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『タサッウフへの扉』 タサッウフの必要性とタサッウフ入門、デルスのやり方。 ナクシベンディーヤェ・ハーリディーヤェ コル ディヤーイヤェ・エッサーディーヤ スベスィ

Dr.M.エスアド ジョシャン 著


最も大切な仕事 私たちの宗教的な実践に結果を下される神は私たちがよいしもべであること、私た ちが疑いなく信じ、しもべのなすべきことを果たすようを望んでいらっしゃ いますが、 アッラー(c.c.)はしもべたちの行った崇拝行為のすべてをうけいれて下さるわけではあ りません。「ただアッラーの喜びを求めて行ったことの み受け入れてくださいます。こ のことは信頼できるハディースに述べられています。 ラッブ(神の御名)は私たちをお創りになり、(神が)お望みのことをお与え下さいます。 すべてかれがお与えになりました。そのため、私たちの外側の部 分、容姿や体型や 装いは気になされません。重要視しません。価値あることはそういうことではありませ ん。家系や家柄でもありません。「誰某の息子で、誰某 の家系、由緒ある家柄で、有 名などこそこの都市出身の者です。」等は、(神から見て)たいせつなことではありま せん。財産の有無もそうです。 今日、西洋の物質主義者の文化において、一番大切なことの目安になるのは、人 の外観、家柄、財産の有無です。これらは(彼らにとって)大切です。体型や 容姿が よく、アーティストやスポーツ選手になれるような外観、又はデューク家やバローン家 のような由緒正しき家系、家柄か、金持ちであることなどです。 お金はすべての扉を開けるように思われ、人は、お金に左右されて、お金に頭を下 げます。でも、アッラーはこのようなことをごらんになってはいらっしゃい ません。人の 心、魂をごらんになります。心のありかたのほうがより重要です。「ムスリムはまずは じめ、心に注意をはらうことがひつようになります。では、 心の状態、神を崇拝する行 為はどうしたらよくすることができますか?この問いが、タサッフの主題となります。 アッラー(c.c)は私たちの外観をごらんにならないのですから、私たちの顔は大切で はありません。醜いかも知れませんし、アラブ人、エチオピア人かも しれません。私 たちの顔は日に焼けて、痘痕面で、この上なく醜いかもしれません。せむしで、びっこ で、盲目かもしれません。でも、アッラー(c.c)はこ れらのこと、外観にはいっさい注意 払われません。もちろん外観の美しさも見ません。 家系家柄にも注意しません。真の品のよさ、家柄によ さをあらわすのは「篤信」とい う人格です。ムッタキーが人間の家柄となります。イスラームでは篤信がその人の家 系となります。もし誰の息子かわからない方 も、家族のことを知らない方も、篤信の 家系のものならば、品格のある紳士となりえます。 財産の有無にも注目なさいません。合法なものは蓄えとなり、非合法なものは罰せ られます。どういうことでしょうか?例えばこの食べ物はどこで手に入れま したか? 義務を果たしましたか?何に使いましたか?相応しいところにつかいましたか?さも なければ、ふさわしくないことに使いましたか?「さあ考えてごら んなさい」とおっしゃ るでしょう。非合法ならもちろん罪になり、合法なら蓄えとなります。私たちの基本的な


努めは心のありかたを、改善することです。『誠 に魂を清めるものは成功し、それを けなすものはほろびる』(91 章 9-10)という節で仰っています。ですから、私たちムスリ ムにとって最も大切な努めは 心の状態を、心の行為をよく改めること浄める事です。 すべてのムスリムにとって一番大切なことはこれです。重要なことはこのことなのです。 ですから、例外はありません。人は統治者でも、大臣でも誰でも魂(心)を清めること が義務なのです。すべての行為がアッラー(c.c)のお喜びを求め て、なされるよう注意 を払うべきです。アッラーはここにご注目なされ、このこと(アッラーの喜びを求めた行 為かどうか)を良くご存知なので魂を清めること が必須になります。これには例外は 一切ありません。指導者や大臣達は、より注意し、これを怠ってはいけません。みなさ んに必要なことですが、彼らにとって より重要です。なぜなら、もし私が間違いを犯し たら、自分自身の問題で済みます。こわがることはありません。けれども、指導者達 が間違いを犯したら、その 民衆は皆一同に、悲惨な状態に陥ってしまいます。みん なを間違った道に引きずり込んでしまいます。 親愛なる兄弟の皆様、私たちはみん な、アッラーのお喜 びを求めてアッラーが私たちを愛で給うよう、より慎重になりまし ょう。心を清らかに保ち、専心さが確固たる者となるように努力いたしましょう。心の中 をよ ぎるものをコントロールしたしましょう。ニーヤ(意思表明)を純粋に保ちましょう。 アッラーが私達にアッラーのお喜びを求めることを成し遂げさせ、迂闊さや無知さを 与えませんように。現世と来世での幸福を手にできる者の1人にしてくださいますよう に。貧しさ、機会を逃す者、独りで後悔する悲惨な者の1人となされませんように。 最も尊厳のある知識

親愛なる兄弟の皆様、私たちの先人達はとても注意深く、この仕事に取り組んでき ました。タサッウフは知識の中で最も誉れ高く最も重要です。なぜならフィ クフ(fikh 知 識)の心臓です。中心に位置する知です。クルアーンが礎(いしずえ)です。イスラーム の心髄です。預言者(S)のスンナが礎です. アフワーリ(ahvali,よく変化した状態)で す。イスラーム道徳の礎です。事象の覆いの影に隠れている本質です。ですから、こ のことに私たちみんな努 力いたしましょう。今までどこまでのぼり、人生がどこにたど り着いたか、どのくらいのことを私達はなしえたでしょう。私達は、できるだけのことを してきま した。 我等の師、メフメト・ザーヒド・ホジャはこう仰っています。人はムトマインナのナフス mutmainne nefis:何の悩みの煩わしさも、感情による錯乱も、それ以上の欲望も憂いも ない完全に満足しやすらいだ、至福に到達した最終段階の魂)に到達できたら なん とすばらしいことでしょう。到達せぬものは災いに見舞われます。」と・・・ ですからか


なえらず自我を教育することが必要です。信仰心を持たない悪を 命ずる自我から救 われ、自我をとがめる魂、アッラーから真実を示され悪を避ける自我を通過し、完全 に満足する安らぎと至福に到達した魂に達し定着できるよ う、アッラーが機会を与え てくださった(魂の成長するいくつかの)段階を、常に進み続けなければなりません。 昨日が今日と同じ者は、2日を損ねたことになり、日夜、良い行い増やしながら、私 たちの一生をアッラーのお喜びを得る為、報奨を得る為、そして、高い段階へ到達で きるように絶え間なく努力いたしましょう。 悔悟 そのため、お互い向かいあった時には、犯した罪のすべてを悔悟いたしましょう。 「アッラーよ、私たちの犯した罪をすべてお許しください」申しましょう。

Estağfirullaaah... (5-15-25 defa) el-‘azîm el-kerîm er-rahîm ellezî lâ ilâhe illâ hû... El-hayye’l kayyûme ve etûbü ileyh... Ve es’elühü’t-tevbete ve’l-mağfirate ve’ l-hidâyete lenâ innehû hüve’t-tevvâbü’r-rahîm... Tevbete abdin zâlimin li nefsihî lâ yemlikü li nefsihî mevten ve lâ hayâten ve lâ nüşûrâ... Allâhümme ente rabbî, lâ ilâhe ente halaktenî, ve ene abdüke ve ene ‘alâ ahdike ve va’dike mesteda’tü. Eûzü bike min şerri mâ sana’tü ebûü leke bi ni’metike aleyye ve ebûü bi zenbî fağfirlî fe innehû lâ yağfiru’z-zunûbe illâ ente... これは預言者(s)のドゥアーです。セイードゥルーイスティグファル(eyyidü’l- istiğfar) です。ハディースからです。主がこの美しいドゥアー、あなた方の悔悟、私達の悔悟を 恵みと寛大さによって、ムジーブ(祈りを受け入れ給 うお方。アッラーの属性をあらわ す名の1つ。)の名によって、受け入れてくださいますように。犯した罪を今まで生きて いる間に行なったすべての間違い、 罪、過失、怠慢をアッラーの恵みと寛大さによっ て赦し、一生涯、私たちを罪、間違い、非合法な事から遠ざけてくださいますよう に・・・アッラーのお喜びに ならないことをさせないで下さい。アッラーが愛されない状 況に置かないで下さい。行為の記された帳を清らかにして下さい。その道を歩み続け るもの、ズィク ルで目覚める者としてくださいますように。アッラーの愛(め)で給うしも べとして生きる機会が与えられますように・・・ 悔悟は必須で、善いことです。人は罪をいつでも犯す可能性があります。アッラーフ タアラーは悔悟する者を愛されます。いつも赦されるお方 Gaffâru’z-zünûb です。い つもお赦しになるお方で、赦すことを覆われる御方 Settâru’l-uyûb です。欠点を覆わ れる御方です。赦 される御方 Afüv で、赦すことを好まれる御方です。赦し、多くの恵


みを与え、希望を与える御方 Kerîm です。罪には注目せず、しもべの行なった小さな 小さな善行にたくさんの褒美をお与えになり、来世での幸福と慈悲を広げてくださいま す。アッラーは何時もこのようになされます。しもべたちは間違いを理解 し、アッラー に返る(戻る)ように・・・ アッラーに返ろうとすることを悔悟と言います。悔悟 とは、ただ言葉のみで「主よ、 悔悟します。」ということではなく、態度を正しい道に戻すことです。真実の悔悟とは何 でしょう?悔悟は実は言葉のみではな く、人の態度を、人生を変えると言うことです。 人生の流れ、道、生き方を変えると言うことなのです。このようにみますと、アッラーへ の悔悟をしっかりする ことが必要だとおわかりになるでしょう。 本来はアラビア語で tâbe-yetûbu は戻ると言う意味です。”taib する”つまり、人が戻 る、つまり罪から返り戻る人になると、よりアッラーに向きをかえます。アッラーも彼に 好意をもたれます。アッラーは悔悟を受け入れら れる御方 Tevvâb です。しもべが間 違った道からアッラーに戻ると、アッラーも、しもべを愛されます。悔悟の真の意味、真 意はまさにこのことです。です から、あなた方の悔悟をただ言葉のみでなさらないで 下さい。真実の悔悟をなさって下さい。真の悔悟であるように、あなた方の態度をハッ ク(アッラーの属性 の御名の1つ)に向きを返るように、全身全霊で主の道へ戻ること を望むように。 聖なるアリー(アッラーよ、彼を嘉したまえ)はクーファのマスジドに入り、みまわすと、 隅で「「悔悟いたします、我が主よ、・・・赦したまえ我が主 よ、・・・」と祈っているもの がいました。そのとき彼は「とてもよい悔悟をなさっていますが、ただ言葉だけの悔悟 は偽りの悔悟であることをお知りくださ い。」と仰いました。 言葉ではいうのですが、その態度は相変わらずです。態度が変わることが大切なの です。よい態度に変わることが必要です。 例えばアッラーに隠れて賭け事をしていたなら、賭け事を止めることです。アッラー 私たちをそうなさらないように、もし酒を飲んでいたなら酒を飲むのを止 める事です。 これがアッラーに戻ると言うことです・・・しっかりと戻る人、しっかりと戻ることを「誠実 な悔悟」tevbe-i nasûh と呼びます。ナスーフとは「誠実な」と言う意味です。このように 戻った者は、以前の罪がどんなにたくさんでも、アッラーはお赦しになります。殺 人者 であっても、弾圧者であっても、アッラーは御赦しになられます。ハディースにもこのこ とについて例があります。ですから、アッラーからの望みを決して 捨てないことが大 切ですね。 権利 しもべの権利


タリーカに入ると、まず最初に悔悟を致します。つまり、今まで行なった間違いを消し、 人は清らかになります。悔悟するものをアッラーは愛されます。が、悔 悟してもすべ ての罪が消えるわけではありません。間違いや過失のほかに消えないこともほかに あります。その一つは、しもべの権利です。誰かの物や財産な ど、(あなたが奪った) しもべの権利があれば『悔悟します。エスアドホジャと共に私は悔悟しました。』とおっ しゃってもだめです。いくら悔悟してもまだし もべの権利がのこったままなのです。い けません。しもべの権利をその権利の持ち主返さなければなりません。アッラーフタア ラーはあなたが奪ったしもべの権 利については赦されず、持ち主に許しを請う必要 があるとお考えです。 もし奪ったしもべの権利があなたにあるのなら、それを払いなさい。奪ったしもべの 権利を残したままにしないように。礼拝、断食の借りがあるのなら、それ らを支払うよ うに。では誰の権利が残されているでしょう?一番には、母、父、兄弟、配偶者の権利 があります。隣人、先生の権利、又、いろいろな人間関係に よってお互いに権利が 生じます。ですから、赦しあうことは良い事です。 権利の持ち主と赦しあうこと、「私を赦して下さい。あなたの受け取るべき物や働き に対してもし私が何かとってしまっていたらお許し下さい。」「赦しても らえるなら何で も致します。現世でお返しいたします。来世で欲しがらないで下さい。」「例えば私は三 度あなたにご馳走になりました。ああだ、こうだ と・・・。」「わかりました。さあ、おどう ぞ贈り物を返しします。」とこのように返しあいましょう。」と喜ばせること事が必要です。 このように、権利を奪 われた持ち主が1人も残らないように。来世まで責任を伸ばさ ないように努めましょう。 遺産の権利 遺産相続で不平等な分け方、間違った分割が起こることがあります。アッラーの決 め方と違う法があります。遺産相続の分割がシャリーアと現 在の法と違うことがあり ます。時々シャリーアに従わない時があります。知らないで従わない場合もあります が、均等に財産を分配します。が、イスラームで は、女性と男性の分配は均等では ありません。この場合男性の分け前の権利をうばっていることになります。 現世ではお互いに親友でいられます。が、審判の日人 は頭を締め付けられると 「私の権利は誰に取られたか?」と何かのがれる方法をを探し始めます。「兄弟に私 の権利があった。」と言って彼に、責任を押し付け たがります。母や父さえ訴えます。 何を訴えますか?例えば「ラッブよ、母は私にイスラームの道徳を教えずに育てまし た。父は私を教育しませんでした。だか ら訴えます。」と言います。身動きがとれない のですから・・・ アッラーは彼を締め付けます。(でもそのときはもう)地獄行きが確定で太刀打ちはで


きないのです。その時、父や母さえも訴える人になるばあいがあるのです。ある節で こう語られています。 「人が自分の兄弟から逃れる日,自分の母や父や,また自分の妻や子女から(逃れ る日)。その日誰もかれも自分のことで手いっぱい。」(80:34-37) タリーカに入った方は、来世の幸福を手に入れることを 基本としています。「現世でも 来世でも私はアッラーの愛するしもべになろう。しあわせになろう。天国を手に入れよ う。2つの世界で幸せに到達しよう。」と のぞみます。この2つの世界でしあわせにな る為に障害となるものの1つがしもべの権利です。人の物、働きに対して見返りをする ようにお互いを赦しあうよう に、怒りを捨て仲直りしあうように権利を持ち主に返すよ うに、精神的なことなら、かれらに、「あなたは私に善行をたくさんなさいました。アッラ ーよ、あな たにお恵みをお与え下さい。私を赦してください。」と言って、彼の幸せを 願いましょう。 精神的権利 預言者(S)はとても誠実な方でした。一度でも彼によい行いをした者を忘れません でした。メディーナへの移住の際、彼に一杯のミルクを与えた者も無視せ ず、生涯そ の者を守りほめたたえ、贈り物を贈りいつもできることをしつづけました。私たちも彼 のように徳の高い人になれるように努めましょう。 カダーの礼拝と断食 それから、しなかった礼拝、断食があるなら、それも、悔悟しながら、かえさなければ なりません。借りは借りです。しなかった礼拝、断食は罪です。この罪 は想像してい るよりもさらに重いものです。礼拝を時間内にし、思い出したときは断食の借りを返す ようにしましょう。もしこの借りを返さなければ、来世で思 い罰を受けながら、返すこと になります。来世で支払う場合思い罰が伴います。預言者(S)のハディースで知らせ ています。リヤーズサーリヒ—ンと言う信頼 できるハディースに恐ろしい話があります。 預言者(S)がジブラーイル(A.S.)と一緒に歩いているとき2人に出会います。片方 がもうひとりの頭に大きな岩をぱっと落とします。片方の頭はぺ ちゃんこに砕けて、 地面に飛び散りますが、又アッラーが頭を元の形に戻します。そして又同じようにして 頭が砕けます。何度も何度も・・・そうです。これが 罰です。預言者(S)が訪ねます。 ああ、ジブラーイルよ、なぜ一人はもうひとりの人の頭を打つのですか?理由は?打 たれている人はどんな過失があるので しょうか?」その時、ジブラーイル(A.S)はこう 答えます。「おお、預言者(S)よ。この男は現世で礼拝が義務であることを学びました が、礼拝をしな かったので、頭をうち砕かれています。」


私たちはこの世で頭をうち砕くと使います。彼の頭もそのように砕かれます。礼拝を しないで脳がうち砕かれると言う罰をうけるなら、現世で礼拝をすること がどのくらい 大切なことかおわかりでしょう。今まで、礼拝をしなかった数だけやりなおす必要があ ります。同時に「我が主よ、私は決まった時刻に礼拝をしま せんでした。お許しくださ い。間違いを犯しました。今借りをお返しいたします。」と悔悟し、礼拝します。普通の 借金と同じくこれも借りです。借金を返すよ うに礼拝も1つずつ返すことが大切です。 あなた方はまだ幸せです。お若いです。インシャッラー、礼拝を怠ることはないでしょ う。もしまだしてない礼拝や断食があるなら、すぐにそれらをするように!来世で頭を うち砕かれることから身を守るように・・・ 礼拝、断食の借りを返すように努力して下さい。 常に清浄な状態に保つこと これからは、いつも清浄な状態で出かけるように習慣づけてください。浄めなしで出 歩かないように注意しましょう。なぜなら、浄めは善い行いであり、喜び や恵みが増 します。悪魔がそばにやってきません。天使たちが周りに来られます。いつも清浄な 状態で歩くことが私達タリーカの手順の1つです。家でも外でも いつも清浄な状態で あることが大切です。 人はなぜ浄めの状態で出かけますか?理由をよく考えてみましょう。預言者(s)は 常に清浄な状態であるようによく注意を払いました。常に浄めの状態で出 かけました。 慣行でした。どれほど浄めに注意なさったことでしょう。(以前は、家の中に手洗いは なく遠くで浄めがなくなったときは家にかえってから浄めを しました。きよめのなくなっ たところにいつも水があるとはかぎりません。当時、水はどこでも見つけられるという わけでなく、今日のようにすぐにきよめるこ とは不可能でした。整備された水管、水 道や川などのようなものはありませんでした。水のない場所できよめがなくなったとき は水のあるところに来て浄めをす ればよいのです。)浄めのない場所から水のあると ころまで、浄めはありませんね。そこで、その場では砂で浄めを、それから水のそばに きたとき普通の浄めを しなおしたそうです。なぜこのようになされましたか?かれ(S) はほんのわずかな時間でも浄めなしで過ごさないためにそうなさったのです。 預言者(s)はご自身があのようにすばらしいお方で、アッラーのめでたまうしもべで ありながら、こうなさったのには理由や価値があると考え、先人のアッ ラーの友達、 導師達もこの慣行を続けて来られました。シャイフ達の生涯、アッラーの友の生活に 関する本を読むと、彼らもこのようになさっていたことがおわ かりになります。 多くの 方々の生活も同じであると色々な本で読みました。いつも浄めの状態で出かけ、水の あるところまで砂で浄めました。 みなさんも、この慣行に従い常に浄めの状態であるよう、浄めなしで出かけないよう 注意を払った下さい。この価値は? 浄めのあるものには悪魔が手を出せま せん。


浄めは私達の精神をも守ります。まるでよろいのようで、悪魔の影響を受けにくくなり ます。又、人が善行することを容易にし、悪行を戒めます。なぜな ら、悪魔が彼に近 づけないからです。善、恵み、報奨が増します。 浄めをしてでかけ、寝る前にも浄めをしてから休むようにすると天使が集まり彼にア ッラー^することでしょう。これが浄めの善さなのです。常に浄めのある 状態で生活す るように努めました。偉大な先人達もこのようになさいましたから、皆さん浄めの状態 で生活することを基本となさって下さい。 ズィクル それから、毎日のズィクルが義務となります。タリーカにはいったら、毎日ズィクルの 務めを果たすこと。なぜなら最も報奨のある行為の1つだからです。 ズィクルはイバ ーダ(崇拝行為)です。とても簡単な崇拝行為です。病気の方でもできます。ご高齢の 方でもできます。横になってもできます。手足が麻痺して 動けない方でもできます・・・ 知性のある方ならどなたでもできます。 知性があればズィクルはできます。とても簡単なイバーダです。とても報奨の高いイ バーダです。簡単だからと言って報奨は少なくありません。反対に多くの報奨を得ら れます。容易ですが報奨は高いことを知ってください。 皆さんご存知のように、聖クルアーンで命じています。たとえば、「礼拝し、喜捨しな さい。」と。預言者(s)は聖クルアーンの命にどのように従うかを教えて下さっています。 そして、礼拝はどのようにするかを預言者(s)が慣行(sunnet-i seniyye,スンナ)で教 えているのです。ルクー、スジュード、礼拝開始のドゥアーや不注意のサジダ等を預 言者(s)から学びます。らくだ、羊の喜捨、金銭の喜捨はどのようにするかは預言者 (s)から学びます。 又アッラーフタアラーが聖クルアーンでこうも仰せられます。「あなたがた信者よ,ア ッラーをつねに唱念〔ズィクル〕しなさい。朝な夕な,かれの栄光を讃 えなさい。」(33 章41,42節)「朝な夕な,あなたの主の御名を唱念しなさい。」(76章25節)と言う命 があります。この命にどのように従えばよい か預言者(s)のハディースで述べられて います。私が皆さんに伝えたかったのはこのことです。聖クルアーンのこの命令を守 り、ズィクルの努めを果たして下 さい。 「一度、情熱込めてこの言葉アッラーといえば、すべての罪がこぼれ落ちる比類なく喜 びよ!」 をご存知じだと思います。 一度でもアッラーと唱念する報奨は多大です。ラーイラーハイッラッラーLâ ilâhe ill Allah や Allah と言う報奨は多大です。ハディースでたくさんこれらについて書かれてい


ます。報奨がたくさんあることがおわかりになります。例えば リヤーズサーリヒーンを ご覧下さい。この本の英語版、トルコ語もちろんあります。解説もあります。アラビア語 の解説もあります。本をごらんになればこれが 真実であることが学べます。預言者(s) がズィクルにどれほど重きをおいていらっしゃったかおわかりになるでしょう。(注:訳 者、日本ではサヒーフムスリ ムとブハーリーのハディースが日本語訳されています。) タスビーフは一種のズィクルです。スブハーナッラーSübhânallah と言うことです。アッ ラーをできるだけ多くズィクルし、タスビーフを唱えるよ うに知らせています。第33章 35節で「本当にムスリムの男と女・・・」と始まっています。そして「アッラーを多く唱念 する男と女,」知らせています。 ズィクルは誰にとって義務ですか? ズィクルは聖クルアーンの80箇所にかかれ、命じられている崇拝行為です。容易な 崇拝行為です。なぜならアッラーを想うたびに、アッラーもあなたを想う からです.あな たはご想像できますか?万有を創造なされた主(ラッブ)があなたのことを想いだすの です。アッラーが1人のしもべを想うことはどんなにすば らしい誉れ高きことでしょう。 さらに、そのズィクル(想うこと)によってしもべがどんなにすばらしいことを手に入れら れるかはご想像をはるかに越えます。 ズィクルはあなた方の務めです。ズィクルの 努めを果たしましょう。 預言者(s)は仰っています。「アッラーをズィクルする、アッラーのためジハードする ものに金、物を与えるよりも100倍多い報奨がある。」 ズィクルはすべてのムスリムが果たさなければならないことです。みんなこのことに 関して真剣に注意深く考えていません。勤勉ではなく努めを怠っています。イバーダさ えしません。このために人々に欠けたところが出てきてしまうのです。 私達はイスラームの教えに完全に従うことを望んでいますから、ズィクルの義務にも 注意しています。ズィクルの報奨は大きいため、ズィクルによって人々の報奨は、ぐん と増えます。アッラーに愛されるしもべになることが早く可能になります。 人はアッラーに愛されるしもべになるには何をすればよいでしょうか?ハディースで 語られるのは、「しもべがわれに義務の崇拝行為を果たせば果たすほど、 われは彼 がよいしもべであるとみなし、愛で給う。任意の崇拝行為をすればするほど、そののし もべはわれにちかづけることであろう。」つまり、ジェナ—ブ・ メヴラー(アッラーのこ と、)に到達するまっすぐな道があり・・・「ついにわれはそのしもべを愛で給う。」とあり ます。任意の崇拝行為をしながらついに アッラーはそのしもべを愛されるのです。愛 された時彼はアッラーの友(エヴリヤー)となります。そのときは一種の奇跡やすべて が可能になります。 このようにアッラーのお喜びを得る為に、最も近い道、報奨の多い道はズィクルです。 ですから、タリーカでのあなたのズィクルの義務を果たしましょう。


他の人はしていないし、注意もはらっていない・・・他の人はお酒を飲んでいるし、礼 拝もしていない・・・他の人はここです、ああです・・・ 私達にとって他の人達を必要としていません。私たちには預言者(s)が必要なので す。 アッラーの友の考えが、知識ある者の言葉が大切なのです。他の人はお手本で はありません。悪い人間を手本にしてはいけません。よい人々を手本に致しましょう。 オスマン人も重要な作品で偉大な法学書「メジェッレ」にある文が載っています。「西 洋をお模範にはできない」と・・・「 あのう、だれそれがこういいま した。だから私もそ うしています。」よろしい。でも行動の主はヨーロッパ人達です。あなたはなぜそのヨー ロッパ人をお手本にするのですか?お手本にはなり ませんのに…あなたは言う事が できますか?「預言者(s)はこうされましただから私もこうしています。」と・・・西洋は模 範にはなりません。真理が模範に なりえます。悪しきは手本にはなりません。よきこ とが手本になります。 預言者(s)がなさったとおり、あなたも同じようになさって下さい。シェイターンがする ことをあなたもしてはなりません。悪魔は手本にはなりません。悪 魔は「私は彼よりも よい」と言って、アーダム(AS)にサジダしなかったそうです。そのため彼は天国から追 い出されました。ですから、あなたも悪魔のよう に、傲慢にならないように。傲慢さは 悪魔の性質の1つです。傲慢にならないように!悪魔を真似しないように! 毎日ズィクルをしましょう。なぜ毎日ですか?なぜなら ズィクルはスーフィーの栄養 (食物)だからです。スーフィーは精神的糧をズィクルから得ます。人が食物を口にし ないと体力がなくなり倒れてしまうように、 食物を食べると力が湧いて売るようにスー フィーもズィクルによって強くなります。 ズィクルは何時どのようにできますか? い つでもできます。ズィクルの義務の時間も禁じられている時間もありません。一 日いつでもお好きな時間にでき ます。マクルーフの時間帯はありません。朝、昼 日の出のときも、正午でも日の入り の時間でも・・・いつでもズィクルをして大丈夫です。あなたの仕事を終えたときいつで も「さあ仕事が片付きました。隅に 座りましょう。」と、その時に、ズィクルをなさって下 さい。 毎日の時間の一部をズィクルする時間に取り入れて下さい。現世の為に働く時、自 分が他人の世話にならないようにと働いていらっしゃるとおもいます。わか りましまし た。お疲れでしょう。力つき、くたくたでしょう。働かれてお疲れでしょうが、人にとって 最も価値のある時間はラッブ(主)にイバーダを、ズィク ルをしている時間です。もし 無理なようでしたら、ほんのちょっとの時間でもよろしいですから、アッラーのズィクル


の時間をお取ください。15分も割り当て ることはできませんか? たとえば、私には座る力が残っていません。年老いた母と、3人の子供がおります。 家事の仕事があり、朝から晩までよく働いています。とても疲れま す・・・と、おっしゃ ることはよくわかります。それならあなたが動き回っている時にズィクルをなさって下さ い。座ってできないなら、歩いている時に為さっ て下さい。客間や居間に座れないの でしたら、台所でズィクルして下さい。ジャガイモをむきながら、トマトを切りながらズィ クルをなさって下さい。 この間、ある場所で、ペンキ屋さんが手にはけを持ち、うたいながらペンキを塗り始め ました。よろしいです、彼が歌いながらペンキ塗りをするのでしたら、なぜあなたはズィ クルしながら仕事をなさらないのでしょうか? イスラーム戦士たちが戦争をする時、アッラー、アッラーと唱えるそうです。あなたも ズィクルをしながら料理をなさって下さい。ズィクルをしながら作った料理の満足感と 恵みはとても多いです。食べる人にも益があります。さあ、ズィクルをしながら料理を しましょう。 いつでも可能です。言い訳はできません。「私には5人子供がいます。」いえ、9人で もよろしいです。「わたしの仕事はとても多いです。」とおっしゃいま す。望むなら24 時間働いていてもだいじょうぶです。合間に、または仕事をしながらズィクルができま す。これがズィクルを自由にできる方法です。 デルスの規範 もう1つは手順に則ったやり方があります。この方法でなさりたい方のための規範は 次のとおりです。 足を左側に寝かせ、頭を胸の上に垂れること)アッラーフタアラーの学び舎(デルギ ャフ)への恵みに心を傾けてください。目を閉じ、味わいながらズィクルをなさって下さ い・・・ まず最初に(アッラーに赦しを乞います)と25回いって、悔悟してから、始めます。な ぜですか? 「私達の得るものはいつも間違いだらけ・・・」私達はいつでも間違いを起こしかねませ ん。一瞬にして、私達が間違いを犯すかもしれません。間違いがなかっ たとどなたが ご存知でしょう?私達の利益にはいつでも間違いが起こりえます。礼拝を終えたときで さえ「アッラーにお赦しを・・・」と唱えます。右左にサ ラームしたあとで、3回 「estagfirullah, estagfirullah, estagfirullah」と唱え、それから、「Allâhumme ente...」と言 います。礼拝はイバーダです。とても善いことです。にもかかわらず、礼拝直後でさえ、 アッラーよ、私は礼拝しましたこれはあなたに相 応しくないかもしれません。私には わかりません。私が知らずにしてしまった間違いにと私達「estagfirullah, estagfirullah,


estagirullah el-azîm」はと唱えます。これが真の意味です。預言者(s)はこのように教 えています。 礼拝後でもアッラーに赦しを乞うのですから、一日の中 で礼拝していない時には、も っとたくさんの間違いを起こしていることでしょう・・・もちろんあることを始める前に、ア ッラーに赦しを乞うことは善い事で す。私たちは1人1人清浄出を重んずるものです。 エルハムドリッラー私達はムスリムです。清潔は信仰の半分です。食事をにつく前に は手をきれいに洗いま す、手を洗ったあとでタールのような真っ黒な水が流れて驚き ます。「不思議だな、汚れ仕事はしていないのに。流れる水をみてごらん。」 人は知らず知らずに手を汚しています。そうして、知らずに心も汚しているのです。 ですから、25回から始めましょう。そして、精神的に清浄な状態になるように、その 後、1回ファーティハと3回イフラースを唱えます。「これらの報奨を 預言者(s)と預言 者(s)から私たちまで続いてきた Silesile aliyye(預言者(s)、アブ—バクル(R.A)に連なり、 知と喜びを得たアーリムたちの系列)とそれに関連するシャイフ達、導師達、アッラー の友 達、先生たちの魂(ruh)に贈りました、我が主よ。」と言います。その聖なる方々 の精神的援助と行為と愛情をのぞみましょう。そして、心から助けを求め ます。そう すれば価値がわかることでしょう。 ムルシードキャーミル「熟達した深いイスラーム知識をもつ導師」を愛すること どのようにこれが私たちに受け継がれてきたかご存知でしょうか?預言者(s)は人々 を正しい道に招待しました。行き、そして亡くなり、来世へと旅立ちま した。その後ア ブーバクル(R.A)フレファーイ・ラーシディーン(hulefâi râşidîn 偉大な完成されたカリフ) が来られました。その後アッラーの友、ムルシードキャーミル・偉大な学者達、アッラ ーの愛する聖なるしもべたちが 来られました。そしてこの正しい道に導くと言う仕事を 続けて来られました。これをタリーカと呼びます。その後、補の役目はメフメド・ザーヒ ド・コトゥク Mehmed Zâhid Kotku(Rh.A)師に引き継がれ、「わが息子よ、私の次はあな たがこの役目を引き継ぐように」と仰られました。私達もこの役割を果たしています。 預 言者(s)から私達までこの役目を偉大な先人達が果たされ、手から手に旗を受け 継いで来ました。旗はこのように私達まで渡されました。ですからこの方々す べてが 私達の偉大な先人達となります。 その偉大な方々がどなたですか?バハアッディーン・ナクシバンディー師 、イーマ ン・ラッバーニ師 アブドゥル・カーディル・ゲイラーニ師、シェハバッディーニ・スフレヴ ェルディー師, について本を刊行し出版しましたが、彼らは私達の偉大な先人達です。 ハーリディー・バゥダーディー師もそうです。メヴラーナ師もそうです。私達の同じ流れ にあたる親類のタリーカの偉人です。先日ある夢を見ました。シャーザーリー派の偉 大な方の一人です。


アッラーの友(アッラーの愛されるしもべたち)はなくなった後にも、人々に何らかの 影響を及ぼします。つまり、自由自在に連絡できます。影響があります。私達の夢に もあらわれ、忠告、警告を与えます。 ある人が師を変えたそうです。変えたホジャ(師)を夢で見たそうです。師は彼に仰 いました。「あなたは散歩の好きな男ですね・・・あちらこちらへと歩き 回っているので すね。」と平手打ちを食らわしたそうです。彼は私のところへ来てなきながらいいまし た。この平手は彼への警告です。彼のルーフ(魂)にハ ティムをするように申しました。 夢であなたに感謝するでしょう。死んだ人は死体となりますがルーフは死にません。7 世紀前にユーヌスエムレは「死ぬのは動 物で、魂は死なない」と仰っています。ルー フ(魂)は死にますか?いいえ、死にません。そうしてどこにでもあらわれますから、偉 大な先人達に1回ファー ティハと3回イフラースを唱えて彼らのルーフに贈って下さい。 これは多信仰になりますか?いえ、なりません。なぜなら、アッラーの愛されるしもべ たちを アッラーゆえに愛することは報奨をえることになるのです・・ 預言者(s)がおっしゃっています。「あなた方誰もが私をあなた方の子供、父や、あ るいは全人類よりも大切な存在と考えるようにならない限り、イスラー ムの信仰者と はいえない」と。預言者(s)はなぜ自分を愛させたいのですか?それは、彼はアッラ ーのラスールですから。あの遣わされた方ゆえに私達は愛す るのです。アッラーゆ えに愛するのです。アッラーの使徒であるがゆえに愛するのです。アッラーの友もアッ ラーゆえに。アッラーを信じる家の者としてリ ジャールッラー(ricâlullah)であるゆえ愛 します。 クルアーンをなぜ愛しますか?(材料は)ただの紙と背表紙です。ある人が店から材 料を買い、皮を作り、表紙を作りました。紙は向上から紙束として持ってこられそして 印刷されクルアーンとなりました。ケラームッラー( kelâmullah)アッラーのお言葉とし て尊重され尊敬されるようになりました。さあどうですか?敬意をあらわさずにいられ ますか?今、印刷され、アッラーのお言葉(ケラームッラー)となりました。私達は今を 敬意の接吻をし、頭上に置き、壁に掲げます。 親愛なる兄弟の皆様、人はアッラーとよい関係を持ち続けると、栄誉を手にします。 「栄誉は,アッラーと使徒,そしてその信者たちにある。だが偽信者たち には,これが 分らない。」(63章8節)ですから、愛しましょう。この愛は真の愛です。結びつき尊敬 しましょう。あなたは正しい道を歩んでいます。ハ ディースと節でこのことは確証され ています。ですから、ズィクルに座った時、彼らに1回ファーティハと3回イフラースを 贈りましょう。これは届きます。あ なたが唱えればアッラーが彼に知らせてくださいま す。彼もあなたを知ることでしょう。「現世の誰某が私にファーティハを贈っている。誰 某の息子は報奨高い ことをしてくれている。」と彼らもあなた方を愛するでしょう。 アッラーの友のルーフ(魂)は自由です。来世でも自由です。タサッルファート tasarrufatı があります。アッラーの友にはその能力に応じてそれぞれの役目がありま


す。そのため、ズィクルを始める時、彼らに1回ファ—ティハと3回イフラースを送りまし ょう。 3つのラービタ 死を想念すること(ラービタ イ メヴト) その後で目を閉じてラービタをしましょう。ラービタとは思索(テフェックル)と言う意味 です。3つの思索、それから想像(タハッユル)しましょう。タ ハッユルとは想像するこ とです。死、師、アッラーの安らぎに抱かれているご自分を思い浮かべて下さい。死を 考えることをラービタ イ メヴトと言います。 師を考えることをラービタ イ ムルシー ド、アッラーの御前にいると考えることをラービタ イ フズルと言います。 一番目のラービタ イ メヴト・・とは死を考えることで、預言者(s)もハディースで命 じています。報奨は高く価値あることです。魂を磨き、人間の喜び を増し、不注意さ から目覚めさせることが可能です。自己を改善させます。ですから、死をよく考えて下 さい。この世の生活は一時的なものであり、この世には 誰も残らないことを考えて下 さい。アズラーイール(A.S)がすぐそこまできており、学者達、統治者達、フズラー、預 言者達・・・誰が残りますか?-ヒ ドゥル (A.S)を除いて、彼にはアッラーと取り決めが あります。−スライマーン(A.S)は空を飛び回ったそうです。ある詩人がこういっていま す。「在れ、ス ルターンよ。風々が吹きあれる、今この地上で・・・」そうです。彼も去っ て行きました。そして貴方自身も又ある日死を迎えることを考えて下さい。が すぐそこ にきており、貴方はあわて始めます。胸がへこみ底から魂が取られ始めます。混乱、 汗、恐怖、痛みの中で、アッラーに助けを求め「アッラーのほかに 神は無くムハンマド はアッラーの使徒であることを証言いたします」と言います。そのように自己を克服し ます。どのように洗われるかを考えて下さい。みんな が貴方を洗って白い布を巻いて います。貴方は棺に入れられモスクに連れてこられます。 礼拝し、埋められるところを想像して下さい。さあ、思い浮かべて下さい。みんなが 棺を担いで運んでいきます。そうしてお墓に運んできて、埋めました。イ マームが埋 葬後の祈りを捧げ、みんなが立ち去っていきます。そのとき、白い布の中で、真っ白な 布の中で、真っ黒な土の下で、独りで横たわっている貴方を思 い浮かべて下さい。そ こでは善行のほか道連れがないことを、善行のみが貴方と共に残ることをお考え下さ い。お墓の中へムンカルとナキール(尋問する天使 達)が来て「貴方の主はどなたで すか?ディーンは何?預言者(s)はどなたですか?聖典は何?キブラはどちら?」と 質問するのに答えている貴方を、お墓が ひろがるのことを想像して下さい。あるひと にとってはお墓の中は地獄のようで、ある人にはそこは天国の園であることを考えて 下さい。来世でアッラーの友と 共に、アッラーへを想念し、アッラーを讃えている魂や 最後の時つまり審判の日がやってきたのを想像して下さい。死後、審判の日に墓から


起き上がり、マフ シャルの場に人々が集まるのをそこで、人々が震え待っている姿や、 5万年も待って立っている姿、汗をかき太陽が頭上を照らし、恐怖の中でさまよってい る姿 を思い浮かべ下さい。そして偉大なアッラーフタアラーがあらわれ、審判の日に 裁判する場所(mahkeme-i-kubra)を作られ、裁判することを考 えて下さい。貴方も清 算されます。行動の記録書が開かれ、報奨と罪が量られ、よい行いをした者は一方に、 悪い行いをした者はもう一方に分けられ、善人たち が橋を通り過ぎて天国に入り永 遠の幸せに達するのを、天国で飛びながら走りながらいくもの達を、どんなに喜び幸 せであるかを、誰もが見たことも聞いたこと も想像すらできないアッラーの歓待を、永 遠の恵みに達し喜びにひたっていることを想ってみて下さい。この幸福感を感じられ るように努めて下さい。 悪人達は地獄に落とされどんなにバリバリにやかれるかを、クルアーンの節で語られ ているように、皆さん考えて下さい。地獄の遣い(zabani) が髪の毛を引っ張り,足をつ かみ卑しめられ切り株がひきずりまわされるように、ひきずられながら地獄へなげこま れる者のようにバリバリと付け木のようにそ こで焼かれ、皮膚が次第に水ぶくれとな り、タールのように真っ黒になるのを想って下さい。死ぬことはなく何度も罰を受ける ために皮膚が再生され、そのとき 助けを求めて泣き叫びながら後悔している貴方の 姿を、そしてその後悔がもうすでに遅いことを、さあ考えてみて下さい。 報奨、罪が明 らかにされ、陰口、中 傷、嘘、偽り、ドゥアー、イバーダ、帰依、喜捨など・・・ どちらがよろしいですか?死ぬことができれば救われますが、死はありません。罰 は軽くなりません。その形で罰をこうむるのを、そして叫び求めるのを、 「我が主よ、 私達をここから出して下さい。現世に戻してください。ひたすらあなたのみに向かいま す。善行を致します。もしそうしない時はひどい目にあって もかまいません。何をなさ っても結構です。」というと、至高なるアッラーはこう仰せられます。「だまれ。語るなか れ」と彼らをとがめ黙らせます。そうして 二度と貴方に語らせないことを考えて下さい。 これらのことを考えることをラービタ イ メヴト(rabita-i-mevt)といいます。 人はこれらのことを考えると、天国に行く者達がどんなに幸せで、地獄に落とされる もの達がどんなにひどく焼かれ、どんなに助けを求め、どんなに後悔する かを考え、 目の前に思い浮かべてみます。そこに行きたくなければ、あなたの中の自我に言いな さい。「さあ、自我よ、頭を働かして、おろかなことをするので はありません。冗談ごと ではありません。人はこの世に一度だけしかこられません。よく考えなさい。節とハデ ィースでこれらのことを報せています。来世はあ ります。死は真実で、墓も真実です。 再び起き上がることも真実です。死後、復活し、審判の日の裁判は真実です。清算、 量ること、天国、地獄、橋は真実で、 現実に起こることです。来世で後悔しても何の価 値もありません。この人生が価値あるものであることを知り来世で地獄に行かないよ うに今から善処しなさい。 天国行きのための善行をなさい。地獄行きのための悪行


を断ちなさい。地獄から貴方自身を守りなさい。天国を逃さないように。できるだけ努 力してください ね。一生の一秒でも無駄に使わないように、浪費しないように、時間を 大切になさって下さい。今までお話してきたことは真実で疑いの無いことです。なぜ皆 さ んは天国を手に入れるためにがんばらないのでしょうか?クルアーンもこのことを 教えています。なぜ地獄から身を守ることに努力なさらないのですか?まだま だその 危険から遠いとのんきに考えていらっしゃるのです。よく頭を使って下さい。この人生 が終わり、一度チャンスを逃してしまったら、どうなさるのです か?ここで、今から、アッ ラーにひたすら心を向け、地獄から身を守ることに努めなさい。天国を得るためアッラ ーに帰依するしもべにおなりなさい。アッラー の命に従いなさい、アッラーの道には いりなさい。」と貴方の自我に忠告なさってください。 今まで説明したことを考えること、思い浮かべることをラービタ イ メヴトといいます。 もともとは預言者(s)のお勧めになったことです。預言者(s)私たちに死をよく考えるこ とをお勧めになっています。 人を復活させる。 死を考えることは、人を浄める。 死を考えることは、人の心の錆を落とさせる。 死を考えることは、自我を改善させる。 死を考えることは、人に報奨を勝ち取らせる。 死を考えることは、人の魂を光り輝かせる。魂が磨かれた鏡のようになると精神的真 実を映し出させる。 死を考えることは、時の大切さを知る。 死を考えることは、決まった時刻に悔悟することができるようにする。 死を考えることは、アッラーの御前での、幸福な状態のはじまりである。 死を考えないことが、人を災難に導く。 死を考えないことが、人に喜びと楽しみを与えず、拷問を招く。 このように、死を考えることは、ある義務であり、報奨もあります。ズィクルに座った時、 まず最初死を考えて下さい。死の瞬間を、死を想念してください。ラ−ビタ イ メヴトを して下さい。死について深くお考え下さい。死を思い出して下さい。 死とは少しつらいことです。恐いことです。が、自我は死の恐怖以外には改善されませ ん。自我を木善するために、最もよい方法がこれであり、必要なことで す。ですから、 預言者(s)が死を想念することを勧めていらっしゃいます。ハディースにもありますし、 モスクの壁にも書かれています。「死が訪れる前にあ なた方は後悔することに急ぎな さい。」と・・・ 年も順番も関係ありません。5人の兄弟のうち、一番年少の子が亡くなるのをご覧に なるでしょう。祖父よりも孫が先になくなる例をご存知でしょう・・・病気 の面倒を見た 人が先に亡くなり、病人が生き残った例をご存知でしょう・・・私達の村で、親戚にこの


ようなことが起こりました。寝たきりのご病人がいます。 16年間も寝たきり・・・ご主人 が彼女の世話をし、娘さんの家で娘さんが看護していました。 娘さんが先に亡くなり ご病人が残り、看護人は去りました。死 がいつ訪れるかは定かではありません。です から死の準備をしなければなりません。人は何か死に対する措置をとることが必要で す。 これが一つめです。 導師と共にいることを想念すること(ラービタ イ ムルシード) 次に何を考えますか?ラービタ イ ムルシード・・・第一に死を想念すること。第二 は導師を想念すること。 あなた方がどこにいらっしゃってもかまいません。今私達はトルコへ戻るところです。 またはどこそこへ行くところです。私達がどこにいてもよろしいです。 ズィクルにあな た方が座った時は私たちに連絡することです。目を閉じ、私達をアッラーの友に関係 する導師、私達の導師、シャイフ達と一緒にアッラーへズィ クルしているところを想念 してください。私は無力であなた方の兄弟であり、私は今まさに彼らの隣に座っている と想念して下さい。このように目の前に彼らを 想いうかべてみましょう。私たちと精神 的絆を持ちましょう。心と心を結び付けて、きたるべきアッラーへの喜びと満足が感じ るのをお待ちなさい。これは何に 似ていますか?・・・ちょうど、ラジオのつまみを回し ながら、ラジオ局を探すのに似ています。またはラジオのチャンネルを回しながら、好 きな番組を探すの に似ています。ですから、絆を、つながりを作ることです。導師に、 シャイフに貴方の心を 結び付けてください。アッラーフタアラーがあなた方信仰者を援助す るしもべたちへ 報せて下さいます。 アッラーの友は崇拝行為を教える教育者であるため、貴方の夢の中で警告し、導師 の役目を果たします。このことはすべてアッラーによるものです。アッラー は導師を 通じて貴方に教えます。ですから、皆さんはこのつながり、絆を大切にしよく保ってくだ さい。この関係は真の愛と尊敬で繋がれています。この愛と尊 敬なしにムリード(師 弟)の前進はありません。 預言者(s)「ラー ユウミヌ アハドゥクム ハッター アクーナ アハッバ イレイヒ ミ ン ワァーリディヒー ワ アンナースィ アジュマイーン」 と仰っているように、導師が 真の預言者(s)の相続人であり、その地位に就いた者です。ですから、どの時代の信 仰者もその真の導師を預言者(s)がおっ しゃった方法で愛することが必要です。 預 言者(s)のおっしゃるとおり愛さなければ、心に風が吹きぬけ、無為なものとなります。 預言者(s)を愛さない 人とその行為が無であるように、アッラーのお喜びのみを求め て、その導師と絆で結ばれるかそうでないかは、その本人のみが知ることです。です


から、この愛 の絆、敬意による結びつき、魂と魂の繋がりを保ってください。このよう にしてタサッウフの体験がひろがり、より善い状態に到達することが可能になります。 ある人がこのような繋がりを持つとどうなりますか?偉大な導師たちの精神的状態、 つまりアッラーへの喜びが彼に移行し、光が彼に齎されます。崇拝行為を 味わうこと ができます。喜び満足感が大変増します。中も外も光に満ちタリーカで前進します。そ のときはズィクルの味わいもすばらしいものとなります。この 進歩をシャイフ・スルー クといいます。人が決めたその道を歩むこと、前進することを意味し、これに精進する ものはハディース、タサッウフの道を極めラスー ルッラー(S)を見出せます。ラスール ッラー(S)と合い見(まみ)えることはアッラーを見出すことに通じるのです。これらをフ ァナー フィッシャイフ、 ファナー フィル ラースール、ファナー フィッラー、バカービ ッラーと呼びます。ファナーとは「出会い合一すること」という意味です・・・ このためこのラービタ イ ムルシードをよく考えて下さい。これを行なえた時、ズィク ルするときの喜び、精神的感覚はもっと強まりタリーカでの進歩もすばらしいものとな ります。 アッラーの御前の自分を想念すること(ラービタイフズル) 3つめはラービタイフズル。クルアーンでこう仰せられます。「あなたがたが何処にい ようとも,かれはあなたがたと共にあられる。(58章4節)」私達は 彼を見ることはで きません。そうです、見ることはできないのです。「視覚ではかれを捉えることはできな い。だがかれは視覚そのものさえ捉える。・・・(6 章103節)」私達の視覚は彼を見る のには適して創られていないのでみえません。太陽を見ることはできませんね。盲目 になってしまいます。が、彼は貴方を ご覧になっていらっしゃいます。私達の言うこと をすべてきいておられます。私達は彼を聞くことはできませんが、私達の行動を彼は すべてご存知です。彼は私 達の頚動脈よりも私達自身に近いのですから・・・この事 を良く考えて下さい。 目を閉じ、頭を胸に垂れ貴方の心、魂を良く見つめてください。貴方の心を1つに集 中してください。一部分ではなく全て集中し、その集中した心で真の精神 が、目には 見えないアッラーから与えられるものを感じられます。心とは同時に人の情け深い感 情の部分で、扉のようなものです。窓から外を見たとき、地、 天、星などが見えます が、それとおなじように貴方の心を見つめた時、貴方の愛情満ちた心の世界を見いだ すことができます。その光に満ち溢れた、比類ない、 広大な、果てしない遠大な世界 です。至高なる玉座までのびています。あなた方もその世界に住んでいる事を考えて 下さい。すべてが光に満ち溢れた世界に存在 していること、目に見えない世界にい ることを想像してみて下さい。アッラーの御前にいる貴方を、主が貴方のすぐそばに おられることを感じ、想念してみてく ださい。


ドゥアー そのあとでドゥアーをするものを愛することを考えなが ら、首を垂れ、ドゥアーし、ニヤ ーズ(助けを求めること)を始めてください。ドゥアーをアッラーが嘉し給いますように。 ドゥアーは2つ価値があります。第 一に、アッラーはドゥアーしたこと又はそれ以上の ことをお与えになります。第二に、純粋にドゥアーすることのみに報奨があります。ドゥ アーそのものが崇拝 行為なので、崇拝行為としての報奨もあります。ですから、アッ ラーに謙虚にこのようにドゥアー致しましょう。「貴方は私を見ておられます。私の言っ たこと をご存知です。心の思い浮かべてことをご存知でいらっしゃいます。貴方は万 有の主であらせられ、私は貴方の恵みを必要としおります。私は貧しく、私は貴方 が 必要です。私は無力です。恵みをお与えになるなら、わたしたよりよくなれます。私は 貴方のよきしもべとなりたいです。貴方のご援助を望みます。貴方の愛 で給うしもべ となれるよう、貴方のよいしもべとなれるよう、よい行いができるようお助けください… 貴方が受け入れ てくださるようなふさわしい生涯が過ごせますように・・・成功を友と させてください。貴方を唱念するしもべに、貴方に感謝するしもべでいられますように、 あなたは仁慈あまねく、慈悲深きお方です。私は貴方の扉の前にいます。お許しくだ さい。我が主よ。私は貴方の恩恵を望みます。貴方は赦すことを好まれる方 です。 最も寛容な方です。私をお許しください。恵みを垂れ給え、我が主よ。お許しください。 我が主よ。私の手を離さないで下さい。私をこのままにしないで 下さい、我が主よ。 私を自我の赴くままにさせないで下さい、我が主よ。私は破滅してしまいます。私をお 助けください、我が主よ。祈願を成就したまえ、我が 主よ。」と涙を流しながら、こう願 うように、アッラーに避難場所を求めるように、我が主よ(ヤーラッビィー)、という言葉 はアッラーに貴方を近づけさせま す。 なぜですか?ドゥアーをする者にはアッラーはのぞむことをお与えになることが私達 には知らされています。私たちに主はこう仰せられます。「それであなたがたの主は, 仰せられる。「われに祈れ。われはあなたがたに答えるであろう。・・・」 (40章60節)」ですから願いましょう。けれども、「望んだが、得られなかった」と貴方 はおっしゃるのですね。なぜでしょう?これは貴方が望んだときす ぐに、アッラーがお 与えになるとは限らないからです。又、時々はアッラーが貴方にお与えになったことに 私達は気がつかない場合もあります。私にもこんな経 験があります。 私が結婚した時、アンカラに転勤になりました。アンカ ラ宗教大学のアシスタントとし てです。ある家を見つけました。1部屋と台所しかありませんでした。足が疲れ、さけ てしまったので、大学の近所に家を探しま した。いつでも家と連絡が取れるようにで す。なぜなら、私達は新婚で、彼女はとても恐がり屋なので、家に独り妻を残しておく


と、彼女のことが心配で、彼女 に問題が起こらないようにと、大学に近い家を望みま した。彼女は故郷離れ、みしらぬ土地へきたばかりでしたから。両親の足元から初め て離れたのです。その ためこのような家に入居したわけです。それから、その家の近 所の人々と知り合いになりました。ある寡婦の方がいらっしゃいました。彼女の庭に彼 女の家とは 独立した3部屋ある一戸建てがありました。借主がその部屋を出るとき、 彼女がそのことを知らせ、「この家をあなた方にお貸しいたします。ここへいらっしゃ い。」と言いました。それから、私達はそこに引っ越しました。 私達はイスタンブールで結婚しました。荷物を一台のトラックに積み込み、さあ始め ての引越しです。ゲレンデでは植木鉢みんな凍ってしまい、零下数度と言 う寒さで、 アンカラへやってきました。そしてそこからもう一度引っ越しました。私は両手を掲げ、 ドゥアー致しました。「我が主よ、どうか私達をもう引越し させないで下さい。この次は 自分の家に引越しさせてください。今度は持ち家に引っ越しましょう。」と願いました。 それからしばらく時がすぎ、私達は知り合い達といったり来たりしている時に、彼らの 通りに、ある家を気に入りました。庭付きの2階建ての一軒家、2階殻 の景色は美し く・・・ハジュハヌム(そのときはまだハッジには行っていませんでしたが、)が「そこへ 越しましょう。」といいました。「ああ、妻よ、そのよ うなことは言わないで下さい。」そ の家はとても高く私たちには買えません。」といいながらも、冬のある日のこと、私達 はその家に引っ越しました。私達は家 を気に入り、とても幸せでした。当時の金額で 90リラ払いました。そこに越してから私は心の中でこう申しました。「アッラーは私のド ゥアーを受け入れて下 さらなかった。なぜなら自分の持ち家に引っ越そうと願ってい たのに、又貸家に越すことになりました。貸家にいきます。二階建ての景色のよいバ ルコニーの広 い平原を見下ろせる家、けれども貸家です・・・ ところがそれから何年かが過ぎ、その家は私達の家になりました! と言う事は、ドゥアーは最初から受け入れられていたのです。私達は知らずに自分の 家に引っ越していたのです。新築の家に・・・(新築は初めてでした)家は私達の・・・も ともと私達の家だったのです。 最初少し自分の家に家賃を払いましたが、それから 私達の物になりました。 ですから、「アッラーにドゥアーしたのに、受け入れては下さいませんでした。」とは仰 らないで下さい。 ドゥアーは必ず受け入れられます。 アッラーはドゥアーを3つの形で受け入れて下さいます。 1、貴方が望んだとおりお与えになります。 2、貴方の望みがあまり相応しくない時に貴方が望んだことよりより相応しいものをお 与えになります。 3、例えば貴方はこう望みます、そして「私にぼろい、古い車があればそれでよいです。


それを望みます。」というと、アッラーはあなたにメルセデスをお与え になります。メル セデスのほうがもっと良いですね。・・・よりよい。ということは、望むものは何も無いと 仰らなければ、さらに良いものをお与え下さいま す。 3、又は現世で与えられないものを望んだとしても、それは来世で報奨として与えられ ます。例えば思い出すのですが、私達の師がこの世を去る時、私達達は枕 もとで待 っていました。師が去らないようにと命が縮む思いを致しました。私の父達を思い出し ます。「私の命と彼の命を取り替えてください。私が彼の代わり に死にましょう。彼を 生かしてください我が主よ、」とドゥアーをしていました。アッラーは貴方の命を取らな ければ、彼に命を与えることはできませんか?い え、できます・・・アッラーにとって特 にある所から、ある所に移す必要はありません。アッラーがお望みなら彼の寿命もそ して他の人々との寿命も延ばすこと ができるのです。私達はたくさんドゥアーをいた しましたが、師は去りました。なぜですか?天命だからです。もちろん天命は変えられ ません。寿命はそれまで です。方法はありません。預言者(s)の師を誰も望みません でした。みんなが信じられませんでした。聖なるウマルは剣を抜き、「預言者(s)がなく なった というものは誰でも、その首をはねとばすぞ。」と叫び、「なくなっていらっしゃら ない」といいました。誰も信じることができませんでした。でも、預言者 (s)は横たわっ ていらっしゃいます。「誰か死んだというものがあれば斬ってしまうぞ。」と彼は言った のです。 アブーバクル(R.A.)がこの節を唱え始めました。「ムハンマドは,一人の使徒に過ぎな い。使徒たちはかれの前に逝った。もし彼が死ぬか,または殺され たら,あなたがた は踵を返すのか。誰が踵を返そうとも,少しもアッラーを損なうことは出来ない。だが アッラーは,感謝(してかれに仕える)者に報われる。 (3章、144節)」 この節を読誦すると聖なるウマルは静まりました。「この節を以前から知っていました がこのように考えたことはありませんでした。その意味がやっとわかりました。」 では、どうしましょうか?どのように措置をとればよろしいのでしょうか?と言い始めま した。預言者(s)も亡くなり、みんなもいつかは死にます。貴方は 死なないようにとドゥ アーしていますが、天命です。そのときはどうなりますか?貴方の望んだことはアッラ ーがこの世で与えられないことであり、可能でない ことでも、そのときは来世で報奨 を下さいます。 アブドゥル ゲイラーニー師はある本でこう仰っています。それもハディースからの引 用ですが来世である、しもべが清算する時、山積みの報奨に驚きアッ ラーに尋ねる そうです。「我が主よ、私はこれらの報奨をどこで手に入れたのかわかりません。」ア ッラーフタアラーが仰せになるには「やあ、しもべよ、これ らは貴方が現世でしたドゥ アーの褒美です。そのときは天命に相応しくなかったので与えられなかったので、今 日そのときの分の褒美を与えます。ドゥアーが受 け入れられたことになるのです。」


そのときしもべは言います。「もしドゥアーのすべてがこのようだったらなあ。ここで大 きな報奨を受けられたら良かったの に・・・」 幸せな時にドゥアーをすることを忘れなければ、困った時救ってくださいますが、あ なた方は時を満腹で暖かい服を着て、アッラーに対してしもべとしてすべきことをせず、 困った時だけドゥアーしても受け入れられません。 この事をよく頭に記憶させておいてください。困ったときにのみドゥアーするのではな くて、自由なとき快適な時にもドゥアーすることを習慣付けましょう。 食物を食べたら アッラーを讃えて感謝いたします。水を飲んだらアッラーに感謝いたしますと、料理を 見つけたらアッラーに讃えあれとドゥアーするよう に・・・つまりこのようにドゥアーし、 いつも口がドゥアーを忘れないようにしましょう。 日課のズィクル そのあとでアッラーの御前にいると言う精神的喜びと集中力がなくなる前に、あなた の手に数珠を持ってズィクルをお始めなさい。これはハディースから預言者(s)のお勧 めになったことです。 100回「estagfirullah」と唱えてください。意味を良く考えながら・・・ 100回「La ilahe illallah 」と唱えて下さい。よく意味を考えながら・・・「アッラーは唯一 なり」の言葉の価値を知ってください。 1000回「Allah」と唱えてください。よく意味を唱えながら・・・アッラーという言葉は神の 属性を顕す99の御名の意味を1つに集めた偉大な言葉で す。そのアッラーの御名 の中に Rahmanlik(慈悲深さ)の意味がありEkremlik(気前よさ)の意味が含まれてい ます。 すべてがその中に含まれます、ですからアッラーという者は深い広い意味を持つ貴重 な言葉を唱えることになリます。アッラーから無限の、数え切れない、果て しないもの を望むことになります。このため「アッラー」と唱えることはズィクルで最も価値のある 事と言われます。アッラーと唱えるとアッラーのすべての御 名を唱えたことになります。 愛を込めてアッラーと唱えてください。 100回ごとに高慢さが生まれないように足を滑らさないように、道を間違えないように 「我が主よ、私の目的は貴方のみです。貴方が受け入れてくださること を望みます。」 ilahi ente maksudi ridake matlubi といいましょう。これはハディース・クドゥスィーから の引用です。この言葉を言うことで、「我が主よ、貴方を知ること、マリフェトルッ ラー (marifetullah,アッラーを心と魂で知り、理解すること)に到達し、賢いしもべとなり、アッ ラーのお喜びを手に入れることを望んでいま す。私の愛と情熱にアッラーの御承諾 をお与え下さい。」と言っていることになります。 100回「サラワート」を唱えてください。これはハディースにあります。節にもあります。 「本当にアッラーと天使たちは,聖預言者を祝福する。信仰する者たちよ,あなたがた


はかれを祝福し,(最大の)敬意を払って挨拶しなさい。(33章56節)」 彼にアッラーの平安と祝福あれと言うことはウンマを預言者(s)に愛させます。預言者 (s)が愛されます。そのサラームを送る人は預言者(s)の知人とし て挨拶される光栄 に浴することでしょう。ですから預言者に祝福と平安を送ることを怠らないで下さい。 金曜日には1000回サラームを送りましょう。 私達の師、ハリード・バクダーディー師は Allahumme salli ala shefina Muhanmedin ve allihi ve sellim とサラームを送りました。あなた方も金曜日にはたくさんサラームを送っ てください。 100回「イフラース章」を唱えてください。これもハディースにあります。ハディースに 相応しいことです。ズィクルをハディースに則って、行なうことになります。価値を知る ものにとってはこの方法は大変価値ある方法です。宝石の価値を宝石商が知るよう に・・・

再びドゥアー ズィクルをこのように下後で、すぐドゥアー致しましょう。貴方ご自身にドゥアーをして 下さい。現世と来世のために・・・これは物乞いとは違います。通常の ことです。望む ことが可能です。貴方御自身にドゥアーしたのと同じだけ、貴方の兄弟達に、友人達 に、ムハンマドの共同体に、愛する人々に、親友に隣人に、 ムスリム達に、世界中の 迫害された悲惨な状況の兄弟達にもドゥアーなさって下さるようお勧めいたします。ア ッラーに望みなさい。よきことを願ってくださ い。アッラーはこのために褒美をお与え になります。なぜなら、あるムスリムが他のムスリムにするドゥアーは受け入れられる からです。天使達がすぐそばで アーミンと言い、「アッラーが貴方にもそして彼にも望 んだことすべてと同様のものをお与えになりますように。」とドゥアーします。ですから、 友人に望むこ とをドゥアーする貴方ご自身にもまったく同じ物をお与えになります。こ れはムスリム達がお互いに愛するようにとのアッラーからの褒美です。このあわれな 人 間達はお互いを愛することを知らないと、(小さな甘いあめをほおばらせるように) 報奨 を用意されたのです。それで褒美をお与えになります。貴方が彼にドゥ アーをすれば 貴方にも同じものを与えようと仰っています。 貴方のご両親にもドゥアーを忘れないように!なぜなら両親にドゥアーをしないしもべ をアッラーは愛されません。が、その人のシャイフが預言者(s)の代理人であるために 両親よりも前にします。私達にもドゥアーをすることを忘れないで下さい。 ズィクリカルビー


もちろんズィクルはこれだけではありません。ズィクルを他の時間にもできます。それ をズィクルリカルビーで行ないます。心の中でたくさんズィクルをして 下さい。今私は あなた方に伝統的なやりかた、預言者(s)が教友たちにお教えになったように、お教え いたしましょう。よくお聞きください。La ilahe illallah. La ilahe illallah. La ilahe illallah. さあ、皆さんもご一緒に、どうぞ。アッラーが証人になりますように。 La ilahe illallah. La ilahe illallah. La ilahe illallah. Allah.. Allah.. Allah.. Allah.. Allah.. Allah.. 今口を閉じて、目を閉じてください。アッラーと心の中で続けてください。声を出さず、 唇もかすかに動かさないように・・・ ・・・・・・・・・ アッラーの祝福がありますように。このように声を出さず唇を、微塵も動かす誰にもわ からない状態でするズィクルをズィクリカルビーといいます。これは誰に も知られず 見せかけだけでする危険が無く、他人の注意も引きません。天使もこれを聞けず知ら ないそうです。ただアッラーのみがご存知のズィクルで す・・・・すべてのタリーカであ ります。どのタリーカでもよく教育を受けたあとで、これを教えられます。皆さんに今、 お教えしたことになります。 ズィクリカルビーの報奨 一度この方法で、人がアッラーとズィクルすると、与えられる褒賞は 4,900,000 倍多 いとハディースで伝えられています。とても高い報奨です。一度 唱えると約5百万倍 の報奨をえることができますね。ですからこのズィクルを続けてください。道で、乗り物 の中で、市街で、市場で、畑で散歩の時にさらに布 団に入ってから、寝付く前に Allah...Allah..Allah....とズィクルして下さい。誰にも聞かれず見せかけもしないよう に・・・・ 一度アッラーと言えば、情熱を込めた言葉で すべての罪は消え去り、何倍もの喜び 一度情熱を持ってアッラーと言えば罪が消え去りその後 で人は美徳を手に入れ始め ます。アッラーへのズィクルの美徳、栄誉、報奨は多大です。効果も大きいです。です からこのズィクルをいつでもどこでも続けるよ う努めましょう。どうなりますか?どのよ


うな状態になるためでしょう?それは、人々の中で、真の主と共にいられるようになる ためにです・・・「人びとは, 交易や商品に惑わされないで,アッラーを念じ・・・(24 章 37 節)」の節に到達するためにです。 舌でズィクルするよりも70倍も報奨の多いこのズィクルを私達の心にどのように習 慣づけることができますか?まず静かなところで試みてください。大きい 声で Allah...Allah..Allah....とズィクルして下さい。口を閉じてください。心からアッラーと言い つづけてください。それから息が つまり、耐えられなくなり始めます。もう一度 Allah...Allah..Allah....といいましょう。それから口を閉じて心の中でアッラーと言 うことに なれてください。ほらご覧下さい。今私は唱えています。 ・・・・・・・・ 外からまったくわかりません。人は心の中で、いつでもできます。そしてこの報奨はと ても高いものです。この方法で夜も昼もいつも心の中で唱えることを習慣づけてくださ い。 皆さんの心の中で Allah..Allah....と唱えてください。どの瞬間もイバーダしているように。 アッラーの御前に達した時、多大な報奨がえられるように・・・

2つの思い出 私達の先生と一緒にあるとき旅をしましたが、アンカラヘの旅の途中、あるお宅でお 客として泊まらせていただいた時のことです。その家のサロンで私達はやす みました。 先生はぐっすりとお休みでいらっしゃいました。一方で、先生のほうから Allah..Allah..と いう声が聞こえてきます。私は大変びっく り致しました。いつも先生と一緒に休むこと は それまでありませんでした。旅行中のために同室になり隣り合わせで就寝するこ とになったのです。彼はサロンの一方の隅でお休みになりました。ご高齢の上、 お疲 れでしたので、ぐっすりお休みでした。ところが、先生のほうから Allah..Allah..Allah.と言 う声が聞こえます。無意識のうちに先生 がズィクルなさっていたのです。これはとても 興味深いことです・・・あなた方も、このようにいつでもどこでもズィクルをなさって下さ い。一瞬、一瞬に 500万、500万、500万・・・これが500万リラなら、かなり高額の リラとなります。アッラーの褒美は疑いなイのですから、もちろんリラよりも価値 があ ります。このように報奨を得ることができれば早く進めます。アッラーのご満悦をより 早くえることができます。 もう1つ先生の思い出をお話しましょう。私達の師(RH.A)はアンカラのある大きなサロ ンで、カイセリ出身のハジュの兄弟の所へ行きました。他の先生に 師事していた同 胞(イフワン)の人々も私達の師を敬愛しており、師に会いに来たうちの1人が、師の 隣に座りました。彼は説教者で、説教(ヴァーズ)が上手 で、みんなが彼を愛しました


し、語り方もすばらしいですし、知識の豊富なアラブ諸国で教育を受けたのでアラビア 語は大変上手で、クルアーンの読誦が大変す ばらしい兄弟です。師は彼に挨拶をし ました。彼も師事している師ではないにもかかわらず、とても師を敬愛していました。 その彼が尋ねました。「我が師よ、 輝けるメディーナでする礼拝が他の場所でする礼 拝の1000倍もの報奨があり、ハラムマスジド、メッカのまわりでする礼拝は他の場所 での10万倍の報奨が あります。このような報奨が他にもありますか?」彼は説教者 で、ハーフズ、アラブ諸国で学び彼自身大変多くのことを知っているにもかかわらず、 師にこのよ うに尋ねます。つまり、報奨を求めて、報奨をえたいために尋ねるわけで す。賢明で、知識ある、益が何かを考えることができる方ですね・・・師はまるで、そ の質問を待っていたかのように、躊躇無なく、「はい、あります。人がアッラーへのズィ クルで忙しくすると、アッラーへのズィクルは心に定着し、心がズィク ルをし始めます。 人はズィクルをしながら、心にズィクルが確かに根付きます。それから体中に広がリま す。心のみでアッラーと唱えません。身体のすべての器 官がアッラーと言うのです。 すべての器官が光りはじめ、光を放ち始めます。あらゆる器官がズィクルし始めます。 アッラーと讃えます。このように達した人を ズィクリ イムダーム Zikri imdam、又はス ルタニー ズィクル(sultani zikir)と呼びます。心のズィクルを人がする時、490万倍の 報奨をえます。心がいつもアッラー、アッラー唱えることは4900000の報奨です。報 奨がたくさんまとまってくるのですよ。ズィクルは最初言葉で始まります。それから心 に定着し、次第に、人はいつも真の主と共にいられるようになるのです。 このように ナクシーでのヘルベト デル エンジュメン(halvet der encumen)の状態に達します。」 と仰いました 私達の道 もちろん本線の基本範囲を知ることが必要ですね。私達の道はよいムスリムになるた めの道です。預言者(s)の道にしっかりと従う道、教友達の道、クルアー ンの道です。 このことをよく理解しましょう。基本はこれです。この範囲の外に出ないようにしなけれ ばなりません。なぜなら、多くの方々がディーンの名で、 道を外れてしまいます。過失 や罪をおかし、非合法なこと(ハラム)にぶつかってしまいます。現世でも来世でも悲惨 な目にあいます。ビドアの道には役立つこ とはありません。ビドアの道で行なわれた 崇拝行為には褒美はありません。アッラーに受け入れられません。アッラーはビドア の道での、人々の義務行為、任意 の行い、巡礼、小巡礼、礼拝、祈願、サダカ、喜捨 を拒みます。顔になげ返し、受け入れてくださいません。「貴方はビドアの道をあゆみ ましたね。貴女は ディーンをだいなしにしてしまいましたね。あなたはディーンに付け 加えたり、削除したりしましたね。貴方は本来の道を忘れてしまった人です。」とアッラ ー は彼のした崇拝行為を拒み受け入れません。ですから、道はスンナ(慣行)の道で す。預言者(s)の道です。そのため私達のテッケ(修道場)で大切な本はハ ディースの


本です。ラームズ・ル・アハディースです。基本範囲を忘れないように致しましょう!ハ ディースを読みましょう。何か行動したときは「我が主よ、 ラームズを読み行動いたし ました。」とアッラーにいえます。 ですから、皆さんにお勧め致します。リヤーズサーリヒーンの教科書を読みましょう。 イマーム ネヴェリのその本は正しいハディースを紹介しています。そ れをお読みく ださい。預言者(s)のお勧めになっていることを聴いたことになります。英語版もありま す。トルコ語版もあります。その解説書もあります。す べてあります。よく手にはいる 本です。書店には常時おいてあります。この本をご覧下さい。預言者(s)はどのような お方か学べるでしょう。(訳者注:日本 では中央公論社、ハディース 牧野信也さん 訳、又は日本アラビア協会日訳サヒーフムスリムが手に入れられます。)許可された 簡単なことではなく、篤信で、 固い決意で崇拝行為をしながら、最新の注意を払い罪 から遠ざかるように努めて下さい・・・ もちろんスーフィーになると言うことは、純粋なムスリムになると言うことです。純粋な ムスリムがすることを貴方もなさって下さい・・・ スーフィーであることと、それは、シャリーアの命令、タリーカの詳細、心の崇拝行為、 知識を基礎にして生きるある1つの人生の形といえるでしょう。 礼拝 義務の礼拝 礼拝は時刻を守ること!・・・礼拝はとても大切な崇拝行為です。まず、必ず時間内 に礼拝しましょう。礼拝をモスクで、みんなでしましょう。27倍の報奨をのがないよう に・・・ 時間をまもることについては、私の妻のことを思い出して下さい。見本の1つとし て・・・祈りの時を告げる人がミナーレ(モスクの尖塔)からおりる前に彼 女は必ず礼拝 に立ちます。「ハジュハヌム(巡礼をしたことのある婦人、妻)」と私がはなしかけますが、 御覧なさい。もうアッラーフアクバルと礼拝を始めて います。 預言者(s)に「一番報奨の高いイバーダはなんですか?」と尋ねますと「礼拝です。 一番初めの時刻にする礼拝・・・」と仰られます。礼拝を最初の時刻に するなら、光り 輝きます。中間でするものは輝きが薄らぎ、最後にする者は光を失います。一番最後 にあわててするに礼拝は消えゆくろうそくの炎のようなもの です。報奨はとても少な いです。ですから、義務の礼拝はアザーンの直後の早い時刻に致しましょう。 金曜の集団礼拝を拒まないように。ジュムアを拒むものは心が封印され、悲惨です。 ジュムアを拒むものはおろかです。ジュムアを拒むものは奮闘努力したこ とになりま せん。ジュムアを拒むことはイジュティハードに反します。イスラームの教え(ディーン) を汚してしまいます。ディーンの義務を怠るジハードは成 り立ちません。ディーンの義


務にしっかりと従い、行ないましょう。イマーム、ムアッズィン(祈りの時を告げる人)を 愛して下さい。 任意の礼拝 義務の礼拝とは別の礼拝、徳の礼拝、任意の礼拝をしましょう。任意の礼拝をしたとき アッラーの愛を手に入れます。「おお、しもべが義務でない崇拝行為を喜んでしてい る!」とアッラーは貴方を愛されます。 ですから偉大な導師の幾人かは任意の礼拝を勧めてらっしゃいます。偉大な導師 達はではどこから得たのでしょう?それはハディースからです。預言者(s)のお勧め になった礼拝です。もともと、偉大な導師達の中で最も偉大な導師とは預言者(s)の ことですから。 1、朝の礼拝の後、クルアーンを読誦し、祈祷書、祈りをし、ズィクルしながら日の出 まで30分間過ごします。そしてイシュラークの礼拝をすること・・・ 多大な報奨を得ら れます。アッラーの報奨、恵み、もてなしに近づくことが可能です。「朝の日の出の時 間に祈祷書を読みました。そのためにこの報奨を手にし たのでしたね。」と(天国で) 貴方はおっしゃるでしょう。どなたがこれらの報奨を手にいれられるのでしょうか?で は、イシュラークの礼拝はいつしますか? 日の出の30分後から45分後の間にでき ます。この報奨は1回分の巡礼と小巡礼を完璧に行なったのと同じで、多大なもので す。預言者(s)は三度くりかえ して、「1回分の完璧な巡礼と小巡礼」と仰っています。 まちがって聞いたかもと仰らないように、驚かないで下さい。ちょうど「一回の巡礼と小 巡礼に相当す る。」3度と繰り返し仰いました。これは正しいハディースです。イマー ム・ティルミズィーが伝えています。アブー・ダーウドの伝承にも在ります。このイ シュ ラークの礼拝をして下さい。朝、一度巡礼と小巡礼に行った報奨を得ることになります。 では、巡礼と小巡礼とはどのようなイバーダでしょうか?「よく巡 礼をした者の報奨は 天国のほかにない。」天国へ人を導くイバーダの一つです。ですから、朝一度、巡礼、 小巡礼をするのと同様の報奨を手にすることはすばら しいことです。これを逃さない で下さい!私は眠い…おっしゃるのはよくわかりますが後で寝てください。この報奨を 得てから、ゆっくりお休みください! 2、朝と昼の間は長いですね。6、7時間ぐらいありますね。この間にドゥハーの礼拝 があります。正午の45分前までできます。4または2ラカートまたは もっと多くしても よろしいです。トルコ語でドゥハーの礼拝をクシュルク ナマーズとも呼びます。人がドゥ ハーの礼拝を続けることができれば、善いしも べたちのグループに加わります。アッラ ーの愛されるしもべたちの集団です。誠実なしもべたちの集団です。貴方も彼らに加 われるのです。 3、日の入り後の礼拝(マグリブ)のスンナの礼拝の後、預言者(s)のお勧めになっ た礼拝の1つにアッヴァービーン(evvabin)の礼拝がありま す。2または4または6ラ


カートします。これも正しいハディースからです。この報奨は?それは人の罪が海の 泡ほどであろうと許されるということです。この 夕方の任意の礼拝をすることで・・・ ある町であるお嬢さんが私のところへ来て「師よ、私は貴方に特にお会いしたいの です。私は大罪を犯してしまいました。アッラーは私を御赦し下さるでしょ うか?」と泣 いていました。そのときちょうどこのハディースが頭に浮かびましたので、「アッヴァー ビーンの礼拝を続けて御覧なさい、お嬢さん。夕方任意の 礼拝をしてみてください。 アッラーは御赦しくださいます。」と応えました。 他のハディースでも預言者(s)が仰っていますが、「70年の罪があっても赦される。」 そうです。ということは一生涯の罪があっても赦されるということですね。これらは信憑 性の高い正しいハディースに書かれています。 4、就寝前の礼拝をします。客としてどこかへ出かけ、または働き、勉強もしますね。 それから少し家族との団欒の時間があり、子供達に勉強を教えたりして、就寝の時間 が来ます。就寝時に新しく清浄し、4ラカート礼拝しそれからそのまま清浄な状態でお 休みください。

清浄な状態で就寝することの褒美は何でしょうか? 1、夜中ずっとイバーダしたように天使たちが彼の報奨を書きつづけます。夜中に寝 ないでイバーダしていたのと同じ報奨が記録されます。 2、その間に亡くなれば、信仰あるまま来世に引っ越したことになります。 3、天界の天使たちから彼の体は光のように見え、舞い降りてきて、彼のまわりに集 まります。 4、天使達は「我が主よ、このしもべは浄めのあるまま就寝しました。どうか彼を御赦 しください。」と朝までドゥアーしてくれます。 5、悪魔がそばに寄り付きません。 ですから、夜はこのようにお休みください。よく注意なさってください!清浄な状態で就 寝することを習慣付けて下さい。 6、深夜の眠りの間にタハッジュドの礼拝をするように努めましょう。子供が泣いたり、 玄関のベルが鳴り、雷がなった…騒がしく忙しかった、等々色々なこと があると思い ますが、深夜起きて下さい。時には、蚊が貴方を起こします。ああ、痒いといって時計 を見るとちょうど深夜の礼拝の時です。そのとき私は蚊には 怒りません。そのとき起 きることができなかったかも知れないのに、蚊が私を起こしてくれましたから、蚊さえも 好きになります。 最後の時間はイムサク(imsak:断食の始まる時刻)の時刻までです。断食の始まる 時刻の前まで深夜の礼拝ができます。これも大変報奨の高い礼拝で す。ハディース で「深夜に礼拝することは、この世界とこの世界のすべてのものよりも価値があり、よ


り善いことです。」この価値を貴方は来世で理解すること でしょう。目前が開かれ、 「なぜ私達はたくさん礼拝をしなかったのでしょう?なぜいつもしなかったのでしょう?」 とその時、後悔することでしょう。天の扉 は夜開かれています。ドゥアー、懇願には最 適です。深夜至高なるアッラーはドゥアーを受け入れて下さいます。「われに求めるも のはおらんか?望むものはお らんか?さあ、望むものにはあたえようぞ。願いをかな えようぞ」と仰せられます。願いのある人は起きましょう。アッラーに望みましょう。サ ハル (seher,深夜の最後の6分の1の時間)断食時の早朝の食事前の時間やタハジ ュドの時間に・・・「我が主よ、私は望みます。」と言う者に「さあ、どう ぞ」仰せられま す。夜に生き返ってください。テレビを見て時間を浪費し、朝の礼拝に起きられないよ うな寝方はしないで下さいね。夜の礼拝の後、早寝し、サ ハルの時間に起きて下さい。 今までお話してきた礼拝は大変報奨の高い礼拝です・・・もう一度思い出しましょう。 早朝の令は以後イシュラーク・・・早朝礼拝と正午の礼拝の間にドゥハー・・・日の入り後 にアッヴァービーン・・・に寝る前にする夜の礼拝4ラカート・・・深夜に起きてタハッジュ ド・・・ これらの礼拝は預言者(s)がお勧めになっています。ですから、私達もお勧め致しま す。

任意の断食 報奨の高い断食がいくつかあります。なんでしょうか? 1、毎週月曜日と木曜日の断食です・・・預言者(s)がなさっていたそうです。それで、 私達もお勧めします。月曜日と木曜日に断食することを好まれま す。しもべたちのイ バーダはアッラーフタアラーの学び舎(デルギャフ)に月、木曜日に送られるからです。 できるならこれをなさって下さい!・・・ 2、イスラーム暦の月々-ムハッラム、サファル、ラビーウルアウワル、ラビーウルア ーヒル、ジャマダルウーラー、ジャマダッサーニー、ラジャブ、シャー バン、ラマダーン、 シャウワール、ズルカイダ、ズルヒッジャ・・・この月々の始めまたは真中、終わりの日 に断食することが望ましいと勧めていらっしゃいま す。 3、イスラーム暦13、14、15日つまり、満月の夜の昼間に断食をすることを勧めて います。預言者(s)は一度も怠ったことがなかったそうです。夜も すばらしいし、もちろ ん昼も報奨があるということですね。この時、断食なさっていました。暦をご覧になって 今日はイスラーム暦の何日かを知ることができま す。では、わすれないための近道 は?今日の日付のジュズを毎日お読みになることです。毎日1ジュズ読誦できますし、 何日かも知ることができますから、一石 二鳥です。 4、シャウワールの最初の10日間、ラジャブ月とシャーバン月の聖なる夜の断食、 ズルヒッジャの最初の10日間、さらにアラファの日の断食もとても報奨 高いものです。


1年間の罪から救われます。逃さないで下さい。ムハッラムはムスリムの新年です。 いろいろな預言者達が善い出来事にであったときです。ア シューラーの日もあります。 今申し上げた時に断食をなさって下さい。そして自己改善に努めましょう。自我を管 理できないムスリムたちは善をもたらしません。自我を無にすることが必 要です。改 善することがひつようです。ムスリムになることが必要です。それは断食、崇拝行為 (イバーダ)、ズィクルで可能になります。イバーダ、ズィク ル、断食、そして礼拝で報奨 のあることがあれば走って行き、貴方の報奨を増やしましょう。なぜなら、この世はあ の世のための畑です。天国は働かなければ手 に入れることはできません。 他の報奨あること ほかに報奨のあることは?知(ilim)を学ぶことは報奨があります。学び、教え、読み、 読ませます。クルアーンを読誦し、読誦させます。イスラームを ひろげることに努め、 家でイスラームを伝えるために集会を開きます。以上のことはすべて報奨のあること です。報奨のあることをするよう努力しましょう。 お金があれば喜捨しましょう。貴方が礼拝するモスク、水道、道路を作るために使い ましょう。 愛すべきご婦人達の1人、私はとても敬愛していますが(彼女にアッラーよ、恵みを 垂れたまえ。天国の住人となさいますよう。お目にかかっていませんがと ても愛を感 じます。)彼女はベズィミ アーレム ヴァーリデ スルターン ハズレトレリです。彼女 は無料で治療ができるようにと、グレバー病院を貧しい人 達のために作らせ、イスタ ンブールの人々が飲めるようにとテルコスから水を引きました。ここで注意をひくこと は、彼女がせっかく水を引いたのにワクフのグ レバー病院がお金を支払わないとい う理由で市役所が水道を止めたことです。運命は大変興味深いものです。 今はさておき、彼女は大変喜捨をしました。イスタンブールを改善し、病院をつくり、 水を引き、モスクを建てさせました。イスタンブールのどこにでも彼女の思い出が残っ ています。みんなにとても愛されています。 もう1人、いつでも規則的に水が飲めるようにと、ヒジャーズのアラファットの山はず れから水 路を作り巡礼者のために水を引きました。ズバイダ婦人の水と 呼ばれています。こ のズバイダ婦人はハールンラシードの奥方です。彼女にも心から感謝いたします。な ぜなら、その時代巡礼にとって水の必要性は大変高かっ たからです。つまり、人は全 力を尽くせば、色々な善行ができるということです。ご本人が亡くなった後でも、報奨を 得る理由となる業績を残すことができるの ですね。 善行をなさって下さい。収入の一部を喜捨に取り分けてください。そして、アッラーの 道のためにお使いください。気前よさ(寛大さ)は大変価値のあること です。ある時預


言者(s)がサラマ家の部族の民に「あなた方のサイード(長)はどなたですか?」尋ね ました。すると「誰某ですが、とてもけちです。私達は みんな彼がけちだとわかってい ます。サイードは部族の長でしたが、大変けちなひとでした。」と答えました。すると預 言者(s)は「いいえ、貴方の長はアム ル・ビン・ジャムーフです。」と仰ったそうです。ま だアムル・ビン・ジャムーフはムスリムにはなっていませんでしたが、預言者(s)の結 婚式のご馳走も彼 が振舞ったそうです。多神教徒でした。にもかかわらず、預言者 (s)の結婚式のご馳走を用意し、皆さんにご馳走したわけです。彼が寛大だということ で、 「彼は長です。彼があなた方の部族の長です。」と仰っています。 ですから、お金の一部を取り分けてください。違うポケットを準備しましょう。「このポ ケットは喜捨のためのお金を入れたポケットで小銭や札のお金を用意 して下さい。さ あ、取りかかりましょう。相手の状況に応じて喜捨いたしましょう。色々な喜捨に遅れな いように。いつも気前よくおなりなさい。アッラーは気 前のよさを愛されます。 いつでも報奨のある行いをするよう注意なさって下さい。死後あなたに残る報奨ある 行いをなさって下さい。たとえばどのようなことでしょう?後世に善行を 残すことです。 本を書き残すことです。よい子供達を残すことです。あなた方のお子さんが善行をす るよう注意なさって下さい。あなた方のお子さん達全員を ハーフィズに、シャイフに、 導師にしてくださいますように、アッラーのディーンにかけて皆さんが世界中で人々に 援助するように。イスラームを広げ後世でも 私たちに報奨が来ますように。お墓の中 で光り輝くような報奨が降るように・・・ 天国は働かずして手に入れることはできません。必ずよいニーヤ(意思表明)で純 粋な正しい行動をしなければなりません。カーバの覆いに書かれています。「だが悔 悟して信仰し,善行に動しみ,その後(正しく)導かれる者には,われは度々寛容を示 す。」(第20章82節) 赦されるためには正しい行動が条件です。喜捨、善行をするようにがんばってくださ いね。 「その日には誰も,少しも不当な扱いを受けず,あなたがたは,只自分の行ったことに 対し報いられる。」(36章54節)善いことに出会う人はアッラーに感謝し、悪いことに 出会う人は自分の魂を責めなさい。間違いは自己自身からです。 正しい行動をすることは大変重要です。私たちの正しい行為をすべて一つの大きな 袋に集めてもたいした値打ちはありません。しかし、アッラーの恵みは多大 です。いく ら私達はアッラーのために人生を過ごしても、アッラーの恩恵1つも値しません。それ でも、行為は純粋で正しくなければなりません。アッラーの命 に従わなければなりま せん。アッラーの命に従わないムスリムはよいムスリムに相応しくありません。

私達の本来の仕事


全力を尽くしてイスラームのために働いて下さい。なぜならムスリムの本来の仕事 はイスラームに奉仕することです。博士か技術者かどうかはその次の問題で す。次 に来ます。私たちみんな同じ職業で働いているのです。その職業とはイスラームの奉 仕者(hadim)です。クルアーンに奉仕する者です。私達はは奉 仕者です。本当の私達 の仕事はこれです。ですから、本来の仕事を忘れないようにして下さいね。私達をアッ ラーはお金を稼ぐため、糧を得るために送られませ んでした。金銭はもともとアッラー が与えてくださいます。糧も彼が与えてくださいます。彼は「糧を与える御方」です。ア ッラーは私たちに崇拝するようにと 望んでおられます。奉仕を待ち望んでおられます。 務めを果たすよう望んでおられるのです。帰依を望んでおられます。ですから帰依を、 崇拝をなさって下さ い。アッラーがよきことを手に入れさせてくださいますように・・・ ここで大切なのは、報奨をえようとするときに、罪から遠ざかるよう注意することです。 罪は報奨を連れ去ります。罪から逃れるように。目がハラム(非合法 的な事)を見ず、 舌がハラムを語らず、耳がハラムを聞かず、胃がハラムを食べず、手をハラムに伸ば さす、足がハラムに踏み込まないよう、すべての器官をハ ラムから守るように、これ が義務です。 預言者(s)は仰います。「人が間違って地獄に行く理由は舌と性的過失のためで す。」「上下の唇の間と2本の足の間ゆえです。」とハディースにあります。人が罪にい たる主な原因です。このことによく注意しなくてはいけません。 いつも罪から遠ざかるように注意しましょう。ハラム、疑わしいことに近づかないよう にしましょう。何が非合法で、何が合法か本に記されています。何が報 奨で何が罪 か私達の師の本に書いてあります。合法(ハラル)なことをし、非合法(ハラム)なこと から遠ざかることができるでしょう。報奨のあることをして 罪から身を守ることです。 篤信を備えたムスリムになれるよう努力なさって下さい。

正しい行動、よい性格(高徳) 1に、正しい行動をすること、2に罪から身を守ること3に、私達の性質をよくすることで す。善くない性格は取り残されます。悪意を持つことは悪い性格で す。ねたむこと、自 己愛、高慢さけちさはよくない性格です。この悪い性格をなくす必要があります。やさ しい言葉で気前よく、情け深く、天使のような人間に ならなければなりません。このこ とによく注意なさってくださいね! タサッウフを広い視野で眺めると、性格を改善するための道ということになります。 人はよい性質が備わると、アッラーその性質ゆえに多くの褒美をお与えに なります。 よい性質を持つ者は、昼中の断食と夜中の崇拝行為で得る報奨と同様の報奨をよい 性質のためにいただけるのです。多くの人が天国に篤信とよい性質 のために入リま す。悪い性格の持ち主は破滅します。性格が悪いものは罰を受けます。ですから悪い


性質を捨て、よい性質を持つことが大切です。よい性質を手 に入れましょう。よい性 質の持ち主は天国行きです。それから、知(ilim)を学ぶのと同じくらい、篤信を学んで ください。これらはタサッウフにより可能 になります。 本来タリーカとは教育という意味です。道徳の教育です。徳の教育です。人が成熟 した人間になるという事です。アッラーがこのことをあなた方に成し遂げさせてください ますように・・・ 誓い合うこと 皆さん一回ファーティハと3回イフラース章を読み、これらを預言者(s)と偉大なその 仲間達へ、高徳な師達に送り、それからドゥアーしましょう。「 本当にあなたに忠誠を 誓う者は,アッラーに忠誠を誓う者である。アッラーの御手がかれらの手の上にあり, それで誰でも誓いを破る者は,自分の魂を損なう者である。また誰でもアッラーとの約 束を,はたす者には,かれは偉大な報奨を与えるのである。」(48章10節) これは誓いです。宣誓です。教友たち、女性も、男性も、個人も集団も預言者(s)に誓 いました。アカバの近い、フダイビアでも誓いました。 預言者(s)に誓いをたてたものは、アッラーに誓いを立てたとことになります。アッラー の御手が彼らの手の上におかれているのです。誰でも誓いに忠誠を示せば、偉大な 報奨を賜ります。誓いを破る者は罰を受け、悲惨です。 ウラマー(ulema)の地位 ウラマーは預言者(s)の相続人で、カリフの地位にあるためにウンマは彼らに委ねら れました。預言者(s)の後、ウンマの誓いは真のウラマーへなされま す。ウルル・アミ ル・アーリムです。「アーリムでないものが長になる時は、最後の時をお待ちなさい。 (最後の時が近づいた)」と預言者(s)も仰っていま す。他の本にも記されています。 ギュムシュハーネ・ハズレトレリのラームズの解説では、このように書かれています。 真実はこれです。ですから、この誓いは 真実の誓いです。誓いのもう一つの名はイン ティサプです。バイアとインティサプの間には違いはありません。人はある場所に結び つきます。5箇所3箇所2箇 所に同時に結びつくことは不可能です。「もし,その(天 地の)間にアッラー以外の神々があったならば,それらはきっと混乱したであろう。・・・」 (21章 22節)とクルアーンにもあります。 ですから、誓いには忠誠を尽くし、あの道に誠実であるように。正しい道から外れな いように。冷静に理性的によく考えて下さい。アッラーはこれから先あな た方を自我 やシャイターンに負けないようにしてくださいますように。タリーカの規範、テッケ(修道 場)の道徳を学び、成熟した、正しい聖なる情け深いしも べにアッラーが導いてくださ いますように。シャリーアとテッケの細やかな規範を身に付け、高徳な人にアッラーが して下さいますように。アッラーの愛をあな た方の心の中に定着させ愛と誠実さが身 につけられるよう、至高なるアッラーの御前にアッラーの愛で給う、喜ばれるしもべと して、たどり着けますように。


あなた方の魂を光り輝かせ、心の錆を取り、心の覆いを開き、心(魂)でアッラーを知 り、賢いしもべになれますように。アッラーを愛するものとして、 ディーンを愛し、奉仕 できますように。アッラーの御前にアッラーの愛されるしもべとして侍り、アッラーが天 国と善美を褒美としてお与え下さいますように。 アッラーの多大なご満悦を得られま すように。 「(善行を積んだ魂に言われるであろう。)おお,安心,大悟している魂よ, あなたの 主に返れ,歓喜し御満悦にあずかって。 あなたは,わがしもべの中に入れ。 あなた は,わが楽園に入れ。」(89章27・28・29・30節)とアッラーの御言葉どおり、みんな 天国と善美が私達すべてに与えられますように・・・アルファーティハ デルスのやり方と主な規範 清浄な状態にします。できる限り正常な状態で過ごしましょう。デルスをするときはキ ブラに向かって座るように努めましょう。 最初に25回許しをこいます(estagfirullah el-azim) 一回ファーティハと3回イフラースを唱え、「この少々を預言者(s) の聖なる魂へ、そし て他の預言者(s)たち、預言者(s)の子供達、彼の妻達、教友の次世代の方々、すべ てのシャイフ達特にナクシバンディー・バハアッ ディーン師、メヴラーナー・ハーリー ディー・バグダーディー師の魂に贈りました。」と言います。目を閉じ、臨終の時を考え、 死を想念します。これが最後の 就寝で、アズラーイール(A.S)が私達の命をとりに来 られます。「私達はどうなるのでしょうか?」と困惑の中、汗だくだくで、アッラーに救い を求めて、 シャハ—ダしています。その間にアズラーイール(A.S.)が魂を取り出します。 一度連れて行き来世を見せ又連れ戻し枕もとに魂をもどします。魂が「私は この遺 体と長い間過ごしましたが、今離れました。さあこれからどうなるのでしょう?」といい ながら、待っていると、親友達、親戚達が枕元に集まり、泣き悲 しみ、救いを求めはじ めます。そして隣人や浄めをしてくれる人に知らせ、準備を万全に整えます。最初に (貴方の)遺体の服を脱がしはじめます。 さあ、この状況を目に想いうかべて下さい。服を脱がして、遺体を洗う台にのせてい ますよ。洗ってくれる人が来て、きれいにあらいましたよ。清浄になりま した。それか ら、白い布を巻いて、棺に入れ、礼拝し、墓地に連れてこられ、墓に埋められました よ・・・そうして、みんなは帰っていき、貴方はそこで独り ぼっちになりました。ハックタ アラーは2人の天使を遣わします。彼らは「貴方の主は?貴方の預言者は?貴方の 宗教は?貴方の聖典は?貴方のキブラの方向 は?」と尋ねます。「私の主はアッラー で、預言者(s)はムハンマド・ムスタファー(S)です。聖典はクルアーンです。キブラは カーバです。」と答えま す。そう答えられるチャンスをアッラーが与えてくださいますよ


うに・・・彼らも貴方に「アッラーが貴方を祝福されますように」と言い去っていきます。 お墓 はインシャッラー楽園の園となります。来世の偉大な先人達に「貴方の息子の 誰某が来ましたよ」と知らせが届けられます。彼らは来て、貴方を連れて行き、そ こで 彼らと共にアッラーにズィクルをして忙しく過ごします。遺体はそこに残ります・・・この ように想念することを、ラービタ イ メヴトといいます。これ がデルスの前によくでき ればできるほど報奨も多く、満足感も増します。(10分から15分) 私達の師はハーリド師です。ダマスカスに墓があり、バクダード生まれです。大きな 体と肩幅が広く、少し白髪混じりの黒髪で、光り輝くお顔でした。預言者 (s)の隣に彼 が座り、貴方の向かいに彼らがいることを想念してください。主への喜びが彼らの魂 から私達の魂へ流れ込むのを想像し、喜びが来るのを少し待 ちます。 それから心を想念します。左胸のあたりです。アッラーフタアラーはしもべの心をよく ご覧になっています。よくご存知です。心は光の世界のものです。その 光の世界に 私達も入ります。私達のすべての部分を光で輝かせます。貴方の向かいがわにアッ ラーの文字が書かれているのを想像します。そして「我が主よ、大 地は貴方のもの、 天は貴方のもの、天地にあるすべてのもの貴方のものです。すべての被造物は貴方 のものです…私は貴方の無力な罪深いしもべです。私をお許 しください。私に赦しを お与え下さい。私は貴方をズィクルする想念する者(ザーキル)です。恵みに感謝する 感謝する者(シャーキル)です。貴方の喜ばれ る、愛されるしもべとして下さい。」と心 から願い、望み、その後でタスビーフを始めます。意味を考えながらタスビーフをしまし ょう。 1、100回 Estagfirullah elazim. 2、100回 La ilahe illaallah 3、100回 Allah (アッラーと言う偉大な言葉は5000回まで増やすことが可能)アッ ラー100回ごとに ILAHI ENTE MAKSUDI VE RIZAKE MATLUBI"と言います。 4、100回サラワート(Allahumme salli ala barik をまたは短く Allahumme salli ala seyyidina Muhammedin ve ala ali seyyidina Muhammed" を唱えます。 5、100回イフラース章(bismillah と共に) 6、礼拝は集団でするように努めること。早朝の礼拝の後、ズィクル、祈祷、クルアーン の読誦で忙しく過ごし、日の出から45分後に2ラカートイシュリークの礼拝をします。 7、日が昇り始めてから45分前まで10時から11時の間に4ラカートドゥハーの礼拝 をします。


8、日の入り後の礼拝のすぐ後で、6ラカート(2+2+2)礼拝をします。 9、就寝前に清浄し、4(2+2)ラカート礼拝をします。 10、深夜にタハッジュドの礼拝を続けます。 アッラーが祝福してくださいますように。至高なるアッラーが私達を正しい道からそらさ ないよう、お守くださいますように。

タサッウフへの扉  

サッウフの必要性とタサッウフ入門、デルスのやり方。 ナクシベンディーヤェ・ハーリディーヤェ コル ディヤーイヤェ・エッサーディーヤ スベスィ

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