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傷跡の癒えた日 岡崎

道成


植村勇(ナレーターも) ・・・主人公。大学教授。70 歳代。 学生時代の勇 寛子・・・勇の妻。 ロジャー・スミス・・・元軍人、アメリカの教会員。 マイケル・・・勇の友人、アメリカの教会員。 ヘンリー牧師・・・アメリカの教会の牧師。 女性教会員・・・アメリカの教会員。 男性教会員・・・アメリカの教会員。


前編 ―蝉の声― 妻

「あなた、麦茶いかが。 」

植村

「ああ、頂くよ。」

「あら、またこんなに雑誌買ってきて。ほんとにこれ全部読む んですか。」

植村 「ははは、何しろ戦後50周年だからな。特集記事があるとつ い手が出てしまうんだ。 」 ナレ 読みかけの雑誌に再び目をやりながら、私は妻に答えた。私は 植村勇。大学で物理学の教鞭をとっている。1945年に日本 が太平洋戦争に敗れてから、今年でちょうど50年。そのせい か雑誌だけでなく、新聞やテレビも、連日こうした特集で賑わ っていた。 妻

「そう言えば、ロジャーさんお元気かしら。」

植村

「ああ、あの人ももうだいぶ年だからなぁ。」

「またお会いしたいですねぇ。」

植村

「そうだね。 」

ナレ ロジャー・スミス。戦後生まれの私が人並み以上に戦争に関心 があるのも、もとはと言えば彼がいたからだ。私と太平洋戦争 をつなぐ人物、それがロジャー・スミスだった。 ナレ


今からちょうど20年前の1975年秋、私は修士号をとるた め、アメリカ・オクラホマ州の大学院に留学した。クリスチャ ンだった私は、渡米するとすぐに教会を探した。そして最初の 日曜日、その町に一つだけあった教会の礼拝へと足を運んだ。 礼拝の後、私はさっそく隣に座っていた婦人に話しかけた。 勇

「How do you do..私はイサム・ウエムラといいます。」

婦人 「ようこそ、ミスター・ウエムラ。この教会に新しい方が来る のは久しぶりですよ。どちらからいらっしゃいましたか。 」 勇

「はい、日本から来ました。」

婦人

「Oh、・・日本・・」

「・・何か。 」

婦人

「い、いいえ...あの、どうぞごゆっくり。」

ナレ 婦人はそう言うと、そそくさと席を立ってしまった。その人だ けでなく、教会の人たちの反応は、どこかおかしなものだった。 私が日本人だと言ったとたん、急に当惑したようにそわそわし 始めるのだ。父、母ともにクリスチャンの家庭に育った私にと って、教会という所は居心地のいい、安心できる場所だった。 例え国が違っても、同じ信仰を持つ人たちのいる教会に行くこ とに何の不安もなかったし、田舎町には珍しい日本人という事 で、歓迎してもらえるという期待感もあった。でも何なのだろ う、この人たちの態度は。私はその日、狐に摘まれたような気 持ちで教会を後にした。それでも私は、次の日曜日もその教会 へ行った。町には他に教会がなかったので、そこへ行くしかな かったのだ。 勇

「Good morning.」


ナレ

そう言って、大柄な中年男性の隣に座ろうとした私の肩を、誰 かが叩いた。

教会員

「ミスター・ウエムラ、ちょっと。 」

「え、私ですか。」

教会員

「いいから、ちょっと。 」

「・・はい。 」

ナレ

礼拝堂の後ろに呼ばれた私に、その人は小声で話しかけた。

教会員 「ミスター・ウエムラ、あの人の近くには座らない方がいい。 あの人に話しかけてもいけない。いいですね。 」 勇

「あの人って、あの、大柄な男の人ですか。」

教会員

「そうです。 」

「なぜですか。」

教会員 「・・私からは言えません。でも、あなたは日本人だから・・。 とにかく、今はそうしてください。 」 ナレ 私は訳が分からずも、その言葉に従ってその人から少し離れた 席に座った。あとで気が付いたのだが、その人は、私とすれ違 っても決して目を合わせようとはしなかった。教会の他の人た ちもあまり私に話しかけてこなかったが、次第にそれも、彼を 気にしているためだとわかってきた。その男が、ロジャー・ス ミスだった。 勇


