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文学部 1 年生の保護者です。中学・高校とクラブ 活動に明け暮れた娘が大学生になって 1 年。日に 日に

人間力

が向上していくように見えます。広

報誌「龍谷」を拝読し、その理由が少しわかるよう な気がします。 

(学生保護者K)

子どもが初めて一人暮らしを始め、親としても不安

●広報誌「龍谷」からプレゼント! 龍谷ミュージアムペア招待券 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10組20名様

だらけですが、毎回広報誌を送っていただき大学の 様子が分かります。今後もいろいろな情報を発信し (学生保護者G)

て下さい。

広報誌「龍谷」を拝読させていただく度に、息子 は本当に良い大学を卒業でき、おかげで自分の希 望する会社に入ることができたのだと感じています。 (2011年卒業生保護者Y)

定 期 的に送っていただく広 報 誌「龍 谷」ですが、 正直いつも母しか読んでいませんでした。ふとしたこ とをきっかけに私も初めて読んだのですが、世界で 活躍する卒業生の方々を知り、励みになりました。 私もがんばろうと思います。

ご希望の方は、住所・氏名・年齢・職業・電話番号(龍谷大学関係者は卒業年度・学部なども) 及び広報誌「龍谷」 の感想・意見、 あなたの近況などを書き添えてご応募ください。感想や近況 は 「読者のひろば」 に掲載させていただくことがあります。 あて先は左記 「プレゼント」係まで。 締め切りは5月31日 (金)必着。 応募多数の場合は抽選で。 当選者の発表は、 発送をもって代えさせていただきます。

(2011年卒業生K) ●お便り待っています。   「読者のひろば」へのお便りをお待ちしています。 また、 「龍谷人」 などへの推薦や情報をお寄せください。 いずれも以下のあて先まで。 《プレゼント・お便りのあて先》 龍谷大学 学長室(広報) 〒612-8577 京都市伏見区深草塚本町67 

龍谷大学教育研究施設設備等整備資金の寄付金ご協力のお願い  龍谷大学では、第5次長期計画のもと、 「龍谷大学教育研究施設設備等整備資 金」 の募集に取り組んでいます。 この寄付金を教育・研究の基礎となる施設・設備の

Tel:075(645)7882

整備に充てさせていただきたく、任意ではございますが寄付金募集のご理解・ご協

Fax:075(645)8692 

力を賜りますようお願いいたします。 お問い合わせについては、龍谷大学財務部経

E-mail:kouhou@ad.ryukoku.ac.jp 編集委員 新井 潤、 泉 文明、 市川 良文、 太田 由記子、 岡本 健資、 芝原 正紀、 進藤 弘樹、 竹村 光世、 田中 正清、 築地 達郎、 中尾 覚、 中野 浩、 西田 裕介、 畠山 亮、 羽溪 了、 藤原 直仁、 増田 省三、 水野 哲八、 三谷 進 (50音順) 事 務 局 藤井彰二、 室矢直人、 鈴木隆文

広報誌「龍谷」75号 2013年3月発行 編 集:龍谷大学編集委員会 制 作:龍谷大学学長室(広報) 発 行:龍谷大学 〒612-8577 京都市伏見区深草塚本町67 電話 075(642)1111(代表)

龍谷大学ホームページURL

http://www.ryukoku.ac.jp

理課までお願いいたします。 <お問い合わせ 龍谷大学財務部経理課> 住所 〒612-8577 京都市伏見区深草塚本町 67 TEL 075-645-7876  FAX 075-643-9111 E-mail  keiri@ad.ryukoku.ac.jp

広報誌『龍谷』 75号 読者アンケートのお願い 今後のより良い広報誌づくりのため、 同封のアンケートにて皆様のご意見をお聞かせください。 なお、アンケートは、 https://www.ryukoku.ac.jp/enquete/  からも回答していただけます。


新学部長が決まりました 社会学部長 しら いし

文学部長

まさ ひさ

白石 正久

えち ぜん

ひろし

越前谷 宏

教授

教授

任期:2013.4.1∼2015.3.31

任期:2013.4.1∼2015.3.31  2008年に社会学部に着任。 特別支援教育の内容と方法、 発達障害の法則的認識を主たる

 1992年に文学部に着任。教務主任、入試部長を歴任。文学部長は2期目となります。

テーマとして、 研究・教育に携わっております。 瀬田キャンパスのある大津市の南東丘陵は、 戦後

専門は日本近代文学、特に昭和期の文学を研究課題としています。

の荒廃のなかで糸賀一雄らが障害児施設 「近江学園」 を開き、 「この子らを世の光に」 と述べた

 1期目は、臨床心理学科を船出させ、初年次教育とキャリア教育の充実を図りました。

発達保障の思想の胎動の地です。 全ての生命は自己実現へのたたかいのなかにあり、 その姿に

また、学部としてアカデミック・リテラシー教育の再構築にも取り組んで参りました。 2期

よって互いに力を与えあう 「光」 になるのだとするこの思想は、 自らの存在の価値とは何かを模索

目となる今期は、1期目の取り組みの検証をおこないながらさらなる改善を図り、 また、学

しつつ私達のもとに集う学生達といかに向きあうべきかを示唆してくれるようです。 社会学部が

びのスタイルの変化に対応して学生自らが主体的に学べるよう、 アクティブ・ラーニング

積み上げてきた教学の財産が、 この地ならではの教育・研究としていっそう根づいていくために、

の促進に努めたいと思っております。 「社会人基礎力」 を身につけた学生を養成していき

構成員の力が総体として生かされる粘り強い学部運営を心掛けていきたいと思っております。

ます。

短期大学部長 ふじ わら

経営学部長

なお ひと

藤原 直仁

の  ま

けい すけ

野間 圭介

教授

任期:2013.4.1∼2015.3.31

教授

任期:2013.4.1∼2015.3.31

 専門は心理学。生理心理学の領域から、ヒトの注意機能の分析などを研究課題とし

 1991年度経営学部に着任、 以来勤続23年目。 専門分野は経営情報システム。 日本経

てきた。学内では、研究主任、教務主任、大学評議員を歴任し、学部長 3 期目。

営情報学会理事。 学内では、 1997年度から2年間学部学生生活主任、 2006年度から2

  「2012 年度、短期大学部ではこども教育学科、社会福祉学科教養福祉コースで初

年間研究科教務主任、 2008年度から3年間入試部長、 2012年度評議員。

めての卒業生を送り出しました。こうした状況を踏まえ、2013 年度からは社会福祉学

 経営学は利潤追求だけでなく、組織をいかにマネジメントするかを探求する学問です。

科社会福祉コースを含む、 「りゅうたん」全体の充実に向けた改革を進めるための具体

一方、 製造の国際的分業、 取引の電子化 (e-コマース) 、 企業の社会的責任、 持続可能な

的方策の立案、実施を積み上げていきたいと思います」と3期目に向けた抱負を語り、

社会など様変わりする環境のなかで、 新たなビジネスモデルが登場して、 経営に対する考

短期大学部の新たな発展をめざす。

え方が大きく変わろうとしています。 既成概念にとらわれることなく大学運営、 学部運営に 取り組みたいと思っています。

実践真宗学研究科長

政策学部長

たつ だに

い し  だ    とおる

あき

龍溪 章雄

石田 徹

教授

任期:2013.4.1∼2015.3.31

教授

任期:2013.4.1∼2015.3.31

 1985年に短期大学部に着任、 2004年文学部に移籍。 学生生活主任、 研究主任、 大学

 1979 年度に法学部に着任。2011 年度に政策学部へ移籍。法学部時代には、法学

評議員などを歴任。 専門は近代真宗教学史、 とくに 「近代真宗学成立史」 を研究課題とし

研究科長、法学部長、教学部長、研究部長を、政策学部へ移籍後は政策学研究科長、

ています。 2009年度に開設された実践真宗学研究科から、 まもなく第2期生が巣立ちます。

地域公共人材・政策開発リサーチセンター長を歴任。専門は政治学、福祉・雇用政

産声をあげてからまだ日の浅い本研究科にとって、 修了生の活躍は本研究科の評価に直

策研究です。政策学部は、2011 年度に開設されたばかりの新しい学部です。グローバ

結するとの認識のもと、 真宗の教義を基礎とし21世紀社会の諸問題に対応できる、 高度

ルな視野を持ちつつ地域の課題を解決できる人材を育てていきたいと考えています。文

な実践能力をもつ宗教的実践者を養成していきたいと思います。 そのために、 他の関係す

部科学省・大学間連携共同教育推進事業「地域資格制度による組織的な大学地域連

る機関などとの連携をも視野に入れつつ、 カリキュラムのさらなる充実に努めたいと考えて

携の構築と教育の現代化」の代表校として京都における9大学の先頭になって地域のセ

います。

ンターとしての大学づくりをめざしたいと思います。

法科大学院長 いし づか

理工学部長

しん いち

石塚 伸一

お お やなぎ

まん

大柳 満之

教授

任期:2013.4.1∼2015.3.31

教授

任期:2013.4.1∼2015.3.31

 1998年に龍谷大学法学部に着任しました。 前任校は北九州市立大学法学部、専門は

 1989 年理工学部開設と同時に着任。これまで学長補佐、REC センター長、評議員

刑事学 (犯罪学と刑事政策) 、 主著に 『社会的法治国家と刑事立法政策』 (深山社) 『 、刑

や研究主任、学生生活主任を歴任。学部長・研究科長は3期目となります。専門分野

事政策のパラダイム転換∼市民の、市民による、市民のための刑事政策∼』 (現代人文

は無機材料化学です。学部・研究科を通して、国際水準の教育課程構築に向けた教

社) 、 編著 『日本版ドラッグ・コート∼処罰から治療へ∼』 (日本評論社) などがあります。 本

育改革を推進していきたいと考えております。高い倫理観を備え、グローバルな視点で

学には、 伝統のある特別研修講座 「矯正・保護課程」 を盛り上げるつもりで移籍してきまし

ものごとを捉えることができる理工系人材を育成したい、というのが抱負です。また、文

た。 2005年度の文科省学術高度化推進事業 (AFC) 「矯正・保護研究センター」 の立ち

部科学省の補助事業 (平成 24 年度-26 年度) に採択され、 シリコンバレーなどでのグロー

上げに関与し、 副センター長を務めました。 2005年の法科大学院開設にかかわり、 刑法、

バルインターンシップも展開しております。理工学部・研究科のさらなる発展に期待して

刑事政策、 刑事実務総合演習などを担当しています。 現在は、 弁護士登録をして 「市民の

ください。

ために働く法律家」 の理論と実践をめざしています。

48


B OOKS

新刊紹介

◆「龍谷」出版情報 ◆

47

2 0 1 3 年 2 月 刊 / 1 4 3 頁 / 本 願 寺 出 版 社 /

ぎ ず ︵ 本 文 よ り ︶ ﹂

の 動 向 を 踏 ま え 重 要 判 例 ・ 関 連 法 令 も 取 り 込

ま 、 そ の ま ま ﹂ で す 。 無 理 に 頑 張 ら ず 考 え 過

む ほ う が よ い ⋮ 私 の 好 き な 言 葉 は ﹁ あ り の ま

2エ 0ス 1ノ 2グ 年ラ 10フ 月ィ /ー 2。 3 9 頁 / せ い か 書 房 /

 教 民授 法︶ ︵共 財著 産 法 ︶ に つ い て 近 時 の 民 法 解 釈 学

﹃  友 テ 生 心久 配久﹄き 方 し雄 死 な︵ に が文 か ら学 た ビ部 ー教 僧 ル授 侶 を︶ ド 飲著 ク む者 タ よ ー り の お 人 い 生 し カ く 飲 ル

由 和 ︵ 法 科 大 学 院 教 授 ︶ 、 若 林 三 奈 ︵ 法 学 部

中 田 邦 博 ︵ 法 科 大 学 院 教 授 ︶ 編 共 著 、 川 角 6 3 0 0 円

﹃ 新 ・ コ ン メ ン タ ー ル 民 法 ︵ 財 産 法 ︶ ﹄

2い 0て 1も 21 年節 11を 月設 刊け /て 9詳 3し 7く 頁解 /説 弘し 文た 堂最 /新 版 。

2 9 4 0 円

新 規 律 を 体 系 的 に 叙 述 し 、 外 国 判 決 の 承 認 に つ

き 出 し た 。 人 び と の リ ア ル な 息 遣 い を 描 い た

日2宗 本0教 加1法 版2人 出年、 版10L /月L 5刊P 5/な 65ど 59の 円1役 頁員 /責 任 を 分 析 。

れ  岸 、20衛 人年︵ びに社 とわ会 かた学 らっ部 聞て非 い滋常 た賀勤 ラ県講 イ内師 フの︶ ス被共 ト差著 ー別 リ部 ー落 をを 描訪

福 祉 法 人 、 医 療 法 人 、 学 校 法 人 、 N P O 法 人 、

 今 会川 社嘉 法文 適︵ 用法 会学 社部 、教 一授 般︶ 社著 団者 財 団 法 人 、 社 会

﹃ フ差 ィ ー別 の ﹄境 界 を ゆ く 生 活 世 界 の エ ス ノ グ ラ

用 ま で 詳 し く 説 明 し た 、 未 来 の 技 術 者 を 対 象

底 か ら 支 え る 半 導 体 デ バ イ ス を 、 基 礎 か ら 応

1 2 を 項 か  会 90志をら﹃学 9 1 し 加24社 部 52てえ年会教 0年出て目学授 円12版 、 に 辞 ︶ 月 。21、 典 共 刊 世そ﹄著 / 紀のの 1 を間精 5 生の神 9 き社を 0 る会継 頁 の変承 / に容し 弘 必を、 文 要捉そ 堂 なえの / 叡る出 知事版

亀 山 佳 明 ︵ 社 会 学 部 教 授 ︶ 、 黒 田 浩 一 郎 ︵ 社

﹃ 2 る 歴 瑜  桂 シ 0。史伽中紹リ 1 的行観隆ー 2 に唯派︵ズ 年 辿識と文大 8 り派並学乗 月 、のぶ部仏 刊 中思イ特教 / 国想ン任   2 にをド教第 9 お理大授7 0 け論乗︶巻 頁 ると仏編   / 展実教者唯 春 開践の 識 秋 にの一 と 社 も側大 瑜 / 言面流 伽 及か派 行 すら・ ﹄  松 民本 事博 訴之 訟︵ 法法 の 体学 系部 書教 で授 あ︶ り共 、著 国 際 裁 判 管 轄 の

﹃ 民 事 訴 訟 法 [ 第 7 版 ] ﹄

か2る も0こ が1と わ2で 出年見 版12い /月出 1刊す 9/。 91 59 円1 頁 /

﹃ 会 社 法 に み る 法 人 役 員 の 責 任 ﹄

し た 経 営 学 と マ ル ク ス の 社 会 主 義 像 を つ な げ

2 7 3 0 円

2 0 1 2 年 9 月 刊 / 2 1 3 頁 / オ ー ム 社 /

と し た 教 科 書 。

ミ2な ネ0地 ル1域 ヴ2金 ァ年融 書10が 房月生 /刊ま 3/れ 63て 71い 55る 円頁。 /

が 細 る 状 況 下 、 コ ミ ュ ニ テ ィ 活 性 を 促 す 多 様

で あ る 。 財 政 が 緊 縮 化 し 政 府 の 都 市 再 生 支 援

 重 経本 済直 競利 争︵ 的経 か営 ら学 社部 会教 共授 生︶ 的著 な者 マ ネ ジ メ ン ト

主 義 を ど う マ ネ ジ メ ン ト す る だ ろ う ﹄

﹃ も し マ ル ク ス が ド ラ ッ カ ー を 読 ん だ ら 資 本

へ の ��� 換 の 可 能 性 を 、 ド ラ ッ カ ー を は じ め と

 木 現村 代睦 及︵ び理 将工 来学 の部 エ教 レ授 ク︶ ト共 ロ著 ニ ク ス 社 会 を 根 ﹃ 現 代 社 会 学 辞 典 ﹄

 矢 米作 国弘 の︵ 都政 市策 問学 題部 は教 貧授 困︶ の著 解者 決・ が編 主者 要 な 課 題

フ ァ イ ナ ン ス の 新 局 面 ﹄

﹃ ア メ リ カ の コ ミ ュ ニ テ ィ 開 発 ∼ 都 市 再 生

チ ャ ー 出 版 / 1 5 7 5 0 0 円

2 0 1 2 年 9 月 刊 / 3 3 4 1 頁 / ク ロ ス カ ル

た も の で あ る 。

﹃ 半 導 体 デ バ イ ス 工 学 ﹄

2 0 1 3 年 1 月 刊 / 2 2 4 頁 / 化 学 同 人 /

成リ さー れズ て。 い専 る門 。を  効 率 良 く 修 得 で き る よ う に 構

大2較 阪0文 教1学 育2的 図年に 書11論 /月じ 3刊て 8/い 83る 52。 円0 頁 /

哲 学 的 基 礎 を 提 供 す る コ ン ラ ッ ド の 思 想 を 比

ず 、 現 代 の 地 球 的 規 模 の 環 境 問 題 に も 有 効 な

 松 と 本村作 書敏品 は彦研 、︵究 ポ非﹄ ス常 ト勤 コ講 ロ師 ニ︶ ア   ル著 の者 問 題 の み な ら

2な 0ど 1も 2付 年す 10。 月 刊 / 2 1 6 頁 / 武 蔵 野 書 院 /

期 の 絵 巻 を フ ル カ ラ ー で 収 載 し 、 詞 書 の 翻 刻

と し た 注 訳 書 で 、 同 本 の 現 代 語 訳 は 初 。 江 戸

1 5 7 5 円

か ら 旧 外 地 企 業 関 連 の 資 料 を 蒐 集 し 、 復 刻 し

BOOKS *値段はすべて税込価格で表示 *BOOKSについては龍谷大学学長室(広報)まで

シ ョ ン ﹁ 長 尾 文 庫 ﹂ ︵ 本 学 深 草 図 書 館 所 蔵 ︶

基 礎 的 な 内 容 を 広 く 豊 富 に 含 ん だ 教 科 書 シ

 河 ス合 ポ美 ー香 ツ︵ ・法 健学 康部 科准 学教 を授 学︶ 共 ぶ著 学 生 を 対 象 に 、

2 7 3 0 円

﹃ 安 竹藤 取徹 物︵ 語文 ﹄学 の部 教 古授 本︶ 系共 の編 ﹁ 新 井 本 ﹂ を 底 本

 佐 4 ﹃ 本々巻明 解 資木﹄ 企 料淳 業 集︵ 史 は経 研 、済 究 日学 資 本部 料 有教 集 授 数 ︶ の 旧 編 企者 外 業 地 資 企 料 業 コ 編 レ   全 ク

4 2 0 0 円

ス ポ ー ツ 生 理 学 ﹄

﹃ ジ ョ ウ ゼ フ ・ コ ン ラ ッ ド

比 較 文 学 的 研 究

﹃ は じ め て 学 ぶ 健 康 ・ ス ポ ー ツ 科 学 シ リ ー ズ

い う 名 の 壮 大 な る テ ク ス ト を 、 そ の 文 化 の 諸

ミ2と ネ0も ル1に ヴ2富 ァ年豪 書10道 房月に /刊言 3/及 62し 72た 59。 円頁 /

史 料 か ら 発 掘 し 、 陰 徳 思 想 の ル ー ツ を 探 る と

も と に 困 窮 者 を 救 済 し て い た 史 実 を 内 田 家 の

 大 江塩 戸ま 時ゆ 代み の︵ 豪社 商会 達学 が部 〝教 陰授 徳︶ 〟著 と者 い う 思 想 の

6 9 3 0 円

2 0 1 3 年 1 月 刊 / 1 6 0 頁 / 遠 見 書 房 /

と の 2 回 分 の 面 接 。

録 の 解 説 か ら 学 ぶ 。 そ の 第 2 巻 は ﹁ 4 人 家 族 ﹂

族 療 法 ︶ の 進 め 方 を 模 擬 面 接 の D V D と 逐 語

 東 シ豊 ス︵ テ文 ム学 ズ部 ア教 プ授 ロ︶ ー著 チ者 に よ る 家 族 面 接 ︵ 家

3 9 6 0 円

2 0 1 2 年 8 月 刊 / 3 3 2 頁 / 日 本 評 論 社 /

の 第 4 回 講 義 。

俣 病 の ︿ 責 任 ﹀ と ︿ 教 訓 ﹀ ﹂ ︵ 丸 山 徳 次 ︶ は そ

の 第 5 集 。 花 田 昌 宣 ・ 原 田 正 純 の 編 集 。 ﹁ 水

﹃ 訳か 注 付ぐ ﹄や 姫 と 絵 巻 の 世 界 一 冊 で 読 む 竹 取 物 語 2 0 1 2 年 8 月 刊 / 3 8 0 頁 / 商 事 法 務 /

 藤 二 ﹃ 今本版ア メ な雅︶リ お樹ポカ 現︵スン 在文ト・ 進学9カ 行部・ル 形 教11チ で授かュ あ︶らラ り翻みル ・ 続訳るス け、アタ る共メデ ア著リィ メ カー リ 文ズ カ 化︵ と ﹄第

2相 0か 1ら 2解 年読 11し 月た 刊、 /ア 2メ 7リ 2カ 頁文 /化 萌研 書究 房の /入 門 書 。

今﹃ 川新 ・ 嘉ア 文メ ︵リ 法カ 学商 部事 教判 授例 ︶研 共究 著︵  第 米2 国巻 法︶ 研﹄ 究

3 1 5 0 円

﹃ ﹁ 陰 徳 の 豪 商 ﹂ ﹄の 救 貧 思 想 ラ ン ソ ロ ピ ー

ん で コ ン パ ク ト に 解 説 し た 最 新 注 釈 書 。

2 3 0 0 円

﹃ 構 造 物 の シ ス テ ム 制 御 ﹄

2 0 1 2 年 9 月 刊 / 1 1 2 5 頁 /

 大 風住 や晃 地︵ 震非 な常 ど勤 の講 外師 乱︶ を著 う者 け る 構 造 物 の 制 御

日 本 評 論 社 / 6 8 2 5 円

問 題 を シ ス テ ム 制 御 理 論 の 立 場 か ら 論 じ た 著

﹃  清 政水﹄ソ ー 策隆 シ 論則 ャ や︵ ル 技社 ワ 術会 ー 論学 カ に部 ー 依教 論 存授 研 す︶ 究 る著 の者 人 で 間 は 学 な 的 く 考 、 む 察 −

し ろ そ れ ら を 包 含 す る 形 で ソ ー シ ャ ル ワ ー

書 。 例 題 を 多 く 含 む の で 入 門 書 と し て 最 適 。

2 0 1 3 年 1 月 刊 / 2 6 0 頁 / 森 北 出 版 /

Stefan wrbka and et.(ed), Collective Actions 8 4 0 円

4 7 2 5 円

カ ー 論 を 体 系 化 す る 試 み 。 ワ ー カ ー の 存 在 論

2か 0ら 1現 2象 年学 12に 月及 刊ぶ /。 2 5 4 頁 / 川 島 書 店 /

 ﹃          ﹄                              

 本 ﹃ ﹁ 本多地 書  域 は滝主 、夫権 2︵改 0法革 1務﹂ 1研と 年究自 4科治 月教体 、授の 8︶課 月共題 に著﹄ 相 次 い で

3 1 5 0 円

成 立 し た 地 域 主 権 一 括 法 に よ る ﹁ 義 務 付 け 、

枠 付 け の 見 通 し ﹂ な ど が 自 治 体 に 及 ぼ す 影 響

自2と 治0そ 体1の 研2課 究年題 社10を /月明 1刊ら 8/か 91に 06し 円3て 頁い /る 。

江 戸 時 代 の フ ィ

面 接 編 ﹄

 丸 熊山 本徳 学次 園︵ 大文 学学 で部 展教 開授 さ︶ れ共 て著 い る 水 俣 学 講 義

﹃ D V D で わ か る 家 族 面 接 の コ ツ ② 家 族 合 同 ﹃ 水 俣 学 講 義 ︹  第 5 集 ︺ ﹄


B OOKS ◆ 共同研究活動 ◆ 龍谷大学国際社会文化研究所叢書13

龍谷大学国際社会文化研究叢書12

『日本の大学評価−歴史・現状・評価文化−』

『日中韓の戦後メディア史』 李 相哲(社会学部教授)編者、卓 南生(龍谷大学名誉教授)、 西村 敏雄(龍谷大学元教授)、西倉 一喜(法学部教授)

細川 孝(経営学部教授)編著、角岡 賢一(経営学部教授)、 重本 直利(経営学部教授)著者

この本は、日中韓3国のジャーナリズム現場で活 躍するジャーナリスト、メディア研究者が断続的 に一堂に集まり意見を交わしながら、各々の現場 で感じたこと、得られた知見を論文の形にまとめ たものである。本書の最大の特徴は、現場を知 るジャーナリストと研究畑を歩んできた研究者と のコラボレーションによってでき上がった作品であ るというところにある。

本書は、執筆者達が取り組んだ国際社会文化研 究所の指定研究(2007 ∼ 2009 年度)の成果 である。2004年、国立大学の法人化、認証評 価の導入によって、日本の大学評価は新たな段 階に入った。そのような背景のなかで、本書は、 日本の大学評価を学問的に検討しようと試みたも のである。類書には見られない考察や問題提起 が含まれている。

2012年12月刊/324頁/藤原書店/3990円

2012年9月刊/209頁/晃洋書房/2520円

◆ みんなの本棚 ◆ 『お手々つないでみな帰ろ』

『大谷探検隊研究の新たな地平』

越智 宣章

白須 淨眞

(1954年文学部哲学科卒業/元読売新聞記者/奈良県)著者

(1974年大学院文学研究科東洋史学専攻修士課程修了/ 広島大学大学院教育学研究科准教授/島根県)著者

「夕焼け小焼け」で始まる有名な童謡は大正12年に 発表された国民唱歌であり、仏教賛歌であると述べ られ、読後温かく且つ爽やかな珠玉の短 。

外務省に、大谷探検隊に係わる外交記録が数多く保 管されていました。従来まったく知られることのなかっ た新資料による大谷隊の新研究です。

2012年9月刊/46頁/探求社/520円

2012年8月刊/422頁/勉誠出版/8400円

『われも六字のうちにこそ住め』

『奪われた信号旗』

西光 義秀(1979年文学部社会学科卒業/著者)

指方 恭一郎

(1985年文学部仏教学科真宗学専攻卒業/ 西教寺副住職・園長/福岡県)著者

人間はみんな一度きりでかつ初めての人生を生きて いる。前を歩いた先人の足跡を尋ねて自分はどう生 きるべきかを明快に教えてくれる。

シリーズ4作目。外国船の長崎入港を報せる信号旗 が何者かに奪われた。捜査する長崎奉行所与力伊立 重蔵に小倉藩と福岡藩の影が………。

2012年11月刊/235頁/樹心社/2100円

2012年10月刊/245頁/文藝春秋/610円

『動じない心』

『江戸の仇』

宮城 泰年(1954年文学部文学科卒業/著者)

指方 恭一郎

(1985年文学部仏教学科真宗学専攻卒業/ 西教寺副住職・園長/福岡県)著者

山伏の総本山・聖護院の門主であり、本山修験宗管 長が語る「自在に動く心」で「受け容れる心」にな る事について現代的に解りやすく説く。

シリーズ5作目。伊立重蔵が太刀の刃を落とした理由 が明らかとなる。オランダ人や唐人も参加する武芸仕 合において復讐の幕が切って落とされた。

2012年12月刊/199頁/講談社/1575円

と の 願 い か ら 刊

人 ひ と り が 、 時 代 や 社 会 を 切 り 拓 い て い く た

﹃ 藤 教丸 行智 信雄 証︵ ﹄非 を常 座勤 講 右師 に︶ お共 き著 、 私 達 念 仏 者 一

常 勤 講 師 ︶ 、 西 義 人 ︵ 非 常 勤 講 師 ︶ 、

野 洋 明 ︵ 文 学 部 特 任 教 授 ︶ 、 中 平 了 悟 ︵ 非

﹃ ﹃ 教 行 信 証 の 研 究 ﹄ の 研 究 ︵ 全 四 巻 ︶ ﹄

32取 30り 61上 02げ 円年ら 11れ 月て 刊い /ま 2す 1。 7 頁 / ひ つ じ 書 房 /

現 、 関 連 性 理 論 に よ る ジ ョ ー ク の 理 解 な ど が

要 か と い う こ と が 論 じ ら れ て い ま す 。 直 示 表

 東 意森 味勲 理︵ 解文 に学 お部 い教 て授 コ︶ ン共 テ著 ク ス ト が い か に 重

﹃ ひ つ じ 意 味 論 講 座

め の 立 脚 点 を 確 か な も の に

行 し た 本 書 。

意 味 と コ ン テ ク ス ト ﹄

2重 0な 1論 2文 年集 8。 月 刊 / /4 95 2 ユ3 ー頁 ロ/             Cambridge

2 0 1 2 年 8 月 刊 / 浄 土 真 宗 本 願 寺 派 総 合 研

University Press

究 所 / 2 1 0 0 0 円

費 者 被 害 救 済 の 法 理 を 比 較 法 的 に 解 明 し た 貴

 中 近田 時邦 問博 題︵ と法 な科 っ大 て学 い院 る教 集授 団︶ 的共 訴著 訟 に よ る 消

2013年1月刊/270頁/文藝春秋/620円

『精神障害者の生活支援―障害年金に着眼した協働的支援』 青木 聖久

(2012年社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程修了/ 日本福祉大学教授/愛知県)著者 精神障害者が社会の差別や偏見に翻弄されずに、等 身大で暮らすためには…。本書は障害年金の活用を 通して、精神障害者の生活支援に力強く迫る。 2013年1月刊/264頁/法律文化社/2415円

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予想外にハードだった大学のクラブ活動

こから今日まで盛りだくさんな道のりでしたね。大学の同期の仲間達 もそれぞれの会社で苦労をしているみたいですが「岡田の苦労を考え

 学生時代の生活の中心はクラブ活動でした。龍谷大学は当時から

たら、自分達はもっとがんばらなければ!」と、自らを奮い立たせる材

バドミントン部が強いことで有名でしたが、私は気楽にクラブ活動をし

料に使われていたみたいですね(笑) 。社長になる前年・初年度と赤字、

たいと考え、同好会の方に入部したのです。しかし、それが全くの予

2年目にようやく黒字になり、今期はまずまず業績的には巡航速度で

想外で。なんとその同好会でもインターハイに出場した、なんていう強

走っています。

者が結構おられまして、一年生の最初の夏合宿の時点で「ハードな

 今の当社の強みは500名弱の社員達。紆余曲折のなかでも会社

練習。こんなはずじゃ…」と (笑) 。そんなスタートでしたがその後は副

に残り、本当につらい時期をともにしてきた仲間です。相撲に例えれ

幹事長まで務め、結局4年間充実したクラブ生活でした。午前中は

ば徳俵に足がかかり、もう後がないところまで追い込まれました。そこ

授業に、午後はクラブ活動、夜は下宿で仲間と麻雀、休みはバイト

からの粘り強さはどこにも負けません。今ではなんとか俵から足が離

に明け暮れる。そんな当時の一般的な大学生の生活を送っていました。

れて土俵中央近くまで押し返してくれました。私はそんな社員やともに

 その頃の同期との付き合いは今でも続いているんですよ。年に2回

働く方々が当社の何よりの強みであり、財産だと思っています。ただこ

は飲み会をして、夏は家族ぐるみでキャンプへ。そこでは昔話よりも現

れからは、押し込まれたものを跳ね返す粘り強さだけでなく、自ら前

在の子育てやお互いの生活の話に花が咲きます。お互いに歳をとり社

へ前へと進んでいく推進力が必要な時期です。社員達によく話すので

会的な立場や役割は変わっても30年来の友人関係は変わらないし、

すが「風がやんだら止まるヨットではダメ。しっかりとエンジンをつけ

彼らと過ごす時間は私にとって大切な息抜きの場です。

て向かい風でも横風でも突風でも巡航できる船にしなくてはいけない」 そのためにも一人ひとりが強い社員となって、強くて温かい集団をつくり、

転職、そして経営危機を乗り越えて

環境に左右されない収益基盤をつくることが目下の経営課題です。

 大学を卒業する頃は、私の親父が東洋シヤッターの社長をしてい

意外にも奥深い、シャッター

たのですが、私は卒業すると当時の川鉄商事 (現在のJFE商事) に入 社しました。川鉄商事では建材部という部署で、鋼材の営業担当とし

 シャッ���ーという商品は、家庭用ガレージのシャッターやビルの防

て働き「これは自分の天職だ、一生この会社でこの仕事を」と充実し

犯シャッターなどをはじめ、一般の方にはあまり知られていない非常

た時間を過ごしていました。ところが4年が経った頃、親父がどうして

用の防火防煙シャッターなどもあります。これは火災が起こった時に

も東洋シヤッターに来いと言う。私自身、悩みに悩みましたね。父親

延焼を防ぐためにシャッターで区画してしまうもので、ある一定以上の

が社長をしている会社に行くのですから、中途半端な気持ちではでき

建物には建築基準法で設置が義務づけられています。非常に重要な

ません。実際、このままこの会社(川鉄商事)でがんばれという意見

防災設備の一つであり、我々も生活や財産を守る重要な製品を扱っ

の諸先輩や仲間も多かったです。最終的には当時の私の恩人の言葉

ているという使命を感じて仕事にあたっています。

に背中を押されて、6年目に東洋シヤッターへ転職する決意をしました。

 また全てのシャッターは一つひとつオーダーメイドでつくる商品で、

 しかし、東洋シヤッターに入社して数年が経った平成11年頃のこと。

図面を描き工場で製造、施工まで見届け、故障や修理、点検業務

会社の根底を揺るがすような問題が起こり、それまで隆々とやってい

も含めて一つの仕事になります。一件一件が受注商売ですから、定

た会社が急転直下、経営危機に立たされました。それと時を同じくし

価がありマニュアル通りに売ればいいという営業と違い、高度な専門

て病を患っていた親父が他界。それからは苦労の連続でしたね。私

知識と経験が求められる仕事です。ですから社員を一人前に育てるの

は当時取締役でしたが、再建の実務的な中心人物として、当然のこと

にも時間がかかりますが、逆に社員のがんばりやモチベーションの持

ながら休日返上で毎晩夜中まで働きました。金融機関との折衝や再

ち方次第では大きく業績を伸ばすことも可能です。まさに人間力勝負

建計画を作成する傍ら、 リストラの計画の策定と実行に追われる毎日で、

なんです。ですから、社長として大切な役割は社員の気持ちに火をつ

今思えばみんながんばりましたね。会社がなくなれば従業員も路頭に

けるような、リーダーシップを発揮することだと考えています。

迷う。それぞれが自分の生活基盤である会社を守るために必死でした。

  「シャッターのことなら東洋シヤッターに任せておけば大丈夫」 と思っ

そんな甲斐があって平成18年には再建を終結でき、一段落ついたと

ていただけるような、専業メーカーならではの品 えと知識を備えた

思ったら、今度はリーマンショックです。業界全体でシャッターの需

会社にすることが私の使命。その道のりはまだ始まったばかりです。

要が半分近くまで落ち込むという急激なマーケットの縮小に直面。体 力がなかった当社はまたしても窮地に立たされました。

 寝言でも仕事のことを言うという岡田社長。ささやかな楽しみは、 なんと自宅の模様替え。家で晩酌をしながら部屋を眺めては計画を

困難を乗り越えてきたからこその強み

立て、3カ月に一度はがらりと家具の配置を替える。ご家族は大変 だと思うが、岡田社長の愛嬌あるお人柄が滲み出るエピソードだ。

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 その時に、社内の体制一新と思い切った若返りを図った方がいいと

