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吉村紙業 三つ折りカード 物 語


私、橋本久美子が社長に就任したのは 2005 年 11 月の 52 期決 算取締役会。53 期 54 期は父である会長も代表権を持っており、 自分自身の経営者としての立ち位置はどこか、手探りで進んだ季節 でした。 経営理念はありましたし、毎年タイムスケジュールを全社で共有 することを一義とした経営計画書の表紙には行動指針を示していま したが、 それは表層的なもので、社員に「吉村紙業の経営理念て何 ?」 と訊いても、 おそらくほとんどの人は答えられなかったと思います。 また、自分自身、経営理念・行動指針・経営戦略・経営目標など という言葉がぐちゃぐちゃと頭の中に渦巻いているだけで、その相 関関係も整理できていない状況でした。 本能的に理解していたことは、 「今までのやり方、つまり父の時 代のようなトップダウンで、社長が考えて決めて、社員が忠実に実 行するというやり方は、自分は出来ないし、したくない」というこ とです。またISO 9001 シリーズを認証取得する中で、マニュア ルに「部署長判断」という言葉が高い頻度で使われていたのですが、 「現場が判断できない、いちいち部署長に判断を仰ぐような組織で は、顧客満足は上がらないし、働いている社員も楽しくないし、そ んなスピードで勝てるわけがない」ということでした。 では、どうしたら現場が判断できるようになるのか?  吉村紙業の価値観・判断基準・目指すものが共有できていれば、 社員が現場で自分で判断できる領域はぐっと広がるはずです。 そんな中で、品川商工会議所の無料セミナーで「リッツカールト ンのクレド」の話を聴き、 来期には「吉村紙業のクレドもどき(笑)」 を作って毎朝、朝礼で読み上げるようになろう、と心に誓いました。 1


そうして、生まれた最初の三つ折りカードです。 ■ 54 期(2007 年度)■

内容を決めるにあたって、中小企業家同友会の品川支部の主催し ている「経営指針をつくろう」というセミナーに真面目に通いまし た。そこで、二つの発見がありました。一つは事業領域、もう一つ は価値観です。 一つ目の事業領域というのは、 「どの土俵で戦うか、小さくても いいから一番になれる事業領域を決める」ということ。これは衝撃 でした。それまで、当社は「総合パッケージメーカー」という打ち 出しをしていましたが、絶対に一番になれない土俵なんですね。 お客様を茶業界に絞っているので、「茶業界のパッケージメー カー」なら一番は狙える。でも茶業界にパッケージを売ることが、 私が目指すことじゃないよね?儲かることが目標なんて、なんかい やだなあああ。 。 。 そうだ、日本茶が飲み継がれていく世界こそ、私が目指したいこ と。。。そう考えると、 「茶業界のビジネスパートナー」という言葉 が浮かびました。お茶屋さんと一緒に、もっと日本茶を飲んでいた だくために一緒に知恵を絞って、日本茶リーフの消費のパイを広げ 2


たい!以前、 営業さんから「茶袋を沢山売ることは、ゴミを沢山売っ ているってことですよね?」と言われたときに口ごもってしまった 自分がいるのですが、 「日本茶リーフの消費のパイを広げるお手伝 いをしている」と考えたら、パッケージは単なるゴミではなく、中 味の素晴らしさを伝える媒体と思えてきました。 もともとあった経営理念「商品を活かし商品の価値を高めるパッ ケージを提供することを通じて、産業の発展に寄与し、人々の生活 文化の醸成を目的とする」を自分なりに翻訳して、 「たかがパッケー ジ、されどパッケージ。つまりパッケージを作ることで、心もから だも喜ぶおいしい時間を広げるお手伝いをしているっていうこと。」 と書き加えました。これが、吉村紙業の商売の土俵、そう考えると スッキリとして、 自分自身が新しい事業としてやってよいこと、やっ てはいけないことの判断ができるようになりました。 二つめは価値観です。セミナーで「どういう会社になりたいか?」 と問いかけられた時に、 「限りあるパイを奪い合う」という風にビ ジネスを捉えるのはイヤだな、と直感的に思いました。だいたい 「常勝企業」などというビジネス誌の見出しを見るとすごい嫌悪感 があって、 「勝ったり負けたりするから面白いんだろ!」と一人ツッ コミを入れていた私。常に勝つために、奪われたら奪い返す、とい う連鎖で戦うというイメージは、まったく幸せな感じがしないので す。 では、どのようにビジネスを捉えたら幸せのイメージにつながる のか?迷った末にたどり着いたのは、「土を耕し、タネを蒔き、育 てて、花を咲かせ、実を採る」というイメージ。これを基本的な価 値観にしたいと考えたのです。 3


そのイメージから、ISO品質方針は「私たちが咲かせる花」、 経営理念は「私たちのフィールド」、行動指針は「私たちの根っこ」、 経営目標は「私たちの茎と葉っぱ」としました。 それぞれの項目の文章は、色々なセミナーで心に残った言葉など をアレンジして、橋本が一人で決めました。「指示待ちではなく、 自分で課題を見つけて動こうよ」ということが、一貫して伝えたかっ たことなのだな、ということがわかります。 また、はじめて朝礼でこの三つ折りカードの復唱を義務付けたの で、 「元気を出す朝礼」として朝礼の定義も試みています。また、 「会 議・ミーティングのルール」の箇条書きでは「遅刻厳禁」 「携帯電 話厳禁」などとあり、初歩的なマナーさえ出来ていなかったことが わかります。 ■ 55 期 (2008 年度 ) ■

55 期については、 「会議・ミーティングのルール」以外は手を加 えませんでした。朝礼で読み上げていても浸透している気がしな かったので、毎年クルクルと文章だけ変えても仕方ないかな、と考 えたためです。 「会議・ミーティングのルール」については、 「なぜ○○できな 4


いの?」ではなく「どうしたら○○できるかな?」という問題解決 型の疑問文を使うことや、 「何でも言える雰囲気・決断する風土」 と加筆しました。自律型の社員を育てる場として会議やミーティン グは活用できる場なのではないか、という予感があったためです。 ■ 56 期 (2009 年度 ) ■

大変字が多くて「朝礼が長くなる」「老眼には読むのがつらい」 と不評だった 56 期の三つ折りカード。作り手の橋本としては、二 年ほぼ同じ内容でやって、マンネリに陥っていて、どうしたらよい か迷った末に書いた文章なのです。どうしたら「なぜこの文章を書 いたのか」という主旨と背景が伝わるか、言葉にコトバを重ねて長 くなってしまったという顛末(笑)。 本社の朝礼では、スプリンクラーのたとえ話のところで「だから 現場を知らない校長はダメなんだ」というところを「だから現場を 知らない社長はダメなんだ!」と読み間違えるというのが流行って いました(笑) 。 この三つ折カードで、初めて「ワークライフバランス」という言 葉が出てきます。品川区の助成金で区内で最初にワークライフバラ ンスのコンサルティングを受けた当社ですが、制度を整えることに 5


注力するのではなく、しんどい時に「しんどい」と声を上げられる チームであること、人生のしんどい時期に羽根を休めることのでき るホームのような存在に会社がなることこそ大切なのではないか、 という思いは、橋本のワークライフバランスへの本質的な思いです この頃「社長が書く」ということの限界も感じ始めました。どん なに工夫して書いても、評論の対象になってしまうのだなあ、とい う無力感。子育てと同じで、親に「勉強しなさい」と言われてやる 気になる子どもなんかいない。社長から言われるよりも「自分は○ ○をするよ!」と宣言したのなら、その言葉は自分自身への誓いと なって効力を持つはず。 この三つ折りカードを、社員アンケートをベースに、中間管理職 を巻き込んで作ることができないかな、と本気で考え始めました。 ■ 57 期 (2010 年度 ) ■

「社員が問題発信をする人」 「社長が問題解決をする人」と社長 になりたての頃は捉えていて、 「ここが問題でーす !」と社員が発 信すると 「はい出動 !」 という感じで自分が動いてしまっていました。 こんなに頑張っているんだからきっと経営者への社員の評価は高い だろうと臨んだ ES 調査 ( 社員満足度調査 ) は、メタメタな結果で、 私への酷評のフリーコメント「○○してくれない」の嵐。依存の関 係が感じられ「これはやばいな」と思いました。 昔、物議を醸した CM で「私つくる人」「ボク食べる人」という 6


のがありましたけど、まさにそんな感じで、 「折角問題発信したの に全然解決になってないじゃん !」と責める論調満載でした。本当は、 問題と感じた本人が、まわりを巻き込んで解決するというプロセス を経験することが大切で、自分がよかれと考えて動いた解決策が上 手に回らなくても、当事者という自覚さえあれば、きっと「○○を もう少し工夫すればうまくいくかな ?」という PDCA がまわるはず。 どうしたら、この流れを変えられるかを考えて、全員参加の会議 体にチャレンジしました。これは、 「挨拶委員会」 「ノーベル会議」 「既製品会議」 「吉村教育委員会」などなど、さまざまな会議体を立 ち上げて、そのどれかに全社員が参加するというものです。 会議について、世の中では「無駄なもの」という見方もあります が、 私は社員が自分の部署を超えて繋がるツールであり、小さいネッ トワークの中で問題解決のプロセスを経験するツールなのではない か、と考えていました。けれど、どこまでも自己流の会議術でした ので、会議体のリーダーによっては、何も決まらない、脱線ばかり、 みたいな会議が存在していることも知っていました。 ここで株式会社チアフルの沖本社長と運命的な出会いをします。 商工会議所の会議に関する無料セミナーのワークショップで隣りに なった女性が沖本先生。彼女の「会議活用術」に魅せられて、当社 は初めて社外の講師を迎えての研修をすることになります。全 5 回。 中間管理職以上対象。体感型の研修なので、実際に決めたい事項を 会議として組み込んでのカリキュラム。「研修なのか会議なのか、 混乱するからどちらかにしてくれーーー」という悲鳴が上がりまし たが、ここで使えなくて現場で使えるわけがない、と突っぱね、七 転八倒しながら、会議活用術を習得していきました。 7


三つ折カードから、六つ折カードになってしまったのは、会社の 目標とこのカードを連動させるということがまだ意図できていな かったからなのですね。 現在の三つ折カードの中で好きな言葉や入れたい言葉などを社員 アンケートから募り、その集大成と言えるのが、6 つの「しん」の 部分です。これを決めるのに一日かかりました。 中でも 「やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。 ムリと言わず、できる方法を考えよう」という文章は、年賀状に複 数の社員が書いてきたほどで、一人一人の心に入っていることを感 じました。 次に、 「お客様」 「業務プロセス」「育成と成長」「財務」の 4 つ の視点に分けて、全社の目標を立てました。今まで目標は社長がた てるもの、という会社だったので、中間管理職の面々は「本当に自 分達で決めていいのか ?」と緊張感バリバリでした。 まず課の目標を考えてくるのが宿題で、そこを固めてから、部の 目標、部門の目標、全社目標、という順で決めていきました。泊ま 8


り込みの二日間です。投票して規定の点数まで行かない部は居残り になったり、キビシイ二日間でしたけど、横の絆は深まりました。 実際に決めてみると、目標は拍子抜けするぐらいシンプルなので す。でも決定までのプロセスで喧々諤々していますから、メッセー ジの意図するところは、私が説明なんかしなくても、中間管理職全 員の腹に落ちているのです。それはそれは大きな変革でした。私の 経営者としての立ち位置も、トップダウンではなくボトムアップ、 信じて任せる経営と定まりました。 今までと大きくちがうところは、財務の視点目標です。 「売上・ 粗利目標の達成は、全社員の英知と勇気の結晶であり、会社の成長 の証である」 。つまり売上も粗利も、 「目標ではなく、結果である」 と定義できたことは、大きな収穫であり、転換点でした。 ■ 58 期 (2011 年度 ) ■

58 期から、このカードは「目標カード」と呼ぶようにしました。 目標を決める中間管理職以上対象の会議の名前は「目標会議」とし、 年間の経営計画書に組み込みました。 沖本先生の会議術に染まった 57 期の目標決め会議でしたが、一 年経って、沖本先生の力を借りずに自分たちの力で会議ストーリー 9


を考えて仕掛けたいと考えました。まずは、自分の力量アップ!と、 沖本先生のカンファリストトレーナーの認定講座に参戦し、その会 議術スキルを身につけようと頑張りました。自分自身の肥やしだか らと自腹で参加しましたが、社員である経営企画部次長の池辺が大 金を払って一緒に資格取得に挑戦してくれたことは大きな喜びでし た。目標会議のストーリーを立てるのは、何度も何度も組み立て直 して、はっと気づいたら夜が明けていたというくらい集中して作り ました。昨年と逆にして、まず全員で全社目標を決め、それを部門、 部、課、と作っていきます。会議スキルの復習や体感も沢山入れた かったので、課の目標決めは、課長さんが自分の課に戻って課員を 巻き込んだ会議を開催して決める、という風にタイムスケジュール を組んだときに、 「ああ、これで全社員が目標決めに関わるんだな あ」としみじみしたことを覚えています。また、4つの視点の目標 は、評価面接にも連動しますし、ISOの品質目標にも連動します。 今までバラバラに取り組んでいたことが、一つの太い幹に集約され ました。 実際の目標会議では、前年に比べ、サクサクと進み驚きました。 57 期はおっかなびっくり、「自分たちが決めていいの?」とビビッ ていたのに、58 期は「失敗したら、次に直せばいいじゃん!」と いうノリが生まれていましたからね。本当にそのとおりで、失敗を 恐れて何もしないよりも、失敗して次にその失敗を繰り返さないよ うにすることで前に進むことこそ、仕事の喜びだと思います。 また、ここに再度経営理念を入れました。私たちの事業領域、つ まり小さくても一番を目指せる土俵を、もう一度意識していきたい と考えています。 10

三つ折りカード  

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