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ALEJANDRO ARAVENA On The Borders of Clumsy 2009- Graduation thesis

「南米チリ、アレハンドロ・アラヴェナという建築家」

The Mirror and The Cloak

The more difficult the question

LESS MONEY MEANS MORE CREATIVITY The more releavant the answer can become

move back as much as possible

Form Follow the Facts to more archaic and primitive ways of being

Tsuyoshi Ichige 市毛 毅


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「南米チリ、アレハンドロ・アラヴェナという建築家」 市毛 毅


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Enter 出会う

「自分は何をするのか。何処へ行くのか。」 向かおうとしている場所の方へと舵を取り、まだ見ぬ先にぼんやりとではあるもののビジョンを持ち ながら「そこ」に向かうという事が、今の僕が考えることのできる身の丈に合った自分のやるべきこ となのですが。  しかし、現実は、日々の忙しさや時間に流されつつ「そこ」に近づくどころか、自ら何処かに漂流 してしまいそうである。そうならないためには、大変な信念が必要であり、なかなか手強いものだと いうことも知っています。   「そこ」とは目的の行き先であり、行く手にはやるべきことがあります。やるべき事とは、日々の 生活やまさに「生きてゆく事へのありよう」であり、その人がどうあったかによって、良くも悪くも その人の人生であり、生きてきた事の結果であると思います。  ただその「やるべきこと」を「やらされている」に置き換えてしまっては、苦労ばかりを意識して しまい、 「そこ」へ辿り着くにはとっても重要な「自信」という要素を遠い所へ押しやってしまうの ではないかとも思います。  自分とは向かうべき道の途中にあるのではなく、道そのものが自分である。誰かが決めるのではな く、自分で決めること。それが自信へとつながり、「自分の生きる道」となる。 一人で旅行をするのが好きだ、すべて自分次第で、すべて自分に還ってくるからだ。その旅の中、 その場限りの一瞬の人との出会いをとても大切にしている。


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South America

一瞬の出会いであろうが、そのコミュニケー ションの善し悪しで、その国の印象さえ変え てしまう。過去、旅した国、地域の中で 1 番 印象に残っているのが 2007 年に訪れた、メ キシコである。ガイドブックに記載されるよ うな遺跡や歴史的建造物、壁画であったり、 もちろんルイス・バラガンの建築も街中の彩 り豊かな住宅なども素晴らしかったのだが、 なにより人間の温かみを感じた旅になった。 ありがちな先入観から、危険な国だと思いが ちだが、もちろん手荒い歓迎も受けはしたが、 出会った人は皆、陽気に明るく、ラテン系の 独特の緩さと共に生きていた。人の生きた活 気とでも言うのか、人間の心の力強さ、豊か さがそこにはあった。 いつか南米を旅して周りたい、そう思ってか らいくらか月日は流れていた。 2008 年 12 月 末、 お お よ そ ど こ の 家 庭 で も インターネットは普及し、何をするにもまず WEB で検索するというのが当たり前の時代で ある。その日はチリの観光名所を PC のモニタ -越しにただ眺めていた。ここで、僕は旅好 きであると同時に建築の学生でもある。最も 純粋で単純な疑問である。南米の建築家と言 えば、オスカー・ニー・マイヤー、ルイス・ バラガン。他には? ちょうど、チリの画像の検索結果の中に、今 まで見たこともない、なんとも言えない形を した建築が小さくそびえ立っていた。 Siamse Tower / Alejandro Aravena これが私と南米チリの建築家アレハンドロ・ アラヴェナとの出会いであった。

Mexico


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Alejandro Aravena


7 アレハンドロ・アラヴェナは 1967 年に生まれる。 1992 年チリ・カトリック大学で建築家の資格を得て、1994 年に自身の建築事務所を開いた。 1992 ~ 1993 年にヴェネツィア建築大学で歴史と理論を学ぶ。 1994 年からチリ・カトリック大学の教授に就任。 2000 ~ 2005 年ハーヴァード大学の客員教授を務めた。 彼の仕事は、2008 年、ヴェネツィア・ビエンナーレ銀獅子賞 2000 年のミース・ファン・デル・ローエ賞のファイナリスト、第 12 回サンティアゴ・ビエンナーレの第 1 等、 第 3 回イベロアメリカ技術建築ビエンナーレの特別賞など、様々な賞を受賞している。 また、2006 年ドイツでエーリヒ・シェリング・アーキテクチュア・メダルを受賞。 『アーキテクチュラル・レコード』誌の世界の 10 人の最も有望な建築家の 1 人として「デザイン・ヴァンガード 2004」に選ばれた。 チリ・カトリック大学の教授であり、チリ国内、アメリカなどに住宅や大学関連施設などのプロジェクトを進めている。

WHO IS

ARAVENA

Alejandro Aravena Architect


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「南米チリ、アレハンドロ・アラヴェナという建築家」 ENTER

目次 ALEJANDRO ARAVENA profile

< Content >

出会う p.04-05 アレハンドロ・アラヴェナ略歴 p.06-07 目次 p.08 目的と方法 p.09

Research purpose & Methodology

No.01

第一章

BACKGROUND

チリについて p.12-19

Interview 1 ELEMENTAL ?

アレハンドロ・アラヴェナ、インタビュー1 p.20-24 エレメンタルについて p.25-27 アレハンドロ・アラヴェナ、インタビュー2 p.28-31

Interview 2

アレハンドロ・アラヴェナの公式 p.32-35

EQUATION

第一章 まとめ p.36-39

No.02

第二章

Sculptor House Mathematics Faculty Medical School Huelquen Montessori School

彫刻家の家 p.43-45 数学学部棟 p.46-50 医学大学 p.51-55 モンテソーリの学校 p.56-57

Pirehueico House ELEMENTAL-Iquique

ピリウェイコ湖の別荘 p.58-61 エレメンタル、イキケの社会住宅 p.62-77 エレメンタルの作品 p.78-85

ELEMENTAL WORKS Architecture School SIAMSE TOWER

建築学部棟 p.86-88 シャムタワー p.89-101 聖エドワード大学学生寮 p.102-117

St. Edward’s University

オルドス 100 p.118-122

STUDENTS’ RESIDENCE

ヴィトラ、子供のためのワークショップ p.123-131

ORDOS 100-HOUSE

第二章 まとめ p.132-135

Vitra Children Workshop 第三章 結論 p.136-137

Literature

参考文献 + 資料・図版 p.138

No.03

Acknowledgement

謝辞 p.139

EXIT


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南米チリ、アレハンドロ・アラヴェナという建築家

研究目的と方法

私達は、チリについてどのくらい知っているのだろうか。

インターネット上に存在するアラヴェナに関する記述

正式名称、チリ共和国、首都サンティアゴ。大統領の名前はミシェ

 Later I discovered new works of his, almost all of which are included

ル・バチェレ(Verónica Michelle Bachelet Jeria)、女性である。人

in this monograph, such as the extension to the Montessori School in

口は 16,970,000 人(2008 年)、国土面積が4,300km超、公

which he planned clean architecture or “on the borders of clumsy” as he

用語はスペイン語、宗教は 70%がカトリック教徒。チリの人種は 約 95% がヨーロッパ系の白人もしくはメスティーソであり、人口 の 30% が純粋な白人であり、65% が白人系メスティーソとなって いる。 私たちの持つチリのイメージはいまだに細長い国土とイースター 島、 、 、くらいしかない。知っているようで知られざる国、チリ。

commented once, developed to efficiently resolve the problem of time and space. それから、私は、彼の新しい作品には、モンテソーリの学校の拡張計画の ように、 綺麗な建築を計画するか、 (彼が一度論じていた) 「ぎこちない境界」 を計画し、時と空間の問題を効率よく解決する設計をしている、必ずと言っ ていい程にこのような論考が含まれている事が分かる。

(www.unav.es/arquitectura/documentos/publicaciones/.../155. pdf)

そして建築に関しては、さっぱり分からない。

“on the borders of clumsy” と言い表わされているようにアラヴェ

アレハンドロ・アラヴェナに関しては、ハーバード大学教授という

ナの建築にはある種の二面性を見てとれる。

経歴もそうだがヴェネツィア・ヴィエンナーレの銀獅子賞を受賞し、

また私がシャム・タワーを始めてみた時に、「ヤバい(very cool と

プリツカー賞の審査員までしている。それでいて 1967 年生まれ、

very bad のダブルミーニング )」と感じたように、少し形態が崩れ

まだ 42 歳だ。 (2009 年)

れば、酷い事になってしまう危うさも持ち合わせている。

にも関らず、 日本のメディアでは3作品しか取り上げられていない。 (2009 年、現在)

本論文は、アラヴェナの建築に潜む二面性、そこに潜む何かしらの

幸いなことにアラヴェナは自身のホームページを持ち、自身の経歴、

ルール、さらに彼を育んだチリという土地、歴史的背景を探る事を

受賞歴、作品を掲載していた。

目的とする。

海外メディアはどうか。 インターネットで確認する限り、チリ国外、南米はもとよりスペイ ンの雑誌やイタリアの雑誌でよく取り上げられているようだ。さら

第 1 章では、Web 上の情報、雑誌のコラム、インタビュー、作品

に彼がアメリカ、モンゴル、ドイツと海外でプロジェクトを進めて

集から、アラヴェナの学生時代から現在までの軌跡を明らかにする。

いくのと同時に海外メディアはこぞって彼を取り上げている。なか でもエレメンタルというプロジェクトは注目度が高いらしく何冊か

第 2 章では、作品と共に語られるアラヴェナの言葉と、図面と写真、

本が出ている。しかもヴェネツィアでの快挙もあってかイタリアで

足りないものは自分で図面を引き、模型を作りアラヴェナの建築の

イタリア語の作品集が発行されている。(ちなみに 1974 年のヴェ

検証を行った。

ネツィア・ヴィエンナーレは通常のビエンナーレは開催されず、全 面的にチリのアウグスト・ピノチェト政権の軍事独裁に抗議する意 味を込めた展覧会が開催されている。)時代は変わり、グローバル 化は第三世界の男を世界に知らしめている。 しかし、チリとは地球の反対に位置する島国ここ日本は、アレハン ドロ・アラヴェナなど誰も知らない。彼の作品を知るには断片化し た web 上の情報をかき集めるか、どうにかして作品集を手に入れ るか、現地に飛ぶか。個人的には飛ぶ以外の方法しかなかった。

* メスティーソ――白人とラテンアメリカの先住民(インディオ)の混血

* 本論文中の英訳は一部を除き、全て私個人で行ったものであり、A3に

である人々。

載せた図面また白い模型の写真は個人的に制作したものである。


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No.01

Alejandro Aravena BACKGROUND Interview 1 ELEMENTAL ? Interview 2 EQUATION

10-17 18-22 23-25 26-29 30-33


12 ALEJANDRO ARAVENA_No.01_BACKGROUND

サンティアゴ市内

About The

 4,300km超に及ぶ細長い国土を持つチリは、多様性という言葉 をもって語るに相応しい自然環境を誇る国である。銅をはじめとする豊 富な鉱物資源を擁し、最近では天文学観測や太陽エネルギーで注目を集 める北部、良質な果物と最近日本でも人気が高まっているチリワインの 産地でもある中部、緑豊かな森林や牧畜地帯が広がる南部、そして氷河 とフィヨルドが織り成す自然の驚異に囲まれたパタゴニア。モアイ像で

チリ共和国基本データ 首都:サンティアゴ(人口約 550 万人) 面積:756,600km² 人口:16,970,000(2008 年) 言語:スペイン語 主要産業:鉱業(銅など)、商業、農業、農産加工業、漁業

日本でも有名なイースター島や、小説「ロビンソン・クルーソー」の舞 台となったフアン・フェルナンデス諸島もこの国の一部です。北に世界 で最も乾燥した場所として知られるアタカマ砂漠、東に5~6,000 m級の山々が聳えるアンデス山脈、西は広大な太平洋、そして南には南 氷洋。これらに囲まれ陸の孤島とも言われるチリの国民性は、他の中南 米諸国のように開放的・楽天的なラテン気質ではなく、質実剛健、勤勉 かつ島国的な一面を持つとされている。____ 在チリ日本国大使館より http://www.cl.emb-japan.go.jp/index_j.htm


■ BACKGROUND

■ Interview 1

チリは 1990 年に民主制に移行し、その後、安定した経済成長を遂げている。そのため、 主要都市だけでなく、郊外においても急速に建築が立てられ、景観が変貌してきている。 また、経済の安定が建築プロジェクトの需要を増大させ、自由な発想の建築家や充実し た教育環境を生み出している。 チリは幅広い気候帯を持ち、それに合わせて自然も変化している。その自然と対話し、 素材を吟味し、風景に溶け込んだ建築を、チリの建築家は構築している。そこには押し つけられた理論ではなく、彼ら独自のアイデンティティを感じることが出来る。「最果 ての地」に新しい建築の方向性を見出すことが出来るのではないだろうか。 チリの地形、気候について チリは南米大陸の西に位置し、南北が 4,329 kmあるのに対し東西は平均 175 kmし かない細長い国である。標高も 0 mの海岸線から 6,960 mのアコンカグア山までと幅 広く、気候も変化に富んでいる。 北部 / 主要都市:アリカ、アントファガスタ チリ北部は世界でも最も乾燥した土地であるといわれ、アタカマ砂漠では、ほとんど雨 が降ることはない。昼夜の温度差もあり、日中は 40 度近くまで上昇する。ただし、沿 岸の都市はペルー寒流が流れているため、年間を通じて過ごしやすい気候になっている。 中央部 / 主要都市:ラ・セレナ、サンティアゴ、コンセプシオン チリ・ワインの生産で知られるように、肥沃な農業地帯が広がる。地中海性気候に似て おり、気候は温暖で、四季の移ろいがある。そのため国の主要な機関がこの地域に集中 している。 南部 / 主要都市:バルディビア、プエルト・モント 森林地帯が広がり湖と火山が点在している。平均気温は低いが湿度が高く、雨期も 2, 3 カ月続く。 パタゴニア / 主要都市:プエルト・ナタレス、プンタ・アレナス 南緯 40 度以南の地域で、海岸線はフィヨルドがけいせいされ、年間を通じて強風が吹 き、気温も低い。

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

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14 ALEJANDRO ARAVENA_No.01_BACKGROUND

a+u 2006:07 特集「南米チリの建築」 アレハンドロ・アラヴェナのシャム・タワーが掲載されている。 同時にこの特集号にはチリの地形、気候、風土またチリ建築界の現在に至るまでの発展の歴史が語られている。

スミルハン・ラディック Copper house 2 (2005)

A Good Moment in Time 最良の時 ----------- チリの建築

チリの建築はまさに良い時代を迎えた。新しい事

高層の住宅開発のあらゆるタイプに如実に見られ、

務所は繁栄し、公共や私設の設計競技も珍しいこ

信じがたいほどの速度であふれ出し、周辺に大き

とではなくなった。より広範囲の人々が都市とそ

なインパクトをもたらすほどとなっている。こう

の変貌に付随する個々の諸問題に携わるようにな

した容赦のない建設や土地の投機によって都市が

り、建築に関する一般の受け止め方は積極的になっ

大きく変貌しただけでなく、田園地域や郊外地区

た。国際的な認識も決してまれなものではなくなっ

の大部分もがその姿を変え、輸出農業、観光、サー

た。こうした変化は決して突然起きたものではない。 ビス産業を含む振興の経済分野に連動していった。 現代の建築開発のほとんどはチリとラテンアメリ

こうした変化の全てが建築家にプロジェクトの需

カの近代建築がこの 15 年間に新しい活力や思潮、 要を増大させていった。同じような状況が際限な アイディアや方策を育成に取り入れ、それが今日

く広がるかのように、それらが生み出すものの一

の極めて大量かつ質の高い生産へと到達する力を

部は良いが、大部分は精彩を欠き、単に拡大する

作りだしたのである。

市場によって課せられた時流に追随したに過ぎな い。それでも世界中のどこにも共通することだが、

90 年代初頭のデモクラシーへの回帰は、楽観主

大量の新しいものは、少なくとも建築の分野では

義の広まりと国際舞台への再加入、さらには前例

予期したことを後押しするものではないにしても、

のないほどの政治的・経済的安定という結果をも

真に価値のある建築の機会が近年の大量の建造物

たらす時代を画する出来事となった。チリの建築

の中に現れていった。

もこれに無関係でいるはずもなく、たちまちこの 国の近年の歴史に記されたこの変化の流れに巻き

こ う し た 貴 重 な 機 会 の 多 く は 個 人 の 別 荘( 海 岸、

込まれていった。軍の統制下にあった期間はすで

辺地、山中の避暑地)となるか、拡大する経済の

に、近隣するほとんどのラテンアメリカ諸国の場

新たな分野に結びつくかのどちらかだ。この別荘

合と同様、50 年代から 60 年代には、もっとも大

や週末の避暑地は今や大衆文化の一部となって常

きな規模で力強い近代建築を作りだしていた国家

にチリ社会の裕福層にとって重要な役割を果たし、

による建設発注は著しく縮小され、建築の依頼は

建築家が都市の基本的な住宅建築に見られる様式

主に特殊な好みにこたえる個人を優先したものに

的な慣例を重んじた伝統的な観点から離れ、より

限られるようになったが、それでいて変動する社

大きな自由を持って実験と設計を行う理想的な背

会の姿を反映させていた。この 15 年間というも

景をしばしばもたらしてきた。1930 年代にコル

の、チリは安定したそして継続的な経済の発展の

ビュジェによってサパジャールの海岸の町のチリ

中にあり、それがこの国を少なくとも外見上では、 の貴族のために計画されたエラスリス邸から、今 いわゆる発展途上国として変貌を遂げたのである。 日の多くの若き建築家が設計する機会を得た住宅 この経済成長は新しい都市気候や建造物、戸建や フェリペ・アサディ、カレラ・デ・タンゴのシュミッツ・ハウス(2001)

類に至るまでの 1 本の道筋を辿ることが出来る。


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

この結果から、我々はかたちと構成と機能のアプ

同時に、ワイン製造業、農業輸出、観光関連の都

ローチの配列の広がりを受け入れることが可能に

市基盤など、新しい経済の分野に関係する企業の

ル・ベラルタ共編の刊行「スパム・アルク」プロ

なった。カンタグオのためのマティアス・クロッ

多くは、現在、国境を越えた業界にふさわしい現

ジェクト (www.spam-arq.cl) である。 「エレメンタ

ソの一連のデザイン、ティディ・アルキテクトス

代的なイメージを与えることを建築家に依頼して

ル・チリ」の方はチリの国土全長に沿って建設さ

のミュラー・ハウス、フェリペ・アサディのシュミッ

いる。したがって、今日チリを旅すると広大なそ

れる 7 つの共同住居の計画のために平行して行わ

ツ・ハイスのように、50 年代のカリフォルニアの

の領域の中に突然意図的に大きさ、表現、知覚

れる国際コンペであり、第一の目的が質を優先し

住宅建築の表現を再解釈することは、制御された

の違いを練りこんだ異質な物体が出現することに

た共同住居を設計するという新しい計画を作りだ

心地よい雰囲気を醸し出す、透明性の複雑な扱い、 よってアクセントをつけられた景観に出会う。そ

した。ベンチャーはサンティアゴのカトリック大

ロジェクト、そしてパブロ・ブルグノリとマヌエ

ある種の素朴な優雅さ、明快な直行配分などを用

の一方で、数百万㎡のこぎれいな誰のものか分か

学とハーヴァード大学のデイヴィッド・ロックフェ

いることでもある。住宅の外皮を微妙なゆがみに

らないオフィス空間が都市のビジネス地区の中に

ラー・センターの共同企業体であり、これに政府

よって変形し変質させることにより、ほとんど彫

たちまちのうちに建てられる。

機関や私企業がいくつも参画し、さらには世界の

刻を扱うように建築物に強烈な個性を与える可能 性を探りだす。セシリア・プガ、グィレルモ・アクー

各地から 500 を超える専門家や学生の集団が集 私的な開発が全面的に普及することと同時発生

まった。この設計競技はモデルとなった最初の原

ニャ、スミルハン・ラディクらの作品では外形は

的に公共性が削減されていくシステムの中で、教

型とそれに続く実施計画がチリ北部の都市、イキ

ほとんど破壊され、生活の領域の内部に危うい不

育が最も大きな成長する経済分野の 1 つとなった。 ケで 2004 年 12 月に完成した。

協和の要素を持ち込んでいる。

ディエゴ・ポルタレス大学の経済学部の新しい施設、 これに対し「スパム・アルク」の方は自主的な非 そしてカトリック大学が建築設計の教授たちに依

営利を基本とするもので、現代の都市を形成して

建築表現を生み出すものとしての建築学と構造の

頼した様々な教育施設と管理施設群が連なる広

いる新しい状況についての議論とアイディアの創

倫理への関心は、エディトリアルド・カスティロ

大なシークエンスなどはすべて、建築を市場と情

出を促すことをその目的としている。あらゆる公

とファン・アグスティン・ソーサ・アバディによっ

報の要素として賢明に解釈したことの兆候である。 共施設から独立し、このプロジェクトは季刊雑誌

て設計された住宅群として普及された。カスティ

伝統的なデザインの要求に加え、この 10 年の間

を展覧会を展覧会や作業場やモンタージュに結び

ロのガリィネロ・ハウスにおける養鶏場や、ソー

に建築の領域に様々な方法でかかわろうとする意

付けて知的考察の学際的領域の創出を目指し、同

サのフェレウエレイセン・ハウスにおける使用済

識が現れた。かくて建築家は新しい管理方式、独

時に同じような優先事項を持っている。どちらの

みの鉄道軌道の樹木を外皮などに用いた建築技術

立出版、問題について討議する場、展覧会などを

優先事項も他方のコンテクストに深く根ざしたも

は詩的な新しさを取り入れることが可能であるこ

含む様々な活動の範囲を創造し、組織しその実現

のだが、辺境の地からアイディアと独自の提案を

とを示している。そこでは材料と技術がクラフト

に携わることが以前にも増して当たり前となって

発する可能性を確約している。

間で自由に行き来する。すなわち粗さと素朴さと

きた。数ある優先事項の中でも特に言及に値する

いうものが極度に抑制されたデザインによって異

2 つのものは、アンドレス・イアコベリャとアレ

なる美学の表現までに高められているのだ。

ハンドロ・アラヴェナ (www.elementalchile.org/) によってつくられた「エレメンタル・チリ」のプ

ティディ・アルキテクトス、トゥンケンのミュラー・ハウス(2004-2005)

セシリア・ブガ オチョアルクーポ・プロジェクト、マルベラの住宅(2006)

マティアス・クロッツ casa estudio (2005)

リカルド・アブアワド、サンティアゴのディエゴ・ポルタレス大学の建築、芸術、デザイン学部(2004-2005)

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16 ALEJANDRO ARAVENA_No.01_BACKGROUND

A Good Moment in Time 最良の時 ----------- チリの建築

チリの建築家たちが特定のプロジェクトで用い

ムの結束と、この 10 年の間に経済的な強者として

ている外見的にゆったりとした実用的で実験的

成長した伝統的な裕福層の永続性につながり、古

な、それでいて高度に職人的な姿勢に見出すこと

典的で簡素なものを残しながら新しく現代的なも

が出来るだろう。この訓練は、どんな固定した論

のへのはっきりした渇望がそこにあるため、建築

理、与えられたイデオロギー、古びた修辞をも排

に明らかな影響をもたらす。それはこのようにし

除し、それぞれの特殊な場面の制約のうえで何度

て、近年の素朴さと質素さへの好みが 80 年代の最

となくほとんどそのまま率直に演じる自由な力を

後にまだ存在するポストモダンの形式主義と地域

手に入れた。それぞれの建築家の個人的な表現と

的な批判に対するかたちの跳ね返りとしておそら

美学は、試行錯誤を繰り返し、実際の建物の中で

く遡ることができるとしても、研ぎ澄まされ、明

試みることによって完成される。学問の世界でも

快になった合成のかたちもまた常にこの国の支配

同様の知識の伝達が行われる。統計によるとチリ

的なエリートの特徴であったとりわけ地味な趣に

の専門職人の半数が教師として教えている。建築

十分に共鳴する。

の研究室はこうした機構の要であり、教育と実施

アレハンドロ・アラヴェナ、エレメンタル・チリ(2004)

との間で絶え間なくフィードバックを促している。

やはり最近になって顕著になった最後の要素は他

チリの建築の大量の実例の素晴らしい背景として

方の素材を採用する面白さである。何度も予算の

よく使われているのは国際的にも周知されるよう

制約に屈し、常に工事の供給に限られた市場を強

になった 1 つの観点である。長さ 4,300 kmとい

いられ、建築家は今日に至るまで用いられたこと

うスカンジナビアからアフリカ北部までに匹敵す

のない材料や技術の刷新をするようになった。こ

るほど延び、チリはその多様で壮大な自然景観に

の熟練した発明にともなうアプローチは、郷愁

気候の変化をともなって有名になっている。敷地

でもなく、また風変わりなものを求めたのでもな

上の建物の配置に向けられた特別な配慮(アルベ

く、利用できる技術情報を駆使することによって

ルティやパラディオの指示に無意識に従っている)

最終的により良い質が保証され、高度なデザイン

を認識することは容易く、太陽、視界、そしてこ

と独創性を維持しながらコスト・ダウンを成し遂

の地形や植生との関係を計画の第一歩とすること

げることが出来るという判断なのである。コニャ

はデザインの定義において重要であるからだ。し

リペのヘルマン・デル・ソルによって設計された

かし同時に、自然景観の壮大さに対抗することの

テルマス・ジオメトリカスでは赤く塗装された木材、

困難さ、多くの場合不可能さ、は建築の特徴を再

人が裁断した地元産の石材、リサイクルされた車

帰させる理由となりうる、それは自然に同化する

のタイヤ、そしてランプになったブリキ缶などが

のではなく、果敢に対抗するのであり、誰かの有

日常の要素となり、それらが組み合わされて山岳

機主義者の手法に委ねるのではなく差異を際立た

地の峡谷の中で洗練された温泉施設となった。

せるのである。ペソ・フォン・エルリッヒスハウゼン・

もし 5 年ないし 6 年前まで遡るなら、チリの現代

アーキテクツのプロジェクトの無味乾燥した幾何

建築はどれもみな似通っていて同じに見えるとい

学的抽象性は人工のものと自然のものとのどんな

う批判を繰り返し耳にするのが当たり前だったが、

妥協も不可能であることを明快に示している。

現在ではどんなことがあってもこのようにいうこ とはできない。外見上は、ひっきりなしに新しい

ヘルマン・デル・ソル オテル・レモータ(2005)

チリの建築にネオ・モダニストの要素への回帰を

才能が現れ、チリの社会が急速に変動し、建築家

見てとれるのは、現代社会がそれ自体、そしてあ

も観衆もともに成熟度を増すことによって論理に

らゆる面で実際に進歩することを望む手段と、そ

類似性をもつ異なるアプローチの集団を形成した

の極度に保守的な歴史との間の相互作用にその淵

かのようだが、それは数多くの建築の表現を区別

源を置く。この二重性は本質的に自由市場システ

したものへと成熟させたのである。


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

At the End of the World 最果ての地にて 「Final Terrae」 、最果ての地。しばしばチリはそ う形容される。だが逆に「世界の中心」とは、一 体どこを基準にそう呼ぶのだろうか。やはり西 洋人が日本を「極東」と呼ぶのにも、釈然とし ないものがある。この遠さは、南米大陸の最南端、 南緯 33 ゜26’16” 西経 70 ゜39’1” に位置する首 都サンティアゴの地理的条件に裏付けられる。 トーマス・マンの喜劇小説に、クリスティアン・ ブッデンブロークなる登場人物がいる。クリス ティアンはおどけると港市ヴァルパライソを引 き合いにして、 「・・・・また例によって、あの 町のたまらぬ暑さを語った」。これが登場人物お 得意の冗談なのか、はたまた作者の勘違いなの かは、読者には知らされない。マンにとっては チリとは遠い未知の国であり、ここでもエキゾ ティックな国として描いているから、彼自身も そこに熱帯気候と思い込んでいたのかもしれな い。

経済の中では、世界地図上の「果て」感は薄れ

クな建物ともやはり対極にあった。後者は、 ウィー

たが、それでもチリ文化はその島国的な性格を

ンの都市計画家カート・プルンナー率いる専門

チリ史にはインカ帝国は登場しない。またこの

依然様々な面にとどめており、特に建築におい

家チームによって作成された 1934 年のサンティ

国はスペイン人征服者の興味も引かなかったの

てはそれが色濃く残る。

アゴ市ゾーニング計画の一環として建てられた

で、メキシコやペルーのような副王領下に置か

このようにさほど込み入った事情もなく、しかも

ものである。1937 年から建築家カルロス・ベラ・

れることもなかった。だから「Final Terrae」と

文化的な代償もあまり払わずに、近代建築は出

マンドゥハノによって実施に移されたこのゾー

は地の果てを意味するだけでなく、19 世紀終盤

発することが出来た。1930 年、セルジオ・ラレ

ニング計画は、官庁街で交差する 2 本の広い大

になってアカタマ砂漠の硝石採掘が始まりアン

インとホルヘ・アルテアガの設計により建てら

通りを軸としたものだが、付柱といった建築の

トファガスタ港が開かれるまで、ここが「中央」

れた「オベルパウル・ビル」は、新しい建築の

詳細にまで指示を入れるなど、事前に厳しい規

の関心の外にあったことも示唆している。1920

到来を世に知らしめた。都心部の角地に立つこ

制をかけていた。「オベルパウル・ビル」は、ゾー

年代末に硝石産業が下火になるにつれ、次は銅

のビルは、道行く人々の目をさらった。鉄筋コ

ニング計画に組み込まれた公共建築とも大きく

資源に関心が高まる。当時から現在に至るまで

ンクリート造、連続水平窓、メンデルゾーン風

かけ離れていた。皮肉にもプルンナーがチリ入

銅鉱山はチリの経済基盤であり続け、そのおか

の曲線的な角部、なにより無装飾のこの奇妙な

りした 1929 年に、ル・コルビュジエもまた新 しい都市計画理念と建築理念を携えて、ブラジル、

げでチリは国際市場への仲間入りを果たすので

構造物は、周囲のコロニアル風住宅とも、19 世

ある。

紀末のボザール様式や歴史主義の建物とも、あ

ウルグアイ、アルゼンチンを訪れたのであった。

この銅経済に支えられてチリはようやく発展の

るいはアールデコ風の量塊、ピクチャレスクな

ブエノスアイレスやモンテヴィデオやリオに匹

道を歩み出し、工業化を遂げ、世界を相手に商

カリフォルニア建築、20 世紀初頭に建てられた

敵するほどの都市計画がなかったチリには、ル・

取引を始める。鉄道網が敷かれ、港が拡大され、 商業建築とも異なり、ひときわ異彩を放ってい

コルビュジエの思想がおのずと根づいた。彼の

大都市では産業が興った。こうしていまや世界

置き土産が、1929 ~ 1930 年に海辺リゾートの

た。そればかりか、のちに建てられたアカデミッ

エミリオ・デュアルト フランシスコ・ピント・サンタ・クルス・ハウス サンティアゴ(1945)

ロベルト・ダヴィラ・カルソン、カップ・デュカル・レストラン ヴィーニャ・デル・マール(1936)

