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この壺の中に入っていた この竹簡は炭素測定に よると、およそ二千五百 年前の中国のものと測定 できます。 それが何故日本にあるの か全くわかりません

竹簡の内容は今 解読中ですが、 今まで全く知られていない 文献で新発見といえます

壺はバラバラに 割れていますが、 その状態で発見 されたのですか?

 それは いえ … … 何しろ古い物で …

とにかく 二千年以上前

│ 大学 │ 教授の話に よると│ …

発見された壺と 竹簡はおよそ 二千五百年前の│


それから二千数百年後

都市のある工事現場から

今を去る 二千五百年 前 の 中 国 。

発掘された壺から

戦国時代と 云 わ れ る よ う に

現れた経典﹁サステナ﹂

この惨状を見た エ   コ

佐須手奈仙人は 恵壺夫人に 謎の壺を渡して 天上へと去っていった。

大小さまざ ま の 国 が 覇権を争い 戦 乱 が 絶 え ず 都市は焼か れ 山 林 は 荒 ら さ れ た 。 しかし諸国 の 王 は その権力を 人 々 に 示 す た め 森を伐って 贅 を 尽 く し た 宮殿を建て 都 市 を 復 興 す る 。

しかしまた 都市は戦乱 に 巻 き 込 ま れ る 。


しかし 二千五百年も前に そんな事を 知っていたとは …

ここには自然と 共に生きる 人間の尊さと

!!

かけがえのない 地球を守る 哲学が書かれている

これを本にして 沢山の人に読んでもらおう きっと多くの人が 共感するに違いない

!!

│ 山水は 気の源流にして これを損なえば 力は衰う│ … 山林・湖沼は 大気のものと いうのか …

そうだ

!!


おのずから然る│

│ 天地は   窮り無くして│

な …るほど …

地球は永遠に 存在して それ自身の力によって そのように存在する か … …

例えば│ 大自然の力が 無くなれば│

人間が生きていける 地球の力も 無くなる│ … という事になる …


という訳で 新たにできた研究所

主任研究員には エコ夫人を迎え│

世界中に サステナを広め 日本だけではなく 世界の未来をも 変えていったのであった


数ヶ月後│ ぶはっ

すごいぞ サステナ 大ヒットだ

!! !!

よし このお金で サステナの 研究所を 作ろう

!!

!!

佐須手奈仙人も それを望むだろう


『サステナ』第 1 期の 終了にあたって 住 明正

東京大学教授 (気候システム学)

行の雑誌﹃科学﹄元編集長の岸本君の協力が

いたからである。それと同時に、岩波書店発

くわけはない。

立っている。個々の人間の魅力がない限り動

いるのではないか。人間社会は人間から成り

しかし、人間は、唯一人で生きているわけ

得られたからだ。やはり、専門的な知識・技 術は不可欠である。ただ、それがあればいい

ではなく、社会システムの中で生きている。

自然と周りと調和するという社会システムと

というわけではなく、さまざまな知識・技術、

個人の行動様式の統合こそが目標であろう。

したがって、有効な社会システムのデザイン

はない。 ﹁珠磨かざれば光なし﹂というよう

サステイナビリティ学連携研究機構は、政

が同時に不可欠である。筆者は、孔子の有名

に、修業は不可欠である。如何に有効な修業

府に支援されたプロジェクトとしての区切り

時には矛盾するものも統合してゆく手法こそ

の機会を提供し、天賦の才を見出し、正しい

を迎え、今後は、自立して活動できるか、特

が重要になろう。その手法は何なのか? こ

役割を与えていくことこそが、教育の役割で

に財政的な自立を確立できるのかが重要なテ

な﹁吾十有五にして学に志す云々﹂を思い起

あり、既存のシステムを担っている人の責任

ーマとなる。その意味では、 ﹁貧者の一灯﹂

の間の経験によれば、結局、個人の資質によ

であろう。 ﹁野に遺賢あり﹂とはいつでも正

というように、多くの人々の支援に支えられ

を踰えず﹂とある。自由に振舞いながらも、

しい であると思う。かつて日本の社会は人

こす。その最後に﹁自ら欲する所に従いて矩

材の登用に熱心であったと思う。戦前には官

た活動が理想である。新しいビジネスモデル

るということになる。それでは﹁教育は意味

費の学校も多くあり、貧困家庭の有能な子女

いる。読者や寄稿者の皆さんには、引き続き、

を提案し、実践しなければならないと考えて

ないのか?﹂という疑問が出ようが、そうで

すべてが﹁原理的﹂に自由な社会になってき

今後のご支援をお願いしたい。

が社会に活躍できる機会もあった。最近は、 ているがゆえに、かえって不自由さが増して

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巻頭エッセイ

早いもので、サステイナビリティ学連携研

という言葉があふれている。この傾向の一端

て動く。今日では、 ﹁変化﹂の掛け声の下、

とはいえ、時代は、時として人の予想を超え

社会を変えてゆく有効性が問われている。啓

を﹃サステナ﹄が担ったものと考えている。

大学の知をわかりやすく社会に還元しようと

蒙する時代は終了し、現実に有効な手を打っ

究機構の立ち上げから四年が経過し、一応の

するものであった。この四年間、 ﹃サステナ﹄

てゆく時代に突入しているのであろう。

区切りということになった。 ﹃サステナ﹄は、

を支えてくださった読者の方々、また、寄稿

﹃サステナ﹄のバックナンバーを眺めてみ

された著者の方々に、お礼を申し上げたい。 このプロジェクトを始めた動機は、 ﹁時代

は、いろいろな人が寄稿に協力してくれたこ

とを表している。言い換えれば、サステイナ

ると、ページ数が徐々に増加している。それ

る時代に対してビジョンを提起し、時代の変

ビリティ学の理念の﹁知の構造化・統合化﹂

の先頭に立つ﹂というものであった。特に、

革に寄与することを目指した。そのためには、

多くの人が自分の意見を発表したいと考えて

が人々の関心を引いたのであろう。さらに、

﹁知の拠点﹂を自負する大学として、激動す

既存の学問の枠にとらわれず、枠を壊し、新

いる現在の状況を表しているだろう。今回は、

しい時代に合う学問を構築しようとした。サ ステイナビリティ学は、大学の中に、研究機

大学の研究者の意見が中心であったが、多様

﹁理念に燃えて、観念の世界に漂う﹂のは

関の中に閉じ込められた知ではなく、社会の

甘美ではある。理念を実現するには、現実を

一例として、 ﹃サステナ﹄は機能したと思う。 開してゆくことは、本質的な営為である。四

見据えた冷静な眼が必要だ。 ﹃サステナ﹄が

な人々の意見を集約するプラットフォームの

年前には、 ﹁サステイナビリティって何?﹂

中で生活している人々に共有されてこその知

というような世間の雰囲気であったが、今日

可能となったのは、財政的基盤が与えられて

の体系である。社会の中に情報を、知識を展

では、あらゆるところにサステイナビリティ

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出し、その純度を高めて学問にしてい もちろん融合もなされましたが、環境

くという方向で進められてきました。 学以外の学問との関係でみると、純化 する方向できたのは確かです。それに 対し、サステイナビリティ学は既存の 学問そのものを統合していくという点 で大きな違いがあります。これは大変

康で豊かな社会とをつなげて考えるこ

に取り組めませんし、低炭素社会と健

は、例えば経済の問題とがっぷり四つ

環境的要素だけを純化していったので

限りは持続可能な社会にはなりません。

経済や政治の人たちのグループで議論

低炭素社会は気候の専門家や関連する

提案できるに至ったことです。従来は、

の社会の融合として持続可能な社会を

会、循環型社会、自然共生社会の三つ

そのことが、いまの時点で、低炭素社

そこを北海道大学が一生懸命に取り組

たが、自然共生社会が欠けていました。

球温暖化対策と循環型社会はありまし

フラッグシッププロジェクトには、地

いことでした。われわれが進めてきた

ばいけないとIR3Sがいえたのはよ

なことです。しかし、それをやらない

ともできません。サステイナビリティ

んでくれました。二〇一〇年は国連の

な体系化に近付いていけると思います。

され、循環型社会はごみやリサイクル

国際的にみると、低炭素社会に関係し

学のそのようなあり方が四年間ではっ

に関連するグループで議論されていま

ては気候変動枠組み条約があり、循環

定める国際生物多様性年ですから、今

私自身にとって非常によかったと思

した。これらグローバルな問題を分野

後さらに強化していくことで、論理的

っているのは、最初に、地球システム、

に分けて議論していたのでは細分化の

に関係するグループで議論され、自然

社会システム、人間システムの三つの

型社会に関係しては条約ではないけれ

共生社会は生物多様性や生態系の保全

システムの相互関係をみるものとして

道を歩みかねないので、統合しなけれ

きりしました。

京都大学教授 (環境経済学)

サステイナビリティ学を定義しました。

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植田和弘


座談会

サステイナビリティ学の現在

何ができてきて、 何を生み出そうとしているのか ﹃サステナ﹄第0号の座談会 ﹁環境学からサステイナビリティ学へ﹂から約四年、 サステイナビリティ学連携研究機構︵IR3S︶が ひと区切りとなるいま、同じ顔ぶれで、 ここまでのIR3Sの活動を振り返りつつ、 サステイナビリティ学の現状と 今後の課題を話し合った。

世界に先駆けて サステイナビリティ学をつくってきた 武内   第0号の座談会で、環境学から サステイナビリティ学へといいました

の実感があります。環境学は、種々の

が、明らかに環境学ではなくなったと 学問体系のなかから環境的要素を取り

東京大学教授,国際連合大学副学長 (緑地環境学)

東京大学教授 (気候システム学)

武内和彦

住 明正

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クトを与えたからです。

ろと生まれたのは、われわれがインパ

﹁○○機構﹂といわれるものがいろい ければならないと人々は強く意識する

まだはっきりはしませんが、変化しな

か、どこに向かっていったらよいのか

ベーションとかテクノロジーの部分が

イナビリティ・サイエンスでは、イノ

組みであるようです。欧米型のサステ

ったのは不思議なことと思えるほどで

に、人々が耳を傾けてくれるまでにな

れからの時代の一つの旗だという主張

いにしても、サステイナビリティがこ

われわれだけがそれを与えたのではな

数の独立した軸があって、三つぐらい

掲げられたように、社会の問題には複

革命でも自由、平等、博愛と、三つが

のは非常に重要なことです。フランス

循環型、自然共生の三つを並べていう

学問体系についていうと、低炭素、

もう一つ付け加えますと、IR3S

悪いと思います。

理系的なものが欠落したのでは具合が

のは一つの行き方かもしれませんが、

や価値観を重視する方向になってきた

テクノロジー万能から、社会のモラル

のをすごく感じます。欧米のように、

います。日本は逆の筋から入ってきた

弱く、それに対する評価も低くなって

す。四年前には、サステイナビリティ

の軸で問題を考えるのが現実的だと思

の成果として特筆すべきこととして、

ようになりました。

って何っていう雰囲気でした。時代が

います。一つの軸だけですと、よいか

教育プログラムの進展があります。参

インパクトという点で印象的なのは、

追いついてきて、そして追い越してい

悪いか、勝ちか負けか、二つに区分さ

加五大学が連携して修士課程でのプロ

れ不安定になります。 おもしろいと思っているのは、IR

グラムをつくったことを大きな成果と

非常に大きかったのは、二〇〇七年に IPCC︵気候変動に関する政府間パ

3Sは理系がかなりの比率を占める形

くのではないかと率直に感じています。

ネル︶の第四次報告書が出たこと、そ

して挙げておきます。若い力を次につ 欧米にいくと、サステイナビリティの

植田   サステイナビリティ学は学問を

サステイナビリティ学を 展開していく場がつくられた

なげていく基盤づくりができました。 ような社会の大きな課題を考えるのは

の潮流とは違って日本だけの特徴です。

たし、二〇〇八年のリーマンショック、

文系の仕事とされ、理系は自然や技術

でスタートしたことです。これは世界

オバマ大統領の登場、二〇〇九年の日

の前に気候変動の経済影響について調

本の政権交代と、さまざまな出来事が

について専門的な仕事をするという枠

べたスターン・レポートが出されまし

起きたことでした。変化がいわれるな

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行われた気候変動枠組条約締約国会議

二〇〇九年一二月にコペンハーゲンで

議論を束ねていかなければなりません。

は生物多様性条約があります。これの

組みがあり、自然共生社会に関係して

どもOECDの進める資源循環の取り

の場で日常的な会話が普通にできる関

一員に入るということです。国際会議

ではなく、一緒に引っ張るグループの

何もわれわれだけが世界を引っ張るの

きました。リーダーシップというのは、

他方でわれわれはアジアにこだわって

ティ学を一緒につくろうと一方でいい、

括しています。

ろにまで踏み出したと、私は現状を総

して持続可能性戦略を考えていくとこ

性・多様性を活かしつつ、世界全体と

生物多様性との連携が大事だといわれ

例えば、二〇〇九年二月に東大でIC

われの活動が国際的に認知されました。

係が生まれ、共同の仕事ができ、われ

ナビリティ学という新しい学の体系を

住   IR3Sに課せられたものには二 つの側面があって、一つは、サステイ

サステイナビリティ学の提唱に 時代が追いかけてきた

︵COP ︶では、温暖化への適応と

候変動との関係を議論しようとしてい

︶を 開 催 し ま Sustainability Science したが、次はイタリアでローマ大学が、

についていうと、参加大学・協力機関

いく組織運営上の問題です。後者の点

つくること、もう一つは、大学がもっ

その次をアメリカでアリゾナ州立大学

ます。IR3Sは時代の要請に合致し 世界に先駆けてサステイナビリティ

というネットワークを組んだのは本質

ている﹁たこつぼ的﹂な性質を変えて

学をつくるとの心意気でスタートしま

が開くという流れができました。その

たことをしてきたのです。

した。実際にこれはやはり大変なこと

的に意味のあることでした。具体的に

す。それに加えて、われわれが触媒の

上でいま目指しているのは、メタネッ

ような役割をして、横型の組織がIR

でした。特に英語圏の人たちがすでに

のようなネットワークができて、さら

3S以外にいくつかできたのも成果だ

仕事をする人的ネットワークが形成で

にそれらを結ぶネットワークをつくる

きたのが、この四年間の大きな成果で

高いものがあります。われわれが国際

のです。地域のそれぞれのサステイナ

ワークづくりです。各地域にIR3S

的な場でどうしたらリーダーシップを

と考えてよいでしょう。東京大学でも

トワークと呼んでいる国際的なネット

発揮できるのか、地道に努力を重ねて

ビリティの問題を解決していく固有

境問題に対する社会的な意識は非常に

きました。世界共通のサステイナビリ

着手していましたし、ヨーロッパの環

S S︵ International Conference on

ましたし、生物多様性条約の方でも気

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進むようになりました。これはとても

皆が思うようになって、連携が自然と

やってみたら結構面白いではないかと

ったきっかけが何であったのか個人的

す。生態系サービスを考えるようにな

ちだったタイプからかなり離れた人で

をもつとか、従来の生態学者にありが

ないとか、限定された対象だけに関心

いもので金銭的な価値評価にはなじま

慎重に話をすることなどがよくわかり

てきたこと、専門家の方が素人よりも

や不確実性のこと、適応の時代になっ

んの話を聞いて、温暖化のメカニズム

なり、住さんや 城大学の三村信男さ

この組織に入って議論せざるをえなく

避けていたようなところがありました。

よかったです。

に聞いてみましたら、経済学者のパー

に入っていまして、二〇〇九年の受賞

私はコスモス国際賞の選考専門委員会

武内   今のことに触発されて、最近の 個人的な体験を話したいと思います。

個人の結び付きから始まったのです。

経済学と生態学の融合は、実は個人と

て自分は変わったと答えてくれました。

ォードに教えにきて、その講義を聴い

サ・ダスグプタ氏が非常勤でスタンフ

従来の分野を超えて、ごく日常的に話

められると考えるまでになりました。

さんと一緒に組んでプロジェクトを進

ものがあると感じられ、いまでは三村

境保全や国土づくり、都市計画と近い

策は、私がいままでやってきた緑の環

ました。とくに気候変動の緩和・適応

学の統合は 個人と個人の結び付きから始まる

者はスタンフォード大学のグレッチェ

本を読んでもなかなかそこまではいか

ができて、共同で研究ができるレベル

なくて、人が話をして、それを聞くこ とから新しい発想が生まれるのです。

にまで個人のつながりがつくられてい

ともと生物学者で、だんだんと視野を 広げて生態学と経済学を融合させるよ

そのような分野間のつながりを生み

のIR3Sの特色でしょう。従来の環

くことが、あちこちで生まれたのがこ

ン・デイリーさんでした。この方はも

うな仕事をしました。生態系から得て

に大事かという例です。きっかけが与

境科学における総合研究とは違います。

出していく土俵を用意することがいか

それはやはりホッチキスでとじたもの

いる恩恵を経済的に計ることを提唱し、

えられて、そこから先は人間の資質み

であったことは否めませんでした。サ

生態系サービスという考え方を出しま した。国連のミレニアム生態系評価に

融合がおこるものではありません。私

たいなものがありますから、必ずしも

ステイナビリティ学全体として、従来

とが利益をもたらす自然資本の考え方

自身は、気候変動はどちらかというと

発展し、最近では、自然を保全するこ を出しています。自然はかけがえのな

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統合していく面をもっていて、それに ローカル・サステイナビリティとかグ

か、そういう各論を具体化しなければ

きたと思います。

今後の学問的な展開の基礎をつくって

た実績はとても大きい意義があります。

日本ではサステイナビリティ研究へ

なりません。各論が進んだところで、 ローバル・サステイナビリティとか、

の関心は理系の人が多いといわれまし

われわれが寄与したのは確かです。環 ますが、クラーコフで開かれた国際会

ある空間で束ねるのが一つのやり方で

境・経済・社会という言い方をよくし 議でポーランドの先生は﹁カルチュラ

たが、社会科学をみると、サステイナ

ビリティに関連する研究をする人は経

す。 もう一つ、学問の方から統合をする

ル・サステイナビリティ﹂を最優先し て説明していました。サステイナビリ

もかなり関心が広がっていきました。

済学にはそこそここれまでにもいまし

ヨーロッパではそのような領域の人た

というやり方があるでしょう。それを

それによって、前からいわれている科

ちがもともと随分取り組んでいるわけ

ティは全体を統合して考えるものであ

学の細分化傾向に対して総合化を促そ

ですから、日本でも社会科学の間での

政治学の人とか、国際関係の人とかに

構出てきています。

うとしたのが、このプロジェクトの学

コミュニケーションがかなり取れるよ

た。今回のIR3Sの活動もあって、

もともとサステイナビリティがいわ

問的な意味での最大の眼目です。第0

うになったのはよかったと思います。

推進するための科学というニュアンス

れ出したのは、一九八四年に国連に設

号の座談会で、個人学際とか一人学際

この組織も、各大学で、始めは要す

がサステイナビリティ学に付与されて、

置されたブルントラント委員会が一九

ということで、一人の人間が自分なり

るに無理矢理にいろいろな人を集めて

していく人たちがIR3S以外でも結

八七年の報告書で提唱したサステイナ

のまとめをするかたちでしか融合はで

るという発想が市民権を得て、推進を

ブル・ディベロップメント︵持続可能

きないのではないかという話をしまし

つくった面があったわけです。しかし、

に移そうとすると、サステイナブル・

た。その際一人だけで個々に個人学際

理矢理つくったものがきちんとコミュ

このプロジェクトのいいところは、無

な開発︶からで、それを具体的な実践 トランスポート︵持続可能な交通︶と

機構がつくられ、ジャーナルなども整

をするのではなく、IR3Sのような

ニケーションの場になったことです。

か、サステイナブル・アグリカルチャ

えられ、統合化を推進する体制ができ

ー︵持続可能な農業︶とか、サステイ ナブル・シティ︵持続可能な都市︶と

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サステイナビリティは 静的な理想郷ではない

る最終目標となる状態があって、それ

古い言葉でいえば永久革命論です。あ

く、ダイナミックに動いていくもので

ある種の静的な理想郷があるのではな

植田   アメリカの住宅ローンの破綻が 東アジアの経済に大きな影響を与えた

に向かっていくのではなくて、常に動

燃料は石油価格と対抗しうるけれど、

対して補助金を出すのは農家を支援す

ように、グローバルなつながりがあっ

き回っている状態がサステイナビリテ

まざまなステークホルダー、いろいろ

なスケール、ローカルなスケール、さ

料の多様な利用でしょう。グローバル

コミュニティをベースにしたバイオ燃

ありうる一つの答えは、ローカルな

ティの破壊につながります。

が破壊されると、ローカルなコミュニ

なるため、バイオ燃料の増産で生態系

地域の生態系から利益を得る主体が異

バイオ燃料で利益を得る主体と、その

時間軸上での評価、制度の進化やダイ

つながっているということがあります。

と、違う領域とみえていたものが実は

っていて、時間軸上の変化をみていく

サステイナビリティには時間軸が関わ

も重要だと思っていることがあります。

点、やはりなかなか解決しないけれど

ます。このような統合に加えてもう一

綻のような現実の方からも迫られてい

学の発達が大事であることは、金融破

複雑な系の全体を統合的に理解する科

っている全体を捉える必要があります。

し、それが技術に応用され、そして社

ないと。従来の学問は、知識を生み出

状に発展していくものでなければなら

ではなく、社会を巻き込んで常に螺旋

せからなる閉じた循環があればいいの

環型社会は、工場と逆工場の組み合わ

おっしゃっていることと通じます。循

武内   それはIR3Sの評価委員をし ていただいている吉川弘之先生がよく

くことが非常に大事です。

いうようにダイナミックにとらえてい

とが次の問題のソースになっていくと

に、問題と解決の共進化、解決したこ

ィです。だからよくいわれているよう

ません。アメリカがバイオ燃料生産に

な階層に対して従来は別々にアプロー

ナミズムを扱っていく発想が求められ

しょう。常に適応と調整がある。少し

る意味合いが強く、バイオ燃料にLC

細に理解するだけではだめで、つなが

て、そのなかのどこかの部分だけを詳

アメリカでは補助金なしには対抗でき

に意味があるか疑問です。途上国では、

A︵ライフサイクルアセスメント︶的

チしていました。一緒に議論すること

ています。

会に普及していく一方通行の流れであ

に近づいていけるようになったと思い

住   サステイナビリティというのは、

で、サステイナブルな社会のデザイン ます。

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の環境学を超えるにはまだ至っていな を整えることであったといえるでしょ

共通基盤をつくっていく基本的な条件

思います。われわれのプロジェクトは

と思います。

があると、統合のツールになりうるか

た。具体的に統合していく方法が出て

証的な取り組みが可能になってきまし

頭のなかでつないで考えるよりも、実

計算機の能力が上がってきたために、

ある程度つなぐことができるくらいに

生態系のモデルと社会経済のモデルを

モデルが重要です。三社会の統合でも、

統合のツールとして、もう一つは、

いとは思いますが、異なる要素間の深

きたのは大きなことだと思います。

波書店︶を読んで、日本の伝統的経済

住 植田さんが翻訳されたダスグプタ   氏 の﹃経 済 学 ―― 一 冊 で わ か る﹄︵岩

統合のためのツールには 何があるのか

う。

いレベルでの組み合わせが明らかにで きていると実感しています。 植田   ダスグプタ氏の話が出たので言 い添えますと、彼は一九九三年にアダ

ム・スミスの﹃諸国民の富﹄と同じよ う な 発 想 で 非 常 に 分 厚 い 本﹃ An Inquiry into the Well-being and Desti-

学とは全くスタイルの違う書き方をし

武内   三社会の統合でいま一番具体性 の高い成果を出しているのは、バイオ

﹄を書いています。大阪大学の tution 堂 目 卓 生 さ ん が、 ﹃ア ダ ム・ス ミ ス

ているので驚きました。それで一つ感

燃料の評価プロジェクトでしょうか。 にしんどいことです。どうしても専門

ラルな燃料の比率が高まれば低炭素社

バイオ燃料が増えてカーボンニュート

﹃道徳感情論﹄と﹃国富論﹄の世 ――

分野のことを英語で理解するのは相当

じているのは、統合といっても、他の

ていたのではなく、人間性への深い洞

用語を使って理解をつくっていくわけ

うに、アダム・スミスは経済だけをみ

界﹄︵中 公 新 書︶で 書 い て お ら れ る よ

察も巡らせています。アダム・スミス

は食糧や森林資源の保全と競合します。

会に近づきます。一方で、バイオ燃料

生物資源を含めた循環型社会と低炭素

いていけるようなことでも、インター

社会の融合を考えなければいけないの

ですから、母国語ならまだどうにかつ ナショナルには非常に難しいのです。

です。ブラジルの場合には、他の土地

は総合社会科学の人でした。ダスグプ

その点で、ダスグプタ氏の本のように、

タ氏は、個々の学問は細分化したとこ ろでは非常に進歩しているけれど、学

分野の違う人間に何が問題であるのか

利用とはあまり競合しないで、バイオ

学問の実践的解決力が落ちたのではな

をわからせることができるようなもの

問間の共通基盤が非常に小さくなって、 いかといっています。重要な指摘だと

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会 の 持 続 可 能 な 開 発︵サ ス テ イ ナ ブ

植田   それはまさに究極の問題そのも のだと思います。ブルントラント委員

するのが最後の目的です。

す。幸せとは何かを考え、幸せを実現

う一度やるようなことを提案していま

しょう。

業をなくすのとは違った内容をもつで

なくす仕組みを考えることは、単に失

み出すということがあります。不安を

るのか。失業の問題点には、不安を生

業率を下げることが豊かさの指標にな

には失業率という指標があります。失

植田   難問ですが、切り離し︵

でしょうか。

経済成長でないモデルを提示できるの

ねません。ならば、新興国や途上国に

われるような破滅的な状況がおこりか

国が進めると、温暖化の議論などでい

します。貯蓄があると投資に向けられ、

不安やリスクがあると人々は貯蓄を

が求められています。例えばスウェー

先進国でも経済成長なき豊かさモデル

decou-

ル・ディベロップメント︶で一番引用

︶戦略が必要です。経済発展し pling ても環境負荷は増えないようにする。

されるのは世代間衡平性的な定義です

生 産 能 力 の 増 強 に つ な が り、生 産 施

デンなど北欧の国は貯蓄率は低いが社

を議論しています。ハーマン・デイリ

設・生産能力が上がるとそれを遊ばせ

会保障は充実しています。

が、全部読んでいくといろいろなこと ーのような環境容量の話もあるし、貧

ておくわけにはいきませんから需要を

あるとすれば、成長をしなくても一定

困をなくす話もあります。持続可能な

しないといけないメカニズムが組み込

の豊かさを実現できる一つの将来モデ

住   税金が高いからでしょう。

まれているということになります。希

ルになりうるでしょう。需要の側面で

正成長率という考え方で、経済は成長

くるからです。しかし、究極的には、

望とおっしゃったことは、どのように

増やすという話になります。これは適

全部の要素をどう実現するか、貧困を

すれば成長なき豊かさを実現できるの

いうと、物的な負荷の残らない消費と

開発の定義が多義的になるのは、多様

なくし、すべての人々の豊かさ︵ウェ

いうことになるでしょうか。教育・文

な論点のどこを取ってくるかで違って

ルビーイング︶を高めることを、環境

かという大テーマに近づいていくこと

化・学術といったことです。

植田   それが安全・安心につながって います。貯蓄をしなくてもいい社会が

容量のなかで行っていくということで

に相当すると思います。

豊かさをどうはかるのか、その指標

す。

武内   経済成長で貧困を撲滅する、こ れまで先進国がやってきたことを途上

を巡る議論があります。例えば、失業

19


螺旋的に発展していくものであるべき

くる矢印もあって、全体として循環し、

印ではなく、社会から学問へと戻って

つまり、学問から社会への一方的な矢

自体に内在していなければならない。

付けていくいわばチェック機能が学問

とは違い、社会が学問に対して注文を

ったが、サステイナビリティ学はそれ

次の第三のフェーズとして、地球環境

とがいわれるようになりました。その

境をつくろうと、アメニティというこ

快適なまち、人間にとって望ましい環

もよくなってきた段階で、美しいまち、

ました。一応のめどが立ち、海も大気

でネガティブな問題を解決しようとし

最初は公害問題から始まって、局地的

宮山宏先生は、低炭素社会と高齢社会

ていくのかを考えるということが必要

域で、よりよい社会をどうやって築い

会全体として、あるいはそれぞれの地

同時に、地球環境全体として、地球社

ります。しかし、それを目指しながら

去を地球スケールでおこなう必要はあ

のか。もちろんネガティブな負荷の除

が上がって廃棄物が減ればそれでいい

を融合させるプラチナ構想ネットワー

です。例えばIR3Sの前機構長の小

かということになりました。そこでは、

クを提案しています。IARU︵ Inter-

問題が出てきて、グローバルなスケー

それは言い換えれば、知識を得るこ

公害対策でとられた環境処理的な考え

ルでネガティブな問題をどう解決する

と自体を改革するということです。狭

方では対応できなくて、経済だとか、

だと吉川先生はおっしゃいます。

く閉じた学問的興味から知識を得てい

社会だとか、価値観だとか、技術の全 体体系だとかを巻き込んでいかなけれ

ィと健康を結びつけるような提案がな

︶という国際研究型大学連合の sities 枠組みのなかでは、サステイナビリテ

national Alliance of Research Univer-

をする。それがあって、技術の改革と

くのではない、知識のイノベーション 社会の改革との共進化、すなわち工学

ばならなくて、環境学からサステイナ

よいものを求めていきたいと思います。

的な技術のイノベーションと社会的な

いまここでの思い付きでいうと、それ

されています。IR3Sの四年間には スの除去だけではなくて、次の豊かな

は希望学とでもいうようなものです。

できませんでしたが、これからはより 社会を構築していくという面です。低

ここでまだ欠けているのは、マイナ

炭素社会は二酸化炭素が減ればそれで

東洋大学の吉田公平先生は幸福論をも

ビリティ学へと進んできたわけです。

いいのか。循環型社会は資源の生産性

制度のイノベーションが同時に進んで いくのです。

サステイナビリティ学は 希望を見出す 武内   環境問題の歴史をさかのぼると、

18


どうなるのかということがあります。

武内   極めて重要な課題として、人口 が減少していく時代の日本の国土像は

なれば、全然違ってくるでしょう。

いいますが、売れなくてもいいことに

売れないから経済がうまくいかないと

て、ものを欲しがらなくなりました。

武内   僕らの世代は戦後の日本が貧し いときに生まれ、経済成長で目に見え

植田   それは全くそうですね。

とはいわない⋮⋮。

だけど、自分のところを壊してもいい

ンを守った上でなら変えるのは大賛成

自分のポジション、自分のディシプリ

ンマがあります。大学だって、結局、

牲を何も出さずには変革できないジレ

はしなければならないが、しかし、犠

出していかないと、やはりシュンとし

ち破るような何か新しいコンセプトを

ャッター通りの風景がそこに重なって、

うループに不安を覚え、地方の町のシ

住   多くの人は、人口が減ると市場が 小さくなってものが売れなくなるとい

っています。

社会とサステイナビリティだと私は思

もありますが、これからの課題は高齢

たちで答えを出してきているような面

うしたらよいのかという問題とまさに

低炭素社会とうまくつなぐことで、人

るかたちで生活がよくなっていくのを

てしまう⋮⋮。

長く続いてきた企業も生き残れるかど

口減少をネガティブにとらえるのでは

経験し、同時に公害問題が発生して、

植田   生態系サービスは、その新しい ものを出していける側面をもっている

一つには、C&C、コミュニティ・ア

国土を再デザインできる可能性がある

なく、むしろいい面もあるという形で

大学に入ったころには環境問題をやろ

と思います。中山間地といわれている

自分自身が向き合うことになります。

でしょう。低炭素が実現しただけでは

うかと考え、大学のなかでそこそこ自

自分たちが問題を引き起こして、自分

地域の福利の向上にはなりません。ど

分の意見がいえるような段階になって、

地域には潜在的に大きな生態系サービ

うかの変革期にあります。鳩山首相が

のような経済を、社会を築き上げてい

スがあるのに、日本ではそれに価値付

第三の革命期だといいましたが、変革

くのか、これまでのグローバル化の方

サステイナビリティ学のプロジェクト

けし資源に変える方法がうまく出され

思っています。国内をみると、成熟し

向にややあらがう形で、地域の実体経

うしばらくしたら大学を定年退職して、

を進められるようになった。これでも

ンド・コミュニケーションが本質的だ

済を基盤にした地域振興を考えていく

ていません。デンマークでどうして風

先行き暗いと感じています。そこを打

ことだと思います。

高齢社会を豊かに幸せに生きるにはど

住   いまは大きな時代の変わり目で、

21


住 んか。

りしたら、そこで考え直せばいいので

いるかでしょう。新しい技術が入って

いらしいです。一九八〇年の段階で、

をする大国主義をとるか、自由貿易で

住   戦前に石橋湛山の小国日本論があ ったでしょう。海外に出て植民地経営

きたり、新しい政治制度が入ってきた す。

身の丈に合ったレベルでいいのではないかと ―― 考える時代にきている。

われわれは 時代の変わり目を生きている

いぜいいえるのは二〇∼三〇年間くら

住   これからの日本の立ち位置がどう なるのかと国際政治学者に聞くと、せ

ソ連が崩壊するといえた人はゼロです。

住   日本が戦争に負け、資源がなくて 人が多いという状況に陥ったときに、

掲げられたのが東洋のスイスというコ

誰も思っていなかったことがアッとい

生きる小国主義をとるのか。いま日本

が生きていくにはどうすべきか考えた

う間におきたりします。いまの温暖化

ンセプトでした。国が小さくても人々 のです。一方、スイスは非常に管理が

は、石橋湛山ではないけれど、身の丈

す。日本が戦後やってきたのは二〇世

の議論では、将来シナリオは資源や経

紀型の経済で、ものをどんどん生産し

しっかりしている国で、あまり自由が

とまでは考えられていません。国際政

て稼ごうというコンセプトでした。外

に合ったレベルでいいのではないかと

治の人も巻き込んでいかないと本当の

非常に強かった。新興国や途上国はそ

考える時代にきているような気がしま

議論はできないと思うのですが⋮⋮。

のモデルで成長しようとしていますが、

済成長について細かく書かれてはいて

できます。自由もあって、安全・安心

武内   将来がわからない点では、政治 や経済だけでなく、技術だってそうで

日本はこれからどうしていくのか、二

も、国際政治が大きく変わるようなこ

もあって、全部が一〇〇パーセントあ

しょう。どういう新しい技術が出てく

だから安全・安心もあるということも

ょうか。

るとはいかないのが現実ではないでし

るのかわからない。だけれども重要な

一世紀型の経済モデルがありません。

ないという意見もあります。しかし、

いく方向性がないから、希望がないよ

植田   国のレベルでもローカルなレベ ルでも、ビジョンやモデルを統合して

のは、どの方向にベクトルが向かって

需依存型で、外国に売り込める分野は

うになっているということはありませ

20


されたことがありました。女性には目

いる﹁ガラスの天井﹂があると問題に

界ですら、女性研究者の昇進を妨げて

ばまた差別がある。アメリカの物理学

だけど、就職で差別され、会社に入れ

たい女性の方が男よりもよくできます。

住   やはり女性が差別されているから でしょう。小中高から大学まで、だい

です。

めると、やってくるのはほとんど女性

いっぱいいるからでしょう。

す。海外で暮らした経験のある学生が

たりしています。学生は偉いと思いま

住   いまの学生は平気でインターナシ ョナルな会合で委員長をやって仕切っ

ど。

学生はシャイでものを言わないのだけ

イメージだと、そのような場で東大の

通に発言し、行動していました。昔の

を開きましたが、東大の学生たちは普

るような人が生まれつつあるようで楽

がら、日本と世界の関係を築いていけ

て、世界の人たちと自在に会話をしな

いました。日本のことをよく知ってい

日本のことを知らないから国際交渉を

英語が上手で交渉能力もあるけれど、

ました。一方で、海外の大学を出て、

うまく活躍できないような人が大勢い

能力が劣るために、国際的な舞台では

しみです。

するときの中身があまりない人たちも

には見えないけれど、上にはいけない

植田   学生がもっている情報量も決定 的に変わりましたし⋮⋮。

させ、英語で授業することにし、東大

武内   IR3Sではサステイナビリテ ィ学教育の修士プラグラムをスタート

しでしょう。

生を呼んできてもほとんど放ったらか

たのはいいと思います。今までは留学

天井がある。だから、海外にいくとか、

では、日本人よりも外国人の方が多い

植田   ケアしていない。

住   その点で、日本の大学がようやく 留学生を組織化するようなことを始め

う選択をしている人が女性には多いの

という状況になっています。そのなか

就職してから大学に戻るとか、そうい でしょう。

で育った学生は、従来とは違った感じ の、われわれが一番望んでいた人材に

有効に育てて帰すべきです。

人は、僕らには想像もできないぐらい

なるかもしれません。これまでは、日

武内   留学希望が減っていることと一 見矛盾するけれども、海外経験のある

に慣れています。例えば、この間のC

本できちんと勉強して学問的な能力は

住   それは全く間違っていました。せ っかく日本にきてくれた人を、もっと

OP のときに、コペンハーゲン大学

武内   下手すると、敵にして帰したり してきた。

学生にも参加してもらってフォーラム

とオーストラリア国立大学と東大とで、

あっても、表現能力とか対外的な交渉

23

15


力発電が伸びて電力の二割ぐらいにな てしまいますが⋮⋮。

ってしまうと、希望はあまりなくなっ

頑張る。そういうアップ・アンド・ダ

する。貧乏になると上がろうと懸命に

ウンが安定した解でしょう。経済学者

ったのかというと、農家の副業になっ て追加的な所得が得られるからです。

益に触れるからではないですか。電力

住   日本ではどうして同じようにでき ないのかというと、電力会社の既得権

投資の対象になったのです。

で、風のような何でもなかったものが

からです。それは非常にうまいやり方

必要があると思います。

者の考え方をもっとまじめにとらえる

これからの日本を考えるときには、若

論調がありますが、そうではなくて、

済にとってマイナスのようにとらえる

性向が変わってきたからで、それを経

住   ものが売れないことで、例えば、 車が売れなくなったのは、若者の消費

新しいタイプの若者が 育ってきている

スを立ち上げようと人を捜したら、二

ちるのが過去の教訓です。

いいます。豊かになれば質は絶対に落

にするかということで生み出されたと

貴族の息子をいかにしてまともな人間

スのパブリックスクールの厳しさは、

くいものだと書いてあります。イギリ

か﹄︵講談社現代新書︶という八〇年代

の飯田経夫さんの﹃ ﹁豊かさ﹂とは何

に限らず、既存のものを脅かさないよ

武内   その話と関係するかわからない けれど、留学希望者が減っているでし

〇人中一九人か一八人が女性だったそ

﹁農家が三軒寄ると風力に投資してい

うにしようとすると、現状維持が最も

ょう。日本にいて十分だということな

うです。男は既存のディシプリンに入

アリゾナにいったときに聞いた話で、

新しくサステイナビリティ・サイエン

住   民主主義を認めると、皆が不幸と いう解は実現し得るが、皆が幸せとい

自然界のシステムではありえません。

幅が大きくなっていく一方の発散解で、

ンファレンスとかを行って日本人を集

植田   日本から留学したりして海外に 出てくのも女性が多いです。海外でカ

っていて、リスクのあるものにチャレ

う状態は実現しない。一部が幸せで多

豊かになれば元気がなくなってダウン

ですね。

社が高く買ってくれるので収入になる

る﹂と言われています。政府や電力会

正しいという判断になってしまう。

のでしょうか。

ンジできるのは女性なのだそうです。

の新書に、豊かさはすごく付き合いに

植田   サステイナブルな社会を選択す る仕組みかをどうつくるかという問題

住   日本が豊かになったからです。豊 かになってますます元気づくのは、振

くの人が不幸というのもある。そうい

22


ィをアメリカで最初につくったのです。

でスクール・オブ・サステイナビリテ

カ一なら世界一だという話です。それ

リティでアメリカ一になろう、アメリ

点豪華主義でいこうと。サステイナビ

合大学と普通に戦っても負けるから一

いったのです。アリゾナの戦略は、総

武内   彼はやり手で、コロンビア大学 からヘッドハンティングでアリゾナに

考えているべきだと反省しました。

が何かあるのではないかと思われます。

から、サステイナビリティへの志向性

先住民の文化への関心も高いようです

るようです。西海岸では仏教も普及し、

ダイナミックな雰囲気が西海岸にはあ

テンツをつくっていくのをよしとする

いろいろな人材を入れて、新しいコン

まった人間よりも、自由な発想をする

リコンバレーもあって、専門に凝り固

していて、聞いてみたら、近くにはシ

ぜかというと、日本の製造業が優れて

は、製造物教育だったりしますが、な

住   海外にいける人材がなかなかいな い。それと、日本に期待されているの

大変みたいですね。

武内   インド工科大学の一つを日本が 協力してつくるという話があるけれど、

しょうか。

われわれは引き受けることができるで

チックに える力があります。だけど

ように、プラクティカルなある種の職

植田   サステイナビリティでですか。 ロースクールとかビジネススクールの

ました。就職の心配なんか一切ないと。

を開設したいから協力してほしいとい

けないと感じます。どこかの国が大学

ダードに見合ったものにしなければい

争ではないけれど、大学も国際スタン

いう留学生がいたりすると、企業間競

住   学生を教える側からすると、例え ば、MITで修士をやってきましたと

グローバルT字型の提唱

自分で学ぶものだという考えが強くて、

住   大学にはカリキュラムをきちんと 整えるような発想がこれまで弱かった。

植田   実際に、それは大学ではなく現 場にある⋮⋮。

るからではないかと外国の人は考えて

はないか、ノウハウを大学で教えてい

いるのは工学教育が非常にいいからで

業分類に当てはまるようなことにサス

ってきたときに、MITやハーバード

短くしてSOS⋮⋮。

テイナビリティ学がなるのでしょうか。

大学は大学をつくるノウハウをもって

僕らは昔からそう思っていたもの。

武内   企業は大学を出てから自分たち で教育すると考えている。

いるからです。

住   そのような考えはアメリカでも東 海岸の方の発想でしょう。サステイナ

いて、カリキュラムも人材もシステマ

住   彼はサステイナビリティ学を教わ る学生の需要はすごくあるといってい

ビリティ学ではスタンフォードも成功

25


会の構図があります。それをどうした

すが、国際社会には利害対立の競争社

高まりません。COPの交渉もそうで

植田   サステイナビリティはグローバ ルにも展開していかなければ実現性が

が言い出しているのは、国連大学で大

武内   私は二〇〇八年六月から国連大 学の副学長を兼務していて、いま学長

力になると期待します。

ローバル社会への構図を作り出す駆動

の構図というか、サステイナブルなグ

で活躍するということが、協力社会へ

ークでつながって、いろいろなところ

共通するものがあって、情報ネットワ

住   アリゾナでもう一つ印象的だった のは、クロウ教授が、 ﹁サステイナビ

てそのようなことも考えています。

りが違います。IR3Sの発展型とし

議論できるでしょう。学生のときから

の議論ではなくて、現場経験も含めて

くれたらいい。途上国の問題を、卓上

IR3Sの大学の学生たちが混じって

の学生を呼びたい。その学生たちと、

思っています。途上国、特にアフリカ

植田 利害対立の競争社会の構図を ―― どうしたら協力社会の構図に変えられるのか。

ら協力社会の構図に変えられるのかと

学院教育ができるよう制度改革をしよ

リ テ ィの最 も 根源的な 問題は 何 か?

サステイナビリティ学を学んだ 学生の活躍の場がある

いう基本問題があります。考えるべき

うということです。約三五年前にこの 大学ができたときにいろいろな議論が

それさえできれば全部が片付くような

そういう議論ができれば、認識の深ま

える人材をつくることが一つ極めて重

ことは多々ありますが、国際協力を担 要です。IR3Sが進めてきたサステ

あり、学生を取らないということが付

葉に詰まってしまったことです。最も

イナビリティ学教育は大きな意味をも

根源的といわれても、あれもあるし、

ってくる﹂といった時に、とっさに言 うになれば、私が所長をしている国連

これもあるし⋮⋮と、悩んでしまいま

大問題を出してくれたらすぐに金を取

大学本部のサステイナビリティと平和

憲章が改正されて大学院生を取れるよ

ことです。別々に育成されてきた人が

研究所では、サステイナビリティをメ

帯条件としてありました。国連総会で

集まるのではなく、一緒に育成される

した。根源的なことは何か? と常に

っています。IR3Sでとてもよかっ

ことが重要な共通体験になって、大き

インテーマの一つにして教育したいと

たのは、共同で人材育成を考えてきた

な動きをつくる可能性が生まれます。

24


植田   先ほどの話に戻ると、共同で人

人材を育成することにあるでしょう。

自立的にそのようなことを考えられる

武内   それにも教育が大事ですね。持 続可能な開発のための教育の趣旨は、

ていくことを考えてくれないと。

らの提案としてサステイナブルになっ

駄目なのです。途上国側が自分たちか

こういうことに使いなさいといっては

あれお金が流れるのですが、先進国が

先進国からは援助であれどのような形

住   開発途上国は明らかに発展したい という、それは駄目とはいえません。

武内   結局は突き詰めていくとブルン ドラントに戻るのか。

にきているということです。

住   本当の意味でのサステイナビリテ ィ・ディベロップメントを考える時期

ティ学が課題にしてきたことです。

ていくイメージです。

にコスモポリタン的教育が横に広がっ

イズされた教育がまずあって、その上

でも仮に名付けましょうか、ローカラ

す。いまの話は、グローバルT字型と

ながりを横に広げていくというもので

きちんともってから、他の分野とのつ

武内   以前に環境教育の人材育成で、 T字型を提唱しました。一つの専門を

が必要です。

のと、コスモポリタン的なものの両面

なものが実際にあります。地域的なも

いかどうかわかりませんが、そのよう

途上国的カルチャーという言い方がい

受けてきたのかが実はとても大きくて、

こで育ってきたのか、どういう教育を

集まりの場になることが大事です。ど

と思います。いろいろな大学が同様の

材を育てる国連大学の話はとてもいい

ってくるはずです。

うな人材はいろいろなところで役に立

意味をもってくると思います。そのよ

っている人を育成することが決定的な

プメントとか、最初から発想としても

るとか、サステイナブル・ディベロッ

植田   だからこそ、グローバルなサス テイナビリティをローカルから構築す

武内   形をつくっても、それを支える 人がいなければ⋮⋮。

いきません。

ティ機構をつくるとかの話も簡単には

ことがあります。世界サステイナビリ

の引っ張り合いの議論になってしまう

ルコモンズの議論をしても、結局は足

バナンスはさらに困難です。グローバ

も容易ではないのに、グローバルなガ

植田   それはとてもいいではないです か。ローカルやナショナルのレベルで

武内

グローバルT字型と名付けましょう。 ―― ローカルの上にコスモポリタン的教育が広がるのです。

27


うみたいなところがあったけれども、

心というか、いわなくてもわかるだろ

のまま成功します。日本では、以心伝

一気にわかって、日本に導入してもそ

ある人が懇切丁寧に書くから、読むと

住   アメリカのマニュアルは、全くわ からない人でもわかるように、能力の

植田   やはり本質は人と人の関係にあ ると⋮⋮。

あるでしょう。

ではないかという気持ちが依然として

武内   だんだん掛けるようになってき ていても、心のなかにはそれは間違い

植田   それは間違いですか?

思っていた。

武内   なまじ学生に手を掛けないのが 立派な先生だと、先生も学生も双方で

東大では井上真さんが一生懸命やって

武内   コモンズの新しい解釈によるガ バナンスはこれからものすごく大事で、

及んでいます。

というのもできて、影響が経済学にも

領域に入る人です。国際コモンズ学会

ストロムは政治学者︶ 、ガバナンスの

からすると少しはずれて︵そもそもオ

きて、オーソドックスな経済学の系譜

が受賞しました。コモンズを研究して

となっていきます。二〇〇九年のノー

界標準はこれだというものにだんだん

植田   経済学では最初は異端のように 見えて小さくても、それが広がって世

いいと思います。

み合わせを考えるようなことがあって

域の独自性みたいなものとのうまい組

があればそれでよいのではなくて、地

ーカルなレベルからどうつくり替える

植田   大きなシステムの破綻がいろい ろなところでみえきているときに、ロ

きいった、実体経済に即してもう一回

セプトとして通用するでしょう。さっ

です。うまくいけば、途上国にもコン

を支える協治組織になるという考え方

ナンスの仕組みができれば、地域再生

武内   従来の農家や林業家だけでなく、 企業も自治体もNPOも入って、ガバ

と呼んでいます。

トになるもので、 ﹁新たなコモンズ﹂

本のこれからの農村の問題や、世界の

えらせることを提言していきます。日

広げて、現代社会にコモンズをよみが

推進しています。日本の里山の概念を

てSATOYAMAイニシアティブを

様性条約第一〇回締約国会議︶に向け

かいえるのか、まさにサステイナビリ

かということですね。それに対して何

地域を作り直そうということです。

植田   里山が新たなコモンズですか、 いいですねえ。

環境を考える上で一番大事なコンセプ

それは通用しなくなってきましたね。

います。私も今度のCOP ︵生物多

ベル経済学賞をエリナー・オストロム

植田   同じようなことが技術移転のと きにも非常に重要な問題です。 武内   普遍性と多様性の関係で、世界 に通用する汎用性の高いカリキュラム

10

26


上須道徳 大阪大学RISS特任助教

楠林暁子 京都大学経済研究所 KSI企画戦略室特定職員

工藤康彦 北海道大学SGP博士研究員

小野あをい 東京大学TIGS特任専門職員

手塚安澄 東京大学本部総務・ 法務系広報グループ

参加大学と研究協力機関から構成されるIR3S

が本格的に活動を始めたのは二〇〇六年四月でした

が、それに先立って二〇〇五年七月に東京大学にI

R3Sが設置されました。そのときに、研究教育プ

ロジェクトとして新しいチャレンジをすると同時に、

支援体制のあり方も含めて組織を改革し、新しいか

たちをつくっていこうとしました。総長の強いリー

ダーシップのもとに全学を挙げて推進していくべき

重要なプロジェクトであるとの位置づけで、総長室

の下につくられた最初の領域横断型の研究教育機構

となりました。当時の総長でIR3Sの機構長でも

あった小宮山宏先生の強い意志の表れでもありまし

た。組織としてもう一つ特徴的だったのは、当初は

サステイナビリティ学支援グループといっていまし

たが、本部の事務組織のなかにIR3Sを支援する

ための一つの部署ができたことです。総長室の下、

支援事務も一元化してやっていくべきだという小宮

山先生を始めとする先生方の強い思い入れがあって

設置されたと理解しています。そこに集められた職

ともう一人の三人でした。

員が、今日ここに出席している蔭山グループ長と私

大学の事務組織は、どこの大学も同様だろうと思

29


座談会

裏方奮闘記 苦労もいろいろあったけれど、 楽しいことも多かった

佐藤嘉則 城大学ICAS研究員

田村 誠 城大学ICAS准教授

蔭山達矢 東京大学本部研究推進系 研究機構等支援グループ長

新しい体制で取り組んだ

サステイナビリティ学連携研究機構︵IR3 ― S︶は、文理融合、大学連携を掲げ、これまでにな

いかたちで研究プロジェクトを推進してきました。

さまざまな苦労があり、またやりがいもありました。

新しい試みであっただけに、その運営に当たっては

本日は、研究面とは別に、プロジェクトの運営を支

えてきた裏方としての視点から、IR3Sの四年間

を総括してみたいと思います。参加五大学から、若

手研究者として、あるいは大学職員として、裏方の

仕事をこなされてきた皆さまにお集まりいただきま

した。立場も仕事の内容もそれぞれ異なりますので、

最初に自己紹介を兼ねて、IR3Sにおいてどのよ

うなことをなさったのか、どのようなことがとくに

印象に残っているのか、お話しいただきたいと思い ます。

手塚   東京大学の職員の手塚です。人事異動でいま はIR3Sを離れ大学本部の広報に移っています。

東京大学のなかでのIR3Sの位置づけからお話し

大学職員としてIR3Sの業務に携わりましたので、 したいと思います。

28


ました。私は四月に着任して会議は七

築をテーマとした会議で、SGPの代

月だったので、差し迫っていました。

ロジェクト内の融和を図るための宴会

ん で す︵笑︶ 。一 方 で、私 は 農 業 経 済

来日する外国の先生方の顔ぶれは決ま

を強化していこうとしておりました。

が専門で富良野市に出入りをしていた

っていても、査証申請などの具体的な

表の大崎満先生から、当日の運営に向

ました。事務と研究を﹁つなぐ部分﹂

ものですから、SGPの研究対象地で

手続きがまだで、あわただしく走り回

けた事務全般をやってほしいといわれ

と は、一 般 的 な 事 務︵主 に 庶 務 的 な

ある北海道の富良野市の調査研究グル

らなければなりませんでした。他の事

幹事、電球の取り替えから不審者の警

面︶と先生方の活発な研究活動を支え

ープにも入れてもらい、若手研究者と

務スタッフと大忙しの毎日だったこと

備対策? まで、いわゆる何でも屋さ

るものです。そのような﹁つなぎ役﹂

しても動いています。まさに自分自身

ェクトの節目から参画することになり

には、研究者の活動のあり方︵わがま

で事務部分と研究部分をつないでいる

たまたま縁︵公募︶があって、プロジ

切となります。このようなポジション

まな面も含め︶を知っていることが大

SGPの活動の中で一番印象的とい

なり、その疲労は大変なものでした。

日間連続という過密スケジュールも重

らしくない猛暑に見舞われ、さらに五

を思い出します。会議の当日は北海道

うか大変だったのは、プロジェクトの

わけです。

その結果、博士号を持っているが、職

途中から採用されたことからくる引き

にふさわしい人はいないか検討され、

ろしているのが適任だろうということ

︵ 食︶にありつけていないでうろう

公募したらどうかということになり、

になり、併せてその雇用対策も含めて

事は、 ﹃サステナ﹄の第9号で紹介さ

継ぎの難しさでした。最初の大きな仕

わせて﹁サステナビリティ・ウィーク

湖サミットが開かれ、北大はそれに合

ちょうどこのときは、G8北海道洞爺

東京大学さんのお話では研究支援が

ことを思い出します。

ていましたので期間中はピリピリした

それと連携するようなかたちにもなっ

二〇〇八﹂というのを開催しており、

せていただきましたSGP主催の国際

人事や会計担当のスタッフは別にい

︶ ﹂でした。持続可能 ENVIROMENT な農業を支える生物生産システムの構

TAINABLE AGRICULTURE AND

TIONAL CONFERENCE ON SUS-

会議﹁ SGP-ICSAE ︵ SGP-INTERNA-

私が入ることになりました。 ますので、私の役割は何かというと、 ッフに伝える、または連絡調整役、I

庶務全般で、主に先生方の活動をスタ R3S参加大学との窓口、その他にプ

31


図 1 東 京 大 学 の IR3S 事 務支援の考え方.新たな付加 価値を作ることに努めた.

いますけれども、会計、人事、総務、

ぐり抜けてきました。従来の事務組織

その方たちとの連携で数々の難関をく

研究者ではないスタッフが何名かいて、

の枠組みにとらわれず、新しい試みが

あり、本部がそれを取りまとめるよう になっています。サステイナビリティ

いくつもできたと自負しています︵図

研究、学務などの縦割りの部局事務が

学支援グループは、IR3Sにかかわ

年目は何がなんだかわからないなかで

も量的にも質的にも大変な仕事で、一

以上いたのですが、それをもってして

て長い経験があり、私も東大に一〇年

の私としての集大成になったと思いま

さんとともにやり終え、IR3S業務

︶ 2009 で Sustainability Science す。その運営を全般的に任されて、皆

S︵

二月に東大で行った国際会議、ICS

一番印象的だったのは、二〇〇九年

1︶ 。

過ごしました。一般の管理業務の事務

した。

した。蔭山グループ長は東大職員とし

る事務すべての窓口になるのが使命で

仕事もさることながら、IR3Sの先

庶務全般を 請け負うことに⋮⋮

International Conference on

生方は新しいことに取り組む意欲旺盛 な方ばかりで、それを実現するために いろいろな部署と連携して進めなけれ

工藤   北海道大学サステイナビリテ ィ・ガバナンス・プロジェクト︵SG

ばいけないことが多く、窓口としてあ シンポジウムなどのイベント、アウト

クトの二年度目から三年度目に変わる

P︶博士研究員の工藤です。プロジェ

れこれ奔走する日々でした。当初から リーチ活動がとても多く、経験がなか

時期に、事務と研究を﹁つなぐ部分﹂

ったために大変でした。IR3Sには ここにこられている小野さんをはじめ、

30


両方で試行錯誤してきたことが、その

した。研究の理念と、事務的な運営と、

した。始めは組織の構築や事務的な体

げのときからICASに関わってきま

佐藤   同じくICASの研究員の佐藤 です。私は、二〇〇六年五月の立ち上

いうと、当時アカデミックスタッフだ

を置いていました。事務的な作業はと

ではほとんど協力できず、研究に重点

ともあり、立ち上げ当初は事務的な面

部キャンパス配置でした。距離的なこ

ような評価につながったのだと思って

制がほとんど未成熟の状況にありまし

った林瑠美さんと三村先生が中心にな

いぶできてきたとの評価をいただきま

います。

ってされていました。その後、田村さ

んがこられてから、田村さんを中心に

分かれているのですが、水戸の本部に 機関長の三村信男先生や事務を支援す

で、集まって研究の交流もしながら、

新たに加わった研究員と事務スタッフ

図 3 『サステイナビリティ 学をつくる』(新曜社).

るスタッフがいて、私は阿見町の農学

シンポジウムなどの運営の打ち合わせ

をし、仕事を分担して、研究の傍らで

各自が事務的な作業をこなすという流

れになり、体制も整ってきました。

相談するところもなくて⋮⋮

楠林   京都大学サステイナビリティ・ イニシアティブ︵KSI︶の企画戦略

室の楠林です。今日は研究者の方々が

多くこられると伺って、ここに参加す

るのはちょっとためらいがありました。

私は佐和隆光教授のもとで秘書をして

33

た。 城大学はキャンパスが三箇所に 図 2 ICAS を支えてきたメンバー.左上から,齋藤修,長谷川良二,田村誠, 上柿崇英,佐藤嘉則(以上,研究員+准教授).左下から,郡司真弓,檜山由美子, 所幸男,櫻岡利明,會田洋恵(以上,スタッフ).(敬称略)


かなり手厚く行われてきたといま伺っ に脆弱で、順次整備していかなければ

はり最初は運営体制・教育体制が非常

体の研究成果としてきちんと位置づけ

部門で行われてきた研究をICAS全

を実施したことです。それぞれの研究

られるように、準備しました。例えば、

なりませんでした。私は研究者という 立場でしたけれども、庶務をやってい

九月に先生方と一泊二日の合宿をして、

人手も少なく大変だったんだなあと、 同時に良く頑張ったなと感じました

ただけるような人を捜して、事務方の

て、すばらしいなあ、自分のところは

︵笑︶ 。SGPは組織としてはセンター

次に、二〇〇八年六月に﹃サステイ

方向性を考えたり、苦心して資料をつ

ナビリティ学をつくる﹄ ︵新曜社︶と

くったりしました。幸いにも、よい評

ICASでも研究者の立場から、事

いう本を刊行したことです︵図3︶ 。

組織をつくるところから携わりました

務と研究をつなぐ役割をしてきました。

学部生向けの授業をまとめるかたちで

ので、ICASに着任したときもその

例えば、アウトリーチ活動としてのシ

編集したのですが、外部評価と同様に、

化しましたが、大学本部からの事務の

全員がフラットな関係で、スムーズに

ンポジウムがあれば、最初の企画の段

それぞれの研究分野の先生方の原稿を

人はいなくて、全部特任の人にお願い

物事が運んでいるように思えます。

佐藤さんも含めて、ICASの特任の

階から関わってきました。ここにいる

単にオムニバスで並べるのではなく、

価をいただくことができました。

若手がみんなで 分担してきた

若手研究員を中心に、毎週か、少なく

サステイナビリティ学の書籍としてま

経験が役立ちました。

田村 城大学地球変動適応科学研究   機関︵ICAS︶の田村です。私はI

とも月に二回は定期的にセミナーを開

して動いています。そのためスタッフ

CASには途中の二〇〇七年三月から

とまったものにするにはどうしたらい

これらの苦労の甲斐があってか、二

いのか、皆で議論して、出版できたこ ICASに来て最初に印象深かった

〇〇九年一二月に実施した第二回外部

き、研究だけでなく、運営上の打ち合

のは、二〇〇七年一一月に、われわれ

わせをしています︵図2︶ 。

ムで助手を三年ほど務めていました。

の活動がどのような状況にあるのか、

加わりました。その前は東大駒場キャ

ここは私が博士課程を修了して着任す

評価では、組織としてのまとまりがだ

ンパスの﹁人間の安全保障﹂プログラ

るのと同時に始まったプログラムで、

外部の先生方をお呼びして、外部評価

とには満足しています。

立ち上げの段階から在籍しました。や

32


えたのかなと思っているところです。

科にぶら下がるようなかたちで運営や

長が工学研究科長、実質的に工学研究

トとして、トップに総長がいて、機構

須です。RISSは全学のプロジェク

サイエンス研究機構︵RISS︶の上

それに、非常勤の先生方という体制で、

私を含む助教が三名、研究員が二名で、

す。若手研究者としては、講師が一名、

は特任教員と、事務で構成されていま

人事が行われてきました。人員として

研究、教育、社学連携という柱を立て

て 活動し て きまし た ︵図5︶ 。若 手 研

究者が研究、教育、それに財務などの

を担当しています。

業務にそれぞれ責任をもち、私は教育

RISSは二〇〇六年六月に始まっ

て、私は二〇〇六年八月から加わりま

した。何も知らずに阪大にきましたら、

教育を担当するということでした。そ

の当時、阪大では全学に広げるサステ

イナビリティ学教育プログラムをつく

ず準備期間が一年設けられていました。

ることだけが決まっていて、取りあえ

その間にコア科目の設置、カリキュラ

ムの構築、実施運営体制を整えるとい

ったいろいろな作業を行いました。私

自身、教育の専門家ではなくまた学内

35

手探りで、 先もみえなくて⋮⋮ 上須   大阪大学サステイナビリティ・

図 4 KSI が行ってきた「やさしいサステイナビリティ学」.


ターを佐和教授が務めることになった

京大にもまいりまして、そのディレク

し前でしたけれども、IR3Sの話が

れることになり、二〇〇六年になる少

参りまして、教授が京大を定年退職さ

つもやっていました。一年目は本当に

だといわれて、ひいひい言いながらい

た。上手につないでいくのが私の仕事

相談する場所もわからなくて困りまし

営していくにはどうしたらいいのか、

訓にして、二年目からはホールがだい

のホールの半分ぐらいしか集まらなく

宣伝の仕方が悪くて、お客さまが京大

大変面白いお話だったにもかかわらず、

先生といった方々にいらしていただき、

家元の千宗室先生、建築家の黒川紀章

たい満杯になるようになりました︵図

て胃の痛い思いをしました。それを教

4︶ 。一から全部学びながら仕事をさ

ようと話をされて、次々に目の前にく るものをこなしていくような感じでし

せていただいてきたのだなとつくづく

無我夢中で、先生方がこういう事をし

と感じたのですが、特定職員という肩

いのですが、どこまで実質があったの

た。企画とか戦略とか、名前は格好い

いうお話をいただきました。荷が重い 書きをいただいて四年間仕事をしてき

流れで企画戦略室の仕事をしないかと

ました。

そのシンポジウムの最初のときのア

思います。 四年の間、アウトリーチ活動として、

か冷や汗たらたらです。

手塚さんのお話で東大では初めての 総長室の下に設置された組織であった

画をするということですが、KSIに

外の協力体制の管理、教育・研究の企

ようなシンポジウムをというので、各

葉を一般の方にもっと知ってもらえる

でした。サステイナビリティという言

戦略室の目玉の仕事のような位置づけ

ました。この四年間で日本全体にサス

ろにまでサステイナブルがあると驚き

テ ィ ー﹂と あ っ て ︵笑︶ 、こ ん な と こ

ましたら、 ﹁サステイナブル・ビュー

だ美容室でファッション雑誌をみてい

聞いたということでしたが、このあい

ステイナビリティという言葉を初めて

は学内の一研究科と七研究所が参加し、

界の著名な方に環境についてお話しい

テイナビリティという言葉が浸透した

ンケートをみますと、聴衆の多くはサ

キャンパスが京都市内の吉田と宇治市

ただくようにしました。手探りで始め

いう催しを毎年行ってきました。企画

とに分かれていて、移動に一時間ほど

たものですから、一年目は京都市立芸

﹁やさしいサステイナビリティ学﹂と

かかるため、会議をする機会を設ける

ことに、IR3SやKSIも一端を担

とのことですが、京大も文理融合型の

だけでも一苦労するような状況からの

術大学学長の中西進先生、茶道裏千家

新しい試みでした。企画戦略室は国内

スタートでした。このような組織を運

34


わからなくて、自分の立ち位置がどこ

といわれ、それで何をすればいいのか

方々と研究者の方々の間に立つように

始 ま り ま し た。私 は、事 務 の 職 員 の

がりがよくわからないという状態から

︵ Alliance for Global Sustainability ︶ という組織もあって、この三つのつな

さらにIR3Sの母体となったAGS

ないのだということを実感しました。

までの自分の仕事のやり方では通用し

をしないと仕事はできないのだ、これ

のか自分で見通すとか、そういうこと

考えるとか、この先はどうなっていく

いま自分にきたのかその元のところを

ったのが、ここでは、なぜこの仕事が

し先回りしてやっていけばそれでよか

それでもどうにかぎりぎりに提出して、

聞こえくるような状態でした︵笑︶ 。

うでは仕事納めの挨拶をしている声が

てください﹂と電話を入れると、向こ

ました。文科省に﹁もう少しだけ待っ

二八日の仕事納めの日になってしまい

先延ばしにしてきて、とうとう一二月

方がなかなかまとまらなくて、提出を

新しいプロジェクトであるだけに先生

向がときには変わっていくようなとこ

で、それだけに、おっしゃることの方

授もTIGSの住教授も活動的な先生

す。IR3Sの副機構長の武内和彦教

すので精いっぱいだったように思いま

てこなくて、目の前にある仕事をこな

が上がると成功なのか、自分にはみえ

って最終形とするのか、どういう成果

織がどこに向かっているのか、何をも

の名前が載っていました。その提案書

あって、その次に事務担当者として私

ッドに機構長の小宮山先生のお名前が

に提出したIR3Sの提案書では、ヘ

理の責任をもたされて、最初に文科省

理職という位置であるために、事務処

にいると思います。東大のなかでは管

のなかでは研究者から一番遠いところ

蔭山   東大の研究機構等支援グループ の蔭山です。おそらく今日のメンバー

新しいことだらけで⋮⋮

いろいろありますが、予算の使い方で

感じています。IR3Sの新しさには

算配分の話がなくなり、何か寂しさを

R3Sも最終年度となり、来年度の予

かいところの調整をしてきました。I

方の相談で大方決まったところで、細

年年末になると、企画運営会議で先生

各大学に予算をどう配分するのか、毎

二割削られてのスタートとなりました。

す。

何とか採択されたという記憶がありま

それが一番の収穫でした。

ろもあり、どうついていけばよいのか

いうと、これまでは大きな大学に集中

上須さんがいわれましたように、組

にあるのか長い間悩みました。

迷うところがありました。住教授の秘

の提出の期限が二〇〇五年の年末で、

予算については、当初のプランより

書だったときには、いわれたことを少

37


ラグシッププロジェクトがあり、IR

ナビリティ教育を進めていくというフ

一方で、IR3Sが共同でサステイ

がいてプログラムを実施、運営する必

特に教育担当者としては、実際に学生

いという状態がつらいところでした。

してどこに向かっているのかわからな

をこなすだけでも大変で、また組織と

3Sの参加五大学の担当者の方々と定

かったと思っています。

要がありましたから、その両立が難し

いたらいいのかということもわからな

の事情にも疎かったので、誰に何を聞

かりませんでした。先生方はそれぞれ

きていればいいのかというところがわ

プロジェクトが終了するときに何がで

う大きなミッションがあるのですが、

はサステイナビリティ学をつくるとい

とが印象に残っています。IR3Sに

また具体的な先行きがみえなかったこ

一つの作業が手探り状態であったこと、

きてみたら、そうではないとわかって、

書をすればいいのかという頭でここに

〇五年一〇月でした。一人の教授の秘

ないかと、住教授にいわれたのが二〇

そこで募集するスタッフに応募してみ

できて統括ディレクターになるから、

シアティブ︵TIGS︶という組織が

ました。東大に地球持続戦略研究イニ

東大にはIR3SとTIGSがあり、

36

います。

築するかというような話をしてきまし

これまでのやり方が 通用しない

期的に集まって、教育の制度をどう構 た。昨年度からいよいよIR3Sサス テイナビリティ学共同教育プログラム が動き出し、阪大からも無事に修了生 が輩出されました。

くて、何もかもが手探り状態でした。

理想を持ち、いろいろなアイディアを

小野   東大の特任専門職員の小野です。 もともとは住明正教授の秘書をしてい

周りの方たちと協働し何とか無事に教

いま振り返ってみると、最初は一つ

育プログラムはスタートしましたが、

提案しそれを実行するのですが、それ

されたと思いました︵笑︶ 。

いろいろな意味でいまも悪戦苦闘して

図 5 RISS 特任の主要メンバー.左から,杉本隆,原圭史郎,上須道徳, 木村道徳,奥村美香子(後方),和田絵理子,坂根貴美子(後方) ,張海燕, 熊澤輝一(手前),栗本修滋(右端).撮影時に不在だった,ヤバール・ヘ ルムートと芳賀淳.(敬称略)


いうことで、打ち合わせがあると立場

次に何かするかときにもIR3Sにと

にはIR3Sが関わったものですから、

いう思いとなって残り、大学サミット

蔭山   大学サミットの成功は、東大と してこのようなことをまたやりたいと

貴重な経験でした。

得たものが多くて、大学の職員として

ます。苦労したというよりは、私には

なかにあったからできたことだと思い

いのだということが多少なりとも頭の

このようなことをやらなくてはいけな

緒に仕事をしたことで、国際会議では

が、大学サミットでプロの方たちと一

にロジ︵後方支援︶を担当したのです

る会議で し た︵図7︶ 。私 は そ れ の 主

いただいて、情報交換・情報共有をす

するネットワークの代表者に集まって

界各国にあるサステイナビリティに関

し上げたICSS2009でした。世

S主催で翌年開催されたのが先ほど申

ていないということもあります。

が出ましたが、個人としての先もみえ

組織の先がみえなくて大変だという話

があるかどうかわからないわけです。

く、それをしてその後に何かの見返り

てこなかったような追加的な仕事も多

ものはあります。しかし、IR3Sの

ます。実際にやってみれば、何か得る

めに、怖がっているような印象があり

にどうつながっていくかがみえないた

れをこなすことが自分のキャリアパス

も、特任助教などの若手研究者も、そ

す︵笑︶ 。アカデミックスタッフの方

っしゃるように、可能なら逃げたいで

がたくさん発生します。蔭山さんがお

田村   国際シンポジウムを開くには、 招聘状やビザの手配など事務的な作業

ります︵笑︶ 。

と、多少逃げているようなところがあ

から、お金も人も出す余力がないから

のメインの予算は今年度で終わりです

39

ような横断型の組織にいなければ降っ

上私に声がかかってきます。IR3S

図 6 大 学 サミットの 会場.


る厳正な評価を経て参加大学・協力機

うことでは、国際的な審査委員会によ

IR3Sにどの大学が加わるかとい

とが求められたのだと思います。

体で取り組んで世界に発信していくこ

合体をつくってお金を獲得し、日本全

してお金が付いていたのが、大学の連

功でした。

る方々にきていただいてイベントは成

てのことでしたが、一〇〇〇人を超え

護のSPの人たちとのやり取りも初め

を先生方のつてでお呼びしました。警

だこうと、当時の小池百合子環境大臣

かわからなくて、著名な人にきていた

ナ﹄第9号にも書きましたが、宣言文

た だ き ま し た。そ の こ と は﹃サ ス テ

い、作業チームの一員に私も加えてい

めを東大のIR3Sが中心になって行

し た︵図6︶ 。その 宣言文 のとり ま と

の学長さんたちが集まって話し合いま

割﹂をテーマに掲げ、世界三五の大学

時間を知らせる﹁チン﹂というのを鳴

ングの際にプレゼンテーションの制限

大変だったとの声が多かったよう ― ですが、研究以外の面での苦労は、外

国際的なイベントで大忙し

クで難関を突破できました。私のよう

が豊富な方々がいらして、チームワー

大学からの助っ人と、国際会議の経験

次々におこりました。作業チームには、

を採択するに当たって予定外のことが

らすのが私の役でした。京都、大阪、

からはなかなかみえにくいので、大変

な一介の大学の職員は、雑用をサポー

関が選ばれたわけですが、最終ヒアリ

北海道、 城の各大学が参加大学とし

いただけませんでしょうか。

さの内容をもう少し具体的に紹介して

ろなバックグラウンドをもっている人

トするくらいだったのですが、いろい

環境省のOB、国際機関出身者、国連

いところとして、東洋大学、国立環境

て決まり、研究分野として残ってほし

手塚   国際会議、国際シンポジウムは どの大学でも積極的に取り組んできま

研究所、東北大学、千葉大学が協力機 関として決まりました。二年後に早稲

たちと一緒に仕事をなし終えて、大き

このときの宣言文のなかに、世界の

な達成感を得ることができました。 G8に合わせた、日本の大学の呼びか

ク・オブ・ネットワークスの構想が出

研究ネットワークを束ねるネットワー

したから共通の話題であると思います。

けで、歴史的初の試みとして大学サミ

工藤さんがいわれた二〇〇八年七月の

自分として一番印象に残っているの

ッ ト が 開 催 さ れ ま し た。 ﹁グ ロ ー バ

田大学と立命館大学が、最後の年に国

は最初の公開シンポジウムです。大き

連大学も協力機関に加わりました。

なイベントは行った経験がなく、安田

ル・サ ス テ イ ナ ビ リ テ ィ と 大 学 の 役

され、そのコンセプトに則ってIR3

講堂の一一四四の座席が埋まるかどう

38


一方で、イベント企画が度重なり通

に伝えることができると思います。

用に心配しなくて良いことなど他の人

しておくと、気を付けるべきこと、無

することばかりですが、何度か経験を

そういうものを取り仕切る仕事が増え、

後さらにさかんになっていくでしょう。

際会議も含めたアウトリーチ活動は今

たという反省もいろいろに聞かれ、国

大学から社会への発信は十分でなかっ

手塚   昨年末の事業仕分けで科学技術 予算のあり方が話題になったときに、

が参加し、それぞれが企画する小さな

がやってきました。KSIには八部局

ましたが、基本的にロジは企画戦略室

ってくださいと声を掛けることはあり

楠林   京大では、大きいイベントがあ るときには、若手研究者の方にも手伝

ような仕組みができればいいのかなと

常業務化し、あるいは自分の研究とあ

その位置付けをはっきりさせなければ

いたので、うちの負担はそれほど大き

セミナーなどはそれぞれでしていただ

くなかったと思います。

届くのか、間違いはないか、はらはら

まり関係のない分野だったりすると、

むしろアウトリーチの方をやっていき

ならなくなると思います。研究者でも、 たいと思う人が出てくるかもしれませ

思います。

いるのか分からない気分になることが

まるでイベント企画会社の仕事をして あるかもしれません。そのようなとき、

楠林   まさかまさか、私だけではあり ません⋮⋮。企画戦略室には私ともう

んし、私たちのような大学職員からも、

学のなかでの新しい仕事として確立さ

一人で二人ですが、各参加部局にも担

ふと周囲をみると、要領のいい人は論

れていく過渡期にいまはあるのではな

当の方々がいらっしゃいますから。

田村 外からみるとKSIイコール楠   林さんというイメージなのですが︵笑︶ 。

気にもなります。このような仕事は、

いでしょうか。その一方で、特に本当

そのようなところを専門的にやろうと

恒常的になるとつらくなります。ずっ

に研究をしたい人がいつまでもロジに

する人が出てくるかもしれません。大

とロジばかりをするのではなく、段階

蔭山   事務方からみると、国際シンポ ジウムのロジをするのは若手の先生方

っていて︵笑︶ 、取り残されたような

的に企画の枠組みを作る側に加わるよ

追われていたのではフラストレーショ

逆に、東大職員として私が歩んできた

が必ず通る道のように思っていました。

文を出して、さっさと良いポストに移

うになるとか、研究に専念できるよう

貴重な時間がもったいないです。ある

ンがたまるでしょうし、研究者として

道のなかではなかったことです。ポス

になるとか、キャリアアップにつなが

程度経験して、道が枝分かれしていく

る仕組みがあると良いのだろうと思い ます。

41


図 7 国際会議 ICSS2009.

しく広がったと受け止めています。毎

手塚   大学職員としては、そこのとこ ろはわかりやすくて、仕事の領域が新

キャリアアップにつながれば いいけれど⋮⋮

うという形ができて、貢献できるよう

こられてから、若手で仕事を分担し合

かなかできずにいました。田村さんが

ても、研究以外での貢献というのはな

す。三村先生が中心となって組織構築

はあまり機能していなかったと思いま

年二月に公開シンポジウムと合わせて

だけることになり、私がやってきたこ

フの研修資料の一部として使っていた

ました。それを大学の国際系のスタッ

際会議の仕事の内容をマニュアル化し

動もできた方がよいので、若いうちに

います。やはりある程度こういった活

工藤   このようなイベント企画に関わ るのは、場合と回数によるのかなと思

になりました。

や国際会議の仕事などに奔走されてい

国際会議を開催してきて、一年目に国

とが他の職員に伝えられ、すごくよか

ドクのときから関わっておけば、将来

配慮もあるでしょう。大学院生やポス

的にシンポジウムなどを取り仕切るよ

経験させておこうと、偉い先生方のご っています。一方で若手研究者からは、

うになったときに、一緒に企画する事

ったです。職員としては新しい機会が

これが自分のキャリアにどうつながっ

務スタッフの人たちの大変さも理解で

得られ、新しい可能性が見出せたと思

という声を聞きます。

ていくのか、評価される仕組みがない

きて、無理のないイベント企画を実行

これも出せば終わりではなくて、いつ

例えば、招聘状の話をしましたが、

できると思います。 すぐにICASに入り、組織運営に関

佐藤   そのような面はあると思います。 ただ私の場合は、博士課程が終わって

する経験が全くなくて、立ち上げ当初

40


という位置に立てる可能性をもってい

育っていないのならば、早めに専門家

うやく何かがみえ始めてきて、これか

には短期のプロジェクトですので、よ

ければいけません。IR3Sは基本的

容やカリキュラムを充実させていかな

学生がいろいろなことを学べて楽しい

ば、コンセプトも講演者の顔ぶれもす

ます。そういう意味ではここに加わる

しみなのだろうと思います。いわゆる

ぐにイメージが湧いてきます。経済学

ことができたのは幸運だったのかもし

らというときに終わってしまう気がし

か、それを考えるところから仕事が始

だけでなく、工学や農学、政治学の人

上がって一、二年で、いまは土台がで

というレベルから、はっきりと得るも

も集めようとすると、シンポジウムの れないです。

きた段階です。これからの発展につい

のがあるといえるレベルへと、教育内

趣旨は何であるのか、相当きちんと考

上須   何かを生むのには苦しみもあり ますし、時間がかかることでもありま

ては、ここまでつくってきた人が必ず

若手といわれるレベルでも、サステイ

える必要があります。趣旨を明確にし

す。教育については、手探り状態から

しも関われるわけではないので、残念

ナビリティ学の専門家がまだそれほど

つつ、講演者が偏らないように広い視

始めて大変でしたけれども、プログラ

な気がします。

済学系の人たちだけを集めようと思え

野で考えなければなりません。サステ

ムができ、学生が実際に学んでいると

まります。一方、温暖化に関連する経

イナビリティ学に関わっていくには考

いう状況になりました。その点で成果

定義していけば、先行者の利益をもっ

サステイナビリティ学だと自分たちで

展途上の段階なので、こういうものが

わけです。サステイナビリティ学は発

案したことが新しいものになっていく

しかし、逆にいうと、自分たちが思

だとか、何の役に立つのか、といった

ステイナビリティ学はただの寄せ集め

協力いただいている先生方からは、サ

ラムに参加している学生や講義などで

う評価されるかは別問題です。プログ

できました。ただ、将来その教育がど

をみえやすいかたちで作り出すことが

なく、新しい形で存続していく計画で

R3Sはそれで終わってしまうのでは

の予算は今年度末で終わりですが、I

蔭山   文部科学省科学技術振興調整費 ﹁戦略的研究拠点育成﹂プロジェクト

IR3Sの将来像についてはどの ― ような見通しをもっているのですか。

ます。各大学に教育プログラムが立ち

に大変です。

えなければならないことが多くて非常

て発信する側になれます。つまり、わ

ようなことをいまもいわれています。

す。一 般 社 団 法 人 サ ス テ イ ナ ビ リ テ

れわれが苦労してきたのは、産みの苦

43


かです。アカデミックスタッフがキャ

スポットが当たってきつつあるのは確

話もありますから、このような仕事に

ようなところに予算を付けようという

の支援をするアカデミックスタッフの

ドクの人たちを雇って、先生方の活動

的な職業がいずれ生まれてくるでしょ

ましたように、この分野における専門

てやる状況でした。手塚さんがいわれ

上須   阪大では、イベント活動がある と企画からロジから若手が中心になっ

うになりました。

んたちも責任をもって担当していくよ

思います。それと同時に、サステイナ

シンポジウムなどの回数は多かったと

動をさかんにすべき意味があり、公開

をもっていますから、アウトリーチ活

たちに認知していただいて、一緒にな

は研究者だけでなく、企業や一般の人

小野   東大の気候システム研究センタ ーに住教授がいらしたころにも国際シ

いう動きがあります。

職員に国際的な活動を経験させようと

は必ずしもいえませんけれども、若手

グループの活動が認められたからだと

⋮⋮。一方で、職員の方でも、うちの

どうかわからないところがありますが

から先行きが不安になることもありま

たくさんあるのですが、キャリアの面

価されません。もちろん学べることも

育でさえも、いまの日本の大学では評

ます。イベント活動だけでなくて、教

いので、事務作業が続くとつらく感じ

た分野の専門職としてきたわけではな

また、若手研究者としては、そういっ

アパスにつながるわけではありません。

うが、やはりいまは過渡期で、キャリ

田村   経済学なら経済学のなかで、気 象学なら気象学のなかで、というよう

か。

はないかと思いますが、どうでしょう

点でも、悩ましいところがあったので

どのようなメリットがあるのかという

ては、自分の研究にどうつながるのか、

ことがあって、研究者の皆さん方とし

テーマにも関わらざるをえないという

ために、自分に直接関係のない分野の

ビリティ学はあらゆる分野を包括する

って進めていかなければいけない性質

リアパスとして先につながっていくか

ンポジウムがありましたが、呼ぶ人も

す。

ンセプトがはっきりしていないという

ンポジウムを開くにしても、まず、コ

行うのとはだいぶ違います。例えばシ

に既存の学問分野の枠組で研究活動を

アウトラインも住教授が全部決めて、

手塚   サステイナビリティのとりくみ

産みの苦しみの 次にくるものは?

ロジは事務職がやって、若手研究者が 関わるということはなかったです。I のアウトラインは武内教授と住教授が

R3Sでは最初のころはシンポジウム 中心に決めておられ、途中から助教さ

42


野の方とも知り合いになれましたので、

になりました。他大学のいろいろな分

ュニケーションの仕方を学ぶいい経験

いろいろな人との関わりがあり、コミ

作業しなければいけませんし、本当に

ませんし、教務など事務の方と一緒に

も文系・理系が一緒にやらないといけ

まないことばかりでした。研究の面で

上須   ゼロから始めることが多く、そ れもいろいろな人の協力を得ないと進

と思っています。

れぞれが持ち続けていくのではないか

す。しかし、ここで学んだものは、そ

ってしまうのはもったいないと思いま

ますので、これでプロジェクトが終わ

ます。いま良い雰囲気で動いてきてい

融和とガバナンスが構築できたと思い

ッフの連携で、その輪が広がり組織の

た先生方と、それに賛同した事務スタ

早くからそのことの大切さに気が付い

マでした。SGPでは辻宣行先生など

った連携は続くはずです。文理融合、

態は変わるでしょうが、IR3Sで培

田村   先のことをいうと、ICASは 来年度以降も続きます。他の大学も形

学べたのはすごく大きな成果です。

かで、対話ができていくということを

通の目標に向かって何かをしていくな

すから難しいことではありますが、共

理解し合うのは、分野も職柄も違いま

に関して、いろいろな人と対話をして

なプラスです。言葉の違いということ

できていくのではないかと思い、大き

殻に閉じこもらない研究がこれからも

いう視点を若いうちにもてて、専門の

ことでした。サステイナビリティ学と

トでなければ絶対に経験できないよい

と議論ができ、これはこのプロジェク

して文系・理系いろいろな分野の先生

がなかったのですが、今回の研究を通

佐藤   私も研究に関して、今までは自 分の専門分野の人としか交流すること

になると思っています。

で、一般の人々もそうだろうと思い、

ことがあまり理解できずにいましたの

蔭山   話が戻るかもしれませんが、最 初のころはサステイナビリティという

する良い機会になりました。

っしゃっています。まさにそれを実践

解していくことが大切だとさかんにお

で、相手のもっている背景も含めて理

哲司先生が﹁対話の構造﹂という言葉

きたのだと思います。 城大学の伊藤

本質であり、それがだんだんとできて

をもつことがサステイナビリティ学の

す。いろいろな人たちとの緩い連帯感

ろいろな概念を包括的に束ねるもので

そもそもサステイナビリティ学はい

視野が広がるとてもよい経験でした。

する機会を得たことは、私にとって、

っておられて、雑談程度にでもお話し

なかった他分野の著名な方が、隣に座

た。今までであれば絶対にお会いでき

文のなかの融合、理のなかの融合と、

さまざまな次元での連携がなされまし

こういった出会い、経験は自分の財産

45


などで複数の大学間で進めてきた研究

ります。フラッグシッププロジェクト

てきた枠組みを維持していくことにな

SC︶を立ち上げ、IR3Sがつくっ

ィ・サイエンス・コンソーシアム︵S

本人が書かれていて、私みたいな素人

をみますと、たぶん研究された先生ご

りしていますが、発信されていくもの

手塚   私はいまは広報にいて、研究成 果に関するプレスリリースに関わった

かせいただけませんでしょうか。

はこの点はよいと思うことなど、お聞

こちらでイメージしたことが伝わらな

ままでは先生方に通じないことも多く、

こちらの世界で使っている言葉がその

もありました。職員から説明すると、

志決定に至るディスカッションの流れ

一番の違いです。事務方とは異なる意

が引き込まれる面白い文章もあれば、

ーションが大事だと学びました。

解してもらうかを意識したコミュニケ

いこともありました。相手にいかに理

にはとまどいもありましたが、新鮮で

出すつながりも保たれていくでしょう。

が続き、大学院の共通の修了認定証を ただIR3Sとしての予算がいままで

のもあります︵笑︶ 。研究者として第

何が書いてあるのか全くわからないも 一人者であって、同時に、それを社会

工藤   言葉の違いでいうと、文系と理 系というような違いもあります。IR

のようにあるわけではありません。東 をつくっていくということでお金が付

に伝えるという視点ももっていただけ

大の場合は国際的なメタネットワーク きますが、文科省や環境省から何らか

文理融合を口でいうのは簡単ですが、

実際に共同で何かをするときに、初め

3Sでも文理融合が謳われております。

てお互いの言葉の使い方や意味合いの

先生方は、社会に発信していこうとす るスピリッツを強くもっておられると

調整などから始めなければなりません

るといいなと感じていて、IR3Sの

いま改めて思います。それが若い先生

でした。SGPではガバナンスをキャ

の研究費をいただいてくるとか、予算 点で、これまでのようにシンポジウム

方へと受け継がれ、また私のような大

上の工夫が必要になってきます。その 等を頻繁に開く活動は、規模が小さく

学職員も影響されるところがありまし

入ってリアルな研究現場がみられたこ

もう一つよかったのは、IR3Sに

身のガバナンスにも関わる重要なテー

いくか議論を重ねました。自分たち自

ナンスの意味や考え方をどう共有して

ッチフレーズにしておりますが、ガバ

とです。それまでの大学での仕事との

た。

なっていくのかもしれません。

何はともあれ、 よかったことのあれこれ 苦労した話が続きましたので、I ― R3Sにいてよかったこと、IR3S

44


ることがありました。いつも付け焼き

とを通じて﹁伝える﹂ということ考え

究者と事務の間の橋渡し役みたいなこ

工藤   現在、私も北大の学内広報誌の 制作に携わっています。日ごろより研

を支援していけたらと思っています。

ないにしても、IR3Sの今後の発展

れが外に出されていくよう、直接では

研究成果も出て始めていますから、そ

当にうれしい限りです。若い先生方の

いう言葉が社会に浸透してきたのは本

われたように、サステイナビリティと

きたいと思っています。楠林さんがい

わかりやすく伝えていく仕事をしてい

手塚   IR3Sで学んだことを広報で も活かして、大学の活動を外に向けて

関わったことで、自分達の研究や成果、

ないと思います。SGPやIR3Sと

との関わりも伝えていかなければいけ

や地域社会に還元し、現代の社会問題

ではなくて、その研究成果を一般市民

会誌に掲載されて終わり、というだけ

研究者は、学会での報告、論文が学

との重要性を意識しています。

かと思うこともありますが、伝えるこ

キャリアパスとして役に立つのだろう

会を得ました。このよう活動を通じて

その中で学内広報誌の制作に関わる機

ハウを学び、日々の活動に取り入れ、

受講生として参加し、さまざまなノウ

人を育てることが行われていて、私も

専門家と一般市民の間をつなぐ役割の

は大学の職員や院生、社会人も含めて、

を行っている組織があります。そこで

と思っています。

後の仕事や生活に活かしていけたらな

のか、卑近な事柄から考えながら、今

うな問題とどのように付き合っていく

らむことがたくさんあります。そのよ

ステイナビリティの問題には矛盾をは

す。小さな例ですけれども、環境やサ

に抵抗のある方も多いだろうと思いま

な集まりではペットボトルを使うこと

けない現実もあるのですが、そのよう

ミネラルウォーターを買わなければい

学の水道水がきれいかといわれると、

に入れ替えました。実際のところ、大

私たちは少々うろたえ、あわてて急須

のはどうかという意見を頂戴しました。

考えているのにペットボトルを並べる

ころ、パネリストから、環境の問題を

楠林   あるシンポジウムで、講演者用 にペットボトルの水を準備していたと

験になりました。

刃でやってきた部分があり、やはりそ

取り組み活動を広く知らしめるという

思い抱く夢のようなものがあれば、語

れなりのスキルを上げいくことがなけ

蔭山   東大でも似たようなことがあっ て、環境省と一緒にシンポジウムをや

成ユニット︵ CoSTEP ︶という科学の コミュニケーション能力を高める活動

ればいけないと思い勉強し始めました。

ことを学ぶことになり、とてもいい経

っていただけないでしょうか。

北大には科学技術コミュニケーター養

47


りをもてて、東大のなかにいながらに

の方たち、先生方とも事務方とも関わ

Sがすることになっていて、協力機関

小野   この組織に入って一番よかった のは、協力機関の取りまとめをTIG

ありました。

な話ですが、いくつかの楽しいことが

終わっていたかもしれません。個人的

ぶんうわべだけの綺麗なリフォームで

ロジェクトに関わっていなければ、た

然素材にこだわったりと⋮⋮。このプ

マー系の断熱材を使ったり、壁材に天

ェネレーションシステムも入れ、ポリ

ォームをしました。太陽光発電もコジ

ステイナビリティが世の中に広まるこ

人的にも大きなことでした。それでサ

事をさせていただけたということは個

このような旬のテーマに関わってお仕

え方、ものの見方が勉強できました。

その道のトップの先生方から一般の

葉のもとに、本当にいろいろな方に、

楠林   皆さんおっしゃっていたことと 同じで、サステイナビリティという言

せていただきました。

変わったという意味で、すごく勉強さ

なと知りました。内も外もみる視点が

の中の人が動いてこなされているのだ

だいていた仕事は、手順を踏み、組織

ビリティ学連携研究機構という項目を

最後に、IR3Sに加わった経験 ― から、将来こんなことをしてみたいと

この経験を これからも活かしていきたい

方々にまでお会いでき、さまざまな考

して外をみる機会が与えられたことで

とにほんの少しでも貢献できたのだと

サステイナビリティという言葉を広め

立てるようなこともしました。 ﹃不都

す。その反面、東大のことを全然知ら

ようと、ウィキペディアにサステイナ

合な真実﹄の映画が注目を浴びたとき、

すればうれしいことです。

て実感し、当たり前のようにしていた

ような組織があるのかというのを初め

事の窓口を一つにしている先に、どの

が、総務や庶務や財務などの全部の仕

てわかりました。蔭山さんや手塚さん

なかったということもこの組織に入っ

住教授にご相談して、安田講堂で上映 会を行い、大勢の方にみていただくこ と が で き ま し た︵図8︶ 。そ れ と、ち ょうど家のリフォームをするタイミン グだったので、小宮山元機構長に対抗 したわけではないのですが、エコリフ

図 8 『不都合な真実』の上映会.

