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武蔵野大学環境研究所紀要 第 2 号(2013)、pp. 95-104 The Bulletin of Musashino University, Institute of Environmental Sciences No. 2 (2013), pp. 95-104 ISSN 2186-6422

旧西本組本社ビル The Former Head Office Building of Nishimoto-gumi 西本真一 Shinichi Nishimoto 西本直子 Naoko Nishimoto

訂正: 本稿の最終校正を終えた直後、 執筆者不詳、「栄光に輝く」社会画報第 15 号特別号(大正 14 [1925] 年)、社会画報社、p.3 において旧西本組本社ビルの写真が掲載されていることが判明した。広く昭和 2(1927)年の 建造が伝えられてきた建物であるが、竣工は大正 14(1925)年にまで遡ると考えられる。


1SSN 2 1 8 6 6 4 2 2

武蔵野大学環境研究所紀要 第 2 号 目次 企業における温室効果ガス削減費用の算出方法に関するアンケート調査 ・ 一 方井誠治・栗田郁真・堀

勝彦

1

重邦 ・ 斎藤瑞貴

17

着雪による受信障害の緩和対策を施した パラボラアンテナのライフサイクルインベントリ分析

・…-佐々木

武蔵野大学キャンパスおよび周辺地域における放射線量測定と除染の展望 ....・ H ・塩津豊志・田辺直行・ 三

輪あづみ

31

米国における海洋に関するパートナーシップのしくみと教育の取り組みについての研究 一制度的枠組みを中心とした考 察・ H ・....・ H ・..……...・ H ・-….....・ H ・-太田絵里

45

陸雄

5 7

6 9

和歌浦「あしべ屋別荘」と夏目激石……...・ H ・-…・……西本直子・西本真

77

-西本直子

95

環境学を専攻する学生を対象としたライフヒストリー研究 環境文化によって解釈された縁海と地中海周辺の地域風

旧西本組本社ビル

…… H ・ H ・..………...・ H ・-………・・……西

……… H ・ H ・...村松 …...・ H ・-…...・ H ・矢

武蔵野大学環境研究所

201 3


旧西本組本社ビル TheFormerHeadO f f i c eB u i l d i n go fN i s h i m o t o g u m i

西本アミ

*

S h i n i c h iNishimoto 西本直子 *

NaokoNishimoto 要旨 旧西本組本社ビル(登録有形文化財)は和歌山で慶応年間より続く土木建設会社の本社ピルと して昭和 2

(1 927) 年に築造された 。 設計は岩井信 一 (p わいのぶかず)で、西本組の社長を務

めた西本健次郎の親戚の子供である 。 岩井が早稲田大学建築学科に在学中、健次郎が援助を続け た経緯があり、岩井の RC 造による卒業設計計画をそのまま本社ビルとして採用した 。 当時、鉄 筋コンクリート造は日本でまだ少なかったはずであり、建築アカデミズムを通じて鉄筋コンク リート造の先端技術の習得の意図もあったと思われる 。 本稿ではルネサンス様式をまとったこの

建物を取り上げ、計画方法に関して考察を進める 。

一一=ロ 品削

西本組は和歌山において慶応年間より続く土木建設会社であ っ た l 。 この本社ビルとして昭和 2 (1 927) 年に建造されたのが 「 旧西本組本社ビル 」 として残る鉄筋コンクリート造の建物であ

り、後に登録有形文化財として指定された 。 設計は岩井信 一 ( ~、わいの ぶ かず) 2 で 、西本組の

社長を務めた初代の西本健次郎の親戚に 当 たる 3 。 岩井は早稲田大学理工学部建築学科に進学し 1 西本組に関しては 三 井建設(船社史編纂室 「三 井建 設 社史 」 三 井建設株式会社(平成 5 [1993] 年)、 pp .166 を 参照 。

2 早苗会「早 稲田建築 学 報 」第 l 号(大正 11 [ 1922 ] 年) 、半稲田大 学 埋 工学部建築学 科 早苗会、巻頭写真 には岩井信 一 の写真が掲載されている 。 早苗会「早苗会会誌 J 第 6 号(大 正 8