セルジオ・ラレイン、ホルヘ・アルテアガ オべルパウル・ビル、サンティアゴ(1929-1930)

エンリケ・ヘバールト、チリ大学海洋生物学研究所 レニャカ、 (1944)

17


18 ALEJANDRO ARAVENA_No.01_BACKGROUND

At the End of the World 最果ての地にて

サパヤルに計画された「マティアス・エラスリス邸」

住宅「ウェルムⅡ」(1945 年)など。こうした事

案であり、それはひとことでいえばピュリスト的

例から見てとれるように、官も民も互いに似たよ

形態の否定であった。あいにく実現には至らなかっ

うな建築をつくった。その背景には、チリの社会・

たが、地球の裏側の日本では、アントニン・レー

文化・政治・経済がわりに狭い輪の中で動いてお

モンドがこの「エラスリス邸」案をもとに「軽井

り、その輪の中にいる限られた家族が農地を所有

沢夏の家」を完成させている。

し、行政を担い、教会、学校、会員制組織を運営し、 さらに建築も支配したとの事情がある。だから当然、

1930 年代、モダニティは極端なかたちで定着した。 国も近代建築には寛容であった。なぜなら工事の

ブレスキアーニ+ヴァルデス+カスティリョ+ユイドブロ ポルタレス・ハウジング、サンティアゴ(1954-1964)

新興ブルジョワジー向けの住宅は―アドービです

発注主は公務員ではなく、この輪のメンバーたち

ら―近代様式で建てられた。ただ一般には近代建

であったし、しかも彼らは大学の同窓生同士でも

築といっても、鉄と鉄筋コンクリートの技術を主

あったのだ。

体に、この新型建築の輸入先であった国々から同

モダニティを定着させようとの試みは、大学教育

じく輸入した部品を使うものを指した。やがて近

の制度化によって幕を閉じる。1964 年、チリ大

代建築の多彩な事例が、サンティアゴの海辺や街

学が大学改革を行い、1948 年にはチリ・カトリッ

中や郊外に出現する。中でも特筆すべきは、その

ク大学もこれに続き、ヴィニョーラの著作を焼却

波打ち際に建つ姿が一隻のボートのような印象を

するに及んだ。さらに 1942 年には建築家協会法

与えるロベルト・ダヴィラ・カルソン設計の「カップ・

が正式に認可される。

デュカル・レストラン」(1936 年)、そして C・プ レスキアーニと J・デル・カンポによる「中央機体

建築業界、教育界、各種団体における動きと、近

整備場」(1937 年)である。後者のガラス箱のよ

代建築の成立についてはすでに述べた。ただ、ほ

うな階段室は、手法としてはグロピウス+アドルフ・

かのラテンアメリカ諸国の例にもれず、チリでも

マイヤーがドイツ工作連盟ケルン展に出品した「モ

やはり、その風潮にしろ美意識にしろ嗜好にしろ、

デル工場」や、B-28 型爆撃機のコックピットに近い。 なぜか内省のプロセスとは逆行し、すなわち経験 欧米の大学院に留学し、有名建築家の事務所に勤

や議論の蓄積とは無関係に、むしろ国際情勢と連

めた(ロベルト・ダヴィラはベーレンスとル・コ

動していた。

ルビュジエの事務所に、エミリオ・デュアルトは グロピウスとル・コルビュジエの事務所)新しい

この独特な文化様式ゆえに、パイオニア世代の立

世代は、近代建築を創出するだけの訓練も経験も

場は次々と他の世代もしくは他のパイオニアに

それなりに積んでいた。結果、続く 10 年のうち

とって代わられた。まだ基礎作りの途中にあった

に近代建築は花開き、実作がいくつも現れた。た

のだ。したがって誰よりも近代的であるには、後

とえば抽象画家を組み込んだエンリケ・ヘバール

ろを振り向くのではなく、他人の実績には目もく

トによるレニャカの「チリ大学海洋生物学研究所」 (1944 年)、エミリオ・デュアルトによるサンティ アゴ郊外の「ポクロ通りの住宅」(1944 年)と彼

れずにひたすら前を見て進むしかなかった。だか ら巨匠もいなかった。それなりに新しさをもたら さない限り、巨匠にはなりえなかったのである。

の「自邸」。またフリオ・コルデロによる「パルパ ライソ郵便局」、 「公共事業本局」(1944 年)、集合

続 く 1950 年 ~ 1960 年 に は 世 界 潮 流 も 建 築 美

エミリオ・デュアルト、ドゥ・グローテ、モンテアレグレ、サンテリセス

S・ラレイン-エミリオ・デュアルトとラレイン- O・ラレイン- J

国連支局「CEPAL」(1963-1966)

サンフェンテスプラザ・デ・アルマ・ビル、サンティアゴ(1956)


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

学もより確信もって取り入れられたが、過去 20

始めとする建築の最新動向をそれとなく取り入れ

年間にみられたような中心性はもはや失われてし

ており、ル・コルビュジェの「チャンディガール

になった。これまでの実践は、都市や建築界一般

まった。セルジオ・ラレインとエミリオ・デュア (議事堂)」や丹下健三(「国立代々木競技場)」、あ

の動向とはいっさい関係を絶ってきたのだが、そ

ルトによる「プラザ・デ・アルマ・ビル」(1956

19

ても実験を通じて科学並みの近似値が出せるよう

るいは前川國男(「東京文化会館」)を彷彿させる。 れでも我が国ではこれが唯一かつ固有の、建築の

年)には、それに 4 年先立つ「レヴァー・ハウス」 この支局にはひときわモニュメンタルな棟があり、 実践である。 で SOM が用いた基礎構法と同じものが採用され

そのたたずまいまさに国連という機関にふさわし

歴史の区切りでいうこの近代は、やがて郷土文化

ている。この時代の建築界の動きを概観するため

い。会議場の、螺旋を描く円錐型「カタツムリ」

のルーツ探しや風土研究などの不毛な研究にとっ

に、主だった例を挙げると、プレスキアーニ+バ

がそれだ。都市が加速度的に成長を遂げたわずか

て代わられた。さらに 1970 年代終わりに他方か

ルデス+カスティリョ+ユイドプロによる「アリ

な時期、この会議場は、マポチョ川岸のまだ平坦

ら抗議の声が上がったこともあり、やがてチリ建

カのカジノ」 (1958 年) 、マリオ・ペレス・デ・ア

な町のシルエットからひときわ高くそびえるラン

築の「アイデンティティ」探しが始められた。だ

ルセ+ハメイ・ペザによるアントファガスタの「サ

ドマークであった。打ち放しコンクリートの建物

がこれがエントロピー(社会的衰退)を招くはめ

ラール・デル・カルメンの集合住宅」(1960 年)、 は口の字型の平面をもち、その外法は 95.66 m角、 になり、もはや収拾のつかないところまで混乱の エミリオ・デュアルトによる「コンセプシオン大

内側の中庭部分の内法は 66.38 m角となっている。 度が深まった。時を同じくして、ロバート・ベン

学キャンパス」 (1958 年)、ファン・ボルチェルス、「カタツムリ」はこの中庭に、十字軸からずらして イシドロ・スワレス、ヘスス・ベルメホによるチジャ

チューリの言うところの「どれも同じ」な、いわ

配置されている。作者の言をひくと、「アンデス

ゆるポスト・モダニティが入ってきたために、つ

ンの「コーペラティバ・エレクトリカ」(1962 年)(山脈)の圧倒的な複雑さを背景に、幾何学的に表

いにはアイデンティティを文化の隠れ蓑に、新た

となる。

現された宮殿であり、そこにはこの国らしい真面

な建築をつくる冒険が、とくにフォルムに関する

この時期以降でいうと、まずはブレスキアーニ+

目さが備わっている」。「真面目」といういい方が、 冒険が繰り広げられた。新しい建築には、 赤煉瓦、 石、

ヴァルデス+カスティリョ+ユイドブロ事務所

いかにも時代を感じさせる。当時のチリ建築は真

花崗岩を仕上げや外壁に用いた閉じたヴォリュー

によるサンティアゴの「ポルタレス・ハウジング」

面目さを身上としていたのだ。それは自慢でも誇

ム、左右対称性、半円形アーチなどの構造言語が

計画(1954 ~ 1964 年)を挙げておきたい。こ

張でもなかったが、ただしあまりにも近代的であ

ちりばめられた。こうした構造言語によって、そ

れは同じ設計者による「国立工科大学」の近くに

り過ぎたかもしれない。

建てられた集合住宅であり、5 階~ 7 階建ての棟に、 こうした経緯からすると、アルベルト・クルーズ・

れ以前から現在に至るまでの時代の流れは、かえっ て分かりにくくなるだけであった。またこの時期

フラット型ないしメゾネット型の拾戸が全 1860

コヴァルビアス率いるグループによる実践「ヴァ

は周知のとおり、あのピノチェトの独裁政権時代

戸入っている。3 階レヴェルにあえて通路をつく

ルパライソ・カトリック大学」(1952 年)はひと

とも重なる。同政権は政治的拘束と社会問題の放

らずコルビュジェ流「プロムナード」を再現する

きわ目を引く。同大学の建築学部は、専用の「シゥ

任を押し進め、それに背く者には残虐な処罰が待っ

との意図もうかがえる。他方では、チーム X(テン) ダド・アビェルタ(オープン・シティ)」(1971 年) ていた。この時代、建築界の関心はひたすら建築 の数々の計画案、中でもアリソン+ピーター・ス

を建設している。コヴァルビアスらは指導法を抜

の内面へと向かう。一部ではこれを「自制」と呼

ミッソンによるあの規模的な「ゴールデン・レイ

本的に改革しただけでなく、建築を展開させると

んだ。

ン」計画(ロンドン、1951 ~ 1952 年)とも重な

きの出発点にも大胆に手を入れた。つまり、複数

る。公共住宅の事例としては 1950 年代当時最先

の人間が共同で練ったプロジェクトの構想に、科学・

端を行くものだった。

哲学研究並みの緻密さと、行動に駆り立てるよう

もう一点、国連支局「CEPAL(ラテン・アメリカ・

な詩的な情感とを融合させたのである。この周到

カリブ経済委員会) 」も重要な作品である。設計者

な組み合わせのうえ���、素材を追及し続ける努力

エミリオ・デュアルトはこれをコンペによって勝

と、風と太陽と大地のエネルギー利用とが加わって、

ち取っている。建物はいわゆるブルータリズムを

儚い建築が誕生していった。確かに、建築におい

「チリ建築」の一例。皮肉にも、 「英国人の街」と呼ばれる。 オープン・シティ、音楽ホール、ヴァルパライソ・カトリック大学、 (1971)

エンリケ・ブラウン、エデュアルド・サン・マルティン、パトリシオ・ウェンボルン ショッピング・センター、サンティアゴ(1980)


イタリアの建築雑誌「THE PLAN」の33 号(2009年5月、 日本発売) に掲載された アレハンドロ・アラヴェナと記者 Alessandra Orlandoni による対談。 THE PLAN は渋谷パルコ地下1階書店「LOGOS」にある。ここは洋書、洋雑誌 特にデザインやアート関連の本を大量にそろえている。今のところ他の書店で は見当たらない。


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

INTERVISTA A / INTERVIEW WITH ALEJANDRO ARAVENA BY ALLESSANDRA ORLANDONI You were born in 1967 in Chile, so you grew up and studied under August pinochet’

あなたは 1967 年にチリで生まれました。アウグスト・ピノチェトの軍事政権の下で

s tatalitarian regime. When you graduated in 1992 it was about the end of that

成長し学びました。軍事政権の末期、1992 年に卒業しました。あなたが建築のよう

regime. How did the two different political situations affect your development and

な社会的で政治的な科目を専攻するにあたって、2 つの異なる政治情勢はあなたの設

professional decisions, given that you chose to study and practice a socio-political

計と専門家としての決意にどのように影響しましたか。

subject like architecture? It’s a bit unusual to take architecture as a socio-political subject : not many people

社会政治の主題として建築を選ぶのは少し珍しい。多くの人々は建築を社会的政治

see it that way. Nowadays one architect can choose to stay outside that view of

的とは思わない。最近では建築家は社会的政治的視点の外で仕事ができるので、私た

things, We chose to go another way, and that’s clear from our work of Elemental.

ちは別の方法で行います。それは ELEMENTAL の仕事が明らかに示しています。ピノ

What affected me during the Pinochet regime was not the political situation in

チェト政権の時に私に影響したものは、政治情勢のことではなく、政治が完全な資料

itself but the fact that it meant almost total lack of information. Throughout my

不足をもたらしていたという事実でした。私の進んだ学校には雑誌すらありませんで

course there were no magazines, no information on music: we were cut off from

した、音楽の情報もありません。私たちはチリの外部から隔離されていました。イン

anything going on outside Chile. There was no internet, of course, so you couldn’

ターネットはもちろんありませんでした。したがって、情報に頼ることが出来なかっ

t find loopholes onto information. This drawback actually had its good side. In

たのです。ですがこの欠点には実際には良い側面がありました。1985 年、ポストモ

1985 Postmodernism was all the rage, probably the worst current in the history of

ダニズムは大流行していました、恐らく建築の歴史で最悪の流れです。独裁政治はそ

architecture. The dictatorship spared us from us from being brainwashed by that last

の最後の重要な時代の流れから洗脳されることから私たちを救ってくれました。政権

important movement. Using books, not magazines, as our sources and coming up

の下、情報源は情報操作され、雑誌ではなく本が利用され、私たちは、マイケル・グレー

under a regime where information was controlled, we looked to Alvaro Siza and not

ヴスか、ピーター・エルスマンではなくアルバロ・シザに目を向けました。興味深い

Michael Graves or Peter Elsenman. Curiously, that may be the only good thing about

ことに、それは、チリを牛耳った軍事政権に関する唯一のよいことかもしれません。

the tatalitarian regime that reigned in Chile. So you were chiefly isolated from the contemporary scene...

それで、あなたは時代の流れから取り残されていました…

That’s right, and that drove us to think about ourselves and our culture, instead of

そうです、それで私たちは他の国で起こっていることを考える代わりに自己の内面と

watching what was going on in other parts. In third world countries there’s always

自分たちの文化を考えるように駆り立てられました。 第三世界各国では、ほかの場

a great risk of looking at what’s happening elsewhere and thinking it’s inevitably

所での事例が自分たちの文化に入り込むことが良いのかと考えなければならない高い

better than what belongs to one’s own culture. We had to analyze what lay close at

リスクがいつもあります。 私たちはごく身近にある事を分析しなければなりません

hand. Which proved to be an advantage: an apparent drawback turning into a point

でした。どれに利点があるか分かったかというと、利点へ変えるには明白な欠点があ

of strength. The other factor in my case that shaped my research is that rebelling

ることでした。 私の場合、私の研究を形成したもう片方の要素は、権威への反発が

against authority was a genetic rather than political factor.

政治に対するものというよりは、むしろ遺伝的な要素だったということです。

What do you mean by a “genetic factor”?

「遺伝的要因」はどういう意味ですか。

The state of being a university student is “ anti” by definition. It doesn’t much matter

大学生になったころはアンチ主義でした。準備が必要となる多くの問題、あるいは改

who is imposing the set-up on you or what is being improved : you rebel on principle.

善されようとするものに当たり前のように反対することはそれほど問題ではありませ

I always wanted to go against what was being taught or recommended, so I consider

ん。私は常に教えられていたもの勧められたものに反発したかった。それで私の態度

my attitude as genetic and not bound up with the situation of the moment. For

は遺伝的であり当時の状況を結び付けられなかったものととらえています。例えば私

example, I remember exercises one did imagining the “idea client”: we could choose

はクライアントを想像して行った練習を思い出すとします。私たちは、クライアント

only kind of client , and the general pattern was to choose a patron who gave one

の種類だけを選ぶことができました。また、一般的なパターンの 1 つは制約の自由を

free rein. Well...I chose a taxi-driver.

与えてくれる後援者を選ぶことでした。よく ... 私はタクシーの運転手を選びました。

Hardly a conformist choice for a student dreaming of being on architect, but I’d say

建築家を夢をみている学生の言われるがままの選択ではなく、それが社会的政治的な

it was also a social-political choice... Why taxi-driver, exactly?

選択であったのではないですか… なぜまたタクシー運転手 ?

I was keen to test whether all the theories and ideas we were studying at university

私はすべての理論と私たちが大学で勉強していたことで 80m の正方形で主に要求さ

could be summed up in 80 square meters by a person whose main requirement was

れる車を屋内に駐車したことでそれが盗まれるか、または破損するのを防ぐかをその

to park his car indoors to stop it being stolen or damaged, it being his livelihood.

人の暮らし方によって説明されるかどうかを試すことに熱意を注いでいました。

I wanted to compare the high philosophical university education with the daily life

私は高い哲学的な大学の教育と居間に冷蔵庫を置き続ける人の日常とを比較したかっ

of a person who keeps his fridge in the living room because it’s a status symbol.

たのです。なぜならそれが日常だからです。

That realistic approach to the context I lived in and a wish to engage with another

現実的な方法論として私が作り続けた文脈と大学が勧める根本とは別の方向で進めた

direction from the core recommended by the academic world helped me survive in a

い、という意志によって、私は神経を逆なでさせるような環境でも生き抜くことが出

climate that jarred on my nature, as was Chile at the time.

来ました、まさに当時のチリのように。

21


22 ALEJANDRO ARAVENA_No.01_Interview 1

INTERVISTA A / INTERVIEW WITH ALEJANDRO ARAVENA BY ALLESSANDRA ORLANDONI So, You up-ended an unfavorable circumstance and made it a productive and creative

それで、あなたは、好ましくない状況を逆手にとり、それを生産的で創造的な取り組

approach?

みに変えましたか?

Yes, and not because I had any particular problem with what I was studying at

はい、私が当時抱えていたどんな問題も大学で学んでいたこと、または政治的な事も

university or the political situation. My rebellion was something that formed part of

理由にはなりません。 私の反骨精神は、私の一部を形成し、探究心のはけ口、つま

me and found outlet in my fondness for connecting theories to real issues.

り実際問題の接続方法を見つけ出しました。

When the political system formally changed, the social reality in Chile didn’t

政権交代が起こった時、政党のエリートに権力が残っていたのでチリの社会は現実に

changed, since power remained in the hands of an elite, a club. The problem is social,

変化はありませんでした。問題は政治ではなく社会です。

not political. The difference of opportunity doesn’t depend on the political side you

機会の差は、支持する政権によらず、エリートになれるかどうかである、それはつま

support, but whether you belong or not to the elite, the closed watertight circle that

り閉じられた防水の円の「中」にいる群衆になる事です。それは常に私の祖国で最も

promotes the ‘in’ crowd. That’s always been the most scandalous thing about my

恥ずべき事となります。

country. And what social side did you belong to ?

そして、あなたはどんな社会的側面に属しましたか ?

My family was not part of the “club”, but I was never resentful or angry about

私の家族は政党に属していませんでしたが私は決して腹を立てたり怒ったりはしませ

that . I was never bothered about belong to the elite, but it could be a problem, of

んでした。私がエリートになることは全く心配されなかったが、もし私が外も歩けな

course, if the fact of being outside prevented me from walking . Instead, I used my

いのならば問題になります。

shortcomings in order to interact with the system the main value of a social system,

社会システムの大まかな価値に自分の欠点が影響し合うよりも、私の考えでは民主主

in my opinion, does not lie in the difference between democracy and dictatorship,

義と独裁主義の違いではなく、能力主義と非能力主義の違いでした。それは本当の

but in the difference between meritocracy and non-meritocracy. That is the real

戦場です。

battleground. You’re engaged in a project in the States, enlarging the St. Edward’s University in

アメリカのテキサスの聖エドワードの大学のキャパス拡大計画に携わっていますね。

Texas. How did this opportunity arise?

どうしてこの機会を得たのですか ?

The United States is still a meritocracy. Fancy a Chilean architect who didn’t go to

アメリカはまだ能力主義社会です。米国の大学に行かなかった、何の関りもない思い

university in the US, and has no contacts, putting on a project there. I’d say that’s the

つきのチリ人の建築家はそこで計画を進めています。私はこれがアメリカはまだ能力

proof that the place is still a meritocracy. A number of architects from all over the

主義社会であるという証明であると思います。世界中から招待された建築家たちの候

world were invited, a shortlist was drawn up and in the end they chose me on the

補者リストの中から、ついに、私を選びました、私の仕事が評価されたからです。

basis of my work. And that’s not possible in Chile?

それはチリでは難しいことですか ?

In Chile I have done a few projects for the Catholic University. There are some

私はチリのカトリックの大学で小さなプロジェクトを行いました。いくらかメリット

opportunities based on merit, I won’t say they’re lacking altogether, but they chiefly

のあるチャンスです、それらに全て欠陥があると私は言いたくありませんが、それら

belong to the institutional system, not the social system.

は主に社会制度ではなく制度上のシステムに属します。

How can architecture interact with this situation and change it, assuming you think

それが可能だとあなたが考えるなら、建築は、どのようにこの状況に対応し変えるこ

that’s possible?

とができますか ?

First of all, don’t expect to get any appointment from the top. The turning point in

まず、トップからどんなアポイントメントも得られるとは予想しないでください。私

my career came when I met my partner, Andres lacobelli. The important thing to him

はパートナーのアンドレス・イアコベリに会ったとき、私のキャリアの転機が訪れま

is to begin by identifying an unsolved problem that needs getting to know in greater

した。彼にとって重要なのは深い知識を必要とする未解決の問題を特定すること、そ

depth, and finding out who can pay our professional fees and invest in the solution

して我々の専門の仕事にお金を支払ってくれる、問題の解決策に投資できる人を探す

to this problem. Once those two data are known, the thing can be done and gets

ことです。 いったんこれら2つのデータが得られれば実行に移す事ができるのです。

done. It’s a professional marketing strategy....

プロの販売戦略ですね、 、 、

Not so much marketing, I’d say, as professional entrepreneurship. An entrepreneur

そういった販売戦略ではなく、私は専門の企業家精神と言いたい。企業家は、それを

identifies a need , a demand and the contacts needed to achieve it. That’s the way we

達成するために必要とされること、要求されること、そして目的達成のためのアプロー

work. Meritocracy must work by the achieving of opportunities. Once they are, it’s a

チの仕方を見分けます。それが私たちの仕事のやり方です。能力主義社会ではチャン

question of finding the right strategies. It’s important to be clear about what needs

スを生かして働かなければいけません。一旦チャンスが巡れば、それは正しい戦略を

doing and how to do it.

見つけ���ことが重要です。やるべき事と方法論を明らかにすることが重要です。

聖エドワード大学のキャパス拡大計画スケッチ


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

INTERVISTA A / INTERVIEW WITH ALEJANDRO ARAVENA BY ALLESSANDRA ORLANDONI How does meritocracy come into it ?

能力主義社会は、どのようにチャンスになりますか?

If I have a good idea, I need to have access to those with the means, and they have

私に良い考えがあれば、私はあらゆる手段を使ってチャンスに近づかなければいけま

to be prepared to listen to me not because I’m a friend or relative, but because they

せんし、私の交友関係に関係ないにしろ、始めにいい考えが浮かばないにしても、耳

know a good idea when they see one. there are companies capable of assessing the

を傾けておく準備をしておかなければいけません。質の良いアイディアを評価してく

quality of ideas, who then put them into practice. Andrea is very good at working

れる会社があれば、すぐに実行に移してくれます。

out guarantee of quality. It could have been used on a personal level or as a way of

アンドレアは品質保証の取引が非常に上手です。個人のレベルで、あるいは社会でも

getting on in society. As a Harvard professor you get given credit, and that can be

通用するかもしれません。ハーバードの教授として認められたらどんな状況でも邪

used to unblock situations. We used the potential for experimentation that harvard

魔されないようになるかもしれません。私たちは、実験の可能性を利用しました、そ

workshops provided, where there are the world’s best teachers and the world’s best

のハーバードで行われたワークショップには世界の最良の教師と最良の学生がいたの

students, we were able to test the scope for ‘social housing’ and thus avoid mistakes

で、私たちは「社会住宅」の範囲を実験することができました、なので、私たちが現

when we worked in the real world.

実で働く時、誤りを回避することができるのです。

So how does the comparison work out, the change-over to the real world?

それで、どのように現実と比較して仕事に生かしたのですか?

Not by looking for a formula for ideal social housing, but by increasing one’s

理想的な社会住宅の公式にもかかわらず、家庭には一生に一度めぐる公式であると

awareness that families get this once-in-a-lifetime and can’t afford to experiment.

の認識が増えたので実験を試みようとすることができません。 ハーバードのワーク

Harvard was the intellectual base in which Elemental is grounded.

ショップは Elemental の計画の知的なベースとなりました。

住民とのワークショップ エレメンタルでの活動

Alejandro Aravena

ELEMENTAL アンドレス・イアコベリ エレメンタル、ディレクター

チリ・カトリック大学の Director Center of Public Policy 1994 年から 95 年チリ国立電気会社のためのインフラ計画の代表取締役。95 年には National Foundation For the Overcoming of Poverty に加入、その後 4 年間代表を務める。チリ国内の 85 の貧困や遠隔地にお ける 200 以上の問題を調整した。99 年イアコベリは、ハーバードのジョン・F. ケネディ学校で研究を続 けるために世界銀行およびフルブライト / アンデスの奨学金を受け、行政 / 国際情勢の学位を得る、その 2001 年、レイモンド・ヴァーノンの賞を得た。 翌 2002 年エレメンタルのディレクターとなり、 大学と国の要求の橋渡しをする役割をしている。都市計画、 インフラ、住宅の社会評価を主題とする PUC 建築学校の職員。 シビルインダストリアルエンジニアであり、チリ・カトリック大学で交通工学の学位、およびハーバード ケネディ学校の行政修士の学位を取得している。 http://www.cid.harvard.edu/events/events_pages/110504.html

23


24 ALEJANDRO ARAVENA_No.01_Interview 1

INTERVISTA A / INTERVIEW WITH ALEJANDRO ARAVENA BY ALLESSANDRA ORLANDONI

How did Elemental come into being ?

どのように Elemental を計画していったのですか?

It all sprang from an academic scheme in the year 2000/2001 between two

ハーバードの計画からずっと 2000 年と 2001 年ハーバードとチリのカトリックの大

universities, Harvard and the Chilean Catholic University which wanted to contribute

学の間、社会住宅に貢献したかったのです。2003 年に、私たちは、市場のルールと

to ‘social housing’. In 2003 we realized we had to find a point of contact between

公共の政策の間の接点を見つけなければならないとわかりました。 小さな規模には

the market rules and public policy. The funds were there, through small, but the only

基金が存在しましたが、唯一、専門家への対価はありませんでした、かなり大きな問

thing they didn’t cover was the professionals’ fees, the time spent thinking out the

題の解決方法を考え抜くのに時間だけが費やされました。 私たちは英雄ではありま

solution to a sizable problem. Heroes we are not: we had to live by our profession

せん。私たちは私たちの職業で生きていて、解決策を提案しなければいけない。 私

and come up with a solution. We obtained a grant from the Chilean-government’

たちはチリ政府の科学技術省の事業で 50 万ドルの価値がある交付金を得られたので

s Program for Scientific and Technical Development worth about $500,000 with

Elemental という公共の冒険的事業を始めました。2005 年に、設計手法に準ずるプ

which we launched Elemental as a public venture. In 2005 , after constructing a

ロジェクトが構成された後に、Elemental が大学と COPEC( チリの石油業界 ) の両方

project within the rules of the game, we realized Elemental as a company needed

にかかわる必要がある会社だと分かりました。 その結果、Elemental が現在、社会的

to involve both the University and COPEC, Chile’s petroleum industry. As a result,

志向をともなう営利会社です。 私たちは社会的な公営住宅団地、インフラストラク

Elemental is now a profit-making company but with a social orientation. We take

チャ、および公共区域に気をかけています。 都市は富、開発、および上質な生活を

care of social housing projects, infrastructure and public areas. The city is an engine

創造するエンジンです、ノウハウを創造する人々を引き付けますが、同時に公平さへ

creating wealth, development and quality living, attracting people who create know-

の近道を提供します。 この基本において、私たちは社会的な住宅のプロジェクトの

how, but at the same time affording a short-cut to equity. On this basis we seek out

ための戦略を捜し出します。私たちは、莫大になり得る費用ではなく、設計方法の中

strategic projects for social housing : we rethink the question within the rules of

での疑問を再考して、社会的住宅を時間内に相場が上がる投資に変える上質の解決法

the game and provide a quality solution turning ‘social housing’ into an investment

を提供します。 この方法で、人気がある住宅を使用している家族は、しっかりと成

appreciating in time instead of a non-capitalizable expense. In this Way the families

長する資本であり特性の価値があると分かる。 これは社会的な住宅で起こることの

using popular housing find they have capital which grows steadily as the value of

反対です、そして銀行がローンを得て、かつ他のベンチャーを浮かせるために担保を

the property appreciates. This is the opposite of what generally happens in social

提供します。

housing, and provides a surety for the banks to obtain loans and float other ventures.

X=

1,000,000 person city X 7 days x 20 years US$ 10, 000 x 1 family

How does Elemental work? Is it underpinned by any theory?

どのように、Elemental の仕事をしますか ? それは何かの理論によって支えられてい ますか ?

Our starting point is always to get to the nitty-gritty of the problem. How much

私たちの出発点は常にその問題の核心にせまることです。どれだけのお金が利用可能

money is available ? What are the social, political, economic and building conditions?

なのか。社会、政治、経済そして建物の状態。市場の動き。それらの状態のためにデー

What is the market? The data are weighed for what they are. The project entails no

タを取ります。プロジェクトは、空間や自己表現を結び付ける個人の創造的な理論を

personal creative theories bound up with a vision of space or self-expression. Theory

要しません。理論は、私たちがその問題を十分に理解していない瞬間に立ち上がりま

pops up the moment we don’t know the problems deeply enough, and then we need

す、それから、私たちにはより深い洞察が必要となります。しかし、それは、理想的

greater insight. But it’s theory tied to the real conditions, serving to optimize our

な解決を支持するのではなく、私たちの手法を最適化する役目をして、実際の条件に

response to them, not to bolster ideal solutions. The world’s got real problems. If

結び付けられた理論です。世界は現実の問題を得ました。私たちは、十分な知識があ

we’ve got enough knowledge, we tackle them ; if not, we use theory as a means of

れば、問題に取り組みます。そうでなければ、私たち問題解決の手段となる理論を用

solving the problem, making sure that quality is always the objective. We don’t just

いて常に質が目的であることを確かめます。私たちは、社会住宅へのアプローチをた

apply this approach to social housing. It’s not that we’re specialists in that area, we

だ適用するわけではありません。私たちがその地域の専門家であるということではあ

also do high-profile projects, such as the Workshops building we are designing for

りません、また、私たちがヴィトラのために設計しているワークショップの建物など

Vitra. What is important to understand is that an Elemental project always sets out

のように私たちは注目を浴びるプロジェクトをしています。 理解しようとする上で

to express the maximum potential the job before us can carry, we avoid superfluity

重要なことは Elemental プロジェクトが、いつも私たちが仕事を進める前に最大の可

both in low -cost ventures and with the higher profile projects where the budgets are

能性を表し始めるということです、低い費用のベンチャーと、より高くつく注目を浴

more substantial.

