習近平のチベット問題 60年間のチベットでの失策

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習近平のチベット問題 60年間のチベットでの失策


初めに 中国では、10年に一度の政権交代の時期が近づいていま

ベット問題に取り組むべきです。四世代の政権による植民地

す。中国共産党史上第五世代目となるリーダー群は、強大な

支配と搾取によって、チベットは疲弊し、存続の危機に瀕して

権力と数多くの諸問題を引き継ぐことになります。なかでも、中

いますが、チベット人としての自覚と、中国による支配にさまざ

央政府にとって手に負えないのがチベット問題でしょう。

まな方法で抵抗する精神は、人民解放軍がチベットを侵略し てから60年間、衰えていません。

今、チベット人は、1950年代の中国政府による占領開始以 降、最も激しい抵抗運動を繰り広げています。中国政府によ

このレポートでは、 植民地支配を続けるための三つの方法

る何十年に渡る間違った占領政策の結果、チベット人は政治

論 ―すなわち軍事侵攻、植民地支配、恐怖政治によりチベ

的・社会的・経済的に取り残され、チベット人の人権を無視し

ットを占領し続けている中国の企ての内容を明らかにします。

た社会ができあがってしまいました。中国政府による圧政に対

習近平およびその他の第五世代中国指導者群は、前世代

して、最近になって50人を超える全く個人の人々が、焼身と

の遺産であるこのような政治の失策を変えなければ、チベット

いう悲劇的な抗議方法を選び、ほとんどは悲惨な最期をたど

はますます不安定化し国際社会の批判は強まるばかりという

っています。

ことに気付くべきです。

チベット人は、中国政府の力による抑圧を恐れなくなってきて

我々だけが、チベットは変わるべきだと言っているのではありま

おり、特にここ数カ月は、中国政府に抗議するために街へ出て

せん。最近のロイター通信は、『各世代の中国の指導者は、

デモを行うチベット人の数が激増しています。一方で、音楽や

未解決のまま引き継いだ諸問題を解決するよう努力すべき

文学、国家のアイデンティティを主張することを通して抵抗を示

だ』『それは胡錦濤にとっては台湾問題、習近平にとってはチベ

す、新しい抗議の形も生まれてきています。

ット問題である』という政府関係者の言葉を伝えています(ii)。 また、『いくら予算を増強し、国防を固めたところで、チベットの

次期国家主席(五代目)となると目される習近平は、チベット

安定化にはつながっていない。このような強権支配は永遠に

をどう取り扱うかという難問を抱えることになります。チベット問

は続けられない』と別の匿名の政府関係者もロイター通信に

題について習近平自身の個人的考えはほとんど明らかになって

語っています。

いませんが、父親である習仲勲・元国務院副総理はダライ・ラ マと個人的に交流があり、パンチェン・ラマ10世とは大変親しい

中国政府のこれまでの失策は、独立国家だった時代のチベッ

関係でした。2011年7月、習近平はラサにあるポタラ宮前で、

トを直接には知らないにもかかわらずチベットの政治的、社会

『すべての民族と協同し、ダライ・ラマのような国家分離主義者

的そして経済的自立を当然の権利として強く主張し、祖国へ

と徹底的に戦う。チベットの安定を破壊し、国家の安定を脅か

思いを寄せる若い世代のチベット人の活動に、かえって拍車

す陰謀は、徹底的に叩き潰す』と語り、中国共産党への完全

をかけています。彼らの抵抗運動は、中国共産党第五世代

な忠誠を誓いました(i)。

指導者群が渇望している、国家の安定と持続を脅かすばか りです。

五代目国家主席となる習近平の取り組むべきチベット問題 とは、すなわち中国政府の犯してきた失策のことです。60年に

習近平次期国家主席は、チベット問題を迅速かつ平和的に

渡る強権的支配は、中国による支配を断固拒絶するチベット

解決するのか、または過去世代の残した失策を踏襲すること

人の意思をますます固くしただけでした。習近平は、いまこそチ

で自滅するかの選択を迫られています。

チベットは、アムド・カム・ウーツァンの三つの地方から成り立っています。中国政府の区分では、アムド地方は青海省と甘粛省、カム地 方は甘粛省、四川省、雲南省、ウーツァン地方と西部カム地方はいわゆるチベット自治区と呼ばれ、これらを合わせると中華人民共 和国の現領土の四分の一の大きさを占めるほど広大なものです。


