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来るべき記憶の発明 - モーリス・ブランショのレシ『望ましいときに』から

福井 寧

死は滅多に歓迎される客ではない。 ゲーテ『ファウスト第一部』

はしがき  コーネリアス・カーデュー(1936—1981)という英国の音楽家がいた。おそらく 20世紀後半最重要の左翼音楽家だろう。一時は「だれのものでもない音楽」 を提唱し、その場にいるひとたちに楽器をわたして演奏させたりした。特に譜 面が図表で表現されている「学術論文」という作品やスクラッチ・オーケストラ での実験音楽の仕事が知られているが、前衛音楽はエリート主義的であると いう確信にたどりつき、後にはその理論を全否定して、共産主義者として英 国民謡の伝統に基づいたロマン主義的な音楽を作曲した。  現代音楽の作曲家コーネリアス・カーデューは、まず職業演奏家にきわめ て高度の理解力と想像力を要求する演奏不可能と形容された作品をいくつ か作曲し、その後イメージ化された譜面をも離れ、ジャズのカテゴリーにくくら れるグループに参加したことがあった。そのグループAMMは純粋に即興演 奏だけで構成される音楽を演奏した。そこにはいかなるソロ演奏もなく、拍も なかった。曲を構成するモチーフもなかった。完全にメンバーが平等な関係 にある即興演奏集団であることをメンバーたち自身は望んでいたにもかかわ らず、ピアノ、パーカッション、ヴァイオリン、チェロ等で構成されるこのグルー プのリーダーはコーネリアス・カーデューだと思われていたらしい。その音楽 はときに弦楽器の執拗な持続音を基調としていた。一曲とされるものの演奏 は数分で終わることも、数十分もつづくこともあった。注意深い聴き手にとっ ても、無差別な時間の流れを聴かせる緩やかなざわめきのなかに変化を見 出すことは困難だっただろう。そこにはいかなる「フレーズ」もなかった。音楽 における語法は全て排除されていた。まるでコンサートの前の「音合わせ」が 延々とつづいているような音楽だった。このたとえは無根拠なものではない。 各メンバーは自分の音を出す以前に他人の音を聞いていたように思える。

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この一聴したところでは現代音楽と呼ばれるものとのちがいが聞き分けられ ない音楽を演奏するグループがジャズと呼ばれたのは、それがジャズ出身 の人間によって演奏されたことが理由なのだろうが、それ以上に演奏につき まとう強烈なエモーションが理由だったのだろう。たとえ演奏者のだれも主役 として自己主張しないとしても、ジャズ特有のインタープレーが可能な場でし か生じえない激しい緊張感があった。特に、まるでだれにも聞いてもらえな い小さな叫びを発しているかのようなチェロの持続音が印象的だった。すす り泣くような悲鳴をあげるチェロの隣で、コーネリアス・カーデューはポロリポ ロリと聞こえないようなピアノを弾いていた。  このグループの解散にまつわる話は印象的だ。最後のコンサートで、チェリ ストはただの一音も発しなかった。コンサートの間、チェロを抱えたまま椅子 に座っていた。コンサートの後、チェリストは言った。「もう何を弾いたらいい のかわからなくなったよ。」 その後コーネリアス・カーデューは参加の音楽の 作曲家として活動したが、数年後に事故死した。  AMMの音楽は確かにジャズだったのだろう。後期のコーネリアス・カーデ ューの音楽(と我々が呼んでしまうもの)は永遠を否定する一回かぎりの出来 事だった。現代音楽を愛するアドルノがジャズを否定したのは、そこにある肉 体性に基づいた野蛮さをかぎとったためだと記憶している。キルケゴールの 本質をあえて無視できたアドルノには、人間の生の一回性のこの上ない貴 重さがもしかすると理解できなかったのかもしれない。たとえキルケゴールが ヘーゲルの書物を一字一句転写したとしても、それはキルケゴールの思想 たりうるという可能性が理解できなかった。だからこそジャズがわからなかった のだろう。  たとえジャズだったとしても、息をもった管楽器を意図的に排除したかに思 えるAMMの音楽の負の方向の情動は、エリック・ドルフィーやアルバート・ アイラーの発する聴き手の身体を撃つ情動とは正反対のものだった。そして それはマイルズ・デイヴィスの「クール」とも対極にあるとりつくような微熱をた たえていた。演奏者の個人を発現するのでなく、まるで聴衆に音が届かない こと、逆に届いてしまうことを恐れるような、もう音を発することができなくなる 瞬間と背中合わせの羞恥心に満ちた音の持続がそこにあった。もしAMM の音楽が公共の空間に流れていても、決してそれを「聴く」ことはできない。 それはおそらく、音楽であるとすら認識されずに、雑音と混じり合うだけだ。 ただひとりでスピーカーに向き合い、持続のなかに決して現れることのないこ の「瞬間」と注意深く対峙しなければならない。こうしたときに初めてAMMが 現代音楽ではなくてむしろジャズだったとわかる。このようにして聴くものに は、AMMの音楽は、直接聴き手の身体を撃つことをしなくても、ドルフィー

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のように喉をしめつけ、アイラーのように心を引き裂く音楽だったとわかる。ジ ョン・ケージが聴かせたつくられた沈黙、抽象的な名づけられた沈黙ではな い、不協和音のざわめきのなかにある、注意力を遠ざける持続する沈黙、一 回かぎりの演奏の場でしか生じえない、文字どおりの沈黙ではない共有不 能な距離をもった沈黙が、即興の喜びを廃した「即興音楽」のなかにあった。  インタープレーは闘い、対話だ。駅の待合室の雑音のようなAMMの音楽 には、普通の意味で楽器同志の対話だと考えられるものはなかった。雑踏 のなかには、対話の可能性はあっても耳に聞こえてくる会話は滅多にはない。 何も拘束しない即興演奏の場にはインタープレーの可能性があったが、メン バーのだれも目にみえる形でそれをしようとしなかった。しかしAMMのメン バーは、雑踏のなかの人間、駅の待合室で背中合わせに座るひと、空港の 待ちびとのように、だれもがそれぞれの沈黙のために闘いを挑んだ。自分が 最も沈黙したものであろうとして連続的に音を出しつづけた。はりつめた演奏 者の筋肉の緊張がそこにあった。それはまるで手工業に従事する労働者の 身体のようだった。何も聞こえてこない音楽を、彼らは自由にかつ懸命に演 奏した。そしてこの実際に耳を傾けると耳をふさぎたくなるほどに激しい沈黙 の闘いの悲痛さは、いかにメンバーを自由な状態に置こうと、文字どおりの 沈黙を許すことも課すこともできない「リーダー」をもたざるをえないジャズの 「グループ」によって演奏されているがゆえに、さらに強烈なものになった。 何も拘束されない自由のなかで「いったいこれでいいのだろうか」とためらうメ ンバーの聞こえない息づかいが聞こえてしまうからこそ、特性のない慎み深 いつぶやきでできたAMMの音楽はさらに比類ないほど激しいものになった。 リーダーたろうとしないリーダーの理念に忠実たろうとして、だれもが演奏の 場において、リーダーというものをもたざるをえぬグループに、自分が最も帰 属しないものになろうとした。そのときは逆説的に、メンバー全員がリーダー たろうとしないリーダーだったのではないか。最後にチェリストはまったく音を 出さないことを選ぶことになった。その理由は芸術的、美学的理由に起因す るものであるよりも、人間関係によるものだったらしい。しかしそれが何を変え るだろうか。いかなる権利において、芸術家にとっては美学的な理由が日常 生活に勝るべきだといいうるだろうか。グループが民主的であることをカーデ ューは望んだが、スクラッチ・オーケストラにおいても、カーデューが高名で あり他のメンバーよりも年上であるという卑俗な事実が、メンバーとの人間関 係において、カーデューの理想の実現を阻むことになった。  AMMの音楽の沈黙と背中合わせの持続が、ブランショの作品のなかに聞 こえる。「沈黙しなければならない」と言いつつさらに沈黙するためにことばを 紡ぎ出さずにいられないブランショの、複数の声をもたせようとした孤独な文

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学の営為のなかには、AMMの音楽と同質のものがあった。ただ悲痛な情 念だけがそこにあるはずのものとして、はるか彼方に聞きとられるが、具体的 な何ものも見出せない音楽。その慎み深さゆえにだれの耳にも届かない慎 しやかな音楽。作者をもたない言語自身に語らせようとすればするほど、皮 肉なことに、逆説的に支配的な作者の存在を明確に指し示してしまう言語活 動。でもその彼方には何ものにも支配されない唯一の確実な事実、「未来を 知らないということ」というほのかな希望がみえていた。AMMの音楽を聞い ても、ブランショのレシを読んでも、ほとんどだれにも何もわからない。しかし この「わからなさ」はあらゆる衒学趣味と無縁の確固たる倫理をもったものだ った。  コーネリアス・カーデューは、作曲家は音楽のなかにある何ものも支配して はならないと思った。「だれのものでもない音楽」は、AMMと比べると後の聴 衆に対する成果を生み出さなかったと言えるのかもしれない。しかし成果を 生み出さなかったことが本当に問題なのか。AMMは確かに現在の聴衆に も聞くことができる録音、各人が記録物として所有できる録音物を残した。そ れに対して「だれのものでもない音楽」はその定義においてだれにもレコード という商品の形では所有できない出来事だった。記録は残っているのだろう が、本質的にはその場にいたもの以外に体験できない音楽だった。たぶん それはコーネリアス・カーデュー自身の望んだことだった。確かにこの何も命 じない「作曲家」になった男は極端な矛盾を生きた。それでも「永遠」に残る 音楽より、決してふたたび生きられることのない、常に生きられつつある時間 の方がこのひとには重要だったのだろう。左翼文化人としての啓蒙も啓発も 実は有効なしかたですることができなかったのかもしれない。あたかも現代の インテリゲンツィアのカリカチュアであるかのように、カーデューは大衆に媚 びるかのような言動をしていたようにすら思われる。「帝国主義に仕えるシュト ックハウゼン」のなかでカーデューはこう云った。 一群の人々が集まって「インターナショナル」を歌うとき、そこでは前衛音 楽すべてがとってかかってもできないほどのえもいわれぬ重層的な音楽 的な体験をすることができると私は確信している。 何と素朴に聞こえる言葉だろうか。前衛音楽の理論を知り尽くした男がこ のような境地にたどりつくことを知的堕落と嘆くひともいるだろう。しかしそれ でもコーネリアス・カーデューは自分の生きるべき生涯を生きたのだ。晩年に カーデューが生み出した音楽は、ハンス・アイスラーの音楽のような志の高さ をもっているのだが、今のところはあまり一般に知られていないようである。最

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近になって再評価の機運が高まりつつあるようだ。たとえリアルタイムでは何 もできなかったとしても、生き延びる伝説としてこの男は仕事をつづけている のだ。この奇妙で悲しげな逆説。  「現代文学」はまだ時間の試練を受けていない。しかしいかなる古典文学 の解釈も現時点の解釈、現在の持続のなかでのものとしてしか提出しえない。 それならば「現代文学」の現時点での解釈を提出することも同様に可能だろ う(この「可能性」がどのような意味を持つのかはまた別の問題としても)。ブラ ンショの文学が永遠に残るかどうかはまったく問題ではない。何しろ我々は 未来を知らないのだから。  ためらいと力強さがせめぎ合うAMMのエモーショナルな演奏は、レコメン デッド・レーベルから再発売されたCD “AMM MUSIC” などで聴くことがで きる1。

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現在 UBUWEB というインターネットのサイトでカーデューに関するかなり詳しい情報がえられる

(http://www.ubu.com/)。Seattle Improv Meeting というグループのサイトではカーデューの作品の解 釈をダウンロードすることができる(http://www.spiralcage.com/improvMeeting/)。

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序章 後ずさり - 決着のときに向かって

存在せよ-不在の条件と同時に 内奥のふるえの果てなき素地を知れ これに一度だけ十全な存在を与えよ リルケ『オルフェウスに捧げるソネット』

 フランスの著述家モーリス・ブランショ(1907-2003)は、「事後的に」(1983)と いう文章のなかで、次のように言う。  アウシュヴィッツ以前の物語(レシ)。どんな日付 日付に書かれたものでも、これ 日付 からはあらゆる物語がアウシュヴィッツ以前のものになるだろう。1  かく言うブランショ自身が第二次世界大戦後にレシ(「物語」の意)と呼ばれ る作品を数篇発表した。上のことばを想起させる「物語(レシ)が聞きたいの かい? 悪いが、もう二度と物語はないのだよ。」 2ということばで終わる短篇小 説『本日の与太話』(1973)は、終戦間もない1949年に「レシ(?)」という題名 で雑誌発表されていた。その前後に『死の宣告』 (1948)、『望ましいときに』 (1951)3という、それぞれ中篇小説程度の長さのレシが出版された。  それではこの「事後的に」のことばは、ブランショ自身が第二次世界大戦後 に書いたレシを戦前に送り返そうとするものなのか。この問いを念頭に置きな がら、ブランショの発表した書物を概観したい。  一般的にブランショは小説家としてよりも評論家として知られているようだ。 ブランショの評論集に収められた文章は、書き直しはあっても、ほとんど全て が雑誌に既に発表されていた文章だ。ひとつのテーマから書き下ろされた 評論の書物はほとんどない。評論集だけでなく、ブランショの書物はしばし 1

« Récit d'avant Auschwitz. A quelque date qu'il puisse être écrit, tout récit désormais sera d'avant

Auschwitz. » (Après coup, précédé par Le Ressassement éternel, Minuit, 1983, p.99.) 2

« Un récit? Non, pas de récit, plus jamais. » (La Folie du jour, Fata Morgana, 1973, p.38.) このレ

シは最初 « Un récit (?) » という題で雑誌 Empédocle, 2, 1949 に発表された。雑誌の表紙の題名に だけ疑問符が付され(« Un récit? »)、 本文は « Un récit » という題名だったという。このエディション のちがいに関してはJacques Derrida, Parages, Galilée, 1986 を参照のこと。 3

L'Arrêt de mort, Gallimard, 1948, Collection L'imaginaire ; Au moment voulu, Gallimard, 1951,

renouvelé en 1979.

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ば既に発表されたものを再提出する。長篇小説『無名のトマ』が初版 (1941) の三分の一の分量にされて再出版された(1950)のを代表例として、その他 にも、『死の宣告』は初版の最後のパラグラフを削って再版され 1、短篇集『永 遠の繰り言』(1952)は、約30年後の1983年に「事後的に」というエッセーを付 け加えて、このエッセーのタイトルのもとに再発表された。また『本日の与太 話』は、前述のように、雑誌発表された短篇小説の題名を変えたものだ。  評論集に収録された論文はほとんどが時評で、雑誌発表直前に書かれて いるようだ。小説の執筆時期はどうか。「事後的に」で言われた「あらゆるレシ はアウシュヴィッツ以前のものになる」ということばは、『永遠の繰り言』の再版 時(1952)のものだが、この薄い短篇集は、1947年に雑誌に発表されたとされ る(もっともブランショ自身その雑誌が出版されたのかどうか知らないらしい) 二篇の短篇小説だけを収めたものだ。しかしその二篇はそれぞれ1935年、 1936年に書かれたとされる。  確かにこの物語(レシ)は予言的でもあるのだが、私にとって(今日)さらに 説明できないしかたで予言的だ。なぜなら後に起こりさらに後にならなけれ ば知られなかった出来事によってしかこの物語は解釈できないからで、その 結果この事後的な知識のせいで、「牧歌」(これは反語なのか?)あるいは 幸福の意識の苦悩と名づけられたかにみえる物語の理解は確固としたも のとされず、逆に退けられてしまう。2  これは『永遠の繰り言』に収録された短篇小説「牧歌」についてのコメントだ が、ここで言われる「後に起こりさらに後にならなければ知られなかった出来 事」が「アウシュヴィッツ」だ。すなわちブランショは(少なくとも自分は)アウシ ュヴィッツ以後はアウシュヴィッツを通してしかこの「牧歌」というレシを読めな 1

Thomas l'obscur, nouvelle version, Gallimard, 1950. 初版は同じくガリマール社から1941年に出版

されていたが、現在は絶版(2005年に再版された)。『死の宣告』の削除された末尾のパラグラフは Pierre Madaule, Une tâche sérieuse?, Gallimard, 1973 で読める(pp.86-87)。マドールによると、その 再版は評論集『友情』(L'Amitié, Gallimard, 1971)が出た頃の ことで、そのとき既に表紙に「レシ」の 表示はなかったという。 2 « Prophétique aussi, mais pour moi (aujourd'hui) d'une manière plus inexplicable, puisque je ne puis l'interpréter que par des événements qui sont survenus et n'ont été connus que bien plus tard, de sorte que cette connaissance ultérieure n'éclaire pas, mais retire la compréhension au récit qui semble avoir été nommé

est-ce par antiphrase?

« L'idylle », ou le tourment de l'idée heureuse

(1936). » (Après coup, p.94.)

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いと言う。作者自身がレシを書いた時点の意味合いでレシを理解できない。 「牧歌」は「カミュが数年後[1942年]単語の意味に反して『耳慣れた』ものにす る『異邦人』(l’étranger)」 1 を主人公とする短篇小説だ。「異邦人」とは外から 来たもの、内部に属さないもの、よそものだ。アキム(Akim)というよそものは ある町にたどりつき、救護院に連行され、そこで死をむかえる。法を機械的 に適用されて「よそもの」が死んでゆくさまは、もしかするとアウシュヴィッツを 思わせると言えるのかもしれない。  しかし1983年のブランショが、1930年代に自分が書いたレシをアウシュヴィ ッツと重ねるのは、意図的な戦略だと考えられるかもしれない。第二次世界 大戦以前に書かれたとされるが、実際には大戦後に出版された『永遠の繰り 言』に収められた二篇のレシにのみ触れ、自分が書いた他のレシについて は何も書かず、「どんな日付に書かれたものでも、これからはあらゆるレシが アウシュヴィッツ以前のものになる」と言うのだ。1940年代後半から50年代初 頭にかけて発表されたレシは、アウシュヴィッツの意味合いをブランショ自身 が後になって考えるような形で理解していなかった時期に書かれたと推測で きるかもしれない。あるいはむしろ単純に、このことばは「1983年のブランショ はアウシュヴィッツについて考えている」ということしか意味しないのかもしれ ない。自分の書いたレシに「本来の」意味合いについて質問をしても、既に 完結してしまったレシ自らは答えてくれない。解釈は常に恣意的で、作者自 身にとっても読む時期によって左右される。別にこの作家がとりたてて無責 任だというわけではない。たとえば「日記に書いた自分のことばがもう理解で きない」ということはだれでも経験することだろう。あるいは書いたときとまった くちがう意味で解釈したくなり、現時点において都合のよい解釈が過去にお いても正しかったと「心から」思い込むこともよくあることだろう。奇妙なことだ が、このフランス人作家は「あなたたちと同様、作家はことばに対して無責任 なものだ」ということを読者に知らせることをある種の責務として負っているよ うにも思える。  ブランショの小説作品の発表は(雑誌発表を考慮に入れなければ)1948年 から1953年の間に集中している。極端に内容がちがう『無名のトマ』の初版と 新版を別の小説と考えても、長篇小説三篇、中篇六篇、短篇三篇しか発表 していないブランショの小説のうち、長篇一篇、中篇四篇と短篇全てがこの 時期に発表されている。『無名のトマ』(1941)から『期待忘却』(1962)にわたる 1

Ibid. « Le thème que je reconnais d'abord parce que Camus le rendra « familier », c'est-à-dire le

contraire de ce qu'il signifiait, quelques années plus tard, est désigné dès les premiers mots : « L'étranger. » »

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小説家としての20年の活動のうちの五年間に、数として全体の四分の三の 小説作品の発表が集中している。しかもこの五年間は評論家としてのブラン ショの主著とされる『文学の空間』 1の出版(1955年)の直前で、雑誌発表され た論文の数が比較的に少ない時期だ。この時期以後にブランショは文筆活 動の軸を小説から評論に移したと言えないだろうか。しかし変化は突然訪れ ない。書物のジャンル、形式に着目してこの緩やかな変貌について考えよう。  まず小説家ブランショはロマン(小説)の作家からレシ(物語)の作家になっ たと考えられる。筆者の手元にある版では récit と表紙に記されているのは 『望ましいときに』と『私といっしょにいなかったひと』 (1953)の二作品のみだ が、中後期に集中して発表された中篇小説六篇のうち、最後の『期待忘却』 を除く五篇の初版には récit との表記があったといわれる 2。三篇の長篇はい ずれもロマンと呼ばれ、ブランショの文筆活動の比較的初期にあたる作品だ。 1948年以後はロマンと呼ばれる作品を発表していない。  小説(ロマン)を数篇書いたが、これらの小説はことばが真実の前から退 きはじめたときに生まれた。真実は恐くない。秘密を明かすのは恐れない。3  『死の宣告』(1948)の冒頭に近いこのことばを語り手「私」が書いたのは、ブ ランショの最後のロマン『神』(1948)が出版されたのとほぼ同時期にあたる。 『死の宣告』というレシが語ろうとする出来事は1938年に起こり、それから九 年後にこのレシを書いたと「私」は言う。  『死の宣告』というレシの語り手のことばをブランショ自身と結びつけるのに は無理があると言わなければならないのだろうが、このことば以後ロマンと呼 1 2

L'Attente l'oubli, Gallimard, 1962 ; L'Espace littéraire, Gallimard, 1955, Collection Folio essais. 豊崎光一によると、ブランショの作品中、「ロマン」とみなされるのは『無名のトマ』(初版)、『アミナダ

ブ 』 (Aminadab, Gallimard, 1942) 、 『 至 高 者 』 (Le Très-Haut, 1948, Gallimard, Collection L'imaginaire)の三篇で、「レシ」としては『無名のトマ』の再版、『死の宣告』、『望ましいときに』、『私と い っ し ょ に い な か っ た 人 』 (Celui qui ne m'accompagnait pas, Gallimard, 1953) 、 『 最 後 の 人 』 (Le Dernier Homme, Gallimard, 1957)があげられ、『期待忘却』は「ロマン」とも「レシ」とも名づけられていな い(フーコー『外の思考』邦訳27ページ訳註)。グラマ誌ブランショ特集号の文献表でも同様に扱われて いる。しかしブランショの主要な著作のほとんどを出版しているガリマール社から出ているブランショの 書物の扉の出版目録では、現在『望ましいときに』だけが「レシ」と呼ばれている。 3

« Si j'ai écrit des romans, les romans sont nés au moment où les mots ont commencé de reculer

devant la vérité. Je n'ai pas peur de la vérité. Je ne crains pas de livrer un secret. » (L'Arrêt de mort, p.7.)

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ばれる作品は発表されていないのだから、ブランショの小説はロマンからレ シに移行したと考えられる。  評論集の出版のしかたにも一瞥を与えよう。第一評論集『あやまち』 (1943)、それにつづく『捨て石』(1949)1 は既発表の文章をただまとめただけ との印象が強く、特に構成された論文集ではないといえる。それに対して主 著とされる『文学の空間』(1955)は、冒頭の短い文章が示すように「中心」を もつ。  断章的な書物にも、書物自らをひきよせる中心がある。2  この「中心」は「オルフェウスのまなざし」という文章だ。『文学の空間』は構 成された書物で、最後に「補遺」があるのは一見無造作にみえかねないが、 あえて「断章的」にするための意図的な構成と考えるべきだろう。初期の二冊 の評論集と同じく雑誌掲載論文を編集したものだとしても、配列、構成にか な り 気 を 配 っ て い る 。 た と え ば こ の 評 論 集 の 第 二 部 は 「 こ の 地 点 」 « ce point » ということばで終わるが、 第三部は「この地点はどういうものか」 « Qu'en est-il de ce point? » ということばではじまる。このような連鎖は初期の 二冊の評論集にはあまりみられなかったものだ。ロマンからレシへの移行と 並行して、評論集の形式に対する意識も変化したと考えられるだろう。  自分についてほとんど何も語らないようにみえるブランショの作家としての 意識の変化を追うのは困難なので、一人称の「私」を語り手として書かれたレ シのなかに、「ブランショの人生」というフィクションを見出そう。『死の宣告』の 冒頭にはこう書かれている。  その出来事は1938年に起こった。このことについて語るのにはこの上ない 困惑を感じる。もう何度も書き物の形を与えようとした。本を何冊か書いたが、 本によってこんなこと全てにけりをつけたかったのだ。3  ブランショの最初の書物『無名のトマ』はこの「出来事」の三年後、1941年 に発表されている。あえてこの『死の宣告』の冒頭のことばを、ほぼ決して自 1 2 3

Faux pas, Gallimard, 1943; La Part du feu, Gallimard, 1949. « Un livre, même fragmentaire, a un centre qui l'attire. » (L'Espace littéraire, p.9.) « Ces événements me sont arrivés en 1938. J'éprouve à en parler la plus grande gêne. Plusieurs fois

déjà, j'ai tenté de leur donner une forme écrite. Si j'ai écrit des livres, c'est que j'ai espéré par des livres mettre fin à tout cela. » (L'Arrêt de mort, p.7.)

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身について語らない「ブランショ」のことばとみなそう。するとこのレシの発表 の時期がブランショの文筆活動のひとつの断絶点だと考えられないか。  本とロマンを書いたことの弁明からはじまるこのレシは、ある「出来事」を語 ろうとして語れない。1938年に起こった「出来事」を語れないと言うこの小説 は、同時に1948年のブランショ自身を隠蔽する。ブランショが自分について 語れないと言うのでなく、ブランショがレシのなかに書いた「私」が自分につ いて語れないと言う。もし読者がこの「私」のなかにブランショを見ようとしても 、 この「ブランショ」は常にフィクション、「虚構」のなかに追いやられてゆく。「ブ ランショ」は何かに決着をつけようとしながら、自分の書いたことばのなかに 後ずさりしてゆくかのようだ。  「出来事」を語ろうとしても語れないという形式のレシは、『死の宣告』から 『本日の与太話』、『望ましいときに』(1951)までつづく。『私といっしょにいな かったひと』(1953)は書くひとの分裂を描いたレシで、出来事を語ることをひ とつの努めとしながらも決して書けないというレシとはちがう。この小説は、も のを書く「私」、すなわち「モーリス・ブランショ」という名前で呼ばれる人間そ のものの無根拠性を突き詰めたものだ。  評論集『来るべき書物』の冒頭に収められた論文「想像的なものとの出会 い」(雑誌発表は1954年) 1は、ブランショが書いたもののなかで最も秀逸な、 ジャンルとしてのレシ論だ。このレシ論によると、レシのなかに書かれたもの は書かれた瞬間に生まれ、生きられた過去を決して再現できない。現実の 「私」はレシのなかには現れず、常に書かれた「私」、つまり虚構の「私」がレ シのなかに現れる。レシによる「証言」を不可能にするこのレシ論を書いた後 で、ブランショは「過去の体験」について語るレシを書くことをあきらめたのだ ろう。しかし実際には1951年の『望ましいときに』で、既にレシの試みは明ら かに挫折していた。このレシは出来事の瞬間をとらえようとするが、常に出来 事の瞬間はずらされてレシの空間のなかには定着されない。  『望ましいときに』は、登場人物が名前をもつブランショにとって最後の作品 だ。そしてまた『死の宣告』と共に舞台がパリとされる。この二篇以外の小説 では、具体的な場所は設定されない。『望ましいときに』は、出来事を定着さ せる小説の条件を備えていても、語りの目的の対象物を定着できないという 枠組みをもった小説だ。固有名詞が現れない後期の抽象的な小説と比べる と、この二篇のレシは語り手の「私」が虚構の作品のなかの「現実」である「可 能性」をもっていたと言えるだろう。 1

« La rencontre de l'imaginaire », Le Livre à venir, Gallimard, 1959, Collection Folio essais, pp.

9-18.

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この論文では、『望ましいときに』におけるレシの試みの挫折の意味を考え る1。

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ロジェ・ラポルトはこう言った。 « Cet espoir d'enfin écrire fut déçu, déconvenue qui s'ajoute à d'autres

déconvenues, mais, pour la première fois, j'acquis du moins la conviction qu'écrire sur Blanchot (m')était impossible. » (Bernard Noël et Roger Laporte, Deux Lectures de Maurice Blanchot, Fata Morgana, 1973, p.53.)(訳)「ようやく書けるというこの希望は裏切られ、またひとつ失望を増すこととなったが、 ともかくブランショについて書くことは(私には)不可能だという確信を初めて得た。」おそらく個人的なものでし かないだろうラポルトのこの確信を共有せずに筆者は論考を進める。

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第一章 歌を打ち負かすもの

 このヴェールを上げて見ようとする怪し からぬ手に呪いあれ! 見るかげもない 顔を見ようとする怪しからぬ眼に呪いあ れ! ルソー『新しきエロイーズ』

オデュッセウスの特権  1951年の『望ましいときに』の分析の前に、評論集『来るべき書物』の冒頭 に収録されたレシ論「想像的なものとの出会い」を読解しよう。この文章は 1954年に「セイレーンの歌」 1という題でNRF誌に発表された、ブランショにと って最初の本格的なジャンルとしての「レシ」論だ。次にこの章の後半では 、 1953年に雑誌発表された論文「オルフェウスのまなざし」、次章では『望まし いときに』の三年前に発表された1948年のレシ『死の宣告』を読解する。多 少順序を前後させて同時期の文章を分析することで、『望ましいときに』とい うレシがブランショの文筆活動のなかで占める位置を明らかにしたい。  「想像的なものとの出会い」はセイレーンの歌に関する記述からはじまる。 このエピソードはホメーロスの『オデュッセイア』のなかで語られている。セイ レーンは、ギリシア神話に登場する上半身は女で下半身は鳥の海の怪物だ。 その歌を聞いた船乗りは、歌声の美しさにひきつけられ、セイレーンの島の 沿岸で溺死するといわれる。この美しい歌声を聞きたいと思ったオデュッセ ウスはキルケーの忠告を聞いて、部下の耳を蠟でふさぎ、帆柱に自分のこと を縛りつけさせて、歌声を聞いて島にゆこうとしてもからだが動かせず、無事 に通過できた。セイレーンたちは、歌を聞いた人間が無事に通過できたのを 怒って、海に身を投げたと言われる。セイレーンの歌はいかなるものだった のか。  セイレーンは確かに歌っていたようだが、満足のゆかない歌い方で、本当 はただ歌はどこから来るのか、歌の本当の喜びはどちらにあるのかだけが聞 こえてきた。2 1 2

« Le chant des Sirènes », NRF, 19, juillet 1954, pp.95-104. « Les Sirènes : il semble bien qu'elles chantaient, mais d'une manière qui ne satisfaisait pas, qui

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おそらく当然のことだが、セイレーンが実際に歌っていたのかどうかを問う ても無意味だろう。セイレーンは「オデュッセウスの良識だけで抹殺できるほどの 子供じみた非実在」 1 しかもたない。しかしもしセイレーンが不在だとしても、 「歌は本当はどこから来るのか、歌の本当の喜びはどちらにあるか」知るため にはセイレーンの歌が必要だ。どういうことだろうか。拙文の第一章は「卵が 先か、鶏が先か」というような難問からはじまってしまった。何が問題なのか はっきりするまで、しばらくの間辛抱していただきたい。  それでも、それはまだ来るべきものでしかない不完全な歌で、歌うことが本 当にはじまるだろう空間に航海者を導いていた。2  明らかに逆説的な時間が存在する。歌が来るべきものだということばの意 味は、オデュッセウスが「セイレーンの歌を聞いた」と語った後にならなけれ ば、セイレーンの歌は実在しないということだ。聞くものを死に導くセイレーン の歌が不完全だということは、それを聞いて生き延びたオデュッセウスがそ れについて語らなければ完全にならないということだ。オデュッセウスが語る 以前に、論理的にはひとはセイレーンの歌のことを知らないはずだ。だれも その物質的な実在を知らなければ、決してセイレーンの歌は恐ろしくも美し いものではありえない。耳を蠟でふさがれた船乗りたちすら、後になってオデ ュッセウスの「セイレーンの美しい歌を聞いた」ということばを信じるだけで、 実際にオデュッセウスがそれを聞いたのかどうかは実のところわからないと言 わなければならない。オデュッセウス以前にだれもセイレーンの歌を聞いて 生還したものがいなかったのなら、どうしてひとはセイレーンの歌が美しくて 恐ろしいものだと知っていたのか。オデュッセウスは船乗りの間で語り継がれ ていた伝説と出会った。そしてこの出会いそのものによって、神話という文学 が生まれた。  セイレーンは「在り来りの人間の歌の再生産しかせず、女の美しさをうつしとっ ているため大変美しいとはいえ、獣でしかないのだが、人間が歌うように歌えるの で、歌は実に驚くべきものになり、あらゆる人間の歌は非人間的なのではないかと laissait seulement entendre dans quelle direction s'ouvraient les vraies sources et le vrai bonheur du chant. » (Le Livre à venir, p.9.) 1 2

Ibid., p.11. « [D]'une inexistence puérile que le bon sens d'Ulysse suffit à exterminer. » «Toutefois, par leurs chants imparfaits qui n'étaient qu'un chant encore à venir, elles conduisaient

le navigateur vers cet espace où chanter commencerait vraiment.» (Ibid., p.9.)

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いう疑いを、聞くひとに抱かせた。」 1 フランス語では危険な魅力をもった「悪女」 の謂いでもあるセイレーン(sirènes)の歌は想像上のものだが、「在り来りの人 間の歌の再生産」でしかない。在り来りでないことは、人間の語り手が非人間 的だとされるものについて語りうるということだ。  レシの語り手はいかなるものか。  オデュッセウス、そのかたくなさと慎重さ、危険もなく、危険の結果を被ろう ともせず、セイレーンを見て楽しむ狡猾さ(sa perfidie qui l'a conduit à jouir du spectacle des Sirènes)、緊張感のないつまらない静かな喜び、それは 控えめで、『イーリアス』の主人公に決してなれなかった頽唐期のギリシア人 にふさわしく、この幸福で安全なずるさは、そもそも一般人の身分の上にある という特権に基づいていて、他のひとはまったく選ばれたものの喜びを得るこ となく、空虚のなかで恍惚のしかめ面をして頭領が滑稽に身をよじるのを見 る楽しみの権利しかもたない。その権利はまた頭領を支配する満足の権利 でもある(たぶんそこにこのひとたちの耳に届く教訓が、このひとたちにとって の真のセイレーンの歌がある)。2  ブランショの文筆活動の本質を理解するために吟味すべき箇所だ。セイレ ーンの歌との出会いから帰ってきてレシを語るオデュッセウスは特権階級に 属する。しかもその特権はつまらないものだ(おそらく近世以後においては ブルジョワの特権だ)。つまりここには「ことば」をものにしうるある種の特権階 級に属するものと、この「ことば」を聞いて楽しむしかないものの対立がある。 作家と読者の対立と言ってもいいだろうか(「船乗り」にとっての「教訓」は、ヘ 1

Ibid., pp.9-10. « [Il] ne faisait que reproduire le chant habituel des hommes, et parce que les Sirènes

qui n'étaient que des bêtes, fort belles à cause du reflet de la beauté féminine, pouvaient chanter comme chantent les hommes, elles rendaient le chant si insolite qu'elles faisaient naître en celui qui l'entendait le soupçon de l'inhumanité de tout chant humain. » 2

« Ulysse, l'entêtement et la prudence d'Ulysse, sa perfidie qui l'a conduit à jouir du spectacle des

Sirènes, sans risques et sans en accepter les conséquences, cette lâche, médiocre et tranquille jouissance, mesurée, comme il convient à un Grec de la décadence qui ne mérita jamais d'être le héros de L'Iliade, cette lâcheté heureuse et sûre, du reste fondée sur un privilège qui le met hors de la condition commune, les autres n'ayant nullement droit au bonheur de l'élite, mais seulement droit au plaisir de voir leur chef se contorsionner ridiculement, avec des grimaces d'extase dans le vide, droit aussi à la satisfaction de maîtriser leur maître (c'est là sans doute la leçon qu'ils entendaient, le vrai chant des Sirènes pour eux) […] » (Ibid., p.11.)

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ーゲルの「主人と奴隷の弁証法」と照応するものとして理解されるようなもの だ)。ブランショは、少なくとも1950年代までは、ことばを発することができな いものの「ため」には語らない。そうではなくて、「ことば」を語りうるもののひと りとして、特権階級の「ことば」を空疎なものにしようとする 1。そしておそらくあ らゆる「ことば」はある種の特権階級のものだ。セイレーンの歌にひかれ、そ れを聞いて死んでいった多くのものはただ自分を縛りつけてくれる部下をも っていなかっただけだ。それなのにオデュッセウスはセイレーンの歌を聞い ただけではなく、その美しい姿を見ている。少なくとも見たと言っている。危 険なものを見聞きし、さらにそれを物語るためには、何らかの特権が必要だ。 たとえば戦地に派遣されるジャーナリストは、既に何らかの機関を代表して 「派遣」されたもので、保護されるべきジャーナリストとしての「特権」をもって いる。これがオデュッセウスの特権にかわる現代の「ことば」のつまらない特 権のひとつだろう。  オデュッセウスとセイレーンとの出会いに関する記述につづいて、ブランシ ョはレシの定義を試みる。ロマンとの区別によってレシを定義しようとする。ロ マン(小説)とは何か。レシ(語り手の体験を語る物語)とは何か。  あらゆるレシと、セイレーン、その欠点ゆえに力を もつこの謎めいた歌声の 出会いの間には、まったくよく知られていない闘いがある。2  セイレーンの歌はひきつける「力」をもつが、語りの後にならなければ存在 を与えられないものだから、そのものとしては存在しない。レシの語り手はこ の語られることになるものが「非存在」に向かう力と闘って、語られるものを存 在させなければならない。ここにある作家の知られていない秘密は、謎めい た秘訣だとされると同時に何らかの特権に基づいたものだろう。この闘いは ロマンとレシにおいてどうちがうのか。ロマンの場合はオデュッセウスがセイレ ーンと出会うまでの航海が問題になる。オデュッセウスとセイレーンが出会う ことを語り手は知っている。それをまるで知らないかのように、忘れてしまった かのように語るのがロマンだ。よってロマンの語りには「嘘」がつきまとう。しか しレシの語りの時間はロマンとちがう。ここに困難が生じる。ロマンでは決定 的な出来事は忘れられ、その語りはまるで気紛れのようだ。しかしレシでは、 1

ピエール・ブールディユに「エリート主義者である」といういささか見当ちがいの批判を受けたジャック・

デリダはこのブランショが指し示した方向性を踏襲したと言える。 2 « Il y a une lutte fort obscure engagée entre tout récit et la rencontre des Sirènes, ce chant énigmatique qui est puissant par son défaut. » (Ibid., p.12.)

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決定的な出来事は語りを実在させることになるものの語りのいかなる瞬間に も忘れられない。  オデュッセウスが出来事を経験し、生き延びてそれを語るホメーロスになら なければならなかったのと同様に、何かが起こり、それをひとは経験し、つい で物語る。1  レシは例外的な出来事のみ物語る。例外的な信じられない出来事を物語 ろうとするとき、レシは真実を語っていると思わせようとする。それに対してロ マンはその本質においてどこまでもフィクションであろうとする。しかし「オデ ュッセウスがホメーロスになる」のは立派なフィクションではないのだろうか。こ こにある時間の転倒を理解するのは困難である。これを理解するためにさら に論考をつづけよう。  オデュッセウスとセイレーンの出会いの瞬間の曖昧さからレシの困難が生 じる。ホメーロスが『オデュッセイア』を書くとき(盲目だったとされるホメーロス がこの書物を書いたわけではないだろうが、ひとつのたとえである)、既にオ デュッセウスはセイレーンと出会っていなければならない。しかしオデュッセ ウスがセイレーンと出会うのは実際には『オデュッセイア』という書物のなかで のことだ。確かに出会いは語ることの前に生じていなければならなかったの だが、ホメーロスと呼ばれる人間が語る前には、驚くべきことに、まだオデュッ セウスはセイレーンと出会っていなかったとも言える(ここで問題になってい る時間は「書物」の誕生以後、「想像上の図書館」が可能であるような近代の ものであり、ホメーロスと呼ばれる人間が生きた時代ではないということには 注意を促しておくべきだろう)。よってレシは、歌との出会いから生還したオ デュッセウス、その物語を語るホメーロスによって、二重に歌そのものから遠 ざかる。たとえホメーロスと呼ばれる詩人(ひとりだろうと複数だろうと、盲目だ ろうとそうでなかろうと)の周囲ではこの神話が周知のものだったとしても、ホ メーロスが語らなければ、奇妙なことだが、オデュッセウスを取り囲む一般の 身分の船乗り(おそらく我々も含む)にとってこの出来事は「起こらなかった」 と言える。伝承はまだ文学になっていない。一部の人間に知られていること は、まだある文明のなかで知られているべきことになっていない。レシの報告 がその敷居をまたぐ。このとき初めてセイレーンの歌が世人に知られることに なる。よってレシは何らかの出来事の報告でなく、むしろ具体的な文学の出 1

« Quelque chose a eu lieu, qu'on a vécu et qu'on raconte ensuite, de même qu'Ulysse a eu besoin

de vivre l'événement et d'y survivre pour devenir Homère qui le raconte. » (Ibid., p.13.)

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来事そのものとなる。世人にとってこの出来事が生じるためにはレシが必要 だ。それはそこにおいて語られている出来事が想像されたものだからなのか。  しかしセイレーンの歌は「人間の歌うどんな歌も非人間的なのではないか」 という疑念を呼び起こした。セイレーンの歌が人間の歌とそっくり同じものだ ったからだ。このことばは、レシに語られていることが現実であるように思われ たとき、ひとは反対に現実の出来事の語りも虚構なのではないかと疑いはじ めることを意味するだろう。あらゆるレシはオデュッセウスとセイレーンの出会 いから生ずるとすれば、語られるものが想像的なものであろうとなかろうと、語 りは想像的なものにひきよせられる。ブランショのあげる例で言えば、ブルト ンの『ナジャ』とネルヴァルの『オーレリア』がそうだ。読者からすると、そこに 語られる出会いは想像されたものであるともないとも判断できない。あるもの は「これは自伝的な小説だ」と言い、あるものは「いや、これは想像だ」と言う。 しかしそれは同時に(少なくとも文学においては)現実と想像されたものの区 別は決してできないということでもある。だからこそ、「オデュッセウスはセイレ ーンと出会い、その後ホメーロスとなって物語る」というブランショの奇妙な表 現が有効になる。オデュッセウスは詩人でなく、ホメーロスが「詩人」、古代ギ リシアでは「つくりだすもの」だから、オデュッセウスとセイレーンの歌との出会 いが語られるためにはホメーロスの存在が必要だ。しかしそのレシは人間を 死にひきよせる非人間的なまがまがしいセイレーンの歌だ。しかもセイレーン 自身は自らの歌について語られるのを望まない。オデュッセウスは、非人間 的な歌をもちかえり、セイレーンの死を招くという、二重の意味で罪深い。

歌の罠  ブランショはさらにエイハブ船長とモービー・ディックの例をあげる。船乗り と海の化けものの出会いのもうひとつの例だ。海の化けものに呑みこまれた のに、死なずに奇蹟的に生還した、神から逃げる預言者、イエスの復活の予 兆ともされるヨナの例が語られないのは意図的なものだろう。預言者は神か ら逃げ、異邦人の方が敬虔な、ユーモラスなヨナ書についてブランショは直 接的には語らない。立場としてはオデュッセウスの対局に位置するが、やは り卑怯者であるヨナは、神を畏れる異邦人たちに海に投げこまれる。  確かにエイバブがモービー・ディックと出会うのはメルヴィルの本のなかでだ けだ。それでもこの出会いだけがメルヴィルが本を書くのを可能にするのも確 かだ。それは実に強制的な、並外れた、独特の出会いで、出会いが生じ

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るあらゆる局面と、この出会いを位置づけようとするあらゆる瞬間を超え、出 会いは書物がはじまるずっと前に起こっていたかのように思わせるが、それで も実はただ一度しか起こることができず、作品の未来に、その作品の大きさ の大洋となった海でしか起こらない。1  「出会いは一度しか起こらない」ということばは実に重要だ。よって事実を報 告したレシも、過去の事実とは直接的なかかわりのないレシ「そのもの」でし かありえない。つまりある意味でレシは「事実」を殺す。オデュッセウスは生き 延びて物語ったが、エイハブは海で死んだ。ブランショはここに暗示されるも のとして、「変身」というものを考える。オデュッセウスは変身を拒絶し、エイハ ブは変身した。変身とは現実的なものを想像的なものに変えること、想像的 なもののなかにある「現実」に本質的な死を与えることだ。オデュッセウスも一 見この変身を被ったようにみえるが、死ななかったために変身を完遂してい ない。エイハブは化けものに出会って自ら死んで変身した。帰って来て物語 を語るのは船乗りの上にたつ船長エイハブではない。レシの航海は、  便宜的に ― この主張は正確ではないのだから ― ロマンの語りを推し 進めるのが集団的なものだろうと個人的なものだろうと日常の時間だ、より 正確には時間にことばを与えたいという欲望だと言うとしたら、レシの語りが 推し進めるものは、このもうひとつの もうひとつの時間、現実の歌から想像的な歌への もうひとつの 移行というもうひとつの航海で、現実の歌をすぐにだが少しずつ(この「すぐ にだが少しずつ」が変身の時間そのものだ)想像的なもの、謎めいた歌に 変える。この歌は常に遠くにあり、この距離を踏破すべき空間として指し示し、 この歌が導く場所を、歌うことが罠であることをやめる地点として指し示す。2 1

« Il est bien vrai que c'est seulement dans le livre de Melville qu'Achab rencontre Moby Dick ; il

est bien vrai toutefois que cette rencontre permet seule à Melville d'écrire le livre, rencontre si imposante, si démesurée et si particulière qu'elle déborde tous les plans dans lesquels elle se passe, tous les moments où l'on voudrait la situer et qu'elle paraît avoir lieu bien avant que le livre ne commence, mais telle cependant qu'elle ne peut aussi avoir lieu qu'une fois, dans l'avenir de l'œuvre et dans cette mer que sera l'œuvre devenue un océan à sa mesure. » (Ibid., p.15.) 2

« Si, par commodité, - car cette affirmation n'est pas exacte - on dit que ce qui fait avancer le

roman, c'est le temps quotidien, collectif, ou personnel, ou plus précisément le désir de donner la parole au temps, le récit a pour progresser cet autre temps, cette autre navigation qui est le passage du chant réel au chant imaginaire, ce mouvement qui fait que le chant réel devient, peu à peu quoique aussitôt (et ce « peu à peu quoique aussitôt » est le temps même de la métamorphose), imaginaire,

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出会いは生じたのだが、しかしまだ生じていない。レシそのものでもある出 会いへと、レシはすぐにだが少しずつ向かう。この移行がレシそのものを変 形する。本来レシは出来事の報告であるべきだったのだが、この使命を裏切 った、出来事をつくりだすものに変わる。レシが現実の体験を語っていても、 事情は変わらない。語られることになるその「出来事」そのものは、語られる 以前には、当然でもあり驚くべきことでもあるのだが、いまだ「語られること」と しては予感されていない。自分が体験したある出来事を物語るとき、その語 りは必ずこの移行を被る。この出来事を想起したとき、それは過去のことであ ると同時に、語ることによって到達する未来でもある。「変身」したものにとっ て、つまり決して生き延びてレシを書く、読む、聞くことができないものにだけ 「歌が罠であることをやめる地点」を垣間見ることができるとすれば、現実の 体験を物語る生き延びたものにとって、歌は常に罠だろう。なぜなら変身し なかったものにとっては、「事実」はまだ完全に死に絶えていないからだ。イ シュメイルはまったくエイハブのために語ったわけではない。もしイシュメイル が詩人となってエイハブのために、エイハブとして語ったなら、歌はふたたび 罠となり、エイハブは変身を完遂できなかっただろう。エイハブは変身したの で、モービー・ディックはもはやどこにも存在しない。モービー・ディックはこ の変身によってエイハブにとってだけ恐ろしいものとなった。しかしオデュッ セウスが歌声を連れ帰ったセイレーンは大洋のなかに万人にとって恐るべき ものとして存在しつづけている。オデュッセウスは神ではないとしても英雄に なった。  歌の罠とは、レシが自らのことを真実であるものとして語っても、詩人として 真実をつくりだしても、それが必ず想像的なものとなるという事実に対して、 語り手が無自覚であるということだ。現実の生は、語りによって想像的なもの である死の方へとひきよせられる。肖像画や肖像写真のように、レシも描か れるものの魂を吸いとる。過去に実際に起こったことを語っても、過去の生き られた時間に定着されず、レシ固有の死んだ時間(書物、「記憶」、あるいは 流体的な情報媒体)のなかで語られることになる。他方でエイハブは想像の 空間のなかで「現実に」死んでしまった。だからこそエイハブにとっては既に 現実を想像されたものにひきつける罠は存在しない。想像されたもののなか にある現実への回帰の種を「変身」は抹消する。

chant énigmatique, qui est toujours à distance et qui désigne cette distance comme un espace à parcourir et le lieu où il conduit comme le point où chanter cessera d'être un leurre. » (Ibid., pp.16-17.)

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この出来事は時間の関係を混乱させるが、それでも時間を、時間が成就 される独特の様式を、確証する。その時間は、持続を変形するようなしかた で語り手の持続のなかに導入されるレシ固有の時間で、想像上の同時性 のうちに、芸術が実現しようとする空間の形式のもとに、さまざまな時間的な 脱自が同時に起こる変形転身の時間だ。1  「脱自」(extase)とは文字どおり自らの外に抜け出ることである。脱自は個の 実存から中性的な存在の側にゆく。レシを語るとき、語り手になってしまうも のは、常に語り手自身の実存から抜け出る。なぜなら、レシの第一の目的は 自らの内側で語ることではなく、他者に伝えることのはずだからだ。語りは伝 達の手段であり、語り手は語りの対象物のために内面性を放棄する。この脱 自が時間的なものであるのは、ひとつの持続がレシの語りの時間というもうひ とつの持続に転化されるからだ。オデュッセウスがホメーロスになるのとほぼ 同時に、ホメーロスがオデュッセウスになる。レシの語り手になってしまうもの は、まるで匿名の言語であるかのようにみえる。それゆえレシは個人の言語 で語られるロマンとちがって、名前をもった語るひとの実存の確証の直接的 な手段でありえない。他方でこの中性の「私」によって語られたレシは、ポー の「楕円形の肖像」のような、モデルに死を与えるまがまがしさをもつ。そして この難解な一節のなかには、歌によって変形転身を導くオルフェウスの存在 が見られる。  この「想像的なものとの出会い」という論文は、オデュッセウスとセイレーン の歌との出会いから、レシというジャンルとそのジャンルに固有の時間を明ら かにしようとするものだ。この時間はきわめて曖昧だ。ホメーロスとなったオデ ュッセウスがセイレーンとの出会いを物語ることのみではレシは成就されない。 セイレーンの歌が来るべき歌なのは、それが「各人」の未来において『オデュ ッセイア』なる書物、あるいは改めてそこから引き出された物語のなかで出会 われなければならないものだからだ。奇妙なことにここでは船乗りの伝承が ホメーロスの語りから生まれることになる。レシの誕生によって時間は不可逆 的な方向を与えられる。たとえば早すぎた民俗学者グリム兄弟の童話はしば しばあたかもこの兄弟の想像の産物であったかのようにみなされかねない。 1

« Cet événement bouleverse les rapports du temps, mais affirme cependant le temps, une façon

particulière, pour le temps, de s'accomplir, temps propre du récit qui s'introduit dans la durée du narrateur d'une manière qui la transforme, temps des métamorphoses où coïncident, dans une simultanéité imaginaire et sous la forme de l'espace que l'art cherche à réaliser, les différentes extases temporelles. » (Ibid., p.18.)

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「想像的なものとの出会い」そのものは、そもそも想像的されたものと現実 に出会うことはできないのだから、虚無にすぎないが、その虚無を満たす空 間としてレシが存在する。想像上のもの(セイレーン)とは出会えないが、出 会えないからこそこの出会いは距離そのものだ。この「距離」は、自らを真実 として語るレシの主張を無化する。そしてその距離は虚無に対する距離だか ら無であると言えるが、一方で単語に満たされたレシの空間(書物)を間にも つ。レシは想像されたものという虚無への対応物だが、逆説的に虚無ではな い。虚無でいないことが可能な理由はレシ固有の時間の曖昧さに存する。レ シ固有の時間とは常に既に過ぎ去っていていまだなお来るべきもの(書物の 時間)で、常に現前しつつあるものだ。この「虚無の存在」という非人間的な 「悪」は現実の世界をむしばみかねない。セイレーンは過去に実在しなかっ たようだが、レシの未来に実在しうるかもしれないもの、ひとつの可能性とし てただ単に指し示される。レシの開始地点は既に過去を向いているようにみ えるが、実際にはこの開始地点においてレシがはじまる。ロマン(小説)を書 こうとするのでなく、自分の体験をレシ(物語)として語ろうとするジャーナリス トも、ある意味では自分が見たものを語るのではない。白い紙を前にしてペ ンをもったときに(あるいはキーボードを前にしたときに)ルポルタージュはは じまる。このルポルタージュは出来事を「つくる」。この「出来事」は虚無に対 応するものでしかない。  それゆえに、レシにはロマンのような出会いの前の気紛れな航海がなく、 出会いをのみ語るとすれば、レシのはじまりは常に、既に出会われたものそ のものではなく、書くことで生まれる新しい出会いの瞬間そのものだと、書くも のは理解しなければならない。この出会いの記述は、やはり自分にとっての 過去(ある物語を想像した、あるいはある出来事を現実に経験した過去)を 想起しながら書かれるものだから、きわめて曖昧で常に時間的にずらされて ゆくものだ。ブランショのレシ『望ましいときに』はこのずれの作用を鮮やかに 描き出すことだろう。  「想像的なものとの出会い」は、しばしば「哲学的」な評論家として語られる ブランショがものした非常に優れた「文学論」だ。ここで特筆すべきことは、セ イレーンと出会うオデュッセウス、そのオデュッセウスについて語るホメーロス という二重の枠組みをブランショは引き出したということだ。詩人ホメーロスが 伝承を直接神話文学に仕立て上げたのではない。だからといってこれはも ちろんオデュッセウスが多かれ少なかれ個人の想像力によって生み出され た作品の登場人物だろうということではない。作家の天才はここでは問題に なっていない。語りの層の複雑さの問題である。ある作家が伝承を題材に文 学作品を書くことはあるだろう。それが民衆文化の搾取であるのかどうかはこ

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の際問題ではない。ここで問題になるのはただ、その物語作品のなかには、 語られる対象に向かって船出するもの、既に作者ではないもの(ホメーロス)、 あるいはむしろこの航海者ではなくなって後に作者になることになっていたも の(オデュッセウス)が常にいるという奇妙な事実である。ときにはこの航海者 は航海の途中に死ぬこともある。戻って来なかった船乗りについて語るひと のことばは世界を揺るがさない。しかしオデュッセウスのように帰って来る船 乗りもいる。ホメーロスがオデュッセウスになってセイレーンに出会おうと旅に 出たときよりも前にオデュッセウスは航海を終了していたはずなのに、ホメー ロスが旅に出るよりも前にオデュッセウスは旅に出ていない。ホメーロスから すればオデュッセウスは既に「私」(ホメーロス)ではない人間なのだが、オデ ュッセウスからしてもまた、後にホメーロスは既に「私」(オデュッセウス)では ない人間になるはずなのである。もっともオデュッセウスの方では自分が将 来ホメーロスになることがあろうとは予想もしていないのだが。

振り返るオルフェウス  次は「想像的なものとの出会い」の一年前に発表された、やはりギリシア神 話に題材をとった論文「オルフェウスのまなざし」 1について考える。ミシェル・ フーコーはブランショ論「外の思考」で、この二篇の論文に現れるオルフェウ スとオデュッセウスについてこう言う。  このふたりの人物はブランショの作品中で深く絡まり合っている。『死の宣 告』のように、オルフェウスのまなざしに捧げられたレシが数篇ある。2  オルフェウスとオデュッセウスが絡み合っているのはブランショの作品のな かだけでなく、神話においてもセイレーンを打ち負かした人間という共通点 をもつが、ブランショはおそらく意識的にアルゴー号神話には触れず、地獄 降りについてだけ語る。アルゴー号神話において、オルフェウスはセイレー ンをだますのではなく、セイレーンより美しい音楽をかなでる。負けを認めな ければならなかったセイレーンはここでも海に身を投げる。怒りではなく、天 1 2

« Le regard d'Orphée », L'Espace littéraire, pp.225-232. « Ces deux figures s'enchevêtrent profondément dans l'œuvre de Blanchot. Il y a des récits qui sont

voués, comme L'arrêt de mort, au regard d'Orphée […]. » (Michel Foucault, «La pensée du dehors», Critique, 229, 1966, pp.523-546 ; p.539.)

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才オルフェウスとは比較できない、美しくとも在り来りの歌を歌うことしかでき ないものの潔さによって死ぬ。  「オルフェウスのまなざし」は『文学の空間』の中心とされた論文で、ブラン ショの論文集中で、中心と名指しで呼ばれたのはこの論文しかない。それだ けブランショが重きを置いた論文だ。一年後の「想像的なものとの出会い」が レシについて定式化したものだとすると、「オルフェウスのまなざし」は「作品」 œuvre に関するものだ。今はブランショの「作品」の概念について分析する 余裕はないが、この œuvre なる単語がカトリック世界においてひとを救済に 導く「善行」を連想させることを付け加えておく。ブランショがこの文章で主張 するように、作者にとって「作品」が不可能だということは、多くの作家が乞い 願っただろうこととは反対に、文筆活動は書く人間の救済の手段となりえな いことを意味するだろう。  オルフェウスは死んだ妻エウリュディケーを求めて歌を歌いながら冥界に 降る。そして冥界を支配するハーデースとペルセフォネーの許しを得てエウ リュディケーを連れ帰るが、太陽の光を見るまでは決して振り返ってはいけな いという禁を犯して後を振り返り、そのためにエウリュディケーを地上に連れ 帰ることができなかった。  セイレーンは美しい歌でひとを誘惑し破滅させたと言われる。しかしここで は歌を歌うオルフェウス自身が破滅する。この破滅は、オルフェウス自身にと ってより、エウリュディケーにとって本質的なものだ。オルフェウスは生きなが らえるが、エウリュディケーは二度目の死を与えられる(セイレーンとエウリュ ディケーもまた深く絡み合っている。この女たちはだれかを呼んでいたが、 自分が望みもしなかった死を与えられる)。エウリュディケーを生き返らせる には振り向かなければよい。実に簡単なことに思える。しかしオルフェウスは 必ず振り返る。メドゥーサ、あるいはナルキッソスのように、対象を凍りつかせ るまなざし、語りの対象の持続を停止させるまなざしが死を与える。  やきもきしたオルフェウスは罪深い。オルフェウスの過ち(erreur)は、終わら な いものを 汲み尽 くそう、終 わらせよ うと し、い つまで も我慢 して さま よい (erreur)つづけないことだ。苛立ちは時間がないところから逃れたいひとの 欠点で、我慢強さは、この時間がないところに別の尺度をもったもうひとつ の時間をつくって支配しようとするずるがしこさだ。しかし本当の我慢強さは苛 立ちを追い出さない。我慢強さは苛立ちのうちにあり、いつまでも我慢して やきもきしつづける。よってオルフェウスの苛立ちは正当でもある。苛立ちの

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なかにオルフェウス自身の情熱、至上の我慢強さが生まれ、死のなかに 終わりなくとどまることになる。1  ここにはまだ一年後に登場するオデュッセウスという幸福な物語の語り手の 姿は現れていないようにみえるが、「時間がないところ[つまり死の世界]を支 配しようとするずるがしこさ」はオデュッセウスの登場を予告している。「時間 がないところ」からつくられた「もうひとつの時間」は、「想像的なものとの出会 い」で語られることになるレシの時間だ。まるで裏表紙によってけりをつけら れてしまったかのようにみえる、「作品」という書物の時間だ。それでもここで 問題になっているのは、社会的な特権をもったオデュッセウス、後に詩人ホ メーロスになって物語らなければならないオデュッセウスではなく、音楽の才 能のある不幸な語り手、自らが詩人であるオルフェウスだ。オルフェウスはだ れにも縛りつけられることなく、自由に地獄に降ったようだ。そしてオウィディ ウスによるとオルフェウスは音楽で世界を変容させる力をもっている。  オルフェウスは生き延びて帰って来て、出来事を物語るよりほかない。注意 しなければならないのは、もしオルフェウスが振り返らなかったとしたら、地獄 からの帰還は終わらなかったということだ。オルフェウスが振り返ることは時間 が存在しない冥界の掟で決まっていた。だからこそオルフェウスの「過ち」は 現実の側(生がよいものであるところ)からすると罪深く、かつ冥界の掟の側、 想像的なものの側(死者が復活することが掟で禁じられているところ)からす ると正当なものだ。オルフェウスは最初からエウリュディケー、すなわち死の 方を見ながら降ってゆき、昼の世界に帰ってゆくとき、振り返らないことがな い。オルフェウスは必ずこの掟を犯す。「死の方」とはもはや存在しない過去 の方だ。  オルフェウスが「振り返る」ことを禁ずる掟を無視するのは避けられないこと だ。闇に向かう最初の一歩で掟を破ったのだから。よってオルフェウスは本 当は常にエウリュディケーの方を振り向いていたと感じとられる。オルフェウス 1

« Orphée est coupable d'impatience. Son erreur est de vouloir épuiser l'infini, de mettre un terme à

l'interminable, de ne pas soutenir sans fin le mouvement même de son erreur. L'impatience est la faute de qui veut se soustraire à l'absence de temps, la patience est la ruse qui cherche à maîtriser cette absence de temps en faisant d'elle un autre temps, autrement mesuré. Mais la vraie patience n'exclut pas l'impatience, elle en est l'intimité, elle est l'impatience soufferte et endurée sans fin. L'impatience d'Orphée est donc aussi un mouvement juste : en elle commence ce qui va devenir sa propre passion, sa plus haute patience, son séjour infini dans la mort. » (L'Espace littéraire, p.228.)

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はエウリュディケーの影のような不在のなかに、エウリュディケーはいないとい う事実をごまかさないこのヴェールをかけられた姿、どこまでも不在であるも のが形をとった姿のなかに、みえないエウリュディケーを見て、触れられない エウリュディケーに触れたのだ。1  ブランショはエウリュディケーがそこにいると信じたようにみえるオルフェウ スの立場から語る。しかし実際にはエウリュディケーはセイレーンのように「不 在が形をとったもの」、過去における実在すら定かでない存在でしかない。 オルフェウスがエウリュディケーと共にいた過去は、セイレーンとの出会いと いう過去と同様、想像的なもの、死の世界に入りこんでいる。オルフェウスに は最初からエウリュディケーを取り戻すつもりはなかったのではないのか。た だエウリュディケーについて嘆くため、歌うためだけに死の方を振り向いたの ではないのか。これが多くの文学の問題だろう。オルフェウスは「過去はもは や存在しない」ということを実は知っているのではないのか。  確かにエウリュディケーの方を振り返ったとき、オルフェウスは作品、エウリ ュディケー、夜を滅ぼす。しかしエウリュディケーの方を振り向かないこともま た裏切りで、自らの衝動の並外れた軽率な力に対して不誠実だろう。この 衝動は、日の光のもとの真実、日常の楽しみのなかのエウリュディケーを望 まず、暗い夜のなか、遠のきのなかに、閉じられた身体(son corps fermé) と封印された顔をもったエウリュディケーを望み、みえるときのエウリュディケー でなく、みえないときのエウリュディケーを見よう、それも日々の私生活のうち にあるものとしてではなく、全ての私生活の親密さを閉め出す奇妙なものとし て見ようとし、エウリュディケーを生きさせようとするのでなく、エウリュディケー のうちにエウリュディケーの死が生きたものとして充満していることを望む。2 1

«Il est inévitable qu'Orphée passe outre à la loi qui lui interdit de « se retourner», car il l'a violée dès

ses premiers pas vers les ombres. Cette remarque nous fait pressentir que, en réalité, Orphée n'a pas cessé d'être tourné vers Eurydice : il l'a vue invisible, il l'a touchée intacte, dans son absence d'ombre, dans cette présence voilée qui ne dissimulait pas son absence, qui était présence de son absence infinie.» (Ibid., p.227.) 2

« [C]ertes, en se tournant vers Eurydice, Orphée ruine l'œuvre et Eurydice et la nuit. Mais ne pas se

tourner vers Eurydice, ce ne serait pas moins trahir, être infidèle à la force sans mesure et sans prudence de son mouvement, qui ne veut pas Eurydice dans sa vérité diurne et dans son agrément quotidien, qui la veut dans son obscurité nocturne, dans son éloignement, avec son corps fermé et son visage scellé, qui veut la voir, non quand elle est visible, mais quand elle est invisible, et non comme

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ブランショ独特の言い回しのせいでこの一節は難解に思える。しかしここに おけるオルフェウス的なレシの創造は、ダンテが発明しペトラルカが否定しな がら継承した「文学」のことばの創造と同等のものだ。「みえない女」「生きた ものとしての死の充満」とは、確かにダンテにとってのベアトリーチェだった。 女性が観念化されて現れるブランショのレシ、『死の宣告』と『望ましいときに』 は、このオルフェウス的なもの、ダンテ的なものの継承であると同時に、痛烈 な批判としてとらえなければならない(ここに現れる「親密さ(intimité)」という ことばに注目しなければならない。この単語は恋人との共同生活を含意する だろう。そしてまた「閉じられた身体」は性生活の不在を意味しないか)。オデ ュッセウスは狡智によってセイレーンを打ち負かし、オルフェウスは歌によっ て歌を打ち負かした。ダンテやペトラルカもやはり、ベアトリーチェやラウラ 「自身」の決してだれにも届くことがなかった歌を、自らの歌によって打ち負 かしたと考えられるのではないか。この女たちはエウリュディケーであっても セイレーンではなかったのかもしれないが、確かに詩人たちはこの女たちが 「非在に向かう力」と闘ってその歌を存在させたのだ。(そしてまたダンテを地 獄から上方へと導くウェルギリウスが創造した、父祖を創出して国家に奉仕 する文学の功罪も念頭に置かなければ、おそらくブランショの作品は理解で きないだろう。ちなみにブランショは『ウェルギリウスの死』というヘルマン・ブ ロッホの興味深い歴史小説について語っている。)  オルフェウスが振り向くことでレシははじまる。しかし後期のブランショは振 り向かなくなるようにみえる。それは何よりまず小説を書かなくなるからだ。ブ ランショはこのようなしかたでエウリュディケーに二度目の死を与えるのをや める。しかしたとえオルフェウスの側に立つことをやめるとしても、ブランショ のことばは(少なくともしばらくの間は)エウリュディケー自身の側のことばによ ってとってかわられるわけではない。なぜなら死者エウリュディケーは何も語 らないからだ。死者にはことばを与えられない。「死者は黄泉帰ってはならな い」というのが冥界の本当の掟であり、エウリュディケーの蘇生が許されたの は純粋な例外でしかなかった。この生命をもった過去の実在の可能性という 驚くべき例外、エウリュディケーに向かうオルフェウスによる文学の創設を多 くの文学者がひきついだが、ブランショは死者の復活が滅多に起こりえない 例外だと知っていた。だからブランショの後期の小説(『私といっしょにいなか ったひと』以後)は、死者を黄泉帰らせるという口実、むしろ「死者を生きた死 l'intimité d'une vie familière, mais comme l'étrangeté de ce qui exclut toute intimité, non pas la faire vivre, mais avoir vivante en elle la plénitude de sa mort.» (Ibid., p.226.)

