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側 へ の 仲 間 入りは、 その 実

現性が失われた。これを踏ま えてプーチン大統領は独自の

大国化の道へかじを切った。 んな内容なのか。

新たな国家理念の中身とはど

手で、 後 者は、 優れた

ト 界 を 背 負って 立つ選

シア・フィギュアスケー

で一時期待されたロシアの西

政治

安倍首相が五輪開会式に出席か

 安倍晋三首相は来年 2 月 7 日に行われるソ チ冬季五輪の開会式への出席を希望している。 共同通信が伝えた。安倍首相はソチ五輪に合 わせてロシアを訪問し、プーチン大統領と会談 を行うことも検討している。両首脳は今年 4 月 の会談からすでに 4 回の会談を行っている。日 本メディアはブエノスアイレスでのIOC総会 でプーチン大統領が 2020 年夏季五輪の東京開 催を支持したことも伝えている。【ロシア通信】

ペアの﹁金﹂は確信

短信

増しつつある。

点を記

プルシェンコ﹄。この作 ケート・アメリカ﹂で、

品 には、 彼のこれ まで 合計237・

﹁ プ ル シェン コ の 今 ボロソジャル組万全

月のリ ガで べている。

度 も、 公 式の競 技の場 コが観 客の前に姿 を 見 の公 式 サイトでこう 述 められています﹂

自 身4 度 目となるオ で 自 分のプログラム を せるのは

﹁ジーザス・クライス

ト・スーパースター﹂の

音 楽に乗せたフリース

一方、ロシア最 強 ペ ケ ー ティングにニ ー ナ

アのボロソジャル& トラ ア・モー ゼル・コー チ

ンコフ組 は 順 調にオ リ も鳥 肌 が立った、 と明

五 輪 開 幕 前にピーク

ンピックシー ズ ンを ス かすほどだった。 タートさせた。

世 界 チャン ピ オ ン・ を 迎 えてしま うのでは

ペアはショートプログラ との心 配の声 す ら聞こ

ム とフリ ー ス ケ ー ティ えるが、 本 人 らによれ

ングの合 計で歴 代 最 高 ば、 まだまだ最 高の出

得 点 を 2 度 更 新 し た。 来ではないという。 本

1 度 目は、 9 月にドイ 番でさらなる高 得 点を

ツで 行 わ れた ネ ー ベル 出すつもりのようだ。

どんな大都市にも奇妙な道路の通った区域があり、

どんな人でもお好みのロシアが見つけられます。

の優 先 事 項の一つとして、 ど

こかの国が不快にならず自国

の安 全へのリスクを感じない

ことを念頭に置いている﹂ と

日 露 間 で 協 議 す るこ と に

語った。

なった ミサイル防 衛について

ショイグ国防相は﹁ミサイル

防衛システムの創出がロシア

およびテロ取り締まりのため

ま た、 両 国 は、 海 賊 行 為

た。 今 後 の 協 議 の 過 程 で、

いることを隠してはこなかっ

の深刻な懸念を呼び起こして

英国と、8月に米国と2プラ

我々の評価を述べていく﹂と

ことだ︵ロシアは今年3 月に

する 意 向 を 確 認 した。 両 国

の初 の合 同 軍 事 演 習 を 実 施

の安 全 保 障 分 野での2 国 間

記 者 会 見で、 岸 田 文 雄 外

回実施している。

プー チ ン大 統 領 と 日 本 の 安

月のロシアのウラジー ミル・

協 議の結 果、 双 方 は 海 上

ス2を行っている︶ 。

協力を深め、アデン湾におけ

開かれた。この協議はありき

ス2﹂協議が 月2日東京で

た りの外 交 行 事の域 を 超 え

る両国船舶の協力を強めるこ

う戦略的同盟国のみであるこ

は米国とオーストラリアとい

この種の会 合 を 行っているの

その理由は第一に、日本が

での平和維持活動への参加を

イグ国防相は﹁国連の枠組み

とで合意した。セルゲイ・ショ

ブロフ外相も﹁ロシアは外交

い﹂ と述べた。セルゲイ・ラ

三 国 に 対 抗 す る ものでは な

相は﹁ロシアとの協力は、 第

ていた。 ︻タス通信︼     

倍 晋 三 首 相 の会 談 で 合 意 し

ロシアの頭 痛の種は、 日 本

意義をもつだろう。

が積極的に参加しているミサ

従ってロシアは、 日 米 同 盟

眼に置いている。

を理 解を示しながらも、﹁非

イル防衛︵MD︶である。この

れは、 特 定の軍 事 同 盟に入っ システムは、 米国が管理して

分割﹂の原則に依拠する。こ

要が米国との同盟関係である

おり、 安全保障上の脅威の一

ことは明 らかだ。ロシアは中

すべての国の安 全を前 提とす つとなっている。

ている国 だけでなく、 地 域の

シアは安全保障の主要なパー

係 が 悪 化の一途 をた どってい

し、日本と中国、韓国との関

東 シナ 海 が 軍 事 的 に 緊 張

れ は、 安 全 保 障 の 確 保 のた

主義﹂ を確認したことだ。こ

日本側が会談で﹁積極的平和

ロシ ア に とって の 成 果 は、

ロシアは東 アジアにおける

リー・ スト レリツォフ、 モス

めに 非 軍 事 的 な 方 法 を 主 眼

ルを利用し、非同盟の原則に

ができることは、 四面楚歌の

クワ国際関係大学教授︼

に置 く ものである。︻ ド ミ ト

基 づいて安 全 保 障のチャンネ

兆しを克服する上で、大きな

と安 全 保 障 対 話のチャンネル

ルを交 差させていくことを主

多 数の外 交 形 態のポテンシャ る 中、 日 本にとって、ロシア

トナーとはみなされ得ない。

る。 だから、 日 本にとってロ るものだ。

国の﹁戦略的パートナー﹂であ

当 分 の 間、 日 本 の 戦 略 の

保障問題であったことだ。

目すべきは、中心議題が安全

今回の2プラス2協議で注

同盟国でない日露の安保協議に注目

と。一方、ロシアと して も、 拡大する日本のプランに興味

2 プラス2 協 議 開 催 は 4 るものとなった。

は 海 難 救 助 訓 練 をこれ まで

述べた。

ロシアと日本の外務・防衛

深く接した﹂と語った。

ウラジーミル・シプリン撮影

担当閣僚による初の﹁2プラ

かなり新しい協議形態である

日露関係に新時代

初の2プラス2協議

ミーシン・コーチは、 シ ー ズ ン の フ リ ー ス

リンピックのために脊椎 見 せていない。 ア レ ク の競技会になる。 ︵せきつい︶を手術した セ イ・ ミ ーシン・コー

撮影 Images/Fotobank

アデリナ・ソトニ コワ選手 = Getty

「ロシアNOW」    電子版でお勧め

﹃ ザ・ ベス ト・ オ ブ・ 月のデトロイトでの﹁ス

ケーティングのテーマは ホルン杯、 2 度 目は

交流

なえますます円 熟 味を プルシェンコは、 まだ一 チによれば、プルシェン ロシア・ スケー ト 連 盟 のプログラムの粋 が 集 録した。

技術と豊富な経験をそ

日露ビザ簡素化協定が発効

外交・防衛で対話深める

WWW.ROSHIANOW.JP

2面

ビジネス成功のコツ  まずはロシア人の  特徴をつかめ

カムチャツカ火山地帯  噴火で森が滅んだ  月面車走行試験も

7面

ロシア語を学ぶ  難しさあるが楽しい

8面

合言葉は﹁金﹂奪還

日のロシア選 手

月3 日で

ウラジーミル・シプリンの 「アナザー・ワールド」

RBTH for iPad®

     Photoxpress 撮影

6面

  オピ ニ オン ( 5 面 ) プーチン大統領が描く ロシアの国家理念

フィギュア 代表争い白熱

2010年バンクーバー冬季五輪のフィギュアスケートでロシアは 初の金メダルなしに終わった。 それだけに自国開催のソチ五輪での 金メダル奪還に燃えている。ロシア・スケート連盟はペアの世界チャ ダルを確信しているほか、2006年トリノ五輪金メダリスト、エ

ンピオン、タチアナ・ボロソジャル&マクシム・トランコフ組の金メ

争いは日本だけではない。︻アンナ・コジナ、4面にソチ五輪特集︼

フゲニー・ プルシェンコにも期待をかけているが、 激しい国内代表

雪辱期すロシア勢 ト ニコワとエリ ザ ベー の完 治には2 ∼6 カ月 週 間はリンクに

2013 年の世界選 タ・ ト ゥク タ ム ィシェ かかる。 医 師 らは、 手

出場枠は男子1女子2 手 権の結 果、ロシアは ワ に 大 き な 期 待 が 寄 術 後 ペアと アイス ダンスで せ ら れている。 さ らに 立 たないよ うスミルノ し か し、 ス ミ ルノフ

3 組 ずつ、 女 子シング 2012 年の世界選手 フにくぎを刺している。 ルで2 人、 男 子シング 権で銀 メ ダルに輝いた 月

ルで1 人のソチ五 輪 出 ア リョー ナ・ レオ ノワ 本人は代表チーム編成 ∼

も 五 輪 出 場のチャンス の行 方を左 右 する

不 動の本 命 がいるの をうかがっている。

場枠を手に入れた。 バンクーバー 大 会で 権に出場するつもりだ。 は ペアのみで、 ほ かの   最 も厳 しい状 況にあ 種 目では、 シー ズンの 惜 し く も 4 位 に と ど 幕 開 けか ら 激 しいトッ まった ペアの川 口 悠 子 るのが男子シングルだ。 プ争いが予想される。 アイ ス ダ ン ス で は、

川口組に黄信号

世 界 選 手 権で銅メダル を 獲 得 しているエカテ ミ ト リ ー・ソロビヨフ & アレクサンド ル・ ス 出場枠は1 人だけ。 有

リー ナ・ ボ ブロワ& ド

日、スミルノ リ・ ファイ ナルで 優 勝

ジュニ ア・ グ ラ ン プ

プルシェンコも必死

組と欧 州 選 手 権でメダ ミルノフ組 は、 ま た も 力候補は2人いる。 ルを獲得したエレーナ・ 不運に見舞われた。 イ リイヌィフ& ニ キ ー 月

ど ち らも 昨シー ズンの い︶ を断裂したのだ。ド ンと、

自 身 初のシニア欧 州 選 イツで手 術 を 受 け、 現 になったベテランのエフ

手 権でいきなり表 彰 台 在、リハビリ中である。 ゲニー・プルシェンコだ。 コフトゥンは将来のロ

どんなウオツカもクワスのコップで飲めるし、

13

Distributed with The Mainichi Shimbun

に 上った ア デ リ ナ・ ソ 専 門 家によれば、 けが

ボロソジャル& トランコフ組   ﹁私たちは、もっと上 手に、 もっと美しく滑 り、 もっと何かを加え ることができます。確 かに世界記録は出せま したが、まだ道半ばで す。大切なのは、現在 の水準を下回らないこ と。まだまだいけると 感じていますので、さ らに上を目指していき たいです﹂

71

もっと読む www.roshianow.jp/43253

 読者の皆様、「ロシアNOW」 へようこそ。   「ロシアNOW」はロシアを紹介する日本語版で、毎日新聞の折り込みで す 。1月,4月,7月,10 月を除く毎月第2木曜日に発行されます。「ロ シアNOW」チームの目標はロシア発の興味ある記事をお届けし、ロシア 理解の一助になることにあります。  2007 年以来、ロシアで影響力を持つ有力な日刊紙 「ロシースカヤ・ガゼー タ (ロシア新聞) 」 は世界の主要新聞に折り込まれる月刊付録を制作してきま した。ロシアは現在、政治から文化に至るまで変化の過程にあります。日 本語版ウェブサイト roshianow.jp は追加の記事や多様なコンテンツが毎日 更新されます。ご意見・ご感想をお待ちしております。

フィギュアスケートに参加でき る選手の数は合計で 148 人に なる。

 写真家、ウラジーミル・シプリンが 撮影したユニークな写真の数々をロシア NOW が紹介します。

ロシア情報をお届けします

アイスホッケーとフィギュ アスケートの2回目のチ ケット発売が始まってか

10

 日本とロシアの国民に対する査証(ビザ)発給 手続きを簡素化する協定が 10 月 30 日に発効し た。対象となるのはビジネスマン、教育・科学・ 芸術その他文化活動関係者、姉妹都市交流参 加者、報道関係者など。条件を満たしている人 は 3 年間のマルチビザを請求できる。特別な 場合には、ビザなしで最大 72 時間まで相手国 に滞在できる。ビザ簡素化協定は昨年 1 月の日 露外相会談で署名された。  【ポリト・ルー】

11

12

 日本の車体部品メーカー、ユニプレス社がサ ンクトペテルブルク市に 100% 子会社を設立す る。日本経済新聞が報じた。新工場は 2015 年 6 月の稼働開始を目指す。年間生産量は自動車 7 万台分。日産やトヨタなどの大手メーカーは ロシアに工場を保有しているが、部品の多くが 海外で生産されている。部品メーカーが参入す ることでロシア市場での日本メーカーの地位を 固めることができるという。  【タス通信】

148 人

  日 本 人 とロ シ ア 人 の 国 際 結 婚。 言 葉や文化の違いを 国際カップルはどう やって乗り越えてい くの か。 同 じ 6 面 で は ロ シア の 離 婚 事情のリポートも。

31

ら売れ切れるまでの時間。 最も人気のある種目は全 部完売となった。

10

27

11

日系「ユニプレス」がサンクト進出

5つ

日露間の 国際結婚

22

11

2013年(平成25年) 11月14日 (木曜日)

と 言 い ま す。 自 分 と し て は、 早 く リ ンクに戻って準備に 取 り か か り た いと こ ろ で す。 ロ シ ア 選手権は何として も 外 せ ま せ ん。 そ の 大 会に多 く が か かっているのですか ら﹂ ︻ポータルサイト ﹁ チ ー ム・ ロ シ ア 2014﹂より︼

アレクサンドル・スミルノフ選手

  ﹁みるみる快方に 向 かって お り、 ド イ ツ とロ シア の 医 師たちも満足し て い ま す。 順 調 な ペー ス で 回 復 し つ つ あ り、 腫 れ の 引 き も 早 く、 抜 糸 も 済 ん で い ま す。 で も、 医 師 ら は、 ど ん な に 早 く 治って も リ ス クは あ る の で 急 が ないよ う に

一言

30 分未満

が団体競技を加える決定をした ため従来より一つ増える。開会 ソチ冬 季 五 輪 のフィギュアス 式前日の 2 月 6 日から 22 日ま ケートのメダルのセット数。国 でアイスバーグ・スケート・パ 際オリンピック委員会(IOC) レスで競技が繰り広げられる。

タ・ カツァラ ポフ組 の スミルノフ負傷 競り合いが続いている。 10

ビジネス 数字あれこれ

ソチ五輪

女 子 シ ン グ ル で は、 フが 膝の靭 帯︵ じんた したマクシム・コフトゥ

10

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ロシア NOW 2013年(平成25年)11月14日(木)

1

ソ連崩壊、新生ロシア誕生


﹁ロシアには常にチャ

ア人だ。

に 満 足 し ないのがロシ

ロシア人 は 助 言 を す

おせっかい大好き

特徴❻

  る の が 大 好 き だ。 ラ グジナ 氏の知 り 合いの オ ースト ラリ ア人 はロ ﹁ 最 初 は す ごく う ん

シア人をこう評した。

歳 以 上の人 々はリ 人 も 僕 が すでに知って

﹁ロシアの実業家は多 連 の 学 校 教 育 を 受 け ざ り し た。 どのロシア

やレスト ランでの話 題 ンス が あ る。 ロシアの くの産 業で国 有 企 業と た

何 もないところか ら 自 い。 国 有 企 業に勝つた 力の成 果を得た人が多 えにきて、 知 識 をひけ 歳 代にも自 制 する だ け ど、 あとでこれが 部 分はあるが、 新 しい 相手に対する思いやり、 ビジネスを 行 う 度に自 また友情の証しであり、

