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定点 観察

地下鉄13号線「北参道」駅前周辺 [2]

1

2

3

マンション生える!

4

5

新 ス街でもなく、また商業圏でもない中途半端なポジ

駅が誕生する北参道エリアは、住宅街でもオフィ

6 7

ションだ。強いていえば明治神宮の裏口、あるいは国立競技 場や新宿御苑に近い駅。まだ無い駅前故にその繋がりを予 感させる気配は全く無いが、注目すべきは駅の南側だ。アパ レル系業界人の多くがこの新駅(写真❶)を利用すれば、地 元商業もにわかに業界人御用達の店舗を構える立地となる。 そのため、古い建物がマンションやオフィスビルに替わり、そ の足元がショップとなるのは当然の成り行きだろう。4ヶ月前 には無かったマンションが姿を現している(写真❹)。  そして最も注目しておきたいのが、現在駐車場の敷地(写

4ヶ月前の建設現場(写真上)はマンション だった。他に変化はまだ見られない。

真❷)と自動車修理工場あたり(写真❸)である。この駅には

1

駅前広場が無く、歩道やビルの脇に突然出ることになるた

2

め、人の「よどみ」ができない。例えば表参道では、商業ビル の中庭が「よどみ」をつくり、街としての求心力を連担してい

3

る。アパレル業界の駅として、その「よどみ」がどう開発され

4

るかに今後も注目しておきたい。

まだ工事中の「北参道」駅舎。

5

1

6 2

7 地 下 鉄 13 号 線

3

4

5

JR総武線

都 首

4号

都営大江戸線

6

駐車場にまだ変化は無いが、変貌しやすい 1 大きな敷地だ。 「よどみ」を生む場となること 7 に期待したい。

2

3

4

5

J R 山 手 線

北 参 道 駅

6 明 治 通 り

7

駅前立地としては不向きな古い自動車修理 工場。ビル化するのも時間の問題か。

カンケン NETWORK 発

Vo l .

2

CITY SCIENCE

2007年8月15日発行

Environmental Planning Laboratory Inc.

発 行 所 : 株式会社 環境計画研究所 〒153-0061 東 京 都目黒 区 中目黒1-8-8 F2ビル5階

Tel: 03. 3791. 7733

■ 編集協力: エディティング・ブレイン ■ デザイン: Yumiko Shoto

特集 カンケン 育てるWEB

h t t p : / / w w w. e p l . c o . j p /

浅 草 の 「 時 空 」を 読 む


カンケンNETWORKとは

セ ン チ メ ン タ ル ジ ャ ー ニ ー

街は、 日々変化しています。その変化を実

3

際に、仲間と交歓しながら街を歩いて肌

東日本企画の「駅学のスゝメ」 他、INAXギャラリー「自給自

で感じ、後日それぞれが得意とする専門

的視点でブレストを行い、 その結果をカ タチにしたのが弊誌です。この「仲間」 と いうのは、弊社がいつもお世話になって

草〝界隈〟は

いる専門家の方々であり、都市を新たな 視点でマーケティングするコミュニティの ようなもの。未だ見ぬあなたも参加できる、 タウン・スタディーズのネットワークです。

浅草“界隈”は郷愁のスゴロク 大竹 誠 [ 東京造形大学デザイン学科教授 ]

4

浅草の「時空」を読む

インタビュー・文: 加藤有美

立川 博章 海洋開発デザイン研究所・都市図画家 座 談 会 メン バ ー

立澤 芳男 [ マーケット・プレイス・オフィス代表 ] 榎本 元 [(株)読売広告社 都市生活研究局局長 ]

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の忘れがたみ 』ギャップ 出版など。

郷 愁の

M a k o t o

の出桟橋から水上バスで浅草へ。隅田川に架けられた橋 が次々に現れる。震災後、東京の人々を元気づけたモダ

ンな橋に見とれていると、終点の吾妻橋。平日にもかかわらず、修 学旅行の学生や外国からの観光客でかなりの人出。  昔、馬で通ったと伝えられる「馬道」から最初の目的地「向島」 へ。以前立ち寄ったときに掲げられていた鳩の街商店会のアーチ はすでに無く、だいぶ様変わり。でも路地へ入ると、丸柱や窓枠を モルタルで塗り込めたり、豆タイルを張ったものが少しある。夜な 夜な通う客たちを一日御大尽にさせるためのディスプレーだ。廃屋 らしいが当時のままの店、そして「マ ニア必見!」の不動産販売チラシを張 りだした旅館もありタイムスリップ。   浅 草 へ 戻り昼 食 後 、浅 草 寺 界 隈 列する仲見世は賑わっている。古着

「江戸」に潜む新たな可能性

オピニオン

眼差しを「明日」に向けられるのか

民家のなごりから生まれるエクスペクタンシー 田口 加奈子 [(株)環境計画研究所 コーディネーター ]

定点観察・地下鉄13号線「北参道」駅前周辺 ❷

マンション生える!   

