Page 1

結論   日本現代建築と能・茶室に見られた「透明な不透明性」


考察 05 −まとめ 1. 序−

1. コーリンロウの透明性  現代建築の評価として頻出する「透明性」−それは主に西洋絵画・建築の透視図法を通して日 本において評価されるものである。しかし、西洋絵画と西洋建築は大まかに言えば江戸・明治以 降に入ってきたものであり、それ以前の千年を超える歴史建築と近現代建築が乖離して評価され てしまったことは特筆するべきである。日本現代建築の透明性を語ることは、日本で培われた空 間性をも語ることであり、それを知らずして現代建築を評価することはできないであろう。特に、 伊東豊雄、妹島和世、青木淳など篠原一男、丹下健三、磯崎新など日本の伝統空間を研究してい た建築家を師としていた彼らの建築を、西洋の透視図法、建築評価のみで語ることはできないの ではないか。以上の疑問からコーリンロウの透明性を整理し、日本の「透明性」との差異を次の「90 年代以降の日本現代建築の分析」より見出す。

 コーリン・ロウが、 「透明性」とは、 「視覚的な断絶のない相互貫入」によって生じる「空間秩序」 であるとケペシュの言葉を引用していることからも、論考「透明性−実と虚」のいずれも透視図 法による全体としての空間認識を主題としている。この視覚認識は、ルネサンス以降定着した透 視図法的な視点である。

「クラリネット奏者」ピカソ ,1911

「窓、同時的、都市」ドローネー , 1911

バウハウス

実の透明性 実質的な形態の重なりによって得られる奥行 ( 視覚的 ) ルネサンス的美学 二次元的透視図法

「ポルトガル人」ブラック ,1911

「静物画」グリス , 1912

上:「静物画」 下:ガルシュ邸 ル・コルビュジェ

虚の透明性 要素の重なりにより得られる空間秩序や意味 ( 思弁的 ) キュビズム的美学 三次元的透視図法

104


考察 05 −まとめ 2. 研究 I − 

2. 90 年代以降の日本現代建築の「透明性」  コーリン・ロウの「透明性 - 実と虚 -」はいずれも西洋絵画とモダニズム建築の透視図法から質 の違いを論じていることが先述の概略によって明らかになる。「実」は透明な物質越しに見る、窓 から見る 二次元的な透視図法であり、「虚」はボリュームからなる構成によって得られる現象的な 全体像である。これを日本現代建築にあてはめることに矛盾はないのか。戦後の社会状況から建 築が大きく揺れ動く 90 年以降の日本現代建築に視点をあて、これらの建築が実と虚のどちらに属 するのか、どのような差異があるかを分析した。