会社を、従業員を守るために、東洋シヤッターを逆風にも負けない

いうことで、2010年4月に私が社長に就任することになりました。そ

戦艦に育てていく、そんな岡田社長の挑戦はこれからも粘り強く続く。

龍 このコーナーでは、様々な方面で活躍する「龍谷人」を紹介しています。在学生・卒業生で自薦・他薦を問いません。情報をお寄せください。 谷人


社 員 達 こ そ が 、 会 社 の 財 産

度 重 な る 危 機 を と も に 乗 り 越 え て き た

東洋シヤッター株式会社 代表取締役社長 おか

とし

岡 田 敏 夫 さん 経営学部1986年卒業

 リーマンショック以降、日本を襲った不景気の波のなかで、 多くの企業がその姿を消した。そのなかで、一度は荒波をう けながらも粘り強くその帆を立て直し、進み続けている会社 がある。東洋シヤッター株式会社。1955 年創業、大阪の南 船場に本社を構える業界 3 位のシャッター専業メーカーであ る。その舵取りをしているのが本学卒業生の岡田社長だ。 1986 年経営学部卒業。川鉄商事株式会社(現在の JFE 商 事株式会社)を経て、1991 年東洋シヤッター株式会社入社。 2010 年 4 月より代表取締役社長に就任した。岡田社長が 歩んできた道のりと、厳しい時代を乗り越えるなかで学び取っ てきた経営哲学とは。 44


活 躍 す る ト ラ ン ぺ ッ タ ー

北 欧 の 名 門 ・ フ ィ ン ラ ン ド 放 送 交 響 楽 団 で

 社会的に顕著な業績をあげた卒業生に授与される『龍谷奨励 賞』 。昨年この賞を受賞したのは、難関で知られるフィンランド 放送交響楽団のオーディションに受かり、日本人トランぺッター として欧州楽団の正規メンバーとなった櫻木厚子さんだ。龍大 卒業後、京都市立芸術大学へ入学しその後欧州各地の楽団で 演奏、その実力を磨いてきた。幼少期から音楽教育を受けてい てもヨーロッパの一流オーケストラに入るのは非常に難しいとさ れる。大学から本格的に音楽を学んだ櫻木さんがこのオーディ ションを突破したのは、まさに快挙といえる。現ポジションを得 るまでには様々な経験と並々ならぬ努力をしたはずであるが、そ の道のりはどんなものだったのだろうか。

フィンランド放送交響楽団

さくら ぎ

「音大に行きたい」にみんなびっくり

あつ  こ

櫻 木 厚 子 さん 経済学部経済学科2001年卒業

  「トランペットはオーケストラの花形。目立つパートを任され、盛り上 がりの部分ではみんなで頂点へ登っていくイメージ。そんな快感がトラ ンペットの魅力です。かっこいいし吹いていて最高に楽しい楽器です」  櫻木さんがはじめてトランペットに触れたのは中学生の時。地元高 知県の中学・高校で吹奏楽部に所属し、トランペットに魅せられた。 大学でも続けたいと、吹奏楽コンクール全国大会の常連である龍谷 大学へ進学する。その当時から龍大吹奏楽部の音楽監督は、元・ 京都市交響楽団(以降、京響)のトランぺッター・若林義人先生だ。

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1年生の頃から大学生活は練習漬け。在学時にコンクール全国大会

定期的に受けていました。プロは遠い世界の人 という日本とは異なる、

で金賞をとることはできなかったが、その後8回の金賞をとる強豪楽

フレンドリーな環境です」

団への礎を築いた学年であり、良きライバルである仲間達と切磋琢磨

 櫻木さんは1年の予定だった留学を 2 年に延長し、マスターを修了。

し合う大学生活は楽しかった。しかしその仲間達も3年生の終わりに

さらにはドイツのケルン音大を受験し入学した。ここでは学生として学

なると、企業説明会に参加したりと次の進路を考え始めた。

びながら、プロに混じって演奏をはじめる。学生の育成に熱心なドイ

  「その時、本当に自分は何をやりたいのだろうかとかなり悩みました。

ツの楽団には、お給料をもらいながら、正規の団員とともに演奏活動

そしてやっぱりこのまま楽器を続けたい、と素直に思ったんです。部の

をおこなう『プラクティカント』と呼ばれる実習生の制度がある。櫻木

メンバーには楽器を続けようなんて考える人は一人もいませんでしたか

さんはドルトムント歌劇場の管弦楽団とフライブルクの放送交響楽団で、

ら、私が音大へ行きたいと言った時はみんなびっくりしていましたね」 。

1年ずつプラクティカントを経験した。

それから1年間、音大受験をめざして、当時吹奏楽部のコーチをされ

  「学生オケとは全くレベルが違うプロの楽団でレッスンを見てもらっ

ていた京響の早坂宏明さんにレッスンを受け、楽典・聴音・ピアノな

たり、一緒に演奏した経験はとても大きかった。ツアーも一緒に行き、

どを習い始める。一般的に普通大学から音大への受験は難しく、特

スペイン、ベルリン、ブリュッセル、カナリア諸島などヨーロッパ各地

に成人してからの聴音の勉強は厳しいといわれるが、櫻木さん本人は

を回りました。とても多忙な充実した日々でした」

そんなに大変でもなかった という。目的達成のための努力は苦に感 じないということなのかもしれないが、ある意味それ自体がすごい才能

オーディションを受けた数、20 回以上

だ。かくして無事、京都市立芸術大学にトランペット専攻で進学。そ の時に櫻木さんはもう プロになる と心を決めていた。

 プラクティカントとして所属する学生の毎日は忙しい。ツアーや日々 の演奏の合間を縫ってオーディションを受け、次に所属する楽団のポ

運命の出会い、ヨーロッパへ

ジションを得なくてはならないのだ。   「どこでも入れたらいいという気持ちで、20回以上オーディションを

 京都市立芸術大学では優秀な仲間に囲まれながら音楽の基礎を学

受けました。ドイツ、 マレーシア、 ロンドン、 ポルトガル、北欧4カ国にオー

び、充実した時間を過ごした。そんななか、あるコンサートで櫻木さん

ディションを受けに行きました」

は運命的な出会いをする。その相手はベンクト・ダニエルソン。スウェー

 そんななか、縁があったのが北欧の名門、フィンランド放送交響楽

デン・イェーテボリ交響楽団の首席奏者であり、世界的なトランぺッター

団だった。現代曲、特にフィンランド出身の作曲家、シベリウスをよく

である。

演奏する楽団として地元の人々に愛されているオーケストラだ。櫻木さ

  「ベンクトにレッスンをしてもらった時に、すぐさま この人にもっと習

んは2度オーディションを受け、首席奏者ヨウコ・ハルヤンネの目に止

いたい と思いました。彼の人柄が滲み出るような、太くて澄んだ音に

まり2009年から正規メンバーとしての入団が決まった。

本当に感動したんです。クラシックの本場の空気に触れたいとの思い

  「定年までいられる楽団は初めてなので感慨深かったですね。若い

もあり、ベンクトが教 をとるイェーテボリ大学に留学することに決め

人から大ベテランまで幅広い年齢層がいる楽団で、経験豊富な同僚

ました」

からは刺激を受けます。世界的に有名な指揮者やソリストも来るので

 しかし、留学を1年後に控えた春、櫻木さんは大きな交通事故を

毎回違って楽しいですよ」

起こす。前歯2本と下顎の骨折という負傷は、トランペット奏者として は致命的なものだった。3カ月の治療の後にトランペットを吹いてみると、

 才能という目に見えぬ武器だけで異国の地を渡っていくには、相

音は全く出なかったという。音楽家生命が絶たれてもおかしくないな

当なタフネスが要求される。そこには幾多の困難もあったのだろうが、

か櫻木さんはリハビリを続け、留学までには簡単な曲が吹けるところま

櫻木さんはつらかったことについては一言も語らなかった。その代わ

で復活した。

り、伝わってきたのは、彼女がトランペットがどうしようもなく好きだ

 吹奏楽部の若林先生は、櫻木さんを評して「心臓に毛が生えてい

ということである。楽団に所属して3年目、週に1度の演奏会のほか、

るのかと思うくらい動じない。コンクールの時でも全く緊張しているよう

地方遠征や海外ツアーにも出かけ充実した日々を過ごしている櫻木

に見えなかった」と語っているが、この時も特に落ち込んだ様子もなく、

さん。今後はもっとプロフェッショナルを極め、どんな楽曲にも対応

留学をあきらめずに英語の勉強をしていたという。その精神力、その

できる安定したプレイヤーをめざしたいという彼女の活躍が楽しみだ。

強さを持って櫻木さんはこの後の人生を切り拓いていく。

なおフィンランド放送交響楽団の演奏はインターネットでも聞けると のこと。遠い北欧の空のもと櫻木さんが奏でているのはどんな音色

ドイツでの武者修行

なのか、ぜひ耳を傾けてみてほしい。

  「イェーテボリは刺激的な毎日で、音大生は2∼300円で定期演 奏会のチケットを買うことができました。またプロのオーケストラ奏者と 学生の距離が近くて、気軽にリハーサルを見に行ったり、レッスンを 42


モデルのイロハもわからぬまま、大学2年生で世界デビュー  パリ・コレに出たことでむしろ周囲の目はより厳しくなり、通常の  遠藤さんがモデル業界の扉を開いたのは大学2年生の時。大阪

新人モデルにはないプレッシャーもあっただろう。遠藤さんの言葉に

の街を歩いていたら偶然、パリ・コレクションのモデルのオーディショ

は、それらの経験を乗り越えて、自分の力にしてきた強さが感じられた。

ンを受けませんか、とスカウトされた。このショーは周知のとおり、

プロのモデルになって4年目。 「最近になってやっと、どの現場にいっ

翌年のファッション傾向を決定するともいわれる重要なショーであり、

ても素の『遠藤由香』として入り込めるようになった気がします。そ

この舞台に立つことは世界中のプロモデル達の夢である。

れまでは こうしなきゃ って自分を作っていたんですね。余計な力

  「今ならパリ・コレクションに出ることがどれだけすごいことかわか

がすっと抜けてからは、周りの人からも

りますが、当時はただの大学生。何も知らず「パリコレ」って聞い

らえるようになりました」

良くなったね

と言っても

たことある!くらいの感じでした」 。業界のイロハも知らず、受けるか らには絶対受かりたいという、純粋な情熱だけで臨んだことが逆に

つらい時に思い出すのは、学生時代の恩師の言葉

良かったのか、遠藤さんは素人ながらこのオーディションでただ一人、 パリ行きの切符を勝ち取った。2007年の12月26日に青山でオー

 遠藤さんがつらい時などによく思い出す言葉があると言う。 「モデ

ディションを受け、3週間後にはパリへ、というスピード感。しかも

ルをしているとみんなに囲まれているようで、一人だなと思うことも多

初の海外渡航。モデルのなんたるかを学ぶ間もなく、 まずは、 パスポー

いんです。先輩も後輩も現場ではみんなライバル。仕事をする時は

トの取得から。 「家族もびっくり。 されてるんじゃないか?って (笑) 」

自分だけの勝負ですから、自分自身がしっかりしていないとダメ。そ

 遠藤さんが出演することになったのは、エイメリック・フランソワと

んなことがつらくなってきた時、ふと学生の頃、真宗学科の川添先

いう、当時パリで注目を集めていたオートクチュールの新鋭デザイ

生に どんな小さなことも全てはつながっているんだよ 、とよく言わ

ナーのショーである。エイメリック氏はオーディションの映像を見て

れたことを思い出します。はじめてその言葉を聞いた時、なんだか強

「彼女からはほかの誰よりもショーに出たいという気合いを感じた」

くなれたというか、心を大きく持てるような気がしました。それに先

と話したそうだ。

生は

学生時代にモデルという仕事に出会えたのは本当にすごいこ

 コレクション当日は文字通り、目の回るような出来事の連続だった

とだよ、そのために今までがあったのかもしれないね と、何度も仰っ

という。驚いたことに、パリ・コレは当日に会場が変わることがまま

てくださって。その言葉が今も背中を押してくれます」全てのことは

あるそうで、その時もスタート2時間前に会場変更を知り、慌てて

つながっている。幼稚園の時からダンスを習っていた遠藤さんにとっ

駆けつけると通訳もおらず、英語で受けた説明はさっぱり理解でき

て、幼い頃から舞台に立つ楽しさは体に染み込んだものだった。ま

ない。どこをどう歩けばいいのか、どんなポーズで、どうやって洋服

た高校時代は陸上部に所属し、走り高跳びでインターハイに出場す

を見せたら良いかもわからない。普通なら逃げ出したくなりそうなも

るほどの実力だったというから、パリ・コレでみせた本番の強さ・集

のであるが、そんななかでプロと並んでこの世界的なショーをこなし

中力は、遠藤さんがそれまでの人生のなかで培ってきたものなのだ

たというのだから、遠藤さんの度胸は並ではない。 「緊張しすぎて、

ろう。そのどれもがつながって今の遠藤さんがいる。

あんまり覚えていないんです(笑) 。帰国してから3日間、40度近

  「モデル以外の仕事はもうできないというくらい、今の仕事が好き

い熱が続いたくらい」

です。もっともっといいモデルになりたい」感受性を高めたいと、忙 しい日々を縫って休日は写真を撮ったりゴルフをしたり。油絵の道具

美しさだけではモデルになれない

も えてみた。普段の生活のなかで感情をていねいに持つことも仕 事につながってくる。

 パリから帰国した遠藤さんは現在の事務所に所属し、本格的に

  「でもやっぱり一番の息抜きは、学生時代の友人に会うこと。モ

モデルの活動をスタートさせた。はじめは様々なトレーニングをおこ

デルになる前からの私を知っている友人と会うと、ほっとする。とて

なったという。美しくランウェイを歩くにはしなやかな足の筋肉が必

も貴重な存在です」

要だ。10センチものハイヒールを履いて2時間歩き続けたり、さら には状況に合わせたポージング、表情など表現力の引き出しも多く

 触れたら壊れてしまいそうな可憐な姿のこのミューズ(女神)は、

持っていなくてはならない。美しいだけではモデルにはなれないのだ。

しかし、しっかりと自分のことばを選び、芯の通った眼差しで自分

「1回使ってみてダメだったら二度と声がかかりません。顔も身体も

自身について語ってくれた。その姿から見えてきたのは、見た目の

歩き方もしっかり鍛え、その1回を成功させるのがプロです。それが

美しさはもちろん、表現者としての精神の豊かさも求められる、華

できなければどんな輝かしい経歴があっても意味がない。パリ・コ

やかだが孤独で、奥の深いモデルの世界。この仕事を「天職」と

レクションに出たことは、私にとってはそれほどすごいという感覚が

言い切る遠藤さんは、これからもきっと、まさに身一つで、この世

なくて。モデルを続けていく上で必要なのは、過去よりもこれからど

界を華麗に力強く歩いていくだろう。

う自分を磨いていくかです」

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表 現 者 と し て の 豊 か さ も 求 め ら れ る モ デ ル の 仕 事

美 し い だ け で は ダ メ 。

ファッションモデル えん

どう

遠 藤 由 香 さん 文学部真宗学科2010 年卒業

 美しい。取材をしていてもついついじっと見とれてしまう、 端正な顔立ち、華やかなオーラ。モデルだから綺麗であたり まえなのかもしれない。本物を目の前にすると 女神のような 人ってほんとうにいるもんだなぁ なんて心底、世の中って不 公平だと思ってしまうのである。最先端のファッションをまとい、 その魅力を身体で表現するファッションモデルは歩く芸術品だ。 そんなモデル達が「いつかは立ってみたい」と憧れる舞台、 パリ・コレクションからいきなり、モデル活動をスタートさせ たのが遠藤由香さんだ。

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愛すべき、ひねくれ者のアナウンサー

毎日放送(MBS)アナウンサー ふく

しま

幼少期の趣味は辞書を読むこと

のぶ ひろ

福 島 暢 啓 さん 文学部日本語日本文学科2009年卒業 

文学研究科日本語日本文学専攻修士課程2011年修了

 幼少期から「ひねくれた性格だった」という福島さん。人と違うこ とをしたがる福島少年は、小学生の頃、同級生が児童書を読んでい るあいだ、ひとり辞書を読んでいた。   「初めに読んだのは家にあった広辞苑、中学で新明解。高校では わみょうるいじゅしょう

和名類聚抄と平安時代に作られた辞書にはまっていました。辞書って   MBSが3年ぶりに採用した、期待の新人アナウンサー!

読み出すと本当に面白いんですよ。一つの説明が短いので適当にパッ

そんなフレッシュな謳い文句に若干の違和感を感じる、七三分けに

とめくってそのページから読みはじめる。辞書のなかを散歩するように

メガネのどこか懐かしい お父さん 的風貌。落ち着きはらった語り

読んでいくのが好きでした。それでいつしか夢は辞書を編纂する人に。 」

は 25 歳とは思えぬ貫禄があり、しかも趣味は落語に昭和歌謡とき

 大学では日本語を学ぼうと思っていたところ、偶然みた龍谷大学の

たもんだ。そんな福島アナウンサー、今やお茶の間では人気急上昇。

パンフレットに、 『日本語日本文学科』と書いてあるのを発見し、 「こ

1年目からMBSの人気番組『ちちんぷいぷい』や『知っとこ』を担当、

れだ!」と決めた。福島さんは宮崎の出身。通常九州の人は進学先

その活躍ぶりも新人とは思えない福島さんだが、当初は全くアナウ

に東京を選ぶ場合が多いが、京都を選ぶあたりがひねくれている。な

ンサーになるつもりがなかったという。しかし話を聞くうちにわかっ

んでも当時はアンチ東京だったとのこと。

てきたのは、この人がアナウンサーにならずして誰がなるのか と いうくらい、アナウンサー魂に れた人だということである。

仏教と落語漬けの学生時代   「龍谷大学に入って何が良かったって、そりゃもちろん西本願寺が 近いことですよ」

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卒業生が多しといえど、龍大の良いところと聞かれてこう答える人は

様々な方面で活躍する

なかなかいない。龍谷大学が浄土真宗の大学とも知らず入学した福 島青年は、いつのまにか仏教にはまってしまう。   「西本願寺では朝の6時頃からお晨朝をやっていて、当時、僕は深 草に住んでいたので、30分くらいかけて自転車で通っていました。経

  「落語をはじめ、雅楽や能など伝統芸能は消えていくかもしれないと

をあげて和讃をやって御文章の拝読を聞いて。観無量寿経とか、読

ころが面白く、そこに執着する。仏教の教えとは正反対かもしれませ

んでいても気持ちいいんですよね、まだちょっと覚えてますよ(といきな

んが、 凡夫ですからね、 我々は (笑) 。そしてテレビも一つの時代をつくっ

り冒頭を唱えはじめる福島さん) 」

た一つの芸能。いつか『日本テレビ文化史大系10冊シリーズ』みた

 仏教よりも没頭したのが落語だ。父親の影響で子どもの頃から落

いなものができたときに、アナウンサー史っていう章があって、そこに

語にはまり、 小学4年生で初めて買ったCDが6代目三遊亭圓生の『死

一行でも自分の名前が残れば嬉しい。 俺が若いときにはテレビという

神』 。福島青年は迷わず落語研究会に入門し、 『きぬ乃家じん丹』と

ものがあってね と語れるような人になっていたいなと思います。でも

いう芸名で落語やウクレレ漫談を披露していた。

やっぱりテレビやラジオが大好きなので残っていってほしいですけどね。

  「いつも頭のなかは寄席のことばかり。教室をいかに寄席小屋っぽ

僕はいろんなメディアが、並んで存在するという状態が良いと思うので

くしようかと、授業中でもノートに図面を書いたりしていました」

す。ライフラインを一つに絞るのは怖いことですよね。それぞれのメディ

 漫談をやる傍ら、 M-1グランプリ(吉本興業主催の漫才コンテスト)

アがそれぞれの意識でプライドをもって情報を発信していくのが、本当

にも出演。プロの芸人達に混じって二度も準決勝までいったというの

の情報化社会だと思います」

だから、お笑いの実力も相当なものである。

弱みは みんなの知っていることを知らない こと アナウンサー採用がない年に入社  なんでもソツなく答える福島さんに、ご自身の強みはなんでしょうと  小・中・高校と放送部、高校では演劇もやり、大学では落研。ずっ

聞くと、珍しくしばらく考え込んだ。

と「話す」ことに関わってきた福島さん。アナウンサーになることを意

  「うーん、見た目があまりスマートじゃないこと。コイツなら勝てると

識してもおかしくないようなものだが、そんなことは夢にも思わなかった

思わせて油断させる(笑) 。強み、なんでしょうね? 異なる世代の方や、

という。しかし知らないうちに自然と、アナウンサーの英才教育を受け

自分と違う考えを持った方の気持ちを みとろうとする姿勢でしょうか。

ていたのかもしれない。

僕は子どもの頃からお年寄りと話すことが多かったですし、大学時代

  「僕は子どもの頃から『ラジオ深夜便』の大ファン。 NHKラジオには

もお寺で近所の人と話すなど、違う世代の方と触れあうことがあたり

有名なアナウンサーの方が大勢いらっしゃって、特に深夜枠の番組は、

前でした。落語でもお客さんの反応を見ながら、準備していたのとは

リタイアされた大御所の方がやっていることが多かったんです。だから

別の話をしたりしますからね。だからそんな能力は磨かれたと思います。

超ベテランのテンポのゆったりとした、昔ながらの形のしゃべりを聞け

就職試験のときもマニュアルなんかに頼らずに、普段どおりの自分で

るわけです。そういう技に非常に憧れていて、ずっと聞いていたんです」

接することができたのが良かったのでしょうね」

 そんな福島さんは修士2年生になると、できるだけ早く就職活動を

 確かに福島さんの中継でのやりとりは面白い。アナウンサーが取材

終えて修士論文に取り組みたいという理由で、一番早い時期に就職

に来たというよりは、親戚が遊びにきたような感じで自然と現場にとけ

試験のあったMBSを受け、合格してしまったのだ。ちなみに当時MB

込んでしまう。そんな福島さんであるが、意外に新人らしい悩みもある。

Sは、3年間アナウンサーの採用をしておらず、福島さんも一般職とし

器用になんでもこなしそうだと思われることが、逆にコンプレックスだと

て内定した。

いうのだ。

 それなのに「入社して一カ月経ったとき、突然面談で アナウンサー

  「横文字は苦手だし、スポーツは全然やってこなかったので大いに

をやらないか と言われたんですよ。あのときは驚きましたね。でも腹

知識が欠落しています。流行も気をつけて見るようにはしていますが、

のなかでは よっしゃ! ですよ。実際アナウンサーになってみれば、こ

なにしろ興味が薄いので、どうでもいいことばかり覚えてしまうんです

んなにいい職業はないってくらい楽しいです���

よね。人が知っている分野を知らなくて苦労することが多いです。人

 やはり天は人の才を捨ててはおかない。一風変わったキャラクター

が知らない分野は強いのですけど(笑) 」

は別として、辞書で語彙を養い、ラジオで大御所の語りを学んで育ん

できた才能は、人事の方も見逃さなかったのだろう。

 苦手なことがいかにも福島さんらしくて微笑ましい。確かにアナウ ンサーが流行を知らなくては困るだろうけれど、世の中を斜に見た、

アナウンサー史に名前を残したい

ちょっとひねくれ者のアナウンサーが一人くらいいても面白いのでは。 お茶の間の皆さんも、そんな福島さんを愛しているような気がしてな

 福島さんは、インターネットに押され、存在感が薄くなりつつあるラ

らない。できればそのままのキャラクターでいてほしいと思うのは勝

ジオやテレビに興味があるという。

手だろうか。 38


評 ・ 大 峯 あ き ら ろ 頃 道 言 う だ ﹄ 葉 。 っ の を た 旅 残 が の し 芭 、 作 蕉 た 者 が と は こ こ 春 こ ろ 霞 を で の 越 あ 日 え る ﹃ に た 。 通 の お は く っ た 青 の の 葉 ほ だ の そ

有 名 で 、 多 く の 文 人 墨 客 達 が た く さ ん の

み ち の く に

白 河 の 関 は 昔 か ら 三 大 関 所 の 一 つ と し て

中 学 校 3 年

評 ・

う 言 葉 は イ ン パ ク ト が あ る 。 東 京 の 夏 ら し

を 引 き 締 め て い る が 、 な か で も ﹁ 痛 い ﹂ と い

﹁ 東 京 の 日 差 し が 痛 い ﹂ と い う 表 現 が 一 句

依 佐 美 中 学 校 3 年

評 ・ 越 前 谷 宏 本 ﹂ の 五 音 に 充 実 感 が

お 大 東 茶 窪 京 都 の   水 有 女 太 子 大 さ ん 学   附   属

れ 出 て い る 。

夏 日 東 の 差 京 空 し の が 痛 い

木 和 生 さ を 端 的 に 捉 え て い る 。

白 霞 河 立 を つ 越 え

● 想 い で の 修 学 旅 行 部 門

刈 谷 市 立

岸 海 渡

● 想 い で の 修 学 旅 行 部 門

う し た 図 書 館 も ま た 魅 力 的 。

愛 知 県  

さ ん    

だ ろ う 。 気 が つ く と も う 夕 暮 れ 。 挾 ん だ し

朝 早 く か ら 、 図 書 館 に 閉 じ こ も っ て い た の

ゆ っ た り と 流 れ て い る 。 健 康 的 な け だ る さ

空 も 、 海 も 、 時 間 も 、 全 て が 日 常 を 離 れ て

青 い 海 原 に 、 小 舟 を 漕 ぎ 出 で 、 文 字 を 釣 る 。

川 西 市 立

古 田 悠 真

兵 庫 県  

さ ん  

さん 滋賀大学3年

高 等 学 校 3 年

し お り を 挟 み

夕 焼 け と

石澤 幸子

評・ウルフ・スティーブン 日の自分を見る母は、親から子へと生のバ トンが次々に送られ、 その営みのなかで親は 子のなかに生き、 またその子は次の世代に 生きることを知っているのか。 ● 文 学 部 部 門

つ つ あ る 今 、 里 帰 り し た 英 語 俳 句 が 、 日 本 文

す 。 俳 句 を 詠 む こ と が 世 界 的 な 文 化 に な り

生 徒 の 言 葉 や 態 度 に も 、 嬉 し く 驚 か さ れ ま

模 擬 講 義 に 出 か け た 際 な ど に 見 聞 き す る

徒 達 の レ ベ ル は 年 々 高 ま り 、 私 は 高 校 で の

れ る に 違 い な い 先 生 方 の ご 指 導 に よ り 、 生

国 際 語 と し て の 英 語 と 密 接 に 暮 ら し て お ら

の 作 品 を 思 わ せ 、 即 座 に 感 動 が 湧 き 出 ま す 。

し た 。 英 語 そ の も の も ネ イ テ ィ ブ ス ピ ー カ ー

英 語 俳 句 は 、 さ す が に 磨 き が か か っ て い ま

ウ ル フ ・ ス テ ィ ー ブ ン   コ ン テ ス ト 10 年 目 の

Cutting the big tuna 

京都府 

群 林 群 馬 馬 県 楓 県   立 さ ん    

朽木 久子

勢力と活力そのものの姿のスケッチ。 常に大 魚をさばくその男の腕は筋骨を育て、 日常の 営みのなかにあって武勇の光を放っている。 その焦点をさりげなく拾った句。

卒く制 業る服 すぶ着 し 見 え て

ス黒 兵 ト岩 庫 県 ッ   ク徳 ホ将 ル ム さ   大 ん 学 4 年

● 寺 井 谷 子 選

覗いている。 「卒業」 というものを確りと捉えた一句

﹁ 日 本 語 の 美 し さ ﹂ を 感 じ 、 大 切 に し て 頂 き

関 わ っ て い る だ ろ う か 。 さ ら に ﹁ 言 葉 の 力 ﹂ を 、

以 後 ﹁ 、 言 葉 ﹂ へ の 関 心 が 深 く な っ た こ と も

で あ ろ う 。 嬉 し い こ と で あ る 。 東 日 本 大 震 災

っ て い る 教 師 の 方 々 の 力 が 集 ま っ て の も の

も 参 加 さ れ て い る 方 、 応 募 を 勧 め て く だ さ

生 か ら 高 校 生 、 高 校 生 か ら 大 学 生 と な っ て

と も 力 を つ け て き て い る 実 感 が あ る 。 中 学

出 会 え る か と 楽 し み で あ る 。 確 実 に 各 部 門

寺 井 谷 子   毎 年 、 今 年 は ど の よ う な 作 品 に

と 諸 君 の 俳 句 は も っ と 良 く な る 。

質 論 な の で あ る 。 季 語 の 選 択 に 敏 感 に な る

手 紙 濡 れ

育秋 英雨 会に の

● 大 峯 あ き ら 選

秋雨の降る日、育英会から来た手紙を受けとった のである。奨学生として採用されるかどうかについ ての通知なので、 期待と同時に一抹の不安をもって、 手紙を開くところ。秋雨に濡れたところを言ったの で、 その時の気持ちが正直に出ていて成功している。