中国政府による 軍事侵攻 まもなく習近平新国家主席が誕生しますが、それから日を置か

共産党の『チベットを中世の暴虐的農奴制とダライ・ラマによる

ず、1913年の13世ダライ・ラマの蒙蔵条約締結による清朝か

封建支配から開放した』という見解とはまったく異なっていますが

らのチベットの独立宣言から100周年となります(1a)。この宣

(1k)、結局のところ、北京の中央政府がチベットの封建政治

言後1949年になって、新しく誕生した中国共産党がその影響

の過去を激しく糾弾するのは、侵略を正当化するための典型

力を最大に広げようと領域の拡大を図り再び侵攻してくるまで

的な支配者側の論理でしかありません(1l)。チベットが中国に

は、中国の軍隊がチベットに入ってくることはありませんでした。

侵略されるそれ以前、多くのチベット人が社会システムにおける 格差を感じていたのは事実で、ダライ・ラマはそれに対して改革

1950年10月7日、4万人の人民解放軍が、ヤンツェ川を超え

を進めています(1m)。既にダライ・ラマは政治的権力をチベット

て中央チベットに侵攻しました。余りの多勢に太刀打ちできずチ

亡命政府に委譲し、現政府は民主主義にのっとって運営され

ベット軍は降参せざるを得ず(1b)、これによりチベットは中国に

ています(1n)。

占領されました(1c)。これ以降中国共産党は、チベット人は運 命を共にする(1d)中国国内56の少数民族の一つであると宣

侵攻から60年経ちましたが、中国政府は依然15万~50万

言しましたが(1e)、これは中華思想を根源とする自民族中心

人の人民解放軍をチベット全域に展開しており、軍事的圧力

主義による全く誤った考え方であります。独立国家としてのチベ

なしにはチベットをコントロールできない状態です。各種の重要

ットは、中華人民共和国の成立よりも30年も前に、主権国家

な記念日を迎え、数多くの政治的騒動が起こったことで、軍事

としての基準を満たし成立していました(1f)。中国の指導者た

力は目に見えて増強されていますが(1o)、特に、ラサ蜂起で有

ちは、チベット人は野蛮で未開の民族であり、吸収または消滅

名な1959年や、大規模な戒厳令が敷かれた1980年代後

されるべきと考えましたが(1g)、あまりに誇り高く独立したチベッ

半、150件以上の抗議運動が各地で起こった2008年など、

ト人がやすやすと中国に吸収されなかったため、中国共産党は

中国政府は大規模な抗議デモの発生を依然として封じ込め

チベットという国家そのものを消滅させようとしたのです。

ることができていません。2008年に各地で起こった大規模な抗 議運動に対する徹底的な弾圧にも関わらず、民衆は立ち上が

中国の迫害が激しさを増すにつれ、チベットも激しく抵抗し、

って抗議することをいまだ止めておらず、特に東部チベット域で

1959年5月、いわゆるラサ蜂起が起こりました。人民解放軍

は、僧侶や尼僧、一般人が自らに火を点け中国政府に抵抗

がラサを砲撃し始め、ダライ・ラマ14世はチベットから逃れざる

の意思を示す、いわゆる焼身抗議が頻発しており(1p)、中国

を得ず、中国政府によって8万7千人のチベット人がラサ蜂起

政府の軍事力による強権支配ではチベット人の自由を渇望す

の結果として殺害または逮捕されました(1h)。それからちょうど

る意思を抑圧することはできないことを証明するかのようです。

50年後、ダライ・ラマ14世は、北京の中央政府の失策につい て、『チベット人を地上の地獄とも言うべき耐えがたき苦しみと苦

中国は現在、国内の治安維持のために、国防費よりも多額

難の境地に落としいれた』と語りました(1j)。この声明は、中国

の費用を費やしています(1q)。国際人権団体であるヒューマン


焼身抗議、ツェリン・キィの場合 2012年3月3日、遊牧民出身の20歳の学生ツェリン・キィが、全身に石油をかけ アムド地方マチュ(中国名:甘粛省瑪曲県)の野菜マーケットにて自らに火を 放ち、頭上高く拳をあげ抗議し、その後死亡しました。 彼女は幼少時代、ヤクを追いかけ、星空の下で眠るといった遊牧民として生活を 送っていました、しかし、その生活は草原に建てられた塀と共に終わることになりまし た。先生から子供達の良いお手本と称された子は、少しずつ政治的不安の中へと 向かいました。2008年、マチュで抗議が勃発しました。これにより、何百ものチベッ ト人が残忍な弾圧で拘留されました。その2年後、ツェリン・キイの学校の生徒が 自由と独立を要求する抗議を構内で行ないました。 最後の抗議の直前に、ツェリン・キィは友達や家族に「自分達がチベットの為に何 かをしなければならない。もし、何もしないならば、人生は無意味である」と語って います(I)。ツェリン・キィは、チベットで行われた24人目の焼身抗議者です。その 後現在までに、チベット全土にて27人ものチベット人が彼女の抗議の後を追って います。

