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クリスチャン 神 の 御 言 葉 に よ っ て あ な た は 自 由 に な り ま す 。

クリスチャンの教え 週刉誌

クリスチャンの教週刉 誌

シュネムの女 「あなたのために何をしたら良いでしょうか」 詩篇

シェネムの女

しゅ

よろこ

37:4主によって 喜 びをなせ。 しゅ

こころ

ねが

主はあなたの 心 の 願 いをかなえられる。

クリスチャン週刉誌のご予約はこちらまで: info@cjtv.jp 神の王国 著者:ジャネット・ディアス牧師 1

1


シュネムの女

神の教えからたくさんの事を学ぶ事が出来るでしょう。 まだ封印された多くの知恵があり、隠された真の宝があります。そ してそれらを見つけた時、私たちは成長し誠実な労働者になり全て の良い行いをするための準備が整うのです。 シュネムの教えは真の生きた教訓で、良識と知恵を与えてくれる隠 れた宝なのです。 今日私たちが見るシュネムは女で彼女を見るだけで行いが分るであ ろう。神のしもべとして、この善良で満たされた、良識ある知恵を 持つ事を切望しなければなりません。 知恵と心以外に人は何たる者なのか? 神の前では、外見や重要な人である事は大事ではないのです。神に とっては謙虚な心を持ち、律法を理解することが大事なのです。 人のすべてについてこの書に書かれてあります。 でんどう

しょ

伝道 の書 12:13事の帰する所 は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その 命令を守れ。これはすべての人の本分である こと

めいれい

ところ

まも

ひと

かみ

おそ

ほんぶん

それでは、一緒に理解を深めるために、列王記下の4章8節から見 てみましょう。神は、この女の人生を通して、光と真実を私たちの 心に伝えたいのです。

2 でんどう

しょ

伝道 の書 2 12:13事の帰する所 は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その こと

ところ

かみ

おそ


れつおうき げ

列王紀下 ひ

4:8 ある日エリシャはシュネムへ行ったが、そこに ゆうふく

ふじん

かれ

しょくじ

ひとりの裕福な婦人がいて、しきりに彼に食事を かれ

とお

すすめたので、彼はそこを通るごとに、そこに寄 しょくじ

おんな

おっと

って食事をした。 4:9 その 女 は 夫 に言った、「い ところ

とお

ひと

たし

かみ

せい

つもわたしたちの 所 を通るあの人は確かに神の聖 ひと

おくじょう

かべ

なる人です。 4:10 わたしたちは 屋 上 に壁のある一 ちい

つく

しんだい

つくえ

つの小さいへやを造り、そこに寝台と 机 といすと しょくだい

かれ

そな

かれ

燭 台 とを彼のために備えましょう。そうすれば彼 ところ

がわたしたちの 所 に来るとき、そこに、はいるこ とができます」。

この女はシュネムに住んでいるとても重要な方でした。この書にはこのように 書かれています。予言者エリシャはシュネムに行かなければならなくて、この 重要な婦人が住んでいる家の前を通るたび、彼女はいつも彼を見ていました。 彼女はエリシャが真の神の聖なる人だと心に感じ、それに気付いた時、心の中 でこのエホバのしもべの荷を軽減するために何かしたくなったのです。そして すぐに、賢い女として理由を述べ、夫に言いました。「この神の聖なる人のた めに小さな部屋を造り、彼を連れてきて彼の人生を祝福しましょう。そうすれ ば彼は私たちの屋根の下に私たちの家にいることができるのです。」 彼女は彼のためにした行いは見返りがほしくてしたのではない事に気付きまし ょう。ただ心の中で分かっていたことは真の神の聖なる人を家に入れることに よって家族に恵みがもたらされるであろうと思ったのです。シュネムまでの長 い旅をして来たエリシャは誘いを受け入れました。では、読みましょう。 そしてすぐに、賢い女として理由を述べ、夫に言いました。「この神の聖なる人のために小 さな部屋を造り、彼を連れてきて彼の人生を祝福しましょう。そうすれば彼は私たちの屋根 の下に私たちの家にいることができるのです。」

彼女は彼のためにやった行いは見返りがほしくてやったのではない事に気付き ましょう。ただ心の中で分かっていたことは真の神の聖なる人を家に入れるこ とによって家族に恵みがもたらされるであろうと思ったのです。シュネムまで の長い旅をして来たエリシャは誘いを受け入れました。では、読みましょう。

