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時空を超えた旅情報誌

次号予告

モンスーン便り No.15

ISSUE #16

滴号

 自然派宣言Ⅷ

究極の極楽リゾート Amazing Travel...

『フクシマショック』

立てればと思う。出来る事を出来る形で継 続して取り組みたいと真剣に思う。その為 にも向こう5年間は編集部一同頑張って D.A.C.を発行していきたい、と決意してい ます。  カンボジアより一日も早い復興を心より お祈り申し上げます。

●頑張る日本人・カンボジア人 あなたの周りで頑張る日本人・カンボジア人、ユ ニークな活動をしている人を紹介して下さい。自 薦・他薦は問いません。 ●投稿コラム カンボジアでの生活されていて感じたこと、日本 との違い、面白かったことをコラムにしてみませ んか? ●投稿記事・新情報・その他もろもろ あなたのお勧めレストラン、喫茶店、観光地、看 板娘、その他もろもろの情報を募集しています。 送り先 

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東日本大震災による未曾有の被害発生から 早くも三ヶ月が経過しようとしている。被 災された皆様には謹んでお見舞いを申し上 げたい。まだ、まだ、油断ならない状況は 続いているが、現在の最大の懸念は所謂 『 フクシマショック』であろう。今回の事 故を見るに初期の対応から政府の対応を見 るとあきらかに『見たくない物を見なかっ た』『考えたく無い物を考えなかった』ツ ケが回った結果と言えるだろう。世界では、 『超A級の国民にC級の政府』(総合報)と の評価も一般化し、世界中で日本が『最悪』 を想定しきれていない国家だと言う事を露 呈してしまった事は残念でならない。政府 はともかく現場で働いている方々や国民に ついては海外で高い評価を受けたが、日本 でも震災後には訳の解らないキャンペーン 活動や震災に便乗して『期間限定』?など を『餌』に売り上げを伸ばそうとする輩も 登場したり、被災地で空き巣に入っていた 兄弟が逮捕されたりと日本人としての良識 を疑う行為も多発してしまった。  復興までには長い年月がかかるかと思わ れる。。。D.A.C.トラベルでは向こう5年間、 全ての売り上げからUSD$1を、在日本国大使 館を通して寄付し、少しでも復興のお役に

シーサイドライン

E-mail:dac_info@online.com.kh

*採用された方にはホテル宿泊券をプレゼント致  します。 表紙について 写真:前号で場所について誤りがありました。    「トンレサップ湖」に訂正いたします。

D.A.C. (Discovery Asia in Cambodia) 滴号(ISSUE#15) 2011 年 6 月発行 年間 4 回 発行:NEW SAI TRAVEL SERVICE CAMBODIA (Publisher) 編集 / 制作:G-Production (Editing/product) 写真:Daisuke Akita, Gon Kishiyama (Photograph) G.Production 協力:Cooperation カンボジア観光省 (Ministry of Tourism) カンボジア国立資料館 (National Archives of Cambodia) 上智大学アジア文化研究所 (Sophia Asia Center for research and Human Development) 日本政府アンコール遺跡救済チーム (JASA) 協力: Special Thanks G & Y International co,ltd Contact us Address:#377Eo-b, St.Sisowath, Phnom Penh Tel:+855 (0)23 991 651 E-mail:dac_travel@online.com.kh ※本誌を無断で複写、複製、転載することを禁じます。


時空を超えた旅情報誌

ISSUE No.15

Discovery Season

P.

6

歳・時・季

Discovery View

P. 18

グラビア

Discovery series

P. 25

とことんアンコール第14弾

 蓮の臺に眠る寺 -ベン・メリア寺院遺跡- 

Travel Triangle/定点観測 ・プノンペン     P. 33 ・シェムリアップ        P. 53 ・シハヌークビル P. 83 寄稿:カンボジア“美容”便り2 寄稿:西参道修復物語Ⅵ    寄稿:いにしえのインドシナ旅行 寄稿:発掘こぼれ話Ⅴ 寄稿:探求魚日記2 寄稿:海便り-第三便-

P. 17 P. 57 P. 80 P. 82 P. 96  P.106

最新情報 ヘッドラインNEWS

P. 56

-拡大する衝突地域、紛争の最前線に注目が集まる-

   一期一語 小さな旅・発見‐3‐    こだわりの特選・旅

P. 6 P. : 17 折り込み(切取可)

     本書掲載内容(写真・地図・記載等)の無断転載・複製を禁じる This book may not be reproduced, in whole or in part,  in any form, except by reviewers for the public press,       without written permission from the publisher.

 写真掲載:週刊新潮4月14日号

スラ・ダムレイ遺跡(クーレン山)   (D.A.C.取材企画・同行)

地図 ・全国図            P. 9 ・アンコール遺跡群地図     P. 13 ・カンボジア西北部・国道6号線地図  P. 15 ・ベン・メリアと周辺遺跡    P. 30 ・プノンペン市街図  P. 40 ・シェムリアップ市街図  P. 61 P. 72 ・ポイペト/アランヤプラテート ・シェムリアップ国立博物館& P. 73  シハヌーク・アンコールミュージアム案内図     ・コーケー遺跡群地図 P. 74 ・シハヌークビル地図 P.88-90 ,P.94-95 ・レアム国立公園      P. 93 ・コーストライン地図     P.91-92  ・カンポット市街図  P. 98 ・ケップ地図          P.101 ・コ・コン州ラグーン地帯  P.104 ・コ・コン市街図        P.104  *プノンペン市場案内図(P38-39)シェムリアップ市場案内図(P59) *ローカル乗り物料金表掲載(P.111)

旅の基本情報

P.112

読者の皆さんへ  情報誌:D.A.Cの発行は今号で15号目を迎えます。 「もう一歩踏 み込んだカンボジア」を伝えたいと発行しているものです。自在 な視点でのびやかに、時に鋭く貪欲にカンボジアの魅力を伝えら れたら、幸いです。ちょっとディープな話題の提供で、皆さんの 新たな旅のはじまりにつながることを願っています。  D.A.C.では、毎号新たな地図が追加されています。いずれも本邦 (日本語)初公開という地図で読者のお役にたつものと思います。 5


歳・時・季  炎暑の季節でも時として雷雨がある。プノンペンを取り囲む カンダール州では、乾季真っ最中のカンボジア正月に雨が降る と言われている。カンボジアの季候は雨季と乾季に二分される 熱帯サバナ気候区で、さらに熱帯モンスーン気候区に区分され ている。従ってカンボジア語には季節を表す語は二つに限られ るが、「春」の翻訳語はちょっと苦し紛れだが、「花咲く季節」 と翻訳されている。確かに火炎樹の花やゴールデンシャワーの 花が咲き乱れるのが3・4月だが、炎暑の真っ最中であり、それ に熱帯の開花期はやたらと長いのもあって、「花を惜しむ」な どと言う感慨はない。また、花が勢いよく咲き乱れながら、葉 は炎暑でぐったりしているので、何か美的にはちぐはぐなとこ ろがある。花を愛でるという習慣はあるようで、農家の庭先に ちょっとした鉢植えが置かれているが、蔓性のブーゲンビリア 他数種を除いて、花木を愛でるという習慣はないように思える。 それに欧米や東アジアのように所謂「庭」造りという概念は当 地にはない。ベトナムには中国の影響で盆栽を中央に置いたよ うな庭造りがあるが、王宮付属の銀寺なども花木は全て鉢植え で、「芸」の域に達しているとは言い難い。公園もまたフラン ス直輸入で熱帯というのに木陰がほとんどないから、地元の人 たちが憩うという姿は少なく、何かよそよそしいものである。  5月半ば、乾季と雨季の分かれ目は遠く雷鳴に始まる。する と木々も人々も生き生きとしてくる。恵みの雨の到来である。

雨季がやって来た

祝日 6月18日     前王妃モニック誕生日 9月24日     憲法記念日 9月26、27,28日 お盆 -プチュームボン  バラン

一期一語 「国際」編 意:フランス

 タイ語に「ファラン」という言葉があるが、カンボジア語の   バランは、どうもこ のタイ語が語源のようだ。ファランもバランも共に本来の意味は、フランスを指すのだが、 共に話し手の意識では「外国」の意味に使われている事が多い。日本語の「外人」は長く アメリカ人を示す意味で使われていたが、タイやカンボジアでは「フランス」人の意味が 「外人」の意味となり、欧米系白人種に使われる。いずれもその地の歴史的背景によるも のである。戦後、日本では長く外国人といえば、アメリカ人であったのは、敗戦、占領と いうものを通じて身近に接しざるを得なかった日本人の深層心理に根付いたものであろう。 タイ、カンボジアも19世紀の西欧列強の圧迫で特にインドシナからタイを窺ったフランス というものに強烈な印象があったからだろう。いずれも外国人と意識した欧米人には、深 層心理ではコンプレクスとも絡み合っているようだ。「タイ人のファラン(欧米系)好き」 は有名で、欧米人と腕を組む女の子はちんまりしたアジア系の男性と腕組みする女の子よ りはちょっと上、といった意識がある。これはカンボジアでも濃厚である。それでも日本 人は裕福でおとなしいとまあまあの扱いであるが、裕福でないとまったく相手にされない のは心しておくべきである。まして沈没組と称される裕福でもなく中年も過ぎると、端から 邪険にされる例は当地にも多々ある。「癒しのアジア」なんて甘い夢も経済力が背景にあっ てこそ成り立つもので、何も現地の人々が観光客の癒しのために日々の生活を営んでいる 訳ではない。  バリ島の高級ホテルでプールに浸かりながらライス・テラスを眺める、ベトナムやカンボジアでシクロ(人力車)に乗るといったこ とを「ちょっと」と気がとがめる日本人観光客も多い。要は普通目線で距離感を持ってつきあうのがいいのだろう。が、どうもこの距 離感が苦手な日本人も多い。また、日本の若い女性の個人旅行者には現地でステレオタイプのイメージが拡がっているから要注意。思 惑や商売を好意と受け取り、舞い上がって痛い目にあうなんてことも起こる。特に空港や観光地で日本語で話しかけてきたり、自称N GOなんていうものが、けっこう危ない。当地の人々でボランテイアが持続するなんていうのは、宗教行為以外、寡聞にしてほとんど知 らない。  さて、カンボジアであるが、彼らもバラン好きに思える。欧米系は体格もよく女性でも颯爽と歩く人が多い、それに絵になると日本 人客の多いホテルでも広告には欧米人の写真が使われる。カンボジア人のバラン好きには、どうもその体格と距離感にあるようだ。ま た、欧米人の多くも夜遊び好きのバックパッカーでない限り、距離感をとっている。それは英語が通じて当然といった態度にも出てい る。落差と距離感、これが憧れに変わるのではないだろうか。カンボジア人の一見、人なつこさを「わあ、フレンドリー」なんて喜ん でいいのか、は疑問である。事実、カンボジア人は、水平な関係づくりや協力というのが苦手である。数人しかいないスタッフの職場 でも、細かに互いの差をつけたがる。皆、同じようにと扱う上司がいると、彼らは不安になる。そして外見が重んじられる。保護者― 奉仕者、それも個人的な関係を組織の中に持ち込むから、組織のトップへ直訴は日常茶飯事である。差による距離感がないと、どうな るか。よく通うようになったカンボジア人経営の食堂やカンボジア人スタッフのカフェなど、だんだん値段が上がってきたり、欧米系 に比べ扱いがぞんざいになってくるといった経験はよくあること。フレンドリーがだらしない関係になれば、いずこでも敬されない。


第3弾

民間信仰に守られた寺院遺跡:プノン・チューンプレイ Phnom Chung Prey

プノンペンから通称:日本橋を渡って北上する国道6号線はメコ ン河沿いの自然堤防上を走り、30分ほどで左右に水田地帯を見る。 ここから7号線と分岐するスクンの街までは典型的なカンボジア農 村地帯の風景が広がる。メコン河の増水によって運ばれた沃土は コンポンチャム州の河岸低地を広く覆い、水の増減によって早期 から晩期の稲が次々と植えられてゆく。雨季の緑滴る田の広がり と大きなマッチ棒のような畔道に植えられた砂糖椰子の林立はカ ンボジアの人々には源郷とも言える風景である。そして所々に散 在する森に覆われた小丘は神々が降臨する聖地、多くは山頂部に ふ なん 砂岩の露頭を見せる。最初の王国:扶南の王が「山(プノン)の 神」と称したように王は散在する小丘に降り立つ神々を率いる統合 神として人々に臨んだようだ。現代、小丘に多くの寺院を見る。そ うした寺院を訪ねるとアンコール期以前のヒンドゥ寺院跡であっ たり、原始の土着の神々を祀った巨岩の洞であったりする。小さ な旅の楽しみはそうした発見にある。 プノン・チューンプレイもまた、旅を急ぐ者には 見落としてしまいそうな村里の小さな丘(標高78 m)にある。スクンの街手前、約850m、左手(北 側)に観光省の看板が見える。そこを左折して車 で5分、小丘の東麓に着く。東麓から山頂に階段が 続くが、東麓の現代風の寺門と共に何の変哲もな 寺に籠る老女 いよくある村の寺の佇まいである。丘はほぼ円形 で東麓の階段が始まるところにラテライト造りの塔門翼廊部が残 っている。翼廊の空間には中年女性が起居しており、接するに精 神を病んでいる。内部の日常雑器を見るに縁戚か近隣の者が彼女 の世話をしているようだ。まるで古代の施療院を見る想いだった。  階段の周囲を注意して見るに丘全体がラテライト石による階段 状(ピラミッド型)石積みとなっていたようである。丘上は平坦

に均され、そこに矩形の境内(東西50m、南北30m)を設け、ラテ ライトの周壁で囲み、その内側は回廊となっている。中央西寄り に塔状の中心祠堂を設け、東側の前殿にあたる祠堂を回廊によっ て結び付けている。また、境内には対角線上に祠堂(経蔵?)を 設けていたようだ。(境内図参照) かなり良く残った古代寺院遺 跡で小丘の東北東には東西240m、南北220mの聖池(バライ)が 掘られており、13世紀頃の地方拠点の一つであったようだ。ここ から北々東23キロにもラテライト造りの寺院遺跡があり、共にそ の建築工法は似ている。 構造物はラテライト造りであるが、開口部の石枠や踏み石、連子 窓は砂岩造りで、精緻な浮彫を施した眉庇(リンテル)が残って いる。また、下部に精緻な彫りが施されたヨニも保存されていた。 中央祠堂内には現代の仏像が鎮座し、東南部の祠堂には涅槃仏が 安置されている。境内には現代寺院建築はなく、古代寺院をその まま現代の仏教寺院として信仰しており、わずかに境内東部入口 に門を設け、前殿と中央祠堂結ぶ回廊部にトタン屋根、南東祠堂部 に漆喰屋根を加わえている。遺跡は、南麓の集落の人々の信仰の拠 り所であったようで、平日にも村の老女が籠っており、貴重なヨニ リンテル の台座や眉庇が何気なく置かれているが、けしてぞんざいな扱いで はない。古代の遺跡はこうした人々によって守られてきた。 N