である。 た い と 願 っ て い る 。

さん 一般

評・ウルフ・スティーブン

三年間着た制服。入学の時には少し大き目だった

化 の 新 し い ジ ャ ン ル に な ら な い こ と を 願 っ て

●英語部門

fishmonger s biceps  standing out

のに、卒業の今、 ズボンの裾からくるぶしの靴下が

て、 いつの日か永遠の眠りへと。

さん 一般

生き写しの母娘、 うっかり娘かと思った若き

苦くも穏やかな一面を素直な事実として詠んでい

い ま す 。

Looking at pictures of her younger days My mother asks me Is that you? 京都府 

夏 文 本 休 字 の み を 海 釣 っ て る 渋 川 女 子 高 等 学 校 2 年

●英語部門

宇 栃 都 ノ 木 宮 県   短 口 期 こ 大 学 と 附 み 属 さ ん    

飼い犬の加齢を見守る目は、歳を重ねる誰しもの、 る。少しずつ長くなる昼寝は、 ものの哀れを思わせ

37

と い っ て も よ い 。 ま さ に 夏 の 昼 下 が り だ 。 こ

清 和 台 中 学 校 3 年

The naptime my old dog takes getting longer 貴之

お り の 位 置 が 今 日 一 日 の 読 書 量 を 表 し て 評 ・ 越 前 谷 宏

●ウルフ・スティーブン 選

京都府 山本

い る 。 ﹁ 夕 焼 け と ﹂ の ﹁ と ﹂ が 効 く 。 ﹁ 閉 じ た

閉 じ た 本

● 文 学 部 部 門

こ と は 、 単 な る 技 術 論 で は な く 、 俳 句 の 本

句 の な か の 季 語 が 動 く か 動 か な い か と い う

い う も の に 対 す る 基 本 的 な 誤 解 で あ る 。 一

人 が 多 い が 、 こ の 意 見 を 詩 の 形 式 の 生 理 と

し て 若 者 ら し い 世 界 を 盛 る か だ と 考 え る

っ て 、 大 事 な の は こ の 形 式 の な か に い か に

で あ る 。 季 語 形 式 は わ か り き っ た こ と で あ

季 語 の 使 い 方 が や や 大 ま か だ と い う こ と

い で あ る 。 し か し 、 全 体 的 な 印 象 を 言 え ば 、

た 感 受 性 の 新 鮮 さ で あ り 、 こ れ は 宝 物 み た

は 、 何 よ り も 大 人 の 俳 人 達 が 失 っ て し ま っ

大 峯 あ き ら   青 春 俳 句 大 賞 の 作 品 の 特 徴

う と 、 祝 福 す る 気 持 ち で 読 み ま し た 。


優秀賞

を 伝 え 、 野 性 味 の れ る 一 句 と な っ た 。

の で あ る 。 子 規 忌 と い う 季 語 が 利 い て い る 。

ろ う ﹁ 。 雲 の 峰 ﹂ が 真 夏 の 空 の 下 で あ る こ と

で さ わ り な が ら 、 子 規 の こ と を 思 っ て い る

の 様 に 屈 ま っ た 思 い は ﹁ 、 青 春 ﹂ の 証 で も あ

評 ・ 大 峯 あ き ら の 俗 称 で あ る 。 そ の 親 不 知 歯 の 異 和 感 を 舌

﹁ 独 ﹂ と い う 字 が 獣

京 都 大 学 1 年

で あ る こ と を 思 う 。 獣

く 、 最 も お そ く 生 え る 大 臼 歯 、 つ ま り 知 歯

● 短 大 ・ 大 学 生 部 門

雲 ケ 独 の モ り 峰 ノ と ヘ は ン な り

評 ・ 寺 井 谷 子

親 知 ら ず

﹁ 親 知 ら ず ﹂ と い う の は 越 後 の 地 名 で は な

中 田 岳 俊

の 一 日 で あ っ た こ と が わ か る 。

さ ん    

伊 波 信 之 祐

● 短 大 ・ 大 学 生 部 門

子 規 の 忌 や

の 体 験 授 業 、 ﹁ 白 牡 丹 ﹂ と い う 季 語 で 緊 張

が 組 み 込 ま れ て い る 。 緊 張 し て 受 け た 一 日

高 等 学 校 の 授 業 と し て 一 日 の ナ ー ス 体 験

須 賀 川 高 等 学 校 2 年

評 ・ 寺 井 谷 子 の 先 に 湧 く ﹁ 雲 の 峰 ﹂ 。 未 来 へ の 希 望 。

沖 縄 県  

さ ん    

高 々 と 挙 げ た 右 手 が 見 え る よ う だ 。 そ の 腕

そ れ が ﹁ 自 由 の 女 神 ﹂ で あ る と い う こ と で 、

● 高 校 生 部 門

白 ナ 一 牡 ー 日 丹 ス の 体 験

木 和 生

京 都 府

舌 で 捉 へ る

琉 球 大 学 1 年

評 ・

福 島 県 立

加 藤 理 彩

を 呼 ん で く れ た 母 の 声 で あ ろ う か 。

福 島 県  

さ ん    

● 高 校 生 部 門

雲 自 レ の 由 プ 峰 の リ 女 カ 神 の

﹁ レ プ リ カ ﹂ の 持 つ ま だ 見 ぬ 対 象 へ の 憧 憬 。

広 島 高 等 学 校 2 年

評 ・ 寺 井 谷 子

広 島 県 立

浅 津 大 雅

か ら 夜 へ の 刻 、 過 ぎ て ゆ く 一 日 。 そ の よ う な

風 景 の な か に 聞 き 取 る の は 、 幼 い 頃 に 自 分

声 が す る

夕 焼 け の 刻 は 何 と な く 人 恋 し く な る 。 昼

三 宿 中 学 校 1 年

評 ・ 有 馬 朗 人

さ ん    

世 田 谷 区 立

知 っ た 夏

あ 初 れ 一 う る め は つ に 。 て ま バ フ は 知 だ ン 栗 っ 知 ウ の た っ ニ い こ て や が と い ア に を て カ 似 驚 も ウ て い 、 ニ い て 海 は る い 胆 雲 。 る と 丹 う 所 書 と に が く 書 の 新 こ く 仲 鮮 と 。 間 で を こ の

広 島 県  

中 か ら 母 の

西 新 井 中 学 校 2 年

堀 光 瑠

夕 焼 け の

東 京 都  

さ ん    

漢 字 を 初 め て

足 立 区 立

● 中 学 生 部 門

田 中 涼

● 中 学 生 部 門

海 胆 と い う 東 京 都  

さ ん    

選考委員特別賞 明相 東 治原 京 大 都   学暢 2 年 さ ん  

高飛夏 速び空 路立に ち さ う な

開大 千 成塚 葉 高 県   等雅 学也 校 2 さ   年 ん

● 大 石 悦 子 選

登り勾配になった湾岸の高速道路を、 スピードを く天空に飛び立つようなダイナミックな爽快感を味 わったことでしょう。 青春性のあふれた句です。 し い 思 い 出 を 、 俳 句 に し て 残 す と い う こ と の

へ 旅 行 す る の か と 驚 き ま し た 。 仲 間 と の 楽

た が 、 近 頃 の 学 生 諸 君 は こ ん な に あ ち こ ち

の 修 学 旅 行 部 門 は 、 今 年 初 め て の 企 画 で し

部 門 の 年 代 の 傾 向 か と も 思 い ま す 。 想 い で

や や 観 念 的 な 句 が 目 に つ き ま し た が 、 こ の

え る こ と か と 思 い ま す 。 短 大 ・ 大 学 生 部 門 は 、

も の が あ る の は 、 ど の 部 門 に も 共 通 し て い

自 分 ら し さ を よ く 表 し た 句 に 、 強 く 訴 え る

し く 選 考 に あ た り ま し た 。 等 身 大 と い う か 、

高 校 生 部 門 は 、 自 在 な 発 想 の 句 が 多 く 、 楽

し て 育 む こ と へ の 大 き な 期 待 を 持 ち ま し た 。

に 思 い ま し た 。 語 彙 や 感 性 な ど を 俳 句 を 通

田 無 第 二 中 学 校 3 年

木 和 生 選

日干しを始めたばかりの 瓦が庭一面に拡げられ ている。 日差しにてかてかと光っている 瓦に何匹 もの がたかっている光景を見た驚きが伝わってく る。

上げて愛車を飛ばします。 一瞬、 若者は入道雲の湧

素 晴 ら し さ を 、 後 年 き っ と 実 感 さ れ る だ ろ

一日 日干た 目しか る 瓦 の

に 佳 い も の が あ り 、 大 変 頼 も し く 嬉 し い こ と

く 中 学 生 部 門 で す が 、 今 年 は 1 年 生 の 作 品

大 石 悦 子   例 年 、 幼 さ の 残 る も の が 目 に つ

作 品 を 期 待 し た い 。

生 活 の な か で 把 握 し た 、 生 き 生 き と し た

は 良 く な い 。 入 選 し た 作 品 に 学 ん で 、 学 校

ん ﹂ と 読 ま せ る の な ど が 目 立 っ た が 、 こ れ

な ル ビ の 付 け 方 、 例 え ば ﹁ 金 閣 寺 ﹂ を ﹁ き

を 入 れ 過 ぎ だ か ら だ と 思 っ た 。 さ ら に 無 理

無 季 の 作 品 が 多 か っ た の は 、 固 有 名 詞 に 力

﹁ 想 い で の 修 学 旅 行 ﹂ の 作 品 に 、 季 語 の な い 、

つ い て の 注 意 を し て お き た い 。 新 設 部 門 の

木 和 生   選 考 委 員 の 一 人 と し て 、 投 句 に

西 東 京 市 立

安 井 雅 貴

東 京 都  

さ ん  

炎土三 天台陸 下がや 残 る

● 有 馬 朗 人 選

東日本大震災・大津波の被害を受けた三陸地方の 光景である。津波で流された家の土台だけが残っ ている。 そこに夏の太陽が照りつけているのである。 一日も早い復興を祈っている。 句 し て ほ し い も の で あ る 。

生 は も う 一 人 前 の 作 家 で あ る と 覚 悟 し て 俳

び な が ら も 類 型 に 囚 わ れ な い よ う に 、 大 学

作 家 に な る 年 齢 に な る 。 高 校 生 に は 形 を 学

な る と 、 そ の 段 階 を 越 え 、 い よ い よ 本 格 的 な

り 、 ど う し て も 俳 句 が 類 型 化 す る 。 大 学 生 に

一 定 の 形 を 学 ば な け れ ば な ら な い 年 齢 で あ

な る と 、 俳 句 に せ よ 広 く 芸 術 で も 学 問 で も

す 可 能 生 の 高 い 理 由 で あ る 。 一 方 、 高 校 生 に

学 生 が の び の び と し た 新 鮮 な 俳 句 を 生 み 出

に 、 思 っ た 通 り 作 る こ と で よ い 。 そ れ が 小 ・ 中

有 馬 朗 人   小 学 生 や 中 学 生 の 俳 句 は 自 由

選 考 委 員 総 評

36


評 ・ 大 石 悦 子 し い ロ マ ン の 感 じ ら れ る 句 で す 。

語 ら い に は う っ て つ け の 話 題 で す 。 青 年 ら

生 物 の 生 息 の 可 能 性 も あ る ⋮ 。 秋 の 夜 の

に 川 の 流 れ た 痕 が あ っ た と か 。 水 が あ れ ば

最 近 の 火 星 探 査 機 の 報 告 に よ る と 、 火 星

こ と な ど を

火 星 の 水 の

● 高 校 生 部 門

長 き 夜 の

評 ・ 大 石 悦 子 う 季 語 を 使 っ て 表 現 し た 巧 み な 句 で す 。

愛 東 愛 媛 影 媛 県 県   立 喜 松 子 山 東 さ ん 高   等   学 校 3 年

気 分 を 表 す の に 、 爽 快 さ を い う ﹁ 涼 し ﹂ と い

●英語部門

を 見 た 人 が ま た 笑 う と い う よ う に 、 笑 い は 、

一 人 の 人 が 笑 う と 、 そ の 隣 の 人 が 笑 い 、 そ れ

評 ・

い う 季 語 が う ま く 支 え て い る 。

東京都 

さん  

一般

評・ウルフ・スティーブン 人がやむなく縛られる国境線、 その数々の制約 を超越し遙か上空に行き来する鳥達、 その自由 な渡りは、生と死の区切りをも超えた輪

の空

間さえも、 羨望の気持ちで思わせる。

わ か る 。 こ ん な 折 り 鶴 の 姿 を 、 ﹁ 涼 新 た ﹂ と

と は 、 ﹁ 尾 の 真 っ 直 ぐ に ﹂ と い う 表 現 で よ く

川 崎 市 立 生 田 中 学 校 3 年

安 保 菜 々 子

神 奈 川 県  

さ ん    

涼 尾 折 新 の り た 真 鶴 つ の 直 ぐ に

木 和 生

Birds migrate back  across borders  we cannot cross 堀井 和泉

次 々 に 伝 わ っ て い き ま す 。 そ の 場 の 愉 快 な

声 一 一 涼 人 人 し と ま 笑 た ふ

心 を 込 め て 丁 寧 に 折 っ た 折 り 鶴 で あ る こ

琉 球 大 学 1 年

● 中 学 生 部 門

伊 波 信 之 祐

● 短 大 ・ 大 学 生 部 門

沖 縄 県  

さ ん    

第 10 回

大青 賞春 俳 句 た 結 果 、 見 事 に 入 賞 を 果 た し た 作 品 を こ こ に 発 表 し ま す 。

今 回 は 、 過 去 最 高 の 8 0 0 0 7 句 も の 力 作 が 寄 せ ら れ 、 厳 正 な る 選 考 を お こ な っ

新 た に 加 え 、 本 事 業 を 通 し て 多 く の 方 に 俳 句 づ く り に 取 り 組 ん で い た だ き ま し た 。

学 部 部 門 ﹂ の 5 部 門 の ほ か に ﹁ 、 想 い で の 修 学 旅 行 部 門 ﹂ を

部 門 ﹂ ﹁ 高 校 生 部 門 ﹂ ﹁ 短 大 ・ 大 学 生 部 門 ﹂ ﹁ 英 語 部 門 ﹂ ﹁ 文

10 回 目 を 迎 え た 青 春 俳 句 大 賞 で は 、 こ れ ま で の ﹁ 中 学 生

評 ・ 有 馬 朗 人 た の で あ る 。

35

縄 戦 の 悲 劇 が 思 い 出 さ れ 、 心 が ひ き し ま っ

も ハ イ ビ ス カ ス の 花 が 見 事 。 赤 い 色 か ら 沖

は 草 木 が 繁 り 花 が 美 し く 咲 く 。 そ の な か で

修 学 旅 行 で 沖 縄 に 行 っ た の で あ る 。 沖 縄 に

よ み が え る

赤 い 戦 火 が

多 村 可 上 町 立 雄 加 大 美 中 さ ん 学   校   3 年

ハ イ ビ ス カ ス 兵 庫 県  

● 想 い で の 修 学 旅 行 部 門

評 ・ 越 前 谷 宏 う を す べ る ﹂ が 秀 逸 。

だ ろ う か 。 か わ い い 。 な ん と い っ て も ﹁ 向 こ

み 終 え た ば か り の 本 を 返 し に い っ て い る の

取 れ る よ う だ 。 背 筋 を し ゃ ん と 伸 ば し 、 読

し で 、 ち ょ っ と 誇 ら し げ な 幼 い 表 情 が 見 て

見 え る の は 帽 子 だ け だ が 、 ち ょ っ と お す ま

夏 向 本 帽 こ 棚 子 う の を す べ る 一 般

大 島 愛 美 さ ん    

城 県  

● 文 学 部 部 門

秀 優 最


人間・科学・宗教総合研究センターの各研究プロジェクトの研究活動のほか、

E Y E

RYUKOKU ACADEMIC

研究関連の動きをご紹介します

形見の着物

2012年度後期展示

「金子みすゞ いのちへのまなざし ―『星とたんぽぽ』 」を開催  龍谷大学人間・科学・宗教オー

すゞの詩集を寄贈し、子ども達が元気を取り戻す歩みを紹介

プン・リサーチ・センターでは、2

する3テーマで構成。私達の眼には見えない大切なものにつ

012年11月19日(月)∼12月

いて考える機会や、生きとし生けるもののつながり、尊さを感

21日(金) <第1期>、2013年

じ取るきっかけにつながる内容で開催しておりました。

1月7日(月) ∼1月31日(木)

 来場者の方からは、 「金子みすゞの素直な気持ちに触れ、

<第2期>の日程で、研究展示「金

胸が熱くなりました。大変な時代ですが、自然な気持ちで前

子みすゞ いのちへのまなざし− 『星

向きに明るくがんばりたいものです」 、 「感動しました。心の底

とたんぽぽ』 」を開催しました。

にしみる、そして魂を揺り動かす何かを強く感じました。素晴

 今回の研究展示では、金子みすゞが亡くなる前に弟の正祐

らしい企画でした」など多くの感想をいただきました。

に贈った 「3冊の遺稿手帳」 (精密複製)や、 金子みずゞの娘「ふ さえ」の片言を書き留めた手帳「南京玉」 、金子みすゞの直 筆詩パネル、形見の着物などをはじめとする貴重品、計164 点が展示されました。  また、本展は①金子みすゞの生涯と詩の世界をたずねる、 ② 金子みすゞ記念館の矢崎節夫館長や金子みすゞを愛する方々 が、 ネパールの子ども達のために小学校を創設したり、 医療キャ ンプを開設した足跡などを紹介する、 ③中国四川省の大地震に 遭った子ども達や東日本大震災で被災した小学生に金子み 3冊の遺稿手帳 主催:龍谷大学 人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター 後援:金子みすゞ記念館、金子みすゞ著作保存会、金子みすゞ顕彰会、JULA 出版局  34


る 困 難 さ だ っ た 。

ぎ た 頃 、 日 本 で は 光 瑞 師 が 西 本 願 寺 宗 主 を 退 市 井 の 研 究 者 と し て 支 援 者 か ら の 援 助 で 細 々

い く ぐ り 、 険 し い 山 峡 を 進 む 旅 は 想 像 を 絶 す

光 ら せ る イ ギ リ ス 、 中 国 、 ネ パ ー ル の 目 を か

そ の 後 の 青 木 は 不 遇 の 道 を 歩 む こ と と な る 。

数 え る ほ ど 。 青 木 に は チ ベ ッ ト 法 王 庁 が 手 配

不 遇 の 晩 年

青 木 が ラ ッ サ に 滞 在 し て ち ょ う ど 3 年 が 過  

し た 案 内 人 が 帯 同 し た と は い え 、 国 境 で 目 を

の ま ま こ の 事 件 に 終 止 符 を 打 っ た 。

青 木 に 東 南 ア ジ ア 諸 国 の 調 査 を 命 じ 、 未 解 決

態 の さ ら な る 混 乱 を 避 け よ う と し た 光 瑞 師 は 、

チ ベ ッ ト に 入 国 し た 経 験 の あ る 日 本 人 は ま だ

ル ー ト す ら も 把 握 す る 者 は 少 な か っ た 。 当 然 、

呼 ば れ そ の 文 化 や 環 境 は お ろ か 、 詳 細 な 入 国

ら す 情 報 は 貴 重 な も の だ っ た の だ 。

わ れ 続 け て い た チ ベ ッ ト に と っ て 、 青 木 が も た

し て い た 。 イ ギ リ ス 、 清 、 ロ シ ア ら 大 国 に 狙

分 析 し 、 ダ ラ イ ・ ラ マ 13 世 や 政 府 要 人 に 解 説

庁 の た め に 、 英 字 新 聞 や 雑 誌 記 事 を 翻 訳 し て

な 証 拠 が 出 な い ま ま エ ス カ レ ー ト し て い く 。 事

と 呼 ば れ た こ の 出 来 事 は 、 双 方 と も に 決 定 的

ダ ラ ス に 報 じ た 。 後 に ﹁ 大 正 の 玉 手 箱 事 件 ﹂

反 論 し 、 新 聞 各 社 は 連 日 こ の 論 争 を ス キ ャ ン

定 し た の だ 。 困 惑 し た 青 木 は す ぐ さ ま 河 口 に

ラ ッ サ で の 日 々

当 時 の チ ベ ッ ト は ﹁ ア ジ ア 最 後 の 秘 境 ﹂ と

  ま た 、 青 木 は 世 界 情 勢 に 暗 い チ ベ ッ ト 法 王 贈 ら れ た チ ベ ッ ト 大 蔵 経 を 預 か っ た 事 実 を 否

年 の こ と 。 青 木 25 歳 の と き だ っ た 。

わ れ て 余 り あ っ た と 信 ず る ﹂

  河 口 が 、 ダ ラ イ ・ ラ マ 13 世 か ら 光 瑞 師 へ と

青木文教が親戚に宛てて現地から送った手紙(正福寺所蔵)

33

監修:国際文化学部教授 三谷真澄

ト 行 き が 打 診 さ れ た の は 1 9 1 1 ︵ 明 治 44 ︶

  ダ ラ イ ・ ラ マ 13 世 か ら 正 式 に 青 木 の チ ベ ッ

悲 願 で も あ っ た 。

に 失 っ た 損 害 は 活 社 会 か ら 得 た 知 識 経 験 で 補

大 な る 支 障 で あ っ た 。 し か し か よ う に 修 学 上

無 料 撮 影 の 写 真 師 と し て 忙 殺 さ れ た る も ま た

サ で は 、 予 の キ ャ メ ラ が 驚 く べ き 活 動 を な し 、

寄 ら ぬ 疑 惑 だ っ た 。

日 本 に 帰 国 し た 青 木 を 待 っ て い た の は 思 い も

蔵 経 が 届 け ら れ て い な い こ と を 知 る 。 そ し て 、

を 訪 ね た 青 木 は 、 そ こ で 河 口 か ら チ ベ ッ ト 大

に 入 れ る こ と は 、 光 瑞 師 や 西 本 願 寺 に と っ て

事 業 と し て お こ な わ れ た チ ベ ッ ト 大 蔵 経 を 手

一 人 か 二 人 の 素 人 写 真 屋 し か な い と こ ろ の ラ ッ

  ﹁ 予 が な ま じ 写 真 に 趣 味 を も っ て い た た め 、

  河 口 に 遅 れ る こ と 1 年 。 帰 国 途 中 に 光 瑞 師

え る こ と に な る 。

ン ス ク リ ッ ト 本 に 忠 実 な 翻 訳 で あ り 、 国 家 的

文 に 訳 さ れ て 、 日 本 に 伝 え ら れ た も の だ 。 サ

あ る い は 後 に 文 字 に 記 さ れ た も の が 中 国 で 漢

を 次 の よ う に 記 録 し て い る 。

り に 苦 労 す る ほ ど だ っ た 。 青 木 は 当 時 の こ と

れ る こ と も 多 く 、 勉 強 に あ て る 時 間 の や り く

青木文教がチベットから持ち帰った経典(正福寺所蔵)

真 が 趣 味 だ っ た 青 木 は 、 人 々 か ら 撮 影 を 頼 ま

観 察 し て 歩 い た 。 当 時 と し て は め ず ら し く 写

は 街 に 出 て 文 化 風 俗 や 市 井 の 生 活 習 慣 な ど を

ベ ッ ト 語 の 学 修 だ け で は な く 、 暇 を 見 つ け て

た イ る し 。 ン 仏 ド 教 か で 学 し 静 者 、 養 の こ の 中 河 判 の 口 断 光 慧 が 瑞 海 青 師 に 木 へ そ の の の 受 受 運 け け 命 を 渡 取 し り 大 き を を く 託 頼 変 し み 、

あ っ た 。 そ の た め 、 青 木 は ひ と 足 先 に 帰 国 す

は 、 ラ ッ サ か ら 遠 く 2 4 0 キ ロ 離 れ た 寺 院 に

世 か ら 西 本 願 寺 へ と 贈 ら れ た チ ベ ッ ト 大 蔵 経

蔵 経 も 授 か る こ と が で き た 。 ダ ラ イ ・ ラ マ 13

て こ の 世 を 去 っ た 。

の 1 9 5 6 ︵ 昭 和 31 ︶ 年 11 月 7 日 、 胃 癌 に よ っ

の 営 み を 、 現 代 に 生 き る 私 達 に 伝 え て く れ る 。

真 な ど か ら は 、 当 時 の チ ベ ッ ト に 暮 ら す 人 々

チ ベ ッ ト で 記 録 し た 手 帳 や 植 物 標 本 、 風 景 写

か な も の と は 言 え な か っ た 。 し か し 、 青 木 が

  そ の 功 績 に 対 し 、 青 木 の 晩 年 は け っ し て 豊

ラ ッ サ 滞 在 中 の 青 木 は 、 チ ベ ッ ト 仏 教 や チ

が わ か る 。

  ま た 、 青 木 の 最 大 の 目 的 だ っ た チ ベ ッ ト 大 て い た 青 木 だ が 、 講 師 就 任 か ら わ ず か 5 年 後

青 木 は 賓 客 と し て 格 別 に 優 遇 さ れ て い た こ と

田 等 観 が 僧 院 で 生 活 を 送 っ た こ と を 考 え る と 、

青 木 に 遅 れ て ラ ッ サ に 到 着 し た 西 本 願 寺 の 多

ト 語 の 家 庭 教 師 を 付 け て も て な し た 。 そ の 後 、

を 訪 れ る よ う に ﹂ と 言 葉 を 贈 っ た と い う 。

13 世 は 別 れ を 惜 し み 、 青 木 に ﹁ 再 び チ ベ ッ ト

て 帰 国 の 途 に 就 く こ と と な る 。 ダ ラ イ ・ ラ マ

1 9 1 6 ︵ 大 正 5 ︶ 年 1 月 、 ラ ッ サ を 後 に し

く 学 界 に 迎 え ら れ 、 精 力 的 に 研 究 を お こ な っ

国 し て か ら 35 年 の 歳 月 が 過 ぎ て い た 。 よ う や

任 し た の は 65 歳 の と き の こ と 。 チ ベ ッ ト を 出

到 着 し た 青 木 に 貴 族 邸 の 一 角 を 与 え 、 チ ベ ッ   こ の 報 せ と と も に 帰 国 命 令 を 受 け た 青 木 は 、

  ダ ラ イ ・ ラ マ 13 世 は チ ベ ッ ト の 都 、 ラ ッ サ に く 事 態 が 起 き て い た 。

い と 青 う 暮 木 。 ら が す 東 日 々 京 は 大 生 学 活 文 に 学 困 部 窮 チ ベ す ッ る ト ほ 語 ど 講 だ 師 っ に た 就 と


龍 偉谷 人人 伝

卒 業 生 を た ず ね て

青 木  

あ お     き          

文 教 を 送 っ た 青 木 文 教 そ の 人 だ 。

滋賀県高島市の浄土真宗本願寺派、正福寺に生まれ、 仏教大学(現龍谷大学)を退学して西本願寺宗主、大谷光瑞師の命でチベット調査に参加。 3 年間にわたってラッサに滞在し、チベット語や地理、風習などを研究した。 チベットに大きな関心を示しながらも生涯現地を訪れることのなかった光瑞師に代わって チベット文化における様々な記録を残した。1956 (昭和 31) 年逝去。 (写真中央)

仏 教 が 誕 生 し た 古 代 イ ン ド の 言 葉 で 伝 え ら れ 、

そ れ ま で 日 本 に 伝 来 し て い た 仏 教 の 経 典 は 、

ひ と つ に ﹃ チ ベ ッ ト 大 蔵 経 ﹄ の 入 手 が あ る 。

  青 木 が チ ベ ッ ト 行 き を 熱 望 し て い た 理 由 の

え て い た 。

い つ か 訪 れ る で あ ろ う 自 身 の チ ベ ッ ト 留 学 に 備

の 回 り の 世 話 を し な が ら チ ベ ッ ト 語 を 学 び 、

を 西 本 願 寺 が お こ な っ た 。 青 木 は 留 学 生 の 身

ら の 留 学 生 が 日 本 へ 派 遣 さ れ 、 そ の 受 け 入 れ

学 生 受 け 入 れ を 約 束 。 1 年 後 に は チ ベ ッ ト か

  謁 見 で は 、 今 後 の さ ら な る 交 流 と 互 い の 留

者 、 ダ ラ イ ・ ラ マ 13 世 に 謁 見 す る こ と に な る 。

イ ン ド に 亡 命 し て い た チ ベ ッ ト 仏 教 の 最 高 指 導

年 3 月 、 光 瑞 師 の 命 を 受 け 戦 乱 で 国 を 追 わ れ

ド に 着 い て 約 半 年 が 経 っ た 1 9 1 0 ︵ 明 治 43 ︶

師 の 信 頼 を 得 る よ う に な っ た 。 そ し て 、 イ ン

木 は 精 力 的 に 調 査 を お こ な い 、 ま す ま す 光 瑞

  仏 教 大 学 を 退 学 し 、 イ ン ド へ と 旅 立 っ た 青

調 査 を 命 じ ら れ る こ と に な る 。

22 世 宗 主 、 大 谷 光 瑞 師 か ら イ ン ド の 仏 教 遺 跡

ジ ア 各 地 を 調 査 し て い た 浄 土 真 宗 本 願 寺 派 第

2 年 生 の と き に 、 大 谷 探 検 隊 を 率 い て 中 央 ア

研 究 成 果 を 残 し な が ら も 、 研 究 者 と し て は 不 遇 の 人 生

  そ の 勤 勉 さ と 学 問 の 成 績 が 認 め ら れ 、 大 学

  ダ ラ イ ・ ラ マ 13 世 と チ ベ ッ ト の 人 々 に 愛 さ れ 、 多 く の

大 学 ︶ に 入 学 し た 。

ダ ラ イ ・ ラ マ 13 世 と の 掛 け 橋 と な っ た 人 物 が い た │ │ 。

1 9 0 7 ︵ 明 治 40 ︶ 年 に 仏 教 大 学 ︵ 現 龍 谷

チ ベ ッ ト 文 化 に 魅 了 さ れ た 仏 教 文 化 学 の パ イ オ ニ ア

ぶ ん   き ょ う

に わ た っ て 友 情 を 結 ん だ チ ベ ッ ト 仏 教 の 最 高 指 導 者 、

で 成 長 し た 青 木 は 京 都 市 内 の 中 学 校 を 卒 業 後 、

仏 教 史 の 疑 問 を 紐 解 こ う と し た 大 谷 光 瑞 師 。 彼 が 生 涯

  清 流 、 安 曇 川 に ほ ど 近 い 自 然 豊 か な こ の 地

  明 治 時 代 、 大 谷 探 検 隊 を 率 い て 中 央 ア ジ ア 各 地 で 、

男 と し て 誕 生 し た 。

県 高 島 市 の 浄 土 真 宗 本 願 寺 派 、 正 福 寺 の 長

  青 木 文 教 は 1 8 8 6 ︵ 明 治 19 ︶ 年 、 滋 賀

大 谷 光 瑞 師 の 命 を 受 け 、 チ ベ ッ ト へ と 旅 立 つ 32


﹁ 極 楽 往 生 の た め の 指 南 書 ﹂

る の で あ る 。

31

生 身 の 姿 を 現 す 応 身 の 菩 提 を 得 る も と と な

を 助 け る 縁 と な る 縁 因 仏 性 で あ っ て 、 仏 が

ま た 衆 生 を 恵 む 恩 徳 の 心 で あ り 、 ま た 理 智

有 情 戒 ︵ に ょ う や く う じ ょ う か い ︶ で あ り 、

こ の 心 は 、 す な わ ち 世 の 人 を 導 き 恵 む 饒 益

不 安 の 時 代 に 生 ま れ た

断 っ た 涅 槃 に 入 ら せ よ う と 念 ず る の が よ い 。

い る の で あ る か ら 、 我 は 皆 を 全 て の 煩 悩 を

一 切 の 衆 生 は 、 こ と ご と く 仏 性 を そ な え て

因 仏 性 、 応 身 菩 提 因 。

此 心 即 是 饒 益 有 情 戒 。 亦 是 恩 徳 心 。 亦 是 縁

応 念 、 一 切 衆 生 悉 有 仏 性 、 我 皆 令 入 無 余 涅 槃 。

4 章 ﹁ 正 修 念 仏 ﹂ の 一 節

10 章 ﹁ 問 答 料 簡 ﹂

9 章 ﹁ 往 生 諸 行 ﹂

8 章 ﹁ 念 仏 証 拠 ﹂

7 章 ﹁ 念 仏 利 益 ﹂

6 章 ﹁ 別 時 念 仏 ﹂

5 章 ﹁ 助 念 方 法 ﹂

4 章 ﹁ 正 修 念 仏 ﹂

3 章 ﹁ 極 楽 証 拠 ﹂

2 章 ﹁ 欣 求 浄 土 ﹂

1 章 ﹁ 厭 離 穢 土 ﹂


シリーズ

龍谷の至宝 15

﹃ 建 長 版

だ っ た の だ ろ う 。

る よ う に 思 え る 。

き る 私 達 に も 日 々 の 暮 ら し の 大 切 さ を 切 々 と 語 り か け て く

り 着 く た め の 生 き 方 を 説 い た 本 書 に 読 み 入 る と 、 現 代 に 生

  今 か ら 1 0 0 0 年 以 上 も 昔 の 日 本 人 が 極 楽 浄 土 へ と た ど

の 一 人 に 数 え て い る 。

る と 説 い た 本 書 は 、 ま さ に 格 好 の ﹁ 極 楽 往 生 の た め の 指 南 書 ﹂ 与 え 、 親 鸞 聖 人 は 恵 心 僧 都 を 法 然 上 人 な ど と と も に 七 高 僧

