのライ ヴ映 像だったりもする。たとえばチャプター 5 では、以 下のように使わ れる。 軽 快な前 奏の中 、2 人のパフォーマーが 現れ、左 右の離れた ママ 場 所で踊る。背 景のスクリーンには 2 人の影が写り、そこでは 2 人のシルエットは重なり合い、突き飛ばし、手と手を取りあっ ている。ナット・キング・コールの『 L-O-V-E 』が 流れるなか踊る 2 人 。背 景の 3 つのスクリーンには「 L」 「 O」 「 V」 「 E」それぞれ で始まる単 語が映し出される。 (「ダムタイプ《 2020》解 説 」)

ここではスクリーンは途 中から 3 つ降りてくるのだが、水 着 姿の 2 人が横たわって瞬きで 会 話するチャプター 6 では、 またスクリーンは 0

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1 つに戻り、

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2 人の顔が 交 互に背 景のスクリーンに映し出され、瞬きで対 話を始める。対 話 の 言 葉はスクリーンに投 影され、次 第に 2 人が 放った言 葉の意 味の関 係 性により、別の言 葉が 次々に 誘 発され、無 数 の 言 葉が 空 間を埋め尽くす。やがてそれらの 言 葉は次 第にマスキングされ読めなくなっていく。 (同上)

「 無 数の言 葉が空 間を埋め尽くす」とは、四角い黒のスクリーンだ けでなく、背 景スクリーンを含む舞 台 空 間 全 体にそれらの言 葉が浮 遊するかのように投 影されるさまを指している。 そして最 後のチャプター 7 では, 再び 3 つのスクリーンになる。 サインウェーブやグリッチ、ホワイトノイズで構 成された音と同 期して、スクリーンには無 数の英 単 語が 浮 遊し、 まるでこの世 界に充 満する不 可 視の言 語 宇 宙を仮 想させる。 (同上)

オープニングのチャプター 1 で引用されていたのは、 ジェームズ・ 世界の舞台芸術を知る

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モンティース ( James Monteith)による1856 年に出 版されたアメリカ の教 科 書『 地理学入門( First Lessons in Geography)』であった。 その教 科 書は、 「 地 理 学とは何か?」 「 地 球とは何か?」 「 太 陽はどこ に沈むのか?」といった質 問 形 式で各レッスンが成り立っている(*5 )。 そうしたマクロな問いと視 点を確 保しながら開 始されるこの作 品は、 最後のチャプター 7 で「世界に充満する不可視の言語宇宙」という スケール感を感得させるイメージとともに終わることになる。

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スクリーンの下には白いボディタイツを着たパフォーマーが 横 たわり、光のラインがその身 体をスキャンしている。音 の 高 揚 と共に、ムーブメントも加 速し熱 量を帯びる。映 像も都 市の移 動そして海 図へと高 速で展 開する。やがて訪れた静 寂の中 、 冒頭の160年 前の質 問「 太 陽はどこに沈むのですか?」に対 して、自らが後ろ向きに回転していることを発見した彼女は、自 ら穴の中へ後ろ向きに落 下する。 (同 上 )

舞 台 上に登 場するのは、砂 山 典 子 、田中真 由 美 、平 井 優 子 、藪 内美佐子、 アオイヤマダ、山中透といった、 ダムタイプとのかかわりが

『2020』 撮影:井上嘉和


さまざまなパフォーマーたちである。すなわち、藪 内のような最 初 期か らの参 加 者から、今回はじめてのアオイまで、 ということになっている。 幕 開きと幕 切 れの〈マクロな視 点 〉 と〈スケール感 〉のあいだに 各チャプターは置かれている。重々しい主 題 性があると印 象 づけ る、 シャープな映 像と光と身体が織りなす上 演 空 間と大 音 響のチャ プター 1 は、 そういう非 等身大 性への期 待を観 客にもたらす。 そして、 くろ ご

大 音 響のなか登 場してきて椅 子を穴の周 囲に配 置していく黒 衣 た ちの上に、 その穴と相 似 形の黒いスクリーンが降りてきて、チャプター

2となる。 チャプター 2 では、顔が見えない黒ずくめの「 権力者 」 ( 同 上 )た ちと監 視カメラ映 像が対 比されるが、やがてその監 視カメラ映 像は、 しゅう れ ん

習近平、 プーチン、 トランプへと収 斂していく。 そのため、 ここでは、 かな りベタな政 治 性 、 そしてそれだけに陳 腐になりかねない〈 意 味 性 〉を

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帯びるかのようにも思える。 しかしチャプター 3 では、 「 権 力 者 」らしかった黒 衣の人 物たち が、 スーツを脱いで「カラ フルな装いへと変 貌 」 (同 上 )する。おそらくここでは じめて、 〈マクロ的な視座〉 (「 監 視 国 家 」 !)的 だっ たスケール感 が 、ゆっくり だが 着 実にパーソナルな ものへと変 貌していくよう に感じられる。 そのことは 、 「 カラフル な 装 いへと変 貌 」したパ フォーマーたちの 単 独 的

『2020』 撮影:井上嘉和

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の身 振りがある一 方で 、山 中 透 が 登 場して DJを「 演 じる」のに対し、 「ストップ 、 ゴー」とアナログ・レコードを いつどこまで演 奏するかを決 定する「 指 揮 者 」 (田中) と のかなり滑 稽な場 面が置か れていることでも強 調される だろう。 とはいえ、 「指揮者」 の 管 理 下に「カラフルな装 い」の人 物たちは未だとらわ れてはいる。 というのも、次々 と恣 意 的に選ばれる楽 曲に

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その身 体が 動かされる― あるいは 、楽 曲に合わせて 身 体を動かす― からだ 。 しかしやがて、 「 盤 面がテー プでどんどんマスキングされ て演 奏 不 能となり、最 後に はノイズとなる」 ( 同 上 )。 そう、 あたかも独 裁 的 権 力そのも のが 、チャラにされたかのよ うに。 チャプター 4 では、前チャ プターの参 加 者がみな去っ た後、1 人残ったかたちのパ フォーマー( 藪 内 )が、奈 落 『2020』 撮影:福永一夫(上下とも)


=穴の周りを駆け回りながら、次のような言葉を叫ぶ。 「 私の中に、爆 弾があったら、それもう一 回 食べて、 うんこにし て便 所に流したい!」 「 私の中に、ウサギがいたら、すぐに差が ついて面白くないから、やっぱりちょっと戻って、亀と一 緒に走 りたい!」 (同上)

ときに立ちどまって水を飲んだりしながら、 「 私の中に……があった ら、……したい」という形 式で、上 記を含め合 計 9 つのセンテンスが 声のかぎりに叫ばれる。 これらの台 詞 群がどこから来たのか特に示 されるわけではないが、 〈 共 生への希 望 〉 とでも主 題 化してしまいたく なるような叫びを聞くわたしたちは、 あるいは少なくともわたし個 人は、 〈 人 間の存 在 性 〉 というようなパーソナルでありながら根 源 的である 主題に触れた気がした。 それは〈危機的な身体〉 とか〈ポストヒューマ ンの身 体 〉 とかではなく、 〈 生 活 者の身 体 〉あるいは、 〈 当 事 者の身

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体〉 と言い換えられるようなものだ。 しかるに、すでに引用したチャプター 5 では、2 人のパフォーマー ( 砂 山とアオイ)がナット・キング・コールの『 L- O- V- E 』が流れるな か穴の闇を挟んで離れて踊るが、 「 重なり合い、突き飛ばし、手と手 0

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を取りあ」うのは 2 人の影のみである。 それも長 続きせず、音 楽の速 度が極 度に落ちていくと、空 間は激しく明 滅を始めて、ついには暗 転 へと至る。 つづくチャプター 6 では、 これもすでに引用したが、ある意 味 唐 突 に、水 着 姿の、すなわち脆 弱 性を印づけられたような―その一 方 で、 ヴァカンスといった〈 余 裕のある生 活 〉の感 覚を同 時に喚 起しつ つ― パフォーマー( 田中)からの糸電 話での呼びかけに応じた 2 人目の水着姿のパフォーマー(藪内)― 舞台の穴にかけられたハ シゴを登って登 場する―とのあいだの、身体を横たえて動かない 0

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ままの 眼の瞬きによるコミュニケーションが開 始される。パーソナルな 0

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『2020』 撮影:井上嘉和

レヴェルでの、眼の瞬きと 0

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いう新たなコミュニケーショ 0

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ンの回 路を通しての対 話 の試みである。 この 2 人の コミュニケーションからは、 「 別 の 言 葉 が 次 々に 誘 発され、無 数の言 葉が空 間を埋め尽くす。やがてそ れらの言 葉は次 第にマス キングされ 読めなくなって いく」 ( 同 上 )。 こうして 2 つのチャプターを通じて、 コミュニケーションの試みが失 240

敗に終わるかのように見えたあと、最 後のチャプター 7 が来る。 ここ では、高 次のデジタル的 映 像とアナログ的 高 速 身 体(アオイによる パフォーマンス)の〈 競 演 〉が続いたあと、最 終 的には、冒頭の問い (「 太 陽はどこに沈むのですか?」)に対し、 「自らが後ろ向きに回 転 していることを発 見した彼 女は、自ら穴の中へ後ろ向きに落 下する」 (同上) ことになる。 ここまで見てきたように、 『 2020 』では、 どこまでも先 鋭 化するテクノ ロジーとコミュニケーションの問 題を前 景 化しつつ、 〈人間的存在〉 の同 時 代的ありようについて、 さまざまな言 及がなされる。 そしてこれま での記 述で明らかなように、 ダムタイプにおいては、 それが主 題として 分 節 化されるだけでなく、分 節 化のプロセスそのものが主 題 化されて いるということでもある。 もちろん、 ダムタイプは何も強 制しない。何ら教 訓 的メッセージも発 しない。 コミュニケーションの多 様な可 能 性と不 可 能 性を、 〈デジタル


的〉 と 〈アナログ的 〉なさまざまな回 路を通じて、 わたしたちに届けるだ けだ。 それをわたしはすでに、 「 統 覚の複 数 性 」と呼んでおいた。 その どれにどのように反 応し、応 答するか、 あるいは反 応しないか、応 答し ないかは、観 客ひとりひとりの主体化の欲望にかかっている。

*1 その後この「記録映像」は、山口情報芸術センター[YCAM]でも上映され、さらに、 12月25日から3日間、期間限定でロームシアター京都YouTubeチャンネルを通じて無 料配信された。 *2 『DUMB TYPE 1984 2019 ダムタイプ1984 2019』 (河出書房新社、2019) *3

本作品の再演はもちろん行われており、記録によれば2009年が最後である。

*4 「ダムタイプ《2020》解説」は『2020』の各場面を日本語と英語で解説した文章 で、 「KYOTO STEAM―世界文化交流祭―2020」事業報告書に掲載するため、同 祭実行委員会チーフディレクターでロームシアター京都プログラムディレクターの橋 本裕介氏とダムタイプが共同で執筆。本稿執筆のためダムタイプの高谷桜子氏から提 供していただいた。なお、本稿の表記については、公開された事業報告書のものに従っ た。https://kyoto-steam.com/img/download/2021/archive/report_2020.pdf *5

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本書は現在でも入手可能であり、Project Gutenberg (www.gutenberg.org)等で読 むことができる。

うちの・ただし 1957年京都生まれ。演劇批評・パフォーマンス研究。東京大学大学院人文科学研 究科修士課程修了(米文学)。東京大学教授を経て、2017年より学習院女子大学 教 授 。著 書に『メロドラマの逆 襲 』 ( 19 9 6)、 『メロドラマからパフォーマンスへ 』 (2001)、 『 Crucible Bodies』 ( 2009)、 『「J演劇」の場所』 ( 2016年)等。

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『ああ、 それなのに、 それなのに』 ( 名取事務所、2018年) 撮影:坂内太

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[シアタートピックス]

〈 追 悼・別 役 実 〉

ベ ケットの 影 響 のもとに ― 別 役 実とピンター 、 ストッパ ード― 谷岡 健彦 ずいぶん前から体 調を崩されていると耳にしていたから、 けっして 突 然ではなかった。 しかし、 それでもやはり衝 撃だった。別 役 実の訃 報が流れてきたときのことだ。生 涯に144 作もの戯 曲を書き上げた日 本 演 劇界の重鎮は、2020年 3 月 3 日に82歳でこの世を去った。 別 役が、サミュエル・ベケットの強い影 響のもとに劇 作を始めたこと はもはや周 知の事 実となっている。彼の作 風を論じるにあたって、ベ


ケットの作 品を引き合いに出すのはひとつの定 石と言ってよいだろう。 ただ、 そうした論 考はすでにいくつも発 表されており、単 純に両 者を 比 較するだけでは、 なにか目新しい知 見をつけ加えるのはむずかしそ うだ。 そこで、本 稿では補 助 線を一 本 引いてみようと思う。世 界には別 役のほかにも、ベケットの影 響を受けた劇 作 家はたくさんいる。 そのよ うな劇 作 家の作 品と比べてみれば 、別 役の作 劇 術に少し違った角 度から光を当てられるのではないか。幸い、 わたしが研 究している現 代イギリス演 劇では、 『ゴドーを待ちながら』の変 奏 曲と見なせる戯 曲は珍しくない。 なかでも有 名なのは、ハロルド・ピンターの『 料 理 昇 降機 』 とトム・ストッパードの『ローゼンクランツとギルデンスターンは死 んだ 』だろう。 この二 作を参 照 項とすることで、別 役がいかなる手つき でベケットを自分の文 体に溶け込ませていったかを明らかにしていき

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たい。 ピンターの『 料 理 昇 降 機 』は 1960年 初 演の作 品だ。 ビルの地 下 室でベンとガスというふたりの殺し屋が、週 末のサッカーの試 合のこ となど他 愛のない話をしながら、 「 仕 事 」の指 示が来るのを待ってい るという設 定である。劇の中盤 、壁に付いている料 理 運 搬用の昇 降 機が急に動き出す。 この地下室は、以前レストランの厨房だったのだ ろう。昇 降 機から届く料 理の注 文に、ふたりが右 往 左 往させられるさ まは滑 稽だ。 その後 、 ガスがトイレに行っているときに、ベンのもとに指 示が届く。次の「 仕 事 」の標 的は、料 理 昇 降 機が送ってくる注 文に 対して反 抗 的だったガスだとわかるところで幕が下りる。 こ う がい

梗 概 からも明らかなように、本 作でピンターは『ゴドーを待ちなが ら』から、ふたりの男がなにかを待っているという骨 組みを借 用しつ つ、舞 台をより具 体 的な場 所へと移し替えている。ベケットが「 田 舎 道 。一 本の木 」としか記さなかった空 間を、当時のイギリスの日常 生 世界の舞台芸術を知る

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別役実(1937〜2020)

活の克 明な描 写で埋めているのである。 その結 果 、劇の設 定に現 244

実 味が増し、上 層の権 威に刃 向かったために潰される労 働 者という 政 治 性が目につくようになった。 また、ベンとガスが、 『 ゴドーを待ちな がら』のふたりのようにおたがい支え合う関 係ではなく、場 合によって は一 方が他 方の生 命を奪うこともある緊 張した関 係として提 示され ていることにも注目しておきたい。 一 方 、1966年 初 演の『ローゼンクランツとギルデンスターンは死ん だ 』で、 ストッパードは『 ハムレット』を端 役の視 点から再 構 成してみ せた。ハムレットの内 心を探るため、 クローディアスが宮 廷に呼び寄 せたのだが、ハムレットに出し抜かれてイギリスであえなく処 刑されて しまう廷 臣ふたりを劇の主 人 公に据えたのである。自分たちの置か れた状 況がよく呑み込めていないうえ、他の登 場 人 物にあれこれ指 図する権 限も持たない彼らは、 なにが起きようとも手をこまねいて見て いるしかない。 ひたすら無為に時間を過ごさざるをえないところが、 『ゴ ドーを待ちながら』のふたりにそっくりだ。ただ、たいした事 件の起こら ないベケットの劇とはちがい、 このふたりの周 囲では『 ハムレット』 とい


う濃 密なドラマが進 行している。ベケットがたっぷりと取った舞 台の 余白に、 ピンターが日常の情 景をリアルに描き込んだとすれば、 ストッ パードはそこに別の戯曲の作 品 世 界を嵌め込んだと言えばよいだろ うか。 ベケットの受 容にあたって、別 役はストッパードのような手 法を好ん で用いている。いちばんわかりやすいのは、1987年に中 村 伸 郎と三 津 田 健のために書 下ろした『 諸 国を遍 歴する二 人の騎 士の物 語 』 だろう。 「ドン・キホーテより」という副 題が示すように、ふまえられてい るのはセルバンテスの長 編 小 説だ。ただし、別 役が企 図しているの は、西 洋 古 典の名 作の舞 台 化ではない。 自分のことを騎 士だと思い 込んでいる男とその従 者が( 二 組も)登 場するほかは、人 物の配 置も 筋の展 開も 『ドン・キホーテ』から大きく懸け離れている。別 役は、遠く に巨 大な風 車が見える荒 野に『ゴドーを待ちながら』のふたりを置こ

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うとしたのだろう。ふたりのほかに誰もいなくなった幕 切れの場 面で、 はたして自分たちを殺しに来る者はいるのかと問う騎 士 2 に、騎 士 1 は言う。 「 待つんだ…… 」。 この 台 詞 の 末 尾 の「 間 」 からは、ベケットの劇の残 響が聞こえてくるようだ。本 作 のほか 、 『 卵 の 中 の白 雪姫』 ( 1988 年 )や『 風 のセールスマン 』 ( 20 09 年) 『 不 条 理・四 谷 怪 談 』 ( 2 013 年 )など、別 役 に は古 今の文 学 作 品や童 話を下 敷きにして構 築さ れた不 条 理 劇が多い。い

『風のセールスマン』 (トム・プロジェクト、 2009年初演。写真は2014年再演時のもの) 撮影:塩谷安弘

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わゆる「 本 歌 取り」はなに もストッパードの専 売 特 許 ではないし、生 前に別 役 はストッパードの仕 事に言 及 することはなかったよう に思うが 、知 的な趣 向を 好むという点で、ふたりは 意 外と資 質 の 似 た 劇 作 家だったのかもしれない。 しかし、別 役 の 作 劇 術 の特 徴を考えるうえで、 より 『卵の中の白雪姫』 ( 演劇集団円、1988年) 写真提供:演劇集団円

示 唆に富むのはピンター との近 似 性の方である。 ピ

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ンターと同 様に、別 役もまた日常 性で作 品を肉 付けすることで、独自 の境 地を切り開いた。ただ、 ピンターが登 場 人 物の話し癖や事 物を 細 密に描 写する台 詞を戯 曲に書き入れるという方 策を採ったのに 対し、別 役の劇に生 活の匂いを与えたのは技 量の高い俳 優たちで あった。

1974年に別 役は文 学 座に『 数 字で書かれた物 語 』という作 品を 書 下ろした。一 般に「 死なう団 」と呼ばれる戦 前のカルト教 団の集 団自殺事件を題材とした戯曲なのだが、構成には別役らしい巧みな ひねりが加えられている。節目節目に登 場する「 解 説 者 」によって事 件の経 緯が逐 一 報 告される一 方で、教 団のメンバーらしき人 物たち は、風 船 遊びなど事 件とは直 接 関 係のない行 為にうち興じるのであ る。作 中に、彼らがそろって食 事を摂るところも描き込まれていた。自 作の上 演を観て、別 役が刮目したのはこの場 面だ。文 学 座の俳 優 は、 どう漬 物を食べるか、 どのタイミングで味 噌 汁を飲むかなどに細か


く気を配りながら、食 事 風 景をごくしぜんに演じ、不 条 理な状 況 設 定ながらリ アルな劇 が 立ち上 がって いたのである。 別 役はよく、 ピンターの 「 演 劇は大がかりで活 気 に富んだ公 的 活 動です」

『数字で書かれた物語―死なう団顛末記―』 ( 文学座アトリエの会、1974年) 金内喜久夫演じる 「解説者」 写真提供:文学座

という言 葉を引きながら、演 劇という営 為のなかで作 者が方 法として 意 識に載せられる部 分は 20 パーセントにすぎず、残り80 パーセント は伝 統として踏 襲される部 分だと述べていた。戯曲を書くことは劇 作 家の私的な活動だから、 そこでは先鋭的な手法を自由に試せるけれ ども、 その戯 曲をもとに俳 優や演 出 家が協 同して作り上げる舞 台に

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ついては、大 部 分が容易には変 革できないものなのだということだろ う。別 役が文 学 座の上 演で発 見したのは、 この変 革できない80パー セントの部 分の豊かさではなかったか。 別 役自身が語るところによれば 、最 初の本 読みの際 、同じ新 劇の 劇 団でも、俳 優 座の俳 優が戯曲のテーマについて質 問したがるのと はちがい、文 学 座では誰もテーマなど尋ねてはこなかったという。文 学 座の俳 優は、戯曲の構 造を頭で分 析するところから始めるのでは なく、 まず「ふつう漬 物はこう食べる」 「こうやって味 噌 汁を飲むのが ふつうだ」といった具 合に身 体を動かして稽 古を進めたそうだ( 岡 室 美 奈 子・梅 山いつき編『 六 〇 年 代 演 劇 再 考 』)。 この「ふつう」と は、 これまで文 学 座という劇 団が受け継いできた演 技の基 準に照ら しての判 断であろう。 こうした明 瞭に言 語 化できない演 技 術の伝 統 とつながったことで、別 役の書く戯 曲は円 熟 味を増した。彼の用いる ベケット的な手法が、 もはや輸入品っぽく見えなくなったのである。 この 世界の舞台芸術を知る

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『 数 字で書かれた物 語 』や『にしむくさむらい』などの文 学 座との一 連の協 同 作 業を通して、別 役は不 条 理 劇を日本の演 劇 土 壌に根 づかせたと言ってもよいだろう。 もう一 点 、 ピンターと別 役の近さについて言い足しておきたい。別 役の最 初の戯 曲『 Aと Bと一 人の女 』 ( 1961年 )は、ベケットよりもエ ドワード・オールビーの『 動 物 園 物 語 』の影 響の方が色 濃く感じら れるから、別 役 作 品に初めて『ゴドーを待ちながら』に似たふたりが 姿を現わすのは、1962年の『 象 』 ということになろう。劇の本 筋とはあ まり関 係のないところで登 場する通 行 人のふたりである。おたがい見ず知ら ずの間 柄なのだが、通 行 人 1 は突 然 、 通 行 人 2 に向かってステッキで殴りか かってくるように命じ、思いがけないこと

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を言われて当 惑する通 行 人 2 を逆に 自分のステッキで殴り殺す。彼は「 殺さ れたくなかったら闘わねばならない」と いう考えの持 主なのである。 ピンターの 『 料 理 昇 降 機 』のベンとガスのように、 別 役もたがいに相 手を破 滅させかね ない不 穏な関 係にふたりを置いている。 ピンターも別 役も、不 条 理なるものは 現 実ではしばしば理 不 尽な暴力という かたちで噴出することに目を向けている のだろう。 さて 、 このように論を進 めてくると、

2018年に名 取 事 務 所が上 演した『あ あ、 それなのに、 それなのに』が 、別 役 『AとBと一人の女』 ( SCOT、2007年) 写真提供:SCOT


の劇 作の最 後を締めくくる のに実にふさわしい作 品 だったと思えてくる。本作で も別 役は、 ストッパードばり に先 行 作 品の借 用をして いる。副 題 の「 注 文 の 多 い料 理 昇 降 機 」が示すよ

『象』 (自由舞台、1962年) 写真提供:SCOT

うに、借 景として使われて いるのは宮 沢 賢 治の童 話『 注 文の多い料 理 店 』だ。 そこへ、 『 料理 昇降 機 』のふたりらしき人物が投げ込まれているのである。 面白いことに、かつて『ゴドーを待ちながら』のふたりを 『 象 』に取り 込んだときにはおたがいの関 係にただならぬ緊 迫 感を孕ませた別 役 だが、 この劇のふたりの殺し屋の間にさほど張り詰めた空 気は感じら

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れない。男 1 は、男 2 の次の標 的が自分だと気づいていながら、彼に 「うまくやれよ」と声をかける。医 師から余 命 1 ヵ月の宣 告を受けてい しょうよう

るから、従 容と死を受け入れるつもりなのだろう。おまけに、彼は死 後 も自分の声が生 者に聞こえると思っているふしがある。 この男 1 の思 い込みが正しいかどうかは作 中では明らかにされない。 しかし、本 作 を含め、別役の書き残した膨大な作品群が、彼の死後も長く観客の もとへ届けられるであろうことは間違いあるまい。 たにおか・たけひこ 1965年生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。現代イギリス演劇 専攻。著書に『現代イギリス演劇断章』 (カモミール社) がある。デイヴィッド・グレッグ 『あの出来事 』 ( 2019年、新国立劇場)の翻訳を担当。俳人協会会員。句集に『 若 書き』 ( 本阿弥書店)。

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《資料》翻訳出版・海外公演された別役実作品

編集部編

●翻訳出版

1979

移動 言語 英語

作品名 The move 翻訳者 Ted T. Takaya Modern Japanese Drama: An Anthology(Modern Asian literature series) Columbia University Press(USA)

収録書籍 出版社

1986

象 言語 英語

作品名 The Elephant 翻訳者 David G. Goodman After Apocalypse : Four Japanese Plays of Hiroshima and Nagasaki Columbia University Press(USA)

収録書籍 出版社

1988

トイレはこちら 言語 ロシア語

作品名 Сто йен за услугу 翻訳者 Татьяны Юрковой Современная драматургия,1988, No.5 Союза театральных деятелей СССР(ロシア)

収録書籍 出版社

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1990

諸国を遍歴する二人の騎士の物語 言語 英語

作品名 The Story of the Two Knights Travelling Around the Country Masako Yuasa(湯浅雅子) 収録書籍 The Story of the Two Knights Travelling Around the Country 出版社 Leeds : Alumnus(UK) 翻訳者

1992

マッチ売りの少女 言語 英語

作品名 The Little Match Girl 翻訳者 Robert N. Lawson Alternative Japanese Drama : Ten Plays University of Hawaii Press(USA)

収録書籍 出版社

正午の伝説 言語 英語 作品名 The Legend of Noon 翻訳者 Robert T. Rolf 収録書籍 Alternative Japanese Drama : Ten Plays 出版社 University of Hawaii Press(USA)

木に花咲く 言語 英語 作品名 The Cherry in Bloom 翻訳者 Robert T. Rolf 収録書籍 Alternative Japanese drama : Ten Plays 出版社 University of Hawaii Press(USA)

1994

象 言語 英語

作品名 The Elephant 翻訳者 David G. Goodman After Apocalypse : Four Japanese Plays of Hiroshima and Nagasaki East Asia Program, Cornell University(USA)

収録書籍 出版社

*1986年に出版された同名書籍のペーパーバック版


1999

トイレはこちら 言語 中国語(簡体字) 作品名 厕所在这儿

翻訳者 山崎理惠子

出版社 北京市文化局新剧本编辑部(中国)

2001

収録書籍 新剧本

トイレはこちら 言語 華語(繁体字) 作品名 廁所在這裡 収録書籍 日本當代劇作選

翻訳者 山崎理惠子

出版社 唐山出版社(台湾)

寝られます 言語 華語(繁体字) 作品名 可以睡覺 収録書籍 日本當代劇作選

2002

翻訳者 山崎理惠子

出版社 唐山出版社(台湾)

諸国を遍歴する二人の騎士の物語 言語 ロシア語

作品名 История двух странствующих рыцарей (村田真一)、Ларисы Жилиной Синъити Мурата 収録書籍 Сборник современных японских пьес, Книга 1 出版社 Омский государственный университет(ロシア) 翻訳者

2004

2005

病気 言語 英語 作品名 Sick 翻訳者 M. Cody Poulton 収録書籍 Half a Century of Japanese Theatre Ⅵ - 1960s Part 1(現代日本の劇作6 1960年代 Part1) 出版社 Kinokuniya Co. Ltd.(日本・紀伊國屋書店)

諸国を遍歴する二人の騎士の物語 言語 韓国語

作品名 세상을 편력하는 두 기사 이야기

収録書籍 세상을 편력하는 두 기사 이야기

2007

翻訳者 송선호

出版社 성균관대학교출판부(韓国)

病気 言語 ロシア語

作品名 Болезни 翻訳者 Мацукава Наоко(松川直子) Драма на углу улицы : японский театр абсурда Три квадрата(ロシア)

収録書籍 出版社

場所と思い出 言語 ロシア語

作品名 Места и воспоминания Мацукава Наоко(松川直子) 収録書籍 Драма на углу улицы : японский театр абсурда 出版社 Три квадрата(ロシア) 翻訳者

2011

やってきたゴドー 言語 フランス語

作品名 Godot est arrivé 翻訳者 Corinne Atlan Recueil de pièces de théâtre japonaises contemporaines traduites en français 3 出版社 Association japonaise des dramaturges(日本・日本劇作家協会) 収録書籍

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2014

マッチ売りの少女 言語 英語

作品名 The Little Match Girl 翻訳者 Robert N. Lawson The Columbia Anthology of Modern Japanese Drama Columbia University Press(USA)

収録書籍 出版社

2017

受付 言語 華語(繁体字) 作品名 掛號

翻訳 山崎理惠子、林孟寰

出版社 亞戲亞(台湾)

2019

あーぶくたった、にいたった 言語 華語(繁体字) 作品名 起泡泡了 水滾滾了 収録書籍 アジア戯曲エクスチェンジ@2019

2020

収録書籍 掛號

翻訳 山﨑理恵子、鴻鴻

出版社 亜細亜の骨(日本)

さらだ殺人事件 言語 華語(繁体字) 作品名 沙拉殺人事件 収録書籍 嘉義小劇場節 亞洲專題小冊

翻訳者 山崎理惠子

出版社 阮劇團(台湾)

252 ●海外公演

1972

病院のある風景 公演名

Landschaft mit Krankenhaus

放送日 不明

公演地 ケルン (西ドイツ)

翻訳 ジークフリート・シャーシュミット (Siegfried Schaarschmidt) 演出 平野敦子 主催 西ドイツ放送ケルン局(Westdeutscher Rundfunk ,

Köln)

*NHKの委嘱で書かれたラジオドラマ(初放送:1970 年10月3日・NHK FM)

1987

1988

カンガルー 公演名 Kangaroo 公演日 12 月1~4日 劇場 リーズ大学英文学部ワークショプシアター (Workshop Theatre, University of Leeds) 公演地 リーズ(UK) 翻訳 湯浅雅子 演出 湯浅雅子 主催 リーズ大学英文学部ワークショプシアター

天才バカボンのパパなのだ 公演名

I am the Father of the Genius Idiot Bakabon

劇場 リーズ大学英文学部ワークショプシアター 演出 湯浅雅子

1989

公演日

11 月8~12日

公演地 リーズ(UK) 翻訳 湯浅雅子

主催 リーズ大学英文学部ワークショプシアター

足のある死体 公演名

A Corpse with Feet

公演日

6 月13~16 日

劇場 リーズ大学英文学部ワークショプシアター 翻訳 湯浅雅子

演出 湯浅雅子

公演地 リーズ(UK)

主催 リーズ大学英文学部ワークショプシアター


1990

諸国を遍歴する二人の騎士の物語 The Story of the Two Knights Travelling Around the Country 11 月27日~12月1日 劇場 リーズ大学英文学部ワークショプシアター 公演地 リーズ(UK) 翻訳 湯浅雅子 演出 湯浅雅子 公演名 公演日

主催 リーズ大学英文学部ワークショプシアター

1991

トイレはこちら 公演名

Сто йен за услугу 公演日 12月24・25日 миниатюр “Эксперимент”)

劇場 実験劇場(Театр

公演地 サンクトペテルブルク (ロシア) 翻訳 タチアナ・ユルコワ(Татьяны 演出 堀口始(秋田雨雀・土方与志記念青年劇場) 主催 実験劇場

1992

Юрковой)

象 公演名

The Elephant

公演日

7 月28日~8 月16日

劇場 ニューエンド・シアター(New End Theatre) 公演地 ロンドン (イギリス) 翻訳

1993

David G. Goodman

演出

Tim Keenan

主催

Wave Theatre Company

足のある死体 A Corpse with Feet 公演日 1 月4~17日 Buzz Goodbody Studio, The Other Place 公演地 ストラトフォード=アポン=エイヴォン (UK) 翻訳 湯浅雅子 主催 Royal Shakespeare Company 公演名 劇場

1998

演出

Ron Cook

トイレはこちら 公演名 廁所在這兒 翻訳 山﨑理恵子

公演日

7 月17~19日

劇場 中央実験話劇院

演出 呉暁江

公演地 北京(中国)

主催 別役実を上演しようの会(中央戯劇学院日本人留学生有志)

寝られます 公演名 可以睡觉

翻訳 山﨑理恵子

公演日

7 月17~19日

演出 木田日登美

劇場 中央実験話劇院

公演地 北京(中国)

主催 別役実を上演しようの会(中央戯劇学院日本人留学生有志)

1999

トイレはこちら 公演名 廁所在這兒 翻訳 山﨑理恵子

公演日

6 月19 ~22日

演出 呉暁江

劇場 藝穗會劇院

公演地 香港(中国)

主催 別役実を上演しようの会(中央戯劇学院日本人留学生有志)

2001

トイレはこちら 公演名 撒尿的代價

公演日

2 月1~5日

公演地 香港(中国) 翻訳 山﨑理恵子

劇場 香港芸術中心 麦高利小劇場

演出 何應豊

主催 瘋祭舞台

世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021

253


DEVELOPMENTS in JAPAN and OVERSEAS

2002

受付 公演名 痴痴呆呆坐埋一台

公演日

8 月28~31日

公演地 香港(中国) 翻訳 山﨑理恵子

2003

劇場 芸穂会劇院

演出 曾文通

主催 轟音花火

さらっていってよピーターパン 公演名

Can you still fly, Peter Pan ?

