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抗生物質を使用しな い香り高い蜂蜜作り

た と き に そ れ ぞ れの 個 人 の 意 志

う立場なのです。その立場を知っ

であって、同時に観客であるとい

い う 舞 台 の 上で わ れ わ れ は 役 者

ることに な り ま す。この 地 球 と

も す べて 神︵ 天 ︶が 所 有 し てい

そ う す る と、人 間の願 望や 目 的

神が世界を演出するためにあり、

れ わ れの 個 人 的 な 目 的 も す べて

れているということなのです。わ

のです。つまり、すべては生かさ

素をひとつも見つけられなかった

ま し た が、 生 き ている とい う 要

か。ずっとそのことを探究してき

のか、そもそも生かされているの

れ たい とい う 三 大 欲 求 と し て 出

されたい、ほめられたい、認めら

性︵自我︶です。それがいつも愛

分がいちばん﹂という自己の重要

とらわれ、こだわり、そして﹁自

悩んできたことです。執着とは、

外 す こ とで、そ れ は 多 く の 人 が

中 西 な る ほ ど、 確 か に そ の   通 り で す ね。 難 しいのは 執 着 を

のではないでしょうか。

ここでは自由な生活ができている

うすることで執着から解放され、

自 然の 本 来の 姿 だか らで す。そ

どころに 切 り 替 え ま す。そ れ が

とで も 流 れ が 変 わった ら、た ち

のですから、一生懸命努力したこ

い。 愛 の 世 界 で は 愛 を 感 じ ら れ

す る と﹁ 光の 中 では 光 は 見 え な

それとも失敗作なのですか﹂と。

たこの宇宙は完成品なのですか、

様に聞いたのです。﹁あなたの作っ

み ﹂の 繰 り 返 しで す。 そ れで 神

類の歴史を見ると﹁争い﹂と﹁悩

けがあったはずなのです。でも人

と 調 和 ﹂の 神の 心、光の 世 界 だ

す ね。 宇 宙の 始 ま り は﹁ 善 と 愛

古田 この世︵宇宙︶   それには、 の仕組み︵法則︶を知るといいで

です。それが問題なのですね。

との交流を塞いでしまっているの

我 ︶が も と も との 大い な る 意 志

ド︵自我︶です。そのマインド︵自

ことにのさばっているのがマイン

に悪は解消され喜びに変わるので

があります。その善を知ったとき

理 不 尽 な 状 況で も 奥 には 必 ず 善

る 善 を 探 そ う と し ま す。 どん な

古田   ここでは問題︵葛藤︶が 起きたときに徹底的にその奥にあ

み出していますね。

の 結 果 と して 大 き な ひ ず み を 生

﹁喜び﹂へたどり着く前に﹁葛藤﹂

ているのですが、人類は今、その

の 社 会 現 象 を 見て も はっき り し

中西 それはよくわかります。   その と お り で す ね。し か し 現 代

を 活 か し、 自 信 を 持って 具 体 的

とではないですか? ここではそ   れを一人ひとりがそれぞれの特性

るし、神がもっとも望んでいるこ

す ね。そ れ は 神の 意 志 に も 通 じ

る。 そ れ は す ご く 大 事 な ことで

な く、ど ち らの 立 場 も 体 験 で き

すね。どちらが良いか悪いかでは

相 手 を 体 験 で き る とい う こ と で

を 考 え る こ と が で き る。つま り

いうのは相手の立場に立って物事

いるのですね。話し合いをすると

自分たちで作った野菜 で、 さぁランチだ!

