






詠 原 虫 和 哥 秋 風 に 乱 れ て し け き 虫 の ね は 宮 城 か 原 の つ ゆ に ま さ れ り
#001 後水尾天皇 宸翰和歌懐紙幅 ¥1,000,000~
付二重箱(内時代識桐) 紙本 牙軸端 43×30 表具57×115 シミ オレ 「民部卿様ヨリ若狭守直長依六十賀拝領之」友聞内箱識
田山方南外箱識
後水尾天皇(文禄五・1596~延宝八・1680)は第百八代天皇(在位:慶 長十六・1611~寛永六・1629)。諱政仁。幼名三宮。
外箱識:田山方南(明治三十六・1903~昭和五十五・1980)は書道史家。 松永美術館館長。三重県生まれ、名は信郎。著書に『禅林墨蹟』ほか。美濃、 備前、越前で作陶をした。





堪 紅 葉 青 苔 地 又 是 涼 風 暮 雨 天 し ら 露 も 時 雨 も い た く も る 山 ハ 下 葉 の こ ら す 色 つ き に け り
#002 東山天皇 宸翰和漢朗詠懐紙幅 ¥1,000,000~ 付二重箱(内時代識桐・虫喰 外黒塗) 川勝宗久極札 是澤恭三書付中蓋(桐) 紙本 唐木軸端 49×32 表具61×121 シミ
東山天皇(延宝三・1675~宝永六・1710)は第113代天皇。 諱朝仁。父・霊元上皇の下で大嘗祭の儀を復活させるなど、 朝儀復興を結実。
書付:是澤恭三(明治二十七・1894~平成三・1991)は古 筆鑑定家。愛媛県出身、国学院大学大学部国史科卒業後、宮 内省図書寮編集官、文化財保護委員会文部技官、文化財専門 審議委員を経て、東京都文化財審議会長に至る。紫綬褒章、 勲三等瑞宝章受章。
極札:川勝宗久(生歿年未詳)は古筆見。古筆家五代・了 珉(正保二・1645~元禄十四・1701)の門人。一説に享保四 年(1719)歿とする。





#003 藤原定家 八月十五夜和歌二首切幅 ¥1,000,000~ 付二重箱(内時代溜塗識桐) 古筆了音極札 紙本 牙軸端 15×23 表具39×137
藤原定家(応保二・1162~仁治二・ 1241)は俊成の子で詩歌にすぐれ、若 くよりすでに名高く、その学問的業績 も多彩で、文学、歌論、有職故実など 現存する著書も多い。
極札:古筆了音(延宝二・1674~ 享保十・1725)は江戸中期の古筆鑑 定家。了眠の次男で六代目。名は最博、 通称は才三郎。別に即悟庵、真叟と號 す。江戸の人。


#004 舟橋秀賢 天正二十年聚楽懐紙幅 ¥1,000,000~
付時代箱(桐) 紙本 牙軸端 39×32 表具53×115 スレ オレ 表具シミ、穴
豊臣秀吉(1537~1598)により造営された聚楽第に天皇を招く「聚楽行幸」は二回の開催を確認でき る。ひとつは天正十六年(1588)四月、秀吉主催の下、正親町上皇と後陽成帝が行幸した大饗応で、「聚 楽行幸図屏風」などの絵画化や、御伽衆・大村由己による『聚楽行幸記』の詳録など、多数の史料が 伝存する。もうひとつは四年後の天正二十年(1592)正月、秀吉の後継となった豊臣秀次(1564~1595) が主催し、十六年時に比して規模は縮小したものの、同じく後陽成帝の行幸に浴している。ながら、 この「天正二十年行幸」に関する史料は殆ど現存せず、管見して、群書類従所収の『天正二十年正月 廿六日行幸聚楽第之行列』(以下群書類従本と略す)など僅少である。その理由として、竹内洪介は「天 正二十年聚楽行幸考:新出『天正二十年 聚楽第行幸記』を中心に」(『國學院雑誌』121巻9号、 2020 年9月、37-58頁)の中で、文禄四年の秀次切腹にはじまる秀次一族への迫害を挙げている。現に、群書 類従本では天正二十年時の行幸行列について後陽成帝行列のみを掲載し、其れに続くはずの関白行 列には一切触れていない。
掲出に立ち返ると、「行幸聚樂亭同詠」とあり、聚楽行幸の歌会で献上された所謂「聚楽懐紙」の一 と知れるが、竹内洪介「『天正二十年 聚楽第行幸記』解題・翻刻」(『古代中世文学論考』第40集、2020 年3月)を参照し、天正二十年時における聚楽行幸の記録との合致を確認した。これは、行幸和歌部分 のみを収録した島原松平文庫蔵『関白秀次亭行幸和歌』とも異同はない。水茎の跡も併せ考え、掲出 は秀次主催の聚楽行幸和歌御会において、清原秀賢(後の舟橋秀賢)によって詠進された懐紙原本と思 われる。比較的簡素な表装や極書の不在は、先述の背景を勘案すれば首肯できようか。
舟橋秀賢(天正三・1575~慶長十九・1614)は公卿、明経博士。蔵人右近衛将監、のち式部大丞、同少輔に進む。慶長六年(1601)家名 を清原から舟橋へ改称。徳川家康の命で古書を蒐集、献上。また後陽成、後水尾天皇の読書始に際し侍読を務め、従四位上に叙せられる。 歿後正二位。日記『慶長日件録』は近世初期を知るうえでの重要資料に位置づけられる。



#005 紅花菱繋地黄白菊花丸文浮織小袿 ¥1,000,000~ 付木箱(桐) 143×180×83
秋篠宮妃紀子殿下の御成婚に続く初度の伊勢参宮に小袿として調進されたが、当日の伊勢参宮には白絲のみの小袿を被着され、掲出 は調進家に残置された。







#006 脱乾漆聖観音立像 ¥1,000,000~ 付識箱(桐 貼札) 像高70 総体脆弱 足元破損 「天平乾漆 正観世音菩薩像」箱識







#007 法隆寺一切経補巻 ¥2,200,000~ 付識箱(桐) 紙本 唐木軸端 888×25 表具938×25 オレ 虫穴
「大般若波羅蜜多経」巻第三百十三 堀池春峰箱識 付箱に堀池春峰による箱書をみる。蓋甲に「法隆寺一切経 巻三百十三」、蓋裏に「本巻者法隆寺一切経之内 行信発願大般若経之補 巻也 夙流巷間者欤 无当寺黒印矣 昭和五十七年勁秋吉祥日」。
1行16字また17字詰に書写する。行信は生没未詳ながら、奈良時代の高僧で、元興寺行信、西大寺行信、法隆寺行信、薬師寺行信の呼 称を残す。いずれも各大寺で重職を勤めた故の尊称である。天平勝宝6年(749)に厭魅の罪で、下野薬師寺に配せられた。
行信は、『大般若経』など二千七百巻の経論の書写を発願したが、完成を待たず没した。願意は弟子孝仁に継がれ完成された。法隆寺 に行信の肖像彫刻が遺り、その表情に行信の意志の強さをみせる。掲出は冊子に改められた痕跡をみる。






#008 西大寺印大般若経巻物 三 ¥3,000,000~ 付木箱(桐) 紙本 P軸端 ヤケ 虫穴 ①第二〇一巻 840×245 表具900×275「文永三年(1266)快圓」巻末識 ②第二〇二巻 771×245 表具831×275「文永三年(1266)快圓」巻末識 ③第二一三巻(題箋は三三四) 819×245 表具879×275「仁平壬申年(1152)了信」巻末識 西大寺の特定は、三巻中の二巻(201202巻)の巻頭と巻末に押印された筋彫の西大寺朱文印による。先の二巻は、快圓によって書写さ れた鎌倉期の文永三年十月三日と同年十月五日の年紀を伴っている。三巻中、最も古い平安期の仁平二年(1152)の203巻は、「了信」に よる書写ながら、「西大寺印」を押捺していない。なお、田中塊堂の『古写経総覧』は、西大寺印としては、「額面西大寺印」と二重囲い の「西大寺大慈院」の二種を掲載して、掲出の「筋彫西大寺印」を掲載していない。
なお、文永三年の「快圓」は、鎌倉時代の東大寺東南院の僧名に快圓の名をみる。また、同名の南都佛師があり、建長五年 (1253)に興 福寺本坊持佛堂の本尊で、旧大乗院に在った弥勒菩薩の佛師として「快圓」を知るが、いずれにしても確定には至らない。平安時代の 「了信」に関する情報は得ていない。







