Issuu on Google+


目次 トビラ 2005年 夢149夜 2006年 夢183夜 2007年 夢214夜 2008年 夢178夜 2009年 夢146夜 2010年 夢131夜 夢ワード検索

あとがき Copyright


夢ワード検索 駅(電車)84夜 エレベーター(14夜) バス(52夜) 船(20夜) 旅(55夜) 海(13夜) 津波(9夜) 飛行(24夜) 宇宙(11夜) 戦争(11夜) 映画(43夜) テレビ(27夜) 撮影(25夜) 詩人(54夜) ピアノ(36夜)


装幀・装画 長島弘幸/デザインファクトリー ミレニアム


2005年 夢149夜 2005年4月 2005年5月 2005年6月 2005年7月 2005年8月 2005年9月 2005年10月 2005年11月 2005年12月 2005年12月カット


2005年4月24日

4月24日の夢(ピアノ椅子)  以前会社のあった場所に向かって、妻と一緒に歩いている。表参道から 左へ折れると、前を二人の男性がしゃべりながら歩いている。邪魔になっ て、歩きにくい。右側は神宮前小学校だ。その正門前の路上に、ピアノ椅 子が一個置いてあって、歩道をふさいでいる。じゃまだから、どけた方が いいと思いながら、二人とも無言で椅子を避けて、さらに進んでいく。

2005年4月25日

4月25日の夢(ハモニカバンド)  帰宅して家の中に入ろうとすると、庭にティーンエイジャーの男の子が いた。ぼくを迎えに出てきた妻と男の子は鉢合わせし、妻を驚かせてしま う。気がつくと、男の子はいつのまにか家の中に入っていて、荷物を解き だした。うちに居着いてしまうつもりらしい。  その男の子が我が家からいなくなった。あるときぼくが街を歩いている と、外国から来た数人の男性ハモニカバンドが街頭で演奏している。その バンドには一人の少女ボーカリストがいて、歌をうたっている。近寄って みると、その女の子はうちからいなくなったあの「男の子」ではないか!  ぼくの顔を見ると、彼らは都はるみの「好きになった人」を演奏し始め る。「さようなーら、さよなーら、・・・」 少女はぼくに別れを告げよ うとしているのだろうか。初めはにこにこして歌に聴き入っていたぼくだ が、その曲を聴いて大泣きしてしまう。

2005年4月28日

4月28日の夢(空飛ぶお釜)  屋根裏部屋のある家の側面を見ている。その屋根裏部屋の窓が外に開く


と、少女が顔を出し、ご飯を炊くお釜のようなものを手に持って、振って みせる。「これを投げると、空飛ぶ円盤みたいに飛ぶわ。二人でこれを飛 ばす会を作りましょうよ。それはきっと意味があるわ」と、彼女はぼくに 言う。そういえば以前ぼくも洗面器のようなものを空に飛ばすのに、夢中 になったことがあったなと思う。「ぜひ、やろう! でも、意味があるか らいいというものじゃないんだ。こういう時代だからこそ、意味のないこ とをするのが楽しいし、素晴らしいことなんだよ!」と、ぼくは少女に答 える。

2005年4月30日

4月30日の夢(かゆみ止めは要らない?)  どこかのターミナル駅。新宿駅南口がうんと田舎の駅になった感じ。こ れからぼくは千葉の方へ出張するので、東武電車に乗り換えようと思って PASMO(東京地区の私鉄用)カードを探す。胸のポケットにいつも一揃い 入れているさまざまなカードの中からPASMOを探しだし、右手に持って改 札口に進むが、気がつくといつのまにか手からカードが消えている。どう したのだろう?と、慌てて胸ポケットをもう一度探すが、見つからない。 次に鞄をおろして、道路に置き、座ってごそごそ探す。すると、ぼくの後 ろにすっと一人の若い女性が立ち止まった。振り返ると、彼女は「あの、 これ、かゆみ止めがありますが」と言って、ぼくに塗り薬を差し出す。驚 いて「要りません!」と答えると、彼女は黙って立ち去る。ぼくは自分が もう一つ鞄を持っていたことに気づき、そちらの鞄もごそごそ探すが、や はりPASMOは見つからない。考えてみると、鞄を二つも持って出張に行く のはいやだ。「こんな鞄要らないや!」と言って、一つの鞄を路肩に放置 されているソファーの上に捨てて出かけようとするが、本当に大切な書類 が入っていたのはそちらの鞄の方だったと思い出す。


2005年05月01日

5月1日の夢(水陸両用車)  新しいマンションに引っ越したらしい。帰宅したぼくはエレベーター で、自分と同年輩の会社重役風(要するにぼくと正反対)の男と乗り合わ せる。彼は同じ階で降り、ぼくの自宅の隣室に入っていった。隣家の主人 だったのだ。ぼくの家のドアを開けたいが、隣家の大きく開いたドアが じゃまだ(我が家と隣家は左右対称の造りになっているらしく、我が家と 隣家の玄関は壁一枚を隔てて隣り合わせになっていた)。彼が完全に家の 中に入るのを待って、我が家のドアを開けると、ぼくの家は玄関先までい ろんな荷物がいっぱいに詰まっていて、中に一歩も入れない。一体、どう やってこれを整理すればいいのだろう?  妻と新宿へでも遊びに行こうと、列車に乗る。ぼくらの新居は成田にあ るらしく、列車は成田エクスプレスだ。気がつくと、窓外に海が広がって いる。どうやら新宿行きではなかったらしい。列車はあっという間に岸壁 から海の中へ入り、水面をぷかぷかと浮かんで、揺れながら進んでいく。 ぼくは「間違って横浜へ来ちゃったみたいだねえ」と妻に言う。妻は「新 宿へ行くはずじゃなかったの?」と怪訝そうだ。  友人から別の草野球チームと試合をしようと誘われる。野球なんていや だなと思う。ふと見ると、テーブルに相手チームの使うボールが載ってい る。ボールは空気が抜けて、ぐにゃぐにゃだ。それを見たとたん、友人は 「こんなボールを使うやつらと、野球をするなんていやだ」と、別の友人 に言う。だが、ぼくはそのボールを見て、逆に「こういうボールを使うや つらと試合をしてみたい」と急に思い始める。

2005年05月03日

5月3日の夢(矢で狙われる)


公園を歩いていると、公園の向こうの端から反対の端に向かって、高く 弧を描いて矢を打ち上げた者がいる。矢は先端がとがっておらず、長い棒 のような感じ。公園を歩いていた少女のそばに落下した。とても危険な行 為だが、男は矢の発射をやめようとしない。あの少女を狙っているのかと 思ったが、そうではなかった。実はぼくを狙っているのだと気がつき、公 園の出口に灰色の布団を敷いてバリケードをつくって、立てこもる。しか し、すぐに布団はめくられ、至近距離から矢がぼくを狙う。絶体絶命だ。

2005年05月07日

4日分の夢 (5月4日、奈良で見た夢)  回廊のような場所で、緑色の服を着たおばさんに、殴る蹴るの暴力をふ るう少女がいる。少女はなぜか緑色の服を着た人にいつも暴力をふるうの だ。ぼくが緑色の服を着てその場所に行くと、やはりその少女が現れて、 「やっつけてやるぞ」とぼくを脅す。ぼくはおばさんと一緒に少女をつか まえ、「名前は何というのか」と尋ねる。少女は「水田・・・」と言う。 「下の名前は?」と、さらに訊くが少女は無言。ぼくはさらに「今日は ちゃんと証人がいるからね。きみがぼくに暴力をふるったことを、おばさ んが証言してくれれば、きみはつかまってしまうんだからね」と言うが、 少女は「おまえなんか、やっつけてやる」としか言わない。 (5月5日 奈良で見た夢)  仲間たちと車を運転してきて、降りようとすると、道路で警官が黒い犬 と格闘している。ぼくは本当は車から降りたくないので、みんなに「今降 りると、あの犬にかみつかれそうだから」と言って、ぐずぐずしている。 しかし、警官はなかなか犬を始末できずに、手こずっている。 (5月6日、東京に戻ってからの夢)  東北地方の常連の多い喫茶店。客の中に、列車の中でジャムセッション をしながらやってきたというミュージシャンの男がいる。もう一人遠くか


らやってきた少女は日記をつけているが、その日記を男に読まれてしま う。男は少女が無意識に身につけている仕草から、それが尾鰭を振るしぐ さだと見破る。実は男も少女も人魚だったのだ。ぼくもこの店の常連なの だが、残念ながら人間なのだ。 (5月7日の夢)  女性二人と一緒に取材旅行に出かける。途中、休憩に入ったお店の中 で、二人は恋人の膝に乗って甘えている。ぼくは彼女たちの行動に不安を 覚え、「こんなふうで取材ができるの?」と言う。  そこへ津波が襲ってきた。走って高台に避難する。眼下の街が壊滅して いく。「助かった」と思うが、再び津波が襲来する。スマトラ島沖地震の 津波の映像そっくりに、高台の崖にぶつかって上がる水しぶきが向こうか ら近づいてくる。二波までは大丈夫だったが、第三波は異常に高い。悲鳴 が上がる。ぼくはさらに高台へと必死で石段を駆け上がる。悲鳴はぼくが 駆け上がるすぐ足下まで迫ってくる。なんとかぼくは逃げおおせたよう だ。自分の無事が信じられない。先導していた女性のうちの一人は無事で あることが分かる。だが、ほかのメンバーは殆ど津波にさらわれてしまっ たようだ。ぼくは悲嘆にくれて、大泣きする。

2005年05月08日

5月8日の夢(便器付きデスク)  仙台駅の新幹線ホームに座っている。次々と目の前に列車が到着する が、ぼくの乗る列車はずっと夜遅くの発車なので、見送り続ける。そのう ちの一つの列車から、見上げるような大男が降りてきた。作曲家の小⃝亜 ⃝氏だ。ホームに降りたとたん、ぼくの目の前で何かに頭をぶつけて、 「いてーっ!」と叫ぶ。思わず目が合って、会釈すると、向こうもぼくに 会釈を返して立ち去る。  ビルの中で便意を催す。ドアを開けて、よその会社のオフィスに入る。 大学の階段教室のように、床は前方に向かってなだらかなスロープになっ


ており、そこに点々とデスクが置かれている。社員が在席するデスクもあ れば、無人のデスクもある。これらのデスクはそのまま便器にもなってい るので、空席のどれかに腰掛けて用を足そうと思って入ったのだが、さす がにスロープの上からみんなに覗かれるのは恥ずかしい。あきらめて回れ 右をし、ドアから外に出る。

2005年05月13日

5月13日の夢(松井選手の三種の神器)  何かのイベントが行われる会場を電気掃除機で掃除している。誰かが やってきたので、ぼくは掃除機を放り出してその人についていってしま う。  戻ってきたぼくは、掃除機だけでなく、大事なものを放りっぱなしにし ておいたのに気がつき、しまったと思う。そこには、大リーグの松井選手 の残していったトンカチとノコギリ、それにもう一つ(何だか忘れた) の“三種の神器”も置いたままだったからだ。見つかったら、パクられる!  ぼくは慌ててその三つがくっついているのを、一つ一つ切り離し、天井 近くにある神棚のような場所に収納しようとする。しかし、そこには既に たくさんのものが置いてあるため、無理に押し込んだら落っこちてきてし まった。もう一度押し込もうとすると、今度は別のものが落ちてきてしま う。でも、最後にはなんとか無事に収めることができた。

2005年05月14日

5月14日の夢(かわいい子猫ちゃん)  猫とデートすることになった。喫茶店で仲間と待っているが、なかなか 現れない。外に見に行ってみると、路上で三匹の猫が遊んでいる。そのう ちの一匹の子猫の名を呼ぶと、一目散にぼくの方に駈けてきた。子猫を胸 に抱いて、店に戻る。  ほかのカップルたちと合同デートで楽しくおしゃべりをし、車で駅まで


送っていくことになる。子猫は車を追って、道路を走る。途中、怖い犬が いる。犬を子猫から遠ざけようと、缶詰から餌を出し、犬の前に山のよう に盛る。犬が餌に気をとられている間に、子猫にも餌を少しだけ与える。 子猫は犬をからかい、「こうしておしっこするんだよ」と言って、食べな がらおしっこをして見せる。  子猫と別れた後、ぼくは別の飲み会に出席し、そこで日記をつける。日 記帳にはアリスのイラストが描かれていて、その余白に日記を書き込むよ うになっている。そこにぼくは子猫との交際を書き記す。その様子を見て いた一人の男が、ぼくに「最近、⃝⃝という男が近くに越してきた。きみ の子猫はやつだろう?」と言う。それを聞いて、「えっ、そうだったの か。知らなかったあ!」と驚く人もいて、座は大きな笑いに包まれる。あ はは・・・。見破られたか。そう、子猫は猫でないときは男の子をしてる んだ。

2005年05月16日

5月16日の夢(引き継ぎ)  二人の前任者から仕事を引き継ぐことになった。前任者は初老の男性 と、若い女性だ。二人とも仕事に付加価値をつけて、他のライバルたちか ら差をつけている。男性はおまけとして、男の子が喜ぶようなミニチュア の建築用鉄骨の模型をつけている。また、女性は文章に独自の工夫を凝ら している。ぼくは二人の仕事の長所を踏襲しようと思う。だが、言葉での 引き継ぎはしないまま、交替の時間が来てしまい、見よう見まねで二人の やり方を引き継げば多分大丈夫だろうと考える。  仕事を終えて、駅に行く。駅の構内には中二階のようなところに一軒だ け、レストランがある。そこに勤め帰りの人たちが一斉に詰めかけ、たち まち長蛇の列ができた。ぼくは幸い、比較的前の方に並ぶことができた。 店内を覗くと、本当に超満員だが、それでも少しずつ列は進んでいるし、 レジで支払いをすませて帰っていく人もいるので、このままここに並んで 食べていこうと思う。


2005年05月21日

5月21日の夢(泣く夢)  パフォーマンスの出番を待っている。ぼくは唐突に、共演する女性に向 かい、「ぼくの人生は間違いと、後悔ばっかり」と言う。そのとたん、夢 の中のぼくではなく、夢を見ているぼくが涙を流し始める。

2005年05月22日

5月22日の夢(沈没する部屋と犬)  目が覚めると、隣に犬が寝ていた。その犬が口からもどしたのではない かと思われる吐瀉物が、部屋中にばらまかれている。といって、それはど ろどろの汚物という感じではなく、黒いインクの染みがまだらについたよ うな汚れ方だ。ぼくが着ている白いTシャツも、まるで印刷したての活字 の上に置いてあったみたいに、前後左右に規則正しく行列した黒い汚れの 点々で一面におおわれている。  ぼくは慌ててそのTシャツを脱ぎ、上半身裸になる。そのとき部屋の半 分は、まるで傾いて沈没しかかった船内のように水につかっていて、犬は その水におぼれかかる。ぼくは自分も水に落ちてしまわないよう、気をつ けながら犬をなんとか救い出す。隣の部屋からは、妻の規則正しい寝息が 聞こえてくる。ぼくはその犬が、ぼくの小さな息子であるような気がして いる。

2005年05月28日

5月28日の夢(中国で虜囚に)  ぼくは中国の収容所で、カメラマンのU氏と共に、中国兵の監視下に置 かれている。朝、起床時間が来ても、ぼくはなかなか起きられず、ぐずぐ ずしている。U氏はとっくに着替えをして、共同食堂に行ってしまった。


中国兵がぼくを起こしに来て、宣言する。「これから咳をすると、あなた 方の責任になりますから、気をつけなさい」。咳の音が銃の発射音にも聞 こえるので、咳をすると即射殺されるおそれがあるぞという脅しらしい。 これは心しなくてはいけない。  着替えをしに、部屋のすみの服置き場にいく。そこに同房者の服がひと まとめに全部乱雑に積み重ねられている。その中から自分のズボンを探す が見つからない。U氏が間違えて、穿いていってしまったのだと思う。ぼ くは半裸のまま、そのことを監視兵に訴えようとするが、ふと気づくと、 自分は既にズボンを穿いていた。間違えた。ないのはズボンでなく、上着 の方だった。

2005年05月29日

5月29日の夢(マンモス型戦闘機械)  ⃝⃝都知事と面談している。ぼくが「雨が好きなんです」と言うと、彼 は驚いて「申請書は何時に出した?」と聞く。ぼくは改めてオフィスの窓 のところに置いたカラー印刷の申請書を見に行ってから、席に戻る。「朝 早く出したんですが・・・」 しかし、都知事はぼくの申請を一向に認可 しようとしない。  ビルを反体制の活動家たちが占拠している。国際的な組織らしく、アメ リカ人の男女が多い。彼らは二階の窓のベランダでギターをかき鳴らしな がら歌をうたって、自らの主張をアピールしている。と、ビル街から不気 味な長い二本の牙を持つ、巨大なマンモスのような戦闘機械が無数に現 れ、ビルに向かって一列横隊に整列する。活動家たちは一斉に窓から逃げ 散る。恐ろしいことが起こりそうな気配だが、ぼくはまだ逃げ出さずに歩 道からその様子を眺めている。しかし、ついに恐怖に耐えきれず、走って 逃げ出したとたん、大きな悲鳴がわき起こった。戦闘機械たちが一斉攻撃 を始めたのだ。だが、ビルの壁を突き破って内部へ放たれたのは、殺人光 線ではなく、単なる高圧放水だった。


映画の撮影をするため、夜、正方形の屋外ステージのような場所に登 る。そこは道路から一段高くなった庭園のような場所だ。下に社長がやっ てきて、「見えないので、背の高い椅子を取って」と、ぼくに声をかけ る。そこで、ぼくはステージにある沢山の椅子の中から、背の高いものだ けを選んで、いくつか下におろす。だが、思ったほど数がなく、残ってい るのは背が低かったり、子供用の小さな椅子ばかりだ。「困ったな」と 思って、下を見下ろすと、社長は椅子に座って、もう別のことをしてい る。  はっと目が覚めると、タクシーの中だ。ぼくは座席で眠ってしまって、 体が斜めになってしまっている。慌てて体を起こすと、若い運転手は目的 地についてもぼくが起きないので、困ってそのへんをぐるぐる回っていた らしい。車を止めて、ポケットからコインを出して、支払いをする。ての ひらから溢れんばかりのコイン。その中から500円玉を二つと、その他のい くつかを運転手に手渡す。  そこはユースホステルで、中に入ると、まだ早い時間なので、がらんと した館内は受付のカウンターのところに、数人の外国人の女性がいるだけ だ。受付の男性の顔を見ると、それはうちの社長だ。彼はぼくに申込書を 渡し、そこに必要事項を書き込むように言う。申込書には「フォーク 要  不要」という欄がある。ユースホステルなので、箸やフォークなどはで きるだけ持参するのがいいらしい。ぼくは「要」の方に丸をつける。宿泊 者には一人に一個ずつ10センチ四方ぐらいの立方体の箱が渡される。中を 覗くと、食器や裁縫道具など、ユースホステルで生活するのに必要なもの が一式入っている。ぼくは申込用紙を箱の中に入れて、受付の社長に「泊 まるのはぼくではなくて、女性です」と言う。社長は「じゃあ、調べなく てはいけないので、預かっておきます」と言って、ぼくから箱を取り返し て、カウンターの中にしまい込む。

2005年05月30日

5月30日の夢(手のひらパソコン)


ぼくの職場(現実の職場ではない)に何人かの見学者がやってきた。ぼ くには部下がいて、それは大学時代の詩のサークルで後輩だったTくん だ。ぼくは手のひらサイズの電卓のようなパソコンで文章を書いている。 ふと見ると、見学者の女性がうるさくNくんに話しかけるので、彼は迷惑 そうだ。ぼくはNくんに同情し、「疲れちゃうから、早く帰ったら」と退 社を促す。彼は一瞬その言葉に驚いたようだが、「あっ? はあー」と言 葉にならない言葉を残して、退社する。さて、ぼくの手のひらサイズのパ ソコンの画面には3字×3行だけ文字が表示できる。最初、画面は9字の平仮 名でいっぱいになっているが、ぼくが「漢字変換」のキーを押したので、 平仮名が漢字になった分、1行目と3行目の頭に1字ずつ空白ができる。


2005年06月02日

6月2日の夢(地震)  地震の揺れで目が覚めた。大きくはないが長く揺れる。危ないから起き ようと思うが、金縛りにあったようで、体が動かせない。やっと目が覚め ると、部屋の中に二人の女性がいる。一人は若く、一人は年寄りだ。年寄 りの女性は真っ白に顔をメークしているが、横から見ると、素肌とメーク の部分の境目がお面をかぶっているように、くっきりしている。彼女はぼ くの勤め先の出版社であるS社に「電話相談の者ですが」と言って、電話 をする。S社には「電話相談係」というのができたらしい。以前から何度 か彼女は電話相談をしているらしく、今回もその話の続きを始めるが、そ れは形だけで、本当は今の地震のニュースを聞きたいらしい。そこで、電 話相談の担当者が受話器をテレビに近づけたらしく、テレビの音声が彼女 の受話器から流れてくるが、ニュースはやっていず、吉本か何かのお笑い 芸人の場違いな声が聞こえてくるだけだ。  いつのまにか二人の女性は、夫婦者に変わっている。ぼくが講師をして いる詩の研究会のメンバーとして出会い、結婚したN夫妻にそっくりだ。 そして、場所もどこかの医院の待合室に変わっている。  さらに場所は、安アパートの一室になり、二人は売れない若い男性漫画 家コンビに変わっている。一人が相棒に「おまえ、最近うまくなったよ な」と言う。コピーを取りに外出しようとする相棒に、さらに彼は声を掛 ける。「だけど、ここのパースが狂っているぞ。本当はこういうふうにな るんだ」と、自分で手本を描いて見せる。

2005年06月03日

6月3日の夢(社長と昼食)  社長と一緒に一つの仕事をすませた後、次の訪問先を目指して、ぼくの 実家のあった名古屋の覚王山(地名)へ来た。そのまま直行しようと歩き 出すと、社長はぼくを呼び止め、駅ビルに上って食事をしようと誘った。


「六階の店へ行くと、てんぷらが二枚食べられるそうだよ」。社長が食事 に誘うなんて、珍しいなあ。しかし、てんぷら二枚の昼食かあ・・・。

2005年06月05日

6月5日の夢(オバサン化コースター)  大きなショッピングセンターへ出かける。初めての場所なので、地下鉄 を出てから迷ってしまった。食事に来たのだが、店内に今若者たちに人気 の遊具があるのを見て、つい自分も若いところを見せたくなり、それに 乗ってしまう。それは一人乗りのジェットコースターのようなもので、 乗っている間オバサンに変身できるというのが、受けているのだ。乗る前 に、変身用に服と靴を取り替える。座席に乗り込むと、ちょうど目の高さ に小さなパソコンモニターが降りてくる。その画面にオバサンの顔が映っ ていて、それとにらめっこをしているうちに自分もオバサン化していくの だという。それに乗ってコースを一周し、出発点に戻る。係員がもう若く はないぼくを労って「大丈夫ですか」と、心配そうに声をかけてくれる。  そのとき、ぼくはここで知人の女性Aさんに会う約束をしていたのだと 思い出す。しかし、待ち合わせに指定された場所がわからず、ぼくは迷路 のような巨大ショッピングセンターの中をぐるぐる歩き回る。そうだ。携 帯で連絡をすればいいのだと思いつく。ようやくAさんと電話が通じた。 だが、彼女は一週間後にどこかへ引っ越してしまい、もう永遠に会えなく なる・・・とぼくに告げる。  センターを出て、駅に戻ろうとする。方向がわからない。これでは家に 帰れない。迷子になってしまった。

2005年06月06日

6月6日の夢(会社崩壊)  ぼくの会社で造反が起きた。元の会社はあっという間に崩壊してしま い、新たに若手の編集者が社長になって、別の会社に生まれ変わった。新


しい社屋にできたオフィスにぼくも引っ越しをすることにする。ぼくはと りあえず奥から二番目の部屋に自分のデスクを置いて、仕事を始めたが、 ふと気がつくと、新社長以下ぼく以外の全員は一番奥の部屋にデスクを置 いており、ぼくだけがその部屋にひとりぼっちになってしまった。  いったん夕方退社して帰宅したものの、仕事が終わっていないので、夜 もう一度出社し直す。だが、会社の入口は工事中になっている。玄関はう さぎの穴のように、すごく小さくなってしまっている。地面近くのその入 口から身を屈めるようにして、ようやく中に入る。そして、自分の仕事に ついて上司に確認をしてもらおうと、上司を捜すが、早めにみんな退社し てしまったのか、誰も見当たらない。ところが、もう一度奥の部屋を見渡 してみると、ほかに入口がないはずなのに、社長以下上司が全員戻ってき ている。変だなあ。しかも、みんな忙しそうで、誰もぼくに注意を払って くれない。困ったなあ。これでは8時を過ぎても退社できないや。  医者へ行く。入口は「男」「女」ともう一つよくわからない三つに分か れていて、入口を入ると滑り台のような感じで、地下にある待合室に降り ることができる。待合室にあるベッドに寝て、順番を待ちながら、受付の 人に、「よく目が見えなくなってしまった」と、自分の病状を説明する。 受付の人はその症状を聞いて、「じゃあ、あの先生に診ていただけるか聞 いてきてあげますね」と言ってくれるが、その先生というのは、90歳ぐら いのおばあさん先生なのだという。

2005年06月07日

6月7日の夢(宇宙入植者の孤独)  遠く宇宙の果てまで人類は植民した。ぼくも宇宙入植者の一人だ。ぼく は小さな星に一人で住んでおり、隣人との間は、遙かな宇宙空間に隔てら れている。もうすぐ祭の日が来る。ぼくは自分の星で行う祭の計画書を書 いて、宇宙に発信する。その計画書に関心を持ってくれる人がいたら、祭 の日にぼくの星にやってきてくれるだろう。もしそうでなければ多分、ぼ くは一年のうち一度もほかの誰かに会うことがない。祭の計画書を何度宇