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として保つ」という口実をもたない無根拠な語りのなかに落ちこんでゆく。ブラ ンショに関する「死」「掟」というクリシェは何よりもまず第一に「死者は黄泉帰 ってはならない」という冥界の「掟」から理解するべきだろう。  ペトラルカの周囲の人間ですらラウラの現実的な存在を知らなかったのだ から、オルフェウスのまなざしに捧げられたレシを書くブランショの人生のな かにベアトリーチェやラウラに相当する女性がいたかどうかは本質的な問題 ではない。死にとりつかれた、想像されたものにとりつかれた「文学」というま がまがしいことばの創設が問題だ。「ことばによって記憶を保持しよう」という 善意に基づくようでありながら、その善意も結局はエゴイスムでしかないかの ような言語の営為が問題だ。このことばは語られる対象が決して望まなかっ た二度目の死を与える。  次の章では、『望ましいときに』におけるレシの試みの深化を浮き彫りにす るために、オルフェウスのまなざしに捧げられたレシとしてフーコーのあげる 『死の宣告』の分析をする。

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第二章 永遠の観念から外国人の方へ

 女の名前が聞こえた。高貴なベアトリ ーチェからはじまって私の目で終わる直 線上にいる女の話をしているとわかった。 この日はまなざしがだれにも秘密を明かさ なかったと確信して安心した。そしてすぐさ まこの貴族の女を真実に対する盾にしよ うと思った。 ダンテ『新しき生』

書き直されたレシ  『死の宣告』について詳細に検討する前に、『望ましいときに』と『死の宣告』 の類似について少し考えたい。  『望ましいときに』の登場人物(レシの舞台のなかにいるひと)は三人だけだ。 ブランショの小説の登場人物の数は一般に少なく、初期のロマンにはある程 度の数の人物が登場するが、『死の宣告』以後のレシでは、ほぼその数は二、 三人となり、出来事が起こる空間(建物)の外部の人間に対する暗示もきわ めて少なくなる。『死の宣告』には例外的に中心人物三人以外の人間が数 人登場し、名前があげられる。  1941年発表のロマンを三分の一以下の長さに短縮したリライトである『無名 のトマ』(1950)の新版を除いた、『死の宣告』から『期待忘却』にいたる主要な レシ(中篇小説)の中心人物(であると考えられる登場人物)の男女構成は以 下のとおり。 男 『死の宣告』 『望ましいときに』 『私といっしょにいなかったひと』 『最後のひと』 『期待忘却』

(1948) (1951) (1953) (1957) (1962)

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女 1 1 2 2 2

2 2 0 1 1


なかでは『私といっしょにいなかったひと』が女性の登場人物を欠くように みえることで注目される。このレシ以後は「書くひと」がオデュッセウスとホメー ロスのように分裂し、語り手「私」と「男」が登場する。よって後期の三篇のレシ に関しては、ブランショのレシの空間以外ではこのふたりの男性が同一人物 とみなされるものだった可能性があると言えるかもしれない。この書くひとの 分裂と共に、女性の人数がふたりからひとりになったことにも注意しなければ ならない。  『死の宣告』、『望ましいときに』、『私といっしょにいなかったひと』、『最後の ひと』は「私」によって語られ、そしておそらく書かれていると言えるが、『期待 忘却』に関しては、「私」の役割は必ずしも明白ではないようにみえる。そして これらの「私」には名前がない。『死の宣告』、『望ましいときに』の女ふたりに は名前があるが、『私といっしょにいなかったひと』、『最後のひと』、『期待忘 却』の登場人物はだれも名前をもたず、舞台となる場所の固有名も限定され ない。  一方で『死の宣告』と『望ましいときに』の舞台はパリだ。『死の宣告』の中心 人物の女性は、読者には頭文字だけが知られているJ、ナタリー(Nathalie)の ふ た り だ が 、 『 望 ま し い と き に 』 で は ジ ュ デ ィ ッ ト (Judith) 、 ク ロ ー デ ィ ア (Claudia)のふたりだ。Jがジュディットの頭文字であること、またナタリーとクロ ーディアが共にスラヴ系の人間であることが、この二作品に共通する何かを 暗示する。  ナタリーの肉体はスラヴ系の影響を映していた。(『死の宣告』)  クローディアのスラヴ系の特徴が実に際立っていたのに気づいた。(『望 ましいときに』)1  『死の宣告』、『望ましいときに』で、「私」はJ、ジュディットについて語りたい ようにみえる。つまりJとジュディットが、オルフェウスにとってのエウリュディケ ーのようだ。それなのにこの二篇のレシにおいて、Jとジュディットについて語 られる部分は、もうひとりの人物、ナタリーとクローディアの側について語られ る部分と比して相対的に短い。『望ましいときに』では巻頭早々ジュディットに 関してこう書かれる。

1

« Physiquement elle portait le reflet d'une influence slave […]. » (L'Arrêt de mort, p.82.) ; « Je

m'aperçus que son type slave […] s'était beaucoup accusé. » (Au moment voulu, p.103.)

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短縮したいという果てしない欲望をしばしば感じる。何もできない欲望だ。こ の欲望を満たそうとしたら、容易にそうできるにちがいないからだ。この欲望 がいくら激しくとも、欲望を満たそうとする私のかぎりない力にとっては弱すぎ る。ああ、欲望はむだだ。1  この短縮しようとする欲望は何か。「私」はジュディットに関することばがだ れの耳にも届かないことを望む。事実このレシのなかでジュディットはほとん ど何も言わない。  ジュディットのことについては、いつまでも何もひとの耳に届いてほしくはない。 いかに謎めいたものだろうと生けるものの状況である周囲の状況を通して、 私がこの女のことを引き合いに出し、日のもとにさらす[生み出す]必要性 のなかには、おぞましい暴力がある。ともかく短縮したいという欲望の高貴な 部分はここにある。本質的なものを看過することを、本質的なものは要求す る。2  『無名のトマ』の短縮版の翌年に発表されたこともあり、『望ましいときに』は 短縮されたレシだと想像するひともいる。ジョルジュ・プレリがブランショ論 『外の力』で指摘したのだが、その際の根拠のひとつが次の一節だ。  ガラス窓の向こうのシナゴーグの壊れた外壁を長い間見つめつづけること もあった(爆弾のことを覚えている)。3 1

« J'ai souvent un désir infini d'abréger, désir qui ne peut rien, parce que le satisfaire me serait trop

facile ; si vif qu'il soit, il est trop faible pour la puissance qui est en moi sans borne de l'accomplir. Ah ! désirer est vain » (Ibid., p.16.) 2

« [D]’elle, je voudrais à jamais ne rien laisser entendre. Il y a, dans la nécessité pour moi de la citer,

de la faire venir au jour, à travers les circonstances qui, si mystérieuses qu'elles soient, demeurent celles des êtres qui vivent, une violence qui me fait horreur. En cela réside mon désir d'abréger, du moins dans sa partie noble. Passer par-dessus l'essentiel, c'est là ce que l'essentiel, à travers lui, me demande. » (Ibid., p.17.) 3

Georges Préli, La Force du dehors, Recherches, 1977, p.43 ; « Il m'arrivait de fixer longtemps à

travers la vitre la façade mutilée de la synagogue (on se souvient de la bombe) […]. » (Au Moment voulu, p.75.) 後の「ガラスの現象」の分析を参照のこと。『死の宣告』では爆撃のことが語られる。「 パリ 爆 撃 の 際 、 私 た ち は 通 り に い た の で 、 メ ト ロ に 逃 げ こ ま な け れ ば な ら な か っ た 。 」 « Au moment du bombardement de Paris, comme nous nous trouvions dans la rue, il fallut s'abriter dans le

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プレリは、爆弾のことを前に何も書いていないのにこのような記述があること を根拠とするが、そもそもきわめて曖昧なブランショのレシの記述のなかで、 この根拠は薄弱だと言わなければならない。もしこのレシが先行する書き物 の書き直しだとすれば、むしろジュディットがクローディアから飛び跳ねて離 れた後(後述)の次の一節の方が興味深い。  私は明るみに出たはずだ。耐えがたい光景、一瞬のもので、この隔たりに 結びついていて、まるでふたりの女の間のこの裂け目、つまりこの酷い距離 が…、でもこの文の最後までは行けなかった。1  それでもこのレシが実在した先行する文章を短縮したものだと考える必要 はない。このレシは「書き直されたもの」として提出されただけで、『無名のト マ』の初版のような先行する文章が存在したかどうかはまったく定かでない。 『望ましいときに』と『死の宣告』の類似点は、この二篇のレシの語り手が書き 直しを暗示するところにも認められる。『死の宣告』の冒頭で、『望ましいとき に』の上記の一節よりずっと率直なしかたで、「私」はこう言う。  それでも一度首尾よくこの出来事に形を与えられたのを思い出さなければ ならない。1940年のことで、七月の最後の週か八月の最初の週のことだっ た。麻痺して無為になった状態でこの物語を書いた。しかし書いた後で読 み返したのだ。すぐさま原稿を破棄した。もう今となっては長さも思い出せな い。2 métro. » (L'Arrêt de mort, p.99.) ブランショのレシには「先行するレシの記憶」がある(本稿第4章後半 を参照)。 1

« [Je] crois que je vis jour, vision difficile à soutenir, instantanée, liée à cet écart, comme si cette

déchirure entre elles deux, ce cruel intervalle… - mais aller au bout de cette phrase, je ne pus le faire. » (Au Moment voulu, pp.86-87.) « Voir [le] jour » は「生まれる、隠れていたものが外に出る」こと。 2

« Cependant je dois le rappeler, une fois je réussis à donner une forme à ces événements. C'était en

1940, pendant les dernières semaines de juillet ou les premières d'août. Dans le désœuvrement que m'imposait la stupeur, j'écrivis cette histoire. Mais, quand elle fut écrite, je la relus. Aussitôt je détruisis le manuscrit. Il ne m'est même plus possible, aujourd'hui, de m'en rappeler l'étendue. » (L'Arrêt de mort, pp.7-8.) Evelyne Londyn はこのレシで年代等の具体的な数字が並べら れることはかえって無頓着を思わせるという (Maurice Blanchot romancier, Nizet, 1976)が、むしろ逆説 的な韜晦の手段ではないのか。

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一度首尾よく書き物の形を与えた物語を書き直すという『死の宣告』と、以 前書いた文章について「この文の最後までは行けなかった」と書いて書き直 しを暗示する『望ましいときに』の間には、意図的につくられた類似点が存在 する。この類似点は、ブランショのレシ作品全体が同じ「物語」の書き直しな のではないかという疑いを呼び起こす。もしブランショのレシ作品全体が同じ 書かれなかった「物語」の書き直しだとしたら、それはエドモン・ジャベスの一 連の「書物」の試み(サラとユケルの「存在しない」レシの註釈)と同じ、マラル メの存在しない「書物」の否定的な継承として考えなければならないだろう。

女に名前をつけること  この二篇のレシの間に意図的につくられた類似点として注目すべきなのは、 語りの欲望の対象であるらしい女の登場人物、すなわちエウリュディケーに あたる女の名前が、『死の宣告』ではJとされるのに対して、『望ましいときに』 ではジュディット(Judith)とされていることだ。Jという名前を「私」 (Je)の半身と 考えることも可能だろうが 1、ジュディットの名前が短縮されたものとも考えられ る。短縮できなかったレシ『望ましいときに』ではジュディットという名前が短 縮されずに現れるのかもしれない。  『死の宣告』は前半と後半に分断され、前半はJという女を、後半はナタリー という女を中心人物とする。レシのなかでふたりは決して出会わないようにみ える。『死の宣告』には女性の名前がいくつか登場するが、その表記は特殊 なものだ。Jとその友人Aだけは頭文字のみで表記される。Jの妹は常にルイ ーズ(Louise)2と表記される。看護婦は「確かダンジュリュ(Dangerue)とかいうよう な名前だったと思う」 3 とカッコのなかで語られる。レシの後半に登場する女性 1

『望ましいときに』ではレシの後半にいたって語り手「私」がこの女にジュディットという名前をつけたと

言われる。 « Qui est Judith? - Votre amie. C'est le nom que je lui ai donné. - Je n'aime pas ce nom. » (訳)「ジュディットってだれですか?」 「あなたの友達です。私が名前をつけました。」 「いやな名前 ね。」(Au moment voulu, pp.128-129.) ベアトリーチェやラウラという名前もダンテやペトラルカによって つけられたと考えられることがある。 2

Louise という名前の女性はブランショの初期の短篇「牧歌」と『神』にも登場する。サラ・コフマンは

Louise という名前がラテン語の Lux, Lex (光、法)から来ているのではないかと考える(Sarah Kofman, Paroles suffoquées, Galilée, 1987, p.25.)。 3

L'Arrêt de mort, p.30. « ([Je] crois qu'elle s'appelait Dangerue ou d'un nom approchant). » もちろんこ

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はコレット、シモーヌ、ナタリーがそれぞれ C(olette)、S(imone)、N(athalie)と いう風に書かれ、ほとんど頭文字だけで記される。後半でナタリーの娘クリス チアナ(Christiana)だけは常に、前半のルイーズと同じく、頭文字に短縮され ずに、名前で表記される。男性に関しては、語り手の「私」と医者には名前が なく、シモーヌの亡夫として一度だけ言及されるシモンは Simon と表記され る。男性の登場人物は少ない。このような名前の表記方法は単なる気まぐれ を思わせないでもないが、他の女性たちが名前で呼ばれたり頭文字のみで 呼ばれたりするのは、前半の主人公のJだけが特権的に頭文字で呼ばれて いるわけではないと偽装するための手段だと思われる。J以外の女性に関し ては、たとえ頭文字で呼ばれてもほとんど本名がわかっているが、Jの本名だ けはわからない。  このレシの中心人物、語り手の語りの欲望の対象は、前半で孤独な死をむ かえるJのようだ。Jが主人公である前半に対して、ナタリーが主人公の後半 は一種の倦怠が支配する。このレシを書くにあたって、語り手はこう言う。  実のところこのレシは十語で要約されるだろう。そのためにこのレシはこんな にも恐ろしいものになる。私に言える十語がある。そのことばに九年の間抵 抗してきた。[…]書かれるべきではないのかもしれないことばが書かれるだ ろうとほぼ確信している。数か月前からそう決意しているような気がする。1  1938年に起こった出来事を書こうとするこのレシは、1948年に出版された。 それではなぜブランショは十年間のブランクを置かなかったのか。なぜ「約 十年」ではなく、正確に「九年」なのか。九という数字をまとったベアトリーチェ のことを想像する読者もいるだろう(フランス語で「九」 (neuf)は「新しい」という 意味でもある。「新生」を想起させる数だ)。ベアトリーチェは九歳のときに初 めてダンテの前に現れ、18歳のときに二度目に現れ、その九年後にダンテ は Vita nova を書いた。ダンテにとってまず重要なのはベアトリーチェの肉 体をもった存在ではなくて、この「顕現」という出来事である。ベアトリーチェ が死んだのは Vita nova の執筆の二年前だ(それでもダンテはさまざまな暦 の名前は Dangereux 「危険な」を思わせる。ブランショの小説の中には医療に対する強い不信感がし ばしば見られるが、若きブランショ自身が医学部(精神医学)に籍を置いたことがあるらしい。 1

« À la vérité, [ce récit] pourrait tenir en dix mots. C'est ce qui le rend si effrayant. Il y a dix mots que

je puis dire. À ces mots j'ai tenu tête pendant neuf années. […] [Je] suis presque sûr que les paroles, qui ne devraient pas être écrites, seront écrites. Depuis plusieurs mois, il me semble que j'y suis résolu. » (Ibid., p.8.)

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によってベアトリーチェの死んだ日と「九」を結びつけている)。つまりダンテ は九年のサイクルでベアトリーチェと三度出会うのだが、その肉体の死という 我々には重要であると思われる出来事は、この「出会い」に比べると意味をも たないようだ。実のところもしベアトリーチェの存在がダンテにとって永遠であ るとすれば、ベアトリーチェの肉体の死そのものは重要ではないだろう。  短い文の多いこのレシ『死の宣告』のなかには、意味深そうな十語の文を あまり書こうとしないという意志が見られると言えるかもしれない。実際にこの 「十語」が何なのかはわからない。それに対して印象的な九語の文は多い。 十語の文で特に印象深いのは、「もし私を殺してくれなかったら、あなたは人殺し よ」(«Si vous ne me tuez pas, vous êtes un meurtrier.»)1という、Jが医者に言う ダブルバインドのことばだ。しかしこれがこのレシの真実なのかはまったく定 かでない。  『死の宣告』の前半の最後のことばは次のとおりだ。このことばはまるで前 半よりも長い後半が無用なつけたしであるかのような印象を感じさせずには おかない。  私は常軌を逸したことも驚くべきことも何も語らなかった。常軌を逸したこと は私がやめたときにはじまる。しかし私にはもうそれについて語ることができな い。2  1938年に起こった出来事に1940年には首尾よく形を与えられたと言いな がら、そのレシは読者の目に届かず、1948年に実際に書物の形で発表され たこのレシでは、その出来事に形を与えられない。もしかすると読まれるべき だったレシは発表されなかった(そしておそらく存在しなかった)1940年のレ シなのかもしれないという疑念を読者は感じる。おそらく1938年にJは死んだ のだから、その二年後に書かれたレシは、ベアトリーチェの死の二年後に書 かれた Vita nova のようなものだったのかもしれない。ある出来事を語ろうと 言って語らない『死の宣告』につづいて発表されたレシ『本日の与太話』は、 文筆家である語り手が事故に遭い、その事件について語ることを求められる 1 2

Ibid., p.29. « [Je] n'ai rien raconté d'extraordinaire ni même de surprenant. L'extraordinaire commence au

moment où je m'arrête. Mais je ne suis plus maître d'en parler.» (Ibid., p.53) こういった主題はミシェル・ ビュトールがその小説『時間割』によって示した物語の構成と無縁ではないが、ビュトールがゲームとし て示したものとブランショが倫理をもったものとして示そうとしたことにはかなりのちがいがあるといわなけ ればならないだろう。

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が語ることができないという事態を描く。それにつづく『望ましいときに』は、 「語れない」という事実に関して『死の宣告』のような口実をもたない。何らか の出来事を主体的に語ろうとする意志は姿を消す。この意志にかわって現 れるのは、ジュディットを「日のもとにさらす必要性」のなかにある「おぞましい 暴力」だ。「私」が書きたいから書くというよりは、何らかの必要性にひきつけ られて書いているようだ。短縮しようとし、「本質的なものを看過し」ようとしな がらも、本質的なものをはからずもあらわにする暴力性において、女の名前 は短縮されずジュディットという名前をもった女として現れるようにもみえる。 『望ましいときに』の冒頭を引用する。  いっしょに住んでいる女友達がいなかったので、ジュディットが扉を開けた。 私の驚きは度を越していて、いかんともしがたく、まちがいなく前に偶然遭っ たときよりもずっと大きかった。それはこのようなことばで表されるものだった。 「ああ! また顔見知りだ!」1  本の扉を開けると、読者は扉を開けるジュディットに出会うが、それは顔見 知りの人物だ。「私」は「来るなりすぐに事態の連続性を確認することになっ たという困惑」 2 を感じる。それはまた年代順にブランショの小説作品を読む 読者の困惑でもある。『死の宣告』で死んだはずの、名前を明かされなかっ たJが、最初から扉を開け放たれて、ジュディットという名前で登場するように もみえるからだ。  ジュディット(Judith)とはだれか。この名前はどこから来たのか。マーク・C・ テイラーは『オールタリティ』で旧約聖書(外典)のユディト (Judith)記のヒロイ 1

« En l'absence de l'amie qui vivait avec elle, la porte fut ouverte par Judith. Ma surprise fut extrême,

inextricable, beaucoup plus grande, assurément, que si je l'avais rencontrée par hasard. L'étonnement était tel qu'il s'exprimait en moi par ces mots : « Mon Dieu ! encore une figure de connaissance ! » » (Au Moment voulu, p.7.) 2

Ibid., p.8. « [La] gêne d'être venu vérifier sur place la continuité des choses. » この建物の扉と書

物の扉の類似を暗示するレシの冒頭は、エドモン・ジャベスの『問いの書』の冒頭と比較すべきかもし れない。 « - Que se passe-t-il derrière cette porte? - Un livre est en train d'être effeuillé. - Quelle est l'histoire de ce livre? - La prise de conscience d'un cri. » (Edmond Jabès, Le Livre des questions, Gallimard, 1963-1965, collection L'imaginaire, p.18.)

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ンの名前を引き合いに出す 1 。男の首を切るユディトはサロメと混同されたフ ァムファタールとしてときおり表象されるが、同時に解放の象徴でもある。マ ーク・C・テイラーは、ミシェル・レリスの『ものごころがつくころ』 2におけるユデ ィトについての記述を参考にするように言うが、1939年に発表されたこの奇 妙な自伝にブランショは多くのものを負っていると思われる。ユディトはこの 書物のなかで、クラナッハの絵のように、ローマ共和制創設に寄与した貞淑 な女ルクレチアと裏表の関係にある。  ユディトは、アッシリア王ネブカドネツァルが派遣した将軍ホロフェルネスと イスラエル人が戦ったときに、美貌を利用して敵陣に入り、敵将ホロフェルネ スを誘惑し、その天幕のなかで酔わせて首をはねてもちかえった「ユダヤの 女」だ。これは歴史的に正確な物語ではないとされている。このカトリック教 においてしか正典と認められていない書物のなかで、敬虔な寡婦ユディトは、 多くの註釈者を困惑させた曖昧さにもかかわらず、貞節を危険にさらすこと がないと言える。ユディトは外敵に対して勝ち誇る正義の象徴で、占領下に おけるレジスタンスのシンボルだったとされる。この女性が「ユダヤの女」とい う名前をもっているのに、この書物はヘブライ語聖書では正典と認められて いないことにも注意すべきだろうか。カトリック教の正典であるラテン語聖書 (ウルガタ版)を編纂した聖ヒエロニュムス自身が、既にこの書物の正統性を 疑っていたとされる。ルターは特にその歴史的な不正確さのために正統性を 拒絶したようだ。ポールロワイヤル聖書の翻訳者もこのユディトの誘惑の曖 昧さには抵抗を示していたとされる(「皆が去り、上のものも下のものもだれひとり 寝室に残っているものはなかった」第13章4節)。ユディトは実にその歴史的存 在が疑わしい女だ。カトリック聖書のなかでは、パレスチナ文学の傑作とされ るトビト記と、迫害されるユダヤ人を救うもうひとりのユダヤの女を描いたエス テル記にはさまれたこの書物は、その二冊と比べて近代人にとって理解しが たいものをはらんでいると言われる。その理解しがたいものは、ルツ記やエス テル記にはないフェミニスト的なものだとされる。しかもフェミニスムの側から すると、ユディトは社会におけるマージナルな存在ではないから、フェミニス ムの象徴たりえない。聖書のなかでは貞淑を保ったまま狡智によって勝ち誇 る「不自然な」ユディトは、後世では性交の後にホロフェルネスの首をはねた

1

Mark C. Taylor, Altarity (sic), The University of Chicago Press, 1987, p.220; Michel Leiris, L'Âge

d'homme, Gallimard, 1939, collection Folio. 2

この本の題名 L’Âge d’homme は『成熟の年齢』と日本では訳されているようだが、これは「ものごころ

がつくころ」を意味する表現である。この本は子供時代のことを語っている。

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ことにされてしまう。レリスの書物のなかにいるユディトはこの近代的なユディ トのようだ。  他方でルクレチアはセクストゥスに犯された後で貞淑を証明するために自 殺する女だ。セクストゥスはルクレチアを殺すと脅して性的関係を強要するが、 そのときセクストゥスは「ルクレチアが夫を裏切ったから殺したのだ」とひとに 言うつもりだとこの女に言う。よってルクレチアは一夜を強要された後で自ら に死を与える。この悲劇を契機に人民が蜂起し、ローマ共和制が創設される。 後世においては、奇妙な逆転によって、性的関係をもったルクレチアが純潔 を象徴し、それをもたなかったユディトがファムファタールとなる。ルクレチア の話はティトゥス・リウィウスの『ローマ史』のなかで報告されているが、ウェル ギリウスとほぼ同世代のこの歴史家がこの詩人と共にローマ帝国の土台を創 設したという歴史上の偶然は実に信じがたいものだ。さらにそれはイエス生 誕とほぼ同時期だった。伝統的なキリスト教の言によると、ウェルギリウスはイ エスの到来を予言していたらしい。荒唐無稽な時間の顚倒も、権力の言説 においては許される(まさしくこの観点から、反ユダヤ的な言説が権力によっ て検閲される時代に、ブランショがアウシュヴィッツ以後に時間を顚倒するこ とが許されるのかどうかを考えなければならない)。しばしば批判の対象にな る宗教のことは言わないとしても、その文化的価値がほぼ疑われることのな い文学と歴史が、いかなる功罪を抱えているのかについてはよく考えてみな ければならないだろう。  自らを真実として語る歴史は虚構の枠組みをまとったロマンではありえない。 これはオデュッセウスの経験をホメーロスが語るという形で、生き延びたもの によってつくりだされるもののはずだ。この歴史なるレシも、ある意味では現 実を想像的なものの方にひきよせるはずだ。レリスの自伝、すなわち自らの 歴史が奇妙な印象を与えるのは、この想像的なもの、ことばにひきよせられ た現実の側から自伝を語っているからだ。  レリスのこの自伝的作品に、ユディトを想起させる人物として「リズおばさん」 なる女性が登場する。リズおばさんは歌手で、舞台のひとだった。リズおばさ んは「私」(レリス)にとっては舞台のひとでしかなく、私生活については覚え ていない。「私」にユディトを思わせるのはさまざまな役柄を演じている写真 だった。まったく肉体的な生命をもたない、ただ単にユディトのイメージを反 復するだけの存在がリズおばさんだ。リズおばさんの演じたカルメン、サロメ、 エレクトラなどの宿命の女、セイレーンたちを並べた後で「私」は言う。  リズおばさんの役柄を並べて比べてみると、面白い驚きがないわけではな いが、あの美しく善良で穏やかな、ブルジョワ的でちゃんとした女性が、子

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供の私の目にはまるで男を食べてしまう女にしかみえなかったことがわかる 。 1

 レリスにとってユディトとリズおばさんは二重化している。ユディトは観念とし ての女性で、肉体を伴わない。リズおばさんは実在する人間だが、レリスにと って意味をもつのはユディトを想起させる舞台の人間としてのみだ。だから ユディトとリズおばさんは二重のもので、決してそのふたりは一致しない。こ のふたりは同じ肉体によって表象されながら、根本的にちがう人間だ。ユデ ィトは観念化された女性で、レリスにとってユディトは観念だ。生きているリズ おばさんが存在しない女性の観念を着せられている。子供のレリスにとって は、聖人物語のなかに現れた人物が、現実の人間よりも意味をもっていた。 凱旋したユディトはオデュッセウスと同じく「変身」しなかった。  ブランショにとっての事情はどうか。ブランショの小説には観念を表す女性 と肉体をもった女性が現れるように思われる。Jという頭文字をもった女性は、 「私」にとっても観念的な女性であるようだ。たとえば『死の宣告』で死んでゆ くJの肉体についての最も印象的な描写は、脈という普通は目にみえないも のの描写だ。「私」はJに求められて麻薬を注射して死を与える。  二、三分後、脈が不規則になり、一度激しく打ち、とまり、そしてまたゆっく り打ちはじめてふたたびとまり、それを何度か繰り返し、実に早くかすかになり、 「砂のように砕け散った」。2  このように記述されたレシを読者はそのようなものとして読むしかない(ブラ ンショによると、読者は文学作品を読むときただ「そのとおりだ」と言うしかな い)。しかし自分が(おそらく)愛したらしい女性の死に関して、ただ医者のよ うに脈だけを記述するこの「私」は奇妙ではないだろうか。死にかけている女 性の手をとって冷静に脈だけを数えていたのだろうか。確かにこれが文字ど おりの肉体の死というものの記述なのかもしれない。それにしても不思議な 印象は残る(もっとも我々はテレビドラマなどのモニターに映った脈の視覚表 1

« Récapitulant et rapprochant entre eux les rôles de Tante Lise, je constate - non sans un certain

étonnement amusé - que cette belle et bonne fille si paisible, de caractère si bourgeois et si rangé, apparut à mes yeux d'enfant guère autrement que comme une mangeuse d'hommes. » (Leiris, p.100.) 2

« Deux ou trois minutes plus tard, son pouls se dérégla, il frappa un coup violent, s'arrêta, puis se

remit à battre lourdement pour s'arrêter à nouveau, cela plusieurs fois, enfin il devint extrêmement rapide et minuscule, et « s'éparpilla comme du sable ». » (L'Arrêt de mort, p.52.)

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現としての凡庸な「目にみえる死」に慣らされていて、それほど不思議な印象 を抱かないのかもしれない)。  この後で「私」は「もうそれについては語れない」と言って、Jについて書くの をやめ、すぐ後には「この話(cette histoire)をつづけよう」 1 と言いつつ、Jの話 と関係の見出せない話を語りだす。まるで肉体の死は重要ではないかのよう だ。それでも確かにこれはブランショの作品だけにあてはまることではないだ ろう。登場人物の肉体の死が本質的に重要であるような文学作品は存在す るのだろうか。ページの上ではまるで何も重要でないかのような「文学」とは、 根本的に「反道徳的」ではないのか。

永遠の観念 - 死を刻印するもの  Jが死んだ後で語りだされるレシは、ナタリーという女を主人公とする。その 名前が natalité(「出生率」。イエスの「生誕」も思わせる)という単語に似てい ることをひとつの理由として、「ナタリーは生命の勝利ではないか」 2とジャック・ デリダは言う。フランス人デリダによれば、ナタリーということばは「生」を思わ せる。もしナタリーが「生」の側にいるのなら、ナタリーはこのレシの語り手にと って、ベアトリーチェの死後に登場した「慈悲深い女」のようなものであると同 時に、地獄から帰って来たオルフェウスの肉を引き裂く嫉妬した女たちマイ ナデスでもあろう。おそらくナタリーは死にゆくJとちがって、生きた肉体をも つ女性だと思われる(肉体をもたないものには他者の肉体を引き裂くことは できないだろう)。しかしこのレシの後半の結末、すなわちこの小説の最後の ことばはそれを一瞬疑わせる。  私自身は、私より強い観念の不幸な伝達者にも、そのおもちゃにも、犠牲 者にもならなかった。この観念 観念は、たとえ私を打ち負かしたとしても、私によっ 観念 てしか打ち負かさなかったのであり、結局それは私にふさわしく、私はそれを 愛し、それしか愛さなかったからだ。[…]それに向かって私はいつまでも

1 2

Ibid., p.54. « Je continuerai cette histoire. » Derrida, Parages, p.187. « Nathalie, n'est-ce pas le triomphe de la vie? » デリダはシェリーの未完とさ

れる作品 The triumph of Life を引き合いに出す。このデリダの «Survivre»「生き延びる」という文章は 生について(sur vivre)語るブランショの存在について語っているという点できわめて重要なものだ。

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(éternellement)「おいで」(Viens)と言いつづける。するとそれはいつまでも そこにある。1  この文を翻訳するのは難しい。この「観念」は女性化され、ひとりの女性とし て現れているからだ。「それ」ということばではなく、「女」ということばで訳すべ きなのかもしれない。「この女は私にふさわしく、私はこの女を愛し、この女し か愛さなかった。この女に私はいつまでも『おいで』と言いつづける。すると 女はいつまでもそこにいる。」 この一見幸福なことばはオルフェウスのもので はありえなくとも、ダンテのものではありえるだろう。この観念はもしかするとい つまでもつづく永遠の生の死に対する勝利、観念の死体(身体)に対する勝 利であるかに思われる。  しかし正反対の解釈も可能だ。「永遠の生」は果して本当に生なのか。死 体よりも生き延びる観念は、確かにこの観念を頭のなかに保持している「私」 にとってはある種の生でありえるのかもしれない。しかしこの観念は永遠を刻 印することで前もって生けるものに死を与えるのではなかろうか。あるいは死 んだものにもう一度死を与えるのではなかろうか。永遠とは生命のない生命 という嘘であり、破廉恥なものなのかもしれない。この永遠の観念は「私」(書 物のなかにいる「私」は永遠に死なないのだろうか)にとってしか意味をもた ないのだろう。するとこの永遠性のなかに何かよいものがあるのかどうか疑わ なければならなくなる。このレシの後半で「おいで」(Viens)と呼ばれる観念が、 後半では一度も言及されないJに対応するものか、ナタリーに対するものか は一見判然としない。前半で「私」は決してJを tutoyer (「親しげに話す」の 意)しない。後半ではナタリーを一度だけ tutoyer するようだ。ではこの観念 はナタリーに対応するのか。  しかしあるとき、この女が相変わらず死にそうに冷たいのに気づいて、さら に近づいて「おいで」(Viens)と言った。[…]そのとき、私のうちで何かが立 ちあがり、女の方に身を屈めて(je me penchai sur elle)言った。「さあ、恐 がらないで、顔に息をかけてあげる (N'aie pas peur, je vais te souffler sur

1

« Moi-même, je n'ai pas été le messager malheureux d'une pensée plus forte que moi, ni son jouet, ni

sa victime, car cette pensée, si elle m'a vaincu, n'a vaincu que par moi, et finalement elle a toujours été à ma mesure, je l'ai aimée et je n'ai aimé qu'elle, […] à elle, je dis éternellement : «Viens», et éternellement, elle est là. » (L'Arrêt de mort, p.127.)

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le visage.)」しかし私が近づくと、女は実に素早く動いて離れた(私を押しの けたのだったか)。1  ブランショの何もかもが曖昧なレシにおいては、「私」を拒むこの女がナタリ ーだというのもひとつの可能な解釈としてしか提出できないと言わなければ ならないのだが、それでもとりあえずしばらくの間そう仮定して論考をつづけ よう。ここだけがたぶんナタリーに対する tutoiement(「親しげに話すこと」)で、 他のところでは vouvoyer(「距離を保って話す」 tutoyer の反対)している。 おそらくここではナタリーが「おいで」ということばで呼びかけられているのに、 最後に同じことばで呼びかけられる「観念」はJに結びついたものと感じられ る。ナタリーが生きているものであるかぎり、おそらく語り手にはナタリーを観 念化して永遠のものとして呼びよせる必要はない。永遠の観念はむしろレシ の前半において死んだJに関係があるはずだ。だからこそナタリーは「私」が 近づいたときにすぐに離れなければならない。決して自分を tutoyer したこと がない「私」に tutoyer されたとき、ナタリーはそれが自分に対することばでな く、レシの後半においてナタリーが登場する前から「私」と共にいた「観念」に 対する呼びかけだと知っているのかもしれない。そしてナタリーのこの考えは 正しいのだろう。  当然この女のアパルトマンにいっしょに住まなければならなかった。[…] 私があまり話さないのは知られている。しかしときにはあまりに切迫した力によ って、話さなければならなくなり、実に単純な生活の細部をこれほど多くの無 意味なことばに変えなければならないと感じ、私の声はこの女を生かす唯 一の空間となり、この女自身をむりやり沈黙から引き出し、ある種の確かさ、 そうしなければもつことがないだろう物質的な固体性を与えていた。こんなこ とはまったく子供じみたことにみえるかもしれない。それがどうしたというのだ (Qu'importe)。この子供っぽさは、既に失われた幻想を延長し、もはやここ にないものをむりやり存在させるほど強いものだった。この駄弁のなかにはた だひとつのことばの重力、この女に言ったあの「おいで」の記憶があったよう だ。女はやってきて、遠のくことはもう決してできないだろう。2 1

« Mais un moment arriva où, la voyant toujours mortellement froide, je m'approchai encore et je lui

dis : « Viens ». […] Alors, quelque chose en moi se leva, je me penchai sur elle et lui dis : « Maintenant, n'aie pas peur, je vais te souffler sur le visage. » Mais, à mon approche, elle eut le mouvement le plus rapide et s'écarta (ou me repoussa). » (Ibid., pp.111-112.) 2

« Habiter avec elle, dans son appartement, naturellement il le fallait […]. Il est connu que je parle

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実に重要な一節だ。この一節はナタリーに関する記述につづいて何の説 明もなくはじまるのだが、それでもおそらくこのアパルトマンはナタリーのアパ ルトマンではないだろう。たとえそうだとしても、少なくとも「私」が「女」と呼ん でいるものは生きているナタリーではありえない。これは「もはやここにないも の」で、「私の声のなかで生きているもの」だ。Jという名前はレシの後半で一 度も登場しないが、おそらくこの「女」は多かれ少なかれJと結びついた観念 だと考えられる。「私」は「おいで」とナタリーに呼びかけたとき、目の前のナタ リー自身に呼びかけていなかった。そうではなくて永遠に生きつづけている とされる観念にたぶん呼びかけていた。ここにある「子供っぽさ」はオルフェ ウス的な人物の子供っぽさだろう。ルネサンス(再生)に先がけてダンテが創 造した「文学」の「子供っぽさ」だ。  それでも自分が呼びかけられているのでないとナタリーが知るためには、J の存在、少なくとも「私」が観念化して愛している人間(愛されているのは人 間か、観念か)が存在したことを知っていなければならない。果してナタリー はJを知っていたのか。「私」はナタリーの前で一度も(少なくともレシの記述 のなかでは)Jの存在を明かしていない。  このふたりの女の手をめぐるエピソードが重要だ。前半で「私」はJの手の石 膏型を占い師に送る。占い師は「Jは死なないだろう」と占う(奇妙なブラック ユーモア)。しかし占い師は手相については石膏型のできをほめるばかりで、 占星術で占った。ということは当然、手相による占いからは悪い結果が出た と想像される。  手については何も言っていなかった。石膏型の正確さを確認していたはず だ。その型はたぶんまた言及するだろう彫刻家がとったものだった。1 peu. Mais parler, à certaines heures, j'y étais entraîné par une force si pressante, je me sentais tenu à transformer en tant de mots insignifiants les détails de vie les plus simples que ma voix, devenant le seul espace où je la laissais vivre, la forçait elle-même à sortir de son silence et lui donnait une sorte de certitude, de consistance physique qui autrement lui aurait manqué. Tout cela peut paraître enfantin. Qu'importe. Cet enfantillage fut assez puissant pour prolonger une illusion déjà perdue et contraindre à être là ce qui n'était plus là. Il me semble que dans ce bavardage il y avait la gravité d'une seule et unique parole, la réminiscence de ce « Viens » que je lui avais dit, et elle était venue, et s'éloigner, elle ne le pourrait jamais plus. » (Ibid., pp.116-117.) 1

« [D]es mains il ne me disait rien, je crois qu'il contestait l'exactitude du moulage, bien que

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このことばはレシの前半と後半を結ぶ数少ない手がかりのひとつだ。ナタリ ーはレシの最後の方で「私」に言う。  Xに電話して顔と手の石膏型をつくってくれるよう頼んだの。1  ナタリーはデスマスク(死を与えるもの)によってJの存在を知ったのだろう。 「私」はこの彫刻家について「また言及するだろう」と言っていたが、はっきり した言及は現れない。すると、論理的には、このナタリーのことばに現れるX がその彫刻家だったということになる。ともかくブランショのレシの記述はきわ めて曖昧で、全てを推定しなければならないのだが、その推定が十分な根 拠を獲得することは決してありえないと思われる。第一「私」は「たぶんまた言 及するだろう」としか言っていない。  何よりも読者を困惑させるのは、この「私」が語りたい1938年に起きた出来 事が何なのかわからないということだ。それでもこの出来事の証拠はあると言 われていた。「この出来事の『生きた』証拠をもっている。しかしこの証拠は私 がいなければ何も証明できない。私が生きている間はだれにもそれに近づ いてほしくない。私が死んだらそれは謎のうわべをしか見せない。」 2 この「証 拠」がJの手の石膏型とデスマスクだったのかもしれない。前半の「私」はJに ついて手の石膏型の話しかしていなかったのだが、ナタリーのことばから推 測すると、おそらく顔のデスマスクもとっていたのだろう。「私」はつづけてこう 言う。「1940年の暮れに、私の過失によって、この『証拠』の存在にぼんやり勘づ いたひとがいた。この女はこの物語についてほとんど何も知らなかったので、真実 を垣間見もしなかった。ただ何かが棚に隠されていると見抜いた(私はこのときホ テルに住んでいた)。棚を見て、開けようとした。しかしこのとき奇妙な発作を起こし

l'empreinte eût été prise par un sculpteur dont je parlerai peut-être encore. » (Ibid., p.22.) 1

« J'ai téléphoné à X., je lui ai demandé de me faire un moulage de ma tête et de mes mains. » (Ibid.,

p.119.) Xという頭文字は「私」自身に対しても与えられていた。 « X.? Mon pauvre monsieur, il faut faire une croix dessus. », p.78.) 「Xですって? かわいそうに、あの人の上には十字架を建てなければなりま せん。」 Xと十字架をかけるこの一節にも独特のユーモアがある。それでもXはただ「某」を意味するも のだと考えるべきなのだろうか。ここに大きな問題がひそんでいるが、本稿で語る余裕はない。 2

Ibid., p.9. « De ces événements, je garde une preuve « vivante ». Mais cette preuve, sans moi, ne

peut rien trouver, et j'espère que de ma vie personne ne s'en approchera. Moi mort, elle ne représente que l'écorce d'une énigme. »

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た。」 1 この女性はナタリーだったのだろうか。ナタリーは後半にならなけれ ば現れないのだから、おそらくそうではないのだろう。レシの末尾近くに「私」 とナタリーの間のこのような対話がある。  「今日あなたはXのところにいってあれを…さがしたということですか」  「それで?」  「今はあれがあそこにあって、あなたはあれを見つけ、まのあたりにして、私 の永遠にとってもあなたの永遠にとっても永遠に生きているものと向き合った のですね!ええ、知っています、知っています、ずっと知っていました。」2  ホテルの棚のなかにあった証拠と、今はXのところにあるものが同じものな のかどうか読者には決してわからない。わかるように思えることは、どうやらナ タリーがJの真似をしようとしているらしいということだ。ナタリーは顔と手の石 膏型をとることで嫉妬深くJを反復するように読者にみえるが、この反復は決 して、「私」にとって、ナタリーをJと並べることをしないようだ。(嫉妬をひきお こす女のデスマスクのエピソードはどことなくアラゴンの小説『オレリアン』を 思わせる。) 「私がいなければ何も証明できない」証拠は「生きた」ものだ。し かしもしそれがデスマスクだとすれば、むしろ死んだもののはずだ。もしそれ が本当に生きたものなら、「私」がいなくとも自分で身の証をたてられるはず だ。この「私」のことばは疑わしいと考えなければならない。語り手「私」は、自 分のことばに反して、決して謎が明かされるのを望まないようにみえるからだ。

1

« À la fin de 1940, quelqu'un, par ma faute, a eu un très vague pressentiment de cette « preuve ».

Comme elle ne connaissait presque rien de l'histoire, elle n'a même pu en frôler la vérité. Elle a seulement deviné que quelque chose était enfermé dans l'armoire (j'habitai alors l'hôtel) ; cette armoire, elle l'a vue, elle a fait un geste pour l'ouvrir. Mais à cet instant, elle fut prise d'une crise étrange. » (Ibid., p.10.) 2

«- Et qu'aujourd'hui vous avez été chez X. chercher… cette chose ? - Et après ! - Et que maintenant cette chose est là-bas, que vous l'avez dévoilée et, l'ayant vue, vous avez

vu face à face ce qui est vivant pour l'éternité, pour la vôtre et pour la mienne ! Oui, je le sais, je le sais, je l'ai toujours su.» (Ibid., p.125.)

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死が非生産的になるとき  このレシの前半で語られた出来事はJの死とかかわっていた。そこで語られ た出来事で何よりも興味深いのは(決して語られない出来事がさらに読者の 興味をひくという事実を除くと)、「私」が呼びかけると、死んでいたようにみえ た(あるいは実際に死んでいた?)Jが生き返るという箇所だ。  女の方に身を屈め(je me penchai sur elle)、大きな高い声で名前を呼 んだ。するとすぐに、一秒の間もなかったといえるが、息のようなものがまだ 閉じていた口からもれた。1  前に引用した、「死にそうなほどに冷たい」ナタリーに「私」が「おいで」と呼 びかけた箇所(註21)と比較してほしい。 « Je me penchai sur elle » という表 現はそのまま繰り返されている。ナタリーが「私」とJの間に起きたことを知らな かったとしても、そこにいかに不吉なものがあったか、どうしてナタリーが「私」 のことを拒んだのかが理解できるだろう。  この小説のタイトル『死の宣告』は前半における出来事とかかわるようにみ える。Jは医者と妹のルイーズに再三死を宣告される。「私」自身がその同じ 医者に死を宣告されている。  医者は1936年からこの女のことを死んだものとみなしていると言った。実 際私のことをときどきみてくれたこの医者は、私にもある日(un jour)こう言って いた。「あなたは二年前に死んでいたはずだから、残りの人生はみんなおま けですよ。」 医者は私に六箇月の余生(survie)をゆるしたが、それから七年 たっている。2  このレシが語ろうとする出来事をJの死と同定することは決してできない。そ れでもJの死もまた、このレシが語ろうとして語れない出来事と同じく、1938年 1

« Je me penchai sur elle, je l'appelai à haute voix, d'une voix forte, par son prénom ; et aussitôt -

je puis le dire, il n'y eut pas une seconde d'intervalle - une sorte de souffle sortit de sa bouche encore serrée […]. » (Ibid., p.36.) しかし prénom が何かは明らかにされない。 2

« Son médecin m'avait dit d'elle qu'il la tenait pour morte depuis 1936. Il est vrai que ce même

médecin, qui m'a soigné quelque temps, m'a dit aussi un jour : « Comme vous devriez être mort depuis deux ans, tout ce qui vous reste à vivre est en surnombre. » Il venait de m'octroyer six mois de survie et il y a de cela sept ans.» (Ibid., pp.13-14.)

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のことだと推定できる。この医者はJに対しても「私」に対してもまったく同じこ とを言ったと考えられる。なぜなら「出来事」が起きた1938年の時点で、Jは 1936年、すなわち「二年前に死んでいたはず」だったからだ。このレシが書 かれているのは1947年のはずだから、「私」がこの医者にみてもらったのは、 七年前の1940年のことだということになる。「私」は曖昧に「ある日」(un jour)と 言うが、その年はこのように簡単に算出できる。するとJが死んだらしい 1938 年に「私」も「死んでいたはず」だ。そして、強調すべきことだが、この医者が 「私」を診察した1940年は「私」が一度この「出来事」にレシの形を与えた年 だ。1938年の「出来事」の後に「私」は余生を生きはじめている。それでも「私 に対して「死の宣告」をくだしたのは医者ではなく、むしろ「私」自身のはずだ 。 「私」は「死」そのものだからだ。Jは看護婦に言う。  「死を見たことはありますか?」「死んだひとは見ました」「いいえ、死そのも のよ」看護婦はかぶりをふった。「じゃあすぐに見ることになるわ」[…]  そうして看護婦の方をちらりと見て、落ち着いた口調で、「さあ、死を御覧 になって」といい、私のことを指さした。1  この一節は死に神がやってくるといったようなある種の滑稽さを感じさせる (このレシのタイトルは「『死』の停留所」とも訳せるかもしれない)。「死そのも のを見たことがありますか?」という質問がどうして真剣なものでありえるだろ うか。このことばが死を目前にした病人の口から出ているために、このブラッ クユーモアはさらに深いものになる。  Jに「死」と呼ばれる「私」は、Jを一度「死」から呼び戻していくらかの余生を 与えた後で、ふたたび死を与える。それはオルフェウスがエウリュディケーに したことのようだ。Jが「私」を「死」と呼ぶのは、おそらく「私」がJを観念としてと らえているのを知っているからだ。「私」が愛しているのは「観念」であって、J という女性ではない。それを知っているからこそJは「私」のことを「死」と呼ぶ。 「私」が自分のことを「永遠のもの」として愛していることをJは知っているから だ。この「永遠」は生けるものに前もって死を与えてしまう。Jが「私」の注射に よって(ここに何か性的なものを読みとるべきなのだろうか)決定的に死んだ 1

« Avez-vous déjà vu la mort ? -

J'ai vu des gens morts, mademoiselle. - Non, la mort ! »

L'infirmière fit signe que non. « Eh bien, vous la verrez bientôt. » (Ibid., p.30) ; «Elle se tourna, ensuite, légèrement vers l'infirmière et, sur un ton tranquille : «Maintenant, lui dit-elle, voyez donc la mort », et elle me montra du doigt. (Ibid., p.48.)

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後に「私」はこう言う。「私」には死にゆくJが「私」を見つめていたのかどうかも わからない。しかしこれが記憶の誠実な様相なのだろうか。  これ以上書く手段は何もない。この間Jは私のことを同じように優しく許すよ うに見つめつづけていて、それは今もつづいている(ce regard dure encore) と付け加えられるかもしれないが、不幸なことにそれは定かではない。他の ことについては何も言いたくない。医者との話はどうでもよくなった。私自身は この死んでいた若い女が呼びかけると黄泉帰ったことには何の重要性も認 めない。でも自らが望むだけ長い間死を不毛にした(rendre la mort stérile) この女のけなげさ、力強さのうちに、あぜんとするほどに驚くべきものを見る。1  一見感動的なことばのようにもみえる。しかしこれが「死」のことばだというこ とに注意して読まなければならない。蘇生自体は重要ではないが、「死を不 毛にした」Jの力が問題だ。しかし「死」がかつて生産的だったことがあったの か。1945年にパウル・ツェランが「死」を「ドイツの主人」と呼んでいたことを、 おそらく1948年のブランショはまだ知らなかっただろうが(「死の遁走曲」は 1947年にまずルーマニア語訳で発表された)、まるでここには「死」が工場で 生産されたことに関する記憶があるかのようだ。あるいはむしろセリーヌの禁 書『死体の学校』 2のことを考えるべきだろうか。毎日ひとが戦争で死んでゆく なかで、この女は病院で病気で死にかけている。「死」にとっては戦争で人 の命を奪うのと同様、入院した患者の命を奪うのも簡単なことではないだろう か。 しかし「死」はJに自らの仕事を邪魔された。自分が来る前にこの女が死ん でいたことは許されない。Jの妹ルイーズは一度目にJが死にゆくときに、「私」 に電話して危険な状態を知らせていた。「電話を切るとすぐに、看護婦が言う 1

« Je n'ai aucun moyen d'en écrire davantage. Je pourrais ajouter que, pendant ces instants, J. continua

à me regarder avec le même regard affectueux et consentant et que ce regard dure encore, mais ce n'est malheureusement pas sûr. De tout le reste, je ne veux rien dire. Les histoires avec le médecin me sont devenues indifférentes. Moi-même, je ne vois rien d'important dans le fait que cette jeune fille qui était morte, à mon appel revint à la vie, mais je vois un prodige qui me confond dans sa vaillance, dans son énergie qui était assez forte pour rendre la mort stérile aussi longtemps qu'elle le voulut.» (Ibid., pp. 52-53.) 2

厭戦家のセリーヌのこの本の題名 L’École des cadavres は、単にモリエールの『女房学校』(L’École

des femmes)のパロディである。アルノルフに娘さんを預けたら立派な奥さんになるのと同様に、国に子 供を預けたら立派な死体になりますよということ。

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には、脈が砂のように砕け散った。」 1 だから「死」はわざわざJを一度黄泉帰ら せた後で、一度目とまったく同じしかたでふたたび死を与える(先に引用した 箇所[註17]を参照)。「私」はJの脈をとりながら、Jは本当にそんな風にして 死ぬのか確認しただけではないのか。「私」は「死」なのだから、Jが「私」の力 で黄泉帰ったこと自体は驚くべきことではない(先に引用した「二度目の死」 にあたる記述では「砂のように砕け散った」という表現は、だれかの文章から の引用であるかのように、かぎカッコで囲まれていた)。Jが自らの意志で「死 」 である「私」に抵抗できたということが問題だ。「私」にとってはJを黄泉帰らせ ることはまったく重要ではなかった。ただJが死ぬのは自分の目の前の出来 事でなければならなかった。  それでももし「私」がこのような「死」であるとしたら、「私」に愛される人間は 死を宣告されることを免れられないだろう。ナタリーも「私」を前にして死を与 えられないことはないのではないか。「私」はナタリーに対して「私の永遠にと ってもあなたの永遠にとっても永遠に生きているもの」について語った。果た してひとは「永遠に生きているもの」をまのあたりにして生きていられるのか。 そもそも「神」以外に永遠に生きているものは存在するのか。モーセに引き連 れられた民もよく知っていたように、神を見たものは死ぬ。この「永遠に生き ているもの」はダンテを死にひきよせるベアトリーチェのようなものと考えられ るだろう。ダンテにとってベアトリーチェはマリア、イエスらと等しい神聖なもの の表象だ。そしてそれは彼岸の生の希望を与えるものであっても、此岸の生 を断念させる。たとえここで言われているものが「私」にとって「永遠に生きて いる」としても、それがナタリーにとっても「永遠に生きている」のかどうかは (デグリユがマノン・レスコーについて言うことばがマノンにとっても正しいの かどうかが決して判然としないのと同様に)定かでないと言わざるをえない。 「私の永遠」が、既に書物を発表していたレシの語り手「私」、またひとつ永遠 を見つけようとする「私」にとって存在するとしても、ナタリーにとっての「永遠」 を保証するものは何もない。たとえ「私」がこの「永遠」を前にして生きながら 死の世界に閉じこもろうとするとしても、それはナタリーにはかかわりがない のではないのか。だからこそナタリーは死である「私」に「おいで」と呼ばれた ときに、「私」を拒まなければならないはずだ。  果たしてナタリーは死んだのか。このレシの記述のなかでナタリーは死なな い。しかしJと同じようにして手の石膏型をとることで、この女も永遠すなわち 死の方にひきよせられる。おそらくフランス人であると思われるJと「私」は、事 1

« [À] peine le téléphone raccroché, le pouls, dit l'infirmière, s'éparpilla comme du sable. » (Ibid., p.

34.)

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実上は1938年に死んだらしい。スラヴ系の女ナタリーはいつ死ぬのか。読者 を困惑させるのは、このレシの後半には、前半とちがって、日付がないという ことだ。それでも戦争に関する言及があることからすると、1940年代前半のこ とを語っていると考えられる。するとこれは一度「出来事」に形を与えることが できた1940年よりも後のことと考えなければならないのだろう。そうだとすれ ば、論理的には後半で語られるレシはこのレシの語りたい出来事ではないら しいのだから、語り手の関心外のことだと考えなければならないだろう。それ なのにこの後半は前半よりも長い。  「ナタリーは死んだのか」と問うのと同時に、Jは本当に死んだのかとも問う べきなのだろう。ダンテは、ベアトリーチェと呼ばれる女性が死んだ後で、 Vita nova を書きはじめたが、実際にはベアトリーチェが生きていようが死ん でいようが、ダンテの実生活にとってはどうでもよかったはずだ(ダンテが「書 く」ためには、確かにベアトリーチェの死が必要だったのかもしれない。しか しそれではダンテが作品を残すためにはベアトリーチェが若死にしなければ ならなかったのか)。ダンテにとってベアトリーチェはひとつの観念、距離に ほかならず、生きている女性ではなかった。だからこそダンテが欲望をもって ベアトリーチェを見つめても、アブラハムがイサクを殺そうとしても殺人者にな らなかったのと同様に、ダンテにはやましく思う必要がない。この欲望はアプ リオリに色慾と無縁だからだ。「私」にとってのJも、もしかしたらベアトリーチェ と似たような存在でなかったか。Jが実質的に「私」の生活のレベルにおいて ダンテにとってのベアトリーチェのような存在だったかどうかは問題ではない。 問題はいかようにみなすかだ。ダンテはベアトリーチェが18歳のときから実質 的にはこの女を「死んだもの」とみなしていたと言える。『死の宣告』の「私」に とってはどうか。「私」は「死」と呼ばれる。しかしこの「私」は、逮捕されなかっ た連続殺人鬼切り裂きジャックのように、女を次々と殺しているわけではなか ろう。死を与えるのはただ「私」のまなざし、オルフェウス、メドゥーサ、ナルキ ッソスのような視線である。「私」は目の前にいるものを死んだものとみなすだ けだ。もっともこれが「だけ」と言えるような平和なものではないということにブ ランショは気づかせると言えるのかもしれない。ブランショのレシはこの死を 与えるまなざしが、「私」の意図に反して、不毛なものとなる時を目指す。

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第三共和制の死 - ことばをもたない外国人  もし「医者」がJと「私」にまったく同じことを言っていて、それが同じ結果を導 いたとしたら、Jは「私」に死んだものとみなされただけで、本当は1938年には 死なず、その後七年間余生を生きつづけたという可能性が考えられるかもし れない。この計算は1945年という日付にいたる。このような計算はこのレシに 関する寓意的な解釈を誘う。  このレシの前半にはときおりミュンヒェンに関する記述が現れる。ミュンヒェ ン会議は1938年9月29日と30日に開催された。人民戦線政権によって制定 されたばかりの有給休暇を利用したヴァカンスの間フランスはまったくドイツ の動きに対応できず、ドイツがチェコスロヴァキアのズデーテン地方(このドイ ツ語風に聞える地名の表記は正当なのだろうか? 1)を併合することを認める 条約にミュンヒェンで署名した。このレシを寓意的に解釈すると、1938年に実 際にはフランス第三共和制、少なくともある種の共和制の理念は終焉を迎え ていたとブランショは考えたのではないかと推測される。実際に共和国が消 失するのはその二年後、1940年のことで、レジスタンスが編成されることにな る。  1938年のヴァカンスは歴史上大きな意味をもつ。それに対してブランショ は無自覚ではない。「九月からアルカションに滞在していた。私はひとりだっ た。ミュンヒェン問題の時期だった。あのひとがこの上なく重体なのは知って いた。」 2 Jがパリで死にかけているとき、フランス南部大西洋岸のブルジョワ 的なヴァカンス地アルカションに「私」はいた。かような寓意的な解釈が妥当 なのかどうか定かではないが、ブランショ自らが自分の書いたレシ「牧歌」を 執筆の後に生じた出来事アウシュヴィッツと関係づけて解釈しているのだか ら、寓意的解釈は一概に排除すべきものでもないだろう。寓意的には、Jはあ る種の政治的な理念を表すと考えられるのかもしれない。医者は 1936年から Jは死んだものとみなしていると言う。1936年はレオン・ブルムの人民戦線内 閣が成立した年だ。Jはユディトのように「解放」の象徴なのかもしれない。  ではパリの外国人ナタリーは何を示すのか? デリダの言うとおりナタリーは 生き延びたものだろう。そしてJを模倣するものだ。Jと同じように手の石膏型 をとる計画は「もう計画ではない」 3 とナタリーは言う。もう計画ではなくて実行 1 2

チェコ語とポーランド語では Sudety と書くらしい。 « Depuis le mois de septembre, je faisais un séjour à Arcachon. J'y étais seul. C'étaient les jours

troubles de Munich. Je savais qu'elle était aussi malade qu'on peut l'être. » (Ibid., p.11.) 3

« Ce n'est plus un projet, dit-elle timidement. » (Ibid., 123.)

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されたのだろう。ナタリーは自分より生き延びるモニュメントをつくることで自ら に死を刻印するのかもしれない 1 。「私」に結婚を申し込まれるナタリーは 1938年の後、7年間死にながら生きつづけたJの「似姿」だと考えられないだ ろうか。おそらくナタリーは戦争の終決と共に死んだもの、あるいは戦争の終 決まで生き延びたものを意味する。それはレジスタンスではありえない。レジ スタンスは1940年にはじまり占領の終決と共に終わったからだ。そして戦争 でもありえない。戦争は1939年にはじまったからだ。  ナタリーは外国語を話すスラヴ系の女で、「私」との結婚を拒む。ドイツ語、 英語、ロシア語を話すが、国籍はわからない。このレシがミュンヒェン会議に 言及していることを考えると、自らの国の運命をフランス、イギリス、イタリア、 ドイツによって定められたチェコスロヴァキア、および第三帝国とソヴィエト連 邦によって翻弄された東欧各国のことを考えるべきかもしれない。するとこの ひとがミュンヒェン会議で自分を見捨てたフランス人「私」との結婚を拒むの は理解できる。  しかし結局のところナタリーはスラヴ系だということしか読者にはわからない。 もしこのひとはロシア人ではないとすると、通訳としての労働は、全てこのひ とにとっては母語ではない外国語でなされていることになる。パリにおいて、 東欧の人間には「ことばがない」とも言えるのかもしれない。先に言ったように 1950年代までのブランショは「ことばのない」人々にことばを与えようとはしな い。ただことばを語る人間の特権の上に安住した罪深さ、書く手の暴力を明 らかにしようとする。「スラヴ」(slave)という単語が「奴隷」(esclave)の語源だと いうことをブランショは意識していたのだろうか 2 。たとえこの単語の選択が意 識的なものではなかったとしても、まちがいなく「世界大戦」がフランス以上に 中欧と東欧を舞台にしたものだったこと、少なくとも倫理的にはそう考えなけ ればならなかったことは意識していただろう。  たとえ寓意的に解釈しても、Jの死は具体的に第三共和制そのものの死を 意味するものではありえないのかもしれない(それは1940年のことだから)。 何らかの共和制の理念の死を表すものだろう。おそらくこの理念は、ブランシ ョが拒絶するドゴールでなく、ことばのない人々に受け継がれた。この理念は 1

ブランショは、ひとが「あの女」ということばを発語するとき、その後そのものはむしろ女の不在を指し

示すと言う。薔薇がそこにないときでも「薔薇」という語を言いうるということは、この単語が薔薇という具 体的な事物の否定であるということを意味していると考えることができる。単語はある意味では事物のデ スマスクであろう。 2

たとえばもともとは肛門性交者に対する罵りである bougre というフランス語の単語の語源は「ブルガ

リア」である。

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「異邦人」、外から来たものによって表されていたと考えられないだろうか。J の死はある意味で自殺だった(この際Jの求めによって死を与える「私」はイス カリオテのユダとなる)。だから「私」はナタリーがJの真似(l'imitation de J.)を するのを望まないのだろう。大戦終決後、東欧各国は第三共和制のように自 殺を遂げたのだろうか。それはよくわからない。少なくとも東欧各国がソヴィ エト連邦の影響下に次々に共産主義国家になっていったことに対してブラン ショは無関心ではなかっただろう。それでもおそらくスラヴ人ナタリーは具体 的に東欧を意味するのではなくて、共同体のなかにいる「異邦人」の存在を 示すものだと考えた方がよいようにも思われる。この「異邦人」は「私」という 「死」に対して抵抗しえたのかもしれない。あるいはやはりデスマスクをつくる ことで死を刻印されたのかもしれない。それは判然としない。たぶんこのふた つの可能性を維持するべきだ。ナタリーは「いつか死ぬ」ものだとしても、生 き延びたものだと考えるべきなのだろう。それが肉体の真実だ。第三共和制 の問題もこの肉体の真実において考えるべきだろう。ブランショが実際に第 三共和制を支持していたかどうかは問題ではない。原理の問題ではない肉 体の問題が存在する。そしてこの肉体の真実はいかにしても知りようのない ものだ。  自分のことばをもたない「異邦人」の存在がブランショのレシのなかにある。 しかしレシそのものは、オデュッセウスのように特権の上にあぐらをかいた卑 怯で狡猾なものによって語られる。オルフェウスのようにわざわざ死者に二度 目の死を与えるものによって語られる。それはモーセのように神をまのあたり にして生き延びられるひとなのかもしれない。書かれたものは、手の記憶で あり、デスマスクと同じように生けるものに死、彼岸、永遠を刻印するモニュメ ントだ。Jは「私」に書かれることで徹底的に死んだ(1940年?)。「私」はJが自 分の目の前で死なないことを許さない。ジャーナリストは自分の目の前で何 も起こらないことを許さないだろう(おそらくこのレシのなかで「私」の職業はジ ャーナリストだ)。『死の宣告』は以前に告げられた死の宣告に関するレシで はない。このレシそのものが死の宣告になる。このレシがなければJという女 が死んだということはだれにも知られなかった。ということはこのレシがなかっ たらJは(少なくとも二度は)死ななかったということだ。  このページを読むひとは、書いた手を想像しようとしてほしい。この手がみえ るなら、おそらく読むことが真剣な責務となるのかもしれない。1 1

« [Que celui qui lirait ces pages] essaie d'imaginer la main qui les écrit : s'il la voyait, peut-être lire

lui deviendrait-il une tâche sérieuse. » (Madaule, p.87.) 『死の宣告』の現行のエディションにはこの一

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1948年版をしめくくっていたこの書くものの自己弁護のことばは、1971年の 再版で削除された。読むことはともかく、「書く手」は決して「真剣」なものたり えないことに、後のブランショは(おそらくすぐに)気づいたのだろう。  ブランショのレシの曖昧さはさまざまな解釈の可能性を呼び起こす。寓意 的な解釈は読者をひきつけるひとつの解釈だ。しかしさらに語り手のオルフ ェウス的なものに注目すると、ナタリーは「私」に死を与えられながらも生きつ づけた、「似姿」ではない、J「そのひと」でしかないとも考えられないか。たと えエウリュディケーを首尾よく冥界から連れ戻せたとしても、オルフェウスは 黄泉帰ったエウリュディケーのことをもはや決してエウリュディケーだとは思 わなかっただろう。『望ましいときに』の末尾で、百歳を過ぎてようやく授かっ た息子イサクを、神の命令に従って犠牲に捧げようとしてモリヤの地の山に 登ったアブラハムが(創世記22章)、この「犠牲」の後にはイサクのうちに雄羊 をしか見なかったという「耐えられない話」が語られている。アブラハムの目か らすると、イサクを犠牲に捧げようとしたときにイサクは死んでしまった。すると ナタリーは「私」にふたたび死を与えられながらも生きつづけたJだという可能 性はないか。自分が生命をもつ存在であることを認められずただの観念だと 考えられてしまったJの「私」に対して抵抗する部分なのではないか。だからこ そこれは「私」によっては決してとらえられない「異邦人」なのではないか。  もし「注射」が性交を意味していたとしたら、このレシの後半の「私」はコンス タンのアドルフのようなつまらない人間を示すという可能性はないだろうか。 このレシが決して語らない驚くべき出来事は、Jの「肉体」がナタリーに変身す ることで、「私」に愛されるべきJという「名前」、触れられないものであるべきだ ったJが「観念」になってしまうことではないのか。Jが「観念」になってしまった 後では、この女の肉体は別の名前をまとうしかないのではないか(スラヴ系の ナタリーは肉体的にロシア系のヴォルマール夫人になってしまったジュリー ではないのか)。だからこそ「もはや存在しない」Jの名前はレシの後半では 一度も語られないのではないか。もしJがユディトのような女性(ジャンヌ・ダル クのような女性でもさほど事情は変わらないだろう)だとしたら、性交の後には、 あるいはその前に、「私」を殺してくれなければなかったはずだ。性交の後で も「私」を殺さないJには、もはや「私」からするとこの頭文字をもつ権利がない のではないか。  しかしこのように考えた場合は、ナタリーがJを模倣することに意味がなくな ってしまうかもしれない。そもそもJがルイーズという妹をもち、ナタリーがクリス 節が欠けているので、マドールの引用を転写した。

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チアナという娘をもつという具体的な事実がこの解釈を拒絶するだろう。それ でもこのレシの前半と後半が、ただひとりの女性を「モデル」としてつくりださ れた、切り離された二篇の「フィクション」だという可能性は残る。ブランショは 、 サドの長大な小説『新しきジュスチーヌ、美徳が呼び寄せる不幸の数々、お よびその姉ジュリエットの話』の前半のヒロイン、ジュスチーヌと、後半のヒロイ ン、ジュリエットが実は同一人物だと言っていた。デリダは、『死の宣告』の前 半と後半の「私」が同一人物であるのかどうかは疑わしいこと、すなわち前半 と後半の連続性を保証するものは何もないこと、しかも後半が前半よりも後に 起こった出来事について書いているということを保証するものも何もないこと を強調している。いかなる解釈も正当性をもったものとして提出できない。だ からこそこのレシの「謎」を前にした読者は、この時期(1938年)に何が起きた のかを調べなければならない。おそらくそれがブランショが読者に要求して いることだ。さまざまな解釈の可能性を提出することが肝要だろう。特にこの 「語りに抵抗する外国人」という解釈の可能性を、これから筆者が試みる『望 ましいときに』の分析の間、忘れないでいただきたい。  このレシのなかに現れていた「観念」は、まずJと結びついたものだと思われ、 事実ナタリーよりはJに関係のあるものだろうが、Jもナタリーも女性であって観 念ではないとすれば(もっともそれは言語によって構成されたレシではない 現実のレベルでは当然のことなのだが)、この観念はふたりのどちらでもない ものを指し示すだろう。たぶんこの「観念」は「私」、J、ナタリーにつづく第四 の登場人物だ。現実を想像的なものに変えてゆく「私」の「書く手」は、レシの 末尾において、「私が愛していたのはこの女でもなければあの女でもなかっ た」ということを実に皮肉なしかたで確認しているように思える。「私」はこのふ たりの女性を否定した「観念なる女」と蜜月を生きるよりほかない。(女嫌いで はないオルフェウスは存在しうるのか。ブランショのレシの語り手「私」におけ る、ヴィリエ・ド・リラダンのような「女嫌い」(misogynie)の問題をかんがえる必 要はないのか。ブランショは『口に出せない共同体』(1983)のなかで、ふたり だけの恋人の共同体さえ不可能なものだと語っていないか。)  『望ましいときに』においては、ふたりの女性と手をとりあう(あるいはむしろ 手をとりあわない?)「書く手」は一見ページの上に現れない。生けるものに 死を刻印しながらその記憶を引き延ばす肖像画や写真のように、書く手の記 憶を保持する手をかたどった石膏型は登場しない。いったいブランショは奇 妙なレシの試み、観念との蜜月をいかにして深化させてゆくのか。

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第三章 犯された処女、その現行犯の記録

 歌よ、私のペンはついにこの 女 との長 い甘美な対話に疲れたように感じる。で も私の観念は私自身と話しても疲れるこ とがない。 ペトラルカ『カンツォニエーレ』

レシの語りの欲望の対象  二部に分割された『死の宣告』を結びつけ、一篇のレシとしていたかにみえ るのは、Jとナタリーの石膏型のエピソードの類似だった。『望ましいときに』で は巻頭早々あるひとつの類似について語られる。これはジュディットと呼ば れる女性の、過去との類似だ。  「ああ!また顔見知りのひとだ!」  時間は過ぎていたが、それでも乗り越えられていなかった。  この女は驚くほどほとんど変わっていなかった。  完全に同じで、顔つき、雰囲気だけでなく、年齢も同じだった。奇妙にそっ くりにする若さがあった(Elle était parfaitement la même, non seulement fidèle à ses traits, à son air, mais à son âge : d'une jeunesse qui la rendait étrangement ressemblante)。1  若さは『死の宣告』のJにとっても特徴的だった。Jはまた「若さ」 (jeunesse)の 頭文字でもあったかのもしれない。「私」が一定の時をおいた後で再会するJ もジュディットも、まるで過去に閉じこめられているかのように奇妙に若い。J に関する最初の記述は次のとおりだった。 1

« Mon Dieu ! encore une figure de connaissance! » ; « Le temps avait passé, et pourtant il n'était pas

passé […] » ; « Je la trouvai étonnamment peu changée. » ; « [Elle] était parfaitement la même, non seulement fidèle à ses traits, à son air, mais à son âge : d'une jeunesse qui la rendait étrangement ressemblante. » (Au Moment voulu, pp.7-9.)

