(博士前期課程) 修了制作報告書
樹木の再盛
芸術の森キャンパスで伐採された樹木を用いた休憩施設の木質化
The Second Peak Season of Trees
Wooden Renovation of Pavilion Using Harvested Trees in Geijutsu-no-mori Campus
人間空間デザイン分野 2262002 伊藤 冠介 (Kansuke Ito)
主指導教員 金子 晋也
Keywords:伐採樹木, 木質化, 什器, 芸術の森キャンパス
FelledTree,WoodenRenovation,Furniture,Geijutsu-no-moriCampus
1.研究背景
1-1.森林と未利用材 建築用材には、住宅に用いるサイズを大量に生産・ 流通させた「一般流通材」が用いられる 1) 。一般流通 材には主伐 材が用いられるが、近年では生産の過程 で生まれた「間伐材 2) 」を活用した様々な事例も見受 けられる。加えて「林地未利用材3)」を木質バイオマス として有効活用する工場や施設も、ここ数年で急激に 増加している 4) 。このように森林では、林業を通じて 未利用材の積極的な利用に取り組んでいる。
1-2.都市と未利用材 都市では製材工場や建設現場で発生する未利用材を 資源として積極的に利用している4)。
その一方で都市では近年の気象災害の深刻化による 倒木の発生や街路樹の維持管理、道路交通の環境整備 を通して、多くの樹木が伐採されている 5) 。同様に、 公園や大学など大規模な緑地を有する公共空間におい
ても、 防災や環境整備の観点から伐採される樹木は 多い。しかしこれらの樹木の大半は廃棄され、不要な ものとして未活用のままである。
本制作では「安全性・快適性や環境整備の点から伐採 された後に廃棄の対象とされた樹木」を「伐採樹 木」 と呼ぶこととする。
一見価値のないように思われるこれらの伐採樹木を 本制作では「木材資源」としてプラスと捉え、デザイン 学の知見を通じて活用することを試みる。
1-2.芸術の森キャンパスでの樹木の伐採 2023年3月9日から3月15日にかけて、芸術の森キャン パス敷地内で樹木の伐採が行われた。アリーナ横の 2本が危険木として、並木道の36本が環境整備として 対象とされた6)。樹種はニオイヒバ・トドマツ・カラマツ の3樹種であり、丸太は薪として使用する他に用途が 無く、廃棄物となっていた。
2.研究目的・先行事例
2-1.研究目的:キャンパス伐採樹木の活用の実践 以上の背景を踏まえ本制作の目的は、屋外休憩施設 の木質化を通じて、芸術の森キャンパスの伐採樹木の 製材を通した活用の実践と、現場の知を明確化しプロ セスと共に記述、制作へと反映することとした。
(1)キャンパスでの伐採樹木の製材の実践 (2)什器制作を通じた木質化による伐採樹木の活用 (3)現場の知を明確化、記述、制作へ反映する 2-2.《森とまちをつなげる家具》竹中工務店+河野銘木店 《 森とまちをつなげる家 具》は札幌の森で育てられ た間伐材 を、市内の製材工場で加工 することで制作 された家具である( 図1) 。 割れ、空洞、制作で生まれ た端材、様々な素材を集め 3D技術を活用して 新たな 家具として生まれ変わらせている。樹脂を用いた空洞 の埋め込み、ちぎりを使用しない端材の接合など素材 的特性をデザインへ落とし込むための知見を得た。
図1《森とまちをつなげる家具7)》
3.研究方法・対象地
3-1.研究方法:木質化による伐採樹木の利活用 木質化とは、建築物の新築、増築、改築又は模様替 にあたり内・外装に木材を利用することで、北海道では HO KK A ID O WOO Dや道庁本庁舎エントランスホールの 木質化など、官民で道産材の利用拡大に取り 組んで
いる 8) 。木質化においても通常では一般流通材・間伐 材が利用されるが、本制作では芸術の森キ ャンパス で発生した伐採樹木を用いた木質化を試みる。
3-2.対象地:屋外休憩施設
本学の開学10周年を記念し、2017年にB棟の東側に 建設された木造平屋建ての休憩施設がある( 図2 ) 。 現状は東屋としての機能を持つが、講義課題を通して 制作された 17脚のスツールの展示場所としての利用に 留まる。本制作では、伐採地点の並木道に近く新たな 空間活用が求められる休憩施設を対象地として木質化 を行うこととした。