昔ながらの醤油絞りの 技法で。美味しいもろ みをちょっとお味見

は、私 も 非 常 に 重 要 だ と 思いま

す。 その 方 法 を こ ち らで はミ ー

会えたときに、そこに﹃喜び﹄が

愛 と 調 和 ﹄を 希 求 し、そ れに 出

と 孤 独 と 不 調 和 ﹄の中 で﹃ 善 と

対立するものを作ったのだ。 ﹃悪

づかない。だからすべてのものに

ない。 調 和の 世 界 で は 調 和 に 気

問題を与えてくださったと気づく

としても、その分だけ深く、この

ば、どんなに心を痛めて葛藤した

ています。目的さえ見失わなけれ

す。私たちは常にその視点に立っ

たときの喜びを得るためにありま

す。起きた問題はすべて善を知っ

し て 提 示 で き れ ばいい と 思って

は 新 し い 社 会 の モデ ル ケ ー ス と

作ってい く 時 代 で す ね。 私 た ち

古田   こ れ か ら は一人 ひ と り が 目 覚 めて、み ん な で 世の 中 を

がよくわかります。

な 生 活 の 場 で 発 揮 し てい る こ と

ティングをすることで循環させて

生 ま れ る。 私 は そ の﹃ 喜 び ﹄ を

います。

す。すると人はそこで自由になり

能 性 は 大いに あ り ま す ね。ま さ

でしょう。そのとき、特定のマイ

つまり、悪から善へと対極の世

ます。それで成長できるのです。

に 新 しい 世 界 の 夜 明 け を 実 感 し

食べ物にしている﹂とおっしゃっ

界 を 体 験 す ることで﹁ 喜 び ﹂ が

ですから、ここでは毎日ミーティ

ま す。 今 日 は お 忙 しいところ あ

ンドが外れ、善も悪もなくなりま

生まれるということですから、喜

ングをしてみんなでそれぞれの心

りがとうございました。 ︵合掌︶

たのです。

びを得るためには、マインド︵自

の滞りを出し、その先を見出すよ

中 西 こ れ か らの 時 代、こ う   いう形の社会構造になっていく可

我︶も必要なんですね。

うにしています。

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中西   体 験 を す る こ と に よっ て そ こ に 喜 び を 感 じ る とい う の