れ た 時 世 の な か で 、 念 仏 を 唱 え る こ と が 極 楽 浄 土 に つ な が

入 れ ら れ た 。 本 書 が 記 さ れ た 平 安 時 代 中 期 は 、 長 く 続 い た

容 の 簡 明 さ も あ っ て 貴 族 か ら 庶 民 に 至 る ま で 広 い 層 に 受 け

な 方 法 ま で も が 説 か れ て お り 、 問 答 形 式 で ま と め ら れ た 内

文 に よ っ て 極 楽 往 生 の た め の 教 義 や 修 行 内 容 、 そ の 具 体 的

  あ れ 恵 る 本 た 心 。 学 。 僧 所 都 蔵 の の 天 版 台 本 浄 は 土 現 教 存 は す 後 る の 遣 鎌 唐 倉 本 仏 と 教 し に て も は 大 最 き 古 な の 影 も 響 の を で

て い る こ と か ら 遣 唐 本 と も 呼 ば れ 、 中 国 に お い て も 賞 賛 さ

た と さ れ る 。 刊 記 に ﹁ 今 の 本 は こ れ 遣 唐 本 な り ﹂ と 記 さ れ

存 在 す る が 、 も っ と も 広 く 普 及 し た の は こ の 建 長 版 で あ っ

組 み が 大 き く 変 わ り 始 め た 時 代 。 漠 然 と し た 不 安 感 に 包 ま

摂 関 政 治 に よ る 世 情 不 安 や 武 士 階 級 の 台 頭 な ど 、 社 会 の 仕

も ん

台 本 宗 書 を で も は と 、 に 幾 し 多 た も 天 の 台 経 浄 典 土 か 教 ら の 引 礎 用 を し 築 た い た 9 。 0 0 に も 及 ぶ 要よ う

心 僧 都 は 、 そ の 生 涯 の 多 く を 浄 土 教 の 研 究 に 費 や し て 、 天

れ る 。 同 じ く 鎌 倉 時 代 の 版 本 に は 、 承 元 版 や 建 保 版 な ど も

い る こ と か ら 、 1 2 5 3 ︵ 建 長 5 ︶ 年 に 、 僧 と お ぼ し き 道

妙 と い う 人 物 に よ っ て つ く ら れ た も の で は な い か と 考 え ら

  壮 年 期 か ら 晩 年 ま で を 比 叡 山 横 川 で 隠 棲 し て 過 ご し た 恵

五 年 在 歳 癸 丑 四 月 肇 彫 九 月 畢 切   願 主 道 妙 ﹂ と 記 載 さ れ て

さ な ど が 整 然 と 説 か れ て い る 。

  本 学 が 所 蔵 す る こ の 版 本 は 全 6 巻 。 第 6 巻 末 に は ﹁ 建 長

地 獄 と 極 楽 浄 土 に つ い て の 詳 細 な 解 説 や 、 念 仏 修 行 の 大 切

現 代 に 伝 わ る 地 獄 イ メ ー ジ の 元 祖 だ と も 言 え る 。

  原 本 は 上 ・ 中 ・ 下 の 3 巻 が 10 章 に 分 け て 構 成 さ れ て お り 、 や 地 獄 変 相 図 な ど の 仏 教 画 に も 強 い 影 響 を 与 え た 。 い わ ば

5 ︵ 寛 和 元 ︶ 年 に 著 し た 仏 教 書 で あ る 。

獄 の 様 子 が 克 明 に 描 写 さ れ て お り 、 後 世 に 描 か れ た 六 道 絵

  本 書 は 平 安 時 代 の 学 僧 と し て 名 高 い 恵 心 僧 都 源 信 が 9 8   ま た 、 第 1 章 の ﹁ 厭 離 穢 土 ︵ お ん り え ど ︶ ﹂ に は 凄 惨 な 地

往 生 要 集 ﹄

お う じ ょ う よ う し ゅ う

6 冊  

縦 24 ㎝ × 横 15 ㎝   鎌 倉 時 代   1 2 5 3 ︵ 建 長 5 ︶ 年

龍 谷 大 学 大 宮 図 書 館 所 蔵 30


あ ら ゆ る 演 劇 関 係 の 資 料 が 並 ぶ サ ル ズ 教 授 の 研 究 室

方 向 は ま っ た く 異 な る 。

の 東 西 を 問 わ ず 、 伝 統 芸 能 か ら サ ブ カ ル チ ャ ー ま で 、

狂 言 、 歌 舞 伎 、 ア ニ メ 、 世 界 各 地 の 舞 台 演 劇 な ど 、 洋

境 が 違 う 者 同 士 、 同 じ 舞 台 を 観 て も 興 味 の

こ と も め ず ら し く は な い 。 生 ま れ 育 っ た 環

留 学 生 と が ﹁ 文 楽 ﹂ に つ い て 議 論 を 交 わ す

  サ ル ズ 教 授 の 研 究 室 で は 、 日 本 人 学 生 と

す こ と が で き る の で す ﹂

体 験 を 通 じ て 初 め て 自 身 の 関 心 を 呼 び 起 こ

る こ と が で き ま せ ん 。 実 際 に 本 物 に ふ れ 、

こ れ ら は 舞 台 の 映 像 を 観 る だ け で は 感 じ 取

リ ー 性 、 能 面 や 衣 裳 な ど の 道 具 の 美 し さ 。

  ﹁ 伝 統 芸 能 が 持 つ 表 現 の 豊 か さ や ス ト ー 部 は 、 2 0 1 5 年 4 月 に 深 草 キ ャ ン パ ス に

と し て い る 。

  現 在 、 瀬 田 キ ャ ン パ ス に あ る 国 際 文 化 学

で き た 伝 統 芸 能 の 魅 力 を 学 生 達 に 伝 え よ う

師 な ど を 講 師 と し て 招 き 、 日 本 文 化 が 育 ん

ジョナ・サルズ 教授

1956年、アメリカ・ニューヨーク州生まれ。 ハバーフォード大学卒業。PhD.(ニューヨーク大学)。 研究分野は比較演劇。 狂言、ベケットからインターカルチャー演劇まで幅広い。 1981年「能法劇団」を茂山あきら氏と結成。演出家でもあり、 自ら舞台に立つことも。 1984年には日本の伝統芸能のワークショップ「T.T.T.(トラデ ィショナル・シアター・ トレーニング)」を創設するなど多彩な活 動をおこなっている。

29

こ れ ら を 組 み 合 わ せ る こ と で よ り 明 確 な 目

コ ー ス ﹂ ﹁ コ リ ア 語 研 究 コ ー ス ﹂ が 用 意 さ れ 、

ス ﹂ ﹁ フ ラ ン ス 語 研 究 コ ー ス ﹂ ﹁ 中 国 語 研 究

域 文 化 コ ー ス ﹂ 、 言 語 分 野 か ら ﹁ 英 語 教 育 コ ー

際 共 生 コ ー ス ﹂ ﹁ 芸 術 ・ メ デ ィ ア コ ー ス ﹂ ﹁ 地

の 特 色 だ 。 コ ー ス に は 文 化 理 解 分 野 か ら ﹁ 国

を 選 択 す る こ と が で き る の も 国 際 文 化 学 部

に 応 じ て 七 つ の コ ー ス か ら 主 専 攻 、 副 専 攻

に も 素 晴 ら し い 体 験 だ っ た ﹂ と い う 。

め て ニ ュ ー ヨ ー ク で 観 た 歌 舞 伎 は ﹁ あ ま り

研 究 テ ー マ と し て い た サ ル ズ 教 授 だ が 、 初

ト や シ ェ イ ク ス ピ ア な ど の 西 洋 劇 を お も な

地 の 舞 台 を 訪 ね 歩 い た 経 験 を 持 つ 。 ベ ケ ッ

教 授 は 、 か つ て 世 界 中 の 演 劇 を 観 る た め 各

も そ の 一 人 。 比 較 演 劇 論 を 研 究 す る サ ル ズ

ニ ュ ー ヨ ー ク 州 出 身 の ジ ョ ナ ・ サ ル ズ 教 授

オ セ ア ニ ア と 国 際 色 豊 か だ 。 ア メ リ カ ・

の 出 身 地 は ア ジ ア 、 北 ア メ リ カ 、 ヨ ー ロ ッ パ 、

の 留 学 体 験 は 、 互 い の 国 の あ り か た を 比 較

が る か ら だ 。 自 国 の 文 化 を 熟 知 し た う え で

日 本 人 の 歴 史 や 風 習 な ど も 知 る こ と に つ な

裏 側 に あ る 文 化 的 背 景 ま で を も 学 ぶ こ と は 、

い る 。 伝 統 芸 能 の 表 層 だ け で は な く 、 そ の

が 体 験 し た 感 動 を 学 生 達 に 伝 え よ う と し て

サ ル ズ 教 授 は 、 授 業 を 通 し て か つ て 自 身

し た 新 作 狂 言 を 発 表 す る の も 特 徴 的 で す ね ﹂

ト 執 筆 の 際 に は 、 ほ と ん ど の 留 学 生 が 自 作

と の 関 連 性 な ど に 興 味 が 集 ま り ま す 。 レ ポ ー

ガ や ア ニ メ ー シ ョ ン な ど の サ ブ カ ル チ ャ ー

ね 授 充 国 ﹂ 業 実 際 は し 文 よ て 化 り い 学 活 ま 発 す 部 に の の お で 教 こ 、 育 な 伝 目 っ 統 標 て 芸 は い 能 、 4 き を 年 た 実 間 い 演 の で す 学 す る

家 キ ャ ン パ ス ﹄ な ど 龍 谷 大 学 の 各 種 施 設 も

荘 ﹄ や ﹃ ア バ ン テ ィ 響 都 ホ ー ル ﹄ 、 ﹃ 深 草 町

す 。 京 都 に は 、 ﹃ セ ミ ナ ー ハ ウ ス  

こ れ ま で 以 上 に 幅 広 い 分 野 を 検 討 し て い ま

ま た 、 授 業 の ゲ ス ト と し て 迎 え る 講 師 陣 も

は 、 学 生 達 に 多 く の 気 づ き を 与 え る で し ょ う 。

本 文 化 の 中 心 地 と も い え る 京 都 で 学 ぶ 経 験

  ﹁ 伝 統 芸 能 だ け で な く 、 茶 道 や 華 道 な ど 日

ん 現 で 在 す 、 ﹂ サ ル ズ 教 授 は 授 業 に 狂 言 師 や 能 楽

や 動 作 、 そ の 高 い 芸 術 性 に と て も 感 動 し た

く わ か り ま せ ん で し た が 、 歌 舞 伎 の 発 声 法

  ﹁ 当 時 ︵ 1 9 7 9 年 ︶ は 、 日 本 語 も ま っ た

を 見 な い ほ ど の 多 彩 さ だ と い う 。

卒 業 制 作 ・ 論 文 の テ ー マ は 毎 年 、 ほ か に 類

次 と 進 む ご と に 学 生 達 の 関 心 分 野 は 広 が り 、

す る ま た と な い 機 会 で あ る 。 3 年 次 、 4 年

て 他 者 を 深 く 理 解 す る こ と が で き る 人 間 の

え ら れ る よ う に な る こ と 。 文 化 や 国 を 超 え

び を 通 し て 、 自 分 の 想 い を 自 分 の 言 葉 で 伝

瀬 田 か ら 深 草 へ

こ と と な る 。 国際文化学部

標 を 持 っ て 学 ぶ こ と が で き る 。

育 成 に 、 2 0 1 5 年 か ら は 京 都 で 取 り 組 む

と も い き

う え で 、 2 年 次 か ら 学 生 自 身 の 関 心 や 目 的

  国 際 文 化 学 と い う 幅 広 い 学 問 領 域 を 学 ぶ

人 ﹄ を 育 む と 考 え て い ま す ﹂

経 験 を と も に 身 に つ け る こ と が ﹃ 真 の 国 際

本 物 か ら 得 る 感 動

国 際 文 化 学 部 教 員 の 約 4 割 は 外 国 人 。 そ が 多 い よ う で す ね 。 一 方 で 留 学 生 は 、 マ ン の メ リ ッ ト を 、 サ ル ズ 教 授 は 次 の よ う に 話 す 。

物 な ど の 日 本 文 化 を 見 直 す 機 会 と な る こ と   国 際 都 市 ・ 京 都 に 学 び の 拠 点 を 移 す こ と

  ﹁ 伝 統 芸 能 を 観 る こ と で 、 日 本 人 学 生 は 着 移 転 を 予 定 し て い る 。


「真の国際人」を育むために̶̶。 2015 年、深草キャンパスに移転する国際文化学部の取り組み 外国人教授の視点を通して実践的に学ぶ、自国の文化と異文化

Education, Unlimited 国際文化学部 に 国 際 感 覚 を 養 う こ と が で き ま す 。 知 識 と

や 授 業 で の 文 化 比 較 な ど を 通 じ て 、 日 常 的

の 留 学 生 が 在 籍 し て い ま す 。 彼 ら と の 交 流

  ﹁ 国 際 文 化 学 部 に は 各 学 年 に 40 ∼ 50 名 程 度

  ま た 、 学 部 内 に も 国 際 交 流 の 機 会 は 多 い 。

近 な 現 実 ﹂ へ と 変 わ っ た 。

留 学 は 学 び の 一 部 と な り ﹁ 、 遠 い 夢 ﹂ か ら ﹁ 身

こ れ ら の 支 援 制 度 が 充 実 し た こ と に よ っ て

る ﹁ 語 学 ・ 留 学 サ ポ ー ト デ ス ク ﹂ も 設 置 。

学 経 験 の あ る 専 門 ア ド バ イ ザ ー に 相 談 で き

て い る 。 ま た 、 留 学 中 の 学 生 が 、 日 本 の 留

海 外 留 学 を 希 望 す る 学 生 を 積 極 的 に 支 援 し

文 化 学 部 独 自 の 短 期 留 学 制 度 な ど も あ り 、

か 、 夏 期 や 春 期 の 休 暇 期 間 を 利 用 す る 国 際

で き る 龍 谷 大 学 独 自 の 留 学 プ ロ グ ラ ム の ほ

  学 生 自 身 が 目 的 に 応 じ て 留 学 期 間 を 選 択

と で す ﹂ と 話 す の は 清 水 耕 介 教 授 。

習 慣 を 知 り 、 互 い の 違 い を 深 く 理 解 す る こ

で 語 学 力 以 上 に 大 切 な こ と は 相 手 の 文 化 や

な の は コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 能 力 。 そ の な か

  ﹁ 人 間 が 生 き て い く な か で 、 も っ と も 大 切

て 総 合 的 な 理 解 を 得 る こ と が で き る 。

海 外 と の 違 い や 、 世 界 の 多 様 な 視 点 に つ い

留 学 前 後 の 学 び を 充 実 さ せ る こ と で 日 本 と

験 を 振 り 返 る 事 後 学 習 を 実 施 す る 。 こ れ ら

を 学 ぶ 事 前 学 習 、 帰 国 後 に は 留 学 先 で の 体

  留 学 前 に は 異 文 化 ギ ャ ッ プ へ の 対 応 方 法

て 位 置 付 け て い る 。

文 化 学 部 で は 、 留 学 を そ の 実 践 の 機 会 と し

  知 識 を 経 験 へ と つ な ぐ 教 育 を め ざ す 国 際

互 い を 知 り 、 深 く 理 解 す る 大 切 さ

28


2回目の福島いわき物産展を開催  東日本大震災の被災地を支援するため、社会学部の学生らが2012年 11月23日(金)∼25日(日)に滋賀県大津市一里山のショッピングモー ルで福島県いわき市の特産品を販売する「福島いわき復興物産展」を開催 した。物産展の開催は昨年に続いて2回目。いわき市の農作物生産者との 触れ合いや、敦賀市の原子力発電所の見学を通じ、原発事故の脅威や、 放射性物質による食の風評被害の実態などを学んだ、同学部の2・3年生 12名が中心となって企画。いわき市の企業などでつくる「いわきビジネス復 興協議会」と協力して開催し、学生達が自分達でPR方法や会場運営なども 考えた。会場では、福島県産のトマトを使用したジュースや、いちじくを使用 福島いわき物産展の様子

したジャム、いわき市内で製造された昆布の佃煮やイカの塩辛などを販売し、 多くの購入者で賑わいをみせた。なお、本物産展の売り上げはいわき市の生 産者に贈られた。

東日本大震災復興支援フォーラムを開催  2012年12月1日(土) 、深草キャンパスで、震災直後から被災地を取 材している写真家の大西暢夫氏を迎え、東日本大震災復興支援フォーラム ひとごと

「震災は他人事じゃない!東北沿岸600キロの震災報告∼つながり続けると いうこと∼」を開催した。  大西氏の講演では、被災地の様子や現場で出会った人から聞いた話など が写真とともに紹介され、参加者は時には涙を流しながら、熱心に話を聞い ていた。参加した人達からは、 「伝えることの大切さがわかりました。今回大 西さんから教えていただいたことを、周りの人にしっかりと伝えていこうと思い ました」 、 「震災から1年半以上が経ち、私のなかで震災への思いが少しずつ 薄れていっているなかで、今日の話を聞いて決して風化させてはいけないと改 講演会の様子

めて感じました」など、 たくさんの思いのこもった感想を聞くことができた。また、 大西氏の写真展も同日に開催し、約200名が来場した。

被災地の 今までの復興支援

これからの復興支援 について語ろう!を開催

 2012年12月14日(金) 、深草キャンパスで、石巻市社会福祉協議会 の阿部由紀さんを講師に迎え、 今までの復興支援 と これからの復興支 援 について考えるワークショップを開催した。  阿部さんは宮城県石巻市雄勝町の出身であり、自らも被災するなかで、震 災直後から最前線で被災者支援、 復興のために働き続けている。ワークショッ プでは、これまでの体験から震災直後の様子、その際、どのような判断を迫 られながら行動したのか、何を大切にしながら毎日を過ごしていたかについて 語っていただいた。阿部さんのお話のなかには、復興支援という枠だけでなく、 これから社会に出ていく学生が生きていく上で重要なキーワードがたくさんあ ワークショップの様子

27

り、学生にとって学びの多い時間となった。


龍谷大学の東日本大震災への対応

神輿を担ぐ学生

硯石の洗浄・整理ボランティア

て い る こ と が 分 か る と 、 ま さ に ﹁ 見 て 、

売 っ て い る こ と が 地 元 の 人 達 に 喜 ば れ

都 か ら ボ ラ ン テ ィ ア に 来 て 名 産 品 を

か け る 自 信 の な か っ た 学 生 達 も 、 京

を 届 け た 。 最 初 は 地 元 の 方 々 に 話 し

勝 町 の 地 元 の 方 々 に 〝 、 京 都 の こ こ ろ 〟

京都名産品コーナーでの販売

品 コ ー ナ ー ﹂ を 開 設 し 、 集 ま っ た 雄

な ど ︶ を 販 売 ・ 展 示 す る ﹁ 京 都 名 産

が こ れ ら の 名 産 品 ︵ 八 つ 橋 、 京 銘 茶

が 並 ぶ イ ベ ン ト 会 場 で は 、 本 学 の 学 生

く 予 定 だ 。

て 継 続 的 に 支 援 活 動 に 取 り 組 ん で い

  を を 真 ど 今 の 後 に よ も 考 う 、 え に 大 た 受 学 う け と え 止 し で め て 、 、 東 長 考 日 期 え 本 に て わ い 大 た く 震 っ か 災

京 供 都 品 を ︶ 出 を 発 乗 し せ た 、 学 。 ﹁ 生 お ・ が 教 つ 職 店た な こ 員 屋 36 街 名 ﹂ は

業 か ら 集 ま っ た 名 産 品 ︵ 計 9 社 の 提

こ と か ら 始 ま っ た 。 賛 同 い た だ い た 企

各 企 業 に 名 産 品 の 提 供 を お 願 い す る

組 み の 実 施 に 向 け て は ま ず 、 京 都 の

︵ 洗 浄 作 業 ︶ を お こ な っ た 。 こ の 取 り

地 場 産 業 で あ る 硯 石 産 業 の 支 援 活 動

感 じ る 場 と な っ た 。

の 人 達 の 復 興 へ の 力 強 い エ ネ ル ギ ー も

ら も 復 活 し た 御 神 輿 も 登 場 し 、 地 元

あ っ た 。 会 場 で は 、 津 波 に 流 さ れ な が

テ ィ ア の 目 的 に 確 信 を 持 っ た よ う で

聞 い て 、 感 じ る ﹂ と い う 今 回 の ボ ラ ン

街 ﹂ の 1 周 年 イ ベ ン ト の 支 援 活 動 と 、

徴 は で 、 あ 宮 る 城 仮 県 設 石 商 巻 店 市 街 雄 ﹁ 勝 お 町 が の つ 復 店た な興 こ の 屋 象

施 さ れ た 2 回 目 の ボ ラ ン テ ィ ア 活 動 で

  11 月 16 日 ︵ 金 ︶ ∼ 19 日 ︵ 月 ︶ に 実

活 動 を 実 施 し た 。

地元の子ども達との交流

で 地 場 産 業 復 興 の た め の ボ ラ ン テ ィ ア

69 名 の 学 生 と 教 職 員 が 石 巻 市 雄 勝 町

お こ な っ た 。 今 年 度 も 計 2 回 、 延 べ

瓦 礫 撤 去 や 側 溝 掃 除 を 中 心 に 活 動 を

の 学 生 と 教 職 員 が 参 加 。 石 巻 市 で の

動 は 、 昨 年 度 計 5 回 、 延 べ 1 3 0 名

大 学 主 催 の 被 災 地 で の ボ ラ ン テ ィ ア 活

か ら 、 様 々 な 復 興 支 援 活 動 を 展 開 し 、

  龍 谷 大 学 で は 、 東 日 本 大 震 災 直 後

26


社会との連携

社会に開かれた大学として、大学の知的資源を広く社会に還元。

Ryukoku Extension Center

大学の主要な活動・役割の一つであるエクステンション(普及)活動を

R E C

中心的に担う拠点として開設された龍谷エクステンションセンター(略称:REC) 。 「社会に開かれた大学」として多彩な社会連携事業を展開している。

水処理薬品を循環再利用できる排水処理技術の開発に初めて成功! 従来技術よりも処理能力が約 10 倍向上

記者会見での岸本教授(左)

海外でも新規の技術開発・事業化の分野として注目されている。  工業排水に含まれる環境に有害な有機化合物の処理において、 実際の装置

従来の技術では処理用の薬品により汚泥が発生し、その汚泥の廃 棄処理が必要であった。本技術においても同様に薬品を使用する

 理工学部環境ソリューション工学科の岸本直之教授のグループ

が、薬品を循環して再利用することができるため汚泥は発生せず、

とクロリンエンジニアズ株式会社(本社:東京都中央区)が共同で、

汚泥処理が不要になった。このような、水処理薬品の再利用が可

水処理薬品による汚泥が発生しない、工業用排水処理能力を飛

能な有害有機化合物の分解処理技術は初めてである。

躍的に高めた排水処理技術の開発に、初めて成功した。

 さらに、一般に排水処理技術として用いられることの多い「オゾ

 現在、日本の産業において、自動車産業、印刷業、金属加工

ン酸化処理技術」よりも、本技術が処理能力で10倍程度、エネ

業など様々な業種が工業廃水を排出しており、これらの産業だけ

ルギー効率で 1.5 倍程度優れているという実験結果も得られてい

でもその排水量は数百万トン規模にのぼると考えられている。また、

る。

水環境にかかわる 「排水処理」 や 「水の浄化」 技術の開発・事業化は、

 既に実用装置の設計・試作も完了し、分解処理が極めて難し

昨今大きな関心が持たれている。昨年、韓国大手家電メーカー

い有機化合物を含む排水も処理することができる装置として応用

などもそれらの事業への参入を発表するなど、国内だけではなく

展開が期待されている。


R y u k o k u

龍 谷 大 学 の 様 々 な 動 き を ご 紹 介 し ま す

N e w s

&

T o p i c s

龍谷ミュージアムが「京(みやこ)環境配慮建築物の最優秀賞」を受賞

 龍谷ミュージアムは、世界遺産である西本願寺の正面に位置し、 町並みと調和のとれた端正な外観が特徴。その正面は、セラミック ルーバーによる を外壁に設け、京都らしい意匠とすると同時に、 西日の直射から壁を守り施設内の温度を下げる省エネ設計となって いる。さらに、1階の通り抜け通路や中庭などにより地域に開かれ た建物であることが評価され、最優秀賞の受賞に至った。 龍谷ミュージアム

 受賞に際し、赤松学長は「龍谷大学では、新たに設置する建物 は省エネルギーに配慮した整備をおこない、エコキャンパス実現に

 龍谷ミュージアム(京都市下京区)が、京都市環境配慮建築物

向け、エネルギー使用量10%以上の削減をめざした取り組みをおこ

顕彰制度において、最優秀賞を受賞した。この制度は、京都にふ

なっています。この度、本学の龍谷ミュージアムが、自然環境の積極

さわしい環境配慮建築物を普及・啓発することを目的として創設さ

的利用や周辺環境や地域の歴史への配慮、地域に開かれた建物で

れたもので、京都市では初めての取り組みである。

あることを評価いただき、 大変うれしく思っています」と喜びを語った。

第 5 回テクノルネサンス・ジャパンで最優秀賞を受賞 田研究室」のメンバーが提案した「接着剤+第三の液体!?∼イオ ン液体を用いた多機能性未来型接着剤の提案∼」が、スリーボン ド賞の最優秀賞を受賞した。内田研究室は昨年度もスリーボンド 賞の優秀賞を受賞しており、2年連続の受賞は快挙といえる。  このコンテストは、大学での研究と企業のコア技術・事業を組み 合わせることで、新しいサービスや製品のアイデア、それらを展開 するためのビジネスモデルの提案をおこなうことをめざしている。本 年度は企業5社(株式会社スリーボンド、大日本印刷株式会社、 東レ株式会社、株式会社デンソー、株式会社村田製作所)に対し、 全国各地の大学などから205件の応募があった。チーム内田研究 「チーム内田研究室」のメンバー白數竜也さん、辰巳優斗さん、児玉隆平さん

室のメンバーは、 「2年連続での受賞は本当にうれしいです。また、 このコンテストを通して、他大学の学生や参加企業の方と交流がで

 日本経済新聞社主催の第5回テクノルネサンス・ジャパン「企業

き、普段経験することができない貴重な経験ができました。この経

に研究開発してほしい未来の夢」アイデアコンテストにおいて、理

験を活かし、より学業・研究などに励んでいきたいです」と喜びと

工学研究科物質化学専攻・内田研究室の学生グループ「チーム内

今後の抱負を語った。

香川県、島根県及び長野県と就職支援に関する協定を締結  龍谷大学が香川県(2012年10月17日) 、島根県(2013

的・量的確保を図ることを目的として、他大学に先駆けて自治体(鳥

年2月4日)及び長野県(2013年2月20日)と就職支援に関

取県・徳島県・広島県・愛媛県)との連携による就職支援事業に

する協定を締結した。

積極的に取り組んでいる龍谷大学と、本協定を締結するに至った。

 今回、協定を締結した 3 県では、少子・高齢化の進展や大学

 今回の協定により、龍谷大学では、香川県、島根県及び長野県

進学時における若年層の県外流出による、生産年齢人口の減少が

との具体的な連携方策を進め、 U・Iターン就職を希望する学生に対

予想されている。また、県の活性化を図る上で、県外に進学した

して、地元における有効な情報を低年次より提供することができる

学生を呼び戻すことが重要な課題となっている。このようななかで、

ようになった。雇用情勢の厳しい今日において、自治体との組織的

県外大学に進学した地元出身者のUターン就職を支援し、人材の質

な就職支援を展開していく。 2 24

龍 谷 大 学 の 様 々 な 動 き を ご 紹 介 し ま す


龍 谷 大 学 の 様 々 な 動 き を ご 紹 介 し ま す

全国初!京町家を活用した新キャンパス「深草町家キャンパス」を開設  2013年4月、 京都市伏見区に京町家を活用した「深草町家キャ ンパス」が開設される。 「深草町家キャンパス」は、 京都市が景観的、 文化的に価値づけられた伝統的な木造建築物を良好な状態で保存 し,活用しながら次世代に継承できるよう、建築基準法の適用除 外規定を活用した全国初の条例である「京都市伝統的な木造建築 物の保存及び活用に関する条例」の適用第1号の保存建築物にも なる。   「深草町家キャンパス」の開設後は、砂川学区自治連合会、深 草学区自治連合会、深草商店街振興組合などと連携し、地域交流・ 協働事業や教育・研究関連事業を展開する予定。なお、これらの 事業は、文部科学省が発表した「大学改革実行プラン」 (2012 年6月)にある「地域再生の核となる大学づくり(COC[Center 深草町家キャンパスの概要 所在地:京都市伏見区深草直違橋6丁目303 番地 規 模:木造2階建て 敷地面積(519.2 ㎡) 築年数 :151年(1861 年築) 特 徴:母屋、離れ、中庭、土蔵などで構成され、母屋は、2階の天 井が低い厨子 (つし) 2階建て、 延べ床面積 247.89 平方メートル。出格子、 通り庇(ひさし) 、虫籠(むしこ)窓など、伝統的な京町家の特徴を備 えている。

of Community])構想の推進」に沿ったもので、本学が先行的に 実施する取り組みにもなる。また、2015年4月の国際文化学部 の移転に伴い、深草キャンパスは、多文化共生キャンパスの拠点と なるが、今回の町家もその一環として、国際交流・国際化を展開 する施設になる予定である。

龍谷大学と株式会社日本政策金融公庫が「産学連携の協力推進に関する覚書」を締結

改良などに関する相談があれば、必要に応じて龍谷大学に取り次 ぐこと。一方で、龍谷大学に研究・技術相談などを申し込んだ中 小企業者などから、資金や経営などに関する相談があれば、必 要に応じて日本公庫京滋地区内5支店のいずれかに取り次ぐ。こ のようにして、京滋地区内の中小企業者などが抱える課題の解決

赤松学長と多田大津支店長

をめざすというものだ。  今後は2015年に開設予定の農学部における農林分野の研究

 龍谷大学と株式会社日本政策金融公庫は2013年1月23日

シーズとの連携やレンタルラボに入居しているベンチャー企業の支

(水)に、「産学連携の協力推進に関する覚書」を締結した。こ

援など、幅広い分野での連携が期待されている。また、定期的

の連携の基本的内容は、日本政策金融公庫の京滋地区内5支店

な情報交換、産学連携のプロジェクト化、主催するイベントへの

(大津支店、彦根支店、京都支店、西陣支店及び舞鶴支店)の

参画、インターンシップの推進、保有するネットワークの活用など

いずれかに、中小企業者及び農林水産業者から技術開発や技術

も検討している。

3 23 Ryukoku News & Topics


R y u k o k u

N e w s

&

T o p i c s

全国初!大学・行政・企業等の連携による地域貢献型スキームのメガソーラー発電所を設置

建設予定地

建設予定地 印南町建設予定地

龍谷大学深草学舎 2 号館建設予定地

 龍谷大学、和歌山県印南町、株式会社京セラソーラーコーポレー

学と印南町、KSC社は、生涯学習事業や地域活性化事業などに

ション(以下、KSC社) 、株式会社 PLUS SOCIAL(以下、PS社)

連携して取り組む。

及びトランスバリュー信託株式会社(以下、トランスバリュー)が 連携して、全国初となる地域貢献型メガソーラー発電所「龍谷ソー

事業概要

ラーパーク」を設置する。

 再生可能エネルギーの固定価格買取制度が導入されて以来、メ

 本学では、 (独)科学技術振興機構の実施する事業「地域に根

ガソーラー発電所建設への機運が高まっている。本事業への参画

ざした脱温暖化・環境共生社会」に採択された本学の研究開発プ

の趣旨は、自らが消費するエネルギーは、できる限り再生可能エネ

ロジェクト『 「地域再生型環境エネルギーシステム実装のための広

ルギーとして生み出そうという発想に立つもの。具体的には、龍谷

域公共人材育成・活用システムの形成」代表:政策学部教授 白

大学が投資する資金をもとに、事業会社であるPS社とトランスバ

石克孝(研究期間:2010 年 10 月∼2013 年 9 月) 』の研究成

リューが連携。メガソーラー発電所(発電能力合計約 1,850kW)