[ 19 1 9 ] 年度) 、同 8 号

(大正 1 0 [ 192 1] 年)に も岩井の住所が記されている 。 早稲 田大 学高等 研究所の小 岩正樹氏の御教 示に感 謝申し上げる 。

3 西本健次郎については山崎霞舟「 和歌山脈人材 録前編」 和歌山日 H 新聞社印刷部 ( 大正 9 [ 1 920 ] 年) 、 pp .223-224 を 参照 。 西本組の社 章 は後に漫画 家となる 小野佐世男によ ってデザ イ ン されたもの である 。 小 野佐世男の父である小野鉄 吉 は、西本組東 京 事務所の所 長 を務めた 。 小野佐世男展 実行委員会 ・ 川 崎市 岡本太郎 美 術館 「 小野佐世男 : モガ ・ オ ン ・ パレード J 川 崎市岡本太郎 美 術館(平成 24 [ 20 1 2] 年 ) 、 p.2 1 。

*環境 学 部非常勤講師 「「 U

QJ


武蔵野大学環境研究所紀要

N o . 2( 2 01 3)

たが、健次郎は岩井の在 学 中、援助をおこな っ た経緯があり、岩井の RC 造による卒業設計計画

がそのまま本社ビルとして採用されたと伝えられている 。

しかし建造 当 初の設計図面類は 一 切残

されていない 。 鉄筋コンクリート造は日本でまだ少なかったはずであり、また建築アカデミズム を通じて鉄筋コンクリート造の先端技術を 習得 する意図もそこにはあ っ たと思われる 。 建設指揮を執った西本健次郎は、鉄道工事に参入することで事業を大きく展開させた人間であ

る 。 明治の近代化に伴い、土木工 事 の労働力を提供統括する、いわゆる人入れ家業から西本組を

会社組織に変えて土木建築施工会社とし、本社ビルの建設を進めたのである 。 大正 12 ( 1923 ) 年 の関東大震災 の直後であり、鉄筋コンクリート造を採用した 意 図は容易に想像される 。 1927 年は オーギュスト・ ぺ レがル ・ ランシー教会を完工 (1923 年)してから 4 年後に当たり、同潤会青山 ア パ ートメントハウスが竣工した年でもあ っ た 。 この建物は建設会社の本社ビルとして代々の西本家により運 営 され、 1990年代までは 事務 所と して使われ続けていたが、

当主 引退の後に 三 井建設へ委ねられ、建物を処分する話が進んだ 。

かし当 主 ・ 3英 一 郎がこれを 1999年 12 月 20 日に 買 い取り、現在に 至って いる 。 登録有形文化財に申 請 し、 2000年に認定されたが、不動産の仕組みの中で築 60年を超える建物の評価 基準 が確 立 して

おらず、また 当時古 い鉄筋コンクリート造建造物の再利用や修復 事例が少なか っ たこともあり、 解決すべき問題は少なくなかった 。 2000年 -2003 年頃までは地元の設計者や大 学 の有志に試験的 な 賃貸 を願い、またさまざまな協力を得た 。 2003 年以降は東京の日辰画廊 ・ 小泉絢 子 氏はじめ現 代美術展企画者や諸作家の協力のもとに西本家が 主 体となる企画をおこなうなど、建物を広く公 開する試みがなされた 。 2005年以降はテナントピルとして用いられている 。

本建築の外観は、腰壁を粗い石で仕上げる方法(ルスティカ仕上)やペディメント(破風)を 持つ入口部のイオニア式オーダーによ っ て強く特徴づけられ、これは 一 見してルネサンス様式を

思わせる 。 内部に人ればまた、ほぼ花の単純な比例を繰り返す空間構成に同様式の 影響 が 強く感じられる 。 1868年の文明開化以降、国策として外国人建築家を招聴し、西洋建築様式を学

ぶことで建築の近代化がめざされた 。 本建築は岩井の受けた当時の大学における建築教育を如実 に今日まで伝えていると考えられる 。 本稿では旧西本組ビルにおいてうかがわれる設計計画方法を概括する 。