公演日

8 月1・2日

劇場 バグリー・ライト・シアター(Bagley Wright Theatre) 公演地 シアトル(アメリカ)

演出 石本興司

2005

主催 兵庫県立ピッコロ劇団

諸国を遍歴する二人の騎士の物語 公演名 세상을 편력하는 두 기사 이야기 : 돈키호테로부터 劇場 文芸振興院芸術劇場小劇場 演出 ソン・ソノ

2005

公演日

3 月24日~4 月10 日

公演地 ソウル(韓国) 翻訳 ソン・ソノ (송선호/宋宣浩)

主催・上演団体 文芸振興院芸術劇場、劇団カルティズム

木に花咲く 公演名 나무에 꽃 피다

公演日

11 月17~20日

公演地 ソウル(韓国) 翻訳 石川樹里

劇場 韓国中央国立劇場

演出 イ・ユンテク (李潤澤)

主催・上演団体 演戯団コリペ、韓日演劇交流協議会 *リーディング公演

254

赤い鳥の居る風景 公演名 빨간 새가 있는 풍경

公演日

12 月2~4日

劇場 文化日報ホール

公演地 ソウル(韓国) 同時通訳 ミョン・ジンスク (명진숙/明眞淑) 演出 木山潔

2006

主催 木山事務所

さらだ殺人事件 公演名 沙律殺人事件 公演日

1 月12~15日

劇場 香港芸術中心 麦高利小劇場 公演地 香港(中国)

翻訳 山﨑理恵子、馮程程 演出 主催

E-RUN office30

撮影:張志偉

小さな家と五人の紳士 公演名

Une petite maison et cinq gentilhommes

公演日

7 月7~29日の奇数日

劇場 フュナンビュル劇場(Théâtre le Funambule) 公演地 アヴィニヨン (フランス) 演出 柄本明

主催 劇団東京乾電池

赤い鳥の居る風景 公演名 A Scene with a Red Bird 公演日 10 月13~15日 劇場 アメリカン・シアター・オ ブ・アクターズ(American Theatre of Actors) 公演地 ニューヨーク(USA) 同時通訳 高瀬一樹

演出

K. KIYAMA(木山潔)

主催 木山事務所


不思議の国のアリスの帽子屋さんのお茶の会 公演名

The Hatterʼs Tea-Party

公演日

10 月14・15日

劇場 レディ・ウォードル舞台芸術センター(The Lady Wardle Performing Arts Centre) 公演地 パース (オーストラリア) 演出 平井久美子

2007

主催 兵庫県立ピッコロ劇団

場所と思い出 公演名 公演日

Места и воспоминания 7 月9・10日

劇場 メイエルホリド・シアター・センター

(Театрально-культурный

центр имени Вс. Мейерхольда) 公演地 モスクワ (ロシア) 演出 松本修

写真提供:兵庫県立ピッコロ劇団

主催 兵庫県立ピッコロ劇団

トイレはこちら 公演名 廁所在這裡

公演日

7 月17~19日

公演地 香港(中国) 翻訳 山﨑理恵子

劇場 土瓜灣E-排練場

演出

E-RUN

主催

office30

あーぶくたった、にいたった 公演名 泡泡起了 滾滾水了

公演日

11 月7 日

公演地 香港(中国) 翻訳 山﨑理恵子

255

劇場 土瓜灣E-排練場

演出 陳銘峰

主催

office30

*リーディング公演

受付 公演名 掛號

公演日

翻訳 山﨑理恵子

11 月14日

演出 陳冠豪

劇場 土瓜灣E-排練場 主催

公演地 香港(中国)

office30

*リーディング公演

トイレはこちら 公演名 廁所在這裡

公演日

11月23・24日

公演地 香港(中国) 翻訳 山﨑理恵子

劇場 土瓜灣E-排練場

演出 陳康

主催

office30

*リーディング公演

2008

ジョバンニの父への旅 公演名 죠반니-죠반니의 아버지로 가는 여행

公演日

10 月7日~11 月2 日

劇場 サヌリム小劇場(소극장 산울림) 公演地 ソウル(韓国) 翻訳 木村典子、ソン・ギウン (成耆雄) 演出 キム・カンボ

主催・上演団体 劇団青羽、劇団サヌリム、モア・エンターテイメント

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国際演劇年鑑2021


DEVELOPMENTS in JAPAN and OVERSEAS

寝られます 公演名 可以睡覺

公演日

10 月21~23日

翻訳 山﨑理恵子

演出 王志仁

劇場 国立台湾芸術大学戯劇与劇場応用学系実験劇場

2010

公演地 台北(台湾)

主催 国立台湾芸術大学戯劇与劇場応用学系

寝られます 公演名 可以睡覺

公演日

4 月10 ~12 日

公演地 台南(台湾) 翻訳 山﨑理恵子

主催 國立臺南大學戲劇創作與應用學系

劇場 國立臺南大学栄誉校区

演出 翁玉玫

D203 多功能劇場

病気 公演名

La Maladie

公演日

5 月28・29日

劇場 パリ日本文化会館大ホール(Maison de la culture du Japon) 公演地 パリ (フランス) 字幕翻訳 奥香織

演出

K. KIYAMA

主催 名取事務所

病気 公演名 Больной 公演日 5月22・23日 劇場 オカラドーマスタニスラフスカバ劇場(Театр Около дома Станиславского) 公演地 モスクワ(ロシア) 字幕翻訳 大森雅子 演出 K. KIYAMA 主催 名取事務所

256

寝られます 公演名 可以睡覺

公演日 7月16~31日

翻訳 山﨑理恵子 他

2012

演出 趙瑞寧

劇場 繁星戯劇村

主催 繁星戯劇村

公演地 北京(中国)

やってきたゴドー 公演名 公演日

Voilà Godot ! 12月14・15日

劇場 パリ日本文化会館大ホール (Maison de la culture du Japon) 公演地 パリ (フランス) 字幕翻訳 奥香織 演出

K. KIYAMA

主催 名取事務所

撮影:松本和幸

やってきたゴドー Godot has come(Yattekita Godot) 公演日 12月19・20日 BOX(Deutsches Theater Berlin) 公演地 ベルリン(ドイツ) 字幕翻訳 斎藤太郎 演出 K. KIYAMA 主催 名取事務所 公演名

劇場 ドイツ座

2013

寝られます 公演名 可以睡覺

公演日

翻訳 山﨑理恵子 他

8月23~25日

演出 胡紫雲

劇場 牯嶺街小劇場

主催 台灣遊藝行

公演地 台北(台湾)


寝られます 公演名 可以睡覺

公演日

翻訳 山﨑理恵子 他

2014

9月27・28日

演出 胡紫雲

劇場 台南人戲花園

主催 台灣遊藝行

公演地 台南(台湾)

やってきたゴドー 公演名

Godot has come

公演日

2月14・15日

劇場 ベケット・シアター(Samuel Beckett Theatre)

公演地 ダブリン (アイルランド) 字幕翻訳 堀真理子

演出

主催 名取事務所

K. KIYAMA(演出補 小笠原響)

やってきたゴドー 公演名

Godot has come

公演日

2月19・20日

劇場 グラナリー・シアター(Granary Theatre) 公演地 コーク (アイルランド) 字幕翻訳 堀真理子

演出

K. KIYAMA(演出補 小笠原響)

主催 名取事務所

やってきたゴドー 公演名

Годо пришёл

公演日

2 月25・26日

公演地 モスクワ (ロシア) 字幕翻訳 大森雅子

劇場 オカラドーマスタニスラフスカバ劇場 演出

主催 名取事務所

K. KIYAMA(演出補 小笠原響)

257

やってきたゴドー 公演名 Iată -l pe Godot 公演日 6 月5 日 劇場 国立イヨネスコ劇場(Teatrul Naţional Eugene Ionesco) 公演地 キシナウ(モルドヴァ) 字幕翻訳 ラモーナ・ツァラヌ (Ramona Taranu) (ルーマニア語)、大森雅子(ロシア語) 演出 K. KIYAMA(演出補 小笠原響) 主催 名取事務所

やってきたゴドー 公演名

Iată-l pe Godot!(Godot Has Come!)

公演日

6月8日

劇場 国立オクタビアン・ゴガ大学ホール(Colegiu Național Octavian Goga)

公演地 シビウ (ルーマニア) 字幕翻訳 ラモーナ・ツァラヌ(ルーマニア語)、堀真理子(英語) 演出

K. KIYAMA(演出補 小笠原響)

主催 名取事務所

やってきたゴドー 公演名

Iată-l pe Godot!(Godot Has Come!)

公演日

6月12日

劇場 オデオン劇場(Teatrul Odeon) 公演地 ブカレスト (ルーマニア) 字幕翻訳 ラモーナ・ツァラヌ

演出

K. KIYAMA(演出補 小笠原響)

主催 名取事務所

トイレはこちら 7月5・19日 Обласний Театр Ляльок) 公演地 オデッサ(ウクライナ) 翻訳 タチアナ・ユルコワ (Татьяны Юрковой) 演出 ゲンナジー・スカルガ(Геннадий Скарга) 主催 オデッサ人形劇場 公演名

Сто йен за услугу

公演日

劇場 オデッサ人形劇場(Одеський

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国際演劇年鑑2021


DEVELOPMENTS in JAPAN and OVERSEAS

2016

壊れた風景 公演名 일그러진 풍경

公演日

4月5~10日

劇場 西江大学校メリーホール小劇場

公演地 ソウル(韓国) 翻訳 ジョン・サンミ (鄭尚美) 演出 バン・ムソブ(潘武燮)

主催 劇団小さな神話創立30 年記念公演ワークショップ

壊れた風景

写真提供:劇団小さな神話

公演名 일그러진 풍경 公演日 7月21~28日 劇場 小劇場恵化洞

公演地 ソウル(韓国)

翻訳 ジョン・サンミ (鄭尚美) 演出 バン・ムソブ(潘武燮)

主催 小劇場恵化洞「韓日演劇交流フェスティバル」

その人ではありません 公演名

I am not the person

公演日

10 月24日

劇場 インド国立演劇学校アビマンチ劇場(Abhimanch,

National School of Drama)

公演地 ニューデリー(インド) 翻訳 宮崎真子、ジェイスン・アーカリ (Jason Arcari) 演出 宮崎真子、ジェイスン・アーカリ 主催

258

APB演劇大学フェスティバル、桐朋学園芸術短期大学

象 公演名 코끼리

公演日

11 月3~13日

劇場 演劇実験室恵化洞一番地

公演地 ソウル(韓国) 翻訳 ジョン・サンミ (鄭尚美) 演出 ク・ジャヘ(具滋慧) 主催 演劇実験室恵化洞一番地 秋フェスティバル「緑色劇場」

2017

受付 公演名 掛號

公演日

8 月26・27日

劇場 台北市社区営造中心(仁安医院)

公演地 台北(台湾) 翻訳 山﨑理恵子、林孟寰

演出 彭浩秦

主催 亜細亜の骨

*リーディング公演

受付 公演名 掛號

公演日

8月31日・9月1日

劇場

Woolloomooloo西門店WOW

公演地 台北(台湾) 翻訳 山﨑理恵子、林孟寰

演出 彭浩秦

主催 亜細亜の骨

*リーディング公演

やってきたゴドー 公演名

Godot Has Come / Voilà Godot

11月28日~12月2日 Infinithéâtre) 堀真理子(英語)、Infinithéâtre(フランス語) 公演日

劇場 インフィニシアター スペース・ノック (Espace Knox, 公演地 モンントリオール(カナダ) 字幕翻訳 演出

K. KIYAMA(演出補 小笠原響)

主催 名取事務所


やってきたゴドー 公演名

Godot Has Come

公演日

12月5・6日

劇場 ミネソタ大学 スラストシアター(Stoll Thrust Theatre, 公演地 ミネアポリス (USA) 字幕翻訳 堀真理子 演出

K. KIYAMA(演出補 小笠原響)

University of Minnesota)

主催 名取事務所

やってきたゴドー 公演名

Godot Has Come

公演日

12月9日

劇場 ファクトリー・シアター(Factory Theatre) 公演地 トロント (カナダ) 字幕翻訳 堀真理子

2018

演出

K. KIYAMA(演出補 小笠原響)

主催 名取事務所

象 公演名 слон 公演日 6 月2・3日 劇場 ボリショイドラマ劇場 小ホール(Большой драматический театр) 公演地 サンクトペテルブルグ(ロシア) 字幕翻訳 佐藤貴之

演出 眞鍋卓嗣

主催 名取事務所

象 公演名 слон 公演日 6 月6・7日 劇場 ライキン記念演劇大学付属劇場(Российский государственный театр «Сатирикон» имени Аркадия Райкина) 公演地 モスクワ (ロシア) 字幕翻訳 佐藤貴之

演出 眞鍋卓嗣

主催 名取事務所

象 公演名 Elefantul / Az elefánt 公演日 6 月12・13日 劇場 クルージュ・ナポカ マジャール 劇場 スタジオステージ(Sala Studio, Teatrul Maghiar de Stat Cluj) 公演地 クルージュ=ナポカ (ルーマニア) 字幕翻訳 ミハイ・ポパ(Mihai Popa) 演出 眞鍋卓嗣

2019

主催 名取事務所

あーぶくたった、にいたった 公演名 滾湯冒泡煮鍋鍋

公演日

8 月16・18日

劇場 台北 月見ル君ヲ想フ

公演地 台北(台湾) 翻訳 山﨑理恵子、鴻鴻

演出 黃郁晴

主催 黑眼睛跨劇團

*リーディング公演

あーぶくたった、にいたった 公演名 滾湯冒泡煮鍋鍋

公演日

10 月18・19日

公演地 嘉義(台湾) 翻訳 山﨑理恵子、鴻鴻

劇場 嘉義縣表演藝術中心

演出 黃郁晴

主催 阮劇団

*リーディング公演

さらだ殺人事件 公演名 沙拉殺人事件

公演日

10 月17・18日

公演地 嘉義(台湾) 翻訳 山﨑理恵子

劇場 嘉義縣表演藝術中心

演出 陳雅柔

主催 阮劇団

*リーディング公演

世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021

259


本資料は、国立国会図書館などの蔵書検索、各主催団体からの提供情報、内田洋一『風の演劇 評伝別役 実』 (白水社)など関連書籍、ウェブサイト上の情報を参考に作成しました。

この一覧にない別役実作品の翻訳や海外上演についてご存じの方がいらっしゃいましたら編集部までご連 絡ください。

260


特集

紛 争 地 域から生まれ た演劇 12261

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国際演劇年鑑2021


SPECIAL FEATURE

『イサク殺し』左から今野健太、藤井びん

262

[特集

紛争地域から生まれた演劇 12]

リー ディング の 域 を 超 え た 本息の上演 河野 孝 イスラエルで二 度 首 相を務めたイツハク・ラビン( 1922~ 95 )が現 役 首 相のまま暗 殺されたテロ事 件を舞 台 化したのがイスラエルの劇 作家モティ ・レルネルの『イサク殺し』 (イサクはヘブライ語でイツハク)。

1949 年 生まれのレルネルが書く戯曲のほとんどはイスラエルとユダ ヤ人に関わる政治的・倫理的問題を扱っている。 『イサク殺し』は 1998 年の作 品 。2020 年 12月、東 京・池 袋の東 京 芸 術 劇 場アトリエウエストで日本 語でのリーディング上 演が行われた。


村 井 華 代の翻 訳で、流 山 児 ★ 事 務 所の小 林 七 緒が演 出した。公 演回 数は 3 回で、有料のアーカイブ配信を実施した。 舞 台は 1998 年のある夕べ、 イスラエル国 防 軍の国 営 PTSD( 心 的 外 傷 後ストレス障 害 ) リハビリセンター。家 族や職員を前に、入 所 患者らが自作の劇を上演する。今日の演目はラビン首 相 殺 害 事 件 。 状 況からして演 劇 通ならば 、 ドイツのペーター・ヴァイスの 1964 年の戯 曲『 サド侯 爵の演 出のもとにシャラントン保 護 施 設の演 劇グ ループによって上 演されたジャン・ポール・マラーの迫 害と暗 殺 』 (略 して『マラー/サド』) を連 想する。本 作がイスラエル版『マラー/サ ド』 と言われる所 以だ。 ちなみに『マラー /サド』の日本 上 演では、 ロシアの演 出 家ユー リー・リュビーモフのタガンカ劇 場が 2002 年に静 岡 芸 術 劇 場で上

263

演した舞台が抜群の出来だった。

1995 年 11月 4 日、ラビン首 相は平 和 集 会に集まった市 民の目の 前で銃 撃され死 亡した。撃ったのはパレスチナ人との和 平に反 対す る25 歳の極 右ユダヤ教 原 理 主 義 者イガル・アミル( 終身刑で 2021 年 現 在も服 役中)。パレスチナ側とのオスロ合 意が成 立し、長く待 望 された平 和がついに到来すると思われた矢先だった。 オスロ合 意に至る過 程を振り返ってみよう。92 年のイスラエルの総 選 挙で労 働 党が勝 利しラビンが第 11 代 首 相となった。 ラビン首 相 はかねて親 交のあったノルウェーのホルスト外 相の仲 介で、 オスロで

PLO(パレスチナ解 放機構) との秘密交渉を93 年に開始した。 その結 果 、双 方は相 互 承 認を行い、 それを受けて米 国のクリントン 大 統 領が PLOをパレスチナの唯一の合法的代表と認め、93 年 9 月、 ワシントンのホワイトハウスで、 ラビン首相とアラファトPLO 議長との間で 世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021


SPECIAL FEATURE

「パレスチナ暫定自治に関する原則宣言」が調印された。 オスロでの 秘密交渉を通して生まれたため「オスロ合意」の通称が定着した。 なぜ惨 事は起きてしまったのか。入 所 患 者チームの作・演 出をつ とめ、 ラビン首 相を演じるのは退 役 軍 人ビンデル。劇は勝 手に内 容 を変える入所者らに翻弄されながらも紆余曲折を経て進 行していく。 入 所 者の顔ぶれと経 歴が、 イスラエルが紛 争 地 域であることを如 実に示している。 ビンデルの設 定は 67 歳 。48 年の独 立 戦 争( 第 一 次 中 東 戦 争 )で負 傷し 片脚を切 断 、誰かが自分を暗 殺しよう としているという不 安に常に苦しめられ ている。知 的 能力は健 在で他の患 者

264

は彼を尊 敬し、 リーダーシップを受け 入れている。 ラビン首 相 の 妻を演じるローラは、

67 歳の寡 婦で、二 人の息 子は 1973 ビンデル (藤井びん)

年のヨム・キプール戦 争( 第 四 次中東 戦 争 )で死 亡 。 その後 、夫が亡くなって からセンターでボランティア寮 母をして いる。 ナタンは 53 歳の盲 人 。1973 年 、国 内戦線部隊に従軍し爆撃に遭い負傷 し、25 年 間センターにいる。劇では、国 家 保 安 庁 長 官と、子 供を失った父 親 を演じる。 車 椅 子なしでは生 活できない 35 歳

ローラ (井上加奈子)


のアヴネル。歩 兵 部 隊の衛 生 兵だっ た。82 年のガリラヤの平 和 作 戦(レバ ノン内 戦 )の 際 の 空 襲で PTSDを患 い、 センターにいる。不 安から逃れるた めに常に眠っている。司 法 長 官 、弔 問

ナタン (上田和弘)

客 、詩 人を演じる。 暗 殺 者を演じるのはラビン首 相を殺 害した青 年と同 名のイガル。88 年 、 レ バノンで路 傍に仕 掛けられた爆 弾で 負 傷しセンターにいる。以 来 、宗 教 的 になったが、同 時に神が自分を見 捨て たという不 安も持 つ。 ビンデルが 無 神 論 者であり、自分を馬 鹿にしていると 思っているためビンデルに敵 意を抱い

265 アヴネル (辻京太)、 タリア (山﨑薫)

ている。ヤルムルケ(イディッシュ語でユ ダヤ教 徒の男性がかぶる皿 状の帽 子 のこと。ヘブライ語で「キッパ」)を頭に かぶっており、舞 台 用のピストルを持ち 歩いている。 メンデルは 55 歳の元 機 甲 隊 大 佐 。 与 党の活 動 家 、入 植 者を演じる。73 年の戦 争で捕 虜になり、拷 問を受けて 重 篤な身 体 的 精 神 的 状 況で解 放さ れた。74 年からセンターにいるが、何年

イガル (今野健太)

も家 族とのコンタクトがない。 エリヤフは超 正 統 派ユダヤ教 徒で入 植 者ラビを演じる。戦 争やテ ロの犠 牲 者の遺 体の切片を探す特 別 部 隊 付きの墓 掘り係だった 世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021


SPECIAL FEATURE

が、 テロ攻 撃に遭い、 トラウマを抱えて

96 年からセンターにいる。 ユダは 51 歳 で 、67 年 の 六日戦 争 ( 第 三 次 中 東 戦 争 )でのエルサレム の 戦 闘で負 傷しPTSDを患う。野 党 の党 首を演じる。女 受けのいい男だが、 不 安のレベルは高く、泣き声や叫び声 を聞くと恐 怖に陥る。危 険な患 者と見 なされており外出が許されない。 左からアヴィ (山下直哉) とメンデル (佐藤正宏)

ほかにユダヤ人 入 植 者でテロリスト に夫や子 供を殺され精 神を患い入 所 した女 性シュラミト、 センターの守 衛を するロシアからの移 住 者ボリスなどいろ

266

いろな出自の人 物が集まり、 イスラエル 社会を構成する各層を代表する。 入 所 者はそれぞれに不 安に苛まれ ていて、 その不 安に駆られて劇 中 劇を たびたび中断する。逆にそうした様々な エリヤフ (勝俣美秋)

トラブルや邪 魔による脱 線ぶりが喜 劇 的であり、 アイロニックな効 果を醸し出 す。 舞 台は最 後に、 イガルが守 衛のボリ スから奪った拳 銃でビンデルに実 弾を 浴びせ、劇と現実が一緒になって幕が 下りる。 過 激なユダヤ教 原 理 主 義 者にとっ て、 ラビンは、神に与えられた「 約 束の

ユダ (伊藤俊彦)


地 」を異 教 徒に割 譲した「 裏 切り者 」 以外の何 者でもなかったのである。 超 正 統 派ユダヤ教 徒の一 部は、 イ スラエルの建 国を認めていない。 イスラ エルの再 建はメシアの到 来によってな されるべきであり、人 為 的に行うもので はないという信 念から来ている。国 家 の存 在自体を認めていないので法 律 で統 制するのが難しい。

シュラミト (荒木理恵)

超 正 統 派 ユダヤ教 徒は信 仰 上の 理 由から出 生 率が高く、 イスラエル国 内で信者数が増加している。人口に占 める信 者の比 率は、2020 年 時 点では

267

13%( 約 110万 人 )へ増えている(イス ラエル民主 主 義 研 究所の調査より)。 感 染 者 が 増えるコロナ 禍 でのリー ディング公 演 。会 場 が 横 長で 狭いた め、演じる側と観 客 席の間に透 明なビ

ボリス (林英樹)

ニール製のカーテンを垂らして空 間を仕 切っていた。休 憩 時 間も設 けて換 気を図った。 リーディング公 演とはいいながら、 キャストは、藤 井びん(ビンデル)、 井 上 加 奈 子(ローラ)、佐 藤 正 宏(メンデル)、辻 京 太(アヴネル) ら 本 格 的な陣 容を整えていた。単なる朗 読 劇に留まらず、 それなりの振 りをつけて演じ、 そのまま本 公 演に格 上げしてもおかしくないレベルを 呈していた。元オペラ歌手で重度のヤケドを負ったタリア役には肉体 を露出する指 定があり、山﨑薫がエロチックに演じた。 世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021


SPECIAL FEATURE

コーラスの場面

入所者が演じる劇中人物は日本ではなじみがないため胸にカード 268

を下げて役を表示した。 劇 中の音 楽は流 山 児 ★ 事 務 所の諏 訪 創が手がけ、完 成 度は 高かった。劇中歌はブレヒトソング的な感じがするところもあった。 幕 開き後しばらくして寮 母のローラが患 者たちにコーラスをやらせ 指揮をする。 しかばね

「 僕らは生ける屍 年の戦 争から

見えない顔

四 十 八 年の戦 争から

僕らは皆 死を恐れる

五十六

でも生きるのはもっと怖い

…… 」 ( 上 演 台 本より)などという歌 詞は戦 争やテロが絶えることのな いイスラエル国民の心情吐露であろう。 かけ言 葉として面白いのが「ピース ( 平 和 )」と「ピス ( 小 便 )」。平 ピ ー ス

和を実 現しようとするビンデル(ラビン)がラビに「あなたに平 和を」と あいさつすると、 イディッシュ語の発 音では、 「ピース」が「ピス」と聞こ える。教 条 主 義 的な極 右ユダヤ教 徒には、平 和は小 便のようなもの


としか映っていないのだ。 劇 作 家は上 演スタイルについて「 登 場 人 物の内 的 世 界を俳 優が 全 面 的に開 示しうるような、様 式 化された演 劇 言 語を要する」と指 定している。 今 回のリーディング公演では、登場人物の苦悶や不 安 、葛 藤 、憎 悪などの内面的な感情をフルに載せたセリフ回しで本息の迫力を感 じさせた。将 来 、舞 台 美 術を伴ってどう立ち上がっていくのかを期 待 させるリーディングであった。 実は、 この劇には題 名からしてもう一つ隠された構 造があるだろう。 旧約 聖 書の創 世 記にある「イサクの犠牲」である。 イサク/イツハクの名は「 彼は笑う」という意 味で、年 老いたアブ ラハムが自分とサラの間に子 供ができるかと内 心 笑ったことに基づく。 生まれた子供には、唯一神ヤハウェの命じた通りその名がついた。 だが神はある時 、 アブラハムの元に現れ、 「お前の息 子イサクをモ リヤの地に連れていき、 そこの山で私に犠 牲として捧げなさい」と告 げる。 アブラハムは神の言う通り、 イサクを連れて行き犠 牲に捧げよう とする。 その瞬 間 、神が使いを送り「イサクを殺すな」とアブラハムを止める。 アブラハムが神の言うことに絶 対に服 従するかどうかを確かめたので あり、神は服 従したアブラハムを多くの氏 族の祖 先とした。ヤハウェ はアブラハムにイサクの代わりに子 羊を犠 牲にするように命じた。 イサ クの生 涯は 180年であった。 こうした来 歴のイツハクという名 前にもかかわらずラビン首 相が殺 害されたのは、 ある意 味でイツハクを生かそうとした神の意 志に反す ることだろう。 ラビン首 相を殺したイガルの行 為は神に対する人 間 的な反 抗で 世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021

269


SPECIAL FEATURE

あり、暗 殺 者イガルは人 類 最 初の殺 人 者であるカインの末 裔である。 しょく ざ い

また殺されたラビン首 相は、人 間の贖 罪 のために犠 牲になったイエ ス・キリスト的な存在とみなすことができる。 それにしても、劇中劇として「ラビン暗 殺 」を演じるのは、 イスラエル そじょう

の国 家 的 病 理を俎 上に載せる。作 品はドイツで 1999 年に初 演され、 アメリカでも上 演されて反 響を呼んだが、 イスラエル国 内では内 容 の政 治 的・道 徳 的 挑 発 性ゆえに劇 場での本 格 的 上 演が実 現して いないというのも納 得できる。言い換えれば 、 それだけ強い批 評 性を 持っているということの証である。 こうの・たかし

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1950年東京生まれ。74年、東京外国語大学アラビア語学科卒業後、 日本経済新 聞社入社。テヘラン、 カイロ、 ロンドン駐在を経て95年から東京・文化部編集委員 (演劇、宗教を担当)。2015年に退社後、演劇評論家・文化ジャーナリストとして新 聞、雑誌、WEBなどで執筆。

撮 影:石 澤 知 絵 子( 扉 写 真も)