びるプロジェクトの予算が、現実味を帯びているので私たちは蛇足を避けます。


■ BACKGROUND

■ Interview 1

WHAT IS ELEMENTAL

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

 チリは 1990 年に民主制に移行し、その後、安定した経済成長を 遂げている。そのため、主要都市だけでなく、郊外においても急速 に建築が立てられ、景観が変貌してきている。また、経済の安定が 建築プロジェクトの需要を増大させ、自由な発想の建築家や充実し た教育環境を生み出している。  しかしそれは一方で、格差社会を生み出している。貧富の差は益々 拡大し、都市部に不法に住みついた人々はスラムを形成し、社会問 題となっている。  アラヴェナはその問題を解決すべく Elemental というプロジェク トに携わる。第一の目的が質を優先した共同住居を設計するという 新しい計画である。2004 年、イキケという都市で実現したそのソー シャルハウジングはその後のモデルとなり、現在、サンティアゴの カトリック大学とハーバード大学のデイヴィッド・ロックフェラー・ センターの共同企業体が出資し、これに政府機関や私企業がいくつ も参画し、さらには世界の各地から 500 を超える専門家や学生の集 団が集まる設計競技になっている。   現 在、 ア ラ ヴ ェ ナ は 建 築 家 と し て デ ィ レ ク タ ー と し て こ の Elemental に参加している。

エレメンタルについて http://www.elementalchile.cl/ エレメンタル活動方針 ELEMENTAL WHAT WE ARE ELEMENTAL is a Do Tank affiliated to the Pontificia Universidad Católica

ELEMENTAL は、チリカトリック大学と COPEC の融資を受ける Do Tank( 会

de Chile and COPEC, its focus is the design and implementation of urban

社)です。デザインと、社会が関心を抱く都市的な計画やみんなが驚くよう

projects of social interest and public impact. ELEMENTAL is based in three

な計画に焦点を当てています。

principles:

ELEMENTAL には 3 つの法則があります。

A. to think, design and build better neighborhoods, housing and the

より良い地域、住宅そして欠けた都市基盤を社会的な発展へと導き、貧困と

necessary urban infrastructure to promote social development and

不公平な都市に打ち勝つための設計と建設を考える。

overcome the circle of poverty and inequity of our cities; B. in order to trigger a relevant qualitative leap-forward, our projects must

質を向上させるきっかけを創るために、我々のプロジェクトは同じ市場で、

be built under the same market and policy conditions than any other,

そして他のどんなものよりも優れた方法を用いて建設されなけなばならな

working to achieve 'more with the same'.

い、 「同じとそれ以上」を達成するために努めます。

C. by quality we understand projects whose design guarantees incremental

単なる社会消費だとと見なされないために、質によって、我々のプロジェク

value and returns on investment over time, in order to stop considering it

トの設計が成長性のある価値を保証し、時間とともに投資は帰ってくると判

a mere 'social expense'.

断する。

In this spirit, elemental contributes to improve the quality of life in

この精神の下、エレメンタルはチリの都市の生活の質を改善するために貢献

chilean cities, providing state of the art architecture and engineering,

し、最先端の建築と技術を提供する、都市は限られた資源だと理解し社会の

understanding the city as an unlimited resource to build social equity.

公平さを創る。

25


26

P.P.dedeRokha RokhaSchool School

2008 2008

EL E

UnU

ELE

CITY CITY AND AND EQUALITY EQUALITY Urban Urbanopportunities opportunities

2007 2007

LoLoBar Ba LoLoEs Renca Ren Pudahuel Pudahu

Social SocialCenters Centers P.P.dedeRokha RokhaSchool School P.P.Aurelia AureliaRojas RojasB BSchool School Street Streetmarkets markets Street Streetmarkets markets Diego DiegoPortales PortalesBuilding Building Metrop. Metrop.Promenade Promenade& &Aereal AerealWalkway Walkway

2006 2006 WORLD WORLD COMPETITION COMPETITION 540proposals proposals 540 Diego DiegoPortales PortalesBuilding Building

2005 2005 7 7Student Studentwinners winners 7 7Professional Professionalwinners winners

Metrop. Metrop.Promenade Promenade& &Aereal AerealWalkway Walkway

0.

HARVARD HARVARD GSD GSD

Housingstudios studios Housing

2003 2003 2000 2000 Alejandro AlejandroAravena Aravena


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

Valdivia Chiguayante

Copiapó

LEMENTAL CHAIR

niversidad Católica Valparaiso

LEMENTAL studio 2007-2008

rnechea spejo a 3 l

HOUSING PROJECTS Value over time

Antofagasta

Antofagasta Copiapó Valparaiso Renca Chiguayante Temuco Valdivia

Renca 3

HOUSING EXAMPLE

Renca

Quinta Monroy, Iqugue

Temuco

93 families .6 há Lo Espejo

Pudahuel

Quinta Monroy, Iqugue

27


MARK

ANOTHER ARCHTECTURE 世界で愛されるオランダのインテリアの専門雑誌『FRAME』と同 出版社から発行されている建築雑誌。大胆で繊細なタイポグラフ と写真のダイナミックな表現は、デザイン雑誌、写真雑誌を凌駕 するセンスを感じさせる。年 6 回発行。 代官山ハックネットがバックナンバーを取り扱っている。 「MARK」第 15 号 (2008 年9月)内で掲載された アレハンドロ・アラヴェナの ELEMENTAL チリ・イキケの特集


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

TEXT: CATHELIJINE NUJISINK /

BESIDES HIS OWN ARCHITECTURAL FIRM AA, architect Alejandro Aravena runs

■ EQUATION

■第一章

ALEJANDRO ARAVENA

建 築 家 ア レ ハ ン ド ロ ア ラ ヴ ェ ナ は 自 身 の 建 築 事 務 所 AA 以 外 に チ リ の 石 油 会 社

what he calls a 'do tank', together with the Chilean oil company Copec and the

COPEC とチリ・カトリック大学とで「DoTank」を運営しています。Elemental と名

Catholic University of Chile. With this firm, named Elemental and founded in 2000,

付けられ、2000 年に設立されたこの会社と共に彼は、正攻法ではない方法で大規模

he strives to initiate large-scale housing projects and public infrastructure in an

な公営住宅と公共のインフラを整えようと、社会開発を促し、チリの都市の貧困の連

unorthodox way, to encourage social development and fight the cycle of poverty

鎖と戦おうと尽力しています。アラヴェナは、チリという国の社会の不正や、権利な

in Chilean cities. Aravena talks about the social iniquity in his country and his

ど少しもない生活を改善するための貢献の話をしました。

contributions to better living circumstances for those less privileged.

What is the role of an architect in the case of designing social housing?

社会住宅を設計する場合、建築家の役割は何ですか ?

A lot of people have a say in housing: politicians, builders, economists, social workers,

多くの人々が住宅への願望があります、それは政治家、建築業者、エコノミスト、ソー

primarily the families themselves and of course designers. When designing social

シャルワーカー、主に家庭それぞれに、もちろんデザイナーにもあります。 社会住

housing, the architect should engage himself in questions that at first glance don't

宅を設計するとき、建築家は、一見してその土地柄の建物に見えないようにするべき

seem to be of an architectural nature, like how to overcome poverty, how to deal

です。 どのように貧困に打ち勝つか、どのように社会に適応できない人々とを調和さ

with development and with the integration of uneducated people into society. The

せる開発をするか。建物の設計は、建築家が専門知識を用いて、すべての問題を解決

design of a building is a very powerful tool in which the architect should incorporate

しなければならない非常に強力なツールです。

the answers to all these questions, using his professional expertise.

In optimizing your design for social housing, you have developed mathematic

あなたのデザインが社会住宅を最適化する際に、例えば、補助金の量、家の床面積、

equations in which the unknowns represent, for instance, the amount of subsidy, the

およびパブリックスペースの量といった未知数を方程式で展開しました。 これはあ

floor area of a house and the amount of public space. How does this help you with

なたのデザインでどのように役立つのですか ?

your design? Apart from offering just a house, we are convinced that we should provide future

ただの家を提供することと別に、私たちは将来の所有者には、より良く生きるための

occupants with other means for living as well, such as opportunities for jobs,

他の手段と一緒に提供するべきだと確信しています、それは仕事の機会や、教育、保

education, health facilities and transport. Expressing these possibilities in equations

健医療施設や交通機関などのことです。 方程式で可能性が示されるので、より簡単

makes it easier to make the right choices. For instance, land in Mexico is generally

に正しい選択肢を取れます。 例えば、一般的に、メキシコの土地は非常に高価です。

very expensive. We therefore try to make the building density as high as possible. On

したがって、私たちは出来る限りビルの密度を高くします。 6 × 6m の典型的な区画

a typical plot of 6 × 6 m, we build duplexes that combine the feeling of a row house

で、私たちは感じたままの低層の住宅と団地の密度を結合させた連続住宅を建てまし

with the density of an apartment block. This is one of the outcomes of such formulas.

た。これはそのような公式の結果のうちの 1 つです。

what percentage of the total housing stock consists of social housing in Chile?

チリの社会住宅が住宅全体に占める割合はどれくらいですか?

In Chile, 60% of all housing is subsidized. Not only housing for the lowest of the

チリの 60% の住宅は補助金で成り立っています。収入の少ない人たちの住宅だけで

incomes, but also middle-class housing receives at least some kind of subsidy. This

なく中流の住宅でも、少なくとも、ある種の補助金を受け取ります。 これは、国の

pretty much tells you the structure of the country. Chile has doubled its income per

構造を語っています。チリは、過去 5 年に、資本の収入を 2 倍にしました。 私たち

capital in the last five years. If we keep on doing as we are doing today, it is said that

が今やっているように続けられれば、チリは 2020 年までにポルトガルの開発のレベ

we can reach a level of development that equals that of Portugal by 2020. For a Latin

ルに達することができると言われます。 世界の果てのラテンアメリカの国において、

American country at the edge of the world, that's a major achievement. Our biggest

それは重要な功績です。 現在、私たちの最も大きな問題は家計所得の特に不平等な

issue now is the particularly unequal distribution of household incomes, which is

分配です。その分配は私たちの首都、隔離された都市、サンティアゴに反映されてい

reflected in our capital city, Santiago, which is a segregated city. The majority of the

ます。 都市の大半が南米に属しています、注意点は貧しさです、3分の1は完全に

city typically belongs to South America, in the respect that it is poor, whereas one

異なりとても豊かなのにもかかわらず 。Elemental はその歪みを正すために活動して

third of it is a completely different, very rich world. Elemental is working on a way to

います。

level that curve.

中国、内モンゴル地区で計画中の住宅プロジェクト 『オルドス100』におけるアラヴェナの模型

29


30 ALEJANDRO ARAVENA_No.01_Interview 2

TEXT: CATHELIJINE NUJISINK /

ALEJANDRO ARAVENA

How does the subsidy system work?

助成金制度はどのように働きますか ?

Chilean housing policy is a subsidy to demand. A poor family will receive a voucher

チリの住宅政策は補助金を要求するためです。貧しい家族は、少なくとも 10 家族

of 10.000 dollars, on the condition that it creates a housing committee with at least

以上の集合住宅を造るという条件で1万ドルの証明者を受けるだろう。この額から、

ten more families. From this amount, 100 dollars is reserved for technical assistance

100 ドルは技術支援のために、NGO や自治体、住宅の省のような専門機関に残して

from a specialized agency, like an NGO, the municipality or the ministry of housing.

おきます。この機関は建築家、ソーシャル・ワーカー、およびプロセスで必要な人と

This agency contacts an architect, a social worker and anyone else who is needed

連絡をとります。また、それは、適用がすべて正確かどうかチェックします。すべて

in the process, and it checks if all the applications are correct. When everything

が決まれば、建設業者を探します。監修の後、居住者は家の所有者になります。

is settled, it puts out a tender in search for a contractor to build the project. After compilation, the residents become the owners of their hoses. How do you initiate your own projects within this subsidy system?

どのようにこの補助金の制度の範囲内でプロジェクトを始めますか。

Many times we ourselves, Elemental, find a good site, and then we try to find families

Elemental、私たちは何度も良い敷地を見つけます。次に、私たちは、そこに住むこ

who are interested in living there. Because of the existing social networks, it's

とに興味を持っている家族を見つけようとします。 既存の社会ネットワークがある

important that these families already live near the building site, so they don't have to

ので、これらの家族がその敷地の近くに既に住んでいることは重要です。したがって、

move too far. We initiate our projects by going to those families, proposing the site

彼らはあまり遠くに移動する必要はありません。私たちは、 それらの家族に会いに行き、

to them, suggesting that they should apply for subsidy and contacting an agency to

彼らに計画を提案し、彼らが補助金を申し込むことを提案し、管理業務をするための

do all the administrative work. At this point the agency will ask us to do the design

連絡をとることにより、プロジェクトが始まります。 この点では、機関は、プロジェ

of the project.

クトの設計をするように私たちに依頼するでしょう。

What is the most important point of improvement necessary for social housing?

社会住宅に必要な改善で最も重要なポイントは何ですか。

Social housing units are generally very bad quality, they're small and fragile like

社会住宅のユニットは一般的に粗悪品です、マッチ箱のように小さく脆弱です。 もっ

matchboxes. If you want to do better, you will have to make the units bigger and

と上手に行いたければ、ユニットをより大きくし、よりよく構築しなければならない

build them better. For Elemental that is not enough though, because families are

でしょう。 もっとも Elemental は、十分に整っていません、なぜなら家族が自分たち

able to realize enough space and good materials on their own. We prefer to focus on

で十分なスペースと良い材料を理解できるからです。 私たちは、彼らが達成できない

what they are not able to achieve. We define quality as the capacity of a housing unit

ことに焦点を合わせています。私たちは一軒家が時間が経つにつれて価値を獲得する

to gain value over time, and for that you need other things, like the presence of good

可能性という品質を定義します、そして、そのために、あなたは優れた公共空間のよ

public space.

うな別のものを必要とします。

You build about 50% of the structure and allow the residents to do the rest. Do you

あなたは、構造を約 50% 造って、居住者に残りを任せています。 あなたは何か制限

give them any restrictions for that?

を与えていますか ?

The public funds are only enough to build half of the house. We design a 72 m2

公的資金は家の半分を建造するのに十分です。 私たちは中流階級と同様の 72㎡の家

house, equal to a middle-income dwelling, but we deliver only the 36 m2 we can

を設計します、しかし、私たちは補助金で賄える 36㎡だけを届けます。設計は、最

pay for with the subsidy. The design includes the final stage of the 72 m2 unit

終段階の 72㎡のユニットの含んでいるので、増築時の建築許可は既に同様に支払わ

though, and the building permits for the expansions are already paid for as well. The

れています。 増築の戦略は非常に単純です。それが家の空気の換気や真下の家の住

expansion strategy is very simple. You are not allowed to go beyond the existing

宅を危険にさらす場合、現存する構造を越えることは認められない。構造の外側に

structure when it compromises air, ventilation or property of the house underneath.

行きたければ、基礎、耐力壁などを構築しなければなりません。したがって、前へ、

When you want to go outside the frame, you have to build foundations, load bearing

作るためには複雑にしました。 したがって、ほとんどの人々は中にいます。 規則は、

walls, and so forth, making it complicated to do so. Therefore, most people stay

常識に続く傾向があります。私たちが始めに計画したように、ほとんどの居住者は家

inside. The rules tend to follow common sense. It turn out that most residents

を正確に増築します。

expand their houses exactly the way we have planned from the beginning.

Can the residents expand their house on the roof as well ?

居住者は屋根の上に増築することができますか ?

They can, but they have the right to expand up to a maximum floor area of 72 m2

できます、配置にかかわらず彼らには、最大で床面積 72㎡まで増築する権利があり

only, regardless of the configuration. We have learned that the process of expansion

ます。 私たちは、増築の過程がたいていこの大きさで終わることを理解しています。

usually stops around this size anyway. This size allows a family to have four

この大きさで、家族は 3 m× 3m の 4 つの寝室、6 m× 3m の居間、台所、風呂の

bedrooms of 3 × 3 m, a living room of 6 × 3m, a kitchen and a bath room. If a

ある部屋を持つことができます。 家族が 4 つ以上の寝室を必要としているなら、通

family is in need of more than four bed room, it usually wants to change places. They

常、入れ替わりが必要になります。 彼らは、ほかの場所でたぶん不動産市場に行って、

will most likely access the real estate market, sell their house and buy something

自宅を売って、より大きい家を買うでしょう。 興味深いことに、多くの家族は許容

bigger elsewhere. It's interesting though, that many families build less than the

された 72㎡より小さな家を建てます。 例えば、家の前のテラスに1m間を置き、洗

allowed 72 m2. For example, they leave a 1m recess for a terrace, for a space to

濯物を干すスペースにしたり、 小さな庭にします。 多くの人々が、 居住に適したスペー

hang clothes to dry or for a small garden in front of the house. Many people turn out

ス( 屋外のスペース、中間の空間、玄関、ホール、その他)の���めに非常に洗練さ

to have a very sophisticated notion of inhabitable space; outdoor space, intermediate

れた考えを持つことが分かります。彼らが必要に感じることの第二段階に達している、

spaces, porches, halls, etcetra. They have reached a second level of need; not the

つまり雨をしのいだり、必要となる面積といった基本的な事ではなく楽しく過ごすこ

basic need of protection from the rain and the necessary square meters, but the need

とができるスペースが必要になるからです。

of space where you can enjoy yourself.


■ BACKGROUND

■ Interview 1

If you would start a social housing project in a developed country, what would be

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

■第一章

あなたが先進国で社会住宅を計画するならば、あなたの主な関心事は何でしょうか。

your main concern? As far as I understand, social housing in the first world is not property oriented

私が理解する限り、先進国での社会住宅は土地に適応させるのではなく賃貸を保証す

but protected rent. That is a completely different thing ; self-expansion is out of

ることだと考えます。完全に別物です。必要とされていない、または条例が複雑、と

the question, not only because it is not needed or the code is very complicated,

いうことだけではなく、人々が土地を所有していないので、自己増築は論外です。

but because people don't own the property. Why invest in something that is not

なぜ自分のものでないのに投資するのか。 政府か州によって所有されていた社会住

yours? The main concern in social housing owned by the government or state is

宅の主な関心事は維持することです、それは土地を持たない家族は投資しないと分か

the maintenance, knowing that families who don't own their property do not invest

るからです。社会住宅団地の失敗はだれによっても維持されない、廊下、エレベーター、

in it either. The failure of social housing complexes lies in all common spaces like

および共有空間のようなすべての公共空間にあります。それは頻繁に悪化の原因にな

corridors, elevators and public area that are not maintained by anybody. They

ります。 もし誰もそのようなスペースを維持しないのなら、私は住人には何のメリッ

are very often the cause of deterioration. I would suggest not including all those

トもない公共のスペースを含まないものを提案するでしょう。

common spaces that, if nobody maintains them, are not beneficial for the inhabitants.

Besides working on low-budget social housing projects you are now involved in the

低予算の社会住宅での仕事に加えて、現在 1000㎡の個人の別荘を内モンゴルで設計

design of a 1000m2 private villa Inner Mongolia. Don't you feel a project like this is

しています。少し行き過ぎたプロジェクトのように感じませんか。

a little too excessive? Excess doesn't come from size. Take a look at 30-something-m2 housing projects

超過は大きさとは無関係です。 メキシコの至る所で建設されている 30㎡程の住宅

that are being built all over Mexico. In my eyes those projects are excessive because

計画を見てください。私の目では、それらは正確ではなく、また集中していないので、

they are not precise and not focused, spending money where they are not supposed

それらがそれを費やすべきでないお金を使っていているのでプロジェクトは過度です。

to spend it. You can be excessive no matter how much or little money you are

扱う金額が多いにしろ少ないにしろ、極端になりえる。 社会住宅では、制限が非常

dealing with. In social housing it is easier to be disciplined, as the restrictions are so

に明白なように、規律があるほうが簡単です。より大きな、予算と大きさであればあ

evident. The bigger the budgets and the sizes, the more important discipline becomes.

る程、より重要な規律になります。 過剰は、疑問から来るのではなく、回答から得

Excess is not going to come from the question, but from the answer. Our project in

られるでしょう。米国の私たちのプロジェクト ( オースチンの聖エドワードの大学の

the USA, dormitories and dining facilities for St. Edward's University in Austin, has a

ための寮と食事施設 ) は、大きい予算と大きい 200.000㎡を建物ですが、私たちは正

big budget and a big 200.000-m2 building, but we spend a lot of time framing the

確に疑問をまとめて、正しい答を出すに多くの時間を費やました。

question correctly and giving the right answer to it.

What should the money be spent on when big budgets are available?

大きな予算が利用できるときに、予算は何に使われるべきですか ?

If not all money is necessary, why spend it? It's happened a couple of times that I

仮に予算が全て必要でないなら、なぜ費やすのだろうか ? 私たちが、問題を解決する

thought that the question didn't require all the money to answer it, so we answered

ためにすべての予算を必要としないと思った事が一度か二度あったので、私たちは少

it with less money.

ない予算で回答を出した事があります。

What is your main drive to be an architect in a third world country?

第三世界であなたを建築家にさせた主な動機は何ですか?

Less money means more creativity. The context I am working in is full of restrictions

予算が少ないという事は多くの創造性を生みます。 私が働いている環境は不足がも

and rules, caused by scarcity. It forces me to the very edge of my capacities, which

たらした、制限と規則で溢れています。 それで私の好きな能力の最先端が力を発揮

I like. The more restricted the context and the more difficult the question, the more

します。 環境に制限があればある程、問題が難しくなるほど、より適切な回答が生

relevant the answer can become.

まれるでしょう。

I had expected you'd answer something heroic like 'helping the less privileged'...

私は、あなたが「権利の少ないものを支援する」のような英雄的に答えるだろうと 期待しました ...

It's indeed nice to feel that our efforts are aimed at something relevant. I will never

私たちの努力が適切なものに向けられると思うことは確かに良い。 私は、最初の

forget when the first Elemental project was built. During the opening a single mother

Elemental が建設されたことを忘れないでしょう。 引き渡した時に、シングルマザー

expressed her gratitude to me. She used to live in an informal shed, in the garden

は私に感謝を伝えました。彼女はかつては親と祖父母の家の庭の、公には存在しない

of her parents and grandparents house. They convinced her to participate in the

小屋に住んでいました。親たちは、プログラムに参加するよう彼女を説得しました。

program. At first, she was one of those who didn't believe in the project, but the

初めは、彼女はプロジェクトを信じなかった人々の一人でした。しかし、結果、彼女

outcome had completely made her change her view. It had not only improved her life,

は完全に考えを変えました。彼女の生活だけではなく彼女の親と彼女の子供の生活も

but also that of her parents and offspring. At that moment I realized that the lines I

改善されました。 その瞬間、私は、私が紙の上で描く線が同時に 2 つ、3 つの世代

draw on paper influence a couple of generations at the same time. If I do it wrong, I

に影響を及ぼすとわかりました。私の仕事の質が悪ければ、私は多くの人生を台無し

ruin the lives of many. If I do it well, I multiply many people's quality of life.

にします。仕事の質が高ければ、私は多くの人々の生活の質を高めることができるの です。

31


イタリア、エレクタ社 アレハンドロ・アラヴェナの作品集。 日本未発売。 2009 年、6 月 20 日から 8 月 9 日まで G.A ギャラリー で行われた『 〈現代世界の建築家〉展』にてアラヴェナ が取り上げられていたため、特別に入荷されていたよ うである。それを幸運にも手に入れる事が出来た。 全編イタリア語。


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

インターネット上で「Alejandro Aravena」と検索をしていると、一冊の本 がダウンロード出来てしまう。その中で、ある「公式」について述べられ ている個所がある。

www.unav.es/arquitectura/documentos/publicaciones/.../155.pdf I remember the cantilevers and tensors which supported the white,

私はモダニズムを支えたキャンティレバーとテンソルを思い出す、2004

austere scale models at the exhibition in the Piper Auditorium at Harvard

年、秋のハーバード大学のパイパー講堂での展示会、石板にチョークで書

in Autumn of 2004 and the projects drawn in chalk on slates, which

かれたプロジェクトと精密な模型は、パンプローナ・プラネタリウムで提

were exhibited in the School of Architecture of Navarra as the preamble

示された会議への前文としてナバラの建築学校で展示されたものだ、そし

to the conference offered in the Pamplona Planetarium, from which this

てこの出版物、アヨレオ族のインディアンのイスは彼の建築のヴィジョン

publication is born and where the “seat” of the Indian Ayoreo -a piece of

を紹介するものとして一役買った。

canvasacted as an introduction to the vision of his architecture. (author archtectures)

当時、ハーバード大学で行われた「GSD展」の様子

その「公式」がこのエレクタ社の作品集の冒頭に記述されている。

■第一章

33


34 ALEJANDRO ARAVENA_No.01_EQUATION

ll rischio della rilevanza (the risk of the importance)

Quando pensavo che una sedia non potesse essere meno di questo... (When I thought that a chair could not be less than this...)

私は椅子がこれ以上小さくならないと思った時、

Ho visto questo ... (I have seen this ...)

私は、これを見た事がありました ... Tre cose si possono dire sulla sedia che avvolge questo indiano della tribù Ayoreo. (Three things can be said on the chair that winds this Indian of the tribe

アヨレオ族のインディアンの座るための知恵で 3 つの事が言えます。

Ayoreo.) Primo: quest’uomo non si puó permettere altra sedia che questo modesto pezzo di stoffa.

1 つは、一切れの布で座る男性の所作を、あなたは椅子だとは認めないだ

È imoprtance saper progettare con scarsità di mezzi.

ろう。

(First: this man other chair that this modest piece of cloth you/he/she

これは、少ない手段で計画をする方法を知るために重要です。

cannot be allowed. It is imoprtance to know how to plan with shortage of means.) Secondo: quest’uomo è un nomade; quindi, anche se potesse permettersela, nessun altro tipo di sedia avrebbe senso per lui. Il progetto deve anche

2 つ、この男性は、遊牧民です。 そして、いかなる椅子であろうとも、理

essere preciso.

解する余裕を持っているので、彼への理解を示さなければいけません。 プ

(Second: this man is a nomad; then, even if you/he/she could afford her/it,

ロジェクトも正確でなければなりません。

any other type of chair would have sense for him. ll project also has to be precio.) Terzo: il pezzo di stoffa è il limite ultimo prima che il nome (sedia) diventi puro verbo (sedersi).

3 つ、布切れは、 名詞 ( 椅子 ) が純粋な動詞 ( 座る ) になる、 最後の境界です。

Il progetto deve aspirare all’irriducibilità.

プロジェクトは単純化出来ない事を解決しなければいけません。

(Third: the piece of cloth is the last limit before the name (chair) becomes pure verb (to sit). The project must inhale to the irreducibility. )

Mi impegno perché il mio approccio al progetto risponda alla seguente

プロジェクトへのアプローチが以下の方程式に応じるので、私はそれに従

equazione:

います。

(I undertake me because my approach to the project responds to the following equation:)

Il pezzo di stoffa sta alla sedia come X sta all’architettura. Cerco sempre di conferire a X un valore che sia il più possibile irriduciblie.

布切れに対し椅子、同様に X に対し建築。

(The piece of cloth is to the chair as X it is to the architecture.

私は、常に X に最も単純化出来ない値を加えようとします。

I always try to confer to X a value that I/you/he/she am the most possible irreduciblity.)


■ BACKGROUND

■ Interview 1

■ ELEMENTAL ?

■ Interview 2

■ EQUATION

Harvard University Graduate School of Design アラヴェナはハーバード大学での講義の際に次のような説明をしている。 COURSE DESCRIPTION The most clarifying description about what architecture is supposed to do, was given by the Chilean architect Fernando Perez, in an essay entitled the Mirror and the Cloak (ANYbody, 1994). On one side, he says, an architectural work should be an object able to resist a careful looking, able to answer consistently if interrogated as an artistic object until eventually being able to reflect a moment in time, the state of a culture or the author him or herself. On the other hand, it should be a place, able to disappear in the corner of the eye, dissolving itself silently, allowing us to do smoothly what we normally do: work, rest, study, sleep, cook, eat, live. Like a window, from one side, it should be able to be seen and judged as an architectural element, as a word of an architectural language and it should be able to resist that inquiry; but from another side, its final purpose should be to disappear and let the view and the air go through it, allowing us to focus on everything that is not the window itself. I would like to use this idea as the architectural p r o g r a m o f t h e C h i l e a n Pa v i l i o n f o r t h e Venice Biennale. A pavilion is an elementary architectural project capable of reducing the problems architecture is dealing with and is looking for, to a rather simple though potentially dense object. It contains in a reduced scale, all the problems an architect has and would like to treat. But if pavilions tend to be containers for exhibitions (a kind of small temporary museums), this one will not be a collection of more or less interesting projects, better or worst shown, but the construction of a pleasant place offered to the public. So, one could say that we are going to erase the conventional notion of pavilion as a support and replace it by the offering of a pleasant place rigorously built. The mirror will be to rigor as the cloak will be to pleasure. We will accept the diva status of Venice, its kind of quarantine beauty, and not touch it. Our pavilion will be a floating construction. This way we might eventually avoid the infinite sadness of the abandonment of Exhibition Architecture.