3

3


やす

かれ

4:11 さて、ある日エリシャはそこにきて、そのへやにはいり、そこに休んだが、 4:12彼はそ おんな

かれ

おんな

のしもべゲハジに「このシュネムの 女 を呼んできなさい」と言った。彼がその 女 を呼ぶ かのじょ

まえ

と、彼女はきてエリシャの前に立ったので、

エリシャはこのシュネムの女が彼と彼のしもべに気遣う態度にとても感動し、 彼女の世話に報いることについて考えました。 そして、彼のしもべゲハジに彼女に何か必要なものはないか聞いて来るように 言いました。しもべは彼女の所に行き、神のしもべに何かやってほしい事はな いか聞きました。 エリシャが生きた時代はエホバのしもべを高く評価されていました。 それは、しもべが神の威信を代表する者だと民が認めていたからです。 この同じ教えをイエス・キリストがお持ちになりました。 聖書に書かれてあるように、教会で彼自身が天使ではなく、しもべ(人間)を 構成し、神の威信によって神の民をお導きになるのです。 では、読みましょう。 びと

てがみ

エペソ 人 への手紙 かれ

ひと

ひと

よげんしゃ

ひと

でんどうしゃ

4:11 そして彼は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者と ひと

ぼ く し

きょうし

せ い と

し、ある人を牧師、教師として、お立てになった。 4:12 それは、聖徒たちをと ほ う し

とのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、

神が予言者をお送りになったのは民を祝福し教えるた ひ やす かれ めです。この真実を理解できない民はよく間違いを犯 4:11 さて、ある日エリシャはそこにきて、そのへやにはいり、そこに休んだが、 4:12彼はそ おんな よ い かれ おんな よ します。災いと共に神のしもべを罵ったり、虐待した のしもべゲハジに「このシュネムの 女 を呼んできなさい」と言った。彼がその 女 を呼ぶ かのじょ まえ た りします。 と、彼女はきてエリシャの前に立ったので、 エリシャはこのシュネムの女が彼と彼のしもべに気遣う態度にとても感動し、 イエス・キリストの使徒や弟子の前で私たちの行動に 彼女の世話に報いることについて考えました。 ついて考える事はとても大事です。なぜなら彼らはエ そして、彼のしもべゲハジに彼女に何か必要なものはないか聞いて来るように ホバの民を祝福し、神へとお導きいただけるよう助け 言いました。しもべは彼女の所に行き、神のしもべに何かやってほしい事はな てくれるからです。 いか聞きました。 エリシャが生きた時代はエホバのしもべを高く評価されていました。 エリシャは神の予言者として、この女のために神に祈 それは、しもべが神の威信を代表する者だと民が認めていたからです。 る事が出来ると分かっていて、彼女に、心の中で何か この同じ教えをイエス・キリストがお持ちになりました。 ほしいものがあるか聞きました。 聖書に書かれてあるように、教会で彼自身が天使ではなく、しもべ(人間)を では、よみましょう。 構成し、神の威信によって神の民をお導きになるのです。 では、読みましょう。 びと

てがみ

エペソ 人 への手紙 かれ

ひと

ひと

よげんしゃ

ひと

でんどうしゃ

4:11 そして彼は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者と ひと

ぼ く し

きょうし

4

せ い と

し、ある人を牧師、教師として、お立てになった。 4:12 それは、聖徒たちをと ほ う し

とのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、

4


かのじょ

4:13 エリシャはゲハジに言った、「彼女に言いなさい、『あなたはこんなに こころ

もち

なに

ねんごろに、わたしたちのために 心 を用いられたが、あなたのためには何を おう

ぐんぜい

ちょう

こと

たの

したらよいでしょうか。王または軍勢の 長 にあなたの事をよろしく頼むこと のぞ

かのじょ

こた

じ ぶ ん

たみ

をお望みですか』」。彼女は答えて言った、「わたしは自分の民のうちに住 んでいます」 神によって送られた予言者エリシャは、シュネムの女に、何かこまった事が あったら王または軍の長に相談するように言いました。そしたらこのシュネ ムの重要な女は、「私は自分の民のうちに住んでいます」と答えました。こ れが私の民で、民のうちに住み、そして、王や軍の長、またはシュネムの重 要な人々と交流があるという意味です。 エリシャは考え続けました。何かしら心の中で望んでいることがあるかもし れない、と。そしてどのような形で祝福できるか、使用人にもう尐し調べて みるように言いました。では、読みましょう。 い

かのじょ

なに

4:14 エリシャは言った、「それでは彼女のために何をしようか」。ゲハジは い

かのじょ

こ ど も

おっと

言った、「彼女には子供がなく、その 夫 は老いています」。 ゲハジは彼女の状況を見て、「彼女はシュネムではとても裕福な人で、重要 な社会的地位もあります。また牧草地、使用人、ロバ、雄牛なども持ってい ます。でもエホバは彼女に子供を与えませんでした」と言いました。そこに シュネムの女の願いがあったのです。彼女はエホバのしもべを祝福すること によって、我々の父が彼女を慈悲の目で見てくれると分かっていたのです。 彼が聞いた時、子供がほしいとお願いしませんでした。「あなたのために何をしょう か?」本当は心の中では子供がほしいと切に願っていました。抱きしめる事ができ、また 夫と共に一生懸命働いて貯めた財産を残すことが出来る子供がほしかったのです。エリ