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この女は私より何か月か生まれが早かったが、ほぼ病気の影響しない実 に若々しい顔だった。確かに化粧はしていた。でも、化粧していないと、さら に若くみえ、そのときはひどく若く、病気の主な影響は十代のような顔つきを 与えることだった。1 『死の宣告』、『望ましいときに』はともに驚くほどに昔と変わらない、昔と類 似した女の若さの記述からはじまる。しかし「年齢も同じだった」と言う『望まし いときに』の巻頭二ページ目の記述は、現実の世界との関連が感じとられた 『死の宣告』とは別種の特異なレシの空間に読者が入り込んだことを知らせ る。まるでこの語り手はタイムスリップしたかのようだ。あるいは夢を見ている のか。さらにジュディットを「奇妙にそっくりにする若さ」という記述に類似の対 象が抜け落ちているのが気づかれる。ジュディットはだれとそっくりなのか。 ジュディット自身とそっくりなのだ(少なくとも「私」から見れば)。この類似は語 り手を驚かせ、読者を疑わしい気持ちにする。「忠実な」fidèle という単語に 注目 する と、 こ の 文 の主 語 elle は 「 ジュ デ ィッ ト」 を意 味 する の で な くて 、 figure すなわちここに現れた「姿」だとも考えられる。この figure はよくできた 肖像画のように、あるいはデスマスクのように、昔のジュディットの姿を写しと っているのではないか。  女から目を離さずひとりごとを言っていた。「だから驚いたんだ。」2  巻頭で扉を開ける「私」は驚いた。このレシは哲学(知ることを愛すること) のように驚きからはじまる。「私」のジュディットについての記憶はレシが語る 過去以前の過去と結びついている。一方でこのレシのもうひとりの中心人物 クローディアをレシの語り手「私」は知らなかった。それなのに「私」は知って いるひとに対して驚き、知らないひととの出会いには驚かない。過去につい ては全てを知っているような「私」は、知識を改めて獲得することには興味が ないかのようだ。 1

« Bien que de quelques mois mon aînée, elle avait un visage très jeune que la maladie avait à peine

touché. Il est vrai qu'elle se maquillait. Mais, non maquillée, elle paraissait encore plus jeune, elle l'était alors exagérément, de sorte que le principal effet de la maladie était de lui donner les traits d'une adolescente. » (L'Arrêt de mort, pp.11-12.) 2

« Je ne cessais de la regarder, je me disais : Voilà donc d'où venait mon étonnement. » (Au Moment

voulu, p.9.)

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ジュディットはこのとき部屋にあると思ってもみなかったピアノのそばにいた。 なぜピアノがあるんだ。「ピアノを弾くんですか」女はいいえというそぶりをした。 かなり時間がたってから、急に熱くなって責めるように言った。「クローディア が弾くのよ!歌手なんだから!」奇妙に自然な生気に満ちた目つきで、な ぜか横目に見つめるのだった。このまなざしはなぜか心につきささった。 「ク ローディアってだれ?」 答えはなくて、私は改めて驚いたが、今回はまるで 不幸に襲われたかのようで、この女のものであり、この女をこれほど絶対的 に若くしている類似の雰囲気によって、不安になるほどの驚きを感じた。1  ここでの記述はまるで舞台演出家あるいは映画監督が「おい、いったいだ れがピアノを置いたんだ?」と言っているようにもみえる。あるいはむしろ、本 当は全てが自分の書いたとおりであってほしいが、それを口に出せない臆 病な脚本家が、心のなかで抗議しているようだと言った方が適切だろうか (un piano que je n'avais jamais imaginé dans cette pièce)。脚本になかった舞台 装置をだれかが勝手に舞台に運び込んでしまった。もしかしたら演出家がジ ュディットはピアノを弾くという設定にしたのかもしれない、と脚本家は思う。  ピアノを運びこんだのはクローディアだ。たぶんクローディアは、脚本家の ような「私」よりこの舞台を強く支配している。無論登場人物であるクローディ アは演出家ではありえないが、それでも「私」の主体的な語りをねじまげる力 をもつ(歌姫であるクローディアは映画『オープニング・ナイト』のジーナ・ロー ランズのような脚本家の言うことを聞かない女優なのか)。この女は「私」が思 ったとおりにレシの流れを進めるのを妨げることになる。そして「私」の「クロー ディアとはだれか」という問いにジュディットは答えない。ジュディットは自分よ り強いものであるのかもしれない存在をわざと知らないふりをする「私」が、ク ローディアのことを本当は知っていると、理由をもって推定しているのかもし れない。しかし「私」は答えがないことにまったく関心を払わないかのようで、 この記述の後で昔とそっくりのジュディットに改めて驚いてみせる。ジュディッ 1

« [Judith] était à ce moment à côté d'un piano que je n'avais jamais imaginé dans cette pièce.

Pourquoi ce piano ? « C'est vous qui jouez du piano? » Elle fit signe que non. Assez longtemps après, avec une animation brusque et sur un ton de reproche, elle me dit : « Mais c'est Claudia qui en joue ! Elle chante ! » Elle me regardait d'une manière étrange, spontanée, vive et cependant de côté. Ce regard, je ne sais pourquoi, me porta un coup au cœur. « Qui est Claudia ? » Elle ne répondit rien, et à nouveau je fus frappé, mais cette fois, comme d'un malheur, frappé jusqu'à l'anxiété par cet air de ressemblance qui était le sien et qui la rendait si absolument jeune.» (Ibid., pp.9-10.)

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トが口にしたばかりのクローディアという名前はすぐに忘れ去られたかのよう だ。クローディアに対する無関心の雰囲気はクローディア自身が登場したと きにも引き継がれる。  クローディアはすぐ後に帰って来た。このひとのことは知らなかった。  このことばは、実に奇妙なことだが、「私」とクローディアの間の対話で埋め つくされたレシの末尾近くで、まるで百ページ以上の間何も起きなかったか のように(実のところ「私」がジュディットに会うのをクローディアが妨げている ようだということ以外読者には何が起きているのかよくわからないのだが)、ふ たたび平然と(しているかのように)繰り返される。  そう、女はすぐ後に帰って来たが、このひとのことは知らなかった。1  クローディアはすぐ後に帰って来た。しかし本当に「私」はクローディアの存 在を知らなかったのか。実のところクローディアの存在は既に冒頭で示され ていた。  いっしょに住んでいる女友達がいなかったので、ジュディットが扉を開けた。  ここにレシの語りの困難が現れる。「私」はクローディアを過去において知ら なかったというが、レシを語る時点では「不在だとわかっているもの」として語 るよりほかない。ロマンのもつ虚構性から逃れ、出来事を事実として語ろうと するレシにおいては、このように時間が歪められる。過去において「知らなか ったという事実」を、それを知ってしまった現在において真実として語るのは ほぼ不可能だ。  この『望ましいときに』なるレシはいかなる出来事を物語ろうとするのか。実 のところこのレシのなかでは、『死の宣告』のような読者にとって驚くべき出来 事(女の蘇生)は起こらないように思われる。もしこの「出来事」が未知の女性 との出会いをこととするなら、ジュディットは既に出会っていた女性で、ジュデ ィットに対して支配的な存在であるらしい未知の女性クローディアこそがレシ のなかで出会われるべき女性だと考えなければならない。しかしこのレシの 1

« Claudia revint peu après. Je ne la connaissais pas.» » (Ibid., p.25) ; « Oui, elle revint peu après et je

ne la connaissais pas. » (Ibid., p.136) さらに同所の前後。 « Claudia revint un peu après moi. […] [Je] ne la connaissais pas. » ; « Claudia revint un peu après moi. » (Ibid., pp.136-7.)

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冒頭で「私」が知らなかった女性クローディアは、末尾においてもやはり知ら なかったと再確認されるのみだ。このレシで「私」はジュディットについてむし ろ語りたくない、読者の耳に何も届いてほしくないと言う。クローディアが登場 して以来、ジュディットに関する記述はほとんどなくなる。しかし実際には語り の欲望はジュディットの方に向いているようだと感じられる。よってこのレシに 関してふたつのレシの存在を想定できるだろう。書きたいのに書かれなかっ たジュディットに関するレシと、書きたくもないのにクローディアについて書い てしまった(あるいは予期せぬクローディアの存在のせいでむりやり書きかえ られた)『望ましいときに』というこのレシそのものだ。  『望ましいときに』の登場人物は名前のない男の語り手「私」と、ふたりの女 性ジュディット、クローディアだ。このふたりの女性はいっしょに住んでいて、 「私」は闖入者として現れる。クローディアは歌手だったが、今は引退してい る(ただしレコードを録音したいようだ) 1 。「私」とジュディットがいかなる職業 についているのかはわからない。なぜ「私」はジュディットとクローディアの住 む家にやってきたのかも説明されない。このレシに記述されている過去の時 間と、「私」が以前にジュディットを知っていた過去の時間の間にどれほどの 懸隔があるのかもわからない。  だいたいなぜこの女が変わらなければならなかったというのか。あれはそ れほどむかしではなく、これもまたさほど大きな不幸でありえなかった。2  「私」がジュディットを知っていた時代については、その時代とまったく変わ っていないことを除くと何も言及されない。というよりむしろ、この類似はレシ の記述の時間に確認されるのだから、「私」がジュディットを知っていた時代 については何も語られていないというべきだろう。「私」とジュディットはいかな る関係にあるのかも定かでない。『死の宣告』でも「私」とJとの関係はほとんど 明らかでなかった。 1

« [Elle] regrettait peut-être le théâtre, à première vue c'était une retraite déraisonnable, mais était-ce

une retraite ? elle avait fait allusion à des séances de disques, peut-être répétait-elle en ce moment ; oui, elle devait travailler […]. » (Ibid., pp.69-70.) (訳)「クローディアはたぶん舞台を惜しんでいたの だろう。一見したところでは、引退したのはばかげたことのようだった。でも本当に引退していたのだろう か。クローディアはレコーディングのリハーサルのことをほのめかしていた。そう、クローディアは働かな ければならなかったのだ。」 2

« Après tout, pourquoi aurait-elle dû changer ? autrefois n'était pas si loin, cela ne pouvait pas être

non plus un si grand malheur. » (Ibid., p.10.)

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いったい「私」はエウリュディケーのようなジュディットに呼ばれてこの家に 来たのか。それとも歌手クローディアがセイレーンのように歌って「私」をひき つけたのか。「私」はどこから来たのか。『死の宣告』においてはそういった事 情が語られていたが、『望ましいときに』ではまったく何も明らかにされない。 むかし「私」がジュディットを知っていたことについても最低限のことすら、「知 っていた」ということ以外何も語られない。このレシの記述のほとんどは、「私」 とクローディアが共に過ごす時間で占められる。それはまるで語り手の意に 反したことであるかのようだ。本当は語り手の語りの欲望の対象であるらしい ジュディットとはだれなのかと読者は自問することになる。

ジュディットの曖昧な存在  ふたりの女性ジュディットとクローディアはいかなる関係にあるのか。クロー ディアに比して圧倒的に記述の少ないジュディットは実に曖昧な存在だ。ク ローディアが「すぐ後に」この家に帰って来ると、しばらくの間ジュディットは 舞台から姿を消す。クローディアのことばはときとしてジュディットの存在その ものについて疑問を抱かせる。クローディアは「私」に言う。  「あなたはここにいる。ここにいるのよ!」 女はとげとげしくも陽気に付け加 えた。「正直に言ってこう考えたらあなたのためになるのかしら。つまり…」 女 はためらい、苦しそうにひきつるのがみえた。私は叫んだようだ。「その先は言 っちゃだめだ!」 でも女はしっかりした口調で言い終えた。「つまりあなたがこ こにいるのは私のためだけなの。」1  このことばの直前に、過去の空間への闖入者である「私」はクローディアに 「あなたの友達に会いに来た」と言い 2、「私」が「ここにいる」ことをひとつの事 1

« [Vous] êtes là, vous êtes là ! ajouta-t-elle avec une farouche gaîté. Franchement, croyez-vous que

cela vous avance, si… Elle hésita, je vis passer sur elle une crispation douloureuse. Il me semble que je lui criai : « N'allez pas plus loin ! » Mais elle acheva d'un ton ferme : si vous n'êtes là que pour moi.» (Ibid., pp.42-43.) 2

« Mais, aussitôt que je lui eus dit, d'ailleurs posément : « Je viens voir votre amie » comme si elle

avait pu tout supporter, sauf que la vérité eût une voix, elle tressait et cessa d'être un bloc inattaquable. « Mon amie ! » Nulle ironie, il me semble, dans sa voix. […] Mais elle se dégagea promptement et elle me jeta, à demi-voix : « Judith! » » (Ibid., pp.34-35.) (訳)「でも『あなたの友達に会いに来たのですよ』と

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件として語っていた。「私」はクローディアがこの場における自分の存在を拒 絶すると予想していたようだ。しかしクローディアは「私」の存在を認め、逆に ジュディットの存在を疑問に付しているようだ。そして「私」の「言っちゃだめ だ」という叫びは、まるで「私」自身が実はジュディットは不在だということに気 づいていることを意味するかのようだ。  「私たちはふたりだけだと言わせたいんですか?」  「そうね、だいたいそんなところね!」 女は同じように激しく繰り返した。「もち ろん現実にそうだというわけじゃないわよ。」1  レシの舞台であるこの建物には「私」とクローディアのふたりしかいないのか もしれない。しかし部屋に閉じこもってこのレシを現在の時点で書いている 「私」はさらに孤独だ。ジュディットばかりでなく、クローディアの現実の存在も また、このレシを書いているひとと比べると、曖昧なものなのかもしれない。フ ィクションの登場人物クローディアにとっては「私たちがここにいる」ことすら 「もちろん現実ではない」。  私たちはふたりだけだと言ったわね。でもあなたは私よりひとりぼっちじゃない の!2  このことばをクローディアは「私」に投げつける。ここにはブランショのレシ以 外にはほとんど見られないだろう荒唐無稽な現象がある。レシの登場人物が、 部屋に閉じこもってレシを書いている人間と思われるものに対してことばを投 げかけるのだ。このとき、書いている「私」は、自分は実際には現実の人間を 私が言うと、それも落ち着いて言ったのだが、真実が声をもつということ以外はすべてが耐えられるかのように、 すぐさま女は身を震わせて、攻撃できない塊であることをやめた。『私の友達ですって!』 その声のなかにまっ たく皮肉はなかったように思われる。[…] でも女はすばやく身をほどき、小声で私にことばを投げつけた。『ジュ ディットのことを言っているのね!』」 1

« - Nous sommes seuls : c'est cela que vous voulez me faire dire? - Et bien, plus ou moins! reprit-elle avec la même vivacité. Pas réellement, bien sûr. » (Ibid., p.

44.) 「私」の 言葉は « si vous n'êtes là que pour moi » と いう言 葉に対 する返答 なのだか ら、 « Nous sommes seuls » という言葉は「私」とクローディアが「ふたりだけ」だということを意味するととらえるべきだ ろう。 2

« Vous l'avez dit : nous sommes seuls, mais vous êtes plus seul que moi ! » (Ibid., p.47.)

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前にしていなくて、人間から生じた、人間に類似した「観念」、記憶の墓石の ようなデスマスクをことばでもてあそんでいることに気づかざるをえない。ここ、 白い紙を置いた机の前には、書いている「私」しかいない。書いている「私」 はクローディアと会話していたと思っていたが、本当はここには「私」しかいな いとクローディアそのひとが教える。この想像上の人物クローディアが語り手 の「真実」を暴露することばは、必然的に(おそらく書き手が書いている部屋 には他にだれもいないのだから)人間ではなく「観念」の方に目を向けさせる 。 このとき部屋の扉が開く。  それぞれにとって、このときこのような沈黙のなかで動きだして扉を開けたも のは、まさにある ある観念 ある 観念というひどいものでしかなかった。たぶんこの観念はふ 観念 たりにとってまったくちがったが、少なくともふたりともこのときこの観念を耐えら れず、この観念を耐えるにあたいしない点で同じだった。1  『死の宣告』の後半で、既に観念が物理的な延長をもっているとも思われる 第四の登場人物のようなものとして現れていた。その観念はおそらくJと結び ついたものとして想定できた。『望ましいときに』の冒頭で、ジュディットと出会 った「私」は、水を求めて台所に向かうが、台所にはゆかずにおそらくジュデ ィットのものであろう寝室に入りこみ、たぶんそこで女性の人称代名詞で示さ れる女を見ていた。この部分の記述はきわめて曖昧なものだが、きっとこの 「女」は「ジュディットでもクローディアでもないもの」で、『死の宣告』の後半の 「私」がアパルトマンを共有した「観念」と同じようなものだろう。ペトラルカのラ ウラがしばしば名前のない「女」として記述されていることに対する文学の記 憶をここに見ることも可能ではないだろうか。「私」が「女」を見た直後にクロー ディアが現れて「私」を寝室から引き戻し、「私」がジュディットとふたりきりで 会わないように監視をはじめる。よってジュディットもまたJのように「観念」と結 びついたものだろう。「私」にはレシの末尾にいたるまでふたたびこの寝室に 入ることができない。  「私にとってもあなたにとっても永遠に生きているもの」という『死の宣告』の 表現と、ここにおける「私」とクローディアの「観念」に対する態度には共通す るものがある。よって『死の宣告』と同様に、この「私」の主観的な語りがクロー 1

« [P]our l'un et pour l'autre, en ce moment, ce qui se mettait à bouger, à ouvrir la porte dans un tel

silence, n'était rien de moins terrible qu'une pensée, et sans doute était-elle pour tous les deux bien différente, mais nous avions en cet instant au moins cela de commun que ni l'un ni l'autre nous n'étions capables ni dignes de la supporter.» (Ibid., pp.48-49.)

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ディアにとっても同じ意味をもつのかどうか疑わなければならない。たとえ 「私」にとってこの「観念」が重要だとしても、クローディアにとっても同様なの かどうかはわからない(「私」自身が「ふたりにとってまったくちがった」と言う)。 『死の宣告』の「観念」は「私」にふさわしいものだったが、ここでは「私」を越 えたものであることにも注意しなければならない。よってこの観念は、『死の 宣告』の観念のようにお望みのときに自由に召喚できるものではないらしい。 逆にこの観念は不意をうって部屋に入ってくる(もっとも実際に部屋に入って 来たのか、それともただ扉を開けただけなのかは判然としない)。『望ましいと きに』の舞台の家のなかでこのとき扉を開けられるのは、おそらくクローディ アが「私」に会うことを禁じているジュディットだけだろう。するとジュディットと は観念の名前なのか。しかし「私」はレシの末尾近くでこう語る。  私はジュディットと呼んだこの女性と出会った。この女は私と友人や敵の関 係で結びついていたのではなく、それは幸福や悲嘆でもなかった。肉体を 離れた瞬間ではなく、生きていた。1  結末近くでこう言われるからには、ジュディットは形のないひとつの瞬間だ 観念にほかならないとは考えられないのだろう。しかし「私」とクローディアと ジュディットしか実際にはいるはずのないこのレシの空間で扉を開けられるも のはジュディットしかいなかったと読者は考えたい。そして事実「観念」が扉 を開けた後に、クローディアが「すぐ後に」帰ってきて以来しばらく姿を消して いたジュディットが、その存在はきわめて曖昧なものにとどまるとしても、レシ の舞台に再登場するのだ。寝室にひそむ「観念」そのものであろう無名の 「女」との出会いの直後にクローディアが現れ、この「観念」にひきつづいて ジュディットが再登場する。この「観念」はおそらくここにおいてきわめて支配 的な存在だ。  無視してはならないことは、語り手がレシの末尾で「ジュディットは肉体を離 れた瞬間ではなかった」と断らなければならないという事実だ。つまりジュデ ィットが「瞬間」だと考えさせるような記述がこのレシのなかにあったということ だろう。このレシのなかでジュディットと「瞬間」が結びつく記述のひとつは、 ジュディットが 4escio vos 「あなたたちがだれかわからない」というラテン語の ことばを、「観念」が住んでいるらしいジュディットの寝室にやってきた「私」と クローディアに対して叫ぶ、レシの末尾近くの場面だ。このレシのなかでクロ 1

« Je rencontrai cette femme que j'ai appelée Judith : elle n'était pas liée à moi par un rapport d'amie

ou d'ennemie, bonheur ou détresse ; elle n'était pas un instant désincarné, elle vivait.» (Ibid., p.147.)

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ーディアはときどきジュディットの寝室にいったようだが、「私」がここに入り込 むことができるのは、冒頭とこの 4escio vos の場面だけだ。しかし全てが曖 昧なこのレシのなかで、この場面の記述はひときわ曖昧だ。まず「ジュディッ トは驚くほど素早く立ち上がり、ふたつのことばを叫び、そしてベッドの上に 崩れ落ちた」 1 とだけ書かれる。その「ふたつのことば」がどういうことばだった のか、このときはまだ読者にわからない。それが 4escio vos なることばだった と明かされるのは五ページ後だ。このことばが 4escio vos だったと読者にわ かる前に、語り手はこの「恐ろしい場面」について語る。  この場面は忘れられない瞬間ではなく、神聖なものにされることをのぞんで はいなかった。2  ジュディットは「肉体を離れた瞬間ではなく、生きていた」。この記述には 「確かにジュディットは存在した」と語り手自ら確認しなければならないかのよ うな悲痛さがある。そもそも驚くべきことに、冒頭の場面を除くと「私」とジュデ ィットの会話はない。しかも「私」はこのレシで決してだれも tutoyer (親しげ に話す)しない。それに対してこの「場面」そのものは「謎めいた tutoiement (親しげに話すこと)の親密さ」 3 のなかに あったとされる。すなわちある過去 の時間に生きていたと思われる女性は常に語り手との間に越えられない距 離をもったものとして語られなければならず、レシの「出来事」だけが語り手 に近い。これは『死の宣告』において「私」が「観念」だけを tutoyer できたよう に思われるのと同じ現象だ。それでもこの「場面」は「神聖なものにされる」こ とを望まない(ことばで構築されたレシのなかでは、「場面」が意志をもってい るようだ)。だからこそその記述はきわめて曖昧だ。  きっとこれはふたたび生きられるものではなく、崩れ落ちる瞬間、生命の恐 るべき変質は、とらえられない、記憶に加えられた打撃だった。その後は?

1

Ibid., p.132. « Judith, avec une vivacité prodigieuse, se dressa, hurla deux mots, - puis s'effondra

sur le lit. » 2

« Elle [cette scène] n'était pas un moment inoubliable, elle ne désirait pas être sanctifiée. » (Ibid., p.

134.) 3

Ibid. « [Nous] nous tenions l'un en face de l'autre, non pas à distance, mais dans l'intimité d'un

tutoiement mystérieux, car elle [la scène] était toi pour moi, et j'étais moi pour elle. »

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その後は混沌だ。でも最後の瞬間は他の瞬間をかぎりなく凌駕していたと主 張しよう。1  この「場面」をもう一度生きることができないのなら、レシの語りの時間のな かで、生きられたものとしてこの場面について語ることは不可能だ。しかも生 命はとりかえしのつかぬ変質を被っている。生命という秩序、身体は解体し はじめ、生命も光と影もなかった原初の混沌に、語り手は引き戻されようとす る。しかしここまで書かれてきたレシの空間を無に帰すことは、「私」にはでき ない。かつてはじまったレシの時間に「最後の瞬間」を与えようとする(もっと も「私」はこのレシのなかで既に何度か「最後の瞬間」を与えようとしていた)。  語り手「私」が何らかの出来事を経験したようだ。しかしその出来事は記憶 に打撃を与えた。もし正直に語るなら、「はっきり覚えていないから語ることが できない」と言わなければならないのだろう。しかしひとは記憶に打撃を与え るほど恐ろしい出来事を語る権利をもたないのか。この記憶の欠如、変質し てしまった相において語ることは許されないのか。そもそもだれかが何かを 語ろうとするときに、だれがこのような「権利」や「許可」を与えたり禁じたりす るというのか。ここにあるのは、サドの言語活動の問題と同様に、「表現の自 由」などという陳腐なブルジョワ的な概念の手前にあり彼方にもある、きわめ て単純にして本質的な言語活動そのものの問題だ。自由にも権利にも関係 なく、語る必要を感じるひとはただ「語ってしまう」のだ。問題になるのは、自 分のことばを正当なもの、他人を説得する力のあるものとして語るか、それと も言語の無力を逆説的にあばく無根拠なことばとして語るかということでしか ない。言説を複数化させるサドに多くを学んだブランショは、後者の選択肢 を選ぶだろう。  以下はこのジュディットが叫んで倒れる「場面」に関する記述。  この表象物(figure)は思い出を気にかけず、自身の場所をもつが不安定 だった。この表象物はかつて現れたのか。一度目に現れたが、でもそれが 最初ではなかった(Une première fois et cependant pas la première)。こ の表象物は時間とこの上なく奇妙な関係をもち、それがまたこの表象物をき わだたせていた。過去に属しておらず、ひとつの表象物でありその表象物の 予兆だった。ある意味では見つめられていて、この表象物自身ひとつの瞬 1

« Sans doute, cela ne se laissait pas revivre, le moment de l'effondrement, l'effrayante dénaturation

de la vie, incapable de se contenir, était un coup assené à la mémoire, - et après ? après, le chaos, et pourtant je l'affirmerai, le dernier instant dépassait infiniment tous les autres […]. » (Ibid.)

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間においてとらえられたが、その後にこの恐るべき接触が生じ、この並外れ た破局は時間のなかへの転落と思われるかもしれなかったが、この転落も 巨大な空虚をつくりながら時間を通過し、この墓穴は未来の歓喜に満ちた 祭典にみえた。過去がかつて生じたことを拒むのと同じく、もはや決して改め て(à nouveau)生じないだろう未来。1  ほとんど小説の一節とは思えないような、かといって小説以外のいかなる文 体でもありえないような奇妙に観念的なことばだ。不定冠詞と定冠詞の相違 は訳しがたいが、une première fois は、まだ生じていない来るべき「最初」だ と考えられる。過去については「それが最初だった」(C'était la première fois) と言うが、未来に関してはむしろ Ce sera pour une première fois と言うことだ ろう。よってこのジュディットについては「書かれなかった」レシは一見かつて 生じた過去のことを語っているようにみえるが、それはおそらくまちがいだと 言わなければならない。これから「生じるかもしれない」ことについて語ってい るのだ(『本日の与太話』の結末のことば「物語が聞きたいのかい?」 « Un récit ? » もこれから聞くことができるかもしれない物語についての問いだ)。 それはジュディットが過去に存在しなかったことを意味するのでなく、表象物 figure (feindre, fiction 等と語源を同じくする)としての来るべきレシの「場面」 はジュディット自身の過去に生じたことと本質的には無縁だということだ。  ここでダンテについて考えてみると、Vita nova 『新しき生』はベアトリーチェ に関する過去のことを語っているようだが、同時にふたたびベアトリーチェが 登場する La Commedia 『神曲』を予告するものとして考えなければならない。 どういうことか。レシは現実だったはずの過去の持続を抹消し、全てを語り手 自身の持続に転化する。もっとも過去の持続は既に抹消されてしまっていた のだが、レシはそれを改めて抹消する。出来事そのものであるレシは、「過去 はもはやどこにもない」ということを再確認する。そして逆説的なことに、この 「再確認」は何も反復しない一回かぎりの出来事だ。 1

« Mais cette figure ne se souciait pas du souvenir, elle était fixe mais instable. Avait-elle eu lieu une

fois ? Une première fois et cependant pas la première. Elle avait avec le temps les rapports les plus étranges, et cela aussi était exaltant : elle n'appartenait pas au passé, une figure et la promesse de cette figure. Elle s'était en quelque sorte regardée et saisie elle-même dans un seul instant, à la suite de quoi s'était produit ce terrifiant contact, cette catastrophe démentielle, qui pouvait bien être considérée comme sa chute dans le temps, mais cette chute avait aussi traversé le temps en y creusant une immensité vide, et cette fosse apparaissait comme la fête jubilante de l'avenir : un avenir qui ne serait jamais plus à nouveau, de même que le passé refusait d'avoir eu lieu une fois. » (Ibid., p.135.)

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それでは「これから生じるかもしれないこと」についてのこのような語りは未 来の「予言」なのか。ある意味ではそうだ。しかしこの予言の意味はきわめて 限定されている。ただ「このレシはだれかに読まれるかもしれない」という意味 においてだけの予言だ。ジュディットが「過去」の人物だったという事実その ものは、このレシの予言の関知するところではない。他方でジュディットなる 人間が、現実か想像のなかかは判然としないが、過去に存在したらしいと 「読者が知る」ということは、この予言と関係があるだろう。これは現実には「も はや決して改めて生じないだろう未来」に関するレシだ。そしてまたこの「未 来」は「かつて生じたことを拒む過去」と同じものだ。ここにある問題はただ作 者と読者の関係性において生まれる「文学」の問題であって、生命の問題で はない。レシという出来事は、レシが書かれ、読まれる相においてだけ生じる 「文学」の出来事だ。それは書く、読むという行為以外のいかなる現実の過 去とも未来とも関係はない。このこと自体は特に理解が難しいことではない。 推理作家が小説のなかである殺人を描いたとして、それは「かつて生じたこ とを拒む過去」であり「もはや改めて生じないだろう未来」だと言わなければ ならないだろう(たとえばサドの小説はこのようにして読むべきだろう)。問題 はこれが虚構を描いたレシばかりでなく、現実と考えられるものを描いたレシ についても同様だということだ。奇妙なことに現代人は、これは事実だと主張 するドキュメンタリーよりも、これは事実ではないということが暗黙の了解とし て存在する劇映画やテレビドラマの方にまちがいなく慣れ親しんでいる。人 間は虚構を現実にひきつけて解釈しない。現実を虚構にひきつけて解釈す る。  忘れてはならないことは、この複雑なレシの語りの欲望の対象であるかに 思われるジュディットが、語り手「私」とクローディアに対して 4escio vos 「あ なたたちがだれかわからない」と言ったということだ。ジュディットは記憶喪失 になったのか。あるいは最初から記憶喪失だったのか。もしかするとこの問 い自体が無意味なものなのかもしれない。なぜなら、ここで何かを「覚えてい る」のは、レシを語る「私」以外にはいないのかもしれないからだ。  ジュディットはレシの語りの時間よりも前の時間軸に属する。「ふたつのこと ば」を叫んで倒れたときにジュディットが(「私」から見ると)死んだということは ありえるかもしれない。あるいはもっと前に死んでいたのかもしれない。「私」 がこのことばを聞いたと思っただけなのかもしれない。いずれにせよ、ジュデ ィットが死んだ後にこのレシが書きだされたとすれば、きわめて奇妙でありな がらも論理的なのだが、レシが書かれている時間にジュディットには何も言え ない。語りの欲望の対象でないがゆえにレシの語りと異質であるクローディア のように、語り手に対して異議提起することが、ジュディットにはできない。ベ

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アトリーチェにはいかにしてダンテに異議を申し立てることができたろうか。そ して死んでいるジュディットには、レシの語りの現在においてだれのことも「知 っている」ことはできない。生けるものが死者を知っているとしても、死者とさ れてしまったものにはだれも知りえない。よって 4escio vos ということばは、 「ジュディットの言ったことば」ではなくて、おそらくジュディットには知りようも ない未来の読者に対しても投げつけられる皮肉な figure でしかない。 複数の過去の可能性 - レシの構造  (ここで問題になる複数の過去の可能性は、「こうするのではなくて、ああし ておけばよかった」という自由意志に基づく複数性ではなく、現在から過去を 振り返ったときに開ける複数の解釈の可能性である。)  ジャンポール・サルトルは、ブランショの初期の長篇小説『アミナダブ』が 「幻想小説」だと言った。文字どおりの意味での「幻想」はブランショの中期 以後(このサルトルの批判以後)のレシには現れないようにみえる。しかしブ ランショの小説は自らが批判する「レアリスム」とも無縁だ。「死者について語 る」とき、ある意味で死者は観念として、「おいで」と呼びかければすぐに永遠 のものと「私」にとらえられるものとして黄泉帰る。死者が自分のなかで黄泉 帰っているという「幻想」に対して書き手は無自覚であってはならない。ブラ ンショの中期のレシ(『死の宣告』、『望ましいときに』)はこの「幻想」との不可 能な対話だと言える。死者にはことばを発することができないからこそ、死者 との対話は幻想として以外には不可能だ。『死の宣告』のナタリーと同様に 「生き延びたもの」と思われるクローディアだけが『望ましいときに』のなかでこ とばを発することができるようだ。もしかするとジュディットはこのレシのなかで は一言も発していないのではないか。ジュディットが言ったとされることばは、 全て「嘘」ではないのか。ナタリーと同じくオルフェウスを引き裂く女たちのよ うに嫉妬深いクローディア、「ここにはふたりしかいない」ことを暗示するクロ ーディアが正しいのではないか。ベアトリーチェがダンテを知らず、ラウラが ペトラルカを知らなかったように、おそらくジュディットは「私」を知らない。語り 手はいかにして自分を知らない人間のことばを転写できるのか。狡猾な「私」 はこの事実に気づいたのかもしれない。だからこそ、4escio vos という最後の 瞬間のことばを聞いて、「私」はふたたびレシの開始地点に逆戻りしてしまう 逆戻りしてもここまで書かれてきたことばは抹消されない。語り手は最後の瞬 間のあとに開始地点のことばを反復する。

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クローディアは私の少し後に帰って来た。かつて私の目にクローディアの 生を開始させ、この女を後から来る人間(la personne qui vient après)にし たこのことばもまた戻って来て、私はこの女を知らなかったという同じ真実の 方へ私を引き連れていったと付け加えられるかもしれない。こうしてサイクル 全体が再開しようとしていた。1  冒頭では「クローディアはすぐ後に帰って来た」(Claudia revint peu après) と言われていた。ここでは「クローディアは私の少し後に帰って来た」 (Claudia revint un peu après moi)と言われる。クローディアは「私」の後に来 るものだということをレシの結末近くで「私」は確認する。そしてまた「私」の目 にはクローディアが生きているということも確認している。おそらくは『死の宣 告』の「私」と同じく「死」である「私」よりも後に来るクローディアは生きていら れる。  クローディアは「後から来る人間」(la personne qui vient après)だという記述 は現在形だ。ジュディットが生きた時間はある種の過去(語り手の記憶)に属 せるとしても、クローディアの方はレシの未来にもいる。そして未来にいる人 間、来るべき人間のことを、「私」は知らなかった。「私」よりも必ず過去にいる ジュディット(来るべきレシの登場人物にまだなっていないジュディットそのひ と)は、「私」と「私」より後に来るクローディアを知らず、過去の「私」は後に来 るクローディアを知らなかった。過去の人間は自分の未来について何も知る ことができない。現在形で「後から来る人間」として記述される、過去形で語 られるレシの語りとは異質なクローディアだけが、生きたものとしてこのレシの なかから現れることができるのかもしれない。「私」はここでふたたび「知らな い」クローディアについて最初から語り直そうとしているかのようだ。  しかしジュディットの「ふたつのことば」が 4escio vos 「あなたたちがだれか わからない」ということばだったということは、この時点ではまだレシの読者に 知られていない。このふたつのことばが明かされるのはこうして「サイクル」が 再開しようとした直後のことだ。  そう、クローディアはすぐ後に帰って来たが、このひとのことは知らなかった。 しかしもはやこの弱々しいことばに照らし出されてはいなかった。なぜならこの 1

« Claudia revint un peu après moi. Je pourrais ajouter que ces mots, qui jadis avaient inauguré, à mes

yeux, la vie de Claudia et fait d'elle la personne qui vient après, revenaient, eux aussi, et m'entraînaient vers la même vérité : je ne la connaissais pas. Ainsi, tout le cycle recommençait. » (Ibid., p.136)

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ことばはジュディットが記憶の底から叫んだふたつのことばの恐ろしい息吹に よって消し去られ、一掃されてしまっていたからだ。4escio vos 「あなたたち がだれかわからない」ということばを私たちに投げつけ、その後でジュディット は私の腕のなかに崩れ落ちていた。1  「ふたつのことば」を叫んだジュディットは「ベッドの上」に倒れていたはず だ。しかしここでは「私の腕のなか」と言われている。再開したばかりのクロー ディアのサイクルはすぐに中断される。冒頭の「クローディアのことは知らな かった」ということばから「最後の瞬間」までのレシに定着されたことばは、ま るでなかったことのように「私」の持続する意識からはかき消される。極端なこ とを言えば、ジュディットが「ベッドの上」に倒れたときに言った「ふたつのこと ば」が 4escio vos だったのかどうかも定かではないし、この場面の後のジュ ディットがそれ以前と同一人物なのか、「私」が同一人物なのかも定かではな い。このジュディットと呼ばれていた女性が「ふたつのことば」を叫ぶ「場面」 は、「神聖なもの」にされることを望んでいないのだから、同定されることを拒 む。その記述は常にずらされてゆき、読者には(おそらく語り手自身にも)何 が起こったのかわからない。  この場面の後ですぐ、「私」が知らなかったクローディアの名前は、まるで忘 れさられたかのように(知らないものを忘れることができるのか)姿を消すこと になる。そして「私」はふたたびジュディットの名前を口にする。クローディア のサイクルではなくて、ジュディットのサイクルが開かれる。ただし開かれるだ けで、結局のところジュディットについて何が語られるというわけでもない。と もかくクローディアは、「私」とジュディットの堂々巡りをするレシのサイクル、 「私」が常にレシの冒頭で飽くことなくジュディットが若いことに驚く、果てしな い類似のサイクル(書き直しのサイクル)とはおそらく無縁のものだったのだ ろう。こうして過去との類似から逃れた「異邦人」(無縁のひと)は、レシの語り から逃れる。書かれることがなかったジュディットのレシの不在そのものが、ク ローディアについて書かれたレシの「存在」を書物の末尾で排除する。  ここではフランス人がスラヴ系の異邦人を排除するのだ。しかも「私」はあま りにも単純に「知らなかった」とだけ言う。それでも本質的なことは、ここまで 書かれてきた記述は、決して抹消されずにページの上に残るということだ。た 1

« Oui, elle revint peu après et je ne la connaissais pas. Mais ce n'était plus sous l'éclairage de ces

faibles mots, car ceux-ci avaient été effacés, balayés par le souffle terrible des deux paroles hurlées par Judith du fond de sa mémoire, 4escio vos, «Je ne sais qui vous êtes», qu'elle nous avait jetées à la face, après quoi elle s'était effondrée entre mes bras. » (Ibid., pp.136-137.)

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とえ「フランス人」が「外国人」を排斥しようとも、「外国人の存在」を抹消する ことなどできない。それゆえ書物の形をとったこのレシは、まるで監視カメラ が残したヴィデオテープのように、本人には消し去ることのできない現行犯の 記録のように、レシの終了の時点ではフランス人の「私」の記憶のなかにない、 あるいは記憶の彼方にある「外国人」に関する記述で埋めつくされている。こ のいわくいいがたい両義性が特異な作家ブランショにおいて本質的なことだ ろう。そしてまた現代フランス語の記憶からは消し去られただろう 4escio vos というラテン語の慣用句は、外国人の排除よりもさらに根源に位置する「作品 のなかの死者のことば」の排除を暗示するだろう。

 ここでこのレシの構造について考えてみよう。このレシは少なくとも六つの 部分に分割できる。 1 冒頭から「私」が水を求めてジュディットのものだと思われる寝室に 入り込むまでの部分 2 「私」がこの部屋で無名の「女」を見てクローディアが現れるまでの 部分 3 そこから末尾近くまでつづく「クローディアの側」 4 「私」とクローディアがふたたびジュディットの部屋に入り込み、ジュ ディットの「ふたつのことば」を聞く部分 5 それが 4escio vos ということばだとわかった後で「望ましいとき」が 訪れる部分 6 さらにふたたび「私」がジュディットについて語りはじめる部分

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1   ジ ュ デ ィ ッ ト の 物 語 ( 1 )「いっしょに住んでいる女友達がいなかった (7~15ページ) ので、ジュディットが扉を開けた。」(7) 「私はまだここにいる、私はここでとまった(J'y suis encore, j'en suis resté là)。[…]きっと 敷居のところにとどまっていたのだ。」(15) 2 曖昧な領域(1)(15~25)

「部屋の様子は実によくみえていて、部屋は もう私の味方になっていたが、女はみえなか った。なぜかはわからない。」(17)

3 クローディアの側(25~131) 「クローディアはすぐ後に帰って来た。このひ とのことは知らなかった。」(25) 「アパルトマンには新しく窓が開けられ、私が クローディアの側と呼ぶものが確かにみえ た。」(54) 「このとき私は分岐点にいた。そこに短い間 とどまっていた。でも寝室の扉が開いていた ので、私も立ち去った。」(130-131)1 4 曖昧な領域(2)(131~137) 「クローディアは私の少し後に帰って来た。 […]このひとのことは知らなかった」(136) 4escio vos (137) 5 望ましい時(137~147) 1

「私はあの女 女を見た」(137)

« J'y suis encore, j'en suis resté là. […] Je demeurai probablement sur le seuil. » (Ibid., p.15.) ; « Je

voyais très bien certains aspects de la chambre et celle-ci avait déjà renoué son alliance avec moi, mais elle, je ne la voyais pas. J'ignore pourquoi. » (Ibid., p.17.) ; « [L]'appartement put bien s'ouvrir, avec le nouveau jour, sur ce que j'appelais le côté de Claudia […] », (Ibid., p.54.) ; « Je me trouvais à présent à l'endroit de la bifurcation. Je restai là un peu de temps. Mais, comme la porte de la chambre s'était ouverte, je m'en allai à mon tour.» (Ibid., p.130-131.)

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6   ジ ュ デ ィ ッ ト の 物 語 ( 2 )「私は私がジュディットと呼んだ女性と出会っ (147~166) た。」(147) 「今、終わり」(166)

 ジュディットの寝室がふたつの「曖昧な領域」を構成する。 4escio vos という ことばを書き記してからはじまる「ジュディットの物語(2)」は、 15ページで中 断された「ジュディットの物語(1)」を再開させるものだが、そこにはもはや物 語を終わらせようとする意志しかない。おそらく15ページの「私はまだここに いる、私はここでとまった」ということばから後「分岐点」まで、ジュディットにつ いて語られるべきレシのもつ時間は凍結している。この「分岐点」(l'endroit de la bifurcation)ということばからすると、実際にはレシの「曖昧な領域」はふた つあって、「私」は最初まちがった方に足を踏み入れたのではないかと推測 される。4escio vos なることばは、最初の「曖昧な領域」ですぐに言われるべ きだったのではないか。それでも、このふたつの領域が、過去の「私」にとっ ては、同一のものだったことを無視してはならない。この過去の「私」は、「分 岐点」について語る現在の書き手「私」ではない。主観的には、「私」は二度 ともジュディットのものと思われる寝室に足を踏みいれている(あるいはむし ろ一度しか足を踏み入れなかったはずだと言うべきか)。しかし客観的には ユディトが迎え入れられたホロフェルネスの天幕のなかで起こったことはだれ にも知りようがない。不思議なことにユディトに殺されなかった「私」、「変身」 しなかった「私」の証言を読者は聞くしかない。ここには無限の「新しい」過去 の可能性があると言える。変身しなかったものには全てが言えるのだ。過去 という死の領域を旅して生き延びたものは、オルフェウスのように世界を変容 させる力を身につけた。しかしここで実際に問題になるのは 4escio vos とい うことばが言われた部屋とそれが言われなかった部屋のふたつだけだ。「分 岐点」はこのことばが本当に言われたのかどうかと考えながらためらう「私」の 過去の探索の道行きの「分岐点」だ。  よってここには三編のレシの可能性がある(これはあくまで理論的な可能性 であって、このレシがコルタサルの『石蹴り遊び』のように読めるということで はない)。 1 過去を知っている「私」にとって最も理想的なレシは、知らないクローディ アについては語らないレシ、「私」が寝室には向かわないレシだ。これは「ジ

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ュディットの物語(1)」と「ジュディットの物語(2)」だけで構成される。発端と 結末、つまり表紙と裏表紙に近い側で構成された内容をもたないレシは、た だ書物の外に向けてだけ開かれている。ここでは何も語られない。これは内 容がゼロのレシだと言える。 2 つぎに知らないクローディアを未知のままに保つレシ、正しい寝室の方に 向かうレシが考えられる。これは「ジュディットの物語(1)」、「曖昧な領域 (2)」、「望ましい時」、「ジュディットの物語(2)」で構成される。レシを語りは じめる前にレシを書くということの過ちに語り手が気づくというレシ。 3 最も罪深いレシは、まったく語りの欲望の対象ではない、知らないクロー ディアについて語ってしまったこの『望ましいときに』というレシそのもの、まち がった寝室に足を踏み入れたレシだ。それでもまちがった領域に足を踏みこ んでしまった「私」は、4escio vos ということばを聞くまで長い間さまよわなけ ればならなかった。  (『望ましいときに』の冒頭は「帰還」(« Le retour »)というタイトルで雑誌発 表されていた。それは25ページまで、すなわちクローディアの登場の直前ま での部分にあたる。)

過去という名の処女地、凌辱としてのレシ  そもそもこの「ふたつのことば」が言われる「場面」は「忘れられない瞬間で はなかった」と言われていなかったか。そしてこれは「私」の記憶に打撃を与 えたと言われていなかったか。「私」はジュディットがベッドの上に倒れたのか 、 自分の腕のなかに倒れこんだのかも覚えていられなかったのではないか。こ れは奇妙なことで、ありえないことに思える。しかし記憶はそれほど誠実なも のではない。本当は覚えているが否定したい事実を、自分でこうだったと思 っている「記憶」が打ち負かすことはしばしばある。それに自らを真実として 語るレシの語り手は「いちばん大切なことは忘れてしまいました」とは言わな い。全てを覚えていると語る。これはたとえ不誠実な嘘ではなくとも、嘘と背 中合わせのことばだ。この時点で改めて「記憶」が生産される。このレシの結 末のことばは次のようなものだ。

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これは全て思い出せる。そして思い出すことはたぶん同じ空間のなかに踏 み出すもう一歩でしかなく、この空間はさらに先へゆくことが既に回帰に結び ついているところだ。それでも、円環が既に私をひきずっているのだが、たと え永遠にこう書かなければならないとしても、永遠を消すためにこう書くのだ ろう。今、終わり。1  もし最も重要なことについて覚えていないのなら、あるいはこうだったはず だと思うことが記憶の声とくいちがうのなら、レシを書くことは何ものによっても 正当化されないはずだ。それではなぜレシを書くのか。これはブランショだけ の問題でなく、文学の問題だ。ペトラルカを書くことに導いたのは、ただ「ラウ ラについては書けない」という意識ではなかったか。そして「書けない」という 意識を導いたのは、「書きたい」という欲望そのものではなかったか。「書きた い」という欲望をもつ以前に、「書けない」と意識することはありえないだろう。 この「書きたい」という欲望の対象(あるいは口実)は、ある種の過去に属する もののように思える。この場合、書くことは「回帰」にみえる。書くことが「同じ 空間のなかへ踏みこむもう一歩」だという自覚には、「さらに先へ」ゆこうとす る欲望を妨げることができない。「さらに先へ」ゆこうとすることがレシを成立さ せる。しかし「さらに先」とはどこか。「私」はこのレシの前半でこう言っていた。  私たちにはさらにもっと先にゆけたのか?しかしなぜ?何の名において? さらに先へ!さらに先とはまさに私たちのいたところだった。欲望がそれを欲 したのか?欲望は永遠をも欲していた。2  「さらに先」は「まさに私たちのいたところ」だった。遅くとも15ページの「私 はまだここにいる」という地点から後は全て「さらに先」なのだ。この時間のず れを考慮しなければならない。現時点における語りは決して過去の出来事と 一致しない。これは当然のことのように思われるが強調しなければならないこ とだ。語る時点は既に出来事の後にある。「レシは出来事そのものだ」という 「想像的なものとの出会い」のことばは、レシは現実(歴史的な事実であるに 1

« Je puis me rappeler tout cela, et me le rappeler, ce n'est sans doute qu'un pas de plus dans le même

espace, là où aller plus loin, c'est déjà me lier au retour. Et cependant, bien que le cercle déjà m'entraîne, et même s'il me fallait l'écrire éternellement, je l'écrirais pour effacer l'éternel : Maintenant, la fin. » (Ibid., p.166.) 2

« Nous pouvions aller plus loin encore? Mais pourquoi ? au nom de quoi ? Plus loin ! Plus loin était

exactement là où nous étions. Le désir le voulait ? Le désir voulait aussi l'éternité. » (Ibid., p.76.)

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せよ、虚構のレシのなかで現実として語られるものであるにせよ)の出来事と の「ずれ」そのものだということを意味すると理解しなければならない。つまり、 レシが出来事そのものだということは、レシの語りの対象であると思われる出 来事、つまり結局は当事者にしか体験しえない出来事は、大衆に共有されう るレシという新しい出来事と別物だということである。レシは過去の出来事に 対して忠実なものではありえない。なぜならレシ自らがもうひとつの出来事に なってしまうからだ。レシが創出する出来事はレシそのものだけであり、そこ に語られている対象そのものではない。レシは出来事そのものだということば の 意 味 は 、 レ シ が 記 憶 を 「 過 去 の も の と し て 」 現 時 点 に お い て 改 め て (à nouveau)生産するということだ。つまるところ過去について語るという行為自 体が本質的な欺瞞をはらんでいると言えるのかもしれない。しかしこの欺瞞 にひとは気づかない。なぜなら過去の経験について証言できるのは、それを 体験したひとだけだと(理由をもって)考えられるからだ。しかしレシという定 着された出来事は、単語がその事物の不在を指し示すのと同様にして、実 際に生じた定着不能の出来事そのものを排除する。ここで問題になるのは 嘘をつくのが自由だということでも、忘却の可能性でもない。そうではなくて、 過去の報告は語りの時点での現在の行為であって、いかにしても過去その ものとは一致しえないということだ。それなのにひとは、報告の後では、その 報告を過去に関する正統な証言として信じてしまうということだ。  たとえばダンテは実際に存在したベアトリーチェについて書いたのではなく て、ベアトリーチェという figure、すなわち「あまりうまくものが言えない多くの ひとたちにベアトリーチェと呼ばれていた私の観念の栄光の女性」は、ダン テの創造したものだと考えなければならない。そしてこのレシの生産の時点 において、現実のベアトリーチェが生きた生命はないがしろにされる。ダンテ の読者にとっては現実に生きたベアトリーチェはどうでもよいという、特に現 代の文学理論においてはまるで自明のものとすらとらえられかねない事実は 、 実は驚くべきことで、恐れにふるえなければならないことだ。これは文学の暴 虐ではないのか。これこそが多くの文学愛好者が目をそらしつづける、永遠 の名のもとにおける「おぞましい暴力」ではないのか。この点でレシ( Vita nova は確かにレシだと言える)は本質的に本来的な「出来事」に対する「裏 切り」だ。現代の読者の素朴な読書体験のレベルでは、ややもすれば低級 なルサンチマンに満ちた卑劣な人間にみえかねないダンテは、実は文学は、 永遠の栄光を求めた、生命に対する裏切りでしかありえないという多かれ少 かれ意識的な自覚からはじめているがゆえに、確かに文学史上に屹立する 唯一無二の偉大な詩人だと言わなければならないだろう。ベアトリーチェの 思い出に対して忠実であることは自らの栄光に対する裏切りで、ベアトリー

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チェを裏切ることが文人である「私」(オルフェウス)の責務だということをダン テは知っていた。この意味においてブランショはむしろ反ダンテであるよりダ ンテの正統な後継者だ。それでもブランショはダンテの求めた文学の栄光を 求めていないようにみえる。そしてまた「さらに先」ということばは、キルケゴー ルの『おそれとおののき』の結末を思い起こさせずにおかない。たとえブラン ショがキルケゴールについて多くを語らないとしても、デリダの言うとおりブラ ンショはキルケゴールの偉大な読者だと多くの理由をもって推定されるから だ。以下は『おそれとおののき』からの引用である。  「さらに先へ進まなければならない、さらに先へ進まなければならない。」 さらに先へ進もうというこの衝動はむかしから世にあるものだ。謎のひとヘラ クレイトスは、自分の思想を書物に書きおろし、それをディアナの神殿に捧げ た(ヘラクレイトスの思想は人生における武器だった。それでこの武器を女神 の神殿に捧げたのだ)。謎のひとヘラクレイトスは言った。ひとは二度と同じ 流れをわたることはできない。謎のひとヘラクレイトスには、ひとりの弟子がい たが、この弟子はそこでたちどまらず、さらに先へ進み、付け加えて言った。 いや、一度もわたることはできない。あわれ、ヘラクレイトスよ、かような弟子を もつとは!ヘラクレイトスの命題は、この改良によって、運動を否定するエレ ア派の命題に改良されてしまった。それなのに、さらに先へ進んで、ヘラクレ イトスが後にのこしたものへ帰らなかったこの弟子は、ひたすらヘラクレイトス の弟子であることをのみ願った。1  ある種の考え方によれば、この弟子の意見は正しいのだろう。しかしこの考 え方はキルケゴールの思想とはあいいれない反個人主義だ。「二度と同じ流 れをわたることはできない」というヘラクレイトスの思想が武器でありうるのは、 それが常に個人の試みを可能にするからだ。このことばは「それは既になさ れたことだ」という永遠の持続の名における批判を避けるために個々の生命 がたずさえることのできる強力な武器だ。これは一回かぎりの処女性を否定 する思想だ。既になされたものだとしても、各々が新しく一歩を踏み出すこと が可能だ。たとえ一度も足を踏み出すことが不可能だと思われるとしても、そ れは決して欲望(あるいは衝動)を妨げることができない。それと同時にこの ヘラクレイトスのことばは、同じ過去の空間に足を踏み入れることはできない 1

Søren Kierkegaard, Crainte et tremblement, traduit par Charles Le Blanc, Payot et Rivages, 2000,

collection Rivages poche, pp.208-9. デリダがキルケゴールの読者ブランショに言及しているのは、『あ たり』の203ページ。

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ということも意味しうるだろう。ブランショにはこの常に「新しく」足を踏み出さ なければならない「欲望」が本質的に不幸なものだという意識がともなってい る。  なぜこの欲望は不幸なのか。なぜならそれが「同じ流れ」に対する裏切り、 「あやまち」(faux pas)だからだ。「私」はさらに先にゆくことで「同じ空間」に足 を踏みこんでいると信じる。しかし、ヘラクレイトスの弟子が先生に忠実であ ろうとしながらもまったく逆方向に足を踏み出してしまったのと同様、それは 決して同じ空間ではありえない。『望ましいときに』のなかには、「私」が知っ ているジュディットと「私」の知らないクローディアがいる。「同じ空間」は当然 知っているジュディットの側であるはずだ。しかしさらに先に足を踏み出すと、 必ず知らないクローディアの側に足を踏みいれてしまう。「過去」はおそらく 「私」の知っていた空間だが、書かれつつあるレシはまだ「私」も知らない前 人未踏の未知の領域、異郷、処女地だ。一回かぎりの処女性が否定された 空間では、あらゆるレシの語りは過去に対する凌辱と化す。なぜならここで提 出される過去は、正統な過去(「同じ流れ」)とは似ても似つかぬものだから だ。現在の語り手が見る歪んだ過去の表情は、後を振り返ったイザナキの目 の前で朽ちはててゆくイザナミの顔だからだ。よってレシを書く行為は常に 回帰を目ざしながらも回帰たりえず、「彷徨」、「過誤」と化してしまう。ジュディ ットが「私」の腕のなかに倒れこむ幸せな「同じ空間」を求めながらも、必ずク ローディア(知らないもの)が支配する「さらに先」にゆかざるをえない。何も 語らなくともよいクローディアのことを語ってしまう。凌辱されるのは「私」の知 らないもの、外国人だ。つまりクローディアとは「新しく出会われる過去」という 処女の名前だ。「私」はこの処女を強姦する。確かにジュディットは「私」を呼 んでいたのかもしれない。しかし「私」には決してジュディットを取り戻すこと ができず、知らない女にとびかかる。  確かに、私はクローディアに気づき、日の光の方にゆくひとのように燃えあ がって女の方にとびだしていた。でも女は疲れのせいで気持ちがぐらついて いたのか、それとも容認できないものをいつまでも耐えることはできないから なのか、余裕をもって決心していようとしてもむだで、私を見るなりひどい叫び 声、うなりとも云えるような声をあげ、きっと後ずさりしたのだが、私は何も考え ず容赦なく乱暴にとびかかり、女をつかまえた。この暴力を正当化はしない。 こういうものなのだ。恐れるものが恐ろしいものを呼び起こし、弱っているもの が容赦ない正当化できない力に身をまかせる。1 1

« Sûrement, j'ouvris les yeux sur Claudia et déjà je me portais vers elle avec tout l'élan d'un homme

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ブランショがバタイユやレヴィナスの友人だという物語によって、エロスを語 るこのふたりの著述家の思想をブランショの読解に導入するのはまちがいだ ろう。ブランショのなかにエロティスムはないとは主張しないが、ここにあるの は、悲痛でありながらも滑稽でもある、文字どおりに卑劣な暴力でしかないと 言うべきだろう。「こういうものなのだ」と言われても「そうですか」と納得はでき ない。いったいここで何が告発されているのかを見極めなければならない。 語り手が善意をもって過去について語っていると思ってもそれはまちがいだ 、 それは「死」以外の何ものによっても正当化されないオルフェウス的な行為 だ、生命にとっては罪深い行為でしかないということが言われている 1。エウリ ュディケーについて嘆くのは、「死」の側からすれば正しいのかもしれない。 しかし生けるマイナデスの側からすると決して正しいことではないだろう。「こ ういうものなのだ」ということばは「過去について語ろうとすると、それはかなら ず凌辱になる」ということを意味する。過去の方に目をやっても、既知のジュ ディットと、もしかすると過去に繰り返していたのかもしれない幸せな性的関 係をもつことはできない。語り手が暴力的に不幸な性的関係をもつのは、未 知の女性クローディア、常に処女膜が再生する、あるいは複数の処女膜をも った「新しい過去」という女だ。しかしこれを告発しているのは「私」自身では ない。「私」は最後まで「私」のエゴイスムの内側にとどまりつづける。  ひとは忘れられないものを生きてしまうと、それを惜しむためにともに閉じこも るか、ふたたび見出すためにさまよいはじめる。こうして出来事の亡霊となる 2

qui va vers le jour. Mais, soit que la fatigue l'eût ébranlée ou parce que l'on ne peut supporter indéfiniment l'intolérable, elle eut beau se carrer dans sa résolution, à peine eut-elle touché mon regard qu'elle poussa un cri prodigieux, presque un hurlement, et sans doute fit-elle un mouvement en arrière, mais avec une brutalité qui ne tenait compte de rien, je bondis férocement sur elle et la ressaisis. Je ne justifierai pas cette violence. Les choses sont ainsi. Qui a peur éveille l'épouvante, et qui faiblit se livre à une force sans pitié et sans justice. » (Au Moment voulu, p.106.) 1

たとえばミシェル・レリスは自伝的小説『ものごころがつくころ』を書いた後で、自分の周囲の人間のこ

とを書いた本を発表したことを深く後悔し、それからはまったく人間関係について語らない特異な自伝 的小説のサイクル『ゲームの規則』を書いた。 2 « [Q]uand l'homme a vécu l'inoubliable, il s'enferme avec lui pour le regretter, ou il se met à errer pour le retrouver; ainsi, il devient le fantôme de l'événement.» (Ibid., pp.134-135.)

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もし忘れられないものとともに閉じこもるのでなく、さらに先へゆくことを選ぶ とすれば、さらに先へゆくことは、自分の知っている過去と同じ空間がほほえ みかけているかのようにみえるが、実際には全てがこころもとない未来の空 間へのもう一歩となり、彷徨と化す。レシの語りにおける「さらに先」は、まや かしでしかない過去への帰還だ。その先に開ける空間は「同じ空間」のような 幸せそうな顔をしているが、ジュディットがベッドの上に倒れたのかも「私」の 腕のなかに倒れこんだのかも定かではなくなってしまう曖昧な記憶の不幸な 空間、ああだったかこうだったかとためらいながら探索しなければならない 「来るべき過去」の空間だ。それゆえ「過去への帰還」は現在よりも「さらに 先」、未来に存在する。ブランショの小説はある意味でSF的だと言えないだ ろうか。繰り返し時間機械で過去にゆくたびに、過去は幸せな姿を失い、不 幸なまがまがしいものに変質してゆく。「こうだったはずはない」とさらに過去 に向かえば、さらに過去を凌辱することになる。SF小説における時間のパラ ドクスは文字どおりのパラドクスではない。むしろ逆に時間そのものが逆説的 なものだとは考えられないか。過去は現在において生産される言説であり、 コミュニケーションによって到達されるものとして考えられるべき未来なので はないのか。  それでも、たとえ過去が多かれ少なかれ言語の形で存在するとしても、過 去をただコミュニケーションのレベルだけで考えることはできないだろう。おそ らく、言語化されていない曖昧な内的意識としての過去も存在するというべき だ。しかしこの過去という目的地に直接向かうことは、時間機械が発明されな いかぎりは、だれにもできない。過去は必ず振り返る視線の先にある。たとえ 過去に関する言説が、現時点において生産されるものだとしても、それは未 来も過去も同じ未来の側にあるということではなくて、過去を向く視線は常に まっすぐに未来を向く視線からずれている。だからこそ、本来であれば過去 を生き延びた「私」は過去について全てを知っているはずなのに、過去に関 する物語に登場するクローディアはレシの冒頭において不在であり、知らな いひとだ。この彷徨の問題は、忘れられないものの記憶に十全なことばを与 えられないということだ。忘れられないものは言語の形をとっていたわけでは ない。たとえ語り手が自分にはとても忘れられないのだと主張してもむだなこ と で 、 実 際 に は 語 り 手 が 語 る こ と で こ の 忘 れ ら れ な い も の が 改 め て (à nouveau)産出される。これがさまよいであるのは、この再生産された記憶が 常に既に不十分だと感じられるからだ。しかしひとは自らの言語化された意 識に対してもこの不十分な記憶を提出するしかない。この「さまよい」 (erreur) はオルフェウスの「あやまち」(erreur)と同様に、死の側からすると正当なもの でありうるかもしれないが、同時に生、あるいは生きられたものに対する本質

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的な裏切りの罪深さを逃れることもない。閉じこもることを選んだものの声は だれにも届かない。しかし上記の一節は、彷徨を選んだものと閉じこもるもの には本質的なちがいがないと言っている。『望ましいときに』というレシに関し ては、冒頭8ページから、131ページの「分岐点」で「クローディアの側」から 立ち去ることを決断するまで は、すべてがまちがい、あやまち、何も書かなく てもよかったことなのだ。これはクローディアに対して加えられる強姦だ。彷 徨のことばは、真の「忘れられないもの」、ことばではなかったものに対する 沈黙を逆説的に響かせる、「過誤」によって織りなされることばでしかない。 過去にとびかかっていっても、自分の生きた過去であるジュディットは常に身 をかわす。ただ知らない新しい過去であるクローディアを犯すことになるだけ だ。  次章では、正当であると同時に罪深い、レシの語り手の曖昧な記憶の様相 について分析する。

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第四章 曖昧な記憶、二重の語り

 「ところで、生身の女の方はどうしました …」 エジソンは聞いた。  エワルド卿は震えた。  「実を言うと、あのひとのことは忘れてし まっていました」 ヴィリエ・ド・リラダン『未来のエヴァ』

ジュディットとクローディアの間の距離  『望ましいときに』の末尾近くで、ジュディットが「あなたたちがだれかわから ない」と言うよりも前に、出来事の報告における時間のずれは現れていた。そ れはジュディットとクローディアがいっしょにいたときに起きた奇妙な出来事 に関するものだ。  ある出来事(incident)が起きるということは十分にありえた(櫛で髪をとかし ていたクローディアの近くから、友達が突然動 突然動き 突然動 き出 し、 ひとを ひとを 拒 むかのように 飛 び 跳 ねて離れるのを見たことがあった) (j'avais vu son amie s'écarter ねて d'un mouvement brusque, par un bond presque sauvage)。髪が不注意 に引っ張られて不機嫌に反応したこの場面は楽しい人生の世界に属して いた。重要ではない愛すべき気紛れだった(しかし真面目なものの法が課 されなくなったとき、全てが極端に重要になる)。この場面には自らを障碍 (accroc)とするようなものは何もなかった。1  これはレシのちょうど中央の部分にあたる場面だ。前章の分析にしたがえ ば、新しい過去から古い過去が逃げてゆくようだと言えるかもしれない。しか しこれを実際に「私」の目の前で起きた(と少なくとも語り手が思った)出来事 だと考えて、この章では論考を進めよう。この章で問題にするのは、あくまで 1

« Il pouvait bien se produire un incident (de Claudia qui lui passait le peigne dans les cheveux,

j'avais vu son amie s'écarter d'un mouvement brusque, par un bond presque sauvage), cette scène - les cheveux tirés par mégarde, le réflexe d'humeur - appartenait au monde de la vie gaie : un caprice aimable, sans importance (mais quand la loi du sérieux a cessé de s'imposer, tout devient extrêmement important) ; la scène n'avait rien qui pût faire d'elle un accroc.» (Au Moment voulu, pp.84-85.)