作品名

領域性

作者

竣工

1 Platform II

妹島和世

1990

2 南青山Fビル

伊東豊雄

1991

3 再春館製薬女子寮

妹島和世

1991

4 森の別荘

妹島和世

1994

5 馬見原橋

青木淳

1995

6 水/ガラス

隈研吾

1995

7 豊田市美術館

谷口吉生

1995

8 葛飾臨海公園レストハウス

谷口吉生

1995

9 S-HOUSE

妹島和世

1996

10 森の舞台

隈研吾

1996

11 ウィークエンドハウス

西沢立衛

1998

12 せんだいメディアテーク

伊東豊雄

2000

13 Louis Vuitton 表参道

青木淳

2002

馬見橋

14 Fiber (展覧会)

青木淳

2004

15 Louis Vuitton New York

青木淳

2004

青木淳

16 森山邸

西沢立衛

2005

17 Toledo Glass Pavilion

SANAA

2006

18 Taro Nasu Bambi

青木淳

2006

19 青森県立美術館

青木淳

2006

20 HOUSE A

西沢立衛

2007

寺崎邸

21 Taro Nasu

青木淳

2008

西沢立衛

22 HOUSE N

藤本壮介

2008

23 Rolex Learning Center

SANAA

2010

24 Louvre Lens

SANAA

2012

25 House NA

藤本壮介

2012

26 Villa Kanousan

柄澤祐輔

2013

27 SHIMA Ginza Annex

青木淳

2013

28 寺崎邸

西沢立衛

2014

南青山 F ビル 伊東豊雄 Platform II

House A

妹島和世

西沢立衛

青森県立美 青木淳

せんだい 伊東豊雄

実の透明性

トレド SANAA 森の別荘

あわい

妹島和世

虚の透明性

森山邸 西沢立衛 ウィークエンドハウス 西沢立衛 ルイヴィトン表参道 青木淳

臨海レストハウス 谷口吉生

House N

再春館

藤本壮介

妹島和世

方向性

 この分析結果から、全体として虚実を明確に判断できるものは圧倒的に少なく、その中間であ るものが多く見られた。また、虚から実、実から虚へ向かうベクトル性のあるもの、離散的なも のと軸のあるものが見られた。この中間の建築事例は、「透明性 - 実と虚 -」から派生した、新た な透明性の構築を試みていることが挙げられるだろう。青木淳の青森県立美術館は虚から実へ向 かいつつ、身体感覚が錯乱していくような新たな透明性を構築しようとする。SANAA はトレド美 術館において、「実」ガラスだが像が反射する ( 不透明性を帯びる ) 曲面ガラスを複雑に絡み合わ せることで、透明だが存在を感じる「壁」を創出し、実でも虚でもない不透明性をつくっている。 西沢の森山邸は「虚の透明性」を前提とすると、不透明なボリュームを、皮膜のような薄い壁で 構成し連続的な開口を穿つことによって建築の透明度は上がる。  顕著に見られたのは、ロウが虚の方が空間に可能性があるとのべるにも関わらず、実から虚へ 向かい、空間体験の中で最終的に全体認識ではなく離散・領域の規定が得られるものであった。 この空間体験は、コーリンロウの説く「虚の透明性」が反転した「虚の不透明性」= 空間を全体把 握した後に空間が断片化される離散的な性質をもつのではないだろうか。

105


考察 05 −まとめ 3. 研究 I' −

3. 妹島和世の建築と「透明性」  ロウは論考の中で「虚」に空間の可能性があると述べたにもかかわらず、彼の著書を訳した伊 東も「実」の要素をベースとして持つ建築を多く提案している。そして彼の弟子であった妹島和 世の建築は、伊東の建築よりもさらに透明で、構成は解体され抽象度が高いもので日本現代建築 界に大きな影響を及ぼした建築家の一人である。先ほどの分析結果から、さらに実態を詳しく調 査するべく妹島和世の三作品を取り上げ、ロウの「実」と「虚」との詳細比較分析を行った。 Bauhaus Building, artist unindentified, 1929 ©Harvard Art Museum

El Croquis 77 Kazuyo Sejima 1988-1996 © 新建築社

Bauhaus Building ©Harvard Art Museum

ArchiDaily 2011/11/10 ©Gili Merin

El Croquis 77 Kazuyo Sejima 1988-1996 © 新建築社

El Croquis 77 Kazuyo Sejima 1988-1996 © 新建築社

Plat Form II の実の透明性

実の透明性

ガラスのファサード =Literal Transparency

物質的な透明性 =Literal Transparency 窓や形態の重層によって得られる透視図法的な透明性

重層することで秩序が生まれ (= 虚の透明性 ) ず、寧ろ秩序は解体される ( 離散的空間 ) 相違点:透視図法的意図が無い事、 「実の透明性」を有しつつ間戸による空間の分節

1: Plat Form II / 1990

Villa Stein-de Monzie ©Fondation Le Corbusier リビングルーム 出典:El Croquis 77 1988-1996 Kazuyo Sejima

Villa Stein-de Monzie ©Fondation Le Corbusier

Villa Stein-de Monzie ©Fondation Le Corbusier

リビングルーム 出典:El Croquis 77 1988-1996 Kazuyo Sejima

リビングルーム 出典:El Croquis 77 1988-1996 Kazuyo Sejima

再春館の虚の透明性 虚の透明性

軸線上に不透明なボリュームの配置=揺れ動く空間構成

知覚・現象的な透明性 =Phenomenal Transparency

重層することで秩序が生まれる (= 虚の透明性 )

複数の要素の重層によって認識される全体像

相違点:機能の分割による構成の解体

2: 再春館製薬女子寮 / 1991

Toledo Glass Pavilion ©Trevor Patt

Bauhaus Building ©Harvard Art Museum

Villa Stein-de Monzie ©Fondation Le Corbusier Toledo Glass Pavilion ©Trevor Patt

実の透明性

虚の透明性

物質的な透明性 =Literal Transparency

軸線上に不透明なボリュームの配置

窓等の重層によって得られる透視図法的透明性

=揺れ動く空間構成 重層することで秩序が生まれる (= 虚の透明性 )