シャはすぐに言いました。「彼女を呼びなさい。祈りを通して彼女を祝福し たいのです。彼女が心から望んでいる事のために。それこそエホバが行うこ となのです。あなたの子供に心から切望していることをお与えください。」 しへん

しゅ

詩篇

よろこ

しゅ

こころ

ねが

(37:4主によって 喜 びをなせ。主はあなたの 心 の願いをかなえられる。)

エリシャがどのようにして、彼女を祝福したのかを読んでみましょう。 かのじょ

かのじょ

4:15 するとエリシャが「彼女を呼びなさい」と言ったので、彼女を呼ぶと、 き

と ぐ ち

らいねん

いま

来て戸口に立った。 4:16 エリシャは言った、「来年の今ごろ、あなたはひと こ

かのじょ

しゅ

かみ

ひと

りの子を抱くでしょう」。彼女は言った、「いいえ、わが主よ、神の人よ、 あざむ

おんな

はしためを 欺 かないでください」。 4:17 しかし 女 はついに身ごもって、エ かのじょ

つぎ

ねん

リシャが彼女に言ったように、次の年のそのころに子を産んだ。 こ

せいちょう

か り い

ところ

ちち

4:18 その子が成長 して、ある日、刈入れびとの 所 へ出ていって、父のもとへ い

行ったが、 5

5


神の御言葉が叶えられるのは何と素晴らしい事でしょう。 彼女は心からエホバのしもべのために手助けをし、そして神は彼女が心から望 んでいたものをお与えになったのです。 多くの機会で人々はエホバのしもべを認め、また神の威信によって彼らが奉仕 するということを知っています。 けれども、心の中に持っている妬みや、傲慢さ、高慢さ、または競争心からく るエホバのしもべに対して悪口や振る舞い、陰口など不適切な扱いをして侮辱 するのはとても残念です。 神への愛と恐れがない多くの人々は、このような行動をして自分や家に災いを もたらします。神の威信をもっているエホバのしもべを祝福したり、または悪 態をついたりするとそれぞれある結果をもたらすという事を理解する必要があ ります。 同じく列王記下の予言者エリシャについて例をみてみましょう。 ある日、エリシャが数人の青年の前を通っている時、頭がはげていることをか らかわれました。では、何が起きたのかを見てみましょう。 れつおうき げ

列 王 紀下 かれ

のぼ

のぼ

とちゅう

ちい

こども

まち

2:23 彼 はそこからベテルへ 上 ったが、 上 って行く途中、小 さい子供らが町 から出てきて かれ

かれ

あたま

あたま

彼 をあざけり、 彼 にむかって「はげ 頭 よ、のぼれ。はげ 頭 よ、のぼれ」と言ったの かれ

かえ

かれ

しゅ

かれ

はやし

なか

で、 2:24 彼 はふり返 って 彼 らを見、主の名をもって 彼 らをのろった。すると 林 の中 から とう

やま

こ とも

にん

かれ

二頭の雌ぐまが出てきて、その子供らのうち四十二人 を裂いた。 2:25 彼 はそこからカルメ かえ

ル山 へ行き、そこからサマリヤに帰 った。

神の真のしもべは主がお守りになるのです。 神によって、特別な奉仕のために、この暗がりの世界に送られたしもべや神の 子はエホバに認可されたものです。そのことをシュネムの女は理解していたの です。 それでは、お話の続きで息子が成長した時に何が起きたか見てみましょう。息 子は小さい時から父と一緒に牧草地に行っていました。10 歳くらいの時、牧 草地で突然ひどい頭痛がしたので、父が使用人に息子を母親の所に連れて行く よう言いました。 では、話の続きを読みましょう。

6

神への愛と恐れがない多くの人々は、このような行動をして自分や家に災いを もたらします。神の威信をもっているエホ���のしもべを祝福したり、または悪 態をついたりするとそれぞれある結果をもたらすという事を理解する必要があ6


それはある日、収穫者と一緒にいた父親のもとに来て、 ちち

あたま

あたま

ちち

かれ

はは

4:19父にむかって「 頭 が、 頭 が」と言ったので、父はしもべに「彼を母のもとへ背負って い

かれ

はは

ひる

はは

うえ

いきなさい」と言った。 4:20彼を背負って母のもとへ行くと、昼まで母のひざの上にすわっ し

はは

かみ

ひと

しんだい

うえ

ていたが、ついに死んだ。 4:21母は上がっていって、これを神の人の寝台の上に置き、戸を と

閉じて出てきた。

あんなに切望して得た息子を母親の膝の上で亡くなったのです。 教訓はここから始まります。それでは、このお話の成功について女がどのよう な態度をとったのかよくみてみましょう。 通常このように女性が息子を亡くした時やまた出口の見えない状態に陥った 時、全てが死にみえて、もう何も出来ることがない時、人は喚いたり、悪口や 不満を言ったり、陰口をついたり、また人によっては神に対して悪口を言う人 もいます。 でも、このお話の中では、この女はまったく別の驚くべき行動をとりました。 それはお説教で得た知恵ではなく普通あまりない行動をとったのです。彼女は 次のようにしました。では、読みましょう。 はは

