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STORY

LIVE AS AN ENDURO RIDER 再び、 あの森へ。 101 100

単なる競技という意味を超え、「目標」 として挑める存在についてのストーリー。 日本には、 こんなに素晴らしいイベントがあることを知って欲しい。

STDE エンデューロ in 木古内(2005) photo : Akikazu Yamashita

ついこの前の話。「この雑誌って競技のことしか出てないよね?」 と言われた。 あらためて思い返してみたら、 確かにそうだった。 その人は別に、 批判としてそう言ったわけではないかもしれないが、 最近ではとくに 「競技」 というだけで敬遠される傾向があることは否めない。 エンデューロの世界でも 「走行会ならいいけどレースは……」 という人が少なくない。 だけど、 出たことがあって言っているならともかく、 まだ出もしないうちから参加を敬遠するのはどうだろう? じつは、 かつての僕もこれらのレースを敬遠していた。 競技だから、 という理由で敬遠していたわけではないが、 今思えば、 その面白さを知らなかったのである。 バイクに乗り始めて 余年にして素晴らしいレースを知った、 ハッピーなライダーの話。 文◎本誌・三上  写真◎宮﨑雄司・柏崎祐介・山下晃和・鈴木悠矢

地元と選手が一体になって盛り上がる木古内。 コースのダイナミックさも素晴らしい。

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LIVE AS AN ENDURO RIDER

再び、 あの森へ。

完走くらいラクショーだろ? バイクブーム

 しかし当時、僕の心は BAJA1000

 日高では、レース前日の夕方まで

だし、アベレージ 50km/h でも完走

にあった。90 年から BAJA1000 に

が通常の受付・車検時間だが、遅く

は難しい BAJA1000 に比べればど

 僕がエンデューロに初めて出たの

行くようになり、92 年、93 年、95

到着する選手たちのために夜 11 時

うってことない……と思っていたのだ

は 1985 年のことだ。山梨県の本栖

年と BAJA1000 に参加する。だが、

まで受付を延長して行っている。前

が、これが思った以上に進まない。

で行われた「オフロードフェスティバ

やがて資金不足もあって、レースに

日の夕方に大洗からフェリーに乗る

その間に、時刻はどんどん過ぎてい

ル」というイベントで、当時の仲間

はまったくと言っていいほど出なく

と日高に着くのは夜になるから、お

く。なんで? どうして? もう 30

に誘われてヤマハ XT200 で出た。

なっていく。

そらく東京や遠方からの参加者の多

分も走っているのにさっきから 5km

この当時の仲間というのは結構ハー

 その間に結婚し、子供が生まれ、

くは、前日夜に車検を受けるものだ

も進んでいない? ありえねー! 

ドコアな連中で、まあ言ってしまえ

ついに 95 年からは通勤と仕事でし

と思っていた。

とか思っていた。

ば林道暴走族のようなヤツらだっ

かほとんどバイクに乗らない日々に

 ところが、多くの選手は前日の午

 しかしなんとか1 周できた、 と思っ

た。彼らと一緒に走っていた僕は、

なっていった。

前までには到着し、コースの下見ま

たがどうもおかしい。必ず通るはず

彼らのハードな走りになれていたこ

 なんてこたあない。気がついてみ

でしているという。また、参加者の

のチェックポイントがないまま、2 周

ともあって、初参戦にしてはまあま

たら、僕もバイクブームの申し子の1

多くは知り合い同士のようだ。だけ

目のコースに入っている。あれ? 