果をもとに「地域貢献型メガソーラー発電事業」のモデルを考案

を龍谷大学深草キャンパス及び印南町の町有地に設置し、固定価

しており、今回そのモデルをもとに、龍谷大学、印南町、KSC社、

格買取制度を利用した売電事業をおこなう。本発電所には、京セ

PS社及びトランスバリューが連携し、 「地域貢献型メガソーラー発

ラ製多結晶シリコン型の高出力太陽電池パネルを合計約 7,500 枚

電事業」の実現に向けて共同で取り組みを進めてきた。

設置する予定。

 本事業は、 龍谷大学が、 社会的責任投資(SRI)をおこない印南町、

 PS社は非営利型株式会社として、売電収入から必要経費を差

KSC社、PS社、トランスバリューが、それぞれのもつ資源やノウハ

し引いた利益を、設置地域である和歌山県及び京都の地域貢献活

ウなどを供給するかたちで連携する全国初の事業であり、龍谷大

動や市民活動の支援資金として提供することになる。

「龍谷ソーラーパーク」概要 場所: 和歌山県印南町大字印南 4483 番地 (町有地・賃借)設置容量 約 1,200kW 和歌山県印南町大字美里 1192 番地 (PS 社所有地)設置容量 約 600kW 京都市伏見区深草塚本町 67 番地 (龍谷大学学舎屋上)設置容量 約 50kW 総発電能力:約 1,850kW 年間発電電力量 (予定) : 約 1,900,000kWh 工事開始:2013 年 5 月 稼働予定:2013 年 7 月 総事業費:7 億円

京セラソーラー コーポレーション 協力・恊働

協力・恊働

龍谷ソーラー パーク

龍谷大学 社会的責任投資 (信託)

配当 (元本償還 20 年)

トランスバリュー 信託株式会社

売電

助成 利潤 寄付 事業会社 (株)PLUS SOCIAL

関西電力 設置 ・運営

売電収入 (20 年固定 買取契約) 信託

印南町

公益財団法人など

地域の NPO 社会福祉施設 学校/幼稚園

配当

配当

信託 信託事業体 返済

融資

金融機関

スキーム図

2 22 龍 谷 大 学 の 様 々 な 動 き を ご 紹 介 し ま す


て も ら え る よ う に な る と は 、 思 っ て も み な   不 思 議 な こ と に 彼 女 か ら は 、 抜 き ん 出 た へ の 階 段 を 昇 り 始 め た 。

21

世 界 が 変 わ り ま し た 。 ま さ か 海 外 に 行 か せ

知 人 も い な い 全 く 新 し い 環 境 に や っ て き て 、

る こ と が 良 い 刺 激 に な っ て い ま す 。 大 学 で

こ ち に 行 き 、 強 い 選 手 と た く さ ん 対 戦 で き

自 分 で も 試 し て み た い 気 持 ち 。

外 遠 征 も 入 っ て く る 。 ど れ ぐ ら い や れ る の か 、

今 年 、 全 日 本 強 化 選 手 と し て 、 初 め て の 海

な り た い ﹂ と 今 後 に 向 け て 身 を 引 き 締 め る 。

ル ガ リ ア ︶ の 57 ㎏ 以 下 級 で 、 準 優 勝 。 世 界

月 の ヨ ー ロ ッ パ オ ー プ ン ・ ソ フ ィ ア 大 会 ︵ ブ

手 と し て 初 め て 海 外 遠 征 し て 出 場 し た 、 2

  小 野 さ ん は こ の 取 材 後 、 全 日 本 強 化 選

  ﹁ ち ゃ ん と 女 子 が い て ︵ 笑 ︶ 、

を つ け 、 頭 角 を あ ら わ し て い く 合 。 宿 で あ ち

師 の す す め で 龍 大 へ 。 こ こ で め き め き と 力

入 れ て や っ て み よ う ﹂ と 思 っ た 。 そ し て 恩

分 の 意 志 で ﹁ 自 分 に は こ れ し か な い 、 力 を

気 な く 続 け て き た 柔 道 に 対 し て 、 初 め て 自

ん な と き も 揺 る が ず に 、 さ ら に ハ イ レ ベ ル の

て 対 策 さ れ る 試 合 も 増 え て き て い ま す 。 そ

れ ま し た 。 そ れ が 変 わ っ て き て 、 今 は 前 も っ

相 手 が 自 分 の こ と を 知 ら な い か ら や っ て こ

  ﹁ 今 ま で は 自 分 が 無 名 の 挑 戦 者 で あ り 、

よ う と 勉 強 も が ん ば っ て い ま す ﹂

す 。 だ か ら 教 職 課 程 の 単 位 な ど を 取 っ て み

な と か 、 そ ん な イ メ ー ジ は ず っ と 持 っ て い ま

試 合 で も 、 安 定 し て 得 意 技 で 勝 て る よ う に

立 ち 向 か う 。 故 郷 に 錦 を 飾 る べ く 。

  八 幡 浜 育 ち の 女 の 子 、 静 か に 次 は 世 界 へ

勝 利 を お さ め 、 気 持 ち が あ が っ て く る 。 2

大 外 刈 り で 一 本 勝 ち 。 自 分 で は 想 定 外 の 初

だ と い う 。 初 戦 は 全 日 本 強 化 選 手 。 そ こ で

ら 思 い き り や ろ う と い う 気 持 ち で 望 ん だ の

影 響 で 柔 道 を 始 め た 。 し か し 高 校 の 柔 道 部

の 出 身 。 小 学 校 3 年 生 の 頃 か ら 、 い と こ の

行 く こ と に 。 進 路 を 考 え る に あ た っ て 、 何

て 地 元 か ら 離 れ 、 た っ た 一 人 で 新 し い 環 境 に

経 験 も ほ ど ん ど な い ま ま 、 大 学 進 学 で 初 め

は 人 数 が 少 な く 、 女 子 は 2 名 だ け 。 遠 征 の

ま る と き は と て も 美 し い 。

督 い わ く 、 小 野 さ ん は 姿 勢 が 良 く 、 技 が 決

一 本 を 取 り に 行 く 柔 道 だ 。 柔 道 部 の 堀 田 監

で す ﹂ と 小 野 さ ん 。 特 技 は キ レ の あ る 内 股 。

地 元 に 帰 っ て か わ い い ち び っ 子 達 に 教 え た い

関 わ っ て い く ん じ ゃ な い か な と 思 っ て ま す 。

も 柔 道 は 楽 し い の で 、 た ぶ ん 何 か の 形 で 一 生 、

し モ チ ベ ー シ ョ ン も 高 く な い ん で す ︵ 笑 ︶ で

  ﹁ 試 合 の と き は い っ つ も 緊 張 し て 顔 面 蒼 白 身 を 任 せ ま す 。 私 は 自 分 に 厳 し く な れ な い

み て 、 ど ん な 風 に 思 い 、 進 ん で い く の か 、

わ か っ て い た の で 、 今 回 は 、 負 け て も い い か

し た 。 そ れ で 手 強 い 相 手 が 多 い こ と は よ く

戦 の 開 始 一 分 で 負 け て し ま う と い う 経 験 を

  じ つ は 一 昨 年 も 同 大 会 に 出 場 し た が 、 一 回

女 子 2 名 ほ ど だ っ た 高 校 柔 道 部

小 野 さ ん は 愛 媛 県 の 西 の 端 、 八 幡 浜 高 校 る こ と が 、 原 動 力

地 元 で 勝 利 を 喜 ん で く れ る 人 が た く さ ん い

こ れ か ら 強 化 選 手 と し て 練 習 や 試 合 を し て

い か な ど の 目 標 は 、 と て も 立 て ら れ な い で す 。

  ﹁ 現 役 選 手 と し て ど こ ま で た ど り 着 き た

  ﹁ 直 前 の 全 日 本 学 生 体 重 別 選 手 権 大 会 で

と 強 化 選 手 入 り を 決 め た 大 会 を 振 り 返 る 。

の 後 の 敗 者 復 活 戦 で 、 ま た 得 意 の 内 股 の 一

し 日 股 は 回 一 本 で 負 戦 瞬 強 一 け は の 化 本 ら ジ 勝 ュ を 選 ち れ ニ な 手 突 。 い ア か と そ と 大 れ 中 し い 会 足 盤 て う 2 技 ま 進 気 位 で で ん 持 の 一 互 本 角 だ ち 選 負 に 準 で 手 け 戦 々 戦 。 。 い 決 っ 高 だ 、 勝 た 校 が し 。 。 生 そ か 全 内 に

10 時 頃 。 そ し て 夜 11 時 に は 点 呼 ・ 消 灯 だ 。

ん セ レ ク ト の 夕 食 を 摂 り 、 寮 に 帰 る の は 夜

る と 練 習 。 練 習 後 、 学 食 で 管 理 栄 養 士 さ

が 作 る 朝 ご 飯 を 食 べ 、 授 業 へ 。 授 業 が 終 わ

6 時 50 分 か ら の 朝 練 か ら 始 ま る 。 寮 で 当 番

な お 、 幼 い 頃 か ら の 恩 師 達 が 自 分 の 活 躍 を

人 々 の 存 在 に あ る よ う だ 。 愛 媛 か ら 離 れ て

ん な 彼 女 の 原 動 力 は 、 ど う や ら ふ る さ と の

果 に 出 る よ う に な っ て き た と い う 感 じ 。 そ

こ と を 素 直 に 続 け て き て 、 自 然 と 実 力 が 結

挑 戦 者 の 気 持 ち で 挑 む こ と が で き ま し た ﹂

思 い を し ま し た 。 だ か ら こ そ 講 道 館 杯 で は

標 に し て い た の で 、 そ の 敗 退 で と て も 悔 し い

ま し た 。 学 生 大 会 で 日 本 一 に な る こ と を 目

て い た の で 、 そ の 枠 で 講 道 館 杯 に 出 場 で き

は 一 回 戦 負 け で し た が 、 関 西 大 会 で 優 勝 し

化 選 手 B に 選 ば れ た 。

だ が 5 位 入 賞 と い う 結 果 を 残 し 、 全 日 本 強

自 分 の 組 み 手 に な ら ず 、 優 勢 負 け と な っ た 。

世 界 ラ ン ク 29 位 の 選 手 。 こ こ で は な か な か

定 戦 で は 、 さ ら に 手 強 い 全 日 本 強 化 選 手 で

本 勝 ち で 3 位 決 定 戦 へ

練 習 の 休 み は 日 曜 日 だ け 。

楽 し み に し て く れ て い る 。 遠 く か ら 応 援 し

タ イ ル だ と 難 し い で し ょ う ね ︵ 笑 ︶ 。 ﹂

い な ∼ っ て 思 っ ち ゃ い ま す が 、 こ の ラ イ フ ス

か の 女 の 子 と 飲 み 会 と か 行 っ て み た い な 、 い

こ と ぐ ら い し か 楽 し み が な い で す ︵ 笑 ︶ 。 ほ

  ﹁ 練 習 は し ん ど い で す ! 食 べ る こ と と 寝 る

と い う 思 い が 言 葉 の あ ち こ ち に 滲 ん で い た 。

た 良 い 報 告 を し た い 。 恩 返 し を し た い の だ

れ が 彼 女 を 次 へ 向 か わ せ る の だ と い う 。 ま

よ う に 喜 ん で く れ る 人 が た く さ ん い る 。 そ

て く れ 、 帰 っ て 会 い に 行 く と 自 分 の こ と の

い 上 が る 。 3 位 決

し ま っ て 、 気 持 ち が 足 り な か っ た み た い で す ﹂

で た ど り 着 け た こ と が 嬉 し く て 燃 え 尽 き て

た ん で す が 。 3 位 決 定 戦 の と き は 、 そ こ ま

  小 野 さ ん の 大 学 で の 柔 道 ラ イ フ は 、 毎 朝 そ う い う 雰 囲 気 を 感 じ な い 。 単 に 、 楽 し い

京 グ ラ ン ド ス ラ ム と い う 国 際 大 会 に 出 ら れ

か っ た で す ﹂

強 い 闘 志 や 目 標 意 識 が れ 出 て い る と か 、


で も こ の チ ャ ン ス に の っ て 、 自 分 を 試 し た い

  ﹁ 講 道 館 杯 で も し 3 位 に 入 っ て い た ら 、 東

3 年 後 、 7 年 後 の オ リ ン ピ ッ ク で そ の 活 躍 を ま う ぐ ら い の 、 か わ い ら し い 女 子 学 生 だ っ た 。

で 柔 あ 道 る 界 。 に あ ら わ れ た 、 無 邪 気 な 期 待 の 新 星 。

次 選 考 会 も 兼 ね た 、 重 要 な 位 置 付 け の 大 会

さ れ る 、 世 界 選 手 権 大 会 の 日 本 代 表 選 手 第 一

て も 謙 虚 な 口 調 。 柔 道 着 か ら 着 替 え た 小 野

で 行 け る の か も わ か ら な い ん で す ﹂ と 、 と

た ん で 、 自 分 で も ま だ 目 標 も 何 も 、 ど こ ま

さ ん は 、 柔 道 選 手 だ と は わ か ら な く な っ て し

来 年 8 月 に ブ ラ ジ ル リ オ デ ジ ャ ネ イ ロ で 開 催

男 女 7 階 級 の 体 重 別 日 本 一 を 争 う 。 と 同 時 に 、

模 の 大 会 で 優 秀 な 成 績 を 収 め た 選 手 達 が 、

館 杯 は 、 実 業 団 、 警 察 、 大 学 な ど の 全 国 規

て い た の に 、 今 回 、 急 に 強 化 選 手 に 選 ば れ

て み る と ﹁ 前 回 の 同 大 会 で は 一 回 戦 で 負 け

選 手 な の だ ろ う と 思 っ て い た 。 し か し 会 っ

こ れ ま で も 華 麗 な 経 歴 と 実 績 、 自 信 の あ る

見 る の も 、 夢 じ ゃ な い か も し れ な い 。

︵ ブ ル ガ リ ア ︶ 出 場 の チ ャ ン ス を 得 た 。 講 道   全 日 本 大 会 で 5 位 だ と い う か ら 、 き っ と

や 海 外 遠 征 ヨ ー ロ ッ パ オ ー プ ン ソ フ ィ ア 大 会

選 手 に 選 出 さ れ 、 全 日 本 の 強 化 合 宿 へ の 参 加 本 人 は び っ く り 、 強 化 選 出

選 下 手 級 。 で こ 、 れ 大 に 躍 よ 進 り の 、 5 全 位 日 入 本 賞 柔 を 道 果 連 た 盟 し B※ た 強 小 化 野

杯 全 日 本 柔 道 体 重 別 選 手 権 大 会 女 子 57 ㎏ 以

葉 ポ ー ト ア リ ー ナ に お い て 開 催 さ れ た 講 道 館

一 転 、 い き な り 全 日 本 の 強 化 選 手 に

前 年 は 一 回 戦 負 け

  2 0 1 2 年 11 月 10 日 ︵ 土 ︶ ・ 11 日 ︵ 日 ︶ 千

柔道部 お の  しょう こ

小野 彰子さん

経営学部 2 年生 八幡浜高等学校出身

※B 強化=毎年度、シニア各階級8名前後の選出。ちなみに A 強化は 1 名だけのオリンピックレベル。 (この取材は海外遠征前の2012年12月におこないました)

20


19

い う 地 獄 の よ う な 辛 い 世 界 に 追 い 込 ま れ た

の で 、 気 合 い 入 れ る と こ ろ は 入 れ て 、 抜 く

古 本  

て ま し た よ 。 俺 は で き る ん や と 思 っ て た か ら

��� 木  

で す 。 山 本 監 督 も 古 本 も 龍 大 の 新 し い 歴 史

る 監 督 で な く て は 、 指 導 者 と し て は ダ メ な ん

ら も 信 頼 関 係 が な い と で き ま せ ん 。 慕 わ れ

ね 。 ち ゃ ん と 把 握 し て キ ツ い こ と も 言 い な が

選 手 と 監 督 の 仲 と い う の は 夫 婦 仲 と 同 じ で

活 躍 し て ほ し い 。

の 心 配 症 の 先 輩 達 の た め に も 、 ぜ ひ と も 大

よ 古 本 選 手 は バ ッ タ ー ボ ッ ク ス に 立 つ 。 こ

合 博 満 監 督 の 背 番 号 ︶ を 背 負 っ て 、 い よ い

か し れ な い 。 中 日 の 背 番 号 66 番 ︵ 前 中 日 落

こ と が 、 今 と な っ て は 良 か っ た と 思 う ん で す 。

生 半 可 で は 絶 対 に 通 用 し な い と 思 う

が ら プ レ ー し 続 け な い と い け な い 。 で も そ う

持 ち 、 腹 立 た し さ 、 そ う い う も の を 抱 え な

屈 辱 的 な 思 い を す る わ け で す 。 情 け な い 気

1 軍 は ビ ジ ネ ス ク ラ ス と い う 差 を つ け ら れ て 、

行 機 で 移 動 中 に 、 自 分 は 2 軍 で エ コ ノ ミ ー 、

期 が あ り ま し た 。 そ ん な と き は 、 例 え ば 飛

ら い 1 軍 と 2 軍 を 行 っ た り 来 た り で 辛 い 時

か ら ね 。

な ん で す 。 プ ロ が 怪 我 し た ら ク ビ に な り ま す

い 方 を 間 違 え た ら あ か ん ! だ か ら 僕 は 心 配

ら い の 勢 い で す か ら ︵ 笑 ︶ 。 プ ラ ス 思 考 の 使

懲 り ひ ん か ら な ー 。 ボ ー ル の ほ う が 悪 い く

山 本  

す 。 最 近 体 罰 の 問 題 な ん か も あ り ま す け ど 、

す が 、 そ れ と 同 じ く ら い 育 て る こ と が 大 事 で

椹 木  

わ な い の で す 。

指 導 し ま せ ん 。 ヒ ン ト は 言 う け ど 答 え は 言

だ か ら 僕 は 自 分 で で き て い る 子 に は あ ま り

く れ る 恩 師 達 が い る こ と は ど れ ほ ど 心 強 い

本 選 手 に と っ て 、 こ ん な に も 熱 く 見 守 っ て

猛 者 が 跋 扈 す る プ ロ の 世 界 へ 踏 み 出 し た 古

て み る だ け で す 。

ま 古 し   本 た 。 は い 。 今 で は も う す っ か り 良 く な り

今 ま で は こ ん だ け 言 わ れ た ら ふ く れ

監 督 の 一 番 の ミ ッ シ ョ ン は 勝 つ こ と で 監 督 と 、 父 の よ う な 目 で 見 守 る 椹 木 前 監 督 。

  厳 し い 顔 で 古 本 選 手 に を 入 れ る 山 本 新

やまもとたつき

さわらぎひろし

山本 樹 新監督

89年龍谷大学経営学部入学。93年にヤクルトスワ ローズ入団。左のセットアッパーとして活躍し二度の日 本一を経験。05年に引退し、09年より龍大硬式野 球部コーチとして就任。12年より監督に就任。

次 ど う し よ う か と 考 え て い ま し た 。

古 本  

ロ へ の 近 道 に な る と い う 感 覚 が あ っ た ん で す 。

の ス タ イ ル を 貫 け る 環 境 が 自 分 に と っ て は プ

び な い の で は な い か と 思 っ た 。 や っ ぱ り 自 分

不 安 な こ と は 何 も な い で す 。 思 い っ き り や っ

道 な ど に た く さ ん 教 え て も ら い ま し た 。 今 、

の 駆 け 引 き な ど 実 践 的 な こ と を 練 習 の 帰 り

お 前 は な ん ぼ で も ミ ス し よ る け ど 、

で 、 私 も 本 当 に 生 き た 心 地 が し ま せ ん で し た 。

は 野 球 を で き な い と 医 者 に も 言 わ れ た そ う

も 誘 い は あ り ま し た が 、 そ こ で は 自 分 は 伸

り 干 渉 さ れ な い と い う と こ ろ 。 他 大 学 か ら

山 本  

だ し 、 山 本 監 督 に は 技 術 だ け で な く 試 合 で

た と 思 っ て い ま す 。 私 生 活 の 大 切 さ も 学 ん

古 本  

あ の と き は 僕 も も う ダ メ だ と 思 っ て 、

僕 も 龍 大 を 選 ん だ 理 由 の 一 つ は あ ま

龍 大 で は 本 当 に い い 指 導 者 に 恵 ま れ

ル を 当 て て 、 網 膜 剝 離 に な っ た ん で す 。 一 時

﹁ 僕 は 心 配 な ん で す ﹂ ︵ 山 本 新 監 督 ︶

椹 木   古 本 は 昨 年 8 月 に 練 習 中 に 目 に ボ ー

椹木 寛 前監督 65年に大谷高校から甲子園へ出場。高校野球の監 11 督などを経て02年に龍大硬式野球部監督に就任。 年の監督期間にリーグ戦13回優勝、全国大会に9回 12年に退任。 出場。 龍大硬式野球部の黄金時代を築く。

い っ ぱ い 失 敗 し て ほ し い で す 。

ら 僕 は 古 本 に は 成 功 し に い く と い う よ り 、

な れ ま す 。 最 後 の 最 後 に 笑 え れ ば い い 。 だ か

球 じ ゃ な い と ダ メ だ と 思 い ま す 。

び る 人 も い る わ け で 。 こ れ か ら は そ う い う 野

あ る 程 度 自 分 で 考 え さ せ て く れ る 環 境 で 伸

か れ て し ご か れ て や っ て き た 人 も い る け ど 、

子 の 野 球 観 に 合 っ た ん じ ゃ な い で す か 。 し ご

ま す 。 あ る 程 度 好 き に さ せ た こ と が 、 こ の

椹 木  

か り と つ く る 指 導 を し て い き た い で す 。

け 社 会 へ 出 て 通 用 す る か 。 ま ず 人 間 を し っ

間 は ほ ん の 一 握 り 。 野 球 以 外 の 人 生 で ど れ だ

て い ま す 。 部 員 の う ち 将 来 野 球 を 続 け る 人

社 会 に 出 て 通 用 す る 学 生 を 育 て た い と 思 っ

な く て は な り ま せ ん 。 ま た 育 成 と い う 点 で は 、

わ け で す か ら 、 あ ら ゆ る 部 分 で 精 度 を 上 げ

て 叩 か れ て 強 く な り ま す 、 人 間 的 に 大 き く

山 本   プ ロ に 行 っ て み ん な に 揉 ま れ 、 叩 か れ 龍 大 の 自 由 な 雰 囲 気 だ か ら こ そ 伸 び た

古 本 は 龍 大 に 来 て 正 解 だ っ た と 思 い は も う 、 全 国 大 会 の 優 勝 と 準 優 勝 し か な い

す け ど ︵ 笑 ︶ 。 そ れ を 上 回 る 成 績 を と る に

す か た 。 で い き で な す い 。 と 最 思 初 う は の が で む 、 し そ ゃ れ ら だ に け つ 考 い え て て い い く ま し

と こ ろ は 抜 い て 、 メ リ ハ リ を つ け て が ん ば り

古 本  

ね 。 で も 笑 っ て 済 ま せ ら れ る よ う に な っ て き

た っ て い う の は そ れ だ け 成 長 し た ん や ね 。

い や 、 言 わ れ て 当 然 で す 。 は い 。

く ら い で 終 わ っ て く れ て い た ら 楽 だ っ た ん で

か ら し た ら 大 迷 惑 で す よ ! 春 も 秋 も 最 下 位

土 産 が あ っ て 大 変 で す け ど ね ︵ 笑 ︶ 。 こ っ ち

山 本   椹 木 監 督 の 全 国 ベ ス ト 4 と い う 置 き

を 刻 む わ け で す か ら 、 が ん ば っ て ほ し い で す ね 。


野球部 100 年目の快挙! 古本武尊選手、中日ドラゴンズへ

 昨年で創部100周年を迎えた硬式野球部。この記念すべき 年にふさわしいビッグニュースが、古本選手の中日ドラゴンズ入 団である。昨年は関西六大学野球春季リーグで優勝し、全国 ズ か ら ド ラ フ ト 3 位 に 指 名 。

バ ー ワ ン ス ラ ッ ガ ー と 評 さ れ る 。 昨 年 10 月 に 中 日 ド ラ ゴ ン

外 野 手 。 昨 年 の 全 国 大 会 で は 首 位 打 者 を 獲 得 。 大 学 ナ ン

大会でもベスト4と絶好調。さらには古本武尊選手が最優秀選

社 古ふ る 会 本も と 学 た 部 武け 社 尊る 会選 学手 科 13 年 卒 業 。 福 岡 大 学 付 属 大 濠 高 校 出 身 。

手と首位打者を、杉上諒選手が最優秀投手を受賞するという ミラクルな1年となった。また11年間監督を務めた椹木監督 が定年により勇退、山本樹コーチが新監督へ就任し、新たな 野球部が始動する。喜ばしいニュースにさぞかしめでたいムー ドであろうと瀬田のグラウンドを訪れると、どうやら雲行きが怪 しい。そこで繰り広げられていたのは、プロの厳しさを知り尽く す新旧両監督による、古本選手への苦言の連続ノック!親心ゆ えの厳しいアドバイスをしんみりと聞く古本選手、というなんだ か微笑ましい構図のなか、100周年という節目にその名を残 すであろう、3人の野球人の思いを聞いた。

術 は ま だ ま だ 不 足 し て い て 当 た ら な い と 空

ま し た 。 た だ 当 た れ ば 飛 ば し ま す け ど 、 技

部 し た と き か ら プ ロ に な れ る 力 量 は 持 っ て い

り 出 す の は 古 本 が 初 め て で す 。 こ の 子 は 入

の は ピ ッ チ ャ ー ば か り で 、 バ ッ タ ー と し て 送

椹 木  

ら ギ ャ ン ブ ル も い い と こ ろ で す 。 僕 は 3 年 く

に は 遙 か に 及 ば な い わ け で 、 リ ス ク を 考 え た

年 か プ レ ー し て も 、 サ ラ リ ー マ ン の 生 涯 年 俸

る 人 間 が 何 人 い る か 。 一 千 万 超 え た 額 で 何

球 界 で 一 般 社 会 で の 60 歳 ま で の 年 収 を 稼 げ

て い な か っ た か ら 行 け た ん で す 。 今 の プ ロ 野

11 年 目 に し て 初 。 バ ッ タ ー で プ ロ へ

僕 が 監 督 中 に 龍 大 か ら プ ロ に 行 っ た 山 本   今 思 え ば 僕 も プ ロ な ん て 、 何 も 考 え

思 え ま し た 。

想 像 を 絶 す る 、 プ ロ の 厳 し さ

こ の 子 達 と や れ る こ と が 幸 せ や 、 と 心 か ら

督 で 良 か っ た ﹄ と 感 じ て く れ た と き 。 僕 も

れ ま す け ど 、 僕 の 場 合 は 選 手 達 が ﹃ 椹 木 監

尽 き る 〟 と い う の は 優 勝 し た と き に 一 番 言 わ

こ れ は 僕 の 心 に 響 き ま し た ね 。 〝 監 督 冥 利 に

全 力 で が ん ば り ま す ﹄ と 言 っ て く れ た ん で す 。

地 獄 に 堕 ち る の は 一 瞬 な ん で す 。

会 う か 、 日 々 ど ん な 姿 勢 で 過 ご す か が 大 事 。

は な い は ず な ん で す 。 ど ん な 指 導 者 に 巡 り

き ゃ 良 か っ た と 思 う こ と だ っ て 一 度 や 二 度 で

け ど 、 こ れ か ら プ ロ に な っ て 、 き っ と 行 か な

山 本   古 本 を 怖 が ら せ た い わ け じ ゃ な い で す

の 鈴 木 紳 吾 が ﹃ 監 督 の ラ ス ト イ ヤ ー な の で

と が で き ま し た 。 開 会 式 の と き に キ ャ プ テ ン

全 国 ベ ス ト 4 と い う 勲 章 を 持 っ て 引 退 す る こ

後 の 最 後 に み ん な が ブ レ イ ク し て く れ ま し て 、

も 勝 つ こ と が で き な か っ た ん で す 。 そ れ が 最

ん だ な と 改 め て 感 じ さ せ ら れ ま し た 。

指 導 し て も ら っ て 、 素 直 な 気 持 ち が 大 事 な

で も 学 年 が 上 が る に つ れ て 、 監 督 や コ ー チ に

目 つ き が 変 わ っ た と き は 怖 か っ た で す ︵ 笑 ︶ 。

椹 木   こ の 10 年 間 は 、 全 国 大 会 に 出 場 し て う と き は か な り 怒 ら れ ま し た 。 椹 木 監 督 の

練 習 に 遅 刻 す る こ と も よ く あ っ て 、 そ う い

監 督 冥 利 に 尽 き る

こ の 子 達 と 野 球 が で き た こ と こ そ 、

意 味 、 調 子 に 乗 っ て い た 部 分 が あ っ た ん で す 。

い と い う 気 持 ち が か な り 強 か っ た の で 、 あ る

硬式野球部

古 本   僕 は 1 年 生 の と き か ら 誰 に も 負 け な

て き ま し た 。

足 し て い た 。 で も こ の 1 年 で だ い ぶ 良 く な っ

の 部 分 で 〝 謙 虚 に 素 直 に 〟 と い う と こ ろ が 不

5 割 を 打 つ よ う に な り ま し た 。 後 は 気 持 ち

打 数 7 三 振 し て い ま す か ら ね 。 そ れ が 今 で は

振 り ば っ か り 。 3 年 生 ま で の 全 国 大 会 で 8 18


で 練 習 を し て い く こ と に 決 め ま し た 。 実 は い 挑 戦 で す 。

彼 女 に ま た 会 っ て み た い 。

17

今 や め た ら も う 2 度 と で き な い

3 月 で 大 学 を 卒 業 し 、 今 後 は 1 年 間 フ リ ー ん な 状 況 で い か に ト ッ プ で や っ て い け る か 。

で 自 立 し て や っ て い き た い と 思 っ て い ま す 。 そ

だ か ら 少 し で も 負 担 に な ら な い よ う に 、 自 分

も 、 そ れ で も ス キ ー が し た い 。 そ の

ん の 人 に 揉 ま れ 助 け ら れ 、 大 き く な っ て い く

こ の 1 年 で 大 き く 成 長 す る だ ろ う 。 た く さ

自 分 と 向 き 合 い 、 世 界 を め ざ す 石 井 選 手 は

そ ん な と こ ろ が こ の 選 手 の 魅 力 で も あ る 。

藤 で す ね 。

で ス キ ー を や っ て い な か っ た ら 、 技 術 は も ち

の 付 き 合 い 方 も 知 る こ と が で き ま し た 。 大 学

な ど 、 た く さ ん の 方 と 出 会 う な か で 社 会 人 と

大 学 の 方 、 い つ も お 世 話 に な っ て い る 宿 の 方

て い た ん だ と 思 え る し 、 ス キ ー 連 盟 の 方 や 他

今 で は 先 輩 達 は 私 の た め に 厳 し く 言 っ て く れ

は と て つ も な く 大 き な 差 が 出 る と 思 い ま す 。

い 時 期 を 乗 り 越 え た 人 と そ こ で 挫 折 し た 人 で

そ の 期 間 に 経 験 し た こ と は と て も 大 き い 。 辛

な ら ず 、 と て も し ん ど い 期 間 で し た 。 で も 、

1 年 生 の 時 は 慣 れ な い 大 学 生 活 と 両 立 せ ね ば

下 級 生 が や る べ き 仕 事 も た く さ ん あ り ま す 。

き っ ち り し て い て 、 先 輩 達 の 指 導 も 厳 し い 。

ス キ ー 部 は 衝 撃 で し た ね 。 先 輩 後 輩 関 係 が

ん と な く ス キ ー を し て い た 私 に と っ て 、 龍 大

た で 、 ス パ ン と そ の ま ま 受 け 入 れ て 引 き ず ら

然 体 。 良 か っ た ら 良 か っ た 、 悪 か っ た ら 悪 か っ

ぎ な い と い う か 、 考 え す ぎ な い と い う か 、 自

と ん ど な い ん で す 。 い い 意 味 で ス ト イ ッ ク す

き な い と 不 安 に な る と か 、 そ う い う こ と が ほ

と 落 ち 込 ん じ ゃ う と か 、 練 習 が き ち ん と で

ど 、 練 習 不 足 で し た 。 で も 私 は 成 績 が 悪 い

︵ 笑 ︶ 。 も う ち ょ っ と い け る と 思 っ た ん で す け

た で す ね 。 ち な み に 今 日 の 試 合 は 散 々 で し た

だ っ た の で 、 そ こ で 成 績 を 残 せ た の は 良 か っ

た 。 日 本 の ト ッ プ 選 手 も 出 場 し て い る 大 会

の 全 日 本 の 大 会 は 一 般 で 10 位 に 入 賞 で き ま し

日 本 学 生 チ ャ ン ピ オ ン 大 会 で 入 賞 、 ま た 年 末

考 え れ ば い い こ と で す し 。

な 考 え で い こ う か と ︵ 笑 ︶ 。 ダ メ な ら ま た 次

ら な ん と か な る か な 、 っ て い う ﹁ テ キ ト ー ﹂

年 目 が 一 番 大 変 な の で 、 そ こ を 乗 り 越 え た

安 材 料 も た く さ ん あ り ま す 。 で も き っ と 1

場 し た り 練 習 す る た め の 資 金 問 題 な ど 、 不

て い く の は 大 変 で し ょ う ね 。 海 外 の 大 会 に 出

の 力 次 第 。 行 動 力 を 武 器 に し っ か り や っ て い

え ら れ る よ う な 気 が す る ん で す 。 あ と は 自 分

そ れ に 自 信 が 持 て る か ら 、 こ れ か ら も 乗 り 越

の 4 年 間 で 築 い て き た こ と は と て も 大 き い 。

く だ さ る た く さ ん の 方 と の つ な が り な ど 、 こ

と 手 を 差 し 伸 べ て く だ さ い ま し た 。 見 守 っ て

て く だ さ っ た り 、 自 分 の と こ ろ で 働 か な い か

び っ く り す る く ら い 成 績 が 伸 び て き ま し た 。

意 識 し て 目 標 設 定 を は じ め た ら 、 自 分 で も

入 賞 す る ぞ と か 、 こ ん な 走 り を す る ぞ 、 と

に し て い ま す 。 昨 年 あ た り か ら 今 日 は 何 位 に

な い よ う に 、 目 標 を 明 確 に す る こ と を 大 事

い う 欠 点 も あ る の で ︵ 笑 ︶ 。 そ れ が 行 き す ぎ

る ん で す よ 。 た だ 、 ﹁ テ キ ト ー ﹂ す ぎ る っ て

い い 意 味 で ﹁ テ キ ト ー ﹂ さ が プ ラ ス に 出 て い

に な る し 、 ス ラ ン プ も な い で す ね 。 私 の 場 合 、

な い ん で す ね 。 プ レ ッ シ ャ ー も む し ろ 原 動 力

ば こ れ 以 上 心 配 も 迷 惑 も か け た く は な い 。 で

る ス キ ー ま で や ら せ て も ら っ た の で 、 で き れ

間 大 学 に 通 わ せ て も ら い 、 ま し て お 金 の か か

ば い い よ ﹂ と は 言 っ て く れ て い ま す が 、 4 年

だ っ た の で 辞 退 し ま し た 。 親 は ﹁ 好 き に す れ

て 。 仕 事 と ス キ ー と 中 途 半 端 に な る の も 嫌

な よ う に や っ た 方 が 上 手 く い く よ う な 気 が し

私 の こ の 性 格 で す か ら 、 自 分 の や り 方 で 好 き

た 。 こ の ご 時 世 に あ り が た い お 話 で す 。 で も

言 っ て く だ さ っ た 就 職 先 も い く つ か あ り ま し

を 見 て い る と み ん な 応 援 せ ず に は い ら れ な い 。

快 で 、 マ イ ペ ー ス に 自 分 の 道 を 突 き 進 む 姿

地 を 転 戦 し 、 試 合 に 出 場 す る 。 男 勝 り に 豪

優 勝 を 果 た し た 。 北 海 道 や 新 潟 な ど 日 本 各

れ た 全 日 本 学 生 ス キ ー 選 手 権 大 会 で は 見 事

の 力 強 い コ メ ン ト ど お り 、 2 月 末 に 開 催 さ

そ う 確 信 で き る 力 強 い コ メ ン ト を く れ た 。 そ

だ が 、 1 年 後 き っ と 彼 女 は 笑 っ て い る は ず だ 。

  一 番 厳 し い 道 を 自 分 で 選 択 し た 石 井 選 手

  実 は ス キ ー を 続 け な が ら 働 い て も い い よ と き た い で す 。

を や り 出 し た の は 大 学 に 入 っ て か ら で す 。 な

夏 は ほ か の 部 活 を 掛 け 持 ち 。 本 格 的 に ス キ ー

学 ・ 高 校 と も に 冬 だ け ス キ ー 部 に 所 属 し 、 ス ラ ン プ 知 ら ず の 秘 密 は ﹁ 良 い 意 味 で テ キ ト ー ﹂