2 、建物概要 名称

:旧 西本組本社ビル( w w w . n i s h i m o t o j p . c o m / i n d e x . h t m)

所在

:和歌山県和歌山市小野町3-43

構造形式:鉄筋コンクリート造 3 階建 建築年代:昭和 2

(1927) 年

保護区分:なし

現在用途: 事務 所及び展示空 間 設計者

: 岩井信 一 (p わいのぶかず)

施工

: 旧西本組

主な外装 : 花筒岩張 ・ タイル張 ・ 花岡岩張キャノピー ・ 吹付タイル・木製サ ッシ ・透明ア クリル

-96-


旧西本組本社 ビ ル ( 西本・西本 )

主 な内装: ペ ンキ仕上・ PVC シ ート張・ 一 部 天 井スタ ソ コ調仕上

建築面積: 83 . 62 ぱ 床面積

:2 2 7 . 1 9 m ' 0 (1 階) 8 1. 75 ぱ( 2 階) 7 2 . 7 2 m '; (3 階) 72.72 ぱ

(PH)

7. 53m '

屋階パラペ ッ ト天端高さ:約 14.2m 指定

:登録有形文化財 (2000年、第 30-0042 号)

掲載文献:

日本建築 学会編 「 新版日本近代建築総覧 」 技報堂出版(昭和 58 [1983J 年)、 p . 341 。 一 井建設(株)社史編纂室 「 三 井建設社史 」 三 井建設株式会社(平成 5

[1993J 年)、 p . 23。

河崎 昌 之 「 旧西本組本社ビルの保存と活用 」 、和歌山大 学 紀州経済史文化史研究所紀要第 21 号 (平成 13 [200 1]年)、和歌山大学紀州経済史文化史研究所、 pp . 1-9 。 中西重裕 「 わかやまワクワク探検隊 」 わかやま新報社(平成 12 [2002J 年)、 pp . 2 6-27。 西本直子「半世紀前のビルをアートスペースに 」 、住む 。 第 2 号、泰文館(平成 15 [2003J 年)、 p.l72 。

執筆者不詳 「 西本ピル再生プロジェク卜:ドミニ ッ ク・エザール展 」 新建築第 78巻第 10号(平

成 15 [2003J 年 10 月)、新建築社、 p.53 。 浜田拓志 Ir 登 録有形文化財 ・ 西本ビルの保存とアートによる活用 J とその後 」 和歌山県立近 代 美術館ニュース第 40号(平成 16 [2004J 年 3 月)、和歌山県 立 近代 美術館、 p . 6。 遠藤弥 子 ( 写真 :安薪 重 男) I アートで近代建築は救えますか? J カーサ・ブルータス第 48 号 (平成 16 [2004J 年 3 月)、マガ ジ ンハウス、 p.161 o 日本建築士会連合 会 同日歌山エキスカーシ ョ ン:和歌山建物コース 」 建築士第 53 巻第 621 号

(平成 16 [2004J 年 6 月)、 p.21 。 田中禎彦(写 真 :小野 吉 彦 ) I 身近な歴史の再発見:登録文化財の建物から、第 71 回

旧西本

組本社ビノレ 」 住宅建築第 356号(平成 16 [2004J 年 11 月)、建築思潮研究所、 pp . 138- 139 o 本多友常・平田隆行・鳴海祥博 ・ 中西 重 裕「建築風土記 11: まちづくりの核となる建築保存を

市民の手で J 建築ジャーナル第 1093 号(平成 17 [2005J 年 11 月)、企業組合建築ジャーナル、

p p . 50 -5 3 (特に p .53) 。 文化庁文化財部編「総覧 登 録有形文化財建造物 5000 J 海路 書 院(平成 15 [2005J 年)、

pp. 1 1 9;270 。 執筆 者不詳 「 昭和初期の建設 事 務所が和食器専門店として再生 j コロンブス第 415号(平成 18

[2006J 年 5 月)、東方通信社、 p . 51 。 和歌山県教育委 員 会編 「 和歌山県の近代化遺産:和歌山県近代化遺産(建造物等)総合調査報 比 書」 和歌山県教育委員会(平成 19 [2007J 年)、口絵、 pp . 204・205