電子版でもっと読む

アムール州足場に

農機市場に参入

己 規 制 は 緩 和 さ れる。 自 己 顕 示ではないとわ

世 代の差 もある。ソ より多くを求め、 永 遠 かった﹂

いつも不満足

らかしてるなと思った。

分で発 明 しなければい めには、 融 通 を 利 かせ い。 ることが必要だ﹂

く、 深 夜まで仕 事をす も期待できる﹂

進め方が必ずしも有効 とはならないためだ。

議︵2プラス2︶などいろんな階 層で形になってきている。 来年に予定されるプーチン大   統領の訪日を踏まえて何が必要

ている。 日 露 経 済 交 流を促 進 す

ロシアへの進 出 企 業の数 も 増 え

㌦と史上最高で、日本の投資や

ことを見せるのが大 事 だ。 日 露

んな 仕 事 ができている、 という

間で経 済を含 めて今 以 上にいろ

訪日 前に日 本としてできるだ   け多くの案件を誕生させ、 両国

東の農 業 分 野 事 業に参 面 で も、 中 国 が一定 の 事 は 時 間 が か かる もの

業︶グループがロシア極 人・ 機 械・ 資 本のどの 原部長は﹁ロシアとの仕

名 = 石 川 島 播 磨 重 工 ロシア 極 東 の 農 業 には とスローペースだが、 小

メー カー、 I H I︵ 旧 ル州に陸送する予定だ。 の取 引 相 手 国 と 比べる

に取 り 組 んでき た 総 合 会社の工場から、アムー IHIスターのこれまで

でしょうか。

拡 大 していくロシア経 済の流 れ

月に発足した官民連絡

関 係をもう一段 上の次 元に引 き

営 業 に動 き 始 めてか

日 本 とロ シ ア が 経 済 を 中 心 を ど う やって取 り 込 んでいくか

るため

上げていくべきだと思う。

化がさらに深まっていくのではな

いか。

した。日露交流発展のはずみに したいですね。 これだけ拡 大している経 済 関 首脳間の接触が頻繁になって     係に見合った人的交流が必要で、 いるのも好材料ですね。

月 中 に アム ー ル 州

I H I スターの農 機 と話す。

影響力を持つとされる。 だと割り切るのが大事﹂

﹁返信が遅いなどと相

向 けに肥 料 散 布 機 を 出 や 耐 久 性で すでに中 国 手 を せっつ く の は 逆 効

荷。 来 春には 担 当 者 が 市 場での評 価 を 得て お 果。 焦 ら ず に 付 き 合っ

現 地 入 りして、 操 作 ノ り、そのこともロシア進 ていく方が結果につなが

んでいた。 発 効により経 済・ 人

農 機 市 場での販 売 拡 大 のこと。 外 国 市 場 開 拓 農 場 をつく る な ど、 日

先 も 開 拓 し、 ロシアの 接 触 したのは 昨 年 5 月 術 を 取 り 入 れたモ デル

並 行 して新 た な 取 引 引先ディーラーと初めて 北 海 道 銀 行 が日 本の技

折 し も アム ー ル 州 で

ると感じます﹂

的 交 流がさらに活 発になるだろ

同 社 が アム ー ルの取 安倍晋三首相とプーチン大統   領 はかなり 波 長 が 合っている 感

う。一方で韓 国 とロシアは 国 交

法を伝授する。

ウハウや 顧 客 対 応 の手 出の追い風になった。

意した極東開発やそれ以外の分 り、 日 露 関 係が一層 強 化されて

野を安 倍 首 相もやろうとしてお

を実 施 する。 日 露もその方 向に

に、 来年1 月からビザ免除措置

樹立から 年しか経っていないの

をねらう。 グルー プで酪 農 機 械 を 扱う﹁IHIスター﹂︵北 ロシア向けには過去に

海道千歳市︶だ。 も 数 度 輸 出 した 実 績 が

I H I ス タ ーの 農 機

ラーと商談が進行中だ。

に話 を する 時 間 が 少 な ところはすべて商圏﹂と

このツ ア ー で は 個 別 ﹁シベリア鉄 道で運べる

た。 本 格 的 なロシア 市 一つになっていた。

発の出荷にとどまってい した 際、 訪 問 先 企 業の 在、ロシア各地のディー

経 由の間 接 取 引で、 単 ネス 視 察ツアーに参 加 も 引 き 合いが 多 く、 現

あ る が、 いず れ も 商 社 が 日 本 か らの極 東 ビ ジ

IHIグループ

事 業 主 体 と な るのは 孝 アグリ ビ ジネス 部 長 が集まりつつある。 いく環境が整いつつある。このこ

ロシ アの 女 性 向 け

進むべきだ。

歳以上の女性の クが健康と美を維持し

とが初の外務・防衛担当閣僚会

は、

%、男性の %が体 たい女性や糖尿病の患 ポ ー タルサイ ト﹁パッ

場 開 拓 としては 今 回 が

ま ずは 来 年の農 作 業 かった が、 そ の 後 I H とらえている。取引先が

第一歩となる。

シー ズンに 照 準 を 合 わ I グルー プ数 社で極 東 増えれば、いずれはロシ

﹁我々のプロジェクト プラトノワ編 集 長はロ

重 過 多に悩み、さらに 者に適していると話す。 ション・ルー﹂ のアンナ・ 男女合わせて %が肥

ではロシアは潜 在 的 な シアでコンニャクが 女

自 然 療 法、 民 間 療 法、 食事療法などをより信

ン︼

︻ ビ ク ト ル・ ク ジ ミ

今のところ、 技 術 移 用しているようだ﹂ 転を完全に断念しては 兵藤社長は、コンニャ いない。

取り付けた。

小原氏は﹁スタートに

億 円 を 超 える

自 信 を 見 せ る。ロシア

    

︻吉村慎司︼

月 後に仮 契 約の念 書 を 確信するからだ。

問 してか ら。 その2 カ 技 術 が 必 ず 役 に立つと

たのは、 今 年 5 月 に訪 する 中で、 自 分 た ちの

本 格 的 な 商 談 に 入っ 農 業 がこれか ら 高 度 化

を築いていった。

とりを 重 ねて人 間 関 係 ビジネスに育ちます﹂と

後 も メ ー ル な どで や り は 年 商

じっくり面談した。その 円の規 模で す が、 将 来

してディーラーの社長と 限 れば売 り上 げ 数 百 万

月 に アム ー ル 州 を 再 訪

付 ける タイ プの肥 料 散 を す るこ とに な り、 7 とになるかもしれない。

ロシアの病 院のデ ー 大 市 場。ロシアのマー 性 向 けにヒット 食 品に

ロシアでの現 地 生 産 悩む大部分が女性。男

﹁ロシア国民の肥満に

% けてきたが、 ようやく と考えている。

せ、 ト ラ クタ ーに 取 り の農 業 分 野の市 場 調 査 ア国内に拠点を構えるこ

満に悩んでいる。

の担 当 者である 小 原 信 露の農 業 協 力には 期 待

じがする。 4 月の首 脳 会 談で合

ビザ簡素化は我々が長く待ち望

中 国・ 上 海 にある 子 ら出荷までに1年以上。

と し た 協 力 関 係 を 拡 大 し てい が最大のカギとなる。

会議には、 資源はじめ建設、 医

自 動 車 部 品 やインフ 布機を6台納入する。

る。ロシアでの事 業 展 開に積 極

療、 農業、 食糧分野の経営者が

入することになった。

︻田中洋之︼

ネスの現状や展望を聞いた。         

ロシア経済の現状をどうとら   えていますか。 ロシアは豊 富な天 然 資 源があ   り、 大 きな 国 内 市 場 を 持ってい る。 外部環境の悪化で輸出が鈍 化し、 今 年に入って経 済 成 長 率 は鈍 化 しているが、 今 後 アジア 太 平 洋 地 域に本 格 的に進 出 し、 エネルギ ーを 中 心 としたロシア の物 資がアジア太 平 洋に向かう よ うになる。 日 本としては東に

ラ分野でロシアビジネス

姿勢を見せる三井物産の飯島彰 日露間のビジネスが活発化し 己︵まさみ︶社長が 月中旬にモ   ています。

入っている。エネル ギ ー 分 野 以

の 農 業 機 械 ディー ラ ー は 安 く は ないが、 性 能

スクワを 訪 れた 折に、 日 露 ビジ

日露の貿易量は昨年335 億

日露間でビザ発給手続きを簡 外のプロジェクト な どで関 係 強   素化する協定が 月に発効しま

人的交流を増やせ

模 索 するのは、 普 通の 特徴❺

標 準 的でない方 法 を

けないから﹂

る。 ロン ド ンや ニュー

﹁一日 の 始 ま り は 遅 は役 員 室での内 容より 企 業 家 精 神 は 独 創 的。 競 争しなければならな スクを 嫌い、 過 去の努 いることをわ ざわ ざ 教

いと確信している。

る場 所は事 務 所ではな 仕事をしている。カフェ

ビジネス成功のコツ

ロシア人の特徴をつかめ 外国人の実業家はロシアに行くことに不安をおぼえる。ハリウッ ド映画を見ると、ロシア人のビジネスマンは一見、マフィアみたいだ し、正攻法で商売をしようとすれば、官僚制度の厚い壁にぶつかり そうだ。 だが一度ロシアの地を踏むと、なぜか去りがたい気持ちに なるから不思議だ。ロシア・ビジネスで成功するには、ロシア人の 特徴を知っておくことが大切なようだ。 ︻アンナ・クチマ︼    

お人よしで憎めない

頼 すると急に感 情を表 に出 す。 率 直でかつ開 放 的になるのだ。 会 話 に 夢 中 に なったロシア 人は許 される限 りの近 の肩をたたいたりする。

い距 離 まで迫り、 相 手 その半 面、ロシア 人 は、 外 国 人が見せる社 交的笑顔を理解できな い。 礼 儀 正しさを尊 敬 ラグチナ氏は真 意 をこ

しても、まねはしない。 う解説する。 ﹁性格によって差はあ る ものの、 信 頼 してい

多分野で関係を密に

ヨー クでは昼 間に事 務 特徴❹ 偏 執 的 な 防 護 柵 をつ な友になる﹂ 特徴❶     所 で 仕 事 を 終 え る が、 融通無碍 信頼したらとことん くっている よ うに見 え     フレッチャー氏はこの ロシアのレス ト ラ ンは ロシア系 資 産 運 用 会 るが、 そんなことはな 特徴❷   どこも ビ ジネスマンだ よ うな 特 徴 をロシア人 社 ﹁ル ネッサ ンス・ ア い。一度信頼されたら、 実は率直で開放的   ロシア人 は 相 手 を 信 らけ。 どの時 間 帯でも の長所の一部と話す。 セット・マネ ー ジャー ロシア人は最 も献 身 的

ズ﹂の営 業 部 長、 サイ モン・フレッチャー氏は ロシアの銀 行 か ら ビ ジ ネスの実情を探った。 英 国 人であるフレッ チャー 氏 が新 たな 提 案 をすると、﹁ロシア人は 最初は懐疑的だった﹂と いう。 交 渉の最 初に警 戒心 を 見せるのは、ソ連 時 代 か ら 変 わ らないロシ ア人の特 徴 だ。 初 めに 要求や条件を高め協議 の後で譲 歩 する戦 術は た だ、﹁ ロ シ ア 人 に

1位サムスン、2位ソニー ロシア人好みのブランド

タによると、ロシア人 ケティングに時 間 を か なる可能性は十分ある

なスーパーに出 向かね

位に位置 を購入するには、 大き ヒット食品の予感

イエットを試している。

品 店には低 カロリー食 め、コンニャク栽 培 が る 物 を 使って厳 しいダ

リー だ。ロシアの食 料 うだ。 気候が厳しいた られないので、 あ らゆ

ロシア料 理 は 高 カロ 化については 未 定のよ 性に比べて簡 単にやせ

のコンニャク販 売に乗 ることを販 売 計 画の目 学 院・ 東 洋 学 科 と 協 ふくらむため、 満腹感 る。 り出 す。 国 民の3 分の 標 と している。ロシア 力し、日本の伝統的な も得られる。 ナーを開 催。ロシア人 3割が肥満に悩む

1 が肥 満に悩むロシア でコンニャクを知ってい 食についての公 開 セ ミ で、この食 品が人 気を る人はゼロに近い。

11

ない相 手には喜 びを 見 せず、虚栄を張らない。 無 駄にアピールすると しっと を 買い、 自 尊 心 を傷つけられるからだ﹂

信 頼 関 係が強いほど

特徴❸   儀礼は後から

50

40

国 連 報 告 によ る と、 の供 給が普 及していな 難しいという。

呼ぶ可能性は十分ある

10

広く普及していた。 とって信 頼 は 極 めて重 要な資 質で、一度 信 頼 すると永遠に続く﹂とフ レッチャー氏は語る。 同 じ 見 解 を 示 すの ナ・ラグチナ氏。現在、

はロシア出 身のポ リー メル ボルンにあるイ ギ リス系 監 査 法 人 ﹁プラ 儀 礼は少 ない。 会 話に 前 置きがなく、 最 初に 重要な話や要求を伝え て、後で﹁元気にしてい ますか﹂や﹁天候はどう ですか﹂と聞く。

サイモン・フレッチャー氏 10

明し、これを材 料にし ロシアは肥 満 人口の多 い。 低糖、 低脂肪食品 さで世界第

20

イス ウォー タ ーハウス クーパース﹂に勤務して いる。 ﹁ロシア人は最初の会 議では相 手が信 頼でき フレッチャー氏は、ロ

群馬県の業者がPR

コンニャクでやせる

シア人 が仕 事の話 を す

感想 30

を周 知させようとして の疾患原因の ∼

三井物産社長

ロシア国 立 高 等 経 済 いる。 胃の中で2 倍に が 食 事 に 関 連 し て い 機が熟した﹂

群 馬 県の業 者がロシ 年 後、 少 な く と も 週 に派遣した。

飯島彰己氏

ロ シ ア 医 療 科 学 ア ばならない。

群 馬 県 の関 係 者 は、 している。

コンニャクの生 産 地 た料理をふるまった。

モスクワでセミナー

50

るかを探るだけで、 打 ち解けないことが多い。

 ロシア系資産運用会社 「ルネッ サンス・アセット・マネージャーズ」 営業部長 

50

30

30

イ ン タ ビ ュ ー にコンニャクについて説

と専門家はみている。 コンニャク製 造 販 売

 「ロシアの実業界は西 側メディアで描かれるよ うな固定観念とは全く違 う。ロシアに暮らして 7 年。このままいるつもり だ。 面白い挑戦もでき る。私はここでビジネス マンとして成長できた」 日露ビジネス

 ロシアの市場調査会社 位、「コカ・コーラ」は 11 「 オン ライン・ マ ー ケッ 位だった。その他「ザラ」 ト・インテリジェンス」が、 「H&M」「クリス チャン・ 2013 年「ロシア人が好む ディオール」 も入っている。 ブランド」ランキングを発  専門家は、ブランドがど 表した。韓国の「サムスン」 れほど活発にキャンペーン が 3 年連続で首位。2 位 を行っているかを示す指 は日本の「ソニー」、3 位 標であると話す。コカ・コー はドイツの「アディダス」 ラ、アディダス、クリスチャ だった。 ン・ディオールなどはソ連  ロシア人は「アップル」 時代のランキングにも入っ (5 位)のアイパッドよりも ており、文化の一部となっ 「ノキア」 (4 位)のガジェッ ていた。このブランド・ラ トを好み、車では「BMW」 ンキングは必ずしも販売ラ (17 位 )よりも「トヨタ」 ンキングとは一致して (14 位)を好んでいること いない。【ビタリー・ が明らかとなった。 ペトレボイ】  また「パナソニック」が 10 位、「キヤノン」が 19 www.roshianow.jp/business

10

ア市 場でダイエット 食 2 回コンニャクを 食べ

60

  つの偏見 Getty Images/Fotobank 撮影

1

3

10

月 中 コンニャクの カロリ ー

会社﹁北毛久呂保﹂の として日 本で有 名な群 兵藤武志社長は、ロシ 馬 県 昭 和 村 は 10

3 2 

 アメリカでは、税金から逃れ るなどの方法で得をしようとす る人のことを 「ロシアのビジネ スマン」 と呼ぶ。             (本文に登場する英国人のフレッチャー 氏もこの見方は「全く違う」 と述べている)