#009 木村徳応 涅槃画大幅 ¥2,000,000~ 付時代識箱(杉) 絹本 金軸端 191×295 ヤケ スレ オレ 一軸物 木村徳応(文禄二・1593~歿年未詳)は京都の絵佛師。宮中絵所に代々 出仕した木村了琢の一族と目されており、江戸時代前期における大規模な 寺社造営において狩野派と共に彩管を揮った。また宗派を問わず諸宗祖師 像を描いたことが往時の記録から窺える。時期は定かでないが法橋に叙せ られ、天和元年(1681)頃までの画作が確認されている。 涅 槃 図 と 言 え ば 、 寸 法 が 大 き い も の だ が 、 掲 出 は 大 寺 の 調 進 に 応 じ た も の だ ろ う か 、 段 と 大 き い 。 軸 物 と は 、 本 紙 部 と 表 装 部 を 体 に 仕 上 げ た 作 品 の 呼 称 で 、 掲 出 は 、 画 者 で あ る 木 村 徳 応 に よ っ て 表 具 部 ま で 描 き 上 げ ら れ た 軸 物 と 見 ら れ る 。 軸 物 に は 、 友 禅 染 や 、 竹 屋 町 裂 と 呼 ぶ 、 織 物 を 志 向 し た 縫 物 の 軸 物 も 散 見 さ れ る 。


#010 釈迦十六善神画幅 ¥1,500,000~ 付木箱(桐) 太巻 絹本 金軸端 79×139 表具102×224 大ヤケ シミ スレ 三巾縫合 掲出は「大般若経會」の本尊。大般若経會は、大般若六百巻を転読して般若の知恵に浴し、福徳を 祈る法會と知れる。向かって右側下段に玄奘三蔵を配して、天竺からの経典類請来と漢訳という玄 奘の功績に対する感謝の意を表す。




#011 木彫漆箔大三光天子像 ¥1,000,000~
主尊像高26 総高53 彩色剥離進行 玉眼 「寛文九年(1669)」底銘
如来形ながら四臂を刻出し、右手に宝棒、左手に卍形を持し て雲龍座に立つ主尊と、両手を袋手にして日月の鏡形を奉持す る官人の二尊を脇侍とする。中尊の背に墨で「大明星天」、脇侍 には「日天」「月天」の書入があり、三尊が星宿信仰に起源を持 つ三光天子像と知れる。三光天子は法華経の最初の霊鷲山での 講経に出現した三天で、これを法華経徒の守護神と賞揚した日 蓮(1222-1282)によって造形化されたとみられ、三天は、法華髭 曼荼羅にも描かれる。彫像の遺例は極めて少なく、掲出は、本格 的な佛師の手になるものである。
三体の台座裏の夫々に「施主天王寺屋吉右衛門尉 願主 久 本寺第四世日啓(花押)、寛文九己酉五月十九吉祥日 開眼」の墨 書を見る。
以上の情報により、天王寺屋吉右衛門を施主として寛文九年 (1669)五月に、久本寺第四世日啓によって開眼された「大明星天 三天」と知れる。なお、天王寺屋吉右衛門(1623-1695)は、本名は 大眉光重であり、いわゆる豪商でなる両替商の天王寺屋五兵衛 の元祖に当たる。
なお、大三光天子の開眼を務めた「久本寺四世・日啓」には、 前年(寛文8)に、住友友以の追善供養の為の妻による久本寺への 祖師堂の寄進の事績もあり、江戸前期の大坂の豪商たちの法華 宗への熱心な帰依に、日啓が深く関与していたことが注目され る。


#012 一休宗純 一行書幅 ¥1,300,000~ 付時代識箱(桐 貼札) 真珠庵宗賢折紙 天室宗竺極添幅 紙本 牙軸端 29×103 表具42×185 ヤケ スレ オレ 風帯イタミ 一休宗純(明徳五・1394~文明十三・1481)は室町中期の禅僧。京都生まれ。別 号狂雲子ほか。文明六年(1474)大徳寺四十七世となるもすぐに退寺。歿後大徳寺 に真珠庵が建てられた。
折紙:普巌宗賢(生歿年諸説)は江戸前中期の臨済僧。真珠庵十五世。狩野安信 に学んで画を能くし、また墨蹟の鑑定にも長じた。
添幅:天室(慶長十・1605~寛文七・1667)は大徳寺百九十世。諱宗竺、号一如 子、破笠子、雛道人。尾張生まれ、大徳寺の玉室宗珀の法を嗣ぎ、承応三年(1654) に同寺の住持となった。

臨 済 宗 で 重 要 視 さ れ る 『 金 剛 般 若 経 』 に お け る 最 重 要 句 の 。 唐 代 か ら 様 々 な 註 釈 が 著 さ れ 、 時 代 が 下 が る に 従 い そ の 解 釈 に も 変 遷 を 生 じ て い る が 、 明 代 初 期 、 即 ち 一 休 禅 師 健 在 の 頃 、 六 祖 慧 能 が 当 句 を 聞 い て 大 悟 し た と 云 う 『 六 祖 壇 経 』 故 事 を 引 用 す る 理 解 が 生 じ 、 当 句 は 禅 宗 的 解 釈 を 包 含 す る よ う に な る 。
応 無 所 住 而 生 其 心 ( 応 に 住 す る 所 無 く し て 其 心 を 生 ず )


#013 玉舟宗璠 一行書幅 ¥1,000,000~ 付木箱(杉 貼札) 紙本 牙軸端 29×127 表具32×206 穴



#014 豊臣秀頼 春日大明神神号幅 ¥1,000,000~ 付識箱(杉)
紙本 雑木軸端 18×40 表具28×99 シミ スレ 虫穴 表具ヤケ、シミ、虫穴


#015 豊臣秀頼 豊国大明神神号幅 ¥1,000,000~ 付木箱(桐) 紙本 黒塗軸端 31×87 表具43×168 ヤケ シミ 穴 表具ヤケ 豊臣秀頼は慶長三年(1598)秀吉が亡くなったときわずか六才であった。翌年神号「豊国大明神」が授けられる が、秀頼自筆の神号は八歳から十五歳まで知られており、各地に勧請された豊国分祀の神殿で祀られていた。



#016 中広形銅鉾 ¥1,000,000~ 付識箱(桐) 総長825「明治十六年(1883)七月福岡県安徳村出土」箱識 銅鉾は形状から四型式に分類され、掲出は中広形銅鉾に分類される。
中広形銅鉾は、全長712~880㎝。長大で基部は全長の35~37%で短く、身に樋を生じ、身の幅はほぼ同じ幅で伸び、穂先は軽くふく らみ鋭さを失う。弥生時代後期に出現した形式とみられ、実践の鉾ではなく威儀具として機能したとみられる。現在の福岡県を中心と する地方で発見されることが多く、掲出には、福岡県安徳村出土とした墨書きを収納箱にみる。安徳村は、現在の筑紫郡に在った村であ る。






#017 伯耆守正幸 刀 付白鞘 ¥1,000,000~ 付紫刀袋 特別貴重刀剣認定書(日刀保)
長さ715 反り16 目くぎ穴1 差裏切先クモリ 鞘極小ワレ、小アタリ 水牛角口塗補修 表銘:伯耆守平朝臣正幸 裏銘:文化元年子(1804)八月七十二歳造 大阪府第68160号 「昭和甲寅(1974)寒山誌」鞘識
伯耆守正幸(享保十八・1733~文政元・1818)は薩摩の刀工。二代伊地知正良の子。通称伊地知次右衛門。父に学び、父歿後は三代目 を継いで正良を名乗り、薩摩藩御抱工となる。寛政元年(1789)伯耆守を受領、正良の名を嫡男に譲り自身は正幸を称す。




#018 加賀具足 ¥3,000,000~ 付一荷櫃 所載コピー 伝山岸半陸所用 「加州住宗治作」銘 「加賀藩士-百万石の侍たち-」(於石川県立歴史博 物館/平成十二年)図録所載 ※36-37頁に詳記あり






