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様や組紐文様ぐらいしか見られないのが普通 だったのである。旧約や新約の説話を視覚化し たロマネスクの浮彫芸術は、このような状況の 中に突然出現したのだ。それはマールの言うよ うにまさしく「歴史の中でも最も謎にみちた事 件の一つ」と言うほかはないのである。 黒マリアの実体はおそらく異教の母子像で ある。 (中略)教会の壁面にはじめて独立した 聖母子の姿が現れたのは、ロマネスクからゴシ ックへの移行期にあたる一一五〇年頃、シャル トルのノートル・ダム寺院西正面「王の門」の タンパンにおいてであって、それ以前のロマネ スク時代には、正統的な教会の図像としては独 立した聖母子が描かれることは決してなかっ たのである。(中略) 「母なるもの」の姿を求める民衆の願望は、 ついに、それまで三位一体の蔭にひっそりと隠 れていた聖母をタンパンの高みにまで押し上 げてしまったのだ。それはロマネスク・キリス ト教がその宗教感情の深部において大きな地 殻変動を起こしはじめたことを示すものに他 ならない。

「宗教感情の深部において大きな地殻変動を起こし はじめた」とありますが、それはなにかというと、 状況から推して 森林の大伐採」と ケルト・ゲルマ ンの神々の粛清」です。それは、また長く異教徒の 地に沈潜していた黒マリア像を白日の下に晒すこと になり、地母神信仰が止めどもなく溢れだし、偶像 崇拝の禁令をも破っていくほどのインパクトを与え たということでしょう。 ロマネスク・キリスト教会側からすると、いまま の全面解禁 で押さえられていた 自然に対する欲望」 です。 それによって、 膨大な富が転がり込んできた。 「

、会 、に変 ローマカトリック教会がローマカトリック協 貌した瞬間です。

シャルトルのノートル・ダム寺院は、ゴチック建 築です。グリーンマンの首が置かれている寺院です (外観からは既に見えない)。黒マリアは異教の聖 母で、しかも立体像は、モーセの十戒に触れる、タ ブー中のタブーです。ドンコロ探偵団は、「タンパ ンの白い聖母」は異教の「聖母」と理解します。つ まり、「タンパンの白い聖母」は 白い黒マリア」で

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サステナ第47号  

気候変動、持続可能な消費と生産、自然資本と生態系サービス

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