Interbrand 30th year initiative 04

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04 June 2014

数字だけでブランドポートフォリオの 管理をしていないか?

「日本ブランド」に求められる、 ブランドストーリー発想の ポートフォリオマネジメント

STORY



BRANDS HAVE THE POWER TO CHANGE JAPAN これからの日本ブランドの30年に向けて

04 数字だけでブランドポートフォリオの 管理をしていないか?

「日本ブランド」に求められる、 ブランドストーリー発想の ポートフォリオマネジメント


01 個別最 適は得意だが、 全 体最 適 が 不 得意な日本企 業 効果を引き出せない、 日本企業の海外企業M&A 生き残りをかけ、 海 外 M&A に積 極 的 に 取り組む「日本ブランド」の存在が顕在化

している。特に 2013 年は、ソフトバンクに よる米携帯電話3位スプリント・ネクステル 社の買収(約 1 兆 8000 億円)に代表され

る大型買収が相次いだ。LIXILグループ

の強化などが挙げられるが、M&A を実施

した 企 業 が すべ て、 そのメリットを 享 受

できるわけではない。むしろ買収はしては

みたものの、事業間の連携がなかなか進まず、 想 定した 相 乗 効 果を得られないケースも

多く見 受けられる。1 +1が 2 にさえ至ら

ない、所謂コングロマリット・ディスカウント

に陥っている「日本ブランド」は少なくない

が 約 4 , 1 0 0 億 円で 欧 州 最 大 規 模を誇る

のである。

MUFG が約 5,300 億円でタイのアユタヤ

インターブランドでは、その要因のひとつに

高 級 水 栓 金 具 製 造 ・ 販 売 のグローエを、 銀行を買収したのも記憶に新しいところだ。 2013 年末時点の日本企業の海外直接投資

の残高は、前年末比 31%アップの 117 兆 7260 億円に上っている。

円安が進み、買収コストが高まっているにも 関わらず、2014 年に入っても海外展開へ

の積極的な経営姿勢は衰えを見せておらず、

「ブランドポートフォリオのマネジメント」と いう視点の欠落があると考えている。短期

的な財務メリットのみを追い求めるが故に、 長期的な成長の源泉となるブランドとしての

考え方や価値観の共有をおざなりにすれば、 優 良 企 業 同 士であってもシナジ ー 効 果 は 発揮されない。

サントリーホールディングスによる米蒸留酒

ブランドマネジメントの 観 点 から言えば、

ディングスによる、ユニリーバからのパスタ

なく、むしろスタート地点に過ぎない。その

が続いている。

シナジー効果を発揮する事業体、ビジネス

M&Aを検討する理由として、新市場・新

としての腕の見せどころなのである。

最大手のビーム社の買収や、ミツカンホール

ソース事業買収など、積極的な海外 M&A

2

分野への参入、人材や技術の確保、競争力

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M&A はディールが完了すれば終わりでは

後 に、 事 業 やブランドを統 合し、 いかに

モデルに変革することができるかが、経営者


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ポートフォリオ管理における日本企業に ありがちな悩み ブランドとしての考え方や価値観が十分に 共有できないことで、シナジー効果が発揮

されない事例は、M&A に留まらない。

「個々の商品は強いのだが、いまひとつコー ポレートブランドとつながりがない・・・」

「各商品は、事業部が個別にマーケティング

活動を行っているので、バラバラな展開に

なっており、とても同じ 会 社 の 商 品とは 思えない・・・」「事業部門が扱う各商品

に対して、コーポレート部 門の立 場からは 口出ししにくい・・・」

最近このようなジレンマに悩む日本企業の 方々からのご相談を多く受ける。

「個別商品にとって最適な戦略を取る」こと

を使 命とする各 事 業 部と、「 既 存の事 業・

商品、新規事業・新規マーケットを含めて、

効 果 的 に会 社 全 体 の 価 値 を高 めていく」

ミッションを担うコーポレート部門の間で、

こうしたコンフリクトが生じているケースが

多く見受けられるのが日本企業の現状である。 今後、M&Aも含めた企業再編がこれまで 以上に加速することが予想される。その中

で企業全体の価値を効果的に高めるために、 今こそブランドの「 ポートフォリオマネジ

メント」を見つめ直さなければならない。

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Interbrand 30th Year Initiative 02


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ストーリーとは、そのブランドがどのように

「ブランドストーリー」を軸に、

効果的にターゲット顧客を魅了し、今後長き

ポートフォリオを最大化する

にわたって事業成長を促していくか。まさに、

グローバル企業 「ポートフォリオマネジメント」とは、一つの 企業が保有する複数の事業・プロダクトの

そうした 事 業 戦 略 をブランドの 視 点 から 翻訳したものである。

だからこそ、ブランドストーリーを創るに当

価値最大化を図る経営手法である。グロー

たっては、企業の意思(現状の事業の強みや、

をうまくマネジメントし、 効 果 的に自社の

競合だけではなく、将来の競合も含めて)、

バルのリーディングブランドは、「ブランド」

ポートフォリオを拡大している。多くの日本

企業と大きく異なるポイントは、「ブランド

ストーリーを中心に据えて、ポートフォリオ をマネジメントしている」という点である。

各 事 業、 商 品 への遠 慮も、 部 署 間のコン

フリクトもない。そこにあるのは、「いかに、 自社のポートフォリオを効果的に最大化する

か」という,極めてシンプルな考え方である。

ブランドストーリーを、ブランドのコンセプト を美辞麗句で書き綴ったものと考える人が

いるが、まったくの誤 解である。ブランド

今後の事業計画等)、競合差別性(現状の

顧客インサイト(現状の顧客だけではなく 将来の顧客も含めて。現状のニーズだけで

はなく今後のアンメットニーズも含めて)の

3 点から、ブランドの目指す姿を描きながら、 創り上げることが必要だ。

グローバルのリーディングブランドがポート

フォリオ管 理 を検 討 する際 は、 必 ずその

中心にブランドストーリーがある。ブランド

ストーリーに照らし合わせて財務も含めた

ポ ートフォリオを 効 果 的 に 管 理し、 より

スピーディーにグローバルブランドとしての 存在感を高めているのである。

ブランドストーリーを作るための3つのポイント

1

2

企業の意思

競合差別性

ブランドの目指す姿

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3

顧客インサイト


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02 IBMのケース

成長戦略を支える原動力になりたい」という、 IBM の事業理念が込められている。

事業活動を通じて強固なものとなる ブランドストーリー IBM にとって「Smarter Planet」という

事業戦略と連動した、 IBMの「ブランドストーリー」 ここで、「ブランドストーリー発想のポート フォリオ」で、効果的に企業全体の価値を 高めている IBM のケースをご紹介したい。

IBM は、IT の上流(コンサルティング)から

理念でもない。彼らの強みは、実際の事業

活動を通じて「Smarter Planet」というブラ

ンドストーリーを強固なものにしている点だ。

ブランドストーリーを事業活動に落とし込む 手法として、IBM では「言語」と「視覚」の 二面からアプローチしている。

下流(メンテナンス)までを事業として揃え、

まず、 言 語 的 な 軸 になるのは「Smarter

ハードウェアメーカーから、ソリューション

「Smarter Analytics」、「Smarter City」、

成 功させた企 業 の 代 表だが、 彼らのもう

という具合に、上位概念である「Smarter

様々な 業 界の顧 客に対 応する企 業であり、

カンパニーへと、ビジネスモデルの変革を ひとつの特徴は、ブランドストーリー発想で

○ ○ 」という表 現だ。 個々の事 業 領 域 は

「Smarter Food」、「Smarter Clouds」 Planet」 を具 現 化 するパートとして表 現

ブランドポートフォリオを見直し続けている

される。これらの事業領域は、「Smarter

1997 年にインターネットの登場が社会に

アイコンとしてデザインされ、視覚的にブラ

点にある。

Planet」のアイコンを踏襲したスタイルの

大きな変革をもたらし始めた時は、いち早く

ンドのツリー 構 造 が 直 感 的 に把 握できる

2008 年には、そのコンセプトを、 「Smarter

この 一 貫 性 により、IBM が 雑 多 な 事 業

昨今の IBM を成長させたブランドストーリー

「Smarter Planet」を実現するための必須

「Smarter Planet」とは、“ 地球をより賢く、

ブ ランドストーリー をぶ れ なく表 現 する

に端を発した概念で、その思想は「IBM は、

ブランドの統合・廃止にもためらいはない。

変革の実現を支援する」という事業スタンス

プロダクトブランドであっても、独自のロゴ

ジーによって、よりスマートな企 業、 社 会

はコーポレートとプロダクトの関係性の中で

「eBusiness」という考え方を打ち出し、 Planet」 へと進 化させた。まさにこれが といえる。

よりスマートにしたい ” という IBM のビジョン 顧 客 企 業 および 社 会とともに、 世 界 中で

に結実している。そこには、「最新テクノロ

の実現を加速させ、企業、ひいては国家の

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ブランドストーリーは、美辞麗句でも机上の

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設計で展開されている。

やプロダクトブランドの 集 合 体 ではなく、 の事業統合体であることが伝わってくる。

ために、M&A で数多くそろえたプロダクト IBM で は、 非 常 に 認 知 度 の 高 い 被 買 収

やブランドの世界観は採用せず、ストーリー

語ることを徹底している。表計算やグループ


ウエアで 有 名 なロータスブランドでさえ、 名称は残したものの、長年親しまれてきた

ロゴ はもはや 利 用されていない。 費 用の

削減・投資効率の向上のためにプロダクト

ブランドを廃止することもその目的の一つで あると推測されるが、そこには、短期的な 財 務 指 標の向 上という視 点しか 持たない

旧来の M&A とは次元の異なる非常に戦略 的な意図が感じられる。

IBM Smarter Planet Smarter Banking

Smarter Insurance

Smarter Buildings

Smarter security

Smarter Healthcare

Smarter Commerce

Smarter Retail

Smarter Food

Smarter Cities

Smarter Marketing

Smarter Electronics

Smarter Traffic

Smarter Oil and Gas

Smarter Railroads and more...

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03 リクルートのケース

IBM が「Smarter ○ ○ 」という概 念 で

プロダクトブランドを一括りにしているのに

対し、リクルートは、各プロダクトブランド

の「個性」、「世界観」を大切にしており、 それぞれが非常に特徴のあるブランドとし

て強い存在感を持っている。カスタマーに

とっては、旅行、就職、飲食店を探すときに、 「ブランドストーリー発想のポートフォリオ」

限定性があるプロダクトブランドが真っ先に

で成功するリクルート

思い浮かぶ。一方、新しいビジネスを立ち

ブランドストーリーから発想すると、既存の

レートブランドが利く。さらに商品が育つと

買収した後のブランドの扱いについて、一貫

を支えていく。この循環、いわばブランドの

商品群や、買収する企業やブランドの選定、

したアプローチを取ることが 可 能となる。 日本においても Recruit グループがそれを 試みている。

上げるときには、クライアントに対してコーポ

プロダクトブランドがコーポレートブランド

パワーバランスが、絶妙に設計されている。

コーポレートとプロダクトの最適な関係

リクルートの事業領域は、職、住宅、結婚式、 「Smarter Planet」というビジョンを掲げ、 車、旅行と多岐にわたるが、いずれの領域も 人生の転機や日常生活の消費において、企業

(クライアント)と消費者(カスタマー)を

トーリーを描くことで、ソリューションカンパ

できる。それを踏まえたリクルートのブランド

片や、個々のプロダクトの「個性」「世界観」

つなげる「マッチング事業」と見なすことが

ニーとしての地歩を固める垂直統合型の IBM。

ストーリーは、「まだ、ここにない、出会い。」

を最 大 限に活かし、コーポレートブランド

のマッチングにおいて、より新しい、最適な出

リーを描くことで、就職、結婚、旅行、家

可能性を広げることを目指すのが「Recruit」

から選ばれ、クライアントの信頼を深める

という言葉に込められている。様々な機会で

会いを提供することによって、より一人一人の

というコーポレートブランドである。

コーポレートブランドとプロダクトブランドの 役割の明確化 一方でリクルートは、就職領域の「リクナ

ビ 」、 旅 行 領 域の「じゃらん」、 住 宅 領 域

がプロダクトブランドを横串でつなぐストー 探しというライフイベントの度にカスタマー

水平分業型のリクルート。対照的ではある

が、どちらのブランドにもコーポレートブランド

とプロダクトブランドの最適な関係がある。

それこそが、 優れたプロダクト群を持って

いるにもかかわらず、それぞれが個別最適に

陥っていて相乗効果を出しきれなかったり、 優良企業を買収したにもかかわらず、コン

の「SUUMO」、 結 婚 領 域の「ゼクシィ」、

グロマリット・ディスカウントに陥っている

200 を超えるプロダクトブランドを擁している。

リー」ではないだろうか。

飲 食・ 美 容 領 域の「ホットペッパー」 等、

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各事業やプロダクトがその実現のために一丸

となって顧客企業を支えるという壮大なス

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多くの「日本ブランド」に足りない「ストー


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2.ブランドストーリー(そのブランドが 主張したいこと)を構成する要素を ブランドメッセージ体系として分解する。 ● ストーリーを最も効 果 的に伝えるため、

「ブランドストーリー発想の ポートフォリオ」の3つのステップ

どのレベルで何を伝えればよいのかを掘り下

「日本ブランド」は、いかにして企業価値を

● 前述の IBM の例で考えると、 「Smarter

最 大 化 する「ブランドストーリー 発 想 の

ポートフォリオ」を構築すべきか。その実現

のために、インターブランドは以下 3 つの

ステップを提唱する。

1 ブランドの 主張を明確化

2 ブランドの メッセージ化

3 ブランドの 体系化

げて、メッセージの体系として整理していく。

Planet」づくりをサポートするためには、 企業がより賢くなるのをサポートする必要が

ある、都市がより賢くなるのをサポートする 必要がある、というように分解していく。

● そのように考えると、現状の事業(備え

ている能力)と、ブランドストーリーとの ギャップが 明らかになるが、そのギャップ

こそが今後の企業成長のチャンス、すなわち、 新規事業の機会である。

1.まず、ブランドが何を主張したいのか、 を考え、絞る。 ● 重要なのは、「思い切って言いたいことで

も捨てること」である。

● とかく日本企業の傾向として、言いたい

ことがたくさんありすぎ、捨てられない結果、 万人受けするような、優等生的で、しかし

何の特 徴もない、というストーリーを創り

がちである。

● ブランドとはターゲットを絞り、そのター

ゲットが魅了されるようなストーリーを生み 出すことで作り上げられるのである。

● そのストーリーは作り話ではなく、自社

の生い立ちや、培ってきた価値観に根ざし

ていることも同時に重要なポイントである。

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3.ブランドストーリーおよびメッセージ 体系に、現状のブランドポートフォリオを 重ね合わせ、余計なものは別ブランド化 もしくは売却、足りないものは新規に 生み出すか買収する。 ● ストーリーを最も効 果 的に伝えるため、

どのレベルで何を伝えればよいのかを掘り

下げてメッセージの体系として整理していく。 ● ブランドストーリーから分解された、メッ

セージ体系そのものが、ブランドを付与する 判断基準となる。

● どのメッセージにも当てはまらない事業・ 商 品 サ ービスは、ブランドを付 与しない

/関連づけない独立したブランドとするか、 売却をする。


このように、既存の事業・商品や、買収し たブランド全体を、「ブランドストーリー発

想のポートフォリオ」という考え方で管理す

ることができれば、「日本ブランド」は、よ

りスピーディーに、より効果的に、その存 在感を高めていくことができるはずだ。

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インターブランドジャパン 薄阿佐子 Exective Strategy Director 畠山寛光 Strategy Director 林 隆一

Senior Account Executive

村松友希 Senior Designer インターブランドについて インターブランドは、1974 年、ロンドンで設立された 世界最大のブランドコンサルティング会社である。世界 27 カ国、約 40 のオフィスを拠点に、グローバルでブランド の価値を創り、高め続ける支援を行う。インターブランド の「ブランド価値評価」は、ISO により世界で最初にブラ ンドの金銭的価値測定における世界標準として認められ、 グローバルのブランドランキングである “Best Global Brands” などのレポートを広く公表している。 インターブランドジャパンは、ロンドン、ニューヨーク に次ぐ、インターブランド第 3 の拠点として、1983 年、 東京に設立された。ブランド戦略構築をリードするコンサ ルタント、ブランドのネーミング、スローガン、メッセー ジング、ロゴ・パッケージ・空間・デジタルのデザインを 開発するクリエイターが在籍し、さまざまな企業・団体に 対して、トータルにブランディングサービスを提供している。 著書「ブランディング7つの原則」 (日本経済新聞出版社刊) http://interbrand.com/ja/


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