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U9101 早稲 田大学理工 学 部建 築学科 卒 業論文 指 導教授 渡 辺仁 史

高齢者 の感 じる街の魅 力 に関 しての研究 塩 月幸大

Department of Architecture,School of Science and Engineering, Waseda University


■11'言 螢

平成 3年度1事 業論文

高1齢 者 の1感 じる街 の魅力 に関 しての研究

早稲田大学理工学部建築学科 渡辺仁史研究室

G8D075‐

1

塩月 幸大

91。 ■ 31


はじめに

この研究では、巣鴨・ 高岩寺 (と げぬき地蔵)と 巣鴨地蔵通 り商 店街の魅力を明 らかにすることを目的 とす る。 いかに高齢者社会が 進んでい るとはいえ、 ここには驚 くほど大勢 の高齢者が集ま って き ていて、東京のよ うな時代 の先端をい く大部会では珍 しい光景であ る。 いったい何が高齢者を ここにひきつ けるのか、 これを明 らかに することによ り、 これか らの高齢者社会 で、どのよ うな空1間 が必要 とされ るのか、 という問題 の一つの指針 となるものである。


目次

は じめに

第 1章 1■

序論 ‐

1.研 究目的

1

1-2.研 究背景

1

とげぬき地蔵

第 2章

・ 史

― 一

-42

調

-4

2-2.文

(高 岩寺)の 周辺調査 ‐

2-1.歴

2

1-3.研

-11 ―

2-3.考

第 3章

とげぬき地蔵

(高 岩寺)周 辺における

詢 …

3-1.ア

3-2.ア

-44

-46

― ー

3-3.結

一 第

4章 魂

おわ りに

参考文献

― 一

― ―

-70

63


第 1章

序論


1-1.研 究 目的 今後、 日本では急速 に高齢化が進行す ることが 予想 されている。それに従 い、 高齢世帯 の増加が著 しくな ると介 護 や非常 時 の諸 問題 だ けで な く、 コ ミュニ ケー シ ョンの問題 が あ らわれて くる。 そ こで この研究では集合住宅や老人 ホ ー ムな どの施設において、 その施設を利用す る高齢者 だけでな く、他 の場所 か ら も高齢者が集ま って くる空間の計画上 において指針 となるよ うに、 高齢者 が感 じる街 の 空間的魅力を探 ることを目的 とす る。

1-2.研 究背景 21世 紀を迎え るにあた って、わが国は高齢化社会 に突入 し、多様 な問題が あ らわれて くるだろ う。 中で も都市部では、団地・ マン シ ョンなど住宅 は高層 化の傾 向 にあり、 それ によ り核家族化がすでにすすみつつ ある。 これによ り高 齢者 の み の家庭 の 出現・ 増加が予想 され、 これが今後、 ますます増加 して い く だろ う。 この将来 へ 向けて 、高齢者 にとって魅力 のある街 の特性 を明 らか にす ること は、高齢者 のための諸施設 を計画す る上で重要 な課題 であると思われる。


1-3.研 究概要 現時点 で、高齢者 が コ ミュニ ケ ー シ ョンを とる場所 と して考 え られ るの は、 老人ホ ーム,老 人会などのサ ー クル,病 院,寺 社,公 園 などが考 え られ る。 こ の中で も、特 に高齢者 が 自ら好んで 自主的 に訪れ、積極的 に交流をはか る場所 として寺社がある。 ここでは参拝 などにによ り各地よ り人 々が、中で も高齢者 が、気軽 に、か つ 自主的 に集 まるとい う特徴を もってい る。 この研究では、 この 中で も 「とげぬ き地蔵」や 「おばあち ゃん の原宿」 で知 られ る、東京・ 巣鴨 の高岩寺 とその周辺 の地蔵通 り商店街 において、文献・ 実 地調査そ してア ンケ ー ト調査か ら、 この高岩寺 と地蔵通 り商店街をあ らゆる角 度か ら分析 し、その空間的魅力を明 らか にす る。


第 2章

とげ ぬ き地蔵 (高 岩寺 ) の周辺調査


2-1.歴

史・ 背景

(1)古

くか らの地の利 と霊験

現在、巣鴨 とげぬ き地蔵、つ ま り万頂山高岩寺 (以 下、高岩寺 )の 参道 の役 割を担 って い る、巣 鴨地蔵通 り商店街 は、旧中仙道である。 その入□付近、北 海道拓殖 銀行支店 の裏 には江戸六地蔵 の一つ である真性寺 (し ん じょうじ)が あ り、 いま も笠をかぶ った地蔵尊 の座像 (青 銅製、高さ一丈六尺 =約 5メ ー ト ル)が 高 い石壇 の上 に鎮 座 し、か つては中仙道 を往 き交 う人 々を見下 ろ して い た。 その境 内には、芭蕉 の百回忌 にあたる寛政 5年

(1793)に

立て られた

「しら露 もこぼ さぬ萩 の うね りかな」 の句を刻んだ句碑がある。数多 くの芭蕉 の旬か らこれが選ばれたのは、その 頃、 この地が萩 の名所 だ ったか らであるよ うだ。 この寺は江戸時代 にはかな り名 の知 られた寺 だ ったのだ。 巣鴨地蔵通 り商店街 の もう一方 の端である庚 申塚 は、大塚か ら飛鳥 山、王子 へ とむか う折戸通 りとの交差点であるとと もに、 中仙道 の最初 の宿場、板橋 と 日本橋 との 中間に設 け られた立場 で もあ り、馬 の乗 りつ ぎや旅人 の休憩 のため の茶店が並んで いた。広重 の 「名所江戸百景」 は静かな田園風景 に描かれて い るが、 「江戸名所図会」 の絵 は旅人や馬 の人足たちで賑わ っていた様子を うか がわせ る。 また巣鴨 は菊人形発祥 の地 と して知 られ、菊見 の季節には江戸市中はおろか、 関東一 円か ら多数 の来観者を集 め、幕府か ら明治 にか けて花戸大閤 とよばれた 内山長太郎 の栽花園、 その弟内山卯之助 の寿山園 など、植木屋 の花園がな らび、 人 々はその花園をめ ぐったのち、 同 じく植木屋 の花園がむ らが る駒込 の染井 へ 、 あるいは庚 申塚をへて、春 には飛鳥 山の桜、秋 には滝野川 の紅葉を見 るのが花 見 の コースにな っていた。 したが って地蔵通 りは真性寺 と庚 申塚 の あいだに はさまれた江 戸的空間 とで もいいたい ところだが 、 いまその 中核 になっているとげぬ き地蔵 こと高岩寺 は なか った。 当時、巣鴨 の地蔵 といえば真性寺 の地蔵 の ことで、高岩寺が ここに


移 って きたのは明治 24年

(1891)の

ことで ある。

曹洞宗万頂 山高岩寺 は、寺伝 によれば慶長 1年

(1596)、

朋 町 (現 神 田 2丁 目、明神東側 )に 開設 され、寛永 が 完成 したとい うが、 明暦 3年

(1657)の

神田明神下 同

13年 (1636)に

本堂

振袖火事 で焼 け、 のち、上 野 の

不忍池 に近い下谷 の屏風坂下 に移 った。 亨保 20年

(1735)の

菊 岡浩涼 「続江戸砂子」は 「地蔵霊場」の章 に、

「印像地蔵」 と題 して万頂 山高岩寺をあげ、 その縁起をつ ぎのよ うに しる して い る。

正徳 3年

(1713)の

ことで ある。江戸の田付某 の妻女 が病 気 とな り、

手をつ くしたが重 くなるばか りであ ったが、その妻 が 自分 の実家では怨霊 が ついていて女 は 25ま で しか生 きられな い。 ただ死 ぬの を待 つ ばか りと い ったので、大 いに驚 き、神仏 の加護を頼む ほか はないと悟 り、 日頃か ら 信仰 して い る地蔵尊 に祈 ると夢 に一人 の僧が現れ、 この御像 一 万体を紙 に 写 して川に流 せば病 はなおる、 というお告 げが あ った。そ こで、 お告げの 通 りに一 万体を紙に写 して浅草川 にうかべ ると、その夜、病人 の床 に衰 え た男が立 って い るのを高僧が錫杖で追 いは らうのを夢 うつつの うちに見、 その明 日か ら全快へ とむかい死 か らのがれ ることがで きた。 この像 は因縁 あ って 当寺に納 め られた。重病難病 の者が この 印像を いただ くと、その し る しがあ らわれないことはない。 くわ しくは、当寺 の霊験記 にみえる。