かみ

ひと

しんだい

うえ

4:21母は上がっていって、これを神の人の寝台の上に置き、戸を閉じて出てき おっと

とう

た。 4:22 そして 夫 を呼んで言った、「どうぞ、しもべひとりと、ろば一頭を いそ

かみ

ひと

ところ

かえ

わたしにかしてください。急いで神の人の 所 へ行って、また帰ってきま おっと

かれ

ところ

す」。 4:23 夫 は言った、「どうしてきょう彼の 所 へ行こうとするのか。きょ あんそくにち

かのじょ

うは、ついたちでもなく、安息日でもない」。彼女は言った、「よろしいので かのじょ

はや

す」。 4:24 そして彼女はろばにくらを置いて、しもべに言った、「速く駆けさ めい

とき

ほちょう

せなさい。わたしが命じる時でなければ、歩調をゆるめてはなりません」。 7

ちち

あたま

あたま

ちち

かれ

はは

7


息子が彼女の膝の上で亡くなった時、息子がどのようにしてこの世に来たのか を思い出しました。 それは、予言者エリシャがエホバにお祈りしたからではないか?彼女は息子を 抱き予言者エリシャのベッドに寝かせました。そして戸を閉め、夫を探しに出 かけました。夫を見つけた時、彼女は彼と使用人には何も言いませんでした。 彼女の命の一部を削り取られたかのような絶望的で傷ついた女のような態度は とらないで、ただ一言、「ロバを一頭と使用人を一人貸してください。予言者 エリシャに会いに行きます」と言いました。夫は多分、息子の頭痛のことは忘 れてしまっていたのでしょう。それで、どうして行くの?と聞きました。理由 が分らなかったのです。新月でもないし、安息日でもないのに。彼女は答えま した。「平和」 みなさん、彼女はただ「平和」と言ったのです。愛する息子がすでに家で亡くなっているに もかかわらずです。夫が責任を感じないように彼女は何も言わなかったのです。もしかして 息子の頭痛は長時間牧草地にいたから起きたのかもしれない。また使用人がちゃんと面倒を 見なかったからと使用人のせいにもしませんでした。そして彼女自身、息子を牧草地に行く ことを許したのは自分だと、自分のせいにもしませんでした。誰かのせいにする前に、神の 子の予言を思い出したのです。夫からロバと使用人を与えられ、彼女は使用人に道中止まら ないで真っすぐ予言者エリシャの所に行くよう言いました。

道中彼女は一言も話しませんでした。彼女の信頼は夫にあったわけではなく、 使用人にあったわけでもなく、そして自分にあったわけではないのです。彼女 はただ神を信じていたのです。彼女の行動がそれを示しています。 では、予言者の所に到着した時に何が起きたのか読みましょう。 かのじょ

しゅっぱつ

やま

かみ

ひと

ところ

4:25 こうして彼女は出発 してカルメル山へ行き、神の人の 所 へ行った。 かみ

ひと

かのじょ

ちか

神の人は彼女の近づいてくるのを見て、しもべゲハジに言った、「向こうから、あのシュネ おんな

はし

かのじょ

むか

ムの 女 が来る。 4:26 すぐ走って行って、彼女を迎えて言いなさい、『あなたは無事です おっと

こども

かのじょ

こた

か。あなたの 夫 は無事ですか。あなたの子供は無事ですか』」。彼女は答えた、「無事で す」。

8

息子が彼女の膝の上で亡くなった時、息子がどのようにしてこの世に来たのか8 を思い出しました。


この女は私が今まで会ったどんな女とも違うと感じました。もしかしたら読者 の皆さんも同じように感じたのではないでしょうか?エリシャのしもべが、 「あなたの夫は無事ですか。子供は無事ですか。」と聞きました。彼女は「無 事です」と答えました。 彼女は、エリシャのしもべゲハジに心を開くのではないと分っていました。エ ホバと通じ息子のために祈り、生き返らせるのは彼ではないと分っていたので す。 何と貴重な教えでしょう。多くの男と女は痛みや苦しみの試練にあっている 時、側を通っている人に心を開き、不満を言い、挙句の果てにインターネット に公表したりします。でも、すべての力をお持ちの神の前には行かないので す。不可能を可能にするのは神のみなのです。 では続けてシュネムの女の行動を見てみましょう。読みましょう。 かのじょ

