サステナ第44号

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難が突然降りかかったことを知っていたと、著者マ ーフィーは推察します。著者マーフィーは、結局、 ゴッホは「人への共感力」が非常に強く、自分の痛 みによって人を救うような行動に走ったと考えます。 ゴッホは異常なほど感受性が鋭く、ときにはそれ が異常に見えることもあった。しかし、一見衝動 的に見える行動の背景には、常にそれなりの論理 があった。耳をそぎ落としたあの夜がまさにそう だ。あれは、まったくのでたらめな自傷行為とい うわけではない。耳をそぎ、水で洗い、新聞紙に くるんで持っていったあの行為には、ゴッホなり の考えと意図があった。 「ラシェル」は、これまで 考えられていたような娼婦ではない。 「ラシェル」 すなわちガブリエルは、お金を稼ぐために一生懸 命働く、若くか弱い女性だった。ゴッホは、彼女 が娼館といういかがわしい場所で夜通し掃除の仕 事に励むさまをじっと見ていたに違いない。そし て、その腕に見える大きな傷跡に深く心を動かさ れたのだろう。ゴッホは見習い伝道師のころ、自 分の服をすべて貧しい人々に与え、自分はぼろを 着て床の上で寝ていた。弟に迷惑をかける自分に 耐えられないような男だ(それが自殺の一因にも

なった) 。それを考えれば、ゴッホがあの晩に耳を 持っていったのは、ガブリエルを怯えさせたり怖 がらせたりするためではなく、救いをもたらすた めだったはずだ。確かに、ブー・ダルル通りの《一 番娼館》の戸口に現れた女性にしてみれば、訳の わからない恐ろしい行動に思えたかもしれない。 だがゴッホにとってあの耳は、彼女の苦しみを和 らげるつもりで贈った心からのプレゼントだった。 この特異な行為から、ゴッホについてこれまで見 すごされてきた大切なことがわかる。それは、利 他の心である。ゴッホは、思いやりがあり、感受 性が強く、 異常なほど共感能力の高い人間だった。

ゴッホの絵に迫ってくるものがあるのは、印象派 のような単なるパクリでなく、 自然と人に対する 「感 受性」と「共感力」の強さによると改めて認識させ られました。 これをわたしは、「内観力」 といいます。 オランダとベルギーの低湿地にはこの「自然と人に 対する「感受性」と「共感力」 」が存在するのを今回 の旅でも到る処で強く感じました。ある意味ではケ ルト的感受性なのかも知れません。

さらに、続けて、小林英樹著『先駆者ゴッホ 印

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