この最後 に しるされた 「当寺 の霊験記」は田付某本人である田付又四郎 が 亨 保

13年 (1728)7月

17日 の 日付けで、 自らしたためた 「下谷高岩寺地

蔵尊縁起霊記」で現在 も高岩寺 に保存 され、 同寺発行 の 「高岩寺誌」 (昭 和 6

1年 、 1986)の 巻頭 に、現代語訳でのせ られている。それ によると、 「続 江戸砂子」 に紹 介 された霊験 は 「家内の しもじもまで知 ってい ることで、 い さ さか のいつわ りも、かざ りもな い。 もしそ うな らば正八幡大菩薩 の罰を受 ける にちがいない」 と しる した後、 つ ぎのよ うにか いてい る。

この霊験 の 話 を山高 氏 とい う人 の 家 でで して い る と、一 座 の 中 に西順 と 5


い う僧侶が いて、深 く感心 してそ の 「御影 (お みかげ)」 をぜひほ しい と い う。私 は懐 中 に持 っていた 2枚 を与えた。 この僧侶 は前か ら毛利家に出入 りして いたが、正徳 5年 の こと、 この家 に働 く御殿女 中の一人が折れた針を 口に くわえて い るうちに、 うっか り飲 み込んで しま った。 針 はの どに立ち、 さ らに腹 の 中 にはい って 大 いに くる しんだ。薬やお守 り札 も何 も効 き目もなか った。 そ こで西順 が 「ここに霊験あ らたかなる地 蔵尊 の御影がある。頂戴 しなさい。」 と一枚 を水で飲 ませた。 しば らくす ると、女 中は腹 の ものを吐 き、 その中に御影があ った。水 で 洗 って み ると、四分ばか りの針 が御影 を貫 いて 出て きた。一座 の者み な不 思議 の感 に打 たれたとい う。 この霊験 は私が直接見た ものではない。 ただ西順がのちわざわざ私 の所 に来て、絶対 にまちが いない と誓 ったので、 この縁起書 に書 きいれ る もの である。 右 の ほか、不思議 の事がた くさんあ ったが 、あま り多 いので これを 略す ことにす る。その後私 はこの 印像を大事 にか くして人に も見せなか った。 しか し、 このたび高岩寺 は本堂が こわれ、修復 のため信者 に百万人講 をは じめ られた。 そ こで多 くの人 に この御影を ほどこし、本堂 の修復が早 くす むよ うにと、 は じめて和尚に この不思議 な事実 を話 し、 その由来を書 いて 霊印とともに寄付 し奉 るものである。

百万人講 による本堂修復 は御影 の効用 もあ って、まもな く完了 した と思われ る。霊験書 の奉納 された 3年 後 に出た 「江戸砂子」 に、 はや くも高岩寺 の 〔は や り地蔵〕が じるされて いるか ら、 この話 はまたた くうち にひろまったに違 い ない。宝暦 6年

(1756)、

寺社奉行 に願 い 出て、町奉行支配 の門前 町がつ

くられて いるのをみて も、 この時期、かな りの数 の参詣客 を集めて いた ことを 推察 させ る。 ただ し境内

1025坪 余 の うち の 120坪 とい う、 ご く小 さな門

印像地蔵〕 と呼ば 前町である。 なお、 この 頃 は 「続江戸砂子」 にみ るよ うに 〔 れて いた。 現在 の高岩寺 では通称、 とげぬ き地蔵 こと延命地蔵を本尊 として いるが 、当 6


時は古 くか らの本尊 が あ って本堂 に祀 られ、 田村氏か ら奉納 された一 寸余 の木 彫 の地蔵尊 は別に小堂を立てて祀 られていた。

(2)

印像地蔵か らとげぬ き地蔵へ

江戸は強制移転の都市 と呼ばれるほど、多 くの寺院は街道筋そ って市街地 の 外縁へ外縁 へ とたびたび移 転 させ られたが、 これ は明治政府 に もひきつ がれた。 明治 22年

(1889)、

東京府 は告示第 37号 (東 京市 区改正設計 )を 出 し、

寺院とその付属す る墓地 を市 内 15区 外 へ移転 させ る方針 を 明 らかに し、高岩 寺 も明治 24年

(1891)、

北豊島郡巣 鴨町の現在地 に移転 させ られた。狭

いなが らも存在 した門前 町や古 くか らの壇家か ら切 り離 され、 しか も当時の巣 鴨 は、一面 の 田圃で、人 煙 まれな低湿地であ った。高岩寺 が ここに移 った ころ は、中仙道 の要所 であるに もかかわ らず人の往来 も少な く、参詣す る人 もあま りなか った。 それゆえたちまちの うちに経営難 におちい り、 その責任を と って 退職 した住 職 のあとを うけて、弱冠 23年 で 明治 30年

(1897)に

高岩寺

普住 とな った 巨海道雄が とげぬ き地蔵信者 の拡張 につ とめ、紙片 に 「 トゲヌキ 地蔵」 と大 書 して電柱 に貼 り紙 を した宣伝 が大当た り、そ の うちに、だんだん 来詣人が来 るよ うにな った。毎 月 「 4」 の 日の縁 日を設立す るなど、経 営 の基 礎 を確立 した とい う。 当時の風習 では、祈藤料 などが きめ られて いなか ったの を定価制 にす るとと もに、蟷燭業者 と提携 して独 自な参拝 の作法をつ くるなど、 きめ こまやか な経 営努力がは らわれて いたの である。 「東京近郊名所図会」 (明 治 44年 、 19 1 1 )

とげぬ き地蔵 は巣 鴨 2丁 目東側高岩寺に在 り。瓦葺 きの本堂内に安置す。 刺尖 の害を除 くに奇験 あ りとて。香火常に絶えず。堂楯 には延命地蔵尊 の 金字額 を掛 けた り。境 内 に小僧稲荷などと唱え る小社 あ り。

とあるか ら、 明治末年 には、す でにかな りの参詣客を集 め ることに成功 したよ うである。 また現在、境 内の生活館裏 には水洗 い観音、小僧稲荷、子育て地蔵


の 3つ が並 び、 それぞれ信仰 の対象 とな っているが、 うち少な くともノ lヽ 僧稲荷 は鎮守 として、移転当初か ら祀 られて いた。 都市生活学 の先駆者権 田保之 助氏 は、 民衆娯楽 に対す る一 連 の研究 の 中で 「娯楽業者 の群」 の 「民間信仰」 に 「 トゲ抜地蔵尊」を とりあげ、正徳 5年 の 毛利氏の女 についての霊験 をのべ、 「止ヒの 時 よ りとげぬ き地蔵尊 と申 し奉 る。 何病 にて も御影 を頂 きて 、治 せざる事 な く、如何なる願望 も祈念 して 成就 せざ る事な く信ず べ し頼むべ し、 とある。」 と、権 田氏は報告 して い る。江戸下谷 の 「印像地蔵」は東京巣鴨 の 「とげぬ き地蔵」へ と変わ ったので ある。 しか し信仰 の 中心が 「印像地蔵」、つ ま り地蔵尊像を写 した小 さな紙片 を水 とともに飲 めば、体 の とげ も心 の とげ もたちどころに治 るとい う 雌 I影 」 であ ることに変わ りはな く、 ここでなければ、 それを求 め られな い と した のが 盛況 を招 いた もとだろ う。 とげぬ き地蔵 とい う名 の地蔵が新宿区改代町の 田中寺 と 埼玉県 に もあるが、由来 も異 な り、その霊験御利益 など も、高岩寺 の もの とは 全然比較 にな らない。 そ して高岩寺 の経営努力 に加えて、信者拡大 に大 きく貢献 したの は交通機関 の発達 であ った。 まず 明治

35年 (1902)、

田端 ―池袋間の鉄道 (現

JR

山手線 )が で きて巣鴨駅 が開設 され、つ いで飛鳥 山 一王子間に王子電車 (現 都 電荒川線 )が 通 り、明治 は大正 1年

41年 (1908)以

(1912)、

巣鴨橋、同 2年

後、神保町か らの びて きた都電

(1913)、

巣鴨車庫が 開設 された。 当時は、 そ して昭和 4年 の復興計画 によ って、新 中仙道、国道

巣鴨 2丁 目に達 して、

(1929)に

は関東大震災

17号 がで きて、高岩寺 は境内の ほぼ半

分を削 られて しま ったが、 そのかわ り旧中仙道 は交通難 か らまぬがれ、高岩寺 の参道 の機能 をはたす 「とげぬ き地蔵通 り」 とな った。 そ して新国道 を都電が 新板橋まで延長 された。都電が開通す ると、 高岩寺 と巣 鴨商店街 はとげ ぬ き地 蔵縁 日の車 内づ り広告を出 して宣伝 に努 め、縁 日はよ りい っそ うの賑わ いをみ せ るよ うにな り、また参詣者 もその都電 にゆ られて訪れて くる人が多か った と い う。 昭和恐慌 か ら脱 して、東 京が一 段 とはなやかにな った昭和

