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パタゴニア May Journal 2020

Page 1

自分の声を出す

04

過程と報酬

10

深みの限界まで

16

誉れ高きヘニョ

20

ネットでプラス

30

喜びのムーナ

36

ありきたりではない大会

44

未踏の波

52


文 by ジャナ・アイアンズ

自分の 声を出す

サーフィンは自分の時間を自分勝手に過ごす方法、だと決めつける

ときどきベリンダの新しいライフスタイルは、エドワード・アビー

傾向が昔からあります。オーストラリア人のベリンダ・バグスは10 年

の『爆破 — モンキーレンチギャング』の終幕のように思えることがあ

以上、良い波や撮影の機会を追いながら、聞き飽きたこの決まり文

るかもしれません。彼女はアクティビズムの名のもとに拘置所に放り

句どおりの生活をしていました。けれども 2011年に息子のレイソン

込まれることの費用対効果を比較したり(結論:戦略的に行えば価値

が生まれると、彼女は目を覚ましました。 「地球が置かれている状況

があり必要)、その一例として〈エクスティンクション・レベリオン〉の

と、次の世代に残された環境を考えると、心底恐ろしくなったんです」

メンバーたちと一緒に小さな街のメインストリートで死んだふりをして、

と、現在 38 歳の彼女は言います。

政治家たちに行動を要求しました。

ベリンダはその後の数年間、オンラインでの活動に専念する「アー

パドルアウトやデモ行進に参加したり、そしてもちろん、人びとに

ムチェア」アクティビストになりました。 「ネットでいろいろ調べて、あ

嘆願書への署名やデモへの参加を促すためにコンピューターの前で

らゆる嘆願書に署名して、すべてを他の人と共有しようとしました」

過ごす時間もたくさんあります。さらにベリンダにとっては最も苦手

それが、赤ちゃんのいる彼女にできる精一杯のことだったからです。

な活動、つまり、スポットライトを浴びて発言を期待されることもあ

しかしカテゴリー 4 のサイクロン「デビー」がクイーンズランド州にお

ります。 「何百あるいは何千もの人の前で話さなくてはいけないとき

よそ10 億ドルの被害をもたらした 2017 年、彼女は〈オーストラリア

は」と、彼女は言います。 「緊張して震えたり冷や汗をかいたりしなが

ン・マリン・コンサベーション・ソサエティ〉のグレート・バリア・リー

らも、自分自身に言い聞かせなければならないんです。正しい目的の

フの調査に参加しました。 「海中はまるでこの世の終わりのように荒

ためにやっているんだから、って。私が学んだ最も重要な教訓は、他

れ果てていました」と、ベリンダは語ります。 「それまで私は海の上で

の人がどう思うかを恐れないこと。自分が信じて闘っていることにつ

生活してきましたが、海の下について考えたことはほとんどありませ

いて知識を固めれば、敵対者のことを心配する必要はないというこ

んでした。オンラインでの活動は、それしかできないのであれば良い

とです」

ことだと思いますが、私にはそれ以上の時間がありましたし、もっと 何かをしたいという衝動にかられました 」 そして彼女は有言実行し、まもなくコンピューターから離れ、より 大きな闘いに加わるために準備をはじめました。クイーンズランド州

る一般市民の抗議活動は何か月もつづき、今年 2 月、同社はついに グレートオーストラリア湾の掘削計画を放棄しました。

に提案されている炭鉱や危険をともなう海洋での地震探査、太陽が

雑誌『SURFER』の編集者だったジャナ・アイアンズは、現在フリー

降り注ぐ南部沿岸の掘削を狙うノルウェーの石油企業、そしてエクイ

ランスライターとして活躍しながら、 〈thinkPARALLAX〉というクリ

ノール社によるグレートオーストラリア湾への大脅威などに反対しよ

エイティブ・エージェンシーでシニア・コミュニケーション・ストラテジ

うと立ち上がったのです。*

ストを務める。

2 〜 3 ページ:オーストラリアの野生の海岸線に関するパタゴニアのドキュメンタリー映画 『Never Town』のロケ地で、自分たちが愛するブレイクに迫りつづける脅威について 情報を交換するウェイン・リンチとデイヴ・ラストヴィッチ。 Jarrah Lynch

04

* オーストラリア政府から石油探査の許可を得たエクイノールに対す

5 ページ:トーキーで声を上げるベリンダ・バグス。オーストラリア Emma Bäcklund


6 ページ(上) :波の綱渡りを披露する ベリンダ・バグス。フィリピン Jarrah Lynch 06

6 ページ(下) :オーストラリアの沿岸部での 掘削が許可されてしまったらどうなるか、 その暗黒の未来を想像する。 Jarrah Lynch

7ページ:ウルワツでのサーフィンのあとに ビーチを清掃するベリンダ。インドネシア、 バリ Tommy Schultz


「 サーフィンは、私たちが何のために 闘っているのかをいつも思い出させて くれます」と、ベリンダは言います。 「 世界の問題を解決するためには、 地域全体、国全体がまとまること が必要です。一丸となって取り 組まなければならないのです」


8 ページ:太陽に灼かれ、強風に打たれる、岩だらけの過酷な場所。大西洋に浮かぶ秘密 の島にテントとタープで作ったこの海沿いのキャンプが、グレッグ・ロングとピート・ギアルと アル・マッキノンの仮住まいとなった。 Al Mackinnon

9 ページ:調査に数か月、移動に何日も費やした末、ついにこのポイントの果てにたどり 着いたグレッグ・ロング。混雑とは無縁のこの波の完璧さと、旅行者が利用できる公共施設が 周囲にないことから、一同はすぐにこの場所を秘密にしておくことにした。 Al Mackinnon

09


文 by ピート・ギアル

過程と 報酬

木漏れ日の差す広場には、鮮やかなブーゲンビリアが白壁に沿って

船で到着すると、切ったばかりのグレッグの巻き毛はそよ風に気持

生い茂っている。小さな魚市場は、道端で安いプラスチック製品を

ちよさそうになびき、旅は上昇気流に乗っているようだった。埠頭で

売る行商人にはさまれている。この見知らぬ港町には、はじめて来た。

借りた四駆トラックでジグザグを繰りかえしながら登っていくと、僕

そして、グレッグ・ロングは散髪をしようと決めた。

たちをここまで連れてきてくれたボートが吹きさらしの航路へ帰って

行きあたりばったりで床屋を探しはじめる。看板のないドアの前に 立ち止まる。壁いっぱいの鏡と油圧式ジャッキがついた年代物の理 容椅子が目に入る。小さな部屋の片隅に掛けられたテレビには、ポル トガルのサッカー試合が映っている。奥の壁際ではしわの深い老紳 士がビールをちびりちびり飲みながら、悲しげな音色で弦を奏でてい る。グレッグはその雰囲気にすっかり魅了されたようだ。好みのスタ イルを注文することもなく、ただ椅子に座ってその作業を信頼するこ とにする。 その後、散髪という目的を片づけた僕たちは、計画に1 年以上費 やしてきたサーフアドベンチャーまでもう一歩のところまで来ていた。 あと1 回だけ船に乗れば、そこからは四駆トラックでたどり着けるは ずだ。写真家のアル・マッキノンと綿密に構想を練って実現したこの 旅は、僕たちの故郷イギリスの暗い冬を乗り切るために切望していた 動機づけをしてくれた。

いくのが見える。 「跳ね橋は上がったぞ」と、アルが皮肉たっぷりの笑顔で茶化す。 高原にたどり着くまでの 2 時間、トラックはローギアのままでのろ のろと進む。遠くの狭い渓谷に小さな村が佇んでいるのが見える。ど こか懐かしい雰囲気が漂い、この旅を計画することになった写真で 見た景色と重なっていく。眼下に広がるほぼ垂直の狭い谷に、真水 の存在を示す緑の線が走っている。生活を支える真水が存在しなけ れば、外界から遠いこの地は不毛な沿岸地帯でしかない。 サーフボードと、薪にしようと集めた倒木でいっぱいになった僕た ちのトラックに、道の行き止まりで岩を割っていた作業員たちが振り かえる。彼方からは何もないように見えた景色には、実際はサッカー ボールほどの大きさの火山岩がばらまかれていたことがわかる。つま りサーフポイントまでの最後の約 3 キロメートルはトラックは通れな いようだった。それから、予定していたキャンプ地まで必要な荷物と