チリ人の建築家フェルナンド・ペレスのエッセイ の中で建築が何を行うと考えられるかに関する最 も明確な記述では、鏡(ありのままを写すもの) と外套(覆い隠すもの)という題をつけている。 彼は言う、ある側面において、建築の仕事は、芸 術的な物体として質問された時、時間と共に文化 の状態や作品の状態が反映されるようになるまで ���、注視されるに耐えうるべき物体であり、矛盾 のない回答をするべき物体である。 一方では、それ自体が静かに薄れていく事で、私 たちは、仕事をする、休む、学ぶ、料理をする、 食べる、生活する、といった日常を自然と送る事 が出来るように、そういった場所であるべきであ り、視界の隅に消えてしまうようにあるべきであ る。 例えば窓のように、ある側面から、建築言語とそ の単語がその問いに答えるべきであれば、建築的 要素として見られるべきであり、判断されるべき です。しかしながら一方では、その最終目的は、 私たちが窓という存在自体とは限らないものすべ てに注目するようにさせて、消えていくべきであ

* フェルナンド・ペレスは 1950 年にサンチアゴ に生まれ、77 年チリ・カトリック大学での博士 課程を修了し、 81 年にはバルセロナ工科大学(現、 カタルーニャ工科大学) で博士号を取得している。 1987 年から 90 年にはチリ・カトリック大学建 築学部の教授となり、1990 年から 2000 年には 建築学部と芸術学部の学部長となっている。また 1990 年にはハーバード大学、2000 年と 2001 年にはケンブリッジ大学で教鞭をとっている。そ こで彼は中央ラテンアメリカ学術に関するシモ ン・ボリバル教授として地位を確立させる。彼は 同様にイタリアやブラジルアルゼンチンでも教鞭 をとっている。 (* シモン・ボリバル ‐ 南米大陸のアンデス 5 ヵ 国をスペインから独立に導き、統一したコロンビ ア共和国を打ちたてようとした革命家、軍人、政 治家、思想家。ラテンアメリカでは「解放者」(El Libertador) とも呼ばれる。wikipedia より)

り、視界と大気を通り抜けさせるべきです。 私は、この考えをチリ・パビリオンの建築プログ ラムとしてヴェネチア・ビエンナーレ展に使用し たい。パビリオンは、対処しなければならない、 探さなければならない建築の問題を減少させるこ とができる基本的な建築プロジェクトです。かな り簡単でいて、しかし潜在的に濃密な建築です。 それは少ない規模で、建築家が持ってる、扱いた がっているすべての問題を含んでいます。 しかし、パビリオンが展示会 ( ある種の小さな一 時的な美術館 ) のための箱になる傾向があると、 これは単にプロジェクトの集大成(プロジェクト が面白くてもつまらなくても、見た目が良かろう が悪かろうが)ではなく、公共に提供される快い 場所の建設になるでしょう。したがって、その場 所は、私たちが土台としてのパビリオンの既成概 念を消し、厳格に構築された楽しい場所の提供に 置き換えようとしている、と言えただろう。外套 (覆い隠すもの)が自由であるように、鏡(あり のままを写すもの)は厳格であるだろう。

フェルナンド・ペレスの研究は、建築・都市計 画に関する、理論と歴史に関するフィールド調 査 で す。 彼 は 6 冊 の 本 を 出 版 し て い ま す、 主 にチリとラテンアメリカの現代建築に関する も の で、 「Le Corbusier and South America, ed., 1991」、「Christian de Groote, the architecture of three working decades, 1993」 、 「The facts of architecture, with Alejandro Aravena and Jose Quintanilla, 1999」、「The Valparaíso school. Open city group, with A. Rodrigo Perez de Arce, 2003」といったものです。さらに「Cities within the City」という雑誌に多数の記事を書いてい る。例えば、 「Urban and Architectural Transfers in Santiago de Chile」 、 「1840-1940” in Planning Latin America’s Capitals Cities 1850-1950 edited by A. Almandoz (2002)」、 「 “Le Corbusier, Latin American Traces” in Cruelty and Utopia, Cities and Landscapes of Latin America edited by J.F Lejeune (2005)」といった内容だ。フェルナンド・ ペレスは多数の建築を設計し、それらはチリと国 外の出版物に多数掲載されている。

私たちは、ある種隔離された美であり触れられる 事のないヴェネチアのディーバの状態を受け入れ るだろう。 私たちのパビリオンは浮き構造にな るでしょう。このように、結局、私たちは、展示 建築の放棄された無限の悲嘆を回避するかもしれ ません。

http://www.gsd.harvard.edu/cgi-bin/courses/details.cgi?section_id=6828&term=f2004

http://www.scasss.uu.se/html/popup/perezoyarzun.html

■第一章

35


36 ALEJANDRO ARAVENA_No.01

No.01

Alejandro Aravena BACKGROUND Interview 1 ELEMENTAL ? Interview 2 EQUATION

10-17 18-22 23-25 26-29 30-33


■第一章

第一章 まとめ 南アメリカ大陸の南端、最果ての国、チリ。

 ''Like a window, from one side, it should be able to be seen and judged as an

 南米の国々のように陽気なラテン気質でありながら、勤勉な姿勢を持ち合

architectural element, as a word of an architectural language and it should be able

わせた国民性は日本人が馴染み易い南米の国と知られている。  この世界の果ての国は、南米の周辺諸国と同様に軍部のクーデター、軍事 政権、独裁政権といった恐怖政治に支配されていた。 チリにおいてはアウグスト・ピノチェト軍事政権により 1973 年より 80 年 代後半までほとんど鎖国状態であった。 時は 80 年代、 The Clash の 4th Album「Sandinista!」収録の「ワシントンの銃弾」 でアジェンデ時代を思い出すことと、ビクトル・ハラの虐殺、ピノチェトによっ て拷問されるチリ人達のことを告発し、Sting はソロ第 2 作 Nothing Like the Sun で 2 曲ピノチェトの虐殺を告発する曲を収録した。  このような体制の中、チリの建築界は特異な発展を遂げている。それは軍 事政権がポストモダニズムを拒絶したことによる。この暗黒時代を幸運にも、 全く偶然にして、海外の雑音から隔離され、世界がポストモダニズムの波に どっぷりと浸っている80年代 に純粋にチリ建築界はモダニズムの美学を探 究していた。

to resist that inquiry; but from another side, its final purpose should be to disappear and let the view and the air go through it, allowing us to focus on everything that is not the window itself. ''  これは建築とその環境との相互関係を言っている。物体としての存在はあ

るのだが日常の一部と化すことで意識が薄れていく、存在を消すような物体。 モノとコトが一体化した状態。物体としての存在を消すことで強く存在が浮 上する、そのような空間。  与えられた機能だけでなく、さまざまな行為を物体に働きかけることで新 しい使い方を発見し創造することができる。 物体と人の行為が互いに更新し合う事で生まれる空間、これこそが建築に出 来ることだ、と。そうはいえないだろうか。 師のこういった教えを受け継ぎ、アラヴェナは、ある公式を公に出す。 第三世界のチリは常に不足をもたらしている。そのような状況で最小の要素 を求めるのは自然な流れだ。アラヴェナは椅子の根源を縄に見立てた。イン

 アレハンドロ・アラヴェナは1967年に生まれ、軍事独裁から民主制に

ディオが体育座りの格好で縄の輪を背中とすねに体をかけることで体を固定

移行する時代に学生生活を送る。彼は、ポストモダンの時代にアルヴァロ・

し、座りやすくする知恵である。

シザのようなモダニズム建築に傾倒していた。

椅子という名詞が座るという動詞に帰結する。それと同様に、建築の根源を

また、他国の情報が入らないという状況は自ずと、自国の文化、風土、歴史

求めようとしている。

を再考するきっかけをつくった。建築界では「自制」と呼ばれる時期であり、 ひたすら内面へと関心が向けられていた。 アラヴェナは同時に自らをアンチ主義と当時を振り返るほど、すべてに疑い

2000 年にアラヴェナはエレメンタルという組織を立ち上げている。彼はチ

をかけていた。かなりの現実主義者であり、ポストモダンを建築の歴史にお

リの都市の現状からずっと社会住宅の貢献に思いを寄せていた、その後のハー

いて最悪の流れと語っているという事は、チリが育んでいた正統派モダニズ

バード大学の講義の内容も社会住宅が主だった内容であったのだろう、その

ムの流れを受け継いでいる。

膨大なワークショップで社会住宅の「範囲」の実験をし、エレメンタルの知

 当時アラヴェナの通うチリ・カトリック大学には建築の歴史と理論を説く

的基礎を築いた。キャリアの転機というアンドレス・イアコベリ(戦略家)

フェルナンド・ペレスという教授が在籍している。ペレスの著書の中に「鏡

との出会いは、エレメンタルの活動の実現に向けた好機の選択の幅を広げて

と外套」と題された論文が存在する。後にアラヴェナは 2004 年ハーバード

いる。

大学の講義でこれを引用している。また歴史と理論を学びにヴェネチィアに 留学していること、 99 年に共に本を出版している事、ペレスの経歴とアラヴェ

アラヴェナの仕事は個人の活動、エレメンタルでの活動共に高い評価を得て

ナの経歴との共通項からもアラヴェナに大きな影響を与えた人物といってい

いる。

い。ペレスの作品についてはいくら調べても日本では出てくることはなかっ

それは同時に極端なプロジェクトを進めていることになる。

たが、 「鏡(ありのままを写すもの)と外套(覆い隠すもの)」というのは興

制限のある設計と制限の少ない設計。

味深い。

しかし、限りあるなかでの仕事の経験が生かされ、高額なコストのプロジェ

 ''On the other hand, it should be a place, able to disappear in the corner of the eye,

クトの蛇足を避けているという。

dissolving itself silently, allowing us to do smoothly what we normally do: work, rest, study, sleep, cook, eat, live.''

この一説にアラヴェナはこう付け加える。

アレハンドロ・アラヴェナは言う。 予算が少ないという事は多くの創造性を生む。 不足がもたらした規則や制限は問題を難しくするが、より適切な回答を生む。

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38

ヴェネチア・ビエンナーレ銀獅子賞受賞時

ALEJANDRO ARAVENA_No.01

EXHIBITIONS 2002 Otherwise-ness: Emergency Housing , Third Archilab, Orleáns, France, May. 2003 Espai Contemporanei in Xile , Architects Association of Catalonia, Barcelona, Spain, May. 2007 Sao Paulo Biennale, Brazil, November-December. 2008 "Elemental housing prefabricated prototype", Milan Triennale, Italy. May. "Elemental", Venice Biennale. Italy. September. "Elemental" Design Philadelphia: A Clean Break, Philadelphia, USA. October.

Alejandro Aravena s’ MAP

http://www.alejandroaravena.com/index.html

Harvard University Graduate School of Design

ロンドン A.A スクール 客員教授

Housing studios 「範囲」

ソーシャル・ハウジングの

客員教授

学生時代 フェルナンド・ペレスに師事

ハーバード大学

94 年

チリ・カトリック大学助教授

チリ、軍事独裁から民主制に移行

チリ・カトリック大学教授 アンドレス・イアコベリとの出会い

エレメンタルを組織する。

1967 BORN IN CHILE

2004

2000 客員教授

講演

Universidad de Rio Grande do Sul, Porto Alegre, Brazil Tulane University, New Orleans, Louisiana, U.S.A. San Francisco de Quito University, Ecuador Arizona State University, Phoenix, Arizona, U.S.A

Bicentennary Seminar, Chilean Architects Association, Santiago, Chile (2000) Third Archilab, Orléans, France (2001)

Latin America New Generation , III Arquine Congress, Mexico City, Mexico (2002)

HOUSING EXAMPLE ソーシャル・ハウジング

Contemporary Space in Chile exhibition, Architects Association of Catalonia, Barcelona, Spain (2002) ETSAB, Barcelona, Spain (2002) Rethinking Architecture: Contemporary South America , Americas Society, New York, U.S.A(2002) Encuentro Latinoamericano de Estudiantes de Arquitectura (ELEA) (Latin American architecture students meeting), Asunción, Paraguay (2003) Lineas congress, San José, Costa Rica (2004) IDB- Interamerican Development Bank conference, Washington, U.S.A(2004)

Quinta Monroy, Iqugue (2003)

第 12 回サンティアゴ・ビエンナーレ第 1 等 2000 年 ミース・ファン・デル・ローエ賞のファイナリスト

EXHIBITIONS 2003 Espai Contemporanei in Xile , Architects Association of Catalonia, Barcelona, Spain, May. 2004 X , University of Navarre, Pamplona, Spain, January-February. X , Gund Hall, Harvard University, Cambridge, Massachusetts, October-November. 2007 X , Extension Center of the Universidad Católica, Santiago, Chile, October-November. Sao Paulo Biennale, Brazil, November-December.

Mathematics Faculty (1999) Medical School (2002)

House for a Sculptor (1997)

H.M.School (2001)

Pirehueico House (2003)


39 ARCHITECTURE and URBAN DESIGN ENGENEERING and BUILDING TECHNOLOGY COMMUNITY and SOCIAL WORK

P. Aurelia Rojas B School Social Centers

Diego Portales Building

CITY AND EQUALITY

Street markets

Metrop. Promenade & Aereal Walkway

Urban opportunities

P. de Rokha School

Renca 3 Lo Espejo

Pudahuel

Lo Barnechea

HOUSING PROJECTS Value over time

Renca Valdivia

Antofagasta Temuco Copiapó Chiguayante

ヴェネチア・ビエンナーレ銀獅子賞

Valparaiso

2006

2005 Universidad Politécnica de San Juan, Puerto Rico Universidad de Palermo, Buenos Aires, Argentina Universidad Central, Caracas, Venezuela 客員教授

2007 講演

Universidad Católica de Córdoba, Argentina Universidad Torcuato di Tella, Buenos Aires, Argentina University of Texas, Austin, Texas, U.S.A Berkeley University, San Francisco, California, U.S.A 客員教授 2005 講演 Architects Association of Córdoba, Córdoba, Argentina Architects Association of La Plata, La Plata, Argentina Poiesis Conferences , Buenos Aires, Argentina Capital News congress, Rosario, Argentina Architecture Students National Meeting , Valparaíso, Chile Corona Pro Architecture Award , Bogotá, Colombia XXXII World Housing Congress , Pretoria, South Africa, Jornadas Alexis de Tocqueville , Valencia, Venezuela Architecture Forum , Guadalajara, Mexico

2008

2007 Transantiago Quo Vadis? , Santiago, Chile Holcim World Forum on Housing , Shanghai, China Interior Design Congress, Shanghai, China Innovations for an Urban World , Rockefeller Foundation + Earth s Institute, Bellagio, Italy XI Buenos Aires Biennale, Argentina Vivienda y espacio doméstico en el siglo XXI La Casa Encendida, Madrid, Spain Instituto Tecnológico de Monterrey, Mexico ACSA Conference , Association of Canadian Schools of Architecture, Ontario, Canada Tübingen University, Germany V Encontros de Arquitectura , Santiago de Compostela, Spain School of Architecture, Porto, Portugal World Congress, Universidad Católica, Lima-Cusco-Macchu Picchu, Peru Sao Paulo Biennale, Brazil Holcim Foundation , Award Launch/Polpaico Group, Santiago, Chile

ドイツでエーリヒ・シェリング・アーキテクチュア・メダルを受賞 2006

講演

Universidad Católica de Córdoba, Argentina 第 15 回サンティアゴ・ビエンナーレ第 1 等 『アーキテクチュラル・レコード』誌 世界の 10 人の最も有望な建築家の 1 人 「デザイン・ヴァンガード 2004」に選ばれる。 第 3 回イベロアメリカ技術建築ビエンナーレの特別賞

Universidad Torcuato di Tella, Buenos Aires, Argentina O Neill Lecture Series , University of Texas, Austin, Texas, U.S.A. IUAV, Venice, Italy Berkeley University, San Francisco, California, U.S.A. Erich Schelling Foundation, Karlsruhe, Germany Bottom up. Building for a better world XIV Vienna Architecture Congress, ArchitekturZentrum, Vienna, Austria

The Iakhov Chernikhov Prize 2008 (Moscow)

From X (equation) to Y (form) , Conference at the IUAV, Venice, Italy

Architecture School (2004) ST.EDWARDS UNIVERSITY (2007) Ordos 100 (2008)

The Siamese Towers (2004)

Vitra Children Workshop (2008)


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第二章、始めに。 アラヴェナのホームページでは各作品ごとに PDF がダウンロード出来る。

http://www.alejandroaravena.com/ そこにはスペイン語の文章と英語に訳された文章による作品の解説と図面 数点、写真、スケッチが掲載されている。 第二章に掲載するものはその PDF による文章、図版と、雑誌や作品集、他 の Web Site から得られた図面、写真、スケッチである。 作品は年代別に掲載し、アラヴェナ個人の作品には エレメンタルの活動には

と記す。

No.02

Alejandro Aravena

WORKS

Sculptor House Mathematics Faculty Medical School Huelquen Montessori School Pirehueico House ELEMENTAL-Iquique ELEMENTAL WORKS Architecture School SIAMESE TOWER St. Edward’s University STUDENTS’ RESIDENCE

ORDOS 100-HOUSE Vitra Children Workshop

43-45 46-50 51-55 56-57 58-61 62-77 78-85 86-88 89-101 102-117 118-122 123-131


42 ALEJANDRO ARAVENA_No.02

'THE MORE DIFFICULT THE QUESTION, THE MORE RELEVANT THE ANSWER CAN BECOME' F I DO MY WORK WRONG, 'I I RUIN THE LIVES OF MANY.

L

IF I DO IT WELL, I MULTIPLY MANY PEOPLE'S QUALITY OF LIFE' ESS

MONEY,

M

ore

CREATIVITY


■第二章

Sculptor House

Architect: Alejandro Aravena. Project: 1997 Construction: 1997 Built Area: 120 m² Budget: US$ 300 × m²

Text: Alejandro Aravena The client was a person that lived alone but had a very active social life. She wanted a house near her studio, like her studio. She also wanted to have good views over the city, but the site looked towards west, an orientation one always tries to avoid in Santiago, due to the violent desert sun. To satisfy these requirements, we started by trying to make all the rooms to perform simultaneously as halls. The measures of the rooms were as tight as possible, to fit in the budget and in the lonely client’ s way of living, but we always entered those tight rooms in a corner and from a stair, experiencing their diagonals, the longest possible view of a given volume. We built in bricks, to echo her studio. Volumes ended up being as serve as possible; this because the design rule was that workers had to know and dominate the resulting forms better than the architects. If they had too many questions, if too many meetings were required, forms had to change. This attitude should have produce an object that resists efficiently earthquakes, but also time*. *in Spanish time also means weather

43


44 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Sculptor House

クライアントは、一人暮らしでしたが、非常に活発な社会生活をしてい る人でした。 彼女は自身のスタジオの近くにスタジオのような家を欲 しがっていました。 また、彼女は都市を見渡せるような景色を欲しがっ ていましたが、敷地は西に面していました、その方向はサンティアゴで は常に避けられていました、過酷な砂漠の太陽があるからです。 これらの要件を満たすために、私たちはすべての場所が同時にホールと して働くような部屋を作ることから始めました。部屋の大きさは可能な 限り小さく、予算と一人身のクライアントの住まい方に見合うように努 めました、しかし私たちはいつも、与えられたボリュームから得られる 最も長い眺めを経験しながら、角にある階段から続く各部屋に入ってい ました。 私たちは、彼女のスタジオを反映するようにレンガで建てました。結局、 目的に見合うだけのボリュームになりました。設計のルールを労働者に、 建築家の考える以上の優れた形を知らせなければいけなかったし、働き かけなければいけなかった。あまりに多くのミーティングが必要であっ たなら、彼らにあまりに多くの質問があったなら、形は変化させなけれ ばなりませんでした。 この態度で、効率的に地震、だけでなく天候に も抵抗する物を作り出すべきです。


■第二章

Sculptor House 彫刻家の家 資料として出てくる中ではアレハンドロ・アラヴェナの最初期の作品で ある。 全ての部屋が同時にホールとして働くようにとあるように、外見上独立 したボックスが組み合わされているように見えるが全ての部屋が関連付 けされ、繋がっている、1,2階合わせてワンルームの家になっていて 小さな集合を 1 つの大きな空間へと変えている。 さらに中央に配置された階段が各部屋の結節点になっており、そこの2 つの壁に操作が加えられている。それは壁を斜めに延ばし、大きな眺望 を得られる部屋への、部屋からのシークエンスを実現させている。 その効果によりアラヴェナ達は小さな部屋へとよく入ってしまっていた ようだ。 この建築は施主の既にあるスタジオを意識しレンガで建ている。アラ ヴェナは直面する現実的状況に対し柔軟に対応し、時には形を変えるこ とさえ、ためらわない姿勢を示している。またそれが効率的に現実の状 況に対しても対応できるだけのものを作ろうという意志を込めて、この 文章を綴っていると思う。

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46

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Mathmatics Faculty

Text: Alejandro Aravena Question

Architect: Alejandro Aravena

We were asked to build 2000 m² of professors’ offices near the old faculty buildings but in no specific

Collaborator: Luis Lucero

site.

Project:1998

Our first decision, was, instead of adding another small piece to a 50 hectare campus, to get dissolved

Construction:1999

into the preexisting buildings, in between them, just them, according to the following equation: 2+1=1.

Built Area: 2000m² Budget: US$ 350 × m²

But that connection brought some problems 1. The new proximity might make evident: misalignments, changes of level, slight different directions that distance used to hide. So, I thought of having, at east in one point, a complex enough space, to hide all those eventual mistakes. 2. The new building might interrupt a natural shortcut that happened through the existing void between the structures; a shortcut is a force that you better agree with. So, the access zone had to resolve a circulation knot that had vertical access to upper floors, entrance to the library, internal corridor, and free passage for the shortcut. So the desired localized complexity, was achieved introducing diagonals: the simplest way to have 3 directions in the plan, which helped to resolve topologically the knot. The required program consisted mainly in lots of little cells. Those cells offered good conditions for one of the dimensions of human work: the isolated, concentrated study. I always thought that I had to build the other dimension of knowledge production: the casual encounter in the hallways. So, this building is the magnification of the corridor conversation. For the north facade of this new 150 meter long building (my own project was just 40 m long) I continued the covered portico and animated it with some sun and shadows; in the facade facing south, (the one that in our hemisphere never receives sun, so the one that is always backlit, so flattened into a dark mass) I decided to work with reflections; glasses, when backlit, become mirrors. If to that, we add the fact that in Santiago, pollution will make the copper oxidize black, the dark mass will increase in time, highlighting the reflection of the life passing in front of the building. Finally, given that in Chile, the building industry is very often a tool against unemployment(those who don’t know to do any other job, build), to pretend a straight line more that 5meters long is suicide. Discontinuity and mistakes were used to temper with some vitality, structures that due to seismic conditions, tend naturally to monotony.


■第二章

Mathematics Faculty

3F

2F

1F

47


48 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Mathmatics Faculty

私たちは 2000㎡の教授たちの研究室を古い施設のそばに建設するよう依頼されました。しか し、そこは特段取り柄のある場所ではありませんでした。 我々のはじめの決定は、50ヘクタールの単体のキャンパスに小さな断片の付け加えることの 代わりに、 すでに存在するビルの中にキャンパスのようなものを溶かし込むことを決めました、 それは 2 + 1 = 1 になるような方程式を目指しました。 しかしそのような接続はいくつかの問題を引き起こしました 1.新しい近接は明確になるかもしれません。 調整不良、レベルの変化はわずかに異なる方向が距離を隠していました。それで私は、それら すべての最終的な誤りを隠すためにある場所の東に十分複雑なスペースを持ってくることを考 えました。 2.新しいビルは以前から存在した自然な近道(構造の間に存在するヴォイド)を邪魔してし まうかもしれない、近道は利用者の同意のいる強力なツールである。 それで、アクセスゾーンは、上の階への垂直方向の経路、図書館への入り口、建物内部の廊下 そして近道のための自由通路とを結ぶものを決議しなければいけなかった。 複雑に絡んだ願望は対角線と説明されることとなる。位相的な結びを解決する手助けとなった のは 3 方向の簡単な道筋であった。 要求されたプログラムはほとんどがたくさんの小さな細胞であった。これら細胞は人が作業を する時、 一人でいる方が集中し作業がはかどるという部分のための最良の空間を提供している。 私は常々ほかの知識が生まれる部分を作らなければいけないと考えていました。例えば、何気 ない廊下での出会い。だからこのビルでは廊下で会話する確立が高いのです。 北の正面の新しい 150 メートルの長いビル(私のプロジェクトは 40 メートル程度)私は覆 われた柱廊玄関を継続し、太陽および影に彩られるように設計しました。 南に面したファサード ( 私たちの南半球では太陽光は決して受けいれられない、かならず逆光 をともなうので、平らなものは暗い塊になります ) で、私は反射と苦闘することを決めました。 眼鏡は逆光を受けると鏡になります。そうであればサンティアゴは、汚染は銅を酸化させ黒ず めてしまうだろ、暗い固まりは次第に増えるだろう、そして我々は建物の正面での人々の導線 による反射は強調されるという事実を付け加える。 最終的に、チリの事実をふまえ、建築業界はよく失業者(建築の知識のない)を道具にしてし まっている。5m以上の真っ直ぐな線を偽ることは自滅である。 不連続と誤りはある種の活力を調節するために以前は用いられていました、構造は地震の条件 に見合わなければならず、自然と変化のない構造となる傾向があります。


■第二章

Mathematics Faculty

South

North

East

West

West

East

East

West

49


50 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Mathmatics Faculty

数学学部棟 チリ・カトリック大学にある現存する二つの 建物の間に研究室という小さな集合を溶かし 込もうとする試みであり、2+ 1=1 となる ように建築の関係を 1 つにする計画である。 繋ぎとなるのは建物内部に存在する大きな ヴォイドである。一階、二階、三階と研究室 と研究室の距離が遠のいている。それらを繋 ぐ廊下は各階それぞれの関係を築いている。 それら廊下によってスライスされた空間は三 層に渡る対角線の視線が行き交うことにな る。それを物理的に繋ぐのが平面図右側に設 けられた複雑なスペース、これもまた対角線 によって構成されている。以前あった通りぬ けの軌跡をそのまま用いている。 この建築はその軌跡が現実の形となって現 れ、交錯した対角線は吹き抜けを作っている。 人の動きがダイレクトに投影されたことによ り建物と建物、部屋と部屋を三方向に繋ぐ豊 かな廊下を作りだしている。アラヴェナは言 う、常々ほかの知識が生まれる部分を作らな ければいけない、と。結果、廊下で会話をす る確立が高まっているようだ。 ファサードは北面と南面と異なっているが、 どちらも正面はガラス張りで対角に引きこむ 巨大なエントランスを持っている。 そして大きな開口は内部の廊下へ採光を取り 入れている。採光の取りかた 1 つでそれは 新たな外部空間をも生み出している。(南面 エントランス左、二階のテラス) 南面はサンティアゴの日差しを避けるために 大きく天井を張っているがここにも吹き抜け が見られる。悪いものに全てふたをしてしま うのではなく、柱廊の空間に逆に彩りを与え、 地下のサンクンガーデンへの採光にも当てて いる。


■第二章

Medical School Architects: Alejandro Aravena, Fernando Perez. Collaborators: Luis Lucero, Lorena Andrede, Marcela Guevara, Ricardo Serpell, Phillipe Blanc, Carolina Rodriguez, Claudio Valenzuela, Tomas Retamales. Project: 2001- 2002 Construction: 2002-2004 Built Area: 9000m² Budget: US$ 350 × m²

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52 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Medical School


Text: Alejandro Aravena We were asked to build all types of classrooms (from auditoriums to small seminar cells, from anatomy labs to computer lounges) and a new library for the Medical School, completing the missing fourth side of a courtyard in an extremely dense context. This context placed us in front of 2 problems: The first one, was how to choose an architectural language for this forth side, when all 3 preexisting ones were different from each other. The second one, was how to deal with massive student occupancy far away from the ground floor, knowing that there’s enough evidence to prove that such a thing does not work? We tried to solve both issues in one single move: Instead of trying to avoid the inevitable height of the volume consequence of the compressed site, we developed an architectural language that could be seen as the lift of the ground floor. This building is a kind of Vertical Cloister. We carefully studied the way and the conditions under which people gathered in the other cloisters and porticoes, and developed a structure that could be seen as machine of elementary situations. The stacks are sometimes introverted to accommodate more intimate situations (read, flirt, eat alone), sometimes extroverted to host the more public activities in student’s lives (chat, discuss, rest) But the dense context had other consequences on the project: there were too many rooms that had to connect smoothly with the preexisting network of circulations. It was like packing an excessive number pieces of clothes in a relatively small suitcase. So we started by being as regular as possible while organizing the program. The difficult part were the auditorium, which were packed as if they were shoes; alternating their slopes in a kind of tower, leaving the “soles” always towards the outside. Despite our efforts, one piece had to remain outside the suitcase: we chose the student’s lounge,(maybe the most precious part of academic life) which also performs as a hanging shelter when entering from the south. Unfortunately there was no space for double or triple heights that could give some sense of the scale of building from the inside; so the only way we found to produce this internal connection was through some “void shots” that cross the building in different directions.


54 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Medical School

私たちは、すべてのタイプの教室 ( 講堂から、小さな講義室のような セル、解剖学研究室からコンピュータを使えるラウンジ ) と医学大学 のための新しい図書館の建設を依頼されました。その大学は非常に濃 い文脈の中庭という第 4 の側面が完全に欠落していました。 この文脈は私たちを 2 つの問題に直面させました。 最初の 1 つはこの 第四の側面にどのように建築言語を当てはめるかという問題です、当 時、既存の 3 つの側面がそれぞれ異なっていました。 2 番目の問題は、1 階から程遠い所でたくさんの学生が占有している 状況にどう対応するかでした。しかもそのようなものが働かないと立 証できるくらい証拠があることをわかった上でのことです。 私たちは側面を単純に移動させることで両方の問題を解決しようとし ました。圧迫された敷地の自然なボリュームの必然的な高さを避けよ うとする代わりに、私たちは 1 階を持ちあげたように見なすことので きる建築言語を開発しました。 このビルは一種の垂直な回廊です。私 たちは、 慎重に、 他の回廊と玄関に集まる人達の状況と方法を研究して、 基本的状況生む機会のような構造を開発しました。 書庫は、より親密な状況を回収するために時々内向的です ( 本を読ん だり、いちゃついたり、一人で食べたり )、学生生活 ( おしゃべり、議 論、休息 ) といった、より公共性の高い活動を内包するために時々外 向的です。 しかし、濃い文脈はこのプロジェクトに他の結果を持たらしました。 あまりに多くの部屋があったので、円滑に既存のネットワークに接続 しなければならなかった。それは比較的小さいスーツケースに多すぎ る衣服を詰め込む作業と似ていました。それで、私たちは、できるだ けプログラムを体系化する時に可能な限り規則正しくすることで始め ました。 難しい部分は講堂です。まるで靴を詰め込むようなものでし た。塔のようなもののスロープを交換し、常々外側にある底を残しま した。私たちの努力にもかかわらず、1 つの断片がスーツケースの外 に残らなければなりませんでした :。私たちは学生のラウンジ ( 学生生 活のおそらく最も貴重な部分 ) 選びました。それは、南から入るとき、 掛かっている避難所として機能します。残念ながら、内部から建てる スケールの何らかの分別を与えることができた二重もしくは三重の高 さのためのスペースが全くありませんでした。 それで、私たちがこの 内部の接続を起こすために見つけた唯一の方法が異なった方向にビル を横断するいくつかの「ヴォイドのショット」でした。


■第二章

Medical School

void shots

Basement 医学大学 敷地はそれぞれ様式の異なる建物に囲われた場所にある。 アラヴェナは各面それぞれの様式に合わせたファサードを作っている。 歴史的な建築に面しているのは巨大な壁による、しかもそれぞれが独立した方向性を持っている、列柱でガラス張りのこの医 学大学を覆っている。モダンな建築に面した側はガラス張りなのだが中心に向かって二階部分のガラスが斜めに伸びていく、 そこにはキャンティ・レバーで支えられたガラス張りの図書室が張り出している、しかも中心はヴォイドとなっており空を切 り取っている。アラヴェナが垂直な回廊というように、これらはこの建物へ引き込む装置である。書庫に内向性と外向性とい う曖昧なプライベート性を見出し、あえて外部に出すことで内部と外部の関係性を曖昧にしている。同様に反対側の列柱もプ ライベート性のある小さなテラスが付いており外部とそして内部と接続させている。 内部に至っては床に円筒が刺さっており、覗き込むと上下階の様子がうかがえるというものだ。垂直な回廊とは環境と建築、 そして人間同士のコミュニケーションに至るまでの接続方法である。

55


56 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Huelquen Montessori School

Text: Alejandro Aravena We were called to design 6 classrooms, dressing rooms and missing security stairs and corridors of an existing school. The client-owner, hired us (architects) just because the Chilean law forced him to do so. We were given 4 month of time to design and build, and a very constrained budget. We also were given a fiber-cement siding as a finishing condition. We tried to transform the overall scarcity (of time, money, and good disposition of the client) into a principle of abstraction; in the absence of favorable conditions to work, we saw an opportunity to explore some dry and contained architecture, something that under normal circumstances, people tends not to accept. In a way, we thought we were called to do emergency architecture ; the project then, was a set of automatic forms, those that one tends to produce as a reaction. Those forms were mainly pure structure and its only condition was to resist earthquakes. We used hard corners which might eventually generate the areas that this educational system requires for the classrooms. Thanks to the quantity of restrictions, we were able to achieve some artistic freedom (only where there are rules, freedom is possible). For example : the given fake-wood-siding, is produced using 7 different patterns; the company that produces it, recommends to place them randomly. We did just the opposite, revealing through a kind of clouds of regularity, the wallpaper nature (more than natural wood) of this fantastic artificial material.