ライツウォッチが2011年に報告した内容によると、2002年以

アクションとして、ンガバ地方が近年の騒動の中心地になってい

降、焼身抗議が最も頻発している東部チベット・ンガバ地方だ

ることは当然とさえ言えるでしょう。

けで、チベット文化圏を外した四川省全体の治安維持予算 以上のコストがかかっています。ヒューマンライツウォッチは、「強

最近、中東や北アフリカなどでは自由を求める運動が独裁政

烈弾圧キャンペーン」や、2007年に創設された「対テロリスト

権を崩壊させていますが、このような世界各地の抑圧された人

部隊」などの挑発的な激しい取締りがかえって、2008年以来

々のように、チベット人達も自由を求めて戦っています。特にチ

の社会的混乱の原因の一つになっているのではないかと捉えて

ベット本土では、“ラカール”または“白い水曜日”と呼ばれるチベ

います。2009年までにンガバ地方で費やされた治安維持費

ット色の強い独自の活動など、チベット人としての自覚を目覚め

用は、その他の四川省の平均の5倍に達しているのです。例え

させる多様な抵抗運動が広がっています。チベット問題を音楽

ば、2011年3月に起きたプンツォックという名前の一人の20歳

や文学を通して表現するなど、チベット文化の再興も進んでい

の青年の焼身自殺抗議に対する中国政府の対応はあまりに

ます。このような、チベット全体に広がる繊細かつパワフルでクリ

過剰で、キルティ寺院から300名の僧侶が連れ去られ行方知

エイティブな抵抗の形に対しては、中国の軍事力は意味をなさ

れずになり、2人の年老いたチベット人が寺院の門の辺りで撲

なくなっているのです。

殺されました(1r)。このあまりに過剰な反応に対するさらなるリ

『ほぼ20m置きに警察や赤い腕章をつけた共産党員が立ち、抗議を起こそうとするチ

ベット人がいないか監視を続けている。また、それより多数の民兵が、力を見せつける ようにして店やレストランの外にたむろしている

2012年2月にンガバ地方に潜入した英国ガーディアン紙、ジョナサン・ワット記者


中国の植民地支配 中国によるチベット支配は、国際社会ではもはや時代遅れ

事中心であるため部分的な発展ばかりで、最貧困層のチベッ

で糾弾の対象となっている旧世紀的植民地主義の数少な

ト人にはほとんど意味がありません。実際、チベット域で得られ

い残渣の一つであります。1950年代に毛沢東が言及して

た利益のほとんどは中国本土に還元されてしまいます(2b)。

以来、中国は国策としてチベットを中国の一部に統合しよう

2006年に完成した過去最大規模のプロジェクト、青蔵鉄道

としてきました。中国の政権四世代に渡る植民地支配は、

建設にあたっては、41億USドルが費やされました。人権団体

地方に住む貧しいチベット人とチベット都市部近郊に住む金

インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベットによると、この鉄

持ちの漢民族のあいだに社会的疎外や貧困、格差を産み

道完成は、緊急時には軍事力の迅速な展開を可能とし、ま

出しながらも、チベットはチベット人としてのアイデンティティを

たチベットの天然資源の搾取にもつながるため、チベットにとって

強く主張することを続けています。

は中国に二回目の侵略をされるようなものであるということです (2c)。2000年に行われた中国の最新の国勢調査によると、

植民地支配によるチベットからの搾取は、胡錦濤現国家主

150のチベット自治区諸州を含めたチベット平原の総人口は、

席がチベット自治区党委書記に就任した1980年代後半

軍事関係者と移民労働者を除いて少なくとも1000万人で、

から激しさを増しました。胡錦濤の唱えた“両手で掴め”運動

そのうち540万人がチベット人として区分され、残りは漢民族そ

は、経済発展を進めることで同時に分離独立主義を撲滅す

の他となっています(2d)。2002年、チベット自治区政府関係

るというもので、中央政府が1999年に立ち上げた西部大開

者は、外国人記者の取材に対して、ラサでは早晩チベット人は

発計画と一体となって推進され、今でも続いています。東部

少数派になってしまうだろうと認めました(2e)。

沿海地域と西部内陸地域との地域格差を縮小し、遅れた 西部経済の発展を促進することを目指した国家的プロジェク

チベットを専門とする経済学者のアンドリュー・フィッシャー博

トである「西部大開発」戦略は、『この計画を進めることによ

士は、チベットの発展を「民族の排斥」と呼んでいます(2f)。

り、中国経済を発展させ、国内を安定化させ、その結果国

2010年、チベット自治区に過去最高、自治区の域内総生産

家全体の結束力を高めることになる(2000年9月18日演

の100%水準の投資が押し寄せています。この状況に対して、

説)』と主張する江沢民国家主席に引き継がれました。しか

北京の中央政府が沈黙を守り、自治区の北京への経済的依

し、高名な僧侶かつ独立運動の指導者でもあったユル・ダワ

存を過度に高めることで経済の多くの面で影響力を強固にして

・ツェリン(2002年に死去)は、西部大開発計画はチベットに

いると、彼は報告しました(2g)。

危機と暗黒をもたらしたと語っています(2a)。 2015年に観光客の数が1500万人に達し、その大部分が中 中国のチベットに対する投資は大変な額ですが(2011年