宙に発信しても、一生に一度も祭に隣人がやってきてくれない人だってい るのだ。

2005年06月08日

6月8日の夢(第三の乳房)  船に乗り込む。遊覧船のような感じ。乗り込んだ全員にお酒が配られ る。ぼくは飲めないので、気が進まないが、赤ワインのグラスを貰い、 ちょっと口をつけただけで傍らに置く。司会者がみんなに「何を飲んでい るか」を質問し、お酒の種類を挙げて、挙手をさせる。ぼくは眠くなって しまい、目を閉じて寝ていたが、「赤ワインを飲んでいる人」と言われた ところで、手を上げる。挙手をしながら目をあけると、ぼくのいる船室の 奥は、司会者のいる前方より一段横幅が広がっている。これでは、ぼくの 挙手がちゃんと司会者に見えたかどうか心配だ。次に司会者は「一カ月以 上飲み続けた人」と言って、また挙手を求める。驚いたことに、女性を含 め乗船者のほぼ全員が手を上げる。「おかしいですねえ。ワインはラッパ 飲みできないし、一リットル以上飲むのは難しいはずですけどねえ」と司 会者は苦笑する。船室の正面に大型スクリーンがあり、そこにアニメが映 る。最初に、ワイングラスでワインをちょっとだけ飲む、上流階級の人た ちのイラスト。それから、大きなワイングラスになみなみとついだワイン をがぶ飲みしたり、ボトルからラッパ飲みする下層階級の人たちの戯画。  司会者はその画面に対して「この船の人たちは一日に平均してワインを 五分の七本くらい飲んでいるらしいです」と解説を加える。乗客の中にべ ろんべろんに酔っぱらった女性がいて、ぼくは上半身裸の彼女を抱きしめ ている。司会者が傍らで彼女にインタビューしているが、彼女の右の���房 は随分右にかたよってついている。左の乳房は胸の真ん中に近くついてい て、左胸には小さいけれどもう一つ、第三の乳房がついている。

2005年06月09日

6月9日の夢(大津波)


どこかの高級マンションの見晴らしのよい部屋にいる。窓の外にはパノ ラマのように湾の風景が広がり、対岸にはニューヨークのような高層ビル の建ち並ぶ都市の風景が眺められる。気がつくと湾の入口に当たる左手か ら大津波が対岸に押し寄せ、超高層ビルのてっぺんまでが激しく白い大波 濤に襲われるのが見える。「津波だ!」と驚いて、みんなに知らせるが、 津波はあっという間に湾を渡って、こちらへ押し寄せてくる。目の高さよ り上に膨れ上がった海面がみるみる迫ってくる。これでは助からないだろ うと観念する。だが、なんとか第一波はやり過ごした。第二波が来るまで に急いでさらに高いところへ逃げようとする。

2005年06月10日

6月10日の夢(天然米)  デパートへ行くと、珍しいお米を売っている。このお米は南洋原産らし く、サトウキビかトウモロコシのような太い茎に、葉っぱの殻に包まれて 実るらしい。その殻もいっしょについたままのお米(「天然米」というら しい)が三段重ねのダンボール箱の一番上の箱に入っているのを、自分で カップに入れて買うことができる。健康にもよいらしいので、自分も買っ ていこうと思う。しかし、もう多くの客が買ってしまった後で、お米は底 の方に僅かに残っているだけ。しかも、葉っぱや殻が多くて、カップです くおうとしてもなかなかカップがいっぱいにならない。二段目の箱にはま だいっぱい入っているのではないかと、その箱を覗いてみるが、そこに 入っているのはトウモロコシかヒエのような実で、お米ではなかった。再 び、一段目の箱を覗くが、そこにはお米ではなく、キャベツの葉っぱが いっぱい詰まっている。お米だと思ったのは見間違いだったのだろうか。 お米なら、どうせ熊本にいる息子が送ってくれたのが家に沢山残っている から、買わなくてもいいや、と思い直す。

2005年06月11日


6月11日の夢(庭師)  家に帰ると、そこは今はない名古屋の実家だった。庭に小さな焚き火が されていて、そのそばで二人の庭師が地面に足を投げ出し、座り込んで休 憩している。そのかたわらで家の番犬も寝ている。いったん家に入ってか らもう一度庭を見てみると、番犬はさらに図々しくなったようで、庭師の 伸ばした足の上に枕がわりに顎を置いて寝ている。  母に「あの庭師はどうしたの?」と尋ねると、「6時には帰ると言ってい たんだけどねー。でも、庭師賃はただなのよ。どうせ家には持って行かれ て、困るような高価な薔薇も植えてないし、大丈夫よ」と言う。それ じゃ、おやじの仕事の関係(ぼくの子供時代、父はゴルフ場の支配人をし ていた)の庭師さんなんだね」と、ぼく。「そりゃそうさ。家で雇うわけ がないよ」と母は言いつつ、「そういえば」と言って、写真を取り出す。 「さっきこの子が遊びに来たんだよ」と、ぼくにいろいろな写真が細かく コラージュされたノート大のプリントを見せる。そこには若い女性の顔が 二カ所くらいに印刷されている。それは「夢の解放区」創設当時のメン バーのKさんだ。ぼくはそれを見て、「研ナオコに似てるな」と思う(夢で はそう思ったけれど、目覚めて覚えていた顔は木村カエラに似ていた。現 実のKさんは工藤静にそっくりだったけれど)。ぼくは「この子は昔は素朴 な娘だったのに、結婚してからだんだん垢抜けてきたんだね」と、感想を 述べる。  それから、ぼくが両腕にいっぱいの本を、まるで剪定した枝のように抱 えて庭の方に行くと、ちょうど庭師たちが帰るところだった。ぼくは慌て て両手に抱えていた本を畳の上にどすんと落とし、彼らを見送りに出る。

2005年06月12日

6月12日の夢(核戦争後の世界)  新潟に午後から出張することになった。3時半発の飛行機に乗ればよい ので、会社でゆっくり旅支度をする。社内には大きなタンスがあって、そ の引き出しにワイシャツとネクタイが入っているはず。引き出しを開けて


みると、ネクタイはあるにはあったが、白地に菜の花のような色彩の黄色 いチェックの縞が入っているものしかない。これではあんまりだと思う。 とにかくワイシャツに着替えて、鏡を覗く。びっくりだ。首の周りに鎖国 時代の長崎出島の絵に出てくるオランダ人のような大きな襟飾りがついて おり、さらにその上の首にもばかでかい飾りがついていて、まるでエリマ キトカゲのようだ。慌ててそれらの飾りをハサミで切り取る。ズボンを穿 く。ウエストが急に細くなったようだ。何度もベルトをぎゅっと締め上げ たつもりでも、ズボンがゆるゆるになってしまう。周りに若い女の子たち がたくさんいるので、とても恥ずかしい。  そんな大騒ぎのあげくに、とにかく電車に乗る。核戦争があって以来、 外の景色は一変してしまった。荒れ果てた砂丘の風景が広がるここが東京 だなんて信じられない。汚れた長細い黒ずんだ水たまりがあり、そこに見 たこともない水棲生物がうごめいている。放射能で突然変異してしまった のだろう。ぼくはほかの乗客たちにそれを指さして、「見て見て! 懐か しい! 昔の川のようだ!」と叫ぶ。  ある駅で、暗い顔をした一人の男が乗車してくる。彼は放射能の突然変 異で生まれたミュータントの一種で、うっかり何か頼み事をすると、それ を成し遂げるために命まで捧げ尽くしてしまう性質があるから、気をつけ なくてはいけない。それなのに同僚のWくんが彼に何かを依頼してしまっ たという。これは大変なことになる、と直観したぼくは、Wくんをタク シーに乗せて逃がそうとする。だが、それは確かにタクシーの形をしてい るものの、ただの鉄の箱(なんだか棺桶のようだと、夢の中で思う)で、 自力で走行することができない。電車は地下を走っているので、ほかの乗 客たちといっしょにぼくはその鉄の箱に入ったWくんを地上まで懸命に運 び上げなくてはいけなくなる。こんなことをしているうちに、時間がどん どん過ぎてしまう。とても新潟行きの飛行機には間に合わないかもしれな いと思う。

2005年06月13日

6月13日の夢(ホテルと教会付きの家)


息子とその嫁と、彼女の友人らしいもう一人の女性が、ぼくらの家に向 かうため、満員の地下鉄に乗り込もうとしている。嫁は息子に「お腹が 減った」と訴える。息子は「じゃあ、俺が何か買ってくる」と言って、電 車を降り、女性たちには「乗ってて」と言う。  ぼくは自宅の玄関のドアをそっと開ける。自宅といっても、今の自宅と も、昔の実家とも全く違う。家の隣は我が家に付属するホテルになってい て、その前に嫁と連れの女性が立っているのが見える。二人は息子を待っ ているのだが、なかなか現れないので、二人はホテルに入る。  ぼくの部屋とホテルの彼女たちの部屋とは隣り合わせで、カーテンをか けたガラスの壁一枚で隔てられているので、二人の影がカーテンに写る。 ぼくはその影に向かって、「よかったら今、校正を持っていくよ」と声を かける。しかし、彼女たちは今着替え中らしい。「じゃあ、後でロビーに 持っていくから、声をかけて」と、もう一度呼びかける。  息子が嫁たちに「うちが教会を経営してたなんてなー。裏にあった建物 が教会だったとは知らなかった」と言っている。そうなのだ。我が家はお んぼろホテルとおんぼろ教会を敷地の中に持っているのだ。トイレに入る と、窓から隣接する教会が見える。今にも倒れそうな、なんともみすぼら しい、木造の建物だ。その縁の下から、先端に水色の光が灯った細い チューブのようなものが出てきて、くねくねと動きながら、こちらを偵察 している感じだ。

2005年06月14日

6月14日の夢(バスの中の座敷)  観光バスが何台も道路に停まっている。劇場へ連れて行ってくれるバス だ。ぼくらは数人のグループで、これから観劇に行くところ。人数を運転 手に告げて、乗り込む。車内には畳敷きで床の間もある座敷が三つ並んで おり、どの部屋もたくさんの座布団が置かれている。既に何人かの乗客が 座布団に座っており、ぼくらは真ん中の部屋に座ることにする。  劇場に着いた。客席にはテーブルが置かれ、そこにはおいしいものが並 べられて、食べ放題だ。ところが、食べ終わらないうちに捜査官たちがど


やどやと踏み込んできて、ぼくらは何も分からないままに尋問を受ける。 何か事件があったのだろうか。ともかくいったん外に出て、次の幕で入っ て、また食べればいいやと思う。

2005年06月15日

6月15日の夢(自殺常習者)  自殺衝動を抑えられずに神経病棟に入院している若い男性と向き合い、 その話を詩人のN氏とぼくとで聞いてやっている。その若者の主治医をして いる若手医師自身も実は自傷行為の常習者だという。この自殺常習者の男 の話は長いのが欠点だが、「ぼくにとってそれを聞いてあげるのは少しも 苦痛ではないよ」と、男に言ってやる。  すると、男はいろいろな植物の名前を沢山挙げた上で、自分が好きな順 番にその植物のリストに番号を振っていく。N氏はそれが我慢ならないら しく、「ほら、そうやって好きな順番をつけるところが、あなたのいけな いところだ。植物に順番なんて要らないんだ。人間に順番がつけられない のと同じように」と批判する。ぼくは彼の言い方に反発を覚えながらも、 「なるほど、その通りだなあ」と思う。  そのN氏の書いた教科書に、一カ所空欄になっているところがある。そ こに当てはまる単語をぼくは当てなくてはいけない。みんなは分かってい るみたいなのだが、ぼくはどうしてもそれが分からない。「待って!  待って!」と言いつつ、ぼくは焦って「遺伝?」「心?」「性格?」と、 いろんな言葉を当てはめてみるが、それらは皆間違っているらしい。

2005年06月17日

6月17日の夢(パゴダ)  某詩人会主催の大がかりな詩祭が今年はとてつもなく変わった場所で開 催された。ローマかギリシャの古代遺跡を思わせる、古い石造りの野外劇


場で行われたのだ。ぼくは最初、左側前方のステージに近い席に見知らぬ 女性といっしょに座っていたが、「あなたはここにいるべきではないので は?」と彼女に言われ、立ち上がってほかの席を探しに行く。しかし、 四∼五人ずつ単位に仕切られた席は満席ではないとしても、どの仕切にも 必ず何人かが座っていて、空席も帽子が置いてあるなど誰かがいる気配で ある。これではどこにも自分の居場所がないと感じて、会場の外に出る と、会場の外壁を登っていく石の階段を見つけた。それを登ってみると、 二階席・三階席の背後からステージを見下ろせる、会場の一番奥の一番高 い場所に偶然出ることができた。    会場を出たところで、学生時代の詩のサークルで先輩だったO氏をは じめ、何人かの仲間と出会い、この少し先にパゴダのようなものがあるか ら、そこまで行こうということになる。地図を頼りに出発するが、道は迷 路のようだし、異様な生き物や盗賊に襲われたりして、冒険を重ねるう ち、メンバーはだんだんバラバラになる。どうやらここはイスラエルとパ レスチナのせめぎあうあたりらしい。ひとまず路傍の小屋に入り込み、一 息つこうとする。ふと気がつくと、手に黒い大きなバッグを持っている が、一番大切なものを入れてあるリュックを持っていない。ドキッとす る。だが、よく考えると、リュックはちゃんと背中に背負っていたのだっ た。  夕方になり、ぼくらは宿に泊まることにする。バラバラだったメンバー が再びここに集結する。宿はフローリングの部分もあるが、部屋の部分は 畳敷きだ。ここはシモンという都市だと聞いているが、こんなところにも 日本人旅行者のための宿があるのだろうか? ぼくらのリーダーはもうか なりの年だと思われる関西弁をしゃべるおばあさん。夕食前に彼女の日本 での苦労話を聞いたり、お互いに身の上話をしたりする。部屋の一方は池 に面している。というより、この宿は池の上に建てられているらしい。反 対側は中二階のように高くなっていて、その窓からは大きな広場とそこか ら伸びる車の走る街路が眼下に見下ろせる。どうも建物のこちら側は、こ の広場の上に建てられているらしい。もうすぐ夕日が沈む。さあ、食事を して、眠ろう。明日はようやく最終目的地のパゴダに巡礼することができ


るだろう

2005年06月18日

6月18日の夢(テロップ係)  ぼくはテレビ局に勤めていて、番組の画面にテロップを入れる役目をし ている。次々といろいろな場面が出てくる度に、それに合わせて画面の下 に、数行でいかに気の利いた字幕を流すかが腕の見せ所だ。  それは音楽番組で、画面では新人の女性クラシックピアニストが演奏を 始めた。あれは音楽ライターとして、ぼくと一緒に苦労していたIさんで はないか。成功したのだ。良かったなあと思う。彼女の名前をテロップで 流そうとして、手元の資料を見ると、彼女の本名が書いてある。あれっ、 彼女の芸名は別の名前ではなかったっけ? 思わず声に出してしまったら しく、番組の出演者としてぼくの傍で待機していたベテランの女性ピアニ ストが「そうよ。クラシックのピアニストが芸名を使うときは、本名とは 全く違う名前にするのが普通よ。よーし、あたし絶対言ってやるから ねー」と言う。名前を間違えたアシスタントディレクターのことを、番組 のプロデューサーに訴えて���ると息巻いているのだ。  場面が変わって、この番組の女性司会者が画面に登場した。彼女の前の テーブルには緑色をしたミニチュアの小山のようなセットが置かれてい る。彼女は緊張してあがっているらしく、「坂⃝龍⃝さんから7月になっ たら、きっと貰えると思ったら、やっぱり送られてきました」と、なんだ か意味の分からないことを言うと、緑色の半球形に先のとがった長い柄の 突いたもの(柄の長い蝙蝠傘のようなもの)を何本も持ってきて、それを 小山にブスリブスリと刺していく(ミニチュアの小山に樹木の模型をいく つも植えたような感じ)。すると、かたわらにいた何人かの女性がそれを 小山からまた引き抜く。それで、その緑色をした半球形のものは針山であ ることが分かる。彼女たちはそこから糸のついた針を抜いて、一斉に縫い 物を始める。  この場面は女性司会者があがって、しどろもどろになり、あまりにも意 味不明になってしまったので、司会者グループの一人である若い男性が彼


女に、「ぼくは頭が熱くなり過ぎて、よく分からなかったんですけど、今 の場面はこういうことだったんですかねー」と助け船を出して、懸命の フォローをする。

2005年06月19日

6月19日の夢(自動改札)  何かのパーティーに出席するため、新宿駅まで来た。改札を抜けようと して、胸ポケットにあるカードを次々と取りだしてみるが、どれで出発駅 の改札をくぐったのか、分からなくなってしまった。カードの裏の印字を 見れば、出発駅が刻印されているので分かるはずだと思い、一枚一枚丁寧 にチェックしてみるが、該当するものがない。改札口の向こうには同じ パーティーに出るらしい和服の女性たちがもう集まっている。でも、まだ 始まるまで時間があるはずだから、落ち着いてゆっくり調べようと自分に 言い聞かせ、もう一度一枚一枚見ていくが、やはり見当たらない。  たまたまポケットに一枚の乗車券が入っていた。いつどこで買ったもの か分からないが、これを精算機にかけて不足額を精算すればよいと思いつ く。しかし、精算機が見あたらない。改札の駅員に「精算機はどこです か」と尋ねると、駅員はあいまいに駅の外を指さして、「あそこにあるこ とはあるんですが、実はあまり正確じゃないんですよ」と苦笑いをする。 それなら、この駅員に精算してもらおうと思い、ポケットから適当に一枚 のカードを渡すと、駅員は不審そうに顔をしかめる。なんと、そのカード は1997年に使って以来、一度も使用されていないというのだ。ぼくは駅員 にすっかり不審者扱いされてしまい、容易には改札を抜けられそうにな い。

2005年06月21日

6月20日の夢(人類絶滅間近)  未来の地球。人類は既に絶滅しかかっており、テレビ局は残り少なく


なった家庭一軒一軒を顧客として大切にしている。ある家庭でお手伝いさ んをしている少女は、毎年のように勤め先の家を替わり、家から家へと渡 り歩いている。テレビ局では、この少女が働く家庭を主人公とするテレビ ドラマを制作した。それはその家族が一家全滅してしまう物語だ。番組が 放映されたとき、彼女の姿が見えない。また家を替わったのかと思った が、ひょっと顔を出した。まだいたのだ。

2005年06月24日

6月24日の夢(大雪)  ぼくは船で海に出ていた。夜、「これから帰宅する」と家にカエルコー ルをする。ぼくも、電話に出た妻も簡単に帰宅できると信じていたのだ が、突然大雪になってしまった。浜に着いたものの、交通機関は止まって しまうし、歩き出してもものすごい積雪で這うようにしか進めない。それ でも、ぼくがこんなところで雪に埋もれていることは、妻も誰も気づいて いないのだ。ぼくは死にものぐるいで、もがきながらなんとか家に向かお うとする。  真夜中、家にいると、外から女が呼ぶ声がする。好色家として知られて いた、ぼくの叔父(実在しない)を呼んでいるのだ。しかし、叔父はもう とっくに死んで、この世にはいない。

2005年06月26日

6月26日の夢(四ツ谷の米軍基地)  ぼくの所属する草野球のチームに、元ジャイアンツのク⃝マティ選手に 加わってもらおうと思い、勧誘に出かける。彼が住んでするのは四ツ谷に あるアメリカ軍の広大な基地の中だ。基地に入ると、丸太でできた小さな 小屋がちくさんある。窓ガラスさえない、原始的な小屋だが、これはみん な独身のアメリカ兵のものだ。原始的でも、全員が個人の家を持っている


のは、さすが個人主義のアメリカだと感心する。ク⃝マティ選手は快くぼ くの誘いに応じて、草野球チームに入ってくれるという。  ビルのワンフロアが仕切られて、急ごしらえの舞台のようになってい る。明日から劇団の地方公演が始まるので、そのリハーサルをやっている のだ。ぼくはその裏方なので、舞台の裏で俳優たちの科白に耳を傾けてい ると、総務のS氏がやってきて、「明日の航空券は大丈夫でしょうか?」 と尋ねる。そういえば明日の飛行機は朝8時半の早朝便なのだ。地方公演 を取り仕切っている中年の女性が、いつものように航空券の手配をぬかり なくやってくれているとは思うが、今日は彼女が病欠なので、ぼくにも はっきり分からないと、S氏に答える。  そこへぼくが講師をしている某詩の研究会メンバーのH氏がモバイルの コンピューターを携えてやってきた。研究会では問題児だったH氏だが、 その後コンピューターを使ったデザインの世界で才能を発揮し、うちの会 社でも彼にいろいろ仕事を依頼しているのだ。コンピューターを立ち上げ て、彼の作品を見せてもらう。H氏もつくずく変わったものだと思う。

2005年06月27日

6月27日の夢(南米のタクシードライバー)  ぼくは南米のようなどこかの国の街で、タクシーを運転している。無線 で仲間の運転手と交信する。「俺のクライアントはこの道をバックで逆送 しろと言うんだよ」。ぼくは正体不明のクライアントに操られているの だ。とりあえず命じられた通りバックで進み、それから前進して、ほかの 車の反応を探る。無関係の車ならぼくがバックをやめたことで、安心して 走り出すはずだ。それとかかわりなく猛スピードで直進してくる車があれ ば、それがクライアントの乗った車に違いないと、ぼくは考える。  気がつくと、ぼくの前をカップルが手を取り合って歩いている。それを 危うくかわして前進したが、ぼくの車のタイヤが女性のスカートを踏んで しまった。その女性があげた叫び声を、ぼくの車の後部座席に乗った女性 が聞きとがめる。彼女の言葉が、クライアントの言葉とそっくりだと言う


のだ。それを聞いたぼくは、車を反転させ、さっきの女性を猛然と跳ねと ばす。その衝撃で、ぼくの車は道路脇の店の中に突っ込み、後部座席の女 性は衝撃で車から放り出されてしまった。ぼくは動かなくなった女性を夢 中で抱きしめる。その女性は実はぼくの母だったのだ。

2005年06月29日

6月29日の夢(宙に浮く洋服)  街で洋服屋を開業した。見渡す限りの空間に、商品のジャケットが無数 に浮かんでいる。吊り下げられているのではなく、文字通り空中に浮いて いるのだ。


2005年07月02日

7月2日の夢(コウモリ男)  バットマンのようにコウモリの翼をつけて、大空を飛行している。だ が、これは未来の自分の姿で、ぼくはそれにチャネリングしているだけ だ。同じような翼をつけたコウモリ男が、空を滑走してきて、ぴたりとぼ くの傍らに並んで飛ぶ。やつは男のくせに、ぼくに懸想しているらしく、 ぼくが空を飛ぶといつも現れて、一緒に飛ぶのだ。体を寄せてくる男がぼ くはとても気持ち悪いので、チャネリングを切って、現在の自分に戻る。 現在の自分は部屋のベッドの上だ。だが、うっかり掛け布団の中に腕を 突っ込むと、見えなくなった腕の先だけが未来にチャネリングして、すっ ぽりコウモリ男の唇におおわれてしまったのを感じる。うえーっ、気持ち が悪い! ぼくはオカマ・コウモリ男の口から腕をもぎはなそうと振り回 すが、タコに吸いつかれたみたいで、ぼくの腕を男の口から抜くことがで きない。

2005年07月03日

7月3日の夢(海の幸弁当)  今日はお正月休み明け、最初の出勤日だ。町田の玉川学園(この場合は 地名)に住む英語の先生に原稿依頼をしようと、電話に手を伸ばすが、電 話帳には同じ名前の人物が二人いて、どちらが目指す相手なのかはっきり しない。引き出しから自分の手帖の住所録を取りだし、確認しようとする が、そこにはその名前は載っていなかった。当惑するが、時計を見ると、 もう12時15分過ぎだ。とにかくお弁当を食べてしまおうと思う。  お弁当は年末の休み前に買い込んでおいたもので、新鮮な海の幸だ。ナ マコのような海底に棲む生き物が、生きたままパックに入っている。10セ ンチから15センチくらいの大きさのものを二匹取り出し、小皿に入れてお 醤油をかける。長い休みがあったのに、よく生きていたものだ。それにし ても、いくら新鮮とはいえ、よくこんな食材を買い込んだものだと、自分


に呆れる。一匹は上半身を振り回して、盛んに暴れる。包丁かナイフがあ れば、小さく切って食べられるのだが、こんなに暴れるものをデスクの上 で食いちぎるのは無謀だ。そちらを食べるのはあきらめて、おとなしい方 を口に入れ、なんとか噛みちぎろうとするが、そいつはお餅のように長く 伸びて、とても噛み切れそうにない。

2005年07月04日

7月4日の夢(不機嫌な印刷屋)  朝、会社に出勤する前に、ぼくが編集委員をしているS誌の編集部に立 ち寄り、同誌の割付原稿を印刷所に入稿しようとしている。印刷屋の営業 担当者は中年の男で、ぼくの写真のキャプションの入れ方が気にくわない らしい。ぼくは横組みで、キャプションの左右に余白を作るようにしてい るのだが、それは旧式なやり方で、今は縦組みで、しかも一切余白を作ら ないのが主流になっているという。「なぜかというとですね」と、彼は不 機嫌な声で言い、デスクの上に自説を立証するための資料を無言で並べ始 める。編集部の人たちはみんな、しーんとしてしまい、あたりに冷ややか な空気が流れる。壁の掛け時計の針がどんどん8時へと近づいていき、ぼ くは焦り出す。書棚から適当に二、三冊本を抜き取って、横組みのキャプ ションの例をみんなに見せようとするが、なぜか手にした本のキャプショ ンは全部縦組みだ。しかたなく、ぼくは自分の感情をせいいっぱい抑え て、「あなたの思うようにやっていいよ。でも、できる限りぼくの希望も 入れてくれないかな」と、声を絞り出すようにして言う。そして、相手の 返事を待たずに、隣の部屋へのドアを開ける。  隣の部屋はS誌編集委員会の部屋で、真ん中に大きなデスクがあり、そ れに向かって数人の編集委員がやはり黙々と仕事をしている。一番奥に 座っているのは編集長のM氏だ。ぼくは自分の椅子にどっかりと腰を下ろ す。この部屋はトイレでもあるので、この椅子に座ったまま、用を足して もよいのだ。ごそごそと用を足すぼくを編集委員のみんなは、見て見ぬふ りをしてくれる。