 西ヨーロッパ では、ビジネス で利益よりも損 失を多くもたらす実業家 のことを 「ロシアのビジ ネスマン」 と呼ぶ。

 バルト三国 では、価格を不 当につり上げ て商いをする人のこ とを 「ロシアのビジネ スマン」 と呼ぶ。

ア人の 人に1 人が5 旬、 代 表 団をモスクワ がほ ぼ ゼロであること カ デ ミ ー の デ ー タ で

10

19

2013年(平成25年)11月14日(木) ビジネス 2

ロシア NOW www.roshianow.jp CONTENT PROVIDED BY ROSSIYSKAYA GAZETA, RUSSIA. DISTRIBUTED WITH THE MAINICHI SHIMBUN


在ロシア移民は人種差別や嫌がらせの犠牲者となることが よくある。彼らはロシア人から雇用を奪い、まともな仕事を 持たず、 犯罪を犯しているとしてしばしば非難の的にされて いる。大多数の在ロシア移民は、チェチェン、ダゲスタンなど ロシア南部の民族共和国の出身か、独立国家共同体︵CIS︶ と呼ばれる緩やかな経 済 的 国 家 連 合 体の加 盟 国である中 央 アジアの国々の出身者である。 ︻ヤロスラワ・キリュヒナ︼  

ウラ ジー ミル・ プー

モス クワの取 り 締 ま の仕事に従事している。

民族主義の標的 8 月に全ロシア世 論 調 査センターが実 施し り当 局 も多 くの犯 罪を 公 式 統 計では、 モス が 問 題 の種 と なってい

た 調 査によると、ロシ 移民のせいにしている。 チン大統領自身も移民 ア人の3 分の2 が移 民 により犯罪発生率が上 クワにお ける 犯 罪の2 るとコメント して彼 ら 昇したと回答している。 割 近 くが移 民によるも を 批 判 している。 お そ また、 調 査 対 象 者の のと 記 録 さ れているに らく、 大 衆の感 情に迎 ﹁ロシア人のためのロ

移民問題が深刻化 不法搾取の被害者に 今 年の8 月、モスクワ東 部のガリヤノボ地 区で捜 査 が行われ、 地 下工 場とそこ で働く数百人の不法移民が 見つかった。 多 くはベト ナ ム人だった。 あ まりにも 人 数 が 多 かっ たために、 当局は送還待機 施 設に全 員を収 容 すること ができず、900 人収容可 能なテント村を急きょ設 置 した ︵写真上︶ 。 人 権 擁 護 派はいち早くこ の状 況に関 与し、 拘 束され た 不 法 移 民の支 援 を 始 め た。 テント 村にはド ライク リーニング設備や携帯電話 充電場所があり、 飲料水や 食べ物が運ばれていた。 人権擁護派によると、 拘 束 されたベト ナム 人のほと んどは、 移民法の違反者と いうだけでなく、 不 法 搾 取 の被害者すなわち奴隷だと

旧ソ連からの移住

%に過

家 プログラムの参 加 者のう ち自 費

ぎず、 4 %は一時 収 容 施 設に身を

で住宅を購入できた人は

寄せ、残りは住宅を借りている。

今年、 同胞帰還支援プログラム

同胞帰還支援プログラム

旧ソ連圏からロシアへ移住した。

のおかげで、 約1 万5000 人が

プログラムがスター トしてから

税で運ぶことが許され、 列 車の切

荷物を積んだ5 ㌧コンテナを非関

初めてロシアの他の地域へ移住でき

2 年 間その地 域で暮 らしたのちに

人。大部分は低技能労働者であり、

2年暮らした後に他の地域へ   プログラムがスター トしてから   ロシアへ帰 還 した 人はわ ずか7 万

の6年間、 同胞の移住支援条件は

符代が補償され、軽自動車1台分

変わらず、 移民には家族3 人分の

の関税が免除されている。

り、移住をあきらめた人もいる。

る権 利が得 られるという制 限によ

旧ソ連 諸 国 出 身の外 国 人は一時

役人たちが﹁優先的﹂とみなす地

的なビザでは3 カ月 以 上ロシアに

域へ移 住 すると、 移 民の申 請 者に

万円︶の

万円︶ 、その家族に

は 万㍔︵約

は1人あたり 万㍔︵約

滞 在できないため、 返 答を待つ間

利とされているのはブ

リ ヤ ー ト、 カ ム チャ

気候の厳しい地域だ。

ツ カ、 サハ リ ン な ど

他の地 域では手 当

万円︶ と少な

が 4 万 ∼ 6 万 ㍔︵ 約

万∼

くなる。

ウズベキスタンのタ

シケントからロシア・

住したナタリヤ・プロ

リペツク州へ一家で移

ニナさんはこう語る。

お いて 地 元 の 住 民 に

﹁移 民は労 働 市 場に

し か し、 プロ ニ ナ

太刀打ちできません﹂

家は運がよかった。 看 護 師のナタ

国の共 和 国へ出 国 しな

くてはな らな かったと

いう。

移 民たちはより良い   生活と労働条件が整え

られるならば、 気 候の

より厳しい﹁優先的な﹂

地 域へも 移 り 住 むこと

ができる。 だが、 そ う

した条件が作り出され

るのは、まだ先の話だ。

地域発展省の移住促

進 プログラム 実 現 課の

オリガ・ ビホバネツ副

課長は語る。

の地

なり、 20 1 2 年までにその数は

域がプログラムに参 加 するよ うに

﹁2 0 0 9 年には 新 たに

当局はプログラムを評価

万円︶ 、そして、5

は4万㍔︵約

人いる残りの家 族には1 人あたり

1万5000㍔︵約4万5000

円︶ の手当が支給された。

一家の大 黒 柱は母 国では技 師と

は、 今 も移 住の分 野における唯一

の包 括 的 連 邦 プログラムであ り、

他の移住プログラムにとってのモデ

式の仕 事に就 けないため、 とりあ

初 計 画が見 直され、 同 胞がいつで

20 1 2 年までとされていた当

ルとなりえます﹂

えず家 具工 場に勤めた。 タシケン

︻リュドミラ・ナズドラチョワ︼

に解消されるものと期待している。

ことから、役人たちは、問題が徐々

もロシアへ帰還できるようになった

の業 だ。 リペツク州によれば、 国

移民が住宅を購入するのは至難

と引っ越し代に費やされた。

トの家を売って得たお金は食 糧 代

して働いていたが、 無 国 籍では正

に増えました。 国 家 プログラム

ることができた。 ナタリヤさんに

リヤさんは救急医療機関に就職す

は3 カ月 お きに一旦 自

一時 手 当が支 給される。 移 住に有

1272

人が死亡した。

月 4 日 を 祝 日 ﹁民 族

統一の日﹂に制定した。これ

て、

日﹂ ︵ 月7日︶の代わりとし

日 ﹁十 月 社 会 主 義 大 革 命の

その前 年 に、 ソ連 時 代 の祝

たのは2 0 0 5 年。 政 府 は

﹁ロシアの行 進 ﹂ が 始 まっ

よって今年

イトクライム︵憎悪犯罪︶に

バ・センター﹂によると、ヘ

GOの人種差別監視団体﹁ソ

モス クワを 拠 点 と す る N

︻アナスタシヤ・マリツェワ︼

ている﹂と話している。

く、真のロシア人の運動になっ

族 主 義 的 な イベント では な

ムシキン氏は、このデモが﹁民

の指 導 者、 ド ミ ト リ ー・ デ

利 用した。 運 動 ﹁ロシア人﹂

め、 民 族 主 義 者 らはこれを

ギ ー 的 な 意 味 が な かった た

新 しい 祝 日 に は イ デ オロ

を記念する日である。

ランド 軍 か ら 解 放 し たこと

1612年、モスクワをポー

ト リ ー・ ポ ジャルス キ ー が

は ク ジマ・ ミ ー ニ ンと ド ミ

生活基盤が整わず

垂 れ 幕 を 手 にし た 若 者 が 練

人がナチス

モスクワ警察によると、同

もの﹂を叫んでいた。

は団結﹂ ﹁ロシアはロシア人の

の敵意を意味する﹁ロシア人

域のイスラム系非スラブ人へ

出 稼 ぎ 労 働 者 や カフカス地

彼らは、中央アジアからの

り歩いた。

制限が壁に

% が移 民はロシア経 もかかわ ら ず、 モスク 合したものであろう。 数の犯 罪 が 移 民によっ シア﹂というスローガン

済に対して悪 影 響を与 ワ市 検 察 庁は、 ほぼ半 えると回答している。 ロシア人 はよ く、 移 て行 われたと発 表 した が 次 第に目 立つよ うに

モ ス ク ワ の 人 口 外国︵およびロシア国内

た中で、 民 族 主 義 者は

民は地域社会に溶け込 こと を、ロシア 通 信 が なってきている。こうし 間 的 な 関 わりを 持つこ

いわれた。

ビリュリョボ事件 モス クワのロシア 人 と 移 得 層が住むモスクワ郊 外の

「ロシアの行進」

民族統一の日に民族デモ

して拘束されたという。

のスローガンやマークを使用

市のデモでは約

18

36

寒冷地を推奨

24

12

まず、 地 元 住 民との世 今年報道している。

しっか り 習 得 し ないと 移民は100 万人を占 を彼 らの出 身 地に強 制

と もな く、ロシア語 を 1 1 5 0 万 人 のう ち、 の他の地域︶からの移民

も ちろん、こうした

る。

める。 そのう ちの3 分 送 還 し たいと 考 えてい

在ロシア移 民 は 高 ま の1が不法移民だ。

非難する。 このグル ー プの大 部

ビリュリョボで発 生 し た 事

分 は 低 所 得 層 に あ り、 措 置はソ連 時 代の国 内

﹁ 住 民 登 録 書 類の確 ゴミ収集、 清掃、 道路 での国 民の動 きを 制 限

件 が 暴 動につな がったこと

的にされている。

る民 族 主 義の格 好の標

認﹂という名目のもと、 工 事 な ど大 多 数のモス する制 度が復 活されな

民の間の緊迫状態は、 低所

警 察はしばしば移 民か クワ市 民が嫌がる3 K い限 りは不 可 能である

に達した ︵写真左下︶ 。

で、 先 月一触 即 発のレベル この暴 動はある男 性の殺 人 事 件で、 アゼルバイ ジャ ン人 移 民のオルハン・ ゼイ ナロフ氏 が 地 元 住 民によっ てとがめられたことに対 す なって発生した。

る移 民の反 応 がきっかけと ゼイナロフ氏は事 件 後に 逮 捕されたが、この逮 捕は

モス クワにあるロシア 民

﹁民族統一の日﹂である 月

稼ぎ者にはビザを﹂ ﹁若者は寛

ロシア帝 国の国 旗、 また﹁出

南 東 部のリュブリノ地 区では

通りに集 結した。モスクワ市

カ ザン、 イルクーツクな どの

クワ、 サンクトペテルブルク、

数千人の民族主義者がモス

た。名称は﹁ロシアの行進﹂。

民 族 主 義 的 な デモ が 行 わ れ

4 日、ロシアの複 数の都 市で

11 容さに反対﹂ などと書かれた

Reuters/Vostock Photo 撮影

ロシア通信撮影

10

10

ら賄賂を徴収する。

大都市の3Kに従事

経済底辺支える け郊 外にある。 1 泊わ

ロシアは4 5 8 0 万 ずか5㌦だ。

民族主義運動組織の 人にのぼる。

憤慨する群衆をなだめるた

﹁モスクワの盾﹂は非登

めのぬれ ぎぬに す ぎな かっ

﹁ 警 察 には 1 日 に 何

歳のホステル居

たと主張する人もいる。

録住民の︵不法︶移民労 人の移 民 がいる 米 国に

万 人の 身で

な 移 民 人 口 を か か え だ﹂ と、 ダゲスタン出

働者の完全退去を目標 次いで、 2 番 目に大 き 回も職 務 質 問されるん に掲げている。 日にはこの組 る。 その次は

族 政 治 学センターのエミー

9月 織の活 動 家たちが野 球 ドイツだ。 しかし、 全 住者のマキシムが言う。

件 がロシア民 族 系ロシア人

している。

紛争の4 件目になると指摘

と移民の間に今年発生した

ル・ パイン所 長 は、この事

のレジで仕 事 を し、 1

マキ シム はス ー パー

労 働 者 の 居 住 場 所 と 7・7%に過ぎず、ドイ たないようにしている﹂ なっていた 建 物 に乱 入 ツや 米 国 よ り も ずっと し、 正式な住民登録書 低い。

移 民 はモス クワのよ カ月1500 ㌦稼ぐと

不法移民のうち、ロシア と査証免除協定を結んで いるCIS出身者の割合。

類 を 持 ち 合 わせていな

モスクワ (人口 1150 万人) に住む移民の数。そのう ち3分の1が不法移民。

かった 労 働 者 た ちを 追 う な 大 都 市 に 集 中 す い う。 ロシアの 辺 境 の

チ ト フ 氏 に よ れ ば、 マルケドノフ氏によ れ % ば、 カフカスや中 央 ア

万人と、 ア人 が 居 住 しているこ ワシント ンの戦 略 国 とも、 覚 えてお くべき

75%

る。 それにもかかわ ら 地 方 な ら、 その1 割で

口が87 50 万 人から

7740 万人に減少す 際問題研究所︵CSI であろう。

100 万人

放した。

このホステルに 滞 在 場﹂は建設現場というこ 領府直属の企業経営者 担っていま す。 人 口 減

の権 利のた めのオンブ 少のロシアで 労 働 力 に 不 法 移 民のう ちの

連 邦 移 民 局のコンス ズマンを務めるボリス・ 対 する需 要は増 加 する は、ロシアと 査 証 免 除 ジアからの移 民に対 し

と語った。 ﹁現在、ロシアでは

数字あれこれ

経 済 が 繁 栄 していた ず、ロシアの首 都 が 彼 も立派な稼ぎである。 時 代に、 旧ソ連の中 央 らに提 供できるインフ

設 事 業 のた めにやって この都市には﹁移民に優 い。 多 くの移 民は職 場

アジアの共 和 国 から建 ラやサービスは少ない。 できる幸 運な人は少な とさえある。

ロシアN O W に対 し の需 要 を 満 た すという S 出 身である。これら る試みは、 これらの国々

ば か りで す。 だ れがこ 協 定 を 結 んでいるC I てビザの障 壁を強 要 す キ ー 局 長 はロシアの移

ロシアは 高 齢 化 が 進 永住して国籍を取得す イジャンには

の移 民 の間 でロシアに 1 0 0 万 人、 アゼルバ

ウ ズ ベキ ス タ ンに は

ス タ ンに3 0 0 万 人、

C I S 諸 国のカザフ

ることになるという。

で反ロシア感 情 を あ お を認めた。 彼は、 違 法 移 民 労 働 者のための特 別収容所の設置を提案 し た が、これ らの施 設 住許可証の取得を支援 の移 民 労 働 者 を一挙に

が移 民の求 職 活 動や居 て、チトフ氏は﹁すべて のでしょう?﹂

問われる移民政策

民 政 策が失 敗したこと

来た移民は1100 万 しい﹂ホステルが1軒だ に住 み 込 むという ケー タンチン・ロモダノフス チトフ氏がその例だ。

もっと読む www.roshianow.jp/44367

S︶研究員のセルゲイ・

のバット を 手 に、 移 民 人口に占 める割 合では ﹁ だ か ら な るべく 目 立

20

40

︵ 危 険、 きつい、 汚い︶ ことは言うまでもない。

スがよくあり、その﹁職 訴 える人 もいる。 大 統 人に1 人の職は移 民が ると予測されている。

ロシア通信撮影

する ものなのか、 国 外 国外追放したら、 経済 んでいる。 2 0 3 0 年 ることを希 望 する人は 依 然 として多 くのロシ

12

19

98

 ロシアで新たな移民政策概念が作 成されている。ロシア連邦移民局の 説明によれば、今後は一時的移民で はなく、技能資格のある専門家を招 くための条件が整備されるという。  企業が人材を必要とした場合、最 初の 1 カ月は企業所在地の住人に対 して求人が行われ、次にロシア全土、 その後に外国人となる。ただし、こ れは提案段階であり最終的には来年 初めにならないとわからない。  また、ロシアで滞在期間 90 日を 超えた外国人は在留資格を取らなけ ればならなくなる。技能資格者 には 2 年、高度の技能資格のある専門家 には 3 年の在留期間が与えられる。