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書かれたことばによって語り手がいかにして出来事を定着しようとするのかと いう問題だ。ジュディットとクローディアをまったく象徴的なものとして考えるこ とは可能だが、それだけではこの小説のもつ小説としての魅力について語る ことはできない。クローディアは「新しい過去」を示す、と言うことだけによって はまだ何も解決されていない。この小説が複数のくいちがう過去の可能性を 提出しているならば、読者も複数のくいちがいかねない解釈の可能性を提 出しなければならない。肝要なことはそれらのくいちがいかねない可能性が それぞれの整合性をもつことだろう。  ここの記述のなかで非常に重要なことばは、「真面目なものの法が課され なくなったとき、全てが極端に重要になる」というものだ。ブランショの小説の 細部の記述が全て「重要」であるかに思われるのは、これが真面目なものの 法が課されていないユーモアの空間だからである。ブランショの小説のなか にはしばしば「このひとは真面目にこんなことを書いているのだろうか?」と 思わせるような記述が顔を出すが、それは必ずしも真剣なものではない。全 てが真面目であるべきタルブの庭には既に不純なものがもちこまれている。 この不真面目なものは小説全体の真剣さを揺るがしにする。たとえ筆者が分 析するのが全てが極端に重要になったレシの方だとしても、おそらくブランシ ョのひとを喰ったユーモアを忘れてはならないのだろう。ブランショの小説の 真面目ぶった語り手は、ベケットの作品の痴呆症のような語り手と共有するも のをもつと考えるべきだろう。  上述の場面と同じ場面と考えなければならないだろうものに関する記述が 二ページ後に現れる。  このようなときにだって?ではそれはいつだったのか?でもそれは確かにこ のようなときに、私が意識した唐突さ、この表現を突然無意味にするほど驚 かせるような唐突さをもって起こった。前に言ったように、一瞬のうちに 突然 動 き 出 し 、 ひとを拒 ひとを 拒 むかのように飛 むかのように 飛 び 跳 ねたのを見て、ふたたび驚いた(je ねた me trouvai ressaisi, rattrapé par le mouvement brusque, le bond presque sauvage)。それがいつ起きたのかわからず、突然離れていったこ とに動転し、恐怖にさらされた。私は明るみに出たと思う。耐えがたい光景 一瞬のもので、この隔たりに結びついていて、まるでふたりの間のこの裂け 目(déchirure)、この酷い距離が…、でもこの文の最後までは行けなかった。 1

1

« À un tel moment ? et de quand datait ce moment ? Ce fut cependant juste à un tel moment, avec

une soudaineté dont j'eus conscience et si éclatante qu'elle rendait vaine l'expression tout à coup : je

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イタリック体の使用に注意すると、冠詞が逆に強調されているのがわかる。 一度目が不定冠詞で、二度目が定冠詞なのは当然だろう(このようにして反 復される記述は、やはりプレリの仮定とはちがって、このレシは書き直された レシだが、「短縮されなかった」レシだと考えるべきだと思わせる)。しかし問 題なのは、一度目の記述がカッコに入っていて、大過去形だということだ。ジ ュディットがクローディアから離れたこと自体には、最初は重要性がなかった ように思われた。カッコのなかで語られるような小さな出来事でしかなかった 。 この奇妙な語りの反復は、直線的なレシの語りと一線を画すある種の誠実さ をもつ。よく考えてみると実感できることだが、「出来事」の重要性は、その出 来事が生じた時点では当事者に理解されていない。正直なところ読者にとっ ても、このジュディットとクローディアの間の出来事がいかなる重要性をもつ のかはわからない。しかし語り手は、語りの時間のなかで、後にこの出来事を もう一度思い出したときに驚いたのだと認める。「私はふたたび驚いた」 (Je me trouvai ressaisi, rattrapé)と、語り手は r[e]- 「ふたたび」という反復を示す 接頭辞をもった動詞を用いる。しかしこの「出来事」自体は、「一度目の語り」 では語り手を驚かせていなかった。反復することで、過去に改めて目をやる ことで、重要さが現れることをこの記述は意味する。そしてこの瞬間の重要さ がわかってしまうと、そのために語り手の意識は揺り動かされて、それがいつ 起きたものだったのかどうかもわからなくなってしまう。あるいは逆に、より単 純に、いつ起きたのかも覚えていないような些末と思われた出来事が、後に 重要性をもつにいたったのかもしれない。いずれにせよ、この語り手は語りの 場でもう一度この場面を思いだしたときに、「待てよ、この出来事は重要だっ たじゃないか」と考えて、一度目の記述の記憶を全て抹消することをしない。 確かにレシの語り手は出来事を経験した後で語るのだが、その出来事の意 味はかなり恣意的に与えられることをこの奇妙な記述は示唆する。書き直し の痕跡を残したこの特殊なレシの語りが対象とする時間(「過去」)は、直接 的には「出来事」が起きた時間(ここでは奇妙なことに「大過去」の時間)では なく、その出来事について書かれたが発表されなかった(おそらく存在しな かった)レシ(『死の宣告』の「1940年版」のようなもの)を書いた経験の時間 me trouvai ressaisi, rattrapé par le mouvement brusque, le bond presque sauvage dont j'ai parlé et qui prit corps en un éclair. Sans que je pusse comprendre à quel instant cela arrivait, ce brusque écart m'ébranla, je fus livré à l'épouvante; je crois que je vis jour, vision difficile à soutenir, instantanée, liée à cette écart, comme si cette déchirure entre elles deux, ce cruel intervalle… - mais aller au bout de cette phrase, je ne pus le faire. » (Ibid., pp.86-87.)

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なのだ。このレシが語ろうとする経験は実はただ書くことの経験なのではない か。もしそうでなかったとしたら、一度目の記述の「記憶」が大過去で示され ることが論理的ではないことになってしまうだろう。おそらくこの発表されなか ったレシにおいては、記述は直線的だったのだが、読者が目の前にしている レシはその直線的な形にいたるまで、さらにそこにいたった後の書き手の試 行錯誤の過程を定着している。  そしてまたこの場面で使用されている単語にも目を向けよう。「障碍」と訳し た accroc は「(服の)鉤裂き」という意味と「事態を遅滞させるような障碍、不 都合な結果を導くような出来事」という意味をもつ。つまりこの「障碍」は、ドア の取っ手で服をひっかけるようにして「遅らせること」を含意する。よって生じ たときには障碍ではなかったが、後に障碍とならざるをえなかったこの出来 事が、語り手が前に進むことを拒んで、語りの反復を導いたと考えられる。も しかすると「これは障碍ではなかった」と書いた後で、考え直してみると障碍 になってしまったのではないか。さらにジュディットとクローディアの間の「裂 け目」(déchirure)という単語は、accroc という単語の原義に読者を立ち戻ら せる。このときクローディアはジュディットの髪をとかしていた。実際にはただ 櫛が髪にひっかかっただけなのかもしれない。ここには確かに何も重要にみ えるものはないが、語りの表面に現れない何らかの暴力が、この記述のかげ にあると推測できるかもしれない。  この曖昧な語りは、出来事を一回性のもとに語るレシの語りの誠実さを疑 問に付す。まずこの出来事は、一度目はカッコのなかで大過去で書かれた 後で、二度目の単純過去による語りにおいては、文字どおりに測り知れない 重要性をもったものとして現れる。たとえこの出来事の正確な意味が読者に とって理解しがたいものだとしても、語り手にとってはいかなる意味をもつの か考えてみなければならないだろう。  私は立っていたのだが、倒れかけた。ありがたいことに、私は死にかけてい た。このことばは発見ではなかったが、転倒の最中に刺すような光のもとに 現れ、力をしめつけ、無情なまでにふるわせる神託のようだった。「死!しか し死ぬためには書かなければならなかった。終わり!そのためには終わりま で書かなければ」1 1

« Je m'étais dressé, je tombai presque par terre. Dieu merci, j'étais à la mort, cette parole n'était pas

une découverte, mais, en traversant ma chute, elle se révéla sous un jour perçant, comme une sorte d'oracle qui étranglait mes forces et les provoquait à cette vibration d'une ampleur impitoyable : « La mort ! mais, pour mourir, il fallait écrire, - La fin ! et pour cela, écrire jusqu'à la fin. » » (Ibid.)

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「死ぬためには書かなければならなかった」と「私」は言う。書かれたことば は、息を奪われた死んだことばになるという意識がここにあるのだろう。おそ らくジュディットがクローディアから離れるという出来事がこの意識を生じさせ た。語り手はジュディットとクローディアを友人として描いていた。もしかすると ここにまちがいがあるのではないか。ジュディットとクローディアは本当に友 人なのか。「私」とジュディットの間にほとんど対話はない。ジュディットとクロ ーディアの間に対話はあるのか。  ふたりは家事を分担していた。「私がこれをしましょう」 「私はこれをしましょう」 それ は未来 の大 計画と 同 じくらい重 要で 、もうひ とつ の世界 (un autre monde)とかかわる重大な決断だった。「薪を買ってくるわ!」 「洗濯屋にい ってくる!」 「管理人さんに話さなくちゃ!」 そんなことが朝に永遠の誓いの ように二客のカップの上を飛びかうのだった。「掃除機をとって!」 「水漏れ よ!」 「ダストシュートがつまってるじゃない!」 そして結論は、そんな計画の 憂鬱な幕切れは「モファットさんが全部片付けてくれるわ」1  これを「対話」とは呼べない。どちらがどのことばを言ったのかもわからない が、どちらが言ったかなど問題ではないほどに特性のないことばにみえる。さ らに何も重要な出来事が起きないようにもみえる観念的なレシのなかに、な ぜこのような無意味と感じられる記述がさらに必要なのかと読者はますます 首をかしげる。そしてここでは奇妙なことに、日常の世界にかかわることが「も うひとつの世界」にかかわるものだ。「もうひとつの世界」とはある種の彼岸を 思わせるかのような表現だ。この転倒した世界では、此岸が彼岸にみえてい るかのようだ。しかもこの毎朝の「永遠の誓い」は実行されているようにみえな い(だからこそ「永遠」なのだろう)。仕事をするのは「モファットさん」という謎 の人物だ。さらに奇妙なのは、ここにカップが二客しかないと書かれているこ 1

« Elles avaient l'une et l'autre leurs devoirs domestiques. «Je ferai cette chose - Je ferai cette autre

chose.» C'était aussi important que les grands projets d'avenir, décisions solennelles qui se rapportaient à un autre monde. «Je descendrai chez le marchand de bois ! - J'irai chez la blanchisseuse ! - Je parlerai au concierge ! » Cela survolait leurs deux tasses, le matin, comme des serments d'éternité. « L'aspirateur ! - L'eau qui fuit ! - Le vide-ordures bouché ! » Et la conclusion, le terme lugubre de toute entreprise : « Madame Moffat balaiera tout ça. » » (Ibid., p.73.) モファットはクローディア、ジュデ ィット以外でこの小説のなかで唯一名前をもった登場人物であるがここにしか登場しない。聖書の翻訳 者にモファットというひとがいる。

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とだ。「私」は朝に何も飲まないのだとしても、それでは「私」はどこからこのふ たりを見ているのか。  果してこのふたりの女性には何かできるのか。クローディアは歌を歌う。し かしジュディットは何をするのか。このレシの後半において、ジュディットはほ とんど「見つめる」ものとしてしか登場しない。「私」もクローディアも、後半で はジュディットと会話することがほとんどない。おそらくジュディットがクローデ ィアから離れたことは、語り手にその語りの「嘘」について自覚させたのだ。た ぶんジュディットはクローディアとの「結びつき」において、クローディアはジ ュディットとの結びつきにおいて語れない。ジュディットはおそらくここにはい ない。最初の「分岐点」で、「私」は入る領域をまちがえたのだ。  この家のなかでは「だれもひとつの物語(une histoire 「歴史」)に結びつきた いと思っていません」とクローディアは言う。そしてジュディットは「他のだれよ りも」それを望まない。さらにジュディットは「過去よりもずっと遠くにいる」 1とク ローディアは言う(「大過去」の世界?)。クローディアという、ジュディットの後 に現れた慈悲深い女性は、ジュディットが過去よりも遠くにいるのにそこにい ると信じて疑わないようにみえる「私」をゆるしているのかもしれない。

1

Ibid., p.108. « Personne ici ne désire se lier à une histoire. » (この文は『期待忘却』でもくりかえさ

れる(L'Attente l'oubli, p.22)。それはこの『望ましいときに』の後に書かれた小説のなかに登場する名 前のない「女」がクローディアだということだろうか。) Au Moment voulu, p.109. « Elle, moins que les autres ! » Ibid., p.110. « - Elle est parfois loin, très loin, dit-elle en ébauchant de la main un mouvement impressionnant. - Dans le passé ? demandai-je timidement. - Oh ! bien plus loin. Je réfléchis pour trouver ce qui en vérité pouvait être plus loin que le passé.»

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クローディアと生きられた時間  このレシでは、巻頭から「事態の連続性をその場で確かめることになったと いう困惑」について語られた。それはジュディットの昔との類似について言わ れたことだが、この「連続性」は、過去の空間のなかに語りの現在の持続をも ちこんだことで生まれるものだろう。だからこそ過去に忠実な形でレシを語り たい「私」は困惑する。過去が既に「切り離されたもの」、終わったもの、結末 を与えられたものであることを、この「連続性」は逆説的に気づかせる。  私たちは小さな共同体をうちたてるためにそこにいたのではなかった。反対 にそれぞれが切迫した結末に支えられていた。それは持続と何の関係もな い差し迫ったものだった。しかしあまりに強く支えられていたので、何ものにも 基 づ か ず に 瞬 間 を つ く る こ と (la construction d'un instant, fondée sur rien)が実に確実に思えるほどだった。1  出来事はある瞬間に起こる。これは当然のことのように思える。しかしよく考 えると、それほど当然なのかどうか疑わしい。出来事はある瞬間に起こるとい う考えは、直線的な持続した時間、「現在まで持続している時間」の上でしか 正統性をもたない。「ジュディットがクローディアから離れた」という出来事自 体は、確かにある瞬間に起きたように思える。しかし上に見たように、この出 来事が生じたときには、それは重要な出来事ではなかった。「出来事はある 瞬間に起きた」ようだが、「ある瞬間に起きたと語れる」かどうかはまた別の話 だ。「後」から振り返ったときに、初めて瞬間の重要性が生じる。ではこの「後」 とはいつ、どこなのか。何らかの出来事の報告によって構成される、まだ書か れていない「レシ」になるべきものが結末を迎えた「後」のようにみえる地点、 すなわち語り手が実際にこのレシを書きはじめようとする地点だ。この地点の 語り手の意識は恐ろしいものだということを理解しなければならない。「全て は終わった」と考えなければ、自分の体験した出来事について語りはじめよ うと決意することはできないはずだ。しかしいかにして「全ては終わった」と言 うことができるのか。『死の宣告』の後半をはじめるに際して、語り手はこう言 っていた。「真実が語られるだろう、起こったことで重要なことは全て語られるだろ 1

« [Nous] n'étions nullement là pour faire tenir debout notre petite communauté : tout au contraire,

chacun s'appuyait sur l'imminence du dénouement - imminence qui n'avait rien à voir avec la durée - , mais s'y appuyait si fortement que la construction d'un instant, fondée sur rien, pouvait aussi apparaître des plus solides.» (Ibid., p.57)

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う。でもまだ全てが起こったわけではない。」 1 この地点からみると、レシの語りは 既に過去において生きられた持続のなかになく、これから生きられる時間の なかにある。「これから生きられる時間(未来)においてレシを語る」という「出 来事」が起きないかぎり、「全てが起こった」とは言えないのだろう。語りその ものは、既に生きられた持続から切り離された、もはや持続をもたない持続 の痕跡を、現在の生きた持続のもとに語るというトリックだ。何らかの出来事 はある瞬間において生じたのではなく、実際は瞬間に分割できない生きられ た持続において生じた。この持続だったものが、レシを書く前にあらかじめ結 末を与えられることによって、持続の本来性を奪われ、現在の語りの持続に おいて語られる。瞬間をつくることが「何ものにも基づかない」ということばの 意味は、瞬間は本来的なものではないということだ。瞬間は結末の後から振 り返って語られるレシのなかでつくられる。それゆえこのレシの時間は「持続 とは何の関係もない」とされなければならない。語りの時間の持続とは関係が あるが、そもそも存在したものとして語ることができるのかどうかも疑わしい 「過去の時間の持続」という既に持続の本来性を奪われた持続とは関係がな い。  このことばにつづけて、「私」はこう言う。「この状況はだれのつくりだしたもので もなかった(l'œuvre de personne)。つまりだれもこの状況を見つめるために振り返 っていなかったということだ(Je veux dire que personne ne se retournait pour le contempler)。」 2 このことばは上の分析と矛盾しない。むしろしっかりした論 理的な整合性がある。過去の生きられた持続の様相において、SF小説でも ないかぎり、そこにはだれも未来(語りの現在)から振り返って見ているひと は存在しなかった。これは当然のことだが、なかなか理解しがたい。たとえこ の過去の時点において、ひとが将来自分たちのことが語られることを期待し ていたとしても、決して将来この過去の空間にやってくる未来の語り手の存 在をそこに見ることができたはずはない。ブランショの小説家としての特異性 は、この過去の時間における未来から「振り返るもの」が本来不在であること (これはブランショのレシの登場人物にとっては、同時に不在であるがゆえの 欠如としての存在でもあるのだが)に気づいているところにある。たとえ出来 事を「生き延びて」語るひとがいるとしても、この出来事が生じた時点では、 語るために既に振り返っていたひとは存在しない。確かに、ある出来事を体 1

« La vérité sera dite, tout ce qui s'est passé d'important sera dit. Mais tout ne s'est pas encore

passé.» (L'Arrêt de mort, p.54.) 2

« Cet état de choses n'était l'œuvre de personne, je veux dire que personne ne se retournait pour le

contempler. » (Au Moment voulu, p.57.)

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験したものが、その出来事について後になって語ることはできる。しかし体験 する「私」とその体験をふりかえる未来の「私」は別ものだ。ホメーロスはオデ ュッセウスではない。この過去における語り手の本質的「不在」そのものが、 あらゆるレシの語りから正統性を剥脱する。現時点において語る「私」には、 「私はそこにいた」と言えない。そこにいた「私」は現在の「私」ではなく、現在 の「私」と切り離されたものだ。過去の「私」が既に、「この出来事について語 ろう」と思って時間を過ごしていた可能性は十分にある。それでも、この体験 というかぎにひっかかって、いつまでもどこまでも過去のなかに生きつづけな ければならない「私」は、過去の空間を振り返って見る未来の(現在において 語る)「私」ではない。  « Je veux dire que personne ne se retournait pour le contempler. » という文 において、現在形が半過去形を支配している。文法的にいってもレシの語り の規則からいってもまったく驚くべきことではない。「半過去」と呼ばれるもの は「未完了」(imparfait)、いまだに完全なものとされていない過去、だれにも いまだに作品としてつくりだされていなかった過去だ(l'œuvre de personne)。 この半過去は付帯状況を語り、出来事の発生地点そのものを語らない。現 在という持続の様相において「私」は語る。しかし決して生きられた持続の様 相のもとにある過去の方を振り返ることはできない。よって personne ne se retournait は必ず半過去でなければならない。なぜなら「私」には複合過去 で語ることはできないからだ(「振り返る」のはレシによって語られる過去の 「出来事」ではないから当然単純過去でもありえない)。Je ne peux dire : Personne ne s'est retourné. もし複合過去で語ったとしたら、それは「嘘」だ。 なぜなら「私」は現時点においてレシを語るに際して、この過去の状況の方 を既に振り返っていたからだ。「私」はただ、過去の持続において、未来の方 から振り返っていたひとはその空間にはいなかったと言っている。

 A C   レシの語りが対象とする過去   レシによって語られる過去   (ジュディットの側)    (クローディアの側)   «Personne ne se retournait    «Je me suis retourné pour pour raconter.» raconter.»  B D 4escio vos                            ↑

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O  「私の生きた時間」 → 振り返る → 「もうひとつの時間」                (分岐点)  C レシの記述の時間   (「私」の側)   «Je veux dire que personne ne se retournait pour raconter.»   D

 (レシに語られている過去の時間は破線CDで、線分ABではないと言うの は簡単だが、事態はそれほど単純ではない。変身していない「私」にとって は、線分ABの時間がまだ完全には死んでいないからだ。)  過去は、語る「私」が介入した、直線の無際限の持続から切り離された破線 としてしか語りえない(いかにしても十全な線分として語るのは不可能だろう)。 さらにここで無際限の直線として表象されるものはあくまで「私」の時間で、ジ ュディットの時間、クローディアの時間はまた別の(おそらく)並行する直線で 表されなければならないはずだ。この「持続」とは「生」のことだとも言えるだ ろう。この過去の「持続」がもしあるがままであることを望むなら、おそらく来る べき現在の持続を嫌うはずだ。現在の持続がそのまま過去の持続を抱えこ むことは不可能だからだ。ひとつの持続は必然的にもうひとつの持続を排除 する。振り返る行為、線分を切りとろうとする行為は、過去の持続をズタズタ な破線にして二度目の死を与える。  この過去そのものではない「過去に関するレシの空間」では、だれが持続 的に生きていたのか。おそらくここで持続的に生きているのは、まず「私」の 知らなかったクローディアだ。「過去」において「私」に知られていなかったの だから、レシの死んだ時間に閉じこめられることができないはずのクローディ アだ。ここで生きているクローディアは何を望むのか。  持続するためのひとつの好機は、本当に行動しているただひとりのひと (la seule personne vraiment active)が、事態がそのままであるように努力して いたことだろう。はっきりしない理由によって(ここは私が振り返りたくない領域 のひとつだった)、私たちのとどまっている地点では、ともかく直接後退するこ とはもう不可能だと思ったようで、このひとは力強い決断によって全てをとめ て状況を凍りつかせるか、あるいは状況を延長して、自分の制御下で自分

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の目にかなったことしか起こらないように状況を隔離しなければならなかった 。 1

 この「本当に行動しているただひとりのひと」がクローディアだ。クローディア は「事態がそのままであってほしい」と言っていたからだ。そして「私が振り返 りたくない領域」は少なくとも線分であるべきであるレシの時間を破線にする。 ここで言われている「持続」は現在の持続ではなく、消え去ってしまった過去 の持続だと考えるべきだろう。現在の人間にとってはもはや過去はいかにし ても持続ではありえないとしても、過去の人間にとっては自らの時間が持続 だ。「私」とクローディアの最初の対話のなかに次のことばがある。クローディ アは現在からやってきた人間が過去を破壊しかねないことを知っている。  「事態がそのままでいられると信じているんですか」  女はすぐに言い返した。  「そのままでいられるわよ!事態はそのままでいることしか要求していませ ん。邪魔をしないかぎりはね」  「事態に関しては確かです」私は譲った「事態はそうあることを好みます。そ れで当然あなたの方でもそれを望むんですか?」 […]  「ええ」女は乱暴に言った「他の何よりもね!」2  過去において持続した生を生きているクローディアに与えられる形容詞 「活動的」actif は「観想する」contemplatif の対義語だ(キリスト教では、vie active は vie contemplative 「観想生活」に対して、「使徒生活」を意味する)。 1

« L'une des chances de durée, c'est que la seule personne vraiment active se dépensât pour laisser les

choses en rester là. Pour des raisons mal éclaircies - c'était une des régions vers lesquelles je ne désirais pas me retourner -, comme si elle avait eu cette idée qu'au point où nous en étions, revenir en arrière n'étant plus possible, du moins directement, il lui fallait, par une résolution énergique, arrêter tout, pétrifier la situation, ou bien la prolonger, l'isoler de telle sorte que rien n'y pût arriver que sous son contrôle et conformément à ses vues […]. » (Ibid., p.59.) 2

« Mais croyez-vous que les choses vont pouvoir en rester là ? Elle fut prompte à la riposte : - Elles le peuvent! elles ne demandent qu'à en rester là, - à moins qu'on ne les en empêche. - Pour ce qui est des choses, c'est sûr, lui concédai-je, elles le préfèrent. Et naturellement,

vous le voudriez aussi ? […] - Oui, dit-elle brusquement, plus que tout au monde ! » (Ibid., pp.39-40.)

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レシを語る現在において、過去の状況を「見つめている」 contempler のは 「私」だ。実際に行動する人間にとって、観想する人間の存在は困惑させる ものだろうか。以下は上の対話に直接先行する対話だ。  「あなたにとって私が今ここにいることはそんなに不都合なことなんですか。」 […] 「どうしてそんなことを聞くの。[…]それは確かに予期していなければな かったことよ。それに今のところ不都合はそれほど大きくありません。」1  このレシの冒頭で舞台となる家に帰ってきた「私」は、出会ったばかりのクロ ーディアについてこう言っていた。「このひとはこの帰還を予期していたと考 えなければならない。」「私」の方はクローディアを「知らなかった」が、「この女 はそれまでに近づきになったひとの大半よりも私についてよく知っていたと思う (Je suppose)。ジュディットが最初に私のことを話していたのだと思う (J'imagine qu'au début Judith lui avait parlé de moi)」 2 。この「私」の推測が正しいのかどうか はわからない。そもそも「最初に」というのは何の「最初」なのか。このレシの なかでは何もかもがはっきりしない。  それでも、いったい「私」のいかなる側面についてクローディアが他のひと よりもよく知っていたのか推定できる。おそらく「だれかが過去のことを語るた めにやってくる」ことを知っていた。クローディアが来るべき知らない人物とし て解放されるのは、レシの末尾の部分だ。出会いから解放までの時間の間 は、クローディアは多かれ少なかれ過去の入口に存在する。このクローディ アは、「私」が過去の人物ジュディット、「私」のエウリュディケーに近づくのを 妨げる、「私」を監視する「過去の番人」、地獄の番犬ケルベロスだ。出会い 頭に歌手クローディアは、歌を歌うものの「闘争本能」によって「もうこの男のこ とは放っておけない」と言う 3。この番人は「不都合」が増大したときに、さらにそ の監視をきびしくする。この不都合を増大させた出来事が、ジュディットがク ローディアから離れたのを「私」が見たという出来事だったのだろう。実にSF 1

« - Dites donc, ma chère, est-ce pour vous un tel ennui de m'avoir là à présent ? […] - Pourquoi donc ? […] C'est là une chose à laquelle il fallait bien s'attendre. Et, pour le moment,

les ennuis ne sont pas si grands. » (Ibid., p.39.) 2

Ibid., p.26. « Je dois donc penser qu'elle s'attendait à ce retour. » ; « Je suppose qu'elle en savait sur

mon compte plus que la plupart de ceux qui m'avaient approché. J'imagine qu'au début Judith lui avait parlé de moi […]. » 3

« [P]eut-être, poussée par l'instinct de lutte, se dit-elle : «Maintenant, je ne le lâcherai plus. » (Ibid.,

pp.27-8.)

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的に解釈してみれば、過去の破壊者「私」の仕事を妨げるために、「すぐ後 に」過去に派遣された過去の番人が、現在形で「後から来るひと」と語られう るクローディアなのかもしれない(『ターミネーター』のような設定)。あるいは クローディアは、「過去を語ることについての著作権」を、「私」と競い合って いるという可能性もあるかもしれない。クローディアの凌辱の場面は、「私」が クローディアの歌を打ち負かすことを意味するのかもしれない。(オデュッセ ウスと競い合って耳栓を外した船乗りは溺死しなければならない。「特権」を もたない船乗りには、ホメーロスとなってレシを語ることはできない。どんな船 乗りにもセイレーンの歌を聞く「権利」はあったはずだ。しかしこの権利を活 用することは実際的には不可能だ。自然権とはかくもはかないものだ。)  いずれにせよ、おそらくクローディアは「私」の目からすると、「過去の持続 の様相においてレシは語れない」ことを暗示する人物だ。過去の様相が「そ のままである」ためには、過去について語ってはならない。1983年の『口に出 せない共同体』では、「持続してはならない。何であっても持続に加担しては ならない」 1 と言われる。ここで言われる持続は、たぶん過去の生きられた時 間ではありえない。過去の生きられた時間を現在と切り離して考えると、それ は既に分断で、持続ではないからだ。過去の人間が過去において口で語る 過去の人間自身の定着不可能の持続以外の持続は、必ず現在のものだ。 この「持続」は常に現時点の持続において生産されつつある「歴史」だ(「ここ ではだれもひとつの歴史(une histoire)に結びつきたいと思っていません」とクロー ディアは言った)。常に現時点から過去に目を向けるかのようにして新しく生 産される半直線的な歴史、決して過去の個人の本来的な持続の複数性をも てない歴史がここで批判されていると考えられる。そして複数性を無に帰し かねない「私」の言説が持続しないためには、この言説がすぐに終わらなけ ればならない。しかし終わるためには最後まで書かなければならなかった。 ここですぐに終わるために逆説的にゆっくりした時間が要求される。言説に 対する反言説(ユーモア、「本日の与太話」)は文字どおりの沈黙であっては ならない。文字どおりの沈黙は、反言説としての効力(この効力は「ことば」の 力ではない)をもちえない。だからこそ、すぐに終わらせるために、「もう決し てレシはない」、「今、終わり」と言うためだけに、実に逆説的なことだが、単 語で埋められた一定の広さをもった言語の空間が必要だ。  「終わらせるためには終わりまで書かなければ」と言われたのは、レシの中 央の部分だった。しかしこのレシの語り手はそれ以前から終わりにとりつかれ 1

La Communauté inavouable, Minuit, 1983, p.56. « Il ne faut pas durer, il ne faut pas avoir part à

quelque durée que ce soit. »

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ている。あたかもレシの語り手が語りの最中に決して忘れない出来事とは、レ シの終わりであるかのようだ(作家はただ書き終えるためにだけ書くのだろう か)。このレシが対象とする時間が、かつてこの『望ましいときに』という形で 発表されたレシよりもおそらくは「理想的」な形をとっていたレシを書いた経 験の時間だとすれば、確かにレシが終わってしまったという事実、過去を切り とりえたという事実はひとつの驚くべき重要な出来事だ。それは、書き直しの 最中に、いかにして一度レシを終わらせることが可能だったのか書き手自身 に理解できないからこそ実に驚くべきことだ。  最後の瞬間は幸福で、決して最後ではないほどのものだった。私は常に 完全に幸福なこの瞬間を認めた。1  この文は観念が扉を開けた場面の直後に現れていた。この場面の後、クロ ーディアは「私」を抱きしめるが、「私」を放すと玄関に向かい、ジュディットの ものであるらしい寝室にゆく。「私」は失望を感じる。この失望がクローディア によってもたらされたのか、それとも観念が扉を開けたことによってもたらされ たのかはよくわからない。いずれにせよ、おそらくこの「最後の瞬間」が呼び 起こすものは、かつて幸福にもレシを書き終えられた瞬間、たぶん現実には 存在しなかった瞬間、あるいは今はもう書いていない「私」(永遠に書きつづ けることはいかにしても不可能なのだから、完成したものだろうと未完のもの だろうと、書いていないときには、書かれたものは既に「終わっている」)には とらえることのできないこの瞬間への郷愁なのだろう。 4escio vos もまた「最 後の瞬間」だった。これはブランショが作品の「本質的孤独」と呼ぶものの叫 びだ。たった今書き終えられた作品が、作者に対して投げつける「あなたの ことは知らない」ということばだ。  これほど失望が大きくなかったら、この失望は決定的なものだっただろう。 私は外出していたかもしれない。私も玄関に行って、そしてヴィクトワール通り の静かなひとの流れにまじわり、この時刻には気晴らしになるオペラ座の方 に向かい、幸せを感じていたかもしれない。2 1

« [Le] dernier moment, heureux, au point de n'être jamais le dernier. Je le reconnus, toujours

parfaitement heureux […] » (Au Moment voulu, p.53.) 2

« Moins grande, la déception eût été définitive. Je serais parti. Moi aussi, j'aurais passé dans le

vestibule et, de là, ayant rejoint le cours tranquille de la rue de la Victoire, descendant vers l'Opéra qui, à une telle heure, me plaisait, j'aurais été heureux.» (Au Moment voulu, pp.51-52.)

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ミュンヒェンやアルカションなどの地名をあげていた『死の宣告』とちがって、 『望ましいときに』のなかにはほとんど地名が現れない。「私が求めると、クロ ーディアは通りを指し示した。トリニテ、オスマン大通り、ブルスのパサージュ。『この 街は好きですか』 『いいえ、好きじゃないわ』」 1 パリという地名そのものが口に 出されないことにはおそらく注意すべきだろう。このレシの舞台となる建物は、 セーヌ右岸の第九区、おかしなくらいパリの中心に位置する。パリに住んで いなくても知っているまるで観光案内のような地名の羅列は、この片田舎出 身の作家の奇妙なユーモアを表している。たとえ実際にこれがブランショが 住んでいたことのある街区だったとしても、このように抽象的なレシのなかに 臆面もなくパリを指し示すこれらの地名をはさみこむ必要はなかったはずだ 。 パリとは、フランス文学作品において、舞台が地方の架空の町であっても、ま さにそれが「フランス文学」であることを示す証拠として、常に実名で指し示さ れる街だ。初期のロマンの実在しない世界、後期のレシの抽象的な空間に はさまれた、『死の宣告』と『望ましいときに』の「パリ」は、この二篇のレシの 「レアリスム」を保証するよりは、逆にまるで架空の首都を示すかのようにみえ る。  三人の登場人物たちはこのレシの間、一度もこのレシの空間である建物を 離れないようだ。上の引用の記述は条件法だ。この語り手が決してパリという 現実の街を「知る」ことがないのは重要な事実だ。「私」は一歩踏み出せば夜 遊びが可能なところに住んでいるのに、家にひきこもる。まるで現実を拒絶し た破瓜症の患者のように、建物に閉じこもっている(そこでおそらくレシを書 いている)。  この語り手は、失望が大き過ぎたためにこの建物のなかにとどまると言うが、 このことばは逆説的だ。この失望は、大き過ぎたために、決定的なものであり えなかった(過ぎたるは及ばざるがごとし?)。奇妙な記述だ。さらにこの男 はこう言う。「失望(déception)は不可能だ。朝に動揺することなくこのことに気づ いた。」2 そしてまたこのひとは「時間の欺瞞(tromperie du temps)」にも気づく。 1

« À ma demande, elle [Claudia] me situa les rues : la Trinité, le boulevard Haussmann, le passage de

la Bourse. « Aimez-vous cette ville? » Non, elle ne l'aimait pas. » (Ibid., p.129.) 外国人クローディアは パリが好きではないのにそこにとどまっている。このような何気ない一節に深い意味があることを見逃し てはならない。(クローディアが « Non, je ne l'aime pas. » と言ったのか、それとも「私」がそう考えたの か。) 2

« Oui, ce mouvement avait traversé la nuit, il était né alors de la bonne foi des heures, de la plénitude

de la déception et il naissait à nouveau de l'avenir sombre, de la tromperie du temps, et de ceci, par-

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「失望」(déception)の語源的な意味は、「だますこと」(tromperie)だ。なぜ失 望は不可能なのか。それは「私」がこの時間を既に「生きた」からだ。「失望し た」と語ることは、語りの時点での失望ではありえない。これが「時間の欺瞞」 だ。「私は失望した」と語ることはできる。しかし「失望した」と語ることそのもの は、まったくこの「失望」を表さない。それはただの「ことば」だ。ただ「私は今 話している(書いている)」ということしか意味しえない。過去において「失望し た」と言っても、このことばは決して過去の失望に忠実でありえない。「私」は かつて失望した。しかし語りの時間においてこの失望そのものを感じることは 決してできない。この事実は、現在においてレシを書く自分にとっては、逆に 大きな失望となる。だからこそ常にレシを書き直すために、本来の失望を取り 戻すために、いつまでも部屋のなかにとどまらなければならない。『死の宣告 』 の「私」は、Jが黄泉帰ったことには驚かずに、Jが何度も繰り返してレシを引 き伸ばしたことに驚いた。「私」はこの蘇生に居合わせたのだから、この出来 事について書くときにはそれに驚いてはいない。この「驚き」は既に過去の出 来事だからだ。ただそれについてまったく書くことができずに机の前にとどま らなければならないということが驚きなのだ。死んだはずのJが、自分のなか では「まだ生きている」という、まごう方ない事実が驚きなのだ。

分裂する「私」  「失望した」のは過去の「私」で、書いている「私」ではない。このような語り は語り手の分裂を導く。かつて生きていた「私」は、今書いている「私」とは別 人だと認めなければならない。「私」は「最後の瞬間」を生きてしまったから、 過去の持続を、分断されたものとして、現在の持続のなかで語ろうと決意し たからだ。  ここでしばらく『望ましいときに』を離れて、『望ましいときに』の書き手「私」 がいかなる深刻な分裂の契機をはらんだものだったか知るために、書く語り 手 の 分 裂 を 描 い た レ シ 『 私 と い っ し ょ に い な か っ た ひ と 』 Celui qui ne m'accompagnait pas について考えよう。このレシは小説家ブランショがある 程度生産的だった五年間を、おそらくは破壊的なしかたで、しめくくる作品 だ。  まずタイトルに注意しなければならない。この書物の表紙には dessus tout qu'il n'y aurait jamais de déception assez grande. La déception n'était pas possible, je faisais tranquillement cette découverte au matin. » (Ibid., p.53.)

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MAURICE BLANCHOT / Celui qui ne m'accompagnait pas / récit  と印刷されている。タイトルのなかの「私」とはブランショ自身のことか。この ように考えるのは魅力的な仮定だ。これは作家ブランショといっしょにいなか ったひとに関するレシと考えられるのではないか(筆者は他にも可能性を提 出するつもりだ)。  「いっしょにいる」(accompagner)という動詞は「近くに居合わせる」ことで、 「現在」を共有することだ。このタイトルは、「このレシのなかで語られている人 物はブランショと時間を共有したものではない」ということを意味すると考えよ う。しかも動詞は半過去形なので、「居合わせない」ことは決意したこの「ひと」 の行為ではなく、付帯状況を意味するだろう。この「いっしょにいなかったひ と」は単数形だが、このレシには男の「私」と「男」のふたりだけが登場する。 「ブランショといっしょにいなかったひと」は「私」か「男」か。それは定かでな い。そこで逆に、慣例にしたがって、表紙の作者名を無視し、このタイトルが この書物に収められているレシのタイトルだとすれば、すなわちタイトルの 「私」がレシのなかに語られている「私」で、celui がレシの登場人物だとすれ ば、「私といっしょにいなかったひと」は、レシの登場人物の「男」のことだと言 えるかもしれない。しかしこのレシの空間において、「男」は「私」といっしょに いるようにみえる。  「男」と「私」とブランショの関係は単純ではない。このレシは書き手の分裂 を表していると言った。しかしこの三人のうちのだれが実際にこのレシの書き 手なのだろうか。書いたのはブランショだと答えるのは簡単なように思われる。 しかしそれほど単純なのだろうか。  「男」は「私」に「あなたが書いているんですか、あなたは今書いているんですか 」 (Écrivez-vous, écrivez-vous en ce moment?)1と数回にわたって聞く。このとき ペンをもって書く手のことを想像すると、きわめて奇妙な現象が目にみえる。 書いている手が「あなたは今書いているんですか」と書くという地点において この疑問はいかなる意味をもちうるか。これはブランショのパラドクスと呼んで もよいものだろう(この文が疑問文であるかぎりにおいて正確な意味でのパラ ドクスとは呼べない)。このパラドクスは書くひとの同一性を宙吊りにする。「あ

1

Celui qui ne m'accompagnait pas, pp.71, 102, 104 (2 fois), 117, 126. 126ページでは en ce moment

がイタリックで強調されている。しかしこのときこの問いは「私」に向けられたものではなく、「外にいるひ と」に向けられたものだ。

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なたは今書いているのか」という書かれつつあることばは書くひとの支配に抵 抗する。  このレシの「現実」の書き手はブランショだとしても、想像上の書き手は「私」 だろう。想像上の人物「男」が、書いている「私」に対して問いかけた文を書き つけた「私」の文章を、ブランショが転写していると考えなければならない。 「私」が「過去のブランショ」だと想定すると、ブランショ(ホメーロス)と語られる 「男」の間には、想像上の語り手「私」(オデュッセウス)が存在するということ になる。これは想像的なレシについてだけ言えることだろうか。この問題を考 えなければならない。  想像上の出来事としては、ある男が「私」に対して「あなたは今書いている んですか」と問いかけるのを聞きながら、「私」はこの文を書いたと考えられる。 しかしレシは自分の生きた出来事を経験した後で書くものだ(その日の夜に 書く日記でも時間の関係は変わらない)。すると「あなたは書いているんです か」と問いかけられながら書いていた「私」を過去のなかに置き去りにして、 「私」は現時点でレシを書かなければならないことになる。そしてこの「私」は いまだにブランショになっていない(オデュッセウスがホメーロスになるという 意味でなければ、決して「私」はブランショになることがない)。過去の「私」は、 常にこのようにして過去のなかに置き去りにされるのではないか。「私」は、合 わせ鏡に映った鏡像のように、無限に反復されかねない。過去を生きた「私」 と現在において書く「私」の間には、いかにしても乗り越えられない距離があ ると言える。  「あなたは書いているんですか」という問いがひきおこすもうひとつの問題 は、こう聞かれている「私」が本当にペンをもって書いているのかという問題 だ。この問題は実に厄介で、思索するのが困難だ。「男」が「あなたは今書い ているんですか」と「私」に聞いているという記述を読みながら、読者はやや もするとこの問いの真の意味、すなわち問いとしての意味を無視して、「私」 が書いているということを明白な事実として考えかねない。しかしすぐそう考 えてはならない。ブランショは1949年の評論集『捨て石』に収録された「カフ カと文学」でこう言っていた。  「私 私は不幸だ」と書くだけでは十分ではない。他のことを何も書かないかぎ り、私はあまりに自分に近すぎ、あまりに自分の不幸に近すぎて、この不幸 は言語のモード(le mode du langage)において本当に自分のものになりえ ない。私はまだ本当に不幸ではない。「このひと このひとは不幸だ」という奇妙なとり このひと かえにいたって初めて、言語は私にとって不幸な言語として構成されはじめ 、

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この言語において実現される不幸の世界をゆっくりと素描し投射しはじめる。 1

 問題は、この「奇妙なとりかえ」が本来的に奇妙なのかということだ。書かれ た言語もひとつの言語活動だ。言語活動には普通話者と聞き手が必要だ。 書物において、たとえ聞き手は読者であることが自明と思われるとしても、話 者は果して本当に著者、あるいは著者の代理人であると思われる語り手なの か。もし、奇妙な仮定に思われるかもしれないが、書物自身が固有の言語活 動をもつとしたらどうか。ブランショが作品の「本質的孤独」(このレシと同年 に発表された論文のタイトル)と呼ぶものは、「書物自身が作者と無縁のこと ばをもつ」という事態だと考えなければならない。「あなたは今書いているの か」という、書き手であるように思われるひとに対する奇怪な質問は、この「書 物自身の言語活動」の存在を暗示するだろう。書物は生きていないのに、人 間ではないのにことばを語るという事態は、よくよく考えてみると驚くべきこと だ(録音や放送の技術、さらには印刷の技術が生まれていない時代にはさら に書物のもつ言語活動は驚くべきものだったはずだ。だからこそ l'Écriture 「書かれたことば」という単語は「神のみことば」を指し示すのかもしれない)。 もし書かれたことばが「私」について語るとすれば、その語り手「私」は、「書か れたことば」自身だということになると言えないだろうか。「書かれたことば」が、 書くひとから多かれ少なかれ独立した自我の類似物、中性の言語としての 「私」をもつとすれば、この自我の類似物の言語活動の視点からすると、書く 「私」、書物自身の言語活動の外にいる「私」は、書き手から見ると、「あのひ と」だとみなされなければならないはずだ。  すると『私といっしょにいなかったひと』というタイトルに対する解釈も再考し なければならない。書かれているものである「私」、生まれつつある書物のも つ「私」に、「あなたは今書いているのか」と聞いている「男」が、実際にはペ ンをもって書いているとも考えられる。ペンをもっている「男」が、「今書いてい るのは私だと思い込んでいるが、実際は書いているのはあなたなのか」とペ ンに対して聞いている。「あなたは今書いているのか」と、この書かれつつあ 1

« Il ne me suffit donc pas d'écrire : Je suis malheureux. Tant que je n'écris rien d'autre, je suis trop

près de moi, trop près de mon malheur, pour que ce malheur devienne vraiment le mien sur le mode du langage : je ne suis pas encore vraiment malheureux. Ce n'est qu'à partir du moment où j'en arrive à cette substitution étrange : Il est malheureux, que le langage commence à se constituer en langage malheureux pour moi, à esquisser lentement le monde du malheur tel qu'il se réalise en lui. » (La Part du feu, p.29, « Kafka et la littérature »).

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ることばという言語に対して、この自我の類似物に対して、書いている「男」が 聞いているのかもしれない。書かれつつある言語そのものが「私」だとしたら どうか。この「私」は、当然書くための手も話すための口ももたない。書いてい るひとは自分のことを「男」と名づけて書いている。「男」は自分で書いている つもりだ。しかしふと疑問が頭をもたげる。「書いているのは言語自身の『私』 なのではないか」。ペン先から流れだすインクに「本当はあなたが書いている のか」と聞いてしまう。(まるでR・D・レインの『結ぼれ』のような状況だが、神 のことばを書きつける預言者のことも考えられる。シュルレアリスムの自動筆 記も同じようなものではないか。)  すると、一般的にはレシの語り手とされる「私」が作者の対応物とみなされる のだろうが、このレシでは「私」ではなくむしろ「男」がブランショの対応物だと 考えられないか。表紙に記されたタイトル Celui qui ne m'accompagnait pas の「私」は書かれた言葉のもつ自我の類似物を意味していて、「私といっしょ に い な か っ た ひ と 」 は そ の 上 に 名 前 が 記 さ れ て い る MAURICE BLANCHOT だということになりはしないか。このときブランショは書物の「私」 と読者のコミュニケーションの関係から排除される。ブランショとその書物のタ イトルを等号で結びつけるのは面白いゲームだ。 MAURICE BLANCHOT = Celui qui ne m'accompagnait pas  書かれたことばという言語のもつ「私」は、あくまで自我の類似物で、完全 に中性な言語に容易には到達できない。これはブランショを解釈する際にき わめて重要な問題だ。書物そのものの言語活動のもつ「私」から見た「男」を 主語にして語ったからといって、容易に言語が中性になれるわけではない。 この言語そのもののもつ「私」が、中世には決してなることのできない自我の 類似物として根強く残存する。このレシに登場する「私」はこの自我の類似物 のもつ一人称の代名詞だとしよう。「私」はこう言う。「この男が消え去るのを 見るのは、文字どおりに奇妙なことではなかった。なぜならこの男は私自身 だったからだ(puisque c'était moi-même)。」 1 まるで当然のことのように「私」 はこう言う。素朴な読者はここで「この男は私自身だ」ということばに面白がる ばかりだが、そこでとどまってはならない。なぜ、この「男」が「私」自身なら、 この「男」が「消え去る」のを見るのは奇妙なことではないのか考えなければ ならない。それは「私」もまた消え去るものでなければならないからだろう。 1

«Le voir disparaître n'était pas, à proprement parler, étrange, puisque c'était moi-même.» (Celui qui

ne m'accompagnait pas, p.48.)

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「私」が消え去ったとき、「私」は変身を完了し、レシは罠であることをやめる はずだ。しかしこの「変身」は容易なことではなく、逆にほぼ決して不可能だ と思わざるをえないきわめて困難なことだ。「私」は変身を被る最後の人間だ からだ。  「男」が「私」自身なら、このレシのなかでの「男」と「私」の対話は自分との 対話だということだ。自分との対話の相手に「男」と名前をつけたからといって、 それはすぐに「私」から切り離されたものにはならない。これを「私」から遠ざ けるためには時間が必要だ。このすぐには起こらないようにみえるレシの空 間への移行の時間、変身の時間を、「カフカと文学」のブランショは「ゆっくり と」と言い、「想像的なものとの出会い」のブランショは「すぐにだが少しずつ」 と言った。そもそもこの「自分との対話」という表現のなかの「自分」とはだれ か。ブランショなのか、言語自身のもつ自我の類似物「私」なのか。「それは ブランショだろう」と簡単に言えるほどに我々は言語を制御しえているだろう か。言語(決して古いものではない、常に新しく生み出されるきわめて感染 性の強いヴィールス)に語らせられてしまっていることと、自分で考えて語っ ていることを明確に区別できるだろうか。そうではないだろう。  よって、「男」が「私自身」だからといって、「私」と「男」とブランショのだれが 書いているのかという問いを容易に無に帰すことはできない。このレシを何 かひとつの「自我」だけが書いたものと考えるわけにはゆかない。だからとい ってこの三人がいっしょになって書いたと言い切るわけにもゆかない。おそら くこの三人のだれも実際には「いっしょにいなかった」。ブランショにとっては、 「私」も「男」もレシの空間のなかの過去のもので、「私」にとっておそらく「男」 は、一見「私」からするといっしょにいるようにみえるとしても、「私」よりさらに 過去に位置する。「私」がその手で書いているとしても、「私」は実際には「男」 の手によって書かれているとしても、「私」はレシの語りという出来事によって 「来るべき過去のもの」として「生まれる」ものだからだ。だから『望ましいとき に』において、「私」は「新しい過去」であると思われるクローディアといっしょ にいる。「私」は匿名の言語に到達できず、何らかのタイトルを冠した書物の なかの自我の類似物として残存する。読者が『私といっしょにいなかったひと』 の記述のなかに見出すことになる「過去を振り返る行為」は、「ブランショ→私 →男」という順序で生じる。逆に「不完全な変身」は「男→私→ブランショ」と いう順序で生じる。『望ましいときに』と同様に、二重の語りが想定できる。  「男」(オデュッセウス) → 「私」(ホメーロス)  「私」(オデュッセウス) → ブランショ(ホメーロス)

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さらにここには三つの可能性がある。特に注意しなければならないのは、 「私」からすると「男」がブランショにみえているという可能性だ。  ブランショ=「私」     「私」=「男」     「男」=ブランショ  それでも当然、アリストテレス的な言語の言語のレベルとしては、次のように 図式化しなければならない。  ブランショ≠「私」     「私」≠「男」     「男」≠ブランショ  オデュッセウスであると同時にホメーロスであるようにみえる「私」において、 レシは信用される言語を獲得する。「私」が語ることが真実か嘘かにかかわら ず、この主語は信用にたるものの形をとる。しかしこのような位置づけも必ず しも有効ではない。「あなたは今書いているのか」という問いを書きしるす手 のパラドクスは、決して書き手の位置を同定させない。ここには単純に「書き 手の分裂」と言ってすまされない何かまがまがしいものがある。

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「外」はどっちにあるか  たとえこのように関係を複雑にせず、日常の言語活動では、「私」が書く「私」 だと単純に考えても、書かれた言語の「私」に「あのひとは不幸だ」と言っても らってはじめて、「この男は私だ」(「ボヴァリー夫人は私だ」)と言ってはじめ て、書く「私」の言語のモードにおいて自分の不幸を語りはじめられると言え るのかもしれない。書かれた言語の「私」は、中性的で公平な判断をするか のようなあやまった幻想を、書くひとは抱くからだ。レシによって何かの出来 事を報告しようとするときには、このことに注意しなければならないだろう。し かし、言語活動においては、「私」なしに「あのひと」はありえないことを忘れ てはならない。一見言語のもつ「私」が中性的にみえたとしても、それは世の なかの「私」と似たものでしかなくて、完全に中性ではありえない。だからこそ 「あのひとは私だ」あるいは「私はあのひとだ」と簡単に言った上で「あのひと は不幸だ」と語るのは、「私は不幸だ」と言ったのとさほど変わらない。「あの ひと」を「あのひと」と呼ぶ「私」は、必ずしも一貫した持続性をもった「私」で はないと言わなければ、この不幸を指し示す言語活動は十全なものたりえな い。「私は不幸だ」と書くだけでは「十分ではない」のなら、「私はあのひとだ」 と書くだけでもやはり十分ではないだろう。移行には時間が必要だ。より正確 には「もうひとつの時間」、単語で構成された「時間」と類似したレシの空間が 必要だ。  言語活動は「私」と「あなた」の間で生じる。「あのひと」は第三者で、この言 語活動の場からしめだされたものだ。「私」が「私」の不幸を書くとき、それを 「私の」不幸として書けば、この不幸は書かれた言語によって構成されたレシ のなかに、このコミュニケーションの道具の関係性のなかに、閉じこめられて しまう。作品の言語とそれを受けとるもの=読者との幸福なコミュニケーション のなかに、不幸は埋没する。それを避けるために、もし作者が不幸だとしたら、 作品の言語は「あのひとは不幸だ」と言わなければならない。作者は作品の 外にとどまっているからだ。現実の「私」が自分が不幸であると言いたいのな ら、この不幸はレシの「内部」にあってはならない。レシは決して現実の対応 物たりえないからだ。「不幸」は、「あのひと」のものとして、レシの「外」にある べきだ。それが不幸にかかわるものであるかそうでないかによらず、たとえば 民俗学者の報告は「あのひと」に関して「私」が報告するという形をとる。「あ のひと」はコミュニケーションからしめだされたものとして、「私」と「あなた」か ら見られた興味ぶかいものとして存在する。このとき不幸が可能になる。  言説の信用性を獲得できる主語は「私」だ。それでもなぜ「私は不幸だ」と いうことばに信用性がないかといえば、この「私は不幸だ」ということばには、

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既に聞き手(「あなた」)がいるからだ。「私」は、オデュッセウスのように、こと ばに対する特権をもつものとして語る。真に「不幸な私」は、いかなるものだ ろうと、特権をもつことはありえない。本当に不幸であるためには、ことばによ るコミュニケーションの回路からしめだされていなければならない。よって「幸 福論」はありえても「不幸論」はない。  もちろん不幸なものには自分が不幸だと主張する権利がないということで はない。ただ残念なことながら、個人の不幸を主張することばは実際にはな かなか届きがたい。自らのことばを届かせられるのは、不幸な人間のうちの ほんのひとつかみでしかないことを忘れてはならない。ことばを届かせること ができる人間は、既にそれだけで十分に幸福だ。さらに、精神医学と精神分 析はもっぱら「不幸」を扱うことを付け加えなければならない。まるで哲学に おける「不幸論」の不在を、精神衛生に関する言説が埋めているかのようだ。 不幸は診察を受ける「患者」(patient)の側にあり、精神科医には、実際に自 ら不幸を感じていようとそうでなかろうと、そもそも不幸を表明する「権利」が ない。民俗学、文化人類学、精神医学、精神分析は、もっぱら「私たち」の興 味をひきつける「外」を問題にしている。  「あのひとは不幸だ」と言わなければならないのだろう(一度は精神科医を めざしたらしい)ブランショのレシにおいて、『私といっしょにいなかったひと』 を除くと、実際には「外」はほとんど問題にされない。フーコーがブランショの 小説の隠されたテーマを見出したということを理解せずに、フーコーの言説 を無反省に反復することには意味がない。『望ましいときに』の後のブランシ ョのレシは、常にひとつの建物だけを舞台とし、そこから出ることがない。『私 といっしょにいなかったひと』においても、「外」は暗示されるにとどまる。 (ブランショの「外」は「父親」を意味すると考える向きがある。もし書物のな かにいる「私」にとって書物の外にいるひと(「あのひと」?)がブランショであ って、さらに作者が作品の父親ならば、この意見は当を得たものになるだろう。 しかしこの章では出来事の記述について考えている筆者は、「外」は単純に レシの「外」の空間を示すものだとみなす。次章ではレシの外の空間が「過 去」、「死」である可能性を検討する。)  ふたたび『望ましいときに』について考えてみよう。このレシにはまだ『私と いっしょにいなかったひと』の「私」と「男」という形で現れる顕著な語り手の分 裂、レシの語りそのものに対する思索は記述のレベルでは現れていないよう だが、『死の宣告』の年代を付された現実と類似した時間からも遠ざかってい る。この過渡的な状態(とみえてしまうもの)が、特異なブランショのレシ空間 のなかでも、さらに特殊で奇妙な語りを構成する。『私といっしょにいなかっ たひと』のように、言語活動のレベルではっきりと「私」と「男」が分裂していな

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いがゆえに、『望ましいときに』の「私」はさらに病理的に分裂しているようにも みえる。ジュディットトとの出会いの直後、冒頭近くの記述。  窓が開いていたので、ジュディットが立ち上がって閉めに行った。それまで 街路の物音が部屋に満ちていた(la rue avait continué à passer par la chambre)ことに気づいた。女がこの物音を気にしていたのかどうかは わから ない。ほとんど気にしていなかったと思う。しかし女が振り返って私に気づい たとき不意に、ようやく私に気づきはじめたのだと感じた。1  外が遮断された後になってはじめて、「私」はジュディットにとって存在しは じめる。決して建物の外に出ない「私」はすぐれて内部的な存在だ。この冒 頭近くの場面で外が閉めだされて以来ほとんど外は問題にされない。この箇 所の «la rue avait continué à passer par la chambre» (「道が部屋のなかを通 っていた」?)という表現はまるで自動車が部屋のなかを走っていたかのよう な奇妙な印象を与える。シュルレアリスムの方法論に一定の理解を示しなが らも、「シュルレアリスムは語に重きを置きすぎる」ことを批判したブランショな らではの、まるで言いまちがいのような翻訳不可能な奇態な表現と言えるだ ろう。このような表現は「私」の言語活動の信用度を落とすと言える。  さらに後になると(ジュディットが飛び跳ねてクローディアから離れた場面の 後)、ジュディットは外から「私」を見つめているようだ。この箇所はきわめて重 要なので、詳しく分析する。まず92ページで「しまいに私はこういう印象を抱い た(À la longue, j'eus cette impression)。私はベッドに戻っていた(でも横になっ てはいなかった)。ジュディットが立っていて、窓から見つめつづけていた (Judith, debout, continuait à regarder par la fenêtre) 。 」 と 書 か れ る 。 こ こ で は 動 詞 regarder の目的語が示されていないために何を見つめているのかわからな いので、ジュディットが果して窓の外にいるのかなかにいるのかわからない (そもそもこの「印象」は事実として記述されているのかどうかという疑問を感 じざるをえない)。この文に直接つづけて「私」はこう言う。  薄ら寒い感じがしていた。悪寒(frisson)を感じさせるひどい寒さでなく、穏 やかで静かな寒さだった(全てが改めて特別な静けさのなかに沈みこんで 1

« La fenêtre étant ouverte, elle [Judith] se leva pour aller la fermer. Jusque là, je m'en rendis compte,

la rue avait continué à passer par la chambre. Je ne sais si tout ce bruit la gênait ; je crois qu'elle s'en souciait très peu ; mais, quand elle se retourna et m'aperçut, j'eus le brusque sentiment qu'elle commençait seulement à m'apercevoir. » (Au Moment voulu, p.11.)

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いた)。たぶんそれはクローディアが(薪をもって入ってきていた)たちどまって、 何かを教えるように私を見つめたせいだったのだろうが、別様には表現でき ない。女が私を見つめている間、私は向こう側(là-bas)にいて、外のまったく 不快でない穏やかな薄ら寒さのなかにいて、そこから透明な霧氷を通して、 私も女を深く静かに見つめているとわかった。1  「私」は部屋の中にいたのか、外にいたのか。この不可解な記述からは何も わからない。「外」の寒さを感じたこと自体は、クローディアが扉を開けて入っ てきたことで説明できるが、透明な霧氷を通して、部屋に戻って来たクロー ディアを見るためには、「私」は部屋の外にいなければならないはずだ。ベッ ドが外にあったとは考えられないだろう。つづけて「私」は「すぐに断っておこ う。これはひとつの考えでしかなく、感覚の語る真実だった。」という。それで は透明な霧氷とは何かのたとえなのか。「私にとっては確かにこのとき部屋のな かに入りこんだ外の人物である方がより単純だっただろう(Il eût été certainement plus simple pour moi d'être à cet instant une figure du dehors)」と「私」は言う。 しかしおそらく「私」は実際には部屋の外にはいないらしい。あるいは外にい ることをいさぎよしとしないということか。そもそも「部屋のなかに入りこんだ外 の人物」は外に属するのか、中に属するのかがわからない。ともかくこの条件 法の表現は「私」は「外の人物」そのものではないと言っている。なぜなら「私 」 は過去について全てを知っている語り手、レシを真実として語る語り手だか らだ。この語り手は読者との幸福なコミュニケーションをもちうるレシの内側に いざるをえない。

1

« À la longue, j'eus cette impression : j'étais retourné à mon lit (mais je n'étais pas couché) ;

Judith, debout, continuait à regarder par la fenêtre. J'éprouvais un léger sentiment de froid, non pas le froid bouleversant d'un frisson, mais un froid calme, silencieux (tout était plongé à nouveau dans un silence particulier). Peut-être cela vint-il de ce que Claudia (elle entrait, portant du bois) s'arrêta et me regarda à sa manière instructive, mais je ne puis m'exprimer autrement : pendant tout le temps qu'elle m'observa, je compris que je me trouvais là-bas, dans le froid léger, calme, nullement désagréable du dehors, et de là, à travers la transparence du givre, je la regardais, moi aussi, profondément et silencieusement. Je le préciserai tout de suite : ce n'était qu'une idée, la vérité d'une sensation. Il eût été certainement plus simple pour moi d'être à cet instant une figure du dehors plongeant à l'intérieur de la chambre et interrogeant du regard ceux qui s'y trouvaient […]. » (Ibid., pp.92-3.)

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私は全てを知っていた。全てを知っていたというこの恐ろしい確信以外、 今となっては全てを忘れてしまっていた。私には問いかけられなかった。問い がいかなるものでありうるのかもまったくわからなかったと思うが、それでも問 いかけなければならず、それが果てしなき必要性だった。いかにしてこの「悲 劇的な困惑」から逃れられただろうか。この困惑を言いかえ生きたものにす るために全てを試みようとしないでいられただろうか。それに私がこの話すこと なく、だれにも話しかけられない人物の反映物でなかったとしたら何だったと いうのだろうか。この反映物は外の終わりなき静けさに支えられ、ガラスの向 こうから静かに世界に問いかけることしかできなかった。1  この一節では特に「困惑を言いかえ生きたものにするために全てを試みる」 という表現に注目すべきだろう。そして「全てを知っていたという確信」が「恐 ろしい」ものだということの意味をよく考えるべきだ。  「私」は外にいるものではないが、それでも外にいるものの反映物らしい。 外にいるものは、話さないがただ何ものかによって問いかけるものだ。しかし この一節でもやはり位置関係が明確でないことに注意しなければならない。 結局「外」とはこの建物の外側なのか、それとも外の冷気をひきつれて入っ てきたクローディアの側なのかはっきりしないと言わなければならない。それ に問いがいかなるものなのかわからないのに、いかにして問いかけられるの か(視線で問うのか)。おそらくこれにつづく記述はその問いの方法のひとつ の可能性だ。「私」はこの引用に直接つづけて「そのために別のことを言わな ければならない」と言う 2。二ページ前には「別様には表現できない」と言って 1

« [Je] savais tout, et à présent j'avais peut-être tout oublié, sauf cette certitude que je savais tout. Je

ne pouvais pas interroger, je crois que je n'avais pas la moindre idée de ce que pouvait être une question, et pourtant, interroger, il le fallait, c'était un besoin infini. Comment aurai-je pu échapper à ce « tragique embarras » ? Comment n'aurais-je pas tout tenté pour le traduire et le faire vivre ? Et qu'étais-je donc si je n'étais pas ce reflet d'une figure qui ne parlait pas et à qui personne ne parlait, seulement capable, appuyé sur la tranquillité sans fin du dehors, d'interroger, de l'autre côté d'une vitre, silencieusement le monde ? » (Ibid., p.94.) 2

94ページから 96ページまでの奇妙な記述全体を引用する。 « C'est pourquoi je dois dire autre

chose. J'étais retourné à mon lit. Judith, debout, regardait attentivement par la fenêtre, et pendant qu'elle était là-bas, fixant, comme je l'avais fait, les profondes masses neigeuses, je fis, moi aussi, une découverte, calme, sans passion (tout, je l'ai dit, était plongé dans un silence particulier) : c'est qu'elle regardait par la fenêtre (non de mon côté), et de l'intensité, de l'intimité de son regard, j'avais une preuve dans ce silence que rien ne pouvait déranger, pas plus qu'elle-même ne pouvait être

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いたのに、すぐこのことばを裏切る。この裏切りによって改めて新しい記憶が 生産される。一度目の記述では、外にいるものは必ずしもジュディットではな かったようにも思われる。しかし二度目の記述の末尾では、それをまちがい なくジュディットにしてしまう。すなわちここから先は、まるでジュディットの与 えた「印象」が、否定しがたい固体性をもってしまったかのような記述がなさ れる。一度目の記述(92ページ)の「私」が、二度目の記述(94ページ以後) では、ジュディットにとってかわられているようだ(「向こう側」 (là-bas)にいるの は、今度は「私」ではなくてジュディットだ)。  94ページでは、ジュディットは部屋のなかにいて、「私」といっしょに窓の外 の雪を見ているはずだ。「私はベッドに戻っていた。ジュディットが立っていて、注 意 深 く 窓 か ら 見 つ め て い た (Judith, debout, regardait attentivement par la fenêtre)。あの女が向こう側(là-bas)にいて、前に私がしたように深い雪の塊を見 つめている最中に、落ち着いていた私も静かにある発見をした。 」この発見とは 奇妙なことに「ジュディットが窓から見つめていた(私の側ではない)(c'est qu'elle regardait par la fenêtre (non de mon côté))」というものだ。この「窓から」(par la fenêtre)という表現だけでは、相変わらずジュディットが部屋のなかにいる のか外にいるのかがわからない。しかし確かにジュディットが雪を見るために は部屋のなかにいなければならない。それなのに雪を見ているジュディット について「私のした発見」は、「ジュディットは私の側にはいない」ということだ った。たぶん「私の側」(de mon côté)は「向こう側」(là-bas)と対応するものだ dérangée de sa vue. Et moi, puis-je dire que je la voyais ? Non, pas tout à fait, seulement de dos et la tête aux trois quarts détournée, les cheveux lisses et incultes sur les épaules. C'est, il me semble, à cet instant que Claudia, étant entrée, me regarda pour « rompre le charme », et c'est alors aussi que, dans le froid léger du dehors, à travers la transparence du givre, à mon tour je la fixai et silencieusement l'interrogeai. Dans quel esprit Claudia se prêtait-elle à ce mouvement ? Elle devait avoir ses raisons. Il est probable que, quand elle voyait son amie regarder par la fenêtre avec cette attention (regarder par la fenêtre étant une formule à son usage), elle n'éprouvait aucun sentiment heureux. J'imagine que cette fenêtre ne lui plaisait pas, mais qu'elle respectait comme la vérité propre de Judith, et sans doute, pour elle, le jour était-il vide, mais cela lui était sûrement égal, il lui suffisait pleinement de regarder celle qui regardait, c'est à celle-ci qu'elle s'intéressait et non à une image étrangère, maintenue par la force du désir dans une proximité redoutable, mais tout de même inaccessible. Cette dernière circonstance devait jouer un rôle dans sa complaisance. Je me demande si elle n'essayait pas d'enfermer la vérité, de la traduire dans cette situation d'une remarquable ironie : j'étais là en chair en os, mais Judith continuait à me regarder stérilement par la fenêtre. » (Ibid., pp. 94-96.)

