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ハイ・コンセプトの時代における教育 −能力開発型語学習得方法− ジャックミルティル L’éducation à l’ère conceptuelle Jacques Mirtil 図1、abstract

はじめに 日本は、優れた技術力と卓越した経済力で20世紀を生き抜いて来た。しかし、 先の見えない混沌とした現代において、この21世紀をどうやって生き残っていくの か。『ハイ・コンセプト(「新しい事」を考え出す人の時代)』の著者ダニエル・ ピンクは、今までの情報化社会で好まれた左脳中心のロジカル能力のみならず、右脳 でアイデアを出す力の重要性を説く。 筆者は、日本でのフランス語教師という仕事を通して、様々な試行錯誤の結果 「能力開発型語学修得方法」なるものの開発に至った。このメソッドは、ダニエ ル・ピンクの言う、ハイ・コンセプトの時代に活躍する6つのセンスすなわち、デ 1


ザイン、物語、調和、共感、遊び、生きがい、をフルに活用した、右脳が重要視さ れてくる時代にふさわしい教授方法であると認識している。 本論文では、この「能力開発型語学修得方法」の開発に至るまでの経緯と、具体 的な方法について、順を追って述べていきたいと思う。

着想のきっかけ 筆者が日本に来て最初に従事することになったのは、電話による外国語学習(フ ランス、イタリア、韓国、中国語)を扱う某会社での、教師採用、および養成の仕 事であった。この会社では教育システムが確立されておらず、自分で試行錯誤しなく てはならなかったのだが、そのお陰で、外国語教育における発音の重要性と、教育 法の大切さを認識するに至った。その後、JICAのフランス語教育を担当することに なり、そこでも、各分野の専門家たちの語学力育成のためには、一般の教材は不適 切であると痛感し、300以上の教科書、教材を検討してみた。しかし、これだという ものがなく非常に困惑し、学習者のニーズに対応した、専門用語も盛り込んだ教材 の必要性を実感するに至る。そこで、自分でそういったマニュアルを作ればよいの ではないかと思い、コーディネーターとして、PDM(Project Design Matrix :計 画立案像)の作成に参加しながら、JICAの仕組みや、計画実行方法、派遣される技 術者に何が求められているか等を学び、技術的専門用語を盛り込んだ独自の教材を 開発した。 その後、某短期大学のフランス語の授業を担当する事になった。若い女性ばかり で最初は戸惑ったが、自己紹介をする段階まではかなり盛り上がり、これはイケ ル!と思ったのも束の間、文法の説明に入った頃からなんと生徒が寝始めたのであ る。そういう光景はフランスでは見たことがなかったので、大変驚くと同時にかな りのショックを受け、同僚に話したところ、「それは普通だよ。」という答えで あった。私としては、「そんなことが普通であっていい訳がない。」と考えたので あり、それならば、眠る余裕のない授業を作りたい、と思うようになった。そして

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もう一点気にかかったのは、学生に、フランス語や英語についてどう思うかと質問 すると、大体「響きが奇麗、だけど難しい。」という答えが返ってくること、そし て、教師もそれに対して「難しい、たしかにそうですね。」という答えに甘んじて いることであった。このような環境で外国語習得がスムースにいくのだろうか?と いう疑問と共に、文法の解説よりも、授業のやり方が一番大切なのではないか、や る気を出させるための工夫こそが必要なのではないか、という思いが沸き上がった のである。

コーチングのスキル そこで筆者は、どうすれば学生のモチベーションを高められるか、という問題を 研究するべく、3年間、「コーチング」というスキルを勉強し、プロの資格を取得し た(認定プロフェッショナルコーチ CLC、CPC)。コーチングとは、「人は無限の 可能性をもっている」「その人が必要とする答えはその人のなかにある」「その答 えに気付くためにはサポートが必要である」、この3つの原則を基本として、クラ イアントの目標達成をサポートするシステムである。相手が学生で明確な目標がな い場合も、目標を持つ重要性を説き、それを明確にする手助けをし、希望の達成へ と導いていく。同時に筆者は心理学も勉強し、学生の聞く力や質問力を養うことの 重要性を知り、また、生活面においても、睡眠や、食事、整理整頓などが、実は脳 の働きに大きく影響することを学んだ。 また、コーチングを通し、いかなる悩み、問題に関しても重要なのが、前向きな 気持ちを持つことだと理解する。人間の脳というものは、不平不満、あるいは不安 や恐怖があるとうまく働かない。いかなる困難をも乗り越えていく支えとなるもの が、喜びの気持ち、そして感謝の気持ちである。コーチングの目的は、プライベート と仕事の境無く、相手の能力を引き出すこと。私のコーチングの卒論のテーマは、 『Using Coaching Skills To Assist Foreign Language Learners (外国語学習者支 援におけるコーチングスキルの応用)』であった。