46


リティ学の理念や方法論を提示して、 して一つみえてきたのは、未来志向型

リティ学と他の分野との大きな違いと

るのか、 ﹃サステナ﹄第

実際にどのように読んでくださってい

号では羽田

第三世代に踏み越えてもらえるような

をもった研究者になっていく夢という

たことで、サステイナビリティの視点

3SやICASに関わらせていただい

は強く感じています。若いうちにIR

ものを身に付けていく必要があること

出たような対話の能力とか、そういう

ら、専門性プラス俯瞰性とか、先ほど

視点だけでは解決できない問題ですか

としているものは、一つの専門分野の

わかっていません。しかし、その対象

佐藤   私は、サステイナビリティ学が 実際にどのような学問なのかまだよく

存在にならなければいけません。

号を出し、サステイナビリティという

﹃サステナ﹄は二〇〇六年七月に第0

ここで﹃サステナ﹄について一言 ― だけお話ししておきたいと思います。

学問を深めていければいいと思います。

を与えるということを共有して、この

問です。専門分野は異なっても、希望

メッセージを発して、希望を与える学

った問題を解決できるのだという強い

すが、サステイナビリティ学はそうい

問題は、得てして暗いものが多いので

環境問題とか、サステイナビリティの

っていく学問のあり方だと思います。

姿を描いて、そこにたどる道筋をつく

というか、何かのビジョン、あるべき

につながると思います。本日はどうも

とが、社会の大きな期待に応えること

Sが発展していき、小さくはここに加

ビリティを合言葉に、大きくはIR3

これまでの経験を活かし、サステイナ

はもっと高いものがあると思います。

ティに関する社会的な関心は潜在的に

らなかったでしょう。サステイナビリ

のような広報誌をつくってもこうはな

他の研究プロジェクトで﹃サステナ﹄

いただけていることが実感されました。

た。非常に幅広い方々に関心をもって

空港と 子市の二箇所を訪ねてみまし

司会=﹃サステナ﹄編集局・ 岸本登志雄

ありがとうございました。

わった一人一人の夢を実現していくこ

か目標をもつことができました。IR

言葉もよく知られていないなかで、思 いがけず大きな反響があり、すぐに増

次の世代が目標にできる学問分野にな っていったらいいと思います。

かったにもかかわらず、たくさんの方

3SやICASが今後成熟していって、

上須   阪大でサステイナビリティ学の 構築という大きなミッションでいろい

に読んでいただくことができました。

刷になりました。ほとんど宣伝をしな

ろな作業をやってきて、サステイナビ

49

14


ばいけないという意識が生まれました。

になってしまった﹂といわれるのでは

った後で、 ﹁あの人がいたからこんな

いつか仕事をやめて、私がいなくな

最初は、従来の専門分野がまず頭にあ

て宣言できることが将来の目標です。

ティ学を研究しています﹂と胸を張っ

研究者としては、 ﹁サステイナビリ

ら相談にのっていただき、いろいろ協

いろいろと経験しつつ、サステイナビ

なく、 ﹁そういえばそんな人もいたわ

って、それにサステイナビリティ学が

社を興そうかと︵笑︶いっていたので

リティについて考えてきたことは、さ

ね﹂ぐらいで、何事もなかったかのよ

少しずつですがサステイナビリティ学

追加されたようなかたちだったのが、

ったときに、環境省の人はリユースの

きほどリフォームのことをいいました

うなインパクトで終えるのが、夢なの

力を得てきました。各大学とも同じよ

けれど、個人的にも活かしていけるも

かもしれません。情報を発信する研究

の方が頭にくるようになってきたかな

うであったのではないかと思います。

のがあると思います。また、東大の職

と思っています。これは世代間の違い

すが、これは夢というほどではありま

員としてこれまで仕事をしたなかでは、

機関のなかにいる一人として、情報を

として考えることもできます。IR3

せん⋮⋮。

IR3Sは事務と先生の距離が近くて、

受け取る一般の社会の人達と同じ意識

Sを提案されてきた各大学のトップの

紙コップをもってこられました。それ

本当に一緒にパートナーとしてやって

うな仕事の関わり方をしていければい

をきちんともって、研究者を支えるよ

をみて、そのようなことも考えなけれ

仕事にも何か活かせるものがあると思

先生方がサステイナビリティ学の第一

世代だとすると、われわれが第二世代

に当たるのでしょう。われわれが教育

格的に学んだ最初の世代となります。

ナビリティ学教育のカリキュラムで本

に携わって、修士や博士を取る学生さ 田村   IR3Sの活動を通して、事務 方の人たちに非常に感謝しています。

サステイナビリティ学を 希望のもてる学問に

いのかなと思っています。

こられました。このことはこれからの います。 小野   夢と聞かれると、私って全くな いのかなあと、いま思っているところ

新しいことをするたびに、どう頼んで

です︵笑︶ 。安田講堂でのイベントに よく手塚さんと冗談で、私たちに頼め

第二世代のわれわれは、サステイナビ

んたちが第三世代で、彼らがサステイ

ば一〇〇〇人集めてみせますとかいっ

いいかもはっきりしない素案の段階か

ついては経験をかなり積みましたので、

て、イベントの仕事を引き受ける別会

48


ので二回分受け取ってもらえませんか﹂と懇

かせておくんなせえ﹂とお代官様、じゃなか

なんねんです。おねげえしますだ、ここで書

﹁でもお代官様、おらもう仕事に行かねば

った日本郵便の社員を伏し拝んだ。社員様は

願したところ、わざわざ本局に問い合わせ、 理してくれた。 ﹁そうですよね。だめな理由

﹁ちっ﹂と心で舌打ちして︵私には聞こえた︶

﹁受け付けてもいいそうです﹂と言って、受 ないですよね。お役所じゃあるまいし﹂との

﹁じゃあ、見逃してやるから早く書きな﹂と ﹁ありがとうごぜえます﹂と最速のスピード

心の中で言った︵私にはたしかに聞こえた︶ 。

ど元まで出かけた言葉をぐっと飲み込み、 ﹁ありがとうごぜえます﹂と書類を出した。 さて、昨年末のことである。正月留守にす

ーに立てておけばいい。社員が奥から取り出

いけないような書類なら、最初からカウンタ

しかし、である。並びなおして書かなきゃ

駆け込みで年賀状を書こうという人も多いの

す書類なのに、もう一度並びなおせ、とは、

で記入して頭をぺこぺこ下げながら提出した。

だ。私は辛抱強く行列に並んで順番を待った。

この社員に人間の心は無い。そんな会社が

の外まで長い行列ができていた。無理も無い。

よ う や く 順 番 が 来 て、 ﹁不 在 届 け を く だ さ

るので、同じ郵便局に行ったところ、郵便局

い﹂と言うと、その社員、奥に引っ込み、書

﹁社会的平等に反するから二階まで郵便物は

行列に並ぶんですか?﹂と聞くと、そのお代

ウンターを指差した。 ﹁えっ。じゃあ、また

カウンターで書いてください﹂と無表情にカ

らもう一度国有化を考えてもいいと思うのだ

としての自覚を植えつけることができるのな

本郵便の全社員の心根を叩きなおして、公僕

があるが、とんでもないことではないか。日

郵便局をもう一度国有化しようという動き

千葉大学助教 (リスクコミュニケーション)

類を持ってきた。やれやれ、と早速その場で

官様、じゃなかった社員、 ﹁そうです﹂と無

運ばない﹂と言うのである。

表情に言う。振り返ると、郵便局の外に終わ

が、いかがだろうか。

51

書こうとすると、 ﹁ここじゃなく、あっちの

りが見えないほど行列が続いている。

戸髙恵美子


郵便 局 様 郵便局が民営化されて二年が過ぎた。かつ

らない気分になってくる。不便だけど、皆さ

きた際に郵便物を自宅のポストに入れてくれ

集合ポストは誰でも覗けるので、引っ越して

私の自宅はマンションの二階だが、一階の

かかるだろうな、と思ったが案の定である。

もサービス精神が社員に行き渡るには時間が

不安なことこの上ない。しかし、郵便局には

一階のポストに郵便物がたまることになり、

れ以後は一週間も不在にすると誰でも覗ける

もらっていたので心配していなかったが、そ

張が多い。それまでは自宅のポストに入れて

さて、私は一人暮らしなのだが、仕事上出

んそうしているのだから、と納得した。

るようにお願いした。ところが、昨年ポスト

便利なシステムがある。不在中の郵便物を保

ての国鉄や電電公社のように、民営化されて

にA4一枚の紙がぺろりと入っていた。郵便

管しておいてもらえる﹁不在届け﹂だ。

ような意味で、この場合私だけを特別扱いす

だ? と調べたら、企業の法令順守、という

のであった。 ﹁コンプライアンス﹂ってなん

るので今後は一階のポストに入れる﹂という

あるだろうか。B5版よりもっと小さな、簡

け付けない﹂というのである。そんなことが

の職員︵社員か︶ 、 ﹁一回につき一回分しか受

分の不在届けを出そうとした。すると郵便局

に代休を取って最寄りの郵便局に行き、二回

昨年、月に二回出張が重なったため、平日

局から、 ﹁これまで郵便物を自宅ポストまで

るのは社会的な平等に反するので、今後は皆

﹁私は出張から戻って、二週間後にまた出

単な書類を一枚出せばいいだけなのに。

入れていたが、企業コンプライアンスに反す

﹁社会的平等に反する﹂などといわれると、

張に出るんです。そう何度も平日に休めない

と同様に扱います、という意味らしかった。 ﹁申し訳ありません﹂と頭を下げなければな

1

連載 エッセイ

50


﹂と叫ぶのである。

れは、やめときましょう! もう一つ下の質

した、という、腰を思いきり振る運動のDV

これまでも女性漫才師がダイエットに成功 Dを、テレビの上手な宣伝に乗せられて、自

の昆布にしましょう それまでの﹁あのー、ほれー﹂という話し方

大丈夫﹂ 、などといいながら購入してしまい、

宅にDVDプレイヤーが無いにもかかわらず

結局教室スタッフ皆一緒に一回やっただけで

とはまったく違う、大きな声であった。あま やっぱり一万円とかするんじゃないのっ?﹂

﹁大学の教室のDVDプレイヤーでやるから

とささやき、心拍数が急増するのを感じなが

︵どんな光景か、想像してほしい︶ホコリを

りの反応に驚いた私はスタッフに﹁ほらっ。

ら﹁あのっ、お、おいくらなんですか?﹂と

高級昆布を購入した。これがこのおじいさん

と言わなくてもいいことまで言って、結局最

定し、 ﹁なんだ、二〇〇〇円でもいいですよ﹂

たったの一七〇〇円? と急速に心拍数が安

と緊張の頂点に達していた私は、なーんだ、

﹁一万五千円です﹂と言われるのではないか、

てます﹂と付け加えることも忘れなかった。

うでしょう﹂と言ったのである。 ﹁お安くし

ながらまた沈黙しばし。 ﹁一七〇〇円ではど

でまた長生きしてしまうのではないかと思う

んだりして脳を鍛えているのだが、結局これ

だまされてはならじ、としゃかりきに本を読

ることになるのでは、と思うと恐ろしくなる。

単にだまされて身ぐるみはがされて長生きす

のである。ネット社会にもついていけず、簡

いですか﹂などと苦笑混じりに言われている

ろが無い。九〇歳くらいまで生きるんじゃな

髙さん、長生きしますよー。どこも悪いとこ

液検査の結果を診た医者からは﹁いやあ、戸

にぽっくり死にたいと思っているのだが、血

六〇歳くらいで周りに面倒をかけないうち

かぶっている。

店主の長年培った技なのか。すっかり安心し

53

すると店主は﹁そうですねえ﹂とうつむき

た私は、ほかにもあれこれと購入し、結局大

とどうしてよいやら、である。

千葉大学助教 (リスクコミュニケーション)

財布を握りしめながら聞いた。

きな買い物をしてしまった。

戸髙恵美子


珍しいし、何より大阪らしくて興味を引かれ、

った昆布屋さんがあった。昆布専門店なんて

くの商店街をぶらぶらしていると、時代がか

先日、大阪で学会があり、昼休みに会場近

トル以上もある昆布をずるずると引き上げた。

大きな袋の中に立てて詰め込んである一メー

すねえ⋮⋮﹂といいながら、陳列棚の後ろの

店主はなぜか躊躇する様子を見せ、 ﹁そうで

布はおいくらですか﹂と聞いた。ところが、

年を取るのが怖いわけ

木の引き戸をガラガラと開けて﹁ごめんくだ

すると、昆布の品質による食べ方の違いなど

いるさまざまな昆布製品について尋ねてみた。

しかし愛想よくあらわれた。私は陳列されて

すると、奥から高齢の店主がよろよろと、

行していた教室スタッフに﹁一枚一万円、と

の昆布﹂の値段がいくらなのか気になり、同

に乗せようとした。そのとき、ふと﹁最高級

がら見ていると、店主は引き出した昆布を

て保管しておくものなのか、と珍しく思いな

ほお、昆布って、こんな風にまっすぐ立て

を、昆布を比べて見せながら話してくれた。

か し な い よ ね?﹂と 耳 打 ち す る と、彼 女 が

さい﹂ 、と声をかけた。

ただ、高齢のせいか一語一語思い出すように

﹁まさか。せいぜい二、三千円ですよ﹂と首を

を見ながら﹁おいくらでしょう?﹂と聞いた。

﹁あのーあれが⋮⋮︵沈黙︶ 、ほれー、あれな

すると、 に昆布を乗せたとたんに、店主

の不安があり、店主が昆布を に乗せる手元

大阪でも有名な老舗昆布屋さんからのれん

が﹁ああっ! こっこれは!﹂と叫ぶと、さ

振ったのでほっとしたものの、やっぱり一抹

分けしてもらって二代目という店主に話を聞

ので﹂といった具合に話すのでシンプルなこ

くうち、せっかくだから高級な昆布を実家に

っと昆布を から降ろした。さらに﹁こ、こ

とを言うにも時間がかかるのが難点であった。

お土産にしよう、と思い立ち、 ﹁最高級の昆

2

連載 エッセイ

52


義、応に是の如く学すべし。⋮⋮﹂とありま

れています。空海の思想には、ほかにも、人

も世界も仏を本体としているとの見方が示さ

性のことなのです。ですからここにも、自己

間も環境も仏を体としているという思想が見

す。簡単にいえば、世界はすべて仏を本体と また、即身成仏ということについて説明す

られますが、こうした見方は、人間と環境と

しているというのです。 る﹃即身成仏義﹄にも、 ﹁是の如くの六大は

の共生を開くものとなるでしょう。

法身に達し、下、六道に及ぶまで、粗細 隔

世間を以て所生と為す。この所生の法は上、

文は皆な六大を以て能生と為し、四法身・三

六大無碍にして常に瑜伽なり

られています︵頌とは詩のことです︶ 。

次のような﹁即身成仏頌﹂というものが収め

が、 ﹃即身成仏義﹄にはその意旨をまとめた

次に、②自己と他者との共生についてです

能く一切の仏、及び一切衆生、器界等の、四

有り、大小差有りと雖も、然れども猶六大を

四種曼荼 各 離れず

種法身と三種世間とを造す﹂ ﹁此の如きの経

出でず、故に仏、六大を説いて法界体性と為

重重帝網なるを即身と名づく 法然に 般若を具足して

三密加持すれば速疾に顕わる

心数心王刹塵に過ぎたり

したもう。諸の顕教の中には四大等を以て非 の三摩耶身とす。四大等心大を離れず、心色

各五智無際智を具す

情とす、密教にはすなわちこれを説いて如来 異なりと雖も、その性即ち同なり。色即ち心、

円鏡力の故に実覚智なり この中、 ﹁三密加持速疾顕﹂とは、大日如

智、智即ち理、理即ち智、無礙自在なり﹂等 とあります。ここにいう六大︵地・水・火・

び、口に真言を唱え、心に三昧に住するとき、

来の三密の働きによって、我々が身に印を結

東洋大学教授 (仏教学)

心即ち色、無障無礙なり。智即ち境、境即ち

風・空・識︶と は、実 は 本 不 生・出 過 語 言

大日如来と同化せしめられ、即身成仏するこ

55

道・諸過得解脱・遠離於因縁・空等虚空・覚 といったもののことなのであり、要は仏の体

竹村牧男


自己と曼荼羅とサステイナビリティ

仏教では絶えず個々の人間︵身・心の個体︶

①自己︵人間︶と自然との共生に関して、

えているのですが、特に最近は、空海の思想

地域紛争など、社会の問題も含むものです。

と環境とは切り離せないという立場に立って

地球のサステイナビリティ問題は、自然環

環境倫理学の一つの重要な主題は、世代間倫

います。それゆえ、自己とは、身・心のみで

に、深く関心を抱くようになっています。

理はいかに成り立つかであると言われますが、

はなく、環境もまた自己であるということに

境の問題だけでなく、南北格差や貧困の問題、

の問題です。つまり、現世代の人々と未来世

この問題は、現世代と未来世代の人々の関係

さらに空海の密教には、人間世界の環境世

ならざるをえません。

根本は、現世代︵同時代︶においてあらゆる

い ま す。一 例 に、い わ ばオメ ガ に相当 す る

界も仏を本体としているとの思想が示されて

代の人々との共生の問題といえますが、その 人々の共生はいかに成り立つのかの問題にほ

書には、 ﹁常遍の本仏は、損せず虧せず。汙

﹁吽﹂の字の意味を明かす﹃吽字義﹄という

かならないことでしょう。この観点からすれ ば、環境問題とは他者問題であるといえそう です。

し、心内即ち境なり。草木に仏無くんば、波 に則ち湿なけん。彼れに有って此れに無くん

字の実義は、汝等応に知るべし。水外に波無

ば、権に非ずして誰ぞ。⋮⋮三諦円渉にして

とすれば、サステイナビリティの問題の所 よび②自己と他者との共生とが、どのように

十世無礙なり。三種世間は、皆なこれ仏体な

在は、①自己︵人間︶と自然との共生と、お

して捉えることができるでしょう。そのこと

り。四種曼荼は、即ち是れ真仏なり。汙の実

考えられ、実現すべきなのか、にあると整理 を私の場合、種々の仏教思想を参考にして考

連載 エッセイ

54


数量を鉦悟す。いわゆる胎蔵海会の曼荼羅と、

じて自心の源底を覚知し、実のごとく自身の

ます。 ﹁秘密荘厳心とは、すなわちこれ究竟

第十住心の説明の冒頭には、次のようにあり

さらに、 ﹃秘密曼荼羅十住心論﹄における

世界が開けそうです。

きでしょう。ここに、人間と人間との共生の

する自己として実現することなのだというべ

らゆる他者をも自己とし、一切の他者と協働

い自己︵即大日如来︶になるのみでなく、あ

意の三方面で優れた活動をなすかけがえのな

刹塵も にあらず、海滴も何ぞ比せん。 ﹂こ

かくのごとくの四種曼荼羅、その数無量なり。

っぱ、摩訶と三昧耶と達磨と羯磨とこれなり。

おのに四種曼荼羅・四智印等あり。四種とい

り方、むしろその環境も適正化されるあり方

とは、他者が置かれている環境を損ねないあ

になります。そこで他者を尊重するというこ

かれて生きている他者と協働するということ

おかれて生きている自己が、同じく環境にお

以上の①・②を合わせて考えれば、環境に

金剛界会の曼荼羅と、金剛頂十八会の曼荼羅

うして、結局、自心の究極は諸仏諸尊等の曼

とになるはずです。ここにおいてはじめて、

こそを尊重し実現することの中で、というこ

とこれなり。かくのごとくの曼荼羅に、おの

荼羅︵輪円具足︶であるとの主張が示されて

自他が生き生きと自己実現していくことが可

いるわけです。かの金剛界・胎蔵界の曼荼羅 絵図は、自己の外の世界の様子を描いたもの

能となるのではないでしょうか。

環境︶への配慮も、当然のこととして、欠か

代︶の見知らぬ他己︵すなわち他の身・心と

こ の と き、同 時 代 お よ び 異 時 代︵未 来 世

なのではなく、自己の心中の世界、あるいは むしろ自己そのものの本来の姿を描いたもの ここに至って密教の覚りとは、自己が単に

人間と人間の、同時的・異時的共生が、十全

せないものとなります。そこに、人間と自然、

だったのです。 自己を超えるような、相対に対する絶対者の

に展望されることになると思うのです。

ような大日如来と一つとなるということなの ではなく、自己が今・ここにおいて身・語・

57


す。仏日の影、衆生の心水に現ずるを加と曰

﹁加持とは、如来の大悲と衆生の信心とを表

とを明かすものです。空海はここに対し、

の覚りの智慧を有していることを謳い上げて

ますが、それは、本来、我々の自己は、無限

頌の後半の部分については、もはや省略し

いるものです。 ま た、空 海 の 十 住 心 思 想 を 説 く﹃秘 蔵 宝

い、行者の心水、能く仏日を感ずるを持と名 づく。行者若し能く此の理趣を観念すれば、

秘密荘厳心の世界を説明する箇所に、一つの

鑰﹄によれば、密教そのものの住心︵覚り︶ 、 詩が置かれており、その中に﹁刹塵の渤駄は

身を顕現し証得す。故に速疾顕と名づく﹂と 説明しています。そのように、如来はどこま

わが心の仏なり   海滴の金 はまたわが身な り﹂という句を見ることができます。国土を

三密相応するが故に、現身に速疾に本有の三

そして﹁重重帝網名即身﹂とある中、重重

でも大悲によって語られています。

塵にすりつぶしたその数ほどの莫大な数の仏

でなく、あらゆる他者が自己であるというの

帝網とは、帝釈天の宮殿にかかる飾りの網の

です。もちろん、自己のいのちには無限の性

陀もわが心の仏であり、海の水のしずくの数

様子によって、重重無尽の縁起のあり方を語

能が具足され発揮されており、あらゆる他者

ことで、その網の目の一つ一つには宝石がく

るものですが、それが﹁即身﹂であるという

もまた同様です。そういう他者の一切も含め

す。無数の諸仏・諸尊は、自己の身・心と別

のです。とすれば、あらゆる存在と重重無尽

ほど莫大な数の諸尊も自分自身だというので

の関係にある自己が、即身成仏の中で自覚さ

て自己であることが、密教の覚りにおいては

重無尽に映りあう姿がそこに現前する。その

れるということになるでしょう。今のあらゆ

を即身と名づく﹂とあったのと、同じ事を述

証されるというのです。あの﹁重重帝網なる

くりつけられており、互に映しあうとき、重

る存在を他者と見れば、一切の他者との重重

べているでしょう。

無尽の関係︵人人無礙︶の中にある自己の自 覚ということになります。

連載 エッセイ

56


ーの強い連帯力は、こんなところから生まれ

出しているようにさえ見える。彼らファミリ

のテーブルのファミリーに負けまいと大声を

事をとれない。各テーブルの中国人たちは他

うなずき合う。ここでは、日本人は独りで食

のが難しいなどと話合いながら食べる。カナ

格闘する。どこまで食べたとか、ここを開く

が格闘しながら食べる。家族や友人も同列で

美味いから頑張ってしまう。まさに一人一人

匹丸ごと一人で食べるのは結構骨がおれる。

焼くと一匹食べるのに四〇分はかかる。終わ

あるいは友人が一緒だと楽しく食事ができる。

ことごとく不味かった。しかしながら、家族

たことはないが、入ったレストランの料理は

生じるためだ。そんな素朴な感動を家族や友

物に対する憧れは皆同じで、食べると共感が

に食事をとると、思い出がまた増える。食べ

かしいね﹂と会話を交わすだけでなく、一緒

る旅は楽しい。久しぶりに会った友人と﹁懐

京都大学生存基盤科学研究ユニット研究フェロー(生存圏研究所准教授) (樹木分子生物学)

ダ産のものは身が締まっているので、炭火で

フランス料理が最高だとは思わないが、や

った後は皆疲れ果てて黙ってしまう。沈黙の

食材は良いものを使っているだけに、何でこ

人と普段の食事の中でも共有していきたい。

林 隆久

るのかも知れない。 はりパリに行くと食べ物は美味しい。レスト

連帯感が生まれる。

んなに不味く料理できるのかと驚き合うのだ。

家庭では、毎食同じ料理が続くと、私は妻に

家族や友人と一緒に未知のレストランを巡

ランを探して皆で食べる楽しみは格別である。

美味しい食べ物を共感できる喜び、不味い食

愚痴を言う。妻は早く帰宅して皆と一緒に食

英国はノーウィッチとリバプールにしか行っ

ロブスターの炭火焼きについては述べない

事をとれと言う。そんな現実の中で、ヒトの

べ物を共感できる連帯、それぞれに楽しい。 といけない。カナダのケベック州には専門店

幸せは、食べることを通じて最期まで一緒に 楽しく食事をとることのできるヒトがいるか どうかで決まる、そんな気がする。

59

が多い。ボイルせずに生きたまま炭火で焼く と、日本人好みの味になる。必ず “charcoal で注文する。大きいロブスターを一 baked” ﹃サステナ﹄ 号 14


ンツのために高いモチベーションが働く。美

ることについては、このようなニーズとウォ

しいものを食べたいという欲求がある。食べ

ヒトは食べないと生きていけないし、美味

に入れる。そうして地域の生活や暮らしに溶

きは、現地の作法に従って素手で食べ物を口

らは、インドネシア人と一緒に食事をとると

学の研究を行う。文理融合の活動である。彼

研究所のメンバーは地域研究と称して社会科

然科学の研究を行うのに対して、東南アジア

飲み、そしてホッとして食事をとることがで

ん我慢して断食し、日が沈むとやっとお茶を

にもかかわらず、水さえも飲めない。さんざ

う。朝起きて日が沈むまで、熱帯地域は暑い

で分け合って食べる。中国人は話し声が大き

ばれてくる料理を見て欲しいものを取り、皆

と意志統一をして店に入る。席に着くと、運

べる。異質な雰囲気の中で、皆で﹁行くぞ﹂

れも現地の中国人が行く店に入って飲茶を食

米国に行くと、昼食は中国人街の中で、そ

58

連載エッセイ より

味いものが食べられると聞くと、たいていの

け込む。それだけではない。 ﹁スプーン要る

食べる幸せ

の本能の中で最も強力なものだろう。

の?﹂と、暗に私にも素手で食べることを勧

ヒトはそのことで夢中になる。食欲は、ヒト イスラム教で毎年行う断食︵ラマダン︶は、

きる。 ﹁今日一日よく我慢したなあ﹂と言い

めるのだ。

ながら、家族で夕食を囲む感慨は想像以上だ

いので、各テーブルから騒々しい声がワーワ

実質的には家族の絆を深めるためのものだろ

ろう。家族だけでなく、イスラム教徒同士の

日本人同士の会話は聞き取れないので、黙っ

ー入ってくる。工事現場に近い騒音である。

グローバルCOE活動のおかげでインドネ

て食べるだけとなる。時々満足した笑顔で、

連帯感も強くなる。うまいやり方だ。 シアで食事をする機会が多くなった。私が自

1

連載 エッセイ


しない。 もともとマレー人は外食の習慣がなかった

かったときの飲茶は美味かった。飲茶は、取

て男性よりも女性が働き者だ。洗う食器の数

ロンビアは海のそばなので、シーフードレス

火焼きを探した。西海岸のブリティッシュコ

久しぶりのカナダなので、ロブスターの炭

り残された古いチャイナになりつつある。

を少なくする、見た目よりも味、手を付けて

影響が強く、何を食べても美味いが、西部は

トランが多い。ただし、カナダ東部は仏国の

るか確認した。残念ながら、テーブルに運ば

店の入り口で交渉し、生きたまま炭火で焼け

京都大学生存基盤科学研究ユニット研究フェロー(生存圏研究所准教授) (樹木分子生物学)

ために、レストランが発達しなかった。加え

いない料理の使い回しも当然だ。日本の場合、

英国の影響を受けており、概して料理の味は

家族の残飯を集めて帰宅の遅い夫に一皿作る。 料理屋でも、調理場で食べ残しを使い回す。

落ちる。やっと探したのが、ウッドベイクド

米国西海岸オレゴン州のポートランドを回

れてきたロブスターの殻を押すとグシュッと

ロブスター。焼くといっても、スチームした

って、バンクーバーに来た。それぞれの町で、

へこんだ。炭で焼くとパリッと割れるのに、

海外出張すると急に美味しいものを思い出

インドネシアでは隠れてやらない。

昼食は飲茶を試してみた。ともに、中華街で

と愚痴をこぼしながら食べる。しかしながら、

後に、薪で焼いて焦げ目をつけた程度。気が

は飲茶レストランの存在が薄い。歩いている

私も半端じゃない。生きたロブスターを後日、

し、食べたくなる。美味しい料理を追い求め

中国人に、うまい飲茶︵ジムサン︶の店を教

治まらなかった私は、更に専門店を探した。

えてくれと尋ねても、反応が鈍い。若い世代

日本に送ってもらうことにした。一家団らん

ながら、それが叶わない時は虚しい。

の子たちは、ほとんど行かないようだ。飲茶

でロブスターを囲む夢を見る。 あと二週間で二〇一〇年冬季オリンピック

の店も少なくなった。どこも客の入りは悪い。

を迎えるバンクーバーを後に帰国した。

61

中国人以外の客が観光で立ち寄るくらい。工 事現場かと思うほど中国人の話し声が騒がし

林 隆久


食べる楽しみ 美味しいはずの料理を不味く感じるときは、

人には向かない生き方かもしれない。しかし、

いい。私の場合は、毎晩飲むビールで体調を

く食べることを抑制しているように見える。

スペインに勝った英国では、料理を美味し

私はこんな生き方に秘かに憧れる。

診断する。美味いと感じるときは、料理も美

ヒトが健康に長生きできるためにつつましく

必ず身体が赤信号を発していると考えた方が

味い。明日は仕事がはかどるとホクソ笑む。 スペインは、かつて地球の半分を支配した

える。美味さを追求しないことにより、過食

ることを習慣とし、出来るだけ肉の消費も抑

食べる。グツグツ煮た豆からタンパク質を摂

国である。英国に戦争で負けてからは、生き

を抑える。賢い生き方だ。

﹁あしたのもと﹂である。

方を一八〇度転換したと言われている。食べ

京都のレストランは、少し割高で料理の量

インドネシアに行くと、家事を仕切る妻の

が少ない。これも健康で長生きできるための

力がレストランの作法に残っている。どこの

て飲んで人生をエンジョイする。昼食は二∼

ごしながら、夜を明かしてワイワイ話して過

レストランでも客には皿は一つだけ。目の前

三時間かけてゆっくり食べる。むろんワイン

ごす。バル手作りの美味いツマミもある。食

のテーブルには、ご飯と様々なおかずが並べ

生活の知恵、英国風である。味や量の代わり

べる量は半端じゃない。女房を連れて行った

られる。客はそれを取って必要なだけ食べる。

も飲む。夕食は遅く、レストランも午後九時

時は、三日目にスペイン人と一緒に行動する

に、盛り付け方法や、器に凝って楽しむ。

ことを拒否された。食べ過ぎたので、ホテル

味はいいのだが、見た目が良くないので過食

くらいから開店する。その後は、バルをはし

で休んでいたいと言う。そんなわけで、日本

2

連載 エッセイ

60


代文明化こそが﹁人類﹂という概念を可能に

ためには近代文明化の見直しが必要だが、近

いことである。サステイナビリティの実現の

そして、第7号では、この﹁おごり﹂とい

あるということを述べた。 う言い方への予想される反論に対して再反論

第8号では、この問いへの答えとして﹁人

し、 ﹁地球﹂を一つの世界ととらえることを

間が生き延びること﹂を挙げた。何のサステ

してみた。つまり、我々は開発途上国の人々 はないが、自分たちの価値観、つまり大量生

可能にしたものだからである。

産・大量消費・大量廃棄につながる近代文明

イナビリティをめざすにしても、人間が生き

の価値観、思いが十分にわかっているわけで

化への反省意識をもっている。だからこそ、

ていなければ

意味でかけがえのない価値である。我々がど

する主体も対象も存在 sustain しないからである。 ﹁人間の生存﹂は二重の

人類と環境のサステイナビリティのために、 近代文明化以前の社会の、自然との共存を可

のような社会を築き、どのような生き方をす

近代文明化が浸透していない地域、あるいは 能にしていた知恵を見直そうとしているのだ、

的であると同時に、我々がどのような社会を

るにせよ、それによって目指される究極の目 築き、どのような生き方をするにせよ、それ

再反論とは以下である。しかし、そう考え

という反論に対してである。 る な ら、重 要 な 問 い が あ る。そ れ は、一 体

の魅力を挙げた。それは、今、行われている

第8号では、さらにサステイナビリティの別 0

0

0

0

0

活動の魅力である。商工会青年部の地域起こ

0

しも、企業による商品の新しい流通も、児童

0

を可能にするもっとも基礎的な条件である。

我々は何を sustain しようとしているのか、 あるいは、我々は何のサステイナビリティを いに答えようとすると見えてくるのは、我々

たちの環境学習も、その活動を行うこと自体

城大学教授 (哲学・倫理学)

めざしているのかという問いである。この問

明ではなく、 ﹁人類﹂ 、 ﹁地球社会﹂というよ

が喜びに満ちている。何かよいことをしなけ

63

が何のサステイナビリティをめざすのかは自 うなものを無条件に想定するわけにはいかな

木村 競


人間の生き方として﹁正しい﹂ 、 ﹁善い﹂生活

贅沢なのはあなたがそこにいること ﹃サステナ﹄第4号の﹁贅沢は素敵だ﹂か

であるようなニュアンスを持つことへの若干

ことなので﹁総集﹂してみたい。せめて﹁風

は言えないにしても、これまでの生活を﹁贅

資源やエネルギーをムダにしてこなかったと

そこで第5号で次のように述べた。我々が

の違和感である。

号の﹁あなたがそばにいてくれるな

ら第

が吹けば桶屋が かる﹂ぐらいにはつながっ

生活というようなことが語られる時、それが

つの理由がある。それは、サステイナブルな

いかという思いからだった。これにはもう一

うことになってしまうのはおかしいのではな

くとも﹁贅沢﹂をすることはやめよう、とい

と、何となく欲望・欲求を抑えること、少な

からないのに、サステイナブルな生活という

に転換すればよいのか、今のところはよくわ

る必要があるのはわかる。しかし、どのよう

個人や社会集団の欲望・欲求のあり方を変え

第4号では﹁贅沢は素敵だ﹂と宣言した。

価値観や思いへの無知と、ある種のおごりが

このような考え方には、開発途上国の人々の

という反論が当然ある。そこで、第6号で、

の我々の生活態度を改める必要があるのでは

前半については、まずは大量生産、大量消費

半の結論は大方賛成していただけるだろうが、

法を探るという道ではないだろうか、と。後

に障らない、より少ないムダで幸せになる方

あえず歩むべきなのは、サステイナビリティ

訴えるのは、何か話が違うように思う。とり

ブルな生活への﹁改心﹂あるいは﹁回心﹂を

沢﹂ 、 ﹁おごった﹂生活ととらえてサステイナ

ていればいいのだが。

ら﹂までエッセイを連載した。総集編という

14

連載 エッセイ

62


ある。第 号でのこの議論を受けて、第 号

あらたなイメージが提供されるということで

当てはまるような生のあり方全体についての

の存在である。別の生を歩む。まして先進国

ない。そして、一人一人の人間はそれぞれ別

遠のサステイナビリティを求めることはでき

ではターミナルケアで重視される患者のそば

った誰某では期待できる生の長ささえも異な

に生まれ育った誰某と開発途上国に生まれ育

いる場合である。このケアの﹁効果﹂は、そ

ってもよい︶が、互いに二人称的に存在して

つとすれば、その関係にある二人︵以上であ

とが、先進国の人・開発途上国の人といった

に﹁いる﹂だけで生が共有される。そんなこ

交差するあなたと私の生。その今、ただそば

ィであろう。各々に異なった来歴を経て、今、

一つの答えは生の共有のサステイナビリテ

る。しかし、それでもなお、サステイナビリ

ばに﹁いられる﹂側だけでなく、そばに﹁い

区別なく生じうる社会を築いていくこと、そ

ティを追求するとはどういうことか。何のサ

る﹂側にも生じる。このような時、逝くこと

﹁いる﹂ケア、すなわち、ただ間近に存在

が見えている﹁死への生﹂にある人とずっと

れこそがサステイナビリティを追求するとい

求において見出せないかと考えた。

続く﹁生への生﹂を歩もうとする人との間に、

うことであり、そのためには何をすることが

ステイナビリティを追求するのか。

現在における生の共有が起きることがある。

ろう。

必要かを探るのがサステイナビリティ学であ こう考えてくると、サステイナビリティ学

この現在における共有された生においては り、この区別がなくなっている限りで生の共

可能にする何よりも素敵な贅沢なのである。

と、このことこそ、サステイナビリティ学が

に興味をもったあなたが、今、そこにいるこ

ら、私はいつまでも生きている。

有が持続する。あなたがそばにいてくれるな

﹁死への生﹂と﹁生への生﹂の区別はなくな

しているという﹁関係﹂性が重要な意味を持

に﹁いる﹂ケアを、サステイナビリティの追

14

人間、誰もがいつかは死ぬ。人間の生に永

65

13


やってみたいという思いが引き出される。こ

ればという脅迫性も強迫性もないのに、私も

サステイナブル﹂であることが必要なのだと。

仲間﹂であるためには﹁仲間とのつながりが

﹁サステイナビリティにつながる活動をする

では、 ﹁仲間とのつながりがサステイナブ

の活動の魅力を﹁生きる喜び﹂と呼んだ。 第9号では、この﹁生きる喜び﹂の重要な

がりの力は時として事態を固定化し、動きを

人と人のつながりの力である。しかし、つな

ある。社会のあり方を決め、変えていくのは

組織の枠を越えて広がっていくということで

つながりが編み直され、新たに生み出され、

のある活動においては、活動の中で人と人の

の 一 つ の 例 で あ り、 ﹁サ ス テ イ ナ ブ ル な 活

ルであるように少しずつ変わっていく﹂こと

話﹂と呼ぶに値する。それは﹁サステイナブ

の つ な が り を 一 定 の 間、継続 し てこそ﹁対

をかみ合わせようとすることで成り立ち、こ

見の違いがあるところで始まる。それでも話

号では﹁対話﹂をとりあげた。 ﹁対話﹂は意

ル﹂であることはどうしたら可能か? 第

とれなくする。どのようにして動的なつなが

動﹂を進めていくのに欠かせない。第 号で

ポイントを指摘した。それは、 ﹁生きる喜び﹂

りを作り出すか、単なる改善を越えた転換を

11

は、サステイナビリティを進めるためにぜひ

生み出すつながりの力をどう活かしていくか

ならぬDCAPサイクルと捉えてみた。

つ変わっていく﹂ことを、PDCAサイクル

はこの﹁サステイナブルであるように少しず

いて、さらに考えた。共に親密な世界を作り

にしている。ターミナルケアの場面でも、時

わっていく﹂ということは時間の流れを前提

﹁サステイナブルであるように少しずつ変

上げている仲間たちとの生活が変わる、そこ

間の流れの中で﹁生への生﹂と﹁死への生﹂ を良くしようとすることで﹁生への生﹂にも

を区別する。しかし重要なのは、 ﹁死への生﹂

リティにつながる活動を続けていく。つまり、

喜び、実感があるとき、我々はサステイナビ

そこで、第 号では人と人のつながりにつ

とも考え続ける必要があることなのである。

12

での人と人のつながりが編み直されるという

10

連載 エッセイ

64


れのヴィルヘルム・ハンマースホイ ︵一八六四∼

コペンハーゲン国立美術館で、デンマーク生ま

が働いているに違いありません。

彩となった南フランスの青く爽やかな空や風に溶

ます。セザンヌは晩年は輪郭を失い、青や緑の色

一九六一︶の絵を見ましたが、近くで見ると、キ

の主役は松のまわりの朦朧と霞む余白であると見

けこんでゆきますが、等伯の﹁松林図屛風﹂とは

ャンバス地も見えるくらいに薄く描いていて油絵

うわけではないですけれど全体が透けていて、西

まるで異なり、それは結局セザンヌの絵は、絵の

欧の空間の把握や光のとらえ方とまるで違う感じ

とは全く異なり、離れるにつれて、すうーっと絵

いきとした余白に、日本と西欧の考え方の違いが

で、日本の空間の把握とも違って、とても不思議

が浮いてくる感じがとても不思議です。空白とい

横たわっているといいます。余白︵霞︶を描くた

す。 ﹁松林図屛風﹂で等伯が描いた松の間のいき

めに松を描くということは、光をいかに正確に捉

で惹きつけられます。ついでにぶらりと数枚ある

具で塗りこめられて余白がないためだと見抜きま

えてそれを絵画に具象化することに全精力を注ぐ

レンブラントを見ました。そのうち、 “A Yang

Women Resting her Hand on the Picture

西欧とはまるで異なり、日本では内面の空間︵脳 という内観法が発達しているといえるでしょう。

︵一六四一年︶にも吸い込まれました。目 Frame” が生き生きしていて、思わず近づいてみると、油

北海道大学大学院教授 (根圏環境制御学/植物栄養学)

内︶に具象を浮かべ、空間そのものをつかみとる 空間と具象の関係が﹁間﹂ということになります。

絵なので、目の周りが複雑な筆先で立体的に描か

けたような細かな筆跡で、西欧が追求してきたあ

長谷川櫂はさらに、中国の書にあるまっすぐな水

らゆる角度から射す光をあらゆる角度から受け入

れていて、離れるにしたがって、すっと目に収斂

暑い日本ではまっすぐな線は息苦しいからと解釈

れて、まるで目が刻々と変わっていき、まるで生

していく感じがします。細かなモザイクを貼り付

し て い ま す が、こ れ も お そ ら く 日 本 人 独 特 の

ずされてしまうと指摘しています。これを、蒸し

﹁間﹂の把握があって、白い空間を引き立たせる

きているような描き方です。西欧の油絵とは究極

67

平軸と垂直軸を、遣唐使廃止後の日本の書ではは

ために、そこに字を浮かべるという﹁間﹂の美学

大崎 満


芭蕉の一句

を初めて開き、 ﹁や﹂の一字が﹁異質の共存﹂を

さらに芭蕉の﹃奥の細道﹄は、現実のただ中に

可能にするという指摘は目から鱗が落ちました。

こむ音を聞いて、心の中に古池の面影が広がっ

異なった次元を結びつけており、 ﹁蛙が水に飛び

﹁や﹂は、 ﹁古池﹂と﹁蛙飛こむ水のおと﹂の全く

﹁や﹂が極めて重要な役割を果たしているのです。

位置づけた意味が全く分かりません。切れ字の

当たり前の解釈では、芭蕉自ら蕉風開眼の一句と

池に蛙が飛びこんで水の音がした﹂という単純で

︵ ﹃古池に蛙は飛びこんだか﹄花神社︶ 。従来の﹁古

異なる心象世界を初めて描き得たと述べています

長谷川櫂は、芭蕉のこの一句がそれまでと全く

に濃淡の墨によって遠く近くたたずむ松が描かれ

谷川等伯の描いた﹁松林図屛風﹂は、白い紙の上

度な﹁間﹂が必須としています。長谷川櫂は、長

ます︵﹃和の思想   異質なものを共存させる力﹄中公 新書︶ 。そして、この和が成立するためには、適

同士を調和させる強い志向性が在ることを指摘し

芭蕉の俳句に限らず基盤としてある、異質なもの

谷川櫂はさらに考察を深めて、日本文化の中には、

︵ ﹁長谷川櫂﹃ ﹁奥の細道﹂をよむ﹄ちくま新書︶ 。長

世界を開いた紀行文であることを知りました

象と具象の﹁異質の共存﹂という全く新たな精神

心の世界を開くための切れ字の機能によって、心

た﹂という句であると解釈して見せます。現実に

気がし、この画家は霞を描くために松を描いたの

ていて、松林の霞の中をそぞろ歩いているような

古池や蛙飛こむ水のおと

はどこにもない﹁心の世界の古池﹂で、現実の物

ではなかろうかと述べています。つまり、この絵

音にそれとは次元の異なる心の世界を取り合わせ た句とよめるといいます。この一句が、心の世界

1

連載 エッセイ

66


せますが、しかしまるで違う空間を描いています。

アンリ・ルソーの原色的熱帯密林画を思い起こさ

画は、熱帯の香りを漂わせ、一瞬フランス人画家

また、田中一村が晩年に奄美大島で書いた日本

ないでしょうか。養老孟司は、 ﹃無思想の発見﹄

いかに調和をもって浮かべるかが﹁間﹂の役割で

がなりたつには空間が必要で、空間の中に具象を

り立たせるためのものではないはずです。 ﹁間﹂

欧のように分析・分解した断片と断片の関係を成

想がなく︵形には思想はないから︶ 、茶道、華道、

光そのものというよりは、逆光の陰を描いている

武道、神道、仏道、修研道は﹁道﹂ ︵思想ではな

立概念が発達せず、 ﹁形を重んじる﹂がゆえに思

とソテツ﹂と﹁アダンの木﹂は特にそうで、西に

く経験の重視︶を重んじるが故に無思想であると

︵筑摩新書︶で、日 本 の 思 想 は、心 身 一 元 論 で 対

沈みゆく太陽の光は西方浄土に吸い込まれて行き、

のが多いのが特徴です。一村が閻魔様へのお土産

背後から迫る闇を光の陰として描いているように

論考しています。加藤典洋も﹃日本の無思想﹄

だと言っていたという﹁奄美の杜⑥ クワズイモ

感じられます。奄美の強い光の中で、日陰や薄れ

︵平凡社新書︶で、タテマエとホンネ、表と裏、外

ヨーロッパの二つの異質の原理の対立とは異なり、

ゆく黄昏時に潜んでいる闇を鮮やかに描ききった 絵画とは光をつかむものであることは疑いあり

同質な相対的対立関係を本質とし、その原型を色

と内、公と私、等の日本の対概念の二重構造は、

ませんが、日本の画家の中には、白や黒︵闇︶の

濃くとどめているのは古来から続く日本芸能であ

といってもよいでしょう。

空間の中に具象を浮かせて、それにより白や黒

具象同士の対立よりは、具象と空間の﹁間﹂ ︵相

ると指摘しています。このように思想も含めて日

対的対立︶の関係を重視する精神風土の上に築か

本文化は、無という空間に具象︵形︶を浮かべ、

の世界を開いた、芭蕉の一句にも通じる世界では

れているようです。

ようです。それは、心象と具象の﹁異質の共存﹂ ないでしょうか。日本文化の特徴が﹁間﹂にある

︵闇︶の空間を際立たせる造形精神が潜んでいる

ことは、能、茶道、華道、枯山水の庭、数寄屋建 築等で多くの指摘があります。この﹁間﹂は、西

69


ょうか。レンブラントの微細な写実的モザイク画

して、レンブラントを乗り越えようとしたのでし

示すものといえます。このあと西欧の画家は何を

を忠実に再現するという意味で西欧絵画の頂点を

けました。レンブラントの絵は、光を分析しそれ

はレンブラントでほぼ完成されたという印象を受

というのがとてもよく分かりましたし、この手法

それによって、ほとんど立体的に描き切る手法だ

的に、モザイク模様として多面的に光をとらえ、

絵画とは、光をいかに正確に補足するのかという

くらんぼ、くるみ、貝、蝶などを浮かべるのです。

感じがします。こうして刻んだ闇に、ブドウ、さ

す。闇の制作にほとんどの精力をつぎ込んでいる

線を刻み込んで深い闇を表現しようとしたそうで

よると、大変な労力を必要とし、ほとんど無数の

て彫り、図柄や微妙な濃淡を表わします。浜口に

パー﹂や﹁バニッシャー﹂と呼ばれる道具を用い

影がでます。こうして作った黒の地を﹁スクレイ

点や線の集積なので、均一な黒ではなく微妙な陰

のが、西欧絵画の命題ですが、ここに、光ではな

を乗り越えるために要素を大きく切り取って、立 体的に見せかけるように貼り付けるような抽象的

く、いかに闇を描くかという驚くべき思考の絵画

き出しました。 ﹁ベルソー﹂という道具を用いて

陽三はメゾチントという銅版画の手法で、闇を描

代でも似たような空間把握が認められます。浜口

おそらく日本の伝統的感性によるものですが、現

自然描写です。この独自の空間と﹁間﹂の把握は

その﹁間﹂に霞がたなびいてくるという、独特の

対象が闇になって浮いていて、まるで対象が闇に

体験から生み出されましたが、原野に、描くべき

ました。 ﹁シベリア・シリーズ﹂はこの過酷な原

れ、シベリヤのセーヤ収容所で強制労働に従事し

集を受け満州に派兵され、終戦後、ソ連に抑留さ

して着任していますが、太平洋戦争勃発により招

知安中学校 ︵現倶知安高等学校︶に美術科教師と

香月泰男も不思議な絵を描きます。北海道の倶

︵版画︶が出現しました。

モザイク画がピカソなどにより発展しました。 長谷川等伯の﹁松林図屛風﹂絵は、白い紙に霞

版全体に微細な線を無数に刻んで目立てをし、微

呑み込まれたような壮絶さがあります。

を描くために、余白という空間に松を浮かべて、

妙な黒の濃淡を表現するものです。それは細かな

連載 エッセイ

68


ヨーロッパでも、音はひとつの大きな塊のように

取り出すための心得と考えてもいいでしょう。昔、

り方を示す﹂そうで、それは自然の音をそのまま

つの音の中に宇宙の様相を見極めるという音の在

では、その神髄は﹁一音成仏﹂と言われ、 ﹁ひと

︵三味線︶にも受け継がれているそうです。尺八

にしたものといいます。この障害の装置は、三弦

溝に触れて昆虫の鳴声のような雑音を発するよう

ル・ジャクソンの機械的ダンスは、インドとパキ

んだ残響や残像にしかすぎません。また、マイケ

ンスは、黒人が持っていた自然との共鳴を切り刻

じさせます。マイケル・ジャクソンのリズムやダ

ともに、すべてが自然と共鳴しているうねりを感

鼓の音とともに大地まで響かせ、闇夜の焚き火と

体がうなっているという感じで踊り、足踏みは太

の鼓動のビートで、筋肉がぴくぴく小刻みに震え、

鼓によるリズムは、リズムというよりまさに心臓

ル・ジャクソンです。アフリカのバンツー族の太

二〇〇九年六月二五日に逝去したマイケル・ジ

化し、さらに機械化でアトム化を進め、精神まで

イケル・ジャクソンとは、解析し、分断し、断片

合わせるとこうなるのかと思わせるものです。マ

0

してあったはずで、それをどんどん細分化してい

ャクソンは、音楽のみならず、文化全体を断片化

薬で制御するようになった、西欧物質文明の殉教

0

って、半音のその半音にまで到り、ついにはいっ

し、アトム化しつつあるアメリカ合衆国の象徴と

0

さいの倍音を含まないような音まで技術の力によ

スタンの国境の Wagah-Attari で毎日欠かさず行 われる国旗降納式の儀式での衛兵の相手を威嚇す

いってもよいでしょう。切り刻まれたリズム、機

者と言っても良いかもしれません。その意味で、

0

って得られるようになり、シンセサイザーやコン

威嚇や戦闘動作をパターン化し、断片化して組み

るような儀式動作に酷似しているのに驚きました。

械的動作のダンス、ほとんど無意味な歌詞、断片

逝去した日は﹁6・ 西欧物質文明内部崩壊の

0

りだせるようになったと武満は述べます。

ピューター等によって混ぜ合わせ、新たな音色を

的映像、薬で制御するしかないばらばらの精神。 すべては切り刻まれ、パッチ化し、モザイク的に 組み合わされた、文化の合衆国、それがマイケ

日﹂として歴史に深く刻まれることでしょう。

以上のことから、日本の芸能、文学、宗教、思

71

25


がしてくる不思議な曲です。さらに、琵琶自体不

と琵琶と尺八がばらばらの音をつないでいく感じ

70

は、オーケストラに琵琶と尺八を取り入れたもの

索を重ねました。フランスの学術グループに同行

思議な楽器で、インドや中国の琵琶の原型の楽器

らばらにされている感じがしますが、何度か聴く

です。この曲も現代音楽一般とたがわず、音がば

して、インドネシアの音楽を調べたときのエッセ

は、押さえるフレットも多く正確に速く弾くこと

武満徹は音を通して、人や文化について深い思

イで、 ﹁私は、ガムランの響きやケチャピの音色、

妙な変化や余韻、つまり音色を引き出すような構

それを形づくる独特の音階や律動に、私の感受性

造になっているそうです。尺八も、中国本来の尺

が出来るような構造になっていますが、日本の琵

思う﹂と述べ、フランスの音楽家たちにとってそ

八の音色は明るく軽々とした響きなのですが、日

の大きな部分を培ってきた日本の伝統音楽との関

れはあまりにも異形であり、かれらの理論で尺る

本では音を出し難くする指使いや穴の押さえかた

琶はフレットも少なく、弦も緩く張られていて、

には、その距たりは大きすぎると指摘し、それぞ

正確な音程を得るというよりは、ひとつの音の微

れの音楽のあり方から次のような疑問を呈して、

で曖昧な微分音程を重視するようになったそうで

それらを私の全体で受容れることができたように

エッセイ全体でそれに答えようとしています

す。つまり、西洋楽器がその近代化、機能化の過

連を発見したし、インティメールなものとして、

︵ ﹃エッセイ選 言葉の海へ﹄ちくま学芸文庫︶ 。それ

程で捨てていった雑音を、日本のこれらの楽器は

0

積極的に音楽表現として使おうとしていると述べ

0

は﹁なぜ、日本人は無にまで凝縮された一音に無

0

限定な全体を聴こうとするのか? なぜ、邦楽は

ています。さらに、琵琶は美しいノイズを出すた

0

めに、わざわざ﹁さわり﹂という装置を備えてい

0

0

関係のなかに在る音ではなく、反ってそうした関

て、それは楽器の首の部分に張られた象 を弦の

0

という問いです。

位置でわざわざ削って、弦を撥くと、弦が象 の

係を絶つところに形をあらわすのであろうか?﹂ 武満が作曲した﹁ノヴェンバー・ステップス﹂

連載 エッセイ


0

0

文土器は静でなく動であるとの指摘は重要です。

ルメして造形を作り出すしかありません。縄文土

内でその動く具象の本質的な要素を抽出しデフォ

繊細な観察︵分析・解析ではない︶を通して、脳

その動をつかむためには、自然そのものの詳細な

る静けさ。立石寺の山上に立った芭蕉は蟬の声に

くりともしない、宇宙全体に水のように満ちてい

はもはや現実の静けさでない。蟬が鳴こうともび

ますが、長谷川櫂は﹁そこで芭蕉が感じた静けさ

寄り、山上で﹁切れ字﹂の手法を用いて一句詠み

さて、芭蕉は円仁の開基による出羽の立石寺に

﹁抽空﹂化の結晶といえます。

器は、脳内空間の造形と断言して良いと思います。

0

このような脳内処理を一万年近く続けたのが、日

︵雑誌

もう一人、縄文土器を正確に評価したのは、ク

的な世界とは、この地方の文化の﹁奥﹂に色濃く

港、出雲崎の海岸で詠む句のさきがけとなったと

宇宙的な世界が開け、やがて訪れる月山、酒田の

立石寺で、はじめて、これまで感じたことのない

耳を澄ませているうちに、現実の世界の向こうに

﹁風の旅人﹂三九巻︶からの孫引きで、パリの日本

残り、いきづく縄文的自然観ではないでしょうか。

本文化・精神における不可思議な空間把握の基盤

文化センターでの展覧会﹁縄文 ― 日本芸術の根 源﹂のカタログに寄せた序文を引用しますと、

また切れ字の手法による異次元の把握が縄文文化

広がる宇宙的な静けさをかんじとった﹂と解釈し、

﹁それ︵火焰式土器︶を描写するには、よほど変

に根があるとすると、次の一句は、日本文化に深

になったに違いありません。

わった比 を用いるでもないかぎり難しい。何段

く伏流する縄文文化の一滴の味わいがあります。

ロード・レヴィ ス = トロースです。酒井

にも重なった立体的な装飾は れ出んばかりであ

閑さや岩にしみ入る蟬の声

述べています︵﹃﹁奥の細道﹂をよむ﹄︶ 。この宇宙

り、土器はあたかもあまりに大きな皮膚が垂れて 幾重にもしわやたるみを作っている空想上の生き 物を思わせる。土器の造りはしばしば左右非対称 であり、形態は多様に繁茂していくようだ﹂と書 かれてあ り ま す。ま さ に、縄 文 土 器・土 偶 等 は

73


でしょう。これは﹁空間﹂に浮かぶ﹁具象﹂との

が、揺れ動くものを模したのは確かでしょう。仮

縄文の火焰土器は、火焰を模したかは不明です

と思えます。

﹁間﹂の三位一体ととらえることができ、それら

に、炎の具象化とすると、模写するのは不可能で

72

想には、日本独自の空間把握が在ると考えて良い

をここでは﹁抽空﹂化と呼びたいと思います。こ

は焼く﹁炎﹂と焼かれる火焰土器の﹁炎﹂を見つ

すので、 ﹁炎﹂を見つめその刹那の形象を脳髄に

め、火焰と土器の火焰を重ねながら、それをまた

の﹁抽空﹂概念は仏教の唯識哲学とかなり似てい

ののようです。そうすると、 ﹁抽空﹂観はもとも

脳髄に刻み込むことの繰り返しで、揺れ動く炎を

あげて形象化していくしかないはずです。作り手

と日本に根付いていた観念で、仏教の唯識哲学で

火焰土器に模すことが可能になった。そう考える

焼き付け、脳内で具象化した﹁炎﹂を粘土で捏ね

より深まり豊かになったと考えられないでしょう

と、火焰土器は︵時︶空を人類が始めて脳内で概

にも韓国にも見出すことができず、日本独特のも

か。この日本独特の概念がどのように生まれたか

念化した証拠とみていいでしょう。岡本太郎の言

るらしいのですが、しかし、 ﹁抽空﹂概念は中国

はよく分かりませんが、中国、韓国にもないとす

葉を、北海道立近代美術館の特別展示展﹁土×炎

=?﹂ ︵つち と ほのお で 何だろな︶のパンフ

列島に根付いていた文化によるということになり ますから、それは縄文文化に根があるはずです。

レットから孫引きすると、 ﹁縄文土器には、日本

ると、これらの国から文化が流入する以前に日本

縄文土器は、一万三〇〇〇年前頃にはすでに作成

ぐっと抑えて緊張している、恐ろしい美観。 ― 腹の奥底からじわじわとつき上げ、鳴りひびいて

の土の匂い、そのうめきがある。その太々しい執

縄文の土偶展をみましたが、一貫して認められる

くる異様な生命のリズムの共振を感じとる﹂︵岡

拗さ、いつでも爆発しようとするエネルギーを、

のは写実性をあまり重視しないで、特徴をつかむ

の様式の土器が作られます。東京国立博物館での

ために極端にデフォルメされたものが多くあるこ

本太郎﹃私の現代芸術﹄新潮社︶と述べており、縄

されていて、世界最古で、一万年にわたって独自

とです。これこそ﹁抽空﹂観そのものではないか

連載 エッセイ


渡りではなく、復活の象徴といってよいでしょう。

を聞いたはずです。 ﹁三途の川﹂とは、冥土への

たぶん私と同様に耳道の脇の血管を流れる水の音

感じた。すると、目の前にいっぱい五色のテープ

う時、 ﹁体がふわっと浮き上がるような浮揚感を

でいるとき、突然、大量の吐血をして、意識を失

籠もり、 ﹁闇黒の中に入って数時間もすると、視

まったく光の射さない完全な闇黒の部屋で九日間

を吹き流したような、光り輝く虹のような光が広

さて、脳髄に水が行きわたると、今度は内臓の

神経の奥から自然に光が放たれるようになります

つまり、三途の川とは、地獄︵彼岸︶に行く川で

血管に水が流れてきます。次に肢体の血管に流れ

が、それが日が経つにつれて、つぎつぎとさまざ

がって、自分を包んだ﹂という感じは、私の経験

てきます。最後に、手足の指先、耳殻、鼻の先の

なく、地獄に行き損ねた者が渡って此岸に帰って

順で、キュキュッと音を立てて水が入ってきまし

まな美しいかたちに姿を変えてくるのです。 ︵中

と極めて似ています。中沢新一は、チベットで、

た。普段は全く気づきませんが血液の循環には階

略︶そこに出現してくる﹁かたち﹂は、私がかつ

くる時に突然流れる川なのです。

層性があることをはっきり知りました。

数のパターンが次々に湧いて来て、ついには︵病

すず書房︶ 。外 部 情 報︵刺 激︶が 断 た れ た り、血

心﹂を見届ける修行をしました ︵﹃芸術人類学﹄み

験し、純粋な知性と光の形態性が結合した﹁菩提

あらわれる抽象図形と、そっくりなのです﹂を経

院に行く寸前は︶それらが光の束となっていくこ

流が制限されて朦朧となったときに、 ﹁内部視覚﹂

て人類学の報告書などで見ていた﹁内部視覚﹂の

とです。それはまるで、SF映画﹃二〇〇一年宇

意識が朦朧とし始めたとき、不思議なことが二

宙の旅﹄︵キューブリックが監督・脚本︶の最後に

やチベット人のいう﹁菩提心﹂が現れるようで、

北海道大学大学院教授 (根圏環境制御学/植物栄養学)

つ起きました。一つは、脳がスパークし始め、無

異次元に吸い込まれていくときの光の束に近い感

意識が朦朧とし始めたときのもう一つの不思議

どうも人には共通の脳内過程のようです。

春文庫︶で、宗教学者の山折哲雄が、臨死体験に

は、幽体離脱現象と呼ばれているような、意識が

75

じでした。あるいは、立花隆の﹃臨死体験﹄︵文 近い体験として語った、学生達と酒場で酒を飲ん

大崎 満


そして、それは虚空の空中に注ぐ屹立する

一本の草を熟視し、一本の大樹に見入り給え。

昔であったら、間違いなくそのまま乾ききった賽

って帰ってきたのだと気づきました。点滴のない

くるのを感じます。その瞬間、 ﹁三途の川﹂を渡

み、朦朧としてピントの結ばない意識が収斂して

多くの国では、下痢による脱水症状で多くの人が

改善する方法です。昔は、伝染病や食中毒で下痢

を入れることにより、腸による水の吸収を著しく

2

連載 エッセイ

﹁三途の川﹂ 論考

一条の河にほかならぬことを、心に思い見よ。

の河原をさまよって彼岸に落ちていったはずです。

︵ポール・ヴァレリー﹁水を讃う﹂の断章︶  

に、風邪で 桃腺が肥大して寝こんでしまい、

死に至っています。一九六二年に、東パキスタン

昔は、そして現在でも抗生物質が入手しにくい

桃腺が痛くて水を飲むのもままならず、知らず知

︵現バングラデッシュ︶でコレラが大流行したと

男の四二歳は大厄といわれていますが、この年

らずに脱水状態になり、意識が朦朧とするまでに

き、経 口 補 水 療 法︵ Oral Rehaydration Thera-

︶が開発され、脱水を防ぐことにより、 py ORT 死 亡 を 著 し く 減 ら す こ と が 出 来 ま し た︵大橋正

至ったことがあります。近くの内科医院で点滴を が入ってきますので、当然まず心臓に入ってきま

明・山村真弓編著﹃バングラデッシュを知るための

受けて瞬く間に回復しましたが、点滴で体内に水 す。水が流れていると感じられるほどで、粘性の

章﹄明石書店︶ 。これは、水に高濃度の砂糖と塩

それぐらい脱水していたのかと、まだ朦朧として

をして脱水になり死亡する例が多かったはずです

固まりがさらさらになっていく感じがしました。 いる頭脳が驚きました。次に頸動脈に水が流れて

が、なかには、賽の河原のぎりぎりまで行って、

何かの拍子で吸水が出来るようになったとすると、

の香りがいっぱいに広がり、耳道に清流の流れる 音が聞こえてきます。それから脳髄の中に流れ込

くるのが分かります。その瞬間に鼻孔に清流の水

60

74


後は苦しむことなく行を続けられたといいます。

る体の細胞が生き返ったように元気になり、その

としていましたが、うがいをした瞬間に、見る見

いました﹂とあります。それまでは、意識が朦朧

た。ああ、粘膜が水を吸っているんだなぁ、と思

ュルチュルチュルという音がしたように感じまし

を口に含んだ瞬間、口の粘膜の内側からチュルチ

っているはずです。毒なものがきたり、悪質な微

ます。従って、食物が来ると膨大な情報処理を行

し、対応しなければたちまち死に至ることになり

直接受けているといえます。それらを正確に評価

すから、腸こそ生き死に関わる膨大な外部刺激を

ってきますし、いろいろな微生物が繁殖していま

が深いと思います。腸には、いろいろな物質が入

生物が増殖したりすると、直ちに吸収を止めて下

0

大阿闍梨の光永覚道も同様のことを言っています 0

膨大で、食物があると眠くなるのはそのせいでは

0

痢にして排泄しなければなりません。その情報が

0

りは水の精気が体に満ちていったということでし

︵ ﹃千日回峰行﹄春秋社︶ 。口の粘膜から水というよ

ないでしょうか。また、精神的にまいると、胃腸

の調子がおかしくなりますが、脳での情報処理に

ょう。水には不思議な作用があるものです。 四無行には、過酷な断食、断水の行の他に、不

不具合が生じると、とても腸の情報処理をこなす

養老孟司は、人はなぜ眠らなければならないの

ことが出来なくなり、とりあえず食物を下痢で棄

かについて、寝ていても起きていても脳が消費す

眠の行があります。九日間眠らないというのは、

眠気があるけれども、次の日からは食べていない

るエネルギーはさして違わないので、意識がある

全く想像を絶しています。しかし、さきの大阿闍

からもう眠くなく、むしろ頭がさえてくるといっ

と秩序活動があって、そうするとエントロピーが

ててしまって、腸の情報処理能力を軽減している

ています。食べ物がなぜ脳の活動、つまり睡眠と

増大し脳にたまるから、それを片付けるために眠

梨の光永覚道によりますと、四無行のために入堂

関連があるのでしょうか。神経細胞が一番多く集

可能性も考えられます。

まっているのは脳ですが、その次が腸で、第二の

る必要があると考えました ︵﹃無思想の発見﹄筑摩

した最初の日は胃の中に食べ物が残っているので、

脳と言われるぐらいで、これは栄養の摂取と関連

77


任編集・解題 中沢新一、河出文庫︶の解説で、 ﹁熊

は﹃南方熊楠コレクションⅠ 南方マンダラ﹄︵責

になりふらふら浮き出す感じなのです。中沢新一

どちらかが空間の制御を主にしていて、制御不能

考えると右脳と左脳の協調関係が絶たれ、どうも

です。浮いた一方が自分を見つめている。後から

二つに分かれ一方はどうも浮いた感じになること

つまり、外部情報が断たれるような状況で、 ﹁内

上げてスパーク状態でなかったかと思わせます。

やら修行僧の趣で、覚醒はしているが脳は悲鳴を

三日も不眠でも平気と述べていることです。なに

思議﹂の図を書いたとき、二日ほど不眠の状態で、

いっていいでしょう。興味深いのは、この﹁理不

ろな図が空間に浮かんでいる、まさに曼陀羅図と

天台宗では、比叡山の峰や谷を一千日間にわた

部視覚﹂が冴え、幽体離脱で高みの見物をしなが

って巡拝する﹁千日回峰行﹂という荒行がありま

楠は夜になると、闇を見つめながら、深い思考に

た。自分の頭が抜け出し、室内をさまよう、幽体

す。七〇〇日目の回峰を終えた日からさらに過酷

ら、脳 内 過 程 を 記載 し たのが﹁理不思 議﹂の図

離脱の現象も経験した。︵中略︶熊楠は、静けさ

な堂入りが行なわれ、無動寺谷明王堂で足かけ九

︵南方曼陀羅︶という感じです。

と夜の長い時間にまかせて、みずから﹁アーラヤ

没頭することが出来た。︵中略︶彼の目の前には、

識﹂まで、の ぞ き こ ん で、楽 し ん で い た の で あ

日間の﹁断食、断水、不眠、不臥﹂の四無行に入

不思議な超空間の知識が開かれるようにさえなっ

る﹂と述べています。南方熊楠は、土宜法竜宛の

ります。 ﹁千日回峰行﹂を満行した大阿闍梨の塩

こころ 大峯千日回峰行者が超人的修行の末につかん

﹁子分 法竜米虫殿﹂で始まる長文の手紙の中頃で、

だ世界﹄致知出版社︶ 。中日の五日目に差し掛かっ

ともつらかったと述べています︵﹃人生生涯小僧の

羅﹂と呼ばれているものです。線がぐちゃぐちゃ

てから一日一回のうがいが許されるそうで、けっ

沼亮潤は、この行で水を一滴も飲めないのがもっ

と書いてありますが、南方はこれは本来三次元で

説明する図を描いていて、これは現在﹁南方曼陀

あると述べていて、従って面の断片とすると、線

して飲んではいけないのですが﹁待ちに待った水

﹁物心事の上に理不思議がある﹂と述べ、それを

一つ一つが何かの図ということですから、いろい

連載 エッセイ

76


方向に進みました。特に、日本では、エントロピ

環境を救わなければ、私自身は救われないこ

私とは、私と私の環境である。私がもし私の

0

0

0

0

0

0

0

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0

0

とになる。

ー 最 小 思 考 法 に よ り 得 ら れ る、空 間 と 具 象 の 0

﹁間﹂に文化の基盤があるようで、それは言って 0

0

0

0

0

オルテガは、ベルグソンやジンメルから一世代

0

みれば自然を壊さないでその本質を抽象化して取 0

後の︿生の哲学﹀の継承者で、 ﹁新しい感性の本

0

り込もうとした縄文文化以来の水脈といえるかも

機能であること﹂の決意の表明として、先の一節

質的特徴は、精神的・文化的機能が同時に生物的

大阿闍梨酒井雄哉は比叡山千日回峰行を二回行

が書かれました。中村雄二郎は、さらに続けて、

しれません。 なった行者として知られています。この方は、画

の︿環境﹀論も、単なる自然環境ではなく、和辻

人間学的考察﹄︵一九三五年︶を書いた。オルテガ

﹁和辻哲郎も、ハイデガーの影響を受けて﹃風土

回峰行で/得たものは/何もない/おかげで

の︿風土﹀論に繫がるところがある。面白いのは、

に﹄寺田みのると共著、小学館文庫︶で、

賛︵﹃比叡山・千日回峰行 酒井雄哉画賛集 ただ自然

/今がある

述べています。風土とは、自然︵空間︶とそこに

に対して環境や風土に目を向けたことである﹂と

浮かべた具象︵人︶との﹁間﹂の取り方の総体で

この両者が、ハイデガーの︿深さゆえの自閉性﹀

言い切っています。なにやら釈 が達した境地に

す。それを解くのには、エントロピー最小思考法

と書いています。生死の縁をさまよう、二度の荒

似ています。酒井雄哉は、孤独な行の中で﹁人は

が必要とされるでしょう。

行の果てに、 ﹁回峰行で得たものは何もない﹂と

自然の中で生き、生かされている﹂と悟ったと言

露の世は露の世ながらさりながら

愛した小林一茶の一句を。

最後に、中村雄二郎が取り上げた、オルテガの

っ て い ま す︵﹃一日一生﹄朝日新書︶ 。こ の、お の れと自然との関係は、中村雄二郎が引用したスペ インの思想家オルテガ・イ・ガッセトの﹁ドン・ キホーテをめぐる省察﹂の一節にも認めることが できます︵﹃人類知抄 百家言﹄朝日選書︶ 。

79


新書︶ 。つまり、睡眠は脳からエントロピーを棄

外界の情報を取り出すやり方です︵プラトンは洞

ごとく、わずかな光から、あらゆる手段を通じて

いと思います。一つは、プラトンの洞窟の比 の

窟から出よ、といっていますが︶ 。光をあらゆる

の究極の認識法とは、あらゆる外界刺激︵情報︶ を断ち、食料と水まで断って腸の刺激も断ち、脳

ものに分解し解析し、模糊とした断片的情報から

てる作用があるというのです。そうすると、東洋

内情報にともなうエントロピーを最小にする思考

の詳細記述で、これを外観法と呼ぶことにします。

外観法を支えるのは分析・分解的で、断片的で、

何とか世界を認識しようとする行き方です。外界

アトム的で、それらを統合しても基本はモザイク

あらゆる外的刺激︵情報︶を捕らえ、分解して解 析し、客観的と称する概念をつかもうとします。

的世界観になります。これは、エントロピーを最

法ということになります。一方、西欧では逆に、

と言っても良いかも知れません。

この思考法は、エントロピーを最大にする思考法

大にする思考法といえます。それとは逆に、洞窟

と呼ぶことにします。内観法を支えるのは、脳内

プラトンは﹁洞窟の比 ﹂で、 ﹁囚人たちは、

過程における認識法で、 ﹁内部視覚﹂のような空

に籠もり、一切の光を絶ち、外的情報を極小に

と が で き な い の で、そ れ ら 動 物 や 器 物 の 像 の

間的把握が主体となります。エントロピーを最小

地下深い暗闇の洞窟で、子供のときからずっと手

﹁影﹂を真実のものだと信じこんで﹂おり、しか

にする思考法といえるでしょう。西洋と東洋では、

成しようという思索法があります。これを内観法

し、それは実際には歪んで真実とはほど遠いもの

洞窟モデルでの認識法に大きな差異があり、一方

︵情報遮断︶して内面の世界のみから、世界を構

で、真実を知るには洞窟の外で真実の目︵思考︶

はかすかな光をあらゆる角度から解析して世界を

足も首も縛られたまま、動くことも、うしろを振

によって知覚しなければならないと説いています

認識する方向に進み、もう一方はかすかな光さえ

り向くこともできずに、壁にうつる影しか見るこ

からできる世界認識の手段はなんでしょうか。

も絶ち、個人の内部情報のみから世界を認識する

︵ ﹃国家﹄ 藤( 沢令夫訳、岩波文庫︶ 。さて、洞窟の中

﹁認識﹂の仕方は、実は、究極的には二つしかな

連載 エッセイ

78


んよりお年寄りやペットを対象とした商売の

つのまにかかつてとは大きく異なり、赤ちゃ

さんを見かけることは少ない。人口構成がい

ればならないだろう。世代ごとに半減すると

ずれ、絶滅確率が高い﹂との判断を下さなけ

の個体群動態であれば、 ﹁急速に平衡からは

将来に予測される極端な人口逆ピラミッド

いってもよいほどだからだ。

女性が一生の間に産む子どもの数、合計特

置換水準程度まで回復することを期待したい

現象を回避するため、合計特殊出生率が人口

方が分がよくなったようだ。

超えていた。その後若干低下したものの、一

が、日本の社会的現状はそれとはほど遠い。

殊出生率は、戦後のベビーブーム期には四を 九六六年の丙午の年を例外として、高度成長

など、働きながら子どもを産み育てることへ

ヨーロッパでも出生率の低下がみられたが、

の社会的な支援制度が充実しているスウェー

育児休暇制度や児童手当制度、保育所の充実

︵人口置換水準︶は二・〇八前後といわれてい

デンなどでは、出生率が持ち直している。日

人口を維持するのに必要な合計特殊出生率 るが、一九七〇年代の半ば以降はそれを大き

本では、若い世代の雇用が不安定化しており、

期にはほぼ二を上回る水準を維持していた。

の﹁異常値﹂一・五八を下回ったかと思うと

く割り込むようになった。一九八九年に丙午

に出るため生後二ヶ月に満たない孫を預かる

ベビー用品が必要になったのは、娘が学会

子育ての支援も薄く、安心して子どもを産め

女性一人が産む子どもが減っているのだから、

一九九〇年代の半ばに一・五を切り、昨年つ

今後、出産数はいっそう減少速度を増すこと

ためである。結局インターネットによる注文

る条件が整っていない。

になる。それに反して、人口におけるお年寄

きたのだが、それを機に、日本の﹁人口問題﹂

で必要な品を入手して家に孫を招くことがで

東京大学大学院教授 (保全生態学)

いに一・二五となった。若い人の数が減り、

ずだ。寿命が延び、団塊の世代が老年期を迎

の深刻さを実感することにもなった。

81

りの比率は今後しばらく増加の一途を るは えようとしているからである。これが動植物

﹃サステナ﹄ 1号

鷲谷いづみ


連載エッセイ より

ない。店員にベビーラックといっても通じな

探してもベビー用品はいっこうに見あたら

ベビー用品を 買おうとしたら⋮⋮ ベビーラックや哺乳瓶ばさみなど、新生児

いのだ。それに対して、介護用品だけでなく

用品を える必要が生じた。そこで、日用品、

ペット用品にも相当広い売り場が用意されて

い。新生児を寝かせたり座らせたりする育児

用品もその辺りに置いてあるのではないかと、

いる。そちらも商品の多様さにも驚かされる。

雑貨、電気製品、インテリアからエクステリ

まずその辺りを探した。介護用品は、介護用

ペット用サプリメント、イヌ・ネコのおやつ

用の家具と説明すると、ベビー用品は扱って

ベッドからマジックハンドまで、アイディア

など食品も、お出かけ用のさまざまなグッズ

アまで、ありとあらゆるものを売っている巨

商品を含めて多種多様な品が並べられている。

も充実している。そういえば、最近、着飾っ

いないという。他の紙製品といっしょに店頭

ちなみに、マジックハンドとは、長い棒の一

たペットのイヌを連れて歩いているお年寄り

に積まれている紙おむつぐらいしか置いてな

方にはハンドル、もう一方には挟み口がつい

護用品の広い売り場スペースがある。ベビー

ていて、ハンドルを握って離れた場所にある

によく出会うが、赤ちゃんを抱いた若いお母

大な郊外型のホームセンターに出かけた。介

ものを挟み取る道具である。

1

連載 エッセイ

80


福﹂に直接的、間接的に寄与している。した

生命維持システムの根幹をなし、 ﹁人間の幸

出す源泉である自然資源 ︵資本︶は、地球の

て年間一ヘクタールあたり約二万ドルと算定

な湿地生態系の評価額は、控えめに見積もっ

なものである。高い水質浄化機能をもつ健全

ゆみずたんぼ﹂ ︵冬季湛水水田︶などの環境

されている。放棄されて乾燥化した水田や肥

保全型稲作を行う一年中湿った水田に戻せば、

がって、地球の経済的価値の総体を論じるに

されていた膨大な研究成果に若干の独自の計

健全な湿地生態系が再生される。そうなれば、

料や農薬が多投入され冬季を中心に季節的に

算を加えることで、一六の生態系タイプにつ

ヘクタールあたり年間約二万ドル、すなわち、

あたって、それを考慮しないわけにはいかな

いて一七の生態系サービスの経済的価値を見

一反あたり年あたり約二〇万円の経済価値が

湿地としての機能を失っている。それを﹁ふ

積もり、地球全体の経済的価値︵効用価値で、

生み出されるのである。特に、水源地域の水

乾かされる慣行稲作が行われている水田は、

そのほとんどは非市場的な価値︶の総計は、

田が水質浄化機能の大きい湿地生態系として

い、というのがコスタンザらの主張である。

年間一六∼五四兆ドルの範囲にあり、平均三

一九九七年の論文では、その時点までに公表

三兆ドルであるとした。この値は、評価の容

直接支払いをすることには合理性がありそう

再生されることは社会的な意義が大きい。水

だ。し か も、若 干 収 量 が落ち た として も 安

易なサービスだけを考慮した過小な評価額で

コスタンザらは、多くの文献データを総合

全・安心なお米が生産されるのだから、農家

田を再生し、湿地の機能が維持されるように

し、また独自の計算を加えて、面積あたり年

にとっても消費者にとってもメリットが大き

あるが、それでもなお、当時の世界のGNP

あたりの生態系サービスの経済価値を生態系

83

水田を管理する主体に、上記のような価額の

タイプごとに算定している。それらは、世界

いはずだ。

東京大学大学院教授 (保全生態学)

総計の一八兆ドルを大きく凌ぐ値である。

的にみた標準的な単位評価額として利用可能

﹃サステナ﹄ 2号

鷲谷いづみ


あるいは谷戸田とよばれる田んぼは、稲作の

津田に限ることなく、健全な湿地生態系とし

値を考えてみる。なお、この考察は、何も谷

文︵一九九七︶を参考にして、その経済的な価

の使用を控え、一年中湿った状態で維持され

もある。復田し、生産においては農薬や肥料

しての機能を発揮する。谷津田は、水源地で

水田は、そこに水が張られていれば湿地と

価になるとしても、算出してみることに意味

は、たとえ、情報不足のためにそれが過小評

評価できる市場的、非市場的な価値について

染まない価値は別の尺度で評価し、経済的に

する意見もある。しかし、経済的な評価に馴

が主であって、経済的評価には馴染まないと

82

連載エッセイ より

水田再生の経済価値

効率が悪くその多くが放棄されている。最近

ての機能を果たす田んぼであればどのような

関するコスタンザらの﹃ネイチャー﹄誌の論

では、ボランティアの市民や企業などが復田

場所の田んぼにも通用するものである。必要

関東地方の台地の縁に刻まれた谷の谷津田、

し、レクリエーションの場などとして活用す

な条件は、一年中水が張られているか土壌が 湿っていること、化学肥料や農薬を使わない

らみた価値の低さは、生態系としての価値の 低さを意味するわけではない。生態系として

ことである。というのは、湿地の経済価値は

ることも始まっている。しかし、農業生産か

の価値を、生態系が提供する人間社会への便

水質浄化機能にもよっているからである。 生態系の価値は、その﹁かけがえなさ﹂に

益である﹁生態系サービス﹂によって測る、 あるいは認識することが世界的なトレンドと

れば、健全な湿地としての生態系サービスを

よる存在価値、倫理的価値、審美的価値など

提供することが期待される。そこで、生態系

があるだろう。生態系サービスとそれを産み

なりつつある。

サービスと自然資本の価値に関する見積りに

2

連載 エッセイ


待合室には一応﹁静かに﹂という掲示が出

でいて、私の皮膚に出た症状は﹁精神的スト

トで検索してみてね﹂と前置きが長い。それ

以降の診察は医師と直接予約を取る仕組みに

レスが原因﹂と平然と言ってくれる。二回目

誰が病人なのかわからないほど賑やかである。

なっているが、この日は一時間も遅刻してい

様子がない。外来の気楽さもあるだろうが、 やっと医師に面会。こちらは早く診察して欲

いる。私が診察してもらっている間に、二回

るので、当然後続の患者の予約がずれこんで

図3 早朝の一番すいている 時間をねらって写した病院内 の薬局.

ているのだが、スタッフも患者も気に留める

しくてイライラしているのに、 ﹁日本語のサ

ノックもなしに入ってくる人がいて驚かされ

ヨナラはどういう意味かね?﹂ ︵残念ながら まだバイバイできないの、と私の心の声︶ 、

85

た。私の診察が終わると同時に三人がどっと

図2 診察してくれた医師.

﹁僕の論文は日本でも有名だ。インターネッ

図1 病院入口にいるドアマン.ホテルみたい.


インド通信 第7回

国際協調に伴うストレス 牧田りえ 東京大学IR3S特任研究員︵開発地理学︶

目指す皮膚科が含まれているセクションの扉

を押すと、受付は真ん中に一つ、両側に医師

たちの名前がついた個室︵診察室︶がずらり

と並んでいる。外から見た限りでは、どの医

リーでは設備・技術ともに一番と言われる民

わけではないので、比較的余裕を持って、デ

話になってしまった。高熱にうなされていた

っていた矢先、私自身がインドの病院にお世

ドの保健・医療分野を取材してみようかと思

テイナビリティの重要なテーマなので、イン

少し前のことになるが、人間の健康もサス

通じているから、出身言語しか話せない低学

英語、ヒンディ語、出身言語の二、三言語に

患者がやって来る。デリーの医師たちは大抵、

ること。デリー随一の大病院には地方からも

は﹁希望言語﹂と﹁学歴﹂を記入する欄があ

用紙に記入する。記入項目で変わっているの

料と登録料、計八〇〇ルピーを支払い、登録

当医師名を教えてもらう。受付ですぐに診察

は、受付で希望する専科を伝え、その日の担

師がどの専門なのかはわからない。初診の者

間総合病院を観察することができた。担当医

ついに病院へ

師の出勤が一時間も遅れたので観察せざるを

層︵月収一世帯当たり二二〇〇ルピー以下︶

歴の患者にも対応できるのだろう。ちなみに、

はもちろんのこと、貧困ラインを上回る多く

得なかった、と言った方がより正確である。

手荷物検査を受けて正面の入り口を通り抜

の世帯にとっても手の出せない金額だ。政府

三回の通院で合計七〇〇〇ルピー︵薬代を含

けると、ここは空港か、ショッピング・セン

の病院なら診察は無料だが、五、六時間は待

遅刻の理由はいつも﹁交通渋滞に巻き込まれ

ターか、と見まがうほどの混雑ぶりだ。外来

む︶の費用がかかった。保険に入れない貧困

はいくつかのセクションに分かれているが、

つ覚悟が必要とのこと。

たから﹂で通る。

一つのセクションの中にも八の専科がある。

84


⑥汚染された空気  

⑦汚染された水道水

ホコリの量も尋常では ――

たまに牛糞も混入す ――

神様が物質 ――

お風呂に入るのは夢のまた夢。 ――

ないので掃除が大変。

るらしい。 ⑧節水 ⑨年中修理が必要な生活設備

車のホーンを鳴らし過 ――

文明に侵された我々を戒めているのか。 ⑩いろいろな騒音 ⑪ゴミの散乱した不快な景観

ぎるのは交通事故が多いから?  

当然、悪臭 ――

⑯コミュニケーション・ギャップ

私がヒ ――

束や期限を平気ですっぽかす人々がとても多

ンディ語を話せないせいもあるだろうが、約 い。一度で済むはずの簡単な用事に三度、四 度と足を運ぶことになる。

インドがスローならば、こちらも完全 ――

⑰インドのペースで必ずしも生活できないこ と

にスローライフにできればまだよいのだが、 にも合わせなければならない。同種のストレ

入稿の期限など、先進国で設定されたペース スを感じるインド人も増えてきているかもし

をともなう。

夜遊びはできません。 ――

れない。

ストレスの グローバリゼーション?

⑫テロや犯罪に巻き込まれる危険を回避する ⑬交通渋滞

ための努力

予定が狂う。時間も無駄にな ――

こうして列挙してみると、一つ一つは些細

る。 ⑭外国人を そうとする物売り・ドライバー

を生むだろうと改めて思う。それなのになぜ

なことでも全部が合わさると結構なストレス

メーターをちゃんと使用するオ ――

インドを研究のフィールドにするのか、と問

との交渉

ート・リキシャに一度だけ出会った。それま で交渉して妥協していた金額の半分だったこ

われれば、必要だからと答えるしかない。温  

暖化対策をはじめ地球規模の課題に取り組む  

とが判明。思わずチップをあげたくなった。 ⑮物乞いへの対処

にはインドとの対話が不可欠であり、インド

お金をあげてもあげな ――

くても、出会うたびに心乱れる。

87


この病気のお蔭で、自分で認識していた以

一緒に束ねられている。カリフラワーを茹で

べられる部分が半分。ホウレンソウは雑草が

野菜が売られているうちに腐ってしまい、食

86

なだれ込んで来た。医師ごとに予約の調整を している秘書はいない。看護士は呼ばないと 来ない。呼んでもなかなか来ない。インドの 多くの職場では雇用対策のため人が多過ぎる が、ここでは医師をサポートするスタッフが ももちろん長蛇の列。この半日だけで一挙に

不足しているように思う。最後に行った薬局 疲れたような気がする。 実験しているようなもの

上に実はインド生活︵特に首都デリーでの︶

るとゾウムシ︵のような虫︶が一緒に茹であ

からストレスを受けていたことに気づかされ

夏は ――

た。ストレス社会の日本から離れて伸び伸び

がってくる。オーガニック!

やっているとさえ思っていたのでショックだ

③蚊︵マラリア、デング熱を媒介する︶にさ

②外食、食品の購入、調理への配慮

った。ここに、私のストレス発散のため、ス

されないようにするための注意

蚊取り線 ――

香を使わなくて済むのは年に二か月間もない。

やっている作業が度々中 ――

トレスの要因を整理させてもらおう。なるべ

断されるのはつらい。

⑤頻発する停電

く中立を心がけるが、インド及びインド人の

④野良犬︵多くが狂犬病にかかっている︶を

悪口になってしまったらお許し願いたい。 無︶への適応努力

に想定される東京の気候を、身をもって模擬

温暖化が進行した場合 ――

よけるための注意。

図4 「立ち小便禁止」の呼び かけも効果あがらず…….