入場は無料です。

境内図

中央祠堂南面から東南部祠堂を見る

第 二便 プノンペ ン で 美 容 師・・

■カンボ ジア“ 美 容 ” 便り■ 

 ンボジアに来て早半年が過ぎ、サロンには沢山の国の人達の髪を携わらせて頂きまし た。どの国の人達も口を揃えて悩んでいるのが、髪のダメージと頭皮のトラブルの相 談が多いと感じました。  今回は、そのトラブルの原因と自分で出来る解決法を少し紹介したいと思います。髪のダメー ジと頭皮のトラブルの主な原因は外部的要因と内部的要因に分かれます。外部的要因とは主に 紫外線、シャワーの水、洗髪方法、ドライヤーやアイロンのかけ過ぎ、無理なブラッシング等 が挙げられます。内部的要因とは主にストレス、体調不良、食生活、妊娠、出産、飲酒や喫煙、 睡眠不足などが挙げられます。ではこのカンボジアの気候で気をつけて頂きたいのは、紫外線! これは肌にも髪にも頭皮にも大敵です!では何に気をつければよいでしょうか?濡れた髪で寝 ていませんか?濡れた髪で外出していませんか?男性だし気にしなくていいと思っていません か?濡れた髪と云うのは非常にデリケートでキューティクルと云う髪を覆っている鱗状のもの が半開きになっています。そこに枕と髪が擦れて切れ毛、枝毛の原因になってしまいます。濡 れた髪は引っ張ると乾いた髪より伸びます。それは、キューティクルが半開きになっているの と中の組織が水によって一部離れた状態になっている為です。さらに、その半開きになってい るキューティクルの隙間から紫外線を受けると紫外線は髪の内部にまで届き髪を内部から破壊 します。なので、出来るだけ髪は乾かしてください。出来るなら、ドライヤーの熱で髪に負担 のかからないように!シャンプーなどのCMモデルは髪を乾かすのは冷風でしか乾かさないと 云うモデルがいますが・・そこまでしては生活に支障をきたすので、その辺りはお任せします が・・カンボジアでは男性の方もドライヤーをしない方は多いと思います。実は薄毛、抜け毛 の予防として髪を乾かすのは有効になります。髪を乾かさないで寝たりすると、寝ている間に 頭皮で細菌が繁殖しやすい状況になり、髪の発育、育成に支障をきたします。勿論、暑い国な ので汗も沢山かきますので寝る前に洗髪するのは外せません!しかし、過剰な洗髪は頭皮を潤 おうとし余計に油分を分泌し逆効果になります。実は洗髪の時の最初に浴びるお湯でしっかり とマッサージするように濡らすだけでも髪の汚れ、頭皮の汚れは90%以上落ちるそうです。シ ャンプーは手で軽く泡立てて、爪を立てずに指の腹でマッサージするように洗髪し、しっかり と洗い流して下さい。コンディショナーやトリートメントは頭皮にはつけずに程よく洗い流し て下さい。  このように、普段のケアを少し気をつけるだけで少しずつですが変化が生まれてきます。し かし、傷み過ぎた髪はいくらサロンでトリートメントしようが回復はしません。切るしかない のです。サロンのトリートメントは切りたくはないが髪をきれいに見せたい、髪のもつれやス タイリングをスムーズにしたい為にするものと考えておいて下さい。頭皮のトラブルは洗髪、 ドライヤー、育毛剤の使用、サロンでのヘッドスパ等もかなり有効になります。私自信の家系 も薄毛家系なのですが、これを心がけるだけでも違うと実感しています・・・

*訂正とお詫び:前号で筆者の生年月日に  誤りがありました。本号において訂正し  お詫びといたします。

■Kenzo Fukuyama 1977/12/23 2010年よりプノンペンにある高級美容院「de’gran JAPAN」の美容師として勤務。 東京・表参道の某有名美容院など、美容師として約14年の経験を持つ


BAYON TEMPLE

壮大なアンコール遺跡群、見る者を圧倒する


中  

ド政府が修復

院は現在イン

タプローム寺

脅威のスポアンが回廊を飲

み込む

タプローム寺院:西塔門テラス


注意書きには靴を脱いで参詣して下さいと書かれている。土足厳禁、何とも素朴な祈りの場だ。

村人の純朴な信仰によって遺跡は守られてきた

寄せ棟造りがクメール寺院の特徴で 急角度の切り妻に柔らかさを与えている


東を向くシンハ像

プラサット・ティエット     (本誌P26記述参照)


不思議な魅力を感じさせる蓮を掲げた美しきデバダー像、ベンメリアを象徴するかのようなデバダーだ(外側周壁の南東塔門)


とことんアンコール 第14弾

蓮の䑓に眠る寺 ―ベン・メリア寺院遺跡―

ベン・メリア寺院遺跡が 身近になったのはここ5、6年のことである。 アンコールの東の外れに密林に眠る大寺院があるとの噂は 10年前頃からあったが、寺院境内や周辺には地雷が埋まっている、 道もまた悪く、夕暮れになれば強盗の危険もあるとの噂も付いていた。 古くはドラボルトの*1「アンコール踏査行」の記述、 近年の研究者の間では蓮の咲き乱れる美しい濠を持つ 「東のアンコール・ワット」の別称で知られていた。 ベン・メリアは*2「花束の池」と呼ばれた仏教寺院で、 うてな 長きにわたって蓮の䑓に眠る寺であった。 美しき中将姫が蓮の花から糸を紡ぎ、 たい ま でら まん だ ら それを織り込んだという国宝:*3当麻寺曼荼羅の伝説のように、 そこは大乗仏教が織りなす極楽浄土の世界であろうか。 *1「アンコール踏査行」ドラボルト著:本書のドラボルトの報告から クメール研究が始まり、アンコール学の古典として知られている。 *2 「花束の池」:「アンコール踏査行」ドラボルト著の邦訳では “蓮華湖”となっている。 *3当麻寺:奈良盆地南西部の二上山の東麓にある寺。 古くから西方極楽浄土の寺として知られる。


周壁に囲まれたピラミッド型基壇  プラサット・コーンプロック   (本誌:P30-31地図参照)

先 ずはドラボルトの記述に沿って、旅を進めよう

ルイ・ドラボルト(1842-1925年)は、1963年にカンボジアを保護領とした フランスの第一回メコン河探検隊(隊長:ドゥーダール・ド・ラグレ海軍大佐)の一 員として1866-68年にかけてメコン河を遡り、トンレサップ湖に入り、*4ストゥンの 街を経由して大プリア・カーン(プリア・カーン・コンポンスヴァイ)遺跡の調査を 行いながら、奥地のコーケー遺跡にも足を延ばした。戻るや大プリア・カーンから古 代の王道を経て、ベン・メリア遺跡の調査を行い、別働隊は近くの石切り場からさら にクーレン山のプリア・アントンを訪ねている。  私たちもまた、ドラポルトの足跡を辿りながらベン・メリアに至った。それは、大 プリア・カーンの取材時、彼の記述と絵図がなければ遺跡の全貌とその価値をつかむ 崩壊したプラサット・チュレイ遺跡を指差す案内人 ことが不可能と知ったからである。先ずは、ベン・メリア寺院遺跡の南濠にそって東 に向かう国道66号線の赤土道を進む。凡そ40分、トラペァン・チュン(Trapeang Chhun)という集落に着く。ここから大プリア・カー ンへ到る道はバイクか四輪駆動車のみとなる。集落から南に延びる道はスピアン・コンポンスヴァイを通る王道(現国道6号線と重な る)につながっている。その道を辿ること集落から1キロほどのところにアンコール期の寺院遺跡:プラサット・ティエットがある。 遺跡は寺院境内にあり、レンガ造りの祠堂を残すのみである。祠堂は五段のお供え重ねで頂には宝珠にあたるものがあり、よくその外 観を保っている。東側のみに開口部があり、装飾等は見当たらず、内部にはそう古くはない涅槃像が安置されていた。祠堂東側には壁 面を椰子の葉造りの簾で代用するという素朴な木造の寺院本堂があり、内には中世の仏像群やア ンコール期と思われる石造物が本尊の前に安置されており、一見の価値がある。また、本堂の正 面(東側)にはナーガ像があり、ここからかつての参道が延びていたようだ。  再びドラボルトの辿ったベン・メリアに到る王道に戻る。先ずは王道左手に現れる左右に延び た森、そこはプラサット・プラム(五塔)寺院遺跡、濠に囲まれた大寺院である。ドラボルト一 行は寺院中心部を訪ねているが、現在は地雷処理がなされておらず森に入れない。プラサット・ プラムとは王道を挟んで北側にも小寺院遺跡が残る。やがてスピアン・タオンに着く。 ドラボルト一行時には、両岸に密生する木々で細流をわずかに望める程度だったためか、橋につ いての具体的記述はない。スピアン・タオンは知る人ぞ知る名橋である。橋の規模はスピアン・ コンポンスヴァイに及ばないが、その建築学的な価値や佇まいの美しさによって優にコンポンス ヴァイに匹敵する。アーチ型建築工法を知る以前、寺院建築で発達した迫出し工法の石積みで橋 脚を築くにあたっては、先ず川底にラテライトの切石を敷き詰め、その上の橋脚下部に大きな切 石を置き、水流の圧力を分けるため両側を尖らせている。迫出し工法のために橋脚間は狭いが、 それを利用してダムとして活用していたようだ。橋上にはナーガの胴体の欄干が設けられたが、 わずかに残った欄干も近年、崩壊し、わずかに五頭のナーガ像を残すのみ。数年前に比べ荒んだ 光景であることは否めず、何とも残念であった。ここからベン・メリアに向かって王道には三基 の小さな石橋が設けられている。凡そ30分、ベン・メリア寺院遺跡に付属する大きな聖池(バ プラサット・チュレイ塔門


ライ)東南端に着く。東南端の堤防上に矩形のラテライト周壁に 囲まれたピラミッド型寺院遺跡プラサット・コーンプロック (Prasat Kongprok)がある。東西南北に砂岩造の楼門を設け ており、北側の楼門は空中参道によって大きなテラスにつながっ ている。こうした構造配置は他の例を知らない。テラスの規模・ 形は聖池東端中央のテラスとほぼ同じで、規模は王の沐浴場説の あるスラ・スランを超える。テラスに登る階段部には二段にわたっ て両側にシンハ像が鎮座していたようだ。その数は16にのぼる。 聖地の東南端にピラミッド型寺院を設ける例は大プリア・カーン 遺跡にも見られるが、テラスとの結びつきはない。  さらに聖池中央にメボン遺跡がある。が、ここは池底が地雷原 であり、読者にお勧めはできない。私たちはかろうじて地元民の 案内で辿り着いた。遺跡は中央祠堂の基盤をわずかに残すのみで、 細かな連弁模様を刻んだ大きな台座と思われる切石のいくつかが 見られた。  メボンから南へ堤防に戻ると少し奥まったところにプラサット・ チュレイ(Prasat Ghirei)がある。堤防からはラテライト敷き の階段があり、参道が真直ぐ南に寺院まで延びている。 参道両側にはプリア・カーンで見られるリンガ型街路飾りが並 ぶが全て倒れている。遺跡は矩形のライテライト周壁に囲まれ、 楼門は北と東側のみである。正式には東側から入り、中央祠堂に 到るようだが、境内北東部に位置する経蔵入口が西側に開口部を 設けていることから、北側楼門からも出入りするようである。楼 門や経蔵の破風、軒飾り、石柱に残る浮彫意匠と堅牢な印象を与 える良質で大ぶりな砂岩切石からベン・メリア寺院と同時期に建 立されたようだ。なお、東側に参道が設けられた跡はない。  プラサット・チュレイから堤防上の道を西へ、聖池西端で車を 降り、堤防上を北に歩むと大きなテラスに行き当たる。このテラ スから西に真直ぐ延びるのがベン・メリア寺院への正式な参道で ある。私たちはその参道を辿った。それがベン・メリア見学の “王道”である。 *4 ストゥン:本書P15-16参照

スピアン・タオンの見事な石組み

写真の彫刻は爆破でもされてひっくり 返ったようにも見れるが仏陀が座るどく ろを巻くナーガの鱗のようにも見れる。

聖地(バライ)内は地雷原

メボン遺跡

   そこは都城の一つであった  ―規模はアンコール・ワットを超える―  ベン・メリアは、アンコール・ワットを建立したスーリアヴァルマ ンⅡ世の従兄で次に即位した*5ダラニーンヴァルマンⅡ世(在位1150 頃―?)によって建立された。王は前王の時代、大乗仏教の修行僧で あったという説がある。ベン・メリア全体図を見るにその規模はアン コール・ワットを超える。ベン・メリア寺院遺跡をその環濠内と見れば、 アンコール・ワットより規模は小さいが、付属する聖池(バライ)の 造営を含めれば、はるかに広い。東に延びる参道と聖池に望むテラス からもベン・メリア寺院建立と一大聖池の造営は一体化されたもので あることが解る。アンコール・ワットが「寺院都市」という意味を持 つように、当時、環濠・周壁内には家々が立ち並んでいたようだ。境 内外陣部の参道テラスから左右に降りる階段はそのために設けられた ものと思われる。ベン・メリアでは、同じ構造の参道テラスが東西南 北に設けられ、それぞれ三ヶ所づつに左右階段がある。またさらに東 外塔門から環濠を越えて聖池に延びる参道にも十字テラスから少し行っ た所に左右に降りる階段跡が残っている。街区は環濠を越えて参道の 両側に広がっていたようだ。東参道は盛土されており、切石で敷き詰 められていたかどうか確認できないが、両側に置かれた列柱のような リンガ型街路飾りの列からかなり整備された参道であることは間違い ない。  古代天皇制に王の代替わり毎に都が遷る例があるようにアンコール 王朝もまた、王の多くは都城を遷している。ロリュオス、アンコール・ ワット、アンコール・トムそしてコーケーの例がある。それ故に大乗 仏教徒であった王は、あえてこの地に都城を大乗仏教の理想郷:極楽 浄土になぞられて設けたのではないか。それがベン・メリア(花束の 池、蓮華湖)の名に由来ではないだろうか。

べん・メリア寺院境内に向かう東参道は 聖池(バライ)東縁中央に設けられたテ ラスより伸びる(本誌P30-31参照)