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コーチとしての仕事には、インテグラル・ライフ、つまり、物理的、心的環境の 全てや脳の重要性を認識する作業が含まれる。筆者は、脳の仕組み、働きについて も勉強する機会を得、この経験は、後述する、脳のメカニズムに基づいた「能力開 発型語学習得方法」の開発に大いに役立つことになる。(セミナーNLP(神経言 語プログラミング)) このようにして、コーチングのスキルによって、相手のモチベーションを上げつ つ能力を引き出し、より良い環境を提供しながら効率良く外国語を習得させる為に 出来上がったのが、この「能力開発型語学修得方法」である。 能力開発型語学習得方法(Brain Natural Efficiency Language System) 概要 : これは、筆者が脳の自然な記憶メカニズムに基づいて開発した、あらゆる外国語 習得を容易にするものである。内容は、教師と学習者両方に有用である。

この図の、横の1から6が、従来の一般的な授業の方法である。このやり方にお いては、各回に新しい事を学んでそれを積み重ねていくが、新しい項目に入る頃に 図2

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は前の内容を忘れてしまっており、なかなか前に進むことができない。しかし、私 の開発した方法は、初めに全体像を与え、文法、発音の説明を整理された解り易い 表(「発見的表」と呼んでいる)にまとめている。学習者は毎回それを見ながら、 根本原則(図3参照)に従いつつ、毎回繰り返し復習することによって語彙を増や していく。

教材:Mon Portfolio, La palette, Mon Chevalet 図3 使用する教材としては、『Mon Portfolio』(私の作品集)というタイトルの、 バインダー形式のものを作成した。大きさは、簡単に

に入り、持ち運びに便利な

B5版。この『Mon  Portfolio』は、色鮮やかでデザイン性の高いものであり、文

法や発音の説明も、できるだけ視覚に訴えるよう工夫されている。各項目にはそれ 5


ぞれの色があり、教材全体をあたかもパレット(La Palette)のように見立て、仏作 文を通して自分の作品を作り上げていくという趣向に基づいている。 この教材の最大の特徴は、“自分”について、あらゆる時制、単語、表現を使っ て表現したい文章を書いていき、“マイ・ストーリー”を作り上げていくことであ る。誰しも最も関心を持っているのは“自分”であり、“自分”について語ること で学習者の記憶への定着がより確実なものとなるのだ。そして、バインダー形式にす ることによって、情報の取り外しや付け足しができ、項目ごとの情報整理が可能と なる。これらによって学習者は、効率よく復習でき、より記憶し易くなるのだ。

分かり易くて覚え易い また、この教材のもう一つの大きな特徴は、文法や発音規則の説明に、物語を 使っていることである。例えば、発音規則の説明について例をあげてみよう。フラ ンス語では、子音だけでは発音することができないこと、また、母音字に挟まれた 「X」と「S」は、[Z](ズ)と濁って発音されることなどについて、この教材では 以下のように説明している。「母音は女の人、ボは母だから。とすると子音は男の 人。男の人は一人では何も出来ない。だから、t、s、x、m・・・それだけでは発音 できない。女の人が横に来て初めて音になる。x氏とs氏は、恥ずかしがり屋。な ぜなら、女性に囲まれると困ってしまって、恥ズ(・)かしいのだ。だから、母音字に 挟まれた「S」と「X」は、[Z]という音になる。しかもこの二人は従兄弟同士でよ く似ている。なぜなら、名詞の複数形を作るとき、このsとxが使われる。」初め てフランス語を学ぶ不安でいっぱいだった学習者たちも、こうした説明に驚いたり 笑ったりして、楽しみながら発音の規則を覚えることができるのである。

視覚を楽しませ右脳に訴える この教材の3番目の特徴は、ここかしこに視覚を楽しませる美しい写真がちりば められていることだ。文法、発音の規則は全て、色鮮やかに 明快に図式化され、ま 6


るで物語のように説明された「発見的表」(Mon Chevalet:イーゼル)となって盛り 込まれている。毎回、宿題となる文を書く時、常に学習者はこの表を見ながら文を 作成する。そのため、この表はこのバインダーの最初と最後に折り畳んで入れられて おり(B5サイズで4ページほど)、バインダーを開くと、丁度自分のノートの両側 にこの図が来るように工夫されている。まさに、今までにない、右脳の働きに訴え かける、デザイン性と創造性に優れた教材となっており、学生はこれらによってモチ ベーション・アップを図ることができると思う。これこそハイ・コンセプトな教材 ではないかと自負している次第である。

