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京都

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ように松を植えてあったり…、とにかく、これ でもかというくらいに計算され尽くしている。 苔むした庭も立派だし、梅園があり、襖絵は三 十六歌仙が描かれ…、お寺さんというよりも、 名勝庭園のような趣である。

小町に思いを寄せる深草少将から寄せられた手 紙が埋められているという、千束の文塚。 小町がこの水を使って毎日メイクしたという、 化粧の井戸。 深草少将の百夜通いの折、小町がカシの実を糸 に綴って数をとり、あとにその実をこの地に撒 いたものが育ったといわれる、カシの大木。 多くの人たちの手紙を下張りに使ってつくられ たという、文張地蔵尊菩薩。 あまりに艶っぽく、お寺さんには似つかわしく ない縁起が満載なのだ。

そういうことを思いながら、山門に切り取られ た風景を、しばらく眺めていた。

山門に囲まれた四角を額縁に見立てて、その額 縁に切り取られた風景を見せるのだから、この 景色を見よ、と、あたかも写生された一幅の絵 であるかのように、そこに飾られているようで すらある。

永遠と一瞬は両想い 小野小町さんが晩年を過ごしたお寺さんである。

一身に受けていたのだから、死してなお、皇室

醍醐の山の麓にある山寺なのに、ものすごく広

と同等の扱いを受けている。

くて、どことなく御所に似ていて、格調の高さ

その風景を見ていると、アンドリュー・ワイエ スを思い出します。 つお寺さんは、なかなかあるものではない。

彼の描く風景画は、どれもセンチメンタルが溢 れていて、そのことを指して、彼は、

随心院門跡

十近い堂宇があるので、そのぶん、やはり山門

私の絵を見てセンチメンタルだと感じる人がい

を思わせる。門跡というのは、皇室出身者が出

その小野小町さんから連想するのだけれども、

が十近くある。

たとすれば、それは、私が、この美しい風景が

家し、構えたお寺さんのことだから、格調が高

ここは、小さな御所といった趣がある。

山門によって切り取られた風景が、ことごとく

いつかなくなってしまうことを知りつつも、な

いのもさもありなんなのかもしれない。

参道が広々としているところも御所を連想させ

美しく、どれもこれもが、一幅の絵のようだ。

くなってくれるな!と思って、描いているから

ただし、小野小町自体は皇室の人ではなく、貴

るし、なによりも、景色が計算され尽くしている。

族出の宮使いだ。もっとも、仁名天皇の寵愛を

いち山寺でね、こんなにも広々とした参道を持

p001 随心院門跡 (小野)

だ、というようなことを言ってる。

醍醐の山を借景にしたり、構図のなかに収まる

随心院門跡 (小野) p002


そのことを思い出すのだけれども、ましてや、 随心院の山門に切り取られたものは、絵ではな く風景であり、変わっていくもの、移ろいゆく ものでもある。 風景は移ろい、作庭者が当初考えたものとは、 変わっていく。そしてもちろん、そのことの虚 しさ、自分ですべてをコントロール出来ないこ との虚しさを、作庭者は、知っている。 知りつつ、それでも、借景を取り入れてしまう のは、どうしてなのか?

ひとときとしておなじ表情を見せない風景を切 り取り、かつ、切り取ることでそこに永遠を見 いだそうとする作庭者の、自身ではコントロー ル出来ない、何者かに委ねたその姿勢の潔さが、 私は好きだったりもする。

一瞬と永遠が、同居している。 山門に切り取られた風景を眺めていると、いつ も、そのことを思う。 ここ、随心院門跡は、そういうことを感じさせ てくれる山門が、たくさんある。!

小野小町の美意識が貫かれた、楚々とした寺院。 平安時代を代表する女流歌人、小野小町の住居跡といわれる寺院。遅咲きの梅の名所としても名高く、 楚々とした花に彩られる境内は、美貌で知られた歌人ゆかりの場所にふさわしい。 寝殿造の本堂には阿弥陀如来坐像(重要文化財)などとともに、小町に寄せられた恋文を下張りにし たという文張地蔵、片膝を立てて座る卒塔婆小町坐像も祀る。小野小町がメイクに使ったという「化 粧井」や、小町に届いた 1000 通もの恋文を埋めたという文塚が残る。仏教色は薄く、小さな御所と いった貴族趣味の色濃い寺院である。 真言宗大善寺派大本山 随心院門跡(zuishinin-monzeki) ●京都市山科区小野御霊町 35 ●拝観/ 9:00-16:00 大人 300 円

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随心院門跡