;246。

小金沢智 『 妻木良 三 展 I ZONE J -繋がり合う空間と作品 J ギャラリー第 319 号(平成 23 [2011J 年 11 月)、ギャラリーステーション、 pp.106- 107 。 小野佐世男展実行委員会・川崎市岡本太郎美 術館 「小野佐世男 : モガ・オン・パレード j 川崎

市岡本太郎 美術館(平成 24 [2012J 年)、 pp . 12 、 21 。 松 尾 寛 「 建物語 ・ 人物語: ① 旧西本組本社ビル 『 場が放つ独特な存在感 J J ニ ュ ース和歌山

(平成 25 [2013J 年 1 月 9 日) 。

-97-


武蔵野大学環境研究所紀要

N O . 2( 2 01 3)

外壁(図 1 - 8)

北側前面道路に面して幅約 11 . 2m 、奥行き約 7 . 6m 、高さ約 14 . 2m の容積を持つ 。 北側正面中央 に破風のあるエントランスポーチがあり、階段で、 約 96cm 上がって両開き扉のある 1 階のエント

ランスホールに入る 。 腰壁は花筒岩であるが、ポーチに備えられたイオニア式オーダーの柱脚上 までが割肌仕上で、破風上までは叩き仕上である 。 割肌仕上はルネサンス様式の特徴的なルス

ティカ風の石積みを模しており、石の接触面は角を出して正確に整えられている 。 その上に巡ら した約 60cm跳ね出す鉄筋コンクリート製の軒下のコーニス部分まではタイル張となっている 。

軒の下面には垂木を模した凹凸が造形され、擬石洗い出し仕上である 4 。 窓廻り、及び、パラペッ ト立ち上がりは擬石モルタル洗い出し仕上であ っ た 。 建造当時は道路を隔てて東側にあった木造本宅と 2 階の廊下で結ばれていたという(後述) 。

1 9 4 5 (昭和 20) 年 7 月 6 日の和歌山大空襲で周辺の木造部分は消失し、ピルだけが残された 。 東 面と南面(図 4

- 6)

に一部外装が塗装となっている部分はその折、火事によって被災した部分

と思われる 。 正面に向かつて右側は車庫として作られた部分で、擬石洗い出し仕上の壁面に破れ 地を切った壁に車の出入りのための間口約 2 . 65m の開口が設けられている 。 壁面に鉄製のヒン

ジが残っている他、関口部の下のコンクリート床部分には落とし棒を受ける穴と思われるものが 残っており、元は車庫用の大扉があったと思われる 。 大きな開口とビル本体の間の小壁には勝手 らしき木製扉が残されている 。 車庫と敷地西側隣地を隔てる塀に 一 部煉瓦をイギリス積みした

壁面が見られる 。 これは健次郎が英国で学んだレンガ積み工法の試行の跡と 言 われる 。 空襲のた

め多くが焼け、施工記録などほとんど残されていな p5 が、近年、京都の疎水工事の煉瓦造の礎 石や、鳥羽の煉瓦造小学校建築の図面資料などから西本組の社名が見つかっている 。

窓 縦長形状で木製サッシにペイント仕上である 。 上げ下げ窓の上に依殺しの構成で、基本的に l 階から 3 階まで垂直に位置をあわせてほぼ同幅で設け、左右対称に配置されている 。 この窓配置

は、柱以外の壁面も上下に応力を伝えやすくすることができるため、全体の構造上、有利に働い ていると考えられる階北正面は中央のエントランスポーチを挟んで、幅1. 12m の窓を左右対称

に設けている(図 1 ) 。 細かくは各階の窓の大きさに抑揚があり、立面構成の比例へのこだわり が看取される 。

内部 柱聞は各聞が正背面側が 3.2m 、 4.5m 、 3.2m 、側面側が正面から 3.2m 、 4.5m であった 。 内部は l 階から 3 階まで、各階とも約 7.5m 四方の大きい部屋、約 3.2m 四方の小部屋、 3.2mX

