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私達の大切な家族へ

(^-^)

皆さん、こんにちは!私は「Happy smile キャサリン

ちなっぴ」で

す!今日は今年一年を振り返り、皆で新しい年を迎えるにあたって、 毎日約 600 人もの人が目を通している木の花ブログで私の心をシェ アしたいと思います。

今年も、たくさんの人との出逢いがありました。ゲスト対応係のま り姉によると、来客者のべ人数は 1600 人。多くの人との出逢い、ま た、出逢ったことがない人でも、木の花ブログに関心を持ち、読ん でくれている皆さんとも心のシェアが出来るのは嬉しいことです。 この出逢いに心から感謝します。有り難う!(^-^)

その今年の出逢いの中で、私にとって最も心に残っているいくつか を皆さんにもシェアしたいと思います。まずは、鈴木のみっちゃん との出逢い。いさどんが理事をしている社会福祉法人・珀寿会の理 事会で、彼に出逢ったのです。彼は、一週間に 3 回ぐらい、いさど んに会うために木の花に通い、いさどんと一心同体というくらい、


いさどんが大好きで、木の花やいさどんのために一生懸命な人です。 その心が嬉しく、有難いです。木の花は世の中のために生きている のですから、鈴木のみっちゃんが私達に対してしてくださることは、 世の中のためになることです。

次に、ヤマギシの皆さんとの出逢いです。ネットワーク『地球村』 の高木善之さんが、あるときヤマギシを訪れ講演をされました。そ の場で彼はこう言ったそうです。 「木の花は、一度訪れたら何度も行 きたくなる。しかし、ヤマギシは一度訪れたら、もう一度訪れたい とは思わない。この違いは何なのか?皆、もっと考えて欲しい。木 の花はオープンであるが、ヤマギシは閉鎖的で違和感がある。ヤマ ギシはもっとオープンになるべきだ。 」 それで、ヤマギシの方々が木の花とはいったいどういうところなの か知りたいと思い、木の花を訪れる事になりました。私達も、ヤマ ギシの人達が木の花に興味を持ち、訪れた時にはびっくりしました。 なぜなら、これは私個人の意見ですが、ヤマギシは自分達の世界を 大切にし、他の世界には興味を持たないと思っていたからです。だ から、木の花を訪れるということはヤマギシにとって歴史に残るこ


とであり、木の花と関わる事によってヤマギシは活性化され、変わ っていくと思いました。そして、ヤマギシには外部、つまりヤマギ シではない人の話に耳を傾けて行動に移す柔軟な心と、実行力が出 来た事に、私は感激しました。 ヤマギシと木の花を比べると、象とノミです。その象さんがノミに 興味を持ち、変わろうとしているのです。そのヤマギシとの出逢い にもう一つ、別のルートもありました。私達が炭素循環農法を調べ ていたところ、日本で活躍している城さんに出会いました。たんじ ゅん農法の研究実践者である城さんは、ヤマギシの元村人でもあり ました。木の花とヤマギシが接点を持ち始めたことを知り、城さん ルートからも、ヤマギシの方の出逢いがありました。このことを通 じても、それだけ木の花とヤマギシは深く深く関わっていくことを 意味していると思いました。私達はヤマギシの皆さんとの出逢いを もらうたびに、 「ヤマギシと木の花の仲良し強化月間だー」と言って いました。 「この出逢いは、世の中を動かす原動力になる」と予感し ました。

そして、その予感をさらに強くした出逢いがありました。それは、 テ


ネモス国際環境研究所の理事長である飯島さんとの出逢いです。彼 は私達が大切にしている考え方、心を科学という側面から表現して いるのです。彼曰く、 「宇宙の仕組み、自然の法則は形に表さないと 意味がない」ということで、次々と「え~!?ありえない!!」と いうような物を発明していくのです。例えば、彼の作ったラジコン 飛行機。一見普通の飛行機の形をしているのですが、トンボが飛ぶ 原理を利用しているので、空中で止まったりバックしたりできます。 彼は昔、 「トンボは空中で止まったりバックしたり出来るのに、なぜ 同じ動きが出来る物をつくれないのだろうか?」とずーっとずーっ と考えていたそうです。するとあるとき、トンボの羽の中身が見え てきたそうです。それを形に表したら、トンボと同じ動きが出来る 飛行機が出来たのです。まるで生き物のような、UFO のような動き をする飛行機が・・・!