2005年07月05日

7月5日の夢(かくも長き不快)  京都駅で新幹線を降りようとして、デッキに出る。ドアが開いたところ で、自分が何の荷物も持っていないことに気づく。しまった。大きなスー ツケースをデッキ脇の棚(成田エキスプレスと新幹線の構造がごっちゃに なっている)に置いたままだったのではないか、と思い出す。今から取り に戻ろうか、それともセレブらしく、自分は空手のまま赤帽さんを呼ん で、運んでもらおうかと一瞬迷うが、とりあえずデッキに戻ってみる。し かし、スーツケース置き場の棚にぼくの荷物は見当たらず、掃除のおばさ んたちが忙しく立ち働いているばかりだ。ホームに連れの女性がいるのを 見つけ、ぼくの荷物のことを尋ねてみるが、要領を得ない。そうだ。あの スーツケースには「かくも長き不快」というものが入っていたはずだと思 いつく。  田舎にヴァカンスを過ごしに来て、ひなびた郷土料理屋の奥座敷のよう なところで、誰もいないのを幸い、木製の大きな座卓の上に手足を伸ばし て寝転がる。天井を仰いで、ぎょっとする。天井に、まるで重力が反対に なったみたいに、この店の若夫婦が頭を下に足を上に、逆さに座ってぶら 下がっているではないか。しかも、その姿が妙に小さい。ということは天 井が驚くほど高いということだろう。「うわあ。この部屋って天井が高い んですね」と、ぼくは間抜けな声を出すが、彼らを見ているうちにまるで 自分が遙かに高い天井にへばりついて、彼らを見下ろしているような錯覚 におちいり、とても気分が悪くなる。「そうなんですよ」と二人は言いな がら、ぼくのそばに降りてきて、「少し風に当たりましょうね」と言って くれる。しかし、窓を開けてくれるのではなく、大きな送風機にスイッチ を入れて、ぼくの顔に風を当ててくれる。自然の風でないことがちょっと 不満だが、少しは気分が良くなった。

2005年07月06日


7月6日の夢(取材旅行)  妻と地方へ車で取材旅行に行く。快適な道路を走りながら、妻が携帯電 話で取材先と話している。「⃝⃝橋へ行くにはどうすればいいの?」 そ の瞬間、行く手の道が二手に分かれ、レインボーブリッジのような大きな 吊り橋が現れるが、ぼくらの車はあっいう間に分岐点を通り抜け、⃝⃝橋 には通じない方の道路へ走り込んでしまう。  現地に着き、ひなびた街並みのいろいろな店を妻といっ���ょに撮影して 回るが、ぼくは自分の持つデジカメの使い方がよく分からず、うまく写せ ない。  妻がある店に行って、「スーツを注文しよう」と言う。ぼくはてっきり そろそろ子供から大人になりつつある息子のために、初めてのスーツを 造ってやろうという意味だと思っていたが、妻の意図はぼくのためのスー ツということだったらしく、店の中からぼくを呼ぶ。いかにも田舎の雑貨 店という感じの暗い木造の店内には、ほかに何人か地元の客がいて、小さ な幼児も混じっている。その子供が我慢しきれず、そこでおしっこを始め た。ものすごい勢いのおしっこだ。慌てて店外に飛び出すが、足に少しか かってしまった。

2005年07月07日

7月7日の夢(水力式自動券売機)  ある私鉄の駅にやってきた。自動券売機は巨大なガラスケースに入った 路線地図。コインを入れて、目指す駅のボタンを押すと、切符が買えるら しい。地図の大きさの割に、駅の数は少なく、値段も80円、90円、100円 と、かなり手頃だ。ぼくはうっかり買いたいのと違う駅のボタンを押して しまい、周りにいた中学生の少年たちのグループに「違う、違う」と注意 される。  今度こそ正しいボタンを押せた。するとその駅名のところから切符がポ


ンッと出てきて、コンベアのようなものに乗って運ばれてくる。いやに ゆっくりとした動きで、時間がかかると思ってよく見ると、切符を運んで いるのはベルトではなくて、ちょろちょろとした細い水の流れだ。自然の 力で、この機械は動いているのだと分かる。  ようやく出てきた切符を持って、カメラマンのM氏や同僚の女性社員O さんらと改札口に向かう。しかし、何か切符の感触が変だ。四つ折りにさ れた切符を開けてみると、それは大きな切手シートのような感じ。ミシン 目によって四枚ほどの切手のような切符がつながっているが、周囲がびり びりと破損していて、これでは自動改札が通れそうにない。改札口にいた ニキビ面の少年のような駅員にそれを見せると、彼は威張り腐った調子で 「こんな切符をうちの駅で売るわけがない」と、いかにも馬鹿にした様子 で言う。ぼくは慌てて、先に行ったOさんを呼び戻し、この切符をまさし くこの駅の自動券売機で買ったことを証言してもらう。周りにいた中学生 たちも口々にぼくの言葉の正しさを裏書きしてくれる。(Mカメラマンは 知らぬ顔をして、さっさと行ってしまった) それで、駅員もようやく納 得してくれた。  なんとか電車に乗り、目指す駅で降りて、いつも薬を貰っている医院の 入口を入ろうとするが、なんとシャッターが降りている。せっかく来たの に、休みだとは! いや、この様子ではどこかへ引っ越したか、廃業した のかもしれない。ひどい。ぼくに知らせずにやめてしまうなんて! もの すごいショックに打ちのめされたとたん、目覚ましが鳴り渡る。

2005年07月09日

7月8日の夢(循環する水)  田舎の今は空き家になっている親戚の家に上がり込み、勝手に寝てしま う。朝になると、誰にも知らせなかったのに、親戚の子供たちがちゃんと やってきて、歓待してくれた。居心地がいいので、そのままこの家に住み つくことにする。  妻といっしょに、その家の二階の窓から集落を見下ろしている。家並み をめぐる道路には水が流れている。一段高い道路は左から右に、それと隣


り合って一段低い道路は右から左へと水が流れているが、二つの水流は けっしてお互いの流れを乱すことがない。こうして、村の道路を水は循環 し、不要なものは村の外へ流し出し、必要なものは中へ運び入れるのだ。 なんて精妙な水の循環なのだろう。「水が豊富だね」と、ぼくは感心して 妻に話しかける。  窓から見下ろせる向かいの家は村の寄り合い所になっているらしい。道 路を村人たちが何人かやってきて、ぼくらのすぐそばを通って、その家に 入っていく。ぼくらは彼らに見つからないよう、その場で石のように体を 固くして、気配を消そうとする。しかし、ぼくのすぐ脇を通り過ぎたおば さんがいて、さすがに彼女はぼくの気配に気づいたらしい。しゃべってい た会話をふと止めて、じろりとぼくの方をにらむ。

2005年07月12日

7月12日の夢(電車と写真館)  どこか沖縄のような亜熱帯の気候の街で電車に乗っている。もうすぐ駅 だというのに、電車は停車してしまい、なかなか動かず、車掌からの車内 放送も全くない。窓から見える目の前の信号が赤から緑に変わり、電車は ようやく動き出した。左にカーブしていくと、右側にすぐ目指す駅が現れ た。ものすごく時代物の黒塗りの商店建築で、ほとんど国宝級の感じの駅 舎だ。  ぼくはこの街の学校の講堂で行われるお芝居を見に行くつもりで、一時 間前に電車に乗ったのだが、途中で電車が遅れたため、開演まであと15分 しかない。おまけに駅から出ているとばかり思ったバスもなく、会場まで 歩いていかなければならない。  どうやら徒歩で、なんとか時間前に会場に着けた。大広間のようなとこ ろに荷物を置いて、腰を落ち着ける間もなく、急いで講堂に向かう。と、 ここで夢の筋書きが変わってしまい、会場は古い写真館になっている。や はり年代物のなんだかごちゃごちゃした玄関は無人だが、ここでは写真館 の老主人が撮影した古い写真が展示されていて、入口でその写真を絵葉書 にしたものを土産物として、セットで持ち帰ることができる。セットは二


種類あり、ぼくをはじめとする殆どの入場者は左側のたくさんプリントの 置いてあるセットを集めるが、一人だけ右側のセットを集め始めた男がい た。しかし、彼の選んだセットには在庫の切れているものもあり、完全に は揃わない。困ったなとみんなで騒いでいるところに、老主人とその夫人 ら家族の人たちが二階から階段を降りてきた。彼らは一階の別の部屋へ向 かおうとするが、ぼくらは「ちょうどよかった」と彼らを呼び止め、こち らのセットの在庫を尋ねようとする。

2005年07月13日

7月13日の夢(映画プロデューサー)  ぼくは映画プロデューサーで、「ポケモン」の新作を実写映画として制 作中だ。もう撮影もほぼ終わりかけているのだが、宣伝の話題づくりのた め、今から出演者の公募オーディションを行うことになる。部屋にこの作 品の監督二人(なぜか二人)を呼んで、意見を聞く。監督のもとに、既に 250人ほどの応募者のリストがあるという。「じゃあ、一人二分半の面接を するとして、全体で二時間半ですね」(どういう計算だ?)と、ぼくは言 う。それならさらに公募で400人くらいまで増やせばいいと思う。  監督二人との面会が終わり、次の予定はイラストレーターのSさんとの 打ち合わせだ。こないだは社内の打ち合わせ室がすべていっぱいだったの で、外で会わなければならなかったが、今日はクーラーのよく効いた社内 で会えるので有り難い。・・・と、ロビーで彼女の到着を今か今かと待っ ているが、全然現れる気配がないので、しかたなく自分の部屋に戻る。

2005年07月15日

7月15日の夢(垂直の階段)  デパートの階段を下りていく。一階から外へ出ようと思ったのだが、一 階には出口が見あたらず、そのまま地下まで下りる。ここは地下二階なの だろうか。最後の階段は完全に垂直で、そのかわり真ん中より少し右のと


ころに金属棒が設置してある。この棒を握りしめて、垂直の階段を下りろ ということらしい。  下りたところは、広大なバイキングレストランだ。ハムとスクランブル エッグを混ぜた大皿など、おいしそうな料理がいっぱい並んでいるが、既 に席は客でいっぱいである。ぼくは外へ出たいだけで、食事をしに来たわ けではないので、そのまま足早にレストランを通り抜けようとする。と、 突然変なじいさんがやってきて、ぼくの手に自分の手をそっと重ねるの で、ぎょっとする。どうもホモのじいさんらしい。不快なので振り払う と、「あっ、失礼」と言う。さらに進むと、待望の出口だ。地下のはずな のに、ちゃんと地上に出ることができた。

2005年07月16日

7月16日の夢(鼻の穴地下道)  駅の地下道から地上に出た後、また駅に戻る。地下道への入り口は、 さっき出たときは普通の階段だったのに、今度はチューブ状の穴になって いる。人一人がやっと通れるような太さのトンネルが二つ、ちょうど鼻の 穴のように左右に並んでおり、しかも真ん中の壁がなく、くっついている のだ。そこに体をねじ込むようにして入れ、左側の穴を滑り台のようにし てなんとか滑り降りていく。  講演会のような場所で、チームを代表してぼくは研究発表をしている。 もう何度もいろいろな場所で発表してきたので、すっかり慣れて度胸もつ き、今度も絶対成功すると思っている。ところが、いざ立ち上がって発表 しようとしたところで、原稿を忘れてきたことに気づいた。えーっ・・・ と言ったまま、言葉が出ない。不自然に長い沈黙の後、口からでまかせで 「私たちは夢というものについて、長い間研究してまいりました・・・」 というようなことを、いかにも落ち着き払ってしゃべる。しかし、その後 が全く続かないので、立ち往生してしまう。


2005年07月17日

7月17日の夢(サバイバルする二つの夢)  大きな別荘のような建物に会社の同僚たちと泊まっている。花火を見て みんなで喜んで騒いでいると、反対側の空がにわかに怪しくなり、大嵐が 押し寄せてくる。床に伏せたり、壁に隠れたり、みんなせいいっぱい身を 隠したのだが、あっという間に壊滅的な被害に遭い、ほとんどの人が死ん でしまった。ぼくは辛うじて生き残り、呆然としていると、玄関に黒塗り の乗用車が横付けし、目つきの悪い男たちが降りてきて、ぼくに「車に乗 れ」と言う。「生き残った人に証言してもらい、記録に残さなければいけ ないから」と言う。  車は坂を下りていき、街の中に入る。そこには露天に横に長いテーブル がしつらえられてあり、すべての席に役場にあるような三角の名札が立て られている。ぼくの名札もある。既に多くの男女が席についていて、談笑 している。この名札のある人は生き残った人たちなのだと思い、ぼくは自 分の知人がいないかと必死で名札を見ていく。しかし、ぼくが知っている 名前はたった一つだけだった。それは長老詩人のA氏の名前だったが、本 人はまだ到着していない。ほかに知人の生存者はいないらしい。  親指ぐらいの小型のワニを畳の上で飼っている。いたずらにワニの口に 耳掻きを突っ込むと、怒ってワニは耳掻きに食いつき、竹製の頭の部分が パリンという音と共に砕け散った。小さなワニだからと多寡をくくってい たが、怒ってぼくに食いつこうとするので、大判の写真集(ロシアのピア ノの巨匠リヒテルの写真集)をワニに何度も叩き付ける。さすがのワニも 白い体液を腹から出してぐったりしてしまった。しかし、高価な写真集が ワニのはらわたで汚れてしまったなあとがっかりして、それに気をとられ ているうちに、ワニはまた元気を取り戻し、ぼくに食いつこうとする。不 意をくらったぼくは何かにすがりついて、床から両足を離し、空中に逃れ ようとするが、ワニは執拗に30センチも空中に跳び上がっては、ぼくに食 いつこうとする。写真集も手放してしまったし、ぼくはワニと闘うすべが なくなってしまった。


2005年07月18日

7月18日の夢(泣き虫カメラマン)  カメラマンと一緒に坂道を上ってX社のビルに行く。実際の場所とは全 く違う、うらぶれた一角にクライアントのビルがある。そこで商品撮影を した後、坂道を下って二人で帰る。   別の日、カメラマンが納品にやってきた。35ミリのポジフィルムに、坂 道をとぼとぼと歩いているぼくら二人が水彩で描かれたイラストが複写さ れている。両側に緑の山が描かれ、真ん中を市電が走り、犬や猫の姿もあ る。そして、黒いリュックを背負ったぼくの姿もちゃんと描かれている カットを気に入り、ぼくは満足して「このカットにしよう」と言う。  だが、カメラマンが帰りかけたところで、ふとぼくは気づいて言う。 「待って。このイラストでは両側に山しか描かれてないよね。でも、あそ こは街の中だから、これではおかしいとクライアントに言われかねない よ。この担当者はクライアントの中でも一番厳しいと言われる有名な女性 だから」。すると、カメラマンはひげ面に大粒の涙をこぼして、いきなり 泣き出す。「最近、ぼくが撮影すると、もう一度こういう角度から撮影し てとやり直しばかりさせられて、フィルムがなくなってしまうこともある んだ」と訴える。ぼくはあっけにとられるが、ここで折れてもクライアン トにどうせやり直させられるのだから、また同じ説明をカメラマンに繰り 返す。彼は気を取り直して、笑顔をつくり、「わかりました。じゃ、今度 までにやり直してきます」と明るく言う。  彼が立ち去った後、急にぼくは不審な気持ちになる。彼はカメラマンな のだから、このイラストの責任は彼ではなく、ぼく自身にあるのではな かったか? しかし、ぼくはそんなことを考え込むのをやめ、大量の書類 を大封筒の中にばさばさとしまい込む。書類は封筒からあふれ、なかなか 入りきらない。ぼくはドアをバタンと閉めて、遅い昼食をとりに出かけ る。

2005年07月20日


7月19日の夢(劇場バス)  バスにのって妻といっしょに出かける。バスの中は小さな劇場か映画館 のような感じで、舞台に向かって最前列の椅子には女性詩人のAさんやS さんらが全員、白地に赤い小さな模様を散らせた金魚のような浴衣を着て 座っている。ぼくもその列に座る。ぼく以外は全員女性だ。そして気づく とぼくも金魚みたいな柄の浴衣を着ている。みんなで「お揃いだね!」と 言い合う。

2005年07月21日

7月21日の夢(4番で監督)  大リーグの二チームの対戦を紙上で再現する記事を書くことになった。 街の中の公園のようなところに、両チームの選手が三人の女性をはさんで 向かい合って座っている。片方のチームの監督(といっても長髪で、30代 か40代の若いハンサムな男)が立って、1番から9番までのラインナップ を発表する。ぼくはそれを聞き逃すまいと必死でノートに筆記する。1番 から3番までを読み上げたところで、監督はにこりとして「そして4番は ぼくだ」と言う。えっ、4番が監督兼任なのかとびっくりする。9番バッ ターはピッチャーではなくOH(DHではなく)で、幅公一という名前の 日本選手だという。

2005年07月23日

7月23日の夢(書物庫)  我が家の書物庫のような部屋(実際にはない)に四人の若者たちが遊び に来ている。そのうち四人は暴れだし、部屋に置いてあった本棚を二つと も倒してしまった。ゴーンというものすごい音が響き渡った。一人の後頭 部に本棚の角がまともに当たったらしい。もう一人の若者もどこかをぶつ けたようだ。ぼくは急いで駆けつけ、「やったのは誰だ?」と怒鳴る。


やったとおぼしき男は口を開かない。ぼくは妻を呼んで布団を敷いてもら い、二人の負傷者をとりあえず寝かせる。そして、ぼくは「車で病院に連 れていく」と宣言する。軽傷者の方の男は「俺はいい」と言う。そこで犯 人の男に運転をさせて、とにかく皆で病院に向かう。

2005年07月24日

7月24日の夢(映画の主役をあきらめる)  「指輪物語」級の名作ファンタジーの映画化に参加し、ぼくもその映画 に出演している。物語の舞台は大河を航行する大きな船で、川の上で物語 が進行していくのだ。ぼくは手に何枚かのカードを持っている。その中に は原作者からの招待状がある。その手紙を持っていれば、ぼくはこの物語 で主人公を演じることができるのだ。ぼくはそのことに大きな喜びを感じ る。しかし、もう一度その手紙を見ようと、手の中のカードを何度も改め てみるが、どうしても見つからない。それに今日の3時からは東京で別の 仕事の約束があった。それをすっぽかすわけにはいかないだろう。今から 東京に戻ればなんとか3時に東京に戻れるはずだ。ぼくは後ろ髪を引かれ る思いで、撮影現場を離れる。

2005年07月25日

7月25日の夢(放送局潜入)  夕方、放送局の前を通りかかると、誰にも制止されず、ふらふらと中に 入れてしまった。報道局のようなデスクの上に黒電話が沢山置かれた大き なオフィスがあり、人がぱらぱらとしかいない。廊下から覗き込むと、そ のデスクの一角で、人気ロックバンドの三人がDJ番組を生放送中だ。予 算の少ない番組はスタジオを使わず、こんなところで放送しているのか。 しかし、この番組は夜の時間帯のはずだ。こんな時間に放送しているのは 変だなと思う。「生放送」と言っているが「看板に偽りあり」なのかもし れない。彼らは聴取者から送られてきたメールやFAXをテーマ別に青い


ファイルに分類してそれを読んでいる。しかし、そのファイルがこんぐら かってしまったらしく、読むべきメールを大慌てで探し回っている様子だ が、そんなことはそぶりにも出さず、平静な声の調子でしゃべり続ける。 それを覗いていると、共演の若い女子アナが冷たい目線でぼくをにらみつ け、目が合ってしまった。

2005年07月26日

7月26日の夢(砂漠の国で迷子になる)  砂漠の国へ旅行に出かける。駅の前のロータリーも砂の色だ。ほかに連 れがいたのだが、信号が赤に変わる前に彼らは渡ってしまい、ぼく一人だ けが取り残されてしまった。信号を渡ってみても、もう連れの姿はどこに もない。困っていると、一人の女性が群集の中からそっと現れ、「皆はパ イ・・・ホテル(よく覚えていない)にいますよ」と教えてくれる。で も、ぼくはこの国の字が読めないし、言葉もできないから、どれがそのホ テルなのか分からない。近くにここがそのホテルかもしれないと思われる 建物があったが、そのまま通り過ぎてしまう。町はずれにホテル(といっ ても小さな裏寂れたものばかり)が建ち並ぶ一角を見つけるが、そのどれ も目指すホテルではなかった。途方に暮れているところに、バスがやって きた。みんなが迎えに来てくれたのだ。おかげでやっとホテルにたどり着 くことができた。

2005年07月27日

7月27日の夢(お屋敷の住人は列車強盗)  ぼくは高校生で、鉄筋コンクリート地上五階建てくらいのものすごく大 きなお屋敷に、部屋を与えられて逗留している。広すぎて勝手が分から ず、エレベーターに乗る度に思わぬ場所に出てしまい、他の人のいる部屋 を横切ったりして、きまりの悪い思いをする。中には人間でなく、犬が暮 らしている豪華な部屋もある。


なぜこのお屋敷の主人がぼくにこんな待遇を与えてくれたのかは分から ない。だが、ここでの生活費は自分で稼ぐように言われる。その手段は列 車強盗で、そのノーハウをお屋敷の人から伝授される。  また、ぼくがこの土地の高校に入学できるよう、地元の学校を紹介して もらったが、お屋敷の主人や主婦の話す言葉がぼくにはよく理解できず、 彼らの親切はありがたいが、それが何という駅にある何という学校なのか 分からない。  ともかく電車に乗って、通学することにする。一つ隣のいつもの乗り換 え駅で降りたつもりで連絡通路をどんどん行くが、どうも勝手が違う。ぼ くは方向音痴なので、間違えて反対方向の電車に乗ってしまい、目的地よ り逆に一つ遠い駅で降りてしまったらしい。

2005年07月28日

7月28日の夢(円環する夢)  ぼくの家へ四国から女友達がやってきた。女友達はぼくの妻だ。家は畳 敷きの一軒家で、ぼくは家族と女友達と一緒に談笑する。それから彼女と ぼくは仲むつまじくする。壁一つ隔てたキッチンには妻(女友達と同一人 物)がいるはずだが、気づかれないだろうと思う。時計を見て、女友達は 「そろそろ行かないといけないのでは?」と言う。彼女の持つ航空券を見 ると、あと40分後に飛行機が出ることになっている。急がないといけない と、タクシーを呼んで、彼女を空港に送り出す。そうすれば彼女は一時間 半の飛行の後に、東京(つまり、ここ)に帰り着けるだろう。

2005年07月30日

7月30日の夢(席がない)  会社の建物はちょっと小学校のような造りで、一本の廊下の片側に三つ の部屋が並んでいる。でも教室のように大きな部屋ではなく、小さな飲み 屋のような感じ。いずれの部屋も中央に大きなテーブルがあり、その片側


に椅子が三つずつ並んでいる。ぼくがトイレに立って、再び戻るとお菓子 売りの男の子がセールスに来ていて、女子社員たちは全員廊下に出て、そ のお菓子に群がっている。注文によっていろいろ好物をトッピングできる ということだ。みんながああでもないこうでもないと商品を選ぶのに時間 をかけている間に、男の子は女子社員の一人と片隅に行き、なにかいちゃ いちゃと話し始める。ぼくは「これでは営業妨害じゃないか。帰ってく れ」と強く男の子を叱りつける。それでようやく秩序が戻り、社員たちも 席に戻ったが、いつのまにか椅子はベンチに変わっていて、ぼくの座る席 がなくなっている。おまけに、ぼくのやるべき仕事ももう何もないような のだ。

2005年07月31日

7月31日の夢(お茶の車内販売)  妻と列車に乗っている。車内販売のお茶を買う。一抱えもある大きな円 筒形の火鉢のようなものの上に、蓋をひっくり返したような形で、大きな 盃型の器が載っている。その器に満たされたお茶を、下の火鉢で温めて、 ごくごく美味しそうに飲み干した。


2005年08月02日

8月2日の夢(絵の中の少年)  ある学校のクラスで、生徒が荒れる事態が続いた。そこで担任とクラス の仲間たちは、一人の画家に頼んでたくさん絵を描いてもらうことにし た。出来上がった絵の中には必ず一人の少年がいた。みんなはこの少年は きっと素晴らしい人なのだろう、作者の理想が投影されているのだろうと さまざまに推測したが、画家に聞いてみると「単にフツーの少年」に過ぎ ないのだという。

2005年08月03日

8月3日の夢(船の中の水)  港で船に乗ろうとして、列の一番先頭に並んでいる。もう一人の男と最 初に乗船するが、船の中はプールのようになっていて水がいっぱい。これ では乗り込めない。ぼくは水の中に片手を突っ込み、かきまぜるようにし て、水の感触を確かめる。いったん下船して、係員にそのことを告げる と、係員は「すみません。前に乗っていた乗客のおしっこを貯めたまま、 捨て忘れていました」と言う。

2005年08月04日

8月4日の夢(尖塔のある銭湯)  前から見ると昔ながらの銭湯だが、屋根の上にモスクワのクレムリンの ような、にょきにょきした塔がいくつも突き出ている。そのポストモダン な感じが女性に大人気の銭湯だという。

2005年08月05日


8月5日の夢(宇宙ホテル)  ぼくはジャーナリストで、中年の酒井、若い中村という二人の男ととも に「宇宙ホテル」へ行く。そこで、ぼくは一年前に来たときと全く同じ光 景を見る。高校生くらいの生徒たちが家具をひっくり返して、ホテル中を めちゃくちゃにしているのだ。彼らはその破壊をしたのは自分たちではな く、宇宙の悪魔的な力が働いてこの場所が破壊されたのだと信じさせたい らしい。  ぼくは山の上にあるそのホテルから逃げ出して、バスに乗る。一番前の 座席に座ったので、どんどん坂を下っていく景色がパノラマのようだ。や がてホテルからぼくらを追いかけてきた乗用車とバスとは、派手なカー チェイスを始める。  なんとか追跡を振り切り、途中の茶店に入って休む。仲間たちはみんな お菓子を注文するが、ぼくは横になって寝たふりをする。するとUカメラ マンが「もう寝た?」と言いながら近づいてくる。ぼくは「半眠半醒」と 言って、にやっと笑いながら起きあがり、ぼくが持参したお菓子を二人で 仲良く分け合って食べる。