人に過ぎなかったのだ。

ど、これまでこの手のレースに出て

ちょっとパニックに陥った。おかし

こなかった自分には顔見知りの選手

い。トップの選手たちがいるじゃな

なんてほとんどいない。自分も友人

いか。おかしいぞこれは。コースを 再び戻り、辿り直すとそこにスタッフ

あ納得のできる走りが出来た。  そのあともその仲間たちと一 緒 に、羽鳥、飯倉、成田、笠間などの

日高へ。

今はもうなくなってしまったコース、

  しかし 2000 年、BAJA2000 に

からの借り物である KTM400EXC-R

参戦して、再びバイクに対する想い

で参加していたのだが、どうも外国

がいて、ミスコースしていることに気

潟のスキー場などなど、全国各地で

が戻ってきた。ここでは語りきれな

車オーナーの多い日高では、自分以

がついた。 「戻って走り直していいで

行われていたエンデューロに頻繁に

いようないろんなことがあり「一生

外の誰もが「凄い人」に見えて圧倒

すか?」と聞くと「オンコースで進ん

参加する。これらのエンデューロと

バイクと付き合っていくんだろうな俺

されてしまう。

でください」と言われた。この時点

いうのはほぼすべてが時間制の「耐

は」と確信したのもこのころだ。そ

 おまけに、ルールがよくわからな

でもう、完走はなくなったわけだが、

久モトクロス」だった。時間は 4 時

して 3 年が過ぎ、しばらく中断され

い。なんだかみんなガムテープにマ

まあまだ走っていいのだし、と 2 周

間、6 時間、8 時間が主流で、ライ

ていた日高ツーデイズエンデューロ

ジックで時間らしきものを書いてい

目に入った。

ダー 2 〜 3 人でチームを組んで出る

が復活すると聞いた。

るのだが、それがどうして必要なの

 もう時間は関係ないんだし、気楽

のが一般的。5 〜 6km のコースを、

 僕にとって日高とは 「ゲロ」のイメー

かもよくわからない。日高はオンタ

に走ろう。しかし 2 周目になって荒

どのチームがいちばん多く周回した

ジしかなかった。冷たい雨のなか、

イム制という ISDE にならったレギュ

れてきたコースはさらに難易度を増

かを競うレースである。

深いワダチのなかでバイクを押す選

レーションで行われるレースなので、

しており、なんてことないところでも

 当時の参加台数は 300 台を超え

手たち。ツルツルの路面でフラフラ

そのために選手は各チェックポイン

ハマってしまう。しまいには最後尾

ることも珍しくなく、レース当日の朝

と走り、完走できるライダーはごくわ

トの通過時刻を書いていたのだが、

を追うマーシャルに追いつかれ「ま

ともなればコース入り口の林道や県

ずか。そんなの楽しいわけないじゃ

最初はそのルールは知っていてもよ

だ走れますか」と聞かれる始末。ダ

道は大渋滞になるほど。だけど、フ

ん、と思っていたから、これまで出

く理解できていなかったのである。

メダメだ、俺は。

レンドリーな雰囲気の大会も多く、

ようなんて思わなかった。特殊なス

 だけどまあ、なんとかなるだろう。

 天狗の鼻を折られた自分に、とど

楽しんで参戦していた。

キルと嗜好をもつ人たちのための特

夜には宿で同室になった函館のライ

めを刺されたのはその先の SS 入り

 これらのレースに出ている間に僕

殊なレース、そんなイメージだ。

ダーたちとそれなりに盛り上がって、

口のチェックポイントだった。 「ここ

は大学を卒業し、モーターサイクリ

 BAJA1000 に 7 回 出 場 し、1 回

レース当日の朝を迎えた。

で止まって待っててください。国道