私たちは、既存の学校に 6 個の教室、楽屋、なくなったセキュリティのある階段および廊下 を設計するために呼ばれました。 クライアントで所有者はチリの法によってやむを得ず、私 たち建築家を雇いました。 設計して、築き上げるまで 4 カ月という時間、そして非常に制約 のある予算を私たちは受け取りました。 また、仕上げ材としてファイバー・セメント製の壁 板さえも受け取りました。 私たちは総合的に不足していること ( クライアントの時間、お金、そして性格の良さ ) を抽象 化の原則に変えようと試みました。例えば、働くチャンスがないとき、私たちは通常、人々の 下で受け入れない傾向がある何らかの乾いたモノと建築に含まれるモノを探究する機会だと見 なします。ある意味で、私たちは、非常事態の建築のために呼ばれましたと考えました。 そ してプロジェクトは 1 セットの自動フォームでした、ひとたびアクションを加えれば生産す ることが可能でした。それらの形態はは主に純粋な構造でした、そして、唯一の条件は地震に 耐えうることでした。私たちは結局この教育制度が教室に必要とする領域を発生させるかもし れない困難な角を使用しました。制限が多かったために、私たちは何らかの芸術的な自由 ( 制 約があっても自由のある場所だけ ) を達成できました。 例えば、与えられた木材に見える壁 材は 7 つの異なるパターンで用いられている。 それを制作する会社は手当たり次第に使うよ うに進めるが、私たちはまさしく正反対のことをしました、雲の数ほどある不規則性を露わに した、つまり自然な壁紙(自然にある木以上の)は建築素材としては風変わりであることを明 らかにしたのである。

Architects: Alejandro Aravena, Claudio Bianco. Collaborator: Marcela Guevara. Project: 2001 Construction: 2001 Built Area: 1000m² Budget: US$ 250 × m²


■第二章

Huelquen Montessori School

モンテソーリの学校 公開されている図面や写真ではいまいち全体 像が掴みづらいが、掲載されたものだけ設計 をしたという事だろう。クライアントの性格 に言及するほどの事態であったようだ。 既にほとんど設計が済んでいたと思われる建 築にアラヴェナが手を加えたのは、角を与え たということだろうか、ただ広いだけの空間 ではなく、案に使い方が示されるような教室 に変えたのだと思う。建物の最上階は地上に 通じているのか、公衆トイレになっている。 それも正三角形で採光のために横長の箱を斜 めに傾けて置いていて、何気ない独特のフォ ルムを生んでいる。 また与えられた木材をある種のパターンにす ることで逆に不規則性を露わした。 それもこれも不足の事態の中での解決法を皮 肉った結果なのか。

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58 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Pirehueico House

Architect: Alejandro Aravena, Jorge Christie, Victor Oddo. Project: 2003 Construction: 2004 Built Area: 350m² Budget: US$ 1000 × m²

Text: Alejandro Aravena We were asked to design a summer/winter house in a remote landscape in the most southern part of Chile. More than a design, the client wanted, first of all, an equation that included every possible aspect that one could consider to be included; the design then had to be just the resolution of the equation. A volcanic site,4000 mm of rain every year, strong winds from the north and the east, views towards the lake (east) and the forest (west),considerations of the difficulty of bringing materials to this remote place, erasure of any a priori architectural language (be it old or contemporary) were the ingredients of this unknown dish, that should have the capacity to sound familiar once developed. Being the weather condition very extreme, we started taking as less risks as possible; that’s why we began from the double sloped conventional roof. slowly, we moved on, deforming it, looking for the views, avoiding the winds, using the frame-windows as the arriving or starting points of the slopes. This acceptance-rejection logic of the operations, explains the geometry of the second floor; the first floor; the first floor on the contrary, is a dry resistant box, able to deal with earthquakes and with the solitude this type of houses have to deal with, great part of the year. Stones and wood came from the clearance made in the site for the house. The darkness of the object, will be a way to restitute the original density of place.

2F

1F


■第二章

Pirehueico House

59


60

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Pirehueico House

私たちはチリの最南端に位置する場所に夏と冬の家の設計依頼をされた。 デザイン以上に依頼者はまず、あらゆる局面に含まれている方程式を要求し た。それはデザインが方程式の回答とならなければなりませんでした。 火山帯では、毎年4000mmの雨、北と東からの強風に見まわれる、東に は湖と西には森を望むことが出来る、この遠隔地に物資の供給が困難である ことが分かる。 先験的な建築言語(古いにしろ現代的であるにしろ)がないということは未 知の皿の成分のようである、つまりそれには、いったん配置されるとなじみ 深く思えるだけの適応力が備わっているべきです。 気象条件が過酷になるので私たちはできるだけ少ないリスクを負わないよう に始めました。そのため、私たちは 2 重のスロープのついた従来の屋根から 始めました。ゆっくりと私たちは移動させ、それを変形して、景色が見える ようにし、風を避けて、スロープの始点か到達点になるように窓枠を用いま したこの承認拒絶論理の操作は、2階の地形の説明をしています。反対に1 階に関しては、乾いた対抗力ある箱であり、1年の大半を通して地震に対応 できるということと、荒野に建つこのような家が対処すべきことに対応可能 です。 石と木は敷地の周りから楽に調達出来ました。物質の暗さは敷地にあった本 来の密度を復元させる方法となるだろう。


■第二章

Pirehueico House

ピリウェイコ湖の夏と冬の家 土台とその上にある自由な形。 これはチリ最南端に位置するピリウェイコ湖にある、夏と冬用の別荘である。ピリウェ イコ湖はアンデスの山々にちょうど囲われており人里離れた桃源郷のような場所であ る。人工物が何も無い場所であるため、自然に適応するだけの設計が求められていた。 しかし、まずはこの地の過酷な環境に耐えうるだけの構造を作る必要があった。強烈 な雨風だけではなく雪さえ降る環境の下、屋根の設計から始めたというのは納得がい く、屋根の傾きは雪国の知恵であり、その結果が風景を切り取る開口を生んでいる。 特徴ある二階とは別に一階は強固な作りである事に変わりはないが、完成された機械 的なプランになっている。だがどちらも常識に乗っ取った方法で作られているのにも 関らず明確に異なっている。外装は周辺で簡単に手に入れられた木材や石が用いられ、 上下階で石の色を使い分けている。一階が明るい色で二階が暗い色。 物質の暗さは敷地本来の密度を回復させる方法となる、とは森の木々の狭間から見え る色調の度合を言っているのか、確かに違和感はない。 あるはずの無い人工物と自然への調和を周辺の素材を用いて解決した。

61


62

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL


■第二章

ELEMENTAL-Iquique

世界の国、地域が抱える社会問題の解決策として提示さ れる様々なプロジェクト。建築の介入により、社会環境 に与えた影響等を、プロジェクトチームのインタヴュー やプロジェクト後の調査等を通して、そのプロジェクト がいかなるものであったかを様々な事例を通して紹介し ている。 スペイン、Actar 社の「CRISIS」 事例の1つとしてチリ、イキケでのエレメンタルの社会 住宅を取り上げている。 ここでのアラヴェナの説明と共にこの社会住宅を紹介す る。 代官山ハックネットで購入。

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64

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL

計画前の状況―――チリ、イキケ 90年代以降チリの社会は急���に発展し経済を潤し、街には次々と高層のビル が立ち並んでいく。 急速な経済成長は同時に格差社会を生む。 市内から少し外れた所へ行けば、必ずスラムと化した場所がいくつか存在する。 そのような状況が生まれていた。 このプロジェクトの場所、チリ、イキケでは狭い敷地の中に 100 程の家族が不 法に住みついており、果ては自分たちで増改築を繰り返すうち迷宮のような場 所を生み出していた。 1960 年代、元々この場所は農耕地や牧場のような場所であったのだが、都市 の急速の発展により、いつの間にか、都市の中心部となり、目の前の大通りは 都市の主要な大通りになっていた。 もちろん政府は黙っておらず退去命令を出す。しかし、政府が代わりに用意し た場所は街の中心からは遠く離れた、そう本当に街のはずれであった上に、政 府がその年に用意できる、家族のための一時的な住居は、その住人たちの数の 半分だけだった。 当然、住人達は反対する。 どうやら、このような状況が何年も何十年も、またこの場所に限らず、チリの 至る場所で起きているようだ。


■第二章

ELEMENTAL-Iquique Quinta Monroy, Iquique Elemental / Alejandro Aravena text / Alejandro Aravena

I

n 2003, Elemental participated in seminars

2003 年、エレメンタルの開発とプロジェクトの

and conferences to raise awareness about the

手掛かりの関心を喚起するための議論と協議が

developments and project initiatives pursued at

ハーバード大学とチリ・カトリック大学で行わ

Harvard University and the Catholic University of

れました。

Chile. At that time , our sole working hypotheses

その時、私たちを根底で動かしたのは、高密度を

were centered around a type of building that

維持できるビルディングタイプを中心とした仮

would allow the achievement of high densities,

説と、同時に、彼ら自身の財産で可能な増築と

and simultaneously avoid overcrowding by

建設によって超過密になるのをさけることでし

making extensions and auto-construction

た。我々の仕事に2つの制約に基づいていました。

possible within the property. Our work was

それぞれの家は始めに 36㎡の床面積があります。

founded on the compliance with two restrictions:

( プロジェクトを予算内に収めるのを保証する )

each house would have an initial surface area

家はそれぞれ、各家族の必要に応じて将来の追

of 36

加分を考慮に入れて未完成にしておく。この最

㎡ (ensuring that the project would fall

within the budget); and each home would be

終制限は多様性と個々に応じたプログラム、社

left unfinished to allow for future additions in

会構造の設計を保証するだろう。

accordance with the needs of each family. This final restriction would guarantee the diversity and individualization program and the social structure of the design.

S

ilvia Araos, then National Director for

シルヴィア・アラオ、当時、チリの地域問題の

Infrastructure of the Neighborhood Chile

環境整備の管理者は、私たちがキンタ・モンロ

Program, commissioned Elemental to see if we

イの居住地の解決策を提案できるかどうか確か

were capable of producing a solution for the

めためにエレメンタルを依頼した。 明確に、土

Quinta Monroy settlement. Specifically, we were

地に住んでいる 100 家族のグループのために新

asked to devise a way to build new homes for a

しい家を建設する方法を工夫するように頼まれま

group of one hundred families living on the site.

した。 チリ政府の住宅に関する 300UF の普通の

The usual subsidy of 300 UF, as established in

補助金が利用可能でした。 この資金で、私たち

the prevailing housing policy of Chilean Ministry

が土地を購入し、都市に必要な基盤をすべて取

of Housing, was made available to us. With these

り付ける、そして家を造ることを期待されまし

funds, we were expected to purchase the land,

た。わずかばかりの予算で仕事をするのに合意

install all necessary urban infrastructure, and to

した時に、私たちは少なくとも家のオリジナルの

construct the homes. In agreeing to work within

大きさの 2 倍には拡張できるスペースが家に必

this very tight budget, we knew that we were

要だと分かっていました。チリ区域プログラム

going to need space for the homes to gradually

によって規定された極端な条件により、家族はプ

expand to at least double their original size. A

ロジェクトに参加するべきでした。これは私たち

further condition stipulated by the Chile Barrio

が解決するように依頼された方程式でした。また、

Program was that the families should participate

これらは私たちがここに滞在することに合意した

in the project. This was the equation we were

条件でした。

asked to solve and these were the restrictions we agreed to abide by.

> The UF (Unidad de Fomento) is an accounting unit revalued

> UF (Unidad de Fomento) は インフレによって絶えず再評価された会

constantly according to inflation. It was implemented in the 1960s by

計単位。担保を決定するため、チリ政府によって 1960 年代に実施され

the Chilean government to determine mortgages, but has extended to

たものだが、すべての銀行や投資のローンまで担う事が出来、一般的に

all types of bank or investment loans and is a standard for calculating

建築費に充てられる。

construction costs. > When Elemental started working on the Quinta monroy project, 1 UF

> エレメンタルがキンタモンロイのプロジェクトで作業を始めた時、

was worth around USD 30. The half-hectare site's prime location, close

1UF は USD 30 くらいの価値でした。街の中心に近い 0.5 ヘクタールの

to the city center, was reflected in its value of 1.2 UF per square meter,

敷地の1等地は、1㎡当たり 1.2UF の価値が反映され、住宅計画の補助

three times the amount normally permissible for a subsidized housing

金の通常許容可能な量の 3 倍でした。

program.

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66

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL

■ Existing typologies:

既存の類型学

Our first exercise was to test an initial solution

私たちの最初の仕事は、実在するありふれた住宅

to the equation where we were to employ

の種類を用いて始めの回答を出すためにテストを

existing and familiar housing types:

しました。

D

分離タイプ。土地利用の点からしても彼らが 32

etached: Such dwellings are a very inefficient

in terms of land use, as they only accommodated

組 100 人の家族に慣れるだけということも非常

thirty-two of one hundred families. This type also

に効率が悪い。このタイプはさらに、新しい基礎

precludes future growth as it would require the

を敷き新しい壁と屋根を建設する必要とする将来

laying of new foundations and the construction

の成長を排除する、どんな拡張も高価で、技術的

of new walls and roof, making any expansions

に困難である。

expensive and technically difficult.

We fit just 32 units

1 house = 1 lot

Type 1: Detached

If to try resolve the equation we use 1 house = 1 family = 1 lot...

1 住宅 =1 家族 =1 区画という方程式を解こうとす るならば、、、

This type is very inefficient in landuse, so the

このタイプは土地利用に関して非常に効率が悪い

market tries to make land cost as close to zero as

ので、市場は土地利用にかかる費用がほとんど無

possible.

料でなければいけません。

Those pieces of land are far away, in the periphery of cities; in this case in a stigmatized town outside Iquique.

土地代のかからない場所は、都市の周囲、はるか 遠くにあります。イキケの外側の非難された町で す。

But even if we had enough money to pat for this site, this isolated type is unable to take some

しかし、私たちにはこの敷地に払う十分な資金が

responsibility on selfconstruction (50% of the

あったとしても、この分離されたタイプは、住人

final built environment at least).

達の増築 ( 最終的には少なくとも 50% は環境を

T h e g i ve n u n i t s a r e n o r m a l l y s w a l l o w e d

建設しました ) を任せることができません。

by expansions producing a very bad urban

与えられたユニットは大概、増築によってもう一

environment, once again.

度、都市に非常に悪い環境を作り出してしまう。


■第二章

ELEMENTAL-Iquique

T

wo-story, semi-detached: This typology

2 階建て、2 軒連続住宅 : この類型学により私た

allowed us to provide homes for up to sixty

ちは以前のモデル以上に、60 の家族に家を提供

families, more than the previous model, but

することが出来たが、依然として不十分でした。

still insufficient. Moreover, any extension to the

そのうえ、構造を拡張させる事は現存する部屋と

structure would impair also reduce resident's

新しい部屋を通過するときに必要とされる日常の

privacy as daily circulation would require passing

導線は、居住者のプライバシーさえ損なってしま

through existing rooms to reach new ones.

う。

We fit 60 families. We do better, eventhough still not enough.

a=b

Type 2:Duplex

If we use a more dense type Lot width = House width = Room width...

私たちが、土地の幅 = 家の幅 = 部屋の幅という、 より高密度のタイプを使用するなら…

The problem with this Row House type, is that

この低層住宅タイプの問題は増築する際に必ず、

whenever families expand, they block previous

彼らは換気、光、およびプライバシーを守るため

rooms’ access to ventilation and light, and

家の前の空間を閉ざしてしまう。効率的な土地

compromise privacy.What we get then, instead

利用に代わりに私たちが得るものは、混乱です。

of efficiency in land-use, is overcrowding.

A

partment Block: The final alternative was

to build vertically by constructing an apartment block. This alternative was very efficient in term

of land use, but was vehemently rejected by the families for two reasons: first because of the neighborhood disputes associated with such buildings; and second, because of the enormous difficulty involved in extending homes which,

団地 : 最終案は団地を建設することにより垂直に 建設することでした。この手段は土地利用に関し て非常に効率的だったが 2 つの理由により家族に 熱烈に拒絶されました。1 つはそのようなビルに 関連した近隣の論争。そして2つ目は与えられる 利用可能な床面積が最大で 40㎡で家を増築する ことが非常に困難であるからだ。

given the available resources, would have a maximum of 40 m2 in surface area.

100 units

h

h<2

Type3:Apartment block 高層ビルを建てるのなら、、100 家族全て割り当 てられる。 But (beside the fact that families threatened us

しかし ( 仮に私たちがこれらのブロックを解決策

with a hunger strike, if we even consider giving

として提供するとしてさえも、家族の非暴力運動

these blocks as a solution), building in height

が私たちを脅かすであろう事実がある )、高層ビ

blocks expansions.

ルは増築を妨げます

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68

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL

G

1 house = 1 lot

1 lot=2family

iven that none of the known building types

その建築様式がコミッションの要求を満たすとは

met the requirements of the commission, we

誰も思わなかったので、私たちは、ハーバード

were obliged to innovate, and so opted to test the

大とチリ・カトリック大学で展開していた「平

"parallel building" concept that we had developed

行なビル」のコンセプトをテストすることを選

at Harvard and the Catholic University of Chile.

び、刷新させました。その考えはその問題を改

The idea called for reformulating the problem:

めて明確に述べることを要求しました。最良で可

instead of building the best possible structure

能な構造 (300UF × 100 軒 ) の代わりに、私たち

(at 300 UF multiplied by a hundred residences),

は、30,000UF のために 100 組の家族 ( また将来

we adopted the strategy of constructing the best

の増築分 ) に提供することができる最良で可能な

possible building capable of accommodating

建物を建設する戦略をたてました。1つの建物だ

a hundred families (and future additions) for

けでは地面と最上階での場合以外は増築は不可能

30,000 UF. Nothing but a single building would

でしょう。 地上レベルでは、家は、土地を横切り

make expansion impossible except at the ground

外へ拡張でき、また、最上階においては、上へ拡

and top floor: at ground level, homes could

張することが可能でしょう。 その結果、私たち

extend outwards across the property, and on

は、単純に 2 階建ての建物を選びました。上記の

the top floor, it would be possible to extend

アパートと共に 1 つの敷地に 1 つの建物です。そ

upwards. As a result, we erected a building that

れぞれに 2 家族を住まわせることによって、設計

had just two stories; a house on a single lot with

の仕事を始める前に、私たちは、土地利用の効率

an apartment above. By accommodating two

を2倍にしました。

families on each plot, we doubled the efficiency of the land usage before we even began work on the design.

I

n sum, the proposal consisted of a 9 × 9

要するに、その提案は、住居用の 9 × 9m の区

meter lot for the dwellings. Each residence was

画で構成されます。 各住居はその後、9 × 6m

subsequently passed to families in the form

の間取りで 2.5m の天井高のヴォリュームの形で

of a volume with a 9 × 6 meter floor plan

家族に引き渡されました。 この 135㎥のボリュー

and a ceiling height of 2.5 meters. This 135

ムは鉄筋コンクリートスラブの下に浴室、台所、

m3 volume contained a bathroom, a kitchen,

そして生活 / 食事のスペースを含んでいます。こ

and a living/dining space, below a reinforced

のスラブ ( 私たちが「水平なパーティション」と

concrete slab. Above this slab (which we termed

名付けた ) の上に、私たちは、長さ 6 × 6 × 5m

the "horizontal partition"), we erected duplex

である複式のアパートを組み立てました、私たち

apartments measuring 6 × 6 × 5 meters, of

はまさしく半分を引き渡しました。 言い換えれば、

which we handed over just a half. In other

この上側のボリュームは一種の塔 (3 × 6 × 5m)

words, this upper volume was a kind of tower

でした、2 倍の高さ、家と同じプログラムを含む

(3 × 6 × 5 meters), a double-height, undivided

分離されないスペースです。2つの特性は共同の

space that contained the same program as the

スペースに独立した経路を持っていました。 将

house. Both properties had independent access

来の増築は安全に完成されるだろう(最大で 72

to the communal space. Future growth could be

㎡)。望ましい生活水準はデザインに組み込まれ

completed safely (up to 72 ㎡ ): desirable living

ました。

conditions were incorporated into the design.


■第二章

69

ELEMENTAL-Iquique

I

n a conventional building, thirty percent

従来のビルは、予算の 30% が構造に 70% が仕上

of the budget is spent on the structure and

げで費やされる。 低所得者向け住宅では、この

seventy percent on the finishes. In subsidized

割合は逆です。そして、主な建設工事で 70%か

housing, this proportion is reversed: the main

かり、仕上げで 30% 費やされます。 それを考えて、

construction work costs seventy percent and the

構造は困難であり、高価でもありました。 それ

finishes, thirty percent. Given that the structure

は初期の過程で完成させるため最優先事項でした。

was not only laborious but also expensive, it

Duplex は「気孔」で構成された固体「C」として、

became a top priority, to be completed early

それぞれが 3m の幅で将来、拡張される位置に設

in the process. the duplex was designed as a

計された。C の堅さは、まずまずな遮音効果を発

solid "C" made up of "pores," each three meters

揮して、正式な都市の顔を創ることを意図しまし

wide and the location of future expansions.

た。 C の開いた側ははるかに軽い素材でこしらえ

The solidity of the C was intended to provide

ました。木製パネルと 2 × 2 の足松材木の混合

adequate sound insulation and to establish the

素材なので、容易に取り外すことが出来るだろう

formal the urban face. The open side of the C

し、その方向に増築が出来るだろう。

was filled with much lighter material: composite wood panels with 2 × 2 foot pine timbers that could easily be removed, allowing expansion work to be done in this direction.

New scheme, new type: Displacing the volumes, residents can add additons to their home through aoto-construction in a safe and straight forward manner.

ELEMENTAL > We knew that with a typically limited social housing budget, we could only cover our customer's needs partially. We had to make a choice and decided to build only half of the house, and allow the users to make their own additions and extensions, according to their priorities and capacities. The design should be "porous" enough and work as a support for the improvised additions. We realized auto-construction was also a way of personalizing shared spaces. ELEMENTAL > 私たちは通常限られた社会住宅の予算を知っていたので、私たちは顧客 のニーズを部分的に扱うことができただけです。 私たちは、半分の家だけを建てるとい うことを選択し決断しなければならなかった、そして利用者の優先事項や能力によった 追加や拡張を認めなくてはいけなかった。 デザインは、十分に「多孔性」であり、即興の増築を支える仕事であるべきです。 私た ちは Auto-construction もまた共有スペースを個人化する方法であるとわかりました。

ELEMENTAL > We called for a series of workshops and meetings with the residents of the Quinta Monoroy. They were involved in the design process from the early stages, and they provided input regarding the distribution of the units and the common areas. ELEMENTAL > 私たちは Quinta Monoroy の居住者との一連のワークショップとミー ティングを訴えました。 彼らは初期段階からデザインの過程に関りました。そして、彼 らはユニットの配置と公共のエリアに関して資金を提供しました。

> In the model shown left, the lighter colored cubes represent the volumes destined to self-constructed additions. > 左の模型は、薄い色の立方体は、予定された自分たちで創る追加分を表わします。


70

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL

3m

B

oth the flats and the duplex apartments were

最初に手渡されたヴォリュームの範囲内で可能

designed so that the first phase of expansion な第一段階の増築工事のために、平屋と重層型ア work could be done within the volumes handed パートの両方が設計されました。それは平家の場

5m

over at the outset: under the slab in the case of 合はスラブの下、アパートの場合は内側の2倍の the houses, and inside the double-height space in

Duplex apartment

高さのスペースです。 住居の増築の第 2 段階で

the case of the apartments. The second phase of は、換気、自然光の取り入れ、循環を促すために

Horizonal partition expansion of the dwellings was expected to occur 中央の空間を残すことが、庭側に生じると予想さ on the courtyard-side, leaving a central void for れました。 アパートの場合、将来、建物の増築

Flat

ventilation, entry of natural light, and circulation. はそれぞれの建物の間の空いたスペースに行われ In the case of the apartments, future building るように意図されている。 work is intended to extend into the empty space

1 lot = 1 house + 1 Duplex = 2 family

between each tower.

ELEMENTAL > Having various families occupy a single lot is more than simply the reflection of the difficulty of having one's own house. It is also a survival strategy in a socially fragile environment. ELEMENTAL > 様々な家族が 1 つの区画を所有することは家を持つ事が非常に難しいと いう事を反映している。また、それは社会的にもろい環境で生き残るための戦略です。

ELEMENTAL > We called for a series of workshops and meetings with the residents of the Quinta Monoroy. They were involved in the design process from the early stages, and they provided input regarding the distribution of the units and the common areas. ELEMENTAL > 私たちは Quinta Monoroy の居住者との一連のワークショップとミー ティングを訴えました。 彼らは初期段階からデザインの過程に関りました。そして、彼 らはユニットの配置と公共のエリアに関して資金を提供しました。


■第二章

ELEMENTAL-Iquique

T

he high demand for social housing (and its

発展途上国の社会住宅 ( と困難が付きまとうこ

associated difficulties) in the developing world

と ) で高度に要求されることの多くは一般的な製

often creates situations where the general

品に品質を落としてしまう状況を作ってしまうこ

product is of poorer quality. It is common to

とです。品質と量は敵対的な事柄だとみなすのは

consider quality and quantity as oppositional

一般的なことです。 しかし、発展途上国のほとん

objectives. But, in the context of social housing,

どで、社会住宅の文脈では、人はどのようにチリ

how is one to understand the meaning of "quality" In Chile, as in much of the developing world, a "poor" or undesirable residence is

における質の意味を理解するだろうか。通常、 「貧 しい」か望ましくない住居は、マッチ箱と呼ばれ、 小さく、建てつけの悪い家で変化のない近所に関

typically one associated with monotonous

係している。 我々の場合は、問題を再考するこ

neighborhoods full of small, badly constructed

とを決めていました。私たちの見解では、社会住

homes, nicknamed matchboxes. In our case, we

宅の本当の問題は価値を育てる能力がないことで

have decided to rethink the question. The true

す。(家の形をした)補助金は、恐らく恵まれな

problem of social housing -in our opinion- is its

い家族が受け取ることのできる最も重要なチップ

inability to grow in value. Such a subsidy (in the

です。 したがって、この補助金が時間が経つにつ

form of a house), is perhaps the most important

れて評価されるであろう富か資本に変えていく方

gratuity that a disadvantaged family may ever

法を確立することが不可欠です。この考え方は

receive. Thus, it is essential to establish a way to

Elemental の基本戦略を形成しています 。つまり、

transfer wealth or capital via this subsidy into an

社会住宅は費用がかかるものではなく、投資であ

asset that will appreciate over time. This mindset

ると理解しています。

forms the fundamental strategy of Elemental: Understanding social housing as an investment and not as a cost.

ELEMENTAL > A year after the re-occupation of Quinta Monoroy, the land price per square meter has risen from 1.2 UF to 4 UF. Simply through the revaluation of the land, wealth has been transferred into the hands of the families as the original investment is now valued at more than double. ELEMENTAL > Quinta Monoroy の再配置から 1 年、土地の価格は1㎡あたり 1.2UF から 4UF まで上昇しました。 単なる土地の 再評価によって、当初、家族の投資額が今では 2 倍以上に評価されています。

ELEMENTAL > Eighteen months after the first housses were turned over to the owners, more than half had already been extended to more than 50 ㎡ from the original 36 ㎡ . We noticed a change in the culture of auto-construction, where many families hired a construction professional to complete the additions and only a quarter relied on reused materials.

ELEMENTAL > 18 か月後に、始めの家は所有者に手渡されました、半数以上の家が既にオリジナルの 36㎡から 50㎡以上拡張し ていました。 私たちは自動工事の文化における変化に気付きました。多くの家族は建設の専門家を雇い増築分を完成させました、 4 分の 1 は使い古しの素材を用いました。

71


72

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL

Location:

Pedro Prado - Iquique

Number of families:

93

Site:

5772 m² (657 hab/ha)

Location:

Avenida Pedro Prado, Iquique, Region I

Construction budget:

25,110 UF, around $750,000 (USD)

Land cost:

1.2 UF/m² = 6,510 UF, around $150,000 (USD)

Cost per family:

340 UF, around $8,300 (USD) subsidy 320 UF/family + savings of 20 UF/family

Initial floor area of house:

36 m²

Final floor area of house:

72 m² (36 m² increase)

Initial floor area of duplex:

25 m²

Final floor area of duplex:

72m² (47 m² increase)

Housing Committee:

Quinta Monroy

Client:

Neighborhood Chile Program, Silvia Araos, Executive Manager of Neghborhood Chile

Organizing body:

Neghborhood Chile

Technical assistance:

ELEMENTAL

Technical team:

Carla Bardi, Housing Policy Division, MNVU Dolores Cautivo, Neghborhood Chile Program, Region I Wirfredo Rojas and Omer Mesa, SERVIU, Region I Sergio Gracía, Director of Municipal Works, Iquique

Archtecture:

Alejandro Aravena, Andrés Iacobelli, Alfonso Montero, Tomás Cortese and Emilio de la Cerda

Public policies:

Andrés Iacobelli (Project Manager) and Elena Puga

Engineering:

J.C. de la Llera, Car Lüders, Mario Álvarez, Tomás Fisher, Alejandro Ampuero and José Gajardo

Urban designer and cunsultants:

ELEMENTAL

Builder:

Constructora Loga

Approval date:

2002

Start date:

January 2003


■第二章

73

ELEMENTAL-Iquique Upper level plan of duplex unit.

Removable wall

Removable wall

Lower level plan of second floor duplex unit, showing sussessive extension possibllities.