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から、これは「私の方を見ていなかった」という意味ではないだろう。窓を通し て雪を見ているのなら、「私」の方を見ていないのは自明のことであって、「発 見」ではありえないだろう。いったいここでは何が言われているのか。  それではやはり「私」が外にいるのだろうか。「私はベッドに戻っていた」と 「私」はもう一度言った(「もう一度言った」ということが、一度目と同じ場面の 記述の反復を意味するのかどうかは一向にわからない)のだから、これはや はりありえないように思える。この「発見」の後で「私」は言う(95ページ)。「私 はあのひとを見ていたと言えるだろうか。いいや、そうは言えない。ただ背中 の方から、四分の三そらした顔 1 を見ていた。」 「四分の三そらした」という表 現によっても、ジュディットの位置はわからない。このとき「私」は一度目と同 じような記述を繰り返す。しかしここでは「私」は向こう側 (là-bas)にいたとは言 われていない。  このときクローディアが入ってきて、「呪縛を破る」(« rompre le charme ») ために私を見つめたようだ。このとき、私は薄ら寒い外にいて、透明な霧氷 を通して、今度は私が女を見つめて静かに問いかけた。  「部屋のなかに入りこんだ外の人物」になる方が簡単だろうと「私」は言って いたのだが、それではこのとき「私」はこの曖昧なものそのものになったのか。 一度目の「私」とクローディアとの関係を指し示していた記述にジュディットに 関する記述がはさみこまれて、さらに状況は奇妙になる。一度目の記述では この状況は「私」とクローディアの透明な霧氷をはさんだ関係で終わっていた のだが、二度目の記述はこれで終わらず、さらに次のページでこう言われる。  私自身はそこにいたが、ジュディットは私を虚しく窓から見つめつづけていた (j'étais là en chair et en os, mais Judith continuait à me regarder stérilement par la fenêtre)。  この表現は何か奇妙な印象を与える。「私」に与えられる「生身」 (en chair et en os)なる表現は、「肉体的に現実のものとして」という意味をもつ。そして また「虚しく」(stérilement)という単語は、「何も生みださない」ということだ。 「私」の側には生命があるようにみえるが、ジュディットはまるで窓の外にいる 幽霊のようだと言えるかもしれない。いつ、いかにしてジュディットが外に出て いったのか、あるいはもし「私」が一瞬外に出たのだとしても、いつ、いかにし 1

斜め方向から見た肖像の角度のこと。

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て「私」が部屋のなかに戻ったのかもわからない。いったい「私」がいた「そこ (là)とはどこなのか。外なのか、中なのか。ともかくジュディットが「私」を見つ めているこのときこの場面では、「私」とクローディアはいっしょにいるようだ。 とするとおそらく「そこ」は建物の内部を意味すると思われる。  「私自身はそこにいたのだが、ジュディットは私を虚しく窓から見つめつづ けていた」ということばは、「ものすごい皮肉」(une remarquable ironie)の状況 のなかにあると言われる。この「皮肉」(知らぬふり)はどこにあるのか。これは 「私」が、ジュディットは「そこ」にはいなくて、幽霊のように「外」にいることを実 は知っているということではないのか。「そこ」にいるのは「私」だけではない。 クローディアが「私」といっしょにいる。このクローディアにとっては、「窓」が 「ジュディット固有の真実」だとされる。「窓」とは「日の光」のことか。ダンテを 照らしだすベアトリーチェなのか。クローディアを犯した「私」は、「日の光」の 方に飛びだしていた。おそらく「私」は、ベアトリーチェと自分の間の直線上 にいた貴族の女性を犯すダンテだ。そして事実ダンテは、ある意味では、こ の女性を視姦したと言える。この視姦がレシの語りの問題だ。多くのポルノグ ラフィに現れる「覗き」の場面は、文学のことばの発生地点を明確に表してい る。「見てはならないものを見る」のが文学のはじまりだ。だからこそダンテに とってのこの「貴族の女性」、「私」にとってのクローディアは、文学が創造さ れるためには必ず必要なものだ。しかし「『私』にとってのクローディア」は、ク ローディア自身ではない。「私」にとって「日の光」が大切だとしても、クロー ディアにとってはそれはどうでもよいものだ。「クローディアにとってはきっと日の 光は空虚なものだっただろう。でもそれはこのひとにとっては確かにどうでもよかった。 このひとには見つめている女を見つめるだけでまったく十分で、興味があるのはこ の女で、欲望の力で恐るべき近さにひきとめられながら、それでも近づきえない異 郷の映像ではなかった。」 「近づけない異郷の映像」とは、「私」が(「私」を)照 らしだすジュディットの映像を意味するように思われる。クローディアは、「私」 を介してそこにいるように記述されるジュディットの存在でなく、ただ窓の外に ただようような「本当のジュディット」に興味があるということか。  ともかく確実に言えることは、「私」とジュディットの間には何らかの共犯関 係があり、外国人クローディアはそこから除外されているということだ。「私」も ジュディットも奇妙なしかたで外にゆけるようだが、それはクローディアには許 されていない。この奇妙な窓をめぐる記述は次の文ではじまっていた。「クロ ーディアに問いかけようか。でも何について。私の現前のなかにある困難と悲劇 的な困惑が気づかれないでいるのは不可能だった。」 1 クローディアが「私」の 1

« L'interroger ? mais à quel sujet ? Il n'était pas possible que ce qu'il y avait de gêne et de tragique

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現前に困惑するより、「私」がクローディアの現前、新しい過去の登場に困惑 している。クローディアは「私」を拒絶するものを何かもつ。過去については 全てを知っていたはずなのに、それはまちがいだと知らせる女に困惑する。 この女に問いかけようとしても問いがみつからない。なぜなら自分の知ってい る過去に目を向けると必ず出会ってしまう未知の過去は、あらゆる問いの手 前にあるからだ。それは問いかける前に出会ってしまうものだからだ。だから、 クローディアがいることはおそらくまちがいがないこの部屋についての不確 実な記述を、キュビスム絵画のように複数の視点から繰り返すことが、「私」に とってはひとつの問いの形式となるのかもしれない。透明な霧氷を通してクロ ーディアを見たとき、いかなる問いを問いかけるのかはわからないとしても、 「私」には何とかして問いかけられるようだ。しかしジュディットはここでただ 「虚しく」見つめるだけだ。ジュディットからはあらゆる権能が奪われているよう だ。この「私」には口に出せない問いとは、「ジュディットはここにいるのか」 「私たちはふたりだけなのか」というものなのかもしれない。すなわち「私の知 っている過去はもはやここにはないのか」という問いだろうか。  そもそも、いかにしてこの場面の記述を真に受けられるのか、読者にはわ からない。この場面については、単数形で語るべきなのか、複数形で語るべ きなのか。これは同じひとつの場面なのか、それとも多くの場面がここにはあ るのか(ジャコメッティの初期の彫刻のようなユーモラスな空間がここにはある のかもしれない)。ジュディットが窓の外に出たとして、それがいつのことかわ からず、「私」に関しても同様だ。全ては比喩的な空間だと言ってすますわけ にもゆかない。これらの記述が、ジュディットがクローディアから飛び跳ねて 離れた場面の直後にあることが問題だ。この意味合いがはっきり把捉できな い出来事が、語り手の記憶に深い打撃を与えた。そのために語り手には何 が起きたのかがわからない。「私」はこのレシのなかで繰り返し問う。「 『正確 に言って』何が起きたのか。」1  語り手にも何が起きたのか、何を語るべきかわからない。何を見つめている のかはよくわからないが、ともかく「見つめている」ジュディットに関する解体し た記述は、形式的には後の『期待忘却』のような断片的な形はとっていない が、ジュディットがどこに位置するのかわからないように細かく分断されている embarras dans ma présence passât inaperçu. » (Ibid., p.91.) 1

« Passer l'éponge, étouffer les questions vaines sur ce qui se passait “au juste” » j'étais parvenu à

faire, grâce à l'énergie irritée. » (Ibid., p.89.); « [C]ette phrase de grande envergure (qui avait tout l'air d'être une réponse à mes questions vaines sur ce qui se passait “au juste”) : “Personne ici ne désire se lier à une histoire.” » (Ibid., p.108.) ; « [M]ais que se passait-il “au juste” ? » (Ibid., p.141.)

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まるでよくできていないシナリオを前にした映画監督が、試行錯誤しながらひ とつの場面についてさまざまな可能性を試してフィルムをむだづかいしてい るようだ。読者はそのラッシュにむりやり立ち合わせさせられている。この曖 昧な記述のなかで読者にわかるのは、「外」は寒く、雪があるということだ。重 要なことは、「外」は物音をたてるとしても、決して「人間」のことばをもたない ということだ。「外」はジュディットのように、sauvage (付き合いが悪いもの)な ものだ。このレシでは、レシの「外」にあるのかもしれない「あの女の不幸」あ るいは「あの男の不幸」は、指し示されることも、はっきりわかるようなしかたで 暗示されることもない。それはブランショのしようとしていることではない。しい て言えば、「話すことなく、だれにも話しかけられない」なる表現が、ことばを もたない人間、第三者としてしか描かれない人間の不幸を表すと言えるだろ うか。しかし強調されていた「呪縛を破る」(« rompre le charme »)なる表現は、 「至福の状況を断ち切る」という意味をもつ。ジュディットを見、ジュディットに 見られていると「信じる」ことは、「私」にとって幸福だ。この「私の幸福」の側 に「私」はとどまる。だからこそクローディアが「呪縛」を破っても、というよりむ しろその後で初めて(それまで regarder の目的語はなかったのだから)、「私」 は「ジュディットは私を見つめつづけていた」とすぐに書くことになる。この五 ページにわたる奇妙な窓をめぐる記述の末尾で、ようやく「私」とジュディット の位置関係がはっきりする(ようにみえる)。「私」とジュディットはガラスで隔 てられているが、「私」とクローディアは同じ側にいる。少なくとも「私」はそうい うことにしたい。ジュディットがクローディアから飛び跳ねて離れた場面と同じ く、この記述は、かつてレシを書いたときに新しい記憶(過去の生きられた時 間に対する裏切り)としてレシを生産した記憶を、経験として物語っているも のとして読める。書かれても発表されなかった、実際に書物として発表された 完成品よりも完全なプロトタイプのレシは、きっと決して存在しなかっただろう けれども、もし存在したとしたら、たぶんすぐに「ジュディットは私を見つめて いた」という結論にたどりつく形をとっていただろう。しかしここで提出されたレ シの記述は、そこにいたるまでの書き手の思考の試行錯誤の過程をたどっ ている。ブランショのレシは、たとえて言えば、モンタージュ以前のフィルム、 あるいはモンタージュすることも断念してしまったフィルム、今にも破棄されて しまいそうな絡まり合った未整理のフィルムの塊なのだ。これは、ヌーヴォー・ ロマンの代表作のひとつ、ロベール・パンジェの『質疑』 (1962)ほどにも整理 された形で提出されていない。そこにはときに監督と役者の会話すらはさみ こまれているようにみえる。主演女優のジュディットは撮影の途中で死んでし まって、今はクローディアをつかって映画を撮っているのだが、クローディア がまったく言うことを聞かないので、ふと思いついて、かつて撮ったジュディッ

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トの映像もそこにはさみこもうとしているのかもしれない。この「窓」について 繰り返される記述はそのようなものとしても読めないだろうか。  クローディアにとって「窓」が「ジュディット固有の真実」だということは、ジュ ディットが本当は(少なくともクローディアの理解するレシの真実においては) 常に「外」にいるということだろう。しかし「私」は繰り返しジュディットが中にい るようにして記述する。「呪縛を破る」ことで、「外」は滅多に中に入ってこない とクローディアは知らせたいようだ。しかし「私」はこのとき「自分も薄ら寒い外 にいた」と嘘をつく、少なくとも不条理なことを言う。この「嘘」は「私は地獄を 見た」と語るオルフェウス(ダンテ)の「嘘」だろう。『望ましいときに』の「私」の 嘘は自分で嘘だとわからない嘘で、奇妙なことに誠実な嘘だ。なぜなら一度 目に語り手は「それはひとつの考えでしかなかった」と言ったからだ。一度目 に「事実」を明かし、二度目に隠蔽する。これは逆であるべきだと思われる、 実に奇妙な語りだ。しかしこれがおそらく他のレシが決して明かさないレシの 生産の秘密だ。普通のレシは、最初は「考えでしかない」と思われたことを、 それを断らずに、事実として、「正確な記憶」として提出する。「私」がその出 来事を経験し、「私」しかその出来事について語りうるひとがいないのならば、 いったいだれがこれが正確な記憶ではないことに気づくだろうか、と普通の レシの語り手は思うのかもしれない。あるいはむしろそのようなことは意識に のぼらないのだろう。  『本日の与太話』の語り手はこう語る。「理性を取り戻すとともに私は思い出し、 最低の日々においても、完全に不幸だと信じていたときも、ほぼいつも極端に幸 福だったとわかった。」 1 これが死を目前にしても生き延びた人間が語るべきこ とだろう。「私」は常に「こちら側」にいた、「うち」にいたのだ。本当の地獄は だれにも見られない。少なくともそれを「見た」と後には語れない。一度死の 世界に足を踏み入れたものは決して黄泉帰らないと多くのひとが知っている。 だから寒い「外」についてはっきり語ってはならない。「外」は「私」が身ぐるみ はがされ、生命が危険にさらされるような恐ろしい場所だ(「外」は決してよい ところではない)。だからこそまして自分が「外」にいる、いたと語ってはならな い。「外から中に入りこんだようだ」と言うのが限度だ。「外」にいたということば は「嘘」だと注意深い読者は気づくだろう。このように事後的にことばを語りう

1

« Avec la raison, le souvenir me revint et je vis que même aux pires jours, quand je me croyais

parfaitement et entièrement malheureux, j'étais cependant, et presque tout le temps, extrêmement heureux. » (La Folie du jour, p.12.)

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る特権、現在であればジャーナリストがもちうる特権を、おそらく地獄に足を 踏みいれる前に語り手はもっていた。  このちがう形で反復された、ジュディットと「私」が外にいるのか中にいるの かわからない窓に関する曖昧な記述は何を意味するのか。「外」は絶対的に どちらにあるとは措定されず、ただ「私」の視線で規定されると明かしていた。 「外」はただ純粋に「私の側にないもの」、より正確には「私が外にあると思う もの」だ。「外」にいるようなジュディットが「ユダヤの女」という名前を冠してい ることは、この一節がサルトルへの可能な返答であることをおそらく明らかに する。このように「外」を規定する民俗学者のような「私」の視線が罪深いのだ (もちろんサルトルの意見が民俗学者のようだと言うわけではないが、他者を 規定する視線は同質のものだ)。ユディト(ジュディット)はユダヤ教では正統 性を認められない、カトリック世界におけるユダヤの女だったことを思い出さ なければならない。

失望の文学  『私といっしょにいなかったひと』は『望ましいときに』より比較的に多くの「外」 に関する記述をもつが、やはり「外」で何が起きているのかよくわからない。こ のレシの主人公たちも外に足を向けない。しかし常に耳をそばだて、外を見 ている。読者にわかるのは「外にだれかいる」ということだ。  私はふたたびさらにもう少し向こうにいた。扉がばたばたいうのが聞こえてい た。たぶん閉め忘れた扉が風に吹かれているのだろう。しかしこの音はひどく 遠いものに思えた。全てが驚くほど静かだった。大きなガラス窓(三枚あった) から見ていると、向こうにだれか立っているのがみえた。1  この書かれているレシの内部の人間が外に見る「だれか」(このレシにおけ る第三の登場人物)が、「あのひとは不幸だ」と言われるべきひとなのかもし れない。しかしそれはまったく定かでない。しかも「私」には扉の音も「ひどく 遠い」ものに思われる。「私」には外にいる「だれか」について近さにおいて 1

« Je me retrouvai un peu plus loin. J'entendais battre une porte, sans doute celle que je n'avais pas dû

refermer et que le vent repoussait. Mais ce bruit me parut très lointain. Tout était extraordinairement calme. En regardant par les grandes baies vitrées - il y en avait trois - je vis qu'au delà se tenait quelqu'un […]. » (Celui qui ne m'accompagnait pas, p.33.)

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語れない。読者はこれらの登場人物の身元について率直に「何もわからな い」と認めなければならないかのようだ。このような曖昧な語りのなかに何を 見出せようか。もしかしたらブランショのレシ同志の類似が何かを明らかにし てくれるのだろうか。  『望ましいときに』と『私といっしょにいなかったひと』の類似について考えよ う。この二篇のレシにはかなりの数の似通ったことばがある。『私といっしょに いなかったひと』の冒頭では、これみよがしに『望ましいときに』との類似が提 出される(カッコ内の数字はページ数)。 『望ましいときに』(1951)

『私といっしょにいなかった ひと』 (1953)

「私」→クローディア 「男」→「私」 「でもここまでは反対に、あなたはかなり 「あなたはかなりうまくやっている」彼は言 うまくやってきたと思う。あなたは驚くべき った「あなたは驚くべきひとだ。」(14) ひとだ。」(116) 「私」→クローディア 「男」→「私」 「私たちはふたりだけだ、と言わせたい 「私たちはふたりだけでなければならな い、私たちはふたりだけだ。」(34) んですか?」(44) クローディア→「私」 「あなたもさっきあんなに遠くに…」(116)

「私」→「男」 「あなたは私が遠ざかったと、だんだん 遠 くに い っ たと 言 い た い ん で すか ? 」 (39)

「男」→「私」 クローディア→「私」 「でもこんな風にして切り抜けようとしなけ 「ああ!こんな風にして切り抜けようとし てはいけない。」(43)1 ればいいのにね」(42) 1

« Mais il me semble que jusqu'ici, au contraire, vous y êtes assez bien parvenue, Vous avez été

étonnante, vous savez. » (Au Moment voulu, p.116.) ; « Vous vous en tirez plutôt bien, remarquaitil. Vous êtes étonnant, vous savez. » (Celui qui ne m'accompagnait pas, p.14.) « Nous sommes seuls : c'est cela que vous voulez me faire dire ? » (Au Moment voulu, p.44.) ; « Vous savez, nous devons rester seuls, nous sommes seuls.» (Celui qui ne m'accompagnait pas, p.

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これらの引用からわかるように、「私」がそれぞれのレシにおいて、クローデ ィア、および「男」ともっている関係は同じものではない。ただ語のレベルで 同じというだけで、登場人物の関係におけることばの機能はちがう。ブランシ ョが意図的に『私といっしょにいなかったひと』に『望ましいときに』の対話と ほとんど同じことばをはさみこんだのはまちがいないが、それは登場人物の レシにおける機能に関する解釈を混乱させるばかりだ 1。これらの類似はレシ の意味合いについて何も明らかにしてくれないかのようだ。レシがひとつの 持続の類似物をもった空間だとすれば、この二篇のレシは互いを「外」として 排除し合うはずだ。『私といっしょにいなかったひと』は女性の登場人物をも たない。もしこのような類似が、ブランショのレシは全て同じ物語を語っている と暗示するとしたら、『私といっしょにいなかったひと』は、女性の登場人物が いなくても同じレシを語りうること、他のレシにおける女性は観念でしかなか ったことを皮肉に指し示すと言えるだろうか。『望ましいときに』が語る経験が、 過去にレシを書いた経験だとすれば、それは実際には男の書き手自らのな かでの対話でしかなかったことを『私といっしょにいなかったひと』は暗示す るかのようだ。ここにはナルシスムと呼ばれるものがあるのかもしれない。  他方でこの二篇のレシの間にはブランショのレシの発想を明らかにする類 似点が存在する。それは「書かれたことば」、すなわち口に出されることのな い、息を奪われたことばの性質を明かす。「書かれた」想像上の登場人物は 実際にはひとに聞かれるような声をもたない。 「それでもあなたは私に触れているし、 話しています。」 クローディアは驚くほど 激しく立ち上がった。「私が話しているで すって!」 この上なく厳しい皮肉の口

「それでも」私は絶望して言った「さっき 気づいたはずだ、私はあなたに話してい ると」 「あなたが話しているだって!」と 男は信じがたい軽蔑した口調で乱暴に

34.) « Vous aussi, tout à l'heure, vous étiez si loin...» (Au Moment voulu, p.116.) ; « Vous voulez dire que je me suis éloigné, éloigné de plus en plus ? » (Celui qui ne m'accompagnait pas, p.39.) « Mais que vous ne vous en tirerez pas comme cela : vous êtes là, vous êtes là !» (Au Moment voulu, p.42.) ; « Ah ! vous ne vous en tirerez pas comme cela.» (Celui qui ne m'accompagnait pas, p. 43.) 1

ブランショは「サドを全て読んでいないものは何も読んでいない」と言った。果たしてブランショが本当に

サドが書いたもので入手可能なものをすべて読んだのかどうかは定かではないが、作品を読み解くた めの鍵をあちこちにちりばめたサドと似たようなことをブランショもしていると考えることができるだろう。

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調で言った「私が話しているですって!」 叫んだ。それは、ああ、果てしない過去 女はこのことばを実に信じがたい厳しさ のもうひとつの口で言われたようだった。 で投げつけ、それはささやき声を引き裂 (46)2 き、普通の人間のことばになった。つま り美しい汚れなき声で言った。(120)  厳密に言うとこのふたつの箇所の意味はちがう。『私といっしょにいなかっ たひと』で、書かれている「男」は、この空間で何かを書いているものとして書 かれている「私」を見ている。自らも書かれているものである「男」は、この書 いているものとして書かれている「私」も実際には話していない(書いている) のを知っている。一方で『望ましいときに』のクローディアのことばは抗議のこ とばだ。過去に闖入してきた語り手「私」に、自分はことばを奪われた存在だ、 たとえ自分のことばが書き物の形で定着されても、それは「私」のペンを通し てでしかないとクローディアは示唆する。だがこのときこの女のことばは「普通 の人間のことばになった」。これは、現時点でレシを書く「私」の耳に、ときに クローディアのことばが「声」をもったものとして聞こえるということだ。しかしこ のことばは「私が話してるですって!」ということばだ。つまりある「過去」に実 際に言われたと考えられるクローディアという人間のことばではない。いま書 かれているレシの登場人物、新しい過去の叫びだ。(はっきりしない寝言を 言っていた人間が突然大きくはっきりことばを言ったような印象をこの箇所は 読者に与える。)  この二篇のレシには無視できない共通点が存在する。書き手として想定さ れる「私」の言語活動は虚妄であること、レシの「内部」は不毛で、無に近いこ と、語られない「外」だけが現実には存在し、ことばを発しているのではない かと、これらの非現実的な奇妙なことばは暗示する。本当に「話している」ひ とはどこか他処にいるはずだ。それでも、『私といっしょにいなかったひと』は、 『望ましいときに』のもつメランコリックな魅力を偽悪的に破壊しているようだと いう印象は否定しがたい。クローディアがレシの後半にいたって「私」に投げ 2

« ”“Vous me touchez, vous me parlez cependant.” Elle se redressa avec une extraordinaire violence.

“Je parle !” dit-elle sur le ton de l'ironie la plus dure. “Je parle !” Elle jeta ce mot avec une si incroyable dureté qu'il déchira le chuchotement et devint un mot humain ordinaire, je veux dire, prononcé avec sa belle voix intacte. » (Au moment voulu, p.120.) ; « “Et pourtant, dis-je désespérément, vous venez de le remarquer, je vous parle. - Vous parlez !” Cria-t-il brusquement sur un ton d'incroyable méprise qui me sembla sortir d'une bouche autre, ah, d'un passé infini. » (Celui qui ne m'accompagnait pas, p.46.)

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つける哀切な叫びが、『私といっしょにいなかったひと』の前半ではわけしり 顔のひとを面白がらせるような実につまらないものになってしまった。特に 「外国人」クローディアの立場が、『私といっしょにいなかったひと』では「私」 のものにされている場面があることには、実に深い皮肉、時間がたつにつれ て全てを自らに同化する「私」の恐ろしいまでの狡猾さを見るべきだろう。  文学の言語活動の虚妄を最もよく明らかにするブランショの小説は、 1948 年のロマン『神』だっただろう。このロマンは « Maintenant, c'est maintenant que je parle. » (「今から、今から私は話す」)ということばで終わる。すなわちこ の二百ページを越えるロマンのなかで、語り手「私」は実は何も話していなか った。小説が終わった後で何かがはじまる。この結辞は、文学が文学から覚 醒するためにあるということを明確に示す。ブランショは1969年の『終わらな い対話』に収められた「文学をもう一度」という文章のなかで、まるで映画監 督ジャンリュク・ゴダールのように、「たぶん文学は本質的に失望させるため にある」と言う 1 。ブランショの文学は失望装置だと理解しなければならない。 (ちなみにゴダールは若い頃にブランショを読んでいたらしい。)  よって1951年の傑作『望ましいときに』に比べて、1953年の『私といっしょに いなかったひと』の記述は、現実との対応関係をもたない味気ない観念的な 空間のなかにより深く沈みこむ(確かにこのつまらなさ、味気なさはブランショ の望んだものだったのだろうが)。『望ましいときに』で「私」はジュディットに、 そしてその後クローディアに「水を一杯ください」と言った。しかしジュディット に対して言ったときには何の反応も得られない。逆に生きている女クローディ アに言ったときには一杯の水を差し出される。『私といっしょにいなかったひ と』ではこのように語られる。  「水を一杯ください」私は低い声で言った。このことばは自分でもほとんど 聞こえなかった。しかし男ははっきりと答えた。「無理ですよ。私には何もでき ないんだから。」2 1

« Maintenant, c'est maintenant que je parle. », Le Très-Haut, Gallimard, 1948, collection

L'imaginaire, p.243. ブランショのレシの代表作が『望ましいときに』だとすれば、ロマンの代表作は『死 の宣告』と同年に発表された最後のロマン、この『神』だろう。この小説の分析はまた別の機会にゆずり たい。 « C'est que la littérature est peut-être faite essentiellement pour décevoir, étant comme toujours en défaut par rapport à elle-même. », « La littérature encore une fois » in L'Entretien infini, p.594. 2

« “Donnez-moi un verre d'eau”, dis-je à voix basse. Ces mots, je les entendis à peine. Cependant, il

répondit distinctement : “Je ne puis vous le donner. Vous le savez, je ne puis rien faire.” » (Celui qui ne m'accompagnait pas, p.96.)

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この「男」には何もできない。水を差し出すこともできない(「私」の渇きを癒 すことができない)。「男」はただレシの空間のなかにだけ現れる人間、ほぼ 人間ではないような人間だ。おそらくジュディットもこの「男」と似た存在だっ ただろう。『死の宣告』のJは「私」(Je)の半身であるとも考えられた。このJと対 応すると考えられるジュディットもまたJと同じようなものなのかもしれない。

寂しげな尊厳 - 望ましいとき  この二篇のレシの類似と相違を示す場面で最も重要なのは階段の下の場 面だ。『望ましいときに』で、4escio vos の場面の直後に次の記述がある。  このとき扉を開けて静かに階段の下を見ていた。この動作はまったく静か なわざとらしくないもので、よく言われるようにまったく夜に似つかわしいものだ った。このとき、はるか彼方から(à travers l'immense étendue)、あの女も (elle aussi)座っている、階段の下、曲がり角(tournant)の大きな段に座っ ているという印象を受けた。扉を開けて、私を見ていない女の方を見ていた (je regardais vers elle qui ne me regardait pas)。まったく無音の動作のな かの静けさに今日(aujourd'hui)、 期待でも、あきらめでもない、深く寂しげ な尊厳の態度で(dans une attitude qui n'était pas celle de l'attente, ni de la résignation, mais d'une profonde et mélancolique dignité)この少し 丸まった身体の真実があった。1  このレシの最後の方で階段の下に座っているのは「女」だ。しかし『私とい っしょにいなかったひと』の前半では「私」が階段の下にいる。ブランショの小 説のなかで繰り返し強調される静けさは、書き手が書く空間の静けさをまず

1

« [J]'ouvrais alors la porte et je regardais tranquillement vers le bas de l'escalier : c'était un

mouvement tout à fait tranquille et sans intention, purement nocturne, comme on dit. En cet instant, à travers l'immense étendue, elle me donnait l'impression d'être assise, elle aussi, en bas de l'escalier, sur la large marche du tournant; ayant ouvert la porte, je regardais vers elle qui ne me regardait pas, et tout ce qu'il y avait de tranquillité dans ce mouvement si parfaitement silencieux avait aujourd'hui la vérité de ce corps légèrement courbé dans une attitude qui n'était pas celle de l'attente, ni de la résignation, mais d'une profonde et mélancolique dignité. » (Au moment voulu, pp.138-139.)

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第一に意味するだろう。ジュディットが窓を閉めて雑音を遮断してくれなけれ ば、「私」には書きつづけることができない。  「今私は階段の下にいて、段と向き合っているようで、すぐ近くの反対側に は肘掛椅子があるけれど、それは見ていません。もう少し向こうにある部屋 の方を向いています。どうなっているかみえますか?」 「だいたいは。暗いん でしょうね」 「あまり暗くありません。日の光が暗いんです。全てが驚くほど静 かなんです」1  おそらく階段の下は多かれ少なかれ暗い領域のはずだ。『望ましいときに』 では「女」が暗い領域にいて「私」の方を見ていない。しかも「女」は「曲がり角」 (tournant)にいて、ややもすればみえなくなるはずだ。『私といっしょにいなか ったひと』では「私」自身が暗い領域にいる。しかし『望ましいときに』ではこの 場面は夜で、『私といっしょにいなかったひと』では「日の光が暗い」。語りの 対象である「女」は夜のなかにいるが、自ら語る「私」には暗いものだろうと日 がさしている。この「日の光」は「ことば」だろう。ことばを語る「私」は、たとえぼ んやりした意識だとしても、自分のことばにおいて、自分が自分だと知ってい る。それに対して階段の下にいる「女」は、自分がだれなのか自分から言わ ないので、だれなのかよくわからない。この「女」はだれなのか。上記の『望ま しいときに』の「深く寂しげな尊厳」について語られる前のページに次の記述 がある。  クローディアは私の少し後に帰ってきた。まったく静かだったので、この女は この後で休んだのだろう。しかしながら、後になって、廊下の開いた扉から 私を見つめる女 女がみえた(je la vis qui me regardait)(私は向かい合って、 ステュディオ(studio)にいた)。ふたたび女を見たとき、女は少し下の方に座 っていて、身体を半分に折って、遠くからは(à travers toute l'étendue)頭を 膝の方にかしげているようにみえた。2 1

« Écoutez, en ce moment je suis en bas de l'escalier, presque contre les marches, de l'autre côté et

tout près de moi il y a un fauteuil, mais je ne le regarde pas, car je suis tourné vers la salle qui s'étend un peu plus loin. Vous voyez comme sont les choses? - À peu près. Il fait sombre, n'est-ce pas ? - Il ne fait pas très sombre, c'est le jour qui est sombre. Vous savez, tout est extraordinairement calme. » (Celui qui ne m'accompagnait pas, p.58.) 2

« Claudia revint un peu après moi. Tout étant calme, je pense qu'elle se reposa désormais.

Cependant, plus tard, je la vis qui me regardait par la porte ouverte du couloir (j'étais, en face, dans le

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常識的にはこの人称代名詞 la はクローディアをさしていると考えるべきだ ろうが、突然見たところでは何の理由もなくイタリック体で書かれていることに 読者はつまずかざるをえない。もしクローディアを見たのなら、わざわざイタリ ックで強調する必要はないだろう。このイタリック体はレシの前半でイタリック で書かれていた「観念」(第四の登場人物)、あるいはそれと対応すると推測 されたジュディットを意味するのか。それは定かでない。確かなのは、この la の後はもうクローディアの名前は二度と語られないということだ。ここに現れる étendue(広がり)という単語は、「クローディアはすぐ後に帰ってきた。このひ とのことは知らなかった」という冒頭近くのことばから、「クローディアは私の少 し後に帰ってきた。このひとのことは知らなかった」という 4escio vos の後(む しろ直前)のことばまでのレシの空間をさすと考えられるかもしれない。すると 階段の下にいる「女」はやはりクローディアなのか。さらに「深く寂しげな尊厳 の態度」で座っていた女がこの引用に現れる女性と同一のものかどうかもは っきりしないことを無視してはならない。このふたつの記述の間には「むかし ひとりで南に住んでいたとき」という奇妙な断絶が現れる。上記の引用ではこ の「女も」(elle aussi)階段の下に座っていたと言われていた。  たとえ解釈をひとつにしぼる必要があるとしても、ここではできない。ブラン ショがこの「ラ」(クローディアは歌手だ)を謎めいたものにしようとしていること は確かだ。謎めいていること、わからないこと(l'obscur)をブランショがいかに して記述のなかで正当化(?)するかが問題だ。「女」を階段の下に見たその 先を見てみよう。  近づくか、降りてゆくか。そうしたくなかった。この女の方も、不法な現前に おいて(dans sa présence illégitime)、私のまなざしを受け入れていたが、 求めていなかった。女は決して私の方を振り返らず、女を見た後で静かに 引き下がることを私は決して忘れなかった (Jamais elle ne se tourna vers moi et jamais, après l'avoir regardée, je n'oubliai de me retirer tranquillement)。この瞬間は決して乱されることも、先送りされることも、遅ら されることもなかった。この女は私を知らなかったのかもしれない、私はこの 女を知らなかったのかもしれないが、どうでもよかった。この女にとっても私に とってもまさにこの瞬間が望ましいときだったから(et peut-être m'ignoraitstudio). Quand je la vis à nouveau, elle était assise et, à travers toute l'étendue, elle m'apparaissait un peu en contre-bas, le corps à demi ployé, la tête inclinée vers les genoux. » (Au Moment voulu, pp. 137-138.)

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elle, et peut-être était-elle ignorée de moi, mais il n'importait, car pour l'un et pour l'autre cet instant était bien le moment voulu)。1  「望ましいとき(le moment voulu)」という題名と同じことばはここにだけ現れ る。よって読者はこの曖昧なレシのなかでこの一節がきわめて重要だと理解 しなければならないだろう。「女がみえた」(je la vis)と言われたとき、この「女」 は「私を見ていた」。その後、「私」は「私を見ていない女の方を見ていた」。さ らに「女は決して私の方を振り返らなかった」(この「女」がだれなのかは決し てわからない)。こうして「女」が「私」から視線をそらしていること、あるいは本 当は「女」は「私」を見ていなかったと理解することが、このレシの語るべき「出 来事」だろう。「女」が「私」の方を振り返らず、「私」が引き下がるこの瞬間が レシの「望ましいとき」だ。語り手が姿を消すこと、「私」が消え去ることがこの レシにおいて望まれていること、おそらくは最初から望まれていたことだった。 「私がここにいる」ことを事件のように語り、「私」の現前がクローディアにとっ て困惑をひきおこすものでありうると理解していたらしい「私」は、この「私」の 存在を拒絶する事実を知っていたはずだ。この「望ましいとき」という瞬間に おいて、「私」と「女」は相互的な無知のなかにある。知らないのなら、そもそ も何も語れないはずだ(これは確かに「ものすごい皮肉」だろう)。知らないひ とには、自らがフィクションであると主張するもの(ロマン)でなければ、当然 名前をつけることもできない。レシの末尾近くのこの場面は、だれかが名前を 奪われた、あるいはこのだれともわからないだれかには最初から名前がなか ったことを示すと考えるべきだろう。このだれかがだれなのかははっきりしな い(obscur)ままにすべきだ。ブランショ自身がはっきりさせることを望んでいな い。このイタリック体の使用は、「女」は「女」と呼ばれるべきで、具体的な人間 を指し示していないことを意味するだろう。それでも曖昧な領域でクローディ アを呼びよせ、扉を開けてジュディットを引き連れてきた、このレシの空間を 支配している「観念」という女がこの「女」だという可能性は大きいと言えるか もしれない。もし「私」がひとりぼっちで部屋のなかでレシを書いて「観念」と だけ対話しているのだとすれば、ジュディットもクローディアも、「私」のレシの

1

« Me rapprocher ? descendre ? Je ne le désirais pas, et elle-même, dans sa présence illégitime,

acceptait mon regard, mais ne le demandait pas. Jamais elle ne se tourna vers moi et jamais, après l'avoir regardée, je n'oubliai de me retirer tranquillement. Jamais cet instant ne fut troublé, ni prolongé, ni différé, et peut-être m'ignorait-elle, et peut-être était-elle ignorée de moi, mais il n'importait, car pour l'un et pour l'autre cet instant était bien le moment voulu. » (Ibid., p.139.)

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なかでは、この「観念」、すなわち書いている「私」の意識の持続においてとら えられるものの別の名前でしかないのかもしれない。  この階段の下の場面においてきわめて重要な表現は、「期待でも、あきら めでもない、深く寂しげな尊厳の態度」ということばだ。これは何を意味する のか。「今日」(aujourd'hui)という単語が忍びこまされていることにも気をつけ なければならない。ここで描かれている「女」はおそらくレシの時間軸である 過去、「語りの現在」(書き直しによって既に過去になっている)の持続の様 相において語られた過去にいると考えられる人間だ。たとえば、クローディア は「私」が帰ってくることを予期していたことを思い出すべきだ。ジュディットの ことをいつか語ろうとしてやってくる、困惑をひきおこすような闖入者の「帰還」 を、クローディアは予期していた。しかし「今日」(語りの現在)「私」がふたた び「女」の方を振り返ってみると、「女」は自分のことを語られることを期待して いなくて、その語りをあきらめて甘受してもいない。ただそこには「深く寂しげ な尊厳」がある。これが小説家ブランショの見るレシの登場人物だ。現在の 持続の様相において語られることを「尊厳をもって」拒絶する過去の人間、こ れがこの「女」だ。  この「寂しげな尊厳」なる表現は、これに先行するページで、クローディア に対して二度与えられていた 1 。ジュディットに会いに帰ってきたと主張する 「私」を、過去の入口にいる番人クローディアは虜にし、ジュディットと「私」が ふたりだけで会うことを禁じた。冒頭の出会いの場面を除くと、「私」はほぼ決 してジュディットとふたりきりでいない。オルフェウスのような「私」は過去に知 っていたジュディットを取り戻すまではレシの舞台の建物から決して出ようと しないかのようだ。しかし実際には「私」はジュディットを連れ帰ろうとせずに 勝手にここにとどまっているのではないか。オルフェウスは常識的にはエウリ ュディケーの蘇生の可能性はないと知っていただろう。それなのにハーデー スとペルセフォネーは蘇生を許してしまった。だからこそオルフェウスは、「死」 に忠実であるために、後を振り返らなければならない。エウリュディケーが最 初から扉を開けるのは、オルフェウスには何よりも驚くべき理解できないこと なのではないか。  『死の宣告』の「私」がナタリーに無責任に軽く結婚を申し込んだように、 「私」はクローディアに「いっしょに南に来てください」と言う。クローディアは それを悲しげに拒絶し、遂に「私」を連れてジュディットの部屋にゆき、「私」と クローディアはジュディットの「あなたたちがだれかわからない」ということばを 聞く。ジュディットはおそらく死人だから、だれのことも知りえない。おそらく 1

Ibid., pp.130, 136.

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「私」もクローディアも本当はそのことを知っていた(「私」の語りにおいて、ク ローディアにはことばが与えられていない。「私」がクローディアの言ったとさ れることばをいくつか選んでいるだけだ)。クローディアはこの事実を知らな いふりをする「私」、「クローディアはジュディットの友人だ」という皮肉な記述 を延々とつづける「私」に、あえて(そうしなければならないから)この事実を 確認させる。「いっしょに南に来てください」ということばを聞いた後で、「私た ち」ふたりがいた部屋からジュディットの寝室に向かって「私」を引き連れて歩 いてゆく記述の間に、振り返らずに「私」の前をゆっくり歩いてゆくクローディ アは「寂しげな尊厳」をもっている。これは自分がレシの記述の欲望の対象 でないことを知っているレシの登場人物の態度だと言えるだろう(あるひとが だれかについて語りたいと言うとき、それは「だれかについて語りたい」のか、 それとも単に「私は語りたい」だけか)。この「尊厳」は、自分のことが軽々しく 語られることを寂しげに拒絶する。それでも「女」は「私」のまなざしを受け入 れていた。「私」を憎んでいるわけではない。自分のことが語られるのを期待 も甘受もしないが、この「尊厳」には罪深きオルフェウスの語りの欲望に対し て何もできないということも優しく認めている。ここに途轍もない mélancolie が現れる。  だからこそ、この階段の下に座っていた「女」がクローディアのことだと解釈 するのを認めてはならない。可能性としてはそう「解釈できる」。しかし倫理と しては、この「女」は無名のもので「なければならない」。可能性のことだけを 語るなら、「女」は扉を開けた「観念」だったかもしれないし、ジュディットだっ たかもしれない。おそらくこのような「解釈」は全て拒絶しなければならないの だろう。しかしまず何よりも、「私」が知らなかった、そして「私」を知らなかった 人間に名前を与えてはならないということを理解しなければならない。『私と いっしょにいなかったひと』が『望ましいときに』と似た記述を多くもつことは、 先行するレシに対する「解釈」を拒むひとつの韜晦の手段、この「寂しげな尊 厳」に対して何とかして敬意を表そうと試みるための羞恥心に満ちた転倒し た方法(この転倒はブランショにおいて実に本質的なものだ)だと考えられる だろう。互いを排除するレシの時空間は、自らを無に帰し、語りえない「外」 に目を向けさせようとする。このように考えてみると、クローディアにとっては 「外」にいるように思われるジュディットは、『望ましいときに』というレシによっ て排除されたレシ、すなわち書き直される前のレシの記憶だと考えられる。こ のようにして語り手が語りたい過去は語りえないものとしてさらに語り手から遠 ざかってゆく。  このときブランショがレシのなかでよく用いる「どうでもいい」 (Qu'importe. N'importe.)というやるせないことばは、明確な倫理をもったものとして読者の

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目に映りはじめる。「ブランショについていかに語るか」 「ブランショについて 語ることは不可能だ」 このような空虚なクリシェには何の意味もない。語りた いものは常に語る(それがまちがいなくブランショの言っていることだ)。ブラ ンショにおいて本質的なのは、語る欲望を前にしては何ものでもない法、禁 止、侵犯といった問題ではない。むしろブランショにとって重要なのは、ジュ ディットがクローディアから遠ざかったときに「私」が気づいた「真面目なもの の法が課されなくなったときに全てが極端に重要になる」レシの空間の「どう でもいい」ほどの圧倒的な無意味だ。この「無意味」は文学に閉じこもろうと する「観想的」な人間をしめだし、そこがどこであろうと、「さらに先」へと進む ようにかりたてる。「さらに先へ」とは道徳のことばではなく、衝動のことばだ。 「文学」からは排除されている生ける肉体のことばだ。  ここに開かれるのはキルケゴールが『反復』のなかで描いた「想起」ならざる 「反復」の時間にちがいない。そしてこの「反復」は、過去がいかなるものだっ たかわからないという徹底的な誠実さと、存在しなかった過去を現時点にお いて産出するという不誠実さと背中合わせの状況にある。さらにまたブランシ ョの重要な考察の対象であるニーチェのことも当然考えなければならないだ ろう。ブランショは『ツァラトストラ』を「不快な書物」 1と呼んだ。この書物のなか でツァラトストラは「生きるとはこういうことだったのか。ではもう一度 (Noch einmal)」と言う。しかしこの「勇気」はブランショの「私」のことばではない。「私」 がブランショのレシのなかで再三繰り返すことばは「ふたたび」 (de nouveau) ではなく「改めて」(à nouveau)だ。このふたつの表現はしばしば混同されるが、 もともと「改めて」(à nouveau)は「もう一度」ではなくて「新規に」ということだ。 ブランショにとって「さらに先」はあっても「もう一度」はない。

1

« [Le] livre désagréable qu'est Zarathoustra » (L'Entretien infini, p.215.) ; « Était-ce donc cela, la

vie ? Courage ! Encore une fois ! (War das das Leben ? Wohlan ! Noch einmal !) » (Ainsi parlait Zarathoustra, Gallimard, 1971, collection Folio, p.197.)

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ブランショは、ニーチェの「新しい福音」は「はじめに再開ありき」 1 だと言っ た。おそらく「新しい福音」ということばには警戒すべきだろう。いみじくも「救 済について」と題された章でツァラトストラはこう言う。「もし私のまなざしが現 在から過去に逃れても、見つけだすのは常に断片、手足、恐ろしい偶然で、 人間ではない。」 さらに「こうあった」を「私がこのように望んだ」に変えること が「救済」と呼ばれる。ブランショにとってこれは決して「救済」でありえないだ ろう。むしろ破廉恥なものだと考えなければならないだろう(もっとも、ニーチ ェ自身がこの人間には捨てることができない「力への意志」を必ずしもよいも のだとは思っていなかったことを、もちろんブランショは知らないわけではな かろう)。過去を振り返るとき、ひとは必ず過去を現在の自らの望んだものに つくりかえ、そこにあったありのままの断片、偶然を見ない。おそらくブランシ ョはむしろこの断片、偶然をそのまま提出すべきと考えるのだろう。ある種の 誠実さと人間に対する裏切りをもって、『死の宣告』の「私」は、振り返ったとき にみえるものは皮肉にも「観念」だけだと言った。永遠に回帰するのは、決し て愛されるべき人間でなく、ぼんやりした観念だけだ。おそらくこの点におい てブランショは、『ツァラトストラ』ではなく、むしろキルケゴールの『反復』の憂 鬱な笑みをたたえた青年の道を歩んでいる。  ブランショのレシは、過去(あえて想像的な物語の形で提出された過去)が 「こうあった」と言うための困難な試み、むしろ文字どおりに不可能な試みだ。 ブランショのオルフェウスもまたツァラトストラと同じように人生の圧倒的な無 意味にうちひしがれて過去を振り返る。このときにオルフェウスがしようとする ことはツァラトストラがしようとすることと同じこと、過去をつくりかえることだ。し かし生きられた過去を現在の持続においてつくりかえることを決してしてはな 1

« Au commencement était le recommencement, tel est le nouvel évangile que, pensant à Nietzsche et

en acceptant toutes les conséquences, l'on substituerait volontiers à l'ancien, sans du reste perdre de vue que l'ancien l'affirmait déjà (comment autrement ?, dans la mesure où la parole, fût-elle celle de l'origine, est la force de la répétition, cela qui ne dit jamais : “une fois pour toutes”, mais : “encore une fois”, “cela a déjà lieu une fois et aura lieu encore une fois, et toujours à nouveau, à nouveau”.» (L'Amitié, Gallimard, 1971, p.205.) ; « Et si du maintenant mon regard fuit vers le jadis, lors trouve toujours même spectacle : des fragments, des morceaux, de cruels hasards - mais non des hommes ! (Und flüchtet mein Auge vom Jetzt zum Ehemals : es findet immer das Gleiche : Bruchstücke und Gliedmaßen und grause Zufälle - aber keine Manchen !) » (Zarathoustra, p.176.); « Racheter ceux du passé et en “Ainsi j'ai voulu” changer tout “Cela fut”, - que cela seul pour moi s'appelle rédemption ! (Die Vergangenen zu erlosen und alles “Es war” umzuschaffen in ein “So wollte ich es !” - das heiße mir erst Erlösung !) » (Ibid., p.177.)

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らないとブランショは思う。ブランショのオルフェウスはすぐそれに気づくわけ ではない。レシを語りつづけるにつれて、あるいはむしろ一度(あるいは何度 も)レシを語り終えた後で、ようやくレシを語るべきでなかったことに気づく。だ からこそ、レシを語るべきではないと気づくためには、レシを語ることがおそら く必要だった。  確かに「私」は書きつけるべきではないクローディアの名前を書いてしまっ た。エウリュディケーであるジュディットの名前を書くことは、まだオルフェウス の宿命として許されるかもしれない。しかし「私」という「知らないひと」に語ら れることをまったく望まない外国人、新しく出会われる過去という処女地に住 むクローディアについて書いてはならなかったはずだ。  しかしこのレシはかつてジュディットに関する多かれ少なかれ「理想的」なレ シを書いたという経験に関するレシという側面をもっていた。この決して発表 されることがなかったレシを書き直しながら、実はクローディア(「新しく見い だした過去」)について書くべきでなかったと「私」は気づいた。新しく出会っ た過去について書くべきではなかったということは、すなわちオルフェウスは、 ある意味では、改めて振り返るべきではなかったということだ。『望ましいとき に』は、語られることを望まないクローディアについて語るべきでなかったこと に「私」がいかに気づいたかを報告する、完成形に近かったはずのレシ(この レシにおいても「最後までゆけなかった」文があった)の二重写しである、破 壊されたレシだ。確かにクローディアという名前を書いて公表してしまったこ とは、クローディアが実際に存在したかどうかにはまったくかかわりがない、あ るがままの過去に対する裏切りだ。しかしこれは書いてはならないことがある ということを読者に気づかせるためにおそらく必要な裏切りだった。まったく 何も書かなければ、だれも書くものの暴力に気づかないから、それを気づか せるために必要な裏切りだった。しかしこの必要性はまったくこの裏切りの罪 深さを償わないだろう。ブランショはあえて罪深さの側に身を置くことを選ん だ。ブランショと近い立場にあったジャン・ポーランがサドのうちに見た「理解 できないマゾヒズム」をブランショのうちにも見ることができるかもしれない。サ ドは自分のことばを徹底した罪深さのなかに置くことで、逆説的に罪(各自が 「理性」の声にしたがば、おそらく犯さないだろうと18世紀末の哲学者が考え たもの)を照射した。そしてこの全てを否定的に描くサドはブランショにとって 「極端な否定の彼方に未来を築こうとする作家」だった 1。 1

« Sade, ayant découvert qu'en l'homme la négation était puissance, a prétendu fonder l'avenir de

l'homme sur la négation poussée jusqu'à son terme. » (Lautréamont et Sade, Minuit, 1949 et 1963, collection Arguments, p.42.)

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神のことばは「はじめにことばありき」と言った。これは過去を振り返ると必ず 意味があることを意味するだろう。ニーチェの新しい福音もまた多かれ少な かれ同じようなことを言おうとしている。しかしレシはレシが語られるときに初 めて生まれるというブランショは、むしろ過去にはやはり意味がなかったと言 いたいようだ。存在しなかった意味を後から与えない方がいいのかもしれな い。  まことに驚くべき預言者モーセが、自分の死すら生きのびて、ホメーロスの ような書き手になってモーセ五書を書いたときに律法は生まれた。死んでし まったのにエイハブのような変身を被らなかった語り手は、文学史上でおそ らくモーセだけだ。それでも律法の書き手となったモーセは砂漠をわたった モーセではない。現在の持続がこのモーセのこの断絶を無視して新しく持続 をつくりだしたときに、「改めて」来るべき神が生まれる。ニーチェが「神は死 んだ」と言ったとしたなら、ブランショはむしろ「過去は死んだ」と言うだろう。し かし死んだ過去もまた存在していた。意味はなくとも存在していた。過去はな くなってしまったと言ったなら、人間の世界はせいぜい百年前からしか存在 していなかったことになってしまう。しかしこのような考えはおそらくまちがい だ。自分の友人がとうの昔に死んでしまっていたことを知らない人間にとって は、この友人は生きている。ここには問題はない。それでもこの友人が死ん だとわかった後でその友人について書いたとき、そのことばは自分のことば でしかない。このことばが過去に与える意味は自分の与える意味でしかない のだろうが、少なくともこの友人が存在したということは、ことばのはるか彼方 に指し示すことができるのかもしれない。自分の目の前からこの友人が消え たときにその存在そのものがなくなってしまったと考えるとしたら、それは持 続する意識の暴虐なのかもしれない。この場合過去に新しい意味を付け加 えるオルフェウスの裏切りは不可避的な裏切りとなるだろう。  現在の持続にくみしてはならない。それでもブランショはいらだちにおいて 罪深いオルフェウスも死の掟の側からすると正当だと優しくも恐ろしい皮肉を もって認め、しかもオルフェウスのまなざしを期待するのでも甘受するのでも ないが、しばらくの間だけはいっしょにいることを認める過去の「寂しげな尊 厳」を描いた。この「寂しげな尊厳」は『望ましいときに』では薄暗い階段の下 で「私」に背を向けてうずくまった女だった。このかげに卑劣な暴力が存在す ることを予感させるがゆえにさらにいとおしく美しい詩情( « mélancolique ») という単語は「いとおしさ」を含意する)を、女が登場しない『私といっしょにい なかったひと』は皮肉に、一種の子供っぽい悪趣味ないたずらっぽさをもっ て、味気ない記述に書きかえてしまう。「私」とクローディアの間のキルケゴー ル的な誘惑のことば(あるいはサンプルーとヴァルモンを自らのうちに見たス

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タンダールのエゴチスムが遠いかすかな文学の記憶としてあるのかもしれな い)を、男同士の会話に変えてしまう。(ブランショの世界に同性愛に対する 傾性そのものは存在しないようにみえるが、もしかしたらクローディアがジュ ディットの寝室にゆくということのなかには、ミュッセがロマン主義文学唯一の ポルノグラフィと目される『ガミャーニ』で噴出させた、男性の文学にとりつくレ ズビアニスムに対する恐怖があるのかもしれない。たとえば『新しきエロイー ズ』のなかにこの「恐怖」(ジュリーとクレールの間に同性愛的な関係があろう ということではなく、サンプルーの態度の問題)はないのだろうか。ちなみに サドはWをVに変えたヴォルマール夫人(Mme de Volmar)というレズビアン の修道女を『ジュリエットの話』の冒頭に登場させている。) デンマークの内 気な哲学者と共通する優しい皮肉と羞恥心に満ちた自己韜晦こそが、ブラ ンショの文筆活動の本質ではないか。自分は観念しか愛していないこと、つ まり生きた人間に対する裏切りに関しては、確かにダンテも自覚的(これは近 代人の「自覚」とはちがうものだろうが)だっただろう。しかしこれを「皮肉な事 実」として認めていたのはキルケゴールだけだったと思われる。キルケゴール の反復の幸福は、どこまでも皮肉で憂鬱な苦々しい幸福だった。

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第五章 美しいだけの歌

 「俺には何もみえない…」  「あたりまえだよ。あなたは北国の生ま れなんだから。騎士と聖職者の埃まみ れの世紀、迷妄の時代に若さを過ごした あなたの眼が、いったいどこで自由を学 ぶことができたというんだい?」 ゲーテ『ファウスト第二部』

ここ、過ぎゆくものの国、凋落の王国では、 鳴り響くガラス、響きのうちに既に砕け散っているガラスであれ。 リルケ『オルフェウスに捧げるソネット』

排他的な語りの拒絶 - 反ロマン主義の方法  もしブランショのレシを解釈することが困難だとしたら、それは語り手の「私」 がブランショ自身から見るといかなる存在なのか定かでないからだ。この解 釈の困難はたとえばサドの『ジュリエットの話』の解釈の困難と同様のものだ 。 ジュリエットの語ることをそのままサドのことばとして真に受けることからは、何 の有益な解釈も生じない。かといってジュリエットのことばを写真のネガのよう に反転したものがサドの思想だということもありえない。ブランショのレシの語 り手についても同様に考えるべきだろう(つまりブランショの「私」は、ジュリエ ットのように悪辣なものでありうるということだ)。語りのかげにあるもの、あるい はむしろ語りの隙間に垣間みえるものをくみとらなければ、ブランショのレシ の有益な解釈はありえない。何とかして解釈の可能性をさがすことを続行し よう。この章では『望ましいときに』で「私の語りの欲望の対象ではない」と思 われたクローディアの歌手としての側面について考えよう。特にブランショの なかの「反ロマン主義」的なものに注目したい。  「ユダヤ教と女性的なもの」という文章のなかで、ブランショの友人であった 哲学者エマニュエル・レヴィナスはこう言う。

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中世に生まれた恋愛の経験は、ダンテを通ってゲーテまで、「永遠に女 性的なもの」を導いたが、これはユダヤ教のなかにはない。女性的なものは 決して神聖なものの姿をとらない。聖処女マリアもベアトリーチェもいない。 女性によって親密さの領野が開かれるが、高さの領野は開かれない。1  「ジュディット」という名前は「ユダヤの女」という名前だが、上のことばとは逆 に「窓の向こう側」にいるジュディットは神聖なものと思われかねないもののよ うな姿をとり、近くにいるクローディアが親密なもののようだ。しかしこのように 単純に言い切ることはできない。『死の宣告』のナタリーは、「私」が近づくと 「私」から「離れた(私を押しのけたのだったか)」。 カッコのなかで別の過去の 可能性について語らなければならないこの「私」にとっても、『望ましいときに』 と同様に、やはり過去の記憶は定かでなかった。ナタリーと同じように、前を 歩いてゆくクローディアは「寂しげな尊厳」をもって「私」を拒絶する。  これらのレシにおける、Jとナタリー、ジュディットとクローディアの対立は、 「ロマン主義」以後の小説(ロマン)の読者にはおなじみの対立にみえる。愛 されるが遠くにいってしまった存在と、近くにいるが本来の欲望の対象では ない存在。「永遠に女性的なるもの」はゲーテの『ファウスト』によって代表さ れる(それでもこの詩劇は「ロマンチック」なものとは程遠い)が、中世以来の 恋愛観が「ロマン主義」以後の文学のなかに、少なくともヴォルテールが『新 しきエロイーズ』をからかう18世紀とちがって、恥ずかしげもなく現れることに なるとも言えるのかもしれない。ブランショのレシの読解の際に問題になるの は、この女性をめぐるクリシェだ。「私」はJやジュディットを本来的な語りの欲 望の対象として語ろうとしているようにみえるが、それは正当なことなのかと問 わなければならない。極端な広義においてとらえられた「ロマン主義」(16世 紀から18世紀を支配した「古典主義」に対立する19世紀と20世紀を支配して いるもの)の小説、19世紀以後のブルジョワに向けて書かれた小説の語りに 対する異議提起の側面をブランショの小説はもっていないだろうか。フーコ ーが「認識論的断絶」と呼んだものと同等のものに対して、古典文学、古典 主義文学に対する深い教養をもっていると思われるブランショも自分なりのし かたで敏感だったのではなかろうか。(筆者は「新しきルネサンス」を唱えた 1

« L'Éternel Féminin que toute une expérience amoureuse issue du Moyen Âge amène, à travers

Dante, jusqu'à Goethe - manque dans le judaïsme. Jamais le féminin ne prendra l'allure du divin. Ni Vierge Marie, Ni même Béatrice. La dimension de l'intime est ouverte par la femme, et non pas la dimension de hauteur » (Emmanuel Levinas, Difficile Liberté, Albin Michel, 1963 et 1976, collection Livre de poche Biblio essais, pp.60-1.)

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エマニュエル・ムーニエから、「ロマン主義の嘘」を告発したルネ・ジラールに いたる文脈を念頭に置いている。ここでの「ロマン主義」は、詩人や作家の問 題であるよりは、19世紀以後のブルジョワの読者、ないしは民衆の感性の問 題だ。)  ナタリーもクローディアも外国人だ。『死の宣告』の「私」はナタリーにその母 語で結婚を申し込むが、「私」にとっての外国語がこのプロポーズが真剣で はないことを明かしていた。『望ましいときに』のなかにも外国語が存在する。 クローディアは「自分の美しい言語で何か付け加えた。『このことわざを知ってい るかしら。“ひとりは女に tu で[親しげに]話しかけ、もうひとりがこの女をものにす る”』」 1 ことわざは翻訳不可能のもので、あらゆる翻訳の試みは滑稽なもの だろう。このレシのなかには 4escio vos というラテン語の他にいくつかドイツ 語が引用されている。『死の宣告』と『望ましいときに』は「私」とふたりの女性 との関係を描いたものだという共通点の他に、外国人(外国語)の存在という 重要な共通点をもつ。  なぜ外国語の存在が重要なのか。ブランショがしばしば言及するギリシア 神話はヨーロッパ文化の共有の財産だ。そして古典時代ヨーロッパの「共通 語」と言われるべきものはギリシア語コイネー(共通語)ではなくむしろラテン 語になった。このラテン語が共通語であった過去は、我々からみるとはるか 彼方だったように思われる(それでもベルクソン、デュルケームはラテン語で 論文を書いた)。しかしルネサンスは、特に聖書の「自国語訳」によって、この ギリシアラテン文化の伝統を一時的に黄泉帰らせた。19世紀以後の文学者 のもつ「民族性」と、16世紀から18世紀までの広義での「ユマニスト」たちがも っていたコスモポリタン的な態度は別ものだった。そして18世紀にはフリード リヒ大王もエカチェリーナ女帝も喜んでフランス語の教養を吸収していた。そ れがラテン語だったかフランス語だったかは別として、18世紀までには民族 主義的ではないコスモポリタン的なものがあったと言えるだろう。  ジュディットが言った 4escio vos は、もともとは聖書の引用だったと言って よいことばだ。これはマタイ福音書第25章12節「『十人の処女』のたとえ」から 引かれたことばだ。準備万端でなかった「愚かな処女」たちを家の主人が拒 絶することばだ(これはキリスト教文明のなかでは実によく知られた「道徳的」 な挿話だ)。だからこそこのことばは「私」を拒絶することばでありうる。しかし このことばをジュディットが言うという事実は、ジュディットがとりたてて聖書に 関する教養をもっていることを意味しないだろう。ジュディットは「ほとんど何も 1

« Elle ajouta quelques mots dans sa belle langue. Connais-tu ce proverbe : L'un lui dit tu, l'autre la

possède ? » (Au moment voulu, p.100.)

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知らなかった」と「私」は言い、「だれかからこのことばを聞いて覚えたのだろう」と 言う。それにこのラテン語のことばが確かに聖書の引用だとは断言できない。 なぜならこの拒絶を示すことばは「古典主義」的な教養のなかでは多少衒学 的な慣用句でしかなかったと思われるからだ。このラテン語というフランス語 にとっての外国語になってしまったものの表現が忘れ去られた(ブランショは 親切に本文のなかでフランス語に訳してくれている)ことは、ある種の古典主 義の消失をしめす。この「古典主義」は狭義の17世紀の文学運動をさすので はない。ルネサンスによって生まれブルジョワ革命によって死を宣告されたも ののことだ。なぜブランショが 4escio vos ということばを書き記したのかを真 剣に考えなければならないだろう。このことばの運命について考えなければ ならない。あるひとが五人の愚かな処女に対して何語かで「あなたたちのこと は知らない」と言った。それをイエスが何語かで語った。これがコイネーで書 かれ、さらにラテン語に訳され、ルネサンス以後には各国語に訳されることに なった。確かにこのことばの記憶は保持されたと言える。しかし何のために保 持されたのか。最初に言われた意図とは何の関係もない。さらにこのことば は現代において忘れられた。いったい過去のことばにこのような運命をたど らせることにいかなる意味があるのか。これもまた一種の過去に対する凌辱 ではないのか。実際にこのことばを言った男は、墓穴のなかで「でも私は文 字どおりに『あなたたちのことは知らない』と言ったのだ」と全世界に対してつ ぶやいているかもしれない。  そしてユディト(ジュディット)自身も数奇な運命をたどった。ユディトはホロ フェルネスと性的関係をもたない。ただこの女は外敵に対する民族の勝利を 象徴する女性だ。しかし男の首を切るこの女はしばしばサロメと混同され、後 には強姦者に復讐する女になった。ユディトもまた恣意的に過去を振り返る 言説によって凌辱されたのだ。狡智によって勝ち誇る敬虔な女が徐々にた だの復讐者というつまらないものになってしまったのは、 19世紀前半以後の ことだった。そしてこの女性は20世紀になるとサロメのかげでほぼ忘れられて しまったように思える。美貌によってホロフェルネスを誘惑し、自らの貞淑を 危険にさらすことなく男を酒で酔わせて首を切る寡婦ユディトは、精神の高 貴さをもたない「ロマン主義」の人民には理解できない人物像だったのだろう。 ユディトは死後の凌辱によってユディトではないものにされてしまった。ユデ ィトもまた「そんなものは私ではない。あなたたちのことは知らない」と言って いるかも知れない。古代人の外敵に勝ち誇るものの高貴さはおそらく「ロマン 主義」から遠いものだ(後にファシスト国家と呼ばれることになる19世紀のドイ ツ、イタリアの統一劇は、外敵ではなくむしろ「内なる敵」を打ち負かすことに あったと言えよう)。ブランショは『イーリアス』の登場人物になれなかった頽

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唐期のギリシア人オデュッセウスを批判した。「ロマン主義」のヨーロッパの文 化もまた「古典主義」のヨーロッパから見ると衰退したと言わなければならな いだろう。しかしローマ文学が既にクリシェとしていた、決して取り戻しえない 「黄金時代」を懐かしむ態度はここにはない。ブランショにとっては前に足を 踏み出しても、後に足を踏み出しても、それは未来に向かう一歩となる。ブラ ンショが好まないのは、過去については全てを知っていると信じる態度、「新 しい過去」すなわち未来を知らないということを愛さない態度だ。過去は忘れ られたものでも取り戻されるものでもなく、新しく見出されるべきものだ。我々 は、ブランショの作品を、過去が我々がそれについては全てを知っている過 去であるとみなして、自覚的に新しく過去を見出そうとしない態度に対する 批判としてとらえることができるだろう。ブランショの作品にはニーチェと同様 の本質的な両義性がある。  市民革命は「ロマン主義」と呼ばれる文学運動を引き連れてやってきた。 「ロマン主義」とは何か。一言で言えばこれは「自国語」の文学運動だ。「古 典主義」のなかにあったヨーロッパのコスモポリタン的なものの反対物として 「ロマン主義」は成立する。たとえばフランス語において、「ガリシスム」はロマ ン主義的な表現だと言えるかもしれない。ギリシア語、ラテン語で書かれたも のを模範とした「古典主義」に対して、「自国語」すなわち「俗語」で書かれた 中世の物語(とりわけ恋愛物語)を模範として成立したとされるのが「ロマン主 義」だ。「ロマン」(roman)という単語の語源はもともとは「ローマ」だが、古典ラ テン語が頽落したロマンス語で書かれたものをさす。「18世紀までは小説(ロ マン)は通俗的なジャンルとみなされていた」のはある意味で当然だ。「ロマ ン」の語源そのものが「通俗性」を意味するからだ。  ブランショは「想像的なものとの出会い」で「ロマン」と「レシ」について語っ た。しかしこの際に具体的な「ロマン」のタイトルがあげられていなかったこと に注目しなければならない。文学のジャンルとしては、小説と呼ばれるものは むしろ「ロマン」だ。ブランショが「レシ」としてあげるもののなかには『オデュッ セイア』、『地獄の季節』など、「ロマン」のジャンルにふくまれない作品があっ た。ブランショは「レシ」を「ロマン」にとってかわる横断的なジャンルとして考 えようとしているようでもある。小説から「ロマン」的なものをとりはらおうとして いるようだ。このあたかも仮想敵のようなものとして想定された「ロマン」という ことばのなかに「ロマン的」なものに対する反発を見るのは見当はずれなこと ではなかろう。  20世紀後半の文学運動として重要なものとみなさなければならないのは、 「反ロマン主義」、少なくともロマン主義に対する反省の運動だろう。きわめて 散文的な意味で解釈された「ロマンチックなもの」に対する拒絶が20世紀の

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後半に噴出したことは否定しがたいだろう(『エマニュエル』も中世以来の恋 愛観を否定している)。総括的に言えば、これは「排他的な欲望」に対する抗 議の声だと言えるかもしれない。ブランショは「想像的なものとの出会い」で、 ルネ・ジラールほど明確な形ではないが、自分なりの「反ロマン主義」を提出 したと理解しなければならないだろう(ジラールは「ロマン主義」を一種の仮 想敵として想定している)。「ロマン主義」とは自分があたかも小説(ロマン)の 主人公であるかのようにしてことばを語ることだ。 20世紀後半の反ロマン主義 の仮想敵としてみなされた「ロマン主義」は、「国家(ブルジョワ国家、帝国主 義国家)を代表するものが民族の主体として語る」ものだと言えるかもしれな い。これは説得力をもつことばではないとしても、少なくとも「ロマン主義」的 な個人の成立と近代民族国家の成立は並行して起こったとは言えるのでは ないか。これに対してレシは、自分が単に出来事を経験した語り手だと考え て語る。レシの語り手は出来事に対して受け身であるかのようだ。  自分がロマンの主人公であるようにして語るとは、ある意味でまるで嘘のよ うな物語を語るということだ(日本語において「かたる」は「だます」を意味する。 日本の日常語ではときに「語る」ということばはロマン主義的な滑稽さを背負 わされている)。ロマンの語りは気まぐれだとされる。「気まぐれ」とは自分の欲 望のままに語るということだろう。語り手の好きなようにエピソードを取捨選択 でき、語りたくないこと(異質なもの、異郷のもの)は語らなければよい。ここに 排他性が現れる。この排他性は作者の主体的な欲望だけではなく、「読者に 気に入られよう」という自覚されない欲望も背負っていることだろう。もちろん 「気に入られる」(plaire)1 ことは、18世紀文学の大原則だった。しかしそれは 自覚的な原則だった。ロマン主義的な感性をもった作家には、この欲望は自 覚されず、自覚されてはならなくなる。(市民革命以後はどのような社会階層 が読者層を構成することになるのか、さらにはどのようなひとが「作家」をめざ すようになるのかという問題について、考えてみなければならないだろう。)  それに対してレシは自分が真実であるようにして語る。真実のように語るた めには、語りたくないことも語らなければならない。エピソードを取捨選択して はならない。レシの営為はその語りが全てであるかさもなくば無であることを 望む。このレシの欲望は短縮したいという欲望よりも強い。排他的なものとし て想定された「ロマン主義」(狭義の文学史上の運動ではない)を逃れたレシ の真実はいかなるものでありうるか。まず現代のレシには「ロマン主義」を逃 れられるのかと問う必要がある。レシはことばで書かれる。ともかく多くの場合

1

日本語では「気に入られる」は受身に思われるので、「歓心を買う」とでもした方がいいのかもしれない。

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は「自国語」で書かれる。現代のレシはこの「ロマン」性からいかようにしても 逃れられないだろう。「ロマン」は言語による一種の共同性を土台とする。  『死の宣告』において、「私」は外国人ナタリーにその母語で愛を語った。し かしそのことばはレシのなかに定着されていない。そもそもナタリーの母語が 何語なのかも読者にはわからない。もしこのことばがページの上に転写され ていても、それはフランス語を読む読者に理解できないものだっただろう。ま た『望ましいときに』で、クローディアは自分の国のことわざを自分の言語で 「私」に語った。この音もまたレシのなかに転写されていない。ただその言語 は「美しい」ものだったと言われる。「ひとりは女に tu で話しかけ、もうひとりが この女をものにする」と女はこのことばを翻訳した。そして決してだれも tutoyer しない(親しげに話さない)「私」は、おそらくこのレシのなかでクロー ディアを暴力的なしかたで「ものにして」いる。この外国人のことばをページ の上から排除するレシには何やら卑劣なものがあるらしい。ことわざの翻訳 があるからそれでよいのか。「私」はラテン語とドイツ語を解するのだろうが、 それ以外の言語は切り捨ててよいのか。「全てか無か」という立場において、 「自分にはわからなかった」からといって切り捨てることを正当化するものが 何かありうるのか(筆者の問いは無意味なものではないだろう。確かにブラン ショは、自らの解するドイツ語を母語とするドイツ人ではない、スラヴ系の女を 主要な登場人物として小説のなかに登場させているのである)。この卑劣さ は「外国語」を排除するのは当然だと考える「翻訳」を土台とした「ロマン主義」 の卑劣さだ。「ロマン主義」と「民族主義」はおそらく切り離しがたい。そして 「ロマン主義」も「民族主義」も、その土台は決してギリシアローマ的なもので ありえない「通俗性」(vulgarité)だ。この「通俗性」はそもそも何の根拠もない 物語でしかありえない。通俗性を土台とした無根拠なドメスチックな「文学」の 卑劣さを現代のレシは免れられない。クローディアは自分のことばを「私」の ために翻訳してあげた。クローディアはパリでフランス語を話しながら生活す ることをしいられている。「私」にはいかにしてこの自国内の文化的な強制 (無根拠なもの)が当然だとみなせるだろうか。翻訳は外国人の他者性(はる か過去にあるもの)を減じようとする。(実際には「ギリシアローマ」とひとまとめ にして語るわけにはゆかない。「翻訳」の問題は、聖書以前に、より本質的な ものとして、エピクロスを「翻訳」したルクレチウス、そしてヘシオドス、テオクリ トス、ホメーロスを「翻訳」したウェルギリウスから考えなければならないだろ う。)

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外国人の声  ブランショはこの卑劣さから逃れようとしているようにみえる。「自国語で書く しかない」ことを自明の理とはみなせないかもしれないが、しかしブランショは 自国語で書かざるをえないらしい。ドイツ語で書くことを選んだカフカ、フラン ス語で書くことを選んだツァラ、ベケット、イヨネスコ、パリに住んでもドイツ語 で書きつづけることを選んだパウル・ツェランとちがって、フランス人ブランシ ョはフランスにとどまってフランス語で書きつづけた。もちろんブランショがち がう言語で書かなければならなかったということはない。そもそもチェコ人がド イツ語で書く、ルーマニア人がフランス語、あるいはドイツ語で書くというよう な「必要性」をブランショにはいかにして感じることができただろうか(この問 いは実に本質的なものだ)。しかし「フランス語で書かなければならない」とい う強制に対してブランショは自覚的だったはずだ。「マイナー文学」たろうとす るカフカ、フランス的な教養をひけらかすスノッブなロシア人のカリカチュアを 描くドストエフスキーは、ブランショにとって重要な言及の対象だ。自らが 20 世紀のフランスという凋落した文化大国に身を置くことで何らかの文化的強 制を課されていることに無自覚だったということはないだろう。ブランショは自 分がオデュッセウスのように、「古典主義時代の作家には決してなれなかっ た退頽期のフランスの作家」であることを知っていただろう。しかしそうはいっ てもこのフランス語で話さなければならないという強制は、自らにとっての「外 国語」を話さなければならないフランスに住む外国人に対する強制ほど強く はない。レシの語り手「私」は「外国人」の理解できない「声」を聞いたときに、 よりレシの抱えこんでしまっている「ロマン主義」的な卑劣さ、罪深さを感じる 「はず」だ。  午後にはクローディアが声を張り上げるのが聞こえる(j'entends s'élever la voix de Claudia)。この美しいが面白くもない(sans bonheur)声を、下心を 隠しながら聞くのは容易でなかった。数か国語で歌っていた(このひと自身 が外国人だった)。[…]悲嘆や無名の不幸(misère anonyme)に調和して 結 び つ い た 声 な ら 聞 い た こ と が あ り 、 注 意 を 払 っ て い た が (j'en avais entendu, je leur avais prêté attention) 、 こ の 声 は つ ま ら な く 平 坦 で (indifférente et neutre)、表面的な完成がまったくないような声の領域に閉 じこもっていて、声そのものを奪われているようだった。正確だったが(juste)、 あらゆる不運にさらされた正義(justice)を思わせるようだった。1 1

« L'après-midi, j'entends s'élever la voix de Claudia, cette belle voix mais sans bonheur, qu'il n'était

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実に奇妙な記述だ。まず「正義」(justice)という単語が理解できない。これ は「音程の正確さ」を意味するはずの justesse の「書きまちがい」ではないの かと読者は思ってしまう。しかしこれは意図的な書きちがいだろう(デリダはブ ランショがたとえば arête という単語を arrête と「書きまちがえた」ことを指摘 する)。この「書きまちがい」、「正義」ということばは、「悲嘆や無名の不幸に 調和して結びついた声」ということばに目を向けさせる。「私」はそれを「聞い たことがあった」(j'en avais entendu)が、この大過去の時間については語らな い。何かそういうものがあったと言われる。それでもどこまで「私」のこのような ことばが信用できるかどうか疑わしい。クローディアの声は、まるでアンデル センの「人魚姫」(La Petite Sirène 「人魚姫」はセイレーンのひとりだ)のよう に、「声そのものを奪われているようだ」。これはおそらく外国人の声の特質 だろう。外国人の声は「私」にとって、何語だろうと、数か国語並べられようと、 「ちがいのない」(indifférente) ものだろう。そもそも「悲嘆」や「無名の不幸」 の「声」そのものにとって、「調和」や「表面的な完成」が問題なのか。たとえ 語り手「私」が一見そう思っているようにみえるとしても、おそらくブランショ自 身はそう考えていないだろう。ブランショの提出するレシは伝統的な意味で の調和も表面的な完成も奪われているからだ。  そしてまた「クローディアの声が聞こえる」のが現在形であることにも注意し なければならない。クローディアが「後から来る」人間にされるときも、そこだ けが現在形だった。ブランショは「歴史的現在」と呼ばれるような現在形の使 用法をしない。現在形は「私」が書き直しを繰り返す時点の反復を刻印され た現在、円環に結びついた現在だ。「私」はレシに記述される物語の時間 (かつてレシを書いた時間)よりも過去に「悲嘆や無名の不幸に調和して結 びついた声」を聞いていた。今はただ「クローディアのつまらない平坦な声」 だけを毎日聞いている。これを聞くのはつらい。たとえ美しい声でも何の感 慨もカタルシスもひきおこしてくれないからだ。しかしそれがつらいことだとし てもこの声が聞こえてしまう。聞こえてしまうものを書くのがレシの語り手だ。

pas facile d'écouter à l'abri des arrière-pensées. Elle chantait en plusieurs langues (elle-même était étrangère) […]. Des voix liées harmonieusement à la désolation, à la misère anonyme, j'en avais entendu, je leur avais prêté attention, mais celle-ci était indifférente et neutre, repliée en une région vocale où elle se dépouillait si complètement de toutes perfections superflues qu'elle semblait privée d'elle-même : juste, mais d'une manière qui rappelait la justice quand elle est livrée à toutes les fatalités négatives.» (Ibid., pp.67-69.)