① 気 温 変 動︵年 間、一 日 の 昼 夜、冷 房 の 有

インド生活のストレス


第4回

首都の生物多様性を 回復できるか 牧田りえ 東京大学IR3S特任研究員︵開発地理学︶

首都デリーの本来の姿とは 私の持っているデリーの観光地図には、ネ

ラジャスタン州北部に広がるタール砂漠の進

砂漠化を防ぐためにも、元来の自然を回復す

行を い止める役割を果たしており、首都の

ることは重要なのだ。プロジェクト・リーダ

ーを務めるフセイン博士の携帯電話に直接連

本来の植生が失われた原因は大きく二つあ

絡してみたら、私の訪問を快諾してくれた。

大量に掘り出されたという。鉱山時代の建物

る。一つは、インドの独立前から一九八〇年

がフセイン博士をはじめ学術スタッフが常駐

ルー大学と空港の間にぽっかりと広大な空白

なっていた。その空白が﹁アラバリ生物多様

するプロジェクト事務所としてそのまま利用

代半ばまで約五〇年間この地で行なわれた鉱

性公園﹂と呼ばれ、失われてしまった動植物

されている。もう一つの原因は、一九世紀の

業である。建築材料として使用される陶土が

群を復元しようという試みがデリー開発公社

クもついていない。一体何なのだろうと気に

とデリー大学の協同プロジェクトとして進め

後半にイギリス人がインドにもたらした

があった。道路も途切れているし、緑地マー

られていることを知ったのは、半年以上も経

に入ってきたらしい。PJ は半乾燥地である

ってからのことだ。デリーに住んでいるイン

デリーの気候に合い急速に繁殖したが、他の

は一九三〇年頃、燃料として使用されるため って北東に延びるアラバリ山脈の東端にデリ

植物から水分を奪ってPJ のモノカルチャー

︵以後PJ ︶という学名の Prosopis Juliflora ついたメキシコ原産の灌木である。デリーに

ーが位置する︵地図参照︶ 。都市化が進んだ

ド人にもあまり知られていないが、グジャラ

今日では想像するのが難しいが、ここには豊

化を促進するという性質を持っていた。この

ート州からラジャスタン州、ハリヤナ州を通

かな森林があったのである。アラバリ山脈は

89

インド通信

﹃サステナ﹄ 号 12


の成長・開発から生じた歪み  

のために、多くの個々人の健康が脅かされそ

うである。いや、すでに危険に晒されている。

環境劣化、 ――  

が是正されな ――

これも、これまで地球の資源を好き放題に使

置き去りにされた貧困、等

最後にもう一度インドに話を戻そう。イン

いと我々、地球人みんなが困るからである。

ドの経済成長から生じた歪みの一つに、一部

ってきた人間︵特に先進国の︶が支払わねば

の人々の間で先進国型のストレスが急増して

むろん、私一人ができることなど高が知れて

ったら何も進まない。残念ながら、我々の直

てくれるだろう。でも全員がそう思ってしま

いることが挙げられる。心臓病の増加、受験

ならない代償なのかもしれない。

面している問題はかなり深刻。インド、中国

競争の厳しさを苦にした青少年の自殺、アメ

いるし、自分がやらなくても他の誰かがやっ

ベルでの国際協調が避けられないところまで

リカ型のメタボな老若男女。いわゆる発展途

をはじめとする発展途上の国々との様々なレ 来てしまったのである。

たち︵企業人、研究者、ジャーナリスト等︶

食料増産や医師・看護士の養成といった従来

る。この国の健康面のサステイナビリティは、

長が進むにつれてさらに二極化する傾向にあ

上国では心配しなくてもよかった問題である。

がこれからは被ることになる。国際協調に伴

の方法では実現できない複雑な構造を持って

今までは一部の援助関係者だけが受ければ

いストレスを受けるのは、何も先進国の人間

いる。この複雑な問題に、自身のサステイナ

失調とが併存しているのだ。しかも、経済成

だけではなく、途上国の人たちも新たなスト

ビリティを危険に晒しても挑んでみたいとい

今のインドには、過度な肥満と、飢餓・栄養

レスに遭遇するだろう。南の国から来た人に

う勇敢な読者がいらっしゃるだろうか。

済んでいた上記のようなストレスを、これま

北の寒さは厳しいし、おおらかな環境で育っ

で途上国に関わる必要などなかった多くの人

た人たちに日本の時間厳守や満員の通勤電車 は辛いはず。地球環境のサステイナビリティ

88


校の環境教育に利用してもらうのが目的であ

らは公園の一般公開のためではなく、小中学

園、自然の遊歩道まで整備されている。これ

ーデン、バタフライ・パーク、ラン園、シダ

復元作業を行なったエリアには、ハーブ・ガ

のを暗黙のうちに許している。しかし、内側

を﹁緩衝地帯﹂として残し、住民が使用する

てか、スラム地区と接する公園内の一定面積

心穏やかではないだろう。そのことを考慮し

生活を変えなければならなかった住民たちも

4︶ 、内側のフェンスが完全に壊されて住民

に張られたフェンスをも潜り抜けて公園に出

たちが出したゴミが溜まっている箇所も少な

入りする子供や大人を私自身見ているし︵図

泊二日のキャンプが実施されている。着々と

くない︵図5︶ 。苗木の保護に使用している

すでに毎週のように子供たちを対象にした一 成果を上げているように見られる。が、大敵

る。園内にはキャンプ施設も用意されており、

はすぐ傍にいた。 街のまん中にある公園は、塀一枚で住宅地 や商業地に隣接している。中でも、二つのス ラム地区に住む人々が勝手にフェンスを壊し て公園内に出入りし、また、彼らの飼育する 牛や豚が侵入してせっかく植えた苗木を食べ てしまうことが問題になっている。彼らは教 とフセイン博士は嘆く。この公園が鉱山だっ

育レベルが低いので我々の活動を理解しない、 た頃にはスラム地区の人々は労働者として働 きに来ていたし、荒廃地として放置されてい

91

た間は自由に家畜を放牧したり、薪を集めた りできたわけで、公園ができたことによって

﹃サステナ﹄ 号 12

図 3 鉱山から渓谷へ.

(上 2 点)図 4 子供が公園内部か ら「緩衝地帯」に戻ってくるところ. (下)図 5 壊されたフェンス.


これまでの四年間で、三人の学術スタッフ

まったが、私自身、デリー市内の他の場所で

残念ながらシャッター・チャンスを逃してし

デリー

インド

インド通信 より

用しながら、他品種と徐々に入れ替えていく。

と約一〇〇人の常勤作業員によって、公園面

は見ることのない蝶や小鳥、そして美しい野

新しい草が生えてきている。植生が変化して

積六九三エーカーのうち約二五〇エーカーに、

生の孔雀まで何度となく目撃することができ

90

地の植生を完全に破壊してしまったのである。 動物も姿を消すことになる。鉱山が閉山され

植物がなくなれば、当然、共生していた虫や た後、二〇〇四年九月にアラバリ生物多様性 公園プロジェクトが開始されるまでの二〇年 間は、大樹に成長したPJ だけが点在する荒 前の、そしてPJ が導入される以前の森林に

なるほど、PJ の周囲には雑草が全く生えて

廃地だったという。鉱山として使用される以 戻すのがプロジェクトの最終目標である。

くると、鳥類や動物も少しずつ戻ってきた。

いないが、苗木を植えた箇所には、少しずつ

プロジェクトの成果、 そして課題

本来の植生が保たれているアラバリ山脈の他

貯めた水が池をつくり、緑が増え、池まで降 りていって下から見上げると渓谷のような景

た。鉱山時代に残された巨大な穴も、雨季に

観に変わってきている ︵図3︶ 。市街地の喧

の地域から採取された二〇〇品種もの草や苗 たので、大量の有機肥料が投入されている。

騒が噓のように、公園内はとても静かで空気

木が植えられた。土壌も当然劣化してしまっ

てしまうから、根元を痛めて徐々に枯れさせ

も深呼吸したくなるほどきれいだ。これまで

PJ を一挙に伐採してしまっては禿山になっ ていく間に苗木のシェード・ツリーとして活

アラバリ山脈

タール砂漠

ラジャスタン州 ハリヤナ州

パキスタン

グジャラート州

図 1 公園の 入り口.

図 2 苗木の横に立つフセイン 博士.


住人ではなく、三〇年近く政府の土地を無料

れていた。家畜の所有者は必ずしもスラムの

﹁緩衝地帯﹂では、多数の牛や豚が飼育さ

理由はわからない。それでも、以前は石がご

集まってきた大人たちに聞いてもそれ以上の

ら。見つかると監視員に叩かれる。つられて

かったと感じている。彼らに生物多様性を理

ろごろしているだけだったのに緑が増えてよ

きた者もいた。恐らく政府の有力者とコネの

スラムの中で、偶然、正規の学校に通えな

解してもらうことは無理な話なのだろうか。

で使用し大規模な乳牛飼育ビジネスを営んで ある企業家だと、通訳者が私に耳打ちした。

い子供たちに教育を施しているNGOの学校

こういう人たちを移動させるわけにもいかな いから、公園内に﹁緩衝地帯﹂が生まれたの

思っていた以上に行儀よく勉強している。こ

スラムで一番立派な建物である。子供たちも の学校の子供たちを公園が実施するキャンプ

を見つけた。集会所を改修したという校舎は

多くの家畜が死んだという。もう公園で放牧

に参加させられないものだろうか。お節介と

かもしれない。所有する家畜がフェンスを越

はできないから街の方に行かせている、との

知りつつ、 ﹁ここのスラムに援助を行なって

えようとして負傷し、その傷の化膿が原因で

見かけるが、こういう所に彼らのねぐらがあ

こと。昼間、市街地を徘徊している牛を多く

フェンスの向こうは何だか知っている?

校長先生へ、両者を結びつけるためのメール

博士と、 ﹁隣の公園内で行なわれている環境

いるNGOなどない﹂と言っていたフセイン

それまで熱中していたクリケットをや ―― めて私の周囲に集まってきた子供たちに聞い

を送ってみた。この子供たちが無事、立派な

ったわけだ。

てみた。開発公社の土地。入っちゃいけない

木が無事成長し、森林の原型が形成されるこ

大人になってくれることと、今植えている苗

教育など知らなかった﹂と言うNGO学校の

のは知っている。遊びに行けなくなってつま

ととはきっと無関係ではないはずだ。

93

ら な い。ど う し て 入 っ ち ゃ い け な い の? 開発公社の人たちが駄目だって言うか ―― ﹃サステナ﹄ 号 12

図 7 スラム内で NGO が運営する 学校と,そこで勉 強するスラムの子 供たち.


いるのだろう。彼らの声を聞きに、公園とは

そのスラム地区で住民たちの生活改善のため

慨したような答えが返ってきた。それならば、

我々学術スタッフの仕事ではない﹂とやや憤

を説得するのは開発公社の仕事であって、

公園から集めてきたであろう枯れ枝が住居の

いというが、ガス代を払えない家庭だろうか、

いる。プロパンガスを使用している家庭が多

電気は通じているし、共同井戸も設置されて

とても高いが、壁は一応コンクリートだし、

家屋と家屋の間に全く隙間はなく人口密度は

92

インド通信 より

ネットを公園からまんまと失敬してきた子供

ラムに足を踏み入れてみた。外観は、今年の

無関係の通訳者を伴い、恐る恐る隣接するス した映画﹃スラムドッ

にも出会った。公園側は仕方なく二重、三重 アカデミー賞を席

にフェンスを張り巡らす始末だ。 生徒たちにキャンプを実施しているなら、

に活動しているNGO︵非政府組織︶はない

脇や屋根の上に積み上げられていた。なぜこ

グ・ミリオネア﹄に出てくるスラムと似たよ

のだろうか。そのようなNGOがあれば、公

この住人たちが公園に入り込むのか。その最

スラムの住民にも園内の活動を見せて啓蒙す

園の回復・保全活動とスラム住民たちの間を

大の理由は、各自の家にはトイレがなく、ス

うな感じだ。デリーに数多くあるスラムのう

うまく仲介してくれるのではないだろうか。

ラムに共同トイレが一箇所︵有料︶しかない

ち、ここはまだマシな方なのかもしれない。

﹁ふーむ、NGOの活用か、そんなことを言

ことであった。言われてみれば、男性と女性

とフセイン博士に提案してみた。 ﹁周辺住民

ったのは君が初めてだ﹂ 。さらなる私の提案

るようなプログラムを実施してみてはどうか、

に、フセイン博士は機嫌を少し直してくれた

は分かれて別々の方向の茂みに入っていく。

まれごとをされてしまったのである。

に我々の要望を伝えてほしい﹂と予想外の頼

﹁もっとトイレをつくってくれるよう、政府

ようだ。

隣接するスラム地区へ潜入 実際、住民たちは公園のことをどう思って

図 6 スラム地区の内部.


解決のための 治療技術研究へ 京都大学理事・副学長 (宇宙空間物理学)

﹃サステナ﹄ 0号、1号

松本 紘

の消費必要量は、マクロに考えれば地球とい

界の民が先進諸国なみの生活水準の向上を目

るかという真剣勝負の問題だと思います。世

可能に限りなく見える課題をいかに乗り越え

IR3SやKSIが挑戦している課題は不

て意見を交わそうとする研究スタイルです。

見いだすまで思想、方法論、研究成果につい

精神を忘れず、一致点あるいは合理的結論を

話型研究とは、徹底的に激論はするが互恵の

型研究を通して提言しようとしています。対

点から京都モデルを京都大学の伝統ある対話

経済、人生観、社会価値、社会構造変革の観

の﹁道筋の提言﹂です。後者は俯瞰的に哲学、

れらを基盤として構築すべき持続可能社会へ

に必要な﹁科学技術要素研究﹂の推進と、そ

本的姿勢は、持続可能な社会を実現するため

I︵ Kyoto Sustainability Initiative ︶と い う仕組みを設け活動しています。KSIの基

です。京都大学では複数部局が参加するKS

京都大学はIR3Sに参画する大学の一つ

するこの﹁サステイナビリティ学﹂がきっと

えを出してきたことに鑑み、京都大学も参画

も科学技術を含む学術が困難を乗り越える答

見直しなどが重要になります。いつの時代に

向けて、予算配分、社会構造改革、既得権の

的に振り向けるべきです。また、その実現に

かに解決できるかと言う﹁治療﹂技術に重点

限られた時間、人材、予算を破滅的事態をい

きました。今後は診断研究の精緻化よりも、

研究を通して破壊・破滅への警告は行われて

かなりの経費をかけて我々の母星の﹁診断﹂

をくくって取り組まねばなりません。すでに

かねない近未来の状況をどう解決するか、腹

絶対量不足を見越して、文明破壊につながり

資源、食糧、水︶ 、エネルギーなどの根源的

になければなりません。生存必需物資︵工業

符とは違うと断言できるだけの覚悟が関係者

人一人が心する必要があります。中世の免罪

できるという誤解を与えないよう、研究者一

のように唱えればきっと持続可能社会が構築

問題﹂あるいは昨今の﹁持続可能性﹂をお経

答えを出してくれると私は期待します。

指す以上、資源、エネルギー、水、空間など う星では絶対的に不足するからです。 ﹁環境

95


巻頭エッセイ

巻頭エッセイ より

住 明正

気概と実力と 信用がなくては 東京大学教授(気候システム学)

世間では、二〇〇七年問題が関心をよんで

の見通しは信用されず、多くの対応が目先の

見通しが不可欠であるが、現実的には、長期

同様である。サステイナビリティには長期の

問題を解消するのに追われている。この場合

いる。言うまでもなく、昭和二二∼二四年生 心の多くは、そこに支払われる退職金の行方

も、気概と実力と信用を備えた実体がないか

まれの団塊の世代が退職するからである。関 に向かっている。しかし、本当に関心を払う

現実は、多彩であり多様である。次々に予

らである。

るときであり、組織を、社会システムを変革

べきは、大量退職は、新たな人材を雇用でき

る必要がある。戦後は、戦前の軍国主義への

ためには、長期的な見通しを繰り返し確認す

想もしないことが起きてくる。道を失わない

翻って、大学を考えてみよう。多少の時期

するよい機会であるということであろう。 のズレがあり定年が異なるので、必ずしも二

反発からか、大衆社会化状況の中に埋没する

教臭いが、先頭に立って問題に対決してゆく

〇〇七年に問題が発生するわけではないが、

という一種の青年の気負いも重要であろう。

ことが人間的であるような風潮であったが、

が行われているとは考えにくい。本来、大学

昔、 ﹁団塊の世代が退職した暁には、日本

団塊の世代、および、その前後の世代を考え

の行く末を見越した長期的なプランのもとに、

老人同盟青年部を作って活動したりして﹂と

今少し考え直してみる必要があろう。戦前の

人を採用し、大学全体を変えてゆくべきなの

笑っていたが、そのような動きが、意外と起

﹁社会の木鐸たれ﹂というエリート意識も説

に、長期的な視点で大学全体の舵取りをおこ

きるかもしれない。そのときには、後世の世

想される。しかし、そのことを見越した人事

なう部分が手薄なのが大学の実情であろう。

代から﹁諸悪の根源﹂と揶揄されないような

ると、多くの教授層が退職してゆくことが予

長期的な視点を担う気概と実力と信用を備え

自戒が必要であろう。

た実体がないからである。 このことは、サステイナビリティ問題でも

94


関西人的サステイナビリティ・ サイエンス評価指標 大阪大学産業科学研究所教授 (知識工学)

﹃サステナ﹄ 2号

溝口理一郎

A ﹁Bさん、もうかりまっか?﹂ A ﹁ところで、サステナって知ってまっ

B ﹁ボチボチでんな﹂

か?﹂ B ﹁あー、あの顔に泥塗ったりして、肌

こすってもらうやつね﹂

か?﹂

A ﹁Bさん久しぶり、サステナしてまっ

B ﹁よう聞いてくれはりました。サステ

ナやりだしてから会社は調子ようなりま

してな、なんでやろおもたら、社員が生

最近は家庭も円満になるしで、もうお陰

き生き働いてくれてまんねん。おまけに

わ。私が言うてるのはサ・ス・テ、最近、

すわ!﹂

さんで、会社も家庭もサステイナブルで

A ﹁ちゃいまんがな、それはエステです

かけてて、 ﹃サステナ﹄とか言う雑誌ま

実際ここまで浸透するのは四年では難しい

サステイナビリティとかいうのが流行り で出ているそうやで﹂ B ﹁へー、なんか商売に関係あるんでっ

とは思いますが、その方向を目指して、技術

系と文化系の研究者が一致協力して努力する

か?﹂ A ﹁それがサステナせんと尊敬されへん

ティ・サイエンス

――

人々を幸せにするサステイナビリ ――

してまっか?﹂へ

﹁もうかりまっか?﹂から﹁サステナ

つもりですので、応援をお願い致します。 から

とか、商売がうまくいかへんようになる とか言われるんですわ﹂ B ﹁そんなん言うても、結局お金

んとね⋮⋮﹂ というのが現在の状況かと思いますが、四 年後には、 ﹁サステナしてまっか?﹂が挨拶 代わりになってしまい、

97


巻頭エッセイ より

ィ・サイエンスプロジェクトが立ち上げられ

が人々を本当に幸せにすることに貢献するこ

とは大阪人の日常の挨拶であることはよく

ました。参加者一同、科学のあり方そのもの

﹁もうかりまっか?﹂

知られています。大阪商人の伝統を受け継い

を見直すくらいの高い志を持って、目標を実

とを目指して、大阪大学にサステイナビリテ

でいる大阪人企業家は、ついお金のことを無

現するために励んでいます。

﹁ボチボチでんな﹂

意識に口に出し、それが挨拶にまでなってし は金もうけは善なので、この挨拶は大阪人の

の設定というものがあります。一般に研究成

つに、プロジェクトの成果の有効な評価指標

ところで、数ある研究目標の中の難問の一

まったようです。資本主義社会では基本的に

題があるわけではありません。

果を適切に評価することは難しいのですが、

心根を素直に表しているということ以外、問 ところが最近、新聞で﹁金もうけして何が

四年後にはプロジェクトの成果をお見せす

我々のプロジェクトの性格を考えれば、サス

るわけですが、四年後に何が起こっていれば

悪い﹂という方を見かけますが、そうした考

ある﹂という科学技術礼賛主義に疑問が投げ

成功なのかを考えてみました。私たちは関西

社会人に浸透することが重要です。

かけられる昨今の状況と通じるものがありま

人です。関西弁の特徴は柔らかく人と接する

テイナビリティの考えが市民の皆様、一般の

す。技術の進歩、産業の拡大、経済の発展は

の現象です。このことは﹁技術の進歩は善で

本当に人類に幸福をもたらしているのか?

ことでしょう。サステイナビリティの精神が

えに疑問を抱く方が多くなってきたのも最近

と言う問いは日増しに重要さを増してきてい

考えてみました。

浸透する前後の大阪の下町の商人の会話から このようなことを背景にして、科学の進歩

ます。

96


サステイナブルな 仲間を作ろう ! 城大学工学部都市システム工学科准教授 (土木工学・地盤工学)

﹃サステナ﹄ 3号、4号

小峯秀雄

専門に凝り固まることなく、大いに自由な発

ことを知りました。また、外に目を向けても、

想を持って研究を展開し、社会貢献しようと

私の身の回りでIR S/ICASの活動 あらゆるものに対してサステイナブルかどう

が始まって一年が経ち、身近なことも含めて

ました。まさに﹁サステイナブルな仲間﹂を

頑張っている方々とも、知り合うことができ

私の趣味の一つにジョギングがあります。

作る活動と言えます。IR S/ICASは、

かという意識を持つようになりました。 毎回﹁どうすれば、つらい気持ちを持たずに 長く走り続けられるか﹂を考えながら走って

﹁サステイナブルな仲間﹂作りの環境を提供

学生の皆さんはもちろん、教員に対しても

刺激し合える 城大学ICASのサステイナ

さて今回の﹃サステナ﹄では、このような

しています。

きる程度の目標タイムを設定して走ることを

ブルな仲間を文系・理系などという垣根を取

生は教えられる人﹂などという固定観念も払

心がけています。サステイナビリティの課題 もう一つこの活動を通じて得たことがあり

拭したような新しい教育プログラムや学生の

っ払って紹介します。 ﹁教員は教える人、学

ます。それは、一生の思い出になる出会いを

活動も紹介します。 城大学五学部の教員が

の連携事業﹁エコデイ﹂などがその例です。

数多く持ったことです。学内だけでも、今ま

是非、この﹃サステナ﹄をご覧いただき、

協力して開講した教養科目﹁サステイナビリ 究・教育者の皆さんと語り合うことができま

読者の皆さんも﹁サステイナブルな仲間﹂に

ティ学入門﹂や 城大学・鹿島アントラーズ した。皆さん、サステイナブルな発想を持っ

生物学や農学・農業経済等を専門にする研

ていて、各自が対象とする具体的研究課題に

加わりませんか!

で交流を持つ機会が少なかった心理学や哲学、

に対する一つの解答ではないでしょうか。

り力を入れることなく、ワンランクアップで

と似ているように思います。私の場合、あま

います。これは、サステイナビリティの課題

3

その発想を発揮し教育や研究に活かしている

99

3


サステイナビリティは 文明の転換

巻頭エッセイ より

丹保憲仁

放送大学長,北海道大学名誉教授 (環境工学,都市水工学)

果てしない成長︵増殖︶はないことを確実に

以来、人類は地球が閉じた系であり、人類の

一九七二年のストックホルム人間環境会議

であることとあわせ考えると、きつい利用限

オマスの平均サイクルタイムが三〇年くらい

の長期積分結果であることを考え、地上バイ

人類の発達を、物質・エネルギー消費の拡

度がある。

かけて人類は史上最大の、おそらく史上ただ

化現象︶として人類の努力目標にできるかど

大と絡めない、文化的経済現象︵あるいは文

知り始めた。一八世紀初めから二一世紀末に 一度の、大増殖を近代文明上で描いている。

うかが今問われているように思う。量的成長

さまざまな推計法や閉じた系の人口変化を大 略記述するロジスティック曲線等で予想され

るかどうかが地球の未来を決める。開いた心

転換が近代の次の時代の人類の行動規範とな

と、閉じた物質代謝を厳しいエネルギー制約

でなく質的発達という量から質への文明指標

二〇〇年にもわたり、近代を疾走させた化

条件下で果たさなければならない。かつて考

される。 石エネルギーの現在の消費量は、地球に注ぐ

えることもなかったことに現代人類は直面し

る地球の飽和人口は、一〇〇億人前後と想定

か千分の一以下の一〇テラワットなのに、す

ている。 ﹁価値の 造が価値﹂である文明を

太陽エネルギー一七万テラワット余りのわず でに資源枯渇と地球温暖化の二重苦を地球に

人類がその生きがいとして将来持ち得るかど

物の消費を評価基準としない、文明価値の

発生させている。バイオマスへ転換するエネ

造がゆっくりとでも良いから進まねばなら

うかが、持続可能な生物として人類が生きつ マルサスのエッセイが述べた食物供給の限界

ないと思う。金を獲得する事だけの単一スケ

づけられるかどうかの鍵であろう。 もやがて行く手に立ちふさがるように思われ

ラワットに過ぎないという限界を考えると、

る。バイオマスを化石エネルギーの代わりに

ールの量的経済は消えてもらわねばならぬ。

ルギーも太陽入力の〇・一%以下の一五〇テ

使うのは、化石エネルギーが太陽エネルギー

98


サステイナビリティと イノベーション 国立環境研究所理事長,東京大学名誉教授 (人類生態学)

サステイナビリティは、最近注目を集めて

一方、サステイナブル・ディベロップメン

便性の向上に反比例し、自然界での物質循環

年ほど前のことです。人口の増加と生活の利

能の低下と生態系の劣化が深刻になり、地球

トという言葉が登場したのは、せいぜい三〇

矩先生が指摘されているように、サステイナ

レベルでの人類の生存の危機も現実味を帯び

いるイノベーションとどのような関係にある

ビリティはサステイナブル・ディベロップメ

てきたからです。

のでしょうか。前号の巻頭エッセイで松尾友

ても、その本質が﹁持続﹂にあるとすれば、

ントに由来しているのでしょう。いずれにし

地球温暖化は、サステイナビリティを考え

革する必要に迫られて起こったのです。その

人口の圧力を受け、生産・消費システムを変

らも、緩やかとはいえ長期間に増加してきた

発明と産業革命だと私は考えています。どち

人類史上最大のイノベーションは、農耕の

を設定し、次にそれに至る道筋をバックキャ

起こさない大気中の温室効果ガス濃度レベル

えています。まず将来のある時点で温暖化を

地球温暖化の緩和策を二つのステップから考

を中心に紹介しますが、その中で、私たちは

科学的解明をリードしてきたIPCCの成果

るうえで中心課題の一つです。本号は、その

結果、生産・消費だけでなく、人間のハビタ

ストして策定することです。到達点の設定は

きのベクトルをもつように思えます。

ット、家族や地域社会、環境との関係、価値

います。現在求められているのは、サステイ

筋つくりはイノベーションの発想に基づいて

ナビリティを目指したイノベーションを進め

サステイナビリティの発想に、それに至る道 と、人間はいつの時代にも自己が属する集団

ることなのです。

化が引き起こされました。しかし考えてみる の人口増加と利便性の高い暮らしを求め、そ

観など、社会や生活のすべての面で大きな変

の実現を目指しイノベートしようとしてきた はずです。

101

﹁革新﹂を意味するイノベーションとは逆向

﹃サステナ﹄ 5号、6号

大塚柳太郎


「サステナ」の 持続性のために

由来する。カタカナで表現されているが、英

﹁サステナ﹂は、その﹁サステイナブル﹂に

ベロップメント ︵ sustainable development ︶ ﹂ という用語が流通している。本誌の表題の

現代社会において﹁サステイナブル・ディ

﹁現代人サステナ﹂といった言い方はあるの

ステナ﹂ ﹁先進国サステナ﹂ ﹁人間サステナ﹂

る。議論を吹っかける形でいえば、 ﹁日本サ

サステナ﹂もあるのかといったこだわりであ

の使い方について少しこだわってみたい。例

だろうか。日本が、先進国が、人間が、そし

えば﹁こどもサステナ﹂があるなら﹁おとな

語圏では通じない。しかし、あと何年か後に

て現代人がサステイナブルであればよいのか

すなわち、 ﹁サステナ﹂は誰のためであり、

何のためであるのか、についての議論がない

という反問が容易になされるのである。

イナビリティ学︵ sustainability science ︶ ﹂が 国際的に、さらに歴史的に認知されることに

と、非常に単純化された議論の中で﹁サステ

ナ﹂の意味する概念までもが風化してしまう

﹂が 流 通 す る よ う に tainable development なってから、使われ始めた概念であり、用語

観、自然観、地球観、世代観にかかわる﹁エ

必要なのだと思われる。そこで人間観、国家

存在に対する、思考を深化させることが是非

恐れを感じるのである。人間とは何か、国家

のように思える。東洋大学の﹁エコ・フィロ

とは何か、自然とは何か、そして地球自体の

ソフィ﹂のグループもこの﹁サステナ﹂の普

︶ ﹂の内容についての確認作業も併せて ment 進める必要があることは言うまでもない。

ま た、 ﹁デ ィ ベ ロ ッ プ メ ン ト︵ develop-

コ・フィロソフィ﹂の出番であろう。

さて、論旨は少し異なるが、 ﹁サステナ﹂

史的重要性を認識するものである。

ナビリティ学﹂の形成に参加できることの歴

及に貢献することが役割であり、 ﹁サステイ

辞 書 に は﹁ ﹂も ま だ 採 録 さ れ sustainability ていない。どうも﹁ sustainability ﹂は﹁ sus-

なるのであろう。実は、筆者の利用する電子

そして、そうなることで、日本発の﹁サステ

は﹁サステナ﹂は﹁ sustena ﹂となって国際 語になっているのかもしれない。

巻頭エッセイ より

松尾友矩

東洋大学学長,東京大学名誉教授 (都市環境論,環境学)

100


今、大学が面白い 千葉大学教授 (生物環境工学)

そ の キ ャ ン パ ス が﹁地 域 の 未 来 モ デ ル﹂ ・

学は﹁知と教育の拠点﹂としてだけでなく、

今、大学︵特に、地方大学︶が面白い。大

東大柏国際キャンパス 千 ・葉大柏の葉キャ ンパス 柏 ・市 千 ・ 葉県 地 ・ 域住民・NPO 民 ・

見える﹁地域の未来モデル﹂になり得る。

キャンパスは排出量削減の方法と成果が目に

成果を出しつつある。この地区を、世界から

﹁公 学 ・ 民 ・の協働によるまちづくり﹂プロジ ェクトは、日本だけでなく世界に発信し得る

間企業が、 ﹁環境 健・康 ・造 交・流﹂をキーワ ードに千葉県柏市柏の葉地区で推進中の、

断 学 ・生参加型の﹁モード2の科学﹂研究が 推進されている。大学は地域問題の解決に、

注目される﹁地域の未来モデル﹂にする意気

と人材﹂の蓄積を活かした市民参加 領 ・域横

献し、地域問題の解決を通して国や地球に貢

グローナカル︵七ページ参照︶な視点から貢

千葉大の西千葉キャンパスでは、環境IS

酸化炭素正味排出量ゼロキャンパス、市民気

東洋医学と園芸療法の融合、医食農同源、二

ジェクト担当機関として、ケミレスタウン、

込みである。同地区にある環境健康フィール

O学生委員会等の活躍のもと、二〇〇五∼〇

業 出、地域密着型予防医学などのモード2

献する。地球温暖化への対応は、地域・国・

六年度の二年間で、〇四年度比で、二酸化炭

の科学研究を推進している。地域住民の生活

ド科学センターは、センター独自の活動に加

素排出量を二二%、エネルギー︵電気 ガ・ス ・ 重油︶消費量を一三%、水消費量を三四%、

の質の向上にグローナカルな視点から実践

国際社会がグローナカルな視点のもと協働し

光熱水料を一四% ︵六七〇〇万円︶ 、それぞれ

的/実証的に貢献し、同時に、国や地球に貢

えてIR3Sの協力機関および上記協働プロ

削減した。同様な二酸化炭素排出量削減活動

て解決すべき代表例である。

を二〇一二年度まで続ければ、その削減率は

献しようとしている。今、大学が面白い。

象台、生涯学習、 ﹁農的﹂都市、環境健康産

五〇%程度に達する。そうすれば、この大学

103

﹁地域における協働 発 ・ 信拠点﹂になりつつ ある。地域問題の解決に向けて、大学の﹁知

﹃サステナ﹄ 7号、8号

古在豊樹


地域に受け入れられる 健康リスク低減技術の開発

巻頭エッセイ より

庄子哲雄

東北大学理事(研究・国際交流担当) (機械工学,破壊物理化学,原子力長期信頼性)

なはだ疑問である。ガンジス川の沐浴は、他

毒の臭いがする水を好んで使ってくれるかは

そのための技術は、先進国においてすでに開

費により物と質の両面から生活の向上を希求

国の人には受け入れられないような水質であ

産業革命後の一九世紀後半から二〇世紀に

し、それを可能とする世界経済の発展は環境

っても、宗教上の伝統、文化を背景に行われ

発されているが、発展途上国の人々が塩素消

との調和の中で成立しうると考えてきた。実

ている。社会の栅を集めて滔々と流れるガン

かけて、人々は大量の物質やエネルギーの消

両者をウインウインへ導く解決策は見出され

際は環境と経済はトレードオフの関係にあり、

どの環境問題が、二〇世紀中頃から引き起こ

有害化学物質による水、大気、土壌の汚染な

な発展を保障する社会基盤の 造であること

途上国だけでなく先進国においても持続可能

水循環と安心・安全な水利用の定着は、発展

それでも、健康リスクを低減化した健全な

ジス川の水こそが神聖なのである。

されてきた。この難題を解決するため、 ﹁持

に変わりはない。ただ、社会基盤は地域や国

ないまま地球温暖化、新たな感染症の流行、

続可能な発展﹂をキーワードとして社会、経

の文化、伝統、宗教、経済、社会制度などの

固有の要素の上に成り立っていることから、

ここで重要な課題の一つは、健康リスクを 含む環境リスクと持続可能な発展との相互関

これらの観点を考慮した地域に受け入れられ

済、環境のあり方が国際的に議論されている。

係である。現世界において、不衛生な水利用

ここに述べた技術の開発や、開発された技

る健康リスク低減技術の開発が重要である。

術を地域に定着させる手法をバックアップす

により、年間一八〇万人もの人が感染症によ の九〇%が発展途上国の五歳未満の子供であ

いない。サステイナビティ学連携研究機構の

るための学問体系はまだ社会の中に備わって

る重篤な下痢症で亡くなっている。そのうち

するには、健全な水循環と安心・安全な水利

活動がその構築に貢献することを願っている。

る。病原微生物による感染症のリスクを低減 用を地域に定着させることが最も肝要である。

102


「サステイナブル・キャンパス」の 実現を目指して 立命館大学学長 (非営利組織論)

﹃サステナ﹄ 9号、 号

川口清史 10

き責務とそれらを達成するための具体的な取

での持続可能性実現のために大学が果たすべ

するという画期的なものであった。地球規模

題について学問的また中立的な立場から議論

て一堂に会し、国際社会が直面する喫緊の課

かけによりG8諸国等の主要大学長等が初め

ネットワーク構築が討議された。日本の呼び

イナビリティ学﹂を軸として、今後の学問的

なかで、アカデミックの立場から、 ﹁サステ

題を中心とした、環境サミットと喧伝される

として、北海道洞爺湖サミットが気候変動問

ーバル・サステイナビリティと大学の役割﹂

八年六月∼七月︶ 。メイン・テーマを﹁グロ

ミットが札幌市において開催された︵二〇〇

北海道洞爺湖サミットを前に、G8大学サ

ル・キャンパス等の活動を通して次世代の社

理想的な教材であり、大学はサステイナブ

キャンパスは実験の場であると同時に教育の

らのキャンパスを活用していくことにある。

ステイナブルな社会の新しいモデルとして自

ざまなステークホルダーとの交流を行い、サ

大学の研究教育プロセスを通じて社会のさま

いて大学が果たし得るもうひとつの役割は、

たなモデル ―― 実験の場としてのキャンパ ス﹂では、 ﹁サステイナビリティの実現にお

約束された。とくに、 ﹁8 大学が提示する新

すること、などの重要性が確認され、行動が

キャンパスを用いて新しい社会モデルを構築

含めて展開すること、各大学が地域とともに、

の連携や必要な支援︵人的資源開発など︶も

だけでなく、開発途上国の大学・研究機関と

イナブル・キャンパス委員会︵仮称︶ ﹂等を

り組みについて議論し、学術界から国際的な

設置し、G8大学サミットの成果を基本とし

れた。立命館大学は、これを受け、 ﹁サステ 会議の総括である﹁札幌サステイナビリテ

た、サステイナブルなキャンパス作りの議論

会づくりに貢献することができる﹂と強調さ

ィ宣言﹂では、参加各大学がサステイナビリ

努力を促進し、また、それに対して貢献する

ティに関する研究や政策分析、教育活動をさ

と取り組みを強化しようと動きつつある。

ことを目指す意欲的な取り組みであった。

らに強化すること、それらをG8メンバー国

105


環境と食料,エネルギー

巻頭エッセイ より

堀口健治

早稲田大学副総長・常任理事 (農業経済学)

洞爺湖サミットでは、複雑に絡んだ環境問

れば方向性は具体化しない。

制にあるが、二〇〇七年の純輸出量は前年と

一方、石油産油国は価格高騰を受け増産体

が、不十分な思いを多くの人が持ったのでは

比べ減少の産油国が圧倒的だ。最大の石油産

題に解決の大きな方向性を出してほしかった。 ないか。

に低く抑えられている。サウジを五月に訪問

出国のサウジも同様で、国内石油消費量の急

した機会に、効率の低い火力発電所、伸びる

環境は当然に持続的な資源利用システムと

アメリカが、自身の安全保障の観点で、国

自動車使用、普及するエアコン、が石油消費

価格がリッター二〇円であり、価格が意図的

内農産物をアルコールにし、ガソリン等のブ

増が原因である。サウジ国内のガソリン販売

レンダーに使用を義務付けて、中東依存を減

を伸ばすことを心配するサウジのリーダーの

連動するはずだが、これも環境と同様、計画

らすエネルギー戦略を強化している。有限の

話を聞いた。先進国、とりわけ日本の資源効

的・意図的に行わなければ達成できない。

石油資源に対して、再生資源のバイオエタノ

口同音に望んでいた。日本の大学への期待も

大きい。途上国への投資、ODA等を通じて

率的な技術の移転、サウジへの資本投下を異

の戦略が国際紛争を和らげ、輸入資源依存国

ール化は二酸化炭素に対して中立的で環境貢 穀物需給を招き、国際的な非難を受けている。

のエネルギー安全保障政策になることを、三

献的に見える。が、他方で世界的にタイトな バイオエタノール化を非農産物・生物資源に

井石油化学とアラムコとの共同プロジェク

エネルギー政策は環境と結びつくし、途上

比重を移す戦略を立てなければならないが、

国と先進国との協調が世界戦略として示され

サミットは一般論に終わってしまった。大量 物に対して、非農産物・生物資源の集荷・分

ト・ラービグ計画は示している。 別はこれからの仕組みだから、当然にコスト

るべきである。

生産と集荷システムが出来上がっている農産

は高い。だからこそ規制なり支援を入れなけ

104


サステイナビリティ学の 課題としての対話 城大学人文学部教授 (社会心理学)

﹃サステナ﹄ 号、 号

伊藤哲司 11

12

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分かりあえていないのかということである。

0

地球温暖化をはじめとする様々な今日的問

0

しかし、それこそが大切だ。互いに何が分 0

かりあえていないかが分かりあえるというの

0

題に直面して私たちがサステイナビリティ学

0

を産みだし、それを大きく展開させつつある

も、対話が﹁ディスコミュニケーション﹂に

0

のは、時代の要請であり必然であった。サス

陥らず、 ﹁コミュニケーション﹂として成立

出すことの大事なステップなのであるから。

0

テイナビリティ学に関わりはじめた私たちに

すること、すなわちコミュ︵共同性︶を生み

サステイナビリティ学は、様々な学問分野

﹃サステイナビリティ学をつくる﹄ ︵新曜社︶

0

共通する最大の課題は何であろうか。 を横糸で繫いだところに成立している。それ

ーションとしての対話を、研究者の中だけで

でも強調したのだが、このようなコミュニケ

閉じてはなるまい。サステイナビリティ学が

ゆえに、これまでほとんど言葉を交わしてこ ことになった。相手の発想に驚き、なるほど

取り組む問題解決のために、最先端の科学技

なかった異分野の研究者同士が対話を始める と思い、しかしときに首をかしげ、なんだか

で問題が解決するわけではないことは、もは

術が必須であることは疑いないが、それだけ

異分野はいわば異文化であり、言葉を交わ

やっぱりわからないなどと思う。

様々な価値観や文化を背景とした人々に、

や明らかなのである。 文化間対話は単純ではない。私は映画を媒介

にするのか。そこでの対話を、どうサステイ

どう対話の構造の中へ参入してもらえるよう

せばお互いよく分かりあえるというほど、異 とした﹁円卓シネマ﹂という対話の試みを国

ナビリティを促すコミュニケーションへと発

内外の大学等で行っているのだが、異文化の 人同士が同じ映画を一緒に見ても、心動かさ

展させていくのか。

最大の課題ではないかと思えるのである。

実はそれこそが、サステイナビリティ学の

れる場面が違っていたり、同じ場面を真逆に 解釈していたりする。そこで分かりあえるこ とは、まことに逆説的なのだが、互いに何が

107


未知への挑戦を導く

巻頭エッセイ より

佐々木隆生

北海道大学公共政策大学院教授 (国際関係論・理論経済学)

口の半ば以上が生産力の不足による貧困に直

費の在り方をただ続けるだけでも破局が来る。

小学校三年になる一九五四︵昭和二九︶年 が行われ、 ﹁死の灰﹂を第五福竜丸が浴びた。

資源・地球環境問題は、ギャレット・ハーデ

面しているにもかかわらず、現在の生産と消

核実験が生んだ怪獣ゴジラが登場したのはそ

ィンの﹁共有地の悲劇﹂が示すように、個別

の春に、ビキニ環礁で新しい水素爆弾の実験

の年の秋も終わりだ。人々は、化学合成や原

利益の追求が全体の利益を損なうという性格

路の探求は、およそ私たちがこれまで発展さ

をもつ。サステイナブルな社会構築と発展経

実験がもたらす惨禍と核戦争の恐怖におびえ

して獲得し、さらに叡智をめぐらして破滅の

せてきた学術的視野を、文理を問わず総体と

ら人類が解放されたと素朴に感じながら、核 ていた。この恐怖は冷戦の終焉によって薄れ

子力利用によって原燃料の枯渇という制約か

たが、入れ替わるようにして、全面核戦争と

してみるとサステイナビリティ学教育には

脅威から脱出する経路を探し求め、実行可能

次の言葉がぴったりする。 ﹁学校で行われる

同じ人類滅亡の脅威となる資源枯渇・気候変 年代の小学生が雨に放射能が含まれていると

な政策を確立することを求めている。

いう恐怖を感じていたように、二一世紀初頭

進歩は、それ自体としてよりむしろ、学校教

動などが問題となってきたのを知った。五〇

の人々は暑い夏やハリケーンの猛威を温暖化

育が与える将来の進歩に役立つ力として重要

るいは一般教育を構成しながら、未知への挑

がもたらす危険の現れと感じ、ガソリンやバ

戦を導くものなのだ。 ﹁解決不能﹂と絶望す

は、既知の﹁真理﹂の教授ではない。普通あ サステイナブルな発展・成長は、しかし、

るのではなく﹁未解決﹂の問題に立ち向かう

である﹂ ︵アルフレッド・マーシャル︶ 。それ

核戦争の脅威を克服したような政治的決断だ

ターの価格上昇に資源の枯渇の脅威を感じ始

けでは可能ではなく、産業を軸とする経済の

人材の育成でなければならない。

めている。

発展に委ねるだけでも達成できない。世界人

106


お返しの心

京都大学教授 京都サステイナビリティ・イニシアティブ統括ディレクター/(地震工学)

﹃サステナ﹄ 号、 号

井合 進 13

14

﹁持続可能な発展﹂を考えるには、その対

った。これから生まれてくる次の世代の人間

に現世代のニーズを満たす発展﹂であるとい

言わない。これをよいことに、現世代の人間

は、今は︵まだ生まれていないので︶文句を

を殺す、子が親を殺す、というニュースが頻

が次の世代の分まで有限の地球上にある自然

と、より具体性が増してくる。昨今、親が子 繁に飛び交っている。自我を世界の中心に据

とがないようにすることが必要であることを

極としての﹁持続可能でない発展﹂を考える

え、自分のニーズ︵ needs ︶を最優先で満た していく、という人間の本性︵の一面︶が、

訴えかけているといえる。

中で日常化していくというシナリオも考えら

このような世代間の不安定化が我が国社会の

にあるからには対処は容易ではなく、将来、

一般公開講座︶ 。 ﹁現代の奪いの心︵奪いを基

隆彰氏は、明快に答える︵二〇〇七年KSI

ものは何だろうか。比叡山延暦寺の高僧小林

そのために必要な対策として最も本質的な

生態系やエネルギーを使い尽くしてしまうこ

その背景にあるとされる。人間の本性が背景

れる。このような現代社会の発展の終着点は、

かったようにも見える。しかし、逆に、その

くされた会場がしんとする。 ﹁これから家に

らなる次の一言に、五〇〇人の聴衆で埋め尽

の心を変革していくことだ﹂と。小林氏のさ

本とする精神構造︶からお返しの心へと人間

頃には、滅私奉公のように自我を殺すことが

は、長い期間にわたる心の持ち方の積み重ね

帰って、自分の顔を見て御覧なさい。人の顔

昔の日本には、このような自我の優先は無

社会の不安定化、崩壊である。

美徳とされ、自由な個としての精神の存在が

︵本稿は、京都大学生存基盤科学研究ユニットニ ューズレター№4に基づき、一部、加筆した。 ︶

をしているといいですね﹂

の結果としてできあがるものですよ。いい顔

どの程度社会的に尊重されていたのかについ ては、定かではない。 今から二〇年ほど前、国連のブルントラン ト委員会は、持続可能な発展とは﹁将来にわ たる複数世代のニーズ︵ needs ︶を損なわず

109


サステナの意識の 定着を

昨年の七月に原油価格が一四〇ドルを超え

与えるサステイナブルという言葉であるが、

まりに大きく、また広大になる一方である。

最近の社会の激変も加わり、背負うものはあ

はずである。その後の景気後退のすさまじさ

サステナは何をすればいいのかという問い

たときには、多くの人が激震の予感を覚えた は収まらず、今年の五月にはGMが破綻した。

に、まだ明確な答えは出ていない。しかし、

われている。これは、サステイナビリティ学

世界の中心力が変わることを実感せざるを得

が確立される前に、既存分野や社会に一般用

多くの既存分野でもキーワードとして広く使

安を増幅させている。いっぽうで、政治不安

語として取り込まれかねない状況にあるとも

このサステナという言葉は、急速に浸透し、

や地球温暖化などの環境問題も大きな不安要

の話かもしれないが、感覚的には社会的な不

素になっている。いったい、私たちはどうな

いえる。

ない。新型インフルエンザ騒ぎなどは別次元

ってしまうのか心配になる。このような複雑

立ち上がったサステイナブルな社会を作る力

誰もが実感している。その中で、あたらしく

ではとてもこの状況には対処できないことを

できる形の企画をオンキャンパスで開催し、

る傾向にはないだろうか。学生も自然に参加

家を意識し、社会への働きかけを重視しすぎ

が開催されているが、これらの多くは、専門

する多くのシンポジウム、国際学会や講演会

原点に戻ってしまうかもしれないが、学生

になるべき学問に、そのまま﹁サステナ﹂と

社会を呼び込む形式で、まずは多くの分野の

で漠とした﹁不安﹂に立ち向かう手段として

直截的に命名したところにも、将来を見通す

学生にサステナを意識の底に定着させること

が学ぶべきサステイナビリティ学を提供する

精神的な支柱がほしい、具体的な提言がほし

ことが急務ではないか。サステイナブルに関

い、そのための人材がほしい、といった悲鳴

が必要だと思うのだが。

既存の特定分野の学問、あるいはその集合体

が聞こえるような気がする。穏やかな響きを

﹁サステイナビリティ学﹂が期待されている。

巻頭エッセイ より

馬場章夫

大阪大学サステイナビリティ・サイエンス研究機構(RISS)機構長 大阪大学大学院工学研究科教授/ (有機合成化学)

108


念です。サステイナブル・ディベロッ 持続性を保障するためにも重要な思想

プメントが、環境のみならず、社会の といわれているにもかかわらず、その 学的な基礎は実はきわめて弱いのです。 その一方で、アメリカのハーバード大 学やコロンビア大学の人たちがサステ イナビリティについて学問的に正面か

発展とは、将来の世代のニーズを充た

植田 ブルントラントは﹁持続可能な

です。

サステイナビリティ学をいい出したの

がきわめて重要だという認識を持ち、

アジアにおける研究の拠点をつくるの

われわれとしても、このタイミングで

ようとする機運が生まれてきています。

サステイナビリティを学問的に探求し

去にあったのか振り返ってみると、ブ

リティに関連するどのような議論が過

植田 経済学において、サステイナビ

させられる実践の学ですよね。

リティ学は現実問題に対して実際に試

り対決しない。しかし、サステイナビ

ごとを抽象化して語り、現実にはあま

学問はそれぞれの論理で発展し、もの

住 学問の一番弱いところは現実に立   ち向かうという点だよね。ほとんどの

ではなかったのです。

理的に計っているものです。本当の意

豊かさの真の指標ではなく、いわば代

済を計ってきましたが、これは福祉、

わけです。GNPとかGDPとかで経

の何かは生活水準だとソローはいった

あるいは何かしらが良くなるので、そ

何かが少なくとも悪くはならないし、

議論をしています。持続というのは、

ート・ソローが生活水準の持続という

年にノーベル経済学賞を受賞したロバ

て、地球の資源には制約があるという

ら取り組み始めようとしているように、

しつつ、現在の世代のニーズも満足さ

ルントラント以前では、一九七二年に ローマ・クラブの﹃成長の限界﹄が出

味で持続可能にしていかないといけな

警告がなされたわけですが、一九八七

世代間の衡平を議論しました。これは

東京大学教授 (緑地環境学)

せるような発展﹂といって、ニーズの

武内和彦

実は学問的基礎がはっきりとある概念

﹃サステナ﹄ 0号

111

特集


座談会

110

特集座談会 より

環境学から サステイナビリティ学へ サステイナビリティ学連携研究機構の最大の目標は サステイナビリティ学を 成することだ。 名はあっても中身はこれからだ。 どのようなものが生まれ出てくるのだろうか。

武内 どうしてサステイナビリティな

のかというと、 ﹁環境﹂という言葉で は語りきれない広がりのある問題を取 り上げたいということがあります。サ ステイナビリティでまず思い浮かぶの

植田和弘

住 明正

京都大学教授 (環境経済学)

東京大学教授 (気候システム学)

は﹁サステイナブル・ディベロップメ ント﹂ 、持続可能な発展です。これは 一九八四年に国連に設置された、ブル ントラントを委員長とする﹁環境と開 発に関する世界委員会﹂が提唱した概

サステイナビリティ学とは何だろうか?


ではすまなくて、ある程度のモノはい

という。しかし、どうしたって心だけ

は、精神的に豊かであればそれでいい

ていどっちかに偏る。心を強調する人

心かモノかって問題を立てると、たい

てくる。しかし、心は計測できない。

タイルとか価値観とかがポイントなっ

ーズに対応させるのが、ものすごく大

現代的にアレンジして新しい社会のニ

います。伝統的に生きてきた知恵を、

た伝統的知識というものを重要視して

武内 国連でも文化の多様性に根ざし

大切になってくるでしょう。

伝統を残しつつ新しくするという面が

に検討されるべきです。一つの重要な

く適応していけるかという問題は大い

てのシステムは地球環境の制約にうま

にも適応力があって、経済の全体とし

省資源の技術が進みました。資本主義

実際、石油危機のときには、省エネ、

み出すというような効果もあり得ます。

住 過去の日本では、子ども時代から   ﹁我慢しなさい﹂と教えていた。自分

考えられません。経済学は非常に近視

経済予測では一〇〇年先などはとても

です。温暖化問題が典型的ですが、五

要素は時間のパースペクティブの長さ

の欲望をつつましく抑制するのを伝統

眼的な面を持っている。経済システム

事な話になってきますね。

を知る﹂の﹁程﹂です。モノと心のど

的に教えてきたわけです。それに対し

自体、かなり短い時間の視野で動いて

る わ け で し ょ う。だ か ら 大 事 な の は

っちかではなくて、要はその真ん中に

て現代の経済は、人間の欲望を全開さ

態がどうだったかということが関係し

いう成り立ちをしてきたか、労働の形

多面的ということですね。地域がどう

植田 サステイナビリティ学はやはり

植田 利潤原理で動くシステムに問題

全とは、大きなギャップがある。

化を狙う現在の資本主義と、環境の保

することを要求する。欲望全開で最適

境のほうは欲望を適度なところで管理

るポイントになる気がします。

られるか、サステイナビリティを考え

す。それをシステムのなかに内在させ

けがあり得るのではないのかと思いま

してはもう少し長い方向性を持つ仕掛

いる面を持っている。しかし、全体と

〇年先、一〇〇年先を考える。しかし、

あるわけでしょう。もう一つ、グロー

せてしまう。つまり欲望全開経済。環

ている。グローバリゼーションで、あ

も、うまく働けば、コストを削減する

があるという指摘ですね。利潤原理で

﹁程﹂だと昔からいってきた。 ﹁身の程

界は同じではない。

バルかローカルかという話もある。世

いとやっていけなくなっているけれど

る種の画一化、一つの標準に合わせな

ために資源節約型のよりいい技術を生

住 このところ﹁サステイナビリティ   学って何をするのですか?﹂って聞か

も、持続可能性を考えたなら、地域の

﹃サステナ﹄ 0号

113


特集座談会 より

い状態とはどういうものなのか、それ

を主張したのがJ ・S・ミルで、ステ

となる学術であって、最終的には持続

とビジョンの提示を目指すための基礎

を再構築し、相互関係を修復する方策

持続可能性という観点から各システム

もたらしつつあるメカニズムを解明し、

ステム、およびその相互関係に破綻を

会システム、人間システムの三つのシ

イナビリティ学は、地球システム、社

学をどう定義するか議論し、 ﹁サステ

武内 われわれはサステイナビリティ

議論は、これから開拓してく分野です。

るから、人のほうの見方が変わってい

で、すべてが同じだと人間は飽きがく

ずっと同じです。条件がコンスタント

社会。もう一つの安定な解は定常解。

これで正しいのです。栄枯盛衰がある

代目が守るけれど、三代目で潰れる。

者が出てぐっとのしあがり、それを二

社会の言葉でいえば、浮き沈み。 業

要するに振動で、これなら安定です。

一つは、アップ・アンド・ダウンです。

持続的であるわけがない。安定な解の

て、発展するからには発散解であって、

植田 技術開発はあることを解決しよ

二〇世紀の教訓ではないかな。

はやっぱり無理なんだとわかったのが

て足りなければつくればいいというの

ではないでしょうか。エネルギーだっ

住 技術発展で右肩上がりにいけいけ   どんどんというのは、戦後だけの幻想

ています。

としての環境という三つの条件で考え

源、再生可能な資源、それと、シンク

状態︶と言い換えています。枯渇性資

デイリーはステディ・ステート︵定常

という議論をしています。ハーマン・

ーショナリー・ステート︵停止状態︶

可能な社会の実現を目指すものであ

けばいいのでしょう。

うとの目的を持ってなされるけれど、

住 単純に解の安定・不安定の議論を   すると、持続可能な発展はありえなく

る﹂とまとめました。これは、最も包

植田 ストックが一定でも、中身は変

ある技術で一つの課題を克服すると、

はどのような指標で計れるのかという

括的で多面的な定義として、海外の研

別の問題が発生することが多い。技術

は万能薬ではない。

わるというのはありうることだと思い 産業的に特別に発展しているわけでは

住 人間は何をするかわからない。サ   ステイナブルな社会における人間のふ

ます。それが一種の成熟社会でしょう。

の選択という問題が入っています。そ

いうイメージです。イギリスの資本主

ないけれども、質が良くなっていくと

植田 サステイナビリティ学には社会

ういう意味でも多義的であるべきでし

るまいという問題になると、ライフス

究者からも注目されています。

ょう。持続可能な社会は画一的なもの

義が伸びている時期に、そういうこと

ではない。

112


場合に、コーディネーションする人間

くて、社会科学なり人文科学のほうへ

ードを出して、それを地域がまねて、

こないと思います。世界の動向を十分

お金がないところには国が補助金を出

理解し、かつ地域の自然的・文化的資

すというやりかたでは、地域は活きて

ナビリティ学を修めた人じゃないと出

源を掘り出し、それを世界的な要求に

植田 これからの外交交渉はサステイ

もいるし、実際に人を必要としている

られないとか、そういう感じになると

うまくつなげて、地域が回るようにす

と重点が移っていくような気がする。

現場もある。ニーズとシーズと両方が

をどうマネジメントしていくのかとい

⋮⋮。国内だって、これから地域社会

アに出て仕事をしたいと思っているの

あるのだから、サステイナビリティ学

が必要です。若い人のなかには、アジ

を志した者が、国際機関とか企業とか

る。そういうことが地域からできるよ

いう意味でのサステイナビリティの実

う点で、サステイナブル・シティ、サ

践だと思うのです。

で、大きな仕事をしていけるキャリア

武内 サステイナブルな社会をつくろ

植田 キーワードはやはり 造性です

うになる。それが、グローバルな世界

うとする実際の動きと、サステイナビ

ね。どういう地域の在り方を 造して

とローカルな世界の間の矛盾の克服と

植田 社会の側で受け入れる土壌がも

リティ学の展開とがうまく連動してい

ステイナブル・コミュニティなどの概

っとできてほしい。大学で人材を養成

くと、そこで育成された人材が社会へ

念がすごく重要になってくる。

して、その人材が社会にとって必要だ

いくのか。技術でいえばイノベーショ

らいい。

と思ってもらわないと。

と出て行く場所もぐっと広がっていく

パスみたいなものが将来的にはできた

武内 持続可能な発展にかかわる仕事

ンを起こすということです。

んなが不安になる。何か元気を出るよ

でしょうね。今後の日本を考えると、

うな話、道しるべというか、これなら

はいっぱいあるでしょう。それに対応

そこでどうやって地域を維持していく

みんなも聞くしついていけるというよ

住 人を奮い立たせる理念がいる。ど   うしたらいいかわからないときってみ

かという意味でのサステイナビリティ

少子高齢化で、自然資源は豊富にある

考えないといけなくなる。そのときに、

が人がいないという地域が多くなって、

住 グローバルなサステイナビリティ   は国家間の交渉を通して実現されてい

うなものを出すのが大事だと思う。

投入する価値があると思うんですよ。

くでしょう。だから、サステイナビリ

従来のように、霞ヶ関であるスタンダ

できる学問がないのですから、資源を

ティ学は、科学とか技術が中心ではな

﹃サステナ﹄ 0号

115


特集座談会 より

るわけではない。誰か脚本を書く人が

まったからといってそれで映画ができ

にプロがいる。そのプロがたくさん集

とめ方がわからないからでしょう。サ

す。融合ができないのは、要するにま

でしか融合はできないような気もしま

が自分なりの取りまとめをするかたち

植田 個人学際というか、一人の人間

く、地域の自然的、文化的多様性を反

問のレベルで随意だというだけではな

て、それは個人が勝手に選べるし、学

解決の方向性の選び方は、随意であっ

星雲のなかからの要素の選び方、問題

人でやれば一人学際になるでしょう。

にいえば、サステイナビリティ学にお

いて、人を集める人がいて、監督がい

ステイナビリティでは、例えば経済だ

点でも随意なのだろうと思っています。

映して問題解決の方向を見出すという

れがみんなにプラスになる可能性があ

て初めて映画ができる。サステイナビ

とデイリーは一種の環境への収容力を

れると、よくいうのは映画監督説です。

リティ学に期待されるのは映画監督の

考えて、そこに全部を収斂させて議論

ける学問の構築の仕方です。それを一

役割ではないかな。未来の社会を構想

一つの鍵となるのは、個別科学をやっ

るという話にしないといけない。

していくわけですから、いろいろな分

を 立 て よ う と し て い ま す。ヒ ュ ー マ

映画をつくるにはそれぞれの部門ごと

野のプロを集めて、一つのまとまった

ている人たちが、サステイナビリティ

る学問をもっとよくわかるようになる

ン・ウェルビーイング︵人間福祉︶で

ということではないかと思います。学

ものを生み出していく。それがサステ

最後までまとまらない可能性もある。

という世界のなかに座標を付けて、自

という新たな視点から自らの学問を評

それはそれでよくて、それぞれの人の

分たちの位置付けはこうだといえるよ

価し直すことで、自分たちがやってい

問をつくっていくという点に関しては、

特徴のあるいろいろなまとめ方であっ

そもそも何の持続性かというところで、

私は再チャレンジだと思っているので

て、議論していけばいい。

うになる。それを小宮山宏機構長は、

まとめようというのもありうるだろう。

す。同じようなことはこれまでもずっ

武内 星雲のごとくにある複雑な問題

﹁知識の構造化﹂といっているわけで

武内 多くの分野を統合して新しい学

といわれてきていて、しかし、実現し

群と、それから星雲のごとくにある個

イナビリティ学の役割でしょう。

たものは何もないといってもおかしく

別細分化された学問群との間に、筋道

住 環境に関する何らかの事業を行う  

すよ。

ないくらいでしょう。

を付けていこうというのが、大ざっぱ

住 分野間の融合は、新しい組み方を   とることで、新しい展開があって、そ

114


佐和隆光 KSI統括ディレクター/ 京都大学経済研究所特任教授 ︵経済学︶

大村善治 京都大学生存圏研究所教授 ︵宇宙空間物理学︶

一方井誠治 京都大学経済研究所教授 ︵経済学︶

井合 進 京都大学防災研究所教授 ︵地震工学︶

地球環境を保全し、将来世代につけを残さず、 かつ、現世代の福利を最大限高めるような サステイナブルな開発・発展を実現するための技術開発と 社会システム改編のための戦略を、超学的な観点から考究し、 サステイナビリティ学の﹁京都モデル﹂を世界に向けて発信すること。 それが京都大学の目標だ。 そこからはどのような未来社会の構想が生まれ出てくるのだろうか。

﹃サステナ﹄ 1号

全く新しい感染症の発生、地球規模の

環境変化がもたらす自然災害などが背

景になっていて、たとえば環境技術の

移転だけではとうてい解決できない問

題群です。

  私たちが考えるサステイナビリティ 学は、地球温暖化などの地球的規模の

課題に対する考察と同時に、それに立

ち向かおうとする社会の多様性、さら

にそれらの社会が抱える困難さを包摂

し、またおのおのの社会が解決のため

の方策を追究する必要があるのでしょ

う。本日はこういう視点も踏まえて討

論できたらと考えます。

井合 サステイナビリティに向けて、

どういう社会に向けて、どういう技術

げたいと思います。

開発が必要かということを二つ申し上

  一つは、例えば温暖化による気候変 動であるとか、自然環境の変化である

とか、そうしたものがもしも限界に達

したら大変なことになるというのはみ

117

京都の挑戦 特集


討論

水野 二つの質問をさせていただきま

す。一番目は、サステイナビリティ学

の観点からどのような社会を構想すべ

きと考えられるのか。二番目は、その

ような社会の実現を目指すとして、ど

のような研究を行うことができるのか、

ということであります。

  私は、東南アジアのインドネシアの 地域研究を行っております。今日の東

南アジアをみていますと、かつての日

本の高度成長期も公害はひどかったが

その後の取り組みにより改善された、

というある種の予定調和的な展開が本

当に実現するのかと疑問に思わせる、

危機的な状況があります。それには、

特に通貨危機後顕著なカリマンタンな

およびこれに伴う森林の消失、あるい

どにおける大規模な森林の盗伐と密輸、

は鳥インフルエンザの突発的な発生、

さらにスマトラ沖の津波などの大規模

な自然災害の連続的な発生などもあり

ます。これらの危機は、法秩序の問題、

116

特集座談会 より

コーディネーター

パネラー

城大学教授 ︵海岸工学、環境工学︶

三村信男

京都大学東南アジア研究所長 ︵東南アジア地域研究︶

水野広祐

サステイナビリティ学が 目指 す 社会の構想 社会経済システムの改編と技術戦略


れ以外の社会がないかというと、そう

るような研究ができないかなと思った

とを研究しているのですけれども、サ

それが夢でないというくらいの意識転

ステイナビリティとは、今、一方井先

大村 私は地球物理屋で宇宙空間のこ

壊されないようなルールを持ったシス

生がおっしゃったようなエネルギー問

りしています。

テムもつくれるのではないか。そうい

題とで深いつながりがあります。私が

走っても環境が壊れない、地球環境が

らここに限界がありますとか、ここか

うのがつくれる社会がサステイナブル

ではなくて、どんなに人が金もうけに

ら先にはいってはいけませんとか、そ

なのではないかと思っています。

換をし、構造転換をしていかないとな

ういうリミットを決めていく﹁規制型

らないと思っています。環境の制約か

の社会﹂をつくって、サステイナビリ

行動様式も変えて、環境と経済は同じ

と思います。そうではなくて、発想も

や中国、アジア的な発想が大切ではな

アメリカ型の文明観ではなくて、日本

  これからサステイナブル社会のイメ ージをつくっていくときに、いわゆる

加わったことにあります。これから四

上に電力を送るというプロジェクトに

パネルを打ち上げて、マイクロ波で地

ったきっかけは、宇宙空間に太陽電池

サステイナビリティに関わるようにな

方向に、よくなる方向にしか一緒にい

いか。お金だけではない、自然に深く

ティを確保するのは恐らく無理だろう

かないものだとしていくのです。その

〇年、五〇年して、石油が枯渇したと

スが一つ考えられていますけれども、

きにエネルギーはどうなるのか。これ

核融合を専門にやっている人に聞くと、

依拠したような、アジア型のサステイ

  また、世の中の研究課題優先順位も、 私の目から見るとおかしなことがたく

五〇年先でも難しいというのが、どう

ナブルなイメージというものをぜひつ

さんあります。環境、エネルギー、経

やら本音らしいです。五〇年先となり

ような意識、社会システム、技術を追

  しかし、やはりそうはいっても、現 実の社会はお金もうけの論理、市場の

済に同時に最適な技術は何かという評

ますと、宇宙空間は今よりも身近にな

求していくことが必要ではないかなと

論理で動いているわけです。高度経済

価ランキングみたいなものが出せない

からの社会を構想するときに重要な問

成長時代には、企業が利潤を追求しよ

か、しかも技術はどんどん変わってい

くっていければと思っています。

うとするとどうしても環境を壊さざる

っていますので、宇宙空間でエネルギ

思っています。

を得なかったという社会状況、社会的

きますから、継続的に毎年、発表でき

題です。核融合というエネルギーソー

システムがあったわけです。では、そ

﹃サステナ﹄ 1号

119


特集座談会 より

問への答えとしては、危機対応とでも

るのではないかと思います。最初の質

に対応する技術がすごく求められてく

る社会では、どうやって技術を当ては

て、個々にいろいろなことをやってい

  反対に、広がっている社会、つまり 農村に代表される、人が散らばってい

いう予測もありますが、むしろ、技術

いうのでしょうか、変動に強い社会を

します。ハイテクではなく、ローテク

化が起きてくるのであって、自然災害

と手前のところで、基本的なパラメー

構想すべきであると考えています。

でうまく入っていけるような新しい技

んなが知っています。実際には、その

タの変化によって、限界にたどり着く

  もう一つの質問は、どういう技術を 生み出していくかということです。キ

開発の話は乗りやすいのではないかと

ようなことが起きてしまうのではない

ーワードとしては、集中型か、それと

術を生み出さないとなかなか対応が難

かで調和するようなところに落ち着か

社会のシステムを変えたりして、どこ

に、技術開発をして温度を下げたり、

しい技術がすんなり経済システムない

ないかと、基本的に思っています。新

に、技術はすごく生かしやすいのでは

弱性が潜んでいるのですけれども、逆

ます。そういう集中型の社会には、脆

  こういうことをいきなりいうと、そ んなばかみたいな、夢みたいなことを

ステイナブルな社会なのではないか。

とです。そのような社会がいわゆるサ

システムが備わった社会を実現するこ

競争力も強まる、そういった好循環の

境がよくなればなるほど経済的な国際

というのが、第一点です。

思います。

かと思われます。例えば、イースター

も分散型か。例えば、人口問題に代表

しいのではないでしょうか。

も人為的災害も含めて、そうしたこと

島で起きたようなことが、大変動の手

されるように都市にどんどん人が集ま

一方井   私の夢というのは、経済が発 展すればするほど環境がよくなる、環

ような限界に達するよりももっとずっ

前で危機的状況になってしまうことが

っています。そこはどんどん便利にな

せようとする。そういう簡単な曲線を

しは社会のシステムに入っていけるの

めていくのかを考えるのは難しい気が

  環境問題というと、何かがオーバー シュートする、例えば温度がずっと上

っていて、お金がどんどん集まってい

あるといった視点が要るのではないか

もないことになる、そうならないよう

がって、ついには上がり過ぎてとんで

思い描く人が多いようですけれど、実

です。アジア、中国で、都市に人が集

と、いわれてしまうわけですけれども、

りも手前のところで、変動というか振

中してこれから大変なことが起きると

際はそのオーバーシュートが起きるよ 動というか、空間的にも時間的にも変

118


高い知的水準の持ち主になるのは当然 ー・オブ・ライフというものはなかな

ど佐和先生がおっしゃったクオリティ

すが、しかし、住んでいますと、先ほ

から、この地域でどういうことがあっ

で、集めている研究者がいます。そこ

用水をたどったり、石碑の碑文を読ん

たのかが出てくるんです。

だと考えているのです。人文学の素養

ら見ても余りいいイメージを持たれて

か感じられません。あるいは、よそか

が非常に重んじられています。   日本の実学偏重こそが、大学進学率 は高くても、知的水準が低く、ゆえに

豊かなのに、その豊かさを余り生かせ

  これはなぜなのでしょうか。 城は 比較的東京に近く、資源や自然環境も

ィのサイトを決め、災害対策、津波か

タイ、インドネシア等でケーススタデ

とのつながりを持ちながら、ベトナム、

ィをつくっています。そういう人たち

た場合に、サステイナビリティとはど

することだと思います。どこがポイン

のサステイナビリティの課題を明確に

城という一つの地域に焦点を合わせた

ん。今は最初の入口の段階ですが、

  この三つのアプローチからどのよう な答えが出てくるのかまだわかりませ

きている人がいて、小さなコミュニテ

ていないのだと思います。では、何を

らの復興といった調査をして、比較研

  三番目は国際的な比較研究です。 城県にも東南アジアの各地から働きに

やったら本当に 城が豊かであると実

究を行う予定です。アジア各地でどう

いません。

Lを高めることが一つです。それから、

感され、そしてサステイナビリティに

違うのかやろうとしています。

と思います。

もう一つ、日本を知的に秀でた﹁知﹂

つながっていくのか。そこがどうもよ

環境問題に対する関心が希薄な理由だ

を尊敬する風潮のみなぎる社会にする

くわかりません。目標の第一は、 城

ういうことを考えていくのかを、簡単

ってみたいと思っています。

トなのかをはっきりさせることからや

  では、これからどんな社会を構想す べきかについてですが、日本人のQO

三村 私は、 城という地域に着目し

ことです。

にお話ししたいと思います。

サステイナビリティの研究、それとア

学の研究ができるのではないかと考え

ジア各地との比較サステイナビリティ

城の農村に行きますと、大きな家   がたくさんあります。門が家みたいに

しです。これには、歴史学や教育学の

  二番目にやろうと思っているのは、 サステイナビリティの伝統の掘り起こ

ています。

立派で、長屋門というのですけど、そ

先生方の力が非常に大きくて、過去の

ういう農家が多いのです。それを見て も、 城というのは豊かな地域なので

﹃サステナ﹄ 1号

121


ンダ、デンマークを加えた五つの北西

葉がありますが、日本人の生活の質の

特集座談会 より

ーを発電してそれを地上に送るという

レベルは決して高くはない。

心です。これら五つの国の共通点は何

ヨーロッパ諸国は環境保全にとても熱

います。

  日本は、北西ヨーロッパの五つの国 に比べて、QOLは圧倒的に低い。言

ことも、可能になってくるだろうと思

なのかと問い、一つは、十分豊かなこ

ち込みましたが、九〇年代の半ばごろ

率が鈍化していますので一一位まで落

  一人当たりのGDPで見ますと、日 本は、今は長いこと不況が続いて成長

や世界で一、二を争うぐらいで、五二

高いことです。日本の大学進学率は今

  もう一つ、ポール・ケネディが指摘 する五つの国の共通点は、教育水準が

い換えれば、環境のことを考えるに足

て、生存基盤科学研究ユニットが京大

は世界で一、二の﹁豊かさ﹂を享受し

%を超えたそうです。大学院の進学率

とであるといっています。

にできたときに、そちらの方のメンバ

ていました。フランスのジャン・ボー

も急上昇しています。教育水準がこれ

  そうしたエネルギーの絡みから、京 都大学の宇治キャンパスにある研究所

ーに加わって、サステイナビリティの

ドリアールという社会学者が、九五年

日本人がさほど熱心でないのはなぜな

ほどまで高いのに、環境問題に対して、

るほど十分豊かではないのです。

問題も勉強するようになったのです。

二月に日本にきて、全国各地を見て歩

群と、東南アジア研究所をベースとし

  具体的には、生存基盤科学研究ユニ ットの中の総合研究として、今は情報

い た の ち、次 の よ う に い い ま し た。

のか。大学進学率ではかった知的水準

すので、環境問題、あるいはサステイ

﹁日本という国が豊かなのは、日本人

ではなく、本来の意味での知的水準ル

が余りにも不足しているという状態で ナブルサイエンスに関するデータを集

が貧しいせいではありませんか﹂と。

縁ではありません。日本では、学術・

めて、データベース構築していこうと

科学の価値を﹁有用性﹂の尺度ではか

立大学が法人化されたこともこれと無 しぶりを見ると、フランス人の感覚に

るという悪いくせがあります。ヨーロ

がはまだ低いということなのです。国

照らせば、決して豊かだとはいえない

日本は世界一なのだが、日本人の暮ら

カ、イェール大学の歴史家が一九九三

どころか、むしろ貧しい。クオリティ

つまり、一人当たりGDPで見る限り、

年に﹃二一世紀の難問に備えて﹄とい

ッパの人びとは、大学を卒業すれば、

佐和 ポール・ケネディというアメリ

う本を書き、その中で、大変面白いこ

ー・オブ・ライフ︵QOL︶という言

しています。

とを指摘しています。北欧三国にオラ

120


弊社としては、お客様に何かできない

の汚染との関わりが重要視されました。

病院などの一般の給食産業でも、排水

などが社会問題化して、外食産業でも、

た。また、瀬戸内海や琵琶湖での赤潮

品質管理のできる低温倉庫を建てまし

手の外食産業と取引きを願いたいと、

として、火力・水力・原子力の組み合

出されて、その中で、ベストミックス

社ではサステイナビリティレポートを

末永 桝本さんにお伺いしますが、御

のは素晴らしい試みです。

って、お米の低温保冷をおやりになる

桝本 雪のエネルギーを長く夏まで使

農家の方がいると伺っています。

状況です。企業経営としては、この制

した。電力業界には非常に制約が多い

も取り組みをしないといけなくなりま

問題、地球規模での温暖化問題などに

加えて、地域的な大気汚染などの公害

認識されたのですが、その後はそれに

オイルショックではそちらの面が強く

リティ確保に関係しているわけです。

界で、エネルギーの安定確保、セキュ

  もともとは、質の高い電気をお送り するという社会的な使命を背負った業

たち電力会社は、環境全体に対する影

か と、一 九 九 〇 年 に 無 洗 米 を 始 め、

わせで環境にやさしいエネルギーを作

約は仕事のチャンスと受け止めるべき

分の一に敷き詰めて、それで温度を保

﹁洗わないでいいお米﹂を全国で早く

う取り組みなのでしょうか。

るとされていますが、具体的にどうい

だと考えています。挑戦する姿勢を持

た。アメリカのファミリーレストラン

製品化させて発売しました。無洗米を

桝本 世界全体でみますと、地球温暖

って、一番いいかたちで事業展開した

いと考えています。

使用することで環境に貢献するととも

化問題の原因といわれる二酸化炭素は、

いと考えています。

響の大きい業種で、それだけ責任が重

に、大幅なコストダウンも可能にしま

計算のやり方にもよりますが、約四〇

つということをしています。新潟の方

した。その後ISO14001も取ら

パーセントが発電部門から出ていると

でも積雪を使って利用している農協、

せていただき、環境とコストに貢献す

  そこで、ベストミックスというのは、 一つのものだけに頼らないということ

いうビジネスが生まれた時期です。大

るということを取り組んでおります。

いわれています。私たちの計算では、

です。一つに頼れば、それに何か支障

が日本に上陸して、全国で外食産業と

末永 低温備蓄でも環境への取り組み

発電部門から日本全体の二酸化炭素の

電力会社の他に自家発電なども入れて、

が生じたときに全部がおかしくなって

北本 低温倉庫というのは品質管理用

実に三〇パーセントが出ています。私

はありますか。 で、北海道の北空知で、雪を倉庫の三

﹃サステナ﹄ 2号

123


「地域に生き 世界に伸びる」―大阪の提言 特集

アジアの持続可能な 社会の実現へ 座談会

盛岡 通

大阪大学大学院教授 大阪大学 RISS 企画推進室長 幸福米穀 (本社・大阪府寝屋川市) 電気事業連合会副会長 取締役常務 東京電力取締役

桝本晃章

北本みず子

末永 恵

大阪大学 RISS 特任研究員

り外食向けの業務用卸に取り組みまし

トし、法人化は七二年で、そのころよ

年を迎えます。当初は小売からスター

年に 業いたしまして、間もなく四〇

北本 弊社は、一九六八︵昭和四三︶

たいと思います。

大学の連携をどうすべきか考えていき

が深い両分野を中心に、産業界と社会、

ました。国際依存度が高く、相互関連

をご専門とする企業家を二人お招きし

安全保障﹂の問題を取り上げ、同分野

て重要な﹁エネルギー安全保障×食料

末永 今日は、国民生活の持続にとっ

司会

122

特集座談会 より

産業界と大学の連携


場所で作られたお米の販売です。これ

  もう一つ環境への試みとして、水田 環境米を推進しています。環境のいい

の増になります。

うと、年間で大体一〇〇万円の純利益

〇〇〇食出すレストランで無洗米を使

を抑えることにもなります。一日に一

ます。省資源であるとともに、人件費

同時に、水道代のコストダウンになり

てすむので環境の保全に貢献します。

ということですね。桝本さんのお話で

プロダクトチェーンに変化を起こそう

盛岡 北本さんのお話は、製品の流れ、

開しています。

をしたいとこの水田環境米の仕事を展

当に微々たる力ですが、何らかの貢献

れているというのは胸が痛みます。本

こが耕作されなくなって、草むら化さ

のふるさとではないかと思います。そ

の風景は、美しく、本当に日本の文化

てはその方が楽かもしれません。

るので、罰金ですむのなら場合によっ

員から厳しく下されてしまうことにな

評価を、消費者、株主、あるいは従業

企業はそれによって、経営そのものの

を払わねばならない可能性があります。

いう、それが実はかなり大きなコスト

たときには、社会的に批判を受けると

ば公約になっていて、達成できなかっ

も、電力の会社が、電気を作るだけで

です。環境なり何なりの制約があって、

  企業の仕事は、他社との差別化をは かりながら製品やサービスを出すこと

まで、政府の農業政策で減反がかなり

はなくて、電気を使う機械のことから

スであるともいえます。

進められ、特に中山間地の棚田のよう

盛岡 制約条件を課して、企業の努力

いかにして克服するかという挑戦は、 だと思います。

を促すということは、一つの施策とし

他社との差別化をするビジネスチャン 末永 自主行動ですから、もしも目標

てありえますが、だからといって、企

いる。それらは、社会的に大きな挑戦

のには費用がかなりかかり、補助金を

を達成できなかったときには、消費者

都市のあり方まで考えていこうとして

出すからとりあえず減反しなさいとい

が企業に対してどういう選択をするか

業はどんどん克服していくのだから、

います。棚田に機械を入れて整備する

うことだったのです。しかし、そうい

どんどん規制をかければいいのだとま

なところでは生産されなくなってきて

う場所でつくるお米はおいしいのです。

とかいった反応が返ってくるというこ

ではいえないと私は思っています。科

学技術の振興であるとか、技術開発を

桝本 自主行動計画にはペナルティー

はありません。しかし、社会とのいわ

とになりますか。

  私どもは四〇年近くお米の販売に従 事しているものですから、農家の支援 というか、何かお手伝いできないかと 考えています。日本の田園風景、棚田

﹃サステナ﹄ 2号

125


特集座談会 より

  一方、温暖化問題への取り組みでは、 電力会社としては、発電の部分で二酸

うに、分散・多様化させます。

然ガスの供給先も複数にするというよ

組み合わせて使う。さらに、石油や天

料としては、石炭、石油、天然ガスを

最も大きいわけですが、火力発電の燃

に組み合わせる。火力発電がシェアが

の排出総量で作ってもいいし、エネル

は業界ごとに柔軟に考え、温暖化ガス

にも特色のある取り組みでした。目標

自主的に自分たちの目標を作る世界的

アクション・プラン︶を作りました。

募って自主行動計画︵ボランタリー・

一二月より半年ほど前に、三五業種が

桝本 京都議定書のできた一九九七年

経った今の状況はどうですか。

るという目標を立てました。約一〇年

す。北本さんの会社では天然ガスの車

素の排出は四〇パーセント増えていま

も家庭・オフィス部門からの二酸化炭

発効されたわけですが、京都会議以降

末永 二〇〇五年二月に京都議定書が

変厳しいものです。

をさらに絞ろうというのですから、大

ってきました。自主行動計画は、それ

うと、それ以来、ぞうきんを絞りに絞

ライブがかかりました。ぞうきんでい

いにも、二〇〇五年の時点でほぼ目標

化炭素の排出を削減するのが第一です。

ギーの消費量の総量、生産単位、発電

を使用するなどの取り組みもされてい

って、産業部門からの二酸化炭素の排

その上で、よりエネルギー利用効率の

単位、販売電力量単位あたりの排出量、

ますが、企業精神と、環境を守ろう、

しまう高いリスクがあります。水力発

高い機器やシステムを世の中に提案し、

あるいは単位あたりのエネルギー消費

資源を守ろうということはどう結び付

を達成しています。

大量エネルギー消費社会・大量炭素依

量でもいいと、おおまかに四つの取り

くのでしょうか。

出を一九九〇年度レベル以下に削減す

存社会から、エネルギー高効率社会・

方のどれかで作りました。この計画は、

電、火力発電、原子力発電をじょうず

低炭素社会へと変えていく努力をする

国の温暖化対策基本法の中に、産業界

方々、都市のあり方そのものを考える

っている方々、建物を設計し建設する

います。結果は毎年公表していて、宿

の国民への公約のような格好になって

の取り組みとして盛り込まれて、一種

ヘドロ状態になります。洗わないです

常に栄養が高く、河川に流れ出ますと

北本 無洗米を例にしますと、糠は非

  日本ではオイルショックでエネルギ ー価格が高騰し、省エネへと大きなド

力会社だけではできなくて、機器を作

ことも重要であると考えています。電

方々に至るまで、関わってきます。

題はまだまだたくさんありますが、幸

むお米は、糠を含んだ排水を流さなく

末永 経団連は環境実施行動計画を作

124


はリセット可能な世界です。現実の世

レビゲームばかりやっていると、あれ

いかに生活能力がないかも分かる。テ

とよく分かります。同時に、私たちは

は、最貧国といわれるような国に行く

桝本 日本がいかに豊かかということ

っています。

ぶようなスクールがあってもいいと思

ていない状況下で、自らの生き方を学

ことは不可能です。そこで、満ち足り

れは見掛けの豊かさで、未来永劫続く

期間の間に消費しているからです。こ

れまで蓄積してきたものを、極めて短

うと、化石燃料を始めとして地球がこ

ています。なぜ満ち足りているかとい

いろいろなものが満ち足りた生活をし

盛岡 われわれは食べ物だけでなく、

か、そのあたりはどうですか。

らの若い世代に何を伝えていけばいい

まく軌道修正していくために、これか

  サステイナブルな社会に向けて、地 域社会のシステム、人間システムをう

いて、子どもが大人とゆっくり話をし

いない、お父さん、お母さんは働いて

ちゃん、おばあちゃんは一緒に住んで

す。最近は核家族化が進んで、おじい

北本 食育という言葉がよく聞かれま

いた場面を思い出しました。

て。それでカエルの筋肉がピクッと動

な電気だから全く心配ありません﹂っ

ったんですけど︵笑︶ 。先生は、 ﹁微弱

人間だから通さなくてもいい﹂ってい

いう。 ﹁先生、私は電気を売っている

したら先生が針を打って電気を通すと

を痛めまして、鍼に行ったんです。そ

面は今でも忘れないです。この間ひざ

を流すとピクッと動く、そういった場

す。カエルの解剖で、足の筋肉に電気

を覚えるというのではないところでで

と思います。何かを教えられて、それ

動したりする場面のあることが大切だ

ていい。小学校あたりで、驚いたり感

育の場にもっとあった方が社会にとっ

界はそうではない。体感・体験が、教

常に大切ではないかと思います。

そういったことができるというのが非

来を聞いたり、子どもに夢を与えたり、

楽しい食事を基本にして、子どもの将

なものだったのではないでしょうか。

全な子どもを育てるのに、非常に大事

いという食べ物ではなく、心身共に健

インスタントでおなかさえ膨れればい

とお漬物という昔からの日本の食事は、

もが多くなっています。ご飯とみそ汁

せいなのか、いわゆる﹁切れる﹂子ど

  朝ご飯を食べずに学校に行く子が非 常に多いです。栄養のバランスが悪い

もあるような気がします。

だと、何か勘違いをしている世の中で

ます。学問ができるようになれば教育

って当たり前だという時代になってい

育ができないから、学校でやってもら

場でもあるのです。家庭で子どもの教

いうのは、一般的な常識を身につける

少なくなってきています。食事の場と

ながら食事を取るということが非常に

﹃サステナ﹄ 2号

127


特集座談会 より

製品でもシステムでも何か新たな提案

桝本 企業としては、社会に向けて、

しまうのではないですか。

ま醬油にはカビが生えませんね。私が

す。食べ物ではどうなのでしょう。い

み込むのは非常に重要だと思っていま

目﹂といいますか、そういうものを組

桝本 も ち ろ ん 企 業 の 中 に﹁社 会 の

桝本 企業としては、品質保証・品質

わけです。

に負担をかけているということもある

やるほど、たくさんの資源とか、環境

変な労力がかかる。品質管理をやれば

非常に厳しくやらないとならない。大

盛岡 市場に出るのは完全なものでな

をした時には、それが市場で支えられ

管理にお金をかけることは、数十年の

要ですが、それは個々の企業ではでき

るというのが非常に重要です。消費者

子どものころは生えました。いろいろ

オーダーでなら十分にペイします。も

行いやすい社会制度とかの面での施策

が評価してくれるか、買ってくれるか

は、腐らないようにするという点では

な食品に相当の添加物が入っているの

ければならないとしたら、品質管理を

ということです。企業が柔軟に動ける

しも、実際に悪い事態にぶつかったな

ません。

ような支援をしていただきたいのです。

やむを得ないのでしょうが、安全性と

も併せてやらないと、企業は窒息して

新しいものを出した時、それがどのよ

らば、企業の信頼を失い、非常に高い

質管理にお金をかけなくてもすんでし

いう点ではどうなのでしょうか。

まう企業もあるわけです。産業全体と

うな影響を及ぼすのか、事前に全部ア

意識が強くなっているのではないかと

して品質管理を進めて、現場の一線ま

コストを支払わないとなりません。と

います。昔は、ちょっとくらい変なに

で徹底するのが非常に重要です。

ころが、そういう現象が出ないで、品

影響が潜んでいる可能性があります。

おいがしても、ごはんをお湯で洗って

北本 環境米が売れているということ

盛岡 科学技術には思わぬ副作用もあ

食べていました。お米に虫がついても、

末永 それは日本のものづくり産業の

からすると、より自然なものをという

ります。それは企業自身には見通し得

根幹に関わることですね。現場で、人

きません。思わぬところにマイナスの

ない部分もあり、問題が起こったとき

取って炊いたら大丈夫だってやってい

間の目であり知恵であり、 造性がど

セスができるかというと、必ずしもで

に、直接携わった企業だけが社会的非

色のついたお米が入るだけで、すぐ返

ましたけど。今では、本当にわずかに

う発揮されるのかという問題ですね。

は思っています。先回りして概括的な

品です。

難の的になるのは、非常に危ないと私 アセスメントをやるような仕組みが必

126


﹃サステナ﹄ 3号

横浜国立大学大学院教授 (環境リスクマネジメント) 知床財団統括研究員・事務局長 (野生動物保護管理) 北海道大学大学院教授 (魚類生態学)

松田裕之 山中正実 帰山雅秀

ように、シカも自然資源として有効に活用

しようと、エゾシカを捕獲して衛生的に肉

処理して市場に流そうという動きにも関わ

っています。

知床が世界自然遺産になった大きな要因

に、一九七九年からの動物調査の継続があ

ると思います。日本の自然保護区の中で、

動物について最もよく調査されてきていま

す。もう一つ、地元の人たちの自然保護へ

の熱意です。一九八七年に牛来晶さんが斜

里町の町長になったのですが、知床を世界

遺産にしようと牛来さんが目標を立てたと

き、最初は周囲からは割合冷ややかにみら

れていたのが、彼の熱意でみんながその気

になり、省庁や道も動くようになりました。

科学委員会の存在も大きかったと思いま

す。日本の自然保護地域や世界遺産の地域

に、これまでは、科学的な議論を行う常設

の委員会はありませんでした。二〇〇四年

七月に、環境省が知床世界自然遺産候補地

科学委員会を作りました。その年に世界遺

産委員会の諮問機関である国際自然保護連

129

北海道発――― 特集

司会


討論

出席者

桜井泰憲

北海道大学名誉教授 (保全生物学) 知床世界自然遺産地域 科学委員会委員長 北海道大学大学院教授 (海洋生態学) 知床世界自然遺産地域 科学委員会海域ワーキング グループ座長