10年 頃、露店 は

通 りの両側 を埋 めて、庚 申塚 まで ぎっ しりと並び、商店 とともに夜おそ くまで 営業 して いたか ら、参詣者 の延 べ人数 はあるいは現在 よ り多か った と考え られ


る。 また高岩寺境 内で は見 せ物小屋 もか け られ、参道 の 中央 におかれた香炉は 現在 のよ うに屋根 はな く、投げこまれた線香 は煙 にな らず に、炎 とな って高 く 燃え上が っていた。

(3)お

ばあち ゃん の原宿 の時代

戦災 によ って高岩寺 も全焼 したが、本尊 の延命地蔵 は西巣 鴨清厳寺 に安置さ れてお り、終戦 の翌年、仮本堂が建て られ、 4月

14日 遷座 した。戦 後 の東京

都民 のため経済活動が焼 け跡 のヤ ミ市か ら始 ま った よ うに、 とげぬ き地蔵通 り の復興 も縁 日の露店 に始 ま った。 そ して 日本経 済 の回復、成長 とともに商店街 も次第 に活 気を とりもど して い くとともに、 その縁 日は次第 に様がわ りして いった。戦前 の、子供 をふ くみ夜店をふ くんだ楽 しみの場 か ら、昼 間 だけの庶 民 のデ パ ー トとい うに近 い ものへ と変 わ り、昭和

43年 の都営地下鉄 6号 線

(現 都営三 田線 )が 開通 した 頃か ら高齢者、特 におばあち ゃんたちが著 しく増

加 し、 最近 にいた って は 「おばあち ゃん の原宿」 とよばれ るよ うにな った。 巣鴨警察署によると、現在、縁 日の参詣者 は約 4万 人で、 日曜 日と重なると その倍近 くなる こと もあるとい うが、 どうい うわけか縁 日と土・ 日が重 なると 雨天が多 い といわれ、雨 が 降ると参詣客 は半減す る。 高岩寺 の大祭 は 1月 ・ 5 月

09月 の 24∼ 25日 の 3回 で、 この 日参詣す るととりわけ御利益 が大 きい

と、熱心な信者 たちが 午前 5時 ごろか ら本堂 の前 に並ぶ。 しか し一 般 にはあま り知 られて いないので 、数 ではや は り年末年始 の お参 りが多 く、昭和

(1970)12月

24日 の納 め地蔵 に、午前 9時 か ら午後 5時 までの参詣客

が 24万 6千 人 とい う数字 もある。昭和 62年 年

(1988)の

45年

(1987)の

暮れ と昭和 63

正 月、納 め地蔵、初地蔵 などへ の集 中的 な参詣者 は以 前 と比

べて減 少 し、普段 の縁 日とさほどかわ らな い ものにな ってい るが、平 日の参詣 者 は増加 の傾向にある。 つ ま り日常化が進んで い るの である。 現在開かれている東京 の縁 日の うち、周知率 の最 も高 いの は、おそ らくここ 巣鴨の とげぬき地蔵だろ う。戦前 は前述 した とうり、地蔵 の効 き目は別 と し、 縁 日はとびきり有名 とい うほどではなか った。 この近 くでは、中仙道 を くだ っ た板橋 出世不動 の縁 日の ほ うが賑わ った くらいで ある。 それが特 に有名 になっ


たのは、高岩寺側 の宣伝力 と、地 元商店会、 露店業者、それに参詣客が うま く 適合す るとい う、縁 日の条件を満た して い るか らに他 な らない。縁 日が に ぎわ うことによ り、 四者 ともそれぞれ利益を生んで い る。 巣鴨 とげぬ き地蔵 は年間を通 じて多 くの参詣者を集 めることでは、末寺 のな かでおそ らく浅草寺 につ ぐとい う。 巣鴨 とげぬ き地蔵 は江戸の流行神仏 を うけつ ぎなが らも、都市交通機関 の発 達を背景 に大衆社会的状況が生みだ した、現代 の大都市型 の民間信仰 であ り、 高齢化社会 のなか での新 しい都市空間である。

10


2-2.文 献 0実 地調査 (1)交 通機関 巣鴨・ 高岩寺へ 向か うための交通機関 には次 の 4つ がある。 ①

」R山 手線、巣鴨駅

都営地下鉄三 田線 、巣鴨駅

都電荒川線、庚 申塚駅

都営 バス、巣鴨駅前停留所

〔」R・ 都営地下鉄、巣 鴨駅 〕 この うち、①、② 、④か らは白山通 り (国 道

17号 )を 横切 って、地蔵通 り

商店街にむか う。 ③か らは、巣鴨駅側 の入口とはち ょうど反対側 (北 側 )の 入 □か ら地蔵通 り 商店街にむか う。 これ らの交通機関 の禾J用 割合 は①が圧倒的 に多 く、 ついで② である。

次 に、周辺 の概略図、図2-2-1に 示す。


(国 道

巣鴨地蔵通 り商店

12

17号 )


〔 都電荒川線 と庚 申塚駅〕

〔 巣鴨庚 申塚〕

13


次 に、 」R巣 鴨駅 の平成 3年 2月 、 3月 の 日別乗降者数 の グラフを示す。

区]2-2-2

70差 60天 50 40 30 20 10 4 *

7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 192021 22232425262728

0

・ * ・ ィロ、 」R巣 鴨駅 日別乗降量 (91年 2月 )* (日 ) 。(日 、祝日)*鯰 日) ●・・ 乗客 〇 。・ 降客 ・ ・

2-2-3 差

80 ・ ・丈

70 60 50 40 30 20 10 5

6

7

8

*

0

9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 2021 22 2324 25 26 27 282930 31

JR巣 鴨駅 日別乗降数 (91` 年 3月 ) * ● 。・ 乗客

〇・・ 降客

。(日

(白 、祝日)*徹

)

日)

この 図 よ り、

02月 の 4、 14日 の縁 日の ときが ピー クである。 ・ 日、祝 日は通勤客 が減 るため全体 と して数 は減 るが、 2月 日の 日は、 他 の 3、

10、 11、

24日 の縁

17日 よ りも乗降客がかな り多 い。

・ 3月 は、 4日 以外多 いだ けで これ といった特徴 はないが 、 これ は天気 の影響 が大 きい と思われ る。 とい うことが読み取 れ る。 また、図2-2-3よ り平 日の参詣者 はおよそ きる。

14

10000人

と推定 す ることがで


(2)高 岩寺

(と げ ぬ き地蔵 )

図2-2-4は 高岩寺境 内の見取 り図である。

とげぬき 生活館

御本L・ おみ くじ

庫裡

I

l

図2-2-4

高岩寺 の 四本柱 の 山門か ら入 った境 内 のす ぐ右手 に、身を清 める水盤 があ る。 参道 の 中央 には、香炉閣があ り、香炉 には次 々 と線香が くべ られ、炎 と 煙 が絶 え ることはない。参詣人 はたちのぼる煙 を手です くい、身体 の悪 い部 分 に当てて い る。

15


さらに参道を進む と、境 内の中心的建物である、 とげ ぬ き地蔵、す なわち延 命地蔵 を安置 して い る本堂 に至 る。普通、本堂 の 内陣 には入れないのが慣例 だ が、 ここは、 いつで も内陣 に 自由に座 り、直にお地蔵様 のお参 りがで きる。 ま た、本堂 の右隅 には、 ここの信仰 の 中心をな して い る、 「御影」をは じめ各種 のお守 り売 り場 とおみ くじ売 り場がある。 高岩寺 の信仰 の 中心にな っているのは、それを飲めば、体のとげ も心の とげ もたち どころに抜 けるとい う、 「御影」で、実際に直 った とい うロ コ ミによ る 評判か ら、 とげぬ き地蔵 の盛況をつ くり出 したのである。

〔 高岩寺本堂内陣〕

16


〔 高岩寺香炉閣〕

〔 高岩寺境内の広場。 ち ょっと した休憩所 になって い る。〕

(3)商 店街 次 に、巣鴨地蔵通 り商店街 の商店 の見取 り図を示す。

17


衣料品

医薬品

甘味・ 喫茶

医薬品

医薬品

衣料品

文房具 白山通 り (国 道

菓子 ◇

パチ ンコ

こば こ・ カ メラ

18

17=号 )