2005年08月07日

8月7日の夢(大教室トイレ)  X音楽教育財団で記者発表があるというので、その本部ビルに行く。会 場がわからず、うろうろしていると、どうやら二階の教室で模擬レッスン があるらしいと見当がついた。でも、まずその前にトイレに行こう。二階 のトイレは使用中だったので、いったん階段を降りて、確かここらあたり にトイレがあったと思う場所へ行く。予想通り、そこに男女の人型のマー クがある。もちろん男のマークのある方へ入ったのだが、ドアを開けると そこは大学の階段教室のような広い部屋で、たくさんある椅子のうちの幾 つかが便器になっている。しかし、それ以外の椅子にはまじめそうなご婦 人たちが座って、講義を聴く態勢をとっている。間違いなくトイレなのだ からと自分に言い聞かせ、持っていた大きな荷物を別の椅子の上に置い


て、便器の上に登る。便器の上に立たないと用を足せない構造になってい るからだが、便器の上に立てばひときわ目立ってしまって、とても恥ずか しくて用を足すどころではない。もっと目立たない便器はないものかと探 し回るが、あいにくどれも使用中だ。しかたなく、最初の便器に戻るが、 そこにはもう別の婦人が座って、講義を聴いている。しかたなく、いかに も用を足したようなふりをして、荷物を持つと、がっかりしてトイレから 出る。  体が不調なので、妻と一緒に医者に行く。待合室で二人で待っている と、カウンターの奥から男の医者がわざわざ出てきて、「心臓とか調べま したが、何一つ悪いところはありませんよ」と言う。  社長の自宅を訪ねる。緩やかな傾斜の丘一つがまるごと邸宅になってい る。もう夕方だが、社長の娘の姿が見えない。それはぼくのせいのような 気がして、責任を感じたぼくは庭中を探し回る。行方をつかめないまま戻 ると、いつのまにか娘は戻っていて、手負いの獣のようにじっと床にうず くまっている。社長はぼくに「山の向こうはこの時間になると、もう暗く て寒いぞ。わかっているだろうが」と言う。ぼくはむっとして、「庭の掃 除をしていただけですよ」と答える。  会社のぼくの席の横に、大きなゴミ袋が置かれていて、中にはがらくた がいっぱいだ。何一つぼくのものは混じっていないのだが、会社のみんな はこういうがらくたはみんなぼくのものだと決めつけて、ここに置いたよ うだ。腹が立ったぼくはそれをみんなオフィスのフロアにぶちまけてしま う。

2005年08月14日

8月14日の夢(二重の二重の橋)  橋の上にもう一つ、透明なガラス張りの橋がかかり、そこに二人の警官 が常駐するようになった。昼夜を分かたず、そこで何かの監視をしている


らしい。ぼくはもう一人の男とともに、そのガラス張りの橋に入れてもら う。中はまるで温室のようで、耐えきれない暑さだ。「これは防弾ガラス なのですか? それにしても暑くて大変ですね」と、ぼく。警官は「さっ きまではここにこれが張ってあったんですよ」と、片隅に寄せた青い葦簀 (よしず)を見せてくれる。そして無線で別の場所にいる上司に「やっぱ り市民に入ってもらうと、分かってもらえますよ」と、嬉しそうに報告し ている。ぼくらも警官に声をかけられて、ご馳走してもらったばかりだ が、おばさんた���のグループ数人にも声をかけてご馳走し、うまく懐柔に 成功したらしい。「声をかけるタイミングも難しいんですよ。普通はFM 橋か跨線橋の上にいらっしゃるわけでしょ?」と警官は自画自賛する。そ う言われて足下の橋を見直す。一本の橋だとばかり思っていたが、こちら 半分は列車の線路をまたぐ橋で、向こう半分は川の上にかかる橋だったの だ。向こう半分の橋の傍らにはJ-WAVEの放送局のビルがあるので、通 称FM橋と呼ばれているらしい。この二重の橋の上に、さらに警察の監視 用のガラスの橋がかかっているというわけだ。

2005年08月19日

8月19日の夢(無駄の摘発)  野外の競技場。といっても地面はでこぼこで整地もされず、草野球場の ような感じ。ぼくは警備担当で「無駄なもの」がどこかに置いてないか、 チェックするためグラウンドの観客席(といって固定した椅子があるわけ ではなく、草原の上に腰をおろす感じ)を一周して見回る。無駄なものは とても危険な存在なのだ。ちょうど四分の三ぐらい回ったところに、アメ リカのブッシュ元大統領が座っている。そのすぐ後ろを通過する。もうす ぐ一周地点に戻るというあたりで、物置の棚におばさんが韓国製の食品を たくさん積み上げているのを発見する。これは無駄なものだ。直ちに摘発 する。  道ばたに辛い生活をしている犬たちが何匹もいると聞き、出かけてい く。そのうちの一匹の黒犬が寝ころんでいるところへ行き、ぼくは棒を黒


犬の鼻先に突き出し、遊んであげる。犬は生まれてから一度も人間に遊ん でもらったことがないので、感激して大喜びでぼくの棒の後を追いかけて はしゃぎ回る。そして生涯で初めての満足を覚え、満ち足りた様子で家の 中に入ると、そのままやすらかな眠りにつき、天に召されていく。(その 後、目は覚めないまま大泣きをしました)

2005年08月21日

8月21日の夢(封印された津軽弁)  自分たちが主催する朗読ライブに、青森からただ一人出場する少女がい る。彼女は朗読用の作品を収めた大判のファイルを持っているが、その ファイルの中に一回り小さい縦長のノートが入っている。そこには津軽弁 で書かれた作品が収められており、それだけはけっして朗読しないことに しているという。

2005年08月23日

8月23日の夢(お葬式とゴキブリ)  妻とお葬式に行く。舞台の上にうずたかくお供え物が積み上げられてい る。司会者が参会者の名前を一人ずつ呼んでいく。まるで国会の記名投票 のよう。呼ばれた人はそのお供えの山の中から、自分のお供えを取り出し て、祭壇に捧げる。ぼくは「テレビ関係者」というグループの最後の列に いて、ぼおーっとしていると、司会者に「一色さんはまだですか?」と促 される。慌ててお供えの山から、自分が持ってきたものを取り出す。それ は夢の解放区のメンバーとかつて発行していた同人誌「黄金時代」だ。大 判のその雑誌はかなり古びて、表紙には大きな黒い穴もあいている。ぼく は妻とそれを見て、「だいぶ年季が入っているね」と苦笑し、丁寧に祭壇 に捧げる。  台所に大きなゴキブリが出た。必死でソファーの下をごそごそと逃げ回 るそいつを、ぼくははえ叩きを持って追いかける。


2005年08月24日

8月24日の夢(都市建設とトイレクエスト)  東北で新しい都市を計画的に建設している。都市は二重構造になってい て、城壁のようなもので内側と外側の二つの市街に分けられている。その 内側の市街だけで、もうすぐ2万5千の人口に達する予定だ。  トイレに入る。トイレだという部屋は、ベッドやインテリアがきれいに 整えられた普通の部屋で、ベッドカバーの上に弁当箱大の白い箱が置かれ ている。これが便器だ。しかし、この箱に命中させるのも至難の技だし、 やっているうちに溢れてしまいそうに思われる。それなら通りを隔てて向 かい合っているビルのトイレを貸してもらった方がいいと思いつく。早速 通りをわたって向かいのビルに入ると、そこは一階・二階ともファスト フード系のお店が並んでいる。隅々まで歩き回るが、トイレは見つからな い。

2005年08月25日

8月25日の夢(動物が引く新幹線)  東北地方を旅行して、新幹線に乗っている。素晴らしいスピードで疾走 する新幹線だが、レールの上ではなく道路を走っている。窓から見ると、 この新幹線は大型犬のような二匹の動物が犬橇のように引っ張っているの だ。道路は左側通行だが、動物が右側に移ったので、対向車線ですれ違い を待っていたバスや車が慌てて反対側へ移動するのが見える。そのうち動 物たちはスピードを急に落としてしまった。しかし、新幹線そのものは慣 性がついているので、運転士が左にハンドルを切って動物を轢かないよう に避けて、追い抜く形になった。ぼくらの席の窓の下で、二匹の動物は すっかり止まってしまったのが見える。


2005年08月27日

8月27日の夢(会社に入る二つの方法)  自分の会社に入っていくとき、二つの方法がある。普通に入る方法と、 魔術師として入る方法とがあるのだ。せっかく魔術を使って入れる方法が あるのに、もったいないなと思うが、やはり普通に入ることにする。で も、玄関をくぐるとき、魔術の印が書いてあるのを見ると、つい魔術を 使ってみたい誘惑にかられる。でも、やめておく。

2005年08月28日

8月28日の夢(手のひら型食虫植物)  電車でふと降り立った駅は、東京郊外のまだ開発の手の届いていない 町。駅から出て、市内を巡る市電に乗り換える。山間の町なので、これは 市電というよりもケーブルカーだ。傾斜のきつい路面を進む市電の内部は まるで観光バスのように豪華。乗客は小学生くらいの少年を含め、二、三 人しかいない。窓には分厚い大きなカーテンが激しい風にあおられてい る。景色を見るのにじゃまなので、外そうとするがうまくいかない。窓の 向こうには雪をいただいたスイスアルプスのような高峰がそびえ立ってい る。だが、なぜか景色全体が映画のスクリーンのように薄暗いのが不思議 だ。  歩くようなスピードで市電は渓谷に似た市街を走っていく。ぼくは「写 ルンです」を取りだして、美しい景色を撮りまくる。「写ルンです」は進 化していて、超薄型でとてもカッコイイ。停車した駅のホームでは、この 町の特産のゴボウの宣伝販売をやっている。空からヘリコプターが降りて きたと思ったら、それは無線操縦のミニチュアヘリコプターだった。ホー ムのかたわらには水槽が置かれ、中には食虫植物とその餌が入っている。 植物は人間の手のひらそっくり。お腹がいっぱいのときは緑色の握り拳の ように見えるが、空腹になるとぱっと指を開いて、餌をつかまえる。そし て、餌がいくら暴れてもぎゅっとつかんだまま、けっしてもう放そうとし ないのだ。


2005年08月29日

8月29日の夢(四ツ谷の牛舎)  雑誌の編集室にいる。校正を見ると、若い男性編集者が編集後記を間違 えたページに書いている。怒って、注意をする。日頃口うるさくてプライ ドの高いベテラン女性ライターのMさんも、彼のミスにいらいらした顔を している。  編集室を出て、取材に出かける。ところが約束していた相手が現れな い。中央線の電車で四ツ谷あたりの駅に降りる。駅の近くに牧場がある。 四ツ谷にこんなところがあったっけ? 牛舎の中から、両脇を二人の男に 抱えられて、びっこを引きながら警官が出てくる。牛に蹴られたらしい。 情けない警官だ。これから牛の品評会だ。牛を鑑定するのはぼくと一緒に 電車を降りた少年だという。牛舎からその牛を連れて、牧場の主人が出て きた。さっきのケガをした警官を思い出し、蹴られると怖いなあと、 ちょっとおびえる。ぼくも牛について外へ出るが、牧場で飼われている猫 たちがぼくの後についてきて、盛んにぼくの気を引こうと、ころころ地面 に転がったり、かわいい仕草をしてみせる。

2005年08月30日

8月30日の夢(おじさんの顔をさばく)  おじさんの顔を包丁で魚のようにさばいていく。そのおじさんの顔がテ レビの画面に「どうもありがとう」という感謝のメッセージとともに映っ ている。


駅(電車)


2005年4月30日

4月30日の夢(かゆみ止めは要らない?)  どこかのターミナル駅。新宿駅南口がうんと田舎の駅になった感じ。こ れからぼくは千葉の方へ出張するので、東武電車に乗り換えようと思って PASMO(東京地区の私鉄用)カードを探す。胸のポケットにいつも一揃い 入れているさまざまなカードの中からPASMOを探しだし、右手に持って改 札口に進むが、気がつくといつのまにか手からカードが消えている。どう したのだろう?と、慌てて胸ポケットをもう一度探すが、見つからない。 次に鞄をおろして、道路に置き、座ってごそごそ探す。すると、ぼくの後 ろにすっと一人の若い女性が立ち止まった。振り返ると、彼女は「あの、 これ、かゆみ止めがありますが」と言って、ぼくに塗り薬を差し出す。驚 いて「要りません!」と答えると、彼女は黙って立ち去る。ぼくは自分が もう一つ鞄を持っていたことに気づき、そちらの鞄もごそごそ探すが、や はりPASMOは見つからない。考えてみると、鞄を二つも持って出張に行く のはいやだ。「こんな鞄要らないや!」と言って、一つの鞄を路肩に放置 されているソファーの上に捨てて出かけようとするが、本当に大切な書類 が入っていたのはそちらの鞄の方だったと思い出す。

2005年05月08日

5月8日の夢(新幹線でぶつかる)  仙台駅の新幹線ホームに座っている。次々と目の前に列車が到着する が、ぼくの乗る列車はずっと夜遅くの発車なので、見送り続ける。そのう ちの一つの列車から、見上げるような大男が降りてきた。作曲家の小⃝亜 ⃝氏だ。ホームに降りたとたん、ぼくの目の前で何かに頭をぶつけて、 「いてーっ!」と叫ぶ。思わず目が合って、会釈すると、向こうもぼくに 会釈を返して立ち去る。


2005年06月12日

6月12日の夢(核戦争後の世界)  新潟に午後から出張することになった。3時半発の飛行機に乗ればよい ので、会社でゆっくり旅支度をする。社内には大きなタンスがあって、そ の引き出しにワイシャツとネクタイが入っているはず。引き出しを開けて みると、ネクタイはあるにはあったが、白地に菜の花のような色彩の黄色 いチェックの縞が入っているものしかない。これではあんまりだと思う。 とにかくワイシャツに着替えて、鏡を覗く。びっくりだ。首の周りに鎖国 時代の長崎出島の絵に出てくるオランダ人のような大きな襟飾りがついて おり、さらにその上の首にもばかでかい飾りがついていて、まるでエリマ キトカゲのようだ。慌ててそれらの飾りをハサミで切り取る。ズボンを穿 く。ウエストが急に細くなったようだ。何度もベルトをぎゅっと締め上げ たつもりでも、ズボンがゆるゆるになってしまう。周りに若い女の子たち がたくさんいるので、とても恥ずかしい。  そんな大騒ぎのあげくに、とにかく電車に乗る。核戦争があって以来、 外の景色は一変してしまった。荒れ果てた砂丘の風景が広がるここが東京 だなんて信じられない。汚れた長細い黒ずんだ水たまりがあり、そこに見 たこともない水棲生物がうごめいている。放射能で突然変異してしまった のだろう。ぼくはほかの乗客たちにそれを指さして、「見て見て! 懐か しい! 昔の川のようだ!」と叫ぶ。  ある駅で、暗い顔をした一人の男が乗車してくる。彼は放射能の突然変 異で生まれたミュータントの一種で、うっかり何か頼み事をすると、それ を成し遂げるために命まで捧げ尽くしてしまう性質があるから、気をつけ なくてはいけない。それなのに同僚のWくんが彼に何かを依頼してしまっ たという。これは大変なことになる、と直観したぼくは、Wくんをタク シーに乗せて逃がそうとする。だが、それは確かにタクシーの形をしてい るものの、ただの鉄の箱(なんだか棺桶のようだと、夢の中で思う)で、 自力で走行することができない。電車は地下を走っているので、ほかの乗 客たちといっしょにぼくはその鉄の箱に入ったWくんを地上まで懸命に運 び上げなくてはいけなくなる。こんなことをしているうちに、時間がどん どん過ぎてしまう。とても新潟行きの飛行機には間に合わないかもしれな


いと思う。

2005年06月19日

6月19日の夢(自動改札)  何かのパーティーに出席するため、新宿駅まで来た。改札を抜けようと して、胸ポケットにあるカードを次々と取りだしてみるが、どれで出発駅 の改札をくぐったのか、分からなくなってしまった。カードの裏の印字を 見れば、出発駅が刻印されているので分かるはずだと思い、一枚一枚丁寧 にチェックしてみるが、該当するものがない。改札口の向こうには同じ パーティーに出るらしい和服の女性たちがもう集まっている。でも、まだ 始まるまで時間があるはずだから、落ち着いてゆっくり調べようと自分に 言い聞かせ、もう一度一枚一枚見ていくが、やはり見当たらない。  たまたまポケットに一枚の乗車券が入っていた。いつどこで買ったもの か分からないが、これを精算機にかけて不足額を精算すればよいと思いつ く。しかし、精算機が見あたらない。改札の駅員に「精算機はどこです か」と尋ねると、駅員はあいまいに駅の外を指さして、「あそこにあるこ とはあるんですが、実はあまり正確じゃないんですよ」と苦笑いをする。 それなら、この駅員に精算してもらおうと思い、ポケットから適当に一枚 のカードを渡すと、駅員は不審そうに顔をしかめる。なんと、そのカード は1997年に使って以来、一度も使用されていないというのだ。ぼくは駅員 にすっかり不審者扱いされてしまい、容易には改札を抜けられそうにな い。

2005年07月05日

7月5日の夢(かくも長き不快)  京都駅で新幹線を降りようとして、デッキに出る。ドアが開いたところ で、自分が何の荷物も持っていないことに気づく。しまった。大きなスー ツケースをデッキ脇の棚(成田エキスプレスと新幹線の構造がごっちゃに


なっている)に置いたままだったのではないか、と思い出す。今から取り に戻ろうか、それともセレブらしく、自分は空手のまま赤帽さんを呼ん で、運んでもらおうかと一瞬迷うが、とりあえずデッキに戻ってみる。し かし、スーツケース置き場の棚にぼくの荷物は見当たらず、掃除のおばさ んたちが忙しく立ち働いているばかりだ。ホームに連れの女性がいるのを 見つけ、ぼくの荷物のことを尋ねてみるが、要領を得ない。そうだ。あの スーツケースには「かくも長き不快」というものが入っていたはずだと思 いつく。

2005年07月07日

7月7日の夢(水力式自動券売機)  ある私鉄の駅にやってきた。自動券売機は巨大なガラスケースに入った 路線地図。コインを入れて、目指す駅のボタンを押すと、切符が買えるら しい。地図の大きさの割に、駅の数は少なく、値段も80円、90円、100円 と、かなり手頃だ。ぼくはうっかり買いたいのと違う駅のボタンを押して しまい、周りにいた中学生の少年たちのグループに「違う、違う」と注意 される。  今度こそ正しいボタンを押せた。するとその駅名のところから切符がポ ンッと出てきて、コンベアのようなものに乗って運ばれてくる。いやに ゆっくりとした動きで、時間がかかると思ってよく見ると、切符を運んで いるのはベルトではなくて、ちょろちょろとした細い水の流れだ。自然の 力で、この機械は動いているのだと分かる。  ようやく出てきた切符を持って、カメラマンのM氏や同僚の女性社員O さんらと改札口に向かう。しかし、何か切符の感触が変だ。四つ折りにさ れた切符を開けてみると、それは大きな切手シートのような感じ。ミシン 目によって四枚ほどの切手のような切符がつながっているが、周囲がびり びりと破損していて、これでは自動改札が通れそうにない。改札口にいた ニキビ面の少年のような駅員にそれを見せると、彼は威張り腐った調子で 「こんな切符をうちの駅で売るわけがない」と、いかにも馬鹿にした様子 で言う。ぼくは慌てて、先に行ったOさんを呼び戻し、この切符をまさし


くこの駅の自動券売機で買ったことを証言してもらう。周りにいた中学生 たちも口々にぼくの言葉の正しさを裏書きしてくれる。(Mカメラマンは 知らぬ顔をして、さっさと行ってしまった) それで、駅員もようやく納 得してくれた。  なんとか電車に乗り、目指す駅で降りて、いつも薬を貰っている医院の 入口を入ろうとするが、なんとシャッターが降りている。せっかく来たの に、休みだとは! いや、この様子ではどこかへ引っ越したか、廃業した のかもしれない。ひどい。ぼくに知らせずにやめてしまうなんて! もの すごいショックに打ちのめされたとたん、目覚ましが鳴り渡る。

2005年07月12日

7月12日の夢(電車と写真館)  どこか沖縄のような亜熱帯の気候の街で電車に乗っている。もうすぐ駅 だというのに、電車は停車してしまい、なかなか動かず、車掌からの車内 放送も全くない。窓から見える目の前の信号が赤から緑に変わり、電車は ようやく動き出した。左にカーブしていくと、右側にすぐ目指す駅が現れ た。ものすごく時代物の黒塗りの商店建築で、ほとんど国宝級の感じの駅 舎だ。  ぼくはこの街の学校の講堂で行われるお芝居を見に行くつもりで、一時 間前に電車に乗ったのだが、途中で電車が遅れたため、開演まであと15分 しかない。おまけに駅から出ているとばかり思ったバスもなく、会場まで 歩いていかなければならない。  どうやら徒歩で、なんとか時間前に会場に着けた。大広間のようなとこ ろに荷物を置いて、腰を落ち着ける間もなく、急いで講堂に向かう。と、 ここで夢の筋書きが変わってしまい、会場は古い写真館になっている。や はり年代物のなんだかごちゃごちゃした玄関は無人だが、ここでは写真館 の老主人が撮影した古い写真が展示されていて、入口でその写真を絵葉書 にしたものを土産物として、セットで持ち帰ることができる。セットは二 種類あり、ぼくをはじめとする殆どの入場者は左側のたくさんプリントの 置いてあるセットを集めるが、一人だけ右側のセットを集め始めた男がい


た。しかし、彼の選んだセットには在庫の切れているものもあり、完全に は揃わない。困ったなとみんなで騒いでいるところに、老主人とその夫人 ら家族の人たちが二階から階段を降りてきた。彼らは一階の別の部屋へ向 かおうとするが、ぼくらは「ちょうどよかった」と彼らを呼び止め、こち らのセットの在庫を尋ねようとする。

2005年07月16日

7月16日の夢(鼻の穴地下道)  駅の地下道から地上に出た後、また駅に戻る。地下道への入り口は、 さっき出たときは普通の階段だったのに、今度はチューブ状の穴になって いる。人一人がやっと通れるような太さのトンネルが二つ、ちょうど鼻の 穴のように左右に並んでおり、しかも真ん中の壁がなく、くっついている のだ。そこに体をねじ込むようにして入れ、左側の穴を滑り台のようにし てなんとか滑り降りていく。

2005年07月27日

7月27日の夢(お屋敷の住人は列車強盗)  ぼくは高校生で、鉄筋コンクリート地上五階建てくらいのものすごく大 きなお屋敷に、部屋を与えられて逗留している。広すぎて勝手が分から ず、エレベーターに乗る度に思わぬ場所に出てしまい、他の人のいる部屋 を横切ったりして、きまりの悪い思いをする。中には人間でなく、犬が暮 らしている豪華な部屋もある。  なぜこのお屋敷の主人がぼくにこんな待遇を与えてくれたのかは分から ない。だが、ここでの生活費は自分で稼ぐように言われる。その手段は列 車強盗で、そのノーハウをお屋敷の人から伝授される。  また、ぼくがこの土地の高校に入学できるよう、地元の学校を紹介して もらったが、お屋敷の主人や主婦の話す言葉がぼくにはよく理解できず、 彼らの親切はありがたいが、それが何という駅にある何という学校なのか


分からない。  ともかく電車に乗って、通学することにする。一つ隣のいつもの乗り換 え駅で降りたつもりで連絡通路をどんどん行くが、どうも勝手が違う。ぼ くは方向音痴なので、間違えて反対方向の電車に乗ってしまい、目的地よ り逆に一つ遠い駅で降りてしまったらしい。

2005年08月28日

8月28日の夢(手のひら型食虫植物)  電車でふと降り立った駅は、東京郊外のまだ開発の手の届いていない 町。駅から出て、市内を巡る市電に乗り換える。山間の町なので、これは 市電というよりもケーブルカーだ。傾斜のきつい路面を進む市電の内部は まるで観光バスのように豪華。乗客は小学生くらいの少年を含め、二、三 人しかいない。窓には分厚い大きなカーテンが激しい風にあおられてい る。景色を見るのにじゃまなので、外そうとするがうまくいかない。窓の 向こうには雪をいただいたスイスアルプスのような高峰がそびえ立ってい る。だが、なぜか景色全体が映画のスクリーンのように薄暗いのが不思議 だ。  歩くようなスピードで市電は渓谷に似た市街を走っていく。ぼくは「写 ルンです」を取りだして、美しい景色を撮りまくる。「写ルンです」は進 化していて、超薄型でとてもカッコイイ。停車した駅のホームでは、この 町の特産のゴボウの宣伝販売をやっている。空からヘリコプターが降りて きたと思ったら、それは無線操縦のミニチュアヘリコプターだった。ホー ムのかたわらには水槽が置かれ、中には食虫植物とその餌が入っている。 植物は人間の手のひらそっくり。お腹がいっぱいのときは緑色の握り拳の ように見えるが、空腹になるとぱっと指を開いて、餌をつかまえる。そし て、餌がいくら暴れてもぎゅっとつかんだまま、けっしてもう放そうとし ないのだ。

2005年08月29日


8月29日の夢(四ツ谷の牛舎)  雑誌の編集室にいる。校正を見ると、若い男性編集者が編集後記を間違 えたページに書いている。怒って、注意をする。日頃口うるさくてプライ ドの高いベテラン女性ライターのMさんも、彼のミスにいらいらした顔を している。  編集室を出て、取材に出かける。ところが約束していた相手が現れな い。中央線の電車で四ツ谷あたりの駅に降りる。駅の近くに牧場がある。 四ツ谷にこんなところがあったっけ? 牛舎の中から、両脇を二人の男に 抱えられて、びっこを引きながら警官が出てくる。牛に蹴られたらしい。 情けない警官だ。これから牛の品評会だ。牛を鑑定するのはぼくと一緒に 電車を降りた少年だという。牛舎からその牛を連れて、牧場の主人が出て きた。さっきのケガをした警官を思い出し、蹴られると怖いなあと、 ちょっとおびえる。ぼくも牛について外へ出るが、牧場で飼われている猫 たちがぼくの後についてきて、盛んにぼくの気を引こうと、ころころ地面 に転がったり、かわいい仕草をしてみせる。