「彼は、何者なんだ。なぜ私を避けるんだ。「あなたは日本人だ から」とは、どういう意味だろう。 」 ナレ こうして、何となく居心地の悪い日々が続いた。 それから何カ 月かたったある日曜日の礼拝の後、私は教会のヘンリー牧師に 呼び止められた。 ヘンリー 「イサム、話がある。私のオフィスへ来てくれないか。」 勇

「え・・はい。」

ヘンリー 「実は、ロジャーのことなんだが・・。私もこのままではよく ないと思っている。君やロジャーにとってはもちろん、教会に とってもね。 」 勇

「まあ、どこにでも気むずかしい人はいると思うんですけ ど・・。」

ヘンリー 「いや、そういう簡単な話ではないんだ。実は・・」 ナレ

そうしてヘンリー牧師は、ロジャーの身の上について話し始め た。

ナレ 1942年、昭和17年4月18日、真珠湾攻撃以来勢いづい た日本に打撃を与えるため、アメリカは、急ごしらえの空母ホ ーネットからB25爆撃機16機を日本へ飛ばした。世に言う ドゥリットル攻撃隊である。太平洋の島々が日本軍の支配下に あった中で、彼らはやすやすと東京その他の都市の爆撃に成功、 日本軍部に大きな衝撃を与えた。ロジャー・スミスは、このド ゥリットル攻撃隊の一員だった。攻撃隊のうち何機かはそのま ま中国奥地へと飛び去ったが、日本軍占領下の地域に不時着し


て捕虜となった者もいた。そして、厳しい拷問によって作戦の 内容を問われた後、3名が銃殺された。だが、ロジャーたち5 名は、拘置所送りとなって生き延びたのだった。 ヘンリー 「ロジャーは、日本の拘置所で大変な仕打ちを受けたんだ。戦 争が終わって彼が帰国したとき、迎えた誰もが我が目を疑った。 丈夫で体格の良かったロジャーが、見る影もなくやつれ、体重 も半分の30キロ台に減っていた。タバコを口にした刺激で倒 れてしまったほどだった。ロジャーは日本を、そして日本人を 決して赦せなくなっていた。その時から今日まで、彼は日本で のことを詳しく語ろうとはしない。だが彼の気持ちは、教会の 人なら誰でも知っている。イサム、もちろん君が悪いわけじゃ ない。でも、たまたま君という日本人が、彼の前に現れた。戦 争の傷跡は、こんな田舎町にもまだ残っているんだよ。」 ナレ 私はヘンリー牧師の言葉を、困惑しながら聞いていた。ロジャ ーの体験の話は確かにショックだった。太平洋戦争。それは私 にとって、それまで歴史の本の中の出来事に過ぎなかった。そ れがいきなり生活の中に、何の前触れもなく入ってきたのだ。 しかし、それに対して自分がどうすればいいのかはわからなか った。日本人として彼を気の毒だとは思ったが,かと言って, 彼を虐待した日本軍に代わって自分が謝るべきだとは、どうし ても思えなかったのだ。私はその夜、教会でただ一人打ち解け ることができたマイケルに愚痴をこぼした。 勇 「マイケル、僕はロジャーさんのことをどう考えたらいいか、 よくわからない。ロジャーさんが僕を避けるのも無理はないと


思うけど、僕は日本軍じゃない。戦争なんて、全然知らない世 代なんだ。どうして日本人っていうだけで、こんな気まずい思 いをしなくちゃならないんだ。」 マイケル 「僕も何て言ったらいいかわからないよ、イサム。ただ、僕に はロジャーを責めることはできない。彼だってつらいと思うん だ。神様がどう解決して下さるか、祈って待つしかないんじゃ ないかな。」 勇 「でも、聖書には『汝の敵を愛せ』と書いてある。ロジャーさ んだって、クリスチャンなら知らないはずがないよ。」 ナレ それが正直な気持ちだった。幼い頃から教会に馴染んできた私 にとっては、クリスチャンの間でこんな気持ちを味わうことに、 どうしても納得がいかなかったのだ。 ナレ そんなある日のこと、私は何気なく手にした雑誌の、一枚の写 真に目を奪われた。 勇