ストという雑誌の編集部員になった。

を除き完走してきて、それなりに自

時 代はもろにバブル期。国内メー

信もあった。日高も昔と違って完走

そして挫折。

カーも盛り上がっているバイク熱に

率が上がっていると言うし、一度くら

 僕は沙流川の下流へと流れ去って

もう走っちゃダメなんだって(泣) 。

合わせ、メーカー主催のレースを多

いは出てもいいだろう。完走くらい

いく、まだ 1 度しか使っていないロー

コースを走らなくていいという解放

く開催していた。僕はそれらのレー

はラクショーだろう、とエントリーす

ルオフがついた新品のゴーグルを川

感と同時に切なさが襲ってきた。ほ

スの多くに仕事と称して、あるいは

る。これが、 辛く悔しくも素晴らしい、

の中で見つめていた。曇るので、 ゴー

かにも同じ仲間がいたことがささや

プライベートで出まくった。当麻、マ

国内クロスカントリーレースへ関わ

グルを外して腕にぶら下げていたの

かな救いだったが、情けなかった。

イウエイ 24 時間、コングランド、石

る最初のきっかけだった。

だが、転倒したはずみで腕から抜け

 だけど、不思議に悔しくはなく、

て川に落ちたのだ。もう取りに行け

サッパリした気持ちでもあった。そ

る距離じゃない。上を見上げると、

れは、日高に対する自分のスキルが

そしてモトスポーツランドしどきや新

打20 時間、 ジャパンレイドフェスティ

日高ツーデイズエンデューロ(2004) photo : Yuya Suzuki

厳寒にさいなまれた 2005 SUGO 2 DAYS ENDURO 初日。2 日目は気持ちのいい快晴 になったのだが…… SUGO 2 DAYS ENDURO(2005) 開催地:宮城県・スポーツランド SUGO photo : Akikazu Yamashita

を使ってスタート地に戻ってもらい ます」と言われたのだ。ジ・エンド。

バル、そしてツール・ド・ブルーアイ

現場で。

ランド。 80 年代に始まったバイクブー

 2004 年秋。初めて訪れた日高は

川のなかで転倒している自分を見下

疑うまでもないほど不足しているこ

ムが終焉を迎えていることがはっき

寒く他人行儀な場所に感じた。レー

ろしている観客がいた。

とがはっきりしていたからだろう。

り体感できる時代だったが、その流

ス前日の夜に到着したのだが、まだ

 思っていたほど、コースは難しい

 そして同時に、また来年も来よう、

れに抗うかのように数多くのビッグイ

手続きを済ませていないのは自分を

とは感じていなかった。アベレージ

と思った。来年はぜってー完走して

ベントが開催されていたころである。

含むほんの数人というのに驚いた。

25km/h ほどで走れば完走できるの

やる、そう思ったのである。

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雨は石を濡らし、ゴーグルを曇らせ、ライダー の闘志を湿らせていく 日高ツーデイズエンデューロ(2004) 開催地:北海道日高町 photo : Yuya Suzuki

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LIVE AS AN ENDURO RIDER

再び、 あの森へ。 最 高 の コ ン ディシ ョンと な っ た 2005 木 古 内。 「BAJA1000 よりも面白いレースがある」と思った初 めてのレースだった。 サバイバル 2DAYS エンデューロ in 木古内(2005) 開催地:北海道木古内町 photo : Yusuke Kasihwazaki