2005年10月02日

10月2日の昼寝の夢  地下鉄に乗ろうとして、ホームに降りようとするが、階段はなく、通路 はがれきの山で、とても足場の悪い坂になっている。地下鉄職員の白いヘ ルメットが置いてある。これは塗り直せばデモで使えると思い、こっそり 失敬する。隣にFAXつき電話機のような機械が置いてあった。その機械 からいつものように情報を取り出そうとして、二つのボタンをピッピッと 押すが、間違えて「駅員呼び出し」のボタンを押してしまい、呼び出しの ベルが鳴り渡り始める。やばい。急いで坂を降りて、ホームのベンチに座 る。しかし、失敬したヘルメットを持っているのに気づき、慌ててどこか に隠そうと右往左往する。早く電車に乗って逃げてしまえばいいと思うの だが、電車はちっともやってこない。今にも駅員が現れるのではないか、 一部始終を監視カメラで見張られているのじゃないかと気が気でない。


2005年10月03日

10月3日の夢(音楽列車)  我が家は駅のホームに直結している。今日は列車の車両に自動ピアノを 乗せて、車輪の回転とともに音楽を奏でながら旅をする音楽列車を、我が 家から仕立てることになっている。  定時にホームに何両編成かの列車が蒸気機関車に引かれて滑り込んでき た。父(実際は25年前に死んでいる)の指揮のもと、みんな「それっ」と ばかりに一斉にホームに飛び出し、車輪にコードを手際よく配線して、ピ アノに接続する作業をする。無事、停車時間中に作業が終わり、列車は音 楽を響かせて出発していく。  だが、専門知識を持っている父は早々と帰ってしまい、後に残ったのは 配線などがよく分からないぼくや女の子たちだけ。不安に思っているとこ ろに、さっきとは逆方向から列車が着いた。なぜか今度は機関車がなく、 車両の数も少ない。また、「それっ」と飛び出して作業をするが、なかな かスムーズに仕事が進まず、時間もかかる。ぼくは女の子たちに「配線は 大丈夫か」と声をかけて回る。でも、なんとか作業が終わり、列車は出発 した。ぼくはそれを、ほっとして見送りながら、「あれっ、帰りの列車な のだから、今度は装置を付けるのでなく、取り外すのじゃなかったっけ」 と思う。  ふと、駅の上の空を見ると、そこにどこかの山の斜面が大写しに拡大さ れている。街並みが見え、坂道を登っていく車や人々の姿が見える。  部屋に戻り、窓から見ていると、ちょっと暗めの顔をした女の子が廊下 をやってきて、我が家の玄関のチャイムを鳴らした。父のピアノの生徒 だ。「さあ、どうぞ」と言って、ドアを開け、ピアノのある部屋へ通す。 父が彼女をピアノレッスンしている間、ぼくは隣の部屋で待っている。

2005年10月30日


10月30日の夢(お弁当付き地下鉄)  名古屋の東山公園の奥の地下鉄の駅のホームにいる。地下鉄と言っても ここは電車が地上を走っているので、駅も地上にある。それにまだ都市開 発が進んでいないので、周囲はススキが生い茂り、山また山の地形だ。地 下鉄はこの駅が終点なので、入れ替えて別のホームに入線するというの で、かなり無理をして高さの違うホームへ乗り移る。見ていると山の間を 円を描いているレールを、入れ替えのため地下鉄が走っていく。先端が超 音速ジェット機のように長い超モダンなスタイルをした地下鉄だ。その長 い鼻の部分がカクッカクッと上下して、複雑な動きをしながらトンネルに 潜ったり、また地上に現れたりする。  ついにその地下鉄がホームに入ってきた。この地下鉄はお弁当付きで、 座席の一つ一つにお弁当が置いてある。既に乗り込んだ乗客もいて、蓋の あいている弁当箱もある。ぼくは入り口近くの席に慌てて座ろうとする が、怖いおじさんに「おれの席だ!」と凄まれる。さらに進むと、小さな 男の子と若い母親の向こうの一番奥の席が空いている。「そこ、空いてい ますか」と尋ねると、二人はにこにこと「空いていますよ」と答える。喜 んで腰を下ろしてみたものの、お弁当は男の子が食べてしまったらしく、 既になかった。  気がつくと、ぼくの座席だと思ったのは、四人の人間が折り重なって人 間椅子になっているのだった。そのうちの一人の男はもう一人の女に執拗 に復縁を迫っている。そして、ほかの二人はぼくに「お恥ずかしいところ をお見せして・・・」と詫びる。ぼくは「いいですよ。ぼくは慣れてます から」と答える。  外は早朝らしく、窓から見える山やススキの原には深い霧が降りてい る。車内アナウンスが「このあたりは海から⃝⃝キロと遠いのに、海の影 響で朝には霧がでます」と放送している。と、電車は直角に近いカーブを 切って、山の方に進む。そこは砂漠に近い岩山で、風景ががらりと変わっ てしまう。窓の向こうを趣味の悪い巨大なモニュメントが過ぎる。そし て、その隣に「劇団ラブ 詩劇上演記念」という小さな石碑のようなもの が置かれているのが、ちらりと目に入る。ぼくは驚愕する。あれはぼくが 40年前に、「劇団ラブ」という学生劇団を作って詩劇を上演したとき、確


かにその記念にとそこに置いたまま、忘れていたものだ。

2005年11月09日

11月9日の夢(脱出行)  何があったのか分からないが、文明社会が至るところで破滅に瀕してい るらしい。行方不明で、連絡のとれなくなった会社の同僚たちも多い。デ ザイナーのSくんの携帯番号にかけても、出てくるのは全く関係のない女 性だ。  社員みんなでここから脱出することになり、列車に乗ったつもりだった が、それは船だった。大きな入り江か川のような水面を航行していくと、 大波が立ち、船はゆさゆさと揺れる。上空を米軍のヘリコプターの編隊が 轟音を立てて海の彼方へ飛んでいく。  駅に着いて(やっぱり列車だったらしい)、みんな小休止する。ぼくは その間に何か腹の足しになるものを買っておこうと、駅の近くの魚屋を覗 く。開店しているお店も今では少ないので、魚屋も殆ど雑貨屋のように なっていて、パンも売っている。どのパンを買おうかと迷っているうちに 「出発!」という声がかかる。みんな一つだけ開いているレストランに 入っていく。そこは人々でいっぱいで満席だ。所狭しと並べられた椅子の 脚に蹴つまずきそうになりながら、苦労して店内を進み、空席を探してい ると、誰かが「外だ」と言う。意味が分からないでぼうっとしていると、 みんなは店の外の地面に座って、食事のできるのを待っている。店内に 入ったのはトイレを借りるためで、もともと席はなく、外で食べるしかな いのだという。

2005年12月11日

12月11日の夢(畳まれた階段)  いつもはJRで出勤するのだが、今日は地下鉄に乗った。会社のすぐそ ばには駅がないので、一番近い駅で降りようと思う。まだこの駅では遠い


なと思い、そのまま乗っていくと、さっきの駅より逆に会社から遠ざかっ てしまった。まずいなと思ううちに、どんどん会社から離れていく。だ が、車内は満員なので、今度ぼくの立っている側のドアが開いたら、その 駅で降りようと思う。と、次の駅も反対側のドアが開いたけれど、周囲の 乗客がどどっと全員降りていく。「しめた」と思い、ぼくも出口へ向かう が、なぜか自分だけが靴をはいておらず、はだしであることに気づく。   ともかく、首尾良くホームに降りることができたので、階段を降りていく (なぜか地下鉄の駅なのに、さらに下降する)。と、階段がところどころ 折り畳まれていて、降りるためには自分で階段を引き出さないといけな い。しかし、面倒くさいので、一段だけ引き出して、あとの二段は飛び降 りる。  階段を降りきるあたりに、大きな機械が据えられている。使われていな い機械だと思い、なにげなく機械の一部を引っ張ろうとすると、怖いおじ さんが作業中であることに気づき、慌てて手を引っ込める。さらに通路を 行くと、左右にその機械が置かれている。これはガラス細工をする機械だ と分かる。二つの機械が通路をふさいでいるので、右側の機械の下を強引 にくぐろうとすると、作業をしているおじさんが「どこを通ればいいと 思っているんだ?」と凄む。無理矢理通り抜けようとすると、上から熔け たガラスの火の粉が降ってくる。しかたなく、二つの機械の真ん中を通り 抜けようとするが、狭すぎて通れない。進退窮まってしまう。

2006年03月04日

3月4日の夢(座敷電車)  これからぼくは奈良へ旅行に行くことになっているが、今は豪華な座敷 で開かれている詩の集まりに出席している。ぼくはなぜか一度外に出て、 それからまた豪華な襖のような和風の横開きの扉を開けて、中に入るとゲ ストの舞踏家・M氏がもうそこにいて、練習を始めていた。と、思うと、 それはM氏ではなく、ゲイの男だった。彼は日本酒の一升紙パックをこぼ しながら、ごくごくと飲んでいる。その紙パックを投げてよこすので、受 け取るが、まるで雲のようにふわふわと軽い。「軽いね」と、ぼくは驚い


て言い、ゲイの男に投げ返す。すると、いつのまにか座敷は市街電車に なって、疾走している。「えっ、この座敷は電車になるの?」と驚きの声 を上げると、ゲイの男もびっくりした様子。外を見ると、ほかにも二台の 電車が走っているので、それらの運転手に「これは何行き?」と、ぼくは 尋ねる。彼らは知っているのか知らないのか、「さあ、どこ行きだろ?」 と言う。ぼくとゲイの男は「駅行きにしないと承知しないからな」と運転 手をおどす。

2006年04月27日

4月27日の夢(寅さん)  柴又の寅さんといっしょに、子供たちと一緒に博物館に行く。ぼく自身 も子供かもしれない。入口で一人の女の子が「こういう博物館には、いろ いろなものがごちゃごちゃに展示してあるところが必ずあるでしょ? あ れはどうしてなの?」と、寅さんに質問する。すると、寅さんは壁いっぱ いに展示してあるパネルに、野菜やらバケツやら野球のグローブなど、い ろんなものの絵を次々と磁石でくっつけていきながら、「それは な・・・」と説明する。ぼくにはそれは全然説明になっていないと思われ るが、女の子は「ありがとうございました」と納得し、ぼくだけが取り残 されてしまう。  みんな帰ることにする。小田急線と、もう一つ別の線で帰る組と、二手 に分かれる。ぼくはポケットの中の切符を確かめる。切符は丸いあめ玉 で、最初は二つあったと思ったのに、今は左ポケットに一つしかない。し かも、ねばねばしてポケットの中でべたべたくっつく。いつ、それを渡せ ばいいのかと迷っているうちに、二つの電車がやってきた。どっちがどっ ちの線だかわからないが、両方とも遊園地にある乙女チックな馬車のよう な感じ。みんなどっと乗り込むと満員になってしまい、ぼくだけが取り残 される。孤独感をかみしめるが、ふと気がつくと、ぼくの周囲に誰も気づ いていない座席が2列あった。ぼくはほっとして、そこにゆったりと腰を かける。車両は出発した。前の席にいた女の子の一人だけが気づいて、後 ろを振り返り、抱えていた人形をぼくの方に差し出す。ぼくはそれを受け


取って、自分の席の隣に置く。

2006年04月29日

4月29日の夢(人工海岸)  ある友人(実在しない中年の男性だった)のところへ、原稿の執筆を頼 みに行った。原稿を受け取り、帰るためにぼくは新幹線に乗る。友人も一 緒に来て、さらに執筆意欲を示すので、新幹線が止まる各駅ごとに一つの テーマで、毎回連載してもらったらいいと思う。新幹線の中でぼくは窓際 の席に座っていたのだが、その話を友人と立ち話して席に帰ろうとする と、それは可動席だったらしく、片づけられてしまい、席がなくなってい る。このまま立っていくのは辛いので、真ん中の方に席を探す。新幹線の 車両はまるで動く体育館のように幅が広い。こんな大きな車体が狭いレー ルの上に乗っているなんて、信じられないなあと思う。運よく、真ん中の 方に空いている席が見つかった。  エレベーターに乗る。数人の知らない女性が乗り合わせる。床に黄色い 尿が流れている。汚いなあ。足で踏まないようにしようと思う。ほかの階 で乗ってきた人がいるので、奥の方に移動すると、尿はぼくの靴の裏から 流れ出ていることが分かる。どこかで、知らないうちにおしっこの痕を踏 んでしまったのだろう。  家のそばをちょっと南の方に歩くと、そこに海岸ができていた。そうい えば都市改良で、都心にまで海岸線を引き込む工事が進んでいたのだ。喜 んで海岸線に近づくと、まだできたばかりの海岸は人工の砂利が固まって おらず、ずぶずぶと体が沈んで、身動きがとれなくなる。やばい。そうい えば、そんな注意の立て札があったのに、見落としていたのだ。このまま 潮が満ちてきたら、水死してしまうと焦る。必死で脱出しようと焦るがう まくいかないので、念力で海岸線にコンクリートの細い通路と、内陸へ通 じるトンネルの入り口を作り、そこを通って脱出した。


2006年05月14日

5月14日の夢(二つの菓子折)  取材先を二軒訪ねるので、菓子折を二つ用意して持っていく。うっかり して、最初の取材先で二つとも重ねて出してしまい、慌てて下の方を引っ 込める。下の菓子折は上等なカステラだ。いつのまにかその菓子折の紐を 解いてしまったらしく、これでは蓋が開いてしまう。何か紐のかわりにな るものを探す。そこはいつのまにか駅のロビーのようながらんとした空間 になっていて、はるか向こうの壁際に、誰かが捨てたズボンのベルトが、 隠すように捨ててある。まさかあれを紐のかわりにするのはまずいと思 う。  そこは駅の待合室なのか、ぼくはベンチに腰掛けている。そこへまだオ ムツがとれないような女の子を抱いた男がやってきて、ぼくの会社が従業 員が増えた分、作業場が過密になり、ミスが出て、迷惑を受けたという。 そのことについて、会社側の責任を証言するよう、ぼくに迫る。ぼくは会 社側につくべきか、男の側につくべきかと迷う。

2006年05月16日

5月16日の夢(ミニ小田急とミニ新宿駅)  海を埋め立ててレジャーランドができた。その中をミニ小田急が走って おり、駅はすべてミニ新宿駅の形をしている。Uカメラマンがもう一人の 知らないカメラマンと一緒にやってきた。彼といっしょにレジャーランド の真ん中にある建物に入る。建物は四方が大きな窓になっていて、そこか ら360度パノラマで美しい海と山の景色が見える。外では何も風景が見えな かったのに、ここは本当はこんな景色のいいところだったのかと、びっく りする。外へ出て、三人でお互いを写真に撮り合おうとする。ところが ファインダーを覗くと、お互いの間に黄色い貨車のようなものが入ってい て、じゃまだ(三人の間を一人ずつ分断するように二台の貨車がある)。 これでは撮影できないと思い、カメラを覗くのをやめると、知らないカメ


ラマンの姿が消えている。  ミニ新宿駅の一つに列車で着く。改札口から外へ出ようとすると、一 メートルくらいの段差がある。みんなはさっさと降りてしまったが、ぼく だけ段差にちゅうちょしていると、下の地面にヤギのような動物がやって きて、にゃーにゃーとぼくに甘える。その動物のおかげでぼくは外へ出る ことができた。すると、降りた乗客たちは、そこでいろんな動物たちとて んでに遊んでいる。それらは動物というより、形が崩れたヒルのような不 気味な生き物で、納豆のようなネバネバした液体で地面と体がくっついて いるのもある。みんな夢中になっているが、ぼくはそれらのことはみんな に任せて、一人歩み去る。  突然、戦争になる。空にぼろぼろになった大きな軍旗がなびいている。 ぼくは戦争をゲームに変えてしまう。一人一人が洗面器かフライパンのよ うなものを手に持って、そのフライパンどうしで玩具の弾丸を羽根突きの ように打ち合い、勝ち負けを決めるのだ。

2006年06月30日

6月30日の夢(逃げるときはピンク色)  新幹線にみんなで乗る。何か危険なものが迫っており、それから逃れる ために、男も女も全員ピンクの靴下をはいている。危険からのお守りアイ テムらしい。ぼくもそうだが、慌ててはいたので、半分くらいつっかけた だけだ。しかし、危険なものは駅の売店の方に逸れたので、急いで声をか けあい、みんなでちょうど入線してきた新幹線に乗り込む。  新幹線の中は、通常の前向きのシートではなく、三人掛けのソファーが 横向きに三、四列並んでいる。種類も三種類くらいあり、ぼくは窓際のピ ンクのソファーに座りたいが、あまりにもギャル向きでぼくには似つかわ しくないかなと思う。ふと気がつくと、ぼくは反対側の茶色のちょっとこ じゃれたソファーに腰掛けている。この席でもいいじゃないかと、ほっと する。だが、そのとたん自分が荷物をどこかへ置き忘れたことに気づく。


急いで降りて、ホームの階段のかげに手を伸ばすと、まるであつらえたよ うに、そこに黒い自分のスーツケースがあった。ほっとして、それを持っ て、新幹線に無事乗り込むことができた。

2006年07月17日

7月17日の夢(北口と南口)  中央線の中野から二つ目くらいの駅の、北口にある喫茶店に入り、窓際 の席につく。ところが一団のサラリーマンふうの男たちがどやどやと入っ てきて、店内を占領する。ぼくとテーブルの間にも男の一人が勝手に座っ てしまい、向こうを向いて打ち合わせを始める。これでは全く落ち着かな い。  ぼくはその店を出て、今度は南口の喫茶店に入る。こちらの店はとても 明るくて、ゆったりできる。ぼくは店の女主人に「北口の喫茶店は昔の文 士たちが来た店だから暗いが、南口はそうじゃないから明るくていいね」 と話しかける。

2006年08月11日

8月11日の夢(田舎���駅) (8月11日の夢)  妻と田舎の駅で電車に乗ろうとしている。13番線から電車が発車すると いうので、急いでホームへの階段を登りかけるが、妻は「ちょっと待っ て」と言って、駅の外のトイレに駆け込む。見ていると、彼女はトイレの 入り口にあった洗面台を両手に抱えて、トイレの奥に入っていった。  出てきた妻と、ホームへ登ると、遠ざかっていく電車が二つ見える。一 つは二両編成くらいの小さなローカル電車。もうひとつは沢山の車両がつ ながった特急か急行で、複々線の別の線路を同じ方向に走っていく。  「行っちゃったよ。次は1・2番線だ」と、ぼくは妻に言い、二人で階段 を下りる。13番線とはかなり離れている。1・2番線のホームに着き、階段


を見ると、熔岩にふさがれていて登れない。火山の爆発で最近こうなった らしい。その隣に新しい1・2番線のホームがあった。その階段も登りにく く、特に左側はふさがれていて、登れない。「右側から登るように」と妻 に伝える。既にホームには何人もの乗客が電車を待っている。

2006年08月26日

8月26日の夢(アンティークな列車)  ぼくは古い懐かしい感じのするアンティークな列車に乗っている。窓の 外の線路を、やはりアンティークな古い列車や貨物列車が通り過ぎてい く。車内に貼られている広告も、みな奇妙で時代を感じさせるものばかり だ。  駅に列車が停車する。駅舎もアンティークな建物だが、行く手に現代的 な高速道路の高架が見える。それがゆっくりと、スローモーションのよう に倒壊する。列車はまた動き出した。高架を走っているというより、殆ど 空を飛んでいる感じだ。川が見える。川の水面の途中に古い時代と現代と の境目があるらしく、そこで空間に段差ができていて、水が白く泡立ちな がら流れ落ちていく。  海岸に列車は出た。たくさんの白い海鳥が空を飛んでいる。「ここはど こだったろう?」「こんな景色は沢山あったからね」と、ぼくは隣の席の 同乗者と会話する。  いつのまにかぼくらは列車を降りて、街を歩いている。ぼくは十代の若 い少女で、小さな少年を肩車している。その少年もまたぼく自身であるよ うな気がする。ぼくらの後を遅れてついて歩いていた若い男(ぼくらより は年上)が突然、ぼくらを追い抜き、行く手をふさぐ壁に手を突っ込む。 すると、壁は壊れて入り口が現れる。さらに男はまっすぐ手を差し出す が、壁はそれ以上開かない。後ろから覗き込んだぼくである少女が「こっ ちよ」と左手を指示する。男が言われるとおりにそちらに手を突っ込む と、入り口が現れて、ぼくらは小さな酒場に入ることができた。  酒場にはママさんがひとりで客の相手をしている。そこへ入ると、男の 体を学生服が包み込む。不思議な白い点々とした染みが学生服にはついて


いる。そして男はギターを持ち、「丘をこえて行こうよ」と歌い出す。店 内は若い男女でいっぱいで、みんなもぼくである少女も手拍子で男に合わ せる。  歌い終わるとママが言う。「どこへ行くの?」 男もみんなも口々に答 える。「フィリピン」「南シナ」・・・、みんなこれから出征して死んで いくのだ。ぼくである少女の目から大粒の涙があふれ出す。

2006年09月15日

9月15日の夢(流れるプール)  駅のホームとホームの間が線路でなく、水路のような流れるプールに なっている。そこをサーフボードに腹這いになって、小学生の女の子二人 がやってくる。水路は途中で直角に曲がっており、そのあたりで二人の ボードは転覆してしまい、二人はしたたかに水を飲み、悲鳴を上げる。し かし、本人は泳いだり、手でボードをコントロールしてはいけないルール らしい。そのかわり、ホームを二人について走る母親二人が、二本の長い 棒でボードをつついて懸命に元に戻す。しかし、安定の悪いボードはすぐ にひっくりかえり、女の子たちは母親を叱咤する。母親たちは必死の形相 だ。

2006年09月28日

9月28日の夢(コーヒーと食虫植物)  何かの帰り道、誰かに左の肩に注射をされる。まあいいや、と思う。 男 性がぼくにコーヒーをおごってくれるという。もう乗っている列車があと 五分で駅に着くのに、飲む暇があるだろうか。列車の中でコーヒーを売っ ている男性は、「もう濃いのしか出せません」と言いながら、カウンター に置いた四角い容器の中で、泥のようなコーヒーをかき回す。結局、「あ まりに濃すぎて出せません」と言う。  駅に着き、ほかの人より早く、一人だけバス停に行って並ぶ。外国のよ


うな感じ。突然、左肩に違和感を覚える。見ると、食虫植物のようなもの がぼくの肩にはりついている。もぎとってももぎとっても、肌に張り付い た部分がはがれず、まあ、後で取ればいいや、と思う。

2006年10月01日

10月1日の夢(電車で用足し)  京王線の電車が新宿を発車したところで、ズボンをぱっとずり下げて、 車両の連結部に腰を落とし、大便をしようとする。連結部のすきまからで きると思ったのだが、ふと見ると、隙間はほとんどない。これでは大便が 床にたまってしまうから無理だが、小便なら細い隙間を通って外に出てく れるだろう・・・と思うが、恥ずかしくてできない。思い切ってやってし まえ。そうじゃないと、もうすぐ電車は笹塚の駅に着いてしまうぞと思う が、なかなか決心がつかない。

2006年10月07日

10月7日の夢(列車に乗り損なう)  ホームで列車の発車を待っていたら、発車ベルのないまま列車が出発し てしまい、ぼくは取り残されてしまった。ぼく以外にも、中年のおばさん など、沢山取り残された乗客がいる。みんな慌てて、次の列車に乗り込ん だ。しかし、その列車は各駅停車で、次の駅に着く前に、早くも後から来 た列車に追い越されてしまった。  トイレが改良されたので、早速入ってみた。しかし、便器はなく、テー ブルの下に向かって、おしっこをするのだ。しかも、改良されたトイレの 見学者の男女が隣でぼくの放尿をじっと見ているのが気になる。ぼくのお しっこはとても勢いがいいが、すぐにテーブルの下から流れ出て、ぼくの 足下までおしっこの水たまりができてしまう。テーブルの向こうにある何 かも、濡らしてしまったようだ。


2006年11月16日

11月16日の夢(電話型切符自販機)  妻とある有名作家を訪ねて、旅行に出ている。駅にやってきた。ここか ら一駅向こうに作家は住んでいるはずだ。なんだか、動物園の入場券売場 のような切符売り場。並んでいる自動販売機は緑の公衆電話みたいだ。  妻は普通の切符自販機の行列に並んだが、ぼくはその右端にある特別の 自販機の行列に並ぶ。この路線には有名な「全線共通切符」というのがあ り、これはその切符だけを売る専用機で、並んでいる人数も少ない。  その電話機のような自販機にコインを入れるが、入れる前から機械の下 にはレシートのような形の紙片が沢山あった。誰かがそこへ置いていった ものらしい。これが「全線共通切符」だろうか。だが、よく見ると日付が 違う。一枚だけ今日の日付のものもある。これは今ぼくの入れたコインに 応じて出てきた切符だろうか。だが、よく見るとコピーのように見える。 こんなものを改札口に持っていって、駅員に捕まってしまったら大変だ。  こんな自販機では危険だと、ぼくは妻の並ぶ行列の後ろにもう一度並び 直す。妻は行列のすぐ前に並んでいる女性に「湯布院の⃝⃝先生のところ に行くのですが・・・」と尋ねる。すると、その女性は一番左端の窓口に すっ飛んで行き、駅員に尋ねてくれる。その駅員も女性で、「それなら、 今夜の6時に送り届けてあげますよ」と言う。ぼくは慌てて「いや、2時 に会う約束をしているのですよ」と口を出す。時計を見ると、もう1時40分 だ。あと一駅だから、この時間で間に合うと思ったのに。  それを聞いて、女性駅員は慌てて「早く早く」と、ぼくを促しながら、 別の場所に走っていく。それを見て、妻は「駄目じゃない!」と、ぼくを 叱責する。車で送ってくれるのだろうか。ぼくは思わぬ展開に、ぽかんと 口を開け、言葉もなく妻の後について走り出す。

2006年11月19日

11月19日の夢(人生の駅)


隣の駅まで電車で行き、戻ることにする。自販機で130円の切符を買おう とするが、コインが入らない。自販機にはいろいろな種類があって、ぼく の買おうとしていた機械の下には「その他」と書かれた自販機がある。こ の自販機でもいいかもしれないと思い、コインを入れると、機械ではな く、隣の窓口から男の駅員が、回数券のように何枚か綴りになった切符を 手渡してくれた。だが、よく見ると、それは電車の切符ではなく、「愛の なんとか」という名前の喫茶店かバーの回数券だった。  ぼくはその回数券を持って、ずんずん駅の中に入っていく。幸い、改札 がないので、そのまま線路を渡って、ホームへ上がろうとする。今渡った 線路を貨物列車がやってきた。これから渡ろうとする線路には、客車が反 対方向からやってきた。客車の運転手がぼくに「その貨物列車は長いぞ。 さあ、人生の意味をよく見ておくように」と叫び、ある一点を指さした。 指さしたところには、石碑のようなものが建っている。たまたまぼくの後 から線路を渡ろうとした老人と共に、その石碑を眺める。  電車に乗って、元の駅に戻ってきた。さっきの駅で切符なしで入ったか ら、この駅から出られるかどうか心配だ。案の定、あちら側もこちら側も 踏切棒が降りていて、ぼくは駅から出ることができない。

