<master report >デザインを通じた新しい学びの提案

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2013 年度 多摩美術大学大学院美術研究科 研究レポート ( 2013, Master report, Graduate School of Art and Design, Tama Art University )

研究テーマ

デザインを通じた新しい学びの提案 「デザインする」行為の教育現場への応用の可能性について Proposal of New Style of Learning through Design: Application Possibility of “Designing” to the Educational Fields

博士前期(修士)課程 デザイン専攻 コミュニケーションデザイン領域 ( Communication Design Field, Design Course, Master Program ) 学籍番号 (Student ID number): 31249128 氏名 (Name): 竹内まゆ


所属情報 : [ 2013 年度 多摩美術大学大学院美術研究科 研究レポート / 2013, Master report, Graduate School of Art and Design, Tama Art University ]

内容情報 : [ デザインを通じた新しい学びの提案(「デザインする」行為の教育現場への応用の可能性について )、 竹内まゆ、31249128、多摩美術大学院美術研究科デザイン専攻 コミュニケーションデザイン領域 / (Proposal of New Style of Learning through Design: Application Possibility of “Designing” to the Educational Fields, Mayu Takeuchi, 31249128, Communication Design Field, Design Course, Master Program)]


デザインを通じた新しい学びの提案 「デザインする」行為の教育現場への応用の可能性について Proposal of New Style of Learning through Design: Application Possibility of “Designing” to the Educational Fields

論文要旨  本研究は、「デザインする」行為に宿る価値を教育現場に応用した場合の学び(ここ では「デザインを通じた学び」と称する)に関するものである。本論は、「デザインを 通じた学び」の有効性について論じるとともに、その教育現場における展開にあたって、 役立てられる具体的な方法を提示することを目的としている。  本論は第1部から第4部までの合計4部で構成されている。まず第1部では、「デザ インを通じた学び」を現在の学校現場にはない特性をもった学びとして、この学びの もつ新規性や可能性について仮説を導き出している。多角的な視点で事例を調査し、 教育現場での現状と照らし合せながら、この学びがなぜ新しい学びだと言うことがで き、どのような可能性があるのかについて、明らかにしている。  続く第2部では、第 1 部で考察した内容を元に、「デザインを通じた学び」にはどの ような価値があるのか、2つの事例研究を通して導き出している。  そして第 3 部では、第2部で導き出した価値が教育現場で発揮されるよう、具体的 な方法を探ることを目的としている。「デザインを通じた学び」に含まれる行為や、課 題の設定の仕方について考えをまとめている。  最後に第 4 部では第 1 部∼第 3 部までで導き出した考察を元にし、「デザインを通じ た学び」の有効性とこの学びの応用方法について、結論としてまとめている。


目次 p1 用語解説 p2 はじめに       p2      p4

p5

研究目的̶「デザインする」行為に宿る価値を教育現場へ

第1部  「デザインを通じた新しい学び」の可能性について

p6

研究背景̶「デザイン」と「学び」の共通点について

p8

第1章  「デザインする」行為とは何か?ー行為の本質について 第2章

p8

教育現場における「デザイン」の授業のいま

Ⅰ. 美術の授業の中の「デザイン」

(1)「デザインの授業」がめざすものは?̶学習指導要領からみる「デザイン」の捉え方 (2)「デザイン」を教える環境̶「デザイン」に対する教員の専門性について (3) 教科書の中で はどう取り上げられているか?̶広がる「デザイン」の定義

p14

Ⅱ.「総合的な学習の時間」の実際̶学校の中で最も「デザイン」に近い授業の問題点

(1)「総合的な学習の時間」がめざすものは? (2)「総合的な学習の時間」をとりまく諸問題 (3)「総合的な学習の時間」の教育的意義ージョン・デューイの理論から読み解く可能性

p17

Ⅲ. 海外での「デザイン」の授業 ̶デザイン教育先進国の事例から

(1)イギリス、そしてフィンランド (2)イタリア レッジョ・エミリア市の幼児教育から見る「デザイン」的な学び

p24  Ⅳ. 第2章のまとめ p25

第3章

なぜ新しい学びといえるのか?学習モデル構造についての仮説 ー既存の学習モデルとの対比により見えてくる新しい学び

p25 p26 p27

Ⅰ.「デザインを通じた学び」の要素分解 Ⅱ. 学習モデルを機能させるための 3 つの条件

第1部のまとめ


p28

第2部  「デザインを通じた新しい学び」の価値検証のための事例 研究

p30

第1章 事例研究①「広告小学校」

アイディアの視覚化によって、得られる学びの価値に着目して

p30

Ⅰ. 調査内容

(1)「広告小学校」の概要 (2)調査対象内容 (3)指導にあたっての留意点̶アイディアを引き出すための工夫ー (4)成果物̶生徒から提出されたアイディアー

p32 Ⅱ. 考察     p34

第2章 事例研究②「オリジナルのドーナツをつくろう!」

他者と考え方を共有することで生まれる学びの価値に着目して

Ⅰ. 学習プログラムの実施・分析内容

p34

(1)学習プログラムについての概要 (2)課題の意図 (3) 活動内容 (4)分析にあたっての抽出場面 (5) 分析方法 (6) 分析結果

p38     p39

Ⅱ. 考察

第2部のまとめ


p40

第3部 「デザインを通じた学び」の展開のための具体的方法

p41

第1章 「デザインを通じた学び」を通じて生まれる行為

ー学習プログラム「友達のためにパスタ料理をつくろう!」の事例を通して Ⅰ.学習プログラムについての概要 Ⅱ.課題設定の理由 Ⅲ.活動内容 Ⅳ.成果物 Ⅴ.分析方法 Ⅵ.分析結果:「デザインする」プロセスを構成する行為について Ⅶ.考察

p46

第2章 発達段階に応じた題材の設定方法について Ⅰ.「デザイン」の表現手法の多様さと共通要素 Ⅱ. 発達段階に応じた題材の設定について

p48

p49 p52

第3部のまとめ

第4部 結論として


用語解説

本論の文中で使用する主な用語についての意味を、以下のように定める。

1. デザイン(する):

色やかたちなどの表面的な意匠や装飾を考えることだけではなく、 発想を転換し知恵を活用しながら、与えられた課題に対して、かた ちをつくり提示することで問題解決をする取り組み。またその取り 組みによって得られた成果物のこと。

2. 学び:

3. デザインを通じた学び:

自発的な動機に基づいて、得られた知識や経験を通して新しい視点 や能力を獲得していく営みのこと。 「デザインする」行為を教育の場に展開した場合に生まれる学び。 美術大学や専門学校等で行われる、デザイナーを養成するための専 門的知識や経験を身につけるための教育とは異なり、「デザイン」す る行為を体験することを通して、日常生活を送る上で役立つ社会的 技能の向上や人間的な充実および成長を図ることをねらいとした学 びのこと。

4. 最適解:

与えられた問いに対して最も適切だと考えられる答えのこと。絶対 的な正解が存在しないという状況下においても、限りなく正解に近 い答えのこと。

5. 唯一解:

問いに対する唯一の正しい答えのこと。

6. 複数解:

問いに対して正解が複数ある場合の答えのこと。

7. プロジェクト学習:

複数人の間で、ある課題を共有している状況下において、その課題

8. 問題解決性:

与えられた問題または自ら発見した問題に対して、解決策を導き出

9. 協同性:

自分 1 人ではなく、他者とかかわりあいながら複数人で力を合わせ

10. 視覚化:

視覚的に認知できる状態でものごとを表す性質のこと。

11. 造形的学習:

かたちのあるものをつくり出すことによって生まれる学びのこと。

に対する解決策を導き出すことに取り組む学びの形態のこと。

す性質のこと。

てものごとを行う性質のこと。

1


はじめに 研究背景 ̶「デザイン」と「学び」の共通点について    私たちの生活の周辺は「デザイン」されたもの

優れた技能のみならず、豊かな発想を生み出す柔

軟な視点や本質を見抜く鋭い観察力等が発揮され

れ、様々な「デザイン」によって生活が成り

立っているといっても過言ではない。「デザイン」

る。デザイナーがものを「デザインする」時の視

という言葉も私たちの生活に浸透し、多くの場面

点や姿勢には、デザインの現場を越え、多くの分

や文脈で用いられるのを耳にする。では、私たち

野が必要とする価値が宿っているものと考えられ

の身近にある「デザイン」に改めて目を向けとき、

る。動詞としての「デザイン」の価値を他分野に

そこにどんな価値を見い出すことができるだろう

応用することはできないだろうかと思い至った。

か。  手始めに「デザイン」という概念を 2 つに整理

名 詞 と しての 「 デ ザイ ン 」 の価値

して分けた上で考えてみよう。「デザイン (Design)」という英語の単語には、名詞として

「 デ ザイ ン する」

の「デザイン」と動詞としての「デザイン」の2

という行為自体

種類がある。名詞の「デザイン」、つまり商品やサー

いるのではないだ

にも価値が宿って ろうか?

ビスとなりこの世に生まれてきた目に見えるかた

動 詞 と しての 「 デ ザイ ン 」 の価値

ちとしての「デザイン」は、私たちが直面する数 多くの課題を解決し、生活を便利に、そしてより 豊かにすることに貢献してきた。例えば、視認性

図1

が高く必要な情報が簡潔にまとめられた地図のお

そして「デザインする」という営みの価値が

かげで迷うことなく目的地に

り着くことができ

発揮されるべき分野の一つが、教育の現場である

たり、気に入った柄やかたちの服を身につけるこ

と考えた。それは「デザインする」行為と、学校

とで、明るく心地よい気分でいられたりするのも

で行われる何かを「学ぶ」という行為を比較して

「デザイン」のおかげである。このように、物体

みると、その構造において共通点が見い出せるか

として存在する「デザイン」が私たちの生活の質

らである。「デザイン」と「学び」に共通する点

の向上に、直接的もしくは間接的に裨益している

について敷衍して述べてみたい。

ことは明らかであろう。

まずはデザイナーが活躍する場を想像してみよ

では一方で、動詞の「デザイン」についてはど

う。「デザインする」行為に着目すると、問題の

うだろう。動詞のデザイン、つまり「デザインす

本質を見極め、解決策を導きだす鋭い洞察、既成

る」という行為自体にも価値が宿っているのでは

概念にとらわれない柔軟な思考・発想や、メッセー

ないだろうかと考えた。「デザインする」営みに

ジを効果的に伝える表現の工夫等、優れた多くの

ついて考えてみると、よりよいデザインを生み出

思索や知恵の活用があることに気がつく。この場

そうとするとき、造形的な美しさを高めるための

において、デザイナーはクライアントから出され

2


た注文(課題)に対して最もふさわしい表現方法、

の内容とは関係のない視点や、「正解」には遠い

つまり「最適解」を模索し、かたちに仕上げてい

が発想力豊かなアイディア等は淘汰されがちであ

くことになる。ここで「最適解」という語を用い

る。

たのは、デザイナーがクライアントから出された 課題に対して答えを出すプロセスにおいては、答

< デ ザイ ン の現場>

<学校社会>

えは1つだけとは限らず、あるいは正しい答えが

「 デ ザイ ン する」

「 学ぶ」

全くないという場合も考えられるからである。 様々な条件の中で考慮されたベストだと思われる

注文(課題)

問題

表現や解決方法を提示することは、「最適解」を 導き出すプロセスに他ならない。

見過ごされて しまいがちな 思考や発想が あるのでは?