長くて暗いトンネルを抜けたかのように思っていた。 猛吹雪の東北道

 ピットに戻ると、一緒に参戦した

ては「完走できるかもしれない」と

西田は1周目でレースをやめていた。

期待できるレースだった。

 いけねーいけねえ。こんな文章

西田がトランスポンダー(無線式の

 バイクの準備もしっかり行った。

だと、ますますエンデューロになん

ラップタイム計測器)を受付に返し

圧縮漏れしていたピストンを新品に

か出るもんか、って人が増えそうだ。

てきますか、と僕に聞く。とにかく

交換し、サスペンションもメンテナ

しかし、まだもうちょっとだけ、辛い

寒くて放心状態だった僕は「ああ」

ンスしてもらった。SUGO で 125 な

話が続く。

と答えて彼は返しに行った。それで

らではの軽さは感じていたので、今

 日高で使った、KTM400EXC-R は

リタイヤが決まった。

回は行けるんじゃないか、って予感

僕にはちょっと手に余るバイクだっ

 日高では失格しても2日目を走っ

があった。

た。それまで XR600 や XR650 に

たのに、菅生では初日しか走らない

 今回はダートスポーツの稲垣く

乗っていたので、KTM に乗ったとき

という、人間の進歩という面から見

ん、本誌でも活躍してくれているモ

は羽のように軽いな、と思ったのだ

れば後退する結果となってしまった。

デルの山下くん、そしてエンデュー

が、日高ではいかんせん足が着かな

 サポートに来てくれていた山下ク

ロジャーナリストになりたいという柏

い。セローに乗る女の子の気持ちが

ンと自分の娘、そして西田とその日

崎くんと 4 人で北海道に渡った。到

よくわかった。もう少しスキルが上が

はピットにバイクをほったらかしにし

着した北海道は快晴。初夏の北海道

れば別だが、日高でヨンヒャクはま

て、温泉に泊まりに行った。やって

の素晴らしさが広がっていた。

だ俺には無理だ。かと言って、新車

られっか。

を買うような余裕はない。

 翌日、昼も近いころにコースに戻っ

快晴。

  友 人 の 紹 介 で、KTM の 2 スト

て、雑誌用の写真を撮って歩いた。

 木古内は町内のパレードから始ま

125 をヒトケタ万円で買った。1995

自分より後ろを走っていた仲間たち

る。どうにも反権力で育ってきた自

年式だが、程度はいい。とりあえず

が今日も走っているのを見て、恥ず

分にとって、 警察の先導で走るパレー

繋ぎとしてこれに乗ろう。それで自

かしいと思った。

ドには違和感や「今さらそんなので

分に 2 ストがあっているのか、4 ス

初夏の木古内へ。

車を買おう……と決意した。

 僕の惨状を聞いて「かの」三橋淳

ら年甲斐もなく感動してしまった。

  年 が 明 け、2005 年。SUGO

(知らない人は www.jun38c.com を

沿道で地元の子供からおじいちゃ

2DYAS ENDURO に エ ントリ ー し

参照)が「山の走りかたを教えてあ

ん、おばあちゃんまでが手を振って

た。モトクロス世界選手権の開催

げるよ」とヘルプを申し出てくれた。

くれるのが、こんなに嬉しいなんて。

に合わせ 3 月に開催を早められた

パリダカを 3 回も完走し、木古内は

 すべてがいい感じだった。出たこ

SUGO2DAYS。 会 場である菅 生 ス

じめ、数々のクロスカントリーレー

とのあるみんなから「雨が降ったら

ポーツランドに向かう途中では猛吹

スで優勝しているトップライダーであ

大変だよ」と言われていたが、晴れ

雪に遭うなど波乱を感じさせる幕開

る。そんな彼に直接指導してもらえ

た。朝こそ小雨がぱらついたが、 レー

けとなった。

るなんてとっても素敵なことなのだ

スが始まったら雨は落ちてこなかっ

が、いかんせん時間がない。参戦す

た、確かに雨が降ったら大変そうな

るための時間の余裕を作るために仕

山の中の上り下りは多かった。

 1 周目。それまでの遅れを取り戻

事に追われっぱなしだ。練習なんて

 木古内ならではの「川」も楽しめ

そうとして、アクセル全開でツルツ

したくてもできない状況なのだ。

た。日高で川で苦労しただけに、走

ルのコースを走っていたら、案の定

 仕方なく会社の椅子にもたれなが

り出す前はかなりビビっていたのだ

そのままコースの外へ落ちてしまっ

ら腹筋したり、通勤時に握力を鍛え