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感慨、カタルシスを求めるのは、出来事を体験してそれを生き延びて語り、 出来事そのものであろうとする語り手「私」のエゴイスムだ。真実を語ることを 努めとする私にとっては、自分の語るレシのなかに何か感慨があってほしい 。 読者に気に入られたいからだ。このような語り手の望みはレシを構成する登 場人物自身には何の関係もない。よってこの語り手のエゴイスチックな望み を知っているクローディアは、「私」がレシを誠実に記述するだろうとは思って いない。「『あなたのことはほとんど信用していないのよ』と女は静かに言った。そ れには驚かなかった。」 「失望した」ということばが「失望」そのものを表さない のと同じ理屈によって、「驚かなかった」ということばはまったく「私」の平静さ を表現しない。「私」は既にこのことばを聞いた「私」ではなく、レシを書く「私」 なのだから、このことばに驚きようがない。さらにこの場では読者はクローディ アといっしょに「私」のことばを疑いかねない。それでもだれが小説に書かれ ていることばを真実として真に受けるだろうか。「私」が「驚かなかった」理由 はそこにもあるだろう。ひとが小説のことばを信用しないとしても、それはきわ めて当然のことで、驚くべきことではない。クローディアは「私」がレシを書い ていることを知っているのだ。  「でも…(Mais...) 私は何か信じさせようとしているんですか。」  返事はなかった。時間がたつにつれて(tandis que le temps passait)、私 がことば(parole)だと思ったものは本質的なものに場を譲る単なる期待の定 式表現(formule)でしかなかったのではないかと思うことになった。そこでこう 聞くことになった。  「今何を言おうとしているんですか(Qu'allez-vous dire maintenant ?)。」  「あなたのことはほとんど信用していないのよ。」   「 で も … 、 (Mais…,) ど う し て そ の 文 な ん で す か (pourquoi cette phrase?)。」1

1

« “Je ne crois guère en vous”, dit-elle doucement. De cela je ne fus pas surpris. […] - Mais… est-ce que je désire faire croire quelque chose ? Elle ne répondit pas, et tandis que le temps passait, j'en vins à me demander si ce que j'avais

pris pour une parole, n'était pas simple formule d'attente, laissant la place à l'essentiel. Cela m'amena à la questionner : - Qu'allez-vous dire maintenant ? - Je ne crois guère en vous. - Mais..., dis-je, pourquoi cette phrase ? » (Ibid., pp.118-9.)

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多くの現代文学作品のなかでもおそらくブランショのレシのなかにしか現れ ないだろう奇怪な時間構成に注目しなければならない。クローディアは「あな たのことはほとんど信用していないのよ」と確かに言った。ほとんど声を奪わ れているかのような外国人クローディアのことばを、フランス人の語り手「私」 は、本来的な生きた声をもった「ことば」ではなかったとみなしたい。レシのな かのどこかにあてはまるべき「定式表現」でしかなかったとみなしたい。その ような表現であれば、もっとよい表現が見つからないだろうか。「私」は真実を 語るレシの語り手なのに、登場人物にさえ自分が信じられていないと言って しまうのはよくないのではないか。レシの記述の時間がたつにつれて(この 「時間」そのものはレシに定着されずどこかに消えてしまった)、このことばが 言われなかったことにしたくなる。クローディアは別の文を言ったことにしたい。 そこで少しいんちきをして、まるでカセットテープを巻き戻すように、レシの時 間をさかのぼらせてみる。ふたたびプレーボタンを押した狡猾な「私」は「今 何と言ったんですか」とは聞かず、「今何を言おうとしているんですか」と聞く 。 しかし「私」の期待に反して、クローディアは相変わらず同じ文を言う。クロー ディアは現時点において「真実として」レシを語る「私」にはだまされない。 「真実」に「調和」、「表面的な完成」を与えようとする「私」にはだまされずに、 同じことばを繰り返す。そしてレシの語り手としてのいくばくかの誠実さを残 す(あるいは想像力の欠如した)「私」にはクローディアの言った文として別の 文を語ることもできず、「どうしてこの文なのか」と考えこんでしまう。しかしクロ ー デ ィ ア の 文 が 変 更 を 加 え ら れ な い の に 対 し て 、 「 私 」の 文は 「 で も … 」 (Mais…)の後でコンマを加えられてちがうものになる。ここが「私」の残す誠 実さと同時にそれを裏切る部分だ。ひとの言ったことばはそのままレシのな かに定着しなければならない。しかしそれに対する自分の反応は変更が可 能なようだ。「私」のカセットテープのなかには他人のことばしか録音されてい なかったのかもしれない。(これが誠実な記憶の様相ではないのか。ひとが 自分に言った痛烈なことばは覚えていても、それに対して自分がとっさに返 したことばは覚えていないのではないか。日記のなかにも、「ひとが言ったこ とば」は書きとめても自分の言ったことばは書かないことが多いのかもしれな い。)  クローディアは、ともかくこのレシのなかで語られるクローディアという人物 は、現実の世界には存在しなかったレシの登場人物だと考えなければなら ない。女が語ることばは自分がレシのなかにいることを自覚した想像上の人 物のことばだ。このレシにおいて特筆すべき点は、レシのなかにいるクロー ディアが自分が想像されたものだ、あるいはレシのなかに書きつけられてい る人間だと自覚していることだ。この女が語ることばはこの自覚に基づく。語

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られるものが、語るものに何らかの部分で抵抗している。語り手が語りたいと いう意図、オルフェウスがエウリュディケーを取り戻したいという意図自体は おそらく文字どおりの悪意ではない。だからきっと語られるものはこの意図自 体には積極的には抵抗しない。ダンテとベアトリーチェの間の直線上に偶然 居合わせた女性のように、自分を見ていないまなざしを受け入れる(受け入 れるしかない)。それでもクローディアは自分が「私」からジュディットに向かう (あるいはその逆)単一の光線のもとに語られるのは拒む。エウリュディケー 以外の人間は、エウリュディケーだけがスポットライトをあてられた舞台にむり やりひきずりだされたくはない。たとえひきずりだされたとしても、エウリュディ ケーのためだけに演じたくはない。そもそもクローディアはたとえ歌手であっ ても、何かの演目を演じるためにここにいるのではない。クローディアは自ら の尊厳をレシのためには捨てない。このような抵抗の記述はエピソードの取 捨選択が不可能なレシのなかでだけ可能であり、ロマンのなかではありえな い。ロマンのなかではみんながオルフェウスとエウリュディケーのために演じ てふたりをもりたてる。18世紀にルソーやサドは演劇とロマンをパラレルなも のとして考えていた。しかしクローディアが「私」の言うように演じないブランシ ョのレシは、現代的な「即興劇」(ハプニング)ではありえても古典的な意味で の演劇ではありえない。  ブランショは「語りの声」という「想像的なものとの出会い」と並ぶ重要なレシ 論のなかでこう言う。ここでブランショ自身がレシについて舞台との類似にお いて語る。耳うちする(souffler)のはプロンプター(souffleur)だ。  しばしばできの悪いレシでは[…]、だれかが背後で話していて、人物や出 来事にいうべきことを耳うちして(souffle)いるような印象を受ける。この闖入 は無遠慮で不手際だ。1  評論の文章においても「出来事」が擬人化されていることには注目すべき だろう。  『望ましいときに』の語り手は最初から闖入者として現れている。しかしここ には背後で話している支配的なだれかの存在はない。登場人物が何らかの 自律性をもっていて、自分のことばをまげない。「ロマン主義」が語り手のエ ゴによって語られる文学活動だとすれば、この主体性を完全に奪われている 1

« Souvent, dans un mauvais récit […] on a l'impression que quelqu'un parle par-derrière et souffle

aux personnages ou bien aux événements ce qu'ils ont à dire : intrusion indiscrète et maladroite […]. » (L'Entretien infini, p.557.)

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とは言えないとしても、語り手には自分のことばが支配できない奇妙な語りが、 おそらくブランショなりの「反ロマン主義」の方法論だ。「自動筆記」が「無意 識に」試みたことを、ブランショは、逆説的なことながら、きわめて意識的に実 践したと言えるかもしれない。  ブランショは18世紀についてはあまり語らないが、ブランショが好まないの は18世紀のles Lumières(啓蒙)ではなく、la lumière(光)であり、より正確に は、一神教的な le jour(日光)だろう。太陽という唯一の光源から発する光線 だ。ブランショが好んで言及する対象がサドとゲーテであることを無視しては ならない。このふたりの一方は啓蒙の世紀最後の作家、他方はロマン主義 最初の作家とみなされるが、ふたりとも人間の生をあらゆる局面において愛 した作家だった。『ファウスト』は中世の伝説をテーマにとったものだが、ドイ ツの民族性を称揚するものではなかった。あえて時代錯誤的な言い方をす ると、ゲーテはニーチェのように、おおらかな「南」、古典主義的な世界を愛 した。「新旧論争」においてフランスは狭義の「古典主義」から一歩踏み出し て「民族主義」の側へと足を進めた。「新」の弁護者ペローが「旧」の弁護者 ボワローに比べて重要ではない文人だったことは論をまたない。ここにおい て「進歩主義」なる無根拠な物語が基礎づけられたが、同時に後にブルジョ ワ国家が掲げる通俗的な民族の神話への新しい回帰もひっそりと告げられ た。このときフランスは「太陽王」に支配されていた。太陽とは古代から常に 各民族が恣意的に崇めるものだったのではないか。とすれば、外国人はこ の民族の太陽を拒絶するはずだ。民族の太陽は自国語の文学によって基 礎づけられる。そして外国人クローディアから見たジュディットが、ただ「私」 の救済にのみ関係のあるもの(「私」の「作品」 œuvre を基礎づけるもの)、 「私の太陽」ならば、クローディアにとっては、ジュディットについて語りたい、 あるいはむしろ語りたくないという「私」の欲望は、何の意味ももたないはずだ。 「私」は、ダンテと同じように、「レシのなかにいる自分」にはその物質的な存 在を排斥することができないクローディア(レシのなかではクローディアは肉 体的な存在だという事実は否定できない)を、「真実に対する楯」にしようとし ている。なぜならジュディットは死と同じように長く見つめていることができな いからだ。そもそも、もしダンテが、自分の愛がベアトリーチェ自身にも他の ひとにも知られないままでいてほしいと思ったのなら、どうしてその「真実」を 読者に明かそうと思うだろうか。これがレシの秘密だ。ベアトリーチェとは本質 的に縁もゆかりもない、教会のなかにたまたま居合わせたかのような貴族の 女性という「真実に対する楯」が必ずレシの記述のなかに現れる。語り手は 必ず語りの欲望と無縁のものを書かざるをえない。

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「私」は確かに常にジュディットの方を見ているようにみえる。しかしレシを 語ることは常に「振り返る」というジェスチュアだ。最初から結末にたどりつい てしまったらレシは存在しない。驚くべき出来事を語るためにまずは日常の 方を向いていなければならない。振り返る前の期待、結末にたどりつくまで の障碍の記述がレシの大半を占める。しかしブランショのレシにおいて、これ らの障碍は結末に奉仕しようとはしない。細部は細部として存在し、全体に 貢献しない。これは民族国家を頂点に抱くヘーゲル的な歴史観の拒絶だ。 「私」と「私」が語りたい対象の共犯関係からしめだされたものが、ここでは尊 厳をもった「外国人」として表象されている。

ガラスの現象  語りに対する登場人物の抵抗は、過去の空間に一本の光線を当てよう、一 本の光線にしたがって語ろうとする語り手にとっては大きな障碍だ。この障碍 と切り離せないものとして、ブランショのレシの語り手が「ガラスの現象」と呼 ぶものがある。『死の宣告』のなかに次のエピソードがある。  六年後、今度は(à nouveau)この女がある店のガラス窓の向こうにいるの を見た。まったく姿を消していたが、突然目の前に、窓のかげに (devant vous, derrière une glace) 現 れ る 人 間 は 、 至 高 の 人 物 に な る (figure souveraine)。1  この女性はシモーヌと呼ばれ、この記述はこのレシのなかでは付随的なエ ピソードだと言える。しかしこれが付随的なエピソードだと感じるのは読者の 感想で、当然シモーヌ自身の問題ではない。レシの語り手あるいは読者の 視線とシモーヌの間にあるガラスは、シモーヌをまもっている。  前に言ったガラスの現象(le phénomène de la vitre)は全てにあてはまる が、奇妙なことに特にある種の関心の対象や人々にあてはまった。たとえば 面白い本を読んだとして、大きな喜びをもって読んでも、喜びそのものはガラ スの下にあり、それを見たり味わったりはできても、汲み尽くせなかった。同様 1

« Six ans plus tard, je la vis à nouveau à travers la vitre d'un magasin. Quelqu'un qui a tout à fait

disparu et qui, brusquement, est là, devant vous, derrière une glace, devient une figure souveraine […]. » (L'Arrêt de mort, pp.72-3.)

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に、気に入っているひとに会ったとして、そのひとの感じのよさもガラスの下に あり、そのためにそのひとは汲み尽くせないもので、また遠く永遠の過去 (éternel passé)のなかにいた。反対に、重要でないものやひとについては、 生活(vie)は日常の価値と活動を見出し、私は遠くにあるものより生活を愛し、 つましい活動と日常のなかに生活をさがさなければならなかった。それゆえ 私は働いていて、いつもさらに生き生きしてみえた。1  ガラスの向こうにあるものは「まったく近くにあっても果てしなく隔てられてい る」 2。 当然「私」はガラスを割って向こうにあるものを手に入れ、自分のものと して汲み尽くすことを望むだろう。  実はシモーヌをおりよくガラスの向こうに見て、向き合ったこの時間の間、こ の女から「巨きな喜び」を手に入れて、窓を割ること以外のことはもう望んで いなかった。3  この「窓を割る」という表現は、理性的な人間が店の窓の外に見知った女 性を見たからといって窓を割ろうとすることはまずないのだから(もっとも「私」 がどこまで理性的な人間なのかどうかはよくわからない)、むしろ性的な暴力 1

« L'étrangeté consistait en ceci que le phénomène de la vitre, dont j'ai parlé, s'appliquait à tout, mais

principalement aux êtres et aux objets d'un certain intérêt. Par exemple, si je lisais un livre qui m'intéressait, je le lisais avec un vif plaisir, mais mon plaisir lui-même était sous une vitre, je pouvais le voir, l'apprécier, mais non l'user. De même, si je rencontrais une personne qui me plaisait, tout ce qui m'arrivait avec elle d'agréable était sous verre et, à cause de cela, inusable, mais, aussi, lointain et dans un éternel passé. Au contraire, avec les choses et les gens sans importance, la vie retrouvait sa valeur et son actualité ordinaires, de sorte que, préférant la vie au lointain, je devais la chercher dans les actions modestes et les êtres de chaque jour. C'est pourquoi je travaillais et semblais toujours plus vivant.» (Ibid., pp.79-80.) 2 3

Ibid., p.98. « [T]out proche et infiniment séparé et comme derrière une vitre. » « La vérité, c'est qu'ayant eu cette chance de la voir à travers une vitre, je n'ai jamais, pendant le

temps que je l'ai rencontrée, cherché plus qu'à ressaisir sur elle «l'immense plaisir» et aussi à briser la vitre. En sortant du magasin, dès qu'elle m'eut reconnu, sa première parole fut celle-ci : « Vous savez, Simon est mort (ils portaient tous deux presque le même prénom), ne me parlez jamais de lui. » Elle lui était certainement très attachée, cette parole le prouve. » (Ibid., p.73.) ここにはジャン・ルノワールの『人 獣』(1938)に出演し、ジャック・ターナーの『猫女』(1942)で主演したフランス人女優シモーヌ・シモンの 名前の記憶があるだろう。

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を暗示するようだ(もちろん性的な暴力をふるうことがガラス窓を割ることより も理性的だというわけではない)。それでも「私」は、当然のことながら、ガラス を割らずに店の外に出る。「店を出た私に気づくと、女はこう切り出した。『シモン は死んだのよ(ふたりはほとんど同じ名前だった)。彼の話は絶対にしないで』 女 がこの男に深い愛着を感じていたことはこのことばが証明する。」 一見まったく造 作ない一節だが、レシの語りの問題を考える際には重要だ。愛する夫の死を 生き延びた女は、この死者の話を聞きたくない。  「ガラスの現象」は遠くにあるものにだけかかわりがあるようだ。遠くにないも のは「生活」すなわち生命だ。ガラスの向こうにあるものが「永遠の過去」にあ るという意味は、それは既に死んでいるということではないのか。「私」はガラ スの向こうにあるものを愛するものとして記述する。しかしそれは、ダンテにと ってのベアトリーチェのように、生活とはかかわりがない。  シモーヌとシモンの間には物語はない。少なくとも書きものとして定着され たレシはない。このふたりの間にガラスはなかったと考えられるだろう。このふ たりにとっては互いの存在が生の局面にあったはずだ。もし「ガラスの現象」 にとりつかれた、ことばを書くことを生業とした人間が、その生の局面を平凡 なものとみなすことがあっても、それはこのふたりにまったく関係がなかった はずだ。「シモンは死んだのよ。彼の話は絶対にしないで」というシモーヌの平凡 な日常のことばは「文学」のことばではない。シモーヌとの間の「ガラスを割ら なかった私」がシモーヌについて書く。  たとえばダンテがベアトリーチェについて書くとき、生活、生命はおとしめら れている。ダンテはベアトリーチェとの間のガラスを決して割らなかった。ボッ カーチョによればビーチェと呼ばれていたというこの女性が、ダンテに挨拶を したとか、挨拶を拒んだとかいう些末なことから Vita nova 『新しき生』と La Commedia 『神曲』は生まれている(この出来事が些末だということ自体は、 ダンテの文学の創造の行為そのものの価値と何の関係もない)。ブランショ のロマン『アミナダブ』においては、主人公トマが「女が私に手を振った」と思 いこむこと「だけ」から長大な長篇小説が生まれていた。文学を愛さずに生 命を愛しているひと(おそらく全人類の大半を占める)にとっては、これはむ しろ呆れ返るべき事態かもしれない。ある意味で「文学」は、天上に約束され ている新しく素晴らしい栄光に満ちた生命(これもまた何らかの特権に基づく ものだろうか)、地上で積み重ねられた「善行」(「作品」)によって獲得される もうひとつの生命ではない、平凡な地上の生命をないがしろにする。『アミナ ダブ』のトマは、実は Vita nova は約束されていなかったということを結末で 確認する。「作品」を作者と切り離すブランショの文学は、決して日常的な生 について語りえない「文学」の虚妄を、あえて「文学」の内部から明らかにす

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るために存在すると理由をもって言えるだろう(デリダが哲学の内部でするこ とをブランショは文学の内部でしていた)。ベアトリーチェの挨拶から文学が 創造できるのなら、ジュディットがクローディアに髪を引っ張られたことからレ シを書いてもいいのではないか。  『望ましいときに』において、「私」はジュディットを愛していたようにみえる。 少なくともそのように暗示していたように思える(もっともこのレシのなかでは 何もかもが明白ではないことを繰り返し強調しなければならない)。このジュ ディットは、「私」にとってはときどき、クローディアにとっては常に、窓の外に いるらしい。それではクローディアと「私」の間にガラスはあるのか。「私」とク ローディアの出会いの直後、「水を一杯ください」と言ってクローディアに水 をもらった後で、「私」は女に「大切なひと」 « ma chère » と呼びかける1。この ことばはふたりの間のガラスを割ってしまう。クローディアはおそらく狡猾な 「私」の渇きを癒してやるべきではなかった。もしここでクローディアが「私」に 水をあげていなければ、レシはずっと早く終わっていただろう。  この間中ずっと、とりわけことばを通してこの女を見ていたような気がするが、 想像するに私たちの間のガラスをこんなにも奇妙なしかたで割った« ma chère » ( 大 切 な ひ と ) と い う こ と ば (ce « ma chère » qui cassait si bizarrement les vitres entre nous)のせいで、女は(少し)赤くなったと思う。 2

 « Casser les vitres » という表現は普通は「騒ぎを起こす、かっとなる」(たと えば暴徒が商店街のショーウィンドウを割ってまわるようなことがこの表現の もとにある)という意味だが、「ガラスの現象」について語っているブランショは ここで不吉なことば遊びをしていると考えられるだろう。さらに18世紀末に現 れたとされるこの表現は、最初は「ぶしつけに話す」という意味だった。(この 表現の初出は1798年のアカデミーの辞書だという。ではこの表現には革命 の記憶があるのだろうか。)  書いている「私」は、まずは自分のことばを通してクローディアを見る(また もブランショのレシにしか現れないようにみえる奇怪な現象だ)。しかしこのこ とばのガラスが割られて、クローディアの赤い顔の記憶が想起される(ブラン 1 2

『私といっしょにいなかったひと』においては、「男」は「私」に水をくれない。 « [Il] me semble que, pendant tout ce temps, je la vis surtout à travers mes paroles, mais je crois

qu'elle rougit -

légèrement -

et, je l'imagine, sous l'effet de ce “ma chère” qui cassait si

bizarrement les vitres entre nous. » (Au moment voulu, p.39.)

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ショの小説のなかでは、「赤」という鮮やかな色彩は例外的だ)。ことばから視 覚へのこの一瞬の移行は、クローディアの生きた生命の存在を含意する。 「私」がジュディットの顔を見るのは、過去にジュディットを知っていたからで、 生きていなくても「私」には常に思い出せるのだが、知らないクローディアの 顔を見るためには、クローディアは生きていなければならない(「赤」という色 の意味)。クローディアは「遠くにあるもの」の側ではなくて生命の側にいる。 そして「ガラスの現象」にとりつかれた、「文学」のなかにいる「私」からすれば、 生命の側にいるものは「重要ではないもの」だ。それでも見つめているジュデ ィットに関して反復された場面で、「私」がはからずして書いてしまったように 思える、「透明な霧氷」を通してクローディアを見たという表現は、クローディ アもまた常にガラスのこちら側にいるわけではないことを示すのかもしれない。 薪をもって部屋に入ってくるクローディアもまた「外の寒さ」を身にまとってい る。  クローディアからすればほとんど信用できないこの「私」は、ガラスの向こう にあるものを記述しようとする。しかしそれはガラスのこちら側にいる人間、来 るべき生きている人間クローディアによって妨げられる。そもそも「私」自身が、 ガラスの向こうにあるものを記述することの正当性を疑わなければならなくな る。ジュディットがクローディアから飛び跳ねて離れる直前に次の記述がある。 『死の宣告』と同様に、「私」は「ガラスの現象」(le phénomène de la vitre)とい う表現を用いる。ここにもやはり先行するレシの記憶が読みとられる。「ばた ばたいう扉」は『私といっしょにいなかったひと』でふたたび現れる。(ちなみ に『本日の与太話』で「私」が遭った事故は、目にガラスをぶつけられるという ものだった。)  ここでガラスの現象は奇妙な役を演じていた。雪はガラスのところでとまら ず、本当に部屋に入って来ていた。でもそれは雪だったのだろうか。ただ雪 の邪悪な(pervers)面だけで、生きていたが、恥知らずでひとを欺くものだっ た。外へ行こう!と思った。もちろん他人の助けは借りられなかった。永遠 の幸福によって、他人は往き来していた。扉はばたばたいい、鎧戸は開いて いた。1 1

« Le phénomène de la vitre jouait ici un jeu étrange. La neige ne s'y arrêtait pas, elle pénétrait

réellement dans la chambre, mais était-ce la neige ? seulement son côté pervers, un rien éhonté et trompeur, quoique vivant. L'air libre! pensai-je. Bien entendu, je ne pouvais en appeler aux autres. Les autres allaient et venaient, selon le bonheur perpétuel. Les portes battaient, les volets s'ouvraient […]. » (Ibid., p.82.)

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この世界は現実のものでもなければ、一般の小説のなかで虚構のものとし て表象されるようなものでもない、ブランショのレシ独自の特殊な空間である ことが、このような記述を前にするとはっきりわかる。ガラスも雪もその単語が 指し示すものではないようだ。「邪悪な」は「方向をそらされた」(pervers)という 意味だが、ここにアトムの方向のずれを見ることも可能かもしれない。このず れが生けるものの語りの運動を可能にする。語るものは日常的なものではな く、このずれをしか見ることができない。  「ガラスの現象」は、ガラスの向こうにあるものは内側と完全に切り離されて いるということを意味するものではなかった。ガラスの向こうにあるものは「汲 み尽くせない」ということを意味していた。ここでガラスを通して部屋のなかに 入ってきた「雪の邪悪な面」は「生きている」。部屋の内側では、「私」はそれ を生きたものとしてしか、持続の局面でしか語れない。ガラス窓の外にあるも のは永遠の過去のなかにあったものだから、この雪そのものはおそらく「死」 を意味するはずだが、語りの持続においては、「生きたもの」になる。この「雪 」 とその「邪悪な面」は、それぞれジュディットとクローディアに対応すると言え るだろう。この現象は語りを「恥知らずでひとを欺くもの」にする。でもひとりで 書いている「私」には他人の助けを借りることはできない。それはおそらくレシ が(たとえ合わせ鏡によって分裂した書き手だとしても)ひとりで書かれるべき ものであり、ひとりで書かれたレシ以外のレシはありえないからだろう。これが おそらくロマンとの大きなちがいだ。ひとりである「私」がレシの語りの信用度 を獲得するために必要だ。  起きあがって、よく言われるように、かっとなって騒ぎたてる[ガラスを割る]こ ともできただろう。そうするだけの力があったと思う。確かに私を猛々しい欲望 の死点に置く、この恐ろしいほどの我慢強さのなかには、話したいという誘 惑が、この静寂の前で告発することば、あることば、あることばの究極の真 実を発語しようという劇的なまでの恐ろしい誘惑があった。しかし私は話して いなかった。書物がこのことについて何を言っていようと、私は決して話さな かったように思える。弱さのせいだろうか?幸福な感情に対する敬意のため だろうか?真実によって真実よりも真なるものを侮辱したくなかった。それに私 は裁判官ではない(je ne suis pas un juge)。ことばは私のものではなかった。 1

1

« J'aurais pu me lever et, comme l'on dit, casser les vitres : je pense que j'avais assez de forces pour

cela. Sûrement, dans cette patience terrible qui me maintenait au point mort d'un désir furieux, il y

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「雪の邪悪な面」もまた真実だ。しかしガラスの向こうにある汲み尽しえない 深い雪、短いことばだろうと長いことばだろうと決してことばによって要約でき ないものは、その「邪悪な面」以上に真実であることだろう。「私」はだれもが 静寂を保って語らないこと、告発しなければならないことを何か知っていたら しい。それについて話すだけの力はあったし、話したくてしかたがなかった。 しかし「私」は話さなかった。それが「弱さ」のせいなのか、「幸福な感情に対 する敬意」、すなわちその告発によってある種の人々の幸福な感情を乱した くないという気持ちのせいだったのか、「私」にはわからない。  「私は裁判官ではない」ということばは1950年代までのブランショの文章の なかで決定的な意味をもつ。ブランショがサドの熱心な読者であることは知ら れている。サドにおいていちばん重要な思想は「裁くなかれ」ということでは ないか。歴史に翻弄されて繰り返し訴追されたサドは「ただ告発者だけが罪 深い」 1 と考えていたようだ。「私は裁判官ではない」ということばからすると、 ブランショもこのサドの告発者に対する憎悪のようなものを共有していたと考 えるべきではないか。この憎悪は何らかの反省(何かははっきりとはわからな いが)として生じたものだろう。1935年に書かれたとされる短篇小説「最後の ことば」(タイトルに反して、知られているかぎりではブランショの最初の小説) ではこう言われていた。

avait cette tentation de parler, une terrible, une dramatique tentation de prononcer sur ce calme une parole dénonciatrice, un mot, la vérité dernière d'un mot; mais je ne parlais pas; il me semble, quoi qu'en disent les livres, que je n'ai jamais parlé. Par faiblesse ? par respect pour les sentiments heureux ? Je ne voulais pas diffamer par la vérité ce qui est plus vrai qu'elle, - et puis, je ne suis pas un juge. La parole ne m'appartenait pas. » (Ibid., p.83.) 1

Cf. D.A.F de Sade, Histoire secrète d’Isabelle de Bavière, reine de France, Gallimard, 1953,

collection L’imaginaire, p.24. « À l’envie que nous avions de démêler la vérité partout où elle se dérobait, s’est joint, nous l’avouons, un désir plus délicat encore, celui de disculper, disons-nous, si cela pouvait, des reproches honteux dont on la chargeait, et de ne trouver de crimes dans ses délateurs. » (訳)「いたるところで隠れている真実を解明しようという望みに加えて、筆者はさらにデリケートな 望みをもっていたと言わねばならないだろう。それはできることならイザベルほどにその優雅なひととなりにおいて も気の強さにおいても高い身分においても興味深い女性には罪がないと証明したいという望み、そう、できるこ とならこの女に浴びせられた恥ずべき非難にこのひとは値しなかったと、その告発者の方にしか罪はなかったと 証明したいという望みだ。」

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司法の手(justice)が臨時の際の道具にするために犬を獰猛にしていたこ とは知っていた。しかし私も法曹界に属していた。それが私の恥辱だった。 私は裁判官だった。だれに私を罰することができただろうか。1  ブルジョワ革命以後の近現代文学を支配するものとしての広義の「ロマン 主義」はことば(自国語)を自分のものとすることからはじまる(少なくとも第三 共和制下のジュール・フェリーの教育改革以前に、作家としてことばを自分 のものとするためには何らかの特権、人権思想のもとで偽善的に特権だとみ なされなくなることになる特権が必要だったと言えるのではないか)。ことばが 自分のものでなければ、自らをロマンの主人公のようにして語ることはできな い。しかしブランショは政治家、作家、法曹、教師、聖職者、医師などの「こと ば」をもつものに対して根深い不信の念を抱いているのだろう。ひとに聞こえ るようなことばは、おそらくいつの時代でも一部の人間にだけ到達できる特 権だ。そしてことばだけが告発し、罰することができる(告発するのも罰する のも特権をもった司法であって、司法の前ではことばをもたない被害者では ない)。「ことばは私のものでなかった」と語ることで、作家ブランショはこの特 権から遠ざかろうとする。「正義」(justice)を掲げるものの恥辱をほのめかす。 しかし自分自身がどうしようもなくことばの人間であることはわかっている。結 局レシを書いてしまった「私」は、どこかでことばを獲得したと考えなければな らない。それはオルフェウスのようにこのレシの空間の方を振り返ったときだ ったか。「私」は「ロマン主義」的なもの、オルフェウス的なもの、ダンテ的なも のを宿命的に刻印されている。  「私」は「クローディアの側」のレシの末尾で、クローディアに「いっしょに南 に来てください」と言った。なぜこの男は「南」にゆきたいのか。クローディア は「私」が「北国のひと」だと言っていた。「南」とは生命の世界のことだろうか。  「結局あなたは北にひかれているのよ。北国のひとなんだから」  「ええ、でも寒さが怖いんです」2

1

« Je savais que la justice les avait rendus féroces [les chiens] pour faire d'eux ses instruments

occasionnels. Mais moi aussi j'appartenais à la justice. C'était ma honte : j'étais juge. Qui pouvait me condamner ? » (Après coup, pp.65-6.) 2

« - Au fond, vous êtes attiré par le Nord, vous êtes un homme du Nord. - Oui, mais je crains le froid. » (Au moment voulu, p.98.)

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ゲーテ、ノヴァーリス、スタール夫人からニーチェにいたる南北の対立をブ ランショは暗示している。「ロマン主義」の世界「北」と「古典主義」の世界「南」 の対立がここにはある。ノヴァーリスの『ハインリッヒ・フォン・オフテルディンゲ ン』(『青い花』)の主人公は、遠くのものだけを見て近くにあるものを見ない ので、「北国のひと」だと呼ばれる。近くのものとはこの主人公にとっての愛の 可能性だった。ダンテは教会のなかでベアトリーチェよりも近くにいる女性を 「ベアトリーチェに対する愛」という「真実」に対する楯にしたが、実際には、 生の局面においては、ダンテの愛の可能性はベアトリーチェよりも先に死ん でしまったこの近くにいる女性の方にあったのではないか。「私」にとっての 愛の可能性もやはりジュディットではなくてクローディアの側にあるのではな いのか。  「私」が「南」にゆきたいということばを、「私」の近くにいる人間クローディア は拒絶する。「私」は近くにあるものを何も見ない、ことばを通してしかものを 見ない人間であることをクローディアは知っているからだ。ナタリーが「私」と の結婚を断ったのも、「私」にとって結婚が何の真剣味ももたないものだと知 っていたからだ。ジュディットに対する愛という「私」にとっての「真実」を知っ ているのだから、「楯」であるクローディアにはこの申し出を受けることができ ない。ことばにとりつかれた「私」にはガラスの向こうの到達できないものをこ とばで描くのをやめられない。「北」とはまた北極星のように針路を方向づけ るものだが、「北国のひと」はこの方向づけなしでは生きてゆけない。平凡な 生の楽しみはこの男には許されていない。  寒さの恐れ、そしてまた暴力の恐れが「私」にガラスを割らせない。ガラスを 割って生命の世界へと身を投げ出すことができない。「ロマン主義」の罪はま たこの生命の世界に対する「恐れ」でもある。「恐れ」は少なくともアリストテレ ス以来多くの哲学者が非難してきた感情だ。しかしこの大切な恐れの感情を 浪漫的な「私」には手放すことができない。

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ことばをもつものの義務  この「私」とブランショはいかなる関係にあるか。「真実よりも真なるもの」を 侮辱しないために「ことば」による告発をしないという態度はおそらく( 1950年 代までの)ブランショ自身のものだ。しかしこの「恐れ」に関してはちがうと思 われる。ブランショのレシの営為の目ざすところは、何よりも「私」によって語ら れる言説の信用度を落とすところにあるように思われる。だからこそその記述 は曖昧で、真剣には受け取れないようなことば遊びや言いまちがえがある。 「信じるな」ということをブランショは言っているようにもみえる。クローディアが 一度目に「あなたのことはほとんど信用していないのよ 」と言ったとき、「私」は 「驚かなかった」と言っていた。登場人物としての「私」は嘘をついているのか もしれないが、書き手はおそらく真実を知っている。もし世界が驚きに満ちて いるとしても、レシの「書き手」には自分の書いていることに対する驚きの可 能性がない。これがレシの秘密だ。(書き手が読み手となって自らの書いた レシを読み返すときには十分に驚きの可能性があるだろう。)  ブランショは「本質的孤独」という文章のなかに 4oli me legere 「私を読ん ではならない」なるラテン語のことばを書き記した 1 。これはイエスがマグダラ のマリアに言ったとされる 4oli me tangere 「私に触れてはならない」(あるい は「ひきとめないでください」という意味か)ということばのもじりだ(ヨハネ第20 章17節)。このことばは、作品のことばが作家のことばでなくなる地点を指し 示す。作品はまず作家に対して 4oli me legere と言う。そしてまた 4escio vos とも言う。このことばによって、ブランショは作品のことばを作家のことばと して読んではならないという。たとえレシの語り手が罪深さを背負っていると しても、レシに書き記された対象は罪深くないという事実を救わなければなら ない。「本質的孤独」とはまかりまちがっても作家の孤独ではなく、そもそも生 きた人間の孤独ではなく、だれもその生きた声を聞くもののない書き記され た「ことば」の孤独だ。墓穴に投げ捨てられたかのようなことばの孤独だ。この 孤独は蒼白い文学少年、文学少女を喜ばせるようなものではない。  この聖書の復活の場面のことばのもじりは根拠がないものではない。マグ ダラのマリアはこの場面で、黄泉帰ったイエスに「ラブニ」と呼びかける。「先 生」という意味だ。イエスは「私に触れてはならない。まだ父のところまで昇っ ていないのだから」と答える。つまりこのもじりにおいて、実に信じがたいこと だが、「作品」はまず一度死を通過して黄泉帰ったものだと言われている。そ して作品はまだおそらく本当の意味で「先生」と呼ばれるにあたいしないもの 1

L'Espace littéraire, p.17.

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だ。ことばが何らかの権威を獲得するためには、「父のところ」に昇ることが必 要だ。さらにこの「ことばの復活」は「信じがたい奇蹟」だ。そもそも人間がこと ばを書き残すこ とを発明 した ことは奇蹟そのものだっ たはず だ。 4oli me legere ということばのなかに「復活」を読み取らなければならない。オデュッセ ウスのかげにブランショの語らない預言者ヨナを見ることが可能だとすれば、 オルフェウスのかげには、同じく語られないイエスがみえる。これはブランショ の問題ではなく、文学の問題だ(新しい記憶の産出という「罪」に対して無自 覚であるかぎりにおいて、「歴史」を拒絶するのでなくて捨象するかぎりにお いて、「間テクスト性」という用語は用いられない)。死にとりつかれているのは 無神論者ブランショではなくて、「文学」そのものだ。  マグダラのマリアは復活したイエスを見てそれを信じる。だからこそこの女 はイエスに触れなくてもよい。しかし疑い深い使徒トマスはちがった。トマスは イエスの脇腹に手を入れなければ復活を信じられない。そしてこの疑い深い トマス(フランス語風の発音ではトマ)はブランショの初期の長篇二作の主人 公の名前だった。(「聖トマスのように疑い深いから見てみないと信じられな い」ということばは突飛なものではない。ブランショの小説『無名のトマ 』 Thomas l'obscur というタイトルに関しては、「双子」と呼ばれるトマス(ヨハネ 第11章16節)の使徒ではない方の兄弟、「その人生について何も知られて いない方のトマス」のことを意味すると考えられる。よってここには奇妙なユー モアがある。聖トマスのように疑り深いひとには、その双子の兄弟に実際に会 ってみないと存在が信じられないだろう。もちろん l'obscur というあだ名はヘ ラクレイトスを思わせる。)  確かにイエスは女には触れることを許さず、使徒にはそれを許したようにみ える。しかしマグダラとトマスの立場はちがう。使徒とはことばによってイエス の教えを述べ伝えるものだ。使徒は「信じる」だけで十分な人間ではない。 弁論巧みにひとを折伏しなければならない。そしてこのような教養、より正確 には「ことば」は女性から遠ざけられていた。たとえば聖パウロによると女性は 教会で話してはならない。(ブランショには特に女性が「ことば」から遠ざけら れているという意識があったのではないか。だから外国人の女性をレシの登 場人物にしたのではないか。)  「ことば」に到達できるトマスには明確な義務がある。トマスは何ものも疑わ ずにすませられない。だからイエスの脇腹に手を入れなければならない。ト マスが脇腹に手を入れるのは疑いながらのことだ。そして脇腹に手を入れた 後、いかに疑い深くとも、トマスは必ず復活を信じなければならない。そこに 疑いをさしはさむことはいかにしてもできない。しかしこの個人的経験そのも のはいかなる言語活動によっても表象できない。

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作品が「私を読んではならない」と言うとき、「ことば」に到達しえないもの、 読むことができないもの、書物を手にできないもの(あるひとつの言語で書か れた「作品」からすると、ほぼ全人類がこれらのカテゴリーに属する)は、ただ その作品を閉じたままにしておかなければならない。しかし「ことば」に到達し うるもの、すなわち「ことば」に関して何らかの義務を背負ったものは、常に疑 いながら表紙を開いて読まなければならない(これがブランショにとってただ ひとつの本質的な侵犯の問題だろう)。しかし一瞬たりとも疑うことをやめなく とも、作品を読むものは、そこに書かれていることに対して、有無をいわさず 復活を納得させられてしまったトマスのように、「そうだ」としか言うことができ ない。  しかしこの「そうだ」としか言えないという事実は疑い深さを消すものではな い。トマスはイエスの脇腹に手を入れることで実際には何を確信したのか。そ れは復活である以前に、「このひとは確かに一度死んだひとだ」ということで はなかったか。トマスの行為は「かつて黄泉帰ったひとがいた」ということを信 じるかどうかを問題にしていない。目の前にいるひとが確かに一度死んだの かどうかを問題にしている。そしてトマスは確かにこのひとは一度死んだと確 信した。作品の読者も常にこのようにして読まなければならない、読むしかな いということだ。確かに一度死んだことばがそこに書かれていることを確認し なければならない。あらゆる作品を、作者のことばであるよりは、そこに書か れている既に無名となった死者のことばのありえない「復活」であるようにして 読むことを、過去のことばとしてではなくて来るべきものとして読むことを、ブ ランショは命じている。「復活」はもはや驚くべきことではない。目の前にいる 人間が「かつて死んでいた」ということが驚きだ。ブランショ自身もやはり「私」 のようにガラスを割らないと言えるが、それは「ことば」を語りうるものの義務と して、名前をつけられた「ことば」を疑わせるためにブランショがあえて選んだ 手段だ。偉大な精神は決して人間的であることを恐れない。人間を呪う矮小 な輩と闘うことを恐れない。真の無神論者は矮小な精神が日々再生産する 神を恐れない。ここに恐れはない。一度死んで復活したことばをブランショは 父親として回収しようとしない。このような作家はほとんど他にいないだろう。  ブランショは「ことば」に対する権利をもった人間の責務に対してきわめて 自覚的な作家だ。同世代のこのような作家としてたとえばサルトルが考えら れる。サルトルは小説の言語を読むことに到達するためには文化的な特権 が必要だと理解し、小説を書くのをやめて戯曲を書きはじめた。同じく小説 を書くことをやめたブランショは、サルトルと反対に、晦渋な言語で評論を書 きつづける。たとえ方向性は逆でも、このふたりが目にしていたものは同じも のだっただろう。ただサルトルとちがって、ブランショには「ことば」のもちうる

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射程距離が信じられなかった。「無名の不幸」に到達しうる言語活動があると 思えなかった。少なくとも「裁判官であることは恥辱である」(裁判官は事実上 だれにも罰せられないとすると、これは罪でなく「恥辱」だ。この単語は重要 だ)と理解したブランショは、「真実より真なるもの」を自らの言語活動で侮辱 できなかった。  小説家であることをやめたブランショが展開した評論活動はいかなるものか。 『来るべき書物』や『終わらない対話』のページを繰って脚註を見ればいい。 言ってしまえば、何のことはない、ただの「新刊紹介」ではないか。ここに何 か真剣なものがあると言えるのだろうか。まるで面白そうな新刊書が出たらそ れにお金を払うブルジョワのために書いているようではないか。ある意味では そうだ。そしてこれは「文学の栄光」を拒絶するための手段でもあっただろう。 時評家に文学の栄光がありうるだろうか(たとえブランショがそれをどこかで 獲得したようにみえるとしても、「現代文学の英雄」なる退頽期のギリシアのオ デュッセウスのミニチュア版になったようにみえるとしても、それはまったく本 人の望まなかった皮肉な運命でしかないだろう)。ことばを書く人間は特権の 上にあぐらをかいた卑怯なオデュッセウスであり、罪深いオルフェウスだ。ブ ランショはこのような文筆活動のなかにあえて身を置きながら、言語を脱臼さ せ、死にものぐるいで、権威の言語の価値を落とそうとする。  いかなる瞬間においても、ブランショの目は常に「外」に向いていたと言え る。ただ(少なくとも1950年代までは)それを語るのをいさぎよしとしなかった だけだ。ブランショは決して文学に沈潜したことはなかった。ブランショの活 動はすべてある意味で政治的な意味をもっていた。ことばを語りうるものとし て、そのことばが到達しえない不幸なもののために語るのでなく、権威の言 語をうのみにしない技術をまずは言語に到達しうるブルジョワに教えようとし た。サドの熱心な読者であり、サドをラロシュフーコーの系譜にあるとするブ ランショは、このサドの偉大な箴言をかみしめていたことだろう。「ひとが言った ことがそのとおりだと主張することは、狂気と虚栄心の極みだ。 」 1 (この狂気を狂 気と呼びうるかどうかが人間の品位にかかわる事柄だ。) ブランショの営為は 困難だ。決してうのみにされないような言語で、ひとに読まれるような求心力 をもった空疎な何かを語らなければならない。読者にうのみにしてはならな いと勘づかせるようなしかたで、自ら嘘だと認めるロマンのようにしてではなく 、 私は本当だと主張するレシのようにして語らなければならない。そしてこのレ シのようなものが主張する真実とは、フーコーが示唆したように、「私は話し 1

« Affirmer qu'une chose est telle qu'on l'a dit, c'est le comble de la folie et de la vanité. » (Sade,

Histoire de Juliette in Œuvres III, Gallimard, collection Bibliothèque de la Pléiade, 1998, p.219.)

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ている」という事実のみだった。罪深いレシ「自身」には他のいかなることも真 実として主張しえない。「私は失望した」と「私が書いたという事実」は、「私」 が何らかの言語活動を営んでいるということ以外の何も意味しなかった。この ような営みがいかに困難なこと、残念なことにほとんどが無駄骨であっても、 ブランショは「書かなければならない」という信念にとりつかれていたようだ。

溺死者へのレクイエム  ブランショの営為は実に孤独な営為だ。しかしそこに何らかの共同性がな いわけではない。その共同性は現実のだれかとの共同性ではなく、書物の なかに閉じこめられた孤独な人間たちとの共同性だとまずは考えるべきだ。 「いっしょに南に来てください」と言う直前、つまり「私」とクローディアの最後の対 話。  「話すのは疲れる?」 「ちょっと疲れるかな。」 「歌で喉をいためたの?」 「歌は火花そのものだった。歌うひとはこの危険を覚悟しなくちゃならないの よ。」 「言ったかどうかわからないけど、歌を聞くのはあまり好きではないのに、 あなたの声を聞くのは楽しかった。」1  クローディアの歌は何だったのか。地獄の番犬ケルベロスの生者を拒む叫 びだったのか。それとも「私の少し後に帰ってきた」クローディアもまたオルフ ェウスのように歌を歌いつつ地獄に降ったものだったのか。それともセイレー ンのように船乗りたちを海にひきずりこんで殺そうとして歌っていたのか。そ れははっきりしないと言わなければならない。このレシのなかにはこのような 文学内部的な解釈の可能性を拒むものがある。それでも確かに言えるのは、 あまりいい歌手ではないクローディアは、つぶやいていたのではなく、喉を つぶすほどの無理をしながら、高らかに歌っていたらしいということだ。舞台 生活をあきらめたこの女は、レコードを録音したいという夢を もっていたよう だ。しかしこのクローディアにとっては、喉を大切にするという職業意識より、 がむしゃらに歌うことが先立っていた。何を歌っていたかはわからないが、こ の女は懸命だった。おそらく表情のない歌しか歌えないクローディアの夢は 1

« Parler vous fatigue ? - Un peu. - C'est le chant qui vous a abîmé la gorge ? - Le chant a été

l'étincelle. Ceux qui chantent doivent s'attendre à ces difficultés. - Je ne sais si je vous l'ai dit, je n'aime pas beaucoup le chant, mais vous entendre m'a fait plaisir. » (Au moment voulu, p.129.)

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かなわなかったのだろう。ただ懸命に歌いつづけたクローディアは、その名 のもとに何も残せなかった。だからクローディアはセイレーンにもオデュッセ ウスにもオルフェウスにもなれなかったひとだと言わなければならない。だれ もその美しいだけで才能のない歌を記録してくれなかった。ブランショはあえ てオルフェウスのアルゴー号神話に現れるセイレーンについては語らなかっ た。クローディアは、オデュッセウスにその歌の美しさを物語られるセイレー ンではなくとも、詩聖オルフェウスの前で負けを認めなければならなかったい さぎよいセイレーンではありうるかもしれない。これがブランショが評論のなか で語らないセイレーンだということは強調すべきだ。このセイレーンの声は、 オデュッセウスにだまされたセイレーンの声とちがって、ブランショの読者の 耳には届くことがない。このレシの後に発表された「オルフェウスのまなざし」 と「想像的なものとの出会い」は、オルフェウスに負けたセイレーンについて あえて語らないことによって 、とりかえのきかないクローディアの存在を浮き彫りにしている。  このときJとナタリーが残した手の石膏型の意味がいくらかはっきりするだろ う。「私」はその手によって書きものを残して出版した。しかしこの女たちはそ の手が存在したという事実だけを残して、その書きものを残さなかった。こと ばにたどりつけなかった女たちのレシは残っていない。「私の手」が書いたレ シだけが残っている。  「私」も本来ならオルフェウスのようにセイレーンの前でこのレシを高らかに 歌いあげなければならなかったはずだ。しかし「私」はそうしなかった。自分 の方ではことばの特権にたどりつけた「私」は、たとえ味気ない歌でも、挫折 したクローディアの美しいだけの歌の存在のみ指し示した。「私」はピアノで 伴奏するだけだった。異質なふたつの歌は同時に存在できない。だから「私」 は外国人クローディアに場を譲ろうとした。少なくとも譲りたかった。しかし最 終的にはそうできなかった。オルフェウスはセイレーンに勝つことを宿命づけ られているのだから、そうできなかった。できなかったが、このレシを自らの高 らかな歌にはしなかった。さらに、「クローディアという歌手がいた」とは主張 せず、「このひとのことは知らなかった」といってクローディアについてのレシ を終わらせ、この女のことを忘れてしまったかのように、ジュディットについて ふたたび語りはじめた。クローディアをエイハブのように変身させて、「歌が 罠であることをやめる地点」に送り返したのだ。  確かに冒頭の「このひとのことは知らなかった」ということばは無関心のなか で言われたものだっただろう。しかし巻末で繰り返されたこのことばには控え めな優しさがある。自分の名のもとに歌を残せなかった気の強いクローディ アは、まるで観念のようなジュディットを愛している「私」の名のもとに語られる

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のを望まないことを「私」は知っていた。たとえばクローディアが挫折した作家 志願の女性のようなものをモデルにもつようにみえるとしても、そのひとりの 女性を指し示すのではなく、生き延びてことばにたどりつくことができなかっ たあらゆる人間を指し示すと考えるべきだろう。オルフェウスを見送った後で 静かに海に身を投げる寂しげなセイレーンがここにいる。たとえこのセイレー ンが天才オルフェウスに負けたとしても、この女の歌はまちがいなく美しかっ たのだ。  1941年の『無名のトマ』はブランショの実質的な処女作と呼んでいいものだ。 このロマンの末尾で主人公のトマは「自分にとっての恥辱がはじまったかのよう に」、無名の人々にならって海に身を投げる。生き延びた作家ブランショの、 理解を拒むような小説は、おそらくこれらの無名の溺死者に対する慎しやか なざわめきで構成されたレクイエムだった。ブランショは想像的なものとの 「出会い」についてだけ語った。しかしこの出会いは既にあらゆる別離をすま せた人間のものだった。「北国のひと」にとっては、セイレーンと別れた後で なければセイレーンとは出会えない。エウリュディケーと死別した後でなけれ ばエウリュディケーとは出会えない。ベアトリーチェは死んでベアトリーチェに なった。セイレーンの歌もエウリュディケーの歌も我々には決して聞こえない。 だからブランショの歌は、倫理的には歌の別れ、風雅の道の拒絶であるべき だった。「私はもう美しいだけの歌は歌わない」という歌であるべきだった。美 しいだけの歌なら無名のひとたちにも残す可能性があった。ウナムーノも言 ったように、「どんな芸術の最高傑作も、ちっぽけな人間の生にあたいしない 」。 現代において「ことば」を語ることができる人間の義務は別のところにある。自 分は美しいだけの歌を打ち負かしてしまったのだから、これからは歌の暴力、 歌の罪について歌わなければならない。  ひとつの歌はもうひとつの歌を排除する。もし作品が本質的に孤独で、作 者のことばでなく作品自身のことばで歌うとすれば、作品の歌と同時に作者 の歌は聞こえない。よってブランショという生きている人間にとっての「外」は 、 逆説的にブランショが書いたとされるレシの「中」でもあろう。作品が作者から 切り離されてしまうとすれば、作品のなかのことばは作者にとって無縁のもの となる。レシのなかの「私」から見ると「外」は薄ら寒い死の領域のようにみえ ていて、ガラスの手前に生命があったはずだ。私たち、ブランショも含めた私 たちは、反対にレシを前にすると、そこに息を失ったことば、既に持続を失っ てしまった死んだ時間しかみない。ひとつの持続が必ずもうひとつの持続を 相互的に排除するからだ。私たちの生の世界が、レシの世界を死んだものと して排除するからだ。しかしレシのなかの人物にはきっとレシのなかの人物 の持続があるはずだ(たぶんブランショは本のなかの人物は生きていると思

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い、そこに「友達」を見出した子供を自分のうちに抱えている)。ブランショが 決して「外」から目を離さなかったということの意味はまさにここにある。レシの なかの「寂しげな尊厳」を尊重しなければならない。そしてこの持続の相互排 除関係が「必ず」生じることが、ブランショが「決して持続に加担してはならな い」と言う理由だ。なぜなら結局「私」にとっては、あらゆる真剣な読者を震撼 させる作家サドが示唆したように、「私」の持続しか存在しないからだ。これは 各々が熟考しなければならない文字どおりに恐るべき真実、おそらくだれも が直面しなければならないただひとつの人間の真実だ。もし「私」の目からみ ると他人がレシのなかの人物、自分の生とは本質的にはかかわりのないガラ スの向こうの永遠の過去の人物にみえてしまうとしたらどうなのか。これが変 身しなかったオルフェウスの罪、持続に加担する文学の罪だ。だがそれは想 像力の罪ではない。想像力に決して罪はない。持続に加担する文学の罪は、 複数的で断続するものでしかありえない他者の想像力と、持続するものと想 定される「現実」、我々に共通で排他的な、想像的なものでしかありえない 「現実」を混同することにある。支配できない「外」、すなわち他者の心のうち をも自らのうちの想像力と混同して支配しようとする力が破廉恥なものなのだ。 「淫らな思いで他人の妻を見るものはだれでも、既に心のなかでその女を犯したの である」(マタイ第5章28節)。いいや、このように他者の想像力を自分の破廉 恥な想像力の尺度によって裁き、さらには罰しようとするときだけ、想像力は 罪深いのである。サドは繰り返し「フランスでは死刑にあたいすることが中国 では賞賛にあたいする」ことを強調した。これは実に本質的な問題だ。我々 に必要なのは犯罪者の心理学ではない。ひとを罰することは人間の尊厳に 反した必要悪でしかないということを理解しない法曹の心理学だ。

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まとめ 永遠に女性的なものから絶対的に異郷のものの方へ

 僕たちにはプラトニックなロマンを織りな そうなんてつもりはなかった。 ミラボー「ソフィーへの手紙」

疑わしいことば  最終章ではこの恐ろしい問題を念頭に置きながら、ブランショのアウシュヴ ィッツに関することばからはじまったこの論文を総括する。しかしながらこの論 文で扱った特殊なレシ『望ましいときに』がいったいいかなる内容をもつレシ だったのかという問題に関する解釈の可能性をここで提出しておこう。本来 であれば、一篇の小説を論文で扱う際には最初にそのあらすじをのべておく べきだったのだろう。しかしこのレシに関してはここまでの論考をへなければ、 どのようなレシなのか容易に語れないものだったことを理解していただきたい。 しかも以下にあげるのもいくつかの解釈の可能性でしかないことは強調して おかなければならない。筆者が本稿で試みた解釈は、ブランショのレシに対 するある種の裏切りでしかないことはまずお断りしておく。  キルケゴールは『あれかこれか』で「ドンフアン的誘惑者」と「ファウスト的誘 惑者」を区別した。しかしファウスト的誘惑者はドンフアン的誘惑者と本質的 にちがうものではなく、ただファウストはグレートヒェンひとりのなかにあらゆる 女性の多様性を見出す。それでもファウスト的誘惑者において事情は容易 に転倒するだろう。あらゆる女性のなかにひとりの女性を見ていると勘ちがい する男のことがかんがえられる。ファウスト自身はこの転倒を経験しなくて、 「永遠に女性的なるもの」を見出したが、もしファウストが女性の美の典型で あるヘレナを召喚できなかったとしたら、抽象化は失敗していたかもしれない。 おそらく『望ましいときに』の語り手はこれに失敗したひとだ。きわめて散文的 に言えば、オイディプスのコンプレックスの問題を想起させずにはおかない ような男性、新しく出会った女性のなかに旧知の女性ジュディットを見出して しまうような男なのだろう。本稿の第三章では「私」が過去に向かったときに 新しい過去としてのクローディアを見出してしまうという仮説を考えた。しかし この過去は常に「さらに先」に向かう反復でしかなかった。レシを書く行為に おいて現れるものとしては、クローディアは新しい過去を意味すると言える。 しかしこのレシの「物語」について考える際には、見かけ上は事情が逆転す

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る。「私」は新しく出会った知らないクローディアのなかに過去を見出す。そ れでもこの逆転は見かけでしかない。なぜならおそらくレシのなかにいるオ ルフェウスのような「私」は過去を見ても未来を見てもジュディットという過去よ りも遠くにいる女を見ているはずだからだ。「私」が過去を見ていると思ったと きに実際には来るべきものをしか見ていなかったのとまったく同様に、未来 の方、すなわちレシのなかにいる「私」にとってはレシの結末の方を見たとき には「最後の瞬間」、既に過ぎ去ったものしかみえない。事実このレシの入口 と出口にはジュディットがいたのではないか。「クローディアの側」にいる「私」 は過去と未来をジュディットにはさみうちされている。よってレシのなかからす ると過去にも未来にもいる「過去よりも遠くにいるもの」は「私」にとっては永遠 なのかもしれない。「私」の持続は主観的にははじまりも終わりもない無際限 の直線だが、それは地平線で収束する。我々が抱えている書物は、その地 平線で閉じられた書物だ。驚くべきことだが、レシの書物のなかには永遠が、 ひとつの宇宙がある。  Jやジュディットは「永遠に女性的なもの」に対応するもののようにみえる。し かしこのような「幸福」な昇華はブランショのレシには存在しない。『死の宣告』 の最後に永遠の愛の対象として現れる観念は、ただ現実の生から目をそら す、死にひきよせられた永遠の存在を指し示すようで、そこには何もよいもの は存在しないように思われた。「私」は結局「観念」しか愛していないという皮 肉きわまりない事実は、生きている女性ナタリーの嫉妬をひきおこした。この とき『死の宣告』のナタリーが生き延びたJのことなのではないかという疑いを 読者がもったのと同じく、『望ましいときに』のクローディアはジュディットなの ではないか、少なくとも「私」はクローディアのなかに既に存在しない(あるい は決して存在しなかった)ジュディットを見出しているのではないかという疑 いがどうしても残る。もしジュディットもクローディアも扉を開ける「観念」も、 「私」以外のひとから見たら(他のひとが考えたら)同じものととらえられかね ないものだったとしたらどうだろうか。もしこのレシの場には、クローディアが 言ったように、「私」とクローディアしかいなかったとしたら。レシの入口と出口 の記述はまやかしでしかなかったとしたらどうだろうか。  冒頭のジュディットの過去との「類似」に関する記述は読者を疑わしい気持 ちにした。「自分自身と似ている」と言われるひとがそのひと自身だということ がありうるだろうか。この疑わしい気持ちはレシを通じて決してかき消されな い。ではもし冒頭において扉を開けたのがジュディットではなくてクローディ アだったとしたらどうだろうか。クローディアがジュディットと似ている(と思わ れる)、昔「私」がジュディットを知っていたときと同じ年齢の若い女性だった としたらどうか。「私」がまちがって(意図的にせよそうでないにせよ)ジュディ

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ットと呼んだひとがジュディットに似ていたのではないのか。そしてこのひとの ことを本当にジュディットだと思い込んだのではないのか。こう思い込む「私」 に、分裂した「私」はかすかに異議を唱えるだろう。だからこそ「ジュディットは ジュディットに似ている」という奇妙な意識が生まれたのではないのか。その ようなことはこのレシの記述そのものからはありえないように思われる。しかし もし「私」の記述が狂気だったとしたらどうだろうか。  「狂気」ということばは適切ではないかもしれない。何が狂気で何が狂気で ないかは、何が人類共通の犯罪なのか見分けるのが困難なのと同様、はっ きりとは言えない。ダンテのLa Commedia 『神曲』の記述はもしも「文学」でな かったとしたら狂気だとみなされかねない。ガスコーニュの少女ベルナデット スビルーがマリアを見たという証言も、第二帝政下でなかったら狂気だった のかもしれない(もちろん同時代的にも簡単に公認されたわけではないが)。 しかし確実でありきわめて重要な事実は、たとえベルナデット自身の狂気が ありうるとしても、「ベルナデットはルルドのマサビエルの洞窟でマリアを見た」 というレシの報告そのものは決して狂気ではありえないということだ。ベルナ デットを三人称にしてここに介入する、レシの報告の主体であるみえない言 語の「私」が、この「狂気」の可能性を中性化してしまう。もしかしたら、このよ うな中性に近いとみなされる言語で語られるレシの空間のなかには狂気はあ りえないのかもしれない(ラフォンテーヌやグリム兄弟の「私の聞いた話」)。 ブランショという、文学、政治、宗教が全て同じ「ことば」によってつくられるも のだと知っていた特異な無神論者は、宗教の問題はこのようなまるでつくり 話のようにも思われるものをつくりだすことではなく、ただ生の価値をおとしめ ることだけだということをおそらく知っていた。  それでも『望ましいときに』なるレシにおいて、「観念」が扉を開けるといった 記述、ジュディットや「私」が窓の外にいたのかどうかもわからないような記述 はあまり「正気」と呼べるものではないと考えられるかもしれない。もしかする とこのレシの語り手はクローディアのことをジュディットと呼びつづけているう ちに、本当は「私」にとっては(クローディアにとっても)もはや存在しないは ずの女性を目の前に見はじめてしまったのではないのか。ジュディットは「私」 にとって既に死んだものと思われるべき女性だろう。おそらくこれはこのレシ がはじまるずっと前からの事情(「過去よりも遠く」)だった。冒頭でジュディッ トと呼ばれる女性は「クローディアがピアノを弾く」と言った。これが「この頭の いかれた男は私のことをジュディットだと思い込んでいる」ことをずっと前から 知っているクローディアの皮肉なことばだったという可能性は考えられないだ ろうか。