カンケン NETWORK 発

O t a k e

ス ゴロク

へ。お上りさん相手のガジェットを陳

Shop Science エクスペクタンシー(期待度/期待感)❸

18

まいの図書館出版局、 『街

添田 昌志 [ LLP人間環境デザイン研究所 チーフリサーチャー ]

仙洞田 伸一 [(財)ハイライフ研究所 主任研究員 ]

16

『アーバン・テクスチュア』住

友田 修 [(株)環境計画研究所 企画開発マネージャー ]

川上 正倫 [ 101design 一級建築士事務所 共同主宰 ]

13

どのプロジェクトに参画。著書に

東 京 造 形 大 学 デ ザイン学 科 教 授

センチメンタルジャーニー ❸

特集

邸」、 リビング・デザインセンター 「日本人と暮らしを考える」な

大竹 誠

C o n t e n t s

3

現代都市をフィー ルドにデザ イン調 査・研 究を続ける。J R

を掲げる伝法院通りの小屋も気にな る。木 馬 館には男 剣 劇 の 役 者 絵 扁 額、六区では自転車に乗ったままピン ク映画の写真を見つめる人、敷地から飛び出しそうな花やしきの ジェットコースターのきしむ音、甘味にラーメン、カレーライスに鮨 となんでもありの安普請食堂、新仲見世にはブロマイド屋、まだ日 は落ちないがジョッキーを掲げる女性が居た肉なべ屋街、どの風 景にも郷愁をかき立てられる。これぞ“界隈” なのだな∼。  鳩の街、そして車窓から眺めた吉原、合羽橋の街も含め、これら 癖のある界隈が、浅草寺を「あがり」とするスゴロクのひとコマの ように思えてきた。機会あるごとに浅草に行くのだが、時間が、空 間が、ねじれながら行きつ戻りつするスゴロクのような場所に魅せ られているせいかもしれない。

vol.

2

3


立川 博章 海 洋 開 発 デ ザ イン 研 究 所・都 市 図 画 家 た ち か わ・は くし ょ う

座 談 会 メン バ ー

昭 和 8 年 大 阪 生まれ。東 宝 入 社 後 、映 画 数 十 本 の

uu 立澤 芳男

美術を担当。独立後は都市開発などの完成予想図

マーケット・プレイス・オフィス代表

を多 数 描く。六 本 木ヒルズのパース画を担 当した ことでも知られる。

uu 榎本 元

立川博章(図)著『 江戸の町並み景観復元図 』内外

   (株)読売広告社 都市生活研究局局長

地図発行

uu 友田 修

   (株)環境計画研究所 企画開発マネージャー

uu 添田 昌志 LLP人間環境デザイン研究所 チーフリサーチャー

浅 草 の「 時 空 」を 読 む

国際的観光地として名高い浅草寺界隈の賑わいとは裏腹に、地域活性化の必要性がささや かれている浅草寺「裏」。今回は、この地域の再生の姿を鳥瞰図に描き起こした都市図画家・