やま

かのじょ

かみ

ひと

ところ

あし

4:27 ところが彼女は山にきて、神の人の 所 へくるとエリシャの足にすがりつい ちか

とき

かみ

ひと

た。ゲハジが彼女を追いのけようと近よった時、神の人は言った、「かまわず かのじょ

こころ

くる

しゅ

かく

におきなさい。彼女は 心 に苦しみがあるのだから。主はそれを隠して、まだわ つ

たしにお告げにならないのだ」。

エリシャには、このシュネムの女の魂には苦しみと痛み があると感じていました。でも、主はまだ原因をお告げ 彼女は、エリシャのしもべゲハジに心を開くのではないと分っていました。エ になっていませんでした。人生には、時には全てが終わ ホバと通じ息子のために祈り、生き返らせるのは彼ではないと分っていたので ってしまい、全てが亡くなってしまい、もうなすすべも す。 ないという絶望的な状況に置かれることがあります。 何と貴重な教えでしょう。多くの男と女は痛みや苦しみの試練にあっている その様な状況は私たちの魂に苦しみを与え、主が私たち 時、側を通っている人に心を開き、不満を言い、挙句の果てにインターネット に何も話さず、何のお告げも与えないように思われま に公表したりします。でも、すべての力をお持ちの神の前には行かないので す。でも実はこの時こそエホバが我々の心を試している す。不可能を可能にするのは神のみなのです。 のです。この試練で我々は心の中から「私たちは何もの では続けて、シャネムの女の行動を見てみましょう。読みましょう。 なのか?」と疑問を抱き、妬みや、憎しみ、悪口などを かのじょ やま かみ ひと ところ あし 言ったりするでしょう。そして神への信仰心までも試さ 4:27 ところが彼女は山にきて、神の人の 所 へくるとエリシャの足にすがりつい かのじょ お ちか とき かみ ひと い れているのです。 た。ゲハジが彼女を追いのけようと近よった時、神の人は言った、「かまわず かのじょ

こころ

くる

しゅ

かく

におきなさい。彼女は 心 に苦しみがあるのだから。主はそれを隠して、まだわ 預言者はその時まで神の計画に気づいていませんでし つ た。 たしにお告げにならないのだ」。 彼とシュネムの女は、エホバの答えが示されるまで待っ ていました。

預言者はその時まで神の計画に気づいていませんでし た。 彼とシャネムの女は、エホバの答えが示されるまで待っ

9

9


彼女は、預言者が彼女に息子を産むと予言した時に言った言葉を思い出し、言 いました。「主よ、私を欺かないでくださいと言ったではありませんか?」 預言者はゲハジに先にお部屋に行くよう言いました。ゲハジは言われた通り、 死んだ子供が横になっているエリシャの部屋に行き杖を上にかざしましたが何 の反応もありませんでした。この事を預言者に告げるために戻って来ました。 では、読んでみましょう。 かのじょ

もと

あざむ

4:28 そこで彼女は言った、「わたしがあなたに子を求めましたか。わたしを 欺 かないでく い

こし

ださいと言ったではありませんか」。 4:29 エリシャはゲハジに言った、「腰をひきからげ、 て

わたしのつえを手に持って行きなさい。だれに会っても、あいさつしてはならない。またあ もの

こた

こども

かお

うえ

なたにあいさつする者があっても、それに答えてはならない。わたしのつえを子供の顔の上 お

に置きなさい」。

ゲハジが預言者の杖で子供を生き返らせようとしていた時、シュネムの女の姿 は何とも痛ましいものでした。彼女には分っていたのです。ゲハジは息子を生 き返らせないことを。そして確信をもって預言者に言いました。「私と共に我 が家に行き息子が生き返るよう祈ってくれるまで、私の魂に誓って絶対あなた を放しませんから。」 では、読みましょう。 こ ど も

はは

しゅ

4:30子供の母は言った、「主は生きておられます。あなたも生きておられま はな

す。わたしはあなたを離れません」。そこでエリシャはついに立ちあがって かのじょ

かれ

さき

こ ど も

彼女のあとについて行った。 4:31 ゲハジは彼らの先に行って、つえを子供の かお

うえ

こえ

かえ

顔の上に置いたが、なんの声もなく、生きかえったしるしもなかったので、帰 あ

かれ

こ ど も

ってきてエリシャに会い、彼に告げて「子供はまだ目をさましません」と言っ た。 預言者は、ゲハジとシュネムの女を外に残し子供のいる所に一人で入って行き 戸を閉めました。 みなさん、敵と向き合った時、どのような人々に囲まれているのか、またどの ような行動をとるのかという事はとても大事なことなのです。 どんな試練や警告の中でも私たちは 100 パーセント主を信じなければなりませ ん。

かのじょ い こ もと あざむ 10 4:28 そこで彼女は言った、「わたしがあなたに子を求めましたか。わたしを 欺 かないでく い

こし

ださいと言ったではありませんか」。 4:29 エリシャはゲハジに言った、「腰をひきからげ、 て も い あ 10 わたしのつえを手に持って行きなさい。だれに会っても、あいさつしてはならない。またあ