*5:ダラニーヴァルマンⅡ世の建立:ベン・メリアの創建時代を明らかにする    碑文はない。そのため、アンコールワットとの類似点からスーリアヴァルマ    ンⅡ世(1113-1150年)時代という説やその前王説があり、欧米系研究書に    はヒンドゥ寺院との記述が多い。が、本誌ではアンコール学の泰斗:石澤    良昭氏の「王は1150年から1165年にかけて、ベン・メリア寺院、コンポン・    スヴァイの大プリアカーンなどの仏教寺院、これら二寺院とアンコールを    結ぶ街道沿いに宿駅を設け、小寺院を建立するなど国内整備に力を注い    だ。」(興亡の世界史11「東南アジア多文明世界の発見」P157 講談社)の    説に拠っている。また、同氏は別の箇所(同書P270)でも「建物の外側を見    ただけでは図像などが安置されていない限り、ヒンドゥー教と仏教を区    別する方法は何もないと言うことである。」とも記述している。


アンコール最初の仏教寺院  ダラニーンヴァルマンⅡ世は敬虔な仏教徒であると同時に神としての王である。 王の治世に大プリア・カーンとアンコールを結ぶ軸の整備が始まったようだ。本 誌前号で取り上げたフランス人研究者作成の地図によれば、ベン・メリアから西 に延びる運河跡の遺構が見られる。その運河はプノン・ボックの麓を経てチャウ スレイ・ビボール(Chau Srei Vibol)、バンテアイ・サムレ付近に通じる河川と 繋がっていた。いずれも*6この王の建立であった。ベン・メリアは最初の仏教寺 院の建立であったが、後に王の子息:ジャヴァルマン七世(在位1181-1218年頃) が建立した父の菩提のために建立した仏教寺院プリア・カーンに見られるように ヒンドゥの神々や精霊信仰まで混融した寺院である。現在、わずかに内陣部の破 風に残る座仏群像を見るによって仏教寺院であることを知る。

精緻な浮彫の眉庇(リンテル)が 無造作に放置されている。 中央のカーラに乗るにはシバ神か。 柱石の浮彫も見事である。

*6この王の建立:注*5参照。興亡の「世界史11 東南アジア多文明世界の発見」P157 講談   社に拠る。これについても研究者の間で異説あり。

  東のアンコール・ワットか  ―ベン・メリアに見る建築学的挑戦―  ベン・メリアはしばしば「東のアンコール」と呼ばれるが、研究者に聞くに ・アンコール・ワットと同時期の平地型寺院遺跡という説。 ・古代インドの建築にはない、アンコール・ワットと同様の十字回廊を持つ。 ・規模の類似。 ・参道テラスを見るに境内に街区があったようだ。 といったことのようだが、言葉だけが一人歩きした感がある。逆にアンコール・ ワットとの相違点が多いのに気づく。ドラボルトもまた、次のように述べている。 『プリアカーン (コンポンスヴァイ)には多くの彫像が残っていたが、 (ベン) メリアには稀 であった。やっとのことで完全に形が崩れている二、三の小仏像、信者が寺院に絵馬とし てそなえた神や天使で飾られた若干の石碑を発見した。  そのかわり、建築作品はあらゆる点において目ざましく、装飾彫刻は素朴純粋な趣を呈していた。 』 「アンコール踏査行」ドラボルト著 三宅一郎訳 平凡社東洋文庫 P60-61より( )内は筆者付け加え。

 彫刻は稀である  ベン・メリアでは、アンコール・ワットやバイヨンのような回廊を埋める浮彫群像が見られず、また、楼門の翼楼部分に見られるデ バター(天女)や眉庇、石柱のアプサラ(舞姫)等は塔門や隅塔の リンテル 壁面付近のみに見られる程度である。一方、破風や眉庇の部分には インドの古代神話をモチーフたした精緻な彫刻群が見られる。それ らをドラボルトは「素朴純粋の趣」と称したようだ。                               

建築作品はあらゆる点において目ざましい

崩壊した参道テラス、半壊の塔門 発見当時そのままの雰囲気を残す    ーベン・メリア寺院ー

 ベン・メリア寺院の圧巻は内陣部境内の複雑な構成、屹立する塔 群、良質の砂岩を用いた堅牢、質実さにある。復元図を見るに第一 回廊には11の塔を持つ。塔門は東西南北四カ所、正門にあたる東内 塔門は三基の塔から成る堂々たるもの、さらに回廊の四隅にも塔を 設けている。第二回廊には、塔門はないが四隅や内部に通じるとこ ろには楼閣を設けており、それぞれ破風、眉庇、石柱に素朴だが精 緻な浮彫群が見られる。また、アンコール・ワットに比較される十 字回廊は東側正面の第一回廊と第二回廊の間に設けられている。東 南部の第一回廊と第二回廊の間にも十字回廊がある。おそらく諸神 の一つを祀った所と思われるが、回廊内から連子格子越し望むと崩 壊した切石群に座仏像らしきものが見られた。  西南部にも“日”の字型の回廊を持つ不思議な場所もある。中心 部は第三回廊に囲まれ、東側より通じる中央祠堂の塔が屹立する。  ベン・メリアはアンコール・ワットのようなシンメトリー(均整) の美しさや中央部に向かって高みを増すといった視覚的な効果は少 ない平地型寺院である。ベン・メリアに見られる複雑さ、堅牢さは、 何よりもその建築学的な特徴、挑戦とも言えるものから来るようだ。 驚くべきことにほとんど全ての構造物が回廊や空中参道テラスによっ て結びつけられている。第三回廊内の経蔵と思われる建築物のみ独 立しているが、それとて中央境内は他の領域よりも高みにあり、砂 岩に敷き詰められている。思うに、縦横に走る回廊によって結び付 けられる内陣部、第一回廊内東側の南・北経蔵を結ぶ見事な空中参 道、東西南北の内塔門前の空中十字テラスなど、いずれも一段高み いま を造形し、それらを諸神の座す空間に誘うことで天上の世界(極楽) をこの世に現出させる試みではなかったか。それは、アンコール・


ワットとは別の世界を演出する試みであったかに思える。

 ベン・メリアは東・西のプリア・カーンに続く  ベン・メリアの建築学的挑戦はアンコールとコンポンスヴァイのプリア・カーンに受 け継がれている。前者はダラニーンヴァルマンⅡ世の息子:ジャヤヴァルマンⅦ世が父 の菩提のために建てたものであり、後者はダラニーンヴァルマンⅡ世が仏教寺院として 建立し、ジャヤヴァルマンⅦ世の時代にさらに改修や小寺院の建立が行われた。  アンコールのプリア・カーン寺院を見るに ・東西南北の参道に見られるリンガ型街路飾りの列 ・正面にあたる東外塔門、東内塔門とその前に設けられた大きなテラスや北・南・西の  内塔門と前面の十字テラス。 ・第一回廊と第二回廊の間に南・北・に置かれた“日”型の回廊の神殿区域。  はいずれもベン・メリアに見られるものか、その応用・発展である。さらにプリア・  カーンでは、ベン・メリアの十字回廊にあたる部分には大きな空中テラスを設けられ、  周囲のテラスと結び付けられている。テラスの多用と大型化、それらを結びつける空  中参道の駆使こそプリア・カーンの建築学的な特色に思える。  一方、大プリア・カーンでも塔門の類似性、テラスの多用、大型化が見られる。ベン・ メリアでは控えめであった楼門破風の座仏像群の浮彫が大プリア・カーンでは数多く見 かける。ジャヴァルマンⅦ世がその建築学的独創性を発揮したものは、かの四面観世音 菩薩の塔であり、他は父王の時代の建築学的達成を応用・発展させたものである。

乳房をもたげるデバター(女神)像   ベン・メリアでのみ見られる

 内陣;木道の醍醐味  現在、観光客の多くは南側から入り、参道を辿って崩壊の激しい南内塔門前のテラスに到り、右手第一回廊の崩れた所から木道に入っ て内陣部を見る。近年、木道は北側第三回廊まで延ばされ、回廊内を通って北側に出て、東西いずれかの道を辿り、第三回廊を外側か ら周遊できるようになった。木道は遺跡を傷つけぬよう注意深く造られ、見所をコンパクトにまとめている。06年当時、聞いたところ によれば、映画「トゥームレーダー」のロケにベン・メリア寺院が使われ、そのお礼に木 道を造ったとのことである。この木道の醍醐味はその高さにある。第二回廊から第三回廊 へは回廊の屋根を超える位置に設けられており、注意深い者なら、その複雑な寺院構造を 見てとれる。特に第三回廊を越えた所から望む中心境内と第三回廊南楼門上に設けられた 展望所からの眺望は圧巻である。

 見所は周遊にあり  2001年、初めてベン・メリアを訪れたが、それは中心部寺院のごく一部を垣間見る程度 であった。その後、木道が設けられたが、ガイド本の類も通り一遍で、あたかも秘境観光 扱いのようであった。それ故、タ・プロームの野生版のような趣であったが、中心部の崩 壊がひどく、全体の構造もよく掴めぬまま帰ってきた憶えがある。それから10年、いまだ にまっとうな見学の手引きとなるようなものはなく、ベン・メリアの魅力と称されるもの も、言葉だけが浮き上がった旅行社のキャッチコピーの域を出ない。が、見所はベン・メ リア遺跡の*7周遊にある。さらに足を王道に延ばして古代技術の優れた遺産:スピアン・ タオンを付け加えるのもよい。日本のアンコール学の先駆者:石澤良昭氏が指摘する都城・ 聖池・寺院群の三点セットに王道と古代橋が付け加えられ、その規模と構想の雄大さを肌 身で知ることになる。 *7周遊:本書P30-31地図を参照

「ベンメリアの案内なら僕に任せて欲しい」 南参道で発掘された保存状態の良いナーガを前に

今回取材に同行したガイドは? 名前:MR.PRAK VINONG  ガイド歴:10年 お問い合わせ:dac_travel@online.com.kh

ガイド選びの重要性 同じ場所を観光するにも案内人によって遺跡の回り方も遺跡のイメージも大きく変わ ります。D.A.C.トラベル(ニューサイトラベル)ではガイド教育を徹底しており、40 名以上のガイドが弊社に登録しております。『ベンメリの王道』観光にはぜひ、 D.A.C.専属ガイドをご利用下さい。

855-92-575475

(855-16) 487 866


石切場、スバイ・ルーを経て コー・ケーへ

ベン・メリアと周辺遺跡 BENG MEALEA map

石切場

小河川 壕 北外塔門

参道 B

推定:家屋群(建立当時) リンガ型街路飾り

内陣部

推定家屋群(建立当時)

テラス

参道 A

参道 B

東外塔門

参道 B

西外塔門 822 m

推定:家屋群(建立当時) 十字形テラス 石橋

家屋群に降りる階段部(両側)

推定:家屋群(建立当時)

外陣 推定;家屋群(建立当時) 参道 B 推定:家屋群(建立当時)

家屋群に降りる階段部(両側) 南外塔門

石橋

壕 ↓約45m

→ 食堂

チケット売場 1018 m

100

”天然ブランコ” 気持ちいいですよ。

0

500

クリシュナの浮彫

 十字形テラス (空中参道形式)

北内塔門

第一回廊

乳海撹拌の浮彫

保存状態の良い5つ頭のナーガ の彫刻は某ガイドブックなどで は『ベストオブナーガ』などと して紹介されています。

→ →

第三回廊 西内塔門

経蔵

第二回廊

中央祠堂 ⑳

④ ③

 東内塔門 ①  十字形テラス (三つの塔門)(空中参道形式)

経蔵

㉑ 前殿

 十字形テラス (空中参道形式)

⑲ ㉒

経蔵

⑱ ⑰

⑪ ⑫

ベン・メリア寺院内陣部の見所案内

⑭ ⑭

⑩ ⑮ 南内塔門

聖池(バライ)西中央テラスから 参道を経て至る

経蔵 木道入口

十字回廊  十字形テラス (空中参道形式)

掘り出されたナーガ

① 東内塔門:三基の塔門を持つ堂々たる入口。 ② 大きな榕樹が回廊に絡みつく。 ③ 見事なシンハ像を中心とする浮彫が残る眉庇  (リンテル)が置かれている。 ④ 隅塔:柱石の浮彫、壁面の天女(デバター)像。 ⑤ クリシュナの眉庇(リンテル)。  ⑥ 隅塔:柱石や壁面の精緻な浮彫群。 ⑦ 堅牢な連子格子を持つ第二回廊が美しい・ ⑧ 空中参道の下をくぐり抜ける。 ⑨ 伝:米軍爆撃跡 ⑩ 柱石の浮彫群に注目:蓮の上の仏陀像か? ⑪ 第二回廊の壁面に絡みつく木の根。自然の造形美。 ⑫ 破風部分に仏陀の彫刻群。 ⑬ 十字回廊の内側は連子窓から内部の崩壊の石塊に仏   陀像、外側の連子窓は高い所に設けられており、光   の効果を計算した回廊。


石切り場は必見、西堀に沿って北に向 かって5分程で橋に至ります。 橋の下がアンコール時代から続く 砂岩の切り出し場です。

 聖池 (バライ)

やっぱり、カンボジアの 旅ならD.A.C.だよね。   これなら安心。

遺跡周辺が整備され始め、新たに 観光できる箇所が増えてきた。し かし油断は禁物、道を一歩を外れ ればそこは地雷原、決められた道 以外は歩いてはいけない。内陣部 以外を訪れる場合はD.A.C.トラベ ルでガイドを手配するのがベスト。

メボン Mebong 基盤・台座のみ残る

地雷に注意! 案内人無しでは 立ち入らない事。

テラス

テラスと結ぶ空中参道

階段が残っている

7頭のナーガ欄干

至スピアン・タモンを経て 大プリア・カーンへ

プラサット・コーンプロック

参道(リンガ型街路飾りの列)

遺跡内は足場が悪いため 空中木道を歩きます。



プラサット・チュレイ 

1000

2000 m

1500

プラサット・チュレイ      参道

ベン・メリア内陣

プラサット・コーンプロック

(両側にリンガ型街路飾りの列)

聖池(バライ)堤防へ

60年代以前の道

現代道路

テラス

土手(盛土状地形)    周壁 (ラテライト造り) 開口部なし

参道 :両側にリンガ型街路飾りの列 A (途中、参道部から降りる階段部ー1カ所を確認)     

参道 :ナーガの欄干付参道テラス B

北塔門 経蔵 中央祠堂

経蔵

地雷原

聖池跡

聖池

東塔門

A シンハ像跡

(途中、参道テラスから降りる階段部が有る) 壁面で密閉

観光木道(内陣部)

  空中参道 (ナーガの欄干)