います。街並みとは、 その街の「記憶」そのも

とに目盛が振られており、精緻に描き込まれた

立川博章氏を取材させていただいた。同時に、浅草を実際にフィールド・ワークした上で立川

の。来訪者であれ住人であれ、 「らしさ」の失

都市空間のスケールは限りなく厳密だ。

われた街に関心や愛着を抱くことができるで

立川● 昔の測量図で地形を確認し、古地

しょうか。

図や区割町の建築物のレイアウトをもとに建

私案を考察。そこから浮かび上がってきた地域再生のヒントとは? インタビュー・文: 加藤有美

物を描き込みます。 それから実際にその地区

時空を超えて読み解く街の記憶

4

̶̶̶「らしさ」を手繰り寄せる術なのか、立

を歩いて、 キャメラでコツコツ写し取っていく。

川氏の手法は実にユニークだ。まず徹底して

その写真を繋げながら景観を立体的に再

史料をあたり、古地図や図録などを手がかり

現していくのですが、 それは気の遠くなるよう

̶̶̶ 浅草といえば、三社祭や雷門、六区な

い込んだのは、 そんな事情もあってのことだろ

に、江戸時代の街の構造と景観を読み解く。そ

な地道な作業で、地図1枚描くのに写真は

どを思い浮かべる人も多いだろう。庶民文化

う。これが、長年温めてきた構想の図面化に着

して、現代の東京の市街地図とも照合しなが

約8,000枚、時間も半年近くかかってしまいま

の発祥の地としても知られるエリアであり、認

手するきっかけとなった。

ら、街の風貌と変遷のようすを切り取って、鳥

す。おかげで私の頭には、江戸から平成まで

知度や来訪者数においても屈指の街だ。一

立川● 今の浅草をよく見てください。浅草

瞰図に仕上げていく。3次元の図案には20mご

の「大江戸東京」が実寸ででき上がっていま

方、台東区のデータを見てみると、都内で最も

寺界隈には、年間2500万人ともいわれる国

すから、居ながらにして江戸や明治などの過

*1

独居老人比率が高く 、出生数は区部におい

内外の観光客があふれていますが、浅草

去と現代の東京を自在に行き来できる。 ワー

て千代田区、中央区に次いで低い * 2という現

寺「裏」 といわれる浅草3∼6丁目は、限られ

プしているようなものですね(笑)。私の都市

実も浮かび上がってくる。都市図画家として江

たイベント期間を除けば、賑わいとは無縁の

図が緻密な理由は、 こうした身体感覚に根ざ

戸から平成に至る東京の変遷を描き続けてき

街。通り1本の違いで、 なぜこれほど人が集

したものだからでしょう。

た立川氏に、台東区政に携わる知人から 「浅

まらないのか。それは、 この街が本来持って

草の地域活性化を促すアイデア」の相談が舞

いた街並みが失われてしまったからだと思

*1 出典:「東京圏のエリアマーケティング“東京はモザイク 都市” 」ハイライフ研究所 *2 出典:「平成17年東京都人口動態統計」東京都福祉保健局

5


職住近接による新しい地域経済・地域社会への期待

趣のある日本家屋も少なくない浅草寺 「 裏 」だが、 その場しのぎの乱開発に よって小型マンションに変わるのも時 間の問題か。

立川氏の「浅草3∼6丁目再開発計画私案」詳細は8∼9p参照

地元への愛着と憤りと

で機能し、成熟していくもの。最も必要とされ

間軸で再構成し、浅草らしい街並みと都市機

ているのは「浅草はどうあるべき街なのか」 と

能を再現する」 というもので、浅草3∼6丁目全

いうグランド・ビジョンではないでしょうか。

体をスーパーブロック化して再編する斬新な構

 この計画では、現代の都市生活に必要な

想だ。

機能は、街を階層化して整理しました。学校

立川● 特に南北の通りを、 一筋おきに江戸、

や病院などの公共施設や住宅はすべて中

明治・大正、 昭和初期、 昭和30年代という 「時

高層ビル群に機能別に格納し、1∼2階は商

代通り」にして、 歴史的変遷を時間ごとに再現

業施設、中層階はオフィス、 その上階には集

します。各時代の歴史的建築物を移築してス

会所や診療所などの公共施設を集約。そし

ポットごとにまとめ、 そうして生まれた空き地を

て高層階は、 コミュニティ形成を促すためファ

集約した場所に巨大な複合ビルを建設すれ

ミリー向け限定の住居層とします。建築物内

ば、上場企業の本社機能やメガ商業施設な

部は路地化によって共有し、人・物・空気の流

ども招致できるでしょう。区政の財源確保や地

通路を確保するなど、生活の至便性や安全

域経済の活性化にも貢献できるはずです。

性、 コミュニケーションや環境・美観に配慮しま

̶̶̶ 建築家や都市開発に携わる人々にし

uu実際に歩いてみて、観光地・浅草寺の陰

てみれば、立川私案の第一印象はおそらく 「非

で、生活者の聖地として守ろうとする住民の

現実的」 が正直なところだろう。最初、 メンバー

意志を感じました。稀にみる元気なコミュニ

̶̶̶ 歴史的背景を持つ地域の再開発は、

も併設するなど、商工業の活性化を促す工

内でもそういう意見があったことは確かだ。通り

ティが印象的で、 はたして住民はこれを壊し

ともすればファサードのみを時代物に再現する

夫も随所に織り込んだつもりです。

ごとの街並みが絵巻物のように繋がっている

てまで新しい街を必要としているのだろうか

ような「被覆」方式に陥りがちだ。街の機能や

立面図を前に、友田氏はこう推測する。

と。墨田・江東など周辺を見回しても、 このよう

住民の生活は度外視され、本質的な活性化に

̶̶̶ 立澤氏をはじめ、街づくりの要は地域

な「生きた商店街」は無いはず。

は至らないケースが多い。立川私案では、街の

経済・商業活動の隆盛にあるとする指摘は多

̶̶̶ とするのは、都 市マーケ

空間を立体的にとらえ、職住近接はもちろんの

かった。

ティングの視点で現地を歩いた立

こと、公共施設や商工業、 コミュニティといった

uuネット社会が進むにつれて小売商業は

澤氏。 とはいえ、冒頭で挙げたよう

今日的な機能もシステマチックに再構成する

先細る一方だからこそ、デスティネーション

に台東区は少子高齢化が著しい

点で一線を画している。

民が土地を切り売りせざるをえな

だけに、立川私案には将来像への

立川● 街というものは、人々の生活によって

ることが重要。そのヒントは、江戸時代の商

いことへの悲憤、 あるいは時代の

危惧も映し出されているように思え

磨かれ、淘汰されてきた知恵の成果です。逆

業の概念にあるのかもしれないし、手工業的

記憶をとどめた “残すべき建物”