はん こ

かさ

くつ

食料品

飲食店

衣料品

食料品 衣料 品

衣料品

家庭用品

衣料品

家具・ イ ンテ リア

衣料品 ◇

衣料品

衣料品

家庭用品 医薬品 衣料品 喫茶

食料品 文房具

tifY= 具 0イ ンテ リア

△ ◎ △ q 会

1衣 料品 19

△ ◎

〓個

◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ・ ・ 『 ギ ☆△▲▲●△◎

●〇●


軒一 喉 巣鴨郵便局 具・ インテ リア

8

衣料品

具・ インテ リ 眼鏡 □■

具・ イ ンテ リア

衣料品 衣料品

衣料 品 具・ イ ンテ リア

20


埋早

アクセサ リー 歯科医院 理容業 菓子

生花 0園 芸 菓子

衣料品 防災教育用 品 歯科医院 衣料品

具・ イ ンテ リア 家庭電器用品

具・ インテ リア

衣料品

カ メラ

飲食店 飲食店

衣料品 衣料品 ミシン販売

ク リーニ ング

食料品

事務用品販売

くつ

衣料品

菓子

ク リーニ ング ▲

衣料品

ク リーニ ング

飲食店

クリーニ ング │

21


荒 川 4百 用 釜 厚

巣鴨支店 飲食店 食料品 衣料品

□ ●0 ●

食料品


図2-25は 地蔵通 り商店 街 の商店・ 商品内容 の グラフである。

地蔵通 り商店街

商店・ 商品内容

(91年 10月 現在 )

その 他

13.9% 生活関係

16.1% イ ンテ リア

4.8% 靴・ かばん・ ぼ うし

6.5%

医薬品

3. 8%

図 2-2-5

この 図か ら、衣 料品、食品関係が圧倒的 に多 いことがわか る。 また、医薬品 が、比較的多 く 1つ の商店街 の中に 7軒 もある。

次に、 これ らの商店 をその種類別 にわけ、地図にのせた ものを示す。

23


地蔵通 り商店街

商店種別調査

24

に 国 日目■ 国 Ю 勒 ≡ 同 嘲 至 ∃日 屹 靱 □目靱 屹 ≦ Ю 丙 国 困 吻 国晰閻 国懃 闊 胴琥屏

靱 ― 衣料品 ―


地蔵通 り商店街

商店種別調査

25

﹄ 日 □目日 国 璽 国 董 同 岬 至 ∃[ 目 壼 □目昌 目 目 目 匡 壼 国 塁 目国国 目菫 目 目国目 ・飲食店一 ■■■■ 一食品


地蔵通 り商店街

商店種別調査

目目 国 国目国 国国 国 国国国


地蔵通 り商店街

商店種別調査

ぼ うし

27

﹄ 国 日目団 国 軍 璽 塞 同 嘲 至 ∃日 吻 ≡ □国目 目 国 孟 凩 国 国 胴 ⑫目国 鸞嘴 趾 国国覇

― くつ 。かばん ―


地蔵通 り商店街

商店種別調査

28

﹄ 国 日目□ 肉 軍 国 塞 同 囃 至 ∃日 目 ≡ □目目 詈 国 目 国 国 国 国 国目国 目国 国 国国国 一 家具・インテリア ー 朦轟菫 蓋 重 難 職 l


この調査 を行 った 10月

23日 に、 ここで 「ギネスに挑戦・ 鉄火巻世界一、

巣鴨中仙道祭 り」とい う催 しが 行われて いた。 この 「巣鴨中仙道祭 り」 は、毎 年、趣 向を変 えて行われて い るよ うで、昨年 は商店街 の人 々が 出て仮装行列を 行 ったそ うだ。 今年 の 「ギネスに挑戦・ 鉄火巻世界一 」はここを訪れた一般 の 人 も参加す ることがで き、商店街 と近隣 の人 々との街を盛 り上 げよ うとい う努 力が うかがえ る。

ギ ネ ス に 1精 t。 ′ 鉄 火 巻 lll界 ・

申山道Jま つり

29


〔 鉄火巻をつ くり始める前だ行われた催し〕

30


〔 鉄火巻 は全長

118mで

ある。〕

│‖

1上

Ⅲ_‖ ‖ _││‖ _││││ ‖ │ ││││_││││__‖ ‖ _‖ L=‖ │_‖ ‖ _│_」 ・│:_11__

〔 商店のシャッターにはかつての中仙道が描かれている。〕

31


(4)縁 日 図226は

10月 24日 の縁 日における露店 の商品内容 の グラフであ る。 地蔵通 り商店街

縁 日の露店 の商品内容

(91生 F10′ 124[ヨ )

その 他-2.7

ア ク セ サ リー

おもちゃ 、7.7姥 /\ `

:

貴金属・ 骨董・ 毛皮

8.1%

歴ζ2-2-6

巣鴨や駒込 は もともと園芸 の盛ん なところで、縁 日といえ ば植木が 名物 と な ってい る。今回 の調査 で も、高岩寺 の境 内の裏 の路地 にところせま しと並ん でいた。

次 に、露店配置地図を示す。凡例 は、 図226に 準ず る。

32


衣料品

医薬品

甘味・ 喫茶

医薬品

医薬品

衣料品

文房具 自山通 り (国 道 17=号 )

菓子

tf'f2= ◎

33


はん こ

かさ

くつ

食料品

飲食店

衣料品

食料品

衣料品 衣料品

具 0イ ンテ リア

衣料品 衣料品

家庭用品 医薬品 衣料品 喫茶

食料品 文房具

tifY= 具・ イ ンテ リア

34

△◎

山石制

◎△

◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ・ ・ 『 ギ ▲

☆△▲▲●△◎

●〇●


蛛 軒一 家庭雑貨

:ざ

うし

化粧 品

衣料品 ○ ◎ ●   ●◎ ◎◎

巣鴨郵便 局

食料品

ぼうし

製糸業

家具・ イ ンテ リア ◆

具・ インテ リ

古物商 医薬品

具・ イ ンテ リア

具・ イ ンテ リア

衣料品 具・ インテ リ

35


埋早

ア クセサ リー 歯科医院 理 容業 菓子

生花・ 園芸 菓子

衣料品

防災教育用品 歯科医院 衣料品

具・ インテ リ

具・ イ ンテ リア

衣料品

飲食店

カ メラ

飲食店 ◇

衣料品 衣料品

ミシン販売

クリーニ ング

食料品

事務用品販売

くつ

衣料品

菓子

ク リーニング

衣料品

クリーニング ◇

飲食店 │

36

クリーニ ング


飲食店 □   □

飲 食店

食料品 □ ●● ●

食料品

37


/ず ´ 懇 /

地蔵通 り商店街 の入国の 中古衣料品 の露店〕 〔

〔 縁 日の高岩寺境 内〕

38


〔 縁 日の高岩寺境 内の広場 ― 休憩を して い る人 も多 い〕

〔 縁 日の巣鴨郵便局前の小広場 ― 商店街 の中で数少 ない日当たりのいい場 所で休憩 にはもって こいの場所 である。〕

39


露店 の詳細は次 の とお りである ●食料・ 飲食店 だん ご/あ んず/鰹 節/ジ ャガバ ター/赤 えん どう/唐 辛子 /味 嗜おでん

/お か し/千 物/佃 煮/か まば こ/飴 /キ ンカン/お や き/わ たあめ/ 野菜 /大 阪焼/ニ ンニ ク/海 苔 /白 玉/玄 米 パ ン/黒 糖/た らこ・ しゃけ

/ち まき/焼 き鳥 /せ んべ い/川 エ ビ/漬 物 /茶 /お 好み焼 き/ク /水 あめ/ソ

レープ

ースせんべ い/く ず もち/甘 栗/五 へ い餅/煮 干 し/う な ぎ

/ち りめん/千 イ モ/梅 干 し/焼 きそば/た こや き/ブ ッカキチ ョコ/ 七味唐辛子/わ かめ/甘 酒 /べ っこうや き

◎衣料品 衣料 /ス カーフ/反 物/た す き/帯 /シ ョール/ぼ うし

○ くつ・かばん かばん/く つ/サ ンダル/ベ ル ト/ぞ うり/ゲ タ/ス リッパ/足 袋

□貴金属・ 骨董品・毛皮

▲植木・ 花 植木 /花/造 花/ら ん/球 根 /肥 料

△ 占い 。信仰関係 暦/お 守 り/占 い/線 香/打 出小槌/鈴/地 蔵/迷 子札/じ ゅず

◇おもちゃ おもちゃ/ぬ いぐるみ/お 面

■ アクセサ リー アクセサ リー/髪 どめ/ネ クタイ ピン

40


◆雑貨・ 家庭雑貨 雑貨 。家庭雑貨/ま くら/ざ る/せ んす/糸 /日 用品/箸/ヘ アスプ レー

/さ いふ/め がね

☆その他 かつ ら/韓 国名産/靴 修理/湯 の花

41


2-3。 考察

東洋 の祭 りは、西洋 のよ うに群衆 を 「広場」に集めて行われ るよ りも、ね り あるくため の 「通 り」が必要であ り、寺社や公共施設 も集 中 して中心部 におか れ るよ り、 「通 り」で結ばれ る配置が と られた。 つ ま り、参道事態が、 「道 の 建築」 と して社殿その ものよ りも重要 な空間性を もつのである。 ここ巣鴨 とげぬ き地蔵・ 高岩寺 に も同 じことが いえ るのではないだろ うか。 高岩寺 の御利益 だ けで も、充分 に人 々をひきつ けるだけの魅力を備えて い るだ ろ うが、 ここに地蔵通 りの魅力が加わ り、両者はき って もきれない関係 になっ ている。