北・西・東は偽扉

A

A

B

内部・基盤部はラテライト、 石柱、眉庇等の装飾部は砂岩 入口は突起部のみ

A ⑭ 破風:インドラ神の浮彫。 ⑮ マカラ像の排水口。 ⑯ 十字回廊から経蔵を結ぶ空中参道。 ⑰ 火に飛び込むシーダ姫の浮彫   (ラーマーヤナ物語より) ⑱ 木道を辿り、ここで第三回廊に囲まれた中央部   境内が一望できる。 ⑲ 木道から連子窓越しに浮彫像 ⑳ 崩壊した経蔵の中央部を木道が横断し、北西に   乳海撹拌を描いた盾の浮彫 ㉑ 中央祠堂は全壊状態。90年代に泥棒団がダイナ   マイトで破壊したという説有り。   内部は空洞、中央底は盗掘の跡。 ㉒ 木道で最も高い場所。寺院構造を知るならここ   へ。 ㉓ 木道を降り、光の差し込まない回廊を通る ㉔ 隅塔:北東面、南東面に形のよいデバター像群、   特に北東面のデバターは乳房を持ち上げる姿で   知られ、本稿の見出しで使用している蓮を掲げ   たデバダーもここで撮影されている。

プラサット・チュレイは身近なミニ・ ベンメリアのイメージがある。屋根の 軒飾りの精緻なナーガの浮彫群、蓮弁 意匠の多様、仏陀に見える蓮弁上の坐像、 鰐に乗る神像等、よく見ると興味深い 浮彫が残っている。また、参道のリン ガ型街路飾りの列は、アンコールのプ リア・カーン寺院遺跡の参道に見られ るものである。

A 東西南北中央に砂岩造の楼門 B 最上段に祠堂跡は見当たらない ラテライトの基壇

ラテライトの階段状ピラミッド 周壁はラテライト造り 聖池(バライ)堤防上のピラミッド寺院遺跡は大プリ ア・カーン(プリア・カーン・コンポンスヴァイ)に 見られ、位置も形状も似ている。が、ピラミッド型寺 院が大きなテラスと結びついているのはここだけに見 られる形式で空中参道によって結ばれている。テラス は聖池西堤防中央に設けられたテラスと形・規模は同 じである。その関連性に興味が湧く。

  お勧めのベン・メリア見学コース

プランA ベン・メリア周遊コース(  に沿って)  プラサット・チュレイ→プラサット・コーンプロック→西岸テラス  →東外参道A→十字形テラス→東外塔門→参道B→内陣図へ プラン B ベン・メリア早回りコース(  に沿って)  南外塔門→参道B→内陣図(観光木道の順路利用)


カンボジアで出会う次のエキサイティングな体験 それがナーガ・ワールド。 悠久の大河メコン川とトンレサップ川が交わる絵のように美しい風景。ナーガ・ワールドは、 そんなプノンペンの一角にあるワールドクラスの総合エンターテイメント施設です。

 今、最も躍動感あるカンボジアのランドマーク的存在、ナーガ・ワールド。私たちが誇る最高の 施設とサービスは、エキサイティングな休日の過ごし方としての皆様への提案です。総数525室の 部屋数を誇るデラックスなゲストルーム&豪華スイート、洗練されたゲームホール、ホットなカラ オケ・ラウンジ&ミュージックバー、各国料理がずらり揃ったレストラン群、ゴージャスなスパ・ スイートと有名な古代クメール・スパセラピー、そして国内で最も広い会議展示場(MICE)…。  ナーガ・ワールドのゲストは、ラグジュアリーな快適空間を楽しめるのはもちろん、想像を超え る驚きと喜び、そして刺激に満ちた発見という素晴らしい時を過ごせるに違いありません。


プノンペン ヘッ ド ライ ン カン市 ポッ 場ト 案&内 ケップ

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ヘッドライン・NEWS ホテルフロンティア 市場案内図 プノンペン市街図 信頼のホテル・レストラン・ショップ

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扶南遺跡:アスラム・マハ・ルセイ (タケオ州 プノン・ダ遺跡に隣接)

トラベル・トライアングル

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散髪

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プール

ケーブルTV(NHK視聴可),セーフティーボックス(各室に有り),湯沸かし器(各室に有り),Wifi(館内無線LAN)

000


韓国企業の投資ブームの終焉!?

<カンボジア>

―大型プロジェクトの「海外裏金のため池と資金洗浄」疑惑が浮上― 5月8日、カンボジアにとっては、衝撃的なニュースが報じられた。07−10年の韓国企 業による大型プロジェクトの一大疑惑である。 =最高検察庁・中央捜査部(金洪一部長)は8日、釜山(ブサン)貯蓄銀行グループが、カンボジアや インドネシアなどに、計5000億ウォン台のプロジェクトファイナンス(PF)投資を行う過程で、 投資金の一部が海外の「ペーパーカンパニー(書類上だけに存在する会社)」に流れた手がかりをつ かみ、捜査を行っている。検察は、この資金が、投資名目で再び国内に入り、大株主の政界や官界へ

この状態が長らく続く..今後、 どうなるのか?

のロビー資金として使われた可能性があると見ている。= (記事一部:東亜日報 - 2011年5月8日)

写真は本文との関連性はありません。

 思えば、07年から始まった大型プロジェクト(代表例:プノンペン郊外のカムコ・シテイ構想)や俄かの土地投資やショッピング モール・住宅団地建設は異常なものだった。2010年段階で一人当たりのGDPが1000ドルに達せず、人口は1400万人余という市場規 模、さらに製造業にいたってはマレーシア、タイ等の華僑資本による裁縫業を中心で、「お菓子を工場内に持ち込ませない」といった ことでもめる労働力の質、経済成長率10%内外と誇っても、クーデター騒ぎが収まったのもここ10年、2003年には首都で反タイ暴動 が起きている。10%という経済成長も電気の行き渡る世帯が15%以下、つい2・3年ほど前までは首都でさえ、不定期の停電は連日の ようにあったことを考えれば、言わば、マイナスからの成長で驚くには当たらない。それも08年のリーマンショック以来、5%内外に 低迷している。経済特区の整備が進むも、いまだ緒についたばかりというのが、実態である。そしてここに来て、一大疑惑の浮上であ る。  記事では韓国検察庁が乗り出した「海外裏金ため池、資金洗浄」疑惑であり、その裏金は韓国に還流して政界、官界ロービーに流れ た疑惑に発展する可能性を示唆している 釜山貯蓄銀行、海外に数百億ウォンの裏金隠蔽か =釜山貯蓄銀行グループの系列銀行5行は、大株主らの指示を受け、カンボジアの新都市や空港、高速道路などの建設事業に、05年から昨年にかけて、計 5227億ウォンを投資してきた。検察はこの過程で、投資金数百億ウォンが、事業コンサルティング費や検収料名目で、租税回避国などに立ち上げたペー パーカンパニー5、6社に流れた手がかりをつかんだという。検察は、今のところ、横領した資金は数百億ウォン規模に上ると見ているが、今後の捜査の進 行状況によっては、大株主らが海外に隠した裏金規模はさらに膨れかねない。= (記事一部:東亜日報 - 2011年5月8日) 檻に入れられて運ばれるサンボ

 いずれにせよ、韓国企業による東南アジア第一位を誇るといった首都のゴールドタワーは鉄骨剥き出しのまま中断、郊外のカムコ・ シテイは上記記事の疑惑の舞台、さらに喧伝されたシェムリアップ第二空港計画もこれで頓挫するのだろうか。思えば、07年の土地 投資ブームはこうした悪質不良企業の暗躍と悪乗りした金融機関の貸付で、カンボジアの富裕層や小金(こがね)持ちを巻き込んだ狂乱 であったかのようだ。当地で見られる都市の周辺に新造のシャッター通りが出現する奇妙な風景もこれで納得できる。カンボジアにとっ て不幸なのは、日本を含めて優良企業の進出はブレーキがかかったことだ。一大韓国投資ブームも一皮剥けば、資金洗浄の手段であっ たり、冒険的の投機の動きであったのだろうか。

観光立国が発展の道  <カンボジア>  地元紙によれば、1月に訪れたカンボジアへの外国人渡航者は247,471人でトップは韓国 人42,939人、隣国ベトナム、経済成長著しい中国と続き、日本は15,474人の毎年のように順 位を下げている。が、中間層の厚みに裏付けられた現地に落とす金額となると話は別であ る。今やアンコール遺跡群観光は、かつてのような「密林に埋もれた」という秘境まがい のキャッチフレーズは通用せず、日本人にとっては、身近な世界遺産の観光となっている。 『日本こそ有力なマーケット対象』と事あるごとに日本人観光客の誘致を呼びかけるトン・ コン観光省大臣であるが、そこには危機感も透けて見えてくる。一回限りの世界遺産ツアー なら、日本人観光客の先細りとなる。そして「カンボジアに訪れる日本人のうち商用目的 ①

は3%に過ぎない」だから「観光誘致をメインにすべきだ」という大臣発言は一省庁の利 害にかかわるものというより、この国の行く末に的を得たものと思える。08年のリーマン ショック以来、製造業から農業にシフトする動きが政府内にもあるが、GDPの3割以上を占 めるダントツは、観光業である。観光立国こそ発展の道であることは、論をまたないよう に思える。国内に有力な千を超える古代遺跡群(東南アジア最大級)、手つかずの自然が 残るコーストラインや山岳部、これに付加価値を付けていかに魅力的な観光地とするか、 が問われている。マス・ツーリズムに便乗した遺跡巡りをショッピング・モールに誘導す るといった目先の利益、まがいもののようなお土産物の氾濫、観光地のみでのゴミ投棄の

規制や一歩現地の生活入れば衛生、サービス面での問題、移動手段の劣悪さといったこと では、世界遺産観光も一過性のブームに終わる。リピータや個性的な旅の達人を惹きつけ

1.観光大臣自ら音頭を取って乾杯! る洗練された「観光」国が今、カンボジアに求められている。D.A.C.は、旅情報誌として観 2.行儀のいい日本人観光客はどこでも歓迎される。

光立国への応援たらんと発信しているところです。


足の無い盲目トカゲを発見

<カルダモン>

 カンボジアの山地で脚のない盲目のトカゲが見つかったと自然保護団体が発表した。新種のメク ラトカゲ(Dibamus dalaiensis)は体長15センチ。盲目で脚のないトカゲが東南アジアで見つかった のは初めてだ。世界を見渡すと、四肢が退化したトカゲは200種を超え、新種の爬虫類も過去10年で 50ほど発見されている。ファウナ・フローラ・インターナショナルに所属する爬虫類と両生類の専 門家ネアン・タイ(Neang Thy)氏は最近、カンボジア南西部に位置するカルダモン山脈の丸太の下 新種は今後も発見されるだろう

でメクラトカゲを発見した。「最初は一般種かと思ったが、よく見てみると初めて出会う種だった」 とタイ氏はプレスリリースで述べている。近年、カルダモン山脈では次々と新種が見つかっている。

それは、1990年代まで、研究者は立ち入ることさえできなかったためだ。  ファウナ・フローラ・インターナショナルで保全生物学の研究をするジェニー・ダルトリー氏は、「一帯はクメール・ルージュ (ポル・ポト派)の支配下にあったため、地域自体についても生息する動物についても実態はほとんどわかっていない」と説明する。 共産主義政党のクメール・ルージュは、1975年から1979年までカンボジアを支配し、その後もゲリラ活動を展開していたが、1998年 に最後の拠点がカンボジア政府に制圧された。「カルダモン山脈で初めて動物の生態を調査したのは10年前だ。以来、タイ氏は驚く ような新発見を続けている」と、ダルトリー氏はナショナルジオグラフィック ニュースに語った。ヘビは脚のないトカゲから進化し たと考えられている。両者の違いは、外耳をはじめとするトカゲの特徴を保持しているかどうかだ。脚がなく、目も見えないトカゲ の起源は南北アメリカ大陸である可能性が高い。約5500万年前、ベーリング海峡を渡ってアジアに入り込んだようだ。現生する脚の ないトカゲと同じく、今回の新種も地下で暮らしていると考えられている。地下では、目も脚も必要ない。「地下のトンネルが生活 圏なら、歩行能力も視覚も無用の長物だろう」とダルトリー氏は話す。このメクラトカゲについては未解明の部分がほとんどだが、 鼻を頼りにミミズやアリ、シロアリを捕まえている可能性があるという。「まだ名前が付いただけの段階だ。もしかしたら非常に珍 しい種類かもしれない」とダルトリー氏は語る。 「われわれが知る限り、カンボジアの山の一角でしか見つかっていない。樹木伐採 や土地の放棄によって生息環境が破壊され、危機的な状況にある場所だ。新種が発見されても、次の年には絶滅する危険がある」。 この新種発見は「Zootaxa」誌の4月21号に掲載されている。 NAT GEO

皮膚科業界が注意喚起『フィッシュ•スパ』で皮膚病に?

<東南アジア>

 カンボジア、特にシェムリアップでも多く見られ、旅行者に大人気の『フィッシュ•スパ』についてタイの皮膚科業界が『フィッ シュ•スパ』で皮膚病に感染する可能性があると注意を呼びかけた。『フィッシュ•スパ』は『ドクター•フィッシュ』などとも呼ばれ、 特殊な小魚が入った水槽に足を入れると、魚が足に吸い付き、皮膚の老廃物などを取ってくれると同時にマッサージ効果があるとし てここ数年で爆発的な人気を呼び、世界中に広まった。そのため、シェムリアップのバーストリートやプノンペンのロシアンマーケッ ト付近でも多く見られるようになったが、同学会によると『小魚自体は危険なものではないが、水槽内が水虫などの皮膚病の温床に なり、感染が拡大する可能性がある。とりわけ傷のある人には勧められない』との事。以前から魚が老廃物を取り除き、更にマッ サージ効果まで与えているとする説自体にも疑問符が付いているが、皮膚病の温床説まで出てくると今後、ブームに限りが見られる かも知れない。

格安航空エアアジア、米オンライン旅行大手と合弁 航空券、ホテルを一度に予約・購入

<東南アジア>

 マレーシアの格安航空大手のエアアジアは29日、米ナスダック上場のオンライン旅行会社大手エクスペディアと合弁会社を設立 したと発表した。ウェブサイトを通じ、アジア太平洋地域全域で航空券、ホテルなどを一度に購入、予約できる統合サービスを提供 する。

乗り遅れにご注意!