が、軽いバイクのせいか、とても楽

た。バイクをコースに押し上げるが、

るなど体力アップを心がける。そん

しんで走れる。だけど川渡りなんて

わずか 2m ほどしかないのにその坂

な僕を三橋があざ笑う。 「三上さん、

もんじゃない。川の中を走るのだ。

を上ることができない。数 10 分も

バイクは体力じゃないよ。バランス

しかもそれがコースの 3 分の 1 ほど

もがいただろうか。汗だくになって、

の乗り物だよ」 。しかし今は、それ

も占めているように感じる。

あげくの果てにそこを上るのをあきら

しか出来ることがない。

 1周を 1 時 間 30 分以内で 走れ

め、谷底の沢を下れるところまで下

 次のレースは 6 月末に北海道の函

ば完走できる。僕のペースは 1 時間

りきって初めてコースに戻れた。

館から 30km ほどの場所にある木

20 分ほどで、完走ペースを保ってい

 大幅に遅れて 2 周目に入る。日高

古内町で開催される「木古内」だ。

た。途中、一度川の中で転倒してエ

と一緒だった。また、最後の SS で

サバイバル・2デイズ・エンデューロ

ンジンがかからなくなり「やっちゃっ

タイムアウトだと言われた。とぼと

in 木古内。略称 STDE だが、みん

たか」と思ったが復活。なんとか完

ぼとコースの外を走ってピットに戻っ

な木古内、と呼ぶ。

走圏内で初日を走りきった。

た。汗でびっしょりのカラダに雪が

 木古内は国内屈指のハイスピード

 充足感があった。楽しかった。長

容赦なく降り注ぐ。ピットに着く頃

コースということで、BAJA1000 で

くて暗いトンネルを抜けたかのよう

にはカラダは冷え切っていた。寒い。

ハイスピードに慣れている自分にとっ

な明るさを感じていた。

やってられっか。

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喜びゃしないわい」みたいなへそ曲

トが合っているのか判断してから新

北海道のエンデューロは食事も楽しみの1つ。 時間がとれず、苫小牧〜日高間に町の少ない 日高ではあまり期待できないが、木古内では 函館の朝市を楽しめる。写真は函館・道南食 堂の「はらす」 。やみつきだ

ストイックな印象のある北海道のエンデュー ロだが、220 台も集まった木古内は季節と 天気のせいもあってかまさにお祭りムード。 夜は町主催のバーベキューパーティもあり、 町、参加者が一体になって盛り上がれる

がりな気分もあったが、走り始めた

ストイックに見えるトップライダーたちも、話 してみれば気さくな人が多い。見ているだけ でも教わることが多いが、知りたいことがあ れば聞いてみよう。きっと答えてくれるはず だ。写真は吉田友彦、通称 “イタリアン”

女性ライダーの姿もちらほら。男性をはるか に上回るスキルをもった女性ライダーも数多 く存在する。写真は角張淳子、木古内チャレ ンジクラスで見事完走

会場にいるだけで、どんな装備が必要なのか も見えてくる。タイヤの交換作業をラクにす るタイヤチェンジャー(写真中央)は選手ご とに自作だったり改造されていたりしてバリ エーションが多いが、必須の装備になりつつ ある

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サバイバル 2DAYS エンデューロ in 木古内 (2005) 開催地:北海道木古内町 photo : Yusuke Kasihwazaki

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2005 日高ツーデイズエンデューロ 開催地:北海道日高町 photo : Yuji Miyazaki

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LIVE AS AN ENDURO RIDER

再び、 あの森へ。 2005 日高ツーデイズエンデューロ 開催地:北海道日高町 photo : Yuji Miyazaki

HTDE の完走者だけが走れる最後のレー ス、ファイナルクロスの会場はレース終 了の 30 分後には本来の姿である牧場に 戻っていた。 2005 日高ツーデイズエンデューロ 開催地:北海道日高町 photo : Yuji Miyazaki

ひょっとしたら、 BAJA1000よりも面白いぜ、 これは!

