今年の6⽉、京都北⼭の広河原に炭焼窯づくりの⼿伝いに⾏った。⼤和⽥愛乃さんの紹介で、 広河原薪炭再⽣集団の段下健⼆さんと意気投合し、炭焼窯づくりを⼿伝うことになった。ど うやら2017年春から使われていた⿊炭窯の天井が落ちてしまったので、その天井部分の修理 を⼿伝って欲しいということだった。なんせ⼟を盛りに盛るものだからパワーがいる。天井 作りは窯作りで最も重労働で、⾬が降ったらまずい。そのため早い仕事が求められる。⼈⼿ がいる。友⼈のかまちゃんも参加して京都市内から北⼭に⾞でぐんぐん⼊り込む。⼭⼿から 市街を振り返ると空が低く感じる。⾼い空に流されずに⼩さな雲がポツリ浮かぶ姿は、⼭の 中に⾞という⼈を乗せた塊で林道を駆け抜けるボクたちみたい。 段下さんは、20年前に途絶えてしまった広河原産の鞍⾺炭づくりを復活させようと、定年 後に⾃宅前の敷地で始めれれたパワー溢れる⽅だ。⾃分の⼭を持っていて、森林の整備をし ながら、キノコやワサビなんかも育ている。⾃分のまわりのものでなんでも作る。もちろん 炭⼩屋も。夏の⽊が⽔分を多く吸い上げた時期に桧の⽪を剥がし、扱いやすい四⾓に成形し 重⽯をかけて保管しておいて屋根材・壁材とする。⽴派なクリの股⽊⼆本を組んで棟⽊の⾜ とする。棟⽊は⼭⼿の斜⾯に⽣えた股⽊の⾜元から⽔平に伸びている。おい、おめえこれ じゃあ作業する場所がねえじゃないか。⼩屋を⼩さく作りすぎたみたいだ。段下さんのお⽗ さん専太郎さんの時折アドバイスで早合点な段下さんをフォローしている。専太郎さんの幼 少期の炭焼きの記憶が、良質な炭焼きに⼤いな⼿助けをしている。煙⼝に⼿を「ひ、ふ、 み」とかざし、温度を測る知恵など⾝体に根ざした知恵はとても新鮮であった。専太郎さん は庭師として働いていた。⾃宅の庭のビシッーと綺麗な芝と北⼭台杉が美しい。次いで⽩髪 の髪型もかっこいい。ので同じ散髪屋で髪を切ってみた。ポンプフューリー履いた凄腕だっ た。 炭⼩屋は⼆つあって、⼀つは今回天井をつくる段下さんこだわりの炭⼩屋、⼆つ⽬は鉄パ イプで組まれたトタン屋根の現代的な⼩屋。⼆つ⽬の⼩屋にある窯で炭焼きをしながら、天 井づくりも進めると⾏った作業内容であった。僕らは、村の恋恋ハウスに泊めさせもらい、 歩いて数分の段下宅前の炭⼩屋に朝7時集合して皆で作業にかかる。⽊切ったり⼟を掘ったり 運んだり。 窯の天井が崩れてしまったのには原因があった。粘⼟に混ざる⼤きな砂利である。粘⼟を 締め固め乾燥される際の⽣粘⼟の収縮時に、ヒビ⼊る発端となってしまうからだ。今回は粘 ⼟をふるいにかけて⽯を取り除くことで策を打った。そのためのふるいを⼿作りし軽トラ何 杯分もの⼤量の⼟をふるって⽬を細かくしていく。粘⼟は、近場の⼭の斜⾯にある⾚⼟を 使った。⽣粘⼟に崩れた天井の焼き⼟を混ぜたものを天井に使⽤した。 天井を築く⼯程は、まず窯の内部空間の部屋に炭材を⽴積めにする。⽊の元は上、末は下 になる様に。逆さま。⽔分が抜けやすくなる。その上に⽊を横積みしていく(上げ⽊)。隙間を 短く切った⼩枝(切⼦)を⼭型に盛る。これが天井の原型となる。その上にむしろでおおい、 この上に粘⼟を乗せていく。半分をのせたら⼗字形の鉄板を埋めて天井から吊るす様にした。 そこにさらに粘⼟を乗せていって、⼿ヘラで叩き粘⼟を締めていく。⼩屋がかかっている状 態でのたたき作業であったので、⼤きく振り被れる⽊槌が使えない。皆がそれぞれの⼿へら (ナグリ)を紅葉の⽊でつくって粘⼟の⼭を叩く。窯という⼭に吸い付くような作業であった。 叩くと⽔が浮き上がってきてパッチんと粘⼟が⾶び散り皆の顔が次第にドロドロ。終盤に なってくると⼿ヘラを滑らせる様に叩くことで粘⼟が⾶び散らないようになる技を皆が⾝に つけていた。 窯の⽕付けは⼝だきから始まる。窯の⼝部分に⼆列、煉⽡を粘⼟を⾷えさせながら積み上 げる。薪を燃やす空間を作る。かま⼝のしたにはレンガ⼀個分の通⾵⼝。上には薪をくべる ための⼝。⼝だきは炭を乾燥させるのが⽬的だ。炭化は天井から窯底に向かって進⾏する。 炭化が進むとかま⼝は通⾵⼝だけにする。⽩く焦げ臭い煙は次第に褐⾊となり再度⽩くなる。 最後には⽩⻘煙となる。炭化の終わりには、窯の温度を保つため通⾵⼝を細くし煙道を開 けっ放しにする(ねらし)。すると炭がグッと硬くなる。最後に煙道⼝と通⾵⼝を完全に密閉し て冷却をまつ。最後に出炭、みんな顔を真っ⿊にして窯の中から炭を引き出していく。 そんな広河原での⽇々の写真を並べてみました。
広河原薪炭再⽣集団
隠れてた!
カエル