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岡澤由往/ 編著

龍鳳書房


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氷鉋老人福祉センター古文書同好会会長 中島 嘉人・

氷鉋老人福祉センター所長 中田 建一・ 氷鉋老人福祉センター郷土史講座会長 村澤 英夫・

更北の郷土を知る会事務局長 松澤 啓吉・

安茂里老人福祉センター所長 佐藤  明・

題字 長野市稲里町中氷鉋 小林 昭三氏   挿絵 長野市川中島町 村田富士夫氏

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ご出版おめでとうございます 七 氷鉋老人福祉センター郷土史講座・

八 氷鉋古文書同好会・ 207

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九 安茂里老人福祉郷土史講座・

十 その他寄稿俳句・ あとがき・ 244

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長野市芹田公民館長 新保 哲二・ 齋藤 友雄・

宮沢 兵衛・

長野市立七二会公民館長 小池  満・ 近藤 隆夫・

池田 信一・

長野市篠ノ井公民館長 吉池 重行・ 栁澤 孝博・

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会長

会長

会長

会長

会長

長野市立更北公民館長 西村 敦子・

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三章 俳句で綴るこころの伝言・ はじめに・ 一 篠ノ井公民館古文書受講者俳句・ 篠ノ井公民館の歩み 篠ノ井公民館古文書講座 二 篠ノ井公民館古文書同好会・ 篠ノ井公民館古文書同好会 三 七二会公民館古文書講座俳句・ 発刊を祝して  七二会公民館古文書講座 四 七二会公民館古文書同好会俳句・ 七二会公民館古文書同好会

五 芹田公民館古文書受講者俳句・ 芹田公民館成人学校「古文書を読む」講座 162

芹田公民館古文書講座 六 更北公民館文化史跡巡りの会参加者俳句・

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俳句で綴るこころの伝言 もくじ はじめにあたり・

二 与謝蕪村・   蕪村の生涯/蕪村の俳句・絵画の特徴

三 小林一茶・ 一茶を著名にした背景/一茶の生い立ちとその人生 ( 2)長沼一茶十哲/一茶西国遊行の目的は 二章 北信濃の俳人と伝言・ 姨捨山奉額名集の俳句・ (一)はじめに (二)明治期の俳壇の動向と教林盟社 (三)姨捨山奉額名集掲載の北信濃の俳人

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( )一茶を支えた門人たち

一章 芭蕉・蕪村・一茶・ 一 松尾芭蕉・   芭蕉句碑の意味するもの/芭蕉の生い立ちと俳人としての人生/芭蕉俳句の性格

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[参考資料]  大和物語 百五十八 姨捨

住みけり。若き時に、親は死にければ、をばなん親のごとくに若く  信濃の国に更級といふ所に、男 う よりそひてあるに、この妻の心憂くことおほくて、この姑の、老いかがまりていたるを、つねに憎み

つつ、男にもこのことをばの御心のさがなくあしことをいひ聞かせければ、むかしのごとくにもあら

ず、おろかなることおほく、このをばのためになり行きけり。このをば、いといたう老いて、ふたへ

にていたり。これをなほ、この嫁、ところせがれて、今まで死なぬことと思ひて、よからぬことをい

ひつつ、 「もていまして、深き山に捨てたうびてよ」とのみ責めければ、責められわびて、さしてむ

と思ひなりぬ。月のいとあかき夜、 「おおなども、いざたまへ。寺にたうときわざするなる、見せた く

てまつらむ」といひければ、かぎりなくよろこびて負はれにけり。高き山のふもとにすみければ、そ

  の山にはるはると入りて、高き峰の、おり来べ くもあらぬに、置きて逃げて来ぬ。 「やや」といへど、

いらへもせで、逃げて家に来て思ひをるに、いひ腹立てけるをりは、腹立ちてかくしけれど、年ごろ

親のごと養ひつつあい添ひにければ、いと悲しくおぼえけり。山の上より、月もいとかぎりなくあか

くいでたるをながめて、夜ひと夜、いも寝られず、悲しうおぼえければ、かくよみたりける。

 わが心 なぐさめかねつ さらしなや をばすて山に 照る月を見て とよみてなむ、をばすて山といひける。なぐさめがたしとは、これがよしになむありける。

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の俳句創作を依頼した。講師の私を含めて、俳句を詠むことがほとんどなかった人たちである。それ

岡澤由往

志 四

昂 月 雑然信

だけに邪念のない、純粋な受講者の心のエキスが、本書の三章にまとめた俳句であると思っている。 このエキスを多くの人が飲みほし、

旭射す 赤紫蘇の葉 輝り映えて (平成二十年七月三十日詠) と日本の末来に乾杯されることを乞う次第である。

 古文書講座・郷土史講座受講者の俳句一部掲載 稲穂には 人の歴史の 姿秘め 篠ノ井古文書講座 御開帳 認知の妻と ただ合掌 篠ノ井古文書講座 ころもがえ 亡き母の 小言懐かし 更衣 七二会古文書講座

夏雲の あの下辺りが 生家かな 芹田古文書講座 藤梓楼 今年また 郭公を聞く 傘寿かな 氷鉋老人福祉センター郷土史講座 祥 山 万緑に 包まれ尽きぬ 立ち話 氷鉋老人福祉センター古文書講座 卯 月 紅葉の木 青赤黄と 枝分かれ 安茂里老人福祉センター郷土史講座 豊 子   小浜波 五輪の花を 広島に 更北公民館史跡巡り 帰去来