昨 年 は 全 日 本 学 生 ス キ ー 選 手 権 大 会 や 全

ク ロ ス カ ン ト リ ー が 盛 ん で は な か っ た の で 、 中

  私 は 福 井 県 出 身 で す が 、 福 井 県 は そ こ ま で ろ ん 人 間 と し て も 成 長 で き な か っ た で し ょ う 。

ん や 時 と 今 は な い ま 1 で れ し 思 や あ か ま 日 年 す る か っ め り な せ 本 間 。 と 続 て て ま か ん に こ け も し す 厳 。 は 自 ろ る 絶 ま が し ス 、 分 い キ フ ま タ 対 っ 、 で 世 ー リ で イ に た 今 自 で ら し 界 で ー や 分 で ご の っ ミ き 、 か を ン な 5 で す は 選 て マ や グ い 年 き か ん 手 ネ ら ろ が ん 後 な ジ い 。 を と な で 10 う 食 い っ メ と い す 年 て も べ う ン ト 思 。 よ 後 思 ち て の し っ だ 。 や う ろ い は て っ 今 り ん ん く ほ て い た こ た で 不 の か や る ら の い す 安 は に っ 。 、 は じ め 周 囲 の た く さ ん の 方 が 情 報 を 提 供 し

  フ リ ー で や っ て い く と 決 め て か ら 、 監 督 を

だ と 思 っ て い ま す 。  

い の で す 。 そ れ が 今 で き る 私 の 一 番 の 恩 返 し

ざ し 、 両 親 を イ タ リ ア に 連 れ て い っ て あ げ た

満 た し て い る の で 、 そ の 選 考 に 残 る こ と を め

シ ア ー ド 大 会 が あ り ま す 。 す で に 出 場 条 件 は

  来 年 は イ タ リ ア の ト レ ン テ ィ ー ノ で ユ ニ バ ー

め ざ す は ユ ニ バ ー シ ア ー ド 、 オ リ ン ピ ッ ク


覚悟は決めた「卒業後もフリーで競技を続ける」 めざすはユニバーシアード、ソチオリンピック

食 べ て い け る の は 、 ほ ん の 一 握 り 。 そ ん な な か 、

の は ご く 一 部 の 選 手 だ け だ 。 な か で も そ れ で

と し て も 、 卒 業 後 も ス ポ ー ツ を 続 け ら れ る

い は ず だ 。 し か し 、 そ ん な こ と は や 。 る そ 前 こ か

こ と は 、 精 神 面 で も 資 金 面 で も か な り 厳 し

井 選 手 。 そ ん な 彼 女 で も フ リ ー で や っ て い く

数 年 で そ の 実 力 を ど ん ど ん 伸 ば し て い る 石

変 わ り 、 プ レ イ ヤ ー の 技 術 力 だ け で は ま ま な

で も こ れ が ま た 奥 が 深 い 競 技 で 。 ス キ ー 板 の

と 、 走 り な が ら 自 問 自 答 す る ん で す け ど ︵ 笑 ︶ 。

が 楽 し い ん だ 、 何 で こ ん な こ と や っ て る ん だ ﹂

位 入 賞 、 全 日 本 学 生 ス キ ー 選 手 権 で も 4 位 。

こ と を 決 め た 。 昨 年 の 全 日 本 選 手 権 で は 4

フ リ ー と し て た っ た 一 人 で 競 技 を 続 け て い く

手 は あ え て 就 職 せ ず 、 チ ー ム に も 所 属 せ ず 、

ス キ ー 部 ク ロ ス カ ン ト リ ー の 、 石 井 翔 子 選

し て い る 石 井 選 手 を 訪 ね た 。

世 界 選 手 権 の 代 表 選 考 を 兼 ね た 試 合 に 出 場

ワ イ ト が ま ぶ し い 札 幌 ・ 白 旗 山 競 技 場 に て 、

今 年 正 月 明 け て 早 々 の 1 月 7 日 、 ス ノ ー ホ

ま で 彼 女 を 突 き 動 か す も の と は 一 体 何 な の か 。

ら わ か っ て い る 。 そ れ で も や り た い

ま し た 。

な っ て き て 、 ス キ ー の 魅 力 に は ま っ て し ま い

か ち 合 え る 仲 間 達 。 や れ ば や る ほ ど 楽 し く

レ ー す る 気 持 ち 良 さ 、 何 よ り こ の 辛 さ を 分

ら な い 面 白 さ 。 そ れ に 美 し い 自 然 の な か で プ

ま た バ イ ア ス ロ ン で も 頭 角 を 現 す な ど 、 こ こ

使 い こ な し 、 ワ ッ ク ス の 塗 り 方 一 つ で 勝 敗 が

在 学 中 に ど ん な に 輝 か し い 成 績 を 残 し た

つ も な く 苦 し い 競 技 な ん で す 。 自 分 で も ﹁ 何

が 楽 し い ん だ と 思 わ れ る で し ょ う 。 実 際 と て

で 走 る わ け で す か ら 、 も う は た か ら 見 た ら 何

  ク ロ ス カ ン ト リ ー な ん て 雪 の な か で 全 速 力

と て つ も な く 苦 し く て 楽 し い 競 技

スキー部 クロスカントリー いし い しょう こ

石井 翔子さん

経営学部 4 年生 勝山高等学校出身

16


し て み た い と 思 い ま し た ね 。

楽 し そ う で 。 い つ か 自 分 も 学 生 と し て 参 加

で す よ 。 み ん な す ご く 和 気 あ い あ い と し て

シ ョ ン を し て い て 、 も う 空 気 が 全 然 違 う ん

ス を 見 学 し た の で す が 、 活 発 に デ ィ ス カ ッ

で き る プ ロ グ ラ ム が あ っ て ビ ジ ネ ス の ク ラ

全 然 面 白 く な く て 、 単 位 の た め に 受 け て い

も B I E に 参 加 す る 前 は 消 極 的 で 、 授 業 も

ん な 勉 強 を 続 け て い る ん で す よ ね 。 僕 自 身

業 単 位 を 取 得 し ま す 。 で も 自 分 の た め に み

ら い 勉 強 し 、 ほ と ん ど の 学 生 が 2 年 間 で 卒

で し た 。 バ ー ク レ ー の 学 生 は 1 日 10 時 間 く

風 景 だ っ た は ず な の に 、 な ん だ か シ ョ ッ ク

話 を 触 っ た り し て い る 。 今 ま で は 見 慣 れ た

行 く と 周 り の 人 は 授 業 中 に 寝 た り 、 携 帯 電

ん な で デ ィ ス カ ッ シ ョ ン を し た り も 。 い ず

日 本 の 文 化 と は 何 ぞ や 、 と い う テ ー マ で み

づ く り を み ん な で 体 験 し ま し た 。 ほ か に も

イ ベ ン ト を 開 催 し て い て 、 最 近 で は 八 ツ 橋

が 30 名 、 留 学 生 が 20 名 く ら い で す 。 月 1 回

た よ り 反 応 が 良 く 、 現 在 メ ン バ ー は 日 本 人

で す 。 友 達 や 留 学 生 に 声 を か け た ら 、 思 っ

げ ま し た 。 親 し み 、 親 切 と 言 う 意 味 の 英 語

の 夏 頃 に ﹃ W I N K ﹄ と い う 団 体 を 立 ち 上

く 材 そ に と 後 の 飛 い は こ び う ﹃ と 込 。 W を ん 未 I 村 で 来 N 田 み へ K く れ 向 ﹄ ん ば け の は 、 て 仲 証 必 力 間 明 ず 強 達 し 何 く と て か 歩 初 く を き 詣 れ つ 出 で た か し に 。 め た 行 取 る 、 。 15 World, Unlimited

の 選 抜 に 受 か っ た 人 も い る そ う だ 。 恐 れ ず

な 人 に 成 長 で き る 。 B I E を 経 て 交 換 留 学

も 、 勇 気 と や る 気 次 第 で こ ん な に も 国 際 的

楽 し そ う な 姿 を 見 送 っ た 。

ま た 、 バ ー ク レ ー の 学 生 達 の 授 業 を 見 学

る よ う に な っ て い き ま し た 。

  彼 の よ う に 当 初 は 全 く 英 語 を 話 せ な く て

ス タ イ ル の 授 業 が 、 す ご く 楽 し く 感 じ ら れ

す 。 そ れ か ら は 、 む し ろ デ ィ ス カ ッ シ ョ ン

は 、 だ ん だ ん わ か る よ う に な っ て き た ん で

た り も し ま し た 。 そ れ が 一 カ 月 た っ た 頃 に

逆 カ ル チ ャ ー シ ョ ッ ク

や る 気 の な い 日 本 の 学 生 に

し い で す し 、 お 互 い よ り 勉 強 に な り ま す か ら 。

た 。 教 え る よ り も と も に 学 ぶ 。 そ れ な ら 楽

勉 強 す る 場 を つ く れ ば い い と 思 い つ き ま し

き れ ば ア メ リ カ で 会 社 を や っ て み た い で す 。

ぱ り 自 分 で や っ て み た い と 思 い 始 め て 。 で

れ を 継 ご う と 思 っ て は い た の で す が 、 や っ

  充 実 し た 半 年 を 過 ご し て 帰 国 し 、 大 学 に そ ん な ア イ デ ィ ア が き っ か け に な っ て 昨 年

り た く て 帰 り た く て 、 ホ ー ム シ ッ ク に な っ

も で き ず 。 最 初 の 一 カ 月 く ら い は も う 、 帰

そ の ま ま 玉 砕 。 全 く 聞 き 取 れ ず 、 話 す こ と

僕 は 全 然 英 語 が 喋 れ な い ま ま 行 っ た の で 、

な ー と 少 し 残 念 な 気 持 ち に な り ま し た ね 。

い の で 、 戸 惑 っ て し ま っ て 。 日 本 人 ダ メ だ

で す 。 僕 達 日 本 人 は 普 段 発 言 し な れ て い な

く 、 初 め か ら 積 極 的 に 議 論 を 繰 り 広 げ る ん

ラ ビ ア 人 は こ の ス タ イ ル に 慣 れ て い た ら し

ら 来 た 学 生 が 多 か っ た の で す が 、 サ ウ ジ ア

た 。 僕 の ク ラ ス は サ ウ ジ ア ラ ビ ア や 中 国 か

オ ー ガ ナ イ ズ す る だ け と い う の が 新 鮮 で し

オ ン パ レ ー ド で す 。 生 徒 が 主 役 で 先 生 は

と は 全 く 違 う 。 発 言 と デ ィ ス カ ッ シ ョ ン の

続 で し た 。 な に し ろ 授 業 の ス タ イ ル が 日 本

一 面 が 見 え た 気 が し ま し た 。

か 認 め て く れ な い と い う 、 ア メ リ カ の 別 の

わ け で す 。 自 由 な よ う で い て 違 い を な か な

ろ が あ り ま す が 、 当 然 そ う で な い 人 も い る

あ っ て 話 し 上 手 な 人 が 評 価 さ れ や す い と こ

あ っ た り し て 。 ア メ リ カ で は ユ ー モ ア が

た そ う で す 。 な ん だ か 共 感 で き る 部 分 も

社 を 辞 め ざ る を え な い 状 況 に な っ て し ま っ

ケ ー シ ョ ン が 得 意 で は な か っ た た め に 、 会

が 、 僕 が 話 を 聞 い た 方 は 、 あ ま り コ ミ ュ ニ

ス に な っ た の か イ ン タ ビ ュ ー も し た の で す

プ レ ゼ ン ト し た り し ま し た 。 な ぜ ホ ー ム レ

い や 、 自 分 達 で ス カ ー フ を 編 ん で 手 渡 し で

ホ ー ム レ ス の 支 援 を 体 験 。 食 事 を 配 る 手 伝

組 ま れ て お り 、 僕 は サ ン フ ラ ン シ ス コ の

い 。 そ こ で 留 学 生 の 人 も 一 緒 に 日 本 文 化 を

で も ど う や っ て 勉 強 す れ ば い い か わ か ら な

文 化 を 学 ば な く て は 、 と 思 い 始 め た ん で す 。

れ が め っ ち ゃ 恥 ず か し く て 。 も っ と 日 本 の

は そ の 質 問 に 答 え ら れ な か っ た ん で す 。 そ

と 質 問 さ れ た こ と が あ り ま し て 、 そ の 時 僕

で 日 本 人 っ て お 祭 り の 時 に 浴 衣 を 着 る の ? ﹂

だ っ た の か も し れ ま せ ん 。

が B I E で 学 ん だ 大 き な こ と は 〝 自 主 性 〟

授 業 に 臨 も う と 思 う よ う に な り ま し た 。 僕

受 け る 姿 勢 が 少 し 変 わ っ て 、 興 味 を 持 っ て

て 気 が つ い た ん で す 。 そ れ か ら は 、 授 業 を

食 品 関 係 の 会 社 を や っ て い て 、 も と も と そ

将 来 は 会 社 を 経 営 し て み た い で す ね 。 親 が

レ ッ ジ に 2 年 間 通 う こ と が 決 ま っ て い ま す 。

た の で 、 ロ サ ン ゼ ル ス の コ ミ ュ ニ テ ィ ・ カ

て 。 T O E F L の ス コ ア で 試 験 を パ ス で き

で す が 、 や っ ぱ り 留 学 し た い 気 持 ち が 強 く

職 活 動 も し て 1 社 に 内 々 定 も い た だ い た の

日 本 文 化 を 知 ら な い と 恥 ず か し い

帰 国 後 、 龍 大 に き て い る 留 学 生 に ﹁ な ん ︵ 2 年 制 大 学 ︶ に 進 む こ と に し ま し た 。 就

後 は 、 ア メ リ カ の コ ミ ュ ニ テ ィ ・ カ レ ッ ジ

も う 日 常 会 話 く ら い は 大 丈 夫 で す よ 。 卒 業

た 友 人 と 毎 日 ス カ イ プ で 会 話 を し て い ま す 。

人 も 多 い よ う で す が 、 僕 は B I E で 出 会 っ

  帰 国 し て か ら 英 語 を す ぐ に 忘 れ て し ま う

夢 は ア メ リ カ で 起 業

圧 倒 さ れ る

バ ー ク レ ー で は カ ル チ ャ ー シ ョ ッ ク の 連  

ア グ レ ッ シ ブ な サ ウ ジ ア ラ ビ ア 人 に

サ ン フ ラ ン シ ス コ の ホ ー ム レ ス に 共 感

B I E に は ボ ラ ン テ ィ ア の プ ロ グ ラ ム も て い た か ら つ ま ら な く な る ん じ ゃ な い か っ

ん じ ゃ な い か 。 初 め か ら つ ま ら な い と 思 っ

て 思 っ て い た の は 自 分 に 何 か 原 因 が あ っ た

る と い う 感 じ で し た 。 で も 、 つ ま ら な い っ

の で 、 何 か 力 に な れ れ ば い い な 、 っ て 。

学 校 で も 英 語 教 育 に 力 を 入 れ て い る と 聞 く

化 を 紹 介 し た い と 考 え て い ま す 。 最 近 は 小

れ は 京 都 市 内 の 小 学 校 で 、 日 本 や 外 国 の 文


全く英語が話せないまま留学に挑戦! そこでつかんだ人生のターニングポイント 金銭面、選抜試験、休学など…留学したいけど難しい。そんな迷える学生 達への救世主的選択肢が、 龍谷大学には用意されている。BIE(ビー・アイ・ イー)Program だ。これに参加したのが経営学部の村田くん。彼はこの 留学で語学力だけでなく、人生の目標まで見つけたという。村田くんが留

むら  た  

そう 

村 田 颯 馬 さん

経営学部 3 年生 龍谷大学付属平安高等学校出身

学を通して考えたこととは? BIE(ビー・アイ・イー)Program とは: カリフォルニア州バークレーにある龍谷大学の海外拠点、RUBeC/ ルーベックを利用した独自のプログラム。英語学習、ボ ランティア活動、講義を組み合わせた留学で、5 週間のプログラムと半年間のプログラムの 2 種類があり、毎年約 120 名 の学生が参加をしている。

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き の 彼 女 は 、 国 際 人 と し て さ ら に 一 皮 む け

ト を 浴 び る だ ろ う 。 留 学 か ら 戻 っ て き た と

そ れ を 周 囲 の 人 に 見 て も ら い 、 ア ド バ イ ス

と 思 っ た 話 し 方 を 盗 ん で や っ て み る ん で す 。

の 練 習 法 は 先 輩 の ス ピ ー チ を 見 て 、 い い な

表 現 を 工 夫 し な く て は な ら な い ん で す 。 私

間 を 持 た せ る な ど 、 人 の 心 を つ か む よ う な

め た い と こ ろ で 声 を 張 り 上 げ た り 、 あ え て

ど も ジ ャ ッ ジ の 対 象 に な り ま す 。 注 目 を 集

す く 話 せ た か だ け で な く 、 話 し 方 、 抑 揚 な

と っ て ス ピ ー チ は ぴ っ た り だ っ た の で す 。

楽 し い で す ね 。 注 目 さ れ る の が 好 き な 私 に

で 、 私 の 声 だ け が 響 く 快 感 。 こ れ が 何 よ り

ま さ に 独 壇 場 で す 。 そ の 静 ま り 返 っ た な か

人 も オ ー デ ィ エ ン ス も 見 て い る の は 私 だ け 。

け ス ポ ッ ト ラ イ ト が あ た る 。 ジ ャ ッ ジ す る

が 、 そ れ が 面 白 く て 。 壇 上 に 立 つ と 私 に だ

場 し て 初 め て 人 前 で ス ピ ー チ を し た の で す

な 情 報 を 発 信 し て き た い と 思 い ま す 。

と 日 本 に つ い て 勉 強 し て 、 向 こ う で い ろ ん

ア 、 も の す ご く 楽 し み で す 。 行 く ま で に も っ

留 学 す る こ と に 決 め ま し た 。 オ ー ス ト ラ リ

悔 し た く な い ! と 思 い き っ て 両 親 に 相 談 し 、

あ る の を 感 じ て 。 こ の ま ま じ ゃ ダ メ だ 、 後

英 語 力 は 週 に 2 回 サ ー ク ル の メ ン バ ー 同 こ と な く 周 囲 の 心 を つ か み 、 ス ポ ッ ト ラ イ

13 World, Unlimited

  藤 岡 さ ん な ら オ ー ス ト ラ リ ア で も 臆 す る

が 品 国 、 〝 を 支 購 援 入 の す シ る ス と テ 、 ム 一 で 食 、 に 対 〟 つ 象 を き と 通 20 な じ 円 る て の 定 開 寄 食 発 付 や 途 金 食

ま し た 。 こ れ は 日 本 で は じ ま っ た 開 発 途 上

〝 と き 私 ︵ に 貧 与 困 え ︶ ら 〟 。 〝 れ た テ ー マ は な ん 〟 と

た と こ 勝 負 の 難 関 な の で す 。 し か し 、 こ の

の 金 額 で す ね 。 と て も 画 期 的 な 仕 組 み で 、

20 円 と い う の は 、 一 人 あ た り の 給 食 一 食 分

上 国 の 子 ど も の 学 校 給 食 に な る と い う も の 。

ら れ た の で す 。

で 、 心 配 し て い た 即 興 ス ピ ー チ を 切 り 抜 け

も あ り ま し た 。 思 い が け な い 幸 運 の お か げ

と 同 じ テ ー マ ! 、 ち ょ う ど 語 彙 も 事 前 知 識

と い う 新 入 部 員 は 参 加 必 須 の 暗 唱 大 会 に 出

に も 入 部 し ま し た 。 そ こ で ド ラ ゴ ン カ ッ プ

話 せ る よ う に な り た い と 、 E S S サ ー ク ル

学 部 を 選 択 。 そ し て や る か ら に は ち ゃ ん と

い な と 思 っ て い た の で 、 大 学 で は 国 際 文 化

し て 過 ご し て き た の に 、 な ん だ か 心 残 り が

サ ー ク ル も 授 業 も が ん ば っ て 、 す ご く 充 実

を や り 残 し て し ま っ た ! と 思 っ た ん で す ね 。

職 活 動 か と 考 え た ら 、 な ん だ か 大 事 な こ と

た 。 3 年 生 の 12 月 に 引 退 し て 、 い よ い よ 就

多 く の 企 業 や 大 学 が 参 加 し て い ま す 。 私 は   大 会 の 審 査 は 、 内 容 を ど れ だ け わ か り や

い ま し た 。 ア プ リ ケ ー シ ョ ン カ ー ド ︵ 自 己

で す が 、 最 初 は そ う と は 知 ら ず に 応 募 し て

つ く り 、 3 ∼ 4 分 間 話 す と い う も の で 、 出

自 分 に だ け ス ポ ッ ト が あ た る 快 感 !

高 校 の と き か ら 英 語 が 話 せ た ら か っ こ い 2 、 3 年 生 時 は そ ち ら を 優 先 さ せ て き ま し

私 な C 紹 は わ D 介 〝 れ を ︶ 、 ま 送 原 り す 稿 。 、 、 原 そ 自 稿 れ 分 の を の テ も ス と ー に ピ 〟 マ 事 ー を は 前 チ 題 自 審 を 材 由 査 録 に な が 音 選 の お し び で こ た 、

が 、 サ ー ク ル の 運 営 メ ン バ ー に な っ た の で 、

留 学 は ず っ と し た い な と は 思 っ て い ま し た

厳 し い 大 学 だ そ う で 少 し 不 安 で す が ︵ 笑 ︶ 。

て 、 15 分 の シ ン キ ン グ タ イ ム の 間 に 文 章 を

ピ ー チ は そ の 場 で 与 え ら れ た テ ー マ に つ い

質 疑 応 答 、 そ し て 即 興 の ス ピ ー チ 。 即 興 ス

送 っ た も の と 同 じ ス ピ ー チ と そ れ に 対 す る

た 。 当 日 は 二 つ の 種 目 が あ り 、 事 前 審 査 で

と き は 驚 き の あ ま り 、 思 わ ず 涙 が 出 ま し た 。

当 に 運 が い い と 思 い ま す 。 入 賞 が わ か っ た

の な か で 結 果 を 残 せ た こ と は 、 我 な が ら 本

わ っ て 良 か っ た ∼ と 思 い ま し た ︵ 笑 ︶ 。 そ

方 は み ん な す ご く 上 手 だ っ た の で 早 く に 終

学 に 10 カ 月 の 交 換 留 学 に 行 き ま す 。 勉 強 が

  2 月 か ら オ ー ス ト ラ リ ア の マ ー ド ッ ク 大

念 願 の オ ー ス ト ラ リ ア 留 学 へ

杯 は 英 語 弁 論 界 で は 有 名 な 大 き な 大 会 な の

ろ ん な 弁 論 大 会 の 参 加 案 内 が き ま す 。 天 野

︵   私 が 所 属 し て い る E S の S 略 サ ︶ ー に は ク い ル 思 わ ぬ ラ ッ キ ー が 入 賞 に 結 び つ い た

大 会 は 埼 玉 の 獨 協 大 学 で お こ な わ れ ま し

話 術 の 前 に 、 書 く 力 、 ま と め る 力

Einglish Speaking Society

て い る に 違 い な い 。

を も ら う 。 こ こ は 早 か っ た と か 、 声 が 小 さ  

し 持 で 国 ス た っ 〝 際 ピ 。 て 関 ー い 係 チ た の で の 中 ま で 根 ず 、 智 必 こ 子 要 れ 先 な を 〟 生 の 伝 を の は え 授 、 た 知 業 話 い り が す と 、 き 前 思 関 っ に い 心 か わ ま を け

TABLE FOR TWO

士 で 会 話 や 発 声 練 習 、 デ ィ ス カ ッ シ ョ ン な

か り や す く ま と め る 力 で す 。 天 野 杯 は 8 分

TABLE FOR TWO

ど を お こ な い 、 そ れ を 繰 り 返 す う ち に 力 が

間 の ス ピ ー チ な の で 、 約 7 5 0 ワ ー ド の 原

poverty

つ い て き ま し た 。 授 業 で 習 っ た 表 現 を す ぐ

初 め て の 他 大 学 の 壇 上 、 知 り 合 い は 一 人

稿 を 自 分 で 書 き ま す 。 私 は 貧 困 の 現 状 を 訴

TABLE FOR TWO

す ぎ る と か 、 い ろ い ろ と 批 判 し て も ら っ て 、

え な が ら 、 解 決 策 の 一 つ と し て 〝

TABLE FOR TWO

そ こ か ら ま た 磨 い て い き ま し た 。

〟 を 提 案 し 、 解 決 に 貢 献 し て い

TABLE

こ う 、 と 呼 び か け る 内 容 で ま と め ま し た 。

FOR TWO

今 回 の 応 募 総 数 は 50 ∼ 60 通 と 多 か っ た そ う

て 聞 き 返 し て し ま っ た く ら い 驚 き ま し た 。

た と き は 思 わ ず ﹁ え ! ほ ん と で す か ? ﹂ っ

な の で 、 事 前 審 査 通 過 の 連 絡 を 電 話 で 受 け

私 は 順 番 が 初 め の 方 だ っ た の で す が 、 後 の

り 抜 き で 、 何 回 も 大 会 に 出 て い る 方 ば か り 。

厚 い で す か ら 、 当 然 大 会 に 出 て く る の も 選

関 東 の 大 学 の E S S は 部 員 数 も 多 く て 層 が

大 会 な の で オ ー デ ィ エ ン ス も 多 か っ た で す 。

ス ピ ー チ は さ す が に 緊 張 し ま し た 。 有 名 な

も い な い と い う 完 全 に ア ウ ェ イ な 状 況 で の

ア ッ プ で き ま し た 。

学 外 の 英 会 話 教 室 に 行 く こ と も な く ス キ ル

り レ ク チ ャ ー し て も ら え ま し た か ら 、 特 に

い て 、 舌 の 使 い 方 や 発 音 に つ い て も し っ か

は 留 学 経 験 者 や 言 語 学 を 研 究 し て い る 方 も

達 に つ な が っ た 気 が し ま す 。 先 輩 の な か に

に サ ー ク ル で 使 い 反 復 練 習 し た こ と で 、 上


求められるのは、人の心をつかむ話術。しかも英語で。 歴史ある英語スピーチ大会で3位入賞 昨年10月におこなわれた第47回天野杯全日本大学生英語弁論大会で3 位に入賞した藤岡絢乃さん。天野杯は日本3大スピーチコンテストの一つ に数えられ、スピーチの練習に日々青春を燃やす学生にとっては憧れの舞 台である。大会では、全国各地の応募者のなかから、事前審査をクリアし