Removable wall

Zone of future expansion Removable wall

Terrace access

Plan of ground floor house, showing successive extension possibilities. Removable wall

Zone of future expansion

Removable wall

9m

Entry to house

Entry to duplex

18 m


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ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL

Section

Front Elevation


■第二章

75

ELEMENTAL-Iquique Section

Rear Elevation

Sketches for facades and the shared public space


76

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL


■第二章

ELEMENTAL-Iquique チリ、イキケ このプロジェクトは不法占拠住宅地区の再開発の 計画であり、そこに住む住人の居住権を認め、住 民に住宅を提供するという公共プロジェクトであ る。  敷地の現状は都市の空き地にバラックを不法 に建てて、ジャングルジムのような姿をした地区。 街中に転がるジャンクが寄せ集められた迷宮のよ うな街を形成していた。  アラヴェナは 1 ユニットに 7500 ドルの建設 費をかけ、それを後で 100 回以上コピーする代 わりに、750.000 ドルの価値の建物を設計した。 それは 100 組の家族が入居出来て、彼らが増築 を行える住宅であった。  このプロジェクトの目的は、実際には住宅問題 がお金のかかる問題とせず、社会投資としたこと だ。このプロジェクトは、多くの設計条件をどう にか達成し、社会的にも、時間とともに評価され ている。

1F 住 民 に 提 供 す る 住 宅 は 言 わ ば、 骨 組 み だ。 もちろん彼ら自身の投資も必要になるのだが、 イドに床を張るか、隣のスペースに屋根をか 水回り、トイレ、シャワーは始めから配置

先にも述べた通り、将来的にこの住宅への

ける事が出来、更にその上に屋根をかける

されている、機能的に見ても生活に必要な

投資で彼らの生活の質は 1 つ上の階級にま

事が出来る。

ものだけを配置した最小限住宅である事が

で高められる。それを可能とさせたのがこの

うかがえる。面白いのはその住宅が、住民

住宅の増築システムである。

増築に目が行きがちだがアラヴェナが最も

の意思によって増築改築できるということ。  アラヴェナはハーバードとチリ・カトリッ

気を使ったのはこの配置ではないか。住宅

住民は年月の生活の変化に応じて与えられ

ク大学で「平行なビル」というコンセプトを

は一階も二階も正面に入り口があるが、一

た住宅を自由に壁や屋根を破り間取りを拡

打ち立てていた。その詳細は明らかにされ

階の生活が外部に滲んでくるのは裏側だろ

張することができる。

ていないが、おそらくそのビルに依存した連

う。二階は始めは裏にも表にも滲むだろうが

続するシステムである事は、うかがえる。

将来的には入り口のある表にそして一階に

ここでアラヴェナは住民にワークショップ

パブリックがダイレクトに交錯してしまう

チリの下流階級一般の人間が普通住む部屋

を た び た び 開 き、 積 極 的 に 街 を ど う デ ザ

ため住民には常識が求められる。もっとも

は 30㎡程度だという。中流階級でやっと

インするかというだけでなく、今後どう生

同じ場所に住んでいた住人たち同士である

70㎡の部屋を手に入れられるそうだ。

活していくのかということを話しあっている。 からそういったいざこざはおきないものと

ここの住人はもともと不法に住みつき勝手に 家を増改築させていた低所得者達だ。

滲んでくるのではないか。プライベートと

この計画はUFというチリの補助金を頼りに

住民が描いた絵には、アラヴェナの設計し

思われる。

している。いつの間にか街の中心となってい

た建物の縦横に、いろいろな形の家がカラ

これはいわゆる「住民参加」型の計画とは違い、

たこの土地の補助金は通常利用可能な 3 倍

フルに継ぎ足されて描かれ、夢や希望が見

住民の造る力を肯定した画期的な試みだろ

の価値に高まっていた。土地を購入するとい

て取れる。現実的な社会問題の中であっても、 う。年月の経緯の中で柔軟に街が自己生成し

う前提で成り立っている。つまりこの計画が

素直な夢、希望を建築家が共有できたとき、 ていくことが目論まれている。街は常に工事

彼ら���財産となる。社会投資とはこの計画 「私」の境界線を越えて、絆を作ることが出 の質を高め、彼らが質の高い生活を送ること

来るのではないだろうか。

が土地の再評価に繋がり、彼らの財産が保 証されるということだ。 

中のような状態で変化しつづけることになる。 公共的なスペースとプライベートなスペー スが混ざり合いながら住民と空間のコミュニ

一階は隣のスペースと裏に当たる奥に増築す

ケーションを生成していく。生活が入る事で

ることが出来、二階は与えられた部屋のヴォ

潤う生きた街である。

77


78

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL_WORKS

30 HOUSING UNITS Built Location:

Lo Espejo, Santiago, Chile Areas: Land: 1.568m² Initial house: 36,2m² Expanded house: 60,2m² Initial house: 37,1m² Expanded house: 68,8m² Client: Un Techo para Chile Engineering: Elemental Urbanization and specialization: Elemental Construction company: Simonetti

Lo Espejo はイキケの次に行われたプ

の増築に負担のかからない仕様に仕

ロジェクトである。

上げられている。

住宅のモデルに変更点がある、それ ちなみに、上の写真中央のグレーの は上の階の住居の増築分のスペース

ジャケットの女性はチリ共和国大統

にあらかじめ屋根がかけられている

領ミシェル・バチェレである。

事、同様に、一階の住居にも増築分 にあらかじめ壁が建てられている。 住宅のコストダウンが図られたのか、 詳しい事は分からないが、より住民


■第二章

79

ELEMENTAL WORKS 40 HOUSING UNITS + COMMUNITY CENTER Built Location:

Pudahuel, Santiago (Chile) Areas: Land: 4.142m² Initial house: 44.9m² Expanded house: 70m² Client: Un Techo para Chile Engineering: Elemental and José Gajardo G. Urbanization and specialization: Elemental and Juan Carlos Díaz

Pudahuel では 1 住居= 1 家族の形式 に代わっている。 このモデルは従来のモデルの二階と 同じような増築がされる。平面的に 増築することはできないが、一階か ら、将来的には 3 階まで住民は得ら れるので、以前のものと同様の床面 積を得られる。 しかし、増築時にはクレーンか何か で引っ張り上げるのだろうか。


80

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL_WORKS

40 HOUSING UNITS + COMMUNITY CENTER Built Location:

Pudahuel, Santiago (Chile) Areas: Land: 4.142m² Initial house: 44.9m² Expanded house: 70m² Client: Un Techo para Chile Engineering: Elemental and José Gajardo G. Urbanization and specialization: Elemental and Juan Carlos Díaz

このコミュニティ・センターは Pudahuel に 限 ら ず、Renca 3、 Barnechea 1 で も 建 設 さ れ て い る。 単に箱を重ねただけの操作という 本当に、単純な事だが。 住宅の形とも合うし、住民の集会 や、 ちょっとした集まりなどでは、 このちょっとしたスペースが重宝 されるのであろう。十分な採光も 望めそうだ。


■第二章

81

ELEMENTAL WORKS 170 HOUGING UNITS + Community center Built Location:

Renca, Santiago (Chile) Areas: Land: 28.773 m² Initial house: 28,2 m² Expanded house: 67,8 m² Community center: 370,6 m² Client: Elemental Engineering: Rodrigo Concha, Gonzalo Santolaya Urbanization and specialties: Elemental and J&J Proyectos Integrales Construction company: Siescon

エレメンタルでは住民との間で十分な

住民の願望、希望を共に共有し育て

ワークショップを開いている。

ていく。

住宅と増築の関係を分かりやすい模型で

このモデルとこの配置は表面は住民

説明したり、上の写真のような立面図に

の個性が反映されたファサードにな

住民たちがファサードを描き、さらに折

り街を彩るのに対し、裏面は生活の

ることで立体とし、配置していく。

要素が溢れ出す。

普段、建築家が行うようなスタディを住

表情の異なるパブリック・スペース

民と共に行う。

を生み出している。 


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ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL_WORKS

159 HOUSING UNITS + COMMUNITY CENTER Built Location:

Temuco, Chile. Areas: Land: 20.670 m² Initial house: 56,3 m² Expanded house: 64,1 m² Community Center: 131,2 m² Client: Hábitat para la Humanidad Chile and Elemental Architecture: Elemental and Pasel & Kunzel Engineering: Elemental Urbanization and specialties: Elemental, Fernando Montoya Construction company: San Agustín

Temuco の 住 宅 タ イ プ は Pudahuel、 Renca のものと外見上あまり変わらない が、あらかじめ提供する床面積が増え、 増築分が減っている。これはおそらく2 層分の提供を行い、屋根裏のような3階 のスペースを後に増築するものだろう。 Temuco という場所の周辺は何もない平 野であり、この集合住宅の調和を図るこ とで街としての個性を高めたかったので はないだろうか


■第二章

83

ELEMENTAL WORKS 95 HOUGING + Community Center Built Location:

Antofagasta (Chile) Areas: Land: 17.230 m² Initial house: 55,3 m² Expanded house: 73,2 m² Client: SERVIU Antofagasta Architecture: Elemental and Baptista Arquitectos Engineering: José Gajardo Urbanization and specialization: Elemental Construction company: Silvio Cuevas

Antofagasta の住宅タイプは 2 階建てである。 何十棟と続く連続住宅で、増築分は2階部にあ る。イキケの二層目の転用をしたものと思われ る。この配置によって生まれるパブリック・ス ペースは斜面と道路である。


84

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_ELEMENTAL_WORKS

WALKWAY + PARKING Project Location: Providencia, Santiago (Chile) Parking Capacity: 4.000 vehicles Walkway lenght: 350 meters

Antofagasta のような山間部 にチリの都市は囲まれてい る。このプロジェクトは都 市部と山間部を歩道で結び、 その中間地点に大規模な駐 車ビルを築く、というもの である。

RECOVERY BUILDING DIEGO PORTALS CONCEPT DESIGN Project Location: Santiago, Chile

災害か、何かは分からないが建 物の半分が倒壊している。 地上と建物の屋上を接続するこ とで一体的な広場を作ろうとし ている。建物内部も傾斜を利用 した新たな設計を提案している。


■第二章

85

ELEMENTAL WORKS PABLO DE ROKHA SCHOOL Project Location: La Pintana, Santiago (Chile) Areas: Land: 7.998m² Built: 2.696m² Client: I. Municipalidad de La Pintana Engineering: José Gajardo Traffic impact: Elemental Sanitary installation: Patricio Moya Electrical installation: RCV Ingeniería

学校らしいのだが、こ れも用途に応じて壁を 付けたり、外したり出 来るのではないか。内 部も何かを取り入れる のには十分なスペース が残されている。 詳細不明。

STREET MARKETS Concept Design Location: Santiago, Chile.

道に柱を建て、屋根をかける。そこに腰を 下ろすだけのものがある。それだけで様々 な用途が生まれてくる。


86 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Architecture School

Architects: Alejandro Aravena, Lorena Andrade. Collaborator: Juan Jose Hurtado, Carlos Bisbal, Armando Bahamondes, Luis Lucero. Project: 2004 Construction: 2004 Built Area: 1500m² Budget: US$ 100 × m²

Text: Alejandro Aravena We were asked to intervene a building done in the early 90’s, in order to bring back the students to work in school. besides that, we had to: host some offices in one of the building’s end, demolish some scales that were illegal and provide access to handicaps in the entire building.  Our diagnosis was that students were not working at school due to the size of the students.  Today, almost everybody works with a computer; with rooms designed to host about 15 students, control and security for everybody’s equipment was not guaranteed. So we decided to divided those rooms in half of the original width creating a space for just 7 people, which could be administrated more easily, achieving more effectively the desired security.  One of the cons people saw in doing that, namely the reduction of the light coming in, ended up being a pro, since it avoided the uncomfortable reflections on the screens. This change in the working space, meant a change in the way studios were traditionally used as well; production and pin-ups were unable to happen in the same room, as it used to be. Studios were going to be just to work ; pin-ups were going to take place in the space created between the “old building” and the new regular box that wraps around the preexisting articulated shape.  The new skin will be made out of the panels used conventionally in fruit packing; zinc plates injected with expanded stryrofoam were able to acquire resistance and smoothness. Due to an extremely restrained budget, the speed of construction that these plates offered, introduced time as the only way left to meet the costs.


■第二章

Architecture School

私たちは、学生が学校に作業をしに戻って来 られるように、90 年代に完成したビルを改 築するよう頼まれました。加えて、私たちの すべきことは、ビルの端のいくつかのオフィ スを提供すること、不適切なスケールのもの を壊すこととビル全体に障害者に対応した通 路を確保することだった。  私たちの調査では学校の大きさと学生の活 動の大きさが合っていないことが分かりまし た。  今ではほとんどの学生がコンピュータで作 業をします。部屋が15人の学生のために設 計されている場合、学生の設備であるコント ロールとセキュリティは保障されていませ ん。そのため私たちは既存の部屋の幅の半分 に分割することで7人のためのスペースを確 保しました。そのことでより簡単に管理する ことが可能となり、希望されているセキュリ ティをより効果的に達成出来ました。 作業する際に1部の人に見えていた、つまり 入り込む光の減少は、スクリーンの不快な反 射を避けて以来、結果として完璧となってい る。 作業場でのこの変化は今までのようにスタジ オが利用できることを意味する。  今までは生産とピンナップは同じ部屋では 起こり得なかった。 スタジオは作業場となり、ピンナップは古い ビルと新しいいつもの箱が先に存在していた 先端に巻きつけられたもののあいだにつくら れたスペースで行われる。  新しい皮膚は果物パッキングに慣習上使用 されるパネルから作られるだろう。拡張スタ イロフォームが注入された亜鉛板は抵抗力と 滑らかさを得られました。非常に少ない予算 の中でこれらのプレートは工期の短縮と予算 に見合う唯一の時間を導入することが出来ま した。

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88 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Architecture School

建築学部棟 既存の建物の使われ方が現在の使われ方と一致しなくなって しまう。 ここでは主にコンピュータの恩恵が部屋の使われ方に悪影響 を及ぼしていた。既存の建物がどういったものだったかは分 からないが、学生はその場所で作業をしなくなっていた。 設備やセキュリティを充実させるために 15 人用の部屋を分 割し 7 人用に作り替えた。建築の学生なら広い方がいいの ではないかとも思うが。またおそらく作業部屋に光が入り込 まないように部屋を小さくした分、ホールのような廊下、外 部へ続くテラスに作り変えている。詳細は分からない。 建物の外装は冷蔵庫等に使われる亜鉛メッキが使用されてい る。コストを抑え工期を短縮化している。しかし十分に建物 に新しい息吹を与えていると感じられる。


The Siamese Tower ■第二章

SIAMESE TOWER

Architects: Alejandro Aravena, Charles Murray, Alfonso Montero, Ricardo Torrejon. Project: 2003 - 2004. Construction: 2004 -2005. Built Area: 5000m2. Budget: US$ 400 × m2 Location: The Universidad Católica, Santiago, Chile

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90 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Siamese Tower

text: Alejandro Aravena. We were asked to build a tower to host everything that had to do with

Finally, there was the problem of trying to have a tower, because we

computers in the university.

had just 5000m2 to achieve it. It didn’t matter how much we reduced

We saw 3 problems in this: the computers, the glass and the tower.

the surface of each floor, the resulting figure was pretty chubby; it was

the university asked us to question the type of architecture required

a high building, but it didn’t look like a tower. So the only solution we

for teaching now that everything depends on digital technology. Should

thought of, was to cut the volume in two from the 7th floor up. For

architecture change now that we have computers? Does the notion of

each of the resulting parts we used almost width-less aluminum pieces

room (be it for work or for attend a class) still make sense? Our answer

of slight different colors. So if seen from the front, the building was a

was, of course, Yes and No.

unique bicephalous volume, but seen as a foreshortened figure, the color

Yes, because the paradigm for working spaces has been reversed; it until

difference could show a couple of really vertical figures, that happened to

now a good room, was the one that had a good natural light (library,

share great part of their bodies, as if they were Siamese Creatures.

classroom, etc),now that we work on screens, a good space is the one that

 

has achieved a good half-light (to avoid uncomfortable reflections).This fact led us to explore a relatively hermetic volume, with very controlled perforations towards the outside. But on the other hand, we were not that optimistic regarding computers and their influence in education, or the transmission of knowledge; in the end nothing will defeat a good conversation of two persons (be it between a professor and a student, or between students ) under a good shadow, drinking a nice cup of coffee or having a casual conversation in corridor. In a way , formal education is taken care by building codes: light, acoustics, saw a design opportunity. So, instead of moving forward thinking about the next step in education, we thought we had to move back as much as possible, to more archaic and primitive ways of being. Regarding the glass, the problem was that buildings a glass tower in Santiago means automatically to take care of the greenhouse effect We had no money for a curtain-wall, able to solve all the issues in 1 single skin had no money for a curtain-wall, able to solve all the issues in 1single skin (double ,reflective and colored glass).Even if we had the money, the amount of energy that has to be spend afterwards for air conditioning is obscene. Finally we did not like mirror glass for the facade, because it is vulgar. So instead of thinking about a skin capable of doing all the job (protection against dust, rain, smog, weathering and greenhouse effect) which costs around US $120 × ㎡ ,we thought that it would be cheaper to do several skins, each of them doing 1 thing at a time .So we designed against weathering. Then an internal building. Then an internal building made out of fiber-cement, bad against weathering but energetic wise. In between them :air. All we had to do, was to avoid the greenhouse effect generated after the sun trespassing the glass, to reach the second building inside. So, we allowed the space in between the 2 buildings to perform as a perimeter chimney, letting the hot air to leave the system by ascending by convection to a void in the top. A constant and natural vertical wind, helped by natural vertical wind, helped by the Venturi effect created by the waists will eliminate the greenhouse effect. The sum of the two buildings, because they were more specific in their performances. We also expect to spend much less on energy during their useful lives.


■第二章

SIAMESE TOWER 私たちは、大学のコンピュータの全システムを管理するためのガラ

た各ヴォリュームにたいし、私たちは幅がほとんどなく、わずかに

ス。タワー建設を依頼された。このとき直面したのはコンピュータ、

色の異なるアルミの断片を使用した。これにより正面から見たとき

ガラス、タワーという3つの問題だった。

に建物は独特の2つの項部を持ちながら、短縮して見え、色の変化 により、あたかも双子のつがいであるかのように、2 本の形態が本

大学側は、あらゆることがデジタルテクノロジーに依存する現代に

体の大部分を共有しながら、まっすぐにそびえる姿を際立たせてい

おいて、教育活動に必要な建築タイプについて私たちに尋ねてきた。

る。

誰もがコンピュータを所有する現代において、建築は変化すべきな のか。部屋の概念(作業場であれ教室であれ)は現代も意味をなす のだろうか。 私たちの答えは当然、イエス、ノーの両方であった。 イエスの理由には、ワーク・スペースのパラダイムが逆転したこと がある。以前は、良質な空間とは良質の自然光のあたる部屋を意味 していたが(図書館、教室など)、私たちは今やデスクトップ上で 作業を進めるようになり、良質な空間とは(不快な反射を避けるた め)良質な均一の明かりで満たされる場所となった。こうした事実 から、私たちは屋外から差し込む光を制限する比較的密閉したヴォ リュームを追い求めるようにもなった。 他方で、教育におけるコンピュータとその影響、もしくは知識の伝 達について、私たちはそれほど楽観的ではなかった。結局は、教師 と生徒が互いに顔を合わせながら、気持ちのよい日影の下で美味し いコーヒーを飲んだり、廊下で打ち解けた雰囲気で会話を交わす事 に勝るものはないだろう。ある意味で、光、音響、通風などの建築 コードは堅苦しい教育現場に安らぎをもたらすのであるが、誰もそ の事に思いを巡らすことはなく、私たちはそこにデザインのチャン スを見いだした。つまり、教育の新たな方向性に考えを前進させる のではなく、逆に人間にとって可能な限り、古く原始的な方法に立 ち戻らなくてはならないと考えたのである。 ガラスに関しては、サンティアゴでのガラスタワー建設によりもた らされる温室効果にたいする問題が自動的に浮上した。カーテン・ ウォール化するには予算が足りず、全ての問題をシングル・スキン (合わせ、反射、色ガラス)で解決しなければならなかった。仮に 私たちに十分な予算がついていたとしても、空調のために後々費や されるエネルギー量を考えると、よい気分にはならなかった。最終 的に私たちは悪趣味な熱反射ガラスをファサードに使用するのを潔 しとしなかった。 そのため私たちは、すべての機能(ほこり、雨、霧、スモッグ、温 室効果からの保護)を一体化させた約 120 ドル /㎡の素材の代わり に、一枚一機能の素材を何種類か使うことでコストを抑えた。私た ちがデザインした外側のシングルのガラス・スキンはエネルギー効 率に関しては劣るが、風化への耐性が強い。それに対して建築内部 はファイバー・セメントを使用することで風化への耐性は低いがエ ネルギー効率を高くしている。2枚の間に挟まっているのは空気層 である。太陽光がガラス表面を通過した結果もたらされる温室効果 を防ぎ、内部の建物の室内まで差し込むようにするだけで十分だっ た。 私たちは2つの建物の間に挟まった隙間を空気の通り道にして、 頂上のヴォイドへ暖められた空気を上昇させ対流さvせるシステム 構築した。建物のくびれ部分で発生するベンチュリー効果(狭い隙 間を通ることで風力が増す効果)により、自然の風がいつでも一定 に吹き込むため、温室効果が削減されるだろう。こうした機能を特 化することで、2つの建物の合計コストは 30% も抑えられた。建 物の稼働中もエネルギー消費量が削減されることが期待される。 最後にタワーに関する問題が存在したことについて触れておく。と いうのも私たちが実現できたのはたった 5,000㎡にすぎなかったか らだ。 いくら各階のの面積を減らしたとしても、合計した数字は微々 たるものにすぎず、高さのある建物であるにも関わらず、タワーら しく見えなかった。私たちが考えついた唯一の解決策は 7 階以上 の階層でヴォリュームを 2 分割することだった。その結果生まれ

91


Not found: 2-5th floor plan

Ground floor

Basement floor


■第二章

93

SIAMESE TOWER

6th floor

Elevation-East

7th floor

8th floor

9th floor

Elevation-North


94 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Siamese Tower

MONUMENTO

PILETA (pool)

EDIFICIO DECANO RAUL DEVES

VEREDA BALDOSAS

WORKS

Site-plan

MONUMENTO


AV. MONSENOR CARLOS CASAMUEVA PHYSICAL CHEMISTRY DEPARTMENT

PERGOLA

WORKSHOP Prof.Luis Crissoto Aguillera

SHOP 1

DIP. MECHANICAL ENGINEERING GARDEN

The Universidad Cat贸lica Santiago, Chile


96 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Siamese Tower

Elevation-West

Section-West


■第二章

97

SIAMESE TOWER

Elevation-South

Section-South


98 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Siamese Tower

シャム・タワー この建築の頭部は2つに分かれている。また体もガラスと木の2つ に分かれている。さらに外皮と内皮に分かれ、ダブルスキンの建築 である。 このような言葉だけを聞いたら一体どんな建築を想像するだろう か。 始めてこの建築を見た時、何とも言い表せない、脱力感さえ感じる、 力の抜けた建築のように感じた。それは素直に、かっこいいのかダ サいのか、判断しにくい見た感じそのままを受け取ったからだ。 シャムタワー、チリ・カトリック大学のコンピュータ・システム管理塔

この双子の変形タワーは、チリ・カトリック大学の敷地内にあるコ ンピューター・システムの管理センターである。 建築としての魅力は、 不整形な双子のガラスのタワーだけではない。 低層部(プラザ)の枕木のような木の構成と、ランダム性を許容さ れた双子のタワーとの関係性にある。  コンピュータに関する問題として、オフィスや研究室のような空 間は、均一な光で満たされた空間が求められる、誰もが PC を持ち、 PC で作業する上で揺るぎない事実である。一方で、この建築のある、 ちょうど敷地内の中央に位置する緩やかな丘は元々はただの森のよ うな公園であり、学生や教職員の憩いの場であった。周辺の建物は 2階建てや3階建てのものが多く、高くても4階建てである。アラ ヴェナが依頼された「タワー」というのも、場所の、大学のランド マークにするためであったのであろう。 アラヴェナに求められた事の1つは現代テクノロジーの進歩の中 で、教育の場で今求められるテクノロジー建築の最新型であったが、 他方では教育におけるテクノロジーの恩恵に頼らない、人と人との やり取りに重きを置いていた。また、場所性と相まってより人間ら しい、自然な居場所ともいえる場を考えていたのではないか。 それは現在目覚ましい進歩を遂げるデジタル・テクノロジーが、結 局実は人に会うための手段である事と同じように。より人間らしく あるために。

SNS

EMAIL

TEXT MSG

Basement

Basement-workspace

Basement-workspace

Instant Messenger

PHONE

VIDEO CHAT

TALKING


■第二章

SIAMESE TOWER シャムタワーのエントランスは地下一階に2か所、一階に2か所、 二階に1つ(図面無し、写真や動画で確認)。いずれもまるで洞窟 にでも入っていくかのような格好であり、2階のエントランスは建 築による地形に沿って登り入っていく、東側に隆起した地形はガラ ス・タワーへの入り口を持たず北側の地下1階の地形へ続く。これ ら地形は木材のデッキであり、集う人々それぞれが自分の居場所を 作れるような緩やかなスロープで構成され、人々は座ったり寝そ べったり、思い思いに過ごす事が出来る。またこの地形から直接ガ ラス・タワーに入ることのできる地下1階、1階、2階は、主に学 生が利用できる、ワークスペース、コンピューター・ルーム、ギャ ラリー、カフェとなっている。特に地下1階のワークスぺースは動 画で見ただけだが開館前に人だかりが出来るほど居心地が良さそう である。  3階から9階はオフィスや研究室(明確に用途は示されてはいな かった)が入る。各階それぞれが、それほど大きくない空間で間地 切られ、各階それぞれ違った構成をしている。部屋の大きさから一 人から二人で作業をする部屋がいくつかあって、それと数人で会議 や作業をする部屋での構成のため、何かあれば部屋を出たり入った

1 階入り口、上に見えるのが 2 階入り口

りの動きがあり、廊下にいる時間も長くなるのだろう。廊下の先に ある壁にはほとんど開口があり大学のキャンパスの広大な風景を切 り取っている。その開口は全て斜めに切り取られ、1階から最上階 まである一定の方向性を示し、異様な存在感さえある。7階でこの 建築は2つに分かれる。分かれたところはホワイエとでも言うのか、 椅子が並べられ、たっぷりと自然光が入り、見た目の空間の小ささ を感じさせない寛大さが与えられている。限られた枠の中で一見、 無機質なプランの、言ってしまえばただの廊下なのだが、そこに外 部に隔てられた内側の外部、地下1階から最上階まで吹きあげられ、 各階を取り巻くヴォイドの中間層同様、浮遊した外部のような不思 議な魅力を与えているのは、やはりダブルスキンによる恩恵である と思う。

地下1階入り口、チリ・サンティアゴ、朝、 開館前の様子

地下1階入り口

オフィス空間、階数不明

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100 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Siamese Tower

 ガラスの問題、予算不足でカーテンウォール化出来ず、高額な多 機能ガラスではなく1枚1機能のガラスを何種類か組み合わせるこ とで、サンティアゴの温室効果に対する問題を解決した。その結果 がダブルスキンである。  ダブルスキンはもともと冬季の過酷な環境から室内を守ることを 目的に生まれたが、自然光の拡散によるによる自然採光や太陽光で 暖められた中間空気層の暖房熱源への利用、春や秋の中間期の自然 通風のルートとして等、空調や照明負荷の低減など省エネルギーの 役割も担っている。 ダブルスキンの内・外皮はいずれもガラスだが、その目的と構成は それぞれ異なる。外皮のガラスは中間の空気層を外部の直接の影響 から守る。内皮のガラスはエネルギー効率を高める。中間の空気層 は外部の気象状況により温度や湿度は変化するが常に室内環境の バッファゾーンとして働く。 ダブルスキン外皮は建物を風化から守り、太陽光の内部への拡散、 外部からの視線の制御などの機能を持つ。 中間空気層は室内熱損失の低減、自然換気及び外気の貫流ルート、 自然光の拡散などの機能を果たす。また建物のくびれ部分で発生す るベンチュリー効果(狭い隙間を通ることで風力が増す効果)によ り、自然の風がいつでも一定に吹き込むため、温室効果が削減され る。 機能面だけでなく、この空気層が内部と外部を横断する現実のバッ ファゾーンとしても機能しているよう感じる。室内と屋外の中間領 域が最下層から頂上まで到達しているという事実は目に見える薄さ であったり軽さといった現代建築とは異なる浮遊感をもたらし、内 外を一体化させている。

地下 1 階から見上げる

VOID Office/Laboratory

Office/Laboratory

Office/Laboratory

Office/Laboratory

Office/Laboratory

外皮のシングル・スキン(合わせ、反射、色ガラス)

Office/Laboratory

Office/Laboratory

CAFE / Work Space

Gallery / Work space

Work space

ヴェンチュリー効果 DECK


■第二章

SIAMESE TOWER

タワーの問題は、出来上がったヴォリュームがおよそタワーらし く見えず、らしく見せるために行った操作の末、頭部が分かれたと いう。同時にダブルスキンとヴェンチュリー効果のための仕掛け、 くびれを持たせるなどの結果、最終的な形となったようだ。敷地の 環境から言えば、周辺の施設は2,3階建ての建物が多く、地上9 階建ての建築は十分に高いのだが、満足できなかったのだろう。出 来上がった外皮は完全に不整形で、何処から見上げても歪んで見え る。また外皮は西立面右上から南立面は黒色ガラスで、他は、ほと んどが透明、薄緑の色ガラスの組み合わせで、かつ内皮の開口と同 じ方向でカッティングされ、構築されている。内皮に関してもコン クリートの壁に斜めの開口同様のパターンで黒、グレーで塗装され ている。外皮と内皮のレイヤーが更に建築の佇まいを際立たせてい る。 仮に予算が十分あり、カーテンウォール化出来ていたなら、なんて ことはない、ただのガラス張りのビルになっていたはずだ。  不整形な双子のタワーはダブルスキンによってランダム性を強調 し大地とそこに生成する空間を具現化している。かつてのモダニズ ムは大地と共存しガラスの肌は新たな方向性を示し、地面から生え 内皮、外皮共にある方向性を持ち、立面のランダム性を強調する。

てきた植物のように力強く成長し進化を遂げている。 ハイテクなイメージと人間的な柔らかさが共存し、モダニズムでも なくポストモダンでもない空間に、求められている現代性と場所性 が共存し、新しい建築的シンボルを生み出している。

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102 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_St. Edward's University

アラヴェナのホームページに掲載されてい る物はプロジェクトの段階のものであり、 図面はおろかCGのパースのみであった。 現在、この施設は完成している。 前半は計画段階のアラヴェナの言葉から 辿 り、 後 半 は イ タ リ ア の 建 築 雑 誌『THE PLAN』34 号で完成後の写真と図面そして、 アメリカの建築家の言葉による解説で辿る。

Architects: Alejandro Aravena. Partner Architects in Texas: Cotera + Reed. Project chiefs: Ricardo Torrejon, Adam Pyrek. Chilean Team: Victor Oddo,Rebecca Emmons. Texas Team: Tiffani Edmanczyk, Travis Hughbanks, Leyla Shams, Joyce Chen, Deb Ebersole. Location: Austin, Texas, USA Project: 2006-2007 Completion: 2008 Built Area: 30.000 m²(10.000 m² dorms + 20.000 m² parking)


■第二章

St. Edward’s University

STUDENTS’ RESIDENCE

In Construction ST.EDWARDS UNIVERSITY

New Residence and dining hall

Text: Alejandro Aravena

T

here were 2 debates running in parallel

in this project. One more explicit, declared in

various documents and that were the actual programmatic requirements to be addressed. The other one, that even though was named in some documents as “compliance with master plan” was far less explicit and came out mainly in the meetings: it was the question of the language and appearance of the building and its relation to the old buildings of the campus.