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。また、  照る月を見て」(古今和歌集)と口ずさみ、翌朝姥を連れて帰った (『大和物語』・参考資料参照) 姨捨山の地名伝説に、昔は人が年老いて役に立たなくなると、山に捨てなければならなかった。とこ

ろがある孝行な息子がいて、捨てるべき年老いた母親を密かに隠し養っていた。ある年、領主から村

に難題が次々に出された。すると母親から教えられた息子が、それをいずれも解決した。領主が不審

に思って、問いただすと、母親に教えられたことを告白した。それで領主は老人たちの貴重なことを

悟って、それから以後は、老人たちを山に捨てることを禁じ、手厚くもてなしたという。

『大和物語』や「姨捨山」伝説は、長文による先人の後世の人々への伝言である。

 これに対して、誰にでも手軽にできる伝言は、十七音の短文の俳句である。表面は叙景や叙情を詠 んでいても、裏面には俳句を通して、詠者の真意が秘められているからである。  松尾芭蕉の 夏草や 兵どもの 夢のあと  小林一茶の

我と来て 遊べや 親のない雀 は、単に叙景や叙情を詠んだ俳句ではない。芭蕉や一茶の私たちに伝えたい心奥の伝言である (一章

いばら

。古文書講座や郷土史講座の受講者は、多くは太平洋戦争や戦後の混乱期を生き抜き、戦後の 詳述)

日本の国造りや平和国家、経済発展に貢献してきた人たちである。この尊い体験、歩んだ荊の人生で

体得した人生観を、講座で得た知識の実践として、 『俳句で綴るこころの伝言』を課題に、一人三句

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ある。 「陰」は陰でも、 「日の、光の当たらないところ」 、 「行政の恩恵に浴さない所」の「寄らば大樹 の陰」と化し、きめ細かな行政は、希薄化しているのが現状である。

「恩恵に浴さない陰」の最たる地域と化してい  以前は過疎集落と普通にいわれた「限界集落」は、 る。学者も、為政者も、時としてマスコミまでも、新造語を造りだし、気楽に使用している。 「限界

集落」 「後期高齢者」の造語は、そのよい例であると私は思っている。人を傷つける言葉は「差別語」

である。為政者もマスコミも厳しくチェックしているのに、どうして差別語を造るのだろうか。ま

た、七十五歳以上に貼付を義務づけた「紅葉マーク」も金銭尺度である。 「鶴は千年、亀は万年」と

長寿の祝賀語があるのに、鶴・亀をデザインして、貼付マークになぜしなかったのだろうか。紅葉は

「落葉」の象徴である。紅葉マークの貼付した車を見るごとに、私は生産能力の低下した長寿者、行

政では「後期高齢者」というが、釈迦やキリストに召されて、早くあの世に旅立つことを願っている

のではないかと、反発心も手伝って、 「紅葉マーク」を逆に貼付して「灯マーク」として使用してい る。 「灯」は自分だけでなく、多くの人に安らぎを与えるからである。

 孟子は「有恒産者、有恒心、無恒産者、無恒心」と述べ、民生が豊かになれば、道徳心、遵法精神 が自然と民衆の身に付くものであると、行政のあり方について説いている。時代を超え、国境を越え た為政者に対する中国の思想家・儒学者である孟子の伝言である。

 また、更級に住む男が、親代わりの姥を養っていたが、妻の頼みを断り切れず、姥を山の嶺に置い て家に逃げ帰った。折からの明月に後悔の念に耐えられず「我が心 慰めかねつ 更級や 姨捨山に

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はじめにあたり 七夕や 願い事さへ 更衣

 この句は、長野市内のある公民館に行った時のことである。玄関のロビーに七夕が飾ってあった。 何となく眺めたところ、竹の小枝に結びつけられた短冊の「百点」という字が目に映った。何が書い

てあるのだろうとその短冊を見ると、この子の親が書いたのだろうか、 「 百 点 取 れ ま す よ う に …… □

□子」と、上手な文字で書いてあった。興味をそそられて、結びつけられた短冊を一枚一枚手に取っ

てみたが、多くは「百点」 「満点」の願い事であった。わが子の成績がよくなることを願うのは親の

情である。しかし、一昔前ころは、 「勉強のできる子に……」 「学習成績のできる子に……」と抽象

的表現で七夕祭りに願い事を書いたものである。現今は具体的に表現する。また以前は「よい子に

……」 「元気な子に……」 「素直な子に……」 「お友だちとなかよくなるように」と子どもの心身の成 長を願う短冊が主流であった。短文の短冊表記に時代の移り変わりを感じた。

 現今のこの短冊表記は、今日の政治・社会風潮を象徴的に表している。往時は価値判断の基準は 「心根」であった。今は「金銭」が尺度である。行政すらこの傾向にある。財政困難な弱小自治体を

合併に向け、為政者は「よらば大樹の陰」と行政指導をする。国民も「よらば大樹の陰」とあまり気

にしない。同じ「陰」でも、色々な意味がある。 「人や物ごとの恩恵」 、 「日のあたらない」の意味も

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俳句で綴るこころの伝言