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そしてジュディットがクローディアから飛び跳ねて離れるという奇妙なエピソ ードの後でジュディットは空間をただよいはじめた。これは何を意味するのか。 この出来事はふたつの正反対のことを同時に意味すると想定できる。「クロ ーディアとジュディットは本当は同一人物だ(「私」はクローディアのなか、隣 、 かげにジュディットを見ている)」ということと「クローディアとジュディットはや はり別人でしかありえない」ということを、この出来事は同時に「私」に知らせ た。ジュディットがクローディアから離れることで、ジュディットはクローディア から遊離してしまった。ここまではクローディアがジュディットを抱えこんだも のだったのだが、ジュディットが飛び跳ねることで、クローディアとジュディット は無縁のものになってしまった。そして注意しなければならないのは、この出 来事は「私」が『望ましいときに』という読者に提出されたレシ、書物の形をと ったレシを書きはじめる前に経験した出来事だということだ。それはおそらく 以前に同じこと(と語り手が信じるもの)についてレシを書いたときの経験だっ た。クローディアが一度目に「新しい」過去であったのは、『死の宣告』の 1940年版に相当するだろうレシを書いていたときである。だからこのレシを改 めて書きはじめた時点では既にジュディットとクローディアのふたりが存在す る(「ジュディット」が扉を開けたときその女友達は不在だ)。これが狂気(と呼 ばれるようなもの)に満ちた状況だとしても、論理は存在すると言える。確か にクローディアとジュディットは別人で、「私」はこのふたりを別々に知ってい た(あるいは「私」の言うように「知らなかった」と言うべきか)。「私」は知らなか ったクローディアのなかに、知っている(と思っている)ジュディットを見出した が、このふたりが本質的に別のものだということをレシを書き直しながら改め て知った。この「改めて知った」事実は「私」にとっては既にして常に自明と思 われる真実だった。「改めて知った」時点はレシの語る対象である生きられた 過去の時間の「後」に位置するが、実際にペンをもってレシが語られる時間 よりも「前」に位置する。しかしこの「改めて知った」という出来事(ジュディット がクローディアから離れること)の記述は、「失望した」という出来事の記述と 同じで、「私」が言語活動を営んでいるということ以外にはほとんど何も意味 しない。「失望した」と書くことは過去の失望を十分に表さないばかりでなく、 過去の失望を忘却のなかに追いやる。ここには眩暈を感じさせるような時間 がある。この「改めて知った」事実を既に定着していたレシを書き直す最中に 私はこの事実をふたたび改めて知る。しかしある事実を「改めて知った」とい う出来事が書かれていたレシを書き直しながら、書かれつつある新しいレシ の記述の時間の間にふたたび改めて知る出来事は、この先行するレシのな かにあった、ある事実を改めて知ったという出来事とは別のものだ。「改めて 知った」ことを改めて書き直すたびに、過去に「改めて知った」という出来事

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そのものは完全な忘却のなかに消えてゆく。この改めて知った事実の意味 が常にずれてゆく無限の書き直しの営みがここにある。「過去を知っていた」 という信念はまちがいで、常に「改めて知る」ことしかできない。この気も遠く なるような論理によって、「私」の狂気とみられかねないものをブランショはつ づったと考えられないか。  そもそもジュディットが本当に「私」の愛した女性なのかどうかが疑わしい。 だいたい「私」はジュディットを愛していたなどとは一言も言っていない。それ でも「私」は「ジュディットという旧知の女性に会うために」帰って来たこと、さら に「私」がジュディットについては「何も知られたくない」と言うことなどが、「私」 がジュディットに対して抱いている愛のような感情を感じさせると言えるだろう 。 『死の宣告』では「私」は「観念」を愛していたと語られていたが、ここでは「私 」 が何を愛しているのかは言われない。ジュディットとはただ女性のイメージで はないのか。女性はこうあってほしいと願う手前勝手なファムファタール(ペト ラルカ的な意味だろうと現代的な意味だろうと)の名前がジュディットなので はないか。レリスがリズおばさんのなかに見出した女性ではないのか。このジ ュディットは一方では外敵から守ってくれる勝ち誇る民族の象徴だが、他方 では性交の前に(19世紀以後は性交の後に)男を去勢する、子孫を残さな い寡婦だ。このジュディットのなかには寓意的にレジスタンスの影があるのか もしれない。さらに「ユダヤの女」などこの名前はさまざまな解釈を呼び起こ す。その可能性を全て保持しなければならないのだろう。しかし小説の筋に ついて考えるこの場では、ジュディットをラウラのような女性、ペトラルカのた め息によってしか存在が知りえない「残酷な女性」のようなものと考えておこ う1。ジュディットは、オルフェウス的な「私」には近づきえず、そもそも近づこう としない女性、真に生きているものではありえない女、少なくとも生きていると みなされてはならない女だ。そもそも地上に連れ戻すつもりなどないエウリュ ディケーだ。これはおそらく「私」には触れられない夢の女性のようなものでし かないようにも思われる。(J、ジュディットは近親相姦を禁止する「母親」(ある いは父親)のイメージでもあろう。)

1

サドはペトラルカに愛されたラウラを夢枕に見て、それがサドの文学創造のインスピレーションとなっ

た。

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愚かものの物語  このレシの「可能な」あらすじをおさらいしよう。「私」が家に帰って来たとき、 扉を開けたのは実はクローディアという名前をまとった女だったのかも知れな い。「私」はそれをジュディットだと思い込む。しかしジュディットと思われた女 性が皮肉に「クローディアがピアノを弾く」と言った途端、この女性は本当は クローディアというひとだったと意に反して思い出すが、それを「私」の意識 (conscience)は事実として認めることができない(おそらくレシを幾度も書き直 しているらしい「私」はこれを何度も何度も繰り返している)。これを思い出し たことが、ジュディットの部屋に入りこんであの「女」というおそらく観念にほか ならないものに出会った直後に、「クローディアはすぐ後に帰ってきた。この ひとのことは知らなかった」という信用しがたいことばで表される。クローディ アは「私」をジュディットの部屋から連れ戻す。「私」はクローディアがジュディ ットの部屋にゆかないように自分をひきとめていると思っているようだが、ジュ ディットと呼ばれる女性は本当はここにいないことを、実は「私」は心のなかの どこかで知っているのだろう。たぶんこれは何度となく繰り返されてきた「私」 とクローディアの間のレシのなかでのゲームだ(少なくともクローディアにとっ ては、そこに楽しみを見出すかどうかは別としても、ひとつのゲームだろう)。  しかしこのとき意外なことに「観念」が扉を開ける。この出来事を「私」が「失 望」ということばで形容したのは、おそらく「ジュディットはここにいない」という 「事実」を「改めて知った」からだろう。事実もしジュディットがいない場で「私」 がレシを書いているとすれば、この女がここにはいないということは常に忘れ さられていて、常にレシを書きながら改めて知ることになる。そしてこの失望 は同時にクローディアが「私」の望むようなしかたでゲームを続行してくれな いことに対する失望だったかもしれない。だから「私」はパリの街中にでてゆ こうか、すなわちレシを書くことをやめてしまおうかと思った。しかし困ったこと に「観念」が扉を開けるという出来事もまた、正反対のことをふたつひきおこ した。「ジュディットはここにいない」という事実を示すと同時に、ジュディット がこの空間に何らかの固体性をもったものとして入って来てしまった。ジュデ ィットと「観念」が同じものとは言えないのだろうが、少なくともこの出来事の後 で、冒頭部分の場面以後では初めてジュディットと呼ばれる女性が再登場 する。この出来事以来、それまではジュディットとクローディアを別々にしか 見ていなかった「私」は、クローディアとジュディットのふたりを実際に同時に そこにいるものとして見てしまう。  (もしかしたらクローディアとはハムレットの父を殺したクローディアスの名前 の女性形ではないか。亡霊を見ることを「可能にする」人間ではないのか。

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「私」の狂気とみえるものはハムレットのような「佯狂」ではないか。クローディ アが「私」の目からするとジュディットを「殺した」のだとしたら?でもクローディ アスが実際には父王を殺していなかったとしたら、もしかしたらハムレットの 佯狂は佯狂ではなくて文字どおりの狂気だったと言えるのかも知れない。 「私」がただ死んだ観念のような夢の女性を求めているのなら、 ただ「私」の 目からすると、生きた肉体をもった女は既にこの観念のような女性を実際に 殺しているのかもしれない。新しい過去は古い過去を抹消してしまうのかもし れない。この論理において、「私」の狂気は狂気なのか、あるいは佯狂なの か。この場合たぶん問題になるのは、実はハムレットの父親はクローディアス だったのではないかという可能性だ。もしそうだったとしたら、ハムレットに「父 親」を愛する理由はあるのだろうか。この場合にはあるだろう。父親が子供を 教育したものであるかぎりにおいて、子供には父親を愛することができる。し かし「実の」父親は「ロマン」であり観念だ。この「ロマン」が遺伝学なる学問を 花開かせた。では母親に関してはどうなのだろうか。ジュディットとクローディ アの関係は、グリム兄弟の寓話のなかにしばしば現れる「継母」、あるいはサ ドの自然という「継母」をどこかで思わせないか。クローディアが愛されるべき 女性なのだが、「私」はそのかげに常に「母親」をみてしまう。しかしジュディッ トが 4escio vos と言った瞬間に、ジュディットは近親相姦を禁じる「継母」に 変身する。) 「私」はオルフェウスのように、みえないジュディットを見て、触れられない ジュディットに触れる(もっとも触れているのかどうかは定かでない)。この「私」 にとっては幸福な状況が、ふたたびジュディットがクローディアから飛び跳ね て離れたのを「私」が見た(と思った)ときに破られる。「実は私がジュディット だと思っていた女はクローディアだった」という確認は、ふたりを一致させず、 逆にジュディットをクローディアから改めて遊離させる。ここから後の「私」の 狂気はそれまでの狂気とちがう。ここまでは存在しないようなジュディットは普 通の人間のようにみえていたのだが、ここから先は自由に部屋の壁を通り抜 けて外となかを往き来できるような存在になってしまう。その後で「私」はおそ らく暴力的なしかたでクローディアと性的な関係をもったようにみえる。この 後ジュディットの寝室にゆくまで、ジュディットはふたりのいる部屋には姿を現 さない(外にいる可能性はある)。「私」がジュディットはどこにいるのか聞くと、 クローディアは「ジュディットってだれ?」と答える。(このクローディアのことば は、「私」がJに「注射」した後にJの肉体がナタリーに変身した可能性をふた たび考えさせる。) 「私」が「いっしょに南に来てください」と言ったとき、クロ ーディアはもうこのゲームを続行できないと思って、ジュディットがいる「はず の」寝室に「私」を連れてゆく。ここで「私」の見た(と思った)ジュディットは

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4escio vos と叫ぶ。このことば、おそらく「私」自身のものでしかないことばは、 「私」を正気に戻さない。逆に「私」は改めてクローディアを知らなかったと言 ってこの女のことを忘却に追いやり、ジュディットのことを改めて語りだす。ク ローディアの名前は、まるで存在しなかったかのように、二度と口に出されな いが、レシの末尾はジュディットについてだけ語る。「ジュディットは肉体を離 れた瞬間ではなくて、生きていた」と。ここで「私」とジュディットの共犯性が改 めて明らかになるが、逆にこの語りと無縁のものだったクローディアは、おそ らく本人が望むとおりに、自分が二次的なものでしかありえない「私」のレシ の語りから解放されたとも言える。  思い切ってさらに散文的な解釈を提出してみよう。そもそもこの作品はたか が小説でしかないではないか。素朴な読者に読み取られるべき物語も当然 この書物のなかに存在するだろう。「望ましいときに」という表現は、このレシ 以前に『捨て石』のニーチェ論のなかに現れていた。「ある意味では愚かもの は決して望ましいときにやってこない。必ず出来事の前にやってくる。」 1 ニ ーチェは「望ましいときに死ね」とも言っている。そしてジュディットの叫んだ 4escio vos は遅れて来た「愚かな処女」たちに与えられた拒絶のことばだっ た。愚かな「私」は早く来すぎて遅く来すぎた。そしてこれがあらゆるレシの語 り手の条件である。オルフェウスはジュディットという「近すぎるエウリュディケ ー」(フーコーの表現)を戸口で見出し、その場で連れ戻すことをせず建物 のなかに入った。そして長い時間を過ごした後で(どれほど長かったのかは わからないが)ジュディットに 4escio vos と宣告される。むしろこう宣告された と思いたい。ジュディットはクローディアのうち、あるいは外に死んだものとし て「私」が見出していた女性だ。それはクローディアの観念化された部分で はなく、むしろ「私」が過去から抱いていた観念と結びついた女性像だろう。 ようやくレシの終わり近くになって「私」は愛していないと思っていたクローデ ィアのなかにこの女性像を見出したと思った。そこで「いっしょに南に来てく ださい」と言う。しかしクローディアは「私はジュディットではない」ということを 「私」に知らせる。そうしなければならないからそうする。自分が死んだ女のよ うなものとみなされること、「私」のもっている観念にふさわしい女になることな どまっぴらごめんだからだ。しかし「私」はこのあまりに遅すぎた愛の告白を 1

« D'une certaine manière, le fou ne viendra jamais au moment voulu, il sera toujours en avance sur

l'événement […]. » (La Part du feu, p.283) ; « [Le] narrateur du Moment voulu vient chercher Judith dans le lieu interdit où elle est enfermée ; contre toute attente, il la trouve sans difficulté, comme une trop proche Eurydice qui viendrait s'offrir dans un retour impossible et heureux.» (Foucault, La Pensée du dehors, p.45.)

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思うにつけて、最初からクローディアのなかにジュディットを見出していたこと を思わずにいられない(もちろんこれは「事後的に」捏造された嘘にすぎない だろう)。だからこの何度も書き直されただろうレシの冒頭では必ず、クロー ディアではなくて、ジュディットに出会わずにいられない。そしてこのレシのな かで「そう、きみの言うとおりジュディットはきみではなかったんだね」というこ とを常に改めて確認せざるをえない。「私」のことを「北国のひと」と呼んだ聡 明なクローディアは、「私」がただの「観念」しか愛していないことを知ってい た。でも「私」は結末で「嘘」をつく。「君は私が観念を愛していると思ってい たけれど、いや、本当はジュディットという女性は生きていたんだよ」と言う。こ のきわめて難解な姿をしたレシのなかには、このように愚かな男がいるのかも 知れない。しかしもちろん陰鬱な自己韜晦をこととするユーモア作家ブラン ショはこのように語ってはいない。「私」の狂気すれすれの佯狂はきわめて周 到なものだ。  しかしこのような解釈は、お断りしたように、ブランショのレシに対する裏切り でしかない。この「ジュディットは生きていた」という「嘘」は近しい友人にすら 「それならその女を見せてくれ」と言われていたペトラルカの「嘘」だろう。そ れでもこれはだれにもそれが嘘だと断定できない嘘だ。いったいだれにペト ラルカが歌ったラウラという女性は実は存在しなかったと断言できるだろうか。 ジュディットの存在はクローディアからするとあやふやで、読者からすると信 用の置けないものだ。それでもこのように存在が曖昧な女性の存在を強調す ることこそがブランショのレシの倫理だ。まったくその存在を証明する何の証 拠もなくとも、生きていたものは生きていたと言わなければならない。だからこ そジュディットはクローディアだった、クローディアはジュディットだったという 「解釈」はきわめて深刻な裏切りでしかありえない。それでもひとはそう解釈し たい。ここでひとは決してことばでは表現できない何ものかにぶちあたる。こ のジュディットは、まさしく聖書のユディトのように、歴史資料をつきあわせる ことで存在されなかったことにされてしまわれかねない人物、出来事の存在 を示している。このような思想を前にしたとき、少なくとも近代人はいかなる態 度をとるべきなのかわからない。しかしこの「どうしてあなたたちにはそれが存 在しなかったと言えるのだ」といういかに答えるべきか決してわからない問い こそが、このだれにも理解されない作家ブランショのレシが読者に突きつけ る恐ろしい思想だ。我々はおそらくジュディットは存在したということばを「嘘」 だと思いたいと思う。しかし「私」はジュディットは確かに生きていたと言う。こ れは本当に狂気なのか。我々にはこれを狂気と呼ぶいかなる権利をもって いるのか。歴史的根拠が薄弱だから存在しなかったのだろうと結論する論理 の方が狂気ではないのか。問題はこれがまったく反理性主義ではないという

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ことだ。逆にこの思想は、たとえそれが近代的な理性に基づくものではない としても、きわめて理性的だ。何もその存在を証明するものがないものでも存 在しえる。それはだれにも否定できない。  筆者は、このレシのなかではほとんどクローディアについてしか語られてい ないから、クローディアについて語った。筆者が提出したのは、「私」が書き たくないのに書いてしまったクローディアについてのレシの解釈だ。この解釈 にもしいくばくかの正当性があるとしても、それはあくまでクローディアのレシ 、 すなわち「私」にとっては大きな意味をもちようのないレシに対する正当性だ。 このクローディアのレシにおいてだけ、ジュディットはクローディアだ、クロー ディアはジュディットだと「言えるかもしれない」。しかし「私」にとっては結局 のところ「私」がほとんど何も語らない「過去よりも遠くにいる」ジュディットの方 が重要だという事実はおそらく揺るがしようもない。決して書かれることのなか ったジュディットについてのレシ、『死の宣告』とはちがって、欠如している前 半が、「私」にとっては、書かれるべきものだった。「要するにジュディットとい うのは観念の名前なのではないか」と考えたいらしいクローディアも読者も実 はまちがっていると言わなければならない。(クローディアスには自分が正当 な権利によって王になった、しかも実はハムレットは自分の子供だと言えた かもしれない。それでも、もしクローディアスがハムレットにそう告げたとしても、 ハムレットの論理は突き動かすことができない。もしクローディアスの言うこと が正しくても、この場合もおそらくハムレットの佯狂は狂気とは呼べないだろ う。)  このレシの末尾でジュディットがアブラハムと比較される。アブラハムはイサ クを犠牲に捧げようとモリヤの地の山に登ったが、ジュディットは自由に山に 登ったのだと言われる。キルケゴールの『おそれとおののき』はまさにこのア ブラハムの物語をテーマにしたもので、「単独性は普遍性を凌駕する」という ことが結論だ。おそらくアブラハムよりも自由なジュディットは、この何ものに よっても表象しえない単独性を象徴するものなのだろう。 しかしユディトの侍女が、ときにアブラ(Abra)という、アブラハム(Abraham) の半分の名前をもったものとされる(ルター訳)という事実は、この記述の真 剣さを疑わせる。絵画においてアブラは頻繁にユディトの隣に描かれている。 それではもしジュディットがアブラハムで、その隣にいるクローディアがアブラ なら、ジュディットに似ていてもジュディットほどに愛されていないクローディ アは、ジュディットの半分だということなのか。アブラハムであるジュディットは モリヤの山で名前の半分を犠牲に捧げて、アブラになりクローディアになっ たのか。ここには隠されたひとを喰ったユーモアがあるように思われる。

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とても口では言えないこと  現在の批評の言説においてブランショがいかにとらえられているかという問 題はさして重要ではない。「ヴァレリー、ゲーテ、ジャン・パウル以外は古典的と 言われる文学しか知らなかった」1ところから出発した、本質的にはリルケほどに も反時代的なブランショは、現在の批評の言説のなかには存在しないからだ。 おそらく本質から目をそらす機能をもっている時評を書くことを選んだ人間し かひとは見ないからだ(あるいは、書くこと以外には何も知らないから、革命 後に作家になることを選ばなければならなかった史上初の労働者作家サド のように、生活のために筆で売春したのかもしれない)。評論は理解される、 理解させることを目的としたものだが、高貴な作家ブランショの本質は理解さ れるのを拒んでいるようにみえる小説のなかにあるだろう。おそらく小説家と してのブランショは、周囲を取り巻く気分としてのロマンチックな「文学」にとら われつつ、ロマンチックなものに抵抗しようとした作家だ。もしブランショが巧 みな自己韜晦に満ちた言語の使い手でなかったら、『死の宣告』や『望まし いときに』で描かれている状況は、現在自分の前にいる女性を、むかし自分 の愛していた女性、自分にとっては既に死んだものである女性の名前のもと に考えてしまうような、ロマンチックな人間をもっと直接的に指し示していたの かもしれない。しかしブランショは「現在目の前にいる女性」を重要ではない ものとして切り捨てるような「ロマン主義」(たとえば高級娼婦が男の主人公に とっての踏み台でしかないような物語)、排他的な語りの欲望をよしとする態 度をもたない。むしろ一部の18世紀の小説家がしたように、モラルを語らず 全てを語ろう、ひとつの物語を語るより無数のディテイルを積み重ねようとす る。この何ものも切り捨てない「レシ」においては、「私の観念の栄光の女性」 よりも重要ではないとされる女性も重要なものと同等の権利において語られ る、あるいは語り手は望まずとも語らざるをえない。そしてこの女性は「永遠 に女性的なるもの」ではなく、「絶対的に女性的なるもの」だ。(ブランショの 小説が真にロマンチックなものであった可能性はないだろう。それでも、一世 代上のフランシス・カルコやポール・レオトーなどの苦い心理分析小説に似 通ったものであった可能性はあったのではないかと筆者は想像する。)

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« Je me souviens (ce n'est qu'un souvenir, trompeur peut-être) que j'étais étonnamment étranger à la

littérature environnante et ne connaissant que la littérature dite classique, avec une ouverture cependant sur Valéry, Goethe et Jean-Paul. Rien qui pût préparer à ces textes innocents où retentissaient les présages meurtriers des temps futurs.» (Après coup, p.92.)

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1983年のブランショは次のように言う。ブランショはしばしばゲーテに言及 していたのだが、ゲーテの「永遠に女性的なるもの」が「ベアトリーチェの生 彩を欠いた複写」だという意見が、ブランショが常にもっていた意見なのかど うかはよくわからない。  ダンテの地上的かつ天上のベアトリーチェの生彩を欠いた複写、ゲーテ の「永遠に女性的なるもの」ではない。でもこの女[『死の病』の主人公]の 分離した存在は、冒瀆の痕跡を残すことはなく、何やら聖なるものをもってい る。特に、絶対的な、記憶の彼方にある贈与によって、最後に自分のから だを聖体のように差し出したときに。1  マルグリット・デュラスの『死の病』について書かれたこの文章はブランショ 自身が「ロマンチック」と呼ぶ「恋人の共同体」というタイトルをもっている。 「『恋人の共同体』。共有された関係もなくはっきりした恋人もいないページにつけ たこのロマンチックなタイトルは逆説的ではないだろうか? もちろんそうだ。」 2 そし てまたこの記述はデュラスの短いレシばかりでなく、ブランショ自らのオルフ ェウスのまなざしに捧げられたレシにもあてはまる。確かにクローディアと「私 」 の間には「恋人の共同体」はない。たとえ性的な関係があろうとも、このふた りはおそらく「恋人」と呼ばれるようなものではない。クローディアは「私」から 見た「永遠に女性的なもの」ではないが、「私」からは常に逃れ去る「絶対的 に女性的なもの」をもつ。この「絶対的に女性的なもの」は同時に「私」にとっ て「絶対的に異郷のもの」であり、たとえ文学にとりつかれた「私」が「ガラスを 割ってしまった」と思ったとしても、決して文学によっては汲み尽くせないもの だ。取捨選択が可能な「ロマン」の語りのなかでは決して現れえなかった女 性が、クローディアという、語りに抵抗する女、「レシ」の語りのなかにだけ現 れられる女性だ。語る「私」の狂気を知りつつ、その語りに抵抗しながらも、 「私」といっしょにいることを、期待することも甘受することもなく、しばらくの間 だけは主体的に認められる女だ。(階段の下にいた「女」はクローディアその ひとではないのだが、クローディアについてもこう言えるのだろう。) ブランシ 1

« Non pas « l'éternel féminin » de Goethe, pâle décalque de la Béatrice terrestre et céleste de Dante.

Mais il reste que, sans qu'il y ait trace d'une profanation, son existence à part a quelque chose de sacré, particulièrement lorsqu'à la fin elle offre son corps, comme le corps eucharistique fut offert par un don absolu, immémorial. » (La Communauté inavouable, p.91.) 2

« La communauté des amants. Ce titre romantique que j'ai donné à des pages où il n'y a ni relation

partagée ni amants certains n'est-il pas paradoxal? Assurément. » (Ibid., p.78.)

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ョはサドでもなければ好色文学作家でもない。ブランショをバタイユやクロソ フスキーと共に「形而上学的ポルノグラフィ」というまったくもって理解不能の 偽善的なジャンルにおしこめたひともいたようだが、ブランショの小説のなか にはほんの一片たりとも「ポルノグラフィ」的なものはない。(「ポルノグラフィ」 が「娼婦(prostituée)に関する物語」であるとすれば、生の側にいるように思わ れるナタリーもクローディアも、決して自分の姿を自ら進んでひと前にさらす (se prostituer)ことはしない。) むしろブランショの小説は、 20世紀後半の小 説のなかでは例外的なものととらえられかねないまでに、ピューリタン的にす らみえかねないものを刻印されている。この自らのうちにとりついているピュ ーリタン的にすらみえかねないもの(「北国のひと」)をよしとせぬことが、多く の作家と、実際には「古典主義」文学を愛しつづけただろうブランショが一線 を画する部分だ。ヴィリエ・ド・リラダンの「ヴェラ」やロベルト・ムジルの「トンカ」 等の「反時代的な作家」のもつ高貴なみずみずしいほろ苦さがブランショの レシのなかにある。この点において、ブランショはロマンチックなものに意義 を呈する資格を、他の現代作家よりも多くもっていると言える。  「恋人の共同体」というロマンチックなタイトルを冠した文章は、『口に出せ ない共同体』(La Communauté inavouable)という書物に収録されていた。こ の 文 章 の 最 終 章 は 「 と て も 口 で は 言 え な い 共 同 体 」 (« L'inavouable communauté »)と題されていた。「恋人の共同体」については恥ずかしくてと ても口では言えない。ここには深い羞恥心がある。ブランショは、モンテーニ ュやヴォルテールのように、友情については語っても、恋愛という恥ずかしい ものについては語らない(「友情」というテーマは19世紀以後の文学におい てはまれなものではないか)。観念でしかありえない文学のなかでは、「私は 観念を愛していた」としか言えない。死者に対しても抱きうるだろう友情は文 学の空間のなかにありうるとしても、恋愛は生きた局面にあるべきだからだ。 「過去よりも遠くにいる」ジュディットについてのレシは語らずに、生きているク ローディアについてのレシを書くのは、反ロマン主義的な時代を生きはじめ ている我々にとっては、おそらく正しいことだ。しかしこの正しさは死んでしま ったにちがいないジュディットに対する決して語られなかった愛、『死の宣告』 の「私」がただ一言ですませたシモーヌとシモンの間の愛のようなものを消し 去ることはないだろう。  ブランショのレシは男女の関係について語っていても、そこにあえて何か 政治的な寓意を読み取らせようとしているかにみえるほどに、あるいはレシの 時間に関する抽象的な思索をしてみせているかのように羞恥心は深く、どこ となく読者をほほえみに誘うようなつつましやかなユーモアがある。この羞恥 心は裁判官として裁かない態度にも現れている。この例外的な羞恥心がブ

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ランショの文筆活動を規定する。とても口では言えないことについては黙っ ていよう。黙っていなければならない。それがブランショの望むことだ。

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最終章 孤独な私生児とともに

 世のなかから見るともうおまえらは死ん でいて、おまえらが息をしているのは我々 の快楽のためでしかない。 サド『ソドムの一二〇日』

死に向かう文学 - アウシュヴィッツはどこにあったのか  ブランショはなぜ「アウシュヴィッツ以前のレシ」について語ったのか。なぜ 自分のレシが予言のようだと言ったのか。一見ブランショは、一部の人間に は現在の欧米を支配するかにみえているのかもしれない言説、「親ユダヤ主 義」を代表するようにみえる。それではブランショはロジェ・ガロディに批判さ れるような無反省な親ユダヤ主義者なのだろうか。20世紀末におけるブラン ショはもしかするとそうなってしまったのかもしれない。しかし1950年代までの ブランショは決してそうでなかったと考えられる。本稿では1951年の『望まし いときに』なるレシを扱った。この結論ではこのレシから「事後的に」にいたる までブランショにとって不変だったものの存在を照射したい。  1907年生まれのブランショは、1930年代には多かれ少なかれ反ユダヤ的 な極右のジャーナリストだったとされる。特に極右の団結を禁じたレオン・ブ ルムの人民戦線政権に対しては批判的だったようだ。このブランショがアル ジェリア紛争に際しては反ドゴール主義者として現れる。 1968年5月には学 生の側に加担する。ブランショはそのときどきの政治権力の言説にフランス 人として抵抗するものとして現れていたかにみえる。 1980年の『災厄のことば』 1 以後はまとまった書物を出さず小冊子しか出版しないブランショには言うこ とがなくなったのか。いったいこのような仮定に正当性があるかどうかはわか らないが、現時点のフランスで反ユダヤ的な極右の団結が禁じられることとな ったとしたら、「親ユダヤ主義者」ブランショはそれにくみするのだろうか。そ の可能性は否定できないとしても、おそらくそうではないのではないだろうか。 筆者は本稿の第二章で『死の宣告』の寓意的な解釈の可能性を提出したが 、 それは戦後にいたってもブランショがレオン・ブルームに対して抵抗したのは (ひとりの人間の活動として)正しかったと思っているという可能性を示すだろ う。 1

L'Écriture du désastre, Gallimard, 1980.

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それでは1983年の「事後的に」というブランショが例外的に自作について 書いた文章は何を意味するのだろうか。ジェフリー・メールマンが書いた 1930年代のブランショの「反ユダヤ主義」を批判する文章がアメリカから1982 年に届いたので 1、30年代に書かれたとされるレシに「事後的に」付け加えた 文章にアウシュヴィッツの名前をすかさず忍び込ませて1983年に出版したの だろうか。おそらく、ブランショがアウシュヴィッツという地名について語ること が、このような護身行為であると考えてはならないのだろう。かといって筆者 はこのブランショのことばに誠意があると主張したいのではない。そもそも「事 後的に」というとぼけたタイトルそのものが護身行為としての説得力をもちえ ないということが問題だ。この自らの過去のレシを振り返る文章のなかでも、 ブランショは「ああ、罪深きオルフェウスよ」と言っている。これは護身行為の正 反対の行為、罪深さのなかに身を置く行為だ。  なぜアウシュヴィッツなのか。沈黙の倫理を響かせるブランショがこのような ことばを発することには何らかの軽さ、無責任さがないのだろうか。ブランショ の責任とは無責任さを引き受けることなのか。そしてなぜブランショの1930年 代のレシは「予言」なのか。ブランショ自身が「説明できない」と言っている。 しかしこれまでの論考を踏まえた上で解釈(裏切り)の可能性をさがしてみよ う。  『アミナダブ』、『望ましいときに』、『私といっしょにいなかったひと』、『最後 のひと』、『期待忘却』といったブランショの小説は全てひとつの建物という閉 じられた空間を舞台とする。登場人物は決してこの建物を離れない。『アミナ ダブ』の主人公トマは冒頭で建物に入り、この建物のなかで死んでゆく。結 末にいたっても決して建物から出て来ることのできない他の小説の登場人物 たちも全て小説の空間のなかで「死んでいる」ようだ。  ブランショの重要な論文「本質的孤独」のなかで孤独だとされたものは、 「作品」だった。書かれたことばは(もう)息をしていない。おそらく精神的に健 常とみなされる大人なら、だれも文学作品のなかに描かれた登場人物のこと ばを生きたものとして聞かない。文学作品はそもそも(ホメーロスが神話を語 り、モーセが神のことばを石盤に刻んで以来)多かれ少なかれ自分のことば が嘘だととらえられる可能性と背中合わせのようだ。たとえレシが自分を真実 として語らうと、だれもそれを文字どおりの真実のことばとしては聞かないだ ろう。ルソーは『新しきエロイーズ』の序文でこう言っていた。「この書簡全体が 1

Jeffrey Mehlman, « Blanchot à Combat: Littérature et Terreur », in Legs de l'antisémitisme en

France, Denoël, 1984. この文章は最初1980年に英語版でMLN誌に掲載され、1982年にテルケル 誌にフランス語訳が掲載されている。

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フィクションなのか。世間のひとよ、それがあなたたちにとって問題だろうか。確かに あなたたちにとっては虚構なのだから。」1 18世紀の小説はほとんど全てが真実 だと主張していたようにみえるが(もっともこれもひとつのしきたりでしかなか ったのだが)、ルソーはこのように自らが文字どおりの真実ととらえられる可能 性をあきらめていたようだ。現代のレシの語り手はそれをあきらめない。それ でも文学作品の「本質的孤独」は、おそらく語り手があきらめないことがむだ だということを示す。我々は「書かれたことば」(l'Écriture)が「神のみことば」だ った時代からも、民衆が青文庫を喜んで読んだ時代からも、等しく遠ざかっ ている。  ブランショにとって、他のだれでもないブランショにとって特に、アウシュヴィ ッツが意味をもつ理由のひとつは、アウシュヴィッツが「書物のように」閉じら れた空間で生じた出来事だというところにある。声をもたない人々が圧倒的 に無意味な閉じられた空間のなかで死んでいった。これは奇妙なことにまさ にブランショのレシの営為と並行するものだった。これまで見てきたように、ブ ランショはレシの空間のなかの生きた声をもたない人間、ひとの心を揺り動か すような声で歌えない人間、話していない人間、書かれた人間の存在を指し 示していた。しかもそこに書かれた人間は「ガラスの向こう」にいるようだった 。 アウシュヴィッツの残骸を展示したガラスのショーケースは、ただそのかげに ある「汲み尽しえぬもの」の存在を、宿命的に不十分なしかたで断片的に指 し示すだろう。そこに見出されるものはツァラトストラが言ったとおり「人間では ない」。1983年のブランショが自らのレシの「予言」に関して、特に自分にとっ て説明できないと感じるのは理解できないことではない。ブランショのレシは 確かに外に出ることが不可能なような(『アミナダブ』のトマが自らすすんで建 物のなかに足を踏み入れたことにも不吉な「予言」を見なければならないの か)閉じられた空間、「非人間的なのではないかという疑いをひきおこすよう な」空間を舞台とするという特質をもっていたのだから。アウシュヴィッツという 名前がいつ頃から一般の人間にとっても喚起力をもつ地名として流布された のかは詳らかにしないが、ブランショ自身はアウシュヴィッツが 1930年代に書 かれた「牧歌」の後に起こり「さらに後にならなければ知られなかった」出来 事だと言っていた。そして「それがどんな日付に書かれたものだろうと、あら ゆるレシはアウシュヴィッツ以前のものになる」と言うとき、ブランショは自分の 1

« La correspondance entière est-elle une fiction ? Gens du monde, que vous importe?? C'est sûrement

une fiction pour vous. » (Jean-Jacques Rousseau, Julie ou la 4ouvelle Héloïse, Gallimard, 1993, collection Folio classique, p.71.) 文学史上では、この序文はむしろ逆にロマンを真実に基づいたもの だと思わせようとする18世紀文学の典型だとみなされている。

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「予言」を戦後に書かれたレシにまで延長していると考えるべきだろう。愛し たひと(むしろある種の関心の対象であるひと)がレシの死んだ時間のなか で「ガラスの向こう」にみえてしまう1948年の『死の宣告』もやはり「アウシュヴ ィッツ以前」のもので、「予言」だったのだ。(ちなみにサドは全ての小説を革 命後に出版したが、多くの小説のなかで「これは革命前に書かれたものだ」 と言って、革命を「予言」している。)  さらにブランショの言う「アウシュヴィッツ」が、その地名をもったと思われる 場所において起きたとされる出来事そのものを意味するより、それをめぐる言 説の流布も含むと考えるべきだということを強調しなければならない。ことば のレベルにおいては、その存在がひとに知られるまでアウシュヴィッツは存 在しなかったと言える。(アウシュヴィッツについてまだ聞いたことのない子供、 まだ生まれてきていない人間にとってはまだアウシュヴィッツは存在していな い。) 「アウシュヴィッツを生き延びた」とされるもの(実際にアウシュヴィッツ なるものを見たかどうか、「ユダヤ人」だったかどうか、さらには大戦を経験し たかどうかは問題ではない)がそのレシを語った後にならなければ、この出 来事は世間のひとにとって存在しなかったのかもしれない。だからこそブラン ショのこの「事後的に」のことばは必ずしもブランショが戦後に書いたレシを 1945年以前に送り返すものとは言えないのだろう。なぜなら「送り返す」こと は幻想以外には決して可能ではないからだ。アウシュヴィッツは第二次大戦 後の言説として、存在したものとして(あるいは非在として)日々生産されてい る。だからこそ今現在世界で書きつづけられているレシも、だれもそのことば を真面目に聞かない孤独な書物に閉じこめられたことばとして、来るべきも のとしてある「アウシュヴィッツ」の「予言」たりうるかもしれない。  固有名詞の使用に対してきわめて意識的なブランショが、ポーランドの地 図には存在しなかったかもしれない Auschwitz なるドイツ語の地名を書きつ けたことには、他の作家がこの固有名詞を書き記したときとちがう意味がある と考えられるかもしれない。ポーランドには Oświęcim なる地名はあっても、 Auschwitz はなかっただろう。(たとえポーランドの地図にこの名前が印刷さ れていたとしても、 Oświęcim はポーランド語で、Auschwitzはドイツ語だろ う。)「アウシュヴィッツ」とは地名でも出来事の名前でもない、あらゆるレシの 語りから常に逃れ去る来るべき言説、あるいはむしろ figure の名前なのかも しれない。「アウシュヴィッツ」とは『望ましいときに』の末尾近くで言われてい た、「かつて生じたことを拒む過去」であり、「決してもはや改めて生じることの ない未来」ではないのか。少なくとも Auschwitz はポーランド(Polska)には存 在しなかっただろう。ではどこに存在したのか。それは「第三帝国」に存在し たのかもしれない。「ドイツ連邦共和国」は「第三帝国」ではない。すると

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Auschwitz はどこにもなくなってしまったのではないか。少なくとも他の地名 とは本質的にちがうもの、まるで「題名」のようなものになってしまったのでは ないか。レシが予言だとすれば、それはこのような不在への移行(「すぐにだ が少しずつ」)を予言することではないのか。  さらに自分のレシが「予言的」だったと言うとき、ブランショは「それみたこと か」と自慢しているわけではない。むしろ反対だ。レシは異常な出来事しかそ の語りの欲望の対象として語りえない点で、日常を逸脱する。最初から結末 に到達するレシは存在しないが、日常ばかりを語った記述はレシたりえない。 「振り返る」ために日常は必要かもしれないが、「振り返る」行為は常に日常 からの逸脱となる。たとえ書物のなかでは細部が全体に抵抗しようとも、書物 に閉じこめられた一篇のレシ、「作品」とみなされてしまうものは常に日常の 生の彼方にある。『終わらない対話』に収録された「日常のことば」の冒頭で ブランショはこう言う。  日常的なもの。何よりも見出しがたいもの。1  想像上の(ものになってしまった)過去に向かおうとする、書く行為を責務と してとらえるブランショの文学と、たとえば、現在の退屈をまぎらすだけに書く 行為が存する文学であるカザノヴァの回想録は、実に無縁のものだ。「私」は 「ガラスの向こう」にあるものだけを見出そうとし、ガラスの手前にあるものは付 随的なエピソードにみえるものとしてしか語れない。『望ましいときに』を読む ものは、「私」とクローディアの対話に大半を覆われたこのレシのなかには重 要なことは何も語られていないという印象をもつ。「ガラスの向こう」にいるらし いジュディットについてはほとんど何も語られないが、読者は「私」が語りたい のは本当はジュディットのことだと考えざるをえない。しかし「北国のひと」で ある「私」は日常的なもの、「クローディアの側」だけをよしとして語ることがで きない。「日常的なもの」が見出しがたいと感じるのは、典型的な「北国のひ と」の悩みでしかない。常にここにはダンテのような、上方あるいはよそに向 かおうとする動きがある。しかも異常なものだけを書くこともできないと書き手 は考える(言語の経済の問題)。異常なこと(ジュディット)を書くためには、そ れを日常的なもの(クローディア)で取り囲まなければならない。最初から「ジ ュディット」について語るつもりでも、実際にジュディットについて語るまで「ク ローディア」について語らなければならない。ベアトリーチェに向かうダンテ の視線をさえぎる女を登場させなければならない。ブランショはこの語り手の 1

« Le quotidien : ce qu'il y a de plus difficile à découvrir. » (L'Entretien infini, p.355.)

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手前勝手な「必要性」を疑問に付した。そこで普通の小説の語りと逆に、クロ ーディアの側をジュディットの側ではさみうちした。普通の小説は、旧知の過 去との同意のもとになされた平和な性行為のように、冒頭の日常的な記述か ら徐々に物語がたちあがり、結末の直前にクライマックスを迎え、また徐々に 日常に回帰して終わる。それに対して『望ましいときに』は異常なこと(ジュデ ィットとの出会い)からはじまり、ついで日常の世界(クローディアの側)に入り こみ、相互的な無知というアンチクライマックス(望ましいとき)を迎え、最後に はまた異常なものの側に戻る。これは暴力にはじまり、抵抗を導き、拒絶に 終わる、見しらぬ過去の強姦だ。この抵抗をつづけた過去は、「私」のまなざ しを期待も甘受もせずに「受け入れていた」。ここにはあまりに卑劣な暴力が あったのだ。しかもこの「女」には名前がなかった。「私」はゆきずりの女(作家 がレシを書こうとするときに必ず出会うもの)に暴行を加えた。作者のブラン ショ自身はこの「女」を解放しようとした。しかし語り手「私」はブランショではな い。ブランショの知らぬふりが得意な「私」の「アクロイド殺し」には謎解きの部 分がない。性行為の後にエレノールを知らなかったと主張するアドルフのよう な、卑劣な「私」は変身せずに生き延びる。こう考えると、レシはロマンより罪 深いようにみえるが、そうではない。実はロマンの主人公もレシの主人公とま ったく同じことをしている。ただロマンの主人公は、強姦の後で、女は同意し ていたとさらに卑劣な嘘をついているだけだ。ロマンにおいて凌辱された過 去という被害者は恥辱のなかで泣き寝入りするしかないが、レシにおいては そうではない。ロマンは裁判の記録だが、レシは現行犯の記録だからだ。レ シは読者に「語り」という卑劣な行為に気づかせるという点で、作者が選ぶべ き語りの方法だ。レシの語り手は女は抵抗していたということを少なくとも正 直に語る。「この暴力を正当化はしない」と少なくとも『望ましいときに』の語り 手は言っていた。もちろん正直に語ったからよいというものでもないだろう。

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幸福な「私」には不可能な共同性 - 理解できないマゾヒズムの方へ  上方にあるものは「天国」で、「ガラスの向こう」にあるものは、現在もどこか に存在するらしい「アウシュヴィッツ」のような、断片をしか見せない死の世界 だろう。オルフェウスはこの死の世界へと向かおうとするがゆえに、生の側か らすると罪深い、と裁判官ではないブランショが主張する。死の世界へと向 かおうとするレシが、ありえそうになかったひとつの「死の世界」を予言のよう にして描いてしまった(でもむしろ我々にとっては「アウシュヴィッツ」そのもの がレシ、「予言」ではないのか?)。それゆえに非日常的な出来事を描いたレ シは、それが現実を描いたものだろうと、想像されたものだろうと、日常のな かでは生じえなかったことをことばの形で予見してしまったようにみえるという 点で罪深い。セイレーンのことが世間に広く知られなければ、多くのひとが好 奇心に駆られてセイレーンの島へと向かい、命を落とすことはなかっただろう。 たとえばアルコール中毒や拒食症に関する、死を目前にして生き延びたレ シが、わざわざ新しく患者を生み出すということも、もしかしたらありうるのかも しれない(だからといって「語るな」ということではない)。エイハブのように変 身して「歌うことが罠でなくなるような地点」を指し示すことができなかったの だから、レシは罪深い。(ブランショが「ことだま」がどういうものかを知ってい たということはおそらくないだろうが、逆に日本人が「ことだま」というものを論 理的に理解するためにブランショのことばが役立つかもしれない。)  それでもレシは語り手の所有物になったのではない。レシ全体が罪深い語 り手の罪深さを刻印されたのではない。レシのなかで無頓着で幸福な語り手 (ことばに対する特権をもったオデュッセウス、エウリュディケーにわざわざ二 度目の死を与えるオルフェウス)の罪深さを逃れるのは、語り手から逃れ去る 部分、いかなる解釈にもとらわれない抵抗する部分、ブランショのレシのなか ではクローディアやナタリーらの「外国人」が表象する部分だ。もちろんJやジ ュディットも語り手の所有物になったわけではないが、女たちに関するもっと も重要な記述を語り手は決して明かさないのだから、書かれたレシのレベル から女たちの表象するものについて考えることはできないだろう。  それはレシは翻訳されない (le récit ne se traduit pas) からだ。もしレシが 秘密の周りにつくりあげられ、解明されることなくすぐ告げられる秘密の緊張 した姿だとしたら、レシは解読や解釈の原因となりうるレシ固有の運動をしか 現さない。でもそこにはレシ自身が残り、それは異郷(étranger)のものだ。1 1

« C'est que le récit ne se traduit pas. S'il est la tension d'un secret autour duquel il semble s'élaborer

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ブランショは「翻訳」(traduire)と言い、「異郷」(étranger)と言う。ここには明ら かにデリダが強調するような、「翻訳」を本質とする民族語による思考の告発 がある。  ここでふたたび「ガラスの現象」が生じている。レシは確かに解釈を誘うが、 解釈しようとしても、レシ「自身」は汲み尽せないものとして残る。レシが罪深 いとしても、その罪深さはただ解釈(翻訳)の原因となりうるところにあり、ガラ スの向こう、「異郷」にあるレシのなかに期待も甘受もせずにうずくまっている 「寂しげな尊厳」、さらに「汲み尽せないもの」は傷つけられてはならない。 「翻訳」は、自国語の読者に理解できるものだけをくみとり、それ以外のもの は、ナタリーのことば、クローディアのことばのように、切り捨てる。「翻訳」しよ うとする読者は、必ず秘密にされているJやジュディットをめぐってレシを解釈 しようとする。しかし実際にはレシ自身はナタリーやクローディアのことばから 逃れ去る「存在」そのものをおしだしている。ナタリーやクローディアは読者 のとっての「盗まれた手紙」なのかもしれない。  「ロマン」が自国語による通俗的な文学活動だとすれば、「レシ」は常に一 般の読者には汲み尽くしえないものをもつ「外国語」を聞かせる文学活動だ。 確かにこの「外国語」は文字どおりの意味をもつとは言えない。たとえ自国語 で語られていても、通俗的な解釈を拒むものがレシのなか、あるいはレシの かげ、隙間にあるという意味がある。あるいはむしろそれは、読者が気づかな いだけで、前面におしだされているのかもしれない。それはホテルの棚のな かにもXの家にも隠されていない。そしてナタリーやクローディアがレシの記 述のレベルでこの異郷性を明らかにしているとすると、Jや「過去よりも遠くに いる」ジュディットの語られない秘密はまたさらに遠くにある異郷性、決して明 らかにされない異郷性、それが異郷であると呼びうるのかどうか定かでない ほどの異郷性をもっていると考えなければならないのだろう。これがおそらく ブ ラ ン シ ョ が 「 古 い も の 、 慄 然 と す る ほ ど に 古 い も の 」 (l'ancien, l'effroyablement ancien)と呼ぶものだろう。この「古い」(ancien)ということばは 「古代」(l'Antiquité)(ギリシアローマ)に読者をいざなうが、実際にジュディッ ト(ユディト)という名前は紀元前二世紀ごろ(ヘレニズム世界からローマ世界 への移行の時期)に書きつけられたものだとされる。ユディト記は歴史的にま

et qui se déclare aussitôt sans s'élucider, il annonce seulement son propre mouvement qui peut donner lieu au jeu d'un déchiffrement ou d'une interprétation, mais il y demeure lui-même et à son tour étranger.» (Après coup, p.96.)

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ちがいだらけだからユディトは存在しなかったことにされる。これは 近代人に はその恐ろしさが決して理解できない慄然とすべき事態だ。 自らを真実として語るレシは、決して「私」のことばでは翻訳できない異郷 性を抱えている点でロマンとちがう。それでも文字どおりの「ロマン主義」とは むしろ、全員に理解される「古典主義」の透明な言語に対して、個人的な秘 密の言語、謎めいた言語を創設するものだったと正当性をもって考えられる (ラマルチーヌやユゴーの問題)。しかしこの秘密は自国語を解するものにと ってだけ解読可能なものだった。「ロマン主義」の共同性は、謎を共有する 民族、いいかえれば根源をもたないのにそれを謎と呼んで保持する民族の 共同性だ。ロマン主義文学の謎は、古代ローマにおいてはその場に居合わ せなければならなかった「ミュステリア」(mysteria)のように、読書の場に居合 わせる民族をその謎と交感させる。それに対してレシの共同性と考えられる ものは、逆説的な「異郷」の共同性だ。レシのもつ秘密はロマン主義の言語 の、解釈を誘い、解釈が可能な甘美な秘密、秘密であると自称しているのに 同類を呼びよせようとしかしない「秘密」とは本質的に異なる、ひとを拒むもの、 sauvage なものだ。この異郷の共同性とは「共同的ではないものの共同性」 1 だろう。ブランショはこの不可能な共同性を目ざしている。この共同性とは何 ものによっても翻訳不能な共同性、共有不可能な共同性だ。個々がそれぞ れ自ら排斥される異邦人であると感じることによって生まれる共同性だ。パウ ル・ツェランがロシアのユダヤ人の詩人ツヴェタイェヴァのことばとして引用し た「あらゆる詩人はユダ公だ」(ここで用いられている жиды という単語は侮 蔑的なものだそうだから、こう訳すべきだろう)ということばに現れる共同性だ。 ここにはアルフレッド・ジャリが冗談として言った「パタフィジック」(例外の理 論)と通底するものがあるとも言えるだろう。ここにあるのは「不可能性」あるい はユーモアであって、孤独なものが傷をなめあうという状況の正反対である。 ここでは決してだれも同類を呼びよせない。  ロマンは本来は存在しない民族の共同性(ロマンス語)を基盤とし、レシは 個人が共有不能なものとして、人間が本来的なものとしてもっているもの(私 はこの身体をもつといういかにしても共有不可能な事実)の不可能な共同性 を基盤とする。しかしこのレシの共同性は語り手において現れるのではない 。 ことばを語る語り手「私」はむしろそこから排除され、解釈不能なものとして残

1

『口に出せない共同体』の冒頭のエピグラムにはジョルジュ・バタイユの 「共同体をもたぬ者の共同体」

と い う 言 葉 が 引 か れ て い る 。 (« La communauté de ceux qui n'ont pas de communauté. », La Communauté inavouable, p.9.)

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るレシ、逆説的に沈黙を響かせるものがこの共同性をもつ。この共同性は、 もしかするとむしろ「書かれなかったのもの」のなかにあるのかもしれない。  「民族の共同性」を保証するものは、常にその民族だと規定されるものの内 部における現時点の政治(「国際的」に認知されている国家だろうとIRAやE TA等のテロリスト団体と呼ばれるようなものだろうと)の言説であり、それ以外 のものでありえない(「ユダヤ人」は視線によって規定されるというサルトルの 意見も、確かにユダヤ人ではない人間がユダヤ人とみなされることはあるの だから、まちがっているわけではないが、そこに民族の共同性を保証するも のはない)。民族には決して遠い過去における基盤は存在せず、「現行の言 説」以外に何もそれを保証するものはない。ブランショはこの民族の共同性 に対して、個人性が共有不能であるという点における逆説的な共同性を強 調していたように思える。個人はそれぞれが数十年の共有不能な人生を生 きる。歴史、特に市町村史ではないある民族のものとして現れる歴史は、こ の個人の生を無視したひとつの現在の持続として現れる。ブランショが拒絶 する持続は、この「私」として語る民族の歴史の持続、民族として語る「私」の 持続、歴史に加担しうる、自国語を語る「私」の持続だ。死者を常に葬りさる 持続としてのこの歴史は、常に自らを真実として語るレシの力を利用した、レ シのなかの異郷のもの、過去という犯された女の抵抗をあえて無視した現時 点の男性的な権威の言説によって、時々刻々つくりだされる。この歴史の語 りは、たとえ不幸を語ろうとも、常に幸福でしかありえない。  嬉々とした語りとそこで語られる不幸が最も顕著な対応をなすのは、サドの 一部の小説だろう。サドの小説が破廉恥なのは、性的な描写のためではなく て、だれもが(悪徳に満ちたジュリエットばかりでなく美徳に満ちたジュスチー ヌもフロルヴィルも)どこかで面白がって「不幸」を語っているせいだ。おそら くブランショにレシの語る声の幸福を教えたのはサドなのだろう。サドの小説 は「不幸」(自分のものだろうと他者のものだろうと)を嘆くあらゆるひとに言い ようのない嫌悪感をもよおさせる。自らの嘆きや怒りも本質的にはこのように 嬉々としたものであることに気づかざるをえないからだ。パゾリーニがイタリア のファシズム政権下に舞台を移して『サロ』なる映画を引き出したサドの文字 どおりに醜悪な小説『ソドムの一二〇日』(サドのうちにマリヴォーとならぶ18 世紀の羞恥心を代表する作家を見たジャン・ポーランも言うとおり、これはサ ドの最高傑作でも何でもなく、大作家の最初の一歩でしかない)では、太陽 王統治の末期において、堕落した権力者たちによって城に閉じこめられた 若い男女が、拷問を受け殺戮されることになっている。この未完の小説は 「単純な情熱」を描いた第一部だけが書かれ、「二重の情熱、犯罪、殺人」を 描くことになっていた第二部から第四部までは、かなり詳細なものだが、プラ

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ンだけが残っている。この拷問、殺戮は、四人の拷問者たちが城に呼んだ四 人の女の語り手(セイレーン)の語る非人間的な物語を模倣して行なわれる ことになっていた。そこに閉じこめられたひとたちは「世のなかから見ると既に 死んだもの」だった。そしてあらゆるレシの登場人物は「世のなかから見ると 既に死んだもの」だ。レシの語り手はそこに語られるものをある意味では死ん だもの、現在と切り離された過去、ガラスの向こうに閉じこめられたものとみな してしか語ることしかできず、読者もまたそのようにして読む。  問題は、ある人間が自分の目の前にいる現実の人間もレシの登場人物の ようにみなしてしまったらどうなるかということだ。それが他のいかなる戦争の 場でもなくアウシュヴィッツで起きたことだろう(特に死を与える側には自分が 死を与えられる可能性がまったくなかったという点で)。アウシュヴィッツの役 人は収容者たちの顔を見たとき、たぶん本を読むようだった。そしてそれは たぶんアウシュヴィッツだけの問題ではなく、常に今日的な問題だ。「私」の 持続する自我にとって、他人の持続する存在が生の持続を奪われたフィクシ ョンにみえてしまったとき、ひとは容易に他者の存在を無化できるだろう(実 際に殺すかどうかの問題ではない、それ以前にいかにみなすかの問題だ)。 いかに不幸にみえることを語っても常に幸福な声で語られるレシは、恐るべ きことながら、このような嬉々とした他者の無化の予言だといえる。これがい かに恐るべきことかについては、おそらくブランショ以外のだれも(その註釈 者のだれも、おそらくデリダを除いて)気づいていない。「いかなる日付に書か れたものであっても、あらゆるレシはアウシュヴィッツ以前のものになる 」ということば の意味は実に重い。このことばの意味は、これから書かれるあらゆるレシもア ウシュヴィッツの「予言」、目の前にいる生きた人間を既に死んだものとみな してしまう状況の予言だということだ。アウシュヴィッツの役人が嬉々としてい たかそれともむしろ憂鬱だったかは問題ではない。おそらく、戦争の場にお ける殺人でもありえない屠殺に対する反省から逃れていたのが問題だ。とは いっても、たとえそれを反省したとして、この役人たちに何ができたのかどう かはわからない。詩人パゾリーニが、サドのあまりに絶望的な小説に付け加 えなければならなかったピアニストのエピソードのように、沈黙のなかでひっ そりと自殺するべきだったとはだれにも言えないだろう。さらに抵抗について 安易に語ることもできない。そもそもこのひとたちが抵抗についても自殺につ いても一度も考えなかったとしても、それはこのひとたち自身の罪ではない だろう。確かにそこにおいてはそんなことを考えなくてもよかった、あるいはこ のように悲劇的な状況のなかでいくらかでも幸福に生きることを選択するた めにはそんなことを考えるべきではなかったのだろうから。いくらでも感受性 を麻痺させることができるということは、まったく個人の罪ではない。これは民

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族の宿命という文学の罪だ。この文学は目の前にいる「ユダヤ人」ばかりでな く、鏡に映った自らの姿すら既に死んだものとみなすことを可能にする。既に 死んでいることが幸福だとすら思わせる。『ソドムの一二〇日』の四人の男の 拷問者たちが、閉じこめられた若い男女にしたい放題のことができるとしたら 、 それはこのひとたちを既に死んだものとみなしているからだ。拷問者たちは これらの生きた人間たちをセイレーン(悪女)たちによって語られる物語の登 場人物の代替物とみなしている。生きている人間をこのようにして既に死ん だものとしてみなすことはいかにして可能か。ひとは「文学」を読むことで、生 きている人間を死んだものとみなすのに「慣れる」のではないのか。「 セイレー ンたちはその歌を聞くものにどんな人間の歌も非人間的なものではないかという疑 いを感じさせた」とブランショは言っていなかっただろうか。『ソドム』の拷問者 たちは、若者たちの生よりもセイレーンたちの「文学」にひかれている。これ がまさに「文学」の罪、レシの罪ではないだろうか。宗教的なものだろうとそう でなからうと、多くの文学は「死に慣れる」ことを目的にしていたように思える (モンテーニュ)。そして『ソドムの一二〇日』という、後の『新しきジュスチーヌ 、 美徳が呼び寄せる不幸の数々、およびその姉ジュリエットの話』のように汚ら しい言語で書かれていないからこそロラン・バルトのような「文学愛好者」に 評価されるような、「文学的」で「美しい」ものであるからこそ唾棄すべき小説 が明かす最も恐ろしい人間の「真実」は、ここに閉じこめられた少年少女たち が、自らが「既に死んでいる」ことに慣れ、そこに喜びすら見いだしてしまうと いうことだ。しかしそれはこのひとたちの罪ではない。  「語ってはならない」ということは決してないのだが、「文学」のなかに身を置 くものは、何ものによっても償うことのできない罪深さのなかにあえて自らを 置いているという、「理解できないマゾヒズム」を自覚していなければならない のかもしれない。幸福であることしかできない「私」の不幸は、不幸ではない という不幸、無名の不幸の共同体のなかには決して身を置けないという不幸 だ。幸福な生けるものはその幸福ゆえに孤独だが、この幸福な孤独は現実 の生命をもたない「作品」の本質的孤独とは何の関係もない。幸福なものの 幸福な孤独は必然的に自己中心的なものにとどまらざるをえないが、本質 的に孤独な作品の方は不可能な共同性を獲得する。

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孤独な作品の罪と罰  ブランショは作品の「孤独」から目をそらさなかった。決して自らのことばを 真面目に聞いてもらえない人々、決してことばを発することができなかった人 々 (現実に存在したとされるものだろうとそうでなかろうと)の側にとどまろうとし た。このひとたちの「ため」には語らないが、その存在を暗示した。作者の「作 品」とみなされてしまうもののことばを、「歴史」の持続したことばにしようとする 「力」に抵抗した。これらの孤独なことばをだれかの「作品」にしてはならない。 「作品」が作者のものでなく、「本質的に孤独だ」と言われるとき、たとえば「証 言」は生き延びた証言するものに属さず、死んでしまった(とみなされる)証 言の対象に属すると言われている。しかし「文学」の側にいることを選んだ北 国のひとブランショはこれらのことばが「かつて生きていた」と言わない。むし ろ墓穴のなかの死者のことばのように孤独だという。この死者たちが生きてい たかもしれないという何ものにも証明できない「可能性」(それ以上のもので はない)は、ただ語られないこと、語りえないこととして示される。  「作品は孤独だ」というブランショのことばを多くのひとが理解しない。ブラン ショ自身が「芸術家の孤独ではない」と言っているのに、奇妙なことだが、そ れを無視してそう解釈する人間がいまだにいる(これらの人々にとっては、 「孤独」ということばが魅力的に響くからなのだろう)。それでもこのブランショ にとって最も重要な概念を理解しなければ、ブランショについて何も理解で きない。文学作品のなかにだけ存在することばと、実際の生の局面に存在し たことばを区別するのは容易でないことを理解しなければならない。さらに目 の前にいる人間のことば、あるいは実際に目の前にしていないとしてもおそ らく疑うべきではないだろう人間の叫び(いったい個人的な信念以外の何も のによってこのように主張できるだろうか)を「孤独な作品のことば」と同じもの として聞いてしまう狂気の可能性が存在することを理解しなければならない。 そしてこの狂気は、可能性としてばかりでなく、あまりに多くのひとがこの狂 気にとりつかれているから、狂気であることも気づかれずに現実にはびこっ ていさえする。この狂気は想像上の人物、あるいは既に死んでしまった人物 が現実に存在していると考えるもうひとつの狂気のようなもの(たとえばある 種の宗教)よりも、比較することそのものが不穏当であるほどに、かぎりなく深 刻で醜悪なものだ。奇妙なことに後者の狂気の方が狂気でありうるとみなさ れることがあるが、実際には、何の疑いもいれることなく、目の前の人間の存 在を無化する狂気の方が、あまりに卑劣な病理的な狂気だ。ぬいぐるみは 生きていないと理解することはもちろん狂気ではない。大人になってこれを

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理解するとともに、生きているものもぬいぐるみとみなすことが深刻な狂気だ 。 多くの人間がこの狂気にとりつかれているように思われる。  ある意味では(我々にとっては)ペトラルカの『カンツォニエーレ』がラウラを 生み出したと言える。確かにユーグ・ド・サドというプロヴァンス貴族と結婚し たラウラ・ノーヴァなる女性は実在したらしいのだが、それは後にペトラルカ が歌った女性と同名の女性と同定されたにすぎないとも言われる。しかしたと えばD・A・F・ド・サドにとってラウラは生きていた。サドは夢枕にラウラを見た。 これがおそらくサドにとっての文学のインスピレーションだった。ラウラが自分 の先祖だという可能性は、後の研究者にはドナシアンの叔父がペトラルカ伝 を書いて「改めて」つくりだした疑わしい物語にみえたとしても、ドナシアンに とっては事実だった。ラウラが存在しなかったという立場(ラウラの「ノーヴァ」 という名字はダンテの Vita nova からとられたのではないかとも言われる)か らすると、文学作品のなかだけに存在するように思われる人間のことを自分 の先祖とみなすのは一種の狂気でありうるかにも思われる(それでもたとえば ウェルギリウスがイエスの到来を予言したと信じるのは狂気ではないのだろう か)。しかしサド家の人間にとっては、ラウラが自分の先祖であることはまちが いようのない事実だ。それにだれにもラウラが存在しなかったと言い切ること はできない。ラウラは聖アンナやマリアのようなものかもしれない。イエスが地 上に生まれるためにはマリアの存在が必要で、マリアが生まれるためにはそ の母アンナが必要だ。人間がこの世に生まれ出るためには少なくとも母胎が 必要だ。ペトラルカが『カンツォニエーレ』を書くためにはラウラが必要だった 。 しかしペトラルカが書かなければラウラは後世の人間が考えたような形では 存在しなかったという恐ろしい事実は残る。ブランショが「作品」の孤独につ いて語るのは奇妙にみえる。しかし文学のことばはラウラのような人物を生み 出した。作者が死んでしまった現在において、ただ「作品」だけが死んだもの、 はるか遠い過去にあるものとして生きつづける。歴史はこれらの作品の現時 点での解釈の変化によって書きかえられる。このときだれにもことばを生きた ものとして聞いてもらえない「作品」にはまったく自らの身のあかしをたてられ ない。ペトラルカはラウラは存在すると言った。しかしそれは時間をへるにつ れて疑われずにいない。六百年後に自分のことばが疑われることをペトラル カは予期していただろうか。同時代の人間の疑いはさして問題にならない。 なぜならペトラルカは未来に向けて書いているからだ。ペトラルカにとっても サドにとってもラウラはまちがいなく存在していた。それはひとから見ると『望 ましいときに』のジュディットのようにまったく疑わしいものだったかもしれない が、書くペトラルカにとっては確かに存在していた。しかしこのような存在は 決して信用されるにたりない。だからこそ文学作品のことばは何よりも本質的

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に孤独だ。証拠になりえないのだ。文学のなかにしかないものならば信用し なくてもよい。ナチスドイツの民族の宿命なる「文学」も後に信用しなくてよく なっただけのことだ。昔は多くの人間がラウラの存在を信じていたが、今は疑 われることが多い。これと本質的なちがいはない。もしナチスドイツが第二次 世界大戦に勝っていたら、おそらくこの「文学」は今も生きつづけていたこと だろう(P・K・ディックの『高い城の男』のような世界は十分にありえただろう) Oświęcim はポーランドに存在せず Auschwitz がドイツに存在したかもしれ ない。  モデルの存在が疑わしいとされるもので、流布する言説のレベルで最も有 名なのは、レオナルド・ダヴィンチの「ジョコンダ」だろう(この疑わしさもラウラ と同様のもので、そのモデルとされる人間が実在したかではなく、作品にとっ ての「モデルの存在」そのものの疑わしさだ)。その作品にモデルが実在した かどうかよりも、なぜこれらの「モデルの存在」が疑われるにいたったのか、そ してその疑いの言説が一般に流布するにいたったかを考えなければならな い。ここにあるのはやはり作品を作者の側にひきつけようとする「ロマン主義」 的な論理だろう。ルネサンスの「天才」のもつまがまがしさに対する後世の人 間の「恐れ」がおそらくここにある。ブランショはプルーストのサントブーヴ批 判のさらに先にいって、いかなる「天才」であろうと、作者には取り戻せない 作品、作者とは仮定的には無縁の作品の存在を倫理的につくりあげようとし た。このときラウラもモナ・リザもアウシュヴィッツも「存在」する。たとえ「アウシ ュヴィッツ」の作者がアウシュヴィッツの存在を否定しようとも、登場人物の 「ユダヤ人」はそれに抵抗できる。ポーランドという場に生み出された「アウシ ュヴィッツ」は第三帝国の私生児だった。  フランス文学史において、特にサドの作品はおそらく正反対の意味での 「身のあかし」をたてられなかった(その状況は現在も変わらない)。サドは天 才をもった作家ではなく、「サド」という物語の主人公にされてしまった。サド は「私は犯罪者ではない」と言ったが、司法によって犯罪者とみなされたもの は犯罪者でしかありえない。サドの「私は犯罪者ではない」という意識は、死 刑判決、「おまえは既に死んでいる」という権力のことばを前にして何の意味 ももたない。よって死刑制度において問題になるのは本質的には冤罪の可 能性ではないだろう。裁くこと、罰すること自体が問題だ。サドはある手紙の なかで「私は私の戯曲のなかの悪徳に満ちた女を罰しない。しかしだれがこの女 のようになりたいと思うだろうか」 1 といった。サドは芸術の真髄は教訓を語ること 1

« Que la vicieuse est une femme, et qu'assurément si j'avais puni cette femme, ma pièce était

détestable. Mais quoique impunie, qui est-ce qui voudrait lui ressembler ? Or, voilà l'art : il consiste

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でなく、全てをありのままに描くことだと思った。そうすれば読者がそれぞれ 判断するだろう。サドが無邪気なまでに読者の判断を信じていたことは、サド を真剣に読むものの心をうたずにおかない。このサドはジュスチーヌとジュリ エットというふたりの孤児の物語を、署名のない私生児として、まったく何もの にも保護されることのない孤独なものとして世のなかに提出した。サドは生涯 これらの作品の認知を拒んだ。それを強制認知させたのは歴史でしかない。 サドがこれらの私生児たちを愛していなかったとは言えないが、認知した作 品よりも愛していたとも言えない。不肖の放蕩息子だったサドは、自分の認 知しなかった作品を、まさに認知しなかった私生児のように愛したのだろう。 自分の認知した作品は立派なものになることを望んだが、私生児には好きな ことをさせ、そのなかに若き頃の自分を見ていたのかもしれない。  ブランショもまた「私は裁判官ではない」と言った。裁判官でも弁護士でも ないので、ブランショのレシもまた自らの身のあかしをたてようとしない。それ ゆえにブランショの作品の解釈には困難が伴う。たとえばブランショはレシの 語り手の軽さについて語るが、それを罰しない。ブランショが罰していないか らそれが本質的によいものだと思うのは、深刻なまちがいだろう。罪深いオル フェウスは必ず軽さをもってレシを語る。ブランショは、レシの根本的に幸福 な「語る声」について語る。幸福だからといって、いいことではない。ジュリエ ットが幸福だからといってだれがいいことだと思うだろうか(確かにそう思うひ ともいるらしいのだが、それはサドの望んだ解釈ではないだろう。ジュリエット がネルシアのフェリシアと並ぶ18世紀末文学を代表する実にチャーミングな ヒロインだという事実はまったく別の問題だ)。確かにオルフェウスが語ってし まうのは宿命的なことで、避けられないことだ。だからこそクローディアはオル フェウスのような語り手「私」が帰って来ることを予期していた。裁判官ではな いブランショには、「私」を罰することができないし、罰しようとしない。このブラ ンショ自身が自らを罰することなくレシの営為を繰り返したとしても、やはり罪 深い行為であることを免れえない(オルフェウスが罪深いと言っているのはブ non pas à punir le vice dans la comédie, mais à le peindre de telle sorte que personne ne veuille lui ressembler ; et étant ainsi, on n'a plus besoin de le punir. Sa condamnation se prononce tout bas dans l'âme de tous les spectateurs.» (26 mars 1783) (Sade, Lettres à sa femme, Actes Sud, 1997, collection Babel, p.361) (訳)「女は悪徳に満ちていて、確かにたとえ私がこの女を罰したとしても、私の戯曲は憎むべ きものだっただろう。でも、この女が罰せられないままでいたとしても、だれがこんな女に似たものになりたいと思う だろうか? しかるに、これが芸術なのである。芸術とは劇のなかで悪徳を罰することではなく、だれもこの女に 似たものになりたいと思わないようなしかたで悪徳を描くことなのだ。こうすることで、もう悪徳を罰する必要はなく なる。判決は観客全員の心のなかで小声でつぶやかれるのだ。」

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ランショ自身であり、筆者の発明ではない)。生き延びること自体は無論罪で はないが、軽々しく語ることは罪でありうるかもしれない(もちろん「これは罪 である」と告発するひとがいなければ、さらにその告発者が信用をもったひと でなければ、罪であるはずはないのだが)。ブランショにとっては決して軽々 しく語りえない不幸が重要だ。聞き手をもった幸福なレシの声によっては決し て語れない不幸が存在する。それをはるか彼方に指し示しうるものは、ただ 「私はここにいる」ということを不毛なしかたで主張する作品であっても、作者 ではない。ブランショは明らかに自分のものだとひとにみなされる作品に対 する父権を拒絶し、自らは無責任な罪深さの側に身を置くことによって、逆 説的に作品を解放しようとする。  何か告発しなければならない出来事を経験したとしても、『望ましいときに』 の語り手は、一篇のレシを語りながら、この出来事に関して沈黙を守ることを 選んだ。だからといって、ブランショは証言することの正当性を完全に拒否し ているわけではなかろう(事実1984年の『問われる知識人』の註には「真実に 反すると知っていることについて沈黙を保つわけにはゆかない」1 ということばがあ る)。たぶんこのような個人の選択もありうるということだ。語りたいひとは必ず 語ってしまう。それでも「真実よりも真なるもの」を侮辱したくない、「ガラスの 向こう」にある汲み尽せないもの、自分のことが語られることを予期していても それを望んでいない「寂しげな尊厳」を逆説的なしかたで尊重するという立 場もありうると1951年のブランショは考える。おそらく1983年のブランショの言 うとおりアウシュヴィッツに関するレシ、とりわけフィクションはありえない。だか らといってアウシュヴィッツについてレシの形で証言してはならないということ にはならないのかもしれない。しかしこの証言は語り手を前にした(むしろ背 にした)口をきかないものの「寂しげな尊厳」を尊重できない。この語りははっ きりとは語りえない何か、ことばでは汲み尽くせないものを裏切る。「雪の邪 悪な面」だけを描き、窓の向こうの深い雪そのものの存在を指し示しえない。 「邪悪なもの」すなわち「症例」は非日常的なものだから容易に語りうる。しか し患者は症例だけもつわけではない。

1

Maurice Blanchot, Les Intellectuels en question, 1996, Fourbis, p.44. « Comme, avec les années qui

passent, deviennent rares les témoins de l’époque, je ne puis garder le silence, lorsqu’il en est temps encore, et laisser s’accréditer des affirmations dont je sais qu’elles sont, incontestablement, contraires à la vérité. » (訳)「年月が過ぎるにつれて証人もまれになってきているので、まだその時間があるとき に沈黙を保って、明白に事実に反すると知っている証言が信用に値するものになってしまうように放っ ておくわけにはゆかない。」

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『ジュリエットの話』でジュリエットたちに無意味に殺されてゆく人物は、「後 世が判断してくれる」(La postérité jugera)と言う。悪辣なジュリエットはこのこ とばを鼻にもかけないが、サド自身は死を前にして同じことを言った 1。もしか すると死にゆく人間にとって、自分のことを後世の人間が語ってくれるという 期待はいくらかの慰めになるのかもしれない。しかしこの慰めは自らの死とい う最も重要なことを前にして何の意味ももたないだろう。しかも『ジュリエットの 話』はジュリエットの破廉恥な嬉々とした語りで語られている。たとえ実際に 後世が判断するとしても、このような嬉々とした語りで語られること、それによ ってだけ自らの存在が後世に知られることを、死にゆくものは望まなかっただ ろう。そしてブランショは、レシの声は、いかなるものだろうと、多かれ少なか れ嬉々としていると言ったのだ。  ブランショの中期のレシは「証言する義務」に関してある意味で判断停止し ていたようにみえると言えるかもしれない。これが一般には(おそらく後期の ブランショ自身にとっても)「義務」にみえるからこそ、証言しない可能性の方 を中期のブランショは強調したようだ。過去について語ろうとしても、記憶に 打撃を加えた出来事のせいで明確に思い出せない語り手がブランショのレ シのなかにいる。この曖昧な記憶を曖昧なまま提出してもレシは決して説得 力をもたない。それなのにブランショはさまざまな過去の可能性を併置した 記述によるきわめて曖昧なレシを提出した。真実を語るレシの語り手はエピ ソードを取捨選択してはならないからだ。そしてエピソードはレシを書く時間 軸上にだけあるはずだ。しかしほとんどのレシの語り手はレシを語る時点で、 書く時間を捨象した、直線的な語りによるレシを発明する。この「発明」はブラ ンショの非難する「持続への加担」になりうる。これらのレシは複数的な視点 をもたないひとつの「歴史」の生産に加担するからだ。もしブランショがナチス ドイツの強制収容に関するレシのなかでロベール・アンテルムの『人類』 2 だ けを評価したとしたら、この書物のなかには何らかの言説を生産しようとする 発明がなかったからだろう。  この発明が排除するものは数多い。特にナチズム、ファシズムに関する証 言が排除したものは、「人間性」なるものだった。つまり、改めて、新しい「非 人間性」が発明された。「ファシズム」と呼ばれるものに加担したとされるもの 1

« Le siècle écrit, la postérité juge, et si celle-ci veut écrire encore, elle est bien plus vraie que le

contemporain. » (Sade, Histoire secrète d'Isabelle de Bavière, p.22.) (訳)「時代は書き、後世が判断す る。そしてもし後世の人間もさらに書きたいと思うなら、それは今の時代の人間よりもさらにずっと正しいものにな る。」 2

Robert Antelme, L'Espèce humaine, Gallimard, 1957, collection Tel.