るという添田氏。

に言えば、生活の基本性能が整えば、活用

技術の上に成り立つ商業かもしれない。要

がむげに取り除かれていくさまに

uu近い将来、必ずやってくる世

方法は企図しなくて���その街に合ったかたち

するに、製造直売式の「ここに来ないと手に

uu膨大な時間と労力がかかると いうことは、人が気にもとめない場 面や社会が無意識になっている 物事への “感度” を鋭くするので しょう。図の詳密さの根底には、住

ことへの憤りがあるのかもしれま せんね。

1984年東京芸術大学建 築学科大学院修士課程修 了。環境計画研究所設立当 初より商業建設・広告媒体・ サインなど、情報系の企画 を担当。

そ え だ・ま さ し 博 士( 工 学 )、一 級 建 築 士 。 2000年東京工業大学大 学院博士後期課程修了。同 大学助手を経て現職。人間 の心理・行動の観点から、都 市・建築空間を分析。

代交代にどう対応していくのか。 住民の新陳代謝が健全に行わ れるにはどうすべきか。浅草なら ではの技術の伝承や家業の継 承等々、 この私案は、見る人に深

̶̶̶ メンバーの中には「再開発

刻な課題も突きつけているんじゃ

の必要性」 そのものを問う声も少な

ないでしょうか。

くなかった。

(目的地) として必然性のある街にリセットす

浅 草 の﹁ 時 空 ﹂を 読 む

プトもないマンションが建ち続ける

と も だ・お さ む

した。 そして、例えば職人の街には靴博物館

特集

痛みを感じ、その後に何のコンセ

6

̶̶̶ 立川私案の企画意図は、 「時間軸と空

7


都市図画家・立川博章氏による「浅草3〜6丁目 再開発計画私案」 博士(工学) ・一級建築士。東京工業大学

  浅 草 寺「 裏 」といわれる3∼

建築物(1∼2階建て) を移築または再現。背

メガ商業施設などの誘致を促し、区政の財源

は中空の枡形構造によって耐震性を高め、内

大学院総合理工学研究科特別研究員。

6丁目地区全体を立体的にとら

後のビルの中層部に施されたハーフミラーに、

確保や地域経済の活性化にも貢献できるとし

部の路地はビル単位のコミュニティゾーンとし

的側面による景観研究を行っている。

え、今日的な街の機能をスーパーブロック化に

それらも映し込まれる。そのビル群に、学校や

ている。

て人・物・空気を流通しやすくし、 ビル間にも通

よってシステマチックに再構成する計画だ。大

病院などの公共施設や住宅などが機能別に

各ビルの1∼2階は商業施設、中層部はオ

路を渡して高層階における移動ネットワークも

型複合ビルを32棟建設し、 そのビル間を一筋

格納され、光熱源供給やゴミ処理、通信といっ

フィス、 その上階には集会所や保育所、診療

確保。景観と安全性、移動性、 コミュニティへ

おきに江戸、明治・大正、昭和初期、昭和30

たライフラインや駐車場などはすべて地下に

所などの公共施設と機械室、高層部はファミ

の配慮ほか、屋上緑化、 そして塔屋は太陽光

敷設。街の基本性能を整えることで、大企業や

リー向け限定の住居階となっている。 ビル自体

日本堤1 発電に利用するなど環境にも配慮している。

概 要

年代などの時代通りとして、各時代の歴史的

浅草ツインタワービル

M A S A M I C H I

東浅草2

千束4

千束3

建築意匠設計の傍ら、都市における建築

東浅草1

靴博物館

湯屋

国際通り

昭 和 の 町

江 戸 の 町

明 治

富士小学校

大 正 の 町

江 戸 の 町

浅草5

職人の町

国 際 通 り

ね、歩くリズムとの順応も評価できる。世の大きなビルは、得てして足元がい 馬 道 浅草6 通 り

花やしき つくばエクスプレス

浅草駅

待乳山聖天

吉 野 通 り

花川戸2

ただけない。土地に固執し、空間に対してケチ臭いというか、 フルに所有を主 張し、だらだらと単調で長い壁をつくるだけの今後も増えるだろう大型建物 言

浅草公園 仲 花川戸1 見 世 東武伊勢崎線 通 浅草1 り 浅草駅

吉野通り

東京メトロ銀座線

浅草駅

柳通り

市村座 富士通り

墨田区

浅草駅

は、外観の映像的判りやすさに流され、 コミュニティや緑化についての批評的 スタンスと距離を感じる。空間全体へ

浅草ビューホテル

101design 一級建築士事務所 共同主宰

の「江戸」の浸透なくしては、趣味を超 えた批評性を獲得するのは難しい。 「江

中村座

戸」は、両刃である。谷中銀座や浅草伝法院通りなどその手の化粧で成功し ている例もあるが、安易な妥協を生みやすい。新旧様式対立のすり合わせ

石浜通り

にミラーガラスというのも、いささか80年代的安易さが否めまい。だが、

浅草神社

新旧が重合・交差する夜間の内部看板照明の透過演出は面白い。震災や戦