この旅のはじまりは、ドイツ人のハイカーたちが不意に撮って SNS

サーフィン用具を徒歩で運ぶという、気の遠くなるような過程がはじ

に投稿した写真に潜んでいたものを見たことからだった。僕たちの視

まる。熱帯の太陽の下で、それぞれの物資が足で運ぶ努力に値する

線は、休暇を楽しむ彼らの満面の笑みの向こう側、つまり死火山の

かどうかを吟味する。酒はなくていいものとなり、水の価値はすべて

風下に位置する玄武岩のリーフから割れているオーバーヘッドのライ

のものに勝る、となる。

トが見事にラインアップした背景にくぎづけになった。彼らの旅路の 終着駅を祝う記念写真は、思いも寄らない方法で僕たちにひらめき を与えてくれたのだった。

目的地にようやくたどり着くとテントを 2 つ張り、棘だらけの低木 にタープをかけ、重石で押さえてキャンプを設置した。好奇心旺盛な

11ページ:誰も乗っていない波がポイントに連なっていて、すぐにでもそこにたどり着きたい。 だが火山岩とウニに覆われた海岸線のせいで、その一歩一歩は苦痛をともなった。 Al Mackinnon 10


12


数頭のヤギが立ち寄っては、僕たちのキャンプの無意味さに呆れて

らだ。いま多くのものに位置情報がつけられ、瞬時に消費されるとい

去っていった。しばしの滞在地となる海岸線を偵察すると、大量のプ

うグローバル化したこの世界で、僕たちが信じているのは、地図上や

ラスチック製のゴミが散らばっている狭い潮間帯に驚く。分解の程度

検索エンジン以外に存在する宝物こそが、最も満足感が得られるも

はさまざまだが、あらゆる色のビーチサンダルが潮間帯に並んでいる。

のだということ。

これが人間が自然にもたらす貢献とは──まるで玄関先に並んでいる かのように有害な履物が散らばる様子は、冗談みたいだ。

もちろん、なかにはこのポイントの場所を明かすために、ありとあ らゆるテクノロジーを駆使して、僕たちがしたように深掘りする人もい

一晩のうちに、予報されていたスウェルが訪れる。夜明けが近づ

るだろう。僕たちは修正論者ではない。ここの波はきっと前にも乗ら

くにつれて、パドルアウトするつもりのビーチにポイントを通過しなが

れて、また誰かが乗りに来るだろう。それにサーフィン帝国主義者と

ら大きな波が打ち寄せ、その唸る音が次第に大きくなる。スウェルは

しての権利を主張するつもりもない。目的地を過剰に宣伝して、地元

45 度の角度でポイントに接近し、ブレイクするたびに怒りの襲撃の

の地域社会が望む速度で発展させようとする責任ある観光業の可能

ように白波が渦巻く。岩礁は真っ黒で、水の色もインクに染まったよ

性を否定するつもりはない。

うだ。僕は緊張感が噴き上げるのを感じるが、グレッグは狙えそうな サイズのショアブレイクに乗り出すためにセットの切れ間を待つあい だも、模範的な冷静さを保っている。 「緊張するよ、グレッグ」と、僕はおどおどしながら認める。 「わかるよ」と答えた彼は、僕に向かってすぐに叫んだ。 「いまだ、 パドルしろ!」

サーフィンをせずに休息しているときは、 照りつける太陽を避けて集まり、 この土地の厳しい自然に思いを馳せる。

それから1週間、僕たちはサーフィンをしては、食べて、寝て、そ の合間にときどきウニに刺されながら過ごした。時間の感覚はやが て原始的な日時計にまで退化し、意味をもつのは、吹き荒れる風と 棘でボロボロになっていくタープの下の日陰にギアを移動させること だけ。アルは火山によって隆起した見晴らしのいい高台から、世界中 のサーファーがいても立ってもいられないようなラインアップが並ぶ ショットを収めた。いい波は長つづきすることはなく、執拗な風に邪 魔されて、一見ランダムにしか起こらない。最高のブレイクはポイン トの先端ではなく、その向こうの予期していなかったリーフにあった。 サーフィンをせずに休息しているときは、照りつける太陽を避けて 集まり、この土地の厳しい自然に思いを馳せる。この自然を構成する 要素のひとつひとつが、最も鋭く、最も風が強く、最も厳しい形状に

けれども、もしこれを読む人が僕たちの旅の過程に少しでも共感 するなら、サーフィンにまだ残された可能性を見出すことができるか もしれない ──どこか遠くの、新しい水平線と海の怪物に満ちた場所 で、退屈な日常の向こう側にある何かを経験することが。冒険心は貿 易風よりも高く舞い上がり、波に乗ることは地平線の彼方を探索する ひとつの手段でしかない。その旅の過程で得られた質素なキャンプの 食事や、世界の果てで1日中サーフィンをしたあとの夜に交わす会話 が、何事にも比較できないほど貴重な体験なのだ。

まで変化していったかのようだ。僕たちはこの小さなキャンプで新た な覚醒を経験し、いま直面している課題だけでなく、遥か彼方の問 題についても語り合った。

ピート・ギアルはイギリスのコーンウォールの吹きさらしの海岸から、

3 人にとってこの旅は、志を同じくする者たちがヤギの糞の臭いや

『 The Surfer’ s Journal』や『 White Horses』などに定期的に寄

過熱したタープと絡み合いながら集う機会となった。サーフィンへの

稿。彼の 過去のサーフ探 検には、スコットランドのケープ・ラスで

情熱と、ストーリーを記録して語ることへの熱望はもちろん、ときに

NATO の軍事演習の砲撃をかわしたり、オーストラリア西部沿岸の

は語らないストーリーも意図的に残しておくという、より深い哲学的

「ケープ・トゥ・ケープ・トラック」の約130 キロメートルをサポーター

なやり方も共有している。それは探求と秘密の存在を信じているか

12 ページ(上) :近くの村まで乗せてあげるという 申し出を受け入れる 2 人の地元漁師。これほど 辺鄙な場所にいると、助け合うのは旅人の礼儀。 Al Mackinnon

なしでトレッキングするといった経験もある。

12 ページ(下) :古代の場所で得る現代の安楽。 ヤギ飼いがかつて身を守った、その空間で昼寝をし、 ポイントの絶え間ない潮流と風との次なる闘いに 備えて充電するグレッグ・ロング。 Al Mackinnon

14 〜15 ページ:キャンプから 3 キロ歩いたところで、掘れ上がる ライトハンドのスラブに突っ込むグレッグ。地球上で最も人里離れた 海岸線にあるサーフスポットのひとつに出会うという、最高の報酬 が現実となった瞬間。 Al Mackinnon

13


文 by マット・スクナージ

深みの 限界まで 2019 年 1月初旬、ペイジ・アルムスはマウイ島の自宅でワールド・

ペイジは自分のターコイズブルーとイエローの 9' 4" を貸し、そこまで

シップ」の興奮から覚めずにいた。大会は風が吹き荒れ、海面は分厚

の道案内を買ってでた。ジムでトレーニングを重ね、 〈ビッグウェーブ・

い 50 フィート(約 15 メートル)級のセットで幕開けした。女性の大会

リスク・アセスメント・グループ〉の安全研修を受け、慎重に、より大

史上、最も大きく最も危険な波であることは間違いなかった。31歳の

きな波へ、より大きなボードへ、と段階を上げていく。6 か月後、ペイ

ペイジは準決勝でその1本に乗ったが、あとの 2 本は頭の真上に食ら

ジはアニーの準備が整ったと感じた。

い、ボードを折って太腿の裏の筋を痛めてしまった。その 6 週間後、 「ペ アヒ」としても知られるこの有名なビッグウェーブのスポットには、北 西のスウェルの名残りがやっと寄せているぐらいで、貿易風は静まると の予報だった。ペイジはオアフ島にいるケアラ・ケネリーとビアンカ・ ヴァレンティに電話をかけた。彼女たちは「ジョーズ」の大会で一緒に 戦った仲間である。 「私たちは皆、大会のトラウマが何かしら残ってたのよね」と、ペイ ジは語る。 「だから『ねえ、もし何も用事がないなら、何日か一緒に過 ごさない? ほら、前から話してた女の子のこと覚えてる? 彼女も誘い たいと思ってるんだ』って伝えたの」