露店 の場所 は大別 して、地蔵巣 鴨側、地蔵庚申塚側、境 内及 びそ の横丁 に分 類する ことがで きる。巣鴨駅方向か ら入 って高岩寺 まで、地蔵付近並 びに地蔵 境 内の密集度が高 い。 ここにある露店 だ けで全体 の 50%を こえ る。 そ して、 参詣客 も ここに集 中 して い る。 かつて 昭和 43年 に地下鉄 が 高島平 まで開通す る以前 までは、都電が重要な 輸送機関 だ った。参詣客は巣鴨 4丁 目とい う停留所で降 りて いたそ うだ。戦前 は高岩寺 か ら庚 申塚側 に 200mく らい までが商店街 の 中心だ った。 しか し、 地下鉄 が 開通す ると参詣客が ほとん ど巣 鴨駅 で降 りるために、巣鴨駅側 の入 口 か ら人が入 って くる。 その結果、 真ん 中 の商店街が 陥没 して しま ったよ うだ。

42


第 3章

とげぬ き地蔵 (高 岩寺 ) 周辺 にお ける

高齢者 の意識調査


3-1.ア

ンケ ー ト内容

高岩寺 (と げぬ き地蔵 )と 巣鴨地蔵通 り商店街 には、一年を通 して た くさん の人が訪れ る。中で も高齢者 の割合 が大部分を占め、平 日、休 日、縁 日を問わ ず、高岩寺を参詣す る人が後 を絶たな い。 第 2章 では、高岩寺 と巣 鴨地蔵通 り商店街を実地調査 によ って さまざまな角 度 か ら調査 した。 これによ りそ の空間、 つ ま り外側か ら高岩寺 と巣 鴨地蔵通 り 商店街を判断、考察す ることがで きる。 しか し、 これだ けでは、実際 ここに訪 れている人 々、特 に高齢者が何を考 え、何 に魅力を感 じて訪れて い るのかの判 断は困難である。 そ こで、高岩寺 と巣 鴨地蔵通 り商店街 の魅力を内側か ら、 つ ま り高齢者が何 を考 えて い るのか、 どのよ うな行動 を して い るのか を明確 にす る必要が ある。 ここでは、 この 目的を実現す るため、以下 の 2つ の方法 を行 った。

1     2

高岩寺 と巣 鴨地蔵通 り商店街でのアンケ ー ト調査 高岩寺 と巣鴨地蔵通 り商店街で の行動追跡調査

1.高 岩寺 と巣 鴨地蔵通 り商店街で のア ンケ ー ト調査 このア ンケ ー トで は、 60才 以上 の高齢者 と向老者 を中心に、

(1)何 処か ら来たか (2)ど の位 の割合 で来 るか (3)こ

こを訪れ る目的 は何か

(4)高 岩寺 と巣 鴨地蔵通 り商店街

(縁 日を含む )の

魅力は何か

の 4項 目について、 10月

18(金 )、 19(土 )、 24(木 ・ 縁 日)、 26

(土 )の 4日 間 に渡 って行 った。調査人数 は合計

51人 である。

同時 にアンケ ー ト日時を、平 日、縁 日、訪れる人 の多 い土 曜 日に分 ける こと によ り、 それぞれの特徴 も明 らかにす る。

44


2.高 岩寺 と巣鴨地蔵通 り商店街での行動追跡調査 ここでは、高齢者 は実際のところ、巣鴨 の高岩寺 と巣鴨地蔵通 り商店街で何 を行 ってい るのか、 お地蔵様 のお参 りとは、一体何 なのか。 これ らの疑 間を明 らかにす るために、 彼 ら、彼女 らの行動 の一部始終 を調査す る。 行動追跡調査は、以 下 の要領 で行 った。

(1)何 処 をどのよ うに動 いたか。

〔 行動追跡〕

これは、ある一 定 の区間を区切 り、特定 の人を選び追 いかけその行動 を調査す る。 ここで は、巣 鴨駅側 の地蔵通 り商店街 の入□か らの行動 を追跡調査す る。

(2)何 処で何を行 ったのか。

〔 行為内容〕

境 内での行為や、商店街での行為を出来 るだけ克明 に調査す る。

(3)ど の位 の時間かか ったか。

〔 所要時間〕

地蔵通 り商店街 の入口か らのそれぞれ行動 にかか った 時間を調査す る。

45


3-2。 アンケ ー ト結果

1.高 岩寺 と巣 鴨地蔵通 り商店街で のアンケ ー ト調査 (1)何 処か ら来たか 図321は 、居住地 アンケ ー トの結果 である。

居 住地 ア ンケ ー ト

巨]3-2-1

この表か ら、地元、豊 島区の割合 に比 べて、その周辺地域 (豊 島区以外 の東 京全域、千葉、埼玉、神奈川 の合計 )の 割合が 倍以上 もある ことがわか る。 この結果 か ら、高岩寺 と巣 鴨地蔵通 り商店街が、地元 に密着 した もので あ る ばか りでな く、 首都圏全域 に広 く浸透 して い ることがわか る。 さ らに、首都圏 だ けではな く、その他 の 中には、遠 く福岡か ら訪れた人 も含まれ、 ほぼ日本 国 中 にわ ったて、 その知名度があると考 え られ る。

46


(2)ど の位 の割合 で 来 るか 図3-2-2は 、参詣頻度 アンケ ー トの結果 である。

参詣頻度 アンケ ー ト

E]3-2-2

アンケ ー トを用意 した段階で、週数回 の回答 もあるだろ う、 と予想 したのだ が、 その回答は 51人 中、 1人 もなか った。 また、表3-21に 、参詣頻度 と居住地 の関係を しめす。 この表か ら、毎 日訪 れる人 は、全員、地元豊 島区か ら訪れて いること、 そ し て、近隣・ 近郊か ら訪 れ る人 は、月数回参詣す るとい う人が最 も多 く、それに 次 いで年数回参詣す るとい う人が続 いている、 とい うことである。 これ らの人 々は、月数 回参詣す るとい う人は、高岩寺へ 月詣 で とい うか たちで 訪れる人 が多 く、 中で も縁 日に訪れて いた人たちは、月 3回 行われるこの縁 日 の うち 1日 を利用 して 月詣でを欠 か さないよ うに して いる、 と、全員 が答 えて い る。 年数回参詣す るとい う人 は、年 3回 行われてい る大祭を利用 して いる人が多 い。 これ らの人 々は、近郊

(23区 以外 の東京全域、千葉、埼玉、神奈川 の合 47


計 )か ら訪れて い る人が大多数を 占め、距離的 に も、頻繁 に訪れ るわけにもい かないが、御利益 の大 きい といわれ る大祭を利用 して い る、 とい うことである。 ちなみ に、高岩寺 で は、縁 日、大祭 の順 で御利益が大 きいとされている。

週数回

毎日

年齢

1

1

0

(5)

(0)

初 めて

年数回

月数 回

合計

2 3(2)

1 1 (3)

6(3)

5

1

(14)

60

0(0)

0 (0)

1(0)

0(0)

0(0)

1(0)

60∼

7(3)

0(0)

8(2)

5(1)

6(3)

2 6(9)

70∼

3(2)

0(0)

1 3(0)

6(2)

0 (0)

22(4)

80∼

]

0(0)

1 (0)

0(0)

0(0)

2(1)

地元

11

[豊 島

地元

1

[豊 島

]

近隣

参詣頻度 と居住地 の関係

48

近隣

]

6

[近 県

]

近隣

2

[近 県

]

その他 4 ]

[福 岡

]

10

[近 県

表32-1

5

[23区

]

12

[23区

近隣

近隣

]

( )内 は男

単位 :人


(3)こ

こを訪れる目的 は何か

この質問 に対 して、大 き くわけて以下 の 3つ のょ うな回答がよせ られた。

・ お参 り ・ 買 い物 ・ 見物

(複

数回答 )