「これは・・」

(後編に続く)


後編 ナレ 私は植村勇。今から20年前、アメリカに留学中だった私は、 ある田舎町の教会に出席していた。その教会には、日本人を赦 せないという元軍人のロジャー・スミスがいた。ある日のこと、 私は何気なく手にした雑誌の、一枚の写真に目を奪われた。 勇

「これは・・」

ナレ 一人のアメリカ人パイロットが、目隠しをされ、日本の軍人に 両側から押さえられていた。写真の見出しには「ロジャー・ス ミス中尉、捕虜となり護送される」とある。私は心臓が止まり そうになった。 勇

「これがあのロジャーなのか・・。 」

ナレ 大柄な体格は今と変わらないが、目隠しをされ、両腕をつかま れているその姿は、まるで犯罪者だった。彼はこの後、日本の 拘置所で虐待を受け、ぼろぼろになって帰国したのだ。 ヘンリー(回想)「ロジャーは日本を、そして日本人を決して赦せなくな っていた。イサム、もちろん君が悪いわけじゃない。でも、た またま君という日本人が、彼の前に現れた。戦争の傷跡は、こ んな田舎町にもまだ残っているんだよ。」 ナレ


その時、それまで人ごとのように思っていたロジャーの苦しみ が、じわじわと私に迫ってきた。と同時に、目を合わせてくれ ない、話しかけてくれないという私のつぶやきなど、ささいな ことに思えてきたのだった。 ナレ アメリカに来て3年が過ぎた。私は大学で研究を続けることに していたので、かねて婚約中だった女性を日本から呼び寄せ、 結婚式を挙げることになった。教会の人たちも、意外にも快く 準備を手伝ってくれた。 マイケル 「イサム、タキシードは僕のを使うといい。背丈も同じくらい だし。花嫁のブーケはサンディが作ってくれるし、パーティー のケーキはミセス・ピーチに頼んでおいたよ。 」 勇

「ありがとう、マイケル。みんなにもほんとにお世話になって しまって・・」

マイケル 「水臭いな。新しいクリスチャンホームが生まれるんだ。みん な喜んでるよ。」 勇

「・・僕が日本人でも?」

マイケル 「・・ロジャーのことか。彼のことは、君が気にする必要はな いよ。確かに、ロジャーにとってはつらい体験だったろうけど、 それとこれとは別だからね。」 勇

「そうかな・・」

マイケル それより、君のフィアンセはいつこっちへ来るんだ?君たちの 家族も来るんだろ。」 勇

「いや、彼女だけだ。」

マイケル 「両親は来ないのか?じゃあ、誰が父親役をやるんだ?」


「ああ、それはまだ考えてないんだ。」

ナレ 結婚式では、父親が花嫁の手を取ってバージンロードを進んで いくのが普通だった。だが、その時の私には、日本から家族を 呼び寄せる経済的な余裕はなかった。 マイケル 「そうか。ま、何とかなるさ。花嫁さえいればね。」 ナレ ロジャー・スミスが私のもとに突然やってきたのは、結婚式の 数日前のことだった。 ロジャー 「ミスター・ウエムラ。あなたのフィアンセの両親は来ないと 聞いたのだが。」 勇

「え、ええ。 」

ロジャー 「では、誰が花嫁の手を取って歩くんですか。 」 勇

「・・誰もいません。父親役はなしでやろうと思ってます。」

ロジャー 「・・もし君さえよければ、私がその役をさせてもらえないだ ろうか。」 勇

「え・・?」

ナレ 私は、耳を疑った。ロジャーが私を訪ねてきただけでも十分驚 きなのに、その上彼は、私の結婚式で花嫁の父親役をしたいと 言う。私は動揺した。 ロジャー 「どうだろう。ぜひ、私にさせてもらえないだろうか。」 勇