午前 7 時にペイジの自宅で待ち合わせた彼女たちは、ジェットスキー の装備を整えた。30 分後にパドルアウトするころには、波は 10 〜15 フィート(約 3 〜 5 メートル)まで上がっていて、十分に「ジョーズ」の 基準を満たすサイズになっていた。海面はガラスのように滑らかで誰 もおらず、ペイジ、アニー、ケアラ、ビアンカで午前中のほとんどを占 領し、セットの合間にはおしゃべりまで楽しむことができた。ペイジは アニーに大会でセット待ちをする場所を教えるため、100 メートルほ ど沖まで連れて行った。 アニーが方向を確認していると、次の波が迫ってきた。スポットにい たのはペイジだったが、彼女はアニーを推した。 「ゴー、ゴー、ゴー!」

その女の子とは、当時 17 歳にして万能オーシャンアスリートのア

アニーもためらわずに 9' 4" を即座に方向転換し、突っ込んでいく。立

ニー・ライカート(現在 18 歳)のことだった。マウイ島はさまざまなマ

ち上がり、膝を内側に入れ込んで、真っ青に広がるフェイスのハイライ

リンスポーツを楽しめることで有名だが、アニーはマウイの内陸にある

ンを保っていく。アニーが肩越しに振りかえると、方向転換したペイジ

プカラニで生まれ育ち、彼女とペイジはホオキパ海浜公園の海やハイク

が波に向かってパドルしていくのが見えた。2 人はチャンネルまで乗り

近辺のジムでよくばったり会っていた。 「マウイは小さな島だから」と言

切ると、ビアンカとケアラの叫び声に応えるようにボードを蹴り、水の

うのはアニー。 「ペイジのことはずっと知ってたけど、私にとってはひそ

深みへと飛び込んだ。

かに尊敬する憧れの先輩っていう存在でした」 年齢差にもかかわらず、 マウイのノースショアで一緒にサーフィンやフォイルサーフィンを楽しむ うちに、彼女たちが友情を築くのに時間はかからなかった。

「マウイには尊敬するサーファーがたくさんいます」と言うのはアニー。 「カイ・レニーやイアン・ウォルシュもそうです。でも彼らとペイジの違 いは、私はペイジをすべての面において尊敬しているということ。彼女

幼いころのペイジはおてんば娘だった。背が高く、自立心が強かっ

の姿に自分の目標が見えるんです。男の人たちには、私とは違うやり方

た彼女は 10 歳のときに独学でサーフィンをはじめ、ほとんどの時間を

があります。ペイジは証明してくれます。サーフィン界に芽を出す若い

ビーチで男の子たちと一緒に過ごした。 「10 代の女の子がマウイで育

女の子たちにも、それが可能だと」

つのは大変だったわ」とペイジ。 「男の子のなかには本当に意地悪なヤ ツもいたし、自分で自分を守らなきゃいけなかったから、鎧を身につ けているような感じだった」 しかし誰もが意地悪だったわけではない。 15 歳になった彼女に 9' 0" を貸し、マウイのアウターリーフまで連れて いってくれたのはシェイパーのクリス・ヴァンダーヴォートだった。その とき何度か波に叩かれながらも病みつきになってしまったペイジは、3

今年の冬、カリフォルニアからマウイに移住した 20 歳のイジー・ゴ メスも彼女たちの仲間入りをした。 「若い世代の子たちが、たとえコン ディションが最悪でも海に出ようとする情熱が、私にもとても刺激にな るの」と言うのはペイジ。 「彼女たちを手助けするだけじゃなく、彼女た ちについていくために、自分も上達しつづけないとね」

年後にはジェットスキーに引かれて「ジョーズ」に挑んでいた。さらに

編集後記:彼女たちのチームワークの成果が実ったようです。2019 年

10 年後の 2016 年には、ワールド・サーフ・リーグが「ジョーズ」では

12 月の「ジョーズ・ビッグウェーブ・チャンピオンシップ」では、優勝した

じめて女性のために開催したビッグウェーブ・チャンピオンシップで優

ペイジにつづいて、アニーは 3 位に入賞しました。

勝。次のシーズンも優勝した彼女はこう語る。 「私の面倒を見てくれる 人がいなかったら、ビッグウェーブの世界に足を踏み入れることはな

16

だから 2018 年、アニーが「ジョーズ」に挑戦したいと言ったとき、

サーフ・リーグの「cbdMD ジョーズ・ビッグウェーブ・チャンピオン

マット・スクナージはカリフォルニア州サンタクルーズ出身のライター/

かったと思う」

エディター。

17ページ:ペイジ・アルムスから借りた 9' 4" で、「ペアヒ」の高さと深さの限界に挑む 18 歳のアニー・ライカート。マウイ Erik Aeder

18 〜 19 ページ:ペイジは 15 年間のさまざまなアルバイトのひとつとして、他の人のボード の修理を生活費の足しにしていた。このごろは、彼女が作業場にこもるのは自分のボードが 壊れたときだけ。マウイにある「SOS シェイプス」の工房にて Amanda Beenen Cantor


「 私の面倒を見てくれる 人がいなかったら、 ビッグウェーブの世界 に足を踏み入れること はなかったと思う」と、 ペイジは言う。


誉れ高き ヘニョ

「長いあいだ母親になることを後回しにしてきました。将来の自分のキャリアに 確信がなかったから。世に知られるアスリートとしての機会をなくしてしまうので はないかと不安だったんです。社会は母親業のものすごさを理解していないと思 います」 キミ・ワーナーが懸念するのももっともだ。15 年以上にわたり目覚ましい経歴 を積んできたマウイ育ちのフリーダイバーは、あらゆる大陸と海洋へスピアフィッ シングに出かけ、パタゴニアを含む十数のスポンサーを獲得しながら、ナショナ

文 by アーチャナ・ラム

ル・スピアフィッシング・チャンピオンシップで優勝も果たした。職場は海で、 仕事の道具は自分の体とスピア、そして何よりもリスクを受け入れる覚悟が必須 条件だ。しかし昨年 39 歳で妊娠したとき、家庭と仕事を両立させながらキャリ アを積んでいくことへの不安は、ほかのワーキングマザーとまったく同じだった。 そしてキミにとって、フリーダイビングは決して譲れないものだった。 「ダイビングは私そのもの」とキミは言う。 「海にいるときがいちばん落ち着くし、 息をするために、つまり生きるためにフリーダイビングが必要なんです。でもお 腹に子どもが宿って周囲を見わたすと、フリーダイビングをしている妊婦はいな

20 ページ:海藻の根元を縫い進みながら サザエを見つける方法を、キミに正確に 教えるヘニョ。 Nicole Gormley

21ページ(上) :キミを姉妹のように温かく受け入れる 「海の女」たち。彼女たちのあいだでは、ダイビングと 妊娠の両立はめずらしいものではない(大変なのは フィンを付けることだけ)。 Nicole Gormley

21ページ(下) :ヘニョの文化は少なくとも 17 世紀に遡る。 しかし産業化した漁場の増加と都会生活を求める子ども たちとともに、これらの海女たちは最後の世代になると 考えられている。 Justin Turkowski このエッセイに関するすべての写真は、韓国のチェジュ島で撮影。

20


「 私の言っていることが わかると、みんな笑い はじめて、 『オッケー、 オッケーよ! 妊娠中 の素潜りで大変なのは フィンを付けること だけよ』と言われました」


い。ひょっとして自分の行動は正しくないのではないか、という疑問

が素潜りをつづける年齢は現在では 70 代、なかには 80 代にまで達

を抱きました 」

し、数年前には最年長者が 92 歳だったという研究者の報告もあった。

現在オアフ島に住むキミは医者に話を聞き、数々の関連記事も読

キミは仕事で北極圏、ギリシャ、ニュージーランドなど、さまざま

んだが、妊娠中のダイビングが安全かどうかを実体験で語ることが

な場所に行き、ヘニョと一緒にダイビングするためのコネを見つける

できる女性は見つからなかった。人の意見も助言とはならなかった。

のは難しくはなかった。しかしそれは実現せず、またキミもそれ以上

「ダイビングが胎児から酸素を奪っていると言われたけれど、私は水 のなかにいるときこそ自分の体と赤ちゃんに最も強いつながりを感じ るし、息を止めると胸いっぱいの酸素を感じます。私は自分を信じて いるし、水からあがるといつも、より幸せになり、より健康になった と実感します」 しかし母親であるということは何かにつけて心配するということ だ、ともキミは言う。 「ヘニョ」のことが頭に浮かんだのはそのとき だった。韓国のチェジュ島(済州島)のヘニョ(海女)は、数世紀に わたって素潜りでアワビやウニやタコなどの魚介類を採取しては、家 族や村人を養ってきた。キミがヘニョのことをはじめて耳にしたのは 15 年前、自宅で催した資金集めの夕食会で、ゲストのひとりだった 韓国人の詩人イシュリー・イ・パークが詩を朗読したときだった。そ