浅草寺

災がなければ目にしただろう新旧融合の姿を投影しているかのようだ。加

浅草3∼6丁目再開発計画私案「鳥瞰図」

5F

天水桶 の ぼ り 旗

4F

5F C棟

煙出しうだつ

天水桶

車 歩 道 道

道路 天水桶

鼠 木 戸

中村座

歩道 芝居茶屋 芝居茶屋 天水桶 歩道 がんぎ がんぎ を置く 雨どい 天水桶 道路

うだつ

トリートに見られる日本の街が失ったストーリー性(芝居小屋や明治・大正・ 昭和の建物が並ぶエリアがあったりする)は、都市計画や景観計画として学

信号機 信号機

ぶところがあるのではなかろうか。そんなことからこの私案が、明治以降起

GL

呼 込

えて、計画領域の外皮には「江戸」が全く表れない演出も心憎く、また各ス

の ぼ 天 り 水 旗 桶 当り看板 櫓

3F

道路天井

鼠 木 戸

4F

天水桶

天水桶

3F 2F

・ 10

「 江 戸 」に 潜 む 新 た な 可 能 性 川上 正倫

旧猿若町

言問通り

花やしき

9

 しかし、中庭構成をはじめ、内部空間

隅田川

都営浅草線

馬道通り

8 ・

に対し、水平・垂直方向の分割は、散策に適した街をつくる上で有効だ。

浅草寺

雷門

河原崎座 5656会館

浅草3 通り

まず考えさせられたのは、大型建物のあり方だ。目線、見上げ、そし

割だ。街区そのものが立ち上がるボリュームを背に、足元を戸建て程度で連

浅草2 浅草神社

江 戸 の 町

千束通り

浅草4

言問

北斎記念館

職人の町

江 戸 の 町

千 束 通 り

の鳥瞰図は、 どんな空間思想を示唆しているのだろう?

て遠方寄りのスカイラインと三層程度の分割は、人間の動きと順応する分

立 川 私 案 エリア

浅間神社

K A W A K A M I

市村座

歩 店 店 天水桶 看 芝居茶屋 道 を置く 板 (芝居茶屋) がんぎ 雨どい (御土産屋) せまい露地

車 道

道路

こっては消える伝統論争の新たな火種となったりするとなお面白いのだが。

歩 道

河原崎座

浅草6丁目(旧猿若町)再開発再現立面図(実物は1:100)20070417ー20070419


Opinion も可能になるし、 コンパクトシティーの核とし

草自身」 に対する義憤に突き動かされて生まれ

官民一体で推し進めていくべきもの。江戸幕

なった街づくりが肝心。職住近接で時間コス

て強みにもなる。明快なコンセプトを持った街

た構想でもあるのだろう。

府のように、今こそ100年のタイムスパンで展

トが抑えられれば、安価で良質な商品提供

並みも実現すれば、 街としては最強でしょう。

立川● この構想は、 実現させるとしても数十

望するような大局的な思想が、浅草だけでな

年はかかる大事業ですし、民間だけで実現

く台東区、 そして東京や日本には求められて

できることでもありません。街づくりとは、施政

いるんじゃないでしょうか。私は、 その切実な

者が長期的な視点でイニシアチブをとって、

思いをここに込めたつもりです。

持続可能な街のシステムへの切望 ̶̶̶ 浅草には別の懸念材料もある。立澤氏

「道づくり」から浮かび上がる価値

の指摘する 「歴史コスト」がそれだ。つまり、商 業価値の実態とかけはなれた高い地価が、浅 草にはつきまとう。

̶̶̶ 最後に、ディスカッションの

uu例えば、往時は日本有数の盛り場だった

場で新たにユニークな考察も得ら

六区あたりは、簡単に再生できる余地がない

れたので紹介しておきたい。新た

ほど深すぎる歴史を持った場所です。渋谷や

な都 市 図を描くたびに対 象 地 域

新宿などの変幻自在な街とは違って、 「 歴史

を幾度となく歩く立川氏は、街歩

セットバックされている意味など、

コスト」が再生の阻害要因になっていることは

きの達人ともいえるが、その彼が、

街づくりの新機軸が潜んでいるよ

無視できない。ただ浅草寺裏あたりは、その 負荷が比較的少ないエリアかもし

都市に住む生活者に焦点を あて、社会、時代のトレンド に対応した不動産・住宅市場 のマーケティングやコンサ ルティングを担当。

する道とするには何をすべきか 等々。立川私案には、道を並木以 外で大胆に演出し、生活空間と 公共空間が歩く道からわざわざ

「 街の魅力は散策したくなるかど

うに思います。そして、既成市街

うかによる」 と語っている点に注目

地において「道づくりという困難さ

問題は、 「今の浅草をどう評価するか」だ。現状でよしとするのであれば、議論の 意味がない。浅草の住民と事業者と行政が、何を目指して街づくりの合意形成を 行おうとしているのか。過去の歴史遺産を資源とした観光都市でいくのか、新た な役割を持った産業と暮らしのある街を創造していくのか。