注文(課題)

課題に対する

答え(最適解)

図3

答え (最適解)

答え (唯一解 または 複数解)

を導き出すプロセス

このように、デザイナーが「デザインする」行 答え

図2

為と学校の教育現場における「学ぶ」行為とを対 比してみると、構造自体はよく似ている一方で、 「デザインする」行為の中に、学校において何か

次に、デザイナーが「デザイン」をつくり出す

を「学ぶ」というプロセスで見過ごされがちな価

環境と学校社会の仕組みを対比して考えてみた

値を拾い上げることができる要素があるように考

い。学校で学ぶ生徒たちが「問い」に対して「答

えられる。このような状況に着目し、「デザイン

え」を出すという基本的な構造はよく似ている。

する」行為を教育現場に応用していくことで、こ

しかしながら、学校現場においては生徒は評価さ

どもたち一人一人が柔軟な発想や思考を十分に発

れ成績が点数化されることが前提となっているた

揮しながら、新しい視点や経験を身につける、豊

め、答えは必ず存在し、教師から投げかけられる

かな学びの環境をつくり出すことができるのでは

質問やテストで出題される問題に対する答えは唯

ないかという仮説がこの研究の出発点である。

一解または複数解である場合がほとんどである。 そのため、「問い」と「答え」の間で生じた素朴 な疑問や柔軟な思考、直接的に「問い」や「答え」

3


研究目的 ̶「デザインする」行為に宿る価値を教育現場へ      「デザイン」という言葉は、「色やかたち等の表

る。教育分野は「デザインする」行為のもつ価値

面的な意匠や装飾を考えること」「『オシャレ』

が発揮されるのに、可能性の広がる分野だと考え

『かっこいい』と感じるものをつくりだすこと」

た。

というような意味で捉えられることも少なくな

本研究では、「デザインする」という行為に着

い。しかし「デザイン」という言葉の意味を広義

目し、そのプロセスにおいて備わっている価値に

に解釈するなら、「発想を転換し、知恵を活かし

ついて「学び」の視点から検証し、教育的側面か

ながら、与えられた課題に対して、最終的にかた

ら捉えた可能性を探っていく。「デザインする」

ちをつくり提示することで問題解決をする取り組

という行為を学びの中に取り込むことで、どのよ

み」と言える。この意味で「デザイン」という言

うな学びが生まれ、そこにどのような教育的な価

葉を捉えるならば、「デザイン」の力を必要とす

値を見い出すことができるか、探求する試みを行

るのは限られたごく一部の人だけではないといえ

う。そして、「デザインする」という行為に宿る

る。「デザイン」はこれまで経済を発展させ、産

価値を教育的側面から明らかにした上で、実際の

業を前進させる上でその力を大いに発揮してきた

教育現場に取り込む上での具体的な方法を提示す

が、それ以外の分野̶例えば福祉や医療、政治、

ることが本研究の目的である。

教育等の公共分野をはじめ、問題解決が必要とさ れる場であればどこでも、「デザイン」の力が発 揮されることは間違いないだろう。「デザイン」 の価値を資本主義の社会構造の中に閉じ込めてお くのではなく、他分野への応用を進めることに よって「デザイン」の価値をさらに広げることが できるのではないだろうか。  特に、教育分野は、人々が生活を送る上での行 動の指針や個々の価値観を形成する基盤となる重 要な役割を担っている。それゆえに教育というシ ステムの中に「デザイン」の価値を還元する意義 は大きいだろう。また、デザイナーが「デザイン する」プロセスにおいて発揮する能力や経験は、 例えば問題設定能力や思考力、発想力やコミュニ ケーション能力等、学校教育現場でこどもたちに 身につけてほしいとされる力と重なり合う部分が 多く、教育現場でのニーズに合致すると想定でき

4


第1部

デザインを通じた

新しい学びの

可能性について     第1部では、「デザインする」行為を教育現場 に展開した場合の学びを「デザインを通じた学び」 として捉え、現在の学校現場にはない特性をもっ た学びとして、この学びのもつ新規性や可能性に ついて仮説を導き出すことを目的とする。多角的 な視点で事例を調査し、教育現場での現状と照ら し合せながら、この学びがなぜ新しい学びだと言 うことができ、どのような可能性があるのかにつ いて、明らかにしていく。  第1部の構成としては、まず第 1 章で「デザイ ンする」という行為について定義付けを行う。次 に第2章では「デザインを通じた学び」の可能性 を論じる上で、教育現場における課題について把 握し洗い出すために、複数の観点から事例調査を 行った。そして第3章では、「デザインを通じた 学び」の構造について、現行の学校教育課程で行 われている既存の学びと対比し、共通点と相違点 を見ていく。その上で「デザインを通じた学び」 に必要な条件を設定し、第2部での価値検証へと つなげていくこととした。

5


第1章 「デザインする」行為とは何か?̶その行為の本質について

ものを「デザインする」ということは一体どの

指を入れるための穴があり、そしてその穴に指を

ような行為を指すのだろう。改めて考えてみよう。

いれて力を入れれば、2つの刃を適度に動かすこ

「デザインする」行為の教育分野への応用につい

とができる。この刃を動かす構造を利用すること

て論じるにあたって、本章ではまず「デザインす

によって、ものを「切る」ということができる。

る」という行為の性質について考え、定義付けを

はさみの「目的」はものを「切る」ことにあるが、

行うこととする。

ユーザーが誰かということや、切る対象物によっ

「デザインする」行為によって「かたち」はつ

て様々な形状がある。こども用、大人用、左利き

くりだされるが、同じ「かたちをつくり出す」行

用、右利き用、料理用、糸用、爪用、髪用・・・

為でも、絵画や彫刻等の美術作品を創作するのと

「目的」に応じて、はさみの形状は異なってくる。

は異なる。どのように違うのであろうか。

このようにその他の「デザイン」されたものも、

「デザイン」という言葉の語源を

何かしらの「目的」のためにあると言える。「デ

ってみよう。

「デザイン」の語源は、イタリア語の「ディセーニョ

ザイン」されたものがもつ「目的」や「役割」は

(disegno)」という概念に由来する。この言葉は、

種々であり、情報を効果的に伝達したり、生活を

14 世紀から 16 世紀にかけてのルネサンスの時代

より便利に快適に過ごせるようにしたり、身につ

に、設計、素描、さらには一般化されてある制作

けることで心地よさを感じてもらうこと等があ

の根底にあるアイディアを意味していた。16 世

る。

紀のイギリスでは「実現されるべき何かあるもの

すなわち「デザインする」という行為は、「目

の計画」として用いられ *1、英語の「デザイン」

的のあるかたち」をつくり出す行為であると言う

という単語は、下絵を描くこと、設計すること、

ことができる。「目的」が達成できるように、「か

さらに広くものごとの立案を指す言葉として浸透

たち」は設計され、色や素材の選定も、その「目

していった。*2

的」を達成する上で効果的かどうかという観点で

このことからも、「デザイン」とはある目的を

判断される。デザインは単なる表面的な意匠や「セ

もって行われる、計画のために考えかたちにして

ンス」「絵心」だけでは成立できないものである。

いく行為だと解釈できる。絵画や彫刻等のファイ

そして最終的に「かたち」になったものには、そ

ンアートとの違いは、かたちづくられたものに「目

のものをデザインした人の価値観や考え方が反映

的」が存在するという点である。「デザインする」

されることになる。

という行為の結果生み出された、成果物としての

ここで、一つの作品を紹介する。建築家・坂茂

「デザイン」を考えみれば、その「もの」には必

(ばん・しげる)のトイレットペーパーのデザイ

ず果たすべき「役割」があり、存在する「目的」

ンである。これは 2000 年 4 月に行われた『「RE

があることに気がつく。

DESIGN」̶日常の 21 世紀』という展覧会におい

例えば、「はさみ」のことを考えてみたい。

て発表された作品である。トイレットペーパーの

6


形状は通常の円柱形を四角柱に近づけたような形

状になっており、真ん中の芯の部分も丸ではなく 四角い。通常のトイレットペーパーと違い、引き 出す際に角がトイレットペーパーホルダーに当た ることで抵抗が生まれ、カタカタカタという音が 鳴ることで資源を節約しようというメッセージが 発生する。さらに、丸いトイレットペーパーだと 重ね合わせた際に

間がたくさん生じるが、四角

い場合は、運搬や収納の際に無駄なスペースが生 まれないという合理性も兼ね備えている。*3  したがって、このトイレットペーパーを例にと るならば「デザイン」とは、四角いトイレットペー パー自体をつくることではなく、トイレットペー 図4−1

パーの新しいかたちを提案することを通して、今 までにない価値観を提示し、そこにある可能性を 示唆するものであるといえる。本論では、「デザ インする」行為は、表面的な装飾や意匠を考える ことだけでなく、人びとの生活を見つめ、考え、 新しい価値観を生み出し提示していく行為と捉え ている。つまり、 「デザインする」ことは「かたち」 だけでなく「考え方」もつくる行為であると定義 した上で、論を展開していくこととする。

図4−2 坂茂によるトイレットペーパーのデザイン

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第2章 教育現場における「デザイン」の授業のいま̶現状把握により見えてくる課題と可能性

本章では、「デザインする」行為を実際に教育

Ⅰ. 美術の授業の中の「デザイン」

現場へ応用する上で、前提となる今ある課題を明 らかにすることを目的とし、学校の教育現場にお いて「デザイン」の授業がどのように行われてい

(1)「デザインの授業」がめざすものは? ̶学習指導要領からみる「デザイン」の捉え方

るかを調査し、現状把握を試みる。調査にあたっ ては次の3つの軸をもとに進めた。まず1つ目は

「デザイン」という言葉の意味は、美術の授業

美術の授業の中で行われている「デザイン」の授

の中ではどのように捉えられているのだろうか。

業である。多くの人がはじめて「デザイン」につ

中学校・美術の学習指導要領を参考にして考えて

いて学び、「デザインする」という体験をするこ

みたい。平成 24 年度から全面実施になった文部

とになる学校の美術の中の「デザイン」という授

科学省の定める新学習指導要領の『中学校学習指

業における問題点を抽出した。2つ目は「総合的

導要領解説(美術編)』*4 によると、美術におけ

な学習の時間」に着目して調査した。「総合的な

る表現活動については次の2つに分けて考えられ

学習の時間」での活動内容は個々の学校の判断に

ている。

委ねられているが、少人数のグループ単位で共通 の課題について調べ、まとめ、発表するという形

①絵や彫刻等のように、対象を見つめ感じ取った

式で行われる場合が多い。各教科で学んだことを

ことや考えたこと、心の世界等から主題を生み出

活かし1つの目標に向けてアイディアを出し合い

し、それらを基に表現の構想を練り、意図に応じ

プレゼンテーションする行為が含まれるという点

て材料や用具、表現方法等を自由に工夫して表現

では、学校教育課程の中ではもっとも「デザイン」

する活動 *5

に近い授業と言える。「総合的な学習の時間」に

②デザインや工芸等のように、伝えることや、使

おける課題と可能性をまとめた。3つ目は諸外国

うこと等の目的や条件、機能と美の調和等を考え

の事例について調査した。日本国外には「デザイ

て発想し表現の構想を練り、意図に応じて材料や

ン」という授業が科目として成立しカリキュラム

用具、表現方法を工夫して表現する活動 *6

に盛り込まれている事例や、「デザインする行為」 と読み取れる要素が含まれている幼児教育の例も

さらに、「デザイン」について触れている②の学

ある。先行事例として、イギリスとフィンランド、

びについて詳しく記された箇所を見てみよう。指

そしてイタリア(レッジョ・エミリア)の事例を

導にあたってのポイントとしては、「他者に対し

取り上げた上で、日本における「デザインを通じ

て、形や色彩、材料等を用いて自分の表現意図を

た学び」の展開について考えることとした。

分かりやすく美しく伝達することや、使いやすさ 等の工夫が他者に受け止められるようにすること が重要である。したがって、形や色彩、材料等を、

8


単に自己の感覚のままに用いるのではなく、他者 に対しても共感が得られるように、造形やその効

(2)「デザイン」を教える環境 ̶「デザイン」に対する教員の専門性について

果に対する客観的な見方やとらえ方の指導が必

要」*7 とされている。

では、(1) で述べたような「絵や彫刻」をつく

このことから、学校教育の中で、美術の授業に

るのとは異なる「デザイン」について、教える環

おける「デザイン」は、絵画や彫刻等の表現活動

境は十分に整っているのだろうか。美術教員の「デ

と明確に区別されていると解釈できる。また、こ

ザイン」の指導に対する専門性という観点から考

こでの「デザイン」とは、自分自身が感じる美し

えてみたい。まず、美術を担当する教員の専門性

さのみを追求したものではなく、「目的や機能」

が、デザイン分野よりも絵画や彫刻等のファイン

を重んじたものであることが読み取れる。加えて

アートの分野に偏っているのではないかと考え

「他者」というキーワードが多用されており、客

た。それは、美術大学でデザインを専門的に学ぶ

観的な視点をもって作品をつくることが重要視さ

学生は「デザイナーになる」ことを志して入学し、

れていることが窺える。

卒業後もデザイン事務所や企業、広告代理店等で デザインの仕事に携わることになる。大学教育で デザインの専門性を身につけた人材は、当然のこ とながらデザイン業界に多く流れるため、結果的 に学校現場では、デザイン分野についての知識や 経験が豊富な教員が少ない状況を招いていること が想定できる。したがって「デザイン」のもつ役 割や意義をよく理解し、生徒たちに対して効果的 にその面白さや奥深さを伝えるための環境は不十 分と言えるのではないだろうか。この仮説に基づ き調査を行った。  あくまで一例であるが、これまでに数多くのデ ザイナーを輩出してきた本学の進路データをもと に検証してみたい。次のページのグラフは、 2012 年度の教職に進んだ卒業生を専攻別にまと めたものである。

9


図5 教員の専攻別内訳(多摩美術大学 2012 年度学部卒業生・大学院修了者 進路データ)

<学部卒業生̶就職者>

<大学院修了者のうち̶就職者> 16 9

49

443 一般企業など

一般企業など

教員

教員

<教員 16 名の専攻別内訳>

1

<教員 9 名の専攻別内訳>

3

4

日本画 油画 版画 彫刻 工芸 メディア芸術

1

8

1 1

6

絵画学科 デザイン学科

美術学部の就職者 459 名の内、教員になった

躍している一方で、デザインを学んだ学生が教員

ものは 16 名いる。その内訳を見てみると、日本画:

になるケースはほんの数名にしか当てはまらな

3 名、油画:6 名、版画 1 名、彫刻:1 名、工芸:

い。上記のデータはあくまで一例であるが、(1)