は存在しないことに気づいたので てきてしまうのです。

穫 れたて の サツマイ モをふかして乾燥芋に

新しい時代の モデルケース

す。だからここでは、見通しは立

古田 四苦八苦ですね︵笑︶ 。   中 西 そ う で す ね。 あ ら ゆ る  

取材の日にごちそうに なった豪華な健康弁当

てるけど予定は立てません。この 世 は どの よ う に で も 変 化 す る も

木の花ファミリーの生活


古田偉佐美 氏

F r u ta I s a m i × Na k a n is h i K e n ji

﹃心を耕す家族の行く手﹄ 発行/ロゴス社   発売/本の泉社

億になるだろ

ろいろ気づかされていくうちに、

いう ことでした。そのよ う にい

る欲望︵我 執︶から解 放すると

てき たことは、自 分 を 縛ってい

う な 葛 藤の中で、次 第にわかっ

の山に登り、日の本の国の頂 点

葉 が 降 り て き た の で す。 ﹁富士

ていた ときに、神︵ 天 ︶か ら 言

や れ ばいいのだろ う か、と 思っ

ので す。しか し、そ れ を どこで

精神を実践しなければいけない

来、自 然 と調 和 したワンネスの

たわけですね。ですが人間は本

いるのでは ないか。これこそ が

いな が ら 自 分 の 先 祖 に 固 執 して

のとき、 ﹁世のため人のためとい

準 備 していたのです。しかしこ

喜びとする菩 薩の里を作ろうと

人の喜 び、社 会の喜 びを 自 らの

人々が助け 合 う 共同 体、つまり

最 初 は 自 分 の 田 舎 に 戻って

う﹂ と。父は呆れていましたけど。

億 分の

心の学 びをしたいという 人が集

に立て。そして日の出 前に神の

了 見の狭い話で、すべての人の

やがて

ま り、木の花ファミリーの母 体

命 を受けよ﹂と。言われたとお

命は一繋がりであり家族なのだ﹂

を無視した対立の生活をしてき

となる﹁心の勉 強 会﹂ができた

りに富 士山に登ると今 度は﹁そ

と 気 づいたので す。そこでご先

す。つらい日々で し た。 そのよ

のです。

の心、日の本全体に説くが良い﹂

祖 様への思いが 解 放 され、富 士

いちばん大 切 なことは﹁ 命の調

した。いろいろ考え学んだ結果、

ことができるのかという ことで

そして希望のもとに死を迎える

ど う す れ ば 誇 り を 持って 生 き、

と で し た。 そ う い う 人 た ち が、

こと、それから 自 殺 者が 多いこ

老人施設で人生の終焉を迎える

はお年寄りが人間関係の希薄な

古田   そ うですね。当 時、私 がいちばん問 題に感 じていたの

ですね。

中西   ﹁心の勉強会﹂の延長線 上に 木の花ファミリーがあるの

と言われ、私はこう 答 えたので

の に お 前 一人 で 何 が で き る?﹂

古田 。特   とんでもない︵笑︶ に父には﹁ 世 界 はこんなに広い

すか。

からこの計 画に賛 成だったんで

じますね。だけどご家族は最初

中 西 ひとつの道に辿 り 着 く   ように作られたストーリーを感

生活を始めたのです。

としてここ︵ 富 士宮 市 ︶で共 同

のことだったのです。メッセージ

しているのではな く 世 界、地 球

んね。世 界のすべては神の意 志

古田   それは、私が神の意 志 に 委 ねているからかもしれませ

か。

⋮。このよ う な 形はみなさんで

ルールがあるよ うでないよ う な

成 り 立って い る こ と な の で す。

自由にしていながら共同 生活が

して生きる生活です。特に日本

れ が 二 人 に な り 三 人 に な れ ば、

分の1の世 界 を変 えられる。そ

す ると、われわれは 生きている

により現 象 化されていると仮 定

話し合って決めたことなのです

中 西 私がいちばん感 動して   いるのは、ここでは そ れ ぞ れ が

神は人類の成長のため に対極の世界を作った

和︵調和の心︶ ﹂ということに気

す。 ﹁私一人でも少なくとも

をいただいた3 年 後に実 践の場

づいたのです。自 然と人が調 和

共同生活はワンネス 精神の実践の場

とい う メッセー ジが あったので

山麓へ向かうことができました。

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す。日の本 とは日 本のことを指

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は戦後︵1945年以降︶ 、調和

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中西研二

中西研二 (なかにし・けんじ) ●1948年東京生 まれ。NPO法人『JOYヒーリングの会』理事長。 有限会社いやしの村東京代表取締役。 ヒーラ ー。ワンネストレーナー。新聞記者、 セールスマ ンなどさまざまな職業を遍歴の後、1993年に夢 の中でヒーリングを伝授され、以来17年間で 20万人を超える人々を癒し続けている。また、 2004年9月にワンネスユニバーシティでワンネ スディクシャという手法を学び、以来、 この手法 を通して、多くの人々がワンネスの体験を得る 手助けをしている。著書に 『そのまんまでオッケ ー!』 『 悟りってなあに?』 『あなたはわたし わたし はあなた』 (共にVOICE刊) がある。


ここに、穏やかでやさしい 自給自足の 共同生活がある 木富の士花山フ麓ァミリー

啓示により、 多くの悩みに応える

の 人 は 黄 金に 輝 く 仏 像 に 変 わ ら

で会社経 営をされていたとうか

活︵エコビレッジ ︶を 始 める ま

が行わている自給 自足の共同生

ました。木の花ファミリーさん

感動のあまり涙が出そうになり

こ ち ら も そ の一体 感 に 包 ま れ、

んの実践している喜びが伝わり、

り がとう ございました。みなさ

くことによって一歩一歩成長して

るもので、その種 を 消 化 してい

の中にある種が芽 吹いて出てく

う ちに﹁人間の抱える問題は心

悩み事などの相 談を受けている

す。それでうつ病や人間 関 係の

の心が 観 えるよ う になったので

な現 象が起きるようになり、人

そんな経験をしてから不 思議

年 ほ どの 人

はずのない言 葉が次々に出てく

生経 験しかない自 分から、出る

仕 事 を始めましたが、先 祖や両

ることでした。まるで自 動 書 記

私のおばあさんの存 在 を感じて

ときか ら、頭の上に 亡 く なった

す。つまり会社を大きくしてリッ

人の自 分との葛 藤が生じるので

そ れ を 学 べば 学 ぶほ ど、も う一

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れ、そこに 尊い光 を 感 じたので

す。 ﹁この世にはただ意味もなく

尊いというものがあるのだ﹂と、

わけもなく涙があふれて半日ほ

がっていま す が、ど ういう 経 緯

いくものだ﹂と気づいたのです。

ど泣いたことを覚えています。

があったのでしょうか?

スなのです ね。いちばん不 思 議

中 西 先 ほ どはウエルカムコ   ンサート を開いていただき、あ

古田 私は岐阜県美濃市の旧   家の生まれで、ご先 祖 様や両 親

だったのは、ま だ

問題 事は成長するためのチャン

に対 する思いが非 常に強かった

歳で 内 装 業の

親を喜ばせることが私の喜びで

のように勝 手に言葉が出てくる

いま したか ら、人 生がスムーズ

チな生活 をし、親 孝 行したいと

学んでいるようでした。しかし、

もありましたから5 年で独立し

歳の

にいくのは先 祖の守 護によるも

いう 願 望のある自 分 なのに、自 歳の

の と 思っていたので す。 ところ が

とごとく 否 定されてしま うので

分から出てくる言 葉によってこ

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日に、今度は頭

ズにいっていたので す。

のです。その言 葉に自 分 自 身が

のです。それで

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て成 功し、人 生が非 常にスムー

20

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の上に男 性が現れて、次 第にそ

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古田偉佐美 (ふるた・いさみ) ●農事組合法人木の花ファ ミリー理事、社会福祉法人伯寿会理事、静岡県養蜂協 会理事。 NPO法人青草の会理事 60歳。静岡県富士 宮市在住。  25歳から建築内装業を自営していたが、生活の糧とな る事業が環境汚染を招く矛盾を感じ、40歳を機に事業を 整理。1994年に仲間たちと富士宮市に移住、 「 木の花 農園」 を創立。現在は養蜂のかたわら、来訪者の人生相 談や心身のケアの「主治医」 をつとめる。

ケビンも感動した ウエルカムコンサート

1993年、古田偉佐美さんが数々の啓示を受け、富士山麓に設立した自給自足の共同生活 ︵エコビレッジ︶。そこでは農業︵循環型農業︶をする人、加工食品を作る人、食事を作る人、育 児・教育をする人など、それぞれが自然と調和し、穏やかな時間の中で自らの役割を果たして います。そこはワンネスの実現を目指す実践の場でもあり、血縁を超えた大家族が自然と調 和して生きる共同生活は、新しい時代の社会のあり方として、 いま世界からも注目されてい ます。仲間の皆と一緒に農業に汗を流す﹁いさどん﹂︵古田さんの愛称︶ にこれまでの経緯など をお聞きしました。

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Vol.24


いやしの村だより - 2011年6月号