石川県立歴史博物館での展覧会に供された一領で、図録内紹介頁では所用者と旧蔵者、更には着用の背景まで、 かなり具体的な情報が記されている。曰く、所用者は山岸半陸といい、加賀藩校である明倫堂で句読師、訓導を務 めた人物で、掲出は元治元年(1864)京都御所護衛の任を受けて出陣した際に着用したとする。当年七月に長州藩 士が京都で挙兵しており(禁門の変)、半陸は会津藩士とともに蛤御門を守護、長州藩士を撃退したと云う。旧蔵者 の山岸共(1913~2001)は加賀の郷土史などに通暁した人物。
兜に在銘をみる「宗治」は加賀国金沢に住した甲冑師で、小嶋派の一人と目される。活躍した時期は江戸末期で あり、まさに先述の背景との合致をみせる。
兜 錆地の鉄板十二枚を矧合わせて明瞭に筋を立て、一行七点を基本とした座星を各間中央に打つ。前正 中は三行、うち中央一行を六点打とし、腰巻際に一本角本を小さく打つ。後頭を大きく打ち膨らませ た姿形は特徴的で、阿古陀に似るが幾分誇張的である。天辺の八幡座は九段を数え、鍍金裏菊を座金 として赤銅、黄銅、小刻、玉縁、色銅、小刻、抱花、玉縁を重ねる。形容し難い箇所は素材の指摘に留め たが、総じて雪華の形象を思わせる。現に、二段目の赤銅金物は雪輪を象っているようにも見える。後 正中は座星を打たず、簡素な素銅笠印付鐶を高めに打つ。
眉庇は当世形、表一面に皺韋を貼り、鍍金三光鋲を打ち、疎らに斜線刻文を施した覆輪を廻らす。裏は 朱漆塗。吹返は一段、眉庇に通底した仕立で、撫角形として後傾させ、金工「五窠に唐花紋」を打ち据 える。
は五段、表を黒漆塗、裏を箔押とした板札を素懸に威しており、四点の座星鋲で腰巻に留める。
耳絲は三色啄木打、肩摺板は小桜韋貼とし、紫絲の菱縫一段を飾る。
前立は高角と猪目透の組合せで、色銅高角は鎬を立て端反とし、猪目は銅鍍金として高角に接続する。
面具 鉄錆色漆塗の烈勢頬。目元と頬に皺を打出し、折釘を打つ。黒毛(熊毛か)を髭に植え、鍍金の歯を挿 す。耳に透しはなく、顎先に丸い汗抜孔を穿つ。裏は朱漆塗。垂は鉄切付札四段を黒漆塗して毛引威と しており、寄せ或いは威替を想定せねばならないが、何れにせよ展覧会出陳以降の変化ではない。
胴 鉄黒漆塗の伊予札を黒絲素懸威し、前立挙三段、後四段、長側五段の当世二枚胴に仕立てる。前二段目 には特徴的な座金の両乳鐶を打っている。金具廻りは一面茶皺韋貼で、銀塗盛上覆輪としている。胸 板は立挙との接続に素文韋包の化粧板を置いて鍍銀丸鋲六で打ち留めるが、そこから階段状に折れ曲 がり、一段前に張出したような体裁を採る。中央には「五窠に唐花紋」を打ち据える。押付板には四孔 を穿ち、現在は叩塗の板合当理を紐付けし、同塗受筒を挿すが待受を持たず、小桜韋の枕のみを具え る。押付から伸びる肩上は同じく茶皺韋貼で、水牛鞐を付す。襟廻りは三具に共通する家地に練韋を 綴じ込んだ布包満智羅とする。草摺は練韋七間五段威下げ、胴と異なり切込みを深くした矢筈頭の板 札を表黒漆塗、裏箔押として素懸威する。裾板は に倣う。胴裏は一面に箔押韋を張るが、金具廻りは 布貼の下地に箔押するので織目が透ける。
籠手 典型的な加賀籠手で、袖を必要としない。金物は総べて鉄錆地とし、上膊は様々な花文切鉄を飾り 打った六角金物を左右十三片散らし、鎖で繋ぐ。鎖は六角形の金物に対応できるよう麻葉繋ぎを採用 している。蝶番で三折となった冠板には唐草の切鉄をあしらう。臂金は座金を雪輪として菊花を重ね ており、明確な雪華の趣向を窺わせる。下膊は小篠を散らし、切鉄を飾った手甲には据紋金物を打つ。
家地は紺地金襴雑宝文で、佩楯と満智羅に共通する。
三具 佩楯は練韋板を十列五段で並べ、黒漆塗と箔押を二枚ずつ交互に綴じて市松文様的とする。簡素なが ら力韋と一文字、鞭差孔を具えるが踏込はない。鉄錆地五本篠臑当は家地ほかを異にしており、寄せ を想定せざるを得ない。
付属 網代地黒漆塗の一荷櫃には箔押で据紋される。蓋のみ麻布下地に黒漆塗した杉材を用いる。



#019 金札朱具足 ¥1,500,000~ 付溜塗唐櫃 ※42頁に詳記あり






#020 鉄錆地六十二間筋兜 付丸龍蒔絵縦矧五枚胴具足 ¥1,000,000~ 付具足櫃 ※43頁に詳記あり



#019 金札朱具足
兜 鉄錆地三十二間小星兜。受張により矧板の様子は視認できないが、底面を長丸とし、前後の膨らみを大きくした姿形を採る。三十 二間を筋立てし、各中央に一行八点を基本とした厘劣りの小星を打つ。八幡座は七段、丸座を底として裏菊、透菊、小刻二段、抱 花に玉縁を重ねる。後正中は小星を三点とし、菊座三段の笠印付鐶を打つ。前正中は五点とし、前立を躱す。眉庇は当世形で、藻 獅子韋に素文韋小縁を蛇腹伏して貼り、覆輪を廻らす。中央に枝菊透の鍬形台を据え、丸龍の鋲で中央を、左右を奈良菊鋲で留め る。鍬形は黄銅製で猪目透。前立は木彫彩色で玉眼とした龍で、修補された祓立台に挿す。 は両面箔押の鉄切付札四段を紅絲で 毛引に威す。一段目のみを延伸した吹返は下方に展延して二段を吹返したように見せる。据金物は左三巴紋。四色啄木絲を 耳 絲、吹返畦目に飾る。
面具 鉄黒漆塗烈勢頬。頬骨を尖らせ、頬肉を削ぐ。糟毛髭を植え、上唇のみを朱漆塗する。歯金物を持たず、耳は透かさない。顎先に 穿つ汗抜孔は極小の丸とする。裏は箔押。漆剥離、髭欠損などをみる。練韋垂は二段で に通底させ、菖蒲韋小縁を伏縫した絵韋 で蝙蝠付する。
胴 鉄箔押の切付板札を前立挙三段、後四段、長側五段の二枚胴とする。胴裏は一面箔押韋張。金具廻りは正平韋を貼り、素文の覆輪 を廻らす。胸板、押付板は菊透の入八双金物各三で抑え立挙に留める。背は唐草透木瓜形座金の総角付鐶を打つ。肩上は箔押素文 として水牛鞐を付し、亀甲金を白韋で包んで紅絲で菱綴し、小桜韋で覆輪した襟を仕付ける。各部位に通底した栴檀・鳩尾板が 添うものの双方に差異はなく、装飾的である。草摺は練韋七間五段威下げ、裾の菱縫は二段を飾る。胴を毛引威する絲は紅ではな く赤紫とも云える色味で、方々の紅絲との関連性には一考の余地を残す。
袖 六段大袖。凡そ他部位に通底するが、最下段のみを赤紫絲威とする。冠板は藻獅子韋に菖蒲韋小縁を添わせ素文覆輪を廻らし、裏 を小桜韋貼とする。化粧板は素文韋に紅白水引を置き、菊透入八双金物三を菊蕾の鋲で打ち留める。四段目には笄金物を付し、水 呑鐶を打つ。裏張はなく足掻きを残す。
三具 浅葱地金襴の家地など仕立を共通する。箔押皺瓢籠手は手甲に花文切鉄を散らし、練韋佩楯は小袴仕立で、藻獅子韋の一文字、力 韋を蛇腹伏し、鞭差孔を付す。鉄箔押三本篠臑当は立挙を襟廻りに通底する。総じて家地には損傷をみるほか、鉸具摺の箔押韋は 大破する。
付属 大型の溜塗唐櫃に収まり、龍前立用の時代箱が別に添う。毛沓一双が添うものの毛植が殆ど残っていない。