「は、はあ・・」

(モノ)「どういうつもりなのだろう。」


ナレ あの写真を見て以来、私はロジャーがどんなに日本人を憎んで いるか、十分ではないながらも理解しているつもりだった。そ れだけに、彼の申し出を素直に受けていいものかどうか、彼の 真意をはかりかねていた。 マイケル 「ええっ、ロジャーが、父親役を?まさか。」 勇

「本当なんだ。昨日僕の所に来てそう言った。 」

マイケル 「でも、彼の日本人に対する気持ちは、この教会の人ならみん な知ってる。信じられないよ。」 勇 「僕も信じられなかったけど、断る理由もないし、結局お願い することにしたよ。」 マイケル 「・・大丈夫かな。」 勇

「何が?」

マイケル 「いや、考えすぎかも知れないけど、結婚式で何か、その、変 なことを・・」 勇

「いやあ、まさか。」

ナレ そうは言ったものの、ロジャーが何を考えているのかわからな かったのは事実だった。落ち着かない気持ちのまま、結婚式の 日がやって来た。 ナレ よく晴れた土曜日だった。が、列席している教会の人たちの表 情は、心なしか硬かった。ロジャーが父親役をすると聞き、や はり一抹の不安を感じているのだろう。私は、無事に式が済む


ことを祈りながら、一番前の列で花嫁の入場を待っていた。 ヘンリー 「これより、イサム・ウエムラとヒロコ・タカヤマの結婚式を 行います。花嫁入場。」 ナレ ウェディングドレス姿の花嫁と、彼女の手を取ったロジャーが、 ゆっくりとバージンロードを進んできた。その時だった。 勇

「ロジャーさん・・」

ナレ 私は、彼の顔を見てはっとした。ロジャーは、大粒の涙を流し て泣いていたのだ。それを見た教会の人たちも泣いていた。私 の頭の中で、あの雑誌の目隠しをされた犯罪者のような写真の 彼と、今あふれる涙をぬぐいもせずに花嫁の手を取って歩く彼 とが重なった。 牧師 「今、この2人は神様とみなさんの前で誓約を交わし、夫婦と なりました。夫婦にとって大切なのは何でしょうか。それは、 愛し合うこと、そして赦し合うことです。当たり前のことだと 思われるでしょう。教会でも、講���からこれが語られない日は ありません。しかし考えてみると、私たちはしばしば相手を愛 せない、赦せない自分を見い出します。みなさん、愛するとい うことは、簡単なことではありません。クリスチャンだからと いって、簡単に人を愛せるのではありません。むしろクリスチ ャンだからこそ、愛することのできない自分、人を赦せない自 分を見い出し、苦しむのです。そして、自分の無力さ、罪深さ に思い悩みます。しかし私たちは、そこで絶望するのではあり ません。こんな自分を愛し、こんな自分を赦すために十字架で


血を流された、主イエス・キリストを思い出すのです。『私には できません、しかしあなたならできます。主よ、助けてくださ い。』。そう告白するときに、この神様の大きなあわれみの愛が、 私たちをおおって下さるのです。今、この人を生涯愛するべき 相手として神様が備えてくださったことをしっかりと心に留め、 本当に祝福された家庭を築いて頂きたいと思います。さて、聖 書の中には、夫婦について書いてある箇所が・・ (小さく遠ざか って)」 ナレ あのロジャーの涙を見た瞬間、私は「ああ、そうだったのか」 と思った。いや、私だけではない。そこにいた誰もが感じたの だ。ロジャーにとって、やっとこれで戦争が終わったのだと。 若い頃からクリスチャンだった彼にとって、愛と憎しみの狭間 で生きてきた年月は、何と長かったことだろう。とりわけ、私 の妻の手を取るまでに彼はどれほど悩み、苦しんだことだろう。 私が目の前に現れた日以来、彼は絶えず「汝の敵を愛せ」とい う神様の声と葛藤していたに違いない。自分をあれほどひどい 目にあわせた日本人の一人である私を、赦そうと思っても赦せ ない、愛そうと思ってもどうしても愛せない。神様は、この葛 藤の果てに彼がそんな自分の弱さを素直に認めたときに、父親 役になる決心をさせて下さったのだろう。彼の涙は,その葛藤 の実なのだ。そしてその時、私とロジャーの間に初めて平和が 生まれたのだ。神様が,あのイエス・キリストの十字架の下で のみ作り出してくださる平和が。 ナレ 「平和」。口で言うのは簡単だし、表向きの平和を作ることは容 易いかも知れない。しかし、本当の心の平和は、それを作り出 すことができない自分、罪ある自分を神様の前に認めることか