T

he formal assignment was to provide the

new dormitories (300 beds), dining facilities

and various students’ service for St. Edward’ s University in Austin Texas. We thought that a dorm is like a monastery: it’s about how to organize a collections of repetitive small cells and how to relate them with larger special pieces. In the case of the monastery it’s about the monk’s cells and how to relate them with the refectory and chapel. Here it was about the rooms and the dining hall and common facilities. Both of them have to do with old atavist situations: sleeping, studying and eating. Or to put it

T

here are to great examples of how to

answer paradigmatically to this problem: the first one in the late 40’s, when Alvar

Aalto designed the baker house for MIT in Cambridge, where he created a meandering form with the repetitive units to see as a foreshortened figure the Charles river and in one of the inlets of the room’s strip he accommodated the special piece. In a way his operation can be described as having a strip and a volume and with them create a place. (1+1=3)

in a more suggestive way: feeding the body and soul and digesting. このプロジェクトでは平行して 2 つの討論が ありました。 1 つはより明確に様々な文書 で宣言されており、実際のプログラムに従っ た必要条件でした。 もう片方はいくつかの 文書で「マスタープランの承諾」と命名され ていたものでさえ、全く明確ではない状況で、 主だったミーティングで出て来た時さえはっ きりしていませんでした。それは、言語の問 題とビルの外観とキャンパスの古いビルと の関係でした。

正式な課題は、新しい寮 (300 個のベッド )、 食事施設、および学生への様々なサービスを オースチン、テキサスの聖エドワード大学に 提供することでした。 私たちは、寮が修道 院に似ていると考えました。どのように反復 性のある小細胞をまとめるか、そして、どの ようにより大きく特別な断片にそれらを関連 づけるかに関してそう考えました。修道院の 場合は、修道者の部屋と食堂をいかに礼拝堂 と関連づけるか、ということが似ていると考 えました。 この計画では、部屋、食堂、そ して共同施設に関するものです。それら全て は古い隔世遺伝的状況と関係があります。例 えば、睡眠、学習、それから食事。 または、 より思わせ振りのような状況にすること。つ まり肉体と魂を充足し消化するということ。

この問題にどのように対応するか、典型的な 例があります。1 つは、40 年代後半におけ るアルヴァ・アールトがケンブリッジの MIT にパン屋の家を設計したとき、そこで彼は、 チャールズ川を簡略化した図に置き換え、反 復ユニットで曲りくねっている形態を作成 しました、そして、部屋の外皮の入り口の 1 つでは、特別な断片を順応させています。あ る意味で、彼の操作は、外皮とボリュームを 持たせることで、場所を作り得たのだろう。 (1+1=3)

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104 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_St. Edward's University

T

he second one in the 60’s , when Louis Kahn designed the Erdman Hall, where he used the cells to enclose and define a core that worked as

the special piece. Instead of adding pieces, he synthesized cells and special volume into a single operation; he actually repeated the operation 3 times.{(1+1=1) × 3=1}

We wanted to participate of this historical sequence and made our statement not in plan though but in section; we used the special pieces as the plinth for the rooms, giving a public base for the more private units on top. We also created an articulated footprint, but instead of making it as a reaction to a geographic event, we did it to increase the perimeter of the building so that every single room could have a view and natural light without having compromise their intimacy. And we also wrapped the strip around a void but instead of doing to conform the special pieces, we made it in order to introduce and intermediate outdoor space adding one topological dimension to a campus that only had solids displayed on a field. Actually we placed all the common rooms of the dorm’ s program facing this “Cartesian canyon”, so that the entire project can be seen as order of degrees, from public, to intermediate, to common, to private. 2 つ目は 60 年代、ルイス・カーンは、ブリンモア大学エルドマン・ホールを設計した時、彼は小さなセルの集合を用いて特別な断片として作 用していたコアを囲い込み、定義していました。 断片を加えることの代わりに、彼はセルと特別なボリュームをただ一つの操作で合成しました。 彼は実際に操作を 3 回繰り返しました。{(1+1=1) × 3=1} この歴史的な連続性に接続させたかった、また平面において我々の意向が反映されてはいないが断面には現れている。 私たちは部屋の台座と して公共の基準がより個人的なユニットが上にあるような特別な断片を使用しました。また、明確に示された輪郭を作成しましたが、その反応 としておこる地理的な条件の代わりに、私たちはビルの周辺に台座を増やすことで親密な関係にある所に妥協なく視界と自然光を各部屋全てに もたらしました。そして、私たちは特別な断片を順応させる試みではなく、ヴォイドの周りを外皮で包みました、そのために外皮を作りました、 そして、原野にただあった固体のようなキャンパスに、位相次元を加えるために、中間的な屋外のスペースを作りました。実際に私たちは、こ の「デカルト峡谷」に面して、寮のプログラムのすべての共有の部屋を配置しました、そのため、プロジェクト全体が、公共から、中間、共有、 個人といった具合に度合の順序と見なすことが出来る。

B

ut there was also an underlying task. It had to do with the debate of how to determine the appropriate architectural language of the

building in order to relate to the rest of the campus, particularly the old buildings.

しかし、まだ残された処理があります。 それは、キャンパスにあるビル、特に古いビルにどのように関連付られた適切な建築言語を選ぶのか、 という討論をしなければいけませんでした。

T

his discussion took place mainly with and within the board of Trustees, where none of them was an architect. I saw this not to disqualify

those other speakers, but to clarify that the discussion was held in a transversal and common (in the sense of shared and normal) way. It was

not a disciplinary discussion of how to deal with history that could have happened among architects, debate that would have been mainly ideological and based on abstract principles. This one took place among citizens, so it became very concrete. Not better ,nor worse; concrete. この議論は主に受託の板とその幅で行われました。そこに建築家はいませんでした。 私は、それらの他の傍聴者の資格を取り上げないようにこ れを見ていました、しかし、それをはっきりさせるために、議論が横断線に一般的 ( 共有されるという意味でそしてごく普通に ) な方法で行れ たことは明らかでした。 それは、建築家たちが築いてきた歴史への対処法の議論の訓練にすらなっていなかった、議論は主に抽象的な原則に 基づき観念的でなければいけません。これが市民の中で行われたので、それは非常に具体的になりました。良くもならず、悪くもならず。現実 的でした。


■第二章

T

St. Edward’s University

STUDENTS’ RESIDENCE he role and position contemporary

architecture should take in front of a preexisting style, if discussed in seminar

or a paper tends to be ethical, involves ideas and principles of how to operate and eventually involves theories; but when discussed in a broader audience, the issue is not an issue but a specific debate about elements. It’s not about the openings of the volume but about the windows in the wall. It’s not about how to crown an object but about how the roof is going to appear or not. It’s not about the quantity of lines necessary to define a solid but about it’s decoration.

I

n these discussions, I see under scrutiny

what society expects from architects and I

I

n any case, what I think was the real

theme and challenge of project was not

really believe that is citizens to whom we

architectural, but personal. This is the first

should be giving explanations, not other

project I do outside Chile. And it happened

architects. So, in this project we tried to

to be not in another Latin-American country

balance abstraction (a solid excavated to

but in the United States, a country very

make it inhabitable) with concreteness(a

different from Chile. Today many architects

building that looks like the others on

build around the globe as if it was a natural

campus if seen with the corner of the eyes).

thing ; for me it’s not . I’ve had to design in

We tried to escape figurative languages: no

English not in Spanish. I’ve had to learn to

pastiche or aping 90 years old buildings, but

think in inches and feet instead of meters. I’

no antiseptic “look-at-me -how-cool-I-am ”

ve had to transit from a culture of scarcity

boxes either.

to a culture of abundance (where I want

That is why, drawings had to be so realistic.

tightness, my clients may see meanness,

It was not communicating an aesthetics or

where I want compression, users may see

suggesting an environment and definitely

invasion). But mainly I had to go from the

not about visualizing the space (void); it was

third world to the first one and lead a project

about the specificity of matter.

there. This is not obvious for me at all and I still don’t get used to it.

現代建築の役割と態度は正面にある既存の 様式を用いるべきである、たとえ講演や文書 での議論で倫理的に正しいとされる傾向にあ ろうとも、どのような操作を行うかの主義主 張を巻き込んで、最終的に理論を巻き込んで いくべきです。 しかしながら、様々な聴衆 のいる議論では、問題は問題ではなく、要 素に関る特定の討論です。そこではボリュー ムの始まりではなく、壁の窓に関するもので す。物体を飾る事に関してではなく、屋根 がどのように現れてくるかどうかという事で す。固体を定義するのに必要な線の量に関し てではなく、装飾に関する事です。 そのため、 図面は現実的でなければなりませんでした。

これらの議論において、私は綿密な調査に基 づいて社会が建築家達に期待することを考え ます、それから私は、他の建築家ではなく説 明されるべき市民のことを本当に信じてい ます。それで、このプロジェクトでは、私た ちは具体性 ( 仮に目の端で見られるようなら

どのような場合でも、私がプロジェクトの本 来のテーマと挑戦に関して思うことは、建築 することではなく、個人的なことでした。こ れは私がチリの国外での最初のプロジェクト です。 そして、それは他のラテンアメリカ の国ではなく、アメリカ合衆国 ( チリと非常

キャンパスの他のものに似ているビル ) と抽 象化 ( それを居住に適するようにするように 掘削された固体 ) のバランスをとろうとしま

に異なった国 ) です。 今日、多くの建築家が、 まるでそれが自然なものであるかのように地 球に建築を建てます。私はそうではありませ

した。 私たちは比喩的な言語から逃げようと

ん。スペイン語ではなく英語で設計をしなけ

しました。寄せ集めでも 90 歳のビルのまね でもなければ、生気の無い、「俺を見ろ、俺 はかっこいい」といった箱でもありません。

ればいけない。 私は、メートルの代わりにイ ンチとフィートで考えることを学ばなければ なりませんでした。 私は物が足りない文化

それは、美学も提案した環境さえ伝えられな

からありあまる文化 ( 私が厳格さが欲しいと

いし、ヴォイドのあるスペースは必ず伝えな

思うところで私のクライアントはケチだと思

ければならなかった。それは問題の特異性そ

うかもしれません、私が、要約が欲しい思う

のものでした。

ところ使用人は侵害だと思うかもしれない ) の乗り換えをしなければならなかった。 し かし、実際に私は第三世界から第一世界まで 行かなければいけなかったし、その地のプロ ジェクトを導かなければならなかった。 私 には、決して明白な事ではありません、そし て、私はまだ慣れていません。 完成前の写真

周辺の建築

105


106 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_St. Edward's University

イタリアの建築雑誌『THE PLAN』34 号で 完成後の写真と図面が公開され、アラヴェ ナの言うヴォイドの正体も明らかになる。 ここではアメリカ、ロサンゼルスで活躍す る建築家 RAYMUD RYAN という人物がこの 建築から建築家アラヴェナの事を語ってい る。 完成後の写真


■第二章

St. Edward’s University

STUDENTS’ RESIDENCE

107


108 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_St. Edward's University

TEXT: RAYMUD RYAN

S

t. Edward’s University is visible from the highway that links Austin-Bergstrom International Airport with the Texas State Capitol and the

scatter of towers that mark Downtown Austin. The university occupies a crest in Austin’s natural topography and is identifiable by its red roofs

and by the yellow masonry walls that appear to grow from the ground. As with many colleges in America there is a peculiar if not artificial homogeneity about the place. Then you notice the four-story edifice to the east of campus, a monolith with slit windows and chamfered flanks. As you approach, swatches of red reveal themselves to be glazed inner walls. The structure is in fact several buildings organized about a chasmlike patio skinned in slim and sheer glass panels. 聖エドワードの大学はオースチン、ベルイストローム国際空港とテキサス州国会議事堂とオースチンのダウンタウンを示す塔���散在する地域を 結ぶ高速道路から見ることができます。大学は、オースチンの自然な地形の頂きを利用し、赤い屋根と地面から成長するような黄色いレンガの 壁で確認できます。 場所に関しては、アメリカの多くの大学のように、人工地盤であっても独特のものがあります。そして、キャンパスの東のスリットの窓と角が 削がれたモノリスの 4 階建ての建物に気付きます。近づていくと、赤いパネルはガラス張りの内壁であると分かります。事実上、構造は、いく つかのビルが、スリムな切り立ったガラスパネルの皮の割れ目のような中庭を関連付けています。

T

hese panels bring an unexpected sensory elegance to St. Edward’

s . The building mass bifurcates along the east/west axis, framing

a view from suburban-type housing, in the east, to the original administration building - with its Texas Romanesque tower and ersatz rose windows - at the center of campus. To the north, pedestrians access the glazed inner sanctum of the new complex beneath an inhabited bridge linking two of the built quadrants. To the south, a knight’s-move in plan allows for casual strolling through the bowels of the project, past dining facilities, to a campas road and garage designed, like this fractured monolith with its almost iridescent inner lining by the young Chilean architect, Alejandro Aravena.

ST. EDWARD’S UNIVERSITY

AUSTIN , USA

テキサス風ロマネスク様式でバラの窓がある独特の管理塔

これらのパネルは知的な上品さを聖エドワードに予感させずにもたらし ます。 大概の建築は、東にある郊外型の住宅からの眺望をキャンパスの中心 にあるテキサス風ロマネスク様式でバラの窓がある独特の管理塔に向 けてみれば、西と東に沿って二つに分類されます。北へ向けると、歩 行者は、構築された四分棟のうちの 2 つをリンクする、住人のいる橋 の下の新しい複合体のガラス張りの部屋へ入ります。南へ向かえば、計 画中の騎士の動きは、施設内部を通りぬけ、食堂を通過して行き、大学 の道路と車庫へと続く、このさりげない散歩道は、そのほとんどに虹色 の裏の一面を備えられた、砕かれた一枚石と同様に若いチリ人の建築家、 Alejandro Aravena が設計をした。


■第二章

A

St. Edward’s University

STUDENTS’ RESIDENCE ravena’s brief was to house 300 students and such subsidiary program as cafeteria,

social spaces, laundry and computer rooms. Whereas in the 1950s and ‘60s, dormitories were

among the notable achievements of American campus architecture (from Aalto’s serpentine Baker House, overlooking the Charles River at MIT, to Moore and Turnbull’s charming communal street for Kresge College at UC santa Cruz), in recent decades colleges have tended to favor a conservative esthetic, often attempting to replicate and brand each institution’s historic core. Aravena, cleverly, does not set himself in opposition to the mood at St. Edward’ s, rather he reinterprets or appropriates the context, raising the university’s expectations in a fresh way.

Aravena への依頼は 300 名の学生の家、カフェテリア、社会的な空間、ランドリー、および コンピュータルームのような補助的なプログラムです。 ところが、1950 年代、60 年代、寮 はアメリカの大学建築 (MIT そばのチャールズ川を見下ろす、アールトのサーペンタインベー カーハウスから UC サンタクルズの Kresge 大学の魅力的なムーアとターンブルの通りに至る まで ) で注目に値する実績を残し、しばしば模倣するのを試みて、最近数十年大学で保守的な 美意識を支持し各団体の歴史的な資産をブランド化する傾向があります。 Aravena は聖エド ワードの雰囲気と真逆の提案はしませんでした。もっと正確に言えば、彼は大学に新鮮な方法 で期待を持たせながら文脈を解釈し直すか、または文脈に沿いました。

W

orking with colleagues as, in this case, Ricardo Torrejon, Aravena has built several

university buildings in Chile; he has also realized innovative housing complexs through

a company called Elemental. With an education center planned for Vitra’s star-studded compound in Germany, Aravena’s first commission in the U.S. is in an environment not only of masonry walls and red roofs but of asphalt surfaces that prioritize the automobile. His dormitories are wrapped in a yellow brick crust, a context-savvy overcoat, incised by orthogonal windows. You notice that the bricks are stacked in either vertical or (below windows) gently staggered panels; and then that some expanses are rough, with broken bricks facing outward, whereas others are smooth to the touch.

大学の施設に関して、Aravena は Ricard Torrejon という同僚とともに、チリにいくつか大学 関連施設を設計しました。加えて、彼は Elemental という組織によって革新的な住宅複合体を 実現しました。さらにドイツのヴィトラの有名人のために教育施設を設計している、そのよう な時に、アメリカにおける Aravena の始めの仕事は、レンガ壁や赤い屋根だけでなく自動車 を優先させるアスファルト表面の環境であった。彼の寮は、文脈に忠実に直角な窓によって切 り込みが与えられた黄色いレンガの堅い表面に覆われています。垂直にしろ窓に引き裂かれて 揺らめいたパネルにしろ、積み重ねられたレンガのいくつかの表面は粗く、外側は割れていて、 他のものは障ると滑らかであると分かります。

St.Edward's University Main Building

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110 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_St. Edward's University

T

his largely opaque perimeter leading to an open and grassy interior may recall Eero

Saarinen’s residential work at Yale (Ezra Stiles and Morse Colleges, 1958-62). Yet St. Edward’

s has little of Yale’s pseudo-medievalist scenography. As with Aravena’s earlier work in Chile - the zinc-plated school of Architecture, the vertically bifurcated Siamese Towers, the Mathematics Faculty sliced through by its light-suffused stairwell - this building in Texas is assembled from rationalist, orthogonal units. As you walk unhindered by traffic into the central chasm, look up about you and see both longitudinal and transverse inner flanks of glass, some stretching along the north/south axis, others acting as bridges or cantilevering out into space above a brown red soffit. エール大学では開かれた草深い内部に通じるこの大部分が不透明な周囲は、エーロ・サーリネ ンの住宅の仕事を思い出すかもしれません (1958-62 のエズラ・スタイルズと Morse 大学 )。 しかし、聖エドワードのものはエール大学の古い遠近画法を少しも用いていません。チリでの アラヴェナの初期の作品、亜鉛メッキが施された建築学部棟、垂直に二股に分かれたシャムタ ワー、光に覆われた階段の吹き抜けによってスライスされた数学学部棟のようにテキサスのこ のビルは合理主義的に、そして、直交したユニットから組み立てられます。道路から中央の割 れ目へ邪魔されずに歩いたとき、見上げるとガラス内部の縦軸と横軸が北、南の軸に沿って伸 びていたり、橋や赤茶色の面の上の空間に入り込んだキャンティレバーとなっているのが分か る。

T

hese walls are lined in glass held out

from the building so that much of the inner

canyon is sheer glass. There are wide or fat units (90 cm) in two distinct shades of red and one dark tint allowing views out from the interior; and skinny units (30 cm) in either red or white. Cumulatively, the effect is surprisingly rich, not unlike a kaleidoscope or some extraordinary natural formation. Aravena is disappointed that local codes or norms vetoed his desire to have operable window units but underlines his principal of giving each bed room its exterior window and of cranking the interstitial corridors about the vertical patio. He also brings attention to breezes that waft through the courtyard. Indeed his work avails of commonsensical tactics.

これらの壁は、内側の谷の大部分が切り立っ たガラスなので、ビルからのガラスが並び ます。 赤の色調の異なる内部から外が見え る幅があるか大きなユニット (90cm) があり、 赤か白のどちらかの幅の狭すぎないユニット (30cm) があります。累積的に、結果は、万 華鏡やある異常な自然の構成とは異なり、驚 く ほ ど 豊 か で し た。Aravena は 地 域 の 規 則、 もしくは規準が窓のユニットを操作しようと の試みを拒否したことに失望したが、彼は外 の窓を各寝室に与え、垂直な中庭に関しては 隙間の廊下を与えることを第一に主張しまし た。 また、彼は中庭を通り漂う微風にも注 意を向けます。 本当に、彼の仕事は常識的 な戦略の活用です。


■第二章

111

St. Edward’s University

STUDENTS’ RESIDENCE

T

he biscuit-colored brick floor extends throughout the complex, its hard,

ビスケット色のレンガの床は複合体の中で広がっている。それは固く、平らな

flat surface allowing the interior chasm read as a topological occurrence.

表面で内部の割れ目を、形態上の出来事として解釈させる。建物を通り過ぎ、

Beyond the building, this horizontal stratum becomes a set of terraces

東の方に地面が沈んでいくので、この水平な層はキャンパスを見下ろす一連

overlooking the campus as the ground falls away to the east. From outside,

のテラスになります。 外側から見ると、個々の窓は内部のレイアウトによって

you see the bedroom’s individual windows staggered according to interior

配置され、ファサードに幾何学的な活気をもたらしています。また、鋭い垂直

layout and providing geometric animation to the facades. You also notice

なヴォイドが立面の端にある事に気付きます、内部の吹き抜けを特徴づけ、ビ

sharp vertical voids in the end elevations, signaling interior stairwells,

ル全体のレンガ壁の最上部は彫刻の効果で決定付けられている。入口通路はガ

and folds in the upper reaches of the brick skin as the building mass is

ラス張りの内側の中庭に位置する、それは陰影のついた事の発端を擁する社会

manipulated to sculptural effect. Entryways are located off the glazed inner

的なコンデンサーでありカフェとコンクリートの台座は談話の場の中心と見な

patio, a social condenser with a shaded threshold and view to the cafeteria

せる。

and a concrete plinth as central meeting place.


112 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_St. Edward's University

A

collaboration with local practice Cotera + Reed, the

地元の建築家、Cotera + Reed との共同作業、聖エドワー

dormitories at St. Edward’s provide students with a crisp,

ドの寮は、はっきりと進歩的なイメージを意識した施設と

progressive and image-conscious facility. This sense of

して学生に提供している。この感覚のスタイルは幾何学に

style is indebted to geometry: the floor-to-floor glazing

よるものです。床から床へのガラス張りのユニットは過剰

units uncluttered by excess mullions give the outdoor

な縦の仕切りで整えられ、屋外の割れ目に変化と調和を与

chasm its scale and proportion. Inside, corridors become

えます。中では、廊下が社会的な場所になります内部では、

social places, with views in-and-out of laundry and

廊下が社会的な場所になります、ランドリーとコンピュー

computer rooms and from the bridges that link quadrants

タルームの内外と橋が4棟をリンクし、それが部分的に階

and that partially make the building an integrated system

層が上がるごとにビルを統合していく。しかし、十字のヴォ

at upper levels. Yet it is the tight, cruciform void chasm

イドの割れ目は、しっかりと Aravena による最近の仕事を

that marks this latest venture by Aravena, unifying his

表していて、社会的な環境に関する事(Elemental の住宅

twin concerns for social amenity (as with the Elemental

提案のような)と形式に関する事(同時に言いたい彫刻的

housing proposals) and for formal - one might even say,

な事や優雅な事)の彼の二面性を統一している。

sculptural - elegance.

S

o, how did this young Chilean architect find himself

それで、この若いチリ人の建築家はどのようにテキサス(第

in Texas? Intent on improving the design of their campus,

一世界)にいる事に気付いたのだろうか。大学のキャンパ

trustees compiled a list of mostly “emerging” talents with

スの設計を改良するのに熱心な受託者達は、ほとんど地元

advice from the architecture faculty of the local University

テキサス大学の建築学部の現役の教授陣からアドバイスを

of Texas. (Next on St. Edward’s radar: a new chapel by

かき集めていました。(聖エドワード大学の次の計画はア

Arizona architect, Rick Joy). According to one key trustee,

リゾナの建築家リック・ジョイによる新しいチャペル)。1

Aravena convinced his clients-to-be with his unpatronising

人の主要な受託者によると、Aravena は彼の公平な態度と、

attitude and through calm, lengthy discussions. The

そして穏やかで、長い議論を通して彼の未来のクライアン

completed dormitories successfully harbor the desired

トを納得させました。完成した寮は希望された場所の感覚、

sense of place, shelter from the hot Texan sun, and a

テキサスの暑い日差しのシェルターとして、そしてキャン

crossroads for the entire student body. Recently appointed

パスの全学生のための交差点をうまく抱え込んでいる。最

to the prestigious Pritzker Prize jury, Aravena has now

近、名門プリツカー賞の審査員に任命され、Aravena は現在、

unquestionably arrived.

疑いなく有名になりました。


■第二章

113

St. Edward’s University

STUDENTS’ RESIDENCE

AA section

XX section

YY section

West elevation

East elevation


114 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_St. Edward's University

2nd floor plan

Ground floor plan


■第二章

115

St. Edward’s University

STUDENTS’ RESIDENCE

4th floor plan

2 階、3 階は写真や模型を作りながら検討し、書き上げた。 4 階のコミュニティー・リビングに相当する部屋がコン ピューター・ルームまたはコミュニティー・リビング自体 がコンピューター・ルームであるかもしれない。

3rd floor plan


116 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_St. Edward's University

聖エドワード大学学生寮

1階では十字のクロスの縦軸が外部と接続し

位 相 と は、 例 え ば、 季 節 の 移 り 変 わ り で、

 この計画における問題とは、1つはアル

ているのに対し横軸は建物の内側に引き込ま

日射が最高の時期と気温が最高の時期がず

ヴァ・アールトやルイス・カーンの建築様

れ台座と呼ばれる場所に接続し、外部と切

れているようなものであるとしたなら、つ

式を受け継いできた地域の歴史的コンテク

り離されてはいるが程よい関係を保っている

まり当然、時間との関係だ。 アラヴェナ自身が、公共から、中間、共有、

ストとの接続。

ように思える。それがこの建築の内に持つ公

2つ目はプログラム上の問題、学生寮の関

共の空間を更に際立てている。

個人といった具合に度合の順序と見なすこ

係が修道院と似ているとアラヴェナが語る

しかし、やはり平面ではあの写真のような迫

とが出来る、と言っているように。中間的

ように、それは変わる事のない形式だという

力はあまり伝わって来ない。この建築の特

屋 外 の ス ペ ー ス を 作 る こ と で、 断 面 的 に

事である。

徴は平面図によるものではなく、断面図に

巡る形式を作り上げたのではないだろうか。 そうすると、用途の異なる 1 階の分棟、各

 平面において、彼らの意向は反映されて

よるものである。アラヴェナ本人が語るよう

いないという。始めこの平図面(1 階と 4

に彼らの意向が示されている。

棟各階の独立した橋、4 階にしか存在しな い ACTIVITY という部屋の意味が理解でき

階しか公開されず)を見た時に、あのシャ

 デカルト渓谷と本人が語るように内側

ム・タワーを設計した人の図面なのだろう

の大きなヴォイドを彼は強く主張している。 る。しかも 4 階で急接近しているキャンティ・

か と 思 っ た ほ ど、 こ れ と い っ た 特 徴 を 読

位相次元と呼ばれる中間的な屋外のスペー

レバーはシャム・タワー同様ヴェンチュリー

み取ることはできなかった。写真を見なが

スとは一体如何なるものなのか。

効果を生む装置になっているのではないだ

ら、図面をトレースしていき、ようやく全

下のスケッチは計画段階終盤のスケッチであ

ろうか。また大胆なキャンティ・レバーの

ての平面をそろえたことで、1 階では5棟

ろうが、屋内共有スペースと屋外のパブリッ

真下はテキサスの厳しい日差しを避けるの

あるのだが、2階では2棟、3 階で 3 棟、4

クスペースとを同じように描いている。つま

に十分な日影をも作っている。

階で 2 棟と、橋のような廊下で結合されて

り、図で言っても 180 度回転している。

学生は個人各々の時間を持ち、テキサスの

いくのが分かる。そして 4 階では ACTIVITY、 これは学生寮であり学生生活の中心的な場で

時間はその気候によって時間を反転させる

Living Room、Community Living と 呼 ば れ

あり、ここはテキサス州オースティンでもあ

かもしれない、この建築は常に人々が巡っ

る部屋の出現で急接近している。

る。

ているのだろう。

接続という意味で純粋な疑問として残るの が最終的に二つの分棟である、という事。 これは男性と女性を分けているものだと 思っている。

円運動を別の人が真横から見た運動を、単振動 という。単純な上下運動、つまり変える事の出 来ない形式、学生寮というありのままの事実を 平面図に投影させている。

ACTIVITY

Dining Hall


■第二章

St. Edward’s University

STUDENTS’ RESIDENCE

St.Edward's University Main Building

立面に関して、実際にそこにある大地にアラヴェナの作り上げた台座と共にこの建築は存在している。台座と建築は一体化しており、彫刻の ようにそびえ立っている。彫刻は屋根へとつながり「渓谷」を覆っている。学生の個室の開口は正面にある建築様式に合わせた形をしているが、 その配置は内部によってはいるが、ランダムになっている。屋根の色も周辺同様の色をしているが、棟により様々な角度を示している。 これらは模型を作る際に非常に悩まされた。

基本的には内なる渓谷に向かって屋根(外皮)は閉じられていく、そのラインがちょうど交錯する点が大きな岩の切れ込みの先に一致する。 古い遠近図法を用いていないと言ってはいるものの、その手法により一枚岩のような一体感を実現させている。またこの操作によって生まれる 屋根裏の空間は如何なる使い方がされるのか、高い所で 2 メートル以上が存在する。

赤く囲まれた個所は完全に開いていて、断 熱材が敷かれている。雨風が入り込んできて しまう。 建物の放熱や冷却に関する装置なのだろうか、 人がいられる空間ではなさそうだ。

実際の構造とは別に、ある物体がそっと置かれている。本来、構造となるべき柱、壁 がそのまま置かれている。一体何を意味するのか。ありのままの物体を置くという事 と建築(事実)を建てるという事が同じであるならば、これは建築家アレハンドロ・ アラヴェナの建築への思いそのものではないだろうか。

117


Ordos, Innner Mongoria, China Design: 2008 Construction: 2009 Architect: Alejandro Aravena, Ricardo Torrejon, Jorge Christie, Victor Oddo, project team Client: Jiang Yuan Water Engineering Co. Ltd. Consultants: Ai Wei Wei-Fake Design, landscape Structural system: Concrete, brick and steel Site Area: 1,798 m2 Total floor area: 990 m2

「オルドス 100」  内モンゴルのオルドスの建設プロジェクト。オルドス市江源 水務工程有限責任公司がアイ・ウェイウェイを招いて共同で企 画したプロジェクトで、世界 29 カ国から来た 100 人の建築 家が、 「文化創意産業園」1期の E エリアに、100 戸の一戸建 て住宅を建てるというもの。

Inner Mongoria

 建築家のリストを作成したのは、ヘルツォーク&ド・ムーロ ン。二人は世界の数多くの建築家の中から優れた建築家を選び

ORDOS

出すことで、プロジェクトの質を保証した。その一方で、アイ 氏率いる FAKE デザインは、主に計画、進行や主管の面に参与。 芸術面の責任者ともなった。アイ氏によれば、具体的な任務と

China

は、 「建築を行う前に、建築家らにある種の条件を提示」し、 彼らに「何をどのように作るか、を伝える」こと。建築ごとに 建築家に課題を出し、各建築家に一定の解釈を与えた上で、最 後に完成されたデザイン作品に対して意見を述べていくとい

 中国では、建築家を招いた一戸建て住宅の開発が増え

う。

ている。だが、世界各地から集まった 100 人の建築家が デザインしているという、その規模において、オルドス 100は際立っている。各建物は1000平米以上。つま り、合わせると10万平米以上の面積になる。 「全世界でも、 これまでのように熱狂的なプロジェクトはありませんでし た。その全体のクオリティもとても高い。ヘルツォーク氏 らが推薦した建築家は、各国から来た最もすばらしい建築 家、若くて最高の建築家です」と、アイ氏。世界の建築家 とコラボレーションを組んだ感想についても、「建築家ら のデザインの質はとてもすばらしい。みな、とても熱心に 取り組んでいる」と賞賛を惜しまない。  総人口 154.8 万人のオルドス市は、内モンゴルの西南 部に位置し、著名な特産物はカシミアと石炭。オルドスと いう言葉が「多くの宮殿」という意味のモンゴル語である ことから分かるように、歴史的にモンゴル文化の影響が 色濃く、現在も住民のうち、17 万人がモンゴル族。平均 気温は摂氏 5.3 - 8.7 度で、年間降水量も 150 ミリから 350 ミリと、東京都の約 6 分の1しかない、砂漠と高原

第一期

 そんなオルドス市で。3 期に分けて建設される「文化創

第二期

意産業園」、建築面積 146 万平米に及ぶ総合文化エリア。

アラヴェナ

すでに 2007 年に開館したオルドス美術館や、ホテル、レ

文化創意産業園の住宅プロジェクトは第一期と第二期に分けて建設が進む。 アラヴェナは二期目の 32 番の場所に建築する。

の都市だ。

ストランなどが含まれ、全 3 期は 2012 年までに完成予定。


■第二章

119

ORDOS 100-HOUSE How to build this house? Take black core bricks, brake them in halves, roughly (do not it with care), and place their rough surface facing out to build the walls. This house should be as possible, so these rough broken bricks, should be the outward texture of the whole volume, including roofs and exterior pavements. The structure is based on walls are made out of reinforced brick masonry toward the exterior. Interior spaces are spanned by 1.6 m tall reinforced concrete beams supported by 2.1 m tall concrete walls. Concrete slabs (about 15 to 20 cm) are mostly horizontal but diagonally sloped just around the tower. The rough brick texture allows for relatively large tolerance levels, both on walls and roof. The roof shape is achieved by the accumulation of material rather than by following certain geometry. Rigid insulation has to be accumulated on top of the concrete slab as if it were sand or gravel. Then a wire mesh and a shot crate layer will consolidate the shape (same as with grade pools construction technology). Finally, regarding color, the interior of the project will be in matte black/white/gray gamut: Masonry walls painted white, sealed exposed concrete, black stained hard wood floors, black porcelain tiles (basement), grey tinted double paned glass in curtain walls and windows.