「紛争地域から生まれた演劇」シリーズについて 世界の国際演劇協会(ITI)では、演劇を通じて平和の構築を目指す取 り組みとして「Theatre in Conflict Zones」と題するプロジェクトを 行っています。日本センターでは、2009年より本誌『国際演劇年鑑』 の調査・研究事業の一環として「紛争地域から生まれた演劇」シリーズ を始めました。当シリーズではこれまで12年にわたり、日本国内でまだ 知られていない優れた戯曲を27本、翻訳とリーディング上演、作家や 専門家によるレクチャー、展示等を通して紹介してきました。3年目から は戯曲集の発行も行っています。 『イサク殺し』の翻訳を収録した最新刊やバックナンバーをご希望の場 合は、国際演劇協会日本センターまでお問合せください。なお、昨年度 発行の『国際演劇年鑑2020』78~88頁には、 『イサク殺し』の翻訳 者、村井華代氏によるイスラエル演劇レポートを掲載しております。ぜ ひあわせてご一読ください。 (編集部)


《記録》 紛争地域から生まれた演劇12 『イサク殺し(The Murder of Isaac)』 リーディング 2020 年12 月11日(金)~13日(日) 会場=東京芸術劇場アトリエウエスト(地下 1 階) ※ アーカイブオンライン配信(有料) = 2020年12月18日(金)10:00~12月24日(木)23:59 作=モティ・レルネル(Motti Lerner) 訳=村井華代 演出=小林七緒(流山児★事務所) 出演= 藤井びん(ワンダープロ)、井上加奈子(アル☆カンパニー)、上田和弘(流 山児★事務所)、辻京太(アンフィニー)、山﨑薫(ジェイクリップ)、伊藤俊 彦 荒木理恵(流山児★事務所)山下直哉(流山児★事務所)佐藤正宏 (WAHAHA本舗)、勝俣美秋、今野健太(THEATRE MOMENTS)、林英樹

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音楽=諏訪創(流山児★事務所)

本誌『国際演劇年鑑2021』の別冊として、 『イサク殺し』の翻訳を収めた「戯曲 集」を発行しています。ご希望の場合は、国際演劇協会日本センターまでお問合 せください。

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国際演劇年鑑2021


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日本の舞台芸術を知る 2020


NOH and KYOGEN

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渋谷能 第一夜 観世流『夜討曽我』 撮影:辻井清一郎

[能 ・ 狂言]

変 わ るもの ・ 変 わらぬもの 小田 幸子

自粛から再開へ

2 0 2 0 年の能 ・ 狂 言を振り返るとき、新 型コロナウイルス感 染 症の 影 響を除 外することはできない。国 立 能 楽 堂を中心に上 演自粛から 再 開にいたる動 向を以 下に略 述しよう。2 月 2 6日の政 府 要 請を受 けた日本 芸 術 文 化 振 興 会は、感 染 症 拡 大のリスクを低 減すべく2 月 2 9日から国 立 劇 場 ・ 同 演 芸 場 ・ 同 能 楽 堂 ・ 同 文 楽 劇 場におけ る主 催 公 演の中止に踏み切った。他の能 楽 堂や諸 団 体にあっても、


観世会定期能・東京大槻清韻会別会・銕仙会定期公演・梅若 会 別 会 能など若 干は開 催されたものの、3 月に予 定していた催しの 多くが中止 ・ 延 期となっている。能 ・ 狂 言 専 門の月刊 誌「 能 楽タイム ズ」編 集 部の調 査によると、3 月 1 9日段 階で 7 0 公 演が中止 、3 5 公 演が延 期 、4 月 20日段 階では 88 公 演が中止 、104 公 演が延 期 、5 月20日段 階で 51 公 演が中止 、42 公 演が延 期を決 定した。 ネット配 信にした公 演もある。

4 月 7日発 出の緊 急 事 態 宣 言が 5 月 2 5日に解 除されたのち、国 立 能 楽 堂は 7 月の 主 催 公 演から、ガイドラインに沿って客 席 数を

5 0 %に抑え、感 染 予 防 対 策に留 意したうえで開 場した。他の能 楽 堂 ・ 各 団 体も一 律にではないが 6 ~ 7 月にかけて徐々に再 開し、9 月

1 9日の収 容 率 緩 和を受けて、1 0 ~ 1 1 月に客 席をほぼ 1 0 0%に戻 して公 演を継 続している。

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上 記に一 端を示したごとく、3 月以 降に開 催 予 定だった公 演の中 止 ・ 延 期はかなりの数に上る。本 年 度の定 例 公 演すべてを延 期とし た団 体 、開 催日直 前まで準 備を進めながらやむなく中 止した催しも あった。先が見えない状 況のなか、急な中 止の告 知や払い戻しの 対 応に追われることも多かった。再 開 後は通 常 公 演のほかに振 替 公 演も加わって、公 演 数は増えている。1 2 月中は急 激な感 染 者 数 拡 大による不 安を抱えながらもほぼ予 定 通り上 演を続 行し、観 客 数 は大 幅に減 少したともみえない。 予 測しなかった事 態に能 ・ 狂 言はいかに対 応したか 。能 ・ 狂 言 の何があぶり出され、何が変わっていくのか。変わらないものは何か。 十 分に論を展 開するにはまだ時 間を要するだろうが、2 0 2 0 年の公 演を振り返りながら、気付いたことを述べていきたい。

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覆面の地謡 再 開 後の国 立 能 楽 堂で最 初に観たのは金 春 流の本 田 光 洋 ・ さくら ま きん き

わだち

櫻 間 金 記による「 第 4 1 回 轍 の会 」 ( 7 月 5日)である。驚いたのは

地 謡の形 態 変 化で、浅 黄 色の覆 面を舞 台 上で着 用し、人 数は通 常の 8 人 2 列から6 人 1.5 列( 写 真 参 照 )に減じていた。 この覆 面は せ い のお

「 春日若 宮おん祭 」における「 細 男 」が着 用する白 覆 面にヒントを 得たものという。感 染 予 防 対 策とはいえ、声がくぐもりがちで、音 量が 小さくなるのは否めない。地 謡の人 数と並び方および覆 面の有 無は 個々の流 儀の主 張により様々で、黒 覆 面や地 謡 前 面にシールドを 立てる形もその後 見かけた。 その他の公 演を含めると、 ワキツレが着 ゼリフ直 後に退 場 、後ツレ天 女が舞いおわると退 場 、役 者が向き合 う位 置をずらす、囃 子 方 同 士の距 離をあけるなど、配 慮しながらの 276

上 演が開 場当初は目立った。 これらが常 態 化すれば、やがて能その ものに質的変化が生じるかもしれない。 第41回 轍の会『藤戸』 撮影:辻井清一郎


祈りとしての能・狂言

7月27日から8月7日までの 10日間( 8月1 ・ 2日休 演 )国 立 能 楽 堂 において、能 楽 協 会 ・日本 能 楽 会 ・ 文 化 庁 ・日本 芸 術 文 化 振 興 会 の共 催で行われた「 能 楽 公 演 2 0 2 0 ~新 型コロナウイルス終 息 祈 願~」は本 年の一 大イベントであった。本 来この催しは「 東 京 2020 オリンピック・ パラリンピック能 楽 祭 」なる名 称のもと「 大 会 期 間 中 の象 徴 的な文 化 事 業として実 施する予 定 」 (当日パンフレット)で、

2 0 1 4 年から計 画が進められてきたものである。初日の観 世 流 宗 家

かず

観 世 清 和による 『 翁 』から開 始して、最 終日の宝 生 流 宗 家 宝 生 和 ふさ

英による 『 道 成 寺 』に至るまで、能 ・ 狂 言 ・ 舞 囃 子 ・ 仕 舞 総 計 3 5 番 の演目で構成され、諸流諸派の家元や長老および実力者らが結集 した。演目は当 初の計 画と大 差は無いというが、感 染 対 策として人 物や詞 章の省 略 、演 出の変 更が随 所にみられ、観 客 席が 5 0 %に

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おさえられていたのはやはり残 念だった。 とはいえ、能 楽 界の総力を 結 集した感のある本 公 演の実 現は、能 ・ 狂 言が持つ底力を印 象づ けた。 目的を盛 大な「 祭り」からウイルスの「 終 息 祈 願 」に変 更しても、 そのままの形 式で対 応できるのが能 ・ 狂 言の強みだ。他の演 劇とは 一 線を画する「 芸 能 」としての社 会 的 役 割とともに、6 7 0 年 以 上 生 き延びてきた理由の一端をあらためて認識した。 充 実した演目が幾つもあったなかで、 「 祈り」のテーマと関わって さぎ

感銘を受けた一例として野村四郎による 『 鷺 』の舞囃子( 7月31日) を挙げておきたい。帝の仰せに従って自ら捕らえられた鷺が、舞を舞 い許されて飛び去るという内 容だが、鷺の足 遣いを表 現する特 殊な 型が入り、重く扱われる。 グレーの袴に白 銀の扇を手にした清 楚な 姿の四 郎は 1936 年 生まれ。 さすがに体のキレは無くなったが、体 幹 の強さでグッと片足で立ち、力を尽くして舞う。大きく羽ばたく姿は自 由を求めて飛び立とうとするかの如くで、人 類が置かれた困 難な現 世界の舞台芸術を知る

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状とそこからの解 放が自然と重なった。能 楽 界の長 老による深い祈り が込められた舞だった。

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能楽公演2020『鷺』野村四郎

©︎公益社団法人能楽協会

狂言の充実 ここ数 年 狂 言の活 躍が目立つ。3 名の人 間 国 宝による至 芸の展 開に加えて、ベテラン・ 中 堅 ・ 若 手ともども有 望な後 継 者が各 家で 育っているのが頼もしい。 流 儀と家の垣 根を越えて東 西の若 手 狂 言 師が集 結する「 立 合 狂 言 会 ・ 太 郎 冠 者 八 番 勝負」 ( 2月15日、国 立 能 楽 堂 )は、第 6 回 を迎えて世 話 役を大 蔵 彌 太 郎 ・ 野 村 又 三 郎に交 替し、趣 向も新た に狂 言 会のスーパースター太 郎 冠 者を主 人 公とする8 曲を並べた。


働き者で、お調 子 者で、ずる賢い太 郎 冠 者の多 彩な姿が活 写され、 なぎ なた あし らい

ず き か ず

希 曲『 長 刀 応 答 』や障がい者が登 場する 『 不 見 不 聞 』を上 演する など意 欲をみせた。 ひら

まん

よろず

若 手の披キが相 次いだ。 「野村萬卒寿記念・萬狂言新春特別 公演」 ( 1 月 5日、国 立 能 楽 堂 )では、萬の孫で万 蔵の息 子 三 人が、 な す の よ い ち がたり

『釣狐』 ( 万 之 丞 )、 『三番叟』 ( 拳 之 介 )、 『奈須与市語』 (眞之 介 )に取り組んだ。高いジャンプなど身体を大きく使って演じた万 之 ゆう き

な すの よ

丞が印 象に残る。野 村 裕 基( 万 作の孫 ・ 萬 斎の息 子 )は『 奈 須 與 いちのかたり

市 語 』を『 屋 島 』の間 狂 言と独 演の二 形 式で演じた(「ござる乃 座

6 1 s t 」。8 月 1 0日・ 1 2日・ 3 0日、宝 生 能 楽 堂 )。声が良く張り、全 体 のバランスを考 慮しつつ落ち着いて語りあげた。 「 万 作の会 特 別 れん

公演・釣狐を観る会」では、門下の内藤連( 10月20日) と中村修一 ( 1 1 月 5日)が『 釣 狐 』に挑 戦した( 国 立 能 楽 堂 )。 それぞれ今 後の

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課 題を残すのは勿 論だが、若 手が懸 命に取り組む姿は気 持ちよく、 将 来が期 待される。 また、8 月 31日に無 観 客で上 演し、 ライブ配 信し のりとし

た「 山 本 会 別 会 山 本 則 俊 喜 寿 記 念 」では、昨 年 第 4 1 回 観 世 寿 夫 記 念 法 政 大 学 能 楽 賞を受 賞した則 俊が、10 回目となる 『 釣狐 』 い

を実に若々しく演じ、孫の則 光が『 伊 呂 波 』で初 舞 台を踏んだ。 どの 『 釣 狐 』でも猟 師 役がキッチリ勤めてシテを支えたのを多としたい。 なお、前述の立合狂言会にも出演していた大蔵流の善竹富太郎 氏が、新型コロナ感染症により40歳の若さで 4 月30日に亡くなった。 新しい演技の動向 演 出によっていかに作 品が変わるかを痛 感したのが、 「能楽公演

2 0 2 0 」で上 演した『月見 座 頭 』 ( 7 月 3 1日) と 『 川上 』 ( 8 月 4日)で ある。 どちらも笑いの要素は薄く、人間心理を描いた大曲として重んじ られてきた。 それだけに、 じっくりと力を込めて演じる傾 向が主 流だっ 世界の舞台芸術を知る

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たが、今 回はともに素 描の ような演じ方によって人 間 性に肉薄した。 こう

『 月見 座 頭 』の座 頭( 勾 とう

当 )は山 本 東 次 郎 、上 京 の男に飄 々とした 芸 風 の 能楽公演2020『月見座頭』山本東次郎

©︎公益社団法人能楽協会

山 本 則 俊 。酒を汲み交わ して気 持ちよく別れたあと、 ふ

男は 別 人 の 振りをして座 頭に突き当たり、散々に引 き回して突き倒す。男の心 変 わりが 問 題にされる箇 所だが、則 俊は過 度な心

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理を持ち込まず 行 動だけ を見 せ 、対 する東 次 郎 の 演 技も感 情 的 思い入れが 少ない。 能楽公演2020『川上』野村萬(右)能村晶人(左) ©︎公益社団法人能楽協会

『 川 上 』は盲目の夫に野 村 萬 、妻は近 年 個 性が際

あきひと

立つ能 村 晶 人 。離 縁を条 件に地 蔵に目をあけてもらった夫は、絶 対 に別れないと言い張る妻に従う。起 伏の大きい展 開を萬は強い声と 抑 制された演 技で的 確に進めた。再び盲目になった夫が妻に手を 引かれて帰る最 終シーンで、 「 妻と共に」ではなく 「 妻に引きずられる ように」歩んできた萬は、橋 掛リで一 旦 止まり、体を少し観 客の方へ 向けた。 その無 言の姿に後 悔や諦 念がよぎるようで、単 純な「 夫 婦 愛 」で終 結しない複 雑さが示される。二 演目に共 通するのは、熱 演 による説 明とは逆の、淡々とした演じ方を通して観 客の想 像力を喚


起する方 法である。 そして、盲 人が転ぶシーンでは二 人とも本当に転 ぶ。甘さも無 駄も廃した演 技に、容 赦ない現 実と乾いたユーモアが 浮上し、狂 言の新たな方向性を感じた。 能の新 動 向として取りあげたいのが、五 流の若 手を中 心に昨 年 から開 始した「 渋 谷 能 」 (セルリアンタワー能 楽 堂 )の『 夜 討 曽 我 』 ひた めん

( 1 0 月 2 8日)である。本 年は面を掛けない「 直 面 の能 」の特 集 。夢 幻 能 隆 盛の昨 今にあって危 険とも思われる企 画である。曽 我 十 郎 (ツレ・片山九 郎 右 衛 門 ) と五 郎(シテ・ 観 世 淳 夫 )による敵 討ち前 後のエピソードを描く本 曲では、 セリフの確かさと微 妙な目遣いで感 情を表 現した九 郎 右 衛 門の演 技が光った。全 4 回を予 定していた 本シリーズは延 期のため完 結していないが、 かつて流 行をみた直 面 の演 技の継 承と、あらたな演 技 地 平の開 拓に寄 与するとの予 感を 持った。

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櫻間金記が示した絶望 筆 者の今 年の一 番は、 「 轍の会 」で『 藤 戸 』のシテを演じた櫻 間 金 記の演 技である。源 頼 朝の家 臣 佐々木 盛 綱は、在 地の漁 夫か ら浅 瀬の場 所を聞き出した後 、情 報の漏 洩を恐れて漁 夫を殺 害 し、藤 戸の先 陣を果たして恩 賞を得た(『 平 家 物 語 』巻 十 )。能は その後日譚である。 『 平 家 物 語 』には描かれない漁 夫の母 親( 前シ テ)が登 場し、衆目の面 前で盛 綱(ワキ)の理 不 尽な行いを告 発す る。息 子が殺された様を聞きだした母 親が「 亡き子と同じ道に、 なし た

て賜 ばせ給へ」と立ちあがってワキに迫り、払いのけられて「わが子 返させ給へや」と「 臥し転ぶ」シーンが、前 場のクライマックスである。 自制を失って駆け寄る老 母の激 情と慟 哭 、権力者と庶民の鋭い対 立が凝 縮したこの箇 所は、古くから演 技が工 夫され、幾つもの名 演 を生んできた。 ワキも難しい。 世界の舞台芸術を知る

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金 記の主 眼は意 外にもここにではなく、 もっと後に置かれていた。 「わが子 返させ… 」でグッグッと二 段ギアを入れるように居 立ってワ キに対 峙してから座り込む。 その後の場 面である。下 人(アイ・ 三 宅 ちか なり

近 成 )に促されて立ち上がったシテの表 情は焦 点を失ってぼんやり しており、一 回り小さく屈まった姿で橋 掛リを去って行く。 その間アイ はずっと慰めの言 葉を掛けながら送っていくのだが、二 人の距 離は 不自然なほど遠く、支えるために差し出した手が空しい。すべての力 を使い尽くして抜け殻になった老 母がただ歩いて行く。無 言で去る 姿が、 「 権力者に対する庶民の抵 抗 」といわれる 『 藤 戸 』のテーマを 雄 弁に語っていた。 きぬた

金 記の深い絶 望の表 現は、一 昨 年に横 浜 能 楽 堂で演じた『 砧 』 の最 終 場 面でも見た。 「 思ひ知らずや恨めしや」と夫(ワキ)を責め 282

た直 後 、死んだ妻(シテ)は自分の心が決して夫に届かないと気づく。 二人の間に深淵が口をあけたかのようだった。 このような印象が生じ る理 由を説 明するのは難しいし、個 人 的な想 像かもしれない。ただ、 ほとばしる感 情をあらわにした後 、言 葉と演 技が途 絶えた「 沈 黙 」の なかでシテの意 識と身体が変 容し、 それが観 客に伝わって様々な想 像を生むのだとは言えるだろう。絶 望と孤 独の表 現において金 記の 演技は突出している。 それに接するたびに、人間の魂はそう簡単に鎮 まるものではないと戦慄する。 おわりに

2020 年 3月に入って、能 ・ 狂 言でもオンラインによる活 動が始 動し た。無 観 客 上 演のライブ配 信 、 アーカイブコレクションの Yo u Tu b e 配 信 、Zoom 講 座など多 彩である。記 録 映 像を主 体としてきた従 来 に対して、積 極 的なカメラワークを行うことも増え、海 外や地 方など離 れた場 所を結ぶ利 点が強 調されている。 オンライン配 信は今 後も活


用されていくだろう。状 況は大きく変わったが、 そのことが能 ・ 狂 言の 「 質 的 内 容 」に及ぼした変 化は今のところ少ないと思われる。舞 台 には装 置が無く、一 回の申し合わせで本 番が演じられるシステムは、 どこでもいつでも演じられる強みがある。 そのことに感 謝しつつ、作 品 を開 拓し表 現をより深めていく大切さを思う。 おだ・さちこ 能・狂言研究家。博士(文学)。法政大学大学院修了。主要研究テーマは、能・狂言 の演出史研究と作品研究。演劇批評、講演、解説、復曲・古演出上演のドラマトゥル クなど、研究と舞台をつなぐ活動にも取り組んでいる。

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図夢歌舞伎『忠臣蔵』松本幸四郎

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Ⓒ松竹株式会社

[歌舞伎]

コロ ナ 禍 による 休 演と再 開 矢内 賢二 相次ぐ休演・中止・延期 他のジャンルと同 様に、新 型コロナウィルスの感 染 流 行に翻 弄さ れ続けた一年だった。

2 月末には自治 体や国からの外 出・イベントの自粛 要 請が相 次 ぎ、各 劇 場が 3 月公 演の部 分 的な休 演を発 表した。 その後も期 間 を細かく区 切りながら段 階 的に休 演の発 表が続いたが、結 局 3 月 の歌 舞 伎 公 演はすべて中 止となり、3 月末に 4 月公 演の中 止が発 表された後 、4 月 7 日の緊 急 事 態 宣 言 発 出を迎える。以 降 、地 方 公 演も含めて、歌 舞 伎は近 代 史 上 初と言っていい長い休 止 状 態


に入り、歌 舞 伎 座において 5 月から三か月連 続で予 定されていた 一 大イベント、十 三 代目市 川 團 十 郎 白 猿 襲 名 披 露 興 行の延 期も 発 表された。 緊 急 事 態 宣 言の解 除 後も全 面 的な休 演は継 続し、 ようやく歌 舞 伎 公 演が再 開するのは、五か月を経た後の歌 舞 伎 座における八月 花 形 歌 舞 伎となった。国 立 劇 場では 8 月に小 劇 場で稚 魚の会・歌 舞 伎 会 合 同 公 演と音の会が行われたが、大 劇 場での歌 舞 伎 公 演 が二 部 制によって再開したのは 10月のことだった。 公演再開と対応策 このコロナ禍によって二つの大きな変化がもたらされた。 一つは、上 演 形 態と観劇環境の変化。 例えば 8 月の再 開にあたって歌 舞 伎 座では、劇 場での滞 在 時 間

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を短 縮するとともに出 演 者 数を抑えるため、舞 踊を中心に各 部が一 時 間 程 度に収まる一 演目のみの四 部 制 公 演とし、出演 者やスタッフ は部ごとに総 入れ替えする態 勢を取った。使 用 客 席 数の大 幅な削 減 、入 場 時の検 温と手 指の消 毒 、飲 食 禁 止などのほか、換 気のた めに開 演 中も客 席 扉を開 放し、舞 台 上の演 奏 者や後 見は黒 布で 口を覆うといった措置が取られた。 また筋書を販売する代わりに簡易 なリーフレットが無 料 配 布され、大 向うの掛け声も禁じられるなど、極 めて慎 重に感 染 予 防策を講じた上での再開となった。 以 降 、各 劇 場では感 染 流 行の状 況を注 視しつつ、同 様の対 応 を取りながらの公 演が継 続したが、11月下 旬には俳 優に感 染 者 及 び濃 厚 接 触 者が出て配 役に変 更が生じるなど、12月現 在 、 まさに 薄 氷を踏むような状 況が続いている。

2021 年 1 月には、歌 舞 伎 座は各 部 二 演目・三 部 制の公 演を、国 立 劇 場は上 演 時 間を短 縮した上で復 活 狂 言『 四 天 王 御 江 戸 鏑 』 世界の舞台芸術を知る

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の再 演を予 定 。1 月新 橋 演 舞 場 、2 月博 多 座 、3 月南 座でも公 演 が予 定され、全 体としては徐々に原 状 復 帰を目指す方 向へと進み つつあるが、事態収束の見通しは全く立っていない。 オンライン配信の本格化 もう一つは、公演映像のオンライン配信の本 格 化 。 中 止となった三月公 演について、歌 舞 伎 座(『 雛 祭り』 『 新薄雪 物語 』 『 梶原平三誉石切 』 『 高坏 』 『 沼 津 』)、国 立 劇 場(『 通し狂 言 義 経 千本桜 』)、南座(スーパー歌舞 伎 II『 新 版 オグリ』)はそれ ぞれ 無 観 客で映 像を収 録し、期 間 限 定の無 料 配 信を行った。時 折 映り込む無 人の客 席は寒々しい印 象を与えたものの、実 際に見 ることの叶わなかった舞 台の、編 集の行き届いた鮮 明な映 像は予 286

想 以 上に見ごたえがあった。8 月には歌 舞 伎の公 式 有 料 動 画 配 信 サービス「 歌 舞 伎オンデマンド」が開 始 。歌 舞 伎がいよいよ有 料 配 信コンテンツの仲間入りを果たした。 テレビの舞 台中継がほぼ消 滅した今 、地 方 在 住のほか様々な理 由で劇 場に足を運ぶことが難しい歌 舞 伎ファンや、関 心はあっても 実 際にチケットを買うには至らないという潜 在 的な観 客 層にとって、 オ ンライン配 信は歌 舞 伎に親しむ機 会を広く提 供する重 要なルートに なり得るのではないだろうか。 またオンライン会 議用のツールであるZoomを利用したユニークな ずう む

試みとして、 「 図 夢 歌 舞 伎 」と銘 打った『 忠 臣 蔵 』 ( 6 月~ 7 月、全

5 回 )が挙げられる。松 本 幸 四 郎の構 成・演 出により 『 仮名手本忠 臣 蔵 』を再 構 成 。大 序で幸 四 郎の高 師 直と中村 壱 太 郎の顔 世 御 前がそれぞれ別の場 所で演 技している映 像を一 画 面に合 成して見 せたり、三 段目では塩 冶 判 官の視 点から見た師 直の姿をアップで 映し出すなど、映 像 作 品ならではの演 出を駆 使した実 験 的な創 作


であった。

5 月には日本 俳 優 協 会と伝 統 歌 舞 伎 保 存 会が共 同で YouTube チャンネル「 歌 舞 伎ましょう」を開 設 。俳 優による芸 談や舞 台 裏の 紹 介などの動 画 配 信により、公 演 以 外でもインターネット上で積 極 的に情 報を発 信し、歌 舞 伎への関 心を喚 起しようという企 画が話 題になった。 充実した舞台成果 以 上のように公 演 数は激 減し、異 例 かつ困 難な対 応が強いられた一 年で あったが 、ベテランの円 熟した技 芸を 中心に充 実した舞 台成果が見られた。 尾 上 菊 五 郎は 1 月国 立 劇 場で 恒

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例の復 活 狂 言『 菊 一 座 令 和 仇 討 』を 上 演したほか、2 月歌 舞 伎 座で『 人 情 噺 文 七 元 結 』の左 官 長 兵 衛 、10月国 立 劇 場で『 魚 屋 宗 五 郎 』の宗 五 郎を 演じ、緩 急自在の芸 境を見 せて世 話 物ならではのおもしろさを堪能させた。

3 月歌 舞 伎 座の『 新 薄 雪 物 語 』は 中 村 吉 右 衛 門 の 幸 崎 伊 賀 守 、片 岡 仁 左 衛 門 の 園 部 兵 衛 、中 村 梅 玉 の 葛 城 民 部 、中 村 魁 春の梅の方という 顔 合わせで、映 像 配 信のみの公 開と なったのがまことに残 念 。 しかし吉 右 衛 門の剛 、仁 左 衛 門の柔という芸 風が 鮮やかな対 照を見せ、 いずれも深い情

『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎』尾上菊五郎 写真提供:国立劇場

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愛のにじみ出る傑作であった。

11月国 立 劇 場『 俊 寛 』の中村 吉 右 衛 門も名 演であった。俊 寛は すでに定 評のある当たり役だが、内 面が手に取るように伝わる緻 密 な演 技だったこれまでに対し、今 回は無 心で透 徹した人 間の姿を 見せて、芸境が新たな段階を迎えたことを感じさせた。 片岡 仁 左 衛 門は歌 舞 伎 座で 2 月に『 道 明 寺 』の菅 丞 相 、10月に 『 石 切 梶 原 』の梶 原 、国 立 劇 場で 11月に『 毛 谷 村 』の六 助を演じ、 いずれも義 太 夫 狂 言 独 特の型のおもしろさと生き生きとしたリアリティ とを共 存させる好演を見せた。 坂 東 玉 三 郎は「 映 像×舞 踊 特 別 公 演 」と銘 打って、9 月に『 鷺 娘 』、10月に『 楊 貴 妃 』を歌 舞 伎 座で上 演 。口 上に続いて歌 舞 伎 座の舞 台 裏を案 内する映 像を流し、 さらに実 演と過 去の映 像とを組 288

み合わせて上 演するというバラエティに富んだ構 成で、文 字どおりの 一 人 舞台を成立させた。

『平家女護島 俊寛』中村吉右衛門

写真提供:国立劇場


松 本 白 鸚 は 1 月 歌 舞 伎 座 の『 五 斗 三 番 叟 』の五 斗 兵 衛 、同じく3 月『 沼 津 』の平 作で 独 特 のユーモラスな味を見 せたのが 印 象に 残った。 続く中堅の世代では以下の舞台が目につい た。 まず 9 月歌 舞 伎 座の『 色 彩 間 苅 豆 』。松 本 幸 四 郎の与 右 衛 門 、市 川猿 之 助のかさねと、 勢いのある二 人が芸で張り合って、濃 厚な歌 舞伎味を感じさせた。

12月国 立 劇 場の『 三 人 吉 三 』。中 村 時 蔵

『梶原平三誉石切』片岡仁左衛門

Ⓒ松竹株式会社

のお嬢 吉 三 、中 村 芝 翫の和 尚 吉 三 、尾 上 松 緑のお坊 吉 三という三 人のバランスが絶 妙で、

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いずれも丁 寧な演 技によって因 果のからんだ 物語を鮮 明に浮かび上がらせた。

1 月歌 舞 伎 座の『 鰯 賣 戀曳網 』。猿 源 氏の 中村勘九郎、蛍火の中村七之助が、家にゆか りの演目を自分のものとしてしっかりと受け継い だことを示した。勘九 郎は 12月『 傾 城 反 魂 香 』 の又 平でも、猿 之 助の女 房おとくとともに、明る い持ち味を生かした好演を見せた。 尾 上 菊 之 助は、公 演は実 現しなかったもの の、3 月に国 立 劇 場 小 劇 場『 義 経 千 本 桜 』で 平知盛、 いがみの権 太 、狐 忠 信の三 役に挑み、 堅 実な成 果を挙げた。終 演 後 非 常に疲れた 様子の菊之助は「お客様がいらっしゃったら全 然 違うのですが」と語ったというが、演 劇が本

『義経千本桜』尾上菊之助

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写真提供:国立劇場

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KABUKI

質 的に客 席との生々しい交 感なしには成 立しない営 為であることを 改めて考えさせた。他に 9 月歌 舞 伎 座では『 双 蝶々曲 輪日記 』 「引 窓 」の与 兵 衛を初 役で勤めるなど、菊 之 助への芸の伝 承の期 待は 増すばかりである。 物故者

11月 12日には、艶のある若々しい芸 風で上 方 歌 舞 伎の継 承・振 興に取り組んだ 四 代目坂 田 藤 十 郎が逝 去した。武 智 歌 舞 伎や東 宝 歌 舞 伎 への参 加 、 『 曽 根 崎 心 中 』上 演による扇 雀ブー ム、231 年ぶりの藤 十 郎の名 跡 復 活など話 題が 多く、特に三 代目中村 鴈 治 郎 襲 名 以 降は『 心中 天 網 島 』の治 兵 衛 、 『 恋 飛 脚 大 和 往 来 』の忠 兵