4 名、メディア芸術 1 名だった。次に大学院の修

の②で取りあげたような「デザイン」のもつ特性

了生を見てみると就職したものの 58 名のうち、

や授業の意図をよく理解し、課題の中に十分活か

教員は 9 名だった。その内訳は、絵画学科:8 名、

せるような高い専門性や現場への通用性を持った

デザイン学科:1 名というデータが得られた。

人材は産業分野に流出してしまうことで、質の高

ここから読み取れるように、本学の卒業生の動

い効果的な「デザイン」の授業を支える教員が少

向を見ると、デザイナーとして多くの卒業生が活

ないことが課題として挙げられる。

10


また「デザイン」を教える環境について、授業 で使用する画材の面から考えてみると、絵を描く 授業では水彩絵の具、「デザイン」の授業ではポ スターカラーが用いられることがあるだろう。画 用紙に水で溶く絵の具、という良く似た素材を用 いることがあったとしても、風景画を描くのと、 平面構成やポスタ̶を制作するのとは意図も目 的も異なるので、その違いを区別して指導しなけ ればならない。  あるいは、美術の授業の課題に取り組む上で、 「絵心がない」「美的センスがない」と感じ、美術 は苦手だと思い込んでしまう生徒がいたとしよ う。目的に沿ってものをつくることや他者から見 た場合の客観的視点を持つことが「デザイン」に おいては重要な要素であるので、「絵心」や「セ ンス」だけを頼りにしてつくることはできないこ ともあるということを伝えれば、ものをつくる行 為に対して生徒が感じ得る抵抗感や忌避感は軽減 できるかもしれない。  これらのことからも、教員それぞれが、ファイ ンアートとデザインの違いやデザインの役割を意 識し、授業を組み立て展開していく必要があるも のと考える。上記のデータからも読み取れるよう に、美術教員のデザインの専門性について課題が あることは否定できないだろう。学習指導要領で 強調されている「目的や機能」「他者性」等、デ ザインの特性を効果的に発揮できる授業を展開し ていくための手立てが必要だと考えた。

11


(3)教科書の中ではどう取り上げられている

下記の説明文が添えられている。

か?̶広がる「デザイン」の定義

『人々の生活をより快適に、より便利にするた

めにデザインは考えられてきましたが、これまで

次に、美術の教科書の中で「デザイン」がどの

目を向けてきたのは、主に大都市で生活する人々

ように取り上げられているか見てみたい。下の図

です。それは地球上のほんの 10%の人々にすぎ

は中学生向けの美術の教科書からページを抜粋し

ないと言われています。(略)本来デザインとは、

たものである。大きく写真で取り上げられている

限られた人のものではありません。世界中の人々

のは、開発途上国で用いられている水を運ぶため

が快適に暮らせることこそ、デザイン活動の原点

のドラムのデザインである。このドラムは「転が

です。私たちは美術で学ぶ力によって、同じ地球

す」というシンプルな方法をとることで 50ℓも

で生きる人々のためにどんなことができるかを考

の水を一度に持ち運ぶことができる。写真には

えていきましょう。』*8

図6『美術 2・3 上 生活の中に生きる美術』 日本文教出版株式会社

12


開発途上国での水を効率良く運搬しなければな

て使うような身近な道具を便利にすることから、

らないという問題に対して、「デザイン」の知恵

環境問題のような世界規模の課題まで及び、その

が活用された成功例として紹介されており、「デ

規模感は大小様々であるが、どんな問題に立ち向

ザイン」本来の意味について問う内容となってい

かう場合でも、各教科での学びを通して得た知識

る。この教科書のページの中では、社会で起こっ

や経験、毎日の生活を送る上での気づきや発見等

ている複雑で難解な「問題を解決する」ための手

を統合し、解決に向けてのアイディアを練る必要

段として、「デザイン」の役割が捉えられている

があるだろう。現にデザイナーの行為を考えてみ

ことがわかる。教育の現場でも狭義の「デザイン」

ても、社会に目を向けその仕組みについて知り、

から広義の「デザイン」へ、「デザイン」に対す

矛盾に気づくことで新しい考えは生み出される

る解釈が広がりつつあると言える。

し、社会通念を理解した上でこそ既成概念にとら

また、ここで考えられるのは「デザイン」とい

われない発想というのは生まれてくるのではない

う科目はもはや、「美術」の授業枠の中だけで教

だろうか。本論で論じる「デザインを通じた学び」

えられる範疇を超えつつあるのではないだろうか

については、視覚化された表現によって解決策を

ということである。広義の「デザイン」について

提示するという前提に基づくものであるが、学校

学ぶ上では、社会で起こっている複雑な問題に目

現場での展開を考えていく上では、美術の授業の

を向けることなくしてはできないし、その問題に

中の「デザイン」にとらわれず、「デザイン」を

対する解決策について考えることが学びだとすれ

広義に解釈し、各教科で学んだ内容を統合的に活

ば、美術の授業の中で学んだことのみで解決策を

用し解決策を探る試みを行う学びの可能性につい

導き出すことは到底困難である。

て考える必要があると考えた。

教科書で取り上げられている水を運ぶためのド ラムが製品化されるまでを考えてみると、開発途 上国での気候、交通事情、経済状況等を把握しな ければならないし、また一度に運搬できる水の量 は何ℓにするのが最適か、素材の耐久性はどうか、 ドラムの構造はどのようにすべきか等考慮する必 要があるだろう。最終的には制作・流通コスト等 も十分検討した上で、現在の姿に至っているはず である。こうして考えてみると、美術という教科 のみならず、例えば社会科や理科、数学等で学ぶ 内容も含まれていることがわかる。  デザインが扱う問題のレベルは、毎日手にとっ

13


Ⅱ.「総合的な学習の時間」の実際

創造的に取り組む態度を育成すること、自己の生

̶学校の中で最も「デザイン」に近い授業の

き方について自覚を深めること」 (主体性の確立)、

問題点

そして「各教科等それぞれで身につけられた知識 や技能等が相互に関連づけられ、深められ児童生

(1)「総合的な学習の時間」がめざすものは?

徒の中で総合的に働くようになる」(総合化)こ とが「総合的な学習の時間」の設立の趣旨である。

「デザインする」という行為を「発想を転換し、 知恵を活かしながら、与えられた課題に対して、 最終的にかたちをつくり提示することで問題解決 をする取り組み」という広義の意味でとらえ、学 びの場面に当てはめて考えた場合、現行のカリ キュラムのうち最も類似の授業は「総合的な学習 の時間」であると考えられる。「総合的な学習の 時間」は、1998 年(平成 10 年)の学習指導要領 の改訂において定められ、2002 年(平成 14 年) 度から本格実施となった。当時の学習指導要領の 改訂は、「生きる力」を育てることを目的とした 新しい学力観にもとづいており、新しい学習指導 要領の目玉として新設されたのが「総合的な学習 の時間」である。各学校が地域や学校、児童の実 態等に応じ、横断的・総合的な指導を実施し、学 び方やものの考え方の習得、主体的な問題解決等 への態度の育成をめざした授業のことである。*9  児童生徒の「興味・関心等に基づく学習」 (関心・ 意欲の喚起)が原則で、「自ら課題を見つけ、自 ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問 題を解決する資質や能力を育てること」(課題設 定・解決能力の育成)、また「情報の集め方、調 べ方、まとめ方、報告や発表・討論の仕方等の学 び方やものの考え方を身につけること(方法論の 習得)」、さらに「問題の解決や探究活動に主体的、

14


(2)「総合的な学習の時間」をとりまく諸問題

*12 等、その質の問題が指摘されている。「総合 的な学習の時間」が十分に機能していないという

例えば中学校での「総合的な学習の時間」の取

現状に鑑み、効果的な事例の情報提供や人材育成

り組みについて見てみると、文部科学省の発表資

等の十分な条件整備と教師の創意工夫が不可欠だ

料によれば、大きな成果を上げている学校がある

と言われている。*13 一方で、「総合的な学習の

一方、当初の趣旨や理念が必ずしも十分に達成さ

時間」を行った場合、何をもって成功か、失敗か

れていない状況も見られる *10 ことがわかった。

の評価基準とするのか、という評価の難しさにつ

また、これまで指摘されてきた問題点は、主に以

いても指摘されている。教員が多忙なことによる

下の通りである。*11

準備時間の不足等、根本的な解決が難しい問題も 依然として残っているものの、効果的な授業を行

●各学校において 目標や内容を明確に設定して

うにあたっての具体的な手立てを提示し、この授

いない

業の質を改善できる余地は少なくないのではない

●必要な力が児童についたかについて検証・評価

だろうか。

を十分に行っていない ●教科との関連に十分配慮していない ●適切な指導が行われず教育効果が十分に上がっ  ていない ●小学校と中学校とで同様の学習活動を行う等、  学校種間の取組の重複も見られる ●補充学習のようなもっぱら特定の教科の知識・  技能の習得を図る教育が行われた ●修学旅行や運動会の準備等と混同された実践が  行われた また、上記以外にも基本的な形式としては少人数 で課題に取り組み、最終的にはプレゼンテーショ ンをする形式が一般的であるが、各教科で学んだ 内容を総合的に活かし発展させるということがな されないまま、結果的には社会科の「調べ学習」 と大差ないものになったり、あるいは発表すると いう形式が先行して目的の見えない発表会になる

15


(3)「総合的な学習の時間」の教育的意義  ージョン・デューイの理論から読み解く可能性

脚した教育においては、与えられた現在の経験の 中に見いだされる経験条件を、思考を促すために 問題を生じさせる源泉として利用すべきである。

前述のように実施にあたっては様々な問題点が

*15

指摘されている「総合的な学習の時間」であるが、

また、この状況においては、次の2つのことが

その教育的意義について立ち戻って考えてみた

述べられている。

い。「総合的な学習の時間」がもつ可能性や有効 性については「問題解決型学習」を提案したアメ

第1:問題は現時点でもたれている経験の条件か

リカ人の哲学者・教育思想家ジョン・デューイの

ら起こり、その問題は生徒の能力の範囲内にある。

理論から読み解くことができる。デューイは、経 験の再構成としての学校教育の活性化を試み、こ

第2:問題は学習者の内面で新しい考え方が形成

どもの個性と自主性を重んじ、こどもの経験から

され産出されるために、積極的な探究を生じさせ

教育が始まるという活動主義の教育実践論を展開

る。獲得された新しい事実や新しい考え方が、や

した。*14

がては新しい問題が提示されていく更なる経験の 基礎となる。*16  学ぶ目的や動機をこどもたちの個々の経験から 導き出す、問題解決性のある学びは主体的に学ぶ 姿勢や新しい事実や考え方を獲得させるのに効果 的であることはデューイの理論から明らかであ

図7

る。

さらに題材については、『生徒は科学的教材に

引き合わされるべきであり、その教材のもつ事実

こども自身の経験によって好奇心が喚起され願

と法則が、日常の社会生活になじんだかたちで応

望や目的が創出され、能動的成長が促される、と

用されるよう、その手ほどきがなされなければな

いう教育思想が紹介された著書「経験と教育」の

らない』*17 と主張している。それは、『現代の

中で、デューイは「問題」と「思考」の関係性に

社会生活が、広範囲にわたっての物理科学の成果

ついて、次のような内容を述べている。

が適用された結果によって成立して』*18 おり、

問題が生じた場合にその問題は思考を促す刺激

例えば『こどもは食事が準備され、それを消化す

になる。伝統的教育において問題は外部からあて

るにさいして、化学的で生理学的な原理を含んで

がわれるのに対し、それとは区別できる経験に立

いないような食事をとることはない。こどもは科

ジョン・デューイ

John Dewey(1859-1952)

16


学が発生させた作用や過程と接触をもたないよう

Ⅲ. 海外での「デザイン」の授業

では、人工的な光のもとで読書をしたり、自動車

̶デザイン教育先進国の事例から

や汽車に乗ったりすることはない』*19 ように、 科学を日常生活になじんだ身近なものとして捉え

次に、他国では「デザイン」の授業がどのよう

ているからである。

に行われているか見てみよう。ここでは、「デザ

ここで、生活における科学という分野について、

イン」の教育現場への応用の状況について諸外国

現代の私たちの生活に照らし合せて考えてみよ

の事例を調査し、その上で日本の教育現場への応

う。科学技術が生活の身近なところにあり、こど

用においてはどのような展開が考えられるのか明

もたちが法則や原理を見いだすのに恰好の題材で

らかにすることを目的としている。

あることは変わりがないが、同時に「デザイン」 という分野も科学と同様に、そこに教材としての

(1)イギリス、そしてフィンランド

価値を見い出すことができる。科学技術と同様に 「デザイン」されたものやサービスは私たちの生 活に浸透していることに加え、その外形は目的や 用途によってかたちづくられるものであるので、 「デザイン」されたものには法則や原理が存在す

まず、デザイン先進国であるイギリスの事例を 取り上げてみよう。学校教育の中で行われている 「デザイン&テクノロジー」という授業では、現 実的な課題に生徒がグループで取り組む形式をと