この うち、お参 りと回答 した人が最 も多 く、全体 の 94.1%(51人

中4

8人 )も いたのである。 あた りまえ といえ ば、あた りまえ の回答だが、 高岩寺 の とげぬ き地蔵 の信仰 の深 さを うかがわせ る。 その 内容 は、 ・ 御利益 がある

(40人 )

その 内訳 は 体 の具合が悪 く、 ここは御利益があると聞 いたので

(24)

かつて御利益が あ ったか ら (夫 の結核がなお った。 )(1)

(11)(難 産だ ったが 無事 出産 )(2) (妻 の病気

)(1)

(夫 の病気

)(2)

(自 分 の病気

)(5)

今まで病気 らしい病気を した ことが な くこれた ・ テ レビで見て

(4)

(8)

ここで、 「体 の具合 が悪 く、 ここは御利益があると聞 いたので」 と回答 し た人の うち、 10月

(80%)が

24日 の縁 日の時 にとったアンケ ー ト5人 の うち 4人

こ う回答 して い る。縁 日の時 に訪れて い る人 はかな り直接的 な

強 い動機を持 った人が多 い と思われ る。

49


買 い物 と回答 した人 は、全体 の 50.1%(51人

中 26人 )い た。 なぜ

ここで 買 い物をす るのか、 とい う質 問 に次 のよ うな回答がよせ られた。 ・ いわゆるデ パ ー トにはない高齢者用 の衣類 などが ある ・ 物価が安 い

(10)

(9)

・ 店員が親切であ る ・ 雰囲気が好 き

(2)

(2)

・ その他 (3) 中には 「ここにある もの は、年 寄 りじみ過 ぎて い るので買 い物 は しない。」 と、回答 した人 も 2人 いたが、 この人たち も、 「見てまわ るの は好 きで、 ここ で もそ うす る。」 とい っていた。全体 として、 とげぬ き地蔵 だ けでな く、地蔵 通 り商店街 に も魅力を感 じて い る人が多 い。

見物、と回答した人は全体の 9.8%(51人 中 5人 )と 少なく、あくまで も、お参りが主目的のようである。

(4)高 岩寺 と巣 鴨地蔵通 り商店街

(縁 日を含む )の 魅力は何か

図32-3は 、 この質 問の回答 の結果 である。

それぞれの回答 の 内訳 は、次の とお りである。 ・

I

雰 囲気

i

(33人 )

同 じよ うな年齢層 の人たちが集 ま ってい るか ら

五 昔なが ら変 わ ってない ところ ■

ごみ ごみ したところ

市 庶民的 なところ

(2)

v

普段着で来れ る

(2)

駅か ら近 い

・Ⅱ

(12)

(9)

(6)

(2)

とげぬ き地蔵 に御利益 があ るためで雰囲気は関係 ない

50

(18)


巣鴨、高岩寺 と地蔵通 り商店街 の魅力 はなにか

E]3-2-3

この中で、 「ごみ ごみ したと ころ」 と回答 した人 の うち、 3人 は縁 日が好 き と回答 して い る。中で も、第二次世界大戦 直後 の バ ラ ックを思 い 出 し、懐か し さを感 じる、 とい う人 もいた。 また、雰囲気が好 き、 と回答 した人 の 中で も、 「音 の方 が良か った」 とい っ て いた人が 2人 いた。 これ らの人たちは、

30年 以上 も前 か ら参詣 して いた人

たちで、す っか り有名 にな って しま った とげぬ き地蔵 を残念に思 ってい るよ う である。

次 に、 それぞれの シチ ュエ ー シ ョン ごとにみて み る。 ・縁日

(10月 24日 )

これ は、 前述 した とお り、か な り直接的 な強 い動機 を持 った人 が 多 い と思 われ る。

51


・ 縁日以外の時 (10月 18、 19、 26日 ) まず 次のように、訪れた人を、 t‐

.す いた日にくる。 ① 縁日は避│け、

② 月数回来るが、日は決まっていない。

.

③ 縁日はもちろん、ほとんど毎曰くる。

とに分類す.る と、 19、 26日 (土 )は 、全員①となり、混み合う縁日は避け て訪れている近隣 ,近 郊の人たちである。 これらの人たちの1中 には、足が悪く、 縁日は人が多くて歩きづ らくてあぶないから、というひともいた

.。

18日

(平

日)は、②が 9人 、③が 10人 であり、近隣と地元の人が多くな

る。

52


2.高 岩寺 と巣鴨地蔵通 り商店街 での行動追跡調査 10月 24日

(縁 日)、

26日

(土 )の 2日 間、延 べ 7組

12人 に対 して、

行動追跡調査 を行 った。 まず、巣鴨地蔵通 り商店街 の入 口を起点 とし、帰途 に つ くまで (結 果的 に全 員t巣 鴨地蔵通 り商店街 の巣 鴨駅側 口に戻 って きた。 ) の間を記録 した結果で ある。

53


追跡調査 Part i

10月 24日 女性

(木 )縁 日

曇り

(60才 代 )2人 連れ

3:05 入 る 3:07 人形焼、見 る 3:08 通 りを歩 いている僧 にお賽銭 をあげる

3109 サンコー シューズ、見 る 3:10 山門、入 る。お賽銭 3:12 お参 り 3:13 山門、出る 3114 磯 田園、入 る。お茶試 飲 3:18 金太郎飴、入 る 3:22 購入 3:23 サンワ靴店、 ため しば き 3:25 磯 田園、道 を尋ね る 3:29 帰 る

54


追跡調査 Part 2

10月 24日 男女

(木 )縁 日 曇 り

(70才 代 )夫 婦

3:32 入 る 3:36 山門、入 る。煙 あびる 3:38 お参 り 3:40 おみ くじ 3:42 水洗 い観音、小僧稲荷、子育 3:44 地蔵 それぞれ に手をあわせ る 3:45 広場を通 って 、 越後屋、 ス カー ト探す

3:47 マル ヨシ百貨店、 スカー トを 探す

3:51 帰 る

55


追跡調査 Part 3

10月 24日 男女

(木 )縁

日 曇り

(60才 代 )夫 婦

3:54

入る

3:57

線香、購入 山門、入る。煙 あびる

3:58

お参 り

3:59

おみ くじ

4:00

おみ くじ、見 る

4:03

山門、出る

4:04

マ ツモ トキ ヨシ、入 る 百草丸、購入

4:06

マツモ トキ ヨシ、出る

4:10

帰る

56


Part 4

追 跡調 査

10月

2

4日 (木 )縁 日 曇 りの ち小雨

女性 (7 0才 代 )2人 連れ

4:11 入る 十一屋、 入 る

4:14 十一屋、 出る 4:15 サンまつ みや、見 る 4:19 線香、購入。 山門、入 る。水盤 へ

4:20 煙あびる 4:21 お参 り 4:22 露店 の植木 ヘ 4:24 球根売 りの人 と話す

4:25 ヒヤシンスの球根、購入 4:31 帰る

57


追跡調査 Part 5

10月 26日 女性

晴れ

(土 )

(65∼ 70才 ) 3人 連 れ

1:26 入る 1:30 山門、入 る

1:31 お参 り 1:32 山門、出る 1:33 越後屋、子供用 ち ゃんち ゃん こを見 る

1:34 マル ヨシ百貨店、 シャツを見 る

1:35 亀八鮨、 のぞ く 1:36 吉野家、 のぞ く 食事 た けやま、 のぞ く

1:38 伊勢屋、食堂をのぞ き入 る

2:13 伊勢屋、出る 2:14 り 尋る

58


追跡調査 Part 6

10月 26日 女性

(土

)

晴れ

(60才 代 )1人

1:41 入 る 1:44 線香、購入 山門、入 る。煙ヘ

1:47 山門、 出 る。 マ ツモ トキ ヨシヘ

1:51 マ ツモ トキ ヨシ、何 も購入せ ず に出 る。

1152 越後屋 へ。 ス ラ ックス見 る 1:54 婦人服すずむ らへ。 1:55 子供服 0袋 物 メリー、入 る 1:57 メ リー、 出る 田村帽子店、見 る マ ツモ トキ ヨシ、入 る

1:59 婦人服寿屋、入 る

2:05 カバ ン・ 袋物木屋、見 る 2:06 サン コー シューズ、入 る 2:08 萬盛堂薬局、入る。 暫 くの 間見 て 、 出る

2:16 マ ツモ トキ ヨシ、入 る。 重△ 。 出る

2:19 柴 田陶苑、見 る 2:21 り 尋る

59

、 ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ , , , , , , ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ﹂﹄ ﹂︲ ﹄・ i ︲ ︲ ︲ ︲ ﹂ “一 , , , , 一 , 一 い, , , ・ ︲ t ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ ︲ , , , , , , , , ,, , , ‘ ヽ ´