繰り返すこと さて、顕在的記憶を確保するためには、実は40-80回聴かなければならない、と 言われているが、たしかに繰り返すことは非常に重要である。また、学習の瞬間に 精緻にコード化すればするほど、記憶が強固になるという事実が確認されているの で、学習者には最初からなるべく詳しい情報を与える。そしてあとは、毎回繰り返 して、知識を積み重ねて行く。わからなくなったらいつでも、前述した「発見的 表」を見て確認する。実習は欠かせないので、毎回授業の始めに10分間と時間を決 め、最低4人に自分の自己紹介をしてもらう(二人、または三人で会話をし、4回 以上パートナーを変える)。 そして、学習者の予見できないタイミングで、数字や動詞の活用等のクイズを行 うことによって、学習内容を復習することができる。 『本当に頭が良くなる1分間勉強法』の著者、石井貴士氏も、次のように書いて いる。

(学習者は)まったく知らないことを学ぼうとして、時間がかかりすぎて いる。         

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D、勉強とは、最初は知らないことを理解することから始まる。            C、理解したが思い出せないという状態、つまり潜在意識のなかに記憶を 入れる。 B、潜在意識から時間をかけてでも、引っ張って来ることができるよ うにする。 A、潜在意識から引っ張ってくる時間をゼロ秒に短縮することで、常 に潜在意識にある状態にする。 この4段階で、記憶は完成されるものなのです。ほとんどの人が、授 業を聞いて潜在意識に落とし込んでいるだけ(つまりDをしているだけ) で勉強が終わっています。ですが、その内容を「すぐに呼び出せるような 記憶にとどめる練習=CBAをしないと意味がないのです。(『本当に頭 が良くなる1分間勉強法』p.110)   学習者の脳の活動に適合した学習環境 私が開発したメソッドにおいては、記憶を促進させる効果をねらって、授業中に 適度な音量で、クラシック音楽、時にはジャズ、ボサノバなどのBGMを流してい る。そして、クラス全体が前向きになれるよう、教師も学生も、極力ネガティブな言 葉は使わないよう指導する。例えば、「難しい」という言葉ではなく「慣れてない だけ」と言う、「不規則動詞」という名称ではなく「その他群動詞」とする、「テ スト」と言わずに「自己評価」と名付ける、などである。 宿題に関しては、教師が毎回添削するのは勿論のことだが、そればかりでなく、 毎回の授業の「まとめ」と「感想」を学習者に提出してもらう。これは日本語で構 わない。そうすることによって、学習者は、各回の授業で何を学んだかを一通り思 い出すことができる。教師は感想を聞くことによって、学習者の心理的ケアを行う こともできるのだ。 また、早い時期にフランス語というものの全体的なイメージを説明することによ り、学習の目的と、例えば一学期でこの程度のことができるようになることを目指

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す、というような、具体的な目標を示すことができる。これらによって、目標を成し 遂げた時の達成感が得られ、ますますモチベーションは高められる。 このことについては、『脳に悪い7つの習慣』の著者林成之氏も、以下のように 述べている。

「無理かもしれない」と考えるのはNG 「もうダメだ」「無理だ」 と考えると脳の血流が落ちてしまいます。・・・こうした考えは、脳の 「自己保存」のクセによる「自分を守ろう」という反応が過剰になった結 果として生まれるもの。そして、いったん「無理かもしれない」と考える と、それが脳にとっての“否定語”として作用し、脳の思考力や記憶力を ダウンさせてしまいます。・・・目標と目的は分けなければ達成出来ない  「達成に向けて一気に駆け上がる」というときに大事なのが、脳に対して 明確に「目標」を決めてやることです。目的を達成する為には、いくつも の目標があることになります。しかしながらそれを明確にしないまま「が んばります」と言う人は少なくありません。・・・また、「がんばるこ と」自体が目標になってしまうと、目的を達成しなくても「がんばったか ら」と納得してしまい、いつまでたっても目的を達成出来ないという悪循 環に陥ることになりかねません。・・・脳を正しく頑張らせるためには 「具体的に何をするのか」「いつまでにするのか」「今日は何をするか」 などの目標を明確にする必要があります。・・・確実にこなせる目標を立 て、達成することで自信を生むことがポイントです。最初に「無理だ」と 思ってしまえば脳は働いてくれませんから、まずは達成して自信をもつこ とを習慣づけることが先決。自己報酬神経群は、自信を生む「うれしい」 と感じる経験を重ねることで、「次に達成すれば、またあのうれしさを味 わえる」ことを覚えます。目標達成の繰り返しが自己報酬神経群を鍛え、

