NichigoPress (NAT) May.2018

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其の拾弐

日系企業への イベント・ケータリングの開始

日本料理と歩んだ豪州滞在記

~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

出倉秀男

40 2018年5月

リビング 戦後、30年を過ぎたころは海外に向か う日本企業、日本人が増え、シドニーでも 1970~80年代に日本企業、政府関係が 活発に動き始め、オーストラリアにおける 日本企業進出の基盤が整えられました。 「スキヤキ・ハウス」を訪れるダーク・スー ツに身を固めた日本のビジネスマンの数 は、日々、増えていきました。食事の合間 にダイニングにあいさつに出ていくと、い ろいろな企業の方々と話をする機 会を得 られました。皆さまそれぞれ今後の展望を 情熱的に語ってくれました。そのような活 気に満ちた雰囲気には、日本からの新しい 波が寄せてくるような勢いを感じられワク ワクさせられました。当時、日豪の調印式 や、契約会社設立に伴う式典、イベントな ども開かれ、日系企業が活気に満ちてき ていることが、彼らとの会話から読み取れ ました。 そのような背景の中、ある企業の方から 「社長宅で接待があるので手伝ってもら えないか」と相談を受けました。日本から のVIPの来豪に当たり、接待で会食を催す こととなり、本 格的な日本料理の提 供を お願いしたいとのことでした。当時は、 アメリカでもそうでしたが、家庭での パーティーは、それぞれの社長夫人が 先頭に立ってメニューを考え、指揮に 当たられていたので、彼女たちには私 のような料理人はとても重宝がられ ました。 特にオーストラリアでは、食材も限 られ、伝統的な日本料理でおもてなし をするのは、大変でしたので、日本料理 の技術を駆使した料理の提供には、チャ レンジのし甲斐がありました。また、アメ リカ時代にお世話になった日本企業から のバックアップもあり、依頼は徐々に増え、 忙しくなってきました。この経験は、後に、 私のビジネス展開に向けて大変有意義な

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のものとなりました。日 本企 業への高級日本料 理提供のイベント・ケー タリング を始 める機 会 を得られました。 レストランとケータリ ングの大きな違いは、お 客 様を迎え入れるダイ ニング・スペースが常 時 あるかないかです。ケー タリングは、会場がイベ ントにより異なり、ケー タラーが、イベントに合 わせて、会場を設立しな ければならず、その準備 や段 取りには大 変な時 間と労力が掛かります。人材派遣会社もあ りましたが、日本料理の経験者は少なく、 自分で人材集めをするために常にアンテナ を張っておかねばならず、頭の痛いことも 少なからずありました。しかし、イベント・ ケータラーの利点は、何と言っても前もっ て予約を受け付け、人数のぶれが最小限 で抑えられ、確実な収入があること。更に は、自分のデザインした料理を各イベント で演出できる点が、チャレンジでもあり楽 しみでもありました。 イベント・ケータリングでは今では当時 から比較すると、巨大なホスピタリティー を提供することが求められます。大きなセ ントラル・キッチンを構え、あらゆる状況に も対処できる、バラエティーに富んだ演出 の提供ができなくてはなりません。また、 今日はレギュレーションが厳しく、衛生面、 物流の問題なども大変です。昔はいろいろ な面でケータリングが自由だったと、懐か しく思います。 その後、いろいろな企 業とのイベント・ ケータリングをさせて頂く中で、思い出深 い出会いがたくさんありました。その中の1

人に、今は亡きトーレン ト北 村氏 が いらっしゃ います。北村氏は日本の 企業で最初にオーストラ リアに根 付いたパ イオ ニア的存在の総合商社・ 兼松の初代社長のお孫 さんで、イベントでお会 いすることがあ れ ば必 ず声を掛けてくださいま した。そして、あるワイ ン会 社の イベントが キ リビリのロイヤル・ヨッ ト・クラブで行われたの ですがそれがお会いす る最後になりました。そ の時は、奥様を亡くされたばかりだったよ うで、気を落とされていらっしゃいました。 少し奥様のお話しをし、懐かしんだ後、北 村氏から差し上げたい本があると申し出ら れました。数日後、私の元に届いたのが、 「Kanematsu’s Great Gift: The Story of the Kanematsu Memorial Institute at Sydney Hospital=Ronald Winton著」 という本でした。この本のやり取りが北村 氏との最後の交流になってしまいました。 この本を読み返すたび、総 合商社「兼 松」が残した軌跡、そして日本が海外との ビジネス展開を推し進める中で、人間関 係、信頼関係を築き上げ、社会に貢献でき る力を持つことの重要性を感じさせられま す。長いスパンでビジネスの成功を導いて いくために重要なことを学ばせて頂くこと ができました。 <プロフィル>出倉秀男(憲秀)●料理研究家。英文による日本 料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。 Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞 受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士 連盟師範、日本食普及親善大使

リビング 読書好き 集まれ!

