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なっています。ケルトといえばオーク信仰で、した がって豊かなオーク森林が広がっている、といった 三段論法的連想が湧きます。 まず下調べで、アイルランド国立美術館へ。貧弱 な美術館で、 ヨーロッパの絵画が多少有ある程度で、 西欧三派の美術館と同じペースで廻ると、30分も かからずに見終わってしまいます。アイルランド人 の絵画が見たいのですが、ほとんど無し。アイルラ ンドでは、美術は全くダメらしいです。文学では抜 きん出ているので、ちょっと不思議な気がします。 1650年のオリバー・クロムウェルのアイルラ ンド征服後、アイルランドはイギリス王国の支配を 強く受け文学も衰退しますが、19世紀に入るとケ ルト文学の復興が行われ、ケルト色の強い詩人や小 説家が多く登場しました。この時代の代表人物は、 ノーベル文学賞作家ジョージ・バーナード・ショー やウィリアム・バトラー・イェイツです。この時代 に、アイルランドの古い伝承や民話集を編纂する作 業も行われ多くの本が出版されています。ケルトが 多少復活したのは、たかだか19世紀に入ってから で、異教ケルトはキリスト教に完全制圧され、その ケルト文化の実体もほとんど消滅してしまったとい

って良いでしょう。少なくとも部外者がケルト形 象・心象として感じられるモノは全くありません。

早めの晩餐を1873年創業アデェビー・バーン

で。ケルト文化は、「ピンチョス ズ Davy Byrne's に宿るという」バスク地方の教訓により、J・ジョ イスもよく通っていたという老舗のバー(パブ)に 行きます。パンケーキのボクスティに肉を挟んだ料 理がうまいです。ここはギネスビールで。料理より もビールを飲む人たちでたまわっており、会話が弾 んでいる。J・ジョイスの小説は、居酒屋で生まれ たのではないかと思わせるようなゴシップで溢れて いますが、どうもこの「居酒屋 文化がケルトスピリ ッツかとも思えるほどです。バスク地方の「ピンチ ョス」文化とアイルランドの「バー」文化に、ケル トの残り香を聞きます。 」

IPS(国際泥炭地学会)の会議に出るため、

Dublinか ら Tulareへ 。 晩 餐 会 は 街 の 郊 外 の で。 ゴシック様式といいますが、 Charleville Castle 入口にその様式らしき小さな古びた尖塔(どこがゴ シック様式か分からぬ) が2基おかれているだけで、

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サステナ第47号  

気候変動、持続可能な消費と生産、自然資本と生態系サービス

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