図2 屋外休憩施設
4.調査・設計・プレゼンテーション・各種加工
4-1.制作の条件
本制作は、休憩施設 の建築 躯体に手を加えられない ことと伐採樹木の材質が様々な点から、躯 体か ら独立 した什器による木質化とした。制作にあたり以下 3つ の条件を定めた。また、下記に制作工程を示す(表1)。
(1)主要な素材は伐採樹木を製材したものとする (2)建築と独立した構造で材の作り変えが可能とする (3)素材的特性を活かしたデザイン要素を組み込む
表1 本制作研究におけるスケジュール表
大学 [札幌市立大学 芸術の森キャンパス]
[北見木材] 視察 [木の種社] 木工室 保管場所 [木工室前] 展示場 [H棟中央] C棟横 伐採地点1 [アリーナ横] 伐採地点2 [並木道] 休憩施設
●伐採樹木 調査 05.01-
●選別 [丸太13本] 06.05
●搬出 [アリーナ横:3本] 07.12
●移動[並木道:10本] 08.04
●皮剥き[並木道:10本] 08.15-08.21
●休憩施設 調査 04.01
●製材所 視察[木の種社] 05.14
●基本設計[什器15点] 06.29
●搬出[並木道:10本] 08.25
●搬入[製材済木材] 09.27
●含水率 測定 10.03-12.25
●什器 制作 10.10-12.04
●什器 施工 12.05
4-2.伐採樹木の調査・選別
●プレゼン 07.21 [銘木店M氏/工務店F氏]
●皮剥き[アリーナ横:3本] 08.17
●製材 [丸太13本] 09.20
●什器 展示 12.05-12.15
●作品展示場 制作 12.01-01.25
伐採された3樹種の調査を行い、直径:0.3m-0.4m程 度、全長:1.5m-3m程度の丸太が多く見られた(表2)。
2023年 6月5日に、調査した丸太の中からニオイヒバ (アリーナ横)3本、トドマツ(並木道)10本の、2樹種・
計13本の丸太を選別し、管理している大学施設担当者 から譲り受けた。以後 、伐採樹木の丸太を製材 した うえで什器制作の主要な素材として用いる。
なお、トドマツ(アリーナ横)は大径木としての希少 価値が高く、カラマツ(並木道)は、製材加工に必要な 丸太長さの1.8mよりも短いため選別の対象外とした。
表2 各丸太の寸法と総数
4-3.休憩施設の調査
本制作の対象地とする休憩施設 は 本学6期生の畠山 慎吾氏の設計により建設された 9) 。 当時の資料と比較 し一部修正が見受けられ、修正版図面を作成した。
4-4.基本設計
2023年6月29日に、什器の基本設計を行った 。学生 を対象者として、休憩施設内へ必要と考えられるアプ ローチ・パーテーション・スツールなどを設計した。
4-5.プレゼンテーション
202 3 年7月21日に、木材に関わる2名10)へ、基本設計 を元にプレゼンテーションを行った。材の特性と齟齬 が生まれてしまうため、原木の個性を見極めながら 設計・制作を進める重要性について指摘頂いた。
4-6.各種加工
2023年8月15日より、選別していた13本の丸太の 「皮剥き」を手作業にて行なった。
202 3 年7月 1 2日に アリーナ横、8月25日に並木道の 丸太の「搬出」を行なっ た。丸太は、手稲区にある 北見木材株式会社の製材所へ保管された。
2023年9月20日に、北見木材株式会社の製材所にて 「製材」を行なった( 図3 )。休憩施設の建築に用いら れている材の寸法を元に、角材は45mm×45mm・ 105mm×105mmを、板材は厚さ21mm・30mm・45mm・ 50mm・60mm・105mmを製材した。
図3 製材の様子
2023年9月27日に大学への「搬入」を行なった。乾燥 の工程を兼ね、桟木を挟み込み保管した。
5.作品について 《樹木の再盛》2023年
本制作では、9種類計12点の什器群による休憩施設 の木質化を行い《樹木の再盛》と名付けた(図4)。
什器01 〜 什器05 は、休憩施設内で想定される用途に 見合う什器を基本設計から抽出、再設計し制作した。
また、製材の副産物や制作での端材などを用い、追加 で什器06〜什器09を制作した。