2007年01月03日

12月29日に沖永良部で見た夢  会社を出て、狛江近くのバス停でバスから降りる。そこで誰かが「京王 線の特急が止まる駅で、狛江に一番近い駅はどこか?」と尋ねる。「それ は枚(ひら)・・・」と答えようとして、下の一字をど忘れしてしまう (現実にはそんな駅はない。狛江は小田急線しか通っていないが、その質 問の答として当てはまる京王線の駅は調布)。隣にかつて同僚だったM氏 がいて、一緒に考えてくれている。そこにバスが着いて、双子のデュオシ ンガーのTさんの弟だという少年が降りてきた。Tさんも弟もそういう駅 名についての雑学に詳しいと有名(弟さんは実在しないし、もちろんすべ て夢のでたらめ)だが、尋ねてみると、そんな駅名は知らないと言う。T


さん自身もやってきたので尋ねてみるが、彼女も知らないと言う。  バスが来たので、M氏と共に乗る。ぼくは乗客たちに「この中で今パソ コンを持っている人は?」と尋ねる。四人ほどの若い男性が手を挙げた。 さらに「今、検索できる人は?」と尋ねると、三人くらいが手を挙げた。 「では、狛江の近くの京王線の駅で、特急が停まる駅を検索してくださ い」と言う。男たちの一人から「なぜそんなことを知りたいのか」と質問 が出る。ぼくは「ある有名な女性歌手が知りたがっているからだよ」と、 Tさんの有名さを暗示する口調で言うが、実は彼女の名前をど忘れしてい るから、名前を言えないのだ。それに、彼女が知りたがっているというの は、口から出任せだ。それで、みんな検索を始めるが、時間が経っても誰 も検索に成功しない。そのうち、バスは停留所に止まり、運転手が後ろを 振り向いて、「皆さんは特急の停まる京王線の駅を探していらっしゃる が、ここがその駅、枚方(ひらかた。実際にはこの地名は関西にあり、京 王線には存在しない)です」と言う。なーんだ。一挙に問題解決となる。  ぼくはM氏と別れ、タクシーを拾って家に帰ろうと思うが、もう夜の8時 過ぎで、しかもここは裏道なので、タクシーも通りかからない。以前に も、夢でここにやってきたなあ。そのときは父親といっしょで、タクシー を探しに父親が駅の方へ一人で歩いていってしまったのだったなあと、思 い返す(以前そういう夢を見たことが現実にあった)。そのとき父親が消 えていった駅の方向とおぼしきあたりへ、ぼくも歩き出す。  途中、路傍にホームレスの男が座り込んでいて、子犬と向き合ってい る。子犬がぼくの進路をふさいでいるため、よけようとするがぶつかりそ うになる。通り過ぎた後、ホームレスが子犬に「⃝⃝へ行け」と命令する のが聞こえる。子犬は日本語で「なぜ、そんなところへ行けというの だ?」と口答えする。ぼくは子犬が日本語を話すのは不思議とは思わない のに、なぜ犬に日本語が分かるのだろうということを疑問に思う。

2007年01月14日

1月14日の四つの断片夢  ツアーの旅行に一人で出かけ、東京へ帰る列車に乗っている。どこかで


乗り換えなければならないのだが、どこで乗り換えればよいのか分からな い。座席は船の二等船室のような感じで、床にみんな座っている。たまた ま隣に座っていた同じツアーメンバーの女性に乗換駅を尋ねて、教えても らい、それがきっかけで仲良くなる。それから間仕切りをまたいで、隣の 区画に行き、そこにいた男性とも仲良くなる。  東京に着いて、ぼくはさっきの女性の家に行く。彼女と夫とがちょうど 帰宅したところを、門の外から「お帰り!」と声をかける。ぼくは彼女は 自分と同じ旅行から帰ってきたところだとばかり思っていたのだが、彼女 は「あれからダンナと別の旅行に行って、今帰ってきたところなの」と言 う。ぼくはとまどいを感じて、そこを離れる。  PASMOのカードを沢山貰い、無造作にポケットに突っ込む。そのまま駅 に行き、改札を通ろうとするが、それらのカードに自分の定期券が紛れて しまい、見つからない。通行する人々が見ているところ���、みっともない と思いながら、ぼくはポケットの中からカードを全部出し、床に分類しな がら積み重ねて、定期券を探すが、見つからない。  布団の中に男の死体がある。ぼくが殺したのかどうかは分からない。死 体の男から荷物を奪って、こっそり玄関から逃げようとする。玄関は暗い ので、沢山置いてある中で、どれが自分の靴か分からない。とにかく男物 の靴を探して逃げようとするが、足先に触るのは先端がとがった女物の靴 ばかりで、なかなか逃げることができない。

2007年02月02日

2月2日の夢(旅から帰る)  詩人たちの団体の国内旅行に参加し、新幹線で帰途についた。新幹線の 床に車座になって座り、編集会議か理事会のようなものを詩人たちが開い ている。ぼくもその一員に加わる。もう夜の11時半だ。車窓の景色を見 て、ぼくは小田急線の下北沢あたりの風景を認め、「もうすぐ着くよ」


と、みんなに言う。だが、女性の幹事は「まだ1時間はかかる」と言う。実 際、彼女の言う通りで、なかなか列車は駅に着かない。  その列車の座席の間の通路を、貨物のカートが通っていく。箱の中に大 きなウミガメが沢山並んでいる。ぼくは驚いて、隣の乗客にそのことを話 すが、彼は「えっ、そんなもの見なかった」と答える。  やっと自宅に着いた。自宅は田圃の中にあり、横に一直線に並んだ数軒 の家屋の真ん中あたりだ。ぼくは大喜びで自宅に走っていくが、ふと見る と、田圃の中を葬式の行列が進んでいく。その行列はぼくの自宅から一軒 置いた左の家の玄関に続いている。そういえば、我が家も、我が家の何軒 か右の家も、最近葬式を出したばかりだったと思い出す。

2007年02月17日

2月16・17日の夢(駅の夢) (今日の夢)  連れが分厚いPASMOのカードを貰ったのはいいけれど、分厚すぎて改札 を通れない。そこで、ぼくが手持ちの薄いカードを貸してあげ、ぼく自身 は切符で通った。 (昨日の夢)  電車通りの縁石に会社の同僚が横一列に並んでいる。ぼくの携帯に電話 がかかってきた。誰だろうと思って、出てみると、昔一度だけ会ったこと のあるアフリカ系の男性だった。よく思い出せない相手だが、「元気か?  最近どうしている?」などと話す。さらに携帯に着信があった。第二の 相手も外人の男だった。  その電話を切って、電車に乗ろうと待合室に入ると、また第一の男から の着信だ。ところが、電話をとると、それは第二の男の方で、(向こうか らかけてきたはずなのに)迷惑そうな声で、「私に直接かけるのか? Y さんを通してではなく・・・」と言う。Yさんは以前ぼくの部下だった女 性で、退職後パリに渡って老人と結婚したが、死別してまた帰国したとい われる女性だ。この男はそのYさんと結婚しているのか・・・と驚く。


そこへ電車が来た。制服を着た沢山の幼稚園児が乗り込もうとしてい る。他の乗客たちは乗り遅れるのではないかと焦って、窓からも我がちに 乗車しようとしている。ぼくも真似をして、車体中央の屋根に登ってしま う。するとホームに乗務員からのアナウンスが流れた。「サラリーマンの 方が危険なことをされているので発車できません」。それはきっとぼくの ことだ。ぼくを悪者にする気か。ぼくはサラリーマンじゃなくて、詩人 だ。ネクタイを締めているからといって、なぜサラリーマンだなどと言う のか、抗議しようと憤慨する。

2007年02月23日

2月23日の夢(慶応線の電車)  浜松から電車に乗る。昔のちんちん電車のように、運転席と客車がつな がった懐かしい車両だ。東京の方へ帰るつもりだったが、どうもこの電車 は大阪の方に向かっているようだ。恥を忍んで、運転手に行き先を尋ね る。すると制服制帽の運転手は憎々しげな顔で振り向き、「そういえばき みの早稲田とは反対方向だね」と言う。彼は慶応ボーイだったのだ。くや しいが、次の駅で、反対方向へ向かう電車に乗り換える。

2007年03月26日

3月26日の夢(曲がり角)  妻と二人で東京の住宅街を歩いている。ある詩人の家を探して、詩集の 注文(多分、自費出版の注文という意味だと思うが、覚えていない)を取 ろうとしているのだが、なかなか道が分からない。「多分こっちの方だ」 と、ぼくが妻の道案内をして、やっと目指す家にたどり着く。  そこは安下宿のような貧しいアパートで、ベッドに若い男が寝ている。 彼に話をして、妻が詩集の注文を取る。  帰りも道に迷いながら帰る。途中、私鉄の線路に突き当たって、道が直 角に曲がっているところへ来る。ぼくは妻に「ここが有名な、線路が直角


に曲がっているところだよ」と言う。道は曲がっているだけでなく、上り 坂になっている。それは木や草の生えていないつるつるの丘で、道と言え るものもなく、大変登りにくい。だが、そこを登り切ったところに駅があ るはずなのだ。

2007年05月13日

5月13日の夢(裂けたシャツと靴)  出張先から帰ろうとして、駅にやってきた。新幹線の駅のはずだが、 ローカルな小さな駅。突然、上半身のシャツが破れてしまった。みっとも ないが、破れ目を風呂敷のように結んで、上半身をなんとか隠す。さらに 両足とも靴が縦に真ん中からぱっくり裂けてしまう。あまりにみっともな いので、裂けて足の両側に垂れ下がった革をハサミでジョキジョキ切り取 り、なんとか取り繕う。新幹線がホームに入ってきたので、その格好で改 札を通ろうとするが、駅員に上半身を見とがめられる。しかし、靴のこと は気づかれなかった。半分ほっとして、「この格好で乗っていけない規則 があるのか」と駅員に食ってかかり、強引に押し通る。しかし、東京に着 いたらこの格好で会社に直行しなければいけないが、靴の有様が気にな る。妻に電話して、新しい靴を買って貰おうかなどと、思いまどう。  会社に帰り着くと、会社は小さな四畳半くらいの一室に縮小していた。 新しく権力を握った役員が社長になって畳の上に座っている。ともかく、 こんなに狭いのだから、早く自分の場所を確保しなければならない。パソ コンなども自分が専用で使えるものを確保しなくてはいけない。気がつく と、ぼくは部屋の真ん中に真っ赤なパソコンを自分用にセットして、それ に電源を入れている。こんないいパソコンを、いい場所に確保できたと は! ほっと安心するとともに、ちょっと目立ち過ぎかなとも思う。とも かく、同僚たちと一緒に部屋を片づけ、窓を開け、これでなんとか仕事を 始められそうである。

2007年05月16日


5月16日の夢(地下鉄駅の資⃝堂)  地下鉄のターミナル駅の中を歩いている。ここは乗り換え切符の買い方 や、乗り換え通路の道順が難しいなどとまごまごしていると、突然ホテル のように豪華なロビーに出た。ここは資⃝堂本社だ。さすがに天下の資⃝ 堂。地下鉄の駅の中に本社があるのはすごい!と驚く。そこへうちの会社 の社長も現れた。「一色さんも早いね。でも、あの時間に出ればこの時間 になっちゃうからな」と、ぶつぶつ言う。ぼくは「資⃝堂の偉い人の挨拶 にはおまえじゃなくて、ぼくが行くからな」と、心の中で思う。

2007年06月03日

6月3日の夢(両手に荷物)  出張から帰宅するため、急行電車を乗換駅で降りる。ぼくのほかにも何 人かがホームで降り立ち、そのままその場所で立って待つ。こうしていれ ばそのまま歩く舗道のようにホームが動いて、ぼくらを各駅に運んでくれ るような気がした。でも、そんなことは起こらず、ここで各駅停車の電車 に乗り換えないといけないのだ。  今度は妻といっしょに、両手に沢山の紙袋を提げて電車を降りる。急ぎ 足に歩きながら、左手に持った小さな紙袋を、右手に持った大きな紙袋の 中に入れる。これで少し荷物が減った。  出口に向かうところで、まるで鍾乳洞のように、天井が床近くまでぐっ と曲線を描いて下がっているところがある。妻は「ここはとても・・・」 と言う。「通り抜けられない」と言うつもりだったらしいが、二人は無事 そこを通り抜ける。そこは小さな子供のための遊戯室になっていて、一人 の若いお母さんが自分の子供を遊ばせている。部屋の真ん中に小さな滑り 台のようなものがあり、ぼくと妻はそれを登って降りる。子供がオムツに うんちをしたのだろうか。とても臭い。そこを通り抜けたら、駅の外に出 ることができた。両手が荷物でふさがっているのに、雨が降っている。


2007年08月21日

8月21日の夢(駅はどこ?)  打ち合わせのため、みんなで駅へと向かう。「携帯があるから、それで 連絡をとりあえばいいよね」と言って、ぼく一人だけ、みんなとは別の改 札口から入ることにする。途中で、階段を降りるが、そこで上着が脱げか けていることに気づく。一度脱いで、着直したつもりだったが、実際はそ こに上着を置き忘れ、別の緑のシャツをかわりに着てしまったらしい。歩 きながら、みんなに連絡をとろうと、ポケットを探ってみるが、携帯はど こにも見当たらない。  タクシーに乗って、駅へと向かう。途中で、どこかの家というより部屋 の前でタクシーが止まったので、ぼくは「ここでいいです」と運転手に言 う。しかし、運転手は「えっ、ここでいいの? 駅はもっと向こうだよ」 と答える。その部屋で、ぼくは何か景品のようなものを受け取り、再びタ クシーは走り出した。駅はなかなか見えてこない。変だな。もう一つ向こ うの駅に行くのだろうか・・・と戸惑いを覚える。

2007年09月27日

9月27日の夢(王女の結婚と闘犬)  王女様が結婚することになり、そのお祝いに続々と人々が集まってい る。ぼくもそのお祝いを見物に出かけたが、なぜか電話ボックスの中でう たた寝をしてしまった。ふと目を覚ますと、ちょうど「20人までが王宮に 直接お祝いに行ける」と放送されているところだった。てっきり長い行列 ができていると思ったのに、行列はなく、ぼくが出ていくと、「ちょうど あなたで20人目です」と言われた。  地下鉄のホームで、王宮へ行く電車を待つ間に身体検査をされる。19人 目までは何も問題なかったが、ぼくは携帯などをポケットにいろいろ持っ ていたため、怪しまれて荷物を全部没収されてしまった。呆然としている


うちに、電車が来た。没収された荷物は多分この駅にあるのだから、乗ら ない方がいいのではないかと迷いながらも、電車に乗ってしまう。荷物の 中には急ぎの大切な仕事の材料が入っていたのに、これで全部駄目になる なと思う。そこへ知人がほかの人々と一緒に乗り込んできた。結局、21人 目以降の人たちもお祝いに行っていいことになったのだという。ぼくは彼 に、荷物がどこに行ったのか分からなくなった窮状を訴える。  そこへデパートの大きな買い物袋をいっぱいぶらさげた女性が、乗車ド アでなく降車ドアから乗り込んでくる。運転手が腹を立てて文句を言う。 だが、女性客は無視する。ぼくは発車に備えて、運転席の近くの吊り革に つかまる。窓ガラスに汚れがあると思って見ていると、それは天井から吊 り下がった何かの虫なのだった。電車が走っていく前方に、犬が三匹現 れ、三匹は一斉に後足で立ち上がって見せる。車内の人々はみんな「かわ いい!」と叫ぶ。  次の瞬間、犬たちは向かい合って、互いに相手の顔を噛み合う。これは 闘犬なのだ。一匹のやさしい顔をした犬の顔には、相手の犬の牙のあとの 深い穴が三つもあき、その穴の底には血がにじんでいるのが見える。この 犬は負けたのだ。

2007年10月23日

10月23日の夢(列車の中の教室)  ぼくはまだ子供のようで、クラスの仲間たちとアメリカ大陸を走る横断 鉄道の列車に乗っている。列車はちゃんと連結した客車の格好をしている が、一両ごとが教室で、片側が廊下になっている。  圧制的な政権ができ、ぼくらの学校にも彼らの干渉が及んでいる。ぼく らは自由のために立ち上がらなくてはいけない。その使命を果たすため に、ぼくは教室からこっそり廊下に抜け出し、椅子を一個、バリケードが わりにして、その背後に身を隠す。教室の中の子供たちもぼくの意図が分 かって、みんな目で合図してくれる。だが、教室の中にいた犬がやってき て、ぼくを眺めている。ぼくに甘えたいようだ。そんなことしたら、ぼく が隠れているのがばれちゃうじゃないか、と思う。


それから、敵の側の教師が来たり、いろいろあったものの、仲間の協力 もあって、無事、目的地の駅に着くことができた。さあ、この町で闘わな ければ・・・と勇んで列車を降りると、ラジオから「自由な市民の権利を 守る政党が国家を掌握した」という発表が流れ出す。これで、ぼくらも解 放されたのだ・・・と、ほっとする。  駅から出ようとすると、ぼくの手にたくさんのミミズやヒルが這ってい る。一匹の小さな黒いヘビさえいる。慌てて、振り払ってもらう。

2007年10月25日

10月25日の夢(検札)  列車に乗っている。中年男性の車掌が検札に回ってきたが、もう駅に着 いてしまい、乗客が降り始めたところだ。今さら検札の必要もないだろう と思うが、これもせっかくの記念ではないか。あえて、「最後の一人」の 乗客として、ぼくは彼から検札のハサミを入れてもらう。車掌は向こう向 きで立っていたのだが、ぼくのためにわざわざ振り向いて検札をしてくれ た。  妻は検札など受けずに、さっさと列車を降りてしまった。さあ、ぼくも 降りなくては。しかし、ぼくは逆に列車の中の階段を二階に駆け上がる。 二階にはぼくの部屋があり、せっかく検札してもらった記念の切符より もっと大切なものが、その部屋にあるのだ。ぼくは切符ではなく、その大 事なものを抱えて再び階段を降りる。

2007年10月28日

10月28日の夢(走るお屋敷)  深夜に駅でライターのMさんと待ち合わせるが、会えないまま、超大金 持ちのクリエイターの屋敷に泊まることになる。雑魚寝で、眠れない。そ の上、夜中の3時頃主人のクリエイターに起こされ、ポジ選びをさせられ る。老眼でコンタクト(フィルムに写った写真を一覧できるようプリント


したもの)がよく見えないため、適当にあしらい、「もうカットはこれ以 上ないの?」と尋ねる。相手が困っている間に、尿意を催したのでトイレ に行く。トイレは真四角で、便器も何もない部屋。一角で、壁にむかって おしっこを始める。と、突然部屋が揺れだした。この家は実は列車で、そ れが走り出したのだ。揺れにまかせて、部屋中におしっこをまき散らす。 でも、誰もいないのだから構わないと思う。  日比谷の地下鉄の駅から地上に出る。たまには都電に乗って帰ろうと思 う。車道を横切って、真ん中の安全地帯に行き、ちょうどやってきた電車 に乗ろうとする。もしかして、行き先と反対に行く電車かもしれない。そ れに、どうやって乗ればよいのだろう。「一番混む乗り物だ」という誰か の声も聞こえる。サラリーマンたちが走ってきて、駅の壁にある路線図の ようなものに、パスネットのカードを投げつけている。そうすれば改札し たことになるらしい。会社のM氏とI氏も都電に乗って、どこかへ行くよ うだ。  乗るのをやめて、道路の反対側に渡り、安いことで有名な中華料理屋に 入る。屋外のテーブルに座り、二品をオーダーする。すぐ出てきたのは皿 からはみだす長さのゴボウの料理だ。サービスらしいサラダの皿も出て、 三品が前に置かれる。箸やフォークが見あたらない。他のテーブルを観察 すると、やはりテーブルに箸が置いてあるようだ。よく探すと、確かに袋 に入った割り箸がいくつかあるが、みんな袋が破れて、外に箸が突きだし ている。衛生的ではないが、お腹も減っていたので、突き出し方の少ない 箸を取って食べる。いつのまにかゴボウが消えている。でも二皿でもうお 腹がいっぱいだ。あと一皿食べたら、家で夕食が入らなくなりそうだ。い つのまにか、同じテーブルに見知らぬ女性が座り、食事をしている。なん だ、こいつは・・・と違和感を覚える。と、すぐ前のテーブルにいた女性 二人が突然立ち上がって、「まあ、一色さん!」と叫ぶ。向こうはぼくを よく知っているようだが、全然誰だか思い出せない。彼女たちは「以前は 途中でやめてしまって、ごめんなさい」と、しきりに恐縮するが、ぼくに は何のことやら見当がつかない。


2007年11月03日

11月3日の夢(巨人軍の選手になった)  満員の地下鉄に乗っている。突然、ぼくのもたれていた左側のドアがあ く。あまりにぎゅう詰めなので、ぼくの肩に押されて途中までしか開かな いが、こんなふうに走行中に開く危険なことが実際にあるのだなと思う。 ぼくは読書に夢中になっていたのだが、よく見ると、実際は電車は駅に停 車しており、ドアが開くのは当然なのだった。やばい、やばい。これでは 降りるべき駅を乗り過ごしてしまうかもしれないなと思う。ぼくの隣に 立っていた、何かの制服らしい緑のジャンパーを着た男性がぼくを避ける ように、少し場所を変える。いやなやつだな。しかし、とにかく降りるべ き駅を間違えないようにしなくては。ぼくたち読売巨人軍は今こうして地 下鉄で日本シリーズを闘う球場目指して移動しているところなのだから。

2007年12月07日

12月7日の夢(倒れた老人)  電車に乗ったが、発車しない。見ると、降りようとした和服姿の老人 が、ドアのところで転んでしまい、起きあがれないのだ。大きな荷物をか たわらに放りだし、片足のかかとには包帯が巻かれている。隣にいた乗客 のおばさんがおろおろしている。ぼくは勇を鼓して、おばさんや他の乗客 とともに老人に手を貸し、ホームに連れ出してあげる。その間、老人は無 言。ホームを走ってきた駅員が、その様子を見て、「ああ、これはもう出 さないからね」と言う。

2007年12月10日

12月10日の夢(目黒駅で迷子)  目黒駅で電車に乗った。座席がいっぱいなので、真ん中の通路にぼくは 寝ころんで発車を待っている。ぼくのほかにも、寝ころんだり座り込んだ


りしているおばさんたちがいるから、こんな格好をしていても大丈夫だろ う。そのうち、「13番線の方が早く発車します」というアナウンスが聞こ えた。きっとホームの反対側の列車の方が早く出るのだろう。そちらの列 車は空いていて、ぼくは最前列の座席にゆったり座ることができた。しか し、いくら待っても発車しない。よく考えると、13番線はここではないは ずだ。ホームに降りる。と、せっかく今まで乗っていた列車がぼくを置い て発車してしまった。さて、13番線はどこなのだろう? 山手線はどこな のだろう?と、ぼくは跨線橋に上って、うろうろする。

2008年1月12日

1月11日の夢(まだ終わらない)  どこか田舎の地下鉄の駅。ぼくを中心とするグループのほかに、元社員 のIさんら女性のグループ、Aくんらの男性のグループが合流して遊んで いる。みんなホームから線路内に降り、ぼくのグループは右側の線路上に バッグなどを置く。ほかの二人のグループは左側の線路をまたぐように、 机やソファーなどをバリケードのように置いたまま、忘れて次の駅へ線路 内を歩いていってしまった。  気がついたときは遅かった。一つ二つとバッグをぼくらがホームの上に 戻しているとき、右のトンネルの奥からぐんぐん列車のヘッドライトが 迫ってくる。あっという間に、列車はぼくらのバッグの上に乗り上げて、 脱線してしまった。そして、左側のバリケードにはなんと特急列車が突っ 込んで、乗り上げてしまった。慌てふためく駅員。直ちにぼくらは拘束さ れ、警察のバスに乗り込まされた。だが、そのバスに間違えて一般の乗客 たちも乗り込んでしまい、車内は大混乱。  やっと騒ぎがおさまり、バスは郊外のあばら屋に到着した。そこでぼく らは降ろされ、50歳くらいの鬼刑事による取り調べが始まった。鬼刑事は 高血圧らしく、顔には血管が浮き上がり、全身がぶるぶるとふるえてい る。みんな椅子にかけているが、ぼくだけ座る椅子がない。そのことを刑 事に訴えると、「おまえは普通の椅子でいいよ」と言われてしまう。あた りを見回して、小さな背もたれのない椅子を見つけて、しかたなくそれに


座る。  ぼくは刑事に「ぼくらのほかにも犯人たちがいるんだ。いいか、これか ら名前を言うから、それをメモしろ」と言う。額に青筋を立てながらメモ する鬼刑事。  やがて、あばら屋にまたバスが到着した。中に三人の女性が乗っている のが見える。降りてきた一人はぼくが密告したIさんだ。そこへテレビの 現場中継レポーターの女子アナがマイクを持って走り寄る。彼女を見て、 Iさんは悔しそうに「あんたは高校のクラスメートだったサンベね。畜 生、あんたに取材されるとはね」と叫ぶ。ぼくはIさんのそばに寄り、頭 を撫でながら「Iさん、ぼくらはまだ終わったわけじゃないんだ。まだ終 わったわけじゃないんだ」と繰り返す。

2008年1月21日

1月21日の夢(電車と泥棒)  電車に乗っていると、隣にいた酔っぱらいの小男がぼくの荷物を開け て、中を覗き込んだ。ぼくは怒って、「鉄道公安員に言いつけるぞ!」と 怒鳴る。そして次の駅でホームに降り、「すみませーん! すみませー ん!」と大声を出す。鉄道公安員が駆け付けてくれたが、公安員は女性 だった。ぼくは彼女に大げさに「泥棒行為をしている!」と男のことを告 発する。