敵が起き上がるとき、我々は悪魔のことを言っているのです。これは伝説に出 てくるような角や尾を引いて空を飛ぶ悪魔の話ではありません。違うのです! 敵が立ち上がるとき、それは人間の中に存在するのです。心が傲慢で、妬みや 悪意でいっぱいのとき道を妨げるのです。 イエス様を殺したのは誰ですか?と私が聞いたら、何人かは悪魔が殺したと答 えるでしょう。確かに悪魔です。でも空を飛び手にフォークを持って振り回し ている悪魔ではないのです。人間の心に存在する悪のことなのです。 真実の言葉を聞いていた、まさに彼の同じ民が憎しみでいっぱいでした。彼の 民は十字架をも突き抜けてしまうくらい大きな釘を手に打ち込みました。この ように心の中にある怒りと悪意を表現したかったのです。狂犬病のように化し た人間がすべてを破壊してしまいたかったのです。 敵が起き上がるとき、それはエホバが他の人々を祝福するのを許せない人間そ のものが起き上がるときなのです。隣人が苦しんでいるのをみて楽しむ人、盲 目の人や弱っている人、または失敗した人などに同情もしない人たちです。 敵は外部からやってくるものではなく人の心の中に住んでいる悪のことだと理 解しましょう。話たり行動を起こす前に賢く知恵を働かせることができればシ ュネムの女のように戦いに打ち勝つことが出来るのです。 人が行動する時に賢く、良識または知恵がないと、状況に平和をもたらす代わりに、対立、 拒絶や欲求不満が発生します。

私たちを囲んでいる人が必ず助けてくれるわけではありません。中には主の教 えに反対する人もいるでしょう。だからこそ、私たちは自分の行動に気をつけ なければならないのです。主よ、主よ、と言っているだけが神からくるもので はないのです。 真の予言者に助けられながら神のみを信じなければなりません。 預言者ゲハジのようではダメなのです。彼のお話を読んでみると彼は預言者エ リシャのような心を持っていなかったことがわかります。シュネムの女はこの 事に気づいていました。 ゲハジが心の中にもっていた貪欲と妬みは、彼の残りの人生をハンセン病にな って生きていくことにさせたのです。(列王記下2、5章(22-27) 私は真の使徒に頼るようお話しています。口先だけの使徒ではなく、行動で示 してくださり父が祈りに耳を傾けてくださる使徒の事を言っているのです。で は、読みましょう。

11

11


いえ

こども

しんだい

うえ

よこ

4:32 エリシャが家にはいって見ると、子供は死んで、寝台の上に横たわっていたので、 4:33 かれ

かれ

うち

しゅ

いの

彼ははいって戸を閉じ、彼らふたりだけ内にいて主に祈った。 4:34 そしてエリシャが上がっ こども

うえ

じぶん

くち

こども

くち

うえ

じぶん

こども

うえ

じぶん

りょうて

て子供の上に伏し、自分の口を子供の口の上に、自分の目を子供の目の上に、自分の両手を こども

りょうて

うえ

こども

うえ

こども

あたた

子供の両手の上にあて、その身を子供の上に伸ばしたとき、子供のからだは 暖 かになっ ふたた

いえ

なか

あゆ

うえ

た。 4:35 こうしてエリシャは 再 び起きあがって、家の中をあちらこちらと歩み、また上がっ み

こども

うえ

こども

ひら

て、その身を子供の上に伸ばすと、子供は七たびくしゃみをして目を開いた。 4:36 エリシャ よ

おんな

かのじょ

はただちにゲハジを呼んで、「あのシュネムの 女 を呼べ」と言ったので、彼女を呼んだ。 かのじょ

こども

かのじょ

彼女がはいってくるとエリシャは言った、「あなたの子供をつれて行きなさい」。4:37彼女は あし

こ とも

はいってきて、エリシャの足もとに伏し、地に身をかがめた。そしてその子供を取りあげて出 ていった。

いえ

こども

しんだい

うえ

よこ

4:32 エリシャが家にはいって見ると、子供は死んで、寝台の上に横たわっていたので、 4:33 この出口のない状況の中から祈りによって再び生き返ったのです。主の使徒エ かれ

