情報通信革命と日本企業

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第8章

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企業の脱統合化

O T ´ @ + @ R L ´

F (x) @ ´ @ R G + ´ - x

0 図 8.3: 局所解と最適解

撤退することが望ましいが,それには撤退にともなうスイッチング・コ ストのみならず,それまでの埋没費用が無に帰すことを覚悟しなければ ならないから,T を超すのは容易ではない.局所解は(O と T の間のよ うな)吸引域が広く障壁が高いほど安定であるが,それは同時に最適解 に達することを困難にするのである. このような非凸の最適化問題においてすみやかに近似解を求める上 では,解析的な手法よりも遺伝的アルゴリズム9 や神経回路網を使った進 化的な手法が有効であることが知られている.ここで重要なのは,それ ぞれの遺伝子が与えられた条件のもとで局所的に変化(交差)するだけ でなく,一定の確率で突然変異(ノイズ)を発生させて系を攪乱し,吸 引域の外側の空間を大域的に探索する操作を加えることによって局所解 におちいるのを防いでいる点である. 一般に淘汰圧を高めると集団は均一になり,解への収束速度は高まる が局所解におちいりやすく,他方,突然変異率を高めると集団は多様に なり,探索の空間が広がるから最適解を見出しやすいが,収束はおそく なる.神取ほか [104] は,102 ページの図 7.1 のような 2 戦略の純粋協調 ゲームにおいて,大きな突然変異を与えて次第に減衰させる操作10 を行 うことによって,初期条件にかかわらず効率的な(リスク支配的な)長 期的均衡がつねに実現することを示した. この図式でいえば,戦後の日本企業の成功の一因は,非常に高い参 入・退出障壁によって企業の内外をへだてるとともにその内部の淘汰圧を 高めて局所解への収束速度を極限まで高めた点にあったといえよう.し かしこのような均質な集団は,大域的な最適解が一意的に与えられる凸 の空間では高い効率を発揮するが,最適解の所在が明らかでない非凸の 空間では,かえって非効率な局所解を脱却するのが困難になる. さまざまな障壁によってアウトサイダーの攪乱を遮断し,均質化さ れたインサイダー同士の序列競争によって与えられた目標の達成速度を 極限まで高める閉じた構造は,より速く,より小さく,といったわかり やすい目標が与えられている在来型の製造業では高い効率を発揮するが, 目標そのものが不確実で変化が急速なソフトウェアなどの産業には適し ていない.そこではむしろ多様な実験(突然変異)によって現状を攪乱 9 遺伝的アルゴリズムとは,計算機上に逐次最適化する多くの仮想的な「遺伝子」を作り,そ れぞれに最適化を行わせ,成績の悪いもの淘汰する操作をくり返す解法である [85]. 10 同様のアルゴリズムは,神経回路網においても模擬徐冷法 (simulated annealing) として 知られている [108].


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