1:45 お参 り


追跡調査 Part 7

10月 26日 女性

(土

)

晴れ

(70才 代 )1人

1:41 入 る

1:42 マル ヨシ百貨店、見 る 1:44 線香、購入。 山門、入 る

1:45 お参 り 1:46 水洗 い観音 の行列 に並ぶ

2:04 水洗 い観音、洗 う 2:08 水洗 い観音、終 了。 山門、 出る 2:08

越後屋、入 る

2:09

越後屋、 出る。

2:10

寿屋、入 る

2:20

寿屋、何 も買わずに出る 婦人服松美屋 、見 る

2:21

カバ ン袋物木屋、入 る

2:22

木屋、 出る

2:23

マル ヨシ百貨店、見 る

2:26

帰る

60


これ らのよ うに、高齢者 の足取 りをた どってみ ると、地蔵通 りでは左側 (大 塚側 )を 歩 く傾向がある。帰 りはあち らこち らの商店、食堂 などに立ち寄 るた めわか りづ らいが、行 きの軌跡 をたどるとこの傾向 は鮮 明 となる。 また、行動追跡調査 では行わ なか ったが、巣鴨駅 か らの道筋 もほとん ど 1つ のル ー トに しぼることがで きる。 それは、 巣鴨駅 一 駅前 の横 断歩道 を渡 る ― 駅前商店街をとおる と、いうル ー トである。 巣鴨駅 か らの道筋 は もちろん これだ けではな く、地蔵通 り入 □まで の間、 自 山通 りには他 に も横断歩道 は設 置されて い るし、 歩道橋 もかか ってい る し、 さ らには、 白山通 りか ら地蔵通 りに向か う路地 は何 本 もある。選 び方 によ って は 幾通 りものル ー トの設定 が可能 なはずである。 これ らの理 由は、 ル ー トに沿 って並ぶ 商店 の構成、あるい は店舗前 に出され たワゴ ンや露店 の存在 か ら求め られる。地蔵通 りでは縁 日の とき、露店 は縁 日 が行われ るごとに大塚側、駒込側 とい う具合に片側 だけに交 互 に並べ られ るの だが、 この 日は駒込側 にのみ露店 が並べ られる日だ った。商店 の玄関前を避 け て露店 は設置 されて い るのだが 、 それで も後ろの店 はか くれがちである。 それ に対 して大塚側 の商店 は、 この 日とばか りに店 の前 に商品を並 べ たて、呼び込 み の人をたてて、盛ん に声 をあげている。 また、 自山通 りの左右を見比 べ ると、 大塚側 に圧 倒的 に多 くの商店、露店が並 び、その上 、商店街 として も連続性 が 高 く、 「道」 として の賑わ いを も っている。対 して、駒込側 には店舗 も少 な く、 途 中 に都営 バ スの操車場 など もあ って、商店街 と して も連続性 に も乏 しい。巣 鴨駅 の出 口、駒込側 に設置 して ある車寄 せ も高齢者 の足を遠 ざけて い る原因の

1つ にな って いる。 「道」 の賑わ いを演 出す る大切 な装 置 となる商店や露店 が 、 ある 1方 向 に 偏 って あるだけで、 これだ け人 の流れ に影響を及 ぼす ので あ る。

ル ー ト、 コースに一 定 の パ ター ンが あるの と同 じよ うに、 「お参 り」にも次 のよ うな共通事項がある。

(1)行 きはあまり寄 り道 をせず、直接 山門に向か う。 (2)帰 りはあち らこち らの店をのぞ きみて歩 いて、時間をか ける。

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(3)境 内 にいる時間が短い。 平均所要時間は、行 きは 4.3分 、帰 りは 19。

4分 、境内では 7.4分 であ

る。 これは、買 い物 などに時間がかか ったためばか りでな く、歩みその ものが ゆ っ くりした ものになったためで ある。 また、境内 にいる時間は、最短で 2分 、最長で 23分 で この人 は水洗 い観音 に並ん だためで ある。巣 鴨 にいた時間か ら比 べ れば、 ほん の一瞬 である。行 き はま っす ぐ、お参 りは少 し、帰 りはゆ っ くりと楽 しみなが ら、 とい うのが 、巣 鴨・ 高岩寺 の参詣 の典型的行動 パ ターンであ る。 しか し、 この典型的行動 パ ター ンを別 の面 か らみ ると、追跡調査 を行 った全 員が まずお参 りを済ませて い る、 とい うことである。 信仰 と娯楽が 1つ にな ってい るのが 日本 の寺社 の、 また 日本の信仰形態 の特 徴 であ り、門前 町が栄えて きた理 由もそ こにある。 とげぬ き地蔵 へ のお参 りも 信仰 と楽 しみが一体 とな った行為 である。

〔白山通 りにでて い る衣料品を うる露店〕

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3-3.結

果分析

巣鴨駅か ら高岩寺 (と げぬ き地蔵 )ま でおよそ 400mで あ る。 高齢者 に とって は何 といって もこの近 さが好都合 であ り、あち らこち らで買 い物を して 店舗、露店をのぞ き こんでみて も 1時 間 もあれば楽に行 き帰 りで きる距離であ る。 また、 ここでは、 ゆ っ くり過 ぎるほどの ゆるやか さであ り、 高齢者 が急か され るとい った場面 には 1度 も出会 う事 はなか った。 また、普通以上 の数 の店 員 が 高齢者 のベースに合わせて い ささか悠長 とも思え る対応 を している。 町の 大 きさや商店でのマンサ ー ビス、 そ して人の流れ にいたるまで、 この街 は本 当 に高齢者向きに作 られている。 そ して、巣 鴨 とい う街 の もうひ とつの特徴 は、小 さな ものが 寄 せ集ま ってで きた街である、 とい う点だ。 買 い物 に して も、今回追跡 した人 たちの 中には、 実際に何かを購入 した人は少 なか ったが、高額な商品を買 った人 は 1人 もいな か った。 せいぜい lo00円 程度 の物であ り、縁 日で も売 られて い る商品 は、

300円 か ら 1000円 程度 の ものであった。 商店や露店をのぞ き見 るとい う行動 について も同様で、特定 の店舗を じっく りと見 るとい うよ りも、異なる業種 の多 くの店を次 々にのぞ き見 るのが共通す る傾 向である。

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〔 巣 鴨駅 か ら地 蔵通 り商店街 へ 向 か う人 々〕

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多種多様 な物 が集 ま り、 1つ 1つ は小 さ くしか も安 い。高齢者 の限 られた小 遣 い、決 め られた時間 の うちでそれぞれの楽 しみ方 を発見す ることがで き、 つ まみ食 い、 つ まみ買 い気分を も充分 に満 たす ことがで きる気楽な街、 それが、 巣鴨地蔵通 り商店街 といえ る。

〔 縁 日で賑わ う巣 鴨地蔵通 り商店街・ 高岩寺前〕

水洗 い観音 は、本堂、香炉 とな らんで、高岩寺 へ お参 りに くる人 々にとって 大事 な信仰対象 の 1つ とな って い る。その起源は高岩寺側 で もは っきりとはわ か らないが、戦前か ら観音像があ った ことは人 々の記憶か ら明 らかである。 し か し、はた して当時か ら観音像 を洗 っていたかど うか は定かではない。む しろ、 洗 うよ うにな ったの は比較的最近 の ことで あるよ うだ。その御利益が 高 い とい う評判か らか、縁 日は もちろん、平 日で も昼前位か ら、観音 像を洗 お うとす る 人 々の長 い列がで きる。 観音様を洗 うとい う行為その ものが仏様 へ の奉仕であ り、奉仕 したことによ っ て御利益を得 るとい う満足感 もあ って、人 々は長 い行列にもめ げずにな らんで い るので ある。今回 の追跡調査で も、混雑をさけ行列 に並ばなか った人が多 か った 中で、運 よ くこの行列 に加わ った人を調査す ることがで きた。彼女 も、 行列 に 20分 程並 び、観音様の前 にい くと熱心に洗 っていた。

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〔 水洗 い観音を洗 うために、長 い行列 に並んでいる人 々〕