120 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Ordos 100


■第二章

121

ORDOS 100-HOUSE どのようにこの住宅を建てるのか?  黒い芯のあるレンガを用い、それらを大雑 把に(注意を払わずに)半分にして、 その荒っ ぽい表面が外を向くように並べて壁を築く。 この住宅は可能な限り一枚岩的なものである べきと考え、その意味でも屋根や外部歩道も 含めて、これらの荒く壊されたレンガがヴォ リューム全体の外面のテクスチャーとなるよ うにした。  構造は壁と成の高い梁に依っている。また 床から天井までの垂直な壁については、鉄筋 が配筋されたレンガ積みで構成している。建 物を囲む壁についても、建物外部へ向けた方 向で配筋された荒いレンガ積みを用いている。 内部空間は、高さ 2.1 メートルの壁によって 支えられた、1.6 メートル間隔で並ぶ梁成の 高い鉄筋梁によって支えられる。コンクリー ト・スラブ(約 15 - 20 センチ厚)は通常 水平になっているが、タワー周辺では一部 傾斜している。  荒いレンガによるテクスチャーは壁におい ても屋根においても比較的高い耐久性を持っ ている。屋根の形態は特定の幾何学形態を求 めたのではなく、素材が積み重なることで得 られたものである。コンクリート床には、ま るで砂や砂利であるかのように堅い断熱材を 敷き詰める必要があった。そうした上で、ワ イヤーメッシュとコンクリート吹き付けの層 が形態を固定することとなった。 (現状のプー ルの建設技術と同様のもの) 。  最後に色に関してだが、このプロジェクト の内部空間は艶消しの黒、白、灰色の範囲で 設定され、さらに石積みの壁は塗装による白 色、また耐水加工された打ち放しコンクリー トや黒色染色された堅木による床、黒い陶器 製タイル(地階)、灰色に薄く染められた 2 重ガラスによるカーテンウォールと窓、と いった具合で設定されている。


122

ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Ordos 100

オルドス 100 アイ・ウェイウェイがアラヴェナに出した課 題は、黒い芯のあるレンガを用い、それらを 大雑把に(注意を払わずに)半分にして、そ の荒っぽい表面が外を向くように並べて壁を 築く、というもので、アラヴェナの解答は、 この住宅は可能な限り一枚岩的なものである べきと考え、その意味でも屋根や外部歩道も 含めて、これらの荒く壊されたレンガがヴォ リューム全体の外面のテクスチャーとなるよ うにした、である。 アラヴェナはレンガの積み重ねで出来上がっ た形とは言うがアラヴェナは割と早い段階で 湖の形に至っていると思う。彼はこの形のス ケッチと共に草原を描いている。同時に積み 上げられたレンガの壁でがっちりと固めら れた様子はピリウェイコ湖の別荘と似てい るし、この土地もまた先験的な建築言語の無 いモンゴルの砂漠であることから、同様のア プローチをとったと思われる。異なるのは 1000 平米もの大きさで高いコストの住宅と いうことだろうか。 過酷な環境において建築は抵抗力を持たねば ならないのだから、アイ氏の課題はアラヴェ ナにとって格好の素材を提供したことにな る。一枚岩的なものであるべきというのも、 砂漠という環境では自然な状態であろう。 ただアラヴェナがここまで内部空間を操作し たのは今までに無いのではないか。 アラヴェナの建築は形を操作する上で何かし らの法則、理由、常識が存在する。 壁に開けられた開口を除き、突起物のような 窓はスポットライトのように室内を照らす、 暗い色で仕上げられた内装がさらに光を際立 たせる。平均気温の低いこの地で、いかに内 部に光、熱を取り込むか、アラヴェナ自身が 抱えた問題は光の問題ではないだろうか。 頂上の大きな開口は十分に内部を照らしそう だ。


■第二章

123

Vitra Children Workshop Architects: Alejandro Aravena Architects Alejandro Aravena, principal-in-charge; Ricardo Torrejon, Victor Oddo, project team Partner architect: Osolin Pluss, Germany Client: Vitra Program: children art workshop in Vitra Campus Location: Weil am Rhein, Germany Project: 2008 Construction: -2011 Built area: 600m²

2008 年のベネティア・ヴィエンナーレ Vitra 社の展示ブースの看板。 Herzog & Meuron, SANNA そして Alejandro Aravena この3者の建築が今後、 ヴィトラのキャンパス内に建設 される。

GA DOCUMENT 108 INTERNATIONAL 2009 世界の最新の建築プロジェクトを紹介している。 アレハンドロ・アラヴェナのヴィトラ社の工場内にある、 現在倉庫として使われている場所を子供たちのためのワー クショップを開催出来る場所へ改築するプロジェクトが掲 載されている。


124 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Vitra Children Workshop

Vitra. チャールズ&レイ・イームズ、マリオ・ベリーニ、ジャン・プルーヴェ、ジャスパー・ モリソン・・・世界的なデザイナー、建築家がデザインしたファニチャーを世に送 り出し続けているヴィトラ社は 1934 年にスイスで創業。当時、ヴィトラ(ラテン 語でショーケースの意味)は店舗什器の製造販売メーカーであったが、創業者であ るヴィリー・フェールバウムがアメリカ旅行中、ショーウィンドウに飾られたイー ムズのプライウッドチェアを見たことをきっかけに、1957 年、ヨーロッパでの製 造販売権を獲得し家具の生産に乗り出した。これを機にデザインに開花したヴィト ラはその後も著名デザイナーとコラボレートして現在の地位を築き上げた。

Vitra Campus ドイツ南端地区のヴァイル・アム・ラインに位置し、Vitra の生産拠点である。 また、建築ミュージアムをコンセプトに著名な建築家設計の建築物が配置されて おり、デザインを重視する Vitra グループのメッセージ性の高い施設。バーゼル郊 外のヴィトラキャンパスは世界の建築のミュージアムともいわれておりフランク・ ゲーリー、アルヴァロ・シザ、バックミンスター・フラー、ザッハ・ハディド、安

Zaha Hadid

藤忠雄、ニコラス・グリムショー、ジャン・プルーヴェなどの建築が渾然とそれぞ Alvaro Siza

Alejandro Aravena

れの個性の主張している。これこそがヴィトラ社の会社としてのコンセプトを表現 している。 そして、今後、SANNAのパヴィリオン、ヘルツォーク&ムーロンによる Vitra House と呼ばれるショー・ルームが建設される。 さらにアレハンドロ・アラヴェナによる Vitra Children Workshop が 2011 年には 完成予定である。

Zaha Hadid

FACTORY BUILDING Kazuyo Sejima/SANAA, 2009. To be finished 2009.

Alvaro Siza

Jean Prouve

Buckminster Fuller

Nicholas Grimshaw Jacques Herzog and Pierre de Meuron, 2009.

Frank O.Gehry BALANCING TOOLS

Tadao Ando

Claes Oldenburg & Coosje van

BUS STOP Jasper Morrison

To be finished 2010


■第二章

Vitra Children Workshop Text: Alejandro Aravena

A thing, not an object

No idea, but facts

 It's been a couple of years now, since I heard

 The first meeting took place in November

To remove some earth and get rid of a peripheral

Argentinean architect Rafael Iglesia describe one

2007, on site: an existing garage neighboring

wall to bring light, air and people through a

of his projects as the attempt to produce a thing

Siza's factory and Hadid's fire station, that

sloped courtyard, was easier.

not an object. A thing, he said, does not have

had been recently added to the Weil am Rhein

How do we prepare the initial building to grow

project, it has not been designed; but an object

Campus property. Rolf Felhbaum began by

afterwards and still make sense? We thought

has.

saying, as if it was a very normal thing, that

that a fence was more flexible for future

I might have misunderstood what he meant, but

he wanted a ''direct'' building for hosting the

developments than a building. We spent a lot of

I translated it as the difference between a chair

workshops that Vitra offers to children as an

time trying to balance a shape and size for the

and a stone, if of the right size and form, may

extra curricular activity. He did not say simple,

fence with the maximum impact in the context in

allow to sit on it, but was not designed as such.

nor cheap, but direct. It was one of the healthiest

order to let Hadid's building be visible from the

A thing has a life on its own, it has no purpose;

and most strategic starts I have ever had.

street.

only circumstances, i.e. use, make a thing become

Looking back, that first requirement, became

The long distance dialogue was followed by

intentional.

the frame that defined the tone of the discussion

regular face meetings with Rolf Fehlbaum and

and oriented the decisions that were taken

fresh conditions and orientations were given: Use

of designing a building as if it has not been

afterwards.

encouraging materials. Not rough, low budget,

designed remained in my mind. I wanted to

In part due to the remoteness (Chile-Switzerland),

but encouraging materials.

achieve the status of those cases that are closer

in part because it just happened that way, we

Do a happy building. Think of an

to nature than to artifice, even though they

started a ''thinking-out-loud'' type of process:

environmentally friendly eventually recyclable

are obviously man-made, cases in which the

an internet dialogue in the form of texts and

structure. Discipline the form. That is how we

consecutives layers of knowledge applied to a

drawing where very clear, common sense,

arrived to the wood and the street as materials

given question and the uninterrupted trial and

pragmatic options were evaluated. It was an

for the building. Form follows facts:

error approach besieging a problem, have shaped

exchange of facts, not ideas. Ideas are overrated.

Even though it might seem a paradox, the idea

The thatch roof follows archaic rules, taken

answers efficiently and smoothly. Some archaic

Do we keep the garage and adapt it for the

from a time when construction and environment

shoes, some antique vases or some primitive

workshops? Being the building just a collection

were not an option nor a technique but a fact as

tools have erased the traces of their formation

of small additions not flexible enough for an easy

natural as gravity. The wood is laid in a way that

process up to the point of acquiring the capacity

reuse, and being the environmental standard of

structural intuition more than calculus informs

to fit life, naturally.

the construction very poor, insufficient for an

its form.

 The Vitra job seemed from the very beginning

educational facility and very costly for a simple

Since we cannot compress the time required for

to be the case to do a thing not an object,

upgrade, what appeared to be more reasonable,

an object become a thing, we decided to integrate

something as natural and statement-free as a

was to demolish the existing structure.

as many layers of accumulated knowledge as

stone, but if of the appropriate size and form,

However, to keep the 400㎡ underground made

able to perform as a building, in this case as a

a lot of sense. So, the footprint of the basement,

children workshop.

dictated the shape of the building on top.

possible, replacing experimentation by synthesis.

Do we integrate the basement by perforating the slab?

2008 年、ベネティア・ヴィエンナーレ Alejandro Aravena のパネル

125


126 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Vitra Children Workshop

〈モノではなくコト〉

〈考えはないが、事実はある〉

 アルゼンチンの建築家ラファエル・イグレシア

 初回打ち合わせは、2007 年 11 月に行われた。

土をいくらか移動し、傾斜のある中庭を通って光

が彼の作品について、モノではなくコトをつくる

場所は、最近、ヴェイル・アム・ライン・キャン

や空気や人々が入って来られるように周囲の壁を

試みであると述べたのを聞いてから、2年が過ぎ

パスに加わった、アルヴァロ・シザ設計の工場と

取り除くことの方が、簡単だった。

た。彼が言ったのは、コトには計画は存在しな

ザハ・ハディド設計の消防署に隣接した、現存す

 どのようにして将来発展性のある建築の原型を

い、それはデザインされるものではないというこ

る倉庫であった。ロルフ・フェーンバウムは冒頭

計画し、意味を存続させるのか。我々は、将来の

とだ。しかし、モノには存在する。

で、「ヴィトラが子供達に特別なカリキュラムを

展開に対し、建物よりもフェンスの方がより自由

 私は彼の意図することを誤解していたのかもし

提供するワークショップを開催するための『直接

度が高いと考えた。我々は、ワークショップ最大

れないが、それを椅子と石の違いのようなものだ

的な』建物を作って欲しい」とあたかもそれが当

の空間におけるフェンスについて、形と大きさの

と置き換えた。椅子は、座れるようにデザインさ

然のことであるかの如く言った。彼の言うことは、

バランスを探索するのに多くの時間を費やしたの

れる。石は、もし丁度良い大きさと形であれば座

単純でも粗悪なものでもなく、ストレートであっ

だが、ハディドの建物が通りから見えるようにす

ることが出来るかもしれないが、椅子のようにデ

た。私がこれまで経験した中で、最も勢いがあり

るための最小の効果しか得られなかった。

ザインされることはない。コトはそれ自体の中に

計画的な始まりだった。振り返って見ると、最初

 ロルフ・フェーンバウムとヴィトラのスタッフ

生活を含むのだが、目的を持ってはいない。そし

の要求によって、議論の進め方を明確にし、その

による対面式の定例会により、長い対話が続けら

て、そのような状況においてのみ、何かをつくる

後の決定を適応させるための骨格が出来た。

れ、重要かつとても的確な、新規の条件と方針が

ことが意図的なものとなる。

 チリとスイスという遠距離であることや、始ま

決定した。それは、推奨された材料を使うという

 矛盾があるように見えるとしても、私の思想の

りがそのような形であったことなどにより、我々

ことだった。粗野ではなく、低予算であり、推奨

中には、デザインされていないような建物を設計

は「考えて、声に出す」というやり方を開始した。

された材料であること。幸福な建物にすること。

するという考え方が宿っていた。質問に対応した

それは、とても明瞭であり、常識的で、実用的な

環境に優しく、最終的にリサイクルできる建築を

一連の知識や問題に対する絶え間ない思考錯誤に

選択が評価される、文章や図柄の形式によるイン

考えること。形状を洗練させること。

よって、効果的で流暢な回答が出来るという明ら

ターネット上の対話である。それは、考えではな

 このようにして、我々は木材と建築材料として

かに人為的な状態であっても、私は人工的なもの

く現実の代替である。考えは過大評価される。

申し分ない素材を使うことになった。形態は事実

より自然に近い状態にすることを望んでいた。古

 我々は、倉庫を保存し、ワークショップに適用

に従う。藁葺屋根が古くからの慣習に従っている

い靴、アンティークな花器、、、原始的な道具類は、

できるのか。小さな増築をただ集積しただけの建

ように、建物や環境は選択できるものでも技術的

自然な形で生活に適応する力を持つ段階に至るま

物は簡易な再利用をするには自由度に欠け、構造

なものでもなく、重力のような自然の事実による

で、それらの変遷の跡は抹消されてきた。

の環境基準は教育施設としてはとても貧相かつ不

ものだということである。

 ヴィトラ社の作品は、最初の段階からモノでは

十分であり、ただ機能性の向上を図るために見か

 モノがコトになるまでに要する時間を短縮する

なくコトにする段階まで、自然のような何かであ

け以上に大きな費用がかかることなどによって、

ことはできないので、我々は、総合的な試みをす

り石のように自由な表現であるように見えるのだ

現存する建て物を取り壊すことにした。

る代わりに、集積された知識を出来るだけ多く一

が、もしそれが丁度良い大きさと形であれば、建

 しかし、400 平米の地下室を残すことには、様々

体化することに決めた。

物として、今回の場合は子供のワークショップと

な思いが生じた。それで、地下室の輪郭から建物

しての役割を演じることが出来る。

屋上の形を決定した。  スラブを突き抜くことによって、地下を一体化 するのか?

ヴァイル・アム・ラインはドイツにあるが、 スイス、バーゼル郊外ともいわれる。国境付 近に存在する。


■第二章

127

Vitra Children Workshop

問題となる既存の倉庫を維持するには見た目以上に

The footprint of the basement

コストがかかるため取り壊す事になったが実在する 400㎡の地下室の輪郭を取りだし新たな屋根をその場 所へ置いた。輪郭は本当に現在ある形とほとんど変わ

Section

らない。 同時に彼はこう言う、人工的なものより自然に近い状 態にすることを望んでいる、と。

400㎡の地下室

自然に近い状態とは、目的のための形ではなく、その 過程の中で、事のありかたの存在により、本来の使わ れ方がされ、改良され改善され、現在の姿になる以前 の状態。気にもならない状態を言うのかもしれない。 例えば、生物は、自然選択によって、生物は常に環境 に適応するように変化し、種が分岐して多様な種が生 じる。 「 様 々 な 生 物 は、 変 化 の 中 で 生 ま れ て き た の で あ る、、、、 、進歩ではなく、進化である。 」             ―ダーウィン「進化論」 逆に言えば現在のある姿こそ、気にもならない姿なの だが。 これは変遷を可能にする建築なのではないだろうか。 アレハンドロ・アラヴェナは壁を建て、屋根を置いた だけだ。だが、断面図を見れば新旧の明確なコントラ ストが見てとれる。実際の地下室がどこまであって、 どれくらい土を移動させたかは定かではないが、彼は

Google Earth

時の流れを繋ぎ止めたのだ。

New Old


128 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Vitra Children Workshop

MAIN HALL WET AREA

Section

WORKSHOP

OFFICE

TERRACE

MAIN HALL

WORKSHOP

WET AREA

STORAGE

Section

East elevation

TERRACE

WORKSHOP

MECH.RM

DECK PATIO

OFFICE

WORKSHOP

WET AREA STAIR HALL

OFF.STOR.

BA

BA

BASEMENT HALL WET AREA MAIN HALL

STORAGE

Basement plan

Ground floor plan

OFFICE

OFFICE

KITCHEN

BA

ACCESS

RAMP


■第二章

Vitra Children Workshop

North elevation

MAIN HALL

STORAGE

OFFICE

KITCHEN

WORKSHOP

TERRACE

Section

West elevation

Roof plan

Site plan

129


130 ALEJANDRO ARAVENA_No.02_Vitra Children Workshop

1階に建てられている4つの壁の内2つは取り外し可能なフェンスである。 将来の展開に対し、建物ではなくフェンスを用いた。 フェンスで囲まれる空間はパティオやデッキといった屋外空間になっている。 既存の倉庫の大きさを考えれば当然、将来同等の大きさの施設に展開すると考えて もおかしくないだろう。そうしていないのは予算不足か、アラヴェナの判断なのか。 このフェンスの操作により屋外のスペースを考えていたのだろうが、現在の計画で はザハ・ハディトの消防署を通りから見えるように、収まりの良い格好になっている。

PATIO

DECK

何といっても特徴的なのは、地下の輪郭から取り 出したという屋根である。これは現在プロジェク トの段階でCGでしか見ることはできないが、藁 葺の屋根であるという。2009 年、6 月 20 日か ら 8 月 9 日まで G.A ギャラリーで行われた『〈現 代世界の建築家〉展』で展示されていたアラヴェ ナの作品がこのプロジェクトであり、A1パネル 2枚の展示であったが、現代アートの表題のよう に意味深に記載されていたのが、素材についてで あった。 屋根もそうだが、フェンスや壁、デッキに使用さ れる木材も素朴な印象を与える素材だ。 粗野でなく、低予算であり、推奨された材料であ ること。それが幸福な建物にする、環境に優しく 最終的にリサイクルできる、そして形状を洗練さ せる。 形態は事実に従うとアラヴェナは語る。

Reed

1. Natural eco-footprint

1.自然な環境に沿う輪郭

2. Recycle

2.再利用可能

3. Mass for insulation

3.断熱の塊

4. Appropriate for place/existing traces and Reference

4.場所や既存といった関連にふさわしい

5. Appropriate for program/domestic character

5.プログラムやその土地にふさわしい

6. Archaic technology/diciplined form

6.古典的工法であり洗練された形

7. Beautiful

7.美しさ

Wood

1. Natural eco-footprint

1.自然な環境に沿う輪郭

2. Recycle

2.再利用可能

3. We have experience

3.培ってきたもの

4. Appropriate for program/encouraging

4.プログラムや際立たせるものにふさわしい

5. Appropriate for place/Available nearby

5.その場所にふさわしく近隣で利用可能

6. Archaic technology

6.古典的工法

7. Beautiful

7.美しさ


■第二章

Vitra Children Workshop これは 2008 年、ベネティア・ヴィエンナーレ、

藁や木材というものは人間が古くから用いて来た道具

Alejandro Aravena の展示物である。奥の円形の

であり素材である、培われてきた知恵、経験は洗練さ

模型は SANNA のものだろう。

れた形を知っている。この計画で言えば将来の発展の

木でできた農耕機が木材の上に乗り藁を載せてい

ために再利用する事が出来る材料であるという事。

る。下になっている木材と農耕機の木材は明らか に経過した時間が異なる事が分かるし、藁は綺麗 に整えられている。この写真は動画共有サイト YouTube から得られたものである。2008 年の時 点で彼がCGのパースを描き切るほどプロジェク トを進めていたかを知ることは出来なかったが、 この展示で計画の意向を明確に示していたことが 分かるだろう。

しかし、藁葺であるという事はド イツには古典的な藁葺屋根の家が 存在するという事実しか分からな かった。だが、新たな屋根を古典 的そして伝統の手法に立ち戻らせ ることで、新たな場所に自然な形 で適応させるだけの効果をもたら したのではないだろうか。

最後の問題はこの建築が子供のためのワークショップ を開催する施設であるという事。 空間としては 1 階メインホールは多面的な広がりと鋭 く切り取られた風景を演出している。地下空間は地上 へと続くデッキが奥行きのある空間を演出している。 子供にとって最適な空間を定義することは出来ない が、この建築は人を引き込むには十分魅力的であると 思う。どこからどう見ても面白い形をしているからだ。 前衛的な建築が立ち並ぶヴィトラ・キャンパスにおい てアラヴェナの建築は特異であり異様に際立つ。特に お隣のハディトの消防署とのコントラストは半端な い。

モノがコトになるまで擁する時間を経るころ、この建 築は自然な状態になっているのだろうか。 なっているのならば十分に役割を演じているのだろう し、なっていないのなら形態は変わっているのだろう。 形態は事実に従うのだ。

131


132 ALEJANDRO ARAVENA_No.02

No.02

Alejandro Aravena

WORKS

Sculptor House Mathematics Faculty Medical School Huelquen Montessori School Pirehueico House ELEMENTAL-Iquique ELEMENTAL WORKS Architecture School SIAMESE TOWER St. Edward’s University STUDENTS’ RESIDENCE

ORDOS 100-HOUSE Vitra Children Workshop

43-45 46-50 51-55 56-57 58-61 62-77 78-85 86-88 89-101 102-117 118-122 123-131


■第二章

第二章まとめ アレハンドロ・アラヴェナは自身の作品に対して、難しい問 題をどのように解決したかのように解説する。まるで難しい 方程式を解くかのようである。 彼はたびたび数式に置き換えている、例えば、2 + 1=1 にな るような解決策を求めた、のように。

Office/Laboratory

問題を抽象化して解決していくのだが、それは本来成立しな

Office/Laboratory Office/Lab.

い式であり具体化された方法論で、彼は解答を導こうとして

Office/Laboratory Foyer

いる。

Office/Laboratory

 数式が用いられるのは、小さなセルの集合を関連付ける時 などに多く用いられている。

Office/Laboratory

数学学部棟では新たな研究室の集合、関係性を、現状の問題

Office/Laboratory

と現場で起きている事実関係との兼ね合いの中で対角線とい

Office/Laboratory

う解答を出した。この対角線は彫刻家の家でも用いられてい

CAFE / Work Space

る。少ないスペースで連続する大きな空間を作っている。こ

Gallery / Work space

こでの中心は階段である。教育施設において、アラヴェナは 廊下のような共用の空間に特別な思いを抱いている。純粋な

DECK

WorkCPU space

知識の伝達が行われる別の場所として当然あるべき場所を豊

Meintenance

かにしようとしている。その方法として彼は位相を加えるこ とで時間の経過とともに移ろう空間を用いている、それは対 角線のような物理的な影響を与える巨大なヴォイドであり、 生活の中心の場を作っている。ヴォイドを中心としたプログ ラムの配置は理にかなった当然の結果であり変わることのな い形式に何らか変化を加えている。しかも常識に乗っ取った 方法をとる。物珍しい事をしようとしているわけではないに もかかわらず、出来上がった建築は、際立った新しさは無い のにも関わらず、見る者を魅了する。そこに彼の内に秘めた 思いがある。彼はその問題が持つ状況と現代の問題とを掛け 合わせている。 アラヴェナの建築は徹底的な合理主義とさらけ出された事実 である。 それを良く表しているのが断面図であり、彼の二面性を表し MAIN HALL

ていると感じる。問題を綺麗に解決するという事は、決まり 切った公式を当てはめることかもしれない。建物の内側は無 機的に構成されているが、外側は有機的な構成である。この 内皮と外皮はテクノロジーと人間、パブリックとプライベー ト、新しいものと古いもの、のような明確なコントラストが 見てとれる。 それは変わるものと変わらないものである。 またエレメンタルという活動を通して彼は最小の要素を追及 し、洗練された形態を追い求めている。

STORAGE

OFFICE

KITCHEN

WORKSHOP

TERRACE

133


move back as much as possible

Form Follow the Facts to more archaic and primitive ways of being


No.03

Alejandro Aravena Conclusion Literature Acknowledgement

136-137 138 139


136 ALEJANDRO ARAVENA_No.03_Conclusion


■第三章

第三章 結論   

  南米チリ、アレハンドロ・アラヴェナという建築家 彼はチリという国が生んだ純粋モダニズムの継承者である。 徹底的な合理主義者でありながら、彼の建築はモダニズム建築でもなければポストモダン建築でもない印象を受ける。彼の現代建築に対す る思いは、恩師フェルナンド・ペレスの「鏡(ありのままを写すもの)と外套(覆い隠すもの)」という教えが根づいている。加えて、社会 が常に不足を生む状況が、物事の根源を追い求める気運を作り、不安定な政治は文化を見つめなおすきっかけを作っていた。  アレハンドロ・アラヴェナの常識的な方法論と地域に根差した価値観は、彼の建築に明確なコントラストをもたらし、建築に二面性をも たらしている。その二面性は通常相反するモノとモノであり、そこでの活動も相反するコトとコトである。それは物事の本来のありかたを 示している。 彼はモノとコトを一体化した状態を作るために合理的な方法論を用いる。その方法論は建築とその環境の相互関係を作る事である。 物体と人の行為が互いに更新し合う事で生まれる空間、自然に近い状態を彼は目指している。その 1 つの最終形ともいえるのが Vitra Children Workshop である。その建築は過去から未来へ跡を残していく事が出来る。本来のあり方を目指すために彼は古典的な素材、工法 を用いて過去の輪郭を新しく作った。過去から現在までの知識の集積は洗練され美しさを保つ。素朴な素材は再利用できる、事の関係が変 われば空間を変えていく事が出来るというものだ。形態は事実に従うという言葉は彼の合理性だけでなく、チリ建築の歴史に基づいていた。 アレハンドロ・アラヴェナの建築は合理主義と物事のあり方を明確化した、モダニズムのある種の到達点ではないだろうか。

137


138 ALEJANDRO ARAVENA_No.03_Literature

・参考文献 a+u 2006:07 特集:南米チリの建築 / 新建築社 THE PLAN 033 / from Italy THE PLAN 034 / from Italy GA houses project 2009 GA DOCUMENT 108 INTERNATIONAL 2009 Crisis / Actar MARK # 15 / from Holland Alejandro Aravena /progettare e costruire / Electa ・参考 Web site アラヴェナのホームページ http://www.alejandroaravena.com/ エレメンタルのホームページ http://www.elementalchile.cl/ 参照 URL http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%AA http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/chile/index.html http://www.youtube.com/watch?v=lyssl8dUiyk&feature=player_profilepage http://www.youtube.com/watch?v=L90O-u3etCM http://www.youtube.com/watch?v=QcJBBCt25iQ http://www.youtube.com/watch?v=tRxPtGTL0KE http://www.youtube.com/watch?v=5JdK3c9Ejnk http://www.uc.cl/comunicaciones/site/artic/20090609/pags/20090609181336.php http://www.gsd.harvard.edu/cgi-bin/courses/details.cgi?section_id=6828&term=f2004 http://www.cid.harvard.edu/events/events_pages/110504.html http://www.scasss.uu.se/html/popup/perezoyarzun.html http://www.plataformaarquitectura.cl/2008/05/10/casa-lago-pirihueico-alejandro-aravena/ http://www.iconeye.com/index.php?view=article&catid=309&id=2488&option=com_content http://www.todoarquitectura.com/revista/36/36en04_Alejandro_Aravena_siamese_towers.asp http://www.chilearq.com/web/ http://www.archdaily.com/551/pirihueico-house-alejandro-aravena/ http://www.archdaily.com/1277/siamese-towers-alejandro-aravena/ http://www.archdaily.com/9558/ordos-100-1-alejandro-aravena-architects/ http://www.archdaily.com/31771/st-edwards-university-new-residence-and-dining-hall-alejandro-aravena/ htttp://www.archdaily.com/10775/quinta-monroy-elemental/ http://www.archdaily.com/28102/vitra-children-workshop-alejandro-aravena-architects/ http://tomo.com.mx/2009/03/09/elemental-alejandro-aravena/ http://www.plataformaarquitectura.cl/2007/09/17/quinta-monroy-elemental-chile/ http://www.plataformaarquitectura.cl/2006/05/31/torres-siamesas/ http://www.0300tv.com/2008/06/elemental-renca-antumalal-project/ http://www.0300tv.com/2008/02/elemental-lo-espejo-social-housing-project-inauguration/ http://www.0300tv.com/2009/09/elemental-quinta-monroy-social-housing/ http://www.0300tv.com/2009/08/alejandro-aravena-architects-it-center-siamese-towers/


139 Acknowledgement

「謝辞」  大江新教授を始め、前期 T.A の狩野君、後期 T.A の白井さん、カ メラをお借りした青山さん、ありがとうございました。  また当然のように研究室に居座る 4 年生を温かく迎え入れてく れた大江研究室の皆様に感謝しています。 


ALEJANDRO ARAVENA_Next Issue

INTERVEW

with

Alejandro Aravena


to be continued,,,


PUBLISHER : TSUYOSHI ICHIGE information twitter : https://twitter.com/#!/siamse244


to be continued,,,


「南米チリ、アレハンドロ・アラヴェナという建築家」


Alejandro Aravena