仙洞田 伸一

(財)ハイライフ研究所 主任研究員

̶̶̶ 「歴史的価値」を、いかに

した榎本氏。

に立ち向かう勇気を持て」 と私たちに呼びか

現在の街のアイデンティティに結

uu大胆に言い切ってしまえば、 「人は街に

けているのではないか。魅力的な道づくりは、

びつけるのか。このことは今後の

訪れるのではなく道に訪れる」のだと思いま

魅力的な街づくりに繋がっていく、 というロジッ

浅草を展望する上で避けては通

す。立川私案が示唆しているのはまさにそ

クの重要性に価値を感じました。

れないテーマだ。メンバー内でも、

こ。 まずは道ありき。人が歩くスピードで街を

立川私案の持つ浅草への愛情や

眺めた時に、 こだわるべきディテールとは何

̶̶̶ 実際に街を歩きながら、街のグランド・

災によってリセットされてきたせいな

志には共感しつつ、本来主人公で

か。 日常生活と観光商業がゆるやかに交差

デザインは具体的な事柄を大切にしながら考

のか、一体この街の主人公は誰で、

あるべき「 浅草人 」の居住まいに

えるべきものであることを体感し、

行かないだろう。過去の江戸情緒あふれる歳時記の世界のみが、人を呼

この街に何を求めて集うのか、いま

対する本質的な問いかけも聞か

街に対するデリカシーは住人自身

ぶ資源となっているだけである。

一つ明瞭にならないもどかしさもあ

れた。

が培うべきものであることを実感し

 立川私案からにじみ出る地元への愛着や誇り、改革への志と情熱に打

れない。浅草の置かれている微妙 なポジショニングの中では、可能性 のある地区と考えていいのでは? ̶̶̶ そもそも、浅草という街の キャラクターはあいまいだ。震災、戦

た つ ざ わ・よ し お 流通系企業の出店リサーチ・ 店舗コンセプトの企画立案 など、都市、消費、世代に関す るマーケティングの仕事師。 元「アクロス」の創刊編集長。 著書に『 データで斬る逆転 のマーケティング・100万人 の時代』 『 東京の侵略』など。

浅 草 の 魅 力 は「 江 戸 歳 時 記 の 世 界 」だ け な の か  現在、浅草のビジターは年間2000万人以上といわれているが、それ は浅草寺と仲見世に限った話。その大半は外国人や地方人で占められ、 三社祭や隅田川の花火大会といった歳時記の催し以外、東京人は滅多に

 例えば、京都のように歴史的資産を活用し

た。こうした視点をつまびらかにして

たれ、映画美術のキャリアを活かした細密な図面に感動しながら、現状の

興味深い。

ながら街の「格」 を保とうとする気概。伝統のも

くれた点に、立川私案の真価があっ

厳しさに対するいらだちや痛みを彼の言葉の端々に垣間見ながら、もう

uu今の時代の浅草をかたどるような、新し

とに家業を受け継ぎ、店や産業を維持・発展さ

たのではないだろうか。

余所者としては何も言うことはできないと思いながら、それでも最後に、

いムーブメントと結びついた「目的」を根付か

せようと創意工夫する姿勢など。浅草は、何を

引っ掛かるものがあった。 「これによって、浅草が持ち上がっていくのだろ

せないと、歴史的価値の再訴求だけでは街

変え何を残すべきかといった明快な尺度・価値

うか」という疑念である。 「時代テーマパーク」が氏の構想だが、新たな観

の個性やアイデンティティは生まれません。例

観を持っているのか、 という問いである。華やか

えば、芝居小屋のDNAが残っている旧猿若

な祭事や、下町のムードだけに依存するので

町に「商業演劇の新しい潮流」 を呼び込むと

はなく、持続可能な街のシステムを求める視点

か。 この地ならではの「文化の発信基地」 とな

は、立川氏が構想に着手した動機とも通底す

りうるポテンシャルはいろいろあるはず。

る。自分たちの街のありように頓着しない、 「浅

̶̶̶

I n t e r v i e w & T e x t :

Y

12

U

M

I

K

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(有)ピスタチオ社にて企業・団体の ブランディング戦略、市場コミュニ ケーション施策の企画制作を手掛 ける。グローバル・ブランディングに 関するクリエイティブワーク多数。

http://www.pistaccio.net

光施設の追加だけで、浅草全体の活性化を期待することの難しさは誰の 目にも明らかだろう。もちろん彼の考え方は、浅草は「歴史観光都市」であ り、過去の伝統を継承することで持ち上げていけると判断しているとは思