国人になると予期されるなか、観光業は主たる投機の対象と

~2015年分で1930億元≒2.5兆円)、大規模インフラ工

なっています(2h)。2012年には、中国は、ラサの近郊の新し


『今日、私はジョカン寺へ行きました。手荷物検査を通った時、チベット人は名前を登録しなければなりませ

んでした。その一方で漢人は素通りすることができました。私は、そのまま通り過ぎようとしましたが、警官に 掴まれ名前を登録することを要求されました。私は自分が漢人であると主張しましたが、警察官は信じよう とせず、身分証明書を示すように言い続けました。

中国人観光客のラサ訪問の様子 ツェリン・ウーセル(詩人、ブロガー)

いテーマパーク建設を含むチベット内の観光旅行インフラへのさ

できるかということにEUは疑問を持っている。EUは、すべての遊

らなら大型投資を発表しました。しかしながら、チベットは、慣例

牧民の強制的定住化によってチベットの文化の独自性やアイ

的に外国人観光客に閉ざされています。チベット自治区への入

デンティティが破壊される可能性があると懸念している。』と発言

域は政治的に敏感な記念日の時期には許可されません。また

しました(2t)。

自治区以外、アムドやカムでも、いつ大きな抗議が起きるかわ からない地方、その多くはチベット人の焼身抗議が起きた場所 も入域できなくなっています。観光ガイドやホテルの経営者たち が軽率な言動を行うと拘束され留置されます。このような状況 が続いている事実にもかかわらず、スターウッド(2j)やインターコ ンチネンタルホテルを含むいくつかの国際的なホテル会社は、ラ サで高級ホテルを経営し、あるいは新たに展開することを計画

中国のチベットの植民地政策は国際的に重要な自然環境を危険にさらしてい ます。チベットが“第三の極”と知られている理由は、地球上で3番目に多くの

しています。

氷結している真水を蓄えているからです。チベットは地球上のその他の地域の

チベット経済の辺境化(チベット人がビジネスや雇用機会を得る

設備を妨げ、持続可能な生活を脅かし、10億を越える下流に住む人々を危

ことを妨げる貧弱な教育訓練)と結びついた中国人の移住が、

2倍の早さで温暖化が進んでいます。チベット高原からの氷河の溶解は、水道 険にさらします(II)。中国がとった解決方法は、それまでダムの無かった世界最

2008年のラサ蜂起の影の原動力となりました(2k)。

大の河であるヤルンツァンポに少なくとも5つのダムを作るというものでした。これ

中国は、中国語を強要しチベット語を社会から疎外する努力

の供給が脅かされることや(III)、地震活動エリアの川を堰止めることによって生

を強めました(2l)。2010年10月、1万人以上のチベットの学 生と教師が、青海省によって提案された教育改革に抗議しま した。その改革の内容は、授業に使用する第一言語をチベット 語から中国語に変更するというものでした(2m)。道路標識は 中国語で表示され、公文書に利用可能な文字は中国語だけ で、チベット語で宛名が書かれた郵便物は配達されません。し かし、中国の努力にもかかわらず、アイデンティティの表現として のチベット語の再興は、チベットにおいて進行中です(2n)。 1998年、中国は、チベット社会の本質部分である遊牧生 活を除去するという民族抹殺政策を発表しました。1998年 に、斉景発・中国農業部副部長が「今世紀の終わりまでに 全ての遊牧民が遊牧生活を終了すると予想される」と言いま した(2o)。中国自身が示してデッドラインより遅れましたが、 2011年1月までに当局により、143万人の前述の農民や牧 畜民たちが定住化させられました(2p)。今日、ゲットーのような 居住区画での暮らしをチベット人に強要する努力は強まってい ます。また、2012年5月に、国家評議会は、2015年までに中 国全土に残る遊牧民人口24万6千世帯あるいは115万7千 人の遊牧民を定住化させる計画を発表しました(2q)。何千年 もの間、チベットの遊牧民は、草原で持続可能な生活を行って いました。今日の「放牧地を牧場に変換する」中国の政策は、 限定された地域で過放牧を行い砂漠化を悪化させることに結 びついています(2r)。「環境保護」という偽りの要求の下、多く の土地が、ダム建設やと採掘作業のために奪われました。強制 的な定住は、燃料の供給の不足といった、さらなる経済および 社会問題を引き起こしています(2s)。2012年6月に、EU上 級代表キャサリン・アシュトンは、初めて公にこの問題を認め『自 然と調和して何世紀も生きているチベット人の従来の生活様 式の除去することによって、環境保護の目的に到達することが