ると言えるからである。

り、課題についての調査、課題の定義づけ、ディ

上記のデューイの理論を元にすれば、「総合的

スカッションを通した解決策の立案、チームワー

な学習の時間」に見られるような問題解決に向か

クを活かして形にしていくプロセスが含まれ、ま

う学びは、こどもたちが主体的に新しい事実や考

さに問題解決型の学びの要素が含まれている

え方を獲得していく上で可能性に

*20。この授業において生徒たちによって行われ

れており、さ

らに「デザイン」という題材がもつ特徴がその学

る一連の活動を見てみると、この学習スタイルは

びに大きく貢献できるものと考えられる。

日本で現在行われている「総合的な学習の時間」 がめざす学びと重なり合う点が多いといえる。  なぜイギリスではこのような教育が行われてい るのだろうか。イギリスには Design Council*21 という団体があり、政府機関の所管のもと実際の デザイン政策を担当している。この機関が行って いる取り組み内容は多岐にわたり、自転車の盗難 を減らす、入院患者の心理的負担を抑える、水資 源を守り環境保全を推進する等の課題を解決する

17


ためのプロジェクトに「デザイン」の力を活用し

人口約 543 万人 *26 の小国家でありながら、

ていく試みを行っている。イギリスでは、経済を

2000 年より実施されている国際学力テストであ

発展させ社会を改善していく上で、直面する複雑

る PISA( OECD 学習到達度調査 ) において常に上

な問題を解決するために重要な役割を担っている

位ランクに入っており *27 その教育の取り組みが

のが「デザイン」として位置づけられ、 「デザイン」

注目を集めている。また、 「marimekko(マリメッ

とは、単なる「もの」のデザインの領域を超え、

コ)」のテキスタイルやファッション、アルヴァ・

拡張概念としての「デザイン」の考え方が浸透し

アールト(Alvar Aalto)をはじめとした多くのデ

ている *22。それは教育分野もまた例外ではない

ザイナー・建築家等が輩出したデザイン文化が息

のだ。

づく国でもある。

また、学校の「デザイン&テクノロジー」の授 業を支援するために、美術館のプログラムが活用

図9

アルヴァ・アールト

されている場合も多い。例えば、ロンドンにある

Alvar Aalto(1898-1976)

デザインミュージアムでは、様々なプログラムが

アールトのデザインによる

行われており、小学生向けには、 「観察」 「評価」 「ド

花瓶

ローイング」「ディスカッション」のプロセスが 含まれるプログラムが用意されている *23。また 教員向けのプログラムも用意されて *24 おり、さ らに教育に関わる教員や生徒向けに、デザインの 授業に役立つリソースが Web サイト上で提供さ

図 10

れている *25。   フィンランドでは近年、学校での基礎教育(7 歳から 9 年間)のカリキュラムに、デザイン教育 が盛り込まれた。科目としては独立しておらず教 科横断的に教えることになっている。導入された のは最近であるため教員への支援が必要とされて おり、同国のデザインミュージアムがデザインの 図8 情報提供をしている Web サイト 『DISCOVER DESIGN』

授業を展開する場として大きな役割を果たしてい る。教員向けデザイン教育の研修やセミナーがヘ ルシンキ以外の各地域でも行われている。学校で

このような取り組みは、北欧にある教育先進国

のデザイン教育のためのガイドや、オンライン教

のフィンランドにもあてはまる。フィンランドは

材も多数開発されている *28。

18


(2)イタリア レッジョ・エミリア市の幼児教育 から見る「デザイン」的な学び

母たちの願いというがあった。その願いに応える 教育改革の中心的人物となったのはローリス・マ

ラグッツィ (1920-1994) という教育思想家・教育

次に、イタリアのレッジョ・エミリア市で行わ

実践者であり、彼はデューイ、ピアジェ、ヴィゴ

れている幼児教育の実践について取り上げる。こ

ツキー、フレネ、ブルーナー等の理論を発展的に

の教育実践は、アートによる創造的体験によって

統合し、教育改革を押し進めた人物である。また、

こどもたちの可能性を引き出すことを特徴とし、

レッジョ・エミリアは、障害のある人やこども等、

1970 年代には北欧を中心にヨーロッパ諸国、

社会的に弱い立場の人を守るという意識が高く、

1980 年以降はアメリカに知られ、そして 1991

教育に強い関心を有する地域だった。

年にはニューズウィーク誌よって「世界で最も優

レッジョ・エミリアでの教育実践は、 「レッジョ・

れた教育」を行う幼児学校 10 校のうちの 1 校と

エミリア・アプローチ」と呼ばれるが、これは同

して同市にあるディアーナ幼児学校が紹介され

市の特定の保育施設で行われているすぐれた実践

た。*29 日本においても 2 度にわたりレッジョ・

のことを指すものではない。市内のすべての乳児

エミリアでの学びを紹介する展覧会が開催され、

保育所 (0 -2 歳 ) と幼児学校 (3-6 歳 ) で実践され

注目を集め続けている。

ている幼児教育実践のことである。この学びは「ア

造形的活動によってこどもたちの表現の豊かさ

トリエスタ」と呼ばれる芸術の専門家と、「ペタ

や自由さを引き出すユニークな教育手法がよく知

ゴジスタ」と呼ばれる教育の専門家の各教室に2

られているが、そこで行われている学びをよく見

人が配置され、ティーム・ティーチングの形式で

てみると、教師からの課題の与え方、こどもたち

行われる。こどもたちの活動は、「プロジェクタ

の課題へ取り組むプロセス等、単なる「造形活動

チィオーネ」(プロジェクト)と呼ばれる少人数

による学び」だけではない「デザインする」行為

のグループの比較的長期にわたる単元で組織さ

と読み取れる要素があると考えた。ここでは、レッ

れ、その活動の記録は「ドキュメンテーション」

ジョ・エミリアでのこの幼児たちの学びを「デザ

によって記録し共有される *30。

インする」行為の観点から詳しく見ていくことと

では具体的に、どのような学びが行われている

する。まず、レッジョ・エミリア市について概要

のか、事例を1つ紹介する。窓につけられた鳥の

を説明する。イタリア北部に位置する人口 14 万

飾りが落とす影(shadow-bird)をつかまえると

人ほどの小規模な都市である。かつてはドイツの

いうプロジェクト *31 を取り上げる。

占領地であったが、1943 年ファシスト政権の崩 壊とレジスタンス運動がおこった。当時の市民の 意識として、ファシストによる独裁からの解放感 と、これまでとは違う新しい学びの場を求める父

図 11 shadow-bird

19


以下は、レッジョ・エミリアの実践が紹介された本『Everything has a shadow, except ants』(図12)より 和訳してまとめた内容である。参加者:Alan (4 歳 1 ヶ月 )、Maria Teresa(3 歳 8 ヶ月 )、Veronica (3 歳 8 ヶ月 )

図 12 (以下のア∼テをぞれぞれ図の 13∼31 とする。)

<1. 影の観察>

エ.指導者:「そう、これはあの鳥の影だね。見 やすいようになぞってみよう。さぁ外に遊びに行 って、しばらくしたら戻ってきて見てみよう。」

ア.(何かを発見するこどもたち)

イ. 「ねぇ、見て!鳥がいるよ」

ウ. 「ここの影を作っているのはあれだよ (窓辺に飾られているshadow-birdを見つけて)」

<2. 影についての発見と、課題の提示>

オ.(しばらく経って、こどもたちが戻ってくる)

カ.「影はもうそこにいないよ」「でも、あっち にくちばしが見える。大きなワシだ!」「影は動 くんじゃないかな」  20


<4. 結果と 2 つ目のアイディア>

キ .「鳥は飛んで行ったから。最初の場所からこ こに来たんだ」

サ.「鳥は逃げてしまった。どうにかしてつかま えなくちゃ、手や何かをつかって」 「キッチンに行ってパンをもらってこよう。ここ にいてくれるようにパンのかけらをあげるんだ」

ク .「影をつかまえよう、つかまえよう!」 指導者: 「どうやってつかまえる?」 <3. 影をつかまえるための1つ目のアイディア> シ.(パンのかけらを置いてみるこどもたち     はパンのかけら)

ケ .「こうやってテープを貼っておくんだ、そう すれば動かないでしょ、鳥かごをつくるんだよ」

ス .「こっちにおりてきた!すぐにパンをみつけ て食べるよ」「食べてみて!おいしいよ」     コ .(外で遊んで、走って戻ってくるこどもたち) 21


セ .「とまってくれなかったね・・・

チ .「動いてる、動いてる、ずっと動き続けてるよ」

(鳥の)家をつくってみよう」 <5. 結果と、3 つ目のアイディア>

ツ .「うーん、ぜんぜん家の中に入ってくれなかっ た!見て!壁のところにいるよ。もっといい別の 家をつくったほうがいい」 ソ .「いすとベッドと、絵を置いて・・・」

テ .「ジャンプしてつかまえる!それかリボンを タ.「大きい家にするから、逃げないよ」 「入ってこれるように、こうやってドアをあけた

もらって首に結ぼうか」「いや、鳥は自由になり たいんだよ。ともかくとまりたくないんだ」

ままにしておくよ」

22


この幼児たちの学びが「デザイン」的要素を含ん

理解してもらう必要があり、そして他の2人の同

だ学びだと言える理由は、大きく分けて2つある。

意を得なければならないので、活発なコミュニ

この一連の活動が、明確な目標に向けて複数人が

ケーションが生まれている。

力を出し合い、その課題を達成するための組織ま

この一連の学びは、もちろん「デザイン」の授

たはその活動のことを指す言葉である「プロジェ

業として行われているわけではないが、「学び」

クト」と呼ばれているように、この活動には「問

の中に「デザイン」の要素を盛り込んでいくこと

題解決性」と「協同性」が含まれていると解釈で

を考える上では、こどもたちが力を合わせて熱心

きる。この2つの要素があるからこそ、単に「アー

に取り組める課題を設定し、彼らの好奇心に寄り

トによる教育」という言葉のみでは物語ることが

添い、アイディアを発展させられるような対話の

できないと考えている。1つ目の「問題解決性」

場を用意することで、豊かな学びをつくり出せる

という点では、共通の課題ーここでは「shadow

という可能性が、このレッジョ・エミリアの実践

-bird(鳥の飾りが落とす影)をつかまえる」と

を通して読み取ることができる。

いう目標を 3 人が共有している状態がある。そし て、3人が知恵を出し合って影をつかまえるため の方法を話し合うのだ。これらの行為は、昨今日 本で頻繁に実施されている幼児向けの造形ワーク ショップ等とは大きく異なる。それは大抵「⃝○ を作りましょう」という課題のように、予めつく るものが決まっている場合がほとんどである。し かし、このレッジョ・エミリアでの学びは、何か ものをつくること自体を目的としているのではな く、課題について思考し、話し合い、それを形に するということが目的になっている。  2 つ目の「協同性」という点では、1 人ではな く 3 人で力を合わせて課題への取り組みがなさ れ、それぞれが解釈したこと、感じたこと、考え たことを共有する場が用意されている。このよう にアイディアの交換が行われている点が、単なる 造形活動を通じた教育とは異なっていると考え る。shadow-bird をつかまえるためのアイディア を実現させるためには、そのアイディアを他者に

23


Ⅳ. 第2章のまとめ  本章を通じて、学校教育現場において「デザイ ン」の授業がどのように展開されているか見てき たが、美術の中の「デザイン」の授業を支える環 境については課題が残る一方で、美術の授業の枠 で教えられる範囲を越えるほどに、「デザイン」 の社会的役割やニーズは拡大し続けていると考え られる。また、「総合的な学習の時間」について はその授業に本来課せられた役割を果たす上で 「デザイン」の授業が有効に作用するのではない かという仮説が得られた。そして海外で行われて いるような「デザイン」の授業の取り組みに該当 する授業は現在日本にはないが、「総合的な学習 の時間」等を活用することや、美術の授業をはじ めとする既存の造形的要素を含む教科での学びに はない「課題解決性」や「恊同性」等の「デザイ ン」的要素を活かしていくことに、新しい学びの 可能性が感じ取れる。  次章からは、これらの要素を効果的に組み立て 新しい学びを生み出すために、既存の学習モデル 構造と対比しながら、「デザインを通じた学び」 の学習モデル構造について考えていく。

24


第3章 学習モデル構造についての仮説 ̶既存の学習モデルとの対比により見えてくる新しい学び    本章では、既存の学習モデル構造と「デザイン

けでその学びが完結する場合はほとんどなく、他

を通じた学び」のモデルを対比することで、既存

者とやりとりをし、他者と協力してものをつくり

の学びにはない特徴を明らかにする。その上で「デ

あげていく場合が多いため「協同性」の要素が含

ザインを通じた学び」を成立するための条件を設

まれる。ここまでを、現行の学校教育課程にあて

定をし、第2部で行う価値検証へとつなげる上で

はめて考えてみると、「課題」に向けて他者と協

の仮説を立てることを目的とする。

力し合いながら解決策を導き出すという一連のプ ロセスは「総合的な学習の時間」の要素と重複す

Ⅰ.「デザインを通じた学び」の要素分解

る。一方で「デザイン」とは解決策を最終的に目

に見える1つのかたちに表すことが前提となって

例えばデザイナーが「デザインする」行為を、

いる。したがって、考えたアイディアを机上の空

学校で行われる学びにあてはめて考えた場合に

論だけで終わらせることなく「視覚化する」プロ

は、問題に対して解決策を導き出すということが

セスが含まれるため、「造形的学習」の要素もあ

前提となっているため、まずこどもたちの活動に

るといえる。これらの要素を整理しまとめたもの

「問題解決性」という要素がある。また、1 人だ

が以下の図である。

協同性

問題解決性

=「総合的な学習の時間」の要素

言葉による表現 (言語化)