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衛などの和 事の役を中心に、義 太 夫 狂 言での濃 密な演技が高く評価された。

9 月 24日には尾 上 菊 十 郎が 逝 去 。 『髪結新 三 』の肴 売り、 『 暗 闇の丑 松 』の湯 番 頭などを当 たり役とし、江 戸の市 井の雰 囲 気をまとった貴 重 な脇役として、 また菊五 郎 劇 団が得 意とする立 廻 『曽根崎心中』 ( 2015年6月、博多座) でお初を演じる 坂田藤十郎(1931〜2020)Ⓒ松竹株式会社

りの立師としても活躍した。

やない・けんじ 1970年徳島県生まれ。国立劇場勤務等を経て国際基督教大学上級准教授。博 士(文学)。専門は歌舞伎を中心とする日本芸能史。著書に『 明治キワモノ歌舞 伎 空飛ぶ五代目菊五郎』 (白水社)、 『ちゃぶ台返しの歌舞伎入門』 (新潮社)な ど。東京新聞で歌舞伎評を担当。


『本朝廿四孝 奥庭狐火の段』桐竹勘十郎の八重垣姫 写真提供:国立文楽劇場/写真協力:人形浄瑠璃文楽座

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[文楽]

コロ ナ の 時 代 の 文 楽 亀岡 典子 令 和 2 年の文 楽 界は、新 型コロナウイルスに翻 弄された一 年とし て記 録にも記 憶にも残るだろう。1 月、2 月はまだ通 常 通りの公 演が 開 催できた。だが、3 月以 降 、およそ半 年 以 上 、 ライブ・エンターテイ ンメント全 体に公 演ができないという異 常 事 態に陥った。文 楽も例 外ではない。 だれもが先の見えない不安を感じた一年であった。 つ こま

1 月の初 春 公 演は、大 阪・国 立 文 楽 劇 場で、ベテラン、竹 本 津 駒 しころ

太 夫 改め、六 代目竹 本 錣 太 夫の襲 名 披 露で華やかに幕を開け た。錣 太 夫の名 跡が復 活するのは 80年ぶり。先 代は明 治から昭 和 世界の舞台芸術を知る

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初 期にかけて活 躍 。記 者 会 見で新・錣 太 夫は「この名 前を後 世に 残すことができるよう精 進していきたい」と神 妙に話したが、 その言 葉 けい せい はん ごん こう

と さ の しょう げ ん か ん き ょ

そう

通り、披 露 演目『 傾 城 反 魂 香 土 佐 将 監 閑 居 の段 』では、竹 澤 宗 すけ

助 の三 味 線で、言 葉の不自由な絵 師・又 平とおとく夫 婦の夫 婦 愛 と芸 術がもたらす奇 跡を切々とした語りで熱 演 、芸 容が一 段 、大きく ろ

だ ゆう

なったように感じられた。 『 口上 』は床で行われ、豊 竹呂 太 夫 がユー モアをまじえて錣太夫の実直な人となりなどを紹 介した。 錣 太 夫と呂 太 夫はともに70 代を迎えたベテランであり、人 間 国 宝 さき た ゆう

の豊 竹 咲 太 夫に次ぐ存 在として要になってほしい立 場にいる。呂太 夫も平 成 29年に襲 名しており、近 年 、時 代 物などに輪 郭の大きな語 りが光る。ふたりとも襲名を機にさらなる高みを目指していただきたい。 ろ

た ゆう

み やま

心 配されたのは働き盛りの豊 竹呂 勢 太 夫 の休 演で、 『 加賀見山 こきょうのにしきえ

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ぞう り うち

いわ ふじ

旧 錦 絵 草 履 打 の段 』では掛け合いで岩 藤を勤めるはずであった。 やす た ゆう

だが、成 長 著しい豊 竹 靖 太 夫 が代 役を勤め、 しっかり語っていたの きん し

は頼もしいかぎり。靖太夫は本公演では野澤錦 糸の三味線で語るこ とが多く、 それが成 長の大きな要 因でもあろう。 なお、呂 勢 太 夫は 9 月の東 京 公演から復帰している。 令 和 元 年 は『 仮 名 手 本 忠 臣 蔵 』の 全 段 通し 上 演 が 行われたが 、 この 月は女の忠 臣 蔵といわれ る『 加 賀 見 山 旧 錦 絵 』の 上 演となったのは面 白い かず お

趣 向 。尾 上に吉 田 和 生 、 岩 藤に吉 田 玉男、お初に 桐 竹 勘 十 郎と揃ったのも 見 応えがあった。 『傾城反魂香 土佐将監閑居の段』竹本錣太夫・竹澤宗助 写真提供:国立文楽劇場/写真協力:人形浄瑠璃文楽座


2 月の東 京・国 立 劇 場 小 劇 場も、1 月に続いて錣 太 夫の襲 名 披 露が行われ、大 阪と同じく 『 傾 城 反 魂 香 』、三 味 線も同じく宗 助で、 いま思うと、東 京でのお披 露目を千 穐 楽まで無 事に行うことができた す が わ ら で ん じ ゅ て な らい かがみ

のは幸 甚であった。ほかには『 菅 原 伝 授 手 習 鑑 』の三 段目の通し、 しん ぱん うた ざい もん

『 新 版 歌 祭 文 野 崎村の段 』など人気演目が上演された。 千 穐 楽( 24日)の 2 日後 、26日、政 府は文 化やスポーツなど人が 大 勢 集まる催しについて中止や延 期にする自粛 要 請を発 表 。 これに 伴って、文 楽は 3 月に予 定されていた地 方 公 演がなくなり、 さらには、

4 月の大 阪 、5 月の東 京 、6 ~ 7 月の大 阪 、8 月の東 京と、次々、本 公 演の中 止が決まっていった。8 月に うち こ

毎 年 開 催されている愛 媛 県の内 子 座 の公 演もなくなり、 もはや 文 楽の舞 台 を見ることはできなくなってしまったので

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ある。文 楽だけではない。伝 統 芸 能の ジャンルでは、歌 舞 伎 、能 狂 言 、邦 楽 邦 舞などほぼすべての公 演が 3 月以 降 、姿を消してしまったのだ。正 直なと ころ、当 初は、自粛 期 間がこれほど長 期になると、ほとんどの人は想 像してい なかったのではないだろうか。 この 間 、訃 報もあった。人 間 国 宝 、 しま た ゆう

豊 竹 嶋 太 夫 が 8 月 20日、腎 不 全のた め88 歳で亡くなった。 しみじみと情のあ はで すがた おんな ま い ぎ ぬ

る語りで、 『 艶 容 女 舞 衣 酒 屋の段 』 しん じゅう てんの あみ じま

や『 心 中 天 網 島 』のような世 話 物か め お と ぜん

ら時 代 物まで 幅 広く勤 め 、 『夫婦善 ざい

うり こ ひめ

哉 』や『 瓜 子 姫とあまんじゃく』など新

豊竹嶋太夫『艶容女舞衣 酒屋の段』(2007年) 写真提供:国立文楽劇場/写真協力:人形浄瑠璃文楽座

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作 文 楽でも、味わいのある語りを聞かせてくれた。平 成 27 年 、人 間 国 宝に認 定 、翌 28 年に現 役を引 退したが、 日本 芸 術 文 化 振 興 会 の文 楽 研 修 生 養 成 事 業でも長 年にわたって講 師を務め、引退 後も 熱 心に後 進の育 成にあたった。多くの弟 子 、太 夫を育てた功 績は せい すけ

忘れてはならない。一 方 、春の褒 章では、文 楽 三 味 線の鶴 澤 清 介 が紫 綬 褒章を受章した。 国 立 文 楽 劇 場で文 楽の公 演が再 開したのは、8 月 22日の「 文 えん ざ

しょう

楽 素 浄 瑠 璃の会 」であった。豊 竹 咲 太 夫・鶴 澤 燕 三 による『 生 うつし あさ が お ばなし

写 朝 顔 話 宿 屋 の 段 』をはじめ 、竹 本 錣 太 夫・鶴 澤 寛 太 郎 で ひよしまるわかきのさくら こ ま き やま じょう ちゅう

ち とせ だ ゆう

『 日吉 丸 稚 桜 駒 木 山 城 中 の段 』、竹 本 千 歳 太 夫・鶴 澤 清 介で こい にょう ぼ う そ め わ け た づ な

しげ

こ わか

『 恋 女 房 染 分 手 綱 重 の井 子 別 れの段 』の三 曲 。実力者 、ベテラ ン、 そして若 手まで渾身の義 太 夫 節は、長く不 在だった文 楽への渇 294

望を埋めてくれるものであった。チケットは完 売だったそうだが、当日、 空 席が見られたのは、観 劇を見 合わせる人が少なからずいたからで あろう。 同 劇 場では事 前に、文 楽 公 演を想 定した飛 沫 飛 散 検 証の実 験

第23回文楽素浄瑠璃の会『生写朝顔話 宿屋の段』豊竹咲太夫・鶴澤燕三 写真提供:国立文楽劇場/写真協力:人形浄瑠璃文楽座


を行っており、床に太 夫と三 味 線 弾きが出語りで並んで太 夫が発 声 した場 合の飛 沫の飛 散 状 況など、 さまざまな想 定をして実 験を行っ た。 たとえば、 この場合、太夫が発声すると、飛沫のほとんどが口元か ら前 方 1 メートルほどの飛 散で、隣の三 味 線 弾きまで到 達するような ことは確 認できないことなどがわかったという。 公 演当日は、観 客が入 場する際 、検 温とマスク着用を義 務 付け、 チケットは自身で半 券を切り、場 内は最 前 列や床の前のブロックを 空 席にし、席 数を全 体の半 分 以 下にして、出 入 口などに消 毒 液を 設 置するなど、感 染 防 止のためのさまざまな対 策をとっていた。ある 意 味 、緊 張 感のある観 劇ではあったが、 そのなかにも文 楽らしい趣 向がほほえましかったのは、座れない座 席の一つ一つに色とりどりの 美しい模 様の紙が張られていたことだ。 『 義 経 千 本 桜 』の静 御 前を はじめ文 楽 人 形の衣 装の柄をあしらった紙で、聞けば 劇 場 職員の

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アイデアだという。少しでも緊 張 感を取り除いて、気 持ちよく見てほし いと願う心にこちらもほっこりした。 この公 演を皮 切りに、8 月 28日には同 劇 場 小ホールで、 「若手素 よし ほ

だ ゆう

とも の すけ

浄瑠璃の会」が行われ、豊竹芳 穂 太 夫・鶴澤友 之 助で『 菅原伝授 ひろ た ゆう

せい し ろう

いちのたに ふた ばぐ んき

手習鑑 寺 子 屋の段 』、竹本碩 太 夫・鶴澤清 志 郎で『 一 谷 嫩 軍 記 組討の段 』が上演された。 こちらもチケットは早々に完売したという。

人 形も入る本 公 演が再 開されたのは 9 月の東 京・国 立 劇 場 小 劇 場であった。2 月以 来 、約 7 か月ぶり。上 演 時 間を短 縮するため 四 部 制にして客 席も半 数 以 下にするなど、 「 密 」を避けるための対 応となったが、場 内は大きな温かい拍 手に包まれた。舞 台に立つ技 芸員の熱 演からは喜びがあふれるようで、 それが客 席に伝わり熱い 感 動を呼んだ。 だが、初日の 5 日、第 一 部は無 事に行われたものの、舞 台 関 係 者 のひとりに微 熱の症 状が確 認されたことから、 その日の第 二 部から第 世界の舞台芸術を知る

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四 部までと 6 日の公 演はすべて中止となった。PCR検 査の結 果 、陰 性が確 認され、7 日から通 常 公 演が再 開された。 また、 コロナとは無 関 係だが、豊 竹 咲 太 夫が体 調 不良で初日から休 演( 代 演は竹 本 おり た ゆう

織 太 夫 )、14日に復 帰 。令 和 元 年 11月から休 演していた豊 竹 呂 勢 太 夫は今公演の『 絵本太功記 尼ヶ崎の段 』で復 帰し、人 間 国 宝 、 せい じ

こもち やま ん ば

鶴 澤 清 治 の三 味 線で迫力ある語りを聞かせた。ほかに、 『 嫗 山姥 』 やり

ごんざかさねかたびら

『 鑓 の権 三重帷子 』など。 せ っ しゅう が っ ぽうがつじ

がっ ぽう すみ か

10月には恒 例の地 方 公 演があり、 『 摂 州 合 邦 辻 合 邦 住 家の ほんちょうにじゅうしこう

じゅしゅこう

おくにわきつねび

段 』、 『 本朝廿四孝 』 より 「 十 種 香 の段 」 「 奥 庭 狐 火 の段 」などが上 演され、豊 竹呂勢 太 夫・鶴 澤 清 治 、豊 竹呂太 夫・鶴 澤 清 介に桐 竹 勘 十 郎ら第 一 線のメンバーがそろったが、札 幌 市 、金 沢 市など上 演 都 市が六カ所にとどまったのは、 こういうご時 世としかいいようがない。 296

また、博多座の文楽公演も 2 日間、行われた。 大 阪での本 格 的な公 演 再 開は 10月 31日初日の錦 秋 公 演で、1 げ ん ぺ い ぬ の びきのたき

や ばせ

月以 来 、約 9 カ月ぶり。第 一 部は『 源 平 布 引 滝 』より「 矢 橋 の段 」 ちく ぶ し ま ゆ う ら ん

ろ すけ すみ か

「 竹 生 島 遊 覧 の段 」 「 九 郎 助 住 家 の段 」、第 二 部は『 新 版 歌 祭 つり

文 野 崎 村 の 段 』と『 釣 おんな

女 』、第 三 部は『 本 朝 廿

四 孝 』より四 段目中 心 の 上 演という三 部 制で 、東 京と同じように床の前のブ ロックを空 席にし、他の席 は前 後 左 右を空けるなど 感 染 予 防 対 策をとっての 開催となった。 全 体に、人 気 作 、華 や かな曲 、楽しい舞 台をそろ 『絵本太功記 尼ヶ崎の段』 写真提供:国立劇場


え、 ファンの期待に応えた。2 月以来の舞台となった人 間 国 宝 、吉 田 みの すけ

簑 助 が『 野崎村 』のお染の母、お勝を遣い、 ファンを喜ばせた。印象 的だったのは、 『 本朝廿四孝 』のヒロイン、八重垣姫を遣った桐竹勘 十 郎の圧 巻の演 技 。人 形ならではの華やかで激しい動きを実におも しろく見せた。 秋には、慶 事が二つあった。鶴 澤 清 治が文 楽 三 味 線で初めて文 化功 労 者に選ばれ、吉田玉男は紫綬褒章を受章した。 コロナは冬に入り、感 染 者 数は増え続けた。 そんななか、12月に、 こ の年 最 後の本 公 演が東 京の国 立 劇 場 小 劇 場で行われた。だが、

7 日に出 演 者のひとりの感 染がわかり、第 二 部の上 演がその日のみ 急きょ中 止された。 ウィズコロナの時 代のライブ公 演の難しさを改め て感じた次 第 。 本 公 演 以 外にも印 象 的な公 演や新しい試みがあった。8 月 13日

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から20日、平 成 24 年に渋 谷の PARCO 劇 場で初 演された三 谷 文

PARCO劇場オープニング・シリーズ『三谷文楽 其礼成心中』写真提供:株式会社パルコ

撮影:尾嶝太

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第40回世界遺産劇場~富岡製糸場~ BUNRAKU-beyond こいむすめつむぎのラビリンス

人形浄瑠璃×初音ミク 『 恋 娘 紬 迷 宮 』©︎SEGA / CFM

れ なり

楽『 其 礼 成 心 中 』が 、新 装なった PARCO 劇 場の オープニング・シリーズの ひとつとして上 演された。 現 代 演 劇の第 一 線の劇 作 家 、演 出 家の手による、 笑 いに 満ちた 新 作 文 楽 が定 着しているのをうれし く感じた。 また、10月 25日、 世 界 遺 産の富 岡 製 糸 場 で 、バーチャルシンガ ー 、 初 音ミクと人 形 遣い、吉 田 玉 助ら文 楽との“ 共 演 ” も行われ、 こちらも、 298

古 典 離れがいわれる若い世 代が文 楽に親しむひとつのきっかけに なった。 とう だ ゆう

一 方 、豊 竹呂太 夫や豊 竹 藤 太 夫らは Zoomを使った稽古を始め た。素人稽古に関しては、対面稽古より気が楽との声も聞かれたが、 ウィズコロナの時 代 、 どういう公 演ができるのか、 どういう芸の伝 承が 行えるのか、だれもが試 行 錯 誤しながら方 法を模 索している。 この厳 しい現状を逆手にとって新たな可能性を見出してほしい。 かめおか・のりこ 産経新聞大阪本社文化部特別記者編集委員。平成 2 年、産経新聞社に入社。古 典芸能を担当。紙面で劇評、 インタビュー記事のほか、 コラム「離見の見」 「古典の 夢をみる」 「芸魂」 を連載。


『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド〜汚れなき瞳〜』 写真提供:東宝演劇部

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[ミュージカル]

大 豊 作 は 消 え た け れど 萩尾 瞳

2020年のミュージカル界は、空 前の大 豊 作になるはずであった。 話 題のブロードウェイ・ミュージカル日本 初 演 、人 気キャストを揃えた 再 演 作などの公 演 予 定がひしめいていたのだ。 ファンが開 幕を待ち わびていた公 演は、 けれど一 気に吹き飛ぶ。 そう、 あの自粛 要 請から 数ヶ月、 ご多 分にもれずミュージカル界にも空 白の時 間が流れたの だった。 多くの期 待 作が公 演 中 止に追い込まれたが、振り返れば 、 ミュー ジカル界はけっこう頑 張りを見せた。 いち早く無 観 客 公 演の配 信や コンサート・ヴァージョンへの転 換 、 あるいはソーシャル・ディスタンスを 世界の舞台芸術を知る

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演 出に取り込んだ舞 台など、知 恵と工 夫をこらしてミュージカルの灯 をともし続けてきたのだ。 そのなかから素 晴らしい舞 台も生まれた。状 況 的には最 悪だったものの、 日本のミュージカル界は上 演 作への愛 と意 地をしっかり見せたのだった。 失われた作品たち

4 月、劇 場は政 府の自粛 要 請を受けて一 斉 休 演に入り、7 、8 月までの公 演はほぼ中止に追い込まれた。 そのため、 『ジョセフ・アン ド・アメージング・テクニカラー・ドリームコート』 『ニュージーズ』 『 ヘア スプレー 』 といった日本 初 演の大 作ミュージカルは日の目を見ること が叶わなかった。 いずれもブロードウェイやロンドンのヒット作の翻 訳 上 演で、数 年かけてブッキングしたと思しきキャスティングも注目の的 300

だった。 大 作という意味では、客席が 360 度回 転するIHIステージアラウン ド東 京での『ウエスト・サイド・ストーリー Season 3 』 も、 そう。前 年から 引き続きの公演だが、 『 Season 3 』は、 ミュージカル・ファン待望のキャ スティングでもあった。 『 エリザベート』 『ミス・サイゴン』 といった東 宝 の人 気 再 演 作もまた、新 鮮なキャストが観 客の期 待 感をいっそうかき 立てていた。 少し時間を戻せば、2 月半ばあたりから劇場やカンパニーによって コロナ感 染の影 響が出はじめる。休 演し再 開し再び休 演 、 また、初 日延 期ののち開 幕したもののすぐに休 演 、 といった混 乱が増え続け た。宝塚歌劇雪組の『 ONCE UPON A TIME IN AMERICA (ワ ンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ)』東 京 公 演など、代 表 的な例 。 開 幕 後 1 週 間で休 演に入り、 ようやく再 開するも 3 日で休 演 、千 穐 楽のみ上 演したのだった。 この作 品は、 セルジオ・レオーネのギャング映 画をベースに、同 団


宝塚歌劇 雪組『ONCE UPON A TIME IN AMERICA (ワンス・アポン・ア・タイ ム・イン・アメリカ)』 Based on the motion picture Once Upon a Time in America (courtesy of New Regency Productions, Inc.) and the novel The Hoods written by Harry Grey.

の 小 池 修 一 郎 がオリジナ ル・ミュージカルに仕 立て たもの。原 作 映 画のストー リーをなぞりながらも、宝 塚 らしいラブ・ストーリーを軸 に据え再 構 築した脚 本に 小 池の手 腕が光る。主 演・ の ぞ み ふう と

望 海 風 斗 の健闘も印象深 かった。 『リトル・ショップ・オブ・ホ ラーズ 』 も、遅れた開 幕の

©宝塚歌劇団

のち数日で公 演中止となっ いっこう

た。作 品自体は何 度も上 演されていたが、今 回は上 田 一 豪 の新 演

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出 版 。主 役に、鈴 木 拡 樹と三 浦 宏 規の Wキャストで話 題を集めた 舞 台だった。数日間の上 演 中なんとか両キャスト版を観 劇 、今 後を 担う若い才 能を確 認できたのは、筆者にとっても幸いだった。 ブロードウェイ産『アナスタシア』 とロンドン発『ホイッスル・ダウン・ ザ・ウィンド~汚れなき瞳~ 』 も同 様の憂き目にあった。 ともに残 念な ことだったが、 『ホイッスル』に関しては、 ことさらだ。約 1 ヶ月の東 京 公 演からその後の地 方 公 演までの予 定が、東 京の 8 日間だけで終 わったうえ、主 演の三 浦 春 馬が数ヶ月後に亡くなったことが無 念でな らない。 三 浦は、 『 キンキーブーツ』日本 初 演 版( 16 年 )で主 役のドラァグ クイーン・ローラ役を見 事に演じ、注目を集めた。19 年 再 演 版ではさ らに魅力を増し、次に挑んだのがこのアンドリュー・ロイド=ウェバー 作 品での脱 獄 犯 役 。 ローラ役とは打って変わって、抑えた演 技と澄 明な歌 声で役の陰 影を見せ切った彼は、間 違いなくミュージカル界 世界の舞台芸術を知る

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のトップランナーだった。私 見では、 ブロードウェイ進 出の最 短 距 離 にある俳 優だと確信していたのに。 オリジナル・ミュージカルが健闘 この数 年 来 、 じわりと存 在 感を増しているのがオリジナル・ミュージ カル。年 明け早々シアタークリエで上 演された『シャボン玉とんだ宇 宙(ソラ) までとんだ 』は、 もともとは音 楽 座が 1988 年に初 演した作 品 。 同カンパニーの財産演目として上演されてきたものだ。 その上 演 権を 東 宝が得て、井 上 芳 雄ら東 宝ミュージカルおなじみのキャストを中心 に上 演したのだった。主な出 演 者たちが作 品に魅了され、上 演を望 んだのが東 宝 上 演のきっかけだとか。魅力的なオリジナル・ミュージカ ルが定 着し、次 世 代に受け継がれていく。 そんな可 能 性を証 明した 302

上 演でもある。 大きな意義を見せたのが、劇団四季のオリジナル・ミュージカル『ロ ボット・イン・ザ・ガーデン』だ。 コロナ禍で、開 幕が当初 予 定より遅れ て 10月になったが、同 劇 団のもう 1 本の目玉『アナと雪の女 王 』が

21 年まで延 期されたことを思えば 、よく頑 張ったと思う。 しかも、 『 アナ 雪 』のようなレプリカ (オリジナルの演 出や美 術などをそのまま踏 襲す る舞 台 ) とは異なり、 イチから作り上げたオリジナルなのである。 劇 団 四 季は、すでに「 昭 和 三 部 作 」 (『 李 香 蘭 』 『 異 国の丘 』 『 南 十 字 星 』)やファミリー・ミュージカルの分 野でオリジナル作を送 り出してきた。 それらと 『ロボット』の大きな違いは、外 部からの新たな 才 能を起 用したこと。英 国の作 家デボラ・インストールの原 作を、長 田 育 恵が脚 本 化 、小山ゆうなが演出したのだ。同 劇 団が、劇 団とい うボーダーを超えて新たな局 面に挑 戦した第 一 作ともいえる。舞 台 は、粗 削りな面も残ってはいるが、パペットで表 現したロボットなど工 夫に満ちた楽しいものに仕 上がった。


劇団四季『ロボット・イン・ザ・ガーデン』 撮影:阿部章仁

もう 1 本 、 オリジナルの大 作を。松 尾スズキが書き下ろした『フリム

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ンシスターズ』 ( 11月、 シアターコクーン初 演 )である。松 尾スズキは、 同 劇 場にオリジナル・ミュージカル『キレイ』 を書 下ろした実 績があり、 いわば 、 その第 二 弾 。 コンビニ店員( 長 澤まさみ)、ブランク10 年の 女 優( 秋 山 菜 津 子 )、ゲイの元ホスト ( 阿 部サダヲ) といった、都 会 の片隅でくすぶる3 人が結 束し、反 撃に転じる物 語だ。批 判 性に富 むドラマを、魅力的なキャストが生き生きと見せた舞 台だった。 若い才能の活躍

7 月あたりから、そろりそろりと、 ミュージカル界は模 索を始める。劇 場 再 開の先 鞭を着けたのは、7月の博 品 館 劇 場『 BLUE RAIN 』。 ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄 弟 』をベースにした韓 国 発の 作 品を、荻 田 浩 一の脚 本・演 出で上 演した。飛 沫 防 止のビニール 幕を舞 台 装 置に使い、登 場 人 物たちの距 離を表わすものとする、 ま さにコロナ禍中ならではの演出だった。 世界の舞台芸術を知る

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7 月のシアタークリエから発 信された「 TOHO MUSIC A L LAB.」も面 白い試みだった。上 演 時 間 1 時 間ほどの書き下ろし新 作ミュージカルを、無 観 客で上 演・ライブ 配 信したのだ。 『 Happily

Ever After 』 ( 脚 本・演 出:根 元 宗 子 ) と 『 CALL 』 ( 作 詞・脚 本・ 演 出:三 浦 直 之 )の 2 本 。 どちらも面 白かったが 、劇 場 讃 歌が 響く 『 CALL 』はとりわけ胸に響いた。

9 月以 降ミュージカル界は一 気に盛り返しを見 せる。ジャニーズ 事 務 所の増田貴久主演ブロードウェイ・ミュージカル『ハウ・トゥ・サク シード』は、演 出・振 付のクリス・ベイリーが来日できず、 リモートでの やりとりと演出補・荻田浩一の尽力で上演にこぎつけた。 同じくブロードウェイ産で、井 上 芳 雄 主 演『プロデューサーズ』は、 福 田 雄 一の演 出 。振 付は、 スーザン・ストローマンのオリジナル版を 304

踏 襲したものだった。海 外スタッフとはリモートでのやりとりとなったが、 すでに何 度か日本 上 演 歴もありカンパニー内に振り写しができる人 材もいたおかげで、比較的スムーズに上 演できたようだ。 ロンドン発『フラッシュダンス』 も 9 月に日本 初 演 。演 出(日本 版 脚 本 、訳 詞も)は岸 谷 五 朗 、振 付は大 村 俊 介( SHUN )、JUNという 国 内スタッフで作った舞 台だ。宝 塚 退 団 後 初の単 独 主 演となった 愛希れいかが、見事なダンスを見せた。 若い才 能の活 躍も目立った年だった。なかでも 『 天 保 十 二 年の シェイクスピア』 ( 2 月)、 『ジャージー・ボーイズ』 ( 7 月)、 『 VIOLET』 ( 9 月)、 『 NINE 』 ( 11月)の演 出を手がけた藤 田 俊 太 郎 。多くの 演出家が予定作の休演に襲われるなか、予定作すべてが上演され たのだ。 まあ、 『ジャージー 』はコンサート版になり、 『 VIOLET』は予 定から半 年 遅れて 3 日間だけとなったが、やはり強 運 。運も才 能のう ち、 というけれど、舞台成果も高かった。 『 天 保 』は井 上ひさしの戯 曲で、 これまでも蜷 川幸 雄らが演 出を手


がけている。今 回 は 、格 差への怒りを抱き疾 走 す る主 人 公・三 世 次( 高 橋 一 生 )にフォーカスした演 出が 、時 代を捉えて鮮 烈 だった。 『 VIOLET』は 19

『天保十二年のシェイクスピア』 写真提供:東宝演劇部

年に藤 田 がロンドンで 現 地キャスト・スタッフと共に初 演した作 品 。 そのコンセプトを踏 襲した 舞 台だ。顔に傷のあるヒロインが、60年 代のアメリカ南 部をバスで旅 する物 語 。人 種 差 別など現 実を体 感する旅を経て、怒りに満ちてい たヒロインが自己解 放に至るドラマだ。主 人 公は、優 河と唯月ふうか の Wキャスト。優 河のブルース歌唱に圧倒された。 『 NINE 』の日本 上 演は、 これが 4 度目。 スランプの映 画 監 督( 城

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田 優 )が、創 作や女 性 関 係で悩みもがくさまを描くドラマだ。 コロシ アムのような舞 台 美 術( 松 井るみ)やライブカメラなど外からの視 線 を意 図した演 出で、人 間の愚かしさ愛おしさを客 観 視した、優れた ヒューマン・コメディになった。 同年代の演出家・原田諒も、宝塚歌劇団『ピガール狂騒曲 』でう まさを見せた。 シェイクスピアの『 十 二 夜 』 をベル・エポックのパリでの ロマンティック・コメディに書き換えたセンスと、大 人 数を滑らかに動か すステージングに、すでに独自の世 界を築いている感 。宝 塚では、や はり同 世 代の上 田 久 美 子が作・演 出を手がけた『 FLYING SAPA ─フライング サパ─ 』 も大胆な着想が面白かった。 前 述の藤 田 、原 田 、上 田 久 美 子 、 また上 田 一 豪らは 40 歳 前 後 。 さらに『ロボット』の脚 本 家・長 田 育 恵 、演 出の小 山ゆうななど、 この 世 代の活 躍がますます目立ってきた。 そういえば、 ミュージカルと銘 打 りょう ご く お し ゃ れ り き し

たず、結 果 的にミュージカル仕 立てになった『 両 国 花 錦 闘 士 』 ( 12 世界の舞台芸術を知る

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MUSICALS

梅田芸術劇場『VIOLET』 撮影:花井智子

306 月) も、40 歳のプロデューサー 3 人が集まって作ったものだった。3 人は、 それぞれ 東 宝 、明 治 座 、 ヴィレッヂに所 属 、普 段 手がけてい る作 品テイストも異なる。 そんなプロデューサーたちが 、境 界を越え て手を携え新しいものを作ろうとする「 三 銃 士 」企 画の立ち上げ作 品である。 さまざまな若 手の活 躍と、 ボーダー越えの流れは、今 後の ミュージカル界の活力になりそう。 最 後に、究 極の若 手 、子 供たちが活 躍した『ビリー・エリオット~リ トル・ダンサー~ 』 ( 9 月開 幕 )を。作 品の素 晴らしさは言うまでもな いだろう。 日本 初 演は 17 年 。 スティーブン・ダルドリーのオリジナル演 出の踏 襲に加え、主 役が変 声 期 前の少 年という条 件もあり、 日本 上 演は困 難だと言われたもの。 その初 演を成 功に導き、再 演を決めた ホリプロの挑 戦は、 コロナ禍の波をもろに受けた。来日できない海 外 スタッフ、制 限だらけの稽 古 、 とりわけ子 供たちの出 演が最 大の心