<タイ>  バンコクのスワンナプーム国際空港で出入国審査に時間が掛かり過ぎ、旅行者が乗 り遅れるケースが発生し、評判が悪い。出入国審査に一時間近く掛かる事もあり出国 審査前には長蛇の列、3月より審査官を50名以上増員したそうだが、解決にはほど遠 いのが現状だ。国際空港評議会が発表した世界空港評価ランキングでも順位は24位か ら45位まで転落し、トイレの清潔度でも評判を落とし、一時期の勢いは無い。混雑に 関してはタイ航空のダイヤも関係しているようだが、それが主な原因とは言えないだ ろう。何時も空港にいて思うのだが、外国人用カウンターには長蛇の列、しかし、タ イ人用は何時もガラガラ...。あまりにも時間が掛かりイライラして、タイ人用カ ウンターに並ぼうとするが、感じ悪く追い返され、食って掛かるとそのまま『別室』 に連行されそうな雰囲気になる。あまり知られていないが、カウンターには有料のカ

この日は早朝PG931便での出発だったが、   朝っぱらかこの混み用は勘弁してもらいたい

ウンター(FAST TRACK 300B)もあるが、誰も使用しないので見ていると何時も係官は暇 そうにしているので一般客に解放するなり手を施すべきであろう。年間に1500万人も の観光客が訪れるタイとしてはあまりにもお粗末な対応と言わざるを得ない。そろそ ろもっと人員を増やすなどの抜本的な解決策を見いだしてもらいたいものである。


「ミャンマー / ナパリ」 ディープなアジアン•リゾート 「 どこまでも続く白浜、思わず息をのむコバルトブルーの海ーー。 ミャンマー西部・アン ダマン海に面 したNgapali Beach(ナパリビーチ)は、植民地時代に英国人によって開発された " 秘境ビーチ " として有名だ。海岸線に沿って 茂るココナッツの木々の間には、青い海に映えるコテージが建ち並ぶ。 このビーチには大音量を流すBARもなければ、洗練され た土産屋も無い。その 分、 日常の喧騒から離れ海本来の楽しみ方を味わえる、貴重で美しいビーチといえる」

(株)サイトラベルサービスミャンマー Traders Hotel,Room610-613 , 223Sule Pagoda Road,Yangon,MyanmarPH(95-1)242819 E-mail:sai@mptmail.net.mm www.discovery-asia.com www.dac-indochina.com


ラッフルズで とっておきの アフタヌーンティーを

コンサバトリー ラッフルズ グランドホテル ドゥ・アンコール

2:30-5:30 2:30-5:30 PM PM


シェムリアップ ヘッ ド ライ ン . . .

MAP 博 物 館・市 場

*従来「プリア・ヴィヘア」と表記していましたが、今後 「プリア・ビヒア」と表記いたします。

www.dac-indochina.com 遺跡の子どもたち

トラベル・トライアングル

ホテルの設備と施設のアイコン表示

ドライヤー

ジム

ビジネスセンター

エレベーター

テニス

散髪

D A C 紹介

ヘッドラインNEWS 寄稿:西参道修復物語Ⅵ 市場案内図 シェムリアップ市街地図 ポイぺト・アランヤプラテート地図 国立博物館、シハヌーク博物館案内図 コーケー遺跡群地図 信頼のホテル•レストラン• ショップ 寄稿:いにしえのインドシナ旅行 寄稿:発掘こぼれ話Ⅴ

ケーブルTV

バー

レストラン

セーフティーボックス

湯沸かし器

スパ

会議室

WIFI

プール

ケーブルTV(NHK視聴可),セーフティーボックス(各室に有り),湯沸かし器(各室に有り),Wifi(館内無線LAN)


シェムリアップ川沿いの写真ギャラリー。子どもたちの写真集も出版  世界各国の写真家たちの力作が集まるシェムリアップの写真の祭典「アンコール フォト フェ スティバル」をご存知だろうか。毎年11月に開催されており、多くの写真ファンたちの支持 を受けて好評を博している。その関係者による常設の写真ギャラリー「Angkor Photo」が シェムリアップ川沿いにオープンした。国内外のフォトグラファーたちの作品を随時変更し ながら展示し、アジア、アフリカ、中東など各地で撮影された写真作品を見ることができる。 もちろんアンコール遺跡などカンボジア国内の写真も美しい。入場は無料。  今年で第7回となる「アンコール フォト フェスティバル」は11月19−26日、シェムリアッ プ市内で開かれる。有名ホテル、レストランなど数会場に分かれてエキシビションが行われ るほか、若手写真家育成のためのワークショップなどが開かれる。  また、関係団体のひとつであるNGO、Anjali House(アンジャリ・ハウス)からは写真集が出版された。アンジャリ・ハウスはカン ボジアのストリート・チルドレンたちの教育支援を目的に2005年に設立された非営利団体で、子どもたちに教育やヘルスケアなどの 機会を与え、スポーツやダンスなどアート教育にも取り組んでいる。中でも創作活動としての写真は、有名な写真家集団マグナムフォ トの写真家が設立当初から関わっていたこともあり、主要な活動として継続。アンコールフォトフェスティバルで育った若手フォト グラファーなどが指導者となり、子どもたちに写真を教えてきた。今回の出版は、そうした成果を一冊にまとめたものだ。  写真集は「Cambodia Our Vision」と名づけられ、「学校」「市場」「トンレサップ」「パゴダ」など全12章。タイトルの通り、子 どもたちの身近な人や景色、動物たちが彼らの目を通してレンズに捉えられている。そうした光景はどれも生き生きしており、プロ に学んだ写真のレベルは高い。現代カンボジアの各場面を鮮やかに切り取った画像群という印象だ。興味のある人はギャラリーへ急 ごう!! 展示スペースには作品の一部も掲示されている。 Angkor Photo Add: Wat Bo Village, Sankat Salakam roek, River Side, Siem Reap E-mail: navel.apf@gmail.com Web: www.angkor-photo.com Open: Mon.‒Sat. / 8:00 ‒12:00, 14:00 ‒21:00

エキゾチック・インディア !! 新しいインド料理店へどうぞ  インド宮廷料理の店として定評のあったMaharajah(マハラジャ)が、それまでのSt.7からシヴォ タ通り沿いへ移転した。さらに同系列のインド料理店が2軒連続オープン。インド料理好きにはう れしいニュースだ。  新店のひとつはChusska(チェスカ)と名づけられ、旧マハラジャの場所でオープン。マハラジャ がメニューに制約のないオールラウンドな店なのに対し、チェスカはベジタリアン・レストランと いう位置づけ。「デリケートなスパイス加減、ピュアな菜食」と謡うのはインド亜大陸料理文化の 奥の深さか。ベジタリアンの人でなくても行ってみたくなる!?  もう一軒はTaj Mahal(タージ マハル)。St.11にありチェスカからもほど近い。ここは菜食店では ないが牛・豚肉は出ないレストランなので、それ以外の肉料理(鶏肉やマトンなど)を楽しもう。歴 史インドの宮廷の味を現代のキッチンへ−というのがオーナーのポリシーといい、ハンドブレンド のマサラが味のエッセンスとか。3店揃った姉妹インド料理店、食べ比べてみる? Chusska Tel: 012-212138 / Taj Mahal Tel: 088-8765100 / Maharajah Tel: 092-506622

フュージョン Sushi レストランが開店 アイデアを凝らしたフュージョン寿司はいかが? シェムリアップ市中心部にあるセントラルマー ケットとシェムリアップ川の中間あたりに新しいお食事スポット「Jenny

Fusion

Style

Sushi

Restaurant」がオープンした。  日本ではお馴染みの回転寿司のスタイルを取り入れたお店。シェムリアップではこのところこ のスタイルのレストランがいくつか開店しており、今後さらにブームになるかも!? Jenny Sushiは サービススタイルだけでなくそのメニューでもカンボジアでは一歩先を行くといった感じで、に ぎりではお馴染みのネタのもののほか、見ているだけでも楽しいメニューが盛りだくさん。定食もある。明るい店内は清潔感もあっ てグー。日本人シェフが腕を振るってくれるはずなので、友達や家族とレッツゴーだ。 Add: #641,643,645, St.No.6, Mondul 1, Svaydangkum, Siem Reap Tel: 012-805844

小さなお店 La Petite Gallery がオープン  シェムリアップ・シヴォタ通りに新しい店「La Petite Gallery」がオープンした。市の南部にあるディウォ・ギャラリー(Diwo Gallery) の姉妹店で、シェムリアップに居を構えるフランス人写真家Thierry Diwo 氏の写真作品をはじめ、アンコール時代の仏像、ヒンドゥ 神像のレプリカ、オリジナルTシャツなどを販売する。オールドマーケットに近く、夜は特ににぎやかなエリアだ。  少し郊外だがDiwo Galleryも知る人ぞ知るギャラリーとしておもしろい。ディウォさんの自宅兼ギャラリーというアットホームな雰 囲気もいい。La Petite Galleyで聞けば行き方を教えてくれるはずだ。


クメール美人の秘密を探ろう !! 体験型伝統美容工房がオープン  ハーブやココナッツオイルなどの天然素材を使って美と健康を目指すクメールの伝統美容。 そんな素朴でトラディショナルな美容用品づくりを体験できる工房「クルクメール」がシェ ムリアップに誕生した。2009年から同名の会社を興して入浴剤や美容クリームなどのアロマ 商品作りを進めてきた日本人・篠田ちひろさんが、2011年6月にオープンしたものだ。ナチュ ラル美人を目指すあなた、クメールの美の秘密を探りに行ってみよう!  ブランド名である「クルクメール」とは、カンボジアの伝統的な医療を施す療法士のこと。 その医術はアンコール王朝時代、インドの「アーユル・ヴェーダ」と中国漢方の影響を受け て形成されたとされ、現代でも人々の身近な医療として重要な地位を占めている。クメール の伝統美容も同じ流れの上にあり、伝統医療同様、ハーブやオイルなどを使うボタニカルな ものだ。  クルクメール工房では、カンボジアの森の恵みである天然素材を使ったコスメ作りを体験 できる。ハーブではレモングラス、こぶみかん、クメール生姜などをブレンドし、クメール版 簡易スチームサウナともいうべき「チュポン」をヒントにした入浴剤作りのワークショップ、 スクラブ(擦るマッサージ)用のハーブパウダー作りなどができるほか、美肌と美髪効果が あるとされるココナッツオイルを伝統的な抽出法で取り出す体験コースもある。セット内容 によって90分、120分、150分等のコースに分かれている。  工房はオールドマーケットからトゥクトゥクで5分ほどで、民家を改装した造り。木立で涼 しげな裏庭には東屋と池が造られ、いかにも南国の農村風景といった雰囲気だ。ハーブのドリンクやバスソルトの足湯でリラックス し、ゆったりと時間を過ごせば心も体もキレイになれる!? クルクメール・オリジナルのハーブ石鹸、入浴剤、美容クリームなどのア ロマ・グッズもたくさんあるので、お好みのものをぜひどうぞ。 Add: Salacom Reuk Commune, Siem Reap Tel: 012-232215 E-mail: info@krukhmer.com Web: www.krukhmer.com 営業時間: 9:00 - 17:30

第 3 回アンコールアマチュアオープンが 8 月 5−7 日開催  ゴルフファンの皆様、お待たせしました!! カンボジアのアマゴルフ界のビッグイベント 「アンコール

アマチュア

オープン」が今年も8月5−7日、シェムリアップのAngkor

Golf

Resort(アンコール ゴルフ リゾート)で開催される。ただいま参加者を大募集中!!  今年で第3回。回を重ねるごとに出場者が増えるなど年々盛り上がりを見せており、第2回 の2010年大会には、アジアを中心に世界各国から56人のアマチュアゴルファーが参加した。 今年は80人から100人規模の出場者を見込んでいるという。  初日の8月5日はコースに慣れるための練習日とし、本戦は6、7日(土、日曜日)の2日間 をかけて36ホールで競う。昨年同様ハンディ別に4つのクラス(セクションA∼Cが男性、Dが 女性)で競技し、ハンディなしのグロススコア・セクションもある。優勝選手だけでなく、各種の賞が用意されている。  アンコールゴルフリゾートはニックファルド・デザインで知られ、年々知名度が高まりつつあるゴルフ場だ。この美しいフェアウ エーに、あなたもナイスショットを打ってみませんか!! 大会でのプレーと宿泊がセットになったパッケージコースもある。参加お 申し込みは下記まで。 Angkor Golf Resort-Tel: 063-767688 / 063-767689 E-mail: info@angkor-golf.com Web: www.angkor-golf.com

「家族や子どもたちのそばにいることのできる 今のこの仕事が、私は本当に好きです」       

ロムドゥオル(スヴァイリエン州)のキルト職人  チェイさん

メコンキルツが扱うのは、 クオリティの高いキルトのベッドカバーやアク セサリーなど。 これらは、貧しい農村の女性たちが訓練と経験を積んで 作り出した素晴らしい作品で、その販売によって彼女たちを支援します。 女性たちは村でキルト作りという仕事を続けられることで、出稼ぎ等に 行くこともなく子どもたちや家族とともに暮らせます。

37


拡大する衝突地域、紛争の最前前に注目が集まる! −本誌取材の動画へアクセス 3 万回突破−  4月22・23日、2月の武力衝突以来の規模でカンボジア−タイ国境をめぐる衝突 が勃発し、双方に死傷者を数え10万人ののぼる周辺住民が避難するまでになった。 従来衝突を繰り返してきたプリア・ビヒア寺院遺跡付近だけでなく、カンボジア 北部ダンレック山脈を走る国境線全域に緊張が走り、今回はプリア・ビヒア寺院 遺跡から150キロ離れた地域での衝突を日本のメディアでは紛争地域の拡大と報 緊迫の最前線そのもの じた。が、ここ4年の国境紛争を見るに、そのきっかけがプリア・ビヒア寺院遺 跡の世界遺産登録をカンボジアが単独行って以来の紛争と海外メディアは眼を奪われているようだ。カンボジアに居て、ダムレク山 脈の古代遺跡取材を精力的に行ってD.A.C.編集部とするれば、それは一面的な見方と断ぜざるを得ない。  既に4年前からプリア・ビヒア寺院遺跡と同様に両軍は国境線に接するタ・モアン・トム寺院遺跡でも対峙していた。今回報道され た「ウドーミアンチェイ州国境付近での重火器をともなった衝突」とは、「プリア・ビヒア寺院遺跡から150キロ付近である」という。 プリア・ビヒア寺院遺跡から150キロといえば、直線を引くに山上のタ・モアン・トム遺跡付近に到る。D.A.C.No12(2010年1月下旬発 行)の企画「紛争のジャヤヴァルマン街道」でタ・モアン・トム遺跡内は非武装とするも遺跡を挟んで両軍が塹壕に機関銃を据え付け ている様子や、さらに「そこは緊迫の最前線」と題したタ・クロバイ寺院遺跡付近の一触即発状態で対峙する状況を伝えた。既にタ・ モアン・トム遺跡では09年にカンボジアのテレビ局によるキャンペーンで遺跡近くまで自動車道路が完成し、10年1月にはD.A.C.No10 の記事でタ・クロバイ遺跡には簡易なケーブルカーにさらにロープウエイをつなげて遺跡近くの山上に兵員・武器を運び込んでいる 状況をリアルに伝えてきた。  本誌・編集部の見解ではプリア・ビヒア寺院遺跡から150キロとは、*タ・モアン・トム寺院遺跡及びタ・クロバイ寺院遺跡付近の 衝突と思われる。事実、カンボジア−タイの国境紛争とはダムレック山脈に散在する古代寺院遺跡の帰属をめぐる紛争であり、それ は両軍が対峙し衝突した08年以来、プリア・ビヒア寺院遺跡付近に限られないであった。  今回の衝突に関し、欧米系メディアにはタイの政局がらみの報道が目立つ。事実、10年1月段階でも、カンボジア国内の愛国熱高揚 とは裏腹に現地ではカンボジア側の受け身の姿勢が目立っていた。  D.A.C.がメディアとして初めて取り上げたタ・クロバイ寺院遺跡であったが、本誌Webサイトの「タ・クロバイ寺院遺跡」取材動画 へのアクセスが急増し、一気に3万件を超えるまでになり、編集部としてもその反響の大きさに驚いている。 *4月の衝突について地元紙は、「タ・クロバイ寺院遺跡」と報じている。タ•クロバイ遺跡の動画は下記よりご覧いただけます。  URL: www.dac-indochina.com