かれ

うち

しゅ

いの

リシャが祈りを捧げ、エホバの魂の力により子供を死から立ち上がらせまし 彼 ははいって戸を閉じ、彼らふたりだけ内にいて主に祈った。 4:34 そしてエリシャが上がっ こども うえ ふ じぶん くち こども くち うえ じぶん め こども め うえ じぶん りょうて た。みなさん、我々の神は生きておられるのです。神の聖霊は本物で彼には不 て子供の上に伏し、自分の口を子供の口の上に、自分の目を子供の目の上に、自分の両手を こども りょうて うえ み こども うえ の こども あたた 可能はないのです。 子供の両手の上にあて、その身を子供の上に伸ばしたとき、子供のからだは 暖 かになっ ふたた お いえ なか あゆ うえ シュネムの女が払った代価は、受けた衝撃を抑制し神を信じ行動することでし た。 4:35 こうしてエリシャは 再 び起きあがって、家の中をあちらこちらと歩み、また上がっ た。 み こども うえ の こども め ひら て、その身 を子供 の上 に伸 ばすと、子供 は七たびくしゃみをして目 を開 いた。 4:36 エリシャ 日々私たちが置かれる状況を神の教えから学び、従い、行動するようお願いす よ おんな よ い かのじょ よ はただちにゲハジを呼 んで、「あのシュネムの 女 を呼 べ」と言 ったので、彼女 を呼 んだ。 るのは、そんなに難しいことなのでしょうか?行動を起こす前に良識や賢明な かのじょ い こども い かのじょ 判断について考えるのは難しいことなのでしょうか?あなたがどのように生き 彼女がはいってくるとエリシャは言った、「あなたの子供をつれて行きなさい」。4:37彼女は あし ふ ち み こ とも と で ているのか、また厳しい状況の中でどのように行動しているのかを考えてみて はいってきて、エリシャの足もとに伏し、地に身をかがめた。そしてその子供を取りあげて出 下さい。 ていった。 我が友クリスチャンたちよ、私たちが本来あるべく姿にならなければいけない 時期がきました。神の道を歩む真の信徒、発言は正直にし行動するのです。 エ ホバが再び復活させられない死んだ状況はないのです。 でも、人間の無意味な 行動そのものが悪魔を引き寄せるのです。そしてこれはまさに自分自身に敵対 して起き上がるのです。いつも心の清らかな人や正直な人たちと付き合うこと を覚えなさい。そして、主よ、主よといつも言っている使徒でも、行動がまる で狂犬病の人たちからは遠ざかりなさい。あなたがこの人生でするすべての事 を、神に対してするかのように正直に行いなさい。では、読みましょう。 12 12


びと

てがみ

コロサイ 人 への手紙 なに

ひと

たい

しゅ

たい

こころ

はたら

3:23何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、 心 から 働 きなさ し

みくに

むく

しゅ

い。 3:24 あなたがたが知っているとおり、あなたがたは御国をつぐことを、報いとして主 う

しゅ

つか

ふせい

おこな

から受けるであろう。あなたがたは、主キリストに仕えているのである。 3:25不正を 行 もの

じぶん

おこな

ふせい

たい

むく

さ べ つ あつか

う者は、自分の 行 った不正に対して報いを受けるであろう。それには差別 扱 いはない。

神のメッセージは、私たちが何をするにも、人に対してではなく、神に対し てするように心から正直で、謙虚な気持ちですることなのです。神が私たち の行動に対して、悪くても良くてもそれに報いるのです。(クリスチャン週 刉誌の 2 号をお読みください)「自分の行動に対しての代価」 この教えが私たちの心に届き私たちを変えることが出来る神の御言葉のよう に、シュネムの女のお話とは反対のお話を読んでみましょう。 ダニエル書 4 章。では、一緒に読んでみましょう。この男もまたとても重要 な人物でした。何せバビロンの王ですから。彼は周りを見渡していました が、謙虚で感謝の気持ちを込めて神を見ることはしませんでした。ただ自分 自身のことしか考えていなかったのです。 では、読みましょう。

13

13


しょ

ダニエル 書 げつ

のち

おう

おうきゅう

おくじょう

ある

おう

4:29 十二か月を経て後、王がバビロンの王宮 の屋上 を歩いていたとき、 4:30王 みずか

おお

おお

ちから

は 自 ら言った、「この大いなるバビロンは、わたしの大いなる 力 をもって建て おうじょう

い こ う

かがや

た王城 であって、わが威光を 輝 かすものではないか」。 私、私、私。誰にも感謝はしません。神にも人にも。何と傲慢なんだろう!こ の言葉に聞き覚えはありませんか?多分私たちの友だちや知り合い、またはキ リストの使徒の中にでさえこのように話す人がいるかもしれません。 このようにネブカデネザルの心のような人は、神に仕えるようになるにはその 傲慢さと横柄さを取り除くためには神の厳しい扱いが必要です。 天地で起きるすべてのことをお見通しである神は、お話を聞いていました。で は王が話終わる前に、次の章を読みましょう。 ことば