2005 日高ツーデイズエンデューロ 開催地:北海道日高町 photo : Yuji Miyazaki

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木古内、日高。

3 周目。

指示してくれる。そっかー、そうだ

てしまった。

よなー、と思い直し、なんとか 20

 しかし、タイムチェックカードを

 順調のうちに初日を走り終えた木

 ところが。3 周目のちょうど折り返

分で修理してコースに飛び出した。

収納したバーパッドが川をプカプカ

古内。1 周約 50km のコースを、初

し地点のあたりでリヤタイヤをパン

 残り時間はあと1時間とちょっと。

下流へと流れていく。あわてて起き

日に 2 周、2 日目は 4 周を各制限時

クさせてしまったのだ。フロントは

これまで 1 時間 20 分くらいがベス

あがって取りに行こうとして、コケた。

間内に走り切れれば完走できる。1

タイヤボール(リム打ちしにくい特殊

トタイムだが、もう少し詰まれば完

もう、全身びしょびしょだ。なんと

周ごとのチェックではなく、制限時

なチューブのようなもの)を入れてい

走できるかもしれない。

かバーパッドを拾い、バイクを起こし

間内に規定周回数を走りきればいい

たのだが、リヤはただのヘビーチュー

 僕はすべてを忘れて全開で走っ

てキックする。かかった! あとは

というレギュレーションだ。

ブだけだったのがここでたたったわ

た。これまでの慎重さを思いっきり

無我夢中だった。全開、また全開で

 日高などで採用されているオンタ

けだ。

かなぐり捨てていた。なんだ、これ

走る。そして、なんとかゴール。制

イム制は、複数ある各移動区間で

 いいペースで来てただけに、僕は

くらい開けても平気だったんだ、と

限時間を 7 分過ぎていた。

の設定タイムを超えるごとにペナル

かなり狼狽した。しばらくして、日

感じながら走っていく。木漏れ日の

 結局、木古内も完走できなかっ

ティが発生し、確定する。そしてそ

高のリタイア仲間だった「フサベル

中、水面がキラキラ輝く川に飛び込

た。パンクのせいだと言えばそれま

れが1日60 分を超えれば失格となっ

くん」が奇声を上げ、手を振って抜

んでいく。ブーツの底を押し上げる

でだが、選手の中には崖から落ちて

てしまう、言わば「取り返しのつか

いていった。やられた。

ように水が流れていって、まるで水

30 分以上もロスしながらも完走して

ない」ものだ。だけど、木古内では

 今から思えば、パンクなんか気に

上スキーのようだ。

いる人もいる。チューブのチョイスま

たとえ途中でトラブっても挽回がきく

せずそのまま走ればよかったのだ。

 これなら1時間ちょっとで走れる

で含めて、すべてが僕のスキル不足

可能性がある。

だけど、僕は後ろから来るだろうトッ

かもしれない、そう思い始めた直後

を示す結果だった。

 もっとも、日高は日高で世界のトッ

プ選手の前でラインをふさいだりす

……僕はゴーグル越しに川底を見て

 だけど、SUGO のときのような悲

プであるISDE を見据えてレギュレー

るのがイヤで、途中でリタイヤしよ

いた。前転して、川に飛び込んだの

惨さはまるでなかった。それはきっ

ション作りをしているわけで、日高

うと考えた。コース途中のオフィシャ

だ。 「終わった」と思った。背後で

と、この世界の面白さが見えてきた

のルールがよくないとは言えない。

ルがいるところまでゆっくり走り「パ

は KTM のエンジンが断末魔のよう

からなのだろう。

両方ともエンデューロという名前は

ドックまでショートカットできます

に高い音を鳴らしたあと、止まった。

 メディアの仕事をしているという

同じだが、それぞれが見ている方向

か」と聞いてみた。しかし、 オンコー

そして静寂がやってきた。

有利さあって、知り合いも増えた。

は違う、ただそれだけのことだ。

スで戻るしかないとわかり、とぼと

 やっちった。後ろを見たくなかっ

必要な工具や装備についても知識

 さて、打ちひしがれた日高から半

ぼコースを走り始めた。

た。川の流れる音を聞きながら、 ゆっ

が増えた。これまで 20 年以上エン

年。練習やトレーニングをしたとは

 そしたら、 案外走る。それどころか、

くりと後ろを見る。やだな、こんな

デューロをやってきたのに、こんな

言い難いが、可能な限りの改善は施

ヌタヌタの上り坂なんて、パンクして

ところでエンジンから水を抜かない

に知らないことがあったのかってくら

して参戦した木古内で僕は、いい感

ないときよりもグリップしてんじゃな

といけないのか。パドックに戻れる

い、吸収できることが多かった。

触を得ていた。

いかってくらいよく走る。

のは相当遅くなるだろうなあ、そん

 そして何より、ダートを走る楽しさ

 調子に乗って失敗しないように、

 失った時間を後悔しながらパドッ

なことを思いながら。

をカラダすべてで感じていた。いや

完走ペースをキープして走り続ける。

クに戻った。僕は残り時間を考える

途中、ライダーがケガをしたために

とここで終わりかな、と思っていた

7 分。

一時レースが中断されるが、3 周目

のだが、 ピットにいたハルキさんが 「三

 驚くことに、バイクはハンドルと

 だからと言って、日高をすぐに完

の途中まではいい感じで走ってい

上さんスタンド上げて」 「レバー出し

シートを支点にして逆さまの状態で

走できるわけでもないだろうが、道

た。これならなんとか行ける。

て」と、すげー真剣な顔でテキパキ

川の中に「立って」いた。思わず笑っ

筋が見えてきたような気がしていた。

最高じゃんエンデューロ! 素晴ら しい!