#020 鉄錆地六十二間筋兜付丸龍蒔絵縦矧五枚胴具足
兜 錆地の鉄矧板を各行六点の張留鋲で留める。各間は膨らみを持たせず、端正な筋立をみせる。姿形は穏やか。広く扁平に取った天 辺に五段の八幡座を据え、梨子地菊毛彫の葵座を底として裏菊、表菊、小刻に玉縁を重ねる。四天鋲と響孔は鉢中程に設け、狭い 後正中板に菊座金・菊花鋲頭の笠印付鐶を打つ。鉢裏は一面箔押され、際に緒付鐶を四点打つ。無銘。
眉庇は共鉄錆地の当世形で、共鉄の祓立台を置いて三光鋲で留め、鍍金覆輪を廻らす。祓立台は先端を鋸目刻とし、縦列二孔を穿 つ。
は両面黒漆塗の板札四段を萌葱絲で素懸に威し、梨子地菊毛彫の入八双金物四で腰巻に抑え留める。耳絲・畦目には其々 別種の啄木絲を用い、二段菱縫は香色とする。一段目のみを吹返して覆輪仕立とし、菖蒲韋小縁を蛇腹伏した絵韋を貼って小桜 鋲で留め、据紋金物を打つ。当家紋については未だ仔細を得ない。
面具 鉄錆地烈勢頬。頬骨や皺を深く打出している。糟毛髭を植え、頬に折釘、花菱座金の緒便を打つ。耳に透はなく、顎先の汗抜孔は 丸形。裏は朱漆塗とする。垂は練韋二段で、 に通底した仕立とし、絵韋を入八双金物で抑え蝙蝠付する。
喉輪 練韋黒漆塗で、練韋二段垂を蝙蝠付する。
胴 鉄黒漆塗縦矧五枚胴で、前正中の丸龍蒔絵が魅力。胸腰両取としており、上から香色、萌葱の順に毛引威する。前立挙には菊座金 の両乳鐶を、背は木瓜座金の総角付鐶を打つ。三板は菖蒲韋小縁を蛇腹伏した藻獅子韋を貼って鍍金覆輪し、裏を黒漆塗し、総べ て入八双金物で抑える。押付板には四孔を認め、肩上を蝶番で繋ぐ。肩上は三板と共通の絵韋で包み、襟廻りは亀甲韋を黒羅紗包 とするが、後述の三具とは家地を異にしている。草摺は練韋七間五段威下げ、裾板は肩摺板に倣う。
袖 七段当世袖。練韋板札を両面黒漆塗とし、凡そ他部位の仕立に通ずる。冠板は藻獅子韋を貼って小桜鋲七点で留めて鍍金素文覆 輪を廻らす。化粧板は菖蒲韋包とし、入八双金物三で抑える。水引は大破。四段目に梨子地菊毛彫の笄金物を置き、奈良菊鋲頭の 水呑鐶を打ち、逆端は菊蕾頭の鋲で留める。
三具 浅葱地花文の家地を共通する。籠手(家地大破)は上膊に骨牌鉄と五本篠を繋ぎ、下膊は七本筒とする。練韋佩楯は力韋と一文字、 鞭差孔に鹿文染抜の韋を用いる。鉄錆地七本筒臑当は立挙を共鉄錆地とし、燻韋の鉸具摺を付す。
付属 具足櫃に収まる。






#021 鬼塚吉國 鉄錆地十八間筋兜 ¥1,500,000~ 付木箱(桐) 鉄黒漆塗面頬 抱茗荷紋前立
「柳河住 鬼塚吉國」銘
後正中に「柳河住鬼塚吉國」と鐫る。初代吉國は新刀期を代表する刀工であり、兜の鍛造例は寡聞にして初見。刀匠鐔ならぬ 刀匠兜と云うべきであろうが、鍛刀の余材を使い、刀匠の余技によって生まれたとされる刀匠鐔と違い、掲出は甲冑師作と遜 色ないように看取させる。
兜 鉢金は鍛え良い鉄板を錆地とし、十八枚を一行五点で鋲留めする。姿形は底面を卵形とし、前後を打ち膨らませた阿古陀形と している。天辺周囲の装飾は特徴的であり、まず素銅地黒漆塗とした剣形篠垂を各間に一条ずつ、鉢の中程まで垂らして剣先 で鋲留する。その上から八幡座を戴いており、素銅地桜花を底として小刻三段、鍍金筒金物を重ね、抱花は筒金物を覆うのみで 固定されない。笠印付鐶も八幡座と同様、桜花を座金とする。前正中腰巻際には一本角本を具え、他の各間に丸鋲を飾り打つ。 眉庇は当世形、絵韋を鍍金小桜鋲九点で留め、縄目覆輪を廻らし、鍍金座星鋲で留めるが、絵韋の文様は視認できない。 は鉄 板札五段を四段目まで黒漆素文、肩摺板を眉庇と同じ絵韋で包み、素懸に威す。 も漆、絵韋の損傷著しく、威替される。吹返 しは着脱可能な二層構造で、 一段目を小さく捻り返した黒漆素文の吹返に、眉庇と同工の撫角形金物を被せている。練韋箔 押の据紋は「変わり抱杏葉紋」の一種で、両辺に桜花を添えている。当紋の仔細は未詳ながら、豊後大友家とその家臣らが杏葉 紋を用いたことで知られる。
面頬 鉄黒漆塗烈勢頬。皺などの起伏は総じて抑えめに打出し、糟毛髭を植え、歯金具を箔押とし、頬に障子板を具える。耳には六曜 を透かし、顎先に丸い汗抜孔を穿つ。裏面は朱漆塗。垂は に通底するが同様に損傷著しく威替される。






#022 鉄錆地水車文散桃形兜 ¥1,500,000~ 付鉄錆地目下頬 素木櫃 兜 錆地の鉄板四枚を打ち膨らませて成形して鋲留し、前後正中には大きく鎬を立てる。鉢金は質素で鋲飾を排しており、切鉄の 水車文を左右にあしらうのみとする。共鉄錆地の眉庇にも同文を散らし、銅鍍金唐草毛彫の覆輪を廻らす。中央には一本角本 を立てる。
は五段、鉄板札を黒漆塗素文として紺絲で素懸に威す。裾は紫・白・萌葱の三色啄木の畦目、紅絲一段の菱縫を飾る。吹返は 一段を大きく取り、絵韋貼として木胎蒔絵の据紋とする。家紋は三星の下に筆書の一文字を置くもので、「渡辺星紋」に該当し よう。
面頬 鉄錆地の烈勢頬で、頬肉を削いで頬骨を張出す。鼻金具は別作するが鋲留されており、着脱の用を持たない。歯は鍍金とし、糟 毛の髭を植える。汗抜孔は丸形で大きく、肉感ある耳は六曜を透かさない。垂は五段で、 に通底する。





#023 本阿弥光悦 書状案巻物 二 ¥1,500,000~ 付時代識箱(桐 貼札) 紙本 絹貼軸端 ヤケ スレ 虫穴 表具虫穴
①36×25ほか 表具593×25 ②38×25ほか 表具598×25
本阿弥光悦(永禄元・1558~寛永十四・1637)は芸術家。京都生まれ。号徳友斎、大虚庵ほか。本阿弥家の分家に生まれる。寛永の三 筆のひとり。角倉素庵と嵯峨本を制作。家康から鷹峰を賜り、芸術家村を作り上げた。陶芸では「不ニ山」などが著名。蒔絵では意匠を 与えるなど、指導的役割を果たしたと推測される。
改 春 御 慶 目 出 申 納 候 為 御 祝 儀 扇 子 五 本 進 入 申 候 幾 久 可 申 通 印 迄 候 尚 以 面 拝 心 事 可 申 入 候 恐 惶 謹 言 大 簇 二 日


光悦の書状案30通を各15通ずつに分けて成巻する。一紙の長さは28cmから38cmで、凡そ暦通り に繋いでいるように見受ける。30通全て翻刻されるが、本項では一部の掲載に留めた。詳しくは付 属資料を参照されたい。