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シェムリアップ、2011年5月28日 三輪悟 <知人の葬儀> 1月、知人(30代)が病気で亡くなった。身寄りが無 かったため、皆でお金を出し合い棺を作り、プラダッ ク村の寺で焼いた。朝3時より火葬を始め、午前中 に必要な儀式を全て終えた。炎の中に見える亡骸 を見ながら、人が死ぬとこうなるという当たり前のこ とを考えた。また後日息子なる人物が父を探して 現れ仰天した。

<大プリア・カン遺跡> 4月、オフロードバイクで大プリア・カンを訪問した。 丁度カンボジア正月の頃で、寺で綱引きと踊りを 繰り返し村人たちの酔いしれる様を存分に見た。 アクセスの悪さから、5大遺跡の中では最も遅い初 訪問となった。当時この地域は陸の孤島と感じる 地であった。

<闘魚> 7月、村の若者たちとアンコール・トムの環濠で、 闘魚(日本では「ベタ」の名で売られている)を捕 獲した。闘魚はオス同士を狭い水槽に入れると激 しく闘う習性を持つ。賭け事に燃えるカンボジア人 の情熱、魚が闘うときの肌のメタリックな発色と、敗 者の退色の妙に興奮を覚えた。日本では冬場に 水温を保つヒーター無しには飼育できない熱帯の 魚たちが、当地では一手間省けて飼えるのがファ ンには魅力である。

西参道現場全景(9月)

<参考文献ほか>

<カンポート行き>  10月末、石工ら約50名を連れてピックアップトラ ック2台に分乗し、海の町カンポートを訪れた。自 分を含めた皆のリフレッシュのための企画だったが、 海を知らない村人の反応が楽しみであった。彼ら は、海に着くと突如洗髪を始め、塩水に目を痛め、 暇が出来ると賭けトランプを始める。そんな様が微 笑ましく、呆れたりもした。

<コオロギ禁止令>  12月のとある夜、オフィスへ行くと敷地内の外灯 が全て消えていた。事故か?強盗か?何があった のか?一瞬緊張が走った。すぐにガードに確認し て腰砕けとなった。何と光に集まるコオロギを捕獲 するため外灯を全て消し、捕獲用の青ランプのみ 点灯させていたのだった。コオロギを一箇所に集 めて効率よく捕獲しよう、という作戦だった。以来、 オフィスではコオロギ捕獲禁止令を発令している。 ちなみに彼らはカマキリもクワガタもコオロギと一緒 に炒めて酒のつまみにしていた。悪びれることの無 い彼らに、管理者としては困ったもんだ、と頭を抱 えた。

カンポート(10月29日)   プロジェクトX (11月20日放送)

タ・セン村での綱引き(4月19日)

石澤良昭(編著)「アンコール・ワットを読む」              (連合出版、2005) アンコール遺跡国際調査団ホームページ                   http://angkorvat.jp 「DVD アンコールワットに誓う師弟の絆」               (NHKソフトウェア) NHKプロジェクトX製作版編『プロジェクトX 挑戦 者たち 起死回生の突破口 アンコールワットに誓 う 師弟の絆』               (NHK出版、2004)

<その他>  7月、作業員宅に数十人が集まり犬料理を食す る会があった。豚や牛に比し若干安い犬肉は村の 男たちの良い酒の肴である。10月、旧称「上智大 学アンコール研修所」改め、「上智大学アジア人 材養成研究センター」という名称が生まれた。同月 5名の石工が日本での技術研修に出発した。  12月、国道6号線の古代橋スピアンバイクリアン での修復作業を見学した。そこでは上智の元研修 生が立派に働いていた。同月更にFCCシェムリ アップがオープンした。

三輪悟 1974年東京生まれ 1999年日本大学大学院修了(建築学) 現在、上智大学アジア文化研究所共同研究所員

<修復作業> 前年より解体した石の再構築が始まり、基礎の再 構築を終えていた。3月からは壁の再構築が始まり、 4月からは参道内部の土を突き固める「版築」の作 業が開始された。遺跡保存は「石と土」が相手の 実に地道な作業である。筆者はこの頃まだ「石の 上にも3年」などとのん気な事を考えていた。その 後自分がカンボジアと10年を越す付き合いになる ことは、最近の流行語でいうと全くの「想定外」で あった。古代遺跡である文化遺産を扱う保存修復 プロジェクトであるが、実は時代を先取りする国際 協力による取り組みの最先端事例となりつつある。 歴史的建造物を扱うだけに、その評価は歴史が下 すことになるであろう。自戒を込めて、焦りは禁物 である。

火葬(1月10日)

闘魚(8月5日) 57


カンボジアの素敵なおみやげを取り揃え、皆様のお越しをお待ちしております。 コンビニエンスストアも併設。

ポイペト:国境付近 ←

Aranyaprathet

至アランヤプラテート

アランヤプラテート 至バンコク ←

至バンコク ←

348

官庁

33

0

駅 食堂 300m

人気のホリデイカジノには 日本食もある(地図⑦)

Poipet

廃線跡 3446 ロンクルア市場

国道 カジノ・ホテル

番号

H⑤

バンコク行き バス乗り場

① バンコク・パタヤ等 各地行きタクシー・ 33 F 通行止 ミニバン乗り場 スドック・コク・ト F ム遺跡:1500BT

33 → 至ポイペト (約5.7キロ)

出入国(国境開放7:00-20:00) A カンボジア出国審査 B カンボジア入国審査 C カンボジアビザ取得 D タイ入国審査 E タイ出国審査 F 税関 国境線 パスポート・チェック有り 交通(バス・タクシー等) ☆①、② タイ側 ☆③、④ カンボジア側

おみやげはやっぱり AKS!

① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨

S

H④

E D

国境解放時間 は7時~20時

H

⑨R C H

S

⑦H R

カンボジア・ ゲート 休憩所 H 有り S ① H③ R H② R A$H H ロータリー ⑥H $ B ☆ GG H 〒③

H⑧

H

5 G

H G R S

トロピカーナ カジノ・リゾート ゴールデン・クラウン プリンセス・クラウン スター・ベガサス グランド・ダイヤモンド ホリディ・パレス センチュリー ホリディ・ポイペト ミニ・ホテル ゲストハウス レストラン スパ $ 両替

340m

$ 和食有り サウナ付スパ

0

和食・韓国料理有り 和食・中華・安価な フードコート有り 500

市 場 $ GG G シェムリアップ、バタンバン等 H 各地行きバス乗り場 ツーリスト・ インフォメイション インターネット 1000m   カフェ

市場 卍

各バス会社事務所

右の白い建物でビザを申請する(地図C)

休憩所、待ち合わせにも便利(地図②)

☆④ タクシー・ミニバン

文    乗り場

至シェムリアップ  バタンバン

タイに入国したら右側へ、ここでタクシー を拾う事になる(地図①)

国境越え情報は下記へお問いあわせを お問い合わせ:D.A.C.トラベル www.dac-indochina.com E-mail dac_travel@online.com.kh


シハヌーク・アンコール博物館 [館内案内図]

c

c

「西バライ祭儀遺跡」発掘現場再現(仏・極東学院)


あります。

(ピラミッド型の 方形遺跡が埋も れているという 説あり)

092- 575475


いにしえのインドシナ旅行  1991年10月23日、「カンボジア・パリ和平協定」成立。  カンボジアのアンコール・ワットと言えば、世界遺産ツアーの 代名詞と言っても過言ではない。1975年から1978年のポルポト政 権下で、カンボジアでは約300万人の死者が出た。これは国民の 1/3に当る大虐殺で、今から33年前の事である。そんな卑劣極ま りない出来事があったとは、現在のカンボジアでは想像もつかな い。最初のカンボジア訪問はパリ和平協定が成立する前の1990 (平成2)年8月の事である。その当時は海外旅行ブームがちょ うど始まった頃であった。その要因として、1980年代後半のプラ ザ合意(1985年9月22日)以降の急激な円高の進行で、発表後1日 で1米ドルが約¥20下落し、1年後には半減し、米ドルが約半分の 米ドル1≒¥150で取引されるようになった。日本政府は急激な円 高で、『円高不況』が起きることを懸念し、低金利政策に踏み切っ 真っ昼間に観光してこんなに人気が無いワットは現代ではあり得ない た。その影響で不動産や株式に対する投機が促進され、バブル期 に突入していったのである。また1988年12月から施行されたアメリカ合衆国訪問時のビザ免除制度などの影 響もまた、海外旅行者が大幅に増加した要因である。因みに観光旅行として自由に外国へ旅行できるように なったのは1964(昭和39)年4月1日以降である。所謂、「海外旅行自由化」である。しかし、1965(昭和40) 年までは、「1人年間1回限り」という回数制限もあった。話を戻そう。1990年当時のアジアへの旅行は、香港・ マカオ、シンガポール、タイ、台湾、韓国への渡航が主流であった。弊社の取り扱いもその地域が大多数で あった。元々我社がツアーオペレーター業を始めた場所は、ベトナムである。1973(昭和48)年に当時のベ トナム・サイゴンに産声を上げ、そのサイゴンのサイと当時のサイトラベルの社長の名字がサイトウ氏であっ たことから、その共通する「サイ」をもじって、サイトラベルである。今考えれば単純ではあるが、決して 悪い名前ではない(と、思う)。1990年当時は、アジアへのツアーが大盛況であったため、旅行会社は挙ってアジアへの送客を強化し ていた。我社の売り上げもうなぎ登りで、順調に推移していた。先程も触れたが、我社は、元々ベトナムから出発した会社である。当時 の社長は、サイゴンにも駐在経験があり、ベトナムには人一倍思い入れがあったと思う。アジアへのツアーが順調な時に並行して、イン ドシナ地域へ何とか送客したいと頑なまでの思いが、会社の方向性を決定づけたと思う。日本からインドシナへの直行便初就航は1994 年11月1日で、関西空港からホーチミンであった。そのような状況下であるが故に、大手ホールセラーでさえインドシナ方面への企画に 二の足を踏んでいた。我社はそこに目を付けたのである。  自らインドシナツアーの専門店『メコンツアーセンター』を立ち上げ、インドシナ方面へ行きたい方々を各旅行会社に集めてもらい、 少人数では採算的に厳しいため、何とか団体を作りツアーを催行したのである。何たる執念。その前段で、我々スタッフの研修旅行を 実施した。インドシナ周遊ツアー(タイ・ラオス・カンボジア・ベトナム)である。1990年8月のことであった。そう、パリ和平協定が 成立する2年も前である。その当時は、そんな事とは露知らず、スタッフは言われるがまま研修旅行に出かけた。日程は、まずバンコク へ入り、翌日にラオスのビエンチャンに入った。私もシンガポール・バンコク・香港での駐在経験があったため、海外に対しての違和 感はない。到着後、ビエンチャンの市内視察を一通り行った。内容は今と変わらず、お寺・王宮・凱旋門などである。街の様子は至っ て平静であった。最近日本のBSテレビで見た凱旋門から一望できる市内の景色と比較すると、建物が少なかったぐらいで、大きな変化 はないように思う。翌日の午前中は、ラオスのパクセー経由(給油の為)でプノンペンへ向った。当然ながらプロペラ機(フォッカー だったと記憶する)。座席のリクライニングも壊れ、シートベルトにおいては使えるものとそうでないものが入り混じっていた。今で は考えられないが、満席で席が無く立っている人もいたと記憶する。安心・安全とは程遠い機材で漸くプノンペンへ到着。昼食を取り、 午後からはプノンペン市内視察であった。そこでも今と変わらずお寺の訪問であった。その一つにウナロム寺という名の寺院があった。 見学を済ませて次の場所へ向かおうとした時、突然袈裟を着た僧侶が日本語で話しだした。『日本の方ですか?』 手には黒いコウモ リ傘を持っていた。我々一行の誰かが 『はい、そうです。』と答えるや否やその僧侶が曰く、『日本の方がここに来られるのは珍し いですね。』 ・・・こちらのセリフである。『日本人の方が、このお寺にいらっしゃるとは。それも僧侶で。』その後、次の訪問地 へ行くタイミングを失い、和気あいあいと話が弾んだのである。  翌日は夢にまで見たアンコール遺跡だ。アンコール・ワットは、中 学生の時に世界史の教科書で写真を見た記憶がある。まさかこの目で アンコール・ワットを実際に見るとは想像もしなかった。私の中では 今回の研修視察旅行で一番の目的であった。早朝シェムリアップへ向 け出発。空路1時間ほどで到着し、シェムリアップ空港では英語ガイド が出迎えていた。我々一行は、直ぐさまシェムリアップ市内へと車を 走らせた。今でこそシェムリアップには日本語ガイドが普通にいるが、 その当時のインドシナ各国には英語ガイドしかいなかったのである。 市内までは予想通り舗装のされていない道路が続き、車は土埃を上げ 走った。勿論信号などない。周りの景色はと言えば、ジャングルに近 いものがあった。何とか旧グランドホテルに到着。当時アンコール遺 跡群へ入場するには今のような入場パスはなく、代わりと言っていい のかカメラ1台が米ドルで3ドル、ビデオカメラ1台が米ドルで5ドル程 度を旧グランドホテルのロビーにある管理事務所?に支払うことが義 当時は南大門を見ただけで鳥肌が立ったものだった