帰山 知床が世界自然遺産として登録され   るに当たっては、第一に、非常にユニーク

な生態系であること︵最南端の季節流氷域

であり、海洋生態系と陸域生態系との相互

作用が顕著︶ 、第二に、豊かな生物多様性

を持ち、世界的な希少種がたくさんあると

いう点が認められました。その一方で、知

床半島には、人も結構多く住んでいて、わ

私はエゾシカの形態学的な調査

地域となっています。

が国における自然と人間の共生が試される 大泰司

ということになり、シカの保護・管理へと

をし、一九七〇年代頃から生態も調べよう

発展し、今では、ヨーロッパやアメリカの

128

特集座談会 より

大泰司紀之

知床世界自然遺産から考える サステイナビリティ学 ―― 持続的生物生産圏の構築と地域ガバナンス


私は思っています。

はないかという意識を持つべきだと、

自然と人間の関係を新たに作ることで

そんな光景はそれまでみたことがなく

海にものすごい量の魚がいたのです。

ッケからカレイ類から、とにかく狭い

ことに、そこにはスケトウダラからホ

保全しながら、持続的に漁業ができる

す。世界自然遺産として海洋生態系を

けられました。海域管理計画の作成で

産として登録されましたが、条件が付

場所がほぼ入るようにし、世界自然遺

シカの害というと、農業、林業への て非常に感動しました。

全く思われていなかったものに急激な

あります。以前には絶滅するなどとは

ために、絶滅しそうな植物がたくさん

が、今では、シカが植物を食い荒らす

知床は自然遺産としては日本で三番目

くださいと声をかけてこられました。

知床の科学委員会のメンバーになって

然環境事務所の方がご覧になっていて、

NHKが放送しましたら、釧路の自

サステイナビリティの問題です。

しながら漁業も続けるという、まさに

るよう求められています。自然を保護

のか、二〇〇八年三月までに回答をす

被害がクローズアップされていました

変化が起きています。そうした事態も

で、一九九三年の屋久島と白神に続く

分野でいうと生活史と個体群生態学で、

帰山 私は大学を卒業して三十数年、   サケの生きざまをみてきました。学問

踏まえて、科学的な調査を積み重ねつ

ものですが、海が入ったのはここが初

に研究し、一九八〇年代の終わり頃か

つ、シカと人と付き合い方を考えてい

ら、海外に出るチャンスが多くなり、

自分の生きざまよりもサケの生きざま

沿岸から一キロを緩衝地域として世

カムチャツカやアラスカの川に潜り、

の方が分かっているという自負を持っ

界遺産に登録するとして国際自然保護

めてで、漁業活動を盛んにやっていま

おおわれた海の下をみたいとNHKが

連合に出したところ、海域が狭すぎる、

どんな魚がいて、何を食っているのか

すから、環境省はどうやって扱ったら

いってきまして、北大が持っている水

管理計画が全く駄目だと突っ返されま

よりも北にある川、とくにカムチャツ

調べました。それで驚いたのは、日本

くことが大事ではないかと思います。

深四〇〇メートルまで潜れる水中ロボ

した。世界自然遺産に登録する海域を

て い ま す︵笑︶ 。長 年、北 海 道 を 中 心

ットカメラで羅臼の流氷の海に潜りま

沿岸から三キロに広げ、水深が二〇〇

いいかわからなかったようです。

した。流氷の下の海水温はマイナスで、

桜井 知床が世界遺産に登録される前   の二〇〇三年でしたが、知床の流氷で

二〇〇メートルよりも深くまでいくと

∼三〇〇メートルの陸棚の生物の多い

カで、それほど大きくない川でも、北

二∼三度になり、海底に着くと、驚く

﹃サステナ﹄ 3号

131


﹁これは将来的に残していくべきだ﹂

特集座談会 より

合︵IUCN︶の現地調査が行われる

端部地区などの核心部では、それほど

辺ではヒグマの足跡やサケ・マスを食

松田 知床が世界自然遺産として登録   されて、ではこの自然は放っておくの

の変化はまだ起きていません。

んと議論しておこうとなったのです。

べた跡もありました。ただそれはわず

がいいのか、科学委員会の中で大きな

との思いも生まれました。ルシャ川近

そうした成果が実って、二〇〇五年五

かなもので、ヒグマは人前に姿をみせ

ことになっていて、科学委員会できち

月、IUCNからユネスコ世界遺産セ

特徴的な事例がエゾシカの増加です。

問題になりました。それを考える一つ

北海道のエゾシカは一時期、絶滅寸

ず、夜な夜な出きて、サケ・マスを食 ているのがわかったのは成果でした。

増加に転じ、生息域も拡大して、農林

前といわれるまで減り、それが近年、

べている程度でした。それでも、食べ 保護が進んだ現在では、アラスカと肩

遺産登録の道が開けたのです。

を並べるくらいたくさんのヒグマが河

ンターに評価報告書が提出され、世界

を担当しています。知床財団は斜里町

山中 私は、知床財団という地元の町   が設立した財団で事務局長兼調査研究

した財団に衣替えしました。

する斜里町と羅臼町の二つの町が設立

入り、出資も受けて、知床半島を構成

起きて、それによる自然へのインパク

用に関する社会的な変化がいろいろと

は利用者が非常に増えました。人の利

ら何が起こっているかというと、まず

知床が世界自然遺産に登録されてか

先住民がいて、ずっとシカを捕ってい

ります。それに対して、知床半島には

でも放っておけばいいという議論があ

然は成り立っていたわけですから、今

本来人間がいなくても、シカがいて自

ぶん前からあったのだろうと思います。

業の被害が深刻になりました。知床で

私は高校のころは魚釣りが好きで、

トも出てきています。今のところは、

て、それによってできあがったバラン

川に出て、サケ・マスを集中的に利用

魚が釣りたくて北海道にきました

スが過去数千年にわたって存在してい

が単独で設立した財団でしたが、二〇

︵笑︶ 。一九七八年に北海道大学に入学

従来から問題を抱えていた観光地での

たので、今後、シカを捕らないという

シカが増えたり減ったりするのは、た

すると、ヒグマ研究グループに引きず

ースの拡大などに留まり、幸いなこと

植物の踏み荒らしのようなオーバーユ

しています。

り込まれました。知床に行ってみます

のは、過去数千年間続いたのとは違う

〇六年一〇月に、羅臼町からも役員が

と、 ﹁これは何だ?﹂ ﹁日本の風土とは

に、知床連山、あるいは知床半島の先

思 え な い 自 然 だ﹂と 非 常 に 感 動 し、

130


に科学者が応え、科学者が調査をした

と思います。漁業者が困っていること ますが、知床では漁業者がいわば一番

者の例えばトドやクジラを守れといい

と思います。自然保護では、上位捕食

人間と自然生態系の関係を考えるサス

そういう面で、知床の世界自然遺産は、

だろうかと、私は強い疑問を抱きます。

ビリティ学がまさに目指しているもの

い考えることに漁業者が力を貸してく

に相当するのかなと思います。今まで

テイナビリティの教科書になるのでは

は物事を決めるときに、必ずしも科学

の上位捕食者です。漁業者の獲ってい

に低く、海外に食の多くを依存してい

れる。漁業者には、自分たちの浜は自

ます。このこと自体が循環型社会から

的な議論に基づいていたわけではあり

ないかと思っています。

できたことを土台にして、日本全体へ

逸脱です。日本人の最近の食のグルメ

ません。また、行った施策の結果の検

るものが、生態系の健全性の指標にな

と広げていけたらと思います。

嗜好は、健全な生態系の破壊につなが

合は、科学委員会で検討して、科学的

証もなされてきていません。知床の場

分たちでちゃんと管理するとの意識が

松田   環境問題をやるときに、いまみ んなが思うのはイースター島です。人

っています。回転寿司に行くと、サケ

山中 知床世界自然遺産の科学委員会   がやろうとしているのは、サステイナ

間が環境を壊し、生産性ががくんと落

が非常に好まれています。ほとんどが

ると思っています。

ちて、文明が崩壊した。イースター島

にみて正しい意思決定の方法を提案し

からこそ科学者も入りやすい。知床で

で起こったことが地球全体で起こるか

海外で養殖された大西洋サケで、高濃

ようとしています。それが実際にその

強く、自分たちで調査もしていて、だ

もわからない。それでサステイナビリ

度のPCBやダイオキシンが含まれて

帰山 食を通して日本の生態系を考え   てみますと、日本の食糧自給率は非常

ティという考えが出てくるわけで、こ

地域の保全や持続的な利用に役立って

ステイナビリティ・ガバナンス・プロ

いくのかも検証します。この点で、サ

ジェクトという意味からしても、科学

いる恐れがあり、食の安全性が心配で 日本にいて、過度に人工化され都市に

委員会が取り組んでいることは重要な

す。物質循環系がおかしくなっている

価値観で決めようとかいうのではなく、

全な地球生態系のあり方を考える思想

住んで、このような食生活をして、健

ダーシップで進めるとか、ある一つの いろいろな工夫を吸い上げていくとい

テストケースだと思います。

こで大事なのは、ある一つの国のリー

う姿勢でしょう。

とか哲学が、はたして生まれてくるの

知床の試みはその中の重要なものだ

﹃サステナ﹄ 3号

133


なっているのはサケを食っているから

大泰司

の大きな課題です。

特集座談会 より

海道の川よりも明らかに魚の種類も数 かもしれません。クマが食べ残した死

と考え、北海道も含めてわが国の河川

いてあります。なぜ教科書と違うのか

増えることはあっても種類は減ると書

には、北に行けば行くほど、個体数が

域の森林は、上らない流域の森林より

養素が森に運ばれます。サケが上る流

森へ帰り、サケが海から運んできた栄

虫が死体を として成長し、羽化して

骸に昆虫が産卵し、そこで孵化した幼

ように自然が変わり、人間社会も変わ

存していた。マンモスがいなくなった

マンモスがいて、石器時代の人々と共

てきたわけです。北海道にもかつては

何万年も共存してきたといえば共存し

自然生態系と人間社会とは

も多かったことです。生態学の教科書

には魚がすめる環境がなくなってしま

も木の生長が良くなっています。

数も多く、分布密度も高いのです。知

は非常に大きく、一生に生む子どもの

きさが断然違います。サケを食うクマ

るクマと食べないクマとでは、体の大

ための として重要です。サケを食べ

が川に集まります。サケは特に越冬の

として利用しようとヒグマなどの動物

溯河性魚です。サケが川を上ると、

回帰して産卵することで子孫をつなぐ

サケは川で生まれ、海で育ち、母川に

やリンなどの栄養塩や土砂を運びます。

ぐ回廊です。川は陸から海へと、窒素

川は陸の生態系と海の生態系をつな

していくのか、サケからみた知床半島

遮断しています。今度それをどう改善

の障害となり、海と陸をつなぐ回廊を

これらのダムは海から上ってくるサケ

上です。砂防ダム等も含めた数です。

界自然遺産のエリア内だけ一〇〇基以

も三〇〇基以上のダムがあります。世

として貴重です。しかし、知床半島に

生態系をつなぐ相互作用が顕著な場所

で、知床半島は海域の生態系と陸域の

ップ川ぐらいしかありません。その点

半島と、道南の八雲町を流れるユーラ

行われているのは、北海道でも、知床

日本で野生の状態でサケの再生産が

たずに同じ土俵で議論していることだ

桜井 知床で一番いいのは、地元の漁   業者と科学委員会とが、対立構造を持

せん。

ィの認識も変えていけるのかもしれま

と自然の共生というサステイナビリテ

えてきています。知床から、人間活動

はあると思いますが、共存の方向がみ

いう感じでした。まだいろいろな問題

以前はクマが出たらすぐに撃ち殺すと

マが一緒にサケを獲っている光景です。

トロの少し東の幌別川で、釣り人とク

ょう。私が印象に残っているのは、ウ

の時代によって変わっていくものでし

った。自然と人間の共存の仕方は、そ

ったからだと気づくようになりました。

床のクマが現在世界有数の分布密度に

132


討論

﹃サステナ﹄ 4号

城大学教授 (哲学・倫理学) (ICAS 協力教員) 城新聞社記者 城大学教授 (社会心理学) (ICAS 兼務教員)

木村 競 中村 勉 伊藤哲司

ーカルに持ってきて行動に移せるわけ

ころから出発したものがグローバルな

ではありません。逆に、ローカルなと

対策に役に立つのではないかという考

えが出てきています。すぐにグローバ

のが、別のローカルな地域に役立つ一

ルまでは行かなくても、ローカルなも

般性・普遍性を持つかもしれない。そ

ういう方向での対応が新しい流れにな

ってきています。

  そこで、 城という地域に即して考 えたときに、今まで環境やサステイナ

ビリティで語られてきたことに、何を

付け加える必要があるでしょうか。ま

た、何を付け加えることができるでし

ょうか。

中村 私の感覚では、 城の県民性は

非常に楽観的です。温暖化にしても、

雪が少なくなっていいというような受

け止め方が一般的でしょうか。 城は

昔から災害が少なく、大きな地震もな

く、そんなに働かなくても作物ができ

135

地球変動への 適応のための科学

城から 特集

司会


アジア・太平洋の地域性を生かした気候変動への適応

グローバルとローカルな課題の接点を探る 出席

特集座談会 より

城大学教授 (地球環境工学) (ICAS 機関長) 城大学教授 (資源生物科学) (ICAS 第二部門長) 城大学教授 (都市システム工学) (ICAS 第三部門長)

三村信男 太田寛行 小柳武和

伊藤 社会の健全性を保つということ

に関連して、そもそもサステイナビリ

ティがいま注目されていることにはど

のような意義があるとお考えでしょう か。

木村 サステイナビリティ学の意義の

第一は、サステイナビリティという課

題が、細分化された学問分野の一つひ

とつでは対応しきれない大きな問題だ

ということに関わっています。いろい

ろな分野が単に協力するだけではだめ

で、新しいものを作らなければいけな

い。サステイナビリティ学は、学問の

細分化に抗して、新たな枠組みを作る

という意義をもっています。

  もう一つの大事な点は、グローバル とローカル、あるいは普遍的・一般的

なものと個別的・特殊的なもの、これ

ら両者の関係を考え直させるというこ

とです。グローバルな視点でいろいろ

なことを考え、対処法を考えるのはも

ちろん大切ですが、それをそのままロ

134


勤者も多く、そういう方々が定年にな

木村 問題の立て方ということもあり

ると、一つの反面教師として学べるこ

験をしました。霞ヶ浦の水質改善に長

三村 私は、最近非常にショックな経

かという視点で、しかも化学物質の量

く努力してこられた方が﹁最近はもう

とがあるのではないでしょうか。

を測るというような数値的なアプロー

す。子どもたちを湖畔に連れて﹁これ

がっかりだ﹂みたいにおっしゃるので

という場合、まずは水がきれいか汚い

集まってきます。作物の作り方を覚え

チでとらえるという問題の立て方をし

ます。例えば霞ヶ浦を対象にした研究

たいという関心でこられるのですが、

ます。しかし、霞ヶ浦の近くに住んで

のでしょうか、講座にたくさんの人が

そこから環境とどう結びつけて考えて

が霞ヶ浦です。さあみんなで水を見ま

ると何か土をいじって作りたいと思う

いただけるかというところまでつなげ

いる人は、そういう視点・アプローチ

るから﹂と。実際に水に触れもしない

るのが、私たちの仕事だと思っていま

と思ったら、数値だけでとらえていた

で環境の理解はできません。この話を

しょう﹂というと、子どもたちは手を

のでは難しいと思います。

もしかしたら誤ったメッセージを出し

聞いて思ったのは、われわれも行政も、

触れません。 ﹁霞ヶ浦の水は汚れてい

ルドワークをやっているのですが、つ

中村 霞ヶ浦については、一九九五年

だけで霞ヶ浦を見ているわけではあり

いこの間もベトナムのフエで水上生活

に世界湖沼会議が土浦などで開かれて、

ません。霞ヶ浦の現状を何か変えたい

者に話を聞いてきました。水上生活者

てきたのではないかということです。

伊藤 私は社会心理学の立場でフィー

についてフエ市が作った報告書がある

市民の関心がかなり盛り上がりました。

霞ヶ浦は汚れている、だからきれいに

す。

のですが、トップダウンで、どこから

しかし、一〇年たっても湖はきれいに

ようになってしまった。中村さんのご

何人きたとかの統計の数字が並んでい

指摘の通り、霞ヶ浦の環境は水質だけ

しましょうという論理だった。ところ 大切さが人々の間に浸透していないか

があるのではありません。いい風景も

が、子どもたちはまず﹁汚い﹂と思う らなのです。特定の人の間にとどまっ

のです。なぜなのかと考えると、湖の

えない。フィールドに行ってたくさん

ている。湖沼会議から一〇年もたちな

なっていません。北浦などはひどいも

教えてもらうというのが私の立場で、

あるし、釣りなどのレジャーもいろい

活のリアリティみたいなものが全然見

そこをベースに物事を考えていこうと

がら、なぜこんな現状なのかを検証す

て、一見科学的なのですが、彼らの生

しています。

﹃サステナ﹄ 4号

137


特集座談会 より

ばかりですが、向こうでは子どもの背

サンゴ礁の海岸が海面上昇で消えてし

ています。南太平洋の島国に行けば、

ます。広州のあたりの珠江デルタでは

丈ぐらいに育っています。機械はまず

まうという全然違う問題になっていま

有性も考えなくてはならないと思って

同で防災・減災のシンポジウムなどを

入れなくて、手で穂先の部分だけを刈

中村 グローバルな問題を 城に落と

す。

て、結構のんびりしています。私ども

開いていますが、今後は温暖化などを

り取ります。その土地に固有の稲で、

一〇年に一キロの割合で海岸線が伸び

テーマに市民が身近な問題としてとら

収穫の仕方も含めて、地域に固有の生

います。日本の稲はだいたい低いもの

えてもらえるような取り組みを行う必

の新聞社で、国土交通省や 城県と共

要性を感じています。

すときには、やはり県民性・地域性を

はなくて、地方には地方独自のものが

活のリズムなり、文化があるわけです。

あって、同じような問題でも、やり方

小柳 ベトナムで公園の利用行動につ

が、そういったものの単純な技術導入

は地方ごとに違って、対応策は一つで

気がします。それは 城に限ることで

は、文化的なバックグランドへの挑戦

はないと思います。取材をしながらそ

踏まえていかないと浸透していかない

けには、日本とかなり共通した部分が

となる恐れがあります。地域の人の生

げるようなことをすぐに考えるのです

あると感じました。とすると、 城の

活のリズムをつかまない限りいい対応

われわれは遺伝子組み換えで収量を上

公園利用者の利用形態や意識にも世界

んなことを感じています。

いて少しばかりアンケートをとってみ

と共通するものがありそうで、そこに

策はないとつくづく思いました。

伊藤 科学的に正しいとされる知識を

たところ、都市公園の快適性の位置付

温暖化の影響がどう出るかを考えてい

三村 地域というのは自然の要素も違

域性を加味しないと。

くと、何かしら世界に通じる傾向も見

太田 私が所属している農学部では家

そのまま社会に出しただけでは人々の で海面が上昇するというのは世界共通

庭菜園講座というのをやっています。

間に広まらないということですね。地 の現象であっても、中国の天津では黄

いる知恵も違います。気候変動の影響

くると思います。

河から出てくる泥で港が埋まってしま

えば、伝統も価値観も違えば、持って

太田 そういう共通性も見出せる一方

農学部がある阿見町は東京に近くて通

いうことに対する何らかの方策も出て

で、去年インドネシアに行って田んぼ

わないかということが問題になってい

えてきて、これからどうあるべきかと

を見てきた経験からすると、地域の固

136


る、と考えることもできます。サステ

を見出す方法には一般性・普遍性があ

り方は地域ごとに違う。しかし、それ

木村 サステイナブルな社会を作るや

いうことです。適応策は、悪影響に対

生産や消費のシステムを変えていくと

緩和策は、排出を減らすように、今の

に備える適応策の二つがありますが、

二酸化炭素を減らす緩和策と、悪影響

なりました。温暖化問題の解決策には、

は横文字や専門用語を使い、一般の人

らも、行政は行政の用語を使い、学者

市民との交流が大切とよくいわれなが

﹁対話の構造﹂ということでいうと、

お 話 を聞か せ ていただ きまし た が、

中村 今日は地元の代表ということで、

あたりも入ってくるように思います。

サステイナビリティ学の視野にはその

も少し調査に入りました。世界の地域

イナビリティ学の学問としての普遍妥

する安全性を高めて社会の連続性を維

にとって非常に分かりにくいというこ

三村 地球温暖化問題に対する解決策

当性は、こういったレベルで追求され

持するということ、別の言葉でいうと、

とがよくあります。今日の座談会はそ

こう、そうするとインターローカルに

るべきものではないでしょうか。また、

人間の安全保障ということです。この

うではなくて私はホッとしたんですが、

スも非常に大きな課題としてあります。

地域社会に即しての解決策とか、昔の

二つがうまく回ると、持続可能な開発

を見れば、戦争や紛争、和解のプロセ

知恵を生かすとかいっても、静的なと

が目指すゴールに近づいていくのでは

は、結局、持続可能な開発の答えを見

らえ方をしないほうがよいと思います。

一般市民との対話の中では、やはりか

つけるのと同じことだと考えるように

地域社会もどんどん変わっていきます

ないかと思います。ICASが、グロ

み砕いてくださらないと通じないだろ

れていくのではないでしょうか。

から、動的な適応をしていかないと。

ーバルとローカルの両方で、そういう

なる、そういう発想がこれから見直さ

伊藤 最適解がどこかにあるのではな

うと思います。それはレベルを落とす

りしたものであったも、伝え方の工夫

ということではなくて、内容はしっか

だろうと思います。 ﹁対話の構造﹂を

提案ができるようになればいいと思い 伊藤 人間の安全保障という言葉が出

作っていく第一歩としてお願いしたい

ます。

物も環境の変化に順応して変化してき

題も含まれてきます。 城県にも外国

てきますと、そこには多文化共生の問

小柳 これまで、人間社会も動物も植

ました。変化に対応するダイナミック

と思っています。

く、常に探していくという感じですね。

な適応科学の構築、それがICASの

出身の人が多く住む地域があって、私

最終的な目標ですね。

﹃サステナ﹄ 4号

139


特集座談会 より

ておられるので、地域でもリードして

のではないのでしょうか。研究者とし

いってもらいたいと思います。

す。科学者が知識を独占し、あるいは 信していればいいという時代は終わり、

太田 地域を研究の場としてとらえる

ろ楽しめます。霞ヶ浦にはプラスに評 ょう。地域のサステイナビリティを考

多数の人々の対話から人々のいろいろ

ということでは随分と進めてきました

てリーダー的な役割を皆さんは果たし

えるときに、われわれが持っている資

な動きが始まる、そういった方向へと

が、地域にとってそれがどういう意味

知識を売り出す権利を有してそれを発

源のいいところも見ないと、元気が出

木村 地域にはいろいろな知恵が蓄積

シフトしつつあるように思えます。

価できるものがたくさんあるわけでし

小柳 環境の価値を経済的効果に代え

ないと思います。

にそれを政策に生かすところが、まだ

それによってある数字が出ますが、次

で環境の価値を測るようなことです。

ださいとかで終わってしまう。

とを教えてあげますとか、生かしてく

ができないと、研究者が知っているこ

を成り立たせることができます。それ

え方とつきあわせれば、 ﹁対話の構造﹂

ドセオリーアプローチという、データ

学の分野では、いわゆるグラウンデッ

伊藤 社会学とか私の専門の社会心理

と思います。

のあり方をもう一度見直していきたい

に関わっていくのか、ローカルな活動

つくって、大学の先生がどういうふう

を持つのかという点で、教員の役割は

なかなか難しいです。将来に向かって

中村 口幅ったい言い方になりますが、

からボトムアップ的に作っていく方法

されていて人々はそれを使って実際に

どのような価値判断をしていくのかと

私が個人的に大学の先生方に要望した

論があります。ローカルに根差したロ

て計算する手法があります。この景観

いうのは、評価とはまた違う問題です。

いと思っていることがあります。大学

ーカルな理論作りをしていくんです。

確かにまだまだ至らないところがある

伊藤 こうしてみてくると、サステイ

の先生方も一人の生活者としていろい

それをローカルに閉じ込めておくので

と思います。組織間のネットワークを

ナビリティ学のあり方として、単に科

ろな地域に住んでいらっしゃるわけで

生活しています。研究者がそれをくみ

学者集団が科学的に正しい知を生み出

す。ですから、その地域の問題に、大

出し、自分たちの問題の立て方、とら

していくというのではなくて、いろい

はなくて、他のローカルとつないでい

といった質問を多くの人にして、それ

ろな人が参加する﹁対話の構造﹂を作

学とは離れた形で関わることも大切な

を保全するのにいくらなら出しますか

っていくのが大切だろうと思えてきま

138


﹃サステナ﹄ 5号

大島 尚 河本英夫 今井芳昭

圏哲学といってもよいし、また環境哲学といってもよ

いでしょう。ただわれわれの場合、エコ・フィロソフ

ィというものが先にあって、それが内容を規定すると

いうよりも、共生を目指しつつサステイナビリティを

考えていく思想に、エコ・フィロソフィという名前を

与えたということなのです。

  われわれ日本人は、自然とは自動的に展開していく もので、何か問題があっても自然治癒力で自ずと解決

性の問題は、その自然治癒力を回復できるか否かの問

できるものだと考える傾向がありそうです。持続可能

題として受け止められている面があるのではないでし

ょうか。個人個人は何もしなくても、自然は自ずと持

えてしまって、いつの間にか環境の危機が深刻化して

続していくという考えが前提にあって、結局それに甘

いるということがありそうです。本来は、人間が地球

をどう支えるか、が今、問われているのだと思います。

山田 サステイナビリティに関わっては、発展の概念

が問われると思いますが、発展を矢印にたとえると、

直線的に上の方へ伸びていくイメージが当然あります。

もしも矢印が一つの平面上で円を描くのなら、同じと

ころで持続するサイクルとなります。それと似ていま

すが、ぐるぐると円を描きつつ、少しずつ上に向かっ

141

エコ・フィロソフィを提唱する 特集

司会

東洋大学教授 東洋大学教授 東洋大学教授 (社会心理学) (哲学) (社会心理学) (TIEPh 価値意識調査ユニット) (TIEPh 環境デザインユニット) (TIEPh 価値意識調査ユニット)


座談会

出席者

山田利明

東洋大学教授 (仏教学) (TIEPh 自然観探求ユニット) 東洋大学教授 (中国哲学) (TIEPh 自然観探求ユニット)

今井 エコ・フィロソフィは共生学から展開してきた

ものですが、エコ・フィロソフィという言葉は一般の

方々には聞き慣れない言葉でしょうから、最初にその

概念的なところから始めたいと思います。

竹村 共生という言葉は最近では至るところで使われ

るようになっています。人間と人間の共生、人間と環

境との共生、それらの全体を統合的に把握することを

共生学では考えてきました。それに加えて、サステイ

ナビリティも含めて考える哲学・思想に対して、エ

コ・フィロソフィという名前をつけたわけです。

今井 エコ・フィロソフィを強いて訳すと生圏哲学と

竹村 ギリシャ語のオイコスに由来するエコという言

なりますか。

葉は、生命圏とか生圏と訳されることが多いので、生

140

特集座談会 より

竹村牧男

エコ・フィロソフィが 目指すもの 東洋大学の発信


か、それとも、環境と交流することの

じた心身として存在しているものなの

はないかと思っています。自己とは閉

自己存在の了解の転換が鍵になるので

どのようになされうるかに関しまして、

に関する価値観のパラダイムシフトが

竹村 私自身は、サステイナビリティ

換もそれほど困難ではないと思います。

われわれが考えているような価値の変

変換を人類は何回も経験しています。

山田 歴史的にみると、価値の劇的な

ないかと思います。

なことを考えていくのが課題なのでは

ての確かな価値観を自覚していくよう

ソフィにおいても内発的に自分にとっ

から始まるようですが、エコ・フィロ

個人の尊厳をいかに尊重するかの問題

うな気がします。生命倫理ではむしろ

結局は他人事のようになってしまうよ

脳皮質の知的なレベルを刺激するもの

って、脳の使い方でいうと、新しい大

大島 欲望にもいろいろなレベルがあ

に消えていくかもしれません。

車で遊んでいたなあ﹂という追憶の中

かれば、 ﹁昔はよくあんな燃費の悪い

は、別のもっとよさそうなことがみつ

ばした方が格好いいというようなこと

美女を誘うには大きな車をブンブン飛

な価値観の転換はできないでしょうが、

たいとか、そういう欲求を抑えるよう

食べたいとか、きれいな女の子と遊び

は難しいでしょう。おいしいマグロを

その設定をがらっと変えるようなこと

結果としていまの価値観があるので、

と変化してきましたが、変化してきた

河本 人間の価値観は確かにいろいろ

ているのですが。

シフトにつながるのではないかと考え

トが、さまざまな価値観のパラダイム

意識に基づく自己観のパラダイムシフ

河本 若い世代に対して、私には、や

ると思います。

い﹂と感じ取るレベルとでは違いがあ

の感覚が呼び覚まされて﹁これはまず

うことか﹂と了解するレベルと、何か

いて、環境問題を言葉の上で﹁そうい

大島 人間はいろいろな感性を持って

いところがある気がします。

て、環境問題に何となく燃え上がれな

の物理的な距離に、生活感の差もあっ

できました。地球という広さのなかで

現場も、被害の症状も目で見ることが

が学生のころの公害問題なら、汚染の

にも広いために見えにくい。われわれ

山田 地球環境の状況は地球があまり

えているような気がします。

いうのは、脳の使い方として何か間違

何でもかんでもいっぱいに満たそうと

に、限られた環境の中で、脳の欲望を

な生活を送っているのかと考えたとき

なものまであるでしょう。本当に幸せ

や複雑な思いがあります。どんなに頑

ところに定位したときには、どういう

から、古い脳幹が関わるような原始的

中で存在しているものなのか。後者の 世界が見えてくるのか。近代的な自我

﹃サステナ﹄ 5号

143


特集座談会 より

中国思想の中には、このらせんに当た

システムではうまくいきません。利潤

強制をかけるようなやり方は、人間の

にみんなで我慢しましょうと、外から

の世代は生まれて、そして育っていき

てつくってきている環境の中で、未来

路を建設したりするわけです。そうし

って、なるべく安くビルを建てたり道

生きていて、しかも経済原理にのっと

一つとして、選択肢を増やすというこ

るようなものがいくつかあります。例

や、快適さとか便利さとかを求めるの

ていくらせん階段のようなものも、発

えば五行思想です。木火土金水という

はやめましょうというのではなくて、

  人間はその時その時で豊かになりた いとか、便利に暮らしたいとか思って

五つの元素で自然は成り立っていて、

ます。そうした現実も考慮に入れて、

とがあると思います。地球環境のため

木火土金水が順に巡ることで季節が推

それと拮抗できるような別の選択肢を

展の仕方としてはありうると思います。

移するという考え方です。季節が巡っ

らないと感じています。

未来の世代への視点を持たなければな

山田 価値観を考えると、欲望をどう

増やして、そちらを求めていったら、

とらえるのかに突き当たります。地球

結果として持続可能な方向に進んでい くという仕組みを考えられたらいいの

は閉ざされた世界ですから、人間の欲

回るだけです。しかし、時間的な要素 が入ってくると、今年と来年とでは少

ではないかと思います。自分の欲望を

望も無限というわけにはいかない。石

てまた元に戻るのなら、同じ平面上を

し違ってきます。その時系列的な変化

みたいな選択肢の在り方が考えられな

油文明はあと数十年のうちには終わり

満たすことが、同時に環境に貢献する いかと思っています。

ます。そうなったときに、次の新しい

河本 ヨーロッパの思想としては、天

動説から地動説への転換によって、閉

大島 西洋的な考え方では心と環境が

を物事の発展ととらえるのです。

じた地球から開かれた宇宙へと発想が

が終わって、次の劫となる。

地球の時代がくると私は思っています。

竹村 環境倫理では、どちらかという

仏教的にいうと、石油時代の一つの劫 はとらえられないという東洋的な視点

と全体を考えてそこからどうあるべき

然は一体であって、心だけを独立して から問題提起をして、心に対する見方

別々にあるととらえますが、人間と自

わりました。一番はっきりしているの

を変えるということもやってしかるべ

逆に地球は閉じているという認識に変 は、ごみは地球の外に捨てられないと

かということを導き出す傾向があって、

広がりました。一九九〇年前後から、

いうことです。

きかと思います。

  どうしたらいいのかという考え方の

142


大島 法律を変えるとか、社会のシス

いけない︵笑︶ 。

が飛ばなくなるぐらいまで待たないと り、たんを吐いたり、ごみを捨てたり

山田 かつて、その辺につばを吐いた

せんが。

あるいは自分なりに変えていこうとし

です。自ずとその変化を感じ取ったり、

社会的な環境が作れればいいと思うの

今井 東洋大学のTIEPhが提唱し

たりして、世代とともに変わっていく。

ようとしているエコ・フィロソフィと

というのはまま見られました。いまは

は、自然環境の問題だけでなく、サス

テムを変えるとかいう構造的方略も一

するのは下品な行為だとの認識が次第

テイナビリティの問題も含めて考える

大人がこうしろああしろと説教したの

﹁北風と太陽﹂の話ではないけれども、

竹村 伝統的な価値観とつながったも

に生まれてくるのではないでしょうか。

哲学ということでした。エコ・フィロ

大変下品な行為だとわれわれは認識し

無理矢理コートを脱がせようとするの

のが有効なのでしょう。正しい・間違

ソフィは、時系列的な変化を組み入れ、

つの解決方法としてあるのでしょうけ

ではなく自らコートを脱ぐようにする、

っているよりも、日本人の場合には、

らせん的な発展を重視する中国哲学に

思います。

つまり、自分から進んで環境に配慮す

清い・汚いとかの方が通じるかもしれ

では、未来世代との共生はしにくいと

るように仕向けるにはどう導けばいい

ません。

いのに飛ばしたり、大気を汚染したり

のか考えたいところです。誰の気持ち

依拠したり、アジア地域の人々の価値

ています。今後は、自動車を用事もな

のなかにもある好奇心や道徳心に働き

大島 これは品がないと感じたり、自

観の解明や変容を目指したりしながら、

われわれ 心 理 学 の 立 場 か ら す る と、

かける、いわゆる心理的方略で解決に

分はそんなみっともないことはしたく

いえるでしょう。具体的には、共生を

新しいシステム作りを目指していると

ど、それには抜け穴があったりします。

持っていくということです。

にして形成されていくのでしょうか。

ないと思ったりする感覚は、どのよう

キーワードにして、自ら新しい価値観

竹村 禁欲的な倫理を考えていくと、

そこらあたりがわかると、世代を超え

選択肢を見つけていく作業ということ

を 造しつつ、各人が取りうる有効な

悲観的にならざるをえないので、何か しらポジティブに主体性・内発性を生

終的には環境問題のある種の解決を意

て働きかけられるかもしれません。最

になるのだと思います。

み出すような思想・哲学を考えたいで

識して、何となく変わっていくような

すね。多くの人の共感を呼ぶようなも のがあるのか、まだちょっとわかりま

﹃サステナ﹄ 5号

145


らないでしょう。

特集座談会 より

山田 ここで暴論を申し上げますと、

も当面どうするかということで、しの

張っても親の世代よりは豊かになれな すか。

いできた感じがしないでもないです。

山田 人類の歴史を考えると、いずれ

もっているのではないでしょうか。日 河本 基本的にするでしょう。

こんなことをいうと、サステイナビリ

人口が半減すれば環境問題は解決しま

本の経済力がこれ以上強くなって世界

山田 それなら産児制限をするしかな

いという感じを若い世代はかなり強く

一になるとは考えにくく、一方で、若

河本 当面どころから、本当にどうに

ティにならないでしょうが︵笑︶ 。

物︵プルトニウム︶をどうするのか。

いのですが、中国でそれはうまくいっ

何世代にもわたって管理していかない

ていない。

なくなりますし、そういったことを心

とならないのに、その見通しは立って

い世代の社会負担がどんどん大きくな

るというメッセージを発したいと思っ

配して、こっそりと二人目、三人目を

いません。ドイツでは原発をやめるこ

るのは目に見えています。親よりいい

ています。しかし、若い人にとってみ

大島 共有のものを社会で分け合う場

生んでいることもあるらしいですね。

とにし、それでは電力が足りなくなる

もならない問題をわれわれは抱えてい

れば、前の世代が問題を引き起こして

のでフランスから買うことになると思

今井 農村部では人手不足につながり

しまったわけでしょう。地球に埋まっ

合に、子どもが多い家族の方が得にな

われます。ところがフランスは原発を

生活はできないと覚悟しなければいけ

ている石油の大半を、ここ二∼三世代

ります。それで人口が増え、人口が増

たくさん動かしている。一国で答えを

ます。例えば、温暖化対策で注目され

で使ってしまった。これからの人々は

的ジレンマの解決方法はなかなかあり

えると環境問題につながる。この社会

出しても、全体としての解決にはなり

ている原子力発電で、燃え残りの廃棄

わずかな残りを高い値段で買うことに

ません。ただし、環境問題の原因が単

国連は恒常的に法を設定するシステム

ません。国連で何か決めようとしても、

気で亡くなった場合に後を継ぐ子がい

なる。大気が汚染されたのも前の世代

純に人口だけにあるのではないと思い

ますし、子どもが一人だけだと仮に病

のせいです。

ます。人口を減らすことで当面の事態

豊かさとは違う別の豊かさも設定でき

大島 やはり共生だと思います。大人

ないのは結構つらい状況で、経済的な

たちはこんなにしたではないかと対立

は緩和されても、根本的な解決にはな

をもっていませんから、それこそ黄砂

しても、解決ができませんから。

144


﹃サステナ﹄ 6号

地球温暖化の科学 座談会

国立環境研究所[TGICA メンバー] 国立環境研究所 (気候システム・モデル) (国際関係) 国立環境研究所[WG2 LA] (全球スケールの温暖化影響評価)

亀山康子 江守正多 高橋 潔

では温暖化に人為的影響の結果が現れているこ

とを、第三次では大半が人為的影響であること

を、そして今回の第四次では人為的要因が確実

であることを提示しました。科学による判断が

明確になってきたといっていいでしょう。科学

決定プロセスもそれによって動いてきました。

が把握する事実の力は強く、国際社会での意思

実効性は上がっていません。

決めたのもせいぜい五%の削減で、それもまだ

効果ガスを減らすという点では、京都議定書で

  しかし、政治プロセスは科学の示す事実を踏 まえて手を打とうとはしていても、現実に温室

* IPCC における役割.WG:作業部会,LA:主執筆者,CLA:統括執筆責任者,RE:査読編集者

  科学の力は強いといっても限界があります。 IPCCと政策をつないでいく考え方や手法に、

何かの新しいものを作っていく必要があるので

はないかと感じています。これまではボトムア

ップ的な科学で地球の温暖化を明らかにしてき

ましたが、これからは、むしろバックキャスト

といいますか、こうあるべきだという将来の目

標を設定し、それを目指すにはどう構築してい

くのかという科学が必要なのかもしれません。

江守 私は評価報告書に執筆者として参加した

147

地球温暖化問題への取組み 特集


国立環境研究所

IPCCの過去・現在・未来

出席者

特集座談会 より

* 国立環境研究所参与[WG2 RE] (環境システム学)

筑波大学教授[WG2 LA] (環境疫学,疫学方法論) 国立環境研究所[WG3 LA] (数理工学、統合評価モデル)

西岡秀三 甲斐沼美紀子 本田 靖

原沢英夫

国立環境研究所[WG2 CLA] (環境工学、温暖化影響)

くらいのことをいっていました。第二次報告書

る人為的な影響が存在する可能性があるという

九九〇年です。このときは、地球を温暖化させ

をつくってきました。第一次の評価報告書は一

  IPCCは一九八八年に発足し、科学の成果 を五年から六年ごとに報告するというシステム

を仕事としてきたのがIPCCです。

政策のプロセスへと持ち上げていくところまで

とだとよくいいますが、それだけではなくて、

西岡 科学の役目は、自然の声に耳を傾けるこ

意見を伺いたいと思います。

における科学の役割などについて、皆さんのご

府間パネル︶の活動を中心に、地球温暖化問題

原沢 本日は、IPCC︵気候変動に関する政

 司会

146


今回の適応策の章はさまざまな意味で

けて今では知見もたまりつつあって、

への理解が増してきまして、それを受

かで、適応策も急を要するということ

実際にさまざまな影響が顕在化するな

うべきという見方が強かったのですが、

から、まずは緩和策を重点的におこな

適応策は気候変化が起きたあとの話だ

付が変わったりしています。今までは、

した品種が変わったり、植え付けの日

への温暖化の影響は現れています。適

りませんから、そのあたりは慎重に、

ることで、自分で計算することではあ

の基本は発表されたものをレビューす

した研究者が検討しました。IPCC

ルがどれくらいか、ということを参加

るいは温室効果ガスの削減ポテンシャ

具体的にどういった対策があるか、あ

ろから、二〇三〇年あたりを見据えて、

た。将来どうなるかという大きなとこ

甲斐沼 私は第三作業部会の長期的な   緩和策の章に参加させていただきまし

価が不十分なことです。

れの研究者から出されていて、それら

その他さまざまなアイディアがそれぞ

制と緩和、税金控除、国際的な公平性、

は国際対策がいろいろに定義され、規

スを作ったことです。国内対策あるい

ければならず、そのためのデータベー

には、いろいろな情報を比較検討しな

だったのは、客観的にものをいうため

  私は、長期安定化シナリオについて 論文を集めたのですが、個人的に大変

が重要で、今後二〇∼三〇年の緩和努

でに長い時間を要するので、早い投資

りないと思っているのは、各地域で適

す。一方で、私自身が文献収集して足

うに、具体的な適応策が出てきていま

報システムができつつあるといったよ

するような対策を打つ、熱波の早期警

きなポテンシャルがあります。エネル

あります。また、農業や森林部門も大

入するとかなりの削減ポテンシャルが

冷蔵庫、プラスチックハウスなどを導

な部門で、省エネタイプの照明機器・

た。建設部門は暮らしに直結した重要

  その結果、削減ポテンシャルは、建 設部門に大きなものがあるとなりまし

から、IPCCを眺めてきています。

うに影響を及ぼしているかという観点

す科学的知見が政治プロセスにどのよ

関わったわけではなく、IPCCの出

亀山 私は、直接にIPCCの執筆に

ところです。

移していくのか、非常に重要で難しい

をどのように比較して、どれを実行に

応策の候補のリストアップが進んでい

  最初のころの報告書は、自然科学的

力が大きな意味を持ちます。

注目を浴びているのではないかと思い

共通の基盤で計算したのです。

ても、そのうちどれが、例えば経済的

ギー部門では、投資から効果が出るま

しながら、暑い日の健康被害を小さく

ます。健康の話では、気象情報を利用

にみて取るべきものなのかといった評

﹃サステナ﹄ 6号

149


やっていました。第四次報告書までに

特集座談会 より

のではなくて、三つの作業部会を横断

と い う 単 位 で い う と、約 五 五 DALE

報告書から六年が経ち、新しいことが

ッシャーもあったと思います。第三次

新しいことをいわなければというプレ

ているというのは強いモチベーション

て、国際的に注目されている仕事をし

しく進歩したと思います。研究者とし

ました。国際的な存在感においては著

  日本の立場としては、地球シミュレ ータができて気候モデルの研究が進み

緩和策と適応策に大きく分けられます。

書を執筆しました。温暖化の対策は、

高橋 私は今回初めてIPCCの報告

大きな影響を受けます。

ます。いずれにしても途上国が非常に

にするとアフリカが大きな影響を受け

南アジアで大きな影響があり、人口比

〇万 DALEs という大きなものだった と、非常に自信を持っていえると第四

世界中のどのモデルでも同じような結

出てこなければ、その間に科学は何を

になりました。

緩和策とは、温室効果ガスの削減など、

果が出て、第三次のときの﹁可能性が

してデータやシナリオや解析方法など

していたのかと批判されます。先走っ

本田 第三次評価報告書が出た後の二

気候変化そのものを小さく抑えようと

についての検討を支援するTGICA

たことをいえば科学の信頼を失います。

〇〇三年にヨーロッパで熱波による被

する対策です。その一方で、温暖化が

次報告書に書かれています。世界的に

その狭間のぎりぎりのところでバラン

害が出ました。それ以外にも重大な事

深刻化していく中で、温暖化によって

高い﹂という評価から、 ﹁可能性が非

スをとるのが大事だったようです。

件があり、気候変動の健康への影響に

現れる影響被害をできるだけ小さく抑

というグループで仕事をしました。感

  私の印象では、第一作業部会では、 第三次のときに大部分はできていたと

関しての知見が非常に増えました。

えようというのが適応策です。適応策

は、低栄養と下痢性の疾患が大きな問

思います。ただ、いろいろ聞かれると

は影響評価研究に近いということで第

常に高い﹂になりました。

答えに詰まるところもあったので、そ

  もう一つ重要なこととして、WHO の仕事で、気候変化による健康への影

二作業部会のなかで行われました。

想からいいますと、科学は慎重にせざ

のあたりの駄目押しをしたのが第四次

になりました。一九九〇年代の気候変

響がすでに出ていることがかなり確実

題です。絶対数としては人口が多い東

の成果です。温暖化は人間活動による

  本田先生のお話と同様に、農業など

るをえないところがある一方で、何か

というロジックは、第三次報告書のと

化 に よ る 損 失 は、健 康 寿 命 を 測 る

きからあって、イギリスのグループが

148


います。ポジティブフィードパックが

年後には人類滅亡という説が出回って

ジティブフィードバックがきいて一〇

放置できないと思います。例えば、ポ

ことをいっている人がいます。それも

あおる人の中にも、科学的におかしな

いう人がいる一方で、温暖化の危機を

っているのだと思います。ですから、

イナビリティ学が必要だという話にな

れでいいのかという反省から、サステ

何でも生み出していいのか。本当にそ

ともかく便利なものであれば、技術は

何でも見つけてきてそれでいいのか。

西岡 科学的に面白ければ、科学者は

分かれるのではないでしょうか。

でやるのは良いとしても、スタンスは

観によってすごく違うと思います。社

で満たさなければいけないかは、価値

りません。十分条件を研究者がどこま

要条件ではあっても、十分条件ではあ

亀山 科学というのは世界を変える必

となりますね。

です﹂というと、 ﹁それは無責任だ﹂

すが、何が良いかと選ぶのはみなさん

れます。 ﹁科学的にはここまでいえま

﹁あなたはどれが良いですか﹂と聞か

ひとたびオンになると、たちまち金星

サステイナビリティ学には、これまで

会科学者の中には十分条件を全部満そ

原沢 暖冬や猛暑が温暖化のせいだと

の流れを変えて、こういった社会にも

うとする人もいますが。

みたいになるというのです。 は言い切れなくても、危惧されること

っていかなければいけないといった思

  IPCCは温暖化問題を議論する組 織ですが、地球環境問題には他にも生

があれば、いち早く社会に向かって警

物多様性とか森林破壊とかたくさんあ

いがあって当然でしょう。IPCCの

ります。IPCCのような機関がそれ

報告書も、事実を羅列するのではなく て、地球の気候の安定化に向けて何が

ぞれにないと、世界を動かすための必

にはあるといわれたことがあります。 江守 研究者の責任が、世の中を変え

できるかということを最終目標にして

要条件がまず存在しません。世界が変

告し、社会を変えていく責任が研究者

ていくところにまであるのか、非常に

います。科学的な成果をきちんと踏ま

わらない理由は他にたくさんあるにし

えた上で、価値観をある程度、明快に 出していくことがあってもいいのでは

究者の方々に知っていただくのは重要

ても、IPCCの経験を他の分野の研

とを隠さずにはっきりいう、あるいは、 伝えることをサボらない、それは当然

ないかと思います。

難しいと思います。研究者は正しいこ

向に持っていくのかは、かなり価値の

ですが、そこから先、世の中をどの方

だと思います。

甲斐沼 あちこちで話をしますと、必   ず﹁あなたはどうなると思いますか﹂

入った話で、研究者が個人のポリシー

﹃サステナ﹄ 6号

151


の重要な要素となっています。

いる印象を受けている人も多いかもし

特集座談会 より

な知見から温暖化がおきてきているの

れません。

れてくると思います。これは何度でも

ると、IPCCに対する信頼性が失わ

西岡 IPCCは誰が見ても慎重すぎ

原沢 私は、二〇〇七年四月のブリュ

です。科学者がまとめた報告書につい

強調しておきたいことです。

ッセルでの第二作業部会の総会に出ま

か、それが人間活動の影響によるもの

て、政策決定に関わる各国の代表が議

なのか、ということに重点が置かれて

今回の第四次報告書では、社会科学的

論するというのは、IPCCの非常に

原沢 温暖化問題に懐疑的な人の本を

るくらいで良いと考えます。事実とい

な研究、例えばどういう制度を構築し

ユニークな仕組みだと思います。政策

みますと、科学的な知見が十分に理解

して、四日間の予定の会議が一九時間

ていったらいいのか、公平性はどう保

決定者が承認したということで、IP

されていないと感じます。また、温暖

いました。第三次になりますと、温暖

たれるのか、どのような指標が扱われ

CCの報告書は重要性が増します。

てそちらにお金を掛けないかという批

うのはこういうものだと科学の力で見

るべきなのかといった研究分野が広が

  その一方で、初期のIPCCに比べ ると政策と科学の対立がいろいろな場

判の声もあります。それに対しては、

延長して五日間になりました。科学的

りを見せているという印象を受けます。

面で出てきていると感じます。科学者

りつつあるということを、IPCCは

貧困の問題と温暖化の問題は一体にな

化はおきるということをある程度自明

  また、IPCCの存在そのものが、 われわれ研究者に及ぼす間接的な影響

と政策決定者の間のコミュニケーショ

強調しています。まだまだ科学的な知

いようにすべきです。そこから逸脱す

もあると強く感じています。われわれ

ンツールとしてのIPCCの報告書と

見が不確実なために、いろいろな意見

極めていく、そのプロセスは変わらな

のような社会科学的な研究者は政策提

いう意味があるのですが、そこに、不

が出てくるのが現状のようです。

ところで非常に論点が多くてもめたの

言に関してはあまり論文を書くことは

協和音というとおおげさですが、その

な知見を政策的な部分へともっていく

なかったのですが、IPCCにレビュ

ような面も出てきています。IPCC

とした上で、どのような対策を採るの

ーしてもらえるというのがひとつのイ

江守 温暖化に対して懐疑的な意見を

かというところに関心が移りました。

ンセンティブとなって、論文の数が増

の政治的中立という原則が崩れ始めて

化の問題よりも貧困が大事で、どうし

えています。その結果が第四次報告書

150


﹃サステナ﹄ 7号

東北大学教授 (感染症のリスク) 東北大学教授 (廃棄物のリスク) 東北大学教授 (環境リスク評価)

押谷 仁 原田秀樹 大村達夫

ません。アジアの環境リスクを考えることは、日本や

谷津 アジアは都市化・工業化が急速に進展している

世界全体のサステイナビリティにつながってきます。

地域です。世界の総人口の半分をアジアが占めていま

す。とりわけ、ともに一〇億人を超える人口を擁する

中国・インドという二つの国が大きな位置を占めてい

ます。中国は、近年の急速な工業化によって、資源・

エネルギーの使用量が著しく伸びています。人口や経

済の規模が大きいことに加え、そのスピードが急速で

あることから、経済成長の負の側面が、さまざまなと

ころで顕在化しています。環境リスクという側面では、

水の問題、大気の問題、あるいは土壌の問題などで、

われわれ先進国が十数年とか一世紀にわたる長い時間

のなかで経験してきたことを、きわめて短期間に集中

的に経験しつつあります。

インド亜大陸でも、安全な飲料水を確保しようとして

  ASEAN諸国も、インドネシア、タイ、ベトナム など工業化が進展しつつある地域で問題が出ています。

地下水の開発が進み、それが自然起因のヒ素汚染を拡

として、工業化、産業化とあわせて、生活環境を向上

大させるという負の側面が生じています。アジア全体

させようとする取り組みが、皮肉にも環境リスクを広

153

健康リスクの低減と生活の質の向上 特集

司会


座談会

出席者

鈴木 聡

環境省審議官 (国際環境行政) 愛 大学教授 (化学物質のリスク)

大村 私たちが掲げている研究テーマは、環境リスク

とサステイナビリティです。地域の環境リスクがそこ

のサステイナビリティに悪い影響を与えると危惧され

ますが、それが実際にどのようなかたちで影響してい

ころを明確にして、地域のサステイナビリティを実現

くのかはまだよくわかっていません。そのあたりのと

するための学問を 生するところに寄与していきたい と考えています。

  アジアでは人口が増え、経済がものすごく発展し、 非常にアクティブで、世界のなかでアジアはますます

重要になってきています。アクティブに動くというこ

とは、取りも直さず、そこに生じるリスクが地域にと

とまらずに地球規模に広がっていく恐れがあるという

ことでもあります。日本にも悪い影響が及ぶかもしれ

152

特集座談会 より

谷津龍太郎

アジアの環境リスクと サステイナビリティ 東北大学


なファクターとして感染症に影響を与

急速な都市化に伴う環境の問題が大き

衛生状態の悪さが原因としてあります。

危険性が高いのは貧困層で、住環境や

が大きな問題です。感染症で死亡する

ます。それに結核、マラリア、HIV

アジアの発展途上国にはまだまだあり

たくさんの乳幼児が死ぬという状況が

世界規模でのリスクを高めています。

きていないアジアの状況が、このよう

リゼーションの進行と、それに対応で

バリゼーションの影響です。グローバ

に世界に広がってしまったのはグロー

そのウイルスがその地域にとどまらず

実は昔からあったのだろうと思います。

の特性で、SARSのような感染症は

そのような市場があるのはここの地域

ている下水処理の活性汚泥法を、カン

要素は経済です。例えば、日本で行っ

用していけるものです。とくに大きな

が自分たちでつくれて、自分たちで運

  適正技術というのは、地域の経済、 技術の現状に合わせて、地域の人たち

り組んでいます。

もっていくにはどうしたらいいのか取

悪循環の針を逆にまわして、善循環に

水処理・廃棄物処理の技術を導入し、

ボジアやネパールにもっていくと、下

な感染症を生み出しグローバル化させ 原田 アジアの環境リスクは、地域の

水処理装置を動かすだけで、その国の

えています。   アジアを中心として世界的に大きな 関心を集めているのが、新興感染症で

人の健康にかかわるリスクであり、同

技術は途上国では使えません。もしも

す。二〇〇二年から翌年にかけての流

とマレーシアでプロジェクトを立ち上

世界中で日本や先進国と同じ技術で下

一人あたりのエネルギー使用量の三〇

げています。インドでは、ガンジス川

用量は膨大なものになり、取りも直さ

水処理をやり始めたら、エネルギー使

∼四〇%も使ってしまいます。こんな

ルエンザです。SARSは中国の広東

流域で下水処理の新しい技術を開発し

時に、地球全体のリスクでもあります。

省で発生し、世界中にあっという間に

ています。水の感染症で人の命が奪わ

ず、地域の環境リスクがそのまま地球

そのような考え方で、私たちはインド

広がりました。広東省にいくと、鳥も

れています。人口が膨れ上がり水の汚

ります。私たちはエネルギー使用の非

環境リスクにつながっていくことにな

二〇〇三年の末から始まった鳥インフ

獣もいろいろな動物を一緒にして売る

染がひどくなっているのに、安全な水

行したSARS︵新型肺炎︶であり、

衛生的でない市場があります。SAR

の供給と排水の処理がきちんとなされ

常に少ない水処理システムをインド政

いたウイルスが人に感染するように変

ていないからです。ここに、適正な下

Sはそういうところで、動物がもって 化したのだろうと考えられています。

﹃サステナ﹄ 7号

155


特集座談会 より

が流れ出しています。ごみ捨て場では

いまま野積みされ、雨が降るとPCB

ープで精密に測定したところ、安全な かり、あらためてカンボジア政府に提

ダイオキシンが非意図的に発生してい

めている面にも着目する必要がありま 因で地域の持続可能性が脅かされ、あ

言しました。明らかにリスクにさらさ

ます。ごみを拾って生きている人たち

  PCBもあります。PCBの入った コンデンサーが都市近郊で処理されな

る種の環境難民のような集団が発生し

れている地域もあれば、少し離れると

が直接的なリスクにさらされています。

井戸と危険な井戸が非常にクリアにわ

て、それが周辺地域に流入することで

ります。そのために、リスクに対する

水脈が違って全然問題のない地域もあ

す。地域的にみると、環境リスクが原

うこともおこりえます。

広範な地域の基盤が崩壊していくとい

のはバングラデシュで、ヒ素が原因で

組んできました。社会的に一番有名な

どではアジアのヒ素汚染の問題に取り

もとくに都会で使われています。ホー

リアを抑えたいということで、いまで

Tです。DDTは、蚊を撲滅してマラ

  人工の汚染ではPOPS︵残留性有 機汚染物質︶があります。例えばDD

デン﹂ ︵二重の重荷︶の状況にありま

われる国では、いわゆる﹁ダブルバー

押谷 アジアの多くの発展途上国とい

る過程で汚染が発生しています。

シナ半島に流れ、それを解体し再生す

Tのゴミが先進国からインドやインド

考え方に、地域差・温度差があり、行

皮膚がんが発生しています。インドシ

チミン市の周辺で濃度を測ると都市に

す。感染症の問題を依然として抱えつ

鈴木 化学汚染には、大きく分けて天

ナでの四年間の調査では、ヒ素汚染は

近いほど高くて、市内で使用されたD

つ、先進国で問題にされている生活習

  最近新たに問題になってきているの は e-waste で す。I T 製 品 に 含 ま れ ている重金属などによる汚染です。I

特定の狭い地域にホットスポット的に

わかります。感染症の危険性とPOP

DTがメコン河に流れ出ていることが

慣病なども増えてきています。

政としてはやりにくい状況です。

出てくることがわかりました。カンボ

Sの危険性のどちらにプライオリティ

大学の沿岸環境科学研究センターな

ジアは、以前にユネスコがヒ素を測っ

を置くかで、ここでは感染症対策の方

然のものと人工のものがあります。愛

て地域のリスクをある程度回避してい

が重要だということで、危険な物質が

原因が感染症です。肺炎や下痢などで

  感染症で一番大きな問題は、乳幼児 の死亡率の高さです。そのほとんどの

度が悪くてあまり正確な見積もりがで

いまも使われているのです。

ます。しかし、ユネスコのデータは感 きていませんでした。愛 大学のグル

154


がわかりやすく工夫されてきています。

ントが計算され、二酸化炭素の可視化

ているのかというカーボンフットプリ

るのにどれくらいの二酸化炭素を使っ

ていて、例えば、ある製品を運んでく

の辺のリスクアセスメントは非常に難

な流行がおこる可能性があります。そ

ありません。しかし、ある時点で大き

っても、日本で急に流行するわけでは

デング熱がはやる潜在的な危険性があ

います。デング熱を媒介する蚊です。

本でもハマダラカの分布域が広がって

があります。モニタリングは研究とし

ためのモニタリングという地味な作業

くさんのデータを必要とします。その

ただ、環境リスクを定量化するにはた

評価はぜひやらなければいけません。

鈴木 環境リスクの体系的、学術的な

があると思います。

トも時間もかかります。モニタリング

また、カーボンオフセットやエコポイ

大村 問題の所在をまず人々に知って

のような地道な作業の積み重ねがあっ

ントなどで、経済的なインセンティブ

もらうことです。人々が知ることで、

に訴える力ももつようになるというこ

て、アセスメントも可能になり、社会

てはあまり面白くないものです。科学

回避しようとか、低減しようとかの努

とを理解していただきたいです。

しいです。温暖化が人間の健康にどの

お見せする道具をつくり出していくこ

力が社会のなかに生まれます。地球温

谷津 環境には国境がありません。ア

も提供されるようになってきました。

とが大切な課題になっています。

暖化問題についてはかなり社会に浸透

ジアの一員、世界の一員としての日本

者としてはもっと頭を使ったことをし

鈴木 アジアの環境リスクは日本に直

したように、環境リスクについても社

が何をすべきか、国民の理解を得て進

たい。論文にならないし、しかもコス

接的、間接的に大きく影響します。わ

会の理解を広めていく。いますでにあ

めていきたいと考えます。

ように影響するのか、本当のところは

れ わ れ は e-waste をアジアに送り出 しています。そこから出る有害物質が、

るリスクばかりでなく、将来リスクと

原田 日本はアジアのリーダーなので

まだわかっていません。

知らないあいだに日本に戻ってきます。

して出てきそうなものにも目を向ける。

すから、世界に誇れる環境技術をつく

れの生活とのつながりをわかりやすく

日本とアジアはつながっています。

われわれ研究者は、潜在的なものに対

環境リスクについても、人々にわれわ

押谷 感染症でもいまは見えていなく

しての感受性をもって、 ﹃沈黙の春﹄

っていきたいですね。

突然大きな問題となって出てくるもの

のように先駆的な警告をしていく役目

ても、ある一定の閾値を超えたときに もあります。地球温暖化の影響で、日

﹃サステナ﹄ 7号

157


特集座談会 より

暖化効果があります。やはり、地域の

ンガスは二酸化炭素の二一倍の地球温

物からメタンガスが発生します。メタ

処理しています。そこでは濃厚な有機

をラグーンというただの素掘りの池で

ドネシアでは、この廃水の九五%以上

機性排水が出ます。マレーシアやイン

パームオイルの生産の過程で濃厚な有

  マレーシアは、アブラヤシからとる パームオイルの世界最大の産出国です。

ていました。いまは地下から掘り出し

しても、太陽の一年のサイクルに従っ

ギーでした。森林資源にしても食糧に

基本的に一年間でサイクルするエネル

原田 江戸時代を動かしていたのは、

いのではないでしょうか。

ある国の人々に見直してもらうのもい

があったのだと、アジアの発展しつつ

も、あのようなサスイテナブルな時代

にそのままではあてはまらないにして

した社会が成り立っていました。現在

うか。サステイナビリティの議論、対

を国民に提供することではないでしょ

ですが、まず大切なのは、十分な情報

のように関わっていくのかということ

谷津 日本がアジアの環境リスクとど

けますか。

いったらいいのか、何かご提言いただ

ています。日本がそこにどう関わって

で安心ないい社会をつくろうと努力し

大村 アジアの人も、それぞれに安全

のなかにいるわけですから。

れるでしょうね。われわれは物質文明

原田 アジアの人たちに江戸時代のよ

環境汚染リスクがそのまま地球温暖化

てくる化石燃料を使っていますから、

循環を回す人たちがいました。そんな

というグローバルな環境リスクにつな

策は極めて密接に政策に関連します。

府と共同研究しているところです。

がっています。いま、私たちはマレー

結局のところサステイナブルでありま

政策は国民の安全、安心を確保するの

うにしなさいといったら、それは怒ら

シアの研究機関と共同で、新しい効率

せん。

に金もエネルギーも使うことなく安定

的なパームオイル廃水処理の研究プロ

クの低減がわれわれの生活にとって重

要なのだと、国民の認識が深まれば、

が大きな目標です。アジアの環境リス レベルまで生活の仕方を戻せますか。

支持されます。温暖化の問題では人々

サステイナビリティに向けての政策が

大村 しかし、江戸時代の、例えば、

江戸時代は感染症がすごかったでしょ

生で刺し身はまず食べられないような

考えるときに、江戸時代の日本は非常

う。チフスがはやったらたちまちすご

鈴木 アジアのサステイナビリティを

にいい例になると思っているのですが、

ジェクトを立ち上げています。

どうでしょうか。江戸の社会は衛生状

い死者が出る。

の理解を得る努力がさまざまになされ

態もよく、汚物を扱う産業があって、

156


答えはいまだ十分には見えてきていま の問題に双方向的に結びつけていく、

せん。地球の問題、国の問題を、地域 グローナカルな方法を提示することが 求められています。それらを提示して いくのが、千葉大学の分担している地 域サステイナビリティ学の課題です。   グローナカルは、グローバル、ナシ ョナル、ローカルの合成語です。グロ ーバルな視点をすぐにローカルな活動 にもっていくのは困難です。何か行動 をおこそうとするときにはルールが必 は国際的には京都議定書の取り決めが

要になります。例えば、地球温暖化で

ルを通してグローバルとローカルはつ

実を動かすことができます。ナショナ

もあり、ナショナルなものがあって現

には、国という意味と国民という意味

味で強制力をもたせます。ナショナル

ために国では法律などを定めてある意

大きなテーマをもっていて、両者を包

ャンパスでは、食と健康という二つの

れを部分ごとにみてきました。このキ

うに地球は複雑系で、従来の学問はそ

た表現をしています。よくいわれるよ

天野 私は、関係性とか関連性といっ

実証をした上で、人間生活をトータル

実証という姿勢を強く出しています。

コンポーネントの研究の仕方としては、

いうのがこのキャンパスでの特色です。

のコンポーネントを研究していこうと

の関連性を認め合いながら、それぞれ

活を環境のなかに関連づけて、全体と

あり、そこで約束したことを実現する

千葉大学教授 (環境生命医学/発生学/解剖学)

千葉大学教授 (建築計画学/都市計画学)

森 千里

上野 武 含するのが環境です。人間と人間の生

司会

ながっていくのだと思います。

﹃サステナ﹄ 8号

159

特集 食と健康の地域サステイナビリティ学


座談会

158

特集座談会 より

公民学連携による 地域サステイナビリティの実現 出席

上野 千葉大学柏の葉キャンパスでは、

公民学連携による地域のサステイナビ リティを目指すさまざまな取り組みが 行われています。持続型の社会をつく るためには、ここで行われているプロ けばいいのか、さらに、広くアジアを

ジェクトをどのように組み合わせてい 見据えたときに、地域サステイナビリ ティ学がどのような役目を果たすのか といったところへも話題を広げて、こ

千葉大学教授 (生物環境工学)

千葉大学教授 (応用昆虫学/天敵学)

古在豊樹

天野 洋

れからの課題を展望できたらと思いま す。 古在 持続性が大事だということはわ

かってきましたが、それで私たちは何 をすればいいのかと問われると、その

千葉大学


持続可能な地域づくりには多層なもの

ように多層であるのがコミュニティで、

るのがコミュニティです。本来、その

ういういろいろな人々が集まってでき

いるし、同時に不健康な人もいる。そ

天野 健康な人もいるし、病気の人も

るという話があります。

古在 従来は、生活のまわりに自然が

をつくっていく必要があると思います。

然を結ぶ、新たな二一世紀型の共同体

ビリティを脅かしています。個人と自

希薄になり、それが地域のサステイナ

が崩壊して、人間と自然との関わりも

上野 自然と人間の間にあった共同体

とにつながっていくのではないかと考

がグローバルな持続可能性を高めるこ

ってくる問題で、これを解決すること

せていくのか。アジアでは次々におこ

まちとふるくからの田園をどう共生さ

っている、そのような開発型の新しい

て、その周囲にはまだ田園風景が広が

先んじた対処をしていることはあると

えられます。

思います。そういう意味で、一つのモ

あり、田畑がありました。最近、自分

くなりました。そのあたりが心の問題

デル、方法論をここでつくって、世界

を串刺しにする何かが必要で、それが   そこで考えられているのがカレッジ リンク型のコミュニティづくりです。

にも関係しているのではないかと感じ

に発信していければ最高でしょう。

古在 日本の柏の葉地区でやっている

大学のもつ知識や多様な技術と、地域

のコミュニケーション能力、特に自然

ています。一番足りないのは、自然と

ことが、アジアでのこれからの問題に

のコミュニティがもつ知恵や経験が、

の手で食べ物をつくらなくなってから、

互いに関連性をもって新しい価値をつ

の声を聴く能力ではないでしょうか。

森 日本だけでやっていてもグローバ   ルな課題への発展性はそれほどありま

人間の生活のなかに自然が入ってこな

くっていくのがカレッジリンク型の考

人間同士のコミュニケーションに加え

大学の役割ではないかと考えています。

えです。たまたまこの地域に住んだか

をつくって、世界に広げていくことを

考えています。そこでもやはり実践例

せんから、台湾や韓国にも研究の拠点 あいを取り入れていくのが、私がイメ

ケミレスタウンを海外でもつくろうと、

を見せるものがないといけませんから、

きるように、生活の中に自然との触れ ージするこれからの都市生活者の﹁農

て、自然とのコミュニケーションがで

たな価値観を育てていく機会が与えら

的生活﹂です。

ら大学と関係をもつようになったとい

れたと受け止めて、市民の方には大学

うよりも、この地域に住むことで、新

と関わっていただけたらいいと思って

上野 人口が増えて新しいまちができ

話を始めているところです。

います。

﹃サステナ﹄ 8号

161


特集座談会 より

気の人や障害がある人もいるのが社会

くありませんか。健康な人もいて、病

古在 変な話をしますと、もしも健康

べく早期に発見し、早期に治療し、い

として自然ではないでしょうか。高齢

康を増進して病気にならないようにし

い状態に戻しましょうと。三次予防は、

者であれば病気を持っている人の方が

に支えていくものを社会に還元してい ン・プロジェクト、漢方・鍼灸の柏の

病気がおこって症状が出ても、リハビ

普通だったりもします。自然環境を持

な人ばかりの社会があったら気持ち悪

葉診療所、閉鎖系生物生産システムの

リをしたりして、再発をしないように

ましょうと。二次予防は、病気をなる

研究などがあります。 しましょうと。

き ま す。具 体 的 に は、ケ ミ レ ス タ ウ

森 人間が生きていく上で何が一番大   事なのかというと、なくしてみてやは

健康であるための環境を、今後どのよ

そのなかで、環境の要因に目を向けて、

活習慣を含めた行動の三つがあります。

して、遺伝的なもの、環境、そして生

す。健康に関わる要因で大きなものと

気をされた方から必ずそう聞かされま

社会全体で変える。このように考える

うな環境が必要かを考え、その環境を

のなら、健康を維持するためにどのよ

環境によっていろいろな疾患がおこる

あるいは地球環境も含めて、現在ある

境が問題である場合です。生活環境、

  ところが、個人の努力だけでは健康 が守れないということもあります。環

を長持ちさせるにはどうするか、建物

上野 私の専門の建築の世界で、建物

せるようになると思います。

性が増し、さらに心豊かな時間を過ご

非効率でも多様性を認めることで持続

ることの良さを理解するのが大切です。

人間社会でも、多様な人間を受け入れ

様性が重要であるとよくいわれますが、

続性科学という観点からみて、生物多

うにすべきかを考えるのは、サステイ

のが、環境改善型予防医学です。一次

り健康だったと、僕ら医学関係者は病

ナビリティ学のなかでも大きなテーマ

ちるとか、つい技術的な方向にいきま

の持続可能性を考えますと、掃除に手

す。ところが、実は、人間が掃除をし

間がかからないとか、汚れが自然に落 本ではいろいろいわれていますが、現

たり手を加えたりした方が、多少効率

予防よりも前の段階の0次予防に当た

  ここで健康というのには、個人のも のと社会全体のものがあります。社会

健康フィールド科学センターで実証し

実にどういうものであるのかを、環境

ります。環境改善型予防医学は論文や

全体で健康を考えるという流れが出て

が悪くなっても、逆に建物が長持ちす

です。

きたのが二一世紀で、そこから生まれ

ようと試みています。

たのが予防医学です。一次予防は、健

160


っていればいいかというと、実はそう

そういう役目を担う人は、広く浅く知

う人がいないと、実際には動きません。 は、いままでとは違うように思います。

とです。そういうところで必要な人材

ら外に出た発想が生まれてきているこ

学生も同じで、もっているパワーを発

そこに大学の役回りがあると思います。

それをどう吸い上げて爆発させるのか、

古在 だからもうウズウズしている。

天野 地域づくりの核となるような場

社会がどう動いているかということに

かりしていました。そこに嫌な面もあ

らすごく大事になっていくと感じてい

を提供することが大学にとってこれか

ではなくて、ある分野は深く掘り下げ

りましたけれど、地域が崩れたところ

揮する場所がない。無気力・無感動み

を聞いたところでは、その会社では千

でいろいろな問題がおこっています。

ます。地域づくりの一つの表現型がカ

反応して、必要な人材を育成していけ

葉大学の学生を一五〇人ほどアルバイ

レッジリンク型コミュニティです。大

た上で、全体もみられるような人でな

トで使っていて、学生のなかには、発

地球温暖化はグローバルなこととして

学が入ることで、若い学生と普段はな

すごい力が出てくるんですよ。

想力・企画力・統率力が抜群の人が何

はわかっていても、地域がしっかりし

かなか接点のない高齢者を結ぶことが

たいにみえても、いったん火がつけば、

人かいる。みていると、その人たちは、

していくことができません。

ていないと、ローカルのところに落と

天野 昔は日本でも地域の社会がしっ

卒業すると大体フリーターになってし

できて、地域に安定性と柔軟性を与え

ば、活躍の場があるのでしょう。

まう。ところが、新しい発想も何もな

古在 地域の力が失われているとよく

ることができると思います。

古在 この前、二〇代の社長さんの話

いけれど、いわれた仕事はササッとこ

いわれますけれど、柏の葉の地域づく

いとだめです。

なすような学生は一流企業に入ってい

上野 若い人と高齢者が一緒に学んだ

えたり、高齢者が若い人からエネルギ

り、高齢者が若い人に地域の知恵を教

ーをもらったりと、このキャンパスに

りで集まってくる方々をみていると、 齢者も多くて、その人たちのパワーは

多様な世代が集まって地域サステイナ

古くからここで農業をしてこられた高

損失です。

天野 そうです。パワーはあるのです。

なくなっていないと感じます。

だけでなく、日本にとってものすごい 上野 一つ象徴的なのは、ここで連携

ビリティを実践していきたいですね。

る︵笑︶ 。こ れ は、学 生 に と っ て 損 な

している柏市で、まちづくり本部とい

それを発揮する場がないのです。

うものがつくられて、従来の縦割りか

﹃サステナ﹄ 8号

163


ないとわかってきたようです。サステ

いなかったら、英語で発信するものが

のごろは、もともとの母国語ができて

いいみたいな風潮がありましたが、こ

天野 大学の教育で、英語ができれば

いい﹂と自分で思える体験があると次

です。食べ物でも健康でも、 ﹁これは

れはいい﹂と思うことが最もきくよう

です。人間は最後は自分の感性で﹁こ

  人材育成では、実習や実践の場を設 けて、体験させることが重要で効果的

のが研究にとって大事だと思います。

て、二酸化炭素の排出量を半分にでき

ン・オフセット・キャンパスを実施し

が 大 切 だ と、私 は 思 い ま す。カ ー ボ

古在 方法論を具体的に提示すること

がないのだったら、ここに入ってきた

ても、五年で終わってしまってその先

特集座談会 より

イナビリティ学の教育の基本もごく身

森 将来を考えるときに、三つの方向   性があると思います。一つが研究、一

思います。

を学んで就職できるのかどうか。 ﹁そ

古在 ただ、ジレンマがあって、それ

び出して社会に貢献してもらいたい。

につながります。そして、教室から飛

会社でもやるようになれば、それが一

発信し、それが他のキャンパスでも、

にもなりません。ここで得た方法論を

たとしても、それで終わったのでは何

若手には厳しいです。

近なところ、つまり食と健康にあると

つが人材育成、一つが社会貢献です。

こういうカリキュラムを卒業した人は

つの研究や仕事の分野として発展する

う対抗できるのかという問題がありま

こういう職種になれますというのをつ

んなことやっても行き場がないよ。こ

す。私たちは、モード2の科学の有用

ておかないと、優秀な人たちが研究者

くることだと思います。そこまで考え

研究に関しては、成果を出して単に論

のステップは、まずは認知してもらう。

性を実績として示していく必要があり

天野 私たち大学人としての目標は、

しかし、それが知っておくだけの情報

ます。

上野 まちづくりで公民学連携をうた

でしょう。

にとどまったのでは、社会は全然動き

っていますが、誰かコーディネートす

れを身に付けておかないと駄目だよ﹂

ません。第二のステップは、これは面

森 要は研究者としてプロモーション   していける仕組みがないと続きません。

という、確立された分野からの声にど

白い、賛同できる、やってみたいと思

研究費が取れなかったら生き残れませ

重要です。社会に発信するときの第一

わせることです。その上で、実際の行

る人、ファシリテーター的な役割を担

文にするだけではなく、発表の仕方が

動に結び付けるのが第三のステップで

んから。IR3Sのような組織ができ

として入ってきません。

す。そこまでのステップを考えておく

162


﹃サステナ﹄ 9号

サステイナビリティ・ 座談会

早稲田大学教授 (ジャーナリズム研究) 早稲田大学教授 (環境政策科学)

早稲田大学副総長・教授 (農業経済学)

瀬川至朗 吉田徳久 堀口健治

しい時代の価値を提示し、この国のあり方をどう

するのか、国民に問うことが政治的に最大の課題

になってきています。いままでは政官財が護送船

団で一緒になったサプライサイドの論理で政治を

進めてきました。これからデマンドサイド、生活

者サイドからでなければ政治は成り立たないこと

を明確に示し、実行していくことが求められます。

集権か分権か、成熟した社会において多様な価値

をどうつくっていくか、数々の問題があるなかで、

最も大きな課題は、環境を起点にしてこの国をつ

くり直していくことです。北欧の小さな国がその

点で成功しているように、日本もそちらへと進む

べき時期にきています。

  環境問題に関する理論的な面での情報を出すと ころから、次は実践、政治がどうやるかです。い

まの日本の政治は、隔靴搔痒といいますか、評論

家的になっています。地域を起点にし、生活者を

起点にし、最も重要な環境を起点にしてこの国を

つくり直すメッセージを出す政治家や政党が、国

かと私は考えています。

民的合意を得られる状況になっているのではない

松岡 いまの温暖化対策は、そもそも政策の体を

165

政治的意思決定とジャーナリズム 特集

司会


早稲田大学

政治・ジャーナリズム

特集座談会 より

早稲田大学教授 (自治行政、前三重県知事) 早稲田大学教授 (環境法) 早稲田大学教授 (環境経済学)

北川正恭 大塚 直 松岡俊二

堀口 早稲田大学が掲げているテーマは﹁政治的

意思決定とジャーナリズム﹂です。私は農業経済

が専門で、食料とエネルギーが市場でぶつかり合

う初めての事態に強い関心があります。バイオエ

タノールは環境に貢献すると見られ、アメリカは

いますが、結果として、世界の食料問題に影響を

エネルギーの安全保障政策の点から開発を進めて

及ぼしています。地球温暖化問題は非常に複雑に

の枠組みづくりがどのようになっていくのか、

なり、現在おこなわれつつあるポスト京都議定書

﹁政治的意思決定とジャーナリズム﹂の課題とし

て重要な問題です。

北川 政治の状況を安定期と革命期にわけますと、

現在は明らかに革命期です。革命を別の言葉でい

いますと、権力の交代、権力の移行です。これま

で環境と経済という二つの軸で観ると、いままで

は圧倒的に経済の側に権力がありましたが、現在

は環境の方へと軸が移りつつあり、やがて環境と

経済は同軸になります。かつてサミットはOPE

サミットでは新興国も招ねかずにはいられなくな

Cを押さえ込むだけの力がありましたが、洞爺湖

りました。日本でも、文明の分水嶺において、新

164


与えられないと思います。客観主義や

ムは、政治と市民のどちらにも影響を

チボールするだけでは、ジャーナリズ

を考えますと、こうした情報をキャッ

を報道する環境ジャーナリズムのこと

けられてきました。しかし、環境問題

べて報道することが主流として位置づ

えずに伝える、あるいは賛否両論を並

として重視され、情報を、主観をまじ

に、客観主義、中立主義が報道の原則

していくことを提唱することこそがジ

えるようにして、世界的な危機に対応

では見えにくい危機のリンクを目に見

けられていません。分断化された情報

だけ報道され、温暖化問題とは結び付

国民生活に害を与えるというかたちで

原油高は困るとか、食料価格の高騰が

く危機がやってくると考えられるのに、

ルギーや食料問題の方が温暖化より早

との吉田さんの指摘は印象的で、エネ

ます。

し、日本の姿勢にもやはり疑問があり

るための努力をしてきたかは疑問です

ます。ただ、アメリカがその協力を得

メリカの指摘にも正しいところはあり

ば、温暖化問題は解決できないとのア

興国、途上国、最貧国の協力がなけれ

極的であると非難されがちですが、新

ん。一方、アメリカは温暖化対策に消

北川さんがおっしゃった環境を起点に

とが大切です。そのポイントの一つは、

う理念を念頭に置いた主体性をもつこ

ーナリスト自身が﹁持続可能性﹂とい

基本を踏まえた上のことですが、ジャ

ろん、綿密な取材や正確な情報という

唱︶ジャーナリズムが必要です。もち

中 立 主 義 を 超 え た ア ド ボ カ シ ー︵提

つ得心しかねるものがあります。ヨー

らだともいわれます。いずれもいま一

界のヘゲモニーを握ろうとしているか

境に熱心であるのは、環境をもって世

してきました。また、ヨーロッパが環

やNPOはヨーロッパを見習えと主張

理想的な姿として、日本の環境NGO

吉田 環境を起点に政治が展開される

ャーナリズムの役目でしょう。

会として国連の環境会議があり、一九

はありません。全ての国が参加する機

化はG8で答えが出せるような問題で

いでしょうか。そういう意味で、温暖

というところに、戻っていくのではな

を先進国がしていかなければいけない

ちは自制して南北の格差を埋める努力

ます。途上国を伸ばしながら、自分た

は植民地主義に過ぎないと書いてあり

ない限り、途上国の開発を抑止するの

  ローマクラブの﹃成長の限界﹄には、 北の国々が豊かさを自分からセーブし

国をつくり直すことを提唱していくこ

ロッパが環境で世界をリードし続ける

九二年のブラジルでの地球サミットは

マインドと技術力と結束をもっている のか、見守っていかなければいけませ

とだと私は思います。   また、温暖化問題は実は他の問題を カモフラージュしているのではないか

﹃サステナ﹄ 9号

167


特集座談会 より

とし、IPCCでは四五〇 ppm でな いと大変なことになると警告していま

スターン・レビューでは五五〇

の手段で、全体の体系に位置付けて初

なされていません。排出量取引は一つ

う組み合わせていくかの議論も十分に

しか策定できていませんし、政策をど

進計画は非常に限られた地方自治体で

地方自治体版である地域温暖化対策推

出量取引を試行的に秋に実施するとい

六〇から八〇パーセント削減をし、排

  今回のサミットでは珍しく温暖化対 策に順風が吹き、総理が二〇五〇年に

ぐらいそのような状況です。

せん。日本の温暖化対策はここ一〇年

るのですが、思い切った政策が打てま

現状です。それはそれで民主的といえ

場合、審議会とかで一番感じるのは、

す。そうするためには、二〇五〇年ま

めて意味があるので、ヨーロッパでも

はありながら、温暖化対策ではほとん

でに排出量を半減させ、二〇二〇年に

排出量取引だけでやっているのではあ

われたのは、反発する側からすれば驚

成していないと、私はみています。二

はどのあたりにするかとの議論が延々

りません。日本の温暖化対策は、政策

きであったのかもしれませんが、環境

利害関係者が納得しない限り進まない

と続いています。合意が成り立てば、

として非常に不十分な議論、あるいは

うやく岩が動いたという感じです。こ

政策を進めようとする側からみればよ

ど生かされていません。温暖化対策の

実現する手段を示す政策が必要です。

ミスリーディングな議論でなされてい

ppm から将来の目標値をどこに置くのか、

不幸なことに、日本の国内では、自主

ると思います。

酸化炭素の濃度をいまの三七〇

行動計画か排出量取引かという非常に

中心とした対策をとってきたわけです。

は地方自治体が主導して、直接規制を

  そもそも日本の環境政策がどうであ ったのか振り返りますと、公害対策で

とは離れた形で政策を決定できますか

セルにおいて、個々の構成国の産業界

僚主義的なところがあって、ブリュッ

をするというスタンスです。EUは官

税でも、温暖化対策にはあらゆること

大塚 ヨーロッパは、排出量取引でも

集団と市民をつなぐ情報コミュニケー

民、科学者と市民というように、専門

瀬川 ジャーナリズムには、政治と市

市民に必要ではないかと思います。

チェックをしていくことが、われわれ

果実が大きくなるよう、オブザーブし

のように若干でも出てきたいくつかの

ppm

偏った政策論争が行われてきました。

かつて六〇〇万トンぐらい出ていた二

ら、理想に近いものが出てくるという

ターとしての役割があります。その際

ックに減りました。そのような経験が

面があるのだろうと思います。日本の

酸化硫黄が約一〇分の一へとドラスチ 一九六〇年代、一九七〇年代の日本に

166


は環境がわかるだけではいけません。

あると思います。これからの環境人材

ていく環境分野の人材を育てることが

ジアあるいは世界で幅広くものを考え

せていくのか、一つの課題として、ア

ーマに掲げました。それをどう発展さ

当たって、政治とジャーナリズムをテ

松岡 早稲田はIR3Sに参加するに

いではないですか。

野からつくり出していけたらすばらし

ーンを、サステイナビリティの学術分

てきました。東アジアで国を超えたゾ

ツや文化から国際交流の基礎をつくっ

国にはピンポン外交があって、スポー

み出せる可能性があります。かつて中

北京大学と早稲田大学の共同研究は生

田大学の共同研究と連携して、国境を

入れていく計画です。北京大学・早稲

い専門ジャーナリストの養成も視野に

ャーナリズムコースで、環境問題に強

グ ラ ム︵ MAJESTy ︶ 、さ ら に そ れ を 継続発展させるかたちで 設されたジ

科の科学技術ジャーナリスト養成プロ

ズム教育では、早稲田大学政治学研究

てもらえればと思います。ジャーナリ

ジャーナリズムも一つのポイントにし

学と早稲田大学の共同研究では、環境

ャーナリストは学ぶべきです。北京大

っていけない状況だということを、ジ

います。もはや国益という言葉ではや

れナショナリズムを負った報道をして

本だけでなく各国のメディアはそれぞ

﹁国益﹂という言葉が登場します。日

境を超えなければいけない問題でも、

サステイナビリティの思想的なところ

違いがあるものではありませんから、

ないでしょうか。人間の思想にはそう

理解する重要なきっかけになるのでは

中国をつぶさに見ることは、アジアの

早稲田大学との共同大学院構想の中で、

っている恐れがあります。北京大学と

内のナショナリズム的な議論にとどま

イナビリティ論は、実のところ日本国

うと、日本でいまなされているサステ

方で、日本が先に進んでいるのかとい

  いまの中国の公害に日本のかつての 経験が生かせるところがあると思う一

応が主になっています。

が若いときに経験した公害問題への対

北京大学のカリキュラムには、私たち

係のカリキュラムを比べてみますと、

いといけません。

の環境人材を育てる努力をしていかな

います。それらもわかる新しいタイプ

吉田 北京大学と早稲田大学で環境関

考えています。

トを育成できれば素晴らしいことだと

超えることのできる環境ジャーナリス

ではないかと思っています。

ビリティ論の今後の発展の一つの方向

学が引き受けたIR3Sのサステイナ

を日中で築いていくことが、早稲田大

あるいは世界のサステイナビリティを

政治等々、いろいろなことが関わって

環境問題にはエネルギー、食料、国際

瀬川 サミットの報道をみますと、国

﹃サステナ﹄ 9号

169


では投機ファンドが国を超え、G8の

特集座談会 より

生を受け入れ、現代中国の出発点にな

しい事態となっています。G8に集ま

大いに盛り上がりました。それに比べ 役割を果たしてきました。その早稲田

った国が先進国で豊かなのかというと、

首脳が集まってもそれを動かせない新

ットではモメンタムが大きく低下しま

大学が、中国の有力大学と共同大学院

レアな資源をもっている国の方がよほ

る人材を育て、日中の関係史で大きな

した。次の国連の環境会議が開かれる

をつくることには大きな意味があると

先進国であることの意味は、民主的に

ど豊かだという場合も出てきています。

て、二〇〇二年のヨハネスブルグサミ

際の議題は、温暖化とは別の要素、エ

思います。開かれた形で、サステイナ

運営され、人権に配慮し、環境に配慮

ビリティの分野の大学院がどうあるべ きか世界の模範になる質のいいものが

していることにあるのでしょう。

のかもしれません。環境がイニシアテ ィブをどのように取れるのか、あと数

大塚 北京大学との共同研究は、まず

つくっていけたらいいと思います。

ネルギーや食料が支配的になっている

堀口 早稲田大学もサステイナビリテ

年が勝負でしょう。

  ヨーロッパでは国を超える大きな実 験をしています。日本も、東アジアに

組めません。日本には、一九七〇年代

は科学技術の分野が中心で、私は法律

に公害を苦労してクリアした経験があ

ィの問題に積極的に取り組んでいく一

酸化硫黄に関して排汚費という炭素税

ります。アジアの国には、日本とのタ

おいて、国の単位を超えたゾーンをつ

に近いものがあって、経済的手段での

イムラグはありますが、環境と経済が

の人間なので、温暖化対策の中国国内

っていくことに合意し調印しました。

経験がありますから、こちらが教わる

同軸となっていくいまの時期に、日本

つとして、胡錦涛主席が五月八日に大

文科省によりますと、大学が共同で大

こともあって期待されます。

の経験を外に出して、アジアとの一体

問題は国境を超え、日本だけでは取り

学院や学部をつくるのは国内でも来年

北川 産業革命の時期からいままで、

感をつくっていくのは非常に意義のあ

くっていく必要があるでしょう。環境

からようやく始まるので、国際的にま

国やナショナリズムが強く意識され、

興味深いと思っています。中国には二

だこれからだと。北京大学との間でど

国という統治単位が圧倒的に大きな役

での制度設計に関する議論ができると

のような制度がをつくれるのか、我々

ることです。そのための一つの礎を、

学と北京大学とで共同の大学院をつく

自身努力していきたいと考えています。

割を果たしてきました。しかし、現在

隈講堂で話をされたときに、早稲田大

松岡 早稲田大学は、清朝末期に留学

168


﹃サステナ﹄ 号

サステイナビリティを 座談会

立命館大学教授 (環境教育) 立命館大学教授 (機械工学) 立命館大学教授 (環境政策学)

竹濱朝美 酒井達雄 周 瑋生

発と技術移転、経済システムの改変と社会のイノ

ベーションの三つの軸があります。中国は途上国

ということもあってエネルギー多消費産業が非常

にたくさんあります。いかにして低負荷、低炭素

の社会をつくっていくかが課題で、日本の経験を

生かしてイノベーションを考えようとしています。

仲上 浙江大学では湖州市の調和型社会を作るた   めに三〇〇近いプロジェクトが動いています。日

地域発展のモデルをつくって、中国を循環型社会

本の研究スタイルとはかなり違いますが、大学が

にしていく道筋を付けていくことに取り組んでい るわけです。

酒井 中国には、孔子の時代からの長い歴史があ   り、ものの考え方において世界をリードしてきた

文化をもっています。中国は先進国の後を追うだ

けではなく、どこの国にも負けない中国の深い哲

学に根差した社会の発展の仕方をぜひ模索して、

持続可能な和階社会の実現に向けて、むしろ世界

を引っ張るくらいになっていただきたいと思いま

す。中国がそのようなこと進めていくのを、技術

的、経済的、人的なこと全部含めて、先進国はサ

ポートすることが大切です。

171

調和社会構築への戦略的イノベーション 特集

10


立命館大学

目指すイノベーションとは

出席者

特集座談会 より

立命館アジア太平洋大学教授 (地球気候環境科学) 立命館大学教授 (環境経済学・開発経済学) 立命館大学教授 (環境システム論)

サンガ・ンゴイ・カザディ 髙尾克樹 小幡範雄

仲上健一

立命館大学教授 (水資源環境政策)