 また、電車の中。ギュウギュウ詰めの大混雑。足が前を向かず、横向き になったままだ。すぐ前の席に座っていた人が降りた。ぼくが座ろうとす る間もなく、その隣に座っていた女性が自分のバッグと本を置いてしまっ た。むっとしていると、荷物をはさんで反対側の隣に座っていた男性が、 その本をひょいと持ち上げた。ぼくのために荷物をどけてくれるのかと 思ったら、そのまま本を読み出した。ただ、その本を見たかっただけらし い。


2008年1月27日

1月27日の夢(田舎暮らし)  山の中の田舎町に妻と二人で引っ越してきた。ぼくは煙を吐かない蒸気 機関車に引かれた列車で一人その町に帰るところだ。列車の座席は椅子で はなく、布団だ。それにくるまって寝て行けるのはらくちんだが、誰が 使ったか分からない布団に寝るのはちょっと不衛生な気がする。  列車がお寺のそばを通るとき、車内アナウンスがあった。「お寺のそば を通るとき、機関車の周りの空中にオレンジ色の光がついたり、花がまか れます」。窓から見ていると、列車は空を飛んでいるような感じで、お寺 の塀に沿って進む。光や花は見えないが、機関車から蔦の蔓がするすると 後方に二本伸び、蔦の葉が風になびいた。    駅に着くと、大きな犬がぼくにじゃれてきた。妻が大きめの缶詰を拾っ て、手渡してくれた。ぼくはその缶詰をうっかり下水口のような暗い縦穴 の中に蹴り込んでしまった。犬はその穴に鼻を突っ込んで残念そうな様子 だ。  自宅のある共同住宅に着いた。木造の古い建物で、一階は医者の待合室 になっている。広い待合室は沢山の患者たちでいっぱいだ。そこにも大き な犬がいて、ぼくに体を寄せてくる。最初ぼくは少し怖くて、足で犬をあ しらっているが、やがて波打つその毛並みを手で愛撫してあげる。どうや ら、待合室にいるおばあさんが飼っている犬らしい。患者たちをかきわ け、二階にある自宅に帰ろうとするが、フロントのようなところで自宅の 鍵を貰わなくてはいけないらしい。

2008年2月2日

2月1日の夢(J.レノンのマイク)  一つ目の取材を終えて、二つ目の取材先へこれから向かう。駅の案内板 の地図を見て、取材先がどこにあるか確認する。遠方だと思ったのに、な


んと幸運なことに、自分が今いる場所がその取材先だった。見回すと、駅 の信号所と線路のそばに建物がある。この六階にスタジオがあり、そこに ジョン・レノンが使ったマイクがあるのだ。  早速取材をするために、駅の受付係のおじさんに名刺を渡そうとする。 ポケットからは名刺とえびせんクラッカーが出てきた。名刺の印象度を増 すために、普段はえびせんに名刺を印刷して渡しているのだが、今日持っ てきたえびせんは白紙である。しゃれのつもりで、えびせんと名刺とを一 緒に渡す。そばの柵のところにカメラマンの奥さんがいて、ぼくに「この 仕事はいつ納品すればいいのですか」と心配そうに尋ねる。もうすぐ夏休 みが終わるので、休み明けの17日にすぐにでも欲しいのだが、遠慮して思 わず「20日でいいですよ」と言ってしまう。

2008年3月28日

3月27日の夢(クビになった女性)  小学校の講堂のような広い場所。前の方にK会長はじめ、会社の幹部が 横一列に座っている。会長がぼくを呼び、分厚い書類の束を寄越した。以 前クビになったSさんが書いたものらしく、ぼくに読むように促す。その クビ事件にぼくがかかわった証拠が、そこに書かれているのだという。ぼ くが読んだのを見て、会長は「ニューヨークへ行ってもらうかもしれませ ん」と言う。英語もできないぼくをニューヨークに左遷するということら しい。

 都電に乗っている。銀座で降りるつもりだったが、ふと気づくと知らな い場所を電車は走っている。運転席の窓越しにお寺の名前がついた停留所 の駅名が見える。どうやら気づかずに、乗り越してしまったらしい。電車 を降りて、反対路線に乗り換えようとする。するとそこにもっと以前、会 社にいて、やはりクビになったIさんが立っている。ぼくは彼女を見て、 「あ、あなたはうちの会社にいた・・・」と言うが、名前が出てこない。 彼女は「そうよ。でも、名前を思い出せないなんて、ひどい!」と言う。


懸命に思い出そうとするが、どうしても名前が出てこない。

2008年7月18日

7月18日の夢(団体旅行)  詩人の団体旅行で列車に乗っている。まだ降りる駅は先だと思っていた のに、ふと見ると、皆降り始めているではないか。ぼくは周囲に散らばっ た大きな荷物や上着、切符などを慌ててかき集め、両手にぶらさげてよう やく降りることができた。  改札口の前に一両の貨車が停車していて、右半分を通せんぼしている。 左半分は開いているのだから、通れるはずなのだが、そこは通ってはいけ ない規則らしく、皆おとなしく貨車が動くのを待っている。  やっと貨車が動いたので、改札を出る。その先の待合室はお店になって いる。長老詩人のM氏が一つのテーブルにつき、「並んでいるテーブルを 占領しておいたよ」と言う。ぼくは「じゃあ、ぼくも隣に」と彼と同じ テーブルにつこうとするが、思い直して隣のテーブルにつく。

8月6日の夢(ジョーという名前の機関車と寝巻き)  明らかに8月3日に見た夢の続き。Iさんと東京に向けて、一両編成の ローカル線の電車から新幹線まで、さまざまな列車に乗り換える。気がつ くと、もう乗っているのはぼくたち二人だけだ。途中の駅で、ホームに駅 の略図が掲示されているので、それをスケッチする。でも、そんなことを して、何の役に立つと言うのか? 乗り換えるたびに、ぼくは浴衣の寝巻 きに着替える。その寝巻きと機関車は名前が同じだ。ジョーという名前な のだ。

2008年8月16日


8月15���の夢(段差のあるホーム)  町田で某社のパーティーに出る。ぼくが挨拶したおじさんの退職記念 パーティーらしい。カメラマンのI氏も出席していて、ぼくににこにこ顔 で「今日はいいんですよね」と言う。仕事ではないから、撮影しなくてい いという確認だろう。だが、いつのまにか彼は撮影を始めている。カメラ マンの業だろうか。  パーティーが終わり、小田急線の町田駅に行き、ホームに出る。新宿行 きに乗るつもりだったが、町田駅のホームには段差があって、新宿行きは 隣の一段上のホームから出発していく。それが見えるのだが、このホーム からは直接行けないため、乗り遅れてしまった。  新宿行きホームへ向かう途中、またちょっと違う高さのホームで、駅員 たちがパーティーをしていたのに、まぎれこむ。ぼくが挨拶した例のおじ さんの話題が出る。ぼくが今、そのおじさんのパーティーに出ていたこと を話すと、その人は使い込みで逮捕されたのだということが分かる。

2008年8月28日

8月28日の夢(床しかない電車)  年をとって、とうとう足が悪くなってしまった。駅の階段をやっとの思 いで、昇っていく。特に左足がしびれたように、感覚がない。  ホームの先端の方で待っていると、ぼくの乗るのと逆方向の電車が、 ホームの中ほどにしか停車しないのが見える。ぼくの待っている側の電車 はさらに後方にしか停車しないはずだ。慌ててホームの反対側に向けて走 る。ところが、勢い余って行き過ぎてしまい、今度は反対側の先端から駅 の外に出てしまう。いつのまにか道路をガード下まで来てしまった。そこ へちょうど乗るべき電車がホームに着いたのが見えたので、慌ててホーム に戻り、電車に駆け込む。  電車は細長いカヌーのような形をしていて、壁も天井もない。一番先頭 に乗ったので、流線型をした全く平面で手すりもない床に座ると、両端か ら足が外に出てしまう。そこに必死にしがみついているが、左足の感覚が


ないので踏ん張れず、振り落とされそうでとても怖い。ぼくのすぐ後ろに は若いカップルがいて、「俺の乗りたいところに乗られてしまったので、 おまえ場所を交替して」と女性に頼んでいる。ぼくが乗らなければ、先頭 に座るつもりだったのだろう。  突然、駅ではないところで、電車が急停車した。そこは沿線にある、乳 製品を作る大きな工場だ。今日はここで特別のイベントがあり、電車が特 別停車して、乳製品作りを実地に体験させてくれるらしい。敷地内でイベ ントに参加している子供たちが一斉に声を合わせて歌をうたう。なんだか ラジオのジングルのような歌だ。  その間に、頭に帽子をかぶり、制服に身を固めた女子工員が電車に近づ いてきて、プラスチックのコップにヨーグルトみたいなものを乗客に渡 し、製品づくりを体験するように勧める。ぼくの前で最初に受け取った男 性は、工員の説明をよく聞かずに、大きなスプーン(杓子のような感じ) でヨーグルトをすくいあげ、そのままばしゃっとコップに入れる。そう じゃなくて、ストローの中に入れてから、コップの中に入れなくちゃいけ ないのだ。自分の番になり、ぼくは注意深くストローの中にヨーグルトを 注ぎ込もうとするが、ストローの口はあまりに細くて、殆どがやっぱり外 へこぼれてしまった。そのセットを後ろにいたカップルの男に渡すと、男 はうれしそうにそれを受け取る。

2008年9月5日

9月5日の夢(高速道路を歩く)  妻と旅に出ることになり、高架の広い高速道路の上を徒歩で歩いてい る。高速道路なのに、大木が生い茂り、花々がカラフルに咲き競う美しい 公園道路だ。どうやらここは名古屋の久屋大通だ。随分歩いたのに、駅に なかなか着かない。カーブを曲がると、このあたりはもう東京の秋葉原の あたりらしい。妻が「駅はまだ遠いの?」と聞くので、「もう近いよ」と 慰める。それより旅先のことがぼくは気になる。「でも、ホテルをとって ないんじゃない?」と尋ねるが、妻は「そのようね」と意に介さない。


2008年11月30日

11月30日の夢(見知らぬ駅)  夜、仕事仲間のOさんと何かのイベントに行ったのだか、食事に行った のだったか。とにかく、何か不都合があったらしく、そのまま帰ることに なってしまった。Oさんは「かえってごめんなさいね」とぼくに謝罪し、 先に立って、どんどん駅へ歩いていく。当然二人で一緒に帰ると思ったの だが、改札口で姿が見えなくなってしまった。  見回すと、全く知らない路線の駅だ。車道の左と右に上りと下りのホー ムが分かれている。路面電車の停留所という感じである。一体、ここは何 という駅だろう? おまけに路線図も掲出されていない。そのかわりに、 ファイルがあって、一人の男の乗客がそれをぱらぱらめくっている。それ を「見せてくれ」というわけにもいかないので、改札の駅員に「小田急の 成城学園に行くには、どこで乗り換えるのがいいですか?」と尋ねる。駅 員は「うーん、個別の話か。難しいなあ」と言ってから、「⃝⃝とXXで 乗り換えかなあ」といかにも自信がなさそう。ぼくはあきらめて「では、 タクシーでどこかの山手線の駅に行って、そこから新宿へ出た方がいいで しょうか?」と、質問を変えてみる。すると、駅員は急に自信のある声で 「いや、それはないでしょう、絵を見てください」と答える。絵? そん なもの、どこにも掲示してないじゃないか。ぼくは「じゃあ、いいです」 と言って、腕時計を見る。まだ9時前だから、どんなに時間がかかっても10 時半までには家に十分帰れるだろう。  駅を出て、庭園のようなところを歩いていく。ここは見覚えがある。確 か以前、先輩のK編集長とここを通ったことがあったと思い出す。

2008年12月5日

12月5日の夢(フラミンゴと女性)  JR総武線の快速電車に乗った。「快速」といっても、錦糸町あたりで 停車するだろうと思っていたのだが、千葉の方まで行ってしまう。降り


て、しゃれたホテルのロビーのようなところに入る。ぼくのいる部屋の隣 室(といっても特に仕切はない)に、ピンクかバラ色のドレスを着た美し い女性がいて、その脇に同じ色をしたフラミンゴが三羽いる。絵のように 美しい光景なので、携帯のカメラで撮影しようとする。今まで携帯のカメ ラではどうしてもピントが合わなかったのに、携帯をカメラのファイン ダーのように目に当てると、きちんとピントが合った。しかし、女性かフ ラミンゴかどちらかが画面からはみ出てしまい、なかなかシャッターを押 すことができない。  そこを出て、駅に戻る。駅といっても、真っ暗闇の中に明かりもなく 建っている木造の掘っ建て小屋に過ぎない。地面は舗装されておらず、ド ロドロにぬかるんでいる。地平線のあたりはまだ夕陽で明るく、駅舎と建 物の間から富士山が遠望される。随分遠く、辺鄙なところに来てしまった ものだと思う。

2008年12月7日

12月7日の夢(受賞パーティー)  大阪に住む詩人のT氏がH氏賞を受賞したという。今日はその祝賀会が あり、ぼくも新幹線に乗って駆けつけた。会場は畳敷きの座敷だ。そこで 宴会をする。ぼくの前には女性詩人のIさんやNさんがいる。みんな東京 からやってきたのだ。  授賞式がやっと終わったらしく、主賓のT氏がやってきたのは10時半を 回ったあたりだ。彼が席に着いたところを見計らい、ぼくは東京に帰らな ければと席を立つ。IさんやNさんも帰るのだと思っていたが、二人は大 阪に泊まるという。帰るのはなんと、ぼく一人なのだ。びっくり。  一人で会場のホテルを出る。表は夜の大通りで、車がひっきりなしに 走っている。駅に行くには、どこでタクシーを拾えばいいだろうと考え る。  そこへ携帯が鳴った。出ると、電話をかけてきたのは、ホテルの係の女 性で、「携帯のメールアドレスを教えてください。そうしたら、駅への道 順を記した地図を送ります」と言う。しかし、ぼくは「道は分かりますか


ら、いいです。大阪は何度も来ていますから」と、強がりを言って、電話 を切ってしまう。  案の定、駅のある方向も道も全く分からない。タクシーがたまり場にし ている広場があった。ぼくはたむろしている運転手たちに向かい、「新大 阪の駅まで行ってください」と大声で言う。運転手たちは意外にも殆ど反 応せず、のろのろと車に戻ろうとするふりをするばかりだ。そんな中で、 後ろの方に駐車していた一台の運転手が猛然と仲間の車を押し分けて、 さっとぼくのところへ近寄ってきた。もちろん、ぼくはそのタクシーに乗 り込んだ。  走りながら、ぼくは運転手に「東京行きの新幹線の最終は何時?」と尋 ねる。「多分11時過ぎでしょう」と運転手は答える。「間に合うかな?」 というぼくの問いに、運転手は「いや、ぎりぎりでしょう」と言う。え えー、ここはそんなに駅から遠いのか。たとえ終電に間に合ったとして も、家に着くのは1時過ぎだなあと、がっかりする。

2008年12月22日

12月22日の夢(未知の敵の襲撃)  新幹線の線路を見下ろすビルのレストランで食事をしている。すると、 ゴーッという音とともに新幹線の架線を火花を散らして、巨大な火の玉の ようなものが何度も往き来するのが見える。みんなで驚いて目を凝らし て、線路を見つめる。すると、しばらく架線がバチバチと火花を散らし、 数秒後にゴーッと火の玉が通り過ぎる規則性が分かった。  しかも、その火花を浴びた人はみんな魂が抜けたように、うつろな目を した知能のない人形のようになってしまう。ぼくは幸いにして、そうなら なかった。ほんの僅かな男女が火花の影響を受けず、ぼくらはすぐにお互 いの存在を確認して、団結して対処することにする。  とりあえず安全なところに避難しよう。だが、ぼくらの周囲は赤白のだ んだらもようの毒蜘蛛の巣に囲まれてしまい、腰を思いきりかがめない と、蜘蛛の巣の下をくぐり抜けられない。気味悪がる女性たちを促して、 ぼくらはようやく安全なところへ避難する。


そこではビールやウーロン茶など、コップ一杯ずつの飲み物が街頭で避 難民たちに配られており、みんなてんでにコップを受け取ってのどを潤 す。見ると、駅前広場の一段高い建物の屋上に駅員の制服を着た男たちが 集結している。不気味だ。駅員たちはこの攻撃をしかけてきた敵に魂を操 られているのかもしれない。  敵の攻撃のために、人々の知能はすっかり先祖帰りしてしまい、文明は 後退して、駅前広場には馬車が往き来している。それなのに、新幹線だけ は以前通り走り続けているのが見える。

2009年1月2日

1月2日の夢(医者探し)  会社で創業者のK氏をリーダーとして何かのプロジェクトを進めてい る。だが、ぼくはそれを途中で抜け出して、総武線の電車に乗る。本に夢 中になっていて、目指す下町の駅(蔵前?)で降りるのを忘れそうにな る。電車には妻と母も乗っている。ぼくは二人に「この駅で医者に行くん だ」と言い訳をし、ぼく自身も半分その気になって、ちゃんとその駅で降 りる。二人も同じ駅で降り、ぼくと別れる。ぼくはしばらく医者を探し て、街を歩き回るが、知らない街で新しい医者を見つけて、薬を貰うのは 大変だ。そんな手間をかけるより、山の手のいつもの医者に行こうと思 う。二人に出会わないよう、そっと駅に戻り、再び電車に乗る。さっきと は反対向きの電車で山の手に戻り、高円寺あたりの駅で降りる。まだまだ 夕方まで時間があるから、ここで医者にかかろうと思う。

2009年1月17日

1月17日の夢(たどり着けない)  駅を出て、街の向こう側へ出ようとする。街の向こう側では巨大な宇宙 怪獣がウルトラマンのような正義の味方と死闘を繰り広げているのが街並 みの上に見えている。早く、ぼくもそこへ行きたいと思うがたどり着け


ず、駅へ戻った。

 別の日、もう一度街の「裏」へ出ようとして歩いていくが、道を間違え たと思い、駅の方へ戻る。途中、やはり街の裏へ出ようとしている人と いっしょになり、二人で歩いていくが、どうにも向こう側へ出る道が見つ からない。途中、道がカーブしているところに学校がある。その人ともう 一人の人は学校の建物に上がっていく。窓から向こうを見渡して、道を発 見しようとするのだ。ぼくが彼らと別れて、その道をずんずん進んでいく と、後から二人も追いついてきた。やっぱり学校からは道を発見できな かったという。三人で歩いていくが、結局街の裏に出る道は見つからな い。

2009年1月27日

1月27日の夢(電車で暴動)  息子が帰宅するというので、成城学園の駅まで迎えに行く。成城学園の 駅は山のてっぺんにある。電車が着いたと思ったら、突然電車の中で喧嘩 が始まり、電車中が暴動になる。暴徒はホームにも押し出してきた。中に 学習院初等科ふうの制服を着た女生徒三人がいて、電車の前に来て、 「せーの!」とかけ声をかけ、三人の力で電車を後ろに押し戻そうとする が、さすがにぴくりとも動かない。

2009年4月5日

4月5日の夢(校正を届ける)  PR誌の最終校正をクライアントに届けようと、営業のKくんを連れて 小田急線に飛び乗る。クライアントのオフィスはぼくの自宅のある駅を過 ぎて少し行った駅にあるので、この時間に届けてそのまま直帰すれば早め に帰宅できると思う。吊革につかまって窓外を眺めているが、目の前を通


り過ぎるのは知らない名前の駅ばかりだ。おまけに外は原野ばかりで、と ても企業のオフィスなんかありそうにない。いや、考えてみると、校正を 届けるのは都心にある本社の女性担当者のところだったのではなかった か。困った。焦る。

2009年5月10日

5月10日の夢(雑誌セールスマン)  鹿児島から四国を回って東京へ帰ろうとして、間違えて福岡へ来てし まった。しょうがないので、乗り換えて戻ろうと思う。駅ではセーラー服 の女子高生たちに囲まれて、一人の男子高校生が楽しそうにおしゃべりし ている。  新幹線のホームを歩いていると、ふと後ろから誰かがぼくをつけてく る。ぼくは自動販売機の陰に隠れる。つけてくる者の影がホームを近づい てくる。ぼくはぱっとそこから飛び出し、つけてきた者の直前に立ちふさ がる。「誰だ?!」 すると、それはさっきの男子高校生だった。彼は 「同人誌をいくつか紹介しますから、どうぞこの町でも雑誌を売ってくだ さい」とぼくに哀願する。

2009年5月30日

5月27日の夢(地下鉄のトイレ)  地下鉄の駅の階段の途中にむきだしのトイレがある。ちょうどいいので 用を足そうとして、肝心の便器がないのに気づき、慌ててやめて帰ろうと する。  すると、後ろに並んでいた人が「どうしたのですか?」と尋ねるので、 「いや、しようにも便器がないのですよ」と答える。


5月30日の夢(地下鉄でお弁当)  地下鉄の駅のホームの端に座り、お弁当を食べている。ハムが何枚か線 路に落ちてしまう。罪の意識にかられるが、まあいいかと、そのまま食べ 続ける。すると、さらにハムを落としてしまうが、それはホームの上に落 ちた。でも、汚くてもう食べられないので、それも足で線路に落とす。  気づくと、お弁当を食べるのと同じうずくまった姿勢のまま、ぼくは本 かノートに何かチェックをしている。腕時計を見ると、あと数分で列車が 到着する予定だ。それなら、もういつもなら立って、列車の到着を待つ時 間だと思い、立ち上がるが、ホームはしんとしてぼく一人しかいない。

2009年9月12日

9月12日の夢(大波)  テレビか映画の画面で記録映像を見ている。海面上昇で街に大波が打ち 寄せているシーンだ。てっきり右から波が来るものと身構えていると、大 波は左側の民家の屋根を越えてやってきた。次々とやってくる波に呑まれ ながらも、人々はそれを楽しんでいるようでもある。傘をさして、波とと もにジャンプし、屋根に飛び上がる人もある。画面にかぶせて、坂本⃝が 歌う地球温暖化へのプロテストソングが流れる。白人男性が「彼が歌って くれているが、彼の歌は無力だ」と言う。

 地面が黒く肥沃に濡れている。中でひときわ真黒に湿って、底なしの泥 沼のようにも見える場所があり、そのかたわらで人々が電車を待ってい る。ということは、ここは駅なのだろう。ぼくは黒い泥に足をのせてみ る。ずるっと滑って足をとられそうだ。

 詩人のK氏が奥さんと散歩をしながら、「ここに引っ越してきて、よ かったと思う。だって、風景がそっくりなんだもの」と言う。あれっ、彼


が元住んでいたところは海辺ではなかったっけ、ここは山の中なのに?  と、画面がぐーっと上からの視点になり、二人の歩く前方に大きな水面が 現れる。だが、それは海ではなく、四角い溜め池だ。そのほとりから二人 はぼくのいる方にゆっくりと戻ってくる。

2009年10月11日

10月11日の夢(3人の社員)  いよいよ会社を辞めるときが来た。最後の仕事として萩原朔太郎特集を 編集しようとしていると、三人の社員が自分たちも朔太郎のことを調べて いるので、ぜひ原稿を書かせてほしいというのでびっくりする。  駅のホームで、その社員たちと電車を待っている。いつか社員は一人し かいないように見える。ぼくは目の前に開いたドアから乗り込もうとする が、社員は隣の車両に乗ろうとする。ぼくは社員を呼んで、同じドアから 満員の車両に一緒に乗る。

2009年11月1日

11月1日の夢(切符を買う)  駅で切符を買おうとしている。テーブルがいくつも横に並べられ、その 後ろに一人ずつ駅員がいる。乗客はそれぞれのテーブルの前に行列を作っ て、切符を売ってもらっている。ようやくぼくの順番になったと思った ら、駅員は「ちょっと待って」と言い、ぼくとテーブルの狭いすきまをす り抜けるようにして行ってしまった。そのすきまがあまりに狭い気がし て、ぼくは少し後ろへ下がる。  やがて戻ってきた駅員は、ぼくに胸から上の自分の写真を三枚要求す る。それがそろえられないと、切符を売ってもらえないのだ。ぼくは三枚 の写真を提出するが、それはいずれも濃度が薄くて、暗い。彼は一応それ らの写真に丸をつけて、切符購入の許可をしてくれたものの、写真がうま く撮れないのはシャッターの押し方が悪いからだと言い、デジカメを取り


出して自ら模範を示してくれる。カメラを左手で構えたら、左手の人差し 指をシャッターに乗せ、その指を右手の人差し指で強く叩くと、素早く シャッターが切れるのだという。そんな裏技をいくつもぼくは教えてもら う。

2009年11月12日

11月12日の夢(浜松へ)  取材に行こうと歩いていたら、駅で女性記者と男性カメラマンの取材ク ルーに声をかけられ、いっしょに浜松に行くことになった。  浜松に行く前に、東京で一件、撮影をすることになる。隣室で撮影が行 われている間、ぼくはお腹が減り、テーブルの上に置かれた白い箱の中に 手を突っ込んで、おいしいケーキを一人で食べてしまう。こんなことをし ていいのだろうかと、良心の呵責を感じながら。  隣室に行くと、どうやら撮影は終わったらしい。カメラマンに「もう終 わった?」と声をかけ、急いで駅に向かうことにする。浜松までは新幹線 で二時間かかるので、急がないと約束の時間に間に合わないからだ。玄関 にかけられたぼくの上着を着ようとすると、上着にピンクの紙がぺたぺた くっついている。Uくんがやったんだなと思う。それを剥がして駅へ急 ぐ。  駅は丘の上にある。そこへ向かう道は人がいっぱいで、なかなか進まな い。雨も降っている。いらいらしていると、前を行く歩行者が「早くして くれ。新幹線に乗り遅れるぞ」と、さらに前を行く人たちに声をかけてい る。ということは、ぼくの前を行く大勢の人たちも皆新幹線に乗るのだ。 おまけに駅からは「列車が遅れていて、申し訳ありません」というアナウ ンスも聞こえる。これなら乗り遅れることはないだろう、と安心する。  ところが、ずっと後ろの方で、さらに後方に向かって「一色さーん!」 と、ぼくを探している声がする。ぼくがもっと後ろで遅れていると誤解し て、探しているのだ。「ぼくはここだよ!」と慌てて、彼らに手を振る。  追いついたM前編集長は「一色さん、降りるのはどの駅? どの工場へ 行くの?」と尋ねる。しまった。工場の名前を度忘れしてしまった。