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最新BOOKSトレンド・チェック

本好きにとって、トレンドに取り残されてしまうのはつらいところ。 本連載では、シドニーCBDに店を構え、KINOと親しまれるオーストラ リア紀伊国屋書店協力の下、トレンド・キーワードと共に読み逃せない 話題の3冊と、日本のトレンドをキャッチするための最新ランキングを ご紹介していきます。 5月12日にNSW州立アート・ギャ ラリーで、映画『星砂物語』のプレミ ア上映会が開催されます。監督のロ ジャー・パルバースさんは原作の著者 でもあり、大島渚監督の『戦場のメ リークリスマス』の助監督も務めら れた多才な方のようです。 『戦場のメ

リークリスマス』の小さな姉妹編と位 置付けられた本作は、主題曲の『Star Sand』を長年の友人でもある坂本龍 一さんが提供、出演陣も今をときめ く俳優、女優たちで、何とも興味を惹 かれます。原作もご紹介していますの で、ぜひ作品に触れてみてください。

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協力:オーストラリア紀伊國屋書店 (Level 2, The Galeries, 500 George St., Sydney)

今、売れている本は? ベストセラー・ランキング(2018年4月2~8日)

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ランキングから Pick up! 極上の孤独/下重暁子

■文庫ベストセラー 1

ラプラスの魔女

東野圭吾

KADOKAWA

2

羊と鋼の森

宮下奈都

文藝春秋

3

警官の掟

佐々木譲

新潮社

4

魔法科高校の劣等生25

佐島勤

KADOKAWA

5

終わった人

内館牧子

講談社

■新書ベストセラー 1

極上の孤独

下重暁子

幻冬舎

2

自分のことだけ考える。

堀江貴文

ポプラ社

3

逃げる力

百田尚樹

PHP研究所

4

素顔の西郷隆盛

磯田道史

新潮社

5

陰謀の日本中世史

呉座勇一

KADOKAWA

今週のトレンド・キーワード「オーストラリア作家の本!」 過去と現在をつなぐ戦争小説の傑作

核戦争の恐怖を描く名作

豪州建国神話の奥に潜む闇とは

星砂物語 ロジャー・パルバース

渚にて 人類最後の日 ネヴィル・シュート著/佐藤竜雄訳

闇の河 ケイト・グレンヴィル著/一谷智子訳

講談社(価格:A$30.85<会員価格:A$27.76>)

東京創元社(価格:A$20.85<会員価格:A$18.76>)

現代企画室(価格:A$51.55<会員価格:A$46.39>)

1945年、1958 年、2011年の3つ の 物 語をつなぐ、 沖縄の小島で起き たある出 来 事 。あ りがちな甘い人間 ドラマとも 読 め る パート1から、もの の見事に跳 躍する 物 語の力と予 想外 の 結 末 。あの日あ の島の洞窟で本 当は何が 起きたの か? 13年後に発見された3遺骨はいったい誰の 物なのか? そして受け継がれる命脈とも言える 存在が目の前に現れる――。

第 3 次 世 界大 戦 が 勃 発、放 射 能に 覆われた北半球の 諸 国は 次々と死 滅 していった。かろう じて生き残った 合 衆国の原潜“スコー ピオン”は汚染帯を 避 け てオーストラ リアに 退 避してき た。ここはまだ無事 だった 。だ が 放 射 性物質は確実に南 下している。そんな中、合衆国から断片的なモール る ス信号が届く。生存者がいるのだろうか? 一縷の 望みを胸に、スコーピオンは出航する――。

19世紀初頭、英 国での貧窮生活を くぐり抜け、ウィリ アムとサ ラ のソー ンヒル夫妻は植 民 初 期 のシドニーに た ど り 着 き 、や が て隔たった 入植 地 に希望を見出し一 家 で 移り住 む。無 人の未開地と思わ れ たそこは 、先 住 民が伝統的な暮ら しや祭祀を営む地だった――。異文化との出合い と衝突、和解に至る道のりで「記憶」はいかに物 語られるのか。

「孤独=悪」というイメージが強 く、孤独死は「憐れだ」 「ああはな りたくない」と忌み嫌われる。一 方、周りに自分を合わせるくらい なら1人でいる方が何倍も楽しく 充実し、孤独は成熟した人間だけ が到達できる境地でもある。 「集 団の中で本当の自分でいることは 難しい」 「孤独を味わえるのは選 ばれし人」 「すてきな人はみな孤 独」――。1人をこよなく愛する著 者が、孤独の効用を語り尽くす。

K IN O K UNIYA

便り

「シドニー・ライターズ・フェス ティバル」。その名の通り、文学 のお祭りで、豪州内外から作家 を始めとする出版関係者が集ま り、市内各所でイベントを行い ます。今年の開催は4月30日か ら5月6日まで。世界的に知名度 の高い人も参加し、文学好きに はたまらないようです。ある国 を 知るため の 近 道はそ の 国 の 作家の作品を読むこと、という のは数カ国渡り歩いた本好きの 体験談。ぜひお試しください。


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