〔 高岩寺境内の水洗 い観音〕

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アンケ ー ト結果 よ り、高岩寺 。とげぬ き地蔵 の信仰 のふか さが大変強 いこと が 明 らか になった。 ほとん どの人が参詣 の 目的を 「お参 り」 と答え、 アンケ ー ト、追跡調査を した全 員が高岩寺 での参詣 を行 ってい る。 しか し、参詣 だけの 目的で訪れた人 もまた少な く、 ほぼ全 員が参詣を済ませ た後、商店街へ と くりだ して い る。主 目的 はどち らか とい うとこち らなのでは ないか と思わせる程 、買 い物 に精を出 している人 もいた。 ど うも、巣 鴨 に訪れ る理 由を人 に言 うときに、 「商店街 に買 い物 に行 く。」 「縁 日に行 く。」 とい う理 由ではきま りが悪 いため、 「とげぬ き地蔵 にお参 りに行 く。」 とい う、大 義名分が必 要なので はないか、 と思わせ る。

〔 和菓子で有名な店に群がる人たち〕

巣鴨地蔵通 り商店街 の 中は、す べての ことが非常 にゆ っ くり流れて い るよ う に感 じられ る。特 に歩行速度が 高齢者 にあ ってい るよ うだ。 一般 に高齢者 の歩 行速度 は、

0.9∼

w=Q/(vρ

1。

lm/秒 といわれて い る。 ここで、通路幅 の算定式

)

(w:通 路幅 (m), Q:交 通量

(人

/h),v:歩 行速度 (m/s)

ρ :群衆密度 (人 /ぽ )) を用 いて、 巣鴨地蔵通 り商店街 におけるこの通 りで の計算上 の通路幅を縁 日の ときについて求 めてみ る。

66


交通量 は、縁 日時の巣鴨警察署 の しらべ による、 40000人 が往復、合計

1人 2回 通 ると考 え、 80000人 という数字 を 7時 か ら 17時 の 10時 間で わ った、平均 8000(人 /h)を 用 い る。 群衆密度 は、下 の写真か ら 100ぽ 中に 82人 い ることよ り 0.82(人

/

ピ)と す る。 歩行速度 は、 平均成人 の

1.3(m/s)と

す る。

■〓

これ らの数値 よ り

w=8000/3600/(o.82×

1. 3)

=2. 08(m) となる。 この値 よ り、商店街 の幅が計算上の数値よ りも余裕があ るため、高齢 者が 自分 のベ ースで、 のん びりと歩 くことがで きるのである。 また、行動追跡調査よ り縁 日と平 日の高齢者 の実際の歩行速度 を計 算 してみ ると、商店街入 □か ら高岩寺山門までの 190mの 所要時間は、縁 日は平均 5 分、平 日は平均 ・縁日

3.3分 であった。 よ って、

0.63(m/s)

・ 平 日 0。

96(m/s)

となった。やは り縁 日は混 んでいるのか歩行速度 は高齢者 の平均値 よ りも遅 く な ってい る。 しか し平 日は歩行速度 は高齢者 の平均値 の範囲内に入 ってい る。 ここで も高齢者が 自分 のペース でお参 りを行 ってい ることがわか る。

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)]齢 ゴ

編熟 i

ll

〔 多 くの高齢者 で 賑わ う巣鴨地蔵通 り商店街 の縁 日〕

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第 4章

考察


考察

巣鴨地蔵通 り商店街 には 「安 らぎ」が存在す る。 その理 由として、 ・ 訪れる人 の年齢層が高 い ・ 信仰 空間である 。「急が しい」 と感 じることが ない の、 3つ があげ られ る。 まず、 「訪れ る人 の年齢層が高 い」 とい うことである。残 された余生 を いか に有意義 にす ごすか、静か に過 ごすか とい うことが、 高齢者 にとって の課題 になって くる。 ここには庶民 の ひとたちか ら、かな り地位 の高 い人 まで、様 々な人 々が集 ま って くる。たとえ地位や名誉 や金が あ って も、死 んで行 くときは皆一緒 だ とい う、 一種 の平等感があるよ うに思われ る。 次 に、 「信仰 空間である」 とい うことである。信仰 の空間 とい うの は、 門前 町が形成 された時代か ら、 また、お伊勢参 りの時代か らず っと、信 心 と遊 びの一体化 した場所 だ った。 お参 りとい う言葉 は大義名分であ って 、 後 はそ こでいか に楽 しむか、である。また、 お参 りがおわれば、 その後 は 解放 されて 自由 になる、 とい う緊張感 と解放 感 とが絶えず一 体化された空 間 なのである。今回 の追跡調査で も、行 きは直線、帰 りは蛇行 とい う行 動 が どの組か らも確認 されて い る。 そ して、 「「急が しい」 と感 じることが ない」 とい うことで ある。実 際 歩 いて みて、 その歩 く速度 の遅 さに驚 いた。 これは、原宿 の竹下通 りと く らべ ると耐え られない程 の遅 さである。 竹下通 りには激 しい競争意識 とい うものが存在 して い る。絶えず競争を意識 した空間にな ってい るため、 そ れが エ ネルギ ー源 とな り、そのエ ネルギ ー にひかれた若者 たちが集 ま って くる。巣 鴨の場合 は、競争意識 が ないわけではないのだが、その競争 の土 台にな っているのは巣鴨地蔵通 り商店街を発展 させよ う、 もっとお客を呼 ぼ う、 と考 え る協力意識 である。 これ に くわえて、戦後 のバ ラ ックの露店 を思い出させ るよ うな密集 した 空間や、今までの 自分 の人生を思 い出す、昔 なが らの懐か しい雰囲気 など

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も   は

「安 らぎ」をか もしだ して いる原因 なのである。巣鴨地蔵通 り商店街 「安 らぎ」がベ ース にある、東京 では特殊 な空間なのである。

巣鴨地蔵通 り商店街 は、平面で構成 された街である。最近 の商業空間 は 大型 デ パ ー トなどの立 体構成 か 、 もしくは同業種 の店舗がちか くにまたは 同 じフ ロア ーに集ま ったプ ロ ック構成 である。 これ らの 2つ は確かにある 特定 の 目的 で これ らの商業空間を訪れたときには大 変便利 であろ う。 しか し、 この構成方法 はエ ネルギ ーの消費量が大 きい。立体構成 な らば、上下 へ の動 きが 、プ ロ ック構成 では、縦横 に広い範囲を動 き回 るといった こと が、 とくに高齢者 に と って は負担 になるのである。 たとえ、 エス カレー ターやエ レベーター などの自動昇降機 があったと して も、体 が思 うよ うに 動 かな くな って きた 高齢者 にとってはやはり負担 になるので ある。 高齢者 にとって は、 自分 のペ ースで動 ける ことが重要 なのである。 巣鴨地蔵通 り商店街 のよ うに平面で構成 された街、 しか も、様 々な業種 がよせあつ ま って密集 して い るところでは、視界 のなかに あ らゆる種類 の 店舗が入 って くる。か つ、 その動 きは、南北方 向 におお き く動 くだけで、 横方向へ は、最大で も 10m程 度 である。

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これ は、高齢者 にとって非常に好都合なので ある。特 に買 い物 の 目的が ない場合、 あち らこち らに動 き回 るのは面倒 であ り、 負担 がかか るのだが、 ここで は動 き回 らな くて も向 こ うか ら様 々な魅 力的 な商品が巡 って来 るの である。調査結果 か らも商店街 の店舗 は、 同業種 がある程度適当に散 ら ばって いて、体 の許す か ぎりあるいていて も飽 きさせないのであ る。 これ が、巣鴨地蔵通 り商店街 の空間的魅力である。

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73

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おわ りに


おわ りに

この研究 では、高齢者が どのよ うな空間に魅力を感 じるのか、を探 ること を目的 と し、実地調査 とア ンケー ト調査を用 い ることによ りあ きらか に して きた。その結果、高齢者 にとって魅力 の ある空間 とは、 自分 のペースを くず さずにいれ る空間であ るとわか った。 これには、大都会 のギ ラギラ した競争 意識 のない、 なごやかで協力意識 によって結ばれ た空間である必要が なのだ。

今後 の課題 として、 1.他 の、高齢者が集 ま って くる空間 の研究

2.高 齢者 が 集 まって くる空間 との比較、検討 3。

他 の年齢層が集ま って くる空間 の研究

などが挙 げ られる。

なお、 この研究 に快 く協力 して いただいた、 」R東 日本、巣 鴨駅 の 佐藤輝夫様 をは じめ とす る皆様 に厚 く御礼 申 し上 げます。

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川添

おばあちゃんの原宿 巣鴨 とげぬき地 蔵の考現学

三吉朋十

東京の縁 日風土記 ― 武蔵野 の地蔵尊

黒川紀章

メタボ リズムの美学

山本

講談社 有峰書房

行動建築論 住宅地図 ― 豊島区 尾島・ 谷他編

-92年 度版

新建築学大系13 建築規模論

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平几社

彰国社 ゼン リン 彰国社


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1碁

高齢者の感じる街の魅力に関しての研究  

1991年度,卒業論文,塩月幸大

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