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LIVE AS AN ENDURO RIDER

再び、 あの森へ。 2005 日高ツーデイズエンデューロ 開催地:北海道日高町 photo : Yuji Miyazaki

一生、 日高完走なんてできないかもしれない。 だけど。

再び、日高へ。

周目を僕が走ることはなかった。

少しでもうすぐ 1 周。ところが、水た

にはならない奥深さがここにはある

 なぜなら、コース 3 分の 2 ほどで

まりを抜けた直後、またエンジンが

と僕は思う。そんな楽しさに比べれ

 そして 1 年が巡り、再び日高の季

ある 40km 地点のあたりでガス欠し

止まった。百キックするがかからな

ば、景色の素晴らしさや順位なんて、

節がやってきた。昨年の反省をふま

てしまったからだ。

い。スペアプラグはもう、もってい

刺身のツマのようなものだ。もちろ

ない。万事休す。

ん、それらはそれらで素晴らしいん

 木漏れ日の差す森の中で、僕は動

だけどね。

え、フェリーは仙台から乗って昼前 に苫小牧に着くようにした。バイク

スキル。

のタイヤにもタイヤボールを前後入

 ガソリンは 1 周もつと予想してい

かないバイクのシートにもたれ、冷

 一昨年初めて日高に出て、自分が

れ、空気圧も高すぎず低すぎないと

た。だけど、予想以上の悪条件と転

静に自分のスキル不足を思いなが

どんどん変わっていった。食生活に

ころに慎重に調整した。

倒が重なって、思った以上にガソリ

ら、同時に晴れやかな気分になって

気を遣うようになったし、カラダを

 思えば、昨年はタイムチェックカー

ンを消費してしまったのだ。そのた

いた。日高で完走するにはまだまだ

なるべく鍛えようとも思うようになっ

ドを入れるケースももっていなかった

め、そのあと紆余曲折はあったもの

準備が必要だ、そう思っていた。

た。レースに出られるように、仕事

ので、ジャケットのポケットに入れて

の、結局トータルで 4 時間ほども雨

 だけど、エンデューロにはそれだ

を早めに終わらせようと努力したり、

走っていたっけ。走りのほうは怪し

の中を歩くハメになった。おかげで

けのことをする価値、いや、手応え

調整するようにもなった。エンデュー

いが、準備という点では自分でもこ

多くのライダーに歩いているところを

があるなあ……とも実感していたの

ロを通じて、どんどん自分が変化し

の1年、 少しは進歩したと思う。途中、

目撃され、かなり有名人になってし

だ。まあ、そもそも日高を完走する

ていくのが実感できる。

夕張の観光ドライブインによって「い

まった。これで今年の日高は終わり。

なんて一生出来ないかもしれない。

 さらにメンテナンスのスキルも必

も餅」を食べたりしつつ、晩秋の日

あっけない結果だった。でもまあ、

だけど、別にそれならそれでもいい

要だし、トライアル的なテクニック

高へと向かう。今回は友人でアドベ

これもまた、スキル不足ゆえのこと

じゃないか。

も身につけていく必要があるだろ

ンチャーカメラマンの宮﨑、そして

だ。また来年がんばろう、 そう思った。

 仮にそうだとしても、少しでも完走

う。でも、これだけ豊富な課題があ

SUGO 以来僕のレースに付き合って

 僕はこれで失格となったが、日高

に近いところを目指せばいい話だ。

ること……自分から進んでその課題

くれているモデルの山下クンとの 3

では失格者でも 2 日目を走ることが

それだけの面白さが、ここにはある。

をこなしていきたい、そう思うこと

人体制だ。

出来る。4 時間歩いて疲れたとはい

それは木古内にもあるし、SUGO に

が、世の中にそうそうあるものだろ

 晴れやかな気分で日高の受付に

え、バイクで走った疲れとは違う。

もある。それは自信をもって間違い

うか? 

到着。秋晴れの北海道は美しく、明

せっかく来たんだから走るか、と明

ない、と言える。

 昨年、初めてサーフィンを体験し

日は楽しそうだ。車検もまだ陽の残

日のための準備をして、風呂に入っ

るうちに一発でパス。不安はない。

て早く寝た。

あとは天気がいいことを祈るだけだ。

ライフワーク?