休憩施設全体としては、北側から南側にかけて複数人 で利用する空間から個人で利用する空間へ変化する ゾーニングを意図し、配置計画を行なった。
図4《樹木の再盛》2023年
什器01《Approach Stairs for Pavilion》 北面の地面と床面の600-800mm程度の高低差を繋ぐ アプローチ階段( 図5 )。計4段で構成され、各段でトド マツとニオイヒバ の耳付き原板(t= 3 0mm )の踏板が、 向かい合うデザインとした。隣接する遊歩道より休憩 施設内部へアクセスする経路として設けた什器。
什器02《Flooring for Pavilion》 休憩施設の四半円形の特注ブレース端部金物の r=120mmを手がかりとして、20倍のr=2,400mmにて制作 したトドマツの四半円形単層フローリング(図5)。13枚 の板幅は125mm-270mmであり、それぞれ原板(t=30mm) から採取可能な最大寸法によって切り出すことで敷き 詰めている。裸足で過ごすことが可能な一部のエリア を設け、活用の幅が広がることを企図した什器。
什器03《Louver for Pavilion》 柱と梁により構成される休憩施設において、空間の 一部へ透過性のある壁として設けた縦ルーバー(図5)。
耳付き原板(t=30,45mm)を切り出した際に生まれる耳 を用いて制作した。個々に 異なる外形や節があり、 表情の違いを読み取れるように、休憩施設の内部に耳 側を向けた。人々の気配を適度に調節し、周囲の自然 環境を感じるための空間を演出する什器。
什器04《Table for Pavilion》 製材所で1枚のみ製材したニオイヒバの耳付き原板 (t=60mm)を天板に使用したテーブル( 図5 )。緩やかな
カーブを描いた耳の外径は樹木の成長によって生まれ たものであり使用する部分ごとの楽しさを演出する。
天板高さの677mmは、休憩施設に展示されている家具 インテリアデザインの講義 にて制作された計 1 7脚の スツール の座板高さの平均値の 39 7mmを参考に 算出 した。学生の作業や会議等、様々な用途で使用できる 大きさを持ち合わせた什器。
什器05《Stool for Pavilion》
ト ドマツ の角材( 1 0 5 mm ×1 0 5 mm , 一部耳付き)4本を 束 ね、立木として生 きていた時代の樹木本来の姿を 想像させるデザインとした スツール( 図5 ) 。座板には ニオイヒバ(t=21mm)を用い、赤みのある美しい木目の 表しとした。束ねられた4本の角材は一見重厚感も あるが、スペーサーとワッシャーによってそれぞれが 12mmの間隔を保ち、床面との設置面では外周部を10mm 切り欠くことで同時に軽やかさを演出する什器。
什器06《Ceiling Light for Pavilion》
什器の制作にて生まれたニオイヒバの耳を用いて、 その間から光が注ぐデザインとしたシーリングライト ( 図5 )。全体のボリュームは休憩施設の梁(断面寸法: 105mm×150mm)と揃えることで、内部に溶け込むデザ インとした。左右には2つのLED電球を内蔵しており、 耳以外の外観には軽量化を計るため針葉樹合板を用い た。照明器具の無い空間をささやかに照らす什器。
什器07《Birdhouse for Pavilion》 休憩施設の周辺環境の特性を活かした、約75mm×105 mm×150mm の内部空間を設けたバードハウス( 図5 )。 南側に位置する茂みへ向けて休憩施設の柱へ固定する。 トドマツの角 材( 10 5 mm ×1 0 5 mm )の外周部に、製材の 工程で発生した背板を貼り付けた、天然木から加工材 への変 化を象徴するような 什器。学生や地域住民の 作業・会議・休息だけではなく、周辺環境の生物との 交流を可能とする什器。
什器08《Table Tray for Pavilion》
様々な什器の制作において発生した端材を集め制作 した小型のテーブル トレイ( 図5 ) 。端材の時点 で確保 されてい た 1 7 3 mmの寸 法を 基準として、角丸長 方形 (ニオイヒバ・トドマツ)と円形(ニオイヒバ)の計3つ を制作した。天面に3mmピッチで凹凸の溝を施すこと で水平方向と垂直方向の木目の表しとした。主に制作 したテーブルや既存のテーブルの上で小物置きとして 使用されることを意図している。