「第三の極」の危機

らのダムの建設によって、下流にある国々の水道設備の安全性や安定した水 じる危険性(IV)、そして世界で一番の生物多様性地域への脅威等が懸念さ れます(V)。 チベット高原の環境保護の強化は『境界の安定、民族の単一性、豊かな社 会の建設』にとって重要です(VI)。それにもかかわらず、中国の過去及び現在 のチベットにおける環境政策は地域全体に飢饉をもたらし、草原の砂漠化を 起こし、森林伐採により激しい洪水を起こし、そして無秩序な採鉱による環境 破壊を起こしました(VII)。この間、中国は中国の大事な水源を脅かしたとし て、数千年も高原で持続可能な生活をおくってきた遊牧民達を非難しました。


恐怖と威嚇による支配 中国はチベット人を恐怖で飼いならしチベットをコントロールす

教育」キャンペーンの強化(ダライ・ラマの非難が特徴だった政

るために60年に渡り抑圧を行ってきました。民主主義に関する

策)を要求しました(3b)。チベット人権民主センター(3c)は、「

著名なシンクタンクであるフリーダムハウスは「最悪中の最悪の

愛国再教育」キャンペーンが「系統的に、延長され、新発見の

2012年:世界で最も抑圧された社会」でチベットを北朝鮮や

力および熱意で強化された」なったと報告しました。ダライ・ラマ

スーダンとともに「最も自由から遠い領土(このレポートではチベ

を非難せず、共産主義のリーダーを賞賛しない人々は、拷問と

ットは紛争地域と考えられています。)」と報告しました(3a)。

監禁にさらされています。

中国によるコントロールは、一連の特に手荒い政策によって、宗

米国務省によればチベットには少なくとも527人の既知の政治

教の領域にも浸透しています。チベットの国民性の不可欠な部

犯が現在います(3d)。しかし、実際の数はその人数より遥かに

分であるチベット仏教は中国の権威に対する直接の挑戦であ

多いでしょう。2012年1月に、ダライ・ラマによるカラチャクラ灌

り、中国の国家としての単一性への脅威ととらえられています。

頂法要に参加するため、正当な渡航書類でインドに旅行して 戻ってきた数百人のチベット人が、法的根拠なく拘留され、ラサ

侵略の始まりから中国はチベット仏教を攻撃してきましたが、最

のまわりの様々な場所で愛国再教育にさらされました。

近10年は一段と激しくなっています。2006年5月、張慶黎チ ベット自治区中国共産党委員会書記は、政治的な「愛国再

ヒューマンライツウォッチによれば、当局がそのような多数のチベッ トの普通に暮らす人々を拘留したのは1970年代の終わり以 来のことです(3e)。

民族「自治」と文化同化 チベット動乱は、民族「自治」が全国結合への障害かどうかに関して中国の知 識人および党の役員の間の討論に油を注ぎました。馬戒(北京大学)は、現 在の政策が中国に国家としての共通概念の欠落を招いており、少数民族の同 化は避けられないと長い間信じました(VIII)。 2012年2月、中国共産党中央統一戦線工作部副部長の朱維群は、「私た ちの現在の教育および施政方針の幾つかは、少数民族の国民としての地位や 中国人としての意識を意図せずに弱めてしまっていた」と示唆し、身分証明書か ら民族の項目を失くし、民族学校を廃止するよう主張しました(IX)。 他方、中国社会科学院によるシンポジウムでは「基礎的な“民族自治”システ ム及び政策」から転換することは、「イデオロギーの混乱を導き、社会にネガティ ブな衝撃」を与えうるという見解が公表されています(X)。

中国のダライ・ラマへの中傷は近年強められてきました。チベッ トの人々の優れた代表であり平和の国際的な象徴であるダラ イ・ラマ14世は「僧衣を着たオオカミ」および「人間の顔を備え た怪物」と評されて、北京政府に最大の敵として扱われていま す。彼の写真を所有することはチベットで禁止されています。し かし、ダライ・ラマがチベットからの亡命を強いられた時には生ま れてすらいなかった大部分抗議者(特に焼身抗議を行った人 々)は、一貫して彼のチベットへの帰還を求めています。中国 は、焼身抗議を「偽装したテロリズム」と呼び、ダライ・ラマをチベ ットの自己犠牲の波を巧妙に計画したと非難しています(3f)。 さらにチベット仏教に対する統制の強化としてチベット人を非常 に恐れさせている手段は、僧院に、中国当局だけが僧侶の転 生を承認することができるとする新しい規則を強制し、宗教的 な集りや慣習に対して厳しく制限を課し共産党員を常駐させ、 場合によっては治安部隊を僧院配備することです。米国務省