造形的表現 (視覚化)

図 32「デザインを通じた学び」

=「造形的学習」の要素

に含まれる要素

25


図中の「A」とした要素は、「総合的な学習の

Ⅱ. 学習モデルを機能させるための 3 つの条件

時間」の要素と同一視できる部分である。与えら れた課題(または自分で見つけ出してきた課題)

では次に、この「A」「B」の要素のそれぞれの

に対して解決策を考える「問題解決性」、チーム

良さを生かし、「デザインを通じた学び」を成立

で1つの課題に取り組む「協同性」が含まれる。

させるためにはどのような条件を設定する必要が

この場合、調べた内容や考えたことは最終的にプ

あるか、考えてみたい。

レゼンテーションされるが、言語による表現が主

Ⅰ. で述べたように、「デザインを通じた学び」

である。これに対し「B」とした要素は、 「視覚的」

を構成する主要な要素としては「A」に含まれる

に表現するプロセスが主であり、「造形的学習」

「問題解決性」、「協同性」、「 B」に含まれる「視

の要素と言える。ここで提示する「デザインを通

覚的表現」だとする。これらの要素に基づき、学

じた学び」は、「A」だけでも「B」だけでも成立

びを成立させるために必要なのは「解決すべき明

するものではない。「A」と「B」の要素が両方あ

確な課題があること」 「他者とのコミュニケーショ

ることでこの学びがはじめて成立する。この

ンが存在すること」「最終的にアウトプットが視

「A」と「B」が相互に関連し合うことによって、

覚化されること」であると条件を設定した。

新しい学びの成果や指導者にとっての教育上のメ リットが生まれるのではないかと仮説を立てた。

解決すべき課題

したがって、既存の「総合的な学習の時間」、 「造 形的学習」と対比して考えてみると、「デザイン を通じた学び」は「考え方を提示」するだけでも ない「見えるかたちをつくる」だけでもない「考

他者とのやりとり

視覚 化

え方をつくり、見えるかたちにして提示する学び」 と位置づけることができる。

図 33「デザインを通じた学び」の成立条件

26


第2章で、レッジョ・エミリアでの幼児教育の実 践をとりあげたが、この場合も shadow-bird を つかまえるという課題があり、共通の目的に向 かってこどもたちが活動を行っている。また、つ かまえるための方法を探る上ではこどもたち同士 による活発な議論がなされ、アイディアを発展さ せていくプロセスが含まれていた。そして、テー プで固定することを試みる、鳥が居られる家をブ ロックで作ってみる等、考えたアイディアを具体 的に行動に起こしている。よって、先に「デザイ ン的」だと考えた実践を例にとってみても「解決 すべき明確な課題があること」「他者とのコミュ ニケーションが存在すること」「最終的にアウト プットが視覚化されること」の3つの条件を満た していると言える。  ここまでで明らかにした「デザインを通じた学 び」の成立条件をもとにして、第2部では学習プ

第1部のまとめ  第2章を通じて、学校現場での「デザイン」と いう授業の現状について調査することで、「デザ インを通じた学び」の課題と可能性が読み取れた。 そして第3章では既存の科目にあてはめ、対比し ながら「デザインを通じた学び」の学習モデル構 造を明らかにしていくことで、本論で提案する「デ ザインを通じた学び」は、「総合的な学習の時間」 の要素と「造形的学習」の要素の両方が含まれる 特徴的な学びとして捉えることができた。そして、 その要素が同時に両方存在することで、それぞれ の学びだけでは実現できない新しい学びの環境を つくりだすことができるのではないかという仮説 に至った。2 つの要素が含まれる「デザインを通 じた学び」には、どのような価値があるのか、第 2部では実例を取り上げながら考察する。

ログラムの実践を行った。

27


第2部

「デザインを通じた

新しい学び」の

価値検証のための 事例研究

まず、第 1 部で考察した内容をもとに、「デザ

能させるためにはどのような関係性をつくる必要

インを通じた学び」の 3 つの条件「解決すべき明

があるのか、以下の図のようにまとめた。

確な課題があること」 「他者とのコミュニケーショ

第 2 部ではこの構造をもとにして、「デザインを

ンが存在すること」「最終的にアウトプットが視

通じた学び」にはどのような価値があるのか検証

覚化されること」がどのように相互に関わり、機

を行う。

他者とのやりとり

様々な思索や知恵の活用、試行錯誤

解決すべき 課題

視覚化

最適解

図 34

28


「デザインする」という一連の営みの始点と終

覚化」というプロセスを横軸に設定して考えた。

点を考えてみると、その営みは「正しい答えは1

また、他者とアイディアを交換しながら答えをブ

つではない」という前提に基づき、与えられた「課

ラッシュアップしていくプロセスが含まれるた

題」(始点)に対して「最適解」(終点)を求める

め、最適解を導き出す全体の流れに対して、縦軸

ものである。課題が与えられた段階では、何が真

に「他者とのやりとり」という要素を設定した。

の問題であるかまた解決策としてどんな手段や方

第 2 部では、横軸の「アイディアを視覚化して

法が考えられるのか、曖昧模糊としている。最終

表現するプロセス」、縦軸の「他者とのコミュニ

的には答えは 1 つのかたちに表されなければなら

ケーション」のそれぞれの要素に着目し、「デザ

ないので、徐々に答えの方向性は絞られていく。

インを通じた学び」の価値を検証するために2つ

最適解を導き出すという一連の営みに含まれ

の事例研究を行った。

る、考えたアイディアをかたちにして表現する「視

他者とのやりとり 事例②

解決すべき 課題

視覚化

事例①

最適解

最適解

図 35

29


第1章 事例研究①「広告小学校」 アイディアの視覚化によって、得られる学びの価値に着目して  考えことを視覚的に表現するという「デザイン

分探検 CM)」では、自分自身を CM のテーマと

を通じた学び」の成立条件の1つに焦点を当て、

して、気づかなかった自分の良さや特徴を CM 劇

最終的にアウトプットを視覚化するという条件下

で表現する。最後に「第 3 ユニット(公共 CM)」

で、考えたことや思いついたアイディアを多くの

では、身の回りの課題を発見し、チームで原因を

人が共有できる形で表現するというプロセスに着

考え、解決方法を CM 劇で表現するという構成に

目して、そこにどんな価値を見い出すことができ

なっている。*33

るか、文献を参考に事例研究を行った。ここで取 り上げる事例は「広告小学校」という小学校で行

(2)調査対象内容

われた広告を題材にした授業である。  「第 1 ユニット(入門 CM)」から1つの場面を Ⅰ. 調査内容

取り上げる。ここで児童たちが取り組んだのは、 架空の商品「ABC チョコレート」の「すごーく甘い」

(1)「広告小学校」の概要

という特徴を効果的に伝えるにはどうしたらよい か、という課題である。既存の考え方にとらわれ

「広告小学校」とは、CM づくりを通してコミュ

ず自由で柔軟な視点でアイディアを考え、具体的

ニケーション力を育成することをめざし開発され

なアイディアが提示されていくプロセスに着目し

た東京学芸大学と株式会社電通が共同でつくり上

て、この場面を選んだ。課題を通して、児童たち

げたプログラムである。2006 年にスタートし、

からどのようなアイディアが生まれ、そしてその

全国各地の小学校をはじめとする教育機関で行わ

プロセスを通して児童たちの中にどのような変化

れ 2013 年 8 月末までに 150 校(内訳:小学校

が生じたかを調査した。

119 校・中学校 17 校・高等学校 9 校・大学 5 校) で実施されている。総合的な学習の時間、国語、 社会、道徳、家庭科等の授業枠でこのプログラム

(3)指導にあたっての留意点 ̶アイディアを引き出すための工夫

は実施されている。*32「広告小学校」のプログ ラムは、「第 1 ユニット」「第 2 ユニット」「第 3

指導にあたっては、いきなり児童たちにアイ

ユニット」の 3 つから構成され、こどもたちはそ

ディアを出させるのではなく、15 秒という短い

れぞれのユニットで、「入門 CM」「自分探検 CM」

時間の中で、商品を特徴づけ、興味を持ってもら

「公共 CM」の CM 制作に取り組む。「第 1 ユニッ

い、他の CM より目立たせるための工夫を伝えた。

ト(入門 CM)」では、身近な商品をテーマに設

指導者側からは「教員へのヒント集」(教員向け

定し、CM づくり、発想方法、グループワーク、

に配布されている冊子)をもとに、次のようなヒ

表現方法等の基礎を学ぶ。次に「第 2 ユニット(自

ントが与えられた。*34

30


●誇張

:甘すぎるのを大げさに表現するとどうなる?

(例:とろける、気絶する、ほっぺたが落ちる) ●擬人化

:チョコ自体をキャラクターにする

(例:アマイチョコさん、ABC レンジャー) ●自己体験   :ものすごく甘いものを食べたときの思い出をあてはめて考えてみると?          (例:目がさめた、叫んだ) ●人の置き換え :食べる人を変えるとどうなる?)

(例:アリが食べる、甘いものを嫌いな人が食べる )

●世界の置き換え:場面を変えてみるとどうなる?             (例:学校で、家で、宇宙で) ●言葉あそび  :「すごーく甘い」という言葉で遊んでみると?  (例:「あまい!うまい!」「考えが甘いのよ」)

(4)成果物̶生徒から提出されたアイディアー  その結果、児童たちからは多くのアイディア *35 が提出された。以下はその一部である。

●クマも、ハチミツには戻れない甘∼いチョコレート ●チョコの神様がみとめた甘さ ●チョコを食べたあと、そのままねるとアリが列をつくってよってくる ●ライオンもおちつく(たおせる) ●「ABC チョコ」とかけまして、「毎日お金を子どもにあげる親」とときます。 そのこころは「すっご∼く甘い」でしょう!! ●おいしすぎてまわりの紙までたべてしまう ●原始人がおどりはじめる!! ●江戸時代、ペリーが来てみんなに ABC チョコレートをわたしたら幕府はすぐに協力した

31


(5)児童たちの変化についての感想

Ⅱ. 考察

この題材を通じた児童たちの変化について、教

「広告小学校」によって、こどもたち個々の自

員や授業参観者からの感想 *36 には次のようなも

由で柔軟なアイディアが引き出され、人前で話す

のがあった。

のが苦手なこどもであっても、人前で意見を述べ ることやアイディアを発表することへの抵抗感が

●「普段、勉強が苦手で手が挙がらない子でも発

払拭された言えるだろう。この授業の成功は、広

言できる」 「途中、グループでもめることがあって、

告表現の特性をうまく活用していることに起因し

中には自分の意見が通らず泣く子もいます。でも

ていると考えた。広告表現の特性の一つに、言葉

最後の発表が終わったときには達成感を感じてい

通り直接的に言っても伝わりにくい(この場合、

るようです。」

「すごーく甘い」ということをそのまま「すごー

●「いつも絶対の自信のない限り手を挙げない子

く甘い」という言葉で表現しても伝わらないとい

どもが、うるさいくらい手を挙げるようになりま

うこと)ことでも、表現の切り口を変えたり面白

した。」「間違っても良いんだって思えるように

みを加えたりすることで見る人に印象づけ、効果

なったということです。」

的に伝わるという点がある。この構造を利用する

●「こどもたち一人ひとりの気づきは、『このクラ

ことで、普段学校の授業の中ではあまりフォーカ

スにいて良いんだ』という安心感になり、クラス

スされない、こどもたちの柔軟で自由な発想を引

メイトとの関係性にも変化があったようです。」

き出すことができたのではないかと考える。そし

●「普段は注目を浴びていない子が、注目を浴び

てこの経験を通して、指導者側からのコメントか

ている子がいたりしました。いつもはイニシアチ

らも読み取れるように、一人一人の「自分が人に

ブを取らない子が。」

認められていると感じること」の実感や、普段目 立たないこどもが「認められている」という体験 につながったといえるのではないだろうか。  今回の授業のように、正しい答えは 1 つだけで はないという前提のもと、最適解を導き出す学び のプロセスにおいて、課題に対してのアイディア を考え、発表し、それを他者に受け入れてもらう という一連の体験は「自己効力感」へとつながる 図 36

授業に参加した こどもたちの 様子

学びといえるのではないだろうか。自己効力感と は、カナダ人の社会心理学者アルバート・バン デューラによって提唱された理論であり、自分は 32


役に立つ存在であるという実感のことを指す *37。

図 37

アルバート・バンデューラ

Albert Bandura(1925-)

さらに「デザインする」という営みの特徴を考 慮すれば、「デザインを通じた学び」は「ものを つくる」ことを行う他の学びと比べると自己効力 感を高めやすいのではないかと推測できる。それ は、解決策としてのアイディアの視覚化は、絵画 や彫刻等による表現の追求とは異なり、外部(社 会)に開かれたものであるからである。 「デザイン」 に問題解決の要素がある以上、課題に対しての解 決策を提示していくという行為は、誰かの役に立 つことにつながっていると言える。「デザインを 通じた学び」によってもたらされる、アイディア を視覚的に表現する体験を通して、他者(社会) との関係性の中で自分は役に立つ存在であるとい う感覚が培われていくものと考えられる。