「えーと、宮⃝ではなくて・・」と、ぼくはへどもどする。しかし、とに かく行けば分かるだろう。  坂を登りながら、切符を取り出すと、往復の切符を買ったのに、片道分 しかない。どこかで別のカードと切符を取り違えてしまったようだ。

2009年11月18日

11月13日の夢(二重螺旋の階段)  また会社が引っ越した。Iさんに車で連れて行ってもらう。「どこだっ たかなあ?」と言いながらも、Iさんは車を降りて、ぼくの先に立ち、大 きなファッション店の中にどんどん入っていく。新しい会社はこの店の奥 にあるのだ。  出社一日目は引っ越し荷物を運ぶだけで終わってしまった。夕方帰宅し ようとしていると、イチロー選手が笑顔で話しかけてくる。「この原稿の コンセプトは・・・」。ぼくはそれに反論するが、彼はもうそれ以上、何 も言わない。  時計を見ると7時だ。会社を出る。裏口から出ると、そこはすぐ街路で、 意外に以前の会社の近くだったことが分かる。駅を探して、石段の道を登 るが、そこに駅は見当たらず、戻る。  私鉄のローカルな駅に着いた。ぼくはなぜか車いすに乗っていて、その まま螺旋階段を降りる。すごい人波だ。おまけに階段の幅がだんだん狭く なっていて、途中でつっかえてしまうのではないかと心配になるが、大丈 夫のようだ。どんどんスピードがついて、ぐるぐる目の回る速さで降りて いく。下から上って来る螺旋階段もあって、階段は二重になっている。  改札口に着いた。定期券を買おうか。いや、もうぼくは退職日が迫って いるのだから、その必要はないだろう。PASMOをかざして通り抜ける。

11月16日の夢(駅)  地方へ大勢の社員とともに出張していて、午後に帰れることになった。


団体で列車に乗ろうと、駅で待っている。ぼくらのほかにも大勢の乗客が いる。しばらくして気がつくと、周囲に知った顔が全くない。いつのまに か列車が来て、みんなぼくを置いて東京へ帰ってしまったのだろうか。  人ごみをかきわけてホームへ行ってみる。ホームはアメリカ映画に出て くるような地上すれすれの高さだ。そこへ貨物列車がやってきて、停車し た。貨物列車なのに、人々があふれんばかりに乗っている。駅の場内アナ ウンスが「もうこれが本日の最終列車です」と言う。まだ4時過ぎなの に。  お腹が減ったので、どこかに腰をおろして、お弁当を食べようと思う が、座る場所が見つからない。そうこうするうち、群衆の中に一人だけ見 知った顔を発見する。あれはOさんではないだろうか。

11月17日の夢(再び駅)  駅のホームを歩いていると、「あっ、Tさんだ」という声が聞こえる。 ふと見ると、ぼくのすぐ前をもっさりとしたワンピースを着て、帽子をか ぶったピアニストのTさんが歩いている。手にしたバッグに名前が書いて あるから、確かに彼女に間違いない。横に並び、「あれっ、Tさんじゃな いの?」と言うと、彼女は「えっ、ああ」と気のない返事をする。彼女は 男女の連れと一緒なので、ぼくは遠慮することにし、隣の乗降口の列に並 ぶ。「これがアクセスには一番いいの」という彼女の声が聞こえる。  電車が到着した。買い出しのような大きな荷物を抱えて、降りてくる人 たちが何人もいる。すごい混雑だ。結局同じドアから彼女も乗り込んでき て、ぼくと隣り合わせになる。

2010年4月12日

4月12日の夢(名まえのない駅)  新幹線で東京へ向かっているが、検札に来た車掌は「この切符ではまず い」と言う。どうすればよいかと尋ねると、パスポートにぼくがチリとア


ラスカを経由して、今東京に帰るところだという記載をしてくれた。この パスポートを切符と一緒に乗り換え駅の改札口で見せればいいらしい。  新幹線が停車した。見たことのないような立派な駅だ。ここが指定され た乗り換え駅だろうか。必死で見回すが、どこにも駅名の表示がない。  気がつくとバスに乗せられている。振り替え輸送らしい。だが、東京に 着く一つ手前の駅で、ぼくだけ降ろされてしまう。ほかの乗客たちは全員 乗って、東京へ行ってしまった。  そのまま停留所で待っていると、さっきのバスが戻ってきた。絣模様の 大きな風呂敷包みが見える。あれはさっきの乗客が持っていたものだ。と いうことは、東京へ行ったはずの乗客たちがまた戻ってきたらしい。次の 停留所が空港で、皆はそこから海外旅行に出かけるらしく、「時間がない ので、急いで」と運転手に要求している声が聞こえる。ぼくもその飛行機 に乗りたいが、バスには乗せてもらえないので、手を上げてタクシーを止 める。その瞬間、元S誌の編集長だったМ氏が現れ、「これを窓からばら まいた人がいますが、ここにはいませんか」と尋ねる。見ると、それは某 氏が手書きで書いた日記だった。

4月16日の夢  妻と隣り合わせで列車に乗っている。目的地の一つ手前の駅で、肩をた たかれ、はっとして見ると、隣の席には別の女友達が座っている。「あ れっ、つれあいは?」と尋ねると、「一つ手前の駅で降りたわよ」と言わ れる。

2010年7月11日

7月11日の夢(駅)  駅のホームにいる。時代がかなり昔のようだ。映画のためのオープン セットなのかもしれない。沢山の同僚らしい人たちがいる。しかし、ぼく が顔を覚えているのは、S印刷の専務だけだ。ぼくは自分のバッグから食 料や着替えの衣類を出して、それを同僚たちの荷物の中に詰め替えてい


る。なぜそんなことをしているのか分からない。ホームの右にも左にも豪 華な客車を連結したSLが停まっている。いい風景なので、両方の列車と ともに、その間に見える空を撮ろうとしたが、カメラで覗くとうまい構図 にならないので、断念する。  ホームの上空を変な物体がいくつも飛び始めた。四角形のはしごか物差 しみたいなもの、三角定規のようなものが空中戦をしている。一機が撃墜 されて、こちらに落ちてくる。皆悲鳴を上げて逃げ去る。ぼくのすぐそば のホームに墜落し、爆発したが、ぼくはどうにか無事だ。  皆は食事に行ってしまったらしい。ぼくはなぜか取り残され、ひとり荷 物の整理をしている。そこへ指揮官がやってきて、「箱根新道を交通止め にしてこい」と命令する。ぼくは指示に従って、駅を出て、箱根に向か う。こうやって、文明は刻々と破壊され、時代は退化していくのだ。  絶望していると、ふいにぼくは元の世界に戻っていた。

2010年7月25日

7月25日の夢(退行する世界)  何かを頑張ってやればやるほど凡庸になってしまう世界にいる。ぼくが 暮らすマンションは自室の両側にいくつも部屋があり、どちら側も二つ部 屋を越えると、そこがトイレ兼会議室になっている。ぼくはトイレに行き たいのだが、どちら側のトイレも中で話し声���して、「今会議中だから駄 目だ」と言われる。しかたなく元の部屋に戻る。そこにはぼく以外に、男 性が二人一緒に生活している。  外出する。外の世界もどんどん退化している。地平線まで見渡す限り荒 れ野になっていて、電車の線路が続いている。もう電車も走っていないの ではないかと思ったが、走っていた。ぼろぼろの駅にぼろぼろの電車が停 車するのを、ぼくは小さな女の子とともに見守る。  部屋に戻る。ますますすべてが退化している。空腹を覚える。そういえ ばさっきポケットにお菓子を二つ入れたのだった。取り出してみると、一 つは星型、一つは多角形のパウンドケーキだ。それらはむきだしのままポ ケットに突っ込んであったから、汚くて食べられない。しかたなくゴミ箱


に捨てる。女性詩人のWさんが一生懸命詩を書いたのに、凡庸な作品に なってしまったと嘆いている。この世界では努力すればするほど、駄目に なってしまう。けっして彼女のせいではないのに。

2010年8月12日

8月5日の夢(テロ)  ぼくは鉄道会社の社員である。ある駅をはさむように上り側と下り側の 線路にうずたかく瓦礫の山ができている。そこに電車が突っ込んで脱線し た。誰かが妨害行為を行ったらしい。  ぼくはたまたまその妨害行為の現場を目撃してしまった。ある女性がに たにた笑いながら、目覚まし時計を駅の両側に向けて投げつけたのだ。こ れは明らかにテロだ。しかし、その女性はぼくの知人である。  ぼくは会社の法務担当社員として、彼女を法廷に引き出し、断罪しなけ ればならない。なんという巡りあわせだろう。ぼくは悩む。  だが、突然、奇跡が起こった。彼女が目覚まし時計を投げつけたのは、 事件の一日前だという証拠が出現したのだ。これで、ぼくは彼女を法廷に 引き出す役目から解放された。ほっとする。

2010年8月18日

8月18日の夢(岡山取材)  出張取材が終わり、帰途につく。新幹線で帰らなくてはならないが、そ の駅までもう一つローカルな鉄道に乗らなくてはいけない。二つの鉄道の 駅があり、まず遠い方の駅に行く。どこにもそれらしい告知は出ていない が、一つ電車が行ってしまったあと、どうも事故があったらしく、ホーム に乗客があふれている。  あきらめて、近い方の駅に行き、路線図を見上げるが、見知った駅名が 一つもない。この鉄道では帰れそうもないと思い、遠い駅に戻ろうとした ところで、「一色さん」と声をかけられた。先ほどまでぼくがインタ


ビューしていた男女の二人連れが声をかけたのだった。有名大学の先生た ちらしい。  二人とともに、遠い方の駅に戻る。あいかわらず乗客があふれている が、列車の手配がつかないらしく、プラスチック製のおもちゃの列車が ホームにすべりこんできた。各車両に一つずつあるビニール袋に乗客が一 人ずつ入り、他の乗客に押し込んでもらっている。しかし、走り出したと たん、みんな列車から振り落とされてしまう。それをまた拾って押しこ み、なんとか出発させる。  ようやく列車が到着し、乗り込む。窓から沿線に温泉ホテルの美しいビ ルが建っているが、なんとビルは壁一枚で奥行きがない。やがて新幹線の 駅が見えてきた。それまで、ぼくはここは福岡だと思っていたが、ここは 岡山だったのにびっくりする。  駅前に別の大学があり、二人の先生たちはそこにぼくを招待する。ぼく も張り切って、自ら持参した実験道具や資料など三種類のものを持って、 若い男性教授のデスクの前に座る。インタビューしていると、部屋の向こ う側で女性教授がマリオネットのように、糸で全身の関節を吊り、横に転 倒するような面白い実験をして見せてくれる。  ぼくも実験してみないかと言われ、言われるがままに、部屋の奥の水の 薄く張られたスペースで滑るスピードを試す。上着を脱いで何度も試す が、とんどんタイムが遅くなるので、ぼくも皆もがっかりしてしまう。

2010年9月10日

9月10日の夢(地下ネットワーク)  御茶ノ水駅に入ろうとする。改札口は円形の柵に囲まれていて、二カ所 に駅員のいる改札がある。一か所に切符を投げ込むが、他の乗客は通過で きても、ぼくだけ入場できない。だが、何食わぬ顔をして、反対側の改札 に行く。改札の駅員に入り方を教えてもらい、ようやく入場する。ホーム には垂直のはしごを登らなくてはいけない。途中で別のはしごに乗り換え て、苦労してやっとホームに出る。


食堂に入る。沢山の人々がいくつかの円卓を囲んで食事している。荷物 を預けるように言われ、大きなスーツケースを床板の下にある荷物置き場 に入れる。食べ終わり、帰ろうとするが、そこに置いたぼくのスーツケー スがない。もう一人、荷物がないという男性と一緒に、女主人を呼ぶ。荷 物置き場は地下深く広がっていて、もう一人の男性の荷物は洗浄機にかけ られていたのが見つかる。ぼくの荷物だけがない。もしかしたら、機械が 勝手に自宅宛発送してしまったのかもしれない。その確認にはあと一時間 かかると、女主人は言う。地下には都市全体に張り巡らされたそんなネッ トワークがあったのだ。

2010年12月8日

12月7日の夢(床屋)  有名人の床屋さんを三人のクルーで取材にきた。クルーの一人は女性 だ。長時間待たされ、なかなか取材が始まりそうにないので、ぼく一人だ け外へぶらぶらと出る。  ところが外からふと店内を覗きこむと、二人の仲間の姿が消えている。 ということは、ぼくを置いて、取材がどこかで始まってしまったというこ とだろうか。  しかたがない。そのまま帰宅することにし、電車に乗り込む。立ったま ま本に夢中になっていたが、駅名のアナウンスを聞いて驚く。「いわき」 だという。そういえば、さっき路線を間違えた気がしたのに、読書に我を 忘れてよく確かめなかったのだ。ドアが閉まる前に、ホームへ飛び出そう か。しかし、なんだか恥ずかしいので、次の駅で降りて戻ろう。これでは いつ家に戻れるのか、分からない。

2010年12月27日

12月27日の夢(新幹線と雪)


新幹線に乗った。車両ごとにいろいろな座席になっている。バスみたい な座席もあれば、都電みたいなやつもある。何両か通り過ぎるが、ぼくの 座れる席がない。山手線のような席の配置になっている車両に、席が空い ていたので、そこに座る。  ぼくは出張帰りで、手にしていた白い校正刷りの冊子を眺め始める。 と、ぼくの隣に見知らぬ男性が一人座った。次の駅で、その同僚らしい女 性が乗り込んできて、ぼくの隣に座る。二人は仕事の資料を座席の上に並 べて仕事を始めた。  ぼくはトイレに行きたくなった。二人に席をとられてしまわないよう、 白い冊子を席に置く。トイレは多分右手にあるという気がするが、そこは 左側の連結部に近い場所なので、念のために左の連結部を覗く。やはりそ こにはない。右の連結部に行ってみるが、そこにもない。トイレを探し て、何両も車両を通り抜ける。そのたびにさまざまな車両があり、ついに 明るいお日様のさんさんと当たる公園のような車両に行きつく。そこでは 子供たちが楽しそうに遊んでいる。  ぼくは息子と二人で塔に登ることにする。なぜかぼく一人が先に上がっ てしまい、いざ降りようとすると、雪が階段に降り積もって、滑りそうで とても怖い。手すりに両手でつかまって、必死で降りる。ほかの人たちは 誰もそんな無様な降り方をしていないので、カッコ悪いなあ。でも降りて みると、意外に簡単に下まで降りられた。そこに息子がいて、知らない女 の子と話をしている。早く塔に登るよう、声をかけて通り過ぎる。しか し、サングラスをつけたあの男は本当にぼくの息子だったのだろうか?


エレベーター


2005年05月07日

5月7日の夢(異常に高い津波)  女性二人と一緒に取材旅行に出かける。途中、休憩に入ったお店の中 で、二人は恋人の膝に乗って甘えている。ぼくは彼女たちの行動に不安を 覚え、「こんなふうで取材ができるの?」と言う。  そこへ津波が襲ってきた。走って高台に避難する。眼下の街が壊滅して いく。「助かった」と思うが、再び津波が襲来する。スマトラ島沖地震の 津波の映像そっくりに、高台の崖にぶつかって上がる水しぶきが向こうか ら近づいてくる。二波までは大丈夫だったが、第三波は異常に高い。悲鳴 が上がる。ぼくはさらに高台へと必死で石段を駆け上がる。悲鳴はぼくが 駆け上がるすぐ足下まで迫ってくる。なんとかぼくは逃げおおせたよう だ。自分の無事が信じられない。先導していた女性のうちの一人は無事で あることが分かる。だが、ほかのメンバーは殆ど津波にさらわれてしまっ たようだ。ぼくは悲嘆にくれて、大泣きする。

2005年06月09日

6月9日の夢(大津波)  どこかの高級マンションの見晴らしのよい部屋にいる。窓の外にはパノ ラマのように湾の風景が広がり、対岸にはニューヨークのような高層ビル の建ち並ぶ都市の風景が眺められる。気がつくと湾の入口に当たる左手か ら大津波が対岸に押し寄せ、超高層ビルのてっぺんまでが激しく白い大波 濤に襲われるのが見える。「津波だ!」と驚いて、みんなに知らせるが、 津波はあっという間に湾を渡って、こちらへ押し寄せてくる。目の高さよ り上に膨れ上がった海面がみるみる迫ってくる。これでは助からないだろ うと観念する。だが、なんとか第一波はやり過ごした。第二波が来るまで に急いでさらに高いところへ逃げようとする。


2006年08月12日

8月12日の夢(原宿の洪水)  会社の一部屋に布団が敷き詰められ、布団部屋になっている。四方の壁 も全面青緑の布でおおわれている。ぼくは会社で徹夜明けで、午後4時に 帰宅することにする。会社を出てタクシーに乗る。そこは以前会社のあっ た原宿の街。街は洪水になっており、路面には一面泥水があふれている。 どこから水が来たのだろうと眺めると、通りの反対側のビルのてっぺんあ たりから、水がどんどん流れ落ちてくるのだ。  乗ったタクシーは運転席が後部座席にあり、ぼくの前はフロントグラス だ。とても景色がよく見えるかわり、ほかの車に衝突しそうでちょっと怖 い。道路には洪水対策の作業車がたくさん出動しており、両側にそれらが 並ぶ真ん中をタクシーは走る。作業車がドアを開けたり、作業員が降りて 作業を始めようとするので、今にもタクシーはその間で動けなくなってし まうのではないかと気が気でない。だが、うまい具合にタクシーはそれら をすり抜け、ゆっくりではあるものの着実に前進していく。こんな状況の 中でこの道を進めるのは、きっとぼくの乗ったタクシーが最後になるだろ うと思う。

2008年10月16日

10月16日の夢(死ぬのなんて怖くない!)  部屋の真ん中に、病院をかたどった生クリームのケーキが置いてある。 そのケーキに画面がズームアップすると、そこは病院の中の広間。その真 ん中にも病院をかたどったケーキが置いてあり、それを囲み、患者たちが 「死ぬのなんて怖くない!」と歌い踊っている。

 ロカビリー歌手のジェリー⃝尾が黄色い軍服を着て現れる。「こんなの 着ているってことが問題だけど」と苦笑しながら・・・。そして、仲間た ちと雨の中、ホテルを出て、どこへ行くべきか議論している。「ここから


どこかへ行って、最後はこのホテルへまた戻るべきだ」と主張する者がい る。ある女性は「本当は海を渡って、故郷へ帰りたいけどね」と自嘲気味 に語る。外はすっかり洪水になっている。ジェリーは車の運転をする男性 に「岬もみんな水没しているのに、運転して行けるのか」と尋ねる。運転 手は「行ける」と答える。

 夜道を歩いている。戦後のような真っ暗な夜道。そこで、一人の男性が マイクを持って、光の中で歌っている。振り返って見ると、それは美⃝明 宏だ。彼は「こんばんは! 光(ひかり)明宏です。光、光・・」とコ マーシャルソングのようなものを歌っている。新興宗教の宣伝らしい。

2008年12月10日

名まえのない土地  洪水が引いた後、海のそばの会社で後片付けをしている。もう夜遅い。 このまま今日は帰れないだろう。いや、明日も明後日も帰れないだろう。 女性詩人のIさんから手紙が届いた。手紙には恨みの思いが書き綴られて いる。だが怨んでいるのは、Iさんだけではない。ここは昔、ちゃんとし た名前を持つ土地だったのだが、会社の入居する建物を造るために、その 土地もろとも名前も奪われたのだ。洪水の後、あちこちにサインのような 落書きのあとが露出している。これは、名前を奪われた人たちが、その名 を記念するために書き残していったのだ。だが、その大事な土地もこの洪 水で永遠に消え失せてしまった。Iさんの悲しみ、人々の悲しみがぼくに はよく分かる。(そのまま夢の中で大泣きしました)

2008年11月18日

11月18日の夢(戦争と洪水)  今は戦争中だ。展覧会の会場で、駅名掲示板の作品展を見ている。駅の


名前を絵のように書いた看板をコレクションしている女性の所蔵物を展示 しているらしい。なぜか作者名を見ると在日の人が多い。不気味に空襲警 報が鳴り響く。戦争ももう終わりに近い。会場の隣に崩れかけた鉄筋コン クリートのアパートがあり、そこに敵国に内通した工作員の男が陣取り、 ぼくたちに降伏を迫ってくる。コンクリートの塊をどんどんぶつけ、危機 一髪でぼくはそれを逃れるが、仲間の一人が地上に落とされた。落下その ものはたいした衝撃ではなく、彼は立っていたが、そこに塊がぶつけられ る。最初は軽い���撃しか感じられないようだったが、やがて重い塊がぶつ かり、頭から鮮血が飛び散る。「あいた!」と叫んで倒れたところへ、誰 かが重量のある塊を載せる。たちまち風船の空気が抜けるように、彼の体 はしぼみ、その分周囲に血だまりが広がっていく。

 洪水がやってきた。会社の同僚たちが水中に沈んだテーブルの周りに 座って、仕事をしている。ぼく一人テーブルの上に仁王立ちしており、同 僚たちにびっくりされる。ぼくも水中に降りてみると、ちょうど首までの 水深だ。地上の一段高いところに登ると、そこにはもう水がない。洪水の ために破壊された堤防の杭には、「あなたの声が聞こえたよ。声を限りに 叫んでいたね」と書いてある。洪水になって堤防が破壊されたら、被災し た人たちに励ましの声が届けられるよう、堤防が壊れるまでは見えない場 所に、この文字は書かれていたのだ。

2009年9月12日

9月12日の夢(大波)  テレビか映画の画面で記録映像を見ている。海面上昇で街に大波が打ち 寄せているシーンだ。てっきり右から波が来るものと身構えていると、大 波は左側の民家の屋根を越えてやってきた。次々とやってくる波に呑まれ ながらも、人々はそれを楽しんでいるようでもある。傘をさして、波とと もにジャンプし、屋根に飛び上がる人もある。画面にかぶせて、坂本⃝が 歌う地球温暖化へのプロテストソングが流れる。白人男性が「彼が歌って


くれているが、彼の歌は無力だ」と言う。

 地面が黒く肥沃に濡れている。中でひときわ真黒に湿って、底なしの泥 沼のようにも見える場所があり、そのかたわらで人々が電車を待ってい る。ということは、ここは駅なのだろう。ぼくは黒い泥に足をのせてみ る。ずるっと滑って足をとられそうだ。

 詩人のK氏が奥さんと散歩をしながら、「ここに引っ越してきて、よ かったと思う。だって、風景がそっくりなんだもの」と言う。あれっ、彼 が元住んでいたところは海辺ではなかったっけ、ここは山の中なのに?  と、画面がぐーっと上からの視点になり、二人の歩く前方に大きな水面が 現れる。だが、それは海ではなく、四角い溜め池だ。そのほとりから二人 はぼくのいる方にゆっくりと戻ってくる。

2010年9月29日

9月29日の夢(津波)  理由は分からないが、ぼくは何か問題を起こしたらしく、人々から激し く追及を受ける。

 外へ出て、列車に乗る。窓から見る外の風景は想像を絶するものだっ た。近代的な都市の景観はそこにはなく、昔風の日本家屋が建ち並んでい る。それを海から押し寄せた大津波が次々と押し流していく。海岸線には 巨大なアオサギが沢山羽を休めている。そして青い制服に身を包んだ不気 味な若者たちの集団が、そこここで無言の行進をしている。彼らは津波の 惨状には見向きもしない。


2010年10月17日

10月14日の夢(大津波)  世界が最後を迎えようとしている。海からもうすぐ大津波が押し寄せて くるのだ。しかし、建物にはサバイバルルームが設けられており、ぼくも その中に隠れる。さらに津波を攻撃して、それを無力にする防御システム もあり、ぼくはそれを操作する。しかし、本当に巨大津波が襲来したら一 巻の終わりかもしれない。警報が鳴った。ぼくはシェルターの中に走りこ む。


あとがき

 夢日記を書き始めたのはいつからだったろう? 十代か二十代、あ るいは三十代になってからだろうか? なぜかその正確な始まりを覚 えていない。だが、気づいたときには、日々の日記に夢が占める割合 が多くなり、いつしか夢と現実の区別がなくなり、ついに夢だけで日 記が埋まるようになっていた。そして1994年の12月にはニフ ティサーブのパソコン通信上で、仲間たちとその日の夢を書き合って 楽しむ「夢の解放区」をスタート。これが13年の歴史を閉じてから は、現在も続くぼく個人のブログ「ころころ夢日記」の立ち上げと、 まさに夢まみれの人生を送ってきたことになる。本書はその「ころこ ろ夢日記」への夢アップが5年間で1001に達したのを機会に、オ リジンアンドクエストの大杉利治さんから企画をご提案いただき、大 杉さんの献身的作業により刊行にこぎつけることができた。厚くお礼 を申し上げたい。そして、悪夢のように美しい挿画で飾ってくださっ たアートディレクターの長島弘幸さんにも、とびきりの感謝を。こん な素敵な電子夢日記ができたなんて、本当に夢ではないのだろうか? 2011年5月      一色真理


著者略歴 一色真理(いっしきまこと) 詩  集 1966年 『戦果の無い戦争と水仙色のトーチカ』新世代工房 1972年 「貧しい血筋」冬至書房 1979年 『純粋病』(第30回H氏賞)詩学社 1981年 『夢の燃えがら』花神社 1984年 『真夜中の太陽』花神社 1989年 『DOUBLES』沖積舎 1997年 『元型』土曜美術社出版販売 2004年 『偽夢日記』土曜美術社出版販売 2011年 『エス』土曜美術社出版販売 自伝小説 1987年 『歌を忘れたカナリヤは、うしろの山に捨てましょか』NOVA出版 夢のアンソロジー 1997年 『夢の解放区』パロル舎

夢千一夜 2011年6月 Ver.1 release 著 者

一色真理

装幀・装画

長島弘幸/デザインファクトリー ミレニアム

データ監修 編集

大杉としじ/オリジン アンド クエスト 104-0053 東京都中央区晴海1-6-1-815 Tel .03-6824-3203

発行者

高木祐子

発行所

土曜美術社出版販売 162-0813 東京都新宿区東五軒町3-10 Tel .03-5229-0730

ISBN 978-4-8120-1875-0 c0092 (c)Isshiki Makoto 2011, Released in Japan


夢千一夜/ FreeSample版