12

1111

27

移民政策で新概念を構想

75

退 去のための施 設 かは が崩壊してしまいます﹂ までにロシアの就 労 人 5分の1でしかない。 明言を避けた。 移 民 入 国の自 由 化を

15

30

非ロシア人 40

電子版でもっと読む

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ロシア NOW 2013年(平成25年)11月14日(木)

3 社会


新交通網をハイテク化 フランクフルトと直行便 大

ソチ 五 輪 は、 テ クノ キ﹂ とその他のオリン る人の多 くは鉄 道で市 チカ︵ツバメ︶ ﹂。この電

ジュ・ セ ン タ ー﹁ サ ン れた。 空 路でやって く 最 新 型の列 車 ﹁ラスト

た 看 板 やタブローの触 ﹁メガフォン﹂のネット

力の弱い人 を 対 象とし ロー ミ ングのエリ アで

を毎日運航させる。

覚 表 記、 身 体 障 害 者 ワークを利用するため

・2 ㌔ は1 時 間を切る。これ プラス 度 までの気 温

休 憩 室、 化 粧 室などの 帯 端 末 の 画 面 上 で そ

れを選 択 するだけでい

レベーター、スロープ、 のユーザーは自 分の携

設備を完備する。

の はモス クワ、エカ テ リ に耐 えられ、 高 湿 度 や また、 車 椅 子を使 用

の橋 が設 ンブル ク、 ウ ラ ジオス 結氷をものともしない。

用の特 別 券 販 売 所、エ に、 他のオペレーター

度 から

だオリンピックとなる。 できる。 全 長

ロジーの点で最 も 進 ん ピック 施 設へア ク セ ス 内へ入るが、 所 要 時 間 車は、 氷 点 下

これ らは 改 修の際に い。

旧 駅 舎に取 り入 れら

する身 体 障 害 者 用の昇 降 機が装 備された車 両

れ、 新 しい施 設には初 五輪後もインフラ残る

めから設置されている。 オ リ ン ピッ ク 閉 幕   こみ 合った 状 況 での 後、 すべての交 通 およ

がソチに初 めてお 目 見 ト ク、 カ ザンに次いで えする。

通信環境も最新に

F i が 使 トンネルと

﹁アエロフロート﹂の乗 のこの共 用 路には 客はWi える便 を 利 用 すること ち早 くそれを実 感でき

で、 ソチに 着 く 前 にい

﹁ロシア鉄道﹂はオリ け られる。 プロジェク

便にまで増 便され よう。

オ リ ンピックの参 加 る可能性がある。

ソチ便を大幅増便 ソチでは、﹁ロシア鉄

安 定 したモバイル通 信 び 通 信 のイ ンフ ラ は、 やインター ネットにも ソ チ と そ の 周 辺 に 残 配慮が見られる。 り、この保 養 地 をロシ

スターミナル、ソチ鉄

ションにもある。

警 察 署 と 救 急 ステ ー

にある。 緊 急 時 用に、

相談できる。ロシア語

ンター + 7 8 0 0 ( 550 8642︶に -

以外に英語・フランス

語・ドイツ語・中国語・

象 徴であるエル ブルス

日本語・韓国語でオペ

山に運び上げる。 その後 は一転 して ダ

で、ロシア語と英 語の

インターネット接 続

インターネット イバー らの助 けを 借 り

ここに電話すればホ

レーターが対応する。

テルの場所、タクシー

ルの湖底に潜る。

て世 界 最 深の湖 バイカ

ポ ー タル iSochi-info. を利用できる。 ru 組 織 委 員 会﹁ ソ チ

ソ チの 公 的 機 関 の

科診療所、 保険会社、

情 報 だ け で な く、 歯

タクシー、美容室、花

予 約、 電 車 発 着 時 間

レストラン、娯楽施設

な どの情 報 がわ かる。

や ク ラ ブの 電 話 番 号

屋 な どの 住 所 と 電 話

番 号 が載っている。ソ

sochiadm.ruも

チ市の公式ホームペー

文に翻訳されている。

す二人がこの電話から

立つ。異なる言語を話

英・ 仏・ 独・ 西・ 露

は1 1 2 を ダイヤル。

警察、消防や救急へ

緊急通報先

に通話すればいい。 通

ポストロビッチ ︼

ソチ・コールセンター

してくれる。

訳 が 二 人の言 葉 を 訳

語で対応できる。    ︻スベト ラ ー ナ・ シネ

付 いた 特 殊 電 話 が 役

は、 二つの携帯電話が

ロシア人との会 話に

同時通訳電話

急連絡も手伝う。

も。 必 要 が あ れ ば 緊

2014﹂の話では、ロ シア人 口の9 割に当 た 聖 火のルートから、 車

る1 億3000 万人が

んでいるという。

で1 時 間 以 内の所に住 98

この時 代、 オリンピックの祭 典ほど大がかり 5 番 目のインターモー バリ アフリー を 念 頭に

例 え ば、 ロ シ ア の アで最も進んだ地域の 携 帯 電 話 オペレーター 一つにする。

﹁メガフォン﹂ はソチに ソチで大手企業が手   通 信 イ ンフ ラ を 設 け、 がけている多 くの開 発

7 0 0 以 上の ・ ・ は全 国に普 及 すること 標 準のベースステー になる。

ションがモ バイ ル 環 境

ネッ

メガバイト バイ

ソチ オ リ ンピックは

を保証する。

毎秒

ト 以 上の速 度の

トワー クサー ビスが利

用できる史 上 初 めての

オ ペレ ー タ ー 間 の

冬季五輪となる。

非常の時は112番

道 駅、 ア ド ラ ー 鉄 道

「茶屋」 ソチの山岳地域 で香り豊かなクラスノダー ル紅茶の葉が栽培されてい る。 プーチン大統領はソチ市中心部 から約15㌔のウチ・デレ村のはずれ にある 「茶屋」 で 外国の賓客に紅茶 をふるまった。

な組 織で手のかかるイベントはそうない。ロシ 者 や 観 客 の大 部 分 は、 送︶ システムとなる。

日 手 段となる、 アドレル れる道 路の総 延 長は、 ダル輸 送︵ 複 合一貫 輸 道﹂のすべての施 設が、

ア エ ロ フ ロ ー ト は ンピックの主 要 な 交 通 ト に 基 づいて 建 造 さ

アの大手企業は、観客が空路でも陸路でも楽に 飛行機で冬季五輪の開 2 0 1 4 年 1 月 日まで、 欧 か ら﹁アリピカ・ セル 130㌔を上回る。

ソチを訪れ、通信手段を快適に利用できるよう 催地ソチを訪れる。 ﹁ア から2 月

オ リ ンピックの参 加 おいて建 造 改 修 されて 者および観 客を運ぶの いる。 音 声 およ び照 明によ

年 か ら 3 年 間、 ウ ラ

電 車として開 発された るシグナル、 視 力 や 聴

は、ロシアを 走る 郊 外

スクに到着した。

あなたが迷 子になっ

駅、クラスナヤ・ポリャ

この電 話はソチのバ

たり困ったりすること

ナ鉄 道 駅と国 際 空 港

コールセンター アバチンスキー火山︵高 シア共和国へ運搬され、

時間受 日にはユ シュー シンス カ ヤ 水 力

け付けのソチ市情報セ

た 後、 カ ム チャツカの

3G

が あ れ ば、 に運 ばれ、

聖 火 は その後、ハカ

月 に 入 る と 聖 火 ジオスト クの日 本 セン   は、 サハ共 和 国 を 走っ ターに勤務していた。

www.roshianow.jp/ sochi2014

2G

4G

冬 季 運 航 表では、モス ンクフル ト とソチを 直 道 共 用 路の建 設を進め 複合輸送システム

3

10

ソチの中心部と空港

50

30

州 最 高 峰でカフカスの

ジノサハリ ンス クに 到 発 電 所 を 通った 後、 欧

着する。

45

4

冬劇場「フェスティバリヌイ」  冬劇場では毎年、国際映 画祭を開催。 プーチン大統 領は「フェスティバリヌイ」 でお気に 入りのロック・グループ「リュベ」の公 演を聴いた。

10

  国 際 宇 宙 ス テ ー ション (ISS)の乗組員はソチ五輪の 開会式など軌道から見えるイ ベントを写真・ビデオ撮影す る予定だ。日本人船長となる 若田光一氏は「オリンピック は諸国・諸民族の友好のシ ンボル。撮影はとても大切で す」と語った。ただ撮影は天 候次第。ロシアのミハイル・ チューリン飛行士は「いくらカ メラの腕が良くても、曇って いたらおしまいですけどね」 と一言。

エロフロート﹂の新規の 州 最 大のハブ空 港フラ ビス﹂駅へ至る自動車鉄

2

別荘「ボチャロフ川」 大統 領の夏の別荘「ボチャロフ 川」はソチ市中心部の新ソ チ区にある。中に入ることはできな いが、外側から敷地が見える。別荘建 設は1930年代。 ソ連時代にスターリ ン、 フルシチョフらもここで過ごした。

4G

12

同 駅 か ら は リュ ー を 結 ぶ 鉄 道 も 新 設 さ

1

五輪撮影 宇宙からも さ27 41 ㍍︶の頂上 ロシ ア 最 大 の サ ヤ ノ・

工事完成が急がれるソチの五輪会場周辺。= Yuri Kozyrev/Noor Images 撮影

クワとソチを 結 ぶ 定 期 行 便で結 び、 快 適なA ている。 便は1日5 便だが、 最 3 21 機による定期便

10

ソチ国立公園 プーチン大統 領は数年前、 ここで西カフカス のペルシャヒョウの復活プロ グラムの一環として、広大なオリに若 いメスを自ら放った。 この「プーチン ヒョウ」にはすでに子孫もいる。

24

宇宙から湖底まで 演出多彩 聖火リレー

14

に準備している。 ︻コメルサント紙抄訳︼    

ソチ周辺 大改造

48

46

www.roshianow.jp/ 45545

ンキノ・ タワー︵ 高 さ 周 辺の古 都 群 ﹁黄 金の

14

27

に上った。 若 田 光一さん らが 乗 540㍍︶ 環﹂を巡った後、ランプ 日本人白浜さんも走る リレーは 月 7 日、モ 、 日はウラジオ 月 日 に は 文 豪 に移 され、 北 極 点に運 り組んで 月7 日に打 スクワで始まった。   聖 火 リ レ ー 走 者 ち 上 げ られたソユー ズ レフ・ ト ルス ト イの生 ばれた。 原 子 力 砕 氷 船 スト クでリレーが 行 わ は 1 万 4 0 0 0 人。 宇 宙 船 で 国 際 宇 宙 ス 地である トゥー ラ州の ﹁ 戦 勝 周 年 ﹂ 号の船 れる。 走 者の一人 は 西 1 2 3 日 間 に わ た っ テーション︵ISS︶に ヤ ースナ ヤ・ ポ リャー 長、 ワレンチン・ ダ ビ シベリ アのノ ボ シビル ナへ運 ばれた。 同 州 初 ジャンツさんがランプか ス ク 市 在 住 の日 本 人、 自 治 も運ばれた。 て、ロシアの全

11

ギ リシャか らモス ク のランナーは 文 豪の玄 らトーチに点火した。 白浜千寿子さん ( 。) 体︵連邦構成主体︶の約 上 智 大 学でロシア語 さらに聖 火はサンク 3 0 0 0の市 町 村を自 ワに搬 送 された 聖 火は 孫 ウラジー ミル・ トル     ト ペテル ブル ク、 西 部 を 専 攻 し た 白 浜 さ ん 動 車、 飛 行 機、 列 車、 地 下に。つまり地 下 鉄 ストイさんだった。 の飛 び 地 カ リーニング は、 1 9 9 2 年ノボシ トロイ カ、 ト ナ カ イの 駅に降 りてから、 自 立 ラ ー ド 州へと 運 ば れ、 ビルスクの大 学に日 本 橇︵ そり︶で運 ばれ走 式 建 造 物としてユー ラ 北極点にも到達 その後 聖 火 は 首 都 月 日にはムルマン 語 教 師として赴 任。 破 する。 距 離にして約 シア大 陸 最 高のオスタ

83

40

5

16

25

ソチ冬 季 五 輪の聖 火 6万5000㌔。

11

15

12

 ソチ市周辺にあるプーチン大統領 ゆかりの場所を地元住民は喜んで教 えてくれる。五輪施設の近くや市郊 外にある「プーチン・スポット」に立 ち寄ってみてはいかがですか。         【アリーナ・メレドワ】

40

オリンピック大学 ソチ市中 心部のロシア国際オリンピ ック大学の創設にプーチン 大統領が深く関与した。9月に開校。 この大学は新世代のスポーツ指導 者育成を目的にしている。

10

5

つのスポット   プーチン氏に  ゆかりの場所

特集面 ソチ五輪 4 2013年(平成25年)11月14日(木)

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準備万端 ! へ拍車 


競争力持つ大国に

ロシアの 論調

「ロシアの行進」

11 月 4 日の「民族統一の日」 。ロシア各地でナ ショナリストたちの示威行動が行われ、モスクワで は 「ロシアの行進」 に約 8000 人が参加した。大多 数の参加者は 10 月半ばにビリュリョボで暴動を起 こした者たちと同じく、 スポーツウェアにスニーカー といういでたちの短髪の若者だった。

行き先が定まらず

   セルゲイ・メリニコフ (「オゴニョーク」誌)

西欧派の淡い夢覚める

ところが、 プロジェク

一部であるだけでなく、 た。 自 国のシステム を ロジェク ト の 多 く が そ ン・タワー﹂︵385㍍︶ はずだった。

こ れ ま でのロシ アの 潜 在 的リーダーと位 置 破 壊 したが、 それに代 の反 映 だ。 以 下 がその と﹁ラフタ・センター﹂

グリーンピースの乱

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抗議船にはオランダ 基地は船舶とは言えな

トの大 半は発 展のけん

北 極 圏のペチョラ海

国 旗 が 掲 げ ら れ て お い。とはいえ、 掘 削 基

︵463・7㍍︶ 。

で、 環 境 保 護 団 体 グ

わる 新 たなシステムを 例だ。

⑤ ソ連 崩 壊 後、 主 引 車にな らないばかり ① 技 術 大 国 たるべ この理 念の取 り 換 え 構築できなかったのだ。 ロッパの大国だ﹂という     ③ 国 民は全 体とし く、 高速鉄道建設、 グ な宗 教はいずれも大 寺 か、ロシア経 済 か ら 金 に尽 きた。これは、 歴 に伴い、 国の主 な 政 策   史的に﹁西欧派﹂の流れ は西 側をお手 本とした て西 欧 派を受け入れな ロナス︵衛星測位システ 院 を 建 立 した。ロシア を 吸い取 り、 発 達の不