33


第2章 事例研究②「自分だけのオリジナルのドーナツをつくろう!」  他者と考え方を共有することで生まれる学びの価値に着目して  第2章では、第 1 章と同様に正しい答えは1つ

らわれない自由で柔軟な発想をしてもらうことを

ではないという条件下で、縦軸にとった「他者と

ねらいとした。つくる対象物を「ドーナツ」とし

のコミュニケーション」という観点から学びの価

たのは 、「ドーナツ」という言葉を聞けば、多く

値について価値検証を行う。「デザイン」は、自

の人が丸い形状の中央に穴があいた物体を思い浮

己完結的なものではなく自分以外の誰かが使用す

かべるだろう。しかし、なぜドーナツには穴があ

ることを想定してつくるため、客観的な視点が入

いているのか日常生活ではその理由について考え

り込んでかたちづくられていく場合が多い。そし

る機会はほとんどない。まず既存のドーナツの形

て実際に「デザイン」をする上では自分一人では

状を観察し、見慣れた形状の意味について考えさ

なく、他者と考え方を共有することで、新しい考

せ、もののかたちは無意味なものではなく「目的」

え方が生まれたり、自分一人では思いつかないよ

があることを理解してもらいたかった。その上で、

うな発想や意外な視点を得たりする。ものを「デ

既成概念にとらわれない新しいドーナツの案を考

ザイン」するというプロセスにおいて主となる作

えてもらうことで、既存のものの形を疑う視点を

り手に「他者」が関与することで、そこにどのよ

持ってもらうということをねらいとして定めた。

うな学びが生まれ、そしてそこにどのような価値

また、つくる対象物を食べものにしたのは、もの

を見い出すことができるのか、観察・分析を試みた。

をつくるということや「デザイン」に対してなじ みがないこどもたちでも取り組みやすいと考えた

Ⅰ. 学習プログラムの実施・分析内容

からである。また、身近に感じてもらえる題材を

選ぶことで、発言や意見交換が積極的になるよう

(1)学習プログラムについての概要  「自分だけのオリジナルのドーナツをつくろう」

にしたかった。 (3) 活動内容

という課題を設定し、当時小学校 6 年生の女子児 童 3 名(本論ではそれぞれ a、b、c と表記する)

2 日間のプログラムの構成については、まず 1

に協力してもらい、「デザインをする」行為に取

日目はドーナツ等を販売している店舗(パンや

り組んでもらった。2012 年 8 月 26 日と 9 月 1 日

ケーキ、ベーグルを販売している店舗も含む)を

の合計 2 日間で行った。

訪れ、フィールドワークを行った。普段口にして いるドーナツ、パンやお菓子の色や形について、

(2)課題の意図

改めてじっくり観察することで、その造形の多様 さに気づいてもらい、味と造形との関連性(なぜ

日頃当たり前だと感じている色やかたちについ

そのかたちなのか、味とそのかたちはどのように

て改めて考える視点を持ってもらい、先入観にと

関係しているか等)についても考えてもらった。 34


店舗をめぐりながら、気になったものはスマート フォンのカメラで撮影してもらい、スケッチブッ クに記録してもらった。

図 41

アイディアスケッチ に取り組む様子

ある程度アイディアが固まった時点で、1 人ず 図 38

つ発表してもらい、他の2人からその発表を聞い ての意見、感想、アドバイスを聞く機会を設け、 意見交換を通して必要に応じてアイディアをブ ラッシュしてもらった。  2 日目は、1 日目のアイディアスケッチを元に

して、実際に 3 人それぞれドーナツを制作しても

らった。最終的には、完成したドーナツについて

図 39

感想を述べ合い、そのあと 2 日間を通じてのまと めを行った。

図 40

フィールドワークの様子 と、こどもたちが気にな ったパン

次に場所を移動し、これまで食べたことのある ドーナツや当日観察したものについて、振り返り を行った。写真で撮影した写真を PC のモニター 上で再生し、スケッチブックに描いたものを見返

図 42

しながら、皆でどんな感想をもったか言い合い、 お店で感じたことや面白いと思った理由について 改めて考えてもらい、言葉で説明してもらった。 さらに 1 日目の締めくくりとして、1人1つずつ オリジナルのドーナツのアイディアを考え、アイ ディアスケッチを描いてもらった。

図 43 制作風景

35


(4)分析にあたっての抽出場面

ところ。ハート型のドーナツやパンはあるが、2 つハートが並んでいるのはないかなと思い、この

1 日目のアイディアスケッチ後、1 人のこども

案にしました』

(a)が自分のアイディアを発表した後で、そのア イディアについて他の 2 人が意見を述べ、それに よって当初のアイディアに変更が加えられ、ブ

ラッシュアップされていく展開の場面を選択して 分析を行った。(a)は、今までに見たことのない オリジナルのドーナツとして、2 つのハートのか たちが含まれる「まっ茶ハートドーナツ」を考案 した。ここで(a)がアイディアスケッチを示し ながら、自分のアイディアについて話をしている 場面で、その案に(b)と(c)が意見を述べ、 さらに(b)がアイディアを加えて提示し、発展 させていく場面に注目して観察・分析を行った。 図 44

(5) 分析方法  本プログラムに取り組んでいる様子は、録画、 録音、静止画での記録を行っており、プログラム 終了後にこどもたち 3 人の発話・行動の記録やア イディアスケッチを元に分析を行った。 (6)分析結果

アイディアスケッチ

(上)と、完成品(下) (アイディアの採用後、 アイディアスケッチに は修正が加えられてい る)

図 45

この発言に対し、 (b)は『いいと思う』 (c)は『こ の世にはないっていうか、あまり見ないっていう

抽出場面における(a)(b)(c)による会話の

か。オリジナル感があっていいと思う』とそれぞ

流れを見てみよう。

れ両者からは肯定的な意見が出された。それに続

まず、(a)は自分の考えた「まっ茶ハートドー

いて、(b)から『穴とかもハート型にしたら面

ナツ」について次のように述べている。

白そうだよね』という元々の(a)のアイディア

『特徴は、ハートが 2 つあり、1 つはアーモンド でできていて、もうひとつはチョコでできている

を発展させることを示唆する発言がなされ、皆そ の案に同意する。一方で『でも、つくるときでき 36


なくない?』と(c)が疑問を呈したが、それに 対し(a)は『作るときはがんばって手でやれば いいじゃん』と答えている。その後でファシリテー ター役(竹内)から、実際に作る際の具体的な方 法や手順について提案がされると、『いいかも、 じゃあ採用する!』という言葉が(a)から発せ られた。  この場面で起こっているこどもたちの気づきや 視点の変化について、考えてみたい。まず、「穴 もハート型にする」というアイディアを提示した (b)だが、このとき、(a)の作品の意図(オリ ジナリティを追求するという点)を良く理解し、 その上でそのアイディアが意図に即してより良く なるための方法を具体的に提示していると言え る。(ハート形のモチーフが 1 つではなく 2 つあ るというところに(a)の作品の独自性があり、3 つにすることでその作品の魅力が強調されること になるのだ)  次の段階で(b)と(c)がもつ視点について 考えてみると、最初の発言『いいと思う』『オリ ジナル感があっていいと思う』のように他者の意 見に対する同意が生まれていることが読み取れ る。ここでは、まず他者の意見を聞き入れる「エ ンパシーの視点」が生まれている。エンパシーと は、自分と他者の区別を前提とした上で、他者の 置かれた立場に自分を移し入れることである。そ してその後、(b)からは「穴もハート型にする」 というアイディアが提示されたことから、このと き(b)は(a)の視点に自分の視点を置き換え た上で、自分だったらこうするだろう、という観 点でアイディアを考えていると言える。

37


Ⅱ. 考察

れぞれのアイディアをブラッシュアップし、最適 解に近づけていこうとする建設的な議論がなされ

上記の分析結果より、他者とアイディアを共有

やすいと言える。また、つくる対象物が参加者

する行為が行われる際には、自分以外の他者の置

(a)(b)(c)の間に介在している状態であるた

かれた立場に立った新しい視点が生まれると言え

めに、直接的な議論の衝突にはならず、たとえ意

る。他者の意見にじっと耳を傾ければ、今回のよ

見が食い違ってしまったとしても攻撃的な態度で

うに「オリジナルのドーナツをつくろう」という

議論が展開されることは想定しにくいと言える。

同じ課題が与えられた場合でも、「オリジナル」

アイディアを他者と交換しながらものをつくりだ

の解釈や答えの出し方は人によって異なり、もの

す「デザイン」という行為は、「他者理解」「自己

の見方は人によって異なるということを知るきっ

理解」を促し、建設的で豊かなコミュニケーショ

かけになるのではないだろうか。つまり「他者へ

ンをもたらす学びにつながるものと考えられる。

の理解」が生まれたと言える。  さらに言えば、この場合の(b)のように、自 分の提示したアイディアが受け入れられれば他者 に認められた実感や自信を得られるだろうし、 (a)は、他者のアイディアを自分のアイディアの 中に組み込むことで 1 人では思いつかないことが できること、アイディアを発展させて新しいもの ができていく楽しさを実感できるだろう。  一方で、他者の意見に触れることで、自分のア イディアがはっきりすることもあるだろう。他者 にはない自分だけの着眼点を意識するきっかけに もなる。「デザインする」行為において、「他者と アイディアを共有する」というプロセスは学びの 面からその価値を捉えると、エンパシーの視点が 得られるきっかけを生み、それによって「他者理 解」や「自己理解」がもたらされると考える。  またこの「デザインを通じた学び」においては、 正しい答えは 1 つではないという前提に基づいて いるため、議論をする場合、どちらかの意見が正 しい・正しくないということではなく、今あるそ

38


第2部のまとめ

上記の事項と今回導き出された「デザインを通

第 1 章、第 2 章それぞれ 2 つの事例を通して

ザインする」行為には、モノや道具に媒介された

明らかになったのは、答えは 1 つではないという 条件下で、かたちと考え方を共有しながら、最適 解を導き出す「デザインを通じた学び」には、既 存の「総合的な学習の時間」にはない「視覚化プ ロセス」、造形的学習よりも明確に存在する「問 題解決性」・「協同性」によって、独自の学びの環 境を実現できるということである。表現活動を通 して自分は役に立つ存在であるという実感が生ま れることや、アイディアが視覚化され、ものが媒 介となることで生まれる他者への理解や活発で豊 かなコミュニケーションをつくり出せることは、 「デザイン」を通じた学びの価値であると言える。

じた学び」の価値とを対比して考えてみれば、 「デ 要素、仲間とアイディアを交換する要素、表現と 共有を通した反省的な要素があることは明らかで ある。本論において提案する「デザインを通じた 学び」の価値は、これからの教育現場で必要とさ れる「学び」への転換を前進させる可能性を持っ ていると言えるのではないだろうか。  次の第 3 部では、第 2 部で明らかになった「デ ザインを通じた学び」の価値をふまえ、その価値 が十分発揮されるためには、教育現場で実際に応 用される際に、どのような方法が考えられるのか、 具体的な授業への展開方法を模索していく。

さらに、本論で提案する「デザインを通じた学 び」の「新しさ」の意義については次のように考 えている。  日本の教育学者・佐藤学は教育改革を押し進め る上では、「勉強」から「学び」への転換がはか られなければならないとし *38、転換に向けて克 服すべき 3 つの壁として次のことを挙げている。 1.「モノと対話し他者と対話する活動を学びの実 践において組織すること」 2.「他者のアイディアを積極的に受け入れ、自ら のアイディアも惜しみなく提供し合うことが、学 びのいとなみの基本にすえられること」 3.「知識や技能を、教室の中で仲間たちと問題 を表象し解決する過程において、表現し共有する ものとして活用すること」*39   39


第3部

「デザインを

通じた学び」 の展開のため の具体的方法

第 3 部では、第 2 部で導き出した価値を「総合

序があるのかを考え、「デザインを通じた学び」

的な学習の時間」をはじめとする学校現場の授業

における価値と行為の関係性を見ていくことにし

において展開していく上で、役立てられる具体的

た。そして続く第2章では、こどもの発達段階に

かつ効果的な方法を探ることをねらいとする。授

合わせた課題の与え方について考察し、具体的な

業の実施にあたって、どのような活動内容を盛り

手立てを提案する。

込む必要があるのか、また授業をどのように組み 立てればよいか、1 つの事例を通して考察する。 次に、対象者に対して課題をどう与えるかという 点も授業の実施・運営においては重要な点である ため、こどもの発達や興味に応じた課題を効果的 に設定する方法を探る。  第 1 章では「デザインを通じた学び」を行った 場合に、そこにどのような行為が生まれたかを1 つの学習プログラムを例にとり、「デザインする」 一連のプロセスを構成する行為を抽出した。そし て、「デザインする」プロセスを構成する行為は どのような順序で行われ、そこにはどのような秩

40


第1章 「デザインを通じた学び」を通じて生まれる行為  ー学習プログラム「友達のためにパスタ料理をつくろう!」の事例を通して  「デザインする」行為を通じて得られた成果物