あります。湖州プロジェクトには、基盤技術の開

ェクト﹂として構築していくことに大きな意義が

広域的な循環型社会を中国における﹁湖州プロジ

事例はまだないといっても過言ではありません。

周 先進国でも途上国でも、一人あたりのGDP   の水準が比較的高く、環境負荷が低いという先行

の方向性を見出していければと思っています。

もまじえて、広い視野からサステイナビリティ学

んがいらっしゃいますので、中国やアフリカの話

な考え方があります。今日は、周さん、サンガさ

ビリティについては、いろいろな立場、いろいろ

仲上 立命館大学に与えられた課題は、調和社会   構築への戦略的イノベーションです。サステイナ

 司会

170


うかです。琵琶湖も三十数年かかりま

ことと法制度の遵守が徹底できるかど

っていますが、問題は、汚染源を切る

周 太湖問題に対処する技術は、ロー   テクが多くて、中国自身もある程度も

いでしょう。

と位置づけて予算を投入しないと難し

なく、国としてこの問題は重要である

州市や周辺の市だけでできることでは

いて大問題となっています。地元の湖

は飲料水などさまざまに利用がされて

面的にアオコが発生します。太湖の水

三倍ぐらい大きな湖で、夏になると全

うな気がしています。太湖は琵琶湖の

んな生ぬるいことでは追いつかないよ

トで取り組んでいる太湖の場合は、そ

を解決してきました。湖州プロジェク

それを一個一個詰めていくことで問題

えられるやり方を五〇〇ぐらい挙げ、

サンガ 中国西部では砂漠化や土壌侵   食が進み、黄砂がますます激しくなっ

転に伴うリスクを軽減できます。

技術移転にはメリットがあり、技術移

先進国の企業にも配分されるのなら、

削減による利得もあります。それらが

すれば、経済的な利得も、二酸化炭素

ルギー分野で高度な省エネ技術を導入

ズムの導入があります。例えば、エネ

ネス的なやり方、すなわち市場メカニ

転を促進する一つの提案として、ビジ

せん。さまざまな難しさのある技術移

どうしで決めても単純には移転できま

います。技術は企業の命ですから、国

もっているのではなく、企業がもって

所有権の問題もあります。技術は国が

れていないとの思いがあります。知的

せっかく移転した技術が十分に活かさ

ていないとの思いがあり、先進国には

要とする技術を十分に移転してもらっ

の不満をもっています。途上国には必

識を高めることが、日本にとっても大

そして、中国と日本の両政府の働きか

実は日本の問題でもあります。

を含むアジア大陸における環境問題は

雨は土壌を壊し、森を壊します。中国

とが調査からわかってきました。酸性

素酸化物、硫黄酸化物が原因であるこ

いは、アジア大陸から運ばれてくる窒

きます。日本に降る酸性雨の半分くら

立ち枯れなど、酸性雨の影響が目に付

本のとくに日本海側では、アカマツの

食からの砂が問題なのです。また、日

が問題なのではなく、陸地における浸

んど生えていませんでした。これは海

とんど平らな砂で埋まり、植物がほと

をみると、大陸の近くの海は、下がほ

ていました。東シナ海の海底調査結果

学にくる前に、よく海での調査を行っ

けで、現地の人たちの問題解決への意

173

  中国の様々の環境問題の解決ために は、適正な技術移転が必要とされます。

した。中国はそういうプロセスの勉強

事なのです。

が足りません。

ています。私は立命館アジア太平洋大

  技術移転には、実は、双方がかなり ﹃サステナ﹄ 号 10


特集座談会 より

悪臭を少なくするバイオマスの活用に、

そこで、竹の廃水をメタン発酵させて

周辺住民の環境問題になっています。

理するために廃水の量も多く、悪臭は、

産業が多く存在します。大量の竹を処

林に恵まれているため、竹を利用する

悪臭が発生します。長興県は豊かな竹

そのまま周辺に流すと、一日か二日で

物や虫がいるので、竹を洗った廃水を

きました。竹の皮の間には多くの微生

ついて、興味深い話を聞かせていただ

設やリサイクル施設が集まって、それ

など、個々のものに対応できる解体施

には、例えばバッテリーや食品、汚泥

のを中国でも構想しています。一般的

が二六カ所ぐらいあり、似たようなも

小幡 循環と産業ということで、日本   にはエコタウンと呼ばれているところ

感じました。

方法に、目を向けなければいけないと

て、地域経済のなかで循環を実現する

あるバイオマス・エネルギーを利用し

ばかりを考えていたのですが、地元に

思います。私はこれまで、太陽光発電

追究することは、大きな意義があると

なら、中国のいまの実状に合っている

日本でも公害が激しかったころの技術

が、中国の人にとってよいことなのか。

れる日本のいまの技術をもっていくの

違う気がします。環境にやさしいとさ

ことと、中国にいて思うことは、何か

ませんでした。いまの日本にいて思う

エミッションのようなことは考えてい

昭和三〇年代や四〇年代には、川がド

かというと、やや疑問です。日本でも

況で生活していてもそのように考える

  ただ、日本にいる私たちはそのよう に考えるのですが、中国であちらの状

くっていくべきだろうと思います。

域社会であって、それをこれからはつ

いるのですが、本当の意味でのエコタ

取り組んでいるそうです。

らをつないでネットワーク化すること

バイオマス活用に振り向けることで、

  竹の廃水から作るメタンガスは、燃 料として活用することが望ましいです。

で、物質循環を成り立たせ、家電や自

のかもしれませんが、そのころの技術

ウンはゼロエミッションが実現した地

しかし、中国では天然ガスの価格が非

動車などのリサイクルに成功していま

は日本にはほとんど残っていません。

地元の資源を活かした循環の可能性を

常に安いために、竹の廃水から作った

す。それで、エコタウンというとリサ

竹濱 湖州では、浙江大学の李暁東教   授から、竹の加工時に出る廃水処理に

メタンガスはコストが高すぎて、残念

イクル施設とか解体施設がたくさん集

ロドロになっているのを見ても、ゼロ

す。それでも、竹の廃水による悪臭対

ながら、経済的に成り立たないそうで

まったところというイメージになって

仲上 私は琵琶湖の保全政策にだいぶ   関与しまして、琵琶湖ではいろいろ考

策に費用をかけるよりも、そのお金を

172


ら日本はどうすべきかというと、技術、

同じ質で安くて生産できます。これか

日本で生産できるものは、中国でも、

の製品は高いのでマーケットが成立し

売れるかどうかだけで考えると、日本

いであるように感じています。製品が

仲上 日本の環境関係の企業がなかな   か動いてくださらないのは、視点の違

ランスよく発展していけるように思い

いった方が、地球全体でみたときにバ

の独特の技術をもう少し前面に出して

あまりにも弱すぎます。そして、地域

なければならないでしょう。その点が

く、技術を根付かせていく方法も考え

のでしょうが、もっていくだけではな

特にローテクを商業化して、産業とし

り出そうとしてくれません。それと、

ないとすぐに読めて、失敗が嫌って乗

であり続けるのは難しくなっています。

か。中国から日本にエールを送ってい

て移転していくことではないでしょう

ようとします。ドイツなどは、日本の

れた通りにしてくれる忠実な人を集め

和諧︶という理念です。残念なことに、

周 確かにサステイナビリティの概念   は、本来は儒教の﹁調和﹂ ︵中国語は

思います。

ます。中国には中国の自然にマッチし

はなく、ビジネスとして移転するので

製品よりも安いですし、現地の人を社

日本の企業の特徴として、現地の人に

す。湖州プロジェクトも、省エネ、汚

長にします。中国にはMBAを取る人

いまの中国の発展のやり方は、大量生

る一つのキーワードは節能減排、すな

染物質削減の技術を重要な柱として、

産、大量消費、大量廃棄、大量汚染の

型の文化社会が成り立っていたのだと

日本の産業界に働きかけていますが、

がたくさんいます。社長になろうとす

西洋文明にとらわれています。そこか

た自然観、宇宙観があって、自然共生

慎重でなかなか動いてくれません。日

る意識が強くあって、そういう方たち

湖州プロジェクトを日本と中国と一緒

日本人が現地企業の社長になり、言わ

本は実は遅れているのです。脱硫装置

には日本の企業は魅力的でありません。

に努力して進め、他の途上国の参考に

なかなか任せないというのも問題です。

のビジネスはほとんどヨーロッパに取

酒井 技術には、大きく分けると、国   や地域に関係なくどこにでも当てはま

なるようなモデル地域をつくっていき

わち、省エネと汚染物質排出の減少が

られています。対中戦略のイノベーシ

る共通のものと、そこの地域にだけ当

できる技術の移転です。それを譲渡で

ョンが求められます。湖州プロジェク

てはまる独特のものがあります。共通 の技術であれば幅広く移転してもいい

たいと思います。

175

ら脱却する方向性を見出すためにも、

の互恵・補完型協力モデルの構築に役

トは、ポストODAにおける日中協力 に立つものであればと思っています。

﹃サステナ﹄ 号 10


特集座談会 より

ったことをよくいいます。ビジネスの

問題に貢献しなければならない、とい

もっている技術を移転して世界の環境

高尾 新しく環境大臣が就任したとき   などに、日本は環境先進国であるから、

るのです。

ル化は環境のグローバル化も進めてい

われているからです。経済のグローバ

していて、農業にはたくさんの水が使

本は中国からたくさんの農産品を輸入

の方々も中国の水を飲んでいます。日

水問題は日本にも直結します。日本人

す。建物をつくる場合でも、タンザニ

同じようにしようとする傾向がありま

サンガ 開発途上国に技術を移転する   ときに、日本は国内でのやり方と全く

ないかと思います。

もたせていくのが重要なポイントでは

らものをいうのではなく、技術に幅を

をしていく場合に、日本は高い目線か

る技術が必要なのでしょう。国際貢献

ントでもいいから、安くて誰もが使え

いるのではなくて、まずは九〇パーセ

大気に出さない技術を世界中が求めて

技術です。九九・九九パーセントまで

が銅を手にした最初に人間が発明した

もっていって、後はよろしくでは無理

小幡 国ごと、地域ごとに合った適正   な技術を考えないと。日本からポンと

で必要されています。

橋の方が、経済的にも社会的にも現地

橋の建設ではなく、同総額で数百か所

一カ所に長さ数百メートルの高価な吊

建設も、同じようなことが言えます。

ウさんたちのように残るのです。道路

使われなくなった建造物だけが白いゾ

す。日本からの協力が終わった後に、

と呼ばれているものがたくさんありま

エレファント﹂ ︵白いゾウさんたち︶

向こうには現地の人から﹁ホワイト・

て、灌漑システムは死んでしまいます。

トの予算が付いている間は動いていて

世界にも同じような意識をもっている

アで日本の小学校と同じような建物を

硫黄と酸素を引きはがして銅を取り出

方が多いようです。日本の環境技術は、

つくろうとしました。同じお金で現地

です。メンテナンスのできる技術者を

も、その後はメンテナンスができなく

例えば脱硫装置にしても効率のよい発

のやり方なら数校ぐらいつくれるので、

いかないといけませんね。

育てる教育のようなことまでも含めて

します。硫黄を大気中に出してやるの

電装置にしても、すばらしいものです。

なかなか話がかみあいませんでした。

周 環境問題は国境を超えた協力が大   切です。水についても同じで、中国の

しかし、他の国からすれば、次元の異

潅漑技術でも、コンピュータを入れた

周 日本はこれまでのような貿易立国  

に十数メートルの鉄筋コンクリートの

なる特殊なものであるのかもしれませ

ハイテクをもってきます。プロジェク

ん。   銅の精錬で、基本的には硫化物から

174


辻 サステイナビリティ学はまだ花の   咲いていない学問分野で、ケーススタ

を考えようとするときに状況が似てい

固有性を生かしたサステイナビリティ

にあるのではないでしょうか。地域の

かわかっていません。一般理論がない

ても、同じ理論、同じ理屈が通用する

だけに、ケーススタディが非常に重要

ディを一つひとつ積み重ねていく段階

﹃サステナ﹄ 号

11

177

特集

足立 淳 京都大学大学院 地球環境学堂助教 (環境毒性学)

田村 誠

サステイナビリティ教育

森 晶寿

星越明日香

京都大学大学院 地球環境学堂准教授 ( 地球益経済論)

東京大学 サステイナビリティ学連携 研究機構特任研究員 (ランドスケープエコロジ ー,環境教育,サステイナ ビリティ教育)

辻 宣行

城大学 北海道大学 地球変動適応科学研究機関 サステイナビリティ学教育 准教授 研究センター特任准教授 (環境経済学,科学技術社会 (数理生態学) 論)

田中教幸 北海道大学 サステイナビリティ学教育 研究センター教授 (地球化学,サステイナビリ ティ教育)


原 圭史郎 大阪大学 サステイナビリティ・サイエン ス研究機構特任講師 (都市環境・資源管理,環境・ サステイナビリティ評価)

下田吉之 大阪大学大学院 工学研究科教授 (都市エネルギーシステム学, 都市・建築環境)

176

特集座談会 より

味埜 俊

東京大学大学院 東京大学大学院 新領域 成科学研究科特任 新領域 成科学研究科教授 准教授 (排水処理工学・環境微生物 (環境微生物学・環境工学・ 工学・サステイナビリティ 環境教育・サステイナビリ 教育) ティ教育)

討論

大学の課題

小貫元治

サステイナビリティ教育で 何を教えるのか

サステイナブルな社会をつくるために


いるのではないかと考えます。

リティ・サイエンスが扱う対象として

ろ、そのような領域も、サステイナビ

あるのではないかと思いますし、むし

やアプローチが貢献する側面が多分に

な場面や状況においても、科学的分析

いるのかとなりませんか。

何のためにサステイナビリティをして

たくさんありますよといってしまうと、

森 サステイナビリティは相対的な価   値観のうちの一つで、他にも価値観が

なればと思います。

育を通じて学生に考えてもらう機会に

てみたいと考えています。資源には、

テイナブルと定義して、話を組み立て

らえ、資源が再生産できる状況をサス

田中 私は私なりの答えを出していて、   人間を支えるものとして資源を広くと

りますね。

本質的なものとして避けて通れなくな

のを見ているのか、同じものを見てい

なくて、サステイナビリティを考える

ビリティという価値観があるわけでは

味埜 サステイナビリティが一つの価   値観だといっては危険で、サステイナ

はないという考え方です。

生産されなければ、サステイナブルで

ものすべてを含みます。その資源が再

るとか人間を支えるもの、いろいろな

地下資源も含まれるし、人間関係であ

るのか、気になるところです。

ときには軸がいっぱいあるというのが

小貫 私も同様の感想です。社会で決   めるといったときに、科学とは違うも

森 合理性という言葉が引っ掛かるの   なら、社会的受容性といってもよい。

どうしても環境容量とか物質的なもの

小貫 人間も含めて資源だと理解して   納得してもらえるといいのですけど、 星越 正しい知識をもっていて、地球   にやさしいとわかっていても、それを

を考えてしまう。それだけだと、サス

サステイナビリティの立場ですよね。

はいけない、それには価値があるとい

行動に移すかどうかになると、一〇〇

テイナブルな社会がどういうものであ

小貫 ある時あるところである社会に   よって受容されたものは尊重しなくて

うことで合理性というのですね。

人いればみな違いますよね。

して決まるものではないでしょうか。

て、現場の知識やその時の状況に依存

ばいけないと思います。

向に向かうのかどうか、敏感でなけれ

味埜 社会の設計に責任をもつような   人は、全体としてサステイナブルな方

を動かしていくインセンティブは何な

味埜 サステイナブルな社会が仮に実   現したと想定して、そのときに、社会

のでしょうか。一番の要素は、社会を

るのか考えるのはやはり難しい⋮⋮。

専門家はこうした科学の可能性と限界

森 サステイナブルな社会とは何かが、  

179

田村 サステイナビリティは絶対的な   価値基準で決まってくるものではなく

の双方を認識しているはずですが、教

﹃サステナ﹄ 号 11


というのではなく、全部に通じる仮説

い、初期条件が違うから比較できない

になりかねない。国が違い、地域が違

森 ケースをたくさん並べてそれぞれ   違いますといったのでは、集めただけ

だと思います。

まるメカニズムの話はできても、まわ

している先生は、光起電力効果から始

した。一方で理科系で太陽電池を研究

うな話をしてくれると良いと言われま

残っていったのか、技術間の淘汰のよ

あったが、どのようにして今の技術が

ら、競合技術としてこのようなものが

いでしょうか。

組むのがサステイナビリティ学ではな

ろには価値判断が入り、そこまで取り

がいいと思います。社会が答えるとこ

テイナビリティ学だといっておいた方

その双方の重なる部分を扱うのがサス

特集座談会 より

を、間違っているかもしれないがある

味埜 科学では判断できない問題だか   ら、 ﹁私﹂がどう判断するかを決めな

ていかなければいけません。科学者は

りの技術と比べてどうだったのかとい

普通、価値中立的なものを提示する論

程度は出して整理していく必要がある

味埜 ある見方から解決策が出たと思   っても、違う見方をすると、次の問題

文の書き方なり、研究の作法をとって

いといけないということですね。

ありますから、違う視点があるかと考

をつくっているということがたくさん

います。しかし、サステイナビリティ

った議論がなかなかできなくて、関心

別性こそ重要と考える分野もあるよう

えることがサステイナブルな社会につ

学はそれだけではすまない話だと言っ

がずれてしまうようです。

です。

ながる道筋をみつけやすくする、それ

ておく必要があると思います。

ように思います。

森 経済では何かかっちりした講義を   したいという思いがあります。ところ

が学生に伝える一つのメッセージとし

田村 科学だけでは合理的に解決がで   きない、そこで社会的な合理性も考え

が、他の分野では、講義などやらなく

てあると思います。しかし、それだけ

味埜 全体を統一的に整理しましょう   ということは私も良く言いますが、個

に出して、そこで学んでこさせればい

てもいい、とにかく学生をフィールド

では十分でない気がします。

なのでしょうか。さまざまな価値基準

原 ステークホルダーが議論を行って、   合意形成に至るようなプロセスなどは、

いと考えるタイプの先生もいます。学

田村 科学技術社会論に通じますが、   科学者が答えなければいけない問題と、

科学では扱うことのできない対象領域

生の中にも教員の中にも両極端の考え

や判断、倫理的観点が入ってくるよう

方がありますね。

社会が答えなければいけない問題と、

下田 例えば太陽電池の話をするのな  

178


あります。地域の人からすれば、普段

外の知見や外の資源も活用する必要が

らの中だけで事がすむものではなく、

で内発的発展を志向する場合にも、む

だと思います。ただ、自分たちの資源

重要な要素であるのは間違いないこと

森 地元にある資源を使いながら発展   させていく内発的なやり方が、サステ

意味です。

られるコミュニティでないと、という

田中 人間関係が緩い大都会と、それ   が強いコミュニティと、いろいろあっ

うまくやっていけるのでしょうか。

人の行動に対する制約が強くなって、

なると思うんです。しがらみとか、個

たぶんそこでは人間関係がすごく密に

足立 地域性とか多様性を保持したサ   ステイナブルな社会があるとすると、

ですが。

思うと夢物語のような気もしてくるの

にない村もあります。そういうことを

ょうか。過疎が進んで、労働力が現実

のでしょうか。

るスキルを与えるには何をやればいい

のかな。具体的にリソースを掘り出せ

味埜 サステイナビリティ教育で育て   るべきは、そういうことに気付く人な

ん。

す。内部の人ではあまりやっていませ

てきたレストランとかお菓子屋さんで

メージを利用しているのは外から入っ

辻 そうだと思います。ポテンシャル   としては高いものがあっても気付かな

る人が必要なのではないですか。

それを活用するのを手助けしたりでき

っているわけではありません。問題と

ることで、実際の場で、次のアイディ

辻 よく遊ぶこと?   森 基本的にケーススタディでしょう。   ケーススタディを通じて疑似体験をす

い。富良野の場合に、富良野というイ

からあって何の価値もないと思ってい

ュニティを世界中にばらまかねばとい

て構わないと思います。小規模のコミ

もともとあまり現金収入がなくて、ど

イナブルなまちやむらをつくっていく

となり、新たな村おこしの核になる可

るものでも、外からみたら大変な価値 能性もあるわけですから。

ちらかというと持ちつ持たれつの相互

体として文化の多様性を減らす方向に

たなくなってきていることがあります。

依存で成り立っていた社会が、成り立

小貫 どこに価値があるかに気付くこ   とですよね。つまり多様なことを理解

アが出てくるようになるでしょう。

していま具現化してきていることで、

すれば外とのつながりは強くなり、全 働きませんか。貧困の問題と同じ構造

181

味埜 地域の特性を生かして発展させ   ていくのは大事だと思いますが、発展

があって、地域の資源を掘り起こして

する力ではありませんか。

星越 地域のサステイナビリティを実   現するには、リソースが発見できたり、

も追い付かないときはどうするのでし

﹃サステナ﹄ 号 11


特集座談会 より

均質にしないことではないでしょうか。 道と東京は違う、山の中と町は違うと

様性を積極的に保持しなければ駄目だ

るのは悪くないだろうと思います。多

ら、そこが何であるかという議論はし

うではない力がいま働いているとした

確保されるわけです。人間社会ではそ

辻 自然界においては、単一種だけが   住む世界は成り立ちません。多様性は

いうのが、すごく大事だと思います。

という理由はどこにあるのでしょうか。

たいと思います。

星越 例えば IPoS でも、いろいろな   学生がいると面白いし、多様な人がい

文化の多様性をなくさないようにする

小貫 人間社会における多様性が大事   だということについて文献がないかと

アメリカと日本は違い、日本でも北海

のが非常に大切ですね。

って非常に危うい状況ではないかと感

田中 だとすると、私は地域性を大事   にしたい。文化的にも経済的にも、よ

をしているようです。同じ考え方しか

じます。

調べてみましたら、スコット・ページ

しない組織にいたら、みんなが同じと

味埜 自立度を高めることは必要だと   思いますが、まわりの社会に依存しな

原 多様性はサステイナビリティにお   いて重要な要件であるというのは、よ

どのように多様性が重要なのかという

めなくなるだろうと。多様な人たちが

ころで行き詰まって、そこから先に進

いコミュニティは現実にはありえませ

その地域に依存して自立性がなくなる

問いに対しては、各分野において学術

いた方が脆弱性が下がるのだという議

ん。外に全く頼らないで生きていこう

のは、社会のサステイナビリティにと

的にどのような具体的議論がなされ、

論です。

がなくなりサステイナビリティとは違

という人が﹃ザ・ディファレンス﹄と

また整理されているのでしょうか。

辻 生物の場合に、遺伝的な多様性が   あると、環境変動に対しては強いとい

う方向に歩み出す可能性があります。

いう本を書いていて、組織論的な解析

維持に多様性が大事だとはいっても、

うことはいえます。

ではありませんか。

け入れやすいのですが、何故あるいは

一つ二つの種がなくなったところで森

小貫 サステイナビリティに多様性が   大事だと教条的にいうのではなく、検

く言われることですし、直観的にも受

全体が壊れるようなことはありません。

か、意外と説明できていません。森の

辻 生物多様性がなぜ大事なのか、多   様性をなぜ維持しなければならないの

では、一〇なくなったら大変なのかと

証していかなければいけないですね。

田中 少なくとも、自分でものが決め  

自己完結性だけを重要視するのは危険

という発想になったとたんに、協調性

いうと、そのあたりはわからない。

180


特集

﹃サステナ﹄ 号

え、対策の影響を考えることでは、未来と現在と

のやり取りが繰り返し行われ、比 的ではありま

すが、現在と未来の間に対話の構造があるといえ ます。

  二つ目の論点は、現在における対話です。温暖 化の影響する範囲は非常に広く、関係者が多数い

て、考え方は多様です。その間にいろいろなやり

取りがあってもうまくいくとは限りません。生産

的な﹁対話の構造﹂とはどのようなものか考えた いと思います。

大崎 世界の全食糧生産の変遷をみますと、二〇   〇四年から生産量が頭打ちです。FAOなどの将

来予測では、二〇五〇年まで二パーセントの割合

で食糧増産が続くことになっているのですが、現

実は大きくずれてきつつあります。原因としては、

増産の技術の開発がもう飽和に達しつつあること、

もう一つは、自然災害が頻繁におきていることで

耕地面積が増えないか減少する傾向にあること、

す。人口は依然として増加していますから、食糧

生産が伸びないと国際社会では大きな影響が出て

きますので、早急に対策を考える必要があります。

温暖化対策を考える未来はいつなのかというより

183

城大学教授 (地球環境工学) 東京大学教授 (都市工学) 北海道大学教授 (根圏環境制御学,植物栄養学)

三村信男 花木啓祐 大崎 満

現在 座談会

12


地球温暖化対策からみたサステイナビリティ

特集座談会 より

木村 競

城大学教授 (哲学,倫理学)

ているという意味です。

成立しているのではなく、継続できるようになっ

できる状態をさします。突発的にたまたま会話が

は、対話が続いている、あるいは続かせることの

木村 ﹁対話﹂とは基本的には人と人の対話です   が、その意味を広く考えます。 ﹁対話の構造﹂と

 司会

とに一つポイントがあります。予測し、対策を考

予測するところから現在における対策を立てるこ

けではなく、将来ある状態になっていくだろうと

球温暖化対策では、いまの問題にいま対応するだ

考えています。サステイナビリティを目指した地

  サステイナビリティ学全体、あるいは地球温暖 化対策に、この﹁対話の構造﹂が必要であろうと

大阪大学教授 (都市エネルギーシステム学, 都市・建築環境) 京都大学教授 (経済学) 城大学教授 (土木工学,地盤工学)

下田吉之 一方井誠治 小峯秀雄

出席者

との対話・未来との対話

182


はないか。

ないといけない話がいっぱいあるので

話するより、いまもっと対話しておか

ではないかと思います。未来の人と対

てくるのですが﹁後出しじゃんけん﹂

と、そういうものを身に付けさせるの

定義できるかもしれません。そうする

を対話をしつつ実現していくことだと

ーションしながら皆にとってよいこと

こと、冷静に言葉を使ってコミュニケ

ことを思いやる想像力、日本あるいは

分はなかなか教えていません。他人の

れも教えてきました。ところが心の部

ルのスキル、技がいります。大学はこ

解くには、知に加えていろいろなレベ

レッジ︵知識︶と、三つ目は、最初は

アジアのサステイナビリティに貢献し

フィロソフィという言い方をしていた

ようとする気持、そうものを育ててい

ーストに投げることができてダブルプ

のですが、ちょっと大げさなので、ア

に、お説教は当然何の役にも立ちませ

レーが成立する。そういう具体的な行

ティテュード︵態度︶にしました。

ん。野球は奉仕の精神だといわれたけ

るためならばと、何か、公共心という

動を通して、自分をチームのなかで生

小峯 ショッピングセンターがオープ   ンすると、地元の駅前の商店街とかが

のでしょうか、欠けているような気が

かす経験ができる。ボールを介して他

木村 環境教育で成功しているものを   みると、子どもたちが自分で活動して

くことが必要です。

してなりません。私は野球部のコーチ

者とコミュニケーションするといった

いて、それによって地域の人とのコミ

れども、ショートがゴロをとって、セ

をやっていて、野球は公共心を育成す

具体的な体験を通してでないと公共心

ュニケーションをとれるようになった、

ぼろぼろにされてしまいます。そうな

るのに非常にいいと思っています。野

はなかなか生まれてこない、そういう

花木 私はいま何を教えるのか三つを   挙げてみました。スキル︵技術︶とノ

球に必要なのは、いわば奉仕の精神で、

ことですね。

カンドが受けやすいように球を投げて

一人で受験勉強をやっていたのでは公

すから、子どもたちが活動するなかで、

未来とは現在の自分にとっての他者で

やると、球をもらったセカンドがファ

共心を学ぶチャンスがないような気が

三村 心技体とよくいわれますが、大   学の教育で大事なのは﹁心技知﹂でな

いかといいたくなります。利益を上げ

します。

いか。大学がこれまで教えてきたのは

ることは初めからわかっていたではな

木村 公共心とは、自分以外の他の人   に対する想像力をもつこと、自分の利

知の部分が大きかった。実際の問題を

自分とは違う人たちの考え方に触れて、

185

そういうことを伴うものが多いですね。

害だけではなくて他者の利害も考える

﹃サステナ﹄ 号 12


特集座談会 より

サステイナビリティを考えていくには、

に大きな問題を残すことになります。

ムをいまから変えないと、将来に非常

企業に影響を与える他の社会メカニズ

があります。市場のメカニズムや、私

うしてもとらざるを得ないということ

いることです。

業を生んだりするプラスの面ももって

イノベーションを生んだり、新しい産

済への負担としての側面もありますが、

ップは確かに市場への介入ですし、経

ん。私が希望をもっているのは、キャ

なもので、なかなか話がまとまりませ

一方井 二酸化炭素の排出にかぶせら   れるキャップはいわば軍縮交渉みたい

決まっていく仕組みが必要です。

にものがいえて議論する過程があって

下田 いまやれることが実はもっとあ   るのではないか。郊外の中小都市の新

もしれないけど、賢い消費者になるの

つくって売るようになります。 遠か

すれば、企業や商店はそういうものを

物をするときに、そのような選び方を

さしいでしょう。私たちが普通に買い

エネルギーも少なくて地球環境にもや

すか。産地から近いだけ輸送にかかる

た野菜が並んでいたらどちらを選びま

しょうということです。スーパーで、

がよくいうのは、賢い消費者になりま

話だけだと、世界の大きな動きとどう

市場に介入せざるを得ないと思います。

花木 企業は市場からシグナルを受け   るという話と、普通の人が家に帰った

興住宅地で高齢化が急速に進み、かな

着し、最終的にいろいろな人々の幸福

その過程で、ある程度目先の経済効率

ときの生活と、何か距離があるように

り大変な問題になっています。これは

も、未来はすでにここにあるのだと思

が落ちることがあって仕方がないと私

感じます。個人の生活にはどうやって

もうまくかみ合わない気がします。私

は思います。

反映していくことになるでしょうか。

につながっていくには、関係者が自由

三村 誰が介入する権限をもっている   のかと考えると、対話がすごく必要に

になって、どうしてこんな開発をやっ

たことではないかと思うのです。いま

います。

なってくると思います。アメリカがい

三村 そこに答えるのもサステイナビ   リティ学の大事なことです。こまめに

一方井 現在の行動が未来を規定しま   す。私企業は、現在の市場における諸

えばできるのか、経済力の強いところ

電気を消しましょうとか、車のアイド

たのかと批判するのは、ある小説に出

つくったときからある程度は読めてい

が一番いい方法だと話しています。

遠くの国からきた野菜と、地元でとれ

のような面があるかもしれませんが、

が主張すればできるのか。現実にはそ

リングをやめましょうとか、そういう

条件の中で最大の利益を得る行動をど

国際的な制度として受け入れられて定

184


前の事象に対応して設計をするもので

小峯 技術の視点でいいますと、われ   われ分野のこれまでのやり方は、目の

があるような気がします。

でしょうが、生態系を軽んじる危うさ

一面で人類の生産活動にプラスになる

工的にコントロールするようなことは、

あるといわれますが、光合成技術を人

開発には必ずプラスとマイナスの面が

がかりなのは技術の方向性です。技術

れを取ってもタイムリーでした。サス

す。研究、教育、それに国際連携、ど

三村 サステイナビリティ学の提案は   非常にタイムリーだったと思っていま

に貢献していく責任があります。

テイナブルな社会に転換していくこと

本は技術とシステムを開発して、サス

本に関して私は楽観視しています。日

つくっていける可能性があります。日

ものを回すのが得意で、循環型社会を

大崎 日本には資源がないから大変だ   といわれます。だからこそいろいろな

うことです。

として掘り下げる責任が出てきたとい

ィの理念をよりきちんと議論して学問

てきています。サステイナビリティ学

ナビリティが高い生活を社会は志向し

ました。漠然とではあってもサステイ

であると思うように、社会が変ってき

荷が小さいものにすることがスマート

だけではなくて、自分の生活を環境負

わってきました。値段が高いか安いか

花木 ここ数年で確実に世の中は変わ   ってきています。人々の判断基準が変

んでいけば、未来との対話になります

情報を伝えていくことも技術に組み込

す。次の世代の人が判断できるだけの

伝えていくことが重要だと考えていま

時代の必要性はそこにあるのですから、

間や、一つの組織でやるのは難しい。

回復させることです。それは一人の人

研究で大切なのは、全体性、総合性を

する答えを探っていくことです。この

な問題が同時に進行していることに対

ったときに、より生産的になっていく

ではなくて、外側にいる人の声も加わ

になるべきではあっても、当事者だけ

事柄に直面している当事者がまず中心

対話の構造が重要でしょう。対話では、

ってきました。そのような事柄にこそ、

題もすごく大事だと思っています。気

した。一〇年後、二〇年後のことをそ

しているのは、温暖化に限らず複合的

テイナビリティ学が研究面でやろうと

し、時間軸を考慮することにもなりま

みんなで議論しながら鍵になるものを

をやっている者は、サステイナビリテ

しい土木工学をつくって、次の世代に

こに少しでも考えて設計をしていく新

す。サステイナビリティの思想を入れ

187

木村 本日の座談会で、すぐには解決   できないいろいろな事柄が浮かび上が

た技術とはそのようなものではないか

見つけていくのが重要です。

のではないでしょうか。

と思います。

﹃サステナ﹄ 号 12


特集座談会 より

る言葉にしました。わかりやすい言葉

の確率でおきるのか、一般の人がわか

的な研究ですが、温暖化がどれぐらい

くやっています。温暖化の科学は専門

あります。IPCCはその点すごくよ

わかってもらうために説明する責任が

みえました。いまは専門家には社会に

花木 かつて専門家は難しいことをい   っていればよくて、その方が偉そうに

と思います。

すると大変だという気持ちになります

いまの物質消費の水準を維持しようと

な消費を減らすという手があります。

るという本質的なことからすると無駄

贅沢なところがあるので、人間が生き

一方井 将来について私は割と楽観的   で、いまの社会には相当余分というか

確に残しておく。

知識のもとではこう判断しましたと正

いま生きている技術者としては有限の

はよくない影響を残す場合もあります。

と考えてやっていることが、将来的に

の質が高まるのならいいと、そこまで

はかかるかもしれないが、人々の生活

低炭素社会を実現するには余分にお金

約できるという範囲だったと思います。

花木 当初のノーリグレットは、対策   をするとお金が節約できる、資源が節

ーである気がします。

踏み越えるかどうかを考えるときのキ

は関連していて、将来の対策を立て、

することはないという判断でおこなう。

いて他にもいいことがあるので、後悔

実性はあるけれども、これはやってお

下田 ノーリグレット、後悔しないと   いう言葉があります。いろいろな不確

のまま捨てているのと同じです。それ

で伝える、いわば社会に向けて翻訳す

が、ライフスタイルや価値観が変わる

広げてノーリグレットと考えるように

向けて正確な情報を残していくことも

ることをやっていく必要があります。

と達観してしまえば、人間が生きてい

なってきつつあります。

それをしっかり考えることがあれば、

木村 一般の人に向かって専門用語で   ものをいうのは、正しく伝わらないと

ないかと考えています。

くところまでのダメージはないのでは

一方井 価値観の変革、技術の変革、   社会システムの変革、この三つが求め

を正すだけでずいぶんと違います。

いう意味では、不正確な伝え方なので

大崎 食料に関していうと、日本では   その四割を捨てているという調査があ

大事だと思っています。いまはよかれ

す。コミュニケーションの状況によっ

ります。いまの自給率は四〇パーセン

未来を考えることに十分関係してくる

必要で、そうした方がかえって正確に

られていて、個人的には、価値観の問

ノーリグレットとサステイナビリティ

なるといえるのかもしれません。

トですから、日本で生産した食料をそ

ては、わかりやすい言葉にすることが

小峯 正しく伝えることでは、未来に  

186


循環 ばならないような人口の圧力があるか

しかし、それはごみを全部使わなけれ

部資源になっているように見えます。

ました。確かに、インドではゴミが全

べて、先進国は、ゴミの山だ﹂と言い

ドでは何も残っていません。それに比

れども、インドを見てください、イン

住 前にインドにいったときに、イン   ドの大臣が、 ﹁日本は偉そうにいうけ

いうことでした。

一本化する際の旗印として出されたと

生省からごみに関連する部分を移して

一つは、環境省が独立するときに、厚

済といっていたのがあったのと、もう

ルーツとしては、ドイツで先に循環経

います。循環型社会は日本的な概念で、

それがないと、話が絶えずずれてしま

吉田 人間の生活の質を高めるという   大きな目標と結び付いた吟味が必要で、

るようにバランスを変えていこうとい

環境とか資源を使わないよう、保全す

経済学では、人をもう少し雇用して、

一種の使い捨て社会になったのです。

の過程で、モノの価値が相対的に落ち、

ら入って資本集約型へと変わって、そ

たのです。経済発展は、労働集約型か

さんの人を使っても、モノを大事にし

からです。極めて労働集約的に、たく

13

う議論があります。いまの日本の企業

よりも高かったようなところがあった

らなのでしょう。モノが回ってごみが

は、二酸化炭素を減らさなくて、人を

大阪大学教授 (原子力燃料材料学,エネルギー 材料工学)

植田 日本でも戦後すぐは、落ちてい   る釘も残らず拾っていました。端的に

山中伸介

個々の人々の生活が保証されることが

司会

なくなればいいという話ではなくて、

大阪大学教授 (機械工学,エコデザイン)

減らしています。それは、二酸化炭素

梅田 靖

いって、モノの価値の方が、人の価値

座談会

先にないと⋮⋮。

﹃サステナ﹄ 号

189

特集


循環型社会の形成とサステイナビリティ

型社会の目指すべき姿とは 出席(発言順)

特集座談会 より

吉田文和 北海道大学教授 (環境経済学)

植田和弘 京都大学教授 (環境経済学)

大崎 満 北海道大学教授 (根圏環境制御学,植物栄養学)

石井善明 大阪大学特任教授 (環境機器のプロセスエンジニア リング)

住 明正 東京大学教授 (気候システム学)

赤松史光 大阪大学教授 (燃焼工学)

188


れから生き残っていけるのではないで

そこをうまく考えていけば、日本もこ

にいじめると、技術は発達してきます。

す。グローバルな規制のもとで、適度

制と保護のバランスが大事かと思いま

山中 ものづくりの面でいいますと、   いいものが新しくできてくるには、規

国家戦略がありません。

づいているのに、日本はじつに鈍感で

転換のときだとヨーロッパは早くに気

いっても急には変われません。いまが

り立たなくなって、いきなり循環型と

立つのならいいのでしょうが、いざ成

リンクしていて、この先もそれで成り

ーを安い輸入でまかなうという政策と

いうことです。それは食料とエネルギ

わずに半ば放棄しているのが問題だと

ば、かなりの量存在しているのに、使

代の規制の枠組みをつくってしまうこ

て、自分たちに都合のいいように次世

赤松 規制をかけるときに、怖いのは、   既得権益をもっている人たちが集まっ

ません。

ルとして意味があることは間違いあり

いです。ただし、規制は明確なシグナ

ら技術が必ず進むと普遍化しては間違

からうまくいったので、規制をかけた

要件などいくつかの条件がマッチした

は、産業構造や企業内部の技術開発の

植田 経験を普遍化するには正確にや   らないといけません。マスキー法の例

で語って大丈夫なのでしょうか。

として挙げられていて、一個の例だけ

梅田 規制をかけると技術は伸びると   いう話では、いつでもマスキー法が例

した。

エネ技術、環境技術を発達させてきま

自然および社会的な制約のもとで、省

を遂げ、それが公害を引きおこして、

ていくからコストがかかり、それでも、

サイクル率の向上を目的として追求し

れて細かく砕いて分類する。日本はリ

けを取ってしまう。それから機械に入

るのかというと、まず手で有害物質だ

とが追求されています。それで何をす

トを下げることと、環境基準を守るこ

吉田 欧米のリサイクル工場では、生   産者が払わなければいけないからコス

努力しています。

常に品質の高いリサイクルをしようと

のづくりと同じようなマインドで、非

標を立てて取り組んでいるのです。も

梅田 家電リサイクルの工場に外国の   人を連れて行くと驚きますね。生産目

なくなってしまいます。

て、本当の意味での技術開発がなされ

まうようなことをすると、新規参入を

るように次世代の環境規制を決めてし

企業が集まって、自分たちだけができ

の規制がクリアできるとわかっている

しようとする人たちが出てこなくなっ

吉田 日本は戦争に負け、資源が足り   ないなかでも、ある程度訓練された労

とです。こういう技術を開発したら次

191

しょうか。

働力が豊富にあったことから高度成長

﹃サステナ﹄ 号 13


て世界中から安い資源をかき集めてく

公害対策をしないから安くすむ、そし

吉田 中国には三つの低コストがある   といわれています。まず労働力が安い、

ト面では太刀打ちできません。

たことは完全に中国が代替して、コス

ば喜ばれるでしょう。日本がやってき

いまでも安いものをつくって供給すれ

たわけですが、グローバルにみれば、

とに成功し、高度経済成長を成し遂げ

住 日本は戦後、労働集約型の産業で   生産性・効率を上げて、安くつくるこ

展の方向性と非常に関係があります。

循環型社会の議論は、本質的な社会発

うようなことがおこり得るわけです。

を雇ってでも二酸化炭素を減らすとい

排出するのにお金がかかるのなら、人

出も費用にしろというのは一理あって、

とが費用だからです。二酸化炭素の排

の排出が費用ではなくて、人を雇うこ

は、エネルギーも食料も外からお金で

立が保てないとの考えからです。日本

エネルギー的に自立しないと平和や独

球温暖化がありますけれど、基本には

うとしているのか聞くと、一つには地

デンの研究者になぜ本気でそれをやろ

ます。デンマーク、ドイツ、スウェー

大崎 デンマークでは自然再生エネル   ギーの比率はすでに二〇%に達してい

立たない状況が続いています。

ギーで電気をつくっても経済的に成り

ーがあるからでしょうか、自然エネル

権益をもっている側からのプレッシャ

く変えてきています。日本では、既得

進んでいくように社会システムをうま

バイオマスや自然エネルギーの利用が

いといわれています。ヨーロッパでは、

イオマス利用ではうまく機能していな

赤松 日本の技術は、省エネの推進の   ときにはうまく機能したけれども、バ

ストは本当はあるはずです。

ネルギーにしても、自給しようと思え

バイオマスや風力や水力の自然再生エ

大崎 私がいいたいのは、大陸か島国   かではなくて、日本は、食料にしても、

いかないとならないと思います。

ローバルに勝負できる素地をつくって

は同列には議論できなくて、日本はグ

あります。大陸でつながっている国と

割合でミックスしてやっていく必要が

国から受け取ることができます。日本

力や火力によってつくられる電力を他

きて、もし何かあったときには、原子

ギーの割合を思い切り増やすことがで

融通が利きます。ある国は自然エネル

とで、ヨーロッパでは国の間で電力の

一番の違いは、やはり島国だというこ

山中 日本もエネルギーの安全保障に   ついて考えています。ヨーロッパとの

存している状態のままでは自立も循環

かったのでしょうけれども、外国に依

特集座談会 より

る。しかし、二酸化炭素はたくさん出

買ってきて、経済効率的にはそれでよ

の場合には、自分の国のなかで適度な

型社会への移行できません。

すし、ごみも大量に出すしで、そのコ

190


成したものの、コストが高くつきまし

石井 ごみの分別は、当初機械でやる   ことで開発を行いましたが、技術は完

る数が多ければ、成功する確率は高ま

てこないと社会は動きません。実験す

しました。市民レベルが上がって、自

分の労働を提供してくれることで普及

た。最近は意識の高い市民が増え、自

事なことです。

ろいろに取り組めるようにするのは大

りますから、その意味でも自治体がい

とが重要です。何か先導する事例が出

社会の仕組みや産業構造を変える方向 赤松 バイオマスの利用が進めば、農   村はエネルギー的に自立できる可能性

治体が費用をかけずにすむようになっ

ぎているようなところがあることです。 への投資が非常に弱くなっています。

だってできるかもしれません。地域を

があり、エネルギーを都会に売ること

大崎 農業も含めての循環型社会が可   能かというと、いまはまだ不可能です。

ぶしています。欧米では、バイオマス

吉田 そのためには、下からの取り組   みと、それに合った制度づくりが大切

うに思います。

とたいへんにお金がかかり制限がかか

枠組みがある程度できて、石油を使う

環型社会はできません。低炭素社会の

ルギーで食料やバイオマスを集めてい

たのです。循環型社会は、多くの人が

利用の仕組みを、町ごとにつくってい

です。自治体はこれまでごみ減らしに

るようになると変わってくるのでしょ

活性化しようとする動きが重要なはず

ます。日本政府は地域的から生まれ出

熱心でした。それと二酸化炭素を減ら

う。農業生産がこれまで増えてきたの

農業は広く薄いエネルギーを集める産

てくる芽を意図的に摘んでいるのでは

すことが合わさったシステムをつくれ

は、森林を破壊し生物多様性・稀少性

業で、現在は石油に依存した安いエネ

ないかとさえ思えます。

いって、みんなが動機をもつようなこ

るとよいのです。権限を下におろして

加わることで、ローカルな文化が潤う

住 生物多様性の議論では、多様だか   らこそ安定していて、単一化すると絶

を破壊してきたからです。これ以上森

ようにして発展していくものであるよ

滅の可能性が高くなるといいます。日

とを考えれば可能性があると思います。

林を破壊することなく、多様性・稀少

併は、地域から出てくるものを押しつ

本は中央集権型の単一な社会をつくっ

植田 新しい制度を国全体でつくるに   は時間がかかります。自治体の単位で

の設計を考える上で非常に重要です。

なのですが、昨今の大規模な市町村合

国の中に多様なものをもっておくとい

てきましたけれど、将来に備えるには、

新しい取り組みをいろいろと試みるこ

性を保っていくことがこれからの農業

193

ます。それが続けられる間はたぶん循

うストラテジーもいると思います。

﹃サステナ﹄ 号 13


特集座談会 より

石井 一つ事例を紹介しておきたいと   思います。石炭を燃やしたときに出る

可能性を模索するべきだと思います。

発能力を活用して、さまざまな方向性、

思います。もっと、せっかくの技術開

が一つの方向に行き過ぎているように

いのではないかと思っています。全体

梅田 それはあると思います。リサイ   クルの目標の与え方があまりうまくな

イクルが自己目的化しているようです。

いのに対して、どうも日本では、リサ

植田 ヨーロッパではリサイクルは雇   用の話と関連して考えられることが多

に重きを置きすぎると、社会が非常に

しょう。コストを削り、一方で効率さ

的に働く人しか雇わなくなったからで

く物を作ることを追求してきて、効率

深刻なのは、コストをかけずに安く安

いないと思います。若い世代の雇用が

住 いまの日本は、どうも既存の秩序   から変わっていくことがうまくできて

術を開発しないといけないのです。

せんでした。社会の特性を踏まえて技

コストになって、結局普及には至りま

料が売れません。排ガス処理がすべて

う習慣がなく、せっかくつくっても肥

それに、そのころは中国では肥料を使

電力代が非常にかかってしまいます。

きには、ヨーロッパでよくトランジシ

とができません。ビジョンをもったと

ョンをもたなければ、目標を与えるこ

保障の観点であれ、日本の社会のビジ

すのかということは、エネルギー安全

ました自然エネルギーをどの程度増や

  そこで考えたいのは、どのようなビ ジョンを描くのかです。先ほど出てい

いったが議論が一応はされるようにな

策が雇用にどれくらい効果があるかと

ルなどという用語が使われて、環境政

ることから、グリーン・ニューディー

用が危うくなり、世界的な流行でもあ

いく発想が日本ではすごく少ない。雇

種の再分配で、それと環境を統合して

問題がおきました。中国は電力代が高

排ガスを処理する技術を中国にもって

がちがちになって遊びがなく変わりに

ョンという用語でいわれますように、

最後に消費者が払う制度になっていて

いこうとしたことがあります。脱硫と

どのように移行していくかがとても重

植田 環境と福祉の両者をどう実現し   ていくかということですね。福祉は一

脱硝を一緒に行って、肥料ができる実

くくなるような気がします。循環型社

要です。私が危惧するのは、日本はい

くて、脱硫脱硝を電子線照射で行うと

証プラントを、かなりのお金をかけて

いろなものが許容されるような社会を

会でも、むしろ雑駁な議論でも、いろ

費用が保証されています。

つくりました。中国には石炭がたくさ

まの産業構造を変えることに躊躇しす

ってきましたがまだまだ不十分です。

んあるし、肥料はないから、これはい

考えないと⋮⋮。

いに違いないと考えました。しかし、

192


特集

﹃サステナ﹄ 号

北海道大学教授 (生物生態・体系学) 城大学教授 (農業経済学) 東京大学教授 (都市工学)

齋藤 裕 中川光弘 花木啓祐

指して活動を続け、地球温暖化を始めとするさま

ざまな問題に対して有効な提言、新しいコンセプ

トを提案すべく努めてきました。本日はIR3S

の総まとめ的な座談会です。

の理由があります。一つは社会主義の崩壊です。

佐和   グローバリゼーションとよくいわれますが、 なぜ九〇年代に急激に進んだのかというと、二つ

もう一つが、ヒト・モノ・カネ・情報の移動のコ

ストが極めて安価になったことです。カネと情報

の移動はコンピュータのマウスをクリックするだ

けで済むようになり、今後とも変わらないでしょ

う。これから問題になるのはヒトとモノの移動で

す。石油が稀少になっていけば、その移動に要す

るコストが高くなります。そうなると、グローバ

リゼーションに歯止めがかかります。例えば、日

本の農業の国際競争力がないといわれてきたわけ

ですが、貨物船の輸送運賃が高くなれば、日本の

農業が力を取り戻すと期待されます。

齋藤   日本の農産物が高い理由は、むしろ農業の 構造上の問題です。よく見直してみれば、日本の

農業は将来的には国際競争力があります。その第

一の理由は水が豊富にあることです。作物生産の

195

社会経済システムの改編と 座談会

14


グローバル・サステイナビリティの構想と展開

特集座談会 より

京都大学総長 (宇宙空間物理学) 京都大学教授 (経済学) 京都大学教授 (エネルギー工学)

何が提言できるのか    

松本 紘 佐和隆光 小西哲之

   

出席者

技術戦略

井合 進

京都大学教授 (地震工学)

で、われわれはサステイナビリティ学の 成を目

経済の急激な変化もありました。そのようななか

び、二〇〇八年秋にリーマンショックによる世界

C︶の第四次レポートが出されて大きな反響を呼

七年に気候変動に関する政府間パネル︵IPC

るなどの変化が始まりました。その間に、二〇〇

室効果ガスを九〇年比で二五%削減すると発表す

民主党が政権交代を果たし、鳩山首相が国連で温

政権に変わりました。日本でも二〇〇九年九月に

球温暖化対策にも核兵器廃絶にも積極的なオバマ

策に消極的な政権でしたが、二〇〇九年一月に地

井合   四年間のプロジェクトが始まったころには、 アメリカはブッシュ大統領のもとで地球温暖化対

 司会

194


日本やアジアの社会をみますと、コモ

のようなことだと思います。一方で、

の部分の筆頭に挙げられるのは大体こ らスタートしました。ところが、突き

有の社会があるだろうというところか

アの循環型社会は、欧米とは異なる固

の限りない欲望から生み出されるもの

終目標があり、しかもその消費は人間

途上国を見ると、生産よりも消費に最

の充足を前提とした閉鎖的で安定した

ではなく、人間の基本的なニーズを満

社会システムができているような気が

詰めていくと、それは確かでなくなっ

ら別の大陸でも同じような社会がつく

します。バリ島では人々は祈りの合間

ンズの悲劇といわれるようなことがお

られるのではないかと思えてきます。

たそうとするものです。過剰生産とコ

てはいけないとか、何かしら理由があ

アジアは違う、というのは非常に言い

ていき、アジアに実際に存在していた

って、入会地、共有地が守られていま

に働く、といわれています。そもそも

きていない事例が山ほどあります。そ

す。コモンズの悲劇が真理のようにみ

やすいことであっても、本当にそうな

働くことの価値観が違っています。

マーシャルによる無限の欲望の掘り起

えてしまう近代的な市場経済、個人主

のか疑問があります。

齋藤   日本では、地域社会をここまで 壊してしまって、これからどう巻き戻

こしではない、人間の基本的なニーズ

義の社会とは、心の介在というか、精

井合   ブータンはグローバリゼーショ ンが進む世界とは別のところで豊かな

せるのかの問題だと思います。われわ

としても、それはアジア固有のもので

神性に違いがあると思えます。それが

れは富良野に焦点を当てて考えていま

はなく、例えば気候条件などが同じな

何であるのか、われわれが十分に学べ

社会を維持している一つのモデルとし

す。富良野は比較的新しくできたまち

とか、神様が木に宿っているから切っ

るだけの材料がアジアの農村にはまだ

て注目を集めていますが、もしブータ

で、割と成熟したコミュニティになり

こにお社があるから入ってはいけない

あります。それをくみ出して、世界に

ンがこれから経済的に豊かになってい

つつあります。ここでいかにサステイ

くと、そのシステムが変わってしまう

ナブルな形がありうるのか調べて、実

能性のヒント、あるいは新しい社会モ

のではないかと思われますが、どうで

験をやってみようとしています。

197

広めることができれば、人類の持続可 デルが得られるのではないでしょうか。

しょうか。

花木   IR3Sでは英語の出版物を企 画して、私はアジアの循環型社会の巻

花木   富良野でうまくいけば本州の都

中川   二〇世紀は生産主義的な価値観 が支配的だったと思います。アジアの

の編集委員として、最初は漠然とアジ

﹃サステナ﹄ 号 14


特集座談会 より

松本   石油に代わるエネルギーとして 原子力や太陽光があります。私は、宇

生産が可能な場所を残しておく必要が

向けて、食料の安全保障として、食料

輸入・輸出が困難になってくるときに

いようにすることです。燃料の高騰で

一つ大事なのは、石油を農業に使わな

対応する自己観としてアトム的自己観

れ、一つが開放系の世界観で、それに

界観には二つの大きな系譜があるとさ

中川   最近読んだ本﹃環境世界と自己 の系譜﹄︵大井玄、みすず書房︶で、世

すが、いかがお考えでしょう。

ではないかということがよくいわれま

争の激化とが、そこに関係しているの

とと、グローバリゼーションによる競

小西   いわゆるコモンズの悲劇があり ます。誰もが使える共有地があると、

ら、精神的に混乱しているのです。

人は基本的に適応できていない、だか

ョンが猛烈な勢いで入ってきて、日本

そこに九〇年代からグローバリゼーシ

や自己観をつくってきたと思います。

はいっています。日本の社会は、基本

真剣に求める時代ではないか、と著者

はなく、これからは閉鎖系の世界観を

に行動するアトム的自己観には将来性

鎖系であるとわかってきたことから、

宙に出ていき、そこに豊富にある太陽

があります。典型的には、いつもフロ

みんなが自分の家畜を放し飼いにして

目につきます。人とのつながりが切れ

エネルギーを地球に送る宇宙太陽光発

ていけるとするアメリカ的な世界観、

ンティアが存在していて無限に拡大し

しまうので、結局は共有地が荒れ放題

基本は水で、日本は世界で最も水に恵

電を考えてきました。宇宙と地上の間

自己観です。もう一つが閉鎖系の世界

になって駄目になってしまうという話

開放系の世界観と個々バラバラに自由

でエネルギーのやり取り電磁波で行い

観で、それに対する自己観はつながり

です。地球大気がたぶん同じようなモ

て自分中心になってきているというこ

ますから、そこには国境がありません。

の自己観です。典型的なのは日本やア

まれた国といってもよいのです。もう

システムをつくるには三〇年ぐらいか

ジア諸国で、閉鎖系の世界のなかで長

ていない共有のものだからみんなが使

人が年間で三万人もいるとか、人の心

い放題にして荒らしてしまうのだとい

デルで考えられて、環境は値段が付い

的に閉鎖系のなかで経済社会システム

かるでしょうが、必ずやっておかなけ

われます。グローバリゼーションの罪

あります。

井合 い間生きてきた人たちの考え方です。   昨今のニュースをみていますと、 親殺しとか子殺し、あるいは自殺する   いまはグローバリゼーションの時代 で、これが依拠しているのは開放系の

ればいけない技術です。

世界観です。しかし、地球が一つの閉

の持ち方に関わるような問題が数多く

196


%減少するとか、ネガティブな批判が

負担がいくら増えるとか、GDPが何

た。そのようなことをすれば、家計の

セント削減すると国際的に表明しまし

二〇二〇年までに九〇年比で二五パー

観があって、実は違う分野から見ると

の学問分野には、支配的な一つの世界

いてきた定常システムです。それぞれ

場で考えると、農業などは何千年と続

構おられるように思います。農学の立

めて、持続可能社会を実現していく考

うことがたくさんあります。議論を深

や思想の方との対話で、なるほどと思

は発想が貧困になりがちなので、歴史

事だと思います。私たち工学系の人間

かという本質をよくみておくことが大

ていく思想というか原理が何であるの

え方の基本を提言していく必要があろ

どうもおかしいと感じられるようなと を見ていくことが、サステイナビリテ

うと思います。

ころがあります。多元的な視野で将来

計量経済モデルからのアウトプットな と思います。

ィを考える上で非常に大切ではないか

は、意図を込めてつくられた数字で、 のです。エコ製品が普及していくのな

なされています。そこで示される数字

ら、GDPのレベルが下がることはあ

ければならないと明記されています。

に二五ないし四〇パーセント削減しな

の第四次報告書には、二〇二〇年まで

ればならない問題なのです。IPCC

れないかの問題ではなくて、やらなけ

状況は変わります。要は、やれるかや

をかけてガソリンの値段を高くすれば

コカーの取得税を下げるとか、環境税

可能社会を長いタイムスケールで考え

要求される活動をしてきました。持続

市民は、経済活動を通じてその時代に

っとありました。その一方で、町人・

の小さな社会でも権力を巡る闘争がず

返し殺し合いをやってきました。日本

類は支配・被支配の関係を巡って繰り

んあります。大きな流れでみると、人

化しないと解決できない問題がたくさ

松本   このグループで欠けているのは、 思想家・歴史家の参加です。そこを強

しなければなりません。

を育てていくよう教育システムに改編

然必要で、全人的な視野をもった人材

状態になってきますと、横の連携が当

分かれてきました。これだけ 塞した

工学とか医学とかのさまざまな分野に

たのは明治以降で、農学とか理学とか

を負っています。近代学問が導入され

つくるのが教育で、大学は大きな責任

先見性のある人材が必要です。人材を

るべきです。それを描くには、優れた

  サステイナビリティには一〇〇〇年 先の社会を描くビジョンがあってしか

二五パーセントは下限です。

るには、歴史に学び、人間社会を築い

199

りえません。家計の負担も、政府がエ

中川   経済成長が止まるとその社会は 崩壊するように考えておられる方が結

﹃サステナ﹄ 号 14


特集座談会 より

地域の特徴をどう生かしていくかとい

な農業や観光とは限りませんが、その

市の主たる産業は、富良野と同じよう

った問題になっているのですから。都

そこの社会をどう維持するのか差し迫

といっても、いまでは人口が減って、

致し方ないわけですから、電気自動車

国の乗用車の世帯普及率が高まるのは

済に対し大いなる影響が及びます。中

〇パーセントになるとすれば、世界経

から豊かになり、乗用車の普及率が三

たのは中国のおかげです。中国がこれ

し遂げました。日本経済が少し上向い

じて、世界に先駆けての景気回復を成

どこにつくっていくのか、考えていか

もあります。新しい技術を使える場を

日の目をみることもあればみないこと

ん。技術の火をともし続けて、それが

る鉄砲の弾もたくさんないといけませ

花木   技術を開発して社会で使われる までには時間がかかりますから、外れ

とか愚痴をこぼすのです。

たけれども社会が選んでくれなかった

下手な鉄砲で、大概は外れて、つくっ

は、技術開発をしている人間の手元に

う点は共通しているはずです。

に早く切り替えてもらいたい。電気自

ないとなりません。

義市場経済の国である中国は、きわめ

佐和   アジアと欧米はどこが違うのか という問題ですが、ヨーロッパが二〇

動車用のリチウムイオン電池は安くな

佐和   日本では電電公社が電話網を長 い時間をかけて張り巡らせて電話を普

市にも適応可能になるのではありませ

〇年ぐらいかけてやってきた経済発展

る可能性があるのでしょうか。

及させました。ところが、いまや携帯

はありません。われわれ技術開発屋は、

し遂げた。その結果、さまざまなひず

を、アジアの国々はわずか数十年で成

小西   資源の値段は、資源が減ってい けば必ず上がります。社会が何か必要

電話の時代で、アンテナを一キロか二

て迅速かつ大規模な財政金融政策を講

みが生じました。中国には五つの不調

とするものを求めて、それに対して開

キロ間隔で立てるだけで済みます。ほ

んか。それぞれの地域には伝統がある

和があるといわれています。沿海部と

は必ず安くなります。高くなる資源と、

とんどの中国人が携帯電話をもってい

発力を傾けて技術革新が進めば、技術 使っていくと安くなる技術とで、最終

リットです。

て、インフラがいらないのはすごいメ

然と人間、世界とくにアジアと中国、

的には安くなるようなものが社会で選

内陸部、工業と農業、農村と都市、自 この五つに不調和をいかに是正してい

ばれていくのだと私は思っています。

  日本は、温室効果ガスの排出量を、

ところが、リーマンショックに始まる

どの方向性にいくべきかを示す羅針盤

くかが、目下の課題だとされています。 世界同時不況に対処するべく、社会主

198


インタビュー

大阪大学サステイナビリティ・サイエンス 研究機構の目指すもの

を基に、現在とこれから何をすべきか

の産業構造や社会シナリオを提示しよ

うとするものです。

地球が持続的でなければ、産業も持

豊田   人間が作り出している人工物は、 人間社会にとって確かに貢献していて

RISSの一番の眼目は何でしょ ― うか。

の社会を見越して産業はどうあるべき

二〇三〇年なり二〇五〇年なりの未来

ナリオを提示することを考えています。

は、エコ産業技術のあり方を考え、シ

の具体的な技術を開発するというより

事なのは﹁意識改革﹂だと思います。

いとならなくなったわけで、まさに大

のづくり﹂をやってきた人間も考えな

どうつなげるのかを、私のような﹁も

りが今までは切れていました。それを

ことと、産業が持続することのつなが

続できません。ただ、地球が持続する

も、地球に対しては必ずしもプラスの

かを示し、その未来から現在に戻って

豊田政男RISS機構長︵大阪大学教授︶ に聞く

面ばかりではありません。産業と環境

︵ ﹃サステナ﹄2号︶

くるバックキャスティングをし、それ

谷本光生

陶芸界の巨匠、 故小森忍から学ぶ 先人の未来志向型事業

特別対談

の接点で起こっている問題を解決しな い限り、地球の持続性は成り立ちませ ん。大阪大学の持てる力における強み は産業分野にあると自負しております。 それで、RISSでは﹁エコ産業技術 による循環型社会のデザイン提言﹂を

陶芸家

SSでは、ビジネス分野での一〇〇年

立一〇〇周年の節目を迎えた。RI

大阪大学サステイナビリティ・サイエンス研究機構企画推進室長

盛岡 通 一八九六年、大阪大学の前身の一つ、 大阪高等工業学校設立。一九九六年、

201

謳い文句として掲げたわけです。個々 図 2 豊田政男 RISS 機構長 (大阪大学教授)


特集 エッセイ・総集編

インタビュー

るのか、あるいは発展させていけるのか、人類に

すので、この枠組みの中で、自分のやっているこ

造の間の関係を再構築することを課題としていま

小宮山   サステイナビリティ学では、地球システ ム、社会システム、人間システムという大きな構

200

特集エッセイ より

きません。

サステイナビリティ学連携研究機構の 目指すもの 小宮山宏機構長に聞く 今なぜサステイナビリティなのですか? ―

小宮山   第一は二〇世紀の膨張です。人間のあら ゆる活動が膨張して地球が有限だということが明

とってサステイナビリティが一番基本的な問いに

とをまず位置づけることです。

知の構造化とサステイナビリティとの関係は? ―

なっています。

社会は具体化を求めます。学問には、アプリケ

確になったのが二〇世紀。人間がこのあと二一世

サステイナビリティ学という新しい学術分野 ― を立ち上げる意味は?

分もあります。外側のアプリケーションへと学問

統一原理を中心に据えた体系化へ向かって進む部

分野が増えいったものを、いかにしてサステイナ

ーションに向かって拡散する部分があり、一方で、

思います。サステイナビリティ学も、今必要があ

小宮山   学術は社会のニーズに応じて生まれてき たといわれています。基礎科学も例外ではないと

るということがひとつの理由です。もうひとつは、

ビリティへと動員していくかということです。そ

︵ ﹃サステナ﹄0号︶

のような可能性をサステイナビリティ学は持って

いるのだと思います。

ビリティ学は、学融合が起こらなければ、あるい は、必要な学が十分に動員されなければ生まれて

放っておいても生まれないからです。サステイナ

紀の後半になっても、今の文明の状況を維持でき

図 1 小宮山宏 IR3S 機構長 (東京大学総長) .


目的は大きく分けて二つある。一つは、

取り組みは阪大CSCDが初となる。

市民と大学をつなぐ 大阪大学サイエンスショップ構想

市民活動の専門的サポートである。も

大学設置型のサイエンスショップの

平川秀幸

ではサイエンスショップと総称される

R︶ ﹂という同様の活動があり、現在

次代を担う専門人の育成である。つま

研究機構の目的とも大きく重なるが、

う一つは、サステイナビリティ学連携

サイエンスショップとは何か。それ

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター︵CSCD︶助教授

は一言でいえば﹁市民サポートのため に、科学や技術、または人文・社会科

またはNPOのかたちで運営されてい

サイエンスショップは大学内の組織

問題発見・理解・解決の能力、プロジ

広い視野とコミュニケーション能力、

それを社会的実践の場で活かすための

献できるよう、高度な専門性とともに、

り、サステイナブルな社会の実現に貢

学の専門知識が必要な問題について、

る。欧州では大学に置かれていること

ェクト運営能力など社会的能力を備え

ことが多い。

市民団体などから依頼に応えて、専門

が多く、教員の指導のもと学生︵主に

た人材の育成である。阪大CSCDも

の科学相談所﹂ 。 ﹁法律相談所﹂のよう

的助言を与えたり調査・研究を行った

オランダやデンマークなどでは、教育

大学院生︶が研究調査を行っている。

上記二つの目的を掲げている。

ダの学生運動から生まれ、その後欧州

カリキュラムの一部として実施される

りする組織だ。一九七〇年代にオラン 諸国を中心に世界に広がり、欧州だけ

ことが多い。日本の大学での本格的な

る日 宗随一の霊場として知られる。

︵ ﹃サステナ﹄2号︶

で現在七〇箇所ほどあるといわれてい

茶道が今に伝える古代由来の森林経営

る。近年は、欧州委員会研究総局︵日 本の文部科学省に相当する欧州連合の

栗本修滋 大阪府の北端に位置する標高六六〇

山の木々の葉が落ちて、渋柿が熟すこ

大阪大学サステイナビリティ・サイエンス研究機構特任助教授

機関︶の﹁科学と社会﹂局が助成金な ている。米国にも六〇年代から﹁コミ

メートルの妙見山は、関西地域におけ

どさまざまなかたちで活動の支援をし ュニティ・ベイスト・リサーチ︵CB

203


深い人で、親しい馴染みの筋とはずっ

えた起業のあり方と、その経営を実践

に り、そこから一世紀後のことを考

括事業﹂に着目し、今から一〇〇年前

事業﹁起業一〇〇年の未来志向型の総

陶磁器試験所で遭遇した中国陶磁の最

を残されていましたが、やはり京都の

た。国内でも、京都、瀬戸などに足跡

したが、情熱をもった方でもありまし

著名な方でした。五〇歳代の円熟期で

もっと再評価されるべきでしょう。

森先生の場合も大連での営みを含めて、

けのみに惑わされてはいけません。小

の先人がいます。人間国宝という名づ

した。瀬戸の藤井達吉をはじめ、多く

名前が交錯しつつ、産業化が行われま

大連での陶磁器製作活動などを通して、 ﹁図案﹂という名前と﹁意匠﹂をいう

202

特集エッセイ より

親交のあった陶芸家の谷本光生さんを

る様子はなかったようです。器の表現

小森さんは、ひとつの作風にこだわ

盛岡   今日は日本の陶芸界の重鎮、谷 本光生さんに、著名なデザイナーの日

や赤絵の皿は伝統の写しというより、

と付き合いを続けていたようです。

根野作三さんとともに師匠と仰がれた

見ることなく、小森先生は亡くなりま

新鮮さを感じます。今の陶芸ブームを

伊賀上野の三田窯にたずねました。

故小森忍先生の人となりについて伺い

盛岡   先人の果たした役割で多様な見 方があってよいのではないでしょうか。

のがあったと思います。

したが、その精神性には極めて高いも

ます。 谷本   初めて小森先生とお会いしたの は、私がちょうど三〇歳前のときでし

た。戦時中で食べるものも十分でない 時代に、佐那具で陶磁器の窯をひらい ておられた。私は農業をしながら伊賀

谷本   小森先生をはじめ、明治、大正、 昭和の時代を生きた多くの先人の営み

した先人に学ぼうという試みを行って

盛期の焼物づくりに陶芸家としての使

に光を当てることが大事と思います。

いる。そこで今回、紹介させていただ

紳士で学識豊かな方でした。すでに、

で焼物をしていたのです。

くのが日本を代表する釉薬の研究家、

命を胸に抱いていたのでしょう。情の

︵ ﹃サステナ﹄2号︶

故小森忍先生である。その小森先生と

図 3 陶芸界の重鎮,谷本光生さん.三重・伊賀上野の谷本さんの 資料館にて.


命が地球表面に存在するが、人間は宇

ても美しく厳かに見える。すべての生

の窓から太陽の光で青く輝く地球はと る。都市、町、村がネットワーク状に

レンジ色の光が陸の至る所で輝き始め

く夜の闇に隠れてしまう。ところがオ

繁栄するようにつなげるのが本質であ

生命として次の世代にさらに種として

人が生きるということばかりでなく、

空気、水、他の生命との﹁空間のつ

意識して﹂生きているか。

新しい世代との﹁時間のつながりを

る。

人間は﹁気づき﹂を他の生命と違う

つながってはっきり認識できる。

た存在ではない。生命で見えるのは陸

方向で生き延びるために磨いている。

この二つの﹁自然への気づき﹂が二

それが﹁真善美﹂に挑戦する文化では ないかと思う。科学、技術、芸術ばか

一世紀、さらに人類が持続的社会を営

地には植物の森林、海洋には動物の

りではなく法律も、政治も、経済もあ

瑚礁程度だ。 宇宙船が太陽光の届かない地球の夜

るいは教育も文化として社会が生き延

ながりを意識して﹂生きているか。

の半球を飛行する。森林や珊瑚礁は全

むための共通の鍵になろう。

小学校国語の教科書に掲載された物語

むらの火﹂というタイトルで、戦中、

︵ ﹃サステナ﹄3号︶

びるためのそれぞれひとつの方法だ。 そして﹁生き延びる﹂ということは個

﹁稲むらの火﹂ のモデル濱口梧陵にみる適応策

﹁心の防災﹂、 その故郷をたずねて 和歌山県広川町中央公民館館長

清水 勲

幕末期の安政南海地震の時、夕闇の

のモデルである。当時三五歳で醬油屋

大辻永 ︵インタビュアー︶

に火をつけて高台を示し、多数の命を

の頭首であった梧陵は、私財を投じて、

中を津波で流される人びとに、稲むら 救った濱口 梧陵という男がいた。 ﹁稲

205

宙から肉眼で見る限りそれほど目立っ

図 5 毛利衛氏. (写真提供:NASA,JAXA)


焼きあがった炭は梅雨の湿りを吸わせ

が多くなり、よい炭は焼けないと言う。

間に木を伐っても、春には空気に湿気

は終わる。炭焼きのおじさんは、冬の

る。妙見山に山桜が咲くと麓の炭焼き

て、窯を作った。炭窯作りの技術は伝

も相談し、森林組合の若い人を指導し

ほとんど。おじさんは、集落の古老と

でも、七〇歳代後半を越えている人が

から、窯を作った経験のある人は集落

炭焼きのおじさんの窯も親の代の窯だ

の上には笹などの植物が生えている。

生命としての危機管理

﹁肝心なのは、土﹂と異口同音に言う。

︵1︶科学技術を文化にする

︵ ﹃サステナ﹄2号︶

︵2︶生命としての気づき

204

特集エッセイ より

てから、炭問屋が表千家や裏千家など

承させることができるが、窯の土は妙

炭窯作りから始めた。菊炭の炭窯は屋

の流儀に応じて切りそろえ、全国の茶

ろ、炭焼き用の原木伐りが始まる。正

道家の元に送り届ける。焼いた直後の

見山の土でないとよくないらしい。菊

根がなくても数十年は崩れない。炭窯

炭はもろくて、切断面が崩れるが、梅

炭 を 焼 い て い る 人、炭 問 屋 の 人 が、

月祝いのあと、初めて炭窯に火をつけ

雨の湿気を吸わすと、炭は強くなり切 は妙見山の麓の炭窯は三窯しかなく、

断面に美しい菊の文様が現れる。今で

毛利 衛 人類が生命として地球規模でその存

真っ暗闇の生命が瞬時たりとも生き

宇宙飛行士、日本学術会議会員

約五〇〇年の伝統を有する茶道の土台

続の限界を乗り越えられるかどうか、

られない宇宙では宇宙船という科学技

が危ういと我々は思うが、現場ではそ

ようやく気づき始めた。持続的社会、

術で生み出した生命維持装置の中だけ

議だ。 大阪の菊炭を守るために、茶道の関

は次の二つを実現することに集約され

サステイナビリティの達成のシナリオ

でやっと生きることが可能である。そ

ア組織ができた。まずは、炭作りの技 術を記録し、次世代に伝えるために、

ると思う。

係者や森林組合も参画してボランティ

れほどの深刻さがないのが、また不思

図 4 切口が菊の文様であることから 菊炭と呼ばれる


図 7 質問「私たちが生活をあまり変えなくても,現代科学が環境問題を解決してくれるだろう」 . 科学の発展が環境問題を引き起こしているという見方がありますが,科学への信頼感を尋ねたところ, 日本人の「科学への不信感」が特に強いように見えます.

とをよいと考える傾向があります。そ

が、アメリカ人は自分らしく振舞うこ

うことがよいと考える傾向があります

国や文化の違いを個別に見ていくのが

側面﹂という部分的な問題設定をして、

る価値観﹂とか﹁価値観のこれこれの

TIEPhの価値意識調査ユニット

当面の方策と考えられます。

日本人のグループが皆で同じものを注

けて、アジアの三つの地域で意識調査

では、二〇〇六年から二〇〇七年にか

のため、アメリカ人は、レストランで 文するのを見ると、とても奇異に感じ

を行いました。環境政策に早くから取

るようです。でも、そのような価値観 の違いを体系的にとらえ、そもそも日

近年の急速な経済成長で環境問題の観

り組み、歴史的・文化的にヨーロッパ

点からも世界の注目を浴びている中国

の影響の強い都市国家シンガポール、

のは困難です。 ﹁他の人と同じように

の上海都市圏︵上海、杭州、蘇州︶ 、

う異なっているのかを明確に記述する 振舞おうとする﹂のがどのような価値

そして日本︵福岡市︶です。ここでは、

本人とアメリカ人の価値観のどこがど

し、そもそも価値観という言葉の定義

結果のほんの一部だけを紹介しましょ

観に基づくのかは明らかでありません 自体もあいまいです。そこで、価値観

う︵図7︶ 。

て、今世紀人類の大課題、気候変化問

︵ ﹃サステナ﹄5号︶

を研究するには、まずは﹁何々に対す

分相応に︵?︶ 気候変化に貢献する日本の科学

IPCC︵気候変動に関する政府間

題に取り組む方策を考えている。その

国立環境研究所参与

西岡秀三

パネル︶は世界の科学の英知を集結し

207


低かったので、広村堤防を越えること

しみ込んでいる。普通の土とは違うな。

られることが多いと思います。たとえ

206

特集エッセイ より

軒のうち一二五軒が流出しました。梧

なく、流失家屋は二軒、死者二二人と

被害も少なくて済みました。

陵はこれに遭遇したわけです。当時の 村人は一三〇〇人でしたが、梧陵の機

ったいない﹂と言われて、感動しまし

ある人から﹁堤防の上を歩くのはも

しかし、 ﹁この石堤では間に合わん﹂

校長をしていた私は、子ども達に﹁こ

た。当時、堤防脇にある耐久中学校の

転で九割以上の人が助かりました。 ということで、梧陵はその後四年間か

れを掘ったら何が出てくるかなぁ﹂と

けて、幅二〇メートル高さ五メートル、 長さ六七〇メートル︵計画時は九〇〇

聞くと、 ﹁土ばっかりだ﹂と答えます。

人、かかった費用は銀九四貫三四四匁。

もったいないというのは、こういうこ

﹁でも、堤防造りをした先人達の汗が

メートル︶の広村堤防を完成させまし

日当を最低千円としても五千万円を越

とと違うか﹂と。ここは村人の命を守

た。携わった村民はのべ五万六七三六

当時世界最大級の津波堤防を建造した。

えます。

国や文化によって人々の価値観が異

ば、日本人は他の人と同じように振舞

︵ ﹃サステナ﹄4号︶

るし、いわゆる﹁聖地﹂です。

った堤防です。これは広村の宝物であ

大辻   梧陵の復興・適応策、広村堤防 の建設についておうかがいします。

やっぱり津波が来ました。昭和南海地

価値意識を調査する

それから九二年経った一九四六年、

清水   広川町には、一四〇〇年頃、七 〇〇メートルの長さからなる畠山石堤

震です。この時の波高は四メートルと

んの堤防の海側に残っています。安政

が野宿していたようです。そして翌日

なることは、身近な体験からも裏付け

東洋大学教授︵社会心理学︶︵TIEPh価値意識調査ユニット︶

大島 尚

の津波は、波高が八メートル、三三九

東海地震があり、その夜、多くの村民

南海地震の前日に、震度三程度の安政

メートルほど顔を出していて、梧陵さ

が造られていました。いま地上には一

図 6 広村堤防にて説明する清水勲氏 (2007 年 2 月 20 日,伊藤哲司撮影) .


は塩害が著しく、同国の主要産業であ 五〇キロにまで及んでいる。また、数

た。塩水が 上する距離は河口より約

連続観測データを取得することができ

あ る 水 資 源 大 学︵ Water Resources

︶と 共 同 し て 二 〇 〇 六 年 University ︵ハ ノ イ︶ 、二 〇 〇 七 年︵ホ ー チ ミ ン

市︶の二度にわたり

後の水需要の増加や、地球温暖化に伴

値シミュレーション結果は実測値と良

る農業にとって障害となっている。今 う環境の変化はこのような塩水 上現 好な一致を示している。

されたことと、わが国おける調査・研

以上のような有益な研究成果が蓄積

し、有意義な交流が行われている。

一〇〇名ほどの研究者・技術者が参集

“Japan-Vietnam

象にも影響を及ぼすものと危惧されて 筆者らのプロジェクトでは、河川内

究成果をもとにした技術交流の必要性

いる。 の航路に沿ってほぼ等距離に設置され

︵ ﹃サステナ﹄7号︶

を鑑み、研究のカウンターパートでも

測を行い︵図8︶ 、こ の 地 域 で こ れ ま

ビエンチャンにおける メコン河の河岸侵食

た浮標に塩分水温計を設置して連続観 でに得られたおそらくもっとも詳細な

ら平原地帯へ出た後、タイとの国境に

東北大学大学院工学研究科准教授

渦岡良介 メコン河流域各国が抱える問題の一

沿って東進する流れが南へと向きを代

ン周辺のメコン河は緩やかな蛇行を描

つに、メコン河流域における河岸侵食

きながら流下していますが、河岸は至

外岸側に位置しています。ビエンチャ 没の問題が顕在化しておりますが、河

るところで侵食を受けています。この

える地点の左岸側、すなわち曲線部の

岸侵食も人々の生活の基盤である土地

よる沿岸低地︵デルタ地帯など︶の水

の減少を引き起こす重要な問題です。

ような侵食の危機に対する関心はタイ

が挙げられます。近年は地球温暖化に

ビエンチャンはメコン河が山岳地帯か

209

を 開 催 し た。い Estuary Workshop” ずれも日本側・ベトナム側を合わせて

図 8 メコン川航路浮標への塩分計設置作業.


知の国際貢献度を阻むボトルネック

特集エッセイ より

なぜこのような貧しい貢献におわっ

可能性の科学が取り組むべき大きな挑

中で、いったい日本はどれほどの知的 に関する研究が足りない。世界の危機

戦がここにある。今、科学技術は、未

はどのように解消できるのか? 持続

いは、日本の貢献の多寡だけでなく、

を救うためなされるべき研究がなされ

来社会にどのように貢献するのかに向

ているのだろうか。第一に、地球環境

日本の科学が世界でどれほどの力を持

ていない。日本の学界は、世界で何が

けて統合に時代にある。好奇心だけが

貢献をしているのだろうか? この問

っているのかの評価にもつながるし、

科学を進歩させるもの、と考える時代

は過ぎて去っている。現代社会の課題

起こっているかにとんと無頓着にわが

に取り組むことの中に、いくらでも科

道を行っているのか。第二に、研究が 国際化していない。研究者は目先の国

学者のココロを奮い立たせる挑戦があ

きれなくなって出てきた﹁持続性維持

内論文での点数稼ぎに忙しく、国際的

これまでの象 の塔型科学では対応し のための科学﹂に日本の科学界がどれ

テーマへの取り組みを嫌がり、英文で

る。日本の科学者も書を捨てて街に出

ろう。

の発信が少ない。第三に、自国の論文

ほどに追従できているかの検証にもな IPCCへの日本の貢献はおおむね

るときである。

という観点から二酸化炭素排出量約五

がさかのぼる現象︵塩水 上︶に関す

ンデルタを対象として、河口から塩水

筆者のグループではベトナム・メコ

相まって、河川の上流へ向かう塩水

このため、河口付近の緩い河床勾配と

は四メートル程度の幅で振幅している。

メコン川河口付近の東シナ海の潮位

︵ ﹃サステナ﹄6号︶

を国際社会に押し込む仕掛けが弱い。

%と対応すべきだろう。いずれにして

る現地調査・数値シミュレーションを

国立環境研究所社会環境システム研究領域

田中 仁

現状と未来

メコンデルタにおける塩分環境

二%程度にとどまっていて、あまり多 気候利用と関連があると考えれば、世

くない。経済活動が世界の資源利用、 界GDPでの日本シェア︵一九九〇年 時点では約一五%程度、今は一一%程

も二%の論文数シェアは少なすぎ、共

度︶に比較すべきであろう。排出責任

有資源利用に応じる責任を果たしてい

実施している。

上が生じる。現在でも乾期の渇水期に

るとは言いがたい。

208


でしょうか?﹂との質問がありました。 出された飲料や食事はなかなか拒むこ

査では水を味わうことも必要です。ま

再認識されています。

姿である﹁自然との共生﹂の重要性が

よる健康推進、すなわち、人類本来の

身一如﹂など、日本人に馴染み深い東

そのようなとき、 ﹁医食同源﹂ 、 ﹁心

たヒトが調査対象となるときは好意で とができません。全部頂くかどうかは

者は、 ﹁ワクチンで防げる病気、狂犬 病や破傷風トキソイドは接種が必須で 状況しだいです。

これはもっともな質問であります。筆

す。保険も必要です。調査者自身も病

て展開するなかで、医食同源の上位概

洋医学の基本概念が、その内実を伴っ

無事に戻るのが理想ですが、ある程度

念として環境や作業としての﹁農﹂を

野外調査は万全の装備と体調で臨み、

けならないように努力します。例えば、

の予期しない不調や事故は付き物です。

方が誕生し、健康観が育くまれてきま

取り込んだ﹁医食農同源﹂という考え

気になることがありますが、できるだ 生水や生食を摂取しないなど。方法は

事に戻るのに重要です。そこに経験と

した。 ﹁農﹂という行為に健康源を認

このような問題が起きた後の判断が無 勘とに支えられた調査の腕の良し悪し

めるのは、日本人の伝統的な健康観な

人によって違います﹂と答えました。 はなかなか困難なことです。中毒や感

があるのです。

しかし、病気にならないようにするの 染リスクの知識は必須ですが、水の調

医食農同源のサイエンス

らには自然環境を豊かにして心身を健

もって農作業や園芸療法の有用性、さ

のかもしれません。 ﹁農﹂という字を

︵ ﹃サステナ﹄7号︶  

池上文雄 自然観や全体観を背景にした東洋医

が、健康な﹁食﹂をもたらし、その結

な﹁農﹂と﹁農﹂的生き方をする人間

ターの園芸的生産に関する研究も然る

心身一如とあいまって、私どものセン

育成をも提唱する﹁医食農同源﹂は、

康にする健康機能性植物の生産および

学では、健康を食と薬の源は同じとい

果、よりよい﹁自然環境﹂との共生関

することとなりました。

ことながら園芸療法研究の基盤を構成

千葉大学環境健康フィールド科学センター教授/副センター長

う薬︵医︶食同源の観点から捉え、食

迎えた現在、我々の身の回りの自然環

係をも維持してきました。二一世紀を

︵ ﹃サステナ﹄8号︶

料理、すなわち薬膳を介した健康推進

境や社会環境の変化に対応することに

療法に基づき健康のために調理される を最重要視しています。そして、健全

211


側、ラオス側両岸ともに強く、侵食を 受けやすい曲線部外岸側などの水衝部 に重点的に護岸を施していますが、タ

の始まりにあたり、すでに河川水位は

ラオスの下痢症で今最も気をつけな

食器の十分な乾燥あるいは天日干し、

オ︵ライムの一種︶汁で手を洗ったり、

くてはならないものはコレラでしょう。

食品を加熱処理したりして摂取するな

210

特集エッセイ より

これに対してラオス側では、蛇篭や粗

アリングによると、この地域は数十年

ある程度低下した状況にあります。ヒ

J ICAによる援助も行われています。

に一度、侵食幅数十メートルに及ぶ河

朶沈床、植生護岸などを用いており、 今後、これらの対策工の効果を検証し

岸侵食が発生しており、少なくとも一

ったとのことです。また、最近四年間

七年前は二〇メートル先まで土地があ

ていくことが必要になります。 現場観測はビエンチャン市内のメコ

は大きな侵食は発生していないとのこ

ン河沿いにある寺院の空き地をお借り して実施しました。図9はその河岸の

とです。

︵ ﹃サステナ﹄7号︶

様子です。撮影時期の一〇月末は乾季

水・フィールドワーク・適正技術

私たちのこれまでのフィールド調査結

推奨されます。

ど、身近で具体的なコレラ感染予防が

国立国際医療センター研究所適正技術開発・移転研究部

中村 哲

果からは、コレラ伝播は食中毒の様式

筆者が先日ある大学で途上国の感染

が比較的多いものと考えられます。コ レラ菌は熱や酸、アルコール、紫外線、

イ・ラオス間の技術力・経済力の格差 などのため、その対策には異なった方

講生から﹁そのような病気が蔓延して

症対策について講義をしました時、受

いる環境ではどのように自身を守るの

乾燥に弱いことから、食品を取り扱う

捨石で根固めをした後、前面をコンク

てラオ・ラーオ︵蒸留酒︶やマク・ナ

際にローカルに入手可能な消毒剤とし

リートで覆ったかなり強固なものです。

法がとられています。タイ側の護岸は、

図 9 河岸斜面の状況.


西 洋 医 学 に も と づ く 診 療︵ cure ︶で はなく、東洋医学の考え方にもとづい

は、現在わが国で一般的となっている

約待ちが発生している状況です。これ

患者の自覚症状や生活の質︵QOL︶

力の活性化を目指します。ここでは、

気・血・水の循環を改善し、自然治癒

ために、細胞を取り巻く環境としての

自律神経系、免疫系など︶を賦活する

センターでは一般地域住民を対象に

え、未病者も治療の対象となります。

流れによどみが生じた結果であると考

では気・血・水の量が不足、あるいは

療の対象とはなりませんが、東洋医学

もいえない、病気の一歩手前とも言う

要請の高い医療費の低減につなげたい

し、未病者数の低減、ひいては社会的

エビデンス︵臨床疫学的根拠︶を確立

を提供しています。この活動を通じて

﹁東洋医学の未病・健康診断サービス﹂

する考え方に大きな違いがあります。

東洋医学では未病と呼びます。西洋医

べき︵QOLが低下した状態のことを、

他方、病気ではないけれども健康と

を重視した治療を行います。

東洋医学では、総合的に疾患をとらえ、

西洋医学と東洋医学では、疾患に対

た診療︵ care ︶に対する人々の信頼を 示すものと考えています。

生体の恒常性を維持する機能︵例えば、

と考えています。 ︵﹃サステナ﹄8号  ︶

ツ︶や冒険教育によってコミュニケー

ク ト で は、体 験 学 習︵遊 び・ス ポ ー

幅広い楽しさ、教育的効果を共有する

からの学び﹂ ﹁共感からの連帯﹂など

ャレンジすることからの学び﹂ ﹁失敗

フリークライミングを介して、 ﹁チ

ティー形成を目指しています。

コミュニティースポーツによる 地域住民の交流促進 千葉大学環境健康フィールド科学センター教授

徳山郁夫 現在、柏の葉キャンパスを中心とし

ションの改善やその方法を学習すると

ことを目的とした体験会︵一ヶ月に一

たコミュニティースポーツ・プロジェ

ともに、スポーツを核としたコミュニ

213

学では病気ではないために未病者は治

図 11 千葉大学柏の葉診療所では、東洋医学に もとづいた診療が行われている.


自然セラピー

特集エッセイ より

せん。生理指標が重要な役割を果たし

千葉大学環境健康フィールド科学センター教授

宮崎良文 我々は自然に触れたとき、快適感を

シンクロ状態を科学的に明らかにしよ

するデータを基盤として、人と自然の うとする﹁自然セラピー﹂が、今、話

ます。その生理的リラックス効果に関

十分ではあるとは言い難いのが現状で

題を集めています︵図 ︶ 。

感じます。しかし、この感覚を言葉で

す。ところが、最近の生理的リラック

説明することは難しく、科学的説明も

ス効果の評価法の進歩を受け、科学的

盤としエビデンスに基づく﹁自然セラ

浴﹂ ﹁自然浴﹂から、生理データを基

までの感覚的な経験則に基づく﹁森林

データが蓄積されつつあります。これ

日本の森林全体の再生に貢献するので

用を促進し、森の手入れに繫がります。

す。一〇〇ヶ所の基地認定は、森林利

林セラピー基地の認定を目指していま

我々は、一〇年間で一〇〇ヶ所の森

待されています。 ︵﹃サステナ﹄8号︶  

観点から医療費の削減に寄与すると期

して活用することにより、予防医学の

る都市居住者が有用なリラックス法と

す。さらに、ストレス環境下で生活す

としてのあるべき姿に近づき、リラッ

然由来の刺激を受けたとき、本来の人

地域に根ざした東洋医学・予防医学の実践

でしょう。論理的な思考を介すること

和した医療を実現するという理念の下

千葉大学柏の葉診療所は、自然と調

の受診者があり、常時二∼三ヶ月の予

現在、一ヶ月あたり約八五〇名前後

千葉大学環境健康フィールド科学センター准教授

なく、直観的に、非論理的に感じとる

に、二〇〇四年六月一五日に開所しま

クスし、それを快感さとして感じるの

ので、その過程は言葉では表現できま

した︵図 ︶ 。

喜多敏明

我々は自然セラピーに代表される自

ピー﹂へと移行しつつあるのです。

10

11

図 10 森林セラピー実験風景.

212


DA︵二〇〇七年︶の七二・七%に当 う偉業を達成することとなるでしょう。

社会の運営︶に大きく関与できるとい

ル・ガヴァナンス︵地球的統治、地球

二酸化炭素量の少ないエネルギー源へ

される地球温暖化対策の一環として、

さらに、二酸化炭素排出量削減に代表

の転換も行なってきました。

みならず、無規制な投機をコントロー

︵ ﹃サステナ﹄8号︶

たる税収︵約五六〇〇億円︶を得るの ル す る 手 掛 か り を つ か み、グ ロ ー バ

これらの結果、取り組みが本格化さ

ン パ ス の エ ネ ル ギ ー 消 費 量︵熱 量 換

大学キャンパスにおけるエネルギー および水管理

算︶および二酸化炭素排出量は、それ

れる前の二〇〇四年度と比べて、キャ

大山克己 千葉大学の西千葉キャンパスでは、

が迅速にできるような体制の強化を図

故など︶の早期発見とともにその対処

によって、問題点︵たとえば、漏水事

二〇〇四年度のそれ︵一三・二億円︶

六年度の光熱水料は一二・二億円と、

ました。なお、大学全体では、二〇〇

も三三・六%と大幅な低減を達成でき

ることができました。また、水消費量

ぞれ一二・八および二二・〇%低減す

学生を主体とした環境ISO学生委員

りました。あわせて、キャンパス内の

千葉大学環境健康フィールド科学センター准教授

会の活動によるISO14001の取

建物改修時には積極的に省エネ機器を

機関の広報誌などに、記事やコラムを

︵ ﹃サステナ﹄8号︶

と比べると、一億円節減できています。

ーダーで構成される光熱水料節減プロ

導入するとともに、無駄にエネルギー

得とともに、各学部より選出されたリ ジェクトの活動によって、キャンパス

をしないような工夫をしてきました。

かれこれ二〇年ほど、サイエンスラ

書いてきた。編集や翻訳もするし、科

早稲田大学大学院政治学研究科客員教授

青山聖子

﹁つっこみ﹂ 精神で環境問題を考える

内でのエネルギーや水消費量節減のた このような活動だけではなく、キャ

めの啓蒙活動に努めてきました。 ンパス内の施設やインフラを管理する 電気や、ガス、水、重油といった光熱

イターをやっている。科学雑誌や研究

施設環境部では、毎月検針されている 水料にかかわるデータを解析すること

215


214

特集エッセイ より

貨取引開発税を実現すれば、日本のO

13

図 13 国際連帯税議員連盟設立総会の様子.