人が石油掘削に抗議

理 念 は﹁ロシアはヨー づけた。

正 教は救 世 主ハリスト 均衡を助長した。 構造

するた めロシアの海 上

うことだ。

㌋ ま で 接 近 し た。 活 犯罪であり、掘削基地

行為も犯罪である。

動 家 た ち は 海 賊 行 為 の人員の安全を脅かす

ロシアの法 律で海 賊

で起訴された。

従って、 活 動 家 らが

行為は﹁海上及び河川 拘束は合法

での略奪を目的とした

暴力及び脅迫を用いた 掘削基地によじ登ろう

を犯したのであり、 国

船舶に対する攻撃﹂と とした時、彼らは犯罪

定められている。

活動家らの行為は海 境 警 備 隊 の 行 動 は 合

賊行為と規定できそう 法 的 な ものであったこ

だが、攻撃対象の掘削 とになる。

体制・能力が十分だ。

総 会 では 環 境 問 題 も

提 起 さ れ た。 フ クシ

故︶からまだあまり時

マ︵ 福 島 第 1 原 発 事

安 倍 晋 三 首 相は演

間がたっていない。

ブロックさ れて お り、

村は若い家族の住まい 壇に立ち、﹁汚染水は

この 選 択 について、 にすると約束した。

日 にブ 京が選ばれた。

東京選定は順当

9 月7 ∼

エノスアイレスで、 第

周知の通り、スペイ 状況はコントロールさ

多 くの 委 員 は 安 心

ピック 委 員 会︵ I O でロシア・ オリンピッ ンは 現 在、 金 融 危 機 れている﹂と述べた。

1 2 5 回 国 際 オ リン 最 古 参のI O C 委 員

C ︶ 総 会 が 開 か れ、 ク委 員 会 名 誉 会 長の に 苦 し ん で お り、 彼

戒 心 を か き 立て ら れ

2 0 2 0 年 夏 季 オリ ビタリー・スミルノフ らの論 拠 は 非 常 な 不 し た が、 私 は 逆 に 警

た。 英国やロシアのマ

残ったのは、 三つの都 トンネルについて紹介 と 報 じ た か ら だ。 矛

私も東京に投票

スコミは、フクシマ周 治安不安のトルコ   イスタンブール代表 辺の放 射 能 が 基 準 値   最 後 の 候 補 地 に は、マルマラ海の海底 を大幅に上回っている

語った。

ンピックの開催地に東 氏 がロシア N O W に 安の目で見られた。

移 住 が 問 題 を 生 み 出 ろうとすれば、それら

個 人 の 犯 罪 で 個 人 す。 最大の問題はモス の国の反露勢力を勢い

市︱︱東京、マドリー し、 同 市 が 二つの 大 盾 で あ る。 だ が、 演

がない。

下 に 民 族 主 義 を 刺 激 籍 かアゼルバイジャン めて最終的に葬られる

国籍かに関係なく、一 ことになる。一方、こ

国民であり得る︵アゼ 人のた めのロシア、 モ 団体に関するものがあ のディアスポ ラにはい 出 身 地の人 々 がいる。 にされて同じに見える 潔﹂を目指す闘争で人

質になってしまうだろ

京に投票した。

済 成 長 を 遂 げている 必ず実行する日本人

日 本 は、 五 輪 関

五 輪 開 催 費 用 は 候 連 で 向こ う 7 年 間 に

3 都 市 の な か で、 とアピールした。

五 輪 に 向 けて 最 も 準

ある点も強調した。

設 す る と 約 束 してい

ないのは東京だ。

。 が あ る。 シ リ ア が 隣 見て、感銘を受けた。

マド リ ー ド は そ う 国 で、 クル ド 人 問 題

私 に は、 日 本 人 の

だ が、 安 全 の 問 題 る。 私 は その 計 画 を

金融不安のスペイン

はいかない。スペイン は 未 解 決 だ。 私 は 再 友 達 がいる。 彼 ら に

人 は、 観 光 業 が 高 度 三 こ の 街 を 訪 れ た。 は 口に し たこ と を 必

ロシ アで 増 大 す る

う。

の新 施 設 を 建

万 人 の雇 用 を 創 出

備が整っており、狂気 補地で最少の約 億㌦

こした。

ルバイジャン、ロシア、 スクワっ子のた めのモ る。これらの団体を当 くつかの社会団体があ 彼 ら は そ れ ぞ れ 異 な のだ。 グルジア︶ 。 また 宗 教 スクワ﹂ などと叫んで 該 の 民 族 問 題 を 管 轄 り、 互いに競争してい る歴史を背負い、ロシ

に 発 達 し ている こ と 五 輪 が 開 ける 状 況 と ず 実 行 す る という 素

個 人 の 犯 罪・ 法 律 的にイスラム教のスン いる人々より、はるか する﹁省﹂のように思い ることもある。それら アに 組 み 込 ま れ た 時 ビザ導入は逆効果

て移 民 問 題を調 整し、

南カフカスと中央ア 外 国 人 恐 怖 症 に 対 し

そ れが、 2 0 2 0 年

のです。必ずしも「ロシアNOW」 または「ロシア新聞」の見解と同一ではありません。

個人犯罪をすりかえ

人 々の社 会 的 地 位

完 全にそろっているこ

と、 五 輪 施 設 がほ ぼ は思えなかった。

漫画による風刺などは、様々な意見、主張を幅広くご紹介するために選ばれたも

﹁先住民族﹂なのだ。 込むのは稚拙である。 が、 個 人 の 犯 罪 に 対 期もばらばらだ。 違 反 に 関 連 して 当 該 ニ派でもシーア派でも に 民 族 の集 団 的 責 任 が あり得る。

広 範 な 啓 蒙︵ け い も

晴 らしい長 所がある。

う︶活動を行う体系的

本紙に掲載された「オピニオン」面の意見や読者からの投書、ゲスト・コラム、

アゼルバイジャン人 もさまざまだ。ビジネ

メールのあて先は jp@rbth.ru です。 お気軽に日本語でメールしてください。

あからさまに強調され

︵談︶ 東 京 は 五 輪 開 催 の を確信している。

 本紙は8面ともロシア政府発行紙「ロシア新聞」により制作、発行されたもの で、文責は「ロシア新聞」が負っています。  本紙の記事は個人的に使用する場合を除き、その転載、転売、譲渡はすべて 「ロシア新聞」の文書による許可なくしては禁じられています。記事や写真の利 用を希望される方は、下記の連絡先までお申し込み下さい。

開催後、オリンピック

に も 発 揮 さ れ るこ と

お手紙をお寄せ下さい

ている。 ロシ アで は、 は北カフカス最大の共 スのトップエリー ト た

不法出稼ぎ者への恩赦

10

とを誇っていた。また、 フクシマが不安だが

編集兼発行 ユージン・アボフ Eugene Abov 編集デスク アレクサンドラ・バズデンコワ Aleksandra Bazdenkova 編集アシスタント ナタリア・ススリナ Natalia Suslina 電子版編集 セルゲイ・パシェンコ Sergey Pashenko デザイナー   アンドレイ・シマルスキー Andrey Shimarskiy 編成担当 ミラ・ドモガツカヤ Milla Domogatskaya レイアウト イリーナ・パブロワ Irina Pavlova サブ編集者 三瓶良一 ゲスト編集者 町田幸彦  インフォグラフィック ガイア・ルッソGaia Russo、         ナタリア・ミハイレンコNatalia Mikhailenko 写真      ダリア・コジレワ Daria Kosyreva 広告      ユーリア・ゴーリコワ Julia Golikova

首都の民族騒動

情報提供:全ロシア世論調査・センター

民族政策が急務になっ

ている。

編集スタッフ

議 論 を 改 めて 巻 き 起 少なくとも三つの国の 世 代 目なのに﹁ロシア 集 団 を 代 表 す る 社 会

のよ う な 投 資 もい ら ︵約3000億円︶で し、

しかねない。

だった。 私 自 身 は 東 あ り、 目 覚 ま しい 経

分の民族﹂の行動を規

ユーラシアの統合計

ド、 イ ス タ ン ブ ー ル 陸 を 結 ぶ 要 の位 置 に 説者を信じたい。 的・ 政 治 的 機 構 も 金 集 団 的 責 任 に す り 替 一般的意識にある。

制 で き る 法 的・ 行 政 が責 任を負 う原 則を、 クワなど大都市住民の づかせるだけだろう。

らず入っているが、 ﹁自 い。

り、 掘 削 基 地 か ら 3 地の奪取または占拠は

ス大聖堂︵高さ103 不 況 とインフレのも と

リーンピースの活 動 家

で、 点 在 する飛 び地の

石油掘削基地 ﹁プリラ

㍍︶ を再建した。

ズロムヌイ﹂によじ登ろ

科学政治思想イデオロギー センター副所長

イスラム 教では 欧 州 みが繁 栄 を 味 わ うとい

ワルダン・ バグダサリャン氏

警備隊に拘束された。

西側には入れない

最 高の高さを誇る寺 院 うモデルを形成した。

うとして、ロシア国 境

こ ん な 基 盤 の 上 に、

事 件はロシア領 海 内

が六つも建てられた︵ニ

ム︶のプロジェクトが始 ジネ カムスカ ヤ・ソボ 真 に 独 立 し た 大 国 を

チョフもエリツィンもメ に なった。 リ ベラ ル な

は抗 議 船からモーター

﹁ク またお決まりの国 家 理 依然、 帝国的野心がく 20 20の開 催 地に立 ンの心﹂、カザン市の ル・シャリフ﹂など︶ 。

ボートに分乗して海上

す ぶってお り、 実 際に 候補している。

石 油 掘 削 基 地に近 づ

で起きた。 活動家たち

てプーチンも初 期にお こから来ている。

いて西欧派だった。

︵カルムイ ソ連時代以来最大規模 牟尼修道院﹂

か。

アレクサンドル・スカリドフ氏

した騒動は現代ロシア ルバイジャン人に焦 点

もう一つよくある誤

海上河川交通大学海事法学部長

安倍首相説明を信じたい

仏教寺院も、 欧州最 うことなのである。 ② 偉 大な国の軍 隊 既にソ連 時 代 末 期に 新たなシステムできず 大国になり得る可能性   だ が、 2 0 1 2 年 を 保っている と み た か にふさわし く、 今 年は 大の﹁黄 金の仏 陀 釈 迦

との類 似・ 接 近がひそ の 大 統 領 選 挙 ま で に らだろう。

エリー トの間で、 西 欧

の軍事演習を行った。

ク共 和 国のチベット 仏

かに論じられ、 そうし は、﹁ロ シ ア = 欧 州 の

がある。 ③ 大科学立国とな 教寺院︶ た 考 え が 人 気 を 博 し 大国﹂を標榜︵ひょうぼ 独自の方向を選択   これら高価なプロジェ こうして、 分 岐 点が る た め、ロシア 版 シリ た。つま り 彼 らは、ロ う︶するイデオロギー・   シアが将 来、 高 度に発 プロジェクトはうまくい 現 れた。ロシアは 独 自 コンバレーを目指す﹁ス クトを貫 く論 理がプー なった。そこには一連の か、ヨーロッパであろう された。

達した西 側に統 合され かないこと が 明 らかに の大 国 た らんとするの コルコボ 基 金﹂ が設 立 チン流の国 家 理 念 とい

ると思っていた。

以上、偉大さを実現し、 ㍍の﹁マーキュリー・シ つこと﹂ と言い表した。

こういう 戦 略 をとる 楼 は、 高 さ 3 3 8・8 る 分 野 で 競 争 力 を も

そ の う ち 最 高 の 摩 天 2 0 0 4 年、﹁ あ ら ゆ

④ プー チン時 代 と するのか。 選 択の必 ところが、エリツィン 理由がある。   時 代の末 期に米 国との ① 欧 州さらに西 側 要はエリー トに分 裂 を に、ロシア 最 大の建 築 発達の不均衡を助長   関 係 が悪 化 し、ロシア 全体は、ロシアを﹁文明 招いた が、 プー チンは 物が八つ造られている。 そ の 論 理 を 彼 は 合の代わりに、 欧 州 全 実上拒否し、 仲間に入

の指 導 部 は西 側への統 国﹂ と認 めることを事 前者を選んだ。 般の統 合を語るよ うに れてくれなかった。

き、よじ登ろうとした。

念の模 索 が 始 まるとい

ド ベー ジェフも、 そ し レト リックの多 用 もこ し たのは、ロシアには ク市がEXPO︵万博︶ イ市のモスク﹁チェチェ だ。つま り は、 いず れ

西 側 がロシアを 拒 絶 ま り、エカ テ リ ンブル ルナヤ 寺 院、 グロズヌ 築くのは到 底 無 理な話

を く んでいる。 ゴルバ 改 革で成 果を示 すこと かった。

30

現在、彼らは皆ロシ ジアの諸国に対してビ こういう団体には権 して責 任を負っている   威 あ る 人 々 が 少 な か とみなすことはできな ア 国 民 だ が、 国 内 の ザ を 導 入 し 障 壁 を 作

なった。 ② 西 側 にな らった 誇 示しなければならな ティ・タワー﹂、 現在建 数 々 の プロジェク ト は   ロシアは、 単 に その 改 革 は 不 成 功に終 わっ い。 プー チン時 代のプ 設中の﹁フェデレーショ 大 国ロシアを 誇 示 した

危うい外国人恐怖症 敵性集団に責任転嫁

ビタリー・  スミルノフ氏

チェチェン人 か ダゲ 画は、軍事的統合︵集 銭面でのテコも存在し え る の は 極 め て 危 険   モザイク国家で6番目 列に論じられるだろう ないし、存在するはず だ。 正 当 防 衛 の 名 の スタン人か、ロシア国 団安全保障条約︶を含 今回の騒動ではアゼ の人口だ。

モスクワ市南部の西 わざるを得ない。

10

  「ロシア新聞」 の Russia Beyond the Headlines 部局はロシアを紹介する特殊折 り込みやセクションを編集し、下記の新聞で配布しています:  毎日新聞(日本) 、Global Times (中国) 、  サウス・チャイナ・モーニング・ポス ト(中国・香港) 、中央日報(韓国) 、シドニー・モーニング・ヘラルド(オーストラリ ア) 、The Age(オーストラリア) 、エコノミック・タイムス(インド) 、NAVBHARAT TIMES(インド) 、ザ・ワシントン・ポスト(米国) 、ザ・ニューヨーク・タイムス(ア メリカ) 、ウォール・ストリート・ジャーナル(米国) 、デイリー・テレグラフ(イギリス) 、 ラナシオン(アルゼンチン) 、フォリャ・ジ・サンパウロ(ブラジル) 、エル・オブザ バドール(ウルグアイ) 、フィガロ(フランス) 、南ドイツ新聞(ドイツ) 、エル・パ イス(スペイン) 、ラ・レプッブリカ(イタリア) 、ルソワール(ベルギー) 、ドゥーマ(ブ ルガリア) 、ジオポリティカ(セルビア) 、ポリティカ(セルビア) 、ELEUTHEROS TYPOS(ギリシャ)、ノワ・マケドニア(マケドニア) 、GulfNews、Al Khaleej(UAE)

米戦略国際問題研究所           ︵CSIS︶客員研究員  

E-mail: jp@rbth.ru  ホームページ: http://roshianow.jp 電話: +7 (495) 775 3114 ファクス:+7 (495) 988 9213 住所: 24 Pravdy st., bldg 4, floor 12 Moscow 125 993, Russia Copyright 2012, FGBU «Rossiyskaya Gazeta». All rights reserved.