Ⅰ.学習プログラムについての概要

は、プロダクト、グラフィック 、テキスタイル、 空間等、様々なジャンルのものがあるが、ジャン

「友達のためにパスタ料理をつくろう!」とい

ルに関係なく「デザインする」プロセスにおける

う課題を中学校 1 年生の女子 3 名(第 2 部第 2

共通の要素はどのようなものであろうか。この点

章のプログラムで協力してもらった 3 名と同じ)

を明らかにした上で、「デザインする」プロセス

に与え、計3日間をかけて取り組んでもらった。

を構成する行為を抽出することにする。「デザイ

身近な他者である友達の気持ちを想像してもら

ン」されたものには、必ず「目的」があるという

い、ヒアリングやフィールドワーク、試作等のプ

ことは以前にも述べたとおりであるが、「目的」

ロセスを経て友達を喜ばせるための料理を 3 人そ

が存在するということは、言い換えるなら、「誰

れぞれに考えてもらった。

かのためにつくる」ことであると見なすことがで きる。「デザインする」際には、「誰かの気持ちを

Ⅱ.課題設定の理由

想像し、その人のためになるようにかたちをつく る」ことが不可欠であると考える。この点は、量

ジャンルに左右されず「デザインする」プロセ

産される・されない、規模感が大きい・小さいな

スに含まれる行為を抽出できるように、「他者の

どの「デザイン」が行われる際の条件に左右され

気持ちを想像してものをかたちづくる」という「デ

ず、すべての場合にあてはまる。例えば、 販売

ザイン」の共通要素に着目した。その上で、身近

数が 100 万台のミシンをつくる場合でも、設計

な他者でありこどもたちが関心を持ちやすい存在

する時には 1 人のミシンの使い手を想定し、その

として「友達」に向けてどんなものが最適かを考

マシンの安全性や使い勝手、使い手にとってのメ

えてもらうことにした。つくるものをパスタ料理

リット等を想像しなければならないだろう。

にしたのは、パスタ自体に色や形状のバリエー

「他者の気持ちを想像し、その人のためになる

ションがあり、こどもたちが観察や発見をする上

ようにかたちをつくる」というデザインの普遍的

で効果的な題材だと考えたからである。

要素をふまえた上で、学習プログラムを企画・実 践し、そこにどのようなデザイン行為が見い出せ

Ⅲ.活動内容

るか分析した。  まず 1 日目には、今回の課題の説明をし、普段 食べているパスタや、お店で売られているパスタ のバリエーションについて改めて見てもらうため に、写真を PC のモニター上で見てもらった。そ して、気がついたことや感じたことを言い合った。

41


次に、誰のためにつくるかをくじ引きによって決

図 48

意見交換の

め、その相手に対してどんなパスタがよいかを考

様子

えるためヒアリングをそれぞれ行ってもらった。 その後、近所のスーパーマーケットに行きパスタ やパスタソース、パスタ料理に入れる食材等につ いて観察を行った。気がついたことはスケッチ ブックに記入してもらった。 図 46

フィールドワークの様子

2 日目には、パスタを茹でる方法や、パスタソー スをつくる方法を示し、手を動かして体験しても らった。実制作に向けてのイメージを膨らませて もらうとともに、試作をふまえてアイディアにつ

図 47

フィールドワークで気がつ いたことを描きとめたスケ ッチブック

いて見直す機会を与え、ブラッシュアップして仕 上げてもらった。3 日目は、3 人それぞれが制作 に取り組み、完成したパスタ料理をつくる相手に 向けて発表、つくったパスタ料理を味わうという ことをした。

図 49

試作に取り組む様子

その後、アイディアスケッチを個々に描いても らい、今回つくるパスタ料理の企画について考え てもらった。その後で、友達(つくる相手以外の 1 人)と意見交換をしてもらった。

図 50

途中段階のパスタソース

42


Ⅳ.成果物  「友達を喜ばせるためにはどうしたらよいか」 というテーマに対して、どのような料理が最適で あるか各々が考えてかたちに表された。「友達が 喜んでくれるパスタ料理」の解釈の仕方はそれぞ れで、「A. 嫌いだと言っていた卵を入れても、食 べられる」「B. 季節感(秋らしさ)を楽しめる」 「C. お店でも売っていないような3種類の味が楽 しめる」案がこどもたちから提案された。

図 51 ( 作品 A)

図 52 ( 作品 B)

図 53 ( 作品 C)

43


Ⅴ.分析方法

と実現可能性の間の「バランスを考慮」し、そし て最後は、素材に触れ、手を動かしながら、考え

前回のプログラムの実施時と同様、活動の様子

たアイディアを「かたちに落とし込む」行為が行

は、録画、録音、静止画での記録を行っており、

われた。終わりには、完成した作品や今回の活動

プログラム終了後にこどもたち 3 人の発話・行動

について、「発表」してもらい、「振り返り」が行

の記録やアイディアスケッチをもとに分析を行っ

われた。

た。 Ⅶ.考察 Ⅵ.分析結果:「デザインする」プロセスを構成 する行為について

抽出した行為を体系化して考え、時系列で考え てみたいと思う。課題に対して、最適解を導き出

今回の一連のプログラムについて、こどもたち

す「問い」「答え」という軸で考えてみると、こ

が行った活動を見ていくと、まず、既存のパスタ

のプロセスを 4 つに分けて考えることができる。

を見るところからはじめ、その後フィールドワー クのためにスーパーマーケットに行ったが、そこ

●1段階目:「与えられた課題についての理解を

ではお店に置かれてある商品をじっくり観察し

深める」段階

た。そして、こどもたちは気になるところをスケッ

●2段階目:「答えの軸となるアイディアを決定

チブックにおさめた。このスケッチブックを見れ

する」段階

ば、こどもたちがパスタの形状等について「観察」

●3段階目:「答えの精度を高める」段階

と「発見」をしたことがわかる。

●4段階目:「答えを具現化する」段階

そして、それぞれの作る相手に対してヒアリン グをし、アイディアスケッチを描いてもらった。

そして次に「デザインを通じた学び」によって

ヒアリングを通して「情報を収集」し、アイディ

得られる価値と行為の関係性を見てみよう。3段

アスケッチを通して、得られた情報や過去に見聞

階目では、第2段階目までで定まった答えの方向

きして知っていること等、「情報を組み立てる」

性にしたがい最適解に近づけてくために、他者の

行為をしたといえる。

アドバイスや視点を受け入れることになる。ここ

さらに、1 つのかたちに仕上げていくにあたっ

で答えをブラッシュアップしていく上で、他者と

ては、友達との対話や意見交換を通して、「アイ

のコミュニケーションが活発に行われ、他者への

ディアを共有し」「言語化」して発表し、アイディ

理解やエンパシーの視点が得られるものと考えら

アを「統合」させたり「発展」させることが行わ

れる。また、アイディアを視覚的に表現していく

れた。試作の段階では、自分が考えたアイディア

ことで生まれる自己効力感は、アイディアを他者

44


に提示し意見をもらい、完成に近づけるように素 材に触れ手を動かしながらかたちづくる段階で高 まり、答えを 1 つのかたちに仕上げられた時、達 成感とともに自己効力感は醸成されるのではない だろうか。

第1段階

第2段階

第3段階

第4段階

課題への理解を深める ●観察 ●発見

●ヒアリング

答えの方向性 (コア・アイディア)の決定

●情報の分析

答えの精度を高める

●情報の組み立て ●アイディア

答えを具現化する

の共有、言語化 ●アイディア  の統合

●実現性の 検証

●素材の活用 ●細部の追求 ●試行錯誤

●プレゼンテーション

視覚化

解決すべき 課題

最適解

他者とのやりとり

最適解

図 54

45


第2章 発達段階に応じた題材の設定方法について

Ⅰ.「デザイン」の表現手法の多様さと共通要素

こどもに与えるべき題材について次のように述べ ている。

「デザインする」行為を教育現場に応用する、

例えば初等教育においては、『まず第一にこど

といっても「デザイン」の種類には様々な分野が

も自身の最も身近なもの、家庭生活および近隣の

ある。例えば、情報を効果的に届けるための「デ

生活状況の中にあるようなものなのである。それ

ザイン」、快適な空間をつくり出すための「デザ

から、こどもの身辺から離れたところにあるもの、

イン」、生活を豊かに便利にするための「デザイ

つまり社会的な仕事へと進んでいって、さらにま

ン」、身にまとうものをつくる「デザイン」等、

た典型的な仕事や、その仕事と結びついている社

その分野は多岐に渡る。

会的形態の歴史的な進化へと拡がっていくのであ

先ほどの図(図 54)に元に考えてみると、「デ

る』*41

ザイン」にかかわる一連のプロセスは、答えを具

「デザイン」を題材に設定した場合のことを考

現化していくために扱う素材や手段は異なるが、

えると、「デザイン」は私たちの生活の身近なと

与えられた課題についての理解を深め、視覚的に

ころにあり、様々な問題解決に役立っていると言

表すべきアイディアを考え、アイディアをブラッ

える。個人の生活レベルの問題から、地域社会で

シュアップする、というところまでは共通してい

抱える問題、環境問題や開発途上国での問題等、

るものと見なすことができる。

国際的な問題までデザインの担当する分野は広

第2章では、素材や手段等によって差異が生ま

い。したがってこどもの発達段階や関心を持ちそ

れる部分̶つまり題材設定(何をどうやってつ

うな分野に応じて、課題を選択することが可能で

くるか、どんな素材を用意するか等)に着目し、

ある。したがって、こどもたちが感じる身近さの

課題の与え方について考察する。

レベルや、親和性に応じて課題を設定できるよう に、成長にともなって自己、他者、社会へと外部

Ⅱ. 発達段階に応じた題材の設定について

へ向けられる視点が徐々に発展していくことを考 慮に入れ、「デザイン」の種類を例示してマッピ

各対象者に対して適切な課題というのはどのよ

ングしたものが次の図である。

うに設定していけばよいのだろうか。一般的には、 子どもは成長するにともない、視野を広げ、認識 力を高め、自己探求や他者との関わりを深めてい くことが知られており、そのためには、発達段階 にふさわしい生活や活動を十分に経験する *40 こ とが重要視されている。  前述のデューイは著書「学校と社会」の中で、

46


(視野の広がり)

政治 外交

性差別

舞台空間

問題

大気汚染

ファスト

地域社会・学校社会

地域の抱える

ドレスコード

天災

学校の建築

耐震・免震

家の近所の空間

都市空間

地球温暖化

住空間 家の庭

地域の建物 景観

都市化

地図 サイン計画

生物の絶滅

商品パッケージ

貧富の格差

教育機会

ビジュアル マーチャン

ブランド

宇宙開発 宇宙ロケット

学校新聞

資源の枯渇

デジタル

遺伝子操作 HIV・エイズ

国家機密情報 経済政策

大量生産 大量消費

マス・コミュニケーション マーケティング

報道

飢餓

難民

医療器具

ファブリケーション

公共広告

ファニーチャー

車椅子

携帯電話

人口爆発

民芸

家電

テレビ・新聞

個人情報

部活で使う

ストリート

ベビーカー

教科書

VI・CI

絶滅危惧言語

家具

移動するための手段

企業・法人広告

国際法

布技術

伝統工芸

道具

ための手段

商品広告

ロゴマーク

ダイジング

つける服

人とつながる

会社や商品の

アクセサリー

地域の

生活用品

カード

フェア

トレード

ハイテク

文房具

文字

食不足

流通

制服

本の装丁

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このように「デザインを通じた学び」における

児童を対象をした場合には困難であると捉えられ

題材設定にあたっては、その表現手法や解決すべ

るかもしれない。しかし先に取り上げたレッジョ・

き問題等によって多様な広がりがあることが想定

エミリアでの事例を見れば、それは誤りであるこ

される。また「デザインする」プロセスには論理

とが明らかである。「デザインを通じた学び」は

的にものごとを捉え、情報を分析し組み立ててい

幼児教育から高等教育まで、幅広い年齢層に向け

く行為も含まれるため、その実践が幼児や低学年

て応用できるものとして考えられる。

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第3部のまとめ  「デザインを通じた学び」を実際に展開する上 では、「総合的な学習の時間」で通常行われる場 合と同じように、まず課題を設定し(場合によっ ては課題をこどもたちに発見してもらい)、第 1 章で明らかにした「デザインする」プロセスの 4 段階に基づき、「デザインを通じた学び」を構成 する3つの要素「課題解決性」「協同性」「視覚化 プロセス」に留意しながら段階に沿って活動を組 み立てれば良いものと考える。特に、現在行われ ている「総合的な学習の時間」との相違点は「視 覚化プロセス」であるので、言語によるコミュニー ケーションだけでなく、可視的なものを介したコ ミュニケーションを学びの中に効果的に取り入れ ながら機能させていくことに留意する必要がある と考える。そして、こどもたちに与えるべき課題 に関しては、第 2 章でまとめたように、発達段階 に応じて「デザイン」のカバーする豊富な分野か ら、彼らの興味関心に応じて効果的だと思われる 題材を取り出して設定していけばよいものと考え る。