浅 草 の﹁ 時 空 ﹂を 読 む

る。その意味で、立澤氏が提案するアイデアは

特集

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え の も と・は じ め

眼差しを﹁明日﹂に向けられるのか

入らない」モノ・技術など、地場産業と一体と

う。確かに、帝の歴史を伝える京���に対して、庶民の生活と風俗の歴史を 伝える街としての「浅草パビリオン構想」は、いいポジショニングだと思う。

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Opinion

 しかし、今の東京に歴史都市は必要だろうか。焼け残った歴史的建築物

の圧倒的に低い「地位(じぐらい)」を克服して、東京をリードし、東部地区

の保存はともかく、都市は生き物であり進化・発展がなければ都市ではな

の拠点都市になるにはどうしたらよいのだろうか。

くなる。特に、東京は「変化」こそがその本質であろう。浅草は、その変化 に乗り遅れただけではないのか。今の浅草では「今」を体現することはで

「 東 」か ら の 反 撃 を

きない。今とは、新宿であり、池袋であり、渋谷であり、六本木である。ほと

 変化へのポジティブな要素はある。つくばエクスプレスが開通し、新東

んどの「下町」がタイムスリップした印象を与えるのは、時代に乗り遅れて

京タワーもできる予定であり、都営浅草線の東京駅への乗り入れも現実

いるからだ。その「乗り遅れ感」に、ある種の郷愁を感じて下町ブームは起

味を帯びてきた。加えて、湾岸部への人の移動も加速している今、長期の

きているのだと思う。だが東京では、人々は博物館のような街では暮らし

スタンスで、東京東部や湾岸部住民の「川の手」 「海の手」

ていけない。後ろ向きの街には、明日がこない。 「まちおこし」とは、人が集

生活の拠点として、街の再生計画を立案すべきではないだ

まり、産業が育成され、投資が呼び込まれ、さらに人が集まるといった好循

ろうか。例えば、北千住(荒川区)や錦糸町(墨田区) と連携

環をつくることだと思うが、後ろ向きの発想では、街全体を持ち上げるだ

しながら、 「 川の手商業エリア」を創造していくことはでき

けのエネルギーの醸成も新たな産業の育成もできない。

ないだろうか。  浅草再生の鍵は、江戸情緒でも下町気質でも、粋な暮ら

新し い「 商 業 」が 街 を 元 気 に す る  東京都の小売業分析では、浅草は、 とげぬき地蔵の巣鴨地蔵通り商店 街、柴又帝釈天の柴又神明会などと同じ 「観光地・門前町」として位置づけ られ、 「歴史的、自然発生的に競争しながら集積を形成し、活気ある商店街

しでもなく、後ろ向きの発想を捨てたところにあるはずだ。 2年前につくばエクスプレスが開通。都営浅草線の 東京駅乗り入れの話もあるなど、変化の端緒は見え 始めているのだが。

それは、大正から昭和初期の浅草の輝ける時代に見られ た、時代の最先端を志向する「進取の気性」や、新しい街の

担い手に街を開いて迎え入れ、新たな産業を生み出していった「オープン・

として変化している」としている。これでは仲見

マインド」にこそあるのではないか。浅草の伝統と歴史に学ぶ点は、そこに

世の商店街のことしか言っていない。浅草の中

あるように思う。 「歴史テーマパーク」の末路は、日本全国で行われた「ま

心は、 「六区」なのだ。 「六区」が「吉原」と共存し

ちおこし」 という名の街のテーマパーク化の結果を見れば明らかなこと。

ながら、映画、オペラ、演劇、寄席、飲食、衣料品と

 浅草は、平安遷都1200年の歴史と伝統を誇る京都が持っているもう

いった庶民のライフスタイル情報を発信するこ

一つの側面、 「アバンギャルドな顔」に、今こそ注目すべきではないだろう

とで、東京の庶民風俗をリードしてきた。つまり、

か。真の「まちおこし」は明日に向かっていなければならないし、 「 時代を

常に時代の最先端がそこにあったからこそ、大衆

キャッチ・アップできるかどうか」にかかっている。その時にこそ、東京東部

は魅了され、集まってきたのだ。やはり、街は商業が中心でなければなら

からの反撃が始まるに違いない。

ない。物販、サービス、 カルチャーの三領域が一体となった商業集積地こ そが人を集め、活気を生み出す。  今、東京では人口の重心が西に移動し続けており、世田谷区は台東区 の5倍もの常住人口を持っている。交通網においても、特に都心で重要な 地下鉄の集積は東京の西部地区中心に行われており、区部の東部地区か 特集

ら丸の内、日本橋などのオフィス街への足の便は決してよくない。それを

部西部地区が10%、区部東部地区はわずか5%。今の下町地区のポテン シャルを端的に表している。また、日本唯一の住宅地格付け誌と称してい

「進取の気性」 を取り戻し、川の手商業エリアの拠点となることに期待したい。

る「土地のグランプリ」 (講談社)では、東京の街ベスト50の上位に都心地 区から西部地区の街が続き、 やっと34位に谷根千地区が入ってくる。台東 14

区内を見ても、人気のエリアは谷中、上野桜木、池之端と西の台地側。こ

これまで広告代理店において、マーケティング

S H I N I C H I S E N T O D A

領域の業務や都市開発・施設開発などの業務

浅 草 の﹁ 時 空 ﹂を 読 む

反映して、商品販売額も副都心地区、都心地区で50%を占め、次いで区

を中心に携わり、現在、都市や地域の活性化を テーマに研究調査活動を行っている。

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Shop Science

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エ ク ス ペ クタン シ ー( 期 待 度 / 期 待 感 )