ふ じ

お か

あ や

藤 岡 絢 乃 さん 国際文化学部 3 年生 大津高等学校出身

た8名(東京大学、明治大学、上智大学、青山学院大学、早稲田大学、

どっきょう

獨協大学、龍谷大学)が壇上に立った。関西勢では藤岡さんだけが最終選 考まで残り、しかも首都圏の強豪校を退けて入賞した。 12


し ま い ま し た が 、 み ん な に は ﹁ ま た 絶 対 き

  留 学 の 1 年 間 は あ っ と い う 間 に 終 わ っ て

ラ ジ ル と は 異 な る 文 化 で す 。

礼 儀 正 し い こ と 、 平 和 な 雰 囲 気 。 ど れ も ブ

る こ と が で き ま し た 。 例 え ば す ぐ 謝 る こ と 、

た 日 本 人 の 精 神 は 、 い く つ か の 場 面 で 感 じ

が で き た の で 満 足 し て い ま す 。

た が 、 み ん な で 素 晴 ら し い 演 奏 を す る こ と

で き 、 本 当 に い い 経 験 に 。 結 果 は 銀 賞 で し

出 場 で き ま し た 。 全 国 大 会 ま で 進 む こ と が

デ ィ シ ョ ン に 受 か っ て 、 私 も コ ン ク ー ル に

や っ と コ ン ク ー ル ・ メ ン バ ー の 選 抜 オ ー

や っ て み た い な と 。 富 士 通 で は モ バ イ ル

日 本 で 生 活 し て い る の で 仕 事 も こ ち ら で

再 び 日 本 に き て 今 年 で 8 年 目 。 こ ん な に

修 了 し て 、 富 士 通 に 就 職 が 決 ま り ま し た 。

の 良 い と こ ろ で す ね 。 そ の 大 学 院 も 今 年

ろ ん な 分 野 が 学 べ る の が 電 子 情 報 学 専 攻

に 違 い な い 。

ス 思 考 も 、 グ ロ ー バ ル 人 材 に は 必 要 な 素 質

け ど 今 思 い 出 せ な い ﹂ と の 答 え 。 こ の プ ラ

こ と あ り ま す か ? と の 質 問 に ﹁ あ る と 思 う

イ ン ト が 。 馴 染 め な か っ た 習 慣 や 苦 労 し た

11 World, Unlimited

  最 後 に も う 一 つ ソ ウ ザ さ ん か ら 学 べ る ポ

と は 違 っ て い ま し た が 、 小 説 の な か で 感 じ

そ ん な 反 応 は 外 国 で は な い で す か ら 。

ヒ ー ロ ー み た い に 歓 迎 し て も ら い ま し た 。

来 る の は 珍 し い よ う で 、 ま る で ス ー パ ー

楽 し か っ た ん で す 。 日 本 の 高 校 に 外 国 人 が

に 勉 強 し ま し た 。 そ の 時 の 思 い 出 が す ご く

ム ス テ イ を し な が ら 、 日 本 の 学 生 達 と 一 緒

に 東 京 の 都 立 駒 場 高 校 に 留 学 。 1 年 間 ホ ー

し さ は さ ら に 深 ま り ま し た ね 。

練 習 。 違 う 角 度 か ら 音 に 触 れ る こ と で 、 楽

ん だ こ と を 意 識 し な が ら 、 放 課 後 は 楽 器 の

析 な ど を お こ な い ま し た 。 音 波 の 研 究 で 学

伝 導 を シ ミ ュ レ ー シ ョ ン し た り 、 音 色 の 解

る 研 究 室 に 入 り 、 コ ン サ ー ト ホ ー ル の 音 の

に な っ て 、 3 年 生 で は 電 波 と 音 波 を 研 究 す

に 音 楽 を も っ と 詳 し く や り た い と 思 う よ う

と め ま し た 。 カ テ ゴ リ に し ば ら れ ず 、 い

で き た 太 陽 電 池 の 特 性 の 関 係 に つ い て ま

文 は 太 陽 電 池 を 作 製 す る 時 の 真 空 度 と 、

の 研 究 室 で 太 陽 電 池 の 研 究 を し 、 修 士 論

し ば ら く は 日 本 に 住 み た い

就 職 も 日 本 で 。

い く こ と が 期 待 さ れ る 。

て み る 。 そ ん な 人 材 が 今 後 た く さ ん 育 っ て

質 な も の に 興 味 を 持 ち 、 飛 び 込 ん で 追 求 し

く れ た が 、 ま ず そ れ が 難 し い の で あ る 。 異

興 味 を 持 っ て や れ ば 勉 強 も 楽 し め る し 、 試

味 を 持 ち 、 い ろ ん な こ と に 興 味 を 持 つ こ と 。

  吹 奏 楽 部 の 練 習 は ほ ぼ 毎 日 で す 。 去 年

初 め て 見 た 日 本 は 、 当 然 宮 本 武 蔵 の 世 界

  大 学 卒 業 後 は 大 学 院 へ 進 み 、 海 川 先 生 べ ま す か ら ﹂ さ も 当 然 だ と い う 顔 で 語 っ て

験 に 必 要 な こ と だ け で な く 周 辺 の こ と も 学

広 く 深 い 。 が ん ば る 秘 訣 は ? と 聞 く と ﹁ ���

  そ ん な 思 い を 実 現 す る た め 、 高 校 生 の 時 パ ー カ ッ シ ョ ン を 担 当 。 そ れ を 続 け る う ち

と 思 う よ う に な り ま し た 。

  部 活 は 興 味 の あ っ た 吹 奏 楽 部 に 入 部 し 、

す が 、 人 生 の 貴 重 な 1 年 に な る は ず で す 。

年 遅 れ る こ と を 気 に す る 人 が 多 い み た い で

ん 。 授 業 に 課 外 活 動 に 、 そ の 活 動 範 囲 は 幅

10 に 入 っ て 表 彰 さ れ た こ と も あ る ソ ウ ザ さ

て も 自 分 の 目 で 日 本 と い う 国 を 見 て み た い

ル 語 訳 ︶ 、 そ れ が と て も 面 白 く て 。 ど う し

説 を 紹 介 さ れ て 読 ん だ の で す が ︵ ポ ル ト ガ

本 が 好 き に な り 、 あ る 時 ﹃ 宮 本 武 蔵 ﹄ の 小

本 の 精 神 を 学 び ま し た 。 そ ん な こ と か ら 日

き 合 う 姿 勢 や 相 手 を 尊 敬 す る こ と な ど 、 日

和 な 気 持 ち に な れ る の で す 。 ま た 武 道 に 向

道 を す る と 、 ス ト レ ス の 解 消 に な る し 、 平

自 分 一 人 で や る と こ ろ が 好 き で し た 。 居 合

龍 谷 大 学 に 入 学 。 2 年 生 へ の 編 入 で す 。

の で 、 電 子 情 報 学 科 の 編 入 学 試 験 を 受 け て

回 路 に も プ ロ グ ラ ミ ン グ に も 興 味 が あ っ た

田 キ ャ ン パ ス が と て も 魅 力 的 で し た 。 電 子

人 が 龍 谷 大 学 を 推 薦 し て く れ 、 見 学 へ 。 瀬

ま し た 。 そ の 頃 、 龍 谷 大 学 に 通 っ て い る 友

東 京 の 専 門 学 校 で 2 年 間 、 電 気 の 勉 強 を し

ま し た 。 初 め は 大 阪 の 日 本 語 学 校 に 1 年 、

の こ と を 調 べ 、 約 束 通 り 日 本 再 来 を 果 た し

本 人 学 生 が も っ と 増 え る と い い で す ね 。 1

と て も 少 な い と 感 じ ま す 。 海 外 留 学 す る 日

あ る け れ ど 、 国 際 文 化 学 部 以 外 は 留 学 生 が

語 の 勉 強 を 始 め ま し た 。

似 て い る か ら 勉 強 に な る か な と 思 っ て 韓 国

の 友 人 が た く さ ん で き た の で 、 日 本 語 に も

み る と い い と 思 い ま す 。 私 は 最 近 、 韓 国 人

た り 、 異 質 な 人 と 付 き 合 う こ と を 意 識 し て

す が に 。 で 帰 き っ る て よ も う 、 、 す こ ぐ れ に か エ ら ン も ジ が ニ ん ア ば と り し た て い 仕 で 事

帰 国 す る か も し れ ま せ ん が 、 も し ブ ラ ジ ル

日 本 に い た い 。 両 親 が 心 配 な の で い つ か は

で も い い で す ね 。 今 の と こ ろ は で き る だ け

  特 別 研 究 の 発 表 が 優 秀 で 、 学 部 の ト ッ プ

  龍 谷 大 学 も 留 学 の 制 度 や 受 け 入 れ 体 制 は

  今 後 は 日 本 の 女 性 と 結 婚 し て 日 本 に 住 ん

も の 。 ほ か の ス ポ ー ツ と 違 っ て 競 争 は せ ず 、

一 つ は 居 合 道 。 こ れ は 型 だ け を 極 め て い く

ら た く さ ん の 日 本 文 化 に 触 れ て 育 ち ま し た 。 龍 谷 大 学 へ 留 学

ま た 必 ず 戻 っ て く る つ も り で 日 本 の 大 学 な る に は 、 積 極 的 に 外 国 人 の 友 達 を つ く っ

あ る と 感 じ ま す 。 日 本 人 が も っ と 国 際 的 に

仲 良 く な る と 自 分 達 だ け で か た ま る 傾 向 が

忘 れ る そ う で す ︵ 笑 ︶ 。

た 。 友 達 も た ま に 私 が 留 学 生 だ っ て こ と を

人 の よ う に 日 本 を 見 る こ と に 慣 れ て き ま し

き っ か け は 宮 本 武 蔵

私 は ブ ラ ジ ル に い な が ら も 子 ど も の 頃 か

連 絡 を と っ て い ま し た 。

再 び 日 本 へ 。

外 国 を 意 識 し て い る 人 が 少 な い

日 本 人 は 仲 良 く な る ま で 時 間 が か か っ て 、 良 い 面 悪 い 面 も 特 に 考 え な く な っ て 、 日 本

ま す ! ﹂ と 言 っ て そ の 時 の 友 達 と は ず っ と

学 生 と し て 日 本 に 住 ん で い る 感 じ が し ま す 。

  今 は も う 留 学 生 と し て で は な く 、 普 通 の

フ ォ ン の 開 発 を す る 予 定 で す 。


Souza Diogo さん

World, Unlimited 龍大生 世界

理工学研究科電子情報学専攻 修士課程2年生 ブラジル・ブラジリア市 ガロア高校出身

子どもの頃から居合道や空手などを通じて、日本の文化や精神 に親しみがあったというソウザさん。

「多文化共生を展開する大学」を標榜する龍谷大学。

ポルトガル語・英語・日本語を流暢に話し、 「時々友達は私が

2015年4月には国際文化学部が深草キャンパスへと移転し、国際

留学生だってことを忘れてます」というくらい日本社会に馴染ん

化へ向けた取り組みがますます加速する。高い志を持ったグローバ

でいる彼。その優れた国際感覚はグローバル化をめざしながらも、 ル人材を育むため、言語や文化の壁を越えて世界と連携する取り組 なかなかもう一歩を踏み出せない私達にとって学ぶべきところが

みが現在、各学部で精力的におこなわれている。

多い。日本の外側と内側を自由に行き来するソウザさんに見えて いる日本とは、龍谷大学とは。 なおインタビューはもちろん、全編完璧な日本語で応えてくれた。

も っ と 異 質 な 人 と 付 き 合 う こ と を 意 識 し て み て は

龍 谷 大 学 は も っ と も っ と 国 際 化 が で き る は ず 。

10


オモテ

ウラ カニシュカⅠ世金貨 2世紀《平山郁夫シルクロード美術館蔵》

で い た 。 中 国 、 カ ン ボ ジ ア 、 ア フ ガ ニ ス タ ン な

地 の 文 化 遺 産 保 護 活 動 に も 熱 心 に 取 り 組 ん

は い か が だ ろ う か 。

り を 捧 げ た そ の 生 涯 を 、 本 展 で 感 じ て み て

学 そ 芸 の 員 他 に よ る 展 示 解 説 な ど を 随 時 開 催 予 定 09

  平 山 氏 は シ ル ク ロ ー ド を は じ め と す る 、 各 歩 き 、 仏 教 を 描 き 続 け る こ と で 平 和 へ の 祈

ミ ュ ー ジ ア ム 顧 問 ︶

作 品 に 託 し た 平 和 へ の 想 い

後 遺 症 に 苦 し ん だ 平 山 氏 。 シ ル ク ロ ー ド を

  中 学 3 年 で 広 島 で 被 爆 し 、 晩 年 ま で そ の

る こ と が で き る 。

に 情 熱 を 燃 や し た 作 家 の 、 表 情 を う か が い 知

景 を 見 た の か 。 画 業 の 周 辺 か ら シ ル ク ロ ー ド

が 将 来 の 理 想 で す ﹂

こ と だ け じ ゃ な し に 、 そ う あ り た い と い う の

ぎ が 出 る よ う に 、 た だ 装 飾 的 に 美 し い と い う

          ﹁ 田 平 6 前 ﹁ 辺 山 月 田 平 山 コ 勝 レ 2 耕 郁 美 ク 日 作 夫 シ ︵ 氏 ョ 日 氏 と ︵ ン ︵ 文 浜 に ︶ ア 化 名 見 13 フ 梱 る 時 ガ 遺 包 シ ニ 産 輸 ル 30 ス 保 送 ク 分 タ シ ロ ∼ ン 護 ル ー 15 文 活 ク ド 化 動 ロ の 時 研 ﹂ ー 究 ド ・

歴 史 と 文 化 ﹂

所 長 ︶

  こ れ ら 歴 史 の 遺 物 に 平 山 氏 は ど の よ う な 風   ﹁ み ん な 生 命 が あ る の で す か ら 、 見 て 安 ら   5 月 19 日 ︵ 日 ︶ 13 時 30 分 ∼ 15 時

置 付 け で あ っ た か を 物 語 る 一 級 品 の 資 料 だ 。

ニ シ ュ カ Ⅰ 世 の 統 治 時 代 に 仏 教 が ど の よ う な 位

の よ う に 語 っ て い る 。

て 、 仏 教 を 主 題 と し て 描 く こ と へ の 想 い を 次

特 別 講 演 会 京 都 大 学 名 誉 教 授 ︶

教 の 保 護 者 ﹂ と し て 多 く の 経 典 に 登 場 す る カ   平 山 氏 は 生 前 、 本 誌 の イ ン タ ビ ュ ー に お い

  東 西 か ら 多 く の 民 族 が 行 き 交 っ た 古 代 の シ

の と 言 え る 。

コ レ ク シ ョ ン ﹂ は 、 シ ル ク ロ ー ド の 歴 史 そ の も 裏 に は そ の 王 が 信 仰 し て い た 神 々 が 刻 印 さ れ

直 径 わ ず か 2 セ ン チ ほ ど の 小 さ な コ イ ン の 刻 印

て い ま す 。 現 在 、 史 実 と さ れ て い る 歴 史 に は 、

中 の 共 感 を 呼 び 、 逝 去 し た 今 も ア ジ ア の 研

化 遺 産 を 救 済 し 続 け た 平 山 氏 の 活 動 は 世 界

示 し た 。 晩 年 ま で 戦 火 の な か に 失 わ れ る 文

文 化 遺 産 分 野 で の 国 際 貢 献 の あ り 方 を 世 に

  ﹁ シ ル ク ロ ー ド か ら 日 ∼ 本 平 へ 山 郁 夫 の 旅 ∼ ﹂

カ Ⅰ 世 金 貨 ﹄ は 、 こ の 大 き さ の も の で は 世 界 で

て 知 ら れ て い る 。

究 者 達 の 間 で は も っ と も 有 名 な 日 本 人 と し

郁 夫 シ ル ク ロ ー ド 美 術 館 長 ︶

ル ク ロ ー ド 。 そ の 文 化 の 多 様 さ か ら 、 支 配 者 か ら 解 読 さ れ た も の も 多 く 含 ま れ て い ま す ﹂

た っ た 2 枚 し か 存 在 し て い な い 貴 重 な も の 。 ﹁ 仏

        平   口   山   美   隆 知   康 子   氏 氏   ︵ ︵   泉 平   屋 山   博 古 館 名 誉 館 長 ・

が 交 代 し た 年 代 や 当 時 の 世 相 風 俗 な ど は い ま

と く に 、 裏 に ブ ッ ダ 像 が 刻 ま れ た ﹃ カ ニ シ ュ

特 5 別 月 対 11 談 日 ︵ 土 ︶ 13 時 30 分 ∼ 15 時

  平 山 氏 が 掲 げ た ﹁ 文 化 財 赤 十 字 ﹂ 構 想 は 、

も 当 時 の 営 み を 現 代 に 伝 え る 。

子 ガ ラ ス 碗 、 刺 繡 裂 な ど 古 代 の 遺 物 は い ず れ

せ て 展 示 。 2 0 0 0 年 近 い 時 を 経 た 石 仏 や 切

コ イ ン に は 、 そ の 表 に 当 時 地 域 を 統 治 し た 王 が 、

重 要 な 手 が か り で す 。 当 時 、 使 用 さ れ て い た

資 料 が と て も 少 な い 、 古 代 中 央 ア ジ ア を 知 る

  ﹁ シ ル ク ロ ー ド か ら 発 掘 さ れ た コ イ ン は 文 献

か り と な る 遺 物 も あ り ま す ﹂

央 ア ジ ア の 宗 教 史 を 読 み 解 く 、 重 要 な 手 が

よ う に 、 様 々 な 宗 教 が 融 和 し て い た 古 代 中

の と 考 え ら れ る ﹃ ゼ ウ ス 神 像 左 足 断 片 ﹄ の

な か で も 平 山 氏 が 熱 心 に 収 集 し た ﹁ コ イ ン ・

る た め に 収 集 し た ﹁ 平 山 コ レ ク シ ョ ン ﹂ も あ わ だ 多 く の に 包 ま れ て い る 。

せ ん 。 ま た 、 な か に は 紀 元 前 3 世 紀 頃 の も

け れ ば 混 乱 の な か で 失 わ れ て い た か も し れ ま

画 な ど の 多 く は 、 平 山 氏 に 保 護 さ れ て い な

展 示 し て い る ガ ン ダ ー ラ 仏 や バ ー ミ ヤ ー ン 壁

に 生 涯 を か け て 取 り 組 ん だ 活 動 で す 。 今 回

  ﹁ 文 化 遺 産 保 護 は 、 平 山 氏 が 画 業 と と も

い た の だ 。

し 、 い つ か 本 国 へ 返 却 す る た め の 準 備 を し て

逸 し た 流 出 文 化 財 を 収 集 し て 一 時 的 に 保 管

関 連 イ ベ ン ト

ゼウス神像左足断片 アイ・ハヌム 前3世紀 《流出文化財保護日本委員会保管》

ど で 内 戦 や 政 情 不 安 に よ っ て 世 界 各 地 へ と 散


春季特別展

平山郁夫 悠久のシルクロード 4 月 20 日(土)∼6 月 30 日(日)

主催:龍谷大学 龍谷ミュージアム、日本経済新聞社、京都新聞社 シルクロードを行くキャラバン(東・太陽)2005 年《平山郁夫シルクロード美術館蔵》

し 続 け た そ の 生 涯 ま で を も 知 る こ と 龍谷ミュージアム 講師(学芸員) が で い わ い しゅん ぺい き 岩井 俊平 る 。   ま た 、 平 山 氏 が シ ル ク ロ ー ド 研 究 に 寄 与 す

と が で き る 。

多 く 展 示 さ れ 、 平 山 氏 の 創 作 の 原 点 を 見 る こ

さ れ た 取 材 ノ ー ト や 素 描 、 ス ケ ッ チ な ど も 数

も 多 く 展 示 さ れ る 。 ま た 、 シ ル ク ロ ー ド で 記

え 、 本 画 の 制 作 過 程 で 描 か れ た 下 図 ︵ 下 絵 ︶

ル ク ロ ー ド を 行 く キ ャ ラ バ ン ﹄ な ど の 大 作 に 加

  本 展 で は 、 代 表 作 で あ る ﹃ 入 涅 槃 幻 想 ﹄ ﹃ シ

本 展 の 主 担 当 者 で あ る 講 師 の 岩 井 俊 平 さ ん 。

画 業 だ け で な く 、 シ ル ク ロ ー ド に 情 熱 を 燃 や

管 さ れ て い る ﹁ 流 出 文 化 財 ﹂ な ど も 展 示 。

山 コ レ ク シ ョ ン ﹂ の ほ か 、 日 本 で 一 時 的 に 保

を 防 ぎ 、 研 究 に 寄 与 す る た め に 収 集 さ れ た ﹁ 平

展 示 す る と と も に 、 貴 重 な 文 化 遺 産 の 散 逸

に し た 作 品 を 数 多 く 遺 し た 平 山 氏 の 代 表 作 を

も と に 釈 の 生 涯 や 、 仏 教 伝 来 の 道 を テ ー マ

画 家 、 平 山 郁 夫 。 本 展 で は 精 力 的 な 取 材 を

プ ン し た 当 初 か ら の 悲 願 で し た ﹂ と 話 す の は 、

顕 彰 す る 展 覧 会 は 、 龍 谷 ミ ュ ー ジ ア ム が オ ー

に し て 仏 教 を 描 き 続 け た 平 山 郁 夫 氏 の 業 績 を

  ﹁ 自 ら シ ル ク ロ ー ド を 歩 き 、 そ の 感 動 を も と

そ の 累 積 移 動 距 離 は 40 万 キ ロ に も 及 ん だ 。

ド を 中 心 と し た 取 材 旅 行 は 1 5 0 回 を 超 え 、

で の 感 動 体 験 を 大 切 に し て い た 。 シ ル ク ロ ー

に も 及 ぶ 作 画 活 動 に お い て 、 な に よ り も 現 地

  幻 想 的 な 画 風 で シ ル ク ロ ー ド を 描 き 続 け た  

も 2 の 0 だ 0 。 9 年 に 逝 去 し た 平 山 氏 は 、 そ の 62 年

半跏思惟坐像 ガンダーラ3∼4世紀 《平山郁夫シルクロード美術館蔵》

巨 匠 、 平 山 郁 夫 氏 の 原 画 を も と に 制 作 さ れ た

の テ ー マ と し て 多 く の 作 品 を 遺 し た 日 本 画 の

た ま だ ﹃ れ ろ て う 園 説 か 精 法 。 舎 を 生 ﹄ す い は る 茂 、 釈 る 大 仏 教 の 樹 伝 様 の な 来 子 か の が 荘 で 道 厳 弟 筋 に 子 を 描 達 生 か に 涯 れ 囲

画 が 強 く 印 象 に 残 っ て い る 方 も 多 い の で は な い

  深 草 学 舎 の 顕 真 館 に 掲 げ ら れ た 巨 大 な 陶 板

画 業 の 周 辺 か ら 創 作 の 原 点 を 知 る

仏 教 を 描 き 続 け た 画 家 の 画 業 と そ の 周 辺 を 知 る

シ ル ク ロ ー ド を 歩 き 、

08


こ う い う こ と を や り た い か ら 一 緒 に や ろ う 、 と い う ス タ ン ス で 説

こ と で は あ り ま せ ん か ら 、 上 か ら や れ と い う の で は な く 、 私 は

ち ろ ん 衝 突 も た く さ ん し ま し た よ 。 で も 、 ぶ つ か る こ と は 悪 い

深 い 歓 び を 、 仲 間 達 み ん な で 分 か ち 合 い た い と 思 い ま し た 。 も

そ の 後 話 し 合 い で 選 ば れ ま す 。 団 長 に な る の は 大 変 だ し 、 な っ

思 っ た か ら 。 団 長 は 推 薦 で 選 ば れ 、 全 ��� 会 議 で 質 疑 応 答 を う け 、

団 長 に な っ た の は 、 入 部 し た と き に も っ と 楽 し い 団 に し た い と

弦 楽 器 は 目 立 つ か ら 。 部 の ア ッ ト ホ ー ム な 雰 囲 気 も 好 き で し た 。

は じ め ま し た 。 大 学 で オ ー ケ ス ト ラ を 選 ん だ の は 、 オ ケ の 方 が

楽 団 に こ れ か ら も 注 目 し た い 。

美 し い 音 色 が 会 場 に 響 き わ た っ た 。 よ り 深 く 音 楽 を 追 究 す る

  取 材 後 の 定 期 演 奏 会 で は 団 員 全 員 の 気 持 ち が 一 つ に な っ た

07 青春クローズアップ

て い き た い で す 。

げ て い く 歓 び で は 達 成 感 が 全 く 違 い ま す 。 私 は 音 楽 を 通 じ た

ベ ル と 、 一 つ の 曲 を 全 員 の 力 を 合 わ せ て 、 深 く 豊 か に つ く り あ

限 っ て は 、 音 楽 的 に レ ベ ル ア ッ プ す る こ と を 念 頭 に 、 か な り 厳

団 長 ら し く あ る た め に 、 陰 の 努 力 も

私 は 高 校 1 年 の と き に 吹 奏 楽 部 に 入 部 し て 、 コ ン ト ラ バ ス を

き ま せ ん が 、 い つ か 実 現 で き る と 信 じ て こ れ か ら も 音 楽 を 続 け

し い 指 導 を し ま し た 〝 。 み ん な で 音 を 合 わ せ て 楽 し い な 〟 と い う レ

夢 を 追 い 続 け ら れ る ん で す 。 今 は ま だ ま だ 部 員 が 足 り な く て で

な く て も 、 卒 業 後 に も O B ・ O G と し て 参 加 す る こ と で 、 ま た

編 成 の 曲 を や る こ と 。 そ ん な 夢 を た と え 学 生 時 代 に 叶 え ら れ

る よ う に ま と め て い く の が 団 長 の 仕 事 で は あ り ま す が 、 今 年 に

も い ま す 。 も ち ろ ん ど ん な 動 機 も 大 切 で す し 、 全 員 が 楽 し め

え て い る 人 が い る 一 方 で 、 趣 味 的 に 楽 し く や れ た ら い い と い う 人

た 。 集 団 で や っ て い る と 、 本 格 的 に 音 楽 を 極 め て い き た い と 考

な 雰 囲 気 は ず っ と 引 き 継 い で い き た い も の で す 。

の 方 々 と 良 い 交 流 を さ せ て い た だ い て ま す 。 こ の ア ッ ト ホ ー ム

く だ さ っ た り 、 昔 の お 話 を 聞 か せ て い た だ い た り し て 、 社 会 人

感 じ て い ま す 。 練 習 が 終 わ っ て か ら は ご 飯 を 食 べ に 連 れ て い っ て

私 達 の 団 の 夢 は 、 い つ か ベ ー ト ー ベ ン の 第 九 や マ ー ラ ー な ど 大

し て い る の で す が 、 自 分 の コ ン ト ラ バ ス を 買 お う と 思 っ て い ま す 。

卒 業 し て も 楽 器 は 続 け る つ も り 。 今 は 団 の 楽 器 を 借 り て 演 奏

か ら も が ん ば っ て ほ し い で す ね 。 私 は こ れ か ら 就 職 活 動 で す が 、

部 員 達 の 姿 勢 を 変 え た 1 年

今 年 は 特 に 音 楽 面 で 、 も の す ご く 真 剣 に 取 り 組 ん だ 一 年 で し

が ︵ 笑 ︶ 。 皆 さ ん 、 団 へ の 愛 が れ て い ら っ し ゃ る 。 あ り が た く   後 輩 達 に は 今 年 築 き 上 げ た も の を 元 に 戻 さ な い よ う 、 こ れ

見 を 頂 く こ と も あ り ま す の で 、 ち ょ っ と 怖 い 存 在 で も あ り ま す

て 来 て く だ さ っ て い ま す 。 音 楽 面 や 楽 団 の 運 営 面 に 厳 し い ご 意

卒 業 し て も 夢 は 続 く

加 し て い た だ く の で す が 、 仕 事 を 早 く 切 り 上 げ た り 、 有 給 を 使 っ

が で き ま す 。

一 人 の 力 で は 成 し 遂 げ ら れ な い 、 大 き な 大 き な 成 果 を 得 る こ と

の 上 で ﹁ で き た ! ﹂ と 思 え た と き の 感 動 は と て つ も な く 大 き い 。

ト ラ と し て 出 演 し て く だ さ い ま す 。 演 奏 会 前 に は 練 習 に も 参

方 が 多 い の で 、 毎 年 か な り た く さ ん の 方 が 定 期 演 奏 会 に エ キ ス

卒 業 さ れ て か ら も 市 民 オ ケ な ど に 参 加 さ れ て 楽 器 を 続 け て い る

ご く 寂 し い な 、 と い う 思 い が 入 り 交 じ っ た 複 雑 な 気 持 ち で す 。

大 成 が 終 わ る と 思 う と 、 ﹁ や っ と か

今 回 は こ れ で い よ い よ 最 後 。 今 ま で 必 死 で や っ て き た こ と の 集

得 し て い き ま し た 。 危 機 感 が な い と 、 な か な か 真 剣 に な ら な い

﹂ と い う 思 い と 、 も の す

け で は や っ て い け な い 厳 し い 部 分 で す が 、 だ か ら こ そ 本 番 舞 台

あ っ て 初 め て 成 功 で き る 、 団 体 競 技 な の で す 。 そ こ が 楽 し み だ

そ う い う 意 味 で は ス ポ ー ツ と 同 じ で す ね 。 そ し て オ ー ケ ス ト ラ

O B ・ O G と と も に つ く っ て き た 楽 団

私 達 の 楽 団 の 特 徴 は 、 O B ・ O G と の 関 係 が 強 い と こ ろ で す 。 毎 回 、 定 期 演 奏 会 の 終 盤 に は 感 慨 深 く て 泣 け て く る の で す が 、

は 一 人 が 上 手 で も 意 味 が な い 。 全 員 の レ ベ ル と 意 識 が ピ タ リ と

た の で 、 引 退 し た ら ぽ っ か り と 心 に 穴 が あ い て し ま い そ う で す 。

  そ ん な ふ う に 大 学 生 活 の ほ と ん ど を オ ー ケ ス ト ラ に 捧 げ て き

裏 の 努 力 も い ろ い ろ あ り ま し た 。

か ら 毎 日 の 練 習 は 、 本 番 の 成 功 率 を あ げ る た め に す る わ け で す 。

い ま す 。 前 日 の 失 敗 を 引 き ず っ て 音 が 出 な か っ た り も す る 。 だ

番 が で き る か 。 ち ょ っ と し た 緊 張 、 体 調 で 音 色 は 変 わ っ て し ま

私 も こ の 演 奏 会 を も っ て 引 退 な の で 、 思 い 入 れ は 強 い で す 。

れ た ︶ 。 こ れ ま で の 集 大 成 で す か ら 絶 対 成 功 さ せ た い で す ね 。

練 習 し て い る と こ ろ で す ︵ 本 取 材 は 昨 年 12 月 20 日 に お こ な わ

ま せ ん 。 だ か ら 陰 な が ら 練 習 し た り 、 個 人 レ ッ ス ン に 通 っ た り 。

て も 楽 器 が ヘ タ だ っ た ら 説 得 力 も な い で す し 、 み ん な も つ い て き

た り 、 前 に 出 て 話 し た り す る の も 仕 事 で す が 、 偉 そ う な こ と 言 っ

面 白 さ で す 。 精 神 状 態 、 楽 器 の 状 態 が 全 て ベ ス ト な 状 態 で 本   今 は 2 日 後 に 定 期 演 奏 会 を 控 え て お り 、 、 み ん な ピ リ ピ リ と

貴 重 な 社 会 勉 強 に な り ま し た ね 。 団 員 み ん な の 意 見 を ま と め

し な く て は 意 味 が な い 。 そ れ が オ ー ケ ス ト ラ の 難 し さ で あ り 、

オ ー ケ ス ト ラ は 瞬 間 芸 術

た と え 練 習 の 過 程 で 演 奏 が 良 く で き て い て も 、 本 番 が 成 功

た こ と で 、 大 き な レ ベ ル ア ッ プ が で き た と 思 い ま す 。

の サ ー ク ル 的 な 意 識 か ら 、 よ り 深 く 音 楽 を 追 究 す る 方 へ 変 わ っ

て 音 も 変 わ っ て き ま し た 。 楽 し か っ た ら い い や ん 、 と い う 内 輪

ん な 真 剣 に 練 習 す る よ う に な っ て く れ て 。 意 識 が 変 わ る に つ れ

部 分 も あ る の で 厳 し く 言 っ た り も し ま し た が 、 い つ の 間 に か み

こ と も あ り 、 痛 い 思 い を た く さ ん し ま し た 。 で も 今 振 り 返 れ ば

の 方 と ど う 対 応 し て い け ば 良 い の か わ か ら ず 、 お 叱 り を 受 け た

た く さ ん の 方 の 協 力 が 欠 か せ ま せ ん 。 初 め は プ ロ の 方 や 社 会 人

の 指 揮 者 、 他 大 学 の エ キ ス ト ラ や 演 奏 会 場 の 方 な ど 、 学 外 の

て か ら は も っ と 大 変 で す 。 団 を 運 営 す る に は 指 導 の 先 生 や 客 演


期 演 奏 会 を 直 前 に 控 え た 楽 団 の ﹁ 今 ﹂ を 聞 い た 。

と 成 長 し た 。 20 年 の 節 目 に 団 長 を 務 め る 、 辻 野 萌 さ ん に 定

奏 な ど 、 様 々 な 場 面 で 幅 の あ る 音 色 を 奏 で る 立 派 な 楽 団 へ

員 80 名 。 13 パ ー ト 全 て が い 、 学 内 演 奏 会 や 地 域 の 依 頼 演

心 に 演 奏 す る 楽 団 と し て ス タ ー ト し た 。 そ れ が 現 在 は 総 団

で あ る 大 編 成 の 曲 な ど 夢 の ま た 夢 で 、 ア ン サ ン ブ ル 曲 を 中

全 て の 楽 器 パ ー ト も わ な い 状 態 。 オ ー ケ ス ト ラ の 醍 醐 味

に 音 楽 好 き が 集 ま っ て 発 足 、 当 時 は 20 名 し か 部 員 が お ら ず 、

意 〝 楽 識 し を い サ 変 ー ク え ル 〟 か た ら 〝 ら よ り 、 深 く 音 音 楽 色 を が 追 究 変 す る わ 楽 団 っ 〟 へ た

  今 年 で 創 団 20 周 年 を 迎 え る 龍 谷 大 学 交 響 楽 団 。 平 成 5 年

龍谷大学交響楽団第20代団長 龍谷 つ じ

も え

辻 野 萌 さん 法学部 3 年生 大阪学芸高等学校出身 法学

06


あ る の で 、 試 合 が 重 な る と き は 休 み な し で や っ て い ま す 。

楽 し さ が 味 わ え ま す 。 や る わ け で も な い 、 見 て い る だ け で も

だ 。 そ の 成 果 は 、 4 月 号 に て 明 ら か に な る 。 乞 う ご 期 待 !