私達も、実際にそのラジコン飛行機が映

っている DVD を見せてもらい驚きました。 次に、水に電極をつけるだけで回るモーター。彼は、エネルギーを 水や空気から取り出すことを、実践・研究しています。これは画期 的です。地球環境問題を解決できる鍵がここにあると感じています。 次に下水。私達は 70 数名の家族で暮らしています。この人数プラス


長期滞在者と来客分の下水は、環境負荷が大きいのではないかと気 にしていました。それを何と!飯島さんは解決する装置を教えてく れたのです。それは、自然からのエネルギーを利用して浄化槽内の 汚水をきれいにする簡単な装置です。この装置の説明は私には出来 ませんが、木の花発明担当のまこっちゃんに飯島さんは解決方法を 伝授してくれました。

こうして、飯島さんは地球に優しいものを次々に発明していきます。 しかし、 「それは発明したのではなく、自然エネルギーを取り入れる サイクルを形にしているだけだよ」と彼は言います。このような発 明は「すごい」ともいえますが、「当たり前のこと」ともいえます。 しかし、その当たり前のことに普通の人はなかなか気付けないと思 います。だから、 「自然の原理に気付いて形にする飯島さんは一体何 者ですか?」と尋ねたくなります。その飯島さんはこうも言いまし た。 「早く私のところを訪れ、技術を吸収し、その技術を世の中にど んどん伝えていってください。特許権の事は、特許をとった僕が教 えるのだからいいんだよ。」そういって、次々と彼の発明を私達に伝 授してくれます。そして、 「まずはあなた達が地に足をつけて着々と


この技術をマスターし、形に表しなさい。広めようとする前に、あ なた達がまずしっかりとやり、形に残すのです。そうすれば自然に 広がります。」この言葉をもらったとき私は、「有り難いなぁ!嬉し いなぁ!そして、飯島さんから受け取ったバトンを次世代に繋げて いくという大切な役割を、私達はいただいたんだ」と心が引き締ま る想いでした。

その飯島さんの言葉を聞いたときに、思い出したことがあります。 それは、木の花にある味噌・醤油の由来です。私達がこの富士の地 にたどりつき、米、野菜、卵が自給できるようになって来た頃、 「味 噌も手作りできたらいいね」という話が皆の中で出ました。色々な ところをあたってみてたくさん断られ続けた後、電話帳で大平麹店 を見つけ、そこのおばあちゃんを訪れてみたのです。最初は、 「もう 廃業していて仕事はしていない」と言われましたが、色々と見せて いただくうちに、 「あなた達のような若い人が受け継いでいってくれ たらいいよ」とおっしゃられ、味噌の仕込み方、麹の作り方、醤油 麹の作り方および仕込み、そして金山寺味噌の作り方を教えてくだ さいました。また、醤油絞り機、ザル、洗米機、おけ、一石樽が数


個、そしてついには、病を持っていながらも金山寺味噌を自分で仕 込むつもりでとっておいた 51 個のもろ箱全てもくださったのです。 そのおばあちゃんの夫である目の不自由なおじいちゃんが後に教え てくれたのですが、その時おばあちゃんは余命 3 ヶ月とお医者さん に宣告されていたそうです。 おばあちゃんの味噌や醤油作りを教えてくれる姿勢の中に、 「自分の 命のある限り、自分の持っている技術、ノウハウを次世代につなげ ていこう」という心を感じて、私達も一生懸命学びました。その間 に、余命 3 ヶ月と言われていた命は、結局 1 年ぐらいに伸びたのを 覚えています。 次に醤油を絞る技術ですが、今の時代、醤油を絞れる人はいないに 等しいです。その大平麹店のおばあちゃんの紹介で醤油絞りの技術 を持っているおじいさんを知り、彼に木の花に来てもらい絞っても らうことになりました。彼は当時 84 歳で、やはり彼の技術を受け継 ぐ人がいませんでした。彼は私達に醤油絞りの技術を全て教えてく れ、まるで形見分けかのように、おおきなひしゃくとじょうごと手 桶をくださいました。こうして、今、当たり前のように食べている 木の花味噌、木の花醤油には、大平麹店、そして醤油絞りのおじい


さんの技術が木の花を通して今の時代に受け継がれ、生きているの です。

このように、飯島さんの一言でこの記憶が湧き出てきて涙が出てき ました。また、改めてここの生き方の大切さを認識する機会になり ました。飯島さん、有り難うございます。