Toledo Glass Pavilion ©Trevor Patt

虚へ向かう、実の透明性 もしくは「透明な不透明性」 物質的な透明性が、物質的な現象によって、知覚・現象的な透明性へと変容していく 透明な素材は、構成を帯び不透明性を確率し、逆に領域性を強める

3:Toledo Glass Pavilion/ 2006

106


考察 05  「実」の比較でも、ロウの説く「実」とは異なり構成によって空間を分節する作用がある。また、 「虚」においてはボリュームのみでなく機能・空間構成までも解体した点が異なると言える。さら に「トレド」では、「実」から「虚」へ向かう建築の透明性、建築環境の二元論を解体する建築で ある。透明であるが、その透明さが重なり不透明なボリュームとして現れる、「透明な不透明性」 をもった建築であると断言することができる。さらに、全体として空間を全体把握するのではなく、 透明な壁によって空間を分節し領域をつくる効果があると言える。空間を窓ではなく間戸として 捉えるこの見えない壁の構築法は、日本の近代以前の建築に見られるのではないだろうか。

−まとめ 4. 研究 II-1 −

4.「透明な不透明性」  二つの矛盾を孕みながらあわいをただよう日本現代建築の源は、近代建築だけでなく近代以前 の建築からもみられるのではないかという疑問より、「透明な不透明性」の要素を日本の伝統空間 から抽出する。日本の伝統空間の中でもその概念をもっとも抽象的かつ多様に示す能楽のさらに 虚と実を表題とする「野宮」を取り上げる。能の概念をまとめ、 「透明な不透明性」の根源を探る。   謡曲「野宮」は光源氏と六条御息所の錯綜する愛の苦悩が描かれている。神域と俗界を隔て る結界の鳥居を舞台に配置することによって、光源氏と六条御息所、現実世界と幻の世界、妄執 と昇華等の、様々な相反する要素がどちらともつかない状況をつくりだしている。死んでも死に きれない、だがこの世にいてもなすすべも世界もない。虚と実を入り乱れる能の精神が描かれる。  破ノ舞 地謡      「こゝはもとより 忝くも 神風や伊勢の内外の鳥居に 出で入る姿は     生死の道を神は受けずや 思ふらんと     また車にうち乗りて 火宅の 門をや 出でぬらん 火宅の門」 (「ここの野宮はもとより忝くも、伊勢の内宮・外宮と同じ、 その鳥居を出入りする姿は、生死の道を彷徨う者に見え、 それでは神様もお受けになりますまい…」と、また車に乗って 六条御息所は火宅の門 ( 迷界の門 )*2 から出て行ったのでしょうか。 この迷いの迷界の門を。) 鳥居をくぐるも引き返す御息所

認識対象の奥

認識対象の奥

認識対象 認識対象

認識者の位置 認識者の位置

鏡の間

認識対象の奥

舞台

橋懸

認識対象

観客 画像出典:©Trevor Patt

認識者の地点

空間構造の分析:能「野宮」

空間構造の分析:トレド・ガラスパビリオン

四方の柱によって領域を区分し、透明な壁の構築をする

ガラスの透明な壁によって領域を区分する

視覚のみの連続性により、身体と対象は分離する

視覚のみの連続性 ( 認識対象へ直線的に向かうことは不可能 ) から身体と対象は分離する

107


考察 05 −まとめ 5. 研究 II-2 −

5. 小間茶室に見られる「透明な不透明性」の分析  概念・思想的な能の演目の空間構成を論じたが、能舞台に関しては規模・形態に決まった型が 存在しているため、空間がどのような形態で構成されているかといった実質的な検証が困難であ る。そこで、多様性に富む数寄屋建築でかつ最小限の小間茶室を分析した。小間とは茶道におい て四畳半以下の茶室を指すものであり、機能や規模が最小限の狭小空間においても、「透明な不透 明」が見られると仮定するならば、この傾向を小間以上の広間にも当てはめることができる。小 間に「透明な不透明性」がみられるか、小間の柱・屋根割・畳のヘリなどによる架構、機能、採 光による内部空間の分節の分析を行った。機能は具体的に言うと各茶室における亭主・正客 ( 貴賓 )・ 床の関係をあらわす。