おいて開催しています。毎週金曜日の 夕方には、体験会や講習会をお手伝い いただいているボランティアの方々が 集まり、クライミングウォールを利用 する機会もあります︵図 ︶ 。

拡大するとともに、それを担える人材

齢層にわたる地域住民の交流が促進・ の育成にも力を入れ始めています。

して、グローバルな活動の負の影響を

抑制しながら、税収をグローバルな公

年二月に超党派で国際連帯税議員連盟

︵ ﹃サステナ﹄8号︶  

共財の供給や公共善の実現に再分配す

るメカニズムのことをいいます。

これまで日本はグローバル・タック な構想と政策が必要です。その一つと

が設立され、特に日本が通貨取引開発

スに消極的でした。しかし、二〇〇八

地球環境破壊、貧困問題、紛争など、

して、グローバル・タックスの研究を

始 してい ま す︵図 ︶ 。もし日本 が 通

税を推進することをめざして活動を開

地球社会は深刻な問題に覆いつくされ、

バルなモノや活動にグローバルに課税

グローバル・タックスとは、グロー

行っています。

な状況を打破するためには、 ﹁革新的﹂

はほど遠い状態にあります。このよう

持続可能性︵サステイナビリティ︶と

千葉大学大学院人文社会科学研究科准教授

上村雄彦

グローバル・タックスが切り開く サステイナビリティ

に設置されたクライミングウォールに

ス駅﹂前にある﹁ららぽーと柏の葉﹂

回︶や講習会︵毎週金曜日午前中︶を、

う遊び・スポーツを通じて、幅広い年

ジェクトは、フリークライミングとい

柏市健康推進課とも連携した本プロ

12

つくばエキスプレス﹁柏の葉キャンパ

図 12 ららぽーと柏の葉内にある クライミングウォール.


術者の習性といえます。新しいことに

村上   一人の技術者の立場に立って話 せば、新しい技術を追いかけるのは技

らないものは何ですか。

いけるもの、発信していかなければな

R GIROが海外に向けて発信して

術﹂という視点で、立命館大学および

ながりを持っていますが、 ﹁適正な技

としての役割についてお聞かせくださ

の中の日本の京都に根付く立命館大学

西洋文明の謳歌で突き進んだ二〇 ― 世紀式の発展と成長に対して、アジア

あります。

課題でもあり、目指すべきところでも

していけるか、今後のR GIROの

て、いかに異なる分野からアプローチ

政策だけでは解決できないことに対し

分野の視点が必要とされます。技術や

ですが、適正な技術を定める作業は多

す。技術を開発するのは技術屋の仕事

型の研究が必要になってくると思いま

R GIROが目指している分野横断

をどう移転するかという問題ですが、

すことが重要です。また、適正な技術

可能というコンセプトを明確に打ち出

していかなければなりませんが、持続

ります。これからも新しい技術を開発

ンを維持し、競争力の維持にもつなが

挑戦することが技術者のモチベーショ

思います。ただ、それは大学だけの責

任﹂として引き受ける必要があるかと

持するかということを﹁学的な知の責

えめな発想を、どこで多様性として維

割は大きいと思います。

大学のどこかで保持し続けることの役

な価値の持つ意味を問い続ける研究を、

が全て良しとされる時代の中で、多様

います。それでも、グローバルなもの

選択を強いられているのも事実だと思

立命館だけでなく多くの大学が厳しい

とても長い目で見る必要があるので、

かかり、費用を投じた結果については、

っています。ただ、それにはコストが

発想が大学のどこかにあっていいと思

状況の中で、多様なものの価値を守る

な発想がまだまだ世界を風靡している

に価値を認め、グローバルな一枚岩的

れました。私自身は、多様性それ自身

渡辺 ﹁多様性それ自体   先日学内で、 に価値があるか﹂ということが議論さ

217

自分を周囲に合わせていくという控

い。

図 14 村上氏(左)と渡辺氏(右).


きないだろうと感じている。そのため

と省エネ車を勧めるCMだ。まだ乗れ

特集エッセイ より

学館展示の企画や制作に関わったこと

る車を廃棄して省エネ車に乗り替える

ことが、ほんとうに省エネになるの?

に、いま私にできることは、わかりや すいストーリーにつっこみを入れるこ

もある。こういう仕事に要求されるの

両立するのだろうか。科学者の中には、

ることで回っている経済は、そもそも

環境を守るということと、ものを売

命館グローバル・イノベーション研究

月、川口清史総長を機構長とする﹁立

に研究を推進するため、二〇〇八年四

重点的課題に対し、大学全体で組織的

立命館大学は深刻化する二一世紀の

学的な取り組みが期待されます。

り、サステイナブルな社会構築への全

転換︵=イノベーション︶の実現であ

た。この研究機構が目指すのも基軸の

︵ ﹃サステナ﹄9号︶

みは当分続きそうである。

は﹁科学をかみくだいて伝えること﹂

最近も、つっこみどころ満載のテレ

それっておかしくない? 私のつっこ

ビCMを見た。タレントが﹁まだ乗れ

とだ。

っている。だが、それ以上にいつも心

るけど、燃費のいいほうに替えよう﹂

であり、私もそのために日々知恵を絞

方を伝える﹂ということだ。

梁 説

絶望感を口にする人もいる。私自身は

立命館大学は国際的なネットワー ― ク、特にアジア地域での非常に強いつ

IR3S協力機関立命館大学専門契約職員

聞き手

立命館大学研究部長/立命館大学大学院先端総合学術研究科教授

渡辺公三

学校法人立命館副総長/立命館グローバル・イノベーション研究機構長代理

村上正紀

立命館グローバル・イノベーション 研究機構 ︵R GIRO︶が目指すもの

インタビュー

がけているのは、 ﹁科学的なものの見 ﹁科学的に見る﹂といっても、そう 難しいことではない。単純化されたス トーリーを鵜呑みにせず、 ﹁ほんとう なの?﹂とちょっと立ち止まって考え るだけでいい。話のつながりに飛躍は ないか、なにか隠れている条件はない かと、考えをめぐらせてみればもっと いい。言わば、漫才の﹁つっこみ﹂の

絶望していないが、社会のしくみと私

機 構︵R G I R O︶ ﹂を 設 立 し ま し

精神を発揮すればいいのである。

たちの意識を劇的に変えないと実現で

216


全人格をかける。教育とは、全身全霊

責任と重大さを意識しながら、一瞬、

文化に根づいた サステイナビリティと教育

をかけて他者に臨む人間的な営為の一

一瞬、それまで身につけてきた全てを、

大辻 永 工学的アプローチは、対象に何か悪

良い点が必ずあるという前提で進む。

基本的に褒める。賞賛、尊重する。

ること、自分に近づくことを喜びとす

ようになること、 ﹁解法﹂を身につけ

塾の教師は、子どもが問題を解ける

つで、専門性の非常に高い職業である。

い点があるのではないか、という前提

伝統的な表現をすれば﹁仏性﹂を子ど

はない。身につけた能力をもって、将

るのであろう。学校の教師は、そうで

城大学教育学部准教授

で事象に対峙する。欠点を明確にして

もの中にみる。すると、知識の獲得に

来に出くわす諸問題に対決していく、

加 え て、そ の 子 の 中 に は 無 意 識 で も

的。エクスキューズを挟む余地もない。 ﹁認 め ら れ て い る﹂と い う 安 心 感 や

そういう人間を育てる。自分を超えて

フィードバックして良くしていこうと

﹁認められたい﹂という感情が湧いて

いうストラテジーで、客観的かつ論理 塾や予備校であればそれでよい。民主

できることを喜びとする。その日々は

もらわねばならない。教師とは、将来

﹁行﹂で あ り﹁道﹂で あ る。あ る 大 学

の教え子を通して間接的に世界に貢献 経験が極端に少ない子どもの中には時

の教育学部の前には﹁師道﹂と書かれ

方向に向かわせる。他者に認められる 間が経過して反社会的行動に出てしま

た石碑が建っている。また、ある実践

くる。時々悪い点も指摘しつつ、良い

ら、これも仕方ない。しかし、このア

う者も出てくるであろう。社会の安全

ずついてまわる﹁競争﹂の中であるか プローチでは人づくりは成り立たない。

保障には、日々の教育活動が一役かっ

国家にして機会均等が建前であれば必

だ﹂と繰り返し言ってもうまくいくは

子どもに対して﹁おまえ、ここがダメ

逆に、ちょっとした一言が子どもの一

教育的アプローチは職人芸である。

と言っている︵丸本喜一、一九九八︶

もって、教師と子どもは﹁同格同行﹂

家は、子どもと共に探究を進める点を

後の対話が遮断されてしまう。全く違

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

ている。

うアプローチで行われなければならな

生を左右してしまう怖さもある。その

219

ずがない。言ってしまった瞬間、その

い。 ﹁教育的アプローチ﹂は他にある。

11


様性を保とうとしている作用がどこで

う。このことは何かを修めさせる教育

は名演奏家︵専門家︶が育成されてい

いった楽器であり、それぞれの楽器に

学はバイオリン、ビオラ、フルートと

の世界に えて考えてみましょう。科

ない﹁学﹂が求められています。音楽

サステイナビリティ学では科学では

す。もし、そうならシンフォニーの作

できる人材の輩出ではないかと思えま

名曲と呼ばれ得るシンフォニーを作曲

ステイナビリティ学が求めているのは

のシンフォニー︵交響曲︶であり、サ

サステイナビリティ学はおそらく科学

結果は単なる雑音と化してしまいます。

ソロを演奏したらどうなるでしょう。

いわれることに快感を覚えています。

ですので、最近ではむしろ似非科学と

解できる人が増える︶には時間が必要

考えてみると確かに科学︵ Science ︶ ではないのですから、理解される︵理

ます。最初はムッとしましたが、良く

ィ学は似非科学のような言い方をされ

11

218

特集エッセイ より

任ではないかもしれませんが、大学に

教育の目的の大転換が必要であること

から﹁学︵楽︶ ﹂を作れる人作りへと

にいる人間が常に念頭において大学の

を示唆していると思われます。

機能しているのかということを、大学

のイノベーションから、明らかにパラ

あり方を組み立てていくことが、グロ

おける学知そのものが単なる効率向上 ダイムが転換しつつあるので、大学が

ーバル社会の中での立命館大学の一つ

みそ﹂にはその名曲シンフォニー﹁交

のパラダイムに縛られている私の﹁脳

悲しいことに二〇世紀型の﹁科学﹂

知のプールの場として、改めて役割が

の役割だと考えています。

多様性がどう保たれているのか、多

問い直されていると思います。

響曲サステイナビリティ﹂の調べを

えます。ただし、今私に言える確実な

造することができないので焦燥感を覚

ことは﹁サステイナビリティ学は二〇

ます。また、それぞれの楽器にはソロ

曲法は教えることはできるが、名曲の

世紀型のサイエンスの手法で教育でき

の名曲もたくさんあります。では、こ

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

大学内では時々、サステイナビリテ

れら楽器の名演奏家がコンサートホー

作曲法は教えることはできないでしょ

るものではないでしょう﹂です。

ルに集まり、勝手にそれぞれの名曲の

北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター教授

田中教幸

北のサステナ親爺が サステイナビリティ学教育に関って考えていること

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶   10


タディは、多種多様な問題の解決方法

この文明の中からおのずと生まれてく

て学ぶ手法で、ビジネススクールで多

う。この努力を伝え、発展させること ︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

る。手段と目的を見誤ってはいけない。 ︵及び失敗例︶を過去の実践例に即し

く取り入れられている。フィールドス

タディでは、直面する問題を同定し、

サステイナビリティ学教育が、伝統

は混乱するだけとなるかもしれない。

際化の方向に整合性がなければ、学生

づいた教育を行っても、教員の間で学

ド調査を行うことは容易ではない。ケ

般化を行えるだけの数多くのフィール

ちである。また学生期間中に事例の一

礎理論や分析枠組みを忘れてしまいが

されてしまい、講義を通じて学んだ基

がサステイナビリティ教育の根幹にな る。技術的な対応や政治的な対策は、

サステイナビリティ学教育のあり方に関する 一試論

とになる。しかしフィールドの現場で

要因を解明し、解決方法を検討するこ

的な学問領域の教育と異なる特徴は、

そこで、サステイナビリティ学教育に

ーススタディを通じた実践的な知見の

は、多くの場合、問題の大きさに圧倒

学生だけでなく教員もサステイナビリ

携わる教員全員が、根ざしている学問

京都大学地球環境学堂准教授

森 晶寿

ティ学の核心である問題解決指向と学

分野が異なっていても、分析フレーム

蓄積は、方法論を習得するだけでなく、

われる。従来の﹁学生が異なる学問分

を共有して教育を行うことが重要とな

際性を念頭に置くことにあるように思 野の授業を受けて学際的な研究を行

るように思われる。

から講義内容を独自に再編し、かつ異

教員一人一人が持続可能な発展の観点

タディとフィールドスタディを通じた

やグループワークに加えて。ケースス

たすためには、通常行われている講義

その上で、問題解決指向の要件を満

割を果たすものと期待される。

枠組みを発展させることに、大きな役

そしてそれを通じて既存の理論や分析

スタディから得られた知見を一般化し、

たフィールドスタディと、フィールド

既存の基礎理論や分析枠組みに基づい

う﹂という形態から一歩踏み込んで、

分野の内容を取り込んだ﹁個人学際﹂

具体的なマネジメントの手法の習得が

11

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

に基づいた教育を行うことが必要とな

重要になるように思われる。ケースス

る。 ところが各教員が﹁個人学際﹂に基

221

11


サステナ教育の基盤

る海面上昇によって、これと同じ事態

そこにサステイナビリティ教育の基盤

発展させることの重要性を教えること、

であって目的ではない。むしろ文明を

た努力は多々あった。その努力の歴史

標でもある。ただしこの目標に向かっ

求めてきて、いまなお実現できない目

220

特集エッセイ より

なぜサステイナビリティでなければならないか 東洋大学文学部教授

山田利明

さて、ではどのようにすれば良いの

宗教は敢えてそれを記して戒めた。 か。現実に人類の文明を止めたり、逆

﹃旧約聖書﹄にあるノアの箱舟、中 ずれも混乱したこの世が終わり、新し

これを強制的に抑止すれば、知識や技

国仏教で語られた末世の弥勒下生、い

術は次代に伝えられず、文明はかなら

行させたりすることはできない。もの

る、という天地革新の教えであるが、

ず滅びる。そうならないためにも、発

い世界が始まることをテーマとするメ

この世の終焉に際して阿鼻叫喚の地獄

展を維持していかなければならない。

は、人間の本能のようなものである。

絵巻が展開される。この場合は道徳的

サステイナビリティ教育のあり方か

と調和のとれた文明といえば簡単であ

を考え、ものを作り発展させていくの

頽廃がこの世の終焉をもたらすことに

らいえば、エコロジー・節約・調和な

るが、それはこの二〇〇〇年来人類が

され、そのあとに新しい世界が現出す

なっているが、現実に起こりうるこの

どが重視されることは言うまでもない

シアの物語である。一旦この世は破壊

世の終わりはどうなるのか。確かに、

が、それはサステイナビリティの手段

が太平洋の島々やアジアのデルタ地帯

問題は伝えるべき文明にある。均衡

死し て い く︵図 ︶ 。温 暖 化 に よ

で起こりつつあることをどう理解する のか。起こしてはならないからこそ、

こそが人類の誇りうる文明であると思

箱舟の外側では、人類が洪水にのまれ

図 15 洪水が引き, ノアの箱舟の周りに 死体が折り重なる光 景を描いたギュスタ ーブ・ドレのエッチ ング.

があるように思える。

15


報告 IPoS

﹁初めて﹂に学ぶ  

卒業生から見た  

星越明日香  

屋にチェックインした際、学生の自分

にはもったいないような客室に驚き、

また、これだけ学習に集中できる環境

を提供されている身として、この機会

を十分に活かさねばならないと思った。

に、自分での見直すのも気恥ずかしい

常生活でも飽きることがなかった。

が、違うものは違うのである!︶ 、日

が多く︵ルームメイトは日本人だった

いにも感心したり、学んだりすること

なお、ルームメイトとの生活習慣の違

ような拙いエッセイを添削してもらっ

さて、いよいよプログラムの始まり

たことを覚えている。

備するのはあまり経験がなかったため

東京大学サステイナビリティ学連携研究機構特任研究員 事務局 IPoS

二 〇 〇 四 年、筆 者 は 第 一 回 IPoS ︵ IPoS 2004 ︶に、学生として参加した。 の参加には書類選考、面接 IPoS 2004 がある。早速英文エッセイと応募書類

書類選考を通過し、面接通知がきた。

ーム、ディベート、フィールドワーク

である。グループ分けされ、最終日の

面接係の教員と距離が近く感じられ、

や 自 由 行 動 日 を 挟 ん で、ひ た す ら

面接も英語である。記憶している限り、

とても緊張したことを覚えている。自

のテーマである﹁食の安全 IPoS 2004 と安心﹂について考えるのだ。英語で

れた。最終日までの一〇日間、貿易ゲ

己紹介、研究、応募の動機などを聞か

発表に至るまで議論を行うよう指示さ

れ、あっという間に時間が過ぎていっ

の議論などそれまでろくにしたことが

人生初めての英語での面接である。面

た。後日、合格通知が届き、その年の

修士論文のトピックとはかけ離れてい

ない上、 ﹁食の安全と安心﹂は自分の

接会場は思っていたよりも小さかった。

地を踏んだ。

るので不安は限りなかったが、グルー

夏、これもまた人生で初めて、タイの 初日、ルームメイトと部 IPoS 2004

223

の準備を始めた。応募書類を英語で準

図 16 IPoS2004,AIT 樹木園に植樹した. この木も大きく成長した頃だろうか.


特集エッセイ より

者会議などで制度構築の話ではおとな

方も、サステイナビリティ学の考え方

ると話が止まらなくなります。学生の

サステイナビリティ学教育を始めた

間会合などを開き、教育の改善を図る

だいている教員へのヒアリングや講師

論に関する研究を自然科学系の学生に

評です。私自身も専門であるゲーム理

とを求めるのですが、これが意外に好

を他の学生に分かりやすく説明するこ

222

意と使命感をもち日々勉強と活動をお

大阪大学における サステイナビリティ学教育の試み

しい先生方もサステイナビリティ学を

こなっています。IR3Sの教育担当

上須道徳

築しても財政・人的支援を継続的に受

てすばらしいものですが、枠組みを構

どのように教えるのかという話題にな

大阪大学では、二〇〇八年四月に一

大阪大学サステイナビリティ・サイエンス研究機構特任助教

二科目から構成される高度副プログラ

ものの、現段階では、教員間でのサス

作業を行っています。また、学内でも

や重要性が理解できてくるとだんだん

テイナビリティ学に対する理解や考え

同じような課題を抱えるプログラムが

分かってもらう作業を通じて、逆に自

けるのは非常に困難です。こういった

方も異なり、学生がしばしば混乱する

あり、協力して作業進める余地が大き

分の専門への理解が深まったような気

ム﹁サステイナビリティ学﹂を無事に

ことがあります。多様な考えがあるこ

いように思われます。兼任の先生方と

発見があるところにやりがいを感じま

がします。教育にはこういった喜びや

とめりこんでくるのがわかります。ま

とはいいのですが、なにか一本柱が立

共に、残りのプロジェクト期間で少し

た、コア科目などでは自分の研究内容

っていないと先生が混乱しているとい

でもいいプログラム、継続支援が受け

課題に対して手をこまねいているわけ

うふうに学生には見えるようです。も

す。 ︵もちろん、修了者がサステイナ

ではありません。学生や協力していた

う少し、研究成果が蓄積され学問とし

られるようにしていきたいと思ってい

立ち上げることができました。

ての確立がすすみ、その成果や哲学な

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

れればいっそう良いのですが。 ︶

ビリティ学を学んだことで活躍してく リティ学教育に関わっている教員は熱

IR3Sや大阪大学でサステイナビ

ます。

す。もう一つは制度の継続と言う課題

ども共有していく必要があると思いま です。全学的な組織は高い理念があっ

11


は我々の生活基盤を脅かすものと予想

の問題であり、予想される深刻な影響

温暖化影響は長期にわたる地球規模

私たちの目指すべき目標を選ぶべきで

将来世代に何を残したいのかを考えて、

が伴うかもしれない。しかしながら、

は解決すべき様々な障壁や多大な努力

路に立っている。GHG排出量削減に

進国となる世界において、持続可能な

のではないでしょうか。ほとんどが先

このような国際関係に移行してしまう

します。おそらく二〇年か三〇年で、

地球規模の環境問題も必然的に深刻化

国と同じ生活と生産の形態をとれば、

衡平性を考えなくてならない。

されている。我々は今、GHG排出量

はないだろうか。 ︵﹃サステナ﹄ 号  ︶

たが、困難に立ち向かう努力を強調す

ここまで問題ばかりを述べてきまし

ィールを見極める鍵になります。

きるかどうかが、グリーン・ニューデ

社会に移行するために本当の貢献をで

を削減傾向へ移行できるかどうかの岐

地球温暖化と生物多様性、 そして他の緊急諸課題 北海道大学環境科学院教授

池田元美

新興国が先進国の仲間入りし、多くの

動きも顕著です。みなさんに問いたい

やナショナリズムでまとめようとする

るばかりでは、前途の明るさを見出せ

国が製造と輸出に加わって競争が激化

か、あるとしたら何かです。人にとっ

ことは、人類に共通の価値観があるの

あります。すなわち、これまで先進国

環境を重視する産業を支援し、雇用を

する関係に変わっているのです。その

て心の﹁安寧﹂があれば苦しいことに

米国を含めてグリーン・ニューディ

作り出そうというのです。これが本当

結果として、原材料は高騰するのに、

耐えられるでしょうか。人が最後に求

価値観が多様になり、またそれを宗教

に機能するのでしょうか。どうも日本

先進国の労働が安くなってしまい、雇

めるものは﹁尊厳﹂ですか。毎日の生

ないでしょう。現代はますます人々の

では高速道路料金を下げたり、交通機

用 不 安 が 増 す ば か り で す。従 来 の 産

作って消費・輸出してきた関係から、

関を整備するなど、目先の消費と施設

業・貿易・労働の国際分業は継続でき

が途上国から原材料を輸入し、製品を

の拡充に偏った施策が幅を利かせてい

活で﹁談笑﹂が何よりの楽しみと感じ

ールを唱える動きがあります。未曾有

るようです。しかし歴史を顧みれば、

なくなっているのです。新興国が先進

の経済危機と言われる事態に直面して、

国際社会は根本的な変遷を経験しつつ

225

12


っても、またスタッフにとっても、何

にどの程度削減しなくてはならないの

議論が十分になされていないと考える。

かについて、次の二つの点についての

減に関し、我々がどの目標を選択する

温室効果ガス︵GHG︶排出量の削

考え方が衡平な分担において検討され

責任、削減能力、実効性という三つの

効果ガス削減に関する国際交渉では、

えなくてはならない。これまでの温室

全体から見たGHG削減の衡平性を考

なく、地球に暮らす一員として、世界

影響を避けるための対策にかかる負担

いる。削減による負担のみならず、悪

生じることは避けられないと報告して

た場合でも日本において一定の被害が

効果ガス濃度を低いレベルで安定化し

総合予測プロジェクトによると、温室

︵2︶温暖化による悪影響

224

特集エッセイ より

プメンバーの知識もまったく違う分野

人あたり排出量が将来的に等しくなる

だろうか。亀山らは、収縮と収斂︵一

ようなプログラムである。例年四月か

ように分配︶という削減枠組み︵衡平

かを学び、成長する機会をちりばめた

意というわけではない。虫歯が痛んだ、

ら五月にかけてIR3S連携校では参

に集中していたり、必ずしも英語が得 お腹の調子が悪いといったことまで、

の観点 実効性︶に基づくと三〇%減

GDPあたり排出量比例改善︵衡平性

という試算を示している。二酸化炭素

排出量が世界第四位︵二〇〇五年︶の

日本は、これまで排出してきたGHG

累積排出量の多さも考慮して、さらに

は、地球に暮らす一員として何をすべ

︵1︶世界全体から見たGHG削減

てきている。 ﹁責任﹂ 、 ﹁能力﹂の衡平

性の観点 責任︶に基づくと一六%減、

互いに助け合いながら、何とか最終日

加者募集が行われる。 IPoS の提供し うる環境を最大限活かし、楽しく、柔 に、ぜひ

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

への応募をご検討いた IPoS

軟にまた貪欲に学びたいと思う皆さん

それゆえに反省と次への挑戦もある だきたい。

常に何かしらの﹁初めて﹂があり、

の発表までこぎつけた。

は、学生にとっても、教員にと IPoS

今、 私たちが考えなくてはならないこと

温暖化影響と削減目標

きか考えなくてはならないのではない

の衡平性 温室効果ガスの削減は世界

も考慮して、現在世代と将来世代との

だろうか。

全体で取り組むべき緊急の課題である。

性から考えた場合、日本は二〇二〇年

温暖化

したがって、日本の立場からだけでは

国立環境研究所社会環境システム研究領域統合評価研究室

肱岡靖明

11


が構築され、 造的な発想につながっ

結果として協働の知として新たな世界

る次の、ホームページを参照されたい。

ていくのであり、このことこそがゲー

への参加を誘われたときに思ったこと

混成チームである。最初にこのチーム

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

g_warming2005.htm  

ここ五年以上毎年夏になると、南太

は、これまで話にしか聞かなかったマ

であるが、専門の異なるグループが同

年はマーシャル諸島共和国のマジュロ

じ期間に同じ島で調査を行う。最近数

環礁で調査を行っている︵図 ︶ 。

いな仲間たちである。サステイナブル

調査チームはまさにマジュロのゆか

17

キープクール中部 http://homep  age2.nifty.com/jsugiura/

ムのメリットなのである。 なお、ゲームの詳細は筆者が主催す

マジュロのゆかいな仲間たち

平洋の環礁州島へ調査に出かけている。

ーシャル諸島やツバルなどの南太平洋

城大学広域水圏環境科学教育研究センター准教授

横木裕宗

二〇〇三年から行われている環境省地

の島々に実際に行けるぞ! というこ とと、これまで海岸工学で研究した成

ムによる調査である。このプロジェク トでは、環礁州島からなる島嶼国にお

果を実際に生かせる最高の機会だとい

球環境推進費によるプロジェクトチー

ける国土維持にむけて適応策を提案す

うことである。ただ、実際に調査をす で、次の年から同僚の桑原祐史氏 ︵工

るといろいろな意味で手が足りないの 学部都市システム工学科准教授︶にも参

の主なメンバーは、地形・地理が専門 の東京大学教授の茅根 氏、考古学の

加してもらっている。

227

ることを目的としている。このチーム

慶應義塾大学教授の山口徹氏、リモセ

毎年の調査は二週間弱ぐらいの期間

ン・GISの国立環境研究所主任研究 員山野博哉氏などで、それこそ異分野

図 17 マジュロの海岸風景.

12


特集エッセイ より

さんも考えてみてください。  

れかに割り当てられる。ゲームの目的

は、各国︵地域︶それぞれの立場のプ

レーヤが、各国の経済目標と世界レベ

化問題をテーマにした環境政策ゲーム

生活を送った。この滞在中、地球温暖

月まで筆者はドイツ連邦共和国で研究

二〇〇四年一二月から二〇〇五年九

の教育利用についてマイヤー氏らに再

スバーデンにある Spieltrieb 社を訪問 し、キープクールも含めた商用ゲーム

た。二〇〇五年七月にドイツ・ヴィー

いへん工夫された興味深いものであっ

受けることができた。ゲーム自体はた

ープクールの中心的な仕掛けの説明を

温暖化にかかわる問題の一側面が理解

ゲームの構造を理解するだけでも地球

明で三〇分程度を要する︶ 。しかし、

苦労である︵キットの準備とルール説

あり、ルールを理解してもらうのは一

とってはルールがかなり複雑で難解で

でそれぞれ役割が違うなど、初心者に

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

ルでの政策目標を同時に満足するよう、

ゲームを進行させることである。

﹁キープクール︵ Keep Cool ︶ ﹂を開発さ れたとの情報を入手することができた。

できるだろう。ましてやゲームで工場

226

られますか。私はこれらを肯定し、こ こに提案することとします。読者の皆

キープクールとの出会い

環境政策ゲームによる対話教育

筆者は大学教育においてキープクー

キープクールに着目した最初の理由の

びインタビューも行った。この時に初

ルの実践を繰り返していった。六カ国

一つは、在外研究の目的の一つである

を表すキューブやチップを用いながら キープクールは、プレーヤが互いに

めてゲーム︵第二版︶を入手した。 競争・協力して地球温暖化問題を考え

本ゲームは現実世界の理解のみにと

の対話から学べることは、ここでは書

が注目に値するものと捉えられたこと

ることができるゲームである。プレー

を各国の担当プレーヤに課すことで、

どまらない。むしろ現実と異なる目標

ゲーム上で 造的な対話が生成される。

ききれない。

であった。そこでキープクールをボー

のパートナー、ヨーロッパ、中進国、

ヤは六つの立場の国々︵アメリカとそ 発展途上国、旧ソ連、オペック︶のど

ドゲームとして市販化した Spieltrieb 社とコンタクトをとった。あいにくゲ 接入手することはできなかったが、キ

ーム︵初版︶が品切れ状態であり、直

環境教育の先進事例としてこのゲーム

愛知教育大学准教授

杉浦淳吉

12


武内   これからのIR3Sの発展の方 向性について二点お伺いします。私は

ることが大切だと思います。

ていけるようなコンセプトをもってい

加者がそれぞれに最大限の力を発揮し

究者間のネットワークがあるときに、

もあります。それぞれの国や地域に研

ルを忘れてしまいがちですし、その逆

な問題とグローバルな問題があります。

と、サステイナビリティにはローカル

ティ学でなぜそれが必要かといいます

る修士プログラムを、東大、京大、阪

に国際的に活躍できる専門家を育成す

武内   もう一つは教育です。IR3S では、持続可能な社会を構築するため

切です。

トワークどうしを結びつけることも大

を作っていかないとならないし、ネッ

グローバルだけをやっているとローカ

ワーク・オブ・ネットワークスを推進

サステイナビリティ学についてネット

が同時に確保できます。研究の国際化

カルな視点とグローバルな視点の両者

を作っていってもらいたいからです。

ステイナビリティ学で横へのつながり

っこをつくってきてもらってから、サ

のは、学生には学部でまずどこかに根

大、北大、 城大の五大学が連携して

という面でも、国際化がアメリカのト

それらのネットワークどうしをさらに

ップクラスの大学を頂点とする一軸の

しようとしています。サステイナビリ

方向性をもつのではなく、さまざまな

濱田   サステイナビリティ学は、一つ の専門をもって、他の専門との横のつ

に始まっています。修士課程を考えた

軸をもつべきだと、私は思っています。

に結局はなりますが、この二つの側面

ながりをつくっていきなさいという話

つくってきました。実際の教育もすで

そのためにもネットワーク・オブ・ネ

うところと同じところがわかり、ロー

ットワークスは重要です。

概念を取っ払った第三の道も考えてみ

ルを探っていくために、専門、教養の

をしっかりと学べる新しい教育スタイ ビリティの課題自体が多様で、解決の

たらよいと思います。分野横断的、俯

濱田   その通りだと思います。国際化 で大切なのは多様性です。サステイナ

手法も多様です。当然、ネットワーク

229

つなげていけば、国や地域によって違

図 18 濱田氏(左)と武内氏.


新しい知の可能性を切り開いていくこ

野を横につないで、地球持続のための

武内   二〇〇五年八月に文部科学省科 学技術振興調整費︵戦略的拠点育成︶

した。この機会に、サステイナビリテ

構長にもご就任いただくことになりま

からは濱田純一総長に、IR3Sの機

長が本年三月で任期を終えられ、四月

ん。サステイナビリティ学のような壮

がなければ、本当の編集にはなりませ

引き出していくのか、そのコンセプト

とです。どのような観点から自主性を

究者のもっている自主性を引き出すこ

228

特集エッセイ より

会をとらえて異分野コラボレーション

とであると理解しています。その活動

ことができた。そして、こういう経験

いるうちに、調査チームや私自身がサ

に参加し、もっともっと自分を磨いて

の中で、人類の﹁未来に向けた確かな

な 州 島 の 維 持・管 理 と い う 目 的 で 調

ステイナブルに調査・研究をするには

いきたいと思っている。そして、IC

指針﹂を示していくべきなのだろうと

濱田   サステイナビリティ学が目指し ているのは、既存のさまざまな学問分

どうしたらいいかということが多くな

ASやIR3Sでも異分野コラボに貢

をした以上、これからもいろいろな機

ってしまった。お許し頂きたい。私は

査・研究をしているが、ここに書いて

幸運にも機会に恵まれて、素晴らしい

ない一つのものにまとめあげるところ

分に引き出して、それをばらばらでは

と、個々のものがもつすばらしさを十

編集の醍醐味がどこにあるのかという

集﹂という言葉です。本でも映像でも、

に、私 が ま ず イ メ ー ジ す る の は﹁編

横の連携をつくっていくというとき

思います。

献していきたい。 ︵﹃サステナ﹄ 号  ︶

仲間と出会い、素晴らしい経験をする

新機構長対談

未来に向けた確かな指針を サステイナビリティ学連携研究機構のこれから

濱田純一 東京大学総長 サステイナビリティ学連携研究機構機構長

武内和彦

の採択を受けてスタートしたIR3S

ィ学についての、先生のお考えをお聞

にあります。研究でいうと、まずは研

も、いよいよ育成期間の最終年度に入

国際連合大学副学長/東京大学教授 サステイナビリティ学連携研究機構副機構長

りました。これまで機構長としてIR

かせいただければと思います。

大な試みを続けていくには、全ての参

3Sを引っ張ってこられた小宮山宏総

12


されているが、政府からの補助金は、

このマーケットはNPOによって運営

マトの試食だけでも食べがいがある。

その具体的手法を開発すべき、新たな

とは、口で言うほどたやすくはない。

きな方向性を共有できるようにするこ

域特性を活かすと同時に、進むべき大

るべきであるが、市民参加を通じて地

わしい表現であったと思う。やや長い

境低負荷型資源循環社会﹂が最もふさ

世界でも起こる。筆者は、札幌の﹁環

もしれない。こうしたことは、ごみの

することで逆にエネルギーが増えるか

︵図 ︶ 。たくさんの種類があって、ト

小規模農家支援の意味合いも強い。

が本来の定義がすべて含まれており、

﹁本来の目的から離れてイメージが

体︶が出てくる。

社会が目的であると誤解する人︵自治

の理由である。リサイクル社会、3R

ていない、これが不適当と考える第一

﹁目的=目指すべき姿﹂が表わされ

コ商品を買うことが目的のようになる

エネルギーが必要だが、エコカー、エ

意味がない。温暖化対策のためには省

きだ。しかし共通の目標が失われては

点化するかは自治体が自由に決めるべ

な表現が見られる。もちろん、何を重

﹁ごみ処理基本計画﹂には、さまざま

村が処理を行う。その長期方針である

大学で学生は、特定のテーマに関して

的に立ち返った見直しが必要である。

﹁循環型社会﹂を実現するには、目

選択は、大切である。

ても目標を誤ることはない。ことばの

自治体独自のものをいくら加えたとし

政策段階に入ったといえよう。

循環型社会政策についても、それぞ れの文化に根ざした多様性が認められ

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶  

社会の目的を、さらにあいまいにする。

﹁循環型社会﹂ をつくるための知的プロセス 北海道大学大学院工学研究科教授

松藤敏彦 ﹁循環型社会﹂という名称は、適当

独り歩きする﹂ 、これが第二の問題点

筆者の専門である﹁ごみ﹂は、市町

である。言葉を独自に解釈し、内容を

と、走行距離が増え、大型製品を購入

231

でないと考えている。

拡大することも起こる。本来の循環型

図 20 知的生産技術の体系.(大 久保幸夫:キャリアデザイン入門 [Ⅰ] ,日経文庫,2006 より)

13

19


こうしたスタイルの教育と研究があ

の学生寮に入った。台所とシャワーは

である。貧乏学生であった私も、その

集して、ガソリン代を割り勘にするの

︶の張り紙がしょっちゅう出 genheit ていた。車で遠出する際に同乗者を募

けたら、六〇ドルの参加費にもかかわ

コでスロー・フードのイベントに出か

⋮⋮。しかし、昨年、サンフランシス

の 容 器 も、飲 み 物 の 容 器 も 使 い 捨 て

230

特集エッセイ より

瞰的な研究を提唱しているところでは、 な指針﹂をサステイナビリティ学が示

いまって、人類の﹁未来に向けた確か

すが、サステイナビリティ学もこの一

していくことができれば、すばらしい

どこも同じように直面している問題で 〇月から博士課程を開始するとのこと ことだと思います。 ︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

なので、一つのあるべき姿を示せると いいですね。

循環型社会の多様性

共同であったが、良い隣人に恵まれた。

おかげでミュンヘンで行われたフィギ

ると目の色を変えて探しているし、学

男子学生でも、新鮮なハーブを使って

ュアスケートの世界選手権を見に行く

循環型社会のありようは、国、地域

ドレッシングから手作りしていたし、

ことができた。

ーやサンフランシスコのファーマー

さすが発祥の地だけあって、バークレ

食には﹁相乗り募集﹂ ︵ Mitfahrtgele-

週末ともなると誰かがケーキを焼いて

当時、ドイツの対極にあるように見

初めてのドイツ留学で、ギーセン大学

くれた。

え た の が ア メ リ カ で あ る。フ ァ ー ス

ズ・マ ー ケ ッ ト は、い つ も に ぎ や か

らず、長蛇の列でびっくりした。また、

ドイツ人は、 ﹁節約する﹂ ︵ sparen ︶ という言葉をよく使う。リファンド付

ト・フードの文化では、ハンバーガー

図 19 賑わうファーマーズ・マーケット(サンフランシスコにて) .

きのリターナブル瓶が一本でもなくな

によってさまざまである。一九九〇年、

大阪大学大学院法学研究科教授

大久保規子

12


レスになる。早くどの種類のゴミに分

土木系廃棄物研究者の懺悔

いたいという感じである。そうすると、

である。心の奥では﹁ゴミの分別は大

実は﹁ゴミの分別を心がけている﹂の

ゴミを何かに使おうという思考が少な

きて、何か変な感じがする。すなわち、

しかし、このゴミの分別を徹底して

という思考をしづらくしているように

えた後、 ﹁他の何かに使えないかな?﹂

る。ある物質が当初の役割を全うし終

が、少し低下しているような感じがす

杯で、他の何かに利用するという思考

ゴミをゴミとして排出することで精一

別するかを決定して問題解決してしま

城大学工学部都市システム工学科教授

小峯秀雄 ﹁努力している﹂のである。

変だ﹂と思っていて、 ﹁しかし、ゴミ

くなっているような⋮⋮。どの種類の

も思う。

廃棄物の専門家を自負しているが、

は分別しなければならない﹂と﹁心が

ゴミになるのか考えるのは、結構スト

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

けている﹂のである。この心がけを持

貧困国の農村で資源循環を考える

たないと、なんでもかんでも一緒にゴ ミ箱に入れてしまう気がする。どれに

船水尚行 北海道大学工学研究科教授

分別するか分からないと分別という行 為そのものがストレスとなって、他人

る。図 の小さな建物は、日本流に言

ちが芽生えてしまう。そのような気持

のと混ぜて捨ててしまおうという気持

る今回は首都ワガドゥグーに加えて、

困国の一つである。二回目の訪問とな

総生産は一〇US$以下の俗に言う貧

か建っている。人間の生活から必ず発

建物が土でできた塀に囲まれて、幾つ

えば一つの部屋に相当し、このような

ブルキナファソは一人当たりの国内

ちを抑えるには、努力が必要となる。

生する有機性の廃棄物についてみてみ

で用を足すのが通常である︵統計では

農村域など幾つかの場所を訪問するこ 農村のあるお宅に伺ったときの印象

農村部ではトイレを保有している人口

﹁自分だけ、そんなに頑張ったって意

は、小奇麗な土の家だという印象であ

ると、人間のし尿については周囲の畑

に分からないように、少しずつ他のも

13

とができた。

味ないよ、楽をしようよ﹂とささやく 悪魔の誘いを断るかのように。すなわ ち、 ﹁心 が け て い る﹂と い う こ と は

233

21


輸出分を加えれば七五%に達している。

特集エッセイ より

に必要なのは、組織のリーダーに理解

ボトル飲料に一〇円を上乗せし、回収

ットボトルを回収するために、ペット

知られている。大阪大学生協では、ペ

するための切り札とはならないことも

ているが、残念なことに、回収を実現

する方法として教科書でも取り扱われ

デポジット制は、リサイクルの推進

この問題は、回収が如何に難しいかを

入しているが、回収率は八四%と高い。

紙カップについてもデポジット制を導

円にとどまっている。大阪大学生協は

二五万円あるのに、返金額は二二三万

ている。その結果、預かり金収入が四

おける回収率はそれをはるかに下回っ

したと喧伝されているが、大阪大学に

カニズムに基づいて回収が進められて

廃棄物が何らかの価値を持ち、市場メ

ブも活用されてきたが、結局のところ、

リーン購入法などによるインセンティ

場合、子供会による回収への補助やグ

から九〇%と高率である。古紙回収の

容易であることから、回収率は八五%

スチール缶やアルミ缶は、再生利用が

よれば、二〇〇七年の回収率は五三%

ところが、同生協の環境活動報告書に

紙や缶のなどのリサイクルは基本法が

成り立たないものなのか。銅や鉄くず、

リサイクルは、常に法律がなければ

あまり見られず、心配の種は尽きない。

準にある。RDF発電の失敗の反省が

るゴミ焼却の比率は〇・三%の低い水

問題がある。エネルギー供給源に占め

リサイクルを考える上で、熱回収の

13

232

研究を行う。その研究を通じて図 の

なお、回収率の算定にあたって輸出分

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

場所に持って行くことでリファンドす

にとどまっている。全国規模のペット

策定されるはるか以前から行われてい

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

る。その結果、二〇〇七年における古 紙の回収率は、輸出分を除けば六三%、

七年度年次報告書によれば、回収率は 六九・二%であり世界最高水準を達成

ボトルリサイクル推進協議会の二〇〇

きたことによると言える。

表している。

率に含めるのが適切であろう。一方、

奪戦が演じられており、輸出分を回収

については再生資源として中国との争

いるからであるが、銅や鉄くず、古紙

を除くのは海外への投棄と考えられて

させることかもしれない。  

13

るシステムを二〇〇〇年に導入した。

大阪大学大学院経済学研究科教授

伴 金美

インセンティブが支える循環型社会の形成

合にも応用できるはずだ。しかし本当

センスを身につければ、どのような場

20


国では、すでにもみ殻を投入燃料とし

たり約三〇〇トンの 殻を一〇〇〇度

二〇〇三年より稼動しており、一日あ

洗浄液の再利用と廃棄処理、それに基

スケールアップ技術の確立やクエン酸

し、ここからが本当の技術開発である。

ラボ技術を構築できたと考える。しか

たバイオマスエネルギー事業を実施し

で 燃 焼 し、そ の 発 熱 量 を 利 用 し て 発

づくシリカ純度の安定性の評価などさ

外ストックを図 に示す。本発電所は

ており、なかでも、年間約六三〇〇万 電・送電している。

世界の米どころである東南アジア諸

トンのもみ殻が発生するタイ王国では、

殻由来の高純度シリカを如何にして高

まざまな課題がある。なかでも、もみ

付加価値資源・素材として利活用する

化石燃料の代替としてバイオマスを

かを民間企業の知恵を借りて解決しな

有効活用し、地球環境に配慮した低炭 素社会を構築する一つの方策として、

ければいけない。ゴールはまだまだ先

日系企業の支援により複数のもみ殻発

非食部バイオマスであるもみ殻を出発

電所が稼動している。一例として、同 国コンケーン県ロイエットにて

原料とし、エネルギーと残 資源︵高

Roi-et

が保有する一〇メガ Green Co., Ltd. ワット級発電所で使用するもみ殻の屋

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

である。

サステイナビリティとは何だろう? 住 明正

と、困難を乗り越え無限の高みを目指

代の身を慎むしかなかった時の生き方

してきた時代の生き方が示されている。

認めなければならないのは、個人に したがって、個人には、サステイナビ

誰かが面倒を見ていてくれる﹂として、

しかしながら、いずれも﹁この地球を 今の我々の前には、人間活動が小さ

自分たちが立っている基盤のことを考

リティはないことになる。

は必ず終わりがくるという事実である。

東京大学教授 東京大学地球持続戦略研究イニシアティブ統括ディレクター

14

く自然が無限の大きさをもっていた時

235

22

純度シリカ︶を経済性よく併産できる

図 22 タイで操業するもみ殻発電所. もみ殻の屋外ストック.


マスとして、食料資源として利用され

トウモロコシや小麦といった穀物を

234

特集エッセイ より

用意しなければならない。すなわち、

う﹂いうことで話が済むであろうか。

尿中のリン、窒素を農業利用すること

経済的な理由により少し使用する材料

ことができると考える。肥料の購入が

によって、生産量を上げることができ

は異なるが、日本でもブルキナファソ

答えはノー、であろう。最先端技術を

れば、経済的に大きなインセンティブ

肥料製造装置としてのトイレが必要と

でも同じコンセプトで設計された同じ

経済的に難しい現状ある。人や家畜糞

ともなる。すなわち、人が毎日排出し

考える。小さなループを作るためにも、

ているし尿に含まれるリン、窒素資源 の循環に取り組むべきと考える。それ

多様な技術の後押しが必要である。

農業廃棄物からの 資源・エネルギー回収を考える

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

では、かつての日本のように、 ﹁ み

は一〇%以下とされている︶ 。台所の

取り便所を用意し、貯留したし尿を使

厨芥はどうなっているか、目で見た限 は公共サービスとしてのごみ収集、水

い﹁非食部バイオマス﹂が着目された。

の加工製品の循環経路に直接関与しな

有力な候補として、例えば、稲わら、麦

ない有機物であり、食品素材およびそ 物の需給バランスが崩れ、品薄・品切

わら、 殻、林地残材︵間伐材・被害

したため、食品素材としてのこれら穀 れや急激な価格上昇などによる食生活

バイオマス燃料として急速に転換利用

への影響が生じた。そこで、エネルギ

木︶などが現在、取り上げられている。

みの分別や資源回収という仕組みもな ブルキナファソ農村域では農業との

ー資源として大量処理する際のバイオ

い。 連関により個人単位でループを閉じる

スも存在していないし、もちろん、ご

大阪大学接合科学研究所教授

13

道、下水道はない。有料の民間サービ

りその形跡すらなかった。この地域に

近藤勝義

図 21 ブルキナファソ農村部の住居. (北海道大学 伊藤竜生氏撮影)


新たな地球規模の開発と環境に関する 私は今から次の動き、すなわち国内政

分野ににもかかわらず、苦手の外交の

はドイツの報告書の提言でもとくに必

安全保障の考え方を広めつつ、外交で

あると考える。その上で、国内に気候

要とされた財政支援を中心に、国際秩

ためにまたもや乗り遅れないためにも、 策の気候安全保障を軸にした統合と、

序形成にまずは関わっていくべきだろ

いる。気候変動を軸にした、新しい国 連への改革案がそこに示されている。

それらの国々による新しい国際秩序の

う。

ハイレベル理事会の設立が提言されて

日本は、この提言が実現するように

形成を見据えて準備をしておく必要が

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

ドイツをはじめとするEUの動きを支

自然共生コミュニティと安寧のライフスタイル

援すべきである。日本外交の悲願であ る安保理常任理事国入りが絶望的にな

タイルの集積として、多様にかつ、時

ライフスタイルという用語は現在で

間的にもダイナミックに変わるものと

大阪大学医学部環境医学教授

森本兼曩

しいハイレベル理事会で設置されるか

は、人それぞれの生き様や生活の仕方、

して把握可能である。ここで特に重要

貢献をできるのは、この提言にある新

る中で、日本が国連で国力に見合った

もしれない常任理事国である。もちろ

な視点は、個人の感性・個性を礎に多

様なライフスタイルを尊重しながら、

するなど、多様な使われ方をしている。

相互の意義深いコミュニケーションを

また、それを深層で支える感性を表現 それぞれのコミュニティには伝統に支

はかり、その質︵信頼性や内容︶を支

全保障理事会﹂のようなものになった としても、そこには既存の安保理との

えられた独自の価値意識や社会規範が

えていくコミュニティの倫理感・社会

ん、その名称がたとえば﹁開発環境安

棲み分けで、武力行使に関する権限は

生活様式、産業様態、言語表現をはじ

規範を重視することである。

存在する。社会的にはさまざまな職、

東洋ないし日本のコミュニティが伝

ずに、すなわち自ら武力を用いずに世

めとして時間的に継続して、保持され

統的にもつ自然・人間系の豊かなバラ

ないだろう。それならば憲法と矛盾せ 界の安全保障を追求できるし、国際社

個々人の所属するコミュニティ集団の

ていると見られるものがある。また、

ンスを維持・回復して、個々人として

ろう。

ライフスタイルは、個々人のライフス

会からもその貢献を高く評価されるだ 日本が技術的には得意なはずの環境

237

14


したがって、サステイナビリティを考

を生きる、ということなのであろう。

を繰り返し、全体が続いてゆくという

で書く三代目﹂などのように栄枯盛衰

人間社会でいえば、 ﹁売り家と唐様

さまざまな脅威から守ることだとされ

葉 は security と い う 英 語 の 訳 で、一 般に、国の安全を外国からの侵略など

政治の分野では、安全保障という言

に、安保理の役割再考、国連環境計画

動諮問委員会︵WBGU︶報告書の提言

二〇〇八年のドイツ連邦政府気候変

いる。

日本だが、まだ 回の可能性は残って

236

特集エッセイ より

とは考えられない。滅びた文明はある

えるということは、この地球を維持管

てゆく覚悟が大事であろう。重要なこ

が、新たな文明が興きて来るのである。

理する責任があるということを自覚し、

このように考えると、個別の事柄を

球を面倒見てゆく﹂立場に立った人間

したがって、日々発生するさまざまな

時間軸を考慮して現在を生きてゆくこ

えもしなかったのである。しかし、今、

として、個人・社会の振舞い方を考え

事件、さまざまな現象などの表面上の

とは、先のことを考えて、現在の時代

ることなのであろう。

多彩さに目を奪われず、本質のもたら

続かせることは、そんなに重要なこと

我々を取り巻く環境は、さまざまな

となのであろう。 ︵﹃サステナ﹄ 号︶  

我々に求められているのは、 ﹁この地

システムから構成される。それぞれの

す論理的な帰結を軸に、物事を判断し

﹁気候安全保障﹂ を政策統合の軸にすべきだ!

システムは相互作用しながらも独自の 活動を続けている。そのような活動の アップ・ダウンがありながら全体とし

ことなのであろう。そうすると、 ﹁ど

を国の安全を害する脅威だとする考え

ている。気候安全保障とは、気候変動

の強化、国連の開発についての能力強

城大学人文学部准教授

こが昔と違うのか?﹂という疑問も生

方で、二〇〇六年頃から主張され始め

化が示されている。その中で、効果が

井誠一郎

まれてこようが、決定的に違うのは、

た、新しい考え方だ。この考え方は、

ては一定の活動度、というのがサステ

﹁我々が、この地球を維持管理してゆ

現在の欧米各国で政策統合や新しい国

イナビリティの在り方なのであろう。

かなければならない、そのためには、

疑問視される経済社会理事会に代わる、

気候変動の外交分野では遅れがちな

自分たちの行動を管理しなければなら

際秩序をつくるためのキーワードとし

て用いられつつある。

ない﹂という意識なのであろう。

14


ピールポイントになっているのは耐震 世代の健康を守り増進させるための街

を生きる私たちは、一〇〇年先の未来

︶ とが重要である。 ︵﹃サステナ﹄ 号  

づくり、社会作り、人づくりを行うこ

する研究活動を進めている。しかしな

北海道大学大学院地球環境科学研究院

山中康裕

グローバルCOEプログラム拠点リーダーによる ささやかな試み

性とユニバーサルデザインであろうか。 しかし、本当は住まいづくり、街づく りには﹁健康﹂が第一のテーマとなる べきではないのか。 鷗外は一〇〇年前に書いた衛生新編

私は北海道大学において、全国一四

私個人の﹁人材育成﹂を軸として、学

がら、私のIFES GCOEでは、

で﹁衛生学とは健康を守ると同時にそ の増進を図るべきもの﹂と述べている

〇拠点あるグローバルCOEプログラ

生・若手研究者のキャリアパス支援制

ム︵以下、GCOEという︶のひとつ、 ﹁統合フィールド環境科学の教育研究

度を進めている。

を中心にした考え方である。二一世紀

拠 点 形 成︵I F E S G C O E︶ ﹂の

もし、大学を変えていく立場の方に

提案したい。

読んでいただけるとすれば、いくつか ル・インドネシアを対象として、観測

︵1︶若手研究者をフルタイム雇用

G C O E で は、シ ベ リ ア・モ ン ゴ による研究を発展させた拠点形成を進

しても、本務はエフォート率八〇%に

拠点リーダーを務めている。IFES

め て い る︵図 ︶ 。他 方、奇 妙 に 思 わ モデルを用いた海洋科学を専門とし、

れるかもしれないが、私自身は、数値

する体制の導入。

抑え、個人裁量に任せる二〇%を付加

ポートをおこなうスタッフを優遇した

︵2︶研究コーディネートや技術サ 一般的なGCOEでは、拠点リーダ

雇用の実現︵もしくは、コーディネー

これらの地域を訪ねた経験がない。

24

ー個人の研究を軸として、これに直結

239

14

が、これは今生きている私たちの世代

図 23  「アウアーバッハスケラー」にある壁画.晩年の 鷗外が若かりし頃を回想する,という構図になっている.


特集エッセイ より

サステイナブルな街 千葉大学教授

森 千里

サステイナビリティ学の実践の精華

のサステナ環境学がいま重要である。

ィで支えることを可能にする二一世紀

であり、それをさまざまなコミュニテ

おくグローバル・サステイナビリティ

わば東洋的・仏教的な本然性に基礎を

なライフスタイルが思い描かれる。い

老舗ビアホールの﹁アウアーバッハス

昼は大学で研究にいそしむ一方、夜は

た観察方法など、科学の基礎を学んだ。

ィヒでは細菌の培養法や顕微鏡を使っ

ツに留学し、最初に滞在したライプツ

学の分野では最先端を走っていたドイ

あたる。鷗外は一八八四年から当時医

七代目になる。森鷗外は私の曽祖父に

津和野藩の典医の家系で、私の代で一

かたわら東京都︵当時は東京市︶の下

本に帰国した後は、軍医として勤める

要性をドイツで学んだのであった。日

衛生学を基盤に街を整備することの重

疾患に対応することももちろんだが、

人の健康を向上させるには、目の前の

健康が大きな問題であった。鷗外は、

らくまで、現世代、今生きている人の

しれない。日本においては、戦後しば

んな関係があるのか、と思われるかも

238

も、また、属するコミュニティ集団と しても個性的で豊かな人間生活を維持 し、それぞれのライフステージで生き ることの意味を享受しながら一〇〇年

として、一〇〇年足らずの個人として

水道整備や街づくりのインフラ整備を

医学と﹁サステイナビリティ﹂とど

の人間生活が、またそれを支えるコミ

ケラー﹂をしばしば訪れ、日本人留学

医学的な観点から進めるよう助言して

私の家は山陰の山の中の貧しい小藩、

ュニティが、自然と美しく共生する中

生の友人とゲーテのファウストを日本

いる。

足らずの生涯を閉じて土にかえるよう

で高いクオリティ・オブ・ライフを維

ファウストを訳している。二〇〇九年

語に訳すことを約束し、帰国後実際に

街づくりは不動産の経済と切っても

持し、翻ってグローバルにも客観的か

四月、鷗外とその友人がビールを楽し

合わせてテーマは変わるのは致し方な

切れない関係にあるので、その時代に

つ主観的なアメニティの維持・増進が

ウアーバッハスケラーに飾られた︵図

いかもしれない。今多くの不動産でア

んでいる様子を壁画に描いたものがア ︶ 。 23

期待されるのである。  

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶ 14


ことは、こうした脆弱性が今回のリー

導型工業化に基づく急速な経済成長の

レーダーがせいぜい五〇〇キロ越える

の発生にまで り台風の動態を知るこ

ものが、ひまわりの出現によって、そ

とが可能になった。一九八〇年代以降

くらいの範囲にある台風を捉えていた

に、東アジア共同体の経済的基盤を構

は、大気の放射観測、水循環︵雲、雨、

められなければならない。それは同時

どう結びついているか、ということで

築するという観点からも必要な作業で

水蒸気︶の観測、大気微量成分の観測

背後にある脆弱性を克服する方向で進

ある。地球温暖化防止は持続可能な発

あり、国際環境経済関係の再編成が課

マン・ショックに始まる金融危機の影

展の必要条件であるとするならば、地

響が東アジア地域で大きかったことと

球温暖化防止への取り組みは、輸出主

神の眼ともいえる衛星観測ではある

提供し続けてきた。

搭載測器が開発され、新しい地球像を

などさまざまな分野でより高度な衛星

題となってこよう。︵﹃サステナ﹄ 号  ︶

衛星観測がわれわれにもたらしたもの

グローバルな視点とは何だろうか? 塩谷雅人

いる。一方では、オゾンホールや温暖

バルな情報が私たちの回りにあふれて

衛星の雲画像や Google Earth で見ら れる画像まで、宇宙から眺めたグロー

世紀あまりが経過した。今では、気象

ートニク一号が打ち上げられてから半

一九五七年に世界初の人工衛星スプ

の静止気象衛星が観測をはじめた。そ

ことである。日本では一九七七年に初

の雲画像が得られたのが一九六〇年の

ビカメラを衛星に搭載し、宇宙から初

ょうど普及しつつあった民生用のテレ

最初の人工衛星打ち上げのあと、ち

いるわけだが、これは偶然だろうか。

環境について考えるようになってきて

ーバルな観点から自分自身を取り巻く

バルな問題の解決には必要なのではな

この二つどちらの観点も現代のグロー

像力と衛星観測を使いこなす構想力、

ある。現場観測から呼び起こされる想

には物事を統合的に理解できる強みも

おく必要がある。もちろん、衛星観測

の発見と解決の歴史から、心にとめて

もあることを、たとえばオゾンホール

科学者の想像力を削いでしまう危険性

けれども、あまりにも膨大な情報量が

化といったグローバルな環境変化が近

京都大学生存圏研究所教授

年大きな社会問題となっている。人工

いだろうか。

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

れまでは、富士山頂に設置された気象

衛星からの視点を持った人類が、グロ

14

241

14


優秀な研究者が自然と育つといった、

済面での相互依存関係は、貿易面でみ

いた。また、東アジア地域における経

れなければならない。

済成長の様式という観点からも評価さ

価するのではなく、構造変化でみた経

240

特集エッセイ より

も研究に専念できる環境を実現するこ

﹁隗より始めよ﹂戦略が必要である。

︵ ﹃サステナ﹄ 号︶

とで、研究者の層を厚くし、 ︵数十年 後のノーベル賞が期待できる︶極めて

グローバル化と東アジアの持続可能な発展

米国などのその他世界に流出する傾向

の相互依存を高めているわけではなか

を強めている、とまとめられた。東ア

持続可能な発展を論ずるには、環境

研究成果を概括すれば、以下のよう

ジアの輸出主導型工業化に基づく急速

った。さらに、輸出主導型工業化によ

になろう。まず東アジア地域における

って生み出された付加価値は東アジア

環境面での相互依存関係は、二酸化炭

な経済成長は、こうした環境面・経済

面、経済面といった個別の切り口での

素排出量の増加が急速な経済成長の産

面における相互依存関係の構造変化を

分析は必須であるが、総合化の作業が

に評価する体制︶ 。

物というだけでなく、米国や日本等先

地域の経済発展を経済成長率のみで評

伴った脆弱なものであった。東アジア

域内には必ずしもとどまっておらず、

︵3︶大型研究費を獲得した研究者

する性格が強くなったことも反映して

進国の二酸化炭素排出負荷を肩代わり

ると相互依存を高めてきたけれども、

記のスタッフに任せる︵若手研究者の 日本の科学技術立国の戦略として、

雇用の場が拡大する︶ 。

そのことは必ずしも付加価値ベースで

今後より深められなければならない

必ずしも優秀ではない研究者であって

トやサポートの実績を論文業績と同様

には、講義や運営の任を解き、研究に

なくてはならない。

京都大学教授

植田和弘

14

専念させるとともに、講義や運営は上

図 24 モンゴル草原森林混在域での学生による 植生調査.


全となる。この循環の輪は自然に作り上げら

輪であっても、それを欠くと全体の機能が不

何一つない。この宇宙は道によって支配され

なければならないなどというものは世の中に

に対し、老子は、いやそうではない、こうし

気は下に沈んで大地となった。ここから有の

かれ、軽い気は上に上がって天となり、重い

白の世界は軽く澄明な気と重く澱んだ気に分

世界。これが宇宙以前の姿である。やがて乳

ば、薄暗くぼんやりとした濃霧の中のような

い﹂という言葉も概念もない。敢て表現すれ

なく闇もない、音もなく色もない。第一﹁な

まったく何もない絶対的な無の世界。光も

育んだ。

以前から存在して、この天地を生み、万物を

とを示したもの。それは宇宙が生まれる遥か

あり、いつの時代にも真理として存在するこ

この一句は、 ﹃老子﹄のいう道が永遠不変で

きるような道は、不変の道ではない、という

ず﹂と。道をこういうものだといって説明で

章にいう、 ﹁道の道とすべきは常の道にあら

では一体、道とは何なのか。 ﹃老子﹄第一

う。

る。したがって道を体得することが肝要とい

れて来たものであり、その土地、その場所に

1  

最もふさわしいサイクルとして存在する。そ こでは人が手を加えない状態が最上の状態で あり、自然の循環の法則に委ねることが、よ り強い生命活動を促すことになる。 古代中国の思想の一つに道家思想がある。 ご承知のように、この思想を端的に表現する な

言葉として﹁無為自然﹂がある。無為という な

のは﹁為す無し﹂と読み、作為の否定である。 意図的に行為しない。 ﹃老子﹄第三十七章に し﹂という。道すなわちタオは、意図的に物

﹁道 は 常 に 無 為 に し て、し か も 為 さ ざ る な 事を行わない。自然の流れに沿って行えば、 やがて気がついたときには誰もが帰服してい いわば人為・作為を排し自然状態に置くとこ

る、と統治論的に解釈されることが多いが、 ろに老子の思想の特徴がある。儒教が祖先や

サステイナビリティと東洋の知 ﹃サステナ﹄ 1号

243

親に対する孝、まごころとしての忠、信義や 博愛の心としての仁などを説き、人はこのよ うな徳を修めなければならないと主張したの

● 連載講座 ●


山田利明

東洋大学教授 (中国哲学)

連載講座 より

こに集まる動物・昆虫や微生物も森の一部で

あり、動物が種子を運び、昆虫や微生物がそ

の動物の糞や死骸を分解して土壌をつくる。

台風によって大木が倒れると、その周囲は急

に日当たりがよくなり、いままで育たなかっ

た小さな木が成長しはじめ、やがて以前とお

なじ茂みが戻る。倒れた木は小動物の棲家と

なり、昆虫や微生物によって土壌に変る。こ

のように森の中には、それを構成する生物に

よって大きなサイクルが作られ、さらに無数

の小さなサイクルに支えられるシステムが存

在する。このサイクルが順調に巡っていれば、

その森は半永久的に存続しうる。こうした生

物と環境の関係を明らかにするのが生態学。

以上のような森をその例とするのを森林生態

学という、というような説明であったように

記憶している。まさしくサステイナビリティ

の基本である。

さて、この生態学の理解が正しいか否かは

措くとして、大自然の中にはそれこそ幾つも

の循環の輪が存在し、それに従って自然界は

活動している。だからどんなに小さな循環の

242

いまエコロジーというと、誰もが環境学と いかめ

か環境保護という訳をつける。ところがつい 一昔ほど前は、生態学という厳しい名がもっ ぱらこの訳語として通行していた。少し古い 辞書を引けばみなそう出ている。そこで生態 学を引いてみると、生物の生活に関する科学 と あ り︵﹃広辞苑﹄︶ 、あ と 細 々 と 説 明 が あ る がよく分からない。生物と環境の関係、とい 実はいまから三〇年ほど前、大学院生のア

う説明のものもあるが、これだと少し分かる。 ルバイトで都立高校の国語教師をしていたと き、教科書にエコロジーの詳しい解説があっ だが、この解説はまったく知らなかったこと

た。教材で使った文章など大方忘れているの を、高校生向けに説明していたのでいまでも 覚えているのである。うろ覚えの知識を、そ たとえば大きな深い森があったとする。森

の後に得た知識で補強して記してみる。 の中では、大きな木の陰になった場所の木は あまり育たないが、それでも小さい木は小さ い木なりに森の一部として機能している。森 は植物だけで形成されているのではなく、そ

エコロジーと道


た﹁小国寡民﹂の思想は、小さな領域とわず

定につながりかねない。実際﹃老子﹄の唱え

その理念は自然状態。ただしこれは文明の否

の持つ危うさの指摘ともいえる。

原始状態の農耕社会を理想とするのも、文明

警鐘を鳴らし続けてきたといえなくもない。

想家たちは、そうした作為的な行為に対して

ともあれ、自然のサイクルを破壊するよう

かな民を原始の状態に置くことで、粗衣粗食 を楽しむ理想のユートピアを築こうとするも

り方が環境問題解決の基本的な理解であるこ

な人為を排して自然の循環に従う、というあ

とは疑いない。問題はそれをどれだけ現代社

のであった。民をいわば﹁無知﹂の中に置こ て実用視されなかったのも、放任状態を肯定

点にある。現代社会に定着させるには、かな

りの人為を介在させることも必要であろう。

会の中に採り入れることが出来るか、という

明史とは何だったのか、という疑念を持たざ

いきなり文明を否定するようなことを言って

するこのような考え方に由来する。ただ文明

るを得ない局面が存在することも事実である。

もう一つ、これは私自身の言語感覚による

も始まらないし、むしろ文明を享受しながら

のであるが、エコロジーを環境学と訳してし

自然の循環に従える社会を構築しなければな

がっていた。レバノン杉は古代ローマの宮殿

まうと、何か人間を中心にした生活環境ばか

自然破壊の歴史と位置づける人もいる。かつ

と軍船に消え、中国の森林は戦乱でしばしば

てレバノンの山々は巨大なレバノン杉に覆わ

焼かれた豪壮華麗な宮殿や住宅、今に残る陶

りが突出して、自然界の持つサイクルが隠れ

らない。

磁器の薪と消えた。文明とは斯くの如しとい

るような、もう少し的確な訳はないものだろ

てしまうように感じられる。小学生にも分か うか。

うのである。自然破壊の結果として築かれた しかしもう一歩踏み込んでみると、道家の思

文化を賛嘆しているだけという見方もできる。

れていた。北京郊外には広大な森林地帯が広

ということについて考えると、一体人類の文

うとするのである。道家の思想が統治論とし

﹃サステナ﹄ 1号

245


連載講座 より

法則に委ねた訳である。

定したのに対し、 ﹃荘子﹄は始めから自然の

移していく。この原理、すなわち﹁道﹂であ

こそ道であり、宇宙不変の原理である。道は

﹁無為自然﹂という言葉は、 ﹃老子﹄や﹃荘

世界が始まる。無から天地が生じ、天地から

不変であるから、これを体得すれば不朽の生

子﹄が書かれて八〇〇年ほど経た四世紀頃の

る。 ﹃老子﹄が﹁為す無し﹂として作為を否

命を得られるし、天下に君臨することもでき

道家の思想家たちが使い始めた。それ以前は

万物が生じるのである。したがって、この無

ということになる。

る。しかし、無を体得すればその行いも無為

陶淵明の﹁帰りなんいざ、田園まさに荒れん

自然を愛でる思潮が現われる。よく知られる

専ら﹁無為清静﹂と称された。作為によらず、

世紀ごろの老子がその実在を疑われているの

とす﹂という﹁帰去来の辞﹂しかり、会稽山

もう一つの﹁自然﹂ 。これは﹁自ずから然

に対し、それより少し後の荘子は実際に生存

の神秘的な自然の中で行われた、曲水の宴を

心を清らかにして静寂を求めるというのであ

したとされている。もともとはウルシ園の管

るが、四世紀になると大自然への関心が進み、

理人。紀元前の頃からウルシが塗料としても

記す書聖王羲之の﹁蘭亭の序﹂しかり。いず

そのようになるという意味である。紀元前五

ちいられた。高級品であったからウルシの木

れも大自然の中にその自然を支配する自ずか

る﹂と読む。多く﹃荘子﹄に記され、自然に

の管理人を置いて世話をさせた。荘子はここ

さて、ここまで書けばもう私の意図はお分

ら然る﹁道﹂を見出す。

か り で あ ろ う。そ う、道 家 の い う﹁無 為 自

に葉を落として冬に枯れる、という自然界の

でウルシの木が春に芽吹き、夏に繁茂し、秋 循環に注目し、人間がいかにあがこうとも四

﹁自然の循環﹂というのはほぼ均しい。この

然﹂を 基 調 と す る﹁道﹂と、生 態 学 で い う

﹁自ずから然る﹂原理を悟る。宇宙は道に則

原理に従う限り何事もうまく行く。いずれも

季は巡り、それに伴って生物はその生を営む、 って運行され、自ずから季節は移り、時は推

244


のぼる蒸気の象形であり、

がもとの形。

霊運の詩には、緑深い森と朝日に輝き夕日に

は、そのところどころに滞留して停まる所が

のまま体内を巡ると考えた。体内を巡った気

のである。古代人は、気が体内に入ると、そ

このモヤモヤには人を生かす力があるという

分でそんなことをする人はいないが⋮⋮︶ 。

り、それでもガマンしていると失神する︵自

れたのである。人はイキを止めると苦しくな

い。人の生命に重大な関わりをもつと理解さ

ただしこのモヤモヤは普通のモヤモヤではな

冬にイキが白くモヤモヤ出ることを意味した。

さて、今から二〇〇〇年程前、前漢王朝の

映える江南の山々が描かれている。

2  

時代である。一つの特異な思想が起こった。 それは古代からの天の信仰にもとづき、天は 万物を生み万物を支配するという理解のもと に、天によって作られた人間は天をかたどっ た存在であり、それゆえに大宇宙の天象はこ とごとく小宇宙たる人体と対応する、という ものであった。天と人とが相関する、という この思想は、天 人 相関説と称され、神秘的 な様相をもって展開される。天と人との相関 というが、天と地はもともと一つの大宇宙で あるから、天と地と人は一体のものという考 え方である。具体的には、例えば天体や大地 の異変はそのまま人間社会の異変となる。頭 部を天、下半身を地として理解する人体観も ここから生まれた。そして、この天人相関の 思想は、気の思想と融合して独自の人体観を 一体、気というのはもともと﹁气﹂と書い

247

形成する。 た。人のイキや湯気である。モヤモヤと立ち

サステイナビリティと東洋の知 ﹃サステナ﹄ 2号

江南の風景

● 連載講座 ●


山田利明

連載講座 より

東洋大学教授 (中国哲学)

ける思想や学術もこの地域から出た。ところ

が、四世紀になると北方の異民族が侵入し、

この地に国を建てる。漢民族の知識人たちは

それを嫌い、南下して江南と呼ばれる揚子江

下流域に逃れた。ことに会稽︵紹興酒で名高

い浙江省紹興近辺︶附近には、多くの知識人

が集まったといわれる。前回紹介した書聖王

羲之もその一人である。

黄河流域の黄土台地は、冬の寒気が厳しく

気候も乾燥して、必ずしも自然に恵まれた土

地とはいえない。それに較べると江南は温暖

湿潤、山々は緑にあふれ、渓流の水は清冽。

に目覚めたという。山河を山水と呼ぶように

この地に移った知識人は初めて自然の美しさ

なったのは、こうした知識人の中から出たよ

うである。王羲之も﹁この地に名山水あり﹂

といい、当時の著名な画人であった宗炳も

﹁山水を画く﹂と記している。山水画という

ジャンルは、もっぱら江南の山川を描くこと

から起こったといっていい。また謝 霊 運の

ように山河を歩き、その景観を詩として描写

した詩人もいる。後に山水詩ともいわれる謝

246

山水とは文字通り山と水流、湖水を指した 意味をもつことばであるが、同じ意味をもつ 山川、山河と比較すると、明らかに大きな違 いをもって用いられていることに気づく。そ の違いとは、山水といえば秀れた風景、佳景 の山河をイメージすることである。山川ある いは山河とだけ表現したときは、単なる山と 川であって、美醜の感情は含まれない。とこ ろが山水といった途端、その山河は秀れた風 景となって眼前に迫る。 観念連合という用語がある。早くいえば連 想なのであるが、山水というとほとんどの人 は、東洋画の山水画を思い浮かべるであろう。 国宝重文の山水画から、飲み屋の床の間に掛 けられた山水画まで、その巧拙は別として佳 景の山河を描いている。おそらく、そこから 引き出された連想なのであろう。もっとも、 この山水ということば自体、どうも麗しい山 河を指して使われたらしい。 四世紀まで、中国の政治・文化の中心は北 方にあった。黄河流域こそは、世界四大文明 の発祥地であり、その後の中国文化を特徴づ

エコロジーと山水


えば、背骨に沿う道に岩を移したとしよう。

一つが欠けても人体の機能は不全となる。例

身体に及ぶ。そうした宇宙観をも﹁内経図﹂

山水を汚し損なうことは、いずれ自分自身の

天地と人体が感応するというのなら、この

限のエネルギーを得る。

気の流通はそこで停まって、脳に行かない。

は示しているようにも思えるが、実際には少

つ一つが人体を構成する要素であって、その

中央の楊柳を伐ったとすれば、何らかの障害

体と一体になった山水観、高山から平野に至

し違った説明が行われていたようである。と

る大地の全容を示しながら、人体のあり様を

もあれ、いまわれわれがこの図を見ると、人

は立派なエコロジー図である。よく見れば、

解釈した中国的人体観を知ることができる。

それぞれに意義がある。と考えれば、この図

年の頃、教科書にあった川の上流から中流、

ば、自分が気になったつもりで、 ﹁内経図﹂

メージするのである。もう少し具体的にいえ

入った気が、体の隅々を廻る状況を克明にイ

たがってこれを体内に巡らせるには、鼻から

れる。気は人の意念に乗って体内を巡る。し

体内に巡らせる修行の際に用いたものといわ

この図は、当時の道教の道士たちが、気を

は、そんな初歩的な環境論のあり方を語りか

分自身の身体を汚すことにも通じる。この図

自然を汚さないこと。自然を汚すことは、自

じ様な佳絶の山水を求めることにつながる。

ってもよい。清澄な山水像をもつことが、同

を描くところにある。心の中にある山水とい

山水画の意図するところは、その理想の山水

異な感じをうけるかも知れないが、もともと

人間の身体の中のエコロジー、というと奇

に従って足元から頭頂に至る山水を周遊する

けているようでもある。

小宇宙の人体は、その時、大宇宙からの無

を組む人に見立てたのもそこに由来する。

瞑想を行うのである。 ﹁内経図﹂の形が座禅

下流に至る図解と同じではないか。

何となくなつかしい趣を漂わす。小学校低学

があらわれる。大自然は一木一草に至るまで、

﹃サステナ﹄ 2号

249


ある。ここが気穴。いわゆるツボである。中

連載講座 より

まま小宇宙の神ともなるのである。

図が、 ﹁内経図﹂と呼ばれるもので、一五∼

こうした人体観にもとづいて描かれた人体

ある。つまり、大宇宙を構成する気も小宇宙

一六世紀ごろに作られたといわれる︵表紙裏

国的人体観では、人体は気の流れる小宇宙で を作りあげる気も、全く同じ気に他ならない。

参照︶ 。

いる。大宇宙としての人体である。これが本

しており、全体が山水を模した描写になって

図を見て分かるように、人間が坐った形を

それは、佳景の山水を作りあげる気も人体を 作りあげる気も一体のものという理解を作り

当の人の身体であるというのであろう。とこ

あげる。 古代中国の人体観を理解する上で、もう一

ろどころに人の姿をした身体神が描かれ、背

骨に沿って道がつけられていて、頭頂にまで

ある。はじめは人間の主要な器官には神が存 在し、その神によって臓器が制禦されている

続いている。この道は、気の通る道を象徴化

つ特異な思想がある。それは身体神の思想で

という考え方であって、脳を司る脳神や五臓

細かい説明をしているとキリがないので、

したものとされ、下半身から脳に及ぶ。

詳しいことは専門書に譲るとして、足元はさ

五つの神︶の存在が知られた。後になると髪

を司る五つの蔵神︵五蔵神=体内に蔵される の毛からつま先の爪に至るまで、あらゆる身

ざ波のよせる水岸、その水を水田に引き入れ

る山々がそびえる。人体と山水が一体のもの

体神が想定されるようになるが、もともとは

という思想を表現した図であることは確かで

の茂る土手。奇岩の山を登れば、天上に達す

に停めるには、気をその臓器に巡らせる呼吸

ある。さて、ここからが本題。この図に描か

て、耕作する風景があり、その向かいは楊柳

法や瞑想法が行われた。さらに、身体神は天

気の象徴であり、身体神をその主掌する臓器

上界に住む神でもあり、人の体内に入っては

れた山や岩石、それに樹木や草花は、その一

脳と五臓が主であった。この身体神は、実は

身体神ともなる。つまり、大宇宙の神がその

248


そのエッセンスから、木の性を持ったもの、

五行はいわば木のエッセンス、火のエッセ

ける。ここに木の性を持った生物、土の性を

⋮⋮と五つの元素は無限のサイクルを回り続

勝 つ。さ ら に木は 土 に勝ち、金 は木に 勝 ち

から水が生まれるというのも、金属の冷たさ

然銅を原料としていたからである。金属の中

というのは、当時の製錬法が砂鉄や砂金、自

を育み、⋮⋮となる。土から金属が生まれる

が生まれ、金属の中から水が生まれ、水は木

生み、火は灰を生んで土となり、土から金属

という理論である。すなわち木は燃えて火を

ではなく、一つの元素が次の元素を生み出す

理論として登場する。強者が勝つという理論

次の漢王朝の時代になると、五行説は新たな

秦の始皇帝によって戦国の時代が平定され、

生き残るという戦国の論理である。ところが、

背景に形成されたといわれる。より強い国が

この理論は、紀元前五世紀頃の戦国時代を

輪の中にあるというのである。

展開される。世界はこのように巨大な循環の

の 食になって循環する、弱肉強食の理論が

ものを 食としながら、しかしより強いもの

持った生物を当てはめれば、強いものが弱い

ンス、土金水それぞれのエッセンスであり、

3  

火の性を持ったもの、土の性を持ったものな どが生まれてくる。ではその性とは何かとい うことになるが、例えば木の持つ温もり、柔 らかさであったり、火の熱さであったり、土 の柔軟さであったりする。万物は木火土金水 いずれかの性を持つ、と考えるのである。こ のあたりが科学というよりは、ものの生成論 といわれる所以であろう。しかし、この五行 説はあらゆる現象を見事に説明することにな ところで五行説は、単に五つの元素を並べ

る。 たものではない。五つの元素が循環してあら ゆる現象を生む、という理論にもとづく一種 の宇宙論なのである。その循環とは、木は大 地を割って芽吹くから木は土に勝つ、ところ が木は金属によって伐られるから金は木に勝 は金に勝つ、火は水に消されるから水は火に

サステイナビリティと東洋の知 ﹃サステナ﹄ 3号

251

つ、しかしその金属も火に溶かされるから火 勝ち、水は土によってせき止められ土は水に

● 連載講座 ●


山田利明

東洋大学教授 (中国哲学)

連載講座 より

いぶ前、といっても四○年近い大昔、 ﹁ハー、

ヘリベブクノフネ、ナムガル、シプスクルア

ル⋮⋮﹂と覚えた元素記号表には、水素から

ラジウムまで八十八の元素が配列されていた

が、五 行 は﹁モ ッ カ ド コ ン ス イ︵木 火 土 金

古代ギリシャでは、土と火と水と空気の四つ。

水︶ ﹂とたった五つで覚えやすい。ちなみに

古代インドでは火と風と地と水と空の五つ。

確かに紀元前五〇〇年もの昔、物質がそれ

仏教で言う五大である。

以上に分解できない極限の物質を見極めるこ

となど、ほとんど不可能であったから、もの

と考えたのであろう。五行も五大もギリシャ

を生み出す力を持つと信じられたものを元素

の元素もほぼ同じ内容というのがおもしろい。

ただし、五大の空は空気ではなく空間・虚空

いってよい。五行についていえば、これら五

を指すから、科学というよりもむしろ哲学と

つの元素が互いに結合してものを構成する、

という考え方ではない。木と火が結合して火

事、水と土が結合してもせいぜい泥くらいの

ものしか出来ない。

250

五 行 思 想 な ど と 書 く と、一 体 何 だ、と 思 われる読者も少なくないものと思う。五行と は古代中国で考えられた五つの元素。万物を 構成するエッセンスである。木と火と土と金 ︵金属︶と水をいう。 古代の中国では、五という数字に意味をつ け、ものを分類する際には、必ずといってい いほど五つのものを一つにまとめた。東西南 北と中央で五方、全身を意味する五体、五味、 五穀など身の回りを見ただけでも枚挙にいと まがない。これは、人間の手が五本の指を持 つことと関係するといわれる。数を指で数え る場合、五が一セットとなる。それをそのま ま文字にしたのが五。もともとは図1のよう に書いた。上下の二本線は片手で指を折って 数える方向を示す。例えば親指から小指に数 えて、小指からまた親指に戻る。一から五ま でが上の線、五から十までが下の線。まん中 の×は上の五と、下の五が交差する中間点を 近代科学で元素といえば化学元素であり、

あらわす。 それ以上に分解できない物質をいう。もうだ

エコロジーと五行思想


いえそうであるが、もう少し角度を変えてみ

たことになる。

ために、きわめて今日的な問題を提示してい

木火土金水の循環の中で、土とは大地をも

ることもできる。それは木︵森林︶や火︵燃

意味する。これを中心に五行の循環は成立し

焼︶ 、土︵土壌︶金属、水などは環境保全を 考える上での重要な対象であるということ。

ている。古代では、数里から数十里の目に見

てあらゆる生活がこの大地に基づいていた。

環境保全は、当面これら五つの対象に限られ

この大地にあるものを使い、その大地に即し

地の変化を直接実感することができた。そし

木火土金水のもつ浄化の循環が、うまく作用

た生活が営まれたのである。閉ざされた世界

える大地が生活の基盤であったから、この大

しなくなってきていることを表している。い

化炭素問題、土壌・海洋汚染など、いずれも

わば五行それぞれの、ものを生む力が衰えて

といえばそうであるが、だからこそ古代人は

その大地を崇め、大切にした。その状況は現

閉ざされた世界であることに変わりはない。

循環とは、同じサイクルの中を回り続ける

部屋の空気が汚れれば、窓を開けて空気を入

在でも変わるところがない。ただ地球という

ルの中で完結する作用である。木火土金水が

れ替えればよいが、地球全体の空気は入れ替

全体像が直接見えない規模に拡大しただけで、

均衡を保って循環していれば、何の問題も起

えることはできない。海水も水槽の水を入れ

からの力も加えない状況をいう。そのサイク

らない。ところが、一旦この均衡が崩れると、

あるが、いまこうして改めて環境保全の立場

最もよく自然の変化を反映すると考えたので

がある。

つ循環の原理をもう一度よく考えてみる必要

あるからこそ、われわれは、この大自然の持

替えるようにはできない。閉ざされた世界で

から見てみると、自然の変化をよく映し出す

古代人は、木火土金水という配列の循環が、

その循環のサイクルは作用しなくなる。

ことで、そのサイクルの外にも出ず、また外

きているわけである。

るといってよい。化石燃料の燃焼による二酸

﹃サステナ﹄ 3号

253


は、自然の変化をよく説明したものであった

連載講座 より

が水の性となると考えるべきであろう。金属

を持った。すでにこの時代には、経験的医学

し、それを応用した医術や技術も一定の効果

ぷり溶け込んでいて、中毒を起こしそうであ

や技術がかなり発達していたから、それに合

の中から湧き出た水となると、重金属がたっ る。この 二 つ の 五 行 説、前 者 を 五 行 相 勝 説

わせた理論が加えられた可能性もある。一方、

神秘論としても用いられた。木火土金水の順

︵木金火水土︶ 、後者を五行相生説︵木火土金 五行相生説は、よほど理論的に構成された

に物事が推移するのであれば、次に起こるべ

こうした技術的な展開だけではなく、政治論、

とみえて、あらゆる現象を説明する理論とな

五行思想の基盤は、一つの元素が次ぎの元

き事態が、あらかじめ想定できるというので

素を生み、次ぎの元素がさらに次ぎの元素を

ある。

て、秋には金属のような冷ややかな爽気が至

生む、という循環の原理にある。木火土金水

った。例えば四季。春には木々が芽吹き、夏

り、冬には氷水の寒気が襲う。そして春とな

という五つの元素も、よく考えてみれば、当

ると、五行の循環論は現在でも生きていると

イオ・メタノール燃料が作られる。そう考え

浄化する。水は植物を育て、その植物からバ

レア・メタルが回収され、触媒となって水を

は燃料となる。その灰の中からはごく微量の

多くの加工製品が生まれ、それらは最終的に

てよい。これを現代風に解釈すると、木から

時の器物を作るための原材料であったと考え

り⋮⋮、と一年の循環が説明される。一日の

次の元素を生みながら循環していくという説

ともあれ、木火土金水のそれぞれの元素が、

漢方医学の基本となって現在に及ぶ。

は脾臓、金は肺臓、水は腎臓となる。これが

木は肝臓で青、火は心臓で赤、同じように土

黒。これを五色という。五臓に配当すると、

青︵緑︶ 、火は赤、土は黄色、金は白、水は

で説明できる。五行を色であらわせば、木は

循環もこれで説明できるし、人の一生もこれ

の日は火のように暑く、夏の土用︵土︶を経

水︶という。

図 1 五の字の形.

252


盤︵羅経ともいう︶という磁石が中央にはめ 代末︵九世紀︶頃からのことで、それ以前は

込まれた器具︵写真︶を用いるが、これは唐

4(最終回)  

地上の景色にもとづいて判断した。人体と同 じように、健康な気が体内を巡っていれば、 こん

自ずと表情にあらわれる。その表情が地形や 景色であ る。大 ま か に い え ば、北 側 に は 昆 ろん さん

崙 山から発する地気の動脈をうける比較的 南側は広く開けた平野で河川や湖沼がある土

高い山があり、東西には丘陵や森林が配され、

の地として君臨したのだという。

二、三〇年前まで、地方の農村に行けば、

北側に小高い山を背景とし、前面に小川や水

田が広がり、東西に林や藪のある集落を見る

ことができた。このような土地はほぼ古くか

ら開けた土地で、古い農家が点在する整った

生活環境をもった地域であった。概して冬は

暖かく夏は涼しく、平穏な生活の地であるこ

とが一見してわかるようなところである。た

だ、京都の場合は、南側に開ける山崎の地が

あまりに狭隘なため、盆地状になって、夏の

羅盤.あるいは羅経とも称される.中央に磁石がはめ 込まれ,その周囲には,易の八卦を配し,さらに八方・ 二十四方など細かく方位を示し,主に家相を占う際に 用いるという.写真のものは,羅盤の蓋の中央に太極 が描かれ,その周囲に八卦が配されている.羅盤は, 時代や用途によって,少しずつその形や分類が異なる が,住宅や墓地の択地,家相の占いなどに用いられて きた.風水師が用いるものを,特に風水羅盤ともいう. 十干十二支による方位の表示など,複雑な内容をもつ.