モスクワに住んでせ

海賊断定は微妙

アレクサンドル・ゴルベンコ Aleksander Gorbenko パーベル・ネゴイツァ Pavel Negoitsa ウラジスラフ・フローニン Vladislav Fronin

編集委員会長  社長   編集長  

フォビア(外国人嫌悪)の機運 を背景として、徐々に現在の 政治体制および国家の将来 にとっての脅威に変わりつつ ある。  国を守るためには、国家 の主柱となる民族のアイデン ティティーと暴動が起きる気 運の間の程良いバランスを 見出すことが必要となる。  プーチン大統領の1期目 の任期に 11 月 7 日の「共産 主義的な」革命記念日に代わ る祝日として 11 月 4 日の「民 族統一の日」が考案された。  この新しい祝日はいつのま にかロシアのナショナリスト たちの日と化してしまった。  しかも、「ロシアの行進」は 当局が取り締まらないクセノ

セルゲイ・マルケドノフ氏

 ロシアには約 1100 万人の合法出稼ぎ 者、約 300 万人の不法出稼ぎ者が暮らし ており、不法出稼ぎ者の中には永住希望者 もいるという。不法出稼ぎ者への恩赦を含 め、現在さまざまな論議を呼んでいる。

民族問題への正しい理 和国ダゲスタンにも住 ち を 市 場・ 商 店 の 店

               ガゼータ・ルー

解が欠落していると言 んでおり、この民 族の 子 や 零 細 企 業 家 と 同

外国人嫌悪の機運

11

ビリュロボ地 区で発 生

IOC 委員

統領は内外のロシア専門家を招 いたバルダイ国際会議で、 「ロシ アは国家理念を持つべし」と訴え た。大統領が思い切って示した 意思の中身とは何か。 ロシアが国家イデオロギーをも つことは現行憲法で禁止されて いる。その結果、 「国家理念」な る類似の概念が用いられるよう になった。先ごろ、プーチン大

ロシア国内には、さ 時出稼ぎに来たウズベ れ ら の 国 に 暮 ら すロ の 民 族 問 題 を め ぐ る が当てられた。彼らは い ぜい 2 世 代 目 か 3 解に、 あれこれの民族 正当防衛の名の下に   しばしば、 同一民族 まざまな民 族、 宗 教、 ク人でも、 皆 ごっちゃ シア人たちは﹁血の純

30

プーチン流のロシア国家理念 ナタリア・ミハイレンコ

者たちも存在感を失いつつ あり、毎年の行進および時お り発生する民族紛争における 宣伝活動という彼らの戦略も 機能を停止しつつある。  ビリュリョボ暴動の後、ウ ラジーミル・コロコリツェフ 内相はネット上でのナショナ リズムの横行に関連した声明 を出し、ネット上での過激主 義的な犯罪に対する刑事責 任を念頭に置いた連邦法を 採択する必要性を指摘した。  今年の 「民族統一の日」 での 「ロシアの行進」はロシアの 60 の都市で繰り広げられた。 かなりの勢いに思えるが、実 際にはそうでもない。  ナショナリストの共同体で は内紛が絶えず、リーダーの 世代交代が進み、運動形態 も街頭からネットへと変化し つつある。  当局とメディアがロシアの ナショナリズムの顔とみなし てきた「ロシアの行進」の組織

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ロシア NOW 2013年(平成25年)11月14日(木)

5 オピニオン


み続 けたり、 場 合によっては同じ部 屋

る。 夫 婦が離 婚 後も同じアパートに住

離婚率5割のロシア

ロシア政府・戸籍登録機関︵ザクス︶

に同居し続けるのも同じ理由による。

の統 計によると、 国 内で2 組の結 婚の

社 会 学 者はアルコール中 毒、 家 計の

うち1組は離婚に終わる。

離婚件数を抑えるため、離婚手数料を

昨年離婚した夫婦は 万組で、結婚

これまでの400㍔︵約1200円︶か

歳過ぎが第2の危機

アと日 本とではやり方

窮 迫、 狭い住 居を主 因に挙 げる。これ

結婚3年内に3分の1が破局

らは同 時に重なることが多い。 政 府は が違 う。 数 カ月 前に出 ︶は言う。

﹁一緒に住み、 文 化の特 徴 が自 然に 融 合 し、 互いの違 う に な る。 私 た

いを 受 け 入 れる よ ち夫婦は﹃日本式﹄ ﹃ロシア式﹄でなく、 ﹃自 分た ち式﹄で す﹂

国 際 結 婚は、 お 互い

え、両親と同居している人が多い﹂と語

り少ないのが普 通 だ。 中 年の夫 婦でさ

シアでは、 アパートの部 屋 数が人 数よ

クサンドル・シネリニコフ准教授は﹁ロ

ことだ。モスクワ大 学 社 会 学 部のアレ

人の大半が﹁ウサギ小屋﹂に住んでいる

家 族に亀 裂が入る主な原 因はロシア

﹁ウサギ小屋﹂ も一因

説き伏せたのは母親だった。

の母 親の年 金で暮 らしている。 離 婚を

は追い出された。 家 族はイリーナさん

派 手 な 言い合いの後、 ワレリーさん

きゃならない﹂

払って、 母のところに無 心に出 かけな

賃 貸 するしかなかった。 毎 月ローンを

リーナさんはこぼす。﹁結局アパートを

い。お金がいる。私は産休中だし﹂とイ

﹁次 女はま だ 生 後 6 カ月にもな らな

に元上司に謝るように説得してきた。

を催 促される。 妻のイリーナさんは夫

るが、 どの会 社でも前の職 場の推 薦 状

しまったのだ。 新 たな 仕 事 を 探 してい

た。上司に難癖をつけられ、つい殴って

ワレリー・レペヒンさんは解 雇され

レペヒン夫妻の場合

歯止めになるとは思えない。

ら一気に3万㍔︵約9万円︶ に上げたが、

日露国際結婚

り前のロシア。日本では の ガ ー ル フレ ンド ほ どでは ないよ﹂。 ﹁ 男 性 は 外 で 仕 事 し、

二つの世界が結ばれる

産 した ばかりのオレー シャさん︵ ﹁ 子 供 が 風 邪 を ひいて

女 性は家 庭を守る﹂ と

﹁一生 懸 命 に 仕

Getty Images/Fotobank 撮影

文化の違い乗り越えて グローバル化が進み、 国 境が消えつつある現 代の世 界で、もは や普通になっている﹁国際結婚﹂。誰もが聞き慣れたこの言葉の裏

たようだが。 ﹁ロシア人の主人

も、 転 ん で 泣 いて も、

が 仕 事 の量 に も か か わ ら ず、 な るべ けんかしてもやむを 得

)

は笑み

あります﹂ この後、 主 人 は 私 いう観念がやはり強い。

事 を 探 していた 私 そ う 話 すのは、 リー ザさん ︵ ︶ 。 を 受 け 入 れたいと思 う

様と面談し、性格診断を行い、 計 画 を 作 成 している。 最 近 は 外国人男性も多い﹂と語る。 若 者 が 守るのは 婚 約 式、 結 婚 式、 結 婚 披 露 宴 だけだ。 結 婚 式 企 画 代 理 店のマネジャー、 レミズさんによると、現代のロ 年 代のレ

シア 風 結 婚 式 は 個 性 派 重 視。 トロ、古代ルーシなどテーマ別 ︻アンナ・トロフィモワ︼

の披露宴が好まれた。   

歳 以 下 だ。 危 機の第2の波は

歳を過ぎたころにやって来る。

年以上で %に下がる。

︻リュドミラ・ナズドラチェワ︼

トーに結婚するカップルが増えている。

ではなく、 ﹁短くても多彩な生活﹂をモッ

とさえ説く。最近では、﹁末永く幸せに﹂

は悲 劇ではなく、 成 長の糧を与え得る

自信もできてくる。心理学者は、 離婚

うになるし、男の権力から自由になり、

身生活の間に、 自力で家族を養えるよ

離婚した女性は再婚を急がない。 独

再婚を急がない女性

で %、

えたのは %。それが離婚後5 ∼9 年

内の父親で、よく子供に会っていると答

のアンケートによると、 離 婚 後5 年 以

が普通だ。﹁全ロシア世論調査センター﹂

離婚後、 子供は母に引き取られるの

庭内暴力で命を落としている。

夫の手で殺され、1 万4000 人が家

だ。 毎 年9 0 0 人の女 性がしっと深い

分 の流 儀 で 仕 切 り た が る 男 性 は そ う

いるようにみえる。 特に結 婚 生 活を自

は合 法 的な人 間の所 有であると考えて

ロシアの夫 婦のほとん どは、 結 婚と

高等経済学院准教授は説明する。

い﹂と、クリストフェル・スボデル国立

も手伝わず、 生活費も払わない人が多

﹁男 性は勝 手に義 務を放 棄し、 育 児

になる﹂とフロモフ所長は指摘する。

だ。 元夫婦の7 割以上が不倶戴天の敵

﹁ロシア人は離婚の仕方が下手なよう

多くは男性側に問題

100人に過ぎなかった。

いに対し、﹁する﹂と答えたのはたったの

きれば、今の相手と結婚するか﹂との問

トを行った。﹁もし過去に戻ることがで

以上の夫婦1 万1000 組にアンケー

国立ロストフ医学大学が結婚後

場合は子供が唯一のかすがいなのだ﹂

乗り越える夫 婦もいる。 だが、 大 抵の

をうまく共有し続け、あらゆる危機を

事がなくなってしまう。 ﹃共通の楽しみ﹄

﹁子 供 が成 人 すると夫 婦の共 通の仕

ロモフ所長はこう語る。

心理学センター﹁十字路﹂のキリル・フ

夫婦が

いのは

年 齢 別 に 見 る と、 最 も 離 婚 率 が 高

3分の1は3年以内に離婚している。

したのは120 万組。 結婚した夫婦の

65

には﹁国籍の異なる二人の結婚﹂という単純な意味を超えて、二つ の異国の文化・二つの世界が結ばれるという、 決して単純ではな い繊細なプロセスがある。特にロシアと日本という組み合わせにな ると、さらに別の物語になる。 両国は気候から文化まで何もかも が異なる。新たな家庭を築く二人にとって、きっと大きなチャレン ジになるに違いない。 ︻アナスタシヤ・プシコーワ︼         く長い時 間 を 家 族

を 載 せているのを

(

と、 横 浜 在 住のエカ に対 し 長 時 間 か け

夫婦共働きが当た

テリーナさん︵ ︶は話 の文化﹄について必 に 主 人︵ 日 本 人 ︶

て日 本 人の﹃ 謙 譲

真 意の微 妙 なニュア 死に説 明 し たのを

す。

いる。ロシアのママは子

と過 ごそ うと心 得

的 な 違いは、 パー 見つけました。﹁奥

真意伝わるすべを知る ロシアの戸 籍 登 録 機 ト ナ ーの一人、 も さん、美人ですね﹂ ロミ さ ん

ないこと。日本のママは

関︵ザクス︶によると、 し くは両 方が日 常 と友人がコメント。 を浮かべる。

どんな 時でも安 心 して

モスクワで2 0 1 1 年 的に母 国 語でない 主人の返事は﹁モデ

も嬉しい﹂

%、 言 葉 を 使 わな けれ

ている の が、 と て

の婚 姻 総 数 の約 ばい け ないこ と に

代まで

モス クワに暮 ら す ヒ 育てに少し心配性﹂

1万731件が国際結 ルさ んのよ う な 君

婚だ。 年でわずか

このう ち日 露 間の婚 姻数は 件 だ。 その背 景を探る 代 から

た め、ロシア・ 日 本 在 住で ンスが相 手に伝 わ らな 覚えています﹂︵ナ が 言って く れ ま し

組の﹁日露国際夫婦﹂ 将来夫婦となる二人 いことは ど う しても あ タリアさん、 歳︶

に尋ねた。 の出 会いの場 は 実にさ る。その解決法として、 ていいよ。 家 事 育 気 持 ちがよ り一段 と 強

た。﹃ 仕 事 し な く 児 も 立 派で大 変 な

多くのカップルはロシア 日 本 とロシアは、 家 仕 事。 他は私に任 く な け れ ば い け な い。

ま ざま。 サンクトペテ を程よく交 ぜ合わせた 庭と仕 事の位 置 づけも

だからこそ、 文 化の違

語や日本語、 英語など

ベントの会 場、 東 京の ﹁ 二 人 だ けの特 別 な 言 異なる。 残 業や上 司と くべき言葉でした﹂

せてくれ﹄ 。実に驚

スクワの日 本 語 関 連イ 外国人交流会や札幌の 語﹂を使って、問題なく の飲み会で帰 りが遅 く 日常会話をしている。

子 育て 自 体 も、ロシ 太くなるに違いない。

人の愛のき ず な は一層

なる日 本 人の﹁仕 事 第

カ フェま で。 ネット や 言 語の壁の次に問 題 一﹂はロシア人にはわか

取り持つ。

金 額 を 受 け 取 り、男 女の仲 を

所の多 くでは 媒 酌 人 が一定の

それでも都 市 部の結 婚 相 談

を時代遅れの儀式だと考える。 2 ∼ 3 年 前 までは

酌 はな く、 多 くの若 者 はこれ

する伝 統 儀 式。ソ連 時 代に媒

媒 酌とは花 嫁を花 婿に紹 介

婚式、結婚披露宴だ。

礼の行 列、 買い取 り儀 礼、 結

嫁と花 婿の独 身 最 後の宴、 婚

媒 酌、 お 見 合い、 婚 約 式、 花

ロシア固 有の結 婚 儀 式 とは

媒酌人の腕のみせどころ

でも 事 情 が 変 わって き

になるのは文化の違い。 りにくい。 最 近 は日 本 ﹁国 籍が違 う 場

︵匿名希望、

いを 乗 り越 えられた 二

ルブルクの図 書 館 やモ

30

歳︶

結 婚 相 談 所を通じての 出会いもある。

合、 パ ー ト ナ ー

﹁7年前、私が通って 学 の日 本 語 の 授 業 に、 は お 互 いのパーソ

いた ペテル ブル クの大 留 学 生のサトシさんが ナ リ ティーの相 性

モス クワに住 むワ ジム

と、 奥 さ ん と一緒 に

りません﹂

を 越 えな け れ ばな

ティー と 言 語 の壁

以 前 に、 メンタリ

授 業 参 観 に来 ま し た。 隣の席に座り、 日 本 語 練 習 ゲームとして二 人 で夫 婦の会 話をした私 たちが、 6 年 後に夫 婦 に な る と は 思って も み 歳︶

なかった﹂︵アリビーナ さん、 文 化の違いがとん だ

︵ ︶ は言う。 外国語教育は出会い さん の大 き な きっか けにな ともある。

り、 国 際 結 婚につなが ハプニ ングを 起こ すこ る大きな役 割を果たし ている。

35

10

もっと読む www.roshianow.jp/45389

﹁ あ る 日、 主 人

24

99

5035

1044

26

結婚相談所﹁ビザビ﹂のプロ

31

 北半球の寒極・オイミャコンは世 界で最も寒い定住地。気温は氷点下 70 度まで下がる。犬ゾリの移動と北 極圏の川の船旅、ユネスコ世界遺産 登録のレナ川石柱自然公園。北の砂 漠の散策とヤクート人の伝統的な結 婚式見学のほか、宝石工場ツアーが 人気だ。宝飾品の割引販売がある。

 アレクサンドル・      シネリニコフ氏

11

50

10∼15日、1ツアー1000㌦(約10万円)から

がフェイスブックに

サハ共和国

 モスクワ大学社会学部家庭社会 学科准教授

40

﹁国 際 結 婚と普

 10日間、900㌦(約9万円)、交通費別

www.roshianow.jp/44573

アルタイ地方

取り上げてほしい話題やご意見をお寄せください。 お気軽に日本語でメールしてください。 メールの先は jp@rbth.ru です。

オイミャコンで極寒を楽しむ

もっと読む

乗馬でアルタイ高地をめぐる

 「世間の目から見ると、安定 した結婚生活を送っているとい うことは、その人がちゃんとし た信頼の置ける人間であること の証しになります。  しかし離婚すると、悪いのは 女性だと世間は決めつけます。

 世界最深の湖のほとりで最高の休 息を。極寒のシベリアで、ここは晴天 が年間 300 日。温泉に入り、草原を 歩き、ラフティングを楽しみ、ジープ で走り、ウインドサーフィン、魚釣りも。 自動車、自転車、双胴船、バイダルカ、 ヨット、ボートがレンタルできる。

27

 「ゴールデン・イーグル(黄金のワ シ) 」号はモスクワ−ウラジオストク間 を走行する豪華列車。世界最古の山 脈・ウラル山脈、中央アジアのステッ プ、アルタイ地方のゴツゴツした地形、 世界最深のバイカル湖を車窓から眺 める。七つの時差帯、9000㌔強を約 2 週間かけて旅行する。

の媒酌人、オリガさんは﹁お客

 20日間、1人1万㌦(約100万円)から

私た ち夫 婦の写 真

シベリア鉄道

80

 乗馬好きなカップルなら、モンゴル との国境付近で過ごす 10 日間は至 福の旅になるだろう。周囲が針葉樹 林帯の山間の湖、高山地帯の草原、 雪に覆われた山頂、滝などは必見だ。 高地コースではノロジカやクマに遭遇 することも。海抜 1800 ∼ 2300㌔付 近を背が低いアルタイ産の馬に乗る。 旅の後はロシア式サウナ、民族料理 の並ぶテーブルで食事。

ロシア風も見合いから Getty Images/Fotobank 撮影

30

家庭を守れず、夫を理解できず、 引き留めておけなかった、とい うわけで。この点、ロシアの結 婚モデルのあり方はイスラム社 会のそれに似ていますね」

 12日間、1日60∼300㌦(約6000∼3万円)

26

10

通の結 婚との根 本

豪華列車でユーラシア満喫

 離婚すると女性側を       責める世間の目

バイカル湖

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26

 ロシアならでの新婚カップル向けの ツアーは数多くある。ぴったりの企画 を選び、新婚旅行先をいくつか紹介 する。【ドミトリー・セバスチャノフ】

一言

湖畔でたっぷりいい気分

24

16

新婚旅行はロシアに!