チベットの抵抗の拡大 過去五年、チベットにおけるチベット人の抗議活動が高まっています。1959年以降 見る事のなかった規模でおきた2008年の蜂起が顕著ですが、しかし、ここ数ヶ月 再び拡大しています。2012年1月以降、チベットの独立やダライ・ラマ法王の帰還 を叫ぶデモが20以上起きています(XI)。これに対する中国の反応は、殆どの場合 暴力的で武装警官によってデモ参加者は殴られ、多くの場合銃で撃たれ、平和的 な抗議者の多くが殺されたり重傷を負ったりしています。 2012年2月8日、少なくとも2000人のチベット人がカム地方のジェクンド(中国 名:青海省玉樹藏族自治州)の2カ所にて極度の治安弾圧にもかかわらず 抗議に参加しました。ティドゥでは、シルカル僧院の400人の僧侶の呼びかけにより 1400人程のチベット人が『結束の行進』を行いました。平和的な抗議者達は、権 力者達にチベット人とチベット語を尊重する事を求めるバナーを掲げ、チベットの自 由と、ダライ・ラマ法王の帰還、パンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマを含む 政治的囚人の解放を求めました。ナンチェンでは、数百人のチベット人、その多くは 僧侶では無い若い俗人が、集まり終日、ダライ・ラマ法王の長寿を祈る経文と、ダラ イ・ラマ法王を支持するスローガンを唱えました。

の宗教の自由に関する最近の年次報告は、「宗教の実行、

国境なき記者団はチベットにおける持続的な報道管制への警

および僧院および他の宗教法人の恒常的運営に対する中

鐘をならしています。国外の報道機関による取材を妨害するだ

国共産党の支配は強まった。そして、チベット仏教徒の宗教

けでなく、共産党機関紙「人民日報」傘下の英字紙「グローバ

伝統の実行への公的な妨害は深い苦しみを生成し、チベッ

ル・タイムズ」のような政府支持メディアを使用して組織的に誤

ト人による一連の自己犠牲の原因となった。」と報告してい

った情報を世界に報じています。

ます(3g)。 チベットから外部の世界への情報伝達の制限に加えて、中国 チベットの社会のあらゆる場所で抑圧的な政策が行われてい

は、最近チベットの中への情報伝達の統制を強化しました。イ

ます。2008年以降、中国当局が戦略的に作家や音楽家、

ンターネットと電話を含むコミュニケーション・ツールの使用に対す

教育者といったチベットの文化的表現者を標的としているに

る統制の強化は、「チベットのイデオロギー・文化的領域の絶対

も関わらず、チベットにおける文化復興の最前線で、中国の

的な安全を保証する」ために必要であるとして、陳全国・チベッ

政府の政策に従った権威に挑戦しチベットのアイデンティティ

ト自治区中国共産党委員会書記によって記述された新しい

を主張する動きが出現しています。これらの共産主義体制下

手段に加えられました。

で育った若く教育を受けたチベット人による「安定」に対する 脅威は、彼らを逮捕や拷問の大きな危険にさらしています。

写真複写および音楽出版を含む文学の出版に対する制限

80人以上のチベットの知識人が拘束され拷問を受けるか消

はさらに強化されました。また、政府によるプロパガンダ、新しい

息を絶つという状況に直面しました(3h)。

TVチャンネル、村々で行われる教育の集まり、映画上映および 公式本の分配といった手段で強められています。

2012年3月中国当局は、「社会の安定を傷つける非合法 活動に関与する人を見つけ出し報告するよう」に公に要求し

報道管制を課することに加えて、中国は、最近数か月チベット

「公安機関にそのような犯罪活動を報告する人なら誰にで

に渡航を望む外国の外交官からの要望をすべて拒絶しました。

も」5,000元(約796USドル)の報酬を提供すると発表しま

東チベットで相次ぐ焼身抗議に応じて、欧州連合やオーストラ

した(3j)。

リア、他の政府は、現地調査を行う許可を中国当局に求めま したが、許可を得ることはできませんでした。

焼身抗議を含む多数の抗議が起こった東チベット、アムドの 全体にわたって出されたこの公布は、「分離活動」に従事する チベット人に「厳しく取り締まられる」脅威をあたえています。


習近平中国国家副主席に対する要請項目: The International Tibet Network (国際チベットネットワーク)では習近平と中国共産党、第5世代リーダー達に対し、 チベット政策のアプローチに関して劇的な変革を行うことを以下のように要請します。まず最初にチベット政策における失敗と武力に よる統治の非合法性を認め、チベットの将来を左右する政策を策定するための権利をチベット人自身の手に委ねてください。中国 の指導部には、国際法に基づいたチベット人の民族自決権を認め、公平かつ継続可能な和解策を生み出す用意が必要です。:

• 中国政府によるチベット人に対する武力弾圧を停止してく ださい。現在、僧院や抗議行動が起きた地区に駐在する 武装軍を即時、撤退させてください。

• 環境を破壊する採掘やダム開発を停止し、一般住民を含 む下流一帯に暮らす人々とともにチベットの水資源の活用 を実践してください。

• 外国メディア、外交官、国際調査機関と外国人観光客の • 平和的抗議行動に参加し拘束、逮捕されている。または チベット地域への無条件の入域を認めてください。

• チベット人の宗教や文化的生活を非道に弾圧することを停

国際法に基づいた裁判を受ける事なく刑の宣告を受けた 全ての政治囚を即刻無条件で釈放してください。

止してください。中国政府による愛国再教育の施行を即 時停止してください。

• チベットの僧院における共産党員の常時駐留を停止し、チ ベット僧の転生の認定に関し干渉する中国政府の政策を 撤廃してください。

• チベット人の言語を守り育てる権利を保障し敬意を示す意 味で大学や学校においてチベット語を第一使用言語として 使用してください。

• チベット人の生活と将来の展望の保証を脅かす経済または 開発政策を停止してください。下層チベット人に対する助

成交付を奨励し、貧しい人々に平等の機会を与える継続 可能な(地球に優しい)開発モデルを発足させ、チベット 経済の中国政府に対する依存を減らしてください。漢民族 の高原定住を奨励する報奨金交付を停止してください。

• 遊牧民の強制定住政策の撤回と停止;現在進行してい る移住計画を中止し、すでに定住した遊牧民で希望する 者はもとの土地に戻る事を許可してください。長期的な土 地の借用権利を従来どおりに戻し、今後チベットの土地の 利用法に関する決定には全てのチベット人の参加を促して ください。


各国政府と国際機関に対する要請: • 多国間協調によるフォーラムやコンタクトグループに参加、ま • チベットの状況を把握する体制を強化してください。チベッ たは発足させ、画期的で確実なチベット問題の解決となる

ト全地域が継続的渡航可能になるよう要請を続けてくださ

多国間協調策略を打ち出し施行してください。

い。在ラサの外交機関の設立に関する努力を強化または

• チベットの置かれる厳しい状況と、中国を含む世界の人権

を守るために作られた世界人権宣言その他の国際規約に 示されるようチベット人の自由と権利が守られる事に対する 国際社会の当然なる関心への中国共産党政府による理 解を深めるよう、国際的な場で積極的に協議してください。

開始してください。在北京大使館内に於けるチベットの状 況把握を強化してください。

• チベット人自身が方策に直接参加していない中国のチベッ トにおける経済と開発政策の失敗を指摘し強い遺憾を表 明してください。

• 中国指導者交代についてふれる際の2国間協議のあらゆ • チベットの遊牧民に対する強制定住政策の停止と、この古 る機会にて治安、経済、開発の面に於ける安定を確立す

くから続く継続可能な遊牧民の生業を奪うことをやめるよう

る事のできなかった失策を指摘した上でチベット問題につい

に訴え、中国政府に対しチベットの繊細な環境と水資源の

ての関心を示し、チベット人の当然なる不満を緩和する事

管理にチベット人自身の一般参加型の開発モデルを推進

の出来る方策を速やかに施行に移すよう要請してください。

するよう要請してください。

● 中国政府によるチベットの信教と文化の自由に対する弾 圧の強化に対して強い遺憾の意を表明してください。とくに

• チベット内地のチベット人に対し、亡命チベット人との間の 情報交換を促進する計画を支援し、援助してください。

文化的または政治的な自由に基づいた表現を行った者に 対する「愛国再教育プログラム」等の非道な刑罰の施行に 対して公的に遺憾の意を表明してください。

• 情勢の不安定な地域に至急外交官を派遣し、外国人メ ディアのチベット自治区および四川、青海、甘粛、雲南の チベットエリアへの無制限入域の許可を中国政府が保証 するよう要請してください。

『もっと目に見えて、公的な統合外交が中国政府に状況を変える為の圧力を感 じさせる為には必要だ。』 米国会議員ジェームス・ P・ マックガバンとフランク・ R・ ウルフがヒラリー・クリントン国務長官に対して言った言葉

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出典 初めに (i)

BBC, ‘Xi Jinping: China will “smash” Tibet separatism’, July 2011 (ii) Reuters, ‘Does China’s next leader have a soft spot for Tibet?’, September 2012

中国政府による軍事侵攻

1a. Tibet Justice Center 1b. Tsering Shakya, ‘Dragon in the Land of Snows’, 1999 1c. On 30 March 2011, Court No. 2 of Spain’s National High Court, the Audiencia Nacional, acknowledged Tibet is an occupied state under international law 1d. China White Paper 28 September 2009 1e. Liu Yandong, first China Tibetan Culture Forum October 2006 1f. Delaney, Cusack and van Walt van Praag, ‘The Case Concerning Tibet’, 1998 1g. International Campaign for Tibet, ‘Jampa, the Story of Racism in Tibet’, 2001, page 24 1h. Radio Lhasa broadcast, 1 October 1960 1j. The Times, 10 March 2009 1k. Blog post by James Reynolds, BBC, 19 January 2009 1l. Lhadon Tethong, ‘China’s favorite propaganda on Tibet... and Why it’s Wrong’ 1m. Tsering Shakya, ‘Tibet and China: the past in the present’, 2009 1n. International Campaign for Tibet, ‘FAQ: The Dalai Lama’s Relinquishing His Political Role’ 1o. Tibet Justice Center 1p. Resistance in Tibet: Self-immolation and Protest 1q. In 2010 public security spending was RMB 549bn ($84bn) and defence spending RMB 533. 4bn, Reuters, 5 March 2011 1r. International Campaign for Tibet Report, 22 April 2011