明暗の相互浸透

対極線上の動線 不審庵

松琴亭 元庵 密庵席

如庵

元庵 奈良八窓庵

織部三畳台目

燕庵

今日庵

利休四畳半

燕庵 奈良八窓庵

正客と亭主

利休二畳台目

軸 、方向性

利休四畳半 織部三畳台目

軸 、方向性

離散 又隠

夕顔亭

正客と亭主

が隣接

密庵席

湘南亭

に距離 松琴亭 飛濤亭 待庵

如庵

湘南亭

今日庵

不審庵

又隠

平行線上の動線

飛濤亭

夕顔亭

名称 1 利休四畳半

建立 畳 明暗の対立 桃山(天正)? 四畳半

床の位置 中柱 利休四畳半 上座床

にじり口 縁側 ◯

2 待庵 千利休 3 不審庵 千利休 4 利休二畳台目 千利休

桃山(天正) 桃山 桃山

上座床 上座床 下座床

◯ ◯

◯ ◯ ◯

5 湘南亭 6 如庵 7 元庵

桃山 四畳台目 亭主床 江戸(元和4?) 二畳半台目 下座床 江戸 三畳台目 亭主床

◯ ◯ ◯

◯ ◯

8 密庵 小堀遠州 9 織部三畳台目 古田織部 10 燕庵 古田織部

江戸(寛永) 江戸初期 江戸初期

四畳半台目 下座床 三畳台目 下座床 三畳台目 下座床

◯ ◯ ◯

◯ ◯

11 松琴亭 12 奈良八窓庵 13 今日庵

小堀遠州 小堀遠州 千宗旦

江戸初期 江戸(寛永) 江戸(天明)

三畳台目 四畳台目 一畳台目

下座床 下座床 下座床

◯ ◯ ◯

◯ ◯ ◯

千宗旦 江戸(天明) 小堀遠州? 江戸(文政) 光格天皇 江戸(末期)

四畳半 三畳台目 四畳半

上座床 下座床 上座床

14 又隠 15 夕顔亭 16 飛濤亭

利休二畳台目

図 1. 小間 ( 四畳半以下の茶室 ) の分析リストの概要 名称 1 利休四畳半

作者 千利休

建立 畳 桃山(天正)? 四畳半

床の位置 中柱 上座床

にじり口 縁側 ◯

2 3 4 5

待庵 不審庵 利休二畳台目 湘南亭

千利休 千利休 千利休 千少庵

桃山(天正) 桃山 桃山 桃山

二畳 三畳台目 二畳台目 四畳台目

上座床 上座床 下座床 亭主床

◯ ◯ ◯

6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

如庵 元庵 密庵 織部三畳台目 燕庵 松琴亭 奈良八窓庵 今日庵 又隠 夕顔亭 飛濤亭

織田有楽 織田有楽 小堀遠州 古田織部 古田織部 小堀遠州 小堀遠州 千宗旦 千宗旦 小堀遠州? 光格天皇

江戸(元和4?) 江戸 江戸(寛永) 江戸初期 江戸初期 江戸初期 江戸(寛永) 江戸(天明) 江戸(天明) 江戸(文政) 江戸(末期)

二畳半台目 三畳台目 四畳半台目 三畳台目 三畳台目 三畳台目 四畳台目 一畳台目 四畳半 三畳台目 四畳半

下座床 亭主床 下座床 下座床 下座床 下座床 下座床 下座床 上座床 下座床 上座床

◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯

◯ ◯

作者 千利休

千少庵 織田有楽 織田有楽

二畳 三畳台目 二畳台目

◯ △

◯ ◯ ◯ ◯ ◯ ◯

 小間の柱、屋根割など架構と機能による領域化の分析では、亭主と正客はお互いに視覚的に空 ◯

間を共有しながらも、双方の領域を身体的には共有することはないことがわかる。これより架構 で分節された空間には一種の壁「透明な不透明」ができているとみなすことができる。

108


考察 05 −まとめ 6. 研究 II-2' −

6. 待庵と松琴亭に見られる「透明な不透明性」  5 で分析した結果より、日本建築の透明性は空間の全体把握を行うツールではなく、空間の分 節が行われることが判明したが、この「透明な不透明性」を、さらに待庵と PlatformII、松琴亭と Toledo Museum で詳細比較分析を行い共通事項と差異点を導き出すことで本研究の結とした。