社会 6

2013年(平成25年)11月14日(木)

ロシア NOW www.roshianow.jp CONTENT PROVIDED BY ROSSIYSKAYA GAZETA, RUSSIA. DISTRIBUTED WITH THE MAINICHI SHIMBUN


チャツカはとりわけ際立っている。ユネスコ世界遺産に登録

豊富で多様なロシアの地形の中でも、活火山の連なるカム

噴火で森が滅んだ

滅ぼすこともある地球の熱い息吹が感じられる、世界でも珍

Yuri Kozyrev/Yuri Noor Images 撮影

されている火山群と噴火を目にし、時にはあらゆる生き物を しい場 所の一つであり、 時 差のおかげでロシアで最 初にご来

月面車の走行試験も

中 心 都 市 ペトロパブ

立て、 あ ち らこち らの

  溶岩土壌が   月面に酷似

 カムチャツカには哺乳類58種、鳥 類232種、魚介類93種、植物763種 ( うち38種は希少植物) が存在する。

1 2 

 ソ連時代の1960年代に有人月 旅行計画考案の際、探査車実験の ため、 月面に近い土壌の地が求め られた。 鉱滓 (こうさい) 状溶岩が最も近いと の結論から研究者たちはカムチャツカに注 目した。 トルバチク、 シベルチ、 クリュチェフス カヤ、 クラシェニンニコフの四つの火山周辺 地域が選ばれた。 トルバチク山周辺地域と月 面の一致率は96%。 カムチャツカで実験走行 した月面探査車「ルノホート1号」 の後、 「ル ノホート2号」 は月面を37㌔実走した。

ガスと灰は5 ∼6 ㌔ かった。

あった。 そのた めには の柱 状に立 ち上 り、 火

テーマの一つは月探査で

私 た ちがテント を

植物は400 平方㌔ 張った 場 所 からそ う 遠

なびいた。

月 面 走 行 車が欠かせな 山灰は1000 ㌔もた 火山灰の層は7㍍ かった。

当 時、 学 者 らは、 月

面は火 山の噴 石と似て 以上にわたって全滅し、 く ないとこ ろに﹁ 死 の

いる と して、 カ ム チャ よ うやく今、 ところど 森﹂、すなわち、トルバ

不 気 味 なことこのう

びた森の残骸がある。

∼ ころに下 草 が生 え始 め チクの大 噴 火の際に滅

私たちが野 営を設け

年、 極 秘にトルバチ たところだ。

ム トノフスキ ー 火 山 ツカに注 目した。

大 きな穴からは熱い蒸 に登った後では、ゴレー

実施された。

始 めた。 近 くで軍の演 した飛 行 機の尾 翼が転

フスカヤ 山 がと どろき さに恐 山。 事 故で墜 落

楽な散 歩のよ うに思わ のさま ざまなテスト が た日の午後、クリュチェ えないこの場 所 は、 ま

気 がしゅう しゅう と 噴 ルイ火 山の登 山など気 ク地区で、 月面走行車 き出している。

美しい眺 望、 澄んだ

時 折、 気まぐれな風 れる。

習でもやっているのかと がっていた。

死の森は下 半 分が火 年にこの地 区では 思われるほどだった。 クレー ターの縁にた ど   ほ どな く、 私 た ちの 山 灰 で 埋 まっている 木 ム トノフスキ ー 火 山 り着くと、 眼 下に氷 片 トルバチクの大 噴 火 が

㍍の急 斜 面 の噴 気 孔はひと冬 越 す の浮かぶ湖が見 え、 隣 起き、 1 年 以 上にわた テントにうっす らと 灰 立 の 上 の 部 分 で あ る。

日の暮 れるころに火 は世 界 最 強 クラスの噴 に地獄絵のようだ。

歩けた道が、 今 年は危

1 9 6 0 年 代 末、ロ

カムチャツカでは1 年のう ち9 カ月 が冬 だ。 整 備 され

に紹 介 し たのは 米 誌 ﹁サ ー ファー﹂。 200 4 年から人 気 は 高 まる ば か り。 夏でも ボーダーがここでサーフィン

ボ ー ド を 手 放 さ ないスノー をしたのが始まりだった。

ままの海岸が続いている。だ

た インフラは な く、 自 然 の が、ここはロシアで唯一本 物

海は遊泳に冷たすぎるため、

極 北 に 属 す るこの地 域 の

の海の波が楽しめる場所だ。 厳 し い 自 然、 冷 た い 海 水、

㌔、 車で

分の所に位置する。

か らわ ず か

いう 名 称で保 温 性 最 高のウ

下がる。﹁北極サーフィン﹂と

辺を避けて回遊して

る。 通 常、 シャチは 海 岸 近

ラ、シャチに出合うこともあ

海 岸 では ア ザ ラシ、 ク ジ

度、 水 温0 度 まで

しか 上 が ら ず、 2 月には 気

サーファーは冬の海の波乗り

背 びれがよ く

からはシャチの

いるが、 波の間

ルスキー海岸にある。ペトロ

見える。

スポットは主にハラクティ

を始めた。

エットスーツを着て、 北欧の

温零下

り、 植 物が表 面に達 す

ならなければいけない。

た。ここに行 く際は極 めて慎 重に

1 0 0 人 以 上 が 中 毒 で 亡 く なっ

ソ連 時 代のカムチャツカ探 検 隊で

クマ、 猛 きん 類の死 骸 だ ら け だ。

に焼 けた 地 面 は ネ ズミ、 キツネ、

雪が消えると、 火 事の後のよう

高い毒性のニトリルなどを含む。

火山ガスは炭酸ガス、硫化水素、

場所が﹁死の谷﹂と呼ばれる。

帯にある幅300 ㍍、 全長2㌔の

キフピヌィチ火 山 西 側の地 熱 地

るのはカムチャツカ1カ所だけだ。

つだ。 だが、 旅行客が実際に行け

クラスノヤルスク、サハ共和国の三

カ 所 あ る。 そ れは カ ム チャツカ、

ロシアには有名な﹁死の谷﹂が3

探検隊も犠牲になった ﹁死の谷﹂

達したためだと後で分 とという。

それは溶 岩 が氷 河に るのは ま だ ま だ 先のこ

火の玉は2 ㌔ も飛 び 空へ立ち上った。 入 れ て お り、 最 重 要 は音速を超えた。

足 元では、 小 さな 間 険 極 ま りない、 という シアは宇 宙 開 発に力 を 散 り、 ガスの流 出 速 度

オフロード車が威力を発揮 火 山に近 づくほど植 物は少なくなる。 この地 域では 暗い色 味の鉱 滓︵こ う さ 噴火の崖錐︵がいすい︶がある。噴火の際

い︶ 、 そして1 9 7 5 年の大 トルバチク

トルバチク谷を移動するには車が最適

に植物は溶岩で焼かれた。 だ。 端の崖錐からトルバチク山のふもと まで丸 1 日 かかる。 自 然 公 園では踏み ならされた道から外れないようにする。 カムチャツカには道路がほとんどない。 幹線道路はペトロパブロフスク・カムチャ と、北部に続く道路の2本のみ。オフロー

ツキーからオホーツク海沿岸に続く道路

月までと短い。

ド車で楽しめる観光シーズンは6月から

て、 巨 大な白い柱が上 層 の 厚 さ が 7 ㍍ も あ

を 登 り切ると、 最 初の とがらりと様 変わりす には 小 さな 壁 を 隔てて り、 地 獄を思わせる状 が付 着し始 めた。 そし その辺 りでは 火 山 灰の

最 後の

運ばれてくるのだ。

間、 でこぼこの砂 利 道 する亜 硫 酸 ガスが風に 口をふさぐしかない。

﹁熊との鉢合わせにそ に車を走らせた。

現地へ空路で向かった。 をくれた。

する映 画の撮 影のため かった。 案 内 役 が 助 言 る前に私た ちは、 数 時 る。 地 下 深くから噴 出 らへ運 んで く る。 布で 空 気、 き ら め く 太 陽。 トルバチクの大噴火

カでのサ バイバルに関 ではな く 火 山の方に向 湧いてくる。 火 山に登 のよ う な 臭いがしてく が 有 毒 ガスの塊 をこち

私 た ちは カ ム チャツ える。 だが私た ちは湾 然 保 護 区にいる実 感が 登っていくと、腐った卵

国籍:ロシア、 探検家

ム トノフスキ ー 火 山 噴 気 孔が見える。 まさ るため、 去 年は難なく 酸性の湖が並んでいる。 態が続いた。

キ ーは、 モスクワとの ください。 逃 げよ うと ムトノフスキー火山

ロフス ク・ カ ム チャツ なえて発 火 筒をご用 意

75

パブロフスク・カムチャツキー

ソチのグルメ TOP10

キー氏(37) 

高 額 な 航 空 券 を 気にしない

ウエット ス ーツ 着 用 は 不 可 度 まで

www.roshianow.jp/45787

時差が8 時間。 体はま しても無駄ですから﹂

50

渓 谷の短い緩 斜 面 を 欠 泉がごぼごぼと音を ことがよくある。

Corbis/Fotosa 撮影

だ眠っている。

69

イワン・デメンチエフス

やみつきになりそう   極北でのサーフィン

Yuri Kozyrev/Yuri Noor Images 撮影

隣 接 する アバチャ湾 山 の 輪 郭 が 見 え て き 気孔で知られている。

 モスクワ発ペトロパブロフスク・ カムチャツキー着の航空便を利用 できる。所要時間は 9 時間。サ ハリンやウラジオストクから船で行 くのも可能だが、移動時間は長い。 カムチャツカへの鉄道はない。  日本からはウラジオストク経由 か ハ バロフスク経 由で、 ペトロ パブロフスク・カムチャツキー行 きの航空便が便利。ウラジオス トクからは 約 3 時 間、 ハ バロフ スクから約 2 時間半。航空運賃 は 6000 ∼ 1 万 2000㍔(約 1 万 8000 ∼ 3 万 6000 円)。

次号の発行日 (予定)

www.roshianow.jp/45565

www.roshianow.jp/45161

www.roshianow.jp/45399

12 日 (木)

ロシア風 ファッションに 身を包むセレブ たち

ロシアの蚤の市

るムトノフスキー火山の 渓谷を進むハイカーたち ▽ゴレルイ火山の頂上▽ クロノツキー自然保護区。

 写真は上から順に▽カ ムチャツカ半島の先端近 くにあるアバチャ湾▽亜 硫酸ガスや蒸気が立ち上

20

変化に富むカムチャツカの景観(写真説明)

15

Corbis/Fotosa 撮影

に は 観 光 客 の 姿 が 見 た。 地の果ての火 山 自

 カムチャツカ活火山地帯を登る モスクワから空路9時間

12月

電子版のお勧め記事

70

探訪は好奇心から サーファーが訪れる。

欠。 夏でも 水 温 は

30

11

このサーフィンの穴 場を公

20

光が拝めるスポットでもある。︻イワン・デメンチエフスキー︼

3

 カムチャツカには美しい村カイ ヌィラン (コリャーク語で 「熊の片隅 (へき地) 」 の意) がある。 ペトロパ ブロフスク・カムチャツキーから約40㌔離れ たカイヌィラン文化センターは、熊の生息地 見学を企画し、住居、犬ゾリ、舞踏、料理など の先住民の生活を紹介している。

  ネ パ ー ル 生 ま れ。 異境や変わった場所 に 魅 せられてヒマラ ヤ山脈に登り、シリア、 アルメニア、カフカス の古代遺跡を探検し た。チベットと絆が深 い旧ムスタン王国(現 ネパール) も訪れた。 17

つの見どころ

3

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ロシア NOW 2013年(平成25年)11月14日(木)

7 旅行


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2013年(平成25年)11月14日(木)

ロシア NOW

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難しさあるが 気にするな

ロ シ ア 語 を 学 ぶ 動 機 興 味 を 持 ち、 文 化のプ う 固 定 観 念 を 外 国 人 は ない。つまり、どの言語 なって久しいのだから。 ざまな国の人と会話が   学 習 者 は ドス トエフ できますよね。 と は ど の よ う な も の で リ ズム を 通 して 言 語 に ず っ と 抱 い て い る よ う にもプラスとマイナスが   興味を持つようだ。 で す。 実 際 に 難 し い の あることを 理 解 した 上 ス キ ーの 作 品 をロシア ロシア語への関心は高 しょうか。   多くの外国人はロシア でしょうか。 で学習を始めればいい。 語 で 読 み 始 め る ま で、 ま る と 信 じている。 そ 外 国 人の外 交 官 やビ   形 動 詞 構 文を知 らなく の理 由 はロシアが 地 理 いかなる 外 国 語 を 学 ジネスマンにロシア語を の活 発で寛 大 な 文 化 生   的 大 きさに限 らず 大 国 ロ シ ア 語 の 学 習 を 簡 ても大丈夫だ。 日本でソ連崩壊後、ロシア語学習の人気は下火になっ 新 し い 言 語 を 学 習 す 問 題 解 決 の 段 階 的 手 教 えた 経 験 が ある。こ 活に驚く。モスクワのク 習 する 時でも その優 位     すべてのイギリス人が だからだ。汎用︵はんよ る 際、 心 理 的 な も の は 法︶の領域であり、心理 のよ う な 人 々の動 機 は レム リ ン宮 殿 や サ ンク 性 と 豊 富 さを 予 期 して 単 に す る 方 法 は あ り ま   シェークスピアを読んで う︶言語として英語は経

こと が 多 い。 新 しい 情 しかし、ロシアに一度 していないのか を 不 思 ほど時制は多くない。 例 えば、 外 国 人 学 生 う必要はない。     報 を 得る際の客 観 的 困 も来たことがなくても、 議がる。 ロシア 語 は キ リル 文 にいきな り 形 動 詞 構 文   難 よ り も、 こ ち らの方 ロシア 語 に 興 味 を 示 す 字 を 使 う が、 他のヨー を 説 明 するよ う なこと 学んだロシア語を生   が悪影響になる。 人もたくさんいる。一般 ロ シ ア 語 は 学 ぶ の が ロッパ言 語 ほ ど 正 字 法 があってはならない。こ か せ る の で し ょ う か。   的には、ロシアの文化に 極 め て 難 し い 言 語 と い と音韻論︵発音︶の差は れは口 語で 使 わ れな く 英 語 を 学 ん だ ら、 さ ま

21

単語に秘められた二重の意味

  言語学専攻研究者で﹁ 世紀の 辞書﹂ウェブポータル責任編集者の ア レクセ イ・ ミヘイェフ氏 は 二 重 の意味を持つロシア語の単語を紹 介している。 これらの単語はロシア史における 特定の時期に起源があり、ロシア 人をより理解し たいと思っている 外国人にとって便利なツールだ。   例えば、ソ連崩壊後、お金は人 物の社会的立場を評価する主な基 準となったが、 これにより、 資産 状況を示す新語が誕生し、旧語の 意味も変化した。   お 金 はロシア語 でジェニ ギ とい うが、﹁キャベツ﹂ 、﹁レモン﹂ とい う多くのスラングも存在する。   具体的には電子版で。