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(もっとも個人的にファシズムに加担することなどだれにもできはしないのだ が)を罰するために、「人道に反する罪」なるものが発明された。しかしいかな る行為であろうとも人間の行為は果して非人間的でありうるのか、とサドととも に問うことは常に可能だ。『アリーヌとヴァルクール』に登場する南洋のユート ピアにおいて、その指導者ザメは決してひとを罰しない。ただ過失に関して、 住民の好む娯楽である演劇で指し示すだけだ。決して取り戻せない過去を 権威をもって再現しようとする裁判が、お芝居、「茶番」でしかないことをサド は知っていた。ならば本物の「茶番」、何の法的強制力ももたない演劇をもっ て裁判にかえた方がいい。裁判官であろうとしないブランショもまたひとを罰 することに関しておそらく賛成しないだろう(たとえ「非人間的なもの」につい て語りうる現代人ブランショは、人間の全てを許そうとするサドとは程遠いとは しても)。だからこそ「SSもまた人間だ」と確認せざるをえないアンテルムに共 感を覚えたのではないか。(この重要な「法」の問題に関しては『望ましいとき に』と並ぶ重要な小説作品である『神』を分析しなければならないだろう。)  刑罰は本質的に社会の偽善だ(国際法なるものが存在する時代において、 それはもはや国家の偽善ではないのだろうか)。モンテスキユやサドが言っ たように、法は常に時代と国に(現代であれば国際社会と呼ばれるものによ っても)左右される。サドが非難した「常識がない立法者の怠惰とばかさ加減」 1 は今も変わらない。アイヒマンがナチス体制下では犯罪者たりえなかったの は(おそらく)疑いえない。自身が主張するとおり、アイヒマンは命令にしたが っただけなのかもしれない。このことに関して、たとえ服従しただけだとしても 服従したことゆえに罪深いとは言えないだろう。国家の名のもとに行なわれる 戦争でなされる行為はいかにしても個人の罪でありえない。「テロリスト国家」 「ファシスト国家」というレッテルには、このように名づけて非難する国家たち が「国際性」という新しい無根拠な物語としての共同性を構成しているという 事実を確認する以外には、何の意味もない。「テロリスト国家」においてテロリ ストとして養成された人間に個人の罪などあるはずがない。民族国家という 嘘にだまされた個人をいかにして「罰する」ことができるか。きっと再犯の可 能性がなかっただろう(もっとも筆者にこのような判断をする根拠はありえるは ずもないのだが)アイヒマンを死刑に処したことは理性に反した暴虐だったと 1

Sade, Histoire de Juliette, p.288. « La paresse et l’imbécilité des législateurs leur firent imaginer la

loi du talion. Il était bien plus simple de dire, faisons-lui ce qu’il a fait, que de proportionner spirituellement et équitablement la peine à l’offense ». (訳)「立法者の怠惰とばかさ加減が同害の法を 思いつかせたのだ。頭を使って公正に罰を侵害に釣り合ったものにするよりも、『このひとに自分がした ことをお返ししましょう』と言う方がずっと簡単だったからだ。」

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言えるのではないか。「ユディトは存在しなかった」と言うことは、「ユディトは 存在した」と言うことよりもずっと簡単だ。それと同じく、罰することは許すこと よりもずっと簡単だ。しかしこの「簡単さ」は、「私」にとっては「私」の持続しか 存在しないという実に単純でありながらふるえあがるべき事実に基づいたも のでしかない。  私生児の父権を拒絶することは実に簡単だ。しかしそれは私生児の存在 そのものを消し去ることはない。そして私生児は父権なしでも生きてゆける。 たとえ「おまえの存在はみとめない」と言われても、ユディトは公認される歴史 に決して認知されない孤独な私生児として生きつづける。決して声をあげる ことができなかった人間の存在をかき消すことは、実に簡単だが、だれにも できない。ひとりの人間を罰することは実に簡単だが、だれにもできない。

父親との対決 - 純潔の拒絶  ブランショのことを考えるとき、ポール・ド・マンの名前を思い浮かべずにい られない。ポール・ド・マンもまた過去の「反ユダヤ主義」を非難され、アメリカ でのキャリアを断たれて悲劇的な最期を遂げた。ポール・ド・マンがその文筆 活動のかげで主張していたことは、一言で言うと、「流布する言説をうのみに するな」ということだったと思われる。ルソーは果してルソー主義を語っている のか。ラフォンテーヌは教訓を語っているのか。そうではない。テキストには 必ず距離化の作用があるからだ(この距離化は意識的なものだ)。ラフォンテ ーヌは繰り返しテキストに対する「父権」を否定している。近現代の批評やそ こから生じて流布される言説は、この作者によって意図的に与えられた距離 を必然的に無化するものだから、無批判に信じてはならない。テキスト自体 を読まなければならない。これがポール・ド・マンの批評から帰結されることで はないか。  ブランショがいかに自分の過去を反省したかが問題になる。しかしブランシ ョやポール・ド・マンが反省しなければならないのは、反ユダヤ主義者だった ことではなく、ひとのことばをうのみにしたことだと言うべきだ。ブランショを擁 護するものは「確かに1930年代のブランショは極右だったが、特に反ユダヤ 主義者だったわけではない。ブランショのこの時代の文章にみられる反ユダ ヤ主義的と思われる表現は当時の極右のクリシェでしかない」と言う。しかし ことばを語るものにとっての問題はまさにそこに存する。クリシェをうのみにし たのが問題だ。無反省に言語を語らされたのが問題だ。ある種の過去を背 負ったポール・ド・マンは後に「うのみにするな」と語りつづけたと言えるかもし

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れない。それに対してブランショは決してうのみにできないような、流布しよう がないような、サドの小説と同様のだれにも弁護できない「私生児のことば」 を生みだした。もし1930年代のブランショを批判するものも弁護するものも、 「親ユダヤ主義」なる現時点のクリシェの上に安住しているなら、そこには何 の意味もない。何かが正しいかどうかは各人が何ごとも無批判に受け入れる ことなく自分で考えなければならないことだ。個人の信念として以外の正しさ は存在しないだろう。  マグダラのマリアは、イエスに触れずに復活を信じた。同時代的には、周囲 のほとんどのひとはこの驚くべき事実を信じなかっただろう。まったく無関心 ですらあっただろう。疑い深いトマスはイエスの傷口に手を入れて死後の復 活を信じた。しかしおそらく傷口に手を入れてさえ信じない頑迷なひとは数 多くいる。特にレシが語られたことばという形をとっているかぎり、「信じない」 と主張するのは容易だ。ことばが美しいもので整合性がとれていれば、かえ って信じがたいものになるかもしれない。もしかするとある種のことばが信じら れるためには傷口が必要なのかもしれない。  1898年のゾラの「私は糾弾する」以来、フランスでは「知識人」の存在が重 要だった。「知識人」は何かを証言するよりむしろひとつの言説をつくることに 貢献した。言説をつくるためにはまずひとに信用されていなければならない 。 既に何らかの権威をもっていなければ信用度をもたない。では「ペンは力な り」ということばは嘘なのか。おそらくそうだ。何らかの特権をもたなければ信 用にたることばを発することはできない。おそらくある種の人間にとっては、 目の前にさしだされた傷口よりも、言説をつくりだす権威の方が説得力をも つ。だからこそ何ごとも無批判に受け入れない態度をもたせる教育が必要だ。 『ソドムの一二〇日』において、閉じこめられた若い男女が世のなかから見る と既に死んでいたのは、拷問者たちが太陽王(国民の父親)に保護される権 力者だったからだ。ことばをもっている人間には、生きているものも既に死ん でいると言いうるほどの力がある。裁判官が死を宣告したとき、被告は既に死 んでいる。  ブランショは、1962年の『期待忘却』の後、小説を出版していない。何らか の出来事を「語ろう」としたレシは、1951年の『望ましいときに』が最後の作品 だった。複製技術が視覚芸術を変容させたのと同様、文学もまた技術によっ て姿を変えなければならなかった。おそらく時代の空気に敏感で、「文学」に 対する郷愁と無縁だっただろうブランショは、映画、現代美術、現代音楽、現 代演劇等がさしだす(さしだすことになる)空間と類似した空間を、何も証言 しない抽象的なレシのなかに構築しようとした。たとえばルイス・ブニュエルの 『糧なき土地』(1932)のようなドキュメンタリー映画を見た後で、本質的に虚構

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であることを刻印された「文学」によって、いかにして十全な証言を試みられ るだろうか。それに『糧なき土地』を見たものにも、それを「信じない」と言える。 この映画に現れる赤ん坊の死体も、自らを真実だと主張するレシのなかで仕 組まれたトリックだと考える人間がいても、もはやだれにも驚くことはできない 。 現実を虚構にひきつけるトリックは日々進歩している。アウシュヴィッツにガス 室はなかったと信じるひとにとってはガス室はなかったのであり、あったと信 じるひとにとってはあった。それ以上のことは何も言えない。自分が知りようも なかったアウシュヴィッツの物語に心を痛める少年少女もいれば、大戦を生 き延びてガス室の存在を信じない老人もいる。さらにはアウシュヴィッツという 名前が何ものも意味しないひとも数多くいる。だれが正しいわけでもだれが まちがっているわけでもないのだろう。あるいはむしろだれが正しいともだれ がまちがっているとも宣告することはできないと言わなければならないのかも しれない。  最終的には何かを信じるか信じないかは個人の自由だ。ブランショは何も 証言しないレシで、ただ傷ついた歪んだ言語を提出する。「何かがあった」と だけ畸形の言語で指し示す。このように言語を歪めるものの存在、記憶に打 撃を与えるほどの信じがたい出来事が何かあったとだけいう。おそらくこの奇 妙な言語は、何物も無批判に信じないことを教える。そしておそらくトマスの ように本当の傷口(でもそれはどこにあるのか)に手を入れたときには信じる ことを教える。それでも「真実よりも真なるもの」という言語を越えたもの、素朴 な言い方をすればそこにあると感じとらなければならないものについては語 らない。それは言語の形では語りえないものだからだ。結局このことについて は素朴な言い方で語るのが限界だ。「無批判に信じてはならない」とは言っ ても、各人があらゆることについて批判するための十分な資料を目にして消 化することは不可能だからだ。自分の信念を信じる人間が大方において判 断をあやまらないような教育が必要だ。それはおそらく学校教育の場ではな しえない。ここに「文学」の義務がある。この義務はおそらく逆説的なものだ。  ブランショはいかにして文学の義務を遂行したのか。ことばでは語りえない ものの存在を羞恥心をもって示すことで、ブランショは「文学」、少なくとも個 人の発現のことばとなった文学、作品を作者が回収する文学、作者によって 認知された作品によって構成される文学から目をそらすことを読者に教える。 文学のことばのなかには人間にとって最も大切なもの、生命が本質的に欠け ている。想像的なものである文学は、「どんな人間の歌も非人間的なのでは ないか」という疑いをひきおこす。しかしよりよく「文学」から目をそらすため、 文学の功罪を知るためには、さらに文学を読まなければならない。それほど 我々は死に向かう文学に毒されている。そして「文学」は何よりも支配的な言

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説の嘘から覚醒するための手段であるはずだ。文学が本質的にだれにも心 の底から真剣にとらえられる言語でないからこそ、そもそも私生児のようなも のとして提出される無責任な言語活動(ラフォンテーヌの軽さ)だからこそ、こ れを読むことで文学と同じ言語で語られている権威のことばも疑えるようにな る。それがおそらくポール・ド・マンとブランショがともに気づかせようとしたこ とだ。たとえ文学が、政治、法律、宗教、歴史等と同じ、制度を構成する言語 によってつくりだされるものだとしても、「絶対的に異郷のもの」の存在を自ら が砕け散りながら響かせる文学は、決して制度そのものではありえず、ひとを 解放する芸術としての力をもっているはずだ。ウェルギリウスが『アエネイス』 を破棄しなかったこと、オウィディウスが『変形転身の物語』を破棄しなかった こと、マックス・ブロートがカフカの遺稿を破棄しなかったことは、おそらくよい ことだった。もしこれらの大作家たちが暗示するように、文学は沈黙に向かう 沈黙との闘いだとしても、父権が認められないような書かなくてもよいことを 書いてしまうことだとしても、決して足を踏み入れてはならない sauvage な処 女地を凌辱して生れた私生児だとしても、この闘いの痕跡、暴力の痕跡とい う芸術、現行犯の記録と我々は対峙できる。サドも気づいていたように、文学 のなかのことは文学のなかのことでしかない。『望ましいときに』の「私」がレシ を語ってはならなかったと気づいたのは、レシを繰り返し書き直した後だった。 強姦した後で強姦は悪いことだったと気づいた。我々も文学を信じてはなら なかったといつか心の底から気づくために、いつまでも文学を読みつづけな ければならない。文学は作家によって生み出されたものではなかったと気づ かなければならない。父親だけを愛したサドが、「実は父親は存在しなかっ た」と気づいた哀しくも滑稽な地点を、我々は目ざさなければならない。これ はまったく「家族小説」(roman familial)ではない。父親はどこにもいないのだ。 家系も家族もありえないこと、そもそも「家族」という「ロマン」がつくりものであ ることを、高貴な生まれの作家サドは「知っていた」。  ペトラルカに歌われたラウラを先祖にもつ由緒ただしいプロヴァンスの貴族 出身のサドは、市民となって革命を生き延び、市民社会最初の貧乏な職業 作家になった。サドはかたときも自分の出自を忘れることはなかっただろうが 文筆業が貴族にふさわしくないと思われていた時代には作品を発表できな かったこともおそらく事実だろう。フランスが文化的な覇権をもっていた18世 紀に、政治的野心をもってプロヴァンスからパリに上ったサドの父親は、 12世 紀頃からつづいてきた貴族の家系の財産を一代で失った。サドの父親はコ ンデ家に寵用されたが、コンデ家自体の失寵と共にその政治的野心は断た れた。しかも放蕩息子は格好なスキャンダルの的になった。貴族の腐敗を攻 撃したいものにとっては、有名な貴族の出身でありながらも何の政治権力も

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ない男の息子は実にあつらえ向きだった。先祖がアヴィニョンの橋を建設し たという伝説もあったとされるプロヴァンス貴族が全てを失うのをまのあたりに し、もし失墜した由緒正しい貴族の息子でもなければ自分が犯罪者扱いさ れることがなかったことを知っていたサドは、さらに貴族階級そのものが革命 ですべてを失うのを見た。サドはいかに家系なるものが無意味なものかよく 知っていただろう。だからサドは父親が存在しないということに気づいた。た ぶんサドはフロイトの先駆者ではなく、フロイトやラカンよりも「家族」について よく知っていた。  このサドが「純潔」(chasteté)、すなわちローマ帝国において貴族(ingenuus) のカースト(純血)、身分、階級を護るためにつくりだされた概念を疑問に付 す。「純潔」(chasteté)は「カースト」(caste)、「罰」(châtiment)と語源を同じくし、 さらに「純潔でないもの」はサドの基本概念たる「近親相姦」 (inceste)だ。ルク レチアが自殺するの は犯されたからではなくて、カーストを護るためだ。しか し『ジュリエットの話』の登場人物デルベーヌ夫人の意見が正しい世界では、 ルクレチアが自殺する必要はない。デルベーヌは自分の妻から生まれた子 供が自分の子供なのか疑う父親に語りかける。「でもしばらくの間この子供があ なたのものでないとしましょう。その場合あなたにとって何が問題なの?後継ぎが ほしいんですか、じゃあこれがその後継ぎです。親子の感情を与えるのは教育で、 生まれ(自然)ではありません。」 1 このことばは、親子の感情は後天的であっ て、自然のなかに父親はいないということを意味する。しかしそれはまったく 親子の感情をおとしめるものではない。ブランショが自分の書いたレシを事 後的にしか解釈できないということばの意味は、このデルベーヌのことばから 理解すべきだ。レシは生まれただけでは作者という父親の子供にはなってい ない。作者も自分のレシを努力して解釈しなければならない。  優しい父なる神は存在しなくて、残酷な継母のような自然しか本当は存在 しないということ、これが真剣にキリスト教と対峙したサドという無神論者が気 づいたことだった。「恩寵」はなく「自然」だけがある。しかしこのようにして「自 然」をまのあたりにしたとき、父親は自然のなかになかったと気づいたとき、 初めて生ける人間の可能性が生まれる。サドは父親を制度としてしか愛する ことができないことに気づいたが、だからといってその愛が弱まることはなか った。父親は自然のなかにはなかったと気づいてなお、あらゆる人間は私生 児とちがわないと思いつつ、父親を愛しつづけたのだろう。それでもやはり 1

Sade, Histoire de Juliette, p.248. « Mais supposons un instant qu’il ne soit pas de vous : que vous

importe dans le fait ? Vous voulez un héritier, le voilà : C’est l’éducation qui donne le sentiment filial, ce n’est pas la nature. »

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父親は自然のなかにはない、制度でしかないと告発しなければならなかった。 なぜならそれが真実だからだ。制度ではない「自然」のものとして宗教が語ら れるかぎり、それは許しがたい。このときルクレチアを自殺に追いやる「純潔」 もまた自然のなかにはないまったく無用な制度でしかなかったことがわかる。 生まれたときから私生児たちに「罰」を背負わせるのは「純潔」だ。よって「純 潔」のないところで私生児の認知を拒む、いずれにせよ仮定的な父親には 何らかの罪深さがあるかもしれないとしても、私生児は認知されないことを 「罰」と感じる必要はない。刑罰は、親と社会を免責して、子供に責任転嫁す る宗教によって規定される(「自由意志」こそサドが何よりもさきに否定したも のだ)。自然のものとして語られる宗教のもつ最も重い罪は、この免責が多く の場合親の教育の熱意をそぐということだ。親が教育せずとも子供の方に自 然に親子の感情が芽生えると思いちがいをする親の数が増えるのは、宗教 と刑罰の責任だ。宗教と刑罰は「私は何も悪いことを教えなかったのに、子 供が勝手に悪くなった」(アルレット・ファルジュによると、 18世紀後半の「封 印状」の多くはこのような口実によって書かれている)とそしらぬ顔で嘘をつく 親が構成する社会によってつくられる。このようにして教育を怠らせる「自然 の感情」を想定することを可能にする「純潔」はきわめて罪深い思想だ。ルク レチアが自殺する必要のない社会が必要だ。(サドは妻に対して「あなたに は子供がいていいですね。私も子供がほしいです。今からでも遅くはないで しょう」という、一見奇妙にみえる手紙を書いている。サドはきわめて嫉妬ぶ かい男だったから、自分が妻の子供の遺伝子的な父親であることは疑って いなかっただろう。サドにとって子供の父であるとは、子供に教育を与えると いうことだった。サドはヴァンセンヌで、しばしば「子供を教育するという幸せ」 を奪われていることを嘆いている。)  ルクレチアとは、決してだれかの名のもとにおいて語られることのなかった 過去、嫡子としてのことばを生みださなかった生きられた過去、現実の名前 だ。レリスがこのローマの女をユディトと裏表の関係で語っていたことを思い 出してみると、ルクレチアは、「私」が出会うことを拒む新しく見いだされる過 去、クローディアの別名なのかもしれない。現実の出来事にはそれぞれの尊 厳があり、作者という父の名をもった嫡子として改めて生みだされる必要はな い。「作品」を作者から解放するブランショという棄教者はたぶんサドと同じこ とに気づいた。ブランショが作者にとって「作品」(œuvre)はないと言うとき、ブ ランショは「善行(bonnes œuvres)はない、どんな善行もエゴイスムの産物だ」 というサドの最も衝撃的な思想を反復している。善行によって善行の作者が 救われることは決してない。だから善行をなすものはそれを他人のためでは なく自分のためにしているのだと自覚しろ、とサドは言った。ブランショは「他

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人のために語っていると思うな」と言っただろう。だれかのために真実を語っ ているとは思うな、それは全部おまえひとりの想像なのだ、と言っただろう。 多くのひとが読みまちがえるのだろうが、サドは「善行をするな」と言っている のではない。「エゴイスムを自覚しろ」と言っただけだ(「エゴイスム」と「善行」 が両立できるということが理解できないというひともいるのだろうが、それを理 解しようという努力を怠るのはほめられたことではない)。それと同じでブラン ショも「語るな」とは言っていない。「現実に対する裏切りの罪深さを自覚しろ」 と言っているだけだろう。「私は何も悪いことをしていない」と胸を張って語る 人間のことばは全て疑ってかからなければならない。サドが拒絶するのは、 善行をする「義務」、愛する「義務」という思想だ。社会的な存在の行為から 単独性を排除するこれらの義務感が、個人の生きる喜びを妨げるとサドは考 えた。生きる喜びは、あらゆる当為とは無縁の「エゴイスム」という罪深さのな かにしかないとサドは思った。サドとブランショに通底する「幸福であることの 罪深さ」という思想は、必ずしも万人に理解される思想ではなかろう。それで もこのひとたちはそう考えた。  このサドが「純潔」を拒絶するために「カースト」の内側で「近親相姦」を語っ たとすれば、ブランショはむしろその外にある「外国人」の存在を告げる。サド が全人類によってつくられるただひとつのカーストを目ざしたとすれば、ブラ ンショは逆にかぎりなく細分化された決して「純粋」ではない無限数のカース トを目ざすのだろう。フランスの文化人が常に尊重する均質な humanité 「人 間性」の側にサドがいるとすれば、ブランショの発想は「外国人を外国人とみ なす」という差異の思想から出発している(このこと自体は何らほめられたこと ではない。フランス人の作家ブランショがフランス本国よりアメリカで有名な理 由を考えてみること)。方向性は逆だとしても、ふたりの目ざす地点はそれほ ど遠くないようにも思われる。それでもナタリーやクローディアという「国籍の わからない外国人」の登場は、ひとつの重要な文学の事件だとみなさなけれ ばならない。1920年代のパリを生きなかったブランショの「私」は、この女たち の国籍を言わずに、ただ「外国人」と呼ぶ。この罪深き「私」は、もし1930年代 のブランショ自身ではないにしても、レシを書く時点のブランショから切り離さ れたものを意味していることを、この事件は改めて告げる。「スラヴ系」のナタ リーやクローディアは世界恐慌以前にパリにいたロシア人ナジャではない。 この女たちの暮らすパリは、コスモポリタン的なパリという開放的な空間では ない。ここは偶然との出会いがしめだされ、自らの「想像的なもの」としか出 会うことのできない空間だ。ここで初めて「偶然」は、そこにいてはならないも の、異郷のものの姿をとる。『望ましいときに』の「私」は冒頭でジュディットと 出会ったときに、「偶然に出会ったときよりも驚いた」。自分の知っている過去 、

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すなわち既に「私がこう望んだ」につくりかえられた過去のなかに、もはや偶 然はあってはならないというのがツァラトストラのようなレシの語り手「私」の信 念だ(ブランショ自身の信念ではない)。よってブランショの「私」にとって「書 き直し」は必須の条件だ。「私」にとっては、過去は既につくりかえられたもの でなければならない。しかし外国人クローディアは、決して「私」の望んだも のにはつくりかえられない過去のなかの偶然の存在を、「私」には認められな い形で指し示す。  作品の父親は作者だが、母親が生みだすものはツァラトストラが見た断片、 人間ではないものだ。それは「私」に 4escio vos と叫ぶ絶対的に異郷のもの だ。この「私からすると」何もよいところのない「断片」の存在を伝えなければ ならない。サドと同様、それが真実だからだ。このとき「外」にあるものはこの 断片であって、父親ではありえないことが理解できるだろう。ガラスの外にあ るものが過去だったとしても、この過去には意味がない、過去に意味を与え る父親はどこにもいない。オルフェウスは既にマイナデスの嫉妬した手に引 き裂かれてしまった。  断片をまとめあげて意味のあるよいものにするのではない。自らが「現実」 に受精させて嫡子を生み出すのではない。「現実」が許可なく勝手に生み出 しただれのものともわからない子供が確かに存在すると言わなければならな い。この子供が「醜いアヒルの子」から美しい白鳥に変身して飛びたつことは おそらく決してない。このほとんど不可能なことに思える「白鳥の卵」の正統 性は実にロマン主義的なものだ。このようなロマンチックな物語、家族小説は 拒絶されなければならない。美しい白鳥になる可能性のない醜い私生児で も確かにこの世に存在する、存在した、と言わなければならない。ロマン主義 的な、矛盾を被ることのない生得の才能を信じ切っていたためにキルケゴー ルに批判されたアンデルセンは、実生活における愛を知らず、文学の栄光 のみを求めた。「醜いアヒルの子」が最後に勝ちえた幸福は、公園で見つけ た同類のなかに愛を見出すという幸福ではなく、子供たちに感嘆のまなざし で見つめられるという幸福だった。主人公は「あまりに幸せだったが、まったく誇 らしくは思わなかった。なぜなら善良な心は決して誇りに思うことがないからだ」。こ の何やら卑小なものの存在を響かせる北国のひとアンデルセンの物語の結 末は、近代の文学の栄光は「注意を勝ちとる幸福」という実につまらない点に 存することを明らかにする(サラ・コフマンのフロイト批判は、フロイトもこの「ロ マン」から逃れていないことを示唆する)。自分の声を届かせるほどには十分 な声で歌えないレシの登場人物であって、ロマン主義的な美しい歌、作品が またひとつ生み出されるたびにもうひとつの死を響かせる歌を残す白鳥とい う作者の鏡像には決してなりえないクローディア、だれもその声を聞いたこと

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はなくとも美しく歌えるクローディアは、このような語り手の卑小な幸福を否定 した。この女は幸福ではなくとも誇り高い。たとえこの女がアンデルセンのよう な「善良な心」をもっていなかったとしても、それはさしたる問題ではない。  たとえ芸術としての文学は制度ではないとしても、文学を取り巻く制度はあ ると言えるだろう。しかしこの制度の「中」では決して聞こえない父親をもたな いことばもまたことばだ。ブランショが拒絶するものは、「現実」の凌辱の後で むりやり取り戻された物語としての文学の純潔、特権をもった作者という父に よって織り成される文学の「カースト」、身分なる物語だろう。「純潔」が近代の 純潔でなかったローマでは、男が女を犯した後でも結婚すれば問題はなか った。夫の子供を妊娠している間に妻が他の男と性的関係をもっても、この 妻は「純潔」だった。妻がまちがいなく夫の名のもとに子供を残せるならば、 純潔は傷つかなかった。文学の「純潔」はこのローマの純潔、たとえ現実を 凌辱したとしても、署名さえすれば許される純潔だ。見つめるたびにちがう表 情を見せる「現実」という女から、いつも同じ顔をした幸せな子供を生み出す 純潔だ。矛盾を被ることのない生得の才能の神話の上につくりあげられた純 潔だ。しかし文学という大海は、犯された後も自殺せずに生き延びて恥辱を おしきせられたけなげなルクレチアが生み出した、決してだれにも存在を認 知されない醜い私生児たちの溺死体に満ち満ちている。たとえばブランショ が言及する1968年の五月革命の時の「壁の落書き」がそれだ。新聞や雑誌 に発表され決して「書物」の形をとらなかったものも、やはり「文学」を取り巻く 制度から排除されている。むしろこれらのことばたちは、事後的につくられる 文学の物語のなかで、「すぐにだが少しずつ」虚無の方へと、忘却の方へと 向かう。ブランショ自身の1930年代の政治的文章がまさにそれだ。自らの文 筆活動を罪深さのうちに置くブランショ自身が、私生児の認知を拒んでいる。 それでももう決してそのことばが理解できないのかもしれない私生児のなか に、もしかしたらブランショは自らの若さを見出しているのかもしれない。ブラ ンショについて語るひとは、ブランショが自分の 1930年代のテキストを思い出 して「むかしはあんなことも書いたな」と懐かしく思う可能性をまったく考えな いようだが、ブランショとて人間なのだから、そういうこともあるかもしれない。 サドは一生ジュスチーヌとジュリエットの認知を拒絶した。でもサドはこの恥 辱のなかに置かれたかわいい娘たちを愛していなかったわけではないだろう。 ブランショが自分の書いたものに対してサドと同じような態度をとっているとし てもまったくおかしくはない。独身者ブランショが文学の栄光を拒絶するのは 子供には父親の名をついで年老いた親を養う「義務がある」という思想が拒 絶されなければならないからだろう。この論理において、作家は自らの作品 によって生計をたてることが当然だとみなされてはならない。作家が「魂を売

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って」書くことは「売春」と形容される。しかし実のところあらゆる作家は自分の 子供に売春をさせているようなものだと自覚しなければならない。多くの作家 が匿名のもとでポルノグラフィを書いた。このような認知を拒絶された作品の 尊厳が存在すると言わなければならない。作家は嫡子を立派な仕事につけ 、 私生児に売春させる。しかし立派な仕事も売春と大差ないのではないか。作 品にはそれぞれの尊厳があるとすれば、作者は立派な仕事についている方 を嫡子だと呼んでいるにすぎない。  サドが何よりも先に拒絶したのは「種の再生産の義務」という思想だ。よって 署名されなかったジュスチーヌやジュリエットをサドの名において語る根拠は 実際にはどこにもない。これらの作品は残酷な現実が勝手に生み出してしま った私生児だ。これをサドのものとするのは、ルイ 17世がルイ16世の遺伝子 的な息子であったのを「証明」するために墓をあばくのと同じ、父系社会のも とで歴史を再生産する破廉恥な行為でしかない。これは今のところ我々の大 方には理解できない事態だと言わなければならないのだろう。それでもルイ 17世がルイ16世の「遺伝子的な息子であった」という事実は「まったく何も証 明していない」ということを理解すべきだ。「私の言語活動は全て私のものだ 」 という思想が否定されないかぎり、この事態は決して理解できない。  さらに逆説的にみえることは、サドは嫡子の作品を何らかのコードにしたが って書き、私生児の作品は全てを自分で考えて書いたということだ。しかし言 語に語らせられることなく全てを自分で考えて書こうとするという極端な単独 性が私生児性を獲得するということもありうるのかもしれない。いかなるものだ ろうと、無意識なるものはここではまったく問題にならない。父なる神が父親 を免責するものならば、無意識は母親を免責して相変わらず子供を罪深さ のなかに置くものではないのか。「こうあらなければならない」という作者の父 親的なものをまったく排除して、「これが現実だろう」というものをきわめて意 識的なかたちで提出したとき、それは母なる自然(「継母」)の悪を語るジュス チーヌとジュリエットの物語になった。放蕩息子のサドは、罪深き親の側から、 自らの文筆活動を徹底的な罪深さのなかに置くことによって、私生児を免責 しようとしたようにみえる。サドの書き記したことばが悪なのであって、十分な 教育を与えられなかった(無神論者サドにとっては修道院での教育は認めら れないものだっただろう)ジュスチーヌもジュリエットも本質的には悪くないと いうことをおそらくサドのことばのかげに読み取らなければならない。それで もやはりサドの事例は例外的なものだと言わなければならないのだろう。お そらく「語らされた」ものにちがいない1930年代の文章を私生児とするブラン ショの方がサドよりも理解しやすい。

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それでもブランショはサドとちがって私生児が娼婦としてひとりだちするの を拒んでいる。1930年代のテキストの再出版は認めない。「嘘」であることを 刻印された溺死体にはもはやだれもひきとり手がない。父親だったかもしれ ない人間は認知を拒んでいるか、あるいはほとんどの場合は自らがこの大洋 のなかで名を残せずに溺死した。それでも打ち捨てられた孤独な私生児た ちは片時も休まず、「ユディト」のように、4escio vos と叫びつづけている。私 はあなたたちなしでやってゆける、私は私だけで存在する、とこのひとたちは 主張する。自分の父親はあなたではなくて別のひとだったという家族小説を つくるのではなく、父親の存在そのもの、ひいては母親の存在すら否定する。 匿名作品がだれの作品だったかと詮索する我々のむだな努力はこのひとた ちにとっては何の意味ももたない。実の父親はだれだったのかという好奇心 から墓をあばくような破廉恥な態度はこのひとたちには無縁だ。この 4escio vos という叫びを聞いた、嫡子とされる作品たちも、父親を愛しながらその自 然のなかの存在を否定しなければならなかったサドと同様に、自分の父親の 存在が物語でしかなかったことに気づいて、同じことばを叫びはじめるだろう 自分たちも作者という父親の支配を逃れた無名の溺死体であることを選ぶだ ろう。1930年代の作品のなかで例外的にブランショが認知したレシ「牧歌」も また、同じ拒絶のことばをブランショという父親に対して叫ぶ。「事後的に」認 知する勝手な父親を私生児は認めない。孤独な作品は、自らの死後の生、 ひとりでは自分の身のあかしをたてることができないという恥辱をおしきせら れた復活、『死の宣告』の「私」によって絶え間なくむりやり与えられる自らは 望みもしない復活を、気高いユディトやラウラのような冷酷な尊厳をもって生 きつづける。

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Post scriptum ジュリエットの教訓

 ええ、ノワルスイユ、やっちゃってちょうだ い。両親をふたりとも殺した男の売女に なるなんて素敵だわ。涙じゃなくておまん こ汁を流させて。それがおぞましい家族の 遺骸にたむけたいただひとつの捧げもの なの。 サド『ジュリエットの話』

 宰相サンフォンの愛人となった孤児の娼婦ジュリエットのもとに、実の父親 だと名乗るベルノールという男がやってくる。ジュリエットとジュスチーヌの両 親が亡くなり、貧乏になったふたりが修道院から放り出されたときには姿も現 さなかったこの貧しい男は、ジュリエットが今きわめて豊かな生活をしている と知って、突然父親として現れて経済的な支援を求める。ジュリエットの母親 は結婚の前にベルノールの子供、つまりジュリエットを身ごもっていた。妹の ジュスチーヌもまたこの不貞から生まれた娘だった。何よりも善行を憎み悪い ことが大好きなジュリエットは、堕落したユディトのように、美貌と狡智によっ てベルノールを誘惑し、肛門性交に及んでいる現場をわざと愛人たちに襲 わせる。ベルノールは自分の愛した女の似姿の誘惑に負けてしまう。ブラッ クユーモアと悲痛さが交錯するこの傑作のなかでも、この父親殺しの場面は 白眉のひとつと言ってよいものだ。  「ジュリエット」サンフォンは言った「こんな風に信頼を裏切るなんて、この化 けもののそばで殺してしまってもいいくらいなんだぞ。裏切りものめ、おまえの 命を救う方法はひとつしかない。ほら、おまえの罪にあつらえ向きのピストル だ。弾が三発仕込まれている…この弾でこの悪党をぶち殺すんだ!」 「ま あ!何てことを要求するの、私のお父さんなのよ。」 「アナルセックスも近親 相姦もした女は父親殺しにもなれるだろう。」 「何て判決なの!」 「そうしなく ちゃならない、でなかったら今すぐおまえ自身が死ななくちゃならない。」 「じ ゃあふるえるこの手に武器をわたしてちょうだい。愛するお父さん」 私は叫ん だ 「私がこんな暴力の犠牲になっているんだから、大目にみて死んでくれる

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かしら?…」 「化けものめ」 ベルノールは答えた 「殺すがいい、でもおまえ の悪巧みと罪はお見通しなんだからな…」 「まあ、お父さんたら!」 クレル ヴィルは大笑いして言った 「お人好しでいるのが嫌だっていうんなら、それも いいんじゃない。でも実はあなたが死ぬのは本当にこの娘の企みなのよ。そ れに確かにこの娘がこんな大悪党を殺すのは大して悪いことじゃない。だっ てこの男はこんな娘を生んだんですからね。」  アニー・ルブランが言ったように、サドの思想の本質は「思考なしの肉体は なく、肉体のない思考はない」ということばで表される。この意味においてあく まで形而下的なこの『ジュリエットの話』というポルノ小説は(ジルベール・レリ が「形而上学的」と呼んでサドを救おうとした意図は理解できないでもないが、 「形而上学」は、言語活動も肉体的な活動でしかないことをよく知っていたサ ドが何よりも先に否定するものだ)、ジュリエットが自分で殺した夫の遺産を相 続するためだけにつくっていた幼い娘を性的興奮のなかで意味もなく殺した 後で、ジュリエットの貞淑な妹のジュスチーヌが雷にうたれて終わる。子供を つくる気がないジュリエットはきっと子孫を残さなかったことだろう。あらゆる罪 を許すために、平和ではなく剣をもたらすために、罪深い「文学」の空間のな かにつかわされた、あまりにかわいらしいジュリエットという「皆殺しの天使」の 血は、ここでとだえるはずだった。ここで仕事を完了するはずだった。読者が それぞれジュリエットを変身させて、歌が罠ではなくなる地点を遠くに見るは ずだった。ジュリエットのようになりたい、ジュリエットのように考えたいと思う人 間がいるはずがないとサドは信じていたのだろう。しかし残念ながらこの長大 な小説(しかも『新しきジュスチーヌ』の後半でしかない)を真剣に読み通す ひとはほとんどいない。自分が眼の病気になるほどに熱心な読書家であった サドは、読者が自分の作品を必ずしも全ページ読破するわけではないことに ついてだけは想像力を働かせられなかったのだろう。おそらくサドは、読者 が『アリーヌとヴァルクール』や『愛という罪』などの嫡子の次に、ジュスチーヌ とジュリエットという私生児の物語を読むことを望んだのだろう。『アリーヌとヴ ァルクール』のなかにある鍵を用いなければ、ジュスチーヌとジュリエットの話 を読み解くことはできない。サドは読者に多くを望みすぎた。やはりサド自身 がジュリエットを変身させるべきだったのだろう。サドが自分で変身させなか ったために、ジュリエットはおそらくサドの望まぬ状態でひとり歩きをはじめて しまった。もしサドが『アリーヌとヴァルクール』しか残していなかったら、それ は『マノン・レスコー』、『マリアンヌの生涯』、『新しきエロイーズ』、『いかがわ しい交際』などと並ぶ18世紀フランス小説を代表するものになっていただろう。 でもそうはゆかなかった。よせばいいのに自分が愛した女に似ている私生児

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の性悪女、かわゆいジュリエットを罰しないで愛してしまったサドは、ジュリエ ットの策略にひっかかってジュリエット自身の手で射殺されてしまった。  真剣な読者にしかわからないことだが、ジュリエットはときにその汚らしい破 廉恥な嬉々とした語りの裏に、みずみずしく寂しげな感受性をほんの少しだ けのぞかせる。この悲痛なユーモアをただよわせる孤独な感受性を前にした 読者は、堕落した社会の犠牲者である悪辣なジュリエットをいとおしく思うより ほかない。堕落した社会で生きてゆくために、この女は感受性をおしころし た。しかしもともと豊かな感受性をもっているジュリエットには自分の感受性の 声を完全にふさぎこむことができない。これがこの素晴らしい傑作小説の最 大の魅力だ。(ブランショは、三種類あるジュスチーヌとジュリエットの物語の 三番目のヴァージョンで、初めてジュリエットが悪辣なものにされたことの意 味を理解していたことだろう。最初の二ヴァージョン『美徳に降りかかる不幸 の数々』と『ジュスチーヌ、美徳が呼び寄せる不幸の数々』においては、ジュ リエットについて「若い頃のひどい過ちがまったく感受性を消し去っていなか った」と語られる。決定版の『新しきジュスチーヌ、美徳が呼び寄せる不幸の 数々、およびその姉ジュリエットの話』でもジュリエットの本質は変わらないは ずだ。) ジュリエットは、ベルノールの最大の過ちは「私の父親であること」だ と言う。よってこの父殺しは復讐だ。あなたさえいなければこんなことにはなら なかった。それがジュリエットが語りのはるか彼方で言いたいことなのかもし れない。そう、サドがいなければかわいいジュリエットはこんな恥辱をおしき せられることはなかった。しかしそれはそんなに悲劇的なことではない。ジュ リエットは、そして今やサドも、本のなかにしか存在しない。  ブランショは不幸のきわみを生きるジュスチーヌと幸福なジュリエットがその 人生において同じ目にあっていると言った。すなわち1940年代末のブランシ ョはジュリエットのうちに「私はいつも幸せだった」と自分に言い聞かせつづ けるけなげな女を見たということだろう。たとえジュリエットが「あなたさえいな ければこんなことにはならなかった」とベルノールを見ながら思ったとしても、 この女は決してそれを口にしない。ただ肉体をもってしまった(この小説の 「なか」でジュリエットはまちがいなく肉体をもっている)罪深い語り手として、 嬉々とした語りをつづける。ジュリエットが j'avoue 「恥ずかしいんだけどさ…」 と繰り返すことには注目しなければならない。ここには、確かに逆説的なもの だとしても、深い羞恥心がある。それでもジュリエットのあまりに畸形的な孤独 な羞恥心を理解することはだれにもできない。  たとえ父親であろうとも、ベルノールにもサド自身にも、孤独なジュリエット は理解できない。ジュリエットの実の父親だということを証明する書類をもっ て、ベルノールが初めてやってきたときにジュリエットは言った。

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あなたが私の父親だという証書はお返しするわ。こんなものはいらないの。 なかなかわからないと思うけど、父親がいてもいなくても私にはどうでもいい の。だからすぐに姿を消した方がいいわよ。そんな風にばかみたいに粘りつ づけるんだったら、したくてそうするわけじゃないんだけど、あなたのことを窓か ら放り出さなくちゃならなくなっちゃうもの。  ジュリエットとはだれにも理解できない孤独な作品の寂しげな尊厳の名前 だ。ジュリエットは文学作品の本質的孤独そのものだ。作者と読者に生命も 肉体も奪われようと、自分には肉体が存在すると主張する誇り高き女だ。ひと はセイレーンの歌が聞けないことをさほど悔しく思わない。ラウラやジュリー に関しては、呆れ返って「それならその女を見せてくれ」と言うのがおちだ。し かしジュリエットの語りを前にしたときは、読者もサド自身もジュリエットの肉体 をまのあたりにすることができないことを悔しく思わずにいられない。たとえジ ュリエットに殺されようともこの文学の空間に入ってゆきたいと読者は思う。ジ ュリエットは、まちがいなく危険なものであり、「踏みはずし」を誘う「文学」の 全てだ。自惚れに満ちた嫉妬深い想像力の魔物ジュリエットは、自分の魅力 的な肉体の存在を否定した現実の世界に復讐する。ジュリエット自身がそう したくなくてもそうせざるをえない。それがジュリエットに背負わされた悲しい 宿命だからだ。ジュリエットだけが、想像的なものに復讐されたくないのなら 文学を読んではならないと教える。死の世界に目を向けてはならないと教え る。このあまりにも孤独な女は、あらゆる読者に「どうして私なんかに近づくの、 あなたのことなんて知らないのに」と心のなかで言いたいことだろう。しかしそ うは言わない。それがただ言語活動としてしか存在しなくなってしまったジュ リエットの屈折した優しい羞恥心だ。それにこのかわいい娼婦は、読者がし ばらくの間現実の生命はどこにもない文学の夢の世界で遊んでゆくことくら いは大したことではないことを知っている。その程度のことなら許してあげて もいい。誇り高き娼婦ジュリエットは、ただ遊びに来た、娯楽を与える自分に 敬意を払ってくれるひとには、現実の愛に似たものをさしだしてくれる。しか し文学に恋をしてはならない。遊びでやめておくべきだ。たとえラウラというモ デルが物理的に実在したとしても、ペトラルカのことばはでっちあげにしかす ぎない。文学のことばで愛を語ることはできない。想像と現実をとりちがえて はならない。だいたいこういった手合いの人間は、自分の肉体性をもてあま していかがわしいところに通うのだ。しかも娼婦を軽蔑するのは当然だと理由 もなく思い込んでいる。そこで文学のいかがわしい領域に住まうジュリエット は、文学に恋をしたあらゆる愚かものを誘惑し、その後で首をはねる。そこで

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読者は冷や汗をかきながら目を覚ます。それでもおそらく愚かな読者は、こ れが夢でしかなかったと知って、ふたたびジュリエットのところにおもむくのだ ろう。そのたびにきっとまたジュリエットは迎えてくれる。また夢のなかで首を はねてくれる。文学の危険に身をさらしたい若者には朗報だが、この淫乱な 娼婦は15歳から25歳までの健康な若者とならただで寝てくれる。作者が読 者層を制限しようとしてもむだなことで、生み出されてしまった文学作品は親 の目の届かぬところでだれとでも寝る。文学作品が自分だけに語りかけてい ると思うのは手前勝手な幻想だ。確かにジュリエットの夢のからだにはまりこ んでいる間は、この女は自分のためだけに存在すると勘ちがいできるのかも しれない。しかしそれはただのはかない思いちがいだ。ジュリエットはだれの ために存在しているわけでもない。自己充足したオナニストのジュリエットは、 ただ存在しているだけだ。それでもだれに愛されることも拒絶する孤独なジ ュリエットが心の底で読者に言いたいことは「もういい加減に夢から目を覚ま しなさい」ということだということを決して忘れてはならない。なぜなら此岸の 生の喜びを奪う神を憎悪する無神論者ジュリエットは、人間が想像と現実を とりちがえたことから神が生まれたことをよく知っているからだ。ジュリエットは だれのものでも、だれの女神でもあろうとしない。  文学の別名であるジュリエットの趣味は毒殺だ。この女は読者に失望という 毒を盛る。それなのにユーモアに満ちたジュリエットの毒は苦そうでいて苦く ない。なぜならこの毒も想像的なものでしかないからだ。だれもすぐには死な ない。だれも文学を読むことをすぐにはやめない。底意地の悪いジュリエット は「もうここに来ちゃいけないのに」と思いながらも「また遊びに来てね」と言う。 そのたびにジュリエットはまた苦そうでいて苦くない緩慢な毒を盛り、最後に 男は文学のなかで果てるだろう。想像的な世界から出て来られなくなってし まうだろう。夢のなかで首をはねられていたつもりが、いつか現実に文学と討 ち死にしてしまう。サドやブランショはその犠牲者だったのかもしれない。あま り文学と深く肉体的につきあってはならない。たとえ文学を読んではならなか ったと気づくためには繰り返し文学を読むことが必要だとしても、ジュリエット に恋をしてしまってはならない。どんなことをしても、現実の世界に住む読者 にとっては、残念なことながら、想像の世界のなかでしか現実ではないジュリ エットの魅力的な肉体は存在しないのだ。  「あら!」このかわいい女は言った「私のことを自由にしてくれてかまわない のよ。私は自分の作品を二倍楽しみたいし、女にとってはいつでも自尊心 が大切なんだから、あなたを興奮させる理由がいくらかは私の描写のせい

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だとしても、それよりもずっと私のからだのせいだと想像させてもらっていいわ よね。」

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文献表

1 ブランショの著作 Thomas l'obscur, roman, Gallimard, 1941 ; version rééditée en 2005. Aminadab, roman, Gallimard, 1942. 『アミナダブ』、清水徹訳、集英社版世界の文学12『ブランショ/グラック』 所収、1978年。 Faux pas, Gallimard, 1943. 『踏み外し』、神戸仁彦訳、村松書館、 1978年。粟津則雄訳、筑摩書房、 1987年。本文中では『あやまち』 L'Arrêt de mort, Gallimard, 1948, collection L'imaginaire. 『死の宣告』、三輪秀彦訳、河出書房新社、1978年。 Le Très-Haut, Gallimard, 1948, Collection L'imaginaire. 『至高者』、篠沢秀夫訳、現代思潮社、1973年。本文中では『神』 Lautréamont et Sade, Minuit, 1949, Collection Débats. 『ロートレアモンとサド』、小浜俊郎訳、国文社、1973年。 La Part du feu, Gallimard, 1949. 『焔の文学』、重信常喜訳、紀伊國屋書店、1958年、『虚構の言語』、重信 常喜・橋口守人訳、紀伊國屋書店、1969年。本文中では『捨て石』。 Thomas l'obscur, nouvelle version, Gallimard, 1950. 『謎の男トマ』、菅野昭正訳、筑摩世界文学大系82『ベケット/ブランショ』 所収、筑摩書房、1982年。本文中では『無名のトマ』。 Au Moment voulu, récit, Gallimard, 1951. 『望ましいときに』。 Le Ressassement éternel, Minuit, 1952. 『永遠の繰り言』。邦訳は『死の宣告』所収。 Celui qui ne m'accompagnait pas, récit, Gallimard, 1953. 『私といっしょにいなかったひと』。 L'Espace littéraire, Gallimard, 1955, collection Folio essais. 『文学空間』、粟津則雄・出口裕弘訳、現代思潮社、1962年。 Le Dernier Homme, nouvelle version, Gallimard, 1957. 『最後のひと』。『最後の人/期待 忘却』所収、豊崎光一訳、白水社 、 1979年。 Le Livre à venir, Gallimard, 1959, collection Folio essais.

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『来るべき書物』、粟津則雄訳、現代思潮社、1968年。粟津則雄訳、筑摩 書房、1989年。 L'Attente l'oubli, Gallimard, 1962. 『期待忘却』。邦訳は『最後の人/期待 忘却』所収。 L'Entretien infini, Gallimard, 1969. 『終わらない対話』。 L'Amitié, Gallimard, 1971. 『友情』。 Le Pas au-delà, Gallimard, 1973. 『さらにもう一歩』。 La Folie du jour, Fata Morgana, 1973. 『白日の狂気』、田中淳一、若森栄樹訳、朝日出版社、1985年。本文中で は『本日の与太話』。 L'Écriture du désastre, Gallimard, 1980. 『災厄の言葉』。 De Kafka à Kafka, Gallimard, 1981, collection Folio essais. 『増補カフカ論』、粟津則雄訳、筑摩書房、1977年。 La Bête de Lascaux, Fata Morgana, 1982. 「ラスコーの野獣」、篠沢秀夫訳、『現代フランス詩論』所収、思潮社、1977 年。 Après coup, précédé par Le Ressassement éternel, Minuit, 1983. 『事後的に』。 La Communauté inavouable, Minuit, 1983. 『明かしえぬ共同体』、西谷修訳、朝日出版社、1984年。本文中では『口 に出せない共同体』。 Le Dernier à parler, Fata Morgana, 1984. 「最後に語る人」、飯吉光夫訳、現代詩手帖ブランショ特集号所収、1978 年。 Michel Foucault tel que je l'imagine, Fata Morgana, 1986. 『ミシェル・フーコー 想いに映るまま』、豊崎光一訳、筑摩書房、1986年。 Une Voix venue d'ailleurs, sur les poèmes de Louis René des Forêts, Ulysse Fin de siècle, 1992. L'Instant de ma mort, Fata Morgana, 1994. Pour l'amitié, Fourbis, 1996. Les Intellectuels en question, Fourbis, 1996. 「問われる知識人」(西谷修訳)ユリイカブランショ特集号所収。

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2 ブランショに関する研究書、論文 Bident, Christophe, Maurice Blanchot, Partenaire invisible, essai bibliographique, Champ Vallon, 1998. Collin, Françoise, Maurice Blanchot et la Question de l'écriture, Gallimard, 1971 et 1986, collection Tel. Derrida, Jacques, Parages, Galilée, 1986. 本文中では『あたり』。 Derrida, Jacques, Demeure, Maurice Blanchot, Galilée, 1998. 『すみか』 Fitch, Brian T., Lire les Récits de Maurice Blanchot, Rodopi, 1992. Foucault, Michel, La Pensée du dehors, Fata Morgana, 1986. 『外の思考』所収、豊崎光一訳、朝日出版社、1978年。 Himy, Laure, Maurice Blanchot, La Solitude habitée, Bertrand-Lacoste, 1997, collection Références. Jabès, Edmond, «L'inconditionnel I-II», in Le Livre des marges, 1975 et 1984, collection Le Livre de poche bibio essais. Klossowski, Pierre, «Sur Maurice Blanchot», in Un Si Funeste Désir, Gallimard, 1963, pp.159-183. 『かくも不吉な欲望』所収、小島俊明訳、現代思潮社、1985年。 Kofman, Sarah, Paroles suffoquées, Galilée, 1987. Laporte, Roger et Noël, Bernard, Deux Lectures de Maurice Blanchot, Fata Morgana, 1973. ラポルト「パッション」、小林康夫訳、現代詩手帖ブランショ特集号所収 1978年。 Laporte, Roger, Maurice Blanchot l'ancien, l'effroyablement ancien, Fata Morgana, 1987. Laporte, Roger, A l’ Extrême Pointe, Bataille et Blanchot, Fata Morgana, 1994. Levinas, Emmanuel, Sur Maurice Blanchot, Fata Morgana, 1975. 『モーリス・ブランショ』、内田樹訳、国文社、1992年。 Libertson, Joseph, Proximity, Levinas, Blanchot, Bataille and Communication, Martinus Nijhoff, 1982. Londyn, Evelyne, Maurice Blanchot Romancier, Nizet, 1976. Madaule, Pierre, Une Tâche sérieuse?, Gallimard, 1973. Mehlman, Jeffrey, Legs de l'antisémitisme en France, Denoël, 1983.

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『巨匠たちの聖痕』、内田樹、合田正人、高尾謙史、安田俊介訳、国文社、 1987年。 Meschonnic, Henri, «Maurice Blanchot ou l'écriture hors langage», in Poésie sans réponse, Gallimard, 1978, pp.78-134. Mesnard, Philippe, Maurice Blanchot et le Sujet de l'engagement, L'Harmattan, 1996. Michel, Chantal, Maurice Blanchot et le Déplacement d'Orphée, Nizet, 1997. Miraux, Jean-Philippe, Maurice Blanchot, Quiétude et inquiétude de la littérature, Nathan, 1998, collection 128. Préli, Georges, La Force du dehors, Recherches, 1977. Sartre, Jean-Paul, «Aminadab, ou du fantastique considéré comme un langage», in Critiques littéraires (Situation, I), Gallimard, 1947, Collection Folio essais. Shulte Nordholt, Anne-Lise, Maurice Blanchot, L'Écriture comme expérience du dehors, Droz, 1995. Taylor, Mark C., Altarity, The University of Chicago Press, 1987. Wilhelm, Daniel, La Voix narrative, U.G.S. 10/18, 1974. Critique, 229, 1966. Gramma, 3-4, Lire Blanchot I, 1976; Gramma, 5, Lire Blanchot II, 1976. L'Œil de bœuf, Maurice Blanchot, 14/15, mai 1998. 現代詩手帖1978年10月増刊号 モーリス・ブランショ特集。 ユリイカ1985年4月号 特集モーリス・ブランショ。

3 その他の参考文献 Andersen, Hans Christian, Contes, édition de Régis Boyer, Gallimard, 1994, collection Folio classique. Antelme, Robert, L'Espèce humaine, Gallimard, 1957, collection Tel. Aragon, Louis, Aurélien, 1944, Gallimard, collection Folio. Arendt, Hannah, Eichmann à Jérusalem, Rapport sur la banalité du mal, Gallimard, 1963-1997, collection Folio histoire. Aristote, Poétique, Les Belles Lettres, 1997. Breton, André, 4adja, Gallimard, 1928 et 1963, collection Folio. Butor, Michel, L’Emploi du temps, Minuit, 1957.

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Dante, Vita 4ova, Gallimard, 1974, collection Poésie. Derrida, Jacques, L'Écriture et la différence, Seuil, 1967. 『エクリチュールと差異 上・下』、若桑毅、野村英夫、阪上脩、川久保照 興,梶谷 温子、三好郁朗訳、法政大学出版局、1977年、1983年。 Derrida, Jacques, Mémoires, Pour Paul de Man, Galilée, 1988. Duras, Marguerite, La Maladie de la mort, Minuit, 1982. 『死の病・アガタ』所収、小林康夫・吉田加南子訳、朝日出版社、1984年。 Farge, Arlette et Foucault, Michel, Le Désordre des familles, Gallimard, 1982, collection Archives. Foucault, Michel, Les Mots et les choses, Une archéologie des sciences humaines, Gallimard, 1966, collection Tel. Girard, René, Mensonge romantique et vérité romanesque, Grasset, 1961, Collection Pluriel. Goethe, Faust I et II, Flammarion, 1984, collection GF Flammarion. Goulemot, Jean Marie, Ces Livres qu'on ne lit que d'une main, Alinéa, 1991. Grimm, Contes, édition de Marthe Robert, Gallimard, 1976, collection Folio classique. Jabès, Edmond, Le Livre des questions I-II, Gallimard, 1963-1973, collection L'imaginaire. Jabès, Edmond, Le Livre des ressemblances, Gallimard, 1991, collection L'imaginaire. Jabès, Edmond, Le Livre des marges, Fata morgana, 1975 et 1984, collection Le Livre de poche biblio essais. Kierkegaard, Søren, Ou bien... ou bien..., 1843. 『あれかこれか』 Kierkegaard, Søren, Crainte et tremblement, 1843, Payot et Rivages, 2000, collection Rivage poche. 『おそれとおののき』 Kierkegaard, Søren, La Reprise, 1844. 『反復』 Kofman, Sarah, L'Énigme de la femme, Galilée, 1980, collection livres de poche Biblio essais. Lacoue-Labarthe, Philippe et Nancy, Jean-Luc, L'Absolu littéraire, Théorie de la littérature du romantisme allemand, Seuil, 1978. Leiris, Michel, L'Âge d'homme, Gallimard, 1939, collection Folio. 『成熟の年齢』、松崎芳隆訳、現代思潮社、1969年。『ものごころがつくこ ろ』 Lejeune, Philippe, Le Pacte autobiographique, Seuil, 1975, collection

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Poétique. Lever, Maurice, Donatien Alphonse François, marquis de Sade, Fayard, 1991. Levinas, Emmanuel, Difficile liberté, Albin Michel, 1963 et 1976, collection Le Livre de poche biblio essais. 『困難な自由』、国文社、1985年。 Loubet del Bayle, Jean-Louis, Les non-conformistes des années 30, Seuil, 1969. Lucrèce, De la nature, Flammarion, 1997, collection GF Flammarion. Nancy, Jean-Luc, La Communauté désœuvrée, nouvelle édition revue et augmentée, Christian Bourgois, 1986 et 1990. 『無為の共同体』、西谷修訳(タイトル論文のみ)、朝日出版社、1985年。 Nietzsche, Friedrich, Ainsi parlait Zarathoustra, Gallimard, 1971, collection Folio. Ovide, Les Métamorphoses, Gallimard, 1992, collection Folio. Pétrarque, Canzoniere, Gallimard, 1983, collection Poésie. Quignard, Pascal, Le Sexe et l'effroi, Gallimard, 1994, collection Folio. Rilke, Rainer Maria, Élégies de Duino, Sonnets à Orphée, Gallimard, 1994, collection Poésie. Rousseau, Jean-Jacques, La 4ouvelle Héloïse I-II Edition d'Henri Coulet, Gallimard, 1993, collection Folio classique. Sade, D.A.F., Œuvres I-III, Edition de Michel Delon, Bibliothèque de la Pléiade, 1990-1998. Sade, D.A.F., Les Infortunes de la vertu, Gallimard, 1970, collection Folio classique. Sade, D.A.F, Histoire secrète d'Isabelle de Bavière, reine de France, Gallimard, 1953, collection L'imaginaire. Sade, D.A.F., Lettres à sa femme, Actes Sud, 1997, collection Babel. Villiers de l'Isle-Adam, Auguste, L'Ève future, Edition d'Alan Raitt, Gallimard, 1993, collection Folio classique. Virgile, Géorgiques, Gallimard, 1987, collection Poésie.

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来るべき記憶の発明

目次

はしがき 序章 後ずさり - 決着のときに向かって 第一章 歌を打ち負かすもの オデュッセウスの特権 歌の罠 振り返るオルフェウス 第二章 永遠の観念から外国人の方へ 書き直されたレシ 女に名前をつけること 永遠の観念 - 死を刻印するもの 死が非生産的になるとき 第三共和制の死 - 言葉をもたない外国人 第三章 犯された処女、その現行犯の記録 レシの語りの欲望の対象 ジュディットの曖昧な存在 複数の過去の可能性 - レシの構造 過去という名の処女地、凌辱としてのレシ 第四章 曖昧な記憶、二重の語り ジュディットとクローディアの間の距離 クローディアと生きられた時間 分裂する「私」 「外」はどっちにあるか 失望の文学 寂しげな尊厳 - 望ましいとき

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第五章 美しいだけの歌 排他的な語りの拒絶 - 反ロマン主義の方法 外国人の声 ガラスの現象 言葉をもつものの義務 溺死者へのレクイエム まとめ 永遠に女性的なものから絶対的に異郷のものの方へ 疑わしい言葉 愚かものの物語 とても口では言えないこと 最終章 孤独な私生児と共に 死に向かう文学 - アウシュヴィッツはどこにあったのか 幸福な「私」には不可能な共同性 - 理解できないマゾヒズム の方へ 孤独な作品の罪と罰 父親との対決 - 純潔の拒絶 Post Scriptum 文献表

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来るべき記憶の生産  

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