ら始まるのだ。 ナレ 戦後50年の今年、今なお戦争の傷跡に苦しんでいる人が、世 界中にどれだけいるだろう。そして、その傷が本当に癒される まで、あとどのくらいかかるのだろう。窓から8月の空を見上 げながら、私はそんなことを考えていた。 ―蝉の声、遠くに霞んで― (1995 年 8 月放送)


あとがき 本作品は、1995 年 8 月にキリスト教短波ラジオ番組「この指とまれ」 で放送されたドラマで、日本聖公会の植村誠師の体験談を基に脚色した ものである。植村勇のモデルは植松師で、実際は当時神学校に行くため に渡米し、そこで御結婚された。ロジャー・スミスのモデルは、太平洋 戦争初期に日本本土を爆撃したドゥーリットル攻撃隊の一員だったロバ ート・ハイト氏。この話は、もともとは当時のパソコン通信「ニフティ サーブ」のキリスト教フォーラム「FLORD」に掲載された植松師のメッセ ージを目にした筆者が、ラジオドラマ化することを承諾していただいた ものである。設定は脚色してあるが、誠の結婚の際のロジャーとのいき さつは実話であり、結婚式でのヘンリー牧師の説教は、植松師がこの出 来事を思いながら語られた「愛すること、赦すこと」という説教をベー スとしている。取材に際して植松師が「これは単なる美談で終わらせて ほしくない。信仰を持っていても、人を愛する、人を赦すことがいかに 困難であるか。そこで自分と葛藤し、神様にゆだねる大切さを伝えたい。 」 と仰っていたのが印象に残っている。戦争によって生じる様々な苦しみ や悲しみを考えるとき、愛するとは、赦すとは、人にとってどれほど無 力で困難なことか。しかし、神が人に対してしてくださったことこそ、 罪びとである私たち人間を愛し、赦すことであったとを知るときに、 「人 にはできないことでも神にはできる」と信じることが可能になるのだと 思う。

著者紹介 岡崎

道成(おかざき

みちなり)

1966 年、仙台市にてクリスチャン家庭に生まれる。名前はヨハネによ る福音書 14 章 6 節の文語訳「我は道なり」にちなんだもの。1982 年 練馬バプテスト教会(練馬区、日本バプテスト教会連合)で受洗、1991 年九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)音響設計学科卒業。東 京都在住。家族は妻と 1 男 2 女。都内のメーカーに勤務しソフトウエ


ア開発やプロジェクトマネジメントに従事、現職。2000 年まで短波ラ ジオ KTWR のキリスト教番組「この指とまれ」でラジオドラマシナリ オを手掛ける。趣味は自転車通勤、読書、物書き。現在、東京聖書教会 (目黒区、単立)に所属。 筆 者 の ブ ロ グ 「 SE に よ る キ リ ス ト 教 入 門 」 (http://nery.cocolog-nifty.com/christforse/)では、聖書の章要約、映画評、 オリジナル作品などを掲載しています。またツイッターアカウント @okazakineriman も展開中です。

この書籍には著作権があります。無断で複製・配布を行わないでください。 発行日

2011 年 8 月 1 日

著作権者:

岡崎

発行社

ホープ・イーブックス

道成 http://ebible.jp/books/


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