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父のことは全然嫌いじゃなかった。離婚後も父とはよく会っていたし、遊びに出かけることもあった。父はアウトドアが大好きなので、 父と僕と弟の男 3 人だけで一緒にキャンプをしたりもして、特別な時間を過ごしたこともあるくらいだ。ただ、大好きというわけでもな かったけれど。そこそこ好きだった。やっぱり父という存在は子どもにとっては絶対的で、逆らうことができなかったし、今まで一緒に 暮らしてこな

かったこともあってか、母以上に心を許すことができるとは思えな

かった。そん

な父の家は「フレグランス林」という 2 階建ての小さなハイツで、母

の家から車で

30 分ぐらい行ったところにあり、子どもの僕にはどう考えても遠かっ

た。もちろん

普通なら小学校も転校ということになるのだが、それだけは嫌だった

ので父の家か

らバスで小学校まで通うことにした。バス一本で小学校までは着かな

いので、まず

はバスに乗って父の家から交通センターまで行く、そこで母の家まで

行くバスに乗

り換えて、着いたらそこからまた歩いて学校まで行くというものだっ

た。おそらく

1 時間ぐらいバスに乗ってたんじゃないだろうか。バスの中で長い間

揺られる毎日

が続いたが、これも小学校を卒業するまでの後少しの辛抱だ、といい

聞かせながら

バス登校していた。父の前では、偽りの自分を見せていた。わがまま

も言わない

し、自立した子どもに変身していた。学校帰りには、バスに乗る前に

母の家に立ち

寄ってから帰ることが多かった。やっぱり母の元が落ち着いたのは確

かだった。い

つの日か父に彼女ができ、彼女も一緒に住むようになった。父の家は

愛の巣に様変

わりして、なんか僕は場違いだな、と子どもながらに感じざるをえな

かった。自分

の部屋にいることが多くなった。まあ、僕としてはそのうち母の元に

帰る気満々

だったので、さほど気にはせずに過ごしていた。そして次は、母に彼

氏ができた。

父に彼女ができるのは対して問題ではなかったが、母に彼氏ができる

のは大問題

だった。いつものように学校帰りに母の家に行くと、たまにその男が

いて、胸くそ

悪いのなんのって。なによりも腹立たしかったことは、母と弟がその

男と仲良さそ

うにしているところだ。僕はその男のことを知らないし、話したこと

もない。俺抜きにして何勝手に家族になった気分でいんだよ!そんな気分でイライラしていた僕は、絶対にその男を認めなかったし、話 そうともしなかった。その男のせいで、母の家にもいずらくなり、僕の心安らぐ場所はなくなった。まるで、自分が不在の城に、いつの まにか敵軍が乗り込んでくるような感じだった。そんな経験はないのだが。そういう時期、唯一安心できる場所が登下校時のバスの中だっ た。バスの中では何も考えなくてよかった。何も話さなくてもよかった。何も見なくてよかった。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。 ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ ∼らゆ∼らゆ∼ら。ゆ∼らゆ∼

らゆ∼ら。ゆ∼らゆ

∼らゆ∼∼∼∼∼ら。バスに揺

られる長い時間が嫌

だったはずだけれど、そのとき

だけはもっと、もっ

と。と思っていた。嫌な時期が

しばらくすると、そ

の男はいつの間にかどこかへ消

えた。かなり嬉し

かった。これで城も一安心だ。

おそらく半年ほど父

の家にいたのだろうか。もっと

長く感じたが、よう

やく母の元に帰ることになっ

た。父の元で暮らし

て、僕は人間として少しは落ち

着いたのだろうか。

わからない。しかしまあ、そう

いうことにしておこ

う。おめでとう!僕は成長した

のだ!今思えば、こ

こは僕にとって最大の分岐点

だったと思う。父に

預けられなかったら、もしくは

父とずっと暮らすこ

とになっていたら、どちらにし

ろ今の僕ではなかっ

たと思う。父とずっと一緒にいたら、たぶん勉強とスポーツを頑張って、そこそこ良い高校に入学し、なかなか良い大学に行っていたの かもしれない。猫背でもなければ口も悪くなく、O 脚でもなければ自意識過剰でもなかったのかもしれない。それでも、やっぱり母のそ ばに居れて良かったと思う。その方が幸せだったに違いない。そして、とうとう尾ノ上小学校を卒業し、中学校に入学することになった。 錦ヶ丘中学校だ。小学校からそんなに離れてなかったので、距離的にもさほど変わらなかったが、通学路はまるで変わり、健軍川と呼ば れる川沿いをずっと歩いていくようになった。川沿いをずっと歩いて通学するのはなかなか楽しかった。今までの通学路で見てきた風景 とは別物で、その違う感じを楽しんでいた。ただ、健軍川には問題点がある。雨の日以外はほとんど水が流れていないのだ。あれはどう してだったんだろう。中学校に入学して数ヶ月も経たないうちに、僕の耳にまたまたまた「引っ越し」の 4 文字が飛び込んでくることになる。


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