務付けられていた。ここに来る人は必ずカメラやビデオカメラを持参しているのだ。 上手くできている。実は、今回のシェムリアップは、日帰りツアーである。何せ時 間がないのである。当時シェムリアップへの移動手段は内戦の直後ということもあ り、航空機を利用するしかなかった。しかし定期便はなく、チャーター便を利用す るしか他に方法がなかった。宿泊するとなると飛行機を駐機することになる。それ らの経費を合計すると航空機代の金額は半端な額ではなかったため、必然的に日帰 りツアーとなった。兎にも角にも時間がない。まずはアンコール・ワットへ。西参 道からアンコール・ワットの全貌を望む。しばし時間が止まったように感じた。今 まで色々な遺跡建造物を見てもこんな感動はなく、不思議な気持ちになった。心が 洗われるとはこういうことであろう。その時に確信を持った。ここは今後すごい観 光地になると。因みにアンコール遺跡群が世界遺産に登録されたのは1992年である。 バイヨン寺院でも観光客と会う事はなかった その後アンコールの遺跡群を視察した。それぞれの遺跡はスケールの大きさを感じ させ、見学後は私の人生観までも変えたと言っても過言ではない。当時のシェムリアップには、外国人が 宿泊できるレベルのホテルは旧グランドホテルぐらいしかなく、またきちんとしたレストランもなかった。  アンコール遺跡群を足早に視察し、昼食は先程の旧グランドホテルの中にあるレストランである。メニュ ーは、カンボジア風フランス料理?で、フランスパン(バケット)とスープ、それにサラダ。メインは牛 肉(水牛)のステーキだった。ナイフとフォークを使い一生懸命に肉と格闘。しかし、なかなか切れない。 昼食の感想は、水牛のステーキは食えたものではない、である。昼食も早々に済ませ、再び空路プノンペ ンへ戻った。後で聞いた話だが、夜になると空港の夜間飛行ができる設備がなかったので、日中に移動し たのである。それに加えてまだまだ治安が悪かったのだと思う。  プノンペンは3泊した。この日の視察場所は、王宮、銀寺(シルバーパコダ)、それに博物館である。 それらの視察を終え、最後にメコン川を見学した。雄大な川である。メコンはタイ語に由来する外来語だ そうで、クメール語の名称は、トンレ・トゥム(大きな川、偉大な川)というそうである。この川は中国 のチベット高原に源流を発し、ミヤンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを通り、南シナ海に抜 ける。総距離4,023キロメートルである。と言っても漠然としているが、因みに札幌から沖縄(那覇)ま 手書きの看板をよく目にしたものだ での直線距離が、約2,241キロメートルである。カンボジア最後の夜は、即席のディナーショウを宿泊先 のモーテル・カンボジア―ナの中庭で開催された。料理は、当然カンボジア料理。お酒はハイネケンビールとタイの空港で購入した日 本酒やワインで、所謂チャンポンである。カンボジアの伝統舞踊を見ながら、最後は全員でフォークダンスのような踊りを酔いに合わ せて行った。翌朝5時起床。宿泊したホテルは、メコン川のリバーサイドにあった。朝食前にメコン川をバックに朝日を鑑賞。そこで ハプニング発生。何と誰かが川の堤防で足を滑らし、もう少しでメコン川へドボン。ご本人曰く、『余りにも朝日が綺麗だったので。』 しかし大事に至らずホッとした。  さて、最後の目的地はベトナム・ホーチミンである。空路約1時間で、ホーチミンのタンソンニャット空港に到着。我社の発祥の地で ある。複雑な気持ちで入国審査に進み、出発前に聞いてはいたが、入国管理官の対応の悪さに驚愕した。流石に社会主義国である。これ 以上は止めておこう。入国後、ホテルにチェックインし、夕食へ出かけた。お世辞にもカンボジアの食事は美味しかったとは言い難い。 ベトナム料理は日本人の口に合うのか、全員が久しぶりの食欲であった。翌日は、クチにて全長200キロメートルの地下トンネルを 視察した。ベトナム戦争が終結したのが1975年4月30日なので、15年前ちょっと前の出来事である。(第一期サイトラベル社は、1973 年から1975年にサイゴン陥落まで創業していたので、ベトナム戦争中に当時のサイゴンにて活動していたことになる。当時は羽田空港 から伊丹空港を経由しサイゴンまでエア・ベトナムの定期便が就航していた。)   午後からは、市内視察である。博物館、永厳寺、ベンタン市場、それに旧大統領官邸。ホーチミン市内は空港の入国審査のようなピ リピリ感はなく、のんびりした様子だった。ホーチミン市街はビエンチャン、プノンペン、シェムリアップなど、まだまだ発展してい ない地域と比較するとホテル・食事・人々の服装などは多少優れていたと思う。研修旅行の最終地はバンコクである。バンコクに着い た時に、何故か故郷へ戻った時のようにホッとしたのを憶えている。しかし、あの時のインドシナ周遊研修旅行は、それまでの人生を 考えさせられる旅であったと本当に思う。あれから21年が経過した。当時はSITツアー(Special Interest Tour)と呼ばれた地域 インドシナへのツアーは、今ではシンガポール・香港などのように各旅行会社が普通のパッケージツアーで販売している。今後もこの 地域の活性化に微力ながら尽力していきたいと思う。  最後に、私の誕生日は5月19日であるが、ベトナム民主共和国の初代国家主席兼首相のホー・チ・ミンも同じ誕生日である。たまたま この地域の仕事に従事しているが、何かの縁を感じる。 株式会社サイトラベルサービス 代表取締役 大畑 貴彦

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旅案内 カンボジアのビーチリーゾートと言えばまず思い出されるのが、シハヌークビル。この数年で新しいホテル、レストラン が続々と誕生しており、ビーチを取り巻く環境にも変化が見られる。期待されていた各「島」へのアクセスは確実に増え、 愛称バンブーアイランド(ルッセイ島 Koh Russei)のバンガローなどは欧米系観光客の「隠れ家」のようで、連日大盛況で ある。2010 年のハイ・シーズン(10 月~ 3 月)までに島のバンガローもさらに増える勢いだ。また、地元民に人気のあった インディペンデンス・ビーチは殆どが立ち入り禁止区域となっているが、工事は進んでおらず、新たに一部開放され、最近 は地元民が再び訪れるようになっている。

街から車で20分ほど国道四号線を戻った、空港の北側の丘凌・海岸、島が国立公園。総面積2万1千 ha、トゥーク・サーブ川の6キロも続くマングローブ林や大型の爬虫類(蛇、1m近い水トカゲなど) サイ鳥類、水鳥、虎などの野生動物が生息している上、海岸ではピンクドルフィンを見る事もある。 公園内にはマングローブ遊歩道がJICAシニアボランティアの支援により作られていたが、その先 に新たに高さ12mの展望台も完成した。

ビクトリー•ビーチの南に隣接するビーチ。現在大型ホテルの建設が行われており,かつての美し さが失われてしまった。海岸から一番近いポス島も近く、アイランド•トリップ用の船や釣り船を 手配するにはここからが一般的。試みる価値はある。

波打ち際に大型ホテルや海鮮レストランが立地し、大型船が停泊する港に最も近いビーチ。また、 ホテルやゲストハウスが集中する「気象台」から最も近いビーチである。 近年ロシア人経営者 による投資が加速し、堤防、レストラン、海の家が続々とビーチ沿いに建てられ、盛り上がりを 見せている。

VICTORY BEACH

ビクトリービーチ

HAWII BEACH

ハワイ•ビーチ

REAM NATIONAL PARK

レアム国立公園

KOH DEK KOUL (MIRAX RESORT)

デクコール島(ミラックス•リゾート) 2008年にオープンした個性豊かなカンボジア唯一のプライベート•アイランド•リゾート。 部屋は全て豪華なスゥイート•ルーム。島ではプール、スパ、レストランにジェットスキーのレン タルが可能。島からの景色は絶景でひと味違ったリゾート気分を楽しむならミラックス•リゾート がお勧め。 お部屋代;USD$300〜USD$3000  www.miraxresort.com

KOH RUSSEI

バンブーアイランド(Koh Ru-ssei)とタケウ島(Koh Ta Kiev) シハヌークビル空港前から海軍施設へ、施設手前の海岸に海の家が並ぶ。ここからボートを手配し、 乗船30分でバンブーアイランドへ。島にはバンガローが40棟余、簡素ながらレストラン、バー もある。タケウ島にもバンガロー建設中。ユニークなジャングルキャンプスタイルの低料金宿泊 も可能だが、乾季営業なので事前確認が必要。手つかずの自然、珊瑚礁でのシュノーケリングも 楽しめ、「まったり」できるが、近年リゾート開発が進められ多くのバンガローが立ち退きを命じ られた。


アイランド•トリップ(プレス島、バンブー•アイランド) 8:15よりソカービーチ、オーチティール•ビーチに集合し、 各ビーチから船に乗り込みプレス島、竹島(バンブー)に 出発。途中希望者はシュノーケリングなどを楽しめる。が 、雨期期間中は強風が吹く事が多く、ツアーもキャンセルさ れる事が多く事前に各旅行会社に確認が必要。ツアーは殆 どの旅行会社で開催されている。 *雨期、国立公園側は強風が吹き荒れる事が多い、島にあるバ  ンガローも雨期には閉店していることが多い、透明度も悪く、   シュノーケリングはカォカーン島周辺がお勧めだ。各自状況  をD.A.C.トラベルにてご確認を!  雨期:5〜10月上旬

インディペンデンス•ビーチ 白浜が1km程続くビーチ。いかにも南国 らしい趣がある。以前は中華系の会社が ビーチの敷地を買取り、ホテル建設計画 が持ち上がっていたが、話は流れてしまっ たようだ。海の家などはなく、所々立ち 入りは禁止されているが、静けさと素朴 さを求めるなら、ここがお勧め。

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ポス島(モラカット島)

ソカーホテルのプライベートビーチが大部分を占めている。ホテルのカフェテリアを抜けるとプー ルがあり、その先の公園のように手入れの行き届いた庭先にきれいなビーチが広がる。ソカーホテ ルのプライベートビーチの長さは何と1500m。ソカーホテルの敷地外にも狭いがビーチがあり、近く にはバンガローが数軒あり、眺めも良い。

カンボジア人・欧米系旅行者に人気のビーチ。白砂の浜が3キロ余も続く。デッキを借りて休 んでいれば、イカの炭火焼や海老、新鮮なフルーツ、菓子類からネイル・マニキュアまで様々 な人が来る。近年、浜辺近くに多くのゲストハウスやレストランが立地している。南東部は大 型リゾート・ホテル開発計画がある。海上にウォーターパーク有り、海の上で滑り台などが楽 しめる。($3)(地図参照)

オートレスビーチはオーチティルの南東に隣接し、長さ3kmにわたって広がる白砂のビーチが魅力。 またオーチティルのように、観光客で混雑することもない。市街地から丘を越えてビーチに至る 道は最近開通したばかりで、ビーチもまだほとんど開発されていない。所々にビーチパラソルと、 屋台風のバーが並でいるがまさにこれからのビーチだ。大型ホテルの建設地候補にもあがり始め ているがD.A.C.編集部お勧めのビーチである。2010年より海の家が部分的に立ち退きを命じられ 、立ち入り禁止となっており、公園建設予定地となっている。公園の名称は『LONG BEACH』にな る模様だが、完成は未定。

ソカー•ビーチとオーチティル•ビーチの間にあるビーチ。欧米バックパッカーがもっとも集ま り、海の家、パブやアイランドトリップなどのツアー手配を扱っている店が多く集まり、旅の 情報収集には持ってこいの場所と言える。夜はもっとも賑やかなビーチだで乾季 は日によって夜通し賑やかである。

SERENDIPITY BEACH

セレンディプティー•ビーチ

OTRES BEACH

オートレスビーチ

OCHHEUTEAL BEACH

オーチティルビーチ

SOKHA BEACH

ソカービーチ

KOH POS

ハワイ•ビーチからボートを手配してポス島までわずか数分。北側を回った入江の奥に美しい白 浜がみえる。現在、島まで橋を建設しており将来的には歩いて島まで行けるようになる模様だが、 現時点では往復USD$20支払ってボートを手配して行く必要がある。もっとも簡単に訪れられる 「島」としては、対岸のビーチに比べて水は澄んでいて、島のビーチも鳴き砂でお勧めである。 橋梁完成後、島の開発が急ピッチに進められる予定で、ホテル、カジノ、ショッピングモール建 設計画がある。 *ビーチ使用料としてUSD$5/一人を支払う必要があります。

デポット•ビーチ(フンセン•ビーチ) 港の先にある船着場を10分程超えたところにある南国情緒溢れる手つかずのビーチが続く。アクセスは良くないが穴場的なビーチだ。 トイレ、売店などもない。飲み物は持参した方が良い。


通 に人気のコー・サムポーチビーチ (Koh Sampouch Beach)  旅の通なら、シハヌークビルは今や沖合にでるか、隠れ家リゾートしか魅力はない、と 思っているようだ。事実、プライベートビーチを持つ大型ホテル以外のビーチは俗化がは なはだしい。市街に接するビーチはあたかも昭和30年代の江の島のようで、週末ともなる と現地の行楽客がどっと訪れ、リゾートとは言い難い。シハヌークビルのビーチはバック パッカーの立ち寄り所となって、外国人観光客も在住者も旅の達人は、一歩踏み込む魅力を 知っている。今、街から身近になった手つかずの自然が残るビーチとして注目を集めてい るのが、コー・サムポーチ・ビーチである。海に突き出た桟橋、小奇麗なレストランにシャ ワー設備と、ちょっとしたリゾート気分に浸れる。コー・サムポーチ・ビーチへのアクセ スは街から国道4号線を戻って空港横をレアム国立公園への道に入ってすぐの所を左折す る道を辿る。道は昨年開通した自動車道で国立公園の熱帯樹海のまっただ中を走る。公園 中心部にはゴルフ場整備も進み、やがてコー・サムポーチ・ビーチと結んだワンランク上 の身近なリゾート地の変貌することは、間違いない。

蛇が宝石(エメラルド)に変身か! − 大規模エンターテメント・エリアの出現・モラカット島 Morakot Island(ポス島)ー  既に2年ほど前からハワイビーチとポス島(蛇島の意)の間に巨大橋梁が出現し、現地のカラオ ケの舞台に取り上げられ、人々の記念撮影の背景になっている。巨大橋梁といえば、日本のODA にあたる海外からの支援というのがおきまりの国だが、小さな島になぜ、と誰も疑問をいだいて

