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「おはよ うございます。こ こ、いいですか?」 歌舞伎役者 ・中村獅童が 勤めを終えたサラ リ ーマンがぽつぽつと家路に 中国史劇の世界で躍動する つきはじめるころ。待ち合わせの喫茶店に、時 間より5分ほど早く前蔵は現れた。手編のニット 帽を脱ぎながらお互い軽く挨拶をかわすと、飲 み物を注文する間もなく早速話し始めた。 「ここにくる途中にずっと考えてたんですけど、何 で僕なんだろうって?いや、ほんと僕以外にもい っぱいいるというか。 今、僕よりもデキる人結 構いるじゃないですか…」第1声から、直接会っ て話を聞きたいと言われたことに対する戸惑いを 口にする。何故今、自分が?そんな子供のよう に純粋な問いをいきなり投げかけてくる。感情を 素直に言葉に出すタイプらしい。 「まあ、いいんですけどね、別に。改まってお願 いされると断りづらいし (笑) 子供のときからそうい う性格なんで」そう言って笑うと幼少のころの話 を話しはじめた。

“音楽=体温”みたいなもの。 どっちも必要やん? 「たまたま街中をフラついていたとき、路上で弾 き語っている人たちと出会ったんです。それを見 た瞬間ズバーンですよ、イナズマが (笑) それで、 急いでうちに帰って押入れからギター取り出して 見よう見真似で弾いてみたんです。そしたら無 茶苦茶やけど、なんとなく音になって。それに合 わせて『順恋歌』を歌ってみたらめっちゃ気持ち が良くって、何時間もずーっと歌ってましたね。」 とはいえ、そんなに歌っていて飽きることはなか ったのだろうか。

“おっ、 そうきたか!?” の

「いやいや、もう全然(笑)その日から毎日毎日、 飯食う時間と寝る時間以外は、雨の日でも教 則本見ながらずっと練習ですね。 10か月もする と完璧に弾けるようになったから『次の曲いくか』 くらいの余裕も出てきて(笑)純粋に一番楽しか ったなぁ」ふと遠い眼差しをしたあと、ポツリとつ ぶやいた。 「最近よく思うんですよ、あの頃コレ なかったら今頃何してるんやろな、ワシって。」

連続が今に繋がっている

「それから、大阪に出たんです、まず。ほら、僕 っていきなり東京とか無理なタイプじゃないです か? なので、ステップが必要やなって思って。 高校卒業して18歳のころです。もう、これで食 っていくぞっていう強い気持ちがあったんで。で、 まずバイト探しました。バイト先では結構人気あ ったんですよ。前ちゃん、前ちゃん言われて。 友達いっぱいできましたしねー。週6ですよ、週6。 で、そうこうしているうちに22歳になったんで、よ しそろそろ東京行こかと。行くぞっ!て思いました ね。えっ、なに、音楽ですか? もちろんしてま すよ!何でそんなこと言われなあかんのですか (怒) 」

P r o f i l e ●まえだ・しんいち '76年。兵庫県加古川市生まれ。幼いころからそのハスキーボ イスを回りの大人たちが絶賛。歌手を志す。音楽以外にもVシ ネマ出演やバーテンダーなどマルチに活躍。最近よく聞く曲は 「おっととっと、夏だぜ」 「SO.YA.NA」 など。

死にたいくらいに憧れた “花の都”大東京

オオカミの皮をかぶった 子猫みたいなもんですよ(笑)

少し落ち着きを取り戻すと、話は上京時の思い 出に。 「もう東京駅に着いたときは、着の身着の ままで。で、まず向かったのは、タワーオブトー キョー、東京タワーですね。 “ザ・東京”って感じで、 興奮しました。俺もこれぐらいでっかく発信したい! って思いながら、下から5分くらい眺めてました。 そういえば、地デジ来年7月21日までですよね。 変えました?テレビ? それから浅草寺の雷門見 て、月島行って。で、やっぱり最後に歩いて日 本武道館を見に行ったんです。 正直感動して 震えがとまりませんでしたよ。ここか、ここがあ の武道館か…、って。そりゃあ感動しますよ、 僕ら爆風スランプ世代ですもん。で、すぐバイト 探しに行きました」そのときの興奮した熱気を冷 ますように、ようやく飲み物を注文した。 「バイト はすぐ見つかったんです。ほら、僕って結構人 に好かれるとこあるじゃないですか?(笑)なので、 ソッコー決まって。次の日からすぐ、入りましたよ。 結構シフトも自由に組めるとこだったんで、率先 (笑) それでま して入れるようにしたら、また週6で たすぐ友達もいっぱいできたから…。えっ !?  だから音楽もやってましたって!失礼な (怒) でまあ、 そう、音楽。音楽はやらなあかんと思って、週5 に減らしてやり始めたんです、ライブ活動を。」