Platform II 待庵

相違点=

相違点=

①分節方法→素材・現象

①分節方法→記号・象徴

②分節と連続→間接的にアクセスが可能

②分節と連続→認識対象の空間へは不可侵

松琴亭

Toledo Pavilion

相違点=

相違点=

①分節方法→記号・象徴

①分節方法→素材・現象

②分節と連続→認識対象の空間へは不可侵

②分節と連続→間接的にアクセスが可能

類似点=「透明な不透明」による 同時的連続と分断(視覚の連続性と身体の分離性) 相違点= ①分節方法      能・小間→記号・象徴、 現代建築→素材・現象      ②分節と連続      能・小間→認識対象の空間へは不可侵  現代建築→間接的にアクセスが可能

 以上の様に 90 年以降の現代建築の「透明な不透明」は能・小間に見られる。さらに同等の 空間性質を別の手法によって行うことも可能だということがわかった。双方とも能と同等の類 似点・相似点が見られた。よってこれを本論考の考察とする。

109


考察 05 [ 結 ] − . 現代建築と能・茶室に見られる「透明な不透明性」 

類似点= 「透明な不透明」による 同時的連続と分断(視覚の連続性と身体の分離性)

 透明な不透明性は、下の図式によって表す事ができる。現世から冥界を見る構図が庭園や能の 空間構成において常に見られる。現世と、冥界、相容れない空間性は一旦神籬 ( 神籬 ) の出現に よって孔が穿たれ、冥界と現世のあわいの空間が出現するのである。ここでの特筆点は、二つの 世界あるいは空間に孔が穿たれることである。現代建築の分析、能の演目の分析と、小間の内部 分節の分析によって、隣接する二つの空間を直接的に移動する事はあまりみられなかった。つまり、 身体的には分離、切断の効果があると言える。対して、素材を象徴として想起させる、あるいは 実際に透過する素材の使用によって、一見連続性があるように見える。しかし身体的には分断さ れているので、そこで知覚のみが認識対象方向へ浮遊していくような空間距離へのズレを体験す るであろう。この空間体験は、日本の現代建築、茶室、能の空間に見られるものであった。

 形なき姿を見る、つまり見えない=透明なものにたいしてあるなんらかの壁の効果をもたせて いる傾向が見られた。コーリン・ロウの「実の透明性」は、外に対して透視図法的に連続性を持 たせる効果がある。これは、西洋における壁のつくられかたとも関係しており、厚い壁に対して 外を相互貫入させるための装置である事がわかる。しかし日本の柱空間で窓は存在せず、かわり に床から天井続く間戸が存在していることによって空間を分断しているので「実の透明性」のよ うな空間体験をすることはないと考えられる。よって、日本の空間は「透明な不透明性」を有し ていると言える。

素材

観念 実 現世

冥界

透明

知覚 虚 不透明

実 2 次元

虚 3 次元

透明な不透明性

110


考察 05 相違点=  本研究 I,II を通して、現代建築と中近世の空間に見られた相違点をあげて、時代の変遷と手法の 差異をここに記す。前述した通り、空間性質としては非常に類似しており、空間体験もさほど差 はないのではないかと見られるが、手法と連続性のあり方に関して以下の差異があった。

①分節方法 能・小間→記号・象徴          現代建築→素材・現象  空間の分節方法が、能と小間では白州、畳のヘリ、床の間、神籬、五色幕など、ある程度その 意味と文脈を理解せねば簡単に犯してしまいそうな透明な壁 (=「透明な不透明」) の構築方法であっ た。対して、現代建築はガラスという透過素材で区切り、物理的に認識対象の奥へ行く事は不可 能である。 ②分節と連続 能・小間→認識対象の空間へは不可侵  現代建築→間接的にアクセスが可能  物理的な隔たりのない能・小間は文脈を知らないと踏み入ってしまいそうな象徴や記号など抽 象的な「透明な不透明」が存在しているが、実際の動線として隣接する二つの空間を移動する事 は不可能であった。もしするなら、必ずなんらかの儀式 ( 礼 ) 等を行わねばならない。対して、物 理的に直接、認識対象の奥へいく事が不可能なガラスの現代建築は、逆に間接的に隣接部への介 入が可能であった。

素材

観念 実

現世

冥界

透明

知覚 虚 不透明

実 2 次元

虚 3 次元

透明な不透明性

 以上の様に 90 年以降の現代建築の「透明な不透明」は能・小間に見られる。さらに同等の空間 性質を別の手法によって行うことも可能だということがわかった。日本の 1990 年以降の現代建 築と能・小間に適用する透明性は「透明な不透明性」であるという事がこの研究において立証さ れたと考える。