追求しなかった ── 妊娠するまでは。 ヘニョは基本的に、キミの疑問に対して体験にもとづいて答えられ る唯一の女性たちだ、と彼女は感じた。複雑な理由から船の上、さ らには水中で陣痛がはじまったヘニョの話をキミは読んでいた。つま りヘニョは妊娠中も素潜りをしていたということだ。 「でもどの記事 も詳細に欠けていたり、取材した記者が素潜りを理解していなかった り。私はもっと本質的に知りたかったのです」と彼女は言う。 そして昨年 10 月、その機会が訪れた。友人であり、映像作家であ り、過去に彼女と共同制作をしたニコル・ゴームリーが、チェジュ島 を訪れることについての話を再開してくれたのだ。 「人生ではじめて家にいることに満足し、昨年はニカラグア、ノル ウェー、フィジーなどをはじめ、あらゆる旅を断っていました。それ で言いました。 『じつは機会があればぜひ行ってみたい場所がひとつ

韓国社会は往々にしてヘニョを二流階級と 見なしたが、今日では、彼女たちを自給自足の 女性団体と認識することは難しくない。

あるんだけど、そこに行くならいましかないと思う』と」 その1週間後、2 人は荷造りをはじめた。 キミはほんの一瞬でもヘニョと一緒に海に入ることができればそ れでよかった。ところが、2 日間の仕事に誘われた。キミが数人のヘ ニョたちと親密に過ごしたこの旅の様子と体験から学んだことは、近 日公開の短編映画『Lessons from Jeju(ヘニョからの教え)』に描 かれている。 「ヘニョはよく取材依頼を受けたり、映画出演を頼まれたりするの

れは極めて個人的な内容の詩だった。イシュリーはかつては魚の臭い

ですが、そういうことには興味がありません。仕事があるから」と

がする家族を恥ずかしく思っていたが、チェジュ島のヘニョのことを

キミは説明する。 「でも私は妊婦だったので優しくしてくれて、私のこ

知ると、詩人である彼女のなかで何かが変わった。彼女は自分の生

とをハワイのヘニョと呼んでくれました 」

い立ちに、そして魚の臭いがする家庭に誇りをもつようになった。

トクとは海辺にある石壁の建物で、ヘニョが道具を吊るし、入浴し、

せんでした」と、キミは説明する。 「ダイビングで食料を得て家族を養

食事をし、仮眠を取る場所だ。より長い時間をともに過ごそうと、夜

う海女に敬意を払うこの詩を聞いて、彼女たちのことをもっと知りた

明け前にやって来るヘニョもいる。

くなったのです」 「海の女」を意味するヘニョの歴史は少なくとも1629 年に遡る。

「私の出身地では、妊娠中にダイビングするのは賢明ではないとい うのが定説なんです」英語から韓国語、そして韓国語からチェジュの

しかし素潜りというこの過酷な職業を、400 年前にどのように女性

方言へと 2 人の通訳を介して、キミはヘニョたちに伝えた。 「私の言っ

が引き継いだかは明らかでない。17 世紀に戦争に出兵する夫に代わ

ていることがわかると、みんな笑いはじめて、 『オッケー、オッケー

り、妻たちが乗り出さざるを得なかったという説もあれば、大日本帝

よ! 妊娠中の素潜りで大変なのはフィンを付けることだけよ』と言わ

国による韓国併合で男性に課される税金を避けるためだった、という

れました」

話もキミは聞いた。また女性の方が冷水に強いという必然性を理由 に挙げる人もいる。 韓国社会は往々にしてヘニョを二流階級と見なしたが、今日では、 彼女たちを自給自足の女性団体と認識することは難しくない。ヘニョ

23 ページ:キミ・ワーナー(左上)と 3 人の熟練の先輩たち。ムン・ボクフイ(右上)、 ヤン・ヨンスク(左下)、ムン・ボクスン(右下)。 Nicole Gormley 22

初日がはじまったのは午前 8 時。ヘニョのブルトクでだった。ブル

「私のような女性フリーダイバーが世界のどこかにもいるとは知りま

ブルトクから出て小舟に乗り、いよいよ 5 時間ノンストップの素潜り がはじまった。キミはかつて自分の英雄的人物に出会ったもののそれ が期待外れに終わるという経験をしていたので、ヘニョが記事や論説 どおりのダイビングをしなかったとしてもかまわないと覚悟していた。


24 ページ(上) :現代のヘニョたちにとっては、サポートなしで 5 時間 ぶっつづけのダイビングはたんに日課でしかない。 Nicole Gormley 24

24 ページ(下) :過酷な労働は素潜りだけでは終わらない。収獲物 を集め、市場に出す準備を整えるヘニョたち。 Nicole Gormley


「とにかくすごいんです、遅れずについていくことすらできませんで した」とキミは語る。 「たとえ地面の上で足を引きずっているような人 でも、海に入った瞬間、まるで海洋生物か海軍特殊部隊になったか のように変わるんです。離岸流のなかを水深 12 メートルまで潜り、1 分間ものすごく精力的に動きつづけます。私には昆布棚の合間から フィンが見えるだけ。するとヘニョは両手いっぱいのサザエを網に 入れて水面に浮上し、またすぐに潜ってそれを繰りかえします。魚が 寄ってくるのを待ちながらゆっくり動くのが私のスタイルですが、ヘ ニョを見て、それがすばやい動きでもできることがわかりました 」 海面に出るとイルカの群れのような音が聞こえた。キミはそれが 「スンビソリ」という、笛のように響くヘニョの呼吸法だと気づいた。 彼女は『The Island of Sea Women』という小説でこのことについ て読み、その朝ヘニョたちにも質問していたのだった。 「上唇を出して口をすぼめて息を吸い、甲高い音を出しながら息を 吐くのです。水のなかでこれをするヘニョの表情は安堵に満ち、まる で疲れを吐き出して次の潜りのために燃料を補給しているような感じ。 大勢がそれぞれの音調と音高で同時にしているのを聞くと、ちょっと 奇妙ながらも美しいコーラスに聞こえます」 ヘニョは船に戻るとすぐに、それぞれが 30 キロ近くも採取したサ

それは家族を養うためにやるべきことをやるという、彼女たちの強さ の象徴でもあります。海がヘニョにこの力を与えるのです」

ザエを販売用と自宅用に選り分ける。 (ヘニョは種類ごとに収獲期を

ヘニョの話から、キミは子どものころを思い出した。マウイ島の低

設定し、休漁中にそれらがまた増えるようにしている。この時期はサ

所得階層の家庭で育ち、父親は食卓に食べ物を並べるためにスピア

ザエの収獲期だった。)そしてブルトクに戻り、大きな声で会話や笑

フィッシングに行った。だからキミが 24 歳でスピアフィッシングをは

いを絶やすことなく温かい食事を分かち合う。長年の素潜りは彼女

じめたとき、父親の最初の反応は落胆だったことを覚えている。だが

たちの耳を傷め、聴力を低下させてきた。

それもスピアフィッシングが彼女に与えた喜びと知名度を目にして変

「昔からヘニョを下層階級市民だと見下す人がいても、彼女たちは 笑い飛ばします。ヘニョであることにプライドをもっているから。自 分の手でお金を稼ぎ、自分と家族を養う強い女性、という自覚があ

わった。 「父は私が彼の才能を受け継ぎ、現代的なハイブリッドのス ピアフィッシングを生み出したことを理解してくれたんです。雑誌に 私の姿を見たのも嬉しかったみたい」とキミは笑う。