#024 伊藤若冲 鶴画幅 ¥2,000,000~ 付識箱(桐 貼札)
元箱蓋(杉) 紙本 骨軸端 30×109 表具42×191 スレ 穴 伊藤若冲(享保元・1716~寛政十二・1800)は画家、京都錦小路の青物問屋枡屋 に生れる。名汝鈞、字景和、別号斗米庵、米斗翁ほか。はじめ狩野派、のちに宋元明の 中国画を学び、琳派の画風も取り入れ、写実性に装飾性を加えた独自の作風を完成。 生涯独身、晩年は山城深草の石峰寺の傍らに閑居した。


#025 曾我蕭白 波濤鷲猿画幅 ¥1,000,000~ 付木箱(桐) 紙本 牙軸端 80×56 表具94×155 シミ オレ
曾我蕭白(享保十五・1730~安永十・1781)は本姓三浦、名は暉雄。字師龍、別号蛇足軒、鬼 神斎など。初め高田敬輔に画を学んだとされ、後に独創の力強い筆致の奇想天外な作風を確立し た。円山應挙に劣らぬ名声があり、池大雅とも交友があった。





#026 長沢芦雪 群雀画幅 ¥1,000,000~ 付識箱(桐) 紙本 牙軸端 31×108 表具43×196 シミ 高森碎巌箱識
長沢芦雪(宝暦四・1754~寛政十一・1799) は京都の人。名は政勝、魚、字は氷計。円山應挙 に入門、写生画法を学ぶ。機知に富んだ題材の扱 いや奔放な筆墨による個性的作風で著名。紀州 の無量寺・草堂寺などに大作あり。
箱識:高森碎巌(弘化四・1847~大正六・1917) は上総生まれの南画家。名は敏。字は子訥。通称は 有造。別号に自知斎、菊梁、朶香など。山本琴谷に 師事。山水花鳥画に長じた。







#027 田能村竹田 梅林高士画幅 ¥1,000,000~ 付二重箱(内鏡識桐) 絹本 牙軸端 42×113 表具57×196 ヤケ 田能村直入箱識 田能村竹田(安永六・1777~天保六・1835)は文人画家。豊後竹田の人。名孝憲、通称行蔵、字君 彜、別号田舎児ほか多数。初め儒学を修めたが、谷文晁の教育を受けるなど、画や詩も学ぶ。詩書画 三絶の清雅な作風を確立。頼山陽ほか多くの文人と交流した。
箱識:田能村直入(文化十一・1814~明治四十・1907)は大分県生まれの南画家。字は顧絶。初 め小虎と号し、のち直入と称する。田能村竹田の門下に入り、養子となった。明治元年(1867)京都 に移り、同十三年(1880)京都府画学校設立を建議、開校にあたり校長となる。富岡鐵斎らと日本 南画協会を設立する等、南画の振興に尽力。







#028「叶」銘 三光尉 ¥1,000,000~ 付合箱(杉) 155×195 スレ ソゲ 「叶」裏刻銘 尉面
面裏に「叶」の彫銘を見る。「叶」の銘を持つ古面は、昭和51年の段階で15面の存在が確認され、それらの 銘文と文書資料(『わらんべ草』)によって、「名は山田嘉兵衛、天文二年(1523)の生まれ、長命徳衛門の叔父、 だんまつまの弟子で、山田川を拠点として、室町末期から桃山期に活動した面打」と報告される。
能楽が完成する直前の古制の時代にあって、上記のように詳しい面作者の履歴が知れるのは極めて珍しい。 掲出は、後代の「尉面」の規矩とは整合せず、古態を示している。





#029 山上宗二 竹茶杓 ¥2,900,000~
付時代識箱(桐) 共筒 総長18 追銘「洗耳」 獨庵宗譲箱識
山上宗二(天文十三・1544~天正十八・1590)は堺出身 の茶人。屋号薩摩屋、号瓢庵。千利休の高弟。豊臣秀吉に仕 えたが度々怒りを買い、放逐される。北条氏を頼って小田 原に逃れ、そこで茶湯を広めた。秀吉の小田原征伐により 処刑された。著書に『茶器名物集』など。
箱識:獨庵宗譲(生年未詳~文政七・1824)は禅僧。号 明遠。大調義順の法を嗣ぎ、大徳寺塔頭・清源庵の第六世 となる。





#030 高山右近 竹茶杓 ¥1,000,000~
付時代識箱(桐 破損) 追筒 総長185
高山右近(生年諸説・天文末期頃~慶長二十・1615)は武将。幼 名彦五郎。高山飛騨守の子として生まれ、永禄七年(1564)父に従 い受洗、ジュストという洗礼名を受ける。天正元年(1573)高槻城 主となり、城下町を整備する中で多数の天主堂を建造。天正十五年 (1587)の伴天連追放令により前田利家の預りとなるが、慶長十九 年(1614)徳川家康によるキリシタン国外追放令を受け、マニラへ 退去。翌年に歿した。右近は千利休の高弟として茶道を能くし、「利 休七哲」に列せられる。
箱書には「横山古大膳殿ヨリ吉川宗也……」とある。大膳を称す 横山家人に長知(永禄十一・1568~正保三・1646)がおり、加賀前 田藩家臣として前田利長に仕えたことで知られる。長知の子・康玄 は、高山右近の娘・ルチヤを正室に迎えており、両家の関係性を窺 い知る。






#031 小堀遠州 竹茶杓 ¥1,000,000~ 付三重箱(内識桐 中識杉 外識桐) 追筒 総長18 歌銘「寝覚」
小堀政尹筒書 小堀宗友筒書、内箱書付 小堀宗中中箱書 大倉好斎外箱識 小堀遠州(天正七・1579~正保四・1647)は茶人、武将。本名政一。号孤篷庵・宗甫。遠州は通称。古田織部のも とで茶の湯を学んだ。茶の湯、造庭に優れ、その茶風は洗練され「綺麗さび」と言われる。
筒書:小堀政尹(寛永二・1625~元禄七・1694)は茶人。通称権十郎、号篷雪。小堀遠州の三男で、父に茶道と書を 学び、画作や陶作にも優れた。
筒書、内箱書付:小堀宗友(寛保二・1742~享和三・1803)は遠州流七世。名正方あるいは政方、五世宗香の七男。
二十歳で遺領を継ぐが、家臣の不調法により所領を没収され、小田原に退身。古法継承に注力し、『喫茶式』『数寄記 録』などを著す。
中箱書:小堀宗中(天明六・1786~明治元・1868)は武家、遠州茶道宗家八世。幼名梅之助、名正保、正広その後 政優と改めた。小堀家の再興者、幕末を代表する茶の名手。
大倉好斎(寛政七・1795~文久二・1862)は古筆鑑定家。通称五兵衛。大倉汲水の長男で、家業を継ぐ。名信古。 文政八年(1825)出家し、以降好斎を名乗り古昔庵と号す。嘉永二年(1849)法橋に叙される。



#032 玄々斎 二本入竹茶杓 ¥1,000,000~ 付三重箱(内共桐 中識) 共筒各一 総長19 ヒビ 銘「あし呂」 句銘「泉」 鵬雲斎中箱書
玄々斎(文化七・1810~明治十・1877)は裏千家十一世。号虚白斎、不忘斎、精中など。茶箱点前、 立礼式を取り入れた。
中箱書:鵬雲斎玄室(大正十二・1923~令和七・2025)は裏千家十五世。先代淡々斎の長男。鵬雲 斎玄秀宗興居士、また妙心寺管長梶原逸外老師より虚心の斎号を受けた。紫綬褒章、文化勲章ほか受 章多数。平成十四年(2002)坐忘斎宗之に家元を譲る。






#033 井戸茶碗
¥1,000,000~ 付時代識箱(桐 貼札) 仕覆 17×155×7 口縁時代金補修 窯ヒビ 宙宝宗宇箱識 箱識:宙宝宗宇(宝暦十・1760~天保 九・1838)は臨済宗の僧、大徳寺四百十八 世。塔頭芳春院第十三世住職。号に洛陽人、 松月老人、松月叟など。則道宗軌について 法を嗣ぐ。芳春院内に松月庵を営む。詩偈、 書に優れ、名筆と称された。また、茶の湯を 能くし製陶にも長じた。天保七年(1836)、 仁孝天皇より天光真照禅師の号を賜る。