地。北側の山は、岩だらけの山、樹木の生え ない山であってはならない。こうした山は、 いわば気が断たれた山で死んだ山ということ になる。規模の大小はあるものの、このよう な風水説上の良地は地気が滞溜して、人体で いうツボに当たるところ、風水説では穴とい 例えば京都は、北に鞍馬山から比叡山、東

う強い地気をもったところである。 に東山連峰、西に嵐山から愛宕山、いずれも みやこ

深い森をもち、南に平野が開けて淀川が流れ る。こうした土地に都を築いたからこそ、戦 乱はあったものの千年の永きにわたって王城

サステイナビリティと東洋の知 ﹃サステナ﹄ 5号

255

● 連載講座 ●


山田利明

東洋大学教授 (中国哲学)

連載講座 より

ともと墓地の選定から起った。古代の中国で

は、先祖を厚く葬ることによって、先祖の神

霊の加護をうけられると考えられていた。豊

作も一門の繁栄もみな祖先神の加護によると

いうのである。生活に直結した切実なこの願

望の達成は、祖先の墓を良好な環境の地に築

くことから始まる。死者が安楽な生活を営め

る地とは、およそ生存するものにとっても良

好な地であり、生気の れた地を最良とする。

こうした理論は、すでに三世紀頃には作られ

ていたようである。ただし、その基礎となる

大地の生気を見出す思想は、紀元前から存在

した。そして、良地の選定法が理論化されて、

大地の生気すなわち地気の流れを重視する風

水説が形成される。それは、墓地の選択だけ

ではなく、宅地や村の選定、さらには都市や

地気の流れを龍脈という。優れた龍脈に位

宮殿の建設にも応用されるようになる。

置するように都市や宮殿、あるいは邸宅を築

けば、家門は繁栄し、あるいは国家は安泰と

いうことになる。では、優れた地気の流れ、

龍脈をどのように発見するのか。現在では羅

254

さて、この講座も私の担当分は今回で終る。 周りの人たちからは、いつ風水のことを書く のか、と何回か督促された。私としては、で きれば風水に触れずに終らせたかったのだが、 そうまで期待?されると、このまま終了して しまうのも出かかったアクビを止めてしまう ようで、何となく後味が悪い。だから今回は 風水のことを書く。 その前に、なぜ風水に触れずに終りにしよ うと思ったのか、その言い訳を書いておきた い。それは、今の日本で風水というと、ほと んどが運気を上昇させる方法として理解され いるように思われたからである。実際、かつ

ていて、かなり神秘的要素をもって流布して き

て何人かの人から、風水は本当に効くのです か、という質問をうけたことがある。風水は いたって不服そうであった。そんな具合であ

薬でないから効きません、と答えたが当人は るから、新しいサステイナビリティ学の確立 に向けての本誌の役割を考えると、いささか 躊躇しないわけではないのである。 ということなのであるが、実は風水説はも

風水説の思想


熱帯なみの気候にさらされている。都市の自

大な発熱体となって都市の気温は上昇し、亜

できなくなっていることを示す。そのため巨

酸化炭素、その他の生活廃棄物を自然が吸収

ることになる。それは人間が排出する熱や二

ば大地に収容できる数倍の人口が居住してい

十数戸分の住居が収められている。換言すれ

層化によって、一戸分の土地の上に数戸から

住人は住んでいるのである。しかも住宅の高

大地、地気の絶たれた大地、その上に都市の

んでいるのである。風も通らず水も流れない

そのまま発展させるとどうなっていたのか。

っていた。今は跡形もなくなったあの文明を、

人が驚嘆するほど機能的で豊かな生活をおく

れば、江戸時代の日本人は、幕末に来た欧米

ことを問い直す必要がある。極端な例をあげ

いが、機能的で豊かな生活とは何か、という

来て明らかになった。だからと言う訳ではな

にとんでもない盲点のあったことが、ここに

精華でもある。ところが、その近代科学技術

明治以来、営々と築いてきた近代科学文明の

かさは欧米のそれと何ら変わるところがない。

を手に入れることが出来た。その機能性、豊

そう、確かに私たちは機能的で豊かな生活

夢だったのである。

然はこうした負荷にどこまで耐えられるのか、

地に全く作用しない。つまり都市の土壌は死

壮大な実験のまっただ中にあるといえよう。

歴史にIfはないが、教訓を採り入れること

る。今の東京や大阪を見ると、当時の絵本や

にわたってこの講座を分担した。結論めいた

東洋的な視点で自然を見る、を主題に四回

は出来る。

SF雑誌に載せられた未来想像図とあまり変

もの。人間も自然の一部であるということ。

大地を流れる気も人の体を流れる気も同じ

ことを最後に言えば、

しなかった。機能的で豊かな生活がみんなの

象、二酸化炭素問題などは概念としても存在

わらない。その頃は、ヒート・アイランド現

代後半に描かれた未来都市をモデルにしてい

建設されたが、こうした都市像は一九五〇年

確かに機能的といえば機能的な近代都市が

﹃サステナ﹄ 5号

257


暑さは格別なものがある。 用いなくても、このように見ると風水説の基

ものであって、神秘的な択地法ではなかった

力を得るためのグランド・デザインを目ざす

連載講座 より

は良好な地気を得ようとするわけである。

盤には、自然のもつ力を充分に活用しようと

のではないか。気とは、いわば目に見えない

結局、もともとの風水説は、良好な自然の

する考え方があることがわかる。要するに、

気をもった大地は、良気に恵まれ、陰湿な雰

パワーであって、感じるもの。好ましい雰囲

さて、地気とか龍脈などといった考え方を

その自然の力を地気と称するのであろう。も

囲気の土地は、陰気が横 している。風水師

ちろん自然の力は、その地域の地形や地質に よって異なる。それを見定めるのが、風水師

は巧みにその良否を感じとって判定したとい

東京や大阪などの大都市では、今やコンク

える。そこで、現代の都市の持つ自然の力を

リートの高層建築が当たり前のように林立し

の本来の役割であった。樹木の生えない山、

する姿勢を反映したことになる。さらにいえ

て、道路はアスファルトで固められている。

岩だらけの山を気の断れた山とする指摘は、

ば、こうした森林を育んだ気候、清澄な大気

風水的な観点から考えてみよう。

の流れ︵風︶と適度の降雨︵水︶を重視した

しかも建物の間を縫うようにして走る高速道

裏返せば、森林や肥沃な土壌を最良のものと

ことがわかる。それは必ずしも地中の気の流

路。地下には鉄道や道路、商店街さらには大

から地上に至るまでコンクリートという名の

れを判定したものではなく、あくまで地上の

岩で覆われた土地といえる。また河川は埋め

規模な駐車場が設けられ、その四周は強固に

り良い地気を得ようとする発想も出てくる。

立てられたか、コンクリートの管の中を流れ

コンクリートで固められている。いわば地下

人工的に穴を作ることで、龍脈を通そうとい

積極的に地上の環境を変化させることで、よ

うのである。つまり地形の一部に手を入れる

る暗渠となったか、いずれにしても都市の大

諸条件を鑑定する方法であった。その一方で、

ことによって、穴と同じ地形を作り、やがて

256


こともあります。実は私も学生の頃は、教師

ルとはいえない状況だったわけです。ところ

の推移を見る限り、タイの森はサステイナブ

は二〇%に満たないと言われています。面積

るときの日当は、何もないときの日当の一・

ていたそうです。彼が言うには、山火事があ

﹁消火隊員﹂として日雇いのアルバイトをし

ーしたある村人は、かつて国立公園の中で

ときに聞いて驚いたのです。私がインタビュ

インタビューをしたことがありました。その

悪者にされている村人たちがどう考えるか、

私は以前、政府のこの公式見解について、

よるとされています。

解では山火事の多くは地域住民による焼畑に

については諸説あるのですが、政府の公式見

に各地で頻発する山火事です。山火事の原因

大きな障害のひとつと言われているのが乾季

がおきるのでしょうか。例えば、森林保全の

イナブル﹂であったのです。なぜこんなこと

り、森林局は組織としてはきわめて﹁サステ

時期に数倍にも膨れ上がっていました。つま

局の予算とスタッフは、森林が急減した同じ

が、森林を統括的に監督するタイ政府の森林

に同じ質問をしていました。しかし、勉強を

1  

進めるうちに、複雑な社会問題の﹁解決﹂は 決して普遍的なものではなく、誰かにとって の解決に過ぎないということがわかってきま した。だとすると、一見、不合理な政策が採 られたとしても、そこには何らかの理由があ るはずです。その理由を掘り下げることの方 すよりも着実な前進につながるのではないか

が、繰り返し同じ角度からの﹁処方箋﹂を出 と考えるようになりました。前向きで目立つ 行動だけが評価されがちな今日、歴史の教訓 も見直される必要があります。たいていの

を生かして、余計なことをしないことの価値 ﹁問題﹂は、過去にしてしまったことの尻拭 いに他ならないわけですから。

タイで見た 森林をめぐる

サステイナビリティと資源の分配 ﹃サステナ﹄ 1号

259

私の調査経験に即して具体的な話をしまし ょう。一九五〇年代のタイの森林面積は国土 の六〇%くらいを占めていたのですが、現在

● 連載講座 ●


佐藤 仁

連載講座 より

東京大学大学院助教授 (国際協力学)

急いで白状しますが、私は歴史の専門家で

はありません。歴史に関心をもつようになっ

たのは、恥ずかしながら最近のことなのです。

これを読んでくれている多くの学生諸君と同

じように、私も過去よりは﹁未来﹂こそが大

事だと考えていました。しかし、途上国の開

発の歴史を学び、その実態に触れるにつれ、

﹁開発はどうあるべきか﹂を論じるよりも、

開発はどうあったか、をわきまえることの方

が重要だと思うようになりました。サステイ

ナブルでない世界に誰がしたのかを考えてい

くと、世界経済の枠組みを規定してきた先進

を発する援助の歴史を見直すことになるので

諸国の発展のあり方、そして植民地統治に端

す。途上国に向けて発信していた﹁提言﹂は、

実は自分たちも問題の一部であるという事実

から目を逸らしたものに他ならない、と気づ きました。

歴史に考察の矛先を向けると、現在の問題

の﹁解決策﹂からは遠ざかるような気がしま

す。 ﹁解決策はなんですか。批判してばかり

ではだめですよ﹂と、学生にたしなめられる

258

これからしばらくの間、 ﹁サステイナビリ ティと資源の分配﹂というちょっと難しそう なタイトルで、みなさんにお付き合いいただ きたいと思います。その中で、結局、私が言 わんとしていることは一つです。サステイナ ビリティを有効な概念に仕立てていくために は、歴史を学ぶこと、とくに歴史の中の多様 性に学ぶことが重要である。これだけです。 えてくれます。

でも、歴史はこの仕事が簡単でないことを教 ﹁サステイナビリティ﹂とは、歴史とは反 対に将来について語るものであると考える人 も多いでしょう。サステイナブルな開発とは、 ﹁将来の世代のニーズを満たす能力を損なう ことなく、今日の世代のニーズを満たすよう な開発﹂と定義をした一九八七年のブルント ラント報告は、将来世代を思いやる重要性を 高らかに謳っています。しかし、当たり前の ことですが、将来は過去と現在によって形成 は、これまで何ができたのか、できなかった

されています。将来に向けて何ができるのか のか、に深く関係しているのです。

歴史の中に未来を見出す


木の持ち出しも許されない、いわば﹁二重の 迫害﹂を受けてきました。機会と負担の分配 という観点から見ると、開発の時代も、環境 保護の時代も同じような構図だったのです。 かつて暮らしていた森が﹁世界遺産﹂に指定 されたために、そこから追い出された彼らは 強引に狭い土地に押し込められました。狭い 土地では、それまでのような焼畑移動耕作は 機能しません。やむをえず肥料を入れて、換 金作物栽培を始めた彼らの前に、先進国の専 門家が現れて﹁環境にやさしい﹂農業を教え るというのです。そもそもサステイナビリテ ィを奪ったのは誰か、と問いたくなります。

﹁誰のサステイナビリティか﹂ タイでの観察は、サステイナビリティを考 す。森林がどのような意味において﹁資源﹂

えるうえで大切なヒントを教えてくれていま であるのかは、資源を見る眼によって異なる ずしも現場の人々によって引き起こされてい

人々を問題視し、解決策を外からもってくる、

かし、現場をとりまく基本的な利害の構造と

援助するという発想に慣れきっています。し

﹁問題﹂が作られる背景を理解しないと、ど

んな政策もうまくはいきません。そして重要

れの問題も、技術や財源が不足しているから

なことがもう一点あります。それは上のいず

起こったものではないということです。

サステイナビリティをめぐる議論が説得的

であるためには、 ﹁何のサステイナビリティ

か﹂だけでなく、 ﹁誰のサステイナビリティ

か﹂をまず問うことが必要です。そして、サ

ステイナビリティを論じなくてはいけない世

界になぜ至ってしまったのか、冷静な分析が

必要です。そのときに重要なのは、 ﹁問題﹂

をとりまく多様な人々の生存原理と、そこか

ら生じてくるインセンティブを考えるという

ことです。 ﹁資源の分配﹂という切り口は、

この分析を進めるうえでとても役に立つもの

に着目してお話しましょう。

です。それでは、次回は﹁資源﹂という概念

261

ということです。そして、現場の問題は、必 るわけで は あ り ま せ ん。私 た ち は、現 場 の

﹃サステナ﹄ 1号

スマトラ沖地震の津波被災地での 現地調査.右端が筆者.


連載講座 より

この事例がどれだけ一般性をもつのかはわか

人に知られることがありません。もちろん、

地の中では、どんなことが起こっても一般の

れます。そして、国立公園という政府の直轄

増大は、さらなる予算獲得の口実として使わ

て仕事を作っているというのでした。問題の

ら貧しい人々に再分配するというアイデアが

正であるという点なのです。価値を上げてか

なく、生み出される価値の分配が極めて不公

す。問題は森の価値が相対的に低いことでは

った権力の手に集められていくということで

は、その価値が高まるほど、企業や政府とい

はっきりと教えてくれます。森が生み出す富

森の価値が高まると何が起こるのか、歴史は

提案は、エコツーリズムや薬草の発見など、

りません。しかし、問題を作り出すことによ

五倍だというのです。そこで、隊長は隊員た

って繁栄するような行政組織の構造があると

うまく機能したためしはありません。むしろ、

具体的な処方箋を伴うので魅力的なのですが、

すれば、そうした組織に技術や資金の援助を

価値ある資源のそばに暮らす人々に、資源の

ちの給料を増やす目的で、ときどき放火をし

続けても、森林保全は遠ざかる一方でしょう。

価値を直接還元する制度設計が必要です。

部にカレンと呼ばれる人々が暮らしています。

私がフィールドワークをしていたタイ中西

森林は単に動植物の生息場所として保護が必 な利権が生み出される場所でもあるのです。

カレンとは、タイの中西部から北部山岳部に

要な場所ではありません。そこは、さまざま 一見、 ﹁中立的な﹂学者の提案も注意して

かけて生活している少数民族で、長い時間を

です。ところが、彼らは七〇年代まで盛んだ

かけて、森と密接な関係を構築していた人々

った大きな木の伐採の便益にあやかることも

ば、次のような﹁解決策﹂が一部の経済学者 から提示されることがあります。人々が森を

できなかっただけでなく、環境保護の時代に

聞かなくてはなりません。森林について言え

的に高いからである。森を守りたければ、森

なってからは森の中での居住はおろか小さな

農地に転換するのは、農地の経済価値が相対 の経済価値を上げよ、という提案です。この

260


いう言葉は昭和の中ごろまで辞書にも登録さ

のでした。ここで﹁資源保存﹂という言葉が

何か対策を講じるべきではないか、というも

森林が壊されるのは嘆かわしい、政府として

メリカ合衆国における天然資源の保全﹄とい

メリカで出版されたC・ヴァンハイズ著﹃ア

出版されていました。原書は一九一〇年にア

に、日本では﹃富源保存論﹄という本が翻訳

ところで、このやり取りが行われた一年前

きたわけです。

として存在し、今日まで脈々と受け継がれて

歩に対する無限の期待は、常に対立する思想

資源の有限性に対する警戒と、人間の技術進

いて政策論争がなされた日本で最初の例です。

知るかぎり、これが﹁資源﹂という概念を用

しい﹂という趣旨の答弁を行いました。私の

るものは国の繁栄のために使うというのが正

うのは歴史の示すところである。よって、あ

人間の知恵によって代替資源が見つかるとい

になくなってしまったためしはない。結局は、

﹁資源がなくなるといわれて久しいが、本当

存 せよ﹂と いう伊 澤 の主張に 対して、原 は

登場します。再生に時間のかかる資源を﹁保

れていませんでした。 ﹁資源﹂に近いニュア

2  

ンスで昭和初期まで使われていたのが﹁富 源﹂で す。柳 田 國 男 は、一 九 〇 五︵明 治 三 八︶年に早稲田大学で行った講義﹁農政学﹂

の中で富源の重要性についてこう指摘します。 ﹁たとい一時代の国民が全数を挙りて希望す る事柄なりとも、必ずしもこれをもって直ち に国の政策とはなすべからず。なんとならば 国家がその存立によりて代表し、かつ利益を 防衛すべき人民は、現時に生存するもののみ にはあらず﹂ 。富源に対しては、将来の国民 も現在の国民と同じ権利をもつこと、だから これを守らなくてはならないと柳田は主張し ました。一〇〇年前の文章ですから、言葉使 いは古いですが、いま読み直しても新鮮です。 一九一九︵大正八︶年の貴族院では、時の 総理大臣であった原敬と、複数の代議士との 間で次のような論争が交わされました。はじ

サステイナビリティと資源の分配 ﹃サステナ﹄ 2号

263

めに伊澤多喜男という議員が質問に立ちます。 地方での経験が豊富だった伊澤の主張は、道 路建設などの開発行為によって、その周辺の

● 連載講座 ●


佐藤 仁

連載講座 より

東京大学大学院助教授 (国際協力学)

それを貧民に貸与して貧困軽減の道具として

見ました。彼には、携帯電話という機械に、

通信手段としての役割以上のもの、つまり資

源を見る力があったわけです。資源の下地に

は、そ こ に﹁見 え な い も の﹂を 見 出 し て、

的な心の働きがあるのです。

﹁その先にあるもの﹂とつなごうとする 造

﹁資源﹂という言葉の定義が案外難しいの

は、それがモノそれ自体を指さない、生きた

概念であるからかもしれません。 ﹃広辞苑﹄

では、 ﹁生産活動のもとになる物質・水力・

労働力などの総称﹂と定義されていますが、

残念ながらこの定義では﹁生産活動のもと﹂

を見出す人間の心の働きが表現しきれていま

せん。戦前に出版された﹃大英和辞典﹄には、

の日本語訳として﹁力を藉る物﹂ resource とありました。人と自然が互いに助け合って、

人に有用なものを引き出す様を短い言葉に凝

縮した名訳だと思いました。

日本における資源概念の誕生

意外に思うかもしれませんが、 ﹁資源﹂と

262

何かと﹁不足﹂が問題視される途上国では、 技術や資本などを外から持ち込む前提で議論 が進められがちです。 ﹁そこに資源がない﹂と いう問題の立て方は、 ﹁今のやり方は間違って いない﹂という前提を強化している点に注意 しなくてはなりません。よその地域に﹁解決 策﹂を求める態度は、裏を返せば、そこにあ るものを見ようとしない習性につながります。 今ほど移動の自由がなかった時代の開発と は、身の回りの自然に眠っている可能性を引 き出そうとする資源化の歴史でした。ところ で、資源は﹁原料﹂と同じ意味だと誤解され かけによって、いわば﹁ろ過﹂された後のも

ることが多いのですが、原料とは人間の働き のです。これに対して、 ﹁ろ過﹂される以前 の、労働の対象として見出されたものが﹁資 源﹂です。ですから、資源はモノそれ自体を 表す概念ではありません。モノの先にある可 能性を捉えようとする人々の工夫に資源化の 利な通信手段ですが、今年度ノーベル平和賞

奥義があるのです。たとえば、携帯電話は便 を受賞したバングラデシュのユヌス博士は、

「見えないもの」を見る


での戦闘能力よりも、長期の総力戦を戦い抜

喜男、松井春生らによって、欧米の借り物で

に着目した保護・育成、水や森、土壌などを

はない形で示されていたことに私は強く励ま

それぞれ別個の存在としてではなく、一体と

されます。自然の使用価値ではなく存在価値

と考えました。この頃から国力の増強に役立

して位置づける必要性などは、今日の地球環

知り、原料調達のために資源局を利用したい つ動員の対象がすべからく﹁資源﹂と呼ばれ

境ブームの遥か前から論じられていたのです。

くための物資の供給体制が重要になることを

日本軍は﹁持たざる国﹂という意識を広め、

後にGHQ の顧問として来日したハーバード

の方です。忙しい人々の注目を持続させ、長

ないのは、環境ばかりでなく、人々の注目力

っぽさ、飽きっぽさです。サステイナブルで

では、なぜこれらのアイデアは十分に実現し

大の地理学者アッカーマンでした。彼は、記

期的な展望に基づく選択肢を実現していくた

資源獲得のための海外侵略を正当化します。

者会見で﹁資源の有効利用を図れば日本の将

歴史の教訓をすぐに忘れてしまう人間の忘れ

来は明るい﹂という談話を発表し、多くの国

めには、問題の重要性を忘れないようにする

てこなかったのでしょうか。問題の一つは、

民を勇気づけました。日本は再び、自らの足

仕掛けが必要です。でも、それだけでは足り

ンであることを痛烈に批判したのは、終戦直

元にある資源の見直しを迫られたのです。そ

発に伴う環境リスクの分配が不公平であると、

ないでしょう。資源が生み出す富と、資源開

システムは安定しないからです。資源環境と

して、これに賛同した新しい時代の官僚たち の状態からは予想できなかったような速さで

キーワードにお話しましょう。

くてはなりません。次回は、この﹁分配﹂を

社会経済とは、車の両輪のようにして進まな

題を先取りするような視点が笹川潔や伊澤多

小さな断片だったとはいえ、二一世紀の課

日本の平和的な復興に貢献しました。

は資源調査会を結成して、荒廃した終戦直後

﹁持たざる国﹂が作り上げられたフィクショ

るようになり、総動員の動きは加速しました。

﹃サステナ﹄ 2号

265


連載講座 より

いかもしれないが、日本はそれだけでは不十

264

う書物で、翻訳したのは笹川潔という人物で 笹川がやんわりと原著者を批判している箇所

分で、守り育てなくてはならない、というの

という単語に﹁保育﹂という日本語を当 tion てました。資源の豊かな米国は﹁保存﹂でよ

が目を引きます。ヴァンハイズは、天然資源

が松井の考えでした。 ﹁資源局﹂という、当

す。わずか数ページの﹁訳者まえがき﹂で、

を土壌、鉱物、森林、水に分けて議論したの

していた陸軍は、これからの戦争では、前線

方向に進みました。第一次世界大戦の研究を

歴史は、残念ながら松井の思惑とは異なる

﹁そうならなかった﹂ 歴史の訓練

思います。

源概念の拡張を試みたことの価値は大きいと

本で、松井が﹁有るもの﹂に焦点を当てて資

として海外資源に触手を伸ばしつつあった日

を主にしなければならない﹂ 。 ﹁持たざる国﹂

生じせしめ、いよいよ栄えしめる、育成開発

い、あるものも、いよいよ有らしめ、新たに

﹁ただ有るものを整備するのでは好ましくな

きを重視したからでしょう。松井は言います。

そこにあるものの潜在性を開花させる心の働

時は聞きなれない名称に彼がこだわったのは、

﹁保全﹂と翻訳されることの多い、 conserva-

受けたと 後 に 回 顧 し て い ま す。彼 は、現 在

事会議のことを英字新聞で知り、大変感銘を

領が一九〇九年に開いた資源に関する全米知

いました。彼はアメリカのルーズベルト大統

設立に大きく寄与した松井春生という官僚が

源局が設立されてからのことです。この局の

になるのは、一九二七︵昭和二︶年に内閣資

資源という言葉が広く一般に知られるよう

本人がいたなあ﹂と感嘆したのでした。

この一文に初めて触れたときに﹁ああ偉い日

ぶものに近い概念です。私は京都の古本屋で

いう﹁風光﹂は、私たちが現在﹁環境﹂と呼

目の﹁富源﹂として提案するのです。ここで

成立するものを﹁風光﹂と呼び、これを五つ

て、それぞれの富源の全体の組み合わせから

ですが、笹川は、この四つでは足りないとし 『富源保存論』


の議論に借りてこようと思います。つまり、 はなく、また見えやすい財・サービスの分配

3  

見えにくい人と人の関係を直接観察するので に焦点を限るのでもなく、資源の分配を注意 深く見ることによって人々が置かれている位 置関係や、さらされている力の働きを推測す るのです。 もちろん、現実はそう単純ではありません。 というのも、資源が多く存在することと、 人々がその資源を利用して生活の質を向上で きるかどうかは別問題だからです。アマルテ ィア・セン︵注1︶は、飢饉の歴史を調べる 生じていることを突き止めました。また、ア

なかで食料生産量が最も多い時期にも飢饉が フリカや南米では豊かな天然資源に恵まれな がらも民主化が遅れ、貧困にあえいでいる国 のかは、その国や地域における知識、資本、

が多くあります。誰にとって何が資源になる 技術の分布と、それら投入の果実を分け合う のです。言い換えれば、資源を獲得するため

サステイナビリティと資源の分配 ﹃サステナ﹄ 3号

津波援助にみる 分配問題

スマトラ沖地震の津波被災者に対する支援

を例に考えてみましょう。津波が襲った二〇

〇四年一二月二六日当時、私は政策アドバイ

ザーとしてタイの天然資源環境省に派遣され

ていました。期せずして、国際協力機構によ

る生活復興支援のための調査にかかわること

になった私は、現場で興味深い現象を目にし

ました。被災地には国内外から大量の支援物

資と義援金が集められていたのですが、それ

が現地の問題を解決するどころか、かえって

れたのです。個々の援助団体は善意に基づい

問題を作り出しているような場面が多々見ら

て被災者に支援の手を差し伸べようとしてい

るのですが、どうもそれが人々のニーズとマ

このズレはなぜ生じるのか。この問いが分

ッチしていないのでした。

配の偏りを是正していく政策への糸口になり

ます。ズレが生じる要因の一つは、支援団体

が集落や避難民キャンプの間で公平を欠かな

いように、その規模に応じて物資を配分して

267

ための分配の制度設計によって決まってくる の資源の分配が重要になるのです。

● 連載講座 ●


東京大学大学院助教授 (国際協力学)

佐藤 仁

連載講座 より

︵例えば学習塾︶へのアクセスを前提とする

のであれば、試験制度だけで教育機会の格差

を論じることはできません。人々には多様な

属性があるので、ある次元での分配の公平化

が別の次元で格差が生み出すということも考

格差を生み出している構造をそのまま温存し

えられます。表面の次元に囚われるあまり、

てしまうこともありえます。表面上の動きに

惑わされない方法の一つは、財やサービスの

基盤にある資源の動きを見ることです。

﹁ブラックホールは真っ暗なのに、なぜそ

こにブラックホールがあると分かるのです

か﹂ 。宇宙論で著名なホーキング博士の﹃時

間の歴史﹄には、こんな話が出てきます。真

っ暗闇でダンスをしているタキシードの男性

と、白いドレスの女性のペアを思い浮かべて

性の姿をはっきりと見ることはできません。

ください。真っ暗なので黒いタキシードの男

しかし、かすかに見える白いドレスの女性の

動きを見ることによって、男性の動きを大よ

そ推測することができる、というたとえ話で

す。私はこのアナロジーをそのまま資源分配

266

サステイナビリティ問題の本質は特定の物 私たちの社会経済を支えている基礎的な手段

質が物理的に枯渇することではありません。 が極端に不足したり、劣化したりすることが 問題なのです。ところで、この﹁不足﹂に伴 う負担︵場合によっては利益︶は均一に生じ るものではなく特定の地域や階層に偏るのが 常です。 ﹁サステイナビリティ﹂に潜む分配 の諸相は生きる手段の分配に関わるという意 味で、それ自体として重要ですが、将来に向 けた人々のやる気や行動を引き出すには分配 の公平性にも配慮することが欠かせません。 しかし、分配の実態を正確に把握し、そのど こに公平性の問題があるのかを見極めるのは 容易ではありません。 分配の望ましさを判定する普遍的な基準が 問題として、表面上の分配と実態的な分配と

ないことも難しさの一つですが、それ以前の の間には往々にしてズレが存在するからです。 例えば、教育機会というサービスの分配を ﹁公平な入学試験﹂を通じてどれだけ担保し ようとしたとしても、その試験が特定の資源

分配のどこに問題を見るか


助金の問題と同じ土俵で議論することは稀で

に議論しても、それを日本による難民の受け

注目されないゆえに他の資源が引き付けられ

まったと言われています。しかし、世界には

トには被害が少なかった割に多くの援助が集

︵注 1  ︶ Amartya Sen ︵ 1933 ︶ イ ン ド の     経済学者。一九九八年ノーベル経済学賞受 賞。不平等や貧困の研究で大きな功績を残 した。

ぐる学問のあり方について考えてみましょう。

事が残されています。そこで次回は資源をめ

捉える学問はいまだ未発達であり、多くの仕

値があるのです。もっとも、資源を総合的に

に応じて呼び覚まされる資源に目をつける価

です。そこで人々の自由を根底で支え、必要

受している自由を直接に分析することは困難

へと私たちを誘導します。しかし、人々が享

﹁何ができるのか﹂という広い可能性の世界

や財それ自体の保有よりも、それらをもって

の分配とは可能性の分配です。これは、所得

資源を﹁可能性の束﹂と定義すれば、資源

てこない場合が多いのです。

入れや農産物関税の軽減、あるいは、農業補 す。分配を論じるのであれば、追加的にでき ること、今やっているがやめるべきことの二 と私は考えます。

つを同じ土俵に乗せて議論すべきではないか、 資源の分配においては、初期段階でのルー ルの設定が重要になります。土地の所有権を 考えればわかるように、資源は財やサービス の分配とは異なり、ピンポイントの移転が難 しいうえに、市場に任せておくと強者に集ま っていく傾向があります。そもそも、価格が ついていない天賦の資源に誰が権利をもつべ きかは技術的には決まりません。よって、資 源の分配では政治の場での議論と初期条件の になるのが、 ﹁注目の分配﹂です。政治の世

︵再︶設定が必要になるのです。そこで重要 界では、 ﹁注目﹂はひとつの重要な資源です。

269

津波は世界中に配信された映像を通じて注目 されたゆえに、多くの援助を引き出しました。 とりわけ、観光地として有名だったプーケッ

﹃サステナ﹄ 3号

南タイの津波被災地で聞き取りをする筆者 (一番右手).(2005 年 4 月筆者撮影)


連載講座 より

能性があります。例えば、企業による恒久住

な隣人同士の信頼関係に傷がついてしまう可

の分配に偏りがあると災害復興時に最も必要

にバランスがとれていたとしても、集落内で

あるかないかだけを問うのでなく、また誰が

たり、突き放したりしていたのです。資源が

基盤的な資源をめぐる争いが援助を引き寄せ

っては潜在的な観光資源でした。土地という

っての生活資源であった土地は、地主層にと

うに様々な妨害を試みました。魚民たちにと

利用して沿岸地域の不法居住者を追い出した

宅の寄付は、後になるほど上等なものへと変

それを支配しているのかだけを問うのでもな

いたのに対して、人々の関心の中心は集落内

化しましたが、この背景には企業同士の﹁評

く、資源のもつ多様な価値が文脈に応じて引

いと考えていた地主層は、援助が入らないよ

判﹂をめぐる競争がありました。 ﹁入居のタ

の分配だった点です。集落間では物資の分配

イミング﹂というそれだけの理由で同じ村の

き起こす作用を見なくてはいけません。

在した資源分布の偏りでした。ここで言う

しますが、より重要なのは地元にもともと存

密度や道路への近さなど地理的な条件も関係

もありました。地域間の格差は、集落の人口

らせてきた既存の政策や社会構造に、私たち

てしまうからです。残念なことに、分配を偏

という構造的な問題から私たちの目を逸らせ

は限界があります。なぜ足りなくなったのか、

とによって公正さを取り戻そうとする発想に

﹁援助﹂の名の下に足りないものを補うこ

重要な 初期条件の設定

被災者が異なる扱いを受けたのです。 ところで、ここまでは援助物資が届いた後 の話でした。しかし、同じように被災してい

﹁資 源﹂と は、働 き か け る と 力 を 発 揮 す る

はなかなか目を向けようとしません。例えば、

るのに、そもそも援助物資が集まらない場所

がそうです。土地に対する権利をもっていな

私たち日本人はODAの増減については熱心

﹁可能性の束﹂のことです。たとえば、土地 いと住宅支援は来ません。津波という災害を

268


他方で今日の大学では﹁オリジナリティ﹂ が強調されすぎている気がしてなりません。

4(最終回)  

論文審査のときも﹁あなたのオリジナリティ は何ですか﹂とよく質問がでます。独自の貢 献が期待される学問の世界で、この問いかけ は確かに重要です。ただし、こうした質問に 長くさらされると、人との差異を見る習慣だ けが発達し、互いの共通点を発見しようとす わけ環境やサステイナビリティといった公共

る態度は低下します。現実社会の問題、とり 的な問題は、共通項を探し出して異なる考え 方をもつ人々の共感を呼び、総合に向かわせ 見つける対象を現代に限定せず、過去の歴史

ることが極めて重要です。そして、共通項を や将来へと拡げることで知的想像性は更に豊 かなものとなるでしょう。この連載では、と りわけ﹁歴史﹂を強調してきました。そこで、

サステイナビリティと資源の分配 ﹃サステナ﹄ 4号

戦後の資源論に 学ぶもの

本連載の二回目で見たように、戦前の資源

論は﹁お国のため﹂の動員論でした。それが

敗戦を境に、一夜にして国民のための民主主

義的な資源利用への変更を迫られたのです。

これほど急激な資源政策の転換を迫られた国

はほかにないでしょう。この大切な任務を遂

扱う機関として一九四七︵昭和二二︶ 年に資源

行するために、資源問題を総合的、科学的に

委員会︵後の資源調査会︶が設置されました。

資源委員会は、自国の資源の科学的・合理的

利用を実現するための組織で工学や社会科学、

政策の実務担当者など多様な人材の参加を仰

いで、土地、水、エネルギー、地下資源につい

て、実態の正確な把握、調査方法の統一と合

理化などを通じて生産力の拡大を目指しまし

た。そこに生産力の下降しつつある資源︵侵

食された畑地、埋没した貯水池、老朽化した

水田、汚濁した水質︶の適切な管理を通じた

﹁生産力の保全﹂という観点が加えられたの

は生産と保全をつなげて見る視点があったこ

271

戦後日本の資源政策を例にして﹁総合﹂のあ り方を考えてみたいと思います。

● 連載講座 ●


東京大学大学院准教授 (国際協力学)

佐藤 仁

連載講座 より

ちが直面している地球環境問題や貧困の問題

理に適合的な領域に多くの資源を集めてしま

が様々な断片化︵中でも重要なのは、市場原

い、それ以外の領域を置き去りにする傾向︶

によって強化されているとすれば、バランス

かもしれません。

を取り戻すという意味で資源の概念は使える

大学を中心に学問を担ってきた人々は﹁断

片化﹂に手を貸してきた責任の一部を負うべ

き立場にあります。ところが歴史的に見ると、

学問とは既存の枠の中での洗練よりも分野を

超えた共通項の発見があったときに最も輝か

しい進歩をとげたと言えそうなのです。B・

コーエンの﹃ Interactions ﹄という本の中に は、歴史上、自然科学と社会科学の間で取り

交わされたアイデアの意外な相互作用の事例

スの人口論やA・スミスの分業論はダーウィ

が多く描かれています。例えば、T・マルサ

ンの進化論形成に大きな影響を与えました。

一見、無関係に見える現象同士の間に機能や

形状の共通性を見出すことが偉大なる発見に

つながる一つのパターンだったのです。

270

前回、資源とは﹁働きかけると力を発揮す る可能性の束﹂であると定義しておきました。 この定義には三つの重要な側面が含まれてい ます。一つには、あるものが資源に﹁なる﹂ のは資源それ自体の性質より、働きかける側 の視点や能力に依存しているということ。次 に、資源というのは可能性の﹁束﹂ですから、 いろいろな可能性を秘めていて、しかも互い に﹁つながっている﹂という側面です。宮城 県の牡蠣・ホタテ業者の間で始った﹁漁民が 山に木を植える活動﹂などは、つながりの回 復に向けて人々が動き出した例として注目す 地位や影響力を高める手段になりますから、

べきものです。最後に、資源は特定の集団の 資源の支配をめぐる争いが起きやすいという ことです。イラクの石油を引き合いに出すま 多くの戦争の発端になってきました。要する

でもなく、天然資源の支配権をめぐる争いは に、資源とはきわめて社会的な概念なのです。 こうした特性をもつ資源の概念は別々の対 象として考えられがちな存在を一体のもとし て考えるよう私たちに促します。今日、私た

共通項の発見


しい〟と学んできたものをいったん忘れる=

︵二 〇 〇 七 年 一 月 二 三 日 付﹃朝 日 新 聞﹄ ︶ 。 ﹁ 〝正

この作業を﹁学びほぐす﹂と表現しています

は必要な作業かもしれません。大江健三郎は、

でしょうが、資源をバラバラに扱うことが常

張は、自然のそばで暮らす人にとっては常識

﹁資源は一つにつながっている﹂という主

グにおける﹁常識のリマインド﹂です。

う努めることといった、ごく常識的な規範を

浪費を慎むこと、極端な貧しさを軽減するよ

少し異なります。戦争をしないこと、資源の

これは専門分野を掘り下げるという方向とは

を考えること、と言い換えてもかまいません。

るのにできないこと﹂を実行可能にする方法

して強調しようと思います。 ﹁みな知ってい

サステイナビリティ研究にかかわる多くの学

い﹂という一つの確信に到達します。これは、

労して仕上げた作品ほどの完成度が見られな

ってきた作品は、多くの場合、一人だけで苦

部品を寄せ集めて作り、多くの親方の手を通

法序説﹄の中で、旅をしながら﹁たくさんの

に考えついた方法でもありました。彼は﹃方

という書物﹂に学び直すために旅に出たとき

かつてデカルトが文字学問から離れて﹁世界

ところで、いったん忘れるという方法は、

増やさなくてはいけません。

に学問を合わせていこうとする人材を励まし、

うに学問に問題を合わせるのではなく、問題

態になっている学問や行政の世界では、そう

叫ぶことにも一定の意味があります。このよ

意味だそうです。

﹂するところを出発点として、逆に unlearn ﹁知識や考え方を自分のものにする﹂という 私は﹁ほぐす﹂という言葉の意味を文字通 りとって、様々な学びを専門性の枠に縛るこ

大事な場面できちんと働かせるということで

問が求心力をどこに求めて協働できるのかを

となく一般常識と結び付けようとする努力と

す。歴史は、一見簡単なこのことの実践が困

考えさせる、大きな宿題だと私は受け止めて います。

学問はこの点においてあまり役に立ってきた とは思えません。必要なのは正しいタイミン

難であることを私たちに教えてくれますし、

﹃サステナ﹄ 4号

273


連載講座 より

取り出して分配するという開発の側面と、そ

大きな役割を果たしたのが米国の﹁テネシー

における﹁総合﹂のイメージを形づくる上で

してつながりを見出す態度を戦後の資源調査

の精緻化を進めてしまう前に、一つの構造と

表裏一体をなしています。両者を分けて分析

炭素など︶を管理するという環境の側面とは

272

とを示すもので注目すべきことです。

河流域総合開発計画︵TVA︶ ﹂でした。そ

会の経験から思い出すべきではないでしょう

の過程で生み出される負荷︵廃棄物、二酸化

こでは地域開発を従来のセクター割りで考え

資源の総合的利用を目的とした資源調査会

るのでは な く、流 域 単 位 で の﹁資 源 の 一 体

か。

サステイナブルな社会の実現に向けて私た

学びほぐすこと

をモデルとした総合開発が企画されました。

を模索するうえで、いったん忘れるというの

そうではない﹁オルターナティブ﹂のあり方

ものがまさにそうした諸制度であるとすれば、

ん。しかし、今日の諸問題を生み出してきた

り巻く諸制度を全否定しても意味がありませ

です。もちろん既存の学問の蓄積や経済を取

分かっている﹁常識﹂をうまく働かせること

た前提を一度忘れてみること、そして、もう

加﹂ではなく、これまで当たり前と思ってい

くあります。しかし、重要なのは﹁知識の追

ち一人一人が学ばなくてはいけないことは多

間が生活を豊かにするうえで資源を見出し、

論者は互いに分離していきます。しかし、人

われるようになり、資源の開発と環境保全の

住民や開発に反対する立場の人々によって行

在化しました。環境問題の告発は、主に被害

した。そして、富裕化とともに環境問題が顕

天然資源は外国から買えば済むものになりま

その後、経済的に豊かになった日本では、

る動きがありました。

そこには﹁現場﹂を求心力に諸学を総合させ

戦後初期の資源調査会の系譜を見てくると、

れたのです。熊野川や琵琶湖水系ではTVA

根の人々を参加・動員することに重点が置か

性﹂を強調して、開発のあらゆる段階で草の

1949 (昭和 24) 年に日本橋三越で天皇皇 后両陛下をお招きして,GHQ と資源調査 会の協力で開催された展示会「日本の国土 開発と資源の最大利用――将来の日本」の 様子(出典:資源協会編『日本の復興と天 然資源政策』 (1985)).


の﹁原点﹂にふさわしい状態でありました。

の姿だったと思われます。まさに、この世界

疫病を経験したことがなく細菌に対する抵抗

利害を背景とするサモア内戦に使われました。

様式をサモア人に強要し、銃は、欧米列強の

おりません。壁や窓はありません。柱と屋根

維で縛って造られており、鉄の釘は使われて

自然物です。柱に梁を渡しそれらをヤシの繊

で葺いた屋根でできています。材料はすべて

い原木をきれいに磨いた柱とヤシの葉や木片

呼ばれる大きな建物があります。それは、太

ことなのです。村や学校にはファレサモアと

け取ります。サモアではそれが普通で自然の

際に紙幣を渡します。老人はそれを素直に受

で親戚の老人に会えば、立ち話をして、別れ

います。現金収入のある若者がたまたま路上

家族・親族は当然のごとく互いによく助け合

りません。広い居間に大家族で生活します。

サモアの住居は開放的です。個室や鍵があ

バタと倒れていったのです。

た。あの大きな体格のサモア人が疫病でバタ

込まれた病魔に、為すすべもありませんでし

力を持たなかったサモア人は、他国から持ち

部族︵トンガ族を含む︶間の衝突、サイクロ ンの来襲、火山の噴火など、時折、平穏を乱 す事件が起きたとしても、サモア人は、サモ ア人の知恵をもってして、それらに対処して きました。すなわち、他国︵欧米︶を意識す ることなく自己完結的に対処できていたので す。サモア人の世界は、太平洋によって他国 から適度に隔離されていたため、その 世以 来およそ三〇〇〇年の間、サモア人独自の生 活様式を続けることができました。それは、 自給自足的、省エネ的、非汚染的、適自然的 な生活様式であり、すべてにわたって自己完 結的です。サモアの時間はゆっくりと無限に 流れておりました。まさにサステイナブルな サモア人の古き良き知恵だけでは対処でき

世界であったのです。 ないことが起こり始めたのは、二五〇年ほど モアにやってきて、キリスト教と銃と疫病を

だけの建物で風が自由に通ります。常夏の国

275

前のことです。欧米列強は、軍艦・商船でサ 持ち込みました。キリスト教は、欧米の生活

﹃サステナ﹄ 4号

サモアの海岸の夕暮れ.2005 年 3 月 サバイ島にて筆者撮影.


サモアの話

城大学大学院理工学研究科教授 (リスク情報科学)

小澤 哲

連載講座 より

部はジャングルですが、猛獣、猛禽、毒蛇が

おりません。サモア人は、豚、熱帯羊、鶏を

庭に放し飼いにします。庭にはきびしい垣が

ありません。日本の猫の飼い方と似ていて、

ひもや檻で拘束しないので、これらの家畜・

家禽は道路や隣家をかってに行き来します。

海の彼方から真っ黒い雲がやってくるように

見えたら、まもなく猛烈なスコールです。年

間三〇〇〇ミリ ︵山間部は七〇〇〇ミリ以上︶

の降水量と火山性の砂礫地がつくりだす天然

の浄化システムで家畜・家禽の排泄物はあっ

というまに清浄されてしまいます。庭先はい

つも清潔で、ブーゲンビリアやさまざまの蘭

類など常夏の草木が色鮮やかに庭を飾ります。

サモアの空港に降り立つと﹁地上のパラダイ

スへ、遥々ようこそ﹂というアナウンスで迎

もっとも近い国の一つに相違ありません。現

えられます。確かに、サモアはパラダイスに

在でもそうなのですが、一八世紀以降に欧米

人によってサモアに﹁近代文明﹂が持ち込ま

れる以前には、さらに純粋な形で、サモア

世の神話の通り﹁神がつくった神聖な土地﹂

274

サステイナビリティとITについての連載 う。サモア人の伝承する 世の話によると、

ですが、今回は、サモアの話から始めましょ タマロアラギという 世神が海中深くから一 つの大きな岩の固まりを海面上に押し上げ、 それがいくつもの破片に割れてサモアの島々 になったといいます。サモアは、神が選んだ 最も神聖 な 場 所 で あ っ て、こ の 世 界 の﹁原 サモアは、日付変更線の少し東側に位置す

点﹂ということになっております。 る南太平洋の火山群島です。およそ三〇〇〇

1    

サステイナビリティと IT

年前に東南アジアから小さな船で海流にのっ 先です。サモア近海で簡単な漁法で漁を行い、

てやってきたアジア系の人種がサモア人の祖 十分な漁獲が得られます。平坦な土地が少な く、あっても火山岩性の砂礫地であるため稲

作ができないことなど、近代農業に適した土 地ではありません。しかし、熱帯海洋性気候 のため、タロイモ、バナナ、ココナツヤシ、 パパイヤ、アボガドなどが庭先でもよく育ち ます。簡単な農業と漁業と家畜・家禽でサモ ア人の食を十分満たすことができます。山間

● 連載講座 ●


己完結的な生活形態・政治社会形態は、永遠

たたくことがなかったならば、サモア人の自

けておりました。欧米列強がサモアの門戸を

適自然的で自己完結的な生活を長いあいだ続

くりだし、自給自足的、省エネ的、非汚染的、

に最も適合した生活様式や社会のしくみをつ

た熱帯の群島という居住環境のなかで、それ

のです。それは、欧米のシステムがサステイ

分がサステイナブルではなくなってしまった

不可能になり、サモア人の生活のかなりの部

適自然的で自己完結的な生活形態が少しずつ

の進行によって、サモア人がかつて行い得た

することになりました。経済のグローバル化

アでは欧米列強の植民地政策という形で経験

ではありません。優れているか劣っているか

のそれと比べて絶対的に優れていたという訳

米の文化や生活形態・政治社会形態がサモア

し、時には強要さえしたのです。決して、欧

欧米の文化や生活様式や社会の仕組みを吹聴

境下で最善のものであることに気づかずに、

ア人の生活形態・政治社会形態がその自然環

サモア人は、もはやファレサモアを必要とし

自宅でインターネットを使うことができます。

速です。ほとんどのサモア人が、職場または

いても、携帯電話やコンピュータの普及は急

つき方が変わりつつあるのです。サモアにお

ています。人間の活動の仕方、人と人の結び

化が猛烈な勢いで人々の生活形態を変化させ

現在、経済のグローバル化と並んで、IT

ナブルでなかったことに起因しています。

ではなく、適しているか否かが問題なのです。

技術と同様に両刃の剣の性格を持っています。

なくなるのでしょうか。ITはすべての科学

この連載講座では、次回以降に、人と人の交

しかし実際の歴史では、欧米人がサモアを欧 サモア人が欧米をサモア化するという事態が

いくことにしたいと思います。

ステイナビリティ学との関連において、見て

わり方に及ぼすITの功罪について、特にサ

く変化せる力を持っています。これは、サモ

経済のグローバル化は、人々の生活を大き

起こらなかったのでしょうか。

米化するということが起こりました。なぜ、

に続けられたことでしょう。欧米人は、サモ

﹃サステナ﹄ 4号

277


連載講座 より

統治地域となりましたが、この間、サモア人

ませんでした。武力を使わずに、辛抱強く交

サモアでは、ファレサモアの下はたいへん居 アの柱を背にして車座にすわり集会を開きま

渉を続けることによって、サモア人は、一九

はそのアイデンティティーを失うことはあり

す。さまざまな話題について、活発な議論が

六二年ついに独立を勝ち取ることができまし

心地のよい空間なのです。村人はファレサモ

行われます。三〇〇〇年の間、このようにし

の一つは、前述のファレサモアの復活の話で

闘争には感激に値する話が多くあります。そ

す。当時廃れかけていたファレサモアをすべ

た。独立に向けたサモア人の武力を使わない

が調停役になります。サモア人は独自の文字

ての学校や村に再建したのです。ファレサモ

て、村人の間のコミュニケーションがとられ

知恵を代々伝承しておりました。成文化され

とと思います。サモア人は、神から与えられ

に住む人々について、分かっていただけたこ

をいたしましたが、サモアという国家とそこ

以上、サモアの地理と歴史について、お話

正式の国名は、 ﹁サモア独立国﹂です。

最も早く独立を成しえた国家です。サモアの

さんの島国がありますが、サモアはその中で

ミクロネシア、ポリネシアに分類されるたく

るものがあります。太平洋には、メラネシア、

インドのガンジーの糸車の復活運動と相通じ

あり、その象徴でもあるのです。この話は、

アはサモア人のアイデンティティーの原点で

地域、一九四五年からは同じく国際連合委任

はニュージーランドによる国際連盟委任統治

一八九九年からはドイツ領、一九一九年から

その背景にあるからだと思います。サモアは

たサモア人としてのアイデンティティーが、

ます。それは、サモアの独自の文化に立脚し

内に秘めた闘志を時として感じることがあり

サモア人は好戦的ではありません。しかし、

の様々の意志決定がなされました。

のコミュニケーションによって、集団として

せんでしたが、ファレサモアの下に集う村人

た法律に基づく裁判制度や行政制度はありま

を持ちません。ツシタラ︵語り部︶が先人の

てきました。もめごとが起これば、村の長老

ファレサモアの外観(右)とその内部(左頁). 2005 年 3 月サモア国立大学にて筆者撮影.

276


海岸の絶壁︵恋人岬︶に案内されたことがあ ります。マタイの決定に反することは、村に 居られないということで、生きられないこと と同義です。ここで、強調したいことは、マ タイは人望を備えていることが条件になって いて、経験・判断力のある長老を敬う気持ち と村のしきたりや礼儀を大切にする姿勢が、 マタイ・システムを機能させる原動力となっ マタイ・システムは、因習的性格が強いと

ている点です。 いう意味で保守的ではありますが、必ずしも 閉鎖的という訳ではありません。サモアはそ の長い歴史のなかで、多くの民族を受け入れ てきました。様々のアイガが混ざり合って、 現在のサモア人社会を形成しているのです。 マタイ・システムはそのような歴史のダイナ ミックスに対応しうる制度です。因みに、J ICA︵国際協力機構︶青年海外協力隊の若 い隊員に、その功績によりマタイの称号が与 首都アピアへの人口の集中やニュージーラン

人口の流入によってアイガの空間的な分布は

らず、サモア人の心のよりどころと彼らの行

近年ますます複雑になってきているにも拘わ

動を律する基盤はアイガとマタイ・システム

にあるといえます。

最近、日本では、家庭教育が崩壊している

という話をよく耳にします。学校は教科を教

えると同時に、社会性や協調性を養う人間形

成の場と捉える考え方が一般的で、家庭で行

われるべき躾や礼儀の教育までも、学校教育

に依存しようとする風潮が強くなってきてい

ます。これは、アイガとマタイ・システムが

動作するサモアでは、まったく考えられない

ことです。サモアの社会では子供といえども、

その役割︵家庭や村落での仕事︶が明確に定

められており、それを果たさずにサモアの社

律を守る姿勢が子供のころから自然に身に付

会で生きてゆくことはできません。社会の規

くシステムになっているのです。

サモアでは、警官を必要としないとよくい

われます。サモア人は一般に暴力によって問

題を解決しようと考えることはありません。

279

えられたという話を聞いたことがあります。 ドやUSAへの移民、及びこれらの国からの

﹃サステナ﹄ 5号

夕暮れのアピア湾.建物はサモア政府合同庁舎, 屋上のドームはファレサモア(前報参照)をデ ザイン.2005 年 3 月筆者撮影.


マタイ・システム

城大学大学院理工学研究科教授 (リスク情報科学)

小澤 哲

連載講座 より

っており、その資質が問題にされます。新し

ます。サモアにはマタイの称号を有する人が

くマタイが選ばれると盛大な就任式が行われ

約六千人おり、国会議員の被選挙権者となっ

ています。マタイはアイガを統率すると同時

にフォノ︵村会︶の構成員となります。一つ

の村落のマタイの中からマタ・アイガ当たり

一名のアリイィ︵首長、チーフ︶が選ばれま

す。首長の長をアリイィ・タウア︵村落長、

ハイチーフ︶といいます。彼は、首長から選

ばれるツラファレ︵代弁首長︶を補佐役とし

て、村会を運営します。村落長はマタイであ

りながら、国会議員となることはできません。

耕地はアイガが所有し、農作業はマタイの指

令で行われます。村落長と代弁首長が村落の

行政の執行部となり、村会を介して村民の意

向を確認しながら、村落の運営にあたります。

これをマタイ・システムといいます。マタイ

の決定は絶対的であり、総ての村民は、それ

に従わなければなりません。筆者は二年程前

にサバイィ島を訪れたときに、婚姻が認めら

れない若いカップルが心中することで有名な

278

サステイナビリティとITについての連載 定して話を進めましょう。サモアをサモアた

ですが、前回に引き続き、場所をサモアに設 らしめているものは何かという問いから始め たいと思います。サモアを良く知っている人 ム﹂だと答えることでしょう。

で あ れ ば 誰 で も、そ れ は﹁マ タ イ・シ ス テ サモアの人口の約二割が首都アピアに集中 していますが、残りの多くは地方にある四百 ほどの村落に分布しています。一つの村落の 人口は百 数 十 人 で、い く つ か の ア イ ガ︵家

2    

サステイナビリティと IT

族︶と呼ばれる単位で構成されています。ア イガという概念は単純なものではなく、関係 の範囲によってイトゥ・アイガ︵最小単位︶ 、 アイガ、マタ・アイガ︵拡張アイガ、血縁関 係にあるアイガの集合体︶に分類されます。

アイガは二世代から四世代の親族からなる大 家族です。一つのアイガは通常十数人で構成 され、アイガの長をマタイといいます。マタ イは、父系の長男により世襲されることが普 通ですが︵女性となる場合もある︶ 、選出に はアイガ構成員の承認を得ることが条件とな

● 連載講座 ●


イガとマタイ・システムによるところが多い

う形で国外活動を行う状況下で、アイガとマ

人口と同規模の人々が移民・海外労働者とい

稿及び前報は、サモア工科大学講師バイセ・

でしょうか。さて、末尾になりましたが、本

というものです。皆さんはどのようにお考え

テムとして、今後も機能し続けるであろう﹂

を加えてさらに進展し、サモア人の社会シス

その因習的な性格を排除しつつ、新しい要素

な経験と視点を共有し、マタイ・システムは、

化によって、国内外のサモア人がグローバル

この質問に関係して、筆者の予想は、 ﹁IT

ィを否定することにほかならないからです。

ることは、サモア人としてのアイデンティテ

それは、アイガとマタイ・システムを否定す

サモア人から否定的な答えが返ってきます。

するであろうかという問いに対して、多くの

T化の進行により、これらのシステムは瓦解

どのように解釈したらよいのでしょうか。I

タイ・システムが動作し続けるという現実を

のです。独立後の体制は、立憲君主制です。 四つの重要なマタ・アイガから国家元首が選 ばれること、国会議員は原則としてマタイの タイトルを持つことなど、独立後の体制もま られてい ま す。最 近、国 家 元 首 の マ リ エ ト

た、アイガとマタイ・システムによって支え ア・タヌマフィリ二世が他界しました。次期 国家元首を大きな混乱なしに決定できたのは、 マタイ・システムを有するサモアならではの 話です。他の太平洋諸国では、流血事件や軍 事クーデタとなるのが一般的です。 サステイナブルな社会とはどのようなもの でしょうか。この問題を人と人の結びつき方、 コミュニケーションの形態という断面から見 ようとする場合、サモアの例は実に多くの示 唆を含んでいるように思えます。サモアのシ ステムは﹁ローカル﹂で﹁化石的﹂であり、 現代世界では通用しないと考える向きもある

光彦氏の﹁査読﹂を受けたことを記し、お礼

パトゥ氏及び元サモア国立大学学長顧問東保

の言葉としたいと思います。

281

かと思います。しかし、サモアが欧米の植民 地政策という形で、経済のグローバル化を経 験してから既に百余年を経過し、サモア国内

﹃サステナ﹄ 5号

サモア警察本部.2005 年 3 月首都アピアにて 筆者撮影.


連載講座 より

マタイ・システムと相容れないものでありま

して許容しなかったことに、ドイツが強要し

起これば、土地マタイ特別裁判所に提訴する

した。植民地を統治する側からすれば、マタ

マタイ・システムが総ての問題を調停する機

ことになります。また、サモアには物乞いが

イ・システムほど厄介なものはありません。

たカイザー制度があります。これは明らかに

いません。社会的な脱落者の存在を社会が許

らです。ニュージーランドの統治政策に概ね

たのは、サモア人の気質・品格と同時に、ア

がサモア人の美点だと思います。それができ

きました。これを非暴力的に成し遂げたこと

一九六二年についに独立を勝ち取ることがで

とになりました。そして、辛抱強い交渉の末、

ガとマタイ・システムがマウを守り続けるこ

の検挙に躍起になりましたが、サモアのアイ

軍隊による発砲と飛行艇による山狩りでマウ

の請願運動に対し、ニュージーランド政府は

ーガンにデモ行進を行いました。この非暴力

るサモア人のためのサモア人の政府﹂をスロ

はマウ運動として有名です。 ﹁サモア人によ

から、猛烈な抵抗運動を開始しました。それ

ドがマタイ・システムを潰しにかかった時点

協力的であったサモア人も、ニュージーラン

何をしようにもマタイの賛同が必要となるか

受け入れました。そのようなサモア人が頑と

サモア人は植民地政策の多くを抵抗感なしに

は国際連合︶委任統治地域になりましたが、

ジーランドによる国際連盟︵一九四五年から

年からはドイツ領、一九一九年からはニュー

を争うことはありません。サモアは一八九九

日々皆で楽しく働ければそれで満足し、稼ぎ

モア人は経済の競争原理の発想を持ちません。

特の形になっています。少なくとも旧来のサ

それも、サモアの因習と巧みに合体させた独

リスト教も全面的に受け入れられています。

奇心を持って受け入れる性向を有します。キ

サモア人は外来の事物に大いなる興味と好

え始めていることを示唆しています。

米的な価値判断がサモア人の行動に影響を与

さないのです。最近では都市部において、犯

サモアの小学生.2005 年 3 月サバイィ島 にて筆者撮影.

罪が少しずつ増加する傾向にあり、これは欧

能を有するからです。マタイ間の争いごとが

恋 人 岬.2005 年 3 月 サバイィ島にて筆者撮影.

280


点は、上位のプロトコルは、そのすぐ一つ下

ーネット通信の原理を一言で表せば、バケ

を維持し続けることができるのです。インタ

テムの一部が破壊されても残りの部分で機能

ツ・リレーです。大きな情報を分割し、パケ

れより下層の通信の詳細を隠 できることで す。例えば、ネットワーク層の規約は、通信

ットと呼ばれる単位にした情報のバケツをコ

位のプロトコルのみに依存しているので、そ

媒体が光ケーブルか、電線か、電波かを問題

送信先のアドレスやパケットの種類・伝送順

します。その中で最も良く使われるものが、

アプリケーション層の各種プロトコルを使用

は、OSI七階層モデルの最高位に位置する

に紹介しましたが、実際にこれを使う場合に

以上、インターネット通信の仕組みを簡単

伝達できるのです。

のバケツ・リレーによって、情報が世界中に

ドが使われます。コンピュータ間のパケット

められており、パケットの宛先にはこのコー

には、IPアドレスという数字のコードが定

リレーを継続します。世界中のコンピュータ

受け取り、他人宛のものであれば、バケツ・

で、自分宛のものであれば、そのパケットを

ピュータは届いたパケットの制御情報を読ん

序などの制御情報が付加してあります。コン

ンピュータ間でリレーします。パケットには

ます。このようにして、世界中に張り巡らさ れた多種多様の通信網を遍く利用できるイン ターネット通信が可能になっています。 インターネットの情報伝達の仕組みのもう 一つの重要な特徴は、自律分散型の民主的な 従来の放送システムや電話は中央集権的な情

ネットワークであることです。これに対して、 報伝達システムです。そもそも、インターネ ットの発想は、冷戦時代のアメリカで国防用 のコンピュータネットワークの研究開発に、 その起源を見いだすことができます。電話の ような中央集権的な制御を行うシステムでは、 その中枢的な制御施設が破壊されると、通信 網が全面的に停止してしまいます。これに対 して、自律分散型の通信システムでは、シス

﹃サステナ﹄ 6号

283

具体的な通信サービスの提供 データの表現方法に関すること 通信の開始から終了までの手順 ネットワークの両端の通信管理 ネットワークの通信経路の制御 隣接の通信機器間の信号の授受 物理的な接続に関すること 7 6 5 4 3 2 1

アプリケーション層 プレゼンテーション層 セッション層 トランスポート層 ネットワーク層 データリンク層 物理層

にする必要がありません。これらは、物理層

ISO が規定する OSI 7 階層モデル

と呼ばれる第一階層のプロトコルで規定され

(上位 3 階層を 1 階層にまとめ,5 階層で考える場合もある)


IT コミュニケーション 小澤 哲

連載講座 より

城大学大学院理工学研究科教授 (リスク情報科学)

それによってネットワーク上にどのようなコ

ミュニティの形成が可能となるか予想すらつ

きません。そこで、情報化社会の将来に関す

るSF的な夢を語ることを避け、現在のIT

技 術 の 枠 内 で、 ﹁サ ス テ イ ナ ビ リ テ ィ と I

現代の通信技術は極めて多様ですが、ここ

T﹂を議論したいと思います。

では、最も重要なインターネット技術に注目

します。インターネットとは、インターネッ

トのプロトコル︵TCP/IPプロトコル︶

を使って、世界中のコンピュータを相互に結

合させたネットワークを意味します。このよ

うなネットワークは、現在、世界にただ一つ

しかないので、英語ではこれを定冠詞の付い

た固有名詞で表します。ここで、プロトコル

とは、ネットワークを介してコンピュータが

相互に通信するための約束ごとです。この約

束は階層的に為されており、国際標準化機構

︵ISO︶によって制定されたOSI七階層

モデルで表されます。インターネットプロト

コルは、その第三番目の階層であるネットワ

ーク層に属します。通信規約を階層化する利

282

サステイナビリティとITについての連載 の群島国家サモアの自然・歴史・社会を紹介

ですが、その第一回目と二回目は、南太平洋 しました。筆者がサモアに注目した理由は、 サモア人の暮らしぶり、その歴史と社会シス か﹂ 、 ﹁この世界をサステイナブルにするため

テムのなかに﹁サステイナブルな世界とは何 の要件は何か﹂を考える上で多くのヒントが 見つかると思ったからです。今回は、話題を 転じて、ITの話です。 表題の﹁ITコミュニケーション﹂とは、

3    

サステイナビリティと IT

﹁コンピュータのネットワーク上で行うコミ 使うと、まったく新しいタイプのコミュニケ

ュニケーション﹂を意味します。IT技術を ーションが可能になります。そして、現在、 その基盤となる技術が猛烈な勢いで進化して

います。それは、例えば、メールマガジン、 ブログ、ソーシャル・ネットワーキング・サ ービス、バーチャルモール、バーチャルワー ルドなど、ITコミュニケーションに関係し た新しい用語が次々に出現していることから 明らかです。将来どのような技術が開発され、

● 連載講座 ●


ど全ては、インターネット上で、クライアン ト・サーバの関係で動作しています。それは ﹁ウェブ技術﹂+﹁インターネット技術﹂+ ﹁データベース技術﹂で実現されています。 最後の﹁データベース技術﹂については、今 回は説明を省略しましたが、この技術の発展 の如何に情報化社会の将来がかかっていると いっても言い過ぎではありません。それは、 さて、現代のITコミュニケーション・シ

データの整理の仕方に関する技術だからです。 ステムの紹介に予想以上のページ数を使って しまいましたが、そのなかで重要なことは、 ただ一つです。即ち、インターネットによっ て、世界中の様々な人々が考えたこと、分か ったこと、それらの知識が互いに結びつく基 盤が確立した点です。 我々は、常々、学習、即ち、広義の経験に よって、多くの知識を吸収します。それは、 いわば脳の無意識の世界に記憶されます。

思考を開始すると、その問題に関係したいく

つかの記憶が意識の世界に浮かび上がってき

て、それらが結びつき﹁意味﹂を形成します。

例えば、原子力は人類にとって必要かという

問いが発せられたとき、通常は無意識の世界

に埋没していた放射能、広島の原爆、J CO

の事故などの記憶が想起され、それらが結び

ついて、意味を形成します。知識の単なる集

積は、それがいかに膨大であっても、それ自

体では重要な意味を持ちません。そもそも学

問とは、様々の知識を互いに関連付ける作業

をいいます。認知心理学のリンケージモデル

は人間の頭脳のなかの思考プロセスのモデル

化ですが、これと似た思考メカニズムがイン

ターネット上で可能になります。インターネ

ットのリンケージ機能により、いわば﹁世界

す。我々の思考開始のプロンプトは、勿論、

が考え、世界が学問する﹂ことができるので

冒頭の質問であり、目指すところは、サステ

イナビリティ学の 生です。次回、その話を

致します。次回のテーマは﹁ITコミュニテ ィ﹂です。

285

我々は、記憶した知識の全てを、常時意識し ている訳ではありません。認知心理学のリン ケージモデルによると、問題が提起されて、

﹃サステナ﹄ 6号

図 2 認知心理学のリンケージモデルによる 思考プロセスの概念図.質問が思考開始の引き 金となり,質問に関連した記憶が想起される. それらが結びついて「意味」を形成し,結論へ と導く.


連載講座 より

できます。これは、すごいことです。

に置いて公開します。この文書を他のコンピ

284

HTTPです。これは、HTMLと共に、現 〇年台に欧州の素粒子物理学研究所CERN

ュータ ︵PC︶ 上で閲覧するためには、そのP

通常、HTML文書は、ウェブ・サーバ上

において、研究者間のコミュニケーションを

Cにブラウザと呼ばれるソフトをインストー

在のウェブ技術の中核を成すもので、一九九

効率化するために開発された技術です。HT

コルを使ってウェブ・サーバ上のHTML文

ルしておきます。ブラウザはHTTPプロト

書にアクセスし、それをPC上に表示します。

ランゲージの略で、普通のテキスト中にタグ と呼ばれる制御コードを挿入したものです。

するインターネットプロトコルによって動作

するので、ウェブ・サーバ上の文書は、沢山

HTTPプロトコルは、それより下位に位置

面や動画を挿入したりできるので、高品位の

のパケットに分割され、それらがバケツ・リ

タグによって、文字の種類・大きさ・位置を

文書が作成できます。HTMLの機能の中で

をブラウザが元の形に再構成するのです。こ

レーの原理でPCまで届けられます。それら

いいます。現在のコンピュータシステムの殆

仕組みをクライアント・サーバ・システムと

イアントからの要請に応じてサービスを行う

覧を要求します。このように、サーバがクラ

というプロトコルを使って交信し、文書の閲

であるサーバに対して、この例ではHTTP

ライアント即ち顧客は、サービスを行う機械

のPCの役割をクライアントといいます。ク

書中の用語や図面を他の文書と関係付ける機

た多種多様な情報を相互に関係付けることが

る点です。これによって、世界に広く分布し

ML文書、写真・動画ファイル等に設定でき

トワーク上に存在する世界中の如何なるHT

す。ここで、重要なことは、アンカーをネッ

くと、目的の文書が表れるというイメージで

方をするときもあります。碇の鎖を ってい

能です。アンカー︵碇︶を付けるという言い

最も重要なものは、ハイパーリンクです。文

指定したり、罫線を使って表を作ったり、図

MLはハイパー・テキスト・マークアップ・

図 1 ク ラ イ ア ン ト・サ ー バ・ システム.


の競争原理の発想を持たず、日々皆で楽しく

通知

は、賄賂だとすぐにわかったけれど、払わな

いサモア人﹂が、最も大切にする人間関係の

働ければそれで満足し、稼ぎを争うことのな

内容

ければ、嫌がらせで手続きを遅らされ、いつ

取引

還付を受けられるかわからない﹂と考えて言

課税 税控 所得

申告 確定

ット上で不特定多数の人々が対等な立場で著

取って説明しましょう。ウィキペディアはネ

の特徴を示すために、ウィキペディアを例に

次に、ITコミュニケーションのもう一つ

段となり得ることに注目したいと思います。

ミュニケーションの性格がこれを切り崩す手

立ち向かうことが困難です。ITの新しいコ

束力などがあり、個人ではそれらに正面から

企業の管理力・資金力、各種組織の権威・拘

に諸悪が横行する背景に、役人の権威・権力、

性格があることを示す一例です。一般に社会

これも、ITには人間社会の悪弊を排除する

結果的に税務署窓口の汚職対策になりました。

対してその実施を義務化しています。これは

申告が開始され、二〇〇六年からは、法人に

や法人税についてインターネットによる電子

さて、インドでは、二〇〇三年から所得税

断絶の犠牲を払ってまで、人に賄賂を要求す

のように、この悪習を排除することが困難な

法律で禁じられているにも拘わらず、この例 状況が社会システムに内在します。なぜ賄賂 という習慣が社会に入り込んだのでしょうか。 この連載の第一回目と第二回目で紹介したサ モアの社会システムでは、賄賂の習慣はあり ません。私の研究室にいるサモア人にその理 相手に対して失礼だからだ﹂との答えが返っ

由を訊ねたところ、 ﹁賄賂を要求することは てきまし た。サ モ ア 人 の 人 間 関 係 は、マ タ イ・システム︵首領システム︶とアイガ︵大 家族制度︶に立脚しています。サモア人社会 の人間関係を一言で表現すれば、 ﹁家長のリ ーダーシップによる大家族関係﹂ということ になります。サモアでは社会の構成員の全て が家族なのですから、賄賂がないのは当然で す。また、この連載の第二回で述べた﹁経済

いなりになったという話です。役人が賄賂を 韓国の現金領収書システムの 概念図

国税局

ることはあり得ないのです。

現金領収証の発行

﹃サステナ﹄ 7号

287

加盟店 消費者

とる習慣は多くの国で見られます。贈収賄は

現金で買い物


IT コミュニティ 小澤 哲

連載講座 より

城大学大学院理工学研究科教授 (リスク情報科学)

力すると、現金領収証が電子的にオンライン

必要がありません。年度末に国税庁のホーム

で発行されます。客は紙の領収書を保管する

ページにアクセスし、年末調整を行うと、五

〇〇万ウォン︵約六三万円︶を上限に控除が

受けられるものです。このシステムにより、

小売商店レベルでの現金の流れがガラス張り

になり、脱税ができないシステムが確立しま

した。前回の﹁ITコミュニケーション﹂で

解説したクライアント・サーバ・システムの

威力です。税金を納めさせるには、その意義

を人々に理解させ、積極的な納税を勧奨する

とか、脱税を暴いて処罰するという方法が一

般的ですが、これを今回のITの方法と比べ

てみると、後者による問題解決の切れ味の良

さが浮かび上がります。

同じ記事の中にインドの税金の還付金制度

に関する以下の話がありました。所得税の払

い戻しを税務署の窓口で申請したところ、

です。その一〇パーセントをここでお支払い

﹁還付金は四万ルピー︵約一一万六〇〇〇円︶

下さい﹂と言われて、 ﹁その一〇パーセント

286

サステイナビリティとITについての連載 二回目の﹁マタイ・システム﹂で、南太平洋

ですが、その第一回目の﹁サモアの話﹂と第 の群島国家サモアの社会システムを紹介しま した。第 三 回 目 の﹁I T コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ としてのインターネット技術を解説しました。

ン﹂では、コミュニケーションの新しい形態 今回の話題は、 ﹁ITコミュニティ﹂です。 せる能力や、ネット上に形成されるコミュニ

ITコミュニケーションが持つ社会を変化さ ティの役割について考えます。

4    

サステイナビリティと IT

二〇〇七年十月九日付けの朝日新聞の記事 にあった話から始めましょう。見出しは﹁電 子申告、売り上げ丸裸﹂とありました。韓国 では、小売店での現金による売買をIT技術 で正確にモニタする現金領収証システムを二

〇〇五年に世界で初めて導入し、二〇〇七年 七月から全ての小売店にこのシステムへの加 盟を義務化しています。客が小売店で現金で 買物をした場合に、国税庁発行の﹁現金領収 証カード﹂を提示するか、レジと連動する入 力機から携帯電話の番号などの個人情報を入

● 連載講座 ●


ウィキペディアは百科事典ですから、

ペディアの発想は生まれ得ないのです。 基本になっている点です。 ﹁この指と

トップダウンではなくボトムアップが

れらの活動に共通する重要な特色は、

国に押しつけることを避けるためにも、

国側の論理で展開し、それを発展途上

サステイナビリティ学の 生を先進

まれ﹂のスタイルで、様々な活動がネ

距離をおいた立場で問題を認識し、そ

また、現実社会の様々のしがらみから

その編集方針に﹁中立的な観点、検証 可能性、独自研究は載せない﹂があり、

ット上に展開されます。SNSの例と

るITコミュニケーションの役割は極

また、ウィキペディアは議論の場では

めて重要であると思います。ただし、

れに正しく行動するためも、 ﹁世界全

イ、バーチャル空間でコミュニティ活

ネット上での人の結びつきが正しい形

体で考え・行動する﹂ことを可能にす

動を行うセカンドライフなどがありま

して、韓国の総人口の三分の一が参加

きもあろうかと思います。

す。ネット上のコミュニティはバーチ

しているサイワールド、日本のミクシ

そこで、最後に、最近、特に注目さ

で行われることがその前提となります。

学問探求の場にはならないと考える向

れているSNSについての話を致しま

ャルであるからナンセンスであると決

ないことを明言しています。これでは、

しょう。SNSはソーシャル・ネット

です。以上がこの連載の結論ですが、

ITコミュニティの倫理を、サモア人

多少、机上の議論になったきらいがあ

めつけ、その意義を認めようとしない

で過ごす時間と同等︵時には、それ以

ります。そこで、次回︵この連載の最

ワーキング・システムの略で、社会的

上︶の充実感を感じる若者が増加して

終回︶は、ネット上にサステイナビリ

社会で見た家族間の結びつきの延長線

SNSには、コミュニティ形成・運用

いる事実を直視したいと思います。実

上で考えたいというのが、筆者の主張

支援、コンテンツ作成支援など様々な

際、バーチャルな世界で流通するバー

頭脳の硬直した大学教授の存在の陰で、

機能があり、その使い方次第で、各種

ティ学を構築する具体的な行動につい

SNSの中で過ごす時間に現実の世界

同人活動、教育活動、政治活動、芸術

チャル貨幣が現実の貨幣と相互に交換

て報告します。

築するサービスを行うシステムです。

活動、経済活動などが可能です。すな

世界と現実世界の距離は、急速に接近

できるようになるなど、バーチャルの

ネットワークをインターネット上に構

わち、SNSは、人の繫がりによって

しつつあります。

実施する全ての活動をネットワーク上 で展開する基盤を与えるものです。こ

﹃サステナ﹄ 7号

289


連載講座 より

ソースからのアナロジーによって生ま

をウィキペディアで引くと﹁オープン

の一種です。 ﹁オープンコンテント﹂

ペディアは、所謂オープンコンテント

よって実現した知識集積です。ウィキ

考え方を極めて柔軟に運用することに

は、従来の著作物に付随する著作権の

の編集作業のエチケットはウィキケッ

て興味深いものです。ウィキペディア

一種の倫理規定です。その内容は極め

ています。基本方針とガイドラインは

戦に陥った場合の対処法などが示され

がある内容に関する項目で書き変え合

詳細に定められており、例えば、論争

の基本方針とガイドラインが明確かつ

ます。ウィキペディアの運用には、そ

たのは、実は、この﹁オープンコンテ

学問することができるのです﹂と書い

を使うと、いわば世界が考え、世界が

の連載の第三回目で﹁インターネット

公正・明快な話ではありませんか。こ

うことになったのですから、たいそう

例で見たように、内容だけが勝負とい

たのです。それが、ウィキペディアの

的に彼らの特権や権威が確保されてき

作権で保護され、それによって、結果

者や特別の環境にいる人に限られてき

れた概念で、文章・画像・音楽などの

トと呼ばれています。要はネット社会

意味しておりました。これは﹁インタ

ント﹂や﹁コピーレフト﹂の考え方を

すが、その履歴が完全に保存され、過

著作物を共有の状態に置くこと。それ

で守るべきルールをまとめたものです

作・編集・改訂を行って完成させた ︵さ

は法律的に保護された共有状態と見る

が、人との繫がりを大切にするサモア

たのです。そして彼らの著作物は、著

ことができ、複製・配布・改変などに

ーネットの情報伝達の仕組みの重要な

去の状態も閲覧できるようになってい

ついて制約がないこと、また、そのよ

人の社会であれば、倫理規定などと大

特徴は、自律分散型の民主的なネット

せつつある︶電子百科事典です。それ

うな状態にある著作物を指す﹂とあり

仰なことを言わなくとも、至極当然の

報伝達システムです﹂と書いたことと

ます。それは著作権を保持したまま、

も関連しています。中央集権的な放送

ワークであることです。これに対して、 書物に自分の知識・思想を記述し、

や出版のシステムには、常に権威や特

従来の放送システムは中央集権的な情 世間に公開できるのは、従来は特定の

のサモアびいきのためでしょうか。

ればならないとする﹁コピーレフト﹂

人々に限られておりました。極端な言

ことに映るであろうと思うのは、筆者

の考えが基礎になっています。ウィキ

権が付きまとい、それからは、ウィキ

二次的著作物も含めて、全ての人が著

ペディアの場合も、その内容は多くの

い方をすれば、学問ができるのは、学

作物の利用・再配布・改変ができなけ

人によって勝手に書き変えられるので

288


のテーマでもあります。この理論は人と人の を手紙に書いて、米国の大統領に届けること

つながりを研究します。例えば、メッセージ を考えます。我々は大統領の直接的な知り合 いではないので、 ﹁知り合い﹂から﹁知り合 い﹂へと何段階もの伝達のチェイン︵鎖︶を 形成します。ここで﹁知り合い﹂の定義はフ ァーストネームで呼び合うことができる間柄 とします。さて、この方法で、ある一般人が 大統領にメッセージを伝え得るためには、何 段階の鎖が必要でしょうか。この問題は、一 九六七年、米国の心理学者スタンレー・ミル して有名です。その結果、 ﹁世界中の人間は

グラムが行った﹁スモールワールド実験﹂と 六人の鎖でつなぎ合うことができる﹂ことが 示されました。意外と小さな数だったのです。 人に相当するので、六人の鎖で世界の人々が

因みに、四三の六乗は、世界の総人口六五億 互いに結び付くためには、 ﹁知り合い﹂の数 ミルグラムの実験では、メッセージは手紙

役割だけのものでした。手紙の中身は何であ

ろうと構わないのです。しかし、持続可能性

学では、メッセージの内容を全世界に周知さ

せねばなりません。従って、鎖となる人々は

メッセージを完全に理解しなければならない

の で す。例 え ば、 ﹁脱 炭 素 社 会 を 構 築 し よ

う﹂というメッセージを理解し、それに賛同

し、それを﹁知り合い﹂に伝えてくれる人を、

皆さんは何人持っていますか。それが、四三

人以上であれば、世界の総ての人々に﹁脱炭

素社会の構築﹂を呼びかけることができます。

次に、ソーシャル・ネットワーク理論で、

ミルグラムの実験と並んで有名な﹁弱い絆の

強み﹂という話をしましょう。米国の社会学

者マーク・グラノヴェッターは、一九七〇年、

ホワイトカラー労働者を無作為に選択して、

彼らが、如何にして職を見つけたかを調査し

ました。その結果、被検者の多くは、近親者

などの紹介によってではなく、むしろあまり

良く知らない人からの情報によって職を見つ

けていたことが分かりました。この例から、

グラノヴェッターは、あまり良く知らない人

291

は四三人である必要があります。 に書かれていて、人の鎖は単に手紙を届ける

﹃サステナ﹄ 8号

2004 年 12 月スリランカ 西海岸を襲った津波. (Proposal for usage of ICT method for risk management for future natural disasters, G. Dassanayake, V. Patu, S. Ozawa, et al., Proc. Vietnam-Japan Symposium on Mitigation and Adaptation of ClimateChange-Induced Natural Disasters, 2007 より)


メッセージの 成と伝達

城大学大学院理工学研究科教授 (リスク情報科学)

小澤 哲

連載講座 より

らは、津波とは如何なるものであるかを知ら

津波が近づいてくるのを観望していたのです。

なかったのです。彼らは逃げることを考えず、

子供を肩車にして走る人、車の屋根に立って

写真を撮る人、この写真の全ての人々が津波

の犠牲になりました。これに似たことが、ス

リランカの各地で起こりました。死者三万一

〇〇〇人、行方不明一万八〇〇〇人の被害で

した。この被災がいかに悲惨なものであった

かを伝える写真やビデオが数多く残っていま

す。このような悲しい経験を繰り返さないた

めには、この災害で学んだ多くのことを、次

世代のスリランカ人に伝えなければなりませ

ん。スリランカでの教訓は他国の人々にも伝

えられ、共有されるべきです。即ち、グロー

バルな教育システムが必要になります。

﹁分かったことを人に伝えたい﹂と思った

ときに、どのようにすればよいかについて考

えましょう。これは、持続可能性学の様々な

分野で共通的な問題で、いま流行のソーシャ

ル・ネットワーキング・サービス︵SNS︶

の基礎となるソーシャル・ネットワーク理論

290

サステイナビリティとITについての連載 成と伝

の最終回です。筆者のグループの最近の仕事 を 紹 介 し な が ら、 ﹁メ ッ セ ー ジ の 達﹂について議論し、このシリーズを締め括 りたいと思います。筆者のグループは、IC 城 大 学・地 球 変 動 適 応 科 学 研 究 機

関︶のメンバーとして、気候変動と自然災害、

AS︵ 特に﹁過去の自然災害から学び、将来の自然 しています。これは、地球の温暖化によって

適応学を 生すること﹂に興味を抱いて活動 生じる様々な現象と自然災害の相乗効果によ

5(最終回)    

サステイナビリティと IT

って、災害に対するリスクが今後急増すると 一枚の写真から話を始めましょう。二〇〇

いう危機感がその背景にあります。 四年十二月二六日、スマトラ沖でマグニチュ ード九・三の地震が起こり、津波が発生しま

した。この写真は、その津波がスリランカの 西海岸に到達したときに撮影されたものです。 これを見ると、何か不思議な感じがします。 なぜこうも沢山の人々が大きな波の直前にい るのでしょうか。拡大写真に写っている人々 の表情からは、恐怖感が読みとれません。彼

● 連載講座 ●


育プログラムを構築できること、マルチメデ

のカリキュラムと並列的にオプション的な教

仕組みです。二つのセクターは、母国語での

るので、コンテンツの共有が図られるという

の中身は総てのサーバ群にミラーリングされ

極めて印象的でした。それが永遠に続きうる

目にした子供たちの多感で澄んだまなざしが

時のことでした。サバイィ島のある小学校で

のは、二〇〇五年、初めてサモアを訪問した

でもあります。筆者がこのアイディアを得た

L︶は、新しいタイプのネットワークの提案

みという点で協調的サーバ群︵KISSE

識を 成すること﹂を可能にする組織的な試

ます。 ﹁異なる国の人々が協調的に新しい知

プラットホームに成長すればよいと考えてい

持続可能性学﹂を構築する一つのネット上の

SSEL︶が、 ﹁アジア太平洋諸国のための

りますが、近い将来、協調的サーバ群︵KI

このプロジェクトは始まったばかりではあ

めの工夫です。

活動とグローバルな知識共有を両立させるた

ィア教材が容易に利用できることなどの利点 があり、アジア太平洋諸国でも急速に広まり つつあります。我々のグループでは、アジア 太平洋諸国の大学にE ラーニングを実施す る協調的サーバ群︵KISSEL︶を設置し て、これ ら の 国 の 教 師 グ ル ー プ が、相 互 扶 助・互恵の関係で連携しながら、コンテンツ を開発できる環境を準備しています。複数の サーバが協調的にコンテンツを開発する点で 全く新しいシステムです。サーバの設置作業 は、サモア、スリランカ、ハワイ、日本で行 っていますが、さらに、フィジー、ベトナム、 バングラデシュ等への展開を計画しています。 サーバの中身は、インターナショナルとド メスティクの二つのセクターから構成されて おり、後者は、現地の教師グループが自由に 使い、母国語による様々なコンテンツを蓄積

世界をと考えたのが、すべての出発点であり ました。

293

します。その中で特に他国と共有するに値す るコンテンツは、英訳してインターナショナ ル・セクターにコピーします。このセクター

﹃サステナ﹄ 8号

2008 年 2 月、筆者のグループ とハワイ大学の太平洋地域衛星通 信ネットワーク研究チームとの打 ち合わせ.


連載講座 より

形成し、それらが協調的に活動することによ

って、メッセージの内容そのものを形成して

ゆくという方法です。グラノヴェッターのモ

デルに似ていますが、メッセージ自体を生成

する母体になっている点でさらに重要です。

津波災害を教訓として、自然災害一般に関す

例えば、冒頭で述べた話題﹁スリランカでの

るアジア太平洋諸国のための防災教育システ

ムを構築し、この地域にサステイナビリティ

学の発想を定着すること﹂を問題にします。

最終的にはアジア太平洋諸国の未来を担う若

い世代に対して、我々のメッセージを伝えた

いのですが、差し当たって、彼らと日々接触

している現地の既存の教師グループと﹁弱い

絆﹂を作ることにします。現地の教師グルー

プと一緒になって考え、このテーマを学校教

育のプログラムに取り上げてもらうのが狙い

です。しかし、学校教育のカリキュラムは、

どこの国でも、きちんと決まっていて、新し

い教科やテーマを挿入する余裕はありません。

そこで、E ラーニングの持つ自由学習的な

性格に注目します。E ラーニングは、既存

292

とのネットワーク﹁弱い絆﹂の重要性を説き それに適切に対応してくれる人はミルグラム

ました。これは、メッセージの内容を理解し、 の実験での﹁知り合い﹂の中よりも、 ﹁あま り良く知らない人﹂の中にいることを示すも 社会での人的なネットワークの形成支援を

のでありました。 行うシス テ ム がS N S で す。そ れ は﹁弱 い 絆﹂をネット上に形成します。今やSNSは 大変な流行です。それでは、持続可能性学の 普及は単にSNS上にメッセージを置けば、 十分ということになるのでしょうか。SNS のネットワークは、 ﹁この指とまれ﹂方式が 基本です。その活動は不特定の人々が自発的 に行うものです。その開放的で自由な伝達方 式は魅力的ですが、一方、組織的な展開力と そこで、我々のグループが考案した方法に

いう点で物足りないものを感じます。 ついて説明しましょう。それは、既存の人的 全体にネットワークを開放するのではなく、

ネットワークを結ぶ方法です。いきなり世界 既存の人的ネットワークの間に﹁弱い絆﹂を

個人を結ぶ強い絆

個人を結ぶ強い絆

マーク・グラノヴェッターの 「弱い絆」の強み.