よってこれを本論考の考察とする。

111


文献 05

参考文献

112


文献 05 調査に使用した文献

<建築の透明性に関する文献> 「近代建築とマニエリスム−コーリン・ロウ建築論選集」   コーリン・ロウ ( 著 )、伊東豊雄、松永安光 ( 訳 )、章国社               1981 「Transparency -Bernard Hoesli Commentary」   Bernard Hoesli, Colin Rowe and Robert Slutzky, Birkhauser, Basel, Switzerland       1997 「Reckoning with Colin Rowe: ten architects take position」   Emmanuel Petit, Routledge, Taylor & Francis Group, New York,              2015 「Modern Architecture: a critical history.」   Kenneth Frampton, Thames & Hudson world of art, London,               1985

<現代建築に関する文献> 「建築に何が可能か」      原広司、學藝書林社、                    1967 「空間−機能から様相へ」    原広司、岩波現代文庫、                  1987 「アーキテクチャーとクラウド」 原広司 ほか Millegraph、                 2010 「WALL PAPERS 空間概念と様相をめぐる〈写経〉の壁紙」                原広司、現代企画室 、                  2014 「風の変様体」         伊東豊雄、 青土社、                   1989 「透層する建築」        伊東豊雄、青土社、                      2000 「妹島和世読本」        二川幸夫 「妹島和世論」         服部一晟 「妹島和世 + 西沢立衛 /SANAA-WORKS1995-2003」                妹島和世、西沢立衛、TOTO 出版、               2003 「建築についてはなしてみよう」 西沢立衛、 「西沢立衛 対談集」      西沢立衛 「美術館をめぐる対話」     西沢立衛 「原っぱと遊園地」       青木淳 「青木淳 COMPLETE WORKS」   青木淳、保坂健二朗、モーセン・ムスラファヴィ、INAX 出版 2004 「SMLXL」           Rem Koolhaas and Bruce Mau,                The Monacelli Press Inc. New York             

1995          

<現代建築の写真・図面や設計意図等に関する引用文献> 「新建築」           新建築社                     

各頁記載

「GA JAPAN」           E.D.A. Tokyo EDITA

「SD」             鹿島出版会

「建築文化」          彰国社

「El Croquis」           El Croquis Editorial

「A+U」            新建築社

113


文献 05 <伝統建築に関する参考文献> 「見えがくれする都市」     槇文彦、鹿島出版 「見立ての手法」        磯崎新、鹿島出版 「結界の構造」         垂水稔 「ハレ・ケ・ケガレ」      桜井徳太郎・谷川健一・坪井洋文・宮田登・波平恵美 「日本デザイン論」       伊藤ていじ 「伝統とかたち」        伊藤ていじ 「日本の都市空間」       彰国社 「幽玄論」           能勢朝次 「観世寿夫著作集 I 世阿弥の世界」観世寿夫       「座敷と露地」         中村昌生 「茶室の研究」         中村昌生 「桂離宮」           中村昌生 「書院造と数寄屋造の研究」   堀口捨己

<美学・認識学・哲学に関する参考文献> 「半透明の美学」        岡田温司、岩波書店、                2010 「複製技術時代の芸術」     ワルター・ベンヤミン ( 著 )、佐々木基一 ( 訳 )、                晶文社、                       1999    「観察者の系譜」        ジョナサン・クレーリー ( 著 )、遠藤知巳 ( 訳 )、                以文社、                      2005 「荘子」            荘子 ( 著 )、金谷治 ( 訳 )、岩波書店、          1971 「芸術と茶の哲学」       久松真一、倉沢行洋、燈影会、            2003 「茶の本」           岡倉天心 「道教と日本思想」       福永光司 「善の研究」          西田幾多郎、岩波文庫、                1979 「野生の思考」         レヴィ・ストロース 「芸術人類学」         中沢新一