4.5m の階段ホールの 3 つの空間からなる同じ構成となっている 。 ただし、

4

l 階は間口 4.5m 、奥

屋上は 2010年にコンクリート改質工事を試みたところ、コンクリートスラブ上にアスフアルト防水層が

あったため、クラ ック補修 をおこな ってメンブレン防 水を施した 。 ペントハウ スは防水モルタルだけで 維持されていた 。

5 鉄道工事内容などは機密保持のため、もともと記録に残しにくい工事が多かった 。 土蔵に残っていた主 だったものも終戦直後に没収されている 。

6

1946年の昭和南海地 震におい ても特に被害は見られな か った 。

-98-


旧西本組本社ビル(西本 ・ 西本)

図旧西本組本社ビル北側正面

図 2 :西北から見た旧西本組本社ビル

図 3 :北東から見た旧西本組本社ビル

図 4

9 9

旧西本組本社ビル東面


武蔵野大学 環境研究所紀要

N O . 2( 2 0 1 3)

司里喧喧喧園周岡国圃・・闘岡田園周聞圃V

図 5: 南東から見た旧西本組本社ビル

図 6: 旧西本組本社ビル南面

図 7: 南西から見た旧西本組本社ビル

図 8: 旧西本組本社ビル西面

-100-


旧西本組本社ピル(西本・西本)

行き 203m のエ ントランスホールが 7.5m 四方7の部屋の 北西角に割り込んで設けられ、残る L型の クヒ 悶を、 7 05 m の幅いっぱいの執務空間と、エントランスホール東側に面する受付として使って

3.2 m 四方の小部屋は、エントランスホールと背面の階段ホールとも直接ドアで通じて、

持客室に 使われた 。

2 階は大きい部屋を社長と側近の執務室とし、かつて隣接した住居部と直接

廊下で 繋 がっていたと伝えられる 。 現在、東面で 1 ~ 2 階の窓が 3 階よりもひとつ少ないのは、

中央部 にあった住居に繋がる廊下の開口部分を後年に塞いだためと思われる 。

3 階最上階の大き

な部屋 は 1 ~ 2 階と比べて特に開放的に造られている 。 他の階で、は 7.5m の部屋の中に 一 本柱が

立 っているのであるが、最上階では支える荷重が少ないため、柱をなくすことが可能であった点 が大きい 。 また 3 階では天井を張らずにコンクリート構造体を露出しており、他の階では天井仕

上から 3m ほどの天井高さであるところを、天井高さ約 4m とされている 。 仕切りを設けない状 態では南 ・東・北の 3 面の窓から 自然光を取り入れることができるため、採光 ・通風ともに良好 な部屋となっている 。

3 階の大きな部屋は社員の娯楽場とされ、ビリヤード台が置かれていたと

も伝えられている 。

3 、設計計画の分析(図 9

1 0 )

幾何学的な方法に基づく分析には危うさが伴う 8 が、ここでは 1 9世紀の分析方法を色濃く 残す 建築教育を受けた人間の卒業設計、そしてこれに基づいて実現された建物を対象としているとこ ろに特徴を有する 。 図 9 では北側の立面を取り上げたが、軒の出を含んだ建物の最大幅と、地盤 高さの水平線から軒の下端までの高さとが等しいのはおそらく偶然ではない 。 軒を除いた建物の

幅と、割肌仕上を施した基壇部から軒の下端までも等しいと思われ、建物の外形に関してはこう して正方形を描くことができる 。 また建物の幅の 1/2 が、地上から立ち上がる石積みを模した l 階部分の高さにきわめて近い 。