焼身抗議、ツェリン・キィの場合 (I)

Free Tibet, ‘Tibetan Schoolgirl Dies’, March 2012

国の植民地支配

2a. Tibet Information Network, ‘China’s Great Leap West’, 2000 2b. Tibet Watch Special Report, ‘Perversities of Extreme Dependence and Unequal Growth in the TAR’, Andrew M Fischer, August 2007 2c. International Campaign for Tibet, ‘Tracking the Steel Dragon’ 2d. China Data 2010 census is intended to count the floating migrant population. See here 2e. New York Times, 8 August 2002 2f. A M Fischer, ‘Perversities of Extreme Dependence and Unequal Growth in the TAR’, 2007. Available from here 2g. International Institute of Social Studies, ‘The Revenge of Fiscal Maoism in China’s Tibet [working title]’ by Andrew M Fischer, 2012 2h. Padma Choling, 16 January 2011 2j. St Regis opens in Lhasa 2k. Gongmeng Law Research Center, ‘An investigative report into the social and economic causes of the 3.14 incident in Tibetan areas’, 2009 2l. Tsering Woeser’s Blog, ‘When Tibetan Students fight for the Tibetan language’, 2010, translated by High Peaks Pure Earth 2m. BBC report, 20 October 2010 2n. Tsering Shakya, ‘The Politics of Language’, December 2007

2o. Qin Jingfa, Vice Minister or Agriculture, quoted in Xinhua 18 March 1998. Available from here See page 8 2p. Padma Choling, 16 January 2011 2q. Southern Mongolian Human Rights Center 2r. Oliver W Frauenfeld and Tingjun Zhang, ‘Is Climate Change on the Tibetan Plateau Driven by Land Use/ Cover Change?’ 2005 2s. Feng Yongfeng, ‘The Tibetan Plateau: the plight of ecological migrants’, 2008 2t. Catherine Ashton, ‘Speech on the situation in Tibet’, 12 June 2012

「第三の極」の危機

(II) International Campaign for Tibet ‘Tracking the Steel Dragon’, 2008, pg 231 (III) The Guardian, 24 May 2010 (IV) Geologist Yang Yong quoted by the South China Morning Post, 1 May 2010 (V) Conservation International (VI) State Council Meeting chaired by Wen Jiabao, 30 March 2011 (VII) Tibet: Environment & Development Desk, ‘Resource Extraction and Development’, 2012

恐怖と威嚇による支配

3a. Freedom House, ‘Worst of the Worst 2012: The Most Repressive Societies’ 3b. Tibetan Centre for Human Rights and Democracy, May 2006 3c. Tibetan Centre for Human Rights and Democracy, Annual Report 2009 3d. US State Department Country Reports on Human Rights Practices for 2011 3e. Human Rights Watch, ‘China: End Crackdown on Tibetans Who Visited India’ 3f. The Guardian, 19 October 2011 3g. US State Department, ‘International Religious Freedom Report 2011’ 3h. International Campaign for Tibet, ‘A Raging Storm: The Crackdown on Tibetan Writers and Artists after Tibets Spring 2008 Protests’ 3j. International Campaign for Tibet, ‘Chinese government addresses unrest with threats and cash to informants’, March 2012 3k. Reporters Without Borders, ‘Authorities Tighten Grip, Isolating Even More From The Outside World’, March 2012 3m. Human Rights Watch, ‘China: Attempts to Seal off Tibet from Outside Information’, July 2012

民族「自治」と文化同化

(VIII) James Leibold, La Trobe University Australia, May 2012. (IX) Minnie Chan, SCMP, 15 February 2012, quoting Zhu Weiqun’s article in Study Times (X) Liu Ling, Chinese Academy of Social Sciences Institute of Ethnology and Anthropology, “Persist in the Basic Political System, Resolve Ethnic Issues Through Development – An Outline of the Chinese Ethnic Theory Association Symposium”, 23 February 2012

チベットの抵抗の拡大

(XI) International Tibet Network, ‘Resistance in Tibet: Self-immolations and Protest’, 2012

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お前の言葉など届かないくらい俺たちは鋭く賢い お前の炎や力など及ばないくらい俺たちは滑らかな闇 お前の気が休まらないくらい俺たちは陽気に応える お前の日常を脅かすくらい俺たちは影響力があるのさ 新世代は、若さと言う名の資源を持っている。 新世代は、確信と言う名の誇りを持っている。 新世代は、楽しさと言う名の風貌を持っている。 新世代は、自由と言う名の誘惑を持っている。 東チベットマチュの人気バンド「ユドゥク(Blue Dragon/青龍組合)」の歌詞

2012年10月

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