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第4部

結論として

本論で提案する「デザインを通じた学び」の教

的運用を図ることが合理的であると考える。

育的価値については、既存の造形的学習にはない

「総合的な学習の時間」は、各学校がその取り

「問題解決性」・「協同性」、「総合的な学習の時間」

組み内容に関して裁量を委ねられているが、現在

にはない「視覚化プロセス」の要素があることを

行われている授業の中に視覚的表現に落とし込む

特徴とし、その学びの構造の特徴上、他者とかか

プロセスを加えることで、本論で提示した「デザ

わりながらアイディアを視覚的に表現していくこ

インを通じた学び」は実現させることは可能だと

とになるが、そのプロセスでは、第2部で明らか

考える。この「問題解決性」 「協同性」に加え、 「視

にしたように、正しい答えは1つではないという

覚化プロセス」があることによる教育の価値につ

条件下で最適解を探る表現活動においては、自分

いては第2部で触れたが、「総合的な学習の時間」

は役に立つ存在であることを実感したり、ものが

に「視覚化プロセス」を追加するという観点で見

媒介になることで豊かなコミュニケーションが生

ていくと、新しく生まれる教育の可能性は次のと

まれたり、他者への理解が深まったりするという

おりにまとめられる。

ことが言える。

考えられたアイディアや成果物は「可視的」に

そして、実際の学校教育現場での応用を考える

捉えることが可能である。既存の「総合的な学習

と、美術の授業の中の「デザイン」を活用してい

の時間」の中では主に言語的表現を通じた活動が

く方法もあるが、「デザイン」に期待される社会

なされるが、それと比較した場合、「デザインを

的な役割や、問題に対する解決策を考える上で必

通じた学び」では視覚的に表現されたものを媒介

要となる教科横断的要素を考慮すると、「総合的

にしてコミュニケーションが行われる。「視覚化

な学習の時間」を活用していくことのほうが適切

されたもの」は自分以外の他者と共有しやすく、

であると考えられる。また現在「デザイン」とい

アイディアが明解に提示されるため、そのアイ

う授業は日本の学校教育課程で科目としては存在

ディアを発展させようとするとき、つくり手以外

しないが、本論は「デザイン」という科目を新た

の他者が意見が述べやすく建設的なコミュニケー

につくることを主張するものではない。教育現場

ションが発展しやすい。「総合的な学習の時間」

には資源も時間も限らている以上、有効だと思わ

では、言語によるコミュニケーション活動が重要

れるからといって「デザインを通じた学び」を「ポ

視されているが、「視覚化されたもの」を媒介に

ジティブリスト」*42 の項目としてむやみやたら

することで、言語によるやりとりも活発になるこ

に付け加えていけば問題が生じてしまう。この観

とが考えられる。また、他者の考えたアイディア

点からも、既存の「総合的な学習の時間」の効果

が視覚的な表現として提示される場合、課題に対

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する考え方や視点の違いが明確になるため、他者

さらに一方で、最終的に視覚的に表現されたも

への理解やエンパシーの視点が生まれやすいとい

のによってその活動内容が評価されるような仕組

える。

みを取り入れることで、課題に対する到達度が目

デューイは「学校と社会」の中で、こどもたち

に見えるので達成感が生まれやすいという面もあ

の学びへの衝動について次のように述べている。

る。「デザインを通じた学び」によって導き出さ

こどもたちには、言語表現を通して他者とかかわ

れた答えは「最適解」だと解釈してこれまで述べ

りたいという欲求「社会的本能」とものをつくり

てきたが、前提となるのは、正しい答えが1つと

出したいという本能「構成的衝動」があり、この

は限らない、あるいは正しい答えがないかもしれ

結合により「探究する本能」が生じてくる。また、

ないということである。しかし、限りなく正しい

次には「表現的衝動」言い換えると「芸術的本能」

答えは存在するので「何でも答えになる」「何で

が生じてくる。*43 そして、『構成的な本能を適

も正解」であるわけではない。この学びは、「間

切にはたらかせ、それらを完全に、自由に、そし

違えようがない学び」ではなく、 「間違い」や「失

て柔軟にはたらかせてみよう。それに社会的な動

敗」だとされることも見えるかたちとなり表れる

機、つまり人に告げ知らせたいものを与えてみよ

ことが特徴的だといえる。

う。そうすれば芸術的な作品がつくられるだろう』

現に第3部でとりあげたプログラム学習では、

*44 とも述べている。デューイはここでこどもた

個々のこどもたちが自分のつくった作品について

ちによってつくられるものが「芸術的な作品」と

感想をもち、ある子は改善点や反省点を挙げてい

しているが、その作品に機能的な役割や目的が存

た。つくったものの出来不出来がわかりやすいた

在する場合、それは「デザイン」だと解釈し得る。

め、こどもたちにとっては次回に向けての課題が

この理論を「総合的な学習の時間」にあてはめ

見つけやすいと言える。そして指導者側にとって

て考えてみると、学びの中に「視覚的に表現する」

は評価がしやすく、こどもたちのモチベーション

という行為を含むことで、こどもに内在する「社

のコントロールが行いやすいのではないかと推察

会的本能」「構成的衝動」「探究する本能」にはた

できる。このことは、「総合的な学習の時間」が

らきかけることができ、一連の学びを活性化する

抱える問題のうち、何をもって成功か、失敗かと

ことができると考えられる。つまり、本論で提案

いう評価基準をどのように定めるかという課題を

した「デザインを通じた学び」においては、「視

解決するために役立てられるはずである。

覚的に表現する」という行為が学びの推進力とな

以上のとおり、本論を通じて「デザインを通じ

ると言えるのだ。

た学び」には多くの可能性とその有効性があると

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実証することができた。こどもたちの興味関心や 知識、経験のレベルに応じて課題を設定し、「デ ザインする」行為を取り入れた学びの活動を展開 することで、これまでにはない豊かさと柔軟さを 含んだ、毎日の生活によい影響をもたらしてくれ る学びが期待できる。本論では、論題を「デザイ ンを通じた『新しい』学び」とし、現時点では教 育現場に存在しない学びとして提案したが、「デ ザインを通じた学び」によって培われる視点や経 験は、私たち皆が生活を送る上で必要とする普遍 的な価値を含んでいる。本論による提案は、今後 「デザインする」という行為の概念が広く浸透し、 教員やこどもたちにとって身近な存在となり、現 在の学校社会における「国語」 「算数」 「理科」 「社 会」といった言葉から想像できるそれぞれの学び のように、学校という場において「デザインを通 じた学び」が目新しい学びではなく、当然の学び として受け入れられ、豊かな学びの環境がつくり 出されることを願うものである。

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*1 トーマス・ハウフェ著/薮 亨訳『近代から現代までのデザイン史入門 ー 1750 -2000 年』晃洋書房 ,P4,2007 年 *2  山崎正和著『装飾とデザイン』中央公論新社 , P29, 2007 年 *3  原研哉『デザインのデザイン』岩波書店 , P34, 2003 年 *4  文部科学省 Web サイト http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/chukaisetsu/    新学習指導要領『中学校学習指導要領解説(美術編)』平成 20 年 7 月 , 2014 年 1 月 14 日引用 (以下の *5 7 については URL と引用年月日は *4 と同様) *5  新学習指導要領『中学校学習指導要領解説(美術編)』 第 2 章 第2節  1 内容の構成 美術科の内容 P17 *6  新学習指導要領『中学校学習指導要領解説(美術編)』 第 2 章 第2節  1 内容の構成 美術科の内容 P18 *7  新学習指導要領『中学校学習指導要領解説(美術編)』 第 2 章 第2節  1 内容の構成 美術科の内容 P26 *8 『美術 2・3 上 生活の中に生きる美術』日本文教出版株式会社 , P32-33, 2013 年 *9 文部科学省 Web サイト http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_katei1998_index/toushin/1310285.htm   『平成 10 年 7 月 29 日 教育課程審議会答申』, 2014 年 1 月 14 日引用 *10 文部科学省 Web サイト http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/sougou/1300534.htm 『今、求められる力を高める総合的な学習の時間の展開(中学校編)総合的な学習の時間を核とした課題発見・解決能力、論理的 思考力、コミュニケーション能力等向上に関する指導資料』平成 22 年 11 月 , P1 まえがき  ※P14 16 によれば、 目指す方向性や創設の趣旨に立ち返ると、「学校で勉強していることが将来どう役に立つのか」、「自分の将 来の生活とどうかかわるのか」、学び方を獲得させ、さらに「生活における知」と「学校における知」、更には「科学における知」 等を統合し、学習課題に現実感をもたせ、学ぶ喜びを育てる時間である としているが、 平成 19 年から実施している小学 6 年 生、中学 3 年生を対象とした『全国学力・学習状況調査』における質問紙調査では、「総合的な学習の時間の勉強が好き」とい う項目について、「当てはまる」又は「どちらかというと当てはまる」とする割合は、小学 6 年生 :7.5 割程度、中学 3 年生 :6 割程度である等、国語や算数・数学よりも、好きな割合は多いにもかかわらず、「総合 的な学習の時間の授業で学習したことが、 普段の生活や社会に出たときに役に立つと思うか」については、小学 6 年生 :8 割程度、中学 3 年生 :6 割程度である等、国語や 算数・数学よりも、有用感・実用志向的な動機付けといったものは、低いことが明らかになっている。 , 2014 年 1 月 14 日引用 *11 文部科学省 Web サイト http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/chukaisetsu/ 『中学校学習指導要領解説 総合的な学習の時間編』平成 20 年 7 月 , P5-6,2014 年 1 月 14 日引用 *12 株式会社電通「広告小学校」事務局編・著『広告小学校 CM づくりで、「伝える」を学ぼう。』株式会社宣伝会議 , P102, 2011 年 *13 *11 と同様 , P7 *14 J.デューイ/市村尚久訳 『学校と社会・子どもとカリキュラム』講談社学術文庫 , 表 4, 1998 年 *15 J.デューイ/市村尚久訳 『経験と教育』講談社学術文庫 , P127-128 , 2004 年 *16 同書 , P128 *17 ,*18 ,*19  同書 , P129 *20 Design Council Web サイト http://www.designcouncil.org.uk/our-work/Insight/Education-and-skills/Design--Technology-in-schools/ ,2014 年 1 月 15 日引用 *21 Design Council Web サイト  http://www.designcouncil.org.uk/ ,2014 年 1 月 15 日引用 *22 NET TAM Web サイト クリエイティブ・インダストリー(創造産業)入門 英国の取り組み http://www.nettam.jp/learning/intro/creative-industry/03/, 2014 年 1 月 13 日引用 *23 Design Museum London Web サイト http://designmuseum.org/schools-and-colleges/primary, 2014 年 1 月 16 日引用 *24 Design Museum London Web サイト http://designmuseum.org/schools-and-colleges/teachers, 2014 年 1 月 16 日引用 *25 Design Museum London Web サイト http://designmuseum.org/discoverdesign/, 2014 年 1 月 16 日引用 *26 日本国外務省 Web サイト http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/finland/data.html#01, 2014 年 1 月 16 日引用 *27 国立教育政策所 Web サイト  http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/, 2014 年 1 月 16 日引用 *28 大橋香奈 , 大橋裕太郎『フィンランドで見つけた「学びのデザイン」̶豊かな人生をかたちにする 19 の実践』フィルムアート社 , 2011 年 *29, *30 佐藤学監修 ワタリウム美術館編『驚くべき学びの世界 レッジョエミリアの幼児教育』  *31 REGGIO CHILDREN,『Everything has a shadow, except ants』P50-54,2006 年 *32 広告小学校 Web サイト http://www.dentsu.co.jp/komainu/jisseki/ ,2014 年 1 月 15 日引用 *33 *12 と同書 , P13 *34 同書 , P25 *35 同書 , P26-27 *36 同書 , P39, 67, 81,90 *37 上野行一 監修『まなざしの共有 アメリア・アレナスの鑑賞教育に学ぶ』淡交社、2001 年 ※自己効力感が学習活動を助長することはよく知られており、高い効力感をもつ生徒ほど難しく挑戦しがいのある課題を進んで 選ぶ傾向がある。 *38 佐藤学『教育改革をデザインする<シリーズ 教育の挑戦>』岩波書店 , P102-104, 1999 年 *39 同著書 , P104-106 *40 文部科学省 Web サイト『子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題』 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/053/shiryo/attach/1282789.htm, 2014 年 1 月 16 日引用 *41 J.デューイ/市村尚久訳 『学校と社会・子どもとカリキュラム』講談社学術文庫 , P171, 1998 年 *42 苅谷剛彦、増田ユリヤ『欲ばり過ぎるニッポンの教育』講談社現代新書 , 2006 年  ※ポジティブリスト、ネガティブリスト:必要だと思われることを挙げて、リストに追加していく考え方。それに対して、ネガ ティブリストは教育上最低限必要だと思われることをリストアップする考え方。著書の中では、小学校での英語教育を例にと り、教育上なすべきこととして英語の授業を追加することに対してはこどもや教師のキャパシティの問題があり、英語の授業 を追加する一方で犠牲になる科目があるという問題を指摘している。 *43 J.デューイ/市村尚久訳 『学校と社会・子どもとカリキュラム』講談社学術文庫 , P107-109,1998 年 *44 同著書 , P109

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