玄関のペディメントの幅は、建物の幅を 三等分して求められたと推定された 。 玄関の両開き扉

の幅を 2 倍するならば、両開きの開口部の上にあるトランサム窓も含めた開口部の全高と合致す る。

台座の上に載せられたイオニア式の柱についても、ウィトルウイウス 9やセルリオ 10の書に基づ いて分析を試みており、実測値と現在までの分析の結果を図 10 に掲げる 。 台座がないものとして、 台座の下端から上に伸びるイオニア様式の柱が、ある程度のオーダーの比例を順守しつつ計画さ れ、その後に台座が描き足された印象を受ける 。 イオニア柱の芯々柱聞を 2 倍するならば、入口 階段の最上段の高さからペディメントの頂点までの高さと同 ー となるように思われる 。

7 実測調査は何回かなされたが、その結果にはいくらかのずれが見られる 。 壁厚の問題、尺寸との関係、 比例などの問題を加昧し、改めて整理をおこないたい 。

8

古代ローマ時代の建物に幾何学的な分析を盛んにおこなった 19 世紀の美術史学的な流れについては、

MarkW i l s o n]ones, P r i n c i P l e s0 1RomanA r c h i t e c t u r e(Ya l eU n i v e r s i t yP r e s s :NewHavenandLo ndon , 2000) , pp.1・6 を参照 。

9 Vitruvius , OnA r c h i t e c t u r e1 .L o ebC l a s s i c a lL i b r a r y2 5 1(Harv訂d U n i v e r s i t yP r e s s :Cambridge ,

1931・ 1934) ,

pp.151・ 197.

1 0 VaughanH a r tandP e t e rHicks , S e b a s t i a n oS e r l i o :OnA r c h i t e c t u r e1(Ya l eU n i v e r s i t yP r e s s :NewHavenand Lo ndon, 1996-2001) , pp.24~ト392. -101-


武蔵野大学環境研究所紀要

No. 2( 2 0 1 3)

/

」山」

図 9 :北側正面図の構成分析図

-1 0 2-


旧西本組本社ピル(西本 ・西本 )

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図 10 :工ントランスポーチの柱の構成分析図

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武蔵野大学環境研究所紀要

NO. 2( 2 0 1 3)

幾何学的な手法を用いて立面の全体、あるいは各部が設計されたことがこのように暗示される

ものの、では平面の寸法計画とどのような相関があるのか、それが次の課題となるであろう 。 作 業を続行し、この建物についての理解を今後も深めていきたい 。

4 、結語 旧西本組本社ビルに関し、若干の考察を述べた 。 改変の痕跡も多々観察され、建造当時の設計 図書や写真などはほとんど残されていない状況である 。 小規模の 事務所ビルでありながら、しか し多くの人々によって支えられている建築であり、地元に愛されて、しばしばスケッチ会の描画 対象ともなっている 。 建築学的な視点からの考察をこれからも重ねる必要が指摘されよう 。

参考文献

MarkW i l s o nJones , P r i n c i P l e s0 1RomanA r c h i t e c t u r e(Ya l eU n i v e r s i t yP r e s s :NewHavenandLo ndon , 2 0 0 0 ) . e b a s t i a n oS e r l i o:OnArchitecture, 2v o l s .( Y a l eU n i v e r s i t yP r e s s :NewHavena n d VaughanH a r tandP e t e rHicks , S Lo ndon , 1 9 96 -2 0 0 1 ) . Vi廿uvius , O nArchitecture , 2v o l s .L oebC l a s s i c a lLibrarγ251 , 2 8 0(Ha r v a r dU n i v e r s i t yP r e s s :Cambridge , 1 9 3 1 1 9 3 4 ) . 小野佐世男展実行委員会・川崎市岡本太郎美術館 「 小野佐世男 : モガ・オン・パレード J 川崎市岡 本太郎美 術館(平成 24 [2012J 年) 。

河崎昌之「旧西本組本社ビルの保存と活用 j 、和歌山大 学紀州経済史文化史研究所紀要第 21 号(平成 13 [ 2 0 0 1 J 年)、和歌山大学紀州経済史文化史研究所、 pp.1-9。

