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玄冬の

戸隠

神聖なる時空の 宮澤和穂 交叉する聖地

神聖なる戸隠 その知られざる真実を解き明かす! 戸隠はなぜ「天の岩屋戸神話」と結びついたのだろうか? そこには日神(天照大神)の再生を願い、水神(九頭竜神)の鎮まる 聖地としての謎があった。

龍鳳書房 戸隠のみなぎるパワーの根源をいまここに解き明かす!!


第二章 戸隠の伝説

 一 「比丘尼石」の伝説    二 「八百比丘」の伝説

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 三 「西行桜」の伝説

 

 四 「念仏池」の伝説

100

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曽根原 忠 宮澤 和穂

 五 「かまど池」の伝説

     グラビア写真・

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95

113


玄冬の戸隠・もくじ

第一章 戸隠信仰の真髄

 一「聖なるライン」との出会い     1 古い文献からの追究・

    2 自然条件からの追究・

    2 持統天皇と信濃・

    1 天武天皇と信濃・

 四 全国を救済した竜神

    2 奉納した人物と奉納された神・

    1 竜神への奉納品・

 三 竜神の鎮座する聖地

    3 神々をお祭りした人々・

29 24 52

 五 神聖なる時空の交叉する聖地

17

20

19

 二 天照大神の蘇る聖地

66

24

58

72

83

58 75 72


一「聖なるライン」との出会い

しゅくぼう

、神主である父の仕事を垣間見ながら、山  昭和三十年、戸隠中社の宿坊で生まれた私いは わ な に入ってキノコを採ったり、川に入っては岩魚を手づかみにしたりして、幼少期を過ごし ました。

 高校進学を機に里に下り、三重県伊勢市の皇學館大学では、日本史を専攻。遠く故郷を 離れ、日本神話を学ぶにつれ、「なぜ、戸隠という地名がついたのだろう……。それには「天

の岩屋戸神話」が関係しているはずだが、では、なぜ、戸隠と「天の岩屋戸神話」が結び ついたのだろう……。」という疑問を抱くようになりました。

 大学卒業後、長野県下の中学校に勤務する間も、この疑問は片時も脳裡から離れること はありませんでした。

(一九九三)  多くの文献に目を通しながらも、追究方法に行き詰まりを感じた私は、平成五 年頃から、奥社が鎮座する地形がもつ自然条件に着目し、さまざまな方法で観察を試みま

した。

 時間を見つけては磁石と地図、カメラを持ち、奥社周辺をくりかえし歩きまわりました。 そんなある日、新たな発見が得られずに帰ろうとし、奥社入口の駐車場へと向かいながら、

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第一章 戸隠信仰の真髄


帰宅して急いで地図上で計測すると、戸隠山の山頂、奥社参道、怪無山の山頂を結ぶ直 線は、真東から三〇度の角度で東南東をさしていたのです。

「三〇度……、この角度は、ひょっとしたら……」 、と一つの仮説が浮かびました。  

 それは、信仰と日の出にかかわる研究書に書かれていた、太陽の運行にかかわる「聖な るライン」ではないか……と。

 以来、季節ごとに移り変わる日の出の位置と奥社参道がもつ自然の特徴を観測しつづけ ました。三六五日の中から、特定の日、特定の時間を選び、くりかえし長野市川中島町の

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拙宅から戸隠へ。

もや

らめく星を見つつ、胸を躍らせながら、車を走らせました。しかし、善光寺をすぎて  なき な まがり だい ざ ほう し 七曲の坂を登り、大座法師池の辺りまで行くと、まだ明けきらない薄暗い戸隠の上空には、 雲がかかり始めてくるのです。

が立ちこめた朝があり、小雨が降りし  嫌な予感を抱きつつ奥社に近づくと、案の定、靄 きる日がありました。

 「次に確認できるのは、三か月後……」、「あるいは、来年か……」。

 そんな挫折をくりかえしながら、太陽の運行にかかわる「聖なるライン」という仮説に もとづき、何度となく鳥居の下へと足を運びました。そして、ようやくにして巡り会えた のが冒頭 (P. )に掲げた写真なのです。

 この写真をスタートとして、戸隠が聖地とされ、聖域と言われる由縁について、これか ら読者の皆さんと一緒に探究してみたいと思います。

3


た。

何気なしにふりかえった時の

ことです。

 参道が木陰に消えたその上 に、峻厳な姿でそびえたつ戸

はっ ぽう にらみ

隠山の山頂 (八方睨)が、私の

目に飛び込んできました。そ

の瞬間、それまで暗中を模索

ひらめ  

していた私の脳裡に、鮮明な

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発想が閃いたのです。

 急いで地図を広げ、その場 で確かめると、やはり地図上

でもまっすぐに戸隠山の山頂

へと参道は向かっていまし

た。

 「これは、たんなる偶然なのだろうか……」、それとも、参道がこのように意図的につく られたとしたら、「その目的は……」。喜びと共に、次々と疑問が頭の中を駆けめぐりまし

ことに気づき、私の胸は高鳴りました。地図上に置い  そして次の瞬間、さらに興味け深ない し やま た定規の反対方向に、なんと怪無山の山頂までが直線状に位置していたのです。

奥社鳥居の手前から見た戸隠山の山頂


よみがえ

に ほん しょ き

照大神の蘇る聖地

あまてらすおおみかみ

  二 天

1 古い文献からの追究

おく しゃ

あま

いわ と

たちからおのみこと ちゅう しゃ

あま

いわ や

事記』や『日本書紀』に書かれている「天の岩屋戸神話」に登場す  戸隠神社には、『古 る神々が祭られています。

こ しゃ

うずめのみこと

社には天の岩戸を引き放った手力雄命。中社には天照大神を天の岩屋から呼びもどす  奥 おもいかねのみこと ほう こう しゃ うわはるのみこと み ため、さまざまな方策を考案した 思 兼 命 。宝光社には思兼命の子である表春命。日の御 子社には天の岩屋の前で半裸で舞った細女命です。

 これらの神々が、戸隠に祭られるようになった経緯について、古い文献を要約すると次 の通りです。

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図 1 戸隠神社周辺の地形図 北

戸隠山山頂 西

東 東南東 30 度 (冬至日の出方位)

戸隠神社奥社 参道

鳥居

▲ 怪無山山頂 南

図 2 奥社参道と戸隠山山頂・怪無山山頂の位置関係

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奥社

中社

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宝光社

日の御子社

九頭竜社

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玄冬の戸隠  

神聖なる戸隠、その知られざる真実を解き明かす!戸隠はなぜ「天の岩屋戸神話」と結びついたのだろうか? そこには日神(天照大神)の再生を願い、水神(九頭竜神)の鎮まる聖地としての謎があった。戸隠のみなぎるパワーの根源をいまここに解き明かす!!

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