2 馬伝染性子宮炎 はじめに 馬伝染性子宮炎(Contagious equine metritis:CEM) は、伝染力の強い馬の細菌性生殖器感染症で、牝馬 は子宮内膜炎、子宮頚管炎、膣炎などを起こします。 感染した繁殖牝馬は子宮粘膜の炎症により受精卵が 着床できないことから、受胎率が著しく低下します。 CEM の発生が最初に確認された 1977 年から 1978 年 にかけて、本病は主要馬産国に広まり、世界中がその 伝染力の強さと先行きの不安から大きなパニックに陥 りました。わが国でも 1980 年に本病が大流行し、一 時的に種付けが中止されるなど大変な騒ぎとなりまし た。このように、本病は発生当初のインパクトが非常 に強かったため、多くの主要馬産国では本病に対して 厳しい防疫体制が整えられています。わが国では清浄 化に向けた長年の取り組みの結果、2006 年以降の発 生は確認されておらず、国内は清浄状態であると考え られています。
図 2. ユーゴンチョコレート寒天培地上に発育した Taylorella equigenitalis のコロニー
1)病原体
培地を用い、5 ∼ 10%の炭酸ガス存在下で培養すると 発育します(図 2)。オキシダーゼ、カタラーゼ、フォ
病原体は馬伝染性子宮炎菌(Taylorella equigenitalis)
スファターゼ、フォスフォアミダーゼを産生しますが、
というグラム陰性微好気性の短桿菌で、莢膜と線毛を
他の生化学的試験はほとんど陰性です。本菌は馬やロ
有します(図 1) 。普通培地には発育せず、5 ∼ 10%
バなどの馬科の動物の雌のみに感染性を有します。
の馬血液を加えて加熱したユーゴンチョコレート寒天
2)感染様式 CEM の流行は馬の繁殖シーズンに限られ、交配に よって感染する直接伝播、人や器具を介して感染する 間接伝播があります。一般的に不顕性に感染していた り、保菌している牝馬や種牡馬が感染源となり、交配 により次々と感染が拡大します。稀ですが母仔(垂直) 伝播も認められています。一方、間接伝播としては臨 床検査の際に用いられる器具や獣医療関係者の手指、 試情検査に携わる牧場関係者の手指や器具および試情 馬の鼻口部からの感染が考えられます。また、それ以 外の感染様式として、海外では競走用サラブレッド以 外の馬でしばしば実施されている人工授精において、 保菌種牡馬の精液を介した拡散型の集団感染(diffuse outbreak)の事例が報告されています。
図 1. Taylorella equigenitalis 線毛の電子顕微鏡写真
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