苗会 「早 苗会会誌J 第 6 号(大正 8

[19 19 J 年度)、同 8 号(大正 10 [ 192 1] 年)、早稲田大学理工学部建

築学科 。

早苗会「早稲田建築学報」第 l 号(大正 11 [1922J 年)、早稲田大 学理工学部建築 学 科 。 中西重裕 「 わかやまワクワク探検隊 J わかやま新報社(平成 14 [2002J 年) 。 日本建築学会編 「 新版日本近代建築総覧 J 技報堂出版(昭和 58 [1983J 年) 。 文化庁文化財部編「総覧登録有形文化財建造物 5000 J 海路書院(平成 17 [2005J 年) 。 三 井建設(附社史編纂室「 三 井建設社史」 三 井建設株式会社(平成 5

[1993J 年) 。

和歌山県教育委員会編 「 和歌山県の近代化遺産:和歌山県近代化遺産(建造物等) 総合調査報告 書 J 和歌山 県教育委員会(平成 19 [2007J 年) 。 山崎霞舟「和歌山県系人材録前編 J 和歌山日日新聞社印刷部(大正 9

-104-

[1920J 年) 。


武蔵野大学環境研究所紀要編集委員会 委員長矢内秋生 委員(五十音順)

伊村則子

宇賀神博

武蔵野大学環境研究所紀要

第2号

2013 年 3 月 1 日発行

針、〉J

U 工

編集

武蔵野大学環境研究所紀要編集委員会

発行

武蔵野大学環境研究所 〒 135-8181

フnV市 武蔵野大学 MUSAS 附 NO

UNIVERSITY

電話 印刷

東京都江東区有明 3-3-3

0 3 5 5 3 0 7 31 2 (教学事務部学務課)

株式会社多摩ディグ 〒 184-0012

電話

東京都小金井市中町 2-19-31

0 4 2 3 8 4 2 4 91


1SSN 2186-6422

THEB U L L E T I N OF MUSASHINOU N I V E R S I 1Y I n s t i t u t eo fE n v i r o n m e n t a lS c i e n c e s

No.2 CONTENTS Q u e s t i o n n a i r eS u r v e yf o rC a l c u l a t i n gMethodso fF i r m s 'G r e e n h o u s e G a sAbatementC o s t e i j i/KU悶TA, I k uma/HO悶, K a t s u h i k o .1氾\ATAI, S

1

L i f ec y c l ei n v e n t o r ya n a l y s i so fp a r a b o l i ca n t e n n a st a k i n gameasurea g a i n s tr e l i e fo f c c r e t i o n r a d i od i s t u r b a n c eresulting 仕om snowa h i g e k u n i/SAITOH , M i t u k i 1 7 .SASAKI , S Measuremento fR a d i a t i o nDoseonandaround 出e MusashinoU n i v e r s i t yCampuses , andS u g e s t i o nf o rt h e i rR e m e d i a t i o n o y o s h i/TANABE , Naoyuki/MIWA, Azumi 3 1 .SHIOZAWA, T R e s e a r c hont h eSystemo fP a r t n e r s h i pandOceanE d u c a t i o ni nt h eU n i t e dS t a t e s -An a l y s i sonP o l i c yFramework 一一...................一.................................. OTA, E r i 4 5 AnA t t e m p tS t u d yont h eL i f eH i s t o r i e so fS t u d e n t sM a j o r i n gE n v i r o n m e n t a lS t u d i e s

i nHigherE d u c a t i o n .

………………………………………・・・………

MURAMATSU , R ikuo 5 7

Iρcal W indswhichwereR e i n t e r p r e t e dbyt h eEnvironmentC u l t u r e

9 a tt h eM a r g i n a l S e aandM e d i t e r r a n e a nSea…………………………………… YANAI, Akio 6 “ Ashibe-ya An n e x "a tWakauraandNatsumeS o s e k i

.NISHIMOTO , Naoko/NISHIMOTO , S h i n i c h i 7 7 τbe

FormerHead0血ce B u i l d i n go fNishimoto宮umi .NISHIMOTO , S h i n i c h i/NISHIMOTO , Naoko 9 5

I n s t i t u t eo fEnvironmentalSciences , MUSASHINOUNIVERSI 1Y

2013


The Former Head Office Building of Nishimoto-gumi