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脳は二次関数的に力を発揮するようになっていくのです。』(『脳に悪い 7つの習慣』P71、76、78)

「能力開発型語学習得方法」の利点 私の提唱する「能力開発型語学習得方法」の要点を以下にまとめてみよう。 +常に学習者の注意を喚起することで、内容の理解と記憶を容易にする。 +学習者のニーズに応じた現実的な内容 +自然な記憶メカニズムに沿った相乗効果により、学習を容易にする。 もっと解り易く言えば、ここで使う教材(Mon Portfolio)は、「学習者自身が 作っていく=学ぶこと、覚えることが楽しくなる」ような工夫に満ちている。自分 に合わせてカスタマイズできる、すなわち、自分の本、自分の作品を作りながら、 各自のレベル、各自のペースで学習を進めることができる。また、前述したよう に、この教材の最大の特徴は、人間の脳のメカニズムに従って作られたことであ る。脳には、視覚やイメージの領域を司る右脳と、論理的な思考力を支配する左脳 があり、その両者が協力した時、最大限の力を発揮する。そういう訳で、この教材 では、読む、書く、話す、聞く時に必要な知識が、一目で分かり易い美しいイラス トになっている。このこだわりのデザインによるイラストの数々が、右脳と左脳双 方に訴えかけ、記憶への定着を容易にするのである。さらに、インターネットを活 用したwebサポートもあり、いつでもネイティヴの声で基本会話を聴いたり、音 声教材をダウンロードしたりすることができる。

「能力開発型語学習得方法」セミナー  私は、この「能力開発型語学習得方法」のセミナーも行っている。参加者は、 フランス語入門者から、フランス語教育者まで、様々なレベルの人達だ。そこでの 反響も上々である。「10年間勉強して解らなかったことが、これを見て一目瞭然 になった・・・。」等のコメントを頂くのは、まことに嬉しい限りである。そし

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て、フランス語教育者からもお褒めの言葉を頂き、採用してくださった先生もい らっしゃる。この能力開発型教育方法は、様々な分野で応用が可能であると思うの で、今後の計画として、 教育者を対象にしたセミナーを行うことも考えている。

結び 私は、これからは、頭の良い先生より、前向きな先生の方が重要視される時代で はないかと思っている。 ここで、ダニエル・ピンクによる『ハイ・コンセプト』からの一節を引用しよ う。

選んだ職業の中で、「左脳主導思考」を身につけているかどうかが問 題になることは比較的少ない。大切なのは、数値で測ることが難しい資質 である。私が本書で述べて来た、想像力、喜びを感じる力、社会的な器用 さなどの、「ハイ・コンセプト」や「ハイ・タッチ」な能力がまさにそれ である。(・・・)組織内で最も優れたリーダーとされる人たちには「お もしろい人物」が多いという。(「愉快で楽しい人」という意味であって 「変わった人」ではない)。「おもしろい」リーダーたちは、普通の管理 職と比べて3倍もよく笑うらしい。(・・・)他人を思いやったり、ケア したり、元気づけてやれる能力。コンセプトの時代では、このような能力 こそ、多くの職業における重要な要素となる。(『ハイ・コンセプト』p. 115、117)

私は「能力開発型語学習得方法」のような、左脳と右脳を刺激して学習者の能力 を引き出す教育方法を採用する教師が増えてくれることを望んでいる。こういった 教育法が発達すればするほど、学習面ばかりでなく、学習者の生き方そのものが変 わってくるのではないか。今の子供たちや若者たちが、逆境にあっても、それをう まく乗り越え、前向きに生きられる術をも身につけられるような、そんな期待を持 つのである。

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参考文献リスト 石井貴士『本当に頭が良くなる1分間勉強法』、中経出版、2008年 林成之 『脳に悪い7つの習慣』、幻冬舎新書、2009年 ダニエル・ピンク『ハイ・コンセプト』 大前研一訳、三笠書房、2010年 ジョン・メディナ『脳の力を100%活用するブレイン・ルール』小野木明恵訳、 日本放送出版協会、2009年 チップ・ハース+ダン・ハース『アイデアのちから』飯岡美紀訳、日系BP社、2008年 ウィン・ウェンガー リチャード・ポー 『頭脳の果て』田中孝顕訳、きこ書房、 2005年 松島直也『NLP 速読術』フォレスト出版株式会社、2010年

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ハイコンセプトの時代における教育  

3美教育

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