配の種となった。悪条件に出鼻をくじかれそうになりつつも、最終的に は約 2 ヶ月開 幕を遅らせて上演に漕ぎ着けたのだった。 この作品に限らない。2020 年のミュージカル界、演劇 界は、作り手 と観 客の劇 場 愛と心 意 気に支えられたものだ。 日本のミュージカル 界の底力を改めて感じた年であった。

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TBS/ホリプロ/梅田芸術劇場/WOWOW『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』 撮影:田中亜紀

はぎお・ひとみ 新聞記者を経て、映画・演劇評論家。朝日新聞などで舞台評、 ミュージカル誌で連載 コラムなどを執筆。著書に『ミュージカルに連れてって』 『「レ・ミゼラブル」の100人 』 ほか。編・著書に『ブロードウェイ・ミュージカル トニー賞のすべて』 『プロが選んだはじ めてのミュージカル映画― 萩尾瞳ベストセレクション50』ほか。

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CONTEMPORARY THEATRE

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PARCO劇場オープニング・シリーズ 三谷幸喜作・演出『大地(Social Distancing Version)』 写真提供:株式会社パルコ/撮影:阿部章仁

[現代演劇]

コロ ナ 禍 で 閉ざされ た 劇 場 。 でも、 再 び 幕 は 上 が る 山口 宏子 「 3 月まで」と「 7 月から」。新 型コロナウイルス感 染 症の広がりで、 演 劇 界は 3 カ月余の空白を挟み、 まるで違う姿になってしまった。

2 月26日に出た首 相による 2 週間のイベント自粛の要請で、国・公 立 劇 場や大 手 興 行 会 社は相 次いで主 催 公 演を中 止した。混 乱と 戸惑いが広がったが、 まだ自主的な判断で公演する団体も多かった。

4 月 7 日、緊急事態宣言が出され、すべての公 演がストップした。 自粛を求められたが 、補 償はない。生き延びるための模 索が 始


まった。各 種のクラウドファンディング、 「 舞 台 芸 術を未 来に繋ぐ基 金 」や「アーツ・ユナイテッド・ファンド( AUF)」の設 立 、 「小劇場協 議 会 」の発 足 、映 画・音 楽 関 係 者とともに公 的な復 興 基 金の創 設 を目指す「 # WeNeedCulture」などである。 「緊急事態舞台芸術 ネットワーク」には東 宝 、松 竹 、 ホリプロ、劇 団 四 季といった大 手から 中 小までの会 社 、劇 団 、公 共 劇 場など200 以 上の団 体が参 加 。情 報の収 集と共 有 、実 態 調 査 、公 演 再 開のガイドライン策 定 、支 援 策 への提 言 、助 成申請のサポートなどで、新たな連帯が生まれている。 徐々に始まった支 援で金額が大きかったのは、経 済 産 業 省の「コ ジェイロッドライブ

ンテンツグローバル需 要 創 出 促 進 事 業 費 補 助 金( J - LODlive )」 だった。公 演を中 止・延 期した主 催 者が対 象で、動 画を海 外 向け に配 信することを条 件に、中止したステージ数に応じて、新たな公 演 経 費の半 額を助 成する。再 開の強い後 押しになった。 それでも苦 境

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は続く。ぴあ総 研の試 算では演 劇・ステージ系の年 間チケット販 売 額は 592億円で、前年の 3 割にも満たない( 10月27日発 表 )。 配信の急激な広がり 急 激に広がったのは配 信だ。 静岡県舞台芸術センター( SPAC )は毎年 4 ~ 5 月に開く 「ふじの ⇄

くに⇄せかい演 劇 祭 」を、 オンラインの「くものうえ

せかい演 劇 祭 」

に変 更した。芸 術 総 監 督・宮 城 聰はこれを「 演 劇という 『カニ』が手 に入らないなら、 『カニカマボコ』を発 明する」と表 現 。公 演の記 録 映 像 、海 外の演 劇 人と宮 城との対 談 、稽 古 風 景 、詩の朗 読などを 配 信し、公 演するはずだった時 間には誰もいない野 外 劇 場を映した。 俳優が電 話で朗 読をする「でんわ de 名作劇場」も大 好 評だった。

5 月 25日に緊 急 事 態 宣 言が解 除された。東 京・下 北 沢の本 多 劇 場は 6 月 1 日、一 人 芝 居の無 観 客ライブ配 信『 DISTANCE 』で 世界の舞台芸術を知る

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CONTEMPORARY THEATRE

再 始 動。初日は約 2,000人が観劇した。 観 客の入 場が可 能になってからも、客 席を減らした損 失を補う意 味もあり、 ライブ配信を採り入れる公演は多い。 新たな表 現も登 場した。企 画から稽 古 、上 演まですべてリモートで 行う若 手 劇 団「ノーミーツ」が注目された。 オンラインだけで大 学 生 活を送る若 者たちを描いた 5 月の旗 揚げ公 演『 門 外 不 出モラトリア こ

み かど

ム』 ( 小 御 門 優 一 郎 脚 本・演 出 )は延べ 5,000人が視 聴した。大 阪 の小 劇 場ウイングフィールドは 5 月、 ウェブ上に「 仮 想 劇 場 」を開 設 した。 “こけら落とし”のエイチエムピー・シアターカンパニー『ブカブカ おおたけ の

ジョーシブカジョーシ』 ( 大 竹 野 正 典 作 、笠 井 友 仁 演 出 )は、別々の 場 所で演じる俳 優たちを重ね合わせた映 像がシュールな戯 曲の内 容とあいまって、独特の効果を生んだ。 310

出 色だったのは、創 作が中断した岡 田 利 規 作・演 出『 未 練の幽 霊と怪 物 』の一 部を映 像にした K A A T 神 奈 川 芸 術 劇 場『「 未 練 の幽 霊と怪 物 」の上 演の幽 霊 』だ( 6 月)。窓 辺に置かれたテーブ ルの上の小さな紙に、演じ、踊る俳 優たちが投 影される。失われた 公 演が幻のようによみがえり、観 客はそれを、徐々に暮れゆく外の光

岡田利規作・演出「『未練の幽霊と怪物』の上演の幽霊―挫 波 」 ( KAAT神奈川芸術劇場)


景とともに見る。夢 幻 能を踏まえて現 代を描いた戯曲にふさわしい表 現だった。 劇場の扉、再び開く

7 月、劇 場が再び開き始めた。 ビルの建て替えで新 開 場した PARC O 劇 場( 東 京・渋 谷 )は、3 月からオープニング・シリーズを始めていた。だが第 1 弾『ピサロ』は 日程の大 半を失い、続く 『 佐 渡 島 他 吉の生 涯 』はすべて中 止に。 よ うやく7 月 1 日に始まったのが 三 谷 幸 喜 作・演 出 の 新 作『 大 地 』 だった。 マスク、手 指と靴 裏の消 毒 、検 温 、換 気 、前 後 左 右を一 席 空けた 「 市 松 模 様 」の客 席 、おしゃべり禁 止 、看 護 師の常 駐などの予 防 策がとられた劇 場に、開 幕を告げる銅 鑼が響く。 日本 初の新 劇の常

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設 劇 場として1924年に開 場した「 築 地 小 劇 場 」にならったこの演出 で三 谷は、劇 場を再び開ける思いを、現 代 演 劇を切り開いた先 人 たちに重ねた。 東 欧を思わせる架 空の全 体 主 義 国 家で、俳 優たちが集められた 収 容 所を描く。何 年も前から構 想されていた作 品だが、外に出られ ず、演 劇を取り上げられた登 場 人 物たちの姿は、春 以 降の演 劇 界 と重なる。彼らの多くは自己愛の強い厄 介な人たちだが、みな、演じ ることを愛し、誇りを持っている。だから、役 人に食 事 抜きを言い渡さ れると、 しぐさだけで豪 華な晩 餐を楽しんで、不当な仕 打ちに対 抗す る。 その場 面の輝きは、想 像力で世 界を作りだす演 劇の力と喜びを 象徴していた。 「 Social Distancing Version」と銘打ち、俳 優 同 士が 接 近しない工 夫も、三 谷によれば〈 面白さのポイントがひとつ増えたと お考えください〉。制 約を制 約に終わらせない、喜 劇 作 家の心 意 気 を見せた。 世界の舞台芸術を知る

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CONTEMPORARY THEATRE

東 京 芸 術 劇 場( 東 京・池 袋 )は、芸 術 監 督・野 田 秀 樹が若 手を 育 成する「 東 京 演 劇 道 場 」による 『 赤鬼 』 ( 野 田 作・演 出 )で公 演 を再 開した( 7 ~ 8 月、 シアターイースト、4 組での公 演 )。四 方を囲 む客 席と舞 台の間に透 明なカーテンが設 置されたが、照 明がつくと 視 覚の妨げにならず、水の中をのぞくような幻 想 的な効 果を生んだ。 海 辺の村に現れた「 赤 鬼 」と呼ばれる異 邦 人をめぐる物 語の中の 差 別 、偏 見 、不 寛 容 、国 境 、難 民などの主 題は、1996 年の初 演 時 よりも切 実さを増している。 「 赤 鬼 」が口にする「 I have a dream」は、 米 国の「 Black Lives Matter」と共 鳴し、異 質な者を排 除する村 人 たちの姿は、 コロナ感 染 者や医 療 関 係 者への忌 避や攻 撃があった 現 実と通じる。秋にはルーマニアのシルヴィウ・プルカレーテを演 出に 招き 『 真 夏の夜の夢 』 (野田潤色) を上 演した( 10 ~ 12月、6 都 市 312

で公 演 )。海 外からの渡 航が制 限される中 、稽 古は主にリモートで 行われた。終 盤で来日することができた演 出 家は、隔 離 期 間を経て、 舞 台 稽古に合流。陰影に富む見応えある舞 台に仕 上げた。

シルヴィウ・プルカレーテ演出『真夏の夜の夢』 ( 東京芸術劇場プレイハウス) 撮影:田中亜紀


シアターコクーン( 東 京・渋 谷 )では、松 尾スズキ芸 術 監 督による 初の新 作『フリムンシスターズ 』 ( 松 尾 作・演 出 )が上 演された( 10 ~ 12月)。西 新 宿を舞 台に、ぼんやり生きているコンビニ店員ちひろ、 スランプの大 女 優みつ子 、 その親 友で挫 折を経 験したゲイのヒデヨ たかし

シの 3 人を軸にしたミュージカル( 音 楽・渡 邊 崇 )。 ドラァグクイーン が進 行 役を務め、生 者と死 者が交 流し、毒 気のある笑いがあふれ る。 その中で松 尾は、差 別や抑 圧への強い怒りを語る。 「自由を差し 出すのは、 うんざりだ」と歌うフィナーレにテーマが凝縮していた。 演 出していた 2020 年 屈 指の注目作『 桜の園 』 ( 4 月予 定 )が開 幕 直 前で中 止になったケラリーノ・サンドロヴィッチは、大 企 業 社 長 の女 性が貧民街で暮らすことになって―というおとぎ話のような新

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松尾スズキ作・演出『フリムンシスターズ』 (シアターコクーン) 撮影:細野晋司

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CONTEMPORARY THEATRE

作『 ベイジルタウンの女 神 』を作・演 出 。憂 鬱な現 実の中で縮こまっ た心がほぐれるような、温かな笑いで劇 場を満たした( 9 ~ 10月、世 田 谷パブリックシアター)。 チョン・ウィシン

鄭 義 信は、 シェイクスピア戯 曲を 1950 年ごろの関 西に移し、男

優だけで演じる 『 泣くロミオと怒るジュリエット』 (シアターコクーン)を 作・演 出した。庶 民の活 力 、敗 戦の傷 、在日コリアンの心 情 、濃 厚 な笑いなど盛りだくさんな舞 台で、不 寛 容と対 立に翻 弄される恋 人 たちの哀 切さが際 立った。2 月開 幕で公 演が完 遂できなかったこと が惜しまれる。鄭は、文 学 座への書き下ろし『 五 十 四の瞳 』 (松本 祐 子 演 出 、11月、紀 伊 國 屋サザンシアター

TAK ASHIMAYA )では瀬 戸 内 海の小 島 の朝 鮮 人 学 校から、 日本と在日コリアンの戦 314

後を見つめた。 渡辺えりの奮闘、女性が作り、女性を描く

153カ国中 121 位、日本のジェンダーギャッ プは過 去 最 低になった( 2019 年 12月)。演 劇 界でも女 性の作り手が増えてはいるが、賞 の選 考や批 評などでの男性 優 位は根 強い。 こうした現 実を打 破しようと、渡 辺えりは夏に 女 性 作 家の特 集 上 演などを企 画していた。 それはコロナ禍で実 現しなかったが、 「 女々 しき力プロジェクト・序 章 」と題するシリーズを 一人で実行。老女 2 人の現実と幻想を描い た木 野 花との新 作 二 人 芝 居『さるすべり~ コロナノコロ~ 』 ( 渡 辺 作 、渡 辺・木 野 演 出 )、 渡辺えり演出・出演、別役実作『 消えなさいローラ』 (本 多劇場) 撮影:横田敦史

永 井 愛 作『 片づけたい女たち』 リーディング


市原佐都子作・演出『バッコスの信女―ホルスタインの雌』 ( KAAT神奈川芸術 劇場) 撮影:佐藤駿

( 演 出 )、別 役 実『 消え なさいローラ』 ( 演 出 、出 演 )の 3 本を作った。続け て K AKUTA『ひとよ』 (桑 原裕子作・演出) にも主演。 いずれも熱と成 熟を感じさ せる優れた舞台だった。 新鋭の市原佐都子 は自身のユニット「Q」で 作・演 出『 バッコスの信 女 ― ホルスタインの雌 』を

K A AT 神 奈 川 芸 術 劇 場などで上 演した。2019 年に初 演し、岸 田 國 士 戯 曲 賞を獲 得した話 題 作 。出 演 者は全員女 性で、ギリシャ悲

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劇を下 敷きに、主 婦と、かつて彼 女がヒトの精 子をウシに注 入して生 ませた「 半 獣 」、雌 牛の魂たち (コロス)などが登 場する。性 、欲 望 、 生 殖 、差 別 、虐 待など多 様なテーマが折り重なり、奔 流のように迫っ てくる舞 台だった。 女性を描いた過去の戯曲にも新しい光が当たった。 世 田 谷パブリックシアター『 殺 意 ストリップショウ』 ( 7 月、 シアター トラム)はショーダンサーが観 客に向けて語る一 人 芝 居 。三 好 十 郎 が 1950 年に発 表した戯 曲を栗 山民 也が演 出した。知 識 人の男性 が、戦 前 、戦 中 、戦 後と思 想を変えていく様を冷 徹に見すえる主 人 公を鈴 木 杏が高い集中力で演じ、圧倒的な輝きを放った。

11月の新橋演舞場では森本薫( 1912 ~ 46 )の戯曲『 女の一生 』 ( 段 田 安 則 演 出 )に大 竹しのぶが主 演した。中 国 貿易で財を成し た家に女中として住み込んだ朗らかな少 女が、才 覚を見 込まれて長 男の妻となり、頑なで孤 独な女 主 人になってゆく。 「 誰が選んでくれ 世界の舞台芸術を知る

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CONTEMPORARY THEATRE

たのでもない、自分で選ん だ 道 」というせりふが 有 名 だが、彼 女にその道を選ば せたものは何か― 。大 竹 の身体を通して、現 代に通 栗山民也演出『 殺意 ストリップショウ』 ( 世田谷パブリックシアター シアタートラ ム) 撮影:細野晋司

じる問いが投げかけられた。 明 治 座『 恋 、燃ゆる。』は

秋 元 松 代( 1911~ 2001 )のテレビ脚 本『おさんの恋 』を原 作に、石 丸さち子が 上 演 台 本と演 出を手 掛けた( 10 ~ 11月)。 もとは近 松 だ いきょう じ むかしごよみ

門 左 衛 門『 大 経 師 昔 暦 』で不 義 者として処 刑された「おさん茂 兵 えん とう

衛 」の物 語だが、秋 元は結 末を大 胆に変え、おさんは終 幕 、遠 島

になった茂 兵 衛を追って旅 立つ。新たな人 生を選びとるおさんを見 316

守る姑 役を高 畑 淳 子が好 演し、男社 会と闘い続けた秋 元が書いた 「 女 性 同 士の連帯」を体現していた。 世 田 谷パブリックシアター『 現 代 能 楽 集Ⅹ「 幸 福 論 」』 ( 11~ 12 おさ だ

月)では、長 田 育恵(作) と瀬戸山美咲(作・演出)が、能「隅田川」 「 道 成 寺 」を通して、現 代日本に生きる人々の心 象を丁 寧に照らし だした。 12年がかり、新国立シェイクスピア・シリーズの成果 翻 訳 劇に収穫が多かった。 鵜山仁 演出による新 国 立 劇 場のシェイクスピア歴 史 劇シリーズが 『リチャード二 世 』で完 結した( 10月)。2009 年の『 ヘンリー六 世 』 三 部 作の一 挙 上 演から12 年 。 スタート時に芸 術 監 督だった鵜 山 には、多 様な出自の俳 優たちを集めたゆるやかなカンパニーを作り、 劇場の一つの「芯」としたいとの希望があったのだろう。連続で参加 した俳 優・スタッフも多く、 その狙いはかなり達 成され、中でも、新 劇


各 劇 団の俳 優たちの実力 が改めて印 象づけられた。 シリーズを 通して 端 正 で ダイナミックな演 出も冴え、 『リチャード二 世 』では 特 に、貴 族 たちの 権 力 争 い が 、庶 民 たちの 視 線 の 中

新国立劇場シェイクスピア歴史劇シリーズ 撮影:引地信彦

鵜山仁演出『リチャード二世』

で展 開するという枠 組みが 利 いていた 。前 4 作 の 美 術を担 当した故 島 次 郎へ のオマージュに独 創を加え のり みね

た乘 峯 雅 寛の装 置がみご とだった。

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森 新 太 郎は世 田 谷パ ブリックシアター『メアリ・ス チュアート』 (フリードリヒ・シ ラー 作 、 スティーブン・スペ

森新太郎演出『メアリ・スチュアート』 ( 世田谷パブリックシアター) 撮影:細野晋司

ンダ ー 上 演 台 本 )を切 れ 味 鋭く演 出 。エリザベス役 のシルビア・グラブが 圧 巻 の演 技を見せた。 シアター 風 姿 花 伝( 東 京・新 宿 )の『ミセス・クライ ン』 (ニコラス・ライト作 、上 村 聡 史 演 出 、12月)は、第 二 次 大 戦 前 のロンドンを 舞 台にした、ユダヤ人で精 上村聡史演出『ミセス・クライン』 (シアター風姿花伝) 撮影:沖美帆 世界の舞台芸術を知る

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CONTEMPORARY THEATRE

神 分 析 家の女 性 3 人による緊 密なせりふ劇 。頑 迷さ、謹 厳さに時 折ユーモラスな顔も見せて那 須 佐 代 子を中心に伊 勢 佳 世 、占部 房 子が好 演した。 名 取 事 務 所が 10 ~ 11月に、東 京・下 北 沢の小 劇 場B1 で同 時 キ ム ミ ン ジョン

上 演した韓 国 の 現 代 劇『 獣 の 時 間 』 ( 金 旼貞作 、 シライケイタ演 イ

たか し

出) と 『 少 年 Bが住む家 』 ( 李 ボラム作 、眞 鍋 卓 嗣 演 出 ) も充 実して いた。 平 田オリザ 率いる青 年 団が東 京から兵 庫 県 豊 岡 市に拠 点を移 し、9 月に豊 岡 演 劇 祭を開 催した。市 内には、滞 在 制 作で成 果をあ きのさき

げている城 崎 国 際アートセンターがあり、2021年 春には平 田が学 長 を務める予 定の「 芸 術 文 化 観 光 専 門 職 大 学 」が開 学する。 この地 318

からの新たな発信が期待される。 やまぐち・ひろこ 朝日新聞記者。1960年生まれ。1983年朝日新聞社入社。東京、西部(福岡)、大 阪の各本社で、演劇を中心に文化ニュース、批評などを担当。編集委員、文化・メデ ィア担当の論説委員も務めた。武蔵野美術大学・跡見学園女子大学非常勤講師。 共著に『蜷川幸雄の仕事』 ( 新潮社・2015年)。


劇団風の子『ちぇんじ・図書室のすきまから』 写真提供:劇団風の子

[児童青少年演劇]

子どもた ちと出 会うた め に

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太田 昭 「第20回アシテジ世界大会・東京/ 2020国際子どもと舞台芸術・未来フェスティバル」は……

2020 年の児 童 青 少 年 演 劇 界は、他の演 劇ジャンルと同 様にコロ ナ禍の影 響は多 大で、 さまざまな困難に直面した一 年であった。 数 年がかりで準 備していた 2020 年 5 月開 催 予 定の「 第 20 回ア シテジ世 界 大 会・東 京 / 2020 国 際 子どもと舞 台 芸 術・未 来フェス ティバル」 (以下、 「アシテジ世 界 大 会 」)は、3 月末に延 期の判 断 をすることとなった。2 、3 ヵ国でも来日できれば実 施したい、 その時は そんなことも考えもしたが、今となっては賢 明な判 断だった。 「アシテジ 世 界 大 会 」は、2021 年 3 月に延 期となり、現 在その準 備を進めてい るところだが、世 界 的に、感 染 拡 大の終わりの見えないこの状 況 下 世界の舞台芸術を知る

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CHILDREN’S and YOUTH THEATRE

で、海 外の劇 団が来日できるかどうかの判 断も難しく、 リモートとライ ブ上 演を併用したハイブリッドな国 際フェスティバルとなる。客 席 数や 上 演のスタイルなど、問 題は山 積みだが、 どうしたら子どもたちとアー ティストたちが出 会えるか、 日本のみならず、世 界 中の関 係 者たちが 知 恵を寄せ合い準備を進めている。 コロナ禍による大きな被害を受けて 児 童 青 少 年 演 劇ジャンルでは、3 学 期( 2020 年 1 月~ 3 月)の 幼 稚 園・保 育 園で予 定されていた公 演は多く、多 大な影 響を受け た。 その後も公 演キャンセルには歯 止めがきかず、1 学 期( 2020 年

4 月~ 7 月)の公 演はほとんどゼロに近く、7 月時 点での日本 児 童・ 青 少 年 演 劇 劇 団 協 同 組 合( 児 演 協 )加 盟 劇 団の被 害 総 額は、約 320

13億 円ともなっている。緊 急 事 態 宣 言 以 降 、公 演はもちろんほとんど の演 劇 活 動が停 止するなか、 リモートを使った手 法での上 演を模 索することとなるが、 これには限界があり、特に子どもたちが対象となる と、 さらに難しいと言わざるを得ない。 この間 、 コロナ禍のアーティスト支 援として文 化 庁をはじめ、様々な 形での助成金や補助金が出されたが、 その中にはリモートでの公演 を奨 励するものなど児 童 青 少 年 演 劇には馴 染むものがなく、 「どうし たら子どもたちともう一 度 出 会えるのか」の一 点を求めて、自粛 期 間 を過ごす日々だったと言える。 また、 それに加えて、第 2 次 補 正 予 算によって出された文 化 庁の 「 継 続 支 援 事 業 」はフリーランスには手 厚い補 助 金ではあるが、給 料 制の劇 団は、団 体としても個 人としても申請できない状 態であり、 救われない児 童 青 少 年 演 劇 関 係 者が少なくなかった。 そういう意 味 でも、児 童 青 少 年 演 劇 界は厳しい状 況が続き、1 学 期の演 劇 活 動


による収 入はまったくない状況であった。 そんな中 、緊 急 事 態 宣 言が解 除されると徐々に公 演がスタートし た。 「 子ども劇 場・おやこ劇 場 」のような地 域の鑑 賞 組 織などを中心 とした地 域 主 体での上 演であった。学 校 公 演にはまだ慎 重な態 度 であった 6 月中旬には、 コロナ対 策を施しつつ、徐々に上 演が始まっ た。野 外での公 演や、 「 密 」を避けての少 人 数の観 客での公 演など、 各地 知 恵と工 夫を凝らしての上演となった。 学 校での公 演が戻り始めたのは、2 学 期( 2020 年 8 月~ 12月) になってからになる。公 演は劇 団と学 校との粘り強い交 渉により、本 来 2 ステージで実 施する予 定を、1 ステージの観 客 数を減らすため、

6 ステージに分けて上 演することにしたりと、 ここでもできうる限りの感 染 症 対 策をしての実 施となった。文 化 庁の第 1 次 補 正 予 算から出 された「 子 供のための文 化 芸 術 体 験 機 会の創 出 事 業 」は、各 学

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校での公 演に文 化 庁が費 用を負担するという事 業だ。7 月中 旬か ら 9 月中旬の 2 ヶ月で、思いのほか多くの申請があった。 コロナ禍で ほとんどの学 校 行 事が中止となるなか、 なんとかして少しでも子どもた ちに行 事を体 験させたいという教 師の想いの現れだ。私たちは、応 募 者が少ないだろうと予 想 、予 算 消 化が難しいのでは、 といらぬ心 配をしていたが、学 校 側に舞 台を上 演してほしいという想いを抱い た大 人が多くいたことを知れたことは、 コロナ禍での収 穫かもしれな い。文 化 庁 側も、徹 底した感 染 症 対 策を実 施するために、100 人 以 上の学 校には複 数 公 演を支 援することを約 束し、上 演への後 押しと なった。 学校での演劇鑑賞教室の再開とその課題

2 学 期に入ってから、演 劇 鑑 賞 教 室も少しずつではあるが始まっ た。 こちらも、 それぞれ主 催の学 校との協 議のうえ、徹 底した感 染 症 世界の舞台芸術を知る

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CHILDREN’S and YOUTH THEATRE

対 策をしたうえで上 演 機 会を作っていった。舞 台と客 席の間の距 離 を 3 メートルとったり、換 気のためにすべての窓を開けたまま上 演を したり、観 客とのやり取りを極力減らしたり、客 出しで距 離を置いたり、 客 席 内でセリフを言うシーンがある場 合はフェイスシールドを全 児 童・生 徒に配ったりと、考えうることは最大 限 実 行している。 なかでも、 「 密 」を避けるための客 席 数 減は大きな課 題だ。 どの学 校も体 育 館に入る人 数を制 限しており、少ないところでは、1 ステー ジあたり100 人であったり、1 学 年ごとにしたりと、 これまで学 校の体 育 館での演 劇 鑑 賞 教 室での上 演として想 定してきたキャパシティと は大きく違っている。 そのため、学 校からの要 望は、 これまで 1 ステー ジだったものを、2 ステージ、3 ステージの公 演にしてほしいというもの だ。だからと言って、上 演 料が増えるわけではない。 コロナ禍はここに 322

も大きな影 響を及ぼし、 このステージ数を受けないと、上 演自体がな くなってしまうことになり、受けざるを得ない状 況だった。 このような状 況により、文 化 庁が主 催する「 文 化 芸 術による子 供 の育 成 総 合 事 業 」や「 子 供 のための 文 化 芸 術 体 験 機 会 の 創 出 事 業 」で は 、段 階 的に 1 校におけ る公 演 数を増やしていき、 最 終 的には「 100 人につ き 1 ステージ 」を認 めるよ うになった。 このような、公 費による公 演が 約 束され ている場 合は問 題ないが、 それ 以 外 の 演 劇 鑑 賞 教 室では、条 件がいかに厳 学校の体育館公演で、 フェイスシールドして観劇している様子


しくとも、劇 団は学 校 側の 要望を飲まざるを得なかっ た。 それでも、子どもたちに 会いたいという思いで、何 とか上 演を実 現させること を優 先している。今 後もこ の状 況が続くのであれば 、 やはり何かしらの公 費によ る補 助などで支えてほしい

人形劇団クラルテ『銀河鉄道の夜』 写真提供:人形劇団クラルテ

と関 係 者は切 望している。 もう一つ気になることは、文 化 庁を中 心とする公 費の補 助の対 象 年齢の問題だ。現状で、 コロナ禍の子どものための舞台芸術に関す る助 成 金・補 助 金は基 本 的に、義 務 教 育である小 中 学 校での上

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演が対 象となっている。 しかしながら、私たち児 童 青 少 年 演 劇を担う 者にとっての子どもとは、0 歳から18 歳までである。つまり保 育 園 、幼 稚 園 、高 等 学 校は対 象 外となるため、 この年 齢の子どもたちと再 会 する機 会が作りづらいのだ。 小 中学 校はもちろんだが、生の舞 台 芸 術に触れる機 会は、等しく すべての年 齢の子どもたちに必 要 不 可 欠であり、義 務 教 育 以 外の 年齢 層への同 様の支援が期待されている。 子どもたちの状況 義 務 教 育を受ける前の子どもたちは、大 人たちの行 為を見て育 つ部 分が多く、模 倣することで成 長していくと言われている。 ある保 育 園では、 このコロナ禍で昼食をうまく食べられない子どもが、保 育 士が マスクを外して食べる姿を見て、 うまく食べられるようになった。 しかし、学 校が休みとなり、児 童 館・図 書 館・公 園など、子どもたち 世界の舞台芸術を知る

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CHILDREN’S and YOUTH THEATRE

の居 場 所が閉 鎖され、家で過ごさざるを得ない日々が続くことで、孤 独やストレスを抱える子どもたちが増えているのが現 状である。

324 人形劇団望ノ社『A Christmas Carol~スクルージと3 人の影の幽霊~』 写真提供:人形劇団望ノ社

ベイビーシアター『KUUKI』 児 演 協が制 作している 0 歳~生 後 18ヶ月のベイビーのための作 品、 日本児童・青少年演劇劇団協同組合ベイビーシアタープロジェ クト 『 KUUKI 』は 5 月に予 定していた公 演を 8 月に延 期して上 演さ れた。 これもまた感 染 症 対 策のために、 これまでの 20 組の親 子 対 象 という制 限を、 その半 分の 10組に減らし、 スタッフを増やして上 演する こととなった。 ベイビーシアターは、出演 者と観 客がコンタクトをとってはじめて成 立するパフォーマンスである。直 接の身体 的 接 触はなかったとしても、 それに近い状 態になることが多々ある。 『 KUUKI 』 も細 心の注 意を 払いつつ上 演をした。 コンタクトを一 切したくない観 客には、洋 服など にその意 思 表 示のためのシールを貼ってもらったり、ベイビーが触れ