電子版でもっと読む

知 ら ないこと を 恥 に 思 されていくだろう。

Portrait Press Photo 撮影

もっと読む www.roshianow.jp/blogs/ mikheev

後にメーチニコフは、﹁回

大 山は当 時、 欧 州の軍 隊 近代小説の先駆的作品 ﹁浮 軽んずることはできないし、

教 えられる人 材 を 探 してい 逸材、二葉亭四迷もいた。

想の明 治 維 新 一ロシア 人   革命家の手記﹂﹁亡命ロシア

に 学 びつつ、 日 本 の大 学 で 雲﹂ と近代文章語を生んだ そうすべきでもない﹂

た。 大 山 は ジュネ ー ブを 訪

日 本の各 地を訪れ見 聞を 人の見た明治維新﹂ ︵共に渡

れた 岩 倉 具 視、 木 戸 孝 允、 明治維新を評価

大 久 保 利 通にメー チニコフ

彼は日 本を愛しただけで

を紹 介 する。 そして、 明 治 広 めたメー チニコフは、 当 辺雅司訳︶ 、大著﹁大日本国﹂

人 た ちにピョー ト ル 大 帝の

の元 勲たちから直 接 招 待さ 時の日 本の知 識 人た ちと付 な どを 残 し、ロシアにお け

赴任したのだった。 改 革について語 り、 明 治 維 なく、崇拝していた。今日、

新の意 義 をそれに匹 敵 する その日 本 観はいささか理 想

メー チニコフの滞 日 生 活

化されて見えるほどだ。

れて、 1 8 7 4 年に東 京に き 合いが あった。 彼 は 知 識 る日本研究の礎を築いた。

東京外国語学校で教べん

日 本 が 将 来、 アジアの大

メー チニコフは 東 京 外 国 ものとみなした。

語 学 校でロシア語 を 教 え始

号ではな かった。 彼の前 任 明 治の大 改 革の意 義を最 初 が優れず、 滞 在を早 期に切

めたが、ロシア語 教 官 第 1 国に成長することを予見し、 は2 年 足 らず だった。 健 康

成し遂げ、ロシアの日本学、

者は、日本に流れてきたシー に認 識したヨーロッパ人の一 り上 げた。 その間に多 くを

﹁日本が、復活するアジア 日本のロシア学の創始者の一

ドルと名 乗る酔 漢とポーラ 人となった。

ンド系ユダヤ人だった。

Tel. +7(495)7753114

メーチニコフはロシア語だ のリー ダーとなる か 否 か? 人となった。 ︻アレクサン   けでなく、 数 学と歴 史を教 それは時 が示 してくれるだ ドル・クラノフ︼

sales@rbth.ru

もっと読む

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www.roshianow.jp/ blogs/kulanov

jp@rbth.ru

えた。 日 本での生 活や学 生 ろう。 だが、 もはや文 明 諸

ご意見、ご感想を お聞かせください! 編集長にお便りを

ロシアの日本学、日本のロシア学の礎築く    た ちについて詳 細 な 滞 在 記 国は日 本を無 視できず、 そ

お問い合わせはこちらで: www.roshianow.jp/ culture_calendar

維新期・明治の目撃者 を残している。 教え子には、 の現 在 および将 来の意 義を

[公演予定] (カッコ内は問い合わせ先) 11月16日(土) 神奈川県民ホール(神奈川         芸術協会 045-662-5901)   17日(日) ルネこだいら *   19日(火) 岩手県民会館(2回) (いわて        生協 019-603-8299)   20日(水) 東京エレクトロンホール宮城    (河北新報社 022-211-1189)   21日(木) 町田市民ホール *   22日(金) 千曲市更埴文化会館 *   23日(土) 木曽文化公園文化ホール      (0264-23-8011)   24日(日) いたみホール (072-778-8788)   27日(水) 多治見市文化会館 (0572-23     2600)   28日(木) 御殿場市民会館 (0550-83-      8000)   29日(金) 森町文化会館 (0538-85-1111)   30日(土) 調布市グリーンホール * 12月 1日(日) 静岡市民文化会館       (静岡放送事業部 054-281-9010)     *印の問い合わせ先は光藍社 050-     3776-6184

レフ・メーチニコフ

08

ど の よ う に 影 響 す る の 学 とは 障 壁の除 去、 気 明 ら かで、 仕 事のた め トペテルブルクのエルミ おかなければならない。 すか。

ロシア国立モスクワ・ クラシックバレエ公演

年からは3 万

で観 光 業 が 大 き く 発 達 用 変 化 があるが、 英 語 とだ。

ロシア語スピーチコンテスト  第23回創価大学創立者杯 12月8日(日) 12:30開会

2001年に毎月6万部だったのが、

多言語通訳、心理言語学者

ている。 N H Kロシア語 講 座 テキストの公 称 部 数 は

ドミトリー・ペトロフ氏

ロシア 語 には 格 変 化 ロシア 語 を 学 ぶ 時 は いるわけではないのと同 済 や 文 化 のグロー バル 楽さ、自由、喜びだ。 に 学 習 が 必 要 な の だ。 タ ー ジュ美 術 館 以 外 に 部に半 減したまま だ。﹁格が六つもあって文 法が難し でしょうか。     多 くの外 国 語 学 習 者 キャリアや自分のビジネ も、ロシアには興味深い が あって 確 か に 難 しい しっかりと段階を踏むこ じで、ドストエフスキー 化に沿った言語になるべ すぎる﹂ ﹁日本語にない発音が多い﹂。ロシア語に対する 語 学の学 習 とは心 理     先入観は克服できるのだろうか。多言語に通じる通訳、 学であり、 数 学である。 が、 間 違 えること を 極 スを重視し、ロシアでそ 場 所 が た く さ ん あるこ が、 その代 わ りに冠 詞 とがとても重 要であり、 もすべてのロシア人が読 く、 大 きな 代 償 を 払い

イ ン タ ビ ュ ー

言 語 学の数 学 とは 基 礎 度 に恐 れる あ ま り、 自 の発 展の可 能 性 を 得 た とを知ると、なぜロシア はない。ロシア語には活 最 初に基 礎 を 固 めるこ んでいるわ けではない。 なが ら、 さ らに簡 素 化

日本に亡命したロシア人

警察が彼を捕らえようとし

レ フ・ メ ー チ ニ コ フ は ていたため、 逃亡先をあれ

弟はノーベル賞受賞

1 9 0 8 年 のノ ー ベル 医 こ れ 考 え、 明 治 維 新 を 社

学 生 理 学 賞 受 賞 者 イ リ 会 主 義 革 命と混 同 した日

彼は綿密に日本行きの準

備をした。万巻の書を読破

ヤ・ メ ー チニコフの 兄 で、 本に白羽の矢を立てた。

1838 年にサンクトペテ

ルブルクで生まれた。

三つの 大 学 の 4 学 部 を し、日本への招請を受けた

転 々 として、 ポ ー ランド、 上で満を持して渡航した。

カ国 語を習 得

独 立・ 無 政 府 主 義 運 動 に 大山巌に日本語教わる

欧 州の

13

イタリア、フランスで民 族

身を投じた。流浪の歳月の

ジュネ ー ブで知 り 合った日

末に見つけた一時の安 住の していた 彼 は 1 8 7 2 年

地が日本だった。

レフ・メーチニコフは独 本 人 に日 本 語 を 教 えて も

学で学者になり、才能ある らった。 その先 生は当 地に

ジャーナリストでもあった。 留 学 していた 若 き大 山 巌。

JICセミナー・留学相談会2013 11月16日(土)新宿スバルビルB1Fスバルホール 第一部13:30∼15:00 講演会 第二部15:15∼17:00 留学説明会

様 々 な 言 語で 発 表 し た 論 後 に 陸 軍 大 臣、 元 帥 と な

ロシア語・ロシア文化セミナー (JIC国際親善交流センター 11月)

文 の数 は 4 0 0 以 上 に 上 り、 日 露 戦 争 で は 満 州 軍

ロシア語フェスティバル2013

る。彼は欧州で過激派とし 総司令官として日本の勝利

カルチャー カレンダー

て知られていた。 数カ国の に大きく貢献した。

もっと読む www.roshianow.jp/arts/books

タス通信撮影

心理言語学者として有名なドミトリー・ペトロフ氏に

刊行:2013 年 6 月 田中克彦 著 岩波書店、岩波現代全書

お勧めの学習法を聞いた。︻アレクサンドラ・クリコワ︼ アルゴリズム︵計算法・ ら 上 達 を 妨 げてしま う 人々だ。

『「シベリアに独立を!」諸民族 の祖国(パトリ) をとりもどす』

文化に触れる楽しみ

ロシア語を学ぶ

話題の本

 シベリア=広大、 極寒の地―日本人 のイメージは普通 その程度である。  ところが、 かつ てこの地を国内植 民地と見なし、独 立運動があったと 聞けば驚かざるを得ない。一体誰が、 なぜその運動を始めたのか。本書を 読み進めるや、我々のイメージは一 変され、シベリアについて何も知ら なかったことに気づかされるだろう。  運動自体はあっけなくつぶされる が、青年たちの独立への夢は別の形 で継承された。例えば、本書の主役 ポターニンのシベリア研究は、この 地を独立した研究地域として認識さ せた。また連邦制への夢は今日のロ シアまでついえることなく受け継がれ ているという。同著者訳のメンヒェン・ ヘルフェン『トゥバ紀行』 (岩波文庫) と あわせて読むと、また興味深い。      【塚本善也、ロシア研究家】

文化・教育 8

ボリショイ劇場  ロシア文化の象徴的存在。20 世紀の傑作のほかレオニード・デシャ トニコフの「ローゼンタールの子供たち」 「失われた錯覚」という作品 (アレクセイ・ラトマンスキーの舞台)などロシアや西欧の古典を披露し ている。フランツェスカ・ザンベッロ、デクラン・ドネラン、ロベルト・ ストゥ ルア、ロバート ・ウィルソン、アレクサンドル・ ソクーロフなどの監督や、ロー ラン・プティ、ジョン・ノイマイヤー、ウェイン・マクレガーなどの振付家が 活動している。   所在地:モスクワ市劇場広場 1

この秋注目の モスクワのバレエ 新 シ ーズ ンにはこの 5 演目

スタニスラフスキー & ネミロビッチ・ ダンチェンコ音楽劇場  1918 年に創設されたボリショイ劇場のオペラ・スタジオと、その 1 年後 に創設された芸術劇場音楽スタジオは 1920 年代半ばにモスクワの大ドミト ロフカ通りの邸宅を共同保有することになった。1941 年に統合され、スタ ニスラフスキー & ネミロビッチ・ダンチェンコ音楽劇場が生まれた。バレエ の演目は現代的な筋書きをとりいれ、常に他の劇場とは一線を画していた。   所在地:モスクワ市大ドミトロフカ通り、17

ワフタンゴフ劇場  18 ∼ 20 歳の若きモスクワの学生集団が 1913 年末、学生演劇スタジオ を創設し、スタニスラフスキー・システムに基づいた舞台芸術を始めた。 指導にあたったのはこのシステムで最高の教育者と定評のあった B. ワフタ ンゴフだ。  まずボリス・ザイツェフの戯曲 「ラニン邸」から始めることが決まった。専 用の場所がなかったため、アパートのゲストルームを借りるなど毎回違う 場所を使用していた。1914 年秋に、ようやくマンスロフスキー通りの小さ なアパートに落ち着いた。小さな舞台と 35 席の客席だった。1920 年 9 月 13 日、ワフタンゴフ・スタジオは芸術劇場の第 3 スタジオとなり、1926 年 に劇場の現名称がつけられた。   所在地:モスクワ市アルバート通り 26

              今 、舞 台 で 繰り広 げられているの は 何 な の か 。そ れ が わ かると、もっと感 動したくなり、酔 いしれ たくなる。そういうあ な た に お 勧 め の 特 異 な 出し物 。

「マルコ・スパダ」 ボ リ ショイ 劇 場 ∼プ レ ミ ア 監督・演出家:ピエール・ラコット

「罪の彼岸」 ボリショイ劇 場 ∼ 新 舞 台 監督・演出家:ボリス・エイフマン

初演:2013 年 11 月 8 日

初演:2013 年 10 月 1 日

 振付家・刷新派のピエール・ラコット氏は 1981 年、ミラノ・スカラ座でダニエル・オベー ルの音楽に合わせた 「マルコ・スパダ」を上演し た。この主役である盗賊を演じたのは有名な ルドルフ・ヌレエフである。  古きバレエの刷新バージョンは 11 月 8 日、 ボリショイ劇場歴史舞台で初演された。ラコッ ト氏はモスクワの演目に新たな登場人物と振 り付けを加え、コール・ド・バレエを拡大。 気難しい盗賊、実直な紳士に恋をしたその 娘、ボスの気を引こうと踊るギャング団、感 動的な舞踏会、おふざけ、古きバレエの魅 力がある。

 ボリス・エイフマンは 10 月 1 日、ドストエフ スキーの 「カラマーゾフの兄弟」を独自に解釈し た作品を披露。 「カラマーゾフの兄弟」のあらす じはほとんど使わず、その裏に隠された深い 意味を舞台で伝えている。  1995 年にも 「カラマーゾフ」という、後に世 界的に知られることとなったバレエ演劇を創 作しており、この長編小説を使うのは今回が 初めての試みではない。  ワグナー、ムソルグスキー、ラフマニノフ の音楽に合わせたバレエは 2 幕で約 2 時間 続く。第 1 幕の演出で 「カラマーゾフの兄弟」 の流れを示すため、読んでいない観客でも 登場人物同士の対立を理解できる。

チケット:2000 ∼ 1 万 2000㍔ (約 6000 ∼ 3 万 6000 円)

チケット:2500㍔から (約 7500 円から)

「ラ・バヤデール」 スタニスラフスキー & ネミロビッチ ・ ダンチェンコ音楽劇場 監督・演出家:ナタリヤ・マカロワ

「白鳥の湖 ペレザグルースカ」 ヤウザ会館 監督・演出家:フレデリック・ライドマン

「アンナ・ カレーニナ」 ワフタンゴフ劇場 監督・演出家:アンジェリカ・ホリナ

初演:2013 年 10 月 18 日

初演:2013 年 11 月 12 日

初演:2012 年 4 月 28 日

 マリウス・プティパが初めて 「ラ・バヤデール」 を上演したのは 1877 年、サンクトペテルブル クだった。インドの戦士が貧しい寺院の舞姫 とラジャの娘のどちらを選ぶべきかで悩み、 神が判断する誤った選択をしてしまう。  ワガノワ・バレエ・アカデミー出身の有名な バレリーナであるナタリヤ・マカロワはソ連時 代にイギリスに亡命し、主役をこなした。マ カロワの「ラ・バヤデール」は 1980 年代に米 国の劇場で披露されており、現在は世界 17 カ国で上演されている。この秋ようやく、モ スクワのスタニスラフスキー & ネミロビッチ・ ダンチェンコ音楽劇場で上演された。

 自由に解釈したチャイコフスキーのバレエ は、ヨーロッパのヒットとなった。  チャイコフスキーの音楽に現代的なポップス やロックを加え、 クラシックなバレエにストリー ト・ダンスを加えた。  舞台は 19 世紀の街の通り。善と悪を衝突 が麻薬と愛の衝突になる。  スウェーデンの首都ストックホルムで 2011 年に初演されて成功を収め、とうとうモスク ワに到達した。  評論家の意見はさまざまだが、風変わり な古典バレエ演出は注目に値する。

 ビリニュス振付学校とロシア舞台芸術大学 を卒業しているリトアニアの振付家アンジェリ カ・ホリナはトルストイの古典文学をアルフレッ ト・シュニトケの音楽の踊りと組み合わせた。  総譜はシュニトケの作品の断片をつなぎ合 わせたもので、創造的な演劇とよく合い、ま るでこの舞台のために特別に作曲されている かのようだ。  ホリナの演劇には肉欲的な熱情は皆無で、 主役のオリガ・レルマン(アンナ・カレーニナ) の感情の一端を示しているにすぎない。

   チケット:3200 ∼ 8000㍔    (約 9600 ∼ 2 万 4000 円)

チケット:1500 ∼ 5000㍔   (約 4500 ∼ 1 万 5000 円)

   チケット:1100 ∼ 2300㍔      (約 3300 ∼ 6900 円)

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