什器09《Bookstand for Pavilion》
什器の制作の段階で割れてしまったトドマツとニオ イヒバの原板(t=30mm)を再び切断加工して制作した、 小型のブックスタンド(図5)。
6.考察
6-1.成果
本制作研究では、芸術の森キャンパスで生まれた未 利用材として の「伐採樹木」の製材を通 した活用の 可能性を探求した。製材後の、什器制作を中心とする 成果は伐採樹木の素材的特性から導いたものであり、 都市部の個体においても十分に応用可能である。
デジタルファブリケーション等の最新技術を活用した 事例が 注目を浴びる中、本制作研究ではアナログ技術 (加工方法)を中心とし制作を進めた。これは、本制作を 通して様々な人と関わる中で、自らの手で木の個性を 見つけ出すことの大切さを学び、現場の職人たちの手に よるローテク(アナログ)ならではの暗黙の知見がある と考えたためである。実際に木を自らの手で選び、運び、 配置 し、組み合わせ、個性 を探ること、また暗黙の 「現場の知」の一部を明らかにすることで制作を展開 したという点で本制作における新規性があると考える。 これらの現 場の知の公開を 通して、新た な知識や 視点を与えることで伐採樹木等の未利用材資源の有効 活用に関する示唆 や、議論のき っか けを生み出すと 想定される。また、近年着 目され る「クリエイティブ リユース」11)のように社会的な観点からも重要である。
6-2.今後の展望
今後は成果として作品展示場に展示を行なっている 什器を休憩施設内へと再構築する。学生の様々な利用 シーンに応じて、制作した什器群のレイアウト変更や 使われ方の変化が構築されていくことを期待する。
本制作については、国内外のコンペティション等を 通じて、積極的な成果の発表を行なう。
註・参考文献
1) キノマチウェブ(2021) 「一般流通材」. https://kinomachi.jp/3793/, (参照 2023-1-14)
2) 一部の樹木を意図的に伐採し, 残された木の適切な成長を促す作業による材.
3) 主伐や間伐で生まれる, 根元・欠点材・末木・ 枝条などの製材不可能な材.
4) 林務局林業木材課(2021) 「木質バイオマスとは」. https://www.pref.hokkaido. lg.jp/sr/rrm/03_biomass/e-knowledge.html, (参照 2024-1-14).
5) 国土交通省 関東地方整備局(2023).「街路樹点検マニュアル」. https://www. ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000851898.pdf, (参照 2024-1-14).
6) 札幌市立大学(2023) 「芸術の森キャンパス危険木及び支障木の剪定・伐採業務 (令和4年度公告第8号)」. https://www.scu.ac.jp/about/publish/bid_infor mation/, (参照 2023-07-18).
7) ウッドデザイン協会(2023) 「森とまちをつなげる家具」. https://www.wood design.jp/db/production/2082/, (参照 2023-12-22).
8) 環境省(2011) 「公共建築物における木材の利用の促進のための計画」. https ://www.env.go.jp/nature/park/mokuzai_riyou/ , (参照 2023-07-16).
9) 武部英治(2017).「札幌市立大学 休憩施設 新築工事図面」.
10)宮島弘之氏(河野銘木店)と、藤田純也氏(竹中工務店)の2名. 11)大月ヒロ子(2013).『クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト ・ヒト』. millegraph.
12 ジョージ・ナカシマ(1983).『木のこころ-木匠回想録』. 鹿島出版社.
13. 大嶋優希子, 曽和具之. 伐採材を利用したものづくりワーク ショップ. 芸術工学会誌. 2022, Vol.81, p.50-51. 図1:7)より引用. 図2,3,4,5:筆者撮影. 表1,表2:筆者作成.
図5 各種什器