来年は、 「開花の年」と家族の中では言われています。そのスタート として決定している事があります。これは、日本の歴史、いや世界 の歴史の教科書に載ってもおかしくないんじゃないのかなと思うぐ らいのビッグイベントです。なんと木の花を舞台に、テネモスの飯 島さん、ヤマギシのよりどん、たんじゅん農法の城さん、そして木 の花ファミリーからはいさどんが参加し、新春会談が開催されるの です。これはすごいことだと思います。 ○世界中にコミュニティを持ち、共同体の先駆けであるヤマギシ ○自然から学んだことを実際に形に表しているテネモスの発明家・ 飯島さん ○元国立大学助教授で今はたんじゅん農法を研究実践されている城


さん ○そして、心を耕す木の花ファミリー みんなで力を合わせれば、世の中を動かす原動力になります。そし て地球は生まれ変わるのです。みんなの意識の転換によって、地球 が美しい星になるのです。なんだか、地球の夜明けが来るように感 じます。それでは皆さん、この物語はどうなっていくのか、続く・・・ と、ワクワクドキドキしながら、観客となって一緒に楽しみましょ う!

もう一つ、来年開花することがあります。それは、メンバーのエリ ーが木の花の皆や有光君の協力を得て本を出版することです。エリ ーはもともと大学教授でしたが、うつ病になり、木の花に治療と心 の癒しを求めて訪れました。そしてうつ病は回復し、今、自分が元 気になっていった過程を本を通して世の中に伝えようとしているの です。エリーは、以前ルームメートだった私にこう言いました。 「私 は実は、ここと出会う前には大学でよく本を書き、十数冊も本を出 版してきました。そして、最後に自分の代表作を作ろうと思ったと きにうつ病になって、その夢を果たすことが出来なかった。しかし、


病気になったおかげで木の花と出逢った。この体験は世の中のため になる。代表作が書ける。私はこの本を書き上げたら、いつ死んで もいいと思っています。」その言葉を言った時のエリーの決意はとて も立派で、それを聞いた私はとても感動しました。

そのときに思い出した、みこ(5 才)と、おじいちゃん(つねちゃん) との会話もシェアしたいと思います。

私の父の身内がなくなり、私と父のつねちゃん、姉の和子ちゃん、 みこと一緒にお葬式に行きました。そのとき、みこはつねちゃんに 言いました。 「つねちゃん、つねちゃんが死んだら、みこが天国へ連れて行って あげるね。そして、歌も歌ってあげるね。そして、つねちゃんの体 を燃やすね。そしたらみこが富士山にのぼって、つねちゃんの骨を まいてあげるね。そしたら、つねちゃんは土になるんだよ。」 私はその言葉を聞いた時、 「みこ、すごーい!!」と思わず叫んでし まいました。 「つねちゃん、聞いた?みこが天国へ連れて行ってくれ るって。みこは"みこと"という名前で、よく神社では~~の命、みこ


とと書かれているでしょう?その神様の名前をもらったみこが、そ んなふうに言ってくれるなんて有難いね!素晴しいね!」と私は言 いました。みこの言葉を聞いたつねちゃんも喜んでいたのですが、 その隣に座っていた私の方がもっと感動していたと記憶しています。 5 才の子が葬式に出席し、人間の体を焼くところにも一緒に行った。 そういったお葬式の流れを見てきて、誰かの話を聞いたのかも知れ ないし、自分の中から湧き出てきたことかもしれませんが、それを 自分の中で消化して自分の言葉で人に伝えている姿に、私はただた だ胸がいっぱいでした。 この感動は以前家族にも大人会議でシェアしたのですが、皆さんと もシェアしたいなと思いました。

こうして、来年は「開花の年」がやってきます。皆がそれぞれ持っ ている「とびきりの花」が咲きますように。最後に、みかちゃんを 通して神様から頂いた歌の歌詞を皆さんにプレゼントします。

それでは、皆で「開花の年」に、 「地球の夜明けを迎えましょう!!」


この手紙を書き終えたのはなんと朝の 7 時 5 分でした。本当に朝が やってきました。今から、年末恒例の餅つきに行ってきます♪

Happy smile キャサリン

ちなっぴ

私たちの大切な家族へ  

木の花ファミリーブログ 2010年12月30日