個人を結ぶ弱い絆


今回からの連続四回のコラムでは、北海道大学

をやさしく連載いただくことにしました。まず第

れぞれの専門分野とサステイナビリティ学の関係

おうという﹁大志﹂を抱いた生態学者の方に、そ

のサステイナビリティ・ガバナンス・プロジェク

一回目は、動物行動生態学を専門とする齋藤が担

人類存続をも脅かしかねないものだからです。

トに参加し、融合学としてのサステイナビリティ

当します。

続けてきたのです。互恵的共同社会、という

的社会があることを見つけ、その解釈に悩み

私も、ダニのような単純で微小な動物に共同

ないとされる動物にみられるのでしょうか。

このような行動がなぜ、ほとんど﹁知能﹂の

と思われがちな行動が観察されるからです。

行動﹂という、知能の発達した人間社会だけ

互作用に﹁分け合い﹂ 、 ﹁共同﹂そして﹁利他

争﹂だけがすべてと思われる動物の個体間相

ぜ必要なのでしょうか。それは、 ﹁攻撃、競

このような理論が、動物行動学においてな

明らかにする理論です。

が最終的に残る︵進化する︶のかを数学的に

うなゲームが続くと、どんな戦略を使った者

利益︵損失︶が得られるのか、さらにそのよ

学の確立を目指し、それによって地球の危機を救 みなさんは、ゲーム理論をご存じですか。 唐突な話で驚かれたかもしれませんが、私は しようとしています。この理論を用いた研究

現在この理論を道具として動物の行動を理解 がノーベル経済学賞の対象になったことをみ れば、それが経済や政治学の重要な基礎理論 だということがおわかりいただけるでしょう。 また、ゲーム理論から導かれる﹁共同﹂の進 化条件は、生物進化の第三原理︵第一原理は 突然変異、第二原理は自然淘汰︶だといわれ ェ イ ク、エボ リ ュ ー シ ョ ン、二 〇 〇 七︶ 。こ の

るようにまでなっています︵テイラーとナウ 理論とは、ゲーム的な状況、つまり﹁二人以 況﹂で、それぞれのゲーム参加者がどんな手

のがササやススキを食べるスゴモリハダニと

295

上で何か資源をめぐって相互に行動する状 ︵以後戦略とします︶を使うと、どのような

﹃サステナ﹄ 6号

動物の行動からみた 共同的社会


1 ● 連載講座 ●

サステイナビリティと生態学

す。生態学者にそう言わせたのは、基礎的な生態

連載講座 より

学的データがまったく不十分なうちに自然が破壊

︵経済学︶のエコだと思っている人も Economy いるかもしれません。その証拠に、最近実施した

むしろ長い潜伏期を経て、より大きな規模、つま

決して問題がすべて解決したわけではありません。

何とか発展を続けて今日に至りました。しかし、

の矛盾だったのではないでしょうか。

294

度経済成長時代の無定見な工業発展で傷ついた国

土を回復しようとする、第一次エコロジー運動

︵ブーム︶がありました。私はそのころ生態学を

志した者の一人ですが、実際の生態学と、市民運

動としてのエコロジー運動の間には深い溝があっ

態学者に、環境問題に関して﹁生態学に処方箋な

たことを思い出します。それは、当時の著名な生

エコを考える、エコ住宅、エコカー、 には今

し﹂と言わしめたことに端的に表れていたようで エコとつく言葉があふれています。しかし、この

され、なすすべもないというあきらめと、一方で

大学院の英語試験で、 Ecology を経済学あるいは 環境学と誤訳した受験生が全体の七割を越えてい

り地球的規模に拡大して、再びわたしたちの前に

その姿を現しはじめたようです。この問題を真っ

正面から捉えようとするのがサステイナビリティ

処方箋なしといってはいられないでしょう。なぜ

学であるとすれば、生態学ももはや背を向けて、 ビナート、イタイイタイ病などの公害問題、そし

なら、直面する危機は、科学そのもの、ひいては

ところで、四〇年近く前に、水俣病、水島コン て無秩序な開発による自然破壊など、わが国の高

つながるもの、つまり Ecology をイメージして いることは確かなようです。

以来、わが国は深刻な問題を個々に解決しつつ、

のに、環境に優しく、それゆえに世界の持続性に

ました。それでも、多くの人がエコ商品というも

は基礎科学とその応用との狭間で苦悩する研究者

﹁エ コ﹂が 生 態 学﹁ Ecology ﹂を 意 味 す る エ コ だ ということがすっかり忘れ去られているようです。

北海道大学大学院教授 (生物生態・体系学)

齋藤 裕


けになってしまいます。

になりますので、遠からずこの集団はタカだ

ムでは、ハトが存在する限りタカが絶対有利

のとき何も得ることができません。このゲー

のものになるので子供が一〇個体、ハトはそ

しかし、タカがハトに出会えば、すべてタカ

また、ハトがハトに出会った場合は五です。

かな分け合い︵協調︶が観察されることにな

方的勝利、あるところではハトどうしの穏や

タカとタカの争い、あるところではタカの一

ると、あるところで行われているゲームでは

る︶になる時があります。つまり、集団をみ

タカ戦略をとる確率がゼロから一の間にあ

の決着が、タカとハト戦略の混合︵正確には、

自分の遺伝子を相手︵勝者︶の子を通じて残

負けても、相手が兄弟であればなにがしかの

り多くの遺伝子を共有していますから、仮に

ニズムの原理﹂に従えば、兄弟は赤の他人よ

ーを増やすことであるという﹁ネオダーウィ

いと思われるでしょう。進化が遺伝子のコピ

う場合、直感的に兄弟の方が喧嘩になりにく

︵集団の状態︶は異なってくるでしょう︵さ

利にゲームを進められ、その最終的な帰結

ぬければ、こちらのとるべき戦略を選んで有

ん。もし、記憶力があって、相手の戦略を見

ムでは、記憶というものを前提にしていませ

ることができたようです。ただし、このゲー

会に共同が進化するのか、その原理をみつけ

るということです。これで、なぜハダニの社

集団がハトだけになってしまうこともあり得

るのです。さらに、もしハトどうしが協調す

せるので、進化的にみて敗者のとり分はゼロ

らに噓をつくといった戦略も新たに入ってき

ところが、血縁個体どうしがゲームをして

ではありません。つまりゲームの相手が血縁

ます︶ 。それは、いわゆる経済や政治学で使

同防衛の効果が上がる︶があれば、この血縁

だと、その血縁度︵等親のようなもの︶に応

るとさらに良いこと︵ダニの例なら、巣の共

じて利益が大きくなるということになります。

われるゲーム理論︵例えば、核戦争を想定し

いると、だいぶ話が違ってきます。兄弟どう

この血縁度をゲームに加えると、先のゲーム

しが何かを争う場合と、赤の他人どうしが争

﹃サステナ﹄ 6号

297


連載講座 より

この三〇年間、多くの理論行動生態学者によ

未解明だったことが幾つか明らかになりつつ

いうグループに私が発見した社会です。ケナ の葉の裏に共同で大きな巣を作り︵ハダニは

あります。それらを詳しくは述べませんが、

って成されてきたことですが、それでもまだ

クモのように糸を出します︶ 、侵入してくる

その中でサステイナビリティに関連しそうな

ガスゴモリハダニは、たくさんの個体がササ

天敵︵捕食者︶に対して集団で巣と家族を防

相互作用する二個体のゲームを考えました。

まず、私たちは、限られた資源をめぐって

ものを紹介させていただきます。

さえもっているのです。巣に囲まれた葉面は

と同等だと考えます。つまり、すべての資源

を使えれば一〇個体の子供を育て上げられる

資源量はそれを利用して育てられる子供の数

を独占しないで、共有するのでしょう。また、

が、半分しか使えなければ半数の子供しか育

の細胞から養分を吸収︶ 。なぜ、個体はそれ なぜ他のハダニにはみられない特別の社会が

益は五かそれより少ない子供の数になります。

我をすることがあるので、勝者の平均的な利

りますが、勝つ確率は五分五分で、勝者も怪

ってしまったらどちらかが独占することにな

ト戦略﹂と呼びましょう。タカとタカが出会

略﹂ 、攻撃せずに資源を分け合う戦略を﹁ハ

のゲームで本来使われていた名称﹁タカ戦

相手を攻撃して資源を独占する戦略をこの型

ヤーはどんな戦略をとれば良いのでしょう。

てられないとします。さて、二個体のプレイ

考えたのです。もちろん、そのような試みは

それをゲーム理論によって明らかにしようと

作用というものが、どう進化をとげるのか、

そこで、ダニに限らず、動物の個体間相互

を含む︶の社会進化にもつながっていきます。

問にもつながるもので、さらに哺乳類︵ヒト

とよばれます︶がなぜ進化したのかという疑

るカスト︵労働が分化した︶社会︵真社会性

さらにアリ、ハチあるいはシロアリにみられ

この種に進化したのでしょう。この疑問は、

棲み場所であるとともに です︵ハダニは葉

て決まった場所で排泄をするという集団の掟

衛します。さらに、巣の中にいる個体はすべ

ケナガスゴモリハダニの集団営巣 (筆者撮影) .矢印は排泄場所とそ こへ排泄のために巣を出たメス

296


人間活動により生物が生息できる場所が狭 ッドデータブック﹂ ﹁絶滅危惧種﹂ ﹁固有種﹂ 、

まり、生物種数の減少が起きています。 ﹁レ など新聞をにぎわせている言葉です。その中

どの場所を保全すれば良いのか? 辻 宣行

保全のための指標

でも、 ﹁生物多様性の減少﹂は近頃最もよく 目にする言葉です。生態学においては、生物 多 様 性 を、 ﹁景 観 の 多 様 性﹂ ﹁種 の 多 様 性﹂ ﹁遺伝子の多様性﹂の三つの階層に分けてい 様性の意味で使います。

ますが、ここでは一番良く使われる、種の多 私たち、北海道大学サステイナビリティガ バナンスプロジェクト︵SGP︶では、 ﹁持 続可能性の指標﹂に関する研究も進めており ます。ただ、持続可能性は大変広い概念です ので、例えば指標の一つ、ESI︵ Environ-

数を使い、これを五つの指標にまとめていま

︶は、広い分野 mental Sustainability Index ︵たとえば二〇〇五年のESIは七六個の変

す︶にわたる指標を使い、国別の点数を計算

2  

サステイナビリティと生態学

﹃サステナ﹄ 7号

いようです。日本は三〇位です。

一方、生態学では、 ﹁どの程度生物多様性

が高いか﹂ということを表すために種々の指

標が考えられています。最も簡単な指標は注

目している場所にいる種の数です。この種数

はその種がいるか、いないかの情報しか使っ

ていませんが、その種の個体数も取り込んだ

指標もたくさん研究されて来ました。ここで

は、どの場所を保全するのか、という問題を

考えるための指標を考えてみましょう。

まずは、 ﹁生物多様性が高い場所﹂と﹁保

全しなければならない場所﹂とは必ずしも一

致しないことに注意して下さい。例えば、図

1を見て下さい。ある地域が四つの場所に区

切られていて、その地域全体には五種の昆虫

がすんでいるとします。場所1には、六匹の

セミ、五匹のテントウムシ、三匹のチョウ、

三匹のトンボがすんでいます。場所3にはカ

ブトムシがいます。この四つの場所から二つ

を選び、それらをこの地域の保全地に指定す

ることを考えてみましょう。場所1は四種い

て、おまけに個体数も多いので、是非保全し

299

しています。この指標によると、二〇〇五年 の一位はフィンランド、二位はノルウェー、 三位はウルグアイで、上位には北欧の国が多

● 連載講座 ●

北海道大学サステイナビリティガバナンスプロジェクト特任准教授 (数理生態学)


連載講座 より

﹁資源の分け合い﹂を共同の一つだと主張し

それは共同ではない。共同とは、二個体がい

た冷戦構造を説明したことで有名な囚人のデ 記憶力のない、つまり﹁知能﹂のほとんどな

ると、一個体のときよりも利益が﹁さらに大

たのですが、それを聞いた欧米の研究者は、

い動物においてさえも、ゲームを通じて共同

きくなる﹂ことをいうのだと指摘してきたの

ィレンマゲーム︶の話になります。ここでは、

が進化する条件があるのだということが大事

す。実は 人 間 の 社 会 に お い て﹁限 ら れ た 資

かも、と思っていただける人があれば幸いで

ざかったと感じるでしょうか。そうではない

をうまく分け合って、それを効率良く使って

な利益を得るのが共同であり、限られた資源

て、一人ではできないようなことをして大き

と、たくさんの人︵あるいは国家︶が連携し

か。現代の社会にこの問題を置き換えてみる

う行動は、いったい何と呼ばれるのでしょう

です。それでは、 ﹁争わずに分け合う﹂とい

源﹂をめぐる相互作用の本質がここにあるよ

いくのは﹁共同﹂ではないというのでしょう

さて、ずいぶんサステイナビリティから遠

なことです。

うな気がしませんか。先の例で、限られた資

か。

サ ス テ イ ナ ビ リ テ ィ と は、 ﹁限 り あ る 資

源を﹁分け合う﹂という戦略こそが人類がサ か︵すでに北欧ではワークシェアリングが政

源﹂が前提になっているのだと理解していま

ステイナブルに生きることではないでしょう 策として実施されています︶ 。また、生物学

す。そうであれば、共同という言葉のもとに、

ようとすることは、サステイナビリティにと

際限なく資源を消費してお互いの利益をあげ

って有害なことでしょう。むしろ、私達のい

的にみると、その実現には血縁共同体が重要 ところで、ごく最近、私は﹁共同︵コーポ

う分け合いこそが、真の意味で共同というに

だということも何か示唆的です。

と私たち︵日本人︶とで、ニュアンスに違い

ふさわしい、と私には思えるのです。

レイション︶ ﹂という言葉に、欧米の人たち があるこ と を 感 じ ま し た。私 た ち は、先 の

298


一回なので、全て12を与えます。ここで与

4、5は二つの全種表現組み合わせのうちで

組み合わせの要素ではないので0、場所3、

回含まれているので12、場所2は全種表現

この中から全種表現組み合わせを求めるのは

す全ての組み合わせは一七・三兆程度あり、

カ所としましょう。一〇〇から一〇を選び出

わざるをえません。最小の組み合わせが一〇

が、場所が一〇〇カ所にもなると計算機を使

0

0

0

0

1

0

0

場所 3

0

0

1

0

場所 4

1

1

0

0

場所 5

0

1

1

0

場所 6

0

0

0

1

らによっ Pressey

ずは、種がいるか、いないかのみの情報で作

的な指標なのですが、問題点もあります。ま

置換不能度は前にも触れたように大変直感

てなされています。

へと拡張してゆく考えも

での考えを拡張して一種二ヵ所、一種三カ所

一種一カ所では不安かも知れません。これま

絶滅させてはならないという考えからすると、

という考えによるものでした。一種たりとも

どうすれば効率よく全種表現組み合わせを求

大変だと想像がつくでしょう。したがって、

えた0、12、1をその場所の重要性と考え、 これらの値を﹁置換不能度﹂ ︵ irreplaceabili-

1

場所 2

められるのか、もしくは近似する事ができる

場所 1

︶ ﹁置換不能度﹂や tyと呼びます。ただし、 ﹁全種表現組み合わせ﹂というこれらの言葉

昆虫 4

のかの研究がすすめられています。以上の考

昆虫 3

えは生物一種を最低一カ所で保全すれば良い、

これらの全種表現組み合わせに基づく置換 不能度を指数とした保護区選びの優先度の考 えは、オーストラリアの科学者、 Pressey ら によって考え出されました。考え方はこのよ うに非常にシンプルでわかりやすいので、私 たちは世界中で広く使われると思っていたの はほとんど使われていないことがわかりまし

ですが、意外と使われていませんし、日本で た。その理由は全種表現組み合わせを求める

られるので、ある場所には昆虫が一匹いよう

が一〇〇匹いようが場所の価値は全く同じと

判断されます。しかし、この取り扱いのお陰

301

のが大変なことにあると思っています。ここ での例のように場所が六つ程度ならば、なに も計算機を使う事なしに簡単に求められます

昆虫 2

﹃サステナ﹄ 7号

昆虫 1

は、私たちがつけた日本語訳なので、ほとん 表 1 4 種の昆虫が 6 地域のどこにいるのか.

ど知られていません。

( “0”は「いない」 , “1”は「いる」を表す)


連載講座 より

合わせ﹂ ︵ representative combination ︶で す。例えば、ある地域が六つの場所に区切ら

れていて、その中に四種の昆虫がすむとしま

す。表1がこれを表しています。どの場所を

組み合わせるとこの地域にすむ全ての昆虫を

含む組み合わせになるのか︵これを﹁全種表

現組み合わせ﹂と呼びます︶を考えます。一

カ所や二カ所ではこれを満たさない事が判り

ます。三カ所の組み合わせ、例えば、場所3、

4、6︵以下簡単に︵3、4、6︶と表しま

す︶を組み合わせると全種表現組み合わせと

なることが判ります。同様に︵1、5、6︶

もそうです。四つの場所では、 ︵1、2、3、

6︶ 、 ︵2、3、4、6︶等が全種表現組み合

わせとなります。場所6が必ず全種表現組み

合わせに入っていますが、これは、昆虫4が

三カ所の場合の全種表現組み合わせは上に

場所6にしかすんでいないからです。

述 べ た、 ︵3、4、6︶と︵1、5、6︶の

二つです。場所6は必ず全種表現組み合わせ

の要素になるので、場所6に1を与えます。

場所1は二つの全種表現組み合わせの内で一

300

たい場所だと判断できます。次に種数も多く ち、この地域全体の代表として、場所1と2

個体数も次に多い場所2を選ぶとします。即 を保全すると決断します。そうしますと、こ の地域に住んでいるカブトムシがいなくなっ は、地域全体を保全することを忘れているの

てしまいます。どうしてでしょうか。私たち です。目的は地域全体の保全ですから、場所 べく多く含まれる ︵理想は全種類含まれる︶ よ

1ともう一カ所を加えて地域全体の種がなる うにしなければなりません。すなわち場所1 となるべく重複しない種を持つ場所︵これを いといけません。このように保全では、相補

﹁相補性﹂の高い場所と呼びます︶を選ばな 性が重要となります。この説明では一種当た りの個体数は考えられていませんので、今の の組み合わせが最大種数を保全する組み合わ

例では場所1と3、場所2と3、場所4と3 せです。以下、保全とは個体数は関係なく最 大種数を保全すること︵一種たりとも絶滅さ せない︶として話を進めてゆきます。 この相補性に基づくのが、 ﹁全種表現組み

場所4 場所3 場所2 場所1

図 1 ある場所にどの昆虫がいるか.


地球表面の七一%を占める海、全人類の食 物資源供給の場とすれば か数%ですが、ヒ トが消費する動物性タンパク質の約二〇%を 支え、生命のみなもとである大量の水を蓄え、 光の届かない深海は栄養塩類の巨大な貯蔵庫 となっています。海洋生態系は、水温、塩分 や栄養塩濃度などの非生物︵物理・化学︶環 境と、多種多様な生物の相互作用︵捕食、寄 生、競争、繁殖︶を含む生物環境で構成され ています。そして、生物間には食う 食われ るの複雑な食物連鎖︵網︶があります。これ に加えて、生物の死骸や排泄物を分解して栄 養塩類を再生し、再び食物連鎖へ回帰させる 微生物ループも存在します。例えば、マイワ シなどが大量に死んで海底に沈んだとしても、 その死骸はいつのまにか消えてしまいます。 機・無機物質として陸から再び海に戻ります。

ヒトが漁獲して消費したあとも、いずれは有 また、海は大気とのバランスの中で炭酸ガス えています。海は、地球生態系の恒常性を維

3  

サステイナビリティと生態学

海洋生態系とサステイナビリティ ﹃サステナ﹄ 8号

北海道大学大学院水産科学研究院教授 (海洋生態学)

などの三次元的な水の動きによって再生可能

でサステイナブルな物質循環系を維持し続け ています。

しかし、二一世紀に入り、私たちは毎日の

ように地球温暖化という言葉を耳にし、日常

生活においても桜前線に代表される春の訪れ

の早さや真夏日の多さから、地球温暖化への

不安を抱いています。世界では、北極海の夏

の海氷が二一世紀中に消滅し、氷上で生活す

るホッキョクグマの生存が危ぶまれています。

また身近なところでは、都会のヒートアイラ

ンド現象もあって、二〇〇七年からはついに

暑日﹂もできています。ところが、暑ければ

﹁真夏日﹂などに加えて、三五度以上の﹁猛

冷房、寒ければ暖房という近代生活の中で、

私たちはたった一∼二度の気温変化に気づく

は、この かな温度変化が、小さな動植物プ

ことは少ないようです。海の生き物にとって

ランクトンから大型の海産哺乳類まで、その

水温などの海の環境変化は、直接個々の生

生活に大きな影響を与えることがあります。

物の生存条件として働くばかりではなく、例

303

などの気体を吸収し、再び放出する機能も備 持しながら、たくさんの生命体と海流や湧昇

● 連載講座 ●

桜井泰憲


連載講座 より

ています。四角一つの大きさは一〇キロ×一

〇キロで、三二二個あります。大部分の場所

の置換不能度は0である事が判ります。灰色

の部分は国立公園なのですが、思った程置換

不能度が0ではない場所と重なっていない事

この全種表現組み合わせに基づく置換不能

もわかります。

度 に 欠 け て い る 考 え が あ り ま す。そ れ は

保全する場所がまとまっていた方が保全し易

﹁形﹂の概念です。保全を行う場合、一般に

いと言われています。離れた三カ所を別々に

保全するよりも、まとめて一カ所にしてしま

った方がやり易いこともあるかも知れません。

全種表現組み合わせにさらにこの概念、 ﹁な

るべくまとめる﹂という考えが更に必要にな

ってくるでしょう。これに関連して、保全生

態学では、SLOSS︵ single large or sev-

︶という事が議論されています。 eral small 一カ所を大きく保全するのがいいのか、小さ

問題です。それぞれ一長一短があるようで、

な場所をたくさん保全すればいいのかという

決着はついていないようです。

302

で指標が簡単になっているとも言えます。次 に、例えば昆虫で置換不能度を求め、その場 所が﹁1﹂になり、次に鳥で置換不能度を求 めると同じ場所が﹁0﹂となった時にどう判 断すればいいのでしょうか。鳥よりも昆虫が 価値がある、などという事はないでしょう。 鷲や鷹のような猛禽類は生きてゆくためには 一般に広い場所が必要ですし、昆虫は葉っぱ 一枚でその生涯を終える場合もあります。一 カ所の場所の広さをどうとればいいのか、こ れもまた難しい問題です。さらに現実的な問 題があります。データの精度です。日本でも 五年に一度﹁緑の国勢調査﹂が行われていて、 全国が調 べ ら れ て い ま す。あ る 生 物 が﹁い る﹂と言う事は発見すればいいのですが、 ﹁いない﹂ということをはっきりさせるため には大変な労力が必要です。また、調べ易い 場所と調べにくい場所をどうすればいいのか、 など実に泥臭い問題も存在します。 とりあえず置換不能度を計算してみました。 図2は、関東地方の一〇一種のチョウのデー タを使い、一種一カ所で計算した結果を示し

10km 10km 10km 10km

置換不能度 1.0 0.5 0.25 0.0

置換不能度 1.0 0.5 0.25 0.0

図 2 101 種のチョウのデータで計算した 置換不能度.

国立公園 国立公園


食べるものがないのか、イカの胃からはイカ しか見られない﹂と嘆いていました。もし、 大型魚類が増える生態系に戻すことができれ ば、このような現象はなくなるはずです。 海洋生態系は、多様な生物種で構成され、 それぞれの種は再生産と世代交代を繰り返し ており、サステイナブルな物質循環系を維持 し続けているはずです。しかし、これは定常 なシステムではなく、極めて不安定で非定常 なシステムです。急激な気候変化や乱獲など は、クラゲやイカで紹介しましたように、海 洋生態系の構造と機能を大きく変化させ、温 定な系へと変貌させることになります。世界

暖・寒冷などの気候変化に、より敏感で不安 の養殖を除く漁獲量は、すでに約一億トン弱 と飽和状態もしくは減少に転じています。海 からタンパク資源をサステイナブルに利用す るためには、海洋生態系の﹁再生可能な自然 回復力︵自らの生態系の構造と機能を治す力、

種の生物資源変動に与えた影響を調べ、さら

に地球温暖化などに反応する海洋生態系の将

来予測へと踏み込み、漁業活動を含めた水産

資源の持続的利用に積極的に取り組む必要が あります。

身近な例で紹介します。日本周辺海域で最

も多く漁獲されるイカ類・浮魚類には、数十

年間隔の気象変化と連動する海水温の寒冷・

温暖のレジームシフト︵海水温の低温、高温

期が数十年間隔の変化︶に反応した﹁魚種交

替﹂と呼ばれる現象があります。例えば、日

本周辺の海面水温が か数度下がった一九七

〇年半ばから一九八〇年代の寒冷期にマイワ

シが爆発的に増えました。しかし、一九九〇

年代から現在も続いている水温が数度上昇し

た温暖期にはマイワシは激減し、それに替わ

ってカタクチイワシ、マアジ、スルメイカな

どが増加しています。この海水温のレジーム

シフトが数十年の周期性を持って再現するの

れます。しかし、私たちは否応なく温暖化を

であれば、マイワシが卓越する時代が再び訪

視野に入れた海洋生態系の変化を予測する研

305

そして持続的な生命を生み出す力︶ ﹂を維持 しなければなりません。そのためには、気候 変化が過去から現在までの海洋生態系の構成

﹃サステナ﹄ 8号

スルメイカによるマイワシの捕食. イシナギ(大魚・オヨ)と漁師(青森県竜飛岬,撮影:金澤 哲夫氏).「漁師は,まずイカを釣り,それでヒラメを釣り, 最後にオヨを釣った(漁師は海の食物連鎖を知っている) .


る大型魚類の減少などが原因と推定されてい

連載講座 より

えば、地球温暖化は、暖流を強めて暖海性生

す。最近、日本海の海底に沈んでいったクラ

ます。しかし、このクラゲもいつかは死にま

息場所を北上させることになります。また、

ゲの死骸は、カニ類やクモヒトデが食べてし

物の北上を促し、逆に寒海性生物の激減や生 海面水温の上昇は深層からの栄養塩類の表層

また、中南米の太平洋沿岸では、一年で二

まい、跡形もなくなることが報告されていま

〇∼四〇キロにも成長する大型のアメリカオ

への到達を妨げて植物プランクトンの減少を

型・大型魚類、そして海獣類、クジラ類など

オアカイカが二〇〇五年には八〇万トンも漁

す。この場合も、再び海の物質循環系に無機

につながる食物連鎖を通して、各栄養階層の

栄養塩類として還元されて行きます。

生物量の減少というボトムアップ的影響を及

獲されるほど、爆発的な増加が起きています。

引き起こします。この植物プランクトンの減

ぼします。これに加えて、マグロやタラ類な

物を研究する友人は、 ﹁ついに、このイカも

増加はなかったはずです。メキシコで海洋生

前に として食べられ、このように爆発的な

くさんいれば、一年で一気に大きく成長する

の格好の です。もし、大きなマグロ類がた

りません。小さなイカ類はマグロ類やタラ類

してイカが好き好んで増えているわけではあ

のイカが犯人と疑われています。しかし、決

類やチリ沖のアジ、タラの仲間の激減は、こ

の魚類を としています。北米西岸のマグロ

イカは、自分の胴体の長さと同じサイズまで

と高温・高塩分な暖流の流入、過剰漁獲によ

陸域からの東シナ海や黄海への河川水の減少

があげられます。この増加については、中国

近日本海などで増加しているエチゼンクラゲ

な増加をもたらします。その例としては、最

カタクチイワシ類など寿命の短い生物の急激

プランクトンを とするクラゲ類やイカ類、

与えます。例えば、高次捕食者の減少は動物

トップダウン効果として海洋生態系に影響を

剰な漁獲は、高次捕食者の減少と言う形で、

どのより栄養階層の高い大型魚類に対する過

少は、それを とする動物プランクトン、小

海の食物連鎖を通して有機物塊(生物体そのもの) が順番に大きくなる(これが,海洋生態系の特徴). (谷口旭東京農大教授作成に微生物ループを加筆)

304


地球上の生物は、太陽からの放射エネルギ ーと、地球スケールで閉じて循環する物質に 依存して生活しています。生物は、その体を 構成し、また生存・繁殖するのに必要な有機

生態系の「生産」 と人間社会の「生産」 甲山隆司 温帯モデルの限界

炭素化合物を作り出します。当然ながら、人 間も同様です。温暖化対策として、社会生活 でも有機態炭素に換算した見積もりが重要に なってきましたが、炭素ベースで生物生産を 定量化する作業は、生態学が自然生態系を測 る基本でもあります。さまざまな生態系の生 産力は、純一次生産量︵NPP︶という指標 で表すことができます。一次生産量︵あるい は、水域では基礎生産量︶とは、一定の時間 のあいだに、生態系のなかの植物が太陽エネ ルギーを利用して光合成によって稼ぎだした 有機物量を指します。 ﹁一次﹂とは、二酸化 炭素から有機物を作り出す植物の生産を、も とをただせば植物が生産した有機物を摂取し て生活する微生物や動物の生産から区別する

4(最終回)  

サステイナビリティと生態学

﹃サステナ﹄ 9号

す。したがって、純生産量では、その消費量

分を差し引かれています。生態系のレベルで

は、植物の作り出した有機物に依存する微生

物や動物の呼吸消費量をさらに差し引いて、

純生態系生産量を求めます。私たちの食料生

産も、生態系の生産の一部をなす訳ですから、

社会活動の基盤として、生態系の生産力との

関係を見ていくことは重要です。

生態学では、NPPや純生態系生産量、そ

してそれらの基盤となる植生と土壌の有機態

炭素の全地球規模の蓄積量や、気候環境変化

に伴うそれらの変化の予測もできるようにな

ってきました。ここでは、日本で開発された

陸域生態系のシミュレーションモデルである

︵伊藤昭彦・及川武久︶に基づい SimCYCLE て、現在の陸域の生態系特性の地理的な変異

生態系特性と人間社会の特性を対比してみま

を各国別に整理しなおしたデータを用いて、 しょう。

図1︵a ︶は、国別でみた、アジア諸国の

陸上植生の生産力︵単位面積あたりのNP

P︶です。緯度に沿ってNPPは減少してい

307

ために用いる形容詞です。おなじ期間中に、 植物は自身の生存・成長・繁殖のために有機 物に蓄えたエネルギーを呼吸として消費しま

● 連載講座 ●

北海道大学大学院地球環境科学研究院教授 (植物生態学)


温暖化に伴う海洋生態系を構成する生物種の

連載講座 より

究に踏み込まざるをえない状況に来ています。

しかし、温暖化を軸とした場合も、単一種

ます。

資源変動メカニズムの解明に迫ることができ

した、温暖化を軸とする海洋生物資源のシナ

つまり、マイワシが復活しないことをも想定 リオを描かなければなりません。これは、ま

魚は環境変化に受身です。そのため かな環

択できる成魚とは違って、生まれた卵や仔稚

自分に適した水温などの環境を能動的に選

図るなど、生態系の多様性を考慮した資源管

を、増加する資源には持続可能な資源利用を

えば減ると予測する魚種には厳しい資源管理

様性の保全を考慮した複数種の資源管理、例

の水産資源の管理ではなく、生態系全体の多

境変化は、その生き残りに致命的な打撃を与

さに﹁不都合な真実﹂と言えます。

えることになります。最近の研究から、マイ ワシの仔稚魚は約一六℃、カタクチイワシは 約二二℃で最も良く成長することが報告され ています。また、筆者らもスルメイカの産卵、 卵発生とふ化幼生に適した水温が、一八∼二 四℃︵最適は、一九・五∼二三℃︶であるこ とを発見しています。これによって、寒冷期 にマイワシが爆発的に増加し、温暖期にカタ クチイワシやスルメイカが増加する現象が説 明できます。さらに、アジやサバ類の同様の 魚の生存可能な水温などの環境条件がわかれ

研究が進み、加えて飼育実験による卵、稚仔 ば、日本周辺や世界中の浮魚類の魚種交替や、

があります。

サステイナブルな利用を私たちはめざす必要

て行くかを予測し、それに応じた水産資源の

になります。海洋生態系がどのように変わっ

れに応じた漁業の転換が必然的に生ずること

マグロ類がこの海域に来遊するとすれば、そ

しかし、これに替わってスルメイカ、サバ類、

は確実にその漁業の衰退が予測されています。

漁業が行われていますが、温暖化シナリオで

︵ Adaptive Management ︶が 求 め ら れ て い ます。例えば、北海道沿岸ではスケトウダラ

理︵ Ecosystem-based Management ︶ や、 予防的原則に基づく順応的漁業︵資源︶管理 マッコウクジラと闘うダイオウイカでは なく,イカを とするクジラ.

306


スの世界地図や、上の図に比べて、あきらか

熱帯域、特にアフリカと中南米が、距離ベー

るでしょう。下の図は穀物生産量の地図です。

ると、さらに熱帯諸国が強調された地図にな

穫の後は放置して、また自然に植生が発達す

て、陸稲などの栽培を行ないます。一回の収

植生から土壌に供給される無機栄養を利用し

程度のサイクルで雨期の前に森林を焼き払い、

る穀物生産が盛んです。傾斜地では、十数年

き畑農耕から施肥・灌漑による持続的な常畑

びついているのは確かです。短絡的には、焼

の質的な特性が、食料生産の特性と密接に結

は、そう単純ではありませんが、熱帯生態系

穀物の生産量に結びついていないメカニズム

自然生態系の生産力が高いにもかかわらず、

適した環境は限られてしまいます。

泥炭地を形成するため、恒常的な水田農耕に

する水が有機物分解を阻害して強酸性の熱帯

しかったり、あるいは低湿地では雨期に滞留

も広がりますが、多雨のための土砂流入が著

させることになります。平地には水稲栽培地

いぜい数年で収量が落ちてしまい、長く休耕

るのを待ちます。谷間の水田も、開墾からせ

にやせ細ってしまいます。東南アジアでは高 温域の湿地環境に適応した米が穀物の主体な ので、小麦やトウモロコシのような他の主要 穀物よりも、都合がいいのかもしれません。 それでも、アジアのなかでみると、熱帯諸国 の穀物生産力が高いわけではないのです。 国別にみた面積あたりNPPに対する穀物 の面積あたり年間生産量の関係をみると、N ありません︵図2︵a ︶ ︶ 。同様の関係は、木

PPの割に熱帯諸国の穀物生産量はそう高く 材 生 産 量︵図 2 ︵b︶ ︶ 、人 口 密 度︵図 2 ︵c ︶ ︶や 一 人 当 た り の 国 民 総 生 産 量︵G D

態系の生産力が高く生物多様性も高い、熱帯

P︶ ︵図2 ︵d︶ ︶にも認められます。自然生 域の発展途上国では、いまだその潜在力を人

農耕に移行させるのがよい、と考えがちです

が、降水量が蒸発散量を上回るような多雨環

境下では、施肥による栄養分は容易に流去し

309

間社会の生産力に生かしきれていない、とい った感があります。 湿潤熱帯域では、いまだに焼き畑農耕によ

﹃サステナ﹄ 9号

図 2① 東アジア諸国の単位面積あたりの(a)穀物生産量,(b)木材生産量.


連載講座 より

は高温によって微生物などによる有機物の分

多雨による流去によって、植生が利用できる

解が速く、蓄積量が少なくなるのです。また、

栄養分も少なくなるため、栄養分を土壌では

なく、植生の植物体に蓄えるようなシステム

の特性は、生物種多様性の高さです。たとえ

ができあがります。もうひとつの熱帯生態系

ば、一ヘクタール、一五〇〇本程度の樹木が

生える熱帯多雨林に出現する樹木の種数は二

〇〇∼三〇〇種にもなり、これは温帯林の一

〇倍になります。NPPでは、熱帯林と温帯

林の違いはせいぜい倍程度の違いなので、種

ここで面白い世界地図を引用しましょう

多様性の違いは際立っています。

︵表紙裏カラーページ︶ 。英国のシェフィール

ド大学と米国のミシガン大学のグループがウ

ェブ上で公開しているもので、さまざまな国

別の統計量に応じて各国のサイズを拡大・縮

小させた、 ﹁歪めた世界地図﹂です。上の図

は森林面積に基づく地図で、熱帯諸国と降水

量の高い環境下にある国が強調された地図に

なっています。森林の現存量︵炭素量︶とな

308

ますが、熱帯域諸国︵南北回帰線︵二三・四 度︶よりも緯度の低い地域︶では、変化しま

せん。これはおもに温度環境を反映していま す。熱帯域ではただ生産力が高いだけでなく、 温帯域と質的に異なった生態系特性を示しま す。図1︵b︶は、植生の炭素量をNPPで 割った比の緯度変化です。この比の単位は年 になり、植生を構成する有機物がどのくらい の長さで入れ替わるかを示す、いわば植物体 有 機 物 の 平 均 寿 命 で す。図 1︵b︶は 図 1 ︵a ︶のNPPのパターンにとてもよく似て います。熱帯域では植生が長く維持されるこ とを示唆 し て い ま す。こ れ に 対 し て、図1 ︵c ︶は、土壌炭素をNPPで割った比、す なわち土壌有機物の寿命のパターンを示して います。植生と逆に、熱帯で短く高緯度ほど は、高温多雨条件下で、植生の有機物生産能

長くなっていきます。熱帯域の東南アジアで 力︵NPP︶が際立って高く、それを支える 植生は、お互いに光を巡る競争の結果、生産 物を熱帯多雨林のような大きく長持ちする植 生の構築に利用している一方で、土壌生態系

図 1 東アジア諸国の陸上生態系の (a) 純一次生産量, (b) 植生有機物の滞在時間, (c) 土壌有機物の滞在時間.SimCYCLE の計算値に基づいて,国別に集計したアジア諸国の生態系蓄積と NPP を解析した.対象国:カンボジア・中国・インド・イ ンドネシア・日本・ラオス・マレーシア・モンゴル・ミャンマー・ネパール・北朝鮮・パプアニューギニア・フィリピン・ロシア・韓 国・タイ・ベトナム.緯度はおもに首都で代表させている.国別集計値は伊藤昭彦氏(国立環境研究所)の提供による.


1    

﹁ガバナンス﹂ ―― 七月のG8洞爺湖サミットは、 途上国への単なる援助ではなく、 良い﹁ガバナンス﹂を目指した諸外国の自立を促すことの重要性が 強調された会議であったことは記憶に新しいと思います。 ﹁統制、統治能力﹂﹁企業統治﹂などと訳され、 組織が自らの統治や統制を円滑に行うことをいいます。 グローバル、ナショナル、ローカル、 コーポレット、コミュニティ、IT・ガバナンス等々、 報道等で多種多様のガバナンスが紹介されております。 サステイナビリティを実現させる最も重要な概念、 戦略的手法の一つで、国際社会、企業、国家、 さまざまな枠組みでその進化と確立が求められています。 一回目は、百年前に実在した﹁二人の村長﹂に見る ガバナンスのあり方を紹介し、 政治家とは、政治的ガバナンスとは、一体どうあるべきか、 考えていただけるきっかけになればと思います。

墓 地 は、今 も 人 家 か ら 隔 た っ た﹁松 柏 の

明治元年生まれの豊四郎は二八歳で吉土

私の祖父・武田豊四郎は、 銘酒﹁賀茂鶴﹂

大阪大学理事・副学長 (日本古代史)

地﹂という形容がぴったりの、蕭々とした

武田佐知子

地です。

百年前の村長に見る ガバナンス

などで名高い、東広島市西条に生まれまし

サステイナビリティとガバナンス

た。先祖が、最初にわらじを脱いだ土地と

言い伝える吉土実 村 伽伽羅にある同家の

﹃サステナ﹄ 9号

311

● 連載講座 ●


連載講座 より

きにくかったことも想像できます。

先進国の った経過を踏まえた順応的管理

モデルを、短絡的に途上国の発展に適用しよ

うとしても、基盤となる自然生態系特性の量

的・質的違いを無視している限り、さまざま

たそれぞれのモデル構築が必要となるわけで

な問題が生じるでしょう。自然生態系に応じ

す。しかし、湿潤熱帯モデルの構築は、そう

熱帯農学では、アグロフォレストリー︵森

容易ではありません。

林農業︶による持続的な土地利用が注目され

てきましたが、それにはこうした生態系特性

の背景があるのです。熱帯の自然生態系の高

い生産力は際立った生物種多様性と裏腹の関

係にあります。そこでは構成種がお互いに相

補的な役割を果たしながら、高機能のシステ

ムが持続的に維持されているのです。自然シ

ステムをモデルとして、ある意味で脆弱な熱

帯域の生態系に適応した、多種の作物の特性

ムの確立は、応用生態学的には困難ながらチ

を相互補完的に生かした持続的な農耕システ

ャレンジングな課題です。

310

てしまいます。米・小麦・トウモロコシなど の穀物類はいずれもイネ科の一年生草本です。 一年生草本は、乾期や寒冷期のような生育休 止期を持つ気候環境に適応した、休止期を休 眠種子集団で乗り切る生活形です。有機土壌 境下で、灌漑を伴った穀物の農耕技術が確立

が長期間保持され、栄養分の保有能も高い環 するや、環境変動による不作年に備えた穀物 の集積・貯蔵や運搬といった社会基盤の形成 に貢献し、さらには文明を育んできたことは、 よく知られています。 湿潤熱帯域の伝統的な食料生産では、サゴ うな多年生植物が主体をなしてきました。一

ヤシ、キャッサバ、タロイモ、パンノキのよ 斉栽培・一斉収穫をするのでなく、植生の一 部を再生的に利用するため、一年生作物の栽 培に比べて、土壌流去の危険を回避しやすい 形態です。バックグラウンドの種多様性が高 く、単一種農耕が困難な生態系では、多様な 作物を自然植生と共存させながら栽培してい くほうが無理のないシステムでしょう。その 一方で、広域に亘る社会基盤形成には結びつ

図 2②  (c)人口密度、(d)1 人当たり国民総生産(GDP)と,純一次生産量の関係. 純一次生産量推定値は,伊藤昭彦氏(国立環境研究所)の提供による.


条件で、豊四郎の死の日まで、母と妹の三

出来たのでした。

が、この財団の奨学金貸与を受けることが

島県出身の学生対象の奨学財団があります

奨学生に選ばれるのは並大抵のことでは

人、家屋敷の買い主の好意にすがって家の 当時一五歳、広島一中の四年生だった父の

なかったのですが、同会には明治末に北海

一部を区切って棲むことを許されました。 無念はいかばかりだったかと思います。豊

三が、巨額の寄附をしていたのです。山田

広島賀茂郡西高屋村出身の実業家・山田英

は、大正末年から、西高屋村長を一二年間

道へ渡って電力気事業に関わり財をなした

のの学資がなく、一年入学を延ばさざるを

務め、その間、西高屋駅を設けるのに奔走

学は容易ではなく、熊本五高へ合格したも

の思い出だったようです。

︵図3︶ 。広島文理大教授、斯波六郎の

田英三翁の巨大な顕彰碑が立っています

︵一九五三︶年の建立当時七八歳だった山

高屋西小学校の校庭には今も、昭和二八

です。

を負担するなど教育にも力を尽くしたよう

校舎を山の上に移転し、その建設費の半額

校の授業を中断させることがあると聞くと

ました。鉄道の複線化で汽車の騒音が小学

道路こそ大切だと整備費用の全額を寄附し

駅前広場を作るため広大な土地を寄附し、

し、同一五︵一九二六︶年に駅が出来ると

得なかったことはよく聞かされた苦学時代 実郎の母モトは、一家の生計を案じて、 実郎の就職を勧める親族たちには耳を貸さ ず、 ﹁あなたが高校へ行って大学を卒業す るまで、私はお針仕事して、病気もせずに 絶対に生き抜いてみせる。だから心配せず 進学しなさい。卒業後は、あなたと一緒に 生活し、面倒みてもらうから﹂と進学を勧 めました。そのための奨学金の獲得には、 モトの捨て身の尽力がありました。 東京に芸備協会という、最後の大名とし て知られ、貴族院議員も務めた旧広島藩主、 浅野 長 勲 公の寄附をもとに設立された広

313

四郎の死と同時に全財産を失って、父の進

﹃サステナ﹄ 9号

図 2 山田英三.


連載講座 より

を奨め、山奥に溜池を作って新田開発を行

残っています。政治道楽が出来るほどの資

前をつけてやった﹂といったという逸話が

やつはほら吹きじゃけん、子供に実郎と名

した。旧知の寺の住職が、モト︵妻︶との

うなど農業振興に力を注ぎました。一方、

産家ではなかったけれど、こうと思いこん

実村長に就任し、死の直前まで、その任に

息子たちには農業はさせず、広島や東京へ

だら、枉げずに弁を弄して意志をつらぬき、

間の最初の子が産まれたとき、 ﹁豊四郎の

遊学させたのは、密かに離農を考えていた

従事しました。村人を説得し、山々に植林

からです。娘のスミエは、広島市内の県立

した。葬式が済み次第立ち退くからという

子に託したのだろうと、父は述懐していま

との不便さ、情けなさを痛感し、夢を我が

家のはしくれをやってみて、学歴のないこ

家になれ﹂と云っていたのは、自分が政治

です。 ﹁実郎は東京帝大法学部に入り政治

九︶年生まれ、豊四郎が四一歳の時の子供

私の父・武田実郎は、明治四二︵ 一九〇

いて売却せざるを得ない有様でした。

家屋敷までも、すべて銀行の抵当に入って

れ、半身不随になった時には、田畑、山林、

ぎ込んだ挙句、五七歳で深酒で脳 血に倒

妻との間の多くの子供達の教育に家産をつ

豊四郎は、選挙と政治、それに先妻・後

村人に尽くしたと言われています。

な場面では檄を飛ばすことで知られていま

れるほど、小柄で無口だったけれど、重要

県会議員時代、 ﹁武田潜行艇﹂と渾名さ

す。

戸と塀しか残らなくなった政治家のことで

治資金には自己資産を投入し、ついには井

業の応援を得ることは皆無で、選挙等、政

今日のように選挙費用で政党援助や協賛企

は死語となった﹁井戸塀政治家﹂でした。

︵一 九 〇 二︶年 か ら 五 期 務 め ま し た。今 で

また、豊 四 郎 は 県 議 会 議 員 を 明 治 三 五

友と言い交わしたようです。

で内緒にしようと、他の村長の娘である級

知れると、田舎者だということがバレるの

第一高女に在学していた頃、父が村長だと 図 1 武田豊四郎.

312


郡の一七の村が連合して、西条に賀茂高等 小学校を 設し、各村の小学校から一、二 人だけが進学して三カ年をここで学んだよ うです。遠方からの者は、知人宅や神社、 寺院などに寄宿し通ったと言われています。 各小学校が高等科を併設した明治四一年に 廃校になったのですが、モトはこの賀茂高 等小学校で西高屋小学校から進学してきた 同じ村長とはいえ一方は、財産を無くし、

英三と会ったのではないでしょうか。 半身不随で失意のまま世を去った井戸塀政 治家であり、かたや十指に余る会社を経営 する傍ら村長として起こした諸事業に、莫 大な私財を投じている羽振りの良い政治家 という二人。格差がありすぎるように思え ますが、そこで臆したりせず堂々と英三に ちの良さと実行力の所以だったかもしれま

頼みに行けたのは、モトの物怖じしない育

界、享年五九歳でした。今は人手に渡った

助実の家の住人は車を停め佇む私に訝しげ

な眼差しを向けます。

一方、大正の自由を謳歌し、昭和の半ば

を生き、八五歳の天寿を全うした英三の生

家は、西高屋の巴神社の階段右手に、彼の

資金で造作したという六角石で組んだ独特

の石垣の高みの上にありました。英三が移

り住んだ別府の別荘へ移築されて、今は石

垣と井戸が残っているだけです︵図4︶ 。

百年前の広島に実在した二人の村長。最

良のガバナンスとは、その多様性に左右さ

れますが、根底には政治家として村の特徴、

将来性を客観的に捉えることにあります。

その客観性こそ、時代や人、場所の変遷を

乗り越えても持続する糧になるのではない

そのガバナンスの極意を教えてくれたので

でしょうか。百年の歳月を越え、二人が、 は ―― 。

315

せん。 昭和二︵一九二七︶年八月、豊四郎は他

﹃サステナ﹄ 9号

図 4 山田英三の生家跡.


連載講座 より

また英三自身は、豊四郎と同様、学問は

して、小学校教育を重視し、育英奨学金に

なる碑文には、駐在所、農業倉庫、避病院 を寄附した等々、氏の事績が連ねられてい

多額の寄付をしていたのは自分の子供だけ

なかったといいます。未来の人材育成を期

ます。のちに広島市長を二期務めることに

には学問をつけさせ、密かに離農を考えた

を建設し、第二次大戦時には海軍に飛行機

なる息子・山田節男が東大を出て、参議院

という豊四郎とは、財力の格差とはいえ、

芸備協会に対する多額の寄附により、協

一線を画するのは明らかです。

英三の生家に近い西高屋町の巴神社境内

はありました。

会の奨学生の一人を指名する権限が英三に

議員になったことも功績の一つとされてい

には鳥居、定夜燈ほか、夥しい数の石造物

実郎の母・モトは、小学校の同級生だっ

判したといいます。英三は明治九︵一八七

神社の裏手に、大正六︵一九一七︶年建立

四︶年六月、西高屋村溝口生まれ。溝口に

たというよしみを頼りに、同協会の奨学生

村長としての実績を見ると、山陽線新駅

小学校が出来たのは明治九年で、ここへ通

の巨大な山田家累代の墓がありますが、こ

開設を悲願し、駅中心の広場や道路を造成

ったと思われます。西条にも小学校があっ

に実郎を指名してくれるよう、英三に直談

し、当時としては近代的な都市計画を考え

たとすれば、ひと駅隣の西条出身で明治八

実は明治二九︵一八八四︶年四月、賀茂

か?

と机を並べた可能性はあったのでしょう

︵ 一八七五︶年三 月 生まれの モトが、英 三

とって刮目すべき点であったと思います。

相反するものでした。

豊四郎とはガバナンスの視点やその戦略は

正﹂と違ったが、農業振興策を基軸とした

時代は、 ﹁昭和前期﹂と﹁明治後期から大

たようです。その先進性は、地域の将来に

れも英三が建てたものです。

に英三の寄附に拠る旨が刻まれていました。

ます。

図 3 山田英三の 顕彰碑.右は裏面.

314


が醸成されつつあります。

名古屋二〇一〇年COP等を通してリスク観

支援の戦略レポート、SGA日本レポート、

もミレニアムエコアセスメント、ドイツ政府

が現状です。生物資源に係るリスクに関して

要な課題となり、一方で内部通報が奨励され、

けるために内部統制やコンプライアンスが重

思決定や行動が重大な損失をまねくことを避

にとっても、揺らぎや不確実下で構成員の意

思決定による統合をめざしてきた企業や組織

安は膨れ上がるばかりです。他方で合理的意

筆つくり︶等の生活文化を継承できない限界

する和紙︶ 、筆︵カヤネズミの毛を使う匠の

た あ お︵藍、 Japan blue ︶ 、漆︵ japan と表 象された和漆︶ 、和紙︵千年も遺しうる呼吸

ました。自然の恵みを活かし清々しさを表し

づくり、食、衣、住の道具なども様変わりし

す。風土に育まれた生活文化や伝統的なもの

生み、人間文化の継続性も危機に していま

優先の飽くなき市場主義は大量生産・消費を

最後に﹁人間文化﹂はどうでしょう。利益

ます。

を含む経営実践で展開するのかも問われてい

で進めるのか、さらにマネジメントシステム

等︶で進めるのか、利得分︵報奨や配当等︶

構成員の統率をこれまでの規範︵憲章や社訓

事前白状での刑罰軽減が奨励されることから、

﹁社会経済﹂ 、いわゆるグローバル経済とし

2  

ては、地球大気の環境価値を損なう炭素排出 に課税する形で市場の価格に反映する以前に、 等不動産すら仮想の信用の上にデリバティブ

﹁カジノ経済﹂が破綻しかかっています。劣 ︵スワップ︶として流通させたことが、過剰 の信用をはじけさせ、アメリカ発世界恐慌の 恐れにまで及ぶことになりました。この知的 な道具が金融工学︵金融の不確実性の数理を シミュレートする役割︶であり、確率統計の 不確実性を扱う術を酷使することで生身の社 産業界では、金融保険等で機会に応じて分散

会からは見えなくする役割を演じてきました。 投資することで、リスクへの対応も適切にな

サステイナビリティとガバナンス 10

﹃サステナ﹄ 号

317

ると楽観的にとらえてきましたが、統計的解 析で数値化されたリスクを移転しようとして も、根幹の信頼の構築には失敗し、不信と不

● 連載講座 ●


大阪大学サステイナビリティ・デザイン・センター(SDC) 副センター長 サステイナビリティ・デザイン・オンサイト研究センター(SDOC)長 (環境マネジメント)

盛岡 通

連載講座 より

場﹂による保険・金融・不動産等の経済社会

の劣化や脆弱さ、さらに﹁身勝手と刹那﹂に

よる社会文化の劣化、という典型的だが、本

質的な﹁持続不可能症候群﹂が生みだされて きています。

この脆弱性の解釈と分析に、リスク概念が

最も有効的ではないかと言われています。す

なわち、まず、 ﹁地球自然﹂に関してですが、

温の上昇が二度を超えると、温暖化による健

IPCCの第四次レポートでは、全球平均気

康影響や災害による人命の逸失が、確率論的

に明らかな差をもって大きくなると予測して

います。中長期に地球的自然環境に及ぼされ

る可能性のあるリスクを見通して、その回避、

軽減、転嫁、保持を含む戦略をあらかじめ立

てることは、確率的であっても通世代的には

人類社会としては有利だと判断できるはずで

した。そのようなリスク観を有する主体は、

二〇五〇年に地球社会全体として温室効果ガ

スを半減以上の削減を図ろうという提案の上

に、不確実な将来予測から短中期の行動を確

実に実施する未来責任行動を実行しているの

316

ガバナンスの対象に環境問題が問われるよ うになり一〇年。また、地球社会の持続性で、 環境課題の解決に重点が置かれ、次世代や他 地域の豊かさや福祉を損なうことのないよう に、人類生存基盤としての環境を保全・回復 させていく行動を持続可能な発展と定義して、 まもなく二〇年になろうとしています。一方、 産業社会では、経済や産業への関心が強い。 認め規制緩和を進め、短期収益を重視する立

グローバル経済の中で市場の自由を最大限に 場では持続性を高めることは不可能。それだ けに、環境ガバナンスを高めることを主張す る流れは、むしろ、富の再配分をおこなって、 セイフティネットを整備し、社会的公平性自 身を追求する政治的、社会的立場から打ち出 されてきました。 それでは、なぜ、ガバナンスという表現を 行うのでしょう。IR3Sでは、持続が困難 となりつつある側面は﹁地球自然﹂ ﹁社会経 済﹂ ﹁人間文化﹂の三局面としています。こ の三局面では、 ﹁汚染と二酸化炭素﹂による 自然環境の劣化や脆弱さ、 ﹁博打型無責任市

リスク・ガバナンスが導く 持続可能な社会


る際に遭遇する、不確実だが状況次第で大き

と別に社会的脈絡を持つリスクを積極的に扱

SM

なるというリスク観とそれに基づいた方針、

業の機会を生み出し、本来業務にもプラスに

となり、他方で事前に的確に対応すれば、事

す。放置し見逃せば当該組織にとってリスク

︵ Risk & Sustainability Management ︶と も いうべき領域に達するのではないか思われま

ナビリティ経営の重要な柱になり、 & R

応するという点では、リスク経営はサステイ

順位付けを検討する時に、未来の不確実に対

ィ︶の面からみた事業の見直し、強化、優先

さ ら に、持 続 可 能 性︵サ ス テ イ ナ ビ リ テ

ん。

や情報交流などを道具立てとせざるを得ませ

窓口あるいは芽をもつリスクに関しては広報

が急がれていますが、SRの枠組みで社会に

リスクに対しては、成熟度モデルなどの開発

︵事業体組織︶内事象が作用力となっている

う かどう か につい て で、当 然なが ら、企 業

らえるかが議論の枠組みでした。改めて定義

な損害を招く事象をどのような類型としてと して、 ﹁結果として金銭的損害や生命・健康 の損失となるにしても、その多くは稀であり、 かつ見通し難い将来事象であるリスク﹂を対 象とすると、それは概念的には幅広いもので あり、目的や状況次第でかわってくると考え られます。もともと、リスクは組織にとって 本来の事業や行動を行う時に生じる可能性が あるので、事業や行動の企画構想と切り離し て考えるべきではない。この考え方は、リス クマネジメントの規格を扱うISO3100 の規格検討の際に座標軸の中心におかれまし たが、リスクは負の側面を持つのか、それと も運用次第でプラスとして具現化する両義的 討してきた集団と規格のフレームつくりの集

なものなのかは、安全や環境、災害を専ら検 団とでは肌合いが異なりました。

手法、評価法をサステイナビリティの分野で

育んでいくことが課題となっています。

319

さらに大きな論点は、組織経営上で社会的 要請を社会的貢献︵ SR Social Responsibil︶として運営する場合に、企業内リスク ity ﹃サステナ﹄ 号 10

リスク管理教育が導く持続可能社会シンポ ジウム(2008 年 11 月 21 日) .


援を受けた環境リスク管理人材育成プログラ

連載講座 より

域に来ているのは、皆さんもご存知のことで

ム︵盛 岡 通 代 表

文科学によるリスク観を重視してきた欧州S

いるのではないかと類推する人もいます。人

争いや孤立、諦めや攻撃的行動につながって

心や空気が読めないという不安や不確実性が、

ぼし、結果として人と心が通わない、相手の

織の変化は内面の人間心理と相互に影響を及

産業社会の作法にも変化が著しい。社会、組

も無機的分離、崩壊現象が生まれています。

変えていくという社会との付き合い方の面で

間関係も異様です。他者との関係をつくり、

し、何を作り変えるかが問われています。人

んだ時代は一世紀前に ります。今、何を遺

急に検討されるべきであるとの論点も問われ

な領域に相応しい継続教育の内容、体制が早

経験した後で学ぶなどの円環的、生涯学習的

また、社会人のニーズに応えてビジネスを

組織で支えるべきか否かということでした。

大学の融合的共同教育センター︵仮称︶等の

教育に相応しいかという点であり、それゆえ、

知恵﹂は高度教養教育か、それとも高度専門

リティ学の教育にも共通と思われる﹁俯瞰的

学の教育で話題となったのは、サステイナビ

組織体制のあり方でした。この時にもリスク

内容に関するものであり、加えて教育制度の

︶の包括的な取りまとめのシンポジウ ac.jp/ ムを開催しました。その論点はリスク教育の

http://risk.see.eng.osaka-u.

す。文明開化から植民地進出の時期に、それ

RA︵リスク学会︶では、米国流と一線を画

についても議論され、既存の大学院制度の個

ました。プログラム修了の認定・顕彰の仕方

に異を呈し生活文化の見直しや民芸運動を生

し、コミュニケーション論が不安、不信をも

内容面では、リスクが組織や個人が行動す

ではないかという意見が出されました。

号︶を超えた認定を目指すべき多様性が必要

別分野ごと︵細分化された専攻の修士・博士

取り上げて学術の掘り下げをおこなっていま す。 二〇〇八年一一月に大阪大学は、サステイ ナビリティ・デザイン・センター︵SDC︶ の共催で、五年間にわたり文部科学省から支

318


わず参画 で き る﹂と い う も の で あ る︵前 掲

れる﹂社会であり、しかも﹁年齢・性別を問

柔軟な志向で対応できる市民によって構成さ

イ ン・セ ン タ ー︵ The Center of the Study

一つである大阪大学コミュニケーションデザ

る。この分野で先導的な役割を果たす組織の

﹁我が国の高等教育の将来像﹂参照︶ 。健全な

の方法も有効であるが、さらに、知識基盤社

拡大・発展しつつある︵図1︶ 。また、東京・

ートエリアB1﹂内の﹁ラボカフェ﹂として

電車中之島線のなにわ橋駅に設置された﹁ア

〇〇八年一〇月からは、新たに開通した京阪

の一室を使って定期的に開催してきたが、二

ションをするイベントである。これまで学内

座ってさまざまなテーマのもとにディスカッ

軽さで、専門家も非専門家も対等にフロアに

これは、文字通り一杯の飲み物を手にする気

﹁アートカフェ﹂などのカフェ活動である。

カフェ﹂ ﹁サイエンスカフェ﹂ ﹁臨床カフェ﹂

ーチ活動にも力を入れてきた。例えば﹁哲学

供するとともに、市民を対象とするアウトリ

ュニケーション教育および高度教養教育を提

は、学内の大学院生を主たる対象としたコミ

し、二〇〇五年四月に開設された。具体的に

以下、CSCD︶ of Communication-Design: は、 ﹁専門家と非専門家の間のコミュニケー

開き、交流していく方法としては、むろん講

分もある︶ 。市民の一人一人に、大学の知を

す︵産学連携と社学連携は実質的に重なる部

象として実施・展開される社会貢献活動を指

うとしている。社学連携は、市民を直接の対

会貢献活動をさらにきめ細かく展開していこ

﹁社学連携﹂という新しいことばを用い、社

中、大 阪 大 学 で は、 ﹁産 学 連 携﹂と 並 ん で

教育現場で新しいミッションが求められる

﹁社学連携﹂ とコミュニケーション デザイン・センター︵CSCD︶

開いていく必要がある。

知識基盤社会を実現するには、大学の持つ知

11

ション回路を構想・設計する﹂ことを目的と

3 サステイナビリティとガバナンス ﹃サステナ﹄ 号

321

義・施設の開放や社会人講座といった従来型 会にふさわしい新しいあり方も構想されてい

のポテンシャルを、今まで以上に広く社会に

● 連載講座 ●


コーポレート・ガバナンスが問われるとき、

知識基盤社会と大学の社会貢献 法令遵守︵コンプライアンス︶ 、環境への配 慮、リスク管理といったキーワードとともに、 社会貢献が取り上げられる。大学もまったく 同様である。二〇〇五年一月二八日の中央教 育審議会答申﹁我が国の高等教育の将来像﹂ ○ 大学は教育と研究を本来的な使命とし

では、次のようにその重要性が示されている。 ているが、同時に、大学に期待される役割 も変化しつつあり、現在においては、大学 の社会貢献︵地域社会・経済社会・国際社 会等、広い意味での社会全体の発展への寄 与︶の重要性が強調されるようになってき ている。当然のことながら、教育や研究そ れ自体が長期的観点からの社会貢献である が、近年では、国際協力、公開講座や産学 官連携等を通じた、より直接的な貢献も求 められるようになっており、こうした社会 貢 献 の 役 割 を、言 わ ば 大 学 の﹁第 三 の 使 命﹂としてとらえていくべき時代となって

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター長 大阪大学大学院文学研究科教授(国語学)

金水 敏

いるものと考えられる。

○ このような新しい時代にふさわしい大

学の位置付け・役割を踏まえれば、各大学

が教育や研究等のどのような使命・役割に

重点を置く場合であっても、教育・研究機

能の拡張︵ extension ︶としての大学開放 の一層の推進等の生涯学習機能や地域社

会・経済社会との連携も常に視野に入れて

いくことが重要である。

この答申をうけ、二〇〇六年一二月に改訂

された﹁教育基本法﹂でも﹁大学は、学術の

中心として、高い教養と専門的能力を培うと

ともに、深く真理を探求して新たな知見を

造し、これらの成果を広く社会に提供するこ

とにより、社会の発展に寄与するものとす

る﹂ ︵第七条︶と、大学の社会貢献がミッシ

大学の社会貢献とは、当然ながら、大学の

ョンとしてはっきり書き込まれている。

教育・研究活動と関連した﹁知識﹂に関わる

活動が中心となる。いわゆる、 ﹁知識基盤社

会﹂という概念が重要である。これは、 ﹁グ

ローバルで日進月歩である知識の進展に対し、

320

連載講座 より

「社学連携」は 大学の使命


放講座﹂ ︶ 、朝日カルチャーセンターとの共同

事業である﹁ Handai-Asahi 中之島塾﹂を始 めとして、各部局単位での大小の公開講座、 講演会、公開イベント、レクチャーコンサー ト等が数多く開かれている。これらの活動情 報を見えやすく提供し、市民との一層の連携 を強化する目的で、二〇〇八年四月、大阪大 学二一世紀懐徳堂︵初代学主・武田佐知子理事 ﹁懐徳堂﹂とは、一七二四︵亨保九︶年に大

/副学長︶がオープンした。

坂の五商人の手で 設された町民の学問所の 名称である。懐徳堂は当時、町人の手になる セルフラーニングの拠点であり、かつ日本の 最先端の学術情報発信源であった。二一世紀 懐徳堂はこの懐徳堂の精神を受け継ぎ、大学 が地域の市民の学術・芸術活動の拠点となる 懐徳堂の大阪大学の社学連携活動を網羅した

ことを願って設立されたのである。二一世紀 ホームページを開設するなど、大阪大学の知

に、事務局を兼ねたコミュニケーションギャ

ラリーと、演劇公演やコンサートに適した多

目的スタジオを設置した。このスタジオでは、

さまざまなイベントが行われているが、特筆

すべきは、ロボット演劇﹁働く私﹂がここで

世界初演されたことである ︵図2︶ 。この演

劇は、大学院工学研究科知能 機 ・能 成工学 専攻︵石黒浩教授︶と企業︵株式会社イーガ

ー︶が連携し、CSCD教授で劇作家の平田

オリザ氏が脚本と演出を担当した。この演劇

は、近未来の科学技術の一面を、芸術的感動

とともに体感できるという意味で、大阪大学

のポテンシャルを遺憾なく発揮しており、文

理融合、産学連携の象徴的な結実であると言

うこともできる。

このように、大阪大学は、CSR︵ Corpo-

企業の社会的 ration Social Responsibility: 責任︶に対応する、大学の社会的責任USR

︵ University Social Responsibility ︶の 充 実 と追求を目指している。

323

的資源に関する情報を発信するほか、市民と 大学とを結びつけるコーディネート事業を広 く展開している。そのために、キャンパス内

﹃サステナ﹄ 号 11

図 2 ロボット演劇「働く私」 .


ることが多くなっている。サイエンスショッ

連載講座 より

大阪のアップルストアを主たる会場とする、

プの使命は、 ﹁研究と教育を通じて市民社会

に知識と技能を提供すること﹂ ﹁経済的に賄

科学者とアーティストによるトークイベント ﹁知デリ﹂ ︵知術研究プロジェクト︶も、カフ

は、 ﹁サイエンスショップ﹂と呼ばれるもの。

CSCDの重要な社学連携活動のもう一つ

生、地域社会の代表者、研究者の間で移転可

者や教育研究機関の理解を深めること﹂ ﹁学

ナーシップを 造すること﹂ ﹁研究・教育に

/NPOなど︶との平等で助けになるパート

いうる価格でサービスを提供すること﹂ ﹁科

サイエンスショップ︵ Science shop ︶は、地 域のNPO︵非営利組織︶やNGO︵非政府

能な技能と知識を強化すること﹂であり、ま

ェ活動の一種と位置づけられるだろう︵なお、

組織︶ 、自治体などの利用者︵ユーザーまた

さしく知識基盤社会の推進に向けた大学なら

学技術に対する市民のアクセスと影響力を促

はクライアント︶からの相談・依頼をもとに、

ではの活動と言えるだろう。大阪大学サイエ

大阪大学総合学術博物館もサイエンスカフェ

教員の監督・指導を受けながら、学生が主体

進し支援すること﹂ ﹁市民社会組織︵NGO

となって、相談への回答や研究・調査等を行

ンスショップの本格的な運営は二〇〇八年度

統 あ る 社 会 人 講 座﹁中 之 島 講 座﹂︵旧称﹁開

さまざまな社学連携事業を展開している。伝

CSCDだけではなく、大阪大学では従来、

二一世紀懐徳堂の始動

トを展開している。

対する市民社会のニーズについて、政策決定

い、ユーザーの問題解決や社会活動をサポー

からであり、現在、パイロット・プロジェク

り、現在ではサイエンスショップと総称され

リサーチ︵CBR︶ ﹂という同様の活動があ

も六〇年代から﹁コミュニティ・ベイスト・

だけで現在七〇箇所以上あるという。米国に

その後欧州諸国を中心に世界に広がり、欧州

九七〇年代にオランダの学生運動から生まれ、

トする組織のことである。同ショップは、一

を定期開催している︶ 。

図 1 中之島線なにわ橋駅 「ラボカフェ」 .

322


は、国際社会が行う介入のガバナンスを問う

能︶なものかどうかという問題である。これ

ブルなものになるのかどうか、これが本論の

ている。果たして、平和と発展はサステイナ

社会の復興と発展が実現するという夢を抱い

内戦で破壊されたインフラの復興のために、

天文学的な数字であるといえる。

復興と開発のための資金の総額は、文字通り

ある。従来の南部スーダンの基準からすれば、

これに加えて、国際社会の支援による資金が

ン政府の予算は、約一五〇〇億円であった。

十数億円であった。二〇〇八年の南部スーダ

あったが、一九八三年の年間予算はわずか二

第一次内戦の結果、南部が勝ち取った成果で

五年から一九七二年まで継続したスーダンの

は自治政府が存在した。この政府は、一九五

ることだ。内戦前の時期にも南部スーダンに

る人員と資金は、歴史上空前絶後の規模であ

以降、外部から南部スーダンに投入されてい

まず認識しておくべきなのは、二〇〇五年

課題を抱える 将来的安定と発展

主題である。

ことにほかならない。 私は、一九七八年以降、南部スーダンに関 する人類学的な調査研究を続けている。平和 によっていかに進行しつつあるのか、そして

4  

が回復した現在は、復興と開発の事業が、誰 こうした事業が、社会にいかなるインパクト に据えている。内戦の過程で、私の友人や知

を与えるのかを、調査研究のあらたなテーマ 人の多数は死亡したが、生き残った人たちの なかには、一方で新政府の要職に就いた者、 南部議会や州議会の議員を務める者、SPL Aの高級将校になった人たちがおり、他方で、 村で暮らす人たちもいる。こうした多様な人 びとの視点を総合して、内戦をへて復興期を 迎えた南部スーダンの現状を捉え、将来をみ すえようとしているのである。 内戦中、筆舌に尽くしがたい苦難を経験し、

サステイナビリティとガバナンス 12

﹃サステナ﹄ 号

325

生きのびた人たちは、ようやく手にした平和 に大きな期待を寄せている。そして新政府の リーダーシップと国際社会の支援のもとで、

● 連載講座 ●


内戦終結と戦後復興 アフリカ大陸の北東部に位置するスーダン では、一九八三年から二二年間内戦が続き、 二〇〇五年一月にようやく終結した。スーダ 政府組織のスーダン人民解放運動/スーダン

ン政府を代表する国民会議党︵NCP︶と反 人民解放軍︵SPLM/SPLA︶との間で 二五〇万 人︵推 定︶の 死 者 と 数 百 万 人 の 難

調印された包括的平和合意︵CPA︶により、 民・国内避難民を生み出し、国土を荒廃させ た内戦に終止符が打たれたのだった。 CPAに基づいて、スーダン全体と南部ス ーダンのそれぞれに、暫定政府と暫定議会が 設置され、六年間の暫定期間が終了する二〇 一一年七月までの間、戦後復興の事業が展開 されている。 ﹁南部スーダン﹂には、SPL Mが実権を掌握する政府と議会が存在し、す でに事実上独立した状態にあるが、二〇一一 年に実施予定の住民投票によって、 ﹁独立し た主権国家になるか﹂ ﹁統一したスーダンの 枠内にとどまるか﹂が決定される予定である。

大阪大学グローバルコラボレーションセンター長 大阪大学大学院人間科学研究科教授(社会人類学,アフリカ地域研究)

栗本英世

現在の世界では、国際社会は内戦中から、

停戦協定や平和協定が調印されると、介入は

﹁人道﹂という大義のもと介入をおこない、

さらに大規模なものになる。アフガニスタン、

イラクや東チモールの場合と同様に、二〇〇

五年以降のスーダンでも、国連の諸機関、先

進諸国および国際NGOが大量の人員と資金

をスーダンに投入して復興と開発の事業を執

行している。一万人規模の国連平和維持軍

︵UNMIS︶も各地に展開している。一九

九九年以降、石油の輸出国になったスーダン

は、年間数千億円の自己資金も有しているの

に投入される資金の総額は、数兆円規模の莫

で、六年間のあいだに戦後復興と開発のため

大なものになると考えられている。

長年にわたる内戦で疲弊したスーダンの復

興と開発は、まさに世界規模の大事業である

といえる。この事業は、ひとつの国家と国民

社会をゼロから建設するに等しいものであり、

社会工学の壮大な実験である。私がこの小論

で考えてみたいのは、こうした復興と開発の

大事業が、はたしてサステイナブル︵持続可

324

連載講座 より

「南部スーダン」に見る 戦後ガバナンスの真偽


として頻発している。数百万人に及ぶ難民と した人たちの社会への再統合は立ち遅れてい

国内避難民の帰還は進展しつつあるが、帰還 る。これは、人口の大多数が居住している農 村において、人びとの生活を支える力が弱っ 経済ではなく農耕、牧畜、漁労、採集といっ

ているためである。農村部の人びとは、市場 た生業経済に依存して暮らしている。こうし 力を強化させるとともに、市場経済との自然

た生業経済を再活性化させ、生活を維持する な接合を目指す試みは、現時点では皆無に等 しい。 そもそも、サステイナブルな平和と社会の 条件とはなんだろうか。生命や財産を暴力的 に奪われる危険が少ないこと、衣食住と教 育・医療の最低限のニーズが充たされている 怖からの自由と欠乏からの自由を二つの柱と

ことが必須の条件である。言い換えれば、恐

社会は達成可能である。

と社会を実現するためには、国家レベルの復

興と開発に比べると、それほど大規模な資金

は必要ない。しかし、草の根の事情に精通し

た専門家による地道な努力の積み重ねが必要

である。つまり、お金ではなく、手間ひまが

要求されるのである。各地域には固有の特殊

な状況があり、一般的なマニュアルは通用し ない。

私は、南部スーダン政府と国際社会は、国

家の枠組みだけでなく、社会の復興と開発に

注目し適切な事業を推進すべきであると考え

る。さもないと、スーダン全体の平和と発展

のサステイナビリティが脅かされる可能性が

ある。私の危惧は、莫大な資金を投入したス

ーダンの戦後復興という壮大な社会工学の実

験が、砂上の楼閣の建設に終わってしまうの

避するためには、国連・国際社会と南部スー

ではないかということである。この危険を回

ダン政府の双方が、戦後復興と開発の事業に

関わるガバナンスを再検討し、国家と社会の

サステイナブルな発展のあり方をもう一度、

構想し直す必要があるだろう。

327

する﹁人間の安全保障﹂ ︵ human security ︶ が実現していれば、サステイナブルな平和と 草の根のレベルで、サステイナブルな平和

図 2 白ナイル河畔のマラカルの港. マラカルは,上ナイル州の州都で, 南部スーダンへの玄関口.内戦中, 河川交通は途絶していた.南部の首 都ジュバまでは,約 2 週間の航路. 飛行機なら 1 時間.道路は開通し ていない.2008 年 1 月撮影.

﹃サステナ﹄ 号 12


校や病院・診療所の建設、政府のオフィス用

道路や鉄道の復旧や新設、通信網の整備、学

必ずしも十分とはいえない。国家の枠組みの

南部スーダン政府と国際社会の取り組みは、

順風満帆に推進されているのか。残念ながら、

それでは、この復興と開発事業そのものは、

連載講座 より

建物の建設などは必須である。南部スーダン

整備には莫大な資金と労力が投入されている

﹁富﹂に潜む 真のガバナンスのあり方

の場合は、これらは復興というよりは新規の

にも拘らず、分断され荒廃した社会の復興と

326

短期間のあいだに大量の資金の投入が必要で

事業に等しい。なぜなら、内戦の以前からイ

開発という側面はなおざりにされているのが

あることは言うまでもない。交通網、つまり

ンフラはきわめて未整備だったからである。

現状だ。

国家レベルでは、二〇〇五年まで敵同士だ

インフラと並んで不可欠なのは、国家の根幹 ための警察と司法制度の整備である。以上の

った政府軍とSPLAとの間の平和は、おお

的な諸制度、つまり行政機構と、治安維持の ような国の骨格を形成するような大事業は、

あるいは村人による殺人や襲撃事件も、依然

の場のなかに存在している。武装した市民、

こうした敵地は、隣の村といった日常生活

復讐のために殺される危険がある。

でも癒されていないので、 ﹁敵地﹂に赴くと

敵と味方に複雑に分断された。その傷は現在

だに達成されていない。内戦の間に、社会は

するコミュニティのレベルでは、平和はいま

あるいはエスニックな集団︵民族︶を単位と

むね維持されている。しかし、村のレベル、

うか、現在のところは未知数である。

部スーダンが安定した発展を継続できるかど

ずれの側面においても、二〇一一年以降の南

る人材の供給﹂という二つの側面がある。い

﹁制度を維持するための資金﹂ ﹁制度を運営す

どうかという問題がある。この問題には、

戦終結直後の数年間が過ぎても、持続可能か

ては、国際社会が大規模な支援を実施する内

しかし、事業のサステイナビリティについ

過去四年間にかなりの成果をあげている。 図 1 夕暮れの道を村へと急ぐ. 自動車道路が通じていない村は 多数ある.東エクアトリア州ラ フォン郡,2009 年 1 月撮影.


ユーロセント/kWh

可能になり、金融機関から低利融資を得るこ ︵5︶太陽光発電に対するEEG法の買取

とも可能になりました。 価格は、毎年五%で低下します︵二〇〇二年 ∼二〇〇八年︶ 。二〇〇九年からは、年八∼ 一〇%で低下します。電力は運転を開始した 年の価格で二〇年間、買い取られるため、早 く太陽光発電を設置するほど、多くの売電収 入を得ることができます。これが、ドイツで

10

太陽光発電を急速に普及させた要因です。

40

︵6︶二〇〇四年から、太陽光発電の種類 と規模別の買取価格が導入され、買取規模の 上限一〇〇 kW も撤廃されました。二〇〇 四年の改正以後、ドイツでは大規模な平地設 置の太陽光発電プロジェクトが急速に拡大し

20

ています。 ︵7︶現在ではイタリア、ポルトガル、ス

家庭用電力小売 価格平均 30

2005 2000 1995

ペイン、フランス、ギリシャ、オーストリア など、欧州各国がフィード・イン・タリフ制

60

﹃サステナ﹄ 号

∼八月の期間だけで、スペインの新規設置量

に達しました。 MW EEG法が二〇〇四年に買取価格を引き上

は一〇〇〇

げると、ドイツの新規設置容量は飛躍的に増

大し、二〇〇七年には日本の五倍以上にあた

を設置しました ︵図2︶ 。ド MW イツは総設備容量でも、日本を抜いて世界一

る一一〇〇

になりました。日本は、二〇〇五年に新エネ

が終了して以降、新規設置容量が急速に減少

ルギー財団による住宅用太陽光発電設置助成

しています。二〇〇七年の新規設置容量では、

スペインにも抜かれてしまいました。

以下の屋根設置が二 kW

ドイツの新規設置容量︵二〇〇六年︶の内

訳を見ると、一〇

七%︵戸建住宅︶ 、一〇 kW ∼一〇〇 kW の 屋根設置が四九%︵複数世帯住宅、農場納屋、

公共施設、商業施設︶ 、一〇〇 kW 以上の屋 根設置が一三%︵大型商業施設、工場︶ 、フ

ァサードが一%、平地設置が一〇%です。

設置費用等の日独比較

太陽光発電システムを住宅屋根に設置した

329

を導入しています。スペインでは現在、一〇 以上の巨大プロジェクトを中心に、驚 MW 異的な普及が進んでいます。二〇〇八年一月

70

図 1 太陽光発電に関する EEG 買取価格,太陽光発電原価,家庭 用電力小売価格.1999 年まで は 電 力 供 給 法 買 取 価 格.2000 年 以 降 は,EEG 法 買 取 価 格. 2004 年 以 降 は,30kW 以 下 の 2010(年) 建物設置の買取価格. 0

EEG法買取価格 (2000年∼) 50

10

発電原価 80


竹濱朝美

連載講座 より

立命館大学産業社会学部教授 (環境教育・消費者政策)

優先して、買い取る義務があります。再生可

能エネルギー電力に対するこのような固定価

格 買 取 補 償 は、フ ィ ー ド・イ ン・タ リ フ

︵ Feed-in-Tariffs ︶と 呼 ば れ ま す。E E G 法 は二〇〇〇年に施行され、二〇〇四年に改正

︵2︶EEG法は、太陽光発電からの電力

されました。

の買取価格を大幅に引き上げました。二〇〇

〇年に一 kWh あたり五〇・六二ユーロセン トに、二〇〇四年には、五四∼五七・四ユー

ロセント︵建物に設置した場合︶に引き上げ

ました。二〇〇四年の買取価格は、当時の家

︵3︶EEG法は、再生可能エネルギー電

庭用電力料金の三倍になりました︵図1︶ 。

力を固定価格で買い取るため、家庭や企業は、

太陽光発電を設置する時点で、二〇年間の売

︵4︶太陽光発電はシステム価格が高いた

電収入を確定できるようになりました。

め、従来は設置資金の回収が困難でした。E

設置資金の回収リスクはほぼゼロになりまし

EG法は二〇年間の売電収入を保証するため、

た。企業は、太陽光発電に対する長期投資が

328

現在、ドイツは太陽光発電の普及で世界一 の総設備容量を誇っています。この背景には、 再生可能エネルギー法︵ Erneuerbare-Ener-

︶に よ る 支 援 が あ り ま す gien-Gesetz: EEG ︵以下、EEG法と省略︶ 。ここではEEG法

ドイツにおける太陽光発電普及策 再生可能エネルギー法の効果

1  

サステイナビリティと自然エネルギー

による太陽光発電の促進策の特徴を紹介し、 太陽光発電システムの設置費用の回収年数と 発電原価を確認します。

太陽光発電促進策の特徴 ドイツでは、風力発電、太陽光発電、バイ オマス発電など、再生可能エネルギーによる す︶は、電力業者に買い取ってもらうことが

電力︵以 下、再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー 電 力 と 記 できます。これを定めたのがEEG法です。 EEG法による太陽光発電促進策の特徴は、 ︵1︶EEG法は、再生可能エネルギー電

次のとおりです。 力を二〇年間、通常の電力料金よりも高い固 定価格で買い取ることを、発電業者と送電業 者に義務づけています。電力事業者は、再生 可能エネルギー電力を化石燃料の電力よりも

● 連載講座 ●


40

30

ユーロセント/kWh

計算しました。 以上の条件から、ドイツ太陽光発電の発電 原 価 は、五

屋 根 用 が 四 七・一 ∼ 五 九・ kW

七 セ ン ト、三 〇 kW お よ び 二 五 四 kW 屋根 用が四五・一∼五七・二セントとなります。 一五〇〇 kW および四二五〇 kW 平地設置 が 三 七・六 ∼ 四 七・六 セ ン ト で す。七・五 ファサードが七三・四∼八六・四セント kW です︵図3︶ 。屋根設置と平地設置で、発電 量九五〇 kWh の地域では、EEGの買取価 格は発電原価を回収できるため、日射量が多 い地域では、資金全額を銀行から借入しても、 EEG法による電力買取の費用は、電気料

採算が取れます。

50

金に上乗せされ、企業と家庭が払う電気料金

80

で回収されます。EEG法の財源は税金では ありません。EEG法のためのドイツ家庭の 負担額を確認します。

660 kWh/年 70

﹃サステナ﹄ 号

個分ぐらいです。この 二・九四ユーロは、

太陽光発電の電力買取だけでなく、風力発電、

バイオマス発電、地熱発電の電力買取費用も

含めたEEG法の負担額です。これは家庭の

電気料金の四・九%にあたります︵二〇〇七

年︶ 。家庭の電気料金には、電気税が九・九

%含まれています。電気税は節電と温室効果

ガス削減を奨励する税です。電気税の負担に

家庭の負担能力の範囲内といえます。

比べると、EEG法の負担額は小さいので、

二〇〇四年のEEG法の改正以後、ドイツ

の太陽光発電の普及は急速に拡大しました。

フィード・イン・タリフ制︵固定価格買取補

償︶は、太陽光発電を急速に普及させる効果

が大きいと考えます。これに対して日本では、

置助成の終了後、新規設置が急速に減少して

新エネルギー財団による住宅用太陽光発電設

います。日本国内の太陽光発電設置に対し、

フィード・イン・タリフ制の導入を含めて、

直ちに、大幅な支援策が必要です。

331

30 kW 屋根 5 kW 屋根 0

二〇〇七年のドイツの標準世帯︵電力消費 が年間三五〇〇 kWh の世帯︶がEEG法の ために負担する金額は、一カ月二・九四ユー ロです。これはドイツでは、サンドイッチ一

60

10

10

図 3 ドイツ太陽光発電の発電原 価と EEG 買取価格(1 kWh あた り,2006 年) . 254 kW 1500 kW 4250 kW 7.5 kW (図 は IEA,BMU,EPIA,BSW, 屋根 平地 平地 ファサード 太陽光発電協会等の資料から作成) 20

561 kWh/年

発電原価 (750 kWh/ 年) 発電原価 (950 kWh/ 年) EEG買取価格

90


これに対し、日本では、二〇年の製品寿命

連載講座 より

場合、何年で設置費用を回収できるか。二〇

置費用の一%、一一年∼二〇年目まで二%で

に基づき、維持修理費用は、一〇年目まで設

ンとマインツの太陽光発電設置業者への調査

ロ、ファサード五〇八九ユーロです。ベルリ

〇 〇 ユ ー ロ、三 〇 kW お よ び 二 五 四 kW 屋 根用四五〇〇ユーロ、平地設置三七五〇ユー

ミュンヘンで六六〇 で す。一 kWh/kWp システム設置費用は、五 kW 屋根用四七 kW

ァサードでは、ケルンで五六一

設置と平地設置で七五〇∼九五〇 kWh 、フ 、 kWh/kWp

ドイツの太陽光発電一 kWh の発電原価を検 討しましょう。ドイツの年間発電量は、屋根

一 kW シ ス テ ム 設 置 費 用 を 年 利 五%で 借 り入れ、二〇年の年賦償還した場合について、

年以内に資金を回収することは不可能です。

計算しても、日本のほとんどの地域で、二〇

成だけです。しかし、自治体助成金を含めて

日本の家庭が利用できる助成金は、自治体助

置助成が二〇〇五年に終了したため、現在、

の内に設置費用を回収することはできません。

新エネルギー財団による住宅用太陽光発電設

アメリカ 新規設備容量 (kW)

ドイツの買取価格は〇・五一八ユーロ/ です。日本では、電力会社が住宅用太 kWh

陽光発電からの余剰電力一 kWh を約二三円 で買い取っています。太陽光発電システム一 の消費者価格は、ドイツが五四〇〇ユー kW

ロ、日 本 が 約 六 八 万 円 で す。一 kW システ ムの年間発電量は、ドイツが約七五〇∼九五 〇 kWh 、日本で約一〇〇〇 kWh です。 以上の条件から、設置費用の回収年数は、 ドイツが一〇・九∼一四年、日本が約三〇年 となります。実際のシステム市販価格は多様 なので、回収年数もこれより多様です。EP IA︵欧州太陽光発電産業協会︶は、ドイツ 二〇年間の売電収入から設置資金を回収し

03 2001 99

の回収年数を八∼一二年と推計しています。 た余剰は家庭の利益です。二〇〇六年に運転 開始の場合、ドイツ家庭は、設置費用を回収 した後、一 kW システムあたり二三七〇∼ 四四四二ユーロの利益を得ることができます。

05

イタリア 図 2 主 要 各 国 に お け フランス る太陽光発電システムの 07(年) 年間新規設置容量. 1997

スペイン

日本

〇六年に運転開始したシステム一 kW につ いて、日本とドイツの回収年数を比較します。

ドイツ

1100 1000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0

330


20,000

10,000 累積設備容量(MW)

域のかなりの部分で風力発電が導入されまし EEG 法は、太陽光発電からの電力を五

た。 〇・六二セント /kWh 、バイオマス発電から の電力を種類に応じて一〇・二三セント、

水力発電 5,000

九・二 一 セ ン ト、八・七 〇 セ ン ト /kWh で 二〇年間買い取ることを決めました。しかし、

風力発電 15,000

発電コストが高い太陽光発電とバイオマス発 ③二〇〇四年の改正EEGは、太陽光発電

電は、この段階では普及しませんでした。 とバイオマス発電の買い取り価格を大幅に引 、バイオマス発電 /kWh

き上げました。太陽光発電の電力は、四五・ 七∼五七・四セント

か ら は、三・九 〇 ∼ 一 七・五 セ ン ト /kWh で二〇年間、買い取られることになりました。 さらに、改正EEG法は、洋上風力発電を促

06(年) 04 02 2000 98 96 94 92

進することを目的に、洋上風力発電の電力を、

バイオマス 発電 25,000

図 1 ドイツの再生可能 エネルギーの普及.累積 設備容量(MW)で示す. 0 1990

九・一 ∼ 六・一 九 セ ン ト /kWh の優遇的な 価格で二〇年間買い取ることも決定しました。

太陽光発電 30,000

﹃サステナ﹄ 号

風力発電産業における経済効果

ドイツの風力発電産業は、一九九一年の電

力供給法以後、順調に拡大しました。さらに

二〇〇〇年から二〇〇四年までは、EEGに

よって国内新規設置が急速に拡大したため、

この時期、ドイツの風力発電産業は、国内新

規設置と海外輸出の両方で成長しました。

二〇〇四年以降は、ドイツの風力発電産業

は、国内では洋上風力発電を拡大させつつも、

主に輸出拡大によって成長しています。その

理由は、第一に、EEG法改正によって、陸

上風力発電の買い取り価格が低く抑えられた

こと、かつ、風力発電からの買い取り価格が

年二%で急速に低下することになったためで

す。第二に、陸上では、風況のよい場所のほ

とんどに風力発電が設置され、陸上風力発電

に適した場所が残り少なくなったためです。

二〇〇三年から二〇〇七年の期間に、部品

生産および発電機製造にかかわるドイツの風

力発電産業の付加価値形成は、輸出分を含め

て、三七・九九億ユーロから六一・三億ユー

333

この結果、二〇〇四年以降は、太陽光発電で

35,000

11

爆発的な普及が進み、バイオマス発電と洋上 風力も、大きく普及しました。

40,000


ドイツ再生可能エネルギー電力の普及政策と 風力発電産業および太陽光発電産業の成長 その経済効果 立命館大学産業社会学部教授(環境教育・消費者政策)

竹濱朝美

連載講座 より

以 下、E E G と 記 す bare-Energien-Gesetz: ことにする︶ 、二〇〇四年に施行された改正

EEG法を通じて、段階的に発展してきまし た。

①電力供給法は、再生可能エネルギー電力、

価格の九〇%で買い取ることを決定しました。

風力発電および太陽光発電の電力を電力小売

これ以後、風力発電の普及は本格化し、一九

九〇年から二〇〇〇年までの一〇年間に、風

力発電の累積設置容量は、五六MWから六一

一二MWに増大しました︵図1︶ 。

②EEG法は、風力発電からの電力を九・

一セント︵稼動より五年間︶ 、または六・一

九セント /kWh ︵稼動から五年以降︶で、二 〇年間買い取ることを決定しました。電力買

い取り価格に引き下げ率を設定し、発電開始

が一年遅くなるほど、買い取り価格が低下す

る方式を導入しました。風力発電の買い取り

価格は、年一・五%ずつ低下することになり

ました。EEG法以後、風力発電は収益を見

込めるものになり、急速に拡大しました。二

〇〇四年ごろまでには、陸上の風況のよい地

332

ここでは、ドイツの再生可能エネルギー政 策による風力発電産業と太陽電池産業に与え た経済効果、産業振興効果について紹介しま す。ドイツでは、再生可能エネルギー源から 発電した電力を、通常の電気料金よりも高い

2  

サステイナビリティと自然エネルギー

固定価格で長期間、買い取ることを電力事業 者に義務付けています。再生可能エネルギー 電力に関するこのような制度は、フィード・ イ ン・タ リ フ︵ Feed-in-Tariffs ︶ 、略 し て F IT︵フィット︶と呼ばれ、固定価格買取補 償制と訳 す こ と が で き ま す。フ ィ ー ド・イ ン・タリフを採用すると、長期の売電収入が 保証されるため、発電費用が高い再生可能エ ネルギーでも、設置費用の回収について、採 算の見通しが立てやすくなり、再生可能エネ

ルギーの普及を速めることができます。

再生可能エネルギー発電の普及政策 ドイツにおける再生可能エネルギーによる 発電は、一九九一年に施行された電力供給法 ︵ Stromeinspeisungsgesetz ︶ 、二〇〇〇年に 施行された再生可能エネルギー法︵ Erneuer-

● 連載講座 ●


ユーロから五七・四億ユーロに、約二九倍に

に対する研究開発費も、九八〇万ユーロから

は一・〇六倍に過ぎません。太陽光発電技術

一 億 七 五 〇 〇 万 ユ ー ロ に 拡 大 し ま し た ︵注

増大しました。同じ期間に、太陽電池産業の

指数(2000 年=100)

雇用数は、三一〇〇人から四万二六〇〇人に

3︶ 。二〇年間の売電収入を保証するEEG

07(年)

増加しました︵注3︶ ︵図3︶ 。この雇用数の

法は、太陽光発電の長期投資を拡大させてい

06

うち、約三割が太陽電池の生産に関わる雇用

⑤太陽電池産業の成長は、旧東ドイツ地域

ます。

05

③ドイツ太陽電池産業の輸出額は、二〇〇

04

これら五七社で旧東ドイツに、一万一四五五

造二五社中の一〇社が旧東ドイツに立地し、

薄膜電池製造二四社中の二二社、周辺機器製

コン・ウエハー系電池製造三五社中の二五社、

す︵二〇〇七年︶ 。この状況下で、結晶シリ

ツ地域の失業率︵八・四%︶の二倍もありま

に多数の雇用をもたらしました。旧東ドイツ

03

︵注1  ︶ DEWI Status 30.06.2008. ︵注2︶ 資料、二〇〇七。 BMU   ︵注3︶ BSW S t a t i s t i s c h e Zahlen der   ︵ Photovoldeutschen Solarstrombranche ︶ ︵ 2009 ︶ 。 taik ︵注4︶ Invest in Germany GmbH Photo  ︵ 2008, Summer ︶ . voltaics in Germany

人の雇用を 出しました︵注4︶ 。

地域は失業率が一六・八%であり、旧西ドイ

02

です。

600

四年から二〇〇七年の期間に、二億七三〇〇 万ユーロから二九・二億ユーロに、一〇・七 倍に増大しました。同じ期間に、太陽電池産

200

業の輸出比率は一四%から四三%に拡大しま

鉱業・製造業 雇用数(指数) 400

した︵注3︶ 。しかし二〇〇〇年当時、ドイ ツは太陽電池の輸出はほとんどゼロであった

800

図 3   太陽電池産業の雇用 数の推移. (Statistisches Bundesamt Deutschland:Employment.BSW: Statistische Zahlen der deutschen Solarstrombranche, Photovoltaik よ り作成) 0 1998 99 2000 01

ので、急速な成長です。例えば Q-Cells 社は、 二〇〇七年の売上額の三九%をドイツ以外の 欧州︵主にスペイン︶に、二一%をアジア、 ④二〇〇一年から二〇〇七年の期間に、ド

北米、アフリカへ輸出しています。 イツの太陽光発電産業の投資額は一・一億ユ 1200

﹃サステナ﹄ 号

335

太陽光発電 雇用数(指数) 1000

11

ーロから一八・六億ユーロに増大し、一六・ 八倍になりました。他方、上記期間に、ドイ ツ経済全体の投資動向を示す総固定資本形成

1400


連載講座 より

おける成長の様子を紹介します。

①二〇〇一年から二〇〇七年までに、ドイ

ツの太陽電池︵セル︶生産量は三三MWから

八四二MWに、二六倍に拡大しました。太陽

電池の世界総生産量に占めるドイツのシェア

は、二〇〇一年から二〇〇七年の間に、八・

九%から二二・四%に倍増したのに対して、

日本のシェアは四六・三%から二四・四%に、

ほぼ半減しました。

セル製造企業別にみると、 、 Q-Cells First が生産量を著しく拡大しました︵図2︶ 。 Solar

社は、二〇〇一年にセル生産を開始 Q-Cells した企業ですが、二〇〇七年にはシャープを

抜いて、セル生産量で世界一になりました。

カドミウム・テルル化物の薄膜電池を専門と

する First Solar 社は、二〇〇二年にセル生 産を開始して、今では日本の三洋電機、京セ

ラをしのぐセル生産量に達しています。

②ドイツの太陽電池産業の売上高と雇用数

は、二〇〇四年の改正EEG法によって、急

速に拡大しました。二〇〇〇年から二〇〇七

年の期間に、太陽電池産業の売上高は、二億

334

250

生産量(MW)

ロに、一・六倍に拡大しました。このうち輸 ら五一億ユーロに、二・三倍に増加しました。

出分は、上記五年間に、二一・九億ユーロか 付加価値形成額に占める輸出の比率は、同じ 期間に、五九・六%から八三・一%にまで拡 大しました。風力発電産業は今や、その価値 形成のほとんどを輸出から稼いでおり、貿易

50

黒字の重要な源泉です。さらに、風力発電機

三洋電機 (日本) 100

の設置工事、保守点検、発電機の運転︵発電

200

操業︶に関する付加価値形成まで含めると、

300

二〇〇七年の風力発電産業の付加価値形成総 額は、七六億ユーロに達します︵注1︶ 。 ドイツの風力発電機製造および部品メーカ ーにおける雇用数は、二〇〇四年から二〇〇 七年の四年間に、約一万八〇〇〇人から三万 九〇〇人に、一・七倍になりました。風力発

2007(年) 2006 2004

2005 2003

電機の設 置 工 事、保 守 点 検、発 電 機 の 運 転 ︵発電操業︶を含めた雇用数は、二〇〇七年 で、八万四三〇〇人に達しました︵注2︶ 。

太陽電池産業における経済効果 EEG法施行以降のドイツ太陽電池産業に

Suntech (中国) 350

図 2 主 な 太 陽 電 池 メ ー カ ー の 生 産 量. (Prometheus Institute:PV News(2008, March)による) 0

First Solar (米国・ドイツ)

京セラ (日本) 150

Q-Cells (ドイツ) 400

シャープ (日本) 450


37.1 30年目標

31.6

47.4

79

累積導入量(GW)

二〇〇九年六月までのドイツのシステム価 格 の 推 移 に よ れ ば、一 〇 kW 以 下・建 物 設 置タイプの電力買取価格︵二〇〇九年は四 三・〇 一 セ ン ト ユ ー ロ