114


文献 05 <インターネットからの参考文献> 10+1.jp 「批判的工学主義」のミッションとは何ですか ?2 ──「虚の不透明性」をめぐる空間概念編 | 柄沢 祐輔    http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/722/ 「アルゴリズミックな空間とは何ですか ?」柄沢祐輔    http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/789/ Delirious New York Diary - Kei Satoh Architects 「都市という寓話−ジャンクスペース」    http://kei-satoh-architect.com/wordpress/archives/2554 「続・森山邸〜 SANAA 西沢立衛による集合住宅」    http://kei-satoh-architect.com/wordpress/archives/2552 「ギャラリー・間『21 世紀の住宅論』伊東豊雄講演会」    http://kei-satoh-architect.com/wordpress/archives/2551

「Wikiarquitectura」( 図面・画像の引用 )    https://en.wikiarquitectura.com/ 連載|海図の切れ端 - 現代建築批評再考① 「透明性 −虚と実−」 コーリン・ロウ+ロバートスラツキー 勝矢武之 201407 JABS 掲載

<学術論文の参考文献> 日本建築学会学術講演梗概論集 ( 近畿 )1996 年 9 月より 「室の接続による建築の構成に関する研究」  塚本由晴、貝島桃代、坂本一成、奥山信一、繁昌朗、寺内美紀子 「修辞の重層による建築の構成表現」 久野靖広、塚本由晴、坂本一成、奥山信一、小川次郎、寺内美紀子 「建築作品の評論における批評の主題」 柳博通、坂本一成、奥山信一、塚本由晴、三村大介

日本建築学会学術講演梗概論集 ( 関東 )2011 年 8 月より 「ガラスを主要表現とした建築の設計論における建築家の素材認識」 奥山信一、岩崎桃子、塩崎太伸、四ヶ所高志 「建築家の光に関する思考モデルと実現化手法」 奥山信一、塩崎太伸、大嶽陽徳、渡邊啓太 「現代日本の建築家の言説にみられる透明性という言葉に投影された建築的思考」 奥山信一、塩崎太伸、大嶽陽徳、小滝健司

日本建築学会計画系論文集 第 78 巻 692 号 2013 年 4 月より 「建築物の言語描写における透明性の多義性」 北川啓介、米澤隆、大井亮

115


謝辞 05 謝辞  金沢美術工芸大学環境デザイン科でデザイン課題を行っていたときから、京都工芸繊維大学大 学院での課題を通して、建築をつくる上でアイデアの根源となったものは、「現象」や「見えない 結界性」がつくりだす空間のようなものであった。建築は壁やスラブによって構成される、この 基本的な建築の概念を用いて建築を考えていくことが昔から苦手であった。それとは異なる構成 手法を「新たな建築」のひとつとしてとらえていいのではないか、と様々な課題をこなしていく 中で発想の転換ができたことを契機に、それらを言語化してみようと試みた。論文の「はじめに」 でも書いたが、「透明性」について考えるようになったのは修士一年で課題を出していただいた青 木淳氏である。そのあとフランスでインターンしていたラカトン&ヴァッサルで透明性と空間・ 生活の貧乏な豊かさ=引き剥がす豊かさについて考えさせられた。さらにスイスのヴァレリオ・ オルジアティのスタジオでガラスをテーマに、その性質や特徴・透明性を用いて住宅の設計課題 を行った。これらの背景がなければわたしの研究は成立しなかったであろう。建築の楽しさを教 えていただき、修士における研究の根源となった、青木淳氏、アンヌ・ラカトン氏、ジャン=フィ リップ・ヴァッサル氏、ヴァレリオ・オルジアティ氏に感謝の意を表する。  さらに、論文の構成等や原広司氏の論考における指導を研究室の教授である長坂大先生に、透 明性の設計論に関する指導を米田明先生、日本建築史を参照する際の指導を矢ケ崎善太郎先生と 清水重敦先生、文化と建築に関する指導を三宅拓也先生にしていただいた。わたしの稚拙な論文 の趣旨から構成、表現に至るまで様々な分野の教授陣に数々のご指導をいただいたことで、この 研究を実りあるものにできたように思う。長坂大先生、米田明先生、矢ケ崎善太郎先生、清水重 敦先生と三宅拓也先生から多くのことを学び研究につなげられたことを嬉しく思うとともにここ に深謝する。  最後に、論文構成に関して手伝ってくれた同大学大学院平芳研究室の上村優、引用のメモや文 献の調査、スキャン等を協力して手伝ってくれた、同大学大学院木下研究室の住友真帆子、角田 研究室の笹川拓哉に謝意を表する。

2017 年 7 月 20 日

117

4透明な不透明性 結論  

修士論文

4透明な不透明性 結論  

修士論文

Advertisement