エンターティメント・エリア:プロジェクト

いた。が、このほどポス島がマラカット島(エメラルド島)と変名し、一大プロジェクトの冊子 がでた。ロシア人の民間資本による開発で、島へは巨大橋梁でつなぎ、島のビーチ、コンドミニ アムの建設、エンタテーメント・パーク、スポーツパークや大仏、カジノ、ショッピングモール、 整備された熱帯樹林の庭園といったエリアを島に設ける予定。既にリゾートビラとコンドミニア ムの販売も始まっている。モラカットへ変貌するポス島が文字通り宝石に島になるか、注目に値 する。

ホリデイ•パレス•カジノ&リゾートが移転

<シハヌークビル>

 ビクトリー•ビーチで長年老舗的な存在で旅行者に人気があった『ホリデイ•パレス•カジノ&リゾー ト』が契約満了を期にインディペンデンス•ビーチに移転した。 新たに営業を始めたホテルはわずか三ヶ月で建物を完成させ、客室数は89室あり、館内にはカジノ、 スパ、コーヒーショップに24時間営業しているレストランなどがある。ホテルはシハヌークビルでは 数少ないビーチフロントのため、ビクトリービーチで営業していた時よりも海へのアクセスは格段に 良くなっている。しかし、わずか三ヶ月でオープンした事もあり、館内は工事中の箇所が多く、グラ ンドオープンには程遠い状態でプライベートビーチにもビーチベッドなどはまだ置かれておらず、ど ちらかと言えばビーチで『まったり』すると言うよりもギャンブラーの為の施設と言えるだろう。ホテルポリ シーとしては6割がギャンブラー、残りの4割を一般客として考えているそうだが、4割の一般客を受け入れ るにはビーチベッドを置くなり、館内を整備して工夫する必要があるだろう。今後、三年間は現在地で営業を 続け、三年後には同じ場所に8、9階建てのプール付きのリゾートを建設する予定のようだが細かい詳細につ いては今後徐々に明らかになっていくだろう。部屋代は$35と$45の部屋があるが、海 に近くバルコニーが付いている分、$45の部屋は開放感があり、お勧め。 詳しい内容は下記からお問い合わせ下さい。 住所:2Thnou St,Independence Beach Sihanoukville 18000, Sihanouk Ville 電話:+855-34-933807 E-mail:sihanouville@holiday-palace.com

カンボジア初の『釣り同好会』が発足 カンボジア日本人会では釣り好きが集まり、釣り船を仕立てて楽しんでいます。 船上では釣りたての魚をあてに、一杯やりながら釣果自慢の釣り談義。日本人会 会員の釣り好きの皆様、是非『釣り同好会』へ。詳しくは、 世話役:小川泰行 088-8308303、平岩俊一 012-850915までご連絡下さい。


サヨリ釣りツアーの販売を開始

<シハヌークビル>

 シハヌークビルで事務所を構える日系旅行会社、ニューサイトラ ベルが新コースとしてシハヌークビル発の サヨリ釣りツアー の販 売を開始した。  ツアー内容は半日プランでニューサイトラベルがお勧めするポイ ントに車でドライブしながら移動し、釣りを楽しむ事となる。釣り 方は簡単で女性や子供でも気軽に釣ることができ、同行するガイド が餌の付け方から釣り方まで手助けしてくれるから安心だ。  サヨリは釣って楽しく、食べて美味しい魚として定評がある。上品で淡白なサヨリは日本では高級魚としても扱われ、天ぷら、酢 じめ、炊き出しや寿司ネタなどで使われている。  当ツアーの魅力は何と言っても釣後にも楽しみが続く事だろう。指定レストランで日本人シェフが最適な調理方法で釣り人の味覚 を刺激してくれ、ツアー代金には日本米にみそ汁も含まれている。気軽に手ぶらで参加できる当ツアー、カンボジアで釣りデビュー するにはもってこいのプランと言える。コース名は『KO-05-サヨリを釣って天ぷら三昧』、ネット予約が可能となっている。 URL: www.dac-indochina.com.kh

世界が注目する極上リゾートが 11 月オープン

<シハヌークビル>

 シハヌークビルを中心とするコースト・ラインは、カンボジアの経済成長もあって 大衆化が進み街に近いビーチではゴミや海水汚染の問題も起きるまでになっている。  今やリゾート地として魅力は島に渡るか、一歩踏み込んだ隠れ家リゾートに移って いる。ここに来てプライベート・アイランド・リゾートが誕生するというスペシャル 情報が飛び込んできた!それも極上ときているのだから、行くっきゃないか。既に D.A.C.は一早く、手つかずの熱帯樹海に浮かぶ川面の極上リゾート;4リヴァーズ・ エコ・ロッジを紹介し、欧米人だけでなく通の日本人の人気を集めている。さらに、 プーケットやバリに匹敵する孤島の極上リゾートがカンボジアの海に誕生するのであ る。そのロケーションの素晴らしさと上質の寛ぎを追求する姿勢は、今や世界の旅行 業界の注目を集めているようだ。そのことは、シハヌークビル遙か沖合に浮かぶ孤島のリゾート開発が、オープン前から日本の 取材陣が訪れ 上質な旅 情報として既に紹介されていることだ。4月現在、島では1ベットルームヴィラと2ベットルームヴィラ が数棟完成し、モデル・ルームとして公開されている。リゾートは二つの島からなり、砂州の伸びる島に宿泊施設等を設け、一 方の島には遊歩道を設けるが、それ以外は手つかずの自然を残す配慮がなされている。島から伸びたシャーレからの眺望はまさ に海と空が一体となって360度に広がる世界、そしてすぐそこには熱帯樹林に覆われた手つかず島がある。海に溶け込むような プール、木材をオブジェとした装飾に上質の家具、「ここは英王室がお忍びで利用するセーシェルのプライベート・リゾートか」 と見間違うような上質の寛ぎを約束するようなところである。  (( D.A.C.次号徹底取材敢行!乞う、ご期待を )) <アクセス>プノンペン−シハヌークビル:車3時間、シハヌークビルー極上リゾート:スピードボート30分。


安全情報

2011年2月(日本国大使館)

~2010年中におけるカンボジア国内犯罪発生状況~ カンボジアは『怖い』と、思った事はありませんか?  カンボジアでは犯罪が横行していると思っているのではありませんか?   『はい』、その通りです。  犯罪はカンボジアでも日本国内でも毎日起きています。でも、時間帯や場所を選び、最低限の注意さえ払っておけば身に危険が及ぶ ことはほとんどありません。  D.A.C.マガジンでは『在カンボジア日本国大使館』からの被害事例を元にした安全情報と共に、トラブルが発生した時にカンボジア の警察署に提出する時に役立つ『事情報告書』のサンプルを掲載させていただいております。 こうした知識が必要ないよう、皆さん十分お気をつけ下さい。(P118参照)  「自分の身は、自分で守る。」をモットーにカンボジアライフを楽しく、良い想い出をつくるため、安全情報を提供させていただきます。 1 2010年中における犯罪発生総件数は、下記表のとおり3,087件で、強盗・殺人等の凶悪犯罪が994件、窃盗等の軽犯罪が2,093件と昨年同   期と比べ-369件と全体的には減少しています。 2 しかし、強姦事件は321件で、昨年比+74件と増加しています。また、強姦後に殺人事件に発展した事件も増加傾向にあり、昨年比83.33   %増+5件の11件発生しています。特に、顔見知りによる強姦事件は、強姦後に殺人事件へと発展する可能性が高いとのことです。   中には自らの子供を強姦するケースも発生しているようです。思い立ったら他のことは見えなくなるカンボジア人は多いです。

No.

犯罪種別

2010年

2009年

I

凶悪犯罪発生件数

994

1, 117

1

強盗

333

477

2

殺人

331

381

3

強姦

321

247

4

手榴弾投擲等爆破

3

11

5

誘拐・逮捕監禁

6

1

軽犯罪発生件数

2, 093

2, 339

1

窃盗

892

1,097

2

詐欺

84

84

3

傷害・喧嘩(含む、もめごと等)

947

978

4

武器の不法所持

38

46

5

その他

132

134

3, 087

3, 456

II

発生合計

写真イメージ:本文との関連性はありません

3 地域別、凶悪犯罪発生ワースト5、ベスト1 (1) 強盗事件に関しては、①プノンペン特別市65件、②バッタンバン州42件、③コンポンチャム州とプレイベン州24件、④バンテアイ ミエンチェイ州20件、⑤カンダール州19件とそれぞれ発生し、パイリン特別市は0件でした。 (2) 殺人事件に関しては、①カンダール州42件、②コンポンチャム州37件、③プノンペン特別市33件、④バッタンバン州32件、⑤ポー   サット州19件とそれぞれ発生し、パイリン特別市は1件でした (3) 強姦事件に関しては、①バッタンバン州45件、②コンポンチャム州40件(内1件は強姦殺人)、③プノンペン特別市29件、④カン   ダール州28件(内1件は強姦殺人)、⑤シェムリアップ州25件(内1件は強姦殺人)とそれぞれ発生し、コンポンスプー州、シハヌー   クビル特別市、ケップ州は1件でした。  4 カンボジアが、安全になったとはいえ犯罪の発生は皆無ではありません。海外では特に注意し  ●危険な場所には近づかない。●多額の現金、貴重品は持ち歩かない。●犯罪にあっても抵抗しない。●見知らぬ人を安易に信用し  ない。●買い物は信用のおける店を選ぶ。●ホテルの中でも安心しない。など防犯に心掛けて下さい。

【スポット情報】

2011年 6月(日本国大使館)

カンボジア:プレアビヒア寺院周辺地域におけるカンボジア・ タイ両国軍の衝突に伴う注意喚起 (2011/06/07) 1 カンボジアとタイとの国境付近(プレアビヒア州)にあるプレアビヒア寺院周辺地域において、   2月4日午後、カンボジアとタイ両国軍の間で数時間に及ぶ発砲を伴う衝突が発生しました。また   これに引き続き翌5日から7日にかけても繰り返し両国軍の間で一時的な銃撃戦が発生しています。 2 これら衝突により、両国の軍関係者及び民間人に死傷者が出ており、同寺院の周辺地域に居住す   る住民も、同地域からの一時避難を余儀なくされている模様です。両国軍事当局同士が事態の沈   静化に向けた話し合いを実施していますが、今後も両軍の間で同様の銃撃戦が再発する可能性は   排除できません。 3 つきましては、プレアビヒア寺院周辺地域への訪問は、現地情勢が安定するまで見合わせるよう   にしてください。 『自己責任』での観光、取材等で行かれたい場合は事前にD.A.C.トラベルへ状況確認が必要です。


安全情報

 2011年4月(在カンボジア日本国大使館)

~プノンペンにスパイダ-マンが出現(弥次喜多編)~ 「自分の身は、自分で守る。」をモットーにカンボジアライフを楽しく、良い想い出をつくるため、安全情報を提供させていただきま す。今回は、プノンペン市内で発生した邦人被害の「高所侵入窃盗事件」を事例紹介し、注意喚起させていただきます。 カンボジアへの旅行を計画している弥次さん、カンボジア通の喜多さんから色々とカンボジアにおける注意事項を聞いています。 弥次さん:今度の連休に、カンボジアへ行ってみようと思うが、喜多さんはもう何度もカンボジアに行っているようだが、何か注意す      ることはあるかね? 喜多さん:う-ん、そうだな、最近聞いた話によると、首都プノンペンでは深夜スパイダ-      マンが出没し高級マンションやホテルの2階以上の部屋から泥棒に入る侵入窃盗      事件が発生しているんだってよ。 弥次さん:へえ、高級マンションね。最近のカンボジアは発展したものだね。ところで何だ      い、その「侵入窃盗」というのは? 喜多さん:家屋や事務所、店舗などの建物内に入り込んで盗みを働く泥棒のことだよ。 弥次さん:じゃあ、何だい、正義の味方スパイダーマンが、深夜、人の家に忍び込んで泥棒      をするというのかい。 喜多さん:いいや、そうではないよ。ただの、ものの例えだよ。 弥次さん:じゃあ、どういうことなんだい。 喜多さん:スパイダ-マンのように壁をよじ登り、開放された窓や扉から屋内に忍び込むと      いうことだよ。 弥次さん:じゃあ、何かい。うちは、マンションの5階にあるから大丈夫と思って窓を開けておくと、そこから泥棒が忍び込むという      ことかい。 喜多さん:ってことだよ。      昨年、日本人の旅行者や長期滞在者の方が、深夜被害にあっているんだってよ。なんでも、目撃した被害者の話によると壁      に出ている幅5センチ位の煉瓦の突起部分を伝わり、4階までよじ登ってきたらしいとのことだよ。それも、賊を発見した      とき、スパイダ-マンのように壁にピッタリと粘り付いていたというから、さぞ驚いたろうね。 弥次さん:へえ、それは驚きだ。いずれにしろ、部屋が2階以上にあるから大丈夫と思って、窓や扉を開けておくと泥棒はそこを狙っ      て忍び込んでくるということだね。 喜多さん:そうなんだ。だから、2階以上だから大丈夫などと安心せず、窓や扉は鍵をちゃんと掛けておくことだ。それから、窓に格      子があるから大丈夫などと窓を開けておくと、その格子の隙間から竿のようなものを使用して、窓の近くにおいたカバンや      衣類を引っ掛けて盗むという魚釣りのようなフィッシングという手口の泥棒も発生しているので気をつけることだね。また、      ホテルでもチェック・インした後、部屋の窓の鍵が掛かっていることを必ず確認すること、部屋の窓の鍵が掛かっていなかっ      たがために、そこから賊に忍び込まれた事件も発生しているっていうから、もし鍵が壊れていて掛からないようなことがあっ      たらちゃんと鍵が掛かるようにしてもらうか、部屋を変えてもらう等の申し入れをちゃんとするべし。いずれにしろ、用心      することだ。 弥次さん:流石、喜多さん。今日は大変勉強になったよ、ありがとうよ。 カンボジアが、安全になったとはいえ犯罪の発生は皆無ではありません。海外では特に注意し、○危険な場所には近づかない。○多額 の現金、貴重品は持ち歩かない。○犯罪にあっても抵抗しない。○見知らぬ人を安易に信用しない。○買い物は信用のおける店を選ぶ。 ○ホテルの中でも安心しない。など防犯に心掛けて下さい。(了)  モニボン通りにあるH.Vホテルでも窓から泥棒が侵入し、添乗員が客のパスポートと現金を取られたそうである。仕事が終わり疲れはて窓が閉まってい るのを確認させずに倒れ込むように寝てしまったそうだ...と、言っても責められるべきは添乗員ではなく、ホテル側だが、旅行会社がホテルにクレ ームを告げるとホテルは逆ギレして窓を閉めずに寝た添乗員を責め立てたそうである...こう言った責任感の無いホテルは極力泊まらないようにする しかないだろう。    D.A.C.トラベル  

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D.A.C No.15  

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