るんです。そしていつでも支えてくれる仲間がいる。そこが私にとっ

キミにとって、昔ながらのスピアフィッシングは、ハワイに古代か

てはとくに魅力です。 『そんなのなんでもない』という気質ですね。そ

ら伝わる仕組みの「アフプアア」と一致する。土地を山から海へと縦

の態度をこれほど痛快に感じたことは、いままでありませんでした 」

に区分し、それぞれの区域がその地方の食べ物を分かち合いながら

しかしキミが出会った女性たちは、ヘニョの最後の世代になると考

大きな共同体を支えるのだ。ヘニョとの体験と父親とのフィッシング

えられている。1960 年代には 26,000 人以上いたヘニョは、2015 年の時点では 4,000 人余りに減った。存続に向けての努力もあり、 2006 年にはチェジュ島にヘニョ博物館が開館し、2007 年には学校

の思い出は、その土地のものを必要な分だけ採取し、生態系の責任 ある一部として生きることがいまもこの世界に存在することを、キミ に気づかせてくれた。

が設立され、2016 年にはユネスコの「人類の無形文化遺産の代表

「まったく昔のままというわけにはいかないけれど、この価値観は

的な一覧表」に加わった。しかしヘニョの伝統は10 年以内に消えて

まだ繁栄する可能性があります。共同体が互いに助け合い、その資

しまう可能性があると研究者は予測する。産業規模の漁業に場所を

源とつながるようにして、自然は成り立っている、ということだと思

追われ、子どもたちは都会での仕事を求めるようになり、気候変動

います」

は急速に捕獲高に影響を与えている。そして伝統を残したがらないヘ ニョもいる。 「『子どもたちはわざわざ苦しまなくていい。私たちは他に選択肢が

キミ・ワーナーのヘ ニョとの 体 験を記 録した短 編映画『 Lessons from Jeju(ヘニョからの教え)』は、patagonia.jp/surfing で公開。

なかったからヘニョになっただけ』と言う女性もいました。私はもの ごとを過度に美化しないようにしています。お米もなくコーヒーもな

アーチャナ・ラムは旅行、健康、食、持続可能性などを扱うジャー

く、布おむつを洗うきれいな水もなく、必要な物資を求めて船で別の

ナリストで、 『 Vogue』、 『Condé Nast Traveler』、 『 Fodor’ s

島に行ったという辛い日々の話も聞きました。厳しい現状です。でも

Travel 』、 『AFAR 』などに執筆歴をもつ。

25 ページ:志を同じくするヘニョたちと、ブルトク(ヘニョが海での仕事の 前後に集う場所)で食事をともにするキミ・ワーナー。 Nicole Gormley 25


ウェットスーツ を選ぶ。

26

石油

石灰岩

ネオプレンが開発されたのは1930 年。使われているのは、 原油から精製された有毒な石油化学物質です。現在の ネオプレンも、最初のウェットスーツが製造された 1950 年代から基本的に変わっていません。

ネオプレンの基礎原料として石油に代わるのは石灰岩ですが、 これも再生不可能な資源です。よく環境的に安全とみなされる ことがあるものの、その採掘は困難なうえに有害です。採掘後、 粉砕や溶鉱炉で摂氏1982 度以上に熱する工程では、 大量のエネルギーも使われます。


サーフボードは1952 年以来、 大きな進化を遂げました。 ウェットスーツはどうでしょう?

現在、海で目にするウェットスーツのほぼ すべてがネオプレン製です。ネオプレンとは、 1930 年にデュポン社によって開発された合 成素材です。 ネオプレン製のサーフィン用ウェットスー ツが最初に登場したのは 1950 年代初期で す。それ以降、デザインが改善された以外 には大きな変化はありません。ネオプレンは 石油または石灰岩に由来し、それらの原料 を伸縮性ポリマーに変えるために大量のエネ ルギーが使われます。石油掘削や露天掘り 鉱山が与える環境への影響については、言 うまでもありません。 かねがねネオプレンの代替素材を探して いた私たちは、飛行機のタイヤや手術用手 袋に使用される天然ラバーで実験をはじめま した。そして 2016 年、パタゴニアは約 10 年にわたる開発を経てすべてのウェットスー ツを、従来のネオプレンに勝るとも劣らない 伸縮性を備えたヘベアの木から抽出した天 然ラバーに切り替えました。現在パタゴニア のウェットスーツの素材はスリランカの高地 の森にあるヘベアと茶の農園から供給され ており、この森はまた数種の絶滅危惧種の 保護区の役割も果たしています。次のウェッ トスーツを選ぶときに考慮していただくとよ

天然ラバー

いかもしれません。

パタゴニアはネオプレンをユーレックス天然ラバー * に置き換える選択を しました。これはヘベアの木から抽出される再生可能な原料であり、その 木々は生涯にわたって二酸化炭素を吸収します。農園はレインフォレスト・ アライアンスによる FSC ®(森林管理協議会)認証を受け、その木々が 森林の健康を失わない方法で栽培されていることが保証されています。 * ユーレックス天然ラバー 85%/合成ラバー15%(ポリマー含量)

27


天然の原料から生まれた 自然を超えたパフォーマンス。 軽量で伸縮性に非常に優れたパタゴニアのユーレックス・スプリングスーツは、フェアトレード・サーティファイドの縫製とヘベアの木 から採取された天然ラバー * を採用。従来のネオプレンの製造過程に比べて二酸化炭素の排出量を最大 80%も削減しています。機 能性を最大限に高めながら悪影響を最小限に抑えるこのスーツは、朝は沸き立つサウススウェルに乗り、午後は風でカイトを飛ばす 夢のような夏の日々のごとく、よいとこ取りです。 ウィメンズ・R1 ライト・ユーレックス・ロングスリーブ・スプリング・ジェーン ¥23,100(税込) I 88509 I 2-10/偶数サイズのみ * ユーレックス天然ラバー 85%/合成ラバー15%(ポリマー含量)

ユーレックス・ウェットスーツ 29 ページ:太陽とサウススウェルをたっぷり浴びるレア・ブラッシー。 メキシコ本土での典型的な美しい 1 日がまたはじまる。 Laurent Masurel 28


文 by アダム・スコルニック

ネットで プラス

廃棄されたプラスチックの 漁網がどのようにして パタゴニアの帽子の つばになったのか

毎年、800 万メトリックトン以上ものプラスチック廃棄物が海に流出

当時ネットプラスは、ほぼすべてがおもにチリの水産業界で使用さ

します。プラスチックは座礁したクジラや季節によって移動するアホ

れてきたナイロン製(世界中のほとんどの場所で主原料とされている

ウドリの体内にも見られ、また深海底堆積物や北極の氷床コアでも

ものと同じ)の網で作られていましたが、ミシンを使用するそばから

見つかっています。海に存在するプラスチック粒子の数は夜空の星の

針が折れました。さいわいにも、南米の漁師は高密度ポリエチレン

数を上回ります。この問題の最大要因のひとつにあるのが水産業です。 (HDPE)製の漁網を使うこともあり、これは通常パタゴニアの帽子 破損した古い漁網は船から投げ捨てる、というのが数多くの理由 から何世代にもわたる慣習で、廃棄された網は現在世界の海洋プラ スチックの総体積の10 パーセントを占めています。しかしこうした網 にはじつは、再利用の方法がまだたくさんあります。 「網の寿命は使用方法によって 2〜 3 年ですが、その役目が終わっ ても素材自体には大きな価値が残っています」と言うのはケヴィン・ エイハーン。2012 年、ケヴィンは友 人の ベン・ネッパーズとデイ ヴィッド・ストーヴァーとともにこの価値あるものを収集し、その過 程で、海洋プラスチック汚染を削減する方法を考えはじめました。 そして 2013 年、3 人はチリ政 府の助成金を受け、網をスケート ボードの材料に変えるためにチリ国内に店を出しました。彼らはこ の会社を、チリの先住民族マプチェの言葉としてよく知られている、 「波」を意味する「ブレオ(Bureo)」と名づけ、さっそく網を譲ってく れるよう漁師たちに働きかけました。集めた網は貸し倉庫に保管し、 手作業で洗浄して切り刻み、それらをリサイクル業者と契約して溶解 処理し、ナードル(プラスチック製品の原料となる小型ペレット)にし ました。彼らはこの素材に「ネットプラス」という商標をつけ、1年も 経たないうちに最初のスケートボードを発売しました。つづいて 2 番 目のボードも完成したものの、製造も販売も軒先にある網の量には

のつばに使うポリマーと同じ原料でした。ブレオがネットプラスの原 料として HDPE 製の網を使いはじめると、ミシン針は折れなくなりま した。集めた漁網のひとつひとつから、ブレオでは100%リサイクル されたプラスチックを生産することができ、そのプラスチックは第三 者機関によって認証済みで追跡可能です。 そこで、南米を拠 点としているベンがアルゼンチンの主 要漁 港 であるマル・デル・プラタに行き、地元の漁網製造業者モスクーサ (Moscuzza)と取引契約を結びました。モスクーサの古い漁網は 1 ポンドあたり約 20 セントでブレオに売られることになったとのこ とで、こうした網に第二の命を与えるきっかけと基盤が同時に生ま れました。またチリの 25 か所以上の漁場でも、ナイロン製および HDPE 製の漁網の製 造業 者と似 たような取引をまとめ、さらにペ ルーの10 か所あまりの漁村に漁網を供給する製造業者とも提携して います。 廃棄物を新しい原料の源と見なすことは循環経済の核心とも言え ますが、それを実践する産業はほとんどありません。 「ひとがモノを 捨てるのは、価値がなくなるからです」と、ベンは語ります。 「モノ に何らかの価値を見出すことができれば、それはゴミではなくなり ます」

追いつきませんでした。 小売ではさばききれないほど大量の原料を抱え込んだブレオは、

アダム・スコルニックはスポーツ、アドベンチャー、旅行、環境、人

自社製品を製造することから、すでに定評のあるブランドとパート

権問題を取り扱うライター兼ジャーナリストで、 『The New York

ナーを組むことに方向転換しました。そして 2016 年、パタゴニアは

Times』、 『Longreads』、 『Lonely Planet』などのさまざまな出

トラッカー・ハットのつばに使用するバージン・プラスチックからの

版物に執筆する。

切り替えを目指してブレオとの協働をはじめました。

31 ページ:この船に積まれているような古い漁網は、海洋プラスチック汚染の要因の ひとつとなっている。チリ、タルカワノ Jürgen Westermeyer 30


ET S N 網から帽子へ


TO

S H AT

海洋汚染に頭から挑む。

私たちはこの 5 年間、ブレオ社を支援し、リサイクルされた漁網を100%使用する「ネットプラス」とい う丈夫な素材の開発をしてきました。捨てられた漁網は海に漂うプラスチック廃棄物の総量の推定 10%を占めるため、現在このネットプラスをパタゴニアのトラッカー・ハットのつばに使用していること を誇りに思います。今年の使用量で換算すると、海からの約 32トンの廃棄物を再利用したことになり ます。小型トラック 35 台分もの廃棄された網がビーチを汚染し、海洋生物に危害を与え、食物連鎖に 混入することを防いだのです。

™

イラスト by Jolby


喜びの ムーナ

近年のサーフィン界に存在する「なんでも乗る」という趣向には、や や語弊があるかもしれない。実際は、 「サーフボードならなんでも乗 る」という意味だから。でも波がフラットだったり、風で荒れていた りすれば、それも大した意味はなくなる。さいわいにも、最近その定 義は広がりつつある。まもなく26 歳になるムーナ・ホワイトは 10 年前にカイトサーフィンを学んだが、その後すぐにショートボード、ロ ングボード、フォイルボードまで乗りこなすようになった。 「海が投げかけてくるさまざまなコンディションから、自然に選んで いるんです」と、ムーナは語る。 「私にとっては別々のスポーツではな く、どれもサーフィンなんです。そのおかげで、波がどんな状態であ ろうとも、海を楽しむことができます。どんなに混んでいても、どれ だけの時間でも」

36


「 私にとっては別々の スポーツではなく、 どれもサーフィンなんです」


38


「 カイトでは尽きること のない波を、フォイル ではスウェルの動きを 感じることができ、 ロングボードは波の グライド感を楽しませて くれます」と、ムーナは 言う。 「技術があれば、 すべての垣根を超えて、 私のサーフィンの 総合的な経験に役立ち ます。でも何よりも、 まさに海で遊ぶ機会を 増やしてくれるという ことですね」

34 〜 35 ページ:このフィジーでのムーナ・ ホワイトのように、通常ならサーフスポットでは ない場所でも、正しい道具があれば呼び水を つかまえることができる。 Stu Gibson 36 ページ:「オッシーズ・レフト」でフォイリング。 インドネシア、スンバ Charles Jason Wolcott 37ページ(上) :スンバで「なんでも乗る」という 趣向の解釈を拡大。 Charles Jason Wolcott 37ページ(下) :「スカー・リーフ」でいつも なら昼寝の言い訳になるはずの午後の風も ギアの取り替えを招くものとなる。 インドネシア、西スンバワ Rachel Harris 38〜 39 ページ:地元のノースショアで、 何もないところから何かを作り出すムーナ。 オアフ Andrew Agcaoili

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ノースリップ・ ナノグリップ

私たちが開発したスイムスーツの裏地は、どんなところでもずれま

肩の動きが妨げられました。それで、サーフィンには肩から背中にか

せん。

けてストラップが動く余裕をもたせなければならないことに気づき

いったん身に着けたらその存在を忘れてしまうのが、最高のスイム スーツ。まるで第二の皮膚のようにぴったりとフィットして、体の自然 な動きに合わせてライディングにお供してくれるもののことです。女 性によって女性のためにデザインされたこのスーツを過去最高の仕上 がりにするにあたっては、パタゴニアの女性アンバサダーとフィールド テスターからの意見が盛り込まれ、愛情と努力もたっぷりと注ぎ込ま れました。 デザイナーたち自身もウォータースポーツを愛する女性です。水着 の良し悪しは他人事ではありません。股に食い込んだり、ストラップ がずり落ちたり、胸が横からはみ出したりといった実体験はもちろん、 特定の体形にしかフィットしない、荒波に耐えられないといった、ス イムスーツにまつわるありとあらゆる苛立たしい経験をしています。 ずり落ちないストラップと動きやすさを重視したデザインの組み合 わせに加えて、パタゴニアの最もテクニカルなスタイルの基盤となっ ているのが「ナノグリップ」と名づけられた、革新的な混紡素材の裏

ました 」 この裏地の戦略的な配置は、最終デザインに大きく影響しました。 ローラはつづけます。 「ナノグリップは適所に使用することが非常に 重要だとわかったので、次のバージョンではストラップの前側には裏 地を残し、背中側からは取り除きました。このデザインのおかげで、 パドリング時はしっかりとフィットしながらも、必要な動きやすさを妨 げることはありません」 アンバサダーたちとのナノグリップ・スーツのテストは、カバー範囲 を最小限に抑えたパタゴニア初のソングのデザインにもひらめきを与 えました。 「波に打たれたとき、スーツが食い込んでしまうことがあるんです」 と、デザイナーのアリエル・ビショップは笑います。 「だから、その要 因となる生地を取り除くという単純な解決策を採用して、ナノグリッ プ・カットバック・ボトムが生まれました 」 ビキニのトップとソングだけがストーリーのすべてではありません。

地です。この特殊な素材はソフトな肌触りながら微視的なレベルの

異なる体形に合わせてさまざまなスタイルとカバー範囲から選べる高

質感を備え、従来の繊維よりも格段に広い表面積を提供します。水

性能のスーツを望むアンバサダーたちの期待に応えて、現在では誰も

に濡れると表面のグリップ力が高まり、水中での体への密着を促進

が選ぶことができるよう、サイズとフィットを取り揃えました。さら

します。ところがデザインチームが新しいトップの試作品をハワイに

に彼女たちからの要望でナノグリップ・ボトムの 2 製品には、メンズ

持っていき、友人やアンバサダーたちにテストしてもらうとすぐに、何

のボードショーツのように、車の鍵を収納できる小型ポケットを付け

かが機能しすぎるなんてこともあるのだということが発覚しました。

ました。

「トップにはストラップも含めて全体にナノグリップの裏地が付いて

こうしてあらゆる細部にまで綿密な注意を払った結果、パタゴニア

いました」と振りかえるのは、パタゴニアのウィメンズ・サーフ製品ラ

のアンバサダーやウォータースポーツを愛する世界中の女性たちの最

インのディレクターであり、毎日のようにサーフィンもするローラ・キ

も重要なニーズを満たすコレクションが誕生しました。好みのスタイ

ンマン。 「するとストラップのグリップ力が強すぎて、パドリング時の

ルや水の楽しみ方が何であろうと、どこでも活躍します。 41ページ:スイムスーツのテストに重要となるのは水力学だが、ときには空気力学が関わる ことも。国境の南のビーチブレイクで、砂だらけになって終わる前に泡立つ最後のセクション から飛び出すレア・ブラッシー。 Laurent Masurel

40


誰にとっても変わらない海。 同じ海で遊ぶからといって、誰もが同じ体形をしているわけではありません。だから私たちはさまざまなスタイ ルとフィットを採用し、これまで以上に多様なスイムスーツのコレクションを作りました。そのうちのひとつ、ナ ノグリップ・カットバック・トップとナノグリップ・ボトムは、渦巻く波の中でも優れたグリップ力を発揮するテク ニカルな裏地を備え、体の動きに合わせて伸縮するようデザインされています。洗練されたシルエットは水の抵 抗を抑え、トップのストラップはどこに飛び込んでいこうともしっかりとフィット。パタゴニアの他のビキニやワ ンピース同様、フェアトレード・サーティファイドの縫製を採用しています。 ウィメンズ・ナノグリップ・カットバック・トップ

ウィメンズ・ナノグリップ・ボトム

¥10,450(税込) I 77405 I XS-XL

¥9,130(税込) I 72217 I XXS-XXL

ナノグリップ・スイムウェア 42 ページ:「神々の島」に敬意を表すベリンダ・バグス。 インドネシア、バリ Tommy Schultz 43


文 by ガブリエラ・アウン

ありきたり ではない 大会

イアン・ウォルシュには完璧なサーフィン大会を実現したいという夢 がありました。 会場にはダンクタンクやバウンスハウスやゲーム露店が立ち並んで います。参加者はキャンバスに描いた絵を誇らしげに展示したり、自 分たちで料理をしたり、世界に名だたるシェイパーからサーフボード の作り方の基礎を習ったりします。岸からすぐのところでは、沿岸警 備隊がヘリコプターから飛び降りて水難救助の演習を披露します。イ ベントの随所にはハワイの文化が織り込まれ、伝統的な投網やレイ作 り、ダンスやドラムのパフォーマンスなどが見られます。そのすべては 無料で体験できます。そしてもちろん、サーフィンも。 これがイアン・ウォルシュの「メネフネ・メイヘム」。年に1度マウ イ島のホオキパ・ビーチで開催される子どもたちのための大会です。 そして「メイヘム(大騒動)」というその名のとおり、350 人もの若き サーファーたちがホオキパに集まる毎春のこの 2 日間は、サーフィ ンの大会というよりはお祭りを思わせます。 「子どもたちにとっては、 ビーチで過ごす最高の週末です」と言うのは、同じくマウイ島出身で あり大会の審査員でもあるペイジ・アルムスです。 2003 年に「メネフネ・メイヘム」を創立した当時のイアンはまだ

「なかには、年に1度しか行われないこの大会が、オール A の成績 へのモチベーションとなる子どももいるんです」とペイジ。けれども、 それはたいていきっかけに過ぎません。 「最初は大会のために学校で 良い成績を取ろうとするんですが」とイアンはつづけます。 「そのうち 大会はさほど重要でなくなり、たんに学校でがんばりたくなるんです」 また「メネフネ・メイヘム」は、子どもたちに環境へのフットプリン トを削減する気を起こさせます。150 人の子どもたちによるゴミ拾い 競争はビーチ清掃を兼ねる一石二鳥の企画で、参加者全員には再利 用可能なボトルが配られ、ビーチの給水所で補給できるようになっ ています。さらに傷んだウェアを持参すると、パタゴニアの Worn Wear チームが修理してくれます。 「子どもたちに再利用可能なウォーターボトルを使うことの誇りを感 じてほしいんです。ゴミを拾って、自分の故郷を大切にすることにも、 誇りをもってほしい」とイアン。 「そうすれば将来彼らが僕たちの地域 の指導者になったとき、次の世代にも引き継いでいけるでしょう」 イアンも幼少時代、 「マカハの女王」ことレラ・サンによってオアフ 島で創立された子どもたちの大会、 「メネフネ・サーフィン・チャンピ オンシップ」の競技に参加していました。

19 歳でした。故郷の島であるマウイに恩返しをしたかった彼は、自

「アンティ・レラのイベントは、かけがえのない体験でした」と彼は

分にとって最も重要な大義 ── 学業と環境問題 ──で、子どもたちの

語ります。 「自分が住む場所とそこにいる人たちに対して寛大になり、

意欲を駆り立てたいと思いました。 「自分が 9 歳だったころを思い出

大切にするという風潮を、彼女自身が作り出していました。それとは

して、理想的なイベントとは何か、どうやったら学びたいと思えるか

比べものにならないくらいわずかでいいから、僕が子どもたちのため

を考えました」と、現在 36 歳のイアンは語ります。 「子どもたちには、

にできることがあるのなら、実行したかったんです」

ただ口で言うだけではなく、見せることがとても大切なんです」 「メネフネ・メイヘム」の賞金は学校の成績が最も優秀な参加者に与

ガブリエラ・アウンは、カリフォルニア州エンシニータスを拠点とするラ イター/エディター/プロデューサー、そしてサーファー。彼女の活動の

えられ、学術、芸術、環境保護、そしてサーフィンにおける能力に長

目的は自然界を保護して、そのなかで生きることの大切さを人びとに奨

けた高校 3 年生の 4 名には大学進学のための奨学金が授与されます。

励することである。 45 ページ:高校の卒業式で総代を務めたイアン・ウォルシュは、優秀な成績とレイバックの 上達は同時に達成できる、ということを子どもたちに示したいと願う。マウイ、ホオキパ Ryan “Chachi” Craig

44


メネフネ・メイヘム

46 ページ(上) :Three Tree Creative 46 〜 47ページ(他の写真すべて) :Nick Ricca


47


最も速くダイナミックな動きのためにデザイン。 スラスター、フォイルウイング、スイムフィン……私たちのお気に入りのデザインのほとんどは、不要なかさ ばりや抵抗なしに水中を高速で進むときによどみなく機能します。それと同じことが言えるのが、ダイナミッ クなサーフィンやカイトサーフィンやボディサーフィンのために生まれたストレッチ・ハイドロピーク・ボード ショーツ。パタゴニアの高性能のハイドロ・シリーズの中で最もミニマルで、4 方向に伸縮して自由な動きを提 供する非常に軽量なリサイクル・ポリエステル 87%/ポリウレタン13%素材を使用しています。圧着型のウ エストバンドはヒップに自然に沿い、縫い目を最小限に抑えて洗練されたフィットにより、ショーツが1枚の生 地として伸縮します。フェアトレード・サーティファイドの縫製を採用。 メンズ・ストレッチ・ハイドロピーク・ボードショーツ(46cm) ¥8,250(税込) I 86696 I 28-40の偶数サイズと29, 31, 33, 35 I スリム・フィット

49 ページ:すべてはアプローチ次第。午後の貿易風のおかげでラインナップ に誰もいなくなり、その好機を利用して、掘れ上がるフィジーのバレルに滑り込む ケアヒ・デ・アボイティス。 Stuart Johnson 50 〜 51ページ:愛船は錨を下ろして沖に停め、もっと小回りのきく乗り物で カミソリのように鋭いリーフの上を旅するアンガス・スティールズ船長。ミクロネシア Damea Dorsey 48

ストレッチ・ハイドロピーク・ ボードショーツ


未踏の波

2015 年 3 月、碇山勇生はコール・クリステンセンに連れられて、は じめてワイメアの波を訪れた。その後何年も、勇生は片言の英語とた くさんの絵文字でコールに呼びかけ、彼の住む奄美大島の、台風で リーフにうねり立つ波へとコールを誘っていた。ワイメアで無限の可 能性が拓かれた勇生は、コールを指導者として、また誰も乗ったこと のない地元のモンスターを探求するパートナーとして仰いだ。 2019 年 10 月、台風19 号(ハギビス)が西太平洋沖に発生した。 僕たちは台風の影響で島に出入りする全便が欠航になる直前、何と か奄美大島に上陸することができた。トリップは時差ボケの目覚ま し時計、そしてギー(バターオイル)とコラーゲンペプチドを混ぜた ドリップコーヒーではじまった。それは僕たち流の「防弾コーヒー」 だった。コールは畳の上でヨガをし、勇生はその様子をドアの隙間か ら見ていたが、まもなくこのビッグウェーブの先輩に加わった。FCD のガンといくつかのフィンを試しながら、ウォーミングアップ的なサー

文 by コウスケ・フジクラ

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フィンを数セッション楽しんだが、ファンウェーブだった。僕たちが 来たのはそのためではない。僕たちの目的は湾の中でブレイクする分


僕たちにはジェットスキー もなければ、安全対策の バックアップもなかった。 完全に自分たちだけだった。


厚い A フレームだった。勇生は何年もこの波に目をつけてきたが、そ れに挑戦した者は誰もいなかった。入江を見渡す丘で車を停めると、 そのスポットはゆっくりと息を吹きはじめていた。 「パドルアウトして、見に行くだけいってみるか?」と、コールが聞 いた。 「チェック、チェック?」 「そうだな、一度チェックしてみよう」と、勇生は答えた。 すぐにウネリが入りはじめた。湾内で立ちはじめた波は、海岸に切 りつけながら厚みを重ねていった。ニアスのようなライトがブレイク し、反対側にはアーモンド形のレフトもできていた。3 倍にまで膨れ 上がった波は、白い泡と砂の激流を生み出していた。手前にはいく つもの岩が頭を出し、テイクオフをしくじれば罰せられるのは確実だ。 コールの手がゆっくりと上下に動いていた。この波に乗ったらどんな 感じかをイメージしているのだ。重要な最初のドロップ、ボトムター ンを決め、波に摘まれる前にハイラインまで戻れるのか。勇生は反 対側からライトをチェックしに行った。セットをいくつか見送ったあ と、2 人は岩の方へパドルして、このモンスターを真っ向から見つめ た。僕たちにはジェットスキーもなければ、安全対策のバックアップ もなかった。完全に自分たちだけだった。ようやく、コールが沈黙を 破った。 「勇生には、3 人の子がいるよな」と、彼は気乗りしない様子で言っ た。 「俺にも 2 人いる。もし俺が 20 代だったら、いますぐにこいつを やりに行ってるよ」 「そうだね、コール。残念だけど、今回は見送ろう」と、勇生は同意 した。 海から引きあげると、皆で昼食を食べに行くことにした。車の後部 座席ではコールが「ああ、あのモンスターに乗ってみたかったぜ!」と まくし立てていた。その晩、誰も乗ったことのない波の写真を眺めな がら、僕たちはまだ興奮していた。 「こいつを見たら、誰もがため息 をつくぜ」と、コールは写真をクリックしながら言った。 「僕は臆病だね」と、勇生が振りかえった。 「ああ、俺もだよ」と言ったのは、コールだった。 「俺たちは謙虚に なったんだな。イラつくよ。プライドを捨てるのは簡単じゃない。状 況を見極めるには、ときには謙虚になる必要もある。あのときの俺 たちは間違いなくそうだった。これが台風の摂理ってやつじゃないか。 何が起こるかわからない。ボスは母なる自然で、俺たちは訪問者でし かないんだ」 コウスケ・フジクラはパタゴニアのコミュニティ・コンテンツ・マネージャー。 幼少時に本社のグレート・パシフィック・チャイルド・ディベロップメント・ センターに通った彼は、16 歳からパタゴニアの社員として働いている。

52 ページ:奄美大島北部の太平洋側で、 島の反対側の波よりも格段に魅力的な、 滑らかなレフトハンドを繊細に縫い進む コール・クリステンセン。 Hisayuki Tsuchiya 53 ページ(上) :セッション後のラーメンは、 日本ではウイスキーよりもノド越しがいい。 Kosuke Fujikura

53 ページ(下) :腹を空かせた怪物の 食道を、安全な距離をとってのぞき込む 碇山勇生とコール。 Hisayuki Tsuchiya 54 〜 55 ページ:遠くからは夢のように 誘うものが、現実には殺意を隠している ことも。この日、この波は乗られること のないままとなった。 Kosuke Fujikura

このエッセイに関するすべての写真は、 日本の奄美大島で撮影。

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波を追いつづけてきた 60 年を祝って。 パイプラインのためにみずからシェイピングしたサーフボードや、インドネシアの太陽の反射をやわらげるためにデッキに施した迷彩柄など、ジェリー・ ロペスのデザインはつねに「どこであっても最高の波に乗る」というシンプルな目的に定められていました。その取り組み方をインスピレーションの源と した私たちは、彼が自身のサーフボードに使用した機能的な迷彩柄のいくつかを拝借し、同じように機能的な高性能のサーフィン/カイトサーフィン用 ギアのコレクションを作り上げてきました。このコレクションは現在ではウィメンズのデザインを含み、独自のプリントも 4 種類に拡大。その1つである 「タイガー・トラックス」のプリントは、かつて G ランド周辺のジャングルをうろついたというジャワトラにちなんで名づけられたものです。

ウィメンズ・ナノグリップ・サンセット・スウェル・ワンピース・スイムスーツ I

メンズ・ストレッチ・プレーニング・ハイブリッド・シャツ I ¥12,100(税込) I 86205

¥19,800(税込) I 77340

メンズ・ストレッチ・テール・プレーニング・フーディ I ¥16,500(税込) I 86186

ウィメンズ・ナノグリップ・トップ I ¥9,900(税込) I 77252

メンズ・ストレッチ・ハイドロピーク・ジェリー・ロペス・ボードショーツ(46cm)I

ウィメンズ・ナノグリップ・ニレタ・トップ I ¥9,900(税込) I 77286

¥9,900(税込) I 86670

ウィメンズ・ナノグリップ・ニレタ・ボトム I ¥8,800(税込) I 72231

メンズ・ストレッチ・ハイドロフロー・ボードショーツ(48cm)I ¥15,400(税込) I 86570

ジェリー・ロペス・ コレクション 56 ページ: 「G ランド」で完璧なラインを取り、 スタイリッシュに加速するジェリー・ロペス(1992 年)。 インドネシア、ジャワ島 Erik Aeder

58 〜 59 ページ:極度の浅瀬でのスラブの深刻さを、 カジュアルなタッチで簡単そうに見せるデイヴ・ ラストヴィッチ。オーストラリア西部 Sarips

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カタログの不要な郵送 お引越しされた場合は、旧住所と新住所をお知らせください。万一このカタログが誤 配されたり、複数お受け取りになった場合、あるいはカタログ郵送の停止をご希望の方も、フリーコール 08008887-447、ウェブサイト pat.ag/cs までご連絡ください。 100%再生紙 本カタログは消費者から回収/リサイクルされた古紙 100%使用の FSC®〈森林管理協議会〉認 証紙に印刷しています。このカタログの製造には 1 本たりとも新しい木を切り倒していません。パタゴニアは 25 年 以上もカタログの印刷に再生紙を採用してきましたが、消費者から回収/リサイクルされた古紙 100%に切り替えた のは 2014 年のことです。

100% PCW

This catalog refers to the following trademarks as used, applied for or registered in Japan: Fair Trade Certified™, a trademark of TransFair USA DBA Fair Trade USA; FSC® and the FSC Logo®, registered trademarks of the Forest Stewardship Council, A.C.; NetPlus™, a trademark of Bureo Inc; and Yulex™, a trademark of Yulex Corporation. Patagonia® and the Fitz Roy Skyline® are registered trademarks of Patagonia, Inc. Other Patagonia trademarks include, but are not limited to, the following: R1™. 掲載価格の有効期限:2020 年7月31日 © 2020 Patagonia, Inc.

表紙:天国にいるかのように、故郷の海に浮かぶベリンダ・バグス。彼女が育ったオーストラリアのニューサウスウェールズのビーチは、澄んだ青い水と良い波と豊富な野生 生物に恵まれてきた。ベリンダが活動をともにする〈Save Our Coast〉はニューキャッスルを拠点とする非営利団体で、巨大石油企業の企みの公表と阻止に取り組んでいる。 ニューキャッスルからシドニーまでの沿岸部にあるビーチの半数と同様に、現在この海岸線沿いは、石油とガスの開発の脅威にさらされている。 Jarrah Lynch


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パタゴニア May Journal 2020 by パタゴニア - Issuu