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ちの地域の自然生態系に適合していて、それぞ れの地域の人々の必要に応じて、人間を幸福に していくような発展の仕方があるのではない のか、そういうことを考えはじめたのが内的発 展論のはじまり。 名もなき神々への信仰 石牟礼 アニミズムという言葉を自覚的に使っ たのは、気恥ずかしい感じで、それをアニミズ ムと書いた時ですね。『苦海浄土』を「熊本風 土記」に連載した時かしら。そういう意識があ ったとは思いますけれども、アミニズムという 言葉を使うのは気恥ずかしくて。 鶴見 あなたの言葉。 石牟礼道子語」でなんと いうか。 石牟礼 たとえば、陽 (ひ)いさまを拝む、岩を 拝む、山川を拝む、存在の母層を恭まう。それ で魂がゆき来する精霊信仰。たとえば官幣大社 というのがありますけれど、そういう格付けさ れた神様ではない、なんていうか、一番下の名 もない神々とのへだてなき交流……。どういう べきか、存在の原野に帰依してる、というか、

地霊たちとの交流です。というのも、わたした ちも地霊たちの子ですから。 鶴見 そうなのよ、それでよくわかった。道子 さんのアニミズムの定義と、タイラーの古典的 なアニミズムの定義を比べてみましょう。タイ ラーによれば、人間に魂または霊があると同じ ように、人間以外の動植物また抽象概念に至る まですべてのものに霊魂がやどるという信念 であると定義しました。タイラーはこの信念は 原始人の間にも見られるだけでなく、すべての 宗教の基底に、変容した形で存続すると説きま した。 道子さんの定義は、人間が魂に宿るとおなじ ように生きているものも生きていないものも すべてに魂が宿るという点ではおなじです。が 道子さんの場合は一番大事なことは「存在の母 層を恭い帰依する」ことに重点がおかれている ことだと思います。わたしのことばでいえば、 最も大いなる生命体としての自然と人間との 一体感が、個々の事物との魂の交流の基底にあ るということだと思います。(中略) 石牟礼 偶像崇拝ですかという人もいるんです。

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サステナ第47号  

気候変動、持続可能な消費と生産、自然資本と生態系サービス

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