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エヴァンゲーリッシュ僧院から石階段をおり、ネ ッカー川の河畔の脇道に至りますが、夕暮れもあり ヘルダーリンの幽閉されていた塔が見当たりません。 脇道は行き止まりで、レストランの横の道が白い工 事用の天幕で遮断されていました。しょうがないの で、ここのイタリアレストランで、夕食にしました が、ネッカー川が火影を流れ、中世にはシュバルツ バルトのオークが筏を組んで絶えることなく流され ていった歴史の面影が偲ばれます。翌日、改めてヘ ルダーリンの幽閉塔を探査すると、なんと、このレ ストランの真横でした。幽閉塔が改装工事中で、工 事用天幕で道が遮断されていたのです。 ヘルダーリンは、36年間この塔に幽閉されて、 ここで亡くなりました。最後の詩に、白鳥を詠った 詩がありますが、ネッカー川にはいまでも優雅に白 鳥が浮かび、ヘルダーリンはこの塔から白鳥を眺め ていたにちがいありません。 このネッカー川の河畔の脇道をヘーゲルやシェリ ングが歩いたかは知りませんが、ヘルダーリン塔に 至る道でもあり、密かに「ネッカー川沿いの哲学の 道」 と名付けて、 何度か通ってみました。 京都にも 哲 学の道 がありますが、ここは、ドイツ観念論の「哲

学の道」ですから、筋金入りですよ。歩いていると、 なにか肩が厳ついてくるような気もします。 ネッカー川は標高706メートルのフィリンゲン =シュヴェニンゲンの近くにあるシュヴェニンゲ ン・ムース(泥炭地)に発し、標高95メートルの マンハイムでライン川に合流します(ウィキペディ ア)。

シュバルツバルトのオークは、フライブルグ方面 のライン川ではなく、このネッカー川をくだってチ ュービンゲン方面に運ばれましたが、ここは通過す るだけで、特に、ドンコロ一族の弾圧を行っていた わけでもなく、したがってこれといった有名なゴシ ック建築もありません。 ゲオルク・ヘーゲル(18世紀後半~19世紀前 半)の時代には、オークの切り出しも終わり、ドイ ツトウヒが切り出されていたはずです。ドンコロ一 族の大虐殺もすでに遠い昔のことです。しかし、シ ュバルツバルトで何が起きたか、ヘーゲルは知って いたはずです。ドイツの基層の伝統の精神文化が完 全に破壊されたことも。そして、誰が破壊したのか も。ドイツ観念論が、シュバルツバルトの麓から滲

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サステナ第47号  

気候変動、持続可能な消費と生産、自然資本と生態系サービス

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