[ e xp e c t a n c y ]

民 家 の な ごりから 生 ま れるエ クス ペクタンシ ー 田口 加奈子

(株)環境計画研究所 コーディネーター

期待度と浅瀬効果の関係

覗いてみたくなる誰かの 暮らし ( 時 空を超える空間づくり)

期待度

(エクスペクタンシー)

分離度

量 ファストフード 情報 視覚 ブティック・美容院

クラブ

パブ・バー

カフェ 日本食レストラン

た電話や小物などが無造作に置 かれている。4次元空間とは、人

浅瀬効果

効 果

りが感じられ、かつて使われてい

 中目黒駅周辺には、個性あふれる魅力的な店舗が静かに

を否応なく過去へと誘い、想像

点在している。その一つに、古い民家を利用した店舗があ

力をかきたてると同時に、まるで

る。民家のままであれば、長い間そこに存在する「ただの古

友人の家に居るような親近感を

い建物」でしかないが、商業利用することで、かつての私的

与える空間でもあることを改め

空間と商業空間が融合し、新たな価値が生まれる。訪れる

て実感した。

人々にとってそれは、郷愁あるいは温もりや親近感であり、

 このような民家を利用した店舗は、複合施設やレストラン

若い人にとっては目新しさ、そして「何かありそうだ!」とい

として、中目黒界隈だけでなく各地で静かなブームを呼ん

う期待感(エクスぺクタンシー)にも繋がる価値である。

でいる。それは、人々が新しさや奇抜さ、小綺麗なだけの店

 では、その期待感の正体とは何か? その答えを恵比寿の

舗に飽きたらず、過去と現在の融合という「時間軸を持つ空

駄菓子屋風居酒屋Ⓐと目黒川沿いの店舗

間」に、新たな価値を見出しているからではないだろうか。

4次元空間を持つ元下宿の複合施設

エクスペクタンシーを検証するための3因子 どこ で ど の ように 買 い た い か、購 買 方法・外出目的など

意味性

Ⓑで検証してみたい。いずれもノスタルジッ クな印象の店舗だが、Ⓐは意図的に古さを

「民家利用店舗」に見るエクスペクタンシー

演出した店舗であり、Ⓑは、Ⓐとは決定的に 異なる「時間軸」という因子を持った店舗で ある。意図的古さのⒶを「3次元の空間」と するならば、Ⓑは3次元の空間に時間軸が

  意味性

時を刻んだもののみが形成しうる本物のノスタルジー演出 によって、時空を超えた情趣が体感できる。

加わるため「4次元の空間」を持つ店舗とい Ⓐ

うことになる。その魅力は、どのような最新 意図的に古さを演出した駄菓子屋風居酒屋

手法

民家そのものの歴史や営みの記憶と現状、 さらに今後の変化も記憶にとどめる余地がある

手法

表現

そ の 店でどんな気 分を味わいたいか、 何をしたいか

K A N A K O

看板や入り口、建物 の デ ザインに対 す る期待

T A G U C H I

2002年カリフォルニア

技術を持ってしても生み出すことのできない、時が刻まれる

ハード的には、過去に使われていたものの多くをそのまま利

ことで醸成される趣だ。かつての営みの記憶ともいうべき

用。ソフト的には、生活感(洗濯物が窓から出ている等)を

ケープ学科卒。LAと東京

余剰が時空を超えて引き継がれ、それが唯一無二の店舗の

演出と必然の境なく表現する場合もある。

にて公園や動物園の設計

個性として人々の目に映る。その個性こそが、期待感の正 体ではないだろうか。

州 立 工 科 大 学 ラ ンド ス

に携わった後、2007年4 月に入社。約10年、いろ

表現

過去と現在が 絶妙なバランスで融合することで生まれる魅力

 現在Ⓑは、カフェやパン屋、雑貨屋などの複合施設だが、

時間軸を取り込んだ「4次元」の世界は、郷愁や安らぎを誘

その過去は下宿だったようである。中に入ると、間取りはお

うと同時に想像力をかきたて、また年代によっては斬新に

そらく当時のまま利用しているらしく、壁や天井にそのなご

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4次元空間を楽しむ

映る世界でもある。

いろな角度から「モノづくり」に関わってき ましたが、人の心を動かすものは何かとい うことを常に心においてきました。今回の 記事のように、時空を超えて変化し、魅力を 付加し続けていくようなモノづくりがこれ から注目されるのではないかと考えていま すが、皆さんいかがでしょう?

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City Science 02