たときに感じた、ワクワクした感覚 を今、僕はエンデューロに対して感

 どうだろう? エンデューロに出

じている。目標は違うものの、じつ

る気がますます失せただろうか。そ

は同じことをスーパーモタードにも

  晴 れたものの、2 日目のコース

れとも?

感じていたりして、それらの目標を

 しかし残念ながら、夜半から雨が

は初日とは見違えるほどの荒れよう

 レースなんて参加しないで、ツー

少しでも達成できるまでは、なかな

降り出した。しかし、何も知らなかっ

だった。しかし、太陽が出ている

リングや、ただファンライドをしてい

かサーフィンまで手が回りそうにな

た去年とは違う。1 周目は、速さを

かどうかでこんなに気分が違うなん

たほうがいい、と思う人も多いと思

いのが残念だ。だが、人生は一度き

競うスペシャルテスト区間のタイム計

て! 人間って気候に影響されやす

う。それはそれでいいと思う。

り。それがきっと、 僕の道なのだろう。

測がないこともあって慎重にコース

いいんだなあ、 なんて思いながらコー

 だけど、それでも、もしバイクに

僕はひょっとしたら、こういうキモチ

をたどって走る。あとは移動区間を

スをたどっていく。

乗っているなら、ぜひこれらのエン

を「ライフワーク」って呼ぶんじゃな

指定時間に遅れずに走ればいい。

 だけどどうも、プラグがおかしい。

デューロ……クロスカントリーレース

いか……って思ってるんだ。

 1 周約 60km。1 日目はこのコー

しょっちゅうエンジンがストールす

……「も」 、より多くの人に体験して

 バイクを操縦することができて、

スを 3 周、2 日目はやや 短 縮され

る。コースを 3 分の1くらい走ったと

みて欲しい、と思うんだ。

そして今の時代に生きていて……そ

たコースを 2 周し、それぞれ 1 日に

ころで転倒。どうにもエンジンがか

 理由はいろいろある。こういった

してこの雑誌を読んだのなら、ぜひ

60 分以上のペナルティを受けなけ

からないので、プラグをスペアに交

レースでは、ボランティアのスタッフ

その世界を自分のカラダで、心で体

れば完走となる。

換したら復活した。

が時間をかけて作ってくれた、ふだ

験してみて欲しいと思う。

 しかし雨のコースはかなり厳しい

 昨日はとくに意識しなくても上れ

んは走れない貴重な場所を走ること

 なぜなら、きっと僕と同じような

状況になっていた。地盤の軟らかい

た坂が、今日はもう壁のような状態

が出来るということ。同じ時間に同

ことを感じているに違いない、日

牧草地などは最悪で、ラインを誤っ

になっている。どうやって上ろうか、

じ体験を共有することで、特別な仲

本の数多くのエンデューロライダー

た僕はかなりの時間をそこでロスし

と立ち止まって逡巡していたら、創

間が増えていくこと。

……僕なんかよりも、ずっと優れた

てしまった。2 番目のタイムチェック

刊号で紹介した “町 A” がやってきて、

 だけど、なにより面白いのは夢中

スキルをもっているライダーたち……

で 20 分のペナルティを受け、早く

迷わず全開で突っ込み、そのままま

になれるってことだ。ただ 1 回走っ

もきっと、そう思っているだろうから

も失格のシグナルが灯る。2 周目以

くれて落ちてきた。そっかー、やっ

て、消費していくような「遊び」じゃ

だ。そんなみんなをさしおいて語る

降はコースがさらに荒れることを考

ぱそういう勢いでいかないとダメな

ないことは確かだ。広い意味で言え

以上、その楽しさをみんなに理解し

えると、完走は難しいかも……と思

んだよな、と自分もトライする。そ

ば「遊び」に入るんだろうが、ゲー

て欲しいんだ。

いながら走る。しかし、1 日目の 2

んな場所をなんとか切り抜け、あと

ムのように楽しんで終わり、ってこと

 では、菅生で会いましょう。

2 年目の日高。

112

プラグ。

113

再び、あの森へ  

FRM、Vol3に掲載したエンデューロにまつわるストーリー。無料で配布しています。

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