たオブジェクトをすぐに消 毒するための消 毒スタッフを配 置したり、客 席もスペースが分りやすくなるように家 族に一 枚 、布の座 席シートを 敷いたりと、工 夫を凝らした準備をしての上演となった。 しかし、驚いたのは、限られた客 席 数とはいえ、8 月以 降の公 演も 含めて、 『 KUUKI 』の公 演はほぼ 満 席となったことだった。 これは やはり、 コロナ禍での限られた空 間と、限られた親と子だけという生 活の中で、 ひと時の癒しを求めている親 子がいたということだろうと 思う。 また、高 校 公 演では、学 校 行 事のほとんどがなくなり、生 徒たちが 友 達と出かける機 会もないなかで、劇 場に集まり、観 劇する機 会を得 られたことが、 「 高 校 生 活 最 後の年に良い思い出になる」、 と語って くれた高 校 生がいた。すべての子どもたちが舞 台 芸 術と出 会える機 会を作るために、 こんな時だからこそ、児 童 青 少 年 演 劇 界から大きな

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声を上げていくのが今後も必要になるだろう。 学 校 行 事 の中 止に関 連して、部 活 動も難しくなっている。演 劇 部は、 さまざまな部 活 動の中でも、 「 密 」になりやすいと言われており、 稽 古がなかなかできない状 況で あった 。 そのようななか 、いくつか の地 域では、 「 全 国 学 生オンライ ン演 劇 祭 」などのリモートによる 演劇祭が実施された。大会なども すべて中止になるなかで、無 観 客 ではあるが、 このような取り組みが できたことは、関 係 者にとっては喜 ばしいことであった。

児演協制作『KUUKI』 コロナ対策バージョンの会場写真

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CHILDREN’S and YOUTH THEATRE

新作紹介 コロナ禍でありながら、新しい作 品を創 造した劇 団もある。劇 団 風 の子は、児 演 協のプロジェクト「しばいの大 学 2019」で上 演された 作 品をリメイクする形で新 作『ちぇんじ・図 書 室のすきまから』 ( 作・演 おお ま

出:大 澗 弘 幸 ) を創 作した。居 場 所を求める子どもを描く創 作 劇で、 現 代 の 抱える問 題を考え る作 品となっている。 人 形 劇 団ひとみ座の新 作『ごきげんなすてご 』は

12月に上 演された 。原 作 は 子どもたちに 人 気 の 同 名 絵 本( 作・絵:いとうひろ し)で 、作・演 出は上 述 の

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『 ちぇんじ 』も手 がけた 劇 団 風の子 所 属の大 澗 。劇 人形劇団ひとみ座『ごきげんなすてご』 原作:いとうひろし 脚本・演出:大澗弘幸(劇団風の子) 写真提供:人形劇団ひとみ座

団の枠を越えての作 品 創 りは新しい流れになりつつ ある。

9 月に東 京 演 劇アンサ ンブ ルが 上 演した『 おじ いちゃんの口 笛 』 ( 作:ウル ひ ろ わたり

フ・スタルク、脚 本:広 渡

常 敏 )は 、劇 団 の 若 い 演 み

き げん た

出 家・三 木 元 太 による新 演 出であり、スウェーデン の人 気 作 家の絵 本の舞 東京演劇アンサンブル『おじいちゃんの口笛』 撮影:松浦範子 写真提供:東京演劇アンサンブル

台 化だが、 ドライで純 粋な


作 品の仕 上がりが 、三 木 の演 出 家としての今 後を 期 待させる。 そのほかにも、 劇 団うりんこや、人 形 劇 団 プーク、人 形 劇 団むすび 座なども、 この厳しい状 況

劇団うりんこ 『小学校は宇宙ステーション』 撮影:服部義安

写真提供:劇団うりんこ

にありながら、新しい作 品 を生み出している。 まだまだ先の見えない状 況ではあるが、 どんな状 況 下でも、子ども のためのアーティストたちは歩みを止めない。繰り返しになるが、 どうし たら、子どもたちと出 会えるのか、児 童 青 少 年 演 劇は、 そのことだけを 考え続けている。 327

おおた・あきら 1996年、東京演劇アンサンブル入団。以後、ほとんどの作品の制作にかかわる。日 本児童・青少年演劇劇団協同組合の人材育成担当理事として、多くの講座・ワーク ショップを担当している。2004年文化庁在外研修員としてスウェーデン国立劇場 (Riksteatern)の児童青少年演劇部門(Unga Riks)へ短期留学。現在、 日韓演劇 交流センター事務局長などを務める。

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JAPANESE CLASSICAL DANCE

『かくれんぼ』山村若有子

写真提供:国立劇場

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[日本舞踊]

日本 舞 踊 の 未 来に─ 内 省 の 時 平野 英俊

1 . “日本的ガラパゴス”ということ 日本の伝 統 文 化は、世 界に類 例を見ない独自の進 化を遂げたも のという意 味で、 いわば “ガラパゴス的 ”に輝いていると私は考えて いる。昨 年 、 日本 全 土を襲った新 型コロナウイルス禍によってもたらさ れた社 会のデジタル文 化は、 ガラパゴスの輝きの核を大きく揺るがし た。 そのさまは、 “日本 的ガラパゴス” とも言えるものかもしれない。 “日 本的” と特 記するのは、 ガラパゴスの危 機の本 質を見 窮めないまま、 伝 統 文 化と聞けば無 根 拠に “すばらしいもの”だと考えたり、 あるいは、


例えば単なる日本を愛する外 国 人の賛 辞を “ 有 難いもの” とみなした りする考え方が、 メディア世 界だけでなく、社 会 全 体に余りにも多いこ とを指している。 メディアが真に報 道すべきは、 日本 伝 統 文 化の本 質や核になるも のが失われつつあるという現 実であるはずなのに、 そこに目が向かな いのは、社 会 全 体を覆った知 的 基 層の“ 教 養 人”の問 題にその本 質があるからだと私は考えている。 日本 社 会の知 的 基 層である “ 教 養 人 ”は、近 代ヨーロッパ、 アメリ カ文 化に学んだ上 層 階 級であり、彼らは日本の政 治 ・ 経 済を支 配 し続けてきた。 ところがこの新 型コロナ禍にあって、近 代 化の中で従 属させられていた多くの庶民の苛 立つ精 神が、大いに注目を浴びる たかし

事になる。哲 学 者 ・ 内山節 は、 329

インターネットの 時 代 は 、こ の 構 造 に 変 化をもたらした 。 ネット上 で は 、誰もが 発 言 でき、意 見を共 有 する仲 間をつ くりだ せるようになった 。それまで の 教 養 人による支 配 の 下で 黙っているしかなかった人 々が、発 言できる時 代を手 に入れたのである。 (『 東京新聞 』2020 年10月11日朝刊)

と述べている。 この効 能は、 メディアを通して文 化 芸 術としての伝 統芸能にも当然荒波のように押し寄せている。 オンラインで舞台芸術 が映 像 配 信される。 そして日本メディア界は、配信された伝 統 芸 能を “ 有 難いもの” として報 道する。 ここにまさしく、無 批 判で本 質を見ない “日本 的ガラパゴス”が発 生しているのだ。

2020 年 6 月開 催 予 定の、 ( 公 社 )日本 舞 踊 協 会 主 催の創 作 舞 踊公 演 、 「 第 4 回 日本舞踊 未来座 = 祭( SAI )= 『 夢追う子 』」が、 コロナ禍で一 年 延 期になった。延 期が決まっても、制 作 担当の協 会 員は役 割を果たさなければならない。準 備は山のようにあり、 メール やオンラインで共 有 事 項の確 認や会 合が行われる。 そんな中 、 「未 世界の舞台芸術を知る

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JAPANESE CLASSICAL DANCE

来 座 」公 演 担 当 理 事で、歌 舞 伎 俳 優で活 躍 するが日本 舞 踊 松 本 流 家 元でもある、構 成 ・ 演 出の松 本 幸 四 郎が、NHK 教 育テレビ 『にっぽんの芸 能 』の企 画 担当と、 『 夢 追う子 』を番 組 内で舞 踊 映 像 作 品にすることを決めた。歌 舞 伎 界でも先 駆 的な活 動を試みる 幸 四 郎の“ガラパゴス”力が、教 養 人で固められた NHKを動かして、 伝 統 芸能日本舞踊にも及んだ事例である。 番 組は、7 月 3 日放 送( 6 日再 放 送 )の『 夢 追う子 ~ハレの日へ の道しるべ 』 と、 その制 作から完 成までを追ったドキュメンタリー、10 月 16日放 送( 19日再 放 送 )の『 踊れ、今こそ~ 幸 四 郎と舞 踊 家 47 人の挑 戦~ 』。 「 今だから出 来る、今しか出 来ないことを!」という幸 四 郎の意 志が、 「 47人の日本 舞 踊 家が、一 度も集 合しないで一つ の舞 踊 作 品を創る映 像 作 品 」として結 実した( 幸 四 郎の振 付を一 330

般の人々が公 募で踊る場 面も挿 入された)。20 分 程の作 品だが、 映 像 作 家 ・ 村 岡レイヤの力が大きく働いており、 アニメで登 場した江 戸時代の疫病退散のキャラクター“アマビエ”が効いていたせいで、 舞踊作品というより映像作品に思えた。映像作品化によって、踊る人 間の身体が覗きからくりのように人形化しまい、人間味は無くなった。 舞 台 芸 術の映 像 化は本 来アーカイブとして生かすべきもので、 デ ジタル化による映 像 作 品づくりというのは、あくまでもコロナ禍の手 段 の一つとして考えるべきである。 ともかく今はじっと耐えて、舞 台 芸 術 の本 質 ・核を見窮め鍛えることが大事ではないだろうか。 オンライン配 信の流れは、 もちろん個 人の日本 舞 踊 家にも及んで ご ようかい

の すけ

いる。協 会 理 事に五 人中三 人を送り込む「五 耀 會 」 ( 西川箕 乃 助 、 もとい

とも ご ろう

じゅらく

らんこう

花 柳 基 、山村 友 五 郎 の三 理 事に花 柳 寿 楽 、藤 間 蘭 黄 )は、11月 8 日から有 料の動 画 配 信を始めた。映 像は、10月 6 ・ 7 日に国 立 劇 場 小 劇 場で無 観 客で収 録を行なったもので、本 格である。12月 6 日 まで続けられた。


緊急事態宣言以後、 「 五 耀 會 」メ ンバーが主 催した公 演は、山 村 友 五 郎による「 第 二 回 友 五 郎 の 会 」 (8 月 23日・ 国 立 文 楽 劇 場 ) と、藤 間 蘭 黄による「日本 舞 踊の可 能 性 vol.3」 ( 11月 3 日・ 浅 草 公 会 堂 )のみである。 「日本 舞 踊の可 能 性 vol.3」は、 「五 耀 會 」のレパートリーともいえる、 ロッ シーニのオペラで有 名なボーマルシェ の『セビーリャの理 髪 師 』を翻 案した あ だ よう じん

『 徒 用 心 』と、蘭 黄 の 素 踊り作 品 で ゲーテの戯 曲『ファウスト』を凝 縮した ま が かみ

『 禍 神 』で 、二 作 品 共 に 、蘭 黄 作 ・ 演出・振付。 『 徒 用 心 』は、男 性 素 踊

331 『禍神』藤間蘭黄

©︎瀬戸秀美

り作 品を、女 性 五 人で上 演する試み。 二 作 品とも新 作ではなかったが、 コロナ禍に立ち向かう意 志は正し い。動 画 配 信も行われたのは救いだった。 じゅ おう

2 . 二代目花柳壽 應 の死と現行「日本舞踊」 ひろし

9 月 27日午 後 8 時 、FAXによる訃 報 。 「花柳壽應事花柳寛儀 9 月 26日午 前 6 時 52 分 永 眠いたしました。 ( 享 年 89 ) ここに生 前のご 厚 誼を深 謝し謹んでご通 信 申し上げます。 なお新 型コロナウイルス の影 響を鑑みた故 人の意 向により葬 儀は近 親 者のみにて執り行う 運びとなりました。」とあり、 「つきましてはお別れの時 間を下 記日時に 稽 古 場にて作らせていただきました」と、9 月 28日から10月 1 日まで じゅすけ

稽 古 場で「お別れ」できるという、喪 主の五 代 花 柳 壽 輔 からのお知 らせが記され、 「 一 般へのお知らせは 10月 3 日の葬 儀 告 別 式が執 世界の舞台芸術を知る

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JAPANESE CLASSICAL DANCE

り行われたのちに新 聞 等で公 表させていただく所 存でございます」 まま

と添えられていた。 コロナ禍の侭ならない中での丁 寧なFAXの文 言 に、私も自宅へ伺って遺 体に合 掌した。 ところが FAXの文 面とは裏 腹に、訃 報はその 2 日後 、9 月29日朝 刊に掲 載されていた。 コロナ禍 におけるメディアと壽 應の意 向とのちぐはぐさは、花 柳 流 家 元 継 承 問 題に通じているように思われ、私は考えてしまった。 よし じ ろう

ほう どう

壽 應の父は四 代 花 柳 芳 次 郎( 後の芳 瞠 )。2007 年 、壽 應は三 かんおう

代 家 元 壽 輔の死を受け、寛 應を経て壽 輔を襲 名したが、後 継 者の たかひこ

正当性を巡り、三 代の甥 ・ 貴 彦との争いになる。世 襲の家 元 制 度の 問 題 点が浮き彫りになり、騒 動はメディアを賑わせた。 この頃 、壽 應 は、 ( 公 社 )日本 舞 踊 協 会 理 事として、自身の古 典 、創 作 活 動 、宝 塚 歌 劇 団への振 付などで活 躍 、踊 師 匠に留まらず、民 衆と日本 舞 332

踊の距 離を埋めるべく、協 会 事 業に新しい息 吹を吹き込んでいた。 初 代 壽 應の協 会への功 績を身近に見ていた人らしい、 その精力的 な活 動を散見し、私は拍手を送った。 四 代 家 元 後 継 問 題は、従 来から壽 應の実 績を認 識していた流 そう すけ

儀 内としては、彼の下に結 束していたようだが、2016 年 、孫の創 右

に五 代 壽 輔を襲 名させて自身は二 代 壽 應を名 乗った事が、想 定 外の動きをもたらしたようだ。 というのも、 「 壽 應の名 称は初 代のみの、 いわゆる留め名 」という不 文 律が否 定されたからだ。 その結 果 協 会 は、奨 励のため過 去 39 名に授 賞していた花 柳 壽 應 賞( 後に花 柳 壽 應 賞 新 人 賞と名 称 変 更 ) を、2017 年を最 後に停 止した。協 会は 初 代 壽 應との密 接な関 係から出 発した経 緯があり、古 典 、創 作の 二つの道 筋も、初 代 壽 應中心の協 会 運 営の基 盤となった。壽 應の 逝 去によって、初 代 ・ 二 代が大きく貢 献してきた協 会の運 営が今 後 どうなるのか、会員の大幅減少問題とともに注目しなければならない。


3 . 新型コロナウイルス禍と個人日本舞踊家 新 型コロナウイルス禍の猛 威による政 府の緊 急 事 態 宣 言で、3 月 からの日本 舞 踊 公 演は軒 並み公 演 中 止または延 期になった。8 月 からは徐々に再 開され始めたが、個 人 舞 踊 家の公 演は極く少 数に 限られている。 日本 舞 踊 家の多くは教 授 業が生 業であるが、興 行と して日常 的に公 演を打つ必 要のある演 劇 界とは違い、門 弟との共 同 作 業による発 表 会 形 式の舞 台 公 演は、躊 躇なく中止または延 期 となる。 例 年 個 人日本 舞 踊 家が 最も力を入れる秋の文 化 庁 芸 術 祭も 強 行されたが、 日本 舞 踊の参 加 公 演( 関 東 部 門 )は 4 公 演しかな かった。 そのため、春の( 公 社 )日本 舞 踊 協 会 主 催「 第 63 回日本 舞踊協会公演」 ( 2 月 22 ・ 23日、国 立 劇 場 大 劇 場 ) と、国 立 劇 場 主 催の芸 術 祭 協 賛 公 演「 舞の会 ― 京 阪の座 敷 舞 ― 」 ( 11月 21日、 国立 劇 場 小 劇 場 )のみが目立つこととなった。 「日本 舞 踊 協 会 公 演 」は、例 年 協 会 理 事などが主 体となる公 演 だが、個 人 舞 踊 家の活 躍 として見ると、清 元『 吉 原 じゅ えん

雀』 (若柳壽延・藤間恵 つ

都 子 )の鳥 売の女を演じ た藤 間 恵 都 子の演 技が 印 象 深かった。近 年 素 踊 りで充 実ぶりを見せている が、 この歌 舞 伎 舞 踊 作 品 でも、素 踊りで見 せている 体 幹の強さ、骨 格の確か さが見 事であった。 「 舞の会 」では、 いつもな

『吉原雀』藤間恵都子

写真提供: (公社) 日本舞踊協会

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がら “ 伝 承 ”の持つ意 味と、 “ 創 造 ”の 精 神が際 立つ。 “ 伝 承 ”では『 鉄 輪 』 ひかり

の 井 上 八 千 代と 『 世 界 』の山 村 光 。 『 鉄 輪 』は 井 上 流 独 特 の 、傘を持っ て地 髪で舞うもので、舞 台に凝 縮され た舞ぶりは見 事だった。 『 世 界 』は一 人 舞( 現 ・ 山 村 友 五 郎 が 北 山 村 流 舞 踊 協 会の振りを伝 承 )で、山 村 光 は花 街の客と遊 女の世 界を艶やかに 舞った。 “ 創造” では、友五郎の新振付 『善知鳥』 と、今 回 初 上 演の友 五 郎 わかゆう こ

振 付『かくれんぼ 』 ( 演 ・山村 若 有 子 ) が 、短い曲ながら洒 落が 効いた遊び

334 『鉄輪』井上八千代

写真提供:国立劇場

心に点が入る。

4 . 新型コロナウイルス禍での日本舞踊の立ち位置 人々の社 会 生 活を壊した新 型コロナウイルス禍の猛 威が文 化 芸 術にも及ぶ中で、 日本 舞 踊は社 会の中でどういう立ち位 置を取るべ きなのであろうか。私としては、興 行 中 心の演 劇 業 界に“ 右に倣え” は非 常に危 険であると思う。今こそ、 日本 舞 踊 社 会の根 底の担い手 である舞 ・ 踊の師 匠は、子どもの教 育 者でもあることを再 認 識する時 であろう。 ウイルス禍 社 会を見 窮めて、子どもの身心 教 育に何が必 要なのか、何を施すことが良いのか、今はじっと耐えて、 日本 伝 統 芸 能の核である舞 、踊の伝 統が子ども達の身心にどう伝わり繋がって きたのか、検 証してみてはどうだろうか。 いい機 会と思うがいかがであ ろう。 コロナ禍にまみれた令 和 2 年の日本 舞 踊 界は、影が薄かった。前


もん

述の文 化 庁 芸 術 祭 参 加 公 演では、関 東 部 門からは藤 間 紋( 紋の 会の成果)、関西部門からは京都芸術大学舞台芸術研究センター しゅんじゅう ざ

( 市 川 猿 之 助 藤 間 勘 十 郎 春 秋 座 花 形 舞 踊 公 演の成 果 )が、 そ れぞれ優 秀 賞を受 賞したが、二 公 演ともに、 日本 舞 踊 界の話 題とし て取り上げるには物 足りなさを感じた。 また、文 化 庁 芸 術 選 奨 舞 踊 部 門の受 賞 者 及び新 人 賞 受 賞 者は、 その全員がバレエダンサー であった。 これは過 去に例を見ない現 象であるが、一 方で日本が近 代 以 来 、音 楽 、舞 踊 、演 劇の文 化 芸 術をヨーロッパ・アメリカに学ん できた帰 結とも言える。 東日本 大 震 災などの災 害のリスクも大きかったが、昨 年の新 型コ ロナウイルス禍のリスクは日本の全 社 会を壊している。感 染 症リスク を通り抜けた先 人 達の生き残る手 段を大いに学んで、明日を生きる 手 段を探し当てなければならない。

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ひらの・ひでとし 舞踊評論家。1944年、仙台市出身。早稲田大学第一文学部演劇専修卒業。大学 では歌舞伎を専攻。出版社に勤務し 『沖縄の芸能』、季刊「民俗芸能」、 月刊「邦楽 と舞踊」などの編集を担当後、身体表現の研究を求めて評論家となり、文化庁、 日 本芸術文化振興会などで専門委員などを務める。2016年には『 評論 日本身体表 現史― 古代・中世・近世』 (日本舞踊社) を上梓。

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BALLET

牧阿佐美バレヱ団『眠れる森の美女』 撮影:鹿摩隆司

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[バレエ]

コロ ナ 禍 のもと、 全 力 で 対 応 うらわ まこと

厳しい試練にさらされたバレエ界

2020年 、世 界は新 型コロナウイルスに翻 弄された。わが国のバレ エ界も厳しい試 練にさらされている。年 初には、 これを予 想したものは だれもいなかったろう。 それが 2 月に入り、 とくに同月末の国 立の劇 場 など公 的な施 設の閉 鎖に至って、バレエ界も深 刻な状 況を実 感す ることになる。4 月の緊 急 事 態 宣 言 以 降 、3 密 回 避 、外 出自粛など の努力にもかかわらず、年 末には感 染 者 、重 症 者の増 加 傾 向は加 速している。


このなかでバレエ界は、2 月末までは通 常の活 動 、3 月は公 演 実 施と中 止・延 期が混 在 、4 月から 6 月の中 旬までは活 動自粛 、 その 後、客席数の定員を通常の半数にするなどして徐々に公演再開、9 月にはその制 限が撤 廃され、十 分な感 染 防 止 対 策をとりながら、 し だいに公 演 回 数は増 加してきた。ただし、例 年に比べれば 年 間の 公 演数ははるかに少ない。 バレエ界への影響と対策 公 演や教 育 指 導などの活 動の中止は、団や学 校の経 営 、芸 術・ 技 術 面の維 持を難しくするだけでなく、舞 踊 家 個 人の精 神 的 苦 痛 も大きい。 さらにバレエ作 品の上 演には、多くの出 演 者 、関 係 者によ る長 期にわたる準 備を必 要とし、多 数の人々が密 接にかかわってい る。規 制が緩 和されても、活 動には手 間と経 費のかかる感 染 防 止

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対 策をとらざるをえない。 経 済 的な影 響は、チケット売り上げ、寄 付 、助 成など、 さらに授 業 料 、指 導 料などに現れている。バレエ団の場 合 、 コロナの影 響でこれ らの収 入が激 減したにもかかわらず、固 定 費は常に発 生する。舞 踊 家 、指 導 者 個 人も仕 事がなければ 出 演 料 、教 授 料などは手に入ら ない。 もちろん、国や地 方自治 体では、文 化 芸 術 関 係についても、 さ まざまな救 済 策を実 施しており、国によるチケット補 助 的な「 GoTo イベント」や、映 像 作 品 1 件につき10万 円が支 払われる東 京 都の アーティスト支 援「アートにエールを ! 」などがある。 しかし、 これで損 失が十 分に補 填されるわけではない。 しかもその手 続きには複 雑なも のも少なくなく、活 動 面 、生 活 面で苦 労している者は多い。ただ、欧 米の例などから、文 化 芸 術も人の生 活に不 可 欠だとして、 この分 野 のぞ

にも光が当たりはじめたのはいちるの希 みであると言える。

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BALLET

年初から活動中止、再開まで ここから、2020年のバレエ界の状況を具 体 的に考 察してみよう。 年 初から、活 動の中止・延 期が余 儀なくされた時 期 、活 動自粛の 期 間 、活 動が解 禁・再 開され始めてからの時 期を、私 見だが、 それ ぞれ「コロナ前 期 」 「コロナ自粛 期 」 「コロナ対 応 期 」として、要 点を 記 述する。 ●コロナ前期(2020年 3 月まで)

2020 年 、バレエ公 演は例 年どおりスタートした。 そして 2 月末の国 立 劇 場の休業までは、予定どおりに活動は続いていた。

1 月の注目は、谷 桃 子 バレエ団の創 立 70 周 年 公 演だ 。元 エト ワールの 2 人 、芸 術 監 督 髙 部尚子と伊 藤 範 子が、 それぞれ『リゼッ 338

ト』 (『ラ・フィユ・マル・ガルデ 』の谷 桃 子 /メッセレル版 )の演 出・振 付と新 作『 Fiorito 』の発 表を行った。 月末には熊川哲 也の Kバレエ カンパニーが『 白鳥の湖 』 を上演した。

2 月には、バレエの全 国 的 統 括 団 体である日本 バレエ 協 会 本 部( 東 京 )が『 海 賊 』を上 演した。同 協 会 神 奈 川ブロックおよび関

谷桃子バレエ団『Fiorito』 撮影:スタッフ・テス (株)


西・中部 支 部も、1 、2 月に定 例の公 演を行っている。2 月中旬には

NBAバレエ団が英 国ロイヤル・バレエのプリンシパル、平 野 亮 一を 招き、 「ホラーナイト」として『ドラキュラ』の第一幕と宝満直也の新作 『 狼 男 』を上 演した。 そして 2 月 26日、国 立の各 種 文 化 施 設はイベ ント中止を決 定 、新 国 立 劇 場バレエ団も上 演 期 間 半ばで『マノン』 の上 演を打ち切った。 それ以 降 、公 演やコンクールなどの中 止・延 期が相 次ぐことになる。 このいわば混 迷のなかでの対 応として、大 変に興 味を引いたのが、

3 月、コロナ前 期の最 後に行われた 3 つの公演である。 ひとつは、神 戸の貞松・浜 田バレエ団の「 創 作リサイタル31」 ( 14 日)。客 席はわずかの関 係 者だけの無 観 客 公 演という形をとり、 日本 初 演のアレクサンダー・エクマンの『 CACTI 』をはじめ、森 優 貴の

339

新作など、興 味ある作品が並んだ。 つぎに松 山バレエ団の『 新・白 鳥の湖 』 ( 20日)。森 下 洋 子と堀

貞松・浜田バレエ団『CACTI』 撮影:岡村昌夫(テス大阪)

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BALLET

じゅう

内 充 の初 顔 合わせで注目されていたが、予 定されていた神 奈川県 民ホールからバレエ団のスタジオに設けられているスペース、 ムーセイ オンに会場を移し、関係者だけを招いて実 施された。 そして東 京バレエ団の『ラ・シルフィード』。 これは 21、22日の 2 日間 、 予 定どおり東 京 文 化 会 館で開 催されたが、マスクを持たない観 客 にはマスクを渡し、休 憩 時には建 物や客 席のドアを開け放すなど換 気を徹 底して行われた。 ●コロナ自粛期(2020年 4 ~ 6 月)

4 月 7 日、緊 急 事 態 宣 言が発 令され 、一 部のリモート指 導や映 像 配 信を除き、すべての活 動が自粛された。5 月から段 階 的に宣 言 が解 除になり、少しずつクラスでの指 導が密を避けて始まる。公 演の 340

再 開が認められたのは 6 月 19日だ。主 催 者には観 客を定員の半 数 以 下とし、十分な感染防止対策をとることが求められた。 ●コロナ対応期(2020年 7 ~12月) 前 記したとおり、バレエ公 演の準 備には多くの時 間と配 慮が必 要 で、解 禁だからすぐに公 演とはいかず、観 客が定員の半 数では採 算 がとれない。 このようなことから、上演を躊 躇する団 体も多い。 したがって、本 格 公 演 再 開 第 1 号が 7 月 24日を初日とした新 国 立 劇 場バレエ団 公 演であったのは、当 然ともいえよう。作 品は森 山 開 次 演出・振 付の新 作『 竜 宮 りゅうぐう』。 日本の昔 話をベースにし た、家 族 向けの作 品だが、同 団のトップクラスが出 演 。 ここでは、客 席は前 後 左 右を一 席ずつあける、 いわゆる千 鳥 配 置とし、チケットの もぎりは観 客自身が行い、溜まりを作らないための順 次 入 場と分 散 退 場を徹 底 、 プログラムは平 積みで観 客みずから手に取る、マスク 着用、消 毒 、検 温 、私 的 会 話や舞 台への声かけの禁 止 、換 気の徹


新国立劇場バレエ団『竜宮 りゅうぐう』 撮影:鹿摩隆司

341 底、 トイレでの接 触を避ける措 置 、 ロビーでの物 品や飲 食 物の販 売 中止 、 そして万 一に備えて来 場 者に連 絡 先と座 席 番 号を記 入させ るなど、公 演の感 染対策の基準が示された。 続いて、7 月末から 8 月上 旬にはバレエシャンブルウエストが、山 梨 県で「 清 里フィールドバレエ」を開 催した。清 里フィールドバレエ は、長 年この時 期に行われてきたもので、今 回は野 外 公 演の利を生 かしつつ、 しかし配 慮をもっての上 演となった。同 団は 10月に本 拠 地 の八 王 子で『コッペリア』 を上演している。

8 月中 旬 以 降は、牧 阿 佐 美バレヱ団と橘 秋 子 記 念 財 団が 3 月 に中止となった学 校 公 演を含む公 演を、一 部 形を変えて開 催した。 牧 阿 佐 美バレヱ団の公 演は団員たちによるガラ、 「サマー・バレエ コンサート」。松 山バレエ団は、従 来の渋 谷 公 会 堂を全 面 改 築し た LINE CUBE SHIBUYAで、3 月に関 係 者 限 定で上 演した上 述 世界の舞台芸術を知る

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BALLET

の『 新・白 鳥の湖 』の対コロナ特 別バージョンを上 演 。 また佐々木 や ま と

三 夏の大 和シティー・バレエが「 夏 季 公 演 」で多くの日本の怪 談を テーマにしたオムニバス作品を発表したのも注目された。

9 月11日の公 示により、上 限 5,000人などの条件付きで、基本的に 客席定員の制限が取り払われたが、前売りの事情や安全面の考慮 から、 自主 的に定員半 数を継 続するところもあり、主 催 者の苦 労がう かがえる。 この月には東 京バレエ団が 8 月から延 期した子どものため のバレエ『ねむれる森の美女 』、 そして『ドン・キホーテ』 を上 演 。

10月には Kバレエカンパニーの人 気 作 品『 海 賊 』と新 国 立 劇 場 バレエ団『ドン・キホーテ』。後 者は同 団の吉 田 都が 芸 術 監 督 就 任 後 、初めて迎えるシーズンのオープニングで、 もともとピーター・ラ イト版の『 白 鳥の湖 』を予 定していた 342

