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トライポフォビアが考える集合体建築

東北大学 五十嵐太郎研究室 須藤悠果


トライポフォビア = 集合体恐怖症

私はトライポフォビアである。 トライポフォビアとは日本語で集合体恐怖症といい、円形や物体の集合体を観察する ことで嫌悪や不快を感じる限局性恐怖症である。蓮の花や蜂の巣に代表され、日本で は数年前に蓮コラという嫌がらせが流行り、地名度が高まった。私は昔からこの恐怖 症に悩まされ、ときたまパニックを起こすこともあった。 円形や物体の集合体を観察することで嫌悪や不快を感じてしまうトライポフォビア (trypophobia) は、成人の約 16% に認められるという報告がある (1) 。しかし、 DSM-5 に未記載であり公式の恐怖症ではない。最近ではその機序の研究が始まって いる (2)。例えばトライポフォビアを円形の集合体から人体の創傷や有毒生物の斑点 模様が連想されることによる適応的な反応とする説がある (1)。また、トライポフォ ビアを引き起こす原因がその画像の保有する特徴的な空間周波特性にあるという説も ある (1)。日本での研究では、自然物の有する集合体は人工物の有する集合体よりも 不快感が強い可能性が示唆された (3)。

(1)Cole, G. G., & Wilkins, A. J. (2013). Fear of holes. Psychological Science, 24 (10), 1980-1985. (2) 今泉修 古野真菜実 日比野治雄 小山慎一 : 日本語版 Trypophobia Questionnaire( TQ-J)の作成  (3) 同著 自然物・人工物の集合体画像が集合体嫌悪に及ぼす影響


美しさと畏怖の境目

しかしながら私の好きな建築やアートも何かの集合体で できている場合が多い。 私はここにフロイトの「不気味なもの」のような関係が あると考える。フロイトは不気味なものとは馴染みのあ るものだと説いた。ホラー映画で本当に怖いのは、いつ もの慣れ親しんだ居間であり、その親しみのある空間が 突然反転して不気味さに変わる。

私が集合体に感じる美しさと畏怖はこの論に近い。つま り私の中では集合体の美しさと畏怖は背中合わせのよう な関係にあり、とても美しいものが集合の度合いによっ て突然「不気味なもの」になってしまうのだ。この恐怖 症のもつ二面性、自分の感覚の矛盾がずっと謎であった。


トライポフォビアと建築

複数の材を反復、集合させることは建築行為の本質であ る。トライポフォビアの目線で建築を見たとき、構成単位、 サッシなどの設備の凹凸、窓の開口、それらの集合の仕 方によっては建築も「不気味なもの」になり得るのだ。 先述した通りトライポフォビアは成人の 16% に認められ るという報告もあり、集合体やぶつぶつが怖い、という のは何も特別な感覚ではない。ならば、トライポフォビ アだと自覚のある私が、トライポフォビアに留意して建 築空間を考えることは、ある普遍性を持った新しい空間 ヒエラルキーのルールを作ることに繋がるのではないか。 本設計は、トライポフォビアという恐怖症のもつ二面性 や空間性を建築と結びつけ、様々な体験を生む集合体空 間を持つ建築を考えることで、今までにない空間の可能 性を見いだすことを目的とする。


「トライポフォビアが考える集合体建築」 - 邪宗門 ひのもと救霊会東北教会 -

東北大学 五十嵐研究室 須藤悠果


集合体画像調査

多くの人に症状が認められながらも、そ の原理については研究途中であるこの恐 怖症において、私の場合の症状を詳しく 調査・分析し、空間性を見出したい。そ のために、美しいと感じる集合体から恐 怖・嫌悪を感じる集合体まで幅広く集合 体の画像を集め、恐怖を感じる順に並べ 直し、画像の特性や感じる恐怖度合いを 分析することにした。分析対象は 24 枚の 画像で、この中にはかつてパニックを起 こしたものも含まれている。


番号

2.5D

3D

10

11

恐怖 12 13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

画像

奥行

2D 2D 2D 2D 2D 2D

該当 原則

商業デザイン

現代アート

分類

会田誠 村上隆

好感度 グラフ

2.5D 2.5D ②

3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D ① ③ ①②③ ① ④ ④

3D 3D 3D 3D

①②③ ①② ①②③ ①②③ ①②③ ①②③ ① ③ ①②③ ①②③ ①②③ ①②③ ④⑤ ⑤ ⑤ ④⑤ ④⑤ ④ ④⑤ ⑤ ⑤ ⑤

自然・生命

草間彌生 荒神はるか 名和晃平

2.5D

菅木志雄

塩保朋子

凄み・畏怖

好感度


調査結果と不気味の谷

番号

10

11

恐怖 12 13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

画像

奥行

2D 2D 2D 2D 2D 2D

該当 原則

商業デザイン

2.5D ④

現代アート

分類

会田誠 村上隆

3D ①

2.5D 2.5D ②

3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D ① ③ ①②③ ① ④ ④

3D 3D 3D 3D

自然・生命

草間彌生 荒神はるか 名和晃平

2.5D

①②③ ①② ①②③ ①②③ ①②③ ①②③ ① ③ ①②③ ①②③ ①②③ ①②③ ④⑤ ⑤ ⑤ ④⑤ ④⑤ ④ ④⑤ ⑤ ⑤ ⑤

菅木志雄

塩保朋子

好感度 グラフ

凄み・畏怖

集合体画像を恐怖を感じる順に並べ直し、その集合 体の奥行き度合い、種類、恐怖度合いなどをまとめ た。このグラフから好感度は一定に減少するのでは

好感度

なく、どこかの地点で急減することがわかった ( こ の辺りが美しさと畏怖の境界である )。またさらに グラフを考察することで、次ページからの恐怖の5

美しさと畏怖の境界

原則を導き出した。

好感度の急減はロボット工学において提唱される 「不気味の谷現象」( 右図 ) に似ており、人が感じ る不気味さの基本原理なのかもしれない。トライポ フォビアではその後の好感度の上昇はないが、その 代わりに畏怖や凄みは上昇するように感じた。

参考画像:wikipedia


恐怖の5原則

①奥行・空間性

以上の調査により、集合体恐怖症の恐怖の根源として以下の5原則が導けた。この恐怖症は、これら5つの要素が複 雑に絡み合うことで恐怖を生じさせていると感じた。

②生命感

③固有性

④穴

⑤包含感


奥行・空間性

平面的な集合は嫌悪も凄みも小さい。集合体が立体的な構成になると凄 みが増していき、嫌悪に変わる。商業的な集合体のデザインは平面的な ものが多い。


生命感

集合体の構成要素が自然・生命を想起させるものは恐怖が大きい。この ことは先述した通り、医学論文でも検証されている。


固有性

構成要素や集合全体が固有のもの ( 正円・花など ) である ( であると認 識できる ) と恐怖が少なく、そうでないと恐怖が大きい。


トライポフォビアの語源はギリシア語の Trypo( 穴 )+phobia( 恐怖症 ) であるが、この調査でも穴を感じる集合体は恐怖が大きかった。 フロイトの「不気味なもの」の主な参照先である砂男の恐怖のモチーフ も眼窩、つまり穴とされている


包含感

ここでいう包含感とは、集合体が何かに詰まっていて、その内部にあと どれだけあるのか想像できないような感覚である。奥行・空間性にも近 いが、包含感がある集合体は内部への想像力が掻き立てられ大きな恐怖 を感じる。


宗教と集合体建築

以上の調査結果や5原則に基づき、集合体建築を考えたい。 本設計では、三島由紀夫と同世代の小説家、高橋和巳による、 戦時下の弾圧で壊滅した教団の激動と興亡を描いた名文学 「邪宗門」(1966) に登場する架空の宗教「ひのもと救霊会」 の東北教会を設計する。様々なヒエラルキーの空間をもつ 建築を考えるにあたり、宗教施設が適当であり、かつ、小 説内の教団「ひのもと救霊会」は信徒以外にもオープンな 性質を持つ点、しかし戦前二度の弾圧に苦しむ原因にもなっ た一見不気味がられるような風習も持ち合わせている点な どが、美しさや畏れの二面性を持つ集合体空間に合致する と考えたためである。 小説内に出てくる全ての空間描写、宗教制度などを書き出 してまとめ、教会に必要なプログラムを抽出した。これらは、 その空間を体験する人の立場、必要な信仰心、集めたい人 の数などで狙うべき恐怖度が変わる。どのプログラムがど の恐怖度合いに適当かを下図に示す。


番号

2.5D

3D

10

恐怖 12 13

11

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

画像

2D 2D 2D 2D 2D 2D

奥行 該当 原則

商業デザイン

現代アート

分類

3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D 3D

2.5D 2.5D ②

① ③ ①②③ ① ④ ④

自然・生命 荒神はるか

名和晃平

村上隆

3D 3D 3D 3D

①②③ ①② ①②③ ①②③ ①②③ ①②③ ① ③ ①②③ ①②③ ①②③ ①②③ ④⑤ ⑤ ⑤ ④⑤ ④⑤ ④ ④⑤ ⑤ ⑤ ⑤

草間彌生

会田誠

2.5D

菅木志雄

塩保朋子

好感度 グラフ

凄み・畏怖

▶ 間

殿

ス ン ラ ト

▶ ル ー ホ

堂 食

宿

好感度

戦前の弾圧の原因でもある

信徒宿泊室▶ 遠方から参拝に来た 信徒が簡易宿泊でき る部屋。宿泊する場 であり、集合の要素 はほとんど用いず簡 素な空間とする。

司祭室▶ 司祭が待機する間。 畏怖度が高い空間へ の待機室・休憩室と なるので集合度合い は少なくする。ただ し部屋から石碑の間 が見え、二度の弾圧 へ想いを馳せること ができるものとする。

石碑の間▶ この教会の唯一のテラ スとなる部分であり、 開祖が重んじていた信 徒以外の崇めるべき人 4人の石碑がある。礼 拝殿からの休憩の間と なることから、集合度 合いは少なめ。

食堂

書斎

信徒のみならず公園利 用者にも開かれた食 堂。適度な集合で人を 呼びつつ、メインの ホールの集合体空間へ と導くものとする。

信徒のみならず公園 利用者にも開かれ、 教団塾も開かれる学 びの間。好感的な集 合で親しまれつつ、 ホールや礼拝殿への 予感もさせる。

ホール▶ エントランス▶ 礼拝殿▶ 信徒、一般の人、誰で も入れるメインホール である。主に入会説明 などを行う。そのた め、好感だけでなく信 仰心を生むような空間 でありたい。

信徒が、礼拝をする 際に入場する入り 口。礼拝への気持ち を高める、畏怖に近 い集合体空間とす る。

信徒が、礼拝をす る間。信仰心を高 めるため畏怖に近 い空間であるのは もちろんのこと、 集合の方向性が必 要。

身替りの間▶ 数名の司祭にしか許されな い、禁断の身替りの術をす る間。人の病気を、自分が 身替りになれと祈祷し続け ることで治す祈祷治療法。 使用頻度は少ないが教団の 重要儀式であるので畏怖の 空間でありたい。また、身 替りの術が成功すると自然 の命が奪われるので、近く に自然を配する。

誦行の間▶ 信徒が司祭になる際に行わ なければならない誦行を行 う間。三日三晩、八請願を 読み続ける危険な修行。司 祭になるための最重要儀式 であり、この建築で一番恐 怖度の高い集合体空間であ るべき。


200 m

外部に開く新興宗教 仙台市地下鉄薬師堂駅周辺の 公園を敷地とする。この辺り には寺院が数多くあるだけで なく新興宗教の施設も数多 い。ひのもと救霊会の特徴で

聖和学園

あ る 、新 興 宗 教 で は 珍 し い「 信 徒以外にもオープン」な部分

キリスト教会

世界新道教

を、集合体建築でも表現した い。外部にとてもオープンな 陸奥国分寺と閉じた印象の強 い新興宗教施設の中間くらい

陸奥国分尼寺

の開き方を目指す。

陸奥国分寺

敷地

幸福の科学

とても開いた印象の陸奥国分

天理教会

閉じた印象の世界新道

敷地図 1:5000


提案 - 邪宗門 ひのもと救霊会東北教会 -


A

2F 平面図

13 9

A

7

A

2

4

A

1 6

5

3F 平面図

A 14

1F 平面図

5

10

11

3

8

S=1:300

10

20

1. エントランス 2. ホール 3. 書斎 4. テラス 5. 食堂 6. W.C 7. 事務室 8. 裏玄関 9. 礼拝殿 10. 誦行の間 11. 司祭室 12. 石碑の間 13. 寝室 14. 身替りの間

A


空間の恐怖度合いのイメージ


A-A 断面図

S=1:30 5

10


①② ③⑤ ②③④⑤

①④⑤

①②③

①② ③④⑤

①② ③⑤

①④⑤

②③④⑤

①② ③⑤

⑤ ① ④

④②⑤

①②③⑤ ①②③⑤

⑤ ③ ② ② ① ⑤ ④ ③

③ ①

⑤ ④


①奥行・空間性

②生命感

様々な体験と集合体空間 5原則によって操作された集合体が様々な集合体空間を生 み、立場や視線、シークエンスによって全く違った体験が できる教会を考えた。 外部にオープンで軸を持たず、八誓願という誓いが核であ ることから、八角形平面から八方向に空間が向かう構成に した。信徒への顔となるエントランスがある面と、公園側 とでは外観・透ける内観に大きな恐怖度の差が生まれるよ う考えた。敷地のコンテクストとひのもと救霊会の祠から 得た家型の突起は奥に行くほどしぼみ、それと壁面の集合 体が相互作用し、奥行きや穴感・包含感を増す。信徒以外 も自由に出入りできる空間とその上部に透ける信徒のみの 礼拝空間、さらに司祭しか入れない空間など、空間のヒエ ラルキーを集合体で操作し、以前に示した恐怖度合いをそ れぞれ狙った。 集合体によって美しさと畏怖が入り組む空間と、邪宗門の 宗教世界とが合致し、来る者に様々な体験を与える様子を、 とある少年の宗教との一生をなぞって説明する。

③固有性

④穴

⑤包含感


①奥行 ②生命感 ④穴

外観として若干の 恐怖はあるが、壁 材が少ないため包 含感がない。公園 向き。適度に人を 寄せ集める効果が ある。

①奥行

集合個体

固有性が高い楕円 形で好感のある集 合体空間。塾など のオープンな空間 に向く。集合の仕 方も奥行きを生ま ない方法になって いる。


集合個体

しかし、好感度の高い空間から一歩核に踏み入れると、階段の 間から見え る礼拝空間の恐ろしさが少し漏れ出す。ここでは下から上を見上げた時に一 番恐れが大きくなるように奥行きを持つ集合の仕方になっており、礼拝を意 識して見上げた者に畏怖を感じさせる。集合個体も少し複雑になり固有感を 失う。好感が持てる外部へ開いた空間は、実は畏怖をも感じうる集合体空間 の予兆だったのだ。


①奥行 ②生命感 ④穴 ⑤包含感

集合個体


①奥行 ②生命感 ④穴

礼拝空間には、ひのもと救霊会の「四戒」を表す穴が現れる。 ここから差し込む光、穴感、壁材の集合体、そのさきに続く誦 行の間が信仰心を高めさせるような畏怖さを感じさせる。

⑤包含感 集合個体


いつもは使用しない階段・見えない空間へ初め て足を踏み入れる。

身替りの術に必要な 自然を配する。

①奥行 ②生命感 ③固有性 ④穴 ⑤包含感 集合個体

めくれかたや集合の向 きで奥行きが増し、恐 怖が急増する。個体も 角を持ち固有性を失う。


①奥行 ②生命感 ③固有性 ④穴 ⑤包含感 集合個体

身替りの間より集合数 が増え、空間のしぼみ 率も大きくなるため包 含感が増し、最大の恐 怖度となる。

いつもは礼拝対象である祠に初めて足を踏み入れる体験。普段見ている方向では空間のしぼみ率・集合の奥行きはあまり気に ならないが、誦行を行うために振り向いた瞬間、全ての集合の 間が襲って来る。固有性を失った集合個体の 間がこちらを 睨み、この建物で一番畏怖度が高い空間となる。


空間の畏怖さに伴い、自然と八請願が れる。司祭になるためにはここで三日三 晩八請願を唱え続けなければならない。

集合から逃れた司祭室からは、石碑の間 が見え、過去の弾圧に想いを馳せる。


集合体建築とは?

自らの悩みであった集合体恐怖症、そこに潜む二面性や空 間性に着目し、建築空間へ還元することが本設計の目的で あった。これは記号性のないポストモダンなのか、装飾肯 定なのか、まだわからないが、建築のアルゴリズム化が激 しくなる昨今、建築の凹凸を最終的にどうデザインするか は非常に重要な問題である。機能的な解決のみならず、建 築を凹凸空間で見た時に、自分のようにその凹凸に敏感な 人がいる。そしてその感覚は程度の差こそあれ、誰しも持 ち合わせているものなのだと考える。 これまでの建築史上でも、構造を見せる・見せない、装飾 を肯定する・否定する・はたまた過剰に使用する、凹凸へ の回答は行ったり来たりである。歴史ある西洋の建築や日 本の建築を実際に見ると、しっくりいったり、気持ち悪く なったり、様々な凹凸世界がある。 建築を集合体恐怖症という観点から見ることが、少しでも 現代の建築史を推し進める発見であるということを願い、 ここに小さな卒計という発表の場をいただきました。 最後まで見ていただきありがとうございました。


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トライポフォビアが考える集合体建築

東北大学 五十嵐太郎研究室 須藤悠果

Profile for yuka

卒業設計「トライポフォビアが考える集合体建築」 / Diploma "The aggregate architecture created by Trypophobia"  

Yuka Suto / Tohoku university , Tokyo university of the arts

卒業設計「トライポフォビアが考える集合体建築」 / Diploma "The aggregate architecture created by Trypophobia"  

Yuka Suto / Tohoku university , Tokyo university of the arts

Profile for yuka10
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