#034 聚光院堅手茶碗
¥1,000,000~ 付二重箱(内黒塗識) 仕覆 155×155×75 ヒビ 内箱の蒔絵識字に従い表題とした。聚光 院は永禄九年(1566)、三好義嗣が父・長慶 の菩提を弔うために大徳寺より笑嶺宗訢を 開祖に請じて建立された。千利休が笑嶺に 参禅した縁により、茶道三千家の菩提寺と なっている。






#035 熊川茶碗
¥1,000,000~ 付識箱(黒柿) 仕覆 13×13×9 磁貫 銘「有明」 熊川は高麗茶碗の一種で、一般に「こも がい」と訓読される。朝鮮慶尚南道熊川の 産であることが由来ではあるものの、あく まで本邦での呼称であって朝鮮の本来では ない。『茶器名物図彙』をはじめとする茶 書の言を総じると、白土に枇杷色の釉薬を かけて焼成し、やや赤みを帯び、紫の飛釉 をみるものもあると云う。茶溜りは基本的 に大きく取り、総じて端反りの口造りとす ることも特徴に挙げられる。真熊川、鬼熊 川など色々の種別をみる。








#036 瀬戸春慶肩衝茶入 ¥1,000,000~ 付二重箱(内時代識桐 外黒塗) 古筆了仲極札 仕覆2 牙蓋2 75×75×10 胴補修 片桐石州箱甲書付 古筆了意箱蓋裏識 瀬戸窯で焼成された春慶手の茶入を一般に「瀬戸春慶」と呼称するが、一説には藤四郎春 慶の一、或いは破風窯時代の重信作とする。『茶器弁玉集』(寛文十二、編者未詳)にも紹介 がある。
書付:片桐石州(元和元・1605~寛文十二・1672)は大和小泉藩二代藩主。片桐且元の 甥。幼名長三郎、長じて貞俊のち貞昌とす。小堀遠州の跡を継ぎ、将軍家茶道師範となり 武家流茶道を完成させた。石州流茶道の祖。
箱識:古筆了意〔神田定常〕(寛延三・1750~天保五・1834)は書画古筆鑑定家第九世。 天明三年(1783)、三十三歳の時に古筆家を嗣いだ。神田道僖定武の子。










#037 直斎 手捏黒茶碗 ¥1,000,000~ 付二重箱(内時代識桐) 11×11×85 光悦写 銘「喰違」
木津宗泉内箱、不徹斎外箱書 直斎(享保十・1725~天明二・1782)は武者小路(官休庵)七世で堅叟宗守。官休庵における新しい茶の湯制度(家元 制度)を確立。また、如心斎らと「千家七事式」を制定した。
内箱書:三代木津宗泉(文久二・1862~昭和十四・1939)は二代宗詮の子。号聿斎、ト深庵。武者小路千家の一指斎宗 守歿後、愈好斎が幼少のため家元預りとなった。晩年には「看松居」、「菜種庵」、「興福寺興善院」などの茶室、茶庭の設 計を行う。大宮御所秋泉の茶室設計の功により(一代限り)宗泉の名を賜った。
外箱書:不徹斎宗守(昭和二十・1945~)は武者小路千家十四世。有隣斎徳翁宗守の長男。京都市生。昭和四十九年 (1974)後嗣号宗屋襲名。平成元年(1989)大徳寺福富雪底より得度し不徹斎の号を受ける。同年宗守襲名。欧米等を 度々訪問、茶の湯紹介に尽力。京都府文化功労賞、帝塚山学院大学文学部客員教授。著作多数。







#038 道入 黒茶碗 ¥2,000,000~ 付時代識箱(桐) 仕覆
135×13×8 口縁補修 銘「畊力」 如心斎蓋裏、了々斎蓋甲書付 道入(慶長四・1599~明暦二・1656)は樂家三代。常慶の長男として生まれる。別名 ノンコウと称され、のち樂歴代随一の名工とされる。道入の作風は、これまでの長次郎茶 碗の装飾性を徹底して省いた黒一色の伝統的世界に装飾的な効果を融合させ、個性表現 を捨象した長次郎茶碗の重厚な趣に対して軽やかな個性表現を加えた。
書付:如心斎宗左(宝永二・1705~寛延四・1751)は表千家の七代。六代覚々斎(久 田宗全)の長男、別号を丁々軒、天然、椿斎、松風楼。大徳寺大龍宗丈に参禅。紀州徳川家 の茶頭。幼くして茶道に通じる傍ら、画や俳句にも秀で多くの作品をのこした。
書付:了々斎宗左(安永四・1775~文政八・1825)は表千家九代。久田家からの婿養 子。紀州藩主・徳川治宝に仕え、二条屋敷武家門(現在の表千家表門)を拝領した。












#039 左入 赤茶碗 ¥1,800,000~ 付二重箱(内時代共識桐) 仕覆 115×115×8 磁貫 銘「養老」 如心斎内箱、即中斎外箱書付 二百ノ内 左入(貞享二・1685~元文四・1739)は樂家六代。本姓田中、名嘉顕。京都大和屋嘉兵衛の次男。 宗入の養子となり、樂家六代を継ぐ。左の一字は千家如心斎(宗左)から拝領したとされ、光悦模など を得意とし、左入釉の語を残した。
内箱書:如心斎宗左(宝永二・1705~寛延四・1751)は表千家の七代。六代覚々斎(久田宗全)の 長男、別号を丁々軒、天然、椿斎、松風楼。大徳寺大龍宗丈に参禅。紀州徳川家の茶頭。幼くして茶道 に通じる傍ら、画や俳句にも秀で多くの作品をのこした。
外箱書:即中斎宗左(明治三十四・1901~昭和五十四・1979)は表千家十三代。十二代惺斎の次男。 昭和十二年(1937)襲名。幼名は覚二郎、号に無尽・清友軒。









#040 了入 窯変赤茶碗 ¥1,000,000~ 付識箱(桐) 13×13×8
樂直入箱識
了入(宝暦六・1756~天保五・1834)は樂家九代。七代長入の二男。明和七年(1770)に家 督を継いだ。文化八年(1811)近江で剃髪隠居後も紀州御庭焼に従事するなど樂家中興と称 えられる。
箱識:樂直入(昭和二十四・1949~)は樂家十五代。十四代・覚入の長男として京都市に 生まれる。東京藝術大学美術学部彫刻家卒。1981年吉左衛門襲名。2019年に当主を譲り、直 入に改名。








#041 絵唐津茶碗 ¥1,300,000~ 付時代溜塗箱(桐 貼札) 12×11×8 ヒビ 呼継 金補修 高台窯キレ









#042 唐津茶碗 ¥1,000,000~ 付二重箱(内識桐) 仕覆 12×12×8 口縁金補修 磁貫
銘「金槌」 了々斎蓋裏、碌々斎蓋甲書付
書付:了々斎宗左(安永四・1775~文政八・1825)は表千家九代。久田家からの婿養子。紀州藩主・徳川治 宝に仕え、二条屋敷武家門(現在の表千家表門)を拝領した。
書付:碌々斎(天保八・1837~明治十三・1910)は表千家十一代。十代吸江斎の長男。安政二年(1855)に 吸江斎が隠居した後、宗左を継いだ。号瑞翁、碧雲軒など。












#043 瀬戸唐津茶碗 ¥1,000,000~ 付識箱(桐) 仕覆 所載目録 15×15×55 口縁金補修 共色補修 竹翁紹智箱書 歌銘「氷室」「かり半」印 『當市(錦小路)高山氏及某家所蔵品入札』(京都美術倶楽部/1918)所載 藪内桂隠斎(安永二・1773~弘化三・1846)は藪内家七代竹翁紹智。名は宗逸、字は公翰・西洞。もと大 和郡山の武士、六代竹陰紹智に茶法を受け、家業を継承した。 水 結 ふ 夕 へ よ り な ほ 涼 し き ハ ひ む ろ に 向 ふ 杉 の し た か せ 竹 翁 ( 花 押 )