「もともと、 両親の生まれが鹿児島なんですよ。で、 結婚して兵庫県の加古川市というところに移り 住んで、そこで姉2人と僕の3人が生まれたんで す。 9863g っすね、3人合わせて。僕は3人の 中で一番小さかったんですけど(「どこ見てんッス か~、笑」) 、よく姉2人にイジメられてたというか、 遊ばれてて。で、いつも逃げ回ってたんです2 人から。そのおかげで足がすごい速くなったみた いで、小学校のころには校内で負けることはなく なりました。で、中学校に入ってすぐ陸上部に 入部して。結局3年の時に近畿の大会で記録 出すんですけど、それまでずーっと負けなしでした (笑) ただその後…。」

前田真一

河原に転がるコトバの “かけら” を集めて…

ライブとライフ、 僕にとって どっちもオンリーワン

何か思い出すように一点を見つめて沈黙したあ と、コップの水を少し口にふくんで前蔵は話を続 けた。 「実は怪我をしまして…。で、陸上を断念 せざるを得なくなったんです。正直ヘコみました、 (ブツ) 折角もらった才能を…、 って。でも天は2物 って与えるんですね。そのころです僕が音楽に 出会ったのは。」

本紙独占インタビュー 9

「最初 “真田一前 (さなだ・いちぜん) ” というアーテ ィスト名でソロ活動をしてました。けど、身内を 含めて周りから猛反発にあったんで、本名の “前 田真一”に戻して。主に新宿とか渋谷のライブ ハウスですね。まあ、 そこそこやってたんですけど、 やっぱり淋し…、いや、もっと自分の音楽性を 高めたいって思って、パートナーを探したんです。 そんな中で、たまたま偶然飲み屋で運命的に出 会ったのが、前のパートナーなんです。で、彼 と伝説のバンド「GOGOTSU」を結成して。それ から、あーだこーだあって、もう一人増えて3人 でやり始めて、解散しました。解散の理由?そり ゃ 3人もいると僕が目立たないというか、モテな いというか…。まあ、 この話はいいじゃないですか。 で、原因はやっぱり画数が悪いんだろうと思っ て今の “前蔵” に変えたんです。」

カメラマン:中川熊太

“日”の上に“立”って楽しむ、 それが“音楽”! 「 “前蔵”に変えてからは、かなり良くなりましたね。 日の出の勢いというか、波に乗った感じで。す ると自分の中からも “音楽” に対してどんどん貪欲 になってきて、表現しきれない感情が溢れだして きたんです。ただ問題は、どうしてもバイトに身 が入らなくなってきて…。」 しばらく黙りこむと、 (聞 いてもいないのに)自身の音楽論に。 「もともと 音楽は僕の一部というか、いつでもこちら側に あるんです。だから時間・場所問わず、頭の中 で奏でまわってる。別にこういう他のことしてても、 体の一部は音楽を感じてるんです。ただ、 たまに “この瞬間をメモりたい”って衝動があって。時 間を凍らせるみたいに。」音楽を志す人間が誰し も抱えるジレンマだと語っていた。それは日常生 活と創造の世界、その両方に生きざるを得ない アーティストとしての性(サガ)ようなものなのだと。

言ってる意味はさっぱり分からないが、並々なら ぬ熱意だけは伝えてくる。 「だから、別に両立で きないって訳じゃなく、バランスの問題。そう、 きっと僕の永遠の課題だと思います。」 長い長い沈黙のあと、口を真一文字に結んで 僕を見つめる彼に、最後に本当に聞きたかった 一言を尋ねた。 「で、結局お前、明日遅番入れるの?」 「………。あっ、はい! もちろん大丈夫です! !週6 ですから (笑) 」 (終)

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