替 え て い く 新 谷 編 集 長 。 彼 女 の 快 進 撃 は ま だ 始 ま っ た ば か り

  記 者 は 自 分 が プ レ ー す る の と は ま た 違 っ た 、 ス ポ ー ツ の   ジ ャ ン ヌ ・ ダ ル ク の ご と く 龍 魂 に 颯 爽 と 現 れ 、 歴 史 を 塗 り

05 青春クローズアップ

現 在 は 九 つ の 重 点 強 化 サ ー ク ル を 回 る だ け で も 手 一 杯 。 野

数 が 多 か っ た と き は た く さ ん の 競 技 に 取 材 に 行 け ま し た が 、

た の 7 名 。 一 方 で 体 育 局 に は 43 も の サ ー ク ル が あ り ま す 。 人

時 に は の め り 込 ん で 涙 を 流 す 、 そ れ が 記 者 魂

ま す 。 新 生 ・ 龍 魂 を 楽 し み に し て い て く だ さ い !

る は ず 。 新 入 生 に 配 布 す る 号 で す か ら 気 合 い を 入 れ て 作 り

  次 の 4 月 号 は 、 リ ニ ュ ー ア ル し た 龍 ス ポ を お 目 に か け ら れ

間 を 勉 強 に あ て る こ と に し ま し た 。

し て い こ う と 、 思 い 切 っ て 1 月 末 の 発 行 を 一 度 休 ん で そ の 期

全 く な い 状 態 で 新 聞 を 作 っ て い た の で 、 改 め て 基 礎 づ く り を

の 撮 り 方 を 教 え て も ら お う と 思 っ て い ま す 。 今 ま で 基 礎 が

て 教 え て い た だ き ま し た 。 今 後 は カ メ ラ マ ン の 方 に 良 い 写 真

て 新 聞 関 係 に 勤 め て い た 方 か ら 、 よ り 良 い レ イ ア ウ ト に つ い

ら っ し ゃ る の で 、 ア ド バ イ ス を も ら お う と 。 先 週 は 瀬 田 に 行 っ

か ら 、 自 分 の 書 き 方 を 極 め て い っ て ほ し い と 思 い ま す 。

記 者 に よ っ て 個 性 が あ る 方 が 新 聞 と し て は 面 白 く な り ま す

た だ 指 導 は し ま す が 、 自 分 の 色 は 消 し て ほ し く な い で す ね 。

あ う こ と で 、 新 入 生 で も だ ん だ ん 上 手 く な っ て い き ま す 。

直 し た こ と も あ り ま し た 。 そ う や っ て お 互 い に 切 磋 琢 磨 し

て き た と き は 、 も う 悔 し く て 悔 し く て 。 翌 日 イ チ か ら 書 き

身 の 文 章 に ど ん ど ん 赤 が 入 れ ら れ て 真 っ 赤 っ か に な っ て 返 っ

も 後 輩 も 関 係 な く 、 全 員 で お こ な い ま す 。 自 分 の 出 し た 渾

し て い ま す 。

﹁ あ ー 青 春 し て る な ﹂ と い う 感 じ 。 本 当 に 毎 日 が 生 き 生 き

で 入 部 し た の が 龍 魂 だ っ た の で す 。 龍 魂 の 活 動 を し て い る と

を 応 援 し た い 。 自 分 も 参 加 で き る よ う な 形 で

悔 し く な る に 違 い な い と 思 っ た ん で す 。 何 か 別 の 形 で 陸 上 部

関 わ ろ う と 思 っ た と き に 、 マ ネ ー ジ ャ ー で 見 て い る だ け で は

故 障 を 機 に 引 退 し ま し た が 、 大 学 に 入 り 直 し て ま た 陸 上 に

と 陸 上 を し て い て 、 高 校 卒 業 後 は 実 業 団 で 走 っ て い ま し た 。

今 後 は 部 員 も も っ と 増 や し た い で す ね 。 現 在 部 員 は た っ

な い 。 一 歩 突 っ 込 ん だ と こ ろ か ら 選 手 を 応 援 で き る 。 成 績 は

球 な ら 明 治 神 宮 、 ス キ ー な ら 新 潟 な ど 地 方 遠 征 へ の 取 材 も

そ ん な 思 い

し た の で す 。 大 学 内 に も マ ス コ ミ 関 係 の 先 生 方 が た く さ ん い

を 残 せ ず に き ま し た 。 そ こ で 、 自 主 的 に 勉 強 に 行 く こ と に

知 新 聞 の 学 生 ス ポ ー ツ 新 聞 コ ン テ ス ト で も 、 ず っ と 良 い 結 果

イ ス し て く れ る 人 が い な い ん で す 。 毎 年 お こ な わ れ て い る 報

ま た 、 記 事 づ く り は み ん な と て も 真 剣 。 ダ メ 出 し は 先 輩

さ く て 言 え な い で す け ど 、 仲 間 達 に は と て も 感 謝 し て い ま す 。

そ ん な 部 員 達 の 努 力 が 龍 魂 を 支 え て い ま す 。 日 頃 は 照 れ く

ん で す 。 私 は 気 が つ か な い フ リ を し て い る ん で す け ど ︵ 笑 ︶ 。

て 、 他 大 学 や ス ポ ー ツ 新 聞 社 の 新 聞 を 研 究 し て い る み た い な

た の が 1 年 生 達 。 私 達 2 年 生 が 知 ら な い と こ ろ で 毎 週 集 ま っ

感 情 移 入 し て い い 記 事 を 書 け る は ず 。 実 は 私 も 中 学 ・ 高 校

し て く れ た ら 嬉 し い で す 。 あ ら か じ め ル ー ル も 知 っ て い る し 、

そ ん な 面 白 さ を も っ と た く さ ん の 人 に 感 じ て ほ し い で す ね 。

し か っ た よ ﹂ と 言 っ て も ら え る 嬉 し さ は 言 葉 に で き ま せ ん 。

あ た り ま す 。 取 材 し た 人 や 新 聞 を 見 た 人 に ﹁ 見 た よ ﹂ 、 ﹁

  例 え ば 、 高 校 ま で ス ポ ー ツ を し て き た 人 が 、 も っ と 入 部

体 育 局 43 サ ー ク ル に 対 し 、 記 者 は た っ た の 七 人

龍 魂 に は 顧 問 が い ま せ ん 。 な の で 他 大 学 の よ う に 、 ア ド バ

で す よ ね 。 ま た 、 こ の 改 革 を ス タ ー ト し て か ら 一 気 に 成 長 し

達 で す が 、 そ の 代 わ り 新 聞 が 発 行 さ れ る と ス ポ ッ ト ラ イ ト 嬉 が

期 の 男 子 達 が 改 革 を 成 功 さ せ よ う と 裏 で 動 い て く れ て い る ん   取 材 し て い る と き は 目 立 た ず 、 陰 に な っ て 選 手 を 追 う ���

者 な ん で す ︵ 笑 ︶ 。

ら 今 期 か ら 龍 魂 は ガ ラ ッ と 変 わ り ま す よ 。 私 け っ こ う 独 裁

と き も あ り ま す け ど ︵ 笑 ︶ 。 私 を ネ タ に し な が ら も 、 実 は 同

が 部 室 に 入 る と ﹁ 佳 菜 さ ん き ま し た よ ﹂ っ て シ ー ン っ て な る

女 達 を 見 て い た ら 本 当 に 泣 け て 仕 方 な か っ た で す 。

来 年 こ そ は ! と い う 思 い を ず っ と 聞 い て い た の で 、 そ ん な 彼

部 員 み ん な が ﹁ や り た い ! ﹂ と 賛 成 し て く れ ま し た 。 だ か

を 変 え て い か な い か ﹂ と い う 提 案 を し た ん で す 。 そ う し た ら

に 龍 魂 の 認 知 度 は 低 く 、 体 育 局 の な か で も 知 ら な い 人 が い

情 け 容 赦 な し の 赤 入 れ

で も こ う 見 え て 龍 魂 編 集 室 は と て も 仲 が い い ん で す よ 。 私

し た と き に は 、 写 真 を 撮 り な が ら も う ず っ と 泣 い て ま し た 。

る ん で す よ 。 そ こ で 思 い 切 っ て 2 年 生 三 人 で ﹁ い ろ ん な 伝 統

ん で す よ ね 。 私 も 女 子 バ ド ミ ン ト ン が 西 日 本 大 会 で 初 優 勝

ら 帰 っ て き た こ と が あ る そ う で す 。 そ の 気 持 ち は よ く わ か る

た 前 編 集 長 が ﹁ 悔 し す ぎ て 取 材 で き な か っ た ﹂ と 泣 き な が

硬 式 野 球 部 が リ ー グ 優 勝 で き な か っ た と き に 、 担 当 し て い

か で 私 達 も そ の 競 技 に ど ん ど ん の め り 込 ん で い き ま す 。 以 前 、

レ イ ア ウ ト を 変 え て 大 き く 取 り 上 げ た り 。 取 材 し て い く な

悪 か っ た と し て も 、 ず っ と が ん ば っ て き た 選 手 を 、 ち ょ っ と


青春クローズアップ

CLOSE UP ﹁ 試 合 の 裏 側 の 努 力 を 、 魂 の あ る 記 事 で 伝 え た い ﹂

龍鬼 魂編 リ集 ニ長 ュが ー切 アり ル込 へ のむ 挑! 戦

龍魂編集室 第 23 期編集長 し ん

た に

新 谷 佳 菜 さん 文学部2年生 如水館高等学校出身

捨 て る と き の 悲 し さ と 言 っ た ら 。 こ ん な に が ん ば っ て い る の

た 新 聞 が 毎 号 、 部 室 に 山 積 み に な っ て 残 る ん で す 。 そ れ を

達 の 手 で 処 分 す る の は も う 嫌 だ ! ﹂ と い う こ と 。 せ っ か く 作 っ

は じ め に 思 っ た の は 、 ﹁ 自 分 達 が 一 生 懸 命 作 っ た 新 聞 を 自 分

も そ の ま ま 引 き 継 い で き ま し た 。 私 が 上 に 立 つ こ と に な っ て

持 ち を 抱 え な が ら も 、 ﹁ 伝 統 だ か ら ﹂ と 良 い も の も 悪 い も の

イ ム な 情 報 発 信 が で き て い ま せ ん 。 今 ま で は モ ヤ モ ヤ し た 気

行 期 間 も な ぜ か 試 合 の 少 な い 冬 期 に 固 ま っ て い て 、 リ ア ル タ

ず で す 。 次 に レ イ ア ウ ト 。 文 字 量 が 多 す ぎ て 読 み づ ら い 。 発

手 の 近 く で ず っ と 見 守 っ て き た 私 達 に な ら 、 そ れ が 書 け る は

選 手 が ど ん な 思 い で こ こ ま で き た の か だ と 思 う ん で す よ 。 選

い の は 当 日 の 試 合 展 開 よ り も 、 そ の 裏 側 に あ る 心 情 や 努 力 。

白 く な い な と 思 い な が ら 作 っ て い た わ け で す 。 読 者 が 知 り た

で い る と 全 く 面 白 く な い ん で す ね 。 作 っ て い る 私 達 す ら 、 面

の が 、 伝 統 と し て 引 き 継 が れ た ス タ イ ル で し た 。 そ れ が 読 ん

で 、 最 後 に ち ょ ろ っ と 選 手 や 監 督 の 感 想 が 入 っ て い る と い う

  ま ず は 内 容 に メ ス を 入 れ ま す 。 今 ま で は 試 合 展 開 が メ イ ン

悪 し き 伝 統 に !

彼 女 の 改 革 は す で に 始 ま っ て い る 。

員 か ら 〝 鬼 編 集 長 〟 と 恐 れ ら れ 慕 わ れ る 、 新 谷 編 集 長 。

で 女 性 な が ら 編 集 長 に 選 ば れ 、 就 任 し て ひ と 月 で す で に 部

く な る く ら い の 人 気 を 博 し た い 。 男 子 ば か り の 龍 魂 編 集 室

目 標 は 龍 魂 の 認 知 率 1 0 0 % 。 発 行 し た そ ば か ら 新 聞 が な

ば 。 も っ と 読 者 目 線 の 新 聞 に し な け れ ば ﹂ と 編 集 長 は 燃 え る 。

年 目 に 大 き な 岐 路 を 迎 え て い る 。 ﹁ 伝 統 を 変 え て い か な け れ

ツ の 振 興 に 大 き く 寄 与 し て き た 新 聞 で あ る 。 そ れ が こ の 23

合 結 果 や 選 手 の 様 子 な ど 様 々 な 情 報 を 提 供 し 、 龍 大 ス ポ ー

〝 龍 ス ポ 〟 。 年 に 4 、 5 回 の 定 期 発 行 と 号 外 で 、 龍 大 生 に 試

よ る 龍 大 生 の た め の ス ポ ー ツ 新 聞 ﹃ 龍 谷 ス ポ ー ツ ﹄ 、 通 称

は 一 言 で バ サ リ と 切 り 捨 て た 。 23 年 の 伝 統 を 持 つ 龍 大 生 に

  ﹁ 今 の 〝 龍 ス ポ 〟 の ま ま じ ゃ つ ま ら な い で す ﹂ と 新 谷 編 集 長 04


鬱 病 と 言 わ れ て い る そ う で す が 、 歩 く 人 が 増

方 が い い で す よ 。 今 、 日 本 で は 三 人 に 一 人 が

散 歩 す る と こ ろ が 近 く に あ る と こ ろ を 選 ん だ

な っ て し ま い ま す 。 住 む 場 所 を 選 ぶ 時 に は 、

な か っ た ん で す 。 人 間 は 歩 か な か っ た ら 病 気 に

か ? と 聞 い た ら 2 0 0 人 中 三 人 し か 手 を 挙 げ

ニ シ ア さ ん は 何 か 普 段 か ら 心 が け て い ら っ し ゃ

て い く 力 を つ け ら れ る 場 所 で あ り た い で す 。 ベ

未 来 に つ な が る も の を 自 分 で 判 断 し 、 選 び 取 っ

い け な い で す ね 。 知 識 を つ け る だ け で な く 、

と 現 実 社 会 の 問 題 と 向 き 合 っ て い か な く て は

赤 松   大 学 も こ れ か ら は 理 想 論 で は な く も っ

驚 い た の だ け ど 、 毎 日 散 歩 し て い る 人 い ま す

遠 く な る ほ ど 家 賃 も 高 く な り ま す 。 日 本 と は

公 園 に 近 い 場 所 に み ん な 住 み た く て 、 駅 か ら

は 賑 や か な 駅 の 近 く な ん て 誰 も 住 み た く な い 。

る 場 所 を つ く る ん で す ね 。 だ か ら イ ギ リ ス で

中 に 庭 や 公 園 を 作 り ま す 。 み ん な が 散 歩 で き

イ ギ リ ス は 街 を つ く る 時 は 必 ず 真 ん

本 人 は の ん き で す よ ね 。 ︵ 笑 ︶

ど 、 思 っ た ほ ど は 変 わ ら な か っ た で す ね 。 日

し て 日 本 人 は も う 少 し 変 わ る か な と 思 っ た け

な っ て い る と い う こ と 。 た だ 、 原 発 問 題 を 通

自 分 の 生 活 を 変 え よ う と し て い る 人 が 多 く

手 づ く り の 安 心 で き る 生 活 の 大 切 さ を 理 解 し 、

た よ ね 。 で も 私 の 番 組 が と て も 人 気 が あ る の は 、

﹁ 体 感 ﹂ で き る 農 教 育 、 異 文 化 教 育 に よ っ て 、 赤松 徹眞・あかまつ てっしん 龍谷大学学長 人 間 を 輩 出 す る こ と を め ざ し ま す

03

建 学 の 精 神 に 培 わ れ た 倫 理 観 を 備 え 持 っ た

ベ ニ シ ア  

完 全 に 逆 で す よ ね 。 先 日 、 講 演 会 を し て い て

米 は も っ と ゆ っ く り モ デ ラ イ ゼ ー シ ョ ン し ま し

事 を 考 え ら れ ず に 終 わ っ て し ま う 。

日 本 の 場 合 は 30 年 く ら い の サ イ ク ル で し か 物

の 世 代 を 考 え る の か も し れ ま せ ん が 。 近 年 の

を 有 す る 家 庭 だ と 、 自 然 と 長 い 目 線 で 子 孫 達

価 値 を お い て き て し ま っ た の か も し れ な い 。 欧

近 代 化 し よ う と 焦 っ て 、 古 く か ら あ る も の の

て し ま っ た よ う な 気 が し ま す 。 ハ イ ス ピ ー ド で

ベ ニ シ ア  

技 術 や 知 識 だ け で な く

1949年奈良生まれ。龍谷大学大学院文学研究科修士課程修了、龍谷大学大学 院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。 (文学修士)1984年龍谷大学 文学部講師、1987年龍谷大学文学部助教授、1998年龍谷大学文学部教授、 2005年龍谷大学教学部長、2007年龍谷大学文学部長、2011年4月学長 に就任、現在に至る。専門は日本仏教史、真宗史、近代史。

こ と を め ざ し ま す 。

も し れ ま せ ん 。 ベ ニ シ ア さ ん の よ う な 長 い 歴 史

有 力 な 価 値 基 準 で す よ ね 。

日 本 は 戦 争 を 通 し て 自 信 を な く し 備 え 持 っ た 人 間 を 輩 出 す る

ず 、 自 分 の 世 代 だ け で 完 結 し て し ま い が ち か

建 学 の 精 神 に 培 わ れ た 倫 理 観 を

異 文 化 教 育 に よ っ て 、 技 術 や 知 識 だ け で な く

赤 松   日 本 の 場 合 、 1 世 代 で し か 物 事 を 考 え 赤 松   で も 日 本 で は ﹁ 便 利 ﹂ は 今 で も か な り 赤 松   龍 谷 大 学 も ﹁ 体 感 ﹂ で き る 農 教 育 、

ま り は ど う な る ん で す か ね 。

い か と 思 い ま す 。 そ の 後 あ の コ ン ク リ ー ト の 固

1 0 0 年 後 に は も う 誰 も 住 ん で な い ん じ ゃ な

ト ア も あ ま り な い で す か ら 。

だ と 思 い ま す 。 イ ギ リ ス に は コ ン ビ ニ エ ン ス ス

ベ ニ シ ア   日 本 を ダ メ に し た 言 葉 は ﹁ 便 利 ﹂

こ と で は な い で す が 、 と て も 大 切 な こ と で す 。

く な る こ と は し な い 。 そ れ は そ ん な に 簡 単 な

く な る 。 自 分 の 心 を 聞 い て 、 で き る だ け 重 た

よ い の で す 。 東 京 の 高 層 マ ン シ ョ ン を 見 る と 、

が 入 り 、 そ れ で 空 気 が 循 環 す る 。 そ れ が 心 地

閉 し ま す が 、 昔 の 窓 は 少 し す き 間 が あ っ て 風

フ ス タ イ ル が 求 め ら れ ま す よ ね 。

心 を 軽 く 、 美 し く 生 き る

く な り ま す 。 で も ず る い こ と を す れ ば 心 は 重

を す る こ と 。 良 い こ と を す れ ば み ん な 心 が 軽

の 家 は い い で す よ 。 今 の 家 は サ ッ シ で 空 間 を 密

な る の で は な く 、 心 が 綺 麗 に な る よ う な こ と

く 生 き る 〟 と い う こ と で す 。 そ れ は 顔 が 綺 麗 に

ベ ニ シ ア   そ れ は い い 試 み で す ね 。 や っ ぱ り 昔 赤 松   日 本 も 今 後 は そ う い う 都 市 計 画 、 ラ イ ベ ニ シ ア   私 が 一 番 大 切 に し て い る の は 〝 美 し

交 流 を 展 開 す る 施 設 に し て い く 予 定 で す 。

え た ら き っ と 治 り ま す よ 。

る こ と は あ り ま す か 。


巻頭特集【学長対談】自然とともに、美しく生きていくために

り し ま す が 、 物 事 を 決 断 す る 時 に 自 分 で 決 め

が 多 い で す よ ね 。 日 本 は 同 調 社 会 と 言 わ れ た

し て い る 人 も い ま す が 、 一 般 的 に は 無 関 心 な 人

目 で 見 つ め 、 見 極 め 、 未 来 へ の 責 任 を 持 っ て

学 生 に 田 植 え 体 験 や 収 穫 体 験 を さ せ 、 自 身 の

の で す 。 2 0 1 5 年 に 開 設 予 定 の 農 学 部 で は 、

な ど 多 く の メ リ ッ ト が ﹁ 地 産 地 消 ﹂ に は あ る

適 用 第 一 号 な ん で す 。 こ こ を 地 域 再 生 や 国 際

び 活 用 の た め の 条 例 が で き 、 こ の 町 家 は そ の

を 残 す た め に 、 伝 統 的 な 木 造 建 造 物 の 保 存 及

ス ﹂ を 4 月 か ら 開 設 し ま す 。 京 都 で は 古 い 家

択 で す ね 。

す よ 。 危 険 性 が あ る も の は 使 わ な い と い う 選

プ レ ー し て い ま す 。 そ う す る と 虫 は 来 な い ん で

を 混 ぜ て 防 虫 剤 に し て 、 草 花 や 野 菜 な ど に ス

康 的 な 食 生 活 の 実 現 ﹂ や ﹁ 地 域 の 活 性 化 ﹂

産 地 消 ﹂ と い う 動 き が 注 目 さ れ て い ま す 。 ﹁ 健

生 産 さ れ た も の を 、 そ の 地 域 で 消 費 す る ﹁ 地

る 安 全 ・ 安 心 志 向 の 高 ま り を 受 け て 、 地 域 で

赤 松  

と 交 流 す る ス ペ ー ス と し て ﹁ 深 草 町 家 キ ャ ン パ

を 改 築 し て 、 イ ベ ン ト を 開 催 し た り 地 域 の 方

草 キ ャ ン パ ス の 近 く に あ る 築 1 5 0 年 の 町 家

て 住 ん で い ら っ し ゃ い ま す が 、 龍 谷 大 学 で も 深

赤 松   イ ン タ ー ネ ッ ト な ど で 独 自 に 情 報 収 集

そ う で す ね 。 消 費 者 の 食 や 環 境 に 関 す 赤 松   ベ ニ シ ア さ ん は 大 原 の 古 民 家 を 改 築 し

私 は 殺 虫 剤 の 代 わ り に 除 虫 菊 と ヨ モ ギ と 芥 子

け れ ど 、 日 本 で は 知 っ て い る 人 は 少 な い で す 。

ん な こ と は み ん な 知 っ て い る よ ﹂ と 言 っ て い た

も あ り ま す 。 ア メ リ カ 人 の 友 人 に 聞 い た ら ﹁ そ

と し て 一 部 の 除 草 剤 を 使 用 禁 止 に し て い る 国

ば 除 草 剤 。 環 境 や 健 康 へ の 影 響 が 懸 念 さ れ る

流 れ は 変 わ っ て き て い ま す よ ね 。

が お か し い ん じ ゃ な い か っ て ね 。 民 間 レ ベ ル で は

る よ う に な り ま し た よ ね 。 安 過 ぎ る の は 何 か

う に な っ て 、 み ん な 産 地 な ん か 気 を つ け て 見

ベ ニ シ ア  

う き っ か け に も な り ま す か ら 。

ま た 畑 を 借 り て み よ う か な と 思

龍 大 の 新 し い 試 み

認 知 さ れ て い な い こ と が 気 に な り ま す 。 例 え

で も 外 国 か ら 野 菜 が 入 っ て く る よ 験 に な り ま す 。 一 度 体 験 す れ ば 、

楽 し ん で い ま す し 、 親 も い い 経

ベ ニ シ ア  

欧 米 で は 関 心 の 高 い 問 題 が 、 日 本 で は あ ま り

興 味 を 持 つ の は と て も い い こ と で す ね 。 た だ 、

だ っ た 気 が し ま す よ 。

い ま す 。 そ れ ま で は 曲 が っ た キ ュ ウ リ が 普 通

∼ 30 年 の 間 に そ ん な 風 潮 が 広 ま っ た よ う に 思

参 加 者 は 多 い で す よ 。 子 ど も は

体 験 す る 試 み を し て い ま す が 、

ベ ニ シ ア  

エ コ な ラ イ フ ス タ イ ル や 食 の 安 全 に

大 原 で も 親 子 で 畑 を

に ま で 適 用 し て し ま っ た ん で す よ ね 。 こ こ 20

に 感 じ ら れ ま す 。

な ど 生 活 の 原 点 へ の 関 心 が 高 ま っ て い る よ う

と い う 工 業 製 品 の 理 念 や 管 理 方 法 を 、 農 産 物

赤 松  

た い と 考 え て い ま す 。

変 わ り つ つ あ る よ う で す ね 。 自 分 達 の 衣 食 住

赤 松   そ の 世 代 は 、 大 都 市 圏 で ��� 就 職 状 況 が

﹁ い の ち ﹂ を 支 え る ﹁ 食 ﹂

日 本 は 〝 寸 分 違 わ ず 正 確 な も の を 作 る 〟 教 育 を 通 じ て 、 本 学 独 自 の 人 間 育 成 を 図 り

か な り 難 し く な っ た こ と な ど か ら 、 価 値 観 が

の あ り 方 を 捉 え 、 建 学 の 精 神 に 基 づ い た 人 間

容 を 検 討 し て い ま す 。 ﹁ い の ち ﹂ を 支 え る ﹁ 食 ﹂

し ま っ て い る 気 が し ま す 。

選 ん で ゆ く 消 費 活 動 が で き る よ う に 、 教 育 内

食 料 自 給 も あ が っ て く る ん じ ゃ な い で し ょ う か 。

日 本 中 で こ う い う 動 き が 出 て く る と 、 こ の 国 の

ら い の 人 は 農 業 に 興 味 が あ る 人 が 多 い で す ね 。

す る 若 者 が 増 え て い ま す 。 と く に 25 ∼ 35 歳 く

保 つ こ と 。 今 の 日 本 は そ う い う こ と を 忘 れ て

択 の な か で 自 分 自 身 を 偽 ら ず 、 心 を 清 ら か に

く て は い け な い ﹂ と 言 っ て い ま し た 。 毎 日 の 選

ベ ニ シ ア  

ベ ニ シ ア  

若 い 世 代 は 生 活 を 見 直 し は じ め て い る

最 近 は 大 原 に 来 て 畑 を 借 り て 生 活

私 の 祖 父 は い つ も ﹁ 貴 族 は 高 潔 で な

〝 美 し く 生 き る 〟 と い う こ と で す

向 が あ る よ う に 思 い ま す 。

ず 、 周 り の 流 れ で な ん と な く 決 め て し ま う 傾

私 が 一 番 大 切 に し て い る の は

ベニシア・スタンリー・スミス Venetia Stanley-Smith ハーブ研究家。1950年、 900年続く英国貴族の家に生まれる。1971年に来日し、 英会話学校「ベニシア・インターナショナル」を設立。また、京都大原に移住、築 100年の古民家住み、およそ200種類のハーブを育て、衣食住のあらゆるシーン に活用。その暮らしぶりは 2009年より NHK「猫のしっぽカエルの手 京都大原ベ ニシアの手づくり暮らし」で放映。ガーデニングやライフスタイルに関する著書も多数。

02


巻頭特集【学長対談】自然とともに、美しく生きていくために

美自 し然 くと 生と きも てに い、 く た め に

図 る 〟 と い う 全 人 類 に 課 せ ら れ た テ ー マ を 、 身 近 な と こ ろ か ら

ス タ ー ト さ せ る 〝 。 暮 ら し を 見 直 し 、 持 続 可 能 な 社 会 の 実 現 を

の 安 心 安 全 ﹂ 及 び ﹁ 持 続 可 能 な 社 会 ﹂ の 実 現 を 図 る 教 育 を

を 設 置 ︵ 予 定 ︶ し 、 ﹁ 食 の 循 環 ﹂ に か か る 教 学 展 開 を 通 し て ﹁ 、 食

教 育 に 注 力 し て き た 龍 谷 大 学 は 、 2 0 1 5 年 に 新 た に 農 学 部

  一 方 、 い の ち の 尊 さ や 大 切 さ を 学 び 、 地 域 連 携 を 重 視 し た

な 生 き 方 の 一 つ の 手 本 と し て 、 多 く の 人 々 に 支 持 さ れ て い る 。

K の 番 組 で 4 年 間 に わ た っ て 放 映 さ れ 、 今 の 時 代 に あ っ た 豊 か

境 に や さ し く 誰 も が 気 軽 に 実 践 で き る 手 づ く り の 生 活 は 、 N H

ブ や 野 菜 を 育 て 、 自 然 の 声 を 聞 い て 暮 ら す ス タ イ ル 。 そ し て 環

  京 都 ・ 大 原 の 古 民 家 に 住 ま い 、 地 域 の 人 々 と 交 流 し な が ら ハ ー

タ ン リ ー ・ ス ミ ス さ ん だ 。

中 心 に 注 目 を 集 め て い る の が 、 イ ギ リ ス 人 女 性 の ベ ニ シ ア ・ ス

に 、 多 く の 人 が 気 づ き は じ め て い る 。 そ ん な な か 、 若 い 世 代 を

価 値 観 で は 本 当 に 豊 か な 生 活 を 送 る こ と は で き な い と い う こ と

な っ た 。 し か し 物 質 的 に ど ん な に 豊 か に な っ て も 、 こ の ま ま の

で 野 菜 を 買 う 生 活 に 慣 れ 、 土 か ら 離 れ た 暮 ら し が 当 た り 前 に

日 本 人 。 し か し 、 い つ の ま に か 街 に は ビ ル が 建 ち 並 び 、 ス ー パ ー

  か つ て は 自 然 を 愛 で 、 自 然 と と も に 生 き る こ と に 長 け て い た

ベ スニ タシ ンア 赤 リ 松 対談 ー 徹 ス 眞 ミ ス

龍 谷 大 学 学 長

京都東山 三塔庵にて

Venetia Stanley-Smith

実 践 し よ う と す る 大 学 の 試 み と 、 ベ ニ シ ア さ ん の ラ イ フ ス タ イ

イ ギ リ ス と 日 本 と い う 二 つ の 文 化 を 通 し て 、 よ り 良 い 生 き 方

ル が 共 鳴 す る 部 分 は 多 い 。

01

を 見 据 え る ベ ニ シ ア さ ん が 赤 松 学 長 と 語 る 、 日 本 の 未 来 と は 。

ハ ー ブ 研 究 家


CONTE NTS 01 巻頭特集

学長対談

ベニシア・スタンリー・スミス さん×赤松 徹眞 自然とともに、美しく生きていくために

学長

04「青春クローズアップ」 龍魂編集室 第23期編集長

新谷 佳菜 さん

鬼編集長が切り込む! 龍魂リニューアルへの挑戦 06 交響楽団第20代団長

辻野 萌 さん

意識を変えたら、音色が変わった 08 龍谷ミュージアム

春季特別展

平山郁夫 悠久のシルクロード

10 World, Unlimited

Souza Diogo さん

龍谷大学はもっともっと国際化ができるはず。もっと異質な人と付き合うことを意識してみては

12 藤岡

絢乃 さん

14 村田

颯馬 さん

求められるのは、人の心をつかむ話術。しかも英語で。歴史ある英語スピーチ大会で3位入賞 全く英語が話せないまま留学に挑戦! そこでつかんだ人生のターニングポイント

16 Ryukoku Sports スキー部 石井 翔子

さん

覚悟は決めた「卒業後もフリーで競技を続ける」めざすはユニバーシアード、ソチオリンピック

18 硬式野球部

野球部100年目の快挙! 古本武尊選手、中日ドラゴンズへ

20 柔道部

小野 彰子 さん

前年は一回戦負け 一転、いきなり全日本の強化選手に でもこのチャンスにのって、 自分を試したい 22 News & Topics 25 REC NEWS 26 龍谷大学の東日本大震災への対応 28 Education, Unlimited 国際文化学部 ジョナ・サルズ

教授

「真の国際人」を育むためにー。2015年、深草キャンパスに移転する国際文化学部の取り組み

30 龍谷の至宝 建長版 往生要集

不安の時代に生まれた「極楽往生のための指南書」

32 龍谷人偉人伝

青木 文教

チベット文化に魅了された仏教文化学のパイオニア 34 RYUKOKU ACADEMIC EYE 35 第10回 青春俳句大賞 38 龍谷人

福島 暢啓 さん

愛すべき、ひねくれ者のアナウンサー 40 遠藤

由香 さん

42 櫻木

厚子 さん

44 岡田

敏夫 さん

美しいだけではダメ。表現者としての豊かさも求められるモデルの仕事 北欧の名門・フィンランド放送交響楽団で活躍するトランぺッター 度重なる危機をともに乗り越えてきた 社員達こそが、会社の財産

46「BOOKS」新刊本を紹介 48 新学部長紹介 49 読者のひろば



広報龍谷75号