東京バレエ団『M』 撮影:長谷川清徳

が、 コロナの影 響で作 品を変 更したも のだ。 さらに、東 京バレエ団の『 M 』 と 牧 阿 佐 美バレヱ団の『 眠れる森の美 女 』。大 型 作 品が並んだ。前 者はモー リス・ベジャールが三 島 由 紀 夫に捧げ た作 品で、三 島の没 後 50 年を記 念し ての上 演だ 。東 京 バレエ 団はこの成 果により、文 化 庁 芸 術 祭 優 秀 賞を受 賞した。 その後は11月中旬から続く 『くるみ割 り人 形 』。松 山バレエ団を皮 切りに、 ス ターダンサーズ・バレエ団 、12月に K バレエカンパニー 、井 上バレエ団 、牧 阿 佐 美 バレヱ 団 、東 京 バレエ団 、新 国 立 劇 場バレエ団 、バレエシャンブル


ウエストが上 演した。東 京シティ・バレエ団と小 林 紀 子バレエ・シア ターは、組曲や抜 粋での上演。 ここにきてようやく、年末に多種多様の『くるみ割り人形 』がみられる という、 わが国バレエ界の日常が戻ってきた。 もちろん、 いずれの公 演 でも慎 重に感 染 対 策がとられており、井 上バレエ団のように感 染 防 止のために上 演 時 間を短くすべく作 品を改 訂したところもあり、バレ エ団 、劇 場 、 そして観 客もその労 苦は例 年の比ではない。 さらにこの 期 間には、 ライブでの公 演に代わっての、あるいは並 行しての有 料 の舞 台 映 像 配 信や、映 像 配 信のための作 品も生まれている。事 情 は分かるし、工 夫もあるが、効 果は限 定 的であり、やはりバレエは生 ということを強く感じさせた。 首都圏以外の状況

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解 禁 後 、関 西 初の公 演は 7 月26日の貞松・浜 田バレエ団の『ラ・ プリマヴェラ』。同 団は 10月に『ドン・キホーテ』、11月に『くるみ割り 人形 』 と健 闘している。8 月には、家 族 向けに楽しいアイディアを作 品 に織りこんだり、 ロビーを華やかにするなど、独 特の活 動を続けている カンパニーでこぼこが、4 月から延 期した『リーズの結 婚 』を上 演し た。関 西 地 区は、有力団 体の公 演中止 、延 期が重なり、他に目を引 くのは 11月のバレエカンパ ニーウエストジャパン( 瀬

岡田純奈バレエ団『ジゼル』 写真提供:岡田純奈バレエ団

島 五月、 アンドリュー・エル フィンストン主 宰 )の中 村 祥 子を招いての『ジゼル』 程度でやや寂しい。 中 部 地 区も、10月の神 原 ゆ かりの 創 立 記 念 公 世界の舞台芸術を知る

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BALLET

演 、岡 田 純 奈バレエ団の『ジゼル』、12月の川 口 節 子バレエ団の コンサート 「 舞 浪 漫 」、 そして年 末の越 智インターナショナルバレエの 『くるみ割り人形 』などで、例年に比べ、公 演 数は大 幅に減っている。 これには、別の要 因もあると考えられる。 それはバレエダンサー・振 付 家 、深川秀 夫の死である。彼は 1960 ~ 70 年 代に世 界 各 地でトッ プダンサーとして活 躍 、帰 国 後は新 作 、古 典の再 演 出を全 国 各 地 に提 供してきた 。近 年 体 調を崩しながらも活 動を 続け、今 年も少なくとも関 西 、中 部 4 ~ 5 団 体が彼 の 演 出 、振 付 作 品 の 上 演を予 定していた。 その彼 が 活 動 自 粛 のなかで 体

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調を悪 化させ、9 月 2 日に 逝 去 。そのため 、上 演 や 延 期 後 の 再 演を断 念 す る公 演が続 出 。 まだ 73 歳 、 彼のバレエ界への貢 献 、 故・深川秀夫氏

撮影:岡村昌夫

その死の影響は大きい。

コンクール・海外との交流 一 年中、 どこかでコンクールが行われているのがわが国の特 徴だ が、 これも中止、延期、 そして縮小などの対 応を余 儀なくされた。実 施 したところも、ほとんどが予 選 無し、楽 屋の混 雑 回 避 等のため、 メイク 無しが標 準となった。表彰式をカットしたところも多い。 海 外との交流については、2 月末から 3 月上 旬のパリ・オペラ座 来 日公 演の後は、団 体 、個 人ともにすべてキャンセル、中止となった。 さ


らに、海 外からのゲスト招 聘を予 定していたバレエ団や外 国 人 講 師 主 体でクラスを運 営していたオープンスタジオにも影 響が。 これは一 方で日本 人ダンサーの仕事の機会を増やし、能力を認 識するチャン スにもなった。 正念場を迎えて わが国のバレエ界は、 ロックダウン相 次ぐ欧 米に比べれば、 キャス ト、 スタッフの一 部に感 染 者が発 生して一 部 公 演に支 障が出たが、 公演の機 会があるだけまだ恵まれている。 しかし、社会 的 、経 済 的 基 盤の弱いバレエ団、バレエ人がこの状況下で活動する努力、苦労は 大 変なもの。 コロナ禍が続き、 さらに悪 化するとすれば、 わが国のバレ エ界は壊滅的な状況になりかねない。 まさに正念場であり、一層の自 助努力とともに、公的、社会的な理解と支持が切に望まれる。

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うらわ・まこと 本名・市川彰。元・松陰大学経営文化学部教授。元・公益社団法人全国国立文化 施設協会舞踊アドバイザー。舞踊評論家として、各種の新聞、雑誌に寄稿するほ か、文化庁などの各種委員会の委員を歴任、数多くの舞踊賞の選考委員、舞踊コン クールの審査員を務める。

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関かおりPUNCTUMUN『むくめく む』 撮影:松本和幸

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[コンテンポラリーダンス・舞踏]

コロ ナ 危 機 に 強まる エン ゲ ージメント、 身 体に回 帰 する世 界 堤 広志

2020 年は、世 界中が新 型コロナウイルス感 染 症の脅 威に曝され た。国 内 感 染 者 数は、4 ~ 5 月の第 1 波 、7 ~ 8 月の第 2 波 、11 月以 降の第 3 波でその都 度 増 加した。 とりわけダンスはコンタクトや パートナリング等の濃 厚 接 触を伴うため、表 現 上の危 機ともいえる。 先の見えない状 況でアーティストたちはどう行 動したのか、時 系 列で まとめてみる。


パンデミック前の活況

1 月 16日に国 内 初の感 染 者が確 認され、2 月 3 日には乗 客の感 染が確 認されていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」が横 浜 港に入 港した。 その横浜では、毎年 2 月にビッグイベントが重なる。 横 浜ダンスコレクション( YDC )はコンテンポラリーダンスの 国 際フェスティバルとしてアジア最 大 級とされ 、25 回目を迎えた。 コン あや の

ペ 部 門では 38カ国 226 組 の 応 募 があり、横 山 彰 乃 がセンシティ ブな身 体 感 覚をポップに展 開し、審 査 員 賞とポロサス寄 付 基 金 し き ち おさむ

Camping2020 賞をW 受賞した。敷 地 理はコンセプチュアルでライブ アートのような作 品で若 手 振 付 家のための在日フランス大 使 館 賞を、 橋 本ロマンスはスタイリッシュな動きと楽 曲・衣 装・演 劇 性にこだわっ た表 現で最 優 秀 新 人 賞を受 賞した。過 去の受 賞 者 公 演では、黒 いく み

こう い ち ろ う

須育 海 や田村興 一 郎らが見応えある作品を発表。香港・ソウルのダ

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ンスフェスティバルと協 働した第 3 回 HOTPOT 東アジア・ダンスプ ラットフォームも開 催された。中 国からの 2 組は渡 航・入 国が困 難と なったが、他のアーティストは公演を実施した。 国 際 舞 台 芸 術ミーティ ング in 横 浜( TPAM )で は 、グロー バルで 同 時 代 的な意 欲 作が目立った。 タ イのピチェ・クランチェンは 『 No.60 』を、インドネシア のエコ・スプリヤントは『イ ブイブ・ベルー:国 境 の 身 体 』を世 界 初 演 。身 体 障 キム マン リ

碍 者の劇 団 態 変( 金 滿 里 主 宰 )は『 箱 庭 弁 当 』を再

横浜ダンスコレクション2020/横山彰乃『水溶媒音』 撮影:菅原康太

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演し、訪日観 客に衝 撃を与えた。神 戸ダンスボックスが地 域のアウト なか ま

リーチも兼ね企 画した中 間アヤカの『フリーウェイ・ダンス』を再 演 。 ハイネ・アヴダルと篠 崎 由 紀 子の fieldworksは劇 場を異 化 / 活 性 化 する 3 作 品を公 演した。46 の国や地 域から約 962 人( 海 外 476 人 /日本 486 人 )が参 加し、延べ入 場 者 数 人は 31,302名だった( 事 務局発表)。 先 進 的な表 現が多 彩に集まった YDCや TPAMは活 況を呈し、 無 事 閉幕した。 コロナ禍での対応 だが、2 月 15日、大 阪のライブハウスで集 団 感 染が確 認され、2 月 26日には政 府がイベント自粛を要 請 。興 行 界は 3 密( 密 閉 、密 集 、 348

密 接 )を避けながら、公 演を敢 行するか、延 期か中止 、無 観 客での 動 画 配信かの対応を迫られた。 て

し がわ ら

勅 使 川 原 三郎は、 ヴァイオリニスト庄司紗矢香とのコラボレーション 『 三つ折りの夜 』を世 界 初 演 前日に延 期したが、以 降は愛 知 県 芸 術 劇 場の芸 術 監 督 就 任 記 念シリーズで『 白 痴 』 『 調べ─ 笙とダン スによる』を再 演 。 シアター Xで は宮 沢 賢 治 原 作『 銀 河 鉄 道 の夜 』、アラン・レネ監 督 映 画 に触 発された『 去 年 ─「 去 年 マリエンバートで」より─ 』 と新 作を発 表 。アップデイトダンス

No. 67 ~ 77の 11 作 品も公 演 みなぎ

し、創 作 意 欲が漲り渦 巻くさま を見せつけた。 勅使川原三郎『銀河鉄道の夜』 撮影:阿部章仁

関かおりPUNCTUMUN


は『むくめく む 』を初 演 。 スキャタースノー( 雪 綿 )を敷きつめ、水 墨 画の色 合いに枯山水の配 置をイメージした舞 台で、 ダンサーたちが 脱力したミニマムな動きでコンタクトする。時 折 微かに風 鈴や人の声 、 うごめ

呼 吸 音 、空 爆の効 果 音が響く。風が吹くと橘の香りが漂う。 「 蠢く」 「 芽 吹く」 「むす」 ( 産む)等のワードを回 文のように組み合わせた 題 名どおり、冬から春へ移る季 節での生 命の蠢 動と流 転を繊 細な 感覚で描いた。 鈴 木ユキオは『 人 生を紡ぐように 時の流れを刻むように』をリメイ ク。暗 転を多 用したソリッドな演 出とエッジの際 立った動きでカンパ ニーの成 熟は顕 著だった。 小 野 寺 修 二 主 宰のカンパニーデラシネラは、新 作『どこまでも世 界 』を初 演 。 ノンバーバルなマイム表 現を基 軸に、鏡の中や窓の外 の異 世 界 等のシュールで奇 妙なシーンをトリッキーに展 開し、 イメー

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ジに遊ぶユニークな世界で魅了した。 や す もと

康 本 雅 子は新 作『 全自動 煩 脳ずいずい図 』をツアーした。ダン サーたちはトゥワークのように小 刻みな動きを全身で繰り返し、愛 欲 の煩 悩が絶えることなく続く さまを表 象して観 客を圧 倒 した。 平 原 慎 太 郎 主 宰の

OrganWorksは『 HOMO 』 を初 演 。 スタンリー・キュー ブリック監 督の映 画『 2001 年 宇 宙 の 旅 』に着 想を得 て、既 存のボキャブラリーを 除いたダンスで人 類 史を描 いた。振 付 家もカンパニーも

カンパニーデラシネラ 『どこまでも世界』 撮影:鈴木穣蔵

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成 長フェーズにあり、以 後 も映 像 配 信 や 新 作『えん えん 』の 試 演 等 、積 極 的 に活 動した。 あきら

笠井叡は、師大野一雄 とのデュオを振り返るアン

康本雅子ダンス公演『全自動煩脳ずいずい図』 写真提供:ペーハー

ソロジー「 DUO の 會 」を 公 演 。川 口 隆 夫 が 大 野 みつ たけ

役 、笠 井 瑞 丈 が 笠 井 叡 ぎ

役となり、 『 犠 儀 』(1963) 、 『 丘 の 麓 』( 1972) 、 『病 める舞 姫 』( 2 0 0 2) を当 時 の 写 真 や 映 像とともに

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再 現し、新 作『 笠 井 叡の 大 野 一 雄 』は時 空を超え て再 会 するようなデュオと 笠井叡「DUOの會」左より笠井瑞丈、川口隆夫

撮影:bozzo

なった 。 しかし、3 月 26日 首 都 圏で外 出自粛 要 請

が出され、後半の公演は中止となった。 映像配信と強まるエンゲージメント

3 月までは公 演できたものの 、パンデミック第 1 波 が 4 ~ 5 月に やってきた。新 型インフルエンザ 等 対 策 特 別 措 置 法の改 正に基づ いた緊 急 事 態 宣 言が、4 月 7 日、東 京・神 奈 川 等 7 都 府 県に発 出 され、4 月 16日には全 国に拡 大 、5 月 25日に解 除されるまで劇 場の 休 館は約 1 カ月半に及んだ。 その間 、映 像 配 信 等で活 動を持 続す るアーティストも多かった。


とも ひこ

森 山 未 來と辻 本 知 彦 のユニットきゅうかくうしおは 、5 月 31日

YouTubeで新 作をライブ配 信 。 また、9 月配 信の『 地 鎮パフォーマン ス』では、自分たちで山 林を開 墾し建 造した舞 台で 8 月 15日早 朝に 非公 開 上 演した動 画を公開した。 まろ あか じ

麿 赤 兒 の大 駱 駝 艦は公 式 YouTube チャンネルを開設し、 「こと問 はず 舞い それ答えずして をどる」の動画を年内で33 本 更 新 。8 月 恒例の長野県白馬村の野外公演『 笑う青空 』 も無観客配信した。 だい

ツアーのストップした山 海 塾の若 手メンバー松 岡 大 は、自身で手 がけてきたウォーキング形式のパフォーマンスイベント 「 LAND FES 」 の新 作 動 画を 5 月に配 信 開 始 。 ダンサーと音 楽 家によるサイトスペ シフィックな無 観 客セッションを有料コンテンツとして届けている。

Co.山 田うん主 宰の山 田うんは自宅スタジオを改 装し、オンライン 上にリモートコミュニティセンター「 文 舞 両 道 」を開 設した。 さらにダン

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ス映 像『 BODY GARDEN 』の屋 外 版とインスタレーション版を公 開 。金 沢での滞 在 制 作 公 演『 みぎわ』は映 像 版も公 開 、東 京 芸 術 劇 場で収 録した映 像 新 作『コスモス』は 2021年に劇 場 版をツアー 予定と、公 演と映 像配信のハイブリッド化を精力的に進めた。 ダンスを支える場の奮 闘も目立った。Dance Base Yokohama

デイビー

( DaBY )は、4 月の開 業を延 期し、2 カ月後の 6 月 25日にオープン。 一 般 財 団 法 人セガサミー文 化 芸 術 財 団が運 営し、 アーティスティッ クディレクターに愛 知 県 芸 術 劇 場シニアプロデューサーの唐 津 絵 理を迎えたダンスハウスで、延期となった公演企画もあるが、 レジデン スやワークショップ、 トライアウトのライブ配信等を積極 的に行った。 東 京・神 楽 坂のセッションハウスは、5 月から「セッションオンライン 劇 場 」、10月以 降は「どこでもシアター」として、計 29 公 演をライブ配 信した。 普段アーティストを支援してきた民間の小劇場が、 コロナ禍では逆 世界の舞台芸術を知る

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にアーティストや観 客からのサポートを受け、エンゲージメントの高まり を見せた。 セッションハウスや日暮 里の d - 倉 庫は存 続のためクラウド ファンディングを実施し、 いずれも目標金額を達 成した。 劇場再開とダンサーたちの活躍 第 1 波の収 束で劇 場は再 開されたが、続く第 2 波が 7 ~ 8 月に 訪れ、常に様子見の対応を迫られた。 森 山 開 次は、7 月に新 国 立 劇 場バレエ団『 竜 宮 りゅうぐう』を演 出・振 付したが、 スタッフに感 染 者が出たため、東 京 2 公 演が中 止 となった。11月には舞 踊 劇『 星の王 子さま─サン=テグジュペリから こ じり

しま

の手 紙 ─ 』を世 界 初 演し、 アオイヤマダ 、酒 井はな、小 㞍 健 太 、島 じ やす たけ

地 保 武らの豪 華キャストやスタッフを束ね、 クリエーターとして才 能を 352

発 揮した 1 年となった。 近 藤良平主宰のコンドルズは、公立劇 場での新 作 2 作が公 演中 止となったものの、動 画 配 信 等でファンとのエンゲージメントを維 持し、

9 月 5 日渋 谷 公 会 堂での自主 公 演『ビューティフルドリーマー 』を 敢 行 。医 師 監 修 のもと独 自のガイドラインを策 定し、 看 護 師も待 機 。ソーシャ ルディスタンスに配 慮して 約 2,000 の客 席 数を半 減 し、換 気のため上 演 時 間 を 1 時 間に濃 縮 、一日で

2 プログラムを公 演し、徹 底した予 防 対 策で臨んだ。 大 音 量 のロックで踊る迫 力の群 舞 、弾き語り、 コント、 KAAT神奈川芸術劇場/森山開次演出・振付・出演 『星の王子さま─サン=テグジュペリからの手紙─』 撮影:宮川舞子


人形 劇 等 、変わらぬ笑いとパフォーマンスで観客を元 気づけた。 近 藤はまた、新 国 立 劇 場の演 劇 公 演『イヌビト』 ( 長 塚 圭 史 作・ 演 出 )で振 付・出 演した。 イヌビト病の蔓 延する街に引っ越してきた 愛 犬 家の家 族が遭 遇するゾンビ映 画のようなドラマで、 コンテンポラ リーダンサー 10 人が俳 優も兼ね、犬になっていく身体 表 現とともに劇 作に大きく貢 献した。 ほかにも、 コンテンポラリーダンサーが活 躍する演 劇 公 演が重なっ た。Co.山 田うん『 NIPPON・CHA! CHA! CHA! 』は演 劇 版とダン あきら

ス版を同 時 上 演 。音 楽 劇『 銀 河 鉄 道の夜 2020 』 (白井晃演出) では山 田の振 付 、 メンバーも好 演した。Q『 バッコスの信 女 ―ホルス タインの雌 』再 演では、獣人役の川村美紀子が怪演した。 身体に回帰する世界

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第 3 波 到 来までの 10 ~ 12月は、政 治や社 会 問 題 、個 人の生 活 や命を見つめ直す作品が目立った。 ふ る いえ ゆ う り

ダンスアーカイヴ構 想は、プロジェクト大 山( 古 家 優 里 主 宰 )の 『 踊る日本の私 』を企 画 公 演 。戦 時 中の“ 幻の東 京 五 輪 ”に向け た国 威 発 揚 行 事として、皇 紀 二 千 六百年( 1940 年 )に上 演された 『日本 』三 部 曲を現 代 的に翻 案し、聖 火リレーの自撮り映 像やラッ プ等とともに2020 年に開 催が予 定されていた東 京 五 輪を批 判 的に 扱った。 モモンガ・コンプレックスは、 フェスティバル/トーキョー 20で『わたし たちは、 そろっている。』を初 演 。 リモート生 活を模して劇 場 内に各パ フォーマーごとの部 屋を設け、観 客が自由に見て回る回 遊 式 公 演と しら が

なった。主 宰の白 神ももこが場 内アナウンスをしながら、 ライブカメラを スイッチングして映 像も配 信 。客 観 的 視 点と微 温 的な眼 差しでシー ンを誘 導しながら、歌やパフォーマンスを同 期させ、離れて暮らしてい 世界の舞台芸術を知る

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ても意 識はつながっていることを表現した。 てい た

岩 渕貞 太 身体 地 図は、独自のメソッド「 網 状身体 」による 『 Gold

Experience 』を初 演した。大 気を大きく吸い込んで全身を脱力し、 肉 体の根 元を捉え直し、呻きや唸り声を用いながら動きに発 展させ むろ ぶし こう

ひで とし

るメソッドは、故 室 伏 鴻 の 舞 踏 や 光 岡 英 稔 の 武 術 、白 川 静 の 金 文・甲 骨 文 字による漢 字 学 、古 代の儀 式や美 術 等に触 発されたも のである。 小 野 寺修二のカンパニーデラシネラは『 Knife 』 を初 演 。出演 者に 感 染 者が出たため、当初の日程を中止して振 替 公 演とした。 コロナ 禍からモーパッサン『 脂 肪のかたまり』に着 想を得て、誰を非 難する でもない無為な日常を描いた。 こう じ

の りや す

かえるP(大園康 司・橋本規 靖 )は、吉祥寺シアターの劇場空間に 354

“公園” を仮 設し、子 供 連れの家 族がゆったりダンスに親しめるイベ ント 『 PAP PA-LA PARK /ぱっぱらぱーく』 を開 催した。

岩渕貞太 身体地図『Gold Experience』 撮影:前澤秀人


ひろ あき

踊る「 熊 谷 拓 明 」カンパニーはダンス劇『 舐める、床 。』で、あえて 過 剰なコンタクトを多 用し、分 断と孤 立が進む社 会で体 温の感じら れるコミュニケーションの大切さを訴えた。 みん

田 中 泯 は『 村のドン・キホーテ』を初 演した。馬の背に揺られて やってきた男が村 人に介 抱され、農 耕 生 活をするようになるという、 りん

田中の実 人 生を反 映した設 定 。長 年 師 事する石 原 淋 はドルシネア 役か、狂 女のような風 体で奇 声を発して「ギ、ギキ、犠 牲 、偽 証 、義 足 、疑 獄 」と不 穏な言 葉の連 想ゲームを続け、終いには「 擬 国 、 い つものことでございます。」と反 復する。言 語 演 出に編 集 工 学 者の松 せ い ごう

岡 正 剛を迎えたテキストは、近 年の政 権 腐 敗を批 判したものに聞こ える。田中は国民 感 情を代 弁するように馬に跨がり、長い棒を抱え、 回る巨 大な赤 幕の風車に向かって突進した。 あきら

笠 井 叡 は『日本 国 憲 法を踊る』を無 観 客でライブ 配 信した。初

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演時の 2013 年に話題となっていた改憲論議に着想し、三権分立や 「自由・平 等・博 愛 」といった人 権 思 想を掘り下げたが、 そのテーマ はより深 刻さを増している。近 年の安 倍 政 権は司法 人 事へ介 入し、 立 法 府である国 会で虚 偽 答 弁を繰り返し、三 権 分 立 を崩 壊させ 人 権を喪 失さ せていると批 判が高まった。 コロナ禍でも個々人が自由 で公 平に、安 全・安 心な法 生 活を送っていくことの 意 義を訴えた。 ダムタイプ は 、3 月に 中 止となった最 新 作『 2020 』 の無 観 客 映 像 版を公 開し

芸劇dance 田中泯『村のドン・キホーテ』 撮影:平間至

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Dance New Air 2020→21 湯浅永麻×大平貴之『 n o w h e r e 』 撮影:Yulia Skogoreva

た。SDGs や AI、SNS のコ ミュニケーションまで現 代 社 会 の 様 々な 事 象をモ チーフとしながら、 グローバ リゼーションによる競 争 社 会を立ち止まって考えるこ との重 要 性を訴えた。 これ は政 府が東 京 五 輪の年 内 開 催を諦め切れず、緊 急 事 態 宣 言の発 出が 遅 れて感 染が拡 大したタイミ ングと重なる。 356

2 年に 1 度のダンスの祭 典 Dance New Airは、2021年へかけて え

の開 催に変 更となったが、 そのプレ企 画として湯 浅 永 麻 の『 n o w

h e r e 』を公 演 。柿 崎 麻 莉 子とともにドキュメンタリータッチなダン スを展 開した。 ロックダウン中に毎日自宅で踊った動 画が 分 割 画 面で投 影され、 それらの動きはその日の天 候や体 調 、感 情 等によっ て違うと述べながら、生きることや命の意 味を捉え直した。特に後 半 、 新しい命を宿しながら踊る柿 崎の登 場で、今ここに生きている現 実 感がより伝わった。柿 崎は 7 月にも「さいたまダンス・ラボラトリvol.3 」 番 外 編として『 Wild flowers 』を試 演し、 コロナ禍で活 動できない境 遇を、雨の中たくましく咲く草 花の生 命力に託して踊った。 みどり

倉 田 翠 主 宰の akakilikeは、2019 年 初 演の『 眠るのがもったい ないくらいに楽しいことをたくさん持って、夏の海がキラキラ輝くように、 緑の庭に光あふれるように、永 遠に続く気が狂いそうな晴 天のよう に』 を再演した。薬物依存症リハビリ施設「京都ダルク」の利用者と ともに、彼らの日常を再 現したドキュメンタリー演 劇のような舞 台であ


る。あるがままの姿を見つめ、現 実 認 識を深めていく作 業が人 生の 重みや生きづらさを伝え、人間讃歌へ繋がった。

2020年 、世 界はリモート生 活を余 儀なくされた。劇 場 公 演は規 制 されたが、分 断による孤 独や不 安を慰 撫し、癒しとなったのはオンラ インの動 画 配 信 等も含めた文 化 芸 術である。身体を前 提とするダン スは、 よりアクチュアルかつビビッドにコロナ危 機を受け止め、 レジリエ ンスを発 揮した。観 客とともに身体を見つめ直す感 覚が研ぎ澄まさ れ、生 活や命の大 切さを再認識する媒介になったといえるだろう。 つつみ・ひろし 1966年川崎生まれ。文化学院文学部演劇科卒。アート、 エンタメ、演劇、 ダンス等 の専門誌編集を経てフリー。小劇場から新劇、アングラ、商業演劇、伝統芸能、 ダン ス等まで幅広く取材し、手がけた企画特集多数。 トヨタコレオグラフィーアワード選考 委員、ガーディアン・ガーデン演 劇フェスティバルやSAI International Dance Festivalの審査員を歴任。編著に空飛ぶ雲の上団五郎一座『アチャラカ再誕生』、 『現代ドイツのパフォーミングアーツ』、 『ピーター・ブルック─創作の軌跡─』等。

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TELEVISION DRAMAS

[テレビドラマ]

コロ ナ 禍 で の メッセ ージ 中町 綾子 テレビドラマが描いたコロナ禍 新型コロナウイルス感染症の拡大でテレビドラマもまた変化を余儀 なくされた。4 月に放 送 開 始 予 定だった連 続ドラマの撮 影も中止に なり、放 送 時 期が大きくずれ込んだ。一 方で、 その間にも制 作 者たち は、多くの制 約の下で“リモートドラマ” というスタイルで、 「 今だからこ そ」のメッセージを伝えた。 先 陣を切ったのは、 「テレビ初 ! ? 358

完 全“テレワークドラマ”」と銘

打った『 今だから、新 作ドラマ作ってみました 』 ( NHK 、5 月 4 、5 、

8 日)だった。準 備 、制 作 、編 集すべてをリモートで行うものだ。カメラ は基 本 的に固 定され、 ひとつのセットで 1 人が演じる。 リモートで、別 の場 所で演じる相 手 役とやりとりする展 開だった( 第 1 夜『 心はホノ や じま こ う い ち

ルル、彼にはピーナツバター 』/ 作:矢 島 弘 一 、出 演:満 島 真 之 介 、 前 田 亜 季 、演 出:渡 辺 一 貴 、第 2 夜『さよならMyWay!!! 』/ 脚 本: いけ たに

池 谷 雅 夫 、出 演:小日向 文 世 、竹 下 景 子 、演 出:渡 辺 一 貴 、第 3 夜 『 転・コウ・生 』/ 作:森 下 佳 子 、出 演:柴 咲コウ、 ムロツヨシ、高 橋 一 生 、演出:小野見知)。

WOWOWは、 『 2020 年 五月の恋 』 ( WOWOWプライム、6 月 2 ~ 5 日、4 夜 連 続 、1 話=約 13 分 )を 5 月 28 ~ 31日に本 放 送に 先 駆けてオンライン( You Tube WOWOWオフィシャルチャンネルと

WOWOWメンバーズオンデマンド)で無 料 配 信した。出 演 者 同 志 も監 督も直 接 会わずに制 作したものだ。 リモートワークを終えたモトオ よう

よう

( 大 泉 洋 )が、別れた妻・ユキコ ( 吉 田 羊 )に間 違い電 話をかけてし


まう。勤 務 先のスーパーから帰ってきたばかりのユキコはしぶしぶ電 話に出るが、ついつい話し込む。主 演の二 人のテンポの良い会 話の 中に、不安や孤独がこぼれる。 その思いを、やさしく、 あたたかく、切実 よし かず

だい し

に描いた( 脚 本:岡 田 惠 和 、監 督:松 永 大 司 、東 京ドラマアウォード

2020 単 発ドラマ部 門優秀賞)。 リモートドラマ『 Living 』 ( NHK 、5 月 30日、6 月 6 日)は、奇 才 作 家( 阿 部サダヲ)が、人 間の長 所や未 来に思いを馳せて紡ぐ 4 つの 家 族のストーリーだ。 その 4 つのストーリーを実 際の姉 妹( 広 瀬アリ あき よし

ス、すず)、兄 弟( 永山瑛 太 、絢 斗 )、夫 婦(中尾 明 慶 、仲 里 依 紗 / むね たか

青 木 崇 高 、優 香=声の出 演 )が小 気 味よく演じた( 作:坂 元 裕 二 、 演出:加 藤 拓ほか)。 『これっきりサマー 』 ( NHK 大 阪 、8 月 17 ~ 21日、全 5 話 、1 ~ 3 話= 2 分 、4 、5 話= 3 分 )は、 コロナ禍をしなやかにたくましく突 破す

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る高 校 生を描いた。夏の甲子 園が中止になった高 校 球 児の薫( 岡 けん し

田健史) と、楽しみにしていたロックフェス( 野 外イベント)が中 止に かおる

なった同 級 生の香( 南 沙良)が土 手で偶 然 出 会い話しはじめる。 そ れぞれに心のよりどころにしていたものを奪われた彼らがやがて、 その 現 実を受け止め、導き出した答えが謙 虚で気 持ちいい。 「 俺たち、 こ こに住まわせてもらってるわけだしさ、地 球に合わせていくしかないん じゃないかな」。 コロナ禍での二つの青春の交差が清々しく描かれた き ざら いずみ

いずなみたかまさ

(作:木 皿 泉 、演出:泉 並 敬 眞 )。 ドラマ&ドキュメント 『 不 要 不 急の銀 河 』 ( NHK 、7 月 23日、拡 大 版は 9 月 26日)は感 染 拡 大の状 況 下で叫 ばれた「 不 要 不 急 」と つよし

は何かを重 層 的に問うた。井 上 剛 監 督は、撮 影のための医 療 会 議( 5 月 15日)で、安 全 指 導にあたる医 師に「この時 期 、 ドラマとか 撮ってていいんですかね。 ドラマ見たかったりします?」とドラマの必 要 性を問う。 ドラマの舞 台は、 とある家 族が営む「スナック銀 河 」。緊 急 世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021


TELEVISION DRAMAS

事 態 宣 言 下で営 業を自粛している。 日頃の自分たちの暮らし、営み は「 不 要 不 急 」なのだろうか。異なる局 面での問いかけが幾 重にも 響く内容だった(原作・脚本:又吉直樹、演出:井上剛、出演: リリー・ フランキー、夏帆ほか)。 フジテレビの『 世界は 3 で出来ている』 ( 6 月11日)は、 「ソーシャル ディスタンスドラマ」と銘 打たれた。林 遣 都が、緊 急 事 態 宣 言 明けに 久々に再会した一卵性の三つ子を一人三役で演じる。兄弟の会話 には、兄 弟だからこその率 直な気 持ちが描かれた( 脚 本:水 橋 文 美 いさむ

江 、監 督・プロデューサー:中江功 )。 恋愛×お仕事ドラマ、ホームドラマの新しいかたち

1 月期 の 連 続ドラマでは、火 曜ドラマ『 恋はつづくよどこまでも』 360

( TBS 、1 月 14日~ 3 月 17日) とドラマ24『コタキ兄 弟と四 苦 八 苦 』 (テレビ東京、1 月11日~ 3 月28日)が注目される。 『 恋はつづくよどこまでも』は、 ラブコメディーとして、各 話に散りばめ られた胸キュンシーンが SNS上で大きな話 題となったが、恋 愛ドラマ でもあり、お仕 事ドラマでもある。 そのバランス感 覚が、 ヒロイン像を魅 も

力 的なものにしていた。佐 倉 七 瀬( 上 白 石 萌 音 )は、憧れの医 師・ かいり

たける

天 童 浬( 佐 藤 健 )への 5 年 越しの思いを貫いて看 護 師になり、彼と 再 会する。失 敗 続きの新 人だが、 そのひたむきさから他の人が気づ かない患 者の様 子にも気づく。同 僚は彼 女を「 勇 者ちゃん」と呼ん で応 援する。むやみに対 立を作って盛り上げる作 劇とは一 線を画 し、あたたかい人 間 関 係が描かれた( 脚 本:金 子ありさほか、演 出: ひ げ だん

田 中 健 太ほか、原 作:円 城 寺マキ、主 題 歌:Official 髭 男 dism「 I

LOVE … 」、東 京ドラマアウォード2020 単 発ドラマ部 門 優 秀 賞 、助 演男優賞(佐藤健)、主題歌賞)。 『コタキ兄 弟と四 苦 八 苦 』は、異 色のホームドラマと言えるだろう。


こ たき いち ろう

兄の古 滝 一 路( 古 舘 寛 治 )は一 軒 家に暮らす単身者だ。 そこに弟 じ ろう

の二 路( 滝 藤 賢 一 )が離 婚を迫られて転がり込む。無 職だった二 人は、兄 弟そろって 1 時 間 千円の「レンタルおやじ」の仕 事を始める ことになるが、 その依 頼からも、 さまざまな家 族の在り方がうかがえる。 離 婚 届けの保 証 人の代 行 、親 戚のふりをしての結 婚 式 列 席 、孤 独 死 寸 前の若 者の安 否 確 認 …… 。ひとつの型におさまりきらない家 族の人 間 関 係を描いていた( 脚 本:野 木 亜 紀 子 、監 督:山 下 敦 弘 、 オープニングテーマ:Creepy Nuts「オトナ」)。 撮影中断を余儀なくされたドラマが描いたそれぞれのメッセージ

TBSは 4 月 4 日~ 19日までの約 2 週 間 、すべての番 組の収 録を 中止した。 このため、火 曜ドラマ『 私の家 政 夫ナギサさん』 ( TBS、4 月14日スタート予 定 → 7 月 7 日~ 9 月 1 日)、 日曜 劇 場『 半 沢 直 樹 』

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( TBS 、4 月 19日→ 7 月 19日~ 9 月 27日)、金 曜ドラマ『 MIU 404 』 ( TBS、4 月 10日→ 6 月 26日~ 9 月 4 日)の 3 本もスタートが後ろ倒 しになった。 『 私の家 政 夫ナギサさん』のキャッチコピーは「おじさん、 とっ散ら しぎ

かった私のココロもキレイにして!」だ。50 歳の家 政 夫・鴫 野ナギサ な

( 大 森 南 朋 )の登 場で、相 原メイ ( 多 部 未 華 子 )の心のもやもやが 晴れる。彼 女は大 手 製 薬 会 社の MR( 医 薬 情 報 担当 者 ) として仕 事に全力をかたむけ、家 政 夫のナギサさんは部 屋を片づけ、バラン スのとれた料 理をつくる。 自分の苦 手なこと (メイにとっては家 事 ) をア ウトソーシングし、 その役 割をほかの人が担う。 シンプルだが、 この発 想の転 換こそがこのドラマの描くライフスタイルの多 様 化で、既 存の 価 値 観に縛られない、社 会 参 加のダイバーシティーを気 持ちよく見 せていた。 また、終 盤では、 ナギサが家 政 夫ではなくなることを知って メイは彼に告白して新たな家 族の形を築く。一 緒に過ごす時 間のか 世界の舞台芸術を知る

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けがえのなさを痛 切に感じるシーンが描かれていた。 コロナ禍を描く ドラマではないが、孤 独を感じることの多い時 代に心に響くドラマに とく お こう じ

なっていた( 脚 本:徳 尾 浩 司 、山 下すばる、演 出:坪 井 敏 雄ほか、原 作:四ツ原フリコ、主題歌:あいみょん「裸の心 」)。 『 半 沢 直 樹 』は、 「 倍 返しだ!」や、 「 土 下 座 」といった流 行 語を生 んだ第 1 作( 2013 年 )から 7 年ぶりの続 編だ。都 市 銀 行から子 会 社の証 券 会 社の営 業 企 画 部 長として出 向した半 沢( 堺 雅 人 )が 相 手に屈せず、 「やられたらやり返す」の流 儀を貫く。今 期は、因 縁 の大 和 田 暁 取 締 役を演じた香 川 照 之をはじめ、出 演 者 陣の思い 切りの良い演 技が、人 物 間の対 立をより際 立たせた。 わずか数セン チまで互いの顔を近づけての演 技 、感 情を露わにする表 情 、 そのド アップのカット ( 映 像 演 出 )、歌 舞 伎の「 繰り上げ 」のように相 手を で

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追い詰めるセリフ回しなどは、見どころとなり、 「お・し・ま・いDEATH」 ( 大 和 田 )、 「 詫びろ! 詫びろ詫びろ詫びろ…… 詫びろ半 沢!」 ( 伊 佐 山 / 市 川 猿 之 助 )などのセリフが話 題を呼んだ。登 場 人 物 も多く、 コロナ禍のソーシャルディスタンスに縛られずに密な距 離 感で たい じ

対 峙 する、 そこにビジュアル化される緊 張 感には独 特の迫力があっ た。 また、女 性の存 在 感も今 作では特に際 立っていた。撮 影 進 行 状 況の事 情により第 8 話( 9 月 6 日放 送 予 定 )が急 遽 翌 週に延 期さ れ、代わりにトークバラエティー『 生 放 送 !! 半 沢 直 樹の恩 返し』が生 放 送される異 例の編 成も話 題となった( 脚 本:丑 尾 健 太 郎ほか、演 出:福 澤克雄ほか、音楽:服部隆之、原作:池 井 戸 潤 )。 ミ ュ ウ ヨンマルヨン

『 M IU 4 0 4 』は、当初 、開 催 予 定だった東 京オリンピック直 前まで を描く企 画だったが、最 終 回は、 「コロナ禍の東 京の現 在 」を描き、 力強いメッセージを放った。警 視 庁 機 動 捜 査 隊 、通 称「 機 捜 」を意 味するMIUは、事 件の初 動 捜 査を行う部 隊だ。隊員の伊 吹 藍( 綾 ごう

かず み

野剛) と志 摩 一 未( 星 野 源 )は、24時 間のタイムリミットのなかで事


件 解 決を目指す。彼らが捜 査する事 件は、 アクチュアリティーに富む。 あおり運 転や、外 国 人 留 学 生の置かれた状 況 、若 者のドラッグ売 買などがそうだ。伊 吹と志摩の奔走は、彼らの切実な思いに支えられ ている。 その思いは、たとえば 、伊 吹の「 誰かが最 悪の事 態になる前 に止められる超いい仕 事じゃん」 ( 伊 吹 / 1 話 )や志 摩の「 誰と出 会うか、出 会わないか。 この人の行く先を変えるスイッチは何か」 (志 摩 / 3 話 )、 「その 1 個 、1 個 、1 個 、全 部がスイッチで。 なんだか人 生じゃん?

1 個 、1 個 大 事にしてぇの。あきらめたくねぇの」 (伊吹/

6 話 )、 といった台 詞に表 現されている。だからこそ、 マスク姿で新た な事 件に向かう姿は、 それがどんな「 現 在 」であれ、 そこに駆けつけ ること、 その意 味に真 摯に向き合うことの大 切さと勇 気を伝えていた ( 脚 本:野 木 亜 紀 子 、演 出:塚 原あゆ 子 、竹 村 謙 太 郎ほか 、主 題 歌:米 津 玄 師「 感 電 」)。

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日本テレビの『#リモラブ~普 通の恋は邪 道~ 』 ( 10月 14日~ 12 月 23日)は、10月にスタートした連 続ドラマのなかで唯 一 、登 場 人 物がマスクを着用して演じるドラマだった。物 語は、2020 年の 4 月 2 日の朝の出 勤 風 景から始まる。産 業 医( 企 業で社員の健 康 管 理を おお ざくら み

する医 師 )の大 桜 美 々( 波 瑠 )が社 内をまわって感 染 症 安 全 対 策 の指 導をするシーンでは、彼 女の厳 格な様 子がコミカルに描かれた。 彼 女がいかに、張り詰めた気 持ちだったかはのちに語られている。 コ ロナ禍で彼 女の恋 愛 観も変 化する。不 器用な恋 愛 模 様が、 もどかし くもあたたかいものとして描かれた( 脚 本:水 橋 文 美 江 、演 出:中 島 悟ほか、主 題 歌:福山雅治「心音」)。 関 西テレビの『 姉ちゃんの 恋 人 』 ( 10月 27日~ 12月 22日)は 、

2020 年のハロウィーン間近からクリスマスまでの東京が舞台で、番組 の最後に、 「演出の都合上マスクは着用しておりませんが、撮影は専 門 家の指 導のもと安 全に行っています」といったテロップが提 示され 世界の舞台芸術を知る

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た。第 1 話では、主 人 公・安 達 桃 子( 有 村 架 純 )の職 場であるホー ムセンターで、 マスクが品 薄だったころに客が競って買い求める光 景 よし しげ

が回想として描かれた(脚本:岡田惠和、演出:三宅喜 重ほか)。

2020年の現 在をリアルに描こうとすれば 、登 場 人 物はマスク姿に なる。表 情が見えないなかでドラマは登 場 人 物の気 持ちを視 聴 者に どう伝えるのか。現 実を生きる人たちはマスク生 活のなかでどのように コミュニケーションしていくのか。 どんな思いを抱いているのか。 コロナ 禍が拡大するなかで、 テレビドラマが直面した課題だった。 なかまち・あやこ

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日本大学芸術学部教授。文化庁芸術祭執行委員会審査委員、 「国際ドラマフェス ティバル in TOKYO」東京ドラマウォード審査委員長など放送関連各賞の審査委員 を務める。これまで、 日本経済新聞「あのドラマこのセリフ」、読売新聞「アンテナ」な ど新聞各紙を中心にテレビドラマ評論を執筆。著書に『ニッポンのテレビドラマ21の 名セリフ』 ( 弘文堂) ほか。


Afterword 編集後記

P.088

チリ

2020年の舞 台 芸術を振り返る年鑑をお届けする。 世 界 中のあらゆる人々がコロナ禍に直 面し、悩み、苦しみもがいている。驚くべき 事態である。 この年鑑を手に取る読者も、劇場に足を運ぶことをためらう気持ちを抱 えていよう。国や文 化 圏や地 域にかかわらず、 わたしたちの世 界が大きな曲がり角 365

を迎えていることは疑うべくもない。

COVID- 19による感 染 症との闘いは、疫 学 的なレベルにとどまらない。パンデミッ クは社 会が抱える問 題を露 呈させ、貧 困や差 別に苦しむ人々を立ちあがらせ、権 威 主 義 的な社 会 体 制に対する異 議申し立ての声を上げさせた。政 治に揺れる世 界 各 地で劇 場 閉 鎖に追い込まれた演 劇 人は、 これらの声を拾い上げるべく、表 現 の可 能 性を探っている。 海外からの寄稿を含めた「世界の舞台芸術を知る2020」には、パンデミックを通 して顕 在 化した世 界 各 国の権 威 主 義との闘いを伝える報 告が集まった。たとえば

Black Lives Matter 運動や#MeToo運動が沸き起こり、社会の分断が顕在化した 「アメリカ」では、 「 壁 」についての考 察を開かれた場で共 有するため Zoom等の オンラインに活 路を見出す演劇活動が始まっている。 「カナダ」 「オーストラリア」 「チリ」では、先 住民、移民、 ジェンダーにまつわる差 別 に抵 抗する演 劇が危 機にさらされたが、演 劇 人は困 難な状 況を生き抜くしなやか さを発 揮して活 動を続けている。 世界の舞台芸術を知る

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ハンガリー

P.168

P.078

アメリカ

2020年はドイツ再統一 30周年ということもあり、東欧諸国から「ポーランド」と「ハ ンガリー」の寄 稿を依 頼した。近 年 、両 国とも権 威 主 義 的 政 治 勢力が権力を握っ たため、 リベラルな表 現 活 動は厳しい制 約を課されている。 しかしポーランドでは 人 工中絶 禁 止の法 改 正に反 対する女 性たちが全 土で立ちあがった。一 方ハンガ 366

リーは極めて困 難な状 況に陥っている。 「 香 港 」の状 況も厳しい。 コロナウイルス感 染 拡 大のために長 期 間の劇 場 閉 鎖に 追い込まれただけでなく、本 土の締め付けが強 化されている。 しかし香 港からの寄 稿は、 こうした二つの脅 威に挟まれた演 劇 人の創 意 工 夫と未 来の世 代への希 望 を伝えている。 「 中 国 」本 土についての寄 稿も興 味 深い。香 港の状 況もあり、中 国 語 圏 各 地の 演 劇 人 同 士が対 話することは難しくなったとのことだが、 「 薪 伝 実 験 劇 団 」のオンラ イン演 劇『 等 待 戈 多 2.0(ゴドーを待ちながら2. 0)』の記 事には驚いた。北 京と大 同に分かれて住むウラジミールとエストラゴンが夫 婦となってパソコン上で会 話する ばかりか、武 漢に住むラッキーは隔 離 部 屋から外に出て、都 市 封 鎖が解 除される 直前の「 武 漢の夜 景の中を車で疾走」したという。 「 台 湾 」では 2020年 後 半には活 気が戻った。寄 稿には先 住民族の活 発な演 劇 活動が紹 介されている。 今年の「 世 界の舞 台芸術を知る2020」には、毎年寄 稿を依 頼する「中国 」 「韓 国」 「アメリカ」 「イギリス」 「ドイツ語 圏 」 「フランス」 「ロシア」に加えて、一 昨 年 掲


中国

P.014

P.022

中国・香港

載された「 台 湾 」 「カナダ」 「オーストラリア」 「イタリア」 「スペイン」 「ポーランド」 「スウェーデン」と、 「チリ」が初 登 場した。 これらに加えて、 「香港」 「チリ」 「エジプ ト」 「パキスタン」 「ハンガリー」の状況を伝える寄稿が読める。 「シアタートピックス2020」には、松 竹 、東 宝 、劇 団 四 季のトップに出 席を仰いだ 座 談 会を掲 載した。 コロナ禍は劇 場 経 営に大 打 撃を与えている。厳しい状 況 下 、 公 演を続けるための努力と創 意 工 夫 、 とくに「 緊 急 事 態 舞 台 芸 術ネットワーク」の 意 義などについて、おもに劇 場 経 営の立 場から今 後の展 望を見 据えつつ、語って いただいた。 さらに当コーナーには、島 村 抱月を犠 牲にした「 100年 前のスペインかぜと同 時 代 演 劇 」、18年ぶりに新 作を上 演したダムタイプについての「 統 覚の複 数 性 ―ダ ムタイプの方へ」、 そして 2020 年 3月 3日に82 歳で逝 去された劇 作 家 別 役 実の活 動を振り返る「〈 追 悼・別役実〉ベケットの影響のもとに」を掲 載した。 「 特 集 紛 争 地 域から生まれた演 劇 12」には、2020年 12月に東京・池袋の東京 芸術劇場アトリエウエストで日本語でのリーディング公演が行われたイスラエルの劇 作 家モティ・レルネルの『イサク殺し』についての詳しい報 告を掲 載した。1995年 11 月 4日のラビン首 相の暗 殺は、世 界 中に大 変な衝 撃を与えた。 その後のイスラエル の右傾化と分離壁の完成を見れば、 この暗殺を扱う本作の挑発性は明らかだろう。 世界の舞台芸術を知る

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367


ロシア

P.188

P.030

台湾

当 年 鑑のもうひとつの柱である「日本の舞 台 芸 術を知る 2020」には、 「 能・狂 言」 「歌舞伎」 「文楽」 「ミュージカル」 「現代演劇」 「児童青少年演劇」 「日本 舞踊」 「バレエ」 「コンテンポラリーダンス・舞 踊 」 「テレビドラマ」というジャンルごと の昨 年の回 顧を寄 稿していただいた。定 点 観 測の意 味 合いもあり、一 年 間の主 368

な出 来 事が網 羅されているが、今 年は何と言ってもコロナ禍にともなう劇 場 閉 鎖の 影響に尽きる。 パンデミックとの闘いが続く中、演 劇の継 続は文 化を支える一 人ひとりの、 いわば 草の根の活 動にかかっている。小 冊 子とはいえ、国や文 化 圏や地 域を問わず、演 劇 人の努力が本 誌 上で共 鳴することを、国 内 外の寄 稿 者とともに、編 集スタッフ一 同祈っている。

2021年 3月 『 国際演劇 年 鑑 』編 集 長

新野守広

にいの・もりひろ 1958年生まれ。立教大学教授。専門は現代ドイツ演劇。著書に『 演劇都市ベルリン』 (れんが書房新 社・2005)、共著に『「轟音の残響」から―震災・原発と演劇― 』 ( 晩成書房・2016)、訳書にファルク・ リヒター著『崩れたバランス/氷の下』 ( 共訳、論創社・2009)、デーア・ローアー著『無実/最後の炎』 (共訳、論創社・2010)、 ヨアヒム・ガウク著『ガウク自伝』 ( 論創社・2017) などがある。


公益社団法人 国際演劇協会日本センター 役員 会長

永井 多恵子

副会長

安孫子 正 吉岩 正晴

常務理事

曽田 修司

理事

安宅 りさ子 伊藤 洋 大笹 吉雄 小田切 洋子 糟谷 治男 木田 幸紀 坂手 洋二 真藤 美一 中山 夏織 野村 萬斎

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林 英樹 坂東 玉三郎 菱沼 彬晁 松田 和彦 三輪 えり花 和崎 信哉 監事

岸 正人 小林 弘文

顧問

大谷 信義 河村 潤子 迫本 淳一 田之倉 稔 永江 巌 野村 萬 波多野 敬雄 堀 威夫 松岡 功 (2021年3月27日現在) 世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021


ITI Japanese Centre’s Theatre Yearbook since 1972

国際演劇協会( I T I )日本センターの『国際演劇年鑑』は、1972年から、 1年間の国内外の舞台芸術状況をまとめて刊行されています。 『国際演劇年鑑』には日本語版の「Theatre Abroad」と英語版の「Theatre in Japan」があります。

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日本語版には日本国内と世界の約25の国・地域の舞台芸術について各国の専門家が原稿を寄せ、 英語版は日本語版に掲載された日本国内の舞台芸術事情を英訳して構成されています。 また、2009年からは『国際演劇年鑑』の別冊として、 戯曲集『紛争地域から生まれた演劇』を発行しています。 I T I日本センターでは、皆さまにご活用いただけるような誌面づくりを目指しています。 本書へのご感想、 「この国を取りあげて欲しい」など年鑑についてのご要望があれば、 次号の企画の参考にさせていただきますので、当センターまでご意見をお寄せ下さい。 また、1972年からの『国際演劇年鑑』に関するお問い合わせや バックナンバーをご希望の方は、I T I日本センターまでご連絡ください。

mail@iti-j.org ITI on-line、コンテンツ拡大中!

http://iti-japan.or.jp

Tel: 03-3478-2189 Follow us on

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国際演劇年鑑2019

部僅 世界の舞台芸術を知る(日本語版) 残

中国、韓国、台湾、インド、タイ、カナダ、アメリカ、メキシコ、アルゼンチン、ウルグア イ、オーストラリア、イギリス、スコットランド、ドイツ、オーストリア、スイス、フラン ス、イタリア、スペイン、ポーランド、ルーマニア、スウェーデン、フィンランド、ロシア 《シアター・トピックス》「130年の次の時間へ向かう新派」 「古典芸能を継承すると いうこと」 「追悼・浅利慶太」 「ジャポニスム2018の効果について」 「Port B高山明 氏インタビュー」 《海外ツアーレポート》L.ミアノ作、宮城聰演出『顕れ~女神イニイエの涙~』 《特集》紛争地域から生まれた演劇 10

日本の舞台芸術を知る(英語版)

能・狂言、歌舞伎・文楽、ミュージカル、現代演劇、児童青少年演劇・人形劇、 日本舞踊、バレエ、コンテンポラリーダンス・舞踏、テレビドラマ 《シアター・トピックス》「追悼・浅利慶太」 「ジャポニスム2018の効果について」 《特集》紛争地域から生まれた演劇 10 〈戯曲集〉紛争地域から生まれた演劇10

『コモン・グラウンド』作=ヤエル・ロネン(イスラエル/ドイツ)&アンサンブル、 訳=庭山由佳、監修=柴 宜弘 『これが戦争だ』作=ハナ・モスコビッチ(カナダ)、訳=吉原豊司

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国際演劇年鑑2020

部僅 世界の舞台芸術を知る(日本語版) 残

中国、韓国、ラオス、イラン、南アフリカ、レバノン、イスラエル、アメリカ、ブラジル、 ニュージーランド、イギリス、アイルランド、ドイツ、オーストリア、スイス、フランス、 ギリシャ、マケドニア、ロシア 《シアタートピックス》「座談会・境界を越える舞台をめざして─平成30年間の 国際交流を振り返る」 (佐藤まいみ・宮城聰・中村茜(司会:伊達なつめ) 「新生 PARCO劇場開場」 「追悼・ジャニー喜多川」 「岡田利規の時代─2010年代の舞 台芸術」 《特集》紛争地域から生まれた演劇 11

日本の舞台芸術を知る(英語版)

能能・狂言、歌舞伎、文楽、ミュージカル、現代演劇、児童青少年演劇、日本舞踊、 バレエ、コンテンポラリーダンス・舞踏、テレビドラマ 《シアタートピックス》「新生PARCO劇場開場」 「追悼・ジャニー喜多川」 「岡田利規 の時代─2010年代の舞台芸術」 《特集》紛争地域から生まれた演劇12 〈戯曲集〉紛争地域から生まれた演劇11

『リベリアン・ガール』作=ダイアナ・ンナカ・アトゥオナ(UK)、訳=小田島創志 世界の舞台芸術を知る

国際演劇年鑑2021


ITI Centres

世界の国際演劇協会センター(2021年3月27日現在)

372

アメリカ

アフリカ

アメリカ合衆国

アルジェリア

アルゼンチン

ウガンダ

キューバ

エジプト

コロンビア

ガーナ

プエルトリコ

カメルーン

ブラジル

コートジボワール

ベネズエラ

コンゴ共和国(ブラザビル)

メキシコ

コンゴ民主共和国(キンシャサ) シエラレオネ ジンバブエ スーダン セネガル チャド 中央アフリカ共和国 トーゴ ナイジェリア ニジェール ブルキナファソ ベナン ボツワナ マダガスカル マリ 南アフリカ モロッコ モーリタニア


ヨーロッパ アイスランド

セルビア

アゼルバイジャン

デンマーク

アルメニア

チェコ

イギリス

ドイツ

イタリア

トルコ

エストニア

ハンガリー

オーストリア

フィンランド

アジア太平洋

オランダ

フランス

北マケドニア

フェロー諸島

アゼルバイジャン

キプロス

ベルギー(フランドル)

ギリシャ

ベルギー(ワロン)

クロアチア

ボスニア・ヘルツェゴビナ

コソボ

モナコ

ジョージア

モンテネグロ

スイス

ラトビア

スウェーデン

ルーマニア

スペイン

ルクセンブルク

スロバキア

ロシア

アルメニア イスラエル イラン インド インドネシア 韓国 ジョージア スリランカ 台湾

373

中国

スロベニア

日本 バングラデシュ フィリピン

アラブ

ベトナム

アラブ首長国連邦(シャルジャ)

クウェート

アラブ首長国連邦(フジャイラ)

サウジアラビア

アルジェリア

シリア

イエメン

スーダン

イラク

パレスチナ

エジプト

モロッコ

オマーン

ヨルダン

モンゴル ロシア

世界のIT Iセンターのリストは、本部のウェブサイトで随時アップデートされています。 International Theatre Institute ITI / Institut International du Théâtre ITI Office at UNESCO UNESCO, 1 rue Miollis, 75732 Paris Cedex 15, France Headquarters in Shanghai 1332 Xinzha Road, Jing’an, Shanghai 200040, China Tel: +86 (0)21 6236 7033 info@iti-worldwide.org / www.iti-worldwide.org

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東宝演劇


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「紛争地域から生まれた演劇」 シリーズの展開 Theatre Born in Conflict Zones 国際演劇協会日本センター主催の「紛争地域から生まれた演劇」 シリーズでは 11年にわたり26の戯曲を紹介し、2011年からは戯曲集を発行しています。 2018年には、彩の国さいたま芸術劇場のさいたまネクスト・シアターによる新プロジェクト 「世界最前線の演劇」の第一弾として、当センターが初翻訳・リーディング上演した 『ジハード』 ( 翻訳=田ノ口誠悟) が日本初演され、翌年には 『朝のライラック』 ( 翻訳=渡辺真帆) が同プロジェクト第三弾として上演されています。 この2作品はまた、小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞しています。 さらに、2019年8月には、各国の劇作家をはじめ当シリーズに携わった演劇人たちによる 書き下ろし原稿によって、 この試みの意義を問い直す書籍 『紛争地域から生まれた演劇』 がひつじ書房より出版されました。 昨年10周年を迎えた「紛争地域から生まれた演劇」 シリーズは、 困難な状況にある人々が抱える問題を共有する場として、 さらなる展開を模索しています。

10年にわたる「紛争×演劇」の試みが、 混迷する現代社会に生きる私たちに語りかけるものとは――。

『紛争地域から 生まれた演劇』 国際演劇協会日本センター 編

林英樹・曽田修司 責任編集

定価3,600円+税

シリア、 パレスチナ、 イランなど世界の「紛争地域」で、 なぜ演 劇は創られ、 どのように演じられているのか。本書により、私た ちは未知の紛争について知り、 それが自分たちと直接関わり のある出来事であることを発見し驚愕する。欧米、 アフリカ、 そ してアジアの各地で。本書は、世界の歴史・文化・宗教・政 治が、語り手・演じ手・観客という個人の視点を介して交錯 し共鳴する、圧巻の「現代・世界・演劇」探究の書である。


一人 一人 の 心 に 届 く 文化をつくる つたえる

C 小川重雄 ○






東京都中央区銀座41215

0335456800

新 橋 演 舞 場 東京都中央区銀座6182

0335412600

演 劇 本 部

東京都中央区築地 四 丁 目 一 番 一 号 電話(五五五〇) 一五七三( 歌舞伎製作部)

松竹株式会社

サンシャイン劇場 東京都豊島区東池袋314

0339875281

大阪

大阪市中央区道頓堀1919

0662142211

京都

京都市東山区四条大橋東詰

0755611155

伝統が今日に生き明日につながる松竹演劇



文化庁委託事業 令和2年度 次代の文化を創造する新進芸術家育成事業

編集長

新野守広

事業担当理事

曽田修司

編集

垣花理恵子、小西道子(オフィス宮崎)、後藤絢子、後藤隆基、坂口香野、スティーヴン・ デイヴィス(オフィス宮崎)、竹下力、多田茂史、中島香菜、深沢祐一、山下陽子

編集スタッフ

壱岐照美、林英樹

翻訳

〈日本語版〉 石 川樹里(韓国語)、仮屋浩子(スペイン語)、後藤絢子(英語)、延江アキコ (中国語)、村山和之(英語)、森本覚(ハンガリー語)、渡辺真帆(アラビア語) 〈英語版〉 石 川麻衣、ウィリアム・アンドリューズ、エレナ・ゴールドスミス(オフィス宮 崎)、コーディ・ポールトン、角田美知代、ドナカ・クロウリー、マーク・大島、 マット・トライヴォー(オフィス宮崎)、リングァ・ギルド

校正・校閲

〈日本語版〉 後 藤絢子、竹下力、中島香菜、深沢祐一、山﨑理恵子 〈英語版〉 會 田裕子、小西道子、白石実都子、平野都子、山﨑伸子(以上、オフィス宮崎) ガリア・トドロヴァ・ペトコヴァ、ビュールク・トーヴェ

協力

中山豊子

装幀・本文デザイン 久保さおり 製 版

山浦印刷 (株)

印 刷

(株) 三協社

製 本

(株) ウィンカム

国際演劇年鑑2021

Theatre Yearbook 2021 発行日 発行者

世界の舞台芸術を知る Theatre Abroad

2021年 3 月27日

公益社団法人 国際演劇協会日本センター

〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷 4 -18-1 国立能楽堂内 Tel: 03-3478-2189 Fax: 03-3478-7218 mail@iti-j.org http://iti-japan.or.jp 本年鑑は、公益社団法人国際演劇協会日本センターが文化庁の委託事業として実施した、令和2年度「次代の文化を創造す る新進芸術家育成事業」の成果をとりまとめたものです。本年鑑の複製、転載、引用等の際は、発行者までご連絡ください。 落丁・乱丁本はお取り替えいたします。 © Japanese Centre of International Theatre Institute 2021 Printed in Japan