おう

くち

てん

こえ

おう

4:31 その言葉がなお王の口にあるうちに、天から声がくだって言った、「ネブカデネザル王 つ

くに

はな

ひと

はな

よ、あなたに告げる。国はあなたを離れ去った。 4:32 あなたは、追われて世の人を離れ、野 けもの

とも

うし

くさ

とき

たか

の 獣 と共におり、牛のように草を食い、こうして七つの時を経て、ついにあなたは、いと高 もの

にんげん

くに

おさ

じぶん

ひと

あた

いた

き者が人間の国を治めて、自分の意のままに、これを人に与えられることを知るに至るだろ う」。

いと高き者が人間の国を治めて、自分の意のままに、これを人に与えられることを知るに至 るだろう。

何人かの心に住みついているこの悪魔を厳しく扱わなければなりません。誰か が「傲慢になってはいけない!」と忠告しただけでは出て行きません。人が解 放されるには、この傲慢さに対して厳しく扱っていくしかありません。 自分の心の中に悪魔のように傲慢で、うぬぼれで、欲深く、偽善が住んでいる のであれば神の前で降伏した方が良いでしょう。そして謙虚な気持ちで悪から 解放していただけるようお願いし、二度とこのような厳しい扱いを受け踏みつ ぶされないようにしましょう。 主は自分の民が救われるだけでなく聖なる民になってほしいのです。そのため にネブカデネザルにしたようにすべてに働きかけるでしょう。 では、読みましょう。

14

14

何人かの心に住みついているこの悪魔を厳しく扱わなければなりません。誰か


こ と ば

じょうじゅ

かれ

ひと

4:33 この言葉は、ただちにネブカデネザルに成就 した。彼は追われて世の人を はな

うし

くさ

てん

つゆ

離れ、牛のように草を食い、その身は天からくだる露にぬれ、ついにその毛 はね

とり

は、わしの羽のようになり、そのつめは鳥のつめのようになった。 神は7年間もの間、何の特権も地位も与えず厳しく扱いました。このようにし て彼の傲慢さ、欲深さと横柄さが消えていったのです。そして王は自由になり ました。 最終的に彼は自分の力でお城を持つ事が出来たのではなく、神のお慈悲と愛に よって持つことが出来たのだと謙虚に受け止めました。使徒ダニエルの神が、 神々の中の神であり、主の中の主であると認めました。 社会的に重要な地位にいるからと言ってこの地で自分は神であると勘違いして はなりません。ただ神のお慈悲があり祝福されているからなのです。 ネブカデネザル王は天と地の唯一の神を認め、神は彼に我に帰ることを教え謙虚な人にした のです。

き か ん

のち

てん

あお

4:34 こうしてその期間が満ちた後、われネブカデネザルは、目をあげて天を仰 み

り せ い

じ ぶ ん

かえ

たか

もの

ぎ見ると、わたしの理性が自分に帰ったので、わたしはいと高き者をほめ、そ えいえん

もの

の永遠に生ける者をさんびし、かつあがめた。 しゅけん

えいえん

しゅけん

その主権は永遠の主権、 くに

その国は世々かぎりなく、

今日、目を天に向け心の中に存在するすべての汚れた精神と人生を混乱させ、 神の知恵と光が心に入って来ないようにしている悪魔を手放します。 ネブカデネザルのようになるのではなく、シュネムの女のような人になりましょう。

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悪から解放されるための祈り 天にまします我らの父よ、天と地を支配する主よ。 今日ここに心から誠実にあなたの前に来、すべてから解放していただきますよ うに。 主よ、私は救済を信じ、また私の名前が命の本に刻まれていると信じていま す。でも、すべてから解放されているわけではなく、人生のなかでまだ解放さ れなければいけないところがありますので、どうかあなたのお力で解放してく ださい。 今日、私の心を与えます。どうか哀しみで沈んだ心を取り除いてください。主 よ、どうか高慢さ、傲慢さ、愛のない心、不誠実、憤慨そして苦しみを取り除 いてください。 主よ、どうか愛に満ちた心をお与えください。どうかシュネムの女のような性 格にしてください。また神を信じ節度な人であるようにしてください。イエ ス・キリストの御名によって、アーメン。

天にまします我らの父よ、天と地を支配する主よ。 「神の王国」への献金 今日ここに心から誠実にあなたの前に来、すべてから解放していただきますよ うに。

「クリスチャン週刉誌」(日本語とスペイン語版)を通して、神の 教えを日本の刑務所に届ける仕事をはじめました。 主よ、私は救済を信じ、また私の名前が命の本に刻まれていると信じていま 皆様のお住まいの地域の刑務所にもこの雑誌を届けませんか。ま す。でも、すべてから解放されているわけではなく、人生のなかでまだ解放さ た、この雑誌を病人や必要とされている方たちにコピーや再送する れなければいけないところがありますので、どうかあなたのお力で解放してく 事を許可します。アーメン ださい。 また、献金をされたい方は以下のメールアドレスまでご連絡頂けれ 今日、私の心を与えます。どうか哀しみで沈んだ心を取り除いてください。主 ば幸いです。後日こちらからご連絡致します。

よ、どうか高慢さ、傲慢さ、愛のない心、不誠実、憤慨そして苦しみを取り除 info@cjtv.jp いてください。 主よ、どうか愛に満ちた心をお与えください。どうかシェネムの女のような性 著者:ジャネット・ディアス 格にしてください。また神を信じ節度な人であるようにしてください。イエ ス・キリストの御名によって、アーメン。 info@cjtv.asia

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シュネムの女