#044 古染付柏葉形三脚向付 五 ¥2,000,000~ 付段箱(桐 旧箱書付貼込) 19×12×4 虫喰



#045 織部誰が袖向付 五 ¥1,000,000~ 付識段箱(桐) 14×12×5 磁貫 ヒビ








#046 松花堂昭乗 竹一重切花入 ¥1,000,000~
付時代識箱(桐 貼札) 12×9×31 鎹補修 銘「富士」 蓼崖庵旧蔵
松花堂昭乗(天正十二・1584~寛永十六・1639)は学僧、書画家。 堺の人。俗名中沼式部、号に惺々翁、空識、晩年に松花堂と号した。 男山岩清水八幡宮の瀧本坊に住した。



#047 堆朱倶利盆 ¥1,500,000.~ 付黒塗箱(杉) 26×26×3 ヒビ





#048 天目茶碗 ¥1,000,000~ 付木箱(桐)2
倶利彫天目台(16×16×95 ヒビ) 碗125×125×55



#049 謝時臣 山水画幅 ¥1,500,000~
付時代箱(桐) 絹本 牙軸端 54×128 表具71×208 ヤケ キレ 「嘉靖庚寅(1530)」画中
謝時臣(成化二十三・1488~歿年未詳)は明代後期の職業的文人 画家。長洲(江蘇省蘇州)の人。字思忠、号樗仙。はじめ沈周に学び、 文徴明らと交流。呉派を基底としつつ浙派も取り込み、独自の画風 に至った。山水のほか、古典文学に取材した作品を能くした。


寶 黄 任 銘
内 呉 外 方 為 席 上 之 珍 合 子 之 道 墨 瀋 流 香 於 斯 為
三 洞 儲 英 式 堅 且 好 起 五 嶽 於 方 寸 羅 乾 坤 於 懐 抱


温 其 如 玉 余 甸 ( 芳 初 )


西 洞 神 品


#050 端渓水巌龍文方池硯 ¥1,600,000~ 付唐木上下蓋 所載コピー 123×88×31 底カケ
『硯臺』(美術出版社/1998)、『文房至寶』(河出書房新社/2013)、
『古硯』(平凡社/2016)所載
側面:余甸(1655~歿年未詳)は官吏、書家。福建省の人。字田生、初名祖訓。
底面:黄任(1683~1768)は詩書家、官僚。字莘田。永福(現・福建省)の人。挙人となり 官吏を務める。蔵硯家として知られ、十硯主人とも号した。



#051 染付藻中金魚文大盤 ¥2,200,000~ 付時代箱(杉) 所載コピー 46×46×65 小虫喰 "THENANKING CARGO CHINESEEXPORTPORCELAIN AND GOLD"(CHRISTIE'SAMSTERDAM,1986)所載
1602年に設立されたオランダ東インド会社(VOC)は、ジャワ 島を拠点としてアジア広範との交易を展開して莫大な利益を 生み出し、1799年の解散までオランダの黄金時代を支えた。
1752年、同社所属の商船ヘルデルマルセン号は、広州で大量の 中国製品を積み込んでオランダへ帰航する途中、南シナ海で沈 没するという悲劇を起こす。
それから233年後の1985年、沈没船引揚作業(サルベージ)を 行うイギリスの専門家、マイケル・ハッチャーにより、この船 は救い出された。同時に、その積載品である10万点を超える中 国磁器と純金のインゴット125本を引き揚げた。これらはクリ スティーズに持ち込まれ、翌年オランダ・アムステルダムで開 催された競売では非常に高い落札率を記録するに至った。図録 に掲載された磁器はいずれも非常に良好な状態を保持してい たが、その理由として、磁器を輸送する際に茶葉に包むという 手法が採られており、これにより塩害と砂害を逃れたことを挙 げている。マイケルはこの茶葉を掻き分ける作業に辟易したと 云うが、当オークションの成功をみれば些細な問題だったこと であろう。
掲出は、クリスティーズによって”NankingCargo”(南京貨物) と題された一群の引揚品オークションにて、その図録の表紙を 飾った作品である。底には当時のクリスティーズのシールを残 す。







#052 銅造如来立像 ¥6,000,000~ 付合箱(桐) 黒塗飾台 ガラスケース 像高25 総高31 肉厚に鋳造する。火中痕を両手先、左下半身に顕著にする。背中に光背付のニ孔痕を残す。作期 については、専門家による隋代(6世紀)の想定も聞くが、作調から唐代以前を想定したものであろ う。後頭部の螺髪はU字に整えられる。ただし、胸前と左右の掌中に彫り付けられた卍文の発生に ついて、隋代説に従えば、後代の加飾と判定する必要がないだろうか。また、当初からとするなら ば、卍の加飾の創始から勘案して、唐代末から宋代様式の出現までの10世紀を想定しなければな らなくなる。いずれにしても貴重な独尊像として注目されよう。





#053 銅造触地印如来坐像 ¥2,000,000~ 像高49





#054 李朝文官石人 一対 ¥1,000,000~ 60×50×218(地上部分) 65×50×205(地上部分) 下見会へは持参しません。ご落札後の搬出も琵琶湖HOUSEからとなります。詳細お問い合 わせください。TEL:075-254-8851




#055 高麗青磁白黒象嵌雲鶴文花入 ¥2,000,000~ 付木箱(桐) 15×15×285 口辺ヒビ 磁貫 貝敷高台






#056 李朝白磁大壺 ¥1,000,000~ 34×34×50 底トリアシ 磁貫








#057 澤田政廣 木彫寿老 ¥1,000,000~ 付識箱(桐)「昭和三十九年作」澤田恭廣鑑定書 像高48 総高58 澤田泰廣箱識 澤田政廣(明治二十七・1894~昭和六十三・1988)は静岡県生まれ の彫刻家。本名は寅吉。旧号は晴彦。山本瑞雲に師事、太平洋画会研究 所に学ぶ。東京美術学校彫刻科別科卒。帝展、文展、日展へと出品し活 躍。『三華』で日本芸術院賞を受賞、のちに日本芸術院の会員となる。 文化功労者、文化勲章受章。仏像制作にも取り組み、代表作に霊友会 『丈六釈迦如来像』、永平寺『普賢・文殊』などがある。






#058 河井寬次郎 花文扁壺 ¥1,300,000~ 付共箱(桐) 17×13×21 河井寬次郎(明治二十三・1890 ~昭和四十一・1966)は陶芸家。 島根県安来生まれ。東京高等工業 学校窯業科卒業後、京都市立陶磁 器試験所にて研究と制作に従事。 大正九年(1920)京都五条坂に鐘 渓窯を開窯。大正末期より民芸運 動に参画。重厚な形態と釉法に、 素朴な美しさの宿る作品をつくっ た。昭和四十八年(1973)自宅に河 井寬次郎記念館が開設された。





#059 富本憲吉 色絵燭台山茶花文丸大陶板 ¥1,000,000~ 付二重箱(内共桐 外溜塗) 34×34×1 富本憲吉(明治十九・1886~昭和三十八・1963)は陶芸家。奈良県出身。東京美術学校 図案科卒。英国に留学し工芸に対する知見を広める。帰国後はバーナード・リーチと親交 を結び、故郷で樂焼を試み大正四年(1915)本窯を築く。昭和元年(1926)、東京祖師谷に 移窯。昭和三十年(1955)重要無形文化財「色絵磁器」保持者認定。三十六年(1961)文化 勲章受章。




#060 北大路魯山人 唐津風割山椒向付 五
¥1,000,000~ 付共箱(桐 小破) 東京美術倶楽部鑑定証書 13×12×8
北大路魯山人(明治十六・1883~昭和三十四・1959)は陶芸 家。本名房次郎。京都上賀茂の社家に生まれる。書画、篆刻、漆 芸にもすぐれた。大正十四年(1925)超高級料亭星岡茶寮顧問と して料理・食器など指導。北鎌倉に星岡窯を築き、独特の雅陶 を製作。陶技は志野、織部、備前、信楽から染付、赤絵と多岐に わたった。北鎌倉で歿。







#061 堀部亘斎 摸金色堂抹金縷春日卓 ¥1,300,000~ 付二重箱(内識桐 外溜塗) 69×325×425 銀金具
堀部亘斎(亘哉)(明治十二・1879~昭和三十九・1964)の本名は重雄。漆芸を吉田立斎に学び、正倉院御物の修理、 模造などを経て、春日大塗師職を拝命した。「大塗師」の称は、南都で大工の名人に与えられた「大番匠」に応じる 尊称である。なかでも亘斎は、漆工品の古色再現を工夫し「春日錆」の再現に新境地を披いた。掲出は、中尊寺伝来 の「螺鈿平塵案」を模し、藤原時代の優美を再現した高卓である。春日卓の書付は、「春日大塗師作」を意識した表 記であろう。




#062 梨子地春秋蒔絵冠卓 ¥1,200,000~ 付木箱(桐 貼札) 紫房四 625×38×365



#063 畠中光享 印度牛画幅 ¥1,000,000~ 付共箱(桐)
紙本 牙軸端 54×38 表具69×134 畠中光享(昭和二十二・1947~)は奈良県出身の日本画家。大谷大学文学 部史学科卒、京都市立芸術大学専攻科修了。京都府文化賞功労賞、京都美術文 化賞など受賞。






#064 ジョルジュ・ヴェルミエ 油彩画額 ¥3,300,000~ 付所載コピー 445×54 額62×71 カンバス “hommeàlacanne”(杖を持つ男)原題 『キュビスム展』(於フジテレビギャラリー/1990)所載 ジョルジュ・ヴァルミエ(GeorgesValmier,1885-1937)はフラ ンスの画家。アングレーム出身。ポール・セザンヌの展覧会を観 て本格的に画家を志す。その作風は印象派からキュビスム、抽象 絵画へと転じた。音楽家としての一面も併せ持つ。51歳で早逝し たこともあり、遺された油彩画は決して多くはない。


#065 伝シモーネ・マルティーニ 聖母子画額 ¥1,200,000~ 33×39 額50×53 ヤケ ヒビ 剥離
画面損傷こそ惜しまれるものの、後期ゴシック期からルネサンス期のイタリアにおいて活動したシエナ派絵画の古格と、神秘主義的 な篤信を伝える。掲出には聖母子光輪部に装飾的な彫刻を採り入れており、シエナ派の創始者であるドゥッチョ・ディ・ブオニンセー ニャ(DucciodiBuoninsegna)一門であるシモーネ・マルティーニに特有の表現である。マルティーニは、アッシジの聖フランチェスコ 修道院に、同様の彫刻を施したフレスコ画を残している。
聖母子の着衣に注目すると、マリアは修道衣、キリストは産着という通例とは異なり、母子共に裕福な貴族の服装を被着する。これは 掲出の依頼者が個人であることを意味し、掲出裏面に描かれた紋章に繋がる可能性をみる。掲出の紋章(CoatofArms)は十世紀より始ま るシエナの名門貴族・ピッコロミーニ家(Piccolomini)のもので、同家は神聖ローマ帝国・バチカン双方と良好な関係を築いて繁栄し、神 聖ローマ帝国王妃、ローマ法王を二人(ピウス2世、ピウス3世)輩出している。掲出の紋章は正確には13世紀末から14世紀初頭にかけて 使用されたもので、同紋を中央左上に配し、その下に十字軍遠征旗を配す。右半は劣化しており判読に至らない。その周囲を取り囲むよ うに親族の紋章を置いており、特定できる範囲ではTolomeifrom Siena,Odaldifrom Pistoia,Ranghifrom Florence,Ghinifrom Siena, Argomentifrom Pisa,Casolanifrom Siena,Morifrom Siena、以上を確認する。
掲出の聖母子光輪部と裏面紋章部分は漆塗の仕上げとしている。石膏地故の脆弱性を補う目的であろうが、漆は欧州では産出されず、 専ら中国からの輸入に頼っていた。その価値は金箔を遥かに上回っており、掲出に使用された漆の広範さから察するに、依頼主である貴 族の裕福さが窺い知れる。なお中世ルネサンス期における個人依頼の聖母子画は、依頼家に男児が誕生した際に注文されることがあり、 その場合、描かれる聖母子は依頼家の母子をモデルとしたようである。掲出もこの作例に該当しよう。
シモーネ・マルティーニ(SimoneMartini,1284-1344)はインターナショナル・ゴシック様式(ヨーロッパ・スタンダードの意)の確立者。 先述の通りドゥッチョの弟子とされるが、美術史家ジョルジョ・ヴァザーリはジオットの弟子と主張する。マルティーニに関する公的 記録は少ないが、シエナをはじめピサ、フローレンスなどで制作しており、中でも義弟リッポ・メンミ(LippoMemmi,1291-1356)との合 作である「受胎告知」(1333年、現在はウフィツィ美術館蔵)は出色。
参考文献
Bologna,Ferdinando 1968 SimoneMartini;AffreschidiAssisi6[IGrandiDecoratori]Milano:FratelliFabbriEditori,&AlbertSkira Bomford,David,JillDunkerton,DillianGordon,AshokRoy,andJoKirby1994 ItalianPaintingBefore1400[ArtintheMakingS]London:National GalleryCompanyLtd
DiMontauto,Fabrizio 2022 ManualediAraldicaFirenze:Polistampa Silver,Nathaniel2022 SimoneMartiniinOrvieto Boston:TheIsabellaStewartGardnerMuseum. Stokstad,Marilyn 2004 MedievalArtLondon:Routledge



#066 金銀装シャープペンシルコレクション
六十六 ¥2,000,000~ 付段箱(桑) 総長9ほか
凡そ19世紀後期から20世紀前期頃に製造された繰出し鉛筆、和製英語で云うところのシャープ ペンシルが本コレクションの大半を占める。貴石宝石を象嵌したもの、十字架を象ったもの、万年 筆と繰出鉛筆を切り替えて使えるものなど、いずれも趣向が凝らされる。刻印の有無は様々ながら、 確認できるものを幾つか紹介する。
A.T.CrossPenCompany:1846年、リチャード・クロスによってアメリカ・ロードアイランド 州で創業。現在も随一のブランド力を誇り、筆記具メーカーとしてはアメリカで最も長い歴史をも つ。本コレクションにも所収される、望遠鏡のように伸縮して収納・使用を自在にする機構は、 1865年に登場している。
S MORDAN &CO:1815年ロンドンで創業、金属製鉛筆を製造。創業者サンプソン・モーダン は1843年歿したが、二人の息子が事業を引き継いでいる。
EVERSHARP:1913年シカゴ創業のKeeran&Coが展開したブランドで、自動芯出しの機構を備え ており、シャープペンシルの先駆者と見做される。
VANCO:日本製である。大正年間、尚美堂の依頼でペンシルを製造していた秀工舎が独立、江 藤株式会社を称して売り出したブランドで、その名は「萬古」に因む。上海にも拠点を構え、海外 (主に満州)への販路を展開した。
このほか、FW社製(1896-97年ロンドン刻印)、W.V&S社製(1899-1900年ロンドン刻印)など、 イギリスのホールマークを押した銀製品も見受ける。



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参考文献一覧
至文堂版「日本の美術」の表記は(日美)とした。
辞典 基本文献
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漆芸 『棗』池田巌 淡交社 昭和62 『香合』池田巌 淡交社 平成6 『大和古物散策』 岡本彰夫 ぺりかん社 2000 『大和古物漫遊』 ぺりかん社 2003 『日本の漆芸』全六巻 中央公論社 1991 『朱漆』堺市博物館 1986
諸家 『事物起源辞典』 朝倉治彦ほか 東京堂出版 昭和48 『唐船輸出入品数量一覧』 永積洋子 創文社 昭和62 『日本の意匠事典』 岩崎治子 岩崎美術社 1991 『西洋人名辞典』 岩波書店 昭和31 『守貞言謾稿図版集成』 高橋雅夫 雄山閣 2002 『工芸にみる古典文学意匠』 京都国立博物館 昭和55 新刊紹介(一割引きでお取り次ぎいたします) 閨秀書画家辞典 本体 2,300円

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保管資材料 1100円
出品者受取金額 170,400円
※不落札(仮定)の場合の経費負担 カット料(1カット) 1,000円
保険料 500円
保管資材料 1100円
出品精算日より無償保管期間30日を過ぎますと倉庫業者に管理を委託し、一作品300円/日の有償となります。保管中 のコンディションの変化や破損に伴う損害は補償外。保管料が発生した時点から二ヶ月が経過した場合は、保管